鬼喰いの針~人間失格になった私は鬼として共食いします~ (大枝豆もやし)
しおりを挟む

藤襲山編
1話


鬼が主役のssが少ない! なので自分で書いてみました。


 私はいわゆる転生者というものだ。

 

 私には前世とも言える記憶を持っている。そのことに気がついたのは子供の頃、いつものように近所の友達たちと外で遊び、川に落ちて気を失ったときだ。

 

 頭を打った衝撃で全て思い出した。

 電車、飛行機、ネット、アニメ……。この時代にはない未来の歴史と科学技術、そして私ではない『俺』の記憶。それらが一気に蘇った。

 

 

 

 私……俺はつまらない人間だった。

 

 衣食住に不自由どころか恵まれた場所。毎日おいしいものを食べられて、暖かい風呂にいつも入れて、ネットなんて神話のような娯楽もある。大正の時代である今から見れば到底考えられない生活。一部の上流階級……いや、極楽の世界と言ってもいい。なのに俺は満たされなかった。

 

 毎日毎日何の目標もなくただ無意味に生きているだけ。ただ何となく生きて、何となく満たされない日々だった。

 何が足りないのか自分でも分からない。漠然とした不安と不満をずっと抱え、不平不満を言って過ごしていた。

 かといって何かを変えようとする気概もない。必死になれる何かを見つけようとはしなかったし、努力する気力も持つ気にはなれなかった。

 満たされない。何処か生き苦しい。……私から見れば実にふざけた話だ。

 

 

 

 いや、今も同じようなものだ。

 

 

 

 満たされない生活をしていたのは私も同じだ。

 私の家は裕福な家庭だ。三男坊でありながら家族は兄上と変わりなく愛を注いでくれた。

 こんな贅沢な生活を送れる人は、大日本帝国にもいくらかもいない。しかし、どれだけ自身が恵まれていても、あの頃……平成と比べてしまう。

 

 記憶が戻ってから6年、12になった今でも思う。何故記憶など取り戻したのだと。

 私は自分の記憶があることを隠して生活してきた。前世の記憶があるなんて話、一体誰に話せると言う? 平成の世なら兎も角、この時代では憑き物でも憑かれたと思われるのがオチである。

 

 退屈でつまらない毎日。なのに無邪気な子供を演じなくてはならない。

 そしてそのうち私は何で生きているのか。なぜこうまでして生きなくてはならないのか。生きる理由を見失って空っぽになってしまった。

 そして気が付けば、全てがどうでもよくなった。

 

 

 

 

 

  あの日が訪れるまでは

 

 

 

 

 

 あの日。私は人でなくなった。その証拠が目の前にある。

 水面に映る自身の顔。それは私の―――人間の顔ではなかった。

 

 雪のように白い肌、燃えるかのような赤い瞳、そして口元から覗く牙。

 己の顔は――まさに鬼。

 

 ここ数か月、何度も見た顔。この時代の私―――大庭葉蔵という名の鬼だ。

 

「(……ああ、最高だ)」

 

 悲嘆することはない。人間から鬼に変わっただけで私が私であることに何の変りもない。

 人間の頃の未練など何もない。冷暖房もネットもマックもないような退屈かつ不便な場所にどう未練を感じろと言うのだ。

 

 何が悲しくてまたつまらない人間、しかもよりハードな時代を体感しなくてはならない。

 どうせ生まれ変わるなら人間以外の生物でないと面白くないではないか。

 

 今の私は充実している。

 衣食住は足りているとは言えないが、元からこの身体はそんな下らないものなど必要としていない。

 ソレに今は娯楽も充実している。それもどれだけやっても飽きないほどの。

 

「たぁ……たすけ……」

「黙れ」

 

 私はあの日の事を思い出しながら、右手には相手の首を掴み、左手で竹筒に入れた『紅い液体』を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日、私は兄上と一緒に屋敷を抜け出して地元の連中と夜の街を歩いていた。

 隅っこで話を聞くふりして、適当なタイミングで頷く。それが定位置(ポジション)だった。

 いつも通りの下らない話。一体何がそんなに面白いのかと私は疑問に思いながら興味ありげな様子を演じる。そんな時だった。あの男を見かけたのは。

 

「おい、あの男見てみろよ。めっちゃ顔青白いぜ」

「見た見た。まるで病人みてえだぜ」

 

 これもまた下らない内容だ。俺も前世ではそうやってハゲの汚いおっさんを笑ったものだ。

 もちろん直接笑うような真似はしない。相手が声の内容が聞こえない距離まで行った瞬間笑う。今回もそうしていたはずだったんだが……。

 

 

「ほう…君たちには私の顔が病弱に見えるのか?」

「「「!!?」」」

 

 聞かれた。もう100m近く離れているというのに、あの男の耳は彼らの声が聞こえてしまった。

 

「私の連れが失礼しました。私たちもまだ未熟な子供でして……。どうかここは寛大な心で許してもらえないでしょうか?」

 

 私は咄嗟に謝った。

 どう見ても非はこちらにある。聞こえないからといって他人様を笑いものにしていい道理などない。まして聞かれたのなら謝罪するのが当然である。

 

「お気に障ったのならすぐに立ち去りましょう。申し訳ない」

「私の顔色は悪く見えるか? 私の顔は青白いか? 病弱に見えるか? 長く生きられないように見えるか? 死にそうに見えるか?」

 

 

 全身から嫌な汗が流れる。

 ヤバい。この男はマジでヤバい。

 まるで私たちを虫でも見ているかのような目。言葉が届いている気がしない。

 

「ど…どうか聞き流してもらえないだろうか」

「たかが人間の言葉など留める訳がない。だが、貴様らは私を不快にさせた」

 

 会話が成立していない。

 これ以上はマズいと思って逃げようとした瞬間、男の指先が胸に突き刺さった。

 

「がっ!?」

「報いが必要だ。私に口答えしたお前は並、その他は多めに与えよう」

 

 何かが体内に流れ込む。同時に全身の血が針のように逆立つ激痛。俺は地面に倒れ、のたうち回る。

 兄上たちの悲鳴が聞こえる。しかし私には何もできない。ただ地面を転がりまわっていた。

 

「私の血を与え続けるとどうなると思う? 人間の体は変貌の速度に耐えきれず細胞が壊れる」

 

 

「運が良ければお前だけは鬼となるだろう」

 

 

 

 男は嘲笑を残しながら去っていった。

 鬼? 血? 一体何のことを言っている? 訳が分からない。やはりあの男は異常だ。

 しかし私の身体は言っている。私は今から生まれ変わると。

 

 あの男に刺された箇所を起点に変化が加速した。

 全身に走るビリっとした僅かな痛み。腹から伸びた異物の神経を伝って、エネルギーが全身に行き渡る。

 それに続き、筋肉や骨や神経や皮膚…。肉体のあらゆる部位を、全身の細胞一つ一つに至るまで全てが変化を遂げていく。

 強靭な肉体。頑丈な骨格。野生生物を凌駕する感覚。

 この一瞬、ただの少年に過ぎない私が『何か』へと書き換えられていく。

 自分の体が自分のものでないような違和感。それでいて、これまでの自分の肉体が偽物だったかのように適合する身体。その感覚がとても……。

 

 

 

 その感覚がとても心地よい!

 

 

 

 私は…俺はこの瞬間、人間をぶっちぎりで超えた!

 実に清々しい気分だ。人間よりも上位の存在になる感覚はこんなにも気持ちがいいのか。

 今ならジョジョのDIOの気分も理解出来る。この感覚は抗いがたい。

 

「ぐ…グルゥアアああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 俺は町の夜空目掛け、快感を吐き出すかのように叫んだ。




鬼滅の刃の鬼化ss増えろ! 炭治郎の鬼化モノとか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

 目覚めたら別の山にいた。

 

 あの後、いきなり傷だらけの男にボコられた。

 私は何も出来なかった。急に強くなりすぎた体を上手く制御出来ず、為す術なく気絶。そして気が付いたらここにいた。

 

 うん、本当に訳が分からない。

 

 本当にひどい目に遭った。訳が分からない男に二度も出会うとは本当についていない。。

 何が『やっぱ所詮は鬼だな。兄弟もダチも平然と食っちまう』だ。私の兄弟たちも私と同じようになったのだ。

 あのバカなガキのことだ。今頃与えられた力に溺れて師範に喧嘩を売っているのだろう。

 では私も帰ろうか。

 

 

 下山しようとしたができなかった。

 道はわかる。ただ降りればいいだけだら。

 しかし麓あたりがすげえ臭い。もう体が拒絶するレベル。多分近づくだけで昏倒する。

 おそらく花に何か毒みたいなのがあるのだろう。仕方ないから別の道を探した。

 

 

 

 

 この山やばい。

 私の同種が沢山いる。しかも凶暴。顔を合わせる度にすぐ襲ってくる。

 ここ最近聞いた言葉は殺すと食う。あとたまに肉寄こせだった。

 

 襲われる度に返り討ちにしてやった。

 どいつもこいつも動きがまるでなってない。ただ闇雲に突進するだけではないか。

 制圧するのは楽だった。正直、学校の新入生の方がマシなレベルである。

 

 しかし、奴らに技は効かなかった。

 

 打撃、投げ、極め…。あらゆる技をかけてやった。時には石で殴ったり崖に突き落としたりもした。

 だが、奴らはすぐ回復する。どれだけ殴り倒そうとも、どれだけ骨を折っても、どれだけ関節を外してもすぐに立ち上がって襲い掛かる。

 

「離せオメェェェェ!!」

「無理。だって私を食おうとするじゃん」

 

 こうして今日も私は寝技で相手を拘束するだけで一日を終えるのであった。

 

 

 

 

 鬼をぶちのめしているうちに、なんか超能力に目覚めた。

 正確には、能力に目覚めていることに気づいたって感じ。

 

 鬼に貫手を食らわせた瞬間、指から針が生えた。

 針に刺された傷はなかなか再生しない。だから殴った箇所に針を刺すことで回復を阻害。これを繰り返して鬼共をダウンさせた。

 これがまた楽しいのだ。今まで倒せなかった相手を倒した達成感。通常では考えられないような特殊な手段を使ったという特別感。そして自分は強いという優越感。これらすべてを同時に味わった。

 

 ヤバい。めっちゃ楽しい。来たんじゃね私の時代。

 なろう系が流行るわけだわ。こんなのテンションアガるに決まってんじゃん。

 

 自在に針を操る能力。これを針の流法と名付けよう。

 

 

 

 

 針を出せるようになってから、鬼の血の匂いをかぎ取れるようになった。

 いや、嗅ぎ取ると言ったら語弊があるかもしれない。なにせ匂いを感じ取るのは鼻ではなく角なのだから。

 私の角が触角みたいな役目をしているのだろう。人間にはない感覚、というか器官自体ないため最初は少し戸惑った。しかし今では十分に活用させてもらっている。

 

 で、毎日毎日注意深く血の匂いを嗅いでいたらあることに気づいた。

 私や他の鬼には、血に共通している匂いが混じっている。しかもそれがすごくいい感じがするのだ。

 

 あれを摂取すれば私はより強くなる。

 欲しい。あれを取り込みたい。もっと強くなりたい。

 

 というわけで私は奴らの血を摂取することにした。相手は私の血肉を狙ってくるのだ。ならば私が奴らから血肉を奪っても何ら問題は起こらない。

 

 鬼の血はマズかった。腐った油のような味がする。肉も最悪。豚の腸でも舐めているかのようだ。

 だが、その中にごく僅かに極上の味が混ざっている。

 その味を堪能しようと無理やり食べた。しかし周囲の腐った血肉が邪魔をする。無理やり食おうとして吐き気がした。鬼共はよくこんな不味い血を奪いあえるものだ。

 

 さて、どうやってこの極上のみを抽出しようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ……!」

 

 藤の山の中、一人の鬼が走っていた。

 その鬼は何かから必死に逃げていた。

 捕まったら殺される。それも無残な死に方で。そんな必死な想いで彼は走っていた。

 

「(クソ……なんで鬼の俺が!!)」

 

 男の鬼は憤慨していた。

 何故鬼である俺が恐怖を抱かなくてはならない。

 鬼とは畏れられるものである。俺が追いかける側で逆は追われる側。それが自然の摂理のはず。なのに何故俺が追われている。

 

 彼の理屈は正しい。

 通常なら人は鬼に勝てない。野生生物をも凌駕する膂力に血鬼術という摩訶不思議な術。これらの前では人間などただの動く肉に過ぎない。

 ただ例外があるとするなら……。

 

 

「なんで同じ鬼が俺を狙ってるんだよ!!」

 

 彼と同じ鬼がその一つに挙げられる。

 

 最初、その鬼は気安く話しかけてきた。

 紳士的な雰囲気の鬼だった。他の鬼は醜悪に顔を歪ませ、高圧的かつ野蛮な態度で接していたというのに、あの鬼はまるで人間のように話しかけてきた。

 だから彼は調子に乗ってしまった。俺の方が強いからコイツは媚びを売っていると。その結果、彼は必要以上に口が軽くなってしまった。

 彼はべらべらしゃべってしまった。自分が女を食うのが好きだと。女を犯しながら食うのが好きだと。泣きわめく女を見るのが好きだと。手足を食って苦しみ悶える女が好きだと。そして人間の頃からも強姦を続け、権力で全てもみ消していたと。

 

 

『よかった。これで君をぶちのめす大義名分が出来た』

『はぁ? おめぇ何言って…へぶしッ!』

 

 

 途端、その鬼は彼を殴った。突然のことで彼は対処できずモロに食らう。そして怯んでいる間に何発も食らった。

 無論、彼も抵抗した。こんなヤサオみたいな鬼に負けてたまるかと。しかしその行為は無駄に終わった。

 

 ヤサオだと見くびっていた鬼は強かった。武の心得のある者特有の動き。それは、彼をこの山に閉じ込めた剣士たちを彷彿させた。

 それだけではない。あの鬼にやられた傷は治りが遅い。鬼の身体なら骨を折られようが肉を裂かれようが瞬く間に再生するというのに。

 

 彼の決断は早かった。

 即座に逃げる。この逃げ足の速さと危機察知能力が今まで彼を憲官から助けてくれて来た。

 しかし、それも年貢の納め時である。

 

「があッ!」

 

 足に痛みが走った。

 この彼は感覚を知っている。これはあの鬼の……!

 

「君けっこう逃げ足早いね。…ま、私ほどじゃないけど」

 

 き…来やがった! あの鬼……大庭葉蔵だ!

 

 大庭家は有名な名家である。

 いくつもの会社を所有する華族であり、その三男坊もまた天才だと有名であった。そんな奴が何故ここに……!!?

 

「(に…逃げなくては!)」

 

 今はそんなことはどうでもいい。今大事なことは現状をなんとかすること。

 しかし逃げ道はない。ならばやることは一つ……。

 

「おら――ぶっ!」

 

 ヤケクソ気味に彼は殴りかかる。

 その拳を放つのは鬼の力である。

 常人ではとても捉えられぬ、人間を遥かに超えた速度。とても耐えられるものではない。

 

 しかし葉蔵も彼と同様の鬼。故に葉蔵は視えていた。彼の動作が。

 テクニックなど何も無い、ただ右腕を振り上げて落とすだけ。

 

 左腕を持ち上げ、迫り来る彼の右腕に交差させるように組み合わせる。

 ズシリとした重さが圧し掛かる。しかし葉蔵の左腕は微動だにしなかった。

 

 ほぼ同時に迫りくる葉蔵の拳。ソレは吸い込まれるかのように彼の顔面へとスムーズに当たった。

 

「ぐあああああああああああああああああああ!!!」

 

 彼は痛みのあまり顔を抑える

 鬼とて痛覚が存在しないわけではない。いくらすぐに再生するとはいっても痛いものは痛いのだ。当然怯みもするし痛む。

 その上、葉蔵の針による追撃で再生を阻害されたのだ。いくら鬼とて到底無視できるダメージではない。

 

 敵はダメージによって怯んでいる。更なる追撃のチャンス。しかし葉蔵は走り出すことなどせず、歩いて間合いを詰める。

 

「クソ!」

 

 痛みを無視して再度殴りかかる。だが葉蔵はそれを避けようとせず、突き出された腕を横から弾いて容易に受け流してしまう。そして空かさず一度に二度三度四度と葉蔵は拳を突きさす。

 

「グウッ!グワッ!ガッ!」

 

 苦しむ姿にも同情することなく、何度もボディーブローを浴びせる。

 内臓をぐちゃぐちゃにかき回して粉砕する拳。無論再生阻害の針付きである。

 

「ぐ…うううう……」

 

 彼は腹を押さえて蹲る。しかし鬼は同情なんてしない。容赦なく攻撃……いや、拷問を続行する。

 

 

 

 

 手刀を首に振り下ろす。首の骨が折れ、顔面が地面に衝突、硬い地に叩きつけられた顎にヒビが入った。

 

 背中に踵落としが落ちる。背骨が折れ、地面と鬼の踵にサンドされた体は悲鳴をあげた。

 

 足で地面に縫い付けた状態で腕を引っ張られる。吊り天井固めにされた状態で腕を引っこ抜かれた。

 

 彼の体を裏返して馬乗りになり、足を反り返らせながら足をねじる。逆エビ固め状態で膝から下を持っていかれた。

 

 

 

 

 

 戦いとすら呼べなかった。

 常人では決して耐えられない鬼の力を駆使して、同種である鬼を解体する。

 しかし、葉蔵はまるで幼子が虫を潰して遊ぶかのように解体した。

 

「……弱い」

 

 小さく呟かれた言葉。おそらく誰に告げるでもない独り言だったのだろう。

 

 彼は葉蔵の言葉に反応するように蠢く。

 手足を失い、首と背骨を折られ、内臓を蹂躙された彼に出来ることはソレしかなかったのだ。

 

 力任せに引き千切られた手足の根本の肉が、まるで腐肉から大量の虫が湧き出すように盛り上がり、じわじわと再生を始めようとしている。

 恐るべきはその再生力。たとえ四肢をもがれようともすぐさま再生する……はずである。

 

 いつの間にか撃ち込まれた針。

 裁縫針程の赤い針が。たかがその程度の針が。鬼の再生力を封じた。

 

 鬼が彼の頭を掴む力を少しだけ強める。

 喉を潰され、叫ぶことの出来ないが吐き出す血に濁った呼気は苦痛からか怒りからか。

 

「もう少し付き合ってもらうぞ」 

 

 殺してくれ。そう叫ぼうとするも声は出ない。

 その反応を見て、葉蔵はウンウンと頷いた。

 

「嬉しいかい? だけどもっと喜んでくれて構わないよ。君が楽しんだ女性たち以上の苦痛を与えるから」

 

 にっこりと、幼子のように笑う葉蔵。

 その笑顔は、傍から見れば年相応の可愛らしいものだった



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

 しばらくの試行錯誤の末、血液中だけでなく、細胞中に含まれる極上の因子を抽出することに成功した。

 

 やり方は結構簡単だった。

 まず私の針を相手の体の中に刺す。すると体内に入った針は周囲の因子と結合して根のように拡がってゆく。どうやらこの針は鬼の血に触れることで支配圏を広げることが出来るらしい。全身に広がった針の根は肉体に含まれる因子も絞り出してくれる。

 そうして集めた極上の因子を液状に戻し、竹筒に注いで香りを嗅いだり飲んだりする。

 

「あぁ…助け……」

「黙れ」

 

 針の根は無限にデカくなるわけでも、無限に絞り出せるわけでもない。成長限界は存在し、根が伸びない部分からは極上の因子を抽出出来ない。だから全身から搾るためには複数の箇所を刺す必要がある。

 

「では何本刺せばいいのか、全て吸い尽くしたらどうなるか実験する」

「や…やめ……」

 

 鬼の命乞いを無視して全身に針を刺した。

 コイツのおかげで大分針の扱いが上手くなった。回数を重ねることで針と血液の結合率も高くなり、結合するまでの時間も短縮出来るようになった。ま、気持ち悪いからコイツの因子には触れないけどね。

 

「これで最後だ。お前はもうお役目御免。死んでいいよ」

「ぅ……ぁあ……」

 

 針を脳天に刺す。頭から生えた針の先から極上の因子が噴出し、同時に性犯罪鬼の肉体は黒い灰となってボロボロと崩れた。

 

「なるほど、やはり予想通りこの因子が私たち鬼にとっての命綱か」

 

 予想はしていた。おそらくこれがあの男に注がれた因子―――鬼の源なのだろう。

 これがあるから鬼は鬼として生きていける。しかし抜けば人間に戻るわけではない。不可逆ということだ。

 そしてこれが濃ければ濃いほど強い。故に鬼たちは共食いでこの因子を取り込もうとしているということか。

 

「なるほど。つまりやることは今と変わらないということか」

 

 そう、これでやることはハッキリした。……自己鍛錬と共食いだ。

 

 より鍛えて強くなる。針の生成速度や強度を上げ、因子をより奪う事でより強い鬼となる。

 より多く鬼を食らう。極上の因子を多く取り込み、支配下に置くことでより強い鬼となる。

 

「フ…フフフ……」

 

 目標は定まった。強くなる、ただそれだけ。

 手段も定まった。自己鍛錬と鬼を食うこと。

 

「フハハ……」

 

 俄然やる気が出る。

 前世の何をすれば分からない世界とは違って実にシンプルな世界。

 手段も目的も分かりやすい。そして今の私には達成する力がある。

 

「ンフフフフ……フフフフフ……ハァーハハハハハハハハ! アッハハハハハハハハハッハッハッハッハ!!!」

 

 笑いがこみ上げる。 さっきまで我慢していたというのに、堰が切れたかのように私は笑った。

 見つけた。やっと見つけたぞ! コレだ……コレこそがそうなんだ!

 コレこそ空っぽな私を埋めてくれる何かなんだ!

 

 俺も私もつまらない人間だった。贅沢な環境にいながら満たされない。かといって自分から動くことも出来ず、ぬるま湯から出ることも出来なかった。

 だが今は違う。今の私は鬼の世界にいる。

 弱肉強食の世界。暴力と流血に塗れた、鬼の世界なら私の生きる理由が見つかるかもしれない。

 

「では、そのために成すべきことをするか……」

 

 鬼の気配のする方角に足を向ける。

 

 まだまだ夜は長い。休むにはあまりにも早すぎる時間だ。

 ならば暴れよう。全ての鬼を狩り尽くそう。心の赴くまま生を実感する何かを探そうではないか!

 

「ククク…」

 

 自然と笑いがこぼれる。

 おそらく今の私は生き生きとした顔をしているのだろう。

 そうではなくてはおかしい。なにせ今は……。

 

 

 

 

「さあ、私を楽しませてくれ」

 

 こんなにもワクワクしているのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

 あの性犯罪者をぶっ殺してから気分がいい。

 ムカつく奴を消してスッキリしたということもあるがそれよりもいいことがあった。

 なんと私の針の威力が上がったのだ。

 

 前まではせいぜい裁縫針程度だったのが今では20㎝近く、そして直径5㎜程になった。

 強度もそれなりに頑丈。私の力でも安々とは折れない。

 

 私はコレを武器として使用した。

 拳を握り締め、指の間から出すことで拳の延長のように使っている。

 イメージはウルヴァリンだ。

 

 そしてこの針、着脱可能である。故にこれを投げることで手裏剣みたいに使ったり、持つことで苦無みたいに使うことが出来る。

 

 

 針のサイズが大きくなったおかげか、針の根の成長速度と支配圏も格段に上がった。

 昨日襲ってきた鬼に針を一本だけ刺したが、大体三秒ほどでその鬼は内部を破壊することで無力化した。

 刺す場所によって違いは出るが大体五本ほど刺せば全身の因子を完全に絞り取ることが出来る。

 一本刺して戦闘不能にした後、残りを刺して因子を頂く。そういうスタイルを思いついた。

 

 ではこの戦法の実験を始めようとするか。

 

 

 

 

 

 

 藤襲山のとある開けた場所。そこで鬼たちが争いをしていた。

 別に珍しい光景ではない。この山ではよくあることだ。

 鬼とは共食いの習性がある。故にこれもその一環であろう。

 ただ、今回はいつもと少しだけ事情が違った。

 

 鬼は集団で一匹の鬼に群がっている。

 集団の鬼たちはこの山でも比較的長くいる鬼。

 対する一匹の鬼はこの山どころか鬼としても新参者。つい最近鬼と化した少年、大庭葉蔵である。

 

 

「しね…がッ!」

 

 右腕を振り下ろす一匹目の鬼。葉蔵はソレを半歩下がって回避した。

 それと同時に繰り出す拳。右腕で強烈なボディブローを叩き込んだ。

 鈍い音と共に体がくの字に折れ曲がる鬼。

 葉蔵の拳から伸びた針が深々と刺さった。

 

「おら…ぶっ!」

 

 二匹目の鬼が殴りかかる。

 しかしそんな攻撃など当たるはずがない。鬼の拳を横から手で叩いて弾き、突き出された顔面に強烈な右ストレートを浴びせる。

 鼻の骨どころか顔面を粉砕する葉蔵の拳。同時に彼の拳から針が飛び出す。

 

 

「調子に乗るんじゃ…ぐげえ!」

 

 葉蔵に刀を振り下ろす。これにも葉蔵は引くことなく前進し、柄を握る手を横から弾く。

 目標を外れて地面に打ち付けられる刀と同時に繰り出された葉蔵のアッパーが鬼の腹を綺麗に捉える。

 一瞬宙へと浮かび上がり、仰向けに倒れる鬼。

 

「ヒ……ヒイッ!」

 

 瞬く間に三匹の鬼を倒してしまった葉蔵に恐怖心を覚えながらも、逃げ切る自信がなかった4匹目の鬼は、ヤケクソ気味に小太刀を突き出す。

 だがそんな物が葉蔵に当たるはずもなく、やはり柄を握る手が真横へと弾かれ、向けられた横腹に右フックが食らわされる。

 もちろん同時に針も飛び出した。

 

 これで全てだ。そう安心しかけた瞬間、葉蔵目掛けて刀が飛んできた。

 

「あぶなッ!」

 

 葉蔵は咄嗟に4匹目の鬼の頭を掴み、引っ張りよせる。

 盾にされた鬼の首が刀によって刎ねられる。

 

 役に立たなくなった肉壁を捨てる葉蔵。

 同時に針を投擲。

 目標は刀が飛んできた方角だ。

 

「ぎゃああああああああああああ!」

 

 針が当たると同時に刀を投げたであろう者―――5匹目の鬼は絶命した。

 

「(あ…ありえねえ!!)」

 

 五匹目の鬼が死ぬ様。ソレを目撃した6匹目の鬼は戦慄した。

 なんだ、なんなんだあの鬼は。新参者の分際で何故これほど強い。そもそも何故あんな小さな針で鬼を殺せる!?

 おかしい。不条理。こんなのあっていいわけがない!

 

「そこにも鬼がいるな?」

「―――!!?」

 

 心臓がびくりと跳ね上がった。

 まずい、気づかれている、ならば奴の次の獲物は俺……。

 

「ふ…ふざけるなァァァァァァぁぁ!!」

 

 咄嗟に茂みから飛び出す鬼。

 冗談じゃない。あんな鬼狩りみたいな鬼……いや、それ以上にヤバい鬼と一緒の場所に居て堪るか!

 

 全速力で逃げる。鬼の肉体をフル活用して森の中を疾走……しようとした途端、足にプツッと痛みが走った。

 

「あ……あれ……?」

 

 動かない。まるで麻酔でもされたれたかのように、足に力が入らない。

 なんだ、一体俺の体に何が起こっている? 分からない。訳が分からない!

 

「う~ん、やっぱり刺す場所に依存してしまう。足を刺した程度では下半身を乗っ取るのが精々だ」

 

 いつの間にか鬼に近づいて見下ろす葉蔵。

 

「な…何を……」

「実験だ。複数の鬼とどれだけ戦えるかのね」

 

 トスっと、再び針を刺す箇所は鬼の頭と胴体。ソレと同時に鬼の体内を何かが蹂躙した。

 針は瞬く間に鬼の血液と結合して根を張り、鬼の肉体をズタズタに、体中の因子を奪う。

 そう、これこそ常軌を逸する再生力を持つ鬼共を殺す力。鬼を食らう針の能力である。

 一本でも刺さればアウト。根が張り巡らされた箇所はもう二度と動かない。

 

「さて、では食事としようか」

 

 後ろに目をやる。既に鬼たちの体は根によって蹂躙され、因子を葉蔵に提供するだけの装置と化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(……強い)」

 

 丘から下の森を見下ろす一匹の鬼。

 その鬼は葉蔵の戦闘を一部始終眺めていた。

 

 最近、同族が減ってきた。それだけなら嬉しい。競争相手がいないならあの日になれば満杯になるまで食えるかもしれないから。

 だが強い鬼によって食われて減るのは問題だ。

 

 鬼は『あの方』の血によって生まれ、またその血を追加で摂取することで更に力を増幅させることができる。

 あの方の血を体内に含む鬼を一体や二体ではなく、何体も取り込めばどうなるのか。その結果があの鬼である。

 

 あの鬼は強い。しかも同族食いに積極的で、鬼を殺す手段も持っている。

 

「なんとかしなくては……」

 

 このままでは自分も食われる。早く手を打たなければ。

 鬼は無い知恵を絞るも良いアイディアは出ない。

 

 鬼が強くなる方法は一つ。人を食うことである。

 人を食えば食うほど肉体を変化出来る。逆に言えば何も食えなければ何も変えられないという事でもあった。

 

 早く、早く食わねば。なんでもいい、早く食って力を付けねば……!

 鬼の焦りが最高潮に達した瞬間、一匹の鬼が彼の前を素通りしようとした。

 

「何だお前、同族か。クソッ、人間だと思ったのに。……あぐッ!?」

「…………そうだ。あいつと同じようにすればいいだけじゃないか」

 

  通り過ぎようとした鬼を背後から羽交い絞めにする。すると、鬼の腹がまるで口のように、縦に開いた。

 醜い女性器のような口。内部には牙のような歯が立ち並び、ミミズのような舌が不気味に蠢いている。

 

「や、やめろォォォォ!! お前ッ、同族を食うのかァァァァァ!!?」

「そう嫌がるな。あの鬼に食われるか今俺に食われるかの違いだぜ?」

「な…何言って……ぐぎゃっ」

 

 グチャリ、グチャリと頭から食われる雑魚鬼。

 

 不味い。腐りかけの魚みたいな味だ。

 しかし久しぶりに取り込む新鮮な血肉に体が歓喜し、肉体が変わるのをその鬼は感覚で理解した。

 

「クヒ、ククククク……。いいぞ、この調子であの鬼も食ってやらあ!」

 

 醜い鬼の狂った笑い声が夜空に木霊する。

 

 なかなかいい気分だ。味は最悪だが、自身が強化される感覚は心地よい。

 この切っ掛けを与えてくれたことには感謝せねば。このお返しとして、味わって食ってやる!

 

 

 

「まずいなあ。同族の肉ってこんなにもマズいのかよ」

 

 

「うわっ。ゲロまずじゃん。あの鬼はこんなのばっか食べてたの?」

 

 

「マズい。だが強くなるのを感じる」

 

 

 

 似た考えを持つのは一匹だけではなかった。

 山のあちこちで同族を積極的に食らう個体が現れる。

 あの同種食らいに対抗するため。この山に閉じ込めた剣士に復讐するため。ただ腹が減ったから。

 理由は様々だが目的は一緒。更なる力を得ること。

 

 

 

 

「覚悟しろ同族食いめ。あのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!」

 

 今、藤襲山の鬼たちが大きく変わろうとしていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話

今のところ原作キャラとの絡みはありません。しばらく藤襲山で鬼と遊ぶシーンが続きます。
というのも、今はまだ葉蔵も鬼として新人なので藤山で鍛えようと思ってます。


「うまうま」

 

 やあ皆さん、私だよ。大庭葉蔵だよ。

 私は今、釣った魚を捌いて食している。

 この山には川が流れており、魚などの生物もちゃんと生息している。

 で、釣りをしてみたら案の定釣れたのだ、

 

 針と糸は私の針で代用している。

 一気に鬼を十匹以上仕留めたおかげか、針の形やサイズなどをある程度変化出来るようになった。

 針を槍状にして投槍をしてみたり、糸状にしたりと。色々試してみた。

 

 どうやら私の針はまだそこまで大きく出来ないらしい。

 せいぜい五十cm程度。それ以上拡大することも出来るがその際は脆くなってしまう。

 糸も同様だ。長くすればするほど切れやすくなってしまう。

 日常生活に使うのはいいが実戦に使うのはまだ当分先のようだ。

 

「さて、次は本格的な狩りといこうか」

 

 火を消して後ろに振り向く。

 

「出て来たら? さっきから気づいてるよ」

「……」

「それで、何か用か」

「決まってるだろ?」

 

 鬼は醜悪な笑みを浮かべる。

 

 

 

「オモテに出ろ。テメエか俺か、どっちが食う側か決めようぜ」

 

 

 にやり。私の口の端が釣り上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藤襲山の開けた場所。

 二匹の鬼が僅かに距離を詰めて睨み合う。

 

 新参者の鬼、大庭葉蔵。

 相対するはこの山でも比較的古い鬼。

 

「ふんっ」

 

 優先権を先に獲得したのは古い鬼。彼は口から何かを吐いた。

 何を吐いたかは目視出来なかった。しかし当たればヤバいものという事は理解して咄嗟に回避。サッと横に跳んで避ける。

 

「(バカめ!)」

 

 古い鬼は内心ほくそ笑んだ。

 この攻撃はただ避ければいいなんて生易しいものではない。第一の攻撃を避けても、第二の刃がある!

 

 突如、吐き出された何かが軌道を変更。

 葉蔵の首を通り過ぎたはずの何かがUターンして背後から襲い掛かった。

 

「うわッ!」

 

 これも葉蔵は対処した。……いや、ビビった様子からすると、咄嗟の反射に見える。

 急にしゃがんで何かを回避。飛んできたソレは葉蔵の頭を通り過ぎながら鬼の元に戻ってきた。

 

「運がよかったな小僧。俺の舌を二度も避けるとは」

「…なるほど、攻撃の正体はお前の舌だったんだね」

 

 攻撃の正体は鬼の舌だった。

 蛇のように長く撓る鬼の舌。先端には鋭い棘が生えており、側面にも細かい刃がびっしりと付いている。これをカメレオンのように伸ばすことで攻撃していたのだ。

 

 

 今度は葉蔵の番。彼は右手に生えた針を投擲する。

 

「そんなんが当たるかよ!」

 

 鬼は跳んで避けながら舌を放つ。

 それなりにこの山の同族を食ったおかげで運動能力は他の鬼よりも上がっている。こんな針など容易く避けられる!

 更に、弓や銃と違って、この技は地面に足を付ける必要などない。

 たとえ一撃目が外れても軌道を修正することでまた当てることが出来るのだから。

 

「くっ」

 

 しかしこれも葉蔵は対処。

 裏拳を打ち上げるかのように舌の下部分を殴って防ぐ。

 少し切れる葉蔵の拳。たらりと血が滴っていた。

 

「じゃあ次は本気でやるぜ!」

 

 先ほどよりも速く放たれた舌。

 ソレは無意識に命中しやすい的に、胴体部分に向けて放たれる。

 舌の切断力は驚異的なものであり、急所を狙う必要すら無い。ただ胴体の何処かに当てさえすれば相手の命を刈り取れる。

 そして、舌である以上、軌道を途中で変更も可能。無規則に動きながら葉蔵へと向かった。

 

 舌という特殊な武器は牙や爪といった一般的な鬼の武器に比べ、トリッキーな動きから初見では避けにくい。

 速度を維持しながら独特の軌道を進み、葉蔵の死角から襲い掛かる。

 一歩下がって舌を避ける。今度は葉蔵の背後から戻りざまに脇腹を狙う。

 

 ガキンと、硬いものがぶつかる音がした。

 いつの間にか葉蔵が手にしていた長い針が舌を受け流していたのだ。

 ゆっくり歩き出す葉蔵。

 鬼が続けざまに放つ舌を逆手に持った長い針で切り払いながら、徐々に歩くスピードを上げていく。

 

 不味い。獲物を誤った。

 この鬼は戦い慣れている。

 恐らくは未知であろう鬼の攻撃に対する冷静な対処。

 あのビビったような避け方もわざとやったのだろう。

 

 

「く…クソ!」

 

 再び舌を放つ。今度は本気の本気だ。

 舌を限界まで圧縮させる。

 イメージは弓。極限まで引き絞った弓を、一気に開放して矢を放つ。

 

「(これで死ね!)」

 

 一気に舌を解き放つ。

 ソレは爆発するかのように弾けた。

 

 回転しながら進む舌先の針。まるで弾丸のごとく大気を貫き、彼に襲い掛かる。

 直線的な動きしか出来なくなるが、その威力とスピードは通常時のソレとは比べ物にならない。

 だが、葉蔵にソレが当たることはなかった。

 

「(……え?)」

 

 前方に飛び込むようにして大きな前転を行う。

 先ほどまで葉蔵が立っていた位置に舌が通り過ぎた頃には、葉蔵は鬼の懐に飛び込んでいた。

 

「らあ!」」

 

 その勢いのまま針を鬼の腹に差し込む。

 体内に侵入すると同時に拡がる針の根。

 鬼の体をズタズタに裂きながら奥深くへと、体中に根を張った。

 

「……!……!!?」

 

 言葉どころか悲鳴すら上げられない鬼。

 当然である。声を出す器官は既に針の侵略によって機能を停止しているのだから。

 

「……」

 

 首を伝って脳にまで浸食する針の根。

 プツッと脳の神経の一部に針が刺さった途端、鬼の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬鹿め、と言ってやろう。

 自身が特別な力があるのだから、相手も持っていて当然であろう。

 なのに自分だけが特別だと思って見くびった。ソレが貴様の敗因だ。

 

 舌による自由自在な攻撃は見事だが、ソレを使う鬼は弱かった。

 自分の持ち味をほとんど使いこなせてない。

 特に最後の攻撃はなんだ。トリッキーな動きが持ち味なのに何故わざわざ潰す?

 おそらくアレが奴の必殺技のようなのだろう。しかし、普通ああいうのは相手に隙を作らせてからやるものだ。

 折角あんな予測の難しい攻撃が出来るのだ。ソレで相手を翻弄させてから必殺技を放つ。これがセオリーのはずだ。

 

 しかしおかげで私の改善点が見つかった。

 

 私の攻撃にはリーチがない。

 針を投げることで一時的に伸ばすことは可能だが、一度に生み出せる針には限りがある。無駄遣いは出来ない。

 

 私の攻撃も直線的だ。

 接近戦はまた別だが、先ほどのように針を投げるだけでは避けられてしまう。

 現に、さっきの鬼は私の攻撃を避けたではないか。

 

 私の攻撃速度も問題だ。

 投げるという予備動作がある以上、多少目が良ければある程度予測させてしまう。

 投擲術を指南してくれる人がいればいいのだが生憎そのような者がこんな山にいるはずがない。

 

 考えすぎだと思うことなかれ。これらの問題点は放置すれば致命傷になりかねない。

 

 

 もしあの鬼がもっと早かったら?

 もしあの鬼がもっと接近戦が強かったら?

 もしあの鬼がもっと能力を使いこなしていたら?

 

 

「……もっと鍛える必要があるな」

 

 今よりも強くならなくては。でなければ食われたのは私の方かもしれない。

 

「ふ…ふふっ……」

 

 恐怖のせいか、私の口から笑い声が漏れた。

 




・舌鬼
葉蔵に戦闘を挑んだ、舌を武器にする鬼。
人間の頃から詐欺師として犯罪を繰り返しており、平然と嘘をついて人を貶める精神を無残に見込まれてスカウトされた。
人を見下し油断する性分。故に若造どころかまだ子供である葉蔵を侮って返り討ちになった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話

「うまうま」

 

 あれから一週間近く過ぎた。

 

 この7日間、私は自身の能力の開発に集中している。

 あの鬼を食ってから私の肉体に変化が生じた。十三程で止まっていた筈の肉体が急に成長し、額からはユニコーンのような一本の角が生えている。

 能力も少し強化された。前までは25㎝ほどしか伸ばせなかった針が、今では90㎝近く、それに準じた太さにまで形成出来る。

 形も融通が利くようになった。先端部に無数の刺を生やしたり、鍵爪や返しを付けたり、より遠くに投げやすい形にすることが可能となった。

 よって私はこれらを使いこなす練習をしていた。よりスムーズに、かつ、より質の高い針を作るために。

 

 

「ハフハフ…」

 

 これもまた針の修行の一環である。

 野生のイノシシを針で作った槍で仕留めるのも。

 偶然拾った刀で肉を切り、針を串にして肉を焼くのも。

 石をフライパン代わりに、針を箸代わりに使うのも修業の一環である。

 

 

 ここしばらくの間、私はずっと鬼の血ばかりを口に入れてきた。

 鬼の血はうまい。格別に美味い。だが、ずっと液体だけでは飽きが来るのは当然のことだ。

 そこで、訓練の序でに肉や魚を確保することにした。

 

 90㎝近くの針を形成し、槍や銛の代用として使う。

 結果は御覧の通り。投槍も漁もうまい感じに出来た。

 後は食材を拾った刀で解体して食べるだけ。これも初めてやったにしては上手くいったと思う。

 

 仕留めた獲物に針を刺してみたが、鬼のように血の根が拡がることはなかった。

 どうやら私の針が効果を発揮する対象は鬼だけらしい。

 考えてみれば当然だ。私の針は鬼に含まれる(・・・・・・)因子と結合することで成長する。ならば、因子の無いものに打ち込んでも変化するはずがない。なにせ周囲に材料(・・)がないのだから。

 

「ん?もうないのか」

 

 肉に手を伸ばそうとしたが無くなってしまったので追加を作る。

 

 加熱した平べったい石に脂の塊を加えて溶かす。

 脂が溶けて来た所で猪肉を丁寧にフライパンの上に置く。

 いい香りだ。肉の焼ける音も食欲を刺激させる。

 

 ステーキを焼く時もバーベキューをするときも。何度も食材をひっくり返すのは論外だ。

 ひっくり返すのは1度だけ、それも肉の表面に脂が浮いてきたそのタイミングだ。

 焼き加減でレアなのか、ミディアムなのか、ウェルダンなのかを決めるのだが、私にはそこまで見極める技術がない。なのでそこは適当に。

 

 十分焼きあがったところで針をフォーク代わりにしていただく。もちろんナイフなんてものはないのでかぶりつく状態で。

 口を大きく開き、限界まで肉を中に入れて頬張る。少々下品な食べ方だが偶にはいいだろう。

 今までお坊ちゃまとして礼儀良くしていたのだ。今日ぐらい許してくれ。

 

 

 がぽ…ぎゅううううううう…ちゅるん。

 もにゅもにゅもにゅ。ごっくん。

 

 うん、まずい!

 

 

「やはり下処理しなくては美味くないか……」

 

 焼き肉のたれや胡椒どころか、塩すらかけてないのだ。美味いわけがない。

 雑味がひどい。臭みもある。血抜きはちゃんとしたというのに、血管に詰まって生臭さを残している。

 脂身はあるがそれ以外は落第点だ。こんな状況でなくては食べる気など起きない。

 

 私の舌はかなり肥えている。

 前世では大正の世では考えられないような美食を味わい、今世では上流階級の者しか口に出来ない物を味わってきたのだ。

 今更こんな不味い肉で満足出来るはずがない。

 

 しかし今の私は猛烈に腹が減っている。食わなくてはやっていけないのだ。

 

「……見ての通り食事中なのだが?」

 

 火を近くに置いた水桶で消し、空になった桶を投げつける。

 カコンと、森中に響く桶が落ちる音。……真っ二つになった状態で。

 

「食事中悪いがお前と戦いたい。付き合ってくれるか?」

「よく言うよ。それ以外の選択肢なんて用意してないくせに」

 

 口では疑問形に言ってるが、奴の目は拒むことを許さないと言っている。

 だがそれでいい。それでこそ鬼というものだ。

 

「来なよ。食後の運動に付き合ってやる」

 

 足元にあらかじめ用意した針の剣を拾って構える。

 

 机上の実験は終わった。ならば次にやることは決まっている。実戦による実験だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キンキンキン。

 山奥のとある開けた場所。

 そこで金属をぶつけるような摩擦音が響く。

 音源は二つ。互いの武器をぶつけ合う二匹の鬼だった。

 

「死ね!」

 

 指先から小太刀のように伸びる爪を振り下ろし、敵の命を刈り取ろうとする。

 いや、それは爪ではなく刀だった。まるで指の一本一本に小太刀が融合しているかのような、歪な爪。

 これこそこの鬼、爪鬼の武器である。

 

 対するは葉蔵。剣のように長い針を杖のように振り回して爪鬼の攻撃を防いだ。

 

 今度は葉蔵が攻撃する番。

 長針をフェンシングのように構え、踏み込みながら突き出す。

 狙いは当たりやすい胴体。紅の軌跡を、爪鬼はギリギリまで引きつけ、両手の爪で弾いた。

 

 

 仕切り直し。葉蔵は即座に爪鬼の間合いから飛び退いて、フェンシングの構えを取る。

 爪鬼は爪を向けて正眼に構える。

 

 それが再開の合図だった。再び放たれる葉蔵の一撃。爪鬼は迫る針を両手で切り払った。

 鬼の怪力による剣戟に葉蔵は一歩も退かない。彼もまた鬼の怪力で対抗。針の速度が徐々に上がってきている。

 

「ぐあっ」

 

 剣戟で勝利したのは葉蔵。彼の針が徐々に爪鬼の体を掠め、遂に一撃が当たった。

 追撃しようと腕を引いて突きの構えを取る。瞬間、爪鬼は地面を引っかき、土を掬い上げた。

 

「ぐッ」

 

 葉蔵の目に砂が掛かる。砂による目くらましだ。

 鬼の肉体がいくら頑強とはいえ、基本的な構造は変わらない。

 鬼とて斧や鉈で切断可能なのだ。人間ほどではないものの、砂が目に入れば怯む。

 

 接近する爪鬼。葉蔵は咄嗟に針を投げてけん制した。

 だがそのいずれも爪鬼は爪で防ぎながら前進してくる。

 しかしそれでいい。ほんの僅かだが回復する時間を稼げた。

 コンマ一秒にも満たない隙。しかし鬼同士の戦いではソレが生死を分けることになる。

 

 振り下ろされる小太刀の爪。しかしそれを構えた針で受け止める。キンッという鈍い音と散る火花。

 今度は連続で切りつける。しかし全て葉蔵に防がれた。

 

 爪を振るう。半歩下がって避ける。

 返しの手で引っかく。腕を弾いて防ぐ。

 反対の手で爪を突き刺す。体を捻って避ける。

 

 避ける。防ぐ。弾く。そして反撃。

 立て続けに襲い来る攻撃を一つも洩らすことなく防いでいき、時に切り返す余裕も見せる。

 戦闘のペースは葉蔵が支配している。彼は爪鬼の動きを読んでいた。

 

 懐に深く潜り込みながら、地に足が付く前に伸びる爪。これを葉蔵は半歩下がって避ける。

 にやりと内心ほくそ笑む爪鬼。

 斬撃は囮。本命は踏み込むと同時に繰り出した踏みつけ。これで足を潰し、動きを止める。

 

 しかしこれも葉蔵に読まれていた。

 スッと足を引いて爪鬼の踏みつけを避ける。それと同時に繰り出される膝蹴り。

 爪鬼の進む力(ベクトル)と蹴りのタイミングがうまい具合にかみ合い、肋骨を何本か折った。

 

「ぐえッ」

 

 吹っ飛ぶ爪鬼。追撃をしようと向かう。

 

「待て…!?」

 

 しかし何故か途中で中断。何もない箇所目掛けて長針を振るう。

 一体何故そんな一見無駄に思える行動をしたのか。そんなことは爪鬼にとってはどうでもいいことだ。

 大事なことはただ一つ、葉蔵が隙を晒したという一点のみ。

 

「死ね!」

 

 懐に入り込み爪を振りかざす。

 背後からの奇襲。狙うは首筋。

 決まった。これで勝った。

 

 コイツを食らえば更なる力を手に入れられる。

 

 勝利を確信したが故か、現実を認識するのが遅れる。 

 肉を斬る感触がない。

 

 彼が過ちに気付いたのは景色が反転してからだ。

 次いで走る激痛。

 体中を蟲か何かが食い破って侵入し、暴れているかのような感覚。

 

 何故、何があった。

 疑問が爪鬼の思考を埋め尽くす。

 

 だが、実際に起きたことは単純だ。

 

 

 首狙いの一撃を、葉蔵は身体を左に逸しながら前進。

 がち、と。爪鬼の腕を左に抱えるようにして掴んだ。

 ぐるん、と。爪鬼の腕を持ち上げ回し、地面に叩き付ける。所謂背負い投げである。

 空かさず針を振り下ろす。

 どすりと刺さった針は爪鬼の肉体に根を張り、内部をズタズタにした。

 

「こんな、バカな……俺は……強いのに……」

 

 因子を奪われることで再生能力を失い、雑魚鬼以上の頑強さのせいでなかなか死ねない痛み。山から脱出する事が不可能になった絶望に呻く。

 

「違う、俺は……。俺は、何人も……何人も殺した……人間の…頃から……斬ってきた……」

「あっそう」

 

 葉蔵は長針を拾い、作業のように爪鬼の体へ突き刺した。




・大正コソコソ噂話その1
葉蔵の家は武家から華族になったタイプであり、元武家の家族として大庭家の男子は全員武術を習得している。
中でも葉蔵は武術の才能があるらしく、両親は彼に期待したらしい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話

「(不味い不味い不味い!)」

 

 藤襲山の中、一匹の鬼が必死に逃げていた。

 この鬼はずっと見ていた。葉蔵と爪鬼の戦闘を鑑賞し、ずっと漁夫の利を窺っていた。

 

 最初、鬼は共倒れを期待していた。

 鬼同士が争っているのを見つけた時はそりゃもう喜んだ。

 楽して強い鬼を二匹も食える。これであの異形種に対抗し、取り込んで更なる力を手に入れ、この忌々しい山から抜けてやる。

 

 しかし結果はどうだ。あの鬼……針鬼は爪鬼よりも格上ではないか。

 少し爪鬼の手助けをしてやったつもりだが逆に気づかれてしまった。

 その上、自分が隙を作ってやったというのに爪鬼はダメージを与えることすら出来ずに退場。期待外れもいいところである。

 

「(早く…早く逃げねば)」

 

 いや、今は死んだ鬼のことなんてどうでもいい。

 死んだ者を責めることなんて後でいくらでも出来る。とにかく今は逃げることだ。

 

 あの鬼は自分の存在に気づいた。……いや、最初から気づいていた。でなくてはあの不意打ちに対抗出来るはずがない。そして、こちらを気にしながら戦えるわけがない。

 

 爪鬼はやられた。なら次は俺の番……。

 

「い……いやだ!」

 

 鬼は叫んだ。

 あんな死に方なんてしたくない。

 せっかくこんな素晴らしい力を得たのに……まだ何もしてないのにッ!!

 せいぜいちょっと女子供を食ったぐらい。こんなの割に合わねえだろうが!

 

「随分お忙しのようだねエ」

「ヒッ…!」

 

 振り向くといつの間にか針鬼……葉蔵が後ろにいた。

 

「さて、君は私を食おうとしたんだ。なら私に食われても仕方…ないよね!」

 

 会話の途中に投げられた血の針。

 その数は5本。おそらく牽制のいためだろう。

 しかし牽制でも一本当たれば即アウト。確実に回避しなくてはならない。

 

 だが、何も問題はない。

 

「なにッ!?」

 

 急に、鬼の肉体が細くなった。

 ベキベキと音を立てて体を折りたたむ。

 大体八尺ぐらいだろうか。

 

「……へえ、そんなことも出来るんだ」

 

 口調こそ軽いが内心かなり驚く葉蔵。

 鬼は関節を外したのではない。骨をバラバラにして捩じり、自身の身体を変形させたのだ。

 生物として常軌を逸する鬼の肉体。その異常性を改めて思い知らされた。

 

 しかしそれがどうしたというのだ。

 面白いものを見せてもらったがソレはソレ。見逃すなんて選択肢はない。

 

 続けざまに針を投げる。しかし全て避けられた。

 ひらり、ひらりと。まるで風に飛ばされる布のように舞って避ける。

 

「(……厄介だな)」

 

 当たらない。的が極度に狭くなって当てられない。

 思った以上に厄介な肉体だ。ただ細くなるだけでこれほど戦い辛くなるなんて。

 

「ただ細くなるだけじゃねえぜ!」

 

 鬼の細い体が撓る。

 鞭のように襲い来る鬼の腕。葉蔵は長針を盾に使うことでソレを防いだ。

 

 なるほど、細い体を鞭のように振るうことで攻撃も出来るのか。

 先端部には折りたたんだ骨が集中することで斬撃のようにもなる。

 確かにこれは厄介だ。なにせ相手は攻撃出来るのにこちらは攻撃が当たらないのだから。

 

 

 しかしそれだけだ。攻略の道筋は存在する。

 

 

 葉蔵は細鬼目掛けて針を投げた。避けられる。

 二投目。避けられる。

 三投目。軽々と避けられる。

 四投目五投目六投目。全て避けられる。

 

「バカか?数うちゃ当たると思ってるんだろうがちっとも当たらんぞ」

 

 細鬼は嗤う。何を無駄なことをしてるんだと。

 何度も針を投げられることで動きを覚えた。これでもう当たることはない。故に俺の勝利だ!

 

 六投目。すり抜ける。

 避けるのではない。前進しながら針をすり抜け、葉蔵に接近してきた。

 針という接触面積が少ない攻撃上、細い肉体を持つ彼が葉蔵の攻撃を避けるのは難しくない。要するに相性がいいのだ。

 今まではただ葉蔵の強さにビビっただけ。自信がついた今、勝利の可能性は十分ある。

 

「死ねい針鬼!」

 

 再び襲い掛かる細鬼。葉蔵も黙ってやられるわけにはいかない。

 七投目。同時に五本の針が投げられる。それもまたよけようとした途端……。

 

「ぐげえ!!」

 

 何かが細い鬼の肉体を捕らえた!

 

 何故だ、何故当たった!?

 針は確かに避けたはず。なのに何故……一体何があった!?

 

 訳が分からず混乱する細鬼。しかしその答えはすぐに見つかった。

 

「これは……糸……!?」

 

 自身の肉体にあたったモノ。それは針ではなく糸であった。

 葉蔵の投げた針から伸びる紅い糸。それが細鬼の肉体に絡まったのだ。

 

 逃げようと必死にもがくが、ビクともしない。

 通り過ぎた針は木に刺さる、或いは糸が木に絡まって固定されている。外すのは不可能。

 加えて、細鬼は他の雑魚鬼と比べても非力である。その特性上どうしても筋力では劣ってしまうのだ。

 がっちりと固定された糸、他の鬼より劣る筋力、そして格上の膂力……。細鬼がこの拘束から抜けるのは不可能だ。

 

「このガキィイイイイイイッ!よくもォ! よくも俺をォォォォォ!! ゆるさァァァァァん! お前だけは絶対に苦しませてからぶっ殺してやるゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

 しかし鬼は諦めなかった。

 粘り強いとか折れないとか、そんな格好いいものではない。

 癇癪を起こしているだけ。子供が欲しいものが手に入らず暴れているようなものだ。

 

「俺はァ! もっと強くなるんだ!! この山を抜けて、自由になって! そんで金持ちから金も女も盗んでやるんだ!!

 人間だった頃よりもっと! もっと色んな家に入って、いろんなモン盗むんだよ!」

「……お前もあの爪鬼と同じか」

 

 だが抜け出せない。藻掻けば藻掻くほど糸は絡まり拘束は強くなる。

 そうしている間に葉蔵は細鬼に接近。針を脳天にブスリと刺した。

 

「……ぐげ」

 

 こうしてまた一匹。藤襲山から異形の鬼が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼とはこんなものばかりなのか?」

 

 私は仕留めた鬼たちの因子を食しながらため息をついた。

 一人は辻斬り、もう一人は盗人。そしてソレに適したような肉体。

 最初に食らった性犯罪者の鬼といい、何故鬼は元罪人が多い?

 

 何故私がそんなことを知ってるのかというと。血を飲んだことでこいつ等の記憶が私に流れ込んだからだ。

 どうやら今の私には鬼の血から記憶を読み取る力があるらしい。

 

「……これは危険だな」

 

 まずい。このままでは今後の狩りと戦闘に支障をきたす。

 相手を理解することは共感したり仲間感情を抱くことに繋がる。そうなれば相手を殺す決意が鈍ってしまう。

 獲物に同情しない。敵に容赦はしない。こんなことは狩りや戦闘では常識だ。もしすればやられるのは私になる。

 

 今回の敵は同情に値しない奴らばかりであり、気分的にはプロフィールを読んだ程度の感覚だ。

 しかし中には同情するような獲物が表れるかもしれないし、針のように精度が上がってドラマのサイコメトラーみたいに追体験のような感じで記憶を読み取ってしまうかもしれない。

 

 これはいけない。早く何とかしなくてはいけない。せめてon/offの切り替えが出来ないと。

 

「……今考えても仕方ないか」

 

 こればかりは今のところどうしようもない。知らないことが多すぎる。もっと実験を重ねてから考えるとしよう。

 

「しかし今日の戦闘はそれなりに収穫があったな」

 

 今回の戦闘はなかなか面白かった上に、大変良い成果を残せたと思う。

 

 まずは針の剣。これはそれなりに使えない。

 この針、大きさの割には根の張り具合がそんなによろしくない。

 大きくすることに集中しすぎて因子の量にムラが出るというか、質が普段使ってるサイズの針に比べて低いのだ。

 せいぜいいつもの針より根が多く張れる程度か。

 さっきはフェンシングスタイルと杖術スタイルを切り分けて戦ったが、私自身それほど剣術が得意なわけではない。決め手は体術だったのがその証だ。

 大体、ただ長いだけの針の武器にすること自体に無理があったのだ。少し形や質に工夫をせねば。

 

 あと血の糸。これは使えそうだ。

 あの細くなる鬼に使ったように、攻撃すると見せかけて拘束するものいいし、罠に使ったり、某進撃みたいにワイヤーアクションも出来るかもしれない。

 今後の成長に期待だ。

 

「出来るなら針を飛ばしたいな……」

 

 特撮などで、針を使う怪人はよく針を飛ばす傾向にある。私もあのように出来ないだろうか。

 

「……今日は遅いからやめるか」

 

 もう寝よう。

 今日は二匹もそれなりに強い鬼と戦ったせいか、無性に眠い。




・爪鬼
葉蔵に勝負を挑んだ鬼の一体。
爪先が刃物のようになっており、これで傷つけられたものはたとえ鬼だろうと十二鬼月クラスを除いて再生出来ない。こ

・細鬼
葉蔵と爪鬼から漁夫の利を狙おうとした鬼。
全身を細く折りたたむことが可能であり、この能力を駆使して様々な鬼に奇襲、或いは逃走して生き延びてきた。
相手の内部に入って食い荒らすことで、鬼の再生力を超えて食い殺すことが出来る。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話

今回は少し長めです


 やあ私だ。大庭葉蔵だ。

 あれから朝起きて針を飛ばす練習していたのだが、これがあっさりと出来てしまった。

 指先を目標に向けて針よ飛べと念じる。するとプシュッといった感じで針が飛び出た。

 しかし威力は低く、投げた方が早いスピード。予備動作がない分牽制などには使えそうだが、少し改良が必要だと判断した。

 それで1週間近く針を飛ばす練習をしたのだが遂に出来たのだ。

 

 イメージは銃弾。

 空気を貫くかのように鋭く。回転しながら目標へと向かう。

 

 目標に到達した針は洞窟の壁を貫通した。

 うん、今日も絶好調。これなら実戦でも使える。

 

 

 そしてもう一つ、並行してやっていることがある。それは毒の耐性を付けることだ。

 

 私たち鬼は藤の花に苦手とする成分がある。これがある限り私はこの山から出られない。よって毒の耐性を高めるため藤の花の成分を僅かに取り入れ、服毒訓練をしているのだ。

 毎日藤の抽出した毒を呷る。と、同時に血も飲む。その度に倒れて寝込んでしまうが、毒は少しずつだが確実に身体に馴染んできた。

 最初は血と水で割ってしか飲めなかったが、今なら原液でも数滴なら飲める。

 これはけっこう時間が掛かった。大体3週間ぐらいだろうか。

 

「た、助け……」

「るさい」

 

 唸ってる家畜目掛けて針の弾丸を試し打ちする。

 肉体を貫き根を張る針。しかし威力が高すぎたせいか、残ったのは一部だけで大部分は貫通して壁にぶつかった。

 これは雑魚には使えんな。少し強めの鬼に使おう。

 

 それでは、今度は動いてる的に使おう。

 今日の予定が決まったとこで仮住まいの洞窟から出る。瞬間、私の額から一本の角が生えた。

 

 従来の鬼の角ではない。

 どちらかといえば一角獣のソレに近い角。

 赤く輝くソレは、僅かに振動しながら、レーダーのように獲物を探す。

 

 これがこの一か月間で目覚めた私の流法、「方針」である。

 簡単に言えば感覚器官だ。コレで鬼の気配や探し物を探すことが出来る。

 

 これの存在に気づいたのは、鬼の血を吸って記憶が流れ込んだ時だ。

 あれを何とかしようと試行錯誤した結果、これが目覚めた。

 

 角から常人では処理仕切れない程の大量の情報が流れ込む。

 しかし、全ての情報を受け入れる必要はない。

 標的が何処に居るか、それさえ分かれば十分だ。

 余計なものはいらない。全て切り捨てる。

 

「……いた」

 

 複数の鬼の気配を感知。

 精度はまだ不安定だが十分だ。大まかな位置さえ分かればいい。

 

「さあ、狩りの始まりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ばりばり。ばりばり。

 何かをかみ砕くような音が響く。

 

「まあ…まずいなぁ……。やっぱ不細工な鬼はまずいなぁ」

 

 音源は巨大な肉の塊のような何か。ソレは異形の鬼だった。

 

 巨大な体躯。

 胴体のみ肥大化し、腕の無い巨大な手のようなもので移動している。

 腹にあたる部分には縦に割かれたような巨大な口があり、びっしりと牙が生えている。

 

「お前ならうまいかなぁ?」

 

 鬼が後ろを振り返る。そこには、針を手にした葉蔵が立っていた。ソレを見て鬼はニヤリと醜悪に顔を歪める。

 

「針鬼…。やっときたのかぁ。ずっと待っていたぜぇ」

「そうかい。私は君みたいな醜い鬼なんて御免なんだけどね」

「釣れねえなぁ。俺はお前と会いたくてこんな姿になったってのに」

「……何?」

 

 葉蔵の目が鋭くなる。

 

 

「俺はよぉ、お前が怖かったんだ。偶然お前が鬼を食う瞬間を見てなぁ、大人数の鬼を圧倒するお前が怖くて仕方なかったんだ。…だから俺は強くなったんだ」

 

「他の鬼を食って食って食って! 喰いまくって今の姿になった! この姿は俺の強さの証。今ならお前にも届く……いや、倒すことが出来る!」

 

「来い針鬼! お前を食うことで、あの時の恐怖を克服し、俺は更に強くなって見せる!!」

 

 

 叫び終わると同時に鬼の口から何かが吐き出された。

 咄嗟に避ける葉蔵。針を投げようとした手を止め、なりふり構わず横へ跳ぶ。

 

 葉蔵のいた位置に硬い何かが通り過ぎた。

 何かは後ろの木々をなぎ倒し、大岩に当たることでやっと止まる。

 岩に刺さった物は歯だった。巨大な歯が砲弾のように飛んできたのだ。

 

 

 続けて二発三発と。歯の砲弾が吐き出される。

 全て避ける葉蔵。先程と同じように横へ跳んで避ける。

 

「歯を飛ばす…か。そんな攻撃してたら歯抜けになるよ?」

「すぐ再生するからいいんだよ!」

 

 軽口をたたくも。彼に余裕などなかった。

 戦況は葉蔵が圧倒的に不利。

 弾丸の威力、攻撃速度、そして攻撃の規模。全てが葉蔵の針を超えている。

 防戦一方。彼が倒れるのも時間の問題だ。

 

 

 しかし、葉蔵に後悔などの負の感情は存在しなかった。

 

 

 戦うという選択肢を選んだのは、歯鬼を獲物に選んだのは紛れもない自分自身。なのに喚いたり後悔するなど論外だ。

 

 むしろソレがいい。追い込まれている今の状況がいい!

 

 死と暴力と争いの世界。そこには自分の探す何かが見つかるかもしれない……。

 

 そしてそれは今かもしれない。この瞬間を乗り越えば、たどり着けるかもしれない!

 

「そういうわけで我が糧になってもらうぞ!」

「何を訳の分からない事を!」

 

 活路を見出そうと、避けながら必死に敵を観察する。

 

 どこだ。どこに攻撃の隙がある?

 こんな攻撃何度も撃てるはずがない。どこかに必ず隙がある。それさえ狙えば!

 

 途端、攻撃の手が止んだ。

 歯鬼の方を一瞥する。鬼は息を深く吸いながら、歯茎のあたりをぼこぼこと音を立てて再生させていた。

 弾丸である歯がすべて抜けてしまったのだ。ソレは歯が全部抜けてしまった現状を見ればすぐに分かる。

 

「ッ! そこだ!」

 

 ソレを見逃すほど葉蔵は鈍間ではない。

 回避行動を止め、攻撃の体勢に入る。

 相手は鬼。弾丸である歯もすぐ再生するであろう。故に、再生される前に潰す!

 

 指先を歯鬼に向けて銃口に見立てて構える。

 両腕が上から見て二等三角形になるよう構え、足も左右均等に肩幅から少しはみ出る程度に開く。

 指先に赤い光が集まる。そしてソレが歯鬼に向かって飛び交おうとした瞬間……。

 

 

 

 

「………あ?」

 

 次の瞬間、轟音と共に弾丸が葉蔵に命中した。

 

 回転しながら襲い掛かる鬼の牙。

 ソレは葉蔵の身体を貫き、彼方まで吹き飛ばした。

 

 鬼の弾丸に玉切れなど存在していなかった。

 先ほどの息継ぎと歯抜けは演技。葉蔵から隙を誘うための作戦だった。

 そして、彼の企みは見事命中した。

 

 葉蔵の体は着地もできず地面に激突した。

 ぶつかった反動で宙に浮き上がり、土埃をまき散らしながら、転がっていく。

 ようやく回転が止まった時には、地面には血と破壊の痕跡が残されていた。

 

「ぐ…うぅ……」

 

 葉蔵の口からうめき声が漏れる。

 

 鬼になって、初めて感じる痛み。

 猛毒のように葉蔵の全身を駆け巡った。

 かなり大きな……いや、致命傷を受けてしまった。

 

 腹部の三分の二ほどが風穴と化している。

 抉られたかのように肉が、骨が、内臓が。全てがグチャグチャに粉砕されていた。

 辛うじて繋がっている胴体。人間なら即死であろう。

 

「……すごい…生命力だ」

 

 これほどのダメージを受けていながら、自身の命は未だ健在。

 むしろ肉体は修復作業に取り掛かっている。

 

 凄まじい。鬼の肉体とは、生命力とはこんなに強大だったのか。

 流石に全回復とまではいかないが、最低限の皮と肉だけは繋がっている。

 

「まてぇ~針鬼ィ~~~!」

 

 歯鬼の気配が近づいてきた。

 もう目視出来る距離だ。早く立ち上がらなくては嬲り殺される。

 

 指は動くか?―――動く

 腕は動くか?―――動ける

 体は動くか?―――体も動いた!

 

 

 しかし勝機をつかみ取ろうとする腕はあまりに重く、鈍い。

 先ほどのダメージが、まだ枷のように葉蔵の肉体にまとわりついていた。

 それなのに、残された時間はあまりに少ない。

 すぐそこには歯鬼。既に射撃体勢に入っていた。

 まだ霞む視界で狙いを定め、振るえる指先を向け……。

 

「死ねェ!」

 

 先に攻撃を仕掛けたのは歯鬼。再び鬼の牙が葉蔵に襲い掛かる。

 

 対して葉蔵はまだダメージが回復してない。

 指先はおぼつかなく震え、狙いが定まってない。

 足も安定していない。これでは先ほどのように何度も避けながら攻撃するなど到底無理……。

 

 勝った。もし次が避けられても、次の攻撃で仕留めて見せる。

 次弾を発射するために息を吸い、再び歯を飛ばそうとした瞬間……。

 

 

「ぐえッ!?」

 

 眉間に針の弾丸が刺さった。

 

 一体何が起こった。思考が浮かぶよりも早く、歯鬼の脳に針の根が浸食した。

 

 

 

 歯鬼の吐き出す弾丸はかなり大きい。そのおかげで威力も高いが、同時にある欠点が生まれてしまった。

 弾丸の影が死角になってしまう。弾丸の下に潜り込まれてしまえば、一時的に標的を見逃してしまうのだ。

 彼はソレを利用した。

 

 

 

 歯の弾丸を横に倒れて避けながら、空中で針の弾丸を撃つ、という荒業で。

 

 

 

 無論、通常ならそんな芸当など不可能。たとえ鬼でも早々容易く出来るものではない。

 だが現実はソレを実現してしまった。

 

 それが狙ったものか、それともそこしか逃げ道がなかったのか。それともただの偶然なのか。それは分からない。

 しかし、結果だけは残った。

 

 勝ったのは大庭葉蔵。

 生き残った者が敗者を糧とする。

 そうすることで勝者は更なる強者へと変わるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはりと言うか、姿形が変わった鬼は違う。

 今まで狩ってきた鬼たち―――ただの雑魚鬼や一部だけ異形になった鬼たちとは因子の濃さが段違いだ。

 

 因子の抵抗力もまるで別物。

 今までは針を刺せば即因子を搾り取れるのに、この鬼の因子には抵抗力がある。

 

 この針の浸食は抵抗することが出来る。これは、最初に異形の鬼を倒した時に知った。

 まあ抵抗といっても少し針の根の伸びが悪くなるだけで、完全に無効化出来るわけではない。

 

 しかし、異形の鬼相手には通じない。

 

 動きを封じることは出来る。

 針を刺すことでその部位のみに集中して針の根を伸ばし、相手を拘束する。

 これがもし脳などの重要器官なら仕留めることが出来るが、大してそうでない器官に当たれば針の作り損に終わってしまう。

 今回使用した針の弾丸は、そういった問題を解決するための一歩だ。

 

 今まで俺は格下か同格でも少し劣る程度の相手と戦ってきた。

 だが、そう何度も都合のいい相手ばかりが来てくれるとは限らない。

 

 もしかしたら格上が襲ってくるかもしれない。

 もしかしたら同格が複数で襲ってくるかもしれない。

 もしかしたら統率された集団が襲ってくるかもしれない。

 

 そんなもしかしたらを解決するためにも正確に重要器官に針を撃ち込む術が欲しかったのだ。

 

 そして、今回ソレが成功した。

 私の放った針は相手の脳に当たってくれた。

 

 威力も問題ない。

 今までの針は鬼の肌を貫いて体内に入れることだけを考えていたが、針の弾丸は威力だけでも鬼にダメージを入れられる程だ。

 本物の拳銃とさして変わらない威力と速度。実験は成功だ。

 

「……だがまだ足りない」

 

 この技で満足するほど私は謙虚ではない。

 散弾銃、徹甲弾、ナパーム弾…。何なら鎧のように纏ったり、極小の針を飛ばす等のアニメみたいな攻撃もしてみたい。

 まだまだ私の流法には先がある。これからが楽しみだ。

 

 ああ、本当に楽しみだ。

 技を習得する度に、鬼を倒す度に、そして鬼の因子を取り込む度に! その度に私が強くなっているという実感がある!

 

 特に今回の戦いはよかった。

 初めて与えられたダメージ。人間の頃なら確実に死んでいた傷。……あれは本当に私自身の命を感じられた。

 

 温かい血、脈動する筋肉、醜い内臓……私のような人間にも、確かな命はあった。

 

 あんな(・・・)前世でも今世でも死人みたいな生活を続けてるような、下らないことで騒いで楽しんでいるフリをして、行儀正しく努力家なフリして誤魔化していながら、結局私は満たされなかった。

 

 だが今は違う。私は満たされている。確実に生きている実感がある!

 やはり鬼になったのは私にとってプラスだったようだ。

 

「……ん?」

 

 何やら鬼たちが騒いでいる。

 数は大体20ぐらい。一つの場所に集合…いや密集している。

 方針の精度は低いが、かなり多くの鬼が集まっていることは理解出来た。

 

 ここからかなり近い。走れば十分届く距離だ。

 なので私はその場所に向かう。

 

「……ハハッ」

 

 その場所にたどり着いた途端、笑いが漏れた。

 鬼の殺し合いだった。そこでは鬼が一か所に集まって食い合いをしている。

 

 ああ、なんて楽しそうなんだ。どいつもこいつも目を血走らせて……。羨ましいなあ。

 

「私もお友達に入れてくれよ」

 

 仲間外れはいけない。私も楽しませてくれ!




そろそろ葉蔵を藤襲山から出したいと思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話

「むッ! これはかなり美味い!」

 

 歯を弾丸にする鬼を殺してから一週間後、私は自作の小屋の中で鹿肉のステーキを食べていた。

 

 前回、私は下味を付けることを怠った。故に肉は生臭く、ただ獣の味がするだけ。

 そこで私は山を探索して臭みを消す何かを探した結果見つけたのだ、野生のニンニクを。

 

 これがなかなか美味い。肉の臭みを消すどころか、肉の旨味を引き立てている。

 

「…満足だ」

 

 流石に鹿一頭全部は食えない。

 残りの肉は燻製にして保存しよう。素人の見よう見まねで作った燻製窯がある。

 

 

 ここ数週間、私は鬼を食ってない。

 あの祭で暴れて以来、この山の鬼たちは粗方狩りつくしてしまったのだ。

 おそらくあの祭で大半の鬼たちが集まっていたのだろう。そこに私が入ったせいで全滅状態になったのか。

 

 生き残った鬼たちも活動が著しく低下し、夜もアナグマのように何処かへ潜んでいる。

 探し出そうとするも、私の存在を察知すると脱兎のごとく逃げてしまう。おかげで私は鬼を食えないでいた。

 

 そうした余った時間を私は技の開発や練習、あとは小屋を自作する等して凌いでいる。

 しかしそろそろ飽きてきた。今度は本格的に獲物を見つけられるよう方針の練習でもするか。前回見逃した腕の鬼を今度こそ仕留めたい。

 

 あと、姿も変わった。

 厳密に言えば肉体が急成長した。13歳の私の身体は18歳頃まで成長し、筋肉もそれなりに付いている。

 最初はいきなり大きくなったこの体に慣れなかったが、ある程度動いたら慣れた。今では手足が長く、見晴らしの良いこの身体の方が戦いやすい。

 しかもこの体。いつでも13歳の頃に戻れるのだ。正確に言えば18~5歳まで肉体年齢の操作が可能になったのだ。

 まあ、18歳の肉体以外は今後使う機会はないだろうがね。

 

「……ん?」

 

 小屋から出た瞬間、外が随分騒がしいことに気づいた。

 我が針の流法、方針で辺りを探る。すると、近くに鬼の気配を何体も何十体も感じ取った。

 

 どういうことだ? 今まで姿も気配も消して活動を停止していた鬼たちが、何故一斉に動き出している?

 これは何かある。そんな確信めいたものを抱く私は、鬼の気配が集中する方角に向かう。

 

 

 そこには、年端も行かぬ子供たちが大量にいた。

 

 

 子供たちは剣で武装しており、雑魚鬼と戦闘している。

 しかし雑魚とはいえ相手は驚異的な生命力と怪力を持つ鬼たち。斬れるだけの鉄の棒きれをブンブン振り回す程度では倒せない。

 

「…何をしてるんだあのガキ共は!!?」

 

 あまりの出来事に私は親から教わった礼儀作法も忘れ、俺に戻ってしまった。

 

 慌てて子供たちの方に向かいながら、針を鬼目掛けて放つ。

 当てる必要はない。今は鬼共を子供たちから離さなくては!

 

「こ…この針は!?」

「針鬼だ!針鬼が来たぞォォォォ!!」

「ひ、ひぃぃぃ!く、食われるゥぅぅぅ!!」

 

 私に気づくと同時に、怯えた様子で子供たちに襲い掛かるのをためらう鬼たち。しかし逃げる様子はない。

 どうやら私と戦うより子供たちを逃がすことの方が苦痛らしい。仕方ない、なら俺と戦ってもらおうか。

 

「何をしているガキ共! 早く逃げろ、ここは鬼の巣窟だぞ!!」

 

 私は子供たちの前に飛び降りると同時に、叫ぶかのように怒鳴った。

 

 この山は鬼が大量繁殖しているのだ。俺がどれだけ暴れようと、どれだけ他の鬼が食っても、まるで減る気配がない。多分どっか人目のつかないところで盛ってるんだろう。

 まあいい。あと一週間ぐらいで狩りつくす予定だ。

 

 そんなことよりも、今の問題は山に入ってきた子供の群れだ。

 鬼は本来人を食らう種族らしい。

 らしいというのは鬼が人を食らうというのが知識でしか知らないからだ。

 私は人間を食したいと思ったことは一度もない。それよりも鬼の因子を取り込みたいと思っている。というか、人間を食べるなら、猪や牛とかを食べてみたい。

 

 しかしこうして鬼が人を、しかもまだ年端も行かない女子を食ったのを目にしたことで理解した。頭ではなく心で理解した。

 こいつらは紛れもない人食いの鬼。しかも獲物を苦しめることで悦に浸るタイプだと。

 

「ま…待てよ針鬼……。す、少しぐらい俺らにも分けてくれたっていいんじゃねえのか?」

「そ、そうだぜ。お前だけ全部食おうってのは……欲張りじゃねえか?」

 

 何人かの鬼が私に命乞いをする。

 不快だ。哀れみなど感じない。ただただ不愉快だった。

 

 一匹目掛けて針を投げる。

 何の抵抗もなく刺さった針は、その鬼を一瞬で因子製造機に変えた。

 

 拡がる動揺の声。その間に私は二匹三匹と針を投擲して仕留めた。

 

「私の目的はお前たちだ。故に端的に言う。……ここで全員私の糧になれ」

「……ち、畜生め!」

 

 鬼は一斉に私目掛けて襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その年の藤襲山は異様だった。

 

 年一の頻度で行われる最終試験。毎年行われるそれは、今年は少しいつもと勝手が違った。

 

 まず一つ目、鬼があまりにも人食いに積極的すぎる。

 この山の鬼は常に飢餓状態だ。故に人間を食らおうと躍起になるのは当然だが……。

 

「早く食わせろ!」

「俺らは強くなんなきゃいけねえんだよ!」

 

 鬼たちはあまりにも切羽詰まった状態だった。

 飢餓だけではない、また別の何か。まるで何かに追い詰められているかの如く肉を求めていた。

 

「何で鬼がこんな数で一度に現れるんだよぉ!」

「おかしいだろ!多すぎだろ!ふざけてるだろ!!」

「鬼は群れないんじゃなかったのかよ!?」

 

 そして二つ目、鬼たちは群れていた。

 一体二体だけではない。何十匹もの鬼たちが受験生目掛けて一斉に襲ってきた。

 

 通常、鬼は群れない。

 個体としての力が強いせいか、元から協調性がないせいか。彼らは共食いの性質を持っている。

 縄張り争いや餌の奪い合いなんて日常茶飯事、よほど特殊な状況でない限り協力なんてしない。

 むしろお互いを敵と認識し、時には共食いだって行う。

 

 更に三つ目。何より違うのが……。

 

 

 

 

「誰か助けてくれっ! 鬼がっ、異形の鬼が!」

「くそッ…なんなんだ……どうなってんだよ!?」

「話が違う! こんなの聞いていない! 選別に使われる鬼は人を二、三人食った奴だけって……!」

 

 鬼たちが異様に強かった。

 通常、この山の鬼たちは人間を数人食った程度の雑魚鬼のみのはず。

 しかし、彼らと対峙している鬼たちは明らかにソレには該当しなかった。

 

 ある鬼はハンマーのように巨大化した腕を振り回す。

 ある鬼は巨大化した足で高く飛び上がり襲い掛かる。

 ある鬼は背中から生えた触手らしき何かをを伸ばす。

 ある鬼に至っては血鬼術らしきものまで使っている。

 

 全員が異形の鬼、或いは一部異形の鬼たち。

 本来戦うべき雑魚鬼、木っ端共と違う。明らかに鬼殺の剣士見習いには手に余る存在だ。

 

 おかしい、明らかにコイツらは雑魚鬼ではない。

 一般鬼殺の剣士でも手こずるレベル。そんな鬼たちが必死こいた様子の上に群れてきた。

 

「諦めてたまるか!男なら…この程度の苦難を乗り越えなくてどうする!」

 

 まだ幼い剣士―――錆兎は必死に刀を振るう。

 

 自身や他の見習い剣士たちを鼓舞し、呼吸で己の心身を強化、鍛えられた剣術で鬼たちを退ける。

 

 彼は他の剣士と比べて頭一つ二つ分も飛びぬけていた。

 こんな状況でありながら率先して他者を慮り、他者を守ろうと剣を振るう。

 心技体、全てが他者より揃わなくては出来ない芸当。断言する、錆兎は見習いでありながら強者だと。

 しかしそれも限界が近づいていた。

 

 夜明けまでは程遠い。

 まだ日が完全に沈んでから半刻も経ってない。日の光を期待するのは現実的な解決策とは到底言い難い。

 

 体力の限界もある。

 錆兎の未成熟な肉体では何度も全集中の呼吸を行うのは不可能。まだ常中も習得してない身では、朝日が昇るまで戦うなど無理な話だ。

 

 何よりも、何十人もの脱落者を庇いながら戦っている。

 戦意喪失した見習い剣士は足手まといどころの話ではない。鬼は一人……いや、腕一本でも食らえばたちまち自身を強化させ、更なる強敵と化す。

 そんなものがゴロゴロと、しかもほぼ無抵抗の状態でいるのだ。鬼たちが狙わない道理などあるはずがない。

 もはやお荷物なんてレベルではない。ゲームで言うなら、自分は回復できないのに、相手は回復も強化も出来るアイテムがゴロゴロ落ちてる中、それらを必死に守るような状況である。クソゲーもいいとこだ。

 

 形勢は圧倒的不利。数も質も環境も。全てが錆兎の敵。彼にとってはクソゲーなんてレベルではない。

 

「(まずい!!)」

 

 一匹の鬼が少女目掛けて飛び掛かる。

 錆兎と鬼は大きく離れている。とても間に合う距離ではない。

 

「間に合えェェェェェェェェ!!!」

 

 走る錆兎。

 彼自身とても間に合うとは思えない。そんなことは彼自身承知している。

 だが、走らないわけにはいかなかった。……たとえ周囲が敵だらけだとしても。

 

「………あ」

 

 突如走る、全身の痛み。

 錆兎が少女に気を取られた瞬間、鬼が彼に襲い掛かったのだ。

 少女を助けることに頭がいっぱいになっていた彼はソレに気が付かなかった。

 

 追撃が来る。

 一つ二つではない。周囲の鬼全てが一斉に、まるで予定していたかのように襲い掛かる。

 

 休みなく全方向からくる攻撃は確実に錆兎にダメージを与える。

 体が思うように動かない。息が上手く出来ない。……もう、立てない。

 ばたりと倒れる錆兎。そんな彼に空かさず次の刃が振り下ろされた。

 

「トドメだ!」

 

 最後の一撃が来る。

 終わった。とても防げる体勢ではない。

 

「(……すまない、鱗滝さん、義勇、真菰…)

 

 鬼の腕が首に振り下ろされようとした瞬間……。

 

 

 

「ぎゃああああああああああああああああああ!!!」

 

 突如。鬼が水風船のように破裂した。

 

「……………………は?」

 

 訳が分からなかった。

 一体何が起こった。何があればあんな風になる?

 

「こ…この針は!?」

「針鬼だ!針鬼が来たぞォォォォ!!」

「ひ、ひぃぃぃ!く、食われるゥぅぅぅ!!」

 

 鬼たちは錆兎以上に動揺……いや恐怖した。

 さっきまで自分たちが抱いていた恐怖。食われるという生物的な、根源的な恐怖。それらが鬼から感じられた。

 

 我先にと逃げ出す鬼もちらほらと存在する。

 逃げない鬼たちも体を強張らせ、周囲を警戒している。

 中には幼子のように頭を抱えて震えあがる鬼もいた。

 

 何が何だか分からない。

 が、もうそんなことはどうでもよかった。

 

「(よかった……これで…こいつらは生きられる)」

 

 鬼たちは第三者によって討伐される。

 それが何者かなんてどうでもいい。ただ、鬼たちを殺してくれるなら、彼らを守ってくれるなら何者であろうとも構いはしない。

 もう彼の肉体も精神も限界だった。

 

 鬼たちの悲鳴と断末魔を子守唄にしながら、錆兎は眠りについた。





昼間、葉蔵は自作の小屋で大体2時間程の軽い睡眠をとってます。
睡眠の後は技の開発や鍛錬をしたり、夜の間に取った食材を料理したり保存食にしたり、藤の花から抽出した毒で実験したりして時間を潰してます。
けっこう充実してます、彼の鬼生。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話

「ガハ…!」

 

 私より二倍も巨大な鬼がスレッジハンマーをふり下ろそうとする。

 私はそれが振り下ろされる前に鬼の腹を巨大な針で刺すことで内部をズタズタにしてやった。

 

「ゴフュ!?」

 

 拳が異様に巨大化した鬼が殴りかかる。

 私は鬼の腕を空手の中段受けで止め、受けの手を伸ばしながら針を指から伸ばすことでその鬼の首を貫いた。

 

「ゲボッ!?」

 

 足が異様に長い鬼が後ろから飛び掛かる

 とある裏技で気配を察知した私は、後ろ蹴りを食らわせ、蹴りのインパクトが鬼の身体を浸透すると同時に針を踵から出して貫いた。

 

 それからも私は鬼を殺し続ける。敵をカウンターで倒し、コチラから仕掛け、中には同士討ちしたとこをまとめて殺し。

 

 殺す殺す殺す。ただひたすら向かってくる鬼共を殺す!

 

「ふ…ふふふ! フハハハハハ!!」

 

 楽しい。

 自然とほほえみが零れる。

 もっとだ、もっと私に闘争を…活きている感じをよこせ!!

 

 

 

 ……おっと、その前にやることがある。

 

「そこのガキども、今のうちに円陣を組め! まだ戦える奴は負傷者を取り囲むようにして防御態勢を整えるんだ!」

「「「は…はい!」」」

 

 子供たちは私の言った通り、いやそれ以上の動きを見せてくれた。

 負傷者の救助、防御陣形の形成、敵の牽制。まるで軍隊…とまではいかないが新兵ぐらいの精度ではやってのけた。

 

「ヒャハハハハハ!亀みてえに守っても意味ねえぜ!!」

「ヒィィィィィィ!!」

 

 ……しかしやはり所詮は子供。生物的に上位である鬼には到底届かない。

 仕方ない、少しぐらいは援護してやってもいいか。

 

 子供に襲い掛かる鬼目掛けて針を投げる。

 細かい針だ。一部を拘束こそできるが、絶命させるには出力不足だ。

 私に襲い掛かる元気な鬼たちを倒し終えたらソッチに向かう。怖いとは思うが少し我慢してくれ、少年。

 

「や…やあ!」

 

 少年が鬼の首目掛けて刀を振るった。

 鬼の動きが止まったのを見てチャンスだと思ったのだろう。

 しかし無駄なこと。鬼は通常の手段では殺せない。

 たとえ首を刎ねられようとも胴体を割こうともすぐさま再生しやがる。

 倒すには全身に偏在するあの因子を取り出さなくては……。

 

「…………なに?」

 

 私の予想に反して、鬼は絶命した。

 一体あの少年は何をした? 一見するとただ首を刎ねただけのようだが……まさか毒か? 藤の花のような、鬼の嫌う成分が含まれているのか? ……いや、あの刀にはそんな『臭い』は存在しない。ならば何故?

 

 私は鬼たちを殺しながら他の少年少女たちに目を向ける。

 彼ら彼女らも先ほどの少年同様に鬼たちを殺していった

 刀で首を刎ねる。たったそれだけであのしぶとい鬼たちは黒い灰となって消えていった。

 

 なるほど、どうやらあの刀は特別な刀らしい。

 首のみを狙っているあたり、どうやらあの刀は首を刎ねることでしか効力を発揮出来ないようだ。

 

 しかしこれは驚いた。まさか私の針と日光以外にも鬼の命を絶つ手段があったとは。

 これではあの刀を持つ相手との戦闘法も考えなくては。

 そのためにも彼らを生かして話を聞こう。

 

 鬼目掛けて針を投げる。

 一つ二つではない。何本も同時に投げる。

 ただ針が刺さるだけで鬼は次々と絶命していった。

 それもそのはず。鬼以外の生物にとってはただ針が刺さるだけの嫌がらせにしかならないが、鬼にとっては一本一本が絶命しかねない凶器なのだから。

 

 投げる投げる投げる。

 避けられないように、時には誘導して、時には同士討ちを狙って。

 そうして着実に数を減らし、比較的強い鬼が生き残った。

 

「針鬼ィィィィ! 今日という今日はもう我慢ならねえ! ここでテメエをぶっ殺してやる!」

 

 巨大な鬼だ。まるで象のよう。ただ針を投げる程度ではあの肌に傷一つ付かず、刺さっても針の根が全身には届かないだろう。

 こういう時こそアレの出番だ。

 

「トドメだ」

 

 私の人差し指が赤く染まる。

 第一関節まで赤く染まると同時に、全ての手の指から針が発射された。

 

 

【針の流法・血針弾(バレットニードル)】

 

 

 指先から射出された針の弾丸は鬼の眉間を貫き、脳内で根を張る。

 悲鳴もあげる瞬間もなく鬼は絶命した。

 

 よし、これで強そうなのは片付いた。後は流法も異形部分もない雑魚のみだ。

 

「あ…あの!」

「ん?何だ少年?」

「向こうにはぐれた女の子がいます!どうか助けてくれませんか!?」

 

 少年の指さす方角に目を向ける。

 確かに人間の気配がする。しかも複数だ。

 おそらく先ほどの襲撃で散り散りになってしまったのだろう。

 

 それほど遠くでもないからいいか。そう思っていると他の子が突っかかってきた。

 

「お…おいお前何言ってんだ!? あの子を殺す気か!?」

「け、けどよぉ。このまま放っても死んじまうぜ?ならこの鬼に賭けようぜ?」

「何を無責任なことを言ってやがる!?」

「じゃあお前が行けよ!」

 

 喧嘩しだす二人。

 

「分かった分かった。私がその子を保護しに行くから喧嘩をするんじゃない」

 

 そう言って私はたいして喧嘩も止めずに行った。

 行くなら早く行かねば。向こうの子たちが殺される前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちきしょうちきしょうちきしょう! 針鬼め、あんなに強い癖して独り占めかよ!!」

 

 山の中、一匹の鬼が木々の間を抜けならが走っていた。

 目的地など存在しない。

 遠くへ。出来る限り遠くへ。

 あの鬼に追いつかれないほど遠く逃げる。

 

「(クソが! どいつもこいつも役に立たねえ!)」

 

 当初の予定では、彼は他の鬼に紛れて子供たちを食らうつもりだった。

 騒ぎを嗅ぎつけて針鬼が来ることは予想済み。

 故に暴れる鬼たちを餌にして自分はこっそりと子供たちを食らう。そういう予定だった。

 

 だが実際はどうだ? 針鬼は予想以上に早く駆け付け、瞬く間に鬼を殲滅した。

 鬼殺隊のガキ共も予想以上に粘りやがった。おかげでこっそり食う暇もない。

 

「ちきしょうちきしょうちきしょう! あの優男め……うん?」

 

 針鬼から逃げる道中、子供の集団からはぐれた女の子供の剣士を見つけた。

 思ってもいなかった駄賃だ。どれ、ありがたく頂くか。

 

 鬼の身体から『何か』が飛び出た。

 

「!?」

 

 咄嗟に避ける少女の剣士。

 続いて二撃、三撃と。何かが飛んでくるも、蝶を模した髪飾りを付けた黒い長髪と蝶のような羽織を靡かせながら、剣でそれらを弾く。

 

「よお姉ちゃん、俺と遊んでいかね?」

「…鬼!」

 

 月明かりが両者を照らす。そこで周囲の子供たちも鬼の姿をハッキリと確認した。

 鬼は異形の鬼だった。

 ゲゲゲの鬼太郎に登場する百目鬼のような姿。

 百目鬼はギョロリと全身の目で少女を睨む。

 

 ──全集中・花の呼吸

 

 鬼を見た途端、特殊な呼吸法を用いて神経を研ぎ澄ます。

 対する百目鬼は何もしない。全身の目をニヤニヤと歪ませる。

 

【伍ノ型・徒の芍薬】

 

 繰り出される複数の銀閃。五つを超える桃色の斬撃は全てが鬼を切り刻まんとするが……。

 

「おっそ」

「あぐッ……!」

 

 鬼は全ての斬撃を避けながら少女の懐に潜り込み、彼女の腹をぞんざいに殴り飛ばした。

 蹴鞠のように吹き飛ぶ。ごろごろと地面を転がり、痛みを堪えながら何とか体勢を整えて少女は両足を付いた。……剣を杖にしながら。

 

「(こ…呼吸が……)」 

 

 横隔膜をやられたせいか、呼吸が安定しない。

 呼吸法によって肉体を強化している鬼殺隊にとって、呼吸法が使えないということは死に繋がる。

 早く呼吸を整えて戦う体勢を取らなくてはやられる!

 

「(ダメ…出来ない……)

 

 呼吸は戻らない。視界も霞んできた。

 気概だけで立ち上がるも、終幕は呆気なく降ろされる。

 

 

 

【針の流法(モード)血針弾(バレットニードル)

 

 

 

「じゃあ死……うおッ!?」

 

 突如、鬼の背後から針が投げられた。それを咄嗟に掴んで針を防ぐ。

 

 わざわざ確認するまでもない。こんな攻撃する鬼など奴ぐらいだ。

 

「は…針鬼ィィィィィィ」

「やあ、私も混ぜてくれよ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話

「……針鬼!」

 

 その場から走り離れる。

 恨めしそうに全身の目を歪めるも、百目鬼の行動は冷静だった。

 

 殺すための工夫というのなら、この針は本命はないだろう。

 受けることすら想定した一手である筈だ。

 故に、次の攻撃を警戒して一か所に留まるべきではない。

 

「そこの君、立てるか?」

「は…はい……」

 

 突然葉蔵に声をかけられた少女は、戸惑いながらふらつく足で立つ。

 

「ならここは私に任せろ。あそこに皆集まってる」

「……」

 

 少女は何も言わずに葉蔵の指さした方角に向かった。

 鬼の言うことが本当かどうかなんて今はどうでもいい。

 この鬼があの鬼と戦っていれば、自分が逃げられる時間を稼げるのだから。

 

「針鬼…貴様、同族食いだけでは飽き足らず、人間の味方、それも鬼殺隊のガキまで助けようというのか!?」

「私は人種や種族で助ける相手を選ばない。助けたいから助ける、殺したいから殺す。ただそれだけだ」

「……いかれてやがる!」

 

 百目鬼が葉蔵に手を向ける。瞬間、鬼の腕から目玉が弾丸のように飛び出た。

 速い。人間ではまず視認出来ない速度。

 しかし葉蔵は鬼。しかも今まで同族をたらふく食った上に鬼との戦闘経験も比較的多い。

 彼は目玉を全て避ける……のは無理なので長針を杖術のように振り回すことで叩き落した。

 

 葉蔵は人差し指を百目鬼に向け針の弾丸を放つ。

 銃弾とほぼ同じ速度で放たれる針。通常なら血鬼術も使えない鬼では避けるのは不可能だが……。

 

「なッ!?」

 

 百目鬼は葉蔵の針を避けやがった!

 

「へへッ驚いたか! 今の俺ならお前の攻撃だって見切れるんだぜ!」

「(……なるほど、この鬼は高い動体視力や視野といったものが他の鬼よりすぐれているのか。どうやらその無駄にある目は飾りではないようだ)」

 

 再び葉蔵は攻撃に移る。

 針を生成して投げつける。一度に何本も同時に投げ、空かさずもう片方の腕で投げる。そうやって針の弾幕を作ろうとするも、百目鬼は全て避けて見せた。

 

「ハハハハハッ! 数撃ちゃ当たると思ったの……!!?」

 

 百目鬼はあざ笑うも、途中でその声を止める。

 葉蔵がいつの間にか急接近してきた。

 おそらく先ほどの針は牽制。本命はこうして接近することだ。

 

「な…なめるな!」

 

 葉蔵と同様に弾幕を張る百目鬼。

 量だけに着目すれば、百目鬼の方が上であった。

 全身から眼球の弾幕を張ることで少しでも葉蔵を遠ざけようとする。

 

 しかしそのすべてを葉蔵は無理やり突破した!

 

 同時に長針を構える。

 突き月の構えを取りながら、踏み込んで飛び交うかのように足の力を解放……。

 

「キエエエエエエエ!!」

「!?!?!?」

 

 と、同時に奇声を上げながら彼は突きを放った!

 

 

 示現流と呼ばれる剣術に猿叫というものがある。

 猿が叫ぶかのような雄たけびを上げることで自身の身体のリミッターを外すことで強力な一撃を放つ。

 この技は他の流派だけでなく外国の者たちも恐れられたといわれ、中にはこの一撃で防御しようと掲げられた刀ごと切り伏せたという逸話まである。

 そのような技をまだ齢十三の若造が使っている。それだけでも彼の特異性が、如何に彼が才溢れた子供なのか物語っている。

 

 だが、相手が悪かった。

 

「ひゃ…ヒャハハハハハ! いきなり叫んだかと思ったら、ただの突きじゃねえか! 驚かせやがって!」

 

 続いて攻撃を続ける葉蔵

 突き、蹴り、頭突き、投擲、針の弾丸…。

 あらゆる攻撃を、あらゆる角度と位置に移動しながら仕掛けた。

 しかし、一向に彼の攻撃は当たる兆しを見せない!

 

 

「(なるほど、奴は目だけじゃなくて視覚の情報処理能力も高いのか。眼に専用の脳でもあるのか?)」

 

 視覚というものは人間の感覚の約8割を占める。故に、視覚を極めるという事はスポーツや格闘技だけでなく、あらゆる分野を制すると言ってもいい。

 だが、視覚を極めるということは人間には不可能。何故なら、人間の感覚はそんなに便利ではないからだ。

 人間の眼というものは視界全てを捉えているわけではない。

 眼に入る景色の内、処理されているのはその一部。興味がある者や注意を引くものだ。

 

 だがこの鬼は違う。全身の眼が葉蔵のそれぞれの部位に注目し、全身の動きから攻撃を読んでいる。

 百目鬼の動体視力は彼の動きを完全に捉えている!

 

 とんでもない性能だ。

 もしこれで百目鬼が格闘能力も高ければ、もし鬼殺隊ほどの剣術が使えれば、葉蔵に勝ち目はなかったであろう。少なくとも、今の状態では。

 

 

 だが、何も葉蔵に手がないわけではない。

 

 

「(相手の体捌きは素人。なら、そこに付け入れる!)」

「バカめ! 何度やったって同じだ!」

 

 再び始まる葉蔵の連続攻撃と百目鬼の逃走劇ならぬ回避劇。

 

 長針の突き。避ける。

 連続突き。これも避ける。

 前蹴り。横へ跳んで避ける。

 反対の腕の拳。跳んで避ける。

 拳の勢いで後ろ回し蹴り。また避けた。

 突きのフェイントを入れ針の投擲。ギリ避ける。

 今度は足を狙って針を投げる。これもまた飛んで避けた。

 

 同じ攻撃を繰り返しているわけではない。葉蔵の攻撃は段々速くなっている。

 フェイントも増え、一瞬たりとも休む隙を与えない。針も拳も蹴りも頭もフルに使って、敵を貫こうとする。

 

 避ける避ける避ける

 一瞬たりとも止むことのない葉蔵の猛攻が降り続ける。

 百目鬼に余裕はない。むしろ、必死だ。一撃一撃を全力で避ける。

 

「(く……クソが! 本当にコイツ若造か!?)」

 

 百目鬼は焦った。攻撃が見えてもその攻撃の対処が難しくなっていることに。

 

 次の動作に移行する際の隙が少ない。

 葉蔵の一連の動作は流れるかのように次々と繰り出される。

 最初はまだよかったが、こうも長引くと不利になるのは目に見えていた。

 

 いくら目がいいといっても、脳がその情報処理に付いていけているとしても。肉体がその動きに付いていけるという保証はない。

 相手の攻撃が見えても、それに付いていけないなら意味がない。

 葉蔵はそこに賭けた。

 

 葉蔵の蹴りを飛んで避ける。途端、葉蔵が百目鬼に指を向けた。

 針が来る。気付いた百目鬼は針を止める構えを空中で取った。

 

 しかし、彼の眼は捉えてしまった。

 

「(な…なんだあれ?)」

 

 葉蔵の指が第三関節を超えて指元とその周辺まで赤く染まる。

 明らかに先ほどの血鬼術―――針の弾丸とは違う様子だ。

 だがそれが何だと言うのだ。

 また針が飛んでくるなら止めればいいだけの事。やることは何も変わらない……。

 

 

【針の流法(モード)血針連弾(ラピッドニードル)

 

 

 

「な…ナニィィィィィィぃ!!?」

 

 突如、葉蔵の指先から針の弾丸が『連射』された!

 

 一発目はなんとか止められた。

 二発、三発と。針を必死こいて止める。

 四発目が止めたはずの指を通り抜けた。

 針が刺さった瞬間、何かが肉体に入り込んでくるのを感じて力を入れる。入り込む感覚は手首までで止まった。

 五発目が肩を貫いた。針が急速に伸びて肩だけでなく腕を乗っ取った。腕は動かなくなった。

 六発目も命中した。胴体に命中した。へそ辺りで針の根を張り、百目鬼の肉体を蹂躙する。

 七発目、頭を貫いた。針は急速に成長して脳をもズタズタにする。数秒も経過せず頭どころか首まで浸食することで鬼の意識を奪い始めた。

 

「ち…きしょ……」

 

 呆然と、鬼は最期を想う。

 ああ、何故こんなことになってしまったんだろう。

 俺はただ…ただ母ちゃんを見つけたかっただけなのに……。

 

「(あれ? 母ちゃんって……誰だっけ?)」

 

 突如。暗闇の中から一筋の光が見える。

 

「かあ…ちゃ……?」

 

 温かなそちらに目を向けると、少年の体が温かいものに包み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付いたら、私は鬼の背中を撫でていた。

 

「…………?」

 

 私は一体何をしている?

 何故こんな醜い鬼なんかに私は腕を回している?

 母に教えられたではないか。我ら華族は選ばれた存在。故に汚いものに触れてはならないと。

 なのにこの腕は何だ?

 まさか鬼の過去に同情でもしたのか?

 この鬼は人殺しだ。人食いの化け物なのに?

 

 私と違ってこの鬼は人を食らった。だからこんな醜い怪物になった。

 そんな鬼なんかに何故私は同情する必要がある。

 私はそう思っている。思っているはずなのに……。

 

「あ…あの~………」

「!?!?!?」

 

 突如後ろから声をかけられて驚く私。

 マジでびっくりした。ここまで驚いたのは鬼になって初めてだ。あの歯を飛ばす鬼にやられた時でさえマシに……感じないな。

 落ち着け私。いかなる状況でも優雅たれと教育されてきたはずだろう。ならばさっさと心を整え、彼らと話をせねば。

 

「お前らこんなところで何をしている!? ここは化け物の巣窟だ! 早く出て行け!!」

 

 ……私の口から出たのは怒鳴り声だった。

 

 おかしい。心は落ち着かせたはずだ。

 私は感情をコントロール出来るように教育されていたし、動物の様に激しく喚く連中を単純に馬鹿だとすら感じている。

 無論、感情がないわけではない。ただ感情の切り替えが早く、その感情をどう処理すれば不快にならないようになるかを心得ているだけだ。

 今回もそのようにやっているのだがうまくいかない。まさか、それほどまでに先ほどの経験は動揺するものだったのか。

 

「スゥゥゥゥ………ッフ!」

 

 一度呼吸を整える。

 叔父から教わった特別な呼吸法。

 これでやっと精神が安定して元の私に戻った。

 

「……すまないね、急に怒鳴ったりして。ここは危険だから早く去るんだ」

 

 心を落ち着かせて笑顔を作る。

 相手を安心させて話す技術は母上に叩き込まれている。問題はないはずだ。

 ほら、現に何人かは黙って私の話を聞いている。

 

「あ…あの!助けてくれてありがとうございます!」

「お、おいやめろ! 相手は鬼だぞ!?」

 

 礼を言う女の子とそれを止めようとする中学生ぐらいの男子。

 一体どうしたんだ、この子はただお礼を言おうと私に近づいただけなのに。

 

「さっきのを見たろ、あの鬼は並大抵じゃない血鬼術を使う鬼だ!」

 

 ああなるほど。この子は鬼である私が無償で人間に味方するのが不気味で怖いのか。

 

「交換条件だ。向こうに食事と私の住居がある。そこで君たちの事や外の事を教えてほしい。これで貸し借りはチャラだ」

「へッ、信用できるか! 調子いいこと言って俺らを騙す気だろ!?」

「そんなことをして何になる。その気になれば君たちなど一分足らずで殺せる。そんな相手に罠なんて仕掛けると思うかい?」

「……」

 

 よし、私に反論できずに口ぐもっている。ならば今のうちに畳みかけよう。

 

 

 

「脅す気はないが、先ほどの鬼たちはこの山でも雑魚に値する。その雑魚たち相手に消耗した君たちでは更に強い鬼たちと戦うのは現実的ではない筈だ」

 

「おそらく強い鬼たちは騒ぐと私が来ると思って遠くから様子を見ていたのだろう。もし私が来なければ君たちを食うつもりでね」

 

「そして今度は私が君たちから離れる瞬間を狙っている。その時が来ればすぐさま強襲出来る距離で、尚且つ私が追っても逃げられる距離で」

 

 全体を見渡しながら私は話す。

 個人だけでなく全体を説得させるにはこうして全員を少しだけ見渡さなくてはならない。

 しつこ過ぎずさりげなく。演劇風に話すことが大事だ。

 まあ、今回は突っかかってきた反対意見の子がいたおかげでそれほど気を使わずにいけたけど。

 

「では聞こう。こんな状況で私なしでどうやってこの山から脱出する?」

「「「「………」」」」

 

 よしよし、いい感じの空気になってきた。ではトドメの一言を。

 

「では端的に聞く。……人に慣れて腹も満たされている鬼と、飢えて飢えて今にも人を食おうとする鬼、どっちと一緒にいたい?」

 

 さりげなく選択肢を与えて質問する。

 人間は会話の中で選択肢を与えると、自然にその中から答えを出そうとする。よくあるセールスマンが使う方法だ。

 

 更に、私は先ほどお礼を言ってきた女の子に目を向ける。

 分かってるよねと言い聞かせるように。

 

「わ…私……私、だけでもこの鬼に付いていきます」

「お、俺も行く!」

「ずるい!僕も僕も!」

 

 よっしゃ釣れた! では蒸し返される前に話を切り上げるか。

 

「では付いてきてくれ。遅れてくる者たちも目印は残しておく」

 




・百目鬼
全身に百個の目を持つ異業の鬼。
全ての目が優れた視力と動体視力を持ち、情報を処理する機能が目そのものについている。
また作中では出なかったが透視などの見ることに関する血鬼術を使える。
純粋な戦闘能力は手鬼を超えており、互いに日輪刀や葉蔵の針などの鬼を殺す道具を持っても手鬼を殺せるほどの実力がある。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話

「……は? じゃあ君たちみたいな子供が鬼を退治しているのか?」

 

 あの後、この山に入ってきた無謀な子供たち―――鬼殺隊の卵たちから事情を聴くことに成功した。

 彼らは鬼殺隊という政府非公認の鬼を殺す団体の入団希望者だという。

 育手と呼ばれる人間が見込みある若者に剣術を叩きこみ、最終選抜を突破した人間が鬼殺隊に入ることが出来る。その内容はこの山で一週間サバイバルして生き残ることだ。

 

「しかし何だその無茶苦茶な内容は。こんな人里と隔絶された危険地帯で一週間もいろって、軍隊でも難しいぞ」

「けどこれぐらい出来ないと鬼殺隊で生き残れないそうです。鬼は殆どが雑魚鬼とされていますし。……まあ、今年はおかしなことになってましたけど」

「怖いのは鬼よりも物資の不足や病だ。清潔な飲料や栄養のある食料、安全な寝床や負傷した際の治療手段の確保がどれだけ難しいことか。言っておくがその程度の荷物だけじゃ足りないよ」

 

 私は少女―――胡蝶カナエの手荷物を指さした。

 この程度では足りない。食料だけなら三日ほど持つが、他は論外だ。

 

「鬼に殺される前に脱水や栄養失調、あと病で死んだ者が絶対いるはずだ」

「……そ、そうでしょうか?」

「絶対そうだ。第一、何故試験だというのに見廻隊がいない? 新人に過ぎた鬼の排除、脱落者の保護、負傷者や病人の治療などやることはたくさんある。なのに何故居ない?」

「で、でも鬼殺隊は人手不足だからそんなに人数を割けられないんじゃ…」

「だからこそより丁重に新人を扱うべきだ。数が限られるなら、その数を減らさないよう、教育と投資を惜しむべきではない」

 

 軍人の家系であり、平成の知識を持つ私からして、鬼殺隊は組織として未熟だ。

 新人をいきなり現地に派遣したり、どんな能力を使う鬼かの調査もなしに隊員を送る。……私からしたら考えられない。

 ただでさえ少ない隊員を減らそうとしてどうする。多少一般人の犠牲者が出ようとも隊員の安全を考えるべきだ。

 

 中でもこの試験はひどすぎる。貴重な隊員候補たちを自分たちで殺すようなものだ。せめて救済措置ぐらいは取っておけ。

 実戦を模した試験をしたいのは分かるが、あくまでも模擬に留めるべきだ。実際に殺してどうする。

 

 隊員が増えれば、死なずに任務を終えれば経験のある隊員が増える。経験のある隊員が増えれば鬼との戦闘データが増えてより新人を教育できる。その結果、組織の質も量も高まっていく。

 多少一般人が死のうとも、隊員が増えれば結果的に民を救える。数では後者の方が上のはずだ。

 

「(……いや、今は考えるべきではないか)」

 

 そうだ、今考えるべきは今後の生活。

 鬼殺隊や藤紋の家、外の鬼とその親玉…。警戒すべき相手はいくらでもいる。

 さて、どうやって彼らを出し抜こうか……。

 

「ねえ、今度は貴方の事を話してよ」

「…え?まあ……うん。私だけ聞くのも確かにアレだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、私たちは変わった鬼に出会った。

 

 鬼の名前は葉蔵さん。

 彼は襲撃してきた異形の鬼たちを返り討ちにして私たちを助けてくれた。

 

 圧倒的な強さだった。

 鬼を一撃で殺す特殊な針。

 まるで弾丸のように速く鋭い特別な能力。

 おそらくあの紅い針が鬼の血鬼術なのでしょう。

 ただ針を一刺ししただけで鬼は黒い灰と化してしまった。

 

 血鬼術だけではなく、彼自身の戦闘力も高い。

 優れた血鬼術を完全に使いこなしている。接近すれば格闘戦で針の生えた拳で迎撃し、距離を取れば銃撃のように針を撃つ。

 

 その能力を駆使してあの異形の鬼を倒してしまった。

 途中で私は逃げちゃったけど、来た時には既にいなかったから、彼が倒したことはすぐにわかった。

 全身に目のある鬼。あの鬼は他の鬼と比べてけた違いに強かった。

 だけど、葉蔵さんは大したダメージを受けることなく倒してしまった。

 

 たとえこの最終選考が終了しても相手にしたくない鬼だ。

 もしあの力が自分たちに向けられたら……想像しただけでもゾッとする。

 けど、その心配はなかった。

 

 彼はとても優しくて紳士的な男性だった。

 鬼に襲われていた私たちを救い、安全で温かい場所と食事も与えてくれた。

 話す内容も仕草も何処か気品を感じる。おそらく鬼になる前はさぞ高貴な人間だったのだろう。

 そして何よりも驚いたところが……。

 

「ほ…本当に……に、人間を食べたことがないの?」

「うん、正直人間なんかより鹿や猪の方が美味しそうに見える」

 

 そう、彼は鬼でありながら人を食らったことがないのだ。

 初めて会った、初めて人を食べない鬼。この人となら仲良くなれるかもしれない。

 そ、ソレにほら……こんなイケメンなら鬼でも……ね?

 

 強くて優しくてイケメンで紳士的な鬼。……まるで仲良くするために生まれた鬼みたい! ……だけど、そんなものは淡いのだと知らされることになった。

 

「まあ、それでも今更人間を食うつもりにはなれないね。怪物になったからってハイ明日から鬼として生きてくって出来ないよ。まあ、私の場合は最初に口にしたのが鬼だったおかげというもあると思うけど」

「え?それってどういう事?」

「言葉通りだよ。ただやはり……こうして対峙すると分かっちゃうね」

 

 困った顔で言う葉蔵さん。

 この小屋の中にいるのが私だけでよかった。他の子たちは葉蔵さんが新しく作った小屋の中にいるけど、もし聞いてしまったら逃げ出してしまっていたはずだ。

 

「こうして対峙していると食欲が刺激される。今は腹が満たされているから何ともないけど、もし飢餓状態だとしたらマズいかもね……」

「……やはり、鬼は人を食らわざるを得ないのでしょうか」

「そう考えた方が妥当だ。私のようなケースは稀だろう」

 

 こんなに優しくて変わっている彼でさえ、飢餓状態になれば人を食らうかもしれない。

 ならどうすれば飢餓状態にならずに彼と人が仲良く出来るのかしら……。

 

「胡蝶さん、その鬼殺隊とやらを続ける気なら鬼に対する同情を捨てろ。でないと……心が壊れるぞ」

「……そうかもね。でも、私は哀れな鬼たちを助けるために鬼殺隊に入ったの。この想いを曲げることは出来ないわ」

「……そうか」

 

 自分も鬼でありながら、鬼殺を肯定して私の心配もしてくれる。もしかしたらこの鬼……この人となら仲良くできるかも……。

 

「ねえ、どうして葉蔵さんは鬼になったの?」

 

 だからこそ気になる。何故鬼舞辻無惨が彼を鬼にしたのか。

 

「そうだね、あれは大体三か月前ぐらいだったか…」

 

 初めて聞く彼の境遇は理不尽の一言に尽きた。

 ただ子供にバカにされて腹が立ったから。

 それだけの理由で、それも彼がバカにしたわけでもないのに。だというのに奴は腹いせとして鬼にした。

 想像するだけで腸が煮えくりかえる。奴だけは、同情も救いも絶対に与えないと改めて決意する。

 

 葉蔵さんの話を聞いた者たちの反応は、だいたい二つに分かれる。私のように奴の存在そのものに怒りを覚える者と、情報量の多さに目を白黒している者。

 

「ひどい……。葉蔵は何も悪くないのに!」

「それはまあ、そうかもな」

「……?」

 

 少し言葉を濁す葉蔵さんを訝しんでしまった。

 おかしな話だ。何故当事者である彼はそれほど落ち込んでない?

 思えば、会話中も鬼舞辻無惨に対する憎しみが滲み出ていない。普通なら、話の最中に怒りを見せてもいいのに……。

 

「ねえ葉蔵さん、なんで貴方は…」

「ちょっと待って」

 

 葉蔵さんは私の言葉を遮って外に出った。

 一体どうしたんだろう。気になった私は葉蔵さんと一緒に小屋から出る。

 そういえば何か外が騒がしいけど……まさか鬼が来たの!?

 

「よ、よせ錆兎! 今あの鬼を殺したら、他の鬼が一気に押し寄せてくるぞ!」

「黙れ義勇!鬼殺隊が鬼と共にいるなど言語道断!それ以前に男として失格だ!」

 

 日輪刀を振り回す男の事、ソレを羽交い絞めにして止めようとしている男の子が飛び出してきた。

 え~と……彼は確かさっきまで気絶していた子だったわね。

 

「いいよ君。彼を放してあげて。私が直接話す」

「え!?」

 

 突然、葉蔵さんは笑顔でそう言ってきた。

 

「い…いいんですか?」

「仕方ないよ、だって鬼を殺す君たちが、気付いたら鬼の巣窟にいたら冷静でいられないでしょ?」

「そ、それはそうですけど……」

 

 彼の言ってることは分かる。

 私だって目が覚めていきなり鬼の巣に連れてこられたら、まずは鬼を殺すことを考えてしまう。

 鬼殺隊だったらそうしてしまう。誰だってそうしてしまう。

 

 だけど、葉蔵さんは『お友達になれるかもしれない鬼』だ。このまま殺させるわけには……。

 

「大丈夫。私がこんな子供なんかに負けるはずがないもの」

「………は?」

 

 瞬間、空気が凍った。

 

「やはり所詮は鬼だな。人間を舐めてやがる……」

「さ、錆兎?」

「ここでくたばれ鬼!」

 

 錆兎と呼ばれていた子が、突然弾かれるかのように飛び出してきた。

 私も彼を止めていた子も急いで止めようとする。しかしもう遅い、

 あの子は呼吸を整え、刀を引き抜こうと……。

 

【水の呼吸壱ノ型・水面切―――

 

 

 

 

 

 

「な…なんだこれは!?」

 

 ……とした途端、彼の手が止まった。




葉蔵はただ平成の子供みたいなネット弁慶的な視点と、華族としての視点がミックスされた意見を述べただけです。

私は別に鬼殺隊アンチというわけではありません。最終選考だろうと人が死にまくるあの漫画は、そろらくあの漫画がそれほど厳しい世界であると読者に伝えたかったのでしょう。
ただ、彼らの視点ではない何かを書きたいと思った結果、こうなりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話

 

 いきなり助けたはずの子―――錆兎の襲撃に葉蔵は驚くも、葉蔵の行動は冷静だった。

 

 彼ら鬼殺隊にとって鬼とは例外なく滅すべき悪。いちいち容赦など力関係的にも心情的にも出来る相手ではない。

 葉蔵のような色違い伝説ポケ〇ン並にレアな鬼のために、その原則をそう簡単に曲げるわけにはいかないだろう。

 故に、気絶していた者がこのような行動をする可能性は十分に考慮していた。

 

「なんだ…なんだこれは!?」

 

 彼の刀と鞘には、赤い糸が絡まっている。

 糸の先には紅い釣り針が付いており、それが鍔の部分に引っかかり、糸が刀を抜けないよう拘束していた。

 

「さっき君たちがじゃれあっているときに巻き付けた。これじゃあ剣を抜けないだろ?」

「ふざけ…!?」

 

 錆兎の首に針を投げる。当たらないよう掠める程度に。

 

「これで一回目」

「~~~~! ふざけやがって!」

 

 錆兎は糸のせいで抜けない剣を放り捨て、彼を止めようとしていた子―――義勇から刀を奪い取った。

 

「貸せ!」

「お、俺の刀!?」

 

 

【水の呼吸壱ノ型・水面切り】

 

 

 まるで水面を切り裂くかのごときまっすぐな剣筋。

 速く、重く、鋭い刃。その技はかつて葉蔵を指南していた剣の師範を超えている。

 

 その年でよくぞここまでたどり着いた。葉蔵の剣術など彼に比べたら児戯でしかない。

 

 しかし、その刃が届くことはなかった。

 

 

 葉蔵は半歩後ろに下がることで回避。ほぼ同時、手に持った得物を突きつけた。

 さっき胡蝶さんから拝借した刀だ。

 

「これで二回目」

「~~~!」

 

 それから滅茶苦茶に刀を振り回す。しかしそんな刀が当たるはずもなく、全て避け、受け止めた。

 

 いくら人間離れした剣戟を行おうとも、葉蔵は鬼なのだ。人を軽く凌駕する膂力で、超越した感覚器官で叩き潰す。

 

【肆ノ型・打ち潮】

 

 淀みない動きで斬撃を繋げる。

 やはり速い。動きも洗練されている。葉蔵が人間なら一撃目で何もわからずに首を刎ねられていたであろう。

 

「(……そろそろヤバいね)」

 

 葉蔵の顔に焦りが得見え始めた。

 このままでも葉蔵が負けることはないが、錆兎を無傷で無効化するほど差があるわけでもない。

 ここで彼を傷つけてしまえば、周囲の子供達にまで敵対意識を植え付けてしまう。それだけは避けなくてはならない。

 故に、彼は暴力ではなく『話術』で錆兎を鎮めることにした。

 

「俺は一匹でも鬼を多く倒す! それが死んだ両親の手向けであり、多くの人を守ることになる!」

「……?」

 

 突如、葉蔵は動きを止めた。ソレを見た錆兎はチャンスとばかりに……。

 

 

 

「君はそんなに善良な人間か?」

 

 

 

 

「な…何?」

 

 一瞬だけ、彼の動きが止まる。

 

「私の知る限り、他人のために命を懸るような真似をする者は大体三通り。自身が死なないと勘違いしている馬鹿か、命のやり取りに鈍感で死を理解出来ない阿呆か、自身の命に価値を見出せない空っぽな人間かのどれかだ」

「!!!?」

 

 ゆっくりと、錆兎にしか聞こえない声で、まるで耳元で囁くかのように。

 

「黙れ!」

 

 

【漆ノ型・雫波紋突き】

 

 

 高速の突き。正確に私の首を狙おうとしている。

 しかし葉蔵の話術が効いたのか、先ほどまでの洗練された動きがなくなっている。

 葉蔵は彼の刀を得物で弾き飛ばした。

 

「この中に当てはまらない、尚且つ本当に命を張れる人間というのは確固たる信念とソレを貫くに足る理由を持つ者だ」

 

「だが何故だ? 君からはそんな覚悟が見えない。これほど技が洗練されているというのに、何故か君からはそんな覚悟と理由が感じられない」

 

「これは私の勘違いか? 鬼殺という危険に身を冒しているというのに、私には君の覚悟が張りぼてのように見えてしまう。これは私の目が節穴なだけか?」

 

 

 

 まるで言葉が彼を縛る鎖に変わっていくかのように。まるで言葉が彼の体内を蝕む毒になるかのように。

 言葉を重ねる度に剣筋が、動きが、呼吸が。全てが鈍り粗も増えていく。

 

「………ぁ!」

 

 葉蔵は彼の顎に拳を掠め、脳を揺らして気絶させた。

 糸の切れた人形のように倒れる彼。それを葉蔵は優しく受け止め、義勇に引き渡す。

 

「はいこれ。一応無傷だと思うけど多少のダメージは堪忍してくれないか?」

「…………あ? ……あ~、うん……わ、分かった…」

 

 歯切れが悪そうに応えながら錆兎を受け取る義勇。

 

「ううん、少し説得したら彼も分かってくれたんだけど勢いで……」

「そ、そうなんだ……。あと、ちょっと聞いていいか?」

「ん?なんだい?」

 

 少し口ごもる義勇。

 

「……………さっき、錆兎と何を話していたんだ?」

「いや別に。ただ説得しようとしていただけだよ?」

 

 葉蔵は何も無さそうな、いつもと変わらない顔で。平然とした表情で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おかしい。今日の私は何処かおかしい。

 私は一体どうしたんだ? いつもならあんなふざけた真似などしないし、言うこともない。なのに何故あんなことを?

 

 久々に人と会って舞い上がったのか? 鬼になって初めて人と話し、心が満たされたとでもいうのか?

 

 馬鹿馬鹿しい。私はそんなセンチメンタルな奴じゃない。

 私は空っぽでつまらない男だ。前世も今世も、そして鬼になった今も。根本的な部分は変わっちゃいない。

 

 なのに何故だ。私は何故こんなにも……。

 

「……早く寝よう」

 

 やめだ。

 無駄なことを考えても意味などない。

 今日はもう疲れた。早く帰って寝よう。




私は鬼殺隊が聖人揃いだとは思ってません。
本心から人々を守るために入った奴はほんの一つまみ。実際は建前で本音は全くの別。大半は憎しみをぶつけるためだったり、それしか道が無かったなどの理由だと思ってます。
ただ、目的は変わっていきます。鬼殺隊として人々を守ることで助けた命の幸せを願う奴もいれば、鬼を殺すことで憎しみを晴らすことに躍起になる奴もいるでしょう。或いは全く別の目的にすり替わる奴もいるはずです。
では、錆兎はどの道に転ぶのか。それはお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話

「いるんだろ?」

 

 真夜中、葉蔵はキャンプ地からこっそり抜け出し、山の中でも開けた場に向かった。

 たどり着くと同時、葉蔵は後ろへ振りかえる。すると、木陰から3体の鬼が現れた。

 

 一体目は飛蝗のように長い足を持つ異形の鬼。

 二体目は全身の筋肉が異常発達した巨体の鬼。

 三体目は蔓のような髪を生やしてる異形の鬼。

 

「やはり気づいたか、針鬼!」

「お前はこの山では邪魔だ」

「だからここで死ね。屍は俺らが食う」

「分かりやすい答えをありが…とう!」

 

 言うと同時に葉蔵は右の指先から筋肉鬼目掛けて針を出した。

 ほぼ同じタイミング、左手で針を脚長鬼に投げる。

 

 この一撃で倒す必要などない。ただ足を止められたらそれで十分。いわゆる牽制だ。

 長針を創り出し髪の長い鬼に接近。そのまま突き刺そうとした。

 だが、そう簡単にはいかないのが世の常。

 

「……!」

 

 突如、葉蔵が右に向かって長針を振る。

 いや、それは振ったのではなく、盾にしたのだろう。

 直後、脚長鬼に命中した。

 

 粉砕される葉蔵の長針と響く衝突音。

 押し飛ばされた葉蔵。しかし無傷の状態でぶつかった鬼に反撃として針付の拳を食らわそうとする。

 しかし、またしても邪魔が入った。

 

 邪魔者の正体は蔓のような髪。無数のそれらが蛇のようにうねりながら葉蔵に襲い掛かった。

 

「……チッ!」

 

 下品ではないが、苛立ちを感じさせるような舌打ち。しかし彼は冷静に横からの邪魔に対処した。

 新しい長針を作り、それを棒のように振り回して弾き落とす。

 そしたらまた邪魔が入ってきた。

 

「……!」

 

 次の邪魔は筋肉鬼。

 その鬼は巨体を活かして突進してきた。

 来ると分かっていれば精神的にも余裕が生まれる。葉蔵は難なくその攻撃を一歩下がって避けた。

 

 ちらりと横を一瞥する葉蔵。彼の視線の先には、脚長鬼がいた。

 

 体を葉蔵に向け直した脚長鬼は、飛び掛かる構えに入っている

 当然、そんな隙を与える葉蔵ではなかろう。しかし、今はその隙を作れる鬼が二体もいる。

 右から無数の髪が、左からは筋肉の壁が迫る。

 

「ぐっ……!」

 

 髪を前に跳んで避け、壁は腕で防御する。体を回転することで衝撃を逸らし、ダメージを最小限にまで抑えた。

 続いて迫る脚長鬼の突進を避けようと体を捻る。しかし次の瞬間、突如脚長鬼の軌道が変わった。

 

「がッ!?」

 

 何が、と思う暇もなく、葉蔵の腹部に強烈な衝撃が突き刺さり、体がくの字に折れ曲がる。口中に鉄の味が溢れ、赤い液体を出す。

 痛みに意識が半ば飛びながら、葉蔵は避け切れたはずの攻撃を食らった原因を探ろうとした。

 

「(……ああ、そういうことか)」

 

 彼の目に入ったものは脚だった。しかし、背中から生えたもの。

 本来生えている脚よりも長く太い脚。これが先ほどの攻撃の正体だ。

 脚長鬼は背中から生えた脚で方向転換し、勢いを乗せてもう片方の脚で蹴った。

 

 葉蔵は蹴りの勢いに逆らうことなく、敢えて吹っ飛ばされる。

 こうすることで衝撃をある程度逃がせるし、他の鬼たちからも距離を稼げる。

 

 そして何よりも、追ってきたバカを簡単に狙い撃ち出来る。

 狙いを筋肉鬼に定め、血針弾を放とうとした瞬間……。

 

 

「なっ!!」

 

 葉蔵の腕が逸れた。

 死角から髪鬼の蔓が伸び、葉蔵の腕に絡んでいる。これのせいで射撃が妨害されたのだ。

 

 腕から針を生やして髪から因子を食らう。

 針の本来の用途は捕食器官である。故に、投げたり撃ったり剣にして刺すより、自身の肉体から直接生成したものを刺す方が一番効率的に因子を取り込み、尚且つ頑強で質も量も良い針を生成出来る。投擲や射撃等の攻撃が出来る葉蔵が、肉弾戦を好むのもこれが理由である。

 

「お…おのれ!」

 

 髪鬼は髪を自切することで捕食から逃れる。

 そうだ、それでいい。これであの鬼の牽制にはなった。あの鬼を足止めしているうちに次の鬼へ狙いを定める、

 葉蔵は筋肉鬼に対して針を撃つ。

 これもまた牽制。あの鬼の足も止めて体勢を立て直す!

 

 だが、今回もイレギュラーが発生した。

 

 突如、筋肉鬼の姿が変貌した。

 全身の筋肉が肥大化し、皮膚から筋繊維がむき出しになる。例えるならバイオハザードのリッカーやタイラントのよう。

 筋肉の塊が叫び声を上げながら鬼は巨大な拳を振り下ろした。

 それを避けようと半歩下がるも……。

 

「!!!?」

 

 筋肉が更に巨大化。避け切れるはずの拳が葉蔵を捉えた!

 

 樹木に叩きつけられる葉蔵の肉体。轟音と共に脊椎と後頭部が潰れ、辺り一面に血飛沫が飛ぶ。

 鬼は手を緩めない。そのまま続けて樹木ごと薙ぎ倒した。

 鬼の肉体でなければ即死の一撃。

 

「―――ぺッ」

 

 口を大きく開き、べちゃりと赤と灰色の混ざったブヨブヨした何かを吐き捨てる。

 潰された脳みその一部だ。

 たとえ無視できなかろうが、今は戦いをやめる時ではない。

 最低限の機能だけを残しつつ、再生しながら起動。戦闘を続行する。

 

「―――!?」

 

 ヨロヨロと立ち上がりながら、針を撃つ構えに入る。だが打ち出そうとした瞬間、背後から蹴りが飛んできた。

 

「!!?」

 

 咄嗟にしゃがんで攻撃を避ける。

 頭上を擦れ擦れで通る脚長鬼の足。それが完全に通り過ぎたのを確認すると、しゃがんだ状態で無理やりその場から飛び上がった。

 元居た場所に髪の蛇が噛みついてくる。もし一歩遅かったら葉蔵は今頃髪で貫かれていたであろう。

 

 葉蔵は空中を舞いながら、無理やり体を捻って照準を攻撃してきた髪鬼……ではなく脚長鬼に合わせる。

 バシュッと発射される針。ソレは鬼……ではなく、鬼の足の一本にあたった。

 

「ぎゃああああああ!!!」

 

 脚長鬼の足に撃ち込まれた針が因子を吸って成長する。

 やった、やっと一発かましてやった!

 心の中でガッツポーズをとる葉蔵、彼はそのまま胴体から脳まで根が伸びるのを期待していた。

 しかし、今回もうまくはいかなかった。

 

「チッ!」

 

 鬼は自身の足を自切して上手く逃れた!

 

「クソッ!三対一だってのに何で倒せねえんだ?」

「こりゃ逃げた方がいいんじゃねえのか?」

「落ち着け。このまま囲って倒すんだ」

「………畜生が」

 

 追いつかれた。三体とも攻撃態勢に入って葉蔵を囲む。

 一体ずつ各個撃破するはずが失敗。それどころか一体にも大したダメージを与えることすら出来なかった。

 状況は逆戻り。早くくこの戦況をなんとかしなくては……!

 

「これは……不味いね」

 

 鬼になって以来のピンチ。そんな状況でも葉蔵は笑顔を絶やすことはなかった。

 




このssが鬼になった社畜に似てるって言われたので言い訳させてもらいます。
私は最初から藤襲山で鬼喰いの鬼を『養殖』する展開をアニメ見た当初から考えてました。なので似てるのは偶然です。

というのも、藤襲山ってこれ以上ない人を食わず鬼を食う鬼の養殖所なんですよね。
無惨や鬼殺隊といった強すぎる外敵は存在せず、人間は年に一度にしか来ないので人を食えない。代わりに周囲には鬼がいるので共食いする機会は山ほどある。尚且つ年に一度は鬼殺隊入団希望者が来るので、その際に原作キャラと絡むことが出来る。
これ以上に鬼を食う鬼を強化し、原作キャラと遭遇出来る場所はありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話

 藤襲山の開けた場所。そこで鬼が争いあっていた。

 鬼が共食いする。そんなことはこの山ではありふれている。

 しかし、今回ばかりは少し事情が違った……。

 

「「「ここで死ね針鬼!」」」

 

 一匹の鬼に対して三匹の鬼が一丸となって襲撃していた。

 

 本来、鬼は共闘などしない。

 とある臆病者が、鬼同士が共謀して反逆されるのを恐れて互いに殺しあう習性をインプットしたのである。

 しかし例外的に協力することもある。例えば、自身より強い敵を倒すために協力(リンチ)するとか。

 そして、今回がそういった例の一つである。

 

「(クソッ! 攻撃するチャンスがない!)」

 

 脚長鬼が蹴りを、筋肉鬼が拳を振るう。そして髪鬼は攻撃の合間に、二体の隙間から髪による攻撃を繰り出す。

 脚長鬼が葉蔵の針を避けながらスピードで攪乱。筋肉鬼が頑強な肉体で葉蔵の針を弾きながらパワーで牽制。髪鬼が髪で両者の間に生じる隙を潰して援護。それぞれが個性を活かすことで葉蔵の特性を潰していた

 

「(これは……かなり厄介だ)」

 

 いつもならば葉蔵の一人勝ちであろう。

 たしかに藤襲山の中ではこの鬼たちは強い部類に入るが、葉蔵には決して届かない。たとえ挑んだとしても、彼の格闘能力と血鬼術で制圧されるのがオチだ。

 しかし、それはいつもの話である。

 

 葉蔵は今まで集団(チーム)戦を経験したことがない。

 雑魚鬼を複数同時に相手したことはあるが、アレは個々が勝手に暴れていたというだけ。周囲を見ずに動くことで互いに足を引っ張りあい、酷い時には事故って同士討ちもやらかしていた。

 しかし今回は違う。

 互いに役割を決め、己の役割を全うして、一丸となって葉蔵を食らおうとしている!

 

「(ちくしょうが……!)」

 

 心の中で悪態をつく。

 相手に対してではない。自分に対しての苛立ちでだ。

 

 鬼がチームで襲ってくることを想定してないわけではなかった。

 だが、協調性の『き』の字もないような、自分勝手にただ暴れ、ただ他を食うだけの鬼たちを見てソレはないと思っていた。

 こんな低能共が協力なんて出来るはずがない。集団で来たとしても、互いに互いを潰しあうのがオチだと。そう考えた彼は対策など考えてなかった。

 

 そう、少しだけしか考えてなかった。

 

「ぐげえッ!!」

「お前何して…しまッ!?」

 

 突如、脚長鬼が攻撃をミスった瞬間、流れが変わった。

 バランスが崩れたせいで髪鬼の攻撃が誤って脚長鬼に命中。続けて筋肉鬼も事故って脚長鬼に衝突してしまった。

 

「難しいだろ、集団戦は」

 

 そう、仕掛けたのは葉蔵だ。

 難しいことはしてない。ただ脚長鬼が攻撃してきた瞬間、咄嗟に小さな針を打ち込んだだけだ。

 ほんの小さな針。即席で、しかも余裕もない状況で作った即席物。脆くて質の悪いものだ。

 無論、先程同様に足を自切して逃れられた。だが、そのおかげで脚長鬼の機動力を一時奪うことに成功。そのまま周囲を巻き込んで事故ってくれた

 

 

 

 

 

 

 そして、こんなチャンスを無駄にするほど彼も鈍間ではない。

 

 彼の両手の指が、中指と人差し指が第一関節とその周辺まで赤く染まる。

 

「や、やべえ!」

「早く逃げるわよ!」

 

 立ち上がって逃げようとする鬼たち。

 だがもう遅い。既に彼は攻撃態勢を整えている。

 

 

【針の流法 血針弾・散(ニードルショット)

 

【針の流法 血針弾・貫(ニードルストライク)

 

 

 両手の指から針が勢いよく発射された。

 五寸釘程はある大きさ。それが回転しながら両者へ襲い掛かる。

 

「ぐぎゃあ!」

 

 左の針が筋肉鬼を貫く。

 防御しようと筋肉を更に肥大化させるも、ドリルのように回転して貫いた。

 

「な…何!?」

 

 右の針が突如分裂した。

 逃げようと高く飛んだ脚長鬼も、散弾と化した針の弾幕を避け切れず、その一部が命中。バランスを崩して墜落した。

 そして、次は髪鬼へと手を向ける。

 

「ひ――ヒィ!!」

 

 紅く染まった指を見た髪鬼は恐怖し、強い焦燥感を抱いた。

 まずい。この流れからして次の標的は自分。早くなんとかしなくては……!

 

 彼女は全身を自身の髪で覆った。

 針を食らった際、その部位を自切すれば針から逃れられる。その瞬間を二度も目撃した。

 こうして身代わりを用意しておけば防げる。……彼女は本気でそんな甘い考えを抱いていた。

 

 

【針の流法 血針弾・複(マルチニードルバレット)

 

 葉蔵の指から針が連射された。

 一発一発は普通の血針弾とさして変わらない。だが、十本の指全てから射出される。

 一つ針が打ち出されると間髪入れずにまた針が何発も撃たれる。

 十、二十と、数秒の間に放たれる針の弾丸。それはまるで軍隊の弾幕のよう。

 一発でもヤバいのに、それが複数くるのだ。とても防げるものではない。

 

「ぐげえええええええええええええ!!」

 

 ついに一発が髪の壁を乗り越えて眉間にあたった!

 次々と髪の防御を突破する赤い針の銃弾。数十秒も経過せずに髪鬼は針の根によって全身をズタズタにされた。

 

「げ…ゲゲ………」

 

 因子をたっぷり吸った針の結晶だけ残して、髪鬼は黒い灰と化していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(……強い)」

 

 木陰に隠れながら、錆兎は葉蔵の戦う姿を見ていた。

 

 最初は、ほんの好奇心だった。

 鬼殺隊が鬼を殺す光景を見たことはあるが、鬼が鬼を殺す瞬間は見たことがない。

 どんな風に戦い、どんな攻撃が有効でどうやって相手の攻撃を防ぐか。どんな駆け引きがあるのか等々、気になる箇所はいくらでもある。

 

「あれが鬼同士の戦い……なんて激しいんだ」

 

 結果は想像以上だった。

 互いに肉を斬り、骨を砕き、内臓を抉り合うかのような過激で残酷な殺し合い。しかしその程度で鬼は死なない。

 

 鬼を殺す手段は日光を浴びせるか日輪刀で首を刎ねるかの二択。或いは葉蔵のような鬼に対して有効な血鬼術を使うかぐらいだ。故に、通常の戦闘では激しさを増す。

 内臓を潰され、頭を潰され、手足を折られ。それでも鬼は生きている。

 

 痛々しい。

 痛いだろう、苦しいだろう、辛いだろう。

 いくら回復するとはいっても、鬼とて痛覚は存在する。苦痛を感じるのは一緒だ。

 むしろ、苦痛を感じる前に死ねるような人間より、死ぬような痛みでも生きている鬼の方が苦しいのではないだろうか。

 内臓を潰され、頭をカチ割られた葉蔵を見たら、そんなことが頭からふと湧いて出た。

 

「(………何を考えている俺は!?)」

 

 ハッと我に帰ってそんな考えを捨てる。

 そうだ、俺は鬼殺隊になる男だ。狩るべき相手に、憎むべき相手に同情するなんて以ての外。人間より鬼が辛いなんて考えは言語道断だ。

 

 思い出せ、鬼が今まで何をしてきたか。

 人を食らい、嬲り、幾多の悲劇を生みだした害悪。こんな存在を許しては置けない。現にお前は自身の親を……。

 

「…………親の顔なんて覚えてねえ癖に」

 

 そこまで考えて、錆兎は自嘲するかのように嗤った。

 

 錆兎は確かに両親を鬼によって殺された。両親と暮らした幸せな記憶も漠然だが存在する。それを奪った鬼は憎んでしかるべき存在なのだろう。

 だが、それは彼がまだ幼い頃であり、記憶もかなり曖昧だ。現に、彼は両親の顔も、どんな風に暮らしたのかも、ハッキリとは覚えてない。まるで夢のように朧気で、現実感が湧かなかないものだ。

 そもそも、当時の自分はそこまで両親を愛していただろうか。町で見かけた、両親に対して不平不満を吐いていた腑抜けのように、自分も両親のことをそんなに思ってなかったのではないだろうか。

 親がどんな風に殺されたのかも覚えてない。だから鬼に対してどんな恨みを持てばいいのか、そもそも憎しみ自体本当にあるのかも疑わしい。

 

 

 

 

 では、俺は何のために戦えばいい?

 

 

 何の為に剣を振るうのか。そう問われると、返答に困ってしまう。

 本当は、成り行きで此処にいるだけではないだろうか。

 

 男なら、男に生まれたなら、進む以外の道などない。

 錆兎が口癖のように吐いている言葉。しかしそれは本心で言っていることだろうか。本当はただ自分に言い聞かせているだけではないのだろうか。

 

 分からない。一体俺はどうすればいい?

 とめどなく湧いてくる疑問に、満足できるような答えは一つもない。

 どれもこれも漠然とした、弱い答えばかり。とても進むための原動力には思えない。

 

 

 

 だったら、奴はどうなのだ?

 

 先ほどまで激戦を繰り広げていた鬼に目を向ける。

 あの鬼はさして鬼に恨みを向けているようではなかった。人を助けたいわけでもない。ならば、何故奴は戦える?

 

 腹が減った? ならば自分たちを食えばいい。そっちの方がよほど簡単だ。

 鬼の方が美味いから?たかが食うためだけに何故あれほどの痛みを耐えられる?

 鬼との戦闘を楽しんでいる?それこそ理解出来ない。あんな見ているだけで痛々しい戦闘の何処に楽しむ要素がある?

 

 理解出来ない。どれも命を懸けるにはあまりにも釣り合ってない利益だ。

 だが、錆兎は見た。いや、見てしまった。

 

 

 

 葉蔵の唇がクイッと吊り上がった瞬間を。

 

 

 

「………あの鬼のようになれば、俺も恐怖を知ることなく進めるのか?」

 

 いつもの彼ならば絶対に口にしない言葉。数日前の彼が耳にすれば激怒するであろう発言。

 様々な思考や感情で彼の脳内は混沌としていた。だから、こんな妄言を吐いてしまったのだろう……。

 




前回、私は鬼殺隊の視点ではない何かを書きたいと思った結果がコレだよ…。
これは私の偏見ですが、鬼滅の刃の登場人物は人として真っ直ぐすぎると思うんですよね。
強くたくましく、自身の掲げる信念に沿って生きる。まるで少年漫画の登場人物かのようです。
だから、私は少し捻くれたオリ主を書こう。人の弱さを、醜さを引き出すようなものを書こう。この世界の人間にはないものを、そしてこの世界の人間にはあるものを持たない『異物』を放り込もう。そう思った結果がこれです。
私はちゃんと書けたでしょうか……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話

「囲め囲め! 鬼はお前たちよりも強いんだ! 肉体的にも生物的にも劣る人間は数と技と知恵で覆せ!」

 

 やあ皆、大庭葉蔵だよ。

 私は今、子供たちに戦闘の指導をしている。

 

 

 本来、この選別と呼ばれる儀式では、子供たちは雑魚鬼たちが蔓延るこの山で一週間だけ生き残ることで自身が鬼殺隊として生きていけることを証明するものらしい。

 しかし、現在この山に雑魚鬼はいない。全部異形種か血鬼術―――私が流法と呼ぶ術を使う鬼ばかりである。

 そのせいで彼らは本来の選別を行えない。しかしだからといって今更選別から降りることも出来ない。だから私が彼らを守ってやることにした。……ここまではいい。

 

 

 

 問題は、私がいるせいでこの山の鬼たちは強くなっているということだ。

 

 

 

 薄々気づいていた、この山の雑魚鬼共が私に対抗して共食いしていることに。

 私はソレを放置した。より強く、よりおいしくなるなら大歓迎だ。続けてくれ。ここ最近ずっと鬼を食わなかったのもそれが理由である。

 しかし、本来の持ち主である鬼殺隊にとっては大迷惑もいいとこだろう。教育用の鬼の大半を食われただけでなく、スライムレベルに設定していた鬼たちがオーガレベルまで成長してしまったのだから。

 ということで私はその責任を果たすべくこうして指導しているのだ。

 

 私はこの山で何度か鬼を殺してきたのだ。奴らの動きはよく読める。

 指示も問題ない。軍人の家系である私はそれなりに戦略の知識を叩き込まれているからね。

 それに、私には血鬼術による探知能力、方針がある。これで鬼の位置と強さを測り、彼女たちでも対処できる鬼のみ狩りに向かわせている。

 とまあ、私は全力で彼らのサポートをしているのだが……。

 

「葉蔵さん、次はどんな鬼を倒しますか?」

「あ、ああ。そ、そうだね……」

 

 何故か私との共同狩猟に参加してくれているのは女の子だけなんだよね……。

 

「しかしこれでこの山の鬼は大分片付いたはずだ」

「そう、ですか……。やっと終わった……」

 

 少女はそう言って寝転がる。

 あれだけ鬼を必死こいて倒そうとしたのだ。疲れて当然だろう。……私にとっては雑魚鬼なんだけど。

 

「それにしてもすごい数の鬼がいたんですね。この山には五十匹ぐらいの鬼がいると聞いてたんですけど……あれだけの鬼がお互いに共食いするって五十じゃ足りませんよね?」

「五十? それって私が食らった鬼の数じゃないか」

 

 何気なくそう言う私、すると少女はガバッと立ち上がった。

 

「そ、そんなに鬼を倒したんですか!?」

「正確には39匹だ。そのうち半数ほどは血鬼術も異形化もしてない雑魚鬼ばかりだけど」

「そ、それでもかなりの数ですよ……」

「これでもけっこうの鬼をわざと逃がしたりしたのだけど……」

 

 私は興味のない鬼は逃がすことにしている。

 なんていうか、面倒くさい。

 だって山の中でたった一人でサバイバル生活するんだよ? やることいっぱいあるんだよ。

 小屋の用意したり、火をマッチどころか火打石もなしで起こしたり、食料の調達だってある。

 あとは技の開発とか。というかコレが鬼狩りを辞める理由のほぼ半分だろうか。

 

「(……そういえば何匹か逃げられた獲物がいたな)」

 

 ふと私は仕留め損ねた鬼を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(………怖い)」

 

 とある洞窟の中、一匹の鬼―――手は震えていた。

 思い出すのはあの鬼のこと。恐ろしく強く、冷酷で、美しい鬼。

 

 その鬼―――葉蔵と出会ったのは一週間前。餌を求めて山の中を歩いていた頃だ。

 腹が減って仕方なかった。彼が楽しみにしている狐狩りにはまだ日がある。なので、口慰めとして他の鬼を食おうとしていた。

 鬼にとって同種である鬼の肉は美味いどころかヘドロにも劣る味である。

 

 しかし、あの鬼からはいい匂いがした。

 

 他の鬼が蛆湧く程腐った果物だとすれば、葉蔵は熟した果実。それほど違いがあった。

 手鬼は手を伸ばした。美味そうな果実をもぐために……。

 だが、その果実は猛毒の刺が付いていた。

 

 思い出すだけでも恐ろしい。

 奴の針が刺さった瞬間、その部位は針の根によって食われ、動かなくなった。

 

 触れたら針によって食われ、離れても針の弾丸を撃ってくる。

 死角から攻撃しても、手数のごり押しも奴は対処した。

 針で出来た剣で受け流し、針の剣による刺突、針の投擲、針の弾丸。あらゆる方法で追い込んだ。

 

 徐々に食われる腕と体。再生させようにも針が血を吸い取るせいで治らない。

 腕を増やそうとするも、針が刺さった腕が邪魔で新しく生やせない。

 

 そうやってゆっくりじっくりと、弱火でコトコト煮込むかのように追い込まれる。

 瞬間、手鬼は葉蔵の顔が視界に入った。……いや、見てしまった。

 

 

 葉蔵はニタリと笑っていた。

 

 不味い。

 手鬼は気付いてしまった。

 これは狩猟でも食事でもない。自分こそが狩られる側なのだと。

 逃げなければならない。でないと俺が食われる!

 

「う…うわあああああああああああああああ!!!!」

 

 手鬼は崖の上から飛び降りた。

 崖の下がどうなっているかは知らない。どれほど深いのか、また戻ってこられるのか、そもそも日光を避けられる場所があるのか、そんなことすらも手鬼は知らなかった。

 しかしこれ以外に逃れる術などない。

 今はただ葉蔵から―――あの捕食者から逃れたい! その一心で崖へと逃げ込んだ。

 

 結果としては、運よく手鬼は逃れた。

 手鬼は知らなかったが、夜明けが近かったせいで葉蔵は手鬼を追えなかったのだ。

 

 

 葉蔵は格下の鬼を殺す際、遊ぶ癖がある。

 これからの戦闘に生かすため、相手の手札すべてを出し切らせる。或いは、戦闘を楽しむために本気をすぐには出さない。

 要は相手を下に見てしまう悪癖があるのだ。

 その結果手鬼を逃がしてしまった。彼らしい失敗である。

 

 

「クソォッ! クソォォォッ!! 針鬼めェェェ……俺を此処まで虚仮にしやがってッ! 絶対に許さんンン! 許さァァァん!!」

 

 地団駄を踏みながら、上り路を少しずつ歩みを進める。

 

 肉体が再生したせいか、それとも崖から飛び降りて脳細胞が飛び散ったせいか。手鬼は葉蔵への恐怖を完全に忘れていた。

 今彼の頭の中にあるのは葉蔵への復讐。こんな狭い場所に自分を追い込み、好き勝手に針を刺しまくり、自身を食らおうとしたヤサオへの仕返しである。

 

 手鬼も針鬼のことは知っていた。

 最近この山に来たばかりの鬼で、他の鬼を食って急激に力を伸ばしている生意気な新入りだと。

 そんな新参者が江戸時代からこの山にいるこの俺に喧嘩を売りやがった。

 許せない、ふざけてやがる、同じ苦痛を味合わせてやらねば気が済まない!

 

「……クソッ!なんて動き辛い体だ!?」

 

 しかし、そのためには力がいる。

 あの針を防ぎ、それなりに動ける肉体が欲しい。……あの若造をぶっとばせる強い肉体が欲しい!!

 

「けど肉が足りない……! クソッ、まだ人間を食える時期じゃないし…… どこかに良い飯はないのか!?」

 

 鬼は人を食えば食うほど強くなり、肉体を変化させることができる。逆に言えば何も食えなければ何も変えられないという事でもあった。

 しかしここは藤襲山。選別の日以外に人間が来ることはまずない。故に肉を食うことは出来ない。

 ただ一つ、あの肉を除いて。

 

「ちきしょうちきしょう!………あん?」

 

 何やら咀嚼が聞こえる。

 間違いない、これは鬼が肉を食う音だ。

 一体何の肉を食っている? 選別はもう少し先。人間が来ることなんてあり得ない。ならば獣の肉か?

 気になった手鬼はこっそりその場を覗いてみた。

 

「……へぇ。共食いか」

 

 そこにあったのは、鬼が鬼を食らう光景だった。

 両手が蟷螂の腕みたいになった鬼が、蜘蛛のような老婆の鬼を食っている。

 共食いは何度も見たし、異形化した鬼もここ十数年で何匹か見た。しかし、同時に見るのは今回が初めてだ。

 

「(……もしかして、最近鬼を見かけないのは、針鬼以外の鬼も共食いをしてるせいか?)」

 

 最近山が騒がしくなった。

 何処かから鬼同士が争い合う音で、恐怖の悲鳴やら殺意の籠った怒号でうるさい夜が続いている。

 毎夜毎夜一体何をしているのだと思っていたのだが、この瞬間ようやく理解した。

 

「なるほどなァ……。あれを見たら誰だって思うよなァ……。じゃあ、俺もそうするかぁ……!」

 

 鬼が食い終わったのを見た瞬間、手鬼は手を伸ばして鬼の頭を握り潰さんばかりの力で捕まえた。

 食後で油断していたあのであろう。異形の鬼にしてはあっさりと捕まえられた。

 

「や、やめろ!!折角同族食って……」

「そうかそうか。同族食いが流行っているのか。なら俺も流行に乗らねばなァ………」

「い、嫌、ぎゃごゅっ」 

 

 グチャリ、グチャリと頭から食われる蟷螂鬼。 

 

 不味い。やはり同族の肉は糞不味い。

 まるで馬糞でも食らっているかのような臭みと感触。いや、これならまだ糞の方がマシかもしれない。

 しかし、確かに力が……あの方の血が全身を駆け巡ってくるのは理解出来た。

 

 あの時……初めて鬼を食らった時とは比べ物にならないほどの全能感。

 まだ体も小さく、力も弱く、手も二本しかなかった時に食らったソレ。

 あのクソマズい肉よりも数段に自身の力を上げる感覚を確かに感じた。

 

「ヒャ、ヒャヒャヒャ……ヒャハハハハハハハハハハハハハ!! いいぞォ! この調子で力を付けて針鬼をぶっ殺してやる!

 いや、奴だけじゃねえ! こんな所に閉じ込めた鱗滝を殺してやるッ!!」

 

 醜い鬼の笑い声が崖から漏れ、夜空にまで木霊する。

 全てはあの鬼……針鬼を食らうためにッ!!




葉蔵は格下の相手には手を抜いたり、興味のない獲物は逃がす癖があります。遠くから見られても面倒くさくて放置します。
簡単に言うとなめプです。
そのせいで葉蔵の情報が山中に拡がり、葉蔵対策に共食いが始まり、葉蔵対策の血鬼術や異形化が起きました。
前回の髪鬼たちの襲撃、百目鬼との戦闘もそれが原因です。そしてこの失態のしっぺ返しはもう少し続きます。

あと、葉蔵が鬼になって藤襲山に入り、鬼を喰うようになった期間は、大体1ヶ月ぐらいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話

「けっ、なんだよあの女共。あんな怪しい鬼をホイホイ信用しやがって」

 

 葉蔵たちから少し離れて悪態をつくキューティクルヘアーの少年、村田。

 

 苛立っているのは彼だけではなかった。

 ここにいる大半の者たちが葉蔵を疑っている。

 疑心の目を向ける者、奇異の目を向ける者、そして………憎悪の眼を向ける者。

 当然のことであろう。なにせ、鬼殺隊に入る者の動機の大半は鬼への復讐と怒りなのだから。

 故に鬼である葉蔵を信用など出来ない。鬼である時点で彼を信じるという選択肢は彼らから消えていた。

 たとえどれほど人間らしく振舞おうと所詮は鬼。いつかはボロが出る……。

 

「なんで女どもはあんな怪しい鬼を受け入れてんだよ!?」

「そりゃ顔だろ。あんなイケメンなら」

「なんだよあの鬼! 鬼になっても全然顔崩れてない!むしろ紅い目と牙がいい感じにイケメン度上げてるし!」

 

 ……どうやらただ鬼であるだけではないらしい。

 

「けどよぉ、実際どうする?あの鬼めっちゃ強いから殺せねえし……」

「かといって他の鬼を殺そうにも異形ばっかで倒せねえし……」

「あの鬼から離れると異形の鬼に襲われるかもしれねえし……」

 

 現状に不満はあるがソレを解決する手段は持ち合わせている者はいない。

 この山にはそれなりの経験がある鬼殺隊員が相手取るような異形の鬼しかいない。故に、本来の選別のように、雑魚鬼を殺すことで生き延びるという選択肢は既に潰れてしまっている。

 ならばどうするか―――葉蔵に頼るしかない。

 

 結局そういうことだ。

 いくら葉蔵が鬼だからといっても、鬼が憎いからと言っても、葉蔵から離れるのは自殺行為に等しい選択肢なんてそう簡単に選べるはずがない。

 異形の鬼から身を守るにはより強い鬼であり人を食わない葉蔵の傍にいるのが一番。それ以外にこの山の鬼から自身を守る手段など存在しない。

 

「……俺はあんな奴なんかに守ってもらう必要なんてねえ」

 

 だが、彼らはやはり鬼狩りだった。

 

「俺は鬼を殺すために鬼殺隊に入ったんだ! だから俺は鬼なんざに守ってもらう必要はねえ!」

「そうだ! 俺はこの手で父ちゃんと母ちゃんの仇を取る! そのために鬼狩りになったんだ!」

「ああ、俺もそのために戦ってやるぜ! 命なんて惜しくねえ!」

 

 若く、そして自信と熱意に満ちた鬼狩りである。

 

「じゃあ、俺らで鬼を狩ろうぜ!」

「「「おう!」」」

 

 そして、その若さが自身に牙を剥くとは、彼らは想像すらしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終選別最終日の夜。錆兎はそこら中を駆け巡り、鬼を斬っていた。

 どうやら強い鬼は粗方葉蔵とその一味が倒したらしく、彼の戦っている鬼は雑魚鬼に毛が生えたようなものばかりだった。

 しかし、それでも鬼は鬼。やはり彼らは文字通り人間の天敵。並大抵の呼吸と剣術では到底敵わない。

 

 それでも無茶を続行できるのは彼の飛びぬけた実力か、それともその勢い故か。

 選別に参加した者の中で確実に最強に位置し、たとえ今から実戦に導入されても通用するだろう域に達している。 

 

「……大方こんなものか」

 

 ここら周囲の鬼は全て切り捨てた。

 幸いにも葉蔵レベルの鬼や初日で戦ったようなクラスの鬼は存在しない。 

 ならばこのまま無茶を続行出来るはずだ。

 

 負傷し戦えなくなった者のほとんどは藤の花による結界内に待機させている。

 材料は葉蔵の小屋から見つけた竹筒―――葉蔵が藤毒の服用訓練に用いたもの―――を使用している。

 高い純度で抽出されたソレは藤の花をただ置くだけよりも効果があり、ただそこら辺に撒くだけで防護壁としての機能を果たしてくれた。

 

 

 あの日、葉蔵に対して反感を抱いている者は葉蔵の元を去り、自身で鬼を狩るようにした。

 それなりの人数が集まった。中には葉蔵に恩のようなものを感じている者もいるが、それでも葉蔵から離れることを選んだ。

 

 

 

 

 どれだけ理性的に振舞っても、葉蔵は憎い鬼だ。

 

 

 分かっている、葉蔵に人を食う気など殊更ないことなんてほぼ全員が感じている。

 しかし、それでもやはり。どうしても鬼だけは許せないのだ。

 

 鬼殺隊を志す者は全員が鬼に対して恨みがあるから剣を握っている。

 家族を殺された、恋人を殺された、親友を殺された……。人生を鬼によって奪われ、それしか道を見つけられなかった『亡者たち』が大半だ。

 

 亡者は盲目で蒙昧。

 妄信的に鬼を恨み、鬼を殺し、鬼狩りと化す。

 他にも道があるのに、もっと楽になれる方法があるのに……。

 

 

 

「(今日はこれぐらいでいいだろう)」

 

 錆兎は足を止め、張り詰めていた空気を刀と共に鞘へと収める。

 

 自身の長い活動も終わりか、と思い耽っていた――――瞬間、魚が腐ったような強烈な刺激臭が錆兎の鼻を突き刺し、猛烈に不快感を刺激した

 まるで不意打ちの様なその臭いに顔を歪めながら振り返れば、誰かが悲鳴を上げながらこちらへと走ってきているのが見える。

 

「だっ、誰かぁぁぁぁ!! 助けてくれっ! 鬼がっ、鬼が!!」

「おい、落ち着け! 何があった、何を見た?」

 

 すっかり息を上げ崩れそうな少年の体を受け止めながら、錆兎は彼の走ってきた方を注視する。見えなくともわかる。何か並みならぬ存在がこちらへと近づいてきているのが。

 

「お、大型の、異形の鬼だ!! 話が違う! こんなの聞いていない! あ、あの鬼…あの針使う鬼よりもよっぽど……ひぃぃぃぃぃ!!」

 

 地響きのような足音と共にソレは姿を現した。

 

 緑色の肌を持つ、木々ほどの高さはある巨体。全身から手を生やしてそれを纏う異形の鬼。

 今まで相手にしてきた雑魚共と違う。おそらくあの葉蔵とかいう鬼と同レベルの鬼だと錆兎は理解した。

 

「……ちょうどいいとこにいたな、俺の可愛い狐ェ」

 

 ねっとりとした、不気味な声の鬼。錆兎は息を飲み、すぐさま少年を遠くへと逃がす事を決断した。

 

「おいお前、急いで遠くに逃げろ」

「だ、だけどそれじゃあ君が……!」

「早く行け! 死にたいのか!」

「っ……待っててくれ! 必ず助けを呼ぶ!」

 

 少年は一度は渋ったが、力の差を理解してその場からすぐに離脱した。

 相対する錆兎と異形の鬼――――手鬼。一方は並々ならぬ敵意を、もう一方は嗜虐的な視線を相手に向ける。

 

「狐小僧。今は明治何年だ?」

「言う必要はない。お前はここで何も知らず朽ち果て……!!?」 

 

 咄嗟に跳躍。

 抜いた刀を両手に構えて錆兎は目にも留まらぬ速さで跳び上がり、水の呼吸壱ノ型である水面切りを繰り出した。

 

 

 だが、相手が悪かった。

 

「馬鹿が!!」

「!」 

 

 彼と相対した手鬼は迎撃を開始。巨大な腕を弾けるかのように伸し出す。

 それを間一髪で感じ取った錆兎は身体を捻って手鬼の攻撃を回避。伸ばされた腕を足場に地面へと離脱。すぐさま距離を取る。

 

「ほう、相変わらず強いな。流石鱗滝の弟子だ」

「……何故お前が鱗滝さんの名前を知っている?」

「知ってるさァ! 俺をこんな忌々しい藤の檻にぶち込んでくれたのは他でもない鱗滝だ! 四十……いや、三十九年前のあの時、忘れるものか! 鱗滝め! 鱗滝め!! 鱗滝めェ!!!」

 

 突然出てきた師の名。

 ソレに疑問を覚えた次には、全身の表面から血管を浮き出させながら発狂するように叫び出した。

 鬼の答えに一応の納得がいった。しかし今はどうでもいいことだ。次の攻撃に備えなくては。

 

「絶対に許さんぞ鱗滝めェッ!! 俺をこんな所に閉じ込めてくれた報いだ、精々戻ってこない弟子共に恨み殺されるがいい!!」

「……何? どういう意味だ、それは!」 

 

 聞き捨てならない言葉。

 錆兎は咄嗟に問うも、手鬼は無視して何やら指を折り何かを数えている。その口にしている数を聞く度に錆兎は背筋に怖気が走り、憎悪にも似た感情が腹の底から溢れ出す。

 そんなもの、考えるまでもなかった。 

 

「十、十一……お前で十二人目だ」

「……何がだ」

 

 ―――よせ、聞くな。

 

 聞かずとも分かっている。わざわざ付き合う必要などない。

 

「俺が食った鱗滝の弟子の数さ! アイツの弟子は皆俺が食ってやった。その狐の面が目印だ。……厄除の面とか言ったか? それを付けてるせいでみんな死んだ。みんな俺の腹の中だ」

 

 錆兎の頭の中で、何かが切れた。

 

 ―――ああ、だから聞かなければよかったのに。

 

「馬鹿な奴だ、鱗滝め。滑稽な善意が大切に育てた弟子共を食い殺す目印になるなんてなァ。全員あいつが殺したようなもんだ。ヒヒヒヒッ」

 

 

 クスクスと嘲笑する鬼。瞬間、切れた何かから憎悪と憤怒が混ざり合い、爆発した。

 

 

「貴様アァァァァァァァァアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 

 

 今までのどんな感情よりも激しい、感じたことのない怒り。

 自身を育て、生きる術と道をくれた恩人を侮辱され。その弟子である兄弟子たちを嬲り殺しにされた事実を自慢げに話す鬼を見て、激怒しないほど腰抜けではない。

 

 血が滲む程の力で刀の柄を握り、足裏の地面が爆ぜる勢いで錆兎は駆け出す。

 一秒でも早く、一瞬でも早くこの悪鬼を葬り去りたい。その一心で突撃する。

 

 ニヤリと、手鬼が嗤いを零した。

 狙い通り挑発に乗った。ならば水の呼吸独特の動きはなくなり単調になる。そうなれば勝利は近い。

 手鬼は全身から数本ほどの手を生やして錆兎へと襲い掛かるも、その全てを錆兎は回避することで手鬼の懐まで入り込まれてしまった。

 

「地獄に落ちろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「クソッ!……なんてな」 

 

 全力で繰り出される斬撃。その威力によって―――錆兎の刀は折れた。

 

 

 

 

 余りにも予想外の出来事に錆兎は茫然とした。

 手鬼はニィッと顔を歪ませ、同時にデコピンで錆兎を吹っ飛ばした。

 

 たかがデコピン一発。しかしそれだけで錆兎の肉体に無視できないダメージを与えた。

 

「硬いだろぅ、俺の新しい腕―――金剛腕は」

 

 首周りの腕だけが、黒く染まっていた。

 これこそ手鬼が同種を食い続けることで得た葉蔵を殺す手段の一つ。 

 

「針鬼対策に硬くしたんだがここまで有効だったとは思わなかったぜ。まさか、刀が折れる程なんてなァ」

「………ック!」

「さて、お遊戯の時間は終了だ。ここからはお前を殺しにいく」

 

 手鬼は最初から本気など出していなかった。

 自身がどれだけ戦えるかの予行演習として錆兎を選んだだけで、その気になればいつでも殺せた。

 用事が済んだ今、もう手を抜く意味などない。……全力でやる。

 

「死ねェ! 鱗滝の弟子!!」

「あ」

 

 錆兎の脳裏で大量に流れる走馬灯。

 今までの思い出が一瞬で過ぎ去り、目が覚めれば目の前には鬼の魔の手。

 

「鱗滝さん――――義勇――――すまない……!!」

 

 

 一時の感情によって確定する結末。

 錆兎は己の無力感に胸がはち切れんばかりの後悔を抱き、そして――――

 

 

 

 

「血針弾」

 

 

 

 

 

 鬼の手が錆兎の頭に届く寸前、彼の眼前で赤い閃光が瞬いた。

 気が付けば眼前いっぱいにあった手は全てなくなっている。

 

 

 

 

「葉、蔵……?」

「ああ、間に合ったようだ」

 

 

 それは、錆兎が今誰よりも会いたくない鬼だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話

 葉蔵の作ったベース。

 藤の花による簡素な囲いの中で。カナエは最後の負傷者の手当てを今しがた終えた所であった。

 

 幸い全員大きな怪我はない。

 

「ふぅ……何とか最終日まで全員生き残れそうね……」

「それはよかった」

「あ、葉蔵さん」

 

 落ち着いて腰を下ろしたカナエの前にスッと湯気の立っている木製の皿を差し出す。

 ギョウシャニンニクと山菜で臭みを消したつみれ汁。肉のうまみを十分に引き出している一品である。

 

「ありがとう」

 

 カナエは返事と共に受け取りながら啜る。

 

「……美味しいけど、何か足りないわね」

「材料があればもっと良いものが作れるのだけどね。まあ山の中じゃこんなものでしょ」

 

 葉蔵の料理はそれなりに美味い。

 彼には前世の知識があり、今世でも華族として学ぶ機会には恵まれていた。

 しかし葉蔵自身はそれほど料理の経験がないため、どうしても技術にムラが出てしまう。

 

「……さっき応急処置の序でに話を聞きましたけど、やっぱり殆どの人たちは鬼殺隊に入るのは諦めるみたいです。潔く諦めて別の道を歩むか、それでも諦められない奴は裏方担当の”(かくし)”になりたいとか」

「そうか」

 

 この選別に集まった者も決して弱いわけでは無い。

 この場に居るのは育手と呼ばれる、引退した鬼殺隊員による訓練を受けて鬼殺隊として認められたものばかりである。

 しかし、選別ではその大半が抜けられず、空しく鬼の餌となるのだが……今回の選別は違った。

 

 最終日間近になっても尚死者無し。今まで行われた最終選別でも前例の確認されない状態である。

 

 そんな異常事態をもたらしたのは目の前の鬼。人を食わず鬼のみを食らう鬼喰いである。

 圧倒的な戦闘力と特殊な血鬼術で他の鬼を圧倒し、美しい外見と話術で信頼を勝ち取った。

 まさしくカナエの思い描いた理想の鬼である。

 

「(……けど、何か違うのよね)」

 

 しかし、何処か歪に感じる。

 人は襲うどころか助けてくれるが、かといって人を襲わないという強い信念を抱いているわけではない。

 鬼を襲うものの、鬼に対して強い敵意や恨みを持つわけではない。ただ餌として捕食しているように見える。

 自分たちを見る目が何処かおかしい。具体的にどこがおかしいのかと聞かれると返答に困るが、何か違和感がある……。

 

「それで、君はどうするんだい?」

「私は、前もって隊員になるって決めてるの。これでも腕に自信はあるつもりよ。……隊員になって、鬼に脅かされている人々を一人でも多く助ける。少しでも悲劇を無くす。そう、決めたの」

「……そう、か」

 

 年頃の女子が抱くには悲壮すぎる決意。その柔らかい声音かはとても信じられないようなソレを感じ取り、しかし深く追求せずそこで会話を断ち切った。

 こんな麗しい少女が、こんな悍ましい試験に参加している。十中八九、ただならない事情を持っているのだろう。

 

「では、私は私の事情を解決しに行くとしよう」

「事情?」

 

 

「ああ、前に取り逃がした獲物を食いにね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、何故今更暴れているんだ、手鬼?」

「そりゃ、お前とまた出会うためだ、針鬼ィ」

 

 互いに睨み合う二体の鬼。

 葉蔵の指先が、手鬼の首周りの腕が赤く染まる。

 

 動き出したのは、同時だった。

 手鬼の腕が一斉に襲い掛かる。葉蔵はソレをジグザグに跳んで避けながら接近。指先を手鬼に向け、弾丸を放とうと―――せずに横へ転がる。

 

 ほぼ同時、葉蔵が先ほどまでいたであろう地面から手が飛び出た。

 初手に出したあの『手』はフェイント。無論あの一手で終わるならそれで良いのだが、そうならないことは経験を持って身に沁みついてる。故に、一つ小細工を仕掛けた。

 

「(……流石針鬼だ)」

 

 この程度の攻撃を見切られるのは読めていた。

 そうだ、それでいい。あの程度で倒されるようなら最初から恐怖などしない。

 

「(お前はここで殺す! 俺の新しい力……血鬼術で!!)」

 

 放たれる葉蔵の針。

 手鬼は腕を伸ばしてソレを受け止め、刺さるとほぼ同時に腕を自切した。

 

「なッ!?」

「ヒャハハハハハ! やはりなァ、お前の針はこうやれば無効化出来るのか!」

 

 通常、自身の身体の一部を切り取って攻撃を逃げるなど不可能だが、すぐさま肉体を修復する鬼なら可能な手段。

 鬼にとって、少し肉体が欠損するなんて大した問題はない。なにせすぐさま回復するのだから。

 まさしく鬼ならではの回避方法。人間には無茶でも、鬼だから簡単に使える手段である。

 

「じゃあ今度はこっちから行くぞ……血鬼術、鉄拳豪腕」

 

 腕が赤く染まり飛び出す。

 先ほど伸ばした腕よりも速く、重く、そして鋭い拳。それらが一斉に幾多も打ち出された。

 それらを全て避け、時に長針で弾いた。

 

 たださっきよりも速くなっただけで動きは実に単調。故に避けることはさして難しくはない。

 この程度の一発芸ならさして脅威ではない……筈だった。

 

 ズシリと来る拳の重みと衝撃。

 一発一発が昨日の筋肉鬼の突進に相当する威力。これは真正面から受けるべきではない。

 しかし、先ほどの一手で見切った。ならば何も問題ない。

 

 赤黒い拳を受け流し、同時に前へ進もうと……するのを中断した。

 

「!!?」

 

 咄嗟に後ろへ跳ぶ。同時、シュンと空気を斬るような音が響いた。

 鞭のように撓る何か。その先には鋭い刃物が付属しており、ついコンマ数秒まで葉蔵の首があった空間を通り過ぎる。

 

「(……なるほど、ただ無策で突っ込んだわけではないと)」

 

 正体はすぐに分かった。

 腕だ。青白く細い腕。それは骨も関節もないかのように撓り、指先からは鋭い爪が生えている。

 

「(けど、その程度なら問題ない)」

 

 再び振るわれる青白い腕。

 一つではない。十、二十と方向関係なく振るわれるソレを葉蔵は目を向けることなく避けていく。

 

 大したことではない。

 鬼になったおかげか、葉蔵は目を向けずともなんとなく攻撃が読める。

 まして、この攻撃は一見すると不規則に振るわれているように見えるがその動きは実に単調だ。

 なんてことはない。ただ素人が鞭をブンブン振るってるようなものだ。ならば問題はない。

 

 赤黒い豪腕と青白い撓る腕。そして針を通さない使い捨ての腕。

 なるほど、単体ならなんとかなるが、全てが揃えば厄介な相手だ。

 しかし、この程度の小細工など……!

 

「ヒャハハハハハ! 捕まえたぞ針鬼!!」

「!?」

 

 突如、体を何かに掴まれた。

 それによって動き出すのが一瞬遅れる。

 たかが一瞬。しかし、戦闘の場でこの一瞬はかなり大きかった。

 

「がッ―――――――――!!?」

 

 無数の赤黒い拳が、青白い爪が。葉蔵の肉体を打ち、切り裂いた。

 

「(? 妙だな、あの手は一瞬だけの足止め程度に出したんだが本当に捕まってる? あの針を出して食われると思って焦ったんだが……)」

 

 瞬間、手鬼は違和感に気づいた。

 

 針鬼―――葉蔵の最も恐るべき点はその針にある。

 体内に侵入すると同時、鬼にとって力の源である血を吸って肥大化して体内をズタズタにし、更に血を吸う。……まさしく鬼を殺すための血鬼術である。

 

 手鬼は針を警戒して対葉蔵の血鬼術を開発した。

 赤黒い腕―――鉄拳豪腕の特徴は通常の腕よりも速く鋭く重い拳を打てることだが、何よりもの強みは葉蔵の針が刺さらない程硬いという点である。

 青白い腕―――鋭爪撓腕の特徴は通常の腕よりも速く動き、鞭のように振り回せることだが、何よりもの強みは葉蔵の針が刺さりにくい程速く、撓ることで狙いが付けられない点である。

 その中で先ほど遠隔操縦機能のある腕―――追跡跳手を仕込んだ際、心配していた。腕を食う事で回復されるのではないかと。故に攻撃の量を増やすことで回復した分もダメージを与えようとしたのだが……。

 

「(まさかアイツの針……俺に有効打を与える威力をすぐさま出せるわけではない?)」

 

 その発想に至った瞬間、手鬼は雄たけびを上げたくなるような衝動に駆られた。

 

 

 

 事実、彼の予想は当たっている。

 葉蔵の針は刺されば終わりというわけではない。針が鬼の因子と結合する際、因子の抵抗を突破しなくてはならない。

 因子の抵抗は鬼自身が強ければ強い程、因子の量が多ければ多い程、ソレに比例して強くなる。

 

 偶然にも、手鬼の放った手は葉蔵を警戒するあまりに多くの因子を送った。結果、葉蔵の抵抗を振り切れる程の威力となったのだ。

 

「針鬼、恐るるに足らず!!」

 

 手鬼は勝利を確信した。

 このまま押し切れば勝てる。じっくり甚振り、あの時の屈辱を晴らしてやる!!




