アズールレーン─トリカゴ基地の日々─ (大和亀蔵)
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前日譚
「エリザベス女王様の言う通り」


アズールレーン二次創作です。オリジナルの設定、キャラ解釈がございます。ご注意ください。


 「うっそでしょう!?」

 

 心地の良い木漏れ日、そして小鳥のさえずり。

 

 かつて文明を重ねた時代であれば間違いなく誰かがキャンバスに筆を走らせたであろうその場所は、ロイヤル陣営本拠地内──パレス・ガーデン。

 

 緑と色とりどりの花々に囲まれ、白を基調としたテラス。

 

 その中で、いつものようにお茶会を楽しんでいたウォースパイトは、自らの姉であり学友であり、なにより守るべき主であるクイーン・エリザベスが、緊急を要する封筒の中身を確認をするや否や、大きく声を上げたことに肩を震わせた。

 

 何分、優秀ではあるものの落ち着きのない主君ではあるが、あそこまで大きく動揺を見せることは珍しい。

 

 その場にいた他のものも、どうしたのかと口には言わずともエリザベスの言葉を待っていた。

 

 代表してウォースパイトは口を開く。

 

 「どうかされましたか、陛下?」

 

 「あの下僕、やってのけたみたい。ウォースパイト、見てよこれ」

 

 「拝見します」

 

 エリザベスから書類を受け取り、その内容に目を走らせる。

 

 「なんと......」

 

 綴られていたのは、現在アズールレーン側に所属しているユニオン、アイリスを初めに北方、東煌の承認のサインに加えて、敵でもあるレッドアクシズ勢力──鉄血、重桜、ヴィシア、サディアによる作戦の承認であった。

 

 そして、文の結末は『約束は果たした』と締められている。

 

 「あの下僕、まさか本当にやってのけるなんて..... ま、まあ! 期待はしていたけど!」

 

 明らかに強がりであったし、女王のその言葉に茶会に参加していたものは、驚いた理由の大まかな内容を認識した。

 

 彼女が下僕と呼ぶその男は、重桜出身ながらも今の世界の在り方に疑問を持ち、やがてアズールレーンに指揮官としてみこまれた男のことである。

 

 彼の考え方はすぐには無理でも、もう一度目線をセイレーンに合わせるべきだというものだった。

 

 かといって、すぐに各国家間の垣根を越えての協力は無理があるから、せめて各陣営から少しずつ戦力をだしあい、わかりあっていこう、と。

 

 その理想を叶えるため、彼がユニオンの承認を得た後、直談判にやってきたのはここロイヤルであった。

 

 滅多なことがない限りは全面的支持をとるのだが、クイーン・エリザベスと付人のウォースパイトを見るなり「え、ちっさ」と口を滑らせた例の事件に始まり、エリザベスの堪忍袋の緒を見事に切断させたことは記憶に新しい。

 

 ただ、参加を拒否すればアズールレーンにて権力を握るロイヤルとしての体裁もたたないわけで、

 

 「敵勢力含め、全ての他陣営の承認を得られたら、ロイヤルも協力してあげるわ!」

 

 と、最終的には半ば試すような形でロイヤルは参加を示したのだった。

 

 そして、その試練の壁は見事崩されたのである。

 

 「ウォースパイト様、私も見聞してよろしくて?」

 

 「ええ、もちろん」

 

 朗らかに微笑み、聖女を思わせる雰囲気を纏うイラストリアスが興味深そうに声をかけてきたので、歴史の変遷となるかもしれない書類を手渡す。

 

 数回、目を瞬かせ、彼女は満足そうに頬を緩ませた。

 

 「嬉しそうね?」

 

 「ええ。これで、世界平和に確実に一歩近づいたのですから。あの指揮官さまはやはり、イラストリアスの見立ての通りでした。少し、 口が粗暴なところがキズですけど」

 

 「ほんっとそれよ! そもそも、この私と初対面でいきなりタメ口きいたやつなんてアイツが初めてだわ! 何より、紳士としての──」

 

 実の所、そんな態度を取られたことは本当に初めてで、肩を並べた対等な立場の相手が出来たことが嬉しかったりしているのを、ウォースパイトは見抜いていた。

 

 それでも、不満をこぼすのは複雑な乙女心ゆえと言えるだろう。

 

 「(にしても、本当にどうやって協力をこぎつけたのかしら?)」

 

 そんな主君の思惑を振り払い、ウォースパイトは素直に疑問を抱くことに思考を切り替えた。

 

 彼の考案した連合部隊はいくつかの条件があり、その一つに各陣営のKAN-SEN五人までの参加というものがある。

 

 体良くいえば協力しあって敵を倒すともとれなくはないが、裏を返せば、それぞれの勢力から人質をくすねているとも取れる。

 

 国の大事な戦力を、知りもしないひよっこに託すのと同義でもあるのだ。

 

 レッドアクシズ側もそれがわかっていないほど、愚かではないはずだ、何かうまい話があるのか、はたまた......。

 

 ちらりと、ウォースパイトはまだまだ楽しそうに彼のことを語りつくすエリザベスを見る。

 

 さながらその姿は、恋する乙女のようであった。

 

 「(......他の者も、たらし込まれたのかしら)」

 

 あながち、ないとは言えなかった。

 

 というか、現に彼女も彼のことはかなり気になっていたのだった。

 

 なんならあの指揮官にまた会えるのだから、今回の作戦に立候補したいくらいではある。

 

 流石に主君のもとを離れるわけにはいかないので、名乗りは出せないが。

 

 なぜそうなったのかは、またいずれかの時に。

 

 ......ともかく。

 

 「陛下。お楽しみのところ申し訳ありませんが、ロイヤルからは誰を推薦するのかお考えで? 茶会を切り上げて、正式な会議を開くべきかと」

 

 「えぇー、今ここで大体の面子揃ってるじゃない。いない連中には私から言えば問題ないし。ここで決めてしまいましょ! さ、ロイヤルの代表である訳だし、恥のない人選をしないと」

 

 「......はあ」

 

 まさに女王特権であった。

 

 思わず、ため息も漏れる。

 

 「そのことについて、まず私からの具申をよろしいでしょうか?」

 

 落ち着いた声でありながらも、先手必勝と言わんばかりに挙手をして発言したのは、現ロイヤルメイド隊メイド長であるベルファストだった。

 

 「いいわよベル。意見の具申を許可するわ」

 

 「ありがとうございます」

 

 エリザベスの言葉にベルファストは深く腰を折る。

 

 本人の美貌も重なり、美しさすら感じさせる挙動を終えると彼女は考えを述べた。

 

 「ぜひ、ロイヤルメイド隊の中から一人を推薦させていただきたいのです。ロイヤルの代表としてなら、ロイヤルを象徴する我々メイドからも参加するべきかと」

 

 「まあ、確かにそうかもね。あの下僕を補佐する誰かがロイヤルのメイドだとしたら、私たちロイヤルの名もさらに箔が付くわけだし。いいわ、ベル。その提案飲んであげる」

 

 「有り難き幸せに存じます」

 

 エリザベスの言葉に、ベルファストはもう一度腰を折った。

 

 「ところでだけど、誰を出すつもりなの?」

 

 「そうですね。対セイレーンの最前線となるわけですし、戦闘面だけでならシリアスですが、給仕におけるロイヤルメイド代表として出すのは、時期尚早かと考えております」

 

 「私もそう思うわ」

 

 エリザベスだけでなく、その場にいる全員が心の中で首を縦に振った。

 

 「私自身が赴くことも考えましたが、現状を考えるとあまり得策ではない結論に至りました」

 

 「貴方が抜けたら困ることしかないしね」

 

 その言葉はエリザベスが抜けても同じことが言えるのだが、一同は野暮なことは言わない。

 

 「そこで現在の仕事分担を考え、仕事を抜けても構わず、ロイヤルメイドしての恥をかくことのない者となると、私からはニューカッスルさんを推薦したいと考えております」

 

 「ニューカッスルねえ......なるほど。理にはかなってるわね」

 

 ベルファストの前代のメイド統括、ニューカッスル。

 

 その仕事ぶり、優秀さはベルファストに決して引けを取らないが、今は隠居に近い立場をとっている。

 

 現状、ロイヤルメイドの中から誰かを向かわせるなら一番と言ってもいい人選だった。

 

 「ただ、ご本人が平穏と静寂を望まれる方です。最前線への復帰をどう思われるか」

 

 「私が言えば動いてくれるとは思うけど。それに、そこに至ってはあの下僕の責任だから、あいつに取らせるわ......うん、ニューカッスルの選抜は決定よ」

 

 「承りました。では、そのように」

 

 決が下ると、ベルファストは軽く礼をして引き続きメイドとしての立ち位置に戻った。

 

 早速、一人の枠が埋まったところでエリザベスは自らの考えを改めて言葉にした。

 

 「さて、ちなみにだけどロイヤルは五人選出することを考えているわ。きっちりと、我がロイヤルに力があることを示さないといけないわけだしね」

 

 「良きお考えかと」

 

 数が出せないことは、他国にそこまで戦力を回す余裕がないとも取れなくはない。

 

 彼のことを信じていないとも考えられるが、ここでなるべく戦力を見せることで、余裕があることを他組織に知らしめられるチャンスとも言える。

 

 「あのう、私からよろしいでしょうか?」

 

 会議がひとつ進展をみせたところを見計らってなのか、テラスの外からおずおずと声を上げるものが現れた。

 

 ここ、パレス・ガーデン屈指の美しさを誇る薔薇園を切り盛りする金色の髪を持つ少女でもある。

 

 「あら、オーロラじゃない。どうしたの?」

 

 アリシューザ級軽巡洋艦のひとり、オーロラ。

 

 暁の女神の異名を持つ彼女ではあるが、こうしてわざわざ参加していないお茶会の間に入ってまで発言をすることは珍しいことだった。

 

 何事かとウォースパイトも気になり、彼女の容姿を眺めていると、その手に一通の封筒が握られていることが目に止まった。

 

 「先程、東煌から連絡がありました。連合部隊の一件にて、ロイヤルの籍を持ちながらも東煌代表として出てもらえないかと、こちらがその提案書です」

 

 エリザベスはオーロラから提案書を受け取り、大まかに斜め読みをして口を開いた。

 

 「......そう言えば貴方、東煌にいたカンレキがあったわね」

 

 「はい」

 

 東煌では重慶として、オーロラの名は知られている。

 

 その特殊なカンレキから東煌との交流も深い彼女は、どうやら東煌側の余裕がないことを理由に、協力を提案されたようであった。

 

 「東煌に貸しを作れると考えれば、悪くないと思います。陛下」

 

 「すでに貸してもいるけど。量が多いことにこしたことはないか......でも、あなたはいいの? オーロラ?」

 

 「私の協力で東煌のためになるのであれば、私としては構いません。それに、例の指揮官さんにも、ぜひ会ってもみたいですし」

 

 「むむっ」

 

 オーロラの言葉に思う箇所があったのか、少し訝しむエリザベス。

 

 実際、ライバルがまだまだいることを彼女はまだ知らない。

 

 「いや、でも。ユニオンの選抜は多分あの二人よね? 全員金髪だったし、もし金髪好きだっとしたら、オーロラを向かわせれば、最終的にロイヤルに来る可能性も」

 

 「(絶対関係ないと思いますよ、陛下)」

 

 ブツブツと隣にいる者にしか聞こえない程度の小声で空論をかざす主君に声のないツッコミをウォースパイトはいれつつ、紅茶を一口喉に通した。

 

 ちなみにあの二人というのは、彼がロイヤルに訪れていた際引き連れていた面子のことで、エルドリッジとノースカロライナだったと彼女は記憶している。

 

 確かに全員共通点としては金色の髪があげられるが、元々ユニオンはブロンドの髪をもったKAN-SENが多い組織であるし、偶然だろうとしか思えなかった。

 

 エルドリッジはKAN-SENとしても特殊な力を使えると聞いているし、ノースカロライナは彼女達の護衛役と把握している。

 

 ならば、直接指名したとは考えにくい。

 

 金髪好きの可能性も、完全に捨てきれはしないが。

 

 「(私も............いやいやいや!)」

 

 ティーカップをソーサーに置くと同時に、余計な雑念も置いておく。

 

 今は選出会議中なのだ。もう少し真面目に取り組まねば。

 

 「陛下、彼女を選出するメリットも考えれば彼女でよろしいかと」

 

 「そうねえ。皆も、賛成なのかしら?」

 

 エリザベスの目配せに、こくりと頷きで返す一同。

 

 それを見るなり、エリザベスは

 

 「なら、決定ね。オーロラ、ロイヤルのため東煌のため、苦労することもあるだろうけど、精一杯励みなさい」

 

 「はい。陛下の寛大なお考えに感謝致します。では、東煌の方にもそう返事をしてきますね」

 

 「ありがとうございます」と、感謝の言葉を述べ、オーロラは茶会から離席した。

 

 「さて、二人決まったわね。順調に決まって何よりだわ」

 

 「陛下のお力ゆえかと」

 

 「ふふん、そんなこともあるわね。──でも、オーロラが抜けちゃうなら薔薇園をどうしようかしら。聞くのを忘れていたわ」

 

 快く承認したが、抜けた後のことをすっかり忘れていた。

 

 パレス・ガーデンにおいても、オーロラの薔薇園は非常に評価は高いが、その育て人がいなくなるわけなのだから一大事だ。

 

 かと思ったが懸念はすぐ様、ベルファストによって払われる。

 

 「オーロラ様の薔薇園は我がロイヤルメイド隊が引き継ごうかと。全く同じ美しさは難しいかと思いますが、無いよりはよろしいはずです」

 

 「流石ベル。話が早くて助かるわ。引き継ぎの方もしっかりとお願いね。あの薔薇園、私大好きだから」

 

 「この命にかえましても」

 

 立ち塞がった問題も片付き、選抜会議は3人目への進展をみせたのだった。

 

  *

 

 その後、会議は至って順調に事が運んだ。

 

 三人目にはエリザベスからの推薦で計画艦であるネプチューンが選ばれた。

 

 本来なら存在しなかった図面だけの空想艦。それが、計画艦である。

 

 未だに不明な点の多いメンタルキューブによって、その空想は現実にへと昇華し、ネプチューンという船は確かにこの世に君臨することとなった。

 

 加えて、彼女は対セイレーンにおいて無類の強さを持ってもいる。

 

 今回の人選において提供する戦力としては、最適と言えるかもしれない。

 

 同じく計画艦としてモナークも名前としてはあるのだが、後の防衛の点も考慮してネプチューンが残った。

 

 四人目には、これまで沈黙を保っていたフォーミダブルが自ら立候補。

 

 オーロラ、ネプチューンとは友の関係であるから、少なくとも多少は同陣営で連携を取れた方がいいというフォーミダブルの意見に、エリザベスは承諾した。

 

 普段、あまり意見をしないフォーミダブルが自主的に発言したことに、姉であるイラストリアスが嬉しそうに顔をほころばせたのは言うまでもない。

 

 姉の想いと、妹の思惑が一致しているのかは神のみぞ知るわけではあるが。

 

 ともかくとして、エリザベスの手腕もあってか会議の舵は順風満帆に取られ、とうとう最後の五人目の選抜に頭を悩ませることとなった。

 

 「ここまで選ばれたのはメイド隊からニューカッスル、東煌代表も担っているオーロラ、あとネプチューンにフォーミダブルね」

 

 戦力としては、軽巡洋艦3に空母1。

 

 やや偏りはあるものの、残りの一枠を埋める艦種は決まっているようなものだった。

 

 「勿論、あと一隻の枠は戦艦であるべきだわ! ちゃんと力があることを示さないと! じゃあ、ウォースパイト!」

 

 「......はい?」

 

 ビッグセブンの二人のどちらか、もしくは、他の誰かの名が呼ばれるだろうと考えていたウォースパイトは、自分の名前が呼ばれたことに、やや遅れて半音高い声で反応を示した。

 

 その返事を受け取ってから、エリザベスは高らかに声を上げた。

 

 「この枠は貴方に任せるわ! 下僕のためにも励んでちょうだい!」

 

 「わ、私でよろしいのですか?」

 

 参加出来るのなら願ってもないことではあるが、まさか推薦されるとは思わず声が詰まる。

 

 少なくとも、ウォースパイトはエリザベスの傍に最も長くいると自負していはいるだけあってか(過去に、ずっと傍に仕えていてほしいと言われたこともあり)今回の選出にあがることはないと彼女自身考えていたし、自分から離れるつもりもない。

 

 それゆえ、なぜ主君が自分を選ぶ結論に辿り着いたのかが、ウォースパイトにはわからなかった。

 

 「正直、傍にいて欲しい気持ちはある。あるけれど、みんなをちゃんとまとめることが出来て、例え敵だとしても相手と目線を揃えて語り合える人となれば、貴方以外にいないと私は考えてる。これって、とっても難しいことなんだから」

 

 「......」

 

 主君の中での自分の評価を聞いた覚えなどなかったし、なにより褒め慣れていないのもあってか、ウォースパイトは自分の顔が熱を帯びていくのを感じた。

 

 「それに」

 

 「......?」

 

 それに?

 

 まだ、褒められるのだろうか。顔が熱くて紅茶を沸かせそうなくらいなのに。

 

 意を決して構えていると、エリザベスは姉としての笑顔を浮かべ、他のものに聞こえないよう耳元で囁くのだった。

 

 「あなたもアイツのこと、好きでしょう?」

 

 「......え」

 

 「はいっ、これで決まったわ! 引き継ぎお茶会お茶会! あっ、離れる子のためにも送別会もしないとね!」

 

 エリザベスがそう言うやいなや、茶会の話題はあっという間に送別会にへと切り替わる。

 

 その状況に置いてけぼりのウォースパイトは、再度思い知らされたのだった。

 

 ──ああ、やっぱり。お姉ちゃんには適わないや

 

と。

 

 

 

 




ゲーム本編でお姉ちゃんしてるエリザベスどこですかね(

トリカゴ結成前のロイヤルのお話でした。エリザベスとウォースパイトが指揮官に想いを寄せる理由は、またいつか書けたらなと思っています。

パレスガーデンについてですが、小説、エピソードベルファストでの記載から拝借してます。


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「フォーミダブル達の秘密会議」

原作だとフォーミダブルってわりかし姉妹にはうちとけてますけど、気にしてはいけない()


 

 フォーミダブルは、自由を愛する少女であった。

 

 ──イラストリアスの妹として、なによりロイヤルネイビーとして恥のないように。

 

 誰が言ったわけでもない言葉の鳥籠に押し込められた彼女にとっては、ロイヤルという組織は息苦しさを感じざるを得なかった。

 

 別に、姉のことも敬愛する陛下のことも嫌いというわけではない。

 

 ただ、期待に応えようとするとどうしても自分を押し殺さないといけないのだ。

 

 姉であるヴィクトリアスと同じように、自由を愛する自分を。

 

 だからこそだろうか、フォーミダブルにとってはロイヤルの中でも、特に自分の好きなことに生きるネプチューンとオーロラは一際輝いて見えた。

 

 ネプチューンはメイド隊に入らずとも己の道を給仕に、そしてお菓子作りにへと向かって走り、オーロラは誰もが胸震わせる薔薇園を趣味で作り上げた。

 

 フォーミダブルにはそれが羨ましかった、イラストリアスや陛下にとってのフォーミダブルにしか、彼女はなることが出来なかったから。

 

 ──大人しくて、気配りが上手で、華やかで。

 

 ヴィクトリアスとは違って、ワガママを言わず迷惑をかけない。

 

 そういった誰かの期待を混ぜ込んだカクテルのような、自分にしかなることが出来なかったから。

 

 半ば素の自分も忘れかけていた頃、そんな彼女を救ったのはフォーミダブルにとっての理想であるネプチューンとオーロラであった。

 

 細かな詳細は今は省くが、結果としてフォーミダブルは二人の前でなら素の自分を見せるようになったのである。

 

 そして、今─────────────

 

 「では、私達の友情とこれからの健闘を祈って!」

 

 「「「かんぱーい!」」」

 

 チンと、グラスのぶつかる音が三つ重なって部屋に響く。

 

 刹那の協奏曲の演奏者はフォーミダブルにオーロラ、そしてネプチューンの三人。

 

 後日ロイヤルをあげての大きな送別会はあるのだが、親しい間柄だけでの祝杯がフォーミダブルの自室で密かに開かれていた。

 

 テーブルにはたくさんの料理が並べられている。

 

 全てネプチューンのお手製だ。

 

 「ん〜! やっぱりネプチューンの作るご飯美味しい〜」

 

 「ふふっ、ありがとうございますわ」

 

 素直な称賛に、ネプチューンはありったけの笑顔で応える。

 

 誰かに食べてもらうことを喜びに感じる彼女が、誰かと一緒に肩を並べて共に時間を楽しんでいて、フォーミダブルも虚勢をはることなく、本当の自分を友に惜しげも無く見せていた。

 

 「うふふ」

 

 その様子を微笑ましく見守るオーロラは、早速話題を切り出した。

 

 「それにしても、フォーミダブルさんもネプチューンさんも、今回の作戦にご参加なさると聞いてとても驚きました。私は陛下から選抜の枠を頂いて、すぐ退席したので、他のメンバーまでは知りませんでしたから。あ、ニューカッスルさんは知っていましたけど」

 

 「貴方は東煌の代表としても選ばれましたのよね? 他国と繋がりがあるなんて、羨ましいですわ」

 

 「そう言うネプチューンさんは、陛下からのご推薦と聞いています」

 

 「ふっふふ。有難いことにそうですわ! 陛下ご自身から私の名前をあげてもらえるなんて、とても光栄ですわ!」

 

 ネプチューンは鼻を鳴らし、えっへんと胸を張る。

 

 ロイヤルネイビーとしての、なんなら給仕としては相応しくない態度ではあるが、この場では無礼講であった。

 

 「でも、まさかニューカッスルが来るなんて。ネプチューンは会ったことないんだっけ?」

 

 「そうですわね。前メイド長というということくらいしか、情報がありませんわ」

 

 「ちょうどネプチューンさんが来る前にベルファストさんに代替わりして、ご隠居なされてましたね」

 

 「みたいですの。で、どのような方で? 二人は面識あるのですわよね?」

 

 その問にフォーミダブルとオーロラは口に運ぶ動作を止め、考え込んだ。

 

 「あの人は......んー、ベルファストが全てを完璧にこなすタイプなら、なんでも卒なくこなすタイプって感じ。ベルファストみたいに、とても厳しくはないというか」

 

 「フォーミダブルさんの説明が的をいてると思います。全員が無難に好きな紅茶をいれられる方と言いますか。そんな、優しさを持った方とも言えますね。静寂と平穏を愛する人ですから」

 

 「ベルファストとは違うタイプの超人というわけですわね。仲良くやれるかしら」

 

 「大丈夫よ。ニューカッスルを嫌いな人、私知らないわ。ネプチューンが嫌っても向こうが合わせて来るんじゃない?」

 

 「私もフォーミダブルさんと同じ意見です」

 

 「なら、ロイヤルとしては大丈夫ですわね......まあ、ありがとうございますわ。じゃなくて、貴方達もでしてよ? かつての敵に背中を預けることになるのですから、特にフォーミダブル!」

 

 「ほえっ?」

 

 「貴方、どっちでいくつもりですの? 環境が変わるのですから、最初からさらけ出すチャンスでなくて? 陛下もお姉さま方もいらっしゃらないのですし」

 

 「それは、そうだけど......ウォースパイト様にニューカッスルはいるんだし」

 

 「ウォースパイト様は実の所、気付いていらっしゃると思いますよ? ニューカッスルさんも聡い方ですし」

 

 「うぐっ。で、でも、ロイヤルとして求められているのは、私ですわ。フォーミダブルでいるのは二人の前だけでいいもん」

 

 「変わらず強情なお嬢様ですわ、ほんと」

 

 「う、うるさいうるさい!」

 

 「ふふっ。有難いことじゃないですか。フォーミダブルさんがもっと変われるかは他の方に任せましょう」

 

 拗ねてメロンパンにかじりつくフォーミダブルに、頬を緩ませるオーロラ。

 

 ネプチューンも「仕方ないですわね」と話にピリオドを打った。

 

 「そう言えば、フォーミダブル。あなたって誰の推薦を受けましたの?」

 

 「おふぇ?」

 

 思わぬ舵の切り方に、フォーミダブルから素っ頓狂な声が出る。

 

 「いえ、ですから。貴方は誰の推薦で今回の件に参加することになりましたの? 自分から手をあげる性格じゃないでしょう?」

 

 「イラストリアスさんのご推薦ではないでしょうか? 私達の仲を気になさってとか」

 

 「それはないですわ。だって、あのイラストリアスさんでしてよ? 大切な妹を、自ら戦火の火に近づけるようなことは絶対に致しませんわ」

 

 「んー、なら......フォーミダブルさん。どうなんですか?」

 

 「どうなんですの!?」

 

 「......えっと、そのぉ」

 

 瞬間、フォーミダブルの脳内で会議が開かれた。

 

 議題は正直に話すか話さないか。

 

『イラストリアス姉様に推薦を受けたと言うべきよ! どうして、私が恥をかかないといけないの! ネプチューンのことだから正直に言ったら絶対にからかってくるわ!』

 

 そうだそうだと、他の小さなフォーミダブル達が声を上げる。

 

 確かに、イラストリアスに推薦を受けたと言っても、二人なら一応納得はしてくれるだろう。

 

 ──ここは、嘘をついて......。

 

 と、口を開こうとした矢先、小さなフォーミダブルの一人がダンと強く机を叩いて抗議した。

 

『恥を偲んでも、きちんと言うべき! 友達に嘘をつくなんて言語道断だわ!』

 

 またしても、そうだそうだと──以下略

 

 結局フォーミダブルの心は、正直に話すことに決まったのだった。

 

 友達に嘘は良くない。ようやく手に出来た、自分を見せることができる友達なのだから、正直に話そう。

 

 「......っ。フォーミダブルが自分で立候補したの。二人が行っちゃったら、フォーミダブルを見せられなくなっちゃうから、どうしたらいいか分からなくて。怖くて。だから、陛下に連携も大事とか適当に言って頷いてもらったの。どちらかがいてくれたらよかったけど。そうは、ならなかったから」

 

 恥ずかしさも交えつつ、正直に話す。

 

 ああ、どんな風に言われるのだろうなんて、二人の顔を見ると

 

 「「......か」」

 

 「......か?」

 

 「「可愛いいいいいぃぃぃぃ!!!!」」

 

 「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 

 奇声を発し、二人はひたすらにインディちゃんを求めるポートランドさながら、フォーミダブルの頭を撫で始めたのだった。

 

 陣営が違うことは気にしてはいけない。

 

 「ああ、本当に可愛いですわあ。今ならエイジャックスさんの気持ちがすごく分かりますわ! これが、人を支配するということですの!?」

 

 「うふふ。大丈夫ですよぉ、フォーミダブルさん。私たちはズッ友ですからあ♪」

 

 「ちょっとネプチューンそれどういう意味!? オーロラもキャラ崩れてない?? もー! いい加減にしろー!」

 

 楽しい秘密会議は始まったばかり────

 

 

 

 フォーミダブルは、自由を愛する少女である。

 

 そして、なにより。

 

 フォーミダブルは、友情を愛する少女である。




私の中ではフォーミダブルとネプチューンとオーロラは仲良しだから......

ともかく、仲良しな三人のお話。まだ指揮官とは会っていない事になっています。これから三人それぞれ彼に想いを寄せるわけですが、そのお話もいつか書けたらなと()


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本編
プロローグ&設定


設定の方は後書きに


ある国では巫狐と共に荒れていた国を治め。

 

ある国では孤独だった女王にいたく気に入られ。

 

ある国では世界の為に死ぬはずだった指導者を救い出し。

 

ある国では人間不信だった少女を連れ出した。

 

またある国では──。

 

そんな沢山の『ある国』を積み重ねた男によって、世界のどこかにその基地は存在していた。

 

対セイレーン特殊遊撃部隊基地

 

通称『トリカゴ』

 

分断したアズールレーンを小規模でもいいから再結成し、セイレーン打倒を画策した男によって指揮を取られている。

 

であるからして、この基地には各国からの代表のKAN-SENが集い、共に命を預けている。

 

互いに銃口を向け合う戦争は終わり、敵はセイレーン、その価値観に違いはない。

 

ただ、彼女たちにはもう一つの任務があった?

 

それは──

 

『電話はしていたけど、映像通信越しで、こうして顔を合わせるのは久しぶりねウォースパイト! 元気にしていたかしら?』

 

「ええ、幸いにも息災です。陛下も御身にお変わりはありませんか?」

 

『毎日茶会を開けるくらいには元気よ。他の子達もどう? ちゃんと下僕の役にたってる?』

 

「問題ないかと思います。皆、ロイヤルの誇りを胸に、公務に取り組んでいるかと」

 

『それはよかったわ。と、ところでウォースパイト?』

 

「......なんでしょう?」

 

『ちゃ、ちゃんとアイツは全部終わったらロイヤルに来てくれそう? いや、別に来て欲しいわけじゃないけどね!』

 

「......正直、まだわかりません。ただ」

 

『ただ?』

 

「指揮官の隣を譲りはしないわ。絶対に」

 

『(め、目が本気だわ......)』

 

 

 

 

「ご機嫌麗しゅう御座いますわぁ。長門様」

 

『うむ。そちもな。遠く地を離れての任、ご苦労であるぞ大鳳。北風にもそう伝えておくれ』

 

「うふふ、ありがとうございます。でも、指揮官様が毎日私を頼ってくださりますから。苦労なんてものは、韋駄天となって駆けていきます」

 

『む、そ、そうか。ところで、あ奴は元気か? 余のことを何か言っておったりなどは、しておらんかったか?』

 

「ええ。今日も私に笑顔を見せて挨拶をしてくれました。長門様については、私にはありませんが、他の陣営の方に言っていたようですわ。長門がいなかったら今はないと」

 

『ほう! そうかっ! 余が最初に奴を見込んだからな、当然だ! えへへ』

 

「......まあ、私にはいつも頼りにしていると仰って下さいましたけど♡」

 

『......大鳳、言っておくが、お主が今そこにいるのは余のおかげだからな?』

 

「ええ。わかっていますわ。指揮官様が、私を選んで下さいましたもの。その許可を出してくださったこと。本当に感謝しております。毎日、指揮官様の声、匂い、体温、呼吸、脈動を感じられるんですもの♡ いい主に恵まれました」

 

『ぬう......ともかくだ! 他の国の者達に奴を取られるでないぞ! 互いに命を預ける関係にあるとは思うが、そこだけは譲るな』

 

「大丈夫ですわ。私、指揮官様のことで他人に罪悪感を感じるタチじゃありませんの、うふふふふふ♡」

 

『(そこだけは本当に頼もしい。大鳳に譲る気はさらさらないが、まず余の下に帰ってこなければ話は始まらぬ。少し癪だが、今は大鳳達に託そう......狐は嫉妬深いんだからね)』

 

 

 

 

『報告ご苦労シュペー。仲良くやれているようね』

 

「指揮官がいるから。でも、敵だった人と肩を並べるなんて、今でも変な夢を見てる気分」

 

『その敵も昔は味方だったわ。彼はそれを忘れていないだけ』

 

「......」

 

『なに?』

 

「いや、その。指揮官の話をする時のビスマルクさん。嬉しそうだなって」

 

『こ、コホン......それで? 他に報告は?』

 

「......噂を聞いたんですけど」

 

『噂?』

 

「指揮官が鉄血の協力をこじつける条件に、目を渡すことを約束したって」

 

『......誰から聞いたの?』

 

「本人からです」

 

『......そう。それなりに仲良くなれているのね。よかったわ。ちなみにだけど、本当よ』

 

「意外と、ヤンデレさん?」

 

『なっ!? ち、違うから! 目についてはあの人が提示してきたのよ!? それに、鉄血としてもあの人の目は研究材料として欲しいという判断があって!』

 

「もし、その目が研究だからって細切れになったら?」

 

『家族でもお仕置きがいると思うのよ......』

 

「えっと、私もその時は協力します」

 

『ありがとう。シュペー、鉄血はあなたしか出せなかったけれど、くれぐれも家族をお願いね』

 

「はい」

 

 

 

 

「むう......」

 

「機嫌悪そうね、エルドリッジ」

 

「......ノースカロライナ」

 

「どうしたの? って言っても指揮官絡みなんでしょうけど」

 

「当たり」

 

「やっぱり。で、何があったの?」

 

「朝、お布団に......すごい、びっくりされた。ユニオンの時、ずっと一緒......」

 

「ああ......じゃあ、指揮官をユニオンに連れて来たら、また一緒の布団で寝られるんじゃないかしら?」

 

「......! おおっー! ノースカロライナ、天才。ノーベル賞」

 

「安いノーベル賞ね......」

 

 

──もう一つの任務、それは、彼を国にへと連れて帰ること!

 

夜明けの時はちか、い?

 

 




トリカゴ

対セイレーン特殊遊撃部隊基地の通称名。
艦隊護衛、セイレーンデータ収集など様々な最前線任務を担っている。
参加を示す各国の出す戦力は各五名までの制約があり、結果として選りすぐりのKAN-SEN達が在籍している。

在籍するKAN-SENは以下の通り

・ロイヤル

ウォースパイト
ニューカッスル
ネプチューン
オーロラ
フォーミダブル

・重桜

北風
大鳳

・ユニオン

エルドリッジ
ノースカロライナ

・鉄血

アドミラル・グラーフ・シュペー

・アイリス

ル・トリオンファン

・ヴィシア

ル・マラン
ガスコーニュ

・サディア

コンテ・ディ・カブール

以上14名。


指揮官

地図を見るだけでセイレーンや鏡面海域の居場所、出現場所がわかる目を持つ、チート能力者。

重桜出身ではあるがケモノ憑きはしておらず、尻尾もなければ獣耳もない。KAN-SEN全員から想いをよせられているが、アホみたいな唐変木ぷりを発揮している。


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「ル・トリオンファンは追い付きたい」

「指揮官、こちらの書類の山。サインが必要なもの以外は確認しました」

 

「ありがとうトリオンファン。結構な量あったのに凄いな。仕事が早くて助かるよ」

 

「うふふ、ファンタスク級のスピードは足の速さだけではありませんでしてよ?」

 

「肝に銘じておくよ。ありがとうな」

 

指揮官からの賞賛に、騎士姫の如く気品を感じさせる笑顔で答えた彼女の名は、ル・トリオンファン。

 

アイリスを代表し、対セイレーン特殊遊撃部隊基地トリカゴに所属するKAN-SENの一人だ。

 

花に例えるのなら白百合、いや、彼女の出身国であるアイリスにちなんで、アヤメと例えた方がいいだろうか。

 

儚げながらも、しっかりとして芯の強さを持った、まさに純潔とも言えるべき少女。

 

しかし、誰もが見惚れるばかりの笑顔を向けられているのに関わらず、指揮官の目線は、机上に映し出される電子地図にへと注がれていた。

 

地図の中では白い経緯度線が走り、陸を表す緑、海を表す青の上には、一つの赤い点がゆっくりと陸に向かって移動している。

 

トリオンファンとしては、そんな地図よりも自分にへと顔を向けて欲しいが、彼の仕事は、これを見守ることなのだ。文句を言うことはしない。

 

指揮官の知らないところで、気品さがため息でかき消されようかとしたその時、彼は大きく目を見開いてトリオンファンに指示を飛ばした。

 

「......っ! いた! トリオンファン、通信繋いでくれ!」

 

「かしこまりましたわ!」

 

何かを見つけたらしい指揮官は、とうとうトリオンファンと行われていた会話のキャッチボールさえも取り止め、通信越しにいる顔の見えない誰かにへと相手を変えた。

 

「こちらトリカゴ。船団護衛班旗艦ガスコーニュ、応答してくれ」

 

『......こちらガスコーニュ。通信状態良好。主、指示を』

 

「よし。手短に伝えるぞ。護衛ルートからは外れるが、そこから東へ八海里ほど離れた位置に、突発的なセイレーン鏡面海域反応を確認した注意してくれ」

 

『指示を受任。艦隊の一人を偵察にあたらせることを思案』

 

「それで頼む。くれぐれも護衛船に被害がないよう、穏便にな。他の子達にも伝えておいてくれ。通信は以上だ」

 

『北風、カブール、ル・マラン、ノースカロライナへの指示の伝達任務を了解。オーバー』

 

「............ふう。何事もなければいいけど」

 

通信を切るが、未だ緊張は解けない状況に指揮官はあった。

 

任務内容としては船の護衛。ただしVIPの......。

 

任務の完了まで、地図から目線を外すことは出来ない。

 

「相変わらず、指揮官は凄いですわね。私には何か異常があるようには見えませんけど」

 

トリオンファンからして見れば、地図にセイレーンの出没情報などは一切載っていない。

 

先程述べた通り、白線に、緑に、そして青の上を動く赤い点。

 

しかし、指揮官にはハッキリとセイレーンの存在を示す黒い点が青を染めているのが見えていた。

 

それこそが彼の能力であり、彼がここトリカゴを任されるに至った理由でもある。

 

「見えてもいいことないよ。今日みたいに、船団護衛の間、ずっと見張っていてくれなんて依頼が来るかもしれないし。そのせいで、トリオンファンに書類仕事を押し付ける羽目になるし」

 

「ふふっ、お気になさらず」

 

見られることのない柔らかな笑みでトリオンファンは、受け流す。

 

その返事を聞いた指揮官は、呑気なことにも、

 

(トリオンファンって、そんなに書類仕事好きだったのか)

 

なんて思案するのだが、もちろん、彼女のお気になさらずは、こっちの

 

「(指揮官と一緒にいられるのだから)お気になさらず」

 

なのだが、それを彼に気付かせる事は、猫にワンと鳴かせるほど難しいものなのだった。

 

「それにしても、ガスコーニュさん。少し嬉しそうでしたね」

 

「え、そう?」

 

「ええ。いつもと少し、声のトーンが違いましたわ」

 

「そうだったかなあ?」

 

「指揮官。女性の微かな変化に気が付くことは、より良い紳士において必要条件ですわよ」

 

「努力するよ......ちなみにトリオンファン、髪切った?」

 

「いいえ、全く。ふふっ、まだまだ精進が必要ですわね。ゆっくりと、急いでくださいませ」

 

「難しいこと言うなあ」

 

(......ガスコーニュさんに、進展はなさそうですわね)

 

ましてや、乙女達の水面下の争いが基地で行われていることなど、知るはずもないのである。

 

「指揮官、訓練終わった」

 

トリオンファンが、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、ノックもなしに執務室の扉が勢いよく開かれた。

 

「え、エルドリッジさん!? まだ執務中ですよ?」

 

「知ってる」

 

実の所、基地の中では緊急の場合以外、所用で執務室を訪れないこと──すなわち、秘書艦一人占め特権という暗黙の了解がある。

 

あるのだが、そんなこと知るかとお構い無しに来室したのは、ユニオン代表のKAN-SENが一人、エルドリッジだった。

 

「んー、エルドリッジか? ごめんな。今は目が離せないんだ」

 

「大丈夫、邪魔しない」

 

「な、なにを? ......っ!?」

 

トリオンファンの前に、衝撃の光景が広がった。

 

エルドリッジは、慣れた歩みで指揮官の座るレザーチェアにまで近寄ったかと思えば、なんとそのまま彼の膝の上に座ったではないか!?

