だが男だ (トクサン)
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あの日の僕はまだ性別を知らない

 インフルに罹った時、苦悶の三日間で書き上げたものです。
 頭茹っていたので日本語間違っていても許し下さい何でもはしません。


「最近思うんだよ、ちんこ付いてるとか、付いてないだとか――本当はどうでも良いんじゃないかって」

 

 高校からの下校中。不意に誠也は河原で夕日を眺めながらそう言った。隣を歩く幸は頷いた。背後に続く満は『何言っているんだコイツ』という顔をした。三人はのんびり歩きながら誠也の言葉に耳を傾けた。

 

「俺達はちんこに目を向け過ぎていると思うんだ、ちんことはなんだ? ちんこはちんこだ、それ以上でも以下でもない、見るべきところはもっとある、そう、例えばだが……めちゃくちゃ可愛い女の子が居て、その子にちんこが生えていたらその子は可愛くなくなるのか? 否だ、その子は可愛いまま、可愛い女の子だ」

「めっちゃ分かる」

 

 誠也の言に幸は何度も頷く。満は首を傾げた。

 ちんこ生えてる時点で女の子じゃない気がするんですがそれは。

 

「可愛い女の子にちんこ生えても可愛い女の子が可愛くなくなるなんてあり得ない、つまり俺達が最も気にすべき点は可愛いかどうかであって、ちんこが生えているか生えていないかなんて二の次、三の次、つまり然程重要じゃないんだ、ちんこ生えていても愛せる、ホームラン・モアラブ、略してホモ、おっと、また真理を見つけてしまったな……」

「ひゅー、さっすが!」

 

 満は二人の言葉の意味が分からなかった。幸は呑気に歓声を上げている。夕日が綺麗だった、風が吹いて頬を撫でる。満は自分がどこか遠い宇宙を旅している気分になった。

 ちんこ、ちんこって何だっけ。

 

「まぁちんこ生えていても女の子可愛いやったーというのは分かった、それで結局何が言いたいんだってばよ」

「幸って可愛いよね、んじゃ俺と結婚しようか」

 

 友人(男)が友人(男)に求婚していた。

 思わず満は足を止めた。

 

「ふむ、まぁ僕が可愛いのは今に始まった事ではない、僕にちんこは生えているけれど可愛いからね、つまり女の子って訳だ、仕方ないね」

「だろう? そんな幸に俺が惚れて結婚して幸せな家庭を築き子沢山になるのは自然な流れだと思うんだ」

「成程、自然だ」

 

 自然……だろうか? 満は思わず声を上げそうになるのを必死に我慢した。

 

「でも問題がひとつあるぞ、誠也」

「うん? 僕のゲルニカパーフェクトインフェニティロジック、略してゲイに問題があるとでも?」

「だってさ、誠也は僕が可愛いから惚れたんだろう?」

「そうだ、俺は幸をぶち犯したいからこんな話をしたんだ」

「でも誠也可愛くないじゃん」

 

 そう言われた誠也は愕然とした表情を見せた。確かに誠也と呼ばれる青年はどちらかと言えば凛々しい顔立ちをしている。髪も伸ばしている訳でもない、反対に幸は女性らしい顔立ちに髪をしていた。この外見で可愛らしいというには無理がある。

 幸はどこか不満げに頬を膨らませながら言った。

 

「誠也、僕は女の子だけれどちんこ生えているんだよ? つまり僕だって可愛い子が好きなんだよ、男だからね、仕方ないね――だから誠也が僕に惚れるのは理解出来るけれど、誠也が男である以上僕が誠也を友達以上に見るのは難しいんだ」

「……成程、百理あるね」

 

 誠也は重々しく頷く。確かに自分も男と結ばれるのは嫌だと。

 誠也は他人の気持ちを思いやれる優しい青年であった。

 

「つまり幸、君は俺にこう言いたいのか――『可愛くなれ』と」

「まぁ率直に言えばそうかな」

「ふふふ、そうか――まぁそうだね、惚れた女の子の為に一肌脱ぐのも男の甲斐性という奴かな」

 

 髪を掻き上げ誠也は白い歯を光らせる。この瞬間、彼は可愛らしい女の子を目指すと決めた。

 

「わかった、なら明日にも俺は可愛い女の子になろう、可愛く着飾って幸を手に入れる――ユナイテッド・リーフ、略してユリだ」

「ふふっ、誠也が可愛い女の子になってくれれば僕達は晴れて相思相愛……あぁ、そうだ誠也、子どもは三人欲しいなぁ」

「任せておけ、明日からは毎日がエブリデイだな! ふははははッ!」

 