葉蔵くんは物心つく前から両親の趣味で一緒に山へ狩りに言ってます。そこで従者たちがキャンプの用意をしてるのを見てサバイバルのやり方を学習しました。
あと、葉蔵君は殺しに抵抗を感じません。
流石に甚振って愉しむ趣味や殺し自体が好きということはありませんが、一度スイッチが入れば容赦なく殺します。
というのも、両親に狩りへ連れまわされたことで動物を殺すことに躊躇を覚えなくなり、その上で両親から『自分たち華族は下民たちとは違う』という教育が根付いてます。そのせいで前世の記憶があっても殺しがそれほど悪だとは思ってないんですよね。
もしかしたらそのうち人も殺すかもしれません。
まあ、今のままという前提での話ですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19話

「あの鬼……いっ!?」

「無理に体を動かすな。まったく、鱗滝さんから貰った軟膏を全て使っても回復しないか……」

 

 立ち上がろうとした途端、錆兎は全身を駆け巡る激痛に顔を歪めた。

 師である鱗滝の修行でも味わったことすらない強烈な痛みに口から呻き声が漏れる。

 

 錆兎はそれでもどうにか周りだけを視線で確認すれば、藤の花が囲むかのように置かれ、その内側で多数の負傷者が比較的軽傷な者に看病を受けている姿が見えた。

 ここは葉蔵のキャンプ地だと彼は理解した。

 

「ここは……そうか、無事に離脱できたのか」

「ほら、鎮痛剤だ。傷を治すわけでは無いが、痛みは大分和らぐはずだ」

「あ、ああ。ありがとう、義勇……」

 

 辛うじて命は拾えたと錆兎は安堵しつつ、義勇から鎮痛剤入りの水を飲ませてもらいどうにか動けるまでには身体を復帰させる。

 

「義勇、あの鬼はどうなった?」

「……今、葉蔵がアレと戦っている」

「そうか」

 

 義勇の返答を聞いて錆兎は一瞬安堵した。

 あれを今仕留めなければ、次の最終選別でどれだけの被害が齎されるかわからない。

 最善策は鬼殺隊にあの存在を報告して上級隊員に討伐してもらうことなのだが、あの鬼が倒すなら結果は同じ筈。何も自分が危険な目に遭う必要などない……。

 

「……………」

「……錆兎?」

 

 何やら思いつめたような顔で、錆兎は無言で義勇の刀の鞘を掴んで立ち上がった。それを見た義勇は錆兎が何をしようとしているのかを直ぐに察してしまう。

 

「義勇、済まないが少し借りるぞ」

「待て錆兎! まさか行く気か!?」

「ああ。……アイツは俺の、俺たちの兄弟子の仇なんだ。何より鱗滝さんを、俺の一番大切な人を侮辱した……!! その頸を俺の手で断たねば気が済まない!」

「……だったら、俺も行く」

 

 義勇は錆兎の目を見て、何よりも固い決意を抱いていることを理解して説得を諦めた。

 慕っていた兄弟子を殺され、尊敬する師の顔に泥を塗られた。その行為は彼に取って逆鱗を何度も擦られた事に等しいであろう。

 

 故に彼も立つ。

 彼もまた兄弟子を慕い、師匠を敬っているのだから。

 ならば気持ちは同じ。錆兎の怒りは彼の怒りでもあった。

 

 義勇は近くに落ちていた葉蔵の刀を拾う。

 峰が水色に輝く刀。おそらくソレの持ち主は水の呼吸の使い手であったのだろう。

 

「(少しの間だけでいい。……俺に力を貸してくれ!)」

 

 心なしか、義勇は一瞬だけ刀が鼓動したかのような錯覚を覚えた。

 

「行くぞ義勇!」

「ああ、分かっている!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「食らえ針鬼!」

 

 再び繰り出される赤黒い拳。

 それらを全て祖父から教わった軍事格闘技のフットワークで全てよけきって見せた。

 銃撃体勢を保ちながらの回避術。それを応用して拳銃のように構え、赤く染まった指先を向けていつでも撃てる構えを取る。

 

 今度は避けきった先に青白い腕が振るわれた。

 赤黒い拳の間から迫り来る、死角からの攻撃。

 逃げ場など与えんとばかりにそれらは襲い掛かる。

 

 それもまた避けて見せる。今度は体勢を崩して回避に徹底。地面を転がり、時には跳ねて腕を避ける。

 赤と青。白と黒。それぞれの特性を活かした腕の攻撃を次々と避ける。

 そしてついに彼はその隙に辿りついた。

 

 

【針の流法 血針弾・複(マルチニードルバレット)】 

 

 

 葉蔵の指から針が連射された。

 十、二十と、数秒の間に放たれる針の弾丸。それは弾幕となって手鬼の腕に当たり、針の根を拡げようとする。

 

「まだ学習してねえのか!」

 

 手鬼はすぐさま針の刺さった腕を捨てて針を回避する。

 このやり取りはすでに何度もやった。だというのにまだ無駄だと理解出来ないか。そう手鬼は心の中で嗤った。

 

「ああ、学習してるよ」

 

 彼はニィと笑いながら、中指と人差し指が第一関節とその周辺まで赤く染まった指を、腕の無くなった箇所に向けた。

 

 

【針の流法 血針弾・貫(ニードルストライク)

 

 

 指先から勢いよく発射された針。それは回転しながら手鬼の肉体を貫き……。

 

 

「ふぅ~、危なかった」

 

 ……かけたところで赤黒い腕に止められた。

 

「なるほどなァ。無茶苦茶に撃っていたのはこのためか。俺の腕を全て撃ち落とせても、その先がないと俺に思わせ、油断させて最後の一撃を食らわせる。……お前やっぱ頭いいなァ」

「………チッ!」

 

 盛大に舌打ちする葉蔵。

 

 手鬼のいう通り、これは彼の作戦だった。

 何度も腕に針を打ち込んで腕を自切させるも、敢えて追撃せずにまた生やさせる。そうすることで手鬼にこれ以上の手はないと思い込ませ、油断させてその隙を付くつもりだった。

 

 ニードルストライクが当たるかどうかは賭けだった。

 敢えて針を腕に打ち込み、自切させ、腕が生える前に弾丸を撃ち込む。

 そのためには半端に腕が生えても貫通し、胴体に命中させる必要がある。故に通常の血針弾ではなく血針弾・貫を選択した。

 しかし、ニードルストライクはその威力故に反動があり、銃身がブレて外れる可能性があるのだ。

 そんな弾丸を腕の無くなった、限られた範囲に当てるのは葉蔵でも難しい。しかも、じっくり照準を合わせる時間もない。

 外れやすい、的が狭い、時間がない。……こんな状況の悪い賭けだったのだ。

 

 そしてその賭けに葉蔵は負けた。

 

「油断も隙もねえなァ。これは夜明けまでとことんやる必要があるなぁ」

 

 もう手鬼は油断してくれない。

 一度手札を見せた以上、次も切らせてくれる筈などないし、他の手札も疑う。

 葉蔵は賭けに負けたのだ。当然の結果である。

 

「ぐ……うぅ……」

 

 葉蔵は膝を付いて呻いた。

 

 もう一時間程であろうか。葉蔵はジワジワと手鬼によって追い込まれていった。

 いくら無尽蔵の生命力と体力があるとはいえ、鬼は元人間。精神的な疲労は溜まる。

 更に一つ、葉蔵には枷が存在した。

 

「(ね、眠気が……)」

 

 葉蔵にはタイムリミットが存在する。

 一日4時間以上の睡眠。これは葉蔵にしかない制限である。

 

「(これは……なんとかしないとね)」

 

 珍しく焦る葉蔵。

 なんとかしなくては、早くなんとかしなくてはタイムリミットが来てしまう。

 仕方ない、ここは……。

 

「(ここはリミッターを外そうか。あの姿は不細工だからあまりなりたくないが……)」

 

 思い出すのは醜い異形の鬼としての自身の姿。

 鬼を食らい続けることで手に入れた肉体だが、あまり好みではないのですぐ元に戻った。

 しかし、異形になれば倍以上の力も出るので手札としては数えている。 

 

「これで終わりだ、針鬼!」

「!!?」

 

 突如、手鬼の背後から巨大な手が飛び出した。

 民家一軒ほどの巨体はある手鬼の肉体の半分ほどはある巨大な掌。

 

 無論ソレを見て葉蔵は咄嗟にその場を跳ぼうとする。だが、脚を何かに掴まれてしまった。

 

「何!?」

 

 再び焦る葉蔵。

 おかしい、あの攻撃を食らってからは地面からの手にも警戒しているはずなのに。なのに何故気づかなかった。

 

 そんな疑問を抱くも、その答えを知る前に巨大な拳が彼の眼前に現れた。

 

「あ、やば……」

 

 拳が眼前に拡がった瞬間……。

 

 

 

【壱ノ型・水面切り】

 

 巨大な腕は、何者かによって切り落とされた。

 

 ほぼ同時に軽くなる体。また別の者が葉蔵を拘束する何かを切り裂いたからだ。

 

「(……まさかこの私が助けられるとはね)」

 

 葉蔵の鬼としての視力がその光景を見逃すことなく捉えた。

 拳を切り落とし、更に自身を拘束していた腕を切り落とした二人組。

 水の呼吸を使う剣士、錆兎と義勇である。

 

「……取引だ、針鬼」

「何?」

 

 開口一番、予想だにしなかった言葉に若干動揺する葉蔵。

 

「俺達はあの鬼の首が欲しい。お前はあの鬼の血が欲しい。……分け合えるとは思えないか?」

 

 ニタリと、悪い笑みを浮かべながら言う錆兎。ソレに釣られ、葉蔵もまた悪い笑みを浮かべた。

 

「鬼相手に取引か……面白い!」

 

 

「商談成立だ。足を引っ張るなら後ろから撃つ」

「その台詞そっくりそのまま返してやる」

「俺も忘れるな!」

 




鬼滅のメインは肉体的にも能力的にも圧倒的な強者である鬼に対して、弱者である人間が絶望的な状況をひっくり返すトコです。
人間側はほぼ何もない。鬼のように強靭な肉体も、不死に近い再生力も、血鬼術のような特殊な能力もない。
あるのは鉄の塊と呼吸による少しの身体強化。それらを駆使して人類のために、大切な人のために、己の信念のために戦う。
なら主人公はその逆をいこう。
鬼と対等の存在であり、鬼を簡単に殺せる血鬼術を持つ鬼の天敵。苦戦こそするものの、よほどの格上でもない限り絶望的な状況には陥らない。
強大な力と戦闘能力、そしてそれらを使う才能と経験を持ちながら、大した信念や覚悟はない。ただ己の欲求を満たすために戦う。
その癖して中身はハッキリしない今どきの若者風で、あっちにふらひらこっちにふらふらして何か道に迷い、その中で何かを必死に探しているような主役を描きたい。
そんな異物を放り込むことでキメツの魅力を別の視点で出したいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話

 一時的に共闘することになった二人と一体。

 葉蔵はその証としてまず自身の知る情報を二人に教えた。

 

「……情報は以上だ。何か質問はあるか?」

「お前を拘束していたアレは何だ?」

「おそらく振動を起こさずに腕を伸ばす特殊な血鬼術だろう。しかし今までやらなかったのを見るに、あれは伸ばす速度が遅いとかいった制限があるはずだ。……もしソレがブラフなら、私が援護射撃であの腕を落とす」

「……ブラフって何だ?」

「「余計な茶々を入れるな!」」

「なんで!?」

 

 ………多少の無駄話もあるが大した問題はない。

 

 

 対してトドメの邪魔をされた手鬼は全身に血管を浮き出し、プルプルと身体を震わせ……絶叫した。

 

「アアアアアアァァァ!! またかァァァァァ!! またお前ら一門は……貴様ら弟子共も鱗滝もォォォォ!! いい加減にしろォォォォ!! 俺の邪魔を……邪魔をするなァァァァァアアア!!」

 

 怒り狂う手鬼。

 折角の天敵を屠るチャンスを潰された。

 自身を恐怖させ、屈辱を与え、醜態をさらされた元凶を潰す絶好の機会を奪われてしまった。

 怒らないわけがない。癇癪を起さないわけがない。

 たかが人間が、しかもあの憎き鱗滝の弟子がやりやがった。この手鬼が許せるわけがない。

 

 激怒のあまり正気を完全に失った手鬼は無数の手から血をばら撒き、攻撃態勢を整える。

 

 

 

【血鬼術 繁茂手腕】

【針の流法 血針弾・複(マルチニードルバレット)

 

 

 

 ばら撒かれた血から爆発的なスピードで腕が生え、錆兎たちに襲い掛かる。

 それを食い止めるは針の弾丸。生えた腕に着弾し、針の根を張って養分へと変えた。

 

「な!?」

「私がいることをもう忘れたのか?」

「~~~~!」

 

 地団駄踏む手鬼。

 地響きが起こりバランスを崩す錆兎と義勇。しかし彼らはすぐに立て直し、攻撃態勢へと移行した。

 

 手鬼が今までこの血鬼術を葉蔵に使わなかった理由。それはこの技が葉蔵の針と相性が最悪だからだ。

 血鬼術は鬼自身の血が源。つまり鬼の因子が使われている。故に無駄に数を増やしても逆に食われてしまう。

 そして何よりも、術者である鬼から離れた血鬼術はその抵抗力が急速に弱まる。そのことは手鬼は知らなかったが、自身の腕よりは簡単に食われてしまうことは予想していた。

 故に今まで使わなかったのだが……。

 

「お前らのせいだァァァァァァぁぁぁぁ!!! 死ねェェェ! 死ねェェェェェエエ!! 死ね鱗滝の弟子共オォォォォぉォォォォォォォォ!!!」

 

 この二人のおかげで状況は一転した。

 葉蔵にとって相性の悪い攻撃を引き受けてくれる盾役が二人も来てくれたのだ。

 先ほどまでは互角の上で相性の悪い戦略を取られた。それさえなくなれば葉蔵の勝利は近い。

 

「行くぞ錆兎! 今度こそ終わらせる!」

「ああ、義勇! お前と二人なら、負けることは決して無い!」

 

 錆兎と義勇が駆けだす。

 水の呼吸の拾ノ型である生々流転を繰り出し、幾重もの回転で取りこぼした腕を切り裂き、その剣筋を龍へと進化させて鬼の元へと疾駆する。 

 

 だがそれでも全ての手を対処できるわけでは無い。

 赤黒い鉄拳と鞭のような青白い腕が繰り出される。

 

「ぐッ……!(お……重い!)」

「がッ……!(受け止めても撓って攻撃が当たった!?)」

 

 赤黒い腕を受け止めた錆兎がその重さに吹っ飛ばされ、青白い腕を受け止めた義勇も鞭のように撓る腕の爪にとってダメージを負った。

 これはチャンスとばかりに手鬼が追撃を仕掛けようとするが……。

 

「ぎゃあああああああああああァァァァァァ!!」

 

 突如、腕に激痛が走った。

 この感覚を手鬼は覚えている。

 あの時、針鬼によって腕を食われた際の激痛だ。

 

「無理に受け止めようとするな! その腕の関節部などの弱点を私が狙撃する! お前たちは攻撃に集中しろ!」

 

 どうやら後ろには優秀な狙撃兵がいるようだ。

 ならば腕は後ろに任せ、彼らがすべきは一秒でも早く敵の頸を斬ることである。

 

 手鬼は腕を伸ばそうとするも針がソレを阻止。

 一発一発はそれほど威力もないが、邪魔をするには十分だった。二人に当たらぬよう放たれるソレは確実に魔の手から二人を守っていた。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 二人が懐に飛び込むと同時、全身を再生が追いつかなくなるほどに切り刻まれる手鬼の肉体。

 最後の抵抗と言わんばかりに全ての手を天に掲げる。それらは捩じりながら融合し、巨大な腕となった。

 

「「!!?」」

 

 ほぼ同時、二人の脚が止まる。

 葉蔵を先ほど拘束した例の腕……血鬼術 這寄触腕である。

 音も振動も予備動作もなしに腕を伸ばし、死角から動きを拘束する技。この技ばかりは葉蔵にも見抜けなかった。

 その反面力が弱く、足止め程度にしか使えない。……だが、それだけで十分な威力だ。

 

 振り下ろされる巨大な腕。

 しかし、それが二人に届くことはなかった。

 

 

【針の流法 血針弾・貫(ニードルストライク)

 

 

 二つの腕に刺さる比較的大きな針。それは巨大な腕の関節を貫き、一部だけに根を張ることでその動きを止めた。

 何も全てに根を張る必要はない。要所だけ抑えるだけで、動きを止めることは十分可能である。

 

「…………!!?」

 

 渾身の攻撃を凌がれて唖然とする鬼。――――今度こそ、年貢の納め時である。

 

「「(今だ!!)」」

 

 二人は同時に動いた。

 自身を拘束する枷を壊し、動きの止まった腕を切り落とした。

 

「(まったく、本当にお節介な子供たちだ)」

 

 本当は、葉蔵に共闘相手など必要ではないはずだった。

 むしろ邪魔。自身の醜い姿を晒したくない葉蔵にとって、錆兎たちはいて欲しくない存在だ。

 しかし何故だろうか……。

 

「(……誰かと共に戦うのは、なかなか悪くないな)」

 

 ニヤリと、彼は微笑を浮かべた。

 

 

「ヒュゥゥゥゥゥウウウ――――」 

 

 葉蔵が深く、大きく吸う。

 

「(この技は成功したことはないけど……今ならいけそうな気がする!)」

 

 掌の血が限界に達するまで貯める。全身の力の源を右手全てに集中させ、臨界点まで圧縮する。

 溜めて、溜めて、溜めて……一気に解き放つ!

 

 

【針の流法 血杭砲(キャノン)

 

 

 

 

 空気を裂きながら疾る、放たれる深紅の魔剣。

 ソレは一寸の狂いもなく手鬼の胴体中心部へと命中し、邪鬼を侵略した。

 

 

 

「鱗滝の餓鬼イィィィィィィィ!! 針鬼イィィィィィィィ!!」

 

 

 

 手鬼の全身に拡がる針の根。

 浸食速度もその大きさも。全てが今までの針とは桁違い。

 しかし、それでも手鬼は無駄な足掻きを続けた。

 

 腕を新たに生やして抜く。―――無理だ。新しく腕を生やす箇所も全て針によって占領された。

 無理やりその部分を千切る。―――無理だ。既に全身を針によって侵略された。もう腕は生やせない。

 頭だけ切り取って脱出する。―――無理だ。針の侵攻は脳にまで達している。今更逃げられない。

 

 彼は感じた。自身の肉体が、鬼としての力が奪われていくのを。

 同時に崩れていく体。もう……止められない。

 

「(クソ……最期に見るのが鬼喰いなんて……こんなことに……?)」

 

 月夜を見ながら鬼は思う。

 

 怖い。夜に一人は怖い。手を握ってくれよ、兄ちゃん。

 どうして……どうして俺は……兄ちゃんを……。

 

「(あれ? 兄ちゃんって……誰、だっけ……?)」

 

 

 

 瞬間、誰かが彼の手を握った。

 

 

 

「………あ」

 

 思い出した。

 兄を殺したのは……自分だった。

 

 心配して駆けつけてくれた兄を生きたまま食い殺してしまった。

 

 何故今まで忘れていたのだろうか。何故食ってしまったのだろうか。

 あんなに大事で、あんなに後悔して、あんなに悲しんでいたのに……。

 

 

「(兄ちゃん……ごめん……ごめんよ……!)」 

 

 今はもう無い体で手を伸ばす。

 少しずつ景色は真っ暗になり、すると伸ばした手を握ってくれる一人の少年が見えた。

 

 

『しょうがねぇなあ。いつも怖がりで』

 

 

 

「(兄ちゃん……!)」

 

 その手を……兄の手を掴み、一筋の光の元へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか、最後に兄と会えたんだな」

 

 私は灰に還っていく鬼……いや、かつて子供だった亡者を見送った。

 

 結局、何故こんな行動をしたのか私自身にも分からなかった。

 この鬼は間違いなく悪鬼だ。この場にいる者だけでなく、全く関係のない第三者でも事情を知ればこの鬼が悪いと答えるほどだ。

 しかし、それでも私は彼に哀れみを感じた。……感じてしまった。

 

 感じてしまった以上はどうしようもない。

 感情とは決して理屈ではないのだ。説明できないのだ。

 ならばそれでいいではないか。彼が哀れだ、手を差し伸べたい。そう思ったら行動すればいい。

 

 誰も損なんてしないのだ。誰も私を批判する権利などないし、私自身何か失うわけでもない。ならばそれでいいではないか。

 

 

「(それにしても……美しかったな)」

 

 思い出すのは先ほどの錆兎くんたちの剣技。

 私には決して届くことのない刃。たとえどれほど彼らが本気でかかってこようとも、私には勝てない。

 しかし何故だろうか、私にはそれがとても美しいものに感じた。

 

 本当に素晴らしかった。

 脅威などないはず。恐怖など微塵も感じなかった。

 だというのに何故だろうか。私は二人につい魅入ってしまい、心惹かれた。

 

「(……いや、考えるまでもないか)」

 

 既に理由は分かっている。

 彼らは、私にないものを持っている。だから美しく感じたのだ。

 

 偶然力を手に入れた私と違って、彼らは努力の末にあの剣技を得た。

 一目見るだけで分かる、彼らは血の滲むような努力を積み重ねることであの呼吸を身に着け、命を燃やして鬼と戦おうとしている。

 

 ああ、眩しい。

 私にはない情熱が、彼らの胸の中で太陽のように燃え滾っている。

 それがとても美しい……。

 

 

「(……今はどうでもいいか)」

 

 そうだ、今は二人のことを考えてる必要などない。

 目の前のことに集中しよう。ということで私はかつて手鬼だったモノに目を向けた。

 

 やはりと言うか、この鬼の因子は他の鬼の因子と比べてだいぶ様子が違う。

 宿主が生きていた時程ではないが、他の鬼から引き抜いた後のものとは気配の濃さが段違いだ。

 

 針を差し込んで因子を食らう。

 うまい。ふんだんに含まれる因子が私の疲れた体を潤してくれている。

 

 大体十秒ほどであろうか。因子を全て吸い取り、全身に生き渡った。

 途端に感じる熱と痛み。

 

 解る、私の肉体が変わっていくのを。

 取り込んだ因子を体中の因子が食らい、急速に変化していくのが。

 因子を取り込んだ私の血は、私をより強い身体にしようとしている。

 

 途端に起きる眠気。

 強い、抗えない眠気だ。

 おそらく強化した体の微調整とかそういう類のものだろう。

 

 私は眠気に逆らわず、その場で目を閉じた。




自分にない素晴らしいものを持つ者に対して人は憧れを抱きます。
鬼もソレは同じ。自分にないものを見せつけられた葉蔵は彼らに何かしら思うところがあります。
ソレが何になるかは後程に。

あと、葉蔵の針は鬼を食ったり、鬼を探すなんてチャチな能力ではありません。その品質はもっとえげつないものです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話

「………見知った天井だ」

 

 翌日、目を覚ますと私は自作の小屋の中にいた。

 おそらく誰かが私を運んでくれたのだろう。

 

 起きて外に出る。

 既に日は沈んでいるのを見るあたり、どうやら私は丸一日寝ていたらしい。

 ふと周囲を確認する。すると、後ろから見知った少年―――錆兎くんが自身の小屋から現れた。

 

「もう起きていいのか?」

「ああ、問題はない」

「本当か?丸一日ずっと寝てたぞ?」

「大丈夫だ。鬼になりたての頃はよく寝ていた」

 

 むしろ体はすこぶる快調だ。

 あの鬼かなり不細工だが味は極上だった。おかげで昨日の私より数段強くなった気がする。

 

「……まさかこうして鬼を心配する日が来るとはな」

「普通ならあり得ないだろう。まさか私もまたこうして人間と話が出来るとは思ってもいなかった」

「フフッ、やはりお前は変わってるな」

「自覚はある」

「………」

 

 そこで会話が途切れる。

 大体十分ほどであろうか。その間ずっと沈黙が続いた。

 私は早く戻りたいのだが、何やら話したそうにしているのでそうもいかない。だからずっと待っているのだが、なかなか話そうとしてこないのだ。

 まあ、大方話の予想は出来ているのだが……。

 

「なあ、お前は何で戦う?」

 

 ああ、やはりその話か。

 

「何故わざわざ鬼を食う? 強くなりたいのなら俺たちを食った方が楽だろ? なのに何故あんな痛い思いをしてまで力を手に入れようとする?」

「簡単だよ、私は満たされたいのさ」

「……満たされる? たったそれだけのためにお前は命をかけるのか?」

「そうだよ。そもそも、満たされるために動くことが生きるということだよ」

「………は?」

 

 分からなそうに首を傾げる錆兎くん。

 仕方ない、ここはもっとわかりやすく話そうか。

 

「人だろうが鬼だろうが、生物は満たされないものを満たそうとする。

 腹が減れば何かを食って腹を満たそうとし、懐が足りなければ金を稼いで満たそうとし、寂しければ誰かと心を通わして心を満たそうとする。そうやって生物は満たされることで生きようとするんだ」

 

 人とは贅沢な生き物だ。

 飽食の時代となり、飢えることがなくなっても満たされることはない。

 今度は物欲を満たされようとして物を求め、その次は承認欲求を満たそうとする。

 しかしソレが健全なのだろう。何かを求め、そのために努力する。そして努力していることにも熱中して楽しむ。

 それが生きることだと私は考えている。

 

「……その足りないものは、あんな苦痛を受けてでも満たすべきことなのか?」

「……きっと、君と大体同じなんだろう」

「……?」

 

 私の返答に錆兎くんは訝し気な表情を向けた。

 

「なんで君達は自身とは全く関係ない鬼まで憎み、殉職する可能性がこんなにも高い鬼狩りになろうとする? その先に君は何を求める?」

「……」

 

 答えにくそうな顔をする錆兎くん。しかし心の何処かで私の言いたいことを理解してるような表情だ。

 

 

 

 

「君だって何かを満たすために鬼狩りになろうとしてるはずだ。けど、君自身は何を求め、何をどうすれば満たされるのか分からない。だから私に聞くことで答えを出したいんじゃないのか?」

 

「なんでとか、どうしてとか。他人に納得してもらえるような答えを持ってる奴は幸せだ。

 その上で何故ソレを求め、どうやれば自分は満たされ、そのための手段を持つ者は猶更だ。」

 

「普通はそうじゃない。皆誰もが自分の欲しいものが、どうやればみたされるのか分からない迷子だ。

 それは君もじゃないのか? 他人が納得できるような答えを持ってないのは君も同じだろ?」

 

 

 

 

「……」

 

 正直な話、私自身何故鬼を食らうことでしか満たされないのかよく理解出来てない。

 生きる意味を見出したいのならもっと他にも手段がある。両親に習った格闘術を極めたり、前世の知識を活かして商売を始めたり。やり方なんて腐る程あるのだ。

 なのに私は今までそれらにやる意味を見出せず、鬼になって初めて自身の力を伸ばしたいと願った。……ここが未だに理解出来ない、

 

 何故鬼の力を伸ばそうとは思ったのに、武術や他の分野―――人間だった頃はダメだった?

 私はMでもないし、戦闘狂でもない。なのに何故鬼同士の食い合いにはここまでやる気になる?……私自身理解出来ない。

 

 しかしそれでも私はこうすることでしか満たされない。その原因は私自身分からない……。

 

「けど君と私は違う。……だって目的を同じとする仲間がいるだろ?」

「……」

 

 君たち……鬼殺隊は違う。

 君たちには似たような悩みを持つ者が絶対にいる。そういった者と共に答えを探すことが出来る。

 

「誰かと同じ悩みを共有し、一緒に考えて答えを探せるのもまた幸せだよ」

「……そうだよな。誰かに納得してもらえるような答えを持っていたら、誰だって苦しんだりなんかしないだろうな」

 

 錆兎くんはそう言って自分の小屋に戻っていった。

 まったく、自分で振っておいて自分で勝手に話を終わらせるとは。君あまりコミュニケーション取れないタイプだな?

 

 まあいい。これであの時つい口が滑って妙なことを言った罪悪感も減る。

 

 

 

 

 

 

 ああ言ってやった方が君もやる気が出るだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ぅん……」

「起きたのか、錆兎」

「此処は……」 

 

 目を開くと、隣に義勇の頭が合った。

 どうやら俺はあの日から爆睡したらしく、あのままずっと寝てしまったらしい。

 

「……あの鬼は、どうなった」

「いなくなった。置き手紙ならぬ置き看板を残してな」

「置き看板?」

 

 義勇の指さした方角に目を向ける。そこには「外に出ます。探さないでください」と削られた一枚の立て札があった。

 

「なんだこれ?」

「さあ?もしかして本当に山から下りようとしてるんじゃないか?」

「ハハハ、まさか」

 

 この山の麓は藤の花の結界によって鬼を完全に封じている。故に鬼は決してこの山から出られない。

 それは葉蔵とて同じ。でなければ、アイツはこんなところにずっといるわけがない。

 

「(……できれば礼を言いたかったのだが……)」

 

 認めたくはないが、あの鬼がいなくては俺たちは生き残ることが出来なかった。

 見ず知らずの俺たちを全員助け、住居と食料を与え、そして兄弟子たちの仇を共に討ってくれた。……感謝してもしきれない。

 

 鬼に感謝するのは本当に癪だが、あの鬼は……葉蔵は別だ。

 あいつとならいつかは……。

 

「では行こうか義勇」

「……ああ」

 

 しかし俺は葉蔵を探すことはしなかった。

 あいつならいつか本当にこの山を出るかもしれない。その時に会おう。

 

 

 目だけで辺りを見れば、比較的軽傷の者たちが怪我人に肩や背を貸して山を下りている。空を見れば、微かにではあるが日が顔を出し始めていた。

 

 夜明けが来る。

 俺たちは時間をかけて試験開始時に皆が集まっていた広場へと戻った。そこには初日目と同じように、産屋敷あまね様と、少々の差異として護衛なのか複数の隊員が隣に付いている。

 そして予想外すぎる数が目の前に現れたせいか、彼らはあからさまに目を見開いた。

 前代未聞の全員生還だ。奇跡とも呼べる光景に、言葉を失っているのだろう。

 

「…………皆さま、お帰りなさいませ。全員ご無事で生還したようで何よりです。そして、まずは謝罪を」 

 

 あまね様はそう言いながら、深く頭を下げる。

 一瞬疑問に思ったが、すぐに理由はわかった。あの鬼の存在を何かしらの手段で知ったのだ。恐らく、全て終わった後から。

 

「六日目の夜、参加者の手に余る鬼の存在を確認しました。その鬼は藤の花の結界を突破し、入り口で待機していた上級鬼殺隊を圧倒する程の実力を持っていました。幸い死者は出ませんでしたが、あのような鬼を野放しにしたことで皆さんに本来以上の脅威に晒してしまい、深い悲しみを抱いております。……故に、今回は鬼殺隊の入隊を諦める者であってもある程度の被害の保証を無償ですることを約束いたします。勿論、入隊を希望する者にはそれ以上のものを約束いたしましょう」

 

 俺は冷や汗をダラダラと流した。おそらく、他の者たちも……。

 

「(めちゃくちゃ心当たりがある!)」

 

 その鬼絶対葉蔵だろ!

 

「その鬼は堂々とこの参道を通り、鬼殺隊の制止を振り切って『私は税金をお前たち以上に払ってるからこの道を通る権利がある』とほざいて行きました。幸い死者はおりませんが、剣士様方の大半を戦闘不能にした上、隠の服やその他諸々の物資を奪われました。……お労しい限りです」

 

 ……あの鬼、本当にここから出やがった上に滅茶苦茶やってる!

 

 そういえばなんか何処ぞの華族か財閥の息子とか言ってたな。あの時は聞き流したがまさか本当のことでアイツ自身もそんな性格だったとは……。

 今思えばなんか見下したような目をしていたな。……今度会ったら殴るか。

 

「大変心苦しいのですが、あの鬼について知っていることを話してほしいのです」

「「知りません!」」

 

 

 その後、俺と義勇は即座に尋問された。……何故嘘が即バレたんだ?




葉蔵の言動や態度を鵜呑みにしないでください。彼は彼自身が思ってるほど冷たくも無感情でもありません。さっきは悟ってるような言葉をほざいてましたげど、あれも何処まで本当やら。

本当に満たされず、満足を望んでるのは誰なんでしょうかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

捌倍娘編
22話


 やあ、良い子の皆。葉蔵だよ。

 私は今、あの山から出て離れた街の中にいる。

 

 いや~、藤襲山から出るのはそれなりに苦労した。

 あのくっさいくっさい藤の花の大群を必死こいて我慢して抜けたと思ったら、今度はそこで待機していた鬼殺隊らしきヤクザ者たちに邪魔された。

 本当に酷い話だ。アイツら私を見るなり『鬼が人間様の道を通るんじゃねえ!』とか怒鳴ってきたのだ。だから私は『貴様らより税金払ってるのだから通る権利は当然にある』と言い返してやった。

 実際にちゃんと高い税金払ってるよ、親が。

 

 そしたらヤクザ者がキレて戦闘になった。

 先頭は私をあの山にぶち込んだ傷だらけの男。当然私はあの時の無念を晴らすべく応戦した。

 結果は私の圧勝。傷だらけの男も何故あの時の私はあんなにあっさり負けたのか疑問になるほどあっさりと負けた。

 本当に全員弱かった。あれならまだ錆兎くんの方が強いのではないだろうか。

 

 あの場にいたヤクザ者は誰一人殺してはない。殺して鬼殺隊と敵対しても面倒だし、何よりも得るものがない。だから戦闘出来ない体にして放置した。

 代わりに少しの物資を奪い……拝借した。丁度全身を覆えるような、日光を妨げる服が欲しかったから、黒子みたいな服を貰った。あと食料とかも少々。

 

「……腹がすいたな」

 

 鬼殺隊から奪った食料も底をついてきた。

 起きてから何も食べてないせいか、腹が滅茶苦茶空いている。

 まあ、山を出て拠点を作った後、一週間ずっと寝っぱなしだったからね。

 

 起きた後は歩きながらマズくて質の悪い干し肉を食っているが、この程度では腹は膨れない。

 さて、狩りでもして腹を満たそうか……。

 

「……人の匂い」

 

 獲物を探そうとした瞬間、突如漂ってくる人間の匂い。

 

「しかも、この匂いは……少女? それにしても、なんでこんな山奥に居るんだ?」 

 

 改めて匂いを嗅いでみるが、その少女以外の匂いは存在しない。ということは、まだ幼気な少女がたった一人で山の中に入ったことになる。

 考えられるケースとしては口減らしとして捨てられたか、単純に迷子になったか……。

 こんな日も暮れた時間に迷子というのもおかしいし、やはり捨てられたか?

 

 

 匂いの元へと向かうと、そこには十歳くらいの桃髪の少女が何やら野草を採取していた。

 こんな時間に野草採取? 疑問に思った瞬間、また別の気配がした。

 その気配は高速で少女に接近しており、何やら嫌な臭いがする。間違いない、これは……。

 

 

「ヒャッハアアアアアア!」

「え、きゃ、きゃああああ!?」

 

 同族の臭いだ。

 その鬼は飛び出し様に少女を喰らおうと襲い掛かる。

 

「……っ!」

 

 そして、気づけば私の体が動いていた。

 指を向けて血針を投擲する。

 仕留める必要はない。せめて足止めになってくれたら儲けものだ。

 

 鬼は私の針を払い落とし、こちらを睨む。

 どうやら私の存在にやっと気づいたようだ。そして、私の言いたいことも。

 

「テメエ嘗めた真似すんな!!」

「真似? 真似じゃなくて嘗めてるんだよ。……雑魚が意気上がるな」

 

 怒りの感情が籠った叫び。

 対し、私は見下したように顎を向け、そして鼻で笑った。

 

「ふざけた野郎だ! そのイケメン面ぶっ潰してやる!」 

 

 鬼は拳を握りしめて突進してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「血鬼術 【赤腕護手】」

 

 鬼――拳鬼の前腕を血のように赤い護手が覆う。

 拳鬼はソレを拳や腕の延長線上として利用。素人でも扱い易いという点が大きい。

 

「死ねえ!」

 

 赤腕護手を装着した右腕で拳鬼が殴り掛かる。

 武術を学んだ人間の動きではないが、迷いがなく思い切りが良い。

 

 鬼同士の闘いでは、格闘技はさして重要ではない。

 どれほど重傷を負ってもすぐに回復する生命力、どれほど動いても消耗しない体力。……こんなバカげた化け物同士に格闘技は果たして有効であろうか。

 否。格闘技とは人間が人間を制圧するためにあるもの。怪物同士が殺し合うためにあるものではない。

 では、何が重要視されるのか。

 

「くたばれ!」

 

 答えは、迷いの無さ、躊躇いの無さといったメンタル面だ。

 振るわれた拳は迷いなく葉蔵の顔面を狙う。

 ソレを半歩右に移動するだけで避ける葉蔵。

 同時、前進しながら、腕を掴み、グルンと捻ることで殴る衝撃をそのまま返した。

 

 

「ぎゃあッ!」

 

 途端にあがる悲鳴。

 関節構造を無視するような動きに耐えきれず、肩から腕までがだらんと垂れ下がっている。

 葉蔵は一切力を入れてない。

 相手の力を利用して肘と肩の間接を外し、靭帯をねじ切ったのである。

 

 更に葉蔵は腕を掴んだままそっと持ち上げ、そのまま投げ飛ばす。

 掴んだ右腕を身体に抱え、背負って持ち上げ、拳鬼の身体が宙を舞う。

 

 背負い投げ。

 地面に叩きつける勢いは常人であれば背や後頭部を打って致命傷になるが、鬼の生命力の前ではそれほど問題にはならない。

 

「がッ………」

 

 地面に背中から倒れ込んだ拳鬼は痛みのあまりに激しく悶絶している。

 鬼になって初めて感じる激痛。

 肘と肩を砕かれ、更に鬼の力で投げ飛ばされた。

 痛い。滅茶苦茶痛い。痛くないわけがない。

 

「頑丈だね。腕を持ってくつもりで捻ったんだけど」

 

 腕を組みながら言う葉蔵。

 彼は追撃をしなかった。

 その気になればそのまま針を刺してトドメをさすことが出来たはず。

 しかし彼はしなかった。敢えてしなかった。

 

「こ、の……!ふざけんな!」

 

 鬼は立ち上がってすぐに殴りかかる。

 が、拳が当たる前に葉蔵の蹴りがさく裂し、一撃でまた倒された。

 

 カウンターである。

 殴りかかろうとした瞬間を狙ったため、殴るための突進力と体重がプラスされてダメージを負ったのだ。

 実に見事な技術とセンス。しかし、鬼の前ではたとえ同種同士でも無意味であった。

 

「折ったはずなのにもう再生したか。やはり鬼の再生力は桁が違う」

 

 そう、鬼に格闘術の意味がない理由がコレである。

 いくら殴ろうが、いくら絞めようが、いくら投げようが。ソレが鬼に有効なダメージを与えることは出来ない。

 数少ない例外を除いて……。

 

「こんの……糞野郎が! 【血鬼術 赤腕護鎧】!」

 

 途端、鬼の全身が鎧によって包まれた。

 典型的な鬼を模した赤い鎧。

 刺々しく禍々しい姿。

 

『死ねえ!』

 

 再び殴りかかる拳鬼。

 先ほどよりも数段速い拳。

 しかしその動きは稚拙かつ単純。

 葉蔵にとっては対処も実に楽なものであった。

 

 拳を逸らして防ぐ。

 流しきれない衝撃が葉蔵の身体に走る。並の人間ならば骨が粉砕するような威力だ。だからだろうか、拳鬼はさほど慌てず、むしろ逆に、さらに殴りかかった。

 

 彼の攻撃を受け流そうとした者は鬼殺隊にもいる。だが、全て叩き潰してきた。

 いくら衝撃を9割方流せたとしても、その一割が岩をも砕く威力があれば意味などない。その一割の力で潰れるだけだ

 

 どんなに優れた技術を持とうが、圧倒的な力の前では無意味。なにせ、戦いの基本はパワーとスピードなのだから。

 小細工する時間も余裕も与えない。繊細な技は力で潰す。そうやって彼は敵を倒してきた。

 この力でお前も潰す。拳鬼は殴ることでソレを伝えようとした。

 

「どうした、この程度なのか?」

『ぐげぇ!!』

 

 だが、葉蔵はどうやら例外だったらしい。

 

 受け流すと同時に拳を繰り出す。

 針も血針弾もない、ただの拳。しかしそれでも鎧の鬼を吹っ飛ばすには十分な威力であった。

 

『この……!ふざけやが……ぐがッ!?』

 

 話す前に繰り出される拳。

 フェイントを交えた三段突き。

 その威力はすさまじく、鎧の一部を破壊した。

 

「……弱い」

 

 ハア~とため息を付く葉蔵。

 

「鎧の強度のムラが大きい。少し不意をつくだけですぐ引っかかる上に気の回らない部位は本当に脆い」

『だ、黙……ぐは』

 

 再び葉蔵の蹴りが炸裂。その威力で鎧が一部だけ砕けた。

 

「少し息が切れるだけで鎧の強度が一気に下がる」

『うっせえ……グヘッ!!』

 

 怒りに任せて振るわれる拳。しかしそれも逸らされ、再び反撃を食らった。

 またもや崩れる鎧。ダメージが鎧を超えて直に浸透し、拳鬼の内臓をその衝撃で潰す。

 

 しかしやはりそこは不死身の鬼。すぐさま修復して再び殴りかかった。

 先程と全く同じ攻撃。それを葉蔵は『もう見たからいいよ』とでも言いたげな顔で受け流す。

 瞬間、彼は意外な発見をした。

 

「お、スピードとパワーが急激に上がったね。これはただ身体能力を上げるのではなく、ゲームみたいにステータスを上げる効果がその鎧にはあるのか? 現に動作や荷重にはあまり変化がないし……」

『訳分かんねえこと……言ってんじゃねえッ!!』

 

 連続で無茶苦茶なラッシュ。

 ただ闇雲に拳を振り回しているだけの、子供のぐるぐるパンチのような拙い動き。

 

『この…ふざけやがって!』

 

 ソレが通じないとやっと理解したのか、今度はタックルが繰り出した。

 

「攻撃が当たる瞬間に別のインパクトを感じるね。殴る瞬間に重量が増えるのか、それとも衝撃波みたいなのが出ているのか?」

『うっせえ! 何言ってるのか分かんねえんだ……ぐぺッ!』

 

 タックルを受け流しながらまた新しい発見をして少し興奮する葉蔵。

 体勢を崩した拳鬼の腰を蹴って距離を取り、腕を組んで次の攻撃を待つ。

 

「どうしたもっと頑張れよ」

『……この!』

 

 再び来る攻撃。

 葉蔵はそれらを受け流しながら観察する。

 相手の血鬼術を観察し、何か他にも取りこぼしがないが、じっくりと調べる。

 

「……もういい。これで君の力は大体わかった」

 

 大体それから十分ほどか。もうこれ以上見るものはないと判断した葉蔵は攻撃を開始することにした。

 まずは針を刺してダメージ回復の阻害。それから血針弾を放つことにしたのだが……。

 

『ぐぎゃあああああああああああああああああ!!!!』

「へ?」

 

 針を鎧に刺した途端、鎧が自身の主である拳鬼を食らい始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは予想外な結果になった。

 どうやら私の針は鬼の因子だけでなく、鬼の血鬼術をも食らうらしい。

 いや、これは考えてみれば当たり前の話だ。なにせ血鬼術とは鬼の因子をエネルギーにして発動するようなものなのだから。

 当然血鬼術には鬼の因子が込められており、それを食らう私の針が刺さればこうなるのは当然のことであろう。

 

 しかしそれにしても今日はそれなりに収穫があった。

 

「ふぅ……大丈夫だったかい?」

「は、はい。え、えっと助けてくれてありがとうございました」

 

 桃色の髪の女の子は、特に怯えたりといった表情は浮かべずに頭を下げる。

 

「しかし逃げなくていいのかい? 鬼を倒した私が怖くないのかい?」

「私を助けてくれましたお兄さんは良い人なんですよね? だったら、大丈夫です!」

 

 いい子だ、鬼殺隊なんて私の顔を見ただけで斬りかかってきたというのに。

 

「それに、そんな事言ったら私なんか、もっと変ですし……髪の色とか」

「そうか?私から見ればとても魅力的だ」

「み…魅力的……ですか?」

「そうだよ。綺麗な色の髪じゃないか。髪の美しい女性はとても魅力的だよ」

 

 はた目から見れば、年端も行かぬ少女を口説く男の構図なのだが、今は周りに誰も居ないのでセーフである。

 

「え、あ、そ、その……ありがとうございます……」

 

 私の言葉に顔を赤くしながら俯く少女。

 

「それで、君は何で、こんな時間に山の中に?」

「あ、すみません。まだ名乗ってませんでした。えっと、私は甘露寺蜜璃って言います。よろしくお願いします」

 

 少女………蜜璃くんは、そういうとぺこりと頭を下げる。

 まだ十歳かそこらだというのに、随分としっかりしてる。兄上達とは大違いだ。

 

「私は葉蔵という。苗字は聞かないでくれ」

「葉蔵さん……素敵な名前ですね」

「どこにでもある平凡な名前だよ。それで、山に居た理由なんだけども」

「あ、えっとそうですね……なんて、説明したらいいか……」

 

 私の問いかけに対し、蜜璃くんは恥ずかしそうに顔を赤くしながらもじもじと体をくねらせる答えてくれた。

 どうやら、彼女は通常の子よりも多く食べるらしく、家になかったので山に食料調達したという。

 

 うん、この子変わってるね。

 

 この時代でまだ幼い少女が夜で歩くなんて危険すぎる。ソレは平成の時代を知る私より当時しか知らないこの時代の者ならば常識であるはずだ。

 少し出歩くだけでも危険だというのに、更に危険な山に入るなんて自殺行為だ。

 

「今までも、何度か山菜を採りに来てたので今回も大丈夫と思ってたんです。お母さんには、女の子がはしたないからやめなさいって言われてるんですけど、お腹はどうしても減っちゃいますし……」

「それは単に運がよかっただけだ。普通なら野犬なり盗賊なりに襲われる。……そして鬼にもな」

「うぅ……」

 

 そう言うと彼女は俯いてしまった。

 

「……今度、食料が欲しくなったら私を呼ぶといい」

「葉蔵さんを、ですか?」 

 

 蜜璃くんの言葉に、私はコクリと頷く。

 

「私はここをしばらくベース……住居にするつもりだ。山の入り口で名前を呼んでくれ。そうすれば私が君に食料を渡そう」

「……何で、会ったばかりの私にそこまでしてくれるんですか?」

「一人でまずい食料を食べてもつまらないからね。どうせなら可愛らしい女性(レディ)と相席したいのだよ」

「わ、私が可愛い……」 

 

 私の言葉に真っ赤になっていた。

 この子すぐ赤くなるな。将来悪い男に騙されないか心配だ。

 

「そ、それじゃあ、ご迷惑でなければ……お、お願いします」

 

 蜜璃くんはそう言うと、頭をぺこりと下げる。

 

「ああ、よろしくね」 

 

 こうして、私と蜜璃くんのなんとも奇妙な関係が始まるのだった。




普段の葉蔵さんの強さはまだ下弦に届かないぐらいを想定してます。
そもそも下弦の強さが分からないんですよね。
塁とかを見るに、スペック的には柱と同格と私は考えてます。
義勇さんとの闘いでは自身の技を破られてかなり動揺していましたが、もし塁が自身の血鬼術を使いこなしていれば、あの時動揺していなければ義勇さんを倒せたと思うんですよ。
皆さんはどう考えてますか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23話

「……同族がいるな」

 

 ふと、私はこの山の近くに同族の気配を察知した。

 距離はそれほど遠くない。疲れるが少し走れば十分届く距離だ。

 気配の元は町から。夜なら人の数も少ないので戦おうと思えば戦える。

 さて、どれから食うべきか……。

 

「………ん?」

 

 そんなことを考えていると、ふと風に乗って微かに私を呼ぶ声が聞こえてくる。

 彼女の声に応えるべく起き上がると、 

 

「あ、こんにちは葉蔵さん!」

 

 日も沈みかけた頃、私を見つけた蜜璃くんが元気に走って近づき、笑顔で挨拶をしてくれる。

 皮膚の弱い私は日光を浴びると寿命が縮むと嘘をついたら、蜜璃くんはわざわざこんな時間に尋ねてくれるようになったのだ。

 彼女を騙していることに少し罪悪感があるが、あまり深く考えないようにしている。実際は寿命が縮まるどころじゃないし。

 

「こんにちは、蜜璃くん。君は今日も元気だね」

「えへへ、葉蔵さんに会えると思ったらうれしくて。それにご飯も美味しいし!」

 

 私たちは食事にとりかかった。

 今日の献立はハンバーグ。捕らえた鹿肉をミンチにしてギョウシャニンニクや薬味を練りこんで臭みを消した葉蔵オリジナルのハンバーグだ。

 

「これすごくおいしいです!」

 

 彼女は私の拙い料理を美味しいと褒めてくれた。

 お世辞でもそう言ってもらえると作った側からすれば嬉しい。

 何よりも誰かと食べると美味しい。私は蜜璃くんとの時間を愉しんだ。

 

 しかしそんな楽しい時間も終わり。私は一時間ほどで蜜璃くんを家に帰すことにした。

 彼女は大丈夫だとは言っていたが、親御さんからすれば日も沈みかけなのに子供の姿が見当たらないとなれば心配する。なのでたとえ嫌がっても私は容赦しなかった。

 

「……葉蔵さんがそこまで言うならもう帰るわ。けど絶対来るからうんと美味しいもの用意してね!」

「うん、明日もおいで」

 

 こうして蜜璃くんを帰し、山を完全に降りたのを確認した後に本来の食事へと向かった。

 

 

 

 ここからは鬼の時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月夜の竹林。

 その(もと)に赤い血飛沫が刃となって降り注ぐ。

 

「クソっ何で当たらないんだ!?」

 

 竹林に光る赤。紅い刃は周囲の竹を伐採し、笹と共に舞い散る。

 その斬れ味は鋭く、竹などの周囲のものを何の抵抗もなく切り裂いていく。

 もし人間が入れば瞬く間に細切れの肉片(さいころステーキ)になるであろう。

 

 そんな刃の中に、一人の男がいた。

 

「いい加減にくたばれ、この化け物がッ!」

 

 星々が、月光が彼を照らす。

 美しい顔立ちの男。全てのパーツとその組み合わせが見る者を惑わすに相応しい黄金率を保っている。

 無駄な筋肉や贅肉が無い、引き締められた肉体。まるでギリシア彫刻のような完成度であった。

 ただ一つ、欠点を述べるなら……。

 

 

「なんで鬼が鬼を殺そうとしてんだよォォォォォォォォ!!!」

 

 

 その男は鬼であった。

 

 死人のように青白い肌と、色素を抜いたかのような白い髪。

 闇を溶かし込んだかのように黒い瞳と、血を凝縮したかのような赤い眼。

 そして猛獣のような牙に額から伸びる赤い角。

 

 人間離れした美貌を持つその男は、人間から離れた異形であった。

 大庭葉蔵。又の名を針鬼。かつて藤襲山の鬼たちに恐れられた鬼喰いである。

 

「……どうした? その程度か?」

 

 僅かに体を傾けて血の刃を避ける。

 いとも容易く、まるで最初から来ることを分かっているかのように。

 そして悟る、自身が狩られる側だと。

 

「(……これ以上はない、か)」

 

 対して、葉蔵は冷めた目を鬼に向けていた。

 

 鬼の血鬼術の範囲は分かった。

 どうやら眼前の鬼は己の血を刃に変え、ソレを鞭のように振り回し、時に飛び道具として使用しているらしい。

 

 

 大した能力ではない。

 

 動きは並。自身よりも粗く、鈍く、そして遅い。

 焦っている様子からも奴の血鬼術にこれ以上の手の内はない。

 ならば用はない。ここで散れ。

 

 

「……! させるかッ!!」

 

 葉蔵の指が赤く染まる。

 ソレを見てあからさまに動揺した鬼は、血鬼術の範囲を狭めて一点を狙い始める。 

 

 丸わかりだ。

 葉蔵はしゃがみながら指を構える。

 直前に葉蔵の首があった位置に刃が走る。

 

 同時に放たれる赤い魔弾。

 血針弾は逸れることなく鬼に命中。瞬く間に全身を侵略する。

 

 ふと葉蔵が鬼に目を向けると、鬼は何が起きたか分からず惚けたような顔をしていた。

 

「……所詮は雑魚か」

 

 葉蔵はため息を付きながら鬼の因子を食らった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蜜璃くんと食事を共にするようになって大体一週間ほどが過ぎた。

 

 彼女と共にする食事はそれなりに楽しかった。

 一人で黙々と食べるのもいいが、可愛らしい少女とお話しながら食べるのもこれはこれで面白い。

 それに蜜璃くん、美味しそうに食べてくれるんだよね。作った私も嬉しいし、食べているこっちも美味しいと感じる。

 そんな風に食事を続けていると、夕日が沈んで一時間程が経過した。なので私はそろそろ帰るよう蜜璃くんに提案したのだが……。

 

「………嫌です。もっとここにいたい」

 

 今日は少し強情のようだ。

 

「どうしたんだい? 何か嫌なことでもあったのかい?」

「……今は家にいたくない」

 

 それから彼女は何があったのかポツポツと話した。

 

 どうやら蜜璃くんは生まれた時から筋肉密度が常人の8倍もある特異体質らしい。

 その怪力は幼少の頃から効果を発しており、一例として彼女が一歳――常人であればまだヨチヨチと歩き始める頃――に、弟を身籠っていた母を気遣い、四貫(現在の15kg)もの漬物石を持ち上げた逸話を持つらしい。

 ただしデメリットとして、蜜璃くんは通常の人間よりも八倍近く食事を取る必要があるそうだ。

 本人曰く相撲取り三人分よりも食べるそうで、私と会うまではいつも空腹だったそうだ。

 

 おそらくその異常な筋肉量のせいで通常の生命活動を行うだけで莫大なエネルギーが必要となっていたのだろう。特に今のような大正日本では高タンパク・高カロリー食品がほぼ存在しない。そのためかなり生きにくかったそうだ。

 そのためか、最近は西洋から伝来したハイカラな洋食がお気に入りで、それもあって食費がとんでもないことになっているらしい。

 

 また、元は黒髪だったのだが、大好物の桜餅の食べ過ぎで髪の色が変わったという。

 とんだ面白体質だ。この理屈が正しければ、コーヒーやチョコを摂取すればカカオ色に、リンゴを食べすぎれば赤と白になる。……今度やってみようかな?

 

 とまあ、以上のことから彼女は町の人々から気味悪がられており、同じ年ごろの子供たちからも仲間に入れてもらえないそうだが……。

 

「………素晴らしい」

 

 私は彼女の特異体質に、逆に惹かれた。

 

「私の家ならば大歓迎だ。その素晴らしい遺伝子を我が家系に取り組んでもらえないだろうか?」

「え!?」

「大丈夫だ。私の家ではかなり裕福で飲食関係の会社をいくつか運営している。西洋や大陸の文化を取り入れ、牛や豚の飼育を行い、他にも貧しいものを雇ってパスタやパンなどの製造、胡椒(こしょう)や茶などの栽培、様々な品種改良などを手掛けている。君を腹いっぱい養う事なんて造作もないよ」

 

 だから私の家に養子として入ってくれないか。

 

「そ、そんないきなりそんなこと……。そ、その…お母さんにも話さないといけないし……」

「……そうだな。私もいきなりこんなことをいってすまない」

 

 そうだ、彼女にも家族がいる。金と食料で引き離すなんて卑劣な真似は出来ない。

 話を聞く限り家族との関係は良好そうだ。両親や兄弟との仲も良く、むしろ町の人から気味悪がれ友達もいない彼女のことを心配してくれているらしい。

 いい家族じゃないか。私や俺の家ならどんな風にしていたか……。

 

「(……そういえばもう一か月以上父上達と会ってないな)」

 

 私と俺の家族は今どうしているだろうか。

 




葉蔵が普段力を押さえている理由は単純で、ただ異形化した姿が気に食わないだけです。
まだ鬼になって一か月ほどしかない彼が、無惨の血を急速に取り込みすぎたのが異形化の理由です。
だから時期が来て安定したら彼好みの異形へと進化します。

あと葉蔵の姿はデスノートの夜神ライトを東京喰種の白カネキみたいな色にした感じを想像してます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24話

ふと思う、転生したら本当に前世の自分のままでいられるのだろうか。


「立ちなさい、葉蔵」

 

 

―――疲れた。

 

 

「まだ出来るはずよ」

 

 

―――無茶を言わないでいただきたい、母上。このような鍛錬は幼子である私に耐えられるものではないはずです。

 

 

「その程度ですか…いや、違うはずよ。貴方は天才よ。出来損ないの兄とは違うのです」

 

 

―――私は天才などではありません。前世の記憶があるためそう見えるだけで、中身はつまらない凡人です。

 

 

「葉蔵……貴方は最強の戦士になれるはずです」

 

 

―――母上、私は貴方がここ最近理解出来なくなりました。

 

 

「もっとです。もっと才能を伸ばし、知識を身に着け、技を磨き、己の糧としなさい」

 

 

―――貴方はおかしくなりました。一体私の何に才能を見出したというのです。

 

 

「余計なことを考えないで。貴方は私の示した道を歩めばいいのです」

 

 

―――私には出来ません。凡人である私には貴方の言うようなものに届くはずがないのですから。

 

 

「……構えなさい、今度はあのタシギを撃ち落としなさい」

 

 

―――だけど、私は抵抗することはなかった。

 

 

「何をしているのです、早くやりなさい」

 

 

―――母に反抗する特別な理由も、他にやりたいも特にない。ならこのまま流されても何の問題もない。

 

  私は双眼鏡越しでタシギの巣に目を向ける母の隣で銃を構えた。

 

 

 

 

 カチャ。

 単発式の村田銃に弾を込め、シリンダーを引く。

 慣れた手順だ。後は照準を合わせて引き金を引くだけ。

 

 チャキ

 銃口を向ける。

 距離は72m程。私の腕なら観測手なしでも問題なく当てられる。

 スコープは使わない。反射し気付かれるのを想定しての訓練だから……。

 

 

「何をしているのです。早く撃ちなさい」

 

 

―――しかし母上、アレには子がいます。

 

 

「それが何だというのです。相手はたかが畜生。何を躊躇する必要があるのです?」

 

 

―――しかし母上……。

 

 

「やりなさい。貴方には華族としての自覚が足りません。華族である私たちは他者を糧にする権利と、より家を発展させる義務があるのです」

 

 

―――……分かりました。

 

 

 

 

 バンッ

 私は巣で卵を温めているタシギを撃ち落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……久々に夢を見たな」

 

 ふと目が覚める。

 見知った天井。ここ一週間ほど愛用している小屋の天井だ。

 

「……まさか鬼になっても夢を見るとは」

 

 どうやら鬼は寝ると夢を見れるらしい。

 本来鬼は眠らないので検証は不可能だし、必然的に私のみが見れると考えていいのかもしれない。

 まあ、今はどうでもいいが。

 

 それにしても何故今更家族の夢など見たのだろうか。

 まさか、蜜璃くんと家族の話をして恋しくなったと言うのか?

 バカバカしい、今まで一度も家族を恋しいと思ったことなんてないくせに。……私も、そして俺も。

 

「……下らない」

 

 どうでもいい。ああ、どうでもいい。

 家族が何だというのだ。母上がどうだというのだ。

 

 私は鬼になった。故に家族など関係ない。ないはずなのに……。

 

「クソッ!」

 

 近くの岩を破壊して気分を入れ替える。

 そうだ、こんな時は暴力で忘れよう。

 鬼と戦い、鬼を殺し、鬼を食おう。

 そうすれば気も紛れるはず……。

 

「……行くか」

 

 私は鬼だ。

 鬼を食らう最強の鬼。それが今の私だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血鬼術とは何だろうか。

 

 

 鬼が自身の血に含まれる因子を消耗することで使用可能であり、その効果や効力は鬼によって様々である。

 では、鬼は血鬼術を何種類使えるか。……それもまた鬼によって違う。

 

 例えばあの拳鬼。あの鬼の血鬼術は身体強化だけだろうか。

 答えは否。あの鬼の血鬼術はただ身体機能を上げるだけでなく、殴った瞬間に拳の重量を上げたり、拳を一時的に硬くしたり、拳が当たると同時に腕力や荷重以外の衝撃が出るようになっている。

 おそらくこれらは本来別種の血鬼術だろう。そしてソレらを使いこなし、組み合わせることであの血鬼術は真価を発揮する……はずだった。

 

 あの鬼は自身の血鬼術を何の理解もしてない。ただ殴るのに使えばいいと思ってるだけで、自身の能力がどんなものか、どう使えば有効か、どんな弱点やデメリットがあるかを全く分かっていなかった。

 勉強不足練習不足経験不足。何もかもが不足している。

 

 勉強が必要だ。己の血鬼術の効果はどんなものか、どんな使い方をすればいいのか、どんな風に応用できるか。考察と分析を繰り返す必要がある。

 練習が必要だ。己の血鬼術はどこまで伸ばせるか。どんな風に鍛えたら成長するか、どんな風に発展できるか。訓練と検証を繰り返す必要がある。

 経験が必要だ。己の血鬼術はどこまで通じるのか。どんな敵にどう使えばいいのか、どんな風に突破できるか。実戦と反省を繰り返す必要がある。

 

 その先にきっと何かがあるのだ。……私や俺が求める何かが。

 

「……だから君たちにはここで私の成長のために死んでもらうよ」

 

 私は勉強と練習と経験のため、鬼が住むと噂される森の中へと入った。

 




葉蔵は前世の記憶と自我らしきものがありながら、母親の教育で『葉蔵』になってしまいました。
だから葉蔵は前世の彼とは違うし、かといって前世の記憶のせいで前世と葉蔵は別人とも言えません。
かなりややこしいですけど、これもまた葉蔵というキャラの要素の一つなんです。

私は人間の人格というものは脳や遺伝子が、環境による体験や記憶によって刺激されることで形成されると考えています。
だから転生したら前世とは違う肉体(入れ物)なので性格や趣向は大分変ると思うんですよね。
そこに前世の記憶や自我が残っていたらどうなるのか。
前世の記憶があっても脳は幼い真っ新なものだったら、教育次第で別の人格に矯正されるのではないか。前世とは違う遺伝子に引っ張られて前世とは違う人間になるのではないか。
じゃあ転生したら別の人間なのか、それとも前世の要素を受け継ぐのか、それともただ性格がただ変わってるけど同一人物なのか。

そんな疑問を葉蔵というキャラの要素の一つにしました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25話

はい、ここで八倍娘編は終わりです。
もう少しロり蜜璃ちゃんと葉蔵を一緒に居させたかったんですけど、急きょ葉蔵さんに会わせたいキャラがいるので。


 夜の森。

 それはたとえ昼夜問わず光に溢れる平成の世でさえ、恐怖を抱かずにはいられない。

 微かな月明かりさえ深い森では遮られ、目を慣らさなければ一寸先すら真っ黒な闇。

 そんな暗闇の中、葉蔵は松明もなしに突き進んでいた。

 

「……ここに鬼がいるのか」

 

 目に頼らず頭から生える角のみで森の中を歩く。

 彼の血鬼術の一つ、方針を使えばこの程度など造作もない。

 もっとも、これを実戦で試すのは今回が初めてなのだが。

 

「……ぅ!」

 

 思わず『角』を押さえる。

 鬼の臭いの元へ近づけば近づく程、血の刺激臭が強くなってくる。

 

 前方を軽く睨む。

 気づけば血の刺激臭と鬼の臭いは最高潮に達していて、更に腐敗臭までしてくるのだから軽く吐き気を覚える。

 ソレをこらえて臭いの元に目を……いや、角を向けた。

 

「――――いた」

 

 見つけた。奴こそが鬼だ。

 葉蔵は湖の浅い所でグチャリグチャリと音を立てながら何かを咀嚼している鬼を発見した。

 

「不味いなァ。やっぱ肉は新鮮なのが美味い。生きたまま踊り食いすんのが最高だ。昨日の奴らは美味かったなぁ。必死に命乞いする奴を生きたまま食うのは心も体も満たされるなァ。特に女の乳房と臀部は柔らかくてとろける程だったぜぇ」

 

 鬼は全身を魚の様な鱗で包み、両腕から刃物のように鋭い鰭のようなものが飛び出ている。

 まるで魚を無理やり巨漢の形に押し込めたかのような外見。

 そんな鬼が人の手足を爪に刺しながら食っている。

 

 葉蔵の行動は早かった。

 まずは様子見。針を軽く投げる。

 鬼―――魚鬼は食事中。未だ人肉らしきものを貪っている。

 これなら当たるはず……。

 

「……ッチ。食事中だってのによォ!」

「おぉ」

 

 魚鬼は振り向くと同時に針を鰭で弾いた。

 

「最初から気づいていたのか」

「俺の感覚は優れものでなぁ、空気の流れを感じて獲物の場所を把握できるんだよ」

 

 自分の攻撃が避けられたというのに葉蔵は動揺しない。

 むしろこっちの方が都合がいい。そうとでも言いたげな様子だ。

 

「……お前が食らってるのは鬼狩りか?」

「おうよ! 俺を殺そうとしたから逆に殺してやったぜ! まさか、鬼の癖に人間を食う何て酷いとか言うのか?」

 

 ニヤニヤと、まるでバカにするかのように笑う魚鬼。

 それに対して葉蔵は鼻で笑うかのような態度で返答した。

 

「まさか、生物が他の生物を食らうのは当然のことだ。ましてや人間のような社会性動物は同種である人間を蹴落とし、時には殺し合う。鬼が人を食らうのは自然なことだ」

「ハッ、分かってるじゃねえか。……だったら何で俺の飯の邪魔をした?」

「別に邪魔をするつもりはないよ。ただ……」

 

 葉蔵は再び針を構える。

 

「私はお前を食らいたいと思ったんだよ。お前だって人を食らってるのだから何の問題もないだろ?」

「ほざきやがれ若造が!」

 

 虚空目掛けて鰭を振るう魚鬼。

 瞬間、鰭が腕から切り離され、まるでブーメランのように葉蔵へ向かってきた。

 対する葉蔵は動かない。まるで散歩でも行くかのような足取りで歩きだし……。

 

「ふん」

 

 腕で払い除け、砕いた。

 まるで虫でも振り払うかのように。

 

「クソッ、たかがこの程度で調子乗るな!」

 

 魚鬼が両手の爪を正面に向けた瞬間、鱗が弾丸のように飛びだした。

 しかし、その全てが当たることはなかった。

 鱗の弾丸が発射されたと同時、葉蔵の姿が魚鬼の視界から消えたのだ。

 

 何処に行った。そう疑問が浮かぶよりも早く魚鬼の腹部に衝撃。

 いつの間にか間合いまで接近していた葉蔵の拳が魚鬼の溝尾に突き刺さっていた。

 重く鋭い拳は魚鬼の体を吹っ飛ばし、数本ほどの木々を折り、地面を数mも転がったことでやっと停止した。

 

「ぐ、ェぇ……」

 

 強い。

 それが魚鬼の抱いた感想だった。

 だが、攻撃の隙を突かれたからこそ受けた傷だ。奴が自分より強いと決まったわけではない。

 

 本当にそう思っていたのか、そう思い込む事で精神の安定を測っていたのか。

 しかし強敵と認めながら魚の中に逃げるという選択肢は浮かばなかった。

 

 途端、魚鬼が口を開いて向けた。

 同時、口を向けられた葉蔵が頭を押さえてふらつく。

 これこそがこの鬼の血鬼術。超音波による攻撃だ。

 

 この鰭刃でも鱗弾でも倒せない敵だとしても、この超音波を当てれば怯み、隙を晒す。

 いや、追撃するまでもなく、この一撃を喰らえば人間は立っていることもできない。

 

 トドメを刺そうと再び鰭刃を投げたが……。

 

「おっと」

 

 掴み取られた。

 

 渾身の一撃。

 本気で殺すつもりで投げたはずの刃。

 それがいとも容易く、さっきまでふらついていた鬼に止められてしまった。

 

「方針の精密性による弊害を突く攻撃の予習ができるとは思わなかった」

 

 ばきん。硬質なものが砕ける音。

 葉蔵が摘まんだ指で鰭刃を折ったのだ。 

 同時、葉蔵が指を向ける。

 

「ぎゃあああああああああああああああ!!!」

 

 速く鋭い弾丸。

 自身の放つソレよりも数段は威力がある。

 ソレが魚鬼の肩に命中し、そこから先を吹っ飛ばした。

 

 

 不味い。

 初めて、ここにきて初めて魚鬼は気付く。

 これは狩りでも食事でもない。自分こそが狩られる側なのだ。

 

 逃げなくては……逃げなくては殺される!

 

 すう、と、息を大きく吸い込む。

 悲鳴を上げるようにして全方位に超音波を撒き散らす事で撹乱する。

 方向性を指定して葉蔵のみを攻撃する余裕などない。

 みっともなくとも、ただ命を守るために。

 

「うッ」

 

 葉蔵がよろめいた瞬間に大跳躍。そのまま湖の中へと飛び込んでしまった。

 水中。呼吸が極めて制限される特殊な場所。ここならあの鬼も追ってこないはず……。

 

 ドボン。

 何かが水に飛び込む音がした。

 確認するまでもない、あの鬼だ。

 

 逃げる。

 恥も外聞もなく、全速力ならぬ全泳力で逃げる。

 水中は彼にとってのホームグラウンド。ここなら誰も自分には追い付けない……。

 

「(ぎいィィィィィィィィィ!!)」

 

 葉蔵の放った赤い弾丸が、魚鬼の背中を掠めた。

 

「(あの鬼、あんな距離から撃てるのか!?)」

 

 魚鬼の鱗弾は水中では使えない。

 水の抵抗が大きすぎて、攻撃があらぬ方向に行ってしまうためだ。

 だから魚鬼は水中で攻撃する際は接近戦のみに留めている。

 故に、彼には葉蔵に反撃する手段がないのだ。

 

 バンバン撃たれる血針弾。

 どうした、もっと無様に逃げろ。そして私を楽しませろ。まるでそう言ってるかのように、弾丸は次々と放たれる。

 

 魚鬼は泳ぎ、逃げながらソレを耐え、避けて、とにかく逃げる。

 上下左右をジグザグに泳いで弾丸を避け、弾丸が掠って肉が抉れても耐えて。

 

 そんなことが何十回程続いた頃だろうか。弾丸が急に飛んでこなくなった。

 魚鬼は思った。やった、遂に逃げられた……。

 

「(ぐぎいィィィィィィィィィ!!)」

 

 ……と、思った瞬間。魚鬼の全身から激痛が走った。

 一体何が。そう思う前に鬼の意識は水底へ沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回はなかなか有意義な結果が出た。

 まさか私の血鬼術である方針がここまで役に立つとは、私自身思いもしなかった。

 

 藤襲山にいた際、私は方針を鬼の大まかな位置を探す程度に使っていた。

 方角と距離を測り、行ける位置なら向かって食らう。そんな感じだ。

 しかしこの針、ただ鬼を探すだけには留まらないらしい。

 

 この針は鬼の臭いだけでなく周囲の音や臭い、更には光なども感知することも出来る。故に全ての感覚をこの角で賄うことも可能なのだ。

 私は藤襲山にいた際、この能力を伸ばすためにわざと目を瞑って山を歩いたり、猪や兎などの獲物を探していた。

 まだ鍛錬不足なので使いこなせてないが、この超感覚はまだ先がある、故に鍛錬次第で伸ばそうと思う。

 

 それだけではない、この針はその気になれば水流や空気の流れまで読めるのだ。

 気づいたのは魚鬼が逃げた際、一緒に私も湖に飛び込んだ時だ。

 あの鬼が自分の感覚を自慢した際、私も同じことが出来ないかと思ったら出来てしまった。

 精度は低く、今では使い物にはならない。しかしこれも鍛錬次第で伸ばせると私は考えている。

 

 更に更に。この針は鬼の正確な位置も探知できるらしい。

 どうやら視覚情報に変換するらしく、三次元的な座標と相手の強さを正確に把握することが出来た。

 これはかなり使える能力だ。これを極めることでより鬼狩りを優位かつ効率的に出来るかもしれない。

 よし、この能力を中心的に方針の能力を高めようか。

 

 ここまで感覚が鋭いと仇になりそうだが、そこも防ぐことが出来た。

 どうやらON/OFFが可能なようであり、ほぼ反射的に感覚を遮断することが出来た。

 これで超音波や強烈な激臭によるダメージを心配する必要はなさそうだ。

 

 本当に便利な能力を得た。

 これでより多くの鬼を食らい、私の力にすることが出来る。

 そうすれば私は……。

 

「………」

 

 ふと、私は先ほどまで食われていた人間の死体に目を向けた。

 

 鬼が人を喰っているところを初めて見た。

 今までは情報として知っていたし、私自身どちらかというとソレを肯定もしていたはずだった。

 しかし、今日初めて経験として理解出来た。 

 

 これはひどい。ひどすぎる。

 

 鬼はただ食らうのではない。冒涜し、侮辱し、踏み躙った上で食らう。

 家族を鬼に殺された人間が鬼に怯えて生きるのではなく、鬼狩りになる理由が分かった気がする。

 鬼の行為が鬼への恐怖を越える怒りを生み出し、人を突き動かすのだろう。

 まあ、私には関係ない話だけど。

 

 

 死体を土に埋めて埋葬する。

 別に間に合わなくてすまないとか、そんな下らない感情はない。

 

 確かに哀れだと思うし同情もする。しかしそれだけだ。それ以上に思うことも、的外れな責任感も抱くつもりはない。

 

 私の目的はあくまで食事と己の力量を把握すること。別に人助けをしたいわけではない。

 慈善行動は鬼狩りがしてくれる。私がする必要などない。

 

 しかし何故だ? 何故こうも胸糞悪く感じる?

 

「…………誰かと、話がしたい」

 

 会いたい。誰かと会って話がしたい。

 今日の成果の話、今日何を食べたか。そんな話を誰かとしたい。

 

 

 ふと空を見上げると、空が少しだけ白んできた。

 夜明けが近い。

 

 日が昇り、鬼の時間が終わる。

 早く戻らねば。でないと私が終わってしまう。

 しかしあれだな。今から夜明けだというのに……。

 

「……蜜璃くん」

 

 次の日没が、待ち遠しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日は良い結果が出た」

 

 曇天の夕暮れ時。

 日が雲に隠れている間に私は狩りに向かい、終わると同時にベースへ帰った。

 

 今回はかなり良い結果が出た。

 どうやら私の血針弾は精度も威力も格段に上がっているらしい。

 それを実感したのは水中での射撃。通常なら水中抵抗で当たらなくなるはずが、今回はほぼ私の狙い通りに命中した。

 最初は少しズレたが、少し練習するだけで命中してくれた。今後も少し訓練すれば使い物になるはずだ。

 

 とまあ、私の鬼狩り生活はこのように充実している。そう、満たされているのだ。

 私は満たされている。満たされているはずなんだ……。

 

「葉蔵さん!」

 

 ベースの中で調達した食糧を加工していると、蜜璃くんが酷く慌てた様子で駆け付けた。

 汗だくで息が切れており、服も乱れている。

 おそらく身だしなみなど気を遣う余裕がないほど急いでたのだろう。一体何があった?

 

「どうしたんだい蜜璃くん、そんなに急いで」

「葉蔵さんが言っていた鬼狩りの方が来たんです! 葉蔵さんが鬼を倒すところを他の人たちが偶然見てて、この小屋のこともバレているそうです!」

 

 ああ、遂に来たか。

 鬼殺隊が私を追ってくるのは予想していた。

 なにせ山では堂々と暴れ、ここでも鬼を食いまくったのだ。そりゃ近いうちに追手が向かう。

 

「葉蔵さんは逃げてください! このままじゃ葉蔵さんのことがバレて殺されちゃいます!」

 

 自分の事などお構いなしで、蜜璃くんは私の身を案じてくる。

 

 優しい子だ。

 私よりもずっと幼く、ずっと弱いくせに。

 なのに彼女は自分のことなんてお構いなしに私を助けようとしている。

 だったら、年上の私がプライドを優先して暴れるなんて、許されるはずがないな。

 

「……わかった。素直に逃げることにするよ」

 

 私は軽く別れの挨拶をすると、急いでその場から立ち去る。

 

「葉蔵さん……! また……!」

 

 後ろで蜜璃くんが何やら叫んでいたが、風を切る音でもうほとんど聞こえない。

 

 

 こうして俺は、楽しかった日常に別れを告げその場から見事に逃げおおせるのだった。

 けど、出来るのなら……。

 

「(もっと……彼女と話したかったな)」

 

 そんな下らない感情を抱きながら、私は山の中を走り抜けた。




・拳鬼
けっこう強いはずだった鬼。
退治に来た鬼殺隊を何人も殺した実績を持つ。
水の呼吸の使い手を受けた刀ごと血鬼術で潰し、炎の呼吸の使い手の攻撃を積鬼術で防いだ後に拳で潰した。
能力は身体強化の効果がある鎧を纏う事。この鎧は筋肉として働くことでパワードスーツのような役割を果たすだけでなく、更に血鬼術の効果としてスピードやパワーが強化される。
また、殴る瞬間に拳の重さや体重が増加したり、拳から衝撃波が出たり、走る瞬間に足の裏からインパクトが生じるなど、様々な効果が発生する。
もし自分の血鬼術をちゃんと把握していればワンチャンあったかもしれない。

・魚鬼
それなりに強いはずの鬼。
向かってきた鬼殺隊を一人返り討ちにした実績を持つ。

・縁断(えんだん)
八倍娘編の鬼の中で一番強いはずの鬼。
既に何十人もの鬼殺隊を殺した実績を見込まれて無惨から、下弦のお誘いを受け、血戦にむけて力をつけようとしたとこを葉蔵にやられた。もし葉蔵に見つからなかったら今頃下弦の仲間入りしていたはず。
能力は自身の血を刃にすること。自身の肉体や武器に血を纏わせることで切断能力を付与、或いは高めることが出来る。
また、血を飛ばすことで斬撃波のようなものを出したり、硬質化させた血を撓らせることで切断力のある鞭としても使用できる。
必殺技の居合はたとえ鱗滝先生でも受け流すことは出来ず、日輪刀ごと真っ二つに出来る。当たればの話だが。
もう少し自分の血鬼術の使うタイミングを考えたり戦術を練っていればワンチャンあったかもしれない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不死川家編
26話


最近思ったんだけど、葉蔵ってどれぐらいの強さんだろう?


 真夜中のとある山の麓。

 そこで二体の異形が相対していた。

 

 額に一角獣のような鋭く赤い角をを持つ美しい青年の姿をした鬼、葉蔵。

 もう片方は手に口のようなものがある異形の鬼、爆鬼。

 

 葉蔵の背後には、気絶した少女とそれを守ろうとする男、

 そして爆鬼と爆鬼の間には、砕け散った赤い欠片。

 この欠片は、爆鬼の吐き出した爆発性のある体液を受け止め、男の身代わりに砕け散った葉蔵の長針だったモノである。

 

「早く逃げろ。あの鬼は私が倒す」

「…………あ、あぁ」

「早くしろ。あの針のように砕かれたくないだろ」

「……うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 男は少女を抱えて逃げていった。

 それを確認した葉蔵は少女を狙う悪鬼―――爆鬼に目を向ける。

 

「嘗めた真似をしてくれたな!」

 

 狩りの邪魔……いや、獲物を横取りされたことに怒りを示す爆鬼。

 

 今すぐにこの場を離れ、別の獲物を探すのは難しくない。

 夜明けまでまだ時間があるとはいえ、わざわざ他の鬼とやり合うのも時間の無駄。

 ここで取り逃がした獲物に固執する意味も、葉蔵の相手をするメリットもない。

 

 だが、爆鬼には葉蔵を捨ておくという選択肢は存在しなかった。

 

 爆鬼は自身の能力に自信を持っている。

 既に何十人もの人間を食らい、更に自分を殺しにきた鬼殺隊も何人か返り討ちにしてやった。

 俺ならこんなヤサオなど瞬殺できる、そう考えた爆鬼は手の口から彼の血気術を吐き出した。

 

 手の口吻から吹き出された血鬼術は何らかの物質に触れると爆発する性質を持ち、これによって彼は他の鬼や鬼殺隊に勝利してきた。

 反射的に放たれた体液は、無意識に命中しやすい的に、胴体部分に向けて放たれる。

 体液の爆発力は驚異的なものであり、鬼相手で使う場合にも急所を狙う必要すら無く、胴体の何処かに当てさえすれば木っ端微塵に出来る。

 

 葉蔵は避けない。ただ指を相手に向け、何かを放った。

 血針弾ではない。

 彼は小さな針を投げただけである。

 それは爆鬼の吐き出した爆液に命中すると同時に爆発。葉蔵の身代わりに砕け散った。

 

「……クソが!」

 

 再び吐き出される爆液。

 一発だけではない、両手から無暗矢鱈に吐き出される。

 それら全てを葉蔵は血針で迎撃した。

 

「クソがァァァァァァぁぁぁぁ!!!!」

 

 攻撃が当たらなくて癇癪を起したのか、爆鬼は葉蔵に突っ込んできた。

 

 ただの突進ではない。

 足の裏にある口から爆液を吐き出し、爆破の勢いを利用して加速。

 ノーモーションで引き起こされる加速は誰にも予測出来ず、反応出来ない速度 

 この技で鬼殺隊の目を欺き至近距離から直接に爆液を吹きかけてやった。

 この技でお前も……。

 

「へぶしッ!」

 

 倒れたのは爆鬼の方であった。

 

 カウンター。

 葉蔵は爆鬼の動きを先読みして拳を突きだしたのである。

 ただ手を向けただけ。だというのに爆発の勢いが乗ったソレは、確実に鬼へ大ダメージを与えた。

 

「く…クソッ!」

 

 今度は爆発で空に飛びあがり、上から爆撃を行おうとする。

 この距離なら一方的に攻撃出来る筈。

 爆鬼はそう考えて爆液をばら撒き……。

 

「ぐげえええええええええええ!!!?」

 

 先に攻撃が当たったのは、葉蔵の物だった。

 彼が放った血針弾。それは爆鬼の放った血鬼術を全て迎撃し、そして彼の右腕を全部持って行った。

 その間はほんの一瞬。その僅かな時間で。

 

 爆鬼は混乱した。

 バカな、ありえない。

 こんなヤサオみたいな鬼が、自分の血鬼術よりも強いなんて。

 鬼殺隊を逆に殺し、あの方にも目を付けてもらった。なのに眼前の鬼はそれ以上だと言うのか。

 

「ば…バケモノが!」

 

 ようやくだった。

 やっと爆鬼は気づいた。

 自分が狩るのでも、戦うのでもない。

 むしろ自分こそ狩られる立場だということに。

 

 爆液をまき散らすと同時に爆発させる。

 爆破の煙幕だ。これで少しでも相手の目を潰して……。

 

「へぶッ……」

 

 そう考え、本来ある口からも爆液を出して弾幕を張ろうとした瞬間。

 何かが口の中に当たった。

 何が、と、その思考が浮かぶよりも早く、爆鬼の意識は闇に沈んだ。

 

 爆鬼が吐き出す血鬼術は、彼の意識一つで爆弾となる。

 逆を言えば、彼に爆破する意思がなければ爆破しないということになる。

 

 しかし、葉蔵の針が刺さった途端、爆液は爆鬼の意思を離れて暴走してしまった。

 その性質に葉蔵は戦闘中に逸早く気付いた。

 発見したのなら利用しない手はない。

 葉蔵は爆鬼が体液を発射する瞬間を方針の超感覚で察知し、血針弾を撃った。

 発射される直前の血鬼術は口内で葉蔵の針によって暴走。見事に爆発を起こしたのだ。

 

 倒れ込んだ爆鬼の肉体に歩み寄る葉蔵

 その手には、針の短剣。

 葉蔵はそれを、まるで獣を解体するが如く躊躇いのない手付きで爆鬼の腹部に突き刺した。

 途端に拡がる針の根。

 それは余分なものは抜き取らず、針の主のみが求めるものを絞りだす。

 

 針の先から吐き出される赤い液体。

 これこそ、鬼を鬼たらしめる恐るべき血。

 鬼舞辻無惨の因子である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなか美味かったな」

 

 今回の食事はなかなか楽しめた。

 どうやらあの鬼は当たりのようだった。

 本人ならぬ本鬼は何度も鬼殺隊を返り討ちにしたと自慢していたが、どうやらアレはホラではなかったようだ。

 しかしそれにしても……。

 

「……やはり弱い」

 

 先程の鬼も私が満足させてくれるには程遠い鬼だった。

 

 私が強いのではない、鬼共が弱いのだ。

 

 あの鬼の血鬼術は私と戦い得る能力だった。

 私にとって爆発や炎などの針で防げない火力のある攻撃は天敵。使い様次第では私を倒せる可能性がある。

 私の針が伸びる前に破壊し、私に攻撃を当て得るのなら、私を追い込むのは可能だ。

 

 しかし例え私の天敵に成り得る血鬼術を持とうとも、使う鬼がカスなら意味はない。

 強い血鬼術が使えるからといってその鬼が強いとは限らないのだ。

 逆も然り。

 現にただ手を生やすだけの血鬼術しか持たない手鬼も私を追い込んだではないか。

 

 どいつもこいつも少し強いだけの血鬼術を使えるだけで調子に乗っている。

 貴様らなど井戸の中の蛙。むしろあの山の中では下位の鬼だ。

 その程度で威張り散らすなんて笑止千万もいいとこだ。

 

 

 つまらない。

 ああ、なんて退屈なんだ。

 誰か私を楽しませてくれないだろうか……。

 

「おっといけない。早く獲物を確保しなければ」

 

 今の私は居候の身なのだ。

 遊んでばかりはいられない。食い扶持と家賃程度には稼がねば。

 早く家族の分を捕らなくては追い出されてしまう。




原作では鬼の強さがあいまいに思うんですよね。
つい最近まで人間だった獪岳が、いきなり上弦の鬼になったり、何百年も生きてる鬼がずっと無名の鬼だったりと。かなり力関係がいい加減な気がします。
実際はどうなんでしょうかね。今の葉蔵さんはどれだけの強さなんでしょうかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27話

「あ、葉蔵さんだ~」

「おかえりなさい葉蔵さん!」

 

 居候先に戻ると、子供たちが出迎えてくれた。

 まだ時刻は夜明け前。大人でもぐっすり眠っている時間だというのに、本当にかわいい子たちだ。

 

 今の私は人間の姿をしている。

 別に誰かをイメージしているわけではない。鬼としての要素を抜いた状態だ。

 強いて言うなら大庭葉蔵という人間が鬼に成らずに十八まで成長した姿といったところか。

 

 どうやらこの体は姿形をある程度なら変えられるらしく、角や牙や爪を短くして隠す事に成功した。

 目や瞳孔の色も変えることが出来、普通の日本人らしい目に変えることも出来た。

 

「ただいまみんな。今朝はいいカモ肉が手に入った」

「わ~い、今日は鴨鍋だ~!」

「今日もまたお肉が食べられる~!」

 

 喜んで肉を受け取る子供たち。

 そんなことをしていると、家主である女性が私の後ろからやってきた。

 

「おかえりなさい葉蔵さん」

「ただいま戻りました。今日は大体5円ほどの稼ぎです」

 

 私は家賃と雑費込みとして、今日の猟で得た金銭を彼女に払う。

 

「まあこんなに!? すごい稼ぎね!」

「いえいえ、居候の身ですからこれぐらいさせてください」

 

 本当にこれは大した稼ぎではない。

 鬼である私にとって、夜の森で獣を狩るなど造作もない。

 その気になればこの時代では命がけの仕事である鉱山発掘も楽々とこなせる。今度募集があればやってみようか。

 

「でも無理はしないでくださいね」

「そうは言ってられません。だって……」

 

 

「不死川さんは7人も子供がいるのに、女手一つで育てているではありませんか。私にも何かさせてください」

 

 

 

 

 

 猟から帰って来た朝、私は日が出る前に家へ入り、台所に立って料理を開始した。

 この時代、女が料理するものだと思われるが、意外と男も料理するものだ。現に、私の父は料理が好きだった。

 そういえば、よく自分が創作したと言って父上に平成の料理を紹介したな。いくつかは会社で売ったり研究すると仰っていたが、上手くいっているだろうか。ああいったものは実際に平成で生きた私でしか理解出来ないものもあるのだが……。

 

「………よそう」

 

 ああそうだ、今の私は不死川家の居候としているのだ。他所の家など忘れてしまおう。

 そんな下らないことを考えていると、後ろから不死川さんが来た。

 

「まあまあ、男がわざわざ台所に立つことなんてないのに」

「いいんですよ不死川さん。私は居候の身なんですから。これぐらいさせてください」

「いえいえ、葉蔵さんは十分やってくれています。これ以上働かせたら罰があってしまいますよ」

「いいですよ、いきなり押し掛けた私を泊めてくれるのですからこれぐらいはしないと」

 

 私は彼女の制止を振り切って料理を続行した。

 

 前回、私は好き勝手に暴れていた。

 夜や太陽が隠れた日、或いは陰に隠れて鬼を狩り、日が出ている時は自作の小屋の中で技の開発や料理に勤しむ。

 こんなことをすれば普通に怪しまれる。

 いくら大正の世といえど全く人がいないわけではないし、いくら夜の山中でも鬼と戦闘を行えば音などで気付かれる。

 ここはもう藤襲山ではないのだ。あそこのように人目も憚らず行動出来るわけではない。

 

 だから私は人間としての身分を手に入れた。

 鬼殺隊の目を、人々の目を欺くために。

 

「それに私は好きでやっているので。むしろ私の楽しみを取らないでくださいよ」

 

 日が昇ってしまえば、私はやることがなくなってしまう。

 他の鬼と違って眠るとはいっても、たかが四時間寝るだけでは夜など来ないし、かといって山にいた頃のように鬼の力を試すわけにもいかない。

 端的に言えば暇なのだ。そんなときは獣を狩ったり、料理する等して時間を潰していた。

 これもその一つである。だから下民である彼女を気遣ったわけではない。

 

 

「ほらほら座ってください。これから貴方は子供の面倒を見なくてはいけないのですから」

「そうですか、ではお言葉に甘えて」

 

 私は彼女を気遣ってるわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「いただきま~す!」」」

 

 朝食が出来たので、皆で鍋を箸でつつく。

 今回の料理はなかなかの出来栄えとはいかなくとも、それなりに食えるものは出来たと思う。

 まあ、所詮は素人なので味の保証は出来ないが。

 

「おいし~!」

「こんなに美味い肉食ったことねえ!」

 

 やはり誰かと食べる飯は美味い。

 こんなマズい料理でも美味しいと言って、笑ってくれると私も楽しい。

 

「葉蔵さん葉蔵さん! 今日は一緒にカブトムシ捕りに行こ!」

「そうだよ、葉蔵さんも一緒に来ればいいよ!」

 

 子供たちがそう言うと、長男の実弥が茶碗を乱暴に置いて立ち上がった。

 

「馬鹿言うなお前ら! 葉蔵さんは日の光を浴びられねえんだよ! 我儘言ってっと、葉蔵さん出てっちまうぞ!」

「「それだけは嫌!」」

 

 私は皮膚の病のため日の光を浴びられないと言っている。

 実際に指先だけ日に浴びせ、溶け落ちる瞬間を全員に見せた。

 すると全員大騒ぎした。子供たちは泣き出し、不死川さんも慌てふためき、不死川家は大混乱に陥った。

 それからは誰も私を日の光があるうちは外に出さないようにした。

 まあ、時々こうやってあの時の出来事を忘れて私を誘おうとするが、実弥がこうやって怒鳴って止めてくれる。

 

「葉蔵さんはあのクソと違って稼いでくるし遊んでくれる。これ以上贅沢言うな」

「「は~い!」」

 

 元気に返事する子供たち。

 しかしその中で一つだけ、元気ではない声が聞こえた。

 いや、聞こえてしまった。

 

 

 

「………本当に、葉蔵さんが父さんならいいのに」

 

 ―――こういう時だけ、私の無駄に鋭い感覚が恨めしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりのない星空の下、村の外れで二匹の怪物が戦っていた。

 煙の血鬼術を使う、烏賊を人の形に無理やり押し込めたかのような異形の鬼、煙羅。

 頭部から赤い針のような角を生やす美しい鬼、針鬼こと葉蔵。

 

 いや、戦いと言い切るには少し語弊がある。

 それは戦いではなく狩りだった。

 

 明らかに己を殺す気で来ている葉蔵に対し、煙羅は己の血鬼術を行使して逃げていた。

 己の血鬼術である煙をばら撒いて姿を隠す。

 葉蔵の血針弾から逃れようと、煙幕を張り続ける。

 

 そして、煙羅の消極的な動きとは対象的に、葉蔵の動きには一切の迷いがない。

 むしろ甚振る猫のような行動。

 どうした、煙をばら撒くことしか能がないのか。もっと私を楽しませろ。

 そう言ってるかのように針を飛ばして走鬼の反応を見る。

 

「……もうないのか」

 

 どうやら目の前の鬼は本当に煙に巻くことしか出来ないらしい。

 ならば用はない。ここで死ね。

 

 葉蔵の赤い瞳が光り、煙羅を睨みつける。

 獲物を仕留める捕食者の瞳。

 その眼に走鬼の身体が竦む。

 

 バンッ。

 

 発砲。

 十発連続で放たれる弾丸。

 視界が悪いが関係ない。

 このうちの一発だけでも当たれば十分だ……。

 

 

 

 

「かッ……」

「…………!!?」

 

 そのうちの一発が外れ、いきなり木陰から現れた男に命中してしまった。

 

 ほんの些細なミス。

 いや、こんなものはミスにすらならない。

 彼の目的は鬼を食らうことで人助けなどではない。

 むしろ、こんなとこにいた人間の方が悪い。

 特に嘆く必要などない。

 

 葉蔵の鬼としての驚異的な視力が、流れ弾の当たった男の姿を捉える。

 どこからどう見ても貧民。少なくとも、いなくなったところで騒ぎになるような人物ではない。

 この時代、人がいなくなるなどよくあること。それが貧しい者なら猶更だ。

 その上こんな夜遅くで出歩くような人間だ。マトモなわけがない。

 よって気にする必要などないのだが……。

 

「…………」

 

 葉蔵はその死体に近づき、そっと顔に手を翳した。




・煙羅
葉蔵から逃れられた幸運な鬼。
能力は煙幕を張ること。この煙幕はただの煙幕ではなく、相手の血鬼術を攪乱したり、鬼の気配を発することで囮としての役割を果たす。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28話

 昼間、私は隠とやらの服と日傘を用意し、取引先の農家へと出向いた。

 

 どうやら鬼は直射日光にのみ弱く、反射したものや少し遮られた光なら大丈夫のようだ。

 まあ、もし日光そのものがダメなら月光もダメか。日の光を反射して光ってるのだし。

 

「お、葉蔵さん。また悪さした猪撃ってくれたのか?」

「ええ。これで獣害もマシになるかと思います」

「ありがと、これ約束のお野菜」

 

 年配の女が私に野菜の入った籠を渡す。

村で私は害獣駆除のような仕事をしている。

 夜中に山から下りて来た猪や鹿を仕留め、追い払うことで農家の方々から報酬をもらう。

 要するに夜勤警備員だ。夜にのみ行動し、光が見えずとも動ける鬼ならではの職業と言える。

 

「……ん?」

 

 居候先に戻ると、何やら揉めているのが目に入った。

 男二人が不死川さんに詰め寄っている。

 耳を澄ませると『金返せ』だの『あの男の分払え』だの『返せねえなら売りに出すぞ』などの聞くに堪えない汚らしい言葉が不死川さんに浴びせられている。

 なるほど、あの下民共は借金取りか。そして下民共はその金を取り立てに来たと。

 玄弥くんが言った通り、彼女の旦那は本当にどうしようもない男だったらしい。

 仕方ない、ここは私がなんとかしてやろう。

 私は借金取りたちに声をかけた。

 

「あのう、すいません。……不死川さんに何か御用でしょうか?」

「あん、なんだオメエ?」

 

 借金取りが振り返る。

 スキンヘッドの強面と取り巻きらしき陰湿そうな顔つきの男。

 こんな品のない奴なんかに名乗りたくはないが、私は嫌悪感を隠して自己紹介をした。

 

「失礼、私はこの家で世話になっている者です。それで、何か御用でしょうか?」

「あん、じゃあお前この女の新しい夫みてえなもんか?」

「じゃあ金払ってもらってもらうか!」

 

 下民の一人が私の胸倉を掴む。

 反射的に投げ飛ばしそうになったが、なんとか耐える。

 ここで騒ぎを起こしても私に得はない。とやり過ごしてチャンスを待つのが吉だ。

 

「テメエも関係あんなら金払えや金!」

「あの女の夫なら、前の夫の責任取るのは当然だよなぁ!」

 

 うるさい連中だ。猿かキサマらは。

 そんな感想を億尾も出さずに対応する。

 さっさと帰れ、ケダモノ以下のカス共。

 

「わざわざご足労いただいて申し訳ありません。しかし手持ちが今はまだ少し足りなくてね…」

「あ? ふざけてんじゃねえぞ! テメエら貧民の癖に!」

「オメエらみてえな貧乏人が俺らから金借りる時点で贅沢なんだよ!」

 

 ……いや、これは猿の方がまだ上品だな。

 こんなのと比べられたら猿に失礼だ。

 

「こうなったらおめえら売りに出すしかねえな!」

「このガキとか高く売れそうだぜ!」

「ま、待ってください!」

 

 勝手に家の中に入って子供たちに近づこうとする。

 怯えて部屋の隅に逃げる子供たち。それが目に入った瞬間、子供たちの声が聞こえてしまった。

 助けて葉蔵さんという声。

 か細い声だ。鬼の聴力でなければ聞き漏らしてしまいそうな声。

 その声を聴いた途端、私は行動に出てしまった。

 

「すみません、今はこれぐらいしか用意出来ないのですが、また後日用意します!」

 

 私は彼らの間に立ち、懐の中から金をとりだした。

 本当は本でも買って読もうと思ったが、背に腹は代えられない。

 それにこんなもの微々たる量だ。また稼げる。

 

「へへっ。わかりゃいいんだよ」

 

 金を受満足そうにけ取って下民共。

 奴らは金を数えながら、バカみたいに大きな声を出して帰って行った。

 

 大体数分ほどか。それぐらいして立ち直った子供たちや不死川さんが私に抱き着いてきた。

 

「葉蔵さ~ん!」

「こ、怖かったよ~!」

「よしよし、もう大丈夫だ」

 

 小さい子たちから順番に頭をなでて落ち着かせる。

 あんなことがあったのだ、大泣きして当然だ。

 むしろ今までよく耐えたと言ってもいいだろう。

 

「(……しかしあそこまでだったとはな)」

 

 この家の家庭事情は来る前から粗方聞いていた。

 父親が絵に描いたようなろくでなしで不死川さんや子供たちに暴力を振るい、碌に働きもせずに酒ばかり飲んでいると。

 死んだ後も隣人どころか家族にすら悲しまれず、恨みを買って刺されたと噂されている。もうこれだけでこの男が生前どれだけ酷い人間かは理解出来たが、まさかあんな奴らから借金までしていたとは。ここまでベタな糞野郎はなかなかいないぞ。

 傍から見れば逆に感心してしまう。……まあ、対岸の火事という前提での話だが。

 

 この家の者にとってはあの男の存在は死後も忌々しいものとなっている。

 速く何とか手を打たなくては、私も被害を被ることになる。

 そう、私だけのために……。

 

「……すまん、葉蔵さん」

 

 実弥くんが泣きそうな顔で、しかし涙を堪える。

 

「だって、あのくそおやじのせいで葉蔵さんは……葉蔵さんは!」

「気にすることはない。金などまた稼げばいいのだから。だから君が気にすることはないのだよ」

「でも……でも!」

「大丈夫だ、それとも私の言葉が信じられないのか?」

 

 君は何も心配することはない。だから泣き止んでおくれ。

 長男である君がしっかりしなくては私がガキ共の面倒を見なくてはいけないではないか。

 

「今は私が君たちの父親のようなものなんだだから子供の前でカッコいいことをさせてくれ」

「よ、葉蔵さん!」

 

 

 

 大丈夫、この件はすぐに片が付くのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 稀血。

 それは、鬼にとって最高のご馳走である。

 

 基本的に、鬼の主食は人間の或いは血液だ。

 ただ、肉と一言で言っても、A5和牛から大安売りのクソマズい肉まであるように、人肉にもランクがある。

 場合によっては、栄養価の高い人間一人を食すことで人間を何十人、或いは百人近く摂取したのと同じ力を得られるらしい。

 そのような栄養価の高い人間の血や、その人間そのものを稀血と呼ぶ。

 

 不死川家はその稀血の中でも特に濃度の高い稀血を持っており、その匂いを求めて鬼がよく集まってくる。

 数ある居候先でここを選んだ理由の一つ。

 要するに誘蛾灯だ。

 

 

 話は変わるが、私の針はかなり融通が効き、私が強くなるにつれてその引き出しも多くなってきた。

 今では空気抵抗を極限まで減らす鋭利な針の弾丸、注射のように人間相手でも採血出来る針、逆に私の体液を注げる針、中には電気を流せる糸付きの針まで出せるようになった。

 その中の一つ、採血機能のある針で不死川家の全員が寝ている間に血を採取して利用している。

 

 おかげで大漁だ。

 ちょっと血を針で採取し、鬼の気配が近くにする場所で針を割ってぶちまける。それだけで鬼が集まって入れ食い状態だ。

 今まで鬼の気配を感じ取って走り回っていたのがバカのようだ。

 鬼を粗方食ったら採血して狩場を変える。そんな毎日を過ごしていた。

 

 

 

「た、たすけ……もう、許して……」

「黙れ」

 

 そして今は小屋の中で拷問をしている。

 まだ鬼の時間にはもう少し早いからね。こうして暇を潰している。

 

 この小屋は万が一のために作った借りの基地(ベース)だ。

 本来なら夜明け前に家へ帰れなかった際の仮住まいにする予定だったのだが、まさかこうして拷問用に使うとは思わなかった。

 

「お、俺らが悪かった……。もうガキを売ろうなんてしねえ。だから、許してくれ……」

「元本はもう払ってもらいました。だから、だからもういいです!」

 

 天井からぶら下がっている全裸の男二人が、必死に命乞いをする。

 私がこいつ等を攫って剥いて、針糸でつるし上げたのだ。

 全裸の男を拘束して痛めつける趣味などないが、これも今後のために必要なことなのだ。

 よって痛めつける序でに我が能力の実験をしている。

 

「信じられると思うか? 聞けば貴様ら、トイチで金を貸し付け、返せないなら女子供を花街へ売りに出す商売をしているらしいな」

「ソレの何が……い、いえいえ! 貴方からはもう取り立てません! あの家にも近づきません!」

「金輪際近づきません! 貴方には逆らいません! 取り立てた元本以上の金は返します! だから助け…ぐげえええええええええ!!?」

 

 私は耳障りな鳴き声を発する虫を痛めつける。

 男二人の背中に刺さっている針。そこから電気を流すことで痛みを与えた。

 

「電気針の電流も微調整可能。いや、元から電流が弱いのか?」

 

 電気針。

 注射のように細い針で、大した殺傷力はない。

 この針の用途は相手に苦痛を与えること。刺した箇所から電気を流すことで相手に痛みを与える。

 藤襲山でお遊び半分で開発した技だが、まさか使う日が来るとは思わなかった。

 この針を鬼相手に試したことはあったが、人間相手は今日が初めてだ。だからこうして『死んでいいカス』にのみ使っている。

 けどまあこうしてデータも得られたのでいい傾向だと私は思っている。

 

「た、助けてくれ! 二度とガキを売ったりなんかしない! せこい商売からは足を洗ってちゃんと真面目に働く!」

「もう借金をカタに女をヤろうとはしません! 赤ん坊を売ったりしません! だから助けて!」

 

 必死に命乞いをする下民共。よほど私の拷問が怖いらしい。

 ここまで必死にやられると逆に説得力がなくなるな。

 よし、あと2時間ほど痛めつけるか。しゃべられるうちは余裕があると思えと母上も言ってたし。

 

 ではどんな拷問兼実験をしようか。

 針を振動させることで熱を発生させて火傷をさせた、毒を分泌する針を刺した、電気はさっき試した。

 血を抜く針や疑似的針の根も体験させたし、残りはもう跡がハッキリ残るような拷問しかない。

 仕方ない、じゃあ殺すか。出来るだけデータを取って殺そう。

 

「あ、そうだ」

 

 どうせ殺すならこいつ等を生餌に使おうか。




今更ですが言っておきます。
葉蔵は決して人間の味方ではありません。
今は人間を殺すと面倒なことになりそうだから殺さないだけで、別に不殺を誓っているとか、人間を守りたいとか、そんな崇高なものは一切ないです。
むしろ華族として育てられた彼は人間を無意識に見下しており、自身と同列に扱ないことがある上に、今は鬼なので人間とは違う価値観で人間を見ています。
邪魔なら人間でも殺す……かもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29話

 

「最近、我々以外で鬼を狩っている者が居るらしい」

 

 とある屋敷内部にある座敷。

 鬼殺隊の頭領―――産屋敷の言葉に、集められた鬼殺隊の面々は内心驚いていた。

 

 彼らにも心当たりはあった。

 鬼の情報を聞き現地に向かえば、鬼は既におらず、その被害もぱったりとやんでいる事が何度もあったのだ。

 一度や二度ならガセ情報を掴んだだけかもしれないが、鬼の被害や形跡は存在していた。

 ならば近くにいた鬼殺隊が偶々鬼を狩ったのか。それもまた違う。

 もしそうなら鴉が討伐した鬼を報告している。それすらないということは別の誰かが鬼を狩ったということになる。

 

「しかしそんなことがあり得るのでしょうか……?」

「日輪刀もなしに鬼を狩るなど不可能のはず。やはり流言ではありませんか?」

「いや、何らかの方法で鬼を無力化させ、日光で焙ればいけるかもしれません」

 

 産屋敷は手をそっと上げて制す。すると先程まで騒いでいた隊員達は静かになった。

 

「私はね、今回の件は個人、或いは小規模な組織によるものだと思ってるのだよ」

「……なるほど確かに。件の者は我らより活動範囲が狭いように見受けられる」

「それに目撃情報も少ない。やはり我らほどの規模はなさそうです」

 

 本当のところ、組織どころか個人で鬼狩りをしているとは、露程も思ってないだろう。……ただ一人を除いて。

 

「そういえば麻布區の飯倉周辺の鬼が全滅したそうですな」

「例の組織が鬼を狩り尽くしたのでしょうか」

「鬼がいるとされた小屋ももぬけの殻でしたし、おそらくそうなのでしょう」

「もしや例の組織が拠点にしていたのかもしれませぬ」

 

 中らずと雖も遠からず。

 そこは葉蔵の拠点であり、そこから他の鬼を狩っていた。

 

「もし、謎の鬼狩りに遭遇したら我々と協力できないかどうか交渉を試みてほしい。よっぽどのことがない限りは、敵対しないように」

 

 産屋敷としても、鬼狩りの正体こそ分からないものの、味方として取り込めるなら取り込みたいという思惑故の言葉だった。

 その正体が何であれ使えるものは使おうという腹積もりである。

 

「話は以上だ。では、解散」

 

 産屋敷の言葉に、面々は早々に解散をし、その場から立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あまり役に立たなかったな」

 

 あの後、男二人に稀血をぶっかけて生餌として再現したが、特に意味はなかった。

 最初は活きが良い方が釣れると思ったがあまり関係ないらしい。

 

 考えてみれば当然だ。近場なら兎も角、遠くからは匂いでしか感知できないのだから。

 せっかく小屋に火を付けることで必死に暴れさせ、活きの良さをアピールさせたのに。これでは意味がないではないか。

 まあ、おかげで生餌なんか使わなくても稀血だけで十分だということが理解出来たが。

 

 火を消して男二人を逃がす。その後はいつも通り稀血に誘われた鬼を的にシューティングゲームでもしようかと思ったが、今回ばかりは事情が変わってしまった。

 

 

 なんと、こんな夜中だというのに実弥たちが家から出ていく気配がするではないか。

 

 私の針は鬼の因子から出来ている。だから、針もまた鬼の気配がするし、私の角で探知できるのだ。

 その性質を私は発信機として利用した。

 予め私の針を藤の花のお守りと一緒に持たせることで、彼らの位置を特定できるようにした。

 要はGPS機能付きの防犯ブザーみたいなもの。これさえあればどこに居てもすぐに駆け付けられる。

 

「では、連れ戻すために向かうか」

 

 もし何かあれば鬼殺隊が来る可能性がある。それだけは何としても阻止せねばならない。

 私がもう少しここにいるために……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その鬼は内心ほくそ笑んでいた。

 芳醇かつ濃厚な血の匂い。

 鬼にとってのご馳走、稀血の香りだ。

 

「早く…早く帰らねえと母ちゃんに怒られる!」

 

 数は1匹。

 ただでさえ稀血というだけで美味そうなのに、その鬼の好物である子供の肉なのだ。

 こんな辺鄙な集落で美味そうな肉にありつけるとは。今日は本当についている。

 

 ガキはこちらに気付いてない。

 それもそのはず。今の彼は血鬼術で姿どころか気配すら消しているのだから。

 その血鬼術の精度は鬼殺隊の柱だろうと見失うほど。故にただの子供が気づくはずがない。

 

 あまりゆっくりしては鬼狩りが来る。なので鬼はさっさと獲物を食らうことにした。

 子供の首に手を伸ばそうとした瞬間……。

 

「!!?」

 

 鬼は咄嗟にその場から飛び退いた。

 

 一瞬、嫌な悪寒がした。

 少し動揺したが、鬼はすぐさま立ち直る。

 この感じは鬼にとって初めてではない。おかげでなんとか冷静さを取り戻した。

 

 この感覚を鬼は覚えている。

 たしか、あの方の根城へ呼ばれた際、偶然見かけた精鋭の鬼たちとすれ違った際に感じたものだ。

 そうこれは………。

 

 

 

 

 

 

「たかが下民風情が私のモノに触れるな」

 

 十二鬼月に会った時に感じるものだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30話

 半月の夜。

 疎らに家が立つ町の広場で両者は向かい合う。

 周囲を建物に囲まれ、中央の開けている場で対峙するその様は、さながら決闘場のようであった。

 対戦選手は二人。

 極上の獲物を横取りしようとする同種に怒りを見せるカメレオンのような姿をした鬼、現外。

 対するは日輪刀を装備する美しい青年、葉蔵。

 勝者に与えられるトロフィーの如く離れた位置で両者を見守る実弥とその弟。

 彼らはごくりと生唾を飲んで鬼たちを見ることしか出来なかった。

 

「よ、葉蔵さん!」

「少し待ってろ」

 

 葉蔵は実弥を隠すように鬼の前に立つ。

 

「よ、葉蔵さん?」

「逃げるんだ実弥くん。そして、助けを呼んできてくれ」

「よ、葉蔵さんは?」

「あいつを足止めする」

「!? でも、相手は化け物……」

 

 チャキッと、葉蔵は刀を鳴らしてソレを二人に見せつけた。

 

「安心しろ、私は強い。あんな化け物倒してやるさ。……でも、万が一のために、早く行って、私を助けてくれ」

「~~っ、うん!」

 

 実弥は強く頷くと、町の方へと駆けていった。

 しかし、葉蔵は助けなんて期待していない。

 子どもの足では、すぐにはたどり着けない。なにせ、そんなものなど最初から必要などないのだから。

 

「(……このガキ、嘗めやがって!)」

 

 現外は激怒した。

 いきなり極上の餌を食らおうとしたら、十二鬼月に邪魔された……と、勘違いした。

 よく見てみればただの野良鬼ではないか。

 目に数字は刻まれてない上にまだ若い。こんな鬼を何故精鋭たちと見間違えたのか、彼は自分でも疑問に思う。

 

 第一こんな鬼は、自分たち十二鬼月に見覚えがないではないか。

 

 まあいい。この鬼は勝手に見つけた餌を逃がしやがった。……見逃す道理など存在しない。

 

 真実そう思っていたのか、或いはそう思い込む事で精神の安定を測っていたのか。

 一度格上と認識した相手ではあるというのに、現外の中に逃げるという選択肢は浮かばなかった。

 

「……どういうつもりだ、小僧?」

「見れば分かるだろ、楽しい家族ごっこだ」

「家族? 鬼が人間と? ……ケケケッ、こりゃ滑稽だな。中々面白い見世物だったぜ?」

「そうか、なら次の講演は鬼狩りだ」

 

 刀を捨てたと同時、葉蔵の姿が変化した。

 髪と肌の色素が抜け落ちるかのように白く染まる。

 白目が黒く、瞳が赤く染まり、猫のように細く変化する。

 爪が、牙が、角が。まるで猛獣のように鋭いソレへと変わった。

 これこそ葉蔵の鬼としての姿。藤襲山で鬼たちに恐れられた鬼喰い、針鬼である。

 

「さあ、かかってきな」

「……ざけやがって」

 

 現外はギョロリと、下陸と刻まれた右目を葉蔵に向けた。

 

 瞬間、現外の姿が消えた

 文字通りの意味だ。

 まるで最初からそこにいなかったかのように、気配も匂いも希薄になって姿が見えなくなった。

 対する葉蔵は慌てない。

 己の血鬼術である角を使って敵の位置を読もうと試みる。

 

「(死ねッ!)」

 

 姿が見えないのをいいことに、葉蔵の後ろから斬りかかる。

 鬼殺隊から奪った日輪刀。これでこの鬼の首を斬ってやる!

 

 葉蔵はソレに対処した。

 冷静にその場から移動し、現外を蹴り飛ばす。無論、不死川家の子供たちから遠ざかるように。

 

「消える能力か。大した能力じゃないな」

 

 葉蔵は相手の血鬼術を見切っていた。

 たしかに気配は消えたが、現外が動く際に発生する空気の流れを、葉蔵の角はしっかりと捉えていた。そのおかげで透鬼を見逃すことはなかったのだ。

 

「この……嘗めるな!」

 

 再び地葉蔵に攻撃を仕掛けようとする。

 葉蔵は慌てない。攻撃に備えて構えを取る。

 

「食らえ!」

 

 今度は右側から襲い掛かる。葉蔵は振り向くことなくソレを避けた。

 

 ひたすら葉蔵は避け続ける。

 避ける避ける避け続ける。

 現外の攻撃を避け、受け止め、受け流すことで攻撃を凌いだ。

 

「(この鬼……まさか俺の位置を正確には把握できてない?)」

 

 内心、現外はほくそ笑んだ。

 これだけ攻撃をしても反撃しないということは、こちらの位置を把握できず、攻撃があてられないということ。なら体力を消耗させて首を刈り取ってやる……。

 

「……もう慣れた(アカスタムド)

「は?何言…へぶしッ!」

 

 突如葉蔵が反撃を開始。

 近くの壁を破壊しながら現外を吹っ飛ばした。

 

「こ…この野郎!」

 

 再び攻撃を仕掛ける現外。

 今度はジグザグに、緩急を付けて接近する。

 偶然とはいえ一発貰ってしまった。なら万が一に備えて相手を翻弄させる。そういった考えで行ったのだが……。

 

「だから慣れたと言ってるだろ」

「ぎゃああああああ!!」

 

 今度は消えた状態でも攻撃を食らわした。

 針の弾丸が地面越しだろうと寸分違わず、減速することなく命中。確実にダメージを与えた。

 

「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」

 

 いや、ダメージどころか激痛が走った。

 針から電気が流れる。

 ソレは現外の肉体を蹂躙し、神経をズタズタにした。

 

「(痛い痛い痛い!)」

 

 あまりの痛みに悶える現外。

 鬼になって初めて感じる痛覚。

 しかも、かなりえげつないものを。

 

「(く…クソが!)」

 

 この屈辱を晴らすべく、痛みをこらえて攻撃を仕掛けようと動く。

 

 マグレだ。偶然当たっただけだ。

 こんなヤサオごときに俺が負けるはずがない!

 そう自分を鼓舞して立ち上がろうとするが……。

 

「ぎゃあッ!!」

 

 再び葉蔵の針が命中した。

 

 もし一発ならマグレで済ませられる。二発なら奇跡だ。

 では、三発目は。四は、五は、六は、それ以上は。

 

「(ま、マズい!)」

 

 この鬼、同種との戦いに慣れている。

 恐らくは未知の能力であろう己の血鬼術、明鏡止水に対する冷静な対処。

 そしてほんの少しの時間で的確に処理し、正確に攻撃を当てて来た。

 この鬼、やはり強い。

 そう判断した現外は戦略を変えることにした。

 

「お、やっと姿を見せたか」

「(……なめやがって!)」

 

 再び内心に怒りの火を灯す現外。

 眼前の鬼はその気になればもっと針を刺せるはず。なのにしなかった。

 舐められている。

 お遊び半分でも倒せる、と踏んでいるのか。

 

 だが、それもここまでだ。

 

「なッ!?」

 

 針の弾丸を放つ葉蔵が、驚愕の声を発した。

 なんと、当たると確信した弾丸が外れてしまったのだ。

 

 絶対に命中するはずだった。

 この距離で外すなどありえない。

 相手も回避や防御の素振りすらしていない。

 ちゃんと弾丸は標的を捉えたはずなのだ。なのに当たろうとした瞬間、まるで波紋が立つ水面のように揺れた。

 そう、まるで水面に浮かぶ月に、触れられないかのように。

 

「コイツは偽物か……いや幻か!」

 

 葉蔵は能力の正体に気付いた。

 彼の予想通り、現外の血鬼術は幻術。先程の透明化も能力の一端でしかない。

 

「ヒャハハハハハ! 分身は一つだけじゃねえんだぜ!」

 

 一気に五体もの分身を製造する現外。

 それらは実体のある血鬼術として葉蔵へと襲い掛かる。

 

 分身全てが日輪刀を装備し、それぞれがバラバラで、尚且つ統率のとれた動きで襲い掛かる。

 反撃しても無駄。先程と同じように攻撃してもすり抜けられる。

 だというのに向こうからは攻撃可能。容赦なく日輪刀を振りかざす。

 クソゲーもいいとこである。

 

「……ック!」

 

針の流法(モード) 針塊楯】

 

 攻めあぐねる葉蔵。

 いくら彼とてこの相手は手に余ったのだろう。

 葉蔵は咄嗟に血鬼術を使って両手に針の盾を形成した。

 

 腕を軽く覆える盾。

 まるで鱗のように針が鑢のように生えており、少し触るだけで相手をズタズタにする。

 それで敵の攻撃を防ぐ。

 

「ヒャハハハハハ! どうしたどうした? さっきの威勢はどこ行ったんだよああん!!?」

 

 調子に乗って分身たちと共に斬りかかる現外。

 大体、小半刻ほどだろうか。

 葉蔵はひたすら鬼の攻撃を耐えた。

 

 どうやらさっきのは勘違いだったようだ。

 この鬼には十二鬼月のような強さなどない!

 このまま数で潰して……。

 

「……もう慣れた(アカスタムド)

「は?何言…へぶしッ!」

 

 再び葉蔵が反撃を開始。

 軽く殴って現外を吹っ飛ばした。

 

「こ…この!」

 

【血鬼術 虚実混交】

【血鬼術 鏡花水月】

 

 今度は血鬼術を同時使用。

 実体はあるが己の姿しか出来ない幻影―――鏡花水月。

 実体はないが変幻自在の幻影―――虚実混交。

 この二つの術を用いて敵を攪乱させる。

 

 偶然とはいえ一発貰ってしまった。なら万が一に備えて相手を翻弄させる。そういった考えで行ったのだが……。

 

「だから慣れたと言ってるだろ」

「ぎゃああああああ!!」

 

 今度は消えた状態でも攻撃を食らわした。

 針の弾丸が地面越しだろうと寸分違わず、減速することなく命中。確実にダメージを与えた。

 

 

「なるほど、実体のある血鬼術は一定以上の因子の濃さを感じられる。また良い勉強になった」

「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」

 

 再び走る激痛。

 何か言いながら投げるその針は、現外の肩に見事命中した。

 

「(く…クソッ!)」

 

 恥も外聞もなく背を向けて走り出した現外。

 

 生まれて初めて、現外は心の底から焦った。

 不味い、これは稀血どころではない。それよりもこの場から……アイツから逃げねえとマジで殺される!

 もうあのガキなんて知ったことか! ガキは後で食う! だからさっさと逃げねえと!

 

 

【血鬼術 虚実混交】

【血鬼術 鏡花水月】

 

 再び使用する血鬼術。

 鏡花水月で十体もの分身を作る。いつもならば五体が限度だが、必死こいてるおかげか、初めて一気にこれだけの分身を製造することに成功した。

 虚実混交でその場一面に幻影を創り出す。いつもならせいぜい同じような幻を描く程度だが、今回だけは様々な幻影を描き、各々が自律で動くようになった。

 

 相手は凄まじい探知系の血鬼術を使うらしいが、数で補えば……!

 

「だから慣れたと言っているだろ?」

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁ!」

 

 葉蔵は正確に針の弾丸を現外に当てた。

 

「(なんで……なんでこんなことに……!?)」

 

 現外は後悔した。

 何故目の前で血鬼術を使ってしまったのか。あんなことをしなければ自身の血鬼術がバレることなんてなかったはずなのに。

 

 彼は理解していた。

 自身の使える血鬼術はほぼ全てが幻影系。初見殺しに特化している。故に、自身の能力が知られることは弱点を知られるのと同意義なのだ。

 そのことを現外自身理解していた。

 理解していながらやらなかった。

 そんなことをしなくても勝てると、相手は若造だと思ったから。

 

 油断。たった一回の油断がこの事態を招くことになってしまった。

 

「クソ…クソクソクソクソクソ!!」

 

 

【血鬼術 変幻自在】

【血鬼術 虚実混交】

【血鬼術 鏡花水月】

【血鬼術 明鏡止水】

 

 

 がむしゃらに血鬼術を使う。

 悲鳴を上げるようにして全方位に血鬼術を撒き散らす事で撹乱する。

 もう幻影を調整する余裕など、操るための冷静さもない。

 みっともなくとも、ただ命を守るために。

 

 

 

 

「(来るな)」

 

 

 無意味。

 姿を変えようとも、気配を変えようとも。

 葉蔵の角は凄まじい精度で鬼の気配を探知し、彼の血鬼術を看破する。

 

 

 

「(―――来るな)」

 

 徒労。

 

 

 幻影など既に見切っていると言わんばかりに針を本体へ当て、鏡花水月を針で食らった。

 

 

 

「(―――来るな!)」

 

 

 

 無益。

 もう見飽きたと言わんばかりに幻影を無視し、針を本体へ当てる。虚実混交を通り過ぎた瞬間、無意識に幻影を針が食らった。

 

 

 

「(―――来るなァァァァァァァ!!!)」

 

 

 

 無駄ァ!

 姿が消えても空気の流れで位置を掴んでいる。

 今度は正確に、現外の角に命中させた。

 まるでお前の血鬼術など無意味、既にいつでも殺せるぞと言わんばかりに。

 

 

 

 

「く…クソがァァァァァァぁぁぁ!!!」

 

 

【血鬼術 透翅陽炎】

 

 

 現外は切り札を使った。

 その血鬼術はあらゆる攻撃を無力化する、彼にとって最強の血鬼術。

 これを使えばこの恐ろしい鬼の弾丸も……!

 

「………な!?」

 

 今まで圧倒的な優位性を保ってきた葉蔵が、初めて動揺を見せた。

 葉蔵の血針弾が現外に当たろうとした瞬間、まるでその場にいないかのようにすり抜けたのだ。

 再び放たれる血針弾。

 しかしどれも当たることなく現外の身体を通り抜けてしまった。

 

「……厄介な!」

 

 ギシリ。

 葉蔵が悔しそうに顔を歪め、攻撃を止めた。

 しかし追跡をやめることはなく、一定の距離を保つ。

 

 それを見て現外は内心ニヤリとほくそ笑む。

 なるほど、この鬼でも自身の血鬼術を破れないのか。

 いや、もしかしたら本当はそれほど大した鬼ではないかもしれない。

 ここは一旦退却し、あの稀血を食って力を付けてから再戦しよう……。

 

 

 

 

 そう考えた瞬間、口の中に銃弾が突き刺さっていた。

 

 何が起きた。その思考が浮かぶよりも早く、現外の頭部がはじけ飛んだ。

 

「……なるほど、息をするため口や鼻はすり抜けられないのか。無駄だと思ってやってみたが試してみるものだね」

「………!!?」

 

 頭部を再生させながら、現外は慌てだす。

 まずい、見破られた。

 葉蔵の予測通り、息をする為に口の周りには血鬼術が張り巡らされていない。

 今まで誰にも見抜かれたことのない弱点。

 それが最悪の相手に、しかも最悪のタイミングで露見されてしまった!

 

「じゃあ、次は地面に付いている部分はどうだ? もし血鬼術を発動しているなら地面も透過してる筈だ。

 それとも何十発か連続で放って休む時間を潰すか? もし何の条件もなしに使えるのなら最初から使っているはずだ。ここまで追い込まれてやっと使ったところを見るに、使う際は大きく消耗するのか、或いは持続時間に問題があるのか、それとも両方か。

 全部試してみる価値はありそうだ」

 

 次々と見破られる自身の血鬼術の弱点。

 

 なんだ、なんなんだこの鬼は。

 何故一度見た程度でそこまで予測出来る。

 何故戦いながらだというのにこうも正確に分析出来る。

 何故こんなに強い癖に己の力に驕ることなく行動出来る!?

 

 まずい、この鬼はマジでヤバい!

 何が若造だ、何が見掛け倒しのヤサオだ!?

 本当に十二鬼月並の戦闘力と知能を持っているではないか!

 一体数刻前の自分は何でこんなにヤバい鬼を舐めてかかっていたのだ!?

 あの時早く逃げていれば、あの時本気でやっていればこんなことにならなかったというのに……!

 

「う、うえああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 現外は血鬼術を発動させた。

 なんでもいい! この鬼から逃げられるのならなんでもする! どんな代償でも払う! だから…だからこの鬼から逃がしてくれッ!!

 

 

 

 

 

 

【血鬼術 酔眼朦朧】

 

 

 

 

 

 

 

「………う!?」

 

 その血鬼術を現外が使った瞬間、葉蔵はその鬼の姿を見失った。

 





さあ、登場しました下弦の陸。
無惨の精鋭である十二鬼月の一角に葉蔵は勝てるのだろうか!?
まあ、既に結果は出てますが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31話

「(クソクソクソ! なんで俺がこんな目に)」

 

 なんとか葉蔵を撒いた現外は、森の中でじっと姿を隠し、石に化けてやり過ごしていた。

 

 血鬼術、変幻自在。

 文字通り姿を自在に変える血鬼術。

 姿だけでなく気配も変えられるため見破るのは至難。

 この技であの柱からも逃げられた。

 その上で明鏡止水を使い、鬼の気配を完全に遮断している。これでもう大丈夫……。

 

「(だ、大丈夫だ……。このまま隠れていれば!)」

 

 現外はじっとその場で石を演じる。

 大丈夫だ、見つからない、見つかるわけがない。

 今までこうして逃げて来たのだ。鬼殺隊の柱からだって逃げることに成功した。

 だから、あんな若造の鬼にバレるわけがない!

 

 

 途端、石に化けているはずの現外から、所々血があふれ始めた。

 まるで亀裂が入ったかのように広がる傷。そこから鬼の力の源である血が漏れる。

 

 反動だ。

 これが葉蔵相手に現外が弱い血鬼術から順に使った、もう一つの理由。

 本来出来ないはずの、血鬼術の同時使用をした結果である。

 

 現外は未だに己の血鬼術を使いこなしていない。

 まだ鬼になって比較的若いせいか、血鬼術が安定しないのだ。

 故に、無理をするとこうして反動を受けることになってしまう。

 

「(耐えろ…耐えろ俺の身体!)」

 

 自身に鞭打って、なんとか血鬼術を維持しようとする。

 

 鬼に成って初めて行う努力。

 必死こいて、文字通りの意味で命を懸けて。

 限界以上の力を振り絞って血鬼術を発動させた。

 

「(頑張れ現外 頑張れ!! 俺は今までよくやってきた!! 俺はできる奴だ!!)」

 

 もう一度言う、これは現外の鬼生の中で初めての努力であり、おそらく人間の頃でもここまで踏ん張ったことはないと言い切れる程の物である。

 

「(そして今日も! これからも! ボロボロになっても!)

 

 ふらつく意識をなけなしの根性だけで踏ん張り、崩れそうな血鬼術に渇を入れ、弱音を吐く自分を鼓舞させる。

 

「(俺が負けることは絶対にない!)」

 

 がんばれ、ここが正念場だ。

 奴が何処かに行くまで頑張れ。そうすればお前は生き残れる!

 

 

 

 

        ミ ィ ツ ケ タ

 

 

 

 

 

「!!!!?」

 

 

 振り返る前に、その背を恐ろしい衝撃が襲いかかる。

 現外は全速力で逃げた際の数倍の速度で吹き飛ばされ、木に叩き付けられた。

 瓦礫の中から現外が見たのは、いつの間にか自分がいた場所に立ち、前蹴りの姿勢を取っている葉蔵。

 

「次は?」

 

 無機質な問い。

 怒りも、嘲りも。何の感情も籠ってない。

 ただ問う。他に何かないのかと。

 

「幻覚系の血鬼術か。なら他にも応用出来るだろう。使ってみたらどうだ? もしかしたら勝機があるやもしれないよ」

 

 葉蔵が手を掲げる。

 真っ赤に染まった、血鬼術を使う鬼の手を。

 

 瞬間、無数の砲弾が放たれ、森を破壊していく。

 驚くべき事に、その場にあった木々が砲弾によってなぎ倒されたにもかかわらず、その中に居た現外にはその恐るべき砲弾は一発たりとも当たっていない。

 いや、当たらなかった訳ではないのだろう。

 

「どうした? 早くしないと死ぬよ。何か血鬼術を使ったらどうだ?」

 

 紅い掌―――銃口の照準は現外の方に向けられている。

 そして、放たれる砲弾。ソレはちょうど現外の右横にあった石を吹き飛ばした。

 当たらなかった訳ではない。それは現外も理解していた。

 直前、わざとらしく銃口が動いたのを、現外は見てしまったのだから。

 

「(マズい不味い不味い!!)」

 

 

 なんとかしなくては。

 早く何とかこの鬼から逃げねばッ!

 再び必死こいて現外は血鬼術を発動させた。

 

 

 

【酔眼朦――――

 

 

「あ、ソレはダメ」

 

 葉蔵が指を鳴らす。

 次の瞬間、透鬼の肉体が爆せた。

 何が起きたという疑問はない。もう既に疑問を抱ける脳みそがないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の狩りはなかなか楽しめたね」

 

 あの鬼はそれなりに強かった。

 姿を消し、分身を作り出し、幻を操り、石に化けたり。

 結構多彩かつ強い能力を持ち、それを活かせる技量をそれなりに持った鬼だった。

 もし私が探知系の血鬼術を使えなければ、もし私がその訓練を怠っていれば。私は勝てなかったであろう。

 

 

 

 私が消えたはずの奴を感知出来たのは、空気の振動を探知することが出来たから。

 あの魚鬼との戦いで、水中の振動をキャッチするコツを活かし、角で奴が移動する際に発生する振動を捉え、攻撃のタイミングを把握した。

 

 私が奴の分身や幻影の正体を看破出来たのは、血鬼術の観察を続けたから。

 稀血を餌にしておびき寄せた鬼たちの血鬼術を何度も見て、血鬼術の気配を覚え、他との気配の違いを理解した。

 

 私が一度見失ったはずの奴を見つけられたのは、鬼の気配を障害物越しでも探知することが出来たから。

 稀血を餌にしたシューティングゲームでの経験を活かし、障害物越しでも鬼の位置を完全に把握できるようになった。

 

 私が気配を変えたあの鬼を見つけたり、じっとして姿を消した奴を見つけられたのは、ソナーを使ったから。

 気配も匂いも変えられ、じっとしている奴を見つけるのは私の角でも至難の技。なのでアプローチを変えてみた。

 ただ座するだけで得られないのなら、こちらから近づいてみる。つまり積極的に気配を読み込むことだ。

 それが角からソナーのように波を出し、ソレに触れるものを鬼か否か読み取る血鬼術だ。

 これもまた開発するのに時間が掛かってしまい、未だに完成とは言い難い。もう少し訓練する必要がある。

 

 私がヤバい血鬼術を使われる前に動けたのは、奴の血鬼術の起こりを見極められたから。

 血鬼術を発動する際、鬼の気配は通常時より格段に上がる。それを鬼の超感覚で読み取ることに成功した。

 ソレを応用することであの鬼の血鬼術が切れる瞬間に攻撃を与えたのだ。

 

 

 

 そしてトドメの一撃。

 あれは気配探知や血鬼術の見分け、そしてソナーよりも難しいものだった。

 

 私が最後に奴を爆散させられたのは、予め刺した針を活性化させたから。

 私の針はかなり融通が利く。刺さった針が根を張る前に『待て』の信号を出し、鬼に用がなくなれば『もう成長してよし。というか殺せ』の信号を出すことで針の根を急成長させて鬼の因子を全て吸い取った。

 少し前だが、あの足の速い鬼の相手をしていた際、私は何発か奴に血針弾を被弾させることが出来た。

 しかし奴の出方を見たかった私はただ突き刺すだけの針を打ち出すだけに留めており、本気で仕留めるつもりなどなかった。

 その結果、私はあんな不本意な結果を齎すことになってしまった。

 

 トドメをさすことはいつでも出来る。しかしだからといってわざと逃がして何かしらの損害を被るなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。故に私は万が一の損失を避けるため、保険をかける技を開発したのだ。

 それが針の根のON/OFFだ。

 予め針を刺し、もし予想外の反撃で痛手を被りそうになったり、損害が発生しそうになった際は針の根のスイッチをONにして仕留める。

 これでもう二度とあんな目には合わないはず……。

 

 

 突如、何かが高速で飛んでくるのを察知した。

 ソレを長針で弾く。

 

 何事かと見れば、一足早く駆けつけたらしい鬼殺隊がこちらに苦無を向けていた。

 派手な風貌だ。身長は2mを超え、宝石や何やらの貴金属で自身を飾り付け、化粧までしている。

 

 仕事熱心だな、と思う反面、少しばかり迂闊だったと反省。

 近づいてきているのはわかっていたけれど、考え事に没頭しすぎて無視してしまっていた。

 これが私の針のようなものだったら……。

 これからは気を付けよう。すぐ調子に乗るのは私の悪い癖だ。

 

「先ほどの子ども以外に、人間の男がいたはずだ。ソイツはどこにいる?」

「知らないね。君の勘違いじゃないのか? それよりもさっきの子が無事なのか確認したい」

「……信じられると思ってるのか!?」

 

 ごもっとも。

 私でも自分の家にお持ち帰りして食うのかと疑ってしまう。

 

「そういうことか」

「そういうことだ」

 

 針の流法 血針弾・連

 

 音の呼吸・肆ノ型 響斬無間

 

 

 私たちは同時に動き出した。




葉蔵の舐めプは少し特殊です。
最初に針を撃ち込むことで相手が逃げたり何か予想外の反撃が来ても対処できるようにしています。
要は遠隔操作可能な爆弾をセットしてるんですよ。
これで何かアクシデントがあっても即座に鬼を殺して対処します。これでもう余計な犠牲は出しません。
皆さん舐めプする際はリカバリーをお忘れずに! じゃないと周りの迷惑になりますよ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32話

注意;今回、葉蔵が原作キャラを倒します。殺し増しませんが、押しキャラがオリ主に負けるのが嫌な人は閲覧注意です。


 鬼殺隊(ヤクザもの)―――天元がその鬼に出会ったのは偶然だった。

 

 

 当初の任務は近頃この付近で人を食らう鬼の討伐だった。

 既に何人もの隊員が犠牲になっており、急きょ(つちのえ)の天元が派遣された。

 

 決して容易な任務ではない。しかし不可能な任務でもなかった。

 なかったはずだった……。 

 

「(こいつ……地味に強いッ!)」

 

 天元は偶然見かけた鬼の強さに驚愕した。

 目的の鬼を食い殺した、また別の鬼。

 その鬼は彼が見て来た鬼の中でもトップレベルの強さを持っていた。

 

 遠近共に優れた血鬼術。

 死角の存在しない超感覚。

 そして何よりも鬼自身の高い戦闘能力。

 どれもこれもが鬼殺隊にとって最悪の武器であり、尚且つ十全に使いこなしている。

 しかし、だからといってやられっぱなしというわけではない。

 

「(……約束しちまったからな)」

 

 この鬼に会う道中、彼は少年と『葉蔵を助ける』という約束をしてしまった。

 葉蔵という男は、鬼から子供たちを逃がすために戦ったという。

 聞く限りただの猟師。そんな男が日輪刀もなしに子供を鬼から守ったのだ。

 だったら、鬼殺隊である自分が負けるわけにはいかない。

 この鬼を倒すことで葉蔵という男の無念を晴らす義務がある!

 

「(それに少しだ……あと少しで譜面が完成するッ!)」

 

 譜面。

 天元の絶対音感と指揮官能力を統合した戦闘計算式。

 鬼の行動動作の律動を読み、音に変換する事で行動パターンを正確に把握し、唄に相の手を入れるが如く反撃を織り込む。

 律動の把握に時間がかかるのが難点だが、相手の鬼は手を抜いている。

 なら今のうちに譜面を完成させれば……!

 

 

「(……なるほど、全集中の呼吸は流派によってここまで違うのか)」

 

 対する葉蔵は余裕そうに相手を観察していた。

 本来倒せる相手だというのに手を抜いている理由は一つ。鬼殺隊のデータを生で取得したいからである。

 

 葉蔵は藤襲山で鬼殺隊の卵たちの呼吸法を見て来た。

 何度か技を見せてもらって学び、組手を交わして経験し、共に鬼を狩って自身の糧へと変えた。

 だがそれだけでは足りない。

 

 彼ら彼女らや、今までの鬼には自身の力は通用した。

 だが、他の鬼殺隊はどうだ。

 

 少なくとも単純な戦闘能力において、柱などの上位鬼殺隊のそれは錆兎や義勇のそれを大きく上回っているのは間違いない。

 

 血鬼術、格闘術、そしてそれらを扱う技術。

 自身の積み重ねた力と、手に入れた力。

 それは、鬼殺隊を倒すに十分か否か。

 試さない道理など存在しない。

 

「…フフフ」

 

 自然と、葉蔵の口元から笑い声が零れる。

 彼は自覚していた。それらを含めて自分は今の状況を楽しんでいることを。

 

 鬼と戦うのと、鬼を食らうのとではまた違う喜び。

 それを今彼は確と味わっていることを。

 

「さあ、もっと私を楽しませ……!!?」

 

 更に攻撃を続けようとした葉蔵だが、その手を途中で止め後ろを振り返る。

 瞬間、彼は反射的に攻撃を再開した。

 

 日輪刀を葉蔵目掛けて投擲する。

 天元の2mを超える肉体から発せられる膂力と、仕込まれた爆薬によって打ち出される刀。

 

 初めて見せた、反撃の隙。

 ソレを見逃すほど天元はお人よしではなかった。

 

 

 

 

「葉蔵さん!」

「!!?」

 

 葉蔵が何故、あんな隙を晒したのか気にするほど……実弥がいるのに気づく程、お人よしではなかった。

 

「(ま、まずい!)」

 

 咄嗟に攻撃を中断しようとするも無駄。

 既に身の丈程もある日輪刀は加速され、葉蔵……いや、その後ろにいる実弥の方へと向かっている。

 なんとかしなくては。その一心で天元は鎖を操って少しでも刀をずらそうとした瞬間……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッガ!?」

「!!?」

 

 葉蔵が咄嗟に実弥を庇った。

 

 

 

 

 

 

 

「(な、何が起こった……?)」

 

 天元は理解出来なかった。

 鬼が人間の子を庇った。

 簡単な文。しかし、彼にとっては意味不明なものであった。

 

 鬼が庇う?

 一体あいつらが何を庇う。

 奴らが庇うのは常に自分。それ以外などありえない。

 

 鬼は嘘ばかりつく。

 自分の保身のため、理性をなくし、むき出しの欲望のままに人を食らう。

 そんな鬼が子供を庇うなんてあり得ない。ありえない筈……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……貴様」

「……!!?」

 

 途端、天元は強烈な殺気を感じ取った。

 

 来る。

 先程のお遊びでは到底想像出来ないような、大技が来る。

 そう判断したのは忍としての勘か、それとも葉蔵の発する圧からなのか。

 もう天元に先ほどの疑問を抱くことも、子供を巻き込みかけたことを後悔する余裕もない。

 死ぬ気でやらなくてはやられる。ソレを分かっているのだから。

 

 葉蔵の肩から上が変形する。

 まるで風船が破裂したかのように、内部から弾けるかのように異形の腕へと変わった。

 御伽草子にでも出てくるような、典型的な鬼の腕。

 毛深いその腕をよく見ると、毛ではなく針が生えているのが分かる。

 醜くも恐ろしい魔の腕が、そのうちの片方だけが天元に向けられた。

 

 

【針の流法 血杭砲(キャノン)

 

 

「!!?」

 

 腕―――銃口を向けた瞬間、天元は咄嗟に横へ跳んで避ける。

 恐るべき銃口から射出された何かは、天元の左肩付近を視認不可能な速度で突き抜けた。

 

 ほぼ同時に響く破壊音。

 敵の血鬼術の効力を確認しようと、天元は振り返った。

 一見して抉れた地面以外にはなにも見えなかったが、悠長に観察している暇は無い。

 だが、一つだけ理解した。

 

「(ありゃ掠っただけでも派手にヤバいな)」

 

 その威力のヤバさだけは理解出来た。

 

 

【針の流法 血針弾・散雨(ニードルレイン)

 

 

 間髪入れずに次の血鬼術が発動した。

 鬼の両手から雨霰の如く降り注ぐ、無数の赤い針。

 

「(これは響斬無間でも無理だ!)」

 

 天元の反応は速い。

 刀を斜めに構えて弾丸をやり過ごしながら、射程内から逃げ去る。

 だが、それでも全ては防ぎきれない。

 刀の隙間から、そもそも守ってない部分から、針が突き刺さる。

 

 一瞬、全集中の呼吸で対処しようとしたが辞めた。

 あまりにも数が多すぎて弾き切れない。

 しかし弾丸は小さく威力も耐えられる程度。

 ならば多少のダメージは覚悟して受けるのが好手。

 

 

【針の流法 血杭砲・三連(キャノン・トリプル)

 

 

 三発ほぼ同時に、そして正確に発射される砲弾。

 一発だけでも天元を肉塊に変えるのに十分かつ、視認不可の血鬼術。

 故に、天元は全てを避けるのは断念した。

 

 一発目は銃口の位置から弾道を予測し、横へ跳んで避ける。弾丸は後ろの地面を派手に粉砕しながら土煙と石礫をまき散らした。

 二発目は体を無理やり捻って避ける。砲弾が天元の肩を掠め、それだけでその一撃は、棍棒で殴りつけたような衝撃を与えた。

 三発目は自身の技を使って受け止める。

 

 

【音の呼吸 壱ノ型 轟】

 

 

 同時にぶつかる互いの攻撃。

 砲弾と大刀が衝突し、派手に爆発する。

 

「っぐ!?」

 

 競り勝ったのは赤い針。

 爆発の威力を貫通力だけで吹き飛ばしなら砕け散り、天元を空中へ打ち上げた。

 

「(……ヤバッ!)」

 

 今の彼は空中。逃げ場などない。

 もしここで攻撃されたら一たまりもない!

 

 

【針の流法 血杭砲・散弾(スプラッシュキャノン)

 

 

 天元の予想は当たっていた。

 逃げ場のない空中でばら撒かれる散弾。

 それらは、恐るべきスピードと数で天元を制圧せんと襲い掛かる。

 

 

【音の呼吸 肆ノ型 響斬無間】

 

 

 天元はその恐るべき猛攻を剣技だけで防いだ。

 鎖を使って二刀を高速で振り回し、前方に壁の如く斬撃と爆発を発生させる。

 しかし、ここは空中。

 踏ん張りの効かない、半減された剣戟で相殺出来る程葉蔵の攻撃は甘くない。

 

「ッガ!?」

 

 葉蔵の針に押し負けて、天元は更に打ち上げられた。

 更に針の弾丸がいくらか命中し、ダメージをより与える。

 足、腕、肩、脇腹。

 肉を貫きながらも回転を続け、ただ掠っただけでも肉を抉り。

 天元の身体に更なるダメージを与えた。

 

 

 

【針の流法 血杭砲・収束(スパイキングキャノン)

 

 

 

 無防備の状態の天元に迫る針……いや、最早それは針なんて生易しいものではなかった。

 巨大な砲弾が、先ほどとはけた違いのスピードで襲い掛かる。

 だが、それでも尚、葉蔵の攻撃が当たることはなかった。

 

 天元の背中から爆発が起こる。

 ソレは天元の背を押して恐るべき凶弾から彼を逃した。

 爆発の勢いを利用した回避。

 これもまた音の呼吸の特徴の一つである。

 

 地面へと着地したと同時に、天元は走り出す。

 陸に叩きつけられた威力をそのまま前へ進む力に変換させ、爆薬をばら撒きながら加速する。

 対する葉蔵も既に迎撃の準備を整えている。

 醜い鬼の腕に生えている針を立たせ、それを天元目掛けて放った。

 

 

 

【音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々】

【針の流法 血杭砲・双頭(キャノン・ダブルヘッド)

 

 

 

 同時に発動する互いの技。

 鳴弦奏々。自分の進行方向に爆薬丸を投げ続け刀を振り回し爆発を起こしながら鬼を切り刻む高威力の連撃。

 キャノン・ダブルヘッド。両腕を二つの銃口に見立て、片方で撃っている間に弾を装填し、凄まじい威力で疑似的な連射を可能とする血鬼術。

 

「「オオオォォォォォォォォ!!」」

 

 二人は必死だった。

 天元は葉蔵に近づきながら剣を振るい、首を刎ねんと必死に食らいつく。

 葉蔵は天元から逃げながら砲弾を放ち、迎え撃たんと必死に足止めする。

 

 互いの連撃がぶつかり合う。

 派手な爆発音を立て、恐ろしい衝突音を響かせ。

 一つ発動する度に地面が揺れ、空気が震える。

 

 木々が派手になぎ倒される。

 地面が派手に抉られる。

 岩が派手に砕かれる。

 

「……ック!」

 

 ガキィン。

 まるで金属同士がぶつかる音が響いた。

 遂に一撃が当たったのだ。

 やっと天元は自身の間合いまで近づけた。

 このチャンスを逃すことは絶対にない。

 

「オオオォォォォォォォォ!!」」

 

 山を駆け巡りながら攻防は続く。

 針を弾き、剣を弾き。防御と攻撃が交互に入れ替わり、互いを食らわんとする。

 

 

【音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々】

 

 

 更に加速して刀を振るう天元。

 あまりにも無茶な試み。当然彼の肉体はただでは済まない。

 文字通り限界以上の力と限界を超えた過剰な負荷に、身体中が悲鳴をあげる。

 

 

 

 

【針の流法 血針弾・散雨(ニードルレイン)

 

 

 対する葉蔵も攻撃の熾烈さを増した。

 なりふり構わず弾丸を発する。当たりさえすれば。偶然だろうが何だろうが一撃でも当たりさえすれば、崩せる。

 

 だが相対する敵はその偶然すら起こさない。

 人間とは思えぬほどの異常な集中力と予測。

 まるで葉蔵が次にどう攻撃するのかわかっているかのようだ。

 

 遂に目の前に迫る天元。

 葉蔵は慌てず、むしろ待ってたとばかりに腕を突き出し、殴り飛ばした。

 

「ガハ……!」

 

 葉蔵の針が生えた拳が胸部に命中。

 カウンター。

 天元の行動を予測した葉蔵は、その場に自身の攻撃を置く。

 その結果、天元は自ら突っ込む形になってしまった。

 

 そう、動きを読んでいたのは天元だけではない。

 葉蔵もまた彼を観察し、その行動パターンを理解し、誘導していたのだ!

 そしてその読み合いの結果、彼は負けた……とは言い切れない。

 

「(取った!)」

 

 拳から伝わる骨を折った感触。

 肋骨を折ってやった。これで肋骨が肺に刺さってマトモに呼吸は出来ない筈。

 その上、肺にもダメージを与えたので一時的に肺が縮んだはず。

 ならこのままトドメをさす。

 続けて針を発射しようとした途端……。

 

「……なっ!?」

 

 針を発射させようと構えた右腕を、天元の刀が切り落とした。血飛沫をあげながら腕が宙に舞う。

 なんという執念だろうか。

 肋骨をへし折られ、肺を潰すかのような一撃を食らって尚も食らいつこうと刃を振るう。

 

 続けて首を刎ねようと刀を振るう。だが、それが届くことはなかった。

 葉蔵の脚が天元の刀の鎖を踏んで、攻撃の軌道を逸らしたのだ。

 刀は葉蔵の頬の肉をほんの少し抉る程度で通り過ぎる。

 

「こ……!!?」

 

 突如、天元の肉体に痺れと激痛が同時に走る。

 一体何が、そう思う前に天元はその場に倒れた。

 

「電気針だ。少し痺れるがすぐ直る」

 

 倒れた天元を見下すかのように葉蔵が言う。

 そう、先ほど殴った瞬間、葉蔵は拳から針を出したのだ。

 刺さって数秒後ほどで電気が流れる仕様になっており、相手が油断した状態で追撃をかける。

 

「(動…け……)」

 

 ピクリとも動かない体。指一本すら満足に動かせず、呼吸も最低限すら出来ない。

 これは電気針だけの効果ではない。本来電撃を使えない葉蔵には、将来柱に成れる逸材を麻痺させられる程の電気など生成出来るはずがないのだから。

 

 肉体を酷使しすぎた。

 葉蔵の弾丸を食らい、無理に爆薬を使い、反動を度外視して呼吸を乱用した。

 そのツケが、葉蔵が電気針を刺した瞬間、強制的に払わされてしまったのだ。

 そこまで葉蔵が考えて電気針という選択肢を選んだのか、それともただの偶然か。それは葉蔵しか知らない。

 しかし、一つだけ確かなことがある。

 

「貴様はここで眠れ」

 

 この戦いの勝者は葉蔵である、ただそれだけだ。

 

「じゃあね」

「待……!」

 

 葉蔵は気絶している実弥を抱え、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……撒いたか」

 

 あのヤクザ者が周囲にいないことを確認してから、帰路へとつく。

 もし後を付けられて場所が割れたら面倒だからね。こういったことは徹底しないと。

 

「しかし強かった……」

 

 あの男、私が戦ってきたどんな鬼よりも強かった。

 まさか、初めて異形化した姿を一部とはいえ晒す相手が人間になるとは、私自身も予想していなかった。

 

「(甘く見ていた……)」

 

 私は心のどこかで人間を見下していた。

 あの山から出て、既に五十体以上の鬼を食らった。藤襲山の鬼を足せは百を超えている。

 血鬼術を使う鬼も、十mを超すような異形の鬼も、そして十二鬼月とやらも倒した。

 だから油断していたのだ、人間など鬼殺隊の幹部である柱を除けば敵ではないと。

 しかし今回の闘いはどうだ。

 柱でもない鬼殺隊に圧倒され、一部だけとはいえ本性を晒すなんて惨めな戦い方をした。

 接近を許し、腕を斬られ、首を斬れる可能性を与えてしまった。

 情けない。実に情けない。

 これは帰ったら反省会だ。次にあの男に出会ったらどう倒すかじっくり考え、今後このようなことがないように鍛えなくてはならない。

 ……と、その前にやるべきことがあった。

 

 

 

 ふと、私は気絶している実弥くんを見下ろす。

 すやすやと気持ちよさそう寝ている。傷も何処にもない。血の匂いや妙な音も聞こえない。

 完全に健康体だ。無理して庇いながら戦った甲斐があったというものだ。

 

「(……待て、私は何を考えている)」

 

 足を止めて思い返す。

 なんだ? この大庭葉蔵、ひょっとしてホッとしたのか? 実弥くんが怪我しなかったことに。

 なんだこの気持ちは?

 まさか、この私が他人、しかも貧民の子供を心配するなど。

 ……いや違う。

 もしこの子が死ねば、鬼殺隊に嗅ぎ付けられて面倒になる。だから心配したのだ。

 決してこの子を大切に思ってなんかいない。……ただ、それだけだ。

 

「……帰ろう」

 

 夜明けはまだ先だが、もう鬼を狩る気力がない。

 この子を帰したら私も寝よう。

 

 




やっと出せました葉蔵の本気。
藤襲山編が終わってからは、舐めプか無双しかしませんでしたが、ようやく本気を出して対等の闘いをかけた気がします。
しかもその最初の相手が鬼ではなく人間っていう皮肉……。


あと、この時の天元はまだ柱になってないという設定で進めてます。
天元がいつから鬼殺隊になったのか、音の呼吸がいつ完成したのか、天元がこの時代でどれほどの強さかはわかりません。全部独自解釈です。
まあ、さすがに原作開始まで5年以上も前なので、もう既に柱になってるということだけはありえないでしょう。……ありえないよね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33話

「だからぁ、めっちゃカッコいい鬼が汚い鬼を倒して、また別の鬼が俺を殺そうとしたんだよ!」

「はいはい、そんな夢を見たんだね」

「だから違うって! 信じてくれよ葉蔵さん!」

 

 その日の朝、私は朝食を作りながら実弥の戯言を聞いていた。

 

「鬼なんているわけないじゃないか。きっと何かの見間違いだよ」

「本当なんだって! 葉蔵さんも一緒にいたじゃねえか! 俺を庇ってくれたじゃん!」

「ハイハイ、そうなんだね」

「絶対信じてねえだろ!」

 

 私は適当に聞き流しながら味噌汁を作る。

 魚のエキスを針で抜き取り、ソレを味噌汁に混ぜるこれで出汁を取るための手間を省ける。

 この時代、平成ではちょっとしたことで出来ることでもかなり手間がいる。だからこんな風に血鬼術をよく乱用するのだ。

 

「だったら今度一緒に夜の森へ来てくれよ! 葉蔵さんなら鬼なんて倒せるだろ!?」

「はいはい。それより後ろ気にした方がいいよ」

「後ろ……げっ」

 

 実弥くんが振り返る。そこには鬼と化した不死川さんがいた。

 

「ちょっと実弥、どういうことかしら? さっき夜中に森へ行ったって聞こえたんだけど?」

「え、いや…その……」

「また夜に家を抜け出してカブトムシ捕りに行ってたんでしょ!? 何度駄目だと言ったら分かるの!?」

「うわ~! ごめん母ちゃん!」

 

 ふ~、なんとか誤魔化せたね。

 

 

 昨日の出来事は実弥くんが見た夢という事で片づけた。

 私が鬼から実弥くんを庇い、鬼になった私が鬼を倒し、そして鬼殺隊が鬼(わたし)と戦ってた。

 こんな話を誰が信じる?

 

 証拠は何もない。目撃者も一人だけ。そして事件が起きた時刻は子供が眠くなる時間だ。

 平成の世なら写真だのネットだので記録出来るが、今は大正の時代だ。そんな便利な物はない。

 ということで昨日の事は夢ということになってる。

 

 

 けど、鬼殺隊がここまで来てしまったのは事実だ。

 

 

「(……潮時、か)」

 

 ここに私がいると鬼殺隊に知られた以上、ずっと不死川さんのお世話になるわけにはいかない。

 昨日は一人だったが、また別の人間を、それを追い払ってもまた別の鬼殺隊が来るのは目に見えている。

 ギリギリまでここに留まり、鬼殺隊の情報が集まったらさっさと抜け出そう。それが私にとっても不死川家にとっても鬼殺隊にとっても最善の選択だ。

 

「さあ、食事を続けようか」

 

 これが最後になるのかもしれないからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッソ~葉蔵さんなんで惚けるんだよ」

 

 その日、実弥は玄弥と共に森へカブトムシを捕りに行っていた。

 

 思い出すのは昨晩の鬼の事。

 葉蔵が実弥を逃がすために鬼と戦い、葉蔵に似た鬼が実弥を庇った……という夢にされている記憶。

 

「だからぁ! 本当に見たんだって! 葉蔵さんが鬼と」

「分かった分かった、とりあえず落ち着けって兄貴」

 

 自身の兄を宥める玄弥。

 

「本当かどうかは兎も角、葉蔵さんをこれ以上困らせるんはやめようぜ。葉蔵さんだって隠したいことあると思うし」

「け、けどよ……」

「葉蔵さんは訳アリなんだよ。だって、あんなイケメンで育ち良さそうな人が、こんなとこに来るわけねえだろ。何か事情があるんだ」

「……」

 

 そういわれて実弥は黙ってしまった。

 葉蔵には何か言えない事情がある。ソレは家族全員が気づいていたことだ。

 そもそも、何かなければ葉蔵が貧民街になんてくるわけがない。そう彼らは認識していた。

 

「けど、俺、葉蔵さんが……俺を庇ってくれたのを夢にしたくない」

「………」

 

 悲しそうに、俯きながら呟く実弥。

 その言葉は誰に対して向けたものではなかった。

 

 彼にとって鬼どうこうはどうでもよかった。

 襲ってきたのが暴漢でも獣でもいい。ただ、葉蔵が庇ってくれたという事実。それだけは嘘にしてほしくなかった。

 父親という存在がない彼にとって、葉蔵という男が自分のために戦ってくれたことは、何物にも代えがたいモノ。故に、ソレを否定するような真似はしてほしくなかった。

 

「……葉蔵さんが、父ちゃんならいいのに」

「……ああ、俺もそう思う」

 

 葉蔵が来てから不死川家は変わった。

 金銭面では彼に助けられ、母親も兄弟も明るくなった。

 まるで自分たち家族の欠けていた部分が埋まったかのよう。

 だからこれからも一緒に……。

 

「ほら、何してるんだ君たち」

「「よ、葉蔵さん!?」」

 

 いきなり現れた葉蔵に驚く二人。

 

「今日は曇りだからね、一緒に狩りに行く約束、ここで果たそうと思ってね」

 

 葉蔵はそう言って二人に手を差し伸べる。

 

「どうする? 今日行く?」

「「……ああ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ今からチタタプを作ろうか」

 

 水源の傍で火をおこし食事を取り休むことにした。

 そのあたりで採れた食べれる山菜や茸、そして私が仕留めた鹿の肉を材料に使う。

 

「言っとくけど目玉は食わねえからな」

「仕留めた奴の特典とか言うけど、んなゲテモノを食う気はねえよ」

「……残念だ」

 

 私は目玉を捨てて調理にかかった。

 

 鹿の死体に針を刺して血抜きをする。

 針の根が全身に拡がり、中の血を噴水のように噴き出す。

 更に針の根が肉をズタズタにするため、かなり加工しやすくなる。

 

 私の針は武器や捕食器官だけでなく、何かを注いだり、逆に何かを抜いたりすることにも使える。

 ただ、針は相手の鬼の因子を食らうことで成長するため、鬼でない対象に針の根を張る際は予め根を伸ばせるだけの因子を針に与えないといけない。

 まあ、あとで針を吸収できるのだから損はないが。

 

 鹿の死体を加工し、木の板の上に置いた肉と内臓、そして軟骨を刻んでいく。

 

「チタタプチタタプチタタプ……」

 

 そう言いながらトントンと肉を刻み、まとめてまた肉を刻む。

 

「ほら、君たちも」

 

 木の板と包丁を二人に渡す。すると二人は包丁を受け取って肉を刻み始めた。

 

「チタ…タプ…チタ…タプ…チタ…タプ…」

「チタタプチタタプチタタプ……」

 

 実弥は少しやりづらそうに、玄弥はスムーズに包丁でチタタプを作っていく。

 その間に私は火にかけていた飯盒の中の野菜や茸の中に味噌を溶かしいれた。周囲に味噌の香りが漂い始める。

 

「チタタプチタタプ…」

「チタタプ、チタタプ……おい出来たぞ。まだ沸いてないのかよ」

「そう慌てるな。すぐに出来る」

 

 木の板の上のチタタプを一口サイズに丸め、汁の中に投入していく。くつくつと煮える具材の音と香りに二人が喉を鳴らす。

 

「ったく、それじゃぁ後はこれが煮えたらオハウ……鹿肉のつみれ汁の完成だ」

「お、もうかよ」

「なんか早いな」

 

 そりゃそうだ。針を振動させることで熱を発生させ、IHのように使うことで加熱を早めているからね。

 飯盒をうまい具合に傾けて中身を二人に分ける。

 

「それじゃあ食べるか」

「「いただきます」」

 

 二人が出来上がったウサギのチタタプのオハウを口に運ぶ。

 野菜や茸を食べるのを見て杉元もまたウサギのチタタプを口に運ぶ。

 

「うん、美味い。ヒンナヒンナ」

「ああ、ヒンナだな」

「そうそう…ヒンナヒンナ」

 

 二人が顔を綻ばせながら鹿のチタタプを口に運ぶのを、私は微笑んで見守る。

 

「(こういうのも……いいな)」

 

 ああ、こんなまずい飯を美味そうに食べてくれるのは嬉しいものだ。

 あんなつまらない一発芸を披露するだけで、あんなつまらない事を教えるだけで、こんなまずい飯を出すだけで。たったこれだけで彼らは喜んでくれる。

 そして、私自身それが悪くないと思っている。

 出来るなら、もう少しこの茶番を楽しみたい。

 だから、今は『奴ら』のことも無視しよう。

 

「では次はソーセージでも作るか」

「「おう!」」

 

 私は彼らとの人間ごっこをもう少し楽しむことにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34話

 カンッと、鐘に硬い何かが当たる音が響く。

 ここから大体300m程離れた鐘楼。そこに私が銃弾を当てた音だ。

 この程度の芸、わざわざ鬼の力を使うまでもない。人間の頃から出来てた。……まあ、あの時は子供の頃だったからせいぜい70mが限度だが。

 

「すっげえ葉蔵さん! こっから三町ぐらい離れた鐘に銃弾当てやがった!」

「どうやったんだよ!?あんな遠くに当てるのか人間技じゃねえ! というか見えねえぞ!」

「……」

 

 私は三発連続で銃弾を撃つ。

 全弾命中。この子たちは見えないだろうが、全弾同じ部分に当てている。

 まあコレはズルしてるけど。

 

 これは決して鬼の力ではない。大庭家に代々伝わる技術、軍式呼吸だ。

 特殊な呼吸により肉体、感覚、精神を安定させ、強化するというトンデモ技術。

 以前までは単なるプラセボ効果、或いは気を落ち着かせるものだと思っていたのだが、鬼となって鬼殺隊と戦った今ならわかる、この技術は本物だと。

 祖父から半ば無理やり教わった時はなんとなくで習っていたが、ここまで有効だとは思わなかった。これならもう少し真剣にやっておくべきだったかもしれない。

 

 そうしたら彼らにもっとすごいものを見せて喜ばせられるのに……。

 

「けどすげえよなこの軍式呼吸っての。最初は全然出来ねえのに、今じゃちょっと視力が良くなったぞ」

 

 そう、軍式呼吸の特徴は比較的に習得しやすいというもの。

 聞く限りでは、鬼殺隊の使う呼吸法は習得が滅茶苦茶難しい上にキツイ。冨岡くん曰く、最初に使った際は耳から血が噴出しかけたという。

 錆兎くんは肺は膨らみすぎて痛み、心臓は壊れる程激しく鼓動し、耳から心臓が出てきそうな感覚だと語っている。

 しかし軍式呼吸は違う。初段だけなら然したる苦痛も努力もなしに習得可能だ。

 この怠け者で意志薄弱な私でさえ初段だけなら習得できたのだ。この子たちが出来ないわけがない。

 

「極めると私みたいなことも出来るぞ」

「「無理」」

 

 二人は同時にそう言った。

 解せぬ。彼是一週間近く教えているというのに。

 

「では、行くとしようか」

 

 見世物はここで終わり。ここからはお仕事の時間だ。

 私たちは山の中を歩く。

 

「ん? これは……」

「どうした葉蔵さん?」

 

 私は二人を呼び止めてしゃがみ、地面を指さす。

 

「何だよ? 何があったんだ?」

「いや、これ見てくれ」

 

 私が指さす黒い何かの粒。

 二人はソレををしげしげと眺めた。

 一見、土を指先で捏ねて丸めたようなものにも見えるが、当然そんなものが落ちているわけはない。

 木の実か何かの種かとでも思ってそうな顔で二人は私を見る。

 

「あ?……んだよこれ。なんかの実か?」

「鹿のフンだ」

「フン? なんでそんなの探すんだよ?」

「鹿の糞があるということは、近くに鹿がいるということだ」

 

 少し歩くと鹿の群れが見つかった。

 獣道を抜けた先にある草原。そこでのんびりと草を食っている。

 しかし相手は獣。人間より数倍も鋭い感覚と高い身体能力を持つ。

 

「さて、ここで復習だ。獣を撃つ際、気をつけることは何かな?」

「風上に立たない。風で匂いが飛ばされ気づかれる可能性があるから。だから回り込むように木や岩とかを隠れ蓑にして近づいて撃つ」

「急所を外さない。鹿とか猪は銃弾をちょっと撃ち込まれた程度じゃ死なねえ。だから心臓や頭を確実に撃つ。あと心臓の位置は大体脇あたり」

 

 二人は即座に答えた。

 いい子たちだ、前に私が教えたことをちゃんと覚えてくれている。

 そんな子にはちゃんとご褒美をやろう。

 

「二人とも正解だ。賞品として金平糖をやろう」

 

 菓子をやると二人ともすんごい笑顔で食いついてきた。

 娯楽も甘味もないこの時代、私にとってはクソ不味い砂糖の塊でも、彼らにとっては最高の食べ物らしい。

 こんなもので喜んでもらえるなら買った甲斐があったというモノだ。

 

「けど私ほどの腕があるなら…」

 

 私は三発連射することで遠くにいた鹿を仕留めた。

 

「こんな風に仕留めることが出来る」

「「そんなのズルッこだ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雲が青空を覆い隠す昼間。

 日中でありながら太陽光のないこの日は鬼にとって絶好の散歩日和。

 そして今日、ぶらりと歩く鬼が一匹。

 

「ヒャハハハハハ! どうした鬼狩り、もう終わりか!?」

 

 ………今日は少しニュアンスは違うが。

 

 

 

「(この鬼、強い!)」

 

 鬼殺隊―――義勇は鬼の強さに驚きを隠せなかった。

 

 老婆に蛾の特徴を無理やり押し込めたかのような鬼。名を唯蛾牢という。

 使用する血鬼術は毒性の鱗粉の生成及び散布。

 対象物を腐食或いは燃焼させるほか、相手の攻撃を弾き返すバリアの効果も持っている。

 毒鱗粉は翅によって周囲にまき散らされるため、死角は存在しない。

 攻撃と防御を兼ね備え、尚且つ隙の無い血鬼術。

 少なくとも、まだ壬である彼が戦うべき相手ではない。

 

「お…のれ!」

 

 鞘を杖にして、ボロボロになった肉体に鞭を打って立ち上がる。

 

「おやおや、そんなズタボロになってまで立ち上がるのかい? いい加減諦めたらどうだ?」

「黙れ! 敵に頭を下げるほど俺は男を捨てていない! ……生殺与奪の権限を、自ら放棄してなるものか!」

 

 刀を構えながら吠える義勇。

 まるで自分に言い聞かせ、渇を言えるかのように。

 

「(しかしどうする? どうやってあの粉を突破する!?)」

 

 だが、威勢の良さとは対照的に、内心彼はかなり焦っていた。

 

 敵の血鬼術は攻撃防御共に完璧。

 斬れば衝撃が跳ね返り、かといって何もしなければ体を焼かれる。

 ならばダメージ覚悟で無理やり突破するか。……それも不可能だ。

 

 ボロボロなのは義勇本人だけではない。刀も服も同様だった。

 隊服は毒鱗粉によって所々焦げ、金属部は既に錆びついている。

 日輪刀も同様。澄んだ水のように青く輝いているはずの峰が錆色に染まり、光を反射する刃も所々欠けている。

 これでは義勇より先に刀と服の方が持たない。

 

 敵わないならば撤退すればいい。

 いくら鬼殺隊がブラック企業とはいえ、敵わないなら可能な限り情報を持ち帰って逃げることも許される。

 鬼殺隊は鬼を殺し人々を救う事だけが仕事ではない。生きて帰って情報を伝えるのも仕事の一つだ。

 だが、今回ばかりはそうするわけにはいかなかった。

 

 ふと義勇が後ろを振り返る。

 

「……う、うぅ」

「い、痛ぇよ……」

 

 そこには、重傷で動けない鬼殺隊員たちがいた。

 彼らは眼前の鬼によってリタイアされた、彼の先輩方。

 集団で向かった途端、血鬼術によって返り討ちにあったのだ。

 

 もし義勇が逃げれば、彼らが犠牲になるのは目に見えている。故に彼はこの場から逃げることが出来なかった。

 

「(どうすれば……どうすればいい!!?)」

 

 もし、彼が一年でも長く戦っていれば話は別だったであろう。

 5年ほど鬼殺隊を続けていれば、新たな型を生み出し、この忌々しい鱗粉を悉く薙ぎ払えたであろう。

 しかしそんな仮の話など無意味。今ある事実はただ一つ、義勇はこの鬼への対抗手段がないということである、

 だが、それでも彼は諦めない。

 彼は刀を握る手に力を入れ、戦意を示す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えらく苦戦しているじゃないか、義勇くん」

 

 そんな彼に神が……鬼神が微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな形でまた会うとは思わなかったよ」

 

 この声を彼は知っている。

 

「もう少し話したいことがあるけど今はそれどころじゃなさそうだね」

 

 優しそうな、しかし何処か冷たい声。

 

「選手交代だ。君の代わりに私があの鬼を狩る」

 

 葉蔵。かつて彼を救ってくれた鬼の名である。




葉蔵さんは間違いを言ってます。
軍式呼吸は他の呼吸より比較的習得可能というだけで、習得はかなり難しいです。彼がなんとなくで使えるのは、葉蔵がおかしいからです。
実弥たちも教えてもらってますが、その効力は初段の域にすら達してません、せいぜい日常生活(大正限定)で便利な程度です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35話

「……遅い。まだ戦っているのか」

 

 台所で食材を刻んでいると、活性化した鬼の気配がまだしていた。

 どうやらまだ戦闘は続行しているようだ。

 

 鬼の気配を察知したのは、実弥くんたちとの食事の際中。

 食事中の上に、実弥くんたちが見ている前。更に鬼殺隊の気配もしていたので放置していた。

 何よりも、獲物の横取りなんてはしたない真似はしたくなかった。なので無視していたのだが、未だに鬼の気配がする。

 

「(さて、どうしようか……)」

 

 広大な雲は空を覆い尽くし、夜になろうとも晴れる心配はない。

 距離も十分届く。今から走って速攻に片づけたら、すぐに帰れる。

 ……よし、行ってみるか。

 

 このまま放置して鬼殺隊員が死んでも後味が悪い。ここは一度行って様子を見てみるか。

 もし鬼殺隊が勝ちそうなら放置。両者がどのように戦い、どんな技を使うか観察して帰ろう。

 もし鬼が勝ちそうなら助けようか。私の力がどこまで通用するか確かめ、鬼を食って帰ろう。

 

「不死川さん、少し用事を思い出したから私は席を外させてもらうよ」

「はい、晩御飯前には帰ってくださいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来て正解だった。

 葉蔵は眼前の光景を見てそう思った。

 

 鬼と戦っていた鬼殺隊―――義勇はかなり追い詰められている。

 日輪刀も隊服も本人も。全てがボロボロだ。

 あんな状態では鬼の首を斬るなど不可能。刃を立てようとした瞬間に刀が折れる。

 

「なんだお前? 鬼の癖に儂の食事の邪魔をすんのか?」

「彼は私の知人だ。知っている誰かを助けたいと思うのは人も鬼も関係ないと思うが?」

「……吠えるな若造!」

 

 醜い老婆と蛾の混じった鬼―――唯蛾牢は口から針を噴出した。

 形状からして毒のあるもの。

 葉蔵はそう判断し、ソレを少し体を逸らして回避。同時に針を投げてけん制した筈だが……。

 

「おっと」

 

 投げた針が反射したかのように葉蔵へと帰って来た。

 先程と同じように避ける。

 一瞬摘まんで観察しようとしたが中断。

 もし何かヤバい効果がある危険性を考えて避けることにした。

 

「葉蔵さん! その鬼の血鬼術は特殊な毒鱗粉を出すことだ! ソレに触れたら焼かれ、攻撃しても弾かれる! しかも全方向にばら撒いてるから隙が無い!」

「情報ありがとう。ちゃんと奴の首は取るから休憩してくれ」

 

 そんなものは初めから知ってた。

 葉蔵は遠くから義勇たちのことを観察していた。故に敵の血鬼術の性質を理解し、既に対抗策を編み出している。

 

「ほざけ若造が!」

 

 鬼が口から毒針を吐く。

 葉蔵はソレをしゃがんで避けながら針を投げ、奴の口に命中させた。

 

「ぐげえええええええええ!!? な…何故!!?」

 

 口を押えて転がり回る老婆。

 葉蔵はそんな唯蛾牢を冷めた目で見下し、余裕の態度を示す。

 まるでお前なぞいつでも殺せると言わんばかりに。

 

「キサマは針を発射させる際、口周りに鱗粉がなくなる。そうしないと放った針が帰ってくるからね」

「ち……調子に乗るな!」

 

 鬼は痛みをこらえながら立ち上がって翅を羽ばたかせる。すると鱗粉が私に……ではなく、後ろにいる義勇に向かっていった。

 

「予想はしていた」

 

 

針の流法(モード) 針塊楯】

 

 

 義勇の方に針を投げる。

 瞬間、針は人一人を容易く隠せるほど巨大化し、盾となって鱗粉を遮り、身代わりのように砕けた。

 

「……ック!」

 

 礼を言う前に、その場から退却する義勇。

 今のままでは葉蔵の邪魔になる。故に自分がすべきことは。まず葉蔵の足手まといにならないこと。

 瞬時にそう判断した。

 

 対する老婆は内心ほくそ笑んだ。

 やはりこの鬼は鬼の癖に人間を庇っている。

 だったら、やることは一つ!

 

「ヒャハハハハハ!」

 

 怪我で動けない隊士目掛けて、無茶苦茶に鱗粉をばら撒く。

 葉蔵は先ほどと同じように針を投げて針の盾を形成。しかしすぐさま砕け散り、また新しい盾を創り出した。

 そんなことをしながら葉蔵は隊士達と唯蛾牢の間に移動。彼らを庇うかのように立ちはだかる。

 

「それで守ってるつもりか!?」

 

 今度は大量の毒粉を一気にばら撒く。

 これだけの数の毒鱗粉を捌くのは、あんな壁では不可能。故に庇おうと動くはず。

 その隙を見せた瞬間が貴様の最後だ。

 

「……」

 

 赤い盾と剣―――針を圧縮させて創造した―――を、葉蔵は構える。

 それはまるで弱者を悪鬼から守ろうとする騎士のようであった。

 

 バカな鬼だ、人間など所詮は食糧。ただの家畜、或いは玩具。そんなものを後生大事に守るとは。

 鬼でありながら人間性を捨てきれない愚かな奴。そんな若造がどれだけ力を持とうとも生き残れるはずがない!

 そんなに人間が好きなら、一緒にあの世へ送ってやる!

 

「いい加減にしろ婆!」

 

 葉蔵は剣を振るって鱗粉を全て食らった

 

 

「………………は?」

 

 鬼は眼前の光景が理解出来なかった。

 おかしい、ありえない。何故剣で鱗粉が切れる?

 

 この血鬼術は誰にも破れなかった。

 あの鬼の後ろにいる鬼狩りも、これまで食らってきた剣士も。全員がこの毒鱗粉に刃を通すことは出来なかった。

 なのに何故この鬼はそれが出来る。

 これではまるで……まるで……!

 

 

「(いや、そんなはずがない……!)」

 

 その考えが思い浮かんだが、すぐさま否定した。

 それは、違うと思い込むことで自身の精神の安定を測るためか、それとも単にそう思いたくなかっただけだったか。それは当人しか知らぬこと。

 だが、一つだけ確信したことがある。

 それは、自身が狩られる側だということ。

 

 

「(……これ以上はない、か)」

 

 対する葉蔵はあからさまに息を吐いた。

 そのため息に込められたのは落胆か、それとも失望か。

 

 血鬼術は確かに強力。

 反射効果と腐食性を兼ね備えた鱗粉は葉蔵の天敵と成り得る能力だ。

 だが能力を使う鬼がカス。

 ならば用はない。ここで失せろ。

 そう言いたげに葉蔵は剣に力を集中させ、盾を構える。

 この一撃で決める気だ。

 

「……! させん!!」

 

 ソレを見てあからさまに動揺した鬼は、血鬼術の範囲を狭めて一点に鱗粉を集中させた。 

 だが、それがどうした。

 

 

 

 

 

【針の流法 血針弾・連(ニードルバレット・ラピッド)

 

 

 瞬間、葉蔵の剣が機関銃と化した。

 

 

 剣から無数の針が生え、それらを機関銃の如く発射。

 瞬く間に針がなくなったかと思いきや、すぐさま生え変わって連射を続行。

 それらはまるで針自身が意思を以て標的へと向かうかのように、全て命中。

 ありえない角度だろうとも、空中で旋回し。

 毒粉の雨を切り裂き、鬼の肉体を食らい始めた。

 

「……まあ、こんなものか」

 

 残った粉を盾で全て防いだのを確認する。

 もう全てなくなった。これでもう守る必要はない。

 葉蔵は用の無くなった盾を捨て、ゆっくりと塵に還った老婆の鬼へと近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや~、今回の鬼は強敵でしたね。

 

 実際に厄介な能力だ。

 攻撃すれば反射、触れたら腐食するという、攻防共に優れた血鬼術。

 だがその先がなかった。だから私にあっけなく負けた。

 

 奴の血鬼術は鬼殺隊にとっては天敵であるかもしれないが、余りにも応用性に乏しい。

 その上、本鬼も戦う力を鍛えているようにも、使い方に工夫を施しているようでもない。

 先程の戦闘がその証拠だ。ダメージが与えられないのを確認した後も延々同じことを繰り返していた。

 能力が通じなかった、という経験自体が無いからかもしれないが、それでもやりようはもっとあったはずだ。

 鬼の中でも、手に入れた特殊能力に慢心して創意工夫や自己強化を怠った個体だったのか。

 こいつを殺せたからといって、私の力が他の鬼にも通用すると考えるのは早計だ。

 

 もっと戦いたい。

 できれば、鬼の中でも戦いに、格下を殺すのではなく闘争に力を入れている様な個体のものを……。

 

「葉蔵さん、葉蔵さん!」

「怒鳴らなくても分かってるよ義勇くん」

 

 耳を押さえながら私は立ち上がる。

 

「……久しぶりだね、義勇くん」

「……ええ、久しぶりです」

「「・・・」」

 

 気まずい。

 なんだろう、この空気。

 別に喧嘩したわけでもないのに何でこんな風にならなくてはいけないのだろうか。

 というか、そもそも私と義勇くんの関係ってなんだっけ?

 

「……一体、最後の攻撃は何だったんだ?」

「あれは私の血鬼術の効果だ。私の針が敵の血鬼術に刺さった途端、鬼の血に含まれる因子を食らうことで血鬼術を無効化する」

「……なんだその鬼の天敵みたいな力は」

「刺さればの話だ。物質的でないものや刺さらないものに効果はない」

 

 実際にそういった敵と戦ったことがないので分からないが、私の針がそこまで万能だとは思わない。

 

「……最近、鬼殺隊以外で鬼を狩っているという噂がある」

「ああ、間違いなく私だね」

「……お館様は、その人物を見つけたら友好的に接するよう言っている」

「それは相手が人物、つまり人間だと思っているからだろ? なら私は例外だ」

「……もしかしたら、気づいているかもしれない。その時は鬼殺隊に入隊出来るかもしれない」

「するつもりはない」

「……何故だ!?」

 

 突然、義勇くんが怒鳴った。

 

「葉蔵さんの血鬼術もあんた自身の戦闘能力も、指揮能力も! 全てが鬼を殺すためにあるといっても過言ではない!