 

「おわっ、びっくりした」

 

「いつもの」

 

「はいはい」

 

しかも、指揮官もそれを受け入れている様子だ。

 

「(う、羨ましい!)」

 

現在最も、指揮官を巡るレースで優位なのはエルドリッジ。

 

それを証明する光景が、ありありとトリオンファンの目の前で繰り広げられる。

 

もちろん指揮官はそんなこと、以下略。

 

「指揮官、疲れた」

 

「みんな疲れてるよ。でも、お疲れ様」

 

「うん。指揮官、セイレーン探してる?」

 

「そうだよ。ワケありの船団護衛で、俺も見張るように頼まれちゃったからな。委託にあたっている子達の苦労がすごい分かるよ」

 

「おー、頑張って。エルドリッジ、ここで応援。ふわあ」

 

「え、エルドリッジさん!」

 

そのまま指揮官の膝の上で夢の世界にへと旅立ちかけたエルドリッジを、トリオンファンは何とか引き止めた。

 

「なに?」

 

エルドリッジの目線を伝ってビリっと、スパークが空気を割く。

 

「指揮官の膝の上でおやすみなんて羨まし......じゃなくて! 訓練が終わったのなら、キチンと施設の使用報告書等を提出するべきではなくて?」

 

「む」

 

「トリオンファンの言う通りだ。面倒かもしれないけど報告書はちゃんと出してくれ、エルドリッジ」

 

「......わかった」

 

やや不満そうに、エルドリッジは立ち上がるとビリビリとスパークを纏わせながらトリオンファンと相見える。

 

「何か?」

 

「......言ってくれて、ありがとう」

 

「いえ、どういたしまして」

 

「むう」

 

「負けませんっ」

 

指揮官は地図を見ていたので知るわけがないが、明らかに目線と目線で両者は火花を飛び散らせ、やがて、エルドリッジは執務室を出ていった。

 

音だけでエルドリッジの退室を確認した指揮官は、トリオンファンにへと言葉を投げる。

 

「悪いなトリオンファン。あの子に、注意させるようなカタチになっちゃって」

 

「いえ、大丈夫です。あの......指揮官。エルドリッジさんはいつもあんな感じですの?」

 

「あんな感じって?」

 

「執務中に、膝の上に座りに来たりとか」

 

ファンタスク級の特徴といえば?

 

恐らくこの問には、多くの人が速さと答えるだろう。

 

その認識はトリカゴでも変わることはなく、トリオンファンは自慢の速力から、緊急のセイレーン対策や哨戒任務に当たることが多い、今日のように秘書艦任務にあたることはかなり稀だ。

 

故に、基地の防衛任務を任されているエルドリッジとの面識はあまりなく、まさかあんなに大胆な行動にでるとは思いもしなかったのだった。

 

「まあ。俺がユニオンにいた頃からあんな感じかな。あの時は部屋も相部屋だったし」

 

「え、ええっ!?」

 

「この前なんて、寝ぼけていたかどうか知らないけど、布団に潜り込んで来ていて。別に、いいんだけどさ。寝起きにあれは、すごいびっくりした」

 

「そそそそそそ、そこまで!?」

 

男女の仲について恋のABCのAまでしか知らないトリオンファンにとっては、その事実は羞恥の念を抱かせるのに十分だった。

 

「いやあ、あの頃が懐かしいなあ......」

 

(あわわわわわ......!)

 

哀愁を漂わせる指揮官とは裏腹に、トリオンファンの内心は焦燥で染まりきっていた。

 

今は秘書艦として一時的に独占できてはいるものの、それまでの圧倒的な時間というアドバンテージを痛感させられたのだ。

 

最速の駆逐艦である自分が、ここまで差をつけられていたなんて!

 

(ここは騎士姫として! 攻めに出ないと!)

 

アーモンドは殻を破らなければ、食べられない。

 

それと同じ。

 

決意が固まったトリオンファンの行動は、早かった。

 

「あ、あの。指揮官」

 

「どうした?」

 

「わ、私も書類仕事でとっても、とぉ〜っても疲れましたの。部下に労いを与えるのは、上司の義務ではなくて?」

 

「えーと、お疲れ様? トリオンファンは偉いな」

 

「えへへ♪ ......って違いますわ! 私も、先程のエルドリッジさんのように、お、お膝の上に......あれは、邪魔ではないのでしょう?」

 

「ああそっち? トリオンファンがやりたいなら、いいかど、いいのか?」

 

「えっ......で、ではっ! し、失礼しますわ」

 

「お、おう。こんな膝の上で良ければ。トリオンファンも、結構子供っぽいところあるんだな」

 

「時には甘えるのも、レディの嗜みですわ!」

 

「ふふっ、そうだな」

 

子供っぽいなんて印象が持たれてしまったが、これはむしろ好機と捉え、座っている指揮官の膝の上に、トリオンファンは腰を下ろした。

 

(ふ、ふわあ......)

 

「座り心地はどうだ? ちゃんと労えてるか、お姫様?」

 

「わ、悪くはないですわ!」

 

虚勢をはるものの、数え切れない程の幸福感が胸いっぱいに彼女を満たし尽くしていく。

 

(す、すごいですわこれ! 指揮官の匂い、息、鼓動、体温が直に感じられて......今にも心臓が弾けてしまいそう)

 

「なんというか」

 

「ふえっ!?」

 

普段よりも近い距離で聞く指揮官の声に、トリオンファンの肩が大きく揺れる。

 

しかし、そんなことは指揮官にとっては些細なことだったようで、気にせず続けた。

 

「細いな、トリオンファン。それに、香水? つけてる?」

 

「え、ええ。香水は優雅の基本でしてよ。い、嫌ですか?」

 

「そんなことない。いい匂いだなって思うよ......ふう」

 

「はにゃ!?」

 

トリオンファンが一番求めていた言葉に加えて一番求めていた行動、指揮官は空いていた右手で彼女の艷めくブロンドの髪を優しく撫で始めた。

 

流石に鈍感な彼でも、トリオンファンの黄色い声に気が付いたようで、慌ててその手を止めた。

 

「ご、ごめん。エルドリッジにはいつもやってるから、癖で。女の子が、いきなり髪触られたら嫌だよな。気をつけるよ」

 

「い、い、い、いえ! そのまま! そのままつづけて! ちょ、ちょっとびっくりしただけです!」

 

「お、おう」

 

ちょっと所ではない驚き具合だった気がするなんて、そんなことには、ちゃんと気をかける指揮官だったが、否定されていないのならと、改めてナデナデを再開した。

 

女性の髪を触るという行為は、かなりの信頼がなければ成り立たない行動なのだが、そんな事指揮官には、またまた以下略。

 

(ああ、このまま時が止まってしまえばいいのに......エルドリッジさんは、いつもこんなに甘えているのでしょうか。ここまでやってもらえたのなら、私も少しは追いつけましたわよね?)

 

満たされた幸福感を噛み締めつつ、しばらく撫で撫でをされていると、電子地図に目を光らせたまま指揮官は口を開いた。

 

「トリオンファンはさ」

 

「は、はい? なんでしょう?」

 

「トリオンファンは、ここの面子と仲良くやれているかと思って。さっきの口ぶりからして、エルドリッジとは、あんまり面識ない様子だったし」

 

「そうですわね......ロイヤルの方々とは、茶会に参加させていただいたりと、仲良くさせてもらっています。あと、お姉様はもちろんのこと、ガスコーニュさんともよく話すんですよ」

 

「へえ、ガスコーニュと。意外だな」

 

「取り留めのない、事務的な会話が多いですけどね。それと、シュペーさんは私の知らない食べ物をよく食べていてそれを頂いたりしますの。指揮官はカップラーメンは、食べたことありまして?」

 

「もちろんあるよ。けど、食べすぎると太るから気をつけてな。最速の名がなくぞ」

 

「ふふっ、大丈夫ですわ。あとは、剣の稽古でよく手合わせをするのが、カブールさん、北風さん、ノースカロライナさんでしょうか。面と向かって話す機会は少ないですけど、一緒にいて楽しいです」

 

「へえ。ノースカロライナあいつ、剣も出来たんだ......」

 

「ご存知ありませんでしたの?」

 

「もっぱら素手か艤装で闘ってる所しか見たことないな。十分、個性あると思うけどなあ......」

 

「個性?」

 

「すまん、こっちの話だ。大鳳はどうだ?」

 

「大鳳さんは......ごめんなさい。少し苦手ですわ。なにを考えているのかわかるのですけど、よくわからなくて」

 

「大鳳はまあ、自分に素直に生きてるから......で、肝心のエルドリッジとは?」

 

「エルドリッジさんとは、生活サイクルが合わないせいか、あまり話したことがなくて。ほら、私はよく夜間や緊急の要するものを担っていますけど、エルドリッジさんは基地防衛が多いですし、夜は基本寝ていらっしゃいますし」

 

「なるほど。そりゃ、あまり知らないわけだ。そうだなあ......エルドリッジはとりあえず餌付けしたら懐くぞ」

 

「そうですの?」

 

「ああ、試しに今度会ったらお菓子でもあげてみてくれ、多分懐く」

 

「そんな猫みたいな......でも、やってみますわ」

 

「ぜひやってみてくれ。試しに金平糖とかいいと思う」

 

「......コン、ペー、トー? とは、なんですの?」

 

猫に小判、いや、猫に金平糖を与えた時のように、トリオンファンは不思議そうに首を傾げた。

 

「知らないか? 重桜のお菓子なんだけど...........そうだな」

 

トリオンファンにとっては謎のお菓子、コンペートーの招待を明かすと、指揮官は少し考え込んだ。

 

なるべく、トリカゴの全員には仲良くして欲しい。トリオンファンは大鳳とあまり仲良くないのなら、これは、きっかけになるかもしれない。

 

「......指揮官?」

 

「あー、大鳳に聞いてみたらきっと用意してくれるよ。嫌がっても、俺が欲しがってたって言えば大丈夫だ。無理にとは言わないけど、大鳳とも話してみてくれ」

 

「......わかりましたわ。貴方が言うのなら」

 

「ありがとう。トリオンファンは優しいな」

 

(むしろ、優しいのは貴方のほうですのに......)

 

わざわざ、自分のためにそんな提案をしてくれて。

 

どこまでも優しくて、どこまでも他人の事を考えてくれていて、こんな自分でも気をつかってくれて。

 

(その優しさの行き先を私だけに、というのはワガママでしょうか?)

 

彼を想う気持ちがある。出会った時期の違いこそあれど、恋に早いも遅いも関係ない、最後に笑うものが、最もよく笑うなんて、アイリスの言葉にもある。

 

そう思案していると、委託任務にあたっていたガスコーニュからの通信が入った。

 

彼と密着しているからか、会話の内容がトリオンファンの耳にも届く。

 

『主、こちらガスコーニュ。たった今、護衛任務を完了。これより、基地に帰投する。長時間の監視を担っていた主に感謝と慰労の念を。よって、主に休息を提案』

 

「ありがとう。確認した。みんなお疲れ様。給金は、はずませておくよ。無事に帰ってきてくれ。オーバー......ふーっ、終わったかあ」

 

電子地図の電源を落とし、指揮官は大きく息を吐くと椅子の背もたれに体重を預けた。

 

「お疲れ様ですわ、指揮官。帰投する皆さんを見守らなくてもよろしくて?」

 

「大丈夫だ。ガスコーニュがああ言った時は、見張りはいらないって意味だからな。甘えさせてもらうよ」

 

「そうでしたの......(い、意外とガスコーニュさんとも?............はっ!)」

 

思いもよらない伏兵の出現に汗を流すが、トリオンファンは、今置かれているチャンスに気がついてしまった。

 

二人きり、更には膝の上という密着姿勢、それに今なら任務も終わったから指揮官が目を合わせてくれる!

 

エルドリッジとの差を更に埋めるためにも、この状況を活かさない手はない。

 

決意が固まった彼女の行動が早いのは、先程伝えた通り。

 

「トリオンファン。悪いんだが、俺のサインがいる書類を持ってきてくれないか?」

 

「い、嫌ですわ」

 

「トリオンファン?」

 

まさか断られるとは思わなかったのか、指揮官は驚いた様子でトリオンファンの顔を見る。

 

今日初めて、海よりも碧い彼女の瞳と目線の糸が繋がった。

 

「ふふっ、やっと目を合わせてくれました」

 

「えっと、イタズラか? 珍しいな」

 

「たまには良いでしょう。それに、イタズラなんかじゃありませんわ」

 

「......?」

 

「指揮官には、私の気持ちを知ってもらいたくて」

 

「......っ?」

 

トリオンファンは椅子に膝をつく姿勢になり、指揮官の肩に手を添え、自らの額を彼の額とピタリとくっつけた。

 

当然、指揮官は視界の情報全てが彼女しかなくなり、自然と息と息が絡まり合う。

 

「私、指揮官にこの剣と盾を捧げる覚悟はとっくにできていますの。だから、指揮官にはぜひ受け取って欲しいのですわ。セイレーンとの戦いが終わったら、貴方には是非アイリスに......」

 

「トリオンファン......」

 

「......指揮官」

 

やがて、決められた運命の如くお互いの唇と唇が触れ合──

 

「指揮官、報告書かけた」

 

「「あっ」」

 

──わなかった。

 

「......指揮官、トリオンファン............むううううううううううっ!!!!」

 

説明しよう!!

 

エルドリッジはとても不機嫌になったりすると、頬をぷっくらと膨らませ、スパークを漂わせて突進してくるのだ!

 

さながらピ○チュウのボル○ッカーのように!

 

「待ってエルドリッジ! まだ俺書類仕事残って、ぎゃああああああああ!!!!????」

 

「きゃあああああああ!!??」

 

執務室から一人の男と女の絶叫が響き渡ったのは、言うまでもない。

 

ついでに、基地は数十分ではあるが停電したのであった。

 




色んな意味で行動が早い(速い)騎士姫さんのお話でした。

とりあえず、トリカゴでの人間関係が分かってくれたら嬉しいです。

指揮官の目についてですが、本作のみの勝手な設定ですので頭の片隅に入れてもらえれば幸いです。


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「金平糖ラブフィッシャー」 その1

実際のところ金平糖はコンフェイトというポルトガルのお菓子が起源らしいですが、細かいことは気にしてはいけない()
感想をいただけました、ありがとうございます。モチベあがります。


「あら、大鳳さん。ご機嫌麗しゅう。ちょうど良かったですわ」

 

夜も更けた、ある日のこと。

 

これから就寝、もしくは怒られない程度に指揮官の部屋に忍び込もうと画策していた大鳳を、トリオンファンが廊下ですれ違いざまに呼び止めた。

 

「はあ、なにか? 時間がありませんので、手短にお願いします」

 

やや気だるげに、仕方なく大鳳は応答した。

 

これがもし指揮官によるものなら、飛ぶ勢い─なんならちょっと飛んで─甘い声で受け入れるのだが、例え仲間であったとしても、大鳳にとって他国のKAN-SENはどこまでも恋敵という敵なのだった。

 

ましてやトリオンファンは以前、エルドリッジアタックを加えられた前科がある。

 

基地を一時的に停電させたエルドリッジ曰く、「ちゅっちゅしそうだったから」と、たんこぶ頭に正座でノースカロライナに証言(言い訳)していたことから、大鳳の中でトリオンファンの要注意度は、跳ね上がっていたのだった。

 

それでも無視しなかったのは、指揮官から他のKAN-SENとも仲良くするように言われているからである。

 

「えっと、ではなんですけれど。コンペートーをご存知?」

 

「金平糖? ええ、わかりますけど」

 

もちろん知っている。重桜に古くから伝わるお菓子だ。

 

作り方までは知ろうとも思わないが、主に砂糖が原料の飴の一種であり、色彩鮮やかなことから子供からお年寄りまで根強い人気がある。

 

しかしなぜ、重桜から遠く離れた地であるアイリスで生まれたトリオンファンが、金平糖を気にかけているのか大鳳にはさっぱり分からなかった。

 

分からなかったが、大鳳のその回答は騎士姫の表情を一転明るいものに変えるのには十分だった。

 

「まあ! 本当ですか! でしたら、ぜひそのコンペートーご用意していただけませんこと? このル・トリオンファン、異文化の食にも大変興味がありまして」

 

「はあ」

 

熱く語るトリオンファンとは対照的に、冷めた態度で大鳳は受け答えた。

 

どうやら、金平糖というものを教えて欲しいというより金平糖を見てみたい食べてみたい、その手にしたいという願望が強いらしい。だが、ますますもって大鳳の内で謎が深まる。

 

金平糖を気にかける理由は異文化勉強として判明したが、それを用意するのが何故自分なのかが今度はわからない。

 

少なくとも、大鳳からトリオンファンに、何かアイリスお菓子を用意してくれと言える仲かと問われれば、全くもってそんな事は無い。

 

そもそも、アイリスのお菓子に興味すらわかない。確か、マカロンなるお菓子が有名だったか。

 

ともあれ用意をさせるのならば、同郷である北風の方が彼女とは仲が深いはずだ、なのに何故この私を?

 

「それに指揮官が久々に食べたいと、この前仰っていて。大鳳さんなら」

 

「全力でご用意させていただきます!」

 

前言撤回、そういうことなら協力せざるを得ない。

 

否、嫌でも協力させてもらう。

 

「それで指揮官様は金平糖をどの程度ご所望で!? 何グラム? 何キロ? 何トン!?」

 

「え、えっと。トリカゴのみなさんが分け合える程度に......でしょうか」

 

「かしこまりましたわ!」

 

「お、お願いします」

 

先程までとの豹変ぶりに、トリオンファンは肩を掴まれながら目を丸くして圧倒されていた。

 

彼女としては、大鳳と話すきっかけにと気をつかってくれた指揮官の言葉を真面目にこなしているのだが、そんな事を大鳳が知るわけもない。

 

「うふっ。うふふふふふ、指揮官様ぁ。この大鳳が必ず貴方の望みを叶えてさしあげますからね。うふふふふふふふ♡」

 

すっかり自分の世界にトリップしてしまった大鳳は、別れの言葉も告げずに自室にへと向かって歩いていく。

 

「............やっぱり、苦手ですわ」

 

独り取り残されたトリオンファンは、そうこぼすのだった。

 



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「金平糖ラブフィッシャー」 その2

フォーミダブルってこんな子だったかなあ(



「流石にもう、無理......」

 

重桜ではおやつの時間と言うらしい、昼下がりの午後三時。

 

今日は非番であるフォーミダブルは、自室のベッドに横たわりながら、弱々しく唸っていた。

 

別段体調が悪かったりするわけではないのだが、どこか目の焦点があっていない。

 

仮にもロイヤル代表のイラストリアス級三番艦、高貴と優雅を基本とするロイヤルレディとしてこの基地にいる彼女がそうなってしまった原因は......

 

「甘いものが食べたいぃぃぃ......」

 

......意外としょうもないものであったが、フォーミダブルにとっては死活問題だった。

 

言ってはなんではあるが、フォーミダブルは超がつくほどの甘党だ。

 

しかもこれまた厄介な事に、舌が肥えてしまったせいか手作りのお菓子じゃないと満足出来ないタチの悪い甘党である。

 

「はあ。ネプチューン、早く帰ってこないかしら......」

 

日頃、主にその鬱憤を晴らしてくれるのは、彼女にとって親友でもあるネプチューンなのだが、生憎、特別性の艤装のメンテナンスでしばらく基地を離れている。

 

なら、せめてでもウォースパイト主催のお茶会で出されるニューカッスルのお菓子で我慢しようと決意していたのだが、出されるお菓子が問題だった。

 

ウォースパイトは陛下とは違って、茶会の時のお菓子や軽食等は一品だけにしている。

 

おもむろ、フォーミダブルもそれには賛成なのだが、ネプチューンがいなくなってからのメニューはサンドイッチに、ニンジンのケーキ、カカオ本来の苦いチョコケーキetc。

 

今日出されたチーズケーキもチーズの風味が強いもので、甘さなどあったものじゃなかった。

 

それでも、紅茶にしっかり合う味にするのは流石はニューカッスルと褒めたいのだが、どれもこれもフォーミダブルの大好きな砂糖が綺麗に抜け落ちてしまっている。

 

一日くらいなら別に構わないが、流石に毎日となると、手作りの甘いものを食べることがストレス発散の一つとなっているフォーミダブルの心の鬱憤は、日に日に溜まっていくのも自然なことだと言えた。

 

応急処置として、基地の雑用をこなす謎の生物、饅頭達に何かデザートを作ってくれないかと頼んでもみたが、断られてしまい暗礁に乗り上げているわけだ。

 

「(ニューカッスルは砂糖なしで作るのがトレンドなのかしら? それともウォースパイト様の?)」

 

求められるフォーミダブル像から、本人に直接甘いものを作ってくれなんてワガママは言えない。

 

こうなったら愛する指揮官のところに突撃して、存分に甘えるか。

 

けれど、秘書艦ルールもあるし次の秘書艦業務はまだまだ先のこと。

 

今の当番であるオーロラが酷く羨ましく思えた。

 

「......はあ」

 

ちょうど枕に向かってため息を吐いたのと同時に、部屋の扉がガチャりと音を立てて開かれた。

 

「こんにちはーフォーミダブルさん。うわっ、死んでる」

 

「死んでないわよ」

 

「生きてた」

 

ノックもなしに部屋に入ってきたのは、トリカゴ唯一の姉妹艦コンビの姉の方、トリオンファンの姉にして自称ヴィシアの邪しき剣ことル・マランだった。

 

「はあっ、お茶いれるわね」

 

「わーい」

 

客人を出迎えないのはロイヤルレディとして無礼に当たるので、起き上がって紅茶をいれる。マランも適当なイスに腰を下ろした。

 

類は友を呼ぶと言った訳では無いがこの二人、どちらも外向けの自分を持っている共通点からか、直感的に同類と分かり、あっという間に仲良くなった。

 

どのくらいの仲かと言えば、ベッドに転がる人間をいきなり死体扱いできるくらいには、である。

 

「はい、どうぞ。この時間に起きてるなんて、珍しいわね」

 

マランは今日、夜間任務担当だ。普通嫌がる人が多いのだが、本人は夜型人間なのもあって乗り気であったりする。

 

「ありがとうございます。なんだか、たまたま目が覚めて。いつもなら二度寝コース直行なんだけど、喉が渇いたから」

 

「それで、今のとこ基地にいる私のところにたかりに来たのね。残念だけど私の紅茶はそこそこよ?」

 

「ティーバッグじゃないだけでも、私からすれば凄いですよー。実際美味しいし」

 

「お褒めに預かりどーも」

 

社交辞令とも言えない会話をした後、マランは紅茶を半分ほど飲んだところで口を開いた。

 

「それで、フォーミダブルさん。どうかしたの? つわりとか?」

 

「ぶっふ!? んなわけっ!?」

 

「ふふっ。とりあえず、指揮官と関係がないことが分かって何よりです」

 

「......」

 

普段は「疲れるからやだ」と言う割には優雅に、やや勝ち誇った様でマランは再び紅茶を喉に通した。

 

お互い同じ人を好きになったあたり、どこまでも似た者同士なのだった。

 

その分、身体は大きく違うのだが、それは言わないのが乙女の密かな掟。

 

「それで、本当にどうかしたの? あっ、ネプチューンさんがいないから?」

 

「半分あたり半分ハズレ」

 

「......?」

 

「言った方がいい?」

 

「......どうしても嫌というなら言わなくてもいいです。でも、友達だから助けになるのなら協力したい、かな。話すだけでも楽になると言うし。大丈夫、何があっても笑ってあげます」

 

かつては敵である関係だったが、今ではこうして悩みを聞きあえる。

 

改めて指揮官への感謝を胸に、フォーミダブルは事情を話すことにしたのだった。

 

「............じゃあ」

 

 

*

 

 

「ふふっ。くっくっく」

 

「......ちょっとー」

 

どこからだろうか、いやかなり最初の方からだった気がする。

 

真剣な表情はあっという間に微笑みに変わり、やがて笑いをこらえる様になり、そして見事に決壊した。

 

「ああ、いや。本当に笑わされるとは思わなくて。甘いもの不足......ふふっ」

 

「言わなければよかったですわ......」

 

そう言いながら頬を膨らませるフォーミダブルに、涙目になった目元を拭い、マランは笑みをなんとか上書きしてから言葉を転がしはじめた。

 

「そう拗ねないでくださいよ。かえって、フォーミダブルさんに親近感が湧きました」

 

「別に、同情して欲しかったわけじゃありませんわ」

 

「ふふっ。お詫びというわけじゃありませんが、なにか作りましょうか?」

 

「えっ?」

 

「私ももっぱら食べる専門ですけど、ホットケーキくらいなら作れますよ?」

 

まさかの救いの手。ああ、隣人愛とはこのことなのかとフォーミダブルはそこまで信じてもいない神に問いかけた。

 

「ぜ、ぜひともお願いしますわ!」

 

「ふふっ。任せてください。ダンケルクさんやニューカッスルさん、ネプチューンさんのように上手くはないですけど。そこそこ美味しいのは作れるはずです」

 

果たしてダンケルクとは誰なのだろうとフォーミダブルは思ったが、とりあえず手作りのスイーツが食べられるのならなんでもいいやと、思考を放棄してキッチンにへと向かったのだった。

 

*

 

「〜♪」

 

フォーミダブルは上機嫌で食堂のカウンター席に腰を下ろしていた。

 

やっと糖分がとれる、それ以上の幸せは指揮官に甘えるくらいしかないだけに、好きなロックの鼻歌も自ずと零れてしまう。

 

「ん?」

 

と、心弾ませていたところ、エプロン姿のマランが申し訳なさそうな様子でフォーミダブルのもとに帰ってきた。

 

「......マラン? どうかしましたの?」

 

「問題発生ですフォーミダブルさん。とりあえず、着いてきてください」

 

「わかりましたわ?」

 

何やら分からないが、マランの後を追ってフォーミダブルはキッチン奥の食糧備蓄庫へと足を運ぶ。

 

そして、マランの言っていた問題を目の当たりにした。

 

「ご覧の通り......」

 

「う、嘘でしょ!?」

 

問題を把握し、フォーミダブルはニューカッスルがどうして甘さのないデザート達を作っていたのか、その疑問と答えの点と点が線で繋がった。

 

本来なら、キロ単位の砂糖袋がいくつも置かれているそのスペースはもぬけの殻となっていたのだ。

 

そう、砂糖そのもの自体がないのであった。



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「金平糖ラブフィッシャー」 その3

 

「緊! 急! 事! 態! ですわっ!」

 

「おー、どうしたフォーミダブル?」

 

「だから緊急事態ですのっ!」

 

「そ、そうか......」

 

あまりのフォーミダブルの圧に、指揮官は軽く背もたれを倒して受け止めた。

 

見ての通り、隕石が星に落ちてくることよりも重大な問題に直面したフォーミダブルは、マランに今度ホットケーキメインの茶会を開く事を約束してから、すぐ様執務室にへと駆け込んだ。

 

今回に限っては(フォーミダブルにとっては)緊急事態だ。例の秘書艦ルールもオーロラには悪いが、破らせてもらう。致し方ない。

 

「えっと、フォーミダブルちゃん。何が緊急事態なのですか? それを言ってくれないから、指揮官さんも困っていますよ」

 

「......おっほん。ごめんなさい取り乱しましたわ」

 

「わりと普段から取り乱してないか?」

 

「しーきーかーん?」

 

「はい、黙ります......」

 

オーロラの指摘で我を忘れていたフォーミダブルは、冷静さを取り戻すと、再度問題を指揮官にへと報告した。

 

「一大事ですの。砂糖がありませんわ」

 

「砂糖?」

 

「あー、そういう......」

 

「分かるのかオーロラ?」

 

これだけのセリフで全てを把握したらしいオーロラは、指揮官に補足の説明を加えた。

 

「指揮官さんは、フォーミダブルちゃんが甘いもの好きなのは知ってますよね?」

 

「知ってるよ。俺の作った即席プリンを凄く美味そうに食ってたのを覚えてる」

 

「それは、貴方が作ってくれたから......」

 

熱い目線を送るフォーミダブルだったが、すかさずオーロラは咳払いでブロックした。

 

「おほん! ともかくですっ。フォーミダブルちゃんは、お手製の甘いものを食べることがストレス発散になるんです。それがないという事は、後はわかりますよね?」

 

「分かるけど、ならネプチューンに......あー、いないのか。じゃあ、ニューカッスル......にも言えないのか。大体わかった。とりあえず、キャラメルいるか?」

 

「アーンさせてくれるなら、いただきますわ」

 

彼が机の引き出しからとりだしたのは、手作りではないキャラメルではあったが、指揮官が食べさせてくれるのなら話しは別。

 

それに、指揮官なら食べさせてくれるとフォーミダブルはわかっていた。そして案の定、

 

「お安い御用だよ。ほら、アーン」

 

「あーん......んーっ! 幸せですわぁ」

 

「俺の指をちょっと食べるな。ドキッとするだろ」

 

「あら、そのまま私にときめいてくださってよくてよ?」

 

「はっはっは。フォーミダブルでも冗談言うんだな」

 

「冗談じゃありませんのに......」

 

あえなく惨敗するフォーミダブルではあったが、それを見ていたオーロラは羨ましそうに頬を膨らませた。

 

「むう......フォーミダブルちゃんずるいです」

 

「オーロラもいるか? ほら、あーん」

 

「えっ、で、では。あ、あーん......」

 

「うまいか?」

 

「ひゃ、はい......」

 

フォーミダブルと同じように少し彼の指を口に含んだせいか、本当は味なんてよく分からないのだが、ニッコリと笑う彼の笑顔を崩したくなくて、オーロラは美味しいとしか言えなかった。

 

まだまだ微笑ましい友の様子に、フォーミダブルは小声で話しかける。

 

「オーロラも、もう少し積極的になればいいのに」

 

「む、無理無理! でも、フォーミダブルちゃんって、いつもあんな?」

 

「さあ?」

 

「むむむ」

 

「ふふっ」

 

友へと心の中でポンポンを振りながら、フォーミダブルはキャラメルを口の中で転がしつつ、話を戻した。

 

「とにかく、砂糖がありませんわ。ご存知でして?」

 

「いや、知らなかった。食料関連はニューカッスルに任せきりだったからな。報告が上がってないってことは、彼女的には問題はないと考えたんだろう」

 

「はあ? 正気ですの? 乙女の八割は砂糖で出来てますのよ?」

 

「水分より多いのか......」

 

歴史的学説誕生の瞬間だった。

 

「こほん。指揮官、砂糖を今すぐ支給するように手配してもらえませんこと? このままだと私、あなたを食べてしまいかねませんの」

 

「それは、まあ困るな。うーん......」

 

「(......伝わってませんわね)」

 

「(スルーしました......)」

 

フォーミダブルのアタックなど露知らず、指揮官は真剣に考え込みはじめた。

 

「指揮官さん。手配、出来ないのですか?」

 

「してやりたいけど、ニューカッスルが俺に言わなかった理由を考えるとな」

 

「どういうことですの?」

 

「分からないか? 問題がないんだよ。ニューカッスルは多分、フォーミダブルがかなりの甘党なんて知らないだろうし。俺を含めた他の子達も、甘いものは手作りじゃないと嫌なんてことないし、なんなら甘いものがなくても大きなストレスにならない。生命的にも塩と比べると優先度がかなり落ちる」

 

甘いものだけならさっきのキャラメルといい、代替品は他にもある。

 

栄養分としての糖分だけなら尚更のこと。

 

「......理解はできたけど。だからと言って、ニューカッスルが指揮官に報告していない事実は変わらないわ。そこは、きちんと注意するべきじゃなくて?」

 

「私もそう思います」

 

「任務から帰ってきたら、その点は注意しておくよ。ウォースパイトにも言っておく。だけど、彼女なりの優しい気遣いを俺は無下にはしたくないかなあ」

 

「「......?」」

 

あとは手配してくれてニューカッスルが怒られて終わりと思った二人だったが、指揮官としてはそうはいかない様子に首を傾げる。

 

「本部が動いてくれる確証がないんだ。さっきも言ったけど、塩とか水なら間違いなく動くだろうけど、今回は砂糖だ。しかも、甘いだけの代替品は他にもある」

 

「頭を下げるだけで終わってしまう、ということですね」

 

「そういうことだ。ニューカッスルは不作為になるくらいならと気遣って、俺には言わなかったのかもしれない。上司思いのいい部下を持ったよ」

 

「「(上司思いというか、上司想い......)」」

 

考えても決して口には出さない。優雅を誇りにするロイヤルレディだから......。

 

「あと俺としては、文章でも上司とは最低限関わりたくないしな」

 

「そうですか? 私は、毎日会いたいくらいですけど......」

 

「え、そう? オーロラは変わってるなあ」

 

「うふふ......」

 

「(泣いてる! 絶対あれ心の中で顔真っ赤にして泣いてますわ!)」

 

早速頑張ってみたものの、見事に散ってしまった友へ敬礼を送りつつ、フォーミダブルは別案を出してみた。

 

「我等がロイヤルは頼れませんの? 陛下なら」

 

「エリザベスを頼るとなると、ウォースパイトに仲介をお願いすることになるわけだが、砂糖を望む理由を間違いなく聞かれるぞ。なんて答える?」

 

「うっ......」

 

ウォースパイトも勿論指揮官に惚れ込んでおり、指揮官の味の好みも把握している。なお、この情報は全員共有しているのだが、それは置いておいて。

 

まず、指揮官は甘いものが特別に好きなわけじゃない。

 

この前提情報があるからこそ、ウォースパイトが疑問を抱くことは必然だろう。

 

加えて、ウォースパイトは民の期待と国を背負う王妹であり、言葉の戦争とも言える政の場数を相当に踏んできている。つまり、嘘が一切通用しないのだ。

 

「ウォースパイトのことだろうし、フォーミダブルの素も見抜いてそうだけどな。まあ、後はエリザベスに頼るとろくな事にならなさそう」

 

「それ、絶対陛下ご本人とウォースパイト様の前で言っちゃダメですからね」

 

「ウォースパイト様は陛下命な方なんだから」

 

「わかってるよ。お詫びにロイヤルに永住しろとか言ってきそうだし」

 

「「(......してくれてもいいんだけど)」」

 

注意しなければよかったかもと、邪念を巡らせる二人をよそに、指揮官は本棚の帳簿記録をパラパラと眺めてからフォーミダブルに指針を示した。

 

「ともかくだ。俺としては砂糖を手配するより、消えた砂糖を探した方がいいと思う。最近仕入れたのは一週間前、それもかなりの量があったみたいだし、早々使いきれるものじゃないと思うのだが」