 ☆

 

「姉ちゃん、女の子って何だっけ」

「は?」

 

 帰宅後、満はソファの上でだらしなく漫画を読む姉に問うた。ずぼらな姉はそれに相応しい服装で胡乱な目を弟である満に向ける。制服を着て、鞄を抱えたまま満は気まずそうに経緯を話した。

 

「いや、何か俺の友達がさ、その……付き合う事に、なって、さ」

「そう、良かったじゃん? 何、嫉妬?」

「いやぁ……あれは嫉妬とか、そういうレベルではないというか何というか」

 

 脳裏に自分の前を歩くカップル――カップル? の後姿が浮かぶ。

 二人は終始幸せそうだった。それは御目出度い事だ、素直に祝うのも吝かではない。吝かではないのだが。

 

「女の子にちんこが生えていても可愛ければ女の子な訳じゃん? でも可愛いって表現は男の子にも使える訳だからさ、男の子が可愛いくてちんこ生えてたらその子は男になるのかな? 女になるのかな? ちょっと最近、分からなくなって」

「アンタ頭大丈夫?」

 

 漫画から目を上げた姉は心底心配する様な声で言った。

 満は安堵する。そうだよね、何でこんなバカな事を聞いたのだろうかと。こんな事は誰にでもわかる、今更誰かに問うような事をする必要もない。

 

「女の子に決まってんじゃん、何当たり前の事言ってんの」

「…………………だよねェ」

 

 満は燃え尽きた様な顔で頷いた。

 

「お風呂、入って来る」

「はいはい、いってらー」

「ちんこってなんだ……? ちんこは、男の証明ではなかった……? つまり僕は男……いや女? 分からない、僕には、分からない……」

 

 ぶつぶつと呟きながら風呂場に向かう満、制服を脱ぎ捨て鞄を放り、全裸になってその鏡に映る自分を見た。青白い顔に生気を感じさせない雰囲気、ふと鏡に手を着いて呟く。

 

「可愛い」

 

 自分で言うのも何だがその顔立ちは女性に近い。生まれつき体が小さく、髪も伸びるのが早かった。これで女性用の制服を身に纏っていたらきっと女子生徒に間違われるだろう。感覚としては薄幸の美少女という具合か。

 

「僕は女の子だった?」

 

 呟き、満は下半身を見た。

 

「……でも、付いているし」

 

 じっと自身の半身を眺め、それから満はふっと儚く笑った。

 

「世の中って不思議で一杯だな」

 

 ☆

 

「満、好きだ、結婚してくれ」

「………」

 

 翌日、満は放課後に呼び出しを受けていた。屋上で二人きり、そして対峙する雰囲気から『そういうイベント』であると想像するのは難しくない。しかし、いざその場面に遭遇しても満にあったのは困惑のみであった。

 

「あの、俺、男だけれど」

「満は俺から見れば可愛い、つまり女の子だ」

 

 目の前の巨漢が言った。満の身長は百五十に届くかどうか。対し目前の男は百九十近く身長を誇る。体つきも全く違う。最早大人と子どもというか蟻と恐竜位の差があった。元々彼とはクラスメイトである――そう、彼だ。目の前の男性は、男なのだ。

 いや、当たり前の事なのだが。

 

「……いやぁ、俺は普通に女の子が好きなので、ごめんなさい」

「! 俺に、女になれ……と?」

「いや、違うから」

 

 何故そうなるのかが分からない。愕然とした表情で呟く巨漢に満は思わず呟いた。

 

「すまない満、俺はその、こんなナリだ、身長百九十で体重九十の俺に似合う女性服があるとは到底思えない、多分筋肉でパツパツになってしまう」

「だから違うって、お願い、聞いて」

 

 心から申し訳なさそうな顔でそう宣う彼に満は首を振った。すると彼は困惑した表情でおろおろと体を震わせる。

 

「何が気に入らないんだ? この際だ、尻を割って話そう」

「割るのは腹だね、うん」

「腹を割るのか? いや、しかし……すまない、既に腹はシックスパックに割れているんだ」

「君が人間ならお尻も二つに割れていると思うよ」

「それでも、どうしてもと言うのなら……そうだな、トゥエルブパックに割るか!」

「多分無理かな」

「尻を四つに割る方が良いか?」

「ちょっと何言っているのか分からない」

 