 その力があればより多くの隊士の命を守れる! より多くの人たちを救える! なのになぜその力を使おうとしない!?」

 

 刀を私に向けながらそう怒鳴る義勇くん。

 

 彼の気持ちは理解できる。

 たしかに私が一人いるだけで鬼殺隊の在り方も、鬼による被害もグンと減るだろう。

 鬼を事前に察知し、鬼の血鬼術を防ぎ、鬼を討つ。更に殺した鬼は私の糧になることでより強くなり、より多くの鬼を殺し、隊士の殉死の可能性を低減させられる。

 まさしく鬼殺の連鎖。私を確保すれば、鬼殺隊は大きく変わる。

 しかし、それは叶わぬ夢だ。

 

「だが私もまた鬼だぞ? 鬼である私を受け入れてくれるのか?」

「お館様」

「では下の者たちはどうだ?」

「そ、それは……」

 

 そういうことだ。

 鬼殺隊の大半は鬼を憎んでおり、その憎しみを動力源として命を懸けて戦っている。要するに彼らは文字通りの復讐鬼だ。

 藤襲山の件で充分理解した。命を救ったはずの彼らでさえ私を嫌悪し、一部を除けば最後まで分かり合えなかった。

 

 それに第一、面倒じゃないか。

 

「そういうことだ。私は君たちと共に戦うつもりはない。それに……」

 

 私は【これから来るであろう得物】目掛けて剣を振るい、攻撃を防いだ。

 

 ガキャンと、金属同士が激しくぶつかる音が響く。

 身の丈程の刀。それが二つも同時に投げられた。

 犯人など考えるまでもない。あの男だ。

 

「これまでだな」

 

 最も早く見切りをつけたのは、この私。足を翻して体を反転させ、離脱を計る。

 

「ここまでされて逃がすと思うか!」

 

 あの男の怒声に私は反論しなかった。その代わり、ズダンとわざとらしく音を立てて地面に針を刺す。

 そこは、先程の鬼によって痛めつけられて寝込んでいる鬼殺隊の、丁度中間だ。

 

「くっ!」

 

 悔しげなうめきが聞こえる。どうやら私の言いたいことが伝わったらしい。

 まだ戦うならば、けが人を集中的に狙う。

 ただでさえ遠距離攻撃が出来て、探知能力もある。それに加えて、怪我人を守るために足を止めながら戦うのでは、勝負にならない。

 

「じゃあね」

 

 私はいつでも撃てる体勢をしながら、その場を後にした。

 

 

 ……というかあの男、昨日はあれだけ痛めつけたのに何故もう回復している?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……逃げた、か」

 

 いや、正確には引いてくれたか。

 もしあのまま戦っていれば、負けていたのは自分。

 天元は冷静に相手との戦力を分析し、舌打ちした。

 

 あの鬼は強い。

 昨日だって死ぬ気でやり合ったのに、あの鬼はまだ底が見えない。

 遠近も攻防も優れた血鬼術、鬼自身の高い戦闘能力、そして敵の行動の先を読む何か。

 もしあの鬼が少しでも遊ぶのをやめたなら、もしあの鬼が怪我人を集中して狙っていたなら。……考えただけでもゾッとする。

 第一、まだ昨日のダメージは完全に治ってないのだ。

 肋骨は痛むし、肉体の疲弊も完全に回復してない。……本当に戦わずにすんでよかった。

 

「お前ら大丈……夫じゃなさそうだな」

 

 振り返って隊士たちの怪我の具合を見てみる。

 ひどい傷だ。見たところ命に別状はないが、早く戻って手当と処置をしないと、鬼殺隊として致命的になってしまう。

 

「あ、あの鬼が……助けて、くれました……」

「俺たちを庇って……戦って……鬼を……」

「わ、私たちの代わりに……戦って、くれました」

 

 ボロボロの状態でありながら状況を説明する隊士たち。しかしその報告の内容は、隊士たちの頭を疑いたくなるようなものだった。

 

「……そうか」

 

 そう通常なら。

 天元は彼らのいう事を否定することなく手当の準備をする。

 

「話は後で聞く。だから今は派手に隠達に運ばれろ」

「ですから…」

 

 後から来た隠たちが負傷した隊士たちへ手際よく手当てを施し、担架に担ぐ。

 流石はプロといったところか、それとも抵抗されることに慣れているおかげか。

 隊士たちは天元に反論する暇も与えられず運ばれていった。

 

「……で、お前は平気なのか?」

「……見ての通りだ」

 

 御覧の通りボロボロだった。

 先程の隊士ほどではないが重傷。普通なら立っているのも精いっぱいのはずだ。

 

「お前もあの鬼に助けられたとか言うのか」

「……」

 

 義勇は何も言わない。

 嘘を言ってもバレるし、本当のことを言っても信じてもらうどころか、全部ゲロって隊律違反になりかねないから。

 最近はそれぐらいは理解できるほど成長しているのだ。

 

「あれがお前たちのいっていた藤襲山でお前らを助けた鬼か?」

「……!!?」

 

 だが、忍者のカマかけを避けられるほどではなかった。

 

「……ハア~」

 

 派手にため息をつく天元。

 ソレに込められているのは、一体どんな感情なのか。

 

「確かにあの鬼が他人を庇ってるのは間違いない。この周辺を調査した結果、あの鬼に救われたっていう話がいくつもある」

「だったら…!」

「ダメだ」

 

 ぴしりと、天元は否定する。

 

「あの鬼が人間の味方だってのは限らない。ただ出来るからしただけで、少し状況が悪くなれば鬼の本性を現す可能性がある」

「けど俺を二度も助けてくれた! ただ出来るだけでここまですると思うか!?」

「知ってる。昨日も俺がこの目であの鬼が子供を助けるのを確認した」

 

 天元は昨日の出来事を思い出し、またもや舌打ちする。

 それは、無関係な命を巻き込んだことによる自責からか、それとも敵である鬼に救われた屈辱からか。

 あの時、もし鬼があの子を庇わなければ、もしあの鬼より先に気付いたら。こんな思いなどしなくてもよかったであろう。

 

「(……あの鬼、もしかしたら……いや、そんなことはありえない)」

 

 一瞬、例の鬼が人間の味方であってくれたならと考えるも、すぐさま天元はその考えを否定した。

 強くて美しい鬼が、無償で人間のために戦ってくれる。……一体どこのおとぎ話だ。

 それならまだ現代に桃太郎が復活し、上弦の鬼を倒したと言ってくれた方がまだ信用できる。

 ありえない。不可能だ。そんな棚ぼた展開など起きるはずがない。

 

 しかしそこは元忍。すぐさま思考のスイッチを入れ替え、今に目を向ける。

 

「だが今回は異例中の異例だ。地味だがキッチリと派手に調査する必要がある」

「だったら俺も!」

「ダメだ。お前は地味に戻ってけがを治せ」

「お…おい待て! 俺はそれほど怪我しちゃいない!」

 

 義勇も隠たちによって無理やり運ばれていった。

 ……暴れられないように縄で縛られて。

 

「……ちょっくら調査してみるか」

 

 天元は二枚の紙を取り出す。

 一枚には【近隣住民が鬼をかくまっている可能性あり】と書かれ、もう一枚には【十二鬼月討伐のために炎柱を向かわせる】と書かれていた。




・唯蛾牢
醜い老婆と蛾を無理やり合体させたような鬼。
翅から散布する毒鱗粉は対象物を瞬時に腐食・燃焼させるほか、相手の攻撃を弾き返すバリアの効果も持っている。これが鬼の血鬼術。
一言で表すなら汚いモスアンデッド。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36話

キメツ終わっちゃった!?


「現外がやられた」

 

 頭を垂れる5人の鬼。彼らを見下ろしながら、男―――無惨は苛立ちを隠さずに訊ねる。

 

「下弦の陸が殺された。しかも、十二鬼月でない鬼に圧倒され、成す術もなく敗れた。これがどういうことか分かるか?」

 

 無惨の問いかけに答える者はいない。いや、答えられない。

 有無を言わさない無惨の圧力に、一部を除きただただ震えるばかりであった。

 

「上弦は百年以上その顔ぶれに変化はない。対して貴様らはなんだ? 何故強くならない、何故すぐ殺される。何度入れ替わった?」

「(そんな事を言われても……)」

 

 下弦の参が心の内で呟くが、距離が近ければ心を読める無惨の前では悪手であった。

 

「"そんな事を俺達に言われても"……なんだ?」

 

 無惨は自分に反論する者を許さない。故に、チクリチクリと責め立てるように尋ねる。

 心を読まれたことに動揺するも、無惨はどうでも良さそうにため息をつく。

 

「……まあいい。所詮奴は末席を汚す程度の雑兵。数合わせにすぎん」

 

 その言葉に全員安堵の息をつく。

 

「貴様らに仕事を与えよう」

「仕事、ですか?」

 

 下弦の肆が恐る恐る尋ねると、無惨は振り返ることなく頷く。

 

「件の鬼を見つけ出し殺せ。そうすればお前たちの評価を改める」

 

 と、無惨は訊ねてはいるが実質一択であった。

 

「やります!」

「やらせてください!」

「必ず、必ずやお役に立って見せます!」

 

 ここで断っても死が待っていると理解している残りの下弦達は、千載一遇のこの好機を逃すまいとこぞってアピールをする。

 無論、ただ忠誠心で行動しているわけではない。もし仕事を達成すれば血を貰える、そんな下心もあった。

 

「そうか、では埋鬼、お前がやれ。お前の血鬼術は戦闘向けだからいけるだろ」

 

 返事も聞かずに無惨は傍に控えていた和服の女に指示する。

 

 べべん、と。琵琶の音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これを持ちなさい」

 

 私は藤の花と血鬼術で作った針の入った袋を不死川一家に渡した。

 無論、不死川さんにもだ。

 

「これは?」

「お守りだ。ほら最近何やら物騒な事件が多いでしょ?そのためだ」

「まあ確かにそうね。……鬼頭さんたちも可哀そうに?」

 

 最近、隣村で一家惨殺事件があった。

 警察が一応の探索はしているが、何の手がかりもない。なので捜査を打ち切られてしまった。

 

 まあ、貧民に対する扱いなんてこんなものだろう。

 俺が生きていた時代では考えられないが、ここはそういう時代なのだ。諦めるしかない。

 

「ねえ葉蔵さん、葉蔵さんがその犯人捕まえてよ」

「葉蔵さんだったら出来るよ!」

「だって葉蔵さんすごいもん!」

 

 子供たちがそんなことを言ってるが私とてそこまで万能ではないのだ。

 鬼相手だと気配で分かるのだが、人間相手だとそうはいかない。なので今は放置している。

 第一、面倒じゃないか。なんで私がそこまでしなくちゃいけない。

 だけどもし……。

 

「そうだね、もし君たちが襲われそうになったら捕まえようじゃないか」

 

 もし実弥たちに手を出したら……その時は覚悟してもらおうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の血鬼術は日々成長している。

 

 藤襲山にいた頃の私は、せいぜい小さな弾丸を数発吐き出す程度の、言わばピストル程度の威力だった。

 しかし今は違う。

 血針弾・連は重機関銃程ではないが、今では軽機関銃程度の威力と射程距離に、剣などの媒介を使えばより正確に当てられる。

 血杭砲も同様。この時代の大砲ほどはあるし、媒介によってある程度連射出来る。

 

 何よりも、感知系の血鬼術の精度がかなり上がった。

 藤襲山にいた頃の私は、鬼の大まかな位置しか探知出来ず、鬼が活動してない場合はその気配すら拾えなかった。

 しかし今ではどうだ。鬼の正確な位置と座標を察知し、気配の濃度まで感じ取れる。

 更に血鬼術の感知も可能。たとえ分身や幻などで攪乱しようとも鬼と判別し、鬼が血鬼術を発動させるタイミングまで分かる。

 流石にどんな血鬼術を使うのかまでは理解出来ないが、術を使う瞬間を感知出来るだけでもかなり強力だと私は思う。

 

 更に更に。私の角は振動や臭いを人間の何十倍の感度で感知し、尚且つon/offが効く。

 物の位置や距離、奥行きやら動きなどの視覚的なものまで感知可能。

 ただ、色は見えないし、人相などの細かい部分までは分からないので、目が要らないというわけではない。

 

 これら全てを私は完全に使いこなしている。

 敵を事前に察知し、弾丸で制圧。敵が何かしてもすぐさま対処出来る。

 もしイレギュラーが起きても血鬼術を応用することで処理。

 現に、昨日は針の性質を利用して敵の血鬼術を無力化させ、あの厄介な血鬼術を使う鬼も倒したではないか。

 

 

 

 

 だが、まだ足りない。

 

 

 私の血鬼術は決して盤石ではない。

 

 もし、針では刺さらない血鬼術を使われたらどうするか。

 もし、気配を完全に遮断出来る血鬼術を使われたらどうするか。

 もし、相手に先手を取られて血鬼術が発動した後はどうするか。

 

 考えればキリがないが、あり得ることばかり。

 少なくとも、私が思いつく程度のことは出来るようにうならなければ、この先やっていける保証はない。

 しかしまあ、対策を考えるのはもっと先で言いだろう。

 

「葉蔵さん行ってきま~す」

「ああ、気を付けて」

 

 私を少しでも追い詰めれる鬼が現れてからでいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供たちが家の外に遊びに行って、二人きりの家の中。私は不死川さんの仕事の手伝いをしていた。

 

「……葉蔵さん」

「なんです不死川さん?」

 

 唐突に話しかける不死川さん。

 

「葉蔵さんが来てから、あの子たちは変わりました」

「……」

「前まではあまり笑わなかった子も良く笑い、元気になりました」

「……」

「葉蔵さん、貴方はあの子たちにとって太陽みたいな人です。ですからこれからも……」

「それ以上はダメです」

 

 ピシリと、私は不死川さんの言葉を止める。

 

「私は根無し草のフーテンです。今は不死川さん達のお世話になっておりますが、何時かはここを去ります」

「……やはり、ずっと一緒にはいられないのですね」

「はい。残念ながら。また近いうちにここを離れようと私は考えてます」

「そうですか……。寂しくなりますね」

 

 残念そうな顔をしながらも、不死川さんは俺を引き留めるようなことをしなかった。

 おそらく気づいていたのだろう、俺が近いうちにここを出ようとしていることに。

 

「葉蔵さんは旅をしておられるのですね?」

「ええ、いろんな場所を転々と」

「そうですか。では、何故旅を続けるのですか?」

「……探し物があるんですよ」

 

 嘘は言ってない。

 私はより良い餌場を求め、鬼狩りから逃れるために拠点を変えている。しかしそれだけが目的ではなく、実はあるものも探しているのだ。

 それは太陽を克服する手段。

 いつか私はあの忌々しい太陽を克服し、この力を場所時間問わずに使えるよう極めたいのだ。

 その先に私の求めるものがあるはずなのだから……。

 

「私は極めたいのです。この力を引き上げ、その先に手を伸ばしたい」

「……」

 

 

 

 

 

「何故、貴方は力を求めるのですか?」

 

 

 

 

 

 

「力などなくても人は生きて行けます。むしろ暴力などに頼らずに生きるのが真っ当なのです。なのに何故男は皆力に頼ろうとするのですか?」

 

「まして、貴方は既に十分な力を持ってるのではありませんか。何人ものヤクザ者を一人で追い払ったり、刀や銃を持った罪人も捕らえました。それに銃の腕も誰よりも優れています。これ以上強くなる必要がどこにあるのでしょうか?」

 

「今のままでも生活に何の支障もありません。このまま一緒に続けることは……ダメなのでしょうか?」

 

 

 

 まるで堰が切れたかのように話す不死川さん。

 彼女がここまで自分の意見をはっきりと、しかも相手を否定する意を唱えるのは見たことがない。

 それほど私という稼ぎ頭を失いたくないのか、それとも子供たちが心配なのか、それとも……。

 

「……すまない、今更そんな生き方は出来ない」

「……そう、ですか」

 

 手を止め、外に出ながら私は答える。

 不死川さんは私を止めない。俯いて料理の準備を続ける。

 

 

「(だが、彼女の言う通りだ)」

 

 

 私は、何故力を求めているのだろうか。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37話

「……遅い!」

 

 夕飯の支度をしながら、私は怒鳴った。

 

 実弥と玄弥くんの帰りが遅い。

 他の子たちはもう家で手伝いをしているというのに、長男と次男が遊んでいるとは何事か。

 これは連れ帰ってでも説教しなくてはいけないな。

 

 そんなことを考えていると、外から誰かがこの家に近づいて来る気配がした。

 ドンドンドンと、戸が叩かれる音。どうやらこの家のお客さんが来たようだ。

 

「ごめんくださ~い! 隣村の事件について聞いていまして」

 

 お、遂に来たか。さて、鬼殺隊か憲兵が来るか。

 声からして女性だが、一体どっちだ?

 

「すみません、私は雛鶴といいます。昨夜失踪してしまった人達について聞いていまして」

 

 戸を開けると、そこには美しい女性がいた。

 涼しげな美人といったところか。一見すると憲兵とも鬼殺隊とも無縁にみられる。

 しかし、ソレは見た目だけだ。

 

 

 感じるんだよ、私に対する殺意を。

 

 殺意を向けているのは四人。

 この女と玄関の近くにいる別の二人、そして昨日私に襲い掛かったヤクザ者だ。

 おそらく何かしらの情報を聞きつけてここにたどり着いたのだろう。

 まあ、考えるまでもないか。いきなり父親が行方不明となり、入れ替わるかのように新しい男が入ってきて、しかもその男はあまりにも不審なのだから。

 しかし私は気配を完全に遮断している。故に決定打がないからこうして突いてきたのだろう。

 

 いいだろう、乗ってやる。

 

「それで、聞きたいこととは?」

「実は私、亡くなられた5人の方を知っている方を探していたところ、貴方と話していたと聞きました。それで何か知っているかと思ってお訪ねさせて頂きました。何か、こう、怪しい人だったり、鬼的な何かがいた噂とか知っていませんか?」

「………鬼?」

 

 首を傾げて『大丈夫かコイツ?』みたいな感じで返す。

 もちろん演技だ。しかし、もし自分が鬼でないただの一般人ならという仮定を信じたうえでの演技だ。

 演技のコツは予め作った設定で自分を騙し、その設定が演技する間だけ真実だと思う事。要は役に成りきるということだ。

 

「え、ええ。一家を丸ごと殺すなんて惨い真似、鬼畜の所業ですよ。鬼としか思えません」

「お嬢さん、ソレは違いますよ」

 

 

 

「すべては人間の所業です。なにせ、鬼とは人間の心の中にいるものですから」

 

 

 

 私は、自分でも分かる程、胡散臭い笑みを浮かべて言った。

 

 

「………そ、そうですね。へ、変なことを聞いてすいませんでした」

 

 少し引いた様子で立ち去ろうとする

 お、意外と効いたね。わざと関わりにくい人を演じてみたけど、ここまで効果があるとは思わなかった。

 さて、この女と監視が消えたらあの子たちを探しに……。

 

 

 

 

 突如、私は鬼の気配を察知した。

 

 

 

 私の角からではなく、実弥くんに渡した針越しから感じられる。

 距離はここから三里ほど。かなり近場だというのに何故私はその気配を見過ごした!?

 ……いや、そんなことはどうでもいい。

 

「あ、あの……どうしましたか?」

「……」

 

 私は客人を無視して家の奥へと行き、日中行動用の服へと手をかける。

 

「そ…それは隠の服!? 何故貴方が!?」

「……」

 

 後ろで何か言ってるが、今は一秒でも時間が惜しい。関わってる暇などない。

 本当なら、こんな面倒なことせず、今すぐ家を飛び出したい。

 こんな服を着なくては外にも出歩けないこの体質が、今は恨めしい。

 

「天元様、やはりこの男…」

「もう派手に気づいている!」

 

 ああ、もう本当に……。

 

 

【針の流法 血杭砲・散】

 

 

 

 私は、本気で血鬼術を人間目掛けて放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、昼間だというのに鬼が暴れていた。

 鬼殺隊の裏方である隠の服を着用し、赤い弾丸を放つ鬼。

 顔は隠れて見えないが、その声からして鬼の形相であることには違いない。

 

「どけや人間共ッ!!」

 

 その鬼の名は葉蔵。

 常に冷静さと優雅さを保っていたはずの鬼である。

 

 

【針の流法 血杭砲・爆散(ブラッディ・フラスター)

 

 

 放たれる赤い砲弾。

 ソレは空中へと打ち上げられ、一定の高さになると分裂。

 回転しながらばら撒かれた無数の針は、対象物にあたると同時に爆発した。

 

 

【肆ノ型 響斬無間】

 

 

 対する鬼殺隊の班長―――宇随天元は鎖を使って二刀を高速で振り回し、前方に壁の如く斬撃と爆発を発生させる。

 針と刀がぶつかると同時に爆発が発生。爆発と爆発はぶつかり合い、互いに威力を相殺した。

 

「…ッグ!」

 

 速く重く、そして鋭い。

 刀越しに感じる、杭のばら撒く速度と針の貫通力、そして爆発の威力。

 どちらか一つならまだいいだろう。しかし、二つ同時なると話は違う。

 ただでさえ遠距離攻撃が出来るだけで厄介なのに、広範囲攻撃でここまでの威力、しかも爆発付きとは。

 

「(これが奴の本気……いや違う! これは囮だ!)」

 

 天元は自身の甘い考えをすぐさま否定した。

 これは牽制。ただの足止めだ。

 次に本気が来る。こんな玩具なんてメじゃない程の派手な攻撃が!

 

 爆破によって発生した煙の中、天元は構えなおして次の攻撃に備える。

 あの鬼はどんなに視界が悪くても正確に攻撃を当てられる何かがある。

 油断は一切出来ない。死ぬ気でかかる!

 

「……また逃げられちまったか」

 

 土煙が止む。

 そこには葉蔵の姿はなく、周囲には呻いている隊士しかいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある森の中、私は右腕がなくなった肩を抑えながお守り(GPS)の発信する気配をたどって行った。

 

「……痛い」

 

 久々に感じる痛み。

 まさか鬼や鬼殺隊にではなく、自身の血鬼術によってダメージを与えられるとは、露程も思わなかった。

 

 

 私の血鬼術、血杭砲・爆散(ブラッディ・フラスター)はまだ未完成だ。

 威力も火力も攻撃範囲も。私が現在使える血鬼術の中でもトップクラス。

 しかし反動が大きい上に、安定性も低い。そのせいでコレを放つと、腕一本を犠牲にしてしまうのだ。

 

 ただ腕が吹っ飛ぶくらいならまだいい。鬼ならすぐさま再生するのだから。

 しかしこの技。燃費も悪いのだ。吹っ飛ばした分の血だけでは足りず、再生する分の血まで食らう。

 相手が鬼なら、被弾して因子を取り込めるのだが、今回は人間だ。因子は取り込めない。

 おかげで再生する分の因子を回収出来ず、こうして痛い思いをしている。

 

 まあ、鬼だから別に死なないし。この分は今回の下手人ならぬ下手鬼の因子を食らって手打ちにしよう。

 

「……ここか」

 

 発信源は森の入り口にひっそりと建っている小屋。

 角からでは鬼の気配は感じないし、見たところ気配もない。

 しかし、発信源はここからだ。

 

 

 私は剣を創り出し、ソレを小屋目掛けて振るう。

 普通なら剣から放たれる針によって小屋が無茶苦茶になるのだが、この小屋は違った。

 

「……やはりか」

 

 針が小屋に当たろうとした途端、虚空が水面のように揺らめいて針を止めた。

 数秒ほどの拮抗の後、針は虚空へと突き刺さり、針の根を形成。成長しながら何かを壊した。

 同時に匂う濃厚な鬼の臭い。どうやらこれは血鬼術で作られた結界のようだ。

 これで鬼の気配を完全に遮断し、私の目を欺いてきたらしい。

 

「……ふざけやがって!」

 

 ああ、認めよう。

 貴様の血鬼術で作られた結界は完璧だ。私は気配の鱗片すらも掴めなかった。

 もし、何もなければ私は貴様を見つけるどころか、気づくことなくこの周辺の鬼を食いつくしたと勘違いしたであろう。

 

 だが、貴様はあの子に手を出した。

 その報いだけはキッチリ受けてもらうぞ……!

 

 私は食らった因子で肉体を回復させて腕を再生。

 更に剣と盾を形成させ、結界の内部―――鬼の本拠地へと足を踏み入れた。

 

 

 やはりというか、そこは不気味な所だった。

 外側から見ればただの小屋だというのに、内部は全くの別物。

 どこまでも続く長い廊下に、幾多もある部屋。

 最早これは小屋ではない、屋敷だ。

 

 臭い屋敷だ。

 ありとあらゆる方向から漂う鬼の臭い。

 おそらく血鬼術で創られた結果、こうなったのだろう。

 あまり長居したくない場所だ。さっさと二人を見つけて帰ろう。

 

 私は目を閉じて角に感覚を集中させ、匂いをたどる。

 血鬼術によって作られた異空間のためか、上手くいかない。しかし大まかな位置は理解出来た。

 

「……!」

 

 戸を開き締めた瞬間、鬼の気配を感じた。

 

 突如現れた気配に驚きながらも、私は瞬時に判断を下す。

 盾を掲げながら突進(シールドバッシュ)。その後、気配の元に剣を刺突。

 ドスっと、標的を貫いた感覚が剣越しに伝わる。

 

「ぎゃあああああああああ!!!」

 

 途端に上がる悲鳴。

 針は目標の血を食らって成長し、瞬く間に全身を侵略した。

 あっけないものだ。けどまあこんなものだろう。

 こういった隠匿系の術を使うということは、正面からの戦闘を苦手とするということ。

 ならば、幾多の鬼を食らい、鬼殺隊とも戦ってきた私の敵ではない。

 

 大人しくこの屋敷に引きこもっていれば長生きできたものを……。

 あの子たちに手を出した己の愚かさを呪いながら死ぬがいい。

 

「あ、ああ……」

 

 黒い塵となって消えていく鬼。それが完全に無へ還ったのを見届けてから、私は実弥くんたちの方へと向かった

 

「実弥くん! 玄弥くん!」

 

 走りながら彼らが本当に本人なのか、角で確かめる。もしかしたら鬼が化けているかもしれないからね。

 だが、その心配もないらしい。鬼と血鬼術の匂いが付着しているが、ちゃんと本人だ。鬼や血鬼術ではない。

 序でに周囲も確認した。鬼の気配はどこにもなく、この空間も若干綻びのようなものを感じる。

 おそらく本体を倒したことでこの空間が崩れかかっているのだろう。

 早く脱出せねば。

 

「よ…葉蔵さん?」

「助けに来てくれたのか!?」

 

 私に抱き着いてくる二人を受け入れ、強く抱きしめる。

 二人とも無事だ。怪我一つない。なら後はここを脱出……。

 

「……!!?」

 

 突如感じる血鬼術の気配。

 咄嗟に私は二人を窓へ放り投げ、外へ逃がした。

 あの周囲は草木に覆われていた。なら植物がクッションとなって無事のはずだ。……そう信じよう。

 

「ッグ!」

 

 遅れて来る血鬼術の攻撃。

 それは私の背中に傷をつけ、人間なら致命傷になるレベルの血が吹き上がる。

 しかし私は鬼。この程度の傷……。

 

「な…何ィぃィィィィィ!!?」

 

 その時、初めて私は鬼との戦いでピンチというものを感じた。

 

 今まで鬼の攻撃を受けたことは何度かある。

 しかし、どれもこれもさして深刻なものではなかった。

 ヤバいものは事前に察知して防ぎ、或いは避けて来た。

 だから、私は天狗になってしまったのだろう。

 

 それが命取りと知りながらも。

 

 

「ヒャハハハハハ!」

「………ック!」

 

 私は、人形サイズまで縮んだ身体で、突如現れた鬼を睨んだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38話

「ヒヒヒヒ……。やっと、やっと捕まえたぜ!」

 

 襖の扉を開いて、一匹の鬼が現れた。

 みすぼらしく小さな爺。眼は濁っており、人差し指が異様に長くて鉤爪のようになっている。

 すぐに分かった、この鬼が私に血鬼術をかけた鬼だと。

 

「テメエがこの家に入ったときはビビったが、このザマになったら怖がる必要なんざねえ! テメエをぶっ殺してあの稀血を食う! 我慢して稀血を餌にした甲斐があったぜ!!」

 

 ニタニタと、いやらしい目で見下しながらしゃべる鬼。

 不快な声だ。聞いてるだけで癪に障る。

 

「……我慢?」

 

 だけど、私は会話を続けることにした。

 あまり話したくないが、今は時間が欲しい。なので会話を続けて時間を稼ぐ。

 

「ああ、十二鬼月並みの鬼の気配がして警戒して罠を張ったんだ。そしたら簡単に引っかかりやがったぜ!」

「それは、彼を餌にして私を誘い込んだという事かい?」

 

「ああそうだ! 最初このガキが臭い藤の花と鬼の一部を持ってるのを見た瞬間に気付いたぜ! あのガキ共は他の鬼のお手付きだってことにな!」

「(……どうやらあのお守りの針は効果があったようだ)」

 

 冷静に相手の話を聞いて分析を開始する葉蔵。

 

「それで罠を張ったらお前が釣れたんだよ! こんなに早く来るとは思わなかったが、餌を前にしてすぐに食らいつく当たり、オツムの方はあまりよろしくないようだな!!」

「(……クソが!)」

 

 この日、初めて葉蔵は自身の間抜けさを本気で呪った。

 昨日、宇随との戦闘で思い知ったはずだ。

 格下であるはずの人間に、柱でない鬼殺隊に首を斬られかけた。

 反省したはずだ、これからは驕らずに行動しようと。

 だというのにまた同じ間違いをするのか。

 

 ……いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

 今はこの状況を打破する方法を、あの鬼を倒す方法を考えなくては。

 

「そんじゃあここで死……」

 

 鬼が言葉を続ける前に葉蔵の針が打ち出される。 

 ソレは当たることはなかったものの、鬼の注意を逸らすには十分だった。

 鬼の目が行っている間に逃げる。

 葉蔵は近くの物陰に飛び込んで姿をくらました。

 

「ま、待ちやがれぇぇぇぇl!!!」

 

 鬼は、怒りの形相で葉蔵を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(……何処に行きやがった!?)」

 

 鬼―――矮等(わいら)は苛立っていた。

 せっかく稀血の子供を見つけたと思ったら、自身より強い鬼のお手付きだったことに。

 更に、その鬼を罠に嵌めたのに、逃げられてしまったことに。

 

「(クソが、ああいう強い癖に小賢しい部類は面倒臭えんだよ)」

 

 舌打ちしながら矮等は葉蔵を探しに向かう。……出来るだけ注意を払いながら。

 

 矮等は、人間の頃から自身より強い相手を見抜くのが上手かった。

 肉体的な強さ、頭の賢さ、家の財力……ジャンルは問わない。

 兎に角、彼はそんな強い人間を見つけ、取り入るのが上手い人間だった。

 

 

 だが、彼は決して下僕気質というわけではなかった。

 

 彼が強者に取り入るのは、相手が油断した隙を付くため。

 散々自分を見下してきた強者に下剋上し、強者が強者たる由縁を否定するためだった。

 

 今まで彼は強者の強さを汚すために何だってやってきた。

 武闘家を、豪家を、美女を。

 闇討ち、詐欺、睡姦。

 あらゆる手段で、ターゲットに最も相応しいやり方で。

 彼はそうやって満足感を得ていた。

 

 

 昨日まで弱者だと思っていた者に、後ろから刺された瞬間の顔が、堪らなく好きだった。

 怒りと恨み事をまき散らすも良し、プライドを捨てて自分に命乞いするのも良し。

 自分を強いと思っていた人間が、強さを無くした瞬間とその反応。それらが見れるだけで彼は満足していた。

 彼らの強さを汚した時、自分が強いと感じられるから。

 

 鬼に成ってからも変わらない。

 自分以外の鬼を、鬼殺隊を。

 身に着けた血鬼術で強さを否定し、泥を塗り続けた。

 

「お前はどんな風に反応してくれるかな……」

 

 ニタァと、歪な笑みを浮かべる。

 

 見たところ、彼にとって葉蔵はかなりの強者だ。

 強く、顔も良く、そしておそらく育ちも良い。

 そんな鬼が格下と思っていた鬼の罠に嵌り、血鬼術に掛かかった。

 血鬼術の効果で弱体化し、自身より弱い鬼から逃げる羽目に陥った。

 強いはずなのに、その強さを否定されて弱者へと転落した。

 

 ああ、奴は今、どんな気分で逃げているのだろうか。

 突然の理不尽に煮えたぎるような怒りを必死に抑えて逃げているのか、それとも絶望のあまり泣きそうになりながら逃げているのか。

 

 見てみたい。

 早く無力になった強い鬼を見下したい。

 そしてどんな顔で絶望しているの早く見たい!

 

「……っと、ここは慎重に動かねえとな」

 

 逸る気持ちを抑えて、葉蔵を探し出した。

 

 矮等の血鬼術を食らったものは、大きさだけでなく血鬼術や呼吸法なども封じられる。

 完全とは言い難いが、それでも元の大きさのソレと比べたらかなり制限されている。

 以上の事から反撃など恐れるに足りないのだが、万が一ということもある。

 矮等は葉蔵の行動に用心しながら散策した。

 

 襖を開いて部屋の中に入る。

 中は相当荒れており、踏み場もない状態だった。

 おそらく葉蔵が散らかしたのだろう。

 物を散乱させることで隠れる場所を確保し、反撃のチャンスを窺っているのだろうか

 

 小癪な。

 無駄な努力などしても逆に絶望するだけだというのに。

 だが、そっちの方が都合がいい。

 いや、むしろそうしてくれた方が面白い!

 矮等は散乱した物をどかしながら、下卑た笑みを浮かべた。

 

 散らばっている物なんか気にせず部屋の中に入る。

 瞬間、矮等は更に顔を歪めた。

 点々と付けられた足跡。

 物が散らばって見えにくいが、それは確実に床へと刻まれ、持ち主の居場所を示していた。

 

 これもまた矮等の仕掛けた罠の一つ。

 気付きにくいが、この屋敷の床は踏むと少しだけ足が沈み、足跡が付きやすい構造になっている。

 もし万が一小さくした獲物が逃げても気づきやすくするためだ。

 

 バカな奴だ。

 ここは俺の拠点。ならば地の利は俺にあり、色々仕掛けているに決まっているだろうが!

 どれ、ここは軽く脅してどんな反応をするか楽しむか。

 

 そんなことを考えながらまた一歩踏み出した瞬間……。

 

 

 

 

 ズキュウ――――ン!

 

 

 

 矮等の額に何か……葉蔵の血杭砲が命中した。

 

 

 一体何が起きた。

 反撃を警戒して足跡の先には注意したはず。

 なのになぜ攻撃が見当違いの方角から飛んできた!?

 

 攻撃が飛んできた方角に目をやる。そこには、見下したような笑みを浮かべている葉蔵がいた。

 

「…こ、このヤロォォォォォォォォ!!!」

 

 爪を立てて襲い掛かる矮等。

 

 何故足跡の先にいなかったのか。

 いつの間にそこへ移動したのか。

 先ほどの攻撃は何だったのか。

 そんな事はどうでもいい!

 

 既に俺の血鬼術に掛かった分際で、何反撃してやがる!?

 お前はもう強者じゃねえ。無力なチビ鬼なんだよ!!

 その癖に俺を騙した挙句、こんな傷をつけやがって……!

 もういい、貴様の泣き叫ぶ顔など要らぬ!

 一刻も早くお前をぶち殺し、地獄へ連れて行く!

 

 葉蔵の弾丸は悪鬼の脳天を撃ち抜き、針の根を張って尚、一撃で命を奪うほどの深手にまでは到達できなかった。

 出力不足でありながら、針の根は既に頭の半分を侵略している。

 しかしそれでも鬼の常軌を逸した生命力は死を寄せつけなかった。

 

「死ねええェぇェぇェぇェぇぇ!!」

 

 矮等の爪が葉蔵に当たろうとした途端……。

 

「ぐげえ!?」

 

 突如、矮等の周辺から針の散弾が飛んできた。

 何が起こった。その思考が浮かぶよりも早く、矮等の意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こんなものか」

 

 奴の血鬼術が解け、元の大きさに戻った。

 しかし油断は出来ない。

 なにせ私を一度罠に嵌めた鬼だ。もしかしたらまた罠の可能性もある。

 試しに血針弾を撃つ。

 うん、元の威力に戻っている。

 周囲の気配も探ってみたが、鬼の反応はない。今度こそ私の勝利だ。

 

 

 今回、私は2つの罠を用意した。

 

 一つはバックトラック。

 この床がわざと足跡が付きやすい構造になっているのはすぐに気づいた。

 土などを踏んだ感触はないのに、後ろを振り返ると足跡があったのを見て焦ったが、なんてことはない。むしろ私はすぐさま利用してやろうと考えた。

 自らの足跡を踏みながら後退し、その途中で物の上に飛び移り隠れる。

 そして騙されて足跡の先に移動した奴に弾丸を食らわせる。

 しかし、それだけでは心もとない。

 今の私は血鬼術を制限されており、一発で奴を仕留める自信がなかったので、別の罠を用意した。

 いや、正確に言えば、予め仕掛けた罠を利用したといったとこかな。

 

 二つ目の罠、それは予めばら撒いた私の針だ。

 私の針はたとえ体外でも簡単な操作なら可能であり、鬼喰いの機能も健在。

 ばら撒いた針を鬼が来たと同時に爆破させたり、刺さったと同時に鬼を食らうなんて造作もない。

 要は地雷だ。私の針は鬼喰い機能付きマキビシにもなるし、爆弾にもなる。

 ただ飛ばしたり、振り回すだけが私の針ではない。このように罠としても利用できるのだ。

 

「(初めて罠として利用したが……これはかなり使えるな)」

 

 私は攻撃を外したことが殆どない。

 早撃ちでも十中八九当たり、避けられたとしてもその動作を計算に入れて追撃を与え、連射することで誘導して獲物を仕留めて来た。

 藤襲山にいた頃は何度か見逃したが、あれは労力と見返りの計算をした上で逃がしただけだ。その気になればいつでも殺せた。

 

 

 だが、藤山から出た今では、そんなわけにはいかない。

 

 

 狙った以上は確実に仕留める義務がある。

 さもなくば、逃した鬼が人々を襲い、犠牲になった人とその周囲の幸せを壊すことになる。

 私が壊したも同然だ。

 私にはその鬼を倒す力があり、自分でちょっかいをかけておきながら、面倒だからと逃がした。その結果誰かが犠牲になる。……こんな無責任な話を許せていいだろうか。

 ふざけている。自分で標的を倒すと決めたならやり遂げろ。中途半端な思いと無責任な思い付きで中断すれば、その罪の一旦を背負うことになる。

 

 もう獲物は逃がさない、誰も巻き込まない。……確実に仕留める。

 

「……っと、実弥くんを探さなくては」

 

 私は実弥くん達のことを思い出して彼らを投げた地点に向かう。

 投げた際は木をクッションになるよう注意したが、それでもかなり荒いやり方だ。

 咄嗟にやってしまったからちゃんと力加減したか怪しい。本当に怪我しているかもしれない。

 早くいかねば、そして一緒に帰ろう。

 

 長居する必要はないし、することも出来無さそうだ。

 あの鬼を倒したせいで血鬼術が解けかけており、屋敷が妙な音を立てている。

 おそらく元の小さな小屋に戻ろうとしているのだろう。

 

 このままここにいれば何が起きるか分かったモノではない。

 さっさと出よう。そう思った瞬間……。

 

「おっと」

 

 突如、私目掛けて赤い刃が襲い掛かった。

 

「……何者だ?」

「炎柱、煉獄槇寿郎」

 

 鬼喰いの鬼と、鬼狩りの柱が、対峙した。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39話

「あ~あ、小屋が滅茶苦茶だ」

 

 さっきまで小屋だった木片を蹴り飛ばし、辺り一面に転がる木くずを一瞥する。

 

 派手にやった。小屋どころか周囲の木すらも吹っ飛んでしまった。

 しかしそんなことなど気にした様子など微塵も見せない。

 それもそうだろう。なにせ壊したくて壊したのではないのだから。

 

 厳密に言えば、小屋を壊したのは彼を追ってきた鬼殺隊だった。

 矮等を倒したせいで血鬼術が解け、屋敷はただの小屋に戻ってしまった。

 そんな狭い場所で葉蔵が暴れたらどうなるか。……考えるまでもない。

 

「それで、貴様は本当に私と戦う気かい?」

「……」

 

 金髪の鬼殺隊―――煉獄槇寿郎は刀を鞘に納めた。

 

「………あれ?戦わないのか?」

「………お館様から、お前を連れ帰るように命じられている」

「………そうか」

 

 お館様―――産屋敷耀哉はすぐさま決断した、是非会って話がしたいと。

 躊躇など一切なしに即答したらしい。

 虚弱体質とは思えないような胆力である。

 

 鬼狩りの頭領が、宿敵であり天敵でもある鬼に直接会う。

 大きすぎる博打。

 しかし、そんな博打を打ってでも彼は葉蔵……いや、葉蔵の血鬼術というリターンは大きいのだ。

 

 葉蔵の能力は鬼を狩ることに対してあまりにも特化しすぎている。

 鬼の因子を探し当てる探索能力、鬼の因子を食らうことに特化した殺傷能力、その針を様々な手段で飛ばす射撃能力、鬼の血鬼術すら食らう防御能力…。全てにおいて鬼を殺すため仕組みが施されている。

 

 鬼狩りなら喉から手が出る程欲しい能力。

 たとえ宿敵でもこの能力が使えるならば、是が非でも手に入れたい筈であろう。

 ただ、一つ問題を挙げるとするなら……。

 

 

 

 

 

 

「この私が素直に言うことを聞くとでも?」

 

 

 

 この傲慢な鬼が人間ごときの頼みなど聞くはずもないということだ。

 

 

 

 

「……本来ならば鬼である時点で貴様の首を刎ねたい。……だがッ!お館様が貴様の身柄を引き連れろと仰った。あの方の命令を無下には出来ん!」

「そうか、しかし私にはそんな奴の命令を聞く義理も気もない」

「………!!」

 

 ギシリ。

 万力のように、槇寿郎の歯が軋む。

 

「お館様が下劣な鬼のためにわざわざ面会の機を与えてくださったのだぞ! 貴様にはそのありがたみが分からんのか!?」

「知らん。用があるならソッチから来い。何様のつもりだ」

 

 お前が何様のつもりだ。

 鬼殺隊でなかろうとも、上記のようなセリフを言いたくなる。

 書いている人でさえ思うのだから、言われた本人は、お館様に忠義を捧げている者ならどう思うだろうか。

 想像に難しくない。

 

「そうか……」

 

 炎の呼吸のためか、それとも怒りからか。

 ビキビキと、槇寿郎の額やこめかみに血管が浮かぶ。

 そんな様子に反して、体にブレは存在せず、指先も実に正確な動きであった。

 正確な動きを以て……。

 

 

【針の流法 血針弾・連(ラピッドニードル)

 

 

 いきなり発射される血針弾を全て叩き切る。

 血針弾・連。サブマシンガンの如く吐き出される弾丸は、ブレつつも槇寿郎に向かってくる。

 

 対する槇寿郎は慌てない。

 走りながら弾丸を全て刃によって切り伏せ接近した。

 たかが弾丸を一定方向、一定速度で吐き出す銃など柱の脅威ではない……。

 

 

【針の流法 血杭砲・連撃(アサルトキャノン)

【炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天】

 

 

 脅威ではない筈だった。

 

 葉蔵の左腕から、瀑布の如く襲い掛かる弾幕。

 まだ当時はない筈の、ガトリング砲に匹敵する破壊力と数。

 その前に槇寿郎は足を止め、技を行使しざるを得なかった。

 

「(な、なんて威力の血鬼術だ……!)」

 

 弾幕の豪雨を刀一本で切り払う。

 一振りする度に押し寄せる衝撃。その重みに槇寿郎は驚愕した。

 並みの鬼では再現不可能な血鬼術。これに比べたら、当時の銃など豆鉄砲である。

 だが、そんな恐るべき攻撃でも、葉蔵にとってはただの一手に過ぎなかった。

 

 

【針の流法 血杭砲・貫通(スパイキングキャノン)

【炎の呼吸 伍ノ型 炎虎】

 

 

 再び同時に繰り出される技と技。

 葉蔵の右手から放たれた砲弾の如き巨大な針。ソレを燃え立つ闘気が猛虎となって砕いた。

 一見すると互角。しかしそれは見た目だけだ。

 

 片や遠距離からの血鬼術、片や刀一本。これだけでどちらが有利なのかは火を見るよりも明らか。

 戦いにおいて、リーチの差は大きな要因となる。

 拳より剣、剣より槍、槍より弓、弓より銃。

 より遠くから、より早く、より強い威力の【武器】が勝つ。

 この理屈はそう簡単には覆らない。剣道三倍という言葉があるように、並大抵の技量では武器の差は埋められないもの……。

 

 

【針の流法 血針雨(ニードルレイン)

【炎の呼吸 壱ノ型 不知火】

 

 

 埋められない筈だった。

 

 槇寿郎は刀一つで針の雨を切り開いて突き進む。

 

 剣道三倍という言葉があるように、並大抵でない技量を持つ者は、時に銃をも凌ぐ剣戟を可能とする。

 それを体現しているのが鬼殺隊の柱である。

 上位種である鬼を幾多も切り捨てた彼らに常識など通用しない。

 

「……うッ!」

 

 しかし、それでも限界はあった。

 いくら非常識の権化である柱でも、葉蔵の針を全て避けるのは不可能。故に最低限の針だけ、その中でも重要器官を狙うものだけ切り捨てる。

 腕や脚に、胴体に針が突き刺さる。針が肉を貫き骨にまで達し、強烈な痛みを与える。

 しかしそれでも槇寿郎は突き進んだ。

 

 腕が貫かれた? 足を射られた?……それがどうした!?

 そういわんばかりに槇寿郎は突き進む。

 

【針の流法 血杭砲・散――(スプラッシュキャ))】

【炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天】

 

 

 葉蔵が血鬼術を発動する前に、彼の腕を切断した。

 ついに懐へもぐりこめた。

 このまま攻め込み、最大力で奴の首を斬る!

 そう宣言するかのように槇寿郎は構えを取る。

 

 

【炎の呼吸 玖ノ型 煉―――】

 

 

 が、しかしながら。その攻撃が来ることはなかった。

 

 

「か…体が………」

 

 動かない。

 糸が切れたかのように力が抜けた体。

 地面に倒れ伏した身体を動かそうと渇を送るも、彼の肉体がソレに応えることはなかった。

 

 一体どういうことだ? あの針の雨以外は食らった覚えはないはずなのだが……。

 そこまで考えて槇寿郎は一つの考えが思い浮かんだ。

 

「貴様……毒を……」

「正解。実は屋敷の中に既に痺れ毒を混ぜ込んだ針を用意していた」

 

 あっさりとしたネタばらし。しかしその軽さとは反面に、槇寿郎にとってはとても重いものであった。

 当時の銃の性能を軽く超える銃撃を行えるだけでなく、弾丸に毒も盛れるとこの鬼は言ったのだ。

 

「そ…そんなことも……で、出来る…のか……」

 

 圧倒的な火力、正確無比な射撃、そして特殊な弾丸。

 柱でさえ対処が難しい火力に、鬼自身の腕も良く、そして一発でも掠ったらアウト。……一体なんだこのクソゲーは。

 

 この鬼はマズい。

 この場は逃げてでも御屋形様に報告し、柱複数でかからないと倒せない。

 だから動いてくれ……!

 

「うわっ、まだ動けるのか。貴様本当に人間か?」

 

 しかし、その鬼は冷酷にもとどめを刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなかいい結果が出たな」

 

 この麻酔針は使えるではないか。

 

 今までは鬼相手がメインだったのでスタン銃や麻酔銃などの面倒な針は使ってこなかったが、これなら人間相手でも戦える。

 

 私の血針弾は、人間相手だとタダの弾丸に成り下がる。

 鬼にとっては一撃必殺に成りうるが、鬼の因子を持たない人間相手だとその効果は発揮できないのだ。

 無論、針に予め私が自身の因子を組み込むことで、標的に当たったと同時に針の根を広げることは出来る。しかしそのやり方だと殺してしまうから面倒だ。

 ……まあ、今回はそれ以上に……。

 

「あれが柱…か」

 

 規格外の一言だ。

 人間とは思えないような動きに、人間技とは思えないような剣技。

 あの大男といい先程戦った柱といい。鬼殺隊とは人外の集まりなのか?

 むしろ奴らこそ鬼を狩る鬼ではないのだろうか。

 とまあ愚痴るのはこの辺にしておいて真面目に考えるか。

 

 

 あの大男と炎柱は闘い方がまるで違う。

 大男は爆発で誤魔化していたが、スピードタイプの闘い方だ。

 しかも爆発の衝撃を利用するなんて荒業を使ってるせいで反動が大きく、連戦には向いてない。

 要するにゲテモノだ。あんな無茶苦茶な戦い方をしたら、普通の人間なんて即病院送り。参考にはまずならないだろう。

 あんな剣術を使ってるのはあの男だけ……だと信じたい。

 

 対するあの男は実にバランスが良い。

 脚を止めてからの強い踏み込みから繰り出される強力かつ苛烈な攻撃が特徴で、防御の動きすらも攻撃へと繋げていく攻撃力に重視を置いたフォーム。

 攻撃寄りの万能タイプといったところだろうか。

 とまあこんな感じに正統派オーソドックスな相手、しかもその中でも一級品と相手出来た体験は大きい。

 

 この感覚は得難いものであり、熱とは冷めやすいもの。

 一旦休みを入れてから修練を行えば、あの死合いで体験した奴の技を忘れてしまう。

 鉄は熱いうちに叩く。当然のことだ。

 

 

「……その前にやることがあるけど」

 

 ちらりと後ろに目を向ける。そこには実弥くんがいた。

 

「よ…葉蔵……さん?」

 

 戸惑った様子でこちらを見る実弥くん。

 

「や、やっぱ葉蔵さんだよな!? やっぱあの鬼の正体は葉蔵だったんだ!な、な~んだ、やっぱ俺の言った通りじゃねえか! なんで嘘ついたんだよ!?

「………」

 

 震えた声。

 なんとか心を冷静にさせて、さも嬉しそうに言っているが、言葉の端々から漏れる動揺と恐怖。

 やはりこの子はいい子だ。

 鬼である私を本能的に怖がりながらも、葉蔵という影を必死に気遣っている。

 

 動揺するのは当たり前。いきなり転がり込んできた居候が人食いの鬼なのだから。

 恐怖するのは自然の摂理。私は人間の上位種であり、元来は人を食らう天敵なのだから。

 そう、私は鬼なのだ。だから……。

 

 

 

 

 

「……実弥くん、私はもう、あの家にはいられない」

「…………え?」

 

 それを知られたからには、もうここにはいられない。

 

 

 

 

「そ、そんな!? じゃあ母ちゃんはどうすんだよ!?」

「…私は鬼だ。本来ならば共にいるべきではない」

 

 私は鬼だ。そして私自身鬼として生きていくと決めた。

 

 

 

 

「じゃあ今度一緒に狩りをするっていう約束は……!?」

「……すまない」

「そんな……そんな……!」

 

 なのに、なのに何故だ……?

 

 

 

「俺……もっと葉蔵さんと一緒に居たかった!!」

「……ああ」

 

 どうしてこうも………。

 

 

 

 

 

「私も、君たちともっと居たかったよ」

 

 今の私は、どんな顔をしているのだろうか……。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柱狩り編
40話


感想欄みたら葉蔵くんの味方してくれる人がけっこういてくれた。
嬉しいです。


 ある日の夜空、一匹の鬼が飛んでいた。

 誤字にあらず。本当の意味で空中を飛んでいるのだ。

 

 鬼の名は飛口。

 宙に浮く血鬼術を使い、更に蝙蝠のように翼へと変じた腕を羽ばたかせることで飛行を可能とした鬼である。

 

「……ふぅ、何とか逃げ切れたぜ」

 

 上空で飛口は安堵の息をついた。

 先程まで彼は狙われていた。しかも鬼狩りではなく、同族である鬼に。

 一目見て分かった、その鬼が自身よりも強大―――いや、十弐鬼月並の戦闘力だと。

 相手の力量差を理解した途端、飛口は一目散に逃げた。

 飛蝗のように変異した異形の脚と脚力強化の血鬼術で跳び上がり、浮遊の血鬼術で宙を浮き、翼へと変化した腕を羽ばたかせた。

 ここまでやったらもう一安心だ。振り切ったのも同然である。

 

 空は彼にとっての安全圏。

 いくらどんなに強い鬼や鬼狩りも空までは追えない。せいぜい地上の上を少し跳ねる程度であり、空高く舞い上がる自分には届く筈がない。

 飛んでしまえばこっちのもの。どれだけ速かろうが飛行する鳥には追い付けないのと同じように、この鬼に速度で敵わない。

 この鬼はこの特異な血鬼術を使って天敵から逃れてきた。

 鬼狩りや鬼と戦うなんてとんでもない。逃げるが勝ち。どんな手段でも生き残った者が勝者なのだ。

 

 あれから大体半刻程だろうか。

 大体一里ほど離れた今ならばそろそろ陸に降りてもいいだろう。

 そう考えて高度を下げた瞬間………。

 

 

 

 パァンと。飛口の頭に銃弾が決まった。

 

 

 

「………………へ?」

 

 何が起きた。

 そんな単純な思考をする前に飛口は針の餌食となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ビンゴ」

 

 木の上で私は安堵の息をついた。

 

 私は別に難しいことはしてない。一里ほど離れたここから―――3㎞先から狙い撃った。ただそれだけだ。

 

 本来、私の戦闘スタイルは狙撃だ。

 剣術や体術も一通り習得してはいるものの、実家でのメインは主に銃、それも狙撃タイプだ。

 人間時だろうと100m先ならスコープ無しでも当てられる。

 むしろ、今までがおかしかったのだ。

 敵と面向かって、よーいドンで戦うなんて、私は侍や騎士にでもなったつもりなのか。

 おかしな話だ。銃とは遠距離武器であるはずなのに、何故わざわざ私は殴り合い同然の距離で戦っていたのであろうか。

 

 

 懐から一本の針を取り出し、煙草のように咥える。

 口に含んだ針の先から数滴ほど露が垂れ、口内にその風味と旨味が拡がった。

 旨い。稀血とはここまで甘露な物なのか。

 一度針を口から離し、私は軽く息を吐いた。

 

 まるで仕事の後の一服のように吸うソレは、実弥くんたちの血を抜いて凝縮したものだ。

 本来ならば鬼をおびき寄せるための餌にしていたのだが、今日はそんな面倒なするつもりもないので自分で楽しむことにした。

 

 なるほど確かに。これほど美味なら鬼たちがコレを求めるのも分かる。

 例えるなら果物酒。熟成させた甘さと気分良く酩酊させるこの感じはまさしく鬼の酒だ。

 本来ならばアルコールなど瞬く間に分解する鬼の肉体が、たった数滴でこのザマなのだから、直で口に含んだら私とて無事では済まないだろう。

 本当に……今まで耐えてよかった。

 

 しかしその我慢も終わりだ。

 今日から私は晴れて自由の身になったのだ。

 これからは自分の都合だけ考えて動き、好き勝手にやれる。

 

 

 さて、気分も入れ替えたしそろそろ移動するか。

 稀血入りの針を仕舞って次の獲物を探しに向かう。

 ここら辺の鬼は粗方狩り尽くしたからそろそろ狩場を移す必要が……。

 

「……なんだ、まだいるのか」

 

 300m程先から、鬼の気配がする。

 おそらく新しくこの地に来た鬼なのだろう。

 

 なかなか強そうな鬼だ。

 姿かたち、どんな血鬼術を使う鬼かは分からない。

 だが、匂いで分かる。

 大分離れているここからでも分かる、高密度な鬼の因子。

 その濃さだけでこの間倒した十二鬼月よりも強いのは一目瞭然だ。

 

 決めた、奴を最期にしてこの狩場を離れよう。

 私は新しいターゲットに指を向ける。

 距離は300m弱。通常ならば届かず、見えない。

 しかし私ならばその常識を覆すことが出来る。

 

 右上腕に鬼の因子が集中し、赤く染まる。

 右手に持つ銃の形を模る針塊が私の因子を吸収し、射撃の補助と針の生成を開始する。

 剣のように鋭い私の角が赤く染まり、感覚を鋭敏化させる。

 スナイパーのように照準を合わせ、ミリ単位のブレを修正。

 それらすべてを終了したと同時、私は銃モドキの引き金に指をかける。

 

「狙い撃つ!」

 

 銃口が火を噴いた。

 長距離射撃用に形も性質も改良した特別製の針弾。

 針の弾は一切逸れることなく目標へと向かう。

 そのまま外れることなく命中すると思ったのだが……。

 

 

 

 ジュウウ…

 

 

「何?」

 

 なんと、銃弾は当たる直前に消えてしまった。

 おそらく何かしらの血鬼術を使ったのであろう。

 どんな術かは分からないが、レンジ外からの攻撃を無効化するなんて便利な術だ。

 だが、次はそうはいかせん。

 

 銃もどきを放り捨て、新しいものを創る。

 この銃モドキ、一度使うと効力を失うため使い捨てにしなくてはならないという欠点がある。

 地面に落ちると一瞬にして割れるし、私以外は使えないので奪われるリスクはないのだが、いちいち新しく創るのはやはり不便だ。

 それに創る時間も数十秒ほど必要なので真正面からの戦闘には使えない。故にこうして狙撃などの奇襲が主な使い方なのだが……。

 

 

「あ~あ、逃げられちゃった」

 

 失敗すると、このように創る間に逃げられる危険性もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異臭がした。

 鼻を劈く様な、吐き気を催す臭気。

 タッパーに入れた豚肉を生温かい場所に三年保存して腐らせたかのような、そんな匂いだ。 

 

「……派手にやってくれたな」

 

 私は鼻を抑えて周りを……村の家々を見渡す。

 

 その村には誰もいなかった。

 外はもちろん、家らしき建物の中からも人の気配も声もしない。

 家の一部は何やら老朽化しており、酷い物では壁が若干溶けているのもある。

 もしここでこの村が廃村と言えば納得するであろう。

 しかし、実際は違う。

 

 あちらこちらに飛びついた血の跡。

 夥しい量の固まった血とあちらこちらに散らばる肉と骨の欠片。

 それがこの村で何かが起こったのを告げている。

 

 鬼だ。

 私が仕留めそこなった鬼がこの村を襲い村人を食らったのだ。

 

「……本当に臭いな」

 

 マジで臭い。

 藤襲山の臭い以上の臭さだ。

 村一つ滅んだというのに、この臭さのせいで憐憫や哀愁が全部吹き飛んでしまう。

 

 こんな悪い空気にあたりすぎたせいだろうか。

 空気を吸い込む度に、焼かれるような痛みが気管を襲う。

 心なしか、肌も何かかぶれているような気がした。

 

「………」

 

 私は匂いの元……壁に張り付いている『毒性の粘液』に針を投げた。

 針は粘液内に含まれる因子を吸収して針の根を生成、限界まで伸び切ると同時に爆発した。

 いくら私とてこんな臭い物質から取り出した因子を食らおうとは思わない。故に爆破処分だ。

 まあ、その気になれば鬼の毒だろうが解毒可能だが。

 

 早く出よう。

 敵の情報は粗方掴んだ。もうここに用はない。

 第一、病に縁のない鬼でもこんな場所にいたら病気になりそうだ。

 というわけで私は後処理を開始した。

 

 この村ごと燃やして処分する。

 粘液の観察と実験も粗方終わったし、もうこの臭い粘液には用はない。

 むしろこのまま放置する方が害悪だ。

 

 一軒一軒に熱を発生させる針を刺す。

 幸いどの家も木造だからすぐに火が付き、風も強くないので少しすれば燃えてくれた。

 このまま放置してもば村に溜まっている瘴気を一つ残らず償却してくれるだろう。

 

 

 

 

「……随分と派手な焚火してるじゃねえか」

「!!!?」

 

 

 突如、背後から感じた気配。

 私は突然のことで動揺し、反射的に声の主から距離を取る。

 

「ハハハハ! やっぱ鬼でも後ろから声かけられたら驚くのか!」

「何の用だ……鬼狩り」

 

 

 

 

 

「取引だ。俺らが派手に協力する代わりに鬼を殺せ」

 

 

 

 




前々から言ってますが、葉蔵は決して人間の味方ではありません。
もし仮に彼が本当に人間を守ろうと思うのなら、たとえ村が異臭に包まれようとも、村の惨状を見て鬼への怒りを覚えるはずです。
しかし彼は冷静に相手の血鬼術の痕跡を調べ、次会えばどうやって倒すかを考えました。
決して鬼を倒すことで人々を助けようなんて気は毛頭ありません。

自分を鬼であると肯定し、自分のために鬼の力を使い、自分のために他者を食らう。
それがねずこと彼との差です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41話

「……地味にやりやがったな!」

 

 眼前に転がる死体。

 どれも酸などで溶かされたかのように溶解しており、凄まじい異臭を放っている。

 

「天元様、鬼は……! ……う!?」

「な、なんて惨い……!」

「クソ! 鬼め!」

 

 鬼が去るのとほぼ同時、隠たちがやってきてその惨状を目のあたりにする。

 

 死体……かつての仲間たちの死を悼む。

 仲間達を埋葬するため、異臭に耐えながら死骸へ近づく。

 

「触るなッ!」

 

 死体に触れようとした途端、天元が隠たちの手を止めた。

 

「何するんですか天元さん! そんなに汚れた死体に障るのが嫌ですか!?」

「そうです! いくら臭いからってこのまんまなんてヒドイです!」

「違う、地味に勘違いしてんじゃねえ!」

 

 天元はそう言って死体……の、近くにあった粘液に石を投げる。

 当たった石はまるで氷のように溶けてしまった。

 

「こ…これは!?」

「毒だ。おそらく鬼のな」

 

 そう、天元は何も死体が汚れているから止めたわけではない。

 死体とその周囲に散らばる粘液。

 それらが毒であり、触れることで効果を発揮すると見抜いたからだ。

 

「こりゃ派手にやべえな……」

 

 鼻を手で押さえながら頭を悩ませる天元。

 

 ピリつく臭いと僅かな喉の痛み。

 おそらくこれは触れるだけでなく、吸うだけでも効果があると天元は推測した。

 

 彼の推測は当たっている。

 鬼の血鬼術―――蛇渇の毒粘液は気化した状態でも効果を発揮する

 呼吸によって身体強化する鬼殺隊にとっては天敵のような毒である。

 

「そ、そんな血鬼術にどうすりゃいいんです!?」

「騒ぐな。今考えているところだ」

 

 慌てる隠を宥めて作戦を考える天元。

 

 鬼の血鬼術は毒の粘液。

 石を溶かしたのを見るに、日輪刀で受けても溶かす可能性がある。……刀しか武器のない鬼殺隊にとっては最悪の敵だ。

 おそらく気化した毒でも可能であるため、その鬼と粘液の周囲の空気を吸わないようにしなくてはならない。……呼吸を力の源にする鬼殺隊にとって最悪の相手だ

 もしかしたら全方向に粘液を展開して防御することも出来るかもしれない。……接近戦しか出来ない鬼殺隊にとって最悪の相手だ。

 

 逆を言えば、日輪刀で戦わず、呼吸法を必要とせず、遠距離戦も出来る。

 そんな便利な相手がいれば……。

 

「大変です天元さん! 鬼が人質を取りました!」

「~~~~!次から次へと!」

 

 隠の話をまとめると以下のとおりである。

 鬼は血鬼術による毒で隊員たちを返り討ちにした。その毒は溶かす毒とはまた別で、遅効性で死ぬのに猶予がある。効果が現れる前に鬼の血清を接種すれば助かる。だからこちらの要求を飲め。

 要約する上記のような感じだ。

 

「(厄介なことになったぜ、まさか鬼が人質を取るなんてな!)」

 

 どうやってこの状況を打破するか、天元は頭を掻きむしりながら悩む。

 

 これで条件が増えた。

 日輪刀で戦わず、呼吸法を必要とせず、遠距離戦も出来て、更に解毒も出来るような人材が必要になった。

 

「(胡蝶に解毒剤を頼むか……いや、おそらくそこまで猶予はないはずだ。じゃなきゃ人質にならねえ!)」

 

 天元は『どうすりゃいいんだ!?』と、派手に悪態をついた。

 彼らしくない言動。

 それほど今の天元は追い込まれていた。

 

 

 このままでは人質を見捨てたうえで、何人かに死ねと命令せざるを得なくなってしまう。

 ソレは、命の派手にハッキリと命の順序を決めている天元にとって、許されない行為であった。

 

 もう今の自分はあの頃とは違う。

 上の命令に従い、部下を生命の消耗品として扱うような奴らとは違うのだ。

 何が何でも部下を守ってみせる。誰も死なせない。

 この誓いはたとえ死んでも曲げることは絶対にないッ!!

 

「(この状況を打破できるような手はねえのか? いや…ありえねえ! この俺でさえ一つでも出来ねえのに、全部を一気に出来るような奴なんて……)」

 

 そこまで考えて天元はある人物を思い出した。

 ここ最近で最も再会したくない人物であると同時に、この最悪な状況を最も高い確率でひっくり返せそうな、そんな物語の主人公みたいな鬼を……。

 

 そこまで考えた瞬間、天元は突如何かが来るのを察知した。

 

 

【血鬼術 着執粘液】

【肆ノ型 響斬無間】

 

 

 日輪刀を引き抜き、音の呼吸を用いて迎撃。

 続けざまに爆発で加速し、鬼へと接近した。

 

 

【壱の型 轟】

 

 

 天元の日輪刀が鬼目掛けて振るわれる。

 仕込まれた火薬による爆発と、大柄である天元の体重と筋力が乗った刀。

 岩をも砕くソレは鬼を真っ二つにするかと思われたが……。

 

 

【血鬼術 執固凝液】

 

 

 鬼の発動した血鬼術によって防がれてしまった。

 天元は動揺することなく攻撃を続行しようと、一旦後ろに下がる。

 血鬼術によって技が防がれるなんて、今まで何度もあった。今更慌てることなんてない。

 再び技を出そうと構えたその瞬間……。

 

「なッ!?」

 

 足に何かがへばりついた。

 それは粘液だった。しかし周囲に散らばる粘液とは違い、無味無臭の分かりづらい粘液。

 べっとりと足に張り付いて天元を無理やり地面に縫い合わせている。

 

「(迂闊……!?)」

 

 後悔する間もなく繰り出される鬼の反撃。ソレに対処しようと日輪刀を掲げた瞬間……。

 

 

「うぐッ!?」

 

 

 何者かが……いや、何かが鬼を突き飛ばしたッ!

 

 

「遠距離からの血鬼術だと!? ………クソッ!」

 

 鬼はその場から離脱。天元を残して山の中へと消えた。

 

 

 

 

「………やっぱ、アイツの力を借りなきゃいけねえのか?」

 

 苦虫を潰したような顔をしながら、天元は草履を脱いで粘液の拘束から脱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、そういう経緯で私をこの作戦に引き込んだということか」

 

 鬼殺隊―――宇随天元から粗方の事情を聞きながら、私はとある場所に向かっていた。

 

 宇随から聞かされた作戦は以下の通り。

 封鎖された地点に鬼をおびき寄せ、そこで私が鬼を撃退する。

 

「しかしその作戦、要は私をその鬼にぶつけて自分たちは安全圏に避難しようというものじゃないか」

「怒ったか?」

 

 笑いながら宇随が聞いてきた。

 

「まさか」

 

 私は笑って返した。

 

「大事な自分の命を優先するため他者を利用するなんて当たり前だ。むしろ、簡単に自分の身を危険に晒す貴様らがおかしい」

「……別に簡単じゃねえけどな」

 

 宇随は特に否定することなく、話を逸らすことにした。

 

「それで、例の鬼についてお前はどこまで知ってる?」

「毒性のある粘液を出す血鬼術を使う。また粘液は気化しても毒性は存在。むしろ気管をズタズタにされる危険性がある」

「大体俺らの情報と同じだな。他には何かあるか? 例えば、血清があるとか」

「血清?」

 

 私は足を止めて詳しく事情を聴いた。

 

「我々は鬼の話が嘘だと考えております。故に無視して突撃すべきかと」

「やめておいた方がいい」

 

 私は宇随の後ろにいる女性の話に待ったをかける。

 

「奴は溶解粘液と神経毒の粘液、二つの毒を使う」

「神経毒?それは初耳だな」

「それもそうだろう。毒素が蔓延する中で手に入れた情報だからな」

 

 あのクソ臭い空気の中、私は必死こいて現場調査をした。

 回収した毒の大半は塩酸のように物体をゆっくり溶かすクソ臭い粘液。

 しかし、その中にひっそりと、付着している物質を全く溶かさず、臭わない粘液があった。

 気になった私はソレを回収し、鼠を捕まえて実験。

 結果、その毒が神経毒だと判明した。

 

「神経毒の粘液は無味無臭。肌に付着するだけで毒の効果を発揮、対象の呼吸を阻害する」

「……お前、いつの間にそんなの調べたんだ?」

「機会があったからね」

 

 敵を調べるのは当然のこと。

 一度逃がした相手、しかも偶然ではなく実力で逃げられたのだ。猶更調べる気になる。

 

「じゃあお前なら毒も分解出来るのか!?」

「そうだね、サンプルさえ入手すれば解毒剤を作れるが……」

 

 私は後ろを振り返る。

 

「その前に、彼女たちは私がこの作戦に参加することに納得しているのかい?」

「「「………」」」

 

 彼女達―――天元の嫁たちは何も言わずに私を睨むかのような目でこちらに視線を向けた。

 

「もしそうなら、何故彼女たちはこんなに殺気立っている? 実の所、誰一人私のことを聞かされてないんじゃないのか?」

 

 その女に私は質問を投げかける。

 

「なあ、そうじゃないか、確か……雛菊だったかな?」

「雛鶴です。……鬼の貴方に言われることではないですが、確かにそうです」

 

 彼女は頷いた。

 

「正直な話、私達は貴方がこの作戦に参加するのが不安です。いくら貴方が鬼殺隊や一般人を何度も助けたとはいえ、鬼に変わりありませんから」

「今は気まぐれで襲わないだけで、状況が悪くなったり飢餓になると人を襲う可能性だってあるしな」

「現に私たちは一昨日貴方に騙されたし、たくさんの隊員が貴方の攻撃で倒れましたし……」

 

 散々な言い様である。

 今まで面倒だとは思いながらも人助けをしてきたというのに、私ちょっとショックである。

 あと最後、アレは貴様らが私の邪魔をしたからだ。よりにもよってあのタイミングで来やがって。おかげではしたない様を見せてしまったではないか。

 しかし、彼女達の言い分は理解出来る。

 

「君たちの懸念はある意味正しい。何せ私は自分のために鬼を食らい、自分が後味悪い思いをしないために人を助けているのだからな。誰かのために生きる気など毛頭ない」

「「「……」」」

 

 こらこら、そんな目で私を見るな。

 仕方ないじゃないか、実際にそう思って行動しているのだから。

 私は自分の行動も意思も曲げるつもりはない。

 もし人間が私の道を阻むならば力ずくでも阻止するし、場合によっては命を奪うこともあり得る。

 これからも私は自分のために……。

 

 

「別にいいんじゃねえの?」

 

 突然、宇随が私たちの会話に入った。

 

 

「普通はそんなもんだ。こんな力を手に入れたら、試したいって思うだろうし、自分のために使いたいって思うだろ。むしろ、その力を悪用しないだけでも出来ている奴だと俺は思うけどな」

「て、天元様。それはいくらなんでも褒めすぎなんじゃ……」

「そうか? まきを、前に俺らを雇った金持ちや華族連中と比べてみろよ。成り行きでも人を助ける鬼と、権力 金 女に溺れてカタギを虐げる人間、どっちがマシだ?」

「そ、それはそうですけど……」

 

 まきをと呼ばれた女性はバツが悪そうにこちらを向いた。

 

「……すい、すいません。貴方は他の隊士や鬼に襲われた人たちを助けてくれたのに」

「いや、いい。序でに助けただけだ。本来私には人間の命なんてどうでもいい」

「ひ、捻くれてるね……」

 

 大きなお世話だ。

 実際に私は人助けのためではなく、鬼を食らうために動いたのだ。人助けはオマケどころか、勝手に助かっただけである。

 

「(しかし意外だな、まさか宇随が私を庇うとは)」

 

 本当に予想外だ。敵である鬼殺隊がこの私を助けようとするとは。

 まあ、別に嬉しくも何ともないが。この者たちにどう思われようとも私には何の影響もないし。

 

「ま、俺もコイツが鬼である時点で信用してねえけどな!」

「なんだそれは。お前はどこに話を持っていきたいんだ」

 

 私は話を中断して雑嚢(かばん)の中から地図を出す。

 

「それよりも鬼の現在地だ。おい宇随、その鬼は一体どこの村から来た?」

「ああ、大体この辺から上って来たらしいぜ。ここら辺は既にやられていた」

「随分遠くから来たな。大体何時頃だ?」

「正式な日にちは分からねえが、大体三日前にやられたって考えるのが妥当だな」

「かなり早いペースだな」

 

 やられた村の地区あたりに小石を置くことで印を付け、次の襲撃地点を予測する。

 鬼のペース、移動方向、そして行動パターンから考えるに……いや、待てよ。

 

「……なあ宇随、その鬼ってもしかして貧しかったり小規模な村ばかり狙ってないか?」

「お、良く気づいたな。だからその辺にあたりをつけて……おいどこ行く気だ!?」

 

 私は宇随の制止を振り切って走り出した。

 

 まずい。非常にまずい!

 このままだと奴のターゲットは……!

 

 

 

「実弥くん」

 

 何故こうも彼を鬼がらみの事件に巻き込むのだろうか。

 もしこの世に神がいるのならば、ソイツは鰐みたいに冷酷な奴なのだろう。

 

 




基本、鬼殺隊は葉蔵君に厳しめです。
というか、鬼である時点で彼らにとっての敵です。
人を一度も襲ってないどころか、人間の味方であり、人間に戻りたいと願う禰 豆子でさえあんな扱いなのです。
他のssでも人間の味方をしている鬼に対する態度は厳しいものが多い。
なので、鬼であることを肯定し、自分の欲求のために戦う葉蔵君が歓迎されるわけがありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42話

 

「へ、へへへへへ……や、やっと倒れやがったぜ」

 

 真夜中の暗闇で、絶望だけがはっきり見えた。

 檻のように囲む木々の上で、鬼がこちらを見下ろしている。

 

「……っ……!!」

 

 守って見せる。

 今度こそ、必ず。仲間を助け、一緒に帰るんだ。

 どれほどそれが不可避であったとしても。どんなに俺が傷ついたとしても。

 

 

 だが、そんな些細な想いも許されないのか。

 

 

 死ぬときは死ぬ。

 そんなことはとっくに分かった。

 何度も聞いたではないか、何度も見て来たではないか。

 その度に、絶望する度に、現実を突きつけられる度に、神や仏に願ってきた。

 なのに……何故こんなことに!?

 

 悔しい。

 また守れないのか。

 こんなところで終わってしまうのか。

 

 俺が弱いせいか? 鬼が種として強いからか? だからここで諦めろっていうのか?

 

 皆はどうなる?

 まだ息がある……いや、生かされているだけだ。

 奴がその気になればいつでも殺せる。

 

「……!!」

 

 ソレに気づいた途端、彼は―――粂野匡近は刀の鞘を杖にして立ち上がろうとした。

 だが、彼の脚は応えてくれない。

 どれだけ力を入れようとも、足腰は言うことを聞かず、力なく倒れるばかりだった。

 

 頼む。

 お願いだ、今だけでいい。

 この瞬間だけ、どうか立ち上がってくれ。

 自分をかばおうとした仲間を。自分を護ろうとしてくれた仲間をもう死なせないでくれ!

 

 しかし、やはり神はそんな些細な想いも許さなかった。

 

「誰か、こいつら……鬼を殺してやってくれ…………!!」

 

 

 何でもいい。

 鬼でもいい。救ってくれなくていいから。

 

 ――――その願いが、『運命』を引き寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

「君たちがあの村を守ってくれた鬼狩りかい?」

「「「!!?」」」

 

 

 ――――もっとも、ソレはマトモな神ではないが。

 

 

 

 

「ありがとう、君達が命がけで守ってくれたおかげで彼らのいる村は守られた」

 

 

 美しい声で、その神は語る。

 

 

「だから、今は休んでほしい。ここからは私が鬼狩りを代行しよう」

 

 

 優しさの中に冷酷性を秘めた鬼神の声。

 

 

「来なよ雑魚鬼。格の違いを思い知らせてやる」

 

 

 

 人間(ハゲザル)なんぞよりも上位の存在(オニ)が、下賤な鬼に裁きを下しに来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森に囲まれた集落……いや、集落だった廃墟。

 既に住民は存在せず、間借りするのは闇に異形の者たち。

 一人は毒の血鬼術を操り人を溶かす外道の鬼、蛇活

 もう一人は針を操り鬼を食らう異端の鬼、大庭葉蔵。

 そんな彼らを取り巻くのは死にかけの鬼殺隊である。

 

「(な……なんだコイツは……)」

 

 国近は葉蔵に目を奪われた。

 彼だけではない。この場にいる者全てが葉蔵へと目を向ける。

 恐怖と絶望、そして期待の籠った視線を。

 

 もしかしたら、これは勝機かもしれない。

 

 鬼には共食いの性質がある。

 自分勝手な鬼共は獲物や縄張りの取り合いをするため、協力して人間を襲うことはまずないのだ。

 もしかしたらこの鬼たちも今ある餌を取り合って争うかもしれない。その時が逃げるチャンスだ。

 

「……な、なんだオメエ!」

 

 先に動いたのは鬼だった。

 手から臭い液体―――溶解粘液を放つ。

 日輪刀をも溶かすソレは、確実に葉蔵……ではなく仲間の隊士に襲い掛かる。

 

「危ない! 逃げろ!」

 

 匡近はとにかく声を発した。しかし既に遅い。

 毒液は既に隊士まであと僅かというトコまで接近している。

 国近は目を瞑った。今はもう物体になってしまった仲間たちのように、無惨な死に方を予想して。

 

 

 

【針の流法モード 針塊楯】

 

 

 

「………へ?」

 

 しかし次に、別の意味で言葉を失った。

 

 葉蔵が隊士目掛けて赤い何かを投げた瞬間、ソレは人一人を容易く隠せるほど巨大化し、盾となったのだ。

 それだけではない。赤い盾は血鬼術を防いだ……いや、吸収したのだ。

 金属だろうが生物だろうが溶かす強力な血鬼術。

 恐るべきソレを盾はまるで水でも吸うかのように吸収し、表面の針が肥大化。その後、爆せるかのように針が鬼へと飛び出た。

 

「う…うわっ!」

 

 発射された針を咄嗟に避ける。

 標的から外れた針は近くの木々を破壊。派手な音を立てた。

 

「……攻撃の反射は出来るがタイムラグが大きい。実戦にはまだ早いか」

 

 そう言いながら葉蔵は次の手に移行。両手を真っ赤に染め上げ、血鬼術を発動した。

 

 

 

【針の流法 血針の霧(ブラッディミスト)】

 

 

 

 葉蔵から赤い霧が発生。

 ソレを倒れている隊士たち目掛けて振るい、その場にある瘴気を食らった。

 霧は瘴気を吸って赤い塊となり、ポトリと石のように落っこちる。

 

 

「………………は?」

 

 またもや別の意味で言葉を失った。

 

 眼前の光景が理解出来なかった。

 おかしい、ありえない。何故鬼が自分たちを助ける?

 

 どんな手段で瘴気を無くしたのかなんてどうでもいい。

 理不尽極まりない術も存在する鬼の血鬼術ならば、こんな芸当も可能だから。

 しかし、それ以上に。鬼が人を救うと言うのは理解不能だったのだ。

 

 

「な……何が起こった!?」

 

 理解出来なかったのはこの鬼も一緒だった。

 一体アイツは何をした。

 気体になったはずの俺の毒を、どうやってあんな石ころにした?

 どんな血鬼術を使えば、あんな芸当が出来るんだ!?

 理解出来ない。一体何なんだ!?

 

「こ…このォ!!」

 

 

【血鬼術 我執腐癌】

【針の流法 血針弾】

 

 

 無暗矢鱈に放たれる毒の粘液を、葉蔵は片手の血針弾で撃ち落とす。

 右手は使えない。血針の霧(ブラッディミスト)でその場を空気洗浄しているせいだ。

 

 鬼である葉蔵には気体化した毒は通じない。気管に痛みこそ感じるものの、すぐさま再生する。

 しかし、今倒れている鬼殺隊は人間だ。故にこの場に漂う瘴気を浄化しなくてはいけない。そのために葉蔵は空気中の血鬼術を食らう血鬼術、血針の霧(ブラッディミスト)を止めるわけにはいかないのだ。

 だがこの程度ッ! 葉蔵にとってはハンデの内に入らないッ!!

 

「(こ…コイツ! 全部撃ち落としてやがる!?)」

 

 葉蔵は蛇活の放つ毒液全てに針を命中させていた!

 正確に、そして迅速に! 全ての毒液を迎撃する!

 

「……ま、まさかコイツ!?」

 

 そして、この射撃を見て蛇活は気づいた。

 

 この鬼だ。この鬼があの時俺を撃とうとしやがった鬼だッ!

 

 間違いない。

 針を撃つ血鬼術、射撃能力の高さ、そしてこの圧力ッ!!

 一瞬でも血鬼術の発動が遅ければ、自身は殺されていた。

 間違いなくこの鬼があの針の正体だ!

 

「く…クソが! 」

 

 距離を取りながら新たな血鬼術を発動させる。

 あんな遠距離から、あれほどの威力の血鬼術を、あんな正確に撃てる鬼。

 そんな鬼に生半可な血鬼術など通じない。

 よって全力でこの鬼を倒す!

 

 

【悪性腐癌・泡爆】

血針弾・爆(ニードルボム)

 

 

 同時に繰り出される血鬼術。

 銃弾と粘液が同時にぶつかり、爆発を起こす。

 爆発によって煙が発生。視界を遮る。

 

「(今だッ! あの場所へ…あの場所へ行きさえすればッ!!)」

 

 チャンスだと言わんばかりに、蛇活はその場から逃げようとする

 相手は強い。正面から向かうなんて馬鹿のすることだ。

 ここは一旦引いて、あの場所で決着をつけるッ!

 そう判断し、背を向けて逃げようとしたが……。

 

 

 

「ぐげぇ!!」

 背を向けて逃げようとした瞬間、蛇活の脚に針の弾丸が命中した。

 煙によって視界が遮られている中、葉蔵の針は蛇渇に当たったのだッ!

 

「く…くそが!!」

 

 しかし蛇活は諦めない。

 先程の一手で力の差は理解した。しかし、だからといって敗北すると決まったわけではない。

 あの場所だ、あの場所に行けば事態は変わる!

 そう信じて彼は闘気を震わせる!

 

 

【血鬼術 悪性滑膿】

 

 

「!?」

 

 葉蔵ではなく、葉蔵の足元の周囲目掛けて撃たれた毒液。

 それは先ほどの粘液ではなく、粘り気は一切ない液体であった。

 さっきまで使っていた血鬼術と比べて早い。そのせいで葉蔵は迎撃に失敗し、血鬼術の発動を許してしまった。

 

 跳んで避ける葉蔵。

 地面は毒液によって汚染されているため、木に糸付き針を飛ばし、ワイヤーアクションのように木の上に着地。再び射撃体勢に入る。

 

「……なるほど、そういう風に使う血鬼術か」

 

 蛇活はその場におらず、地面を滑るように走って逃走していた。

 文字通り滑っている。

 足元から潤滑油のようなものを分泌することで、スケートのように滑って移動しているのだ。

 

 緩急を付けたジグザグ移動。

 巧み且つ特殊な移動法。

 実際、この血鬼術によるフットワークを破った者は鬼だろうが鬼狩りだろうが誰一人存在しないッ!

 

 

 だが、ここに一人! 例外が現れたッ!

 

 

 

【針の流法 血針弾・連】

 

 

 

「ぐ…ギィィィィィ!!」

 

 連射される血針弾。

 発射された20発の弾丸のうち、一発だけ命中。

 しかし、その一発だけでも鬼にとっては必殺の一撃だったッ!

 鬼の肉にめり込んだ弾丸が血液内の因子を吸収して針の根と化し、全身を蹂躙しようとするッ!!

 

「ぐ…ウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」

 

 弾丸が命中した腕を無理やり引き千切る。

 溶解液で肩を溶かしながら、鬼の力でブチッと腕を千切り捨てた。

 

「………ふーん」

 

 葉蔵はさして驚かなかった。

 鬼は驚異的な再生力を誇り、手足を切断されても再生する。実際、葉蔵の針をこのような手段で回避した鬼は過去に何匹か存在する。

 だから、次にどうすればいいかは既に分かっている。

 

 

【針の流法 血針弾・貫(ニードルストライク)

 

 

 足が止まっている蛇活に血針弾・貫をぶちかます。

 連発或いは散弾で敵を足止めした後に貫通弾で潰す。葉蔵がいつもやっているパターンだ。

 

 

【血鬼術 執固凝液】

 

 

 蛇活は回避を断念し、血鬼術を発動させて防御に回る。

 全身から分泌した粘液を身に纏い、鎧のように葉蔵の弾丸を防ごうとする。

 

「ぎゃああああああああああああああ!!!」

 

 だが、弾丸は蛇活にダメージを与えたッ!

 

 完全に貫いたわけではない。

 血針弾が貫いたのは表面のほんの数ミリ程度。

 だがッ! それだけでも葉蔵の血鬼術は効果を発揮する!

 

 血針弾は鬼の力の源である鬼の因子を食らう。

 鬼の肉体だろうが、血鬼術だろうが、当たって『抵抗』を突破すれば無力化するどころか、その力を吸収出来るのだ。

 まさしく鬼殺しの銃弾ッ! これさえあれば鬼など恐れるに足らずッ!

 

「お…オノレぇ~~~!」

 

 しかし、血鬼術に含まれるだけの因子では、鬼を仕留めきれなかった。

 血針弾は吸収出来る因子に限りがある。故に『手を抜いた』血針弾ではこの程度の威力しか出なかった。

 

 しかしそれで十分。

 鬼は力の源を奪われたせいで弱体化している。

 つぎを当てればいい話である。

 

「やはり……あの場所に行くしかないッ!

 あの場所へ、あの場所へ行きさえすれば……へぶしッ!?」

 

 ヨレヨレで、なんとも情けない表情の蛇活。そんな彼に鞭打つように、葉蔵は蹴り飛ばした。

 

「もうどこにも逃げられないよ。さあ、どうする?」

「く……クソがァァァァァァぁっぁぁぁ!!!」

 

 

【血鬼術 着執粘液】

【血鬼術 悪性腐癌】

【血鬼術 劣勢血膿】

【血鬼術 惰怠毒液】

 

 

 

 がむしゃらに血鬼術を使う。

 悲鳴を上げるようにして葉蔵目掛け、粘液をばら撒く。

 狙いを付ける余裕も、粘液を操るための冷静さもない。

 血鬼術の反動も一切考えず、ただ血鬼術を発動させる。

 

 醜い足掻き。ただの自暴自棄。そんな攻撃が当たるなら最初からここまで追い込まれてなどない。

 ないはずなのだが……。

 

 

 

「………っぐ!」

 

 まき散らされた毒液が葉蔵の腕にかかってしまったッ!

 

 

「(やった、勝った!)」

 

 葉蔵に攻撃が当たり、初めてダメージを与えたことに感激する蛇活。

 だが、ここで追撃をかけるなんて愚かな真似はしないッ!

 

「(今だ……今のうちにあの場所に行く!!)」

 

 相手は自身を圧倒する強さを誇る鬼。

 先程の戦闘で嫌という程思い知らされた力量差は、彼の中でトラウマとなっていた。

 以上の理由で自ら攻撃することはない。するとしてもあの場所に誘導してから……。

 

 

 

 

「やっと……使ったな?」

 

 パチンと、指を鳴らす音が響く。

 

 

 

 

「は? 何言……ぐげええええええええええ!!?」

 

 突如、蛇活の肉体を針の根が蹂躙した。

 

「(な…なんだ!? 何が起こったんだ!!?)」

 

 蛇活は困惑した。

 何だ、一体何をした? いつの間にこんな針を自分の中に埋め込んだ!?

 理解不能、理解不能、理解不能ォォォッ!!

 

「やっと使ってくれた。これで血清(ワクチン)の生成が出来る」

 

 葉蔵は自身の溶けた腕を引き抜き、また新たな腕を生やす。

 

 そう、葉蔵はただ舐めプをしていたわけではない。

 敢えて余裕ムーブをすることで相手を威圧し、パニックを引き押させることで血鬼術の連発を誘ったのだ。

 結果、葉蔵は神経毒のサンプルを手に入れたッ!

 

「(お、俺は……とんでもねえ鬼を敵に回したんじゃねえのか……!?)」

 

 最初、蛇活は葉蔵を強いだけの鬼だと思っていた。

 いくらどんなに強い鬼でも、特殊な手段を用いない限り同種を殺し得ない。故に蛇活は葉蔵が自分を殺せないと思っていた。

 

 だがッ! この瞬間ッ! 初めて鬼はその感情の片鱗―――恐怖と脅威を思い出したッ!!

 鬼には『あの方』以外は存在しえなかった。彼らには『脅威』を覚えるほどの存在がその例外を除いていなかったからだ。

 

 

 しかし! 今ここに天敵がやってきたっ!!

 

 

「もう貴様に用はない。……ここで死ね」

 葉蔵は新たに生えた腕を蛇活に翳す。

 そのまま血鬼術を発動しようとした途端―――

 

 

 

 

「見つけたぜ針鬼ィ!」

 

 日輪刀が葉蔵目掛けて襲い掛かった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43話

 それは、日輪刀というにはあまりにも大きすぎた。

 

 大きく、分厚く、重く、大雑把。

 

 それはまさしく鉄塊だった。

 

 

「(……ふざけている場合ではなさそうだね)」

 

 私は瓦礫の中から抜け出しながら立ち上がった。

 

 凄まじい威力だった。

 回転しながら飛んできた鉄板のようにデカい日輪刀は、私を木の葉みたいに吹っ飛ばした。

 刀の持ち主はいない。刀だけが私に襲い掛かって来たのだ。

 種は分かっている、血鬼術だ。

 血鬼術で日輪刀を操作して私をかっ飛ばしたのだ。

 

 無論、無抵抗ではない。

 咄嗟に針塊の盾で防御したものの、日輪刀は針を突破。なんとか直撃は免れたが、こんな風に吹っ飛ばされた。

 

 ちらりと刀が飛んできた方角を見る。そこには一匹の鬼がいた。

 一見するとただの成人男性だが、臭いと気配が鬼であると告げている。

 標準的な見た目の鬼だ。面白みに欠ける。

 

「(一体いつここまで接近した?)」

 

 いや、考えるまでもないか。

 おそらくあの鬼は自身の鬼の気配を完全にシャットアウトしてここまで来たのだ。

 

 一見すると不可能に思えるが、実際はそうでもない。

 

 鬼の因子を完全に眠らせると、鬼の気配は完全に消えるのだ。

 その際は鬼の力を一切使えず、無理に一度使うと気配も駄々洩れになる上に、鬼の力もうまく出ないという弱点もあるが、鬼殺隊の目を欺くにはいい方法だと思う。

 しかし、この方法を上手く使うには訓練がいる。なかなか鬼の因子は眠らせられないし、逆に力を使おうと因子を起こさせても、すぐに使えず時間がバカみたいにかかったこともある。

 他にも色々苦労した点はあったが、大体こんなものだろうか。

 まあ、天才である私はちょっと練習しただけで使えるが。

 

 しかし、普通の鬼は凡才の癖に、私のように自己鍛錬を行わない。

 こんな『素晴らしい力』を普通の人間が手に入れてしまえば、わざわざ苦労して力を伸ばしたいなんて思わないだろう。

 

 だが、この鬼は違う。

 この鬼は血鬼術を習得し、それを使いこなす訓練を積んでいる。……今までのようにはいかない。

 

「……面白い!」

 

 焦りどころか高揚感すら感じる。

 どちらがより多く積み重ねてきたか、ここで証明してやる!

 

 

【血鬼術 螺旋砲丸】

 

 

 私目掛けて鬼が女性の頭一つ分はある石を投げて来た。

 ただの石ではない。血鬼術によって加速された石だ。

 速いが直線的、タイミングも掴んでいるので避けるのは容易。

 私は体を捻って石を避ける……。

 

「なッ!?」

 

 避けたはずの石が方向転換して戻って来た。

 動きは滅茶苦茶。強いて言えば回転しながらコチラに向かっていることか。

 

「(血鬼術の効果か!)」

 

 なるほど、あの血鬼術は石を回転させて威力を出すだけでなく操作機能も付いているのか。

 私は石を血針弾で撃ち落とし、次の攻撃に備える。

 

 

【血鬼術 着執網液】

 

 

 背後から射出された網のような血鬼術を、倒れていた隊士からくすねた刀で切り伏せる。

 

 いいタイミングだ。

 私が帰って来た石の迎撃に気を取られている瞬間をいい感じに狙っている。

 だが、私には血鬼術の発動を探知する能力と、空気の流れを正確に感じ取る角がある。

 残念だったな。もし私でなければ、もし私にこの超感覚がなければ当たったであろう。

 

 

【血鬼術 螺旋貫突】

 

 

 私の隙を付いて死角から拳が飛んできた。

 腕をドリルのように変換させ回転している。

 おそらく先ほどの血鬼術と同じ効果なのだろう。

 

 しかしこれまた最悪の(いい)タイミングだ。

 血鬼術の迎撃でこの鬼の反撃に間に合わない。見事に嵌ってしまった。

 無論、私は例外だ。

 

 私は敵の腕を掴む……ことはやめて避けることにした。

 

 あの腕、チラリと見たら刃が付いてる。

 アレではミキサーのように切り刻まれてしまう。

 故に、私は多少体勢を崩してでも避けることにした。

 これほど接近しているのだ。迂闊に粘液の鬼も血鬼術を使えまい。

 

 

【針の流法 血針弾・散(ニードルショット)

 

 

 至近距離からの散弾(ショットガン)! これには耐えれまい!

 

 

 

 

 

「何ッ!?」

 

 直撃すると思われた弾丸は鬼に命中する直前に進路を変更。

 まるで回転するかのようにあり得ない方角に飛んでいった。

 

 これは流石に驚いた。

 血針弾を防がれたり、避けられたのは何度かあったが、こんな止め方をされたのは初めてだ。

 だが、この程度で私の針からは逃れられない。

 

「!?」

 

 見当違いの方向に飛んだ針が再び鬼に襲い掛かる。

 追尾機能付き血針弾。

 私の針は獲物と定めた対象を貫かない限り決して止まることはない。

 これでもう二度と、流れ弾が間違って当たるなんてアホな失敗は無くなるはずだ……。

 

【血鬼術 螺旋貫突】

【血鬼術 劣勢血膿】

【針の流法 血針弾・貫(ニードルストライク)

 

 

 同時に血鬼術が発動した。

 回転の鬼が血鬼術で先ほど私が放ったニードルショットを砕き、その隙を付いて私がニードルストライクを放つ。

 しかし、発射直前に粘液の鬼が粘液を放ったせいで咄嗟に回避。おかげで変な方角に飛んでしまった。

 

 

【血鬼術 螺旋豪槍】

 

 

 砕かれる私のニードルストライク。

 いつの間にか取り出した槍の穂先を回転させ、私の弾丸を破壊した。

 

「(……なるほど)」

 

 一旦距離を取りながら、いつでも迎撃できる場所を取る。

 

 私は眼前の鬼―――下弦の壱に対する警戒を強めた。

 目に刻まれた下弦の鬼の証。どうやらこの鬼は前に倒した鬼とは違うようだ。

 

「……いいねえ!」

 

 面白くなってきた。

 今までは舐めプしても勝てたような連中だが、どうやら今回の獲物はそうではないらしい。

 久々に本気のバトルが出来るッ!

 

「…ク、フフフ……」

 

 

 面白い、受けて立とうじゃないか!

 

 私の一方的に攻撃する狩りごっこ(ワンサイドゲーム)は終わりだ。

 

 ここからは本気の戦闘(ゲーム)人質の命(タイムリミット)付きのアクション。

 

 楽しい展開になって来たじゃないかッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(…凄まじい戦いだな)」

 

 山頂から双眼鏡で葉蔵の戦闘を眺めながら、天元はため息を付いた。

 

 

 生物としての格の違いを見せつけられた、そんな風に天元は感じた。

 

 普通の人間では到底太刀打ちできない強靭な肉体。

 日光や日輪刀以外では殺せない不死性。

 血鬼術という鬼にのみ許された特権。

 

 どれか一つでも生物として反則級だというのに、鬼という生物は全てを所有している。

 あまりにも不条理な存在。

 一個だけでもいいから寄こせよ、そう思ったのは何も彼だけでないはずだ。

 

「(ったく、隣の芝生は青く見えるっていうけど、ここまでくれば黄金に見えるぜ)」

 

 だからこそ、葉蔵の血鬼術が心底うらやましく感じる。

 

 鬼を探知する特殊な角。

 鬼の因子を食らう特殊な弾丸。

 血鬼術を無効化する特殊な血鬼術。

 

 どれか一つでも鬼殺隊から見て反則級だというのに、葉蔵という鬼は全てを所有している。

 ザコ鬼一匹を殺すのにもどれだけ地道かつ過酷な鍛練の積み重ねが必要なのか分かってるのか。

 反則だろ、一個だけでもいいから寄こせよ、そう思ったのは何も彼だけでないはずだ。

 

「(………いや、あの血鬼術はアイツだからこそ使いこなせるのか)」

 

 天元は葉蔵の動きを思い出す。

 

 いきなり走り出したかと思いきや、急に立ち止まって鬼を観察しだした。

 その止まった位置がまた良い位置なのだ。

 鬼を一方的に観察し、尚且つ鬼には気づかれない位置。

 狙撃手や観察手が好みそうな、銃でもあれば命中する場所だ。

 

 そこから血針弾を撃ち込み、現場に溜っていた血鬼術を食らって毒を無効化。その後、自身を囮にすることで鬼を陽動し、隊士たちが安全に撤退できる逃走経路を確保した。

 もし葉蔵が現場に漂っていた毒素を分解しなければ、もし葉蔵が突入して自身を囮にしなければ。おそらく隊士たちは全滅し、それを助けようとした隠たちも殺されていたであろう。

 

 さらに驚きなのは、これらの作戦を迷いなく計画し、躊躇なく実行し、ミス一つなしに完遂したことである。

 射撃の腕前も見事。

 血鬼術を使っているとはいえ、毒素が蔓延している箇所や効率的に毒素を排除すべき箇所(ポイント)を見抜き、一寸の狂いもなく弾丸を撃ち込んだ。

 流れ弾など以ての外。すべて命中させた。

 

 実に冷静な判断。

 実に迅速な行動。

 実に適切な措置。

 

 ここまでいくと天元は思ってしまう、コイツが敵にならなくてよかったと。

 

「(出来るならこのまま味方にして持ち帰りたいんだけど……)………無理だよな~」

 

 天元は葉蔵の性格を考慮して断念する。

 葉蔵は思っていた以上に人間くさい鬼だったが、それ故に鬼殺隊とは相容れない。

 しかし、そうも言ってられない。

 

「お館様の命令とはいえ……どうすればいいんだ?」

 

 天元は頭を抱えながら、無理とは分かりつつも葉蔵をスカウトする方法を考え始めた。

 

 




鬼殺隊が切りかかったと思いましたか?
残念、鬼でした!

紛らわしい書き方をして申し訳ございませんでした。
鬼殺隊の方々、評価を下げるようなことしてすいません!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44話

今更ですが、私はこのssでジョジョ風の書き方にチャレンジしてます。
もし見にくかったら言ってください、すぐ直します。

2020/12/3(木)に設定変更のため文章を足しました。
私の勝手な都合で申し訳ないのですが、話の都合上どうしても必要でした。
申し訳ございません。


 回転の血鬼術を操る下弦の壱―――羅戦(らせん)は葉蔵の戦闘力に焦りを抱いていた。

 

「(……この鬼、後ろに目でもついてやがるのか!?)」

 

 やはり、戦場は葉蔵の独壇場であった。

 血鬼術を操って蛇活を牽制、接近戦を挑む羅戦に対しては攻撃の意図を与えない様に立ち回っている。

 

 

 羅戦は唯の鬼ではない。

 下弦の壱。十二鬼月の中で7番目に強い鬼である。

 戦闘向けの血鬼術を使い、彼自身も他の鬼とは一線を画す強さを誇る。

 事実、彼は針鬼の首を献上することを条件に、上弦の陸への挑戦権を得た。

 

 やっと俺も上弦の仲間入り。たかが野良鬼の首なんて簡単にとってやるぜ!

 そう息巻いてたのだが……。

 

「(この鬼強すぎだろ! 何なら上弦の陸よりも強いんじゃねえのか!?)」

 

 鬼を一撃で倒す特殊な針。

 死角の存在しない超感覚。

 上記の能力を十全に使う鬼自身の戦闘力。

 どれもこれもが鬼にとって最悪の武器であり、尚且つ十全に使いこなしている。

 

 葉蔵の強さに羅戦は戦慄した。

 なんだこの鬼は。これほどの強さの鬼があの方に逆らう愚かな鬼なのか? 冗談も大概にしてほしい。

 そして何よりも厄介なのは……。

 

「(しかもコイツ! 俺の血鬼術の正体にも気づきやがっているっ!)」

 

 葉蔵自身の分析能力だッ!

 

 葉蔵はただ暴れているだけではない。

 二体の鬼を牽制しながら血鬼術の情報を集め、対抗策を戦闘中に編み出している。

 これこそ葉蔵最大の強みなのだ。

 

「蛇活! もっと援護しやがれ!」

「で、出来たらやってまさぁ!」

「(……役立たずが!)」

 

 蛇活の首には、羅戦の血鬼術が掛かった日輪刀のかけらが埋め込まれている。故に、蛇活は彼に逆らうことが出来ないのだ。

 こんな手間のかかるものを用意した理由は葉蔵対策だ。

 蛇活は攻撃力こそないが、相手をかく乱させる血鬼術に特化している。羅戦はそこに目を付けたのだった。

 しかし蓋を開けて見ればただの役立たず。現に今は殆どサポート出来ず、ただ針鬼をおびき寄せるだけでもボロボロになってたではないか。

 

 この場には罠があるからおびき寄せると言っておきながら、罠が発動する気配もない。

 

 羅戦の中で蛇活は『無能』の烙印を押されていた。

 

【血鬼術 悪性腐癌・泡爆】

【針の流法 血針弾・散】

 

 これまた同じタイミング。

 ほぼ同時に繰り出された血鬼術は互いにぶつかり相殺され、黒煙となって姿を隠す。

 しかし、葉蔵は気づいている、これが陽動ということに。

 次、また別の攻撃が来るッ!

 

 

【血鬼術 劣勢血膿】

【針の流法 血針弾】

 

 

 同時に血鬼術を発動する両者。

 しかし血鬼術の性質からなのか、蛇活の血鬼術の方が早かった。

 

「うっ!」

 

 鬼の血鬼術によって生成された潤滑液によって体勢を崩す葉蔵。

 そのせいで弾丸は見当違いに飛んでいくも、この弾丸は追尾機能が付いている。

 故に弾丸は蛇活の方へと飛んで行った。

 

 

【血鬼術 執固凝液】

【血鬼術 車輪走脚】

 

 

 葉蔵の針を血鬼術で防ぎ、血針弾を放った葉蔵の隙を突いて羅戦が接近した。

 足を車輪に変化させ、血鬼術で回転させて加速。

 一瞬で葉蔵の懐に入り、腕を振りかざした。

 

 

【血鬼術 回転滑刀】

 

 

 腕をチェーンソーのように変形させ、回転させながら振りかざした。

 

「(………考えたな)」

 

 葉蔵は羅戦の猛攻を避けながら感心する。

 

 大半の鬼は血鬼術を直接攻撃力として使用する。

 中には頭を使おうとする者もいるが、血鬼術を応用しているとはとても言い難い。

 だがこの鬼は違う。

 

 眼前の鬼は己の血鬼術を理解し、使いこなしている。

 回転という簡単な血鬼術を弾道制御、移動、防御、そして攻撃に応用している。

 

 特に肉体操作の速度と練度。

 使用する血鬼術に合った形に肉体を瞬時に変形させる。

 ただ目的に合った肉体に変形させるだけでも難しいのに、瞬時に変形させている。

 

 強い。

 血鬼術を使いこなし、ソレをサポートするための術も身に着けている。

 

「(けど、相方は使いこなしてないようだね)」

 

 相方の鬼の血鬼術は補佐に向いているが、味方が接近戦をしてると手を出せなくなってしまう。

 一対一の戦闘は得意だが複数での戦闘は苦手のようだ。

 

 相手の拳を半歩右前へ進みながら避ける葉蔵。

 羅戦は攻撃の勢いで止まれず、背中を向ける形となってしまった。

 葉蔵は隙だらけの背中目掛けて砲弾を撃とうとした瞬間……。

 

「なめやがって!」

「!?」

 

 突如、羅戦が葉蔵に振り返って後ろ回し蹴りを繰り出した。

 ありえない体勢からの蹴り。

 通常なら体重移動の関係で出来るはずない一撃。

 予想すらしなかった反撃は、葉蔵が今まさにトドメをさす一秒前の腕を刈り取った。

 

 しかしそこは葉蔵。

 彼は動揺しながらも後ろに下がって体勢を立て直そうと行動する。

 だが、相手はそう簡単に逃がしてはくれなかった。

 

 

【血鬼術 回転滑刀】

 

 

 今度は体ごと回転し、空中から後ろ回し蹴りを繰り出した。

 不自然な体重移動による軸足の脚撃。

 通常ならばダメージを与えるどころか、失敗して逆にダメージを受けるような最悪の手だ。

 それが葉蔵に命中した。

 

 切り裂かれる葉蔵の胸板。

 そこへ透かさず次の攻撃―――空中からの横蹴りが飛んできた。

 

 

【血鬼術 螺旋貫突】

 

 

「がはッ……!」

 

 切り口が開いた胸元目掛けて蹴りが貫通。

 ドリルのように回転して岩のように頑強なはずの体躯を貫く。

 

「「勝った!」」

 

 勝利を確信した瞬間、二体の鬼は同時に血鬼術を発動した。

 羅戦は刃を腕に生やし、己の血鬼術である回転滑刀で切断しようと、蛇活は毒液で葉蔵を更に弱らせようとする。

 

 しかし、それが決定打となってしまった!

 

 

 

 

 

「ぎゃあああああああああああ!!!!?」

 

 

 なんと!毒液は『羅戦』に命中したッ!!

 

 

 

 

「な……なんで……!?」

 

 蛇活は混乱した。

 おかしい、確かに自分は針鬼目掛けて血鬼術を使ったはず。

 なのに何故羅戦に命中しているッ!?

 

 理解不能理解不能理解不能ッ!!

 

 

 次の瞬間、蛇活の眉間に血針弾が命中した。

 

 

 

「………へ?」

 

 

 なんで。

 最後まで疑問を抱きながら、蛇活はこの世からブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなか楽しめたよ、二人とも」

 

 今回のバトルはなかなか楽しかった。

 

 ある程度血鬼術を使いこなせる戦闘役。

 ある程度サポート技が使える援護係。

 ある程度バランスの取れた獲物だった。

 

 惜しむとするならもう少し打ち合わせをするべきだった。

 役割分担は出来ていたが個々の行動が多く、コンビプレイをいまいち活かしきれてない。

 もしあの二人がちゃんとコンビ出来ていたら私をもっと追い込むことが出来たかもしれない。

 

「まあ、最後のアレは私自身反則だと思うけど」

 

 私が最後に取った手札。それは、体内からの血針だ。

 

 私はあらゆる個所から血針弾を生成できる。

 指先からでも、背後からでも、そして体内からでも。

 普通なら自分の体の中に針生やしてどうするんだと思われるが、今回のように肉体を素手や血鬼術で貫かれた場合はその限りではない。

 血鬼術を体内から吸収して再生出来る。

 

「(こうしてみると、やはり体内からの方が血針の吸収効率がいいな)」

 

 鬼の血を原料とするせいか、このやり方の方が普段よりも一気に因子を取り込めたような気がする。

 おそらくその通りなのだろう。私がそう感じたのだから。

 まあ、検証は後になるだろうな。

 

「……眠気がやばい」

 

 急に眩暈がした。

 気を抜けば夢の世界に旅立ちそうな眠気。

 間違いない、これは急激の鬼因子の濃度が上昇したことによる酔いだ。

 

 私は自身の鬼因子の許容量を超えると強い眠気に襲われる。

 藤襲山にいた頃はまだ大して容量がなかったせいか、少し鬼を食った程度でずっと寝ていた。

 

 必要な睡眠時間はその時摂取した因子の量で決まる。

 最初鬼を食ったときは一日中寝ていて、それからは日中ずっと寝てたり、4時間ぐらい寝てたな。

 最大では一週間ぐらい。確か、あの手鬼を倒した後は山の外でソレぐらい寝てたな。

 

 早く寝床を確保しなければ。

 しかし、その前にやることがある。

 

「……宇随、これが約束の物だ」

「……気づいてやがったのかよ」

 

 後ろに向かって針を投げると、宇随はソレを難なくキャッチした。

 

「それが解毒剤だ。注射のように刺すことで解毒剤が出る仕組みだ」

「……お前本当になんでも出来るな」

「別に何でもできる訳じゃない。その針はあくまでも体内にある鬼の因子のみを食らう。だから回復させることは出来ない」

「流石にそこまで求めちゃいねえよ」

 

 針を懐に仕舞う宇随。

 これでもう私の役目は終わりだ。さっさと消えよう。

 

「ありがとうよ。……それで、どうだ?」

「? 何がだ?」

「お前って普通の飯も食えるんだろ? 今回の礼も兼ねて俺がおごってやる」

「………」

 

 私は黙ってブラッディ・ミストを煙幕として発動。その場からすぐに逃げた。

 

 私は早く寝たいんだよ

 

 

 




気づいてると思いますが、回転滑刀は某カーズさんの技をモチーフにしてます。
無論、威力も美しさも本家が上ですが。
こっちはただのチェーンソーなので光らないしあそこまで鋭くありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45話

「そうか、ダメだったか」

 

 とある屋敷内部にある座敷。

 産屋敷は柱を集めて天元の報告を聞いていた。

 

「やはり所詮鬼は鬼! 即刻首を刎ねるべきだ!」

「その通り! 件の鬼を見かけ次第即刻殺す! それが俺たちの役目だ!」

「し、しかしその鬼に助けられた者もいるのではないのか?」

 

 柱の一人―――炎柱、煉獄槇寿郎が違った意見を出した瞬間、鬼殺せに統一された空気が乱れた。

 

「何を言っている!? 鬼は斬る! それが俺たちの仕事だ!」

「しかしその鬼は何度も人々を助けていると聞く。それで鬼との戦闘で不利になったにも関わらず」

「そうです! しかも今回は我らを救ってくれたではないか!」

「バカ者が! それが鬼の作戦だと分からんのか!? 奴らは卑劣なのだぞ!」

「そうだ! 我らの仲間が鬼に同情するものから死ぬ! その大前提を忘れたのか!?」

 

 議論はどんどんヒートアップしていく。

 

「貴様ら! 仮にも恩義がある相手にその言い草は無礼だぞ!」

「鬼相手に礼儀などかけてたまるか! あんなケダモノ共なんかに!」

「しかし件の鬼は既に何十件もの実績がある! いい加減認めたらどうだ!?」」

「ふざけるな! 一体どれだけの仲間が鬼に殺されたと思っている!? 今更信用出来るか!」

「然り! 過去にも人間の味方のフリをして近づき、惨い殺され方をされた隊士たちは存在する! 信用してはならない!」

 

 ヒートアップは続く。

 

「いい加減現実を受け入れたらどうだ! 針鬼とやらは我々の仲間を救い、民衆から何百件も」

「寝惚けた事を! その鬼は我らに恩を売って油断させようとしているだけだ! いい加減に目を覚ませ!」

「恩を売りたいだけならこうも人助けを行う理由はあったのだろうか?目立つように数回程我らを助け、あとは適当に人を食らってもいい」

「何が人助けだ!? 報告によればその鬼が民間人に惨い拷問をしたと聞いたぞ!」

「しかしその者達は異常に多い利子を要求し、女子供を遊郭に売る外道だぞ! 私も隊律がなければ似たようなことをしている!」

「貴様それでも鬼殺隊か!? その発言は隊律違反と見なすぞ! 何故鬼を庇う!?」

「貴様こそ同じ人間か!? 鬼は憎いが恩義を無視するほど落ちぶれてはない!」

「なんだと!? 表に出ろ!鬼を庇う貴様は柱に相応しくない!」

「受けて立つ! 復讐心のみに囚われた者こそ柱に相応しくない!」

 

 

 

 パンッ!

 

 

 産屋敷が手を叩いて制す。すると先程まで騒いでいた柱達は静かになった。

 

「言い争いはそこまでだ。……ところで天元、その鬼はどんな性格かな?」

「……良くも悪くも人間くさい捻くれ小僧と言っておきましょう」

 

 天元の発言に再び場がざわつく。

 

「俺たち鬼殺隊は在り方からして普通の人間とはズレたところがあります。しかしあの鬼は……」

「なるほど、一般人が力を手に入れたようなものだと」

「はい。しかも善人よりの一般人です。力を悪用して金品を奪うといった様子もなく、鬼に襲われている者がいれば助ける。

 しかし人間の味方であるつもりはなく、鬼を狩るのは食事のため。人助けも出来るからやった程度で積極的に行うつもりはなさそうです」

「しかし今回は大いに助けられたじゃないか」

「おそらく出来るから引き受けた程度でしょう。多少不利になったところで負ける気は毛頭ない。だからやったという程度でしょうか」

「なるほど。けど天元、可能だから助けるだけでも通常の鬼とは違うんじゃないのかな?」

「はい、ですから俺はアイツを善人よりの捻くれ小僧と判断しました」

「なるほどなるほど」

 

 うんうんと頷く産屋敷。

 その様子を柱の面々と注意深く眺めている。

 

「では話を変えるけど、その鬼はどこまで強い?」

「……おそらく、柱と同等かそれ以上かと」

「しかし君は生き残ったね、それに煉獄もほぼ無傷だ」

「それは葉蔵が加減したからです。もしその気になれば俺など肉片に変え、炎柱様相手にも辛勝していたでしょう」

 

 その言葉を聞いて再び場が騒めいた。

 

「なるほど、ソレを聞いて今度の方針が決まったよ」

「真ですかお館様!?」

「うん、その鬼だけどね……」

 

 

 

「接触を避けて放置しよう」

 

 

 

 

 

「鬼を狩る鬼とは面白いけど、柱並みの力があるなら迂闊に近づけない。しかし放置しても被害が出るどころか勝手に鬼を退治してくれて人命救助までしてくれる。なら何の問題もない」

「し、しかし相手は鬼です! どうか判断を誤りにならないでください!」

「けどその鬼は煉獄を相手にしても無力化させる程の腕前だよ? そんな鬼相手に勝てる自信はあるのかい?」

「……この身を犠牲にすれば!」

「それはダメだ。危険を冒すに足りる利益があまりにも少ない」

 

 

「針鬼のように強く、針鬼以上に被害を齎し、針鬼以上に残酷な鬼はいくらでもいる。君たちにはその鬼を優先的に討伐して欲しい。出来るかな?」

「「「………はい!」」」

 

 賛同の声と不服そうな声が同時に重なった。

 

「それじゃあ次の議題に移ろうか」

 

 むしろそっちの方が優先的な議題だ、そう言いたげに産屋敷は話題を切り替えようとした瞬間……。

 

「カァァァ、カァァァァァッ!!訃報!!訃報ゥ!!」

「伝令、伝令! 訃報である! ガァァァァ!!」

 

 突如、鎹烏たちが慌てた様子で乱入した。

 

「水柱! 瀕死!! 水柱! 瀕死!! 十二鬼月の返り討ち!!」

「鳴柱!討たれた! 柱狩り、存命である!!」

「「「!!?」」」

 

 その報告は、鬼殺隊にとって最悪なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 人どころか獣すら存在しない山奥で、一匹の鬼が遊んでいた。

 

「なかなか面白いアトラクションだったぞ、下弦の参」

「う……うぅ………」

 

 鬼の名(プレイヤー)は大庭葉蔵。

 対する獲物(エネミー)の名は下弦の参、儒黙(じゅもく)

 木を操る血鬼術を使い、この山の草木を支配下に置いて周辺の人間を食らい、挑んだ鬼殺隊も返り討ちにしてきた。

 

 

 儒黙はそれなりに強い鬼だった。

 血鬼術の根を山に張ることで山の草木を支配下に置き、自由自在に操作し、植物を通じて離れた場所から血鬼術を使用出来る。

 葉を手裏剣のように鋭くして飛ばしたり、蔦や枝を鞭や剣のように振るわせたり、種を弾丸や爆弾のように飛ばす、痺れ粉や毒の胞子を飛ばす等、某モンスターゲームのような技が使える。

 更に草をトラバサミなどの罠などにも変えることが出来る。

 更に更に。植物から本体に情報が送られ偵察にも使える。

 

 根を張った山の中だけとはいえ、上弦の鬼並みの血鬼術。

 

 山の植物全てが武装した兵士であり、敵を迎撃する罠と兵器。 

 山に入った鬼殺隊たちは例外なく迎撃されてきた。

 山の中は要塞であった。

 

 しかし、今回は相手が悪かった。

 

 

 葉蔵は獲物―――儒黙の首を雑な賞品のように掴み、無理やり持ち上げる。

 賞品に抵抗する力はない。

 血針によって鬼の因子を奪われ、血鬼術どころか肉体すら自由に使えない。

 

「血鬼術で直接攻撃するのではなく、木を操作するとは。環境に左右されやすいが、私相手にはいい手だったぞ」

 

 たしかに儒黙の血鬼術は凶悪であった。

 遠距離から植物を通じて血鬼術を使い、不意を突いたり罠を仕掛けるというやり方は、鬼殺隊にとっては天敵のような能力であろう。

 しかも、植物はただ血鬼術の媒体というだけで、倒しても本体にダメージはない。ほかの植物が媒介になるだけだ。

 その性質から葉蔵の血鬼術である血針弾も効果を出さなかった。

 だがそれだけだ。葉蔵にはいくらでも手札がある。

 

 葉蔵には鬼の角による超感覚がある。

 三六〇度どころか空間内全てを見渡す超感覚。

 空気の流れだけで周囲の動作を察知する超感覚

 鬼の位置、血鬼術の発動を正確に探知する超感覚。

 

 これらの前では不意打ちなど無意味。

 どんなに気配を消そうが、罠を仕掛けようが、何かしようとした瞬間に察知されてしまう。

 現に、これによって儒黙はあらゆる策を潰された。

 

「そしたら君は血鬼術でごり押しをしてきたね」

「……」

 

 血鬼術による物量戦。これが儒黙が葉蔵に負ける要因となってしまった。

 たしかに普通の鬼や鬼殺隊にはいい手だった。

 山は彼のフィールド。山の植物全てが彼の手足であり武器だ。

 しかし、相手が悪かった。

 

 葉蔵が血鬼術で再現するのは平成の兵器。

 鬼殺隊の柱が使うような技ならともかく、経験も技術もない、ただ植物を少し強くした程度で出来た武器が現代兵器に敵うはずがない。

 当時の銃弾や爆弾なんて以ての外。

 アサルトライフル並みの連射性と精密性を持つ葉蔵に勝てるはずがない。

 

 それに、儒黙が一度に操れる草木には限度がある。

 一斉に山全ての植物を操るなんて芸当が出来るはずがないし、植物を過度に強化したり、逸脱させる事も出来ない。

 第一、そんなことが出来るなら山のみでしか使えないとしても、とっくに上弦の鬼になってる。

 

 葉を刃のように飛ばせる?

 蔓を鞭のように振るえる?

 枝を剣のように振るえる?

 種を弾丸や爆弾に変える?

 山全ての植物が罠や兵士?

 

 だからどうした。

 葉蔵には人を超えた空間把握能力、血鬼術と鬼を正確に捉えるサーチ能力、そして現代兵器を再現出来る血鬼術がある。

 彼の特殊な血鬼術の前では、儒黙の血鬼術など案山子である。

 

 たとえ、儒黙が水柱を殺した鬼であろうとも。

 

「まあ、君を殺そうと思えばいつでも殺せたんだけどね」

 

 そう、最初から決着がついていたのだ。

 彼には遠距離からでも鬼の正確な位置を把握する超感覚と、超遠距離でも逸れることなく発射できる銃弾、それらを使いこなす葉蔵の狙撃能力がある。

 狙い撃とうと思えばいつでも狙い撃てたのだ。

 

 葉蔵がこの山に来た時点で儒黙の死は決定していたのだ。

 

「君の用意してくれた遊園地はかなり楽しめたけど、もうネタ切れのようだね」

 

 葉蔵は更に儒黙に針を刺す。

 

「………楽しかった」

 

 月明かりはスポットライトのように葉蔵を照らす。

 ゲームをクリアしたプレイヤーを祝うかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なかなか興味深い血鬼術だな」

 

 今回の鬼は面白い獲物だった。

 植物がb級映画のモンスターみたいに襲い掛かり、ソレを血針弾で撃退していく。

 罠が発動したり、モンスターが様々な登場の仕方して私を楽しませてくれた。

 

 モンスターや罠の種類も豊富だった。

 踏んだら爆発する地雷みたいな草、丸太のトラップが発動する木、降ってくる尖った木の枝、毒の胞子を吹くキノコ。

 他にも様々なアトラクションが私を楽しませてくれた。

 よくもまあ大正時代の鬼があそこまで思いつく。平成生まれの私でもビックリしたぞ。

 

 まるで遊園地にでも来たかのようだった。

 シューティングゲームにサバイバルゲームに様々なトラップ。

 平成時代に戻ってU〇Jに行ったかのような気分だ。

 

「アトラクションとして楽しめたけど、戦術としては落第点だ」

 

 不満があるとすれば、鬼自身が血鬼術を使いこなしてないといったとこだろうか。

 

 兵士や罠の配置がなってない。

 ただ手当たり次第に植物を操るだけで戦略性が感じられない。

 準備を怠り、作戦を立てず、手足である植物を活用しない。

 これでは私に食われて当然だ。

 

 戦闘は手数が一つ増えるだけで取れる手段が相乗する。

 万全な準備を整え、それぞれの役割を決め、それらを活かした作戦を立案し、ちゃんとし指揮をとれば、私を倒せずとも善戦は出来たかもしれない。

 

 しかし、まあいい。

 私の望んでいたものは満足とはいかなかったものの、ある程度は得られたのだから。

 

 

 

 そう、この遊戯こそ私の望んでいたものだ。

 

 ここ最近、じっくり考えて答えが出た。

 何故私は同族を狩るのか、何故私は自身の力を伸ばそうとするのか。その全ての答えがやっと出たのた。

 

 

 

 

 私はこの力でゲームをしたいだけなんだ。

 

 

 

 この力を手に入れて私は浮かれていた。

 人の常識を超えた鬼の肉体に、血鬼術という強大な超能力。

 前世では憧れるも、夢物語として認識していた力を自分のモノとして振るう。その快感に私は酔っていた。

 

 私自身が他の鬼より強いことも輪をかけていた。

 どうやら私以外の鬼は武術などの戦う術を知らないらしく、闘い方も血鬼術の扱い方もなってないものばかりだった。

 それもそのはず。彼らの大半は元庶民。武術や戦い方を学ぶどころか教養すらないものばかりだ。

 対して私は華族としてこの時代最先端の教育と戦闘訓練を嫌々とはいえ受け、前世の記憶と経験がある。

 漫画やアニメ、現代科学技術、そして現代兵器…。いくらでも鬼としての闘い方の参考はある。故に、私は他の鬼を圧倒する強さを有していた。

 

 普通の人間にはない力を持ったという特別感。

 超常の力を思う存分に振るえるという万能感。

 同じ力を持つ鬼を圧倒しているという優越感。

 悪者である人食い鬼を討ち倒すという爽快感。

 私はこれらの感覚に酔い痴れていた。

 

 

 しかし、それの何がいけないのだというのか。

 

 ある日突然、力を手に入れたら、誰でも試したいと思うのではないか。

 他の鬼共のように人間を食い殺したり嬲り殺そうとは思わなくも、この力を存分に振るいたいと願うのは当たり前ではないか。

 

 私にはこんな素晴らしい力がある。

 折角面白そうな力があるのに使わず、我慢するなんて勿体ないじゃないか。

 

 私はもう人ではない。鬼になったのだ。故に人の理には縛られない。我慢もしない。

 

 私は自由だ。誰にも私を縛る権利も咎める権利もない。

 

 私は自身に秘められた力を存分に振るいたい。

 この力を使って面白おかしく暮らしたい。

 この力で楽しいゲームをしたい!

 

 私は私のために、愉しむためにこの力を使う!

 

 

 そうだ、これこそ本当の私だ。

 

 

 

「……それで、君が今日の対戦相手か?」

「………」

 

 後ろに振り向く。

 そこには刀を携えた金と赤の髪をした鬼殺隊―――炎柱がいた。

 

「針鬼、お前に討伐命令が出ている」

「何?」

 

 炎柱の発言に私は違和感を抱いた。

 

 鬼殺隊は私の血鬼術を欲しているはず。

 鬼の居場所を探知し、鬼をたった一刺しで無力化させ、血鬼術を無力化出来るこの針を。

 だから鬼殺隊はこう望むはずだ、『あの鬼、どうにかして利用できないかな』と。

 証拠はない。三日前に宇随が私を飲みに誘った際、私を引き入れようとする魂胆から推測した程度だ。

 

「(面倒だから逃げたが、少しぐらい付き合って情報を入手すべきだったか?)」

 

 いや、今はそんなことを考えるべきではないか。

 

「……何故、私を討とうとする? 私は人間を食ったことはないはずだけど?」

「貴様は危険だ。だからここで倒す!」

「?」

 

 ありえない。

 確かに存在が危険なのは認めるが、それだけで鬼殺隊がわざわざ私を殺すとは思えない。

 放っておくだけで鬼を食ってくれる便利な危険生物を、柱という貴重な切り札を捨ててまで討伐するなんてしないはずだ。

 勿論鬼殺隊がそんなバカの可能性もあるが、そこまで考えたらキリがない。

 もう少しゆすってみるか。

 

「やめてくれないか? 私にお前たちと敵対する気はない」

「そういうわけにはいかない。……だが、俺に考えがある」

「?」

 

 どういうことだ、余計に分からなくなったぞ。

 何故このタイミングで私を見逃す旨の発言をする? 一体何のメリットがる? いったい私をどうしたいんだ?

 一体、私に何をさせたい?

 

「(……ん?私に何かをさせたい?)」 

 

 そんな文章が頭に思い浮かんだ瞬間、私はやっと炎柱の意図が見えた。

 

 

 ああ、コイツは私を脅そうとしているのか。

 

 

 おそらく炎柱には何か私にさせたいことがある。

 鬼を殺すこと以外で、私にしか出来ないこと。

 怨敵である鬼と手を組んでまでしたいこと。

 考えられるとすれば……。

 

「(鬼退治以外といえば、宇随と手を組んだ際に鬼の毒を消してやったな。おそらくソレか?)」

 

 いや、ただ鬼の毒を消すだけなら、こんなまどろっこしい手は使わないはずだ。

 おそらく鬼殺隊関連ではなく、私情からくるもの。だからこんなにコソコソしている。

 

 鬼の毒、鬼殺隊関連以外、私情……。そこから導き出される答えは……おそらくアレか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の大切な人は元気か?」

「!!!?

 

 わざとらしく微笑みながら、簡単な日本語を吐く。

 するとどうだろうか。

 たったこれだけで炎柱は面白い程に動揺した。

 

 




今回、やっと葉蔵の戦う理由が出ました。
自分の欲を満たすために力を振るい、楽しむために戦う。
炭次郎達のように命を懸ける訳でも、誰かの想いを背負う訳でも、大切な何かがあるわけでもない。
ただただ自分のために、自由気ままに戦う。
これこそ私が鬼滅の刃で出したかったオリ主です。

ではなぜそんな主人公を出したかったのか。
それはまた後程理由を述べたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46話

「あぐぅぅぅぅ!! 痛ええぇぇぇ!」

「急いで鎮痛剤を投与して! 早く!!」

「草が、草が俺の足をォォォォォ!!!!」

「もう大丈夫です! ここに鬼はいません!!」

 

 鬼殺隊士の治療所、花屋敷。

 負傷した数多くの鬼殺隊士達が集められ、処置を受けていた。

 

 彼らは儒黙によって返り討ちに合った鬼狩り達である。

 隊列を組んで儒黙が拠点とする山に向かったが、大半の隊士は殉職。残った隊士たちもこうして集中治療を受けることになってしまった。

 室内のパイプベッドは既に満員。

 全員重傷を負っており、中には腕を失ったり足を食いちぎられた者もいる。

 地獄絵図と言ってもよい有様だ。

 

「ひどい……、こんな大勢の隊士たちが鬼に……」

 

 救護班の一人―――胡蝶しのぶは手を動かしながら嘆く。

 

 人手が足りない。

 屋敷中の従業員たちを総動員し、怪我が比較的軽い隊士たちも手伝ってくれている。

 それでも手が回らない。

 

 通常ならこんなことはない。

 いくら怪我人が多くても、なんとかやっていけるほどの人手を確保しているはずだ。

 では、なぜ足りないのか。そこには特別な理由があった。

 

「ダメ姉さん! どれだけやっても解毒出来ない!」

 

 毒である。

 彼らは鬼の毒を受けており、解毒のせいで人手を大幅に割かれてしまった。

 

 鬼の毒は特殊だ。

 血鬼術から生み出された毒は、科学のルールや物理法則を無視して作用することがある。

 そのせいで通常の解毒手段が通じないことが多々あるのだ。

 

 特に毒の回りがひどいのは水柱。

 カナエ達を加勢する怪我が比較的軽い隊士達―――錆兎達の部隊を庇った結果である。

 

「……クソ! 俺があの時鬼の正体に気づいていればッ!!」

 

 壁を殴って怒りを表す錆兎。

 

 錆兎と義勇その他諸々のメンバーで山へ儒黙を討伐しに向かったが結果は返り討ち。部隊は散り散りになり、柱が直々に向かって救助することになった。

 そして、水柱は救助する際に隊士を庇って毒を浴びることになってしまった。

 

「あの時俺はそこにいたはずなんだ! なのに…なのに俺は……!!」

 

 錆兎はその現場を見ていた。

 見ていながら止められなかった。

 戦うための力がありながら何も出来ず、その場に突っ立ていた。

 

 男にあるまじき失態。

 あの時、何が何でも動き、柱と共に助けるべきだった!

 

 足に傷を負っていたとか、刀が折れていたとか、そんな言い訳は通じない。

 漢ならば成せるはずだ。真の漢ならばそんなことで折れたりなどしない。

 なのに俺は……!!

 

 後悔するも彼に出来ることはない。

 薬学の知識もなければ基本的な応急処置しかできない彼では、少し治療を手伝う程度しか出来ない。

 

「……錆兎、俺らも休憩しようか?」

「義勇か。俺にはそんな権利はない」

「……そういわずにさ」

 

 義勇もまた錆兎と同じ思いだった。

 彼も自身の無力さを痛感しており、そのことを悔やんでいた。

 もっと鍛錬を積んでおけば、もっと準備を整えておけば、もっと思慮深く行動しておけば。

 そうすればあんな罠なんて看破し、誰も犠牲にすることはなかったはずだ。

 自分たちを助けてくれたあの鬼みたいに……。

 

 

 

「大変、大変よ冨岡君! 鱗滝くん!」

 

 突如、解毒に専念していたはずのカナエが慌てた様子で部屋に乱入してきた。

 

「どうした、騒がしいぞ胡蝶姉」

「大変、大変なのよ!」

「だから何が大変なんだ?」

 

 

 

「葉蔵さんが抗毒素製剤を持ってきたのよ!」

「「…………は?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当によかったわ、葉蔵さんが来てくれて」

 

 とある屋敷で、私は台所に立って料理をしていた。

 メニューは豚汁と猪肉のステーキだ。

 

 今日は色々あって疲れた。

 アトラクションで思いっきり遊び、炎柱と商談して、抗毒素を生成して。

 無限に近い体力を持つ鬼でも気疲れしてしまう。

 だから今日はがっつり食べよう。

 

「それにしても何で抗毒素製剤を持っていたの?」

「ついさっきまで毒を持つ鬼と戦っていてね、鬼殺隊と戦った形跡があったからもしかしたらと思って用意したんだ」

 

 カナエ君に対して私はそう答える。

 本当は違うけど。

 

「そうなのですか! 本当にすごいですね葉蔵さんは! このお礼は必ずします!」

「いいよ別に。一泊させてくれるだけで十分だ」

 

 竈(かまど)に火をつける。

 通常なら火打石とか使うが、私はそんな原始的なやり方ではない。

 血鬼術で火をおこす。

 

 薪の中に針を放り込み、振動させることで発熱させて発火する。

 角から出る電波的な血鬼術で針の振動を調整し、火力の制御も可能。火というよりIHに近い感覚だ。

 私はこの方法で料理をしている。無論、不死川さんの家にいた頃も。

 

「鬼である私は日を遮る宿を提供してもらうだけで大助かりだ」

「けどそれだけでは私の気が済みません! 何かないです?」

 

 肉に塩コショウを振って軽く下味をつける。

 

「特にないね。あの解毒剤も出来るからした程度だ。私には何の痛手も損失もない」

「け、けどそれでも釣り合ってるとは言えません!」

「それはどうかな?」

 

 加熱したバカでかい日輪刀に猪の背油を乗せる。

 

「君にとって私に宿を提供するのは大した労力ではないかもしれないが、日を浴びれない私にとっては大きな利益だ。

 対し、鬼である私にとって解毒剤を提供するのは大した労力ではないが、血鬼術に対抗できない君にとっては大きな利益だ。

 こう考えると労力的に釣り合ってるだろ?」

 

 脂が溶けて来た所で猪肉の塊を日輪刀の上に乗せて焼く。

 じゅーじゅー。

 肉の焼ける音と匂いが食欲を刺激する。

 

「そ、そういうものですか?」

「そういうものだ。価値基準は当人の能力や環境の相違で大きく変わる。鬼と人なら猶更だ」

 

 肉を見つめ、ひっくり返すタイミングを覗う。

 

「……やっぱり鬼と人が仲良くなるのは難しいのかしら?」

「当然だ。鬼にとって人間は捕食対象。猪と狼が同居するようなものだ」

 

 それから少しの間カナエ君と鬼についての話をした。

 

 カナエ君曰く、鬼とは哀れな存在らしい。

 腹を痛めて生んだ子供であろうとも、どれだけ深く愛していても、人肉への飢餓には勝てない。

 どうしようもない本能を抑えるのはどれだけ苦しいことか。

 そんな苦しみの連鎖を断ち切るために彼女は鬼狩りとなった。

 

「(……確かにそういった者たちは哀れだね)」

 

 鬼が哀れであることは同意する。

 彼らの中には望まず鬼と化し、人間だった頃の記憶を失うことで『人としての自分』を奪われ、鬼としての本能を押し付けられることで『別の存在』へと書き換えられた者もいる。

 そういった鬼は私も哀れに思う。

 記憶を消された上で別の何かで精神を上書きされるなんて、まるで洗脳ではないか。

 そういった彼らは被害者である。故に私も責めるつもりはない。

 

 

 しかし、大半の鬼たちはそんなキレイな奴ではない。

 

 

 私の会った鬼の傾向が偏っているのだろうか、それとも私自身がそういった鬼を引き寄せる体質なのだろうか。

 鬼の大半は元から碌でもない人間であり、鬼の力を悪用して人間の頃よりも派手に悪事を働いているクズだ。

 そういった輩には私も容赦しない。遠慮なく楽しませてもらう。

 

「(……いや、むしろそれが普通じゃないのか?)」

 

 鬼の力は劇薬だ。

 

 人知を超越した力を手に入れた人間は、己を律する法や倫理から解放され自由になる権利もセットで手に入れる。

 その瞬間は、当人が内に秘めた欲望を解き放つ瞬間でもある。

 

 叶えるための力がないから、リスクが高いから出来ないと、醜い欲望を諦めて普通の暮らしをしている人間がどれだけいる。

 そんな人間が、社会や集団に縛られてるだけの人間が鬼の力に目覚めたならどうなるか。

 

「(……お、考えている間に肉が焼けてきたな)」

 

 ひっくり返してじっくり焼く。

 牛ならミディアムでもいいが今回は猪だ。ちゃんと中まで火を通さなくては。

 

「……葉蔵さん、随分美味しそうなものを作ってますわね」

「ん?」

 

 ふと、カナエ君が私のトンテキならぬイノテキをジ~と見つめてきた。

 

「美味しそうですね、そのお肉」

「………そうか」

 

 私は無視して料理を続ける。

 この肉は決してやらんぞ!

 

 

 

「絶妙な焼き加減ですね。血鬼術のおかげですか?」

 

「お料理上手ですね。このお肉もすごいいい匂いがするわ」

 

「針を飛ばせるだけじゃなくて熱を出す血鬼術も使えるんですね。いい感じにお肉が焼けてるわ」

 

 

 

 集中出来ない!

 

 何? そんなに私のお肉食べたいの? 別の作るからそこで待ってなさい!

 

「お、すげーいい匂い。肉焼いてるのか?」

「あ、葉蔵さんが料理してる。俺らにも作ってー」

 

 ……面倒くさッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結局全員分作らされた」

 

 早朝、私は屋敷の離れで寝転がっていた。

 

 あの後、私は冨岡君たちの分まで作らされた。

 別にそこはいい。

 数人増えた程度では負担にならないからね。

 

 ただ全員分となると話は別だ。

 

 文字通り全員分だ。

 この屋敷内の従業員、怪我している隊士全員分を作らされた。

 

 流石にその人数分のステーキは作れないのでメニューを豚汁に変更。

 味噌と野菜はこの屋敷の物を使ってみんなに分けた。

 

「……疲れた」

 

 いや、本当に疲れた。

 肉体的な疲労を感じない鬼の肉体がクタクタだ。

 まったく、何でこの私がこんな重労働をしなくてはいけないのか。

 

「それじゃあ私は寝る。だからしばらく起こさないでくれ」

「はい、おやすみなさい」

 

 布団を引いて横になる。

 久々の人間らしい寝床だ。不死川さん家の布団は藁だったからな……。

 

「……ん?」

 

 ふと、人の気配がした。

 離れの廊下の入り口辺りで何やら言い争っている。

 

 数は二人……いや、三人か。

 カナエ君と十代ほどの女の子が何やら揉めて、あと一人が二人の間をすり抜けてこちらに向かっている。

 

「(狙いは私か?)」

 

 離れには私のいる部屋以外何もない。だから、離れに向かう=この部屋に用があるということになる。

 この部屋は女子部屋だと言いふらすようカナエ君達に言っておいた。だから用もなく近づかないはず。

 十中八九私に用があると見て間違いないだろう。……いや、もしかしたら聞いてない可能性もあるな。

 

「……誰だい?」

 

 敢えて私から声をかける。

 ただの空き部屋だと思ってるなら『誰かいるのか?』と反応するだろうし、聞いてるなら『何で女子部屋から男の声が?』と疑問に思うだろう。

 そして、特に驚くことがなければ私に用がある可能性大だ。

 

「……入っていいか」

「どうぞ」

 

 声の主は特に慌てることなく襖の戸を開ける。

 

「ああ、君は……」

 

 声の主は私の知り合いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、針鬼」

「うん、久しぶりだね。伊黒くん」

 

 




いきなり場面が飛んで混乱している方もいらっしゃるかと思いますが、理由はちゃんとあります。
ですのでどうかもう暫くお待ちください。
その時に葉蔵の本性が出ます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47話

 その日、俺は神に出会った。

 

 

 

 

 強く、美しく、残酷な荒神。

 

 彼が現れた途端、悪鬼たちは恐れ慄き、恐怖の悲鳴をあげる。

 

 

 人間では到底敵わない、強大な力を持つ化け物共。

 

 俺たちがどれだけ集まっても、俺たちがどれだけ全力を尽くしても、俺たちがどれだけ努力を積み重ねて手に入れた技術でも。

 鬼共に俺たちの刃が届くことはなく、ただただ狩られるだけだった。

 

 

 

 たくさん努力した。

 

 文字通り血反吐を吐く程、刀を持つ手から血がにじみ出る程の鍛錬を積み重ねてきた。

 

 すべては醜い鬼共を殺し、美しい者となるために!

 

 けど、全然駄目だった。

 

 まるで雑草でも刈り取るかのように、奴らは俺たちの命を奪い取る。

 

 あの時、俺は絶望した。今までの努力は一体何だったんだと。

 

 努力しようが、技術を身に着けようが、知恵を絞ろうが。

 

 どんな手を使っても鬼には勝てない。

 

 もう駄目だ。おしまいだ。

 

 やはり醜い俺は美しい存在にはなれないんだ。

 

 諦めて刀を下ろそうとした瞬間……。

 

 

 

 

『針鬼だ!針鬼が来たぞォォォォ!!』

 

 

 

 

 神―――荒神が現れた。

 

 赤い角が生えた、美しい容姿の鬼。

 

 血に飢えた他の鬼とは違い、その鬼は冷静かつ優雅だった。

 

 俺たちの身を案じる余裕と気品。

 

 その鬼は赤い何かを投げつけ、次々と醜い鬼共を退治していく。

 

 食い終わった団子の串でも捨てるかのように針を投げる。

 

 俺たちでは到底勝てないような悪鬼共を、その鬼は……荒神はたったそれだけで駆除した。

 

 

『ガハ…!』

 

 荒神より二倍も巨大な鬼が拳をふり下ろそうとする。

 荒神はそれが振り下ろされる前に、小さく見える拳を腹に突き刺して鬼を殺した。

 

『ゴフュ!?』

 

 拳が異様に巨大化した鬼が殴りかかる。

 荒神は鬼の腕を受けで止め、その鬼の首目がけて針を突き刺した。

 

『ゲボッ!?』

 

 足が異様に長い鬼が後ろから飛び掛かる。

 荒神はまるで後ろに目が付いているかのように、攻撃の時期を見極めて後ろ蹴りを鬼に当てた。

 その蹴り一つで鬼は息絶えた。

 

 それからも荒神は鬼を退治し続けた。

 向かてくる鬼を殺し、逃げる鬼を殺し、中には恐怖で自滅した鬼もいた。

 

 

 

『ふ…ふふふ! フハハハハハ!!』

 

 

 高らかに笑う荒神。

 

 気品と狂気が両立しているような笑声。

 

 俺にはソレが祝詞にも呪詛にも聞こえた。

 

 

 

『………』

 

 その鬼―――荒神が戦う瞬間を俺はずっと見ていた。

 

 動けなかった。

 

 勝てないと理解したから? 逃げられないと理解したから そもそも生きることを諦めた?

 

 

 ―――どれもこれも違う。

 

 

 

 

 

 俺は荒神に見惚れてしまった。

 

 

 

 

 圧倒的な強さ。

 

 人知を超えた神秘の力。

 

 芸術のような、過剰なほど整った美貌。

 

 同族であるはずの鬼を殺し食らう残酷性。

 

 

 ―――どれもこれもが綺麗だ。

 

 

 羨ましい。

 弱く、醜く、屑な俺とは違う。

 

 知りたい。

 どうやったらあんな風になれるのか。

 

 なりたい。

 俺もあの荒神のように美しくなりたい。

 

 

 

 

 

 

「……針鬼」

 

 俺は荒神が残した針を袋に納めながら、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花屋敷の離れ。

 隔離されているかのようにひっそりと建てられている小屋の一室に、二人の少年がいた。

 一人は鬼殺隊の少年、伊黒小芭内。

 もう一人は針鬼こと葉蔵である。

 

 鬼殺隊と鬼。

 弱者と強者。

 狩るものと狩られるもの。

 憎むものと憎まれるもの。

 

 本来ならばありえない組み合わせ。

 敵対以外の関係性がないはずの両者が、食う殺す以外の関係で成立しないはずの両者が。

 しかし、ここに例外がいた。

 

「それで、私に話って何だい?」

「………はい、針鬼」

 

 大庭葉蔵。

 針鬼と呼ばれる鬼喰いの鬼は、特定の鬼殺隊員―――藤襲山で救われた隊員達からは鬼でありながら例外的に信頼されている。

 鬼殺隊最高戦力である柱と同等か、それ以上の憧憬を彼らは抱いている。

 それは、伊黒小芭内も同じだった。

 

「俺のこと、覚えてくれてたんですね」

 

 かれこれ数十分、長い沈黙がやっと破られた。

 

「もちろん。一度だけとはいえ仮にも命を預かった身だ。あの時私と一緒に鬼を狩った戦友の名前はちゃんと覚えているよ」

「そ、そうだったんですか!」

 

 嬉しそうに身を乗り出す伊黒。

 一見すると葉蔵が彼らの命を重く捉えているようだが、別にそんなことはない。

 葉蔵の家は軍系の華族であり、英才教育を受けた彼は兵士の扱い方も教わっている。故に癖として彼らの名前を覚えただけである。別に守ってやろうとかそんなのはない。

 

 

「……針鬼にとって、人間とはなんですか?」

「(……これは、質問そのものを答えたらいい問題ではなさそうだ)」

 

 穏やかそうな笑みを浮かべながら、冷静に思案する。

 

 葉蔵自身には伊黒の相談を真面目にするつもりはない。

 ただ面白そうだから。その程度である。

 

「その質問に答える前に、君がそう思うようになった経緯を話してくれないか?」

「………はい」

 

 ゆっくりと伊黒は経緯を話した。

 

 要約すると、伊黒は自身の掲げる鬼殺について疑問を抱くようになった。

 任務の際に鬼よりも残酷な殺し方をする鬼殺隊員、鬼よりも卑劣な人間の所業。

 それらを見て彼は自分が本当に正しい側の人間なのか疑問に思うようになってしまった。

 

 おそらく、原作の彼ならそんなことは露ほども思わないであろう。

 仮に仲間の鬼殺隊が鬼を辱めるような殺し方をしても、汚い鬼なのだからやられて当然だと思うであろう。

 仮に卑劣な人間を見ても、顔を顰めて通り過ぎるだけで、人間を汚いものだとは思わないであろう。

 

 だが、彼は邂逅してしまった。

 汚いと見なしたはずの、彼にとって悪の象徴であるはずの鬼を美しいと思ってしまった。

 この切っ掛けは、途轍もなく大きい。

 

「だから……俺は思うんです。本当に俺たちはキレイな側なのかと。本当に……人間はきれいなものかと」

「………」

 

 少しの沈黙。

 目を瞑って微動だにしない葉蔵。

 話題のせいか、それとも葉蔵の態度のせいうか、或いは両方か。

 重々しい空気が部屋を充満した。

 

「……まず君の答えに答えよう」

 

 長い沈黙

 換算すれば一分ほどであるが、伊黒にとってその時間は何時間にも錯覚するほど長く感じた。

 

「君が見たものは正しい。確かに同じ人間でありながら、鬼さえも唾棄するような鬼畜の所業を行う者はいる」

「………はい」

「おそらく鬼以上に人間を殺し、嬲り、苦しめるのは同種である人間だ」

「………」

「まあ、人間の敵はいつの時代も人間ということだ」

 

 人を食う鬼は悪か? 否。それならば獣を食らう人とて悪だ。

 人を貶める鬼は悪か? 否。人が人を貶めることとて星の数ほどあるだろう。

 分かり易い直接的な暴力を見せる鬼を極悪非道と言うが、人間だってそういった側面を持つのだ。

 むしろ、そういった側面を前面に出した存在を鬼と呼んでいるのかもしれない。

 

「所詮は敵対関係と捕食関係にある連鎖が並んでいるにすぎない。……ま、人間のように多面的で多様性のある生物を一括りに纏めようとすること自体がおかしいけど」

「………」

 

 納得のいかなそうな、歯に何かが挟まったかのような顔をする伊黒。ソレを見て葉蔵はクスリと笑った。

 

「まあ、こんな薬にも毒にもならない一般論を言われてもしっくり来ないだろうね。おそらく、君の悩みはそんな軽いものではないはずだ」

「………はい、実は俺は…「いや、話さなくてもいいよ」…はい?」

 

 手を挙げて伊黒の発言を遮る葉蔵。

 

「わざわざ辛い過去を他人に明かす苦行をする必要はない。そんなことしなくても君の悩みの解決策は出ている」

「ほ…本当ですか!?」

 

 身を乗り出して聞く井黒に対し、葉蔵は落ち着いた様子で話を続ける。

 

「ああ、君が悩んでいるのはおそらく、君の中の価値観が大きく変わっている証拠だ」

「価値観……ですか?」

 

 重々しく聞く伊黒に対し、葉蔵は笑顔で答える。

 

「そうだ、君は外に出て様々な知識を吸収し、様々な体験を通すことで変わろうとしている」

「……変わる?」

「そうだ。かくいう私もそうなんだ。この力を手に入れてから、私は外の世界に出た。そこで様々なことに触れ……『変化』してきた」

「………!!!」

 

 変わる、変化する。

 その言葉を聞いた途端、伊黒は心臓の高まりを感じた。

 

 己の血を汚れていると蔑み、自分自身を屑だと言い張る伊黒。

 彼は願っていた、汚れた己が『いいもの』へと変わることを。

 表では否定しても、心の奥底では変わることを望んでいた。

 

 もしかして自分も変れるのではないか。

 汚い自分が、この鬼のように綺麗なものに……!

 

 

 

 

「私は変わった。鬼の力を手に入れることで『生まれ変わった』。君もまた、全集中の呼吸と日輪刀という力を手に入れたことで変わるための手段を手に入れたんじゃないのか?」

 

 ドクンッ。

 

 心臓が痛い。

 脈打っているのが伊黒自身にも分かる。

 

 

 

「私もかつては縛られていた。振り向けば家族や親族たちがしがみついていた。まるで私を何処にも行かせないように。『役目を押し付ける』かのようにいた」

 

「しかし私は力を手に入れることで己を縛る鎖から解放されたんだ。この力で私を束縛する鎖を引きちぎったんだ。だから力を持つ君も私と同じことが出来るはずだ」

 

 

 

「君が望めば変われるはずだ。なにせ君は既に変化するための力を手に入れている。その力を伸ばせば、その過程でほしいものが見つかるはずだ」

 

 

 

 

 ドクン!!

 

 鼓動は更に強まり、ただでさえ痛い彼の胸を更に強く締める。

 

 高揚。

 今まで感じたこのない胸の高まりだった。

 

 

 

 

「今はただやりたいことをひたすら行え。その先に君を縛る何かを断ち切る方法があるはずだ」

 

 

 安堵感。

 まるで音楽でも聴いてるかのように心地よい声が、伊黒をこれ以上ないほど安心させる。

 その声は水のように伊黒の脳へ染み渡り……。

 

 

「そのためには力が必要だ。君がもし私を素晴らしいものだと思っているなら、それは私が強く自由な存在だからだ」

 

 

 恍惚感。

 心地よい声に、伊黒の意識が(もや)が生じ始める。

 昨夜の疲れか、葉蔵の声による安堵感からか、或いは両方か。

 葉蔵の声は伊黒を夢心地へと誘う。

 浸み込んだ言葉は全身を駆け巡り、奥底へと潜っていく……。

 

 

 

「外の世界は広い。己を縛る鎖を切るための術や情報が、束縛を弱めてくれる体験がいくらでもある。それらを吸収するんだ」

 

 

 陶酔感。

 夢でもみているかのような酩酊感。

 祝詞にも、呪詛にも聞こえる声で。

 潜った葉蔵の声が、湖の水面を揺らめく波のように伊黒の全身から心へと流れる。

 

 

 

 

「力を手に入れろ。その先に自由はあるはずだ」

 

 

 

 

 

 目が覚めると、伊黒は用意された病室に戻っていた。

 帰った記憶はない。気が付いたらここにいた。

 しかし不安は存在しない。

 

 

 

『君は変われる。生まれ変われるんだ』

 

 

 

 

 

「………」

 

 葉蔵の言葉を思い出しながら、伊黒は後ろを見る。

 伊黒の体にしがみ付く腐った手と五十人の恨めしい眼。

 もう何度も見慣れている幻覚だ。

 すでに死んでいる筈なのに、未だに伊黒の心と体を掴んで離さない過去の亡霊(トラウマ)

 何度も夢の中に出てきては苦しめられ、起きていても白昼夢として現れる。

 『いいもの』である間だけどこかへ行ってくれる。だから鬼狩りになっていいものへとなろうとしたのだが……。

 

「ふん」

 

 軽く腕を振るうと、それらの影が消えた。

 

 いつもならばもっと必死にならなければ消えない亡霊たち。

 藻掻けばもがくほど、意識すればするほどに亡霊の影は大きくなり、より強く伊黒を締め付ける。

 何度も恨み言を聴いた。何度も憎しみの視線を向けられた。何度も憎悪の気を浴びせられた。

 一体それらに伊黒はどれだけ苦渋を受けてきたか……。

 

 しかし今は、簡単に消す事ができた。

 

 

 影が弱くなった。

 恨み言の声量が、向けられる視線が、浴びせる憎悪が。

 全てが依然よりも格段に弱体化していた。

 

 あの方のおかげだ。

 あの方が声をかけてくれたから、悪霊共は力が弱まったんだ。

 会ってみてよかった、話してみてよかった!

 

 実際に効果があったのか、単なる思い込みなのかはハッキリしないが、少なくとも伊黒は葉蔵のおかげだと判断した。

 

 

「このままいけば俺も………!」

 

 まだ悪霊は消えたわけじゃない。

 存在感(チカラ)が弱くなっただけで、ちゃんと伊黒の(ナカ)にいるのだ。

 完全に除去し、駆逐しなければ伊黒は悪霊共(トラウマ)除霊(克服)したことにはならない。

 

 

「そのためには力がいる……!」

 

 

 あの方の言う通り、力をつけよう。

 

 あの方の言う通り、様々なことを経験しよう。

 

 あの方の言う通り、自分のやりたいことをしよう。

 

 あの方の言う通り、自由を……!

 

 

 

 

「そうすれば、俺は生まれ変われる!!」

 

 伊黒は『葉蔵のように』真っ赤な瞳で決意した。

 

 




私の中で伊黒というキャラは過去のトラウマに縛られ、そこから解放されたがっているキャラクターに見えました。
従姉妹の言葉によって自分が価値のない人間だと思い込むようになり、ソレを否定するために、自分が価値のある正しい側の人間だと思えるために鬼殺隊に入った。
美しい存在になりたい、いいものになりたい。屑の血統に生まれた汚い自分を否定したい。
彼が甘露寺を好きになったのも、美しいものへの憧れがあったのが原因の一つだと私は愚考しております。
そこを彼は葉蔵に血鬼術で付け込まれました。まあ、葉蔵は無意識ですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48話

「ふ~、喋った喋った」

 

 布団に籠りながら私はあくびをした。

 寝る前に軽くおしゃべりするつもりが、思った以上に内容が重くて話も長引いてしまった。

 普通一度だけ会った程度の相手にあんな重い話するか?

 

「(まあ、悩みはわからなくもないけど)」

 

 彼の悩みと私の悩みだったモノのジャンルはおそらく一緒だ。

 無論、鬼殺隊なんて危険極まりない仕事に就いているのだから、私の過去とは比べ物にならない壮絶な何かによるものだろう。

 だが、解決法は似ているはずだ。

 

 

 彼は……伊黒君は何かに縛られ、支配されながら生きている。

 どういった内容か、どういった経緯でそうなったかは知らない。

 しかし、そのことが原因で彼が本来なら掴めるはずの幸福を妨げられているのは理解出来る。

 

 聞く限り彼は既に家族も親族も失った孤独の身であり、友人や恋人なども存在せず、彼を育てた育士も彼が鬼狩りになるのを強制してないらしいので、人間関係による縛りはない。

 借金や刑罰などの法律や金銭による縛りもないため、他人が彼を縛る道理はない。

 そこから導き出される答えは、彼自身が己を縛って不幸にしているということだ。

 

 別に珍しい話ではない。

 原因になった出来事の大小に関係なく、自分で自分を縛る人間はけっこういる。

 

 

 私の前世―――『俺』がそうなんだから。

 

「………ッチ」

 

 顔に手を当てて、余計な考えを振り払う。

 そうだ、もう私は『俺』じゃない。というか、人間ですらない。

 人知を超えた力を手に入れた。人間を圧倒する肉体を手に入れた。……私は人間という枠組みを超えたんだ。

 もう私は誰にも縛られない。自由の身だ。

 

 私は変わった。

 あの夜、人類をぶっちぎりで超えたんだ。

 

「……ふう」

 

 落ち着いたところで手を顔から離す。

 ああそうだ。余計なことは考えない方がいい。そんなことしたって何の役にも立たない。時間と労力の無駄だ。

 

 

 

 話を戻す。

 自分で自分を縛る人間は、他人ではその鎖を解けない。自分でやるしかないのだ。

 他人が出来るのは切っ掛けやヒントを与えるだけ。だから私は彼に言葉を濁してどうするかアドバイスした。

 

 力をつけろ。

 自由になるためには己の身や財産を守る力が必要であり、何よりも力は持つだけで自信に繋がる。

 かくいう私がそうだ。

 鬼の力があるから自由を手に入れ、他の鬼よりも戦える力があるから自信がついた。

 その結果、私は自分を縛る鎖を引き千切ることが出来た。

 

 様々なことを経験しろ。

 蓄積された体験は己の世界を構成する要素になる。故に、今の自分の世界が嫌なら、上書きして変えてしまえばいい。

 かくいう私がそうだ。

 鬼に成って外の世界に行き、普通では出来ない経験によって私を閉じ込めていた世界を上書きすることが出来た。

 まあ、上書きのせいで弊害が出た面もあるが。

 

 己のしたいことを優先しろ。

 その先に本当の自分が、自分の幸せというものがある。

 かくいう私がそうのだから……。

 

 今の私は満たされている。

 力を身に着け、面白い物事(イベント)を経験し、自分のしたいことをしている。

 私は幸せだ。

 

「……まあ、そんな幸せも鬼だから享受出来るものだけど」

 

 私の場合、幸せを手に入れるために努力したとか、何かを試したとかそんなのはない。

 ただ偶然力を手に入れた。

 偶々運よく鬼の力を手に入れ、偶々無惨とやらの支配から抜け出しただけだ。

 

 力なんてそんな簡単に手に入らない。

 人の体も人間の社会もそう簡単に周囲より優れた力を手に入れられるような作りになってないから。

 

 自身を変えてくれる体験なんてそう簡単には出来ない。

 人間の行動範囲や時間には限りがあり、色んな体験を出来るほど優しく作られてないから。

 

 自分が本当にしたいことなんてそう簡単に出来るわけがない。

 経済的な関係、お家的な関係、地域的な関係。人間には様々な縛りがある。

 その結果、自分が本当にしたいことが出来なくなったり、本当にやりたいことが分からなくなってしまうことがある。

 

「後は彼次第だ」

 

 後は知らない。どうなろうが伊黒次第だ、

 まあ、鬼殺隊みたいな超ブラックな環境に耐えているのだ。大丈夫だろう。

 それに根拠はないが、彼ならばもっと出世して力をつけるような気がする。

 ただ、そのために私生活を犠牲にしたり、鬼狩りに盲目になって経験できる経験を逃しそうなのだが……。

 

「まあ、君ならうまくいくだろう」

 

 何故だろうか、彼は最終的には幸せになれそうな気がする。

 

 

 この話は終わりだ、さっさと寝よう。

 もう話は終わったのだ。考える必要はない。

 第一、 なんでこの私が他人のためにこんなに悩まなくてはならないんだ。私らしくない。

 さっさと寝て今日の疲れを癒そう……。

 

 

 

 

 

「死ね、鬼めッ!!」

 

 

 ああもう、誰も私を寝かせてくれないのか?

 迫り来る白刃を視界に映しながら私はため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと姉さん、なんで私には会わせてくれないのよ!?」

 

 離れに続く廊下の前。

 カナエとしのぶが姉妹で何やら揉めていた。

 内容は……しょうもないことである。

 

「だ、ダメよここを通すわけにはいかないわ!」

「いいじゃない姉さん。私もその人に会いたいわ!」

 

 カナエは妹であるしのぶの行進を止めようと必死でとおせんぼをする。

 

 カナエがしのぶを必死に通せんぼする理由。それは、葉蔵にしのぶを会わせないためだ。

 

 しのぶは気になっていた。

 隊士たちを解毒し、食事を振舞った人物―――葉蔵について。

 

 自分がどれだけ必死になっても解毒できなかった鬼の毒を、突然やって来てあっさりとやりやがった。

 薬学について豊富な知識と経験があるに違いない。

 是非会って話を聞きたい!

 

「ねえ姉さん、その人ってすごい人なのでしょ?」

「え…えぇ! それはとっても」

「そうよね、だって私があんなに頑張っても解毒出来なかった毒を簡単に解毒出来るような人だもんね!」

「そうなのよ! しかもお料理も作ってくれたし!」

 

 やった、会話をそらすことが出来た。

 そうカナエが思った途端……。

 

「そうね、だから私その人に会ってみたいわ」

 

 ダメだった。

 

 

「いいからそこ通してよ姉さん」

「ダメ!」

 

 通り抜けようとするしのぶを止めるカナエ。

 

「……邪魔よ姉さん」

「ダメ!」

 

 再び通り抜けようとするしのぶを止めるカナエ。

 

「通してよ姉さん!」

「ダメ!」

 

 またまた通り抜けようとするしのぶを止めるカナエ。

 

 

「~~~~! 何で邪魔するのよッ!!」

 

 遂にしのぶが怒った!

 

「なんでさっきから邪魔するのよ姉さん!」

「そ、それは~その~………」

 

 目が泳ぐどころか、バタフライしているカナエ。

 そうなること数秒間、何かをハッと思いついた顔をして饒舌に話し出した。

 

「じ、実はね! その人はお化粧してないから人前に出られないのよ!」

「いいじゃない、女同士だし」

「………」

 

 ダメだった。

 

「………はあ~。いいわよ、姉さんがそこまで必死になるなら何かあるのよね?」

「………! そ、そうなのよ! だからゴメンね、しのぶ」

「仕方ないわね~。分かったわ、その人に会うのは諦めるわ」

 

 渋々仕方なくといった様子で引くしのぶ。

 ソレを見てカナエが安心した途端、再び新たな危機が迫った。

 

「……って、ちょっとそこの貴方! 何私たちの間を通り抜いて部屋に行こうとしてるのよ!?」

 

 いつの間にか二人の間をすり抜けて離れの部屋に向かおうとする隊士―――伊黒に向かって怒鳴った。

 

「そこをどけ、俺は部屋の奴に用がある」

「どくわけないでしょ! ここは女性の部屋よ! 男が勝手に入れるわけないじゃない!」

「女? あの方は男だぞ?」

 

 

 

「俺は針鬼に会いたい。だから邪魔するな」

「…………は?」

 

 瞬間、しのぶは目の前が真っ白になった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49話

 しのぶは走る。

 姉を誑かした鬼をこの手で討つために。

 姉の妨害を無理やり抜け、戸を蹴り飛ばし、障害を越える。

 

 見えた、あの男だ。

 鬼の癖に布団の上で寝ようとしている。

 それは姉さまの布団だ、お前のじゃない。

 

「死ね、鬼め!!」

 

 首めがけて藤の毒が塗布された刃を振り下ろす。

 せいぜい鬼を弱らせる程度で、藤襲山に居る様な弱い鬼なら殺せるレベル。

 これなら首を刎ねられなくとも、弱らせることは可能な筈だ。

 

 相手は動いてない。このままいけば首を貫け―――

 

 ガキンッ

 

 刀が鬼の首に触れた途端、金属音のような音と共に刃は止まった。

 

「(か…かたい!)」

 

 ソレは鋼鉄のような硬さだった。

 柔肌の下に鉄板でもあるかのような感触。

 

 渾身の一撃だった。

 助走をつけ、体重をかけ、斬る瞬間に全集中の呼吸を使って全身の筋肉をフル動員させた。

 全てを込めた一撃。

 だが、この鬼には通じなかった。

 

「こ…このぉ!!」

 

 今度は彼女の得意な刺突で鬼の首を貫こうとした。

 幸い鬼は動かない。

 こちらを舐めているのか、それとも疲労のせいか。

 どちらにしろ首を切ってやる!

 

 しかしそれも鬼の首を貫くことはなかった。

 

 先程と同じ感触。

 刀から伝わるジーンとした感覚。

 それでもしのぶは諦めなかった。

 

「……はあ~、もういいか?」

「!!?」

 

 しのぶは怒りに任せて刀を振るった。

 

 この鬼、完全に自分を……人間を下に見ている。

 

 ふざけるな。

 お前たち化け物が……ケダモノが人間を見下すな!

 理性の欠片もなく人を食らい、嬲るようなお前たち如きが人間を見くびるな!!

 その怒りを刀に込めて、しのぶは刀を振るう。

 

「……服はやめろ。再生しないんだ」

 

 鬼が手を掲げる。

 馬鹿が、そんなので防げるわけが……。

 

 

 パキンッ

 

 

 葉蔵が刀を小指で受け止める。

 途端、日輪刀が細枝のようにあっさりと折れてしまった。

 

 

「………!?」

 

 あっさりと折れた。

 唯一鬼に対抗するための牙が、まるで価値がないと嘲笑うかのように。

 

「なんだ、この程度で私を殺そうとしたのか? こんな爪切り代わりにもならない刀で」

「あ、あぁ………」

 

 へたりと、その場で尻もちをつくしのぶ。

 その言葉を聞いた瞬間、しのぶの足腰の力が抜けた。

 

「(か……勝てない!)」

 

 やっとしのぶは理解した、自分が敵に回した鬼がどれだけヤバいかを。

 今のしのぶが相打ち覚悟で向かっても傷一つすら付けられないほどの、圧倒的な力量差。

 いくら毒があろうとも、そもそも刃が通らなくては意味がない。

 たかが少し毒針を持った羽虫が、巨象に歯向かうのが間違いなのだ。

 

 スッと鬼がしのぶに手を伸ばす。

 死を覚悟した。

 その気になればいつでもしのぶの命を刈り取れる鬼の手。

 花でも摘むかのように、何気ない動作でしのぶの眼前に向けられる。

 終わった、逃げられない。

 抵抗を諦め、目を閉じて覚悟する……。

 

 

「これで分かったろ、私は君の戦力を圧倒している。戦闘は無意味だ」

 

 葉蔵は出来るだけ優しくそう言ったが……。

 

 

 

「なんで……なんであんたなんかにそんなこと言われなくちゃいけないのよ!?」

 

 葉蔵の行った降服勧告。しかし、これが逆にしのぶの逆鱗に触れた!

 

 別に葉蔵自身にしのぶを馬鹿にするつもりはない。

 自分は力で圧倒してるのだから戦闘は無意味だ。故にここは非暴力的に話し合う。無論、優先権は力のある己だ。

 彼はそう言いたかった。

 

「自分が強いから……俺の方が強いから俺は偉いんだ、虫けらは抵抗するなって言いたいの!?」

 

 しかし、しのぶにはそう聞こえてしまったのだ。

 

「違う、そんなつもりならもっと過激な方法で鎮圧している。私は平和的に話をつけたいだけだ」

「信じられるわけないでしょ! 私の両親を残酷に食い殺した鬼の癖に!!」

 

 取り付く島もない状態。

 感情的になって相手は聞く耳持たず。これでは話し合いにはならない……。

 

 

 

「可哀そうに。鬼が怖いのに無理やり虚勢を張って」

 

 葉蔵はため息をつくながら言った。

 

「……は?」

 

 ヒステリックに喚いていたしのぶの思考が、一瞬フリーズする。その隙を逃すほど葉蔵は鈍間ではなかった。

 

 

「君は鬼が怖いんだ。その恐怖を誤魔化すために唸り、威嚇して虚勢を張る。まるで無力な子犬のようだ」

「ち…違う!! 勝手なことを言うな鬼!!」  

「だったら何故震えている?」

「………!」

 

 葉蔵が指をさして指摘する。

 彼の言う通り、彼女の手は震えていた。

 

「君は気づいてないだろうが、部屋に入った瞬間から恐怖で震えていた。……そんな手で鬼の首を切れると本当に思っているのか?」

「だ……黙れェェェェェェェェェェェェェェ!!!」

 

 刀を振り上げて

 しかし、その特攻が当たることはなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・!!?」

 

 葉蔵が少し圧を向ける。

 絶対的な力の差がある強者の圧力に耐えられる程、彼女は強くない。

 そして同時に気づいた。この鬼ならば、この屋敷の人間など数刻も経たずに皆殺しに出来ると。

 

「……あ、あぁ…………」

 

 彼に圧を向けられたしのぶは、激しい後悔の念に塗り潰された。

 するべきではなかった。

 あんな化け物を相手にまだ隊士でもない自分が挑もうなど、考えるべきではなかったのだ。

 だが、全てが遅すぎた。彼と戦うと決めた時点で、全て手遅れだったのだ。こんなことなら、姉の言う通りに胡麻を擦っていれば良かった。

 

 どうして、こんな道を選んでしまった、なんで自分は愚かなんだ。

 だがもう遅い。機嫌を損ねたこの鬼はこの屋敷内の人間を皆殺しにする。

 なんて愚かなんだ、一時の感情に身を任せて、皆を危険にするなんて……!

 

 そうやって、悔恨にうちひしがれるしのぶに、葉蔵はゆっくり近づく。

 

「……っひ!」

 

 小さな嗚咽がしのぶの口から洩れる。

 

 今の彼女を支配しているのは、後悔なんて生易しい感情ではない。

 もっと原始的かつ暴力的なもの。

 恐怖によって、先程までの後悔は流されてしまった。

 

 

 

 

 圧倒的な力で虚勢を剥ぎ取られた。

 

 圧倒的な力で恐怖を引き出された。

 

 圧倒的な力で全てを否定された。

 

  

 

 もう彼女には何もない。

 そうなった人間の末路はただ一つ……。

 

 

 

「あ…ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 ただ、子供のようにかんしゃくを起こすだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっちまった」

 

 私は己の不器用さを呪った。

 

 彼女の戦意を喪失させたまではいい。

 力ずくで黙らせても後々が面倒だ。故に平和的な解決が望ましい。

 しかし、私はその方法を誤ってしまい、彼女はヒステリーを起こして暴れだしたのだ。

 

 考えずとも当たり前のことだ。

 彼女がこうなってしまったのは、恐らく私が返り討ちにしたこと、そして先程の圧力。

 そりゃ心が折れるわ。

 

 私は闘争心だけを折り、私が譲歩してやる体で話し合いをしたかった。

 もし都合が悪くなれば武力をちらつかせることで、話し合いを優位にする。

 それが私の考えだった。

 

 強者は弱者から搾り取れる限度を決めなくてはならない。

 欲張って相手の利権を損害し過ぎたり、面倒くさがって厄介ごとを全部押し付けたり、徒に傷付けるなど言語道断だ。

 そんなことをしてしまえば、後がなくなった弱者が自棄を起こして何をしでかすか分からなくなってしまう。

 支配者にとって真に怖いのは、後先考えない馬鹿と後先のない弱者なのだから。

 そして、私は限度を超えてしまった。

 

「……これは私の責任だな」

 

 先程電気針で気絶させた少女を横たわらせる。

 すやすやと気持ちよさそうに寝ている。さっきまで暴れていたのがウソのようだ。

 

「……いつまでそうしているつもりだ」

 

 戸の方に振り替える。するとそこからバツの悪そうな顔をした胡蝶くんがひょっこり顔を出した。

 

「あれ?バレちゃったかしら?」

「私の角は空気の流れや体温を感知する機能がある。」

「ほ、本当に鬼って規格外ね……」

 

 胡蝶くんは部屋に入って倒れている少女にそっと触れる。

 

「……彼女、君の妹かい?」

「ええ、そうよ」

「…………………すまなかった」

 

 私は彼女に頭を下げて謝った。

 いくら襲い掛かったのが向こうとはいえ、私は手を出してしまった。

 しかも、ここは鬼殺隊の拠点。私の正体がバレたら襲撃するのは目に見えている。

 なのに私は疲れを理由に人化もせずボケーとしていた。これは私の責任だ。

 

「いいのよ。しのぶは気絶してても怪我してないし、私もちゃんと説明出来なかったし」

「……胡蝶くん」

 

 いい子だな、彼女は。ひねくれている私とは大違いだ。

 ただ一つ問題を挙げるなら……

 

「しかし、説得で私が女だって嘘つくのは無理あると思うぞ」

「……うっ!」

 

 彼女は少し天然だという点か。

 

「……ねえ、葉蔵さん。どうすればしのぶは鬼殺隊なんてやめてくれるかな?」

「ん?」

 

 突然話し出す胡蝶くんに少し私は面食らった。

 なんでいきなりそんなことを他人である私に聞くのかな?

 

「私はしのぶに、隊員では無く隊員の支援に回って欲しかった。それが、しのぶのためにもなると思ったから」

「正論だね」

 

 治療部隊や諜報部隊などはかなり重要だ。

 実際に、彼女のおかげで助かった命があるだろう。

 刀を振るえない程の傷を負った隊員が、戦線に復帰している。蝶屋敷の存在は鬼殺隊にとって、かけがえのないものになっているはずだ。

 

「そう? これでもけっこう妥協しているほうなの。……本当は、鬼殺隊から足を洗ってほしいのよ」

「………」

 

 

 

「しのぶが死んだお父さんとお母さんの仇を打つために、鬼に襲われるかもしれない顔も知らない誰かのために頑張っているのはよくわかってるわ。しのぶのその優しさは、姉として誇りに思う限りです。けど……」

 

「しのぶには普通の幸せを掴んでほしいの。普通の女の子の様におめかしをして、素敵な殿方と恋をして、可愛い子供をたくさん産んで、お婆ちゃんになるまでしっかり生きて欲しい。」

 

「こんな辛く苦しいことをするのは、私だけで十分。無理なことをして苦しんでほしくないの」

 

 

 

「(……まあ、当然の思いか)」

 

 私は黙って彼女の話を聞きながら、話の整理をした。

 胡蝶くんの思いは正当だ。

 真っ当な神経をしているのなら、こんな処刑場の囚人みたいな職場なんてやめてほしいというはずだ。

 

「しのぶが苦しんでることは、知っていたの。けど私は諦めてもらうために見ないふりをした。でも、葉蔵さんなら……」

「断る」

 

 彼女が言い終える前に、私は拒絶の意を示す。

 私は自由と充実を求めてここにいるのだ。そんな面倒で縛られたくはない。

 

「私は鬼殺隊に組した覚えも、君たちの仲間になった覚えもない。私は私の意思で動く」

「……うん、それでいいの。その先にきっと私たちが仲良くなれる未来があるから」

「……」

 

 だめだこの子。人の話を聞いてない。

 

「……彼女に鬼殺隊を辞めさせる方法がないわけではない」

「え? ほ……本当!?」

 

 グイっと身を寄せる。私はそんな彼女から少し距離を取りながら話す。

 私だって男だ、反応してしまう。

 

「確実性はないが、可能性はある。……君が鬼殺隊をやめることだ」

「………え?」

「彼女は君に負い目がある。姉が命がけで戦っていながら、自分は安全地帯でのうのうと生きている。その罪悪感が彼女を苦しめている」

「…そ、そんなことは………」

 

 ないとは、言えなかった。

 

「ただ辞めるだけではない。そんなことをすれば、彼女は自分のせいで君が戦えなくなったと更に自分を責めて逆効果になる。故に、君が折れる体で話を進めるほうがいい」

「……折れる?」

 

 こてんと首をかしげる胡蝶くん。

 かわいいじゃないか。そんなことをされたら、今から勧める『最低な方法』を教えづらくなってしまう。

 

「そうだ。『鬼が怖くて戦えなくなった』とか『鬼の強さを目のあたりにして心が折れた』とか。そういった体で鬼殺隊を抜け、一緒にやめようと勧めるんだ。そうすれば彼女は自分もやめると言うだろう」

「……そんなにうまくいくかしら?」

「葛藤はあるだろうね。おそらく『なんで簡単にやめるの?』とか『姉さんなら大丈夫!』とか言って励ますだろう。けど、それが無理だという態度を示せば、彼女も無理強いはしないはずだ」

「………」

 

 私が一通り話すと、彼女は俯きだした。

 

 

 

 

「あまりお勧め出来る方法ではない。君の信念や決意を汚すような、ひどい方法であるのは承知している。しかし心にとどめてほしい」

 

「逃げるのは悪でも恥でもない。君たちが鬼殺隊でなくてはならない義務などないし、逃げようが誰にも君を責める権利などないのだから」

 

「ちゃんと考えてほしい。一時の感情でその場限りの選択をせず、ちゃんと考えた上で結論を出してほしい。じゃないと君は絶対に後悔する」

 

 

 その場のノリや感情で流されると痛い目を見る。

 ソースは前世の私―――『俺』だ。

 

 俺はずっと流されて生きてきた。

 自分の意見も碌に言えず、面倒なことは避け、自分の人生から目を背けて生きてきた。

 その結果どうなったか……言うまでもない。

 

 今の私は鬼になったことで暴力と自由を得られた。しかしそれは棚ぼたのようなものであり、私が何か行動して手に入れたものではない。

 もしこの力を手にしなければ、私は『俺』と同じ結末を迎えていたであろう。

 

 しかし彼女たちは違う。

 

 今まで考える余裕と時間がなかっただけで、機会があればちゃんと自分で考え、自分で選択出来るのだ。

 彼女たちは私とは違って、強い人間なのだから。

 

「どうするかは君自身で考えなさい。どちらを選んでも後悔することになるかもしれないけど、自分で考えた上での選択なら、その後悔はぐっと減るはずだ」

「……」

 

 私がそういうと、彼女は妹を抱えて部屋から出て行った。

 




主人公の意見が一貫してないと感想でありました。……正解です!
鬼殺隊には余裕なんてありません。くだらないことでクヨクヨしたり、どうでもいいことで悩んでいたら、心に隙が出てしまい、そうなった隊士は鬼に殺されてしまいます。
しかし葉蔵は余裕があります。いくらでもよそ見したり、寄り道出来ます。
第一、彼には鬼殺隊みたいに己を貫く信念も決意もありません。
鬼殺隊とは正反対の鬼なんですよ。

正反対の立場と、鬼殺隊とは違う考えや視点をぶっこみたい。
それがこのssを書き始めた理由の一つです。

原作とは違う意見を持つキャラを出すことで、また別の視点を楽しむ。
それがオリ主系のssの楽しみ方の一つではないでしょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50話









 

「……逃げる、ね」

 

 私、胡蝶カナエは町へ買い出しに向かいながら、あの人の言葉を反芻していた。

 

 あの人の言うことはもっともだ。

 確かに私が鬼殺隊を辞めたら、しのぶがやめる可能性は高い。

 鬼殺隊なんて辛くて苦しい場所にいるよりも、しのぶと一緒に普通の幸せを見つける方がいいに決まっている。

 

 けど、そんなことは私には出来ない。

 

 私は鬼から人々を助けるため、哀れな鬼を救うために鬼殺隊になった。

 だから、彼の話を受けるわけにはいかない。……受けるわけにはいかないのに。

 

 

 けど、そんな私の思いがしのぶを苦しめていたのかもしれない。

 

 

 もし、彼の言う通りだったら?

 私が鬼を救いたいって言ったから、しのぶは鬼殺隊になったとしたら。

 本当は怖いのに、本当は辞めたいのに、鬼殺隊なんてやってるとしたら。

 もし本当なら、私のせいになってしまう。

 

 どうすればいい?

 

 どうすれば私としのぶは幸せに……。

 

「おい胡蝶、何をそんなに悩んでいるんだ?」

「……錆兎くん」

 

 悩んでいると、隣で一緒に荷物を持ってくれている錆兎くんと義勇くんがこちらを心配そうに見ていた。

 

「どうしたんだ胡蝶。さっきから上の空だぞ」

「え?そうかな?」

「ああ、さっきだって義勇が馬鹿なことを言っても無反応だったじゃないか。まあ、あまりに下らなかったから反応に困るものだけどな」

「それどういうことだよ!?」

 

 相変わらず仲がいいわねこの二人。

 

「うん、実は……」

 

 私は二人に事情を説明した。

 彼らは鬼殺隊に入って結構一緒にいるから信用出来る。だから安心してすべて話した。

 

「……難しい話だな」

「……うん、私もそう理解している」

 

 ああ、やっぱりそういう答えになるのね。

 

「お前はどうしたいんだ? 鬼殺隊を続けたいのか?」

「うん、私は鬼に殺される人を一人でも、哀れな鬼を一人でも減らすために鬼殺隊に入ったもの」

「けど、そのせいで妹も鬼殺隊に入ってしまったことをお前は悩んでいる」

 

 ……ええ、そうね。

 

「やはり難しい問題だ。ここでお前の妹が自分と姉を割り切れれば話は別なんだが……」

「それは無理じゃないのか? 誰だって兄弟姉妹が危険な場所に行くって言ったら、止めるか一緒に行くかするって。……俺も、もし姉さんが生きてて鬼殺隊になるって言ったら、どっちか選ぶ」

 

 ……ええ、分かってるわそんなこと。

 

 もし、私がしのぶの立場なら、自分も付いていくって絶対に言うわ。

 だから

 

「……一度」

 

 結局それしかないのだ。

 

 

「それよりも胡蝶、一つ気になることがるんだが……」

 

 錆兎くんが話題を露骨に変えようとした途端……。

 

 

 

 

 

「へ、へへへ…。情報通り獲物が見つかったぜ」

「!!?」

 

 っ!?反射的に声のしたほうから離れる。

 

 足が異様に長く、黄色い肌をした鬼。

 私でもわかるほどの濃い血の匂い。

 明らかに人を食べた数が二人、三人じゃすまない。

 この鬼とは仲良くできない。そう瞬時に判断すると呼吸を整える。

 

 

【花の呼吸 陸ノ型 渦桃】

【水の呼吸 壱ノ型 水面斬り】

【水の呼吸 伍ノ型 干天の慈雨】

 

 

 私達が斬りかかると同時に鬼はその場を跳んでよける。

 速い!

 血鬼術のせいか、それとも鬼本来の速さかは分からない。

 けど、こんなに速い鬼なんて捉えられないわ!

 

「錆兎くん! 君の横にいるわ!!」

「!?」

 

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 

 柔軟かつ高速の連撃。しかしそれすらも鬼は避けた。

 

「そ…そんな! あれだけ近かったのに!?」

「し、信じられない! 飛んでいるハエも正確に切れる錆兎の連撃が!?」

 

 速い。

 異様に速い。

 先に動いたのは錆兎くんのはずなのに、なんで鬼の方が速いのよ!?

 

 この鬼の移動速度は私達の反応速度を大きく超えてる。

 今の状況を続けていたら私達の方が倒れてしまう。

 あの鬼を倒すには、もう頸を斬りに行くしかない。

 

「錆兎!」

「義勇!」

 

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】×2

 

 

 二人同時に繰り出される斬撃。

 本来なら同時の連撃なんてありえないけど、息の合った二人だからこそ出来る御業。

 まるで刃の壁のように鬼へ立ちはだかる。

 けど……。

 

「ハッハッハッハァ! 遅い遅い!」

 

 それすらも鬼は高速で避けきった。

 

「なんて、速さだ!? 単純だからどこに行くのかは分かるが、反応出来ねえ!」

「そうだ、それこそが俺の血鬼術!」

 

 

「俺の血鬼術は韋駄天! 誰よりも速く動ける血鬼術だ!」

 

 鬼は高らかに己の血鬼術を説明する。

 

 血鬼術は鬼にとって一つの優位性だ。

 どんな血鬼術を使うのか、どんな風に使うのか知ってるかどうかでは生死の境を大きく分けることになる。

 けど、この鬼はその優位性を下げた。

 それは、この鬼が私達を舐めているということ。

 お前らごときが俺を捉えるなんて無理だ、この鬼は間接的にそういっている。

 

「舐めるな!」

 

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 

 錆兎くんが連撃を放つもそれもよけられる。

 けど、それでいい!