 

「ニューカッスルが糖分カットキャンペーンを始めたのは、ネプチューンが出ていったのと同じ四日ほど前。となると、四日前には犯人は砂糖を持ち出したわけね」

 

「とっても大きなウェディングケーキでも作ろうと思わない限り、この量は使わないですね」

 

「突発的に砂糖を大量に使おうと思う人なんて、この基地には......」

 

『..................』

 

沈黙。

 

熟考によるものでなく、逆に答えがわかってしまって言い出せないがゆえの。

 

「なんでだろうなあ。一人思い当たる節しかない」

 

「奇遇ですわね指揮官。私もですわ」

 

「やっぱり、あの方ですよね......」

 

「いや、まだわからないぞ。大穴で北風かシュペーそれにカブールも......ないな」

 

「指揮官、北風だ。失礼するぞ!」

 

と、ちょうど名前を出した内の一人北風が声を張り上げて執務室にへと入ってきた。

 

本日の任務を終えたようで、報告書が片手に握られている。

 

「うむ? オーロラさんにフォーミダブルさん? 今日は秘書艦が二人か?」

 

「い、いえ。本日はオーロラ一人ですわ。私は指揮官に緊急の連絡があって」

 

北風には素の自分をまだ見せていないからか、フォーミダブルは即座に外向きの性格に切り替えて応対した。

 

「緊急の連絡? 何事ぞ?」

 

「前回の支給日からそれ程経っていないのに、食糧備蓄庫の砂糖が全て無くなっていたんです」

 

「何!? それは......一大事か? いや、一大事ではないか! 指揮官、この北風に任せてくれ! そのような不届き者は北風流イッチ文字切りで成敗してくれるぞ!」

 

一瞬判断に迷ってはいたが、北風は指揮官のためになるならと躊躇いなく鯉口を切った。

 

「ありがとうな北風。でも、その刀はもっと大事な時に抜いてくれ。ところで、周りをよく見てる北風に訊きたいんだが、最近何か気が付いたこととか違和感とかなかったか?」

 

「そうさな............大鳳さんなんだが」

 

『(あ、やっぱり)』

 

直感の鋭い北風から案の定出てきた名前に、三人の心境は一字一句同じものとなったが、北風は知るわけもなくそのまま続けた。

 

「ここ数日ほど前から、彼女からうっすらとだけど甘い匂いがしているような気がするぞ。だが、大鳳さんがそのような悪行を働くはずもないし、大方、携帯食として何かお作りになられているのだろう。うむ。金平糖かなにかだろうか?」

 

「(もう、それ答えじゃない!? なんで怪しまないの!?)」

 

「(いい子なんですよ、北風さん......)」

 

「指揮官、なぜロイヤルの御二方は北風を生暖かい目で見ているのだぞ?」

 

「気にしないでくれ。それにしても金平糖か......」

 

少し前、金平糖を話題にしたような覚えがある。

 

確か、そう。トリオンファンにエルドリッジと仲良くなるには餌付けがいいと言って。

 

彼女が大鳳は苦手だと言っていたから、大鳳と話すきっかけに俺を使えと......。

 

「(あーっ! トリオンファンに言ったあれかあ!)」

 

そこまで辿り着いて、指揮官は大方筋道が見えたのか心の中で叫びをあげた。

 

「指揮官どうした? 急に頭を抱えはじめたぞ?」

 

「原因がわかったんですの?」

 

「根っこの原因は俺だな。とりあえず、皆帰ってきてから決着つけよう。ま、フォーミダブルの悪いようにはならないと思うよ。北風もありがとうな。任務お疲れ様」

 

「こ、こら指揮官。人のいるところでナデナデは......うぅ......」

 

「「「(......可愛い)」」」

 

満更でもない様子でナデナデを受け入れる北風に、三人の心境はまたしても異口同音を唱えたのだった。

 



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「金平糖ラブフィッシャー」 その4

よくよく考えると、この基地の面子、ですわ口調が多い(


「で、出来ましたわ!」

 

苦節四日目の夜、大鳳は努力の結晶とも言える金平糖の出来に甘心の声を出した。

 

「はあ、ようやく」

 

振り返れば、金平糖作りは想像以上に茨の道だった。

作り出す前に調べてみたところ、一粒一粒小さいながらも、いや、小さいからこそ職人技の結集とも言えるものだったのだ。

 

本来ならば制作には二週間、その点はミズホの神秘でどうとでもなる。

だから、なんとかなるだろうと試しにやってはみたものの、そうやすやすと作り出せるものではなかった。

 

思っていたほど綺麗なトゲ状にならなかったり、鮮やかな色合いにならなかったり......。

 

しかしそこは空母大鳳、愛する指揮官のために諦めなどはしない。

 

むしろ彼女の心は熱く燃え上り、より完璧な出来を求めて日夜、仕事のない時はミズホの神秘を利用した金平糖作りに勤しんだ。

 

原料に使う砂糖も、あえて食糧備蓄庫にあるもの全てを自室にへと運び出した。なるべく、指揮官に知られるのを遅らせるのが狙いだった。

 

「あのメイド、本当に私の思った通りに動きましたわね」

 

金平糖の袋詰めをしながら、大鳳は思い返した。

 

このトリカゴにて、食糧備蓄庫にまで足を延ばすKAN-SENはそこまで多くはない。

 

考えられるのはメイドの二人、ネプチューンもしくはニューカッスルだ。

 

厳密にはネプチューンはメイドではなく給仕さんなのだが、大鳳にとっては同じようなものである。

 

ともかく、ネプチューンは艤装のメンテナンスでトリカゴを離れている。まずこの時点で、報告されるリスクは減る。

 

次の懸念であるニューカッスルだが、指揮官が自分のモノであることは譲るつもりはないが、彼女もまた彼に心を寄せている。だからこそ、そこを利用させてもらった。

 

ひとつやふたつ砂糖袋を拝借すれば、間違いなくあのメイドは指揮官に報告するだろう。

 

だが、全てぬす......持っていってしまえばどうだろうか。

 

普通なら報告する。しかし先も述べたが、ニューカッスルも指揮官を想うKAN-SENのひとり。何を言いたいのかといえば、彼女も指揮官に嫌な思いはさせたくないはずだ。

 

そう、例えば本部との連絡であるとか。

 

指揮官は本部と関わることは最低限にとどめている。大鳳も長門に積極的に会いたいかと言われれば、首を縦に振るのには時間がかかるので、気持ちはよく理解出来る。

 

癪ではあるが、ニューカッスルほど優秀なメイドであるならば、この事を考慮した上で彼に報告はしないと大鳳は読んでいた。

 

砂糖を手配するために、指揮官は本部に頼らないといけない。その行動は指揮官にとって厭わしいものであるはず、なら、報告せずにいた方が彼にとってもいいのではないか?

 

そして、この推測は寸分の狂いもなく当てはまる結果となった。

 

大鳳の中でのタイムリミットはネプチューンが帰ってきた時と考えていたが、この基地にはかなりの甘党がいることを彼女はまだ知らない。

 

しかし、そんな事は別に気にしなくてもいい。完成に至るまで指揮官にこの事で声をかけられることはなかったのだから。

 

にっくきアルバコアの言葉を借りるのならば、サプラーイズというやつである。

 

「あとは、指揮官様に渡すだけ♡」

 

とっておきの金平糖の袋詰めを完了し、時刻を確認する。

 

この時間なら、ちょうど執務が終わっているはずだ。オーロラは、仕事を時間通りに終わらせるように動く秘書艦、緊急事態でもない限り大丈夫だろう。

 

「さて」

 

あとは指揮官に褒めてもらうだけだと、金平糖の袋を胸の谷間の収納スペースに忍び込ませ、部屋の戸のノブを掴もうとした時だった。

 

「大鳳、いるか?」

 

ノックと愛する人の声が、大鳳の鼓動を揺らす。

 

間髪入れずに、大鳳は応答した。

 

「は、はい! 今開けますわ!」

 

扉を開けると、仕事終わりなのか少し軍服を着崩した指揮官がそこにいた。

 

「悪いな大鳳。忙しいだろうに」

 

「そんなことありませんわ! 指揮官様から訪ねてくださるなんて、今夜は大鳳をお求めですか?」

 

「んー、甘いものは欲しいかな」

 

「......っ!」

 

その一言で、大鳳は全てを理解した。

 

指揮官様は気付いていると。

 

「いつから......お気付きに?」

 

「実は今日なんだ。フォーミダブルから砂糖がないって連絡があってな」

 

「フォーミダブルさんから? あのロイヤルレディがどうして?」

 

「あー、まあ色々とな。本人に聞けばいいよ。で、だ。金平糖作ってくれてたんだろ? きっかけはトリオンファンからか?」

 

「は、はいそうです。指揮官様が金平糖を求めていると聞いて......これを」

 

先程しまった金平糖の袋を胸から取り出し、大鳳は指揮官に手渡した。

 

「胸に入るのかこれ......」

 

「うふふ。指揮官様ぁ、私の胸、気になりますか?」

 

「今は大鳳が作ってくれた金平糖の方が気になるかな。いただきます」

 

「あぁん。いけずぅ」

 

礼儀正しく指揮官は、食材への感謝を告げてから綺麗な小袋に入った金平糖を一つ手に取った。

 

ありふれてはいるが、だからこそ完璧な金平糖であり、薄紅色の彩色は重桜のさくらを想起させる。

 

とても、素人が一から作ったとは思いもしない出来だった。

 

見た目を楽しんでから、指揮官は早速その一粒を口にへと放り込んだ。

 

ほのかな甘みが口の中に広がり、疲れた体に糖分が染み渡っていく。

 

奥歯で噛み込むと、なんとも言えない金平糖特有の後味が味覚を幸福感で持続させていった。

 

「うまっ。すごいなこれ、お店にあるのとそんなに変わらないぞ。というか、よく手作りしようと思ったな」

 

「重桜から取り寄せることも考えましたが、指揮官様のお口に含まれるものなら、やっぱり大鳳の手作りがいいと思いまして。大鳳の作ったものが指揮官様の血肉となって、うふふふふふふふふふ♡」

 

「そっか。大鳳の作ってくれたものなら、喜んで食べるよ。この金平糖も貰っちゃっていいんだよな?」

 

「ええぜひ! 大鳳至極の一品ですわ」

 

ああ、よかった。指揮官様が喜んでくれた。嬉しい。

 

我儘を言うなら、もっとうんと褒めてほしかったけれど、卑しい女と思われたくはない。ここは我慢。

 

「ところでだけど大鳳、話を戻すんだが。トリオンファンにもだし、他の子にもちゃんと金平糖を分けるんだぞ」

 

「......わかりましたわ。指揮官様が言うのなら」

 

「ありがとう。あと、食糧備蓄庫の砂糖持っていっただろ? 全部使いきったのか?」

 

「いえ、一袋しか使ってませんわ。残りは奥にあります。どのくらい使うか検討もつかなかったので、とりあえず全て持っていこうと考えて」

 

出来る限りのカーテンで遮った理由ではあったが、指揮官は素直に大鳳の言葉を飲み込んだ。

 

「そういうことか。とりあえずよかったよ。フォーミダブルが限界みたいだったからな。指の次はどこを食われるかわかったもんじゃない」

 

「は?」

 

少し、いや、かなり聞き捨てならない。

 

指を? 食べる? 指揮官様の? ナニソレ?

 

「そんな騒ぐようなもんじゃないぞ? キャラメルあげた時に、ついでに指ごと口に含まれたっていう」

 

「......」

 

「大鳳?」

 

「指揮官様はあのロイヤルの小娘には指を食べさせるのに大鳳にはくださらないのですか?私はいつだってあなたの声が聞こえたあの日からあなたに尽くす事を決めてますけどそれでもむしゃぶりつくしたいと考えてしまって日夜我慢していますのにどうしてどうしてどうしてどうしてどうして......」

 

「赤城みたいになってるぞ大鳳!? 大丈夫か?」

 

肩を何度かぐらぐらと揺らされ、直に触れ合ったことによる指揮官成分を即座に補充することで、大鳳はなんとか己を取り戻した。

 

「はっ! ......だ、大丈夫です。少し我を忘れていましたわ」

 

「ふう、よかった。もしかしてだけど、大鳳もアーンされたいのか?」

 

「えっ......そ、そうです! 大鳳もあーんされたいです!」

 

なんならあわよくば、あはーんもしたいしされたい。

 

「へえ。みんな、アーンされるの好きなんだなあ。でも、手持ちに大鳳の金平糖しかないんだが」

 

「ぜんっぜん! 何の! 一切の問題もありませんわ! さあ! あーん♡」

 

「はいはい。あーん」

 

「あむっ!」

 

少しはしたないが、金平糖を投げ込まれるリスクも考えて大鳳は自分から指揮官の指を迎えに行った。

 

金平糖はこのさいどうでもいい、指揮官様の男らしさを感じる太い指をしっかりと味わなければ!

 

「あむっ......んちゅ...じゅる......ちゅっぱ......ふふ......(指揮官様のゆびおいひいいいいいいいいいいいい♡)」

 

「(......いやめっちゃ、指しゃぶってくるやん)」

 

指揮官も思わずエセ方言が出てしまうくらいには、大鳳は彼の指を味わいしゃぶりつくすと、淫らに染まった透明な糸を垂らしつつ、妖艶に微笑んだ。

 

「うふふ♡ 指揮官様ぁ、とっても美味しかったですわ」

 

「満足したか?」

 

「ええ♡ でもぉ、指揮官様はご満足して頂けてませんよね?」

 

「え?」

 

「とぼけなくてもいいのですよぉ? 私は指揮官様を味わわせていただけたんです。指揮官様もぉ、大鳳を味わいた──「貴方様」

 

最後までは言わせないとばかりに、冷徹に大鳳の言葉に割って入ってみせたのは、ロイヤルメイドが元統括ニューカッスルだった。

 

「ああ、ニューカッスル。執務室に行くよう聞いてなかったか?」

 

「ウォースパイト様から、大鳳様の部屋に向かわれた貴方様を迎えに行くよう、仰せつかっておりましたので。失礼ながらも、こうしてお声をかけさせていただきました」

 

「失礼もなにも、ここ私の部屋ですよ?」

 

「部屋の鍵が開いていましたので、入室しても問題ないと判断致しました」

 

「作法がなってませんわね」

 

「......精進させていただきます」

 

「まあまあ、ウォースパイトを待たせてるなら仕方ないよ。大鳳も、これからニューカッスルには説教しなきゃなんだから、そんなに強く当たらないでやってくれ」

 

「......へえ。指揮官様、私も執務室に行っても?」

 

「いいけど、見世物じゃないぞ?」

 

「ええ、わかっています」

 

いつもスカした態度のメイドが説教とは、面白いものが見られそうだ。

 

その原因をつくったのは、大鳳のせいではあるのだが、ニューカッスルは眉一つ動かさず、黙ってそれを受け入れている。

 

「......ふふっ」

 

逆に、まるでこれから先のことが待ちきれないと言わんばかりに、ニューカッスルは不敵に微笑むのだった。

 

 



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「金平糖ラブフィッシャー」 終


金平糖砂糖消失事件、エンディングです


トリカゴ内、執務室。

 

ニューカッスルをはじめに部屋には見物人として大鳳、ロイヤル勢責任者のウォースパイト、本日の秘書艦オーロラが指揮官の口から出る言葉を、ただ静かに受け止めようとしていた。

 

「さて、ニューカッスル。お互い今日もお疲れなところ悪いが、俺もここを運営する人間だ。言うことは言わなければならないし、それ相応のペナルティも与えなければならない。わかるな?」

 

「......全て承知の上でございます。ただ、釈明の余地があるのであれば、私は貴方様のことを思ってそうしたとだけ」

 

「なるべく、俺が本部に手回しさせないようにしてくれてたんだろう?」

 

「さすがは貴方様。お気付きでしたか」

 

「ニューカッスルこそ、優しい気遣いをありがとう」

 

「もったいないお言葉です」

 

深々とニューカッスルが頭を下げる中、残された三人はアイコンタクトで意思疎通を図っていた。

 

「(これ、説教の時間よね? ニューカッスルの表彰会じゃないわよね?)」

 

「(そうだと思います......多分)」

 

「(はあ、セイレーンとの戦いで指揮を執る時はもっと堂々としてるのに......)」

 

「(でも、指揮官様のお優しいところ。好き♡)」

 

「(わかる)」 「(わかります)」

 

深く頷く二人。

 

その点に限っては全面的に同意しつつ、引き続き、事の顛末を見届けることにした。

 

「とりあえず聞くが。砂糖が無くなっていたことには気付いていたんだな?」

 

「はい、無くなった当日から気が付いておりました。相談することも考えはしましたが、貴方様の手を煩わせる事を考えると、私の努力でどうにかなると判断いたしました」

 

「(最近茶会の一品に甘さの控えたものが多かったのは、そういう......)」

 

彼女の努力は、ウォースパイトを誤魔化すことはできていたようだった。

 

フォーミダブルは、そうはいかなかったわけだが。

 

「なるほど......だが、いくら俺のことを考えての行動でも、物がなくなったのなら、食糧備蓄庫を預かっている身として帳簿にはちゃんと書き込むべきだし、俺じゃなくても他の誰かに、例えばウォースパイトに言いようはあったはずだ。違うか?」

 

「......仰られる通りかと。全ては私の責任です貴方様。どのような罰でも受け入れる覚悟は出来ております」

 

「反省してるならいいよ。元はと言えば、俺が悪いから、そこまで気にしなくてもいい。対処としては、ネプチューンとフォーミダブルにも食糧備蓄庫を任せることにした。それと、フォーミダブルに何か甘いものでも作ってあげてくれ。今回の一番の被害者はあの子だから」

 

「......かしこまりました」

 

またしても、ニューカッスルが腰を折ったところでアイコンタクトがはじまる。

 

「(フォーミダブル? あの子がどうして一番の被害者なのかしら?)」

 

「(今回の砂糖の件も、フォーミダブルさんの働きでバレたようですし......オーロラさんはなにか知っていて?)」

 

「(え、えっとー......そうだ。たまたま、マランさんとホットケーキを作ることになって、判明したらしいですよ)」

 

「(へえ)」 「(ふうん)」

 

「(......ほっ)」

 

どうにか友の秘密を守り抜き、心底フォーミダブルから発覚までの経緯を聞いておいてよかったとオーロラは一安心した。

 

一方、話はニューカッスルの処遇について切り替わっていた。

 

「さて、ニューカッスルに対する処分だが。どうしたものかな。正直に言うと、艦隊運営としては問題なだけで、俺個人としては助かったからな」

 

「傍から見ていて、私もあなたに同意よ指揮官。彼女は組織としては間違っているけれど、あなたに対してなら何も間違ったことはしていない」

 

ウォースパイトも口を揃えたからなのか、指揮官は小さく唸ってみせた。

 

「なんだよなあ......かといって、処分ナシも示しがつかないし......んー.....................」

 

指揮官の低い声が執務室に響く中、ニューカッスルは密かに口角を上げ、自分から手をあげてみせた。

 

「お悩みの貴方様に、私から処分につきまして意見の具申がございます」

 

「なにか、いい案でもあるのか?」

 

「二週間の秘書艦勤務処分はいかがでしょう?」

 

「「「(......は?)」」」

 

その場にいた指揮官とニューカッスル以外の全員......すなわち、見物人の三人は、一瞬思考が硬直した。このメイドは一体何を言っているのだと。

 

無理もない、二週間の秘書艦勤務とは要するに、二週間もの間、指揮官を独り占めできるということだ。

 

そんな羨ましい暴挙、到底指揮官に恋する彼女たちからすれば許せるわけがない。

 

しかし、指揮官の方はと言えば......

 

「なるほどなあ。でも、ニューカッスルはいいのか? 二週間も秘書艦なんて」

 

「今回、貴方様に誠意を見せるとなると。このくらいが妥当かと」

 

「確かになあ......」

 

「「「(いやいやいや!!!)」」」

 

首を縦に振りかけている指揮官とは裏腹に、見物していたKAN-SEN達の心境は穏やかなものではなかった。

 

国の垣根をこえての、アイコンタクト緊急会議が開かれる。

 

「(あの女! 最初からこれが狙いでっ! 道理で()()()()()()()動くわけですわ! 指揮官様の優しさを利用するなんて!)」

 

「(詳しい話は聞いてないけれど、貴方が言えたことじゃないでしょう大鳳)」

 

「(ともかくです! このままじゃニューカッスルさんが二週間も秘書艦になっちゃいますよ! しかも、指揮官さんは私たちが嫌々秘書艦をやっていると思っているみたいですし......)」

 

そう、何よりも厄介でありニューカッスルが優勢であることを決定づける理由は、指揮官本人は秘書艦任務を夜間見回りと同等の任務と思い込んでいるところにある。

 

KAN-SEN達からしてみれば、半日は指揮官と一緒の空間にいられ、昼ごはんも一緒に食べられる。自分の出したお茶を飲んでもくれる。

 

特に指揮官と出会うのが遅かったKAN-SEN達にとっては、時間のアドバンテージを埋めるために、これ以上最高の任務があるのかと言わんばかりのものなのだ。

 

秘書艦任務の時、オーロラはいつも二本のバラの入った花瓶を置きに行くし、ウォースパイトは普段から早い起床時間がさらに早くなる。大鳳にとっては、朝に指揮官の部屋に行っても怒られない最高の日だ。

 

そんな誰もが羨む秘書艦任務を、二週間も独占など!

 

この時ばかりは重桜、ロイヤルとしてではなく一人の人間に惚れた女として互いに手を取った。

 

早速、ウォースパイトが動く。

 

「ちょっと、待ってちょうだい指揮官。少しそれは処分として重すぎるんじゃないかしら? 彼女の誠意を示すだけなら秘書艦じゃなくとも、戦闘に委託に、他にも見せようはあるはずよ?」

 

ウォースパイトのとった手段は表面上で言うのなら、部下を庇う上司の図である。部下思いな一面をアピールしつつ、ニューカッスルの減刑もできる至極の一手だった。

 

「......っ」

 

ニューカッスルも、これには口を挟めまいとウォースパイトは考えていたのだが、

 

「......いえ、貴方様。ここは組織の見せしめとしても、二度とこのような事がないように秘書艦勤務でよいはずです」

 

「んなっ!?」

 

あのニューカッスルが、私に逆らった!?

 

常にロイヤルのために最善を尽くし、今でこそベルファストがメイド長ではあるものの、影でロイヤルを支えてきたニューカッスルが!?

 

「(ウォースパイト様、しっかりしてください!)」

 

「(だ、大丈夫よ......)」

 

想像以上の精神的ショックはあったが、辛うじて指揮官もウォースパイトの言葉が耳に届いた様子だった。

 

「んー、けどウォースパイトの言うことも一理あるな。二週間は長すぎる。毎日毎日何時間も俺と顔合わせるの嫌だろ? 俺は嫌だ」

 

『(いやあ、全然)』

 

むしろご褒美ですと、その場にいたKAN-SEN達の心の声が重なり、ウォースパイトは加えてイメージの拳を高く上げていた。

 

「(よし! 指揮官の思考をずらせた!)」

 

「(今だけは貴方が味方でよかったと思いますわぁ)」

 

「(これで、大丈夫ですかね)」

 

ニューカッスルは優秀で従順なメイドだ。軽巡だが。

 

ともかく、指揮官の言葉は彼女にとっては絶対だ。彼にまで異を唱えることはしない、はず。

 

「......左様ですか」

 

「「「(......ほっ)」」」

 

ニューカッスルの目線が下がったことを確認し、安堵する三人。

 

「でも、二週間の秘書艦勤務は悪くない案だと思う」

 

「では!」

 

「(いけない!?)」

 

まさかのどんでん返しが来るのかと、ウォースパイトは頭をフル回転させ次の一手を模索し始める。

 

しかし、それは杞憂だったようで。

 

「ああ。この基地にいるKAN-SENはニューカッスルを除いて十三人、そして俺を足してちょうど十四、二週間になる。ニューカッスルはウォースパイトと一緒のことが多いし、レクリエーションとしても、罰としてもいいんじゃないか?」

 

「えっと......?」

 

「「「(あー、なるほど......)」」」

 

指揮官の言いたいことをなんとなく理解した三人は、とりあえずメイドによる漁夫の利は最低限に抑えられたことに、波のない勝鬨をあげるのだった。

 

*

 

「それで今日、小生は君と任務というわけか。一体何の嫌がらせかと思ったよ」

 

ニューカッスルの処分が決まってから数日。基地の食堂にて、カブールはエスプレッソ片手に金平糖の彩られたアイスクリームを食べながらボヤいていた。

 

彼女のすぐ横には、席に座ることもなくニューカッスルがメイドとして応対している。

 

「断られてもよかったのですよ?」

 

「指揮官が決めたのだろう? なら、小生は受け入れるさ。トリカゴに行けばトリカゴに従え。彼が言うのなら受け入れよう」

 

「その様でしたら。本日は不肖このニューカッスル、カブール様のサポートに尽力させていただきます」

 

ニューカッスルはカーテシーで本日限定とはいえ、カブールへの忠誠を誓った。

 

「よろしく頼むよ。しかしまさか、太陽を落とした国の使者が入れたエスプレッソを飲む朝が来るとは思わなかったよ。味も悪くない。失礼ながら、紅茶しか入れられないと思っていた」

 

「お気に召したのなら、なによりです」

 

「うむ。話は変わるが二週間、毎日主人を変えるのだろう? 指揮官は何番目にしたのかな?」

 

「最終日です」

 

「そうかい。君は好きなものを最後に食べるタイプか、覚えておこう。トップバッターは?」

 

「......カブール様です」

 

「だろうな。明日は大鳳か?」

 

「さあ、どうでしょうか」

 

ニューカッスルはとぼけてみせるが、半分答えを告げているようなものだった。

 

「......まあ、君が決めたことに文句はつけんよ。ただ、本日の任務の休憩時間でもいいから、ひとつお願いがある」

 

「なんでしょうか?」

 

「別に行くとは決めたわけではないのだが、ロイヤル流の茶会の作法を小生に享受願えないかね? 決して行くとは言ってないが、フォーミダブル主催のパンケーキの茶会とやらに、指揮官から顔を出すよう言われてね。行くとは言ってないがね!」

 

「......ふふっ」

 

「なんだね?」

 

「いえ、もしもう一度このような不祥事があれば、カブール様は四番目くらいにしようかと、そう考えただけです」

 

「ふっ、光栄だな......さて、美味しかった。本日の勤務といこうか」

 

「はい。お供いたします」

 

手早く食器を片付けながら、ニューカッスルは思った。

 

意外と、この罰も悪くないかもしれないと。

 

これは自分が望む平穏の一端には、間違いないと。

 

「(このような機会を与えてくださるとは。貴方様のことを、ますます好きになってしまいそうです)」

 

漁夫の利を狙ったメイドが釣り上げてみせたのは、光り輝く宝石ではなかったが、決してガラクタとも言えない確かな日常なのだった。

 




金平糖からはじまった甘党が苦しむだけのお話はこれで、おしまいです。

ちなみに、タイトルなんですが「金色ラブリッチェ」をもじったものだったりします。

あと、2本のバラの花言葉は「この世界は、あなたと私だけ」

フォーミダブルが勝手に甘党設定になってますが、びそく!37話から、カップケーキをつまみ食いしてたので甘いの好きなのかなあと想像を膨らませてこうなりました。


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「一日限定レンアイガスコーニュ」 その1

ランキング入ってました、ありがとうございます! 調子に乗って連投です。

唐突にオリジナル要素をぶっこむのは二次創作の特権(


 

 

 

アズールレーン本部、技術開発局

 

トリカゴ基地の指揮官にとっては、まさに鳥籠と言わんばかりに行きたくない場所堂々の上位に輝くその研究所に、二人の計画艦がいた。

 

ネプチューン、そしてガスコーニュ。

 

メンタルキューブの研究により顕現した空想の産物である二人は、特別性である艤装のメンテナンスでしばらくの間ここに訪れている。

 

かれこれ一週間となり、そろそろ解放されるとは聞いてはいるが、ネプチューンは憂さ晴らしに勝手に研究所のキッチンを独占し、ガスコーニュに話を投げながらお菓子作りに専念していた。

 

「はあ、退屈ですわ。ちょっと呼び出されてテストして、またメンテナンス。以下その繰り返し......早く帰って指揮官様に甘えたいです。ガスコーニュさんも、そう思いません?」

 

大人しく椅子に座って紅茶を口につけ、ネプチューンの動向を見守っていたガスコーニュは、目線で反応を示すと口を開いた。

 

「艤装の点検作業はこれからの戦いにて必要案件と判断。しかし、主との接触が不可能なのは不満と提唱」

 

「あなたも、結構指揮官に惚れ込んでますのね......ちなみに、好きになったのはどういう経緯ですの?」

 

「......解答の必要性を判断しかねる。よって黙秘を主張」

 

「あらあら、照れ隠しですか。はい、出来ましたわ」

 

あわよくば恋バナといきたかったが拒まれてしまい、ネプチューンはクリームを絞る手を止め、完成したお菓子をガスコーニュにへと出した。

 

「これは......エクレア?」

 

「そうエクレアですわ。アイリス、ヴィシアのお菓子でしょう? 気に入っていただければいいのですけど」

 

「......ありが『計画艦ネプチューン、A101研究室へ参られたし。繰り返す、計画艦ネプチューン......』

 

ガスコーニュがお礼の言葉を言おうとしたところで、招集の放送が割り込み、感謝の声は儚く千切られてしまう。

 

「どうやら、またテストみたいですわ。ごめんなさいガスコーニュさん。お味の感想はまた後で。後片付けは私がやりますから、そのままにしておいて下さい。それではまた」

 

ネプチューンはそう言い残して、招集場所にへと姿を消していった。

 

一人だけになってしまったキッチンで、ガスコーニュは黙々とエクレアを口にし、咀嚼し始める。

 

「......」

 

美味しいのか美味しくないのかよくわからない。

 

ただ、何かが足りないと思ってしまう。

 

誰かと一緒に分かち合う、そう、ヨロコビ。

 

「......主」

 

そのヨロコビを教えてくれた、貴方が......足りない。

 

「寂しそうね」

 

「......っ!?」

 

聞いた覚えのない第三者の声に、ガスコーニュは即座に臨戦態勢をとり、その先にいた相手を見据えた。

 

黒いワンピースのような衣服から人のものと思えない白い肌がのびており。黄金色の瞳が不気味に輝いている。

 

本能的に敵であると、ガスコーニュは理解した。

 

「あらあ? そんなに殺意のこもった目をむけられて、お母さん悲しいわ」

 

「......」

 

お母さんだなんだと何かほざいているが、ガスコーニュは目の前の敵をどうやって対処するべきかを考えていた。

 

艤装はメンテナンスによって展開することが出来ない。近くにある武器もフォークくらいかしかなく、勝算を見出すことは出来そうにない。

 

そもそも、どうやってこいつは本部にまで──

 

「うっふふ」

 

「......っ!」

 

そこまで思考を走らせたところで敵は不敵に笑ってみせると霧となって姿を消し、気付けばガスコーニュを優しく抱擁してみせていた。

 

「大丈夫、恐怖は必要ないわ。私はスペクテイター。そう、ただの見物人なの。世界に愛されたあの子を見守るだけの観客。ガスコーニュ、貴方はもっと素直になるべきよ。大丈夫、お母さんに任せて」

 

「......っ!?」

 

軽く頬を撫でられた瞬間、猛烈な眠気がガスコーニュを襲い、立っているのもままならなくなる。

 

「世界に愛されたあの子が誰かを愛せるのなら、お母さんはそれでいいのよ。ああ、喜んでくれるのかしら? 生きてくれるのかしら? 誰かを愛するのかしら? あはっ? あははははっ!」

 

段々と霞む視界の中で、敵がただただ面白そうに笑い声をあげている姿を最後に、ガスコーニュの意識は闇にへと落ちていった。

 

 

*

 

 

『こちら旗艦ウォースパイト、セイレーンの消滅を確認した。他にはもういないのかしら?』

 

「こちらトリカゴ了解した。もっと会いたいなら、王冠に行くことをオススメするよ」

 

『了解、帰投するわ。指揮官も休んでちょうだい。才あるものとは誰かを頼る事が出来るものよ』

 

「ネプチューンも言ってたなそれ。ケーキ食べさせる羽目になったけど」

 

『......ちょっとその話、後で詳しく聞くわ』

 

「本人に聞けばいいよ。メンテナンスもそろそろ終わって、戻ってくるだろうし」

 

『そうさせてもらうわ。あと、感情を持ったセイレーンとは交戦しなかった......以上よ』

 

「......はぁ。今日も全員生きてたか、よかった。ガスコーニュとネプチューン抜きでもどうにかなったな」

 

西日が差し掛かる執務室にて、通信が終わると指揮官は大きく安堵の息を吐き出した。

 

基地近くに現れた鏡面海域反応によるデータ採集のため、ウォースパイトを旗艦とした艦隊はセイレーンとの交戦に入っていたのだ。緊張も自然と大きくなる。

 

加えて、セイレーンに対しての切り札とも言える計画艦ネプチューンとガスコーニュは艤装のメンテナンスで本部にある技術開発局に行っており、基地をあけている。

 

状況的には飛車角落ちに近いものだった。

 

しかし、指し手が優れているのであれば負けない戦いはできる。指揮官は今回、それを証明してみせた。

 

「指揮官が見てくれてたからだよ、お疲れ様。コーヒーいる?」

 

そう言いながら、細く湯気のたつマグカップを手渡したのは唯一無二の鉄血艦、アドミラル・グラーフ・シュペーだった。

 

本日は秘書艦業務だからだろうか、艤装による派手派手しい服装ではなく、少女らしさを引き立たせる可愛らしい装いとなっていた。

 

どこかに出かけに行く日曜日の時のような、そんな愛らしさがある。

 

「ありがとうシュペー、いただくよ。でも、俺は居場所を教えてただけだ。実際に戦ったのはウォースパイト達だから労いは向こうに頼むよ」

 

「それでも指揮官がいるから、みんな頑張れてる。ありがとう」

 

「んー、どういたしまして? で、いいのか? ところで、鉄血との連絡はついたか?」

 

「うん、データを送ってくれたらすぐに解析に動くって」

 

「そうか。鉄血もセイレーンのデータを集めて何がしたいのやらだが」

 

レッドアクシズにて大きく権力を握っている鉄血を、トリカゴに参戦させるのにはいくつかの条件があった。

 

セイレーンとの交戦があった場合、優先的に戦闘データを渡すのもその内のひとつ。

 

「......私がここにいてごめんなさい。本当なら、私がデータをとってくるべきなのに、横取りするみたいになっちゃって」

 

「......秘書艦になっちゃったわけだし仕方ないさ。わかっててウォースパイト達も協力してるだろうし、気にしなくていい。誰もシュペーを責める人は......すまん、大鳳は何か言ってくるかも」

 

苦笑を浮かべる指揮官。

 

後々確かに大鳳に文句を言われるような気がして、シュペーもつられて軽く微笑んだ。

 

「ふふっ......お詫びと言ったらあれだけど、ビスマルクさん曰く、テレポーテーション技術の研究って言ってたよ」

 

「テレポーテーション? それってあのテレポーテーションか?」

 

瞬時に離れた場所に飛べるという、どこでも的なドア的な。

 

「うん。そのテレポーテーション。セイレーンはこちら側に来る時、テレポーテーションに近い形で来てるんだって。その時の磁場とか重力とか、その他諸々を応用すれば出来なくもないみたいな」

 

「へえ。というか、俺に教えていいのかそれ? 軍事機密もんだぞ」

 

「大丈夫。ビスマルクさんに、私の口から伝えるように頼まれてもいたから。鉄血はあまり協力してあげられてない分、話してもいいって」

 

「そうは言ってもなあ、シュペーを寄越してくれただけでも十分なのに......」

 

「ふ、ふうん」

 

指揮官の中で自分が特別扱いされていた事実を知り、我にもなく優越感にシュペーは浸った。

 

もちろん気付かれる訳には行かないので、マグカップを傾けコーヒーを飲むふりをして誤魔化しておく。

 

「しかし、テレポーテーションか。時代は進むんだなあ」

 

「戦争はいつだって時代を進めるよ。セイレーンとの戦いがなかったら、今はもっと遠かったかもしれない」

 

「残酷だけど、間違ってはいないな。それでもせめて、俺達で時の流れを緩やかにしてあげたいものだよ」

 

「......そうだね」

 

シュペー本人も決して、戦争が好きなわけではない。

 

出来るなら愛する家族達と、指揮官と一緒に平和に.......。

 

そんなシュペーの気持ちの前半部分は完璧に理解している指揮官は、技術の進む先に話を戻した。

 

「とは言っても俺も男だし、テレポーテーションに胸は踊るな。そのテレポーテーションってどのパターンなんだ? 量子に分解して再構成する転送装置系? それとも本当の瞬間移動か?」

 

「私も詳しくは知らないけど、多分量子の方だと思う」

 