 きっと彼は自分とは違う生き物なのだ。満は遠い目をしながらそう思った。彼はどこか悩むような素振りを見せ、それから決意した様に頷いた。

 

「むぅ……ならやはり、俺も女の子になるしか」

「俺、ゴリマッチョの女装は見たくないよ」

「待っていてくれ満! 明日、俺はきっと可愛い女の子になって戻って来るからな!」

「聞いて?」

 

 彼は聞かずに立ち去った。宛ら豹の如き俊敏さで屋上の階段を駆け下りて行ったのだ。満は思わずその場に崩れ落ち膝を抱えた。

 

「俺が、俺がおかしいのか……?」

「見ていたわ少年!」

「ッ!?」

 

 声が聞こえた。それは女性の声であった。思わずと言った風に顔を上げ周囲を見渡せば、給水塔の上に仁王立ちする女子生徒がいた。危ないですよ。

 

「いえ、満と呼ばせて貰いましょうか!」

「は、はぁ……初対面で滅茶苦茶親し気ですね」

 

 とぅ! という掛け声と共に飛び出した女子生徒は屋上に着地し、そのままゆっくりとした足取りで満の前に立った。黒い長髪と眼鏡の似合う女性だった。満よりも身長が高い。彼女は懐に手を入れると一枚の紙きれを取り出す。

 

「ほら、最初が肝心って言うじゃん、あ、こちら私の名刺になります、どうぞどうぞ」

「あ、これはご丁寧にどうも」

 

 思わず満は頭を下げながら受け取ってしまう。名刺に書かれていたのは学年、名前、住所、電話番号、スリーサイズ――いやここまで書く必要あるのだろうか。個人情報駄々洩れ過ぎでは? 満は訝しんだ。

 

「三年の……初汰 紺(しょた こん)さん?」

「あ、それカンって読むのよ」

「カンさんですか、えっと、宜しくお願いします、紺さん、一年の希望満です」

「えぇ! よろしくどうぞ!」

 

 何で名刺なんて持っていたんだろう。満はその疑問を飲み込んだ。満面の笑みで頷く上級生に問いかけ辛いというのもあった。

 

「それで、その、何か俺に御用でしょうか?」

 

 満は恐る恐る、自分に声を掛けて来た理由を尋ねる。すると紺と呼ばれる上級生は眼鏡を指先で押し上げながら、ゆっくりとその眼を細めた。

 

「ねぇ、満、貴方、この世界に不満を抱いているでしょう?」

「不満、ですか」

「えぇ、そう――例えば、男女の違いだとか」

「!?」

 

 満は思わず目を見開いた。何故その事を!? その違和感は他人に喋った憶えなどない。強いて言うなら昨日姉に問うた程度だ。

 それをこの人は見抜いている――!

 紺は我が意を得たりとばかりに踵を返し、両腕を広げながら大袈裟に振舞った。

 

「ちんこが生えていても可愛ければ女の子――常識よね、誰だって知っているわ、赤ん坊だって知っている、物忘れの激しい三丁目の東稔さんだって知っている、広辞苑を開けば『可愛い』の後ろに『ちんこ』が付いてくるわ、常識中の常識ね」

 

「え、えぇ……そうです」

「けれど貴方はこうも考えている……あれ? 女の子にちんこ生えていたら、それもう男じゃね? って」

「な、何故それを!?」

 

 愕然とした。叫び、肯定してしまった満は咄嗟に口を噤む。しかし既に叫んだ後。紺は満面の笑みを張り付けたまま満の顔を覗き込んだ。

 

「ふふふっ、私は何でもお見通し……そして貴方のその不満、そして疑問、それを解消する術を私は持っているわ」

「なっ、本当ですか?」

「えぇ、私、嘘つかない」

 

 一瞬、何か怪しいなと思ったが満はスルーした。

 

「そ、それは具体的にはどうすれば?」

「簡単な事よ」

 

「貴方、女装してみなさいな」

「えっ?」

 

「だから一度、女の子になってしまえば良いのよ」

「……いや、それはちょっと」

 

 提示された条件は満の予想斜め上どころか直角にぶっ飛んで行った。しかし渋り、顔を歪める満に対し紺は指を振る。「ちっ、ちっ、ちっ」などと舌を打ちながら肩を竦めて見せた。

 