 

「この!」

 

 

【水の呼吸 壱の型 水面切り】

 

 

 逃げた先で義勇君が刀を振り落とす。

 どれだけ早く動いても、次に動く場所を予想すれば勝ち目はある。

 私も次の場所に移動して構えを……。

 

 

 

「強いけど、甘いなぁ」

「!!?」

 

 

 脇腹に衝撃が走る。

 や…やっぱり速い! 気づけない

 

 私の体が地面の上で跳ね上がり、ゴロゴロ転がる。

 気を抜くな、刀を離すな。絶対に生きて帰るんだ!

 体を起こせ、痛みなんて今は耐えろ。呼吸を整えて迎撃をっ!

 

「「胡蝶!?」」

 

 痛い。やられた脇腹も、地面に打ち付けられた背中も痛い。

 でも、まだ勝ち目はある。私達のことを舐めているなら付け入る隙は必ず―――

 

 

 

 

 

【血鬼術 地震】

【血鬼術 鱗刃飛弾】

 

 

 突然、地面が柔らかくなって動きづらくなり、何かが飛んできた。

 まずい、なんとかして防がないと!

 

 

 

【水の呼吸 拾ノ型 流流舞い】×3

 

 

 私たちは同時に流流舞いで攻撃を避ける。

 

 地面がぬかるんで動きにくい。

 無数の刃が飛んできて動きにくい!

 

 血の気が引く。これはまずい。

 こんな動きにくい状況であの鬼が来たら……。

 

 

 

【血鬼術 滑走強襲】

 

 

 

「「「カハ……!」」」

 

 突如、腹を蹴られた。

 

 熱い!

 苦しい!

 息が出来ない!?

 

 内臓を潰されたかのような痛み。

 溢れた血のせいで息が出来ず、眩暈もしてきた。

 

 

 

「おい、いつまで遊んでいる?」

「さっさと片付けて合流しろ」

 

 それを見た途端、私たちは一斉に絶望した。

 

 鬼が二体。

 気配からして今戦っている鬼と同格。

 今でも一杯一杯どころか全滅しかけなのに、まだ追加しようというの!?

 

「あ、あぁ……」

 

 自然と、口から絶望が漏れる。

 だめだ、おしまいだ……。

 ごめんねしのぶ。姉さん、だめだったよ。

 

 

 

 

 

 

 

「随分賑やかだね」

 

「「「!!?」」」

 

 

 おそらく、この場にいる者は鬼も人も関係なく固まったと思う。

 

 

 

「帰りが遅いから心配したよ」

 

 私たちにとっては希望であり……

 

 

「それが今回の障害だね?」

 

 彼らにとっては絶望……

 

 

「さて、食事にしようか」

 

 獰猛な鬼の将が、歯向かう愚かな鬼に牙を向けた。

 

 





前回、葉蔵さんの言うことを要約すれば『別に逃げてもよくね? お前の人生だから誰にも指図する権利はないわけだし。ま、好きにしてね』ということです。
別に彼はカナエを思っていったわけではありません。ただなんとなくといった感じの発言です。
だって本気で想ってるなら『お前の分まで戦ってやる!』て言いますから。葉蔵にはその力も余裕もありますし。
けど、彼はそんなことはしません。だって面倒だから。他人に縛られるなんてまっぴら御免だ。そう思ってるんですよ。
要は少しアドバイスする程度の感覚です。

しかし、軽い感じなのは葉蔵にとってであり、カナエにとっては違います。

人の言葉をどう受け止めるのは人によって違います。当人は何気なく言ったことが言われた人にとっては大きかったりすることが多々あります。
それもまた立場や価値観の違いからくるものでしょう。

鬼殺隊や鬼滅の刃のキャラとは違う考えと立場。それを書きたかったんです。
……ちゃんと書けましたかね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51話

大事な箇所が抜けておりましたので、急遽決して再投稿させていただきました。
まことに勝手ながら申し訳ありません。


「(……少し出遅れたか?)」

 

 血を吐いて倒れているカナエくん。それを見て私はもう少し早く来るべきだと後悔した。

 

 鬼の気配を察知したのは、ぐっすり寝ていた際中。

 気持ちよく寝ていた途中、しかも曇りとはいえ日中だった。

 今向かっても急に晴れて灰になるかもしれない。なので近くにいるカナエくん達に任せていたのだが……。

 

「失敗だな」

 

 血を吐いて倒れているカナエくん。

 利き腕が負傷して刀を振れない錆兎くん。

 足を負傷してマトモに動けない義勇くん。

 

 判断を間違えた。

 敵の鬼は私にとってはそれなりでも、カナエ達にとっては強すぎた。

 これは私の責任だな。

 

「は…針鬼!」

「アイツが十二鬼月を二人も殺した鬼……!」

「けど殺せば十二鬼月に入れる上に血も貰える!!」

 

 チラリと鬼に目を向けると、奴らは私を何処かに恐怖を含んだ殺意の眼を向けている。

 

「来なよ、カラッカラにしてやる」

「「「ふざけんな!」」」

 

 さて、私は派手に暴れて注意を引き付けるか。

 だから手筈通り頼むよ、カナエくんの妹さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曇り空の逢魔が時。

 太陽を覆い隠く雲が赤く染め上げられる中、4体の化け物が対峙する。

 

 選手は4人。

 一対三のハンディキャップマッチ。

 鱗を飛ばす血鬼術を使う鬼、臆奸(おっかん)

 地震を起こす血鬼術を使う岩のような鬼、震童(しんどう)

 スピードを上げる血鬼術を使う異様に足の長い鬼、狡兎(こうと)

 葉蔵と、三体の鬼である。

 

 試合のトロフィーは相手の首。勝利の美酒は獲物の血。

 そんな野蛮な試合の観客は、たった三人。

 

「葉蔵さん気を付けてくれ! その鬼は異様に速い!」

「分かったよ、義勇君」

 

 比較的傷がマシな義勇が忠告する。

 対する鬼共はソレを止めるどころか、止めるそぶりすらしない。

 たとえ知られても対策法がないから。

 速いというシンプルかつ強力な能力に有効な対策など限られている。

 故に、鬼はさして慌てなかった。

 

 日が沈む。

 鬼を縛る光がなくなり、自由の身と化す。

 それが鬼同士の殺し合いが始まる合図だった。

 

 

【血鬼術 地震】

【血鬼術 鱗刃飛弾】

【血鬼術 電光石火】

 

 

 ほぼ同時に血鬼術が発動。

 地震が起き、空中には無数の小さな刃を放つことで葉蔵を足止め。その隙に速鬼が接近。

 絶妙なタイムラグ。微妙にタイミングをズラすことで敵を攪乱させる。

 しかしそれが通じることはなかった。

 

 

【針の流法 血塊楯】

【針の流法 血針弾・連】

 

 

 跳んで移動することで震童の血鬼術を避け、血塊楯で臆奸の攻撃を防御、血針弾を連射することで狡兎を牽制した。

 義勇と錆兎とカナエの三人を同時に無力化した血鬼術(コンビネーション)

 わずか数秒で繰り出されたその血鬼術を、この鬼は一瞬で対抗策を編み出し実行したのだ。

 そして、葉蔵は攻撃されて黙っているほど鈍間ではない

 

 葉蔵は血塊楯を投げる。

 楯は空中で爆発。血針弾と煙幕をばら撒くことで鬼を攪乱させた。

 

「今だしのぶくん! カナエくん達を連れて逃げろ!」

「言われなくても!」

 

 赤い煙の中、何処からかしのぶが現れて負傷した三人を連れ行く。

 しのぶはカナエに肩を貸す形で運び、義勇と錆兎は互いに肩を貸しあう。

 

「さあ行くわよ冨岡さん! 錆兎くん!」

「あ、ああ。すまない胡蝶妹」

「ありがとう胡蝶妹」

「何よその呼び方!?」

 

 二人の発言に気を悪くしながらも、さっさとその場から逃げる。

 ここは今から化け物同士が殺し合う戦場となるのだ。

 そんな危険地帯にいて溜まるか。

 

 

【針の流法 血針弾・散爆】

 

 

 そら言ったことか、早速爆発する血鬼術がばら撒かれたではないか。

 一応逃げている場所には当たらないが、それでも危ないことに変わりない。

 さっさと逃げよう、こんな場所にいてた溜まるか。

 そう言うかのようにしのぶは三人を連れて逃げて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、行ったか」

 

 四人が去ったのを見送った後、葉蔵は三匹の鬼に注意を向けた。

 

 

【針の流法 血針弾・複(マルチニードル)

 

 

 両手の指全てから吐き出される無数の弾丸。

 平成時代のガトリング砲とまではいかないまでも、大正時代の銃とは比べ物にならない程の連射性と正確性、そして威力。

 その一発一発が鬼にとっての必殺の牙となって襲い掛かる。

 

 

【血鬼術 電光石火】

 

 

 それらを狡兎は全て避けた。

 弾丸と弾丸の間を縫うように掻い潜って回避。弾丸のない安全地帯へとたどり着く。

 しかしそれもまた葉蔵の作戦の内である。

 

 

【針の流法 血針弾・連】

 

 

 安全地帯の筈であった場に無数の弾丸が連続で吐き出された。

 誘導されたのだ。

 葉蔵はただ闇雲に弾丸をばら撒いていたのではない。

 血針弾・複で狡兎の逃げ道を限定させ、おびき寄せたのだ。

 

 更に、当たり損ねた弾丸の延長線上には残りの二体がいる。当たり損ねた弾丸はこの鬼たちの牽制弾となるのだ。

 狡兎を誘導させ、残り二体を牽制する。まさしく一石二鳥だ。

 

 そしてマシンガンのごとく連射される弾丸。

 これで通常の鬼ならば終わりだが、狡兎は通常とは違った。

 

 

【血鬼術 急急拙速】

 

 

 溜めもモーションもなしで高く飛んだ。

 一見、ただ動きが速いだけで、血鬼術を使ったかどうかを判断するのは至難。

 しかし葉蔵の超感覚は確かに血鬼術の発動を捉えていた。

 

 だからだろうか、それとも葉蔵は予想していたのであろうか。彼は即座に次の手へ移行した。

 

 

【針の流法 血針弾・散】

 

 

 逃げ場のない空中での散弾。

 決まった、葉蔵は半ば狡兎の死を確信したが……。

 

 

【血鬼術 縦横無尽】

 

 

「……な!?」

 

 

 なんと、狡兎は空中で葉蔵の散弾を全て避けた。

 宙に足場らしきものを血鬼術で形成。そこに触れるとまるで弾かれたかのように移動した。

 更に、文字通り縦横無尽に跳ね回ることで葉蔵を攪乱。狙いがつけられないようにする。

 対し、葉蔵は撃ち落とそうと指を向けた瞬間……。

 

 

【血鬼術 地面軟化】

【血鬼術 振動空波】

 

 

「(!?)」

 

 突如、血鬼術の発動を察知。針塊楯を咄嗟に形成して防御態勢を取る。

 楯越しに感じる衝撃と、地面の揺れ。

 

「うわっ!」

 

 今までに感じたことのないような、特殊な揺れによって葉蔵は転倒。大きな隙を晒す羽目に陥った。

 

 

【血鬼術 振動空波】

【血鬼術 鱗刃飛弾】

【血鬼術 電光石火】

 

 

 葉蔵の元に襲い掛かる猛攻。

 しかし、血鬼術の発動と見分けが死角なしで察知出来る葉蔵はすぐさま対策に移る。

 葉蔵は楯で己の体を隠しながらゴロゴロ転がって攻撃を避けた。

 それでも多少のダメージは受けたが問題ない。鬼の再生力でチャラだ。

 

 そして、葉蔵は転んでもただでは起きないどころか、転ぶにしてもただでは転ばない。

 

 

【針の流法 血針弾・複】

【針の流法 血針弾・散】

【針の流法 血針弾・連】

 

 

 転がりながら放たれる散弾の雨と無数の弾丸。

 当時の銃など足元にも及ばない程の弾数と弾速。

 全てに追尾機能と必殺の力がある弾は、確実に三匹の鬼の足を止める。

 

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 弾丸のうち一つが狡兎に当たった。

 すぐさま鬼は当たった部位を切り離そうとする。

 今がチャンス……。

 

 

【血鬼術 軟甲楯】

【血鬼術 振動激波】

 

 

 突如、血鬼術を発動して血針弾を無効化。

 臆奸は赤い楯を創り出して防ぎ、震童は衝撃波を放つことで血針弾を破壊した。

 

「(……やはりコイツらも奥の手があったか。しかしこれであの鬼達の使う血鬼術の性質が見えてきたぞ)」

 

 葉蔵は攻撃を無効化されていながら冷静に行動した。

 彼は鬼達の猛攻に耐えながら、敵を観察していたのだ。

 

 既に使用する血鬼術の予想はついている。

 狡兎は速度だけでなく移動系統の血鬼術、震童の血鬼術は地震を起こすだけではなく振動を司る血鬼術、最後は物を柔らかくしたり逆に硬くしたりする血鬼術と楯を召喚する血鬼術といったところか。

 ここまで分かれば十分。次の攻撃で決める。

 

 

【針の流法 血針弾】

 

 

 敵の防御を破ろうと、葉蔵はノーモーションで血鬼術を発動。

 平成時代のライフル弾並みの威力はある凶悪な弾丸。

 たかが一枚の楯など容易く撃ち抜き、振動波の防御も突破出来るはず……だった。

 

 

【血鬼術 軟甲楯】

【血鬼術付与 振動殻】

 

 

「……っな!?」

 

 突如、震童が臆奸の造りだした楯―――軟甲楯に血鬼術の効果を付与した。

 

 その楯は容易く銃弾を防いだ。

 ほんの数mmほどしかない板。

 家一軒など簡単に破壊できそうな弾丸が、こんな粗末な楯に防がれたのだ。

 

 

【血鬼術 跳躍加速】

 

 

「!? ……ガハッ」

 

 死角から蹴りが飛んできた。

 咄嗟に防御しようとするも間に合わず、葉蔵は蹴り飛ばされた。

 限界まで加速された勢いの蹴り。スピードとパワーによって葉蔵の強靭な肋骨が粉砕された。

 

「(く…クソが!!)」

 

 珍しく心の中で悪態をつく葉蔵。

 

 たしかに速いが、対処出来た筈の一撃だった。

 葉蔵には血鬼術の発動を感知する能力がある。これがあれば攻撃のタイミングを予想出来るはずなのだ。

 

 本来ありえないはずの、鬼の血鬼術の連携に動揺してしまった。

 三体一という不利な状況で隙を晒してしまったのだ。

 葉蔵らしくない失敗だ。

 

 しかし、まだ巻き返せる。

 葉蔵はダメージをすぐさま肉体を回復させ、迎撃体勢を取るが……。

 

 

【血鬼術 軟甲楯】

【血鬼術付与 高速化】

 

 

 更に状況は悪くなった。

 血鬼術を二重に掛けられた楯達は高速で浮遊し、葉蔵に襲い掛かる。

 

「っく!」

 

 葉蔵は咄嗟に迎撃を開始する。

 ノーモーションで放たれる数発の血鬼弾。しかしそれらが楯を撃ち落とすことはなかった。

 

「(なるほど、楯を振動波が覆うことで防御力を上げているのか。しかも楯自体の素材もいい)」

 

 迎撃に失敗しながらも葉蔵はタダでは終わらなかった。

 

 血針弾は葉蔵の一部でもある。

 普段はoffにしているが、血針弾が対象に当たった感触を葉蔵へ伝えることが可能なのだ。

 

 針の感触からして、楯は強固かつ弾力性に富んでいる。

 矛盾した素材。おそらく血鬼術で再現したのだろう。

 このおかげで通常の血針弾も針に刺さらず、更に衝撃を緩和出来るようになっている。

 

 更に震童の血鬼術のせいで血針弾の威力を相殺出来る作りになっている。

 これは撃ち落とすのは難しそうだ。

 しかし、だからといって無視は出来ない。

 

「(しかも攻撃にも転用可能。全く面倒だ)」

 

 そう、楯は臆奸の血鬼術によって更に硬化され、縁を刃物のように変えられるのだ。

 何十枚もある楯が縁の刃を使って葉蔵を攻撃。

 葉蔵を攪乱させ、隙を作らせようとする。

 

 必死によけ、牽制弾を放って鬼達の足止めをする。

 三体の鬼だけでも手一杯なのに、更に相手の手数が増え、その上血鬼術で攻撃力も防御力も速度も底上げされた。

 だからだろうか……。 

 

 

【血鬼術 振動激波】

 

 

「ぐふ……!」

 

 震童の衝撃波によって葉蔵は吹っ飛ばされた。

 内臓をグチャグチャにされるかのような衝撃。葉蔵は血反吐を吐きながらゴロゴロと転がっていった。

 しかしそこは鬼。すぐさま再生して体勢を整えた。

 

 

【血鬼術付与 振動殻】

【血鬼術付与 高速化】

 

 

 更に更に。葉蔵がダメージを負ってる間に、鬼達は自分達に血鬼術をかけた。

 

 

【血鬼術 振動空波】

【血鬼術 鱗刃飛弾】

【血鬼術 電光石火】

 

 

 そして飛んでくる攻撃血鬼術。

 葉蔵は更に反撃する余裕を奪われた。

 

「……やばいかも」

 

 ここにきて初めて、葉蔵は弱音を吐いた。

 

 

 




前回投稿した際は、三匹の鬼の名前や、どういった経緯で義勇達が逃げたか抜けてました。そのせいで混乱された方もいらっしゃるでしょう。
私のミスのせいで申し訳ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52話

「あの鬼は……うっ!?」

「姉さん、無理に体を動かさないで。まだ半刻も経ってないのよ」 

 

 立ち上がろうとした途端、カナエは全身を駆け巡る激痛に顔を歪めた。

 

 ここはどこだろうか、そう思って当たりを見渡す。

 木製の室内に、医療用のベッドの上には多数の負傷者が比較的軽傷な者に看病を受けている。

 ここは花屋敷だと彼女は理解した。 

 

「ここは……そう、葉蔵さんが助けてくれたのね」

「ほら、鎮痛剤よ。これで痛みは大分和らぐはずだから」

「あ、うん。ありがとうしのぶ……」

 

 助かった。

 あのまま葉蔵が来なければ、間違いなく自分は殺されていた。

 葉蔵に助けられたことに感謝しつつ、しのぶから鎮痛剤入りの水を受け取る。

 

「……葉蔵さんはどうしてるの?」

「……今、鬼と戦っている」

「そう」

 

 しのぶの答を聞いてカナエは安堵した。

 

 葉蔵は強い。

 あの水柱でさえ撤退を余儀なくされた下弦の参を単体で撃破した。

 他にも二対一という不利な状況で下弦の壱を撃退し、炎柱である煉獄も無力化している。

 これほどまでに強い鬼が負けるはずなんてない……。

 

「……………」

「……ねえさん?」

 

 何やら思いつめたような顔で、カナエは無傍にあった日輪刀を掴んで立ち上がった。

 

「しのぶ、ちょっと行ってくるわ」

「待って姉さん! 今は戦える状態ではないわ! ここはあの鬼に丸投げしましょ!」

「……大丈夫よしのぶ。何も戦いに行くわけじゃないから」

「?」

 

 

「どんな風に葉蔵さんが戦うか……あの人の本質を見抜きに行くのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町から離れたとある山間部。

 日が沈みきった時間帯で、鬼が争い合っていた。

 

 選手は4人。

 一対三のハンディキャップマッチ。

 鱗を飛ばす血鬼術を使う鬼、臆奸(おっかん)

 地震を起こす血鬼術を使う岩のような鬼、震童(しんどう)

 スピードを上げる血鬼術を使う異様に足の長い鬼、狡兎(こうと)

 葉蔵と、三体の鬼である。

 

「……グハ」

 

 追い込まれているのは葉蔵。

 三体の鬼によってリンチされていた。

 

 葉蔵の肉体は宙に浮く楯によって削られていく。

 振動波に包まれた楯があらゆる方向から襲い掛かり、三体の鬼の血鬼術が少しずつ葉蔵を消耗させる。

 

 

【針の流法 血針弾・貫】

 

 

 やっと見つけた隙を逃さず、葉蔵が反撃する。

 鬼とはいえ人間サイズの肉塊を砕くにはオーバーキルな銃弾。

 しかし、それが通じることはなかった。

 

 浮遊している楯が数枚に重なって砲弾を防ぐ。

 楯は3枚ほどは砕けたが、葉蔵の攻撃を防ぐことに成功した。

 

「(……クソ、やはり通じないか)」

 

 内心悪態をつく葉蔵。

 そう、葉蔵の攻撃は三体の鬼によって悉く防がれてしまったのだ

 

 血針弾・散(ニードル・ショット)―――鬼達を覆う振動波の殻、振動殻によって防がれる。

 血針弾・貫(二―ドルストライク)―――鬼達を飛び回る楯、軟甲楯に防がれる。

 血喰砲(キャノン)―――鬼達を加速させる血鬼術、高速化によって避けられる。

 他の血針弾も高速化と振動殻によって強化された軟甲楯によって防がれてしまう。

 

 攻撃が通じないだけではない。

 振動殻を覆う軟甲楯は攻撃にも転じ、振動する刃によって葉蔵の肉体に傷を入れる。

 鬼たちも己の血鬼術を使って葉蔵をけん制、攻撃する。

 振動波が、地震が、軟化と効果の血鬼術が。

 あらゆる血鬼術で葉蔵を苦しめる。

 

 それに、血針弾は鬼にとって脅威だが、弱点も欠点もないわけではない。

 

 葉蔵の弾丸には追尾機能があるが、直角に曲がれるわけではない。

 ある程度の角度をつけなければ曲がれない上、葉蔵以外なら鬼の因子に無差別に反応するせいで特定の鬼を狙えるわけではない。

 その上、弾丸は一度曲がると速度が落ちてしまうのだ。

 

 

【針の流法 血喰砲】

 

 

 葉蔵の血喰砲が軟甲楯を三枚同時に破壊した。

 しかし、それでも戦況は変わらない……。

 

 

【血鬼術 軟甲楯】

【血鬼術付与 高速化】

 

 

 このように、新たな楯を追加されてしまう。この繰り返しなのだ。

 

「(こいつら、鬼の癖に連携取るの上手すぎだろ)」

 

 葉蔵は苦笑いした。

 相手に隙を作らせようとする度に、何か対策を講じる度に潰される。

 相手が攻撃する度に対応し、何か企む度に潰す。

 膠着状態だ。

 

「(しかし……本当にこの鬼共は連携がうまいな)」

 

 違和感。

 葉蔵は漠然とした疑問を抱いた

 

 鬼は連携を想定されてない。故に、使用する血鬼術も鬼本人のみが使うものばかりだ。

 しかし相手はどうだ、まるで彼の前世でよく見るRPGのパーティみたいに使用しているではないか。

 役割分担を行い、連携を取り、血鬼術をバフとして使っている。

 

 おかしい。

 何かひっかっかる。

 

 そんなことを考えてると、針がおかしな動きをした。

 まるで生きているかのように不規則な動きをするも、ちゃんと目的の部分に命中。一瞬ではあるが、敵を動揺させることに成功した。

 むしろ、妙な動きをしたおかげで当たったようだ。

 

「(……この技、使えるかも)」

 

 葉蔵はニヤリと笑った。

 

 

 

 前提条件として、葉蔵は鬼の中でもそれなりに強い。

 

 鬼を探知する特殊な角。

 鬼の因子を食らう特殊な弾丸。

 血鬼術を無効化する特殊な血鬼術。

 どれか一つでも鬼の天敵に成り得るというのに、葉蔵という鬼は全てを所有している。

 

 また、葉蔵の成長速度も凄まじく速い。

 無惨の因子を食らうという特性上、飛躍的に強くなるのは当然のことだ。

 藤襲山ではせいぜい当時の拳銃程度の血針弾が、今では平成のライフルレベルに達している。

 そのうち戦車クラス、それからミサイルクラス、最後はもっとヤバい兵器クラスへと到達するであろう。

 今でも十二分に強いのに、彼には将来性がある。

 

 もう一度言う、葉蔵は強い

 だから、この状況をひっくり返す手段を当然持っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(……そろそろか)」

 

 狡兎は葉蔵にとどめを刺す算段を立てていた。

 そろそろだ、そろそろあの鬼の首を日輪刀で刎ねる。

 与えられた情報通りにやれば、俺らでもあの鬼を倒せる!

 

「(そうだ、俺が奴を殺すんだ! 奴を殺して……俺が十二鬼月になるんだ!)」

 

 そう考えた瞬間、突如弾丸が急におかしな動きで襲ってきた。

 狡兎は一瞬焦るも、すぐ冷静になって避ける。

 

 相手は十二鬼月を倒した鬼だ。

 下弦の壱、しかも二人掛りで挑んだというのに返り討ちしたという。

 そんな鬼なのだから、隠し技の一つや二つ持って当たり前だ。

 油断は出来ない、全力でこの鬼を潰す!

 

 そんなことを考えてると、撃ち出された針がおかしな動きをして襲い掛かった。

 

 狡兎達は慌てない。

 不規則に飛んできた針に対して難なく対処する。

 狡兎は跳んで避け、震童は振動波で針を壊し、臆奸は楯で防ぐ。

 先程か何度か見てきた技だ、問題ない。せいぜい少し動いた程度……。

 

 

 パチンと、何かが弾ける音がした。すると、狡兎達の背後が爆発した。

 

 

 

「ぐげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇl!!!」

 

 爆発した何かから針が飛び出し、無防備な鬼達の背中に命中した!!

 

 

 

 

「(な……何故だ!? 何故針が……一体俺らに何が……!!?)」

 

 理解出来なかった。

 なんだ、いったい何が起こった?

 

 

 何故俺に針が刺さっている?

 

 周囲には血鬼術で加速し、血鬼術によって包み込まれた高周波振動の殻で防御力が上がっている頑強な楯が自動的に弾丸を防ぐようになっている。

 更に自分たちにも同じ血鬼術が掛けられている。

 いくら十二鬼月を二人も倒した強敵とはいえ、生半可な攻撃が通じるはずがない。

 あの鬼の行動は大技を使った様子はなかった。

 なのに何故刺さっている?

 あの半端な攻撃は通じないはずなのに、何故針が刺さっている!?

 

 

 突如針が刺さったことに驚きながらも、その部分を無理やり切り落としながら後ろに目をやる。

 そこには、針の塊のようなものがあった。

 

 

 

「(ま…まさか!?)」

 

 そこまで来て狡兎は最悪の事態を想像してしまった……。

 

 

「(まさかアイツ……そんなことまで出来るのか!?)」

 

 ふざけてやがる。

 同じ鬼で、あちらが断然若いはずなのに。

 なのに何故、ここまで差がある!?

 

 しかし、そんなことを考える暇など彼にはない。

 

 

 

 

 

 

【針の流法 血針弾・振(ヴァイブロバレット)

【針の流法 血針弾・貫(ストライクニードル)

 

 葉蔵の手が赤く染まり血鬼術が発動。

 左手に大きな針の弾丸が、右手に振動する針が形成された。

 

 

 

【血鬼術合成 血針弾・徹甲(ブラッド・ギムレット)

 

 彼は両手を合わせることで新しい血鬼術を創造した。

 

 

 

 

 

 

 出来上がったのは高速に振動しながら回転する弾丸。

 新しい血針弾はドリルのように回転しながら震童へと向かっていった。

 

「!? おい、楯!!」

 

 震童は臆奸に楯を要求し、自身を守らせようとする。

 そして彼自身も念のため纏う振動波を強化させ、耐えようとした。

 大丈夫だ、この楯は針鬼の最大攻撃であろう弾丸を止められた。

 これも大丈夫なはず……。

 

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 弾丸は楯を貫通し、振動波の殻ごと震童に減り込んだ!!

 

 血針弾・貫でも数枚重ねられたら、破壊不可能の楯。

 葉蔵でさえ一時間近く苦戦していた最大の難関。

 十二鬼月並の鬼による三人重ねの血鬼術。

 

 それがたった一発の弾丸であっさりと突破された!!

 

 

 針は瞬く間に震童の体内にある因子を食らい、因子の結晶へと変えていく。

 震童は血鬼術の振動波で針を破壊しようとするがもう遅い。

 血針弾が当たった時点で震童の死は決定したのだ!!

 

「あ、ぁぁ…」

 

 パラパラと、黒い灰と化して散って逝く。

 残っているのは、鬼の因子を圧縮した針のみ。

 こうして震童は消滅した。

 

「(ま…まずい!!)」

 

 狡兎は焦った。

 震童が死んだということは、彼の血鬼術が消えるということ。

 つまり、今まで葉蔵の針を防いでくれた振動殻が無くなるということだ。

 

 

 この戦いは、三対一でやっと成立している。

 本来ならば絶対にしないはずの、血鬼術による連携と三重重ね。

 そこまでして膠着状態に留められた。

 

 しかし、それが崩れた今、葉蔵を縛る鎖はもうない。

 ここからは彼の時間だ。

 

 

 

 

【血鬼術 血針弾・電(スタンニードル)

 

【針の流法 毛細枳棘(ソーンネット)

 

 

【血鬼術合成 血針弾・電網(ブラッド・スタンネット)

 

 

 再び繰り出される血鬼術合成。

 新たに作られた弾丸は臆奸へと襲い掛かる。

 

「(ま…まずい!)」

 

 

【血鬼術 極限軟化】

 

 

 臆奸は血鬼術で己を限界まで柔らかくした。

 

 どれだけ硬くなっても無駄だということは先程の戦闘で嫌という程見た。

 ならば、逆に柔らかくなることで攻撃を受け流してやる!

 そう考えて硬化ではなく軟化を選択したのだが……。

 

 

「ぐべべべべべべべべべべべべっべ!!!」

 

 …………その作戦は不発に終わった。

 

 飛んできた血針弾は臆奸の眼前で急に展開。中から網が飛び出し、地面へ貼り付ける形で拘束した。

 それと同時に流れる電流。ソレによってマヒした臆奸は血鬼術を維持出来なかった。

 結果、無防備になった臆奸に、網の棘が刺さる。

 

「あ、ぁぁ…」

 

 徐々に針の根が伸びる。

 臆奸の意識は沈んでいき、身体が動かなくなった。

 

 

 最初から、葉蔵は臆奸の思惑など見透かしていた。

 軟化も使えるのなら、身体を柔らかくして血針弾を往なす選択肢もある。なら、網で地面に縫い付け、動けなくした後で【変身】して潰す。

 そうすれば獲物が何しようが関係なく食える。

 もっとも、葉蔵の思惑も杞憂に終わってしまったが。

 

「(そ、そんな……たった、たった少しの時間であっさりと……!?)」

 

 狡兎は戦慄した。

 先程まで膠着状態……いや、こちらが有利だったはず。

 なのに、少しの隙を見つけてあっさりと形勢逆転させた。

 

 ありえない。

 少し隙を晒した程度で有利な状況を、数の差をひっくり返された。

 たった数秒で相手への対抗策を立案し、ソレをミスなく完遂した。

 おかしい、異常だ。

 少なくとも自分が同じ立場なら出来ない。出来るはずがない。

 

 

 一応言っておくが、狡兎達は鬼の中でも強い部類だ。

 

 三体とも使い勝手がよく、強力な血鬼術を持ち、他の鬼達よりも使いこなしている。

 何十人も食い殺し、位の高い鬼殺隊員を何人も殺してきた。

 実力は十二鬼月に匹敵し、協力すれば柱も狩れるかもしれない。

 しかし、それでも葉蔵には勝てない。

 

「……化け物め!!」

 

 忌々しそうに、顔を歪める狡兎。

 

 なんだこの鬼は。

 数字もない野良の鬼でありながら、何故強い。

 人間に肩入れし、あの方に逆らう愚か者でありながら、何故ここまで戦える!?

 この圧倒的な戦闘力、冷静沈着な戦い方。

 嫌でもあの鬼を連想してしまう……!!

 

 

 

 

「さて、一騎打ちだ」

「………」

 

 針によって形成した軍刀を掲げて構える。

 それがまた、あの鬼―――黒死牟を幻視した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53話

今回、葉蔵の逆転劇のネタ晴らしをします。


「貴様を援護していた二匹の血鬼術は既に解けている。貴様は既に死に体。……詰みだ」

 

 気が付けば、飛び交う楯も振動殻もなくなった。

 向かい合うのは弐体の異形。

 葉蔵と狡兎だ。

 

「二体の援護がなくなった貴様は既に死に体。完全に詰みだ」

「………」

 

 

「……お前、どこまで針を自由に飛ばせる?」

「あ、気づいた?」

 

 一見すれば会話になってないような問答。しかしそれが葉蔵の逆転劇の要を示していた。

 

「ご察しの通り、私の針はある程度自由に飛ばせる。地面に撃ち込めば罠になり、途中で曲げたりと。……まあ制約がないわけではないがね」

「………やはりか!」

 

 そう、これこそ葉蔵の逆転劇の要因一つ目である。

 突如起きた爆発と、爆発した何かの正体。それは葉蔵が仕組んだ撃ち込んだ血針弾の罠だ。

 

 皆さんは不死川編で葉蔵が矮等に罠を仕掛けて倒したのを覚えているだろうか。

 葉蔵はアレを更に発展させ、撃ち込んだ血針弾を罠に変えることに成功したのだ。

 

 銃弾と見せかけて地面に打ち込むことで地雷を設置。もし対象に当たったら御の字で、ハズレて地面に当たったら罠に変換。起動させて敵を倒す、或いは隙を作って新たに血針弾を撃ち込む。

 葉蔵の針はもうただの武器だけではない。罠としても使えるようになったのだ。

 

「けど、君たちなかなか誘導できなくてさ、それで新しい針を投入したんだ」

 

 そう、これこそ葉蔵の逆転劇の要因二つ目である。

 なかなか罠に引っかからない三体を見て葉蔵は『この針、こんな風に動かないかな』と思った。

 するとどうであろうか、針は葉蔵の願った通りに曲がり、三体を誘導するかのように向かったのだ。

 ソレを見て葉蔵は新しい血鬼術に気付き、罠に誘導するために使用したのだ

 

 まだ操作は粗いが、それで十分。

 敵を仕留める必要はない。罠を設置した場所に誘導さえ出来ればいいのだから。

 もっとも、この新しい血鬼術はしばらくの間使われないだろうが。

 

「この針はたった今思いついたものだけど、かなり使えるだろ?」

「(……化け物め!!)」

 

 狡兎は叫びたい衝動にかられた。

 なんだこの鬼は。ふざけているのか。

 何でさっき思いついた血鬼術を使いこなせている。

 誘導だなんて高度な技術、普通なら練習しなければ出来ないだろ。

 それをこの鬼は……!!

 

「さて、ネタ晴らしは終わりだ。……次のショーに移るか」

「……」

 

 軍刀を構える葉蔵。

 いつの間にか近くなっている。

 ベラベラしゃべりながら狡兎へと近づいたのだ。

 

 狡兎は焦った。

 しまった、あの鬼の非常識さに気を取られ、注意を怠ってしまった。

 早く逃げなければ……!

 

「正々堂々と戦って私に刺されるか、無様に私から逃げて後ろを撃たれるか……好きな方を選べ」

「……」

 

 逃げても無駄だ。

 既に周囲は罠に包囲され、万が一罠に掛からないように逃げても、あの恐ろしい射撃が待っている。

 震童や臆奸の援護もない。三体揃ってようやく抑えられた銃撃が、今は万全に使える。

 だが、この距離なら……!

 

「テメエ、何余裕こいて近づいてんだ? この距離なら俺の方が速いかもしれねえんだぞ。正気か?」

「……それが?」

 

 余裕を崩さない葉蔵。ソレを見て火が付いたのか、狡兎はコメカミに力入れて葉蔵を睨んだ。

 

「……いいぜ、来いよ針鬼。テメエの余裕こいた面を潰してやる」

 

 葉蔵は何も答えない。

 代わりに、軍刀を肩で担ぎながら、反対の手で『来い』というジェスチャーをする。

 

「や、野郎ぶっ殺してやああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 先程までの恐怖は何処へ行ったのか、狡兎は殺意のこもった目で葉蔵に、もっと言えば彼の首に目を向ける。

 血鬼術で加速し、一瞬で奴の首を刎ねる!

 狡兎の眼はそう言っていた。

 

「お、おおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

【血鬼術 電光石火・光陰】

 

 

 瞬間、雷光が走った。

 

 血鬼術による反動を無視した無理やりな高速移動。

 一気に葉蔵の首へと抜刀する!

 

 その動きは彼らの天敵である鬼殺隊の呼吸に酷似。

 全集中・雷の呼吸壱の型・霹靂一閃。

 皮肉にも、彼はこの土壇場で鬼殺隊の技に近いものを血鬼術で再現したのであった。

 

 

 しかし、その刃が葉蔵の首を刎ねることはなかった。

 

 

 

 ガキィン!! 

 

 

 赤い軍刀が突き出され、日輪刀を止める。そのまま手首を回すことで日輪刀を絡めとり、上に滑り込んだ。

 

「……がッ」

 

 軍刀は狡兎の頭を貫き、瞬く間に針の根を張る。

 サイズからして血針弾とは比べ物にならないほどの成長速度。

 首に刺さった時点で頭部にある鬼の因子を支配下に置き、一瞬で狡兎の意識を刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回のゲームはかなり楽しめた。

 

 まず、選手層が豪華だ。

 十二鬼月並みの鬼、強力かつ応用力のある血鬼術。そしてそれらを使いこなす戦法。……おそらく単体でも下弦の鬼に匹敵する実力であろう。

 

 そしてチームもなかなか良い。

 単体でもそれなりに強いのに、血鬼術を重ね掛けすることで更に強くなっているのだ。

 一方が攻撃に移ったかと思ったら、残りが牽制を仕掛ける。こちらが攻撃すれば、一方が防御に集中し、また別の鬼が隙を作ろうとする。

 実に統率された連携だった。

 

 なかなか見れない鬼の連携。しかも血鬼術をゲームの支援魔法のように使うとは。

 

 ああいった魔法やスキルで味方を強化するのはなんて言うんだっけ? バブ?……何だっけ?

 

 

 数の差というのは、鬼にとってさほど大きな要素ではない。

 いくら頭数を増やしても、自分勝手にしか動けない鬼共は連携なんて出来ないからだ。

 ヒドい時には同士討ちしたり、味方を巻き込んで倒れる等、むしろ足の引っ張り合いになることもある。

 情報源は私。藤襲山にいた頃に何度も見てきた。

 無論、あの山と外では状況も環境も違うが、本質は一緒の筈だ。

 だからこそ思う、あの連携がおかしいと。

 

「(なんていうか……出来過ぎている)」

 

 最初は鬼の質の良さに誤魔化されていたが、戦っている間に気づいてしまった。

 あの鬼達に信頼関係を築いている様子はない。なのに、あの阿吽の呼吸ともいえる連携はおかしい。

 一度妙だと疑問に思えば、おかしい行動はちらほらとある。

 

 

 まず第一、あの鬼達は声掛けをあまりしなかった。

 チーム戦をするならおかしい行動だ。

 連携をするなら自分の次にする行動や、相手にしてほしい行動を伝える必要がある。いくら信頼関係が築いていても、その辺の確認はしっかり取るものだ。

 無論、行動のタイミングを知られたくないというのもあると思うが、それでもおかしい。

 

 次に第二、あの鬼達は互いを見なかった。

 これもチーム戦をするならおかしい行動……いや、ありえない事だ。

 連携する以上、相手の行動を見て自分の次の行動を選択する必要がある。そうしないと事故ってしまうし、ひどいときには同士討ちの危険だってある。

 そりゃずっと見てるわけにはいかないからある程度は眼を離さなくてはいけないが、それにしては目を離し過ぎている。

 

 最後に第三、これが本命だ。

 あの現場の近くに、鬼の気配がしたのだ。

 大分離れているから眼前の敵に集中していたが、その鬼は何やら血鬼術を使った様子だった。

 何の血鬼術かは知らない。私の超感覚は血鬼術の発動と因子の消費量を測る程度しか出来ないから。

 まあ、この時点で既に答えは出ているが。

 

 

 あの鬼共は駒だ。

 その遠くから離れた鬼によって指示を受けていた兵士達なのだろう。

 そのことに気づけば違和感にも説明がつく。

 鬼共の異様な連携と、チーム戦にしては個人戦をしているような動きも。

 

「どうやら向こうにはそれなりにの指揮官がいるということか」

 

 そういった結論に達するも、次の瞬間に私はまた別の疑問を抱くことになった。

 じゃあその鬼はどんな血鬼術を使うのかと。

 おそらく何かしらの通信手段と私の動きを離れて確認する血鬼術を使うのだろう。

 そこは推測に過ぎないので具体的にどういった血鬼術を使うのかは分からんが……。

 

「まあ、何れ近いうちに会うだろうな」

 

 根拠はないが、何故かそう言い切れる。

 

 

 

 

「まあいい。次は新しい針についてだ」

 

 今回の件で私は新たな技を二つ習得した。

 

 私の針が自在に動くことに気づいたのは戦闘中、おかしな動きをした瞬間だった。

 なかなか罠に引っかからない三体に対して、私は『この針、こんな風に動かないかな』と思った。

 するとどうであろうか、針は私の願った通りに曲がり、三体を誘導するかのように向かったのだ。

 ソレを見て私は新しい血鬼術に気付き、罠に誘導するために使用したのだ。

 

 まだ操作は粗く、変な方向に飛んでしまうのも多々ある。しかし、それで十分だ。

 敵を仕留める必要はない。罠を設置した場所に誘導さえ出来ればいいのだから。

 

 針が自在に動くのも、後で考えたら当然のことだった。

 気づいたら出来るかもしれないと考察できる行動がちらほらとある。

 例えば実弥くんに渡したGPS機能針付きお守り。

 角を通して針のありかを特定できるということは、針と私が電波的な何かで繋がっているということだ。

 例えば火をつけるための針。

 角を通して針の振動を調整することで火力を制御出来るということは、離れた針でも操れるということだ。

 そういうことだ。私はその気になれば、飛ばして離れた針でも操ることが出来たということだ。

 とは言っても、まだ戦闘で使えるようなものではない。

 

 例に出したものはどれも非戦闘時だ。故に掛けられる時間が十分ある。

 しかし戦闘は一秒一瞬で勝敗が決まる。故に、瞬時に使えなければ意味がない。

 現に、あの時は針をどう動かすか考えたり、その設定を針にインプットするために隙を晒してしまい、攻撃をいくらかもらってしまった。

 

「(まあ、ここは追々考えよう)」

 

 この針については練習すれば解決する。その進み具合から使えるか否か判断しよう。

 次だ次。

 

 

 合成弾を見つけたのは偶然だ。

 昼間、暇つぶしのためなんとなくやったら出来てしまったものだ。

 ただ、合成には時間がかかり、三秒くらい合成に時間を取られる。

 

 私の開発した血鬼術を掛け合わせて新しい血鬼術を開発するというのは、思った以上に便利だし、何より楽しい。

 まるで仮面ライダーブレイドのラウズコンボでも使っているかのような感覚だ。

 ライダー好きなら理解できるだろうが、ブレイドが初めて三枚コンボを使った時、それはもう興奮したよ。

 それと似たことが今出来るのだ。楽しまないわけがない!!

 

 この技はこれからも活用しよう。

 掛け合わせる血鬼術を増やし、バンバン使おう。

 三秒の弱点なんて知らん。いざとなれば ヘシンッ すればいいし。

 

 

 以上、今回のゲームはか~な~り~楽しめた。

 

 戦闘内容も相手プレイヤーも実に充実していた。

 鬼ではありえないチーム戦、それぞれ質の高い鬼と血鬼術。そしてなによりもそれぞれの鬼が血鬼術を使いこなしている。

 指揮官を介しているとはいえ、完璧に近い連携は三体の鬼が一体の強大な鬼に融合したと錯覚する程であった。

 何よりも血鬼術の重ね掛け。技のコンボは男のロマンと言ってもいい。あいつら分かってるじゃないか。

 

 戦闘の報酬も実に良い。

 血針弾の新たな可能性、技を掛け合わせる合成弾、そしてドロップアイテムである鬼の因子。

 実に豪華な戦果だ。

 

 

 体は黒い灰となって散り、鬼の因子を圧縮した針の結晶に手を伸ばす。

 美味い。

 この美味さは下弦の鬼に匹敵する。少なくとも、あの下弦の陸を名乗った現外とやらよりも断然美味だ。

 

 こんなにうまい物を、こんなつまらない場所で食べるわけにはいかない。

 針の結晶を圧縮させることで、野球ボールほどの大きさに固める。

 流石に人サイズまで広がった針の根をそのサイズまで圧縮するのに時間がかかるので、その間に私は離れた場所に置いた雑嚢“かばん”を拾いに向かう。

 

「え~と、確かこの辺に……お、あったあった」

 

 木の枝にかけておいた雑嚢を回収し、鬼の因子を拾いに向かう。

 

「……美しい」

 

 手に取って月の光にかざす。

 血の色に輝く石のような物体。

 綺麗だ。まるで宝石のよう……。  

 

「……さて、用事は済んだし次の獲物がいる狩場に行くか」

 

 ちゃんと三つ回収して次の狩場に向かう。

 

 負傷した水柱を追う鬼は倒した。

 次は鳴柱を討ち取った柱狩りか。

 

 

 

 まあ、炎柱がウソを付いていなければの話だが。

 

 

 




・花屋敷
先代花柱の私邸であり、花柱の意向によって負傷した隊士の治療所として開放している。
まだ柱になってないカナエが屋敷を持っているのはおかしいと考え、即席で出した代案。

・震童
振動を起こす血鬼術を使う鬼。
十二鬼月クラスの力を誇るが、まだ若いせいで下弦に入れてもらえなかった。
葉蔵或いは柱の首を持ってくれば下弦に挑める権利をもらえると聞いて、負傷している柱がいる花屋敷に向かった。
名前の由来は神童から。生前は神童と持て囃され天狗になり、自分は何しても許されると勘違いした精神を無惨に気に入られ鬼に成った。

・臆奸
物を柔らかくしたり硬くする血鬼術と楯を作り出す血鬼術を使う鬼。
十二鬼月クラスの力を誇るが、鬼殺隊と戦う気概がないせいで下弦に入れなかった。
本当は柱と戦いたくなかったが無惨の命令により震童と共に鬼を狩りに向かい、葉蔵に食われた。
名前の由来は義勇と正反対の意味を考えた結果出来ました。

・狡兎
速度を上げたり、足を動かさずに動くなど、移動に関する血鬼術を使う鬼。
十二鬼月クラスの力を誇るが、鬼殺隊と戦う気概がないせいで下弦に入れなかった。
名前の由来は錆兎の兎と、逃げ足の速い人という意味の狡兎から取りました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

54話

「(……本当に、すごい戦いね)」

 

 木陰に隠れながら、カナエは葉蔵の戦う姿を見ていた。

 

 前々から鬼が、特に葉蔵がどのように戦うのか気になっていた。

 強くて綺麗で、人間と仲良くしてくれる鬼。

 気にならないわけがない。

 

 痛む体に活を入れ、無理やり向かう。

 彼女を心配したしのぶも付いてきてくれた。

 悪いとは思いつつも、それでも葉蔵の戦闘を見逃せない。

 だから急いで来たのだが……。

 

「……強くなってる。藤襲山にいた時よりも格段に」

 

 圧倒的。

 あの鬼には、この言葉がこれ以上ない程に似合っていた。

 

 

 血鬼術の威力が格段に上がっている。

 藤襲山にいた頃は小さな針を飛ばす程度だったのに、先程は高い精度と速度と威力で鬼を圧倒した。

 葉蔵の血鬼術の前では銃も大砲も玩具のようにカナエは思えてしまった。

 

 新しい血鬼術も増えている。

 藤襲山にいた頃は血鬼術も限られていたのに、先程は用途や状況に分けて多彩な血鬼術を使いこなしていた。

 鬼を殺す弾丸を撃ち出すだけでも強力なのに、網のようにして撃ち出したり、罠を仕掛けて爆破させることも出来る。

 葉蔵単体であらゆる戦況に対応可能。鬼殺隊より鬼狩りに近いとカナエは思ってしまった。

 

 葉蔵自身の戦闘力も格段に上がっている。

 藤襲山にいた頃はまだ若干素人臭さが残っていたが、先程はその場に合った最善の動きを実行していた。

 特にあの動き。後ろどころか、全身全てに目でもあるのかと疑いたくなるような動作。

 おそらく何かしらの血鬼術か鬼の力なのだろうが、それでも規格外なことに違いはない。

 血鬼術だけでも強いのに、ソレを扱う鬼も強い。

 葉蔵はもしや元鬼殺隊ではないのか。そう疑う程であった。

 

 葉蔵自身の戦略性も格段に上がっている。

 血鬼術の質も種類も増え、葉蔵自身の戦闘力も知識や経験も増えた。

 当然、藤襲山で見せた葉蔵の観察眼や作戦立案能力も上がっているのは想像に難しくない。

 ただ、ソレがカナエの想像を遥かに上回っていただけだ。

 

 隊。

 あれは単体であらゆる鬼に対応出来る小規模の鬼殺隊だ。

 

「(……葉蔵さんには悪いけど、彼を野放しには出来ないわね)」

 

 強すぎる。

 お館様は接触を禁止した上で放置することを推奨しているようだが、アレは徒に放置していい『力』ではない。

 

 巨大な力はその場にあるだけで良くも悪くも影響を与え、特に管理されてない力は悪い方向へ影響を齎す可能性が高い。

 自由気ままにさせるわけにはいかない。徒に葉蔵が暴れてしまえば、それだけで鬼殺隊と鬼の両陣営に混乱が起きてしまう。

 少しでもいいからあの力を管理、或いは予見できる可能性があれば。そうすれば鬼殺隊にとって大きな利益が得られるはずだ。

 

「……どうやったら、皆と仲良くなってくれるかしら?」

 

 葉蔵は人間の味方というわけではない。

 彼は自分と親しい人間の味方をすることはあっても、人間という種族そのものに味方するつもりはないのは、カナエ自身よく理解している。

 しかし、それではダメなのだ。

 

 鬼殺隊の大半は鬼に対して並々ならぬ憎しみを持っている。

 当然だ、なにせ鬼殺隊に入る者の大半は敵討ちや鬼への復讐が目的なのだから。

 中には胸の奥に燻る憎悪を制御出来ない狂犬のような隊士だって存在しており、隊律で縛ることによって辛うじて隊士として機能している。

 そんな彼らが葉蔵と対峙したらどうなるか……語るまでもない。

 

 別に狂犬とまでいかなくとも、鬼を見つけて見逃すという選択を取る鬼殺隊はまずいない。高確率で戦闘になる。

 それでも葉蔵は生かして帰してくれるだろうか。

 

 葉蔵は手加減をしてくれるだろうか。

 宇随や炎柱と戦った時のように見逃してくれるだろうか。

 相手に気分を害されても同じようにしてくれるだろうか。

 

 もし葉蔵が聖人君主で鬼を憎むような人柄なら話は違っていたが、現実はそう上手くいかない。

 葉蔵は鬼である自分を肯定し、力を振るうことに満足している。

 

 人間は襲わないし、出来るなら助け、条件が合えば鬼殺隊とも取引をする。

 しかし鬼殺隊に与するつもりはなく、本格的に敵対するなら容赦はしないだろう。

 

 難しい。

 葉蔵は鬼殺隊にとってもカナエ個人にとっても面倒な立ち位置にある。

 なんとかしなくては……。

 

「葉蔵さんと争うことになってしまう……」

 

 もし鬼殺隊と葉蔵がぶつかれば、双方共に大きなダメージを負うだろう。

 葉蔵は単体で戦局を左右してしまうほどの力を持つ戦鬼。

 たとえ柱でも本気でやり合えば無事では済まされない。

 

 何かないか、葉蔵を味方に引き込めるような何か……。

 

「……まずは情報ね」

 

 方針は決まった。

 まずは情報を集め、必要な交渉材料を探す。

 そしてあの強大な力を手に入れて見せる。

 

 何が何でも捕まえて見せる。そう彼女は意気込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すごい……」

 

 木陰に隠れながら、しのぶは葉蔵の戦う姿を見ていた。

 

 本当は嫌だった。

 あんなヤバそうな鬼共の戦闘なんて、いつ巻き込まれるか分かったものではない。

 しかし、彼女の姉であるカナエが何がなんでも見に行きたいと駄々を捏ねてしまった。

 無論止めたが聞く耳持たず、無理やり葉蔵の戦場に向かう姉。

 流石に重症の姉一人であんな危険地帯に向かわせるわけにはいかないと判断し、渋々付いていった。

 

 それに、鬼の戦いに興味がないわけではない。

 どんな風に戦い、どんな攻撃が有効でどうやって相手の攻撃を防ぐか。どんな駆け引きがあるのか等々、気になる箇所はいくらでもある。

 

 もしかしたら鬼を殺す毒の手がかりもあるかもしれない。

 そう考えて向かったのだが……。

 

 

「何よ、あの化け物。……反則じゃない」

 

 結果は想像以上だった。

 

 

 なんだあの鬼……いや、化物は。

 

 

 攻撃が全く見えなかった。

 音が聞こえたと思ったら攻撃は完了していた。

 散弾のようなものに、マキシム機関銃のような銃撃に、砲弾のような攻撃まで。

 それがどのタイミングで繰り出され、どんな風に敵に影響したのか全く理解できない。

 それほどまでに葉蔵の攻撃は速かった。

 

 行動が全く読めなかった。

 三対一という不利な状況でありながら、あの鬼は互角に立ち回った。

 どうやって相手の攻撃を読み、防いだのか全く理解出来ない。

 それほどまでに葉蔵と鬼の攻防は凄まじかった。

 

 策を全く見破れなかった。

 ほんの一瞬であの鬼は不利な状況を逆転させた。

 何をしたのかは全くわからない。何かが爆発したと思った矢先に、瞬く間に鬼は倒されてしまった。

 それほどまでに葉蔵の行動は早かった。

 

 

「あれ、針鬼なんかじゃなくて、銃鬼って改名するべきでしょ」

 

 しのぶは思った。名前詐欺にも程があると。

 

 あれが針? ……ふざけるな。

 

 針があんなに速く飛ぶか?

 針があんなに連射出来るか?

 針があんな大きな訳あるか?

 

 ふざけるな。

 あれは針なんて生易しいものではない。

 

 あれは銃だ。

 単体で一つの部隊の火器を持ち歩く銃の鬼。

 

「銃……刀の天敵ね」

 

 しのぶは銃についての知識は軍人ほどあるわけではないが、それでも威力と脅威は知識として知っている。

 マキシム機関銃、大砲、村田銃……。どれも日輪刀なんかよりも武器としてはずっと上だ。

 

 刀は銃によってそのシェアを奪われた。

 銃は剣よりも強い。近代戦の主兵装は銃火器であり剣刀類は廃れつつあるのがその証拠である。

 そのうち軍刀も無くなり、銃を持つようになるだろう。

 

 刀より銃。

 日輪刀より血針弾……。

 

 

 

 

 

 それはつまり、血針弾を手に入れたら、日輪刀よりも鬼を殺せる力を手に入れられるということだ。

 

 

 

 

「……欲しい」

 

 手に入れたい。

 鬼を容易く殺せるあの弾丸が。

 たった一発で、何処に撃っても鬼を殺せるあの必殺の銃が!

 

 あれを手に入れたら、鬼の首を刎ねる力がなくても鬼を殺せる。

 こんな小さく非力な身体でも鬼を殺せる。

 毒なんてなくても鬼を殺せる!!

 

 ほしい

 是が非でも手に入れたい。

 アレが手に入るなら鬼になっても……!

 

 

「しのぶ!」

 

 

 ふと、彼女は我に返った。

 

「な…何? 姉さん?」

「ああよかった。急にボ~としだすからびっくりしちゃったわ」

「そう、心配かけてごめんなさい」

 

 しのぶは冷静になって先程の考えを振り払う。

 

 一体私は何を考えている?

 鬼を殺すために鬼になる?

 どうかしている。

 

 鬼はいてはいけない。

 己の保身のために嘘ばかり言い、むき出しの本能のままに人を貪り食らう。

 理性を捨て、人間性を捨てた末路。

 ソレが鬼だ。

 

 第一、あの鬼だってそうじゃないか。

 鬼は鬼。人食いの化け物だ。だからあの鬼も同じ。ただ殺す対象が人から鬼に変わっただけ。

 少し理性的なだけで、本質は他の鬼とまるで変わらない……筈だ。

 

「ん?」

 

 ふと、しのぶは道端に何かを見つけた。

 彼女はソッと物体に近づく。

 

「どうしたのしのぶ?」

「……ううん、なんでもない」

 

 しのぶは土の上に落ちてあった物体―――葉蔵の落とした藤の花成分入り罠針を懐に入れながら、カナエの方に向かった。




カナエ「葉蔵さん性格的に鬼殺隊といつかケンカしそう。なんとかせな」

しのぶ「何あの血鬼術ズルすぎ。私も欲しい……」


さて、どうやって原作に持ち込もうか……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55話

 とある町の裏路地。

 ゴミゴミとした不衛生なその場所に葉蔵はいた。

 

「……汚いとこだ」

 

 葉蔵は愚痴りながら路地を通る。

 こんな場所、普段ならば食いたい鬼でもいなければ絶対に近づかない。

 肝心の鬼もいないのに、何故彼はここにいるのか?

 

「お、あったあった」

 

 木材と木材の間にある隙間から一枚の紙を取り出す。

 

「さて、次のターゲットを教えてくれるんだろ。ええ、炎柱の煉獄さん」

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・3日前

 

 

 

 

 

 

 

「君の大切な人は元気か?」

「!!!?」 

 

 わざとらしく微笑みながら、葉蔵は簡単な日本語を吐く。

 するとどうだろうか。たったこれだけで炎柱―――煉獄槇寿郎は面白い程に動揺した。

 ソレを見て葉蔵は思った。『ああ、やはり誰か治したい人がいるのか』と。

 

 何も葉蔵は煉獄の情報を握っていたわけではない。

 葉蔵は煉獄の様子から推理しただけだ。

 

 まず行動がチグハグだ。

 もし仮に討伐命令が出ていたのなら、こんな悠長に話すわけがない。

 鬼殺隊の最上位である柱なら猶更だ。戦闘のプロである彼らがそんな無駄なことをするはずがない。

 しかし実際は仕掛けてこなかった。

 まるで攻撃を躊躇うかのように。

 

 話し方もおかしい。

 討伐を宣告するにしては声が震え、覇気に欠ける。

 これが階位の低い鬼殺隊員なら兎も角、最上位の柱がそんなことするわけがない。

 しかし実際は声に力がなかった。

 まるで本当は攻撃したくないかのように。

 

 そして最後の宣告。というかこれが全てだ。

 あんな分かりやすい脅し文句を言われたら誰だって気づく。

 ああ、こいつは何かをやらせたいのかと。

 

 そこまで気づいたら後は連想ゲームだ。 

 鬼を殺すこと以外で、葉蔵にしか出来ないこと。怨敵である鬼と手を組んでまでしたいこと。

 考えられるとすれば、以前に宇随天元と手を組んで行った鬼殺隊の救出劇。つまり鬼の毒に対する解毒である。

 

 

 そう、煉獄は葉蔵を使って誰かを治療させようとしたのだ。

 

 しかしそれならそうと早く言えばいい。

 天元の場合は葉蔵を利用するという体でやったが、堂々と取り引きを持ちかけた。

 煉獄も同様にすればいいはず。なのに何故しないのか?

 

「(おそらく任務外での出来事、つまり私情(プライベート)によるものだろう)」

 

 鬼殺とは関係のない私情によるもの。

 大方、家族か恋人のどちらかが危篤で、葉蔵の力を使って治してもらおうとしてるのだろう。

 そう考えたら納得がいく。

 

「な、なんで妻の病のことを……!?」

 

 根拠は一切なかった。

 それで試しに突いてみたらどうだ、予想が大当たりではないか。

 

 あまりにも露骨な動揺。

 ソレをみて葉蔵はつい笑いたくなるも、なんとか我慢した。

 

 だめだ、笑ったら失礼じゃないか。

 怨敵である鬼を利用してでも助けたいという気持ちを笑うわけにはいかない。

 

「それならそうと早く言えばいいじゃないか。私ならなんとか出来るかもしれないのに」

「……出来るわけがないだろ!!」

 

 煉獄は叫んだ。

 絞りだすかのような、しかし全体に響くかのような大声。

 慟哭にも子供の癇癪にも取れるような怒鳴り声で煉獄は更に続けた。

 

「俺は柱だ! 鬼殺隊の手本にならなければならない! そんな俺が…俺が……!!」

「(……大変だねぇ)」

 

 しかし葉蔵は冷めた目でそれを見ていた。

 

 別にどうってことはない。

 相手は赤の他人どころか、一度は命を狙った相手。端的に言えば敵だ。

 敵対した人間を助けようと思う程、葉蔵の心は広くない。

 このまま見捨てるのは道理……。

 

 

 

 

「もしかしたら可能かもしれない」 

 

 ……の、はずだった。

 

 下弦の鬼を食ってご機嫌だったからか、それとも何か別の意図があるのか。

 

「ほ…本当か!?」

「ああ。しかし条件がある」

 

 条件。

 その単語を聞いて、少し浮かれていた煉獄は気を引き締める。

 

 何だ、いったい何を要求する。

 内容によっては拒否しなくてはならないが……。

 

「(俺に……出来るのか?)」

 

 妻の命と柱としての矜持。

 本当に自分は後者を選べるのだろうか?

 この鬼の要求を拒否するということは、妻を見捨てるということ。

 そんな真似が自分に出来るのか?……自信がない。

 

 

「私の要求は2つ。一つは鬼の情報。強い鬼の情報を優先的に私に寄越せ。二つは柱との模擬戦。君と模擬戦がしたい」

 

 

 

 しかしその内容は、拍子抜けするほど軽い物だった。

 

「そ、それだけか……?」

「ああ、それだけだ」

「……」

 

 煉獄の葛藤を知っての言動か、それとも本当にそれだけなのか。葉蔵は淡々と話す。

 

「私はより良質な鬼を食いたいのだが、この身一つでは入手できる情報には限りがある。

 対する君たちは隠とかいう隠密部隊から全国の鬼の情報を持っているのだろ? それをくれと私は言っているんだ。私が代わりに倒してやる」

「……」

 

 葉蔵の言葉に煉獄は再び沈黙した。

 

 話が出来過ぎている。

 鬼の情報を教えたら妻を助け出し、尚且つ鬼を倒してくれる? こちらに利益しかないじゃないか。

 だからこそ余計に混乱する。

 こんな取引にもならないような、こちら側しか得しないような内容を提示するか?……いや、得ならあるか。

 

 葉蔵の目的と行動理由は既に鬼殺隊も知っている。

 他の鬼を食らってより強い鬼になることだ。

 

「(どうする? この要求を呑むか? 一見すれば俺たちに損はない。しかし……!)」

 

 鬼を食う事自体はよい。むしろ歓迎しよう。

 鬼が減れば犠牲者も減り、鬼殺隊の殉職率も減る。良いこと尽くめだ。

 だが、葉蔵が相手だと話は変わる。

 

 

 おそらくこの鬼は将来的に鬼殺隊……いや、人類の潜在的な脅威になる。

 

 目の前の鬼は強い。

 その気になれば、一夜で近くにある町の人間を皆殺しに出来るであろう。

 そんな強大な力が何の縛りもなくそこら辺を歩いているのだ。

 

 この鬼には、鬼殺隊と違って大義も隊律もない。

 行動を縛るための法も、次の行動を予測する手がかりもないのだ。

 全てはこの鬼の気分次第。葉蔵の内にある善悪観念や価値観に任せるしかないのだ。

 

 

 もし何かしら逆鱗に触れてしまったらどうなる? 怒りに身を任せて関係する者を皆殺しにしないと言い切れるのか?

 

 もし何か欲しいものを見つけたらどうする? 欲望に身を任せて暴力によって人々を傷つけないと言い切れるのか?

 

 もし何か気まぐれを起こしたらどうする? 戯れに力を振るい、無関係な人々を巻き込まないと言い切れるのか?

 

 

 危険すぎる。

 葉蔵の行動を信用するにはあまりにも彼のことを知らず、葉蔵の善性を信頼するにも彼は聖人君子とは程遠い。

 

 

「(これ以上……この鬼が強くなったらどうなる?)」

 

 鬼の強さは人を食らった数、或いは無惨の血の量に比例する。

 この鬼は人を食わない代わりに、他の鬼を食うことで無惨の血の量を増やしてきた。

 おそらく人間の血肉を食うより、無惨の血の方が鬼はより強くなるのであろう。

 でなければ、藤襲山に放り込まれたような雑魚鬼が、一年も経過せずにここまで強くなるはずがない。

 

 もし、十二鬼月を食らえば、或いはソレに匹敵する鬼を食えば、葉蔵は今よりも格段に強くなるであろう。

 今の状態でも脅威だというのに、その手伝いを自分にさせようとしている。

 

「(受ける……べきか?)」

 

 将来の脅威という曖昧とはいえ、決して無視できない大きな脅威。

 私情とはいえ、妻の命という何物にも代え難い代償。

 柱として……煉獄槇寿郎としてどちらを選ぶべきか。

 

「柱になるまで、柱になってから君は幾多の鬼を討伐してきた。ならその中で楽な戦いってあった?」

 

 未だに迷う煉獄に対し、葉蔵は質問する。

 単なる好奇心によるものなのか、特に抑揚のない声。

 しかし何処かバカにしているように煉獄は感じた。

 

 

 

「柱って鬼殺隊の中で一番強いんだね? なら雑魚鬼なんて楽に殺せるだろ? いや、血鬼術を使う並の鬼も柱の敵じゃないはずだ」

 

「いや~、楽に鬼を倒したらその日は幸せだね。なにせお金をたんまり貰った上に、周囲に英雄視されてチヤホヤされる。その上自分の力も示せるのだから」

 

「私も入りたいな、鬼殺隊に。私の力なら鬼なんて楽々殺せるから柱なんてすぐに成れるだろう」

 

 

 

「楽な鬼狩りなんてあるわけがないだろ!!」

 

 煉獄は怒鳴った。

 腹の底から絞り出すような、何処か震えた声で。

 

 鬼は理不尽な存在だ。

 野生動物すら圧倒する脅威的な身体スペック。

 日光か日輪刀で首を刎ねる以外では殺せない不死性。

 血鬼術という物理法則を超えるインチキ染みた神通力。

 こんな化物相手に楽なんて言葉があるはずがない。

 

 

「俺はいつだって命掛けだった! 怖くて逃げだしたくなった事なんて数えきれない!! けど、それでも俺は戦ってきた!!」

 

「弱きものを救うことは強き者の責務! 俺はその義務を全うするため、逃げることなんて許されない!」

 

 

 

 

 

「それで? 君はその結果何を得た? 妻一人守れない身の君が」

 

 ドスッと、煉獄の胸に葉蔵の言葉が刺さった。

 

 

 

 

「文字通り命を懸け、何度も恐怖を押し殺し、必死に戦ってきた。そんな君が何故本当に守るべきものを守る機会を放棄しなくてはならない? 柱の責任は家族の命より大事か?」

 

「何故そこまで柱という地位に己を縛られなくてはならない? 君は柱として幾多の弱者を救ってきたなら、その分報われるべきではないか?」

 

「なのに本当に欲しいものを手に入れられず、むしろ制限されるなんて間違っている。君はもっと自由に生きていいはずだ」

 

 

 最後に葉蔵は煉獄に手を伸ばし……。

 

 

 

 

「私の手を取れ。これは貴方が受けるべき正当な報酬だ」

 

 

 彼の手を恐る恐るといった様子で触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(……次は千葉か)」

 

 先程狩った鬼の因子の塊を針でストローのように吸いながら、壱枚の紙に目を通す。

 

 

 あれから、煉獄は全てを語ってくれた。

 鬼殺隊にリストアップされている鬼の情報、十二鬼月らしき鬼の情報、鬼が関与していると思われる事件の情報、地方に伝わる人食い鬼の伝説等々。

 柱が手に入れられる鬼の情報を全て吐いてくれた。

 

「お、他にもいるのか。……数は三体程。それなりだな」

 

 葉蔵一人では夜中に鬼を三匹も狩れたら多い方。一匹も釣れない日もざらにある。

 しかし、そんな生活もしばらくおさばら。

 やはり取引を持ち掛けて正解だった。

 個人でフラフラ散策しながら鬼を探すのとは大分違う。

 

「それじゃあ、行くか」

 

 パサリと、上着を脱ぐ。

 

 メキメキと、腕が軋む。

 

 葉蔵の影が、大きくなった。

 

 

 

「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆!!!!」

 

 獣が吠える声が響くと同時に、月夜の町に風が拭き渡った。

 




え~、今回は柱の弱さというか、本音を書いてみました。
というのも、私は今回の話で鬼殺隊の悪鬼滅殺に対するアンチを書きたかったんですよ。

おそらく中には『煉獄槇寿郎はこんなこと言わない!』って言う方もいらっしゃるでしょうが、敢えて私はこう書きました。

もし、妻の病を治してくれるかもしれない鬼が現れたら、槇寿郎は柱としての責務を果たせるでしょうか? 妻を助けられる可能性を捨ててまで鬼を倒そうとするでしょうか?

鬼殺隊の唱える悪鬼滅殺が、鬼殺隊にとって己の大事なものを犠牲にしてまで成し遂げるものなのか。
そういった意味も込めてみましたが……私は書けたでしょうか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

56話

 真夜中の通形峠。

 いつもであれば静寂に包まれている筈の峠が今、人々の悲鳴が響き渡っていた。

 この峠を根城とする鬼に、討伐隊がやってきたのだ。

 

 

 この峠には、昔から鬼がいるという噂が流れていた。

 峠を通る旅人を食らい、村に降りては人を食らい、子供を攫っては食らったそうだ。

 無論、周辺の人々は何もしなかったわけではない。

 村の男衆で武器を持って戦おうとしたり、鬼を討伐しようと兵を雇ったが、鬼の血鬼術によって悉く返り討ちに合った。

 その中には鬼殺隊も含まれている。

 

 先日派遣された下位の鬼殺隊員がやられた。

 故に今回は討伐隊を形成。位が上の隊員をメンバーにして派遣した。 

 鎹烏の情報では、件の鬼は少なくとも十二鬼月ではない。ならば高位の鬼殺隊がいれば勝てる筈。そう考えていたのだろうが……。

 

 

「うぐ……うぅ……」

「い、いてぇ……」

「ぁ、ぁぁ……」

 

 ……結果はこの通りである。

 

 

 

 隊は一瞬で崩れた。

 突如現れた鬼が奇襲を仕掛け、討伐隊の隊長―――討伐隊の中で一番最初に一番強い隊員を殺したのだ。

 

 メンバーの中で一番高位である戊(つちのえ)。

 最大戦力であると同時に隊長である人物を失い、鬼の奇襲を受けた。

 士気が下がり混乱が生じるのは当然の事。

 

 隊は混乱に包まれ、モタついている間に鬼は猛攻を続ける……。

 

 

【水の呼吸 壱の型 水面切り】

 

 

 その中で一人、鬼殺隊員の村田は刀を振るう。

 

 

 

 何故鬼の気配を感じ取れなかった?

 何時鬼はこちらに接近した?

 一体どんな能力を持つ?

 

 そんなことを考えている暇なんてない!!

 

 今は目の前のコイツをどうにかするのが先だ。

 倒すのは無理でも引きはがす、或いは牽制して動きを止める。

 それぐらいなら、平の隊員の俺でも出来る筈だ!!

 

 そう語るかのように村田はまずは鬼へと斬りかかる

 

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 

 人間サイズの肉塊など、一撃で容易く切断する斬撃。

 何度も振り下ろし、切り上げられる猛攻を、鬼はニヤニヤしながら全て避けて見せる。

 

 武術の類の動きではない。

 単純に鬼の反応速度と運動性能が人間と比べて格段に上位のため、見てからでも簡単に対処が可能なだけだ。

 

 そもそも、鬼殺隊と鬼の身体能力を比べる事自体がおかしいのだ。

 基礎の身体スペックに限定するなら、雑魚鬼でさえ呼吸の剣士を上回っていることもある。

 鬼殺隊は最初から、格上の敵を相手に戦う事を日常としていると言っても過言ではない。

 

 では常に鬼は勝者なのか―――そうとは言い切れない。

 

 

 村田の剣戟が僅かながらに掠りだす。

 村田が鬼の動きを見切り始めたのだ。

 

 確かに鬼は人間より速く強い。

 しかし、それだけで盤石になる程強者の座は軽くない。

 何の工夫もないワンパターンな獣の動きは、狡猾な人間によって見切られ、反撃する隙を与えてしまう。

 

 これこそ未だに圧倒的優位である筈の鬼が鬼殺隊に狩られる最大の理由であろう。

 強者特有の驕り。

 これこそ、圧倒的不利である人間共が鬼に付け入る隙なのだ。

 

 

 ではそこに付け入れば勝者になれるのか―――そうとは言い切れない。

 

 

【血鬼術 透過】

 

 

「!!?」

 

 遂に村田の刀が鬼の首を刎ねようとした途端、刀が通り過ぎた。

 文字通りの意味である。

 確かに鬼へ当たるはずであったのに、鬼の体が透けて通り過ぎたのだ!!

 

「……は? 何が……へぶしッ!!」

 

 呆ける村田に鬼の拳が腹に突き刺さる。

 ただ拳を振り下ろしただけの、素人臭いパンチ。

 ただ当てただけの拳だが、それが鬼の拳となると話が変わる。

 

 まるで木の葉のように吹っ飛ばされ、近くにあった民家の壁に激突。

 壁にバウンドするどこか、民家ごと壁を壊しながら、瓦礫に埋まった。

 

「こ…この!!」

「死ね鬼め!!」

 

 村田の奮闘のおかげか、混乱から立ち直った鬼殺隊が刀を振るう。

 しかしその刀も通り過ぎる。

 

 

【風の呼吸 壱の型 塵旋風・削ぎ】

 

 

 刀が首を捉える―――通り過ぎる。

 

 

【水の呼吸 壱の型 水面切り】

【炎の呼吸 壱の型 不知火】

 

 

 左右同時に刀が振るわれる―――通り過ぎる。

 

 

【水の呼吸―――】

【炎の呼吸―――】

【水の呼吸―――】

【雷の呼吸―――】

 

 

 あらゆる角度から斬撃が迫りくる―――通り過ぎる!

 

 

「ど、どういうことだ……?」

「なんでだ………なんでだよ!?」

 

 あまりにも奇妙な出来事に、隊士たちの間に再び混乱が生じた。

 

 何だ、何をしたんだこの鬼は?

 鬼は確かにそこにいて、確かに刀が当たるはずだった。

 なのに何故切れない?

 

 気配はする。鬼のドス黒い気配はビンビンに感じられる。

 しかし、攻撃が届かない。それどころか、感触すらない。

 

 おかしい。ありえない。

 そこにいる。確かに鬼はちゃんとそこにいる。

 なのに触れない。

 

 どうなっているんだ?

 一体どんな血鬼術を使った?

 どうすればこんな幽霊みたいな鬼を……。

 

 

【血鬼術 不可視の手】

 

 

 呆けている間に、隊士たちは吹っ飛ばされた。

 

 まるで見えない腕に掴まれたかのように身動きを封じられ、投げ飛ばされた。

 

 

 本当に見えなかった。

 

 何もないはずなのに、何も当たってないはずなのに。

 

 そこにないはずの何かによって隊士たちは投げ飛ばされた。

 

 

「な…なんだ?」

 

 瓦礫の中から出てきた村田は茫然とした様子でその光景を眺める。

 

 何だ、何をしたんだこの鬼は?

 鬼の腕は決して届かず、確かに当たるはずがなかった。

 なのに何故当たった?

 

 何もない。そこには虚空しかないはず。

 しかし、攻撃が届いた。直撃だった。

 

 おかしい。ありえない。

 そこにないのに。確かにそこには何もないのに。

 なのに当たった。

 

 どうなっているんだ?

 一体どんな血鬼術を使った?

 どうすればこんな幽霊みたいな鬼を……。

 

「(これが……鬼と俺らの差なのかよ!?)」

 

 これこそ鬼殺隊が鬼を超えられない理由の一つ、血鬼術の存在である。

 鬼は血鬼術という物理法則を無視した妖術を行使することで、人間では到底再現できない現象を引き起こす。

 

 対する人間はどうか。―――鉄の塊と少々動きをよくする程度の技術である。

 

 

 そもそも、何処かの誰かさんが鬼を楽々殺すので忘れがちだが、鬼をバンバン殺せる存在自体が異常であり稀有なのだ。

 

 

 鬼は人間より上位に位置する捕食者である。

 ごく一部の例外を除いて日光以外では死なない不死性。

 最低でも容易く石壁を砕く程の怪力と、岩より硬い身体。

 短時間で即再生する生物としてはあり得ない生命力と治癒力。

 あらゆる物理法則を完全に無視した超常現象を引き起こす血鬼術。

 それに比べて人間はどうだ?

 

 身体能力は鬼より格段に劣る。

 呼吸で強化しようが焼け石に水であり、身体スペックは柱でさえ雑魚鬼を下回ることだってある。

 

 生命力と不死性は比べるのが烏滸がましい。

 傷の治りは遅く、腕も欠けたら生えることはない。

 

 日輪刀? 全集中の呼吸?

 ちょっと肉体を強化して鉄塊をブンブン振り回す程度が、鬼の神通力―――血鬼術と対等だと言うつもりか?

 

 

 もう一度言う。

 人間は獲物で鬼は圧倒的上位の捕食者である。

 この関係は呼吸の剣士とて例外ではない。

 

 では、鬼殺隊も鬼の餌になるしかないのか?

 抵抗むなしく食われるしかないのか?

 そうとも言い切れない。

 

 もし、この世界の神がワニのような冷血動物ならそうなったであろう。

 後に駆け付けた鬼殺隊員が食い散らかされた仲間の死体に心痛め、その命と思いを背負うシーンになっていたであろう。

 

 しかし安心して欲しい。

 この世界ではそのようなことはない。

 

 何故なら、この世界の神はご都合が大好きなのだから!

 

 

 

 パァーーーーーーーーーン!

 

 

 銃声が響き渡る。

 放たれる赤い弾丸が、吸い込まれるように鬼の眉間に命中したのだ。

 

 

「~~~~~~~~~~~~~! 何もんだ!?」

 

 鬼は激高した様子で銃弾が飛んできた方角に目を向ける。

 傷はすぐ再生したが、だからといって痛みを感じないわけではない。

 何もよりも、食事の邪魔をされて怒らない鬼はまずいない。

 

 何処の誰だ? 同族か?

 どっちでもいいか。とりあえず見つけ次第殺してやる。

 そう言いたげに殺気に漲る目を向ける。

 

 しかし、そんな強気でいられるのも今のうちだ。

 

 

 銃弾が飛んできた方角。

 人間の目では遠すぎて、暗すぎてよく見えない。

 しかし鬼の眼はしかと視認した。

 

 木々の狭い間をすり抜け、迫る赤い針。

 血鬼術ですり抜けようと、しかし僅かに弾丸が速かった。

 今度は心臓部分に命中する。

 

 三発目。

 再び血鬼術を発動。

 針をすり抜けながら、襲撃者の姿を確認する。

 

 雪のように白い肌。

 額から延びる宝剣のような赤い角。

 闇を溶かし込んだかのように黒い目に、血のように紅く輝く瞳。

 

 

「針鬼ッ!」

 

 怒りによるもの? 

 否、それは歓喜の声。

 

 針鬼。

 あの方から討伐命令を下された裏切り者。

 もし殺せば報酬として血を頂ける恰好の獲物だ。

 

 もう鬼狩り共に用はない。

 消えるなり何なり好きにしろ。

 特段美味くもない肉を食らうより、あの方から血を頂く方がよほど有益だから。

 

「………」

「待ちやがれ針鬼!」

 

 通形峠の鬼は背を向けて山頂に向かう針鬼を追った。

 

 




え~、今回書きたかったのは、一般鬼殺隊と鬼の力関係でした。

柱だの主役だのが鬼をバッタバッタ倒すから忘れがちですが、本来鬼は人間より生物的に上位の存在です。
だから劇中みたいに鬼を倒すことよりも、鬼殺隊の方が負けることが多いはずです。
おそらく、鬼の中には今回出てきた通形峠の鬼のように、通常の手段では首を切れない鬼だっているでしょう。集団で向かっても返り討ちに何度もあったでしょう。

この回ではその力関係を改めて認識しよう。そう思って鬼殺隊がぼろ負けするシーンを付けました。

まあ、最後はアイツが全部かっさらっちゃうんですけどね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

57話

 

 真夜中の通形峠にある廃村。

 鬼によって一夜で滅んだ村。

 この鬼に歯向かった末路。

 今ではこの鬼のアジトだ。

 

 この峠には、昔から鬼がという噂が流れていた。

 峠を通る旅人を食らい、村に降りては人を食らい、子供を攫っては食らったそうだ。

 無論、周辺の人々は何もしなかったわけではない。

 村の男衆で武器を持って戦おうとしたり、鬼を討伐しようと兵を雇ったが、鬼の血鬼術によって悉く返り討ちに合った。

 それから村人は戦うのを諦めてしまった。

 

 何も知らない他所者を生贄として峠に向かうよう仕向け、その代価として鬼に見逃してもらっている。

 そうやって村人は生き永らえたのだ。

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 今夜も峠に憐れな生贄の悲鳴が響き渡る。

 何も出来ず、抵抗空しく。

 獲物は鬼に嬲られる。

 

「だ、誰か助けてくれ……」

 

 そんなものは来ない。

 誰も助けになどしないし、する筈もない。

 何故なら……。

 

 

「なんで死なねえんだよこのバケモンがァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 ソイツが件の鬼だからだ。

 

 

【血鬼術 壁抜け】

 

 

 廃村の家屋をすり抜け、壁を透過しながら追撃者から逃れようとする。

 

 巧み且つ特殊な移動法。

 緩急を付けたジグザグ移動。

 障害物を通り抜ける特殊移動。

 

 もし、葉蔵或いは上弦以外の鬼なら逃げられたであろう。

 

「ぎゃああああああああああああああ!!!」

 

 鬼に銃弾が当たった。

 家屋や建物の狭い間をすり抜け、鬼の足に命中。

 肉に減り込んだ針は鬼因子を食らって急成長し、鬼を地面に縫い付けた。

 

「く…クソが!」

 

 鬼は自身の足を切って針の根から逃れる。

 しかしソレはあくまで応急措置。

 針の弾丸を撃つハンターはまだ健在である。

 

 

【針の流法 血針弾】

【血鬼術 透過】

 

 

 葉蔵の弾丸を透過する鬼。

 しかし、ずっと肉体を透けさせるわけにはいかない。

 何故なら透過の血鬼術は決して万能ではないからだ。

 

 透過の血鬼術は消耗が激しく、連続して使うことはできない。

 発動継続時間は数秒間、しかも一分のクールタイムを必要とする。

 そしてその弱点を葉蔵に見抜かれた。

 

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 だから、透過を使っても切れたタイミングを葉蔵に狙われるのだ。

 

 

【血鬼術 見えざる手】

 

 

 通形峠の鬼は血鬼術を発動して針鬼―――葉蔵に襲い掛かる。

 

 視認どころか、気配すら察知させない。

 不可視の腕が葉蔵に延ばされ握りつぶそうと……。

 

「何度目その攻撃?」

「く…クソッ!」

 

 握りつぶそうとするが、葉蔵はソレを容易く避けた。

 

「私にはキサマの攻撃は見えないが、感知する術があると何度も言ってるだろ?」

 

 葉蔵は自分の角を指さす。

 そう、これが通形峠の鬼の血鬼術、見えざる手が効かない要因の一つである。

 

 見えざる手は見ることも触れることも気配を察知する事も出来ない。

 しかし、攻撃する以上は物理的に干渉せざるを得ない。故に葉蔵は角で攻撃する際に引き裂かれる空気の動きを察知しているのだ。

 更に、葉蔵は血鬼術の発動が分かる。故に攻撃を予測することも出来るのだ。

 

「このッ! このっ! このッ!」

 

 見えざる手を4本、6本と増やして攻撃する。

 しかしソレが当たることはない。

 

 避ける。

 あらゆる方角から来る腕を全て避ける。

 避ける。

 慌てることなく、道を譲るかのように。

 避ける。

 全方向と見えざる手が見えるかのように。

 

 地面を透過して真下から来ようが、建物を透過して死角から現れようが。

 葉蔵は全ての攻撃を避けた。

 

「ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 バァンと、血針弾が鬼に撃ち込まれた。

 まるでつまらない芸人めがけて物を投げるマナーの悪い客のように。

 

「もう飽きた。次の出し物を用意してくれ」

「こ…このぉ……」

 

 勝てない。

 攻撃は通らず、透過の血鬼術も見切られた。

 このまま戦闘を続けていても、負けるのは目に見えている。

 

 だから、血鬼術を使って逃げることにした。

 

 

【血鬼術 地面沈下】

 

 

 地面を透過し、水の中を泳ぐかのように移動する。

 近くには崖がある。そこから出て下に行けば……。

 

 

【針の流法 血針弾】

 

【針の流法 毛細枳棘(ソーンネット)

 

 

 崖の外側に出た瞬間、弾丸が鬼のこめかみにクリーンヒットした。

 続けて放たれる網。それは鬼を捕獲して崖の壁側に鬼を縫い付ける。

 

 なんだこれは?

 一体なぜ俺は拘束されている?

 あの鬼からは逃れられたはず。じゃなきゃおかしい。

 血鬼術で地面の中に逃げたんだ。穴を掘るなんてチャチな真似じゃない。地面を透過して逃げたんだ。

 感知なんて出来ないはずだ。地面を透過して移動する相手をどうやって感知する?

 おかしい、ありえない。こんなことがあり得ていいはずがない!!

 

「振動もなしでよく移動できるね。まあ、おかげでいい訓練にはなったけど」

 

 何か聞こえる。

 そんなはずはない。

 

「けどネタ切れならもういい。飽きた。キサマから学ぶことはもうない」

 

 葉蔵が指を鳴らす。

 次の瞬間、鬼の肉体が爆せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼自身は弱いが、ゲームは楽しめたな」

 

 結晶に変えた鬼因子を食らいながら今回狩り(ゲーム)を振り返る。

 

 獲物は弱かった。

 血鬼術自体はかなり強力だったが、余りにも応用性に乏しく、鍛錬や工夫をしているようには見えない。

 能力が通じないにも関わらず、後も延々同じことを繰り返していた。

 血鬼術が通じなかったという経験自体が無いからかもしれないが、それでも優秀な鬼とは思えない。

 この鬼も手に入れた特殊能力に慢心して創意工夫や自己強化を怠ったのだろう。

 しかし、射撃の練習にはなった。

 

 ある一定のタイミングでしか攻撃が通らず、鬼の超感覚でしか攻撃を捉えられない。

 なかなかない体験だ。おかげで超感覚とタイミングを見測る訓練の良い機会となってくれた。

 

 こういった特殊攻撃はなかなかお目に掛かれない。

 どいつもこいつも直接攻撃的な血鬼術ばかりで、どうしても力比べになってしまう。

 おかげでゲームはすぐに決着ついてしまうのだ。

 

 

 私が求めているのは鬼因子だけではない。

 ただ鬼を食いたいだけなら、遠くから狙撃して仕留めればいいのだから。

 

 私が鬼因子を勝ち取るのは当然の事。

 大事なのは過程。私の経験値となる戦いが目的だ。

 ゲームを通じて私自身の成長を促し、次のステップへと至る。

 これが正面の戦いにこだわる理由だ。

 

「そういうことなら……君たちとの対戦も悪くないね」

「ざけんじゃねえぞ鬼が!」

 

 私は次の対戦相手―――後から来た鬼殺隊員に目を向けた。

 

「いいだろう、次は君たちが相手か」

 

 相手は人間、しかも鬼殺隊だ。

 手加減をしなくてはいけないのだが、あまり手を抜きすぎると今度は私が危ない。

 なので、今回は少し真面目にやろうと思う。

 

 

 

宇宙天地(うちゅうてんち) 與我力量(よがりきりょう)

 

 左手を天に掲げ、詠唱を開始する。

 

降伏群魔(こうふくぐんま) 迎来曙光(ごうらいしょこう)

 

 左手に力が集まり、紅く染まる。

 

吾人左手(ごじんさしゅ) 所封百鬼(しょほうひゃっき)

 

 集まった力は左手を造り変えようと、細胞を書き換える。

 

尊我号令(そんがごうれい) 只在此刻(こうざいひこく)

 

 左手が内部から弾け、 その力を示す。

 

 

 元より一回り程大きくなった左手。

 赤銅色の体毛に覆われ、指先は黒く長い爪が、手首は鬣のように緋色の毛が覆っている。

 

「片手だけ力を解放した。これぐらいのハンデが丁度いいだろ?」

「………なめやがって!!」

 

 片手だけとはいえこの私が力を解放したのだ。

 せいぜい学ばせてくれよ、凡人共。

 

 





葉蔵はあくまで自分のために戦います。
鬼の因子が欲しいから、もっと技や技術や経験を増やし、学び、強くなりたいから。
彼はより強く、より理想の自分になるために戦います。
彼は未来と現在、両方を重視してます。
対する鬼殺隊はどうでしょうか。

彼らは他の為に戦います。
亡くした大事な人の為、鬼の犠牲となる人々の為に彼らは己の命を懸けて戦います。
その在り方は一見すると正義のヒーローのようです。
しかしソレは本心なのでしょうか。

まあ、原作は鬼殺隊を正義側として描いてますので肯定的に描くのは当然です。
しかし中には私のようにひねくれた読者もいる筈です。
皆さんはどうですか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58話

今回出てくる白やくざのモデルは原作で登場したあの人です。
このssではまだ柱ではない上、鬼に対する憎悪もないので急遽用意しました。


 

 峠を越えた山頂。

 無数の鬼殺隊の中に、針鬼こと葉蔵が佇む。

 葉蔵は囲まれているというのに、一切の動揺を見せない。

 むしろ周囲の鬼殺隊を挑発するかのような態度を見せている。

 

「どうした? 来ないのか?」

 

 葉蔵はその中でも一番日輪刀の色が濃い剣士―――白髪の傷だらけの男に目を向ける。

 そう、葉蔵を藤襲山に叩き込んだ男であり、藤襲山から出た葉蔵によってコテンパンにされた男である。

 

「このクソ鬼が、調子に乗りやがって」

 

 葉蔵に恨みがましい目を向ける男。

 事実、鬼ではなく葉蔵本人に彼は恨みがある。

 

 彼は葉蔵が自身の捕まえた鬼であることは気づいていた。

 仲間にはバレてないが、もし知られてしまえば自分の居場所はなくなる。

 そして何より、葉蔵は鬼である。それだけで彼を駆り立てるのには十分だった。

 

「「「・・・」」」

 

 そして、他の者も同じ思いだった。

 鬼殺隊に属する人間の多くが縁者を鬼に喰い殺され、鬼に対して並みならぬ憎悪を抱いている。

 目の前に鬼がいる。それだけで殺すには十分すぎる理由だ。

 

「おいおい、私と戦う気か? あの雑魚鬼すら倒せなかった君たちが?」

 

 馬鹿にしたように笑う葉蔵。それがまた彼らの怒りを駆り立てる。

 そんなことは分かっているのだ。だからこそ、余計に腸が煮えかえる。

 

 鬼は人間より強い。鬼には不死性がある。鬼には血鬼術がある。

 鍛錬を積み重ねてやっと手に入れた力を、鬼は鬼に成った瞬間から持っている。

 それでも尚鍛錬を続けて磨き上げた力を、鬼は人を少し食うだけで持っている。

 

 鬼は最初から強い。まるで努力する自分たちを嘲笑うかのように、努力など無駄だと馬鹿にしているかのように。

 だから余計に鬼が嫌いになるのだ。

 

「「「………」」」

 

 葉蔵を取り囲む剣士達。憎悪に滾る目を向け、斬りかかるタイミングを今か今かと待つ。

 対する葉蔵は動かない。さあどうぞお好きにと言わんばかりの態度で腕を組んでいる。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

 

 瞬間、一人の剣士の姿が消えた。

 呼吸によって強化した肉体で、一気に突っ込んだのだ。

 その速さはまさしく弾丸。そこらの雑魚鬼ならば反応すら出来ずに首を刎ねられていたであろう。

 

 周囲の鬼殺隊は思った。これで終わりだ、と。

 

「おっと」

 

 ギィンと金属音が響くまでは。

 鬼殺隊員の刀を、左手で受け止めた音だ。

 一瞬動揺するも、すぐに別のものが斬りかかる。

 

 

【炎の呼吸 壱の型 不知火】

 

 

 しかしまたも受け止める葉蔵。

 今度は反対の手を変化させて受け止めた。

 

「あの呪文いらねえのかよ!?」

「あんなの演出に決まってるじゃないか」

 

 その場のノリ、強いて言うなら鬼と手で連想しただけのお遊びである。

 特に意味はない。

 

 

【水の呼吸 捌ノ型 滝壷】

 

【炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり】

 

【風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹】

 

 

 一合一合、剣がぶつかり合うたびにギィンギィンという音が響き渡る。

 呼吸の剣士にとって、一太刀一太刀が一撃必殺。並みの人間には反応も出来ない速さ。それを全て葉蔵は受け止めた。

 

 一人二人と、己の全力を込めて斬りかかる。―――受け止められる。

 三人四人と、連携して斬りかかる―――避けられる。

 五人六人と、一気に斬りかかる―――流される。

 

 通常の鬼、血鬼術を使える鬼でも既に10回首を刎ねている筈。

 そんな攻撃を葉蔵は涼しそうな顔で受け流した。

 

 無論、同じ剣戟を繰り返しているわけではない。

 鬼殺隊の刀は段々速くなり、連携も上手くなっていく。

 囮役や奇襲役などの戦略も増え、一瞬たりとも休む隙を与えない。

 皆が全身をフルに使って、敵を斬り殺さんとする。

 だというのに鬼は倒れない。

 

 ここまで長く、速く、必死に刀を振るったことはないであろう。

 まぎれもなく皆本気だ。

 そして本気を出しても未だ一太刀も浴びせられていないのが、この鬼。

 化け物め、それが全員の感想だ。

 

 受ける、避ける、流す。

 一瞬たりとも止むことのない剣撃が葉蔵へと襲い掛かる。

 受ける、避ける、流す。

 そろそろ葉蔵に余裕がなくなった。

 受ける、避ける、流す

 速く、もっと速く。一秒でも、一瞬でも速く。

 全身全霊でこの鬼の首を斬らなくては。

 

 もう終わりは近い。鬼殺隊員は遠目に見てもかなり疲弊しており、汗を滝のように流している。

 対する葉蔵は余裕こそ消えているものの、限界には遠かった。

 

 そしてその差は、すぐ表れた。

 

 百数十回目となる刀と刀のぶつかり合い。そこで隊士の一人がぐらついた。

 たたらを踏んでなんとか踏みとどまる。だが、姿勢を崩している。

 限界が来たのだろう。もちろん、ちゃんと葉蔵はソレに気づいた。

 すぐさま鬼の手が隊士に向かう……。

 

「………もういいか」

 

 向かうことはなかった。

 

 パチンと、指を鳴らす。

 瞬間、無数の弾丸が隊士たちに命中し、彼らを動けなくした。

 

 血針弾。

 実はこの血鬼術、いちいち相手に指を向ける必要はない。

 意識すれば背中だろうが空中からだろうが好きな方角から撃てるのだ。

 ただその際は命中率が下がるが、葉蔵の射撃センスと超感覚によって補うことは容易い。

 少なくとも、血鬼術も使えず、柱程の身体能力もない人間共を駆逐するには十分だ。

 

 

「私と戦っているつもりだった? 残念、アレはただのお遊びだ」

 

 

「これが私と君たちの差だ。君たちが幾多の鍛錬を重ねてやっと強さを得る間に、私は少し鬼を食らった程度で強くなれる。……違うんだよ、元々の性能も成長速度も」

 

 

「私は君たちより強い。それも絶望的な程の差だ。だというに喧嘩を売るなんて……理解に苦しむ」

 

 

 そう、これこそ鬼と人間の本来ある力量差である。

 人間は並らなぬ努力を重ねることでようやく鬼を超える。

 文字通り血反吐を吐くような、地獄のような鍛錬を積むことで、ようやく鬼を倒せるのだ。

 

 

 ならば、鬼が努力したらどうなる?

 

 

 鬼が武術などの鍛錬を積んだらどうなる?

 鬼が自身の血鬼術を使いこなしたらどうなる?

 鬼が己の戦い方を見直し、反省し、今後に活かしたどうなる?

 

 間違いなくその鬼は柱を超える。

 

 努力も工夫もしない、ただ人間を食うだけの鬼ですら下弦入り出来るのだ。

 真っ当に実力を身に着け、知恵を働かせている鬼が出来ないわけがない。

 

 スタート地点でその後の成長スピードでも鬼は人間をこえる。

 頭領がちゃんと鬼を育成し、統率すれば、鬼殺隊なんてとっくの昔に絶滅させられたのだ。

 頭無残じゃなかったら……!

 

「ふ、ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 白やくざが葉蔵に切りかかる。

 

「君のすべきことは私にかみつくことではない。命乞いをしてでも撤退することで情報を持ち帰り、上に報告して今後の糧にすることだ」

「だまれだまれだまれ!」

「……ッチ、話の通じない狂犬が」

 

 刀をよけながら舌打ちをする葉蔵。

 

「俺は俺は俺は!ここまでやってきた!何度も死ぬ思いして、父さん母さんの仇を討つために!!

 鬼共を皆殺しにして! 生きた事を後悔する程痛めつけて! この世から消してやる!!

 お前も例外じゃねえ……針鬼ィィィィィ!!」

 

「……ップ」

「何がおかしい!?」

 

 刀を我武者羅に振り回す白やくざの攻撃をよけながら、葉蔵が笑う。

 それを侮蔑と見たのか、白やくざは余計に怒りを見せた。

 

 

 

 

「貴様の方が鬼みたいな面してるぞ」

 

 

 その言葉を吐いた途端、白やくざは動きを止めた。

 

 

「な、なに……? ど、どういう意味だ!?」

「言葉通りだ。私にはキサマの方が私より内面性において鬼に近いように思える」

 

 一呼吸おいて、しかし反論も口を挟む余地も出さないように葉蔵は話を続ける。

 

 

「キサマは隊員の命を優先せず、任務にないはずの私の討伐を命じ、部下を送るべきでない死地に送り込んだ。

 当然だ、キサマの目的は鬼を殺すこと。そのためなら部下の命などカスにも劣るのだからな。去ろうとした私に憎しみを向け、部下を扇動したのがその証拠だ」

 

 

 違う、そんなつもりはない。

 そう白やくざは言おうとしたが口が動かない。……何故だ。

 

 

「どっちが鬼だ? 鬼を切り刻むことしか頭にないような貴様が。職務を全うせず己の欲望を優先するような貴様が。貴様の行動は本当に人間として正しいと言えるのか?」

 

 違う! 俺はそんな人間じゃない。

 否定しようとするも口元が震えてうまく言えない。……何故だ?

 

 

「鬼を斬ることで快感を得ているのだろ?鬼を殺すことで達成感を得ているんだろ。

鬼を殺すことで過去の自分を、無力だった自分を否定したいのだろ」

 

 違う! 俺はそんなこと思っちゃいない!

 眼前の鬼を切ることで否定しようとするも、体が震えて出来ない。……何故だ!?

 

 

「鬼とどう違う?鬼が人を食らうことで快感を得ているのと、鬼を狩って達成感を得ているのとどう違う? やっていることはほぼ同じように私には見えるのだけど?」

 

 違う! お前らなんかと一緒にするな!!

 全力で否定しようとするも、金縛りにもかけられたかのように動けない。……何故なんだ!!?

 

 

 

 

「もう一度聞く。お前と私、どちらが鬼に相応しい?」

 

 

 

 動けない。

 話せない。

 否定できない。

 

 彼の内側から何かが這い出る。

 角を生やした、血の匂いがする影。

 それが彼の後ろでガッチリと彼を抱える。

 

 

 

「(ま、こんなものか)」

 

 ニヤリと笑う葉蔵。

 彼は針を取り出して白やくざに突き刺そうと……。

 

 

 

【炎の呼吸 弐の型 昇り炎天】

 

 

「……っぐ!? 何者だ!?」

 

 突如、葉蔵の視覚から斬撃が飛んできた。

 辛うじて避ける葉蔵。

 そのまま下がりながら、葉蔵は凶手に目を向ける。

 

「暴れ過ぎだ、針鬼」

 

 炎柱、煉獄槇寿郎。

 彼は日輪刀を構えて葉蔵と対峙した。





前回私は鬼殺隊について懐疑的な後書きを書きました。
そして、これが私なりの意見です。

鬼殺隊は鬼を狩る鬼になった集団。
無論、全員がそんなのとは思いませんが、そうなった者もいると私は考えております。
例えば原作の白やくざ。
柱合会議で彼は無抵抗のねずこを三度も刺しました。しかも、炭治郎に見せびらかすように。
あれを見た私は『コイツの方がねずこより鬼の顔をしてるな』と思いました。
無論、全員がそうとは言いませんが、鬼殺隊の手本である柱にもいるのならその下にはけっこういるのではないのか。
なら鬼殺隊ってなんだ? 本当に正義のヒーローなのか?
私なりで考えた結果が今回のお話です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59話

キンキンキン!


 

 とある峠の近く。

 夜中だというにそこは騒がしく、明るかった。

 暗闇の中に火花が煌めく。

 金属同士の擦過音が響く。

 

【炎の呼吸 伍ノ型 炎虎】

 

【針の流法 血喰砲・貫通】

 

 

 炎の虎を幻視する程の力強く凄まじい一撃。

 ソレを迎え撃つのは紅い砲弾。

 杭は虎を貫き、巨岩が叩きつけられたかような轟音を鳴らす。

 吹き荒れる爆風。

 熱を帯びたソレは、遠く離れている筈の鬼殺隊の肌を灼く。

 

 

【針の流法 血喰砲・散弾】

 

【炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり】

 

 

 雨霰のように散弾が撃ち出される。

 人どころかその周囲すら一掃する量の銃弾。

 迎え撃つはうねる炎が如き連撃。

 炎は弾丸を呑み込み、甲高い金属音を立てて迎撃する。

 輝きだす火花たち。

 辺り一面を昼のように明るく照らし、遠くから観察する鬼殺隊の網膜を灼く。

 

 

【炎の呼吸 壱ノ型 不知火】

 

【針の流法 血喰砲】

 

 

 砲弾と刀がぶつかる。

 派手な衝突音が響き、大きな火花が飛び散る。

 

【―――血喰砲】

 

 

 撃つ。

 

 暗闇の中、砲弾が降り注ぐ。

 

 赤い魔弾が山肌を削り、木々を薙ぎ払う。

 

 

 

 

 

【―――炎の呼吸】

 

 

 斬る。

 

 

 星空の下、刀が振るわれる。

 

 赤い峰の空気を切り裂き、弾丸を防ぐ。

 

 

 

 

 

 余波が周囲を破壊する。

 

 轟音が空気を震わせる。

 

 発生する熱が大気を灼く。

 

 飛び散る火花が夜を照らす。

 

 

 

「おおおおお!!」

 

 遂に煉獄が葉蔵の懐に潜り込んだ。

 その首を斬ろうと刀を掲げる。

 

 ガキィン!

 

 甲高い音と共に彼の斬撃が止められた。

 葉蔵の手には赤い西洋の剣。

 人間なら両手で持つべきソレを、彼は片手で装備していた。

 

「どうした? 剣の素人である私でも切り結べているぞ? そろそろ疲れてきたか?」

「そう思うなら……さっさと帰ってくれ!」

 

 キンキンキン!

 

 峰が赤い刀と、真っ赤な両手剣(バスタードソード)

 鬼の力による叩き斬りと、呼吸の技による斬撃。

 打ちこまれる度に甲高い金属の摩擦音を立てる。

 

 どちらかが攻撃を当てようとすれば防がれ、すぐ様に反撃して防がれる。

 戦闘ではなく、ある種の演舞。

 彼らの戦いを見守る鬼殺隊にはそう見えた。

 

 

【針の流法 血塊楯】

 

 

 勝者は人間の御業。

 赤い剣を弾き、葉蔵にまた別の武器である楯を使わせた。

 

「アッハッハッハッハッハ! 楽しいな、鬼狩り!」

「こっちは……全然だ!」

 

 

【炎の呼吸 弐の型 昇り炎天】

 

 

 切り上げることで楯を弾き飛ばす。

 腕が上がることで出来た隙間。

 そこに入り込もうと煉獄は腰を低く降ろし、刀を引いて入り込もうと……。

 

「!?」

 

 入り込もうとした瞬間、両手剣の石突が振るわれた。

 切り上げられた勢いを利用し、葉蔵が回転したのだ。

 もし煉獄が飛び込んでいれば、あの石突に殴られ、針を刺されていたであろう。

 

「ふざけるなよ……血鬼術も戦闘方法も一個だけにしろ! 遠距離も出来て接近戦も完璧とかズルいだろ! 俺たちは日輪刀しかないんだぞ!!」

「そんなことを言われてもね。私も生きるのに必死なんだ。出来ることは全部させてもらうよ」

「……本当にふざけた鬼だ」

 

 ふざけている。

 鬼とは本当にふざけた存在だ。

 柱という人間の最高峰の存在でさえ、鬼なら彼らの努力の数割程度でその域に到達できるのだから。

 もう一回言う。もし頭無残でなかったら、どれだけ柱クラスの鬼が誕生していたのか。

 

「………」

 

 葉蔵と煉獄の間に重い空気が漂う。

 否、彼らの周囲だけでない。二人を見守る鬼殺隊たちからもだ。

 その空気が臨界点にまで達しようとした途端……。

 

「やめにしよう」

 

 葉蔵は剣と楯を消しながらそう言った。

 

「これ以上やれば本当に死人が出る。それは双方にとって不利益だ」

「お前がその気ならこっちも願ったり叶ったりだ。俺もお前とは戦いたくない」

 

 刀を降ろす煉獄。葉蔵はその様子を満足そうに頷き、背中を向けて歩き出した。

「次は私にちょっかいを出さないでね」

「ああ、俺も御免だ」

 

 煉獄もまた葉蔵に背中を向け、動けない隊士たちの方に向かう。

 

「え、炎柱様!? なんで鬼を逃がしてるんですか!?」

「そうですよ!せっかくあの鬼を殺せる絶好の機会だったのに!?」

「……お前ら、本気で言ってるのか!?」

 

 隊士たちによるブーイングの嵐。

 煉獄はソレを全集中の呼吸による踏み鳴らしの音で黙らした。

 

「俺が逃げたんじゃない、あの鬼は逃げてくれたんだ。お前らを人質にしてな」

「「「………?」」」

 

 よく分からないといった様子で炎柱を見る隊士たち。

 

「あの鬼が楯と剣を消しながら、視線はお前たちの方を向けていた。アレはおそらく『私を見逃さないならこいつ等を集中的に狙う』と言いたかったのだろうな」

「し、しかし炎柱様ならば大丈夫なのではないでしょうか?」

「バカ者が。あれはお遊びだ。正々堂々と戦う遊びだ。その気になればもっと効率的に俺を追い詰めることが出来た」

「ど、どういう意味でしょうか……?」

 

 恐る恐ると言った様子で聞く隊士の一人。

 対して煉獄はため息をつきながらゆっくり話しだす。

 

「お前たちに集中砲火することで俺の行動を制限させる、木々を遮蔽物にして遠距離攻撃を仕掛ける、罠を仕掛けて行動を制限させる……やりようは幾らでもあった」

「そ、そんな……」

「あの鬼は強い上に頭が回る。鬼狩りとして最も会いたくない鬼の一つだ」

 

 苦虫を潰したかのような表情で語る煉獄。

 

 彼ら柱にとって、恐ろしい鬼とはただ強い鬼ではない。

 『鬼』の力ではなく、鬼自身が強い鬼だ。

 鬼の能力を万全に使う技術を持つ鬼、相手の情報を集め弱点を見破る目を持つ鬼、作戦や戦略を考え実行する頭を持つ鬼。

 葉蔵全部当てはまるじゃねえか。

 

「しかし幸いなことにあの鬼は人殺しに忌避感を抱いている。憎い相手に殺意を抱くことはあるだろうが、あの冷静さを見る限り、よほどこちらが過激な手を出さない限りないだろう」

「そ…そんな!? では見逃せというのですか!?」

「違う、あの鬼に関わるな。これは俺の命令ではなくお館様の命だ。……奴と接触するときは、万全な準備が整ってからだ」

 

 

「針鬼と接触するな。次はないぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日没後の、とある居酒屋。

 賑やかに繁盛しているその場に、一人の来客が戸を開けた。

 

「いらっしゃい、お一人ですか?」

「ああ、熱燗一つ」

 

 煉獄は付け台(カウンター)席に座る。

 木の匂いに酒や料理の臭いが混じった板。

 その上に注文した熱燗が置かれた。

 彼は徳利に酒を注ぎながら、隣の席にいる男へ目を向ける。

 

「随分派手に暴れたな。もう少し自重出来なかったのか?」

 

 平凡な男。

 黒髪黒目の何処にでもいる凡夫。

 とても柱に暴れ過ぎと咎められる人間には見えないのだが……。

 

「先にやってきたのは君たちだよ。私は身を守っただけさ」

 

 そう、この男は他人に化けた針鬼―――葉蔵である。

 

「確かにそうだがお前ならもう少し加減出来ただろ」

「……少し頭に来てしまってね。感情的に暴れてしまった」

「別に怒ってるわけではない。死者も重傷者も出てないのだからな。……すいません、枝豆もらえますか?」

 

 酒のつまみを注文した後、再び話を戻す。

 

「約束は明日だ。きちんと守ってもらうぞ」

「もちろん。こちらも代金は頂いてるし準備も整っている。約束は果たすさ」

「そうか、ならいい」

 

 再び酒を呷る。

 

 約束。

 葉蔵に鬼の情報を渡し、葉蔵と手合わせする代わりに、妻にかけられた鬼の呪いを解呪するというもの。

 既に鬼の情報も幾らか貰い、手合わせも何十回もやった。

 昨夜の戦闘もその手合わせの一つである。

 もっとも、あの場で出会ったのは偶然だが。

 

「しかしそれにしても……昨夜は驚いたぞ。どうやったら派遣された隊士全員と戦う羽目になるんだ」

「やっぱり怒ってるじゃん」

「いや、お前に対してではない。今の隊の在り方だ」

 

 はぁ~とため息を付く煉獄。

 

「本来、お前と接触するのは禁じられている。柱並みの隊士でないと瞬殺されるのは目に見えている」

「だから余計な手出しをして甚大な被害が出るのを防ぐため、針鬼と関わらずに撤退しろと?」

「概ねそんな感じだ。危険ではあるが人を襲わず害獣を食ってくれる。山犬や狼みたいなものだ」

「なるほど。しかし現実は私にも恨みを向けているらしいが?」

「そこなんだ」

 

 指をさす煉獄。

 

「隊士たちの気持ちは分かる。しかし、ここでお前を失ってしまえばお前の存在によって抑えられている鬼が活性化してしまう」

「ハハハ、大変だねえ」

「その大変の元がお前なんだ」

 

 再びため息をつく煉獄。

 

「まあいい、これは俺たち鬼殺隊の問題だ。それより昨日の話だ」

「あれ、あのことは怒ってないんじゃないのか?」

「隊士たちと戦った話じゃない。俺に使った血鬼術だ」

「あれ、何か危ない技使ったっけ?」

「思いっきりやっただろ」

 

 カツンと音を立てて徳利を置く。

 

「なんだあの技は。俺じゃなきゃ死んでいたぞ」

「貴方だからやったんだ。あれぐらいの戦闘はいつもやってるじゃないか」

「いや、あれは死にかけたぞ。いつもはもっと加減してくれただろ」

「下手に加減したらそれこそ疑われてしまう。ああいった場面は派手に激戦を演じた方がいいのさ。アレで誰も私が貴方と繋がっているとは思わないだろう」

「それはそうだが……お前まさか、あれを機会に俺がどうやってお前の本気の血鬼術に対処するか観察していたのか?」

「あ、バレちゃいました?」

「……この鬼め」

 

 昨日の戦いで隊士たちは演武のようという感想を抱いたが、真実は演武のようではない。

 実際に予め決まっていたのである。

 

 煉獄槇寿郎は何度も葉蔵と手会わせをしている。

 ある時は密会のように人目も鎹烏も巻いて、試合形式で互いの技を披露し、ぶつけ合い。

 又ある時は偶然を装って出会い、渋々戦闘になったという体で実戦形式で手合わせを行う。

 予めどう戦うか約束組手をした状態で……。

 

「しかしこの針……一体何なんだ?」

「血鬼術で作った携帯連絡針。何回も説明したじゃないか」

「そういう問題じゃない。これ……便利すぎるだろ」

 

 煉獄が差し出したのは赤い針。

 葉蔵が新たな血鬼術で創り出した針、携帯連絡針である。

 

 約束組手をする以上、予めどう戦うかミーティングする必要がある。

 特に、前回のような偶然を装って戦う際には綿密にどう動くか決めておかなくてはならない。

 アドリブでその場の場でいい感じにやれとか、どこぞのブラック組織でも命令しないはずだ。……しないよね?

 その問題を解決したのがこの連絡用針である。

 

 葉蔵の血鬼術の一つに、GPS機能に似た針がある。

 彼の鬼の気配を探知する角の機能があってこそ成り立つ血鬼術だ。

 そして、葉蔵の角には針には命令する血鬼術と、音波を送受信する機能があり、針にも似たものがある。

 ソレを応用して作ったのがこの携帯連絡針である。

 

 仕組みは以下の通り。

 針を声で振動させると、針は声を血鬼術の震えに変換して葉蔵の角に伝達する。

 葉蔵の角は伝達した震えを声に変換して脳に送るといったものだ。

 早い話が携帯電話である。

 

 葉蔵の前世では普通にあった日常を象徴するアイテム。

 こんな便利なアイテムを、前世の知識を持つ彼が実践しないわけがない。

 なにせ、彼は人間の頃から前世の知識を使って生活を豊かにしてきたのだから。

 

「懐に入れられる程小さい、扱いも簡単、声限定だが多くの情報を直接やり取りできる。……これがあれば俺たちの任務が3倍ぐらい効率的になる」

「やらないよ」

「……分かっている」

 

 渋々と言った様子でため息をつく煉獄。

 

 この針はあくまでも葉蔵の血鬼術。故に、葉蔵を介してでないと効果を発揮できないのだ。

 葉蔵を仲介しないとやり取りが出来ず、更に葉蔵から離れすぎるとタダの針に成り下がる。

 鬼殺隊として、導入することは不可能だ。

 

「それじゃあ約束は果たしてもらうぞ」

「安心してくれていい。ちゃんとするさ」

 

 





葉蔵が煉獄父と手合わせしたのは、単に戦いを楽しみたいだけではありません。他にも企みがあります。
ではソレが何なのかは、近いうちに出します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

60話

 

 とある山の別荘。

 民家ぐらいの質素な建物。

 町からそれなりに離れたその場所で、一人の女性が布団の上で上体を起こして本を読んでいた。

 

「瑠火、入るぞ」

「……貴方」

 

 障子を開けて中に入る彼女の夫、煉獄槇寿郎が部屋に入る。

 

「瑠火、新しいお医者様の森鴎外先生だ」

「……貴方、もういいのです。もうダメであることは私がよく知っています」

「瑠火、そんな悲しいことを言うな。彼なら、このお医者なら治してくれるかもしれないぞ」

「いいえ、無理なのは理解しています」

 

 項垂れた様子で瑠火は目を伏せる。

 

「本来なら私はあの時にもう死んでいました。あの病で死ぬはずだったのです」

「瑠火……」

 

 あの時。それは瑠火が病を患ったときである。

 本来なら不治の病であったが、とある薬によって治ったのだ。

 大庭財閥によって開発された薬品―――ペニシリンによって。

 

「そう言うな、とにかく今は試してみよう」

「……」

 

 どうせ治らない。

 そう思いながらも、わざわざ夫が紹介してくれた医者に賭けてやろうと彼女は思った。

 後僅かで尽きるであろう己の命。

 覚悟は決めていたが、万が一に治る可能性があるならそれでよかった。

 

 ただでさえ少ない体力が、日に日に落ちていく。

 長くないというのは彼女自身が一番実感していた。 

 

 家族の前では毅然と振舞っていても、やはり死は怖い。

 死んだら夫はどうなる? 息子はどうなる? また家族を悲しませることになるのか? 病が治ったときはあんなに皆祝福してくれたというのに。

 彼女が日々擦り減る命数に怯える中、医者は手を尽くした。

 

 見た事がないような機材、独自に調合した薬等々。

 この薬師の腕が良いのは男が最も良く知っている。

 今まで全く変わることのなかった病状が、医者の薬を飲んだら僅かなりとも軽くなったのだから。

 根本的な解決にこそならなかったがそれでも影響は大きかった。

 少しばかり助かるのではないかという希望を彼女は抱いた。

 

「この薬で最後になります。ですが、これには重大なリスク…欠点がございます」

 

 医者がそう言って取り出したのは、深みのある赤色の粉薬。

 薬包紙の上で僅かな光を放っているソレは、異様な雰囲気を纏った薬だった。

 

 

「薬はまだ未完成。効果は保証しますが、その分だけ副作用……肉体への反動も大きい。今のあなたでは耐えられないかもしれません。……それでもよろしいですか?」

 

 呟くように口にしながら、医者はその粉薬を差し出した。

 瑠火は一瞬だけ逡巡すると、お礼を言いながら粉薬を掴み取って口に含み、傍に置いてあった湯呑の水で喉の奥へと一息に流し込んだ。

 途端に拡がる喉を灼くような痛みと、妙な味。

 これは今まで嫌という程味わったもの……。

 

 

 血の味である

 

 

 反射的に感じた吐き気を堪えて嚥下する。

 同時に胸の奥から感じる強烈な痛み。

 

 肺の中に、熱した針でも入れられたかのような感覚。

 イガイガと刺し、グツグツと焼かれるような激痛。

 体の中を別の生き物が動いているかのような不快感。

 

 それを吐き出そうと瑠火は激しく咳き込んだ。

 

「瑠火! どうした!?一体何が……」

「槇寿郎さん!今が正念場です! ここで呪いに打ち勝ち、副作用に耐えたら解決します!!」

「本当だな!? 本当なんだな葉蔵!」

「ええ、保証します!!あと、患者への接触は背中をさする程度でお願いします! 抱きしめると貴方の腕力で苦しむことになる!!」

「む……す、すまぬ!!」

 

 血が出る程に咳をした。

 胃の中を空になるほど吐いた。

 吐いた胃液らしきものには、緑色の何かが浮いている。

 

 死ぬかもしれない。

 今度こそだめかもしれない。

 もう無理かもしれない……。

 

「瑠火……頑張ってくれ……」

 

 夫が彼女の背中をさする。

 その間彼女には何も聞こえず、何も見えなかった。

 ただ、この手の感触だけが、彼女をこの世につなぎとめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいんだな、本当にこれでいいんだな!?」

「ああ、大丈夫だから話しかけるな! 今かなり繊細な作業をしてるんだから!!」

 

 彼の妻、瑠火さんの胸に手を当てて彼女に飲ませた薬―――針を操作して内部の鬼因子を潰す。

 昏睡している女性の胸を触るなんてゲスな真似はしたくないが、これは必要なことなのだ。

 彼女の体内にある私の針。これをうまく操作しないと彼女に与えるダメージが大きくなってしまう。

 

 彼女に渡した薬。それは全て私の針だ。

 極細血針の霧(マイクロブラッディミスト。

 ミクロ単位の針で鬼の因子を食らい、血鬼術を無効化する技。

 実戦にはまだ使えないが、こういった安全な場所、特に対象が進んで体内に摂取してくれる状況なら使える。

 

「そんな……今まで渡された薬ではこんなに苦しまなかったのに……!」

 

 以前まで瑠火さんに渡してきた薬も私の針だ。

 正確には眠っている状態の針。因子には刺さるが、すぐに因子を無効化しないものだ。

 しかし、私が号令を出せばすぐさま活性化して因子を食う。

 要は伏兵だ。バレないよう配置して、勝機が来たら本部隊を派遣して一気に叩く。

 

 いつもならこんな回りくどいことはしないが、今は人命が掛かっている。

 いきなり血鬼術が無効化したら、異変を察知した鬼が血鬼術を更に強める可能性がある。その危険性を潰すために面倒な手を用意した。

 無論、小出しに治療することで炎柱の信頼と心の安定を勝ち取るのも目的の一つだが。

 ちゃんと真面目に私と訓練してくれるなら、これぐらいの手間など惜しまない。

 

「頼む葉蔵殿……妻を、瑠火を助けてくれ……!」

「分かったから話しかけないでくれ。手元が狂う」

 

 本来の姿で、角を出した状態で針を操作する。

 彼女が昏睡してくれて、誰もいない状況で助かった。

 この針は人間に化けた状態では操作が出来ない上、一度始めたら最後までやり遂げなくてはならない。

 もし途中で放棄した際は、暴走した針が血鬼術を派手に食らいながら、宿主の体をズタズタにしてしまうからな。

 

 鬼因子の除去は順調だ。

 操作中は無防備になるがここは戦闘の(ゲーム)会場ではないし、もし万が一戦闘になってもこちらには炎柱がいる。

 むしろ、今は彼女を無事に治すことが私の優先するゲームだ。

 ノーコンティニューでクリアしてやるぜ!

 

 

 針を動かして指揮を執る。

 血管や大事な内臓部分に傷をつけないように。

 今まで潜ませた伏兵と、今日投与した針で因子を囲む。

 圧倒的な戦力差で、兵士の数で因子を潰す。

 中途半端に追い詰めると戦火が拡大してしまうからね。

 そうやって因子を退治していくと……。

 

「……捕まえた」

 

 鬼の因子を完全に無効化した。

 全身に拡がる鬼の因子を捉え、確実に捕縛。無論周囲への損傷もちゃんと考えてだ。

 

「術式は成功……いや待て!」

「どうした葉蔵殿? 一体何があった!?」

 

 問い詰める槇寿郎さんを手で制しながら、私はにやりと笑った。

 

「朗報だ。鬼の居場所が分かった」

「な…何!?」

 

 相手の血鬼術を完全に掌握したおかげか、相手の情報も入手出来た。

 

 不思議な感覚だ。

 直接会ってないのに、目の前にその鬼がいるような感覚。

 顔すら見てないはずなのに。五感を通じてその鬼の情報を得ているような感触。

 しかし不快感は一切存在しなかった。

 

 むしろその逆。

 突然、モヤモヤが晴れたかのような爽快感。

 難しい問題を解いたかのような、そんな気分の良さだ。

 これはいい体験をしたぞ……。

 

「敵の居場所が分かった、距離は東を三十里だ! そこの洞窟か何かに潜んでいる可能性が高い!」

「い、いきなりどうした葉蔵殿」

「早くいけ! もし勘付かれたらまた何かやるかもしれない!」

「し、しかし瑠火が……!」

「祝うなら奥さんが目覚めた後でやれ! 生きていればいくらでも会えるだろ! 今はその可能性を奪う敵を潰すんだ」

「わ、分かった葉蔵殿!」

「あとコレ!」

 

 私は槇寿郎さんに針を投げ渡した。

 

「ソレに鬼の情報を入力(インプット)した! 件の鬼の居場所をその針が指してくれる!」

「む…重ね重ねすまない葉蔵殿!」

 

 針を受け取り、針の指す位置めがけて走り出す。

 

 そうだ、それでいい。

 アレは貴方の獲物だ。貴方にこそ狩る権利がある。

 存分に怒りと憎しみをぶつけて報復するがいい。

 私は横取りするつもりはない。

 

「(しかしそれにしても……フフッ)」

 

 今日はいい日だ。

 なかなか出来ない体験をした。

 これ以上に面白いことはそうそう起きない……。

 

「いや、どうやらまだ楽しませてくれそうだ」

 

 私はついさっき感じた鬼の気配目掛けて走った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

61話

 

 満天の星空の下。

 町から少し離れたとある山の中。

 一人の男が木々の間を縫うように走っていた。

 

 人の限界速度を超えるスピード。

 傍から見れば獣か何かが走っているように見えるであろう。

 それほどの速度でその男は走っていた。

 

「(早く……一秒でも早く!)」

 

 男―――煉獄槇寿郎は血気迫る思いで走る。

 

 早く行かねば。

 相手がこちらが接近していることに気づく前に、妻に手を出される前に。

 一刻でも早く妻に血鬼術をかけた鬼を倒さなくては!

 

 

【血鬼術 土隠れ】

 

【血鬼術 紅潔の矢】

 

 

「……?」

 

 ピタリと、急に動きを停めて上を見上げた。

 

 満点の星空。

 雨雲どころか普通の雲すらない。

 代わりにあるのは無数の土くれ。

 上空から土球が雨霰の如く降り注ぐ降り注ぐ。

 

 槇寿郎の反応は速い。

 ジグザグに動いて土くれを回避。

 刀と鞘で避けきれなかった土塊を叩き落した。

 しかし、それは悪手だった。

 

「……ッグ!?」

 

 土くれが土埃と化し、辺り一帯に充満する。

 ソレは煙幕のように槇寿郎の視界を遮った。

 

「(クソ、これが目的だったのか!?)」

 

 心の中で悪態をつく槇寿郎。

 やられた、これが目的だったのか。

 あの土くれの雨は、攻撃のための一手ではない。

 目的は攪乱。この土煙によって目を潰すことだった。

 

 しかしそこは鬼殺隊最高の位にいる柱。

 悔しがりながらも、槇寿郎はすぐさま立ち直る。

 次の攻撃が来る前に、その場から走り離れた。

 

 

【血鬼術 鉄毬】

 

【血鬼術 紅潔の矢】

 

 

 砂煙の中、鉄球が何処かから飛んできた。

 視界は砂の煙幕によって最悪の状態。

 しかも、鉄球の色は砂と同じ色。

 防ぐことは至難の業。

 しかし、彼は代々炎柱を継いできた煉獄家の男、煉獄槇寿郎。

 並みの隊士の常識など通じない。

 槇寿郎は足捌きのみで全て避けきってみせた……。

 

 

 グルンッ!

 

 

「…………な!??」

 

 ……と、思われた。

 

 避けた筈の鉄球が急に方向転換。

 まるで意思があるかのように、鉄球は槇寿郎に向かう。

 

 

【炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり】

 

 

 しかしそこは鬼殺隊最高の位にいる柱。

 動揺しながらも、槇寿郎はすぐさま立ち直る。

 今度は呼吸によって鉄球を破壊した。

 

 剣戟と鉄球によって砂埃が段々晴れ始めた。

 これを機に凶手の姿を目視しようとした途端……。

 

 

【血鬼術 青潔の矢】

 

 

「っぐ!?」

 

 突如、槇寿郎の肉体に見えない負荷が掛かる。

 見えない枷でも付けられたかのような、奇妙な感覚。

 間違いなく血鬼術だ。

 今の自分は鬼に攻撃されている。

 

 

【炎の呼吸 壱の型 不知火】

 

 

 槇寿郎の行動は早かった。

 呼吸で無理矢理動き、負荷の掛かる場所から逃れる。

 一瞬、強烈なGが肉体に掛かったものの、見えない枷から逃れることに成功した。

 

 

【血鬼術 土隠れ】

 

【炎の呼吸 壱の型 不知火】

 

 

 再び発動される血鬼術を、強い踏み込みからなる急加速で避ける。

 土煙の射程から逃れ、土を吹きかけた鬼に目を向ける。

 そこには……。

 

 

「キャハハハハハ! これが柱か!確かに強いのぉ!」

 

 腕が六本ある女の鬼と、

 

 

「お前の血鬼術は嫌いじゃ。土埃が服に付く」

 

 手に目がある痩せた男の鬼と、

 

「黙れ数字なしの鬼が。コイツは俺が殺す」

 

 目に『下弐』と刻まれ、手に口がある大柄の鬼がいた。

 

 

 

 

「(これは……思った以上に不味いぞ)」

 

 額に冷や汗を浮かべる槇寿郎。

 眼前の鬼は十二鬼月並み。しかもそれが三体で連携が取れている。

 

 倒すことは出来る。

 下弦の鬼なんて柱になってから何度も狩ってきた。

 たとえ三体相手でも勝てる自信は十分にある。

 しかし、そのためにはかなり時の間と体力、何よりも気力を消費する。

 それではダメだ。この後妻に血鬼術をかけたクソ鬼をぶっ飛ばせなくなる。

 さて、どうしようか……。

 

「貴様ら、柱狩りか?」

 

 柱狩り。

 強い鬼による柱への襲撃事件の俗称である。

 今までは上弦の鬼によってやられたと推測されてきたが、今回は十二鬼月、或いはそれに匹敵する実力の鬼達によってやられた。

 既に4人の犠牲者が出ており、一人は再起不能の重症、二人は殉職してしまった。

 

「そうじゃ、お前を殺せば十二鬼月に入れるとあの方は仰ったのじゃ!」

「そのために儂らはあの『喰戦』に参加して生き残ったのじゃからな」

「(喰戦?)」

 

 聞き覚えのない単語に首をかしげる。

 文脈からして特殊な訓練のようだが……。

 

 

「「「!?」」」」

 

 突然、何の予兆も気配も無く、鬼達は咄嗟にその場から飛び退いた。

 すこしのタイムラグで響く炸裂音。

 一瞬前まで鬼達が居た場所に、赤い砲弾が突き刺さっていた。

 

 鬼達は矢の跳んできた方角を確認する。

 三体の鬼の眼前に映るは、木々の間を抜けて迫る赤い刃。

 その場を跳んで避けるも、その刃は僅かに鬼達の肉を切り裂いた。

 赤い刃の正体は、赤色の両手剣(バスタードソード)

 武器が剣である事を確認しきるよりも早く、音もなく着地した襲撃者は返す刃で斬りかかる。

 剣の軌道上から射出される無数の針。

 

 

【血鬼術 鉄毬】

 

【血鬼術 土隠れ】

 

【血鬼術 紅潔の矢】

 

 

 針を各々の血鬼術で防ぎながら、突如襲い掛かってきた凶手の姿を鬼達は確認する。

 

「……針鬼!」

「葉蔵殿!」

 

 あるものは怒気を含んだ視線を、まあるものは喜色を含んだ声をかける。

 

「やあ煉獄さん、なかなか面白いことになってるね」

 

 凶手―――葉蔵は武器であるバスタードソードを肩に担ぎながら、煉獄を庇うかのように鬼達と向かい合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町に近いとある森林。

 満天の星空、満月の夜。

 四体の鬼が向き合っていた。

 一体目は頭部から赤い針のような角を生やす美しい鬼、針鬼こと葉蔵。

 赤い両手剣と楯で武装し、庇う形で炎柱の前に立つ。

 

「こいつが針鬼……なるほど確かに。強そうな匂いがする」

 

 二体目は口に手のある大柄な鬼、土野

 右目には十二鬼月の証である『下弐』と刻まれている。

 

「だがコイツを倒せばわしらが十二鬼月になれる……!」

 

 三体目は首に数珠を下げ、目を閉じた青年風の鬼、矢琶羽

 瞳孔が矢印の目を掌に持ち、閉じた目の代わりにソレで見ている。

 

「キャハハハ! 柱と針鬼を殺せば十二鬼月……いや、上弦にもなれる!」

 

 四体目は腕を三組生やし、毬を投げて遊ぶ無邪気そうな少女の鬼、朱紗丸

 

 

 どの鬼も強い。 

 十二鬼月並みの鬼が四体。

 今夜は豊作である。

 

「煉獄さん、ここは私に譲ってくれないだろうか?」

「い、いいのか葉蔵殿?」

「ええ、先程の治療で思ったより消耗しましてね、ここで補給したいんですよ」

「……分かった。ないとは思うが気を付けてくれ」

 

 煉獄は葉蔵を壁にして走り去った。

 

「待て! お前を殺して私は……なんだ!?」

 

 逃げる槇寿郎を追おうとする朱紗丸。

 しかし突如、誰かに声をかけられたかのように動きを止めた。

 周囲の者たちは誰も止めようとはしてないはずなのに。

 

「矢琶羽、土野。奴から伝言だ」

「聞こえとる。確実性を優先するため針鬼に焦点をあてるのじゃろ? 臆病な奴じゃ」

「俺は賛成だ。二兎を追う者は一兎をも得ず。ここは奴の言う通りにして……コイツを殺す!!」

 

 

【血鬼術 土隠れ】

 

 

 土野の手の口から、土煙が噴出される。

 あっという間に完成する土煙の煙幕。

 土の煙幕によって三体の姿は完全に隠されてしまった。

 無論、葉蔵は慌てない。

 彼の角には鬼の因子を探知する機能がある、これを以てすれば……。

 

「(なるほど、見えないな)」

 

 探知出来なかった。

 

 原因は既に分かっている。

 この土煙は血鬼術によって編み出されたもの。故に鬼因子の匂いがするのは当然の事。

 しかも、匂いが濃いせいで三体の鬼の匂いも紛れてしまっているのだ。

 だから葉蔵は別の方法で探知することにした。

 

 

【血鬼術 鉄毬】

 

【血鬼術 紅潔の矢】

 

 

 視界の悪い砂の中、繰り出される血鬼術をノールックで避ける。

 鉄球が通り過ぎたと同時、ソレもまた視線を向けず、血針弾を命中させて破壊した。

 続けて血針弾を鬼共に命中させる。

 

「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」

 

 慌てて針を抜く三匹。

 刺さった箇所の肉ごと無理やり引き千切って針から逃れる。

 葉蔵の攻撃は不発に終わったが、問題はない。

 いや、むしろこれでいいのだ。

 

「(コイツ……まさか見えているのか!?)」

 

 そう、先程の攻撃は葉蔵からのメッセージ。

 お前たちの動きなんて手に取るようにわかるぞ。

 葉蔵はそう伝えたかったのだ!

 

 最初から葉蔵は見えていた。

 葉蔵の角には空気の流れや振動を感知する機能がある。

 この機能を使えば、水の中だろうが砂嵐の中だろうが、ちゃんと戦える。

 むしろ、視覚以上によく見える。最近では色を楽しんだり本を読む以外では殆ど目を使わなくなった程だ。

 

 話を戻す。

 葉蔵の角を以てすれば、この砂嵐でも―――いや、普段以上に敵を探知……。

 

 

 

【針の流法 血針弾・連(ラピッドニードル)

 

【針の流法 血針弾・複(マルチニードル)

 

 

【血鬼術合成 血針弾・連砲(ブラッド・ガトリング)

 

 

 楯と剣を合わせ、歪な銃に造り変える。

 銃口から吐き出される大量の銃弾。

 それはまさしくガトリング。

 本来の対象だけでなく、周囲にまで破壊の跡を刻み込む。

 

 

【血鬼術 鉄毬の壁】

 

【血鬼術 土壁】

 

 

 ガトリング砲をそれぞれの血鬼術で防ぐ。

 三つの血鬼術を上手く組み合わせ、強力なガトリング砲を精一杯対処した。

 

「(よし、砂の中でもうまく機能してくれている)」

 

 砂煙の中でも通常通りに作動する血針弾と感覚。

 そのことに満足しながら葉蔵は弾丸越しに感じる感触から敵の分析を開始した。

 

「(敵は三体。一体目は土を出して操る、二体目は鉄球を作り操る、三体目は……力のベクトルか?

  三体目がよく分からない。因子が物質化しているのとしてないとでここまで差があるのか……。

 よし、ここは他の二体を片付け、アイツを練習台にしてみるか)」

 

 ガトリング砲を捨て、敵を見据える。

 余裕の笑みを浮かべ、戦闘のプラン……いや、遊びの予定を立てながら。

 

 

 正直、このままガトリング砲を連射していれば勝てるのだ。

 

 葉蔵は力押しの戦法を嫌う。

 相手が何も出来ずに決着が付いてしまうせいで、狩りが楽しめなくなるからだ。

 何も学べず、何も楽しめないゲームをする程、彼はマゾヒストではない。

 より楽しく、より充実したハンティングゲームにするため、彼は工夫と努力を怠らない。

 では、次はどう動こうか……。

 

 

【血鬼術 砂人蝕】

 

 

「ガハ……!」

 

 突如、葉蔵の体に激痛が走った。

 肺の中を何かが食い破っているかのような感覚。

 その痛みに葉蔵は怯んでしまった。

 

 

【針の流法 血針の霧(ブラッディ・ミスト)

 

 

 自身の肺の中を血鬼術の霧で満たす。

 極細の針たちは体内に侵入した鬼の因子を食らい、痛みを食い止めた。

 

「(クソ、まさかあの砂にこんな効果もあるなんて……!)」

 

 葉蔵は痛みの正体にすぐ気付いた。

 砂だ。

 体内に砂が侵入して葉蔵の内器官に傷を付けたのだ。

 

 考えてみればあり得る話だ。

 この砂は血鬼術によって形成されたもの。

 ならば、手足のように動かせても不思議ではない。

 現に、先程葉蔵は針を瑠火の体内で操ることで治療を行ったではないか。

 

 想定できるはずだった。

 考えたらちゃんと対策出来るはずだった。

 自分が出来るのだから相手も出来る可能性があると気付くべきだった。

 これは相手を侮った葉蔵のミスである。

 

「(しかし助かった、体内の方がより血針を作りやすい体質で。もしそういった機能がなかったら今頃私は痛みで転がりまわっていただろうね……)」

 

 体内の砂を極細極小の血針で除去しながら、葉蔵は自身を嘲笑するかのように苦笑いをする。

 

 葉蔵が最も血針を形成しやすい箇所。

 それは体内、もっと言えば血である。

 第44話を思い出してほしい。葉蔵が十二鬼月の一体である羅戦を倒した決定打は出血で製造した針だった。

 このように、葉蔵はダメージを負っても、攻撃手段次第では葉蔵にとってチャンスに成り得るのだ。

 もっとも、こういった使い方をするときは予めダメージを受ける覚悟をしなくてはいけないが。でないと痛みで怯んでタイミングを逃してしまう。

 意外と葉蔵は撃たれ弱いのだ。

 

 

【血鬼術 鉄毬散弾】

 

【針の流法 血塊楯】

 

 

 葉蔵の行動は速い。

 突如飛んできた鉄球を楯で咄嗟に防ぐ。

 だが、僅かにタイムラグはあり、葉蔵の体に鉄球が命中。

 当たると同時に爆発することで、僅かながらも葉蔵にダメージを与える。

 

「(私の血鬼術と似ている……いや、真似ているのか?)」

 

 生来からの性分からか、敵の血鬼術を無意識に観察する葉蔵。

 

 彼は反射レベルで観察と分析を行ってしまう。

 より楽しむために、より経験値を積むために、より美しく勝つために。

 現に敵の攻撃や動作を観察することで、彼は状況を打破するヒントを拾ってきた。

 

 

 しかし、今回はその癖が仇となった。

 

 

【血鬼術 青潔の矢】

 

 

「っぐ!?」

 

 突如、葉蔵の肉体に見えない負荷が掛かる。

 集中すれば、葉蔵の足に掛かる血鬼術。

 砂の鬼因子に紛れて感じる、鬼の匂い。

 そう、これこそ槇寿郎の動きを封じた血鬼術の正体である。

 

 青い光を、砂と鉄球に紛れさせ、対象の足元の地面に当てる。

 光は地面の上を魔法陣のように展開することで効果発動。地面の上の対象を不可視の力で縛り付ける。

 しかし展開は視覚では確認出来ず、気配も砂嵐内の鬼因子によって消される。

 巧妙に隠された罠によって、葉蔵は捉えられたのだ。

 

「……ック!」

 

 鬼の力で無理矢理その場を突破する。

 今まで散々他の鬼から無惨の血を奪い、その中には下弦とはいえ十二鬼月も含まれる。

 力を抑えているとはいえ、これぐらいは可能だ。

 

 

【血鬼術 線香鉄毬】

 

 

 突如、葉蔵の脳内を大音量のノイズによって侵略された。

 

 

「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 痛む箇所―――角を押さえて転がりまわる葉蔵。

 今まで体験したことのないような痛み。

 脳を直接揺さぶられるかのような酔いと不快感。

 初めて感じるソレに、葉蔵は耐えられなかった。

 

 

【針の流法 針塊着装】

 

 

 葉蔵は血針を鎧のように纏う。

 楯を作るのと同じ要領で、ソレを複数造って自身の肉体を覆う。

 殻だ。貝殻のような血針の鎧。

 葉蔵はソレに亀のように籠った。

 

 

【血鬼術 巨大鉄毬】

 

【血鬼術 紅潔の矢】

 

【血鬼術 土撃】

 

 

 鬼達は亀のように引きこもる葉蔵に総攻撃をかけた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

62話

皆さん気づいていると思いますが、この主人公はこの状況でも加減してます。
彼にとって今の状況は不味いと同時に別の意味ではおいしいんです。
ハンデ付きとはいえ自分を追い詰めている敵プレイヤーがいる。こんなゲームはなかなか出来ない。
ならばこの状況を楽しもう。このハンデ付きの状態で勝てばより次のステージに近づける!
楽しいゲームになるかどうか、レベルアップにつながるかどうか。
これが彼にとって何よりも大事なことなんですよね。


「(クソが、あの鬼共調子に乗ってるな)」

 

 針の甲殻に隠れながら、私は軽く舌打ちした。

 

 頭の痛みはもう消えた。

 今まで受けた事のないダメージのため少し……ほんッの少しだけ取り乱したが、大したことはない。

 感覚は元に戻ったし、何処にもダメージは残ってない。

 ちゃんと私は戦える。

 

「(反省は後だ。まずはこの状況を打破しなくては……)」

 

 今の状況は最悪ではないが、良くもない。

 

 奴らは私を少しずつ追い詰めている。

 いつの間にか用意した罠は破壊され、埋め込もうとした血針弾も抜かれた。

 私の策を事前に調べていたかのような手際の良さだ。……不自然に良すぎる。

 

「(……いや、考えるのは後だ)」

 

 今はこの状況を打破することを考えよう。

 気になることは後で考えたらいいし、何なら一体だけ生かして尋問すればいい。

 それでどうしようか、いっそのこと百パーの力を解放してしまおうか。

 

「(……いや、もう少し待つべきか)」

 

 全力を解放すれば勝てると思うが、折角追い込まれるという珍しい体験をしたのだ。何かに活かさなくては苦しみ損だ。

 それに調べたい事と試したい技がそれぞれある。

 この機会を逃したくない。

 

「(あの技が通じなかったら全力出そう)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャハハハハハ! あれが上弦に匹敵すると言われた針鬼か?口だけではないか!」

「言われている程ではないようじゃ。所詮は噂だけ広まった痩せ犬じゃ」

 

 血鬼術をぶつけながら二体の鬼―――朱紗丸と矢琶羽は嗤った。

 

 針鬼。

 他の鬼を食らうことで力を付けた特殊な鬼。

 その力は十二鬼月をも上回り、既に下弦の鬼が三体以上もやられているという。

 そんな鬼が何もできず、亀のように籠ってやり過ごそうとしている。

 二体の鬼はそのことで優越感に浸っていた。

 

「油断するな。あの鬼は柱をも超えると言われた鬼だ。何か策を練っているやもしれん」

「怖気づいたのか土野? 十二鬼月でありながら、こんな鬼を警戒するとは」

「流石は十二鬼月じゃな。用心深いのぉ」

 

 ニヤニヤと嗤いながらメンバーの中で唯一の数字持ち、土野を見る二体。

 口では言わなくてもその目は『臆病なお前よりも俺たちの方がその数字に相応しい』と語っている。

 そのことに土気づいた土野は不快そうな顔で舌打ちした。

 

「お前たちバカか。あの鬼の血鬼術を見ただろ。変幻自在かつ強力。三人がかりでやっと互角なんだぞ?」

「じゃが今は亀のように引きこもっている。さっきのは何かの間違いじゃ」

「(……バカが)」

 

 すっかり油断しきっている。

 あれほど強く、あれほど恐ろしい鬼相手にどうしてここまで嘗め腐った態度を取れる?

 理解に苦しむ。これだから頭の悪い野良鬼は。

 

「(あの鬼は強い。おそらく下弦と上弦の間ぐらいの力……いや、上弦の陸はあるかもしれん!)」

 

 朱紗丸と矢琶羽と共に血鬼術をぶつけながら、土野は葉蔵の血鬼術を思い返す。

 砂嵐の中でも正確に敵を捉え、尚且つ正確に敵を撃つ射撃能力。

 マキシム機関銃すら超えるような火力と連射性を誇る銃撃。

 そして土野の血鬼術である砂人蝕を無効化する何か。

 どれもこれも凶悪かつ強力だ。

 

 互角に見えるのは集団でカバーし、隙を作って、そこに全員で付け入ったから。

 もし葉蔵が何かしらの手を打ったらこの流れは覆る可能性がある。

 なんとかしてこのまま押し切らなくては……。

 

「(しかし嫌な鬼だ……アイツを見ると、あの鬼を連想させる……!)」

 

 

 上弦の弐、童磨

 氷という単純かつ強力で変幻自在な血鬼術を使う最強の鬼の一体である。

 偶然目にした上弦の弐と参の入れ替わりの血戦。

 葉蔵の技はその時目にした悪魔的な血鬼術を連想させる。

 

 何故かは彼自身よく分かってない。

 童磨の使用する血鬼術は氷であり、葉蔵のとは全く違う。

 だというのに何故……。

 

「(……まあいい。このまま奴を潰すだけだ)」

 

 土野は己の血鬼術―――土煙越しに葉蔵の動きを探る。

 この砂煙は土野の感覚と繋がっており、土に触れている相手の動きを察知できる。

 そして、この情報を朱紗丸と矢琶羽に伝えることで連携を取っていたのだ。

 ではどうやってその情報を瞬時に伝えているのか。それは後程に。

 

 

 ジャキンッ!

 

 

【針の流法 自律血針(ファンネル)

 

 

「お前ら防御しろ!!」

 

 土野が叫ぶのと、葉蔵の血鬼術が発動するのは同時だった。

 

 突如、針の塊―――葉蔵が引きこもっている針塊から、赤い杭が飛び出した。

 数は六本、腰の高さ程度の大きさ。

 それらが意思を持っているかのように向かってくる。

 

「な、なんじゃあの杭は!?」

「あいつ、あんなこともできるのか!?」

「サボってないで動け! あの針を止めろ!」

 

 騒いでいる間に針は接近し、ある程度の距離で行動を開始した。

 それが自身の意思を持つかのように鬼達へそれぞれ先端から血針弾を放つ。

 

 

【血鬼術 鉄毬】

 

【血鬼術 土隠れ】

 

【血鬼術 紅潔の矢】

 

 

 それぞれの血鬼術で攻撃を防ぐ。

 先程のガトリング砲とは違い、今回は何の苦も無く止めることに成功した。

 しかし、だからといって安心はできない。

 なにせ、杭は鬼の周囲を飛び回りながら針を出し続けているのだから。

 

「(上弦の弐と同じ技……あの氷人形と同じ血鬼術だ!!)」

 

 土野は上弦の弐である童磨の血鬼術の中でも最も凶悪な技、結晶ノ御子を連想した。

 自律戦闘が可能で、本体と同等の攻撃力の技も使用可能。

 血鬼術の強さが飛び抜けている上弦の弐が、更に二人分三人分の技を放ってくるという悪夢の様な血鬼術。

 ソレの類似品が、彼らに牙を剥いた!

 

 

【血鬼術 砂撃】

 

【血鬼術 散弾鉄毬】

 

【血鬼術 紅潔の矢】

 

 

 砂の塊や赤い矢印と共に迫る、大量の鉄球。

 一般隊士どころか、柱でも対処は難しい血鬼術の弾幕。

 鉄球や砂の塊が、針の塊に籠る葉蔵の周囲に漂う六本の杭によってあっという間に撃ち落とされた。

 

「どういうことじゃ!? こんな血鬼術も使えるなんて聞いとらんぞ!!」

「あの鬼……私らを謀ったのか!?」

「口動かす前に手を動かせ! ……おい、俺たちはどうすればいい!?」

 

 赤色の杭から、同時に弾丸が発射される。

 鬼達は前に飛んで避ける。

 直後、鬼達がいた場所に無数の弾丸が穿たれた。

 

「おい聞いているのか!? これはどういうことだ!?」

「聞こえとるのは分かってる! さっさと何かいい案を出せ!」

 

 砂を掻い潜って迫り来る六本の赤い杭。

 それらが動く感覚を砂から感知し、動きを先読みして逃れる。

 

 

【血鬼術 散弾鉄毬】

 

【血鬼術 青潔の矢】

 

【血鬼術 砂撃】

 

 

 杭の射線から外れながら、鬼達が血鬼術を放つ。

 二本ほど撃ち落とすことに成功したが、回避した先の針塊から発射された血針弾によって朱紗丸は片足を持ってかれた。  

 

「…ぐ、ううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 

 朱紗丸は足を引き千切って血針弾を切除する。

 ある程度強い鬼にとって体の欠損は大した問題ではない。数秒ほどで再生するのだから。

 むしろ、鬼にとっては葉蔵の針の方がよほど脅威である。

 

「何、防御に専念しろと……? ッチ、分かった」

 

 何者かの指示通り、土野は防御に専念しながら空中を飛ぶ自律血針を撃ち落とそうとする。

 全方向から、あらゆる角度で向かってくる血針弾。

 一発一発が必殺の一撃。

 それに恐怖しながら彼は必死に防ぎ、敵を観察する。

 

 

【血鬼術 土壁】

 

【血鬼術 鉄毬壁】

 

【血鬼術 攪乱の矢】

 

 

 いったん攻撃を止め、それぞれの防御用血鬼術を展開。

 朱紗丸は巨大な鉄球を平らにして、矢琶羽は弾丸を逸らす血鬼術で、土野は砂の壁で防ぐ。

 

 無論、ただ前に壁を張るだけでは自律血針を止められない。

 空中を飛び交い、全方向から射撃可能の自律血針に対処するには周囲にも気を張る必要がある。

 一体で六人分の攻撃が可能な血鬼術。まさしく最強……。

 

 

「(……? 妙だな)」

 

 ほど経過した程だろうか。

 何十回も自律血針の攻撃を防ぎ、何百回も動きを砂によって確認した

 そうやって防御しながらじっくり観察したおかげか、土野は葉蔵の血鬼術の異変に気付いた。

 

「(この杭。本体程強いわけじゃない?)」

 

 飛び交う赤い杭から身を守りながら、土野はそう判断した。

 

 よく見れば、自律血針の完成度は低かった。

 連射性も精密性も火力も。全てにおいて本体(オリジナル)の攻撃より格段に劣っている。

 平成のアサルトライフル並みの血鬼術が、この杭では当時の拳銃程度しかない。

 質が明らかに低下している。

 

 腕の質も低下している。

 杭は本体ほど動きが速くない上に、単純な動作しか出来てない。

 ただフワフワ飛んでるせいか銃身もブレブレ。

 そのせいで銃弾が変な方向に何度か飛んで行った。

 

 そしてこの杭は一種類の血鬼術しか使ってない。

 結晶ノ御子が本体同様の血鬼術を使用するのに対して、コレが使うのは葉蔵の血鬼術の中で最も弱い術のみ。

 戦況に合わせて種類豊富な血鬼術を使い、戦略を練るのが葉蔵の強み。

 なのに何故そうしない?

 

 

【血鬼術 砂撃】

 

 

 土野の掌から砂の塊が吐き出される。

 一粒一粒が振動した、チェーンソーのような一撃。

 砂煙から赤い杭達の動きを読めたおかげか、ソレは飛び回っていた自律血針を破壊した。

 

 

【針の流法 自律血針(ファンネル)

 

 

 再び追加される自律血針。

 先程からこれなのだ。

 いくら迎撃しようとも、新しい杭を投入する。

 いたちごっこ。

 本体を叩かなくてはこの連鎖は終わらない。

 そして、葉蔵は針塊という安全地帯に籠っているのに対し、土野たちは一撃必殺の銃口を向けられている。

 これでどちらが優位かはすぐにわかる。

 

 しかし、その自律血針(ファンネル)もやはり遅い。

 動きは単調で読みやすく、射撃の腕も本体程ではない。

 火力も連射性も精密性も。全てが当時の拳銃程度。

 無論、それでも吐き出される血針弾は脅威だが、冷静に対処すれば止められるレベル。

 少なくとも、本体を相手取るより楽だ。

 

 もう一度やってみる。

 今度も簡単に出来た。

 もう一度やってみる。

 次も楽に破壊出来た。

 

「……なんじゃ、落ち着いて攻撃すれば当たるではないか」

「すばしっこいが慣れてみたらどうということはないな」

 

 気が付けば、二体も同じように攻撃を当てられるようになっていた。

 

 それに気づいた途端、土野は爆笑したいような衝動が腹の奥から込み上げてきた。

 土野は感情のままに、腹の中にたまったモノを笑い声として吐き出す。

 なんだ、所詮は見掛け倒しか!

 こんな奴を警戒して散々ビビった自分が、可笑しくて腹ただしかった。

 

「十二鬼月でありながら野良鬼にビビったのか?」

「情けないのぅ。儂ならもっとうまくやれるがな」

「……」

 

 ほら見ろ。数字なしにもバカにされたではないか。

 そのせいか土野は余計に腹が立ってきた。

 たかが野良鬼の分際でこんな小細工をして恥をかかせやがった。

 このツケはちゃんと取ってもらわなくては。

 

 

【血鬼術 巨大鉄毬】

 

【血鬼術 紅潔の矢】

 

【血鬼術 土撃】

 

 

 自律血針(ファンネル)に向かって、鬼達は一斉攻撃を仕掛けた。

 何発が外れたが、そこは数でカバー。

 結果、6本全て落とすことに成功した。

 

 

【血鬼術 自律(ファンネ―――)

 

 

「させるか!!」

 

 朱紗丸の鉄球が針塊に直撃。

 射出されようとされていた自律血針ごと引きこもっている葉蔵を吹っ飛ばした。

 

「ほらほらどうした針鬼!? 他の鬼を食らって強くなったのだろ?」

 

 針塊目掛けて血鬼術が放たれる。

 既に守ってくれる楯はもういない。

 ガンガンと無遠慮に血鬼術がぶつけられ、段々と罅が入っていった。

 

「ヒャハハハハハ! どうした針鬼ぃ? 隠れてないで早くそのきれいな面を見せてくれよぉ?」

「キャハハハハ! そうじゃ、よくも私の足を撃ってくれたのぉ? 十倍に痛めつけてやるわ!!」

 

 集中砲火。

 針に籠る葉蔵を引きずり出そうと、血鬼術がこれでもかと撃ち付けられる。

 対する葉蔵は何もしない。針に籠ったままやり過ごそうと、亀のように籠る。

 

「どうした? 本当に何も出来ないのか? 情けないのぉ」

 

 未だに反撃してこない葉蔵を嗤う矢琶羽。

 

 矢琶羽の言葉は三体の鬼の総意だった。

 厄介な血鬼術を破壊して本体の籠っている針の型間に攻撃した途端、何もしなくなった。

 これはもう打つ手がなくなったな。まあ、所詮はこんなものか。

 多少強かろうが、所詮は野良鬼、あの方に逆らう愚かな身の程知らず。

 そんな奴に十二鬼月である我らが勝てないはずがない!!

 

 もういい、奴はもう終わりだ。

 さっさとトドメを……。

 

 

 

 

 

「「「ぎゃあッ!?」」」

 

 刺そうとした瞬間、三体の鬼の肉体が同時に針によって動きを封じられた。

 

 

 

 

 

 

「(な……何故だ!? 何故針が……一体俺らに何が……!!?)」

 

 土野は自身に何が起きているか理解出来なかった。

 

 

 なんだ、いったいどうなっている?

 何故俺に針が刺さっている?

 

 あの杭が出す針には当たってない。  

 全ての杭を撃ち落とした。それは確実のはずだ。

 新しい杭を投入しても、砂からの感覚で気づくはず。

 見落とす筈がない。あれだけ分かりやすい動きをすればすぐに気づく。

 なのに何故刺さっている?

 攻撃した様子はないのに、何故針が刺さっている!?

 

 

 血鬼術で発生させた砂からの感覚で原因を探ろうとする。

 しかく、何故か上手く機能しない。

 

 奇妙な異物感。

 砂からの感覚を異物によって邪魔されている。

 土野には理解できない言葉だが、現代風で言うならジャミングかハッキングをされているような感覚といったところか。

 

 なんだこれは。

 こんな感覚、俺は知らないぞ。

 一体何がどうなっている?

 何かが刺さって邪魔しているような……。

 

 

「(ま…まさか!?)」

 

 そこまで考えて土野はやっと気付いた。

 最悪の事態が起きてしまったことに……。

 

 

「(まさかアイツ……そんなことまで出来るのか!?)」

 

 ふざけてやがる。

 同じ鬼で、あちらが断然若いはずなのに。

 なのに何故、ここまで差がある!?

 

 しかし、そんなことを考える暇など彼にはない。

 

 

 

「あ~疲れた」

 

 

 針塊の中から、のんきな声を出して本体(オリジナル)がゆっくりと出てきた。

 

 




ファンネルみたいな武器ってある程度自律機能付けないと普通の人間では操作できないと思います。
ですので、別の血鬼術でとどめを刺しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

63話

葉蔵は角からの超感覚で矢琶羽の矢印見えてます。


 

「あ~、やっと終わった……」

 

 敵の活動を停まったのを確認してから、私は針の塊から脱出した。

 パカッと海栗(うに)みたいに開いて、中から飛び出す。

 

「(しかしまさか私にこんな弱点があったとは……)」

 

 感覚過敏による弊害。

 角の感覚が鋭くなってから、このデメリットには目を付けたつもりだった。

 感覚が鋭くなるということは、余計な情報も収集してしまうこと。場合によっては情報過多によってダメージを負い、最悪情報(ダメージ)によってショック死することだって考えられる。

 私はそういったリスクを回避するため、角にセーフティシステムを付けたつもりだった。

 しかしどうやらシステムが作動するにはタイムラグがあったらしい。

 私が来ることを予想していれば間に合うが、今回のように不意打ちされた場合は無理のようだ。

 おかげでモロに受けてしまった。角が滅茶苦茶痛かった……!

 あの女め、今に見てろよ!! とびっきりの血鬼術ぶつけてやる!!!

 

「(そういえば、不意打ちを食らったのは今回が初めてか?)」

 

 私は自分が鬼限定で不意打ちが効かない存在だと思っていた。

 血鬼術の発動と気配を自動(オート)で察知するのだから、奇襲しようにもすぐに分かる。

 現に、私はこのやり方で不意打ちや奇襲を仕掛けようとした相手を返り討ちにしてきた。

 しかし、今回のようなやり方なら、私に不意を付ける。

 囮の血鬼術や鬼に気配を紛れさせ、本命をぶつける。

 そうすれば私に探知されず血鬼術を掛けることが可能だ。

 

「(今回のことは反省しないとね……)」

 

 今回の戦闘はなかなか有意義だった。

 奇襲対策の穴、超感覚故のデメリット、そして新しい血鬼術。

 

 

「(この血鬼術はまだ練習が必要だな)」

 

 自律血針(ファンネル)

 最近思いついた血鬼術で、ガンダムに登場する無線式のオールレンジ攻撃用兵器であるファンネルがモデルだ。

 無線のように遠隔操作して、搭載されている血針弾で攻撃を行う血鬼術。

 これで戦略の幅が拡がると思っていたのだが、実際はあまり実用的ではない。

 一応ファンネルには私の角みたいな感覚器官を搭載しているのでファンネルからの感覚は受信されるが、流石に6つ同時操作は無理があった。

 

 絶えず送られる六つのファンネルからの情報で混乱しそうになった。

 ガンダムのキャラたちはよくこんなものに耐えられるな。私なんてあまりの情報量に頭がパンクしそうになったぞ。

 情報を受信して、状況から最善の行動を選択して操作する。この一連の流れを六つ同時に、尚且つ一瞬で行わなくてはならない。

 射撃もロックオン機能が付いておらず全て手動。移動も回避行動も全てだ。ソレらの情報を六つ同時に管理しなくてはならない。

 無理に決まってるだろ。

 

 鬼といっても所詮は元人間。

 脳みそは一つ、マルチタスクも出来るわけではない。

 私は決してニュータイプでもスーパーコーディネーターでもイノベイドでもないんだ。

 やはりファンネルは夢のまた夢なのか……。

 

「お、おのれぇ……」

「お、まだ生きてたか」

 

 振り返ると辛うじて生きている鬼達がいた。

 全身を針に刺されているものの、そこまで深く入ってないないので辛うじて動けている。

 そんな感じだ。

 

「貴様……俺の血鬼術を……!?」

「あ、気づいた?」

 

 私はこの鬼達をハリネズミにしたタネ―――血針の霧・極細(ブラッディ・マイクロミスト)を手に発生させる。

 

「君の思っている通りだ。私は君が発生させた砂を血鬼術で乗っ取ったんだよ」

「……やはりか!!」

 

 動けない身体で悔しそうに唸る鬼。

 そう、私は血鬼術を私の血鬼術でしたのだ。

 

 血針の霧・極細(ブラッディ・マイクロミスト)

 瑠火さんを治療した際に使用した血鬼術で、効果は極細の血針で敵の血鬼術を無効化するといったものだ。

 この血鬼術は安全な場所、特に対象が進んで体内に摂取してくれる状況以外にもう一つ使える場がある。

 それは空気中に拡がる気体系や、液体系の血鬼術を相手が使った時だ。

 

 本来、血針の霧・極細(ブラッディ・マイクロミスト)は治療用に作ったものではない。

 気体や液体などの、血針針で貫けない血鬼術対策に編み出したものだ。

 

 私の血針は相手の血鬼術を貫くことで鬼の因子を吸収し、血鬼術を無効化出来る。

 しかしコレには貫くという工程が必要で、貫けない非物質の血鬼術や物理的に貫けない気体や液体にも通じない。

 そこで使ったのがブラッディミスト)だが、これが通じるのは塵ぐらいのサイズまで。なので新たにうみだしたのが血針の霧・極細(ブラッディ・マイクロミスト)だ。

 

 しかし、いきなり使ってしまえばすぐ気づかれてしまう。

 私みたいに創造系の血鬼術は、創り出した物質から異常を感知できる。

 なので囮として自律血針(ファンネル)を用意した。

 

 いくら私でもいきなりこんなクソ難しい血鬼術を一発で成功させると思ってない。

 自律血針(ファンネル)を飛ばすことで血針の霧・極細(ブラッディ・マイクロミスト)をまき散らしつつ攪乱させ、十分な量まで撒いたら発動。

 砂の血鬼術を一気に食らって針を伸ばし、ソレで鬼共を貫く。

 

「(しかしまさか伸ばす針もある程度はコントロール出来るとは……)」

 

 これは流石に予想してなかった。

 この術、何かに応用出来ないだろうか……。

 

「ふ、ふざけんな!!」

 

 力ずくで針の拘束から抜ける鬼の面々たち。

 なんだ、けっこう根性あるじゃないか。

 しかし既に勝負は決まっている。

 今度は加減しない。全力で潰す……。

 

 

【血鬼術付与 砂隠れ】

 

【血鬼術付与 巨大鉄毬】

 

【血鬼術付与 紅潔の矢】

 

 

【血鬼術合成 砂塵・紅蓮鉄槌】

 

 

 

「……おお!」

 

 赤い砂をまき散らしながら、凄まじい勢いで回転する巨大な赤い鉄球。

 小屋程はある赤い鉄球が砂嵐のようなものを纏い、高速ドリルみたいに回るのはかなり圧巻だ。

 向かってくるスピードもかなりのもの。前世で見た車程はあるぞ。

 

 私はソレについ感嘆の声を上げてしまった。

 これは血喰砲でも撃ち落とせそうはないな。

 

 砂をまき散らす血鬼術と、巨大な鉄球を生み出す血鬼術、そして自在に力のベクトルを操ることができる赤い矢印の血鬼術。

 これらを組み合わせることで生み出された、全く別の新しい血鬼術。

 なかなか面白いことをしてくれるじゃないか。

 これだからゲームはやめられない!!

 

「なら、私も全力を出すか……」

 

 右腕に力を収束させる。

 鬼の因子が血管を伝わり、赤いオーラが鬼火となって腕を包み込む。

 筋肉や骨や神経や皮膚などなど。腕のあらゆる部位を、全身の細胞一つ一つに至るまで変換。

 全てを完了すると同時、腕を覆っていたエネルギーが飛び散って異形の両腕が顕になる。

 

 赤銅色の体毛に覆われた、獣のような腕。

 本来の腕より二倍ほどのサイズ、指先から延びる黒い爪。手首や肩などの関節部分には鬣のように緋色の毛が逆立っている。

 そして何よりも、手の甲から伸びる赤い宝剣のような刃。

 この腕こそ私の本性の一端だ。

 

「光栄に思え。私の本気を食らったものは数少ないぞ?」

 

 刃を相手に向け、力を解放させる。

 力場が発生し、ビリビリと赤い電気が発生。

 ピークに達すると同時、私は血鬼術を発動させた。

 

 

「針の流法―――突き穿つ血鬼の爪(デッドリィ・スティング)!!」

 

 

 

 私の叫びと共に、私の腕は赤い鬼火を纏って飛び出した

 文字通りの意味だ。

 某マジンガーの如く、ロケットのように飛び出す鬼の腕。

 周囲の木々を薙ぎ払い、大気を貫いてソニックブームを引き起こす。

 キィィィンと、空気を切り裂く音をまき散らし、赤い鉄球に命中した。

 

 一粒一粒がチェーンソーのように回転する砂刃―――突破完了。

 妙な力を掛けてベクトルを逸らそうとする矢印―――突破完了。

 巨大な質量と凄まじいスピードで回転する鉄球―――突破完了。

 

 バキィィィィィィン!

 

 全て突破した。

 砂嵐を切り裂き、矢印を乗り越え、鉄球を粉々に砕く。

 突き穿つ血鬼の爪(デッドリィ・スティング)はその勢いを止めることなく、後ろにいた鬼に命中した。

 

 仲良く串刺しになる3体の鬼。

 二体を同時に貫通し、その後ろにいた鬼の心臓を剣先が貫く。

 針の根を拡げることで二対の鬼の体内から因子を奪い、最後の鬼は直接剣先から吸うことで因子を吸い尽くした。

 

「「「あ、あぁ………」」」

 

 徐々に塵へと還っていく鬼達。

 ソレを見届けながら私は腕を元に戻した。

 

 

「……この血鬼術、かなり使えるな」

 

 戻った腕をグーパーしながら観察する。

 うん、ちゃんと機能している。人間時にもすぐ戻るし、逆パターンも可能のようだ。

 

 実戦で使ったのは今回が初めてだが、まさかここまで威力があるとは思わなかった。

 鬼因子の吸収速度も効率も血針より格段に上。

 今度強敵が現れたらこれで倒そう。

 

「ま、り……」

「……」

 

 私は奴が放ったであろう鉄球を少女の鬼に転がす。

 

「あそぼ……あ、そぼ……」

「……」

 

 角から伝わる彼女の記憶。

 この少女はまだ小さい頃に鬼に成ったようだ。

 それなりに裕福で、それなりに幸せそうな家庭環境。

 そこに無惨が現れて全てを壊された……。

 

「なかなか面白いゲームだった。楽しかったよ」

「あ、りがと……」

 

 その言葉を最後に、彼女は消えて逝った。

 

「クソ、胸糞悪い……」

 

 ああ、なんで鬼の中にはこういったのがいるのかな……。

 さっきまでいい気分だったのに、全て台無しだ。

 

 

 空を見上げる。

 雲が昇ろうとする日を隠し、夜空を覆っている。

 ついさっきまであれ程星々が輝いていたというのに。

 まるで空が太陽を拒んでいるかのような曇り具合だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

半天狗編
半天狗の企み


 

 鬱蒼とした山の中。

 木々に隠れて葉蔵と鬼達の戦闘を観察していた鬼がいた。

 

「腹立たしい腹立たしい。なんだあの鬼は」

 

 鬼の名は積怒。

 上弦の鬼である半天狗………の、分身の一体である。

 

「あの強さを見る度に思い出すなぁ……。腹立たしい腹立たしい」

 

 彼の本体は鬼の頭領である無惨からとある鬼を殺すよう命令されていた。

 

 最初は普通にやるつもりだった。

 いくら強いといっても相手は数字を持たない鬼。

 しかも、まだ鬼になって十年も経ってないような若い鬼だ。

 そんな若造に上弦である自分が負ける筈ない。そう彼は考えていた。

 あの日を迎えるまでは。

 

「ああ、忌々しい……!」

 

 積怒は―――半天狗は葉蔵に殺されかけた事を思い出し、忌々しそうに顔をゆがめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある廃村の近くにある林。

 そこで半天狗は葉蔵と鬼の戦闘を遠目で観察し、終わると同時に逃げ出した。

 勝敗の結果は葉蔵の圧勝。相手は下弦にも満たない相手だが、それでも十分に強い鬼。

 柱は無理だが上位の鬼殺隊なら相手取れる程の手練れだった。

 そんな鬼を葉蔵はいとも簡単に殺して見せた。

 まるで上弦の鬼が気まぐれで野良鬼を殺すように。

 

 

「恐ろしい恐ろしい……。あの針一本で儂を殺す能力がある……」

 

 情けなくガタガタと震えながら、その場を全力で走り去る半天狗。

 上弦どころか鬼としての威厳すらない有様。

 見ているほうが情けなくなるような逃げっぷり。

 

 何だあの鬼の状況把握能力と戦略立案能力は。

 何だあの多彩且つ強力な血鬼術は。

 何だあのデタラメな強さは!?

 

 アレが本当に野良の鬼なのか? アレが本当にまだ鬼になって一年も経ってない若造の鬼なのか!?

 ふざけている。あの強さ、上弦といっても差支えがないぞ。

 

 

 あの針が恐ろしい。

 強力かつ多彩な血鬼術。

 一発命中するだけで鬼を殺す能力を持つ。

 鬼でありながら鬼殺隊以上に鬼を殺すことに特化している。

 上弦である己でも防げるかどうか……。

 

 あの鬼が恐ろしい。

 血鬼術を使いこなす鬼自身の能力。

 ほぼ確実にあの針を命中させ、視界が悪い中でも針を当てた。

 上弦である己でも避けられるかどうか……。

 

 あの鬼の狡猾さが恐ろしい。

 鬼にしては珍しい分析能力と戦略立案能力。

 どれだけ不利でも状況を打破し、場の流れを自分に引き寄せてきた。

 上弦である己でも逆転されるかもしれない……!

 

 正面から戦うのは危険だ。何かしらの手段で隙を突こう。

 例えば食事時。

 鬼だろうが人だろうが、すべての生物が最も油断する瞬間だ。

 そこを突けば楽に勝てる筈だ。

 

「(しかしそれにしても……)」

 

 一旦その場にとどまって振り返る。

 ここまで逃げたのだ、どうせ気づかれまい。

 今は安全地帯。怖い者はもうない。もう大丈夫だ。

 だからもう彼のビビりモードは終わり。ここからはイキリモードだ。

 

「あの鬼……野良の鬼の分際で綺麗な顔しやがって……!」

 

 先程までの怯えは何処に行ったのか、安全だと思った途端に半天狗は怒りに顔を歪めて葉蔵を罵りだした。

 

 上弦である半天狗から見ても、葉蔵は美しい鬼だった。

 月と雪が交わって生まれたような、芸術のような美貌。

 雪のように白い肌と髪、黒い眼に赤い瞳、宝剣のような角と牙。

 その整った顔立ちは、見るからに鬼と分かっていても気を許してしまいそうになる。

 強く、若く、そして美しい。野良鬼でありながら、鬼として誇れる要素を持っている。

 だから妬ましい。

 

 何より、あの堂々とした振る舞い。

 十二鬼月でもない若造の分際で、さも最強の鬼であるかのような、傲慢な佇まい。

 それが半天狗の癪にこれでもかと障るのだ。

 

「野良の分際で生意気な……!!」

 

 腹立たしい。

 自分はビクビクと自身の位より上の鬼や鬼狩りに怯える毎日だというのに、何故野良の鬼があんな偉そうにしている。

 自分はこうしてあの方からの指令でやりたくもないことをやらされるのに、何故野良の鬼があんな自由にしている。

 

 ああ、腹立たしい。

 ああ、妬ましい。

 野良の分際で生意気な……!

 

「(ここは上弦の鬼として喝を入れてやらねばな……)」

 

 下卑た笑みを浮かべる半天狗。

 さっきまで葉蔵から逃げていたのは何なのか。

 馬鹿にしたと思いきや、今度は勝てると思い始めた。

 

 そうだ、自分は上弦の鬼なのだ。

 他の鬼よりも強く、他の鬼よりも多くの人間を食らい、他の鬼よりもあの方に信頼されているのだ。

 たかが野良の鬼ごときに怯える道理など存在するはずがない。

 相手はただ少し強いだけの鬼。上弦である己が恐れる必要などない。

 なのに何故さっきはあんなにおびえていたのか……。

 

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 突如、針の弾丸が半天狗に命中した。

 

 何故だ、何故バレた?

 ここまで三里ぐらい離れているはず。

 なのに何故当てられた!? 何故気づいた!?

 

 ヤバい。

 あの鬼はそこらの野良鬼とは違う。

 ここまで離れているというのに、あの鬼は正確に位置を特定してきた!

 

「(嫌だ……死にたくない!!)」

 

 恐怖に震えながら血鬼術を発動させようとする半天狗。

 しかし、ここで不具合が起きてしまった。

 

「(血鬼術が……使えない!?)」

 

 葉蔵の弾丸のせいで、血鬼術を封じられてしまったのだ。

 

 今更だと思うが、敢えて説明しよう。

 血針弾は血鬼術の源である鬼の因子を奪う事で、血鬼術を使えなくする効果がある。

 この性質を応用し、血鬼術無効化に特化させたのかブラッディミストである。

 なら、血針弾が当たればもう血鬼術は使えないのか。……そうとも言い切れない。

 

 実を言えば、因子の奪還も針の根による拘束も。抜ける方法は存在する。

 血鬼術を使う要領で鬼の因子を操作すれば、上手くいけば針の根を破壊することが出来るのだ。

 無論、生半可な力では飲み込まれるが、それでも一発程度なら下弦程度で事足りる。

 上弦の鬼なら猶更。簡単に力ずくで振り払える。

 

 ソレに第一、この針には上弦の鬼を殺せるほどの力はない。

 

 

 葉蔵は相手が上弦の鬼だと気づいてない。

 

 流石の葉蔵でも、3㎞以上離れた鬼の強さを正確に測れるほどの精度はない。

 せいぜい遠くから鬼の気配を探る程度。

 もっと言えば、能動的に感じ取ろうとしないと、1㎞離れた鬼を感知出来ない。

 だから半天狗が上弦の鬼と気づいておらず、放った血針弾もそこまで力を込めてない。

 せいぜい下弦以下の鬼を仕留められる程度。

 鬱陶しいから撃ってやろう。その程度で放った血針弾だ。

 しかし、そのことを半天狗は知る由もない。

 

 ―――いや、知らずとも出来た筈だ。

 

 無理やり血鬼術を使えば突破出来た筈なのに、しようとはしなかった。

 出来ないと諦めてしまった。

 

 冷静になれば気付いた筈だ。

 その気になれば出来た筈だ。

 気付かずともやれば出来た筈の事だ。

 しかし半天狗はやらなかった。

 

 半天狗にとって、血鬼術が阻害されるなんてことは初めての体験。

 故に狼狽してしまった。

 

 動揺と焦りは混乱を生み、更に状況を悪化させる。

 見える筈のものが見えなくなり、出来る筈の事が出来なくなる。

 悪循環。

 こうなったら簡単に抜け出せない……。

 

 

 

「う…うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

【血鬼術 悪感分裂】

 

 

 やっと気づいたのか、それともただのヤケクソなのか。

 おそらく後者なのだろう、半天狗は無理やり力を使った。

 死にたくないの一心で必死に血鬼術を使用。

 その結果、彼は新たな血鬼術を会得した。

 

 そう、この生き汚さこそ半天狗が上弦たる所以である。

 半天狗は無駄にしぶとい。

 原作でもその厄介さはあの炭治郎ですら内心で「もう勘弁してくれ」と懇願した程である。

 

 半天狗という鬼はこれまで何度も窮地に追い込まれた。

 そしてその度に己の身を守ってくれる強い感情を血鬼術により具現化、分裂することで勝利してきた。

 追い込まれれば追い込まれる程、強敵に怯えれば怯える程に強くなる。

 まるで少年漫画のような展開! まるでご都合主義!

 これこそ半天狗という鬼である!!

 

 そして、半天狗は今まさに死にそうなほど追い詰められている!!

 鬼殺隊に首を斬られかけるでも、他の鬼と血戦を行うわけでもない。

 血鬼術を封じられ、鬼の因子を喰われるという未知の恐怖!

 結果、半天狗はここ数十年ぶりに爆発的に強化した!!

 

 

「おのれあの若造め……この儂に汚らわしい血鬼術を向けおって!」

 

 半天狗の傲慢な感情―――自尊心と虚栄心から生まれた分裂体、尊栄(そんえい)

 血鬼術は他心通(テレパシー)

 自身の血を飲ませた人間や鬼とリンクさせることで、言動を介さず直接情報のやり取を行える。

 また、視覚や聴覚などの非言語的な情報のやり取りも可能。

 

 

 

「欲しい……欲しいのぉ……」

 

 半天狗の欲望から生まれた分裂体、偸盗(とうとう)

 血鬼術は幽体離脱。

 思念体を飛ばすことで本体へその場で事聞いたことを伝える。

 また、思念体は目にも見えず気配もしない。故に安全に情報を集められる。

 

 

「妬ましい、妬ましい!」

 

 半天狗の葉蔵に対する嫉妬心から生まれた分裂体、猜妬(さいと)

 血鬼術は重力。

 手に持つ金棒から重力波を発し、金棒で叩いた対象を軽くしたり重くしたり出来る。

 

 

 

「嫌じゃ……嫌じゃ死にとうない!」

 

 半天狗の葉蔵と戦うことへの絶望から生まれた分裂体、怠憂(たいゆう)

 血鬼術は熱線。

 手に持つ弓から熱線の矢を放つ。

 

 

 この四体の鬼が半天狗を葉蔵の針から守った。

 どうやったかは本人でも分からない。しかしそんなことはどうでもいいのだ。

 

 

「(あの鬼……やはり強い!)」

 

 大事なのは今後。

 どうやって葉蔵を倒してあの方の命令を遂行するかだ。

 

 今回死にかけたことで半天狗は真っ向からの戦闘を避けることにした。

 喜ばしいことに、新たな分裂体は戦闘だけでなく情報収集に関する血鬼術を持っている。

 

 どうやら尊栄はテレパシーだけでなく洗脳まで使えるらしい。

 血を摂取した相手は尊栄の話を信じやすくなり、疑わしい話もちゃんと筋が通っているように偽装すれば、本来なら争い合う鬼同士でも騙せるようになった。

 どうやら偸盗には幽体離脱だけでなくサイコメトリーまで使えるらしい。

 思念体で物や場をスキャンして物や場の情報を集めることが出来た。

 

 新たに会得した分裂体を使って他の鬼を操り、騙して葉蔵と戦わせた。

 新たに会得した分裂体の血鬼術で観察し、情報を集め、対抗策を考えた。

 新たに会得した分裂体を使って色々と準備を整え、葉蔵対策を今まで進めた。

 

 そして今日、すべてが揃った!