「ほう。となると、テレポーテーションした俺は本当の俺なのかな」

 

「あっ、それ知ってる。テセウスの船でしょ」

 

「よく知ってるな」

 

「フィーゼちゃんが教えてくれたの」

 

「凄いなフィーゼ......」

 

テセウスの船とは概要だけで述べると、修理し続けた船は最初に使っていた船と同じと言えるのか? パーツを全て入れ替えたのであれば、違うのではないか? という一種のパラドックスによる問いである。

 

シュペーは持っていた答えを述べた。

 

「私は同じだと思うな。人にも船にも魂はあるし、たとえ再構成されても魂があるなら同じじゃないかな。科学の国でうまれた私が、魂なんて言うのはおかしいかもしれないけど」

 

「いや、素敵な解答だと思うよ。シュペーらしくていいじゃないか」

 

「そ、そうかな。指揮官はどう考えてるの?」

 

「俺か? 俺は......ん? ネプチューンから? すまんシュペー」

 

「うん、出てあげて」

 

指揮官が答えを返そうとした矢先、本部へメンテナンスに行っていたネプチューンから通信が入ってきた。

 

話の腰を折ったことを詫びてから、指揮官は通信を繋ぐ。

 

「ネプチューンか、どうした?」

 

『あら、指揮官様。待機時間わずか三秒で応答してくださるなんて、余程私の連絡が恋しかったようで。それと、変わらず素敵なお声でネプチューン感激ですわ。出来ればしばらく会っていない分、あと二十回ほど呼んでくれませんこと?』

 

「挨拶はいい。君が連絡を寄越すなんてよっぽどの事だろ? またメンテナンスが延びたとかか?」

 

『......そう大袈裟なものじゃありませんよ。明日の朝方に戻りますという定時連絡のようなものですわ。ただ、ひとつお伝えすることが......あっ! ちょっとどこに!?』

 

「......?」

 

どうやらネプチューンの隣に誰かいるようだ。考えられるのは、同じく開発局に行っていたガスコーニュしかいないわけだが、ネプチューンが取り乱すとは珍しい。

 

『ごめんなさい。ちょっと走りますので手短に。その......ガスコーニュさんにびっくりさせられる準備をしておいて下さい。私から言えるのは、これだけですわ。それでは、ごきげんよう!』

 

「えっ!? ちょっと待って!? それどういう......切れた」

 

何やら意味深なセリフをはいてから、一方的にネプチューンは指揮官との通信を切った。

 

傍からそれを見ていたシュペーは、当然疑問を投げる。

 

「どうしたの?」

 

「いや、明日の朝に戻るっていう連絡だったんだけど。何か、ガスコーニュに驚かされるらしい」

 

「ガスコーニュさんに?」

 

「よくわかんないよな。シュペーはガスコーニュと仲良いけど、なんだと思う?」

 

「う、うーん?」

 

少し考え込んで、シュペーはこれまでのガスコーニュ像を思い浮かべる。

 

シュペーは初対面の人間との人付き合いが、あまり得意ではなかった。

 

この基地に来てからも新しい場所で、しかも別の国の人と友達になれるのかと不安に思っていたのだが、そんな心配を必要のないものにしてくれたのが、ガスコーニュだった。

 

良くも悪くも機械的な彼女は、戸惑うシュペーの言葉をちゃんと最後まで聞き遂げ、それから考えを述べる。

 

当たり前のようでいて難しい事を容易にしてみせたガスコーニュは、シュペーにとってこの基地での最初の話し相手であり友達だった。

 

そんな冷静沈着で冗談なんて通りもしないガスコーニュが驚かせてくる......うまく想像できない。

 

「なんだろうなあ、俺は全然思いつかない」

 

「充電してたはずの端末の充電器をこっそり抜いて、朝起きたら残り三十パーセントだった、とか?」

 

「リアルに驚くというか焦るやつ!?」

 

「知らずのうちにポケットで操作してたも焦るよね」

 

「あー、いつの間にか電話かけてたりな。話脱線してるなこれ」

 

「じゃあ、知らず知らずのうちに端末の音量をマックスにされてて電車で恥ずかしいことになるとか」

 

「びっくりするなあ! それも確かにびっくりするけど!」

 

ガスコーニュにされるオドロキは、そんなサラトガ的な方向じゃないだろうと、指揮官は続けた。

 

「指揮官はなんだと思う? 何をガスコーニュさんにされたらびっくりする?」

 

「うーん......」

 

そう言われると難しい。あのガスコーニュだし、何されてもびっくりする自信があるが。

 

「そうだなあ。俺のことをお兄ちゃんって呼んでくるとか、語尾がニャンになってるとか」

 

無意識に願望も入り交じっているような気もするが、本人はさほど恥ずかしげも無くひけらかした。

 

「......」

 

「シュペー?」

 

それを聞いてから、顎に手を置いてシュペーはしばらく思案すると、決が下ったのか持っていたマグカップを机に置くと、

 

「お、お兄ちゃんにゃん......」

 

潤んだ瞳で、更には猫のポーズで可愛さマシマシ。シュペーマジかわ成分増量ハイパーマックスで、彼女の姉なら高笑いした後に失神しそうな破壊力である。

 

「......」

 

「......」

 

「......」

 

形容しがたい静けさが部屋に流れ、やがて先に静寂に音を上げたのはシュペーの方だった。

 

「ごめん指揮官、死ぬほど恥ずかしい」

 

「ああ、うん。可愛らしいと思うよ? お姉さんにやってあげたら喜ぶんじゃないか?」

 

「あ、ありがとう。指揮官も嬉しい?」

 

「嬉しいというより、シュペーもそういうことするんだっていう驚きの方がでかい......」

 

「そっか」

 

少なくとも指揮官の心を動揺させることが出来たのなら、恥ずかしい思いをした甲斐もあったなと、シュペーは小さくガッツポーズをした。

 

「さ、戦闘の緊張も程よくほぐれたし、仕事するか。今日の交戦に使った弾薬とか全部本部に伝えなきゃダメなんだ。長くなったら大変だ」

 

「私は、全然朝まで付き合うよ?」

 

「シュペーは明日、商船の貨物輸送護衛任務だろ? そこまで付き合わせるわけにはいかないよ」

 

「......うん、ありがとう。やろっか」

 

「おう」

 

もちろんシュペーの言った朝まで付き合うとは、そっちの意味ではないのだが指揮官が理解するはずもなく、再び万年筆を握り仕事をはじめる。

 

ただ、指揮官は妹萌えでネコ属性に弱いのかもしれないという不確かではあるが大きな戦果をシュペーは手にし、満足気に筆を走らせるのだった。

 

ガスコーニュさんが帰ってきたら教えてあげようなんて、考えながら。

 

 

*

 

 

「主! もう朝だよ起きて! お日様もおはようって言ってる!」

 

「ん? ......んー?」

 

聞き覚えのある声、けど聞いた覚えのない声の波。

 

言われるがままに体を起き上がらせ、ぼんやりと霞がかる意識を晴らしながら、指揮官は視界にいた蒼髪の少女の名を呼んだ。

 

「ガスコー......ニュ?」

 

「うん、ガスコーニュ! 主に会いたくて急いで帰ってきたの! 褒めて!」

 

「ん、おー? ガスコーニュは偉いなあ」

 

まだまだ寝惚けた眼で言われたとおりの言葉を投げかけ、少女の頭を撫でる。

 

「えへへ、やったー」

 

少女は嬉しそうに表情を崩し、それを受け入れていた。

 

「ふわぁああ......ん?」

 

ひとつ欠伸をして意識が覚めてきたところで、指揮官はようやく違和感の存在に感づいた。

 

目の前にいるのはガスコーニュ。朝起こしに来るのは奇特なこともあるのだなと片付けられるが、そんな彼女が満面の笑みを見せて俺と接している!?

 

最近笑ったことと言えば、北風がガスコーニュの笑顔を見たいと色々模索したが何をやってもダメで、結局指で釣り上げてやってみせたあの時くらいの、あのガスコーニュが!?

 

果たして無理やり笑みを作ったことをカウントにいれていいのかはともかく、そのくらいガスコーニュは冷静だし感情の抑揚をあまりみせないKAN-SENだった。

 

だと言うのに、なんだこの大盤振る舞いは。

 

「ありがと主、元気出た! 今日はガスコーニュが朝ご飯作ったの! はやく着替えて執務室に来てね! それじゃあ!」

 

ある程度ナデナデされて満足したのか、ガスコーニュはそれだけを言うと嵐のように指揮官の私室を後にした。

 

「......痛いな」

 

試しにつねってみた頬の痛みは、現実を理解させるのには十分だった。

 




exボイスより5倍くらい元気なガスコーニュをご想像いただければ幸いです。

ネプチューンと仲いいのシュロップシャーだったよ......(運営神からのお告げ


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「一日限定レンアイガスコーニュ」 その2

Exボイスより8倍くらい元気なガスコーニュを想像していただければ幸いです

余談ごとですがウォースパイトとケッコンしました...


「どう、主? 美味しい?」

 

「すっごい美味しい、左手を塞がれてて食べ辛いけど」

 

「えー? ガスコーニュ聞こえなーい。ふふっ」

 

「(なにあれ......?)」

 

執務室へ秘書艦業務の引き継ぎ書類を出そうと訪れたところ、中から楽しそうな声が聞こえてこっそり覗いてみるなり、飛び込んできた光景にシュペーは目を丸くしていた。

 

指揮官とガスコーニュが一緒に朝食を食べている、そこはいい。よくないけどまあいい。けど、なんか近い。近すぎる。

 

ガスコーニュは指揮官の左腕をしっかりと抱きしめ、とても楽しそうに太陽のような笑みを浮かべていて、執務室には、明らかにイチャイチャというオノマトペが漂っていた。

 

「あら、シュペーさん。ちょうどいいところに」

 

「あっ、ネプチューンさん。おかえりなさい」

 

「ただいまですわ」

 

執務室前で硬直していたシュペーをネプチューンが呼びかける。

 

ネプチューンの様子はそこまで変わっていない事に、シュペーはほっと息を吐いた。

 

「ガスコーニュさん、どうしちゃったの?」

 

明らかに様子がおかしい、もっと言うなら人が変わりすぎている。

 

その趣旨を捉えたらしいネプチューンは、首を横に振ってみせた。

 

「ぶっちゃけ、私もわかりませんの。エクレアを食べさせたらああなったとしか......」

 

「エクレア?」

 

「そうですの。どうやらガスコーニュさんにはエクレアを食べさせると性格が変わる機能があるようで......と言うのは冗談で、開発局曰く、艤装の機能向上による精神的な揺らぎによるものじゃないか、と」

 

「えっと?」

 

さっぱり意味がわからず、怪訝そうにシュペーは半音、音階を上げた。

 

「研究人の言葉は遠回しで分かりにくいので、平たく言えば、お酒に酔っているみたいなものですわ」

 

「え、ええ......」

 

ガスコーニュがお酒に酔う姿が全くイメージできないせいか、かえって分かりにくいが、概要はシュペーもそれとなく理解したのだった。

 

「一応、時間が経てば元に戻るらしいですから、なるべく時間を稼いで帰ろうと思っていたのに。勝手に......はあ」

 

「お疲れ様......」

 

「本当に疲れましたわ。ただ、先程指揮官様にも伝えたのですけど。どうも記憶喪失でもないようで。キチンと私のことも基地のことも、指揮官様のことも理解していましたわ。特に指揮官様のことは、言うまでもないですわね」

 

「......うん」

 

チラリとまた執務室を覗く。

 

イチャイチャ濃度が濃くなっているのがわかった。

 

「あんなに積極的なガスコーニュさん、私そっちの趣味は皆無ですけど、正直、女の私でも胸が高鳴りましてよ? 想像出来ます? 子犬みたいにじゃれてくるガスコーニュさん。マジヤバですわよ」

 

「まじやば」

 

メイドがマジヤバとはこれ如何にと思ったが、そういえばネプチューンはメイドさんではないのだった。

 

「お二人共、おはようございます」

 

と、立ち話をしていると夜間任務から戻ってきたらしいル・マランが声をかけてきた。

 

凛とした態度ではあるものの、瞼は少し眠たそうに開かれている。

 

「お疲れ様ですわ、マランさん」

 

「お疲れ様です」

 

「ありがとうございます。私も話の輪に入りたいのは山々ですが、次の任務のために、指揮官に報告書を提出して休息を取らねばなりませんので、これで。それでは」

 

「「あっ......」」

 

本音としてはさっさと寝たいからか、ガスコーニュの事を説明される前に、手際よくマランはイチャイチャで満たされた執務室へとノックをしてから入室していった。

 

「大丈夫かな?」

 

「どうでしょう?」

 

心配になった二人は、こっそりとマランの動向を見守ることにした。

 

「あ、マラン! おはよう! それと久しぶり! 今日も夜間の任務で頑張ってたの? いつもありがとう!」

 

「............」

 

「「(......あちゃー)」」

 

開幕普段と違うガスコーニュの様子に、マランは完全に凍りついて言葉を失っていた。

 

「えっと。マラン、大丈夫か?」

 

指揮官もマランの身を案じることしか出来ない。

 

数秒ほど間をあけて、マランは小さく口を動かした。

 

「指揮官」

 

「お、おう」

 

「どうやら過労による幻覚と幻聴の症状がでているみたいです。なので、休暇の申請をします。具体的には三日ほど、では...おやすみなさああああああい!!!!!

 

現実逃避はお手の物、マランは猛スピードで報告書を置いていくとトリオンファンと同じ最速の脚で自室にへと走っていった。

 

「マラーン!? 休み取るなら申請書だせ申請書ー!」

 

「「(休みをとるのはいいんだ......)」」

 

ちょうどマランが長い廊下の角を曲がったあたりで、指揮官が執務室から出てくるが、風となった彼女に聞こえるはずもないのであった。

 

「うお、ネプチューンにシュペー、いたのか。マラン追いかけてくれない?」

 

「いや、無理ですわ」

 

「同じく」

 

「だよな。有給扱いにするにも、本人のサインがいるんだよなぁ」

 

やれやれと肩を落とす指揮官の後ろから、ガスコーニュも遅れて顔を出した。

 

「主、マラン出ていっちゃったけど、どうしたんだろう?」

 

「あー、なんだ。ちょっと疲れてたんだと思う。人間疲れると走ってベッドに飛び込みたくなるものだから」

 

「そっか! あ、シュペーちゃん。おはよう!」

 

「うん。おはよう」

 

満点の挨拶をくれたガスコーニュにシュペーは同じ言葉を返す。

 

見た目は開発局に行く前のガスコーニュと全く同じ、でも明らかに雰囲気が違う。

 

それでも記憶はあるのだから、私を知っているガスコーニュさんであることに変わりはなくて。

 

シュペーは目の前にいる彼女が本当に自分の知るあのガスコーニュなのか、わからなかった。

 

分からなかったが、彼女は私を受け入れている。

 

ならせめて、私は彼女を否定はしない。

 

それが、シュペーの答えだった。



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「一日限定レンアイガスコーニュ」 その3

Exボイスより10倍くらい元気なガスコーニュを想像していただければ。

カブールさんスキンこないかなあ...


それからネプチューンはマランのような被害者がこれ以上出ないように、基地にいるKAN-SEN達に諸々の事情を説明しに回った。

 

反応はアホ毛をハテナマークにする者だったり、エクレアを食べると性格が変わるなんて、そんな個性羨ましいと全く理解していなかったり人様々ではあったが、ネプチューンは各人に共通したお願いを求めた。

 

ひとつ、ガスコーニュはお酒に酔っているようなもので、しばらくしたら元に戻るらしい。しかし、これまでの記憶はあるので彼女を否定せず、普段通りに接してほしい。

 

ふたつ、今でこそ見逃してはいるが私も指揮官様にじゃれた......度を超えて指揮官と接する恐れがあるので、その辺の監視の協力をしてほしい。

 

みっつ、色々と頑張ったので、この私に秘書艦をゆずってくれませ......ちょっと!?

 

最後に至っては全員聞き入れることはなかったが、ガスコーニュの人が変わってしまったことは基地のKAN-SEN達に確かな動揺を与えた。

 

それは今日の秘書艦であるカブールも、もちろんの事。

 

「指揮官、小生は追い越されることはそこまで嫌とは思わない人間だが、流石に限界がある。ガスコーニュ?」

 

「なに? カブールさん?」

 

「なぜ執務中だというのに、君はここにいて尚且つ、指揮官の横にべったりなのかね? 悪いが喫茶店はこの基地にはないぞ?」

 

「でもガスコーニュ。任務まであと二十分位時間あるよ?」

 

「君は寝込んだ赤ん坊を無理やり起こす人間か? 君が仕事じゃなくても、小生と指揮官はすでに公務にとりかかっている、帰りたまえ」

 

「赤ちゃん、いいなあ赤ちゃん! ねえ主、ガスコーニュとの赤ちゃんほしい?」

 

「平和になってからじゃないと、わからないなあ」

 

「ほんと!? じゃあ、主のためにガスコーニュ頑張るね!」

 

「......ちっ」

 

ある意味大鳳よりやっかいだと、カブールは認識した。

 

遠慮というものが、あまりにも無さすぎる。そもそも急用や報告以外では執務室に訪れないのが暗黙の決まり事なのに、お構い無しだ。

 

大抵エルドリッジも破ってはいるが、彼女は最終的には寝てしまうからまだいい。彼と二人きりの心地のいい静寂に寝息は含めるとしよう。膝の上に座るのはどうかと思うが。

 

それがあのガスコーニュはどうだ? 聞いてて気持ちのよくもない会話をしながら、眩しいばかりの笑顔で指揮官に胸を押し付けて、ベタベタベタベタと畜生羨ましい。

 

自分にはないものを武器にするガスコーニュに、カブールはただただ怨念のこもった目で羨むことしか出来ないのだった。

 

俗に言う完全敗北である。

 

「主〜、カブールさんの目が怖い」

 

「集中したいんだよ。カブールは仕事中の雑談を良しとしないから。ほら、ガスコーニュ、離れてくれ。俺もカブールに怒られたくない」

 

「むう。わかったよ」

 

「......ふん」

 

遠慮はないが、指揮官の邪魔をすることには罪悪感を覚えるようで、ガスコーニュは指揮官の左腕を解放した。

 

「じゃあ、主。はい」

 

なんて思ったのも束の間のこと。

 

「えっと、なんで俺に向かって腕を広げてるんだ?」

 

「ハグしてよハグ! ギュッてしてくれたらガスコーニュ頑張れるから! 科学的にも抱擁の有効性は証明されてるんだよ?」

 

「ちょっと待ちたまえ!」

 

加速するガスコーニュの甘えっぷりにカブールは立ち上がって、話の動きを静止させた。

 

「どうしたの、カブールさん?」

 

「いやその、なんだ。さすがにそれは、小生でも許容出来ない。君はもう充分甘え尽くしたではないか? 指揮官も困っている」

 

「主、困ってる?」

 

「ガスコーニュの元気が出るなら、まあやってもいいかなと思ってたけど......」

 

「って、言ってるよカブールさん?」

 

「ぐっ、ぐぬぬ」

 

敗北に敗北を重ねられ、反論が上手く出てこない。

 

このままでは、ガスコーニュと指揮官がハグしてしまう。それを目の前で見せられるなんて、耐えられない。

 

なにか、なにか考えを......。

 

「......あっ、もしかして!」

 

「......?」

 

カブールが最大限に脳みそを振り絞っている最中、ポンと手を叩いてから、ガスコーニュは指先を勢いよくカブールにへと向けると、何度目かわからない満面の笑みでカブールの気持ちを代弁した。

 

「カブールさんも元気ないんでしょ!? それで、主にハグして欲しいんだ! もー、それならそうと早く言ってくれたらいいのにー!」

 

「......えっ」

 

まさか肩を持たれるとは思わず、カブールは一驚を喫した。

 

状況に取り残されるカブールの事などお構い無しに、ガスコーニュはトントン拍子に指揮官の手を引いてカブールの前にへと。

 

「ほらほら主、まずは今日秘書艦で頑張ってくれるカブールさんに元気をあげなきゃ!」

 

「お、おお。わかったけど、カブールはいいのか?」

 

「...か....い」

 

「カブール?」

 

囁きに近い弱々しいカブールの声に、指揮官は彼女が憤怒に覆われているのかと肝を冷やしたが、結果は真反対のものだった。

 

「構わないと言っているんだ! なに、サディアにも挨拶でハグをする習慣はある! それと同じ、うん同じだな! 兎も角、何も問題は無い! セクハラで訴えもしないから、さあ来い指揮官! 受け止めてやる!」

 

敵に塩を送られたわけだが、送られたのなら最大限に利用してやるのがカブールの仁義だった。

 

仕方ない、送られたものは使わないと勿体ない。誰も欲しいとは言ってないが!

 

「あ、ああ......じゃあいくぞ(挨拶のハグってそこまで気合いいれてやるものだっけ? 重桜出身だから詳しくないけど......)」

 

指揮官は疑問の念を抱くが、とりあえず怒られないのならいいかと、受け入れ準備万端のカブールの華奢な体をゆっくりと抱き締めにいった。

 

「......んっ」

 

カブールもまた、慣れない手つきで指揮官の腰元に腕を回す。

 

「よーし、じゃあ三十秒カウントするね?」

 

「え、三十秒もやるのかこれ?」

 

「あれ言ってなかった? 毎日三十秒のハグが健康にいいんだよ! じゃあいくよー! いーち、にー、さーん──」

 

唐突なカウントダウンの登場に指揮官は苦々しい笑みを浮かべると、何も言わず胸元付近に顔を埋めるカブールに声をかけた。

 

「その。カブール、元気でてるか?」

 

「何も言うまいよ......」

 

「ははは、まあ三十秒耐えてくれ」

 

「ああ」

 

平静を装っているカブールではあったが、内心は嵐の海のように大荒れだった。

 

「(なんだなんだなんだこれは! いかん癖になる! これが無いと生きていけなくなってしまいそうだ! 三十秒と言わず可能なら永遠に続かないかこれ!? ああ、夢がひとつ叶った! 次はお姫様抱っこだ!)」

 

やがて、退屈な時間と幸せな時間というのは同じ時間でも、どうしてか流れるスピードは違うもので、カブールにとってはあっという間に終告の時はやってきた。

 

「──さんじゅう! はい、おしまいだよー!」

 

「ふう、やっとか」

 

「......」

 

「カブール?」

 

「............うにゃあ」

 

「カブール? カブール!?」

 

カラダを離すや否やぐったりと指揮官に体重を預けるカブールの目は、コミカルにぐるぐると回っており、ありえないくらいに体温が上がっていた彼女は指揮官の手によって医務室に運ばれたのだった。

 

補足するなら、お姫様抱っこで。

 

*

 

朝からカブールがダウンするハプニングこそあったが、ガスコーニュも任務にへと嫌々向かっていき執務室には平穏が舞い戻っていた。

 

ついでに、愚痴も。

 

「しーきーかーん、休暇の申請したじゃーん。なんで私は働かされてるのー? だーるーいー」

 

フォーミダブルの時も大概ではあるが、それ以上にオフモードに入っているのは何を隠そうル・マラン。

 

緊急措置として秘書艦の仕事を継いだマランは、崩れた姿勢でうだうだと文句を垂れながらも万年筆の先を止めることなく、指揮官に抗議を物申していた。

 

「休暇申請書出してないからノーカンだノーカン。カブールが目を覚ますまで、夜間勤務明けで悪いけど手伝ってくれ。今いる面子だと、マランくらいしか頼れないんだよ」

 

ちなみに、今いる面子とは気絶したカブールと基地防衛にあたっている北風とエルドリッジのことを指す。

 

「もー。そう言われたらやる気出るけど、だめだ、めんどくさーい。指揮官がプリン作ってくれるなら頑張れるのになー、ちらっ」

 

「ん? あんなので手を打てるなら、いくらでも作るぞ」

 

「ほんとっ!?」

 

勢いよく起き上がり、マランは湧き上がった涎を飲み込んだ。

 

指揮官の作るプリンは彼が気分次第でしか作らないため、中々食べられない分、トリカゴでも希少価値はかなり高い。

 

何よりマランは、彼のプリンが、彼が自分のために作ってくれるプリンが大好きだった。

 

こんな自分を受け入れてくれた指揮官との、思い出の味なのだ。

 

「うまいかアレ? ダンケルクのに比べると凄く味落ちると思うけど」

 

「関係ないよ! ち、ちなみにあーんは?」

 

「まあ、今回はかなり無理強いしてるし......」

 

「しゃあっ!じゃあ頑張るね! おほん、指揮官、早速こちらの書類の確認をお願いします」

 

「うわー、頑張り始めた」

 

「ふふふ」

 

エレガントな外向きモードにへとスイッチを切り替え、マランは仕事に励むことにした。

 

全ては指揮官のプリンとあーんのため。

 

トリオンファンには悪いが、この前はちゅっちゅしかけてたらしいし、自分も走らせてもらう。

 

自分だけのプリンのために、頑張るマランなのだった。

 

そんなマランを見ながら指揮官は、

 

「(折角だから、全員分つくるか......)」

 

......時折、やさしさとは残酷なものなのである。

 

閑話休題。

 

そのまま仕事は片が付き始めるが、マランはカブールとは違って口を動かしながら仕事をするタイプだった。

 

「それにしても、今日は幻覚を見たと思ったら夢の世界からも叩き起されるし、散々な日です」

 

「ガスコーニュのことなら現実だぞあれ」

 

「えっ!? あれ過労による幻覚幻聴じゃないの!?」

 

「ちょっとエレガント欠けてるぞー」

 

「おっと、いかんいかん......あれは夢物語ではなくて?」

 

「それはエレガント盛りすぎだ。でも、気持ちはわかるよ。俺もすごいびっくりしたし。現実を夢と疑ったのは初めての経験だった。小説や映画の中だけの表現かと」

 

「あのガスコーニュさんは、どういう経緯で?」

 

「詳しくは知らないけど、ネプチューンが言うには、酒に酔ってる状態に近いらしい。しばらくしたら戻るらしいぞ」

 

「それを聞いてホッとしました。でも、あのガスコーニュさんはもしかしたら、普段は見せないガスコーニュさんの本音なのかな」

 

「どういう意味だ?」

 

「ガスコーニュさんは感情を封じている方ですから。その錠前が外れたら、ああなるのかなと」

 

「マランみたいにか」

 

「一言余計です。あと、フォーミダブルさんもです」

 

「すまんすまん。でも、どうだろうなあ、本音のガスコーニュを知らないから。俺からは何も言えない」

 

「そうですね、私も同感です。ガスコーニュさんは今何をして?」

 

「ウォースパイト達と任務中だ。フォーミダブルにノースカロライナとシュペーもいる」

 

「............そうですか」

 

やや考慮を見せたマランに、指揮官は釈然とせずその真意を問うた。

 

「マラン? 何か思うとこでもあるのか?」

 

「いえ、何があろうと私は指揮官の判断に従うだけです......ただ、私は同じヴィシア聖座のKAN-SENとして、大いなる父と聖霊の祝福を受けたガスコーニュさんの味方でもありたい。それだけです」

 

「お、おお?」

 

やけに真面目なことを言うマランに、指揮官は後ずさった反応をすることしかできなかった。

 

マランもそれ以上は何も言わず、黙々と仕事に取り掛かる。

 

「(ガスコーニュさん、貴方に大いなる父と聖霊の加護があらんことを)」

 

仲間として同じ国を守護してきた者として、何より一人の友として、海にいる友人の身をマランは慮るのだった。



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「一日限定レンアイガスコーニュ」 その4

Exボイスより、またまた10倍くらい元気なガスコーニュを想像していただければ。




『えーっ? 主って妹萌えで、ネコに弱いの? シュペーちゃんそれ本当?』

 

『うん、それをされたらびっくりするって言ってたから。裏を返せばやって欲しいの意味になるかなって』

 

『なるほど、参考にさせていただきますわ』

 

『へー! いいこと聞いちゃった! フォーミダブルさん、帰ったら一緒にやってみる?』

 

『検討しておきますわ』

 

『ふふっ』

 

「......今日は一段と賑やかね」

 

商船護衛任務の真っ只中、通信機器から入る雑談の声にウォースパイトは警戒を怠らずに、皮肉とも取れない端的な感想をこぼした。

 

普段から、通信越しで話に花が咲くことはままあるが、その中にガスコーニュが混ざるなんてことは決してない。

 

彼女はいつでも落ち着きを持ち、緊急の対処の時か指揮官への連絡の時以外には一切口を開かない、そしてウォースパイトはそんな彼女の冷徹さを高く評価していた。

 

人間一人がパニックに陥れば、その伝染というものが想像以上に早いことをウォースパイトは国を背負うものとして知っている。

 

しかしだ。たとえ、艦隊だろうが政治だろうが誰か一人が冷静であるか否かが、その後の組織の生存率を大きく左右することがある。

 

比喩ではあるが、ウォースパイトにとってガスコーニュは言わば艦隊の解熱剤とも言える存在なのだ。浅瀬に仇波、今はウイルス側に回ってしまっているが。

 

「ねえ、ウォースパイトさん」

 

「なにかしら? ノースカロライナ?」

 

護衛班後方担当をしていた、ノースカロライナがウォースパイトにそっと耳打ちをした。

 

ノースカロライナのこともまた、ウォースパイトは高く評価している。こと対人戦闘においてなら、彼女に劣ることを力があるからこそ理解していた。

 

そして、指揮官をずっと護衛し続けてきたという経歴もあり、トリカゴにとっても影のリーダーとして風紀を正してくれていることも。

 

一人の男性をめぐって戦争にならなかったのも、彼女がいたからだ。

 

そんなノースカロライナがこうして秘密裏に接触をはかるとは、彼女もなにかガスコーニュについて考えることが......。

 

「私、お姉ちゃんだし、しかもバニーなんですけど。どうしたらいいと思います?」

 

「ごめんなさい。あなたが何を言っているのか何一つ理解できない......」

 

少し期待した自分が馬鹿らしくなった。

 

「わざとらしく明後日の方向を見ないでくださいよ。これはかなり、いや明日を左右する事案なんです。皆が妹としてにゃんにゃんしてる中、私だけお姉ちゃんとしてぴょんぴょんするのはマナー違反ですかね?」

 

「いや、好きにしたらいいでしょ。ぽんぽこりんでもぴょんぴょんでも......」

 

「余裕そうですね。さては、妹属性にくせっ毛でケモ耳ぽいのをすでに持っているからでしょうか? 私も普段から耳をつけましょうかね......」

 

「やめなさい。護衛人としての示しがつかないわよ」

 

「個性が出るならそれはそれで......」

 

「やめときなさい」

 

ウォースパイトとしては、艷めく長い金髪も、その溢れんばかりの乳房も充分に強力な武器だと考えているのだが、灯台下は暗いと相場が決まっていた。

 

それを耳を付けたことによって自覚されたら、たまったもんじゃない。

 

仲間として背中は預けるが指揮官は譲れない、絶対に。

 

......にしても、確かに自分は妹でもあり何時もは悩ましいくせっ毛も、猫耳に見えなくもない。勝負に出る価値はある。

 

この時ばかりは、自分のくせっ毛ぷりをウォースパイトは感謝した。

 

あと、バニーと言っていたがそれは一体?

 

「そこまで言うなら、私は私で頑張ってみます......ところで、ガスコーニュさんのことなんですが」

 

「......っ! あなたはどう考えているのかしら?」

 

ノースカロライナもちゃんと考えてくれていたことに、やや右肩上がりに彼女への株を上げ、ウォースパイトは彼女の持つ答えを聞き出した。

 

「私としても、ウォースパイトさんに訊ねたいんです。あれは、ガスコーニュさんでいいのでしょうか?」

 

「......難しい質問ね。ネプチューン曰く、しばらくすれば元に戻るらしいけど」

 

「戻る結果はあったとしても、時期については不確定なものです。ウォースパイトさんは大型の対セイレーン作戦の時、ガスコーニュさんが旗艦の理由はご存知で?」

 

「分かるわよ。精神的担保としてでしょう」

 

先も述べたように、普段のガスコーニュはいかなる時でも取り乱さない。

 

指揮を出す側の人間として、これ程嬉しい人材はいないだろう。

 

もちろん、将が冷静であることは率いられる兵にとっても大きな安心感に繋がる。

 

ウォースパイトも自らが将として担うことは可能だと自負し、先日の作戦では現場指揮を執ったが、ガスコーニュの方がその適正が高いことは認めていた。

 

「話が早くて助かります。仮にです、次のセイレーン作戦が実施されたとして、あのガスコーニュさんに旗艦を任せられるのかと、私は疑問に思うんです。ウォースパイトさんや、大鳳さんの方がよろしいのではないかと」

 

「......あなたは、今の彼女は否定するのね?」

 

ガスコーニュとして求められているのは、いかなる時でも動かないココロ。

 

ノースカロライナの考えは、あのガスコーニュには旗艦を任せられるだけの理由がない、つまりは今のガスコーニュはガスコーニュではないと暗に意味していた。

 

「......ウォースパイトさんは、どう思われますか?」

 

イエスともノーとも、ノースカロライナは答えなかった。

 

「そうね。外見はガスコーニュあのままだし、私たちとの記憶があるのなら、魂が死んでしまったわけでもない。将としての能力も、まだ演習などではかる余地はあるわ」

 

「......それで?」

 

ノースカロライナが求めているのは、結論だった。

 

「............ひとつ試練を課すわ」

 

「試練、ですか?」

 

「ええ。昔、ガスコーニュに一度出したことがあるものよ。勿論アレンジはするつもりだけど。あのガスコーニュも、かつての彼女と同じ答えを出すのなら、私は彼女が彼女であると認めるわ」

 

「もし、違う答えを出したら?」

 

「指揮官に相談かしらね、ロイヤル勢が苦手とする」

 

「あはは......」

 

ニューカッスルの一件を思い出したノースカロライナは、乾いた笑いを返すのだった。

 

*

 

「あっ、主? うん。そう。今終わったよ! これから戻るね。うん......うん。はーい、気をつけて帰りまーす。主の方もお仕事に集中しててね。えっ! 主、プリン作るつもりなの!? やったー! はーい! ガスコーニュ帰投します!」

 

『プリン......』

 

ガスコーニュの口から出た、たった三文字の言葉に、耳をすましていた一同の思考は大好きな人が作ってくれたプリン一色で染まるが、試練の件を思い出したウォースパイトはすぐに恍惚感を振り払ってみせた。

 

「よし、それでは艦隊帰投......の、その前に」

 

「ウォースパイトさん? どうしたの?」

 

露骨に話の舵を切ったウォースパイトに、ガスコーニュは首を傾げてたずねた。

 

剣を携え、ウォースパイトは各員に号令を放つ。

 

「臨時演習を始めさせていただくわ! ガスコーニュ! あなたのメンテナンスとやらが本当に上手くいっているのかを確かめる為にもね」

 

「ええー? いきなり? 帰ってからじゃダメなの?」

 

「なら、ガスコーニュ。貴方は帰投中にセイレーンと接触した際、なんの問題もなく力を出せるのね?」

 

「もちろん!」

 

「本当に?」

 

「も、もちろん」

 

「本当なのね?」

 

「......自信なくなってきた」

 

「よろしい、戦士として必要なのは常に初心を忘れない心よ。ここ一帯での活動許可もすでにとってあるわ。ノースカロライナと私が標的となるから、各員全力で当ててきなさい。逆に当てられても、文句は言うなよ?」

 

「ノースカロライナさんが標的って、艦載機絶対堕とされるじゃない......」

 

「なにか意見があるのかしら、フォーミダブル?」

 

「い、いえ。何でもありませんわ」

 

「ならいいわ。では、五分後に演習を開始する。各員手を抜くことなどないように。行くわよ、ノースカロライナ」

 

「はい。じゃあ、みんな頑張りましょうね」

 

残されたフォーミダブル、シュペー、そしてガスコーニュにへとウインクを見せてから、ノースカロライナはウォースパイトと共にその場を離れた。

 

「よーし、頑張ってウォースパイトさん達に勝って。主にうんと褒めてもらおう! ね、シュペーちゃん、フォーミダブルさん」

 

「そうだね」

 

「ええ、日頃のうっぷn......成果を見せるいい機会ですわ!」

 

何やら物騒な言葉が出かけたフォーミダブルであったがすぐさま飲み込み、ガスコーニュチームは円陣を組んだ。

 

「ファイトー!」

 

「「「おーっ!」」」

 

*

 

そんなガスコーニュチームの様子をノースカロライナは、微笑ましく少し離れた距離から見守っていた。

 

「元気があっていいですね」

 

「あら、じゃあ私達もやりましょうか?」

 

「ウォースパイトさんはカリスマ性がありすぎて、和気あいあいとはいかないので......」

 

「我ながらそう思うわ」

 

嫣然と表情を作った後、ウォースパイトはガスコーニュを見据えた。

 

「ガスコーニュさん、のってきましたね」

 

「......ええ、思惑通りだわ」

 

「どうします?」

 

「どうもこうも、向こうがやる気なら此方もやってやるだけよ。いいじゃない。そうそうないわよ? ガスコーニュとやりあえるなんて」

 

「......そうですね。全力で相手をさせてもらうとしましょう」

 

「ええ、対空は任せたわ」

 

「ウォースパイトさんこそ、当ててくださいね」

 

「任せてちょうだい、指揮官以外でオールドレディに撃てない敵はいないわ............」

 

一人の戦士として、ウォースパイトは猛りを感じると同時に、これから先に起こるであろう未来に曇がさしかかったことを断腸の思いで受け入れていた。

 




何気にトリオンファンの話の時にガスコーニュが応答した伏線回収なんですねー(後付け


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「一日限定レンアイガスコーニュ」 その5

「はあ疲れた、ウォースパイトさんったら全然手加減してくれなかったし......でも、明日は主のプリンだー♪」

 

日もすっかり姿を隠し、基地に戻ってシャワーを浴び終わったガスコーニュは上機嫌で廊下を歩いていた。

 

ウォースパイトとの演習に至ってはボロボロに負けてしまったが、どういう心境の変化か、明日は指揮官がプリンを作ってくれるらしい。

 

指揮官プリンはマランの大好物だ。ガスコーニュも嫌いではなかった。

 

「......あれ?」

 

嫌いではない?