「甘いわねぇ、甘々、チョコレートにアイス乗せて金平糖ぶち込んだ位甘々よぉ」

「なっ……」

「どうして可愛ければちんこ生えていても女の子になるのですか? その答えは単純にして明快、故に言葉で説明するものではないわ、見て、感じるのよ、理屈を捏ねて納得できる代物ではないの――貴方、こんな言葉を知らないかしら?」

 

「深淵を覗くと――めっちゃ深い」

「ッ!」

 

 電撃が体を奔った様だった。身を強張らせた満に対し、紺はゆっくりとした足取りで近付いた。そしてその肩に手を乗せると、まるで歌う様に諭した。

 

「別段減るものでもないでしょう? それとも何、貴方は自分の行動一つで納得が出来るっていうのに、食わず嫌いで自身の疑問と不満を無視するのかしら? 貴方がそんな態度だから、ちんこの方も『コイツ男なんかな? 女なんかな? わからんわぁ』とか言ってこんな状況に陥っているのではないの?」

「……それ、は」

 

 満は言葉に詰まった。紺の言葉に『確かにそうかもしれない』と理性が納得してしまったのだ。そうだ、自分がこんな、何も知らず行動しない奴だから、ちんこの方も愛想を尽かして真理を教えてくれないのかもしれないと。

 満は覚悟を決めた。

 

「わかり、ました……俺、女の子になって、みます」

「チョロい」

「えっ?」

「んっ、何でもないわ」

 

 紺は満面の笑みで頷いた。

 

「なら早速やりましょう、部室に行くわよ」

「は、部室ですか?」

「えぇ、そう、私こう見えてもとある部活の部長なの、そこには女性用の服が沢山あるから女の子に成るにはうってつけよ」

「えっと、因みに何の部活なんでしょうか」

「年下女装男子を愛で――げふんごふんおっほぉん! そうね、写真部とでも言っておこうかしら?」

「……そうですか」

 

 満の股間が囁いた。『あんちゃん、この女アブない奴やで』、けれど真理に到達していない満には聞こえなかった。

 紺の誘いにホイホイ乗って部室へとやってきた満。その部屋は確かに写真部らしく撮影機材と衣服が其処ら中に積まれていた。

 

「さっ、入って、どうぞ!」

「お邪魔します」

 

 小さく頭を下げながら部室に入る満。そして満の後に部室へと入ってきた紺は後ろ手で扉を閉め、鍵を掛けた。ガチャン、という重々しい音が部屋に響く。満は思わず振り向き、問うた。

 

「……何で鍵を締めるんです?」

「防犯よ防犯、テロリストが入って来たら困るでしょう?」

「学校にテロリストが入って来るとは思えないんですが」

突撃銃(アサルトライフル)持って突っ込んでくるかもしれないじゃない、それよりほら、こっちよこっち」

 

 紺は説明もそこそこに満の手を引いて衣服の前に連れて行った。ハンガーに掛けられた大量の衣服、それらを手で示しながら紺は満面の笑みで問いかける。

 

「それで、どれが良い?」

「何か一杯ありますね……ナース服? それにこれ、水着」

「まぁ最初は普通に学校の制服かしら、女性用の」

「……………」

「あぁ、それと髪型も、この中から選んでね」

 

 余りの本気具合に言葉を失う満を他所に、紺はダンボール箱の中から色とりどりのウィッグを取り出した。満は適当に受け取りながら、思わず呟く。

 

「ウィッグですか」

「えぇ、長さも自由自在、自分に似合うと思う髪型を選びなさいな、あぁ、決めたらそこに座ってね、メイクするから」

「め、メイクもですか?」

「えぇ、そうよ」

 

 反射的に顔を顰める満。反して紺は瞳を光らせ、両手に化粧道具をこれでもかと掴みながら決め顔で告げた。

 

「やると決めたなら本気よ、手抜きはないわ、何事も全力で、そっちの方が素敵でしょう?」

「は、はぁ」

 

 その熱意に押され曖昧に頷く満。そして適当なウィッグを手元で弄りながら、目の前に並ぶ衣装を眺め呟いた。

 

「……取り敢えず、何でもいいや」

 

 ☆

 

 鏡を見る。

 

「―――」

 

 美少女が居た。

 

「か、可愛い……」

 

 女性制服を着た自分。思わず呟く。驚く程似合っている、これは、確かに、ちんこが付いていても女の子と言えるのかもしれない。そう納得する程の衝撃がある。

 しかし――!