 対葉蔵作戦。それを明日実行する!!

 

 

「覚悟しろ、あの野良鬼め。あの時の屈辱を倍にして返してやる!!」

 

 薄汚い命を以て罪を償う時まで、あと一日。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

柱狩りと喰戦

柱狩り。喰戦。
原作にない言葉が出て混乱してる方もいらっしゃると思います。
なので今回はこのワードについての解説回みたいなものです。


 曇り空の昼間、とある人気が少ない山道で二体の鬼がにらみ合っていた。

 一体の鬼はもちろん葉蔵、対する敵の鬼は繋鬼(けいき)

 

 彼の後ろには逃げていく年若い女が二人。

 相手に注意を向けながら後ろを振り返ってソレを見送る葉蔵。

 目線を相手に戻すと同時、葉蔵は役に立たなくなった楯を放り捨てた。

 

「なんだお前? 俺から餌を横取りしたかったんじゃねえのか?」

「ああ、私の獲物は彼女たちではない。キサマだ」

「何?……ああ、お前が例の裏切り者か」

 

 納得した様子で繋鬼は頷く。

 

「まあどっちでもいい。折角の稀血を台無しにした責任は取ってもらうぜ!」

 

 先に動いたのは相手側。

 自身の手首を爪で切り、流れた血を葉蔵に振りかける。

 

 咄嗟に回避する葉蔵。

 重心をわざと横に崩すことで、転がって避ける。

 目標を失った血飛沫は葉蔵の後ろにあった岩へと掛かる。

 瞬間、岩が消えた。

 

 文字通りの意味だ。

 血の掛かった箇所が突如削り取られたかのように消え、自重を支えきれなくなって崩れた。

 

「それが貴様の血鬼術か」

「まあな」

「(……なかなか強力だな)」

 

 葉蔵は感心しながら血針弾を放つ。

 しかしそれは突如現れた光の円を通過することで何処かへ消えた……。

 

「!!?」

 

 咄嗟に顔を傾けて、後ろから飛んできたものを避ける。

 それは血針弾だった。

 繋鬼に放ったはずの弾丸が、後ろから葉蔵に襲い掛かってきたのだ。

 

「……なんで避けられるんだよ」

「さあな」

 

 言うまでもないが敢えて説明しよう。

 葉蔵の角は優れた感覚器官となっている。

 あの光の円が出た途端、葉蔵の後ろにも似たような血鬼術の気配がしたのを、葉蔵の角は(しか)と感じ取ったのだ。

 ソレを感知すると同時、葉蔵はすぐさま行動を開始。 

 こんな感じで葉蔵は敵の攻撃から逃れたのだ。

 

「それで、貴様の血鬼術は空間に関するものなのか?」

「さあな!」

 

 再び血を振りかける繋鬼。

 葉蔵はソレを避けながら敵の能力を推測した。

 

「(おそらく奴の血鬼術は空間に関するもの。先程弾丸が私の後ろに現れたのは、おそらくあの光の輪が空間を曲げたからだろう)」

 

 葉蔵の推測は当たっている、

 繋鬼の血鬼術は空間に関するもの。

 血が付着した対象が削り取られたかのように消えるのは、血の付着した箇所を何処かへ転送しているから。

 光の円が葉蔵の針を別の場所に飛ばせたのは、光の円が空間を捻じ曲げてもう一つの円につなげたから。

 

 

 しかし、それを知ってどうする?

 

 

 空間なんてものを操作するなんて、同じ種類の血鬼術でないと対処不可能だ。

 血鬼術の中でも空間系の能力は同じ系統の血鬼術でしか防御出来ず、ジャンルによっては系統が同じでも対処不可能になることがある。

 血鬼術の理不尽さが牙を剥くのは何も人間や鬼殺隊相手だけではない。同じ鬼同士でも血鬼術の内容によっては理不尽な程の差が生まれるのだ。

 

「これならどうだ!!」

 

 光の円を数個生み出し、その中へ自身の血を振りかける。

 瞬間、葉蔵の周囲に光の円が現れ、そこから血飛沫が葉蔵に襲い掛かった。

 

「ヒャハハハハハ! どうだ、逃げ場なんてねえぜ?」

「……ック!」

 

 ひたすら避ける葉蔵。

 一つ避けたらまた別の角度から血が襲い掛かる。

 それもなんとか避けたと思ったらまた別の角度から。

 物理的にありえない方角から来る攻撃。

 この理不尽な血鬼術によって葉蔵はどんどん追い込まれて……。

 

「……もう飽きた」

 

 なかった。

 指先から血針弾を射出。 

 弾丸は複数ある円と円の間を抜けて繋鬼へと命中した。

 繋鬼が空間を繋げられるのは、あくまでも円の内部だけ。

 たとえ複数だしてもその隙間を狙えば無意味である。

 まして相手はあの葉蔵。

 彼なら複数の光の円を出しても、円と円の隙間目掛けて血針弾を放ち、尚且つ繋鬼に当てられる。

 

 いくら血鬼術が強くても、ソレを使う鬼の実力が伴わないのなら、葉蔵の敵ではない。

 

「(け、血鬼術が使えねえ……!)」

 

 そして、一度血針弾を食らえば形勢は一気に葉蔵に傾く。

 一撃では殺せなくても、鬼の因子を奪って血鬼術を封印するには十分。

 後はもう何発か血針弾を撃つだけである。

 

「ま、待ってくれ。お前に耳寄りな情報をやる。だから、待ってくれ」

「なに? ……なんだその情報は?」

 

 葉蔵がトドメをさそうと指を向けると、繋鬼が手で待ったのジェスチャーをする。

 一瞬撃とうかと思った葉蔵だが、すぐ話を聞く方に切り替える。

 

「お前、喰戦って知ってるか? なんでもお前……針鬼を真似た儀式なんだぜ?」

「?」

 

 葉蔵は首をひねった。

 

 自分を真似た儀式?

 訳が分からない。

 日本語としてもおかしい上に、耳寄りな情報とも思えない。

 コイツ、助かりたい一心でテキトーなことほざいてんじゃないのか?

 

「(……いや、それならもっとマトモなことを言うはずだ。でなくては、私に殺されるからね)」

 

 それから葉蔵は繋鬼から話を聞いた。

 

 要約すればこうだ。

 葉蔵以外にもあのバトルファイトと化した藤襲山を抜け出した鬼が複数いるらしく、その鬼の話を参考にして新しい訓練方法を編み出したらしい。

 50体ほどの鬼を一つの部屋に閉じ込め、そこで殺し合って最後の一体に因子を集約することで強い鬼を作る訓練方法。

 名を喰戦というそうだ。

 

「(それってまんま蠱毒だな。私が藤襲山にいた環境を再現したということか)」

 

 なるほどこれで最近下弦並みの鬼が多い理由が分かった。

 その喰戦とやらで強くなった鬼が柱や葉蔵を狙ってきたということか。

 聞けばこの鬼も喰戦で強くなったという。

 では次の疑問だ。

 

「手間をかけたにしては随分扱いが雑じゃないか。その喰戦を続けてもっと強くすればいいのに」

「それがそうもいかねえんだよ」

 

 どうやら無限に強くなれるわけではないらしく、ある段階で成長が止まるらしい。

 なんでも鬼の因子の許容量は鬼によって違うらしく、それを超えることは出来ないそうだ。

 その結果、下弦か下弦より少し強い程度の鬼しか出来ず、なんとか成長するために人間を、特に稀血を狙うようになったようだ。

 

「(妙だな、私は寝たら解決するんだが……)」

 

 葉蔵にも鬼因子の許容量は存在する。

 しかし、満タンになっても、寝たら次目覚めると限界のレベルが上がっているのだ。

 次目覚めると鬼の因子を完全に取り込み、許容量に『空き』が出る上に許容量が拡がって益々多くの因子を取り込めるようになる。

 葉蔵は他の鬼も同様だと思っていたのだが、どうやら葉蔵だけのようだ。

 

「(これはその喰戦とやらで私並みの鬼が出来ることはなさそうだ……)」

 

 寝ることによるレベルアップが使えないなら、その鬼たちは次のステップには到達出来ない。

 期待は出来そうになかった。

 

「それで、その喰戦の情報の何処が私にとって耳よりなんだ?」

「へへっ。まあ待てよ。この話には続きがあってな、喰戦で生き残った鬼たちは好機が与えられたんだよ」

 

 柱を狩るか、葉蔵を狩れば稀血が与えられる。

 喰戦の鬼たちはそう吹き込まれたらしい。

 

 通常、鬼殺隊の柱は一定の期間で上弦の鬼たちによって間引きされるが、その役割を喰戦の鬼たちに任せたそうだ。

 或いは葉蔵を捕獲して鬼の頭領である無惨に差し出すこと。そうすれば十二鬼月に入れる上に稀血も貰えるということだ。

 

「なるほど、それで?」

「それでな……こういうことだ!」

 

 突如、動けないはずの繋鬼が血鬼術を行使した。

 そう彼は葉蔵に命乞いをする気など最初からなかった。

 彼の目的は時間稼ぎ。

 話をしながら僅かに使える鬼因子で血鬼術を発動し、体内にあった針を何処かへ転送した。

 

 これで邪魔な針はなくなった!

 次はお前の番だ!!

 

 光の円を前面に出来るだけ多く展開。

 同時に己の血を葉蔵の体内に転送しようとした。

 自身の血や光の円などなくても転送は出来る。ただその場合少し時間がいる上に少量しか出来ない。

 けどこの鬼を倒すためならその限界を……。

 

 

【針の流法 血針弾・散(ニードルショット)

 

 

 円と円の隙間を抜けた針が破裂し、百何本もの針が飛び散ち、その中の幾らかが繋鬼に刺さった。

 一発の弾丸という点ではなく、散弾という面での攻撃。

 これもまた葉蔵が繋鬼に対抗できる術の一つである。

 もっとも、最初からそんなものはいらないが。

 

「ぐ…えぇえ……」

 

 こうして繋鬼は葉蔵の御飯と化した。

 

 




・繋鬼《けいき》
空間に関する血鬼術を使う鬼。
自身の血液を付着させた部分を切り抜くようにどこかへ転送する血鬼術と、空間を繋げる光の円を生み出す血鬼術を使う。
能力による死角からの攻撃、相手の攻撃を利用した同士討ちなども得意とし、本文にあったような二つの血鬼術の同時使用も可能。
日輪刀しか攻撃手段を持たない鬼殺隊にとって天敵のような血鬼術だが、相手が悪かった。
葉蔵はあっさり倒したが、けっこう強いはずだった鬼。

あと、血鬼術の気配と鬼の気配は違います。
葉蔵の角は鬼の因子を感知する器官であって、気配そのものを探知するわけではありません。
逆も同じで鬼殺隊は鬼の気配を感知することは出来ても血鬼術の発動を感知することは出来ません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

気配の元

 

「なるほど、そんな事情があったのか」

 

 私は先ほど倒した鬼の因子を食らいながら、鬼の話を反芻した。

 喰戦と柱狩り。面白そうだとは思うけどそんなに興味を引く話ではないな。

 

 私がいた頃の藤襲山を再現して強い鬼を作ろうとするのはいい案だが、鬼因子の許容量が変えられないんじゃ私のような鬼は生まれない。

 喰戦で私を楽しませてくれるような鬼が生まれることはなさそうだ。変な期待を寄せないほうがいいかもしれない。

 

 柱狩りについても同様だ。

 私と柱を賞金首みたいにして強い鬼が寄ってくるのはいい。

 ゲームはプレイヤーが多ければ多い程面白くなる。

 しかもそれぞれが強く、そしてやる気もある。

 盛り上がらないはずがない。……本来なら。

 

「(……しばらくは期待できなさそうだな)」

 

 先程の鬼曰く、しばらく喰戦は中止するらしい。

 なんでも予想程成長速度が早くないせいで疑問視する声があるそうだ。

 しかしそれにしても……。

 

「やはり私は特別なのか?」

 

 なんというか、私はやはり鬼としてかなり変わっていると実感させられる。

 

 私には無惨の呪いがない。

 無惨の名前を呼んでも死なないし、睡眠も必要だ。

 

 人肉に関してはどうだろうか?

 私にも人を喰いたいという欲求はあるが、理性を失う程強いものではない。

 鬼因子の方が人肉より美味だからか、それとも人肉よりエネルギーがあるからなのか。

 まあ、人肉を喰ったことがないからその辺は分からないが。

 

 調べてみたいが……どうやったらいい?

 

「……やめだ」

 

 私は考えることをやめた。

 調べる手段がない以上、これ以上考えても仕方ない。

 考えても答えが出ないものを考えるのは無駄だ。

 何より、そこまで興味があるわけでもないし。

 それよりも昨日のことだ。

 

 

 昨日のゲームを通して私は確信した。

 やはりあの鬼たちは何者かに操られていると。

 昨日の三体、そして花屋敷を狙っていたあの三体。

 あの鬼達は指揮官である鬼の指示に従っている。

 

 前回、私は鬼達の異様な連携を見て、他にも鬼がいてソイツが指揮官として機能していると推測した。

 あの時は推測するための材料がないから保留にしたが、今回その材料がそろった。

 やはり指揮官は存在している。

 

 材料一つ目は鬼達の異様な私への対策だ。

 あの鬼達は私の針が当たった瞬間にその個所を引っこ抜いて針から逃れ、私のばら撒いた罠用の血針弾を予め除去した。

 そんな真似は予め私の血鬼術の内容を知らなくては出来ないし、罠に関しては花屋敷で狩ったあの鬼たち以外には使ってない。

 私の血針弾対策ならともかく、あの罠は最近のことだから噂になるなんてまずありえない。

 よって、情報を指揮官の鬼から得ていたことが窺える。

 

 材料二つ目は鬼達の妙な会話。

 昨日の鬼達は何かアクシデントが起こると何処かに話しかけていた。

 会話の内容は、明らかにその場にいない筈の者に話しかけているようなもの。

 まるでその場に三体の鬼以外にも協力者がいて、その者に指示を聞いているかのようなものだった。

 よって考えられるのは、本当に別の第三者がいて、その者に鬼達は指示を受けているというものだ。

 

 材料三つめは濃厚な気配。

 これが本命といってもいいだろう。

 私は鬼の気配を探知すると同時に空気の流れも感知できる。

 しかし、昨日のゲーム会場では、その場に鬼の気配が濃厚にしているのに、そこに何もないないという奇妙なことがあった。

 気になった私はそれが何なのか戦いながらその気配に焦点を当てた。

 ソレで分かったのは、その気配は鬼そのものの気配ではなく、血鬼術によるものだということ。

 血鬼術の気配はその場にいた三体の鬼の気配とは全く違う。

 つまり第三者が何かしらの血鬼術を使ってこちらを探っていたということだ。

 

 以上のことから私は離れた箇所に指揮官の鬼がいたと推測した。

 おそらくその鬼の血鬼術は幽体離脱。

 血鬼術で実体もない上に見えない分身を創り出し、分身を通して情報を入手したり鬼達に指示を出したということになる。

 もしかしたらその鬼はテレパシーや感覚共有なども使えるかもしれない。

 まあ、そこはあまり重要ではないのだが。

 

「(そろそろあの気配の源を探り出して潰すか……)」

 

 質の高い鬼たちの連係プレー。

 互いの血鬼術を掛け合わせた合成血鬼術。 

 私の血鬼術を対策し、盲点を突くという快挙。

 どれもこれもただ鬼を狩るだけでは得られない貴重な体験だ。

 

 何者かは知らないが、その鬼には感謝している。

 私のために手間暇かけて、これほどまでに楽しませてくれたのだからな。

 けど、それとこれはまた話が別だ。

 

 私と敵対した以上、ちゃんとゲームオーバーして消えてもらう。

 途中で棄権(サレンダー)なんて許さない。

 第一、ゲームを挑んだのは彼方側。ならばプレイヤーとして相応しいエンディングを届けてやらなければ無作法というものだ。

 

「ふ……フフフッ」

 

 ああ、楽しみだ。

 早く君と直接会ってゲームがしたいな……。

 

 

「助けてください!お願いします!!」

「……ん?」

 

 突如、後ろから女性が話しかけてきた。

 何かから逃げてきたのだろうか。

 日中ではあるが、脇目も振らず私へと走ってくる。

 パニックしている女性の着物にはべったりと血が付着。

 ただ事ではないのは一目で分かった。 

 

「何があった?」

「鬼が…鬼が出て皆を……!!」

 

 女はその場に蹲って泣いた。

 

「待ってください。今からその鬼を殺します」

「な、なにを言って……!!?」

 

 私は女性に一瞥もやることなく血鬼術を発動する。

 血針で咄嗟に作った即席ライフル。

 コイツで鬼を狙撃してやる。

 

 感覚を集中させ、獲物の気配を捉える。

 距離は三百メートル程先、数は一体。

 強さは下弦以下。一発でいける。

 

 バンッ!

 

 私はその鬼の眉間に血針弾を撃ち込んだ。

 

「……」

 

 私は即席ライフルを捨て、その場に向かった。

 

 




もう少しです。もう少しで半天狗とのバトルです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

葉蔵キレる

やっとだ……やっと葉蔵の本気が出せる!!


 曇天の日中、もし太陽があれば空の中央にある頃の時間帯。

 誰もいない廃村の中、葉蔵は先程仕留めた鬼を食らおうとしていた。

 既に鬼の肉体は塵に還り、拡がった針の根しかそこにはない。

 圧縮してちょうどいいサイズにしようと手を伸ばした瞬間……。

 

「!?」

 

 何かが彼方から飛んで来るのを葉蔵は察知した。

 気配からして血鬼術。

 ソレが複数同時に葉蔵へと向かってくる。

 

 葉蔵は跳んできた血鬼術を血針弾で撃ち落とす。

 正確な射撃は見事に襲ってくる血鬼術を迎撃するが……。

 

「……な!?」

 

 撃ち落とした血鬼術―――空気の塊が割れて、中から煙が噴き出した!

 それは葉蔵の周囲を覆い、煙幕のように視界を塞ぐ。

 いや、それだけではない。

 

 村の建物に吊るされた物、道馬田に転がっている物、建物内…。

 あらゆる箇所からその煙が噴き出してきた!

 

「(く…臭!)」

 

 臭う。

 その煙は鼻が曲がるほど臭かった。

 しかし、それは決して笑いごとではない。

 

 葉蔵はこの臭いに覚えがある。

 蛇活の血鬼術による毒素。

 つまりこの臭い空気は毒ガスということだ。

 

 

【針の流法 血針の霧(ブラッディミスト)

 

 

 無毒化させるため血鬼術を行使すると、妙なことが起きた。

 小さな爆発を起こしたのだ。

 血針が血鬼術に刺さって針の根になる瞬間に起きた火花。

 それが毒ガスに引火して爆発したのだ。

 しかし問題はない、慎重に刺せばいいだけだ。

 それよりも気になるのが……。

 

「(この毒ガス、気配濃いな)」

 

 毒だけでなく昨日戦った土野のような効果。

 そのせいで凶手がどこから攻撃してきているのか察知出来ない。

 間違いない、昨日の情報から敵は対策を打っている!

 

 仕方ないので空気の流れから敵の行方を探るとまた別の攻撃が飛んできたのを葉蔵は察知した。

 葉蔵は全ての攻撃を血針弾で迎撃。

 そこで葉蔵は妙な感覚に気づいた。

 

「(なるほど、この血鬼術は風……いや、気体を固めたものか)」

 

 血針弾の感覚から伝わる感覚。

 硬い空気を破ったかのような感触。

 そこから敵は風を操るのではなく、空気を固める血鬼術と推測した。

 

 それなら突如あの毒ガスが散らばることなく飛んできたのも、物から毒ガスが出たのも説明できる。

 鬼は二体いるのだ。

 一体が毒ガスを出す血鬼術を使い、二体が空気を固めて閉じ込める。

 そうやって毒ガスを閉じ込めた空気玉を攻撃と罠に使用。

 しかも、空気を固める血鬼術は気配が薄い。そのせいで気配の強いはずの毒ガスに気づかなかったのだ。

 

「(……面白いコンビネーションだ)」

 

 ニヤリと笑う葉蔵。

 血鬼術を工夫して、お互いの利点を利用し合っている。

 

 視界と感覚を塞ぎ、毒と引火作用で葉蔵の動きと血鬼術を阻害。

 そして空気を固める血鬼術がそれを使いやすいようにサポート、時には牽制する。

 なら次は本命の攻撃アタッカーが来るはず。

 

 葉蔵は攻撃が来るであろう地点に血針弾を狙撃する準備に入った。

 ここ数回で敵の行動パターンは頭に入っている。

 観察しているのはキサマらだけじゃないんだぜ!

 

 空気を切って血鬼術が向かってくるのを探知。

 数は6つ、そのうち5つは空気の塊で一つだけ違う攻撃。

 それを避けてカウンターの狙撃をしようとした途端……。

 

 

「た、たすけ…」

 

 人の気配がした。

 

 

 

「(……嘘だろ!?)」

 

 葉蔵は珍しく動揺の色を見せる―――いや、それどころか彼はガチで焦っている。

 

 生存者がいるかどうかは確認した。

 額に生える角の超感覚で、生物の発する音や動く際に発生する空気の流れを探った。

 結果、生存者どころか動物すらいないと判断した。

 葉蔵の角の超感覚は完璧の筈。

 なのに何故……!?

 

 

「クソッ!」

 

 葉蔵は迎撃から防御に変更した。

 気配は攻撃の延長線上にいる。避けたらその人間に当たってしまう。

 

 迫り来る攻撃血鬼術は六つ。

 そのうち五つは気体を固める血鬼術であり、十分受け止められる威力だ。

 しかし、最後の一撃は違った。

 

「(お…重い!!)」

 

 重厚な一撃。

 物質的な感覚はないにも関わらず、重さと威力が確かにある。

 パワーに押し負けて少し体勢を崩し、体勢を崩す葉蔵。

 しかし何とか持ち堪えて次の攻撃も防いで見せた。

 ゴゥンと重い何かをぶつけるような音が、バチっと火花が飛び散る。

 

 瞬間、空気が爆発した。

 

 充満しているガスに引火したのだ。

 ガスからガスへと連鎖的に爆発を起こし、葉蔵の周囲を焼き、衝撃が無秩序に襲い掛かる。

 

「ぐあッ!!」

 

 爆風と爆炎に巻き込まれ、派手に吹っ飛ばされる葉蔵。

 爆発そのものは楯を犠牲にすることでなんとか防いだが、衝撃は完全には防ぐことは出来なかった。

 多少のダメージを負いながら、風に吹かれる木の葉のように空中を飛ばされる。

 

「な、なるほど……非物質の攻撃……か」

 

 吹っ飛ばされながら、葉蔵は先程の攻撃の正体を推測した。

 

 楯の感触からして、敵の攻撃は質量のある血鬼術ではない。

 しかし、確かに重厚感と勢いは感じられた。

 似たような感覚を葉蔵は知っている。

 震童による振動波の血鬼術だ。

 

 おそらくこの血鬼術も似たようなものだろう。

 震童と同じ振動波か、それとも衝撃波や重力波を出す血鬼術なのか。

 まあ、そこはあまり重要ではないが。

 

「(……って、そんなことより早くさっきの人を助けなければ!)」

 

 葉蔵は思考を切り替えて気配のする方へ向かう。

 爆発した地点からはそれなりに離れているから、爆発の被害はないはず。

 しかしここは毒ガスの中。早く脱出しなければ命に関わる。

 

「大丈夫か!?」

 

 道端に一人の女性が倒れていた。

 二十代前半、身なりは庶民の格好だがそれなりに新しい。

 とてもこんな寂れた廃村に住んでいるとは思えない。

 

 首筋に手を当てて容体を確認する。

 ただ気絶しているだけで他に異常はない。

 しかしここは毒ガスの中であり、このままでは人体に影響が出る。

 よって、葉蔵はその女性を毒ガスの中から連れ出そうとするが……。

 

「!!?」

 

 突如、葉蔵はバックステップして距離を取った。

 女性を担ごうとした途中なので、勢い余って地面に叩きつけられる形になる女性。

 一体何故葉蔵はこんな奇行に走ったのか。

 その答えは実に単純だった……。

 

 女性が、日輪刀で葉蔵の首を狙ったからだ。

 

「鬼の気配……いや、血鬼術にかかっているのか!?」

 

 気付いた原因は、突如鬼の因子の気配がしたから。

 最初は鬼が女に化けているのかと思った葉蔵だが、すぐに間違いだと気づく。

 この感覚は鬼というより血鬼術に近い。もっといえば、昨日彼が治療した瑠火―――血鬼術の呪いに掛けられた人間の気配だ。

 そのおかげで葉蔵は理解した、この女が血鬼術を掛けられて操られていると。

 しかし、それでは次の疑問が出る。

 

「(何故こんな回りくどいことを?)」

 

 血針から構成された棘なしワイヤーネット、毛細枳棘(ソーンネット)で女性を捕縛し、罠にかかった獲物を運ぶかのように引きずりながら考える。

 何故この女に血鬼術を掛けたのかと。

 

 この程度の不意打ちなら回避出来る。

 鬼殺隊が相手なら兎も角、血鬼術で操られてるだけの素人が相手なら猶更だ。

 むしろこの場にタダの人間なんて用意していたら、足手まとい……。

 

「……待て、足手まとい?」

 

 そこまで考えた途端、突如また血鬼術が飛んできた。

 女性を巻き込むぐらいの範囲で葉蔵に襲い掛かる。

 

「……やはりそういうことか」

 

 

 やっと葉蔵は敵の狙いが理解出来た。

 

 何故、鬼があんな堂々と村に出て人を襲っていたのか。

 何故、わざわざ閉じ込めた毒ガスを村に仕掛けたのか。

 何故、この女性が突如現れ血鬼術に操られていたのか。

 

 

 

 葉蔵は嵌められたのだ。

 

 

 

 この村に鬼が出たのは葉蔵を誘うため。

 餌として使われた捨て駒だ。

 

 突如噴出したあの毒ガスは葉蔵の動きを阻害するため。

 餌に釣られた葉蔵の視覚と角の超感覚を塞ぎ、毒で弱らせ、高い引火性で行動を制限させるためだ。

 

 この女は人質だ。

 遠くから無作為に飛んでくる血鬼術から、毒ガスの血鬼術からこの女を守らせる。

 そうすることで葉蔵の行動を大幅に制限させ、混乱させるのが目的。

 おそらく他にも人質は存在するはずだ。

 葉蔵の角は確かに気配を感じている。

 

 嵌められた。

 葉蔵は鬼の策略によって雁字搦めに動きを制限されたのだ。

 

 場を支配しているのは、当然ながら相手の鬼。

 自身の作り上げたフィールドで、予定通りに進んでいる。

 このまま葉蔵を縛り、乱し、ジワジワと嬲る……。

 

 

 

「……ざけんじゃねえぞ」

 

 葉蔵の中で何かが沸いた。

 腹の下から沸々と煮える感情。

 そう、これは怒りだ。

 

 葉蔵は感情を激しく爆発させる性格ではない。

 華族の子として育てられた彼は感情をコントロール出来るように教育され、彼自身も感情をむき出しにすることを馬鹿らしいと思っていた。

 しかし、だからといって激しい感情を抱かないというわけではない。

 

 そもそも、葉蔵は本来好戦的な性格だ。

 鬼の力を手に入れた途端、ゲームと称して鬼狩りと共食いを繰り返し、そのための血鬼術の研究をしているのがその証拠だ。

 普段は表に出さないだけで、ゲーム中の彼は嬉々として戦闘や狩りの快感を楽しんでいる。

 

 人間になる前の彼は囚われの身だった。

 家訓という名の鎖と、教育という名の枷。

 家庭という名の牢獄に閉じ込められ、家族という名の看守によって管理されてきた。

 

 

 

 

 しかし、鬼に至った彼を縛る物はもうない。

 今の彼は自由だ!

 

 

 

「……獣鬼豹変」

 

 その言葉と共に、葉蔵は赤い結晶に包まれた。

 これは蛹。

 葉蔵を本来ある形へと進化させるための繭だ。

 

 

「グルォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 

 赤い結晶を破壊しながら、葉蔵がその本性を顕す。

 

 

 赤銅色の体毛に包まれた強靭かつ頑強な巨躯。

 鋼鉄を素手で引き裂くような力強い獣の剛腕。

 万物を砕かんばかりに主張する頑強な顎

 天を貫かんばかりに生え誇る巨大な角。

 大地を踏み砕く強靭な四肢と鋭い爪。

 燃え盛るように逆立つ鬣と尾。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 

 

 解放された獣鬼―――葉蔵は獲物目掛けて吠えた。

 

 




ハイ、葉蔵の異形化は獣みたいな感じを意識しました。
ただこの姿は玉壺みたいな真の姿というわけではなく、あくまで葉蔵が力をフルに使えるというだけで、別に人間体が仮の姿というわけではありません。
詳しい設定は後程に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

葉蔵獣鬼態

ヒャッハー! やっと葉蔵が本性むき出しに暴れられるぜ!


 ケンタウロス型の獣鬼。

 赤銅色の体毛に深紅の鬣。

 頭部は狼、角は鹿、鬣は獅子、上半身は獣鬼、下半身は虎、尾は狐 ……に、それぞれ似ている。

 これこそ赤い獣―――葉蔵の全力の姿である。

 

「グルルルルウゥゥゥ!!!」

 

 真の姿を晒した葉蔵は獲物の方角に顔を向ける。

 

 変化したこの姿に目はない。

 視覚に頼らずとも全身の毛が変身前の角と同じ働きをするため必要ないのだ。

 見るより良く視えている。

 

 

 クソ野郎共はそこにいる。

 人質(つまらないモン)用意してゲームを台無しにしやがったボンクラ共。

 この責任はしっかりと取ってもらう。

 テメエらの血と命でな。

 

 しかし、その前にやることがある。

 

 

【針の流法 血針の霧(ブラッディ・ミスト)

 

 

 腕の毛から出した微細な血針を剛腕で周囲にばら撒く。

 通常時とはけた違いの量。

 散布された血針は村中に充満していた毒ガスの血鬼術を瞬く間に侵略していった。

 後に残るのは針の結晶と化した鬼の因子だけ。

 ソレを確認した藤蔵は針を数本落とし、四本の足を動かし始める。

 

 瞬間、葉蔵は暴風のようなスピードで加速した。

 

 下半身の強靭な四肢で大地をしっかりと踏みしめ、力を一気に開放して駆ける。

 地を蹴り割らんばかりの勢いと、爆発でも起きたかのような激しい轟音。

 自動車や汽車を軽く凌駕する、スポーツカー並みの凄まじい速度。

 その全てに遠くから見ている鬼達は恐れ慄いた。

 

「な、なんだありゃ!?」

「あ……あんなの聞いてねえ!!」

 

 空気を固める血鬼術を使う鬼、幻凝(げんぎょう)

 引火性の高い毒ガスを出す血鬼術を使う鬼、煙羅

 そして半天狗の分身であり、重力を操る血鬼術を使う猜妬(さいと)

 この鬼達こそ葉蔵を襲撃した凶手である。

 

「おいこんなの聞いてねえよ! 俺はあの鬼に復讐出来るって聞いたからやったのに!?」

「そうだぜ! アイツ滅茶苦茶強い上に残酷なんだぞ! もし捕まったら何されるか分かったもんじゃねえ!」

 

 恐怖と焦燥感から猜妬を責める二人。

 この鬼達は同じ分裂体である尊栄(そんえい)(かどわ)かされて協力することになった。

 煙羅は第27話で葉蔵に甚振られた恨みを晴らすことで恐怖を克服するため、幻凝はただ十二鬼月になるために。

 

 最初は楽に葉蔵を倒せると聞いた。

 既に葉蔵の行動パターンと使用する血鬼術を調べ尽くし、攻略法も確立したと聞かされた……はずだった。

 

 なんだアレは。

 アイツはあんな姿にまでなれるのか。

 そしてなんだあの血鬼術の威力は。

 通常時でも十分恐ろしかった血鬼術が、変身したら格段に威力が上がってるではないか。

 

 冗談じゃない。

 あんなヤバい鬼とこれ以上戦ってられるか。

 俺たちはもう降りさせてもらう……。

 

「逃げても無駄だ!」

 

 混乱している二人とは対照的に、冷静な猜妬が一喝した。

 

「あの鬼の追跡能力は知ってるはずだ。あいつは三里離れていても正確に狙い撃てるんだぞ? 今更逃げても無駄に決まっているだろ」

 

 彼の言う通り、葉蔵の感覚器官を以てすれば逃げても追跡可能だ。

 狙撃範囲もあの姿になることで通常時より格段に上がっており、三里どころか十里以上離れても狙撃出来る。

 そして葉蔵は彼らを逃がすつもりはない。たとえ地の果てでも追ってくる。

 生き残る道はただ一つ。葉蔵をこの場で倒すことだ。

 

「ふざけんな!テメエらのせいでこんな目に遭ってるんだろうが!」

「そうだ! あんなの聞いてねえよ! 責任取れ責任!」

「言ってる場合か!? 騒いでいれば解決すると思うのか!? そうしてる間にもあの鬼はもうそこまで接近しているぞ!」

「!?」

 

 葉蔵の方を振り向く。

 鬼の視力でも全く見えない程に距離のあった葉蔵が、もう視認出来る距離まで近づいている。

 まだまだ遠いが、葉蔵なら十分狙撃できる距離。

 早く何とかしなくては……!

 

「クソ!」

 

 ヤケクソ気味に血鬼術を発動させる鬼たち。

 空気の刃が、毒ガスが、重力波が。

 それぞれの血鬼術が全力で葉蔵にぶつけられる。

 何発も何発も何発も。

 力の続く限り、全ての一撃に全力を込めて。

 

 

「クソ、止まらねえ! 停まれよ!!」

「なんだよ……なんなんだよあの鬼!!」

 

 しかし、葉蔵はビクともしない。

 

 引火性の毒ガスをぶつけ、その衝撃で引火して爆発。しかしダメージは一切受けなかった。

 空気を固めて気体の刃をぶつける。しかしダメージは一切受けなかった。

 重力波をぶつける。しかしダメージは一切受けなかった。

 

 どれだけ血鬼術をぶつけても一切ダメージを受けない。

 進撃の勢いは止まらない。スピードを落とすことなく向かっていく。

 

 葉蔵が手を翳す。

 毛赤い結晶が葉蔵の手を覆い、パリィンと割れた。

 中から出てきたのは巨大な馬上槍(ランス)

 その巨躯が振るうに相応しい巨大な槍だ。

 

 ブンッ!

 

 槍を一振り!

 それだけで飛んできた血鬼術を全て切り裂いた!

 

「クソ! ならこれならどうだ!?」

 

 猜妬が葉蔵に金棒を向け、血鬼術を発動させる。

 金棒の先から放たれる青い光。

 葉蔵はソレを切り裂こうとランスを振るうが、光はランスに当たったと同時に霧散。

 瞬間、葉蔵の体が浮いた。

 

 文字通りの意味だ。

 まるでそこだけ重力がないように、駆ける葉蔵の巨体が浮いたのだ。

 これではもう走れない。ただ足をバタバタするだけ。

 

 猜妬の能力は重力を操ることであって、重力波はその一端でしかない。

 上手く使えばこんな真似も出来るのだ。

 

「は、針鬼の動きが止まった!?」

「よし、今のうちに逃げるぞ!」

「……いや、少し待て」

 

 葉蔵が浮いた瞬間に逃げる算段をする鬼達。

 しかし、なんと煙羅が待ったをかけた。

 一番逃げたがっていたのは彼のはず。

 なのに一体どういう心変わりなのか。

 

「なんだよ、さっさと逃げ…ないと……」

 

 ソレを見て猜妬は言葉を失った。

 

 なんだ、そんなことまで出来るのか?

 

 なんと、奴は…奴は……!

 

「アイツ、空まで飛べるのか!?」

 

 葉蔵は下半身の背中から翼を生やし、ソレを羽ばたかせて飛んでいた。

 

 流石の葉蔵でも空は飛べない。

 この翼も滑空したり羽ばたくことで血針をばら撒くだけで飛行能力はない。

 しかし軽くなったことで走行の勢いを利用し、翼を上手く使って飛べるようになったのだ。

 葉蔵の動きを止めるつもりが、逆の結果になってしまった!

 

 

「ふざけるな!」

 

 猜妬は叫んだ。

 

 なんだアレは。

 アイツ、あんな隠し玉を持っていたのか!?

 

 今まで能力を隠していることは気づいていた。

 葉蔵は遊び癖があり、強い技をなかなか使わない。最初は弱い血鬼術から徐々にレベルを上げてきた。

 強敵と戦う際も何処か最後の切り札を隠している節がちらほらと見えた。策を使う際も何処か保険を取っているように思えた。

 だから何かとっておきを隠し持っているかもしれないと前々から予測していたし、その対策も用意した。

 

 しかし、葉蔵は猜妬―――半天狗の予想を軽く超えて見せた。

 

 

 

「ふざ…けるな……!」

 

 

 色々と調べてきた。

 その上で対策を立ててきた。

 それでもまだ足りないのか?

 

 

 インチキにも程があるぞ!

 

 

 あんなに強力で、あんなに多彩で、あんなに凄まじい能力があるのに、まだ底が尽かないのか!?

 

 

 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!

 このインチキ鬼めが!!

 

 

 

 

 

 ズドンと着地する葉蔵。

 彼は両手で持ったランスの先端を猜妬に向け……

 

 

 

 

 

 

 

 

【針の流法―――突き穿つ血鬼の槍(デッドリィ・スティング)

 

 

 回転しながら、槍が飛んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 ドリルのように高速回転したランスが、ミサイルのように射出。

 空気を切り裂く音を立て、余波で砂煙が舞う。

 

 これこそ正しい形の突き穿つ血鬼の槍(デッドリィ・スティング)

 本来この技は槍専用の技であり、高純度の鬼因子を含んだランスによって繰り出されるものだ。

 

 

「ぐぺえッ!!?」

 

 槍が猜妬に命中。

 一瞬、重力の楯で槍を止めようとするも、そんなもので獣化した葉蔵の攻撃が止められるはずがない。

 重力の壁ごとあっさり貫通。

 そのまま因子食らい始める。

 

 

 ソレを見た煙羅と幻凝は確信した。

 次は自分たちの番だと。

 次は自分たちがアレと同じになると。

 次は自分たちがあの鬼の食料にされると!!

 

「は、早く逃げねえと!」

「あ、ああ!そうだな……あ」

 

 

血鬼術合成 血針弾・連砲(ブラッド・ガトリング)

 

 

 二人の眼前に大量の血針が迫り来る。

 彼らが最後に視た光景は以上だった。

 

 

 

 

 

「グルル…」

 

 クソ野郎共が塵に還っていくのを確認した葉蔵は、弾丸を三つほど放つ。

 さて、次だ。

 

 このクソみたいなゲームを用意した主催者にクレームを付けに行こうか。

 




葉蔵のランスには銃口が、鍔にはグリップと引き金が付いており、そこを持つことで射撃を行います。
また、ランス自身が飛んでくることもあり、切断面を銃口に変化して砲撃が連続で飛んでくることもあります。

ちなみにデッドリィ・スティングのモデルはアバレキラーのデススティングです。
腕verは茨城の羅生門大怨起です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

半天狗 第一ラウンド

 

 まずいまずいまずい!

 

 あの鬼、明らかにこちらに気づいている!

 

 このままでは今度こそ殺される! 早くなんとかしないと……!!

 

 

 とある山奥、半天狗は草陰でガタガタと震えていた。

 

 分裂体である偸盗とうとうによる、幽体離脱の血鬼術越しに見る葉蔵の姿。

 普段の美しい姿とはかけ離れた獣のような恐ろしい姿。

 強さも狂暴性もけた違いに変化している。

 その事実が半天狗はとても恐ろしかった。

 

 本来、半天狗には分裂体が見聞きしたものや経験したものを知る由はないが、分身体である尊栄の血鬼術によって感覚をリンクさせることでその問題を解決することが出来る。

 半天狗はこの血鬼術を使って分裂体や他の鬼たちと上手く情報伝達を行い、指示を出していた。

 もっとも、実際に指示を出していたのは分裂体である積怒と尊栄だったが。

 

「こんな…こんなはずでは……!!」

 

 本来なら上手くいくはずだった。

 半天狗から見ても葉蔵は強い鬼だった。

 しかし同時に、鬼の分際で未だに人の感覚を捨てきれてない未熟者でもあった。

 だから、そこを突けば如何に強い鬼でも出し抜ける。……そう思っていた。

 

「ヒィィィィ! どうすれば…どうすれば……!?」

 

 その結果がコレである。

 人質を取って葉蔵を縛るはずが、逆に全力を出させる切っ掛けになってしまった。

 

 半天狗は思い違いをしている。

 確かに葉蔵は人命救助をある程度優先するが、だからといって人質がいれば何でも言う事を聞くような鬼ではない。

 むしろ逆。

 人質の無事が保証されないなら、人質によって身動きが取れないぐらいなら、すぐに思考を変更。無視して抹殺にかかる。

 

 そして何より、人質という行為は葉蔵のゲームを台無しにする行為。

 例えるなら、腹ペコの状態で大好物を食べようとしたら、いきなり汚物をぶっかけられた気分だ。

 殺意を抱かないわけがない。

 

「ど、どうにかしなくては……!」

 

 おそらく敵はまだ気づいてない。

 失敗に備えて唆した鬼共を身代わりに出来るようにした。

 針鬼の性格からして、身代わりの鬼を喰うことに集中するはず。

 そのうちに早く逃げなくては……。

 

「!? 尊栄と偸盗がやられた!?」

 

 一瞬だった。

 分裂体の目に何か映ったと思ったら、一瞬でソレは途切れた。

 まるでカメラが壊されて現場が見えなくなったモニターのように。

 ソレが意味することは決まっている、尊栄と偸盗がやられたということだ。

 元からこの二体は戦闘用の血鬼術を使えないので期待はしなかったが、ここまで短時間でやられるとは半天狗も予想外であった。

 

 まずい、あの鬼は確実に自分を潰しに向かっている。

 このままでは自分も奴らと同じように……。

 

 

「ぎゃあああああああああああああああ!!!」

 

 突如、血針弾が命中した。

 バカな、奴は今頃あの鬼共を食らっている筈。なのに何故!?

 いや、そんなことはどうでもいい!

 

「(死にとう……ない!!)」

 

 

【血鬼術 悪感分裂】

 

 

 血鬼術ですぐさま分裂。

 喜怒哀楽の四体の分裂体となることで針から逃れ、本体はさっさと逃げていった。

 

「腹立たしい腹立たしい。あの鬼、まさか我らの存在に気づいておったか」

「あやつこんなに遠くからでも追いかけてくるぞ!」

「哀しい。あの恐ろしい鬼と戦う事が哀しい」

 

 それぞれ好き勝手言いながら武器を構える。

 相手はあの針鬼、しかも初めて見せる本気の姿だ。

 おそらく偸盗とうとうの血鬼術である幽体離脱も見抜いているだろう。

 証拠はないがそうであると断言出来る。少なくとも半天狗はそう確信していた。

 

 

 

 

【針の流法 血針弾・連】

 

【針の流法 血針弾・爆】

 

【針の流法 血針弾・複】

 

 

【血鬼術合成 血針弾・爆連弾(ブラッド・バーストガトリング)

 

 

 瞬間、小さな爆発が連鎖的に起きた。

 

 

 ランスがガトリング砲と化し、複数の銃口から血針弾が連射される。

 一発一発が音速に届く程の、弾丸の嵐。

 それらは分裂体にぶつかると同時に爆発したのだ。

 

「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」

 

 爆破に飲み込まれてダメージを受ける半天狗たち。

 弾丸一つ一つは大した威力ではないが、それが何百何千となれば話は変わる。

 縦横無尽に、視界全てを覆う血針弾の爆弾。

 それは爆発の雨。

 辺り一帯を吹き飛ばしながら、半天狗の分身共を焼き払う。

 

「グルル…」

 

 葉蔵は満足そうに唸る。

 

 これだけ派手にやれば骨一つ残ってない。

 では、次こそ本体を……。

 

「お、おのれえぇぇぇっぇぇぇぇぇ!!」

「よくもやりおったな、針鬼!!」

 

 爆発によって起きた黒煙の中から、分裂体達が姿を見せた。

 

 半天狗は分裂体を倒してもあまり意味はない。

 本体を倒さなくてはどれだけ片付けてもすぐに新しい分裂体を出してくる。

 そうやって彼は柱共を殺し、他の鬼を蹴落とすことで上弦の肆という地位を得たのだ。

 

 

 

「「「死ね、針鬼!!」」」

「グルオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 

 第一ラウンド。

 

 葉蔵・獣王態vs半天狗・分裂体。

 

 戦闘開始!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「食らえ!」

 

 分裂体―――積怒が雷を放つ。

 闇を切り裂いて葉蔵に向かう雷光。

 文字通り雷の速さで繰り出される血鬼術を葉蔵は軽々と跳んで避けた。

 

 

【針の流法 血針弾・爆】

 

 

 右に振り向いて爪の先から血針弾を放つ。

 ソレは爆風とぶつかると同時、爆破して風の勢いを相殺した。

 

「チッ! やはり可楽ごときではダメか!!」

「ハハ! 此奴、わしの風を相殺しおったわ!!」

 

 

 葉蔵の右前から分裂体の一体、可楽の弾んだ声が響いてくる。

 さらに上空から風を切る音が聞こえてきた。

 同時に葉蔵は動き出した。

 

「フハハハ! 死ね…ぎゃぴ!?」

 

 半人半鳥の空喜が凄まじいスピードで滑空。金剛石をも砕く爪が伸びる足を突き出す。

 しかしその瞬間、葉蔵はランスを振り回して逆に空喜をホームランでも打つかのようにかっ飛ばした。

 

「哀しいほど強い。流石はあの方が危惧する鬼だ」

 

 死角から十文字槍の刺突が繰り出される。

 衝撃波を操る血鬼術によって強化された突き。

 しかし気配を察知している葉蔵はソレに最初から気づいており、助走をつけて刺突を繰り出した。

 加速の勢いを乗せた西洋の槍と、血鬼術の威力を乗せた東洋の槍。

 ぶつかり合う刺突と刺突。

 勝ったのは葉蔵だった。

 

 更に口から血針弾・散を放つ。

 目標は今まさに血鬼術を使おうとしていた積怒。

 狙い通り血鬼術を阻害し、足止めに成功。

 その隙に葉蔵は次の襲撃に備え、ランスを振るう。

 

 

【針の流法 血針弾・散】

 

【針の流法 血針弾・複】

 

【針の流法 血針弾・爆】

 

 

【血鬼術合成 血針弾・爆散弾(ブラッド・スプラッシュバースト)

 

 

 瞬時に血鬼術合成を行い、ランスから散弾を詰めた血喰砲が複数発射される。

 ソレは空中で散弾をばら撒きながら爆発。

 分身体達の肉体を焼いた。

 

 しかしそこは上弦の鬼。

 身体を焼かれる速度以上の再生力で回復。

 すぐさま各々の武器を構えて葉蔵の襲撃に備える……。

 

「ッ!?奴を行かせるな!!」

 

 積怒が雷撃を放ちながら叫ぶ。

 おそらくこれは足止め。姿を晦ましている間に半天狗の本体である怯の元に向かい殺す気だ。

 怯の気配は非常に微弱だが、葉蔵の能力からして見逃してもらえるとは到底思えない。。

 

「邪魔じゃあ!!」

 

 可楽が横薙ぎに暴風を巻き起こして煙幕を吹き飛ばそうと扇を振るう。

 次の瞬間―――

 

 

【針の流法―――血喰砲・貫通(スパイキングキャノン)

 

 

 突如、砲弾が飛んできた。

 

 ドリルのように回転しながら肉を抉り、地面へと叩きつけて縫い合わす。

 貫いた箇所から針の根が全身に拡がる。

 根は積怒の鬼因子を吸収しながら肉体をズタズタにしていき、また因子を吸収して根を拡げる。

 

「お、おのれ……!」

 

 慌てて積怒は電撃で破壊しようと杖を持つ。

 しかしもう遅い。命中した時点で血鬼術は封じられ、動くことすらままならない。

 

「ぐ、えぇ…」

 

 積怒、脱落。

 これで残るは三体。

 

「な…なんじゃ!?」

「まさか、この短時間で積怒がやられたというのか!?」

「こ、こいつ!逃げるフリして儂らを誘いおったな!?」

「相変わらずこざかしい奴じゃ!」

 

 慌てて分裂体達は陣形を組む。

 

 彼らの言う通り、最初から葉蔵は分裂体を放って本体を狩るつもりなどなかった。

 そう見せ掛けることで誘い出し、一番面倒そうな血鬼術を使う鬼から仕留める。

 そして、残った大して強くない鬼共は……。

 

 

【針の流法 血針弾・連】

 

【針の流法 血針弾・複】

 

 

【血鬼術合成 血針弾・連砲(ブラッド・ガトリング)

 

 

 

 火力と物量で黙らせる。

 

 ランスとは名ばかりのガトリング砲で弾幕を張る。

 毎秒に何十もの弾丸が音速で吐き出される。

 鼓膜が破裂しそうな轟音と、地面を揺るがすほどの衝撃で。

 一撃一撃が鬼にとって必殺の弾丸を湯水の如く使用する。

 

 

【血鬼術 狂鳴波】

 

【血鬼術 激涙刺突】

 

【血鬼術 八つ手の団扇】

 

 

 それぞれの血鬼術を使って弾幕を防ぐ。

 分裂したとはいえ、上弦クラスの鬼が3つ同時に放つ血鬼術。

 それでやっと互角なのだ。

 

 だから、一度崩れたら立て直しは効かない。

 

「ぐげえ!!」

 

 突如、空喜に何かが刺さった。

 ソレは弾丸ではありえない動きで後ろから空喜を突き刺した。

 

 自律血針(ファンネル)

 予め葉蔵が用意しておいた罠である。

 最初から葉蔵は弾幕のみで仕留めるつもりはなかった。

 派手に血針弾をばら撒くことで注意を引き付け、後ろから自律血針で仕留める。

 これが葉蔵の狙いだったのだ。

 

 そして、脱落者が一人出たことで均衡は崩れた。

 

「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」」

 

 弾丸に押し負け、残り二体がやられた。

 全身ハリネズミのような姿。

 一発なら簡単に耐えられるのだが、これが何十と集まれた容易くこいつらを殺せる。

 

 

「ぐ、ぐげぇ……」

 

 倒れる2体の分裂体。

 それを見た葉蔵は満足そうに唸り声をあげながら、針を数本投げ捨てる。

 

『グルル…』

 

 ギロリと睨む葉蔵。

 その先には鼠程の小さな半天狗──本体の『怯』が喚きながら、凄まじい速度で逃げようとしているところだった。

 

『俺様から逃げられると思うなよ?』

 

 葉蔵は、この姿になって初めて人語を話した。

 獣の吠え声と葉蔵自身の声が合わさったかのような声。

 何処か禍々しさを感じさせるその声で、葉蔵は普段なら絶対しないであろう汚い言葉を吐いた。

 しかも一人称が私ではなく俺様。

 この変化もまた見る人によれば彼が別人に見えるであろう。

 

『……狙い撃つ』

 

 しかし、その射撃能力は間違いなく葉蔵であった。

 

 指先から放たれた血針弾は半天狗に命中。

 血針によって因子を喰われるかと思いきや、半天狗は無傷。

 一層情けなく悲鳴を上げながら逃げ惑う。

 

『いいぜ、だったら爆破してやる』

 

 何も血針で貫く必要はない。

 硬いなら熱で溶かす、電流を流す、爆破する……いくらでも手はある。

 

 

 半天狗よ、今日が貴様の命日だ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

半天狗 第二ラウンド

 

【針の流法 血針弾・連】

 

【針の流法 血針弾・爆】

 

 

【血鬼術合成 血針弾・爆連(ラピッドバースト)

 

 

 ランスから爆破機能の付いた血針弾を連射する。

 連続で弾丸が吐き出される駆動音、連鎖的に起きる爆発音。そして半天狗のヒィィという悲鳴。

 

「ヒイィィィィィィィィィィ! 誰か助けておくれぇぇぇぇぇ!!!」

 

 爆弾の雨が降りしきる中、半天狗は必死に逃げていた。

 

 大きさは既に元のサイズに戻っている。

 小さくなってもあの狙撃からは逃れられない。

 防御力を重視して硬くそれなりに面積のある姿になった方が得策だと判断した結果である。

 

「やめてくれえ! いぢめないでくれぇ! 痛いぃいい!」

 

 刺さった血針の箇所を抉ることでその効力から逃れる半天狗。

 

 痛い。

 血針も、ソレから逃れる術も痛い。

 あんな恐ろしい鬼に追い回され、痛めつけられる。

 痛い。苦しい。誰か助けてくれ……!

 

「何故じゃ…何故誰も助けてくれない!?」

 

 半天狗は思った、何故自分がこんな理不尽な目に遭わなくてはいけないのかと。

 生まれてから一度たりとも嘘など吐いたことがない、善良な弱者。

 これ程可哀想なのに何故誰も同情しないのか。

 

 そんなのはおかしい。

 皆もっと自分に優しくするべきだ。

 なのに何故誰もそうしない!?

 

 

 

『お前が悪いんだぜ、俺様のゲームを汚しやがったんだからな』

 

 その言葉を聞いた瞬間、半天狗の何かが切れた。

 

 

 

 

「──……くない。ワシは、悪くないィ!!」

 

 

 ワナワナと震える半天狗。

 

 そうだ、自分は何も悪くない。

 上弦の鬼としてあの方の命令を忠実に守って、真面目に働いているだけだ。

 正々堂々と勝負して、仲間と協力して怨敵を倒そうとしている。

 正義は自分にあるのだ。

 

 悪いのはあの鬼の方だ。

 卑怯な手を使い、仲間たちを無残に殺したあの悪鬼が悪いのだ。

 悪党はあの鬼だ。全てあの鬼が悪いんだ。

 

 許せない。

 非道の行い、鬼畜の所業。

 あの鬼のような者がいるから弱者は常に虐げられるのだ。

 あのように弱い者いじめをする悪党がいるから……!

 

 

「弱い者いじめをォ するなああああ!!!」

 

 半天狗が突如巨大化し、血鬼術を発動した。

 恨の鬼。

 通常ならばダミーの役割しかないこの分裂体だが、葉蔵というピンチの前に進化を遂げた。

 

 

【血鬼術 阿鼻狂騒】

 

 

 半天狗の影が伸びて、ヘドロのようにぬかるむ。

 瞬間、陰から無数の分裂体が這い出てきた。

 影のように真っ黒な、顔のない分裂体。

 それらが何十体も襲い掛かる。

 

 

【血鬼術 狂鳴波】

 

【血鬼術 激涙刺突】

 

【血鬼術 心火憤雷】

 

 

 その上、一体一体がオリジナルの分裂体と同じ血鬼術を使用。

 流石の葉蔵でもこれだけ一斉にやられたら……。 

 

 

『第二ラウンドか? いいぜ、受けて立ってやる』

 

 

【針の流法 血針弾・散】

 

【針の流法 血針弾・爆】

 

【針の流法 自律血針】

 

 

【血鬼術合成 自律・炸裂弾(ブラッド・サラマンダー)

 

 

 葉蔵の背中から巨大な針が生える。

 ソレはミサイルのように射出され、分裂体の群れに向かう。

 そしていい感じの地点に到達すると同時に爆裂。小さな爆破機能付き血針弾をばら撒き、更に分裂体を爆破させた。

 

 ソレは爆撃。

 分裂体を焼く爆炎。

 周囲を吹き飛ばす爆風。

 派手に鳴り響く爆発音。

 たった一体の鬼によって引き起こされた一度の爆撃によって、何十体も分裂した半天狗の分身は半数程に一掃された。

 

『ありがたい……わざわざソッチから材料をくれるとは!!』

 

 バラバラになった分裂体目掛けて突進する葉蔵。

 

 葉蔵にとっては餌にしかならない。

 武器を持って襲い掛かる鬼たちを直接食らう。

 狼のような大顎で、両手に持つ巨大なランスで、虎のような前足で。

 血針弾より直接手に持つ武器や、牙や爪などが一番吸収効率が良い。

 捕らえられた分裂体は一瞬で葉蔵の養分と化した。

 

『うまい。なかなかうまいぞ。分裂して質が劣化したと思ったが、そうでもないようだな!』

 

 最初から葉蔵は半天狗の特性を見抜いていた。

 血鬼術は鬼の因子をエネルギー源にして使用する。故に、半天狗も何かしらの形で消耗していることは予想していた。

 ならば問題はない。このままずっと分裂させて、その分だけ食らって己の力に変える。

 向こうが弱る分こちらは強くなるのだ。これ以上に得なことはない。

 

『トドメ』

 

 

【針の流法 血喰砲】

 

 

 ランスの先から放たれた血喰砲。

 逸れることなく真っすぐと標的を捉え、恨の鬼を貫いた。

 これでもう余分に分裂する邪魔者は消した。後は片付けるだけ……。

 

 

「のう、弱い者虐めは楽しいか?」

 

 

 

 ぞくりと怖気が立った。

 

 分身の中に、格段に強い鬼の気配を感じ取った。

 劣化版分裂どころか、喜怒哀楽の分裂体よりも強力な個体。

 ソレを感じ取った葉蔵は即座に迎撃する。

 

 

【針の流法 血喰砲】

 

【血鬼術 悋気重圧】

 

 

 血喰砲を重力波で相殺する。

 

 

【血鬼術、無間業樹】

 

 

 地面から竜の頭をした樹木が急成長しながら葉蔵に襲いかかった。

 葉蔵は跳び上がって樹木から逃れるも、竜の口が開き、そこから電撃が放出。

 あまりにも予想外の攻撃に葉蔵は面食らい、直撃してしまった。

 

「ッッぐ!?」

 

 痺れて動きの止まった葉蔵に、更なる血鬼術が襲い掛かる。

 上下左右。全方向かた襲い掛かる木竜の頭とその顎から発せられる血鬼術。

 風が、雷が、熱波が、音波が、重力波が、衝撃波が。

 あらゆる力と属性が葉蔵に牙を剥く。

 

「ガァ!!」

 

 葉蔵が高く跳ぶ。

 先程のケンタウロスのような下半身とは別の、異様に脚が発達した異形の姿。

 下半身がバネのような、逆関節の形状に発達した獣のような脚。

 これもまた葉蔵が取れる獣鬼の姿である。

 

「彼奴め、そのような真似まで出来るのか」

 

 木の陰から一人の少年が現れた。

 半天狗最強の分裂体、憎伯天。

 背中の太鼓を鳴らすことで血鬼術を発動。

 風を、雷を、熱波を、音波を、重力波を、衝撃波を。

 あらゆる力と属性を葉蔵に向ける。

 

『まだ分裂しやがるのか。いいぜ、もう分裂できなくなるまで吸い尽くしてやらぁ!』

「極悪人がァ……成敗してくれる!」

 

 

 第三ラウンド開始!

 

 




半天狗自身の強みってあの被害妄想の異様な強さだと私は思うんですよね。
自分が最後までか弱い善人だと、被害者側だと妄信することで、爆発的な力が出ると思うんですよ。
アレですよ、主人公が非道を行う悪党に抱く怒りや、仲間を想う絆によってパワーアップするアレですよ。
半天狗の場合は自身を傷つける悪党への怒りによって、自身を想う自己愛によってパワーアップするんですよ。
要するに主人公補正ですね。
ということは、半天狗は主人公だった?……それはないか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

半天狗 第三ラウンド

 

 とある山奥……いや、『元』山奥で激しい戦闘が行われていた。

 選手は獣鬼の姿と化した葉蔵と、半天狗最強の分裂である憎伯天。

 周囲を巻き込みながら互いに血鬼術をぶつけ合い、殺し合っている。

 

 

【血鬼術 狂圧鳴波】

 

【針の流法 血喰砲・散弾(スプラッシュキャノン)

 

 

 雨霰のように散弾が撃ち出される。

 人どころかその周囲すら一掃する量の銃弾。

 迎え撃つは凄まじい超音波。

 音波は弾丸を呑み込み、甲高い金属音を立てて迎撃する。

 強烈な摩擦によって火花と散る散弾。

 それらは辺り一面を昼のように明るく照らす。

 

 

【血鬼術 狂鳴雷殺】

 

【針の流法 血喰砲・貫通(スパイクキャノン)

 

 

 雷光を纏う超音波の一撃。

 迎え撃つのは紅い砲弾。

 砲弾は雷鳴と音波をソニックブームでかき消しながら前進する。

 しかし更なる狂鳴雷殺によって砲弾は破壊された。

 

 血鬼術と血鬼術が。

 自然と科学の力が。

 上弦の鬼と葉蔵の力がぶつかり合う。

 

 

【血鬼術 激涙重圧】

 

【針の流法 血喰砲】

 

 

 派手な衝突音が響き、大きな火花が飛び散る。

 

 

 

【―――血喰砲】

 

 

 撃つ。 

 

 ミサイルが、機関銃が、砲弾が。

  

 赤い獣鬼の兵器が次から次へと破壊を繰り返す。

 

 

 

 

【―――血鬼術】

 

 

 放つ。

 

 雷が、風が、熱波が、音波が、衝撃波が、重力波が。

 

 木竜が暴れ狂い、口から災害を吐き出す。

 

 

 

 

 雷閃が曇天の空を照らし、爆風が木々を薙ぎ払う。

 ピカッと一瞬光ったと思いきや、巨岩が転がるような雷鳴を立てて電流が迸る。

 フワッと何かが揺れたと思いきや、瞬間に山の地面へ叩きつけられる強風。

 同時に起こる砲弾の爆発音。

 血喰砲と共に雷と風は嘘のように消えた。

 

 

 大気が熱波に灼かれ、音波に震わされる。

 一瞬強烈な光が放たれたと思いきや、凄まじい熱によって軌道上の全てが溶かされる。

 一種猛烈な音が聞こえたと思いきや、凄まじい音によって周囲の部隊が破壊される。

 全てを避け、自在に跳び回る一匹の獣。

 巻き込まれた岩々が派手な音を立てて崩れていく。

 

 

 大地が重力波に押し潰され、衝撃波に破壊される。

 余波によって地割れが、土砂崩れが起きる。

 

 

 

 そこはもう山とは言えない。

 戦場。

 悪鬼と獣鬼が殺し合う地獄と化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(……まずい、やはりこの鬼は強い)」

 

 血鬼術によって憎伯天が生み出した背の高い樹木。

 その登頂部にある玉状の空洞の中に半天狗本体が引きこもっていた。

 

 ここは半天狗によって最後の砦。

 頑強な木の皮は葉蔵の針から守り、木に含まれる鬼因子が葉蔵の超感覚を紛れさせてくれる。

 しかし、万全とは言えなかった。

 

「(憎伯天が力を使いすぎている。人間の血肉を補給せねば)」

 

 想定以上に葉蔵は粘っていた。

 強いのは既に知っていたが、憎伯天を以てしても倒せない程とは。

 

「……やはり、こいつを使うしかないのか?」

 

 半天狗は懐から一つの小瓶を取り出した。

 無惨の血が入った小瓶だ。

 

 本来、これは喰戦で生き残った鬼に与えられるものであり、喰戦の管理を言いつけられた上弦の壱が持っていた。

 しかし、喰戦が頓挫してしまい、この小瓶の血が余ってしまい、童磨が勝手に半天狗へ横流ししたのだ。

 本人は半天狗を心配してやったと言っているが、本心でないことは半天狗も見抜いている。本音は上弦の鬼がこれ以上の無惨の血に耐えられるかどうか半天狗で実験したいというものだろう。

 だから半天狗は出来るならコレを飲みたくなかった。

 しかし、もうそうは言ってられない。

 

「(もし憎伯天が負けるようであればコレを使うしかない……!)」

 

 憎伯天は強くなった。

 既に葉蔵によって分裂体を喰われたのにも関わらず、憎伯天はフルにその力を使える。

 しかし、それでも葉蔵には勝てない。

 

「頼む…勝ってくれ……!」

 

 ぎゅっと小瓶を握りしめながら、半天狗は憎伯天の勝利を願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「弱き者をいたぶる鬼畜! 不快! 不愉快! 極まれり 極悪人めが!!」

『ハッ! だったらなんだってんだ? 泣いてママに泣きつくのか?』

 

 縦横無尽に木竜が葉蔵に向かい、顎から血鬼術を吐き出す。

 葉蔵は木竜の首を足場にすることで、まるで葉蔵にだけ重力がないかのような敏捷性で軽々しく避けた。

 縦横無尽に飛び交う葉蔵。彼もまた上弦という異常鬼の片足を突っ込んでいる。

 

 

「この極悪人め! 手のひらに乗るような小さく弱き者を甚振っておきながら、何も感じないのか!?」

『いや、感じるぜ。クソゲーを用意しやがったクソ野郎を嬲るのは心楽しいな。あの鬼、少し攻撃するだけですぐヒィィって悲鳴あげやがる。笑い袋を叩いてるみたいで楽しいぜ?』

 

 憎伯天の攻撃を避け、時に牽制弾を放ちながら葉蔵は言う。

 彼は弱者を嬲って喜ぶ性質ではないが、相手が遺伝子レベルでどうしても許せない相手なら話は違う。

 藤襲山にいた頃、人間の頃は性犯罪者の鬼をぶちのめしてスッキリしたのがその証だ。

 

「卑劣! 下劣! 貴様のような者がいるからあのようなか弱いものが生きにくいのだ!!」

『悪? 卑劣? そんなもんは弱者の戯言だ。弱者(テメエ)は大人しく強者(オレ)に踏み潰されろ』

 

 ランスから血喰砲を数発撃ち出す。

 憎伯天はそれらを重力と風の血鬼術で粉砕し、更に周囲の植物を集めて木竜を大きく成長させた。

 

「黙れごろつきが! 儂に命令して良いのはこの世で御一方のみぞ!!」

『いや、お前の方がごろつきに相応しい顔してるぞ。鏡貸してやろうか?』

 

 ランスをブンっと振り回す。

 軌道上から噴き出す針の雨。

 しかしそれらは木竜が楯になることで防がれてしまった。

 

「何ぞ?貴様 儂のすることに何か不満でもあるのか? のう悪人め」

『不満しかねえよ。俺は悪じゃねえし』

「まだ分からぬのか!? これだけ弱者を虐げておきながら、まだ被害者面するか!? 何という極悪非道!これはもう鬼畜の所業だ!」

『分かってねえのはテメエだよ』

 

 

 

『いいか、正義か悪はお前が決めるんじゃない。俺なの。オ~レ~な~の♪』

 

『判決はお前が有罪。お前の言い分なんて俺は聞かないしどうでもいい。勝手に喚いてろ』

 

『お前には発言権も言い訳の権利もないんだ。ちゃんと理解できりゅ?』

 

 

 

 

 

「こ!ん!の!! 極悪人があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 ブチブチブチィ!!

 

 

 遂に憎伯天がキレた。

 

 何が何でもこの悪人は生かしては置けない。

 コイツ何を言っているんだ。全く理解が出来ないし、したくもない。

 針鬼、お前は存在してはいけない生き物だ!!

 

 

「この、悪童めが……、ッ!?」

 

 忌々しく樹上を跳び回る葉蔵を睨んだ僧伯天だが、そこで彼は異常に気付いた。

 

 

 石竜子(とかげ)―――無間業樹が動かなくなったのだ。

 

 まるで何かに縛られているかのような拘束感。

 まるで見えない何かに吸い取られているかのような倦怠感。

 憎伯天―――半天狗には全て覚えがある。これはまさしく……!

 

「は…針お……!?」

 

 石竜子を縛り付けた張本人、葉蔵に振り向いた瞬間、葉蔵がついそこまで接近していた。

 いつの間にか樹木たちが葉蔵にとって憎伯天に接近しやすい足場となる位置になっている。

 おかしい、こんな不利な位置にしてないはずなのに……!

 いや、そんなことを考えている暇はない!!

 

「こ、このぉ!!」

 

 

【血鬼術 狂鳴雷殺】

 

 

 太鼓から電撃を放つ。

 最短距離で敵が接近するならルートは大体予想出来る。故に当てることは簡単だった。

 

 

【針の流法 針塊楯】

 

 

 左腕に身の丈程ある大楯を創り出し、電撃を無効化。

 一発で役立たずになった楯を放り出しながら葉蔵は右腕を突き立てる。

 手の甲から伸びる赤い宝剣のような刃。

 赤く妖しい光を放ち、不気味な力を発するソレが、憎伯天に突き刺さる。

 

 

 

 

「針の流法―――刺し穿つ血鬼の爪(スパイキング・エンド)

 

 

 

 憎伯天は悲鳴をあげる時間も与えられずに消滅した。

 




・刺し穿つ血鬼の爪(スパイキング・エンド)
手の甲から剣のような赤い棘を生やし、突き刺す技。
威力は勿論、一番相手の因子を吸収できる血鬼術でもある。
モデルはデジモンのスティングモンの必殺技、スパイキングフィニッシュ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

半天狗 第四ラウンド


半天狗、まだ死にません。
もう少し生き延びます。
けど最後は死にます。
犯した罪、悪行。その責任は必ず取らせます。


 

「負けた負けた負けたぁぁぁ!」

 

 石竜子の瘤の中、半天狗はFXで有り金全部溶かした挙句、借金まで発生した敗北者のように泣き喚いた。

 

 新たな分裂体を四人手に入れたことで、憎伯天と半天狗は感覚がリンク出来るようになった。そのおかげでリアルタイムで憎伯天がどんな状況か確認できるのだ。

 そのせいで知りたくもないことを知ってしまったが。

 

「やはり……これを使うしかない!」

 

 半天狗は震えた手で握っている小瓶を開ける。

 

 無惨の血は鬼を強化するが、同時に身を蝕む毒にも成り得る。

 上弦とはいえ耐えきれる保証はない。

 しかし、もうこれに賭けるしかない。

 

「う、うぅ……」

 

 ガタガタと手が、ガチガチと歯が震える。

 恐ろしい。

 上弦になった彼でも無惨の血は恐ろしい。

 半天狗は何度も無惨の血に耐えられず肉体が崩壊した鬼や、力に飲み込まれて理性をなくした鬼を見てきた。

 自分もああなるんじゃないのか。

 その考えはおそらく誰にも否定できない。

 

 しかし、無理をしなくてはあの鬼に勝てない。

 

「無惨様……わしにお力を!!」」

 

 グイっと一気に流し込む。

 

「あ? ――ッ!? アガァ!!!」

 

 瞬間、全身を激しい痛みが襲った。

 まるで体の内側から何かに侵食されているようなおぞましい感覚。

 その痛みは加速的に増大する。

 

「ぐぅあああっ。な、何がっ――ぐぅううっ!」

 

 耐え難い痛み。

 自分を侵食していく何か。

 半天狗はその場でのたうち回り、激しく唸る。

 

 半天狗の体が痛みに合わせて脈動を始めた。

 ドクンッ、ドクンッと体全体が脈打つ。

 身体の至る所からミシッ、メキッと嫌な音が立っている。

 おそらく本人にはソレを聞く余裕はないだろうが。

 

 しかし次の瞬間には、鬼の超回復能力によって損傷を修復。

 再生が終わると再び激痛。そして修復、また激痛と。何度も繰り返す。

 

 半天狗は絶叫を上げその場でのたうち回り、頭を何度も壁に打ち付けながら終わりの見えない地獄を味わい続けた。

 一体どれだけの時間が経過したかは半天狗も分からない。

 そもそもそんな余裕すらない。

 一瞬でもいい、この痛みを止めてくれ。

 そう願わずにはいられなかった。

 

 

 次第に半天狗の体に変化が現れ始めた。

 

 脈打ちながら肉体が……いや瘤の中全てが変化していく。

 

 その様は、まるで繭の中。

 脆弱な肉体から完全な姿へと生まれ変わる生誕の儀式。

 不完全な肉体を本来ある形に造り変える工程。

 もっとも、鬼なのでその再生速度は桁違いだが。

 

「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 木の瘤を破ってその姿を現す。

 瞬間、八つの半天狗の分裂体達。……いや、分体が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……やはりまだ死んでなかったか』

 

 手の甲の棘をへし折って鬣の中に仕舞いながら、葉蔵はケンタウロス態に変化した。

 

 憎伯天にトドメを刺した瞬間、妙な手ごたえの無さを感じた。

 あれだけ強かったというのに、憎伯天から吸った因子はスカスカだった。

 いや、どちらかといえば、因子が何処かへ行ってしまったかのような感覚。

 底の抜けたコップで水を飲もうとしたら、穴に水が全部流れ落ちたかのような感覚だった。

 

 その感覚から葉蔵は一つの仮説を立てた。

 もしかしたら本体が因子を回収し、本体自身が戦おうとしているのではないかと。

 そして、葉蔵の想像は当たっていた。

 

 木の瘤を破ってその姿を現す。

 瞬間、八つの半天狗の分裂体達。……いや、分体が現れた。

 

『……勘弁してくれ』

 

 ため息を付きながら葉蔵はランスを創り出す。

 

 一瞬、また性懲りもなく分裂したかと思った。

 しかし今回は違う。ただの分裂ではない……。

 

「さっさと死ね針鬼!」

 

 楯で咄嗟に防ぐが、積怒の雷は葉蔵の楯を粉砕した。

 通常の分裂体とは桁違いの威力と範囲。

 それはまるで憎伯天のよう。

 

「早ぉ死んどくれ!」

「くたばれ針鬼!」

 

 怠憂が弓から熱戦を、猜妬が金棒から重力波を放つ。

 葉蔵はそれぞれ両手から放つ血喰砲で相殺。

 再び雷を打ち出そうとしている積怒を口から吐く血針弾で牽制し、後ろから気配を消して襲ってきた可楽を後ろ脚で蹴り飛ばした。

 

 

【血鬼術 激涙刺突】

 

 

 しかし、そのせいで隙が出来てしまった。

 横腹に哀絶の刺突が突き出される槍の連続突き。

 何とか跳ぶことで直撃は避けたが、衝撃波で吹っ飛ばされ転がりまわる。

 更に、葉蔵目掛けて風圧が葉蔵を抑え込む。

 

『ぐ、おおぉぉぉぉぉ!!』

 

 下半身の四肢で無理矢理立ち上がり、力ずくで血鬼術の範囲外へ跳び上がる。

 距離外へ着地した途端、また別の血鬼術が飛んできた。

 

『があああああああああああああああああああああああああ!!!!』

 

 積怒による電撃。

 楯で防いだにも関わらず吹っ飛ばされたのに、今回はなし。

 当然、大きなダメージを葉蔵は受けた。

 

 

【血鬼術 狂鳴波】

 

【血鬼術 激涙刺突】

 

【血鬼術 八つ手の団扇】

 

 

 一斉に繰り出される血鬼術。

 どれもが憎伯天と同等かそれ以上の威力。

 針塊楯で防ごうとするも、複数の血鬼術により容易く破壊。

 葉蔵の肉体を焼き、潰し、穿つ。

 

『ッ! 調子に乗るな!!』

 

 

【針の流法 血針弾・散】

 

【針の流法 血針弾・複】

 

【針の流法 血針弾・爆】

 

 

【血鬼術合成 血針弾・爆散弾(ブラッド・スプラッシュバースト)

 

 

 痛みに耐えながら、再生に回すはずの鬼因子で血鬼術を発動。

 ランスから散弾を詰めた血喰砲が複数発射され、空中で散弾をばら撒きながら爆発。

 前回同様に分身体の肉体を焼き、爆炎と爆風、そして硝煙が視界を遮る……。

 

「またこの手か! 奴はあそこだ!」

『ガァ!?』

 

 血鬼術は全て葉蔵に命中。

 視界を完全に遮られているにも関わらず、葉蔵を捉えてみせたのだ。

 

『……あいつらのせいか?』

 

 他の分身体と少し離れた場所で二体の鬼がいた。

 気配は他の分身体と同じだが、少し覚えがある。

 鬼との戦闘で感じた妙な視線。異様な連携を取る鬼達が出していた当人ではない血鬼術の気配。

 そこから導き出される答えは一つ。この鬼達こそ幽体離脱とテレパシーの血鬼術を使う鬼達ということ。

 

「(俺の推測は正しかったってことか。しかもこの状況……最悪のパターンだ)」

 

 自分の推測が大方当たったことに、葉蔵はため息を付いた。

 

 ただ分身体が強いだけなら付け入れる隙はある。

 分裂体や憎伯天を倒した時のように、搦め手や罠を仕掛けて倒せばいい。

 一度ならず二度も引っかかった相手だ、当然三度目も上手くいく。

 相手にソレを察知する能力がなければ。

 

「(積怒、偸盗からの情報だ。針鬼は北西から射撃体勢を取っている)」

「(あいわかった、尊栄)」

 

 テレパシーと幽体離脱の血鬼術。

 敵はタイムラグなしの通信手段と、全方向を見渡せる超高性能な監視カメラを手にしたようなものだ。

 これでもう付け入れる隙はなくなった。

 

「(可楽と猜妬で足止めと見せかけ誘導、積怒が囮になり空が第二の囮、哀絶が槍を投擲して虚を付いて牽制し、怠憂の熱線と積怒の血鬼術で足止め、そのあと総攻撃だ)」

「「「あいわかった!」」」

 

 このように、完璧に統率が取れてしまう。

 その有様は一つの生命体。八つの分身体が脳を共有し、各々がまるで体の一部であるかのように自在に、流れるように連携している。

 まあ、本当に一つの生命体なんだが。

 

『だったら火力で押し切ってやる!!』

 

 そう、獣鬼態と化した葉蔵には力ずくという手段もとれる。

 砲弾に機関銃にミサイル…。

 ありとあらゆる兵器を再現し、ソレをぶつけてやればいい。

 大正時代の鬼が考えたような、辺鄙な術などソレで事足りる……。

 

【血鬼術 雷殺】

 

【血鬼術 狂鳴】

 

【血鬼術 激涙刺突】

 

 

【血鬼術合成 激狂雷槍】

 

 電撃と振動波を纏う槍がミサイルの如き勢いで投擲された。

 

『……っぐ!?』

 

 槍は葉蔵の放った銃弾の雨を突破し、葉蔵に命中。

 咄嗟に楯で止めようとするも、楯を貫通して葉蔵を貫いた。

 突き刺さった槍は電流によって葉蔵を一時的に痺れさせ動きを止める。

 そして、止まった葉蔵目掛けて再び集中砲火が為された。

 

 血鬼術合成は複数の鬼がやる場合、タイムラグがどうしても出てしまう。

 しかし、尊栄の血鬼術によって離れていても瞬時に、尚且つ鮮明に情報のやり取りが可能になったことでこの問題は解決した。

 タイミングを読み合う必要も、わざわざ合流する必要も、何ならお互いの状況を把握しなくても血鬼術合成が行える。

 これは本来群れない鬼にとってはかなり大きな差異であり、かなり大きな優位性でもある。

 

「「「ここで死ね、針鬼!」」」

 

 第四ラウンドはまだ続く。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

半天狗 最終ラウンド

なんで半天狗すぐ死んでしまうん?


 元山だった更地。

 そこで八体の鬼による集団リンチが行われていた。

 

『……この強さ、分割されてねえな!』

 

 リンチの被害者―――葉蔵が猛攻を凌ぎながら愚痴を零す。

 ソレを聞いた分身体達はニヤッと笑った。

 

「そうじゃ、わしらはあの方の血によって更なる進化を遂げたのじゃ!!」

 

 そう、これこそ半天狗が新たに獲得した血鬼術である。

 

 通常、彼はあまり四体以上分裂しない。

 あまり分裂すると、一体一体の分裂体の質が下がってしまうからである。

 だから、彼は新たに分裂体を確保した今でも四体しか出さずにいた。

 

 しかし今、彼はこのピンチで更なる成長を遂げた。

 

 同時に八体の分身

 分裂能力の生み出されたように分身することで単体ごとのスペックが下がることはなく、全分身体がフルスペックで戦える。

 上弦の力を分裂したのではなく、それぞれが本物であり、それぞれが半天狗の力を持つ。

 どの個体も本体であり、本体と同等の戦闘力を持つのだ。

 

『……やべえな、こりゃ』

 

 始めて葉蔵は自身のピンチを理解した。

 

 疲労。

 血鬼術の過剰使用と獣鬼態の長時間使用。

 これによってエネルギーの消耗を招いてしまった。

 

『けっこう…堪えるな……』

 

 ふらつく身体に喝を入れる葉蔵。

 疲労という鬼に成って初めての経験に戸惑いと焦りを感じるも、無理やり抑え込む。

 今はゲームではなく本気の殺し合いをしている。気を抜くわけにはいかない。

 ここでなんとしてでも敵を排除しなくては。

 

 ここで皆はこう思うだろう、『多少無茶しても一匹落としたら補給できるだろ』と。残念ながらそれは出来ない。何故なら……。

 

「針鬼、やはりお前は戦闘中に飯食えねえようだな!」

「哀しい。これほど強いのにこんな弱点があるのが悲しい」

 

 正解である。

 葉蔵は捕食した鬼を消化するために時間がいる。

 消化中は力がダウンし、その時間も結構長い。

 現に、葉蔵が戦闘中に因子を補給することはなかった。あったとしても戦闘が終わる直後だけである。

 

 

【血鬼術 八つ手の団扇】

 

【血鬼術 悋気重圧】

 

【血鬼術 雷殺】

 

 

【血鬼術合成 重磁鬼嵐】

 

 

「があああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 暴風と轟雷を纏う重圧が葉蔵に直撃。

 強靭かつ頑強な獣鬼の巨躯を、凄まじい衝撃で蹂躙する。

 

『(クソが、この鬼ことごとく俺の強みを潰してやがる!!)』

 

 彼は気づいた、半天狗が葉蔵メタを張っていることに。

 

 葉蔵の強みは、針を除けばその超感覚と情報能力だ。

 彼は複数の鬼と戦う際、行動の隙を突くことで流れを自分に持っていく傾向にある。

 戦いながら敵の情報を収取し、分析してまとめた情報から作戦を立てる。それを実行することで葉蔵は勝利してきた。

 その上、鬼は連携を取るのが下手だ。あの頭無惨の血のせいか、自分勝手で脳筋的な発想ばかり。故に群れれば群れる程に罠に嵌めるのは容易だ。

 しかし、その優位性は尊栄と偸盗によって潰された。

 分身体は他心通力で繋がっており、幽体離脱で死角でも目が行く。故に軍隊以上の連携を可能にし、隙を見せるどころか葉蔵の隙をに入り込もうとしている。

 これでどうやって相手に不意を突けというのだ。

 その上、相手は安全地帯でゆっくり考えられる。

 

 八体の分身体と戦いながら情報を集め、整理し、考え、実行。これらを同時にやる。

 一体一体が独立して別々のことをしつつ、ネットワークを構築して瞬時に情報を交換し、頭脳労働は安全地帯で集中している。

 どっちが有利なのか明白だ。

 

 そして針は火力で叩き潰している。

 憎伯天並みの血鬼術とソレを組み合わせた血鬼術合成で相殺。

 たとえ刺さっていても

 

 

 

「(……儂は強くなった)」

 

 ポツリと、半天狗本体の精神(・・)が呟く。

 

 あの針鬼をここまで追いつめている。

 上弦の参に匹敵するであろうこの鬼を、新たな血鬼術で追い詰めている。

 そのことに半天狗は高揚感を覚えていた。

 

 上弦のトップ3は下位の上弦に比べて力量差が激しい。

 上弦の肆、上弦の伍、上弦の陸なら状況や運次第では数字が上の相手にも勝てるかもしれない。

 しかし、上弦トップ3からはどんな手を使っても勝てない。

 半天狗は猗窩座に、猗窩座は童磨に、童磨は黒死牟に絶対勝てない。

 トップ3はそれぞれ鬼自身の戦闘力も関係しているが、問題の人何時として血鬼術の質も関係している。

 

 血鬼術は単純かつ応用が利くものが強い。

 それは 上弦トップ3が証明している。

 一見すれば、鬼殺隊にメタを張れるような、面倒な制限があっても特殊な血鬼術を使う意鬼が強そうに見える。

 しかし、あまり特化した血鬼術だと使い勝手が悪くなり、応用がなかなか効かなくなる。

 このままでは想定外なことに対処できず、状況によっては弱体化してしまう。

 限定的なルールなんて以ての外。そこを突かれて鬼殺隊に討たれた鬼は多々存在する。

 だから上弦でも肆と伍と陸は決して参以上には繰り上がれない。鬼殺隊メタ止まりの血鬼術程度では、上弦トップ3には成り得ない。

 しかし、半天狗はその限界を超えた。

 

 今までの彼の分裂は上弦の弐の結晶ノ御子の劣化版だったが、今日ここで上位互換へと進化した。

 面倒な制約から解放され、一段階も弐段階も階段を跳び上がったのだ。

 その第一の犠牲者が葉蔵である。

 

 

 火力で潰す―――無理だ。連携して瞬時に血鬼術合成を行って対処する。

 

 策略で覆す―――無理だ。連携して流れるように攻防を行って対処する。

 

 

 詰み。場の流れは完全に半天狗たちが支配していた。

 

 

 では、葉蔵はこのままやられるのか。何もできず、このまま無様にやられるしかないのか。逆ご都合によって葉蔵は半天狗に倒されるのだろうか。

 安心して欲しい、ここの主役は葉蔵であって半天狗ではない。

 半天狗など所詮は踏み台。原作でもしぶとく生きていながら最後はあの炭治郎によって何の躊躇なく殺されたキャラである。

 当然、ここでも死ぬ。

 

「ヒャハハハハハハハハハ! このまま貴様を殺し…ん?」

 

 チラリと、半天狗の分身の一人が空を見る。

 他の分身体は見ない。その分身体が見ていれば他の分身体も『見えている』のでわざわざ自分たちが見る必要などないから。

 それが功を奏したのだろうか……。

 

「な、なんだありゃ!?」

 

 突如、半天狗達の頭上から『火』が降ってきた。

 もっと具体的に言うなら兵器の雨。

 ガトリング砲の如く血針弾が叩き込まれる。

 

「(なんだ…一体何が起こっている!?)」

 

 なんとか血鬼術で防ぐも、彼らは内心かなりあせっていた。

 

 葉蔵からは一瞬たりとも目を離していない。

 余計な真似を一切させないように、妙な考えを起こさないように。

 欠片程でも隙を与えてしまえば逆転される。そう考えて連携(リンチ)したのだが……。

 

「(何時だ…何時隙を与えてしまった!?)」

 

 なんとか防ぎながら記憶を辿る。

 完璧に封殺したはずだった。

 分身体が束になったことで妙な行動も出来ず、考える余裕すらなかったはず。

 なのに何故奴は反撃出来た? どうやって反撃した?

 

「(!? 尊栄と偸盗がやられた!?)」

 

 幽体の視界が消えた。

 分身体の繋がり(リンク)が消えた。

 二体がやられた証だ。

 しかしそんなことはどうでもいい。大事なのは二体が消える瞬間に視た光景だ。

 

「まさか…あいつ……そんな、そんなことまで……!!」

 

 彼らが最後に視た物は、予想を遥かに上回るものだった。

 

 

 

「あいつ、大砲を作って遠距離操作出来るのか!?」

 

 彼らが見たのは自動で砲撃する赤い機関銃だった。

 

 狙撃手なしで弾丸を吐き続ける全自動式の砲台。

 ソレらはまるで本体である葉蔵とほぼ同じ精度の射撃を続け、尊栄と偸盗を狙撃したのだ。

 

「針鬼キサマ何処まで……!?」

 

 それ以上言葉を続けることは出来なかった。

 

 

【針の流法 血針砲一斉射撃(ブラッドフルブラスター)

 

 

 彼らの眼前を、暴力が覆った。

 砲弾が、爆撃が、機銃弾が、ミサイルが、クラスター弾が。

 ありとあらゆる形の銃撃が半天狗の分身たちへと襲い掛かる。

 

 

 その日、山は巨大な穴になった。

 

 




はい、やっと半天狗が死にました。
いや~、本当に強かったというか、しぶとかったです。
私も書いている途中で『ここまで引き延ばす必要あったかな?』と疑問に思う程でした。
けど、半天狗の強さってこのしぶとさだと私は思うんですよね。
原作でも追い込まれたら追い込まれるほど力を発揮し、あの炭治郎達でさえ根を上げかけました。
格下である鬼殺隊相手にアレなんだから、葉蔵相手だともっと追い込まれる。ならもっとイヤボーン的なパワーアップをするだろう。
そう考えて引き延ばしまくった結果、こうなりました。
本当は分身体が融合して更なる強化の展開を想像しましたがやめました。いくらなんでも長すぎる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

半天狗 事後処理

友人にこのssを紹介したところ、葉蔵がサイコパスの槙島みたいって言われました。


「……やっと終わった」

 

 俺―――私は本来の姿に戻って服を着た。

 

 大の字に倒れる。

 疲れた。

 滅茶苦茶に、死ぬ程に疲れた。

 本来睡眠すら不要である鬼の肉体が、休憩を求めている。

 

「ちゃんと機能してくれて……よかった」

 

 今日初めて使用した血鬼術、自律血針(ファンネル)の進化系、自律血針砲(スコーピオン)が発動してくれたことに、私は安堵のため息をついた。

 

 自律血針砲(スコーピオン)

 ファンネルの固定砲台版であり、角から送受信される精神波みたなもので操作出来る血鬼術。

 狙撃銃、ショットガン、マテリアルライフル、ガトリング砲。様々な種類の銃に設定できる反面、一度設定したら変更出来ないというデメリットが存在する。

 コレを遠隔操作することで兵隊役の分身体を攪乱させ、司令官の分身体を同じく遠方にある自律血針砲で狙撃。結果、通信手段と指揮を奪い、混乱させることが出来た。

 

「しかしコイツらエネルギーを喰うな」

 

 設置しておいた自律血針砲は既にない。

 エネルギーを全部消費して砕けたのだ。

 この血鬼術、けっこうエネルギー喰い虫で、遠くに離れれば離れる程、威力の高い物にすればするほど、精度を要求すればするほど。要求するエネルギーがグーンと上がるのだ。

 なのでソレを補うために、倒した鬼に直接取り付けることにした。

 

 あの下弦クラスの鬼を倒した後と、分裂体を倒した後に、私はわざと針を撒いた。

 アレこそ自律血針砲(スコーピオン)の元だ。

 倒した鬼の因子を吸収してインプットした通りの砲台と銃弾を創り出して砲撃開始。全て消費したと同時に粉々に砕けた。

 

「効率は悪いし精度も低いが、なかなか使えるな。改良すればゲームの幅も広がりそうだ」

 

 ばら撒いた銃弾を回収してエネルギーに変えながら独り言ちる。

 ゲームが面白くなくなるのであまり練習しなかったが、今は後悔している。かなり使えるし面白いじゃないか、この血鬼術。

 

 

「次はコレだな」

 

 へし折った棘―――補給血針(エナジータンク)を眺める。

 

 私は因子を食らいながら戦うことは出来ない。

 鬼因子はそのまま使うことは出来ない。一度消化して完全に支配下に置いてからでないと使えないのだ。

 消化に必要な時間は鬼因子の質と量に比例し、消化中はその分のリソースを裂かれているため戦力がガクンと落ちてしまう。

 人間が食事してすぐに栄養を確保出来ず、消化中は運動力が下がるのと一緒だ。

 そこで私は針に消化機能を付けることにした。

 

 私が出来ないなら血鬼術がやればいい。

 そういうノリでやってみたのが、すんなりと成功した。

 しかし、私はしばらくこの血鬼術を使うことはなかった。

 

 食事の楽しみがなくなってしまうのだ。

 既に消化した状態なのですぐ吸収してしまうため、食った気がしない。だから今まで使わなかったのだ。

 しかし今回はそうは言ってられなかった。本来なら使いたくないのだが、飯食って腹が膨れてたから負けましたなんてシャレにならない。

 というわけでこの血鬼術を取り入れてみたのだが、かなりの効き目を発揮してくれた。ピンチに陥った状況なら心強い血鬼術だ。

 

 そして、自律血針砲(スコーピオン)を構成するためにばら撒いた針にこの機能を付けておいた。

 おかげでこの燃費悪い血鬼術もあれだけの量の銃弾を出すことが出来た。

 ただ、量が量なので消化するのに時間を割いたが。

 

「後は最後の血鬼術だが……」

 

 血針一斉射撃(ブラッドフルブラスター)

 文字通り全身から血針弾や血喰砲を放つ獣鬼態専用の血鬼術。

 やることがやることなので威力も範囲も段違いなのだが……。

 

「あまり使わない方がいいな」

 

 私は更地になるどころか、深くえぐれた山だった大地に目を向けた。

 この血鬼術は周囲への被害が大きすぎる。街中で使ったらとんでもないことになるぞ。

 よほどのことがない限りこの血鬼術は封印だな。

 

 

「しかし本当に……しぶとい相手だった」

 

 確かに相手は強かった。

 目に刻まれた上弦の文字。

 上弦の鬼である証だ。

 

 上弦の鬼。

 鬼舞辻無惨配下の精鋭。

 十二鬼月の中でも上位六名の強豪。

 なるほど確かに。あの鬼はその称号に恥じない強さだった。

 しかしもっと言うなら、強いと言うよりしぶとかった。

 

 最初はバカみたいに泣きわめくかと思いきや、下弦の鬼達よりも強い鬼に分裂。戦闘はその鬼達に任せて、本体は鼠みたいに小さい身体と素早さで逃げていった。

 その分裂体を倒したら今度は今まで見てきたどの鬼よりも強い姿になって戦闘。本気の私以上の戦闘力を見せつけたかと思いきや、本体は別のところに引きこもっていた。

 その最強の分裂体を倒したと思いきや、今度は最強の分裂体と同じ強さの鬼が全部が繋がった状態で出てきた。

 

 強い対戦相手は大歓迎だが、あんなにしつこくて面倒なのは御免だ。

 私はラスボスが何度も形態を変えるゲームが嫌いなんだ。

 だって、面倒臭いし時間が長すぎるもん。おかげでゲーム時間までクリアできず、最初からやり直すという苦痛を味わうことになった。

 

「しかしその分、見返りも多かったな」

 

 あの鬼の因子は、質も量も凄まじいものだった。

 今まで食ってきたどの鬼よりも勝るソレ。

 これだけで今日味わった苦労は帳消しどころか、お釣りまで取れている。

 

「……今日は色々やったな」

 

 本当に、今日は色んな初めてがあった。

 

 初めて獣鬼態で戦った。

 初めて使った血鬼術があった。

 初めて二十四時間ぶっ通しで戦った。

 そして何より、初めてゲーム抜きの本気で戦った。

 

 あの鬼は下劣で女々しいクソ鬼だが、その強さは本物だ。

 いくら分裂出来るとしても、下手な鬼なら針一本で倒せる。

 しかしあの鬼は私の本気を受け止め、それどころか追い詰め、本当に死にかけた。

 

「じゃあ、ドロップアイテムを受け取るか」

 

 立ち上がって仕留めた上弦の鬼の因子を取りに行く。

 数は全部で八つ。よし、ちゃんと分身体の数だけある。

 私はその因子たちをゆっくり吸収した。

 

 極上の味だ。

 今まで食したことのないような、最高の美食。

 貧相な食事しかない今世は兎も角、平成の文明を以てしてもこんなに美味いものは口にしたことがない。

 もしここが某食戟の世界なら、今頃私はアヘ顔しながら全裸になっていたであろう。

 

「……食ったら眠くなってきたな」

 

 瞼が重くなってきた。

 体から力が抜けてくる。

 意識が自然に段々と沈んでいく。

 高純度かつ大量の因子を吸収したせいだろう。

 私の鬼因子が全部消化に回されている。こりゃ眠くなるわけだ。

 

「日が昇る前に隠れないとね……」

 

 私は針でドリルを創り出し、地下に潜る。

 堀った穴は予めセットした自律血針で埋め、不自然に見えない程度に隠す。

 穴から日光が入ってきたら嫌だからね。

 

「じゃ、お休み」

 

 私は泥のように眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

べべんっ…

 

 

 

 琵琶の音が響く。

 同時に猗窩座の視界が、足裏に触れる感触が全く別のものへと変化した。

 

 無限城。

 異空間に存在する鬼達のアジト。

 そこに強制送還されたのだ。

 ここに喚ばれたという事は、上弦が鬼狩りに殺されたということ。

 

「ヒョッこれはこれは、猗窩座様!いやはや、お元気そうで何より九十年振りで御座いましょうかな?

「……」

 

 猗窩座は同僚の異形鬼である上弦の伍―――玉壺を無視して周囲を見渡す。

 そこで琵琶を持つ髪の長い女を見つけた。

 

「琵琶女、無惨様はいらっしゃらないのか」

「まだ御見えではありません」

「なら、上弦の壱はどこだ。まさか、やられたわけじゃないだろうな」

 

 そう言いながら上弦の壱を探す。

 後ろから声をかけてくる同僚である上弦の弐―――童磨を無視して。

 

「おっと、おっと! ちょっと待っておくれよ、猗窩座殿! 俺の心配は、してくれないのかい?」

「……」

「俺は、皆を凄く心配したんだぜ! 大切な仲間だからな だぁれも欠けてほしくないんだ、俺は」

 

 猗窩座の肩に手をかける童磨。

 ソレに対して猗窩座はゴバッと強烈な裏拳で返答した。

 つまり俺に関わんなということだ。

 

「私は……ここにいる……無惨様が……御見えだ……」

 

 突如、陰のように上弦の壱―――黒死牟が現れそう言った。

 

 

「平服せよ」

 

 

「「「!!?」」」

 

 上弦の鬼は一瞬で言葉通り平伏した。

 

 

「半天狗がやられた」

 

 失望と落胆を隠さない声色に、上弦たちが強張る。

 

 ここ百年に渡り、上弦の顔ぶれに変化はなかった。その圧倒的な実力でもって人を喰らい、鬼殺隊を殺し、柱を葬ってきた彼ら。歴代の上弦の中で恐らく最も極まった精鋭であり、無惨様としても満足していた錚々たる顔ぶれであった。

 その一角が崩れた、と彼は静かな口調で上弦に告げた。

 

「私は貴様ら上弦を甘やかし過ぎていたようだ。だがもう、それもいい。私は、お前たちに期待しない」

「またそのように、悲しいことをおっしゃいなさる。俺が、貴方様の期待に応えなかった時があったでしょうか」

「産屋敷一族を、未だに葬っていない。青い彼岸花はどうした?」

 

 ずるりと、童磨の頸が落ちた。

 

「なぜ何百年も見つけられぬ。私は……貴様らの存在理由が、わからなくなってきた」

「無惨様!! 私は、違います! 貴方様の望みに一歩近づくための情報を、私は掴みました! ほんの今しがたに…」

 

 玉壺がソレ以上言葉を続けることはなかった。

 何故なら、既に玉壺の頸が斬られ、無惨の掌の上にあったからである。

 

「百十三年ぶりに上弦を殺されて、私は不快の絶頂だ。まだ確定していない情報を、嬉々として伝えようとするな」

 

 

「これからはもっと、死に物狂いにやった方がいい。私は、上弦だからという理由で、お前たちを甘やかしすぎたようだ」

 

 無惨様の声が聞こえた直後に、再びの琵琶の音。

 空間を飛ばされるれる感覚感覚を受けながら、上弦の鬼達は無限城から消えた。

 

 後に、無惨は童磨を呼び出して葉蔵の捕獲を命令したらしい。

 もちろん、難癖付けて罰を与えた後で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近、針鬼を見なくなったね」

 

 とある屋敷内部にある座敷。

 産屋敷耀哉の言葉に、集められた鬼殺隊の面々は複雑な反応をしていた。

 あるものは安堵の表情を、またあるものは嘲笑を浮かべ、またまたあるものは不安そうな表情をしている。

 

「針鬼がいなくなったせいで鬼の数が増えてしまった。……いや、本来の数に戻ったというべきかな」

 

 葉蔵が姿を消して早数か月。

 彼が食い荒らしていた鬼共はすっかり元の数に戻ってしまった。

 本来の数に戻っただけならまだマシなのだが、どっかの誰かさんが実戦の経験を奪ったせいで鬼殺隊は若干弱体化。

 そのせいで今月の殉職率は前年の月より若干上がっているのだ。

 

「彼が鬼を間引いてくれたおかげで被害は格段に減少していた。しかも現場に遭遇したら積極的に人命救助を優先してくれる。成り行きとはいえ、彼は人間の味方をしてくれたということかな」

「……結果的には」

「けど、これは由々しき事態だ。まさか鬼を狩る我らが意図してないとはいえ鬼に頼ることになっていたなんてね」

「「「・・・」」」

 

 一斉に黙る鬼殺隊の面々。

 

 認めたくなかった。

 針鬼が勝手にやってるとはいえ、結果論とは言え。

 鬼を殺す隊である自分たちが鬼に頼ることになってしまうとは。

 

「報告によれば、針鬼は姿を消す前日、派手に暴れたそうじゃないか」

「はい、山が丸ごと一つ無くなるほどの激しい戦闘だったと」

「うん、私にはそれが上弦との戦いによるものに思えるんだよ」

「「「!!?」」

 

 上弦の鬼。

 鬼舞辻無惨配下の精鋭、十二鬼月の中でも強者たる上位六名の鬼。

 下弦を含め、他の鬼とは比較にならない程の能力と強さを有し、鬼殺隊最高位の剣士である柱ですら幾度となく彼らに葬られてきた。

 未だに構成員も戦法も顔も全てが不明。なにせ柱ですら殺されるのだから、一般隊士が生きて帰れるわけがない。

 そんな災厄ともいえる鬼にあの針鬼が挑んだ。

 なら彼らが考える結果は……。

 

「じゃあ、針鬼は……」

「そう考えるのが自然だね」

 

 葉蔵の敗北である。

 彼らは葉蔵の強さを知っているが、上弦程ではないと見なしている。せいぜい柱と互角といったところだろうか。

 それも仕方ないだろう、なにせ葉蔵は一度も獣鬼態を見せたことがないのだから。

 

「けど、私には針鬼が生きていると思うんだ」

 

 口では柔らかく言うも、ソレは断言であった。

 証拠はない。

 しかし確信めいたものが耀哉にはあった。

 

「針鬼はいつか帰ってくる。ソレも格段に強くなってね」

 

 

 




しばらく葉蔵は眠ります。
多くの鬼を、下弦の鬼を何体か、そして上弦の鬼を食らいました。
結果、彼のEXPは本来の限界より上回っています。
これを消化するには、一週間ぐらいの睡眠では足りません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

上弦の鬼編
復活の銃鬼


一か月も待たせてすいません!


「ゲホッ…カハッ…」

 

 花柱―――カナエは膝を着き、口から少量の血を吐いていた。

 

 彼女の日輪刀は折れ、全集中の呼吸は【肺の中にある異物】のせいでうまく出来ない。

 もう刀を振り回すどころか、立ち上がる力すら彼女の肉体には残されていなかった。

 一言で表すなら死に体だ。

 

「ああ、可哀そうに……」

 

 その様子を痛々しそうに嘆く一人の男

 閻魔の意匠を基にした帽子に血が垂れた様な服、ベルトで締められた縦縞の袴を着た優男。

 頭から血をかぶったような模様をした白橡色の長髪に、虹色の瞳。

 童磨と名乗った上弦の弐の鬼。

 彼はにこにこと屈託なく笑い 穏やかに優しく喋る。

 しかしその笑顔は若干ズレていた。

 

「辛いよね? 苦しいよね? けど安心してね?苦しいのを今解放してあげるから…」

 

 口では優しそうに言うも、その意味は彼女を食い殺すという事。

 カナエは抵抗しようとするも、ダメージのせいで全く動けない。

 

「(まさか……上弦ノ弐に会ってしまうなんて……)」

 

 歯が立たなかった。

 どれだけ技を繰り出しても、どれだけ血鬼術を回避しても、この鬼はその上を行った。

 

 圧倒的な物量の血鬼術。

 今まで戦ってきたどの鬼よりも血鬼術の範囲が広く、手数も桁が違う。

 回避も防御も極めて困難であり、ここまで持ったのが奇跡のようだ。

 

 圧倒的な威力の血鬼術。

 今まで戦ってきたどの鬼よりも強力な血鬼術は一撃一撃が必殺。

 呼吸の技も動きも悉く全て薙ぎ払い、刀も粉々にへし折られた。

 

 圧倒的な性能の血鬼術。

 今まで戦ってきたどの鬼よりも万能の血鬼術は一切の隙を見せない。

 遠近も攻防も全て完璧。その力の前に、カナエは一撃も入れられなかった。

 

 強い。

 全てが規格外の強さ。

 下弦の鬼とは比べること自体が烏滸がましい程の力。

 

「(ごめんね…しのぶ、カナヲ)」

 

 一言すら発せない。

 代わりに出るのは血を含む咳。

 もう無理だ。カナエは諦め悲しみの涙を流す。

 そのまま彼女は目を閉じて……。

 

 

 

 パァン

 

 

 突如銃撃が童磨を襲った。

 

 鉄扇で銃弾を弾き、飛んできた方角に目を向ける。

 目線の先は空中、段々と近づいてくる赤い点。

 その正体を童磨は知っていた。

 

「……銃鬼!」

 

 童磨が向く方角にカナエも目を向ける。

 ソレを見た瞬間、彼女は目を見開いた。

 

 月を背にして、何かが猛スピードで接近している。

 鳥ではない。

 ソレはの接近速度が証明している。

 

「(あ、あれは……)」

 

 グングンと大きくなっていくシルエット。

 その名を彼女も、そして上弦の鬼も知っている……。 

 

 

「残念だよ。君の救済は今夜出来なさそう」

 

 

【血鬼術 師走のつらら】

 

 

 童磨は扇を拡げ、冷気をまき散らす。

 そこから生まれる無数の氷柱。

 氷柱は遥か未来の兵器、誘導ミサイルの如くシルエットへと飛んでいく。

 そのままターゲットに命中するかと思いきや……。

 

 

 

 

「何処を狙っている?」

 

 

【針の流法 血喰砲・貫通(スパイクキャノン)

 

 

 

 突如現れた何物かが放った血鬼術によって、童磨は吹っ飛ばされた。

 キーンと空気を切り裂く音と同時に離れた砲弾のような血鬼術。

 その音が、その速度が、その威力が。

 全てがその鬼の強さを、その鬼が何者かを示している。

 こんな血鬼術を放つ鬼など、カナエは一人しか知らない。

 

 

「やあカナエくん、久々に会ったね」

 

 陶磁器のように白い肌と髪。

 異形の黒い眼に獣のような赤い瞳。

 額から延びる宝剣のように鋭く赤い角。

 上弦の鬼に匹敵する強く濃厚な鬼の気配。

 当時の兵器を軽く凌駕する強力無比の血鬼術。

 

「葉…蔵、さん……」

 

 大庭葉蔵。

 鬼でありながら人を喰わず、共食いを続ける異端の鬼。

 それでいながら強さは上弦に匹敵する最強の鬼の一角である。

 

「随分手ひどくやられたようだね。コレを咥えるといい」

 

 彼が手渡したのは一本の鍼。

 かつて彼が煉獄瑠火を救った血鬼術が仕掛けられている鍼である。

 

「咥えて中にある粉を飲んでくれ。粉は肺に入って奴の粉氷りを無効化してくれるはずだ」

 

 葉蔵の指示通り咥えようとするカナエ。

 しかし瀕死の肉体は彼女の思うように動けず、ズタズタになった肺では呼吸もままならない。

 結果、彼女は針を摂取することが出来なかった。

 

「……仕方ない」

 

 葉蔵はカナエの顎をクイッと指で持ち上げ、針を口に持って行く。

 途端、赤い鍼から噴き出す極小の針。

 それらは肺の中へと入り込み、中で彼女を傷つける血鬼術、粉氷に突き刺さって無力化させる。

 

「う、うぅ……」

「苦しいか。しかし私には治療する術はない。すまないが耐えてくれ

 

 カナエを労わりながら降ろす葉蔵。

 同時に彼は後ろを振り返って血鬼術を撃ち出した。

 

 

【針の流法 血喰砲】

 

【血鬼術 蓮葉氷】

 

 

 ほぼ同時に発動する血鬼術。

 それらはぶつかり合うと同時に大爆発を引き起こす。

 砲弾が氷塊を破壊、氷塊の冷気が砲弾の欠片を凍らせて無力化させる。

 冷気と爆炎によって広がる煙。

 ソレは数秒程周囲を覆い、強風によって払われる。

 そこから現れたのは……。

 

 

【血鬼術 天女の凍雲】

 

【獣身変 断空翼(スラッシャー・ウィング)

 

 

 空を飛ぶ二人だった。

 葉蔵は背中からコウモリのような翼を生やし、童磨は雲に乗って飛行。

 そのまま次の血鬼術を発動させる。

 

 

【血鬼術 結晶ノ御子】

 

【針の流法 血針猟犬(ハウンド)

 

 

 葉蔵は赤い中型犬のような分身を、童磨は腰ほどある氷像を創り出す。

 その数は約十二。互いに六体の分身を創ってぶつけ合う。

 

 

【針の流法 血喰砲(キャノン)

 

【針の流法 血喰砲・散弾(スプラッシュキャノン)

 

【針の流法 血喰砲・貫通(スパイクキャノン)

 

【血鬼術合成 血針弾・連砲(ブラッド・ガトリング)

 

【血鬼術合成 血針弾・散爆(ブラッド・バースト)

 

【血鬼術 蓮葉氷】

 

【血鬼術 蔓蓮華】

 

【血鬼術 散り蓮華】

 

【血鬼術 冬ざれ氷柱】

 

【血鬼術 寒烈の白姫】

 

 

 

 

 

 瞬間、血鬼術合戦が始まった。

 

 

 

 

 

「(なに……あれ!?)」

 

 そこでカナエが見たものは想像を絶した戦闘であった。

 空には絶え間なく両鬼の分身体が入り乱れ、地上に目を向ければ互いに多種多様な血鬼術を撃ち合い、また鬼同士が正面からぶつかり合う。

 それも鬼殺隊の唯一といっていい鬼への対抗手段である呼吸の技が児戯に思えてしまうような、強力な血鬼術のぶつかり合いだ。

 

 

【血鬼術合成 血喰一斉射撃(ブラッド・フルブラスター)

 

【血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩】

 

 

 

 瞬間、爆炎が空を侵略した。

 

 

 砲弾が、爆撃が、機銃弾が、ミサイルが、クラスター弾が。

 ありとあらゆる形の銃撃が童磨ごと全ての血鬼術を全部まとめて無に変えた。

 

「……ッチ、また逃げたか」

 

 何もなくなった空を見渡しながら葉蔵は舌打ちした。

 もう一度用心深く周囲を警戒し、安全を確認してから彼はゆっくりと地面に降り立つ。

 勿論、目的は負傷したカナエである。

 

「待ってろ、すぐに運んでやる」

 

 

【針の流法 毛細枳棘(ソーンネット)

 

 

 葉蔵は血鬼術で作った縄で彼女を優しく包み、空を飛んで蝶屋敷へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……かなりやってくれたな、童磨の野郎」

 

 夜明け前、私はカナエくんに応急処置を施していた。

 しかし所詮は素人の悪あがき。

 治療の知識は保健体育程度しかない。

 

「漫画みたいに回復魔法とか使えたらいいんだけどね……」

 

 私には回復用の手段がない。

 鬼の優れた治癒能力がある今、回復用の血鬼術や技術を必要としてないからだ。

 出来ることと言えば、せいぜい血鬼術で作った針と糸で血管や筋肉を縫い合わせ、止血を補助する程度。

 鬼の超感覚で呼吸、筋肉の動き、血の流れを感知しながら治療を進める。

 

 奴の粉凍りに関しては極小の針に任せている。

 パワーアップした私の 極細血針の霧(マイクロブラッディミスト)は、予め命令をインプット出来る。

 だからわざわざ操作する必要がないのだ。

 無論、信用しすぎるのも危険なので時折どうなっているのか見るが。

 

「クソッ! あの野郎、嫌がらせまでレベル上げなくていいんだよ!!」

 

 治療を進めながら私は悪態をついてしまった。

 なんだこの粉凍りによる複雑な傷は。なんで鬼に関係ないはずの嫌がらせ技まで精度上がってるんだよ。

 対戦相手が強くなるのは歓迎するが、こういった嫌がらせやクソゲーが増えるのは許さん。

 お前らNPCは私が楽しめる分野だけ伸ばしていればいいのだ、異論は認めない、力ずくでも従える。

 

「葉蔵様! ただいま参りました!」

「こちら、救急箱と担架にございます!」

 

 そんなことを考えていると、後ろから従者が複数やってきた。

 遅いんだよ君たち。治療なんて粗方終わったじゃないか。

 

「君たち、この子を担架でお渡しが案内する場に送り届けてくれ」

「「はい!」」

 

 私は彼女を従者たちに担架で運ぶよう命じ、目的地へと向かう。

 もう少しで夜明けだ。さっさとしなけらば。

 

「(……しかし長かったな、まさかここまで組織作りに凝るとは)」

 

 チラリと後ろを見る。

 鬼である私に忠誠を誓う人間達。

 鬼殺隊が見たら卒倒モノだが、私にとってはありふれた日常と化している。

 

「(ここまで来るのに長かった……という程もなかったな)」

 

 私は目覚めてから組織―――家を支配するまでの過程を何となく思い出しながら歩を進めた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

葉蔵の母

 目が覚めると、冬だった。

 

 雪が積もったせいで地上に出るのに悪戦苦闘したが、それ以外は特に問題はない。

 血鬼術で外を出ながら、超感覚で外の状況を確認。

 問題ない。少し寒いが鬼の肉体なら十分耐えられる。

 

「さて、どうしょうか……」

 

 雪以外何もない中、私は今度どうするか考える。

 鬼を喰う気分でもないし、何をすれば……。

 

「まずは力を試してみるか」

 

 寝起きだというのに力が溢れる。

 なら、少しぐらい消耗してもいいだろう。

 

 私は長い間眠ると、格段に強くなる傾向にある。

 藤襲山で初めて異形の鬼を喰った後、藤襲山で手の鬼を喰った後、下弦の壱と毒の鬼を喰った後。

 大体この三回ぐらいに、私の力が格段に上がったことを確認出来た。

 おそらく鬼因子の吸収量が睡眠時間に比例しており、たっぷり寝ることでより効率よく尚且つ大量に因子を吸収するからであろう。

 普段から睡眠はとっており、起きる度に強くなっている実感はあるが、数日を超える睡眠の後はその比じゃない。

 

 どれだけ強くなってるか試してみたい。

 何処かに手ごろな鬼はいないかな……。

 

「それじゃあ軽く試してみるか」

 

 私はその場で軽く血鬼術を使って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……凄まじい威力だ」

 

 粗方試してみて、私はその威力に戦慄した。

 

 全てにおいて前回の私を凌駕している。

 血鬼術の物量、威力、性能…。

 満遍なく全て上がっている。

 

 まず、自律血針の性能がグンと上がっている。

 前回は私が直接針から出す電波みたいなもので操作する必要があったが、今は予めプログラム出来るようになった。

 しかもちゃんとプログラムした通りに動いてくれる。前は命令するだけではなくちゃんと操縦する必要があったが、それがなくなった。

 まあ、細かい動きや後からする命令には操縦なり何なりとする必要があるが。

 

 あと、獣鬼豹変の姿も変わっている。

 なんと、今回は飛行能力が追加されたのだ。

 漫画やアニメでよく見るような、ドラゴンみたいな翼。

 前世で見た飛行機のように速く、ヘリのように自在に飛行可能。

 無論、他の性能も格段に上がっている。

 

 そして新しい血鬼術も覚えた。

 今まで使ってきた血鬼術の中でも全く新しい形の血鬼術。

 ああ、早くコレでゲームしてみたいものだ……。

 

「……ん?」

 

 近くから人間の気配がする。

 角から感じる複数の足音。 

 統率の取れた動きからして軍人だろう。

 

「(なんだ、なぜこんなところに軍人が?)」

 

 一瞬そんな馬鹿な疑問が浮かぶも、すぐに後悔する。

 そりゃ軍人来るわ。だってこんなところで軍事訓練みたいに派手な爆発やら銃撃音がするのだから。

 思えば、眠る前にあれだけ派手に暴れて国や鬼殺隊が動かなかったのがおかしいのだ。

 私レベルの鬼同士がぶつかり合い、山一つが更地になったのだ。動かないわけがない。

 

 

【針の流法 血針の隠れ蓑(リフレクション・ステルス)

 

 

 身体に生やした針の管から極小の針を噴出して自身を覆い、光を反射させて姿を消す。

 針による光の屈折を応用して姿を消すステルス機能。

 理論上、短時間なら日中でも活動可能の筈だ。

 太陽光でも有効かどうかはこれから試す。

 

「(それじゃあ行くか)」

 

 姿を消した状態で私はその場から逃げようとする……が。

 

「(……は、母上!?)」

 

 軍人の中に私の見知る相手がいた。

 私の今世の母、大庭紅愛(くれあ)

 平民上がりだが武術に秀でており、その苛烈さで我が家を乗っ取った毒婦である。

 

 あの女がなぜこんなところへ?

 気になった私は姿を消した状態で接近する。

 あまり近づきすぎるとバレるかもしれないので程ほどの距離にとどめて。

 なあに、今の私は血鬼術で姿を消している。柱でもない限りバレることはないはず。

 けど、念のため……。

 

 

【針の流法 自律血猟犬(ヘルハウンド)

 

 

 血鬼術で赤い柴犬のような分身を作る。

 完全な自律戦闘が可能で私と同じ血鬼術を同等の威力で使用する素晴らしい血鬼術だ。

 また、分身が見聞きした情報は記録されて本体に送られる上に、複数体を同時製作して操る事も可能。

 ただ技の精度が本体より格段に落ちるのが難点だ。

 

 私は3体ほどの分身たちを創り出し、兵士たちの元へ向かわせる。

 無論、血針の隠れ蓑で姿を消した状態で。

 

「(……なるほど。どうやら母上は鬼について既に知っているようだ)」

 

 話を聞く限り、どうやら兵士たちがここを調査する目的は、決して市民の安全を確保するためではない。

 彼らの目的は鬼の捕獲。

 捕らえた鬼の情報を元に、鬼の兵士を作りたいそうだ。

 そのために鬼が暴れていたであろうこの場を調査して情報を集めたいそうだ。

 そして、出来るならその鬼、つまり私を捕獲して兵士に調教したいと。

 

 

 

 

 

 ああ。本当に腹が立つ。

 

 

 

 

 

 

 あの女の強欲さと傲慢さは相変わらずのようだ。

 

 人間の分際でこの私を捕らえようとする? 調教する? 利用する? ……ふざけるな。

 

 私は自由と暴力を手にしたのだ。

 誰にも邪魔されず、誰にも縛られない自由を。そのための力を手にした。

 もう二度と私は他者の言いなりにはならない。

 それは貴方だって例外ではない。

 

 

「母上、あんたも私の邪魔をするなら潰す」

 

 別に、このまま無視するのもいい。

 むしろそっちの方が正しい選択だ。

 人間ごときに何か出来るはずもないし、鬼殺隊より幼少の頃から知っている兵士達からの方が逃げやすい。

 だが、それじゃあ面白くないだろ……?

 

 

 

「折角だ母上。貴方にも縛られる者の苦しみを、圧倒的な強者に支配される恐怖を叩き込んでやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大庭家の傘下にあるとある旅館。

 葉蔵の母である紅葉(くれは)はその中でも特に広い部屋を自身の部屋として借りていた。

 ホテルで言えばスイートルームに当てはまる、一番いい部屋を彼女は私物でより一層に飾り立てている。

 豪華な調度品に希少な動物の剥製。

 全て大金をはたいて手に入れた逸品だが、乱雑に置かれているせいで上品とは言えない。

 悪く言えば成金。

 そんな部屋で彼女は部下を叱りつけていた。

 

(こうべ)を垂れて蹲え。平服せよ」

「「「はっ!」」」

 

 その一言で兵士たちはすぐさま膝を付く。

 

「私が問いたいのは一つのみ、何故に未だに鬼に関する情報を一つも取れてないのか」

「「「申し訳ありません!」」」

 

 綺麗にハモる兵士たち。しかしソレが逆に紅葉をより苛立たせる。

 

「誰が喋って良いと言いましたか。貴様共の下らぬ意志で物を言うな。私に聞かれたことにのみ答えよ……右から三番目の男」

「は…はい!」

 

 碌に部下の名前も憶えてない紅葉に対して特に反感する様子もなく、兵士はすぐさま応える。

 

「私よりも鬼の方が怖いか」

「いいえ!私はあなた様の為に命をかけて戦います!」

「お前は私が言うことを否定するのか」

「……うぐぃあッ!!?」

 

 抜刀するかのように懐から鞭を振るう紅葉。

 咄嗟に振るわれたソレは逸れることなく唯一露出されている手にブチ当てられた。

 バチィと、肉を打ち皮膚を破る音が響く。

 

 鞭というのはとてつもなく痛い。

 玩具ではなく武器としての鞭は、素人が振るうものでも一発で精神を折る。

 ソレをあの葉蔵の母が振るうのだ。

 雑魚鬼の状態でも他の鬼を圧倒した葉蔵を育て上げたものが。

 

「私はまだお役に立てます! もう少しだけご猶予を頂けるのならば必ず!」

「具体的にどれほどの猶予を? お前はどの様な役に立てる? 今のお前の力でどれほどの事ができる?」

「資金を、より多くの時間と物資を分けていただければ私は必ず成果を出して見せま……うぐぅぅぅ!!」

 

 今度は、その男に鞭が振るわれる。

 

「何故私がお前の指図で聞かねばならんのだ。甚だ図々しい、身の程をわきまえろ」

「違います、違います、私は……うぎゃああ!!」

 

 再度振るわれる鞭。

 今度は服の上からであったが、それでも十分すぎる効果を発揮する。

 熟練の者が振るうソレは、骨を折る程の威力があるのだから。

 

「黙れ。何も違わない。私は何も間違えない。全ての決定権は私にあり、私の言うことは絶対である。お前に拒否する権利はない、私が正しいと言ったことが正しいのだ。そしてお前は私に指図した。……仕置きが必要だ」

「ひ・・・ヒィ!?」

 

 彼女は鞭を兵士たちに振り下ろした。

 一人一発ずつ。

 連帯責任として何も言ってない兵士も含めて。

 ソレが終わってやっと兵士たちは解放された。

 

「役立たず共が、……ああ葉蔵、なんで失敗作だけじゃなくて貴方もいなくなったの?」

 

 

 

 

 

「相変わらずですね」

 

 

 突如、紅葉以外誰もいない部屋に男の声が響き渡った。

 

「何者です!?」

 

 咄嗟に紅葉は反応する。

 

 しかし何故だろうか、声に対して恐怖や嫌悪感は感じない。

 むしろその逆。侵入者らしき男の声に、何処か懐かしさを覚えた。

 

 似ているのだ、息子の声に。

 

 彼女が本来知る子の声とは少し違うが、低くすれば―――声変わりすればこんな感じになるであろう。

 そう想像させるほどにその声は似ている。

 

「お久しぶりですね、母上」

 

 虚空からその姿を顕す。

 黒髪黒目の、血色のいい美丈夫。 

 この男こそ声の主である。

 

「葉蔵! 葉蔵なのね!」

 

 男―――葉蔵を見た途端、紅葉は口を押えて驚いた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

葉蔵の家

「(相変わらず趣味が悪いな)」

 

 部屋をぐるりと見渡す。

 仮住まいだというのに私物をそこら中に置く我が母。

 調度品の一つ一つは豪華だが、ジャンルに関係なく適当に飾っている。

 ただ高いものを並べているだけ。調和もバランスもない。

 こうも節操なく高級品を並べると逆に下品に見えるのでやめてもらいたい。

 

「葉蔵! 葉蔵なのね!」

 

 私だと分かった途端、声に喜色が入る我が母。気色悪い。

 しかし相手は母親。

 嫌だと思っても、最低限の礼儀は払うべきと考え、私は感情も表に出さないよう応えた。

 

「お久しぶりです母上」

「葉蔵! 今までどこに行ってたのよ!? こんな大変な時に!」

「大変?」

 

 はて、どういうことか。

 そういえば父と兄がいない。

 これほどの軍隊、ただ軍人の妻であるだけの母だけで動かせるとは思えない。

 父か兄を通して操るしかないはずなのだが……。

 

「葉蔵、信じられないかもしれないけど……貴方のお父さまとお兄様は鬼に食われたのよ」

「……何?」

 

 話を聞くに、我が家は二度鬼の被害を受けたらしい。

 一度目は父上と上の兄が任務で外出していた際、帰りの途中で鬼に襲われた。

 二度目は……私が鬼に成った夜である。

 

「(ふ~ん、やっぱあの時に兄上は死んだのか)」

 

 しかし、私は特に何も感じなかった。

 驚きはある。

 まさか普段私が食らっているような鬼共にまさか親族を殺されるとは思ってもいなかったのだから。

 けどソレだけ。それ以外は特に何も感じない。

 

「(大分歪んでいるな、私も。この家で育ったせいか? それとも鬼に成ったせいか?)」

 

 いや、答えは既に出ている。

 元からだ。

 

 前世の記憶を取り戻してから、私は今世の親を親として見れなくなった。

 あの一般的で普通に良い父と母を思い出す度、この特殊な家が日常でないように感じてしまう。

 逆に、今世の記憶と体験があるせいで、前世の記憶が曖昧に……他人のものであるかのように感じてしまう。

 

 二つの人生。

 二つの家庭。

 二つの親。

 どっちが私にとって本当のモノなのだろうか……。

 

 そんなことを考えていると、母がズイッと違付いてきた。

 寄るな鬱陶しい。

 

「葉蔵! 貴方さえ無事なら他の子供はいらないわ! なにせ貴方は私にとって最高の子なのだから! むしろ失敗作の真ん中の子がいなくなって清々したわ!」

 

 どうやらそういったとこも相変わらずのようだ。

 

 母にとって子は道具に過ぎない。

 腹を痛め、莫大な時間と労力をかけていながら、そこに愛は存在しない。

 あるのは費用と手間の分だけの執着心のみ。

 子に対する愛情など持ち合わせていない。

 

 彼女にとって実の子は家や会社を動かすための操縦桿でしかない。

 自身が産んだ男子とは女である自分自身が男尊女卑の世界で成り上がるための踏み台だ。

 そして、中でも私は特別な道具。

 前世の記憶を持つ私は、より成り上がる可能性の高い勝ち馬だ。

 

 私は母に支配されてきた。

 逆らう気力も実力もなく、ただ流され、彼女の言いなりになっていた奴隷だった。

 尻尾を振って、芸を覚えて披露して、彼女を喜ばせて餌をもらっている犬だった。

 

 

 

 しかし今は違う。

 

 

 私には力がある。

 人間ごときの指図など……こんな成金風情に従って堪るか。

 

「葉蔵! 貴方がいるなら問題はないわ! 大分時間が空いたけど、私の手に掛かれば……」

「黙れ。私は私のしたいようにする。命令するな」

「…………え?」

 

 一瞬私の言ったことが分からなかったのか、キョトンとする母。 

 しかし数秒ほどで怒りの形相に変わった。

 

「親に向かって生意気な口を叩くんじゃないわよ! 今まで誰のおかげで生きてこられたと思ってるのよ!?」

「」

 

「どうやら教育が必要……ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「黙れ。私の許可なく喚くな」

 

 電気付き血針弾を母の首に当てる。

 威力は大分抑えてある。せいぜい市販のスタンガン程度だろう。

 しかし大したことないと思うのはあくまで鬼の感覚。

 ただの人間である母にとってはどうだろうな?

 

「う……あぁ……」

 

 ほら、一発でグロッキー状態だ。

 

「私は力を手にした。あの一夜で人間をぶっちぎりで超える力を。……もう貴様ごときに縛れる存在ではない」

「そ、それってどういう……ま、まさか!?」

 

 私は鬼の力を解放させた。

 肌と髪は白く、目眼は黒に、瞳は赤に染まる。

 額からは角、口元からは牙、指先からは鋭い爪が生える。

 この姿こそ私の本当の姿。

 鬼としての私こそ真の私だ。

 

「あの夜、私は人間の理から解脱した。誰も私を二度と縛らせない!」

「ぎゃああああああああああああああああ!!!」

 

 もう一度電撃を食らわせる。

 

 私は鬼だ。

 人の(ルール)も倫理も私には関係ない。

 そう、私は人間の枠組みから自由になったのだ。

 

 何にも縛られない。

 誰にも従わない。

 私は自由だ。 

 

 私の主は私だけだ!

 

 

 

 

「ああ……葉蔵、貴方は鬼の力を手に入れたのね! それさえあれば……

 

 さっきまでグロッキーだったのにもう回復したか。

 やはりこの女はしぶとい。

 

「どうやら教育が必要だな」

 

 これならもう少し痛めつけても問題ないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(それから……私は家を乗っ取った)」

 

 乗っ取り計画は拍子抜けするほどうまくいった。

 考えるまでもなく当たり前のことだ。

 父も兄も死んでしまった以上、世継ぎは私しかいない。

 後は邪魔な母親を従えれば、私を邪魔する障害物は全てなくなる。

 

 鬼であることも問題ない。

 むしろこの力はプラスに働いてくれた。

 

 普通の家なら鬼を当主にしようなんて考えないだろう。

 良くて家の中に監禁、悪くて即殺そうとするのが普通だ。

 しかしそこは我が家。鬼の力、しかも上弦の鬼に匹敵する私を喜んで歓迎した。

 

 力こそ全て、華族でなければ人間でないと本気で言う我が家だ。

 鬼だろうが悪魔だろうが、強ければどれだけのクソ野郎でも受け入れる。

 もし私が人食いでも、体を調べるのを許可すれば、テキトーな人間を攫って美味しく料理してくれるだろうね。

 

 実際、人肉の仕入れについての話が私の知らないところで進めらたというエピソードがある。

 なんとか実行する前に止めることに成功したが、もし何も知らなければ朝食に人肉のすき焼きが用意されたであろう。

 しかもアイツら、キョトンとした顔で『下民の肉なんて我慢しなくともよろしいのですよ』とかほざいてたからな。

 なんていうか、人間の方がよほど鬼だと思いました……。

 

「(いや、私も同類か)」

 

 今思えば、私が一番最初に喰らったものは兄の肉かもしれない。

 確かな証拠はないが、そう考えれば色々と辻褄が合う。

 

 何故私は飢餓状態になっていなかったのか。

 何故あの場に兄と取り巻きの死体がなかったのか。

 何故あの傷だらけの男が私を兄弟とダチを喰ったと言ったのか。

 

 おそらくあの日、兄弟と取り巻き達は鬼の血に耐えきれず息絶えたのだ。

 私はなんとか耐えたが意識を失い、飢餓状態で兄達の死体を喰った。

 結果、私は腹が膨れたと同時に鬼の味を覚えてしまったのだ。

 

「(ま、だからといって何も思わないが)」

 

 だからといって罪悪感は特にない。

 鬼になった人間は人間じゃない。私の獲物であり食料だ。

 何を気にすることがあるというのか。

 

「……ん?」

 

 そんなことを考えていると、携帯電話用の針が震える。

 対になる針と繋がって会話する血鬼術。

 家を乗っ取ってからかなり愛用している便利な術だ。

 

『葉蔵様、少しよろしいでしょうか?』

「……なんだい、江藤さん?」

 

 従者の一人である江藤さんからの連絡に応答する。

 内容は関西地方の播磨に鬼が出たというもの。

 かなり古い鬼らしいので、それなりに強いらしい。

 

「分かった、すぐに向かう」

 

 私は一方的に針を握り潰して会話を中断させる。

 

 

 基本的に私は従者たちを戦地に向かわせない。

 全国各地で鬼がいる可能性があるか否かを調査させ、そこから先の調査は自律血針を通じて行っている。

 鬼を探知出来ない上に、全集中の呼吸も血鬼術もない人間がやるより、私や自律血針がやった方が格段に効率が良いのだ。

 

 従者たちには全国の鬼の情報を広く集めさせ、危険度の高いものや戦闘は私が担当する。

 これだけで狩りの効率はグッと上がった。

 やはり人手があるとないとでは天と地の差があるな。

 

 しかし、彼らの有用性もこれまでだ。

 

 最近は鬼の情報がそれほど集まらない。

 地方に逃げた鬼は粗方喰い尽くし、東京の鬼は鬼殺隊と取り合い状態。無惨も私を警戒して鬼を徹底的に管理下に置き、私が食えないようにしている。

 おかげで今までのようにはいかなくなってしまったのだ。

 

 そして何よりも、私が組織運営に飽きてきた。

 今までは鬼の情報欲しさと暇つぶしのためにやっていたが、もう面倒になってきた。

 そろそろ畳む準備をするかな……。

 

「葉蔵様、アレが蝶屋敷でよろしのでしょうか?」

「ああ、失礼のないように……いや、やっぱり私が対応する」

「「ハッ!」」

 

 こいつら男尊女卑に凝り固まっているからね。

 ああ、人選誤ったな……。 

 





・大庭紅葉(くれは)
葉蔵の母。光を反射するほどに艶のある髪が特徴。
容姿端麗で武術に秀でている元武家の華族だが、華族としては地位が低かったせいかハングリー精神が強い。
性格は苛烈で冷酷。自身の子すら政治と会社のために使い潰すことを躊躇しない。
頭の回転は早いが、傲慢で我慢の利かない頭無惨。そのせいで彼女に反感を持つ者は家でもけっこういる。

葉蔵は部下の名前を全員覚えてます。
パワハラも基本的にはしません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

vs猗窩座

やっと猗窩座戦ですよ!
彼は一度葉蔵と戦わせたかったんですよね~。


 とある日の早朝、蝶屋敷。

 そこに一人の来客が現れた。

 

「は~い、ちょっと待ってください!」

 

 アオイは一旦作業を切り上げ、来客に対応するため玄関へ向かう。

 急な来客、しかもクソ忙しい早朝に、である。

 そのことにアオイは苛つきながらも表に出さまいと笑顔で出迎える。

 しかし、その来客を見て表情を一転させた。

 

「嘘……何で……」

 

 アオイは憔悴した。

 まさか、柱の本拠地である蝶屋敷に鬼が、しかも明らかに雑魚鬼とは格の違う鬼に出会うなんて思っていなかったからである。

 

 アオイは元々鬼殺隊士であったが、鬼と戦うのがどうしても怖くて、鬼狩りを続けることができなかった。だから実力もさして高いとはいえない。

 

 しかし、鬼の強さというものを何となく感じ取れた。

 それによれば、目の前の鬼は巧妙に擬態しているものの、アオイが今まで出会ってきた鬼の中では群を抜いた力を持っている鬼だったのだ。

 

 アオイは両手を痛いほど握り締めた。

 俯いて何度も荒い息を吐き出す。全身が震え、顔色も悪くなった。

 今の自分に勝てるわけがない。当然隊士時代より力も落ちていれば、鬼の頸を切ることができる日輪刀も所持していないのである。

 しかし、ここで脱兎のごとく逃げるという選択肢はなかった。

 

「カナエ様を……返せ!」

「いいよ。……おい」

「「ハッ!」」

 

 震えながら叫ぶアオイに、来客はそっと荷物―――カナエを引き渡した。

 

「……え?」

「あ、無理に動かさないでね。彼女相当ダメージを負っているから。

 特に肺がズタズタだ。末端部分の壊死もひどい。応急処置はしたが、私でも傷そのものを消す事は出来ないからね」

「………」

 

 ポカンと、アオイは呆けた。

 なんだコイツは。なんなんだこの鬼は。

 

 最初、アオイはカナエを網らしきもので包んでいる姿を見た途端、カナエを人質にされているのだと疑った。

 しかし違った。

 人質をいきなり何もなしに返すなんて考えられない。

 一体何だこの鬼は。

 

「あと序でに伝言を頼みたいのだが……いや、君じゃなくて彼女に頼むわ」

「? それってどういう……」

 

 一瞬疑問に思うアオイだが、すぐにその意味を知ることになる。

 

「姉さん! どうしてこんなことに!?」

「し、しのぶ様!?」

 

 廊下の奥から駆け付けたしのぶはアオイを無視してカナエへと向かう。

 余裕のない彼女は傷ついたカナエ以外見えないのだろう。

 

「応急措置はした。後のことは君たちに頼む」

「……上弦の鬼にやられたの?」

「そうだ。上弦の弐、童磨がやった」

 

 怒りに震えるしのぶとは対照的に、淡々と語る葉蔵。

 

「童磨……! ソイツが姉さんを……!!」

「言っておくけど、仇を討つなんて考えはやめておいた方がいい。返り討ちになるぞ」

「何言ってるのよ!? 実の姉をこんな有様にされて……!」

 

 それ以上、しのぶが言葉を続けることはなかった。いや、出来なかった……。

 細胞レベルで体がフリーズした。

 彼女だけではない。アオイも、葉蔵の従者も。

 この場にいる“人間”のみが金縛りにあった。

 

 眼前から―――葉蔵から発せられる濃厚な鬼の気配によって。

 害することはないと分かってていても、本能が反射的に警鐘を鳴らす。

 

「この程度の威圧で委縮するようでは、上弦は遠いね」

 

 ため息を付きながら気配を抑える葉蔵。

 途端、しのぶ達は金縛りから解放された。

 

「これは忠告だ。上弦の鬼は一体一体が柱の戦闘力を凌駕する。最低でも柱程の剣士を三人用意してやっと戦闘が成立するほど」

「……上弦の鬼を、知ってるの?」

「ああ、壱から参までの顔と性格と血鬼術を知っている。何度も戦ってきたからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夜中のとある廃村。

 そこで二体の異形が相対していた。

 

 額に一角獣のような鋭く赤い角を持つ、美しい青年の姿をした鬼、針鬼こと葉蔵。

 全身に藍色の線状の文様が入った、細身ながらも筋肉質な鬼、拳鬼こと猗窩座。

 

 葉蔵の背後には、瀕死で倒れている鬼殺隊員とソレを抱えて逃げる隠。

 そして二人の周囲には砕け散った赤い欠片。

 この欠片は、猗窩座をけん制しようと葉蔵が放った血針弾だったモノである。

 

「理解に苦しむな。何故弱者を助ける? 何の意味がある?」

「意味なんてないさ。ただ私がしたいからしただけだ」

「妙な事を言う鬼だ。もし俺があの剣士を殺し終わった後でもそんな反応なのか?」

「だろうね」

 

 よく勘違いされているが、葉蔵は別に人間の味方でも何でもない。

 彼は人を救うために鬼を狩っているだけで、人助けはその序で。

 もし仮に間に合わなくても、同情こそすれど、ソレ以上は何も思わないであろう。

 別に誰かを助けたいって思わないから。

 

「では行くぞ!」

 

 宣言と同時に拳を放つ猗窩座。

 予備動作のない即席の破壊殺(クイックモーション)

 無駄を一切そぎ落とし、速度にのみ焦点を当てた一撃。

 並みの隊士ならば攻撃されたことに気づくことなくあの世に行けるであろう。

 

 

【針の流法 血喰砲(キャノン)

 

 

 咄嗟に撃ち落とす葉蔵。

 こちらも早い。

 猗窩座に“銃口”を向けるどころか、体すら向けてない隙だらけの体勢。

 そんな状態であるにも関わらず、葉蔵は瞬時に、尚且つ強力な血鬼術によって猗窩座の破壊殺を無効化させた。

 

 

【針の流法 血喰砲・三連(トリプルキャノン)

 

 

 今度は葉蔵の番。

 手を猗窩座に向けて針の砲弾を三発連続で吐き出す。

 猗窩座はソレらを彼自身最大の武器である拳で砕く。

 しかし、猗窩座の行動は葉蔵相手には悪手であった。

 

「(な…なんだコレは!?)」

 

 砲弾の一部が猗窩座の腕に刺さり、針の根を拡げる。

 量自体は上弦の鬼を喰らうには到底至らない。

 猗窩座が少し腕に力を籠める程度で針の根は消滅した。

 だが、その行為も葉蔵相手には悪手である。

 

 

【針の流法 血喰砲・散弾(スプラッシュキャノン)

 

【血鬼術 破壊殺 鬼芯八重芯】

 

 

 ばら撒かれる針の散弾。

 迎え撃つの無数の拳。

 クラスター弾のようにばら撒かれるソレらを、猗窩座は全て粉砕した。

 

 

【針の流法 血喰砲・貫通(スパイク・キャノン)

 

【血鬼術 破壊殺・砕式 万葉閃柳】

 

 

 繰り出される砲弾と、ソレを砕く猗窩座の拳。

 火花と衝撃波が飛び散り、地面に傷を残す。

 

 

【血鬼術 破壊殺・空乱式】

 

【血鬼術合成 血針弾・連爆】

 

 

 今度は猗窩座の番。

 葉蔵目掛けて拳の弾丸を乱れ打つ。

 迎撃するのは一瞬で合成された血針弾。

 連射される爆弾が大気の拳を全て迎撃。

 辺り一帯に爆炎と爆音をまき散らした。

 

「……素晴らしい。血鬼術もそうだが、何より術者自身の腕が良い」

 

 突然、構えを解いて無防備な状態を晒す猗窩座。

 彼は笑いながら葉蔵を称賛した。

 

「血鬼術の発動速度、制御、威力、種類。全てにおいて下弦を圧倒している。半天狗を倒したという話は嘘ではないようだ」

「まあね。奴の血鬼術はかなり厄介だったが、相性の問題で勝てたよ」

「なるほど確かに。お前の血鬼術では奴の分身は逆に餌となるか」

 

 馴れ馴れしい猗窩座と微笑みながら答える葉蔵。意外と気が合いそうな二人の(オニ)だ。

 

「俺と一緒に来い、針鬼。鍛えて強くなって、さらなる高みを目指そう」

「断る。私は自分の手で高みを掴む。そして貴様はその踏み台だ」

「……やはりだめか」

 

 腕を組ながらしみじみと頷く猗窩座。

 

 最初から断られることは分かっていた。

 ここで頷くのなら最初から裏切りなんてしない。

 何より戦闘中の葉蔵を見ればすぐに分かる。コイツ誰かの下に付いて動けるような奴じゃねえなと。

 

「残念だよ針鬼。貴様程の鬼が」

「御託はいい。さあ、続きをやろう」

 

 

 

「踏み台は貴様だ針鬼! 俺の高みへと至るための礎になれ!」

「散るのは貴様だ上弦の参。私の快楽のために死んでくれ」

 

 二人の(オニ)は嬉々として血鬼術を発動させた。

 

 




最近ふとコレって鬼である必要あるかって思う時があります。
鬼というより能力バトルのような気がして、もうちょっと鬼成分を出したいんですよね

丁度上弦の鬼との戦闘に入って同格同士の戦いが多くなるので、戦闘の激しさを表すために残虐ファイトをしようと思います。
鬼ならどんな重傷負ってもすぐ再生するので、どうせなら派手に行こうかと考えてるんですよ。
ただ、そうすると引く人もいらっしゃるので……。
やっちゃっていいですかね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

何のための力

 

 月の光すらない真夜中の平原。

 そこで二体の鬼が喰い合い(ゲーム)を行っていた。

 針の銃弾を放つ鬼、葉蔵。

 破壊の拳を放つ鬼、猗窩座。

 互いに上弦級の強さを誇る強力な鬼が、暗闇の中で殺し合いに興じる。

 

 火花が辺りに飛び散る。

 派手な音を立てて弾けるその光は、平原を昼のように明るく照らした。

 

 衝突音が響き渡る。

 金属を引き裂いたかのような激しい音が、闇の静寂を打ち破る。

 

「いい! いいぞ針鬼……いや銃鬼よ! お前のソレは針なんて生ぬるいものではない! 全身が銃器や大砲のような鬼だな!」

「それはどうも。君もなかなか面白い。拳だけでこの私に渡り合えるとは。これが上弦の参ということか」

 

 互いに称えながら技披露する。

 鍛錬によって鍛え上げた技を、試行錯誤して開発した術を。

 片方が仕掛ければさせんとばかりにもう片方が相殺する。

 予め打ち合わせされた演劇のように、絶妙なタイミングで。

 

 火花をエフェクトに、破壊音をBGMに。

 二体の鬼は互いの武器をぶつけ合う。

 弾と拳が、砲撃と蹴撃が。

 敵の首を取らんと襲い掛かる。

 

「……ッグ!」

 

 ばら撒かれた数百もの散弾のうち、一発だけ打ち漏らした血針弾が猗窩座の腕に命中した。

 

 即座に腕を引っこ抜く。

 いちいち丁寧にやる余裕などない。

 速度のみ優先して乱暴に引き千切った。

 乱雑に腕を放り投げながら、新たな腕を瞬時に再生させる。

 一方、茂みへと捨てられた腕は内部からズタズタに引き裂かれかのようにボロボロの状態となっていた。

 

「(一発でこの威力か! まさしく鬼喰いに相応しい能力……! 厄介さは柱以上だ!)」

 

 弾丸の効果―――針の根が拡がった元自分の腕を一瞥して、猗窩座は警戒をより一層に強める。

 本体から切り離された肉体の一部は、鬼因子の量に関係なく極端に力を弱めてしまう。

 しかし、ソレを考慮しても因子を喰うスピードが速い。

 もし放置していれば全身を侵食されることはなくとも、数秒程の足止めは食らっていたであろう。

 たかが数秒と侮るなかれ。

 葉蔵なら三秒もあれば動かない的などハチの巣に出来る。

 猗窩座はソレを理解している故に、自身の腕を切り離すという選択をしたのだ。

 

「(針を飛ばす鬼はいくらでもいるが、流石にこれほどまでの力はない。……殺すのが本当に惜しい)」

 

 思い出すのは魚のような異形の同僚。

 その鬼も無数の針を飛ばす血鬼術を使うが、葉蔵のソレは質も量も威力も桁が違う。

 おそらく、基本の血鬼術である血針弾とその派生だけでも上弦の伍を倒せるであろう。

 

「銃鬼よ、やはりあの方の元へ来い! お前ほどの強者相手には、俺は殺す以外で連れ帰す方法が取れん!」

「断る! 私は自由だ! 誰の指図も受ける気はない! また縛られるぐらいなら命を絶つ!」

 

 

【針の流法 血喰砲・十連】

 

 

 連続して十発の血喰砲を放つ。

 猗窩座は3発程足捌きで避けるが、砲撃による爆発で足場が崩れた。

 

「っく!」

 

 4発目。

 体を捻って避ける。

 掠った部分に針の破片が減り込むも、肉体操作で自切して針の根から逃れた。

 5発目。

 上段受けで流す。

 打点をうまく逸らすことで針に刺さることなく受け流した。

 6発目。

 脚式で破壊する。

 肉体操作によって脚を硬化させることで威力と防御力を上げ、針に刺さることなく破壊した。

 7発目。

 横に転がって避ける。

 蹴りの勢いを利用することで無理な体勢でありながら移動に成功した。

 8発目から10発目。

 破壊殺・脚式・流閃群光で破壊する。

 回避しながら貯めた鬼因子を解放させ、本来よりも高威力のソレを叩きつけて残りの砲弾を片付けた。

 赤い破片をまき散らしながら、拳圧が威力を殺すことなく葉蔵に向かう。

 

「貴様は何故無惨の下に付く?それ程の強さがるなら、もっと自由に生きていいと思うが?」

 

 葉蔵は拳圧を全てを足捌きで避けながら質問した。

 猗窩座はソレを鼻で笑いながら追撃を続ける。

 

「愚問だな。俺たちはあの方の血によってこの力を授かったんだ。忠誠を誓うのは当然だろ」

「……なるほど、愚直な男だ。では質問を変えよう」

 

 

 

 

 

「君が力を求めるのは誰のためだ?」

 

 

 葉蔵がそういった途端、猗窩座は動きを止めた。

 

 

 

 

「見たところ、君は私のように力を振るって喜ぶタイプではない。強者との戦いを求めてはいるも、戦いを楽しむには遊びが少ないし、技を誉める仕草もわざとらしい。まるで誰かの

 真似をしているかのようだ。

 うまく言い表らせないが……自分のためではなく、また別の目的があるように見える」

 

「かといって忠誠心から来るものでもない。もしそうなら主に逆らう私をもっと嫌悪する筈だ。私が強いから嫌悪が薄まっているのかと思ったが、それでも勧誘なんて普通はしない。

 そもそも、本当に奴へ忠誠を誓っているのか怪しい。単に血の呪いで縛られてるだけのように見える」

 

「話をまとめると、君は何処か歪なんだ。自分のために戦っているように見えるが、別の目的があるような……しかしその目的がはっきりしないんだ。まるで欠けたようにね」

 

 

 

 

 

『狛治さん、もう止めて』

「っ!!」

 

 欠けている。

 その言葉を聞いた瞬間、一瞬よぎった謎の声。

 憶えのない筈だというのに、懐かしさを感じる声。

 しかし同時に触れてはいけない何かを感じ取った猗窩座は腕を振るう。

 勿論、そこには何もない。

 

「……もういい。止めだ」

 

 ソレを見た葉蔵は猗窩座に背を向ける。

 先程見せていた闘気も鳴りを潜めている。

 どうやらマジで戦う気が失せたようだ。

 

「待て銃鬼! まだ戦いは終わってないぞ!」

「いや、終わりだ。君の闘志に迷いが見える。それじゃあ十全に戦えないよ」

 

 振り返ることなく、歩を進めながら葉蔵は答える。

 その態度に猗窩座は怒りを見せ、拳を握りしめて飛び掛かる。

 

「……愚かな」

 

 

【針の流法 刺し穿つ血鬼の爪(スパイキング・エンド)雷閃(フラッシュ)

 

 

「……!?」

 

 気が付いた瞬間、猗窩座は負けていた。

 数か所に葉蔵の杭が撃ち込まれ、鬼因子を吸収しながら針の根を伸ばす。

 猗窩座は負けじと抵抗するがもう遅い。

 針の根はどんどん猗窩座から力の源である鬼因子を奪っていく。

 

「いつの……間に!?」

「関係ないだろ、君はこのまま死ぬのだから」

 

 腕のみ獣鬼豹変させ再び

 

「楽しいゲームを提供してくれたお礼に逃がしてやろうと思ったけど気が変わった。君はここで殺す」

 

 逃がして犠牲者が出たら気分悪い。

 そう付け足して腕を振りかざした瞬間……。

 

 

 

 

 

 

【血鬼術 結晶の御子】

 

 

 突如、別の血鬼術が飛んできた。

 葉蔵はまるで事前に知ってるかのような淀みのない動作で血鬼術を破壊。

 続けてトドメを邪魔しようとした愚か者に血針弾を放ちながら姿を確認した。

 

 閻魔の意匠を基にした帽子に血が垂れた様な服、ベルトで締められた縦縞の袴を着た優男。

 頭から血をかぶったような模様をした白橡色の長髪に、文字が刻まれた虹色の瞳。

 ソレだけで愚者が何者か一目瞭然だ。

 

「上弦の弐。まさか参に続いて現れてくれるとは。今日は豊作だ」

「悪いけど、俺は君と戦う気はない。……帰るよ、猗窩座殿」

 

 べべんっ。

 突然、琵琶の音が鳴る。

 瞬間、血鬼術の気配と共に猗窩座の姿が消えた。

 

「……ッチ!」

 

 葉蔵は一瞬で消えた猗窩座に驚くも、すぐさま冷静に行動する。

 彼はいきなり指パッチンしながら、先程の現象の分析を開始した。

 無論、眼前にいる上弦の弐に隙を見せることなく。

 

「……なるほど。空間転移、或いは瞬間移動か」

 

 答えは数秒程で出た。

 葉蔵の超感覚に捉えられることなく現れた上弦の弐と、一瞬でこの場から消えた参。

 幻影系の可能性もあるが、血鬼術の気配は空間系に似ている。

 よって葉蔵は敵が空間系統の血鬼術であると判断した。

 

「(この鬼の血鬼術じゃないな。この鬼の血鬼術はさっきの氷人形だ。また別の鬼か)」

 

 何より血鬼術の気配が違う。

 おそらく何処かに別の鬼が潜んでいるのだろう。

 葉蔵は周囲を警戒しながら上弦の弐に向かい合う。

 

 

【血鬼術 颪吹雪(おろしふぶき)

 

 

 瞬間、吹雪が葉蔵の視界を覆い隠した。

 

 激しい冷気の風に思わず目を瞑る。

 しかし関係ない。葉蔵は視覚に頼らずとも血針弾を撃てるのだから。

 

 べべんっ。

 琵琶の音が鳴ると同時に放たれる弾丸。

 しかし、ソレが当たることはなかった。

 

「……逃げられたか」

 

 吹雪が止んであたりを確認する。

 誰一人いない暗闇の平原。

 さっきまで鬼と激戦を繰り広げていたのがウソのような静寂。

 しかし、地に刻まれている破壊の跡が嘘でないと証明している。

 

「……帰るか」

 

 遠くから人の声がした。

 距離は三里ほど先。

 状況から見るに、逃がした隠が呼んだ鬼殺隊だろう。

 

 このまま会うのは面倒だ。

 そう彼は愚痴りながらその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、ひどい目に遭ったね」

 

 無限城のとある一室。

 童磨は粉々に粉砕された猗窩座を見下ろしながら、いつも通りカラカラと笑っていた。

 

「あの鬼、抜け目ないね。無限城に帰ったと思ったら爆発するなんて!」

 

 猗窩座が首だけの状態になった理由。

 ソレは葉蔵が遠隔操作で猗窩座に埋め込んだ杭を爆発させたからである。

 あの時、葉蔵は自分の針が鬼側に渡ることを危惧して咄嗟に爆発させたのだ。

 鬼殺隊が相手なら問題ない。この時代の人間に血針弾の分析なんて出来るわけがないのだから。

 しかし鬼は別だ。血鬼術か何かで血針弾を探られたら堪ったものではない。

 

「その傷だと大分治るのに養分がいるようだ」

「……ッチ!!」

 

 肉体を再生させながら、盛大に舌打ちする猗窩座。

 それもそうであろう。なにせ少し触られた程度で反射的に顔面を潰したくなるほど嫌いな相手に助けられたのだから。

 その上この有様。二重に屈辱であろう。

 

「そう邪見にしないでくれよ。悲しくなるじゃないか。せっかく手傷を負ってまで助けたのに」

 

 童磨は針の刺さった腕を見せながら笑う。

 

「!? その傷……いつ撃たれた?」

「ここに戻る直前にね。……あの鬼、目に頼らなくても正確に撃てるようだね」

 

 腕を引き千切って放り投げる。

 床に付いたと同時に派手な音を立てて爆破した童磨の腕。

 どうやら葉蔵からある程度距離を取れば自動的に爆弾になる仕組みのようだ。

 

「……何故俺を助けた?」

「水臭いことを言わないでくれよ。俺たちは友達じゃないか」

「とぼけるな! 何故お前があの瞬間に現れた!? 偶然にしては出来過ぎている!」

「……あの方に言われたんだよ」

 

 肉体を再生させながら猗窩座は怒鳴る。

 童磨はやっとふざけるのをやめ、真顔で説明を始めた。

 

「針鬼を捕らえろと無惨様が俺に命令した。だから俺が来たんだ」

「無惨様が? 何故いきなり?」

「針鬼は高い戦闘能力だけでなく、優れた探知能力と感覚があるらしい。だから青い彼岸花を探すことも出来るかもしれない」

「……なるほどな」

 

 ソレを聞いてやっと猗窩座は納得した。

 確かにあの鬼には戦闘能力だけでなく他にもあるように見えた。

 技能だけでは説明の付かないようなあの動きも、優れた感覚器官によるものだとすれば腑に落ちる。

 

「本来なら猗窩座殿と協力して捕獲しろと命令されたが、あれは無理だ。まだ奥の手を隠している素振りが見える」

「何!? じゃあ針鬼は本気で戦ってなかったのか!?」

「いや、切り札を隠した範囲で本気を出していたと思うよ。……どこまで隠しているかは分からないけど」

 

 パチンと、鉄扇を閉じていつものひょうひょうとした表情に戻る童磨。

 

「とりあえずこのことを無惨様に報告する必要があるね」

「……憂鬱だ」

 

 完全に回復した猗窩座はため息を付いた。

 

「(しかしそれにしても……銃鬼め!次会う時は粉微塵にしてやる!)」

 

 思い出すのは楽しそうに戦っていた葉蔵の顔。

 言われてみれば、猗窩座も葉蔵が余裕を持って戦っていることに気づいた。

 

「(……力がいる)」

 

 今のままでは勝てない。

 奴らを超えるには力がいる。

 もっと強くなって……。

 

 

 

 

『君が力を求めるのは誰のためだ?』

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 思い出してしまった葉蔵の言葉を振り払うかのように、近くの物を殴る。

 

「……戦い続けよう」

 

 そうだ、そうするしかない。

 それしか猗窩座は出来ないのだから……。

 





葉蔵とアカザは一見すると相性が良いように見えますが、実際は真逆です。
アカザは常に誰かのために戦ってきました。父親の為に拳を振るい、恋人の為に強くなると誓った。
しかし葉蔵は自分のために戦っています。人に手を貸すことはあっても、必ず自分の快不快が判断の基準に入ってます。
ゲームを楽しむために力を使い、よりゲームを楽しくするために技と練度を身に着けた葉蔵。
大切な人のために強くなりたいと願うアカザ。
表面的な使いならうまい具合に行くけど、深い仲になると壊滅的になる感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

葉蔵の死生観

今回は葉蔵の思想と童磨の思想がぶつかる回です。
葉蔵の考えはかなり独特で受け入れがたい人もいるかもしれませんが、これが葉蔵という鬼なのです。
どうかご容赦ください。


 

 とある座敷。

 氷の睡蓮が咲き乱れる部屋の中、一体の鬼が食事をしていた。

 鬼の名は童磨。

 この屋敷の主人であり万世極楽教の教祖。

 しかしこれはあくまでも表の顔であり、裏の本性は人食いの鬼である。

 しかもただの鬼ではない。

 比較的新参ながらも、最古参であり最強の鬼である上弦の壱に次ぐ最上級の鬼、上弦の弐である。

 

 そんな彼の今日のメニューは田舎娘の刺身。

 肉付きが良く、脂の乗った女の生肉である。

 旬を過ぎた年ではあるが味の劣化は見受けられず、気にせず食べられる。

 

「う~ん、まあまあの味だね」

 

 口に付いた血を布で拭う。

 彼は稀血などの稀少且つ滋養のある肉を好むが、いくら上弦の弐とて流石にそう毎日食えるものではない。

 故に今日は“質素な肉”で我慢していた。

 

「これを食べたら黒死牟殿と一緒に針鬼の調査に行かないといけないからね。しっかり滋養を付けないと」

 

 くちゃくちゃと食い散らかしながら食事を勧める童磨。

 そんな時だった……。

 

 

「へぇ、誰が誰の調査をするだって?」

 

 

 

「!!?」

 

 驚いて後ろを振り向く童磨。

 先程まで誰もいなかったはずの部屋。

 だというのに、そこには一人のお客様がいた。

 

 家主の許可なく上がり込む無粋な客。

 そんな無礼者への対応は何処でも同じである。

 力による排除だ。

 

 

 

【血鬼術 蓮葉――】

 

【針の流法 血針弾三連】

 

 

 

 咄嗟に発動させた血鬼術が破壊された。

 形作られる段階の蓮葉氷を、葉蔵の血針弾が粉砕。

 ソレだけではなく、同時に放たれた別の血針弾が童磨の帽子と鉄扇をそれぞれ貫いた。

 

「(……速い上に腕もいい!)」

 

 あまりの早さと精度に童磨は驚愕した。

 先程の蓮葉氷はスピードを優先させた即席の血鬼術であった。

 咄嗟とは言え下弦の鬼でさえ気づかせることなく凍らせるほどの速度

 だというのに、眼前の鬼は後出しで速度に勝った挙句、3発も正確に命中させ、童磨を無力化させたのだ。

 この一手だけでどちらが格上なのか、簡単に証明されてしまった。

 戦闘で出し抜くのは不可能。ならやることは一つ……。

 

「……どうして、俺の住居が分かったのかな?」 

 

 童磨はお得意の弁舌でこの場を誤魔化すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 臭い。

 この部屋に入った最初の感想だった。

 

 氷の蓮が一面に咲いている座敷。

 一見すれば幻想的な光景だが、染みついた血と臓物の臭いがソレをぶち壊している。

 この部屋の主は一体どれだけの人間をここで喰らってきたのだろうな。

 

「氷の花か、これが君の血鬼術かな? 上弦の弐」

 

 この部屋の主、上弦の弐―――万世極楽教の教祖、童磨に目を向ける。

 

「……どうして、俺の住居が分かったのかな?」

 

 きょとんとした表情で首をかしげる童磨。

 驚きこそあるが、恐怖や焦りといった表情はない。

 やはり上弦の弐ほどの大物ならそう簡単に動揺はしないか……。

 

「(いや、それでもここまで感情の機微がないものか?)」

 

 いくら上弦が大物だといってもこの反応はあまりに不自然だ。

 血鬼術の速さ比べで私の実力は理解した筈。なのに何故この鬼は恐怖心どころか焦る様子すら見せないんだ?

 一応驚いたような顔こそしているが、何処か嘘くさい。まるでゲームのモブでも見ているかのような気分だが……流石に気のせいか?

 

「私もそれなりの規模の組織を持っていてね、そこで万世極楽教の噂を聞いたんだ。……なんでも、若い子が消えているそうじゃないか」

「……最近は食べ過ぎたみたいだね」

「自白と受け取ろう」

 

 私は畳の上に座りながら言った。

 

「……あれ? 止めないの?」

「何を?」

「いや、俺って女の子を食べているのに、正義の味方の君は止めないの?」

 

 またもや嘘くさい表情を浮かべる上弦の弐。

 何だこのチグハグな感じは?

 説明できないが、何か妙な違和感があるのだが……。

 

「別に。流石にその娘が生きていたら助けたかもしれないけど、死んだらどうしようもない」

「へえ~、意外だね。鬼から人を助けたって話を聞いているから、てっきり人を食べるなんて許さないって怒ると思ってたんだけど」

「私は別に人間の味方でも何でもない。今までは助けられるから助けただけで、本当はどうでもいいんだよ」

 

 何か勘違いしている人間が多いが、私は別に人間の為に戦っているわけではない。

 私の戦う理由は私自身の為だけ。そこに余計な物が介在する余地はない。

 人間を助けていのは結果的にそうなったに過ぎない。ただの偶然だ。

 

「そもそも生物が生きる為に何かを喰うのは自然のことだ。私はそこに悪意が介在するのが嫌いなだけで、人食い自体に何かを言うつもりはない」

 

 これも勘違いされているが、私は鬼が人を喰うのを悪いとは思ってない。

 生きる為に何かを殺すことは当然の事だ。

 人間だって生きる為に散々他の動物を殺してきたんだ。なのに自分の番になったらダメなんて通るわけがない。

 おっと、人間は犠牲になった動物に感謝の念があるなんて馬鹿げた理屈は無しだ。その理屈で言うなら鬼が感謝して食うなら人間を食べてもいいことになる。

 けど大半の人間は認めるわけがない。むしろ『許しを請うぐらいなら食うな偽善者め』と言うに決まっている。

 

「君が嫌だから殺すってこと? ソレ勝手すぎない? 悪いと思わないの?」

「思わない。第一、この世に勝手じゃない生物なんていない。誰も彼も自分の都合で生きて、事情を押し付けている。ソレが生きるという事だ」

 

 私は違う。

 決して許しを請わない。

 いつか報いを受ける日まで、私は奪い殺し続ける。

 

「……君、悪党だね。地獄に堕ちるよ? 或いは畜生に転生かな?」

「地獄も天国もあるか。そんなものは死後の世界を恐れた人間の妄想だ。……転生は信じるが」

 

 転生は体験したから否定するつもりはない。しかし天国地獄については否定的だ、

 私の前世である“俺”が死後の裁判を経験してないのが主な要因だが、もう一つ理由がある。

 私自身が信じたくないんだ。

 

 善人は天国に、悪人は地獄に堕ちるというが、誰に善悪を決める権利がある。

 良し悪しの基準なんて人それぞれだ。Aという人間には善行に見えても、Bという人間には悪行に見えるなんて例は世の中いくらでもある。

 国や時代が違えば更に善悪の違いは大きくなる。人殺しは悪だというが、戦争では敵を殺せば英雄だ。

 他にも善悪が変わる例はある。不倫は日本では悪だが、とある国ではOKだし、酒が悪とされる国があれば、麻薬“マリファナ”が許される国もある。

 中には、女を誘拐して無理やり結婚するのが文化であった地域も存在していた。ちなみにその村、日本にまだあるぞ。私が生きているこの時代にな。おっとい嫁じょというらしい。

 このように、私たちが常識的に悪とされる行為が悪ではない例はいくらでも存在する。

 では、私や世間様から見れば悪の文化を持つ彼らは地獄に堕ちるのだろうか。

 そんな馬鹿な話あるわけないじゃないか。

 

 彼らにとってはその行為は文化であり、許された行為であり、常識であった。

 だというのに、神だの閻魔だのといった部外者に何故善悪を判断されなくてはならないのか、

 冗談じゃない。本当に悪行と定めるなら貴様らが何かしらの手を打って知らしめるべきだ。

 ソレを怠っていながら勝手に善悪を決めるなんて、バカバカしいにも程がある。

 

「だから私は天国や地獄を信じたくないんだ。善悪の基準を偉そうに見下す人外共に決められて堪るか」

「成程ねぇ。確かに君の言う通りだ。時代や文化によって善悪は違う。けど、大本の善悪の基準ってあるんじゃない?」

「ああ、『汝盗むなかれ』とか十戒的なものか。けどそれも状況によって変わる。戦争では略奪や殺人が許されたし、外国の人間は殺しても盗んでも犯してもOKという国があったからね」

「……なるほど。君、博識だね」

 

 そりゃそうだ。私は前世の知識があるからな。

 あと、わざとらしく驚いたような顔をするな。

 馬鹿にされているようでイラっと来る。

 

「私が言いたいことは善悪というものは人の都合によって設定された“相対的なもの”ということだ。なのにさも自身のルールが絶対的なものであるかのように押し付ける神仏が嫌いだ」

「成程。あくまで罪とは社会的な都合によって決まるもので、絶対的なものではない。ソレは神仏の掲げる善悪も同様。だからさも絶対的なように極楽に行けるかどうかを善悪で決める

のはおかしいって君は言いたいんだね?」

「そういうことだ」

 

 私の個人的な意見だが、宗教の善悪って社会の善悪の影響を一番受けていると思うんだよね。異教徒は地獄行きとか。

 

「あくまでもこれは私の個人的な善悪であり、私の勝手な感想だ。正しいかどうかは保証しない」

「ズルい言い方だね。善悪が相対的だって言った以上、君が正しいかどうかも相対的なものになってしまう」

「そんなものだ世の中。絶対的なものなんて存在しない。ソレは、貴様の頭領だって同じだ」

「宣戦布告と受け取るよ」

 

 パチンと、何処からか出した鉄扇を閉じながら答える上弦の弐。

 

 やはりこの男からは感情が感じられない。

 ボスに対して敵意を見せたのに、感想があまりにも薄すぎる。

 忠誠心が薄いのか、それとも元から関心がないのか……。

 

「じゃあさ、神や仏は存在すると思う?」

「いないだろう。いるなら私達のような鬼を放置しない。こうして生きているのがいない証拠だ」

「ハハハ! あの方と同じことを言うね! 俺も信じてないけど!」

 

 それから上弦の弐―――童磨は聞いてもないのに話をつづけた。

 

 この鬼は教祖なんてやっていながら徹底した無神論者らしい。神や仏は勿論、死後の世界や転生などの概念も信じてないようだ。

 人は死ねば無に還る。

 心臓も脳も止まり、何も感じなくなり、腐って土となる。

 生物である以上は避けられない宿命だと。

 だが、頭の悪い人間はソレを受け入れられず、極楽という幻想に逃避する。

 そんな苦悩から救うのが自分の役目だと。

 

「そのための手段が人食いか?」

「うん。俺は救ってやってるんだ、食う事によって」

 

 

 

 

「誰もが皆死ぬのを怖がる。だから俺が食べることで永遠の時を共に生きるんだ。

 信者たちの血肉と想いを受け止め、共に永い生を受け継ぐ。これが俺の救済だ」

 

 

 

 

「………?」

 

 瞬間、俺は違和感を覚えた。

 

 普通、自らの信念を語るものは何かしらの反応が体に現れる筈だ。

 体温が若干上がったり、血流が早く鳴ったり、筋肉が僅かに動いたりと。

 そういった無意識のリアクションが有ってしかるべきであり、そういった生理現象は鬼とて例外ではない。

 なのにこの男からはそういったものが一切ない。

 

 さっきからこのとこの身体は無反応だ。

 脈拍、呼吸音、筋肉の機微、脳波。

 感情によって大きく作用されるはずのそれらが一切変化してない。

 

 変化があれば見逃さない。

 私の角は優れた感覚器官であり、この距離なら正確に脈拍から脳波まで検知出来るのだから。

 この能力によって私は呼吸の剣士達の呼吸を読み取り、どんな技を使うかあらかじめ予想出来る、それほどの精度だ。

 

 話を戻そう。

 通常、人だろうが鬼だろうがこういった思想が影響する話をていたら何かしらの反応があるはず。感想を抱き、自身の感情が……ん?

 

「(待てよ、感情?)」

 

 私は思いついた答が正しいかどうか検証するため会話を続けた。

 

 

「……なるほど、確かに一理あるな」

 

 私が肯定すると、童磨は花が咲いたかのように笑顔を見せた。

 何処か作り物っぽい嘘くさい笑みだ。

 

「おお! 君は俺の考えが理解出来るのか!? うれしいよ、皆は俺の考えをちっとも理解しない頭の悪い子ばかりだったかね!」

「……貴様の言いたいことは分かる。人間の中には生きるのが辛い者や生きてても希望が見いだせない者がいる。そんな人たちにとって死は解放だろう。その上、貴様の血肉になること

 で死に意味も与えることになるのだから、お互いに得だと私は思う」

 

 私は死を選ぶことが悪だなんて思っちゃいない。

 自分の力ではどうしようも出来ず、支えてくれる人も助けてくれる人も居らず、現実と世間によって潰される人間というのはどの時代にもいるものだ。

 そんな人間にとって死が苦痛からの解放であることは仕方ないだろう。

 その唯一の救いを奪う権利が誰にある?

 

 生きてればいいことある?

 辛いことから逃げるな?

 命を粗末にするな?

 

 下らない。

 ソレが出来ないから死を選択したというのに、更に善意“ルール”を押し付けて追い込むような行為が善だと本当に思っているのか?

 バカバカしい。所詮は我欲の押し付け。己の自論こそ正しいと、それ以外は異端だと妄信する狂信者の戯言だ。

 本当に相手のことを想うのなら、偉そうに説教を垂れる前にその人を苦しみから救ってみせろ。

 出来ないなら何も言うな。苦しみだけ強制するような善意など侵略行為でしかない。

 苦行なら貴様らだけでやっていろ狂信者が。

 

「そうかそうか!君もそう思うか! いや~、君とならいい友達になれそう…」

 

 妙なことをほざきながら握手を求めてきたので、私はその手を振り払い―――

 

 

「いい加減演技をやめろ。殺すぞ」

 

 作り物の笑顔に銃口を突き付けた。

 





私は主人公を葉蔵という名にしたのも、タイトルに人間失格を入れたのも、元からズレた主役にしたかったからです。
なんていうか、鬼殺隊のような黄金の精神を持つキャラや、鬼達のような哀しい悪役でもないキャラを鬼滅の刃に入れたかったんですよ。

強く美しいが精神的には何処か弱い、しかしその弱さは決して善側が抱えるものではない。
そんな歪みのある主役を私は書きたかったのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

vs童磨

葉蔵の角には様々な感覚機能が搭載されております。
気流探知は勿論、電波や音波の送受信、鬼因子の探知など様々な機能があります。
これを応用することで相手の呼吸や筋肉の動き、内臓の活動などを詳細に調べることが出来る。
透き通る世界を鬼の力によって再現したようなものです。


「いい加減演技なんてやめたらどうだ?」

 

 

 カラカラと笑う童磨。

 一見陽気そうに見えるが、その笑みからはやはり何も感じられない。

 なんというか、作り物臭いのだ。

 

 一見すれば表情豊かだが、ソレは表面だけ。感情の変化に伴う無意識的な変化は一切感じない。故に作り物臭く見える。

 今だって、花が咲くような笑顔を見せているが、私には造花のようにしか見えない。

 

 上弦の参の言動が借り物臭いとすれば、眼前の鬼の言動は作り物臭い。

 ならば、上弦の壱は何臭いのかな?……話を戻そう。

 

 通常、こういった自身の生き方や信念を語るものは嘘であっても何かしらの感情の動きを見せる筈なのだが、この男からはソレすら感じさせなかった。

 

 

 

 いや、変化そのものがない。

 

 

 目で見えなくとも角で感じる。

 ソナーとレーダー等を備えた私の角は奴の異常性を理解した。

 外見は作り物っぽく見繕っていても、中身は全くと言って良い程に変化がない。

 呼吸、脈拍、体温、そして脳波。感情の動きによって変化する筈のソレ等が、この男は死体のように変動しなかった。

 以上の事からこの男は表面上こそ表情豊かに振舞っているが、中身は一切の感情を伴っていないという事になる。つまり何が言いたいかというと……。

 

「貴様、本当は感情がないのだろ?」

 

 

 この男には感情がない。

 いくら演技だったり感情が希薄であったとしても、ある程度は感情の動きがあるもの。

 それすらないという事は、情緒そのものがないとしか考えようがない。

 要するに、この男は欠陥者(サイコパス)ということだ。

 

「なんのつもりかな?さっきまではあんなに楽しく話していたのに」

「嘘をつくな。もし本当に楽しんでいたのなら、貴様の脈拍や呼吸はもう少上がっていた筈だ。だが、貴様の肉体には何の変化もなかった。まるで何も感じてなかったかのように……いや、事実何も感じてなかったのだろうな」

「………」

 

 言い切った途端、童磨の顔から感情が消え去った。……いや、嘘の表情が剥がれ落ちた。

 鉄の能面でも被ったかのような、冷たい無表情。

 コレこそこの男の本性といったところかな?

 

「……君は、一体俺の何を知っている?」

「大したことは知らない。先程の会話から情報を抜き出し、ソレをまとめた結果しか知らない。けど。その程度で貴様が壊れているというのは手に取るように分かる。

 貴様の行動はカラクリのように感情が絡んでいない。そもそも、そんなものが『存在しない』様にすら見える」

「……」

 

 私の話を石像のように微動だにせず聞く童磨。

 動作からも内側からも、何を考えているのか一切分からない。

 なるほど、これこそがこの男の本性であり、サイコパスというものなのか。

 

「(……なんていうか、つまらないな)」

 

 その場でため息を付いて立ち上がる。

 

 私は期待していた。

 鬼でありながら教祖という立場にいるこの男なら、もっと面白い話が出来るのではないかと。

 だが、期待していたものは得られなかった。……いや、見方を変えると面白い経験か。

 なにせ、天然の欠陥者という前世でもお目に掛かれなかったものを視れたのだから。

 もっとも、だからといって有難みはなかったが。

 

 つまらない。

 欠陥者というものはこんなにも面白みがないのか。

 なんていうか、プログラムされたロボットかNPCでも見ているかのような気分。

 私は生きている獲物かプレイヤーとの会話を臨んでいたのであって、NPCや機械には用などない。

 まあ、NPCや機械でも、対戦相手にはなるか。

 

「……最後の晩餐は終わったようだな」

 

 チラリと、奴の食べ終わった皿を見る。

 趣味の悪い人肉料理は綺麗に食べ終わり、傍から見れば普通の肉料理を食べていたとは思えない。

 もっとも、空っぽの皿を見て、コレが人肉料理を乗せていた皿だと予想する人間なんて皆無だとは思うが。

 

 これで待つ理由はなくなった。

 

「貴様はここで私の糧となれ」

 

 私は立ち上がると同時に血針弾を撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見抜かれた。

 

 今まで本性を見抜いた者は何人かいた。

 頭の回転は鈍いが、勘の鋭かった女。位が一つ上の同僚。そして自らの頭領。もしかしたら一つ下の鬼も無自覚ながらも見抜いているのかもしれない。

しかしそれは長い月日を共にしたからこそ。それを、この鬼は僅かな時間で観察して見抜いたと言うのだ。

 本当に面白い鬼だ。

 

 出来るなら、もっと話したい。

 自分の知らない知識、他とは違う価値観、そして誰よりも自由な発想。無惨に縛られず、人の法則にも囚われていない、自由な彼だからこそ出来る話。

迷える信者たちを導く教祖として興味がわかないわけがない。

 しかし、ソレはもうできなくなった。

 

 この鬼は、童磨を殺す気でいる。

 上弦の弐である童磨を、本気で殺すつもりだ。

 そして、彼はソレを可能にする実力を持っている。

 なにせ、眼前の鬼は、童磨にとって格上なのだから。

 

 もし、童磨が葉蔵よりも強ければ、十分の九殺しにでもして、氷漬けにしてから会話を続ける事も出来たであろう。

 しかし現実は逆。上弦であるはずの童磨が、葉蔵の前では格下に成り下がるのだ。

 下の者は上に従わねばならない。下の者は上の嫌いなものを押し付けられない。

 格上が拒否した以上、やりたいものがある以上。格下はすぐに取りやめて付き合わねばならない。例えソレがどんなに不本意でも。

 回避する方法は一つ、己が格上だと示すことである……。

 

 

 

【血鬼術 蓮葉―――】

 

【針の流法 血針弾】

 

 

 早撃ち勝負、葉蔵の勝利。

 両者共に、ノーモーションの即席血鬼術を発動。

 童磨が氷の蓮を形成する前に、葉蔵の赤い弾丸が氷を破壊し、童磨に命中した。

 咄嗟に鉄扇で防御したものの、当たった箇所に弾丸が減り込んでいる。これでは使い物にならない。

 

 この一手でどちらが格上かは決まった。

 しかし、だからといって逃げるなんて選択肢は童磨には存在しない。

 そんなことをすれば、一瞬でハチの巣になるのは目に見えているのだから。

 だから、童磨は方針を変えることにした。

 

 

【血鬼術 散り蓮華】

 

【針の流法 血杭砲・散弾(スプラッシュキャノン)

 

 

 弾幕戦、葉蔵の勝利。

 範囲攻撃で足止めを行い、逃げようと企てるも、童磨の放った弾幕以上に葉蔵のソレが多かった。

 ばら撒かれた弾丸が氷の花弁を破壊するだけに留まらず、童磨へと襲い掛かる。

 牽制するどこか、逆に童磨の方が足止めを食らった。

 

 しかしソレも想定内。童磨は次の手を打つ。……無論、ソレは葉蔵も理解しているが。

 

 

【血鬼術 結晶ノ御子】

 

【針の流法 血針猟犬(ハウンド)

 

 

 互いの分身を召喚。

 童磨は氷人形を、葉蔵は赤い猟犬を。

 自律機能を与えられ兵隊たちは己に課せられた使命を全うしようと牙を剥く。

 

 猟犬が弾丸を撃ち出す。

 人形が蓮華を創り出す。

 威力速度共に猟犬が上を行くも、行動は人形が早かった。

 弾丸を避け、血鬼術で牽制しながら接近する。

 

 猟犬が弾を撃つ。

 人形が花を出す。

 射程の範囲も距離も猟犬が上だが、人形は防御しながら接近した。

 散弾を氷の血鬼術で防ぎ、牽制することで足を止める。

 

 猟犬が牙を剥く。

 人形が扇を振う。

 速度筋力共に人形が上であり、猟犬は一気に押された。

 牙を防ぎ、避け、そして折る。こうして猟犬は徐々に追い込まれる。 

 

 今回ばかりは童磨が優位であった。

 当然である、この技は童磨の代名詞のような技。つい最近似たような技を覚えた若造とでは、年季の差が違う。

 いくら血鬼術の威力、速度に勝ろうとも、種類が多かろうとも、射程の距離と範囲が優れようとも。

 分身勝負だけは、才能や発想だけでは超えられない壁が、葉蔵と童磨の間にあったのだ。

 

 しかし、だからといって、葉蔵が焦ることはなかった。

 

「(……やはり手を打っていたか)」

 

 猟犬たちが自爆したのだ。

 ダメージを無視して氷人形に張り付き、血針を刺す。

 当然、人形に針の根が張られ、そこからエネルギーを吸収して爆発した。

 爆発によって飛び散った針がまた別の氷人形に刺さり、針の根を生やしてまた爆破。連鎖的に敵の数を減らす。

 しかし、これも童磨にとっては想定内。葉蔵が遠隔操作に手間取っている間に、次の手へ移行する。

 

 

【血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩】

 

 

 巨大な氷像が現れた。

 今までとは桁が外れた極寒の冷気を放つ、精巧な仏像。

 氷像は冷気をまき散らし、空気を凍らせながら、葉蔵へと手を伸ばす。

 

 これこそ童磨のメインである。

 氷人形たちは囮。結晶の御子たちで牽制し、強烈な本命を叩き込む。童磨の描いていたシナリオだ。

 しかし、そんなことは葉蔵も予想している。故に彼も手は打っていた。

 

 

「針の流法―――突き穿つ血鬼の爪(デッドリィ・スティング)!!」

 

 

 葉蔵もまた、最強の血鬼術を発動させた。

 叫びと共に飛び出した葉蔵の腕。

 赤い鬼火を纏いながら、巨大化と獣化を同時に達成。

 御伽草子の登場するような、赤い獣鬼のような剛腕。

 手の甲から延びる蛮刀を、優美かつ絢爛な仏像にぶっ刺した。

 

 彼も又、敵の行動を予想していたのだ。

 氷人形は陽動。メインの大技をぶつけてくる瞬間が来る。その時を待ち構えていたのだ。

 

 血鬼術は強力であればある程に鬼因子を消耗する。強ければ強い程に鬼因子が……葉蔵にとってのご馳走がたっぷりと含まれている。

 よく漫画では一か八かの博打で大技を使うシーンがあるが、葉蔵相手では悪手。むしろ一番してはいけない手である。

 無計画な必殺技は首を絞めることになる。攻撃とは最大の防御であると同時に、最大の隙なのだから。

 もっとも、これは無計画という前提だが。

 

 

【血鬼術 凍て曇】

 

 

 部屋の空気が、一気に冷えた。

 氷像が、氷人形が、砕けた氷が。部屋全ての氷が冷気の煙幕へと変換された。

 急激に冷やされた空気は霜が降りかかったかのように白く染まり、二人の鬼の姿を隠す。

 部屋全体を覆い隠す氷の煙幕は葉蔵の感覚器官さえ鈍らせ、二人は完全に姿を消した。

 

 これこそ童磨の狙いである、

 最初から、童磨は葉蔵とマトモに戦う気などなかった。

 初手で力の差は理解した彼は、早々に葉蔵との闘争から逃走へと変更。

 如何にして葉蔵の目を潰し、逃げる隙を作るか。それだけに集中していたのだ。

 そこで思いついたのが凍て曇である。

 氷人形も、氷大仏像も、その他の血鬼術も。全ては撤退するために必要な煙幕を作るための手段。

 葉蔵に気づかれないよう、攻撃するふりをしてばら撒き、氷が全て配置に付いた瞬間、氷を凍て雲に変換。

 こうして大規模な煙幕を作ることに成功した。

 

 

 

 

「ああ、私もよく使う手だから予想出来るよ」

 

 もっとも、そんなことは既に気づいていたが。

 冷霧の中、葉蔵は超感覚によって獲物を正確に捕捉。

 一瞬で腕を獣鬼のソレへと変貌させ、一気に貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

vs黒死牟

皆さま、お待たせしました。
葉蔵vs黒死牟のバトルマッチです!