 

大好きな主が作ってくれるものなのに、どうして大好きって言えないんだろう?

 

「......?」

 

言葉にできないモヤモヤが胸に広がるが、プリンが待ち遠しい気持ちに嘘偽りはない。

 

そう、プリンが待ち遠しい

 

はず。

 

「(私はプリンが欲しいの?)」

 

胸に抱いた違和感を晴らしたいからなのか、無意識のうちにガスコーニュは指揮官の私室にへとやって来ていた。

 

指揮官の部屋は基本出入り自由なので、躊躇うことなくドアノブを握り、ガスコーニュは中にへと。

 

「......いない」

 

しかし、部屋に入っても室内の明かりは灯されておらず、朝に来た時と何一つ変わらない光景が広がっていた。

 

「まだ、お仕事中なのかな」

 

普段ならとっくに戻ってきている時間のはずだが、いないとなれば執務室でまだ業務に追われているという結論にたどり着く。

 

何か緊急の案件でも入ったのか、それなら尚更のこと自分が力になってあげないと。

 

思い立ったが吉日、急いで執務室にへと向かう。

 

「......! やっぱり!」

 

案の定、執務室の明かりがついていた。

 

カブールもすでに復活していたのは帰ってきた時に確認したし、仕事時間に厳しい彼女の性格を考えると、本当に緊急の案件が舞い込んだのかもしれない。

 

なおのこと手伝わなければと、執務室の扉を開けようとした時だった。

 

「端的に言うわ。指揮官、ガスコーニュをトリカゴから退役しなさい」

 

「......っ!?」

 

中から、ウォースパイトの声が聞こえた。

 

しかも、ガスコーニュのことを話題にして。

 

退役? 冗談じゃない。

 

今すぐ抗議の声を上げたいが、どうしてか体が動かない。

 

自分にとって大切な何かがわかるような、そんな気がして。

 

続けて大好きな指揮官の声が、ガスコーニュの鼓膜を揺らした。

 

「ちょっと待ってくれ。端的すぎて理解が追いつかない。そこまでの過程をくれ過程を」

 

「あら、結論を言ったら怒られたわよ? ノースカロライナ」

 

「えっ、まさか、あの時の会話気にしてたんですか? はあ、はい、わかりました。後で謝りますから、指揮官に説明をお願いします」

 

「任されたわ......指揮官、彼女は試練を突破出来なかったのよ」

 

「(試練? あの、演習のこと?)」

 

まさか、演習に勝てなかったから?

 

そんな理由で?

 

「ウォースパイト、優雅フィルターなしで頼む。ここは戦場だと思ってくれ」

 

「......私は、あのガスコーニュをガスコーニュとは認めない。今の彼女はトリカゴが必要とする彼女ではないわ。指揮をするあなたならわかるでしょう? 次の作戦、彼女を旗艦にするつもりなのかしら?」

 

「そういうことか......」

 

「(今の、私? トリカゴが求める私?)」

 

迷路の中を思考が駆け回る。

 

私は私だ。ガスコーニュでありガスコーニュである。

 

なのに、ウォースパイトは私を否定している?

 

トリカゴが求める私って?

 

「貴公のことだ。そこまで否定するのにも理由があるんだろう? それが試練か?」

 

「ええ、そうよカブール。私が求める答えをあのガスコーニュも出せたのなら、私は彼女を認めたでしょう。けれど、悲しい事にそうはならなかった」

 

「その答えってのはなんだ?」

 

「......私の知る彼女は、決して臨時演習の実施に首を縦になんて振らない」

 

「(っ!?)」

 

ウォースパイトの求める答えとは、勝つことでも負けることでもない、そもそも勝負をしないことだった。

 

「(そうだ。私なら......)」

 

「一度、彼女に果し合いを挑んだ事があるのだけど、なんて言ったと思うかしら?」

 

「分かるぞ。小生も同じことをして見せたことがある。彼女は、主の為にしか戦いたくないと言っていたな。やるにしても、体力と弾薬の無駄だからやめろと」

 

「それなら話が早い。私も、同じ事を言われたわ。だから、決闘なんてやろうものなら、そりゃあ拒まれたわね。主の命令もなしに弾を使う理由がないと。煽ったところで結果は同じよ」

 

「ガスコーニュらしいな」

 

扉越しに指揮官の遣る瀬の無い言葉を受け取りながら、ガスコーニュは自問自答していた。

 

「(覚えている。私は、主のためにしか戦いたくない。私にヨロコビを教えてくれた。主のためにしか......っ!?)」

 

それこそトリカゴが、主が求めるガスコーニュ?

 

なら、私は?

 

私は......だれ?

 

「けど、今の彼女は、臨時演習の実施に乗り気になっていた。やるならやってやろうとね。少なくとも私の知る彼女なら、そうはしない。だから、私は彼女をガスコーニュと認めない。認めたくない」

 

「......なるほどな」

 

「指揮官、すぐに答えを出せなんて言わないわ。でも、このままあの彼女が続くのなら、いずれ答えを出す時が来るでしょうね」

 

「ふん、いかにもロイヤルらしい考えだ。ル・マランがこの場にいなくて心底よかったよ。いれば間違いなく貴公に刃を向けていた」

 

「日頃の行いを神に感謝するわ」

 

「ふっ、よく言う」

 

「やめろ二人とも......ノースカロライナもウォースパイトと一緒か?」

 

「あー、そのー、すいません指揮官」

 

「ん? どうした?」

 

沈黙を保っていたものの、やけに歯切れ悪く口を開くノースカロライナに、重い空気が少し軽くなる。

 

怒られて肩を落とす二人も、怪訝そうにノースカロライナの言葉を待った。

 

「言おうか言わないか迷ってたんですけど、さっきまで扉越しにガスコーニュさんがいて......」

 

「「「......えっ?」」」

 

思いもよらない重大発表。

 

素っ頓狂な声も出てしまう。いや、出さざるを得ない。

 

「ごめんなさい。話を止められそうな雰囲気でもなかったので。それで、今さっきいなくなったんですけど、どうしましょう?」

 

「......っ!?」

 

その言葉に指揮官はすぐ様立ち上がると、荒々しく執務室のトビラを開いた。

 

右を見る。

 

左を見る。

 

どこまでも長い廊下が、ただ続いていた。

 



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「一日限定レンアイガスコーニュ」 その6

Exボイスとも、また違うガスコーニュを想像していただければ


 

波のせせらぎと星空の下、トリカゴ基地の屋上にガスコーニュはいた。

 

理由はわからない、何となく海を見たくなったから、かもしれない。

 

潮の囁きに、自分の声をのせる。

 

「はぁー......思い出しちゃった」

 

誰かに聞かせたい訳でもない言葉をため息と共に吐く。

 

「なにを?」

 

「うわあっ!? ......エルドリッジちゃん?」

 

「そうだよ?」

 

聞かれるつもりのない独り言をばっちり捉えられ、ガスコーニュは恥ずかしいカンジョウが昂るのを感じた。

 

そもそも、どうしてエルドリッジがこんなところにいるのだろうか?

 

「はあはあ、エルドリッジ! 急にアホ毛をぴんっ! ってしたと思うたら、なぜわざわざこんな暗い屋上に......うむ? ガスコーニュさん?」

 

「北風ちゃん......」

 

息を切らせながらも遅れてやって来てみせたのは、今日はエルドリッジと防衛任務にあたっていた北風だった。

 

エルドリッジはガスコーニュの隣に並んでみせると、彼女の顔を覗き込みながら、お話を始めた。

 

「ガスコーニュ......悲しい?」

 

「えっ?」

 

「悲しそう、だよ?」

 

「......そうかな」

 

「うん、悲しい」

 

せめてもの強がりを見せたつもりだが、エルドリッジはガスコーニュのココロの叫びを見抜いているようだった。

 

自然と叫びが言の葉となって、風に乗っていく。

 

「私ね。なんとなくだけど思い出したの。前の私のこと」

 

「む、そうか。思い出されたか......」

 

決して喜びはしない北風の優しさに、ガスコーニュは小さく表情を綻ばせた。

 

「うん、思い出したよ北風ちゃん。ガスコーニュは主のために戦うし、主の作ってくれるプリンも実はそんなに好きじゃないの」

 

「指揮官のプリン、嫌い?」

 

「嫌い、じゃないかな。ただ、味がわからないの......でもね」

 

「でも?」

 

「皆と、主と一緒に食べるのは大好き。味なんて分からなくてもいい。主が笑ってくれていたら、ガスコーニュはウレシイの。それをやっと思い出せた」

 

大切で大好きな彼の笑顔が見えた気がして、ガスコーニュは宙に向かって微笑んだ。

 

「なのに......悲しいの?」

 

「......うん、主が求めてるのは私じゃない。ガスコーニュなんだよ。何時でも落ち着いていて、トリカゴのために、主のために頑張るガスコーニュなんだ」

 

「..... ガスコーニュさん、それは」

 

「ありがとう北風ちゃん。違うかもしれないね。でも......もし違わないって言われたら私は......怖いよ。答えを聞きたくない。主にいらないって言われたくない......」

 

「......」

 

ガスコーニュなら決して流すことの無い涙を、彼女は流していた。

 

兵器ではなく、一人の少女としての涙を。

 

「むー、ビリっ!」

 

「いたっ?」

 

静かに涙を流すガスコーニュに、エルドリッジは口を結ぶとビリっと電流を流した。

 

驚いた表情でガスコーニュはエルドリッジを見る。

 

「指揮官、絶対にそんなこと言わない。指揮官は、エルドリッジ達を絶対裏切らない。そう約束した」

 

「......っ! そうだぞ! 指揮官は約束を違えるような人ではない! あの人は、北風達を、みなを頼りにしていると言ってくれた! その事をお忘れか?」

 

「エルドリッジちゃん、北風ちゃん......」

 

そうだ、主は言ってくれたことがある。

 

いつでも、頼りにしてるって。

 

「ガスコーニュ、指揮官のこと信じられない?」

 

エルドリッジのその問いかけに、ガスコーニュは彼女が怒ってみせた理由がわかった。

 

どうして自分から指揮官を拒むのか、と。エルドリッジはそう言いたいのだ。

 

「............ううん。信じてる。ガスコーニュは主に信じられてるから主を信じてる。そうだね.....主が私を信じてくれてるのに、私が信じてあげられないのは卑怯だよね。ありがとう二人とも、元気出た」

 

ガスコーニュのその言葉に、波の音もどこか優しいものにへとなった。

 

「......よかったですぞ、さあエルドリッジ、基地に戻ろう? こんな暗いところで話し合うものではないぞ」

 

「待って北風。ガスコーニュ、指揮官、ここに呼ぶ?」

 

「ぬ?」 「そんな事、出来るの?」

 

驚く二人の声が重なる。

 

「わからないけど、呼べると思う。呼ぶ?」

 

「......お願いしてもいいかな?」

 

「任せて............むうううううううううううううっ!」

 

エルドリッジのアホ毛がアンテナのように張り巡らされ、その先から淡い緑色の電気が釣り糸のように走り始めると、猛スピードで何かを追いかけるように伸びていき、やがて......

 

「うおおおおおおおっ!!??」

 

指揮官が釣れた。

 

「え、すごい」

 

「どういう原理ぞ?」

 

「......ブイ」

 

勝ち誇るエルドリッジとは裏腹に、指揮官は明らかに動転していた。

 

「え、なに? ここどこだっ? ガスコーニュ探してたら何か緑色の電気に捕まったんだけど! ......って、ガスコーニュ!?」

 

「うん、そうだよ主。立ち上がれる?」

 

ガスコーニュがさし伸ばした手を勢いよくとって立ち上がると、指揮官はそのまま彼女の肩を強く掴んだ。

 

「探したぞ! 一体どこに......ってここ、屋上か。まさか躍起になって、身投げ!?」

 

「いやいやいや! そんな事しないよ!?」

 

「指揮官、おーげさ」

 

「この心配性が恋心にも向いてくれたら、北風は文句ないのだがなあ」

 

不思議はことに野次馬の声というものは聞こえにくいもので、北風のボヤきは指揮官の耳を通り抜けてそのまま波と一緒に消えていった。

 

「そ、そうか。よかった......ガスコーニュ、執務室の話なんだけど」

 

申し訳なさそうに口を開く指揮官に、ガスコーニュは小さく頷いてみせた。

 

「うん、全部聞いてたよ。それと、思い出した。ガスコーニュのこと」

 

「......そうか」

 

それ以上、指揮官は何も言わない。

 

ガスコーニュは彼の気遣いを理解し微笑むとともに、自分から会話の糸口を切り出した。

 

「ねえ、主」

 

「なんだ?」

 

「私はね、バグみたいなものなんだと思う」

 

「バグ?」

 

バグ

 

それは、誤り。

 

存在してはいけないもの。

 

「うん。どうやって起こったのかは私もわからないけど、ただ言えるのは、私はガスコーニュじゃない。彼女の本心はもうちょっと穏やかなの」

 

彼女自身がガスコーニュであることを否定した。

 

その事実をただ、静かに受け止める。

 

「そっか、でも......俺からすれば、君だってガスコーニュだ。その事に変わりはないよ。だから、胸を張ってここにいていい。俺は君の手を離さない。離すつもりもない」

 

バグであろうと、何だろうとガスコーニュはガスコーニュだと。だから安心してくれていいと。

 

それが、指揮官の答えだった。

 

「......ありがとう。主、訊きたいことあるんだけど、いい?」

 

「ききたいこと?」

 

ガスコーニュはもう一つ、思い切って彼の本心を訊ねてみた。

 

「主は、私のこと好き?」

 

「......むー」 「こら、エルドリッジ」

 

一瞬、傍から見ていたエルドリッジのスパークが飛び散ったが、北風が刀の柄でポコんと頭を叩いて制止させた。

 

和やかな空気にガスコーニュは目元で笑うと、大好きな彼の言葉を待つ。

 

答えはすぐにやって来た。

 

「......ああ、ガスコーニュの嫌いなところなんてないよ」

 

「嫌いなところなんてない、か。ずるいなあ、主」

 

「ずるーい」 「男ならはっきりせんかー」

 

「ええっ、おかしいか?」

 

「ふふふっ」

 

恋愛沙汰にはまるでなびく気配のない指揮官は、ガスコーニュの知る、大好きな彼だった。

 

私じゃない、ガスコーニュの。

 

「ねえ、主。お願いがあるんだけど」

 

「......なんなりと」

 

「朝できなかったし、私をギュッてしてくれない? そしたら気持ちよく眠れる気がするの」

 

眠れる気がする。

 

朝のように頑張れる、ではない。

 

「............いいのか?」

 

「うん、いいよ。三十秒くらいでいいから」

 

「お安い御用だ」

 

彼女が求めるのであればと、指揮官は応じる。

 

ゆっくりと、優しく、彼女を受け入れ、抱きしめた。

 

「......んっ」

 

ガスコーニュは指揮官の背中に手を回さず、ただ目を閉じて抱きしめられていた。

 

暖かなカンジョウが、胸の奥から湧き上がってくる。

 

「(ああ、やっぱりガスコーニュはこの人の事が好きなんだ。いいなあ)」

 

これからも、彼を好きでいられて。

 

彼の鼓動が脈打つ毎に、ゆっくり、段々と意識が遠のいていく。

 

「......」

 

彼は何も言わない。

 

でも、心で泣いてくれているのが、私にはわかった。

 

嬉しい。

 

「......主、今日だけだったけどありがとう。トリカゴは楽しかったよ。でも.....皆と、主とプリン......食べたかったなぁ」

 

最後のワガママ。

 

いつになるのかもわからない、最低なワガママ。

 

それでも、彼は

 

「......待ってるよ。俺は、いつでも待ってる。プリンも作っておくよ」

 

「ふふっ」

 

本当に、ずるいなあ。

 

だから、好きなんだ。

 

私も、ガスコーニュも

 

「......うんありがと。ガスコーニュを、よろ、しく......ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主──

 

アイしてる



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「一日限定レンアイガスコーニュ」 終

Cパート、もといエンディングです

後書きもありますので、よろしければ


「主、起床時間を連絡。あと三十秒後に直立動作がない場合、強制執行へと移行。三十、二十九──」

 

「ん? ......んー?」

 

聞き覚えのある声、そして聞いた覚えのある声の波。

 

物騒な発言は曖昧に聞き流され、指揮官は体をゆっくりと起き上がらせた。

 

ぼんやりと霞がかる意識を晴らしながら、指揮官は視界にいた蒼髪の少女の名を呼んだ。

 

「ガスコー......ニュ?」

 

「十八......主の意識の覚醒を確認。おはよう、主」

 

「あ、ああ。おはよう。戻ったのか」

 

「......戻った、とは? 疑問、主に不可解な発言の解答を望む」

 

「......いや、何でもない。起こしに来てくれたのか」

 

「起床の遅れは指導者としての威厳の損失と判断。よって、覚醒の手助けになるよう実行行動を遂行。主、起きたのならば、速やかな朝食摂取を提案。......あと」

 

「......?」

 

「お兄ちゃん。ちゃんと、起きられて偉いニャン......では」

 

「あ、うん?」

 

一体どこでそんな言葉を知ったのか、ガスコーニュは妹ネコとなって抑揚のない言葉で指揮官を褒めると、取り乱すこともなく静かに指揮官の部屋を出ていった。

 

「ガスコーニュって、あんなんだったか? そもそも、朝起こしに来るような子だったっけ?」

 

......そう言えば。

 

「(あの、ガスコーニュはこんな風に朝起こしに来てたな、まさか......いや)」

 

指揮官は一旦そこで考えることをやめると、自分の頬をつねってみせた。

 

「......痛いな。ふふっ」

 

頬の痛みは確かに、指揮官に現実を伝えてくれていた。

 

 

*

 

 

「あーもう! 指揮官様! そのような卵の混ぜ方では、この私を虜にする味には出来ませんでしてよ!?」

 

「お前の為に作ってるわけじゃないから、大丈夫大丈夫」

 

「な、なんですってえ!?」

 

ネプチューン、キレたっ!

 

「......」

 

任務も終わったある日の夜、キッチンでわーわーと騒ぎ立てる二人を見守りながら、ガスコーニュは紅茶の入ったマグカップを傾けていた。

 

不満を垂れ流してはいるものの、開発局で作っていた時とは打って変わって楽しそうなネプチューンは、ガスコーニュにとっては新鮮なものだった。

 

そう、開発局で作っていた時とは違って。

 

「(記憶の復元処理を実行......復元失敗)」

 

試しにあの日のことを思い出そうとしてみるが、上手く思い返すことが出来ない。

 

ネプチューンにエクレアを貰ったことまでは鮮明に思い出すことが出来る、その後ネプチューンに招集がかかって、それから......それからは、基地に戻ってきて終日寝込んでいた、はず。

 

「ふん、まぁいいですわ! 散々苦労した私への褒美として、こうして指揮官様と一緒にお菓子作りというのも.....その、し、新婚さんみたいで」

 

「え、なんて?」

 

「ほんっとに! この人はぁ!」

 

またしても、わーわーと騒ぎ出した二人によってガスコーニュの思案は上書きされてしまう。

 

ふと視線を二人にやるが、揉めても手は止まっていないあたり流石だなと、ガスコーニュは思った。

 

容器に注がれるプリン液を眺めながら、彼女は違和感に気付く。

 

「......主」

 

「どうした、ガスコーニュ? 注ぎたいか?」

 

「否定。疑問、過剰な容器数と判断。ここトリカゴにKAN-SENは十四、主を合わせても十五。しかし、テーブル上の容器数は十六。主、何故?」

 

明らかに容器の数がおかしい。

 

十五なら、まだ指揮官自身の分と判断がつくが過剰にもう一つ作る理由が、よくわからない。

 

「あー、そうだな」

 

指揮官はガスコーニュの質問に、どこか目線を遠くへと向け、そして、答えた。

 

「いつか、来るかもしれない仲間の分さ」

 

指揮官の目には、ガスコーニュの知らない仲間の姿がうつっていた。




あとがき


ハグしたらバグがなおったお話はこれでおしまいです。

バグと言っていいのかはわかりませんが。

それよりも、スペクテイターさんを覚えている人はいらっしゃるのか.....(オリジナル要素)

端的にですがこのお話は何度も出ているフレーズなのでお気づきかもしれませんが、『答え』をテーマ的なあれにしています。

組織のため、ガスコーニュを否定するウォースパイト、ノースカロライナ。

ガスコーニュ個人のため、彼女を受け入れたシュペーやネプチューン、そして指揮官。

他のキャラや出てこなかったキャラ達も、それぞれガスコーニュに対する答えを持っていることでしょう。そのどれも、間違ってはいないと思います。

その1で提示していたテセウスの船への問答、その時の指揮官が言い淀んだ答えがガスコーニュへの言葉と思ってくださって大丈夫です。

またまたオリジナル要素ふんだんに盛り込んだお話でしたが、楽しんで頂けたのなら嬉しく思います。

Ps、マランはしばらく機嫌が悪かったらしいです、はい......でも、マランのプリン発言無かったらガスコーニュが戻らなかったかもしれないので、結果オーライ(

ちなみに、彼女自身がバグと気付いたあたりからガスコーニュの一人称を私に変えていたりします。


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さんたくろぉすさんにお願いを

ガスコーニュの話の後に書けたのがこれかよぉ!(反省)

すいません、クリスマスなので。


「うむ? エルドリッジ、なぜ靴下なぞ持っておるのだぞ?」

 

今日もまたエルドリッジとの基地防衛任務にあたっていた北風は、パートナーでもある彼女が、何やらレターセットと靴下を持って食堂にやって来ていた事を指摘した。

 

確かに冷える季節とはなったが、艤装を纏ってしまえば寒さなどは気にならない、しかも両足ならともかく、エルドリッジが持っているのは片足分だけ、ますます疑問の泉が湧き上がる。

 

「サンタクロースさん」

 

「さんたくろぉす? 誰ぞ?」

 

北風にとっては、初めて聞く名前だった。

 

「知らない?」

 

「う、うむ。その様な方の名前は聞かんな。この時期といえば師走、餅をつき始めるものなのだが」

 

「おもち? もちもち、エルドリッジ、あれ好き」

 

「うむ! 餅は確かに美味いな! ......ん? エルドリッジはユニオン生まれなのに、餅を食べたことがあるのか?」

 

「指揮官、ユニオンにいた時、作ってくれた」

 

「な、なんと!?」

 

北風は指揮官がトリカゴを結成するという事情から、赤城と長門が急ピッチで計画を進めたことでこの世に生を受けたKAN-SENだった。

 

故に、指揮官との時間は実の所はそこまで長いものでは無い。なんなら、トリカゴの中では一番浅いまである。

 

故郷は同じとはいえ、思い出の数だけならエルドリッジの方が圧倒的に多いのであった。

 

指揮官の手作りお餅を食べたことも、北風はもちろん無い。

 

「そ、そうか。羨ましいぞ、エルドリッジ」

 

「じゃあ、靴下、はい」

 

「う、うん?」

 

手渡されたが、なぜそこから靴下に繋がるのかが、北風にはよくわからない。

 

それもそのはず、北風はサンタクロースのことを知らないのだから。

 

「サンタクロースさん。手紙をいれた靴下を、ツリーに飾っているとね。良い子にはプレゼントくれるの」

 

靴下にはお菓子が入っていたり、本当に欲しいものはツリーの下に置かれていたり、他にも煙突から入ってきたり、トナカイのソリに乗って空を飛んでやって来たりと、エルドリッジは知っている限りのサンタさんの話を北風に教えてあげた。

 

「な、なんとも凄いのだぞ。食堂に急遽飾られたあの煌びやかな針葉樹は観賞用ではなく、さんたくろぉすさんが来るための目印だったのか!」

 

「針葉樹じゃない、クリスマスツリー......」

 

「一緒ではないか! ともかくだ! 北風も靴下を飾っておくとしよう! 文を書いて、良い子にしていたらくれるのだな!?」

 

「うん、北風にも来ると思う」

 

「そうかそうか、北風は指揮官から良い子だと言われるし大丈夫だな! ところで、エルドリッジはどんな贈呈品をさんたくろぉすさんにお願いするのだぞ?」

 

「............おっぱい」

 

「......」

 

「......」

 

一応、北風は聞き間違いの可能性を考慮し、もう一度エルドリッジに訊ねることにした。

 

「すまん、エルドリッジ。もう一度言ってくれぬか?」

 

「だから、おっぱい」

 

残念ながら、あっていた。

 

「......そ、その何故だ? なぜ乳房を?」

 

エルドリッジの事だし、巫山戯ているわけではないのだろうと、北風はその理由を問いただす事にした。

 

エルドリッジは真剣な表情で口を開く。

 

「ノースカロライナ、ずっと指揮官の護衛に選ばれてる。その理由をエルドリッジ考えてた」

 

「う、うむ」

 

ノースカロライナは指揮官が所用でトリカゴを離れる際、必ず護衛人として選出されている。ぶっちゃけ指揮官とのデートじゃないかと羨むKAN-SENは多いというか、基地に残される全員が思っていた。

 

「ウォースパイトも凄い強いのに、指揮官はノースカロライナを護衛人にしてる」

 

「確かにそうだな。しかし、それがどうして......はっ!?」

 

その瞬間、北風の直感がいらないことを囁いた。

 

ノースカロライナは金髪、ウォースパイトも金髪。

 

ノースカロライナは凄く強い、ウォースパイトも凄く強い。

 

ここまでは一緒。

 

しかし! この二人には決定的な違いがあるではないか!

 

「そう、ウォースパイトには、おっぱいないけど、ノースカロライナには、ある!」

 

バーンと、エルドリッジにしては珍しいくらい迫力のある主張だった。

 

「いやっ、しかし! な、なら大鳳さんでもっ!」

 

大鳳もかなり、いやトリカゴ随一のカラダの持ち主だ。エルドリッジの理論が正しいのなら大鳳のことも、指揮官は護衛人として採用しているはずだ。

 

「大鳳、護衛できる?」

 

「......いや、あの方は専ら剣術や格闘術よりは術式や調略方面だな。な、ならば指揮官が北風を護衛として頼らないのも!?」

 

北風はウォースパイトやノースカロライナ程ではないが、基地防衛を任されるくらいには腕っ節には自信があった。

 

そんな北風を、指揮官が護衛人として指名しないのは......そう!

 

「おっぱい!」

 

「ぐはっ!?」

 

エルドリッジが手伝ったわけではないが、北風の中で雷が落ちた。

 

そのまま力尽き、床の上で四つん這いになり項垂れる。

 

四つん這いになったことで、自分の胸が平らな事により太ももがはっきりと見えてしまうことで、更に北風はダメージを負った。

 

「あら、エルドリッジさん......と、北風さん。おはようございます。どうなされました?」

 

そんなしょうもない一劇をやっている最中、声をかけてきたのは夜間任務から帰ってきたトリオンファンだった。

 

「トリオンファン、おはー」

 

「おはようございます。あの、大丈夫ですか北風さん?」

 

トリオンファンが心配の声をかけるも、北風はそのまま項垂れ続けていた。

 

「うっ......うっ......トリオンファン。北風は、北風はこの世の真理がわかってしまったぞ......」

 

「は、はあ?」

 

何が言いたいのかトリオンファンには一切わからなかったが、机の上にあるレターセットと靴下が目に入り、二人が何をしていたのかを推理はできた。

 

「あら、エルドリッジさん。聖ニコラウス様へお手紙ですか?」

 

「ニコラス? ニコラスの手紙じゃない」

 

「えっと? ......ああっ! ユニオンのKAN-SENのニコラスさんの事ではないですわ。聖ニコラウス様はサンタクロースさんの真名です」

 

「へえー、トリオンファンも書く?」

 

「そうさせて頂きたいのですけど、先に休息に入らせていただきますわ。エルドリッジさんはニコラウス様に何をお願いなさるのですか?」

 

「おっぱい」

 

「......え?」

 

素っ頓狂テイクツー。

 

「トリオンファン、ノースカロライナにあって、ウォースパイトにないもの、なーに?」

 

突如始まったのは、なぞなぞでもない答えが失礼すぎるクイズ。

 

ポクポクポク、チーん。

 

「おっぱいですわね」

 

「よし」

 

何がよしなのかはともかく、恋心と夜勤明けは、正常な判断を鈍らせるのが世の常であった。

 

「ああ、それで北風さんが、このように?」

 

目線が注がれた北風は椅子に座るまでは何とか復活したようだが、机に涙の水たまりができあがっていた。

 

「うう、トリオンファン。お前も思わぬか? 乳房さえあれば、指揮官は護衛人に北風達を選んでくれたのかもしれぬのだぞ?」

 

このままトリオンファンも北風のように容易に懐柔されるのかと思われたが、騎士姫はそう簡単には屈しない。

 

「......でも、ウォースパイト様を指揮官が選ばないのは、ウォースパイト様の立場を考えてのことではなくて?」

 

「うん?」

 

「どういう意味ぞ?」

 

「ですから、ウォースパイト様はエリザベス陛下の近衛でもありますけど、妹君でしょう? そんなウォースパイト様を引き連れ回していたら、ロイヤルの私物化だとか、騒ぎ立てる人が出てくるのではなくて? すでにKAN-SENを一人の人間に任せていいのかだとか言われておりますのに......まあ、目のこともあって認められているみたいですけど」

 

「......エルドリッジ、トリオンファンが何を言っているかわかる?」

 

「ちんぷんかんぷん」

 

難しい話は得意じゃない二人だった。

 

「......はあ。えっと、ウォースパイト様は第二王女、お姫様なんです。お姫様を連れ回すのはあまり良いことではないでしょう?」

 

なるべくわかり易く噛み砕いて、トリオンファンはもう一度説明すると、さすがの二人とも理解を示したようで。

 

「なぬっ!? 高貴な方だとは思っていたが、ウォースパイトさんは陸奥様と同じ立場の方だったのか!? き、北風は今までなんて無礼なことを!?」

 

「きらきら、お姫様?」

 

「ご本人が、あまり立場を気になさる方ではありませんからね。今まで通りに接するのがいいと思いますわよ。あと、私から二言」

 

「「......?」」

 

おっほんと、咳を払い。いい加減に眠たくなってきたトリオンファンはおっぱい談義に結論を付けた。

 

「そのような事をお願いするのは、イイ子ではなくワルイ子なのではなくて? サンタさんもそっぽを向いてしまいますわよ?」

 

「「......」」

 

そもそもサンタさんがおっぱいをくれるのかはともかく、ごもっともすぎる二言なのだった。

 




反省はしてるが後悔はしてない......(

追記:ル・マランCW参戦ありがとう......


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「桜降り積もる、この場所へ」 重桜編その1

世間のクリスマスは終わりかけてますが、お話的にはクリスマス前のとこです。


「クリスマスかあ......」

 

書類の受付日がどれもこれも二十五日前には締切なものばかりな事に気が付き、どこか感傷に浸るように指揮官は仕事の手を止め天井を見上げた。

 

アズールレーン本部のあるユニオンはクリスマスは祝日と決めており、よってトリカゴにも久しい休みが、その日には与えられていた。

 

「貴方様、ご休憩ですか? 紅茶をいれましょうか」

 

「そんなつもりはなかったんだが、悪い。頼むよ」

 

「お任せ下さいませ」

 

ニューカッスルが秘書艦の際には必ずと言っていいほど、いつでも美味しい紅茶が飲めるようにカートが用意され、その上には一式の紅茶セットが揃っている。

 

手際よく準備を整えると、やがて指揮官の前にはニューカッスルの愛情たっぷりの紅茶が差し出されていた。

 

「どうぞ、貴方様」

 

「ありがとう......ふう。相変わらず美味いな。いつでも飲める美味しさと言うか」

 

「毎日、毎朝......毎晩でも貴方様が望むのであれば」

 

「はっはっは。ありがたいけど、ニューカッスルにはウォースパイトがいるじゃないか。主人に怒られるのはごめんだよ」

 

「......左様ですか」

 

あとでウォースパイトに相談しておこうと、ニューカッスルは心に決め、それ以上のアピールはメイドらしく控えることにした。

 

「唐突なんだが、ニューカッスルはクリスマスどうするつもりだ? やっぱりロイヤルに戻るのか? ロイヤルってクリスマスは家族と過ごす日だろ?」

 

「そうですね......私はメイドですので、主であるウォースパイト様のご判断に任せようかと。貴方様は如何様に?」

 

「......実は困っててな」

 

「......?」

 

わざとらしく目を逸らしてみせた指揮官は、小さくため息を吐くと机の引き出しから三通の便箋を出してみせた。

 

一枚はロイヤル、エリザベスから。

 

もう一枚はユニオン、アズールレーン本部から。

 

最後の一枚は、重桜、長門から。

 

それとなく指揮官の事情を察しはしたニューカッスルではあったが、黙って言葉を待つことにした。

 

「見ての通りというか、クリスマスパーティーのご案内だ。有難いことに三通も」

 

「貴方様の人徳の賜物かと」

 

「別にここまではいらないんだよなあ......」

 

もう一度ため息。

 

それから指揮官は、三枚の中で高級そうな紙に花柄の刺繍が綺麗に施された一枚を手に取った。

 

「これは、エリザベスからだ。パレスガーデンでパーティーやるから来いとさ」

 

「......元メイド統括としての発言ですが」

 

「......?」

 

「その招待状は、ロイヤルでも極わずかの限られた人間にしか出されないものです。しかも、偽造が出来ないように全て直筆、内容も人により異なります。公務で日々お忙しい、陛下の御尽力がわからない貴方様ではないでしょう」

 

誰よりも人を見る目に長け、誰よりもロイヤルの為、エリザベスの為にメイド隊を運営してきた統括としての重みのある言葉だった。

 

「......あいつも大変なんだな。ちなみになんだがニューカッスル」

 

「なんでしょうか?」

 

「この、最後のところの秘密の暗号? ってやつなんだが」

 

「ああ、陛下のお遊びですね。パーティーに出席する際は、その招待状と陛下がお考えになられた暗号を陛下ご自身に告げるのが、パーティー参加の条件となっております」

 

「その暗号が『エリザベス愛してる』なのは、あいつの嫌がらせか?」

 

「..................嫌がらせですね」

 

「やっぱりか」

 

今は元統括。加えてウォースパイトが主君なので、エリザベスのお巫山戯には付き合っていられないニューカッスルなのだった。

 

「次はユニオンだな。今年も来いと」

 

「行かれないのですか?」

 

「祝日に上司と会いたいか?」

 

「......心中ご察し致します。しかし、ユニオンはエルドリッジ様にノースカロライナ様のご故郷。それに、本部に気に入られておくのは必要な経費かと考えますが、いかがでしょう?」

 

「それで揺れてるよ。最後に重桜だな。見ての通りまだ開けてない。そもそも、クリスマスの誘いなのかもわからない」

 

長門から送られてきた便箋には、『開封厳禁』とでかでかしく書かれており、どこか荘厳な雰囲気が漂っていた。

 

「素朴な疑問なのですが、重桜にもクリスマスはあるのですね」

 

「あるぞ。元々は重桜......あー、ニューカッスルは重桜に大きな桜があるのは知ってるか?」

 

「存じております」

 

本でしかその存在を知ることは無いが、重桜にはその国の名前と同じ巨大な神樹があると拝読したことがある。

 

民の信仰を集める大樹、重桜を奉る機関の長が、長門ということも。

 

「ならよかった。元々、クリスマスの日はその桜─重桜に正月が来ることを知らせる祭事だったんだ。それが偶然にもその日は国の重桜も祝日でな、同じ日にやるならと、クリスマスも意外とあっさり受け入れられたんだ」

 

「なるほど、その様な背景が。学ばせていただきました。北風様はクリスマスについての話をされない方でしたので、重桜にはない文化なのかと」

 

「北風は、わりと最近生まれたKAN-SENだからな。しかも、ここに来るまでは外には出ずに訓練漬けだったって聞いてるし、そういう文化には疎いとこあると思う。大鳳とは?」

 

「......最低限しか話さないようにしてますので」

 

「ああ......まあ、背中預けるくらいには仲良くしてくれ。にしても、北風に至っては今頃エルドリッジに教えて貰ってるかもな」

 

「エルドリッジ様に?」

 

「エルドリッジはサンタさんを信じてる子だからな。基地防衛でよく一緒になる北風も信じそうというか、あの子は信じる。もしかすると、サンタさんへの手紙でも書いてるかも」

 

その内容が一時おっぱいになりかけていたことは、指揮官はもちろん知らないし、知らなくていい。

 

「お二人へのプレゼントの件を、考えないといけませんね」

 

「そうだな。こっそり靴下の中を覗かせてもらうとしよう。クリスマスが終わったらすぐに正月、重桜はそっちがメインだからなあ」

 

「ロイヤルはクリスマスに重きを置きますね」

 

「文化の違いを感じるよ」

 

「......」

 

「......」

 

会話のピリオドはそこでうたれると、紅茶が喉を通る音だけが室内に響く。

 

「......長門様のお手紙が気になりますね」

 

「あ、触れちゃう? あえて黙ってたのに!?」

 

開封厳禁と書かれているので、下手に触らない方がいいと思った指揮官は、会話の方向をなるべく和やかな方にへと意図的にずらしたのだが、ニューカッスルには効かないようだった。

 

「開封厳禁。なんでしょうね。こう、開けたくなる不思議なフレーズですね」

 

「気持ちは分かるが、長門の開封厳禁は本当に開けちゃダメなやつだぞ......気持ちはわかるが」

 

「......」

 

「......」

 

沈黙。

 

これ以上、会話を続けては己に負けてしまう。

 

しかし、開けるなと言われるとかえって開けたくなるというか、気になるのが人間というもので。

 

先に悪魔に唆されたのは、指揮官の方だった。

 

「............開けちゃう?」

 

ここでダメだと言える冷静さが、例えばガスコーニュならあっただろうが、メイドさんは意外とお茶目なのだった。

 

「......開けましょう。手紙とは読むためにあるものです」

 

「確かに、そうだよな。手紙って読まなきゃ意味無いよな!」

 

「そうです。思いを伝える手段として手紙を採用したのであれば、その手紙は読まれるべきです」

 

「だよな!」

 

「はい!」

 

適当にそれっぽい理由を並べ、結果の決まった出来レースで互いの心を確認しつつ、指揮官はペーパーナイフで長門からの手紙を取り出した。

 

開封厳禁と圧をかけていた割には中から出てきたのは、一枚の手紙、それと......