 

「け、けれど――死ぬほど恥ずかしい……ぃ!」

 

 満はスカートの裾を抑えながら赤面した。足元が涼しくて落ち着かない。思わず涙目で振り向き、紺に向かって叫んだ。

 

「あの、紺さん、これ、もう終わりで……」

「あぁぁぁ――薄幸美少年女装羞恥顔目照れ混じり顔、最高に尊いわァ……」

 

 紺は涎を垂らしながら両手を組んで満を拝んでいた。

 端的に言うとトリップしていた。

 ギラギラした瞳とこれ以上ない程に緩んだ口元。更に力強く組んだ手は小刻みに揺れている。その様子は正に『麻薬常用者』のソレ。満は思わず顔を引き攣らせ、問うた。

 

「……紺さん?」

「――満君、其処、座って」

「え、いやあの、俺、もう、今日は終わりで」

「座って」

「その」

「座りなさい」

「………」

 

 キマった顔で言われると逆らえなかった。端的に言うと怖かった。

 今更ながら満はこの上級生が『やべー奴』なのだと分かった。

 満が静々と椅子に腰を下ろすと、紺は大きな三脚を立て段ボールの中を漁り始めた。そして取り出したのは――。

 

「さて……よいしょっと」

「紺さん……何です、それ」

「ビデオカメラよ」

「何でそんなもの出すんですか」

「記録の為だけれど」

「……誰の?」

「満君の」

 

 満は恐怖に打ち勝ち即座にダッシュで逃げ出した。しかし回り込まれてしまった。凡そ女性の腕とは思えぬ力で捕まり、拘束されてしまう。

 

「放して下さい! 俺は、俺は撮影なんて死んでも嫌です!」

「大丈夫よ、その内撮影される事すら気持ちよ――げふげふ、気にならないようになるから!」

「嫌だぁァ! 放せェ!」

 

 しかし悲しいかな、満は余りに非力であった。椅子に縛り付けられ、嫌々と首を振る満を紺はとても良い笑顔で見つめている。

 

「さて――まず年齢を教えて貰えるかしら?」

「さっき屋上で一年って言いましたよね!?」

「ふぅん、身長体重はどれくらいあるの?」

「な、なんでそんな事教えないといけないんですか……? というか、何ですか急に」

「体、結構がっちり……はしていないけれど、トレーニングとかはしているのかしら?」

「いや全然していませんよ、学校の体育くらいですよ!」

「へぇ、週何回位?」

「週二回ですよ! 先輩同じ学校通っているんですから分かりますよね!?」

「オナニーとかってするのかしら?」

「アンタ何言ってんだ!?」

 

 満は上級生への敬意をかなぐり捨て叫んだ。というかこの人に尊敬するべき点が見当たらない。

 紺はインタビューを遮られ、頬を膨らませながら立腹する。

 

「もう! 折角のインタビューなのだからちゃんとやりなさい!」

「これ撮影は撮影でもいかがわしいビデオですよね!? 絶対そうですよね!? いや絶対そうだ間違いない! 嫌だぁ、放せぇ! こ、これ解いて下さい! 誰か、誰か! 痴女です! 痴女が居ます!」

「え、何、もしかしてそれ誘ってる? これが誘い受けって奴かしら」

「ぜってぇ違う! 全然違うッ!」

 

 なんだこの痴女!? 俺も仲間に入れてくれよーと言わんばかりに近寄って来る紺を前に、満は体全体で暴れた。

 

「あ、そうそう、これはヤル前に聞いておきたかったのだけれど竿と穴、貫くと貫かれるならどっちが良いかしら? まぁ最終的にどっちもヤルのだけれど、最初位は選ばせてあげようと思って、あら、私って意外と優しいわね」

「優しくないッ、全然優しくないッ!」

「大丈夫よぉ、最初からお尻に大根ぶっ差すような真似しないわ~、徐々に慣らして、ね?」

「無理無理無理無理、絶対無理ですって、駄目ですってェ!」

 

 しかし幾ら叫んでも現実は変わらない。宛ら蛇に睨まれた蛙、母親にエロ本が見つかった息子、近所のお姉さんを前にしたショタ小学生……! 絶対絶命、最早万事休す!

 

「やめッ、助けてライダーッ! 嫌ぁぁぁァアアアッ!」

 

「チェストォォオオオオッ!」

「何奴!?」

 

 しかし、その声に応える者が居た!