「逃げたか」

 

 

 やられた。

 完全に捉えたと思った獲物は偽物だった。

 

 冷気の霧の中、私は動く物体を探知した。

 血鬼術によって作られた煙幕の中では、鬼の探知は困難。よって超音波によって奴を探知した。いつも使う手口だ。

 材質、大きさ、脈拍。全てが童磨のものだった……と、思っていた。

 しかし実際は本体そっくりに作られた氷人形。

 私は騙されたという事だ。

 

「……まあいい」

 

 氷人形の残骸を振り払い、周囲を探る。

 鬼の気配も、何かが動く気配もしない。完全に逃げられた。

 ああ、そういえば私がこの氷人形を貫いた際、微かではあったけど、琵琶の音ようなものがしたな。しかも同時に濃い血鬼術の気配もした。おそらくアレだろう。

 

「(能力からして空間支配能力……おそらく転移だろうね)」

 

 空間を血鬼術で弄る鬼には心当たりがある。

 不死川さんの所でお世話になっていた時に出会ったあの鬼、確か名前は……矮等(わいら)だったかな? ソイツが確か空間を拡張する血鬼術を使えたな。

 あの鬼は鬼を小さくする血鬼術ばかりに目が行ってしまったが、小屋内部の空間を拡げて屋敷に改造していた。

 アレと同じ感覚だ。

 

 空間内に妙な物をぶち込まかれたかのような異物感。

 物体や空気などの見えるものや感じ取れるものではなく、通常の感覚では分からない物。

 私の超感覚でも十全に探知出来るわけではないが、確かにソコにあるとしか理解できない物。

 私にとっての空間とはこんなものだろうか。

 

「空間……空間、ねぇ」

 

 私にも空間に干渉出来るのだろうか。

 

 鬼として強くなるに連れ、出来ることは多くなった。

 最初は針を作るだけだったものが、今ではワンマンアーミーになっている。

 私の成長と進化はまだまだ発展途中。このペースで行けば、空間に干渉できる針も作れるのではないのだろうか……。

 もっとも、ソレを考えるのは目の前……いや、後ろの問題を解決してからだけど。

 

「……もしかして待たしてしまったか?」

 

 振り返った先にいたのは、袴姿の男だった。

 

「気付いていながら……背を向けているとは。……愚鈍なのか……豪胆なのか」

「確かめてみるかい?」

 

 

【月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍】

 

【針の流法 血喰砲】

 

 

 回答は血鬼術(コレ)だった。

 

 同時に発動される血鬼術。

 私は弾を、相手は刃を。

 即席でぶつけ合い、相殺“あいさつ”した。

 

 

「あの方が……警戒する……力量はあり。なかなか…やるようだな……」

「そちらもかなり出来そうだね」

 

 どうやら、あちらも本気ではないようだ。これでは力量がどれ程か掴めない。

 分かった事といえば、相手が今までの鬼の中で一番強いという事ぐらい。

 おそらく、私と同等かそれ以上かもしれない……!

 

「(いいねえ……ゾクゾクする!)」

 

 ここが普段誰も使わない隔離小屋でよかった。

 もし、ここが万世極楽教の本山なら、戦いの余波で騒ぎになっていたであろう。

 けど、そうでない子の山奥なら、心置きなく戦うことができる。

 

「いざ……参る!」

「ああ、始めようか」

 

 ゲーム、開始!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある山奥、童磨が利用している元別荘。

 そこは、琴葉の件以来、信者たちに正体を気づかれないよう用意した餌場である。

 

 

【針の流法 血喰砲】

 

【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮】

 

 

 もっとも、何処かの誰かさん達が暴れてるせいで、廃墟どころか廃材すら吹っ飛んだが。

 

 

【血鬼術合成 血針弾・連爆】

 

【月の呼吸 漆ノ型 厄鏡・月映え】

 

 

 幾多の鬼を喰らい、幾多の血鬼術を習得し、幾多の戦闘と勝利を掴み取ってきた葉蔵。

 上弦の参をも超える実力を手にし、上弦の弐でさえ下位互換へと成り下がらざるを得ない。

 そんな葉蔵と渡り合える存在など、最早存在しない筈であった。

 

 しかし、ここに例外が存在した。

 

 紫色の上着に黒い袴、長い黒髪を一つに束ね、額や首元から頰にかけて炎のような痣がある、六つ目の鬼。

 本来眉毛がある辺りに一列目の目が、頬の辺りに三列目の目が、そして本来目がある辺りに二列目の目にはそれぞれ上弦の壱と刻まれている。

 右手には全体に眼が無数に付いた、三本の枝分かれした刃を持つ大太刀。

 そう、この鬼こそ上弦の壱、黒死牟である。

 

 鬼の中でも最強と最古を誇る鬼。

 平たく言えば最高幹部・No.2ポジション。

 上記の経歴だけで、彼がどれ程の猛者であるかは十分に推し量れる。

 

 

【針の流法 血喰砲・散弾(スプラッシュキャノン)

 

【月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間】

 

 

 両者の血鬼術がぶつかり合う。

 弾と刃が、斬撃と爆撃が互いに相殺。

 その度に派手な火花が飛び散り、夜の山を照らした。

 

「(素晴らしい! パワーもスピードも他の鬼とはレベルが違う! 文句なしで歴代最強だ!!)」

 

 葉蔵は黒死牟の剣技を手放して楽しむ。

 

 久々の強敵。

 強くなり過ぎた自分が、本気で力をぶつけられる相手。

 命懸けの戦闘をゲームとして楽しみ、ゲームを十全に楽しむために手間を惜しまない戦闘狂(ゲーム好き)が熱くならないわけがない。

 

 彼は今まで退屈していた。

 強くなることを実感するのは楽しいが、強くなるにつれてゲームがつまらなくなっていると。

 無論、それでも楽しめるよう工夫はした。

 敢えて仕留めるチャンスを見逃したり、自身にハンデやルールを課すことでゲームを成立させていた。

 だが、そんなものは彼が真に求めるゲームではない。

 

 葉蔵が心の底から求めるゲームとは決闘。

 己の命をチップにして、相手の力と命を奪い合う喰い合い(ギャンブル)である。

 

 ギャンブルとは、勝つか負けるか分からないからこそ、互いの力が拮抗しているからこそ成立する。

 決闘とは、互いに同格だからこそ、互いに相手から学び、また戦いを通じて成長するからこそ意味がある。

 喰い合いとは、相手の持ち物が魅力的に見えるからこそ、そして相手もこちらを殺し得るからこそ成り立つものである。

 

 ここ最近、葉蔵はそういったものを楽しめなかった。

 だが、目の前に、再びソレらを提供してくれる相手がいる。

 盛り上がらないわけがない……!

 

「さあ、もっと私を楽しませてくれ!」

「お前を……楽しませる気は……ない!」

 

 

【針の流法 血喰砲・貫通(スパイク・キャノン)

 

【月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾】

 

 

 弾丸と月刃の弾幕を飛び出して、互いの攻撃がぶつかり合う。

 片や岩の如き砲弾と、片や龍の如き剣戟。

 斬撃の余波で、爆破の衝撃で、飛び散る破片で。

 更にまた山の肌を削り、轟音を立て、周囲の空気を灼く。

 

「(見事なり。強力かつ実用的な血鬼術。一発でも命中すれば力の源であるあの方の因子を喰らい、己の物とする。なかなかに凶悪な性能だ)」

 

 楽しんでいるのは、黒死牟も同じだった。

 

 ここ数百年、彼と互角に戦えるものはいなかった。

 鬼殺隊は勿論、入れ替わりの血戦を挑む鬼すらマトモに彼とやり合えない。

 童磨が挑んだことはあったが、それっきり。あれ以来誘っても一度たりとも首を振ることはなかった。

 故に、彼もまた何処か退屈していた。もう一度戦いたいと。

 

 鬼に成って数百年、鍛錬を怠ったことはない。故に、あの頃より何処まで強くなったか知りたかった。

 鬼に成って数百年、あの光景を忘れたことはない。故に、自分がどこまで克服できたか知りたかった。

 鬼に成って数百年、アレに思い焦がれなかったことはない。故に、どこまで近づけたか知りたかった。

 

 ここ数百年、黒死牟は知るための機会がなかった。

 だが、目の前に、再びソレらを教えてくれる相手がいる。

 昂らないわけがない……!

 

「もっと……相手をしてもらうぞ……針鬼!」

「言われずとも!」

 

 

【月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面】

 

【血鬼術合成 血針弾・迎砲(ブラッド・ファランクス)

 

 

 上空から降り注ぐ斬撃の雨を、即席の迎撃砲で防ぐ。

 複数の銃口が爆弾を吐き出し、上空の斬撃を突破。

 守勢から攻勢へと回り、逆に黒死牟へと襲い掛かる。

 黒死牟は鬼殺隊時代に鍛えた足捌きと鬼の身体能力で避けようとするが……。

 

「(なるほど……避けても……爆破……或いは追尾……これでは……回避は無意味……)」

 

 直ぐに無駄だと気づいた。

 命中率が高いせいで忘れられているが、葉蔵の針には追尾機能が付いている。

 急な方向転換は出来ないが、それでも十分に驚異的な機能であり、今は爆破機能も搭載している。

 更に更に。葉蔵の血針弾は鬼を喰らうための捕食器官でもある。故に、一発で命中すれば瞬く間に針の根が張られ、血を吸い上げられる。

 

 避ければ追尾、防げば爆発、耐えれば針の餌食。

 黒死牟が取れる手はただ一つ……。

 

「(追尾と爆発の……弾丸……。防御も回避も……適切ではない……。故にここは……血鬼術での……迎撃が最善手……!)」

 

 

【月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月】

 

【針の流法 血針猟犬(ハウンド)

 

 

 月破が弾丸を薙ぎ払ったと同時、血針の猟犬が二体創り出される。

 弾丸を吐き出しながら前進するそれ等を、黒死牟は月刃で迎撃。

 更に連射する猟犬の牙弾を剣戟で防ぐ。

 

 

【月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月】

 

【月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り】

 

 

 血鬼術と呼吸の斬撃を連続して放ち、血鬼術の猟犬を破壊。

 自爆することで少しでも針を飛ばし、敵に噛みつこうとするが、月の呼吸による斬撃波が全てを叩き落した。

 

 

【針の流法 血針弾・散】

 

【針の流法 血針弾・爆】

 

【針の流法 自律血針】

 

 

【血鬼術合成 自律・炸裂弾(ブラッド・サラマンダー)

 

【拾肆ノ型 兇変・天満繊月(きょうへん てんまんせんげつ)

 

 

 葉蔵の背中から巨大な杭が複数展開。

 杭はミサイルのように射出され、黒死牟に向かう。

 迎え撃つは、黒死牟の周囲を埋め尽くす程の、渦状の斬撃を折り重ねて放たれた波状攻。

 飛ばされた杭型ミサイルは小さな爆破機能付き血針弾をばら撒き、黒死牟を爆殺せんとする。

 

 爆炎と爆風と銃弾が巻き起こり、爆発音が鳴り響く。

 渦巻と月刃と斬撃が斬りかかり、衝突音が響き渡る。

 たった二体の鬼によって引き起こされた、一度の攻撃によって、周囲は見るも無残な破壊の跡が刻まれる。

 砂埃となった表面の地が辺り一帯を覆い、二人の姿を隠す。

 

「っぐ……!?」

 

 葉蔵の肉体を、残った月刃が切り裂いた。

 対する黒死牟も葉蔵の針が当たりそうになったが、剣戟で全て迎撃。

 爆発するせいで体勢を崩して隙を一瞬晒したが、葉蔵が怯んでいるおかげで追撃されることはなかった。

 

 葉蔵に攻撃が当たった理由。

 避けたと思った月刃が、月が満ち欠けするように効果範囲が不規則に揺らぎ、葉蔵の肉体を軽く切ったのだ。

 この特性もまた、黒死牟が最強たる所以である。

 

 剣閃に沿って形状させる月輪の斬撃波。

 人体を紙切れの様に容易く斬断するだけでなく、数秒は空間に残り続けて月が満ち欠けするように射程範囲が不規則に揺らぐ特性を持つ。

 更に、斬撃波には三日月型の細かい刃が無数にあり、こちらも効果範囲や形状が常に不規則に揺らぐ。

 その為、相対する者は充分以上の回避行動を取らねばならない。さもなくば、斬撃波の中で切り刻まれるから。

 そして、この血鬼術をこうするは、柱クラスの剣士である黒死牟。

 幾多の修羅場を乗り越え、経験と実力と直感を積み重ねた柱クラスの剣士でも、回避は至難の業と言ってもいい。

 

 呼吸法と血鬼術。鬼の肉体と柱の剣技。

 どれか一つでも脅威的な性能に達しているというのに、黒死牟は全てを兼ね備えている。

 これこそ黒死牟が最強の鬼と言われる所以である。

 

「……ック!」

 

 

【針の流法 血喰砲・爆轟】

 

【漆ノ型 厄鏡・月映え】

 

 

 再生させながら、血鬼術を発動させる。 

 しかしそれ等もまた斬撃波によって迎撃。

 弐つの血鬼術は大爆発を引き起こし、周囲に煙と炎をまき散らし、轟音が響き渡る。

 そのせいで互いの五感は獲物を見失ったが、すぐに修正。捉えると同時に動き出す。

 

 

【拾ノ型 穿面斬・蘿月(せんめんざん らげつ)

 

【針の流法 突き穿つ血鬼の爪(デッドリィ・スティング)

 

 

 葉蔵は超感覚によって、黒死牟は長年の経験によって、獲物の位置を特定。すぐさま血鬼術を発動させた。

 巨大な回転鋸のような二連の刃が地面を削りながら、巨大な獣鬼のような二つの赤い腕が空気を切り裂きながら。両者の血鬼術がぶつかり合う。

 結果、勝利したのは……。

 

 

【月の呼吸 拾陸ノ型 月虹・片割れ月(げっこう かたわれづき)

 

 

 結果を待たずに、黒死牟が葉蔵に斬りかかる。

 先程の技は囮。相手の正確な位置の特定と足止めと牽制を同時に行い、渾身の一撃を叩き込む。

 最初から黒死牟が描いていたシナリオ通りの展開である。

 

 

刺し穿つ血鬼の爪(スパイキング・エンド)

 

 

 対する葉蔵もまた、迎え撃たんと血鬼術を発動。

 突き穿つ血鬼の爪(デッドリィ・スティング)のために使った両腕の代わりに、右足を瞬時に獣鬼のソレへと変化させ、最大血鬼術を発動させた。

 そのまま両者はぶつかり合い……。

 

 

 

 

 

「があああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 黒死牟の刀が、葉蔵を容易く切り裂いた。

 

 拮抗したのはほんの一瞬。それからは葉蔵の左腕を指先から反対側の脇腹までズバッと切り伏せた。

 返しの刀で腰を切断、続いて首を切り落とし、四肢を切り裂いた。

 あっけない。実にあっけない決着……。

 

 

 

「!!?」

 

 咄嗟に、黒死牟が横に転がった。

 武人気質であり、剣術に強いこだわりと執念を持つ彼ならありえない行動。

 少なくとも、普段の彼ならばとらないだろう。……何か事情でもなければ。

 

「貴様……これが本命だったか……」

「あ、気づいた?」

 

 全身を瞬く間に再生させ、飛んできた腕をはめ込み、つなぎ合わせて再生させる葉蔵。

 そう、彼はあの鍔競り合いの隙に腕を戻し、黒死牟を貫こうとしていたのだ。

 

 黒死牟の技を砕いた後、わざと接近戦に誘い込み、黒死牟の動きを止め、死角からもう一度突き穿つ血鬼の爪(デッドリィ・スティング)を食らわせる。

 穿面斬・蘿月を砕いた感触を分離された右手から感じ取った葉蔵が、即席で思いついた作戦である。

 追い込まれていると見せかけて、死角から一撃。

 実に葉蔵らしいやり方だ。

 

「素晴らしい剣技だ。一太刀ぐらいは譲ってもいいと思っていたけど、まさかバラバラにされるとは思わなかったよ。……まあ、切れ味が鮮やかな分、繋げるのも用意だったけどね」

「いくら切り口が滑らかとて……その再生力は異常……。貴様の再生力は……上弦にも匹敵する……。見事なり……。上弦の弐でも……ここまではいかない……」

 

 

「「……」」

 

 おしゃべりはここまで。ここから先は、純粋な殺し合いである。

 

 

【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】

 

【針の流法 血喰砲・散弾】

 

【月の呼吸 壱の型 闇月・宵の宮】

 

 

 先手を取ったのは黒死牟。

 雷の呼吸に近い足捌きで接近し、迫り来る弾丸の雨を血鬼術で切り伏せる。

 所々命中し、刃も一振りした程度でガタが来ている。しかし、問題はない。

 

 所々に命中した血針弾―――問題ない。その部分だけ切り離せば針の根が全身に伸びる事はない。

 所々血針弾で欠けた刀―――問題ない。肉体から作られた以上、いくらでも予備など用意できる。

 

「もらった……!」

 

 ボロボロになった刀を捨て、背中から新しい刀を創り出し、ソレを振り下ろす……。

 

 

「!!?」

 

 葉蔵を切り刻もうとした腕を止め、咄嗟に後ろへ跳ぶ。

 瞬間、葉蔵は赤い結晶のようなものに包まれた。

 

 黒死牟の判断は正しかった。

 もしあの場に居座ったままなら、彼は結晶に―――繭に食い殺されていたであろう。

 なにせ、あの状態になった葉蔵は貪欲なのだから……。

 

「グルォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 

 赤い結晶を破壊しながら、葉蔵がその本性を顕す。

 

 より赤黒く、より美しい毛に包まれた獣の巨躯。

 より力強く、より無駄なく絞られた獣の剛腕。

 より頑強に、より洗練された爪と顎と角。

 より豪華に、より美しくなった鬣と尾。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 

 

 解放された獣鬼―――葉蔵は獲物目掛けて吠えた。

 

 

 




葉蔵の獣鬼熊は兄上の生き恥形態と同じ原理です。
しかし、葉蔵は自分の姿を恥だとは思ってません。
むしろ、自由と力の証として誇らしく思ってます。
勝敗は、この差に大きく出るでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

醜い化け物

黒死牟は五百年も鬼をやっておいて、もっと人間離れした血鬼術は編み出せなかったのか。比較的早い段階で上弦入りした童磨のように、もっと凶悪な性能の血鬼術を増やせたのではないでしょうか。
別にアンチしているつもりはありませんが、黒死牟は工夫次第でもっと強くなれると思うんですけどね……。


 全身を赤黒い体毛に覆われた獣鬼。

 燃えるように赤い鬣を夜風に靡かせ、宝剣のように鋭く美しい爪牙から、月光を反射させる。

 

 前回、半天狗戦で見せた姿より小さい体躯。

 ケンタウロス型ではなく、人間に近い下半身。

 しかし、何故だろうか……。

 

「……凄まじい、圧だ。……これ程の圧……一体、何百年ぶりだろうか……」

 

 その存在感は、前回の獣鬼熊を圧倒する!

 

 

【血鬼術 血喰砲】

 

【月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍】

 

 

 先ずは挨拶から。

 両者共にノーモーションで血鬼術を発動させぶつけ合う。

 今回は最初にやった程度では済まさない。殺す気でいく。

 

「(……!? 成程。どうやら見掛け倒しではないらしい)」

 

 勝ったのは葉蔵の血喰砲だった。

 斬撃の壁を突破し、黒死牟に迫り来る。

 咄嗟に避ける……ではなく粉々に砕いて無効化させ、返しの刀で技を行使する。

 

 

【月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り】

 

【血鬼術合成 血針弾・連砲(ブラッド・ガトリング)

 

 

「!!?」

 

 

 ノーモーション、タイムラグなしの血鬼術合成。

 最初からソレが一つの血鬼術であったかのように、あっさりと二種類の血鬼術を同時発生と合成を行ってみせた。

 驚きつつも黒死牟は咄嗟に冷静さを取り戻して迎撃しながら、敵の観察及び分析を行う。

 

 

【獣身変 断空翼(スラッシャー・ウィング)

 

 

 その隙に、葉蔵は上空へと跳び、翼を広げた。

 蝙蝠のようであり、金属的な要素もある翼。

 葉蔵はバサバサと音を立てながら夜空で滞空する。

 

 

【月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面】

 

【血鬼術合成 血針弾・連砲(ブラッド・ガトリング)

 

【血鬼術合成 血針弾・散爆(ブラッド・ショットボム)

 

 

 上空からガトリング砲のような連射と、ばら撒かれた針の爆弾が月刃を突破。

 黒死牟ごと周囲を焼き払い、山肌を削り、悉く破壊の跡を刻み付ける。

 

 人間サイズの肉塊を破壊するには、あまりにも過剰な銃撃。明らかに戦力過多であろう。

 相手がただの鬼でなければ……。

 

 

【月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍】

 

【月の呼吸 常世孤月・無間】

 

 

 弾丸の雨を薙ぎ払い、斬撃波が飛んできた。

 両手に大太刀を携え、片手でそれぞれ血鬼術を使用。

 なんとかして相殺して見せた。

 次いで、攻撃を続行する。

 

 

【月の呼吸―――】

 

 刀を振るう。

 月空目掛け、斬撃の竜巻を放つ。

 紫の峰が空気を裂き、銃弾を切り落とす。

 

【針の流法―――】

 

 砲弾を撃つ。

 月を背景に、弾丸の雨を降らす。

 赤い魔弾が山肌を削り、月刃を撃ち落とす。

 

 余波が周囲を破壊する。

 轟音が空気を震わせる。

 発生する熱が大気を灼く。

 飛び散る火花が夜を照らす。

 

 月刃が、渦巻が、斬撃波が。

 銃弾が、爆炎が、衝撃波が。

 互いに牙を剥き、喰い合い、その余波で破壊の跡を刻む。

 

「(強い……! 私と戦える同格に鬼がいるとは……!)」

「(強い! この姿になった私と同格に戦えるとは!)」

 

 葉蔵は飛び交いながら、黒死牟は走り回りながら敵を観察する。

 

 

 鬼としてのスペックは葉蔵が上。

 鬼としての経験は黒死牟が上。

 

 結果として、二人の戦いは拮抗することになった。

 

 少なくとも、現状は。

 

「(……ヤバい、思った以上にエネルギーが持ってかれる! 燃費悪すぎだろ!?)」

 

 半天狗との戦闘以来、葉蔵は飛躍的に能力が上がった。

 しかしソレは、その分だけ鬼因子(エネルギー)を消耗することになる。

 前回の戦闘でも時間切れで倒れかけたのに、黒死牟のような強敵と戦うとなれば、その消耗はどれ程になるのか……言うまでもない。

 

 では、このまま続ければ葉蔵が負けるのか。……そうとも言い切れない。

 

「(強い……。このままでは……負ける……!)」

 

 対する黒死牟も余裕がなかった。

 

 空を飛んでいる葉蔵に有効な攻撃は刃を飛ばすのみ。

 しかしその血鬼術も悉く撃ち落とされ、対する葉蔵は次々と砲弾やら爆弾やら自律兵器やらを投下している。

 その中でも特に厄介なのが……。

 

「……!?」

 

 着地しようと足を咄嗟に引っ込め、刀を振るう反動で方向転換した。

 

 地雷。

 葉蔵が空爆の際に埋め込んだトラップである。

 

 そう、一番厄介なのがこういった搦め手である。

 先程のような地雷、自律血針や血針猟犬の伏兵、極細血針の霧(マイクロブラッディミスト)を搭載した毒ガス兵器。

 様々な凶悪かつ狡猾な血鬼術が、あらゆる方向から襲ってくるのだ。

 

 これらに対処できるのは、過去の経験によるもの。

 まだ黒死牟が継国巌勝と名乗っていた頃―――鬼殺隊時代で身に着けた勘によるものである。

 鬼と成って数百年、役に立つ機会はなくなったが、今日初めてソレが活きることになった。

 もっとも、この状況が続く以上ジリ貧に変わりはないが。

 

「……小癪な!」

 

 歯軋りしながら地雷の合間を縫うように走り抜ける黒死牟。

 無論、敵は地雷だけではない。空からも攻撃が降り注ぎ、ソレらを血鬼術で迎撃しなくてはならない。

 しかも、どんな血鬼術がどのタイミングで、どんな風に飛ばすのかも黒死牟には分からない。

 

 獣鬼熊の体毛には、ジャミング効果がある。

 特殊な電波と音波によって攪乱し、透き通る世界も無効化しているのだ。……もっとも、遠距離型の血鬼術を使う葉蔵相手に透き通る世界はあまり意味ないが。

 

 対する葉蔵は、超感覚によって攻撃を探知できる。

 

 鬼因子を探知することで、血鬼術の発動と規模を予測。

 超感覚によって透き通る世界を再現し、相手の筋肉や呼吸から次の行動を予測。

 長年の勘と気配という曖昧なものに頼らざるを得ない黒死牟に対し、葉蔵は確かな情報として予測している。

 

 攻撃手段は葉蔵が圧倒的に多く、地の利も葉蔵が獲得、情報戦でも葉蔵が優位に進んでいる。

 

 戦況は圧倒的に優位なのだ。

 少なくとも、今のところは。

 

「……おのれ!」

 

 侍という戦に通じる黒死牟だからこそ理解している。

 このままでは負けると。

 

 

【針の流法 血針弾・連】

 

【針の流法 血針弾・爆】

 

【針の流法 血針弾・複】

 

 

【血鬼術合成 血針弾・連砲砲】

 

 

 とうとう三つの血鬼術を融合させ、大技を発動した。

 

 雨霰(あめあられ)の如く吐き出される爆撃の血針弾。

 ガトリング砲のように発射され、爆発するそれ等は、黒死牟も足を止めて迎撃せざるを得なかった。

 

 

「……ック!」

 

 

【月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間】

 

【月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面】

 

【月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾】

 

 

 苦悶の声を上げながらも、月の呼吸を連発して使い、全て斬り落した。

 

 三つの技を流れるかのように繰り出し、凶悪な弾丸の雨を切り払う様は、まさしく鬼殺隊最強の剣士である柱。

 月のように優美。しかし確かに存在する力強さ。その様は夜を照らす月のよう。

 もし仮に柱とするなら、月柱といったところか。

 

 

【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の―――】

 

 

 全て迎撃したと同時、流れるかのように続けて攻撃へと移る。

 しかし、あの大技すら葉蔵にとっての布石。

 本命は既に稼働している。

 

 

 

 

「………ッが!?」

 

 黒死牟の背後から、血針弾を撃ち込んだ。

 

 伏兵。

 葉蔵が予め配置した小さな自律血針砲(スコーピオン)が、黒死牟を狙撃したのだ。

 離れた岩場に隠れ潜み、死角から狙撃。機械的なものであるため気配や殺気を感じさせず、意識も葉蔵に集中しているせいで気づけなかった。

 

 技を繰り出す前に黒死牟を指した小さな弾丸。

 この程度では少しの間だけ足止めする程度。

 だが、葉蔵にとっては十分すぎる隙である。

 

 隙を見てトドメをさそうとした途端……。

 

 

 

 

「う…うおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 

 黒死牟は体中から刀を生やし……無数の斬撃を放つ。

 

 侍としてあるまじき、刀を体から生やすという戦法。

 しかしもうそんなことは言ってられない。

 相手は剣士ではない。鬼だ。銃器のような血鬼術を使い、獣のような姿の鬼だ。侍とは程遠い鬼なのだ。

 侍同士の誉れ高い戦闘をする道理はない。

 

 やり方は単純。鬼にとって新たに手足を生やすなど朝飯前。黒死牟の刀を体から生やすという戦法ももとはと言えばそこから派生及び発展したもの。刀を増やせない道理はない

 

「は…ハハハハハ! そうか、お前もまだ余力があったか! いいぜ、付き合ってやるぜ!!」

 

 

【血鬼術合成 血喰一斉射撃(ブラッド・フルブラスター)

 

 

 毛が逆立ち、様々な血針弾が一斉に発射された。

 砲弾が、爆撃が、機銃弾が、ミサイルが、クラスター弾が。

 ありとあらゆる形の銃撃が、全ての月刃を全部まとめて無に変えた。

 

 獣鬼態の体毛は、全て高濃度の血針弾によって構成されている。

 その気になれば、毛の一本一本が上弦を殺し得る必殺技と化す。

 

 そしてさらに、時は葉蔵に味方したようだ。

 

 

 

 

 針が黒死牟の技に刺さりだしたのだ。

 

 

 

 

 月刃に突き刺さった針は根を張って力を吸収し、爆発。

 中から更に増えた弾丸が黒死牟へと降り注ぐ。

 技を放てば放つほど弾丸の数は増える。

 黒死牟にとっての悪循環である、

 

 

 今まで黒死牟の斬撃波はエネルギー状であった故に、針が刺さることはなかった。

 針が刺さらない以上、葉蔵の針の根は機能しない。故に、葉蔵は爆撃という手段を取っていた。

 ではなぜ刺さらなかった針がいきなり刺さりだしたのか。―――黒死牟のミスというか過失である。

 

 黒死牟は技を使う際、余分を力を抜いて無駄に因子を消耗しないようにしていた。

 そのせいで刃はエネルギー状になり、針が当たっても刺さることはなかった。

 しかし、全身から刀を生やした今の状態では、力の制御が甘くなるらしい。

 現に今は力を籠めすぎて、刃が物質状になり、針が刺さっている。

 これでは葉蔵に自分の技を喰ってくれと言っているようなものだ。

 

 土壇場で得た強化形態。

 一瞬は形勢を逆転させる好機かと思いきや、逆に黒死牟の首を絞める羽目になった。

 やはりイヤボーンに頼るのは悪手。地道な練習と検証こそ勝利への近道である。

 

 進行は完全に止まり、じりじりと押される黒死牟。

 対する弾丸の雨は黒死牟の技を吸収することによって数を増やし、更に圧力を増した。

 

「ぐ、うぅぅぅぅ!!」

 

 遂に斬撃波の壁を突破して、針の弾丸が命中。黒死牟の動きが止まった。

 スコーピオンに撃たれた時のように、小さなものではない。葉蔵自身の弾丸だ。

 針の根を全身に張り巡らし、肉体だけでなく血鬼術の行使まで止める。

 その一瞬は致命的。

 降り注ぐ弾丸の雨への抵抗の手段を失った黒死牟。

 彼は瞬く間に全身を貫かれた。

 

「(負ける……?私が……?こんな若造に……?)」

 

 黒死牟の脳裏によぎるのは、四百年の光景。

 赤い月の夜、己が弟から突き付けられた死の実感。

 老いてなお圧倒的な剣技で追い詰めておきながら、直前に寿命で死んだあの夜。 

 

 縁壱は死んだ。

 もう最高の剣士はこの世にいない。彼以上の剣士が生れ落ちることもない。

 最も優れた剣士に討たれるという誉れ高き死はもう望めないのだ。

 ならば勝ち続けるしかない。鬼に成ってまで勝ち続ける事を選んだ以上、今更引き返すことなど出来る筈もない。

 

 

 

 そうだ、勝ち続けることを選んだのだ。……私は、誉れある侍だ! 

 

 

 

「なっ!?」

 

 勝利を確信した葉蔵が、驚愕の声をあげた。

 黒死牟を貫き、内部から鬼因子を喰らっていた針の根が、逆に黒死牟に取り込まれたのだ。

 ソレだけではない。黒死牟は更に強力な斬撃波を発して、戦況を寄り戻してきたのだ。

 

 爆撃。

 黒死牟もまた、斬撃波を爆発させたのだ。

 葉蔵がよくやる手口だが、このやり方は葉蔵自身にも効。

 なにせ爆破させてしまえば、葉蔵も針も鬼因子を吸収できない上に、攻撃はちゃんと成立するのだから。

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 両者共に、雄たけびを上げながら、更に攻撃を苛烈化させる。

 二人とも大声を出すような性格ではない。そんな彼らが死力を引き絞るかのように叫び、張り合う。

 ここら先は我慢比べ。根性なしから先に死ぬ。

 

「ぐッ!?」

「むぅ!?」

 

 葉蔵の毛皮を月刃が、黒死牟の甲殻を針弾が貫く。

 

 獣鬼熊の体毛は鎧としての機能もある。

 高純度の血針で形成されたソレは葉蔵の血鬼術である針塊楯と同程度の防御力を誇り、血鬼術に高い耐性も有している。

 針で形成されている以上、針が刺さるなら血鬼術も吸収可能。

 そんな葉蔵の獣鬼態の防御力を突破した。

 

 斬撃波を吸収して威力も数も増す弾丸の雨を、力技で突破した上で、葉蔵の鎧に傷を付けたのだ。

 その威力、もう語るまでもない……!

 

「は…ハハハ…アッハッハッハッハ!!」

 

 そしてこの笑顔。

 追い詰められているというに、スリルを楽しむ戦闘狂(ゲーマー)

 死の恐怖を真近に受けながら、ソレでも敗走の二文字は存在しない!

 

「俺は今、生きている!!」

 

 彼は己の命を―――生きている実感を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

「(遂に……辿り着いた……! 私は……俺は……手に入れたぞ……真の…真の最強を……!)」

 

 歓喜に震える黒死牟。

 

 凄まじい執念で葉蔵の針を逆に吸収し、さらに身体も大きく変化させてみせた。

 窮地に追い詰められた黒死牟が、試練を乗り越えて至った理想。

 長年願い、遂に手に入れた最強の姿……。

 

 ふと、砕けた自身の刀に目を向ける……。

 

 

 

 

―――醜い姿。

 

 

 

 

「何だ この 醜い姿は……」

 

 そこに映っていたのは、異形の「侍」ではなく、醜い「化け物」の姿と成り果てた自分の姿だった。

 

 

 

 ―――これが侍の姿か? こんな醜い化物が本当に真の侍と言えるのか?

 

 違う、自分の望んでいた侍とは、こんな姿ではない。

 私の望む姿は、日本一の侍。醜い化物ではない。

 そう、縁壱のような侍に。

 

 

 ―――負けたくなかったのか? 醜い化け物になっても?

 

 

 違う、自分の望んでいた勝利はこんなものではない。

 私の望む勝利は、剣士として誉れある勝利。

 そう、縁壱のような勝ち方を。

 

 

 ―――生き恥を晒すために私は鬼になったのか?

 

 違う、自分の望んでいた生き方はこんなものではない。

 私の望む生き方とは強く誉れ高く生き方。

 そう、縁壱のような生き方を。

 

 

「私はただ 縁壱 お前になりたかったのだ……!」

 

 

 

「……反吐が出る」

 

 

刺し穿つ血鬼の爪(スパイキング・エンド))】

 

 

 葉蔵の腕が、黒死牟を貫いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月は太陽に成れない

同格の相手と戦って、終わりに相手をリスペクトする。
僕、こういう展開好きです。


 黒死牟の体を、後ろから腕が貫いた。

 

「ぐっ、が……!?」

 

 貫いた腕は、獣の腕ではない。

 真っ白な肌だが、逞しい腕。

 葉蔵本来の腕だ。

 

 消耗した彼では、もう獣鬼熊を保っていられない。故に、変化を解いて本来の腕で黒死牟を喰らう事にした。

 

 

「貴方は、鬼としての自分を認めていないのですね?」

「……!!?」

 

 ポツリと、黒死牟の耳元で呟く。

 

 

「貴方の血鬼術は素晴らしいものだった。柱クラスの呼吸法と剣術に上弦クラスの血鬼術と肉体。どれか一つでも脅威だというのに、全てを兼ね備え、尚且つそれぞれの分野を極めている」

 

「素晴らしい。貴方は本当に素晴らしい。鬼に成って初めて、同種を尊敬したいと思えた。先人よ、私は貴方を鬼として心の底から尊敬する。流石は上弦の壱。最強に嘘偽りはなかった」

 

 

「だからこそ、私は今の貴方が見るに堪えない」

 

 

 

「貴方は命の危機に瀕して尚、何か別の物を見ていた。眼前の敵を目に入れず、向き合わず、全く別の何かに思いを馳せているように見えた」

 

「貴方は何処を見ている? 何を目指している? ソレは本当に貴方が想い馳せるべきものですか? 今の貴方を否定してまでも焦がれるものですか?」

 

「貴方は囚人だ。他者に囚われ、自分を見失っている。何かに囚われ、振り回されている限り、貴方に先はない。未練から脱却しない限り、貴方は次の段階にたどり着くことはない」

 

 

 

 

「縁壱とやらに縛られ、盲目する限り、貴方は囚人のままだ」

 

 

 

 

「尊敬する先人が囚人のままというのはあまりにも不憫だ。どれ、私が貴方を解放して差し上げよう!」

「ぐ……がぁ……!!」

 

 

 力を入れて更に鬼の因子を吸収する。

 既に針の根は黒死牟の身体に張り巡らされ、抵抗は不可能、

 無防備な状態で貫かれた時点で、勝敗は決した。後は全て食らうのみ……。

 

 だが、少し遅かった……。

 

「……ッチ!」

 

 夜明け(タイムリミット)が来てしまった。

 

 

【針の流法 血針の隠れ蓑(リフレクション・ステルス)

 

 

 食事を中断して、血鬼術で日光を防ぐ。

 下弦なら補給針に貯蔵するという手段も取れたが、上弦となると消化するためのコストが莫大に掛かる。

 まして、上弦の壱を一度に吸い上げるとなればどれだけリソースを割くことになるが。

 

「ここに入ってろ!」

 

 いいタイミングで見つけた穴の中に黒死牟を放り込む。

 偶然にしては出来過ぎているが、そんなことはいちいち考えてられない。神のご加護でもあったと思っていればいい。

 

「き……貴様! この俺を……生かすのか……!? 敵からの情けなどいらん……! 生き恥は……これ以上掻きたくない!」

「恥? 違う、これは機会だ」

 

 穴の上から、葉蔵は見下すように語る。

 

「貴方は私と同じだ。本来ないはずの鎖に囚われている。ソレに縛られ、貴方は私に負けるはずだった。……だが、こうして貴方は機会を手に入れた」

 

「私はコレを天命だと思っている。私自身は無神論者だが、ソレでも何かしらの意味があるように感じた。だから、私は貴方を生かすことにした」

 

「ではまた会えたら喰い合いましょう。その時、何も変わらないなら、私は貴方を食い殺します。……もう、生かすことはないでしょう」

 

 

 まるで独り言のように、早口でまくし立てる。

 実際、彼は急いでるのだ。早く拠点に戻って休息しなくては、今後の活動に支障が出る程に深刻な状態なのだから。

 この状態で血針の隠れ蓑リフレクション・ステルスを維持するのは困難。その上、早く黒死牟から得た鬼因子を消化しなくては、自分が喰われることになる。

 

 黒死牟との戦闘によるダメージと疲労。

 獣鬼態の使用による反動と消耗。

 消化へのリソース分割。

 日光への防御。

 

 それぞれの問題が相乗効果になってゴリゴリと葉蔵の体力を削っている。

 早く休息出来る場所を確保し、睡眠をとらなくては、今度は葉蔵が喰われる羽目になってしまう。

 

「そういうことで。じゃあまた」

「ふざけるな……! 針鬼、針鬼ィィィィィィィィィイイイイ!!!」

 

 敵を追い詰めたとは露知らず、黒死牟は夜明け空に向かって吠えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、……うぅ」

 

 あの後、なんとか部下たちが駕籠を持ってきてくれたおかげで、私は日光から逃げられた。

 

「ご無事ですか葉蔵様!」

「直ぐに稀血を用意いたしますのでご安心ください!」

「大声出すな。頭に響く。あと血はいらない。寝るだけで充分だ」

 

 無駄に働き者な部下達をいなしながら、私はゆっくりと息を吐く。

 

 クソ、思っていた以上に体力を持っていかれた。

 上弦の弐が楽勝だったら、それより一つ上の壱も同じようなものだと思っていたのだが、予想が甘かった。

 まさか呼吸を使う剣士、しかも柱クラスが相手とは。

 

 血鬼術のレベルは童磨と同格。

 速度と威力は壱が上だが、応用力や利便性などは弐が上。

 術単体としてみれば一長一短といったところだが、呼吸の剣士という要素がソレを解決して尚余る性能を発揮している。

 

 剣士のレベルは柱以上だ。

 鬼の身体能力を抜きにしても、柱の中でもトップクラスだと私は推測している。

 剣技と呼吸の力だけではない。分析力、判断力、戦略性、そして経験と直感。全てが私の知る柱を超えている。

 全ての柱を知っているわけではないので断言は出来ないが、確信に近いものがある。現に、私を完全に獣鬼豹変させた岩柱も超えていたのだから。

 

「上弦の壱……もしかして本当に元柱なのか?」

 

 呼吸の剣士が鬼に成ることは想定していたが、流石に柱レベルが成るとは現実的ではないから予想していなかった。

 

 総じて呼吸の剣士、鬼殺隊は士気が高い。

 敵討ちや復讐のために入隊したのだから当然だ。

 そんな彼らが鬼になるなんて考えられない、もし仮に無理やり鬼にされても、あの復讐鬼たちは自分から首を掻っ切るに決まっている。

 無論、中には鬼に恨みのない者もいる。そんな彼らなら命乞いして鬼にされたり、鬼の力に魅せられて鬼に成る事も考えられる。

 だが、柱クラスの剣士となれば話は別だ。

 

 コレは私の感想なのだが、柱達は何かこう……特別な事がある。ソレがある限り鬼に成る事はないと思うのだが……。

 

「……まあ、所詮は私の感想なのだが」

 

 これ以上考えても意味はないので中断させる。

 

 柱が高潔な人間のみかどうかなんて、鬼殺隊と関係ない私に分かるはずないし、何よりどうでもいい。分かったところで私に何か得があるわけでもないし。

 そんなことよりも……フフッ!

 

「ああ……楽しかった、なぁ……」

 

 上弦の壱との戦いは本当に楽しかった。

 余計なものを抱えず戦うことが、何の制約もなく暴れることが、全力を出すことが。こんなにも楽しいなんて。

 

 痛みはあった。

 特にバラバラにされた時、最初の一太刀目が痛かった。

 現実時間より数秒程遅れて襲い掛かる痛みは筆舌にし難い。

 流石にこの私も上弦の壱へ恨みの念を抱かざるを得なかったね。

 

 悔しさはあった。

 今まで開発してきた技を悉く粉砕する剣技。

 自分なりに工夫したものを壊されるのは、やはり悔しい。

 美しく力強い剣技だと感心はしたが、それでも悔しいものは悔しい。

 

 恐怖はあった。

 私を殺し得る技の数々を見て、命の危機を感じた。

 次の瞬間に私は上弦の壱に殺されているかもしれない。

 生物である以上、鬼でも恐怖からは逃れられないようだ。

 

 だというのに……。

 

 

「また……やりたいな」

 

 楽しかった。

 我ながらどうかしている。

 生物なら死のリスクを回避し、なるべく堅実な生き方を選び、平穏な日常を求めるべきだろう。だというのに私は闘争(ゲーム)を求めている。

 

 痛みも、悔しさも、そして死の恐怖も。

 全てはゲームをより一層楽しむためのスパイスでしかない。

 スパイスとは刺激であるから成立するのだ。それも半端な刺激じゃスパイスとして機能しない。

 

 勝てばいいんだ。

 現に私はフラフラになりながらも勝利し、奴から因子を奪い取った。

 今はこうして勝利の快感に酔いしれている。

 

 楽しみと苦しみは両立する。

 特に、強敵を打ち倒して得た勝利の美酒ならぬ美血は最高だ。

 

 私はこのゲームを降りるつもりはない。

 あるとすれば、ソレは私という存在が無くなる時だ。

 

 

 

「(しかしそれにしても……)」

 

 あれほどまでの剣士が嫉妬する程の縁壱とは、どれだけ化け物なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上弦の壱でありながら負けるとは。無様だな」

「返す言葉も……ありませぬ」

 

 無限城の一室で薬品を弄る無惨の側に、跪いた黒死牟が申し訳なさそうに口を動かす。

 

 日が沈んだ後、穴から出た黒死牟は無事回収された。

 葉蔵から受けたダメージは既に回復。無謀にも黒死牟に絡んできた輩を食う事で血肉を補充した。

 激しく消耗しても、少し人を食う事で回復する。これもまた鬼殺隊が未だに鬼を倒しきれない理由の一つである。

 こうして万全な状態になってしばらくどうするか考えていると、鳴女によって無惨の前に転移され、今に当たる。

 

「私はお前なら針鬼とやらを容易く捕獲で出来ると思っていたのだが……見込み違いのようだな」

「……申し訳……ございませぬ」

 

 心の底から申し訳なさそうに頭を下げる黒死牟。

 いつもならここで何かしらの制裁が下され、何の関係もないどころか、事情すら知らない他の鬼が連帯責任(とばっちり)を受ける流れ。

 しかし、今回は違ったようだ……。

 

「最初に言っておくが黒死牟、私はお前を責めるつもりはない。お前は他の鬼よりも素晴らしい働きをしたのだ。……褒めてやる、よくやった」

「……?」

 

 なんのことか分からず、つい頭を上げてしまう黒死牟。

 しかし無惨は咎めるどころか、機嫌が良さそうに話を続ける。 

 

「針鬼とやらの血鬼術の一つに、日光を無効化するものがあった。あの様子を見るにまだ不完全のようだが、日光を防いだのは事実。……成長すれば完全に克服するやもしれん」

「で…では無惨様! この私めに針鬼の捕獲を……!?」

「いや、そこは慎重にいく。私の血で上弦たちをギリギリまで強化する。無論、お前もだ。……奴の捕獲はお前たち三人でやらせたい」

「三人……。猗窩座と……童磨……と」

 

 上弦同士の連携。

 一時的に群れることは許しても、本格的な協力は今まで許可することはなかった。

 つまり、それほどまでに無惨が力を入れていることになる。

 

「このことは他の上弦にも伝えている。……今度こそ奴を捕獲しろ」

「……御意」

 

 恭しく頭を下げる黒死牟を見た無残は、満足そうに頷いて踵を返す。

 

「では、まずは猗窩座から様子を見るか。……鳴女」

 

 琵琶の音が響くと同時、無惨の姿と気配が消えた。

 ソレを見届けて数秒後、黒死牟はゆらりと幽鬼のように立ち上がる。

 

「……縁壱、私はどうすればいいのだ?」

 

 その背には、上弦の壱が纏うべき覇気は消えていた。

 

 





葉蔵は鬼である自分を、鬼の力を振う事を楽しんでいます。
だから鬼としてどんどん強くなる。
無論、鬼を喰らっているおかげもありますが、それ以上に葉蔵自身の精神性こそ鬼として成功する秘訣ではないでしょうか。
原作でも戦闘を楽しみ、食事を楽しみ、血鬼術を発展させてきた童磨が上弦の弐まで登り詰めたように。
もし彼に感情があり、心の底から鬼を楽しんでいれば、葉蔵同様の強さになっていたかもしれません。
黒死牟にはそれが足りないのではないか。私はそう考えます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

葉蔵の幸せ

「……とまあ、上弦の情報は以上だ」

「「「………」」」

 

 葉蔵が粗方話すと、場の空気が重くなってしまった。

 

「な…何よソレ……? 上弦の鬼って、そんなに強いの!?」

「ああ、最高戦力でも単体では話にならない。上弦の参は柱三人分、上弦の壱に至っては5、6人分はある」

 

 

「ハッキリ言う。無惨含めて上弦の鬼は君たちを敵とみなすどころか、虫けらとしか思ってない。ブンブン飛ぶ鬱陶しい蠅や蚊といった程度だ」

 

 更に空気が悪くなる。

 

 手に入れた上弦の情報は、凶報でもあった。

 上弦の下位でも柱を揃えなくては勝てず、壱は柱の半数を揃えなくては土俵にすら上がれない。

 無論、五人以上の連携なんて物理的に不可能。かといって柱一人分以上の戦闘力を持つ者も存在しない。

 つまり、上弦の壱とソレを超えるであろう無惨には、柱では勝てないということを意味する。……ソレは、鬼殺隊の存在意義をも否定しかねない情報であった。

 

「だから、私は打開策を渡しに来た」

 

 葉蔵は一つの針を渡した。

 

「これは?」

「連絡針だ。ソレで私と離れてても会話が出来る」

「え?」

 

 針を摘まんで観察しながら、葉蔵は話を続ける。

 

「上弦らしき鬼の情報を入手、或いは遭遇した時はソレを使え。私が駆け付けよう」

「「「……!!?」

 

 ソレは、あまりにも規格外の提案だった。

 

「数が欲しいならもっと用意しよう。代わりに、手に負えない鬼の情報や上弦と遭遇した際はソレで連絡してほしい。いつでも力を貸す」

「本当に……手伝ってくれるの?」

 

 震える声でしのぶは質問……いや、確認する。

 

 もし本当なら頼もしい。

 上弦の鬼を倒し、上弦の壱と同格の鬼が、この針にささやいた程度で駆けつけてくる。

 願ったり叶ったりである。出来るなら、このまま味方になってもらいたいぐらいだ。

 

 しのぶがその針をお館様にどう報告するか考えていると……。

 

「待って!」

 

 カナエが制止の声をかけた。

 

「葉蔵さん……一つ、確認させて」

「なんだい?」

 

 カナエは数秒程言い淀み、ゆっくり口を開く。

 

「貴方は……何のために、戦っている…の?」

「ゲーム……お遊びのためさ」

 

 対して、葉蔵は迷うことなく言い切った。

 

「私は鬼との戦闘で生きる実感を味わっている。戦っている時の……命のやり取りをしている時のピンと張りついた緊張感。ソレを渡り切った後の爽快感。そして勝利の美酒を味わう幸福感。

 その全てに……私はもう虜さ」

「………」

 

 世間話をするように葉蔵は語るが、その内容は日常とかけ離れていた。

 葉蔵の普通ではない感性と、ソレを当たり前のようにと話す人間性。

 その異常さにこの場にいた人間は皆引いた。

 

「……葉蔵さん、ソレは狂人の考えよ。戦うことが……命の奪い合いが楽しいなんて、人間として間違っている」

「自覚はある。けど、私はこうでしか生きる実感が湧かないんだよ」

 

 クスリと苦笑いする葉蔵。

 同時に、彼は自身の手を眺め、過去をゆっくりと思い出す。

 

 

 

「鬼に成る前の私は、死んでないだけの屍だった。生きる意味も、生きている実感も見いだせなかった。ただ時間を浪費して、寿命が尽きるのを待つだけの無為な人生を……この力が変えてくれた」

 

「鬼として強くなる度に、出来る事が増える度に、敵を倒して食らう度に! 私は自身の成長を実感できた! 敵を踏み台にして次のステップへ足をかける感触! 喰う度に満たされる感覚! 勝利する度に強くなる実感!

 これこそ私の生きる意味だと!」

 

 

 鬼とは哀れな生き物。

 無惨に無理やり違う存在に変えられた元人間。

 だが、この鬼はどうだ?

 

 何でこの鬼はこんなに自由そうなんだ?

 何でこの鬼はこんなに楽しそうなんだ?

 何でこの鬼はこんなに生き生きしている?

 

 

「(ああ、そうか……。やっと、理解したわ……)」

 

 

 

 

 

 

「(葉蔵さん、貴方は……人間を辞めたかったのね)」

 

 

 

 

「……そう。このことはお館さまに伝えておくわ」

「ちょっと姉さん!」

 

 しのぶは怒りを見せるが、

 

「落ち着きなさいしのぶ。この鬼は隊士たちや他の人たちに手を出してないわ。」

「そ、そうだけど……。けど、この鬼は戦いを楽しんでいるのよ!? いいの!?」

「あら、隊士の中にも戦いを楽しんだり、鬼を殺すのが好きな人がいるじゃない。彼の方がよほど健全だわ」

「ね……姉さん!?」

 

 しのぶが立ち上がってカナエに詰め寄る。

 

「姉さん正気!? この鬼の本質は他の鬼と同じよ!? 紳士的な皮をかぶったケダモノじゃない!」

「そうね、葉蔵さんの在り方は鬼殺隊と相容れない。だから鬼殺隊に入れることは出来ないわ。けど、協定を結んで一時協力は出来るわ」

「けど!」

 

 段々とヒートアップする姉妹。そんな彼女たちを見て葉蔵はため息をついて立ち上がった。

 

「……要件はソレだけだ。このことを頭領に伝えてほしい。タイミングを計らってこちらからコンタクトを取る」

 

 そのままカナエの横を通り過ぎて外へ出ようとする葉蔵。

 戸に手を掛けた瞬間、カナエは振り向いてポツリと呟いた。

 

「貴方をいつか……人間に戻してみせます」

「………」

 

 

 葉蔵は何も答えずに部屋を出て行った。

 

 




葉蔵には鬼殺隊に入って人々のために戦うという選択肢もありました。

前回も言いましたが、葉蔵には迷う余裕があります。
鬼殺隊達は一つの道しか選べませんが、鬼である葉蔵は余計なことに気を取られる時間も心のスペースもありました。
ですから序盤は行動理念がハッキリしておらず、自分が何をしたいのかという自覚も薄く、様々なことに心を動かされ関心を持っています。

もし、八倍娘編で寂しさを自覚してしまったら、不死川編で実弥たちを守りたいと自覚してしまったら。
彼はまた別の選択をしていたでしょう。
しかし彼は自分の欲望を一番最初に自覚してしまった。
鬼として生きる道を、修羅道を選んでしまった。
もう彼は戻れませんし、引き返す気もありません。
葉蔵という鬼は二度と人になることはないでしょう。
それが葉蔵にとって不幸なのかどうかはまた別の話ですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

逃れ者の珠世さんと上弦の伍

「葉蔵様、あのような無礼な女共の巣窟に寄り道する理由があったのですか?」

 

 日光を遮る特注の高級車。

 その後部座席で寝ころんでいると、運転手がいきなり話しかけてきた。

 

「ああ、これは槇寿郎さんと事前に決めた事だからね」

「……あの派手な髪をした男ですか。我らは嫌いですね」

 

 ハァ~とため息をつく運転手、前中さん。

 専属の運転手とはいえ、そこまで私と関りのない彼もこんなだ。

 本当に大丈夫か、私の家。

 

「あの男は葉蔵様を否定するような発言をしました。大庭家への敵対行為です」

「ただ私と意見が合わなかっただけだ。敵対行為なんて大げさすぎるよ。……ん?」

 

 前中さんと話していると、懐に入れていた針が震えた。

 コレは珠世さんに渡しておいた針か。研究の成果の報告かな?

 

「私だ」

『葉蔵さん、抗生物質の試作品を作り終えました。つきましては治験の準備をしてほしいのですが……』

 

 そこから話を進め、針を壊して通話を終わらせる。

 彼女は多忙な身だ。無駄話をやる暇はない。

 

「……あの珠世とかいう鬼女ですか。わざわざ葉蔵さんが応答する必要はないのでは?」

「そんなことは言うもんじゃないよ。彼女はお抱えの薬剤師の数倍は働いている。優秀で貴重な人材だ」

「当然ですよ。あの女は鬼なんですから、一睡どころか休息すら必要ない。なら四六時中働くべきです」

「……前中さん、貴方はあの人が嫌いなんですか?」

「当然です。大庭家に仕えていながらあの鬼には忠誠心がない。葉蔵さんに献上する筈の稀血を頂いているというのに、その感謝すら見せない。……あの鬼はさっさと処分すべきです」

 

 ああもう。我が家の者たちはなんでこんなばっかなんだ。

 いくら今が大正で滅私奉仕が推奨されているとはいえ、ここまで過激なのはウチだけだぞ。

 というか、私は別に忠誠なんて欲しくない。ちゃんと仕事してくれるならソレでいいし、ちゃんと結果出すなら万々歳だ。

 

 珠世さんは良くしてくれている。

 表の仕事……新薬の研究と製造の成果は私の予想を上回って次々と成果を出してくれている。

 風邪薬やら虫下しやら何やら。私の知り得る限りの薬品を説明すれば、興味深そうに聞いて実行してくれている。

 無論、裏の仕事もちゃんとしてくれている。本来コッチがメインなのだけど。

 

「(あの人を拾ったのは正解だったな……)」

 

 私は珠世さんと出会った日をふと思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒョッヒョッヒョ。もう逃げられませんよ、逃れ者の珠代さん」

「「………」」

 

 町はずれのとある屋敷。

 そこで和服を喰た妙齢の女性と子供が異形の鬼と対峙していた。

 

 壷の中から蛇やミミズのように細い体を出し、頭から数本の手を生やす異形の鬼。

 本来なら目に当たる部位には口が、額と口に当たる部位にある目にはそれぞれ上弦の伍と刻まれている。

 そう、この気色悪い壺妖怪こそ上弦の伍、玉壺である。

 

 対するは逃れ者の鬼、珠世とその眷属である愈史郎。

 彼らは血鬼術で対抗しようとそれぞれ発動させるが……。

 

「させるか!!」

 

 玉壺が新たに出した壺から、魚のような化物が現れる。

 数は2体、鯱と鮫をモチーフにした魚人。

 それらは両手に持つ三又槍を振って珠代たちの血鬼術を無効化した。

 

「な……!?」

「無駄ですぞ! この魚人達は対針鬼の試作品! 七日七晩不眠不休で創り上げた最強傑作! テメエらのへなちょこ血鬼術なんか通じねえよ!」

 

 興奮のあまり最後は本性を暴露するが、珠代たちはそんなことに構ってられる余裕などない。

 

「……ック!」

 

 

【血鬼術 視覚夢幻の香】

 

【血鬼術 白日の魔香】

 

 

 珠世は自身の腕を引っ掻き、流れ出る血を媒体にして血鬼術を発動させる。

 魚人たちは口から水を吐く。たったそれだけで彼女の血鬼術を無効化した。

 

「この……珠世様に近づくな!」

 

 呪符を投げるも、それさえ槍を一振りするだけでただの紙切れと化した。

 振るうと同時に撒かれた水が、呪符の効果を打ち消したのだ。

 

 

「た、たかが濡れた程度で!? 一体どうなっている!?」

「無駄ですぞ!上弦以上の出力でも出さない限り、あらゆる血鬼術を撃ち消す!まさしくワタクシの最高傑作!」

 

 ヒョッヒョッヒョと気色悪い高笑いをしながら能力を暴露する。

 実際、暴露しても問題ないのだ。なにせ、珠世たちに対抗する手段などないのだから。

 そのことは、珠世自身がよく理解している。

 

「(な…なんとかしないと!)」

 

 焦りながら血鬼術を使うも、全て無効化される。

 鬼の身体力で撒こうとするも、相手は格上の鬼。勝てる筈がない。

 その上瞬間移動のような血鬼術までも使うのだ。逃げれる訳ない。

 

 上弦の鬼と通常の鬼とでは大きな差がある。それは、古参の鬼である珠代も例外ではない。

 今まで彼女たちが逃れられてきたのは、珠代と愈史郎の血鬼術が逃走に適していたから。

 無論、戦闘にも応用できるが、それでも彼女達単体では上弦には届かない。

 そして、血鬼術が通じない以上、彼女たちに逃走など不可能。

 このまま上弦によって蹂躙さるれるだけ……。

 

 

【針の流法 血針弾】

 

 

 二つの弾丸が、魚人を貫いた。

 銃弾はそれぞれの魚人の肉体に潜った途端、体内で針の根を形成させ、瞬く間に内部の因子を吸収。魚人を黒い塵へと還した。

 

「な…何?」

 

 突然の出来事に呆ける珠世。

 ソレは彼女だけでなくその場にいたもの全員に共通していた。

 

 何だ、一体何が起こった?

 一体誰が私の最高傑作を……!!

 

 

 

「ふぅん、君の兵士達、下弦の鬼クラスはあるんだ。なかなか便利だね」

「……!!? 何者だ!?」

 

 何処からか、声が響いた。

 玉壺は声のした方に振り向き、口と額にある異形の目を向ける。

 

 

「面白いことになってるね、私も仲間に入れてくれよ」

「は…針鬼……!」

 

 白い髪と肌に、赤い目と角。

 針鬼こと葉蔵。

 彼はまるで散歩でもするかのように玉壺と珠世の間に割り込んできた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

vs玉壺

玉壺の完全体って、水の中の方が強いような気がします。
だってアレ、見た目が魚人じゃないですか。
まあ、鬼殺隊相手に水中戦の機会なんてないと思いますが。

あ、炭治郎が沼鬼を水の中で倒してましたね。
水の呼吸の使い手なら……。


「針鬼……よくも私の最高傑作を!」

 

 

【血鬼術、千本針・魚殺】

 

【針の流法 血針弾・複】

 

 

 聞くに堪えない金切り声を上げながら、玉壺は血鬼術を行使した。

 取り出した壺から金魚が出現し、その口から無数の針が葉蔵目掛けて発射。

 迎え撃つのは無数の銃口。葉蔵の周囲が赤い点のようなものが複数現れ、血針弾を発射。全ての針を撃ち落とす。

 

「なんの!この程度は想定済みだ!」

 

 

【血鬼術 水獄鉢】

 

【針の流法 血針弾・連】

 

 

 玉壺が叫びながら、壺から水を出す。

 しかし一瞬で喰われた。

 針が吸水スポンジのように、瞬く間に水を吸収し、針の根を形成。

 針の根同士が合わさって一つになり、自動で折りたたまれ、一つの赤い塊になった。

 

 流れ弾が壺を砕くも、そこに玉壺の姿はない。

 

「ヒョッヒョッヒョ!それも想定内!喰らえ!」

 

 

【血鬼術 蛸壺地獄】

 

【針の流法 血針弾・貫】

 

 

 壺から巨大なたこ足が現れ、葉蔵を捕らえようと触手を伸ばす。

 葉蔵はその蛸を弾丸一つで貫き、一瞬で喰らった。

 

「な……ならこれならどうだ!?」

 

 

【血鬼術 一万滑空粘魚】

 

 

 全くの別方向から魚群が飛来する。

 金魚たちの毒針で弾幕を張り、水獄鉢で足止め、壺の瞬間移動で葉蔵の背後を取り、蛸壺地獄で拘束。そして渾身の攻撃を叩き込む。

 これが最初から玉壺の描いたシナリオなのだが・・・・・・。

 

 

【針の流法 血喰砲・散弾】

 

 

 葉蔵が玉壺如きの思い通りになるはずがない。

 

 散弾の雨が次々と魚群を撃ち落とし、針の根を張り、毒含めて吸収。

 針の根はそれぞれの魚の肉体を飛び出し、互いに結びつく。

 折り畳み傘のように自動で絡み合いながら、一つの塊にまで縮小した。

 魚群から吸収した鬼因子。

 葉蔵はソレを拾い、針をストローのように刺し、チューチューと因子を吸い始める。

 

「お、おのれぇええ!私の愛くるしい魚たちをよくも食ったな!?」

「貴様がけしかけたんだろう」

 

 更に怒りで身体を震わせる玉壺に対し、冷めた目でため息を付く葉蔵。

 

「……弱い。弱すぎる。上弦の参と比べて貴様はあまりにも弱い。上弦とはこの程度か?」

「(お…己ェ!芸術のげの字も知らん無知無教養な脳筋の分際で好き勝手言いおって!!)」

 

 ギリギリと目の位置にある口ではぎしりする玉壺。

 しかし、普段おしゃべりなその口から反論が飛ぶことはなかった。

 なにせ、埋め難い実力差があるのは事実なのだから。

 玉壺に出来る事と言えば悔しさと屈辱で歯軋りするぐらい。

 弱者が強者に反旗するなど不可能……。

 

「勝てないから後ろから攻撃か。……ありきたりすぎる」

 

 虚空から壺が現れ、中から玉壺が飛び出してきた。

 葉蔵はソレをノールックかつノーモーションで迎撃。見事に弾丸は命中したのだが……。

 

「……ほう」

 

 少しだけ驚いたような顔をする葉蔵。

 撃ち落としたのは、空っぽの皮。抜け殻である。

 

「貴様……脱皮できるのか。気持ち悪いな」

 

 葉蔵は嘲るような声で上を見上げる。

 そこにいた玉壺の姿は先ほどまでと大きく形を変えていた。

 半魚人に蛇が混ざったような姿で、玉壺は自慢げに己の肉体を誇った。

 

「黙れ芸術を理解出来ぬ愚か者が! 知るが良い、真の芸術を! 私が真なる姿を以て! 金剛石よりも硬く強い鱗、練り上げた美しき姿を以て! 真の芸術を教えてやる」

 

 

【血鬼術、陣殺魚鱗】

 

 

 真の姿となった玉壺が一気に仕掛ける。

 常軌を逸したスピードで、縦横無尽に飛び跳ねる。

 凄まじいスピードの前に葉蔵は………。

 

「キモッ!?」

「―――ッガ!!?」

 

 気色悪そうに弾丸を命中させた。

 

 玉壺の進路上に打ち込まれた……いや、置かれた弾丸。

 自分から当たりにくる形で銃弾は命中。金剛石よりも硬いハズの鱗を放射状に砕き、地面に叩きつけた。

 

「気持ち悪いなぁ。私、蛇は好きだがその姿は受け付けないな」

「ぐ、ぉぉおおお!?我が美しき完全なる姿がァアア!?」

 

 身体を再生させながら壺に逃げ込み、次から次へと周囲に予め置いた壺に瞬間移動する。

 葉蔵はあくびをしながらソレを少し眺め、そろそろいいかと零しながら血針弾を撃ち始めた。

 

 撃ち出されたが壺を粉々に割り砕くが、肝心の中身は既に別の壺へと移動している

 わざとである。

 やろうと思えば当てられるが、それでは面白くない。

 ギリギリ当たらないモグラたたき。

 当たれば負け、移動して間が1秒以上空いたら大負け。

 こんな感じのゲームをしているのだろう。知らんけど。

 

「ほらほら、早く打開策を出さないと全部の壺が割れるよ?」

「(ぐぅう……!まずいマズイ不味い!私の壺移動より奴の方が速い!)」

 

 

 玉壺の壺移動は非常に厄介な技だ。

 速い上に現れる壺もランダムな為、たとえ柱でも何処から出てくるか見極めるのは難しい

 しかし葉蔵には鬼を感知する超感覚がある。これにより移動した地点をいち早く察知し、血針弾で次に来る壺を撃ち抜いている。

 このゲーム、最初から葉蔵が優位なのだ。

 

「これで最後だ」

 

 葉蔵はゆっくりと最後の壺に指を向けた。

 

「……ヒョ、ま、待たれよ針鬼殿………!」

「ゲームオーバーだ」

 

 放たれる銃弾。

 バリィンと壺を割り、玉壺を外へ放り出す。

 打ち上げられる玉壺の禍々しい姿。

 ソレを見て葉蔵はつい顔を顰めながら血針弾を撃った。

 

 

「(死ぬ……のか? 私は……こんな、とこで? 何も作れずに……?)」

 

 

「(い…嫌だ! 死にたくない! もっとやりたいことが…。作りたいものがあるのに!)」 

 

「(そうだ、私の作品をあの方は認めてくださった! 今も私の作品を楽しみにしている! あの方のためにも……芸術のためにも……傑作のためにも!!)」

 

 

 

 

 

「……ッ私は、真の芸術家だァァアアアアアアアア!!!!!!!」

 

 

 

「!?」

 

 月夜に玉壺の慟哭が響き渡れる。

 

 先日、分け与えられた無惨の血。

 あの時は適応出来なかったが、今なら出来る!

 

 目を見張る超速再生に驚く葉蔵に、玉壺が吠えた。

 

「私の究極の芸術を見せてやる!」

 

 

【血鬼術 波乱万滑空粘魚】

 

 

 玉壺の持つ壺の中から幾多の毒魚がそれぞれ放出させる。

 一万滑空粘魚とはまた違う、更に強化された毒魚。

 しかもそれらは毒水の波に乗っている。

 

 

【針の流法 血杭砲・爆散(ブラッディ・フラスター)

 

 

 葉蔵はそれらを血鬼術で迎え撃つ。

 爆発する針をまき散らし、爆炎で毒の水を吹き飛ばし、毒の化け魚を迎撃した。

 

「ヒョッヒョッッヒョ!これで倒せぬのか! ソレもまた良し!ならこれでどうだ!?」

 

 今度は壺の中から、大量の水が葉蔵を襲う。

 圧倒的な質量の毒水。

 ソレが波となって葉蔵を飲み込まんとする。

 

 

【血鬼術 津波海遊壺】

 

【針の流法 血喰砲・爆轟】

 

 

 これもまた迎撃。

 ナパーム弾のように爆炎を発生させ、水を蒸発させる。

 しかし、そのせいで水蒸気爆発が発生。

 

「これも防ぐか! ソレもまたまた良し! 今度こそ死ねッ!!」

 

 

【血鬼術 津波海遊壺】

 

【血鬼術 波乱万滑空粘魚】

 

 

 玉壺の周囲を囲むように壺が現れ、その口から一斉に毒水が噴出された。

 毒の粘液を纏う化け魚も現れ、まるで波のような大群で葉蔵に襲い掛かる。

 

「……ガボッ!!」

 

 荒れ狂う洪水に飲み込まれる葉蔵。

 毒水が体外と体内から蝕もうとするも、この程度の毒では死なない。せいぜい嫌がらせ程度である。

 

「(水中戦か。面白い!)」

 

 もっとも、葉蔵自身はなかなか出来ない対戦に少し楽しそうだが。

 

 毒を溶かし込んだ海水の中、彼は大量の魚群を散弾で牽制する。

 たとえ水で身動きが取れずとも、弾丸はいくらでも飛ばせる。

 水中抵抗など、とっくに対策済み。任意のタイミングで針の根を張る機能のON/OFFを切り替えることで、針の暴発を防止。

 こうして葉蔵は水中での的当てゲームを楽しんでいた。

 

「ヒョ……ヒョッヒョッヒョッヒョ……。さ、流石は針鬼。あの方が危惧されることはある。まさかここまでとは。……ならこれならどうだ!?」

 

 

【血鬼術 大漁将来】

 

 

 玉壺は巨大な壺を幾つか創り出した。

 人をすっぽり包み込めそうな大きさの壺。

 ソレを壊しながら様々な魚を人型にした化け物が現れる。

 

 蛸と二枚貝と人手が、烏賊と巻貝と海鼠が、海牛と芋貝と海栗が合わさったような怪物。

 蟹と磯巾着を、海老と海月を、海百合と鰻を人の形に無理やり留めた様な壺を持つ怪人。

 そんな化け物共が壺を破壊して現れた。

 

「ほう……面白くなってたじゃないか!」

「ヒョッヒョッヒョ! そんな余裕もいつまで持つかな?」

 

 出現した異形の化け物たちを血針弾で仕留めようとする葉蔵。

 しかし、ここで予想しなかったような出来事を目にする。

 

 

【血鬼術 瞬間壺移動】

 

 

「………へえ」

 

 なんと、魚人と怪魚たちが血鬼術を行使したのだ。

 しかも、先程本体が見せた壺移動より一段階上の血鬼術。

 壺から壺ではなく、壺や貝殻ごとの瞬間移動。

 壺或いは貝殻に吸い込まれるかのように入った途端、その壺や貝殻こと瞬間移動したのだ。

 そして、この程度ではまだ終わらない。

 

 

【血鬼術 滑空粘魚】

 

【血鬼術 千本針】

 

 

 海牛と芋貝と海栗の怪物が、蟹と磯巾着の怪人と、海老と海月の怪人がソレゾレ針を飛ばした。

 烏賊と巻貝と海鼠の怪物が、蛸と二枚貝と人手の怪物が、海百合と鰻の怪人がソレゾレのモチーフの化け魚の大群を創り出した。

 玉壺が創り出した化け物もまた、本体と同じ血鬼術を使えるのだ。

 上弦レベルの血鬼術が6つも同時に発動。

 半天狗の分裂能力以上の脅威を見せつけるが……。

 

 

【針の流法 自律血針】

 

【針の流法 血針弾・複】

 

 

 しかし、ソレがどうしたと言わんばかりに、葉蔵は血針弾を化け物共に当てた。

 

 化け物共の血鬼術を自律血針に対処させ、自分は6発の血針弾をそれぞれの化け物共に当てる。

 弾丸は逸れることなく

 

 葉蔵には血鬼術を探知する超感覚がある。

 これを駆使することで、何時何処に何がテレポートするのかすぐに分かってしまう。

 そして葉蔵自身の射撃能力。これだけの情報があれば、絶妙なタイミングで獲物に血針弾を当てられる。

 多少強化された雑兵程度では、葉蔵の遊び相手にすら成り得えない。

 

「窒息せず毒も効かず、愛くるしい我が鮮魚でも、そして我が精鋭たちでも倒せない……。なら、やはり私自らの手でやるしかないようだな!!」

 

 毒水の中、自在に泳ぎ回る玉壺。

 玉壺の完全体は水中でこそ十全に力が発揮される。

 今まで水中戦の機会がなかったせいで、彼自身気づいてない特性。

 しかし考えてみれば当たり前の事。

 魚の姿をしているのだから、そりゃ水中が一番強いに決まっている。

 

「ヒョ、遊びは終わりだ。この神の手で直々に貴様を倒す!」

 

 どんな物体も鮮魚に変える神の手。

 コレなら針鬼とて無事では済まされない。

 そう確信した玉壺は真正面から最高スピードで突撃した。

 

「ヒョッヒョッヒョッヒョッヒョ! これが私の力! あの方によって与えられた血の力! あの方に認められた芸術の美しさだ!」

「……ッグ!」

 

 触れた。

 指先が葉蔵の顔に触れ、一瞬で魚と化した。

 南米の海にでもいそうな、派手で巨大な熱帯魚。

 刃のように鋭く、光を反射する程にあでやかな深紅の鱗。

 姿は変わっても一目で分かる、この派手な魚は葉蔵であると。

 

「ヒョッヒョッヒョッヒョッヒョ! 遂に……遂に針鬼を捕らえましたぞ! 無惨様、この私がやったのです! 私が成し遂げたのです!」

 

 喜びのあまりその場で小躍りする玉壺。

 毒水で形成された水獄鉢の中、ウネウネと蠢くようなダンスは生理的嫌悪感を想起させる。

 端的に言って気持ち悪い。

 そんな玉壺を、熱帯魚は冷めた目で見下していた。

 

「それはどうかな?」

 

 ニヤリと、熱帯魚が嗤う。

 次の瞬間、玉壺の意識は途絶えた。

 

 

 




葉蔵が楽々と倒したせいでインパクト薄いですが、パワーアップした玉壺はけっこう強いです。たぶん、無一郎くん一人では勝てなかったでしょう。
また、大漁将来で創り出した分身たちもかなり強力です。
お披露目することなく退場しましたが、分身たちは童磨が使う結晶の御子と似た血鬼術です。
それぞれが自律している上に、本体と同じレベルの血鬼術を使う。もちろん分身がダメージを負っても本体は何も影響はない。
更に分身たちはモチーフになった海生生物の特性を持っており、本体にはない能力を使うという厄介な点もあった。
おそらく鬼殺隊とぶつかっていれば、原作以上に苦戦していたでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

針の真価

「あ~、やっちゃった………」

 

 熱帯魚と化した私は、水中でため息をついた。

 針の根が辺りに拡がり、怪人と怪物、そして上弦の伍を貫いている光景。

 私の血鬼術がもたらしたものだ。

 

 私の針は鬼因子を吸収する。

 鬼に突き刺すことで体内の鬼因子を吸収することが本来のやり方なのだが、血鬼術も針が刺さるなら鬼因子を吸収することで無効化するだけでなく、その因子を使って更なる針を創り出せる。

 私はこの特性を使って相手の血鬼術を無効化して、ついでに吸収した鬼因子を喰らっている。

 一見便利だが欠点がある、ソレは、この機能は血鬼術の中だとこうして暴発してしまう点だ。

 

 私の針は、鬼因子を意図して食っているわけではない。

 元からそういう機能が付いており、私が意図して搭載しているわけではないのだ。

 故に、水や煙などの血鬼術に満たされている場で血針弾を使うと、こうして暴発が起きてしまうのだ。

 

 普段は針に予め鬼因子吸収機能をOFFにするのだが、ずっと切れるわけではない。というか切れない。針に鬼因子を喰うなと角を通して命令を送り続けているだけだ。

 余裕のある時はこれでいいのだが、うっかり命令を送るのを忘れたり、命令を送る余裕がないと、こうして暴発してしまうのだ。

 結果、こうして面白くなったゲームが台無しになってしまった。

 

 

 本来の予定は、魚になったまま戦うつもりだった。

 

 この状態でも血鬼術の使用は可能。よって、自律血針や血針猟犬を使って上弦の伍とやり合うつもりだった。

 向こうは魚の兵士を、こちらは針の兵士を使っての戦略ゲーム。

 互いの兵隊をぶつけ合い、どちらの兵が上か、うまく兵を使えるか決めるつもりだった。

 ソレが全部台無しだ。

 

 私が勝つのは当たり前だ。

 上弦の伍より格上である上弦の壱を撃退した時点で既に明らか。

 楽しいゲームを成立させるため、ハンデを付けるのは当然だ。

 その上で私自身も成長出来るゲーム。そういった意味では、分身のぶつけ合いというものは我ながら面白い趣向だと自賛していたが……パーになってしまった。

 

 この勝負は最初から私が勝てるものだった。

 その気になればいつでもチェス盤をひっくり返せるような、こちらの許しで成り立つゲーム。

 気に入らなくなったらハンデを取りやめてさっさと食らう、そのつもりだったのだけど……。

 

「あ~あ、折角盛り上がったのに。……獣鬼豹変」

 

 一度獣鬼態になり、もう一度人間体に戻る。

 

 上弦の鬼を食ってから、こうして瞬時に獣鬼熊へ成れるようになった。

 今回はソレを利用して魚を解いたのだ。

 

「……とりあえず、食うか」

 

 服を羽織りながら、針の根に拘束された上弦の伍に近づく。

 

 既に虫の息状態。

 全て吸い尽くしてはいないものの、あの一発小さな針を撃つだけでこの鬼は死ぬ。

 こんな状態で解放しても、面白いゲームは出来る筈がない。さっさと殺してやるのがせめての慈悲というものだ。

 

「(しかしあの神の手だっけ? アレは厄介だな)」

 

 ふと、奴の最後の血鬼術を思い出した。

 

 触れたものを問答無用で魚に変える血鬼術。

 なるほど確かに強力だ。

 相手の防御力や体力関係なしに確実な効果を発揮する血鬼術は恐ろしい。

 まして、人間相手ならなら天敵と言っても過言ではない。

 

 当たらなければどうということはないというが、あの鬼はかなり素早かった。

 魚の姿をしている分際で、陸上でもあれほどの動きが出来たのだ。

 私や上弦の参以上の鬼でなければ、回避は難しいだろう。

 

 そしてあの鬼は牽制用の血鬼術を使える。

 針や魚で足止めされたら、回避は絶望的になる。

 現に、私も水の牢獄に閉じ込められて身動きが取れなくなったではないか。

 まあ、何時でも出られたし、破壊も出来たが。

 

 とまあ、あの鬼は人間相手にはかなり凶悪な性能を発揮していたであろう。

 私のように対処法を持たない人間では、あの鬼にまず勝てない。

 まあ、そこを何とかするのが鬼殺隊の怖いところなのだが。

 そこは今はどうでもいいか。

 

 今私が考えるべきことは、あの鬼の血鬼術をどうやって無力化させるかだ。

 

 他の血鬼術は対抗策があった。

 針や魚は全部撃ち落とせるし、水の牢獄も爆破させたら出られる。瞬間移動も超感覚で何時何処に来るかすぐに分かる。

 だが、神の手だけは回避するしか方法がない。

 ソレではダメだ。

 

 私が望む勝利とは私自身をレベルアップさせてくれる勝利。

 折角向こうが成長の機会をくれているのに、ギブアップなんて勿体なさすぎる。

 なんとかしてクリアしなくては、私の目指すゲームクリアが成立しない。

 

「(……いや、そもそも本当に私の針では防げない血鬼術なのか?)」

 

 どうも違う気がする。

 防げないと理屈で決めつけているだけで、本当は解釈次第では何とかなるんじゃないのか?

 

 私の針は成長し続けてきた。

 最初は指先から生える程度だったのが弾丸のように飛ばせるようになり、今では平成時代の武器を再現できる程の破壊力と応用力を発揮した。

 武器だけではなく、自動で動く針人形だったり、霧状にすることで人間の体内に潜む血鬼術も食えるようになった。

 このように私はどんどんレベルアップしてきた。なら、神の手も超えられるのではないか?

 

 私は神の手の発動を感知する事が出来た。 

 神の手も血鬼術である以上、発動とそのタイミングは超感覚で捉えられる。当然のことだ。

 なら、針で貫くことも出来たんじゃないのか? 感覚として認識できるなら、やりようによっては干渉出来るんじゃないのか?

 

 そもそもの話、針というだけで銃弾のように飛ばし、霧状にしてばら撒き、塊にしてあらゆる武器を創り出し、振動やら電気ショックやら通信やらが本当に出来るのか?

 本当は、解釈次第でなんとでもなるもの……針もその一端でしかないのでは?

 

「……やってみるか」

 

 ちょうど今、私に干渉しようとしている鬼がいる。

 どれ、本当に出来るかどうか、奴の血鬼術を利用して試してみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 べべん。

 琵琶の音が響くと同時、上弦の鬼達は無限城の一室に転移された。

 上弦の鬼がここに呼ばれたという事は、上弦の鬼が討たれたという事。

 この場にいないこことを見るに、やられたのはおそらく玉壺であろう。

 

「……今度は…玉壺、か」

「そのようだねぇ。俺は悲しいよ、立て続けに二人も上弦が……同僚が針鬼に食われるなんて……」

「後目はどうなるんだ? まだ上弦の肆も決まってないのに、伍も空くとは一大事だぞ」

「ソレは……私達の考える事ではない……。あの方が……考える事だ……」

 

 童磨を無視して黒死牟に話しかける猗窩座。

 黒死牟も童磨を居ない者として扱い、話を続ける。

 そこからしばらく童磨が入らないよう色々と話していたのだが、無惨の気配を感じたのですぐ切り上げた。

 

「そろそろ……控えるか……。無惨様が……御見えだ……」

 

 猗窩座だけでなく、妓夫太郎や堕姫の言葉を遮る。

 それと同時に出現した男性に、すぐさま上弦の鬼達は跪いた。

 

「玉壺が死んだ。上弦の月がまた欠けた」

 

 鬼舞辻無惨。

 彼らの首領であり創造主。

 鬼にとって絶対的であり、最も恐ろしい存在でもある。

 そんな彼の、失望と落胆、そして怒りを隠さない様子。

 自然に上弦の鬼達の身体が強張る。

 

「誠にございますか!それは申し訳ありませぬ!紹介した身として御詫びをしなければ……」

「必要ない。ソレよりも、今から大事な役目を与える」

 

 童磨の言葉を一蹴し、続ける。

 

「今からその鬼をこの場に引きずり込み、上弦全員で叩く。……鳴女、そこに奴を呼び込め。お前らはその周りを囲め」

 

 無惨が適当に空いている場所を指さし、その周囲に上弦たちが待機する。

 各々が血鬼術を使う準備を整え、今か今かと獲物を待ち構えるが………。

 

「………? どうした、鳴女? 何故早く呼び出さ………!!?」

 

 何時まで経っても獲物――針鬼を呼び込まない鳴女に苛立ちながら振り向く無惨。

 その顔はすぐさま驚愕に変わった………。

 

「………そんなことまで出来るのか!?」

 

 肝心の鳴女が、葉蔵の針によって浸食されいた。

 

 琵琶と琵琶を持つ手が赤い針に貫かれている。

 既に針の根が張られており、徐々に肉体へと侵攻しようと、根を伸ばしている。

 

「………御免」

 

 一瞬で鳴女との距離を詰め、腕を切断する黒死牟。

 正確に言えば、彼は針に侵食された部位を切除した。

 転がり落ちた手と琵琶が爆発する。

 もしあのまま鳴女を放置していればどうなったかは、言うまでもない。

 

「もういい……! 貴様ら、全員で奴を捕らえて来い! 鳴女、すぐに再生して上弦たちを送り込め!」

 

 そう言って、無惨は不機嫌そうに部屋から出て行った。

 癇癪持ちは相変わらずのようだ。

 

「……あの鬼……空を飛べる上に……異様な速度で走るのだが……」

 

 このあと葉蔵を捕らえることが出来ずにパワハラされたのは言うまでもない。

 




葉蔵の血鬼術も獣鬼態も、他の鬼同様に人間だった頃の望みや思想から生み出されたものです。
では葉蔵は何を望んだのか、何を求めたのか。
ソレは後程に


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

珠世さんと葉蔵

今更ですが、葉蔵さんの価値観は鬼滅の刃の世界観とはかなりズレています。
だって転生者ですよ? 平成の価値観あるんですよ? 鬼ですよ?
同じなワケないじゃないですか。
けど、そこに意味があると私は思います。


「(近くに鬼がいるな)」

 

 上弦の伍を倒した帰り道。

 屋台で買い食いをしていると、鬼の気配がした。

 数は二体。悪意や殺意は感じ取れないが、片方からは敵意を向けられている。

 

「(どうしようか? 殺そうかな?)」

 

 私にとって鬼―――同胞とは捕食対象だ。

 

 今まで話の通じる相手や、友好的な相手と出会ったことがないし、聞いたこともない。

 上弦の鬼たちも話こそ出来るものの、立場上は敵。出会ったら即殺し合いだ。

 自分以外の鬼は敵。同胞はご馳走。これが私の鬼に対する認識である。

 故に今回もそうしようとしたのだが……。

 

「私に何か用ですか、鬼のお二方?」

 

 とりあえず、話しかける事にした。

 

 こちらの存在を知りながら、初めて敵意も害意も見せない鬼だ。

 どうせ相手は上弦以下の鬼。ここで殺すのは簡単なのだから、どんな鬼か観察してみよう。

 

 話しかけて数秒後、二体の鬼が物陰から現れた。、

 黒髪を結い上げた着物姿の女性と、学生のような恰好をした少年。

 強さとしては上弦の下位といったところか。

 

「貴様が鬼喰いの針鬼か。言っておくが珠世さまには」

「よしなさい、愈史郎。……ごめんなさい、気を悪くしてしまいましたか?」

「いえいえ。こうして鬼と話せる機会は初めてなんですよ。この間も上弦の壱と話したのですが、すぐに戦いになりましたから」

 

 私がそう言った途端、二人は一瞬で顔を真っ青にした。

 まるで信じられない光景を目の当たりにしたような反応。……ああ、そういうことか。

 

「とりあえず、場所を変えましょう」

 

 私の提案に二人は顔を困惑しながらも首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町外れにある木造の診療所。

 私は奥にある畳部屋へと通された。

 

 建物の至る所から血鬼術の気配がする。

 発生源は目のような模様が描かれた札からだ。

 おそらくアレが血鬼術を発動させ、この診療所に結界のようなものを形成しているのだろう。

 

 試しに一枚触れて。血鬼術を発動させる。

 イメージは概念の針。

 霊体或いはエネルギー体の針が血鬼術そのものを貫き、術を破壊する。

 

「(よし、一枚分だけ無効化出来たな)」

 

 確かに何かを喰らった感触。

 物理的には何もないのに、私はない筈のものを食らうことが出来た。

 

 さて、実験は終わりだ。次は目の前の事に集中しなくては。

 私は畳の上に座った。

 

「申し遅れました、私は珠世と申します。この子は愈史郎です」

「私は大庭葉蔵。鬼殺隊と鬼からは針鬼と呼ばれている」

 

 軽く自己紹介をした途端、珠世さんは神妙な顔をした。

 

「……やはり、貴方があの針鬼だったのですね」

「ほう、やはり私のことを知っているのか」

「ええ、噂は聞いております。なんでも、鬼でありながら人を喰わず、鬼のみを喰らうと」

「まあね。付け加えるなら人間の食事と睡眠も必要だ」

 

 私がそう告げた途端、珠世さんと愈史郎くんは驚きのあまり目を見開いていた。

 どうやら、彼から見ても私は異端のようだ。

 特に珠世さんの驚きぶりは尋常ではない。

 言葉を失った様子でワナワナと震えている。

 

「そんな馬鹿な!? どんな鬼も人食いの衝動には勝てず、人の食事も受け付けないはずなのに!?」

「そんなこと言われても困る。現に私はこうして生きているのだから。……それより話を進めましょうか」

 

 彼女を一度落ち着かせて話を再開させる。

 どうやら彼女は戦国時代から鬼として生きているらしく、私のような鬼は初めて見たらしい。

 当時の彼女は今でいう十二鬼月に近いものであり、近くで無惨を見てきた。ソレでも私のような鬼は存在しなかった。

 

「つまり、私のような鬼は前代未聞だと」

「はい。天然の鬼で貴方のような鬼は存在しませんでした」

 

 どうやら彼女は自分で体を大分弄ったらしい。

 鬼舞辻の呪いもその過程で外し、人の血を少量飲むことで生命を維持している。

 

「ですが貴方は人の血肉を口にせず、人間と同じ食生活を送れる。鬼は本来飲食を行えませんから……はっきり言って、羨ましい限りです」

「ん? あなた方は飲食が出来ないのですか?」

「私は紅茶だけです。体質を変化させましたが、あなたと比べると……」

 

 どこか憂いた表情の珠世さんと、そんな彼女を見て顔を赤くしている愈史郎くん。

 

 それからも私は話を聞き続けた。

 珠世さんの事、愈史郎くんの事、そして、鬼舞辻無惨の事。

 

 話を聞く中で思ったのは、無惨は何故そこまで臆病なのかということ。

 必要以上に姿を隠し、必要以上に鬼を増やし、柱も上弦に任せている。それがどうにもひっかかる。

 

 何故自分でやらない?

 

 鬼殺隊も自分で鬼の軍隊を率いて攻め込めば事足りる筈。

 むしろ、無惨一人でも柱を全滅させられる筈だ。

 なのに何故そうしない?

 

「あの男は恐れているのです」

「何を?」

 

 一体何を恐れる必要があるのか。

 聞く限りでは、無惨は最強の生物だ。

 人間なんて虫同然だろうに……。

 

 

 

「鬼舞辻無惨をあと一歩のところまで追い詰めた、たった一人の人間がいるのです」

 

 

 

 

 

「………は?」

 

 彼女の話の大半は、私の頭に入ってこなかった。

 

 私にとって最強の鬼であった上弦の壱、黒死牟。

 そんな彼をも凌ぐといわれる鬼舞辻無惨を圧倒出来る人間が、かつて鬼殺隊にいたという事実。

 あまりにも現実離れ過ぎて、信じられなかった。

 

 鬼となって強靭な肉体を手に入れ、鬼を喰らって更なる力を手に入れ、目覚めた血鬼術を検証し、様々な鬼と戦って経験を積み、より強い鬼を喰らってレベルを上げてきた。

 そうやって積み重ねた強さを嘲笑うかのような、圧倒的な強さを人間が有している……?

 

「………ああ成程。黒死牟が鬼に成るわけだ」

「? 何の話です?」

「いや、こちらの話だ。無惨を倒すことについては関係ない」

「そ、そうですか」

 

 そう、私には関係ない。

 黒死牟が何を思って鬼に成ったか、何を目指しているのかなんてどうでもいい話だ。

 それに、その人間は既に死んでいる。

 余計に私との接点はない。

 

「私は鬼であると共に医者でもあり、何より鬼舞辻を抹殺したいと思っています。どうか私に力を貸してくれませんか?」

「内容による」

「貴様! 珠世様の願いを拒むつもりか!?」

「やめなさい愈史郎! 私はお願いしてる立場なのです! ……ごめんなさいね、葉蔵さん」

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 これぐらいは逆の立場で見慣れている。気にすることはない。

 

 

 

 

「ではまず、あなたの体を調べさせてほしい」

「無理」

 

 

 

「もっと別の方面にしてくれないか? 研究施設や稀血などは提供できるが、私自身の肉体を調べるのは勘弁願いたい」

「え、え~と……。で、出来るなら、貴方の血を研究させてもらえるとありがたいのだけど……。ほんの、ほんの数滴でいいの!」

「ダメだ。他人に調べられるなんて気持ち悪い」

「貴様! いいから珠世様の言う事を聞け!」

「愈史郎! いい加減にしないと怒りますよ! ……葉蔵さん、貴方の血はあの男を屠るのに必要なの」

 

 まるで小さい子に諭すように語り掛ける珠世さん。

 正直イラっと来たが、表に出すことなく思ったことを正直に話す。

 

「いや、無惨は私の獲物だ。むしろ取らないでくれるとありがたいのだが?」

「………え?」

 

 瞬間、空気が若干凍った。

 私は気にせず話を続ける。

 

「貴方達は一つ勘違いしている。私は別に鬼も無惨も憎んじゃいない。私が鬼と戦う理由は、鬼との戦いを楽しみたいからだ。決して人間のためではないし、まして正義感からでもない」

 

 少し早口で、少々苛立ちながら私は言い切った。

 

「き、貴様!? 狂人の類だったか!」

「その認識で構わない。君たちにどう思われようが私のやることは変わらない。今まで通り鬼と戦い、血肉を喰らい、強くなり続ける。次の」

「な…この無礼者が!」

「!? やめなさい愈史郎!!」

 

 珠世さんが止めるが遅い。愈史郎くんは札を取り出して血鬼術を発動させようとしている。

 ソレを見た私は先制攻撃……いや、血鬼術への防御用血鬼術を使った。

 

 

【針の流法 魂魄刺す針(アストラル・ニードル)】 

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああ!!!?」

「愈史郎!?」

 

 手の中を突き破る針の根によって悲鳴をあげる愈史郎くん。

 珠世さんはそんな彼を心配して手を診ようと愈史郎くんに近付いてきた。

 

「手を斬り落とせば針の侵食は止まる。一度発動した侵食は私でも止められない」

 

 やれやれ、この血鬼術はまだ制御が甘いな。私としては血鬼術を防ぐつもりで発動させたのだが、相手の血鬼術を喰らった余波で相手の手も食らうようだ。

 

「………どういうことです?」

「先に手を出したのは其方だ。私は自分の身を守っただけ。……多少過剰防衛にはなったけど」

 

 そもそも、愈史郎くんが血鬼術を使わなくてはこうなってなかった。

 

 先程の血鬼術、魂魄刺す針(アストラル・ニードル)は本来なら刺すどころか触れられないもの―――血鬼術とその因子のみを刺す針だ。

 非物理的な血鬼術へのカウンターとして今日編み出した新技。

 まさかこれほどの威力になるとは私自身思いもしなかった。

 

「……そうですね。愈史郎、貴方が謝りなさい」

「珠世様!? しかしこの鬼は…」

「愈史郎! 貴方が先に手を出さなかったら彼は何もしなかったのです! ソレに私はやめなさいと言ったはずです! 聡明な貴方ならこうなることは分かっていた筈! なのに何故貴方あんな真似をしたのです!?」

「………申し訳ありません」

 

 しおらしく謝ると、今度はこちらに向いて頭を下げた。

 どうでもいいが、下に向いている顔が憤怒の形相なのは言うまでもない。

 

 私は珠世さんの方に振り向いて話を続ける。 

 

「先程の話なのですが、機材の支援だけ受けましょう。本来ならあなたの針も研究させてもらいたいのですが、贅沢は言ってられないですね」

「そう、なら今日からよろしく。珠世さん」

 

 こうして私は珠世さんを雇うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしいのですか珠世様」

 

 とある研究所。

 当時最新鋭の設備が揃った大規模な薬物研究所。

 そこで珠世は薬品をいじりながら愈史郎の問いに珠世は答える。

 

「何がです?」

「針鬼のことです。あの鬼はいかれている。自身の快楽の為だけに鬼を喰い、鬼と戦う奴なんて、俺は信用できません。したくもない」

「……別に、いいのではありませんか?」

 

 薬品を置いて話を続ける。

 

「そもそも、鬼の力に一度堕ちた私にあの人を咎める権利はありません。畜生以下の存在に成り下がった私と違って、あの人は自分を律している」

「何をおっしゃっているのですか珠世様! あの鬼はただ好き勝手に力を振るっているだけです! 遊び半分で鬼と戦うなんてどうかしてます!いつその牙がこちらに向くか分かったものではありません!!」

「そうですね、貴方の言う通りあの人はただ自分が力を振いたいか、その力を楽しみたいから鬼にぶつけているだけです。けど、世の中にはけっこういますよ、ああいった人は。しかも、そういう人の方が成功するものです」

 

 続いて薬品にスポイトのようなものを垂らし、カチャカチャと搔き混ぜる。

 

「人間なんて結局は自分のことしか考えていませんよ。私もあの人も、結局は自分がしたいと思ったことをしているだけです」

「……ですが、珠世様は高尚なことをなさろうとしている! あの鬼とは違う!」

「いいえ、私はただあの男に復讐したいだけです。積極的に自分のやりたいことをやり、そのために技術を磨き、その過程も楽しんでいる葉蔵さんに比べたら、私はさぞ陰険でつまらない生き方をしているでしょうね……」

 

 自嘲するかのように笑う珠世を見て、愈史郎はかける言葉を失う。

 

「彼の中には美学があります。倒していい相手とそうでない相手を選別する貴人が存在している。彼はソレを死んでも破らないでしょう」

「……そんなもの、あいつの気分一つで切り捨てられるでしょうが」

「そうですね。ですが、世間の基準もそうです。時代や状況が変われば当然変わります。ソレに、世間が常に正しいとは限らないですよ?」

 

 

「私はあの人を擁護する気も肯定する気もありません。ですが、咎めたり否定する気はもっとありません」

 

「むしろ私はあの人が羨ましい。自分なりの価値観と欲求に従い、自分のやりたいことをやっている。あんなに楽しそうに生きていると、善悪なんてどうでもいいのですね」

 

「確かに人間的には褒められませんが、だからこそ羨ましい。自分を偽ることなく、かといって過度な善行や悪行を積むことなく、調整を取っている。ある意味、彼の生き方の方が人間という生物としては正しい生き方かもしれません」

 

 

 

 

 

「まあ、珠世様がそう仰るなら……」

 

 愈史郎は困った様子で、その場から立ち去った。

 その背中を眺めながら、珠世はフラスコの中の薬を更に調整する。

 

「ですが、何時かは夢から醒めてもらわなくてはいけませんね。………フフッ」

 

 彼女は「人間化薬・試作品」とラベルを張った。

 




二次創作、特に転生モノの醍醐味の一つは、その世界と転生者の価値観の違いだと私は思っております。

違う世界を生きて、違う価値観を形成し、違う視点を持つ。
そんな異物をぶち込むことで、原作と違った展開にすることこそ二次創作の楽しみではいでしょうか。
要は全く使わなかった調味料を入れて、別の料理にするようなものです。


その一環として鬼殺隊サイドにも無惨サイドにも属さない全く別の視点、平成時代が混じった価値観、人の想いや絆とはまた違う物に価値を置く主人公という劇物を放り込みました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

葉蔵の次の目的

この主人公、実は最初から呼吸を使えました。
とはいっても廉価版みたいなものですが。


「葉蔵さん、これから貴方は」

「うん?」

 

 車の中でボーとしていると、運転手の前中さんが話しかけてきた。

 

「ここ最近は地方の鬼も狩り尽くしました。これ以上は鬼の因子の補給は難しそうです。そろそろ稀血や人間の肉をお召しになる時期かと」 

「あ~、ソレねぇ。……ちょっと調べたいことがあるんだ。ソレがクリア出来たら、私は食事を必要としなくなる」

 

 私は普段から人間の食事をたべるが、ソレでは到底賄いきれない。

 あくまでも主食は鬼なのだ。それ以外を取るなら本来の鬼の食事がいい筈だ。

 私が人間を喰ったことがないので確証はないが。

 

「では、ソレがもし頓挫した時用に人間を用意します」

「ああ、考えておく」

 

 テキトーに返事してその話を終わらせる。

 まったく、なんでこの家の従者は人食いに抵抗感がないのか。

 まあ、武家だから人殺しに抵抗がないのは分かるよ、百歩譲って。なにせウチは鎌倉時代から続く武家なのだから、野蛮な行為にも慣れているだろう。

 けど、だからって人食いOKはどうなの?

 

 

「(……これをクリアすれば、私はより強い力を得られる)」

 

 私は一枚の資料を取り出す。

 鬼と呼吸に関して私がまとめたもの。

 結論だけ先に読むと、そこには身もふたもないことが書かれていた。

 

「呼吸は人間よりも鬼を強化するのに優れている…か」

 

 人間は体力の限界が存在する上に、呼吸の技は体に大きな負担をかける。

 強い技を使えば使う程に負荷を掛け、やがて耐えられずに死ぬ。

 呼吸の剣士たちは文字通り命を賭けて剣を振るっている。

 しかし、鬼は体の負担など関係ない。

 

 無理な呼吸法で肉体を負傷しても再生。

 無理な呼吸法で体力を消耗しても再生。

 代償を踏み倒して利益のみを得られる。

 

 本来鬼を狩るための技術は、むしろ鬼が使う方がより効果を得られるのだ。

 そしてもう一つ、呼吸は鬼に別の利益をもたらす。

 

「(呼吸は鬼の血の許容量を増やす可能性あり)」

 

 その一文を見た途端、私はニヤリと笑った。

 

 今思えば、私は呼吸を使っていた。

 祖父から教えてもらった射撃の呼吸。アレは、剣士たちの呼吸に似ていたのだ。

 当てはまる呼吸はなかったが、原理や根本的な部分は一緒。

 呼吸による人体活性化だ。

 

 私の使う呼吸―――仮に銃の呼吸としよう。

 効果としては集中力とその持続。そして感覚を上げるためのものだ。

 無論、身体強化もあるが、これは射撃を補助するためのもの。剣を振うためではなく、射撃をするためにこの呼吸はある。

 

 銃の呼吸と剣士たちの呼吸の違いとして、他の呼吸よりも習得しやすいという部分がある。

 サンプルが私だけなので断言できないが、私は剣士達のような厳しい修行を行ってない。現代知識やアニメ知識こそ使ったが、スムーズに呼吸を憶えた。

 そして、銃の呼吸には技もなければ型もない。あるのは呼吸のやり方のみ。

 要するに、銃の呼吸は廉価版呼吸法と言ったところか。

 比較的誰にでも使えるが、強さは下がる。……ほかに使えるの人物を私は祖父だけしか知らないで断言は出来ないが。

 ただまあ、確証に近いものはある。

 祖父もソレを使っている人も、剣士たち程に素晴らしい呼吸法は出来ないし、柱とは比べるのも失礼な程にお粗末だ。

 だが、人間相手には十分すぎる威力だろう。

 なにせ、首を切るどころか、急所の何処かに銃弾を撃ち込むだけで殺せる。

 

「………申し訳ありません、おじい様」

 

 私は地獄にいるであろう祖父に、この事実を知って何度目か分からない謝罪をした。

 

 おじい様、貴方の仰ったことは本当だった。

 呼吸で人は強くなり、より武勲を立てられる。

 感謝します、おじい様。貴方のおかげで私はここまで強く成れた。

 

 

 とまあ、私は広義的な言い方をすれば、呼吸の戦士に該当する。

 そして、上弦の壱も。

 

「(最強の一角に属する鬼が両方とも呼吸を使っている。関係がない筈がない)」

 

 思うに、呼吸を使うものは鬼因子の許容量が上がる。

 

 私はかなり特殊な鬼だ。

 無惨から通常なら自己崩壊される程の因子を植え付けられても適応した。

 これぐらいなら珍しいものの前例はある。もう一つの特性が特殊だ。

 ソレは、適合量の増加だ。

 

 本来なら鬼は増やせる鬼因子に限りがあるが、私は限界が来ても寝たらなんとかなる。

 寝ている間に体が鬼因子に適応し、より強くなるのだ。

 私はこの話を戦闘中に黒死牟とやったのだが、ありえないと一蹴された。

 このことから私はかなり特殊な鬼であり、コレは呼吸のおかげだと思っている。

 他にも人間の食事が食べられるとか、そもそも寝れること自体が普通の鬼ではないと言われるが、これは関係ないと思う。だって黒死牟は出来ないし。

 

 とまあ、呼吸が私と黒死牟を最強の鬼にしている要素の一つだと私は考えている。

 そして、ソレが本当かどうか、本当なら更なる力を手に入れるためのステップが、もう一枚の紙に書かれている。

 私への報告書である。

 

「……ヒノカミ神楽。これは私を更なるステージに導いてくれるものかな?」

 

 呼吸を使っていると思われる舞踊。また、コレを調べる男の存在あり。

 そう書かれた紙を眺め、私はニヤリと笑った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

突撃、竈門家へ

葉蔵は誰も求めません。
家族も仲間も恋人も、間関係そのものを構築する必要がありません。
欲しいものを手に入れるために群れることはありますが、組織を手段と割り切っています。
華族、家庭環境、転生者、そして鬼。
このどれか一つでも崩さない限り、彼は一生一人です。


 雲取山のとある一家。

 ここ一週間ほど、私はこの山の一家の元でお世話になっている。

 先祖代々炭作りの家系、竈門一家。

 そこで私は炭を作りながらヒノカミ神楽を長男である炭治郎から教わっていた。

 

 ヒノカミ神楽。

 全部で十二ある舞い型を日没から夜明けまで何万回と繰り返す儀式。

 日没は早く日の出は遅い冬にやるため、相当長い時間休まず舞い続けることになる。

 以前は大黒柱である炭十朗が行っていたそうだが、彼が病で亡くなってからはもうやってないそうだ。

 長男である炭治郎は伝授こそされたがまだ不完全であり、練習してからするつもりらしい。

 ちなみに炭十郎は病弱であったが、最後までやり遂げた上に、舞った後は何事もなく過ごしていたのだという。

 

 ヒノカミ神楽を知ったのは偶然だ。

 町に寄って鬼の情報を収集していた際に聞いた程度だった。

 最初はただの土着信仰による儀式だと思って流していたが、興味本位で町人に聞いたら思わぬことが発覚した。

 

 

 神職や村長などの特殊な地位ではなく、炭焼き職人が継承する神楽舞。

 日没から夜明けまで不眠不休だというのに、継承者は一切疲れずに舞える。

 そして何よりも気になるのは、特殊な呼吸による動作という点。

 ここまでくればもう答えは出たも同然である。

 

「(ヒノカミ神楽は全集中の呼吸を舞踊にカモフラージュして伝えるためのものだ)」

 

 古来より武術や暗殺術はソレとは分からないよう舞踊などに扮して伝えられた。

 おそらくヒノカミ神楽も同じ。

 全集中の呼吸とは一見して分からないよう神楽という形で後世に伝えるものだ。

 そう考えたら病弱だった炭十郎が舞えた事実に対する理由として筋が通る。

 なにせ、全集中の呼吸は人間より上位の存在である鬼と渡り合えるための特殊な呼吸法なのだから。

 その上位互換である全集中・常中。

 これを体得すれば一日中激しい踊りを出来なくもない。

 

「(しかしそれでも病弱でひ弱な男がするには負担が大きい。その男が柱並みの使い手なのか、それとも他の全集中の呼吸より強いのか……)」

 

 おそらく後者だろう。

 現に、私は基礎の呼吸を憶えるだけで『以前』よりも格段に強くなったのだから。

 

「葉蔵さ~ん、ごはんまだ~?」

「そろそろ出来る頃だよ。お茶碗叩かないで待ってなさい」

 

 さて、夕食にかかりますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ一週間ぐらい、メニューは猪肉を使ったものばかりだ。

 ステーキ、生姜焼き、牡丹鍋、豚汁…。

 ここまでずっと猪肉がメインだと飽きてくる。

 まあ、私が一日一匹は畑に悪さする猪を仕留めているせいだが。

 

「今日は炒飯にするか」

 

 材料は安物の玄米とネギと干し肉、そして養鶏場から猪肉と交換した卵だ。

 しかし、胡麻油などの調味料はほぼない。

 

 ごま油の販売は既に大庭家が着手しているが、まだまだ普及は進んでない。

 海外の料理を作るためには油が必須なので何よりも先に手を出すよう仕向けたのだが、なかなか上手くいかないものだ。

 今は私が家の実権を握っているので以前よりもスムーズに行っているが、ソレでも限界はある。

 会社経営って難しい!

 

「(まあいい、今は夕食の準備に専念しよう)」

 

 竈の温度をガンガン上げて火力を強める、

 中華鍋の中に油を垂らし、みじん切りにしたにんにくとネギを入れ、そしてひき肉サイズまで加工した干し猪肉を投入した。

 

「良いにおーい」

「おいしそー」

「ようぞーさんはやく~」

 

 匂いに釣られた子供達が騒ぎ始める。

 

「こら、葉蔵さんに迷惑をかけないように。待っていたら食べられるから」

 

 炭治朗が笑顔で言うと、幼い兄弟たちは元気よく挨拶して行儀よく座った。

 よくできた子たちだ。前世の『俺』なんて兄弟どころか親の言う事すら碌に聞かなかったのに。

 

「……そろそろか」 

 

 ネギとにんにくの香りが強くなったと同時に、溶き卵とご飯の順番に投入。

 一旦ご飯をお玉で鍋に押し付けて……。

 

「よっと」

「「「おおーーーー!」」」

 

 鉄鍋を振るってかきまぜる。

 シャッシャッシャッ。

 米と溶き卵を躍らせ、二つを絡ませ合う。

 

 私の炒飯作りに目を輝かせる子供たち。

 その反応をひとしきり楽しみながら、数回ほど繰り返して完成だ。

 

 

「すごーい!」

「葉蔵さんすごい!」

「おりょうりとっても上手!」

「ハハハ、これぐらい誰だって出来るよ」

 

 愛想笑いで返しながら出来た料理を炭治郎とねずこに渡す。

 彼らは顔を綻ばせながら皿を運ぶ。

 

「はい、どうぞ、召し上がれ」

「本当にありがとうございます葉蔵さん」

「いえいえ、居候の身なんですからこれぐらいさせてくれ。さ、温かいうちに食べようか」

 

 私もボロい畳の上に座って食事を始める。

 

「おいしい!」

「すっごいパラパラ!」

「やっぱり葉蔵さん凄い!」

 

 子供たちは喜びながら私の作った炒飯を食べてくれるのだが……。

 

「(……まっず)」

 

 私の口には合わなかった。

 

 炒飯本来の香りがしない。

 使用した油はその辺で買った油のせいでごま油の風味がない。

 米も雑味が多く、しかも少しパサパサしている。

 肉も干し肉のせいで油の旨味がない。

 

 失敗だ。

 他の料理は調味料やら手間やらをかけて誤魔化したが、やはりシンプルなものだと化けの皮が剥がれてしまうようだ。

 

「葉蔵さん、今日も美味しいです!!」

「フフフ、ありがとう炭治郎くん」

 

 まあ、こうして喜んでくれるなら作った甲斐もあるか。

 

 こうして竈戸家の皆で食事を楽しみ、皆が寝静まった後、私は本来の食事に向かとうおした途端……。

 

「あれ?葉蔵さん?」

 

 炭治郎くんが外で何やら作業をしていた。

 

「葉蔵さん、こんな夜に外へ出るのですか?」

「うん、少し用事があってね」

 

 素通りして夜の森へ行こうとすると、炭治郎くんが私の着物の裾を摘まんだ。

 

「……葉蔵さん、貴方に聞きたいことがあります」

「ん?なんだい?」

 

 えらく神妙そうに聞く炭治郎くんに、私は作り笑顔で答える。

 

 

「葉蔵さんは何を我慢しているんですか?」

 

 

 ソレを聞いた途端、私の笑顔の仮面は一瞬だけ剥がれた。

 

「……なんで、そう思うんだい?」

「葉蔵さんからは我慢している匂いがしました。弟たちが仕事をしたくないのに、遊びたいのに我慢して家を手伝っている時と似たような匂いです。葉蔵さんからはそんな匂いがずっとしています」

「……君は、鋭いね」

「否定しないという事はそういうことなんですね?」

「……ああそうだ、私は確かに我慢している」

 

 炭治郎君相手に隠し事は不可能だ。

 彼の嗅覚は私の超感覚並に優れている。いくら理路整然と嘘を付いても、いくら演技で誤魔化しても、一瞬でかぎ分けてしまう。

 

「以前も私はここみたいに家族を演じていた時があった。役割も今と同じようなものだと思う。あの時も今も、それなりに居心地はいいと思っていた。けど……」

「けど?」

「けど、気づいてしまったんだ。私は家族というものを……人の繋がりそのものを足かせと感じている」

「……」

 

 私の発言に炭治郎くんは顔を俯かせた。

 

 

「家族というのは人を育てる場であり、癒すために必要な場だ。家庭環境によって子供の未来が大きく影響し大人になっても社会の荒波に荒んだ心を癒す絶好の場だ。けど、ソレでも家族が枷になる人間というのは一定数存在する。その一人が私だ」

 

「要するに鳥かごのようなものだ。雛が育ち、傷ついた鳥を癒すには絶好の場だが、巣立つ際は時に邪魔をするものになる。たとえその家族がどんなに素晴らしい鳥かごでも、外に出たいと思う者にとっては邪魔になる」

 

「家族に虐待されたり、家族が支配者のように振舞っていた経験のある者は特にそうだ。そういった者にとって家族とは牢獄のようなものだね」

 

 

 

 私が言い切った途単、更に炭治郎くんの影が濃くなった。

 無理もない、彼にとって家族とは文字通り絶対的なものだからだ。

 ネットも本ない彼の生活圏では、家族こそが彼にとっての世界であり、そこに起こることが彼にとっての世界の全てだ。

 そして、素炭治朗くんは家族という関係性を絶対的なものとして捉えている。

 何があっても切れない、切ってはいけないものだと。

 

 実に大正時代的な考えであり、私とは違う。

 

「……牢獄ですか?」

「そうだね。少なくとも私にとってはそうだった。私の母は支配欲が強い女でね、自分の子は自分の奴隷だと思ってるような女だ。他にも親族同士のしがらみや家訓による縛り、後は華族として成果を要求されて達成できなかった者は落ちこぼれとして座敷牢行きになったねぇ……」

 

 そういえば座敷牢に閉じ込められている筈の弟や妹がいなかったな。

 妾腹やら養子やらであんまり会ってなかった子ばかりだったので忘れていたが、ソレでも分類上は家族になるからね。気にするのは当然だ。

マジであの女、一体どこにやったんだ? 後で問いただそう。

 

「そ、そうだったんですか……」

「ああ、気に病む必要はないよ、今の私は母や家族から解放された。もう私を縛るものはない」

 

 重い話に若干炭治郎くんが引いている。

 

「ソレに私の性格上、もし真っ当な家族でも私は家族を抜け出していただろうね」

「家族より優先することですか」

「そうだ。さっき言った通り、そういった人間には家族は足かせとなる」

「……葉蔵さんは、もう家族を必要としていないんですね」

「そういうことだ」

 

 なんだ、分かっているじゃないか。

 

 今こうして家族ごっこしているのは、ヒノカミ神楽の情報が欲しいから。

 十分覚えたらさっさとこの家から出るつもりだ。

 

「そうですか、残念です。葉蔵さんなら、俺たちの父さんの代わりになると思ってたんですけど……」

「ソレこそダメだ。私は君の父親の代用に成り得ない。むしろ誰かの代価品になる方が君の父親への侮辱だ」

「そんなものですか?」

「そんなものだ」

 

 強く言って無理やり理解させる。

 こういったものはそういうもんなんだと割り切るしかない。

 

「けど、家族が嫌いな人もいるんですね。話は聞いてましたけど、本当にいるなんて思いもしませんでした」

「そりゃ表立って言える内容じゃないからね」

 

 それから私はしばらく炭治郎くんと話を続けた。

 

 分かり切っていたことだが、私と彼とでは価値観が大分違う。

 当然である。私は華族の中でも蟲毒みたいな環境で育ったのに対し、彼は貧しいながらも暖かい家庭で助け合いながら育ってきたのだ。

 私と彼は環境が真逆だ。

 貧乏ながらも優しい環境で助け合いながら育った炭治郎くん、金持ちだがクソみたいな環境で親に支配され飼育されていた私。

 本来ならこうして話が成立すること自体がおかしい。

 もし私に『俺』という異分子が混じることがなかったら、彼とこうして話すことはなかただろう。

 

 転生者。

 この世界では持ちえない知識と経験、そして価値観を持つ異物。

 鬼喰いの鬼。

 人から外れた化け物でありながら、その同種にすら属さない異端者。

 

 華族、家庭、転生者、そして鬼の力。

 これら全てがある限り、私が他者と共に生きることはあり得ない。

 

 家族なんて以ての外。

 私が誰かと共に手を取り合い、共に生きることなんてあり得ない。

 まあ、これから先どうなるかは分からないから、絶対そうだとは言えないが。

 

「……そうですか、では。いつか葉蔵さんが誰かと生きれるようになることを願います」

「ああそうかい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある雪山の中、一人の男が歩いていた。

 白いスーツとソフト帽に黒ジャケット。

 どれも上質な物であり、男の容貌も整っている。

 しかしそんな恰好をしているせいか、男の顔は青白かった。

 

 病人の相貌。

 今にも死にそうなほどに弱弱しい。

 にも拘わらず、彼は雪山の中を歩ているというのに、疲れた様子どころか服に汚れ一つ付いてない。

 

 ソレもそのはず。

 この男はそもそも人間ではないのだから。

 

 男の名は鬼舞辻無惨。

 鬼殺隊の宿敵であり、鬼を増やし災いを齎すこの世の癌細胞である。

 

 無惨の目的はこの先にある一軒家。

 その家の血族に用があって遥々遠くからこの辺鄙な山にやってきた。

 

 本来、臆病で怠惰な無惨自ら動くことはまずない。

 しかし、頭無残の彼でも重要性に気づく程、大事な要件がこの先にある。

 故に彼は歩く。

 さっさと用事を済ませ、面倒くさい異常者共に見つかる前に。

 

「ん?」

 

 カチリと、何かを踏んだ音がした。

 しかし無惨は気にせず一歩踏み出す。

 

 

 

 

 瞬間、爆発が起きた。

 




え~、今回はアンチ家族という感じになりました。

原作では家族の尊さと素晴らしさを描写していましたが、中には家族が縛りになる、或いは巣立ちに邪魔になる人間がいるのを書きたかったんです。
葉蔵のように家の中でも異物な存在はさっさと出て行った方が幸せに様な気がするんです。
まあ、葉蔵はかなり極端な例ですが。

あ、原作でも蜜理ちゃんは家族や当時の時代感が足かせになっている感じありましたね。彼女も家から出た方が幸せそうにしてましたね。
………既にあるじゃん!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

vs無惨

やっと無惨との戦いです!


「……来たか」

 

 3㎞程離れた先の山小屋。

 そこで葉蔵は罠―――地雷を仕掛けた場所を観察していた。

 

 彼が無惨の接近に気づいたのはついさっき。

 食後、竈戸家の子供たちと遊んでいると、何処かに血鬼術が発動したのを感知した。

 彼にとって何度も憶えのある血鬼術の気配。

 鳴女の空間転移の血鬼術である。

 

 気づいた彼の行動は早かった。

 炭治郎達に家から出ないよう言いつけ、気配のした地点を観察できる場所へ移動。

 いつでも狙撃と仕掛けた罠を起動する準備に入った。

 

「(さて、これで終わったらいいのだけど)」

 

 そんなことはないだろうと思いながら、爆煙に隠れている標的を観察する。

 根拠はないが、確証している。

 今度の鬼はこの程度で終わるような雑魚ではないと。

 むしろ、今まで対峙してきた敵の中で最も恐ろしい存在であると。

 

「……ほう」

 

 彼の勘が正しいことはすぐに証明された。

 爆煙を吹き飛ばす無数の触手。

 その触手から発せられる濃厚な鬼の匂い。

 そして何よりも、宿主の主から放たれる生物としての圧力。

 どれもこれもが今まで対峙してきた鬼のソレを遥かに上回る。

 前回、葉蔵が出会った上弦の参を軽く凌駕する鬼としての存在感。

 大分離れたこの距離から既に分かるのだ。近くで感じたらどれ程のモノなのか……。

 

「……震えている?私が?」

 

 気が付けば、葉蔵の肉体は震えていた。

 寒さを感じず、恐怖も抱くはずのない強靭な鬼の身体。

 そのはずなのに、葉蔵の身体は僅かに震えていた。

 

 恐怖しているのだ。

 彼自身は気づいてないが、葉蔵の中に存在する鬼の因子は知っていた。

 あの鬼こそ自身の起源であり、絶対的な主であると。

 牙向いた愚か者にあるのは死あるのみ。

 故に、あの方にだけは忠誠を誓え。

 彼の中にある鬼因子はそう言っている。

 

 

 

「……格上との戦いか。面白い!」

 

 だが、葉蔵は敢えて無視した。

 

 

 通常、生物とは格上の存在に出会った途端、敵味方に構わず恐怖する。

 生殺与奪の権限を容易く奪える存在とは、実在すると知った時点で恐怖を抱くのが自然の摂理だ。

 

 だが、葉蔵には“ソレ”がない。

 

 

 “スリル”とはゲームを面白くする最高のスパイス。

 

 

 

 “スリル”とは生きている証。

 

 敢えて死地に飛び込んでこそ、生を初めて視れる。

 

 死を実感し、乗り越えたその先にこそ生を掴み取れる。

 

 

「さあ、ゲームの始まりだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある雪山。

 この季節は大雪に覆われている筈だが、一部だけ雪が禿げていた。

 その中を悠々と歩く男が一人…。

 

「己己己ェ!! なんだこの鬱陶しいのは!?」

 

 男―――無惨は触手を振り回していた。

 

 背中に生える数本の管から延びる触手。

 亜音速で振り回されるソレらは、全方向から飛んでくる葉蔵の弾丸を迎撃。

 無論、全てというわけではない。中には触手の防御壁を通り抜けて無惨に命中する弾丸もある。

 しかし、針の根が無惨の身体を侵食することはなかった。

 針の根が伸びる前に、無惨が自身の肉体を自切しているのだ。

 

 鬼の能力の一つに、身体操作能力がある。

 血鬼術はそれぞれ違うが、身体操作能力は強弱の差こそあれど、鬼なら誰もが持つ基本的な能力。

 威力も応用性も、全ての面において血鬼術の方が強いと言っても過言ではない。……ただ一人を除いて。

 

 鬼舞辻無惨。

 彼には血鬼術なんて小細工は必要ない。

 極限まで高められた身体操作能力は、並の血鬼術以上の威力を発揮する。

 その一端が触手や自切である。

 あらゆる方角から来る葉蔵の弾丸を防げる時点でその性能は十分に推し量れる。

 

「(これがうわさに聞く針鬼の弾丸!? なるほど確かに厄介な能力だ!)」

 

 雪の下から現れ、弾丸を放つ自律血針砲スコーピオンと自律血針(ファンネル)、そして自律血猟犬ヘルハウンド。

 他にも踏めば発動する血針の地雷なども存在しており、無惨をこれでもかと苛立たせていた。

 

 この山は何日も葉蔵が針を埋めて要塞と化している。

 

 流石の葉蔵も一度でこれほどの血鬼術は使えない。

 しかし予め準備をするなら話は別だ。

 幸いにも葉蔵の血針は物質的なものなら保存が効く。よってこうして設置することで罠として使えるのだ。

 そうやって準備を進めていった結果、このように雪山は鬼撃退専用の要塞となったのだ。

 

 更に無惨が警戒しなくてはいけないのが……。

 

 

【針の流法 突き穿つ血鬼の爪(デッドリィ・スティング)

 

 

「!!? ぐおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 避けようとするも、針の兵隊たちの援護射撃によって足止めされ、すぐさま迎撃に変更。

 腕を蟹のような鎧に変えることで防ごうとするも、自律血針による自爆特攻で体勢を崩され、突き穿つ血鬼の爪デッドリィ・スティングが命中。

 無惨の体内から血を吸収し、ある程度したところで自爆した。

 

 そう、これが無惨の注意しなくてはならない点その二である。

 葉蔵本人も高い射撃能力を有しており、遠くからこうして大技を放つのだ。

 

「(これほどの威力の血鬼術、そしてこの正確さ! 奴は思った以上に近くにいるようだ!)」

 

 違う、葉蔵は遠くから射撃している。

 人間の頃から100m離れた標的を狙い撃つ技量を持つ彼にとって、この程度の距離など楽勝だ。

 それに、無惨の周囲に配置した分身からの情報で、標的の正確な位置を把握している。

 これで外れる方がおかしい。

 

「おのれ! このような小細工を!!」

 

 無惨は吠えながら体を変異させる。

 大きく体が上下に裂けて口のように開き、突き穿つ血鬼の爪(デッドリィ・スティング)が飛んできた方角に口を向ける。

 そして息を吸い込もうとした途端……。

 

「むぐぅ!?」

 

 突如、無惨の開いた口が一瞬で針まみれになった。

 葉蔵の血鬼術。ブラッディミストである。

 無惨の吸気に合わせて放たれたソレは、無惨の肉体を侵食していく。

 そしてある程度侵略したところで爆発し、無惨にダメージを与えた。

 

 

 これが葉蔵本来の戦い方である!

 これが針の流法の使い方である!

 

 

 本来、葉蔵はあまり接近戦が得意ではない。

 葉蔵の本来の戦闘スタイルは狙撃と指揮官。

 隠れて一撃必殺を狙う、或いは兵士や兵器や物資を操って戦う。

 罠、狙撃、奇襲、伏兵、等々。

 要するに、葉蔵はサモナー系。後衛にいる時こそ一番力を発揮する。

 

「~~~~! 鬱陶しいぞ!!」

 

 血をばら撒いて弾丸を止める。

 無惨の因子を吸収し、針がソレを喰らうことで、無惨の元にたどり着くことなく自爆。

 こうして無惨は葉蔵の攻撃を防いだ。

 

 別に、無惨は考えがあってやったわけではない。

 正直に言うと、子供の癇癪のようなものだ。

 鬱陶しいから範囲の広い攻撃をした。ただそれだけの認識だった。

 だが、そんな雑な攻撃でも十分な効力を発揮する。

 

 これが鬼の始祖、無惨である。

 本人ならぬ本鬼はクソみたいな技量と頭脳しかないが、そんな中身糞雑魚でも十分すぎる程に強い。

 やる事為す事全て力押しの一手のみ。だが、その一手で全てが完結する。

 それは、葉蔵の猛攻を受けても倒れない現状がその証拠である。

 

 葉蔵の能力は初見殺しであり、彼が鬼殺しにのみ集中すればどんな鬼でも倒せる。

 ここまで対策され、十全の力を発揮されたら、たとえ上弦の壱でもまず勝てない。

 そんな状況でも無惨は大した消耗もなくこうして立っているのだ。

 

 無惨だけは別格なのだ。

 猗窩座のように厳しい鍛錬を重ね、武術を学ぶ必要なんてない。

 黒死牟のように観察眼と分析能力、呼吸法なんて必要ない。

 童磨のように強い血鬼術なんて最初から必要ない。

 鬼の始祖の肉体。

 これだけで彼は最強たり得るのだ。

 

「針鬼ィ……貴様はこの私が直々に殺す!!」

 

 無惨は罠やら弾丸やらを無視して、無理やり突破した。

 

 

 




無惨の力は圧倒的です。
使う側が頭無残でも、上弦全員を相手取れるでしょう。
最低でも柱三人分の戦闘力を持つと言われる上弦ですが、無惨は弱体化した状態で柱五人と柱クラスの炭治郎達と互角以上にやり合えました。
頭無残の癖に。

もし葉蔵が勝つとすれば、上弦三人と手を組むくらいでしょう。

次回、葉蔵は負けます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

反逆者

無惨が純正の鬼なら、葉蔵は修羅です。

復讐に身を置く鬼殺隊や、戦闘に喜びを見出す鬼はいても、命を捨ててまで戦闘を楽しむようなキャラは最後までいませんでした。
無惨を除いて鬼は哀れな元人間かサイコパスかいませんでした。
しかし葉蔵は違います。
彼は鬼であることを喜ぶも、決してサイコパスではありません。
ですが、彼は信念を持たず、善悪にも左右されず、自分の欲求のままに戦います。
その結果、自分の命を落とそうとも。


「う…ぐぅ……」

 

 とある元雪山

 一人の美丈夫が男の前に転がされていた。

 美丈夫の名前は大庭葉蔵。針鬼と鬼に呼ばれ、恐れられる存在である。

 そんな彼が、たった一人の男の手によって転がされた。

 男の名は鬼舞辻無惨。

 鬼の始祖であり、最強の鬼である。

 

 

 決着は、あっさりと付いた。

 

 葉蔵は隠れながら射撃を行い、罠を用意し続けていたが、ソレのどれもが無惨には届かなかった。

 そもそも、最初から葉蔵の攻撃は効いてすらいなかった。

 ある程度鬱陶しいとは思っても、どの攻撃も無惨を倒し得るものではない。

 銃撃も、爆撃も、そして鬼喰いの力も。

 確かに無惨の肉体を削る事は出来ても、すぐさま再生して事なきを得る。

 

 

「もうやめろ、針鬼。貴様では私に勝てない」

 

 ため息を付きながら、無惨はゆっくり話しだした。

 

「お前たち鬼は私から作られたものだ。お前たちは私の劣化品でしかなく、創造主である私に勝てる道理などない。たとえ呪いがなくとも、貴様たちが私の土俵に立つことはない。

 貴様は特別な力を手に入れて有頂天になっているつもりのようだが、鬼喰いの力も鬼の細胞を壊す力も、私にとってはあって当たり前の力だ。その程度で浮かれるとは……飽きれたものだ。

 所詮、貴様も他の鬼と同じだ。私という絶対者の存在がいながら、力に溺れた愚かな鬼。今までは運が良かっただけで、私がその気になればいつでも殺せた取るに足らない鬼だ。しかしここで終わりだ」

 

 無惨が長々と、呆れたかのように話を続ける。

 

 別に諭すつもりなどない。

 ただ思ったことを言っているだけ。

 それほど意味のある事を言っているわけではない。

 もう十分痛めつけた。愚痴も十分言った。後はとどめを刺すだけ。

 葉蔵の首を掴み、触手で四肢を切断しようとした途端、葉蔵に変化が起きた。

 

「……獣鬼豹変」

 

 その言葉と共に、葉蔵は赤い結晶に包まれた。

 咄嗟に手を放す無惨。

 彼の行動は正解だ。もしこのまま掴んでいれば、負けていたのは彼だったのだから。

 

「な、なんだアレは!?」

 

 突如、無惨の頭上から『針』が降ってきた。

 様々な形の針が葉蔵を包む繭に集結し、更に大きくなる

 

「(なんだ…一体何が起こっている!? ……いや、ここは)」

 

 数秒程呆けた無残だが、立ち直って葉蔵に攻撃を仕掛けた。

 触手の鞭を振り回す。

 この技で葉蔵の弾丸の大半を破壊してきたのだが……。

 

「……何?」

 

 この繭だけは破壊できなかった。

 繭が触手を喰ったのだ。

 触れた途端、瞬時に鬼因子を吸収して灰化させた。

 要するに今まで使っていた技と同じようなやり方である。

 ただ一つ付け加えるなら、この繭はその能力を極限まで引き上げた状態ではあるが。

 

「グルオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 繭を破壊して本性を顕す葉蔵。

 

 赤黒く発光する毛に包まれた獣の巨躯。

 過剰に隆起し熱を発する獣の筋肉。

 鋭い牙と爪と角に巨大な翼と尾。

 

「グルオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 過剰に発達した筋肉から凄まじい熱と蒸気を発しながら、無惨に向かった。

 

「………ハァ~。まだ抵抗するというのか。いい加減しつこい」

 

 呆れた様子で数十本の触手を創り出す。

 鎧に覆われた、先端に刃の付いた触手。

 無論ただの触手ではない。

 刃には鬼の細胞を破壊する機能が付いており、ソレは血鬼術とて例外ではない。

 この能力によって葉蔵の弾丸を防いでたのだが……。

 

「は?」

 

 触手が逆に食われた。

 葉蔵の体毛に刃が触れた途端、沈むかのように刃が消失。触手も同様に消えた。

 

 ブンと葉蔵が腕を振るう。

 触手に腕が当たった途端、先程の触手と同様に消失。

 まるで葉蔵の身体に沈むかのように消えていった。

 

「……まさか、食っているのか? 私の触手を?」

「ガアァァァァァァ!!」

 

 返答は獣の咆哮。

 ジャブのように放たれた大きな手の平が無惨の頭部に触れ、無惨の頭を丸々喰らった。

 しかし、その程度なら一瞬も無い間に再生。

 すぐさま無惨も触手で反撃に出る。

 今度はたっぷり鬼殺しの細胞の鎧を身に纏った触手で。

 

「貴様……私の細胞を喰らったな!」

「あ、気づいた?」

 

 触手を避けながら、葉蔵は軽い口調で言った。

 

「ああそうだ、さっき飛んできた針はテメエの血を吸った針だ! 俺はソレを吸収して力を上げたのさ!」

 

 そう、葉蔵は無為に攻撃したわけではない。

 というか、ブラフである。

 

 無惨に攻撃が通じないことは想定していた。

 相手は鬼の始祖。格上なのは目に見えている。故に、上弦の鬼にもないような力があると予測していた。

 そこで使ったのが補給針。

 

 攻撃と見せかけて無惨から因子を奪うだけ奪い、自分が活動できる限界量まで吸収。

 鬼因子を吸収するタイミングは、無惨が油断している瞬間。

 その時を虎視眈々と狙ってたのである。

 

 無論、先程の戦闘も決して手を抜いていたわけではない。

 むしろ格上と叩くために用意周到に準備して、自身もいつものような舐めプをせず真剣に戦っていた。

 これで倒せたら万々歳。もしできなければ当初の作戦通りに行う。どっちに転がっても葉蔵にとって都合がよかった。

 

 しかし、この作戦にはリスクがある。

 

「バカが……そんなことすれば貴様が私の細胞に食われるぞ!」

「え?ソレが何だ?」

 

 葉蔵はあっけらかんと言った様子で答えた。

 

 許容ギリギリまで無惨の血を取り込んだのだ、最も鬼因子が濃厚な無惨の血を。その上、葉蔵には消化する暇は一瞬もない。

 こんな状態でも戦闘を行うのはハッキリ言って自殺行為である。

 

 実際、その代償は現れ始めている。

 バチバチと体毛から飛び散る火花。

 ギチギチと妙な音を立てる葉蔵の肉体。

 体内では凄まじい激痛が走り、鬼の再生力で無理矢理動かしている。

 

 だが、そんなことは葉蔵には関係なかった。

 

 

 

 これこそ自分が生きているという証だから。

 

 

 

 葉蔵は今、己の命を実感している。

 

 痛い程に激しい鼓動。

 燃えるように熱い血潮。

 目が眩むような激しい光。

 

 己の命を削って見える光景が、感じるものが、彼が生きていることを教えてくれる!

 

 

「俺は散々鬼共を喰ってるんだ! なのに逆の立場になったら嫌だなんて通じねえだろ!!」

 

「喰い合いってのは命張り合って成立すんだ!こんな美味しいイベント、見逃せるか!!」

 

「いいぜぇ…。俺がテメエの血に死ぬのが先か、俺がテメエを喰うのが先か……勝負だ無惨!!」

 

 

 

「この……イカレ鬼があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 無惨は叫びながら全身に口のようなものを創り出す。

 鬼を殺す機能の細胞をこれでもかと上乗せした牙を持つ顎たち。

 これで葉蔵の攻撃を無効化しようとするが……。

 

 

「ははは……アッハッハッハッハッハッハ!!」

 

 関係なく葉蔵は爪で牙を砕いた。

 喰い合う葉蔵の針と無惨の牙。

 怯んだ無惨とは対照的に、葉蔵はより過激さを増した。

 そのせいで更に血を喰らい、葉蔵の肉体は更に熱を帯び、光を発する。

 

「ハハハ……! 最高の気分だ! 命を燃やすこの感覚……! ルシファーもイカロスもコレを求めて天を目指したのだろうな!!」

「訳の分からない事を!!」

「ヒャハハハハハ!! もっと燃やすぜ、俺の命を!!」

 

 身に纏う過剰な程の鬼因子を一気に解放させる。

 ソレは最早爆発。

 自爆にも等しいオーバーヒートである。

 

 

【針の流法 刺し穿つ血鬼の爪・超過雷閃(スパイキングエンド・オーバーフラッシュ)

 

 

 瞬間、雷鳴が轟いた。

 

 雷は触手を全て喰らい尽くし、鬼殺しの鎧を貫く。

 葉蔵の棘は七つの心臓と五つの脳を一瞬で破壊。

 統制の失った無惨の細胞を更に喰らった。

 

 

 瞬間、無惨は思い出した。

 赫刀で斬られるあの感触。

 細胞を破壊され、再生も阻害される感覚。

 死神の刃で命を削られるかのような恐怖。

 

 もう一本の鎌が振り下ろされようとしたところで………。

 

 

 

 パァンと、無惨が勢い良く弾け飛んだ。

 

 

 

 ばら撒かれる無惨の2千肉塊の内、半分だけを捕食。

 他の肉片たちはまるでそこにいなかったかのように消失した。

 

 

 

「…………………は?」

 

 ボロボロと崩れる葉蔵の獣鬼態。

 過剰なエネルギーはあの爆発によって一瞬で無くなった。

 大きな反動とダメージこそ残っているが、散らばっている残りでも食っていれば回復する。

 

 敵がいなくなったこの場に用はない。

 さっさと食らってさっさと帰ってさっさと寝ればいい。

 そうすればいつもと同じ日常に戻れる。

 なのに何故だろうか……。

 

 

 

「貴様ぁぁァァァァァァ!!! 逃げるなァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 

 

 何故彼はこれほどまでに怒りを見せるのだろうか。

 

 

 

 

「鬼の王としての矜持はないのか!? 格下である私に食われて何も感じないのか!? 反逆者に自身の力を見せつける気概はないのか!!?」

 

「逃げて何になる!? その先に何がある!? ただ肉を喰らって糞を吐き出すような生になんの意味がある!?」

 

「人も鬼も、ただ死んでないだけでは生きていると言えない! そんなものは意味なく動いている機械だ! ガラクタだ! 生に意味を見出してこそ生きているといえる!そんな簡単な

事も分からないのか!!?」

 

「お前の生きる意味はなんだ!? 無為に他者を食いつぶす生に、お前は意味を感じているのか!?」

 

「私を倒してみろ! かかってこい! 鬼の王の威厳を見せてみろ!!」

 

 

 

 葉蔵の叫びは届かない。

 対象は既にこの場にはおらず、もしいても聞くような人物ではないのだから。

 

「クソ……クソ……!」

 

 ボロボロになった状態で、葉蔵はその場に蹲った。

 




ふと思ったのですが、ジャンプでボスキャラが弱体化するのって珍しいですよね。
弱体化の策を立てるのはよくあるのですが、大体は失敗しますから。
成功したのは頭無残のせいなのか、それとも作者が早く終わらせたかったのか……。

あと、無惨が葉蔵をボコるシーンをカットしたのは書きたくなかったからです。
なんか無惨の戦い方ってモチベが出ないですよ。
もし本編ですんごい力使ってたならやる気出ましたが、ただ触手ブンブン振り回しているだけだし…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炭治郎との別れ

 腰抜けに逃げられてから、私は竈門家に戻った。

 

 もうあの家にいる必要はない。

 ヒノカミ神楽は覚え、私の力もチキン野郎に通じることは分かった。

 あのカスからたっぷり因子を喰らったことで大分能力が強化される状態になった。

 ここしばらく私は眠ることになるだろう。

 もうあの家にいる理由はないし、私も家に帰るべきだ。

 

 腰抜けから取った肉に針を突き刺す。

 針から根が形成され、ストローのように中身を吸う。

 

 美味い。

 上弦より遥かに芳醇な香りに、濃厚な味わい。しかし後味はしつこくない。そして飲んだ後からガツンと来る酔いのような感覚も素晴らしい。

 人間の味覚で例えるなら、度数の高いな超高級のワインみたいなものか。

 

 あんなしょっぱい結果でもこれだけ美味いのだから、ちゃんと勝敗を決めた後ならどれだけ美味くなったのか……。

 

 吸い尽くしたと同時、黒い灰となって消えて逝く無惨の肉塊。

 このまま別のも吸いたいが、とりあえず今は竈門家に戻ろう。

 事情を話して竈門家から去って、家に帰ってから楽しもう。

 

 もうあの家には用はない。

 ヒノカミ神楽は覚えたし、彼らをターゲットにしていたと思われる男もこうして撃退した。

 私がや竈門家でりたいことは全部やってのけたのだ。

 そのことを葵枝に話して、明日の夜に出よう。

 

「皆ただい……!!?」

 

 戸を開けようとした瞬間、鬼の気配がした。

 どうようしながらも警戒態勢を取り、血鬼術を発動させる準備をする。

 

「葉蔵さん!?」

「うわあぁぁん!」

 

 ほぼ同時に花子くんと茂くんが私の胸に飛び込み、泣き叫んだ。

 私は彼らの頭を撫でて落ち着かせながら葵枝さんの方へ向く。

 

「葵枝さん、一体何が?禰豆子くんは何処に?」

「二人は奥で横になってるわ」

「……そうか」

 

 私は奥の方へ向かう。

 気配は葵枝さんが指さす奥の方、気配も炭治郎くんたちのものだ。

 

 状況から察するに禰豆子くんが鬼に成ったのだろう。

 

 そう考えたら私がここまで接近しても気づかなかった事に説明が付く。

 さっきまでは鬼ではなかったから臭いが無かったが、鬼化することで匂いが感知できるようになった。

 

「(そういえば鬼化するのを初めて見たな)」

 

 雑魚鬼は藤襲山で沢山食ってきたが、成り立ての鬼を見るのは初めてだ。

 どうせなら、人が鬼化するまでの過程も見ておきたかったな。

 

 知り合いが鬼に成っているのかもしれないのに、こんなことを考えている時点で、私は既に心は鬼のようだな……。

 

「グルォア!」

 

 そんなことを考えていると、禰豆子くんが私に襲い掛かった。

 猫のように鋭く、赤い瞳。鋭い爪と牙。

 間違いない、鬼である証拠だ。

 

 私は咄嗟に血鬼術を発動させ、禰豆子くんを気絶させた。

 まだ成り立ての鬼なら血針弾・電(スタンニードル)で充分気絶させられる。

 

「クソ、あのクソワカメが! 面倒な嫌がらせしやがって!」

「葉蔵さん、禰豆子に何があったんだ!?」

「……」

 

 答える前に、一つの疑問点を考えることにした。

 

 無惨はさっきまで私と戦っていた。

 ここに来る前に追い払った以上、奴が犯人とは考えにくい。

 奴が童磨のような分身を使えるなら別だが、そんなものがあるなら私との戦闘中に使っている筈だ。

 なら、どのタイミングで禰豆子くんを鬼化させた?

 

「ああ、なるほど」

 

 散らばってる残飯と食器。そして仄かに感じる鬼の匂い。

 おそらく感染源はアレだ。

 

「葵枝さん、もしかして禰豆子くんは食事中にこうなったのか?」

「そうよ、でもなんでわかったの?」

「……ソレよりも話すべきことがる」

 

 私は出来るだけ端的に説明した。

 鬼の事、人食いの事、そして鬼殺隊という鬼を狩る存在の事。

 かなり端折って説明したが、その意味は十分に伝わったと思う。

 現に、竈門家の家族たちは絶望しかのような表情をしているのだから。

 

「葉蔵さん……俺たち、これからどうすれば……」

「まずは応急処置だ。縛って動きを止め、養分が入ったこの針で点滴する」

「じゃ、じゃ俺が何か縛るもの取りに行くよ!」

 

 竹雄くんが動いた直後、私は彼女に針を刺す。

 私が分解して吸収した鬼因子だ。

 彼女にも効果があるかどうかは分からないが、ないよりはマシだろう。

 

「!!?」

 

 直後、何者かがこちらに接近した。

 鬼因子の気配がない限り、人間―――鬼殺隊だろう。

 人間離れした速度、無駄のない動作。………これは柱か。

 

 禰豆子くんの前に立ちはだかり、柱らしき影の接近を妨害する。

 柱の正体は冨岡くんだった。

 

「……お久しぶりです、葉蔵さん。出来ればそこをどいてもらいたいのですが」

「ソレは出来ない。今の私はすこぶる機嫌が悪いんだ。……無惨のクソボケに逃げられたせいでな」

「……何?」

 

 そういった途端、冨岡くんは顔色を変えて驚愕した。

 

「何処で会った? どんな戦い方をする? 顔は?性別は?」

 

 詰め寄る彼を手で制す。

 

「今の私は奴との戦闘でクタクタなんだ。寝た後にしてくれないか?」

「……まずはお館様に報告だ」

 

 そう言って出ていく冨岡くん。

 もう禰豆子くんの首を切る意思がないらしい。

 私はソレを見届けてから私はここに来るまで書いておいた置手紙を置く。

 

「……これで帰って寝れる」

 

 今日は色んなトラブルがあった。

 無惨を逃がすのはともかく、まさか禰豆子くんが鬼化した挙句、柱まで来るとは。

 しかしまあいい……。

 

「今度こそ貴様を喰ってやる、無惨」

 

 私は 血針の隠れ蓑(リフレクション・ステルス)を発動させて姿を消し、その場から去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葉蔵との戦闘後、無限城恒例のパワハラ会議が開催されていた。

 被害者は上弦のトップ3。怒りを隠そうともしない無惨に何を言われるか不安になりながら、クソ上司の言葉を待つ。

 

「私は貴様らに何を命じた?」

「……針鬼の、退治です……」

「そうだ。では貴様らは何をしていた?」

「……針鬼の、退治です……」

「出来てないではないか!」

 

 無惨は感情をむき出しにして叫ぶ。

 

「あれだけ血をやっていながら、何故貴様らはまだ針鬼を退治できない!?」

「「「………」」」

 

 何も返せなかった。

 誰一人答えることもなく、ただ黙るだけ。 

 少なくとも口では。

 

「(………アレは無理でしょ)」

「無理とは何だ? 言ってみろ童磨」

 

 配下の鬼達の心を読む無惨に隠し事は不可能。

 頭の中では諦めていた童磨が無惨のパワハラのターゲットにされた。

 

「アレは俺の完全な上位互換です。今更血を分けられても……」

 

 グチャッ。

 呪いの効果によって童磨の頭が潰れた。

 

「その利口な頭は何のためにある? ソレを何とかするためにあるのだろ!」

 

 無茶苦茶である。

 何とかできないからこうして会議を開いているのに。ソレを言ってどうなる?

 

「貴様らは何だ?」

「上弦の……鬼です……」

「そうだ。上弦、つまり上位の鬼だ。故に上位互換など有り得てはならない。もしあるのなら貴様らの存在理由がなくなる。……私の言いたいことは、分かるな」

「「「………」」」

 

 返事はしない。

 最初から答えは決まっているのだ。答えても意味はない。

 

「(しかし、一体どうすればいい? 童磨が乱入しても倒せないのに、一体どうやって戦えばいいんだ!?)」

「(針鬼……。奴一人で……一つの軍……。今の私では……届かない……。どうすれば……奴に刃が届く……!?)」

 

 顔には出さないが、腹の中は不安で一杯。

 無理もない、彼らは一度負けているのだ。

 あれ以来も何度か戦って、その度に撃退或いは逃亡されている。

 不安になるのは当然こと。故にソレを払拭するのが上の仕事なのだが……。

 

「~~~~! 何を考えているんだ貴様らは!!?」

 

 無惨にそんな甲斐性はなかった。

 上弦の中でもお気に入りの二人がそんな様子のせいか、無惨は頭に無数の血管を浮かび上がらせて怒り狂う。

 呪いを黒死牟と猗窩座に発動させ、二人の肉体をドロドロに溶かした。

 

「何故だ……何故こうもうまくいかない!? 何故こうもケチが付く!? 何故こうも邪魔が入る!?」

 

 

 

 

「誰があんな鬼を作った!?」

 

 お前だ。

 葉蔵を作ったのはお前だ。

 癇癪起こして葉蔵を鬼にして、放ったらかしにしたのはお前だ。

 

「誰があの鬼を放置した!?」

 

 お前だ。

 葉蔵を放置したのはお前だ。

 面倒臭がって針鬼を放置して、部下の報告を無視したのはお前だ。

 

「誰があの鬼をあそこまで強くした!?」

 

 お前だ。

 葉蔵を強くしたのはお前だ。

 無作為に鬼を作って葉蔵に戦闘の機会と経験を与えたのはお前だ。

 

 

 

 

 

 頭無残は気付かない。

 全ての責任責務は彼にあり、彼の言う事は責任逃れである。

 

 

「もういい! お前たちに針鬼討伐を期待しない! ……奴らを使う」

「!? 無惨様、お待ちください! アレを野に放つので……ブフッ!」

 

 止めようとした猗窩座を呪いで動きを止め、無惨の触手が薙ぎ払う。

 

「黙れ。碌な働きをしない貴様たちに私を止める権利はない」

 

 無惨は懐からコルクで栓された試験管を取り出す。

 

 

「やはり最後に頼れるのは私のみ。期待しているぞ、上弦の細胞を元に作ったわが分身たちよ」

 

 

 試験管の中には、胎児のようなものが蠢いていた。

 

 

「お前たちにも強化を施す。返答は聞かない」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

原作編
炭治郎にとっての葉蔵


 その日、俺はすごい人に出会った。

 

 

 不思議な匂いのする人だった。

 紳士的で優しそうな匂いがするかと思ったら、何処か荒々しい血の匂い。

 普段は大人しいけど、鋭い牙と爪を隠し持っている猛獣。

 失礼だけどそんな感じの匂いだった。

 

 葉蔵さんはすごい人だった。

 始めてやることを数回見たり教えただけで、すぐ出来るようになった。

 俺たちの知らないことをいっぱい知っていて、色んなことを教えてくれた。

 読み書き計算、狩りのやり方、外国の話、人間の体の作りと簡単な治療法、科学という魔法みたいなこと。

 俺の中で葉蔵さんはどんどん大きくなり、気づけば憧れの人になっていた。

 

 ある夜の日、俺も葉蔵さんみたいに成りたいと言った。

 すると葉蔵さんは笑った。

 

「私は何処にでもいるつまらない男さ。強いて言うなら他の人間より自由と力を持っているというところかな?」

 

 

「世界は広い。君が私をすごいと思うのはまだ世界の広さを知らないからなんだよ」

 

 

 ソレを聞いてから俺の中で葉蔵さんの存在は益々大きくなった。

 けど、だから余計に気になった。

 

 あの人は家族といる時、つまらなそうにしている。

 笑顔の裏から臭う閉塞感のような匂い。

 ソレを感じて俺は確信した。あの人は家族というものを嫌っていると。

 

 俺には信じられなかった。

 俺にとって家族は何よりも大事なもの。宝そのものだ。なのに、この人はそうじゃない。

 だから、俺は聞いてみた。そして、ここでも俺とは違う視点を・・・・・・世界を教えてくれた。

 

「家族が人間によって構成されている以上、絶対的なものには成り得ない。いくら理想的な家族でも予期せぬ事態で崩れる時はあるし、最初から破綻していることもある」

 

「いいかい炭治郎くん、この世に絶対や不変という言葉はない。私も君も何時かは死に、たとえ子孫や想いを遺しても何時かは途絶える。そして人類もこの世界も何時かは滅び、全てが無になるだろう」

 

「しかし悲観することはない。たとえ未来はどうなるか分からなくても、今ここで君たちという家族が存在しているという事実は君の中にある。そして君はその事実を幸せだと感じている。ソレが全てだ。未来どうなるかなんて些末な事だと私は思う」

 

 

 おれは、あの人が言う外の世界を知りたいと思った。

 

 今でも家族は俺の宝だ。ソレは今でも変わらない。

 あの人の言うように、家族が邪魔になっているとは思わない。

 だけど、俺は家の外の世界を望むようになった。

 

「……葉蔵さん、俺行きます」

 

 俺は家から旅立つ。

 外の世界に触れ、家族をもう一度作り直すために。

 

 おそらく、元の形には戻らない。

 父さんが死んだときも、家族は以前とは違ったものになった。

 あの人の言う通り、変化しないものなんてないんだ。だけど、家族が大事であることに、宝であった事実は変わらない。

 そして、これからも俺は家族を俺の“良いように”変えて見せる。

 

 変える事が止められないなら、せめて良い方向に変えて見せよう。

 前よりも楽しく、楽が出来て、豊かなものにしていこう。

 コレはその第一歩だ。

 

「だから、見ていてくださいね」

 

 俺は、葉蔵さんの針が入ったお守りを握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………はぁ」

 

 とある屋敷の一室。

 炭治郎はゴロンと横になって、深く深く息を吐いた。

 

 疲れた。

 色々なことが次々とあって、ぐったりする程に疲れた。

 那田蜘蛛山での上弦の伍との戦闘で、ヒノカミ神楽を連続で使った。

 禰豆子も“火の流法”で協力してくれたが、それでも上弦は強かった。

 しかも、その後は禰豆子の存在がバレて、息をつく暇もなく柱合会議が開かれた

 そして今は、上弦の伍との戦闘で負った傷を癒やすため、蝶屋敷と呼ばれる屋敷で世話になっている。

 

「(柱の人達に禰豆子のことを認めてもらえて良かった)』

 

 もう一度ため息。

 もしかしたら、首を斬られてしまうかもしれないと思っていた。

 無論、その場合は命に代えても守るつもりだったが、相手は鬼殺隊の中でも最上の剣士である柱。

 炭治郎がたとえ万全だったとしても、大した反撃は出来ないことは分かっている。

 もっとも、だからといって抵抗をやめるつもりなんて炭治郎には毛ほどもないが。

 

「葉蔵さん……貴方のおかげで俺たちは助かりました」

 

 お守りを握りしめる炭治郎。

 人を襲わない鬼の前例。これがあったおかげで禰豆子は殺されずに済んだ。

 風柱の稀血の試練を受けることにはなったが、それ以外はコレといった問題はなかった。

 

「……葉蔵さんの眷属、か」

 

 ふと、蟲柱の胡蝶しのぶが言った事を思い出す。

 

 目覚めたときから、禰豆子は他の鬼とは一線を画していた。

 人を喰わず、それにしては強力な血鬼術を使う。

 鬼退治に特化した、横文字の血鬼術。

 血鬼術で殺した鬼を喰う性質。

 葉蔵そのものだ。

 

 

 しのぶは以上の性質から、禰豆子は無惨ではなく葉蔵の眷属ではないかと推測した。

 そう考えたら辻褄が合う。現に禰豆子は無惨の配下の鬼より、葉蔵のように“自由な鬼”だった。

 

 鬼に成った禰豆子は変わった。

 まず、善悪に拘らなくなった。

 彼女は正しいかどうかよりも、まず第一に自分がどうしたいかで行動する。

 もっとも、性根は変わらないので、大抵の悪いことは自然と“嫌いなこと”に分類されるのだが。

 

 また、よく横文字を使うようになった。

 最初は炭治郎もよく分からなっかのだが、最近はなんとなくニュアンスが分かって来た。

 確かに語彙が拡がると話も拡がる。なので炭治郎も禰豆子から教わったソレを使っている。

 

 最後に、徐々に価値観が変わって来た。

 良く言えば進んでいる、悪く言えば変わっている。

 

 以上の事方、しのぶは禰豆子が葉蔵の眷属ではないかと推測した。

 

「……ソレはそれで嫌だなぁ」

 

 三度目のため息をつく炭治郎。

 

 彼にとって葉蔵とはすごいけど変な人という印象だった。

 炭治郎の知らない知識を持つ葉蔵の話は面白いし勉強になるのだが、価値観がどうも合わないのだ。

 当然の事である。葉蔵の価値観は前世の経験が根幹にあり、ソレに葉蔵の経験と鬼に成った後の価値観が入り交じったものになっている。

 無論、そんなことは炭治郎は知らないし関係ない。大事なのは、炭治郎の価値観と合わないという事である。

 

 尊敬はしている。

 親愛も抱いている。

 しかし、だからといって全肯定はしない。

 葉蔵とこれ以上仲良くなるつもりもない。

 炭治郎と葉蔵は単純な関係ではなく微妙な距離感を保つことで成立している。

 

「炭治郎く~ん、ちょっとお話があるだけど~!」

「はい、今行きます!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お館様との邂逅

「やはり、針鬼こそ無惨を単独で超えられる唯一の鬼か」

 

 とある屋敷の一室。

 柱合会議を終えた産屋敷は、葉蔵との邂逅をふと思い出した。

 切っ掛けは炭治郎との会話。

 柱合会議で葉蔵の話を聞き、そこから思い出した。

 

「ちょうど、こんな夜だったかな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夜中のとある屋敷の座敷。

 産屋敷耀哉は座布団の上に座ってある人物を待っていた。

 

「……来たか」

 

 気配を感じて振り向く。

 そこには、目的の人物―――葉蔵がいた。

 

「随分手荒な歓迎だな」

「こうでもしないと来てくれないと思ってね」

「貴様、それだけの理由で私の部下を拉致したのか?」

 

 ドガっと、産屋敷に対面する形で葉蔵は胡坐を掻いて座った。

 

 鬼殺隊によって、葉蔵の部下が捕獲された。

 情報収集、現地調査、後処理などの裏方を担当する部隊。

 葉蔵が鬼を効率よく探すための人材であり、鬼殺隊で例えるなら隠にあたる。

 無論、彼らは鬼や鬼殺隊の存在だけでなく、葉蔵の正体も知っている。

 知って尚、自身の役割を知って尚、葉蔵に付き従っている。

 

「ソレで、要求は何だ? まあ、聞くつもりはないが」

「特にないよ、強いて言うなら、こうして会話することかな。……針鬼、私はずっと前からこうして君と話したかったんだ」

「そうか。ならさっさと返してくれ。さもなくば、敵対行動と取るぞ」

「そう結論を急がないで欲しいね。ソレに、捕らえた君の部下たちは丁重に扱っている。君が心配することは何もない筈だよ」

「捕らえられた時点で問題だし、丁重に扱って当然だ。コレでもし拷問なり何なりしていたら、貴様らに同じ痛みを与えてから殺していた」

 

 珍しく苛立ちながら話す葉蔵。

 その様子を見て、産屋敷は感心したように頷いた。

 

「意外に部下思いだね。君のように華族出身の鬼は、下々をもっと見下すと思っていたのだけれど」

「彼らは協力者であって道具じゃない。粗末にしていい命ではない」

「……ソレは、大庭家等当主としての言葉かな?」

「違う。そんな下らないものじゃない。私自身そうするべきと思ったからしているだけだ」

「……成程ね」

 

 うんうんと頷く産屋敷。

 

「乱暴な手で君と接触したことについては謝罪しよう。けど、是が非でも君とは会いたかったんだ」

「そうか。私は出来るなら会いたくなかった。最近の貴様らは血眼で私を探しにくる。鬱陶しいんだよ」

「そこまでする程、君の存在が大きいんだ。君はもっと自分の価値と影響力を知るべきだと思うよ」

「知らないよ、そんなこと。貴様らの事情なんて私には関係ないし興味もない。むしろ何故、私が貴様らに気を使わなくてはならない?」

 

 不機嫌さを隠さず、葉蔵はストレートに自分の思いを産屋敷にぶつける。

 産屋敷は微笑みを絶やさずそれを受け止めながら頷いた。

 

「私の子供たちは人々を鬼から守るために命を賭け、時には命を投げ売ってまでも戦っている。どうか、私の子供たちを助けてくれないか?」

「断る。私は私のために戦っている。見ず知らずの他人なんて知ったことではない」

「弱き人を助けることは強く生まれた者の責務だと私は思う。葉蔵さん、私はその責務を君に全うしてほしい」

「……フッ」

 

 葉蔵は鼻で笑った。

 

「下らん。そんなものは弱者が強者を体よく利用するための方便。何故強いというだけで守りたくもない者を守らなくちゃいけない? そんな理不尽に従う気は私にはない」

「けど、君は今まで鬼に襲われていた人達や、血鬼術に苦しんでいた私の子供たちを助けてくれたじゃないか」

「ただ出来るからやっただけだ。汗をかいてまでするつもりはない」

「……そうか」

 

 また産屋敷はゆっくりと頷いた。

 

「私は人か鬼かで助ける者を選ばない。私の助けたいものを助け、殺したいものを殺す。」

「ソレは、君の匙加減で助ける対象や殺す対象をえり好みするってことかな?」

「そうだ。私の主は私だけだ。どうするか、どう生きるかは私が決める。他人の指図など受けない。誰にも縛られない」

「……そうかそうか」

 

 また産屋敷はゆっくりと頷いた。

 

「もし仮に貴様らが解散して鬼を全部譲ってくれるなら考えてやろう。少なくとも今は同じ獲物を奪い合う競合相手だ」

「ソレは出来ない。今更解散しても、私の子供たちは鬼殺を続けるだろう。むしろ、統制の取れない賊に成り下がってしまう」

「それでもそうだね」

 

 突如、葉蔵の懐が震えだした。

 通信針。

 現代で言うところの携帯電話の機能を持つ道具である。

 葉蔵はソレを懐から取り出し、電話のように耳に当てる。

 

「私だ。……ああ、そうか。無事なら問題はない。……いや、今回の責は私にある。鬼殺隊も敵であることを失念していた。今後このようなことがあれば私が鬼殺隊を殺す。

 貴方達が手を汚す必要はない。報告は以上か?ならいい」

 

 バキンと、針を指でへし折る。

 通信針は使い捨てなので、切るためには壊す必要があるのだ。

 

「人質は確かに受け取った、今後、このようなことがないことを祈る。もし次があれば、私は貴様らを敵とみなす」

「じゃあ、敵対したら私達を殺すのかい?」

「ああ。貴様を殺した後、鬼と鬼殺隊の存在を公開する」

「……」

 

 ピクッと、産屋敷の額の筋肉が動いた。

 葉蔵との会話で初めて見せた、産屋敷の動揺。

 特に気にする様子もなく、葉蔵は話を続ける。

 

「私は鬼殺隊を競合相手と言ったが、だからといって徹底的に敵対するつもりはない。衝突は避けるし危害を加えるなんて以ての外だ。だが、そちらが手を出すなら話は別だ。その時は

 徹底的にやる」

「安心して欲しい。私も君たちと敵対するつもりはない」

 

 見えない目で、産屋敷は葉蔵と視線を合わせる。

 

「私はね、君の人間性……いや、鬼性かな。君がどんな男なのか知りたかっただけだよ。ソレを知った今、私たちが君たちをどうこうすることは今後ないだろうね」

「そうか。敵対しないならこちからも言う事はない。……いや、一つあったな」

「なんだい?」

「忠告だ。無惨とは戦うな。たとえ柱並みの戦力を百人揃えても、奴には勝てない。蟻が象に勝てないのと同じように、奴は人の身で倒すのは不可能だ」

 

 葉蔵は無惨について全て語った。

 どんな風に戦ったか、どんな技を使いどんなパターンがあるか、戦闘の際にどんな会話をしてどんな人間性だったか。

 包み隠さず全て話し、最後に無惨と戦うべきでないと付け足した。

 無論、そんなことをしなくても誰もが無惨と戦うべきでないことはすぐ分かるのだが。

 

「……やはり、君も人間では無惨を倒せないと、無惨を天災のようなものだと思っているんだね」

「当然だ、生物としてのレベル……格が違いすぎる」

「……やはり君もそう思うのか」

 

 フッと、産屋敷は笑う。

 

「実はいたのだよ。無惨を追い詰めたただ一人の人間が」

「捏造だな。もし仮にいたとしたら、ソレは人間じゃない。人の形をした別の生物だ」

「……信じられないようだね」

「当たり前だ。どこの世界に単独で象を殺せる新種の蟻の話を信じる? もしそんな蟻がいるなら、ソレは蟻ではなく別の種族に分類すべきだ」

「……うん、まあ私も…正直信じ難いとは思っている。しかし事実存在したんだ。これは本当だ」

「そうか。もしそんな人間がいたとするなら……そうだな、無惨を倒した後はソイツを目指すか」

 

 葉蔵は翼を生やしてその場から跳び去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見えない目を開け、産屋敷は思考を切り上げた。

 

「やはり、針鬼は危険だね」

 

 産屋敷から見た葉蔵は、強大な力を持つ危険人物だ。

 一見、鬼らしくない態度をとっているが、他の鬼とはまた違う身勝手さと残忍性が垣間見える。

 話す限り幼稚な点がちらほらと見えており、堪え性はあまりない。

しかし短期間でこれだけ能力を伸ばすことから、自分が興味を持った分野に関しては労力を惜しまないだけでなく、その苦労も楽しめる性格といったところか。

 過激な発言を当たり前のようにするあたり、暴力的な思考が、常識を知っていながら無視して善悪の基準を己の物差しだけで測るあたり、独善的な思想が、その発言も後ろ向きな点がある事からネガティブ思考もあると言っていいだろう。

 だが、だからといって不必要に暴力は行使せず、妥協点を設定したり代価案を出すあたり、決して短絡的な性格ではない。何処か効率を優先し、無駄な争い労力を省き、双方に利益のある行動を取ったり、無難に収める等の効率的な思想もある。

いや、この場合は自分の設定した目的、特に楽しむため効率性を求めているといったところか。

 独善的で暴力的で効率的。その上で幼稚さとネガティブさがある

 

 そんな男が鬼の力という強力かつ特殊な力を、何の制限もなく、楽しむために使っている。

 既存のルールや常識は本人も知っていながら無視し、縛ろうとしても力ずくで振りほどく。

 制限があるとすれば己のルール。

 自分に課した美学という、他人から見れば曖昧なものだけである。

 もっとも、鬼は美学なんて持ち合わせてないのだが。

 

「……危険だね。彼は何時か、鬼の王になる」

 

 そう、だから鬼殺隊……いや、人間にとって葉蔵は脅威なのだ。

 

 葉蔵が上記のような特徴があっても、無力で無能ならただひねくれた性格の鬼に成るのだが、そうではない。

 上弦の鬼達は何百年も君臨していたにも関わらず、数年足らずでソレを超え、今では千年を生きた無惨にも届く程に成長した。

 ソレを可能としたのは、葉蔵自身の鬼の才能、自身の才能を最大限に活かす頭脳、高い向上心と積極的に学ぶ知識欲や様々な事を実践する行動力もある。

 カリスマ性もある。いくら後継ぎが途絶えたとしても三男坊である彼が、家の人間を支配しているのがその証拠。前回捕らえた者たちは葉蔵に心酔しきっており、かなり手を焼いたと報告にある。

接触した鬼殺隊の中には、彼のカリスマに惹かれた者もいる。

 だからこそ危険なのだ。

 

 もし仮に、葉蔵が無惨を倒して王座を手に入れたら、次の標的は間違いなく人類になる。

 葉蔵の存在を人類が知れば放っておくことはあり得ないし、葉蔵が大人しく隠れたり逃げたりするのも同様にありえない。両者は間違いなくぶつかる。

 

 葉蔵の方からちょっかいを掛ける事もあり得る。

 列強国に対抗するためという大義名分を掲げて鬼の軍隊を創り上げ、日本を鬼の国にすることも考えられる。

 彼の事だ、鬼を作る際も国の為家族の為という甘い言葉を囁いて自発的に鬼へさせ、鬼の為の血肉も税として国民から血を集める等の手を使ってくるだろう。

 そうやって彼は日本を『鬼の国』へと変え、太陽と世間の目からコソコソ隠れる日陰者から、国を守る英雄へと昇華させる。

 そうなってしまえば、誰も葉蔵を止められない。たとえ鬼殺隊が危険性を唱えても、葉蔵の足を引っ張るやくざ者として責められるのは目に見えている。

 

 葉蔵の事だ、計画を進める中で暴政を行うことはないだろう。

 彼は独善的で暴力的な独裁者だが、決して暴君ではない。

 協力者は大事にするし、利益もちゃんと配当する。敵からは容赦なく搾取することはあるだろうが、敵対を回避できるときはちゃんと回避し、何なら敵を味方に変えることだってあるだろう。

 

 こうして彼は日本を手に入れつつゲームを進める。

 その道中で無惨の欲した日光克服も達成出来るだろう。

 そして獲得した物を足掛かりに更なるステージに昇る。

 結果、葉蔵はどんどん成長し、より大きな存在に進化する。

 比例して、人類は衰退していき、やがて鬼に支配される未来に。

 

「本当に……人類にとって困る存在を作ってくれたものだ」

 

 厄介すぎる。

 放っておけば間違いなく無惨以上に鬼の王へ相応しい存在になる。

 しかし、彼以外に無惨を確実に倒せる手段はない上に、そもそも葉蔵を倒す戦力も手段もない。

 今のところは敵である鬼殺隊に被害を出さず、むしろ利益を配分してくれている。

 狂人のように強靭な士気が売りの鬼殺隊にとって、これはあまりにも不利。

 鬼殺隊の中でも葉蔵を擁護すべきという声もある。

 

「せめて彼に、人間の友人や恋人がいればいいのだが……」

 

 もし葉蔵に人類に対する愛があれば、ここまで悩むこともないだろう。

 

 

 

「やはり彼には人間に戻ってもらうべきだね」

 




え~、最初に言っておきますが、私は瑠火さんを否定するつもりはありません。
煉獄さんはむしろ使命に従っているほうが生きやすい性分なので、言われた方が幸せだと思います。あの最期を見ればソレは一目瞭然でしょう。

ただ、葉蔵のようなタイプにはむしろ逆効果です。
束縛を嫌い自由を求めるようなタイプは、勧めることはあっても無理強いしたり、義務を背負わそうとすれば反発し、むしろ嫌いになります。

こんな風に、私は鬼殺隊とも鬼とも違う価値観のキャラを書きたかったんです。


あと、お館様が葉蔵さんを評価してますけど、一つ見落としている点があります。
葉蔵は堪え性がない上に飽き性です。
ゲームが面白くないと思ったらすぐ辞めます。
流石に周囲に影響がある場合は引継ぎをしてから辞めますが。
だから、葉蔵が国なんて大きなものを抱えるようなことはありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

葉蔵の虐殺

鬼や鬼殺隊のスペックを仮面ライダーファイズで例えるなら……

狛治:クロコダイルオルフェノク
童磨:ドラゴンオルフェノク
兄上:ゴートオルフェノク
無残:アークオルフェノク
葉蔵:ファイズブラスターフォーム
隊士:ライオルーパー
柱達:ファイズ、カイザ、デルタ(フォトンブラッド制限)
赫灼+痣:フォトンブラッド制限解除
縁壱:オーガアクセルブラスターフォーム(時間制限なし)

やっぱバケモンだわ縁壱さん。
コイツ本当は人間じゃなくてアギトかオルフェノクに進化してるんじゃないの?