 

「サクラ? うわっ!?」

 

「貴方様っ!?」

 

手紙に挟まっていた一枚の桜の花びらがヒラヒラと机の上で舞い散ると、突如、執務室を眩いばかりの閃光が包み込んだ。

 

ニューカッスルは咄嗟に指揮官を庇い、その光に二人して飲み込まれると

 

やがて、執務室には、飲みかけの紅茶の湯気がユラユラとあてもなく揺れていた。

 

 

*

 

 

「ふんふふーん♪」

 

とても普段の姿からは想像出来ないほど、上機嫌で大鳳は歩を進めていた。

 

彼女がウッキルンルンと胸踊らせている日は決まって秘書艦の前日だからだというのは、トリカゴ基地のKAN-SEN達の共通認識である。

 

付け加えて、大鳳にはある計画があった。

 

「そろそろクリスマス、指揮官様には〜三通の手紙♪」

 

大鳳は頭の中で、かれこれ百八回目となる計画のデモンストレーションを始めた。

 

(まず、通常どおりに仕事を進めていると、指揮官様は恐らくこう言うはず。

 

「クリスマスかあ......」

 

それもそのはず、恐らく書類の受付がどれもこれもクリスマスの二十五日以前だから。

 

すかさず私は言うのです、「休憩にしますか?」

 

あの人は断らないはずだから、お茶を楽しく飲んでいると、指揮官様は次に「クリスマスの予定は?」あたりの事を言ってくるでしょう。

 

「もちろん、ありません! ずっと指揮官様のそばにいます......ずっと♡」

 

そう返すと、指揮官様は真剣な眼差して私を見つめながら「大鳳......」と、そのまま優しく肩を抱かれベッドへ行って早めのホワイトクリスマスに! あーん! 指揮官様ぁ〜♡

 

......とは、なりませんわね。指揮官様はクリスマスパーティーの件についてお悩みのはずですから。

 

あの方のお手元に、ロイヤル、ユニオン、重桜の三通が届いているはず。

 

他二勢力のは適当に扱って、肝心なのは『開封厳禁』と書かれた重桜の便箋。

 

指揮官様は、きっと開けたくてうずうずしていらっしゃるはず、でも、生真面目で優しい方ですから、間違いなくまだ開けていない。

 

そこで、私がきっかけを与えるのです。

 

「開けてみませんか?」

 

なんやかんや葛藤はしそうですが、指揮官様はお開けになられるはず、そしたら、あーら不思議!

 

うふふふふふふ♡ 完璧ですわあ!)

 

今回のイメージでも無事に指揮官は重桜の便箋を開け、大鳳は計画のスキのなさを自画自賛した。

 

長門には感謝しなければ、なにより明日が待ち遠しくて仕方ない。

 

上手くいけば愛しの指揮官様と──

 

(......ん?)

 

途端、大鳳は異変に気が付いた。

 

(指揮官様の匂いが薄い気が?)

 

なぜ指揮官の匂いがわかるのかは愛の力で説明がつくとして、大鳳はその場で何度か鼻で息をした。

 

(おかしい、指揮官様の新鮮な匂いがしない)

 

今日指揮官は、基地から出かける用事はなかったはず。

 

それなのにこの唐突さ、まるで神隠しにでもあったかのような......

 

「......っ!」

 

思考がそこまで辿りついて、大鳳は急いで執務室へと走り出した。

 

もしかすると、最悪のパターンが起こってしまったかもしれない。

 

あのメイドが起動したという、最悪のパターンが!

 

「指揮官様っ!」

 

勢いよく、執務室の扉を開ける。

 

いてくれるならそれでいい、適当に誤魔化すだけだ。

 

もし、そうじゃなかったら

 

「......あ」

 

大鳳の胸にポッカリと穴が空いてみせた。

 

誰もいない。

 

机の上には、半分ほど飲まれた紅茶のマグカップ、長門の招待状、そして重桜の花びら。

 

さっきまでは確実にいたことを証明する光景が、大鳳の目の前には広がっていた。

 




実際、日本でも25日は元々休日で。それと重なってクリスマスはすんなり受け入れられたらしいですね(ウィキペディア


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「桜降り積もる、この場所へ」 重桜編その1.5

まだトリカゴ基地視点なので......あとまだ作中はクリスマス前(大事なことなのでry


 

 

「よし、これなら大丈夫ね。フォーミダブルー! こっちは終わりましたけど、そっちはどうですのー?」

 

場所はトリカゴ内、食糧備蓄庫。

 

一覧通りに物があることを確認したネプチューンは、同じく点検作業に入っていたフォーミダブルにへと呼びかけた。

 

少し離れた場所から、こだまのように返事が返ってくる。

 

「大丈夫ー! オーロラはー?」

 

「こちらも問題ないですよー!」

 

倉庫管理担当ではないのだが、二人の手伝いをしていたオーロラも同じく問題なしのこだまを返した。

 

「なら、集合ですわ! 艤装が凍りついてしまう前に早く戻らないと」

 

ネプチューンが担当していたのは生モノなどを保管する冷凍庫、KAN-SENは艤装を展開していれば温度変化に順応できるが、肝心の艤装側が悲鳴をあげかけていた。

 

急いで冷凍庫から出て、ネプチューンは二人と合流を果たした。

 

「終わったー! 今月はクリスマスだからって管理品多すぎー」

 

「そう喚くものではないですわよ、フォーミダブル。こうして確認を取ることで、ちゃんとクリスマスパーティーが出来るのですから。クリスマスプディングにジンジャークッキー、他にも七面鳥に。祝うのには必要な料理はたくさんありましてよ?」

 

「それもそうね、ネプチューンの料理。今から楽しみ〜」

 

パーティー当日のテーブルを思い浮かべ、顔を綻ばせるフォーミダブル。

 

そんな彼女とは打って変わって、オーロラの表情は険しいものだった。

 

「しかし、ロイヤル流のやり方でいいのでしょうか? 指揮官さんは重桜の方ですよね」

 

「トリカゴで開くパーティーに関しては、私とニューカッスルさんに任せると言ってくださいましたし、即ちロイヤル流で問題ないということでしょう」

 

「そうかもしれませんけど......」

 

「あなたの言いたいことはわかりますわ。折角のクリスマスパーティー、楽しんで頂きたいのは私も一緒ですもの」

 

トリカゴではクリスマス当日ではなく、その数日前にパーティーを開くことになっていた。

 

本国に一時的に戻ったりするKAN-SENもいるだろうからと、彼なりの気遣いもとい、例の三通の手紙があってのことなのだが。

 

「そもそも重桜って、クリスマス祝うの?」

 

ふと、抱いた疑問をフォーミダブルは二人に投げかけた。

 

「祝う......のではないかと思いますけど。北風ちゃんはクリスマスを気にかけていない様子でしたね」

 

「あの子、ツリーを見て、煌びやかで素晴らしい針葉樹ぞ! って感嘆している所を私、見ましたわ」

 

「じゃあ、ないのかしら?」

 

「北風ちゃんが知らないだけかもしれません。大鳳さんか指揮官さんご本人に聞いてみましょう」

 

「ですわね。指揮官様に聞けばわかることですわ」

 

大鳳への相談は自然と却下されていた。

 

「んー......」

 

話に決着がついたかと思われたが、フォーミダブルはまだ首をひねっていた。

 

「今度はどうしましたの、フォーミダブル?」

 

「仮に重桜にクリスマスがあるとして、何を食べるのかなって。重桜ってワビサビの国じゃない? お茶も緑だし」

 

「本当に貴方は食べ物のことばかりですわね......でも、そうですわね。重桜では、クリスマスに何を食べるのかしら」

 

「あれじゃないですか? トリカゴの着任祝いに振舞ってくれた」

 

「ああ! あの甘辛いタレのお肉のやつ?」

 

「スキヤキ、でしたわね。生卵を食べるなんて信じられませんでしたけど、とても美味でしたわ。確かに、着任祝いでしたし、同じお祝いと考えるとスキヤキなのかしら?」

 

「それとも、案外私たちも知ってるものだったりとか?」

 

「例えば?」

 

「............苺のケーキとか」

 

「「ぷふっ!」」

 

考え抜いたフォーミダブルの答えに、思わずオーロラとネプチューンは吹き出し、笑い声が重なった。

 

「あははははっ! フォーミダブルも冗談言うのですわねえ! ふふふっ、ごめんなさいお腹痛い」

 

「ふふっ。苺ですか......ふふっ」

 

「二人共笑いすぎよー! 確かに苺はロイヤルだと夏の果物だけど、重桜じゃ冬に食べるかもしれないじゃない!」

 

散々笑っている二人だが、ところがどっこい重桜ではクリスマスには苺のケーキを食べるものだったりする。

 

「久々に大笑いしましたわ。お詫びに今日のスイーツは腕によりをかけませんと」

 

「普段からかけなさい! もー!」

 

「ふふふっ」

 

ロイヤルにいた頃と何も変わらない、あたたかな友情をそれぞれ胸に抱き、任務に励もうとした。

 

その時だった。

 

低く、それでも高く。本能的に危機を知らせるアラートが談笑の余韻を上書きした。

 

「......っ!? 何事ですのっ!?」

 

「緊急サイレン!? まさかセイレーン!?」

 

「執務室に急ぎましょう!」

 

「ええっ!」 「うんっ!」

 

お互い頷きあい、執務室にへと急ぐ。

 

緊急招集警報は執務室からじゃないと、鳴らすことができないようになっている。

 

つまり、指揮官しか鳴らすことはないのだ。そして、彼にはセイレーンを見つけられる目がある。

 

突発的なセイレーンの出現。それによる招集。

 

すでに何度かは経験していることだ。ともかく今出来ることは執務室にへと急ぎ、指揮官の判断を仰ぐことのみ。

 

「あれは」

 

駆け付けた三人は、執務室前でたむろう四人の駆逐艦達を見つけた。

 

どういう事か、皆、執務室には入らず困った表情で立ち尽くしている。

 

「駆逐艦の皆様方、どうなされましたの?」

 

ネプチューンの問い掛けに、北風が答えた。

 

「ロイヤルの! それが、大鳳さんが......」

 

「「「......?」」」

 

バツの悪そうに答える北風に首を傾げ、何事かと執務室の中を覗く。

 

そこには、

 

「うわあああああああん!!!! 指揮官様ああああああ!!!!」

 

「よしよし」

 

『......』

 

さながら子供のように泣きわめく大鳳をノースカロライナがあやすという、なんとも奇怪な現場が出来上がっていたのだった。

 

*

 

「ううっ......ひっく......ということですの」

 

「......なるほど」

 

泣きぐずる大鳳から諸々の事情を聞いたノースカロライナは、静かに頷いてみせた。

 

招集に集まったKAN-SEN達も、一応は大鳳の説明を飲み込んでいた。

 

「あの、大鳳さん。お言葉ですけど、そこまで緻密な計画をたてておいて、何故失敗した時の事を考えないのですか?」

 

「だって、失敗するなんて考えないものおおおおおぉ......うう......いやだああああ、指揮官様に怒られなくなあい、私を捨てないでええええええうわあああああああん!!」

 

「ああ、はいはい。よしよし。あなたのその自信が心底羨ましいです」

 

また泣き出した大鳳の頭をノースカロライナは優しく撫でる。

 

計画というものは、失敗を前提に様々な想定を基に組み立てていくものだが、大鳳はそもそも失敗しない計画を作っていた......つもりだった。

 

だからこそ、思いもよらないハプニングには滅法弱く、計画が頓挫した事により気が動転してしまった結果が緊急サイレンというわけである。

 

実際、緊急事態ではあるが。

 

これ以上大鳳から話を聞くことは不可能と判断したノースカロライナは、北風にへと質問の行き先を変えた。

 

「北風さん。ミズホの神秘というものは、本当にそんな奇跡を起こせるものなのですか?」

 

「......おそらく、とだけ。実際指揮官達は飛んでしまったのならば、出来るということになるぞ。相当な霊力が必要かと思うが」

 

「......」

 

「ノースカロライナさん?」

 

「......ごめんなさい。指揮官にもしもの事があったら、ニューカッスルさんと大鳳さんを許せないかもしれない。何より彼を守れない私自身が一番許せない」

 

「......っ」

 

護衛人として冷酷にノースカロライナは目を細めてみせた。北風は唇を噛み締めて、手足の震えを止めた。

 

「ノースカロライナさん、落ち着いてください。北風ちゃん、本当に指揮官さんとニューカッスルさんは向こうに行かれたのですか?」

 

オーロラの仲裁に、北風は肯定してみせた。

 

「うむ、大鳳さんの言うことが本当なら、指揮官とニューカッスルさんは今──」

 

故郷を瞼に浮かべてから、北風は目を開くと言った。

 

「──重桜にいるぞ」

 

 




大鳳さんが泣く姿が想像出来なくてこんなんなりました(反省


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「桜降り積もる、この場所へ」 重桜編その2

重桜編スタートです。独自解釈や設定がまたしても盛り沢山なのでご注意ください。


 

 

「......ここは?」

 

光に飲み込まれた後、ニューカッスルの瞳に映る景色は執務室とはまるで違うものだった。

 

古風さを感じる木造作りの部屋、床には畳が敷かれ、何やら儀式的に五芒星やらが描かれている。

 

「......うっ」

 

ニューカッスルに遅れて、指揮官も弱々しく声を上げ、目を見開いた。

 

「貴方様! ご無事ですか!?」

 

「ああ、なんとか............ここ、重桜か?」

 

「重桜?」

 

辺りを見回す指揮官の口から出た言葉に、ニューカッスルは疑わしく声を上ずらせた。

 

トリカゴから重桜まではかなりの距離がある、それをあの一瞬で渡ってきたというのだ。指揮官が嘘をついているとは言わないが、到底信じられない。

 

「間違いない。長門のいる居城の一室だ。大樹重桜の根元のとこにある社だな。なんでこんなとこに?」

 

「私にきかれましても......」

 

二人して呆然と状況を受け入れる中、部屋の襖が勢いよく開かれ、溌剌とした声が出迎える。

 

「殿様ー! 大鳳さーん! おかえりなさい! 一日はやかっ、えええええええ!!?? 全然知らない人ぉ!?」

 

すかさず指揮官の盾となったニューカッスルを見るなり、頭に猫耳を生やした巫女の少女は大きく声を上げて驚いてみせた。

 

「あなた、所属艦隊と名前を言いなさい。さもなくば」

 

「さ、さもなくば?」

 

ごくりと喉鳴らす巫女の少女。

 

ニューカッスルは少し考えると

 

「......ここで指揮官様とキスします」

 

「えええっ!? それはダメです! えっと、わたしはやまひ、山城といいます! 重桜神祠の巫女の一人です! 本当ですー!」

 

「貴方様?」

 

確認の判断を迫られた指揮官は、やや呆れ気味に返した。

 

「あってるよ。というか、今の寸劇いる? 最初から俺に喋らせたらよくないか?」

 

「私としてはいります」

 

さもなくば指揮官とキスできたかもしれないのだから。

 

一瞬指揮官は首を傾げたが、今はそれどころではないと。目の前にいる巫女のKAN-SEN、山城にへと久方ぶりの挨拶を交わした。

 

「......まあいいか。久しぶりだな山城、元気してたか?」

 

「殿様! はい! 山城は今日も元気です! あっ、昨日も元気でしたよ!」

 

「それならよかった。ほら、ニューカッスル」

 

指揮官に自己紹介をするように促され、ニューカッスルは目で承諾すると、山城へ名乗りを上げた。

 

「......現トリカゴ所属。ロイヤルメイド隊が元統括ニューカッスル。以後お見知りおきを」

 

「ひゃ、ひゃああ。これは、ご丁寧に」

 

ニューカッスルの無駄のないカーテシーの所作に、山城は感銘の声を上げると改めてペコペコと頭を下げた。

 

海の向こうにいるサフォークの姿が頭にチラついたが泡となってすぐに消えた。

 

「山城さーん。指揮官と大鳳さんきたの......えええええっ!? どちら様さんがいるよっ!?」

 

続けてやってくるなり目を丸くしてみせたのは、紅白の巫女装束に身を包んだ狐耳の少女だった。

 

見た目こそ幼い少女ではあるが、数多の人間を見てきたニューカッスルは即座に彼女の格が高いことを察知し、指揮官に小声で訊ねた。

 

「貴方様、あの方は?」

 

「陸奥だ。長門の妹。位的にはウォースパイトと同列と思ってくれていい」

 

「かしこまりました」

 

敬うべき相手だと判断したニューカッスルは、自分から挨拶をするなり名前を述べた。

 

「はじめまして。トリカゴ所属、元ロイヤルメイド統括のニューカッスルと申します。どうぞ以後、お見知りおき下さいませ」

 

もう一度ゆっくりと、カーテシー。

 

陸奥は目を輝かせて、ニューカッスルの挙措動作を見届けていた。

 

「わああっ、はい! はじめまして! わたしは陸奥! 長門姉の妹なんだ! ねえねえ、今の動きなんて言うの!? 初めて見た!」

 

「カーテシーといいます。メイドの基本所作です」

 

「かぁてしぃって言うんだ! 優雅って感じでいいなあ。あっ、重桜はね、お辞儀とね、あと握手! よかったらわたしと握手しようよ!」

 

「はい」

 

はしゃぎ立てる陸奥を微笑ましく受け止め、ニューカッスルは陸奥との友好を結んだ。

 

「殿様殿様」

 

「ん、どうした山城?」

 

朗らかな雰囲気の中、山城が邪魔をしないようにそっと指揮官に耳打ちをした。

 

小声ながらも嬉しそうに山城は

 

「ロイヤルの人って挨拶をいくつも持ってるんですね! 二つも聞けるなんて、山城幸運です!」

 

「............よかったな」

 

知らぬが仏、言わぬが花。

 

「あっ! そうだ会えて嬉しいけど、長門姉に知らせなきゃ!」

 

「私、行ってきますよ!」

 

「あー、すまん。その前にトリカゴと通信させてくれないか?」

 

「それこそ、長門姉じゃなきゃわからないや。山城さん大丈夫? いけそう?」

 

「まっかせてください! 殿様もいるし今日は大丈夫です! 山城、仕ります!」

 

えっへんと誇らしげに大きな胸をはると、一礼してから山城は部屋から退出していき、長門に知らせに行った。

 

『はわわあああああああああ!!??』

 

早速、大丈夫そうじゃない声が廊下に響いていた。

 




神祠についてですが、大樹重桜の守護を目的とした長門や陸奥をトップとする組織の名称です。勝手につけました( 読みは「しんし」です。

重桜イベント早速濃度が高そうで続きが楽しみです


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「桜降り積もる、この場所へ」 重桜編その3

またそうやってオリジナル設定足す真似するー


お茶とお菓子を出すからと陸奥に促され、指揮官とニューカッスルは客室にへと部屋を変えて山城の帰還を待っていた。

 

長門は重桜神祠の長。顔を合わせるにはそれなりの手続きや協議がいる。

 

しきたりとは七面倒なものではあるが、組織を持続させるには、ある程度の面倒さは必要なものであることを、指揮官もまた組織の長として理解し部屋で待つことにした。

 

「............」

 

そんな指揮官の横で、慣れない正座でお茶を啜りながら、ニューカッスルは物珍しそうに部屋を見渡していた。

 

横にスライドするあの木扉は初めて見たし、床の畳とも初対面、天井もロイヤルのと比べれば低く、花瓶を置いているあのスペースは何だろうか?

 

机の脚もそれほど高くない、湯呑みは辛うじて指揮官も使っているので見知ってはいた。手が熱い。

 

「にゅーかっするさん。さっきからキョロキョロしてるけど、珍しいものでも見つけた?」

 

「あっ......はい。ロイヤルとは部屋の作りが違うのだなと、浅学非才な私からすれば、上から下まで全てが新発見ばかりで。ご不快な思いをさせたのなら謝ります」

 

「気にしないで! ろいやるの客室って絢爛豪華って感じなんだよね! 照明、えっと、しゃんでりあとかもキラキラしてて。ごめんね、重桜のお部屋は地味で」

 

「いえ、味が......ワビサビがあって大変よろしいかと」

 

「わああっ、難しい言葉知ってるね! 流石めいどさん」

 

「お褒めいただき至極恐悦に存ずるでござる」

 

「もっと、難しいの知ってる! すごいすごい!」

 

「メイドですので」

 

(......楽しんでるなあ)

 

恐らく外交面としても彼女は立ち振舞っているのだろうが、それ以上に陸奥とじゃれ合うのを楽しんでいるニューカッスルを、指揮官はあたたかく静観していた。

 

「待たせたな」

 

「あ、長門姉!」

 

「「......っ!?」」

 

その最中、昂然たる趣で登場してみせたのは、こちらから会いに行くはずの重桜神祠のトップ、長門だった。

 

ニューカッスルは伸ばしていた背筋を更に姿勢よく伸ばし、長たる少女を見据える。

 

長門も異人であるニューカッスルの事が気になっていたのか、彼女の視線に応えた。

 

「そちが山城の言っていたろいやるの従者か。重桜神祠が神子、長門という」

 

「ロイヤルメイド元統括、現トリカゴ所属、ニューカッスルと申します。無礼を承知の上ですが、お見知りおきを」

 

「よい、そう畏まるな。こちらからしても客人なのだ。姿勢も楽にしてもらっていい」

 

「そうそう! にゅーかっするさん、正座してるけど辛いでしょ? 崩してもいいからね?」

 

「......では、お言葉に甘えさせていただきます」

 

陸奥のススメ通りにニューカッスルは正座を崩し、それ以降は傍観にへと徹した。

 

「よう、長門。久しぶり」

 

「うむ、久しいな。会えて嬉しく思うぞ」

 

「俺も嬉しいよ。そっちから来てもらってよかったのか?」

 

「気にするな。余が直接赴いた方が、余としても楽だ。お主もあまり大事にされたくはないだろう?」

 

「ふっ、相変わらずで何よりだ」

 

「............お主もな」

 

「そうか」

 

「ああ」

 

長門が少し間を置いたことを指揮官は不思議に思ったが、公務で疲れているのだろうと、指摘はしないことにした。

 

「さて、のれんに相撲を仕掛けるほど無駄なことはない。とりあえず俺としては、トリカゴと電話をさせてほしい。端末を執務室に置いてきちゃっててな。お前の話はそれから聞く」

 

「心得ておる。とりあえず、明日には基地に帰せると言っておくぞ」

 

「まじで!? それは助かる。書類がわんさかあるんだよ」

 

「お主も大変だな......江風!」

 

「はっ!」

 

長門は傍にいた護衛人の少女─江風の名前を呼ぶと彼女は威勢よく声を上げ、指揮官たちのいる客室の中に通信機材を運び出し、準備を進める。

 

作業中ではあったが、指揮官は江風に労いの声をかけた。

 

「ありがとう、江風。だけど、めっずらしいの持ってきたなそれ! 久々に見たぞ」

 

「文句を言うな。繋げられるだけマシと思え」

 

「わかったよ。変わらず元気そうでよかった」

 

「あなたもな......北風はどうだ?」

 

「......役に立ってる、でいいのか?」

 

「ああ、それでいい。息災なことぐらいわかりきっている。私はアイツの師の一人だぞ」

 

「......そうだったな。瑞鶴とかもどうだ?」

 

「今日も訓練に励んでいらっしゃるさ。準備ができたぞ。ほら、あとはあなたでやってくれ」

 

「おぉ......実はやり方知らないとかじゃないよな」

 

「............」

 

「江風!?」

 

(むう、なんか邪魔できない雰囲気。それに江風さんってあんなに話す人だったんだ。江風さんも、指揮官のこと好きなのかな)

 

(江風なら余は別に、構わんな......)

 

(敵はロイヤル、トリカゴの中だけではないのですね。分かりきってはいたことですが......)

 

各々口にはしない恋の駆け引きを知るはずもなく、指揮官はトリカゴとの通信を繋いだ。

 

彼としては端末が執務室にあるので、応答してくれるかどうかが不安材料だったが、ものの数秒でトリカゴ側との連絡はついた。

 

『トリカゴ、エルドリッジ。指揮官?』

 

「エルドリッジか! よかったあ。執務室にいてくれたんだな」

 

『うん。今みんなでね。大鳳に大丈夫って言ってるの。泣いちゃってるから』

 

「え、大鳳が泣く......え? ごめんどういう状況?」

 

『指揮官、大鳳に怒ってる?』

 

「いや全く」

 

『よかった。かわるね』

 

「お、おお?」

 

トリカゴにおかれている状況がうまく把握出来なかったが、エルドリッジはそれだけを言うと交代した。

 

『かわりましたノースカロライナです! 大鳳さんから諸々の事情は聞いています。重桜にいらっしゃるんですよね、指揮官?』

 

「あ、ああ、そうだ。大鳳はこの事知ってたのか」

 

『みたいです。ただ、その、大鳳さんも長門さんも指揮官に悪いことをしようとは考えてなかったみたいで。怒らないでくださると......』

 

「逆に懐かしい顔に会えて嬉しいくらいだよ。詳しい話は、長門本人から直接聞くことにする。トリカゴには今、誰がいるんだ?」

 

『ウォースパイトさん、カブールさん、ガスコーニュさん、シュペーさん。この四名除く全員がいます』

 

「了解した。先に、救援は不要だ。各員いつも通りに任務をこなしてくれ。長門曰く、明日には戻れるらしい」

 

『明日? 本当ですかそれ!?』

 

「らしいとだけ......長門、明日に帰れるって本当なんだな?」

 

後ろで見守っていた長門へ、指揮官は確認を仰いだ。

 

「嘘はつかん。そもそも明日、大鳳と来てもらって当日に帰す予定だった。それが一日早まったせいで、今日はいてもらうしかないのだ。お主が開けたせいで!」

 

「よくわからんし、なんかごめんだけど。じゃあ、何日までに開けるなとか書いといてくれよ! あれは開けたくなるぞ、ぶっちゃけ!」

 

「開けたお主が悪い」

 

「ええ......いや、まあそうだけど」

 

元はと言えば自分が悪いことも確かなので、指揮官は着ていたシャツの一番上のボタンを開けると、話し相手をノースカロライナにへと戻した。

 

「待たせて悪い、本人曰く、そうらしい」

 

『わかりました。その言葉、信じさせていただきます。指揮官、ニューカッスルさんも一緒にいらっしゃるんですよね?』

 

「いるぞ。話したいのか?」

 

『お願いします』

 

「わかった......ニューカッスル、ノースカロライナがかわってくれって。向こうに指示は伝えたから、終わったら切ってくれてもいい」

 

「承知しました」

 

指揮官はニューカッスルにへと無線機を渡すと、湯呑みに入ったお茶を飲んで一息ついた。

 

舌に染み渡る熱さと苦味が、今の彼にはちょうど良かった。

 

「電話、もういいの?」

 

「ああ、大丈夫だ。ノースカロライナは......向こうのKAN-SEN達は皆優秀な子たちだから」

 

「へえー、いいなあ北風ちゃんに大鳳さん。そんなところでお仕事出来て。わたし、重桜からでたことないや」

 

「......二人と電話するか?」

 

「大丈夫。北風ちゃん、わたしと話す時すっごい謙遜してくるし、大鳳さんは泣いてるって言ってたし」

 

陸奥のその言葉に指揮官は、エルドリッジが言うには泣いているらしい大鳳のことを思い出した。

 

「ああ、そうだそうだ。大鳳が泣いてるって、大丈夫かな。というか、大鳳でも泣くんだな」

 

「あやつは優秀な分、失敗に滅法弱いからな。大方、その反動がきてるのだろう」

 

「失敗、か。さっき、明日に大鳳と来てもらう予定って言ってたけど、それが成功なんだな?」

 

「......うむ、そうだ、な。別に大鳳でなくてもよかったのだが、都合を聞いているのは奴だけだったからな」

 

「長門、なんで俺を重桜によんだ? また赤城と揉めたのか?」

 

かつての重桜の姿を思い出した指揮官は訊ねてみるが、長門は強く否定してみせた。

 

「そんなことはない! 赤城とは切磋琢磨し互いを信頼して日夜、重桜と......お主のために励んでおる」

 

「なら、どうして?」

 

長門としては少し情を込めて言ったつもりだったが、疑問で満ちた指揮官の頭の中にそれが入る余地はもちろんない。

 

長門は一つため息をはいてから答えた。

 

「......狐桜があったから」

 

「狐桜? なんだそれ?」

 

重桜にはそこそこ長くいた指揮官でも、初めて聞く単語だった。

 

陸奥が横から説明を加える。

 

「えっとね、ずっと重桜の大樹様から散ることのなかった桜の花びらの事を言うの。滅多に取れないんだけど、霊力がいっぱいこもってるんだよ!」

 

「滅多にってどのくらい滅多にだ?」

 

「五十年に一度見つかれば重畳だ」

 

「滅多にだなそれは......あっ! あの、手紙に挟まってたサクラの花弁ってその狐桜だったのか!?」

 

ここに来る直前のこと、手紙からサクラが零れ落ちるなり、急に光を放って指揮官達は重桜にへと飛んだきた。

 

陸奥が言った狐桜が持つと言う莫大な霊力によるものなら、説明はつく。

 

「そうだ。霊力が強ければ強いほど起こせる奇跡が増えるのは、お主も重桜の民だったもの故、知っておろう? あの花びらには、ここまで飛んでくるように余が術を仕掛けたのだ」

 

「なるほど......なんで?」

 

何が指揮官達をよんだのかは分かったが、何故よんだのかがまだ不透明なまま。

 

指揮官の追求に、長門は目を逸らしたが意を決したのか、小さくその真意を告げた。

 

「............さ、寂しかったから」

 

「......」

 

「そ、そのような目で見るでない! し、仕方なかろう? 二枚も狐桜を見つけたのだぞ!? 一枚ずつ使えば、トリカゴと重桜を瞬時に送り迎え出来るから......その............長門達のこと、忘れてないかなって思って」

 

重桜の長門ではなく、重桜にうまれた一人の少女、長門としての不安に満ちた言葉だった。

 

指揮官は真摯に受け止めると、首を横に振った。

 

「......そんな事ないよ。長門にはいつも感謝してる。大鳳から聞いてないか?」

 

「......聞いておる。それに、お主が忙しい身なのも知っておる。だから、トリカゴでの事情を知る大鳳にこの事を任せ、連れてきてもらう手筈だった。電話もある世の中だが、やはり直接顔を見て話したかった。安心したかった......余の我儘だ。すまぬ」

 

ペタンと、彼女の目線に合わせて、髪色と同じ狐耳が弱々しく項垂れる。

 

その時は決まって負い目を感じ、罪悪感に押しつぶされているのを、陸奥と指揮官は知っていた。

 

だからこそ、指揮官は優しく長門の手をとった。

 

「長門の気持ちはわかった。重桜に中々帰れないのも、連絡を寄越さないのも、申し訳ないとは思ってる。でも、長門のことを忘れたことは無い。いつでも感謝してる。本当だ」

 

「本当か?」

 

「ああっ! あの時、指切りだってしたじゃないか。狐との約束はさすがに忘れないよ。化けて出てこられたら困るからな」

 

「............ふふっ。そうか、それを聞いて安心したぞ」

 

かつての約束を覚えてくれていた彼に、長門は安心したように朗笑を浮かべてみせた。

 

指揮官もそれを見て、唇を開いた。

 

「よかった。油揚げをあげる必要なもなさそうだ」

 

「余を狐扱いするでない。余は長門。重桜を守りし戦艦長門だ。忘れるな」

 

堂々と名乗りをあげた彼女は、指揮官の知る重桜としての長門の姿だった。

 

「肝に銘じておくよ......で、空気を壊すようで悪い。ちょっと思ったんだが、俺達今すぐ帰れないのか? 狐桜とやらを二枚も見つけたんだろう?」

 

さりげなくではあったが、長門は狐桜を二枚見つけたと証言していた。

 

既に一枚は使われたが、二枚目はまだあるはず。すぐにでも、戻ることは可能なはずだ。

 

そう思われたが、陸奥は指揮官の考えを打ち消してみせた。

 

「術の準備がまだなの。手紙で渡したのは術を仕込んでいたんだけど。帰りの分はまだ。終わるのがちょうど明日の頃合で......最初、大鳳さんが気を利かせて前日に連れて来てくれたのかと思っちゃった」

 

「ニューカッスルで悪いな」

 

「んーん、大丈夫。にゅーかっするさん凄く綺麗な人だし。大鳳さんより話してて全然楽しいよ!」

 

さりげなく、今出会ったばかりのニューカッスルの方が、大鳳より好きだという事実を知る指揮官だったが、優しく受け止めておくことにした。

 

「そうかそうか。にしても、明日か......そいや明日は大鳳が秘書艦の日だったな。アイツ驚かされるの嫌いなくせに、俺を驚かせる気は満々だったのか、大鳳らしいけど」

 

「そのつもりだったのだが、お主が開けるから......」

 

「すまん、好奇心という名の鬼に負けた......ん?」

 

指揮官が反省の色をみせていると、肩を優しく叩かれる。

 

振り返ると、人差し指が指揮官の頬にあたり、そこには無線機を持ったままのニューカッスルがいた。

 

「貴方様、ノースカロライナの姉御とのケジメはつきましたが、本当に他に何もありませんか?」

 

「姉御!? 姉御って言った今!?」

 

あとケジメって何!?