 部室の窓ガラス(三階)をブチ破って転がり込むひとつの影。影は綺麗な前転を見せつけた後、そっと立ち上がった。

 

「満の悲鳴が聞こえた、ならば俺は何処にだって飛んでい行こう……!」

「あ、貴方は……! 満きゅんに振られた筋肉達磨!」

「筋肉達磨ではない、緒太堀太郎(しょた・ほりたろう)だ」

 

 堀太郎。

 それはつい先ほど、屋上で満に思いの丈をぶちまけた巨漢クラスメイトである。彼は全身の筋肉を隆起させ、紺を威嚇していた。

 

「ほ、堀太郎君!」

「すまない、明日可愛くなって再び相まみえようと決めていたのに、お前の悲鳴を聞いた途端、躰が勝手に動いたんだ」

「そ、それは良いよ! うん、全然! 全然良い! で、でもさ……」

 

「何で……幼児服を着ているの?」

 

 堀太郎は口を噤んだ。

 満も口を噤んだ。

 紺は気持ち悪いものを見るような目で堀太郎を眺めていた。

 

「……満、俺はお前に『可愛くなれ』と言われて、直ぐに行動を起こした、具体的に言うとスマホで『可愛い 男 なるには』で調べた」

「なんでそういう事するの」

 

「するとな、ウェブサイトの端に広告が出たんだ、そこのフレーズに惹かれてな――そう、『可愛いは正義』だ」

 

 堀太郎は告げた。掲げた手を握り締め、熱の籠った口調で謳った。

 

「つまり『可愛い=正義』という事は、『正義=可愛い』という事、正しき行いをする者が可愛い、じゃあ正しい行いをする可愛い存在とは何か? 俺は思い至った、【魔法少女】だ」

「昨今の魔法少女は高年齢化が進んでいる、物によってはムキムキマッチョな男が魔法少女になるし、何なら八十代の高齢婆ちゃんも魔法少女になる、となると【魔法少女】と呼ばれる事に外見的な条件は殆ど存在しないのだ、ならば何を以って魔法少女と呼ぶのか?」

 

「――正義だ」

 

「力と正義、正道を為す為の圧倒的な腕力、それこそが魔法少女に求められる唯一絶対の要素だと、俺は気付いた! つまり筋肉こそ魔法少女に最も求められるもの! このダイナマイトバディ(ネイティブ)こそが最かわ魔法少女の証!」

「多分違うと思う」

 

 満の言葉は堀太郎に届かなかった。

 

「見てくれ満! ネットサーフィンで得た知識に五分で覚醒したこの、新たな『どちゃしこ可愛い魔法少女』の姿をッ!」

 

 そう言ってサイドチェストポーズを取る堀太郎。

 満は悲しそうに眼を伏せた。紺は思わず目を逸らした。

 

「力こそパワーッ! 速さこそスピードッ! 技こそテクニックッ! 満に捧げる愛と勇気と劣情で覚醒した真・魔法少女の姿、今こそ晒そう――ふんぬぅぁあぁああああああッ!」

 

 そして――堀太郎は魔法少女として完成する。

 圧倒的な筋肉。パツパツの幼児服。最早股間すら隠しきれていないスカートから覗く丸太の様な足。盛り上がる大胸筋。それらを見せつけ、堀太郎は紺を指差す。

 

「――来いよ初汰紺(ショタ・カン)、テメェのチンコになんざ負けねぇ」

 

 堀太郎には凄味があった。

 絶対に『チンコに負けない』という凄味があった!

『チンコに負けない』という痛烈な意志が物質的なオーラとなって堀太郎を覆う。

 その『チンコに負けない』という意志を纏った堀太郎に対し、紺は冷や汗を流した!

 

「くッ……この、『絶対にチンコに負けなさそうなオーラ』、凄い……ッ!」

 

 それは宛ら甲鉄の意志、鋼の意志!

 例え幾度斃れようと、どれ程の困難と苦難に見舞われようと、『チンコにだけは負けない』という凄まじい意志力の発露であった!

 しかし、この初汰紺と呼ばれる女。伊達に写真部(ショタ部)のトップを張っている訳ではない。獲物を捕え、美味しく頂く直前で邪魔が入るなど日常茶飯事! 教諭、警察、両親、友人、倫理委員会、教育委員会――それが何程のものかッ!?