 蝶屋敷の中を炭治郎はゆっくり歩く。

 人が呼んでいるので出来るなら早く行きたいが、生憎今は全身が痛い。

 あまり早く歩くと服が擦れて傷が痛み、振動で骨折に響く。

 

「失礼します」

 

 一言入れて戸を開け、中に入る。

 座敷には二人の美しい姉妹。

 花柄の座布団にはカナエが、蝶柄の座布団にはしのぶが座っている。 

 

「あら。こんにちは、炭治郎くん。怪我の具合は大丈夫?」

「こんにちは、カナエさん。はい、おかげさまで、大分痛まなくなりました」

「そう、流石しのぶね。もう大丈夫だって」

「いえ、そんなことはありませんよ。……炭治郎くん、貴方は今でも痛みが残っている筈です!」

「はい、けど大分マシになりました! ありがとうございます!」

 

 カナエは優しく微笑み、しのぶは若干困った顔をする。

 

「炭治郎くん、あまり無理はしないでね。私の治療はあくまで日常生活を送れる程度ですから」

「はい。けどソレで充分です。ありがとうございます」

 

 挨拶はこの辺にして早速本題へと入る。

 

「炭治郎くん、貴方は葉蔵さんと長く一緒にいたのね?」

「はい、あの人は俺たちの家でしばらく居候していました」

「では、葉蔵さんが鬼ということは知ってましたか?」

「はい。俺が人とは違う匂いがすると言うと、あっさりと鬼について話してくれました」

「そうですか…。ではその時の葉蔵さんってどういった感じでしたか? 例えば気まずそうにしていたとか……」

「そんなものはありませんよ。だってあの人、鬼であることを受け入れているだけじゃなくて楽しんでますから」

「……やはりそうでしたか」

 

 寂しそうに、カナエは呟いた。

 

「……炭治郎くん、私はね……葉蔵さんと仲良くなりたいの」

「……無理だと思います」

 

 歯切れが悪そうに、炭治郎は言った。

 

「あの人は仲良くなるとかそういうのを求めてないんですよ。求める必要もありません。人を使うことはあっても、あくまで娯楽品。あの人にとっては全てがゲーム……遊びの一種です」

「あ…遊びですって!?」

 

 炭治郎の発言に、しのぶが過剰に反応する。

 

「じゃあ…何? 鬼を倒しているのも、隊士たちを助けるのも……全部お遊び気分でやっているっていうの?」

「そうです。あの人にとって人生とはゲームオーバー…死ぬまで如何に楽しくやるかという遊びです。だから遊びを充実させるために手抜きはしません。良く言えば高みを目指している、悪く言えば修羅の道ですね」

「何よそれ!? ふざけているじゃない!!」

「し、しのぶちゃん落ち着いて!?」

 

 立ち上がって狼狽するしのぶを、カナエが抑える。

 

「コレが落ち着いてられるもんですか! 少しいい鬼だと思ったのに、戦う理由がお遊び……そんなの他の鬼と同じじゃない」

「同じじゃないです。あの人にはあの人なりのルールがあります」

「……ルール? ごめん炭治郎君。私達横文字には疎いの。どういう意味が教えてくれないかしら?」

「すみません。俺も最近使い出したので俺自身良くわかないんですよ」

 

 しのぶを抑えながら、炭治郎に質問する。

 

「ルールは規則や法律という意味ですがこの場合だと……美学と言ったところが妥当ですね」

「美学?」

「ええ、あの人は自分の美学を曲げません。たとえ死ぬことになっても貫き通すでしょう」

「何が美学よ!? あんなの美しくもなんともないわ!!」

 

 

「あの鬼は私たちの目の前で村の人たちを虐殺したのよ!!」

 

「……………………え?」

 

 

「まず、経緯を聞かせてくれませんか?」

「「………」」

 

 しのぶとカナエはゆっくりと話しだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある寒村。

 カナエとしのぶは村人相手に苦戦していた。

 無論、二人ならばいくら人数を揃えてもこんな雑魚など一掃出来る。

 しかし、ソレは出来ない。

 

「た、たすけ……」

「痛いイタイいたい!!!」

 

 ……彼らがこんな姿でなければ。

 

 村人は無残な姿に改造されていた。

 鬼の方がまだマシだという醜く歪な姿。

 ある者はガラクタと無理やり掛け合わされ、あるものは体内部から触手みたいなものが飛び出し、又あるものは奇形化している。

 見るからに異形の姿。しかし彼らは鬼ではない。鬼の寄って肉体を改造された哀れな村人たちである。

 

 これが今回の鬼、人魔の血鬼術。

 人間の身体を血鬼術によって無理やり形を変え、無機物や生物と融合させ、異形化させた自身の肉体を埋め込んでいる。

 鬼は……人魔は改造した人間を兵士として、肉の楯として使ってしのぶ達を追い詰めていた。

 

「(ック! これじゃあ攻撃出来ない!!)」

 

 カナエは、剣を振るのを躊躇していた。

 眼前を遮る改造村人共。彼らが己の身を楯にすることで妨害していた。

 柱の類稀な脚力を駆使して通り抜けようとするも、無理やり改造された力で彼女たちの攻撃の前に立ちはだる。

 人魔に辿り着くには、眼前の肉盾たちを切り殺すしかない。

 更に、もし仮に改造村人たちを突破しても次の問題があった。

 

「し、死にたくないよぉ……」

「助けてよォ……」

 

 人魔の前に並べられた子供たち。

 虫のように蠢く首輪を付けられ、ガタガタと震えていた。

 彼らは端的に言えば人質である。

 もし突破されても大丈夫なように人魔が用意したものだ。

 

「ハハハ、どうしたの鬼狩り? 攻撃しないの?」

「(この鬼……攻撃出来ないのが分かってるくせに!!)」

 

 挑発する人魔を睨みつけるしのぶとカナエ。

 しかし当の人魔はどこ吹く風。むしろソレをニヤニヤと見下していた。

 

「この…卑怯者め!!」

「卑怯だと思うなら君たちも似たような事すればいいじゃん。ま、出来るわけないけどね」

「~~~~~!」

 

 人魔の舐めた様な態度に、しのぶは怒りを見せる。

 

「(まさかこんなことになるなんて……!)」

 

 カナエたちの任務は、この村付近に現れた鬼の討伐。

 何人も何回も返り討ちにされ、遂に柱であるしのぶと柱を引退したカナエが出向くことになった。

 柱クラスが二人もいれば大丈夫。お屋形様はそう考えていたのだが、相手が上手だった。

 

 件の鬼、人魔は村人を改造することで支配下に置き、カナエ達を罠に嵌めたのだ。

 間一髪、カナエとしのぶは敵の企みを見抜いて最悪の事態こそ避けられたが、こうして

 

「大変だねぇ正義の鬼殺隊さんは。守るものが多すぎていざという時は何も出来ない。だから君たちは弱いんだ」

「………」

「つくづく鬼殺隊ってバカな連中だよ。見ず知らずの人間のために命を捨てるなんて。あの方の言った通りお前たちは異常者だ」

「黙りなさい! 異常者はあんたたちの方よ! どうしてこんな簡単に酷いことが出来るのよ!? 元が同じ人間だとは思えないわ!!」

「ハハハ。やっぱお前らはつまらないや。似たようなことばかり言う。お前たち人間だって動物を殺して食うじゃん。俺たちとどう違うの?」

 

 

 

「同感だ。生きるなんて所詮は事情の押し付け合い。違う種族同士でどっちが正しいか間違っているか言い合うなんて滑稽にも程がある」

 

 

 瞬間、銃声が響いた。

 パァンと破裂音と共に撃ちだされた銃弾。

 何処からか飛んできた弾丸は人質の子供に命中し、一瞬で意識を途絶えさせた。

 

「……………え?」

「……………は?」

 

 突然のことに呆ける二人。

 人魔も一瞬同じような状態になるも、すぐさま銃弾の飛んできた方角―――空へと目を向ける。

 

「だから、私はこの力で私の言い分を通す。……貴様はとっとと死ね」

 

 もう一体の鬼―――翼を広げている葉蔵は鋭い目を人魔に向けた。

 

 

「……可哀そうに。今すぐ解放してやる」

 

 

 

 

【血鬼術合成 血喰一斉射撃(ブラッド・フルブラスター)

 

 

 

 

 葉蔵の姿が一変したと同時、弾丸の雨が降った。

 

 

 全身の体毛が銃口と化し、一斉射撃を開始。

 銃撃、砲撃、爆撃。ありとあらゆる形の攻撃、

 ズドドドと激しい音を立てながら、豪雨の如く降り注がれる。

 それらは人魔を遮っている肉盾共を一気にミンチへ変えた。

 

「…………え?」

 

 数秒。

 ほんの少しの時間で、村人の半数を集めた人垣が全て一掃された。

 悲鳴を上げる時間すら与えない、無慈悲な虐殺。

 あまりにも現実離れした現象に、柱並の剣士ですら唖然とした。

 

「何をしている?さっさと眼前の敵を殺せ鬼殺隊」

 

 冷たい表情と声で言いながら、人型へと意戻る葉蔵。

 言葉に込められているのは怒りか、それとも呆れか……。

 

「へ、へえ~。お前が針鬼か。噂じゃ正義の味方をする裏切り者って聞いてたけど……こんなあっさり本性表すんだ」

「あ?」

 

 

【針の流法 血針弾・散】

 

【針の流法 血針弾・爆】

 

【血鬼術合成 血針弾・爆連】

 

 

 ばら撒かれる爆発機能付き散弾。

 人魔は咄嗟に懐へ入れていた縮小化された改造人間を元に戻して楯にするも、爆弾は瞬く間に改造人間たちを爆殺していく。

 葉蔵の血鬼術は上弦の鬼をも屠る性能をるのだ。たかが改造人間程度に耐えられる筈がない。

 こうして人魔は大分手駒を失った。すぐに待機させていた改造人間を呼び寄せ、楯を補充しようとするが……。

 

「やめなさい!」

「あ?」

 

 突如、葉蔵の首めがけて日輪刃が飛んできた。

 葉蔵は咄嗟に右手を異形化さ、飛んできた凶器をキャッチ。

 持ち主の方に目を向ける。

 

「……何のつもりだ?」

「ソレはこっちの台詞よ! 貴方……自分が何してるのか分かってるの!?」

「……」

 

 無言。

 興味を無くしたかのようにしのぶ達から目線を離し、次の血鬼術を行使する。

 

 

【針の流法 自律血針】

 

【針の流法 血針弾・連】

 

【血鬼術合成 自律連蜂(ブラッド・ワスプ)

 

 

「!? やめなさい!!」

「辞めて葉蔵さん! 彼らは犠牲者なのよ!?」

 

 邪魔しようと柱二人が動き出すも、童磨一人すら倒せない柱など脅威にもならない。

 彼女たちの抵抗むなしく、縦横無尽に飛び回る赤い杭が瞬く間に残っていた改造人間も全て殲滅した。

 

「な、なんてことを……」

「こ、こんなにあっさり……」

 

 一方的な虐殺。

 鬼によって尊厳を奪われた哀れな人間を、まるで虫でも踏み潰すかのように殺された。

 

「ひ、ひどい……」

 

 無意識に、カナエの口から悲嘆の声が漏れる。

 村人たちを無理やり改造した鬼に対して……そして、葉蔵の選択に対して。

 

 ああ、確かに彼らは異常な姿に変えられた。

 鬼に操られ、どうしようもない状況になっていた。

 しかし彼らも犠牲者だ。

 鬼によって肉体を改造され、尊厳を奪われた、理不尽の被害者である。

 

 救えたかもしれない。

 鬼の事を忘れ、日常に戻れたかもしれない。

 だがそんな可能性も潰えてしまった。

 たった一人の鬼によって……。

 

 

 

「これで貴様を守る楯は無くなった。……じっくり料理が出来る」

 

 スッと、葉蔵は赤く染まった指先を人魔に向けた。

 一発で命を刈り取る一撃を、葉蔵は何時でも出せる。

 勝敗はもう決した……。

 

 

「は……ハハハ! 所詮はお前も鬼だったのか! 自分の身可愛さに人質ごとあっさり殺すなんて!やっぱりお前は自分のことしか考えないただの鬼なんだよ!」

「は? 何故私が責められなくてはならない? 原因を作ったのは貴様だ。何故私が悪いことになる? 貴様が人間を操って攻撃してきたから対処した。悪いのは元凶の貴様だ」

「違うね! お前も殺さないって選択肢は取れた筈だ! なのにお前は殺した! 自分の意思で殺したんだ!!」

「だから何だ? 貴様がけしかけた事には変わらん。利用者である貴様が……この私に殺すという選択肢を用意した貴様が悪い」

「は、ハハハ…! 最後まで自分が悪くないと、自分の考えこそが絶対だって言うのか! お前は鬼の中でもかなり傲慢だな!」

「傲慢じゃない生物なんて存在するのか? 生物なんて所詮は他の生物を殺すことで生き永らえ、何かを得ている。何かを奪わずして得られる者なんてこの世には存在しない」

「詭弁だね! 言い訳して自分の罪をなかったことにしている! そこまでして悪者になりたくないのか!? この偽善者め!!」

「……くだらない」

 

 

 

「悪だの罪だのは一種の評価でしかない。基準や視点が変われば結果も変わる。その程度なんだよ、私にとっての善悪なんて」

 

「私は私のやりたいことをする。人間は邪魔だから殺した。貴様も腹が立つから殺すただそれだけだ」

 

「私を縛る者はこの世に存在しない。人間共のくだらないモラルやルールで支配できると思うな」

 

 

 淡々と、機械のように話しながら、葉蔵は人魔に血針弾を撃ち込んだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不機嫌な葉蔵


葉蔵は人間の頃から必要な時には冷酷になれます。
もし仮に人間を楯にされても、容赦なく撃ちます。
ゴブスレで肉の楯がありましたが、アレって実際に人間もやりましたからね。
そういった時のために容赦なく撃てるよう、大事のために小事を切り捨てられるように教育されました。
まあ、助けられるのなら助けますが。


「……胸糞悪い」

 

 右手に人の胴体程の大きさがある物体を持ち上げながら、ポツリと葉蔵は呟いた。

 いや、彼の持ち上げているのは胴体そのものだった。

 

 人魔の胴体。

 四肢をもぎ取られ、舌と目をくり抜かれ、針の根によって再生を防がれている。

 力任せに引き千切られた手足の根本から、針の根が飛び出ている。

 コレによって再生を封じられ、死ぬことも禁じられているのだ。

 

 戦いとすら呼べなかった。

 柱から見ても強力な鬼である人魔。

 流石に上弦の弐程ではないが、カナエが今まで戦ってきた鬼の中でもトップクラスにいたのは間違いない。

 しかし、ソレを圧倒する針鬼の力。

 人魔が血鬼術を使うより早く血鬼術を発動させてダメージを与え、人魔が血鬼術を発動させてもソレを上回る火力と性能の血鬼術で無力化どころか押し返した。

 気が付けば、両腕を虫の羽でも千切る様に容易くねじ切り、虫を潰すかのように両足を踏み抜き、地面に芋虫のように転がる人魔の目と舌を針でくり抜いた。

 

 

「うざい」

 

 

 怒りや憎しみ等の激しい感情はなかった。

 しかし、だからといって無感情でもない声。

 強いて言うなら不快感のあった声。汚い虫を見て嫌々潰すような、日常にありそうな声。

 こうして行われる残虐な行為と、その圧倒的な力のとギャップは、しのぶとカナエにとってはかなり大きかった。

 

「……帰るか」

「待ちなさい」

 

 葉蔵の前をカナエが遮る。

 

「私と一緒に来てください、葉蔵さん。貴方にはあの男……鬼舞辻無惨の事について話してもらいます」

「……何故知っている? 私が奴と会ったと」

「その反応、やはり奴と出会って戦ったのですね?」

「………」

 

 単純な罠に引っ掛かった。

 冷静な葉蔵らしくない失敗。

 しかしソレは、今の葉蔵が冷静でないことを意味する。

 上弦の壱を撃退し、無惨の血を取り入れた最強の鬼が、いつ爆発するか分からない状態になっている。

 

「断る。というか私に関わるな。今の私は非常に機嫌が悪い」

 

 ぱしっとカナエの手を振りほどく。

 

「お願い葉蔵さん。貴方の協力が必要なの」

「知らん。君たちの事情に合わせるな。今の私は忙しい。ソレに、今の私は非常に機嫌が悪い」

「そんな……いつもは助けてくれたじゃないですか!」

「機嫌が悪いと言っている。いつも助けると勘違いするな。……もういい、話しかけるな」

「え、待って……」

 

 

【針の流法 滑空する雷速(ファイターフラッシュ)

 

 

 葉蔵は血鬼術と呼吸の合成技によって加速しながら、その場を飛び去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなことがあったのですか」

 

 カナエの話を一通り聞いた炭治郎はうんうんと頷いた。

 

「ねえ炭治郎くん、貴方から見て」

「分かりません」

「「………」」

 

 即答した炭治郎に白い眼を向ける二人。

 

「そもそも、俺が語る葉蔵さん像は俺の視点から見て、俺の価値観で判断した葉蔵さんであって、本当の葉蔵さんではありません」

「構わないわ。私は色んな人から葉蔵さんの話を聞きたいの。話してくれる?」

「う~ん、そうですね……」

 

 腕を組んでウンウン唸る炭治郎。

 

「そもそも、葉蔵さん自体コレだ言えるほどに単純な人じゃないですよ。性根は善に近いんですけど、ハッキリと善と言えるほどでもありません。けっこう悪いこともしてますし」

「う、う~ん。まあ確かに……お、鬼との戦闘を楽しんでいる時点でソレは……ま、まあ分かってました」

「そうです。あの人、けっこう暴力的な面があります。自分の邪魔になる存在や嫌いなものには容赦しません。けど、誰彼構わず暴力を振るうような人でもないんですよ」

「ソレは分かっているわ。けど、それでもあの人は……」

 

 カナエはそのあとの言葉を続ける事が出来なかった。

 足して、炭治郎はあっけらかんと言った様子で話を続ける。

 

「そのことなんですけど、葉蔵さんはもう助からないって気づいてたんじゃないんですか?」

「え?けどまだ村人たちは意識があったのだけれど……」

「いや、そうとは言い切れませんよ。あの人、角から発する音波や電波とかで人体をスキャン…一瞬で体内がどうなっているのか把握出来るんです」

「何それ!? あの鬼そんなことまで出来るの!? ズルじゃない!!」

「え、ええ。ただ、見れるのは内臓や筋肉とかの大きなもので、細胞だったり体内の有害物質とかは針を直接刺して調べない限り分からないらしいで」

「十分凄いわよ! というか、成分まで分かるなんてずる過ぎじゃない……!」

「ハイハイ、しのぶは少し落ち着いて」

 

 葉蔵の理不尽な程に恵まれている鬼のスペックに対して嫉妬するしのぶを、カナエはどうどうと馬でも撫でるかのように宥める。

 

「まあ、ということで葉蔵さんは助からないって分かってたんじゃないんですか? 例えば、既に重要な臓器がズタズタにされてたとか、体内に鬼が潜んでその鬼が死ぬと宿主も死ぬとか」

「……なるほど。けど、そうならなんで言ってくれなかったのかしら?」

「そりゃあ、機嫌が悪かったからじゃないですか? 葉蔵さん、普段は穏やかで器も大きいけど、けっこう人間臭い鬼です。怒って余裕がない時もありますよ」

「そ、そういうことなのね……」

「そういうことです。あの人は助けられるなら絶対に助けます。葉蔵さんは美しく勝つ事に拘っていますから」

 

 カナエは安堵した。

 良かった、葉蔵さんは簡単に人を見捨てるような人ではなかったと。

 

「あと、おそらく早くその鬼を拷問したかったとかも理由の一つですね」

「………え?」

「葉蔵さん言ってました。苦しみとは生きているからするので、死んでしまえばソレで終わり。よって復讐するなら、対象が殺してくれと懇願するまで痛めつけるべきだって」

「……狂ってるわねその思考」

「そうですか? 俺はその通りだと思いますよ。だって、生きているから色んなことを感じたり、喜怒哀楽を持てるってことじゃないですか。いい考えだと俺は思います」

 

 もしかして炭治郎も大分影響を受けているのではないか。そんな心配を含んだ視線でカナエとしのぶは炭治郎を見る。

 

「話を戻しますね。たぶん、葉蔵さんはブチ切れていたと思うんですよ。人前ではあまり感情を見せませんが、キレる時は滅茶苦茶過激になります。一度、俺はブチ切れしたあの人の

 怒りの香りで気絶しそうになりましたし」

「そ、そうなの。で、どんな匂いなの?」

「獣と血、あと火薬と鉄の匂いですね。全身を銃で武装した巨大な肉食獣が飛びかかるうような、そんな恐ろしさを感じました。アレは人間には耐えられませんね」

「そ、そんなに……」

「とまあ、俺から言えることはこれだけですね。後は二人でどういった人か判断してください」

「そう、ありがとう」

 

 炭治郎は頭を下げて去って行った。

 

 





ふと思ったのですが、鬼殺隊の医療ってすごいですね。
蜘蛛山では兄蜘蛛によって蜘蛛にされた隊士を治せましたし。
アレ、骨格どころか内臓レベルで姿変えられてますよね? ソレを薬で治せるってどういう技術してるのでしょうか?
今回の村人も治せたかどうかは……ご想像にお任せします。
大事なのは、葉蔵の視点から見て不可能だったという点ですから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

復活の葉蔵

「それで、義姉さんは結局あの鬼をどう判断するの?」

「そうね。一言で表すなら……子供、かな」

 

 カナエはため息を付きながら即答した。

 

 彼女が見た葉蔵は、子供だった。

 頭が良く、今ある玩具で最大限に楽しむために手間と苦労を惜しまない。

 だから加速的に強くなれる。

 

 楽しむから一つの事に没頭し、様々な事柄から学んで引用し、思いついたことを即座に実行する。

 そうやって葉蔵は技を増やし、技術を磨き、実力を付け、戦略を編み出し、加速的に強くなった。

 

 死に物狂いで、血の滲む努力で強くなる鬼殺隊とはまた違った道。

 しかしこのやり方もまた、強くなれる別の道。

 むしろ、苦しんでやるより健全かもしれない。

 

「……案外、楽しんでやる子供みたいな人が成功するものかもしれないわね」

「……まあ、ソレはなんとなく分かるわ」

 

 遊びと侮るなかれ。

 子供が遊びにかける情熱と工夫は、時に歴史を動かすほどの成果を齎すこともある。

 実際、アメリカのペンタゴンに高校生程の子供がハッキングを仕掛けた事件なども存在している。

 

「それだけじゃない。あの人には特別な知識と独特な視点がある。だから余計にあの人が魅力的に見えるの」

 

 転生者である葉蔵は、この時代にとって未来の知識と考え方を持っている。

 未来とは未知の出来事。何も知らない者から見れば、葉蔵は自分たちが知らない世界を知っている特別な人間に見えてしまう。

 結果、こう思ってしまうのだ。この人なら自分の知らない世界を見せてくれると。自分を知らない世界へと導いてくれると。だから本人がその気にならずとも魅力的に見えてしまうのだ。

 

「これであの人がちゃんと人間をやっていれば問題ないわ。むしろいい未来を作ってくれるかしれない。……けど、そうじゃない。葉蔵さんは鬼としての生き方を肯定している。……これじゃあ、逆効果よ」

 

 そう、ここがカナエの危惧する点である。

 葉蔵が鬼でも、彼に人間として生きる気があればここまで考えなかった。

 しかし、葉蔵は鬼としての自分を肯定し、人としての縛りやルールを破り捨て、鬼として生きようとしている。

 ソレは人の生き方ではない。獣の生き方だ。ソレも、軍クラスの力を持ち、人を惹きつける魅力を持つ者が。

 

 力が強い獣はそこにいるだけで害獣になる。

 人里に下りたヒグマが問答無用で撃たれるように、危険な獣は即座に殺さなくてはいけない。

 まして、上弦並の力を持つ鬼を何の制約もなく野放しにするなんて危険すぎる。人類のために即刻手を打たなくてはならない。

 

 そこにいるだけで様々な影響を与え、巨大すぎる力を持ち、力を振うことを楽しんでいる獣。

 そんなものは断じて放置していいはずが無い。

 

 

 上弦の鬼をも凌ぐ実力。

 実力を十全に使いこなす頭脳。

 更なる成長を楽しみ妥協しない精神性。

 人とは違う知識と価値観による独特な魅力。

 自身の命を顧みず修羅の道を楽しんで歩む狂気。

 

 どれか一つでも恐ろしいのに、全てが揃って相乗効果となっている。

 

 危険。

 あまりにも危険ぎる。

 このまま放置していい筈がない……。

 

「けど、どうしようもないのね……」

 

 カナエにはどうする事も出来ない。

 葉蔵は誰にも縛られない。誰の指示も聞かない。

 だって彼は鬼神なのだから……。

 

 

 

「やっぱり、珠世さんと一緒に人間になるべきなのね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。やはり針鬼は眠ったのか」

 

 とある屋敷。

 産屋敷と珠世は対面して話し合っていた。

 

 ここ一年程、針鬼は姿を現していない。

 大庭家でもその半年ぐらい前から引継ぎなどの準備らしきものをしており、葉蔵は自身が眠る時期が来たのを理解し、そのための準備をしていたのではないかと二人は推測している。

 ただ、珠世はまた別の理由もあると考えていた。

 

「ええ、葉蔵さんに休眠期が来たからというのもありますが、引継ぎをしたのは……おそらく、飽きたからではないでしょうか?」

「飽きた?」

「そうです。葉蔵さんは興味のある事柄に関しては凄まじい集中力と発想力がありますが、一度興味を失うと簡単に捨ててしまいます。流石に家の事は自分一人の問題ではないから

 引継ぎをちゃんと終わらせましたが、もし誰とも関係しないのならすぐ放棄していたでしょう」

「なるほど、好きなことはとことんやるけど、そうでないものには驚く程に無頓着。ますます子供っぽい印象だね」

「ええ。葉蔵さんの運営方法は基本的に丸投げですから。引継ぎの件も自分の仕事を全部次期当主の方に押し付ける形でしたし」

 

 基本的に、葉蔵は自身の仕事以外はしない。

 任せられるものは全部任せて、自分は出来るだけ最低限の仕事で済むようにしている。

 彼曰く、餅は餅屋に任せるのが一番、下手に素人が手を出すべきではないとのこと。

 良く言えば役割分担、悪く言えば丸投げ。

 上手い具合に仕事を割り振ることで組織を運営している。

 もっとも、割り振った仕事がダメにならないよう見張りを誰かに任せたり、仕事が失敗しても大丈夫なようにサブの仕事を誰かに任せる等はちゃんとしているが。

 

「ソレに元から、葉蔵さんは組織を動かす事にあまり興味がありません。規則や人間関係などで縛られるのを嫌う性分ですから」

「なるほど。じゃあ、もし彼が無惨に成り替わっても、その力で新しい鬼の軍団を作ったり、日本を支配しようとはしないと」

「どうでしょうか。大義名分さえあれば戦争もゲームとしてやるとは思いますが、政治などの管理や運営は面倒臭がってやらないか、他の者に丸投げすると思います」

「その場合、どんな人間が管理を担当すると思う?」

「やはり愛国心が強くて常時の仕事を卒なくこなすような人ですね。葉蔵さん、人のやる気や欲望を煽るのが異様に上手いので」

「では非常時の場合は葉蔵さんが出ると?」

「おそらく。その時はゲームとして楽しみながらやるでしょう」

「……ゲーム。遊びという意味か。それじゃあ、やはり葉蔵さんは遊び感覚でやると」

 

 渋い表情で唸る産屋敷。

 

 別に、産屋敷は遊びとして仕事やっても文句を言う性格ではない。

 どうせやるのなら楽しみながらやってくれる方が言いに決まっている。

 ただ、ちゃんと使命感と責任感を持ってくれる限り。

 遊び感覚でやると、どうしてもそういった感覚が無くなってしまう。

 コレが下々の者ならせいぜい失敗して雇い主に迷惑をかける程度なのだが、組織を運営する立場になるとそうは言ってられない。

 周囲に大きな被害を与え、下の者たちの人生も大きく変え、場合には命を奪う事になる。

 

 力と知恵のある子供が日本のトップになる。

 おそらく外国の脅威はなんとかなるかもしれないが、そのあとが怖い……。

 

「葉蔵さんが負の影響を出さないと断言は出来ませんが、可能な限りそういった手は使わない筈です。葉蔵さんは美しく勝つ事に拘っています。利益の分配と“駒”を守るのもその一つです」

「………やはり最後にアテになるのは彼自身の美学、か」

 

 美学のある男は強く魅力的に見える。

 たとえやることが世間的には悪とされる行為でも。

 

「………惜しい、実に惜しい。そんな魅力的な人がちゃんと正しい道を歩んでくれたら、その道を照らす光にも成れた筈なのに」

「………機がなかったとしか言えませんね」

 

 機会はあった。

 

 もし、藤襲山で義勇や錆兎と一緒に下山すれば、二人と友になって鬼殺隊の鬼として強くなっていたであろう。

 もし、甘露寺とあのまま一緒に過ごせば、二人は恋人にでもなって鬼を滅ぼすために共に戦っていたであろう。

 もし、不死川家であのまま過ごしていれば、家族にでもなって修羅の欲求を捨てて父親代わりになっただろう。

 

 人の道を歩む機会は与えられた。

 しかし葉蔵は数多ある道から修羅道を選んだ。

 もう彼は人の道には戻れない。戻るには修羅道を歩み過ぎた。

 鬼として生きる限り、修羅道を進むと決めている限り、人の道に向かうことはない………。

 

「「やっぱり、人に戻ってもらおうか」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う…あぁ……」

「………気持ち悪い目覚まし時計だ」

 

 地中に掘られた洞穴の中。

 永い眠りから目覚めた葉蔵は、補給用に生かしておいた人魔を軽く蹴った。

 いや、ソレを生きているというのは不適切であろう……。

 

 人魔は生かされていた。

 四肢をもぎ取られ、全身を針に侵食され、目と目と舌をくり抜かれた状態で。

 額からはチューブのように針が伸びており、そこから葉蔵はジワジワと鬼因子を吸い取って眠っていたのだ。

 例えるなら、病院の点滴。人魔は補給用の道具として死ぬのを禁止されていたのだ。

 

「殺…して。こ、殺し…て………」

「うん。貴様はもうい用済みだ。眠る前に気が済むまで痛めつけたし、もういいだろう」

 

 パチンと、葉蔵が指を鳴らす。

 

 

 

 

「最期まで苦しみながら、生まれた事を後悔しろ」

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!?」

 

 

 針によって全身を細かく切り刻まれながら、出来るだけ苦痛を与えられながら、人魔は洞穴を赤く染めて逝った。

 

 

「あ~スッキリした。ソレじゃあ、行こうか」

 

 その場を跳んで埋められた洞穴の入り口を力ずくで突破。

 激しい破壊音が鳴り、地面が揺れる。

 服や体に付いた土を払いながら優雅に着地し、ぐるっと周囲を見つめた。

 

 月夜。

 いつもなら万遍に輝く星が一つもない夜空。

 自分が主役とばかりに赤い月のみが光を放つ。

 

「……いい月夜だ」

 

 葉蔵の影の形が変化する。

 人の影だったモノが、一瞬で獣のソレに。

 影は一瞬で消え、その場に大きな穴だけが残った……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

上弦の参

 とある列車。

 乗員がほぼ全員眠っている中、三人の少年が剣を振っていた。

 鬼殺隊の剣士達である。

 太陽の耳飾りを付けた少年、炭治郎。たんぽぽのような頭をした少年、善逸。猪の被り物をした半裸の少年、伊之助。

 彼らは列車と一体化した鬼、魘夢から乗客を守るために、彼らは剣を必死に振るう。

 

 

【ヒノカミ神楽 壱ノ型 円舞】

 

 

 刀を振るって伸びる触手を叩き切る。

 しかしその程度。鬼にとっては毛を切られた程度のダメージすらない。

 鬼の動きを完全に止めるには、鬼の首を斬るしかない。

 だが、今はソレだけで十分である。

 

 

【火の流法 爆熱暴風(トルネードファイア)

 

 

 妹の禰豆子が血鬼術で触手を燃やす。

 腕を扇いでばら撒くように、炎を拡散させる。

 列車内の触手は瞬く間に燃え上がり、含まれる鬼因子を食らった。

 

「ま、こんなモンね」

 

 炎を吸収して、喰らった因子を取り込む。

 

 今の禰豆子の炎は、葉蔵の針と似たような効果がある。

 鬼因子のみに反応し、鬼因子のみを燃やして吸収し、回収した鬼因子を使い手が取り込む。

 葉蔵と比べたらまだまだ甘いが、ソレでも鬼にとっては脅威、鬼殺隊にとっては頼もしい血鬼術である。

 

「よし、このままいくぞ!」

「待ってお兄ちゃん達!」

 

 

【火の流法 火炎纏装(エンチャントファイア)

 

 

 炭治郎たちの身体に、禰豆子の炎が纏わりつく。

 しかしその炎が彼らを燃やすことも、消えることもなかった。

 

「な…何すんの禰豆子ちゃん!? いきなり炎を出すとか、俺たち殺す気!?」

「落ち着けタンポポ野郎! 全然熱くねえだろホラ!」

「ありがとう禰豆子! ほら行くぞ!」

「あ、待てかまぼこ! 俺が先だ! 行くぞタンポポ!」

「引っ張るなよ伊之助!?」

 

 炭治郎が触手を切り裂きながら、その残りを善逸と伊之助が刈り取る。

 最後に後ろの禰豆子が触手を炎で燃やし続けることで新たな触手が車内に入るのを妨害。

 そうしながら前に進むことで次々と触手の支配圏を奪っていった。

 

「(ま…マズいマズいマズい! 早く奴らを殺さないと!!)」

 

 無論、魘夢もただ黙ってみていたわけじゃない。

 ただ触手を伸ばすだけじゃなく、己の分身を派遣したり、更に強い触手も用意して血鬼術を発動させたのだが……。

 

 

【血鬼術 強制昏倒催眠の囁き】

 

【血鬼術 強制昏倒睡眠・眼】

 

 

「そんなものは効かない! 禰豆子の炎がある限り、お前の血鬼術が俺たちに届くことはない!」

「(く~~~~~~~~~!!? 何だよソレ!? そんなの反則だ!! 正々堂々としろ!!)」

 

 おまいう。

 自分は安全圏に隠れ、触手や分身を使って一方的に殺そうとしてるのにこの言い様。

 魘夢の気持ちも分からなくはないが、ソレでもコイツが言っていいセリフではない。

 

「(よし、相手の鬼は炎の力に動揺している! 今のうちに攻め込む!!)」

 

 炭治郎は早期戦に持ち込むために汽車の先頭を目指す。

 禰豆子の炎の鎧は決して万能ではない。

 魘夢の血鬼術を受ける度に、どんどん削られているのだ。

 持って後は五回ほど。禰豆子も分身や触手の処理で忙しく、消耗もしているため援護は期待出来ない。

 冷静になれば気づく筈。しかし自身の血鬼術が無効化されるという初めての経験に冷静さを失ってしまった。

 こうなれば勝負は決まったも同然。後はミスの無いように行うだけ……。

 

「よもやよもや! まさか柱以上に新人と鬼が活躍するとは! 柱として恥ずかしい限りだ! 穴があったら入りたい!!」

 

 大声で話しながら刀を振るう煉獄。

 彼も悪夢から脱出し、炭治郎が来るまで一人で戦っていた。

 

「煉獄さん、鬼は切符をトリガーにして血鬼術を発動させました! 能力は催眠と悪夢! 媒体は音波! 耳を塞いでも音を身体に当たる事で夢の世界に引きずり込まれます」

「うむ! 横文字は分からんが意図は伝わった!」

「(ま…まずい! 柱まで出てきたらもうどうしようもなくなる!)」

 

 遂に、柱までも目覚めた。

 これで勝敗は外もう覆らない……。

 

「ここです!」

「うむ!」

 

 煉獄は先頭車両に続く戸に手を掛けた途端………。

 

 

 べべん。

 

 

「「「!!?」」」

 

 

 琵琶の音と共に、凄まじい鬼の気配を察知した。

 

 強く、濃い鬼の気配。

 そのあまりの強大さに、感覚の鋭い炭治郎たちは動けなくなった。

 

 

「なんだ、たったこれだけか」

 

 ゆっくりと、その鬼は突然巻き起こった煙の中から全身を露わにした。

 

 死人の様な肌の色に紅梅色の短髪。

 中性的な顔立ちでありながら、無駄のない引き締まった筋肉質な肉体。

 顔と全身に藍色の入れ墨のような文様が刻まれ、足と手の指は同じ色に染まり、爪は髪と同じ色。

 素肌に袖のない羽織を直接着用、下は砂色のズボン状の道着と両足首に数珠のようなものを着けているだけの軽装。

 アーモンドのような釣り目の白目部分は水色でひび割れのような模様が浮かび、黄色い瞳には……。

 

 

 

「上弦の……参…!?」

 

 右目には“上弦”が、左目には“参”がそれぞれ刻まれている。

 ソレは証。

 最強格の鬼である上弦トップ3であるという証明である。

 

「……まあいい。久々に目覚めたんだ。ぬるい相手なら承知せんぞ!」

 

 拳鬼は、空気が軋む程の圧を剣士たちに向けた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

葉蔵vs猗窩座 再び

さあ、やっと葉蔵が復活しました。
最初の相手は猗窩座からです。
強化された猗窩座はどうやって葉蔵と戦うのでしょうか!


 

 とある列車の車両内。

 一人の鬼と四人の剣士が対峙していた。

 鬼の名は猗窩座。

 目に上弦の参の文字が刻まれた最強格の鬼。

 彼の強さはその位以下の鬼とは比べ物にすらならない。

 そのことは、戦う前から発するその圧が証明している。

 

「(な…なんだこの臭いは………!?)」

 

 猗窩座から感じ取れる強い鬼特有の臭い。

 強い鬼因子の臭いである。

 戦う際の葉蔵に似たような臭い。

 それが自身に向けられるという恐怖。

 炭治郎はその事実に膝を付きかけた瞬間……。

 

「っ!?」

 

 眼前に広がる鬼の拳。

 咄嗟に刀で逸らそうとするも、タイミングが早すぎて直に受けてしまった。

 何割か衝撃は殺した。だがそれでは足りない。

 炭治郎は刀を破壊されながら吹っ飛ばされ、列車の壁に叩きつけられた。

 ゴウンと音を立てて揺れる列車。一瞬だけだが確かに車両が浮いた。

 上記の出来事から、その破壊力は十二分に推し量れる。

 

「俺の拳を止めるか。なら今度は……っと」

 

 後ろから煉獄の不意打ち。

 猗窩座は最低限の動きのみで避け、少しだけ後ろに下がる。

 

「しっかりするんだ少年たち! ここは俺が引き受ける! 少年たちは早く列車の鬼を!」

「は…はい!!」

 

 煉獄に喝を入れられ、炭治郎たちは立ち上がる。

 しかし、炭治郎だけが膝を付いてしまった。

 先ほど刺されてしまった腹が酷く痛み出したのだ。

 

「(俺は……死ねない。俺が死んだら、俺の腹を刺したあの人が人殺しになってしまう。死ねない……誰も死なせたくない!)」 

 

 呼吸を整えて出血をコントロールして立ち上がる。

 まだまだ不完全だが、そこは努力と我慢が売りの長男。

 足りない部分は気合で補い、痛む身体に鞭打って動く。

 

「お…おい大丈夫か!?」

「平気だ! これぐらいかすり傷だ!」

「無理だけはするなよ! まだお前に禰豆子ちゃんの花嫁姿も見せてないんだから!」

 

 炭治郎を激励しながら素通りして行こうとするが、かまぼこ隊目掛けて猗窩座が攻撃を仕掛けた。

 ノーモーションの破壊殺・空式。

 拳を向けただけで炭治郎たちに大気の拳が迫りくる……。

 

 

【炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天】

 

 

 速さを優先した切り上げ。

 煉獄が咄嗟に繰り出した絶技は、猗窩座の拳撃を迎撃。

 炭治郎たちを見事守り切って見せた。

 

「お前の相手は俺だ! 彼らに手出しはさせん!」

「そうはいかない。上弦の鬼を増やすためにも、アイツを殺されるわけにはいかない。……そうだ、煉獄といったな。お前、鬼にならないか?」

「ならない!」

 

 

【炎の呼吸 伍ノ型 炎虎】

 

 

 煉獄の攻撃。

 虎のように敏捷且つ力強く、燃え盛る炎のように強烈な一撃。

 だが、その剣技を猗窩座はあっさりと受け止めて見せた。

 血鬼術も破壊殺も使用していない。鬼の肉体のみで止めたのだ。

 

 決して煉獄の技は見掛け倒しではない。

 その証拠に、先ほどの踏み込みで車両が揺れ、一瞬浮いて見せた。

 人間の踏み込みで列車が浮いたのだ。

 これだけでも十分に驚愕に値する威力である。

 

「素晴らしい闘気と技だ。一見するだけでお前が至高に近い領域だとわかるが……まだまだ弱いな」

 

 猗窩座に答えず振りほどこうとする煉獄。

 動かない。

 どれだけ力を振り絞っても、技をかけてもビクともしない。

 相手は片手で刀を掴んでいるだけで、決して術も技も使用していない。

 

 猗窩座は力のみで柱―――煉獄杏寿郎を拘束しているのだ。

 

「お前の剣戟は素晴らしいが、所詮は人間。……全然だめだ。あの程度では上弦にも、針鬼にも届かない」

「それでも俺たちが諦めることはない! 俺たちは悪鬼に苦しめられる人がいる限り、戦い続ける!!」

「………無駄な努力を」

「~~~!!?」

 

 

 瞬間、煉獄が吹っ飛んだ。

 猗窩座の前蹴り。

 早いだけのただの蹴りが煉獄の腹部に命中し、肺の中の空気を強制的に追い出した。

 

「俺もつい最近まではこれ程の力はなかった。だが、あの方から血を頂くことで格段に強くなれた。……分かるか? これが鬼だ」

 

 

「お前たち人間が必死に鍛錬して手に入れる力を、俺たちはあの方の血を少し取り入れる程度であっさり手にする。……針鬼も、そうやって強くなってきた」

 

 何処か影のある顔の猗窩座。

 しかしそれに気づくものは誰もいない。

 そんな余裕など最初からないのだ。

 気配に敏感な三人は猗窩座の圧に怯んでおり、煉獄もこの通り。

 こんな状況でいちいち相手に気を使ってられるはずがない。

 

「おい魘夢、こいつらも殺すが構わないな?」

 

 猗窩座が天井に向かって叫ぶ。

 しかし、魘夢からの返事はなかった。

 魘夢は列車と一体化しているため、どこからでも声を聴ける筈。

 考えられるとすれば魘夢が無視しているか……。

 

「おい魘夢、聞こえているのか? 魘夢! 魘夢!!」

 

 

 

 

「その魘夢とやらはとっくに死んだぞ」

 

 

 

「「「!!?」」」

 

 その声を聴いた途端、全員が動きを止めた。

 

 声をかけられて、初めて気づいた。

 臭いも音も、気配すら感じさせなかった。

 誰もいない。新たにこの車両に入った者はいない筈。

 だというに、その鬼は今来たかのように振る舞う………。

 

 

「久しぶりだね、炭治郎くん」

 

 鬼と鬼殺隊から畏怖される最強の鬼狩り、大庭葉蔵。

 彼は友人とばったり街中であったかのように、穏やかな笑顔で話しかけた。

 

「やあ炭治郎くんに禰豆子くん。あれから二年程だね。見たところ元気そうだね」

「あ、はい……」

「う、うん……」

「魘夢は私が食らった。もう乗客は無事だ。直に目を覚ますだろう」

 

 

 言われてみれば、列車中からしていた鬼の気配が消えている。

 いつの間に。

 炭治郎はそんなありきたりな質問をしようとしたが、聞く前にやめた。

 聞くまでもない、猗窩座と煉獄が戦っている間に終わったのだ。

 猗窩座のあまりにも強大な鬼因子の存在感と、あまりの強さに感覚がマヒしたあの瞬間。

 あの一分にも満たない時間でやってみせたのだ。

 

 普通なら考えられないが、相手はあの針鬼。

 たかが下弦の鬼など、瞬く間に処理出来る。

 

「針鬼、悪いが世間話は後にしてもらおう! 俺たちは今、立て込んでいる!!」

「うん、わかっているよ。……久しぶりだな、猗窩座」

 

 葉蔵は猗窩座に振り返った。

 穏やかな表情に獰猛な笑みが混じる。

 

「俺を放って弱者のほうに声をかけるとは随分余裕だな!」

「放ってしまってすまないね。君を無視しているわけじゃないんだ。けど……」

 

 

【針の流法 血針弾】

 

【破壊殺・空式】

 

 

 同時に攻撃が繰り出される。

 両者は空中でぶつかり、互いに相殺。

 その勢いによって空気が震え、衝撃で列車が派手に揺れた。

 

「やはり私たちは言葉よりこういうやり取りのほうが相応しいと思ってね」

「………ああ、同感だ!」

 

 構える猗窩座。

 対する葉蔵は構えるどころか背中を見せ、列車の窓へと近づいた。

 

「外に出ろ。ここは私と貴様が暴れるには狭すぎる」

 

 返事はない。

 だが行動で示される。

 葉蔵は行儀良く開けた窓から、猗窩座は乱暴に割った窓から外へと向かう。

 

 

「吐いた唾は飲み込めんぞ、針鬼!」

「飲み込むつもりはない。私が今から飲み込むのは、貴様の命だ!」

 

 針鬼と拳鬼。

 二体の強大な鬼は、獣のような笑顔を浮かべながらぶつかり合う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人外共の狂乱

葉蔵は強くなりました。
上弦もソレに伴って強化されました。
そんな化物がぶつかり合ったら周囲はどうなるでしょうね。


 

 とある野原。

 線路以外の人工物がないような僻地。

 そこで二体の鬼がぶつかり合っていた。

 

 

【破壊殺・乱式】

 

【血針弾・連砲】

 

 

 互いの連続攻撃。

 葉蔵は血針弾を、猗窩座は拳のオーラを飛ばしてぶつけ合う。

 

「ほう、どうやら貴様もパワーアップしたようだな!」

「そうだ! あの方から血を分けて頂いたことで、俺は“気”を以前よりも自在に操れるようになった!」

 

 猗窩座を覆う桃色のオーラ。

 以前から闘気というものを猗窩座は感じ取れたが、物理的なエネルギーにしたり、自在にコントロールするような真似は出来なかった。

 だが、無惨から血を貰い、適応することで新たに習得してみせたのだ。

 全ては針鬼を倒し、その雪辱を晴らすために!

 

「覚悟しろ針鬼! 今日が貴様の命日だ!」

「ほざけ。命日になるのはどちらか知るがいい」

 

 

【針の流法 血針弾・散雨(ニードルレイン)

 

【破壊殺・照明しだれ柳】

 

 

 桃色の光―――闘気を纏い、葉蔵が飛ばす無数の針から身を守る。

 鎧のように闘気は針を防ぎ、針の雨の中を猗窩座は突き進む。

 無惨の血を直接摂取したことで威力は上がっているが、ニードルレインは牽制用の弾丸。

 針が刺さらなければ大した脅威ではない。

 

 

【針の流法 血喰砲・散弾(スプラッシュキャノン)

 

【破壊殺・閃光万雷】

 

 

 同時に血鬼術を発動。

 猗窩座の繰り出した拳から巨大な拳型の闘気が打ち出され、途中で分散。

 クラスター弾のように無数の拳型闘気を待ち散らす。

 ソレを迎え撃つのは葉蔵のスプラッシュキャノン。

 こちらも散弾をまき散らして全て迎撃してみせた。

 余波により無数の衝撃波が発生。

 大気が震え、地面が揺れる。

 

【破壊殺・砕式 万葉閃柳】

 

【針の流法 血喰砲・貫通(スパイクキャノン)

 

 上方から猗窩座の奇襲。

 先程の撃ち合いによって土煙が巻き起こる中、猗窩座の蹴りが葉蔵目掛けて振り下ろされた。

 角の超感覚によって前もって接近を察知していた葉蔵は慌てることなく迎撃を開始。

 巨大な杭のような砲弾を打ち上げ、猗窩座を牽制した。

 両者の血鬼術の余波により、巨大な波紋が大気に拡がる。

 野原中にブワッと広がり、辺りにあるものを吹き飛ばした。

 

「腕を上げたな、猗窩座!」

「認めてくれるなら死んでくれ、針鬼!」

 

 両鬼はそれからもぶつかり合う。

 場を移動し、位置を入れ替え、近づいて、離れて。

 互いの血鬼術をぶつけて、壮大な激戦を繰り広げる。

 

「な…なんて戦いだ!?」

「う、うむ……! これ程までに上弦とは…上弦とは強大なのか!?」

 

 遠くから葉蔵の戦闘を観察している炭治郎たち。

 彼らは鬼の繰り広げる圧倒的で理不尽なまでの力に驚愕……いや、恐れすら抱いていた。

 

 一撃一撃が人間にとって必殺。

 牽制用に放つような、攻撃範囲を優先した血鬼術でさえも、そのうちの一発で絶命するには十分な威力。

 威力重視の血鬼術も並の速度ではなく、予備動作も少ない。柱でも避けるのは至難と言ってもいい。

 だが、上記の血鬼術は当人ならぬ当鬼とってまだ遊びの範疇。余興の段階である。

 本当の恐怖はここから始まる……。

 

「素晴らしい、素晴らしい力だ針鬼! 俺もここまで鍛えた甲斐があるというもの!」

「何を当たり前の事を! 私が強いのは当然だ! そして勝つ事も! そんな余裕を持っていいのか!?」

「相変わらず上から目線だな! なら、これを見ても同じことが言えるのか!?」

 

 ブォンと重低音を発しながら、猗窩座の足元に雪の結晶の紋章が浮かび上がる。

 中央に立つ猗窩座にも変化が生じた。

 彼の肉体を雪だるまに包まれる。

 一見、間抜けな外見だが、葉蔵はソレに騙されることはなかった。

 

「……そうか、お前も使えるのか」

 

 彼は一目するだけで気づいた。

 あの雪は繭。

 葉蔵が使う赤い結晶と同じ効果であることに……。

 

 雪だるまが内部から木っ端微塵に吹き飛ばされ、中から猗窩座が現れる。

 その姿を見た途端、葉蔵は驚きと喜びの混じった笑みを浮かべた。

 

 

 全身を覆う甲殻類のような装甲。

 両肩から伸びる肉体同様に装甲に包まれた腕。

 眼の位置に当たる鎧の隙間から爛々と輝く黄色の光。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 全身を鎧によって武装した猗窩座は、強烈なオーラをその場一帯にまき散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炭治郎たちは葉蔵と猗窩座の戦闘を見届ける為、列車から飛び降りた。

 まだ汽車は走っているが、受け身を万全に取れば問題はない。

 ゴロゴロ転がって衝撃を逃がし、すぐさま葉蔵達を追った。

 そして見てしまった。知ってしまった。

 彼らがどれだけ強大な存在か。

 

「よ、よもやよもや……」

 

 その光景を見た瞬間、煉獄安寿朗は恐怖を覚えた。

 あの煉獄が、鬼に怯んだのだ。

 彼でさえ恐れるのだ。気配に敏感な後ろの三人どれだけ怖がっているのか……。

 

「う、うぅぅ……」

 

 炭治郎は吐き気を堪えながら鼻を抑えた。

 

 強烈な暴力の匂い。

 鬼のように嫌な臭いでもなく、純粋な悪臭でもない。

 匂いがあまりにも強すぎて、刺激が強すぎて痛みを感じているのだ。

 どんなに良い香りでも凝縮すれば吐き気を覚えるように、強すぎる力の匂いというものは、炭治郎の嗅覚に痛みを与えるような、甚大な刺激となる。

 それほどまでに葉蔵の力の匂いは強いのだ。

 

「う…うげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ………」

 

 伊之助は、吐いた。

 突如被り物を脱ぎ捨てたかと思いきや、その場でリバース。

 さっきまで腹に入れていた牛鍋弁当を出した。

 

 大きすぎる存在の気配。

 生物的な格か全然違う。

 己がいかに矮小な存在か、相手が如何に巨大な存在であるか、嫌でも知らされる。

 伊之助の本能は、獣鬼態の葉蔵の強大さを、その埋められない差を瞬時に理解。あまりの大きさに、認識するだけで吐く程の恐怖を覚えた。

 

「う……あぁ……ああ!!」

 

 善逸は耳を抑えて蹲った。

 強烈な暴力の音。

 大地が震え、直接鳴り響くかのような大きすぎる重低音。

 あまりのヴォリュームに耳が潰れそうになる。

 もはや恐怖すら感じられない。その余裕すらない。

 善逸はいつものように気絶することすら出来なかった。

 

「……! ……!」

 

 禰豆子はその場で跪いた。

 自分が何をしているのか。彼女自身理解していない。

 自然と、まるでそうするのが当たり前のように体が勝手に動いたのだ。

 彼女の体内にある鬼因子が主である葉蔵に反応したのか、それとも圧倒的な力による恐怖からなのか……。

 

 

 これが人間から見た葉蔵である。

 葉蔵を一言で表すなら一人旅団。

 鬼は勿論、当時の旅団を単体で滅ぼしかねない力を持つ。

 そんな化物が何の制約も受けず、夜限定とはいえ自由に歩いている。

 己の都合で何時でも、機嫌一つで何時でも巨大な力の引き金を引ける。

 

 

 怖くないはずが無い。

 

 

 彼の存在を知ったものは、その引き金が自身に引かれないよう、その余波に巻き込まれないよう危惧しなくてはいけない。

 こういうものを人々は天災と呼ぶのだ。

 

「……放置してよいのだろうか」

 

 だから、煉獄がこう考えるのも当然と言えば当然なのかもしれない。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

役立たずの犬

 

「………素晴らしい」

 

 その姿を見た葉蔵は、思わず拍手した。

 

 自身の獣鬼態に該当する形態。

 しかし似ているというだけで、全く別物。

 強いて言うなら甲鬼熊といったところか。

 

「素晴らしい、素晴らしいぞ猗窩座! ならば、私もソレに応えなくてはならない!」

 

 葉蔵もまた獣鬼態へと変貌した。

 

 筋骨隆々の肉体に赤黒い体毛。

 燃え盛る炎のように靡く獅子のような鬣。

 静かに燃える炎のような、胴体と同じ大きさの狐のような尾。

 全身の体毛によって、目がなくなったというのに目以上に視えている。

 

「グルル……」

 

 獣のような唸り声をあげながら、葉蔵は背中からコウモリのような翼を生やし、一瞬で上空へと飛んだ。

 

「お前も本気を出してくれるのか。……うれしいぞ、針鬼ィ!」

 

 オーラをまき散らしながら、猗窩座は連撃を繰り出す。

 突いた拳から、蹴った脚からオーラの打撃が打ち出される。

 葉蔵はその弾幕を掻い潜りながら、血針弾による射撃を開始した。

 

「その程度か針鬼!」

 

 しかし、猗窩座には弾丸が通用しなかった。

 全身を覆う甲殻により、葉蔵の射撃を防御。

 流石に真正面から当たらず、受け流しこそしているが、十分な防御力である。

 獣鬼態へ変貌した葉蔵の弾丸を受けられる鬼がどれだけいるだろうか。

 

「まだまだ行くぞ!!」

 

 優秀な甲殻によっていちいち避ける必要がなくなった分、攻撃に集中できる。

 肩から伸びる腕によって、手数も増えている。

 当然、猗窩座は猛攻を続ける。

 

「(やったぞ! 遂に…遂に俺も針鬼と同格に戦える日が来た!!)」

 

 猛烈な連撃を繰り出しながら、猗窩座はほくそ笑んだ。

 

 葉蔵によって積み重ねられた雪辱。

 何度挑んでも、お遊び半分で返り討ちにされた無力感。

 何十年と鍛錬を積んで手に入れた力を、たった数年の新参者如きに破られた敗北感。

 その屈辱を今、晴らす時が来た! 今度こそ絶対に負けん! 貴様はここで俺が殺す!!

 

 

 ハッキリ言おう、猗窩座の願いは叶わない。

 

 

 猗窩座は、葉蔵に勝つために大事なものが欠けている。

 葉蔵だけではない。

 黒死牟にも童磨にも、その要素がなくては決して勝てない。

 

 

 彼にないのは戦略性である。

 

 自身の技をどう使うか、どのタイミングでどの使うか、次にどんな技を繋げるか。

 逆に、相手がどう来るか、来たらどう対処するか、どうやって自分の都合が言い様に誘導するか。

 そういった戦略性が猗窩座には欠けている。

 

 黒死牟には鬼狩りの経験がある。

 鬼の理不尽さを知る彼は、どうやって血鬼術を封じ、どうやって出し抜くか、技術を磨きながら研究してきた。

 その経験を応用することで、血鬼術で相手を追い詰める戦略も立てられる。

 

 童磨は学習に余念がない。

 自身の血鬼術の特性や限界を学び、最大限に活かす方法を学んできた。

 その結果、彼は若輩ながら上弦に到達した、

 

 葉蔵は言うまでもない。

 今更説明するもの馬鹿らしく感じる程に。

 書くのも面倒なので割愛する。

 

 

 猗窩座にはそういったものがない。

 鍛錬に力は入れるが、戦い方や状況作りには無頓着。むしろ受け身なところがある。

 

 ソレでは勝てない。

 勝機とは来るものではなく、自身で作るもの。

 戦いとは己のしたいことを押し付ける者が勝つものだ。

 ただ相手の攻撃を捌き、反撃するだけでは勝利はない。

 その場に座って対処するような、そんな消極的な姿勢では勝機はつかめない。

 

 

 

 去勢されてその場に座る役立たずな狛犬では、自由に駆け回る魔獣に勝てない。

 

 

 

「ッグ!?」

 

 突如、猗窩座の肉体に痛みが走った。

 葉蔵の針だ。

 いくら血針弾を防げるといっても、ずっと受ければ亀裂が生まれ、大きくなってやがて割れる。

 葉蔵はテキトーに撃っているのではなく、大体同じ個所を撃ち続けて部分破壊を狙っていたのだ。

 だが、甲殻も体の一部である以上、上弦ならすぐ治る。強化された今なら猶更だ。

 割れた瞬間に当たった弾丸も少数。この程度ではせいぜい一瞬止まる程度である。

 ほんの、ほんの一瞬だけ動きを止めた程度で終わる。

 だが、その一瞬が勝敗を決する。

 

 

【針の流法 血喰砲・貫甲(アーマースパイク)

 

【血針弾・貫】

 

 

「ぐあああああああああああああああああああああああああ!!!?」

 

 一瞬で合成された血鬼術が、猗窩座の鎧を粉砕。

 一秒以内に砕かれ露出した箇所に血針弾を撃ち込まれ、瞬く間に針の根を伸ばす。

 だが、これも時間稼ぎ。すぐ振り払われることは分かり切っている。

 現に、猗窩座の鎧は再生を完了し、防御力を取り戻した。

 全ては布石。必殺技へと繋げるための手である。 

 

「行くぞ、猗窩座」

 

 上空から一気に急降下。

 重力と自身の速度により勢いを付け、瞬く間に猗窩座の眼前へと迫り……。

 

 

悪鬼食らう赤き血杭(クリムゾンスマッシュ)

 

 

 ドリル状の赤い光を足に纏わせながら、猗窩座を貫いた!

 

「ぐ、おおおぉ……あ、あああああああ……!!」

 

 蹴りによって装甲を砕かれ、罅が鎧全体に入る。

 遅れて黒い塵となり、パラパラと剥がれていった。

 肩から生えた腕も同様に散り、元の姿へと戻った……いや、戻された。

 

 勝負あり。

 殻を奪われた獲物がたどる道は決まっている。

 今から捕食の時間である。

 葉蔵は己の捕食器官を猗窩座に向け……途中で止まった。

 

「……前から思っていたのだけど、君って戦いに消極的だね。受け身な戦法をしている割にその先を考えてない。……まるで守るものがはっきりしてない防衛戦だ」

「な、なにを言っている……?」

「一応聞くけど、なんで君は力を求める? 私や童磨のように成長を楽しむわけでも、黒死牟のように何かに執着している様子もない。正直に言って、ちぐはぐだ。まるで何か大事なものが欠落しているように見える。

 ……ああ、そういえば鬼に成った者の大半は記憶が欠如するんだったね。………なら、そういうこともあり得るか」

「だから……何を言っていると言うのだ!?」

「ああ、そうか。そういうことか……」

 

 一人ウンウンと頷く葉蔵。

 猗窩座は力の入らない肉体を気合だけで動かして葉蔵を睨みつける。

 

 猗窩座は力の入らない肉体を気合だけで動かして葉蔵を睨みつける。

 彼は、葉蔵のこういったところが前から気にくわなかった。

 まるで見透かしたかのように一人で納得し、ベラベラとしゃべり、答える前に何処かへと消えていく。

 勝手にも程がある。

 童磨も大概だが、葉蔵はより内部に入り込み、かき乱す。おかげでない筈の記憶にどれだけ苦しめられたことか……。

 

「君は……空っぽなんだね」

「!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、猗窩座の気合は途切れた。

 

 

 

 

 

「空っぽだから強者との戦いを楽しむフリをして、空っぽだから誰かの真似をしている。けど、人間の記憶がない君はソレが誰だか知らないし、存在すら忘れている。だからそんなことをしても君が満たされることはない」

 

「それほどの腕を見るに、本来はとても崇高な目的や理想を抱いていたのだろう。だけど、今の君にはソレがない。立派な器はあっても中身はとうの昔になくなっている。……まるで去勢された猛犬だ」

 

「いくら牙があっても振るう意思がなければただの重し。………役立たずの犬に興味はないね」

 

 

 

 言いたいことを言って背を向ける葉蔵。

 猗窩座は再び気合を入れて身体を動かす。

 

「ま…待て! 俺にトドメを刺さす逃がすというのか!?」

「刺す必要はない。君への興味が失せた。食う気にもならない。……どうしても死にたければ後ろに頼め」

「ふざ……ふざけるな! 弱者に……弱者ごときに……!!」

「……何故、君は弱者をそこまで嫌う?」

「知るか! 弱者は目に入るだけで苛つく!」

「……ッフ」

 

 葉蔵は鼻で笑いながら振り返る。

 

「強者と自負するものにとって、弱者は搾取する対象か、或いは取るに足らない存在と認識するのが大半だ。嫌うとしても見かけ次第殺す程ではない。……君の弱者嫌いは異常だ」

 

 

「もしかして、弱者を嫌うのは他にも理由があるんじゃないか? 空っぽになって忘れているだけじゃない?」

 

 

 

「訳の…分からないことを……!!」

 

 猗窩座は、最後の力を振り絞って立ち上がろうとする。

 先程の蹴りによって、鎧を作り直す分の鬼因子は奪われた。

 対する葉蔵は獣鬼態に変化したにも拘わらず、大した消耗をしていない。

 勝ち目なんて最初からない。

 だから葉蔵は相手にしない。

 興味がないから。

 

「それじゃ、私はこの辺で」

「~~~~~~~~!!!」

 

 猗窩座に背を向けて、その場をゆっくり去る。

 その態度に逆鱗をDJされた猗窩座は、後ろから拳を振り上げ、奇襲する……。

 

 

【針の流法 血針弾】

 

 

 ノーモーションどころか振り向く事すらせず、破壊殺・羅針で察知するよりも速く。

 撃ちだされた弾丸が猗窩座の眉間に命中し、内部で針の根を形成。

 脳みそをグチャグチャに掻き回した。

 

「まったく、私たちがどれだけやり合ったと思っている? 君の行動何て予測出来るさ」

「き……さま!」

「弾丸にはあるおまじないを掛けておいた。次は君を縛るものがないことを願うよ」

 

 べべんッ。

 突如、三味線のような音が聞こえ、猗窩座の姿が掻き消える。

 おそらく鳴女の血鬼術だろう。勝機なしと無惨が判断し、連れ帰ったようだ。

 気づけば日も昇り始めている。日光に当たれない葉蔵も帰ることにした。

 

 

【針の流法 血針の隠れ蓑(リフレクション・ステルス)

 

 

 葉蔵は血鬼術によって文字通りその場から消えた。

 途端に拡がる沈黙。

 先程まで人外同士が殺し合ったとは思えない静けさである。

 

 残るのは破壊の跡。

 余波によって抉れた地面や、草木の燃え跡。

 あちこちに刻まれた戦闘の爪痕が、人外共の狂騒が夢ではないと証明していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、ぁぁあああああああああ!」

 

 

 無限城の一室。

 部屋一体に男の悲痛な叫びが響き渡った。

 声の主は上弦の参の猗窩座。

 鳴女の血鬼術により連れ戻された彼は、無惨によるパワハラを受けていた。

 

「猗窩座、私の望みは鬼殺隊の殲滅だ。針鬼ではない。なのに何故針鬼と戦った? なぁ猗窩座、答えろ猗窩座! 猗窩座!!」

 

 理不尽なまでの責め苦が猗窩座を襲う。

 そもそも、あの場では葉蔵と戦う以外の選択肢がなかった。

 ソコまで言うのならお前が出ろと言いたくない。

 だが、支配の枷がある鬼達はそんなこと言えない。

 彼らは無惨の飼い犬以下の存在なのだから。

 

「ぐ、ぅぅううううううううううう!!?」

 

 理不尽なまでの体罰。

 無惨の支配により体を痛めつけられ、細胞に直接痛みを送られる。

 

「貴様なら容易く柱など屠れると思いあそこへと遣わせたのだが、大いに期待外れだ。だから新参である童磨などに取って代わられ参などに落ちるのだ」

 

 その後も無惨のパワハラが続くが、大体十分程で解放される。

 葉蔵による苦渋はもう舐め慣れたのか、パワハラの時間は最近縮んでいる。

 まあ、ソレならいちいち癇癪起こすなと言いたいが。

 

「~~~~! ハァ…ハァ…ハァ……」

 

 無惨がその場を去ったのを確認してから、息を整える。

 パワハラはもう慣れている。葉蔵に撃退される度に受けてきたのだから。

 後は息を整えて……。

 

「っ!」 

 

 突如、脳裏に浮かぶ記憶にない筈の、女の顔。

 もう、何度目だろうか……。

 

 葉蔵と戦う内の何回か。

 時折、その女の顔が脳裏に浮かび上がるのだ。

 

 

 何度も自問するが、答えが返ってきたことは一度もない。

 いつも酷く悲し気な表情を浮かべ、何かを訴えかけたがっている。

 ソレが何なのかは未だに分からない……。

 

「まただ……。何だこのなつかしさは!? 何故懐かしいんだ!?」

 

 その女の顔を見ていると、何故か鬼にはないような感情が湧き出る。

 同時に来るひどく切ない気持ち。

 ソレが鬱陶しくて堪らない。

 

「……クソ、鬱陶しい! 俺の頭から離れろ!」

 

 頭を振り自身の脳内に浮かぶ謎の女の顔を振り払う。

 こうすればいつも女の顔は消えた。

 同時に感情も消える。

 いつもそうやって……。

 

「ぐ、あ、が……あ、頭が割れそうだ……。くそ、誰だ……俺の頭の中に居るのは……」

 

 だが、今回はそうはいかなかった。

 葉蔵のおまじない。

 どういった効力かは知らないが、おそらくそれのせいだろう。

 

「やめろ……! そんな目で俺を見るな……俺は……俺は……恋……っ」

 

 猗窩座はその場で蹲り、腹の底から叫んだ。

 




猗窩座が無惨を裏切るまであと少し


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

獪岳

ずっと前から疑問に思うのですが、何故獪岳は鬼殺隊なんて続けてるんでしょうね?
彼の性格上、割に合わないと判断してすぐ辞めそうなんですが……。


 

「(これで…俺も胸張ってあの世に逝ける……)」

 

 とある真夜中の山。

 一人の鬼殺隊隊士が死を迎えようとしていた。

 隊士の名は獪岳。

 雷の呼吸を使いながらも、雷の呼吸の代名詞である壱ノ型が使えない少し変わった剣士である。

 

「あんたの……言った通りだぜ、葉蔵さん……。俺は、俺は……やっと、自分が…許せた……」

 

 ツーと涙が流れる。

 ゴホッと咳と同時に血が口から溢れる。

 

 彼の胸元には大きな風穴が空いており、呼吸もままならない。

 それでも生きていけるのは呼吸の剣士特有の生命力のおかげか。

 しかしソレも長くは持たない。直に彼は死ぬ。

 

 もし誰か彼を助けてくれる者がいるなら話は別だが、すでに誰もいない。

 鬼から被害者を逃がすために、全力を出した結果である。

 だが、今の彼には悔いはない。

 

「これで……やっと俺は、救われる……」

 

 ふと、葉蔵に会った出来事を思い出しながら、獪岳は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夜中の山中。

 鬼殺隊の一員である獪岳は、土下座をしていた。

 這い蹲って鬼に頭を下げ、許しを乞う。

 鬼殺隊にあるまじき無様な醜態。

 しかし、それも無理はない。

 

「鬼になってでも……生き延びたいか……?」

 

 なにせ相手は、あの上弦の壱なのだから。

 

「(どうして………どうしてこうなった!? なんで上弦の鬼がこんな何もないとこにいやがる!?)」

 

 一目見た瞬間、身体は無意識に平伏した。

 全身の細胞が震えがあるかのような恐怖。

 抵抗なんて考えすらさせない程の存在感。

 

 圧倒的な実力差は力を見ずとも分かる。

 こんな化物と戦うなんて同じ化物のみ。

 それほどまでに黒死牟は圧倒的だった。

 

 

「もう一度……問う……。鬼になってでも……生き延びたいか……?」

 

 

 黒死牟の問いに、獪岳は頷いた。

 絶体絶命の危機に、彼は鬼になってでも生き残るという道を選んだのだ。

 

 任務の最中、黒死牟と遭遇してしまった獪岳の部隊は、瞬く間に彼一人を残して殺された。

 何が起きたか獪岳も認識していない。

 分かったのは、目の前の鬼に殺された事と、得物である刀によって斬られたという事のみ。

 何時刀を振るい、どんな技をどんな風に使ったのか。それらを認識すらさせない圧倒的な剣技。

 降服以外に生きる道はないと、一瞬で判断した獪岳にとって、黒死牟の提案は渡りに船だった。

 そしてソレは提案者である黒死牟も同様である。

 

 黒死牟には上弦に相応しい鬼を探すという仕事があった。

 立て続けに上弦の席が弐つも空白となった現在。早急に埋める必要がある。

 呼吸を使える剣士が自発的に鬼に成ると言ってくれるのは黒死牟にとって渡りに船だった。 

 

「有り難き血だ……一滴たりとて零すこと罷りならぬ……零したときは……お前の首と胴は泣き別れだ」

 

 獪岳の手皿が血で満たされる。

 恐怖に震えそうになる手を必死で抑え、中身を啜ろうと、ゆっくり口元まで持っていく。

 一滴でも零せば死ぬ。一口でも飲めば鬼の力が得られる。

 血の盃を啜ろうと口を近づけ……。

 

 

【針の流法 血針弾】

 

 

 突如飛んできた弾丸によって、全てひっくり返された。

 弾は決して獪岳を狙ったものではない。

 むしろその逆。彼を救うため、黒死牟から離すために、敢えて外した弾丸である。

 

「この弾丸……もしや……!!」

 

 刀を振るって銃弾を叩き落す。

 何者かなんて聞くまでもない。

 もう何度も見てきたこの攻撃。

 誰かなんてコレだけで十分だ。

 

「針鬼……!」

 

 三日月のように口を歪ませながら見上げる。

 そこには不敵な笑みを浮かべながら空に浮かび上がる葉蔵がいた。

 

「いい月夜だ。貴様の命日にはピッタリだと思わないか?」

「ほざけ……! 命日になるのは……どちらか……知るがいい……!」

 

 人の形をした化物たちは、互いの武器を構えて動き出した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

箱の穴を閉ざす瞬間

「す、すげぇ……」

 

 獪岳は、眼前の光景に見惚れていた。

 

 圧倒的な力のぶつかり合い。

 剣と銃が、月刃と血針弾が。

 武器は違うとはいえ極限まで高められた二つの力。

 それらが演武のように交互に繰り出される様子に、獪岳は目を奪われた。

 

「………」

 

 気が付けば、演武は終わっていた。

 一晩中か、それとも三分ほどで終わったのか。

 時を忘れて魅入っていた獪岳には分からない。

 

「……あ」

 

 気が付けば足を動かしていた。

 意識したわではないのに、目的地は分かる。

 あの鬼だ。

 

「………針鬼」

 

 鬼でありながら人を喰わず、鬼のみを狙うハグレ者。

 人の味方とは断言出来ないが、鬼に襲われた者を積極的に助け、中には鬼殺隊も彼に救われたという。

 中には向かってくる鬼殺隊もいたが全て撃退。圧倒的な力で心をへし折り、殺すことなく追い返したという。

 

 強さもけた違いだ。

 上弦の鬼にも届き、噂では無惨を撃退したともいわれている。

 

 更に金持ちでもあるらしい。

 人を使って鬼の情報を集め、鬼殺隊よりも早く鬼を食べ歩きしているという。

 

 巷では鬼神様とも呼ばれているらしい。

 悪鬼から救った一般市民や鬼殺隊が正義の鬼と持ち上げ、神格化しているそうだ。

 

 自由、実力、そして金と権力。人望だってある。

 針鬼は鬼でありながら全てを持っている。

 みじめな自分とは違って………。

 

「……」

 

 無言で獪岳は走る。

 

 話したい。

 一目見て何か話したい。

 

 何を話すか、見てどうなるかなんて頭にはなかった。

 気付けば体は動き出し、葉蔵の元へと向かう。

 

 殺されるかもしれない。

 噂では鬼神様だの無惨を殺すために神が産み落とした救世主だの言われているが、所詮は鬼。

 少しでも気に障れば殺されるかもしれない。

 何なら気まぐれで殺すかもしれない。

 しかし、そう頭に思っていても、足を止めることはなかった。

 それにもう遅い……。

 

「ん?なんだい君は?」

 

 既に目的地に着いた。

 後はどうとでもなれと祈るしかない。

 

「あの……少し、話を……」

 

 恐る恐ると言った様子で獪岳は葉蔵に話しかける。

 どうなる、どう反応する?

 無視するならまだいい。ソレなら諦めて帰ればいいだけだから。

 けど、もし気に障って何かされたら……。

 

「うん、いいよ」

 

 獪岳の心配とは裏腹に、葉蔵は気軽にOKを出した。

 

 それから獪岳は話しだした。

 内容は自身の生い立ち。

 孤児であること、孤児院にあたる寺で犯した罪、盗みで生計を立てた事、鬼殺隊に入った事、そして、弟弟子である善逸を憎んでいる事…。

 何故、在って間もないような赤の他人に、人ですらない葉蔵にこんなことを話したか。ソレは獪岳自身良く分かってない。

 ただ、漠然とした期待があった。

 

 鬼でありながら鬼らしくない彼なら、人とは違う生物である彼なら、鬼とも人とも違う考えを持つ彼なら、何か違う答えを出してくれると。

 

「う~ん、確かに君のやったことは世間でいう悪事だ」

「……」

 

 獪岳は俯いた。

 ああ、この鬼も同じなのかと。

 しかし次の瞬間、ソレは覆ることになる。

 

「だが、私は君が完全な悪というつもりはないよ」

「………え?」

 

 俯いた顔が、起き上がった。

 

「確かに君は生きて行く中で他者を騙し、他者から奪い、他者を蹴落としてきた。社会では君を悪とするのは仕方のない事。だが、君がそうしたのも仕方のない事だと私は思う。

 強いて言うなら、間が悪かったといったところか」

「どういう……意味ですか?」

「例えば寺から金を奪った際、普通なら罪悪感を感じて戻るか、後で寺の子たちが迎えに来て、その後に謝って一件落着する筈だ。しかし、そこで君は鬼と会ってしまった。ソレが歯車が狂いだした原因だと思う」

「………」

 

 ソレは獪岳も考えたことがある。

 もし、あの時盗んでいなければこうはならなかっただろう。もし、あの時鬼と会わなければこうはならなかっただろう。

 あいつらが余計なことをしなければ……!

 

「話を変えるけど、君は何故鬼殺隊なんてやっているんだい?」

「……え?」

 

 唐突な、意図の分からない質問をされて獪岳は戸惑った。

 葉蔵はそんな獪岳に構わず話を続ける。

 

「隊員になった君は既に自由だ。いつ辞めてもいいし、新しい何かを始めるための金もある。修行と鬼狩りで鍛えた肉体があればどんな過酷な仕事も出来るはずだ。なのに何故鬼殺隊なんて命懸けの割に合わない仕事なんて続ける?」

「そ、それは……」

 

 ソレは考えたことがなかった。

 確かに、獪岳には鬼殺隊にいるメリットがない。

 金は十分貰ったし、全集中の呼吸で頑丈になった彼の肉体なら力仕事で食っていける。

 危険も恐怖も多く、自分より優秀な奴の多い鬼殺隊でやるよりも、さっさと別の仕事をした方がいいに決まっている。

 なのに何故鬼殺隊に拘る?

 

 桑島への恩?

 ありえない。そんなことを気にするような性格でないことは獪岳自身よく理解している。

 

 善逸への対抗心?

 ありえない。あんなカスごときに拘るような性格でないことは獪岳自身よく理解している。

 

 鬼に対する義憤?

 ありえない。そんな下らない正義感なんて無縁の性格であることは獪岳自身よく理解している。

 

 何でだ、何で自分は鬼殺隊なんかにいる?

 ああ、そういえば何で雷の呼吸なんかに拘っているんだ?

 出来ないなら別の呼吸にすればいいのに、何で雷の呼吸を続ける?

 

 分からない。

 自分の事なのに全然分からない。

 一体、自分は何のために雷の呼吸を、鬼殺隊を続けている?

 

「おそらく君は、罪悪感を抱いているんじゃないか?」

「!!?」

 

 ポツリと葉蔵が呟く。

 普段通りのトーン。何気なく零した言葉だが、何故か獪岳の脳内に浸透した。

 

「私が思うに、君が努力しても達成感を得られないのは、自己肯定感が低いせいなんだろうね。だから周囲の評価で埋めようとする。そして自己肯定の穴の原因が罪悪感だ」

「罪、悪感……?」

 

 震えながら獪岳は呟く。

 

「もし仮に、君が何も感じてないなら、そこまで気にしてない筈なんだ。例えば鬼は喰った人間の数なんて覚えてないし、君もいちいち潰した蚊の数なんて覚えてないだろ?」

「……」

 

 サラッとえげつないことを言葉にする葉蔵に引きながらも、獪岳は内容に対しては納得した。

 

「しかし君は例の事件を引きずっている。ソレは君が心の何処かでは悪いと思っているんからじゃないか?」

「そ、そんなことねえ! 俺を追い出したアイツらさえいなければ……!」

「そこだよ」

 

 葉蔵が獪岳の話を遮り、指をさす。

 

「もし仮に何とも思わなければ、怒りよりも疑問が先立つ。なのにそうしない。……君の怒りは自己防衛なんだよ」

「自己……防衛?」

「そう。君は罪悪感から解放されたい。しかし罪悪感はソレを許さず君を罰し続ける」

 

 

 

「拭えない罪悪感は地獄だ。亡霊のように心の中へ取り憑き、呪いのように蝕み苦しめる」

 

「祓うには君自身が亡霊と……罪悪感と向き合うしかない。しかし己の心の負の部分を見つめるのは勇気がいる。君はソレが怖かったんじゃなないのか」

 

「その気持ちは私にも分かる。私もかつては逃げて来たからね。だが、心の亡霊は決して他人には祓えない。自分の意思で見つめ、正体を見極め、自分なりのやり方を見つけるしかないんだ」

 

 

 

「亡霊を祓った時こそ君が解放されるときだ。そうすれば君の穴を埋めて亡霊から自分を取り戻せる。その時こそ君の人生が始まるときだ」

 

 

 

 

「………」

 

 気が付けば、針鬼はいなくなっていた。

 真面目に講義を聞く学生のように、ずっと話を聞いていた。

 

「俺も……亡霊を祓えるかな?」

 

 獪岳は合流地点まで戻りながら、ポツリと零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「訃報! 訃報! 獪岳、上弦の肆により死亡!」

「………そうか、獪岳が………」

 

 家の縁側で桑島慈悟郎は俯いた。

 手にした手紙をクシャクシャに、涙で文面を濡らす。

 

「獪岳……お前は役目を果たしたのだな……」

 

 弟子の本性を知らない桑島。

 彼は鬼殺隊として勇敢に戦った獪岳の死を純粋に悲しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………そっか、死んじまったのか……獪岳」

 

 鎹烏から渡された手紙。

 そこには、獪岳は重傷を負いながらも勇敢に戦い、鬼に一矢報いた立派な最期と書かれていた。

 

「あの獪岳が、そんな立派なことをするわけないじゃん!」

 

 善逸は叫びながら手紙をクシャクシャにした。

 破り捨てないだけまだマシといったところか……。

 

「口も性格も悪い人間の屑! すぐ殴るし物投げるし! 口を開けばカスだの愚図だのと罵倒しか吐かない!

 確かに俺は情けない弟弟子だけどさ! 修行でもすぐ泣いちゃうダメ弟子だけどさ! でもいくらなんでもあんまりじゃない!?

 ちょっとぐらいは余裕持てよ! 兄弟子だろうが! 俺より強いんだろうが! 大嫌いだ、あんな兄弟子ぃぃぃ!!」

 

 善逸の兄弟子に対する評価は、クソ底辺だった。

 早口でまくし立てるように兄弟子への不満をぶちまける。

 大声で、騒がしく、汚い高音で。

 今は周囲に誰もいないからいいものの、もし蝶屋敷内だったら確実にしのぶやアオイからお叱りを受けている。

 

「………あ~スッキリした」

 

 しばらく陸に打ち上げられた魚みたいに跳ねながら叫び、急に落ち着いた。

 傍から見れば情緒不安定。

 まあ、善逸を知るものが見ればいつもの光景だと割り切るのだが。

 

「あんたは、爺ちゃんや俺にとって、特別で大切な人だったんだな……」

 

 楽しい思い出なんてなかった。

 ぶっちゃけ、いじめられたり、罵倒されていた記憶が圧倒的に多い。

 しかし、それでも善逸は獪岳を嫌いにはなれなかった。

 

「俺……確かにお前のこと嫌いだった。けど、尊敬してたんだぜ? いつお前の背中を見てたからな」

 

 いけ好かないと思いながらも、自分とは違って努力を重ね、厳しい修行から一度も逃げなかった獪岳。

 善逸はその姿勢を尊敬していた。

 そして、獪岳の異常性も知っている。

 

 幸せを入れる箱に穴が空いている。

 彼を一言で例えるならコレだった。

 いつも何かが足りない。満ちかけてもすぐに漏れる。どんな時も不満の音がしていた。

 そのことを理解していながらどうしようもできなかった。

 

「そんな、自分の事が大事で大事で、それ以外はどうでもいいて思ってるようなお前が……何で自分の命よりも誇りを優先して死ぬんだよ。……似合わなさすぎだろ」

 

 嫌いだと言いながらも、善逸には彼の死を悼む気持ちが確かにあった。

 

「なあ、最期にはお前の中にある箱に……幸せはちゃんと詰まっていたのか?」

 

 ソレを確かめる方法はない。

 死んだ以上はもう何も出来ない。

 せいぜい、そうあってほしいと祈るぐらいである。

 




え~、私が獪岳の幸せを入れる箱が空いた原因は、罪悪感からだと私は思っております。

寺小屋での一件で無意識に自分は幸せになれるような人間でないと責めるも、獪岳の弱い精神はソレを認められず、意識的な部分では、自分は悪くないと言い続けてきた。結果、目を逸らした罪悪感が彼の幸せを入れる箱に穴を空けてしまった。
他の誰でもない、彼自身が幸せを入れる箱に穴を空けたと私は考えております。

獪岳は弱い人間です。良い言い方をすれば、覚悟ガンギマリの異常者の中で、彼は人間臭い感じがします。
自身の非や弱さを指摘されたら、さも開き直ってソレが当たり前のように振舞い、自身の闇から眼を逸らそうとしているように私には見えました。
こういう人、けっこういます。というか、大半の人間は自分の闇と対面して耐えられる程、メンタル強くないと私は決めつけてます。

箱の穴を埋めるには獪岳が自身の闇と向き合い、本当は何がしたいのか、本当は何を思っているのかをきっちり答えを出す必要がある。
その機会に獪岳は恵まれなかった。

皆さんはどう考えます?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

定例柱合会議

 

「う…ぐぅ!??」

 

 とある洞窟の中、葉蔵は胸を抑えて苦しんでいた。

 病とは無縁の筈である鬼が苦悶の表情で藻掻く。

 一体何があったというのか……。

 

「クソ……。私も遂に……なってしまったか……」

 

 裾から零れ落ちる黒い灰を見つめながら、葉蔵は皮肉気に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、柱合会議を始めようか」

 

 半年に一回行われるはずの柱合会議。

 前回、緊急で行われていたが、今回は本来の会議である。

 

「……あの、すいません。何で俺もいるんですか?」

 

 炭治郎は手を挙げて発言した。

 柱合会議とは柱とお館様のみで行われる筈。なのに何故部外者である自分がここにいるのか彼は理解出来なかった。

 話があると義勇に言われて付いてきただけなのに、何故こうなった? 彼の顔はそう言っている。

 

「実はね、今回の会議の大半は針鬼……大庭葉蔵についてなんだ」

「「「!?」」」

 

 産屋敷の言葉に、その場にいた者たちが反応を示す。

 あるものは期待を、ある者は嫌悪感を、そしてあるものは恐怖を。

 

「では、まずは小芭内から話してくれないか?」

「……はい」

 

 小芭内はゆっくりと話し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある寒村。

 草木眠る丑三つ時でありながら、今宵は少しにぎやかだった。

 

「うぁぁ……」

「かゆ…うま……」

 

 本来永眠している筈の死体たちがゾンビとなって徘徊する程に、今夜は騒がしい。

 ハロウィンはとっくに過ぎている上に、大正時代なんてまだ西洋の文化が浸透しきってない時期。

 なのに何故この村だけラクーンシティのようになっているのか。

 

「フフフフ…。どうだ鬼殺隊の諸君。儂の作品はなかなかのモンじゃろ?」

 

 この鬼が原因である。

 山羊の頭蓋骨を被り、外套で身を包む鬼。

 名は屍鬼。つい最近十二鬼月に入った新参者であり、無惨に血を分け与えられた鬼である。

 彼の血鬼術は死体の操作と改造。

 死体をゾンビとして使役するのは勿論、他の死体と合体させたり、血を与えて変異させたり、加工してより戦闘的に改造等も出来る。

 しかも死体なので自意識がないため、人魔と違って兵隊共に命令を下す事が出来るのだ。

 

「なんて醜悪な……!」

「酷いわ! 人の死を何だと思ってるのよ!?」

 

 迎え撃つのは二人の柱。

 伊黒と甘露寺である。

 彼らは己の日輪刀を振るって敵を切り裂く。

 

 全身の筋肉と脳が皮膚を突き破る程に肥大化した化物、爬虫類と人間が合わさったような化物、青白い筋骨隆々のスキンヘッドのような化物など。

 しかしどれもこれも血鬼術は行使せず、武器は変異した肉体のみ。

 一般市民にとってはそれだけでも十分すぎる脅威だが、人間離れした肉体と精神を持つ柱にとってはこの程度の敵など造作もない。

 ただ、問題があるとすれば……。

 

「(ごめんなさいごめんなさい! 私たちがもっと早く駆け付けていれば……!)」

「(なんておぞましい真似を……! 俺たちにこんな真似をさせやがって!!)」

 

 柱達のメンタル面である。

 彼らが切り刻んでいるのは村人たちの死体。

 本来ならこの村でいつも通りの明日を迎える筈だった者たちである。

 老若男女関係なく皆殺しにされ、死後も尊厳を辱められる。

 せめて人として弔いたい。そんな思いも踏みにじられる現状。

 腹立たしい、鬼も、無力な自分も……。

 

「ヒャハハハハハ! まだまだお替りはあるぞ?」

 

 屍鬼はそんな柱二人の心境を知ってか、煽るように笑いながら、ゾンビを呼び寄せる。

 ここにいるゾンビたちが全てではない。自身の主に喜んでもらうために、他の村も襲撃して作品を作って来たのだ。

 勿論、騒ぎにならないように場所はコロコロ変えている。時には地方を跨いで死体を稼いだこともあった。

 たっぷりと用意した兵士たち。今ここでその力を発揮させる。

 柱を討ち取った暁には更なる血と力を分けてもらおう。

 

「どうだ、儂の作品は? あの方にも認められた傑作揃いじゃろ!?」

 

 別に、無惨はそれほど屍鬼に価値を見出してない。

 対葉蔵の鬼を作るために血の耐久度を上げる実験体に選んだだけである。

 扱いは実験用のモルモット。思いの他成功したので更なるデータを取るために働かせているだけ。

 もし倒されたとしても大して気に留めない。せいぜい実験の駒が一つなくなったと言った程度である。

 ゲテモノ作りといえば玉壺などもいたが、彼の場合は金になるものを作れたのから悪趣味な物作りを許していたのだ。

 一銭の得にもならず、血鬼術も使えないゾンビを量産する程度の屍鬼など、鬼として期待するはずが無い。実験体止まりである。

 

 だから、この鬼では『鬼神』に勝てない……。

 

「ん?妙じゃな。さっきから呼んでるのに兵隊が集まらないぞ?」

 

 ふと、違和感に気づいた。

 屍鬼は柱二人を倒す絶好のチャンスのために、今ある死体を全部使う気でいる。

 そのためさっきからゾンビ共に全て集まるよう指示しているのが、全然集まらないのだ。

 

「(まさか、すべてやられた? ……いや、ありえん)」

 

 ゾンビはかなりの数を用意した。

 たった数人の隊士程度で倒しきれる量ではないし、改造したゾンビ兵を瞬殺出来るのは柱級の剣士ぐらいだ。

 既に柱がこの場に二人いるのに、万年人不足の鬼殺隊が柱に匹敵するような剣士をそう何人も派遣できるわけがないのだ。

 そうだ、ありえない。自身の傑作がそう簡単に全滅するなど有り得るはずが無い……。

 

 

 

 

 

「なんだ、残りはここにあるのか」

 

 

 

 

 

「「「!!?」」」

 

 その場にいた者全てが、死を覚えた。

 

 全方向から銃器を向けられたかのような悪寒。

 引き金一つで己の命が左右される。

 絶対的不利に立たされた恐怖感。

 

「それじゃあ、このゲームも終盤かな?」

 

 銃の支配者―――葉蔵はゆっくりと人差し指を屍鬼に向けた。

 

「やあ、久しぶりだね二人とも」

 

 にこやかに笑いながら、葉蔵は二人に手を振った。

 

 気がつけば、さっき感じていた圧はなくなっていた。

 ほっと息を付きながら二人は葉蔵に返事をする。

 

「や、奴が針鬼……!」

 

 対する屍鬼は葉蔵を前に闘志を震わせていた。

 鬼でありながら無惨に敵対する裏切り者、針鬼。

 食われた鬼は百を超え、その中には十二鬼月も含まれ、そして上弦を何度も返り討ちにしてきた。

 正しく鬼にとっての仇敵。この賊を討ち取れば、どれだけの血を分けて頂けるか……!

 

「死ね針鬼!」

 

 葉蔵にゾンビをけしかける屍鬼。

 背を向けて呑気に話してる今なら……!

 

 

【針の流法 血針弾】

 

 

 ゾンビたちの眉間に血針弾が撃ち込まれた。

 屍鬼の操るゾンビたちの脳には死体を核が存在しており、そこから屍鬼の命令を受信している。

 ここを潰される、或いは身体から脳を切除することでゾンビたちは活動を停止するのだ。

 

「頭を撃ち抜けば死ぬ。ゾンビパニックの典型的な例だね」

「ぞ…ゾンパ……? 一体何を言っている!?」

「いや、こっちの話だ。君は私に構わずゾンビ……玩具を投入してくれ」

「………何?」

 

 じろりと、訝しむような目で葉蔵を睨む屍鬼。

 葉蔵はソレを気にも留めず楽しそうにゾンビたちの眉間に血針弾を撃ち込んだ。

 

「君、この時代にしては面白いアトラクションを考えるね。まるでU〇Jでシューティングゲームでもしているかのような気分だ」

「な、何言ってやがる……?」

 

 気味が悪い。

 会話している筈なのに、コミュニケーションがちゃんと成立していない。

 面と向かって喋っているのに、自分を相手にしていないような、自分を通して別の誰かと話しているかのような。

 そんな気味の悪さを屍鬼は感じた。

 

「いや~、久々にバイオを思い出したよ。最初、後先考えずに乱射して弾切れ起こしたっけ。まあ、今の私は弾を気にする必要なんてないんだけどね」

「訳の分からないこと言うな!!」

 

 再びゾンビをけしかける。

 葉蔵は再び血針弾のみで全てを撃ち倒した。

 わざわざ一体一発ずつ、その気になれば一斉に弾丸を飛ばせる筈なのに。

 

 

「ハンデだ。私は血針弾……一番弱い術しか使わない。私が無限ロケラン使ったらゲームにならないからね」

「な……なめるな!!」

 

 言っている意味は相変わらず分からないが、舐められていることは分かった。

 そもそも、この鬼は最初から屍鬼など相手にしていなかったのだ。

 強いて言うならゲームのキャラクター。

 モニターに映る敵キャラのような扱いだ。

 だからさっきから会話が独り言くさいのだ。

 

「さ、私を楽しませてくれ。今日は久々にガン=カタみたいな戦い方(プレイスタイル)がしたい」

「ふ、ふざけんな!」

 

 そこからの戦いは一方的だった。

 いや、そもそも戦いと呼べるものではなかった。

 最初から、葉蔵はお遊びのつもりで来たのだから。

 

 早撃ちと精密射撃。

 一瞬で迫り来る敵に照準を合わせ、一切のブレ無く命中。

 複数で向かおうが無駄。超感覚に制限を設けている状態だというのに、彼の射撃にミスは発生しない。

 強くなるにつれて目立たなくなったが、葉蔵の射撃能力も飛躍的に上がった。

 敢えて自身に制限を設けることで、鬼としての能力だけでなく自身の力も伸ばしてきたのだ。

 

「アッハッッハッハ! 楽しいねコレ! ほら、もっと的を用意して!」

「こ、この化物め!!」

 

 敵の攻撃を避けながら安全且つ射撃に最適な位置を確保しながら、射撃を行う。

 時には同士討ちを誘いながら、次々と二つの銃口のみで敵を駆逐していった。

 宣告通り、今の彼のプレイスタイルはガン=カタ。

 彼の前世では空想であったはずの武術を、彼は編み出して見せたのだ。

 もっとも、コレを後世に残すつもりはないし、真似出来る者も限られるが。

 

「(クソクソクソ! 糞がぁぁぁぁ………!!)」

 

 楽しそうにガン=カタする葉蔵とは対照的に、屍鬼はひどく焦っていた。

 もうストックが一割を切ってしまった。

 このままでは全滅するのは目に見えている。

 そしてその時こそ屍鬼が報いを受けるときである。

 

「おい、あまり私を退屈させるな。それとも、もうネタ切れか?」

「~~~~~~~~!!?」

 

 相変わらず葉蔵は無傷で射撃を行い、しかも敢えて無駄な動きを入れて遊んでいる。

 そろそろ飽き始めたのだ。

 

 ガン=カタごっこはけっこう前からやっている。

 そもそも、遠距離がメインである筈なのに、いつも真正面から彼は戦っているのだ。 

 そりゃガンカタみたいな戦い方になる。

 

「(もう、これしかない!)」

 

 屍鬼は、残りの死体をすべて集め、融合した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

死体の価値

「(す…すごい! あんなにいた死体が一割にも満たない程に倒しちゃった!?)」

「(………強すぎる。あれが鬼神の力か)」

 

 柱二人は葉蔵の戦いぶりを黙って観察していた。

 助太刀をするつもりはない。

 戦力的に見て手助けなど不要。彼らも先程の戦闘で体力を消耗している上に、本人も望んでいない。

 無駄な労力を使う必要はない。よって二人は戦場から離れ、葉蔵の戦いを遠目に見ていた。

 

「(しかしそれにしても……なんて無邪気に戦う―――殺しを楽しむんだ……)」

 

 子供が虫の羽や足を引き千切るかのような、猫が鼠を嬲るかのような戦い方。

 蜜理も猫を飼っているがここまで野蛮な真似はしない。

 犬猫よりも獣染みた戦いぶりに、二人は恐れを抱いた。

 

 怖い。

 あの時、憧れを抱いた瞬間と同じ筈なのに。

 荒々しさも、冷酷さも、そして美しさも。全て変わってない。

 いや、以前よりも苛烈になっている。

 より強く、より激しく、より美しくなっている。

 なのに何故これほどまでに恐ろしいと感じる?

 

「何が……違うんだ?」

 

 以前とは違う感想を抱く自分に、伊黒は戸惑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ~、そういうことも出来るんだ」

 

 巨大化した屍鬼を見て、葉蔵ははそんな呑気な声を出した。

 

 特に驚きはしない。

 他の物体と融合する血鬼術や肉体を持つ鬼はいくらか見て来た。

 今更似たような物を見せられたところで、特に感想はない。

 強いて言うなら、一つの生物として動ける点と言ったところか。

 

「けど不格好だな。まあ、その方がバイオのボス感あっていいけど」

 

 葉蔵の言う通り、屍鬼は醜悪な姿に変貌した。

 異常に肥大化した姿

 体は軟体動物のように柔らかく、腕は伸縮自在かつ強靭な触手へと変貌。

 巨大な肉の塊から無数に生える触手で葉蔵に攻撃を仕掛けた。

 

「……なんか、追い詰めた時の無惨みたいな姿しているね」

「「ッ!?」

 

 攻撃を紙一重で避けながら、ポツリと呟く。

 その言葉に柱二人は反応するも、彼らも触手の対応に手一杯の為、問い詰めることは出来なかった。

 

「けどまあ……あの男に比べたらお粗末だ!」

 

 血針弾を相手の胴体に打ち込む。

 途端、その周囲の肉が瞬く間に崩れ落ち、触手も四分の一ほどボトボト落ち始めた。

 

「無理やり継ぎ接ぎにしたせいだろうね。ちゃんと全身を合体しきれてない。だから因子の供給を少し経った程度でこのザマだ」

 

 葉蔵の言う通り、屍鬼の合体は不完全……いや、欠陥もいいところだった。

 無理やり死体を材料に巨大化したせいで、ちゃんと合体しきれていない。

 そんな歪な融合だから、欠陥だらけになってしまった。

 例えるなら、適当に積まれたジェンガ。

 少し強めに突いた程度で崩れ落ちる。

 しかし、一撃で沈むのは何も彼だけの責任ではない。

 

 いくら合体が不完全だといっても、一発突いた程度でこうも簡単に崩れるわけがない。

 では何故一発で沈んだのか。その答えは葉蔵自身の超感覚にある。

 相手の体内をソナーと電波で透視しながら、鬼因子の流れを感じ取り、不安定且つ鬼因子の循環が集中している箇所に、その後の連鎖崩壊も計算して、正確に撃ち抜いたのだ。

 

「もういい。貴様の底は知れた。……さっさと散れ」

 

 パチンと指を鳴らす。

 ソレを合図に屍鬼の肉体は崩れていった。

 

 安全措置。

 万が一逃げられるのを危惧して、予め血針弾を気づかれない間に撃ち込んでいたのだ。

 ゲームが続行している間は生かしてやるが、つまらなくなっったり逃がしそうになったらすぐさま安全装置を解除。瞬く間に鬼の全身を針が侵食する。

 葉蔵に見つかった時点で勝敗は決まった。逃げる事すら不可能。せいぜい楽しめるゲームを提供する玩具になるしかない。

 

「というか、死体なんて操らないでさっさと食えばいいじゃないか。なのにソレをせず操ることで自身の力にしようとした。これだけで貴様の底は知れている」

「「!?」」

 

 今まで呆然と葉蔵の戦闘を眺めていた二人が、遂に黙ってられなくなった。

 

「……葉蔵さん、ソレどういう意味ですか?」

「蜜理くん?」

「人が死んでるんですよ!?こんなに沢山!なのに何でそんな簡単に……食べた方がいいのにって言えるんですか!?」

 

 葉蔵との距離を距離を詰めながら、蜜理は叫ぶ。

 食べればいいのに。その単語は鬼殺隊としてあまりにも受け入れがたいもの。

 蜜理の場合は葉蔵と面識があり、人となりを分かっているから文句を言う程度にとどまっているが、コレが普通の隊士なら即座に切り掛かっている。

 それほどまでに彼の先ほどの発言は不謹慎なものであった。

 

「そうだね、流石に不謹慎すぎたよ。すまなかった」

「誤魔化さないでください」

 

 ピシャリと、蜜理は葉蔵の謝罪を拒絶する。

 

「葉蔵さん、嘘を付いてます。本音を隠して、なあなあで済ませようとしている。……私は葉蔵さんの本当の言葉が聞きたいんです」

「……はぁ~」

 

 困ったような表情を浮かべながらため息を付く。瞬間、葉蔵の表情が愛想笑いから冷たいものへと変貌した。

 

「私は彼らが死のうが殺されようがどうでもいい。生きてるなら序でに助けるが、死んだのなら仕方ない。その場合は喰われて糧になった方が鬼も強化されてゲーム……戦闘がより楽しめる」

「……ソレが葉蔵さんの本音なのですね?」

「そうだ。私はただ自分のために戦っている。断じて他人のためじゃないし、他人の事情に付き合うつもりもない」

「………私、葉蔵さんて優しい“人”だと思ってました」

「知らないよ。私は私の都合で生きている。君も君の都合で勝手に行動するといい。私の害にならないなら、邪魔するつもりはない」

 

 背を向けてその場から去る葉蔵。蜜理はソレを黙って睨むしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……たとえ相手が死体でも、あれ程まで無関心につぶせるあの人が……俺は怖くなりました」

「……私も、です。あんな楽しそうに死体を蹴散らすなんて……怖いです」

 

 俯く小芭内と蜜璃を一瞥した後、産屋敷は炭治郎の方に顔を向ける。

 

「それで、炭治郎くん。針鬼の行動は君にはどう見える?」

「う~ん、そうですね……」

 

 腕を組んでウンウン唸る炭治郎。 

 大体十数秒程だろうか。炭治郎はゆっくりと答える。

 

「まず、葉蔵さんって死体には恐ろしい程無頓着なんですよ」

「無頓着?ソレは興味がないって事かな?」

「いえ、そんな次元じゃありません。あの人曰く、死体はただの肉の塊であって人ではないと断言するぐらいです」

 

「あの人が嫌うのは他者の尊厳を露骨に辱める行為です。しのぶさんやカナエさんの会った鬼は生きたまま人間を改造するという行為に憤りましたけど、死体という“物体”を弄っても

辱めにならないとでも思ったんじゃないんですか? まあ、露骨な辱めをしたら怒りますが、話によれば完全に別物になってるんですよね?じゃあ、趣味の悪い術を使うなって思うぐらい

じゃないですか?」

 

 炭治郎の返答に柱達は引いたが、彼の予想は当たっている。

 

 葉蔵の死生観はこの時代のものにくらべて大分ズレている。

 そもそも、葉蔵の価値観は平成のものをベースに華族のモノが歪に融合して出来たもの。

 科学が発展し、生き死にの見方が大分変化しているのだ。ズレがあるのは当然の事。

 まあ、ソレでも死体を肉と断言出来る人間はでも令和でもなかなかいないが。

 

「ソレは随分と……極端な発想だね」

「あ、あはは……」

 

 否定出来ない炭治郎はとりあえず笑って誤魔化した。

 

「とまあ、葉蔵さんは別に“人”が喰われてもいいとは思ってません。もし生きている人がよほどの悪人でもない限り助ける筈です」

「そ、そうだったの………。じゃあ、私は葉蔵さんに酷い事言っちゃったのかな?」

「………」

 

 炭治郎は答えることが出来なかった。

 蜜理の解釈に誤解こそあったが、葉蔵が“死体”を喰ったら面白いと思ったことは事実なのだ。

 どちらにしても鬼殺隊にとって受け入れがたい考えだろう。

 

「(言ったら話がこじれるかな?)」

 

 炭治郎は空気を読んで言わないことにした。

 

「じゃあ次は俺だ。……何故、俺はあの人に恐怖したと思う?」

 

 ゆっくりと手を挙げながら、伊黒が質問した。

 

「ソレは貴方が葉蔵さんへの憧れから“卒業”したからじゃないですか?」 

「……卒業?」

 

 予想外の返答に伊黒は首をかしげる。

 

「はい。貴方が葉蔵さんに憧れているのは何度か聞いたので分かります。けど、今の貴方は既に憧れている物を持っているような気がするんですよね?」

「?」

 

 余計に話が見えなくなった伊黒は困惑する。

 

「人は、他人が自分にない美点を持っているとソレに惹かれます。その想いが強ければ憧れとなり、もっと強くなると欠点が見えなくなってしまいます。まるで夢でも見ているかのように

その人に憧れ……やがて妄信へと変わってしまう」

「………!?」

 

 そういわれて伊黒はハッとした。

 

 確かに、あの頃の伊黒はないものばかりだった。

 力もない。自由もない。美しさもない。

 汚い血と亡霊に呪われた囚人だった。

 だから葉蔵に惹かれた。

 

 強く、美しく、そして自由なあの鬼に。

 自分もああなりたいと願った。

 だが、今はその必要はない。

 

 力を得た。仲間を得た。居場所を得た。

 圧倒的な力も、人間離れした美しさも、人間を超えた自由もない。

 憧れとはまた違う形だが、伊黒は確かに欲しいものを得たのだ。

 

 もう伊黒が葉蔵に憧れる“囚われる”理由はない。

 

「そういうことです。一度憧れから卒業したら、今度は客観的に見えてしまうんですよ。まるで夢から醒めたように」

「……」

 

 伊黒はやっと納得した。

 ああそうだ、自分は確かに夢を見ていた。

 葉蔵に自己投影して、強くて自由な自分を。

 けど、もうその必要はない。夢はもう十分だ。

 

「………そういう、ことか。てっきり俺は、あの人がこの数年間で他の鬼と同じような存在になったと思っていたが、違うのか。………良かった」

「はい。変わったのは葉蔵さんじゃなくて、伊黒さんの葉蔵さんを見る視点といったところですね」

 

 伊黒が葉蔵と出会った瞬間を知らないので断言は出来ないが。

 上記の言葉を吐きそうになったが、炭治郎は堪えた。

 

「では、針鬼は死体には無関心だが、生きた人間は今まで通り助ける。そしてこの数年間、特に残虐性や冷酷性が強くなったわけではない。そういうことでいいんだね?」

「はい。まあそんな感じですかね」

「………一つ、いいか?」

 

 今度は義勇が手を挙げて発言した。

 

「おや、珍しいね、義勇が率先して発言するなんて。それで、一体なんだい?」

「はい、お館様。実は、俺も葉蔵さんに会いました」

「そうだったのか。それで義勇には大庭葉蔵がどんな鬼に映ったのかな?」

「はい、俺はあの人が、人命を第一にする鬼に視えました」

「ああ、ソレは俺も同意見だ」

「俺もだ」

 

 義勇だけでなく実弥や本来柱ではない筈なのに参加を許された錆兎も手を挙げる。

 

「俺も葉蔵さんと任務で会って協力したけど、あの人滅茶苦茶効率的に倒していたぞ? ソレも楽しむような時間もなしに」

「俺の時もだ。というか鬼退治に掛かった時間、一分もなかったぞ?」

「……なにがあったか、説明してくれるかな?」

 

 三人は事の顛末をゆっくりと話し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無限城の一室。そこで無惨は一体の死体を弄っていた。

 

「よくやったぞ、屍鬼。お前は私の役に立ったのだ」

 

 無惨の前にある死体。ソレは屍鬼の操っていた元ゾンビ

 屍鬼が死んだ以上、ただの死体に戻るのだが、今はどうでもいい。重要なのは死体の中身だ。

 

 手を刃物のように硬質化させ、ブチュリと突っ込む。

 グチャグチャと肉を裂く嫌な音を立て、一つの針を取り出した。

 

「遂に……遂に奴を倒す手がかりを手に入れた……!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レビューおじさん

 とある山奥の小屋。

 そこで一人の男が黙々と肉を食っていた。

 御膳の上に乗せられた皿に盛られた肉料理。

 野菜は勿論、米や飲み物すらない。

 ひたすら肉肉肉。

 肉以外を使わない加工されただけの肉を男は食っていた。

 

 

 

「今は……食事中だ……。後に……してくれ……」

 

 男は―――黒死牟は肉料理に手を付けながら、眼前の柱たちを一瞥した。

 

 

 

「何が食事だ!殺された隊士たちの死体を黙って見てられるような人間性を俺たちは持ちえない!」

 

 柱の一人、杏寿朗が叫ぶ。

 

 そう、黒死牟が現在食している肉は彼が狩った隊士たちのものだ。

 青い彼岸花の情報を探している際中、偶然遭遇した鬼殺隊と交戦。

 戦闘自体は最早成立しないほど圧倒的かつ迅速に終了したのだが、その場にいなかった鎹烏が残ってしまった。

 持ち主が死んだ鎹烏はすぐさま応援を産屋敷に要請し、上弦の可能性ありと考えて柱を3人も投入した。

 

 炎柱、煉獄安寿朗。

 霞柱、時透無一郎

 音柱、宇髄天元。

 

 なんと豪華なメンツだろうか。

 たとえ上弦相手でもこれだけ揃えばなんとかなりそうな気がする……。

 

 

 

 

「まさか……柱がこれほどに……揃うとは……。なかなか……有難いことである……」

 

 この鬼と対峙するまでは。

 

 力の一旦を見ずとも理解出来る圧倒的な鬼としての気配。

 同じ十二鬼月である筈の下弦たちと比べること自体が馬鹿らしいと思える程に圧倒的な格。

 一目で柱達は理解した。眼前の鬼こそ上弦の壱であると。

 食事中だというのに、重厚な様。威厳すらある。

 怖気が止まらない。あの体中の細胞が 絶叫して泣き出すような恐怖。

 しかし、だからといって引く道理はない。

 

 

「貴様が上弦であることは理解した!しかし!俺たちの悪鬼滅殺に変わりはない!!」

 

 己を鼓舞しながら、煉獄は刀を引き抜く。

 他の柱も同様である。

 鬼を相手にした以上、逃げるという選択肢は鬼殺隊に存在しない。

 まして、自分たちは柱。鬼殺隊最大の戦力である。

 たとえ相手が上弦であろうとも、引く事は決してない!

 

「此方も……抜くのが作法であるが……今は食事時……よって、しばらくはコレを使う……」

 

 

【月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍】

 

 

 突如、竜巻のような斬撃が柱達に襲い掛かる。

 ノーモーション且つノールックの攻撃。

 咄嗟に柱達はその場を跳躍。しかし。それでも避けきれない。

 空中で体を捻りながら、筋肉を無理やり動かして方向転換。

 ソレでようやく完全に避けきった。

 

「(な……何という威力! アレを一切の動作なくやってみたというのか!?)」

 

 背後を振り返って、煉獄を中心に柱達は戦慄する。

 小屋の壁は勿論、その後ろに生えていた筈の木が何本も切られていた。

 柱がここまでしなくては避けきれない程の攻撃。

 威力も速度も絶大なものであり、もしコンマ一秒でも遅ければどうなっていたかは言うまでもない。

 

「成程……この程度は……捌けるようだな……。では……少し段階を……上げよう……」

 

 

【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮】

 

 

 上弦の壱の周囲から、月を連想させる刃が柱達目掛けて飛んできた。

 先程同様に回避するも、刃は空間に残り続けて月が満ち欠けするように効果範囲が不規則に揺らぐ。

 さらに力場には三日月型の細かい刃が無数に付いており、こちらも効果範囲や形状が常に不規則に揺らいでいる。

 そのせいで柱達は充分以上の回避行動を取らざるを得なかった。

 

「ぐ、うぅ……!」

「(速い! そして威力も高いなんて!?)」

「(一つ一つの斬撃が既に柱級の技。まさかこの鬼……)」

 

 防戦一方。

 たった一つ目の技だけでこのザマなのだ。

 次がくればどうなるのか……。

 

 黒死牟はその光景を眺めながら食事を続ける。 

 

 まず、手を付けるのは主菜。

 隊士のミディアムステーキである。

 四百グラムもある肉厚のモモ肉を贅沢に使ったステーキを切ることなく、箸で摘まんで豪快にかぶりつく。

 口の中に拡がる血の味と、歯応えある肉の感触。

 表面を軽く炙っただけの簡単なものだが、絶妙な焼き加減で仕上がっており、本来の肉の旨味を見事に閉じ込めている。

 下処理は一応しているが、黒死牟の時代はそこまでちゃんとした調味料が揃ってないせいで完全には消えてない。

 だが、その臭みもまた、肉本来の味として表現されている。

 もにゅもにゅと口いっぱいに肉を頬張り、下品にならない程度に舌鼓を打つ。

 

「うむ? もう終わったか……。では次は……これにするか……」

 

 流石は鬼殺隊最強格の剣士である柱。

 気が付けば、柱達は攻撃に慣れ始めている。

 やはり一つの技だけではダメかと黒死牟は一人愚痴る。

 無論、そんなことはないのだが。

 

 最強の剣士たる黒死牟との剣戟は、たとえ直接剣を振ってない斬撃であろうとも、長年の経験によって直接振るう剣戟とほぼ遜色がない。

 そんな彼の剣戟を全て紙一重で回避、或いは防御してみせたのだ。

 数多の修羅場を潜り抜けた並外れた経験と直感と実力を併せ持つ剣士でなければ不可能な芸当である。

 

 

【月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り】

 

 

 またもや直接剣を振らずに血鬼術を発動。

 壱の型だけでも過剰な程の速度と威力があるというのに、更にその上を行く剣戟。

 それらを発動させながら、黒死牟は料理に手を出す。 

 

 次は副菜の薄切肉。

 隊士の肉をベーコンのようにスライスしたものである。

 ただ薄切りにして並べただけなので味はない。

 生姜醤油に付けて一口。

 柔らかい肉質でありながら歯ごたえはちゃんとある一品。

 臭みも生姜によって消え、醬油の塩味がいいアクセントになっている。

 これならワサビでもいいかと思いながら、黒死牟は箸を進める。

 

「あの野郎……地味に余裕こきやがって!」

「よそ見するな宇随! 次が来るぞ!」

 

 剣戟を必死に避けながら怒鳴る宇随と煉獄。

 彼らは文字通り命懸けであり、紙一重で避けている。

 コンマ一秒も緊張を解く余裕などないというのに、黒死牟は食事を楽しんでいる。

 それがまた彼らの焦燥を掻き立てる。

 

 

【月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月】

 

 

 また別の剣戟を介さない斬撃が繰り出された。

 四人を一人一人か乞うかのように斬撃が渦巻きながら襲い掛かる。

 回避は不可能。迎撃するしかないと判断した柱達は、その場で剣を振るう構えを取った。

 

 

【炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり】

 

【音の呼吸 肆ノ型 響斬無間】

 

【霞の呼吸 陸ノ型 月の霞消】

 

 

 己を取り囲む月刃を各々の技で必死に迎撃。

 その様を肴にして黒死牟は食事を続ける。

 

 汁物はつみれ汁。

 隊士の肉を月刃でミキサーのようにミンチに加工したものであり、塩胡椒で臭みを消したものである。

 黒死牟が武士だった頃には口にしたことすらなかった胡椒を使った一品。

 ピリッとしたスパイスが口の中に拡がり、食欲をより刺激する。

 

「ぐあッ!?」

「ッグ!?」

 

 傷を負う者が出始めた。というか全員である。

 腕を、足を、背中等々、全員が守り切れない箇所を負傷した。

 いくら柱とて所詮は人間。激しい運動を継続すれば疲れるし、疲労による集中力の乱れも出る。

 むしろ、こんな化物を相手にしておいて、ちゃんと五体満足で戦えるだけでも十分素晴らしい。流石は柱である。

 

「「「「はぁ…はぁ……」」」

「ほう……これも避けきるか……。では……次の出し物に……期待する……」

 

 

【陸ノ型 常世孤月・無間】

 

 

 やっと全てを迎撃して疲労している柱達に、無情にも斬撃が追加された。

 残酷なことに、今度の斬撃も先程より一レべほど引き上げられている。

 無数に振りかかり、不規則に揺らめき、高速かつ高威力で迫る月刃。

 経験と直感をフル動員させて避け、己の持つ技量を出し切って迎撃。

 相変わらずの防戦一方。本命である黒死牟は一切動いてない。

 

「(強い……! これが、上弦の力……!?)」

 

 無一郎は心が折れそうになった。

 柱の中でも特に若い彼は、精神的にブレが比較的出やすい。

 しかし、ソレを責める権利など誰にあろうか。

 

 黒死牟は以前よりも強化されている。

 無惨から血を分け与えられ、同格である葉蔵との戦闘を経て、鬼として更なる力を手にした。

 本来なら刀を介して術を行使する筈が、今では刀を振らずとも、何なら刀なしでも血鬼術が使える。

 原作でさえアレだけ追い詰めたのだから、更にレベルアップしされて絶望するなというのが無理な話である。

 

「なかなか……優美なものだ……」

 

 こくりと、徳利から注いだ稀血を酒のように呷る。

 そしてぱくりと料理を口にして、また一杯グビッと呑む。最高の組み合わせである。

 もっとも、口にしているのはただの肉と酒ではなく、人の血肉なのだが……。

 

「(今代の柱は…豊作だな……。これほどまでに…素晴らしい剣士が揃う年は……何時ぶりだろうか)」

 

 鬼殺隊のピークは自身と縁壱がいた頃だろうか。

 段々と剣士たちが育たなくなり、どれだけ嘆いたことか。

 今思えば、ソレもまた鬼に成った原因の一つであろう。

 

「(あの金髪の剣士……何やら……懐かしい……気配だ……)」

 

 懐かしい気配が、煉獄からする。

 煉獄とは初対面の筈だが、彼を知っている気がする。

 似た外見、似た剣技、そして似た闘気。

 至高の領域に近い程に練り上げられた闘気から繰り出される炎の呼吸は、かつての同僚―――初代煉獄の生き写しのようだ。

 

「(煉獄よ…お前の血と技は…途絶えなかったのか)」

 

 受け継がれるかつて仲間だった者の技と魂。

 ソレに黒死牟は何やら感慨深いものを感じた。

 

「(次に……あの小柄な剣士……。年頃は十四あたりか……。あの若さで鍛え上げられた剣技……あの身のこなし……)」

 

 流麗で美しい、独特の緩急の剣技。

 動きが読み辛く、攪乱も兼ねた技。

 風と水の呼吸を混ぜたような動作。

 自ら編み出した剣技なのだろう。

 実に素晴らしい。

 

「(最後はあの剣士……あれは……忍の動きか?……)」

 

 剣士とはまた違う体の付き方。

 大柄の肉体は一見すれば剣士に相応しそうだが、そうとは限らない。

 鍛え方やその目的の違いによっては剣士とはまた違う分野の肉体に出来上がる。

 天元がそうだ。

 

 黒死牟の目は透き通る世界によってすぐさま見抜いた。

 天元は剣士として鍛えられたのではなく、忍として練り上げられたものだと。

 なるほど、だから火薬による補助がいるのかと、黒死牟は理解した。

 だが、ソレもまた面白い。

 

 爆発を見事に制御し、その場に合った適切な剣技を披露する。

 実に豪快かつ繊細な御業。

 花火職人のようで華があるではないか。

 こういった自身が生きた時代にはない八相もまた興味深い。

 

 月刃と日輪刀がぶつかり合い、派手に火花が飛び散る。

 金属を引き裂くような音や、硬いものがぶつかり合う音が響く。

 これぞ鉄火場。いや、まるで祭りのようだ。

 

 太鼓の代わりに、剣戟が奏でる激しい金属音。

 花火の代わりに、火花が飛び散り夜を照らす。

 神楽の代わりに、剣舞が織り成す美しい演武。

 ソレらを酒の肴にするとはなんて贅沢な事か。

 

「だが……それも終わりだ……」

 

 余興はもう終わり。

 黒死牟の食事が終了した以上、彼が手を抜く理由はもう無くなってしまった。

 ここから先は、その優雅な剣技を堪能しよう。

 此方も抜かねば無作法というものだ。

 

 

 

【月の呼吸 壱の型 闇月・宵の宮】

 

 

 一振り。

 やっと、黒死牟が自ら動いた。

 振り抜いた刀は柱達の技によるエフェクトを打ち消し、己の色に染め上げ……。

 

「「「!!?」」」

 

 柱の防御を突破し、傷を刻み付けた。

 

「ぐ……あぁ……!?」

「クソ……! 地味に、遊んでやがったのか!?」

 

 再起不能になった者は二人。

 天元と無一郎である。

 命に別状はないが、天元は腕を折られてマトモに剣を振える状態ではない。

 無一郎はもっと悲惨だ。内臓がまろび出て今にも飛び出しそうになっている。

 

 たった一振り。

 一撃のみで勝敗を決める必殺技……ではない。

 こんなものは黒死牟にとって基本の技。

 ゲームでいえばゲージを一切消費しない通常技である。 

 ソレでこの威力である。

 

「宇随!? 時透!? おのれよくも!」

 

 仲間をやられて激高する煉獄。

 だが、特攻するような真似はしなかった。

 3人いた状態でも遊ばれていたのだ。

 このまま突っ込んでも負けるのは目に見えている

 それに、このまま放っておけば負傷している二人が危ない……。

 

「「……!!」」

 

 しかし、二人が引く事はなかった。

 咄嗟に止血や応急措置を行い、そこからさらに攻撃を仕掛ける。

 なんという気概。なんという精神力。

 

 

【月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月】

 

 

 ソレが何だ?

 

 気合や精神論で鬼を倒せるのなら、最初からこんな状況になってない。

 そんなものでは何ともならないから、鬼という脅威は今尚存在しているのだ。

 

 黒死牟という鬼は、まさしく柱達の天敵。

 柱の中でも最強クラスの剣技、経験、呼吸、そして精神。

 本来なら鬼殺隊が鬼を狩るために身に着けたアドバンテージを全て有し、尚且つ従来の柱達を圧倒している。

 もし仮に黒死牟を人間の状態に戻しても、一対一という条件ではあるが、彼には勝てないであろう。

 そんな化物が鬼の肉体と血鬼術を有し、更に無惨から血を限界まで分け与えられ、葉蔵との模擬戦でその力を使いこなしている。

 どうやってこれほどまでに強くなった化け物を相手取れと言うのだ。

 

「次は……お前たちか……」

 

 この鬼から逃げきる未来が想像出来ない。

 先程の一撃で理解した。

 眼前の鬼の剣戟は柱級。最上位である悲鳴嶼行冥をも超える技量だと。

 よって理解してしまった、自分たちでは勝てないと。

 

「(クソ、こんな時にあの鬼がいれば……!)」

 

 柄にもなく、煉獄は心中だけではあるものの、他人の力を当てにしてしまった。

 

 針鬼。

 既に上弦の鬼を二体も倒したと言われ、無惨と対峙して生き残った可能性のある鬼。

 あの鬼ならば、上弦の壱にも匹敵するのか……。

 

 

 

 

 

【針の流法 血針弾】

 

 

 何処からか、針の弾丸が飛んできた。

 

 技の余波によって悉く木屑と化した山小屋。

 吹き抜けどころか原型すら保ってない元壁を通り抜け、黒死牟へと向かう。

 

「む!?」

 

 しかし、そんなものが黒死牟に通用するはずが無く。

 悉く彼の剣技によって薙ぎ払われてしまった。

 だがソレでいい。

 この弾丸は牽制。

 あくまでも黒死牟を柱達から引き離すためのものだから。

 

「あ……あの弾丸は!?」

「もしかして……アレが?」

 

 黒死牟が弾丸の相手をしているうちに、ちゃっかりと距離を空けて避難する柱達。

 もう、彼らが戦う必要はない。

 彼らは助かったのだ。

 神や仏の手ではなく、鬼の針弾によって。

 

 

「遂に来たか……!」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら、黒死牟は山奥へと目を向ける。

 人間の目では暗闇しか見えないが、上弦の文字が刻まれた黒死牟の目は確と捉えた。

 木々の間を液体の如くスルスル潜り抜け、風の如き凄まじい速度で走り抜ける一匹の獣を。

 血のように赤い体毛を纏い、燃え盛る烈火のような鬣を靡かせ、絶え間なく銃弾を吐く鬼の姿を。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 

 赤い獣の咆哮が、山中に響き渡った。

 




黒死牟は無一郎が自分の子孫とは気づいてません。
というのも、もう彼は自分の家に興味がないので見落としてしまったのです。
では、何故あそこまでお家の長男に拘った黒死牟がその未練を捨てたか。
それは、後程に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤い獣と黒い月

「……ぐ、うう……!」

 

 鬱蒼と木が生い茂り、日中でありながら日の光が地面に届かない程の山奥。

 葉蔵は傷を抑えて木にもたれかかっていた。

 鬼にとって本来無縁である筈の刀傷。

 首以外は直ぐに治るのに、何故未だに再生しないのか……。

 

「面白く…なってきたじゃないか……!」

 

 苦悶の表情の中に、葉蔵は笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■!」

 

 獣の距離が、人間が視認出来る範囲まで縮んだ。

 数分も経たずに、山の悪路を完走する脚力。

 凄まじいの一言である。

 

 

【月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾】

 

 

 赤い獣―――葉蔵目掛けて黒死牟が剣を振るう。

 巨大な月輪の刃。

 切り払おうとするも、葉蔵は跳び超えることで回避。

 木々や地面が葉蔵の代わりに轟音を立てながら薙ぎ払われ、破壊の跡を残した。

 

 

【針の流法 血針弾・連砲】

 

 

 上空に跳んだ葉蔵は空中を舞いながら、銃撃を続ける。

 ガトリング砲のような銃弾の嵐。

 黒死牟は新しく刀を生成し、二刀流でコレを叩き落す。

 激しい金属音を立て、激しい火花を飛び散らせ、激しい剣戟によって全て切り伏せてみせた。

 

 

【月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間】

 

 

 スタリと、軽やかに着地した獣目掛け、無数の斬撃が迫り来る。

 軌道を不規則に描き、満ち欠けを繰り返し、尚且つ緩急をつけながら。

 月刃は葉蔵を切り刻まんと襲い掛かった。

 

 

【針の流法 血喰砲・散弾】

 

 

 月刃を迎え撃つのは葉蔵のスプラッシュキャノン。

 赤い獣の口から砲弾が撃ち出され、当たる寸前で弾け、散弾をまき散らし、全ての月刃を迎撃してみせた。

 余波により無数の衝撃波が発生。大気が震え、地面が揺れる。

 

 

【月の呼吸 拾陸ノ型 月虹・片割れ月】 

 

 

 上空から黒死牟の奇襲。

 葉蔵目掛け、刀を振り下ろした。

 先程の撃ち合いは牽制。本命はこの一撃である。

 

【針の流法 血喰砲・貫通】

 

 

 角の超感覚によって前もって接近を察知していた葉蔵は、慌てることなく迎撃を開始。

 巨大な杭のような砲弾を打ち上げ、黒死牟の動きを牽制した。

 

 空中で砲弾と大剣がぶつかり合う。

 その血鬼術の余波により、巨大な波紋が大気に拡がった。

 ただでさえ最初のやり取りで壊滅的になった山肌が更に削られる。

 

 

【針の流法―――】

 

【月の呼吸―――】

 

 

 両鬼はそれからもぶつかり合う。

 場を移動し、位置を入れ替え、近づいて、離れて。

 互いの血鬼術をぶつけて、壮大な激戦を繰り広げる。

 

「……つ、強い……!」

「クソ……! 派手すぎだろ……! アイツ、最初は下弦ぐらいだったてのに!?」

 

 安全圏から葉蔵たちの激戦を眺める柱達。

 彼らは傷の手当てを隠達から受けながら、なんとか情報を集めようと目を凝らす。

 結果、鬼の圧倒的かつ理不尽な力を目の当たりにして、恐怖を抱かざるを得なかった。

 

「(あんな短期間で強くなるのかよ、鬼ってのは……!)」

 

 この中でも特に驚愕していたのは天元であろう。

 彼は昔の針鬼を知っている。

 当時はまだ柱になる前の己と互角程度の実力だった葉蔵を。

 強いがまだ若く、成長途中の鬼。上弦に届くのはまだまだ先だろうと。

 強くなりすぎる前に何かしらの首輪を付ければ共存も出来る。そう楽観視していた。

 

 

 これを本当に制御出来るのか?

 

 

 

 アレは武器そのものだ。

 一つ一つの武器が戦況を左右するような、強力な兵器。

 武力だけでなく、諜報にも優れた血鬼術を使いこなす。

 ここまで来たら一人で一つの国軍のようなものだ。

 たった数年でこのレベルまで成長してみせたのだ。

 これ以上放置していたらどこまで強くなるのか。

 考えただけでも背筋がぞっとする。

 

 

 その時、天元は思いもしなかったであろう。

 この恐怖にはまだ先があるということを……。

 

 

 

 

「獣鬼豹変!」

「修羅転変!」

 

 二体の鬼は、人外の姿へと変貌。

 お互いに牙をぶつけ合い、喰い合いを続けた。

 

 

「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……僕は怖い。あの力が、人間に向けられたら……ひとたまりもないよ」

「「「・・・」」」

 

 誰も、無一郎の言葉に反論出来なかった。

 

 コレが人間から見た葉蔵……いや、鬼という生物である。

 たとえ葉蔵が戦闘“ゲーム”狂でなくとも、世のため人のために力を使う善人だったとしても、社会が容易に受け入れることはない。

 

 人間は本来群れる生き物だ。

 太古の昔、仲間と助け合うことで人間は生存競争に生き残ってきた。

 自身より大きな生物を狩り、自身より強い生物から身を守り、群れを繫栄させてきた。

 仲間と助け合い、仲間を想う。これが人間の最大の武器とも言ってもいい。

 だが、その想いが強すぎると、相対的に異物への排除傾向が強くなる。

 

 群れを維持するには、群れ全体が団結される必要がある。

 団結を阻害するような異物や、足を引っ張る異物は邪魔者として排除される。

 そうやって人間の群れは生き残って来た。

 

 排除するものは群れ内部だけではない。

 入ろうとする異物は勿論、外部の異物も外敵として処理する。

 たとえそれが、群れを害する気がなくとも、害する程の力があるというだけでも。

 

「じゃあ炭治郎くん、改めて聞く。……針鬼が人として生きることは可能かい?」

「ありませんね」

 

 ぴしゃりと、炭治郎は言い切った。

 

「皆さんの話を聞く限り、葉蔵さんは人の道ではなく、修羅道を選んだと俺は思ってます。元からわざわざ人として生きる必要もありませんからね」

「必要がないとはどういうことかな?」

「言葉通りです。他人を必要とする理由がありません。だって自分でなんでも出来るんですから。だから、わざわざ我慢したり、しんどい思いをして他人と一緒にいる理由がないんです」

 

 群れとは一匹で生きれないから必要なのだ。

 個体で集を圧倒する力を身に着け、社会の補助がなくとも生きていける“生命体”に群れなど必要ない。

 葉蔵が自ら面倒なしがらみに縛られる理由など、現段階ではないのだ。

 

「あの人が第一に求めるものって『自由』なんですよ。誰にも何にも縛られず、思う存分暴れたい。もしあの人に指図出来るとしたら、ソレはあの人自身ですね」

「………」

 

 炭治郎の言葉に産屋敷は頭を抱えた。

 自由を求める性格だとは気づいていたが、まさかここまで極端な性格とは思っていなかった。

 手はないのか。

 人間の味方にはならなくとも、害する危険を排除する手立ては……。

 

「あとあの人、命の線引きがはっきりしてるんです」

「線引き?ソレは俺の派手な順位付けと同じか?」

「いえ、葉蔵さんはもっと極端です。あの人は関わった距離分の優しさを見せますけど、縁も所縁もない他人にはかなり冷淡です。敵と認識した相手なんてもう人間扱いすらしませんから」

「……なるほどね。つまり彼は自身の意思にそぐわない者は簡単に殺してしまうって事かな?」

「いえ、そこは違います。あの人、器は大きいので無暗に暴力を振るいません。するとしても納得がいくような大義名分は絶対掲げますし、敵認定も今のところ鬼だけです。

ソレに、いたずらに力を振るうのはあの人の信念に反するので」

「………信念?」

 

 思いもよらない言葉に、産屋敷は首を傾げた。

 

「ああ、あの人は法に縛られず、他人の決めた規則は嫌うんですけど、自分で決めたことには真摯なんですよね。信念とか正義とかというより……あの人なりの美学ってとこですかね?」

「美学……か」

 

 産屋敷は頭を悩ませた。

 美学とは聞こえはいいが、要するに正義や法を、ルール作りを個人の価値観に任せた物になる。

 だが、個人のみによる正義は暴走しやすい。

 例えば、美学による行動で出た犠牲を都合よく正当化する等。

 

 ソレに、自分にとって都合の悪いものをルールにする者はいない。

 例えば、喧嘩の強い者は腕力に物を言わせるルールを用いるし、金のある者は金持ちに都合のいいルールを作る。

 誰が好き好んで自分に都合の悪いルールを作ると言うのか。

 

「あの鬼を野放しにするなんて危険すぎる! 何か手を打たなくてはならない!」

「いや、ソレは考えすぎだぜ。葉蔵さんはそう簡単に人殺すような鬼じゃねえ」

「皆、葉蔵って鬼を信用しすぎでは? いくら人を襲った前科がなくとも鬼に変わりはないはずだ。現に、その鬼は人として生きるつもりはなさそうだが?」

「そんなことはない! 俺たちは何度も葉蔵さんに救われた!」

「けどソレも結局は自分のためじゃん。偶然利害が一致しただけじゃないの?」

「だからなんだってんだ!? 利害が一緒なら何の問題もねえだろ!?」

「それじゃあ利害が反発したら敵対するってことでしょ?」

「そんなことはねえ!あの人はそんな鬼じゃねえ」

「その証拠がどこにあるんだよ!?」

 

 どんどんヒートアップしていく柱合会議。

 ソレを見て産屋敷はため息を付いた。

 

「……もし万が一、彼を人間に戻せればこんなに頭を悩まさなくてもいいんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無限城。

 鬼の頭領である無惨の根城。

 異空間に隔離されたその場所に一つの異物がいた。

 

「やっと来れた……!」

 

 異物―――葉蔵はニヤリと笑いながら、城の戸に手をかけた。

 




今の葉蔵がちゃんと真面目に戦えば、無惨を倒せます。
己の力だけでなく鬼殺隊や人間をフルに利用するためのコネも頭もある上に、本人ならぬ本鬼は単純な戦闘能力だけでなく、携帯電話代わりの針や自律行動のとれる針、更に姿を消す血鬼術等々、様々な情報収集に長けた能力があります。
なので一人に拘らなければ、もっと楽に無惨殺せるんですよ。
けど絶対にやりません。
だってそんな勝利を手にしても葉蔵はつまらないので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

命の価値観

 とある月夜、葉蔵と珠代は茶屋の一室でテーブル越しに向かい合っていた。

 二人の前にはそれぞれ茶が用意されているが、珠代はソレに手を付ける様子はない。

 対し、葉蔵はゆっくりと茶を飲みながら和菓子を食していた。

 

「……葉蔵さん、こんな状態になっても考えを変える気はないのね」

「ああ、私は今まで通りゲーム……戦いで快楽を得るためにこの力を振るう」

「そう……ですか」

 

 沈黙。

 俯く珠代の前で葉蔵は和菓子に手を付ける。

 

「……ですが葉蔵さん、これ以上の強化は……望めませんよ?」

 

 ピタリと、葉蔵の手が止まった。

 

「気づいていたのか」

「ええ、貴方にも限界が来ています。いえ、正確には……停滞期と言った方がいいでしょうか」

「どういう意味だい?」

「しらばっくれるのはやめてください。本当は気付いている筈です。……少し休憩をはさむだけで貴方の肉体は完成すると」

 

 珠代の話に興味をもったのか、葉蔵は食事を辞めて聞く態勢に入った。

 

「貴方の肉体はここ数年で著しく強化されました。その成長速度に身体が付いて来れない状態にあります。ですから、次の強化には休憩が必要なのです」

「ちゃんと休憩しているさ。毎朝の睡眠は欠かしてない」

「いえ、その程度では足りません。もっと長い期間……」

「冗談じゃない」

 

 ぴしゃりと、葉蔵は断った。

 自分の命が係わる大きな選択。だというのに、彼はあっさりと決めた。

 そのことに対して珠代は眉を顰めながらも説得を続ける。

 

「ほんの少しの休憩で充分です。戦いを辞めて、身体が血に適応するのを待てば、貴方は生き永らえる事が出来るのです!」

「いや、別にいい。私は長生きするつもりはない。というより、満足できる死なら、今死んでもいい」

「~~~~~~~~!!?」

 

 葉蔵の言葉に珠代の堪忍袋の緒が切れた。

 

 前々から、葉蔵の命に対する扱いが気にくわなかった。

 葉蔵は命を軽く捉える。

 敵の命は勿論、自分の命まで。

 まるで玩具か何かのように、快楽のためなら自分の命を惜しまないその態度が嫌いだった。

 だから今日こそハッキリ言う。命を何だと思っているのかと。

 怒鳴り声が店中に響き、客や店員の目がこちらに向かうが構わない。

 これだけは何が何でも伝えたかったら……。

 

「死ぬまでの暇つぶしかな?」

 

 葉蔵の答えに珠代は言葉を失った。

 

 

 

「死は怖いよ。生き物だからね。けどもっと怖いのは、意味のない人生を送ることかな?」

 

「私はね、命とは幸せを手に入れるための参加券だと思っている。幸せや不幸は生きているからこそ感じられる。だから幸せになれないなら……破り捨ててしまえばいい」

 

 

 破り捨てる。何を?……決まっている、人生そのものをだ。 

 では、何故そんな簡単に自分の人生を捨てられると言うのか。

 その理由を、珠代は知ってしまった……。

 

 

「……そう、やっぱりあなたは悲しい鬼ね」

 

 

 

 

「貴方は……自分の命に関心がないのね」

 

 

 

 

「命そのものはね。だって参加券って参加して得られる何かに価値があるのものじゃないか」

「……そう。貴方はそう考えているのね」

 

 ゆっくりと席に座り、珠代は俯く。

 もう何を言っても無駄だ。

 この鬼と自分とでは価値観があまりにも違う。

 どれだけ言葉をかけたところで、繋がることはない。

 

 

 葉蔵には鬼殺隊のような命を捨てる覚悟などない。

 彼にとって鬼との戦いとはゲーム。信念や正義といったものは存在せず、あるとしても美学や拘りといったものである。

 では、何故彼はあんな命のやり取りに怯えや焦りを覚えず、冷静に淡々と出来るのか。

 その答えが先程のやり取りである。

 

 

 葉蔵の価値観は大分ズレている。

 

 基本になっている前世の『俺』の考えは世間一般から見て多少ズレており、今世の大庭家も華族という特別な家庭環境の中でも特にズレていた。

 歪なモノの上に歪なものをくっつけたのだから、当然ズレはより大きくなる。

 その上で鬼化したのだ。鬼に成り、鬼の力を振るい、同種である鬼と戦い、鬼を喰う。常人どころか鬼でもありえない経験は、更にズレを大きく、人間としての価値観を大きく変える。

 そしてもう一つ。葉蔵は既定の価値観を壊すような体験をしている。

 転生である。

 

 本来命とは一つ。一度きりのチャンス……の、筈だった。

 しかし葉蔵は転生という在り得ない現象を体感し、第二の人生を手に入れてしまった。

 

 唯一の筈であった物を、無くした物を手に入れた者の行動パターンは大きく分けて二つ。

 失くした物の大きさに気づき二度と無くさないよう努力するパターンと、まだチャンスがあると思ってしまうパターン。

 葉蔵は後者に近い。

 

 一つだった命が、もう一度手に入ってしまった。

 唯一という絶対条件が否定されたのだ。

 

 前世の自分と今世の自分は同一人物ではない。しかしそれでも思ってしまう。

 ああ、己はもう一度の人生を歩む権利を手に入れたのだな、と。

 この考えが根底にある限り、歪みが消えることはない。

 

 前世で明確な死の体験をしなかたのも大きい。

 もし、死の恐怖を覚えていたのなら、自分という存在の喪失を実感していれば。

 彼はもっと自分の命を大切に出来たであろう。

 

 いや、もしかしたら……。

 

「もし、もっと早くにあなたに大切な人が出来ていたら………自分以外の命を愛おしく思えたら、こうはならなかったのかしらね?」

「さあね」

 

 案外、些細な切っ掛けでこの歪みは直っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(結局、私は元から壊れているのかもな……)」

 

 無限城の門前、私はふと珠代との会話を思い出した。

 

 あの時、珠代さんはハッキリ言わなかったが、その意図は十分理解している。

 お前はイカレている。命を粗末にするような男は嫌いだと。

 ああ、自分でもそんなことはとっくに気付いている。

 こんなイカレ、そう簡単に見つからないだろう。

 だが、ソレが何だというのか。

 

 もう、私はマトモな生き方をするつもりはない。

 鬼として生き、同種と戦い、殺し食らう。

 これが私の選んだ道。私が生きる意味だ。

 今更変えるつもりはない。

 

「(たとえその道が破滅に続いても……ん?)」

 

 門を開けようとした途端、鬼の気配がした。

 数は二体。両方とも上弦並の気配だが、何処か様子がおかしい。

 上手く表現できない。なんていうか、安定してないような……。

 

 

「「ぐるあああああああああああああああああああああ!!!」」

 

 そんなことを考えているウチに、鬼たちは左右からそれぞれ門を破って出て来た。

 赤鬼と白鬼だ。

 大体二階建ての家程の身長に、筋骨隆々の体格。

 毛むくじゃらの身体に角の生えた頭部。絵本に出てくる典型的な鬼の姿だ。

 

 突然、赤鬼と白鬼が光る。

 おそらく血鬼術を使うのだろう。鬼因子が活発化しているのが分かる。

 赤鬼は炎のようなオーラを纏い、白鬼は霧のようにオーラが霧散して周囲にばら撒かれる。

 大方、赤鬼の方は自身に掛けるタイプで、白鬼は周囲或いは私にかけるタイプだろう。

 となると、赤鬼はバフ効果で白鬼はデバフかな?

 

「グルぁ!!」

 

 どうやら当たりらしい。

 赤鬼はオーラを纏い、巨体でありながら凄まじい速度で接近し、拳のラッシュを繰り出す。

 なるほど、変異前の猗窩座レベルのパワーとスピードだ。

 人間相手なら、一発で仕留めるだけでなく、お釣りが返ってくる勢いだ。

 

「しかしソレだけで私を……ん?」

 

 拳を打ち落とそうとするが、どうも体が鈍い。

 鈍さは大したことはないのだが、何かにエネルギーを吸われているような……ああ、あれか。

 

「なるほど、白鬼の能力は相手の鬼因子を吸い取る事か」

 

 超感覚で鬼因子の変動が確認出来る。

 赤いオーラを出している赤鬼は鬼因子が増え、白いオーラに触れた途端に私の鬼因子が白鬼に流れた。

 どうやら本当にバフとデバフらしい。

 

「……面白い」

 

 なかなか強力な血鬼術だ。

 こういった単純かつ応用力の高い術が一番強い。

 猗窩座然り、童磨然り、黒死牟然り、そして私然り。

 

 

「グルゥア!!」

 

 うわッ! コイツいきなりビーム撃ってきたぞ!

 

 赤鬼は口から、白鬼は手からビームを撃ち出した。

 コレは私も予想していなかった。

 まさかこんなドラゴンボールみたいにザ・バトル漫画の王道みたいな技を大正の時代で見れるとは!

 なら、私もその流儀に合わせなければ無作法……と言いたいところだが、今は先を急がなくてはいけない。

 さっさと行かないと、あの臆病者は逃げかねないからね。

 

「程々に楽しませてもらうよ」

 

 とはいっても折角の前哨戦だ。

 時間の許す限りは暴れさせてもらおうか。

 

「ということで君たちには消えてもらう」

 

 先ずは赤い方。腕を振り上げて殴りかかろうとしている。

 

「グルゥア!!」

 

 腕を振り下ろす赤鬼。

 ソレを半歩右に移動して避け、同時に前進しながら相手の腕を受け流す。

 同時、腕を掴んでグルンと捻り、殴る衝撃をそのまま返した。

 

「グゥゥゥぅッ!」

 

 途端にあがる悲鳴。

 関節構造を無視するような動きに耐えきれず、肩から腕までがだらんと垂れ下がっている。

 私は一切力を入れてない。

 相手の力を利用して肘と肩の間接を外し、靭帯をねじ切ったのだ。

 

 続いて腕を掴んだままそっと持ち上げ、そのまま投げ飛ばす。

 掴んだ右腕を身体に抱え、力ずくで持ち上げ、赤鬼の身体が地面に倒れ伏す。

 

 

【針の流法 刺し穿つ血鬼の爪(スパイキング・エンド)

 

 

 そして、右足を瞬時に獣鬼のソレへと変化させ、倒れている赤鬼目掛けて貫いた。

 瞬く間に針の根を拡げ、内部の鬼因子を一気に食らう……。

 

「グルゥあ!!」 

 

 その途中で、白鬼がビームを撃つ為に力を掌に集中させた。

 足で赤鬼の鬼因子を吸収している今、私は歩けない。なるほど、いいタイミングを狙ったな。

 もっとも、本人ならぬ本鬼は何も考えてなさそうなのだが。

 

 けど、撃ち合いで貴様らのような雑魚に負ける気はないね。

 

 

【針の流法 血喰砲・貫通(スパイク・キャノン)

 

 

 私は振り向くことなく血鬼術を発動。

 ビームを撃とうとしている右腕に砲弾を命中させた。

 チャージされている力を利用して、更に針の根の成長速度を強化。

 瞬く間に針の根は白鬼の右半分を侵食してみせた。

 

「「グルルルル…………!!」」

 

 私の針の根を防ぐためか、鬼達は血鬼術を行使する。

 赤鬼は自身の力を引き上げるために赤い炎のオーラを身に纏い、白鬼は私から鬼因子を奪おうと白い風のオーラを出す……。

 

「……その力、利用させてもらおう」

 

 

【針の流法 魂魄刺す針(アストラル・ニードル)】 

 

 

 エネルギー体の針を伸ばす。

 針は鬼達のオーラを伝って、同時に食らいながら急成長。

 肉体にまで根を伸ばす事で更に勢いを増し、瞬く間に鬼達を侵食した。

 

「「ぐ…あ……ぁぁ………」」

 

 鬼の因子を絞り尽くされた二体の鬼は、黒い灰となって消えた。

 

 コレにて前哨戦は終了。

 次だ次。早く急がねば。

 




葉蔵が限界を突破できる方法は実に簡単。葉蔵自身が死にたくないと望めばよかったのです。
ですが、彼は死を恐れませんでした。
生物的な恐怖はありますが、無意識の何処かで「また死んでもいいか」という思いがあります。そのせいで葉蔵は大した覚悟がなくても命を投げ捨てるような行動をとってきました。
無論、この思いを捨て去ることは出来ますし、その機会も十分にありました。
しかし、彼はソレに気づくことなく、ぼんやりと分かっても無視して修羅道を選んだ。
もう彼が元の道に戻ることはありません。足が止まる日まで果てのない道を進みます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

下剋上

悲報:無惨、裏切られる。


「おのれー!おのれおのれおのれ………!」

 

 無限城のとある一室。

 城主である無惨は苛立っていた。

 門番として用意したはずの鬼二体。それがいとも容易く撃破された。

 大した時間も稼げず、消耗させるどころか逆に血を吸われた役立たずめ!!

 折角血をふんだんに分け与えて限界まで強化してやったというのに、何だこの体たらくは!?

 クソ、やはりどれだけ優れた血鬼術を持っていても、持ち主がカスが意味ない! さっさと食って力だけ回収し、他の鬼に渡せば良かった!!

 

「こうなったら予定より早いが分身たちを……鳴女、準備だ! ………鳴女? 何故返事がない………!!?」

 

 いつもならすぐ行動する筈の鳴女が返事をしないことに苛立ちながら振り向く無惨。

 その顔はすぐさま驚愕に変わった………。

 

「………そう言う事か!?」

 

 肝心の鳴女が、葉蔵の針によって浸食されていた。

 

 琵琶と琵琶を持つ手が赤い針に貫かれている。

 既に針の根が張られており、徐々に肉体へと侵攻しようと、根を伸ばしている。

 

 鳴女の容態を見て、やっと無惨が合点がいった。

 何故異界にあるはずの無限城に葉蔵が忍び込めたのか、その答えがコレだ。

 

 

 葉蔵は入れてもらったのだ、外ならぬ鳴女から。

 

 

 針によって鳴女を無理やり操り、無理やり血鬼術を発動させ、無理やり無限城に侵入。

 そのあとは余計なことが出来ないように動きを封じ、帰りにまた無理やり動かすつもりである。

 何時何処で針を刺されたのかは分からないし、今はそんなこと等どうでもいい。重要なのは葉蔵に鳴女の制御権を奪われない事である。

 

「……おのれ!」

 

 すぐさま無惨は自壊の呪いを発動させた。

 ここまで深く刺さった葉蔵の針を切除するのは不可能。

 ここは一時肉体を融解させ、後に細胞を回収すればいい。

 大事なのは鳴女の空間制御能力と無限城の制御を奪われないようにすること。

 何なら、回収した細胞を吸収する事で、鳴女の血鬼術をコピーするのもアリだ。いや、そうした方がいい。

 

「鳴女よ、その力、少し貰うぞ」

「む、無惨様……何故……」

 

 鳴女の言葉に耳を貸すことなく、無惨は細胞を吸収した。

 

 

 

「……フン、最初からこうすればよかったのだ。他者を使わなければ、余計な失敗や面倒事も最初から存在しない」

 

 鳴女を吸収して数分後、無惨はその血鬼術を完全に支配下に置いた。

 発動条件は琵琶ではなく指を鳴らす事。

 鳴らしながら移動させたいもの、移動したいものの正確な場所と移動先を同時に思い浮かべることで術が発動する。

 

 早速無惨は上弦たちを集めようと早速習得したばかりの血鬼術を使おうとする。

 しかし、指を鳴らすその瞬間、彼は異常に気が付いた。

 上弦のトップ3から、呪いの繋がりが感じられないのだ。

 

「!!?」

 

 パチン。

 指を鳴らすも、慌てて無惨は転送先を自身の前から別の部屋に変更。

 続けて、伝心(テレパシー)で上弦たちにメッセージを送る。

 

『どういう……事だ……黒死牟!?』

『……下剋上ですよ…無惨様。私は…いや私たちは…あなたを倒し…葉蔵に挑む』

『………何?』

 

 ギシリと、歯軋りする無惨。

 そんな彼に追い打ちをかけるかのように、また別の鬼が伝心に割り込んでくる。

 

『そういうことですよ~無惨様~?』

『童磨!』

『無惨様、貴方は臆病だ。ずっと何かに怯え、必死に恐怖を消そうとしている。……俺は、そんな貴方を救ってやりたいのさ。死という絶対的な救済でね』

『……やはり貴様は異常だな!』

 

 ギシギシッ。

 無惨の歯軋りが更に強くなる。

 

『無惨……俺はお前を許さない』

『猗窩座……!』

『やっと目が覚めた。記憶も戻った。俺はやっと本来の俺を……あの人との約束を思い出した!』

 

 

 

『俺は憎い!貴様にまんまと踊らされた弱い自分も! 死を選ぼうとも思ったが、まずは俺を鬼にした挙句、あの人達との約束を長い間破らせたお前を殺す! ソレが俺に出来る償いだ!!』

 

 ギッシッギッシ!ぼこーん!

 あまりにも歯軋りが強すぎて、無惨の前歯が粉々になった。

 

 

 皆さんは葉蔵が猗窩座にかけたおまじないを覚えているだろうか。

 去り際に血針弾を頭に撃ち込み、そのまま放置していたあのおまじない。

 実は猗窩座だけでなくトップ3全てに撃ち込んでおり、その効力が今発揮されるところである。

 そうとも知らず、無惨は怒り狂う。

 もっと早く気づいて取り除いていれば結果は違ったかもしれない……。

 

『~~~~~~~~!!? 貴様ら…!!? もういい、貴様らも殺して血肉を回収することで我が糧に成れ!!』

 

 パチンと、怒りを込めた指パッチン。

 三人の鬼を『処刑場』へと飛ばした。

 

 本来なら対葉蔵に作った五つの部屋。

 その部屋の主こそ、罪人を裁く刺客である。

 それぞれが上弦を超える力を持ち、尚且つ無惨と同じく鬼殺しの細胞を持つ。

 当然である、なにせそれらは無惨の分身であり、鬼との戦闘に特化したものなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだこの部屋は?」

 

 戸を開けると、そこは異世界だった。

 辺り一面に広がる荒野。

 天井の代わりにどこまでも続く闇夜が、床の代わりに果てまで続く地平線が。

 イヤ、本当にどこだここ? 明らかに城内にあっていい部屋じゃないよね?

 強力な鬼の気配がしたので蹴飛ばして開けたのだが、ここだけ異世界に繋がっているかのようだ。

 

「……どこでもドアかな?」

 

 一旦振り返る。

 うん、ちゃんと戸はある。

 戸だけがぽつんと荒野に存在している。

 本当にドラえもんのどこでもドアみたいだ。……いや、少し違うか。

 

 おそらくこれは空間操作稀有の血鬼術によるものだろう。

 屋敷内部の空間を弄って拡張、或いは他所から繋いだといったところか。

 そう考えたら辻褄が合う。

 現に、この空間そのものから鬼の匂いがする。

 というか、この城そのものが血鬼術によって構成されているものだろう。

 

 さて、とりあえずここまで見ればいいだろう。

 

 

「すまないね、放っておいて。でも決して無視していたわけじゃないんだ」

『………』

 

 私は部屋の主と思われる鬼に目を向けた。

 

 戸の後ろにある、巨大な柱のような岩の上に佇む一体の鬼。

 滅茶苦茶デカい。恐竜の生き残りを見ているかのようなサイズ。ここまで大きいと『外』に出すのは難しそうだな。

 巨大な鳥のような姿をしているが、れっきとした鬼だ。上弦……いや、ソレすら超える鬼としての圧がそう語っている。

 

『ピィィィィィ!!!』

 

 鳥の鬼は巨大な翼を拡げ、空を飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無限城のとある一室……いや、ソコを部屋と呼ぶには少し不適切だろうか。

 

 辺り一面が水に満たされた別世界。

 暗く、光が一切ないその光景はまるで深い海の底。

 そこに黒死牟はいた。

 

 彼は咄嗟に鰓を喉に創り出し、水中でも呼吸出来るよう対策を施す。

 水中戦を想定しておふざけに開発した変化技だが、こんなとこで役立つとは。

 黒死牟は若干の感動を覚えた。

 

「成程…これが無惨様が…創り出した切り札か……」

 

 後ろを振り返る。

 そこにはこの部屋の主と思われる巨大な魚がいた。

 蛇や鰻のように長細い外見。

 巨木のように太く、川のように長い胴体。

 尾ヒレに当たる部位はタコのような触手が生えている。

 

『ホオオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

 

 巨大な魚は、水中でありながら大音量で吠えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無限城のとある一室

 その部屋もまた別世界のような場所だった。

 辺り一帯が炎。

 上も下も左右も、全てが炎一色の部屋。

 そこに童磨はいた。

 

「成程成程。ここで葉蔵を処刑する算段だったのか」

 

 後ろを振り返る。

 そこにはこの部屋の主と思われる巨大な獣がいた。

 

 獅子や狛犬のような外見。

 家一軒なんて簡単に踏み潰せそうな程に巨大な体。

 鬣は燃え盛る炎そのものであり、牙や爪は赤い熱気を帯びている。

 

「ぐるあああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 獣は炎の中で盛大に吠えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだここは?」

 

 猗窩座が飛ばされた先は、石造りの部屋だった。

 石造りの巨大な柱や壁に支えられているのは、同じく石造りの天井。

 だだっ広い部屋の床は砂で満たされており、砂漠のようになっている。

 他の鬼達は別世界のような場に飛ばされたというのに、何故猗窩座だけ異質な部屋とはいえ、まだ部屋として認識出きるような場に飛ばされたのか……。

 

 突如、地面が揺れた。

 地震か? 猗窩座は一瞬そう判断するも、直ぐにソレが間違いだと気づく。

 ここは無限城。異空間に存在する建物だ。そんな場所に地震など起きる筈が無いし、百年近く過ごした猗窩座もこの城で地震を経験したことはなかった。

 では何だ?一体何故揺れる。

 その正体をすぐ知ることになる……。

 

 揺れが一層に強くなる。

 瞬間、砂の中からズズズと巨大な岩が現れた。

 否、ソレは岩ではない……。

 

『グおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 ソレは巨大な鬼である。

 巨岩のような体躯をした鬼。

 典型的な鬼をベースに、鈍く尖った大きな一本角、岩のような筋肉と皮膚。

 これこそこの部屋の主である。

 

『……猗窩座、どうやって呪いを解いた?』

 

 岩鬼の口から、無惨の声が漏れた。

 無惨が岩鬼を通じて会話しているのだ。

 

「針鬼……葉蔵のおかげだ」

 

 猗窩座は律儀に答える。

 別に無視して攻撃すればいいものを、やはり彼の根っこは真面目な奴という事か。

 

「針鬼の撃ち込んだ」

『また奴か……!?』

 

 ギシリと、無感情に佇む岩鬼の口から、歯軋りが聞こえた。

 

「おそらく本人は実験のつもりでやったのだろうが、俺にとっては思わぬ幸運だ。棚から丹餅とはまさしくこの事だ」

『……まさか、他の鬼たちも!?』

「ソレは知らん。だがお前の様子を見るに、黒死牟や童磨にも裏切られたのだろ? ソレもそうだろう。誰がお前なんかに忠誠を誓うか」

『……何?』

 

 ギシギシ歯軋りギシギシ。

 表情筋すら一切動いてない筈の岩鬼の口から、激しい歯軋りが漏れる。

 

「所詮お前はその程度の器だったんだ。もし本当に鬼の王に相応しいのなら、俺に偽りの忠誠心も偽の記憶も植え付ける必要などない。黒死牟も童磨も同じじゃないのか?」

『適当にほざくな! 奴らには記憶がある!! 黒死牟も自ら鬼になると……証拠に産屋敷の首を私に差し出した!!』

「だから何だ? 記憶があることが忠誠心を植え付けられてない証拠にはならない。もし仮に黒死牟に当時は忠誠心があっても、ソレを維持しているとは限らない。……知ってるか。

鬼の心も意外とうつろいやすいらしいぞ? お前の嫌いな変化という奴だな」

『~~~~~~~~!!? もういい! 貴様はここで死ね!!』

 

 ブツンッ!

 無惨からの通信が一方的に切られる。

 同時、岩鬼の窪みのような目に光が灯り、ゴゴゴと音を立てながら、ゆっくりと体を動かす。

 

「……やっと戦いか」

 

 ゆっくりと、身体全身に力を送るかのように構えを取る。

 

 無惨は憎い。

 成りたくもない鬼にされ、大切な記憶を奪われ、悪事に身を堕とす事になった元凶。恨まないはずが無い。

 おそらくずっと前から無意識で気づいていたのだろう。いつも何処かで何か引っかかりを覚えていた。

 だが、この瞬間……戦っている時だけはソレを忘れられる。

 今もそう。

 この時だけは、猗窩座は恋雪のことを忘れている。

 戦う事に集中し、ソレに対して思考を巡らせている。

 

「(俺もやはり……鬼という事か)」

 

 ニヤリと、口元を歪ませながら、猗窩座は血鬼術を発動させた。

 

 

【破壊殺・悪鬼転身】

 

 

 足元に拡がる氷の結晶を模した陣。

 ブォンと重低音を発しながらが浮かび上がる。

 同時、猗窩座の肉体も変化した。

 

 

 全身を覆う甲殻類のような装甲。

 両肩から伸びる肉体同様に装甲に包まれた腕。

 眼の位置に当たる鎧の隙間から爛々と輝く黄色の光。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 全身を鎧によって武装した猗窩座……いや、狛治。

 彼は強烈なオーラを纏いながら、岩鬼に突進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、これで役者は揃った。

 祭りも本番に近づいている。

 

 さあ鬼共よ、今宵は存分に暴れるがいい!

 




黒死牟って無惨にビジパ認定されてましたけど、本当にちゃんとした忠誠心があったのでしょうか。
無惨って記憶変えたり、忠誠心植え付けるのでいまいち信用出来ないんですよね~。
記憶は無惨にとって不利なものがなかったから放置しただけで、鬼に成る過程で脳みそをこっそり弄るなり、精神系の血鬼術を気づかれないよう黒死牟の無意識下にかけて忠誠心を植え付ける、或いは忠誠心を抱きやすくしたのではないかと疑ってしまいます。
現に呪いはちゃんとあるのですから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

風の鬼と水の鬼

ふと思ったのですが、縁壱って人生つまらなさそうですね。


 荒野の部屋に、巨大な嵐が渦巻いていた。

 ビュウビュウと、激しく吹き荒れる颶風。

 岩を、山を、地面を。全てを呑み込み巻き上げる。

 

 嵐の内部では暴風の斬撃波が舞い乱れる。

 巻き上がった瓦礫を悉く斬り、刻み、削り、粉々の砂へと変える。

 

 これぞ正しく災厄。

 天災の前では人など簡単に踏み潰される。

 このような災害が起きれば、人間に抗う術などない……。

 

 

 

「アッハッハッハ! 面白いねぇ! まさか嵐の中で戦うことになるとは!」

 

 葉蔵は獣鬼の姿へと変え、空を飛びながら鳥鬼と空中戦を繰り広げていた。

 

 

 蝙蝠のような翼を羽ばたかせ、暴風を無理やり突破。

 岩を吹き飛ばす強風だろうが、獣鬼化した葉蔵の前では扇風機程度である。

 

 砲弾の弾幕を張って風の刃を迎撃。

 岩を切断するような鎌鼬だろうが、ランチャーの火力の前では無力である。

 

 ガトリング砲による牽制射撃。

 岩よりも巨大な肉体だろうと、毎秒何十発も食らえば十二分に効果はある。

 

 これら三つ全てを平行して葉蔵は空中戦を行っている。

 いや、最低でもこの三つが出来なければ、この場(ステージ)に立つ資格すらない。

 資格無き者が立てばどうなるか、ソレは砕かれ砂になっている岩たちが証明している。

 

「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」

 

 甲高い咆哮をあげる鳥鬼。

 人一人を簡単に飲み込めるような嘴を開き、何かを吐き出す。

 いや、ソレは吐き出すなんて可愛いものではなかった。

 

 

 嘴から、嵐が吹き荒れた。

 

 極限まで圧縮された竜巻。

 この荒野に吹き荒れる暴風とは比にならない威力と速度。

 弾丸を、砲弾を、爆弾を。兵器たちを飲み込みながら。

 葉蔵というたった一匹の鬼目掛けて放たれる。

 

 

【針の流法 突き穿つ血鬼の爪(デッドリィ・スティング)

 

 

 迎え撃ちは鬼の爪。

 赤い鬼火を纏って飛び出す獣鬼の剛腕。

 吹き荒れる暴風を突破し、鎌鼬を押し退け、大気を貫きながら。

 キィィィンと、空気を切り裂く音を立てながら、竜巻と真正面から激突した。

 

 

 ドォォォォォォォォォン!

 

 

 荒野を満たす暴風が止んだ。

 二つの災害がぶつかり合った衝撃の余波が全てを吹き飛ばしたのだ。

 

 

【針の流法 刺し貫く血鬼の爪(スパイキング・エンド)

 

 

 すぐさま葉蔵が別の奥義を発動。

 鳥鬼目掛けて猛スピードで接近し、手の甲から伸びる宝剣の如き棘を突き刺す。

 

 紅に眩く輝き、激しく熱を帯びる鬼の刀剣。

 葉蔵の膨大な鬼因子が集中している証である。

 上弦をも超え、無惨にも一矢報いた、葉蔵の本気。

 その意味は最早言うまでもない。文字通りの一撃必殺……。

 

「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」

 

 再び甲高い咆哮をあげる鳥鬼。

 全身を風で覆い隠しながら、葉蔵を迎え撃つべく突進した。

 赤い砲弾と風の砲弾がぶつかり合った。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」

 

 叫びながら攻撃をぶつけ合う葉蔵と鳥鬼。

 葉蔵は性格上、普段なら雄たけびなんて絶対に上げない。

 それほど必死なのだ。

 あの葉蔵が、獣鬼態までなった葉蔵が。

 

「ッグ!?」

 

 相打ち。

 葉蔵は右腕をズタズタにされ、鳥鬼は纏う暴風を貫かれ。

 両者は互いの攻撃によって弾き飛ばされながら、地上へと落下。

 しかし寸でのところで方向転換し、再び空へと舞い上がった。 

 

「いい……。いいぞぉ! コレだけでも来た甲斐は十分にある!!」

 

 葉蔵は歓喜していた。

 まさか黒死牟以外にも自分とマトモに撃ち合える対戦相手がいるとは。

 己の力を存分に振るい、どれだけぶつけても壊れず、反撃する活きのいい獲物が!

 

 絶対にテメエは喰って見せる!!

 

 

【針の流法・奥義 血針一斉射撃(ブラッド・フルブラスター))】

 

 

 葉蔵は己を曝け出すかのように、無茶苦茶な一斉射撃を開始した。

 機関銃、バズーカー、ミサイル、ナパーム弾…。

 ありとあらゆる人類が産み出した“災厄”をばら撒いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒波の中、黒死牟は剣を振っていた。

 部屋を満たす水達は荒れ狂い、黒死牟を飲み込む。

 

 高波が、渦潮が、鉄砲水が。

 水がありとあらゆる災害となって、黒死牟に迫る。

 

 

【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮】

 

 

 荒波にもまれながら、黒死牟は技を発動。

 迫り来る水の刃を己の刃で相殺させようとする。

 

「ッグ!」

 

 ………押し負けたのは黒死牟だった。

 

 勢いが足りなかった。

 力負けした黒死牟は波に吞まれ、身体をバラバラにされるような勢いで流される。

 

「(息が……出来ん!?)」

 

 呼吸の剣士にとっては力の源である呼吸。

 鬼は窒息しないが、呼吸の剣士である黒死牟にとってこの状況は致命的なハンデだった

 鰓で呼吸出来るとはいえ、水中ではいくらなんでも空気が少なすぎる。

 これでは月の呼吸も弱体化してしまう。

 

「(そろそろ…使うか……)」

 

 黒死牟が目を閉じる。

 途端、彼の肉体に変化が生じた。

 全身に刀が生えたのだ。

 一本や二本ではない。

 何百何千と、それらは黒死牟の肉体を覆い隠す。

 もうお分かりいただけるだろう。

 コレは繭である。

 葉蔵が使う赤い結晶と同じモノ。つまり……。

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 刃の繭から黒死牟が飛び出た。

 

 全身を覆う龍のような和製の甲冑。

 龍の角、龍の髭、龍の鱗、そして龍の翼と尾。

 両腕には三日月と龍の爪を模したエネルギー刃を装備。

 顔を守る鎧である面頬には、六つの隙間から爛々と輝く目が覗いている。

 

 修羅転変。

 葉蔵に対抗する為、黒死牟が編み出した切り札……の、一つである。

 

「はあ!!」

 

 尻尾を振るって推進力を付け、翼膜で波の勢いに乗る。

 滝を登る鮭のように力強く、嵐の中に舞う枯葉のように優雅に。

 龍の鎧で武装した黒死牟は、修羅転変によって強化された身体能力のみで荒波を突破した。

 

「ホオオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 魚鬼が尾の触手を振るい、水を操る。

 途端に起こる巨大な渦潮。

 竜巻のように荒れ狂いながら、黒死牟を飲み込まんと迫り来る……。

 

「ふん!」

 

 力任せに腕を振るう。

 瞬間、自身を飲み込もうとしていた荒波を逆に薙ぎ払うことに成功した。

 

 

「ホオオオおおオオオオオオオオオ!!!」

 

 魚鬼の口から、激流が吹き出された。

 

 極限まで圧縮された水塊。

 この海原で荒れ狂うる激浪とは比にならない威力と速度。

 ソレが今、黒死牟というたった一匹の鬼目掛けて放たれる。

 

 

【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮】

 

 

 今度は、自身を飲み込もうとしている激流けて斬撃を放つ。

 基本技であり、月の呼吸の中ではさして威力のない筈である壱の型。

 だというのに、放たれた月刃は、巨大な奔流を一撃で引き裂いてみせた。

 

 いったいどういう事だろうか。

 先程まであんなに追い込まれていた黒死牟が少し姿を変えた程度でここまで戦えるとは。

 答えは簡単、姿を変えることで、血鬼術の質と使用方法を変化させたのである。

 

 今まで追い込まれていたのは呼吸が上手く出来なかったせいである。

 鰓呼吸で辛うじて全集中の呼吸を行っていたが、十全には程遠い。

 無論、その状態による剣技でも柱を圧倒する強さなのだが。

 しかし、ソレでは無惨の分身体であるこの鬼には勝てない。

 そこで黒死牟は変身すると同時、血鬼術の発動条件を呼吸から鬼因子の消費に設定を変化したのだ。

 呼吸は酸素が必要だが、鬼因子は自己で完結している。周囲の環境を気にせず使用が可能である。

 

 黒死牟の血鬼術、月の呼吸は剣術ではない。

 ベースはあくまで血鬼術であって呼吸はその強化と補助。壱の型以外は血鬼術によって行使される超能力であり、最早剣技ではなくなっている。

 全身から刃を生成し、斬撃を任意の方向へノーモーションで放つ事も可能。その気になれば刀すら要らない。現に伍ノ型は斬撃なしで飛ばしているではないか。

 

 そう言う事なのだ。

 剣を振るうのはあくまでも血鬼術を使うためのイメージ。血鬼術を発動させるために楽器を鳴らす等と同じ行為である。

 月の呼吸は最早剣術ではない。列記とした血鬼術であり、極めることで呼吸も必要としなくなる。むしろソレが正しい形だのだ。

 だが、黒死牟はソレを受け入れる事が出来なかった。

 

 

 彼が目指したのは縁壱である。

 

 

 縁壱の象徴ともいえる日の呼吸。

 ソレに憧れ、何百年も手に入れようと手を伸ばしてきた彼には、呼吸を捨てるという発想すらなかった。

 

 だが、今の彼は違う。

 とある会話をきっかけに、縁壱や御家との未練と“呪い”を断ち切った。

 彼は解放された。だから何物にも囚われず、自分の思うがままになれる。

 

 

 

 

 黒死牟、お前は自由だ。

  

 己の望むがままに力を振るうがいい!

 

 

 

 

 

「でやあ!!」

 

 

【月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾】

 

 

 巨大な刃が魚鬼の触手を叩き切った。

 身体を回転させながら、右腕、尻尾、左腕の三刀流による斬撃。

 各々の部位の刀が月のオーラを纏い、巨大な刃を生成。三本の月龍輪尾凄まじい切れ味を発揮し、魚鬼の丸太よりも太い触手を五本まとめて切断した。

 しかし、魚鬼はさして慌てなかった。

 

 この鬼は無惨の分身体。

 明確な自我はないが、上弦を圧倒するフィジカルと、自然災害のような血鬼術を持つ。

 そして無論、無惨の肉体である以上、基本能力である再生力も上弦とはけた違い。

 たとえ大木のような触手が根本から切られても、瞬く間に再生……。

 

「ホオオオおお……?」

 

 再生しなかった。

 傷口に鬼因子を送り込んで治りを強化しようとするも、何かが再生を阻害している。

 切り口を何かが多い、侵食し、内部の鬼因子を破壊している。

 一体なんだコレは? どういう事だ? 何が起きている!?

 

「(どうやら…ちゃんと効くようだな……)」

 

 鬼殺しの刃。

 黒死牟が葉蔵を殺すために開発した新たな血鬼術。

 簡単に言えば、鬼の力を切り裂く刀を生成する能力である。

 この刃に斬られた箇所は、鬼でも再生が困難になりダメージが残る。

 本来は葉蔵対策として編み出したものだが、鬼である以上魚鬼にも効く。

 そして当然、その生みの親である無惨にも……。

 

「では、コレでトドメだ!!」

「!?」

 

 いつの間にか目と鼻の先まで接近した黒死牟。

 彼は魚鬼目掛け、両腕のエネルギー刃を振るう。

 狙いは首。日輪刀でなくても、鬼殺しの力があるこの刀爪ならいける……。

 

 

 刀が首を通り過ぎる。

 しかし、刎ねた感触はない。

 まるで水でも切っているかのように、無抵抗に刀が通る……。

 

 いや、本当に水を切っているのだ。

 

「!? ……そんなことも…出来るのか!?」

 

 液化能力。

 自身の肉体を液状にすることで物理攻撃を無効化する。

 刀しか武器がない鬼殺隊に散って悪夢のような血鬼術である。

 

「(縁壱なら…易々と切り捨てるのだろうな……)」

 

 ふと、黒死牟はそんな他愛のない事を思い出した。

 

 神々の寵愛を一身に受けた己の弟。

 人格者であり、多大な才を持つ弟。

 ソレでいながら自分を誇れず、検挙どころか卑下していた弟。

 いつも無表情を通り超えてつまらなさそうな顔をしていた弟。

 

「(……ああそうか。お前は……つまらなかったのだな……)」

 

 縁壱は全てを持っていた。故に知らないのだ……この昂りを。

 全てを持っていたから、何かを得る楽しみがない。だからいつもあんなつまらなさそうな顔をしていたのだ。

 

「(……いや、まずは集中……目の前の敵を…倒す事を考えねば……)」

 

 魚鬼に目を向ける。

 既に触手は生え変わっていた。

 おそらく、傷口の再生を諦め、別の個所から触手を生やしたのだろう。

 まあ、また生えてもまた切ればいいので問題ないのだが。

 

「……いくぞ!」

 

 再び爪のような刀を構え、突撃する。

 荒れ狂う波を翼で利用し、水の壁を尻尾による推進力で突破しながら。

 

 

【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮】

 

 

 単純であり基本的な壱の型。

 だが、この鬼の場合、その一撃すら必殺技となる。

 

「ホオオオおおオオオオオオオオオ!!?」

 

 黒死牟の刃が、液化した魚鬼を切り裂いた!

 

 鬼殺しの因子は高濃度に高める事で実体のない鬼にダメージを与える事も出来る。

 原理は葉蔵のマイクロブラッディミストと同じ。

 力の源である鬼因子を直接叩かれたら、完全に非物質にでもならない限り防御は不可能である。

 

「さあ、まだ戦いは始まったばかりだぞ!!」

 

 黒死牟は鎧の下で笑みを浮かべながら、刀を振るい続けた。

 

 




黒死牟の剣技への渇望は義務感から来ているのではないでしょうか。
武家社会で世継ぎとしてそういった教育をされ、侍になりたいという願望ではなく、侍にならなくてはならないという義務感を持ってたように私には見えました。
そのために剣技が必要であり、自分よりも侍に相応しい縁壱に嫉妬した。
兄として縁壱に接しようとするも、既に自分の手助けを必要とするどころか、体の一部がマヒしている母を助ける強さを見せた。
継国家の世継ぎとしての責務も、兄としても義務も、縁壱の方がふさわしかった。
そりゃ苦しみますわ。
ですので拙作ではこの義務感からの解放を目指して黒死牟を書いております。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

岩の鬼と炎の鬼

無惨の用意した分身体は大体同じぐらいのスペックです。
ただ、相性やら能力の性質やら用意された環境によって戦況が影響を受けているだけです。


 辺り一面を砂塵が舞い、地面が鳴り響く。

 そんな中、二体の鬼が激突していた。

 狛治と岩鬼である。

 

「グオオオオオ!!」

 

 砂嵐の中、岩鬼が血鬼術を発動させる。

 狛治目掛けて、岩の雪崩を引き起こした

 人一人分はある巨大な岩を、これでもかと大量にぶつける。

 

 

【破壊殺・乱式】

 

 

 狛治は増えた腕をフルに使って、桃色のオーラを身に纏ってソレを防いだ。

 装甲と闘気に覆われた、四本の腕。

 ソレで防御、受け流し、時には拳を突き出して。

 足場が安定しない以上、足腰は使えない。

 よって腕力とオーラでこれらを防いでみせた。

 

「グオオオオオ!!」

 

 再び岩鬼が血鬼術を使う。

 石の礫を創り出し、発射。

 十個二十個なんて生易しい数なんかじゃない。

 千個、二千個、三千個…。拳大程の礫が無数に撃ちだされる。

 

 

【破壊殺・照明しだれ柳】

 

 

 桃色の光―――闘気を身に纏い、無数の礫から身を守る。

 鎧のように闘気は針を防ぎ、礫の嵐の中を狛治は突き進む。

 弾幕を切り裂き、一歩ずつ、確実に。狛治は前に接近して……いかなかった。

 

「(クソ、やはり足場が悪すぎる!!)」

 

 足場は最悪。

 地面が波のように隆起と陥没を繰り返し、移動を阻害している。

 

 視界も最悪。

 砂嵐が無規則に舞い、砂の一粒一粒から発せられる気配によって敵の攻撃が読み難くなっている。

 実際に、この砂には童磨の凍て氷と同じような機能があり、砂の鋭い粒子が狛治の甲殻に当たる度に硬い音を立てている。

 もしこの外殻が無ければ、おろし金で擦られたように肌を裂かれ、体内に入り込まれるようなら内臓をズタズタに引き裂かれているところであろう。

 だが、眼前の敵を相手取るにはまだ足りない。

 

 この場の環境は、彼にとってあまりにも不利であった。

 狛治は葉蔵や童磨と違って、環境変化に対抗出来る血鬼術がない。

 同じく身体強化系の傾向が強い黒死牟は呼吸と血鬼術の合わせ技で無理矢理環境を対策してみせたが、狛治はそのレベルに到達していないのだ。

 

「(何かないのか? あの鬼を倒せる何かは……!?)」

 

 摸索を中断して敵に向き直る。

 何やら血鬼術を使おうとしている。

 ソレに対処するため、狛治は足場の悪い場でも踏ん張りがきく構えを取って迎撃の態勢を整えた。

 

「グオオオオオ!」

 

 岩鬼が地面目掛けて拳を振り落とす。

 瞬間、生じる衝撃波。

 地割れ。

 血鬼術によって地面を操り、地面に巨大な穴を創り出したのだ。

 グラグラと常に揺れ動く地面が、更に大きな振動となって狛治の足を止める。

 

「ック!?………せい!!」

 

 揺れる地面によって体勢が崩れる狛治。

 しかし何とか持ち堪え、足にオーラを集中。血鬼術を発動。

 グラグラと揺れる地面を踏み抜いて、術を無理やり止めた。

 そして踏み抜きの反動を利用して跳び、更に距離を縮めようと試みる。

 

「グオオオオオ!!」

 

 岩鬼が地面をたたく。

 途端に起こる隆起。

 家屋一軒程の大きさに盛り上がった巨岩達。

 岩は巨大な鈍い刃となって飛び出し、狛治に迫り来る。

 

 

【破壊殺・砕式・鬼芯八重芯】

 

 

 左右四発づつ、合計十六発の強力かつ正確な乱打を放つ。

 四本の腕にオーラを纏わせ、極限まで引き上げた腕力から撃ちだされた拳のオーラ砲。

 それらは迫り来る岩砲を見事撃ち落とし、粉々に粉砕。砂となった岩の残骸が周囲に漂う。

 

「はあッ!!」

 

 ソレを足場にして、狛治は更に跳び上がった!

 今まで接近出来なかったのは、地面が常に揺れ動いているから。

 揺れさえなければ何時でも接近し、攻撃を仕掛けられる。

 岩鬼は自分で自分の優位性を崩してしまったのだ。

 

「グオオオオオ!」

 

 よせばいいものを、更に岩砲を放つ。

 それらを四本の腕で受け流す狛治。

 今度は砕くことなく、むしろ足場として利用して更に接近した。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 砂嵐の中を突っ切って、狛治が拳を岩鬼目掛けて振るう。

 もう肉弾戦が出来る距離まで接近した。

 後は殴るのみである。

 

「グオオオオオ!!」

 

 岩鬼も合わせて拳を振るう。

 十倍はある体格差と身長差、それ以上はある体重差。

 通常ならば小さい狛治が潰される筈だが、ここは鬼の世界。

 そんな常識なんて通じないし、もし仮に通じるのなら鬼殺隊も苦労しない。

 

「グオオオオオ!!」

 

 勝ったのは狛治。

 岩鬼の拳を破壊。上腕二頭まで砕き、右半身に罅が入る。

 痛みがあるのか、岩鬼は砕かれた自分の右腕を抑えながら、狛治目掛けて頭を振り下ろした。

 

 

【破壊殺 脚式・冠先割】

 

 

 頭突きに合わせて、後ろ回し蹴りを繰り出す。

 狛治の蹴りの威力と、岩鬼の頭突きの威力が乗ったカウンター。

 絶妙なタイミングで突き出された踵は、岩鬼の角を破壊し、頭部に罅を入れた。

 

「(!!)」

 

 狛治の拳が迫る。

 ヒビの入った頭部。

 このまま命中すれば粉砕出来る……。

 

「……なに?」

 

 拳が当たる直絶、岩鬼の形が崩れた。

 突然、砂になったのだ。

 

「!? そんなことが出来るのか!?」

 

 砂化能力。

 自身の肉体を砂状にすることで物理攻撃を無効化する。

 物理攻撃しか武器がない者にとって悪夢のような血鬼術だが……。

 

「問題ない!」

 

 もう一度殴る。

 今度は先程よりも闘気を込めて。

 

「グオオオオオ!!」

 

 再び砂になってやり過ごそうとする岩鬼。

 しかし、今度の攻撃は命中した。

 粉々に砕かれる鬼の頭部。

 続けて拳を全身に打ち続ける。

 

 狛治のオーラは、非物質にも接触可能であり、鬼因子にも直接ダメージを与えられる。

 葉蔵のアストラルニードルと同じ原理である。

 力の源である鬼因子を直接叩かれ、完全に非物質になっても防御不可。

 コレを超えるには、単純に防御力で防ぐしか、避けるしかない。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 岩鬼を殴り続け、粉々にする。

 狛治には鬼を殺す能力はない。よって殴り続けて再生を阻害し、葉蔵か黒死牟が来るのを待つしかない。

 だが問題はない。疲労が存在しない鬼なら、殴り続けながら長時間待つことも可能なのだから。

 

 このままいけば狛治が勝つ。

 だが、そうはいかなかった……。

 

 

 

 

 パチン。

 突然、指を鳴らす音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺り地面が炎の世界。

 そこで童磨は炎鬼と戦闘を繰り広げていた。

 

「グオオオオオ!!」

 

【血鬼術 蓮葉氷】

 

 

 氷の蓮を飛ばす。

 対する炎鬼は一吠えいて周囲の炎を操る。

 両者はぶつかり合い、混じり、蒸気となって消えた。

 

 

【血鬼術 寒烈の白姫】

 

 

 十体ほど、自身の氷による分身を創り出す。

 分身たちはすぐさま炎鬼を囲み、様々な血鬼術を繰り出す。

 しかし、炎鬼がダメージを負っている様子はない。

 炎の鎧を身に纏って防いでいるせいだ。

 

「グオオオオオ!!」

 

 炎の鎧を纏ったまま突進する炎鬼。

 白姫たちの包囲網を突破し、本体である童磨に牙を剥いた。

 

 

【血鬼術 枯園垂り】

 

 

 咄嗟に血鬼術で迎撃する。

 攻撃ではなく防御に重点を置いて、突進の威力を逸らすように。

 氷の斬撃は炎の鎧に突破され、童磨の扇子は炎鬼の爪によって粉砕された。

 だが、防御に専念したおかげか、衝撃を逃がす事には成功。吹っ飛ばされ地面に叩きつけられたが、大したダメージは受けずに済んだ。

 

「(……俺の血鬼術の威力が落ちている。やっぱり相性が悪いか)」

 

 童磨は万全とはいえなかった。

 彼の血鬼術は氷であるのに対し、向こうは炎の血鬼術。しかもこの一帯が火の海だ。

 おかげで血鬼術の威力は激減。分身もこの高熱のせいで溶けてしまい、本体と比べて大分劣化している。

 このままでは負ける。そう童磨は結論付け、次の手を打つことにした。

 

 

【血鬼術 寒烈の白姫】

 

【血鬼術 結晶の御子】

 

 

 童磨は再び分身を炎鬼にけしかける。

 振り切られた白姫たちも合流し、合計24体もの分身たちが炎鬼を足止め。

 その間に本体は準備を整える。

 

「……極楽転生」

 

 途端、童磨の肉体に変化が生じた。

 全身を氷が覆った。

 

 もうお分かりいただけるだろう。

 コレは繭。葉蔵が使う赤い結晶と同じモノ。つまり……。

 

 

 

 

「アッハッハッハッハッハッハぁ!!!」

 

 氷の繭から童磨が飛び出た。

 

 仏像、特に菩薩を模したかのような姿。

 鉄仮面のように冷たく表情のない顔、豪華に着飾った法衣。

 後光を表す光背は氷で形成されている。

 

 極楽転生。

 葉蔵に対抗する為に編み出した切り札である。

 

 

【血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩】

 

 童磨が氷の巨大菩薩を製造する。

 一瞬で生成された氷の巨像。

 葉蔵と出会う前はコレが切り札だったのだが……。

 

「グルア!!」

 

 炎鬼は炎を右前足に纏わせ、睡蓮菩薩に振り落とす。

 バキバキバキ!