 

「おほん。失礼しました、ノースカロライナ様との密談です。それで、なにかありませんか?」

 

「そうだなあ......任務以外で伝えたり知らなきゃいけないこと............あっ、すまんニューカッスル。ちょっとだけかわってくれ」

 

大事な大事なミッションを忘れるところだった。

 

「どのようなご要件で?」

 

僅かに口角を上げ、指揮官はミッション名を告げた。

 

「......よい子へのプレゼントの中身についてだよ」

 




雑なオリ設定紹介

狐桜

大樹重桜から長い間散ることのなかったサクラのこと、なんか霊力がいっぱいこもってて、無茶な事でも色々出来るようになる。五十年に一度見つけたらいい方。

狐花が彼岸花の事なのでそこから、読みはまだ不特定。
「きつねざくら」? 「ころう」? お任せします(


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「桜降り積もる、この場所へ」 重桜編その4

龍鳳さん出ません(泣


「ならん!それだけは絶対にならんぞ!重桜に君臨する身として告げる!それは許さぬ!」

 

指揮官の提案に、長門は声を大にして否定の意思を示していた。

 

「えぇー、そんなこと言わずに頼むよ長門えもーん。そんなに遠くないし」

 

「誰が長門衛門だ!余は長門だ!ともかく、大社から出ることは許可せぬぞ!考えてもみろ、間違いなく赤城達に捕まる!そうならないために、余はここにお主をよんだのに!」

 

「赤城かあ、確かにそれは厄介だな......でも重桜以外で刀剣の手入れ用油を用意出来るところを俺は知らないぞ」

 

「そうかもしれぬが......ダメだ。軍側にお主を渡したくない」

 

「姉妹だからってわけじゃないけど。わたしとしても、長門姉に賛成かなあ。赤城さん達に連れてかれちゃうのが目に見えるよ。明日に帰られなくなっちゃうよ?」

 

「陸奥まで......確かにそうか、いい機会だと思ったんだけど」

 

ノースカロライナに靴下を飾っている子達のプレゼントを確認してもらったところ、エルドリッジが『指揮官なでなで券』、そして北風は『刀剣油』だった。

 

前者はともかく、後者は重桜なら一級品を取り扱っている。好機逸すべからず、良い子へのプレゼントを準備するなら、休みになってしまったこのタイミングしかない。

 

ないわけだが、赤城のことを出されると、指揮官も考え込むしか出来なかった。

 

「物品を買う役目だけならこちら側の誰かでも出来るぞ? それではだめか?」

 

「ご最もではあるんだけど。プレゼントは自分の手で用意してあげたいというか。ついでに重桜も見て回りたい気持ちもあってな」

 

「むぅ、言いたいことは分からんでもないが。すまぬ、赤城達の事を考えると、やはり首を縦には振れぬ。諦めてくれ」

 

「仕方ないか......」

 

長門も贈呈をするされるの楽しさや、彼の気持ちは理解しているので、快く承認はしたいが、明日に帰すという約束がある以上、わざわざヤマタノオロチに差し出す生贄の如く、指揮官をうろつかせるわけにもいかないのだった。

 

腑には落ちているが、残念そうに指揮官が肩を落としていると、ニューカッスルが手をあげた。

 

「貴方様、私が行きましょうか?」

 

「ニューカッスルが? んー。確かに、トリカゴからと考えたらニューカッスルでも俺でも一緒か......」

 

「あっ、じゃあ私のネコさん連れていってよ!にゃにゃにゃにゃんにゃにゃーん♪ヨシマルー出てきてー!」

 

「聞き流すぞ俺はー!」

 

国民的アニメのお助けシーンのメロディーと共に、陸奥は式神札を懐から取り出してみせると、ポワンと煙が舞い、

 

「ニャス」

 

可愛らしい声で鳴く、一匹のネコの様な何かが姿を現した。

 

白を基調としていて、所々茶色や黒ぶちも入っているが、何より二本足で立っており軍帽を被っている。

 

「貴方様、これはネコですか?」

 

「......俺もよく分からん」

 

「明石さんがくれたの!私もよく分かってないけど、おふぃさー............ともかく、外に出るならヨシマル連れてってよ。ピンチな事があったら私に教えてくれるから!もちろん、変な事があってもだけど!」

 

「それは、凄いな(オフィサー、何!?)」

 

指揮官は悪くないなとも思ったが、長門は黙りこんで顎に手を置いたままだった。

 

「............すまぬが、めいどは道はわかるのか?重桜は初めてなのだろう?」

 

「地図さえいただければ、問題ありません」

 

「......折角だ。案内役を付けるが?」

 

「ニューカッスル?」

 

「では、その様に。お手数おかけします」

 

「気にせずとも良い。無事に任を果たせるよう手を貸したまでだ」

 

「......かしこまりました」

 

道案内と言ってはいるが、実際のところは自分の監視としての意味なのだろうと、ニューカッスルは気付いていたが口にはしなかった。

 

実際指揮官はともかくとして、自分は不法入国者となんら変わりはないのだから。

 

「ちなみに、長門。道案内って誰を付けるつもりなんだ?江風か?」

 

「いや、江風は余と陸奥の付人。そちらまで手は回せん。今、神祠にいる中で大丈夫そうなのは......ん?」

 

「「「......?」」」

 

何か異変に気付いたようで、長門は狐耳を何度かピクピクと揺らすと、襖の方にへと目を向けた。

 

急にどうしたのかと三人は思い静まり返ると、何やら襖の奥で、小さく空気が揺れていたのがわかった。

 

「ちょっと山城さん、もうちょっと詰めてくれませんこと?私も指揮官の御尊顔を一目見ておきたいですわ」

 

「殿!殿がいらっしゃる!自分の中の自分が喜んでいるのがわかります!」

 

「はわあ!?龍驤さん!?胸の下からいきなり出てこないでくださいよ~」

 

「本当に指揮官、です。お元気そうでなによりです」

 

「私ほどではないですけど。あのメイドさんも凄くキレイですね。私ほどではないですけど。ふふっ」

 

「翔鶴姉......」

 

『......』

 

明らかに覗かれている。

 

しかもこの時間は、どのKAN-SENも休憩時間なんてことはなく、普通に公務や見回りの時間だと言うのに。

 

「......江風」

 

「はい」

 

長門は静かに江風の名を呼ぶと、立ち上がった彼女は襖の戸を勢いよく開いた。

 

『うわああああああ!!!???』

 

支えがなくなり、名のある重桜のKAN-SEN達が部屋になだれ込んでくる。

 

指揮官にとっては懐かしい面々だったが、長門にとってはいつもの面子(サボり)。

 

「お、お主ら......仕事をせんかーっ!!!!」

 

重桜の青空に、長門の一喝が響いた。

 

*

 

「えっと、ニューカッスルさんだったね。買い物は北風に贈る刀の手入れ用の油だっけ?」

 

「はい。なるべく手短に帰ってこいとのことです。道案内の程、よろしくお願い致します瑞鶴様」

 

「ニャス」

 

ニューカッスルが腰を折ると、彼女の足元にいた陸奥のヨシマルも挨拶がわりの鳴き声をあげた。

 

「ヨシマル様も、よろしくお願い致します」

 

「あはは、こんにちは〜ヨシマル。でも、瑞鶴様なんてやめてよ。私は主じゃないんだし、異国の人、それにメイドさんを横に連れて歩くなんて、ただでさえ慣れないのに」

 

「そう言われましてもメイドなので、慣れていただくしか」

 

「じゃあ仕方ないか。でも、緊張するなあ」

 

フランクに苦笑を浮かべてみせたのは、今回ニューカッスルの道案内役もとい監視役として長門に抜擢された艦船、瑞鶴だった。

 

今でこそ和やかな雰囲気ではあるが、ニューカッスルとしては彼女の息遣いや足運びと言った挙措動作から、只者ではないということは感じとっていた。

 

下手に動いては、切られると。

 

「それに、慣れないのは私も同じです」

 

「巫女服のこと?似合ってるよ?指揮官も褒めてたじゃん」

 

「日中、メイド服以外の装束に袖を通したのは、もう何年前のことでしょうか」

 

「生粋だなあ......」

 

メイド服では些か目立つからと、ニューカッスルはカモフラージュのため、紅白の巫女服に袖を通していた。

 

元々黒髪に近い髪色なこともあってか、パッと見では気付かない程度には紛れている。

 

「改めましてですが、私としましては刀を手入れする油につきましては、勉強が足りない面がありますので、手慣れである瑞鶴様の審美眼を頼りにしております」

 

「ニャス」

 

「ヨシマルにも頼られちゃうなんて、責任重大だ。あっ、その傘って仕込みだったりする?映画とかで銃になったりするの見た事あるんだけど」

 

「いえ。申し訳ないのですが、これは普通の日傘です。ご覧の通り」

 

瑞鶴に指摘され、ニューカッスルは持っていた日傘をさしてみせた。

 

「おっ、ほんとだ。よかったけど、ちょっとガッカリ」

 

「入りますか?」

 

「いやいや大丈夫。戻しといて。じゃあ行こうか」

 

「かしこまりました」 「ニャス」

 

挨拶はその辺に、二人と一匹は歩みを始める。

 

ドミノの如く立ち並んでいる鳥居の参道を歩きながら、ニューカッスルは目線だけを右往左往と忙しく動かしていた。

 

舞い散る桜の花びら、右手には空を反射する広い海。

 

重桜という国を初めて訪れる彼女にとっては、目に映る景色全てが新鮮で、感嘆のこもった深呼吸をするばかりだった。

 

「まだ歩いてそんなに経ってないけど、どう? 重桜は?」

 

五感を研ぎ澄ませるニューカッスルに、瑞鶴は歩きながら話をふった。

 

「とても素晴らしいと思います。ロイヤルとは違う風情や趣があって、世界は広いのだと痛感しているところです」

 

「あはは。大袈裟な気もするけど、悪い気分にはならないかな。この辺りは、人が入ってこない区域なんだ。この参道を抜けたら土産通りに着くから、その時まで楽しんでよ」

 

「人が入ってこないのですか?こんなにも綺麗な場所なのに?」

 

「綺麗な場所だから、かな。何より神聖な場所だしね。一年中咲く奇跡の桜、重桜ってな感じで色んな人から信仰を集めてるから。でも、お正月の時とかは特別にこの辺りも開放されるんだよ。つまり、ニューカッスルさんはすごくラッキーってこと」

 

「指揮官様に、感謝しなければなりませんね」

 

「ああ、そっちになるんだ。本当にメイドさんなんだなあ。ところでなんだけど、北風はどう? トリカゴって他にも優秀な人達が集まってるんだよね? 取り残されてたりしない?」

 

「いえ、そんな事は。北風様は日夜、トリカゴの為、指揮官様の為にと励んでおられます。私から見て、役に立たないと思った事など一度もありません」

 

「そっか、ならよかった。私、こう見えて北風に剣とか色々と教えてたりしたから。なんというか、弟子なんだけど妹みたいな感じもあって、ちょっと心配してたんだ。頼りにされてるなら嬉しいや」

 

綻ばせて見せた瑞鶴のその表情は、家族にへと向ける温情の含んだ優しいものだった。

 

「私からも、質問をよろしいですか?」

 

「何?鳥居を建てる理由とか、文化的だったり難しい質問は出来ればなしでお願い」

 

「いえ、そのような事では。指揮官様についてお訊ねしたいのです。重桜にいた時のあの方は、どのような方だったのでしょうか」

 

「本人から聞いてないの?」

 

「話そうとして下さらないので、大鳳様はもちろん、北風様は知らないといったご様子でしたが」

 

「あの子は共鳴の日の後に生まれた子だから。そりゃあ、知らないかな」

 

「共鳴の日?」

 

「あっ......」

 

無意識のうちに零した言葉なのか、瑞鶴はハッと息を飲んで口元を一瞬抑えた。

 

「教えていただけませんか?」

 

「......話していいのかな」

 

「絶対に口外は致しませんので。ただ、あの人のことを私は深く知りたいのです」

 

「んー......」

 

「......瑞鶴様?」

 

空を見上げながら瑞鶴は考え込んでから、懐から地図を取り出した。

 

「ニューカッスルさん。今、私は地図を見てる。そうだよね?」

 

「はい」

 

「もしもの時のために、道を教えた。必要な事だよね?」

 

「はい」

 

「えっと、そういうことにしておいてくれないかな?」

 

「............ありがとうございます」

 

ニューカッスルの礼の言葉を聞いてから、瑞鶴は道を教えはじめた。

 

 




シェフィとエディが巫女服を着たのなら、ニューカッスルさんが着たっていいじゃない みつ〇

次回オリ設定大公開スペシャルになるかと...

覗き犯は上から金剛、龍驤(仮面ライダーアマゾンズネタ)、山城、綾波、翔鶴、瑞鶴です。


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「桜降り積もる、この場所へ」 重桜編その5

設定大公開タイム(バジリスク

このお話での重桜程度の認識でお願いします。

あとがきにまとめ置いときます


「ニューカッスルさんは、重桜で内紛が起きてたことは知ってる?

 

ああ、いや別に謝ることでもないよ......じゃあ、そこからだね。

 

まず重桜はね、大きく二つの組織に別れてるんだ。

 

一つは長門様をトップとする重桜神祠、もう一つは赤城先輩達をトップにする重桜軍って感じ。

 

ロイヤルは王家と軍が一緒だったと覚えてるんだけど、重桜はそうじゃなくて、それぞれが独立して力を持ってるの。

 

何でかは、私も知らない。昔からとしか。

 

それで、ご存知の通り、重桜はアズールレーンに反旗を翻したんだけど。

 

これは、重桜の軍の方に力があったからなんだ。最初は神祠側......えっと慎重派の長門様の方が力を持ってたからアズールレーンに協力してたんだけど。

 

途中で武力派の軍に制圧されちゃって、そのせいで裏切るカタチになっちゃったんだ。

 

このあたりもセイレーンに取り囲まれたりしたよ。

 

あの時は、ピリピリしてたなあ。

 

国を強くしたい軍と、国を守りたい神祠の抗争ってところかな。

 

アズールレーンが戦ってた重桜のKAN-SEN達は、軍側のKAN-SENだと思う。

 

お恥ずかしい限りなんだけどね。

 

でね。そんな状況を打開してみせたのが指揮官なんだ。凄いでしょ?

 

どんな風に? んー、重桜にいる全てのKAN-SENに精神感応で呼びかけたって言って信じられる?

 

そっちの言葉だと、テレパシーって言うのかな。

 

あの日の事は今でも覚えてるというか、覚えてない重桜のKAN-SENなんていないんじゃないかな。

 

あっ、北風は別ね。

 

人間がそんな事出来るのかって?

 

ケモノ憑きをしてる人は、時たまそういう奇跡の力を持ってる人もいるんだ。

 

指揮官は、それがテレパシーだったみたい。

 

とりあえず、話を続けるね。

 

とは言っても、私も全部を詳しく知ってるわけじゃないんだけど。

 

本当にある日、重桜全土のありとあらゆる箇所がセイレーンの攻撃を受けかけたんだ。

 

軍としても、セイレーンと本土は攻撃しない約束をしていたらしいのだけど、セイレーンはお構い無しに突如進軍をはじめたの。

 

このあたりも、火の海になりかけたって聞いてる。結界でなんとか持ち堪えてたみたいだけど。

 

そんな時にね。あの人の声が聞こえたんだ。

 

『全KAN-SENに告げる! 信じてくれなくてもいい! 応じてくれなくてもいい! それでもこの国を守るために力を貸してくれ!』って。

 

KAN-SENじゃないのに、誰よりも真剣な声でね。しかも、国中のKAN-SEN全員にだよ?

 

どのくらいの霊力を使うか、わかったもんじゃない。

 

半信半疑の人たちもいたけど、彼が軍も神祠も未だ掴んでいない、セイレーンが出没しているポイントや数、進行ルートを、まるで天上から見てるみたいに正確に指示を出すもんだから、信じざるを得なくなったみたい。

 

あの時は神祠と軍なんて関係なく、国を守るために皆その声に従ってた。そして、守りきったんだ。

 

代わりに指揮官はミズホの神秘を失ってケモノ憑きからも解放されて、二度と精神感応も出来なくなっちゃって。

 

しかも、ここからも大変でね。折角一蓮托生して仲良くなりかけた軍と神祠で大揉めしちゃってさあ。

 

なんでって?

 

理由の一つとしては重桜の中でも、軍を許せない人達がいたからなんだ。

 

結局、セイレーンに国を落とされかけたわけだからね。言いたいことは私もわかるな。

 

でも、指揮官と長門様は軍を、赤城先輩を見捨てることはしなかった。

 

トリカゴに重桜のKAN-SENがあまり行けてないのも、軍がセイレーンに侵攻を許した事による、罪滅ぼしの最中だからなんだ。

 

赤城先輩はその辺は律儀な人だから、軍からの参戦は断ったみたい。

 

それに、神祠のKAN-SENもそんなに数がいないからね、神祠所属の大鳳さんと急ピッチで計画が進んだ北風だけになったの。

 

もう一つの理由としてはトップの二人共、指揮官の事を好きになっちゃったからだよ。

 

赤城先輩はまあ予想つくかな? 救われたのもあるし、本能的に好きになったらしいけど。長門様は自分にはない強さを持った、あの人にそれぞれ惹かれちゃったんだ。

 

まあ、惚れたのは二人だけじゃすまないんだけど。

 

そりゃそうだよね。人間扱いしてこない人が普通だったあの頃に、あんなに励まされたり優しい言葉かけられて応援されたらそりゃ堕ちるよ......あ、いやこっちの話。

 

あとは、元々指揮官は重桜のあり方に疑問を持ってる人だったから、結局は長門様を頼りにユニオンに行ったんだ。

 

そこからは、知ってるんじゃないかな?

 

一応、それを決着として、神祠と軍も揉め事は無くなった、かな。

 

お互い個人としては仲良いけど、組織としてはまだギクシャクが残ってる感じ。

 

で、私たち重桜KAN-SENの中で指揮官が頑張ってくれたあの日の事は、共鳴の日って呼ぶようにしてるの。

 

本人は凄い恥ずかしそうにするんだけど、私たちからしたら、もっと堂々としていいのにって思うんだけどね。

 

てなわけで、終わり。やっぱり、読み歩きは危ないからやるもんじゃないね」




この世界線での重桜

・神祠と軍の2大派閥があり、神祠が実権を握っていた時代はアズールレーンに協力していたが、後に軍に成り代わった事でアズールレーンから離反する事になる

・セイレーンとの協力もしていたようではあるが、突如としてセイレーン側が裏切り、重桜全土を襲撃

・この事態に対し、地図を見るだけでセイレーンを見つけられる目を持っていた指揮官はミズホの神秘の能力、精神感応、すなわちテレパシーで重桜の全KAN-SENを激励、これにより重桜は守られたが代わりに指揮官のミズホの神秘は失われる

・セイレーンと共謀し、国を陥れかけた軍を非難する声が大きくなるが指揮官と長門は見捨てる事はせず、軍は今も存続。なんかんやで信用を取り戻し復権に成功、罪滅ぼしの意味も込めてトリカゴへの参戦権は拒否

と言った感じです。ミズホの神秘ってテレパシー出来るんですかね、知りません()

チャートでまとめると、

重桜(神祠)アズールレーン参加→軍が実権を握るように→重桜(軍)アズールレーン離反→重桜内紛状態に→唐突にセイレーン、重桜全土を襲撃→指揮官によって事なきを得る、その代わり指揮官はミズホの神秘失う→軍復権のために頑張る→指揮官ユニオンへ

と言った感じです。わかりにくい、長い。

ちなみに、金平糖ラブフィッシャーその4の大鳳のセリフにて、少しだけ共鳴のことは言及していました。


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「桜降り積もる、この場所へ」 重桜編その6

 

 

地図をしまうなり、それっきり瑞鶴は参道を抜けるまで、口を開くことは無かった。

 

話しすぎたから、というのも半分。

 

実際のところはヨシマルを通して勝手に国の事情をベラベラと話したことがバレて長門なんかに怒られないか、と肝を冷やしていたからだった。

 

チラリとヨシマルを見れば、悠々とした顔付きで歩いている。

 

まだ帰っていないなら大丈夫。後でお魚もあげて話をつけておかなければ......。

 

ニューカッスルとしては、重桜時代の指揮官の事を知れてよかったと思う反面、新たな疑問が壁となって立ち塞がっていた。

 

(私としては、セイレーンを見つけることの出来るあの目こそが、ミズホの神秘によるものと考えていたのですが、どうやら見当違いだったようですね)

 

瑞鶴からの話を反芻するに、指揮官もケモノ憑きの時代はあり、その時には目に加えてテレパシーも使うことが出来ていた。

 

共鳴によって、ミズホの神秘を失ったらしいが、それでも尚あの目はトリカゴにて力を発揮し続けている。

 

(なら、あの目は一体、何の?)

 

「ニューカッスルさん、着いたよ」

 

足下と空ばかりを見ていたせいか、いつの間にか参道を抜け、二人は目的地である刀剣を取り扱う店にまで足を運んでいた。

 

「あら、意外と近いのですね」

 

「え? 結構歩いた気もするけど、ニューカッスルさんには重桜の景色が新鮮だったからかな」

 

「......そういうことにしておいてください」

 

「そういうことにしとくね」

 

立ち話もその辺に、店にへと入る。

 

刀ばかりが並ぶ店に入るのは初めてなので、ニューカッスルも気分が些か高揚した。

 

何であれ専門店と言うのは、知らない世界に飛び込むようでワクワクするものだ。

 

隣にはその道のプロもいる、早速教授願うとしよう。

 

「瑞鶴様。ご指導の程お願い致します」

 

「まっかせてよ。北風に刀の手入れを教えたの私だし、今もやり方を変えてないなら油も一緒のはずだから」

 

トンと拳を作り胸を叩いてみせた瑞鶴に、ニューカッスルは前々から持っていた疑問をぶつけた。

 

「失礼を承知の上なのですが、油で刀がそこまで変わるものなのですか? お料理なら理解はできるのですが」

 

例としてオリーブオイルは、顕著に味に違いが出る油だ。

 

しかし、刀を味わうことは出来ない。だからこそニューカッスルには無機物に油を選ぶ理由が分からなかった。

 

難しい質問では無いのだが、瑞鶴は困った表情で答える。

 

「なんというか、信仰に近いかな......昔から植物油だったからそれの人とか、いやもう機械油でいいじゃんとか、毎日手入れするから油使わない人とか、本当に人によって色々。多分、この議論でまた内紛起こせるよ。指揮官たちも今頃、手入れの事で話を咲かせてるんじゃないかな?」

 

 

──ちなみに一方、重桜大社

 

 

「え、長門。お前刀を毎日手入れしてるの? 偉いな!?」

 

「刀を手入れするのは良いぞ。精神を統一できる」

 

「わたしは時々お手入れしてるよ! 江風さんにお願いしてだけど......」

 

「江風は......絶対毎日やってそうだな」

 

「当たり前だ」

 

「そう言うお主は、刀を持っておらんかったな」

 

「刀よりも、ペンを持つ方が多い人生なんでね」

 

「よいではないか、それで重桜を、世界を一つにした。刀を手入れする事より立派なことだ」

 

「なんか、照れるな......ちなみに長門。俺はあとどのくらい頭を撫でてればいいんだ?」

 

「もうちょっとだ」

 

「さっきからずるーい! もう交代! 次、私だよ長門姉!」

 

「はいはい、こっちの手で撫でるから」

 

「............」

 

(江風のケモ耳がすごいピクンピクンしてるっ!?)

 

──

 

「......ともかく、奥が深いのですね」

 

またの名をきのこたけのこ論争と人は呼ぶが、間違いなく重桜限定ワード。

 

「刀を使う人にとっては、私もだけどカラダの一部でもあるからね。気を配るのは当たり前だよ。とにかく、どちらにせよ良い油を使うのが大事、そこで勿体ぶってたらダメ」

 

「なるほど、思い切って高いやつを」

 

「そうそう。という訳で、私のおすすめはこれかな」

 

瑞鶴が指差してみせたのは小さな小瓶に入ったものだった。彼女的には高くていいやつ、なのだと思う。

 

言われるがままニューカッスルは、オススメされた小瓶を手に取った。

 

「では、これに致しましょう。北風様の師である瑞鶴様のご慧眼で選ばれたのなら、間違いないと僭越ながら述べさせてもらいます」

 

「クリスマスプレゼントに油って言うのも、変な話だけどねえ。えっとお財布お財布」

 

「払いますよ?」

 

進んで財布の紐を緩めた瑞鶴に、制止の声をかける。

 

瑞鶴はそのまま財布から一枚の硬貨を取り出して、ニューカッスルに見せた。

 

「一応聞くけど、重桜のお金もってる?」

 

一拍。

 

後に深々と謝罪。

 

「......お願いします。後で必ず立て替えますので。私の保険を崩してでも」

 

「大丈夫大丈夫。私から指揮官に話つけとくよ。あの人も何も考えずに言ったんだろうし。本当に変わらないなあ。ふふっ」

 

追懐に浸る瑞鶴からお金を受け取ったニューカッスルは、そのまま会計を済ませる。

 

お札に人の顔を載せるのは、どうやら万国共通らしい。

 

小瓶が小袋に変わったところで、瑞鶴が既に外で待っていたのでニューカッスルは手早く店を出た。

 

本音を言えばもう少し見ていたかったが、仕方ない。

 

「おかえり〜。はいはいお釣りね。よし、任務完了っと。早く帰ってこいって言われてるし、買い物や観光もしたいだろうけど戻ろっか......あれ?」

 

「どうかなされましたか?」

 

お釣りが間違っていたのかとニューカッスルは思ったが、どうやらそうではなくキョロキョロと瑞鶴は目線を動かし始めた。

 

「ヨシマルがいないや。プレゼントを買ったから陸奥様の所に戻ったのかな」

 

言われてニューカッスルも辺りを探してみるが、ヨシマルの姿はどこにも見当たらない。

 

「一足先に戻られたのではないでしょうか? 猫は気まぐれと言いますし」

 

「そうかもしれないけど、私に仕事押し付けないで欲しいなあ、もう。ヨシマルに怒ったところでだけど」

 

「ふふっ」

 

監視する者とされる者と言うよりかは、異国の友として二人は顔を合わせ、大社へと踵を返した。

 

その矢先のこと。

 

「おい、そこの娘。巫女服を着ているという事は神祠の新人か? 見ない顔だ」

 

低い声で機嫌悪そうに呼びかけたその声の主は、白狐と表すのが一番手っ取り早い。

 

警戒を向けるその目は、本能的に獣を思わせるものだった。

 

「貴方は......」

 

「ほう、この加賀を知らんとは。相当にうつけ者と見た。長門に文句を言ってやらねばな」

 

「......!」

 

「うわっ、加賀先輩」

 

「瑞鶴、お前が指導役か?」

 

「そ、そうですけど?」

 

加賀。

 

その名前は、ロイヤルでは隠居に近い生活をしていたニューカッスルでも聞いたことがある響きだった。

 

赤城の右腕とも言える存在であり、かなりの強者だと聞き覚えている。

 

「ほう。お前、僅かだが瞳を見開いたな、つまりは緊張と驚きだ。さて、どう意味でなのかは私にもわかりかねるが............ふっ」

 

「......?」

 

自ら言葉を途中で切り、加賀はその場で鼻を何度か鳴らすと、吐き出すように笑ってみせた。

 

「赤城が急に指揮官様の匂いがするだとか言って、尻尾を振り出した時は何事かと思ったが、なるほど。これは確かに。アイツの匂いがする。それと重桜ではめったに飲まないはずの、紅茶の匂いもな」

 

「......」

 

冷たい目を貫き通すニューカッスルではあったが、傍から見ていた瑞鶴は弱々しく焦心を抱いていた。

 

(うわあ、もうこれ絶対バレてる! どうしよう、まだヨシマルがいたら、指揮官達にも危機を知らせられたんだけど。逃げる? でも、どうやって......ん?)

 

視線を下げた先に、ニューカッスルが後ろ手でこっそりと瑞鶴にハンドサインをおくっている事に彼女は気が付いた。

 

加賀に気づかれないように、それを読み取る。

 

(カウント......それから、後ろに走れ?)

 

一方、ニューカッスルは瑞鶴がハンドサインを読み取った前提で事を進めていく。

 

「不快な思いをさせたのなら謝りますが、生憎、長門様より油を売るなと言われておりまして」

 

十、九──

 

「ふっ。だから、油を買ったと」

 

「そうとも言えますね。では、惜しいですがこれで。また挨拶の程は、後日」

 

「果たして、後日はあるのか?」

 

「......」

 

「......」

 

ゼロ!

 

「悪いが逃がさ、なんだっ!? くっ!? 煙幕弾!?」

 

「瑞鶴様!」

 

「わかってるっ!」

 

ハンドサインのカウントがゼロを告げたと同時に、ニューカッスルの日傘の先端から一発の弾丸が発射され地面に着弾すると共に、加賀の視界を作られた濃霧が覆う。

 

「............ちっ、逃がしたか」

 

霧が晴れた頃には二人の姿はそこにはなく、枯れた木の葉が風に舞っていた。

 

「巫山戯た真似を......まあ、いい。外の者と分かっただけでも目的は果たした。吾妻に知らせたら、帰るとしよう」

 

小さく息を吐き、加賀はもう一度その場で鼻を鳴らした。

 

「......煙幕で台無しだな」

 

彼女を昂らせる唯一の人間、国を一つにしてみせた英雄のほのかな香りは、霧とともに消え失せていたのだった。

 

*

 

「ねえニューカッスルさん! その日傘、普通の日傘って言ってなかった!? なんで煙幕弾なんてでるのさ!?」

 

()()()()()()普通の日傘です。瑞鶴様も、ご確認されていたではないですか」

 

「うわあ、言ったらなんだけど、ニューカッスルさんもロイヤルの人なんだなって今思った」

 

「光栄に存じます」

 

横に長い重桜独特の瓦屋根の上を走り─時には飛びこえながら─二人は大社への道を急いでいた。

 

追手の気配はないが、急ぐだけの理由はある。

 

手短が更に短くなった。それだけ。

 

「しかし、バレましたね。不慣れとはいえ変装に自信はあったのですが」

 

「匂いばっかりはどうしようもないよ。というか、軍から神祠まで結構距離あるんだけど、何で赤城先輩は指揮官の事わかったんだろう......うん、考えない方がいいね」

 

「ご賢明な判断かと」

 

匂いだとか何だとか加賀は言っていた。末恐ろしい。

 

俗に言う愛の力である。

 

愛は不可能を可能にするのだ。

 

「けど、指揮官を捕まえるのならまだしも、ニューカッスルさんを何で捕まえようだなんて」

 

「極めて単純な理由かと考えますが」

 

「え、何?」

 

「指揮官様はともかく。私、不法入国者ではないですか」

 

「......確かにそうだっ!」

 

潔く納得をしてみせる瑞鶴だったが、しかしニューカッスルの中で知恵の輪は未だ解けていなかった。

 

(私を捕まえたところで、一体どうするつもりなのでしょう?)

 

ニューカッスルは重桜からすれば、不法入国者だ。その事実に変わりはない。

 

長門もその点は考慮したと思われるが、どうやら指揮官の事を考えて見逃してくれたようだった。

 

神祠としては黙っててやる。そういうスタンスだろう。

 

一方の軍は、恐らくだがニューカッスルを不法入国者として捕まえようとしている。

 

しかし、捕まえた事によるメリットよりデメリットの方がどうしても大きいと、ニューカッスルの結論は辿り着いてしまうのだ。

 

「瑞鶴様、一つご質問があるのですが」

 

「なに?」

 

「重桜の軍の方々は、神祠、もしくはアズールレーンに反旗を翻そう等といったお考えはございますでしょうか?」

 

「え、ええっ!? ど、どうだろう? 無いとは言えないけど......でも、折角指揮官が丸く収めてくれたのに、またごちゃごちゃにするかな」

 

「なるほど」

 

ニューカッスルを捕まえた場合、軍側が取るとされる行動は、不法入国者をみすみす見逃した事を理由にする神祠への圧力。

 

最悪のパターンとしては、ニューカッスルが所属するロイヤルやトリカゴへの宣戦布告と推論できる。

 

だが、先程瑞鶴が言ってみせたようにわざわざ丸く収まったというのに、もう一度角を立てようとする理由がよく分からない。

 

重桜とは、そこまで戦争がしたい国なのか?

 

だからこそ、あの人はユニオンへと渡ったのか?

 

私が守るべきあの人は......

 

「あのさ、ニューカッスルさん」

 

「はい?」

 

何処か暗い顔つきのニューカッスルを見兼ねてなのか、瑞鶴は彼女の名を呼ぶと、言った。

 

「そんなに難しく考えない方がいいよ。軍と言っても、実質、赤城先輩が指揮してるわけだからさ」

 

「と、言いますと?」

 

「だから、指揮官の事が好きな人の考えだからさ。物騒な事にはならないと思うんだ......多分だけど」

 

あの人の事が好きな人。

 

軍のトップであり、ロイヤルからすれば、敬愛するエリザベス女王陛下のような。

 

遠回しな手紙しか出せない、彼女の様な。

 

「............なるほど、ふふっ」

 

「......?」

 

結局のところ、国が変わろうと皆思う事は一緒。

 

好きな人には構ってもらいたい。

 

そこまで考えが辿り着いて、ニューカッスルは思わず笑みを零すと共に思った。

 

案外、捕まってみるのも悪くないかもしれないと。

 




加賀に煙幕......この場面なんか見たことあるな(


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「桜降り積もる、この場所へ」 重桜編その7

新年明けたのにクリスマス前の話やってるって......