 

「ふん、でもご生憎様――私とて無策で此処に居る訳ではないのよ!」

「――何?」

「私は後、二回変身を残しているわ……この意味、分かるかしら?」

「――!」

 

 紺はそう言って鼻を鳴らした。その躰からは凄まじい余裕のオーラが溢れていた。

 まさか、と堀太郎は戦慄する。

 それを肯定する様に紺は笑い、両腕を突き出した。

 

「モード・チェンジッ、今、オネ・ショタは反転する!」

「うわっ、何の光!?」

 

 瞬間、部室を光が覆い隠した。

 それは宛らアニメで入浴シーンに発揮される男女両用の謎の光! 思わず満と堀太郎は目を細めた。そして徐々に引いていく光の中、姿を現したのは――。

 

「そ、その姿はッ!」

「ふふっ……蒼褪めたわね、魔法少女ッ!」

 

 堀太郎――魔法少女は蒼褪めた。

 何と紺の姿が年上美人な容姿から、小学生低学年にも見えるロリボディに変化してしまったのだ! 

 まずい、堀太郎は本能的に一歩退いた。

 

「これそこ、『チンコなんかに負けんが? 逆に分からせてやるんだが?』に対する絶対反撃形態、『はい、負け~♡ 雑魚、雑魚、ざぁーこちんぽ♡』形態よ!」

「――!」

 

 堀太郎の目が見開かれ、思わずと言った風に歯を食いしばった。

 成程――最適解だ。

 それは堀太郎自身認めざるを得なかった。

 それが分かっているからだろう、ロリと化した紺は余裕の笑みを浮かべながら一歩一歩、堀太郎に接近する。

 

「貴方、自分を魔法少女って言ったわよねぇ、けれど貴方の見た目はゴリゴリのゴリマッチョ、ゴリラ・ゴリラにも勝てそうなマジモンのゴリラ……!」

「―――」

「この幼児体型となった私と比較して、貴方はどういう風に見えるかしらねェ~!? 宛ら、『大人』に見えるんじゃないかしらァ!?」

「くッ!」

 

 堀太郎は一歩退く、その分紺が一歩踏み込む!

 そして圧倒的な優位を確信した紺は口元を歪め、大きく仰け反りながら宣言したッ!

 

「【大人はメスガキに勝てないッ!】――簡単な話よ、とても単純な、誰にでも理解できる話だわぁ……雪に触ると冷たい、太陽に手を翳せば暖かい、可愛い子にはちんぽ付いてる、広辞苑で『尊崇』と調べると『おねしょた』が出てくる……! それ位当たり前で疑いようのない真実……ッ!」

「ぐッ、く、クソッ、反論出来ねぇッ!」

 

 堀太郎が膝を着いた。それは紺から放たれる圧力によるものではない。紺がその肉体を変身によって変えたことによって、堀太郎自身のオーラが変質したのだ。

 即ち、『チンコになんか負けない』オーラから、『チンコになんか負けんが? 逆に分からせてやるんだが?』オーラに変化したのだ。

 

 これがいけなかった、致命的であった。

 

 堀太郎は紺が近づく事によって変質する己の『大人』という性質に、押し潰されそうになっていたのだ!

【大人はメスガキに勝てない】ッ! この絶対的な法則によって――!

 

「ふふっ、さぁ、どうするのかしら?」

「くッ、だが、俺ぁ負けねぇ!」

 

 しかし、堀太郎は立ち上がる。

 ここで負ける訳にはいかない。ここで己が屈すれば、満はビデオカメラの前でアヘ顔ダブルピースを晒す事になるだろう。きっとその後堀太郎の家に謎のビデオレターが届くに違いない。俺は詳しいんだ。

 故に堀太郎は奮起する。口から血反吐を撒き散らしながら、震える膝を叩き、叫んだ。

 

「満と結婚して子供を産むのは俺だッ! メスガキになんぞ負けないんだが!? 逆に分からせてやるんだが!?」

 

 紺が嗤った。

 堀太郎が吼えた。

 今、絶望的な戦いが始まる――!

 

「待てェいッ!」

「何奴!?」

 

 その直前! 再び部室の窓ガラス(二枚目)(三階)が破られた!

 そして見事な前転を披露し、現れた人物は――。

 

「お、お前は……幸!」

「ふっ、どうやら間に合ったみたいだね」

 

 満の友人、幸であった!