 容易く破壊される仏像。

 冷気は熱気によってかき消され、氷は炎に溶かされ、形は力によって砕かれ。

 かつて切り札だった技は呆気なく潰された。

 だが問題はない……。

 

 

【血鬼術 寒烈の白姫】

 

【血鬼術 結晶の御子】

 

 

 いくらでも代わりは用意できる。

 

 すぐさま投入された分身体。

 十、二十、三十、次々と作りだされ、炎鬼へと向かっていく。

 

「グルア!!」

 

 そしてその度に破壊されていった。

 一吠えして全身から全方向に炎を巻き起こす。

 高温の熱波が、灼熱の火炎が。氷像たちを次と燃やしていく。

 

 

【血鬼術 蔓蓮華】

 

【血鬼術 散り蓮華】

 

【血鬼術 冬ざれ氷柱】

 

 

 再び血鬼術を発動。

 無数に降り注ぐ氷の連撃。

 百、二百、いやそれ以上はある。

 次々と氷塊が殺意を以て繰り出されるが……。

 

「グルア!!」

 

 これもまた呆気なく破壊された。

 

 炎鬼が口から炎の弾丸を連続で射出する。

 吐き出された弾は標的に着弾すると同時に爆発。

 爆炎をまき散らし、爆風を起こし、轟音を立てながら。

 次々と炎の爆弾を発射して、童磨の弾幕を破壊してみせた。

 

 

 

 

【―――血鬼術】

 

 

 氷塊が迫り来る。

 

 氷像が量産される。

 

 冷気が吹き荒れる。

 

 

 

 火炎が焼き払う。

 

 熱波が荒れ狂う。

 

 

 

 冷気と熱気が、炎と氷が、術と術がぶつかり合い……。

 

 

 

 

「ぐ、グルル……」

 

 炎鬼がよろめいた。

 

 一体どういうことだろうか。

 童磨が変身するまではあれ程に押していた炎鬼が急に倒れだすとは。

 確かに童磨の火力も上がったが、それでも同格すらなってないというのに。

 その答えは童磨の血鬼術の本質にある。

 

 粉凍り。

 数ある血鬼術の中でも代表するものといっていい代物である。

 葉蔵との戦闘で派手な血鬼術に目が行きがちだが、本来の童磨の戦闘ではコレを基礎としている。

 鬼との戦闘でも有効。氷を体内に侵入させ、内部から凍らせるという芸当も可能である。

 そして、最近はさらに改良を重ね、進化させる事に成功した。

 

 粉凍り・極寒。

 その効力の一つとして、鬼の因子を直接凍らせる事が可能。

 要は葉蔵のマイクロブラッディミストと同じ原理である。

 葉蔵と戦闘を重ねるうちに葉蔵の技を真似て再現……いや、それ以上の効果を発揮したのだ。

 

 

 

【血鬼術 寒狼の荒星】

 

 

 巨大な氷の狼の頭部が現れ、口から冷気の光線(れいとうビーム)を放つ。

 ソレに合わせて炎を吐くが、威力は先程と比べて格段に落ちている。

 結果、冷凍ビームは火炎放射を貫き、炎鬼に命中。

 着弾箇所を凍らせ、更にダメージを与えた。

 

「グ…グルァ……グゥアア!!」

 

 何やら血鬼術を発動させようと吠えるが、何も起こらない。

 粉凍りが鬼因子を凍らせ、血鬼術を封じているのだ。

 こうなってしまえばもう終わり。

 じっくりと凍らせれば……。

 

 

 パチン。

 突然、指を鳴らす音が響いた。

 




 粉凍り・極寒
童磨が対葉蔵用に開発した新技。
通常の粉凍りとは違い、扇子で仰ぐ必要がない上に、結晶ノ御子のように遠隔操作可能。
侵入した相手の体内をズタズタにするだけではなく、鬼因子を凍らせて力を封じることも出来る。
また、他の血鬼術との併用も可能であり、他の血鬼術で創り出した氷からこの血鬼術に遠隔操作で変換する技術も童磨は開発した。
しかし、葉蔵にはブラッディマイクロミストで相殺したり、獣鬼態の体毛で遠隔操作をジャミングする等の手段があるため、対葉蔵として役立ったことは一度もない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

極みの姿

葉蔵の優しさと冷酷度はその日によって変わります。
というか、普通の人間ってそんなに一定の心理状態にいないと思うんですよね。
機嫌の良し悪しだったり、疲れが溜まっていたり、嫌なことがあったり。
むしろ、キャラが一切ブレることなく一定している方が不自然だと私は思います。



「クソクソクソ! 何故ここまで私が追い込まれなくてはいけない!?」

 

 無限城のとある一室。

 鬼舞辻無惨はFXで破産寸前のネット民みたいに焦っていた。

 

 対葉蔵として用意した分身たちが、上弦と葉蔵によって追い込まれている。

 

 あの四体の鬼は最強の力を与えた筈だった。 

 血を大量に注いで強化してやった筈だった。

 力を存分に振るえる場を与えた筈だった。

 

 鬼として最強の肉体を与えた。

 身体能力だけでも十二鬼月に匹敵する体を。

 

 鬼として最強の能力を与えた。

 上弦をも圧倒する威力と豊富な血鬼術を。

 

 鬼として最強の環境を与えた。

 力を十全に使うため特別に用意した場を。

 

 なのに何だこの醜態は!?

 この役立たず共が!!

 

「……こうなったら!!」

 

 無惨が指を鳴らす。

 瞬間、彼の眼前に複数の人間が呼び出された。

 分身たちの餌として、強化するための血肉として捕えた人間達。

 こいつ等を使えば、案外うまくいくかもしれない。

 

「……せいぜい役に立て。家畜共」

 

 口を塞がれ、手足を縛られ。グネグネと芋虫のように藻掻き、涙を流しながらウーウー唸ることしか出来ない餌共。

 こんな無様な生物が己の役に立てるのだ。当然、光栄なことであろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピイイイイイイイイイイイ!!」

 

 鳥鬼が吠えながら風を纏う。

 他のフロアの鬼達がやったように、この鬼も自身の支配する属性に己の肉体を変換させるつもりである。

 

「させるか!」

 

 

【針の流法 極細・血針の霧(マイクロブラッディミスト)

 

 

 葉蔵の極細針が散布される。

 血鬼術によって作られた弾道ミサイルからばら撒かれる極小の針。

 ミサイルは鳥鬼が己の肉体を気体化させることで避けたが、針の毒ガスは回避出来なかった。

 むしろ肉体を分解させることで鬼因子が無防備になり、通常時で喰らうよりも大きなダメージを与えられた。

 

「気体になっても無駄だ。私にはこの術があるし、貴様がその術を使うタイミングも超感覚で分かる」

 

 鳥鬼との戦闘は、葉蔵が終始有利に進んでいた。

 葉蔵はこの戦闘に置いて重要な技術を全て持っており、ソレを使いこなしている。

 暴風の中でも安定して発揮する飛行能力、全方向から迫り来る風刃の迎撃、そして圧倒的なフィジカルとアビリティで猛攻を行う本体への牽制。

 上記の内容だけでも上弦の鬼には難しいというのに、葉蔵は更に肉体の気化への対処法も持っている。

 最早葉蔵の勝利は決まったも同然である。

 

 速度と火力は若干葉蔵が不利だが、それ以外は彼が圧倒している。

 どれだけステータス上は相手が上だろうが、ソレを使いこなせないのなら恐れる必要はない。

 

 攻撃を逸らし、タイミングを見極めて。

 敵を観察し、情報を集め、戦略を練る。

 先を読み、行動を誘導し、罠に嵌めて。

 詰将棋のように着々と一歩ずつ確実に。

 

 そうすれば勝利は目の前へと自然に振りかかる……。

 

 

 

 

 パチンッ。

 

 だが、鳴らされた指がソレを邪魔した。

 

 指パッチンと同時にフロア内の気配が増えた。

 眼前の敵と己以外はいなかったはずの一室に、招いてない客が乱入したのだ。

 

 

「……なんだ?」

 

 不機嫌そうに、気配に振り向く葉蔵。

 折角楽しいところだったのに邪魔されたのだから、そりゃ機嫌も悪くなる。

 邪魔するならすぐに殺す。そのつもりだったのだが……。

 

「!? クソボケが!!」

 

 転送されたのは、縛られた人間だった。

 数は4人。若い男女二人と、中年の男女二人。

 ソレを見た葉蔵はすぐさま血鬼術を発動させた。

 

 

【針の流法 針塊障壁(シェルターニードル)

 

 

 葉蔵は血針を捕虜に投げる。

 途端に形を変え、捕虜たちを包み込む血針。

 楯を作るのと同じ要領で、人質たちを覆う。

 貝殻のような血針のシェルターによって、人質の安全を確保した。

 

「……しばらく待ってろ。すぐ終わらせる」

 

 鳥鬼に牽制のガトリング砲を食らわせながら、葉蔵は落ちていくシェルターに声を掛ける。

 たとえこの暴風と鎌鼬の中でも、あのシェルターは簡単には壊れないが、何事にも限度は存在する。

 ウカウカしていられない。早く始末して安全な場所に避難させなくては。

 

 

 そして、ゲームを汚したクソボケにはしっかりと罰を受けてもらわなくては。

 

 

「……獣鬼豹変・極」

 

 

 葉蔵の身体に変化が起きた。

 既に獣鬼豹変している葉蔵の肉体を、更に巨大な針塊の繭が包み込む。

 普段使うソレよりも数段大きく、数段ドス黒く、数段禍々しい繭。

 暴風の中、新しい姿へと生まれ変わろうとする主人を守る。

 

「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

 ソレを黙って見る程、相手は甘くない。

 この世界には変身中に攻撃してはいけないなんてルールは存在しないのだから。

 

 嘴内部に風を集中させ、一気に解放。

 繭目掛けて放たれる、圧縮された嵐。

 放たれた一撃が繭に当たろうとした瞬間……。

 

 

ブォン!!

 

 突如、繭が鳥鬼の真後ろに回った。

 手足どころか、身動き一つしない筈の物体。

 それが一体何故背後にいきなり現れた?

 そんなことを考えるような余裕などないし、何より鳥鬼にはそんな思考を行うための知能もない。

 あるのはただ一つ、テリトリーに侵入した外敵を排除するという本能(プログラム)のみ。

 ソレに従って鳥鬼が攻撃しようとした途端……。

 

 

 

 

「グおおオオオオオオオオオオオオオおおオオオオオオオオオオオオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 繭を突き破って獣がその姿を現した!

 

 血のように赤黒い体毛に包まれた巨躯。

 獅子のような容姿と鹿のような角。

 前半身はネコ科、後半身は偶蹄目。

 狐に似た尻尾は炎のように赤い。

 背中は大きな翼が生えている。

 

 完全な獣としての姿。

 伝説上でよく見られる有翼の獅子。

 血鬼術によるものなのか、赤いオーラのようなものを身に纏っている。

 

「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

「グオオオおおおおオオオオオオオオオオ!!」

 

 二体の異形は同時に攻撃を開始する。

 鳥鬼は口から圧縮した竜巻を、葉蔵は口から圧縮した血喰砲をぶちかます。

 両者は互いに激突。

 竜巻は斬撃となって弾丸を引き裂こうと、弾丸は派手に爆発して風を吹き飛ばそうと、互いに殺し合う。

 

「グおおオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 葉蔵が変化する際に使用した繭の欠片が粉々に砕かれる。

 粉状となっては暴風に仰がれて流され、一瞬で散り散りになり……。

 

 

 

 BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!!

 

 辺り一面が、爆発した。

 カッと一瞬眩い光が溢れ、遅れて轟音と衝撃波が乱舞。

 一帯を支配していた暴風を一部かき消しながら相殺し合う。

 

「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

「グオオオおおおおオオオオオオオオオオ!!」

 

 それこそが突撃の合図。

 風を、弾を、斬撃を、爆撃を。

 辺り一面にばら撒きながら急接近。

 互いの距離まで近づいたと同時、激突した。

 

「ピイイイイイい!!?」

 

 勝ったのは葉蔵。

 暴風の鎧を、葉蔵の纏う赤いベールによって剝がされる。

 防御が薄くなった部位目掛け、葉蔵の角が突き刺さった。

 

 葉蔵の肉体は彼が作り出す度の針よりも高濃度であり、どの針よりも強く鋭い。

 この爪、この牙、この角こそ最強の武器!

 

「グおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 角から伸びて侵食する葉蔵の針の根。

 内部をズタズタに引き裂きながら、鬼因子を吸収。そして更に成長速度を上げ……。

 

「ピイイイイイい!!?」

 

 ズパン!

 鳥鬼の翼が葉蔵の首を刎ね飛ばした。

 嵐を纏い、翼を硬質化させて創り出した刀。

 丸太のように太く変異した葉蔵の首を容易く斬り落としてみせた。

 だが、鬼はその程度では死なない!

 

「………!!」

 

 首なしの状態で、鳥鬼の胴体を掴む。

 ガッチリと爪を喰い込ませ、その先から針の根が伸びる。

 だが、それでも鳥鬼は抵抗しようと身体を動かした。

 

「グおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」

 

 ブジュジュジュジュ!

 葉蔵の右肩を、鳥鬼の嘴が貫いた。

 嘴に風を纏わせ、ドリルのように貫通。

 鋭く硬い針の鎧を破壊し、肉をかき混ぜながら。

 そして更に、内部から直接ブレスをブチ当て、葉蔵の右肩を破壊したのだ。

 

「ピイイイイイい!!?」

 

 負けじと葉蔵も反撃する。

 再生させた頭部で、鳥鬼の首に噛みいた。

 牙から針の根を伸ばし、更に直接血を啜る……。

 

 

「「グゥ!?(ピィ!?)」」

 

 地面に落下した。

 あまりに必死に抵抗し過ぎて、翼を動かすのを忘れていたのだ。

 飛行がこの場で必須の項目だというのに、そんな最低限の事すらも忘却。

 それほどまでに両者は必死なのだ。

 一刻でも早く、目の前の敵を殺す事に。

 

「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

「グオオオおおおおオオオオオオオオオオ!!」

 

 悶え、暴れ、喚く。

 爪を、牙を、嘴を。互いの身体に喰い込ませ、貪るかのように攻撃する。

 

 

 

 

 

「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!?」

 

 鳥鬼の肉体が徐々に灰化していく。

 力も段々と抜けていき、風を起こせなくなった。

 だから、全てのエネルギーをこの嘴に賭ける!

 

 

 

 

 

「グオオオおおおおオオオオオオオオオオ!!?」

 

 折角再生した葉蔵の腕が、また弾け飛んだ。

 しかし彼は止まらない。

 さっさと殺すために、自身の鬼因子を針の根に注ぎ込む!

 

 

 格段に上がる針の侵攻速度。

 鳥鬼から鬼因子を略奪し、侵略を苛烈に進め……。

 

「ぴ…ピィィィ………」

 

 ・・・やがて、力尽きた。

 

 今まで耐えた反動か、先程までの抵抗がウソのように針の根が伸びる。

 瞬く間に伸びきった針の根から鬼因子が吸収され、本体である葉蔵に流れ込んだ。

 葉蔵はソレをゴクゴクゴクと、喉を鳴らしてソレを飲み干す。

 

 美味い。

 今まで飲んで来た因子の中でも一番と言ってもいい味だ。

 激戦の後の食事はいつだって最高の仕上がりになる。

 

 無我夢中で喰らう葉蔵。

 その度に鳥鬼の膨大な鬼因子が流れ込む。

 干天の慈雨のように、葉蔵の肉体を潤す。

 細胞一つ一つに行き渡り、消耗した葉蔵の鬼因子を回復させる。

 

「グルル……グアア嗚呼アアアアアアアアアアアアアア嗚呼嗚呼アアアアアアアアアアああアアア!!!!」

 

 勝利の雄たけびが、荒野中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偶には泥臭い戦い方もアリだな」

 

 予期せぬトラブルだった。

 本来は空中戦を楽しみながら徐々に詰めるつもりだったのだが、まさかこんな形で勝敗を急ぐ羽目になるとは。

 場所が場所なので保険をかけなかったのだが、まさかあんな手を使うとは思いもしなかった。

 いや、予想はしていたが、まさか使うことはないだろうと高を括っていた。

 仮にも鬼の王として君臨する者が、あんな卑劣な手を使わないだろうと。

 だが、どうやら私の見込み違いのようだ。反省しなくては。

 まあ、あの鬼相手には保険を打っておく余裕なんて最初からないんだけど!

 

「けどまあ、いいゲームだったよ」

 

 邪魔が入ったがなかなか楽しいゲームだった。

 格上との勝負なんて無惨以外には出来ないと思っていたのだが、まさかこんな機会が訪れるとは。

 嵐の中、風の刃を迎撃しながら戦うなんて、思ってもいなかった。

 おかげでなかなかハードでやりがいのあるゲームを楽しめた。

 

 風という単純でありきたりな能力。しかしだからこそ極めれば強力かつ豊富な種類の血鬼術に化ける。

 属性使いはそれなりにいたが、ここまでのレベルは初めて見た。

 アレはまさしく災害。本当に嵐と戦っていた気分だ。

 

 最後の喰い合いも良かった。

 お互い獣のように暴れるのもなかなかに乙なものだ。

 命を賭け、文字通り必死になって殺し合う。命のやり取りそのものだ。

 ああ、あんな邪魔が入らなければ、もっと楽しめたのに……おのれ無惨め!!

 

「しかしまあ……無事でよかった」

 

 チラリと針の塊―――人質の入った殻に目をやる。

 何やら中から騒いでいる声が聞こえる。

 あれだけ元気なのだから多分大丈夫だろう。……多分。

 

 いや~、あの爆発思った以上に威力あったな~。

 風を一時的に止めるために爆発を起こしたんだけど、まさかあそこまで派手に爆発するとは。

 粉状にすれば風で満遍なく拡散するし、小さいからそんなに威力無いと思っていたのだけど。

 まあ、アレはアレで面白い発見だからいいか。

 それに、新しい血鬼術の試運転も出来たから結果オーライとしよう。

 

「(さて、どうしたものか……)」

 

 針で作った即席シェルターに目を向ける。

 中には先程助けた人質が入っており、何やら呻いている。

 さて、出してやるべきかこのままにしておくべきか……。

 

 よし、放置だ。

 

 あの中が一番安全なのだ。

 もし出してもまた別の鬼に襲われる可能性がある。

 なら、あのまま中に入れてやるのが正しい判断というものだ。

 私に彼らを帰す手段があるのなら話は別なのだが、生憎ここに来るために使った鬼は既に処分されている。よって私に彼らを帰す方法はもうない。

 なら、まず無惨を倒す事に専念すべきだ。

 

 第一、今解放したら面倒なことになる。

 私は嫌だぞ? 折角助けたのに、化物だの何だの罵倒されるのは。

 別に言われても特に気にはしないが、やはりムカッと来る。

 なら、お互いのために顔を合わさないべきだ。

 安全を確保してさっさと解放しよう。

 

「もう少し大人しくしておいてくれ」

 

 もし仮に死んでも悪いのは私ではなく人質にした無惨だから。

 死んだら私じゃなくて無惨を恨んでね。

 

 




葉蔵は道が定まるまでフラフラしてました。だから何者にもなれるチャンスがあり、意見や考え方を変えることもありました。
序盤ではコレが主人公のキャラが定まってないと批判がありましたが、これもまた私の書きたかった主人公像です。

人間なんてそんな徹頭徹尾に一つの意見を貫くなんて出来ない筈なんですよ。機械じゃないんですから。

体調や気分で考え方が若干変わるなんてザラだし、何なら年を経るにつれて別人みたいに変わってくるものです。
ただ、アニメとかでソレをやると『雑味』と思われちゃうんですよね……。
例えばエヴァのシンジくん。大人になって変わったせいで批判多かったらしいし。
アレを見て『ああ、創作物のキャラは出来るだけ一つのキャラを貫かなきゃいけないんだな』って私は理解しました。

けど趣味でやってるようなものは好きにやろう。そう考えて葉蔵はあんな感じにしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

贅沢言うんじゃねえっ!

黒死牟は努力した分だけしか強くならないとか嘆いてましたが、私はソレに引っかかりを感じました。
普通の人は努力してもその二割三割程しか成果得られません。
ちょっと訓練してその倍以上の力を手に入れるのは、なんちゃって努力系のラノベぐらいです。もし他の隊士が聞けば贅沢言うんじゃねえって怒ると思うんですよね。
皆さんはどう思います?


 縁壱、私はお前になりたかった。

 

 何故いつもお前だけがいつもいつも特別なのか。

 

 生まれながらにお前は全てを持っていた。

 呼吸も、透き通る世界も、痣も、全てはお前のお零れに過ぎない。

 私はお前の持つものが欲しくてたまらない。どれか一つでもお前に並びたい。

 唯一無二の太陽のように、お前に焦がれて手を伸ばし、消し炭になるまでもがき苦しんだ。

 だが、それでもお前には届かない。

 

 私はお前の兄だ。

 継国家の長男として努力をしたつもりだ。

 兄として弟であるお前を守るつもりでいた。

 疎まれ、母に縋る様を憐れみ、手を差し伸べたつもりだった。

 だが、お前は最初から私の手など必要としていなかった。

 

 私は一体何のために生まれてきたのだ。

 教えてくれ、縁壱……。

 

 

 ―――下らないね。生まれた意味のある生物なんているわけがないだろ?

 

 

 針鬼……いや、葉蔵か。

 何故貴様が私の夢に現れるかは聞かない。

 だが、意味がないとはどういうことだ。そこだけは答えてもらうぞ。

 

 

 ―――言葉通りさ。生物は意味があって生まれるんじゃない。勝手に生まれるんだ。

 

 ―――道端の石に意味はあるか? ないだろ? ただそこにあるという事実しかない。人も同じだ。

 

 ―――意味とはあるんじゃなくて付けるものだ。当人で勝手にルールを作って、勝手に納得すればいい。私もそうしている。

 

 

 なら葉蔵、お前は何のために戦っている?

 

 ―――楽しむため。敵と戦い、美味い血を得て、更なる高みに近づく事。その全てが楽しいからだ。

 

 ……つまり私と同じか。お前もまた、高みを望んで太陽に手を伸ばしているのだな。

 

 ―――う~ん、ちょっと違うね。

 

 ―――私の場合、貴方のように義務感や宿命とかはない。ただ自分がしたいからやってるだけだ。

 

 ………何?

 

 ―――私が思うに、貴方は縁壱に囚われているんだ。現にその血鬼術、本来なら剣に拘らない方がもっと強くなれるんじゃないのかい?

 

 ………。

 

 

 ―――貴方は鬼だ。上弦の壱の黒死牟だ。縁壱じゃない。なら、日の呼吸に拘らず、己の血鬼術に目を向けるべきじゃないか?

 

 

 

 

 ―――太陽が爛々と空を照らすように、月が優美に輝くように、それぞれの美しさというものが存在する。

 ―――獅子が鮫のように泳げるか?逆に鮫が獅子のように走れるか? 無理だ。どれだけ強くても、生物には得意分野が存在する。

 ―――他者や周囲に拘らず己の力を存分に発揮できる分野を見極め、ソレに没頭し夢中になる。これが人生を楽しむコツだと私は考えている。

 

 

 

 ―――己を存分に表現する。そのために私は戦っているんだ。

 

 

 

 ………己自身、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(あの人大丈夫かな~?)」

 

 ふと、私は黒死牟について思いだしていた。

 

 上弦のトップ3とは何度か戦ったおかげでそれなりの会話はしている。

 特に、人間時代の記憶をハッキリ覚えている童磨と黒死牟とは話も多い。

 童磨は教祖としての自分、黒死牟は剣士としての自分をよく話してくれた。

 だから気がかりなんだいね……。

 

「(私のメッセージはちゃんと伝わったかな?)」

 

 針に込めたおまじないで三人の呪いを解いてやったが、新しい呪いは掛けてない。

 彼らは完全に自由。悪く言えば野放し状態だ。

 まあ、ソレが私の望んだことなのだが。

 

 私は三人を解放してやりたかった。

 彼らは鬼でありながら、生前の何かに縛られている。

 己はこう在らねばならない、己はこう振舞わねばならない。そんな枷に囚われているように、私には見えた。

 見えない枷に繋がられた者は皆同じだ。同じく見えない牢獄の中をぐるぐる回るばかりで、外に出られない。

 せっかく永遠ともいえる寿命があるのに、それではあまりにつまらないじゃないか。だから、牢獄と枷に罅を入れた。

 

 そう、本来なら誰かを縛る鎖なんて存在しないんだ。

 役割や責務などないし、そんなものに従う意味もない。

 生きたいように生きればいい。

 

 善人は善人として、悪人は悪人として。

 思うがままに生きるがいい。

 その方が本人も私も楽しいに決まっている。

 

 存分に自由を堪能しろ。

 私の都合に反しない限り、許してやる。

 

 もしソレでも枷に囚われたままなら……。

 

 

 

 

 その時は私の手で解放してやろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(何故……人が……!?)」

 

 突如、海原のような部屋に送られた人間たち。

 全員鬼殺隊の隊服を着ており、雁字搦めに縛られている。

 

「……ック!」

 

 黒死牟は隊士たちを抱え、水の上を目指す。

 荒れ狂う波に上手く乗り、迫り来る鉄砲水を切り裂きながら。

 多少のダメージを受けながらも、黒死牟は隊士を陸に引き上げた。

 

 ポツンと、島どころか四畳半ぐらいしかないスペース。

 三人ぐらいなら寝ころばせるには十分……とはいえなかった。

 

 この場は荒れ狂う水によって満たされている。

 たかが六畳ほどの足場など、軽く押し流す。

 

 

【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮】

 

 

 迫り来る津波を斬る。

 前後左右、あらゆる方向から、無軌道かつ突発に襲い掛かるそれらを。

 気絶している隊士達を背に、黒死牟は剣を振るって守ってみせた。

 

「おのれ…このような…卑劣な真似を……!」

 

 鬼の頭領とは思えないような、姑息な手を使う無かつての主人を罵る黒死牟。

 けど仕方ないね、だって無惨だから。

 

「う…う~ん………」

「こ、ここはどこ!? なんでこんなとこにいるの!?」

「って、何で俺たち縛られてるの!?てか何で鬼がいるの!?」

 

 後ろの隊士たちの目が醒めた。

 全員狼狽しているが、今の黒死牟はソレに反応を返す余裕はない。

 ただひたすらに剣を振るって波から彼らを守る。

 

「お、俺たちを守っているのか?」

「じゃ、じゃあお前も針鬼と同じ類か!?」

「………似たようなものだ」

 

 とりあえず茶を濁す。

 ここで元上弦だと言っても良い結果にはならない。

 それに、今の彼は実際に葉蔵と同じ“自由な鬼”だから嘘でもない。

 

「私から…離れるな……」

 

 黒死牟はそれからも剣を振るう。

 高波を、渦潮を、鉄砲水を。

 あらゆる形で襲い掛かる水害から、隊士たちを守ってみせた。

 

 

【月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間】

 

 

 刀を振るう度に、超常の剣術が放たれる。

 その様はまるで御伽草子の英雄。

 常人にはない神通力を振るい、怪物を討伐する“特別”な者。

 只人では到底手の届かないような、天に輝く星の如き存在である。

 

 どれだけ優れた剣の達人でも、斬撃を飛ばすなんて芸当は出来ない。

 どれだけ剣術を極めても、波を斬るなんて芸当は出来ない。

 どれだけ優れた呼吸の剣士でも、この鬼の真似は出来ない。

 

 だからだろう、隊士の一人がポツリと零してしまった。

 

 

「選ばれた奴って、こういうのを言うんだろうな」

 

 

 

「!!?」

 

 そして、ソレは集中している筈の黒死牟を振り向かせるには十分な内容だった。

 

「……笑止千万。…この程度で…選ばれた存在等とは……」

 

 フッと、鼻で笑うかのように黒死牟は言い放った。

 

 彼は知っている、神仏に愛された本物の選ばれし者を。

 御伽草子や昔話に出てくるような、絶対無敵の英雄を。

 どれだけ焦がれ、手を伸ばしても届かない太陽を。

 

 

 

「はあ!? ソレって嫌味かよ!!?」

 

 だが、そんなものは、彼らには関係なかった。

 

 

 

「俺らがどんだけ努力してんのか分かってんのか!?毎日毎日血反吐吐くような訓練して!毎日毎日命懸けで戦って!毎日いっつも死ぬような目に遭ってんだよ!!」

 

「どんだけ努力しても、ちょっとしか強く成らねえし!全然苦労と釣り合ってねえ!なのに鬼はちょっと人間を喰うだけでバンバン強くなりやがってさあ!不公平なんだよ!!」

 

「お前はいいよなぁ!!強くて才能あって!その上で鬼なんだろ!?本当に不公平だわ!!お前みたいなのを選ばれた存在って言うんだろ!?じゃあ俺らの分まで戦ってくれよ!!」

 

 とある隊士の恨み節。

 汚い高音で叫び散らし、嫉妬と僻みがこれでもかと籠っている。

 とても命を救った恩人ならぬ恩鬼に向ける言葉ではない。

 もし、ここでへそを曲げられたら、戦えない自分たちは死ぬしかないというのに。

 他の隊士たちは焦るが……。

 

 

 

「………ップ、アッハッハッハ!」

 

 黒死牟は機嫌を悪くするどころか、大声で笑った。

 

「何がそんなにおかしいんだよ!?」

「いや何…お前には…私が特別に…見えると思ったらな……」

 

 隊士の汚い高音の叫び声を流しながら、黒死牟はふと昔を思い出す。

 そういえば、煉獄を始めとする柱たちも自分を羨んでいたな……。

 

「下がっていろ」

 

 突然、黒死牟の纏う空気が変わった。

 刃のようにヒリつく感覚。

 その尋常ではない様子に、汚い高音の隊士も黙って彼の背中を見つめる。

 

「(今なら…出来る気がする……!)」

 

 彼が夢見ていた剣技とはまた違う血鬼術による剣技。

 人としての剣ではなく、鬼としての、異形による血鬼術。

 月の呼吸よりも人間から外れ、縁壱でも再現不可能な超常現象。

 自身の肉体から刀を鞘に納めた状態で創り出し、居合の構えを取り……。

 

 

【月の呼吸 拾漆ノ型 叢雲の月明かり】

 

 

 一閃。

 横一文字に迫り来る波を切り裂く。

 途端、その軌道が何やら揺らめいた。

 

 

 空間が切り裂かれたのだ。

 

 

 裂け目の向こうにあるのは本来の世界。

 異界の壁を斬る事で、繋ぎ目を切り開いたのだ。

 

「お前ら…早く帰れ!」

「え…ちょ、え!?」

 

 ポイっと隊士達を穴に向かって投げる黒死牟。

 何か言ってるが知らん。今はそんなことに構ってる暇はない。

 怪我してるからもっと優しくしろ? それこそどうでもいい。剣士なら気合でなんとかしろ。

 さて、これでも邪魔者はいなくなった。後はあの鬼を倒し、この部屋から出るだけである……。

 

 

『惜しいことをしたな』

 

 突如、黒死牟の脳内に声が響いた。

 無惨の声である。

 どうやら何かしらの血鬼術で声を送っているようだ。

 

『先程の技で水鬼を斬っていれば、或いは切り目からお前が逃げればよかったものを。鬼に成っても人の命を優先するか、柱でありながら産屋敷の首を私に差し出したお前が』

「そうでは…ない…ただ…出来るから…やったまで。それに…まだ切り札は…温存している」

『何?』

 

 訝しむような声を出す無惨。

 そんな彼に構うことなく、黒死牟は先程いった切り札を使うために力を集中させる。

 

 

 

 

 

「修羅転変・羅睺」

 

 

 途端、黒死牟の姿が変化した




使命とは祝福であると同時に呪いでもあると私は思うんですよね。
煉獄さんは使命があるからこそ強く胸を張って生きれたし、炭治郎も長男としての使命があるからあれほど優しくて強い人間になれました。
その使命のせいで苦しんでいたのが黒死牟です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月刃の龍

今回は黒死牟が大暴れしちゃいます


「修羅転変・羅睺」

 

 黒死牟が血鬼術を発動した途端、その身体に変化が起きた。

 既に修羅転変している黒死牟の肉体を、更に巨大な刀剣の繭が包み込む。

 先程変化させたソレよりも数段大きく、数段光り輝き、何処か神々しい繭。

 荒れ狂う海の中、主人を望む姿へと変貌させる。

 

「ホオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 この鬼もまた、黙って見る程甘くない。

 もう一度言うが、この世界には変身中に攻撃してはいけないなんてルールは存在しない。

 

 全ての触手の先端に水を圧縮させ、一気に解放。

 繭目掛けて放たれた鉄砲水。

 ソレらが繭に当たろうとした瞬間……。

 

 

ヒュン!!

 

 繭が魚鬼の攻撃をすり抜けた。

 瞬間移動。

 血鬼術によって放たれた水塊を回避したのだ。

 

「グおおオオオオオオオオオオオオオおおオオオオオオオオオオオオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 繭を突き破って獣がその姿を現す。

 

 そこには、一匹の竜がいた。

 全身を覆う鱗は刃物のように鋭く、鉄のように光沢を帯びている。

 爪や牙は一本一本が重厚な刀のような形状に発達しており、美しい刃紋が刻まれている。

 全長の半分程を締める巨大かつ長く発達した尻尾は、業物の名刀のような妖しい美しさを誇っている。

 

 完全な竜としての姿。

 伝説上でよく見られる東洋風の龍。

 違いと言えば、、六つ目というぐらい。

 背中に翼があるため応龍といったところか。

 

「グオオオおおおおオオオオオオオオオオ!!」

「ホオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 二体の異形は同時に攻撃を開始する。

 水鬼は水を操って波を起こし、黒死牟は全身の鱗から斬撃を飛ばす。

 斬撃の一つ一つが黒死牟本来の剣技に匹敵する威力と精度の御業。

 ソレが何百、何千と降りかかれば、防戦一方とはいえ三本だけで防げた波など十分切り開ける。

 斬撃は荒れ狂う波の壁を突破し、本体である水鬼目掛けて迫り来る……。

 

「ホオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 水鬼は己の触手を振り回してソレを迎撃。

 次々と月刃をはたき落し、薙ぎ払い、撃ち落とす。

 

「ホオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 水鬼が吠えると同時、黒死牟を取り囲むように当たりの水面から流水の刃が発射された。

 百や千なんて数ではない。尋常ではない量の刃が、弾丸のような勢いで黒死牟に迫り来る。

 

 

【月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月】

 

 

 黒死牟が爪を振るう。

 瞬間、左右それぞれの爪から暴風のような勢いと共に無数の斬撃波が吹き荒れた。

 通常時でも斬撃を雨あられの如くふりまかれる技が、桁違いに勢いと数を増し、無数の水の刃を容易く迎撃。

 残った刃たちが水鬼の首を刎ねんと勢いを維持したまま襲い掛かる。

 

「ホオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!」

「グオオオおおおおオオオオオオオオオオ!!」

 

 水鬼が口から激流を、黒死牟が口から光線を放つ。

 二つはぶつかり合い、派手な爆発を引き起こす。

 この部屋一体を吹き飛ばしかねない程の大爆発。

 光線により熱せられた大量の水が急に気化したことで、水蒸気爆発が発生したのだ。

 

 爆発の高熱と爆風の中、大量の水蒸気の中。

 二体の巨大な鬼達は鱗を傷つけられながら、次の行動へ移る。

 

 

【月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面】

 

 

 黒死牟が身体を立てに前目掛けて一回転する。

 途端、彼の翼から凄まじい量と勢いの斬撃が水鬼目掛けて繰り出された。

 豪雨の如く注がれる月の刃。

 一つ一つが回転しながら、一つ一つが月のように満ち欠けを繰り返しながら、一つ一つが更に小さい無数の月刃を纏いながら。

 殺意を以て水鬼に迫り来る。 

 

「ホオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 水鬼が吠えると同時、辺り地面の水が引いた。

 干潮のように中央へと押し寄せ、水鬼を取り囲んだのだ。

 渦を巻いて台風のように巻き上がる大量の水は、水鬼を守る渦潮の防壁となり、黒死牟の攻撃を防いだ。

 

 だがそれでいい。

 この斬撃は布石。

 切り札を使うための時間稼ぎである。

 

「ホォォォォ………」

 

 息を整えて力を尾に込める。

 途端に尻尾の刃部分が赤黒く変化。

 血管がドクドクと脈立ち、妖しい光を放つ。

 牙にも同様の変化が起こり、鬼の力が尾と牙に集約される。

 

「ホオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 触手を拡げ、その中央に集めた水を収束させる。

 水は青い光となって圧縮され、強大なエネルギーへと変換。

 これらの水も本来は血鬼術。元の鬼因子に戻すのも自由である。

 環境の優位性は崩れるが問題はない。この一撃で全てを決めればいいだけ。

 相手がどれだけ強かろうが、この必殺技で全てを潰す!

 

「グルルルル……」

 

 黒死牟は自らの尾に喰らい付いた。

 ギャリギャリと音を立てながら、尾刀を牙で研ぐように構える。

 いや、どちらかといえば、居合の構えに近い。

 

 

 今から放つものは最強の一撃。

 己の全てを賭けた、全身全霊の技。

 長い年月をかけ、ようやく到達した領域である。

 私の必殺を防げるものなら防いでみろ!! その時は私の負けだ!!

 

 

「ホオオおおオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 圧縮された水のオーラが撃ち出された。

 限界まで収束され、練り上げられた必殺の一撃。

 天上の星が落ちてきたかと錯覚するほどの、圧倒的な質量。

 コレを食らえば、どんな鬼でも一溜りもない。文字通りの必殺技である。

 

 

【月の呼吸 終ノ型 朔夜・蝕日】

 

 一閃。

 居合のように牙から尻尾振り抜いた。

 己の肉体を回転させ、全身で斬撃を繰り出す。

 その様は龍化した黒死牟の肉体そのものが一つの刀になったかのようであった。

 

 文字通り自身の身体全てを武器にした抜刀。

 文字通り自身の肉体全てを駆使した居合。

 文字通り自身の全身全霊を込めた一撃。

 

 

「ホ……お、おオ…………!!?」

 

 一刀両断。

 龍の刀は、全てを切り裂いた。

 

 水鬼の必殺技を、水鬼そのものを。

 射線上にあるもの全てを空間ごと切断。

 間合いも距離も無視して、物理法則を捻じ曲げて。

 人の剣技を超えた龍の剣は、文字通り全てを切り裂いてみせたのだ。

 

 しかし残念なことに、日輪刀ではないこの刃に鬼を殺す力はない。

 強力すぎて鬼殺しの力も併用出来ず、空間ごと切断する以外はただの斬撃でしかないのだ。

 よって、次の手を打つ必要がある。

 

 

【血鬼術 奥義 冥道送り】

 

 

 龍化した黒死牟の大顎から黒い玉のようなものが吐き出される。

 ソレは空間の刃の軌道上に命中し、空間の切り口を黒く染め上げ……。

 

 

 

 その範囲にあるものを吸い込んだ。

 

 

 

 回転しながら、空間の切れ目の上にあるものを全て呑み込む。

 戻りかけた水も、再生しかけた水鬼の肉体も。

 黒い球体は全てを吸収していった。

 

 ブラックホール。

 空間の歪みを利用して周囲の物体を吸収する血鬼術。

 朔夜・蝕日とセットすることで発動される最強の技である。

 

「ぱくり」

 

 その巨大な大顎で黒死牟は鬼を飲み込んだ黒い球体を食べた。

 

 

「なとか…勝てた…な」

 

 水鬼との戦闘後、黒死牟は龍化を解いてその場に寝ころんだ。

 

 疲れた。

 本来疲労を感じない筈の鬼の肉体が休息を求めている。

 数百年近く無縁だった筈の感覚に戸惑いながらも、何処かなつかしさを覚えた。

 

「この私が…鬼狩り…か。何時ぶり…だろうか」

 

 鬼である自分が悪鬼を倒した。

 人を守りながら剣を振るった。

 もっとも、その姿は夢見た剣士としての姿ではないが。

 だが、それでいい。

 己は黒死牟。継国縁壱ではないのだから。

 

 

 自分のやり方で、自分が望む最強の剣士になってみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、鬼圧が一つ消えた」

 

 無惨を探して屋敷を歩いていると、鬼の大きな気配の一つが消えた。

 その近くに黒死牟の気配があったので、おそらく彼とその鬼が戦い、黒死牟が勝利したのだろう。

 

「(どうやら、ちゃんと無惨の呪いから解放されたようだね)」

 

 私の目論見通り、彼は自由になった。

 呪いから解放され、序でに用意したもう一つのおまじないも効いている筈だ。

 しかし、解放して早々に元主の手駒の一つを潰しにかかるとは、どれだけ部下からの忠心がないんだ。

 

 私が黒死牟にかけたおまじない。

 ソレは呪いの解除と記憶の活性化だ。

 呪いは鬼の脳内に寄生虫のようにへばり付いており、これを切除するために私は彼らの脳ごと血針弾でぶち抜いた。

 そして頭が再生する際に、ちょっと手を加えたのだ。脳の一部を活性化させるおまじないをかけたのである。

 

 黒死牟には昔の記憶が甦るようにしておいた。

 昔の自分や周囲の人間関係を思い出してもらうために。

 

 

 黒死牟はカイン・コンプレックスに陥っている。

 自身より強い弟に対する嫉妬。

 弟を神々の寵愛を一身に受けた太陽のような子と持ち上げ、自分はその陰に隠れる月だと自虐している。

 しかし、本当にそうなのか。

 

 人間の目は感情に左右されやすい。

 冷静になれば見える筈のものが見えなくなり、本当はさして大したことないものでも大きく見えてしまうことがある。

 コンプレックスに陥っている彼は自分の弟を過大評価しすぎているのではないか?

 過去を顧みれば何かしらコンプレックスから解放される手がかりがあるかもしれない。

 そして、彼自身の光にも気づくかもしれない。

 

 

 黒死牟は天才だ。

 彼は縁壱に嫉妬しているようだが、他の人間から見たら彼もまた恵まれた部類。

 おそらく、彼の才能や剣技を羨み、妬んだ者も一人や二人ではない。そのことで何かしらの話題なりイベントが過去に起きた筈だ。

 私はそういった過去を思い出し、振り返ってほしかった。

 

 人は自分よりも恵まれた者や、自分の持ってない者を持つ者に憧れる。

 平穏で何の苦労もない世界で生きていた『俺』はスリルやロマンに満ち溢れた異世界モノに憧れ、私は日々戦いに身を置く戦士のような生活に憧れを抱いていた。

 では、このことをこの時代の庶民や鬼殺隊に話したらどうなるか。十中八九彼は『ふざけるな!』と私を罵倒するだろう。

 

 治安が良くて社会保障も福利厚生もしっかりとして、日銭以上の金と安全を保証されている平成の人間が『俺、この時代に不満があるんだ』なんて明治の人間が聞いたらブチ切れる筈だ。 

 家族がいて、家があって、稼ぎも未来も安定して、華族という地位がある私が『私はこんな退屈な生活より、鬼狩りの方が楽しい』なんて言ったら鬼殺隊達がブチ切れる筈だ。

 

 そういう事である。

 人間は自分にないものを、今より上の物を求める。

 既に持っているものはどんなに恵まれた状態であろうとも幸福とは思えない。

 周囲を見渡し、違いを知ることで『ああ、自分はこういった点に関しては恵まれているんだな』と気づく。

 私の場合は知るかと言って無視するが、黒死牟の場合は……どうだろうか。

 おそらく、彼の場合は何かしら考えるだろう。

 私と違って彼には協調性があり、他人への関心も鬼にしては十分ある。

 昔の関係を顧みて、何か思う事があるかもしれない。

 

 別に人間関係だけとは限らない。

 過去の自分では気づかなかった事でも、振り返ってみれば何でもなかったり、逆に大事な何かに気づくかもしれない。

 まあ、あくまでかもしれないだけなのだが。

 

 もし解放されなくても私の責任はない。

 失敗したらその時はその時。私が楽にしてやろう。




葉蔵に続いて黒死牟も巨大化。
戦場が無限城でマジでよかった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神吹雪

童磨が救済に拘っていたのは、彼にはそれしかなかったからではないでしょうか。
喜怒哀楽のない空っぽな彼にとって残された唯一の動力源であり、両親が残してくれたもの。まあ、彼の生涯をみるに、遺された想いという名の呪いに見えますが。


「ねえ針鬼、君は俺の考えに賛同してくれたよね?じゃあ何で俺の邪魔をするのかな?」

 

 とある月夜、葉蔵は女性を背後にして童磨と戦闘を繰り広げていた。

 もう何度目も経験した血鬼術合戦。

 こちらも向こうも手札は知り尽くしており、ソレを前提として戦略をくみ上げて披露。

 それだけ見知った仲であるせいか、戦闘中におしゃべりする余裕もある。

 鬼殺隊がいたら『もっと真面目にやれ』と激怒するような光景である。

 

「死は救いという考えか。確かに少しばかり理解出来るが、ソレは一部の人だけだ。死を求めている人にのみ限定しろ」

「だからこうして俺が生きる事の無意味さを説いた後に食べようとしてるんじゃないか」

「ふざけるな」

 

 葉蔵は弾を、童磨は氷をぶつけながら話を続ける。

 

「貴様の救いの押し売りだ。頼んでもないのに思考を押し付けるな。頼んでもないものを押し売りして金を取るような強盗や詐欺師と同じだ」

 

 

 

 

「心の底から救いを求めている者にだけお前の言う救いを与えてやれ。教祖をやっているなら、弱者の心の叫びが聞こえるだろ?」

 

 

 

「心……ねぇ」

 

 ハァと、ため息を付く童磨。

 怠そうな動作だが、彼の血鬼術の猛攻は健在である。

 

「やっぱり俺には理解出来ないや……」

 

 童磨は能面のような顔で更に血鬼術の勢いを強めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あまり抵抗しない方がいいよ」

 

 能面のような表情で童磨は炎鬼を見下ろす。

 

 既に決着は付いた。

 炎鬼の鬼因子は氷によって封じられ、力を制限されている。

 周囲の炎は童磨の冷気によって消されたせいで操作出来ない。

 先程のような威力の血鬼術も、先程のようなパワーも出ない。

 童磨の勝利は決まったも同然。このまま戦況を維持すれば……。

 

「(……けっこう、キツイな)」

 

 …と、いうわけではなかった。

 

 粉凍り・極寒は通常の粉凍りと比べて倍以上に鬼因子を消費する。

 威力も性能も高く、遠隔操作という破格の能力のせいで、相応のエネルギーを消耗するのだ。

 操作もかなり神経を使う上に、炎鬼との戦闘も並行しなくてはいけない。

 

 かなりキツイ。

 どこぞの誰かさんは戦闘中に三つの行動を並行してやっていたが、そんなものを一つの脳で出来る鬼はソイツぐらいである。

 

「(やっぱり、アレを使うしかないのか?……いや、未完成の技を下手に使えば負けるのは俺の方になる)」

 

 

 パチンッ。

 

 童磨が攻めあぐねていると、突如指が鳴らされた。

 

 人質が投入された。

 女子供といった世間的に弱者とされる者たち。

 ソレに気づいた童磨はすぐさま血鬼術を発動させた。

 

 

【血鬼術 積雪の蓑】

 

 

 人質に向かって扇子を扇ぐ。

 途端、人質を雪のような物が覆った。

 童磨の血鬼術である。

 中にあるものを防御するための血鬼術。

 これで人質を気にすることなく戦闘を続行出来る……とはいえない。

 

 本来、この血鬼術は童磨が自身の身を守ることを想定して開発した血鬼術である。

 人間にそのまま使用すれば、低温によって凍えてしまう為、人間用の温度に調整しなくてはいけない。

 強度は大分下がり、そう長くも持たない。よって決着を急ぐ必要がある。

 

「(俺は優しいからね。皆を救ってやるのさ。頭の悪い人間たちも平等にね)」

 

 かつて葉蔵に言われた言葉。

 救いを求めてない者に救いの手を差し伸べても、決して救われない。

 嗚呼確かにその通りだ。頭の悪いまま、道理を理解出来ないまま死んでも、不幸なままだ。

 ちゃんと命の無意味さを理解してから、死んで幸せだと思ってからではないと救いにはならない。

 そうなるまで俺が守ってやる……。

 

「ん?」

 

 ふと、炎鬼の額部分に目が行った。

 炎の鎧に包まれていた際は気付かなかったが、その部分だけ人間の顔のようになっている。

 おそらく、人間の頃の名残だろう。

 分身達は有用な血鬼術を持つ鬼をベースにして作られたもの。

 少しぐらい元の人間のパーツがあってもおかしくはない。

 まあ、そこはいいのだ。問題は……。

 

 

 

「………こ…とは……?」

 

 その顔が琴葉に似ていることである。

 

 無論、顔の主は琴葉ではない。

 彼女は童磨がの骨も残さず喰らった。

 十数年は昔の話。よって他人の空似である。

 

「あ、あれ……?なんか…おかしいな……なんで、なんで俺、こんなに…頭が……」

 

 そのはずだが、童磨はひどく動揺していた。

 頭では分かっている、彼女の筈ではない、他人の空似だと。

 十分理解している。今は戦闘中であり、呆けている場合ではないと。

 しかし何故だ。頭が上手く回らない。不調とは無縁の筈である鬼の肉体が上手く機能してくれない。

 鬼に成るどころか、生まれて今まで感じた事のないような何か。一体コレは何だというのか……。

 

「ッグハ!?」

 

 呆けている隙に、炎鬼が童磨に爪を振り下ろした。

 気づいて咄嗟に防御しようとするも、既に遅し。

 炎を纏い、爪自体も高温を発する斬撃によって、童磨の半身は文字通り破壊された。

 極楽転生によって第二形態へと進化した童磨の頑強な肉体を、いとも簡単に砕いてみせたのだ。

 

「ック!」

 

 

【血鬼術 結晶ノ御子】

 

【血鬼術 寒烈の白姫】

 

 

 慌てて血鬼術を発動させて牽制。

 その間に急いで回復しながら距離を取る。

 徐々に修復される童磨の肉体。しかしダメージが大きいせいか、顔の部分は再生しきれず、半分だけ素顔を晒している。

 その表情には焦りが見えた。

 普段なら絶対にしない顔。

 流石の童磨もこの状況では仕方ない……。

 

「(……アレ、何で俺……慌てているんだ?)」

 

 やっと童磨は自分が慌てているという事に気づいた。

 人間の頃から感情の機微が一切ない自分が動揺している。

 無惨によって鬼にされた時も一切感情を動かさなかった自分が、初めて狼狽えている。

 一体コレはどういう事だ……?

 

「うわッ!?」

 

 咄嗟に回避行動へ出る。

 今度は相手に注意を向けていたおかげで回避に成功した。

 そして、そのせいで彼の目に入ってしまった……。

 

 

「たす……けて……。ころ、して……」

 

 助けを求める弱者の姿が。

 

 

「……そうか。じゃあ、俺が君を救ってやろう」

 

 童磨は満面の笑みでソレに応えた。

 

 極楽転生の鉄仮面が未だに再生しない右半分。

 弱点であるその部位を隠さず、彼は安心させるような優しい笑みを炎鬼に、正確に言えばその額にある女性に向ける。

 

 彼は教祖。

 救いを求める者を救う事こそ使命。

 なら、彼女を見捨てる道理などない。

 

「グオオオオオ!!」

 

 炎鬼が吠える。

 瞬間、その体内にあった粉凍り・極寒とのリンクが消えた。

 体内の温度を無理やり上げることで内部の異物を焼いたのだ。

 童磨が動揺して操作の手が止まった隙に、力を貯めて一気に放つことで、童磨の呪縛から解放されたのだ。

 

「グルウオオおおおおおおおおおおおおオオオ!!」

 

 これで炎鬼を縛る鎖はなくなった。

 炎鬼は再び思う存分に力を使える。

 それを証明するかのように、炎鬼は部屋を炎の海で包み込んだ。

 

 爆発するかのように拡がる炎。

 燃やすものはないというに、一気に周囲を燃え盛る火炎によって埋め尽くす。

 

「ぐ、うぅ……!!?」

 

 炎鬼の額にある女の顔が苦痛に歪む。

 高温が彼女の体内を焼いているのだ。

 

 炎鬼を含む無惨の分身体は素質のある鬼の肉体と血鬼術をベースにしておる。

 無惨の分身体が埋め込まれることでその肉体を乗っ取り、強力な鬼が生み出される。

 しかし、分身たちは力を完全にはコントロール出来てない。

 その膨大な力を持て余しており、時には自身にダメージを与える事があるのだ。

 術を使う度に内外共に体を焼かれ、地獄の責め苦のような苦痛を味合わされる。

 自身の身体だと言うのに、好き勝手に弄られ、他人に奪われ、そして自身の意志に関係なく戦わされれるのだ。

 彼女にとっては文字通り地獄の苦痛であろう。

 他の分身体達は元の意識なんてとっくに無くなったというのに何故彼女だけ……。

 

「……惨いな、無惨様は」

 

 心苦しそうに、童磨は泣きそうな顔をした。

 辛いだろう、苦しいだろう、早く楽になりたいだろう。

 いいよ、その望みは俺が叶えてあげる。救ってやるよ。

 

「(けど、あの凄まじい炎をどう対処するべきか……)」 

 

 童磨は苦笑いを浮かべる。

 

 彼にはもう時間も手段も残されていない。

 極楽転生と粉凍り・極寒によって大分力を消耗してしまった。

 再び粉凍り・極寒を炎鬼に盛る余力も、極楽転生を維持する体力も残されてはいない。

 詰み。このままではそう長くしないうちに童磨は倒れる……。

 

「……是非もなし、か」 

 

 フッと笑い、扇子を持つ両手を前に交差させ、四股を踏むように構える。

 莫大に膨れ上がる鬼の力。

 青みを帯びた銀色の光となり、童磨を中心にして円柱状に溢れ出る。

 

「ハァ~………」

 

 呼吸を整え、氷点下まで落ち着かせた思考によって膨大な力を支配下に置く。

 増幅、圧縮、調整。繰り返し、繰り返し…。

 

「グルウオオおおおおおおおおおおおおオオオ!!」

 

 童磨の異変を本能で察知したのか、炎鬼もまた力を

 四肢を踏みしめ、顎を限界まで広げて童磨に向ける。

 途端、炎鬼の牙に炎が集約されだした。

 力を溜めているのだ。

 

 これから放たれるのは今までの比にならない程の大技。

 この一撃を以てして、眼前の敵を焼き払う。

 

「まだ完成には程遠いけど……仕方ない」

 

 今から使う技は文字通りの必死技。

 針鬼という宿敵を倒すために、彼を真似て開発した奥義。

 本人は何のリスクもなく使っていた技だが、自分はそのレベルには到達できなかった。

 だが、やるしかない。なんとしてでも成功させるしかないのだ。

 

 相手は強い。

 数度しか経験がない格上との戦闘。

 だが敗北は出来ない。許されない。

 もう自分だけの戦いではないのだ。

 守るべきものが、救うべきものがいる。

 己の使命を全うするためにも、なとしてでも勝利しなくてはならない。

 たとえ、この身を犠牲にすることになっても。

 

「グオオオオオおオオオオオ!!」

 

 炎鬼の口から、灼光が溢れた。

 

 無理やり圧縮されてプラズマ化した炎。

 ビリビリと雷光を纏い、熱光線となって童磨に迫り来る。

 最早、ソレは自然現象の炎ではない。

 地獄の業火である。

 

 

「……いくよ」

 

 自身の死が迫っても無表情……いや、目に冷徹な闘気を秘めて眼前の敵を睨みつける。

 

 ビュオオと、童磨の周囲を冷気が渦巻く。

 ピキピキと、童磨の足元が冷気で凍て付く。

 ホワホワと、童磨の背後に冷気の後光が差す。

 より冷たく、より眩く、より大きく、より強く…。

 

 

 これから放つのは自然現象の冷気ではない。

 弱者を救う御仏の奇跡。

 正真正銘、必死の一撃である。

 

 

 

 

 

【血鬼術 冬尽きの抱擁】

 

 

 発動した瞬間、部屋の温度が消えた。

 

 

 

 吹き荒れる極寒の吹雪。

 炎鬼の熱線を一切の拮抗なく吹き飛ばし、一切の抵抗を許さず熱気を冷気へと変えた。

 

 圧倒的。

 比べる事すら馬鹿らしい程の火力差。

 あちらが灼熱地獄の業火だとするのなら、こちらは大紅蓮地獄。

 地獄としての格がまるで違う。

 もっとも、童磨のソレはあくまでも救うための技なのだが。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 

「ぐ…あぁ……」

 

 熱した鉄のような毛皮と爪牙が。

 溶岩のように滾る筋肉と鼓動が。

 燃え盛る烈火のような鬼の力が。

 吹雪によって一瞬で凍り付いた。

 

 

 

 

 

「あ、りがと……」

 

「どういたしまして」

 

 

 吹雪の中、童磨は微笑みながら砕けた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冬終わる氷の味は恋の味

「やっぱり、ダメだったか……」

 

 完全に凍りついた炎鬼の背の上。

 童磨はそこで横になり、ゆっくりと朽ちかけていた。

 

 首から下は氷と化し、指先から徐々に崩れ落ちる。

 落下した氷は地面に到達する前に溶け、黒い塵となって消えていく。

 春の雪解けのように、少しずつゆっくりと。

 

 

 冬尽きの抱擁。

 葉蔵のクリムゾンスマッシュを参考に開発した対葉蔵用の血鬼術であり、己の肉体を構成する鬼因子までも使って発動するという、文字通り全身全霊の血鬼術である。

 自身の命をも賭けたその一撃は他の血鬼術を遥かに越える。

 

 また、この技は命を賭けた技だが、決して自爆技ではない。

 発動の際は肉体までも血鬼術に分解するが、何も全てを消費するわけではないのだ。

 現に、葉蔵はクリムゾンスマッシュの発動後は残った鬼因子で肉体を何事もなかったかのように再構成している。

 大変リスクの高い血鬼術でも使いこなせるなら何の問題もない……筈だった。

 

「(俺は……針鬼のよう……に、いかなかった、か…)」

 

 童磨は未だこの技を使いこなしておらず、技自体も未完成のまま。故に、童磨はこの技の使用を今まで封印していた。

 葉蔵は難なく使いこなしていたが、彼はそのレベルに到達出来ていなかったのだ。

 いや、到達する力はあったが、大事なピースが欠けている。

 そのことは本人が一番理解していた。

 

「(ああ、やっぱり俺は……彼らとは違うんだな……)」

 

 最初からこうなるとは薄々気づいていた。

 彼には勝利に対する執念も、戦闘に対する熱意もない。

 何処までも空虚な童磨では、その先のには辿り着けない。

 

 

 上弦の弐は……氷鬼こと童磨はここで死ぬ。

 

 知っていた。知って尚、自分の意志で使うと決めた。だから後悔などない。

 

 

 死への恐怖はない。こうなると覚悟していたから。

 敗北の悔恨もない。勝てないと分かっていたから。

 

 自分は死ぬ。

 恐怖も無念もなく。

 最期まで人間の感情は自分にとって夢幻に過ぎなかったと皮肉気に微笑みながら。

 

「(ずっと、こうだったな……)」

 

 ゆっくりと目を閉じる。

 途端に浮かぶ走馬灯。

 信者の女性に見境なく手を出す色狂いの父親と、嫉妬で父を殺して半狂乱になりながら服毒自殺した母親。

 しかし、童磨は何も感じなかった。

 血で汚れたことに対する不快感のみ。

 あの時から彼は感情のない人間なんだと思い知った。

 

 二十歳で鬼になり、百年近く生きた。

 沢山の信者が救いを求め、不幸話を聞いて、喰らう事で救ってきた。

 けど、その中で何かを感じたことは一度もない。

 あるのは頭の弱い信者たちを救わねばという使命感のみ。

 その使命感すら感情によるものではなく、親に言われて(インプットされて)きたもの。

 結局、彼は最後まで空っぽのままだった……。

 

 そんな中、一人の女性に会った。

 

 嘴平琴葉。

 夫と姑からの虐待に苦しみ、赤ん坊を守るため救いを求めた女性。

 雪降る夜に、裸足のまま息子を抱えて家を飛び出して来た。

 当時の彼女の顔は原形も留めぬほど腫れ、片目は失明していた。

 一目見てかわいそうな弱者だと童磨は“分類”して、保護することにした。

 

 頭は残念だけど心は綺麗な子だった。

 心が綺麗な人がそばにいると心地が良い。

 童磨は彼女の寿命までそばに置いて人食いは先送りするつもりだった。

 

 よく子守唄を歌っていた。

 今でも歌詞も歌の抑揚を覚えている。

 

 よく笑っていた。

 あんなに辛い事があったというのに、とても幸せそうな笑顔だった。

 いまでの彼女の微笑みを思い出せる……。

 

「(……あれ、なんで俺は……)」

 

 

 

 なんで彼女に分かってもらおうと考えた?

 頭の悪い琴葉が自身の考えを理解出来る筈がないと分かり切っているのに。だというのに何でこんな無駄なことをしたのだろうか。

 

 なんで彼女を手元に置こうと考えた?

 女の肉は一定の年齢を過ぎれば栄養も味も格段に落ちる。だというのに心地がいいという理由だけで寿命が尽きるまで生かそうと考えたのか。

 

 なんでここまで彼女に拘る?

 代わりの女なんていくらでもいる。その気になれば同じ条件の女を探し出せたはずだ。だというのに何故彼女だけに拘り、それ以外には執着しなかった。

 

 

 分からない。

 いつもならすぐに結論を出せる頭脳が上手く機能しない。

 一体、自分は彼女に何を求めていたんだ……?

 

 

 ドクンッ。

 

 

「………あ」

 

 突如、何かが鼓動した。

 

 心臓ではない。

 既に体は崩れ、内臓は脳を除けば全て消えた。

 ならば、一体何が脈打っているというのか。

 

 暖かい。

 温度を感じるための身体なんて無い筈なのに、なぜかとても暖かい。

 もうすぐ死ぬというのに、恐怖どころか心地よさを童磨は覚えた。

 

 

“ああ、俺は本当は……”

 

 

 その先を呟く前に、童磨は崩れて逝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……また一つ、いや二つ消えたか」

 

 巨大な鬼の気配が消えた。

 童磨とその対戦相手だろう。

 二つの気配が消えたタイミングから考えて相打ち。

 大方、童磨が大技を使って勝つも、事切れて倒れたといったところか。

 あの効率と理しか見てないようなサイボーグ教祖サマがそんな危ない手段を使うとは到底思えないが……。

 

「どうやら私のおまじないはちゃんと効いたらしいな」

 

 私が童磨にかけたおまじないは二つ。

 呪いの解除と感情を司る部位の活性化である。

 

 私は童磨をサイコパスだと考えていた。

 他人への共感性が低く、感情的になることもない。経験によるものではなく先天的なものだと。

 しかし、話を聞く限りではそうとは限らないのではないかと最近思うようになった。

 

 童磨の家庭環境は私以上に歪だ。

 新興宗教を華族で運営するというだけでも特殊だというのに、生まれつきの特殊な容姿で神の子として祀り上げられ、両親も片や色狂いと片や情緒不安定といった欠陥人間。

 スリーアウトもいいところだ。どれか一つだけでも人格形成においてデリケートだというのに、三つも揃って全部が最悪な方面に進んでいる。これでマトモな人間に育つ筈がない。

 よって私はこう思った。童磨は先天的な素質もあったが、やはり一番は環境によるものではないかと。

 

 極度のストレスに適応するために脳の機能を一部制限するなんて話はよくある。

 まだ幼く分別もつかななかった童磨は、ソレがストレスだと認識出来ないまま、その機能を捨てたのではないかと。

 なら、その機能を無理やり起こせば感情を取り戻せるのではないか。そう私は考え、実践してみた。

 

「(まあ、感情を取り戻せないならソレで問題はないけどね)」

 

 私は別に童磨を救いたいわけではないし、彼が感情を取り戻したところでそんなに興味もない。

 ただ出来るからやった。ココをこうたらどうなるかなと、思いつきで試した程度。特に深い意味はない。

 

 そもそも、感情なんてそんないいものでもない。大半は負の感情だろうし、なによりも生物最初の感情は恐怖といわれている。

 感情なんて進んで手に入れようとするものではない。皆、切り離せないからせめて楽しめるように工夫しているだけ。仕方なく向き合ってる厄介モノだと私は考えている。

 

 けどまあ、やっちゃったものはやっちゃったんだし、せめて初めて感じる感情はイイものを感じてほしいものだ。

 

「……ここか」

 

 そんなことを考えているウチに、私はその会場らしき場に着いた。

 少し広めの部屋といった感じだが、鬼の残り香と戦闘の跡が刻まれている。

 おそらく、この場の主が消えたせいで本来の部屋に戻ったのだろう。

 

「で、君たちが被害者かい?」

「「「………」」」

 

 私は部屋の隅に縮こまっている男女に目を向けた。

 

「何があった?」

「……神様が…私達をま、守ってくれたのです」

「神様?」

「はい…と、とっても…奇麗な男の人でした……」

 

 震えながら若い女性が答える。

 おそらく、その神様とやらは童磨だろう。

 どういうつもりかは知らないが、私の時と同じように転移された人質を守ったのだろう。

 死を救済とみなしているあの男が人質を守るなんて意外だが、もしかして私のかけたおまじないの成果だろうか。

 

「それで、その神様はどうなったんだい?」

「……知らない。わたしたち……私達を…守ってた氷の結界が壊れたら……何もなくなったの」

 

 氷の結界。

 おそらく私の針塊障壁(シェルターニードル)と同じような血鬼術で彼女たちを守ったのだろう。

 血鬼術の大半は術者が死ぬ等の術を維持出来なくなる状況になることで強制的に解除される。

 たぶん、そういうことなだろうね。

 しかしそれにしても……。

 

「(神様…か。宗教家にとったら誉れじゃない?)」

 

 鬼であり、神も仏も信じない筈の童磨が神様だと思われながら死ぬなんて、教祖としてはかなり名誉な死に方だね。

 どれ、私からも何かお祝いをしてやろうか。

 

「……君たち、ここは危険だ。この中に入ってなさい」

「え、何を……え!?」

 

 

針塊障壁(シェルターニードル)

 

 

「こ、これってあの氷の仏様と同じやつじゃ……!?」

「も、もしかしてあなたも神様なのですか!?」

「な、ならば私達を助けてください!」

 

 私の血鬼術を見て童磨と“同類”だと気づいた人たちが縋り付く。

 鬱陶しいそれらを払いのけ、私は彼女たちを無理やりシェルターの中に問答無用で彼女たちを放り投げた。

 

「悪いね。私はまだ鬼退治が残っているんだ。だからこの中にいなさい」

「は…はい!ありがとうございます!」

 

 適当なことを言ってその場を切り抜け、先を急ぐ。……いや、鬼退治というのは合っているか。じゃあ悪い鬼を討伐しに行きますか。別に人々の期待に応えるわけじゃないけど。

 

「(しかしそれにしても……神様、ねぇ)」

 

 まさか、鬼である私が神様だと思われるとは。

 けどまあ、考えたらそうか。鬼も神も人間から見たら同じものだろうね。

 どちらも超常的な力を持ち、ある程度のコミュニケーションも取れる。接し方次第では神にも鬼にも成れるだろう。

 まして、この時代は天災が起これば神に生贄を捧げる文化が残っているのだ。人肉を代価に何かしらの恵みをくれてやれば神になれるじゃないのか?

 

「(……そういうのも面白そうだね)」

 

 もし無惨を倒してゲームをクリア出来たら、神様ごっこでもしようかな?

 そんなことを考えながら、私は巨大な氷像に近づく。

 おそらく、これが童磨の対戦相手だったんだろう。

 凍てついたソレは完全に活動を停止してる。

 私の針で完全に侵食されたのと似た状態だ。

 

 

【針の流法 突き穿つ血鬼の爪(デッドリィ・スティング)

 

 

 氷像を貫き、内部の鬼因子を吸収する。

 通常の血針では取り込み切れないので、腕を獣鬼化させて食らった。

 

 美味い。初めて食べた味だ。

 ほろ苦くて、少し甘ったるい味。

 しつこい程に濃厚で、凍っているというに温かい。

 けど、何だろう…。美味しいのは美味しいのだけど、私に合うような味じゃないんだよな……。

 まあ、かなり貴重で高密度のエネルギーだし、こんな味もいい経験になるので残すつもりはないが。

 

「ごちそうさま」

 

 喰いきったと同時に、氷は役目を終えたかのように砕け散った。

 

 




童磨の最期は葉蔵に討ち取られる予定でしたが急遽変更して誰かを『救済』するために散ってもらいました。
せめて最期くらい彼なりの救済で誰かを救ってやって欲しい。そして笑って逝って欲しい。
最期まで無意味に散るなんてあんまりじゃないですか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

壊すだけだった拳

「ッグ! うう……!」

 

 岩の砲弾が降り注ぐ中、狛治は巨躯を小さく丸めて耐えていた。

 蹲るように何かを抱え、大きな背中を盾にして体の下にある何かを守る。

 

「うわ~ん! 何、何が起こってるの!?」

「大丈夫、大丈夫よ!この神様が助けてくれるわ!」

 

 狛治の下には、女子供がいた。

 おそらく母とその子供なのだろう。

 恐怖で震える体を互いに抱きしめ合っている。

 

「(何か……何かないのか!? この状況をなんとかするような策は!?)」

 

 必死に人質たちを抱きしめて守る狛治。

 肉弾戦にステータスを全振りしている彼には、こうする以外に防衛の手段がない。

 黒死牟のように様々な戦い方の経験があるのなら話は別だろうが、生憎彼の生前は道場の門下生。道場で戦う以外のやり方を知らない。

 完全に詰み。

 彼に出来るのは、こうして亀のように丸まって猛攻が止むのを祈るのみである。

 

『随分無様な戦い方をするな』

「!? 針鬼!?」

 

 突如、狛治の背後から声が聞こえた。

 目だけ動かして声の主を視界に入れる。

 そこには、赤い硬質的な犬がいた。

 葉蔵の分身、血針猟犬である。

 他の鬼やこの城の地形を捜索する為に葉蔵が派遣した内の一匹がこの部屋に辿り着いたのだ。

 

 

 この男なら、この状況を打破できるのではないか。ふと、狛治はそう考えた。

 葉蔵の血鬼術は強力かつ豊富。威力は上弦の壱と同格であり、種類は上弦の弐を超え、上弦の参であった己を完膚無きまでに圧倒した。この鬼なら何とか出来るのでは……。

 

「針鬼!お前ならこの状況を何とか出来るのか!?」

『無理だ。本体である私がいないのだからな』

「……そうか」

 

 帰って来たのは冷淡な事実。

 さして期待はしてなかったがここまではっきり断言されると少しは落ち込みたくもなる。

 しかし次の瞬間、その落胆は払拭されることとなった。

 

『まあ、手がないわけではないが……』

「!? 本当か!?なら頼む!やってくれ!!」

『……お勧めは出来ないぞ』

 

 

 

 

『まず一つ目は、お前が人質を見捨て、この血針猟犬と共闘する事だ』

 

「……………は?」

 

 

 しかしその提案は先程の返答よりも冷酷なものであった。

 

 

 

『貴様と私で電撃戦を行う。私が牽制を行い、貴様が奴を速攻で倒せ』

 

『人質は諦めろ。この状況で任務と並行しての防衛は至極困難だ』

 

『この場において優先すべきは眼前の鬼の討伐だ。そのためには仕方がない』

 

 

 葉蔵は、決して人間の味方ではない。

 彼が今まで鬼から人々を守り、鬼殺隊たちを救ったのは、自分が助けられる力があるから。目の前でソレが起こっているから。ただソレだけである。

 率先して人助けをするような真似はしないし、死体になった後は鬼に喰われようとも阻止する事はない。そこまでする理由もやる気も、葉蔵にはない。

 なら、その人助けが彼にとって大きな損害を被るようなものなら、自身の掲げる美学に反するような内容ならどうなるか。その答えが先程の返答である。

 

 共闘する者を見捨てる行為は、例え敵であろうとも葉蔵の美学に反する。

 故に、狛治の命を人質よりも優先するのは当然といえよう……。

 

 

「なら、二つ目は何だ?」

『……』

 

 答えない様子の分身に、狛治は眼を飛ばす。

 

「お前のことだ。おそらく俺の命よりも」

『……勝算はより低くなるぞ』

「構わん。元より無いも同然の命だ」

『………ハァ~』

 

 観念した様子で、葉蔵は分身越しにその方法を教えた。

 狛治にしか聞こえない程の小声で……。

 

「いいだろう」

『そんなに簡単に了承していいのかい?』

「それしか方法がないのなら何を迷う必要がある? やるぞ針鬼、もう時間がない!」

『……そうか。なら仕方ない。もう話す余裕もなさそうだ』

 

 血針猟犬が顎で岩鬼を指す。

 目線をそこに向けると、狛治の視界に巨大な岩が映った。

 話している間に、特大の岩を用意して投げ放ったのだ。

 

 ガアァンと、派手な音が響き渡る。

 巨大な岩の砲弾が砕け、砂粒や礫が飛び散る。

 視界が遮られる中、岩鬼が追撃を掛けようと腕を振り上げたその瞬間……。

 

 

【血鬼術合成 血喰鎧装】

 

 

 鋭利な赤い鎧を纏って飛び出した。

 

「なかなかいい鎧だな」

 

 カチャ。

 狛治が手首をバッと振ると、メタリックな音が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸が海のように波打ち、砂粒が霧のように周囲を覆う一室。

 狛治は岩鬼と睨み合っていた。

 

 チラリと、狛治は後ろを振り返る。

 人質は無事。

 血針猟犬が針塊障壁へと変化する事で守っている。

 これで思いっきり戦える。いや、ソレだけではない。

 

『いいか、猗窩座。この鎧は貴様の力を引き上げ、感覚も貴様と繋がっている。だが、使いこなすには慣れがいる。ソレをこの戦闘中で掴むんだ』

 

 鎧から葉蔵の声が響く。

 この鎧は血針猟犬から作られたもの。

 似たような機能を再現するなど造作もない。

 

「ああ、わかっている」

 

 カチャッと、硬い音が鳴る。

 血のように赤い鎧に、炎のように赤いオーラ。

 鋭角なフォルムの赤い鎧を甲殻の上に重ね着し、更に赤いオーラを身に纏っている。

 これが狛治と葉蔵の合わせ血鬼術、血喰鎧装である。

 狛治の鬼因子を燃料兼原料にすることで、狛治本来以上のスペックを発揮出来るようになった。

 

「行くぞ!」

「ッ!?」

 

 瞬間、狛治の姿が消えた。

 突然消えた敵に驚く岩鬼。

 行方を探す為にと辺りを見まわそうとした途端、背後から衝撃が走った。

 

「グゥオオ!!」

 

 振り返りながら血鬼術を使う。

 そこには、離れた場から拳のオーラを飛ばし、岩鬼の血鬼術を砕く狛治の姿があった。

 

 いつの間に。

 そんなありきたりな感想を抱く前に、岩鬼は更に血鬼術を行使する。

 狛治目掛けて、岩の刃が飛ばされた。大地が隆起し、幾つも先が鈍く尖った刃が向かい来る。

 しかし、ソレが当たることはなかった。

 

「グゥオオ!!」

 

 岩鬼の攻撃が当たる前に、岩鬼の方が吹っ飛ばされた。

 何の前ぶりもなく、突然走った強烈な衝撃。

 その正体は狛治であった。

 瞬間移動でもしたかのように、突如現れた狛治が岩鬼を殴り飛ばしたのだ。

 

 さて、ここまでくれば、狛治のパワーアップがなんなのか分かるであろう。

 

 

 狛治が血喰鎧装で得た能力は超スピードである。

 葉蔵の針によって鬼因子を急激にエネルギーに変換する事で、本来のスペック以上のパフォーマンスを発揮。テレポートでもしているかのようなスピードを出しているのだ。

 

「ブルルルル…」

 

 そのことに岩鬼も気づいた。

 この場一帯を覆う砂嵐は、岩鬼が血鬼術で起こしたもであり、彼の一部でもある。

 故に感覚がリンクしており、砂に触れているモノの動きや軌道を察知出来る。そこから狛治の力の正体を見破ったのだ。

 そして、狛治がその力を使いこなせてないことも。

 

 最初、背後に回った瞬間。

 あの時、上方と後方の砂が過剰に押し退けられていた。

 ただ背後を取るだけにしては、過剰に背後の距離を取っていた。

 そして開けた距離を詰めて殴りかかっている。

 

 次に、先ほどのパンチ。

 あの赤い鎧を使う前よりも弱くなっている。

 おそらく鎧のスピードに付いていけず、振り回されて上手く力が発揮出来てないのだろう。

 

 ならば、付け入る隙はある。

 

 

「グゥオオ!!」

 

 避けきれない程の大質量をぶつければいい。

 早速岩鬼は力を溜め、盛大に派手な血鬼術を行使しようと準備を行う。

 

 途端に赤黒く染まる岩軀。

 冷たい印象の岩肌が熱を帯び、蒸気を発し、光を発する。

 まるで溶岩のような変貌。

 今から放たれる一撃で沈めるつもりなのか……。

 

 

「グゥオオ!!?」

 

 血鬼術を発動させる前に、狛治の拳が岩鬼を捉えた!

 

 二十m程離れた間合いを一瞬、いやそれよりも速く詰める。

 今の狛治にとってこの程度の距離、離れたうちに入らない。

 なにせ、今の彼にはこの超スピードがあるのだから。

 葉蔵によって得たこの鎧が、文字通り命を削って発揮する力が。

 

「(よし、もう鎧の力の感覚は掴んだ!)」

 

 間髪入れずに、もう一度拳が突き出される。

 ソレは、脆いガラスでも割るかのように、岩鬼の腕を軽々と砕いてみせた。

 更に、砕けて石と砂になった岩鬼の破片を鎧が吸収した。

 葉蔵の針と同じ効力である。

 この鎧は葉蔵が作り出したもの。ならば、葉蔵の針と同じ効力があっても何ら不思議ではない。

 そして、吸収された鬼因子はこの鎧の使用者である狛治に分配される。ソレすなわち……。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 殴れば殴る程に力が上がる!

 

 繰り出される狛治の連撃。

 より強く、より速く、より多く!

 殴れば殴る程、砕けば砕く程、喰えば喰う程!

 狛治の拳はパワーもスピードも手数も上がっていく!!

 

「(クソ、硬いな!! さっきは簡単に砕けたのに……この熱のせいか!?)」

 

 だが、それでも岩鬼は砕けない。

 先程の変貌の影響か、変化前に殴った際よりも頑強且つ強靭な防御へと変化している。

 もし、この鎧なしで殴り合えば、どうなっていたか。いや、今は眼前の敵に集中しよう……。

 

「う!!?」

 

 突如、狛治が動きを止めた。

 

 反動。

 この力を使うためのツケを要求されているのだ。

 自身の力以上の力など、自分から出せるわけがない。

 あるとすれば何かしらのズルをするか、身を削って代償を払うしかない。

 狛治は後者を選んだ。

 命を賭けて戦うことを選んだのだ。

 

『おい何こんな場面で寝ている!?サッサと立て!』

「指揮…官が……慌てるな! ここは……黙って、見てろ!!」

『~~~~! やはり引け! 私が奴を倒すからお前はそこで見て居ろ!!』

 

 歯を食いしばり、痛みと疲弊に耐える。

 

「(ああそうだ、俺は…負けない!……負けて堪るか……!!)」

 

 狛治には、もう鬼として生き延びるつもりはない。

 彼にとってこの百年は、罪を上塗りする生き地獄であった。

 記憶を失くしていたとはいえ、何十何百もの人間を殺してきた。

 今更許されようとは思ってない。大人しく報いを受けるつもりだ。

 いや、むしろ早く潔く死を選んで、解放されたいとすら思っている。

 しかし、ソレだけではダメだ。楽に逃げるなんて、彼自身が許せない。

 

 もし、あの世に逝けば、恋雪は狛治を許すだろう。

 むしろ謝るはずである、自分のせいで人殺しにさせてすまないと。

 その後、地獄だろうが何処だろうが、狛治となら行く覚悟を決める筈である。

 だからこそ、成し遂げなければならない。

 

 

 ここまで罪を重ね、生き恥を晒してきたのだ。

 一つぐらい何かやり遂げなくては、狛治は恋雪に顔向けが出来ないではないか。

 

 だから、何が何でもこの鬼だけは倒して見せる。

 たとえ身を削り、全てを使い果たしてでも。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 鎧の光が強まる。

 狛治の鬼因子を食らい、更に力を発揮している証。

 力を振り絞り、肉体を削り、命を燃やして。

 彼は今世最大の技を繰り出す。

 

 

『!? よせ猗窩座! 本当に死ぬぞ』

 

 ……元よりそのつもりだ。

 

 この命、全てを賭けてみせる!!

 

 

 

 

心火燃やす・悪鬼喰らう赤き血杭(クリムゾンスマッシュ・アクセルブラスト)

 

 

 

 

 瞬間、幾多の赤い光が岩鬼を囲んだ。

 

 全ての光がドリル状に変形し、一気に岩鬼を貫く!

 

「ぐ、おおおぉ……あ、ぉぉお……!!」

 

 ボロボロと、岩鬼の肉体が崩れる。

 ゴロゴロと、岩石が転がり落ちる。

 岩膚が剝れ、黒い灰が崩れ落ちる。

 

 やがて全身が黒い灰となって、完全に風化した。

 

 

 

 

 

「この拳……壊すだけの、コレが……守るために、やっと使えた……」

 

 こうして、この場にいた悪鬼は全て喰われた。

 




狛治さんの最期は前から決めてました。
生まれてからなにも守れず、壊してばかりの拳を、最期誰でもいいから誰かを守りきるために使って欲しかった。
その結果がこれです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このままですむと思うなよ

「おのれぇ…おのれおのれおのれぇ!!

 

 重力を無視したような構造で、階段や家具が点在している奇妙な空間。

 無惨は狂ったように喚いていた。

 

 用意した分身が全てやられた。

 上弦の鬼よりも強い力と十全に力を発揮できる場も用意してやった。

 鬼の始祖である自分がこれだけ与えてやったというのに、何だこの体たらくは。

 せっかくここまでしてやったというのに……!

 

「この役立たず共……!!?」

 

 無惨は叫ぼうとしたが、突然背後を振り返りながら距離を取る。

 瞬間、無惨のいた場所に黒死牟がいきなり現れた。

 文字通りの瞬間移動。

 血鬼術を使ったのか、空間を跳躍してここまで接近したのだ。

 

「お命…頂戴!」

 

 不気味な黒い闇を放つ刀を掲げ、無惨の首めがけて振り下ろそうとする。

 

「!? おのれぇ!」

 

 無惨は咄嗟に剣を受け止めようとするが、直ぐに回避を選択。

 何やら嫌な気配がしたからである。

 赫刀を突き付けられたかのような感覚。

 無惨には、黒死牟の刀が纏う黒い闇が、赫刀の赤く燃える光と同じものに見えた。

 

 流石は鬼の頭領と言ったところか。その判断は正しい。

 

 黒死牟が編み出した鬼殺の血鬼術。

 赫刀とは原理が全く違い、こちらは純粋な血鬼術だが、効力は全く同じである。

 斬った対象の再生を阻害し、再生修復の疲労を蓄積させる。

 弟は全集中の呼吸によって、兄は血鬼術によって、無惨を殺し得る力を得たのだ。

 

「黒死牟……貴様ァ!!」

 

 無惨も負けじと触手で攻撃する。

 たとえ斬られても、自切して別の触手を生やせば効果は無いに等しい。

 手間は掛かるが、その手間すら通用しないあの化け物に比べたら万倍マシである。

 そうやって何度切り結んだところか、突然黒死牟の姿が消えた。

 単純な移動速度によるものではない。瞬間移動である。

 血鬼術によって無惨から距離を取り、尚且つ触手の隙間になる場へとテレポート。すぐさま斬撃を繰り出したのだ。

 

 

【月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月】

 

【血鬼術 黒縄・天上天下】

 

 

 黒死牟の黒い月の刃を打ち消すかのように繰り出された無惨の血鬼術。

 縦横無尽に、無秩序に黒い血の滴る縄が張り巡らされる。

 月刃はそれらによって絡め取られ、砕かれ……。

 

 

【針の流法 血針弾・散雨ニードルレイン】

 

 

 突如撃ち出された弾から、針が散布された。

 ばら撒かれた無数の針が、黒綱を食らう。

 無惨の血鬼術を食らい、突破口を開く。

 そこ目掛けて黒死牟が更に攻撃を……。

 

 

【月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾】

 

 

 攻撃すると見せかけて瞬間移動。

 技の予備動作を完了した状態で無惨の眼前にテレポート。すぐさま血鬼術を発動させた。

 

「ぐう…おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 咄嗟に大量の触手を編み出し、ソレを楯兼囮に利用してその場を切り抜ける。

 無惨にとって肉体の一部を捨てる等、大したダメージにもならない。むしろ切られて再生を無効化される方がよっぽど痛手である。

 黒死牟によって切り刻まれる肉塊を自切し、難を逃れて距離を取ろうとした瞬間、また別の災難が彼を襲った。

 

 

 Booooooooooooon!!!

 

 

 爆撃。

 逃げようとする無惨の背後が突然爆発したのだ。

 葉蔵の罠である。

 針をばら撒くのと同じタイミングで地雷を埋め込んだのだ。

 無論、罠はこれだけではない。黒死牟とじゃれ合っている間にそこら中に設置している。

 

「~~~~~! 鬱陶しい!!」

 

 遂に無惨が切れた。

 触手を、血鬼術を、空気砲を繰り出す。

 それらを避け、対処し、更に二人の鬼が攻撃を繰り出す。 

 

 前衛は黒死牟が担当。月の呼吸と鬼殺しの黒い刀によって致命傷を与え、瞬間移動を駆使して接近。全力で無惨に食らいつく。

 後衛は葉蔵が担当。狙撃、爆撃、トラップ、ガス兵器、自律兵器、なんでもござれ。しかも全てが鬼喰いの機能付き。それらを駆使して無惨に食らいつく。

 

 前門の黒死牟、後門の葉蔵。

 黒死牟は真正面から、葉蔵は影からサポート。

 無惨にとって最悪の組み合わせである。

 

 しかし、ソレも長くは続かなかった。

 

『……ッグ!?』

「!? どうした針鬼!?」

 

 突如、黒死牟の頭から葉蔵の悲鳴が響いた。

 今の二人は葉蔵の角による通信で繋がっている。

 これを駆使する事でこのような連携を取れているのだ。

 

『黒死牟さん、申し訳ないが私は戦線から離脱する。他の鬼が現れた』

「分かった…。この場は…私に任せろ…」

『頼む。念のため兵隊は幾つか置いて行く。終わったらすぐ戻る』

 

 通信を切って葉蔵は鬼の撃退へと向かった。

 

「ククク…。黒死牟、お前の相方は消えたぞ。これで勝敗は決まったな」

「フン…。それは…どうかな……?」

 

 

【針の流法 血喰砲・散弾】

 

【針の流法 血喰砲・爆散】

 

【針の流法 血喰砲・三連】

 

 

 突如、砲弾が飛んできた。

 考えるよりも先に、無惨は触手や血鬼術で防御。

 針の刺さった触手を自切するタイミングで、やっと違和感に気づいた。

 針鬼は用意した最後の分身体によって足止めされている。なら、この攻撃をしているのは誰だ?

 触手の先に目を複製して背後を振り返ることなく確認する。

 そこにいたのは、葉蔵の分身である血針猟犬が複数いた。

 

「こういうことだ」

「おのれぇ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雲が辺り一面に広がっている。

 霧や霞ではない。

 空にあるはずの雲がその場を満たしていた。

 

 黒い雨雲。

 ゴロゴロと雷が鳴り、ビリビリと電流が走る。

 それらが対象目掛け、電撃となって襲い掛かった。

 前後左右、縦横無尽に、あらゆる方向から電撃が牙を剥く。

 そんな中、葉蔵は獣鬼豹変・極に変身して戦闘を繰り広げていた。

 

 雲鬼。

 無惨が用意した最後の分身体である。

 物理攻撃を受け付けない雲状の肉体と、雷を操る血鬼術を持つ。

 鬼殺隊にとって天敵のような能力であり、同じ鬼同士でもかなり脅威だが……。

 

 

 

「さっさと消えろ。いちいち粘るな、鬱陶しい」

 

 葉蔵には大した脅威にならなかった。

 

 

 

 強さ自体は他の分身体と遜色ない。

 雲が覆い尽くすこの場には逃げ場など存在せず、放たれる電撃を対処できなければこの場に立つ資格すら与えられない。

 

 電撃を放つバリエーションも豊富。一点に集中させて貫通力を上げたり、分散させて攻撃範囲を上げたり、複数の方向から同時に放ったり等。

 自身の肉体を複数に分裂させて子機として利用し、上記と同じ血鬼術を行使してみせた。もちろん、分身も物理攻撃は通用しない。

 強力かつ豊富な技の電撃、劣化版とはいえ複数同時使用できる分身、そして物理攻撃無効。これだけの能力を雲鬼は揃えている。

 しかし、葉蔵には通用しない。

 

 

 電撃―――銃撃で無力化。

 角の超感覚によって電撃の来る方角を察知し、銃撃や砲撃で牽制或いは阻害する。

 もし電撃が飛んできたとしても、電流を纏った血針弾を盾にすることで回避してみせた。

 弱い電磁波ならそもそも効かない。獣鬼態の体毛は鎧としても機能し、高い絶縁体にもなっている。

 

 分身―――自律血針で対処。

 相手が分身するならこちらも分身を使い、分裂した雲鬼の子機に対応する。

 主に使うのはシンプルかつ燃費のいい自律血針。他にも様々な機能を搭載した血針猟犬、遠隔操作機能付き砲台のスコーピオン等々。

 様々な自律機能付き、遠隔機能付きの血鬼術を使って分身に対処した。

 

 物理攻撃無効―――血針の霧で無効化。

 いくら肉体を雲に変えても、葉蔵には意味がない。

 子機も親機も血針の霧によってダメージを与えてみせた。

 

 無論、血鬼術だけではない。

 

 

「グオオオオオ!!」

 

 雲鬼が電流を集中させ、大技を使う準備をする。

 しかしソレが整う前に銃弾が飛び、弾丸が血針の霧となって集中させた鬼因子を吸収。攻撃を無効化した。

 

 雲鬼が電流を全体に分散させ、全方向から攻撃の準備を行う。

 しかしソレが繰り出される前に爆撃を行って妨害。更に血針をばら撒いて無防備になった鬼因子を食らった。

 

 雲鬼が身体を分散させて子機を創り出す。

 しかし子機が出来た途端に爆発が起こり、子機が全滅した。

 予め仕掛けた血針。分裂して抵抗力が弱まった途端に、葉蔵が遠隔操作で発動させたのだ。

 

 

 何かをすれば、その前に手を打たれて追い込まれる。

 何もしなくても、準備を整えられて追い込まれる。

 敵の行動を読み、布石を打ち、戦況を誘導する。

 詰将棋のように、一歩ずつ着実に。

 雲鬼を詰みへと追い込んでいく。

 

 これこそ葉蔵の本来の戦い方。

 敵を観察、分析して作戦を立て、一切のミスなく完遂する。

 機械的に、効率的に、作業的に。淡々と無感情に行う。

 このままいけば葉蔵の勝利は確定。

 一か八かでも手を打たなくては。

 

「グオオオオオ!!」

 

 最期の力を振り絞って血鬼術を発揮しようとした途端……。

 

 

 

 

「させねぇよ」

 

 一吠えする。

 途端、縦横無尽に広がる血針の根。

 予め設置しておいた血針達が活性化し、一気に広がったのである。

 あり得ない程の爆発的な侵攻速度

 無惨の分身を相手にするには余りにも速すぎる。

 そう、まるで針だけ時間の流れが違うかのようである。

 

「ぐ…お、おぉ……」

 

 雲状の肉体が崩れ、黒い気となって散って逝く。

 こうして、雲鬼は作業のように殺された。

 

 葉蔵の思惑通り。

 最初からこうなるよう計画し、準備を整えて、完璧にやり遂げた。

 しかし何故だろうか……。

 

「ま、程々には楽しめたよ」

 

 百点満点の回答を叩き出したというのに、何故彼はもっと喜ばないのか。

 

 

 

「いただきます」

 

 葉蔵は部屋中に拡がる鬼の因子を圧縮した針の結晶に手を伸ばす。

 

 美味い。

 無惨の一部から作り出され、上弦をも超えるスペックを持つ鬼なのだ。マズいわけがない。

 風の鬼を倒した時は豪快に勝利の美酒として啜ったが、こうやってゆっくり飲むのも味わいがある。

 

「(これだけ一部だけの分身体が美味いなら、本体である無惨はどれだけ美味しいのかな?)」

 

 ニヤリと葉蔵が好戦的な笑みを浮かべる。

 その時、葉蔵の肉体に異変が起きた。

 

 

 

「!!?」

 

 突如、身体が動かなくなった。

 全身から感じる痺れ。

 まるで電流でも流されているかのような……。

 

 

 

『フハハハハハ! やっと効いてきたか』

 

 突然、葉蔵の頭に無惨の笑い声が響く。

 

 一体何が起こった。

 そんなありきたりな考えが浮かぶ前に、葉蔵の脳裏に答えが浮かんだ。

 

「毒を……盛ったな」

『ご名答。私の分身の血には全て貴様用に改良した毒がある』

 

 対葉蔵用の毒。

 回収した血針をサンプルにしげ開発された専用の毒薬。

 分身体を喰らい、消化しようと葉蔵の血と合わさる事で活性化。毒性を発揮して鬼因子を無効化させる。

 

『これを作るのには大分苦労したが、その甲斐は十分あったようだな!』

 

 

『私の勝ちだ! 貴様はここで潰れるがいい!』

 

 無惨が叫ぶと同時、無限城が大きく揺れた。

 ミシミシと音を立て、崩壊の兆しを見せる無限城。

 階段、天井、柱、床。崩れた物が次々と上から落下していく。

 葉蔵を生き埋めにするつもりである。

 通常時なら何とかされて逃げられるかもしれないが、今は毒によって動けない。無惨にとって、これ以上のチャンスはない。

 

『さらばだ針鬼! ここが貴様の墓場だ』

 

 

 

 

 

『……無惨、これで終わったと思うなよ』

 

 葉蔵は不敵な笑みを浮かべながら、瓦礫の中に埋まった。

 

 

 




えー、葉蔵が雲鬼を仕留めたトラップにはもうひとつ仕掛けがあります。
というかそっちが雲鬼を秒殺した血鬼術です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

災厄と天災

無惨の「しつこい」というセリフ、これって要するに「俺にとって虫けら程度しか感じない微生物共がいちいち無駄な抵抗するな」っていうことですよね。
確かに無惨からしたら人間なんて踏み潰したことすら気づかないような矮小な存在ですけど、人間には堪ったモンじゃないでしょうね。

ただ、もし普通の人が無惨みたいに生物としての格が上がったら、本当に人間を「自分と同じ命」と認識出来るでしょうか。
人間から見れば奇跡のような御業を当たり前のように使える彼は、神と言っても過言ではないでしょうか。
まあ、そのカミサマがちゃんと奇跡を使いこなせていたかは疑問ですが。


 刀鍛冶の里。

 そこで鬼と鬼殺隊による戦闘が繰り広げられていた。

 鬼側は上弦の陸である妓夫太郎と堕姫。

 対する鬼殺隊側は八人。

 柱は四人。伊黒小芭内と甘露寺蜜理と宇随天元と時透無一郎。

 一般隊士も四人。炭治郎と善逸と伊之助と禰豆子である。

 柱は妓夫太郎の相手を、一般隊士は堕姫の相手をそれぞれしていた。

 

 

 事の発端は匿名の報道から。

 上弦の襲撃があると鬼殺隊に謎の手紙が送られた。

 怪しいが事実なら大きな打撃を受けると判断した産屋敷が柱と炭治郎達を派遣したのである。

 

 炭治郎達も若干怪しむも、蓋を開ければこの通り。

 強化された上弦相手に文字通り命を削り、死力を尽くし、そして勝った。

 全員が重傷こそ受けたが、誰一人欠けることなく。

 そして今、首を斬られた鬼の兄妹は顔を見合わせ口論を繰り広げている。

 

「なんで助けに来てくれなかったの!?」

「俺は柱を相手にしていたんだぞ!しかも四人だ!」

「だから何よ!? 私だって上弦くらい強い鬼と戦っていたわ! 」

「うるせえんだよ! 上弦名乗るならなぁ、野良の鬼と手負いの下っ端ぐらい一人で倒せバカが!!」

 

 首だけで口論をする鬼の兄妹。

 口論はよりヒートアップしていき、相手の存在そのものを否定するような内容にまで発展。

 そのまま首だけで噛みつくような空気になりかけた瞬間……。

 

「嘘だよ、全部」

「本当は、大好きなんだよ」

 

 炭治郎と禰豆子が口を塞いでソレを止めた。

 ソレから二人はゆっくりと優しい言葉を掛け、罵倒されながらも見送っていく。

 ただ、少し時間をかけ過ぎた。

 

「お…おい!お前日光に当たるぞ!」

「………あ」

 

 気が付けば日の出になっていた。

 首だけの妓夫太郎が声をかけてやっと気づいた禰豆子と炭治郎。

 それだけ鬼の兄妹を心配していたということか、それともただ天然なだけか……。

 

「あれ?なんともない」

 

 しかし兄二人の心配とは裏腹に、禰豆子は日光に焼けるどころか、これといったダメージすら受けていなかった。

 

「はあぁ~!? ズルいわ! なんでお前だけ日光平気なのよ!? ……あ」

「梅~~~!? 最期の言葉がそんなんでいいのかよ!? ……あ」

 

 他にも言いたいことがあったらしいが、言い切る前に鬼の兄妹は消滅した。

 

「「……」」

 

 こうして、ちょっぴり後味が悪い形で禰豆子は日光を克服した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある異界。

 無限城とはまた別の、予備として用意された異空間に存在する小さな家屋。

 その一室。何もない六畳間で無惨は高らかに笑っていた。

 

 やっと見つけた。

 堕姫たちの視界を通じて見たもの。

 無惨が千年近く求めていたものであり、作りたくもない同胞を作ってまで求めたもの。

 それが今、現実と化した!

 

「奴を吸収すれば、太陽を克服出来る! 針鬼と違って血鬼術で誤魔化すことなく、堂々と日の下を歩ける!」

 

 忌々しい邪魔物はもういない。

 今までは日光を克服出来る可能性があるから見逃していたが、ああまで厄介な存在に成長するとは。

 しかしそれもつい最近まで。

 奴がいない今、障害は存在しない。

 鬼殺隊も産屋敷もここで潰してやる!

 

「では、兵を集め次第、総力戦といこうか」

 

 クツクツと笑いながら、無惨は血鬼術を発動させた。

 

 

 

 

 最終決戦に向けて各々が準備を整えるようになって、しばらくの時が経過した。

 無惨は血を与えて鬼の強化を、鬼殺隊達は合同強化訓練によって柱や隊員たちを鍛える。

 その間、鬼の襲撃もない。

 ある日を境に鬼の被害がパタリと止み、その間に隊士達は決戦に備えている。

 良く言えば平和、悪く言えば嵐の前の静けさ。

 この平穏な時間が続けばいいのにと誰もが思うが、無惨が居る限り叶わない。

 互いが互いを滅ぼすまでは、安寧などないのだから。

 故に、万全の準備を整える。

 各々の宿願を果たすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん、所詮人間などこの程度だ」

 

 無惨は倒れている柱たちを眺め、つまらなさそうにつぶやいた。

 

 これが本来あるべき形なのだ。

 鬼とは人間を食らう捕食者であり、人間を隔絶した能力を持つ。

 その鬼を更に大きく超越しており、最早鬼ではなく鬼の上位種の生物と表現する方が近い程の力を持つのが無惨である。

 

 日輪刀―――無駄。刃が身体に入った瞬間から再生する。

 藤の毒―――無駄。毒が身体に入った瞬間から解毒する。

 人化薬―――看破。薬が身体に入る前に見抜き対処した。

 

 どれだけ準備を整えようとも、どれだけ鍛錬を積もうとも、どれだけ創意工夫を繰り返しても。

 大いなる力の前では、人間の力などいくら積み上げようが軽く吹き飛ばされてしまう。

 

 千年間受け継がれた想い?

 永遠に続く不変の想い?

 今も尚輝く強い思い?

 

 

 笑止。

 想いでどうにかなるのなら、最初から悲劇など起きない。

 感情論でどうにかなるのはある程度の力が拮抗している場合のみ。

 どれだけ叫んでも嵐は止まらず、どれだけ願っても氾濫は止まらない。

 人々の想いも積み重ねも、大いなる力の前では弱者の戯言に過ぎないのだ。

 

 無惨とは正しく災厄そのもの。台風や地震といった災害級の力が擬人化したかのような存在である。

 

「まさか、貴様たちも新しい毒を生み出していたとはな。考えることは一緒か」

「………一緒?」

 

 奪った薬を手で弄ぶ無惨の話を聞いた珠代は、思わず聞き返した。

 

「私も針鬼を倒した最後の手段は毒だった。だからなんとなく分かったのだよ。私を殺す手段は毒だとな」

「「「………!!?」」」

 

 ソレを聞いた途端、珠代だけでなくこの場にいる鬼殺隊全員が呆然とした。

 

 無惨と対抗し得る唯一の戦力。

 人間化薬の投入が失敗した今、縋れるただ一つの希望であった。

 その最終兵器さえ無惨に破れたというのか……!

 

「そ、そんな……お、俺は信じない、信じないぞ!!」

「そうよ! 葉蔵さんがお前なんかに負けるわけない!!」

「在り得ねえ!! 葉蔵さんがそんな簡単に死ぬわけねえ!!」

 

 信じられないと言った様子で騒ぎ立てる柱達。

 無惨はその光景を見下すように鼻で笑った瞬間……。

 

 

 

 

「えらく調子づいているじゃないか。ええ?無惨」

 

 

 

 

「「「!!?」」」

 

 その声を聞いた瞬間、その場にいる全員が息を忘れた。

 

 

 

 

 コツ、コツ。

 ゆっくりと靴音を立て、鬼神が少しずつ姿を現す。

 比例して大きくなる存在感。

 心臓を直接掴まれているような威圧感。

 首元にナイフを添えられたかのような恐怖感。

 この感覚を彼らは知っている……。

 

 

「大庭……葉蔵!!」 

 

 

 この中で唯一動ける無惨が葉蔵に目線を向けた。

 

 




はい、葉蔵さんピンピンしてました。
今まで姿を隠してたのは捕らえられた人をちゃんと送り返すためです。
ではどうやって脱出し、人質を無事に帰したのか。それは後程に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終バトル 第一ラウンド

 無限城とはまた別の異空間。

 あの城と比べると小さく、部屋は一つしかない。

 天上は吹き抜けで黒い空しか見えない。星一つない夜空でもここまでは黒くないぞ。

 その部屋はだだっ広く、そこに鬼殺隊が倒れ伏していた。

 

「貴様は……何度、何度私の邪魔すれば気が済む! 確実に死んだはずだ! あの場で潰れた筈だ! それがなんだ、一体何をした!?」

 

 この部屋の主である無惨が私を睨みつける。

 怒りと憎悪に塗れた目。しかしその奥には恐怖が宿っている。

 童磨の言った通りだ、この男はこんなにもすぐ何かに怯える。

 かわいそうな男だ。なら、これぐらい答えてやってもいいか。

 

「別に大したことはしてないさ。私の血鬼術を理解しているなら、種はすぐ分かるはずだ。ヒントは“無限城に侵入した手段と似たもの”といったところか」

「何を言って……!!?」

 

 どうやら私の言いたいことを理解したのだろう。

 無惨は苛つきの顔から、ハッとした様子に変わった。

 この男、地頭はけっこういいのかな?

 

「貴様……城を針で乗っ取ったのか!?」

「正解」

 

 あの城も血鬼術で形成されたもの。つまり元を正せば鬼因子で構成されたものだ。

 なら、私の針で貫き、針の根を張って操作するなんて造作もない。あの琵琶の鬼を支配して無理やり操るよりはずっと楽だった。

 

「いや、待て。私は貴様に毒を盛った筈。あれはどうやって解毒した!?」

「簡単だよ。最初から解毒剤を生成していたのさ」

「……何?」

「まず前提として、私は貴様の策に気づいていた。あの強力な鬼の肉体に毒があるなんてとっくに見抜いてたんだよ」

「!!?」

 

 無惨は驚愕と言った様子で私の顔を見る。

 いやいや、そんなのすぐわかるだろ。まず、私の特性を知りながら自身の劣化版を逐次投入するという考えがおかしい。なら、すぐに何か裏があると誰でも見抜ける。

 ここまできたら後は大体の想像はつく。私の特性を知るのなら毒を盛るなと。

 所謂トロイの木馬という奴だな。魅力的な戦利品と見せかけて、中に伏兵を用意する。なるほど、確かに効果的な作戦だな。見破りやすいという欠点を除けば。

 あと、私を相手に毒を使うと言うのも悪手だな。

 

 私には藤の毒を解毒する力がある。

 他の鬼のように、再生による力押しではない。ちゃんと解毒作用のある物質を分泌して無効化出来るのだ。

 一度こういった真似が出来れば他の毒にも応用出来る。あの藤襲山の特訓は無駄ではなかったということだ。

 

「そういうことだよ無惨。貴様の打った手は全て無駄になった。では、次は何だ?早く出してくれ」

 

 

 返事はない。

 その代わりと言うのか、空気砲が飛んできた。

 血鬼術ではなく、純粋な身体能力で吐き出された空気の弾丸。

 なるほど、これなら私の針で吸収することは出来ない。それなりに考えられるじゃないか。

 私はそんな風に関心しながら、針塊楯を創り出して無惨の攻撃を防いだ。

 

「……針鬼、貴様は私の最大の失敗作にして最高の傑作らしい」

「何?」

 

 無惨は姿を変えながら話を続ける。

 全身に口や管を生やし、空気を吸って渦を発生させている。

 

 

 

「まさかただの野良鬼が上弦を超え、よもや私を追い詰めるとは露ほども思っていなかったよ。……ああ、認めよう。貴様は……君は強敵だ」

 

 

「君が生きている限り、私は安心して暮らすのは不可能だ。だが、この機を逃せばいつ太陽を克服できるかもわからん。 だからこそ、君だけは何としても殺す」

 

 

「来い、針鬼。君が死ぬか、私が死ぬか。最後の勝負だ」

 

 

 

 

「……いいセリフ、ちゃんと吐けるじゃないか」

 

 そうか、やっと私を敵として認めてくれるのか。

 いいだろう、なら私もソレに応えてやらなくては。

 

 食らうがいい、無惨。これが私の必殺技……。

 

 

【時の流法 この一瞬こそ全て】

 

 

ブォン!!

 

 

 

 私の血鬼術の発動後、無惨は針だらけになった。

 突然にして全身を侵略した針の根。

 一瞬どころか、一切のズレもなくズタズタにされた全身。

 おそらく、無惨は何をされたのか気づくことすら出来ないだろうね。

 

「さて、私のターンは終わった。次は君のターンだ」

「う…あ、ぁ……」

 

 答えない。

 ただ呻くだけであり、それ以外の反応はない。

 こちらの存在をちゃんと認識しているのかすら怪しい。

 まあ仕方ないか。この血鬼術は平成生まれの私にはありふれた能力だけど、この時代の者たちには革命的なものだからね。多分思いつきもしないんじゃないのか?

 

 まあいい。手札がないのならこのままやってやろう……。

 

「時を…と、める……」

「………お!」

 

 ボロボロの状態でポツリと無惨は零した。

 時を止めると。

 そのことに思わず私は感心してしまった。

 ああなんだ、最後の最後ではちゃん頭を使えるじゃないか。

 こんな一瞬で相手の能力を見抜くなんて、花京院クラスだぞ。

 やはり、この男はちゃんとやれば出来るんだよな……。

 

「ああそうだ。私の新しい能力は時間を止める事。つまり時間の【針】をも操れるようになったのだよ」

 

 時間停止能力。

 前世の漫画やアニメでは強力な能力として扱われ、使うキャラも大抵はラスボスや強キャラが多い。

 今までアニメキャラの技を参考にして血鬼術を開発してきたが、遂に私はラスボスキャラの領域まで達した。

 

 この力を手にした時は実に心地よかった。

 ラスボス。

 前世の俺が憧れ、成りたいと願っていた絶対的な強者。

 愚図で鈍間で無能だった“俺”が“私”に転生する事で、遂にその力をにしたのだ。

 嬉しくないわけがない。

 

 始め時を止め、しばらく何が何だか分からず呆然とした。

 再び時を止め、自身の力だと理解した瞬間は震えた。

 三度時を止め、出来ると認識した途端に歓喜した。

 

 私は遂にこの領域まで届いたと!

 

 

 身体中を沸き立つ全能感。

 頭の中を支配する多幸感。

 魂も命も揺さぶる昂揚感。

 

 そうだ、これこそ私が生きると実感できる証……!

 

 私はまた、私自身を克服したんだ!!

 

 

「そう、か ……。やはり、か」

 

 無惨は力なく笑う。

 

「針鬼よ……お前は、遂に時間を止める程の……私には思いつきもしない領域に立ったのだな……。……ッフ。もう私の負けのようだ」

 

 皮肉気に笑う無惨。

 ああそうだろう、既に針の侵食は抵抗出来ない段階に入っている。もう指を動かす事すら出来ない筈だ。

 

 

「……だが、私を超えることは許さない」

 

 

 

 

 

ヒュン!!

 

 

 瞬間、無惨の体を、背後から刀が貫いた。

 

「黒、死牟…か」

 

 無惨を背後から刺したのは、黒死牟だった。

 あの男、無限城が落ちてから行方を晦ましていたけど、まさかこんな展開を用意してくれるとは!

 

「既に…貴方の全身は…針鬼の血鬼術が…支配しています…。脱出は…不可能…。故…無惨様…貴方の血を…奴を倒す為…使わせて頂く……!」

「……いいだろう、お前に全てを託す!」 

 

 ここまでくれば、私に食われるか、黒死牟に食われるかの違いだ。

 生きるという目的が果たせない今、無惨のほんの少しの誇りと願いが突き動かしたといったところか。

 

「黒死牟、お前が私の夢を継げ!この裏切り者をお前が討ち取って見せるのだ!!」

「……御意」

 

 

 誇り―――私に負けを認めたくないという意思。

 願い―――死んだ後も何かを残そうとする意思。

 

 その結果、彼は黒死牟に全てを託すことにした。

 

 

「……これはこれでいい。鬼舞辻無惨、貴方はなんだかんだいって私に最高のゲームを用意してくれた……!」

 

 ああ、無惨よ。私は貴方に感謝している。

 

 

 

 よくぞ私にこんな素晴らしいゲームの機会を与えてくれた!

 

 

 

 

 

 私も俺も、空虚な人間だった。

 

 不満や不安を抱えていながら、何かをやろうとする意志はない。

 

 前世でも今世もつまらない人間。根本的な部分は何も変わっちゃいない。

 

 ただ怠惰に、ただ無為に日々を浪費する毎日。何も為さず、何にも成れない。 

 

 我ながらバカバカしい。その気になればいくらでも変えられる手段があり、何処にでも行けたのに。

 

 けど、私はそれをしなかった。出来ながらしなかった。やるための努力をしなかった

 

 自業自得。このまま私は人生を終えると思っていた。

 

 

 ソレを貴方は掬ってくれたのだ。

 

 

 この数年は実に刺激的で楽しい時間だった。

 

 与えられた力を存分に振るい、思うままに暴れた。

 

 様々な強敵と出会い、命を賭けて殺し合い、命を実感出来た。

 

 何ものにも縛られず、何ものにも従わず、私は自由を堪能した。

 

 ただ受動的に蓄積されたものを、私は自分の意志で存分に振るった。

 

 

 何処までも高く、何処までも行けるこの力で。

 

 私は全ての鬼を超え、頂点のその先へと突き進む!!

 

 

 

 

「さあ、ラストゲームだ黒死牟!私は貴方を踏み台にして高みへと至る!!」

「フン…抜かせ…!真に…踏み台になるのは…どちらか知るがいい…!!」

 

 

 

「「行くぞォォォォォォォォォォォォ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【針の流法 血喰砲】

 

【月の呼吸 壱の型 闇月・宵の宮】

 

 

 私達は同時に血鬼術を行使した。

 私は砲弾を、黒死牟は斬撃を披露。

 各々の攻撃は正面がぶつかり、大爆発を引き起こす。

 

 これは狼煙。

 海戦の合図。

 戦いの火蓋が切られたという証明だ!

 

「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」

 

 私達は得物を取り出しながら接近。

 私は針で形成された銃剣を、黒死牟は己の肉体で作った太刀を。

 各々の得物を構え、それぞれが術を行使した。

 

 

【月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月】

 

【針の流法 血喰砲・三連】

 

【月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り】

 

【針の流法 血喰砲・散弾】

 

 

 私の銃撃を赤黒い月の刃が斬り落とす。その度に赤い破片が飛び散る。

 奴の剣戟を赤黒い針の弾が撃ち落とす。その度に黒い砕片が舞い散る。

 得物で威力を上げたつもりなのだが、互いの力は共に互角らしい。

 

「(いいだろう、納得すまで付き合ってやる!!)」

 

 ここで次の形態に移るなんて無粋な真似はしない。

 第一、そんなことするならとっくにしている!

 ちゃんと私が勝ったと証明してみせる!

 

「ホォ~……」

 

 向こうも力を溜めている。

 太刀の形が三本の枝分かれした刃を持つ長大な大太刀へと変貌。

 どうやら向こうも同じことを考えているらしい……。

 

 

【月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間】

 

 

【針の流法 血針弾・散】

 

【針の流法 血針弾・複】

 

【針の流法 血針弾・爆】

 

【血鬼術合成 血針弾・爆散弾(ブラッド・スプラッシュバースト)

 

 

 爆発の散弾をまき散らす。

 辺り一帯が爆破され、爆炎と爆風が発生。

 相手の攻撃も、姿や気配も、何もかもを閉ざす……。

 

「(そこだ!!)」

 

 

【針の流法 突き穿つ血鬼の爪(デッドリィ・スティング)

 

 

 角から気配を察知して、そこ目掛けて血鬼術を放つ。

 気配だの勘だので敵を探るなんてナンセンス。

 立証に基づいた行動こそ一番信用出来るものである。

 

 

【月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾】

 

 

「……な!!?」

 

 爆炎を切り裂いて特大の剣戟が取んできた。

 咄嗟に銃を盾にしてやり過ごすも、突破して私を切り裂いた。

 幸い鬼殺しの力はないが、精神的にけっこうダメージを受けた。

 

「(……ック、まさか第一回戦目は私の負けか!)」

 

 私の目論見はあの弾幕で動きを制限させて大技を叩き込むつもりだったのだが、どうやら読まれていたらしい。

 まあ、私自身この手は使い古してきたからバレて当然か……。

 いいだろう、ここは私の負けだ。

 

 なら次のステージで取り戻してやろう!

 

「はぁ!!」

「らぁ!!」

 

 戦場は空中へと移行。

 私は翼を広げ、黒死牟は背中から八つの刃のようなものを生やして。

 それぞれのやり方で黒い空へと飛び立つ。

 

 さあ、第二ステージの開幕だ!!

 




気付いてるかもしれませんが、今の葉蔵には人間なんて眼中にありません。
無惨とのラストゲームがあるのに、外野のことなんて気にしてられませんから。

あと、無惨様は葉蔵の能力を初見で見破ったわけではありません。
分身体の戦闘を見て、そこにあった不可解な現象を今まで考えた結果、見破っただけです。花京院には劣ります。


さあ、次はラストバトルです!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終バトル 第二ラウンド

「誰か、まだ動ける奴はいないか!? 上弦の壱が無惨の全ての血を継いだ!!」

 

 作戦は失敗した。

 無惨の弱体化は失敗し、そのまま戦う羽目になった。

 戦果は惨敗。柱の中には赫刀に目覚める者もいたものの、あの男には到底及ばない。

 触手を振り回すだけで柱達を相手取り、それ以下の隊士では逆に養分か鬼にされて手駒と化す。 

 無駄の一言。巨大な龍を相手に群がる蟻のように、まるで効いてない。龍の方は鬱陶しい蟻を巨大な身体を少し揺する程度で潰してしまう。

 

 最早戦う力は残されていなかった。

 悲鳴嶼は特に年若い者を庇い、重症を負っていた。

 他の柱も似たような状況である。もう刀を振るえる力は残っていない。

 善逸や伊之助、そしてカナヲも致命傷は避けたようだが、衝撃で気絶している。

 

 完全に死に体である。

 これ程までに無惨とは圧倒的な存在なのだ。

 

「落ち着け冨岡。……ここまで来たら、葉蔵さんが勝つ事を願う事しが出来ん」

「そうよ。あの人なら、絶対に勝ってくれる!」

「くっ……!」

 

 かろうじて動けるのは、義勇と実弥、そして蜜理のみ。

 どちらにせよ、彼らは最後に残った二人の鬼の戦いに割って入れる力はない。

 ただ葉蔵の勝利を願うだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星一つない黒い空。

 そこで二体の鬼による狂乱が行われていた。

 針鬼こと葉蔵は翼を広げて。剣鬼こと黒死牟はオーラを纏って。

 各々の能力を駆使して空中戦を繰り広げる。

 

 九閃。

 長刀より全く同時に現れた九つの剣閃。

 首、両肩、両わき腹、両腿の付け根、両膝。それらを狙う驚異の九連撃。

 しかし、葉蔵も驚愕の者。

 半数は飛行技術のみで避け、その他は弾丸で相殺してみせた。

 上弦を打ち破り、鬼の始祖に挑戦する者として恥じぬ御業である。

 

 次の瞬間、攻撃直後に隙を見出した葉蔵は銃撃を開始。

 しかし、外れる。

 予め打ち合わせでもしたかのように絶妙なタイミングで放った弾丸は空を過ぎ去った。

 弾丸の狙いは正確無比。故に読みやすく、避けるとしても最小限の動きで対応できる。

 葉蔵の射撃技術が高いが故の対応策である。

 

 だが問題はない。

 避けられることは想定内であり、次の手もちゃんと考えてある。

 

 

【針の流法 血喰砲・散弾】

 

 繰り出される血鬼術。

 瀑布の如き質量。

 津波の如き勢い。

 落雷の如き威力。

 

 黒死牟は剣一本で突破する。

 受け流し、切り伏せ、薙ぎ払いながら。

 己の進む道を切り開いて突き進み、乗り越えてみせた。

 

 

【月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面】

 

 

 今度は黒死牟の番。

 弾丸の雨を進み切ったと同時、葉蔵目がけて斬撃の雨を繰り出す。

 

 降り注がれる無数の月刃。

 複雑な軌道を描きながら。

 倍々に分裂しながら。

 勢いを増しながら。

 

 葉蔵は飛行技術のみで振りきる。

 縦横無尽に急転回を、曲芸のように宙返りを、慣性を無視した減速と加速。

 自然界ではありえないような飛行技術を駆使してそれらを回避してみせた。

 

 

【血鬼術 神足通】

 

【時の流法 この瞬間こそ全て】

 

 

 同じタイミングで時空の血鬼術を発動させる。

 葉蔵は相手に致命的な隙を晒させる為、黒死牟は無防備な相手の懐を占領する為。

 勝敗を左右する大きな布石を打ったのだが、想定していなかった事故が起きてしまった。

 

「………な!?」

「………何?」

 

 黒死牟が頓珍漢な方角へ転移してしまったのだ。

 彼が飛んだ先は、葉蔵の弾丸が集中している箇所。

 瞬間移動するにしてはあまりにも不合理な場所である。

 

「な、なにが……ック!」

 

 考える前に転移しようと血鬼術を発動させる。

 させるかと葉蔵も時間を操作しようとするも、再び奇妙な現象が起こった。

 

 

 弾丸が急激に遅くなったのだ。

 

 スローモーションの動画のような、ゆっくりとした動き。

 当然、そんな無意味な命令を葉蔵はしていない。

 ならばなぜこのようなことが……。

 

「……なるほど、互いの時空系血鬼術が干渉しあってエラーを起こしているのか」

「エラーとは…何か知らんが…概ね…同意する…」

 

 一応の決断を出すが、あくまで推測。こうだと断定するための証拠などない。

 当然である。時空というものは概念であり、物質的にこうだと判別出来るものではない。故、術者がこれらの術を完全に把握することは現段階では不可能である。

 分からないものを分からないまま乱用して自滅するのは愚の骨頂。ここは大人しく別の血鬼術を使う方が賢明であろう。

 

 問題はない。

 たとえ時間系血鬼術を使えずとも、葉蔵には幾らでも選択肢がある。

 ありとあらゆる状況に対応できる豊富且つ強力な血鬼術の数々。

 たとえ新技が披露できなくとも、既存の術でも十人分に戦える。

 

 

【針の流法 血針弾・連】

 

【針の流法 血針弾・振】

 

【針の流法 血針弾・貫】

 

 

【血鬼術合成 血喰砲・爆連弾(ブラッド・ストライクリボルバー)

 

 

 思わぬアクシデントで停止している敵目掛け、特大の砲撃を繰り出す。

 コンマ一秒の差もなく、ほぼ同時にで吐き出された六つの砲弾。

 超高速で回転しながら、空気を切り裂いて音速をも超える針砲。

 常人なら弾丸が発射されたことすら気づかずあの世行きである。

 だが、敵はすぐさま再起動して対応してみせた。

 

 

【月の呼吸 捌ノ型・改 月龍輪尾・六連】

 

 

 激突。

 同時に振るわれた六つの巨大な斬撃が弾丸全てを捉える。

 砲弾の超高速回転は速度だけでなく威力も底上げしているにも関わらず、黒死牟の剣戟はそれらを真っ二つに切断……。

 

「ッグ!!?」

 

 切断出来なかった。

 血針弾・振はただ弾丸が振動したり回転したりしているだけではない。

 回転の方向も振動数も葉蔵の意志一つで変化自在であり、これを利用することで叩き落そうとする力を“流す”ことが出来るのだ。

 黒死牟は今まで通りの感覚で砲弾を斬り落とそうとしたのだが、これは葉蔵の罠。血針弾・振の効果によって体勢を崩す隙を狙っていたのである。

 

 葉蔵にとって絶好のチャンス。

 これを逃すなんて選択肢は彼にはない。

 

 

【針の流法 自律血針】

 

【針の流法 血針猟犬】

 

 

 牙を剥く葉蔵の兵士達。

 十体全てが本体と同等の血鬼術を駆使する恐るべき兵隊。

 それらが黒死牟目掛けて攻撃を開始した途端……。

 

 

【玖ノ型 降り月・連面】

 

【拾ノ型 穿面斬・蘿月】

 

【拾肆ノ型 兇変・天満繊月】

 

 

 瞬間、剣戟の壁が生まれた。

 

 一閃、十閃、百閃…。万を超える剣閃を重ね続けた結果、生まれた斬撃による月刃の防壁。

 ほんの熱さ数mmしかない刃が重なり合った結果、葉蔵の兵士たちを迎撃する事に成功。

 同時、百を超える斬撃の檻が葉蔵目掛けて襲い掛かる……。

 

 

 

「私を檻で閉じ込める?……笑わせるなよ」

 

 

 ドォォォォォォォン!

 

 突如、葉蔵の周囲が爆発した。

 

 爆撃。

 咄嗟に全身から血針弾・爆を放出。

 爆発によって斬撃の檻を弾き返し、爆発によって生まれた推進力での場から離脱したのだ。

 かつて戦った鬼殺隊の一人、宇随天元。彼が扱う全集中の呼吸、音の呼吸と同じ原理である。

 

 

【針の流法 刺し穿つ血鬼の爪(スパイキング・エンド)

 

【月の呼吸 拾壱ノ型 玉兎・弧月描き】

 

 

 爆発に乗った葉蔵は一気に接近。

 右腕を獣鬼態に変形させ、鬼火を纏って突き出す。

 対する黒死牟も大太刀と化した刀を居合のように振るう。

 空中で弧月を描きながら、音を置き去りにして降ろされる。

 

 ほぼ同時に繰り出された刺突と斬撃。

 人の領域を外れた速度で、人の領域を外れた威力で。人外の攻撃がぶつかり合う。

 否、速かったのは黒死牟の剣。そのまま鬼の腕ごと葉蔵を真っ二つにするかと思いきや……。

 

 

【血鬼術合成 血針弾・爆散】

 

【血鬼術合成 血針弾・爆連】

 

【血鬼術合成 血針弾・爆貫】

 

 

 突如、黒死牟の死角から血針弾が飛んできた。

 爆破機能付き散弾、爆破機能付き貫通弾、爆破機能付きマシンガン。

 黒死牟の迎撃に生き残り、黒死牟の死角に潜んでいた自律血針が、黒死牟目掛けて銃撃したのだ。

 

「ック!」

 

 

【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮】

 

【月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り】

 

【月の呼吸 伍ノ型 月魄災渦】

 

 

 背中から生える八つの刃から斬撃が繰り出される。

 腰を振ることで剣としての効果を無理やり引き出し、血鬼術を発動。

 繰り出された血鬼術は自律血針ごと爆発する前に弾丸を全て叩き落し、見事に迎撃に成功した。

 正しく神業。こういった咄嗟の判断にこそ本人の実力が如実に出るというもの。

 

 しかし、今回ばかりはタイミングが……いや、相手が上手だった。

 

「ッグ!?」

 

 葉蔵の刺突が黒死牟に命中した。

 無論、偶然ではない。

 全てとは言わないが、葉蔵の狙い通りである。 

 

 

「(虚哭神去は…役に立たぬか……)」

 

 幸い、咄嗟に大太刀を盾にしたおかげで直撃は免れたが、得物を破壊されてしまった。

 そして、葉蔵は武器を作るまで待ってくれる程、攻撃の手を止めてくれる程甘くはない。

 既に次の手を想定しており、今まさに発動させようとしている。

 

「(いいだろう、次鋒戦はお前の勝ちだ)」

 

 眼前まで迫り来る砲撃。

 刀がない以上、迎撃は不可能。

 瞬間移動による回避も先程のように失敗する可能性が高い。

 ならどうする。このまま大人しく目を閉じて敗北を受け入れるか……。

 

 否。

 戦闘はまだ始まったばかりなのだ。

 こんなところで終わる筈が無い。

 

 

 

「グルオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「グルゥアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 二人は同時に第二形態へと変貌した。

 

 黒死牟は眼前の障害を振り払う為。

 葉蔵は相手の変身に釣られて。

 両者は完全な人外へと変じる。

 

 

「「ガアアアアアアああああああああああああああ!!!!」」

 

 二体の化け物は吠えながら、更に天高く舞い上がった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終バトル 第三ラウンド

「な…なんだあれは……!?」

「あれが…真の上弦の力!?」

 

 葉蔵の黒死牟の恐るべき力に、一般隊士達は恐れ戦いていた。

 未だ両者共に全力を出しておらず、お遊びの段階でしかないのだが……。

 

「む…無理だ……。あんなのに勝てるわけがねえ!」

「なんだよアイツら……!?空まで飛べるのかよ!?」

「あんなの鬼じゃねえ!もっと別の……別モノだ!!」

 

 だというのにこの慌てよう。

 二人の実力の一部を見ただけで彼らの闘志は折れてしまった。

 だが、それも仕方ない事。誰があんな破壊兵器のような生物と戦いというのか。

 

「よ、よもやよもや……」

「相変わらず、派手だな……」

 

 恐怖を抱いたのは柱も例外ではない。

 彼らもまた、その強大すぎる力に怖れを覚えた。

 

 本来ならば、柱である自分達が率先して戦わねばならない。

 だが、あの戦火に飛び込んだところで、何が出来るというのか。

 

 全く歯が立たなかった災厄、鬼舞辻無惨。

 鬼殺隊の全てを駆使しても、柱が文字通り命懸けの特攻を繰り返しても。

 千年間積み重ね受け継がれてきたものを、鬼殺隊だけでなくあらゆる人々が一丸となって創り出したものを。

 鬼舞辻無惨という災厄は、まるでそれらが価値の無いものであるかのように、塵芥を振り払うかのように潰した。

 

 正しく災厄が人の形を象ったかのような存在。

 どれだけ人々が藻掻こうか、踏み潰したことすら認識していない。

 

 

 

 そんな災厄を、葉蔵は一瞬で殺した。

 

 

 何が起きたのか柱達ですら気づかなかった。無惨から一瞬たりとも目を離さず、瞬きすらしなかった。その筈だというのに、何をしたのか一切理解出来なかった。

 いや、何も理解出来なかったというのは少し語弊があるか……。

 

 勝てないという事だけは、この場にいた全ての者が理解した。

 

「……不甲斐ない!」

 

 その言葉は誰の口から出たものだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界の空は常に異様なものだった。

 夜空よりも暗く、闇が何処までも拡がっている。

 光源もなければ音源もない。何もない筈なのだが……。

 

 

【針の流法―――】

 

【月の呼吸―――】

 

 

 今日だけは祭りのように騒がしかった。

 

 

【針の流法 血喰砲・爆散】

 

【月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間】

 

 

 花火が打ち上げられる。

 見る者全てを焼き尽くす暴力的な花火。

 辺り一帯を照らし、凄まじい爆音を鳴り響かせながら。

 爆炎は迫り来る刃たちを焼却した。

 

 剣舞が披露される。

 見る者全てを切り裂く殺人的な剣舞。

 辺り一帯を漂い、劈くような金属音を鳴り響かせながら。

 月刃は襲い掛かる炎たちを切り開いた。

 

 

【針の流法 刺し穿つ血鬼の爪(スパイキング・エンド)

 

【月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮】

 

 

 音速を超えて赤い獣が突っ込んでくる。

 暴力的なまでの加速力。

 野獣のような見た目通りの、野蛮かつ力強い突進。

 黒死牟はソレを迎え撃とうと刀を振るった……。

 

 空気を裂いて軌道を描く紫の月刀。

 芸術的なまでの御業。

 美しい見た目通りの、優雅かつ見惚れる斬撃。

 葉蔵はソレを貫こうと拳から生える刃を突き刺す……。

 

「ッグ!?」

「ッチ!!」

 

 相打ち。

 葉蔵はあらぬ方向へと流され、黒死牟は錐揉み回転しながら飛ばされる。

 しかしそこは上弦を超えた鬼。葉蔵は翼で無理矢理に方向転換を行い、黒死牟はスルッと力を受け流すかのように元へ戻る。

 

 

 

【針の流法―――】

 

 

 撃つ。そして飛ぶ。

 

 兵器を模した大量の血鬼術を放ち、踊り狂う月刃を撃ち落としながら、空を火の海へと変える。

 

 蝙蝠のような翼を広げ、黒い空を縦横無尽に飛び交い、舞い乱れる剣閃を避ける。

 

 全身を血のように赤黒い毛に覆われた獣鬼が、激しい雄たけびを挙げる。

 

 人知を超えた暴力を存分に振るう光景は正しく悪夢そのもの。

 

 その様は絵本から飛び出した怪物のようであった。

 

 

 

【月の呼吸―――】

 

 

 斬る。そして舞う。

 

 月光を模した大量の斬撃波を放ち、迫り来る弾丸を切り開きながら、黒い空で踊り狂う。 

 

 落ちる木葉のように、ヒラリヒラリと空を舞い、飛び交う銃撃を避ける。

 

 全身を龍のような黒い鎧で武装した武者が、凛とした佇まいで構える。

 

 人知を超えた絶技を存分に発揮する様は正しく英雄譚そのもの。

 

 その様は絵本から飛び出した剣士のようであった。

 

 

 怪物と英雄

 暴力と絶技。

 野獣と剣士。

 

 本来なら葉蔵こそ人間にとってはヒーローに近いというのに、この戦いではあべこべであった。

 

 いや、むしろ本来の心を曝け出したといったところか……。

 

 

「針鬼…いや葉蔵よ…。それが…お前の求める…力ということか…」

 

 ポツリと、黒死牟が問う。

 音を超え、周囲の空気を押し退け、ソニックブームが辺り一帯に飛び散る中での会話。

 通常なら、こんな状況で話など出来る筈がないのだが、両者共に血鬼術の電波を送受信することでコレを可能にした。

 

「私の経験上…鬼の姿や血鬼術には…その者の…願望や思想等が…強く反映される」

 

 話しながらも手は止めない。

 葉蔵は聞きながら血鬼術を放ち、黒死牟も剣を振るいながら会話を続ける。

 

「私の場合…“技を見て物にしたい”と願った結果…こうなった……」

 

 鬼の姿や血鬼術は、その者の望みや思想を表す。

 心の在り方が形として表されるのだ。

 では、葉蔵の在り方とは何か。

 

 人外と化した野蛮な獣の姿、暴力的と言ってもいい程の火力と種類の血鬼術、そして、永遠に進化し続ける特性…。

 

 

 

 

「お前は…獣になりたいのだな?」

 

 

 

 

 

「ふ…ははは……ハァーッハッハッハッハッハッハ!」

 

 

 葉蔵は笑いながら黒死牟に向かって血鬼術のミサイルを発射。

 柱クラスの剣士であろうと対処できない程の数。

 黒死牟はソレを無数の斬撃によって切り払った。

 

「ああそうだ! 私の望みは獣…いや、怪獣になることだった!!」

 

 銃撃を続けながら、葉蔵は感情を吐き出すかのように声を荒げて語る。

 

 葉蔵の前世である『俺』は怪物に憧れを抱いていた。

 全身を武装したあるく暴力。

 国や組織に属さず、一個体で完成された生物。

 法やルールに縛られず、抑えようとするもの全てを踏み潰す。

 山だろうと町だろうと好き勝手に暴れ、行く手を阻むものはたとえ何者であろうとけ散らす。

 時も場も状況も関係ない。善悪も意に介さない。やりたいことをやりたいようにやる。

 横暴なまでの自由な姿と圧倒的な暴力にかつての俺は憧れた。

 

 そんな生き方を俺は望んでいた。

 

 学校という檻に閉じ込められ、刑期を全うしたら社会に出荷されるだけの囚人。

 社会に出れば適当な会社で適当な位置の歯車と化し、摩耗していく。そう思っていた。

 

 抵抗しようとは考えなかった。

 力もなければ才能もない。何よりも、そのための気概や根性がなかった。

 出来る事と言えば不平不満を言う事ぐらい。

 何か変えるための努力も工夫もしないにも関わらず、グチグチと文句を言うぐらいである。

 何でやらなければいいのか分からない事して、背負いたくもない責任を背負わされて。そうやって時間を浪費していく人生だと諦めていた。

 

 私になっても変わりはない。

 檻が学校や社会から家に変わっただけ。

 家という組織の歯車となり、一生使われ続ける。そう考えていた。

 

 

 

 力を手に入れるまでは。

 

 

 

 あの日、赤い月の晩。

 鬼の力を手にし、あらゆる縛りから解放されたのだ。

 

 この姿は自由の象徴。

 空を思うがままに飛び回り、陸を思う存分に駆け抜ける獣の姿。

 

 この力は暴力の象徴。

 枷を壊し、縛鎖を引き千切り、外敵を殲滅するための兵器の力。

 

 

 誰にも支配されず、何にも縛られず。

 組織に属さず個体で完結した自分。

 完全な自由と完璧な暴力。

 葉蔵は全てを手に入れた。

 

 

 私は自由だ!!

 

 

 

「なるほど…。群から外れ…個として完結したい…。だがそれは…はぐれ道…。人間性を捨て…暴力によって進み続ける……冥府魔道だ…。その先に…光はない……」

「冥府魔道……いい響きじゃないか! 怪獣みたいな今の私の姿にピッタリだ! いいだろう、なら貴様を踏み台にして、私は私の道を進み続ける!……いや、作り続ける!!」

 

 赤い獣の背後から、数十もの分身が飛び放たれた。

 黒死牟はほとんど勘に任せてソレらの一斉射撃を避ける。

 ヒラヒラと舞う花びらのような、美しく洗練された回避行動。

 こうして黒死牟は血鬼術の雨と見紛うほどの銃弾を全て避けきった。

 

「フン、それで回避したつもりか!?」

 

 

【針の流法 血針砲一斉射撃(ブラッドフルブラスター)

 

【月の呼吸 十漆ノ型 叢雲月・連なり】

 

 

 途端、空が炎と刃に溢れた。

 町一つなど簡単に飲み込む程の爆炎。

 音速を超えて余波が異空間の空に拡がり、遅れて音とも金属音とも識別できないような音が響き渡った。

 

 災禍の中央に巻き込まれる葉蔵と黒死牟。

 爆炎によって両者の姿が完全に隠されたその瞬間……。

 

 

 

「「グルオオオオオオオオオオオオオ」」

 

 

 空を切り裂いて二体の怪獣が現れた。

 赤いオーラを纏った有翼の獅子と、有翼の金属質な東洋風の龍。

 

「「行くぞォォォォォォォ!!」」

 

 怪獣たちは再び己の武器を構えてぶつかり合った。

 

 第四ラウンド。

 鬼の宴はまだまだ続く……。

 




え~、葉蔵の望みは自由になりたいだけです。
ただ、ぞの自由の限度を社会のルールを逸脱しているんですよね。
要するに暴走族が交通ルール無視して飛ばしているようなものです。
ただ、葉蔵は硬派なタイプなので己の課したルールは守りますが、傍から見れば暴走族に変わりはありません。
しかし、ソレを咎める事は誰にも出来ません。
暴走族なら白バイという大人たちがしょっ引けますが、鬼であり全身武装している葉蔵をしょっ引ける存在はないのです。
しかも、ただの暴走行為に留まらず、大量破壊兵器を全身に装備している状態です。
ですから葉蔵は人類にとってルールに縛られない災害のような存在であり、安全を手にするために排除しなくてはいけません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終バトル 第四ラウンド


鬼滅の刃での禰豆子は人間を愛し、最期は人間になる道を選びました。
しかし主人公は違います。
本文にあったように、葉蔵は人間から化物になった系、或いは化物の力を持った主人公みたいに、人間の側に成りたいとは願ってないですよ。
だから漫画やアニメの人外の力を手に入れた系のキャラみたいな最後は彼に用意されてないんですよね。



「お、おい聞いたか!? アイツ、俺らの味方じゃねえのかよ!?」

「ああ!聞いちまったよ! あの鬼、ただ暴れたいだけだったのかよ!?」

「そ、そんな……! あんなのが暴れたら、町なんて簡単に吹っ飛んじまうよ!!」

 

 葉蔵達が暴れている空の下。

 隠や隊士たちは葉蔵の発言に動揺していた。

 

「……やはり、所詮は鬼か」

 

 ポツリと、誰かがそう零した。

 

「そ、そうだ!アイツも鬼なんだ!俺らの事なんて何も思っちゃいねえんだよ!」

「ああ、危険な存在なんだ!だから退治するしかねえ!」

「こうなったら、弱ったところを全員で……!」

 

 途端に拡がるアンチ葉蔵の空気。

 しかしソレに待ったをかける者がいた。

 

「何を言ってるんですか!?」

 

 我らが主人公、炭治郎である。

 

「葉蔵さんは最後の鬼を倒すために戦っているんですよ!?なのに何でそんな酷い事が言えるんですか!?」

「……炭治郎、それも仕方ないと思うよ」

 

 気絶から立ち直った善逸が炭治郎の肩を掴む。

 

「あの鬼は禰豆子ちゃんと違う。人間の事なんて全然好きじゃなさそうだし、邪魔になるなら虫のように踏み潰すと思う」

「そ、そんなことない!葉蔵さんは確かに鬼神みたいに強いけど、器は広いし!」

 

 葉蔵を庇おうと炭治郎は思考を巡らせるが、反対する者は善逸だけじゃなかった。

 

「俺も同意見だぜ、竈戸」

「う、宇随さん!?」

 

 

「アイツは、一つの国みたいなモンだ」

 

 

「己という領土を、己という王のみが、己の美学という法でのみ統治している。他国からの干渉を受け付けず、武力を行使しようとも己を貫く。そういう鬼に成る事を選んだ」

 

「お前の妹とは派手に違う。妹はお前っていう鎖があるが、アイツには縛る枷が何もねえ。もし仮に友人とかを人質に取ろうとしても、アイツは武力でソレを黙らせるだろうな」

 

「俺ら人間とアイツが共存できる道は二つに一つ。葉蔵に服従して奴の法を受け入れるか、俺らが奴を倒して俺たちの法で縛るかだ」

 

 

「……」

 

 炭治郎は何も言えずに黙るしかなかった。

 

 違う種族が共存するとはそう言う事なのだ。

 どちらかがどちらかのルールを受け入れなくてはならない。

 

 もし漫画やアニメなどでよく見る化物の力を得た主人公のように、人間の心を持ったままなら、人間側に寄り添いたいと思うなら、人間に戻りたいと願うのなら、まだワンチャンあったであろう。

 しかし、葉蔵はそれらを望んでない。

 

 葉蔵は、無惨と無惨が率いる鬼とはまた別種の鬼として、人間から種族的に独立してしまった。

 鬼の力を楽しみ、鬼としての立場にいることを望み、人食いも自分はやらないが知っている人間以外なら肯定する。

 彼は自分から人の道を降りたのだ。

 

 故、二つの種族が共存する方法は天元の言う通りになる。

 支配か降服である。

 

「だから、コレを使って戻す必要がある」

「そ、ソレは……」

 

 天元が懐からガラス管―――人間化薬を取り出す。

 

「アイツが弱ったところを人間に戻す。そうすれば、葉蔵は人間として生きられる」

「…けど、葉蔵さんに怒られません?」

「覚悟している。地味にいくらでも殴られてやる」

「………そう、ですね」

 

 炭治郎は力なく頷く。

 

「それに、アイツなら人間に戻ってもうまくいくだろう。顔も頭も御家も良い。むしろこれ以上に何を求めるんだ。贅沢過ぎだろ!」

「そ、ソレは……否定、出来ませんね」

 

「まあ、アイツなら人間になってもうまくやれるだろ。しばらくは力を失って引きこもるかもしれねえけど。派手に何か生き甲斐を見つけられるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴォン!

 

 

【針の流法 自律血針】

 

【針の流法 血針猟犬】

 

 

 重低音を発しながら、獣の爪牙と分身が大量に造り出された。

 何百何千と軍勢を組み、統率を取りながら、重力も慣性も無視した動きで黒をすぐさま包囲。陣形を組んで一斉射撃を開始する。

 

 

【針の流法―――】

 

 

 現代兵器による猛襲。

 銃弾、砲弾、爆弾、ミサイル。

 ありとあらゆる科学の暴力が、科学の法則を無視した速度と質量で黒死牟目掛け迫り来る。

 そう、まるで軍隊のように。

 

 葉蔵は決して出鱈目に銃撃を行っているわけではない。

 敵の次の手を考え、フェイントをかけ、逃げ道を塞ぎ、誘導して。

 自身の優位に事が進むように、自律兵器達を統率して銃撃を行っている。

 完璧に支配下へ置かれ、忠実に任務を全うする兵士。しかも、ソレを操っているのはあの葉蔵である。

 避けることなど神業であろうとも不可能なのだが………。

 

 

シュン!

 

 しかし、外れた。

 何百と放たれた破壊兵器を、黒死牟は軽快な音と共に回避行動へ移行。

 巨大を畝らせながら。霞がかかったかのように相貌がぼやけるような、奇妙な動作を行いながら。

 放たれた暴力たちは追尾機能によって再び返ってくるも、また姿をぼやかしながら全て回避した。

 

 避けることなど普通なら不可能。だが、ここにそれを覆す者が現れた。

 

「(なら、これならどうだ!?)」

 

 

悪鬼食らう赤き血杭・時閃(クリムゾンスマッシュ・クロック)

 

 

 黒死牟の周囲を赤い杭が取り囲む。

 この杭は必殺技であると同時に拘束具でもある。

 向けられた者は動きを封じられ、処刑の瞬間を待つばかり………。

 

 

シュン!

 

 これもまた回避された。

 不規則且つ不気味な動作。

 ゆらゆらと、朧月のように輪郭がぼやけた不思議な動きで。

 黒死牟は実体がこの世界から消えたかのように弾丸の雨を通り抜けた

 

「(……なるほど)」

 

 これは、と葉蔵の中の疑念は確信へと変貌した。

 しかし、ゆっくりと答え合わせをしている暇はない。

 なにせ、今度は敵が攻撃する番なのだから。

 

 

【月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面】

 

 

 黒死牟の攻撃。

 しかも、ただの斬撃ではない。

 黒い光を放ち、赤い刃を尖らせる剣閃。

 彼の新しい血鬼術の一つ、鬼殺しの刃である。

 当たればダメージは必須。下手すれば永遠に治らず、最悪は【死亡(ゲームオーバー)

 ここは回避や防御ではなく迎撃が正解である。

 

 

【針の流法―――】

 

 

 しかし、これもまた避けられる。

 黒い月目掛けて自立血針達だけでなく葉蔵自身も弾幕を張るが、先ほどの黒死牟と同じく通り抜けられた

 

 

ヴォン!

 

 また重低音が鳴ると同時、葉蔵の肉体が黒い斬撃の背後に現れた。

 

「………!?」

 

 驚く黒死牟。

 一体何が起こった。目を一切離してないというのに、一体何時あの攻撃を避けたのだ。

 あれだけの巨体が、赤黒い有翼の獅子のような怪物が、音も予備動作も感じさせることなく回避した。まるで瞬間移動でもしたかのように、

 

「なるほど。種は分かったぞ」

 

 ニヤリと、葉蔵は不敵に笑う。

 手は止めない。自律血針や血針猟犬を操って血鬼術の雨を降らしながら。ソレを避けて時には反撃しながら。

 無論こんな場では声なんて戦闘音で掻き消えるので、両者は血鬼術による電波で通話を続ける。

 

「貴様は自分の位相をズラすことで私の攻撃を避けているのか」

「…ご名答。その位相とやらは…初めて聞く言葉だが…意味はおそらく…合っている」

 

 位相障壁。

 自身に空間操作をかけ、異なる次元にまたがらせることでこの世界からの干渉を無効化したのだ。

 輪郭がぼやけたのも、弾丸を通り抜けたのも比喩ではない。本当にこの世界から消えていたのだ。

 

「今度は…私の…答え合わせだ…」

 

 言葉を交わしていても手を緩めることはしない

 鱗から、翼から、尻尾から。

 様々な部位を剣に見立て、黒死牟は鬼殺しの斬撃波を放つ。

 

「貴様のソレは…己の時間を…早めているのだな…」

「ご名答。私は時間操作で私自身の時間を加速している」

 

 時間加速。

 自身の時間を早める事で物理法則を無視した高速移動と高速思考を可能としたのだ。

 高速移動や即興で自律兵器を作り出す事は兎も角、葉蔵でも一気に何百もの自律兵器を事細かく操るなんて芸当は不可能。

 相手ぼ攻撃に対処しながら弾幕で牽制し、観察しながら作戦を立案し、配置や陣形を考えながら、血鬼術を発動させる。

 一つ一つが複雑かつ至難の業であるというのに、一瞬で全てをこなさなくてはいけない。

 いくら葉蔵でも無理である。

 

 その無理を可能にさせたのがこの時間加速である。

 

 自身の時間を早めるという事は、周囲よりも時間を多く使えるという事。

 本来なら一瞬で判断しなくてはならない事が、葉蔵には数秒程の余裕が与えられるのだ。

 

「(まあ、原理上は代償がないわけではないが……鬼にとっては無いも同然か)」

 

 もし人間がこの力を使えば、反動で何かしらのダメージなり寿命の代償などを払う必要があるだろう。

 しかし、無限の時間と体力を持つ鬼ならば、そのリスクを踏み倒せる。

 正しく鬼のためにある血鬼術である。

 

「まさか…考えることが…同じとは……」

「そうだね。“自分だけに掛けるなら問題ない”。まあ、誰でも思いつくか」

 

 時間と空間。

 本来なら密接し合って互いに干渉し合うが、干渉しない距離で掛けるなら、対象が自分だけならばその限りではない。

 物理法則を超えた概念でしかないものを、漫画やアニメでは最強の能力として扱われるこの血鬼術を。両者はこの短時間で使いこなせるようになったのだ。

 もしどちらかが生き残り、その血肉と力を食らえば、どんな凶悪な超能力を持つ鬼に進化するのか……。考えただけでも恐ろしい。

 

「…まあいい。どうせ…やることは…変わらん!」

「ああそうだ。持てる力全てで相手を倒す。そこは変わりない」

 

 

【月の呼吸 拾捌ノ型 朧月】

 

【針の流法 時流加速(クロックアップ)

 

 

 怪物の宴はまだまだ続く。

 

 





片や時間を操る領域に、片や空間を操る領域に達した二体の化物。
ダメだ、早くこいつ等を殺さないと。もしどちらかが生き残ってその血を飲み干し、鬼の王に成ったら人類が詰む。
たぶん、葉蔵は未来予知や時間逆行とかを、黒死牟は異空間創造や天眼などを習得するかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終バトル 最終ラウンド

 

「「ハァ…ハァ…ハァ……」」

 

 異空間の何もない空。

 巨大な獣と龍がボロボロになりながら激戦を繰り広げていた。

 

「「ッグ……おおおおおお!!」」

 

 苦しそうに咆哮を上げながら繰り出される血鬼術の嵐。

 葉蔵の赤黒い血針の毛を斬り、黒死牟の銀色の刀剣の鱗を撃ち。火花を散らし、血を流す。

 

 両者の戦いは互角。

 黒死牟が位相障壁で避けるも、葉蔵の時間加速による弾幕で何時かは当たる。

 葉蔵が時間加速で避けるも、黒死牟の位相障壁による剣戟で何時かは当たる。

 傍から見れば、最初から打ち合わせされた演舞であるかのように、両者の実力は拮抗していた。

 

「「グルオオオオオオオオオオオオオ!!」」

 

 時間加速による圧倒的な速度、位相障壁による超常的な回避。

 しかし、ソレも長く続かない。

 

 時空系の血鬼術を連発するには、大量のエネルギーが必要になる。

 当然だ、時空という通常の物理法則を大きく超えた概念をそうポンポンと使える筈がない。

 鳴女のように戦闘力や他の性能を落とした鬼なら兎も角、万能型である葉蔵や剣術特化の黒死牟が連発するには、この血鬼術は燃費があまりにも大きい。

 故にこの時空戦はまもなく終わる。その時こそこの戦いの終局である。

 

 

【針の流法 血喰砲・散弾(スプラッシュキャノン)

 

【月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月】

 

 

 葉蔵が散弾をばら撒いた。

 黒死牟の視界に拡がる銃弾の瀑布。

 一つ一つが必殺であり、次の展開へと繋げる布石。

 黒死牟はソレらを無数の斬撃によって切り払った。

 

 

【捌ノ型 月龍輪尾】

 

【針の流法 血喰砲・貫通(スパイクキャノン)

 

 巨大な砲弾を顎門から吐き出す葉蔵。

 黒死牟はソレを巨大な尾の大剣で迎え撃つ。

 力と力が、大質量と大質量が激突。衝撃波を周囲にまき散らしながら両者は弾かれた。

 

「グルル……!」

「ホオオ……!」

 

 すぐに体勢を整え、同時に互いへ向かって飛び掛かる両者。

 葉蔵は両前足に、黒死牟は牙に力を籠める。

 

 

【針の流法 刺し穿つ血鬼の爪(スパイキング・エンド)

 

【月の呼吸 拾陸ノ型 月虹・片割れ月】

 

 

 葉蔵の刺し穿つ血鬼の爪(スパイキング・エンド)と黒死牟の月虹・片割れ月がぶつかり合う。

 威力はまたしても互角。両者は再度弾かれる。

 

「グおおオオオオオオオオオオオオオ!!」

「ガアアアアアアアアアアああアアア!!」

 

 両者は吠えながら何かをまき散らす。

 葉蔵は赤い極小の針を、黒死牟は銀色の破片を。

 ソレらは両者の咆哮によって出来た空気の振動によって、一瞬で散り散りになり……。

 

 

 BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!!

 

 

 辺り一面が、爆発した。

 カッと一瞬眩い光が溢れ、遅れて轟音と衝撃波が乱舞。

 無駄に壮大かつ派手な花火が異界の空に咲き誇った。

 

 

「「グルオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」

 

 爆発の中、龍と獣が各々の武器を振りかざす。

 葉蔵は鬼喰いの針の爪で、黒死牟は鬼殺しの刃の尾を。

 互いに互いを殺し食らう技を受けながらも、決して退く事無く存分にぶつけ合う。

 

 

「(ああ、楽しいなぁ……)」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら、葉蔵は感傷に浸る。

 

 楽しい。

 膨大なこの力を全力で振るうことが。

 強大なこの力を全力でぶつける事が。

 絶大なこの力で全力に殺し合う事が。

 

 

 町ひとつを壊滅させる事すら過剰なこの暴力。

 一度行使すれば数多の命を容易く奪える。

 正しく災厄の力。人知を超えた力である。

 

 この力は、壊すためのものだ。

 自分を捕らえる枷を、絡みつく鎖を、閉じ込める檻を。

 自由を奪おうとする存在を、行く道を阻もうとする邪魔者を踏み潰すための力だ。

 

 この力は、楽しむためのものだ。

 自由にプレイして、満足感を得るための。

 自分をより高みへと導いて、成長するための。

 

 この力で自分は自由を手に入れ、邪魔者を押し退け、手にしてみせた。

 力を振るう楽しみと、力をより高める楽しみを。

 だが、眼前の敵はそうはいかなかった。

 

 どれだけぶつけても壊れない。

 それどころか反撃、応戦してくる。

 だが、ソレがいいのだ。

 

 

 これだけ大きくなったというのに、まだ互角にやり合える相手がいる。

 これだけ強くなったというのに、まだ歯向かえる相手がいる。

 これだけ進化したというのに、まだ同格の相手がいる。

 

 死の恐怖はある。当たり前だ、生きている以上は本能的にソレは存在する。

 鬼とて生物だ。当然痛覚はあるし、攻撃されたら痛みによる怒りを感じる。

 自慢である力が通じない苛立ちも、無敵と信じていた力を防がれる屈辱も。

 だというのに、それ以上に……。

 

「……く、くはは」

 

 

 喉から声が溢れる。

 怖い、痛い、悔しい。

 だが、それ以上に……。

 

「く、クハハハハハはハハハハハハハハ!!!」

 

 たのしい!!

 

 死ぬかもしれない、負けるかもしれないという恐怖感と緊張感

 こんなに強い相手を殺せるかもしれないという高揚感と恍惚感。

 それらが混じり合い更なる高まりへと変化する。

 出来ることなら、この高まりの中で昇天したい。

 

 戦いは終わる。

 両者の力も限界に近い。

 そろそろ決めなくては、しょっぱい終わり方になってしまう……。

 

「グギャア!?」

 

 葉蔵が黒死牟に噛みついた。

 刃のように鋭く、銀色に輝く鱗を貫く獣の牙。

 高濃度の血針である牙が急速に成長し、内部をズタズタにする。

 あまりの痛みに黒死牟は吠えながら、葉蔵に攻撃を仕掛けた。 

 

「グルオォ!?」

 

 黒死牟も葉蔵に噛みつく。

 針のように鋭く、紅色に輝く毛を貫く龍の牙。

 鬼殺しの力を持つ刃である牙が、毒牙のように内部を蝕む。

 あまりの痛みに葉蔵は吠えながら、前足の爪を黒死牟に突き刺す。

 

「があぁぁぁ!!」

 

 負けじと巨体を畝らせ、葉蔵に巻き付く黒死牟。

 彼の鱗は刃でもあり、逆立たせる事でヤスリのような機能を果たす。

 銀色の光が黒へと変色し、鬼殺しの力を以て葉蔵の肉体を削り取る。

 

「ぐおおおお!!」

 

 葉蔵も血針の毛を逆立たせ、黒死牟に対抗する。

 彼も全身を鬼喰いの針によって武装している。この程度など造作もない。

 

 前足で獲物を抑え込み、噛みつく葉蔵。

 蛇のように絡みつき、噛みつく黒死牟。

 泥臭く、血生臭く、痛々しい戦い方。

 正しく獣同士の殺し合いそのもの。

 それだけ両者は必死なのである。

 

 余裕などない。

 残された力は少ない。

 無尽蔵に近い筈の体力も底を尽きかけている。

 共倒れになるのは時間の問題。早く決着を付けねば……。

 

「「グルォオ!?」」

 

 地面に激突する両者。

 どうやら戦いに熱中し過ぎてお互いに飛行を忘れてしまったようだ。

 上空数百メートルから墜落した衝撃によって互いの拘束が解け、自由になった両者は同時に距離を取る。

 今度こそ、眼前の獲物を仕留めるために。

 

 

「ホオオ……」

 

 黒死牟は呼吸を整えながら自らの尾に喰らい付く。

 ギャリギャリと音を立て、尾刀を牙で研ぎ、居合の構えを取る。

 

 切り札を使うつもりである。

 黒死牟がようやく習得した御業。

 人の剣技だけでなく、化物による妖術と合わせて切り拓いた極地。

 全ては、あの雪辱を晴らすために……!

 

「グルル……」

 

 対する葉蔵も構えを取る。

 四肢を踏めて、大きく開けた口を黒死牟の方へと向ける。

 葉蔵もまた切り札を使うつもりである……。

 

 鬼として生きた時間は黒死牟と比べたら大分短い。

 若輩者もいいとこである。

 しかしだからといって、その集大成が劣っているとは限らない。

 

 葉蔵が生きて来たこの数年は、積み上げてきた戦いの歴史は、決して軽いものではないのだから。

 

 

 両者共にこの一撃に全てを賭けている。

 持ち得る力を込め、タイミングを合わせ、一気に解き放つ!

 

 

 

 

【月の呼吸 終ノ型 朔夜・蝕日】

 

【針の流法 血塗られた帝王の圧政(ブラッディクリムゾン・ランペイジ)】 

 

 

 

 一閃。

 大砲のように口から発射された弾が、居合のように牙から振り抜かれた刃が。

 二つの必殺が、同時に相手を捉えた。

 

「……グ……ぁあ…!」

「う…ぐ、おぉ……!」

 

 一発必中。

 葉蔵の放った特大の砲弾は、黒死牟の長細い胴体の中心に命中。

 瞬く間に針の根を伸ばし、鬼因子を食らいながら、更に成長し続ける。

 しかし黒死牟の抵抗が強いのか、ある程度で止まってしまった。

 

 一刀両断。

 黒死牟の繰り出した巨大な剣閃は、葉蔵の巨体を真二つに切断。

 空かさず口から黒い月を吐き出し、切り裂いた葉蔵の肉体を飲み込む。

 しかし葉蔵の力のせいか、黒い玉の吸収する速度は以前より遅い。

 

「「ぐ…おおおお!!!!」

 

 そのせいで互いの必殺技は互いを殺し損ねてしまった。

 

 身体はもう動かない。

 互いの必殺技の効力のせいである。

 黒死牟は針の根のせいで、葉蔵はブラックホールのせいで。

 互いの技が互いの肉体を杭のように押さえつけているのだ。

 しかし二人は決して諦めない。

 

 まだ生きている。

 まだ力は残っている。

 まだ俺は負けちゃいない!

 

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」

 

 葉蔵と黒死牟は、互いに異形の肉体を切り捨てて脱出。

 額の部分が盛り上がり、第一形態の状態で飛び出た。

 

「葉蔵ぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

「黒死牟ぉぉぉぉぉぉおォォォォぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!

 

 葉蔵は赤く染まった指を相手に向け、黒死牟は生成した刀を構える。

 そして……。

 

 

【針の流法 血針弾】

 

【月の呼吸 壱の型 闇月・宵の宮】

 

 

 互いの血鬼術が同時に炸裂。

 葉蔵の弾丸は黒死牟の心臓を、黒死牟の刀は葉蔵の首を刎ねた。

 

 

 




・血塗られた帝王の圧政(ブラッディクリムゾン・ランペイジ)
時間操作によって過程を飛ばし、当たったという結果のみ世界に残す。要は某運命の槍兵と同じ能力。
ブラッディクリムゾンは元ネタのキングクリムゾンから。ランペイジは暴れると横暴の二重の意味で、暴れるは葉蔵に、横暴は血鬼術の効果にピッタリだから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ゲームセット

次回で最終回です!


「う、あ…あぁ……」

 

 ドサッと、私の身体が倒れた。

 同時に転がる私の首。

 ゴロゴロと転がりながら転換する視界が気持ち悪い。

 

 転がった首が止まると、黒死牟の姿が見えた。

 瀕死状態だった。

 既に針の根が全身に伸びきっており、もう助かる見込みはない。

 死ぬのは時間の問題。多く見積もっても数分が限度だろうね。

 

「(無理もないか。なにせ私が撃ち込んだ箇所は、鬼の第二の弱点である心臓なんだから)」

 

 本来、鬼は不死身に近い再生力によって急所などあってないものだが、状況次第では弱点になる箇所がある。

 心臓と脳の二カ所だ。

 

 脳は言うまでもない

 意識を司る重要な部位である以上、長時間再生出来ない状況になれば死ぬしかない。

 

 次に心臓。

 血を動かす役目を持つ為か、心臓は鬼因子が最も多い箇所だ。

 私はその性質を利用して、鬼を倒す際は大体狙っている。

 藤襲山を出てからは血針弾の性能も上がって狙う必要は無くなったが、まさか最後の最後でその機会に巡り合えるなんて……運命を感じちゃうね。

 

「相打ち、か……」

「そのよう…だな…」

 

 私は首だけの状態で、黒死牟は動けない状態で会話を始める。

 お互い死ぬ寸前の状態。全く、お似合いだな。

 

「葉蔵よ…礼を言う…。お前のおかげで…俺は…満足して…逝ける……」

 

 ボロボロと、黒い灰を身体から零す黒死牟。

 どうやら、タイムリミットは向こうが限界らしい。

 互いの力の性質がここで出たようだ。

 

「結局…私は理想の…侍になれなかった…。だが、未練はもう…ない……」

「………」

「これも、また……一つの、結末……。私の、生まれてきた、意味……」

「………そうか」

 

 ボロボロと、黒死牟の体が崩れるスピードが早まってくる。

 

「存外に…悪く、ないものだな……。この感覚を味会う為に……この五百年近く、生き恥を晒してきたが……少しは、生きた甲斐が…あったと受け入れられる」

 

 にこりと笑いながら、黒死牟の体は完全に崩れ落ちた。

 最期に、真っ二つに割れた笛をコトリと落としながら。

 

「……さよなら、黒死牟」

 

 正直、私には彼が死ぬ間際に何を思ったかなんて考えもつかない。

 

 私と彼とでは何もかもが違う。

 生い立ち、生きてきた時間、価値観も求める物も。

 けど、あの消える間際の顔を見れば分かる。

 最後に彼は、自身の鎖から解き放たれたと。

 

「っと、今度は私の番か」

 

 私の身体も崩れ始める。

 斬られた箇所から徐々に灰化が進み、視界の端に見える私の胴体は半分も黒い灰へと変わっていた。

 どうやら、私のゲームもここまでのようだな。

 

「よ、葉蔵さん!」

「……ああ、炭治郎くんか」

 

 いつの間にか炭治郎くんがすぐそこまで近づいていた。

 ここまで接近されても気づかないなんて、相当キているようだ。

 まあ、死ぬ間際だから警戒する必要もないんだけどね。

 

「葉蔵さん、しっかりしてください! 日輪刀で首を斬られても死ななかった鬼がいました! 葉蔵さんも出来る筈です! こんなに強い葉蔵さんなら!」

 

 首だけの私を抱え、泣きながら必死に話す炭治郎くん。

 こうなると分かって、こうなることを望んでこの道を選んだ私を心配してくれているのか。

 ありがたいと言えばいいのか、お人よしめと言えばいいのか……。

 

「いいんだ、炭治郎くん。私の願いは叶った。……もう、生きる必要はない」

「何言ってるんですか!? 生きる必要がないなんて……! そんな…そんな悲しいことを言わないでください!!」

 

 

「生き甲斐なんていくらでもあるじゃないですか! 何かを作ったり、行ったことのない所に旅したり、お嫁さんにしたい女の人を探したり! まだまだ楽しい事はいっぱいあるんですよ!」

 

「葉蔵さんなら出来ます! 今度は会社を大きくするげ~むをしましょう! 今度はすぐ飽きないように、皆で協力して! 世界一の会社にするのがくりあ条件ですからね!」

 

「大体、一人で完結しているからこんなに拗れるんですよ! 今度は皆で何かをやり遂げましょう! 言っておきますけど、葉蔵さん一人で全部出来る程、このげ~むは甘くないですよ!!」

 

 

 

「……炭治郎くん」

 

 ああ、確かにそうだ。

 別に鬼としての生に拘らなくても、この世界にはまだまだ色んな楽しめるものがある。

 美食、恋愛、仕事、冒険、趣味…。デカい事は勿論、小さな日常の出来事でも十分生きる理由にはなる。

 

 そもそも、人間を辞める必要自体、本来はない筈なんだ。

 周囲を見れば、幸せそうにしている人なんていくらでもいる。むしろ、私のような変わり者は少数だし、ソイツらも何だかんだで生き甲斐を人の道で見つけている。

 

 私も、その気になれば見つけられたかもしれない。

 あの時こうしていれば、ああしていればと、私自身心当たりは幾らでもある。

 けど、もうそんなことはどうでもいい。この道を選んだ事に、私は一切の後悔もない。

 

 ソレに、今更後悔したところでもう遅い。

 

「すまないね炭治郎くん。もう私は……助からない」

「………そう、ですか」

 

 私の限界は、こうなる前から来ていた。

 最初から分かってたんだ、この道にはもう先がない事を。

 ソレを知っていながら私は歩み続けた。これはその結果だ。

 

「炭治郎くん、生きるものはいつか死ぬし、今あるものはいつか壊れる。遅かれ早かれ、私はいつかこうなるんだよ」

「………」

「この世に永遠なんてない。長く続いた御家も、人の想いも、人類そのものも何時か途絶える。この世にあるものはいつか無くなるんだ」

「……かつて、この世界を支配していた竜のように……ですか?」

 

 あれ?なんで恐竜の事を……ああ、そういえば以前に話をしたな。そのことを憶えていたのか。

 

「……栄枯盛衰。確かに、その通りです。恐ろしい程に……神話の怪物みたいに強かった貴方が……今はこんなにも、弱弱しい…」

「弱弱しい…か。この私が……随分言ってくれるじゃないか」

 

 本当の事だから反論なん出来ないけど。

 

「それなのに、貴方はこんなに…」

 

 突然、炭治郎君の声が聞こえなくなった。

 同時に眼前の景色がぼやけ、頭が回らなくなる。

 どうやら、本格的にお迎えが来ているようだね。

 

「(ああ、楽しかったな……)」

 

 本当に、色んなことがあった。

 鬼の力という武器を与えられ、家という檻から出て、私は外の世界を……生きる実感を堪能した。

 

 走馬灯が走る。

 鬼に成った瞬間、鬼と戦った瞬間、血鬼術を使った瞬間、上弦と戦った瞬間…。

 どれもこれも楽しい思い出だ。

 

 無論、全てがいい思い出というワケではない。

 痛い思いはした。悔しい思いも、思い通りにいかず苛立った事もあった。

 けど、ソレも全部含めて価値のある体験……私の人生ならぬ鬼生だったと断言出来る。

 

 

 力を手に入れた。

 自由の身になった。

 存分に暴れ、やりたいことをやった。

 前世の叶えたかった夢を実現し、今世の欲望を満たしてきた。

 

 十分だ、十二分に楽しめた。

 もうこれ以上、戦いも奪う必要もない。

 満足して“鬼生(ゲーム)”を降りられる。

 

 

 鼓動を感じる。

 心臓も血管も失ったというのに、煩い程の脈動と、熱が私を満たしている。

 

「私は…満たされた。……満足だ」

 

 高まりに身を任せ、私は目を閉じた。

 

 

 




このssで私が書きたかったのは
①血鬼術をバンバン使って鬼を倒しまくる鬼
②倒した鬼を喰ってレベルアップする鬼
③原作にはない視点のキャラクター
④上弦の鬼との派手な戦闘シーン
⑤原作キャラ救済と鬼側の満足死
⑥鬼の更なる強化
この6つです。

書きたいものを優先した結果、鬼との戦闘に力を入れ過ぎて他がなおざりになってしまいました。
けど、書きたいものを書けたので概ね満足です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

物語の終わり

大分長い間書いてましたが、やっと終わらせることが出来ました。
ご愛読、ありがとうございます!


 

 鬼が全滅して、一か月が経過した。

 多大な犠牲を払いながらも、宿敵である無惨は討伐された。

 本来なら歓喜する筈なのだが、鬼殺隊士たちはどこか重苦しい空気を醸し出していた。 

 

 無惨を倒したのは鬼殺隊ではなく、鬼である葉蔵だった。

 その葉蔵も鬼との戦闘によって相打ち。

 鬼は鬼によって滅んだのだ。

 

 これは鬼殺隊の勝利ではない。

 鬼という種族が勝手に暴れ、勝手に滅んだ結果である。

 

 文字通り血の滲む鍛錬を重ね、文字通り命懸けの任務を熟してきた自分たちが何も出来なかった。

 あの強大な獣と龍に怯え、手も足も出ず、どちらも死んでくれと祈る事しか出来なかった。

 鬼殺隊を名乗っていながら、鬼を殺す事が出来ず、最期は“鬼頼み”をした。

 戦えなかった不甲斐なさと、自分たちで鬼を倒せなかった不完全燃焼感は、どこか重い空気に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……全員揃ったね」

 

 柱が全員揃った事を確認すると、産屋敷が口を開く。

 

「行冥、義勇、杏寿郎、実弥、天元、蜜璃、小芭内、錆兎、無一郎。今まで本当にありがとう。まさか、柱が全員揃ったままこの日を迎えられるとは思っていなかった」

 

 柱は全員生存。

 重傷こそ負ったものの、命に別状はない上に回復の兆しもある。要するに五体満足ということだ

 

「では早速本題に入ろう。今日が最後の柱合会議だ」

 

 最後。

 彼らの戦いは終わったのである。

 そしてそれは………。

 

「本日を以て、鬼殺隊は解散する」

 

 彼らの存在意義がなくなったことを意味している。

 

「長きに渡り、身命を賭して世の為人の為に戦って戴き、尽くして戴いたこと……産屋敷家一族一同、心より感謝申し上げます」

 

 産屋敷は奥に控えていた妻や子供達と同時に頭を下げる。

 

 

「顔を上げてくださいませ!」

「礼など必要御座いません! 鬼殺隊が鬼殺隊で在れたのは産屋敷家の尽力が第一です!」

「……ありがとう。義勇、実弥。そう言ってもらえると私も救われる」

 

 産屋敷たちは顔を上げた。

 

「それじゃあ、皆はこれからどうするんだ?」

「そうだな……しのぶのヒモにでもなって碁でも打つか」

 

 けっこう最低な発言をいい笑顔でする義勇。

 その場にいる者たちは若干引きながらもその光景を想像し、似合っていると感心した。

 

「冨岡、いくら胡蝶妹が葉蔵さんの会社に入社出来たからといって、甘えすぎだろ」

「……冗談だ。しばらくは柱として貯めた賃金があるからコレを切り崩す」

 

 伊黒の発言に対してバツが悪そうに答える義勇。

 

「……まさか、柱が全員揃ってこの日を迎えるだけじゃなく、子供たちの結婚まで見届けられるなんてね」

 

 この一か月足らずで、結婚ラッシュが続いた。

 実弥は胡蝶カナエと、義勇は胡蝶しのぶと、小芭内は蜜理と、錆兎は真菰と。

 未だ式は開いてない。今回の後始末が終わってからゆっくりとやる予定である。

 

 就職も万全である。

 胡蝶家は二人とも葉蔵が運営していた製薬会社に内定が決定しており、葉蔵と縁がある者の何人かは葉蔵か運営していた会社に入社する予定である。

 

 実に明るい未来。

 誰一人欠ける事無く明日を迎え、各々が忘れていた戦いのない世を生きようとしている。

 

「これも全部……葉蔵さんがいたおかげですね」

「「「・・・」」」

 

 沈黙。

 甘露寺の発言によって重い空気がその場を支配した。

 

「葉蔵さんがいてくれたから、私たちは無事生きられました。もし、あの人がいなかったら………」

「その通りだ! あの鬼がいなければ我ら鬼殺隊は皆殺しにされていた! そこは感謝している!」

「そうだ。あの人がいなかったら、俺らは為す術無くやられていた。……あの人には、足を向けて寝られらない」

 

 甘露寺、煉獄、伊黒の順に発言する。

 

 

「けど、あの人は死んでしまった」

 

 

「「「………」」」

 

 重苦しい空気が更に重くなった。

 

「私たちはあの人に助けられてばかり。蟲毒と化した藤襲山で助けられて、外でも人を襲わず鬼を退治してくれて、隊士達が退治しようとしているのに見逃してくれて、上弦の鬼もほぼ全部あの人が倒してくれた」

「……そうだな。葉蔵がいたおかげで俺たちは派手に生存確率が高くなった、無惨を倒した以外にも、俺たちはあいつに借りを作りっぱなしだ」

「……なんとかして、葉蔵さんと生きられる未来はなかったのでしょうか」

「ソレは無理だね」

 

 ぴしゃりと、産屋敷が断言する。

 

「お、お館様!? それは一体どういうことでしょうか!?」

「言葉通りだよ。針鬼は針鬼である限り、私達鬼殺隊と……いや、人と同じ道を歩むことはなかった」

「……その通りだ」

 

 今まで黙っていた悲鳴嶼が初めて発言した。

 

「あの鬼は子供だ。強大な己の力を玩具のように使い、命を賭けた戦いを」

「そうだ、彼は子供だ。幼稚だ。だからあれだけ強く成れたんだ」

 

 否定的な悲鳴嶼の発言に対して、産屋敷は後ろ向きだが肯定するような答えを返す。

 

「何かを守り、誰かのために戦い背負っているものを己の力に変える。ソレも強さの一つだ。けど、自分以外の事を考えず自分の為だけに戦い、ただ戦う事を存分に楽しみ、戦いの中で何かを得て力に変えるのも、

また強さの一つだよ」

「それが幼稚ゆえの強さだと?」

「そうだ。幼稚故に、強さ際限がない。大した理由もなく、ただ楽しいというだけでどこまでも強くなる事に没頭出来る。その結果あれだけ強くなれたんだ」

 

 ネオテニーという言葉がある。

 子どもの状態を保ったまま成体になることであり、身近な例では犬が該当する。

 未熟化というのは一見、退化のように思えるかもしれませんが、そんなことはない

 特に脳の場合、未熟ということは、様々な知識や経験を柔軟に吸収、学習出来るという事。

 つまり、未熟である限り、ずっと成長し続けられるということである。

 

 葉蔵は未熟であった。

 未熟だからこそ成長し続け、戦いを楽しみ、永遠に進化し続けれられたのである。

 もし仮に、彼が大人になってしまえば、鬼としての成長は望めなかったかもしれない。

 

「それに、炭治郎から聞いた話だけど、彼は死ぬ間際に笑っていたそうだ。……笑って逝ける事が、彼が幸せだった証だと私は思っている」

「………」

 

 その光景は甘露寺も見ていた。

 黒い灰へと散る間際、やり切った笑顔の葉蔵を。

 あの顔を見てしまえば、もう何も言えない。

 

「……結局、アイツは派手に最後まで自分のやりたいようにやったという事か」

「そう言う事だ。だから彼に対して何か後ろめたいことを感じる必要はない。だって、彼は私たちの犠牲になったつもりなんて露ほどもない筈なんだから」

 

 産屋敷は立ち上がって話を続ける。

 

「でも、勝手に感謝するぐらいならバチは当たらない筈だ」

「そう、ですね……」

 

 元・柱達は葉蔵に黙とうを捧げた。

 葉蔵に対してあまり良い感情を持たない煉獄や、あまり縁のない無一郎も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最期の柱合会議から数日後、とある港では、我妻善逸、嘴平伊之助、栗花落カナヲ、不死川玄弥、竈門禰豆子、そして竈門炭治郎が集まっていた。 

 

「禰豆子ちゃあああああああん! ほんとに……ほんとに行っちゃうのぉおおおお!?」

「うん、私はお兄ちゃんと一緒に海外へ行くの」 

 

 禰豆子と炭治郎は鞄を背負い学生の制服を着ている。

 海外の学校に留学する為である。

 葉蔵との会話で海外に興味を持った二人は、産屋敷と葉蔵の伝手を使って海外へ留学することになったのだ。

 無論、外国語もちゃんと話せる。鬼殺隊として活動する時間の合間に勉強していた。

 

「カナヲちゃん、家のことお願いね」

「うん、だから二人は外国で安心して勉強していってね」

 

 カナヲは炭治郎の家に住んで二人の帰りを待つ。

 海外には半年もすれば帰れる。それに、しのぶやアオイ達も頻繁に様子を見に来てくれるとのこと。

 

「(しのぶ姉さんもカナエ姉さんもお嫁に行った。なら、次は私の番ね)」 

 

 カナヲは髪飾りにそっと触れる。

 今着けているこれはしのぶの髪飾り。

 現代で言う婚約指輪の代わりに、しのぶは義勇から新しい髪飾りを贈られた。

 炭治郎とうまくいきますようにと、ゲン担ぎの意味も込めてこの髪飾りを使っている。

 

「………行ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 カナヲの手を炭治郎がそっと握る。

 ふんわりとした、お日様の光のような温もり。

 炭治郎の思いが、優しさが伝わってくる。

 

 

「きいいいいいいい! 何見せつとんじゃああ!?」

 

 手を握りあう二人を見て、善逸が汚い高音をあげる。 

 

「禰豆子ちゃあん……俺も着いて行っちゃダメ?」

「ありがとう、でもこの旅は二人用なの。結構ギリギリだったのよ?」

 

 この時代、海外へ学ぼうとするものは多い。

 華族でも何でもないただの炭売りだった二人なんて、本来なら行けるはずが無かったのだ。

 

「(葉蔵さん、貴方はすごい方でした……でも、俺は貴方と同じ道を行きません)」

 

 炭治郎は懐から赤い杭を取り出す。

 葉蔵が消える際に遺したものである。

 

「(これだけじゃない。貴方は色んなものを遺してきました。……けど、貴方はソレを望んでしたわけじゃないんですよね)」

 

 葉蔵は最後まで人間の繋がりの中に入る事を拒んだ。

 個として生き、個として楽しみ、個として死ぬことを選んだのだ。

 死んだ後も何かを残し、継承させようとする意志なんて葉蔵にはない。

 何故なら、死んだら全てが終わりだから。死後なんて知ったこっちゃないから。

 そんな葉蔵の考えは、家族や仲間との繋がりを大事にする炭治郎には受け入れられなかった。

 

「(けど、あの人だからこそ見えた世界がある。現に貴方は俺たちでは辿り着けなかった領域に到達していた。たぶん、上弦の壱も貴方に影響されたんですよね?)」

 

 しかし、そんな葉蔵だからこそ時空をも操る力を手にした。

 何ものにも縛られず、何ものにも属さず、何ものにも囚われないからこそ。

 全てから解放され、自由になった葉蔵だからこそ手にすることが出来たのだ。

 

 人との絆、繋がる心、受け継がれる思い。

 ああいいだろう、とても大事なことであり、幸せな事だろう。

 しかしソレが全てではない。

 その枠外でしか見えないモノ、手に出来ないものはちゃんと存在する。

 葉蔵はソレを追い求め、掴み取り、満足して逝った。

 

「(俺も俺の幸せを追い求めます。貴方がそうしていったように)」

 

 

 新しい旅路は、こうして始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、各々が歩き始める。

 

 人生というゲームに挑むために。

 

 

 命というたったひとつの、幸せを手に入れるための参加券。

 

 生きとし生きる者たちはその権利を有している。

 

 人生は楽しんだ者が勝ち。存分に楽しむがいい。

 

 幸せの形は千差万別。世間や他人と違って当然。

 

 たとえ歪んでいようとも気にすることはない。

 

 思うがままに生き、幸せを手にすればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【時の流法 物語のやり直し(アクタ・エスト・ファーブラ)

 

 

 

 

 ほら、楽しもうとしているプレイヤーが一人、ここにいる。

 





ふ~、やっと終わりました!

書きたいことは大体書けました。
上弦のトップ3と無惨を満足死させて、原作キャラを救済して、鬼を喰って強くなって、オリジナルの血鬼術使って、原作にはない意見を出して、そして上弦の鬼ともっとバトルを繰り広げる。
あとは鬼滅の刃の根本である絆と繋がりの否定。
私はssを書く際、アンチ要素を入れないと満足できない病気にかかってるんです。

ええ、本当に描きたいことは粗方書いちゃいました。
ただ、書きたい事に力を入れ過ぎて他をなおざりにしてしまったのが反省点です。

皆さん、応援ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。