 彼は――いや、最早彼女だろうか――薄い笑みを張り付け、満に頷いて見せた。

 

「ど、どうして此処に?」

「昨日、何だか満が黄昏ていた様に見えてさ、何か悩みがあるのかって気になっていたんだよ、そうしたら案の定……こんな先輩に騙されてさ」

「ッ、く……!」

「さ、幸……!」

 

 満は思わず涙した。こんな友達思いの友人を持てた事に感謝すらした。

 

「ふ、ふん、ひとり増えたとろでどうしようもないわ! 貴方も今の私からすれば十分『大人』! この私の、完璧なる形態からは逃れられない……!」

「それはどうかな?」

 

 紺は鼻を鳴らし、ならばその友人諸共ねじ伏せるまでと踏み出す。

 しかし、それを遮ったのは幸であった。何やら意味ありげに微笑み、紺へと流し目を送る。

 

「ショタ先輩、貴方は一つ見落としいる、そう、絶対に見落としちゃいけない欠点があるんだ、貴方のその形態には……!」

「なっ、私のこの、『姉にも女児にも』(一粒で二度おいしい)に欠点、ですって!?」

「確かに貴方のその形態は強い、年上であれば一方的に嫐れる程のパワーがある、もし正攻法で破るとすれば同じ歳の男の子を連れてくるか、更に年下を連れてくるか……でもそれじゃあ、ただの性教育モノになってしまう、そうなれば後はズルズルと敗北するだけだ……けれどその形態には唯一、勝てない大人がいる――!

「ッ!? ま、まさかッ!」

「そう、そのまさかだッ!」

 

 幸が手を叩いた。

 瞬間、部室の窓ガラス(三枚目)(三階)がブチ破られ、何者かが飛び込んでくる!

 美しい前転を見せ、立ち上がった人物を見た時――紺がその表情を蒼褪めさせ、思わず絶叫した。

 

「わ――『分からせおじさん』、だとォッ!?」

「やぁ」

 

 現れたのは禿げ・メタボ・不潔の三拍子揃った分からせおじさんであった。

 おじさんは満面の笑みで片手をあげ、挨拶をする。

 挨拶は大事、古事記にも書いてある。

 紺は狼狽し、幸に向かって叫んだ。

 

「あ、貴方そんな小汚いおじさんを、一体どこで!? こ、こんな、こんな絶滅危惧種を!」

「ふっ、蛇の道は蛇ってね、四丁目の杉谷さんの家で捕獲して来た、中々に……ふぅ、骨が折れたよ」

「ば、馬鹿な、そんなッ、わ、分からせおじさんだなんて……!」

 

 紺が震える足で後退する。

 大人はメスガキに勝てない――それは絶対の法則。リンゴが木から落ちるように、アイスティーを呑んだら昏倒するよう、銃声が鳴ったら歌声と共に赤いスーツの団長が瀕死になるように――大人はメスガキには勝てないのだ……!

 だが、だがしかし。

 物事には例外が存在する。

 大人はメスガキに勝てない――その法則をブチ破る唯一の鬼札(ジョーカー)

 それこそ【分からせおじさん】であるッ!

 

 分からせおじさんはメスガキに勝てるのだ、そう、勝てるのだッ、大人にも関わらずッ!

 

 即ち、この瞬間、紺の優位性は失われた!

 分からせおじさんというジョーカーの存在によってッ!

 紺は顔を蒼褪めさせながら後退った。

 

「じゃ、邪道だわ! 卑猥だわ! 貴方、女性になんてものを見せるのよ!? これは訴えられても仕方ないレベルよ!? セクハラ! セクハラだわッ!」

「ふっ、何とでも言うが良いさ――さぁ、行けッ、分からせおじさんッ!」

「はい、勝ち~(大人は子供に負けない為)」

「ひッ……!」

 

 分からせおじさんが迫る。

 紺が身を竦ませながら涙目で首を振る。

 傍から見ればただの事案、警察沙汰……ッ!

 しかし、忘れてはいけない。この紺こそが現在椅子に縛られ白目を剥いている満をハメハメ、もといアヘ顔ダブルピースさせようとしていた事をッ!

 これですべての元凶は去る。

 そう確信していた――しかしッ!

 

「待てェい!」

「何奴!?」

 

 再び部室の窓ガラス(四枚目)(三階)が破られるッ!

 華麗な前転と共に現れた人物。紺はすわまた増援かと涙を流し、幸は覚えのない増援に訝し気な顔をし。

 そして、飛び込んできた人物は分からせおじさんを見つめながら微笑んだ。

 その人物を見た堀太郎が叫ぶッ!

 

「お、お前は――おっさんズ、ラブ!」

「ふっ、また可愛いおじさんと出会っちまったぜ……!」

 

 

 





 何でこんなの書いたんだろう。


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