どうか、今年もよろしくお願いします


走り抜けることしばらく、長門達のいる大社へと半分ほど折り返した所。

 

後方を細かく確認していた瑞鶴は、あまりに順調に逃げる事が出来てしまっている現状に疑念を抱いていた。

 

全ての事柄は順風満帆とはいかない、山があり谷があるのが当たり前だと、そう瑞鶴は教わり、そして教えてきた。

 

早速瑞鶴は、その懸念をニューカッスルへと知らせる。

 

「加賀先輩達、追ってこないね。絶対追手がつくと思ってたのに」

 

「待ち伏せではないでしょうか? 我々の行き先は分かりきっているのですから」

 

どうやら、谷はそろそろやってくると言うより、特別深いものが待ち構えているようだった。

 

見えてしまった峠に瑞鶴は顔を青ざめた。

 

「待ち伏せ。てことは、軍の誰かとドンパチは確定かあ。誰だろう......全員嫌だ」

 

「軍の皆様は、瑞鶴様よりお強いのですか?」

 

「そうじゃなくて。昔は仲悪かったけど味方でもあるからさ、ほら、ね? 刃を向けにくいというか、変に喧嘩売ると、また内紛に繋がりかねないから。ロイヤルはそういうのないの?」

 

「私はメイドですので」

 

「メイドと忍が私の中で一緒になったよ......」

 

煙幕弾持ってたし。

 

試しにこの場で手裏剣を渡したら、上手に投げてくれそうな気がしてきた。

 

「忍者いるんですか!? やはり!?」

 

「すっごい食いついてきた!? え、いるよ何人か。私は違うけど。ニューカッスルさんみたいに傘もってる子とか」

 

瑞鶴はまだ知らなかった。他国から見て忍者とは、サンタさんに匹敵するほど夢がある存在であることを。

 

「なるほど、実はこの傘。忍者に憧れて携帯するようになったものでして」

 

「......嘘でしょ」

 

「バレましたか......」

 

軽口もその辺りに、やがて瓦屋根の絨毯も終わりが見え、鳥居の並ぶ参道の入口にまで戻ってきたところで。

 

案の定、待ち伏せは二人の前に立ち塞がってみせた。

 

「御二方、お待ちしておりました」

 

彼女を見た瞬間、大和撫子という言葉をニューカッスルは思い出した。

 

凛として、それでいて純粋さや慈悲深さがその姿に現れているが、同時に芯の強さも感じ取れる。

 

艤装を展開しながら座り込んでいた彼女はゆっくりと立ち上がると、持っていた刀の鯉口を切り、泰然自若にゆらりと二人へ切っ先を向け、名乗りを上げた。

 

「特別計画艦、もとい大型巡洋艦、吾妻。そこの巫女様、いえ、ロイヤルからの不法入国者様を捕縛させていただきます」

 

計画艦。つまり、トリカゴに所属している北風と同じ対セイレーンへの切り札。

 

そのスペックの高さは、身を持ってニューカッスルは知っている。

 

しかし、だからと言って突破口が無い訳では無い。

 

いくら性能が高くても、経験値の差は易々とは埋められないからだ。

 

ニューカッスルがネプチューンとの演習にて無敗を保っていられているのは、その経験の差によるものが大きい。

 

いずれ抜かれるだろうが、抜かれないように努力をすることもまた経験である。

 

「ちょっとちょっと待って!? 何で艤装展開してるの吾妻さん!? 海上以外での艤装展開は禁止事項だよ!?」

 

「そうなのですか、瑞鶴様?」

 

「あ、うん。というか、決めたの指揮官なんだけどね」

 

ミズホを使ってはいいが、艤装は海にいる時だけ。

 

それが君たちが、人として受け入れられるために必要なルールだ。

 

彼はそう言ったらしい。

 

「うふふ、お答えします。私も北風さんと同じく、共鳴の日の後に生まれたKAN-SEN。そう、指揮官の事をお目見えした事は一度もありません。なので」

 

「なので?」

 

一拍置いて、吾妻は述べた。

 

「そのお言葉は、聞いていないということです」

 

「何で皆、言い訳は上手なのかなあ!?」

 

嘆く瑞鶴の姿に、いかにも嘘とか下手そうですねとニューカッスルは言いかけたが、すんでのところで留まり、代わりに吾妻への印象を口にした。

 

「私、あの人と仲良くなれそうな気がしますね」

 

「ニューカッスルさん!?」

 

どちらにせよ傷付く羽目になる瑞鶴であった。

 

「あら、穏便に片がつくのであれば、非常に助かります。ニューカッスルさんでしたか? 大人しく捕まっていただけませんか? 指揮官が迎えに来てくれますよ、きっと」

 

「......とても魅力的な提案ですね」

 

「喉唾鳴らさないでよニューカッスルさん!?」

 

「これは失礼しました」

 

茶化し合いを交えつつではあるが、ニューカッスルは吾妻の言葉に、自分の考えが合っていたことを確信した。

 

赤城と同じく、指揮官を好きな人間として。

 

出身以外で二人の決定的な違いは、ニューカッスルには赤城と違って責任がない。

 

たった、それだけ。

 

昔は彼女にもあったが、今は元統括、その重荷は既に下ろしている。

 

そんなニューカッスルの潜考を知るはずもない瑞鶴は、我先に思った事を吾妻に訊ねていた。

 

「というか、吾妻さん。外に出てきてたんだね。あれ、でも指揮官に会ったことないはずなのに、何でこんな事に手を貸してるの?」

 

瑞鶴にとって吾妻とは、重桜唯一の甲巡であり、なおかつ北風の後に生まれ、彼女とは違って軍の方で訓練を重ねてきていた、くらいの認識しかない。

 

顔は知っているが、実は面と向かって話すのは初めてで、彼女の人となりはそこまで詳しくないのだ。

 

知る限りの計画艦、伊吹、出雲、そして愛弟子である北風の性格から推察するにイイ人である事に違いはないと確信はしているのだが。

 

ただ、瑞鶴の考えるイイ人なら、こんな真似はしない気もするが。

 

そんな瑞鶴の問に、吾妻は敵意を逸らすことなく笑顔で応じた。

 

「ふふふっ。会ったことがないから、でしょうか」

 

「......?」

 

意図を掴み損ねている瑞鶴へ、小さく呼吸を整えてから、吾妻は己が心情を吐露し始めた。

 

「私は、北風さんの後に生まれたKAN-SEN。内戦もトリカゴへの選抜も、全てが終わった重桜で、この国を守るために生を受けました。そんな責務を背負って生きてきて、ふと思ったんです。ここまでの重桜を築き上げた方は、一体誰なのだろうと」

 

自らの血を流し、誰かの血を流させるのが最新鋭である己の役目ではないのかと。

 

そんな私に国を守れだなんて、どこまでも真っ当すぎる任務の下準備をしてくれた人は、誰? と。

 

「色んな方に聞いてまわりました。もちろん、共鳴の日の事も聞きましたし、何より皆さん共通していたのは、とても嬉しそうに指揮官の事を語っていたということです」

 

「う、うん」

 

自分もだし、姉である翔鶴も指揮官の事を話す時は楽しそうにするので吾妻の言う情景は容易に想像が出来る。

 

神祠に彼女がいても、きっと皆同じ反応だっただろう。

 

「指揮官。あの人は英雄です。ミズホの神秘の力を犠牲にしてでもこの国を守り、そしてこの国をひとつにしてみせ、私の生まれる意味を変えてみせた......そのような人」

 

「そのような人?」

 

「好きになるに決まっているじゃないですかっ!」

 

「「......」」

 

燃えるような目で、否、メラメラと恋の炎を灯した目で吾妻は告白してみせた。

 

あまりの圧に圧倒される二人だが、吾妻の話はまだ終わらない。

 

「ニューカッスルさん。貴方を捕縛すれば、トリカゴへの私の参戦を考えると聞き及んでいます。信じる信じないはともかく、私としては最後の希望です。あぁ、考えるだけでも、楽しみです。きっと、度重なる執務などでお疲れでしょうし、是非この吾妻が肩を揉んであげたり、耳かきなどをしてあげて、癒しのご提供を。ふふふっ♡」

 

饒舌に妄想を暴露し、抑えきれない笑顔がこぼれた所で、吾妻の話は終わった。

 

「瑞鶴様」

 

「......何かな、ニューカッスルさん」

 

話を振らないで欲しかったが、自分以外いないので仕方なく瑞鶴は応じた。

 

出来れば、ヨシマルに代わってほしいくらいだ。つまるところ、今すぐ知らないと言って帰りたい。

 

が、猫の手はそもそもいなければ借りられない。

 

「大鳳様といい。重桜の方は、皆あのような?」

 

「いや、油の話に戻るけど、本当に色んな人が......色んな人がいるから。私とか参考にしてくれると嬉しいかなって」

 

「ティースプーン一杯の紅茶で、ケーキを味わえとは、かなり無理があるご注文ですね」

 

「来てもらってなんだけど、本当にごめんなさい......」

 

瑞鶴の身内の不手際? に対する謝罪など露知らず、吾妻は自らの任を思い出したのか、自分の世界から帰ってくるなり切っ先を改めて二人に向けると、敵として見据えてみせた。

 

「申し訳ありませんが、刀を向けさせていただきます。私と指揮官の癒しの為にも」

 

「私、だけな気がするけどなあ。それに、悪いけどニューカッスルさんは渡せないよ。神祠として、大事な客人なんだ」

 

「そうですか。では、私に刀を向けるのですね? 神祠の人間として」

 

組織を背負って戦う覚悟があるのか?

 

言葉にせずとも、吾妻の言葉はそれを意味していた。

 

しかし──

 

「......いや、違うよ」

 

「違う?」

 

──瑞鶴は否定する。

 

「私は、ニューカッスルさんの友達として刀を向けるよ。友達が嫌な思いをするなら、私はそれを見過ごせないな」

 

「............」

 

居合の構えをとってみせた瑞鶴から敵意が漏れ始めたのを、吾妻は険しい目付きで受け止めた。

 

(参道にさえ入ってしまえば、吾妻さんは私達に手を出せない。正直、相対するよりも逃げた方が得策。何より、私は吾妻さんの実力を知らない! それでも負けるな瑞鶴、勝つのに大事なのは心だ!)

 

(加賀さんが言うには、ニューカッスルさんは煙幕弾を持っているとのこと。使い切りの一発であると期待していますが、経験の浅い私に彼女も瑞鶴さんも対処出来るのか。はてさて)

 

両者に言葉はない。

 

息を吐く。

 

風が頬を撫でる。

 

すでに、呼吸は生きるためではなく、相手を切るためのものにへと。

 

先手を取るのか取られるのか。

 

思考と身体、両者の天秤が互いに釣り合った──その時である。

 

「............あの瑞鶴様、友達なんですか私たち?」

 

「おっとー!?」

 

「あら」

 

ニューカッスルの一声によって、張り詰めた空気が一瞬にして解けた。

 

「違うの!? 私としては、友達だと思ってたんだけど!?」

 

「失礼しました。では友達で。私、友達と言える人があまりいなくて。大方仕事仲間ばかりなので」

 

「そ、そうなんだ。大変なんだね」

 

「あの人は......ぽっ」

 

「今その告白いるかなあっ!?」

 

「冗談です。いえ、冗談ではありませんが。それに、キメて頂いたところで恐縮なのですが、私としては捕まるのも悪くは無いと考えていますよ」

 

「ニューカッスルさん!?」

 

まさかの裏切りに、瑞鶴の面目という名城がバラバラと崩れ落ちていっていた。

 

吾妻も自首してくるとは思わなかったのか、静かに確認の意味も込めて問いかける。

 

「来て、いただけるのですか?」

 

「誰も行くとは言ってないでしょう。悪くないだけです。理由をご説明しましょうか?」

 

平然と並べられた言葉は吾妻の心を逆撫でしてみせたが、それ以上に答えを求める渇望が天秤の針を大きく揺らす。

 

「............お願いします」

 

「かしこまりました。少し長くなりますが、ご清聴下さいませ」

 

吾妻に向かって、ニューカッスルはゆったりと袴でカーテシーをしてみせると、詳説を述べた。

 

「吾妻様、瑞鶴様。人間、地位が相応に高くなるにつれ、責任と期待という重みが付いてくるのが世の理。果てには国の象徴にまで至れば、勝手には動けなくなるものです。我等のエリザベス女王陛下が良い例でしょうか」

 

かつてはニューカッスルも、ロイヤルメイド隊統括という名誉と鎖を手に入れていた過去がある。

 

その鎖が何処までも重たいモノである事も、勿論知っている。だからこそ、ニューカッスルは位の高い人間を尊敬し最大限の敬意を持って接する。

 

エリザベス、ウォースパイト、長門、陸奥、ましてや赤城も。そして、指揮官は特別に恋心も込めて。

 

「私達重桜で言う、長門様や赤城先輩ってこと?」

 

「そうなりますね。その赤城様についてですが、話を聞いている限り、かなり破天荒な方みたいなので、もしかしたら動いているかもしれませんが、動かないのが定石と考えます。ともかく、方法はともあれ愛する指揮官様に気が付いてしまった。じっとはしていられないでしょうね。動けませんけど」

 

赤城は軍のトップである。

 

故に勝手な行動は、組織としての軍の失態になってしまい、積み上げてきた信頼を落としかねない。

 

それが、重みであり鎖。

 

「自ら縛られた鎖を、傷だらけになるのを承知で引きちぎるのかは知りませんが、代案として鍵を持ってきて貰うことも出来ます」

 

「鍵?」

 

「私が軍に行くことです。いえ、私を捕まえると言った方がいいでしょうか」

 

「......」

 

吾妻は何も言わず、黙ってニューカッスルの言葉に耳を傾けていた。

 

「ここも推論の域になりますが、赤城様はあの人の匂いと、そしてあの人の匂いを持った私に気が付いたのでしょう。あの人に恋する一人の女として会いに行きたいが、軍のトップという身、そしてあの人が神祠にいるという現状。更には内紛の一波乱があった事もあり、下手に動けるはずがありません。そのくらいの理性はあると期待しています」

 

軍のトップが一人の男に会いたいがために、かつては敵対に近い関係となっていた神祠にへと独断で足を運ぶ。

 

これから先にある本当の平和でなら、ありえるかもしれないが、今はまだ。

 

「しかし、会えるなら会いたい。なら、会える理由を作ればいい。不法入国者を捕まえたという理由が」

 

そこまでニューカッスルが説明をしたところで、瑞鶴も赤城の真意に気が付いたようだった。

 

「えっ、じゃあ何? 赤城先輩は指揮官が軍に来る理由を作るために、ニューカッスルさんを捕まえようとしてるってこと?」

 

「でしょうね。もし、軍にへと私が連行されれば、指揮官様は間違いなく助けに来てくださるでしょう。おや、軍にへと会いに来てくれましたね。私としても、迎えに来ていただけるのは悪くない気分です。ご迷惑はお掛けしますがね」

 

「......そうして下さいませんか?」

 

こちらを伺うような吾妻の提案に、ニューカッスルは整然と条件を並べた。

 

「明日に帰れる保証さえ、しっかりとしてくださるのであれば」

 

「......それはお答え出来かねますね」

 

そう言って吾妻に視線を逸らされ、ニューカッスルは嘆息をこぼす。

 

「だから、行きたくないのです。トリカゴからも、明日に戻らないと私............はあ」

 

「聞かない方がいいやつ?」

 

「自主規制としておきます」

 

「そこまで......」

 

トリカゴにいる北風の身を瑞鶴は案じた。

 

鳥籠とは言っても、本質は猛獣の檻である。

 

「......話は終わりましたか? それとニューカッスルさん。お話、とても面白かったですよ。つい、頷いてしまうところでした」

 

「それは良かったです。が、話はまだ終わっておりません」

 

「まだ?」

 

狐疑のこもった吾妻の声に、ニューカッスルは

 

「貴方の事ですよ吾妻様。恐らくですが、貴方は軍の人間ではないでしょう? 違いますか?」

 

「......っ!? そこまで」

 

覆われていたベールすらもあっさり剥がされ、吾妻は思わず息を呑んだ。

 

瑞鶴もまた、ニューカッスルの指摘に一驚していた。

 

「えっ、そうなの吾妻さん。私てっきり」

 

「......正式な配属がまだなだけです」

 

「なるほど、そちらでしたか。ともあれ軍の人間が神祠の人間である瑞鶴様に手を出せば、それこそあの人が丸く収めた重桜の崩壊に近付きます。だから、軍としても言い訳を作るため、未だフリーである貴方だけが私を捕らえるように命じられた」

 

「あれ。でも、加賀先輩は?」

 

「確認役と伝達役でしょうね。私が本当に外の人間なのか。そして神祠の誰が監視していて、武装はしているのか否か。あ、ちなみに煙幕弾はギミックなので一回限りです。ご安心を」

 

「......」

 

どうやら先程の見切りの際に多少抱いた懸念までも、このメイドは見抜いているらしい。

 

お見事。

 

「なんというか、ニューカッスルさん。敵に回したくない......」

 

「味方ですよ?」

 

「そうだったね。あはは......」

 

瑞鶴の乾いた声によって、場が一旦静寂を保つ。

 

すっかり敵意を失った瑞鶴とは違って、吾妻は未だ刀の切っ先を二人へ向け続けていた。

 

「経緯がどうであれ、私はトリカゴへ行くためにアナタを捕まえる。それだけです」

 

「いいと思いますよ。私を捕まえられない程度の人間が、トリカゴに来る資格などありませんから」

 

「......っ!」

 

(まずいっ!? 来るっ!)

 

ニューカッスルの挑発に吾妻の息が僅かに乱れたのを、瑞鶴は見逃さなかった。

 

その乱れが、殺気に変わったことも。

 

ただ、それを受けてもなお、ニューカッスルの態度が変わることはなかった。

 

「吾妻様。もう少々お待ちくださいませ。そろそろのご到着かと思われますので」

 

「......なにを?」

 

言いたいのか、と吾妻が繋げようとした所で。

 

「おー、瑞鶴、ニューカッスル。おかえり〜」

 

今度は彼女だけがまだ聞いたことの無い呑気な出迎えの声が、割って入った。

 

「うえっ? 指揮官?」

 

「ただ今戻りました。貴方様」

 

「......えっ」

 

憧れていた人がやって来た事実を飲み込み、吾妻はすぐに鳥居の方にへと振り向き、その全形を見定める。

 

(この人が、あの?)

 

そんな吾妻のうっとりとした舐め回すような視線には気付かず、帰ってきた二人にへと指揮官は話し続ける。

 

「すまん、迎えに行ってもいいけど、参道から出るなって長門に言われてるんだ。そっちに行けない」

 

「全然大丈夫だけど。なんでここに?」

 

「ん? こいつが帰ってきたからだけど」

 

流石にタイミングが良すぎる。ニューカッスルが時間を稼いでくれていたとはいえ、どうして帰ってきているとわかったのか?

 

その答えは指揮官の足元。ちょうどその後ろの影からネコ耳が飛び出すと、チャーミングな軍帽と共に姿を見せた。

 

「ニャス」

 

「ヨシマル!? あっ、もしかして加賀先輩が来たあの時!?」

 

すでに戻って、彼を呼び出してくれていた。

 

「むしろ、仕事をしていましたね」

 

あの時、瑞鶴がヨシマルに対して愚痴を呟いた時のニューカッスルの笑顔の真意を今になって知る。

 

何で言ってくれないのか。

 

「......あとでお詫びにお魚買ってあげよう」

 

口封じではなく、真剣に瑞鶴はヨシマルへの感謝の念を抱いていた。

 

ポツリと呟いた瑞鶴のその言葉に、ニューカッスルが食いつく。

 

「魚? 重桜のネコは魚を食べるのですか?」

 

「ロイヤルは違うの?」

 

「普通にキャットフードか、もしくはネズミ等の小動物なのですが」

 

「魚を食べるネコって重桜だけだったんだ......」

 

カルチャーギャップで二重に落ち込む瑞鶴だった。

 

「グローバルな話に花が咲いているところ悪い。これ今どういう状況だ? なんで抜刀してる?」

 

「えっ、あっ、そ、その」

 

抜刀している人間、すなわち吾妻。

 

ようやく視線に応えてくれた指揮官に、吾妻は声が詰まりながらも主張をあげた。

 

「えっと、君は? 見ない顔だな」

 

頭の先からつま先まで、吾妻の姿をゆっくりと目に焼き付け、指揮官は問う。

 

「は、はい、特別計画艦の吾妻と申します」

 

「吾妻......ああっ! 君がか!」

 

「......えっ?」

 

彼女から名前を聞くやいなや、指揮官は目にも留まらぬ速さで、そして弾けるような笑顔で近くにいた吾妻の手を取り、嬉しそうに声を上げた。

 

「ずっと会いたかったよ! 書類で知った時から、君のことは気にかけてたんだ! 北風の後に生まれた、名前しか知らない重桜KAN-SEN。しかも超巡だったか? 君くらいなんだろう? 一体どんな子なんだろうって。あ、悪いなはしゃいじゃって、こんな綺麗な人だなんて思ってなくてさ。俺、トリカゴの指揮官やってる......ん?」

 

「............きゅう♡」

 

「吾妻!? なんか目がハートになったまま気絶してるように見えるんだけど大丈夫か? 吾妻さん!?」

 

「「(......堕ちたな、というか堕ちてたな)」」

 

最初から好感度MAX状態で、その相手に眩しい笑顔で自分の事をずっと気にかけてたなんて言われたら、そりゃ、ああなる。

 

ライバルが増えるという珍しくもないが、見る機会もあまりない瞬間を二人は目の当たりにする事になったのだった。

 




実際の吾妻さんはもっとお淑やかな女性だから(戒め

重桜編もう少し長くなりそうです、すんません

イタリアの猫がパスタ食べるってマジなんですかね?


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「桜降り積もる、この場所へ」 重桜編その8


気付いたら10万文字! 小説一冊くらいでしょうか? ついてきてくださっている皆さんに感謝を...


「へえ、匂いで俺を。流石の長門でもそれは考えなかっただろうし、赤城はやっぱり凄いなあ」

 

(受け入れるんだ......)

 

(さすがは貴方様です)

 

気絶した吾妻を介抱しながら、諸々の事情を聞いた指揮官が発した第一声は、感嘆のこもったものだった。

 

正直、ニューカッスルと瑞鶴の二人としては赤城の愛の深さに末恐ろしさを感じてもいたが、指揮官の懐の深さに改めて好意を鰻上りにあげていた。

 

「俺としても赤城の所に行ってやりたいのは山々なんだが、今はちょっとな」

 

「貴方様は、赤城様の事がお嫌いではないのですか?」

 

「え? そんな事全然ないぞ。あー、長門と話してた時に厄介って言ったのは明日には間違いなく帰れないからだ」

 

軍に行くなり盛大にもてはやされ、更には赤城だけでなく軍には沢山のKAN-SENがいる。

 

訓練を見てほしいだとか、演習の指揮を執ってほしいだとか、宴会だとか、買い物に付き合ってだとか、お背中お流ししますだとか、お布団温めておきましただとか。

 

なるべく軍にいる全員の希望を叶えるとなると、どうしても三日は必要になる。

 

「ちゃんと休みが取れてるなら別に問題はないけど、明日には帰らないと仕事も溜まる一方で困るからな。だから、今は赤城のとこにはいけないんだ。そう言う意味での厄介って捉えてくれ」

 

「なるほど」

 

(いやいやいや! 最後の方のちょっと聞き捨てならないんだけどっ!?)

 

お背中とお布団!

 

「それにしても、薄々分かってはいたけど神祠と軍って滅茶苦茶仲が良いってわけじゃないんだな。簡単に一枚岩とはいかないか」

 

「個人としては仲良いよ? 組織としてはまだギクシャクしてるだけで」

 

「なら、赤城を神祠に呼んでも問題ないってことか?」

 

「長門様が許可するなら良いと思うよ。私じゃハッキリ言えないかな」

 

「それもそうだ」

 

考えなくてもわかる当たり前の事だ。

 

「貴方様。どのようにして、赤城様を神祠にお呼びするのですか? 組織の長なのでしょう?」

 

「向こうが俺を軍に来る理由を作ったのなら、こっちも赤城が神祠に来る理由を作ればいいってだけだよ。しかも、なるべく赤城の顔に泥を塗らないカタチでな。そのためにも、吾妻が倒れてくれたのは都合いいけど。本当に起きないなこの子、大丈夫か?」

 

指揮官は吾妻の様態を確かめるために、鳥居の柱を背もたれにしてぐったりとする彼女の首筋に軽く触れてみせた。

 

「......あっ♡」

 

「「......」」

 

「んー、脈は大丈夫だな。仕方ない。俺が大社までおぶっていくか。よっこい......しょ。あ、ダメだ重すぎる」

 

「おもっ?」

 

「「......」」

 

何故か指揮官には聞こえていないようではあるが、傍から見ている二人は冷めた目で吾妻の様子を見届けていた。

 

内心、おんぶなんて羨ましいとも思いながら。

 

「艤装をしまってくれたらいけそうなんだけどな」

 

「......♡」

 

「おっ? 軽くなった。あれ、艤装が解除されてる。まだ展開に慣れてなくて時間制だったのかな? ともかくちょうど良かった。これならいけそうだ」

 

「......ふふっ♡」

 

「「(絶対起きてる!)」」

 

なんならすっごいしっかりと首に腕を回して、胸押し付けてる!

 

「二人とも、どうしたんだ? 帰るぞ〜」

 

しかしそこは流石の鈍感指揮官、胸を当てられた程度で動じはしない。

 

歩き出さない二人に心配の声をかけるくらいには余裕綽々だった。

 

「あの、瑞鶴様」

 

「なに?」

 

「私、慣れない下駄で走っていたせいか凄く足が痛いのですが」

 

「それは大変だね。言われれば、私も痛くなってきた気がする」

 

「......」

 

「......」

 

「「はあ......」」

 

時にしてミズホの直感は、こういう事にも働くのだった。

 

*

 

長門のいる大社に戻ってくるなり、指揮官は吾妻を陸奥に任せ、赤城がいる軍との連絡を繋いでもらっていた。

 

赤城が神祠に来られるよう、理由を説明するためである。

 

御殿の、ある一室には指揮官をはじめとして、長門、護衛の江風に瑞鶴。

 

ニューカッスルはメイド服に着替えたいからと席を外している。

 

接続した通信機器からは、嬉々に染まった赤城の声が響いていた。

 

『重桜にいらっしゃっていたのなら、まず軍に来てくださればよろしかったのに......。しかし、こうして指揮官様から直々にご連絡をくださるなんて、この赤城、天にも昇る心地ですわ~』

 

「ははは、相変わらず大袈裟だなあ赤城は。もう少し挨拶をしたいところなんだが、悪い。早速話に入らせてくれ。実は吾妻が大社の近くをパトロール中に倒れてたのを見つけてな。今、こっちで預かってるんだ」

 

『まあ! そうなのですか。それは初耳ですわ。吾妻は大丈夫でしょうか?』

 

(白々しいなあ!)

 

指揮官からも、そういう体で話をする。赤城ものってくるはずと聞いてはいたが、赤城の見え透いた態度に傍にいた瑞鶴は声のない叫びを上げざるを得なかった。

 

斬りあいまでにはニューカッスルのおかげで発展しなかったものの、刀を向けられたのだ。知らないとは言わせたくないが、荒波を立てないためにも、黙って受け入れる他はない。

 

「容態に異常はないと思う。俺もなるべく揺らさないようにおぶってきたし」

 

『指揮官様、今なんと?』

 

「え? 容態は大丈夫だって」

 

『その後です』

 

「おぶって帰ってきた」

 

『まあ、そうでしたか。あの子が。うふふふふふ、指揮官様の手を煩わせるなんてイケない子ね。うふふ』

 

(声だけでもヤバそうなオーラが出てるのが分かるよ赤城先輩!?)

 

ついでに、お面のように貼り付けた笑顔で笑っているのであろうことも。

 

「そう怒らないでくれ。昔、赤城もおんぶしてあげたことあったじゃないか。歩いている最中に靴が壊れてさ。あの時、軍まで戻るの大変だったんだぞ?」

 

『そ、それは......もう、指揮官様ったら!』

 

(あざとい! あざといよ先輩! シキガミ使えばすぐ帰られるのに!)

 

「昔話もこの辺にしとくか。それでだ赤城、吾妻を迎えに来てくれないか? 長門からも許可は貰ってるから。そっちさえ都合がつくならなんだが......」

 

『............』

 

「赤城?」

 

静寂が続き、返事が戻ってないことに不自然さを覚えた指揮官は何度か赤城の名を呼んでみたが、結果は同じものだった。

 

それを見ていた長門も疑念の言葉をかける。

 

「どうした?」

 

「急に応答がなくなった。どうしたんだろう」

 

と、首をひねったちょうどその時、勢いよく襖の戸が開かれるなり、甘ったるい声が部屋を走り抜けてみせた。

 

「指揮官様〜。赤城。馳せ参じましたよ~」

 

『(はやっ!?)』

 

シキガミを使ってここまでやって来たのではあろうが、それにしても早すぎるご到着。

 

加えて、指揮官は大社のどの部屋にいるのかもまだ伝えていなかったのに、何故か確信を持って赤城はこの一室へと足を運んだのだった。

 

愛の力である。

 

ぐるりと、目線だけで赤城は部屋を見渡すと不服そうに続けた。

 

「あら、大層なお出迎えね。指揮官様だけでよかったのに」

 

「そうはいかぬ。銀蝿されては困るのでな」

 

「私を蝿呼ばわりとは、随分と大きくなったものね。長門様」

 

「......」

 

「......」

 

両者睨み合い、言葉に出来ない緊張が漂う中、指揮官は瑞鶴に小声で確認をとる。

 

「なぁ、あの二人本当に仲良いのか? 切磋琢磨って言ってたけど呉越同舟の間違いじゃないか?」

 

「え? 仲良いよ? 喧嘩するほどって言うじゃん?」

 

「そもそも喧嘩はしないのが一番なんだよなあ!」

 

お互い本音を言える仲ならまだしも、赤城と長門は明らかに敵意を向けているのが指揮官の目には丸分かりだった。

 

その原因が自分であることには、もちろん気付かない。

 

「まぁいいですわ。指揮官様。吾妻は今どちらに?」

 

「別室で休ませてるよ。陸奥もいる」

 

「でしたら指揮官様。吾妻の看病に行ってくださいませんか? あの子、ずっと指揮官様との邂逅を心待ちにしていたものですから。それに私、これから少し長門様と込み入ったお話がありますの」

 

込み入った話。

 

何の話なのかと問い質したい思いはあれど、今はトリカゴの指揮官。重桜の政治に首を突っ込む資格はない。

 

「......分かった。長門もいいか?」

 

「構わん。ここには江風もいる。心配無用だ。瑞鶴、お前も一緒に行くが良い」

 

「あ、は、はい!」

 

「そっちの心配じゃないんだけどな。大丈夫ならいいけど。じゃあ、俺は失礼するよ」

 

俺がいないところで喧嘩しないでくれよ、という心配なのだが、無用と言うなら信じさせてもらうことにしよう。

 

赤城と長門の気遣いを真に受ける事にした指揮官は、吾妻の様子を確認しに、部屋を後にしたのだった。

 

*

 

「......」

 

「......」

 

指揮官と瑞鶴を見送った後、一室には再び言葉にできない緊張が舞い戻っていた。

 

互いに目をあわせるだけの森閑とした時間がしばらく続くと、やがて先手を切ったのは赤城の方だった。

 

「そこまで警戒なさらずともよいではありませんか。別に、取って食おうという訳でもないのですから」

 

「わかっておる。しかし、余はお主の目が好かん」

 

「目?」

 

「ああ、曇り空のような、見ていて憂鬱になる目だ」

 

「うふふ、そうですか。指揮官様には綺麗な目だとお褒めいただいたのですけど」

 

「......」

 

早速赤城は早速本筋にへと話を動かした。

 

無論、指揮官絡みの話に。

 

「さて、長門様。私も、そして貴方も忙しい身ですので、単刀直入にお訊ねます。この度、指揮官様を重桜に御呼び立てした理由をお聞かせくださいませ」

 

「......なぜ?」

 

「そうですね、貴方の先程の言葉を借りるなら、匂いでしょうか」

 

「匂い?」

 

「指揮官様の芳しい甘い香りと、どうでもいい雌の匂いがいくつか。それと、どうしようもない事を考えている、狐の匂い。あら、これは妹さんもかしら?」

 

「......」

 

「......」

 

赤城の言葉に僅かながら眉を動かす長門であったが、赤城はそれ以上は固く口を閉ざしていた。

 

とにかく、お前の答えを聞かせろ、と。

 

「貴方様。不肖、ニューカッスル。ただ今よりメイドとしての職務を全うさせていただきます......おや」

 

長門が答えを告げる前に戸が開かれ、好奇の視線が現在重桜にいる唯一のメイドであるニューカッスルに集まる。

 

それを一身に受け止めたニューカッスルは、

 

「失礼致しました。どうやら、お部屋を間違えたようです。邪魔立てをするつもりは毛頭ございませんので、私はこれで」

 

「待ちなさい」

 

腰を折って詫び、そのまま退出しようとしたニューカッスルを赤城は呼び止めた。

 

「何でしょうか? 赤城様」

 

「軍も、貴方の事に対しては目を閉じていてあげるわ。代わりに、私の質問に答えなさい」

 

「......」

 

だからどうしたと物語るニューカッスルの態度。

 

指揮官を連れてくる為だったとはいえ、実力行使をされたのだ。むしろ黙ってやるのはこっちだった。

 

「指揮官様がいらっしゃるお部屋の場所を、知りたくないのかしら?」

 

「......大変恐縮ですが結構です。自らの主君さえ見つけられないようではメイド失格ですので」

 

「なら、何故指揮官様が重桜に来る羽目になったのか......だったらどうかしら?」

 

赤城にとっても最後の交渉カードに、ニューカッスルはジョーカーを引いた時のように顔には出さずとも、じっと赤城を見つめた。

 

「......一応、その件についてはこの耳で聞いております」

 

「あらそう。なんて?」

 

「あえて、私がトリカゴと通信している時に話されていたので信頼性には欠けますが、寂しかったから、と聞き覚えております」

 

「そう。寂しかった、ねえ......」

 

「......」

 

愉快そうな赤城の声に、長門は何も答えない。

 

赤城には見えているのだ、長門が()()()()()()()で指揮官をよぶ人間ではないという事を。

 

かつての敵として、そして今は同じく重桜の未来を担う者として。

 

彼女の根底にある思いは、困ったのなら頼れ。なのだが、それを表立って言葉に出来ないのが、赤城という人間だった。

 

「重桜神祠を、ましてや民を率いるものが聞いて呆れますわね。己が感情を優先して、勝手に指揮官様にご迷惑をおかけするなんて。貴方はそんなに弱い人だったかしら?」

 

「貴様っ!」

 

「よい江風。座して待て」

 

「......はっ」

 

激昴に駆られ刀に手をかけた江風を静止させ、長門は目を閉じ、一つ呼吸を整えてから、重々しく告げた。

 

「............赤城」

 

「何でしょう?」

 

「お主は余がせいれーんと共謀したと言えば、余を侮辱するか? また敵として余を嫌うか? 答えてほしい」

 

「......っ!?」

 

セイレーン。

 

長門の口から出たその言葉に、ニューカッスルは目を見開いて彼女を見る。

 

一方の赤城は、落ち着いた様子だった。

 

「......話を聞いてからにしましょう。私もかつてはそうだった身なので」

 

赤城はかつてセイレーンの力に魅入られ、そして裏切られた過去がある。

 

底の見えない泥沼の状況から救ってくれたのが指揮官であり長門であるからこそ、長門の言葉を受け入れることにした。

 

「そうか。では、話すとしよう。我等に恵みを授けしミズホよ、そして重桜よ。どうか御照覧あれ」

 

宣誓。

 

その言葉はカミへの誓いだった。

 

これから話す内容は決して揺るがず、嘘がない清廉潔白である事の誓い。

 

赤城はその言葉の重みを、静聴して聞き遂げる事にした。



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「桜降り積もる、この場所へ」 重桜編その9

またまたそうやって、オリ設定足す真似するー

独白で地の文を少なめにしているので状況が分かりにくいと思います、すいません......


「今日も綺麗に咲いてるねー、長門姉」

 

「うむ、実に見事。民の信仰の賜物だ」

 

「ここまで綺麗に咲かせてくれた皆に、それに指揮官に感謝しなきゃね。お正月、帰ってきてくれるのかな?」

 

「奴も忙しい身だ。あずーるれーん本部とのやり繰りもあるだろう。我儘は言うでない」

 

「えー、そんな事言って。長門姉だって会いたいくせに〜」

 

「そ、そんなこと......あるけど」

 

「ほらねー」

 

「む、陸奥! 余をからかうでないぞ!」

 

その日は大樹重桜への見回りを、余と陸奥そして江風でしておった。

 

変な理由ではない、重桜が枯れておらぬか、力をちゃんとつけミズホの大地を守ってくださっているかの確認だ。忙しい身である余と陸奥の休憩の際の日課でもある。

 

おおよその結果は分かるだろうが、この日に見つけたのだ。

 

普段通り、天高く伸びる重桜を見ていた時の事だ。

 

「......ん?」

 

「どうしたの、長門姉? 何か見つけた?」

 

「あの花弁。少し光っておらぬか?」

 

「えっ!? どれどれどれ? 陸奥も見つけたい!」

 

「余の指さしておる先だ陸奥。江風も分かるか?」

 

「ええ。確認しました。神子様あれは?」

 

「もしや......江風、特別に大樹に足を付ける事を許可する。あれを取ってきてくれぬか?」

 

「御意」

 

夜空に光る星々の様に小さく、しかしながらハッキリと光っておったのを余は今でも覚えておる。

 

そして江風に取ってきてもらい、案の定それは、

 

「神子様。ご確認を」

 

「わあ! ねえ、長門姉これって」

 

「ああ、文献でしか拝読しておらんかったが。狐桜かもしれぬ。実に運がいいな。見られるのは五十年に一度と書いておったが」

 

「すごいすごいすごーい! 近くで見ると霊力確かにあるね! 陸奥も頑張って見つけなきゃ!」

 

「ええっ!? だから、五十年に一度って」

 

「分かんないよ。本に書いてある事が全部じゃないもん。今日に二枚だって無いわけじゃないよ」

 

「そうかもしれぬが、日に二枚もなんて。余だって初めて今日見たのに......」

 

「............あっ! ねえ! 長門姉あれ! あれもそうじゃない!?」

 

「なぬっ!? どこ!? 本当に見つけたの陸奥っ!?」

 

「ほら見てあそこあそこ!」

 

「......ホントだ......江風、すまぬ。もう一度登ってくれぬか?」

 

「は、はい」

 

事実は小説よりも奇なるもの。なんと、陸奥もすぐ様に二枚目を見つけおったのだ。実に驚いた。開いた口が塞がらないとは、まさにあの時の事を言うのであろう。

 

「やったー! 私も見つけちゃった!」

 

「ふふっ。良かったね陸奥......しかし、文献を書き改めねばならぬな。五十年に一度ではなく、日に二度あることもあると」

 

「本当だよ! もしかしたら三度目もあるかも?」

 

「流石にそれはないだろう。一生分の運を余はここで使いたくないぞ」

 

「あははっ、私も。それにしても、どうするのこれ? 何かに使う?」

 

「うーむ、結界の強化か。一枚は赤城に渡してもいいかもしれぬ」

 

「あっ、それいいね! あとさ。これ景品にしてお正月に皆で羽子板大会とかどう? 楽しそうじゃない?」

 

「神聖なる狐桜を景品か、罰が当たりそうだが......楽しそうなのは確かだな。考えておこう」

 

「やった。大樹様だって皆の笑顔が見たいはずだしきっと大丈夫だって!」

 

「ならいいのだが......江風、そろそろ戻ろうか」

 

「はっ」

 

「あら、三枚目はいらないのかしら、お二人さん」

 

「......っ!? 何者だっ!?」

 

「あら怖い刀なんて向けちゃって。みーんなお母さんに敵意丸出しなんだから。もう少し優しくして欲しいわ」

 

「お主、せいれーんか。今更重桜に何をしに来た。またこの国を沈める気か?」

 

「オブザーバーやピュリファイアーと同じ扱いはやめろ。お母さんはあの子の為を思ってここに来た──のに」

 

(!? こいつ一瞬で距離をっ!?)

 

「はあっ!」

 

「おっと、危ないわあ。刀傷は治りにくいから嫌なのよねえ」

 

「長門姉! 大丈夫!?」

 

「大丈夫だ、何もされておらん」

 

「あら。一応プレゼントはしといたのだけど。右手の中に」

 

「......右手? これはっ!?」

 

「狐桜よ。お母さんが見つけた三枚目のね。それを使って貴方にお願いがあるの。お母さんじゃ使えないからね」

 

「何を余にさせるつもりだ?」

 

「そんな眉間にシワを寄せることもないじゃない。貴方の愛しの指揮官と言えばいいのかしら? まあお母さんのでもあるけど。それを使って少し頼まれてくれない?」

 

「何を?」

 

「あの子にミズホの神秘を戻して欲しいのよ。一枚目と二枚目は送り迎えに使って、その三枚目でね。狐桜なら出来るでしょう?」

 

「......お主の真意が見えぬ。お前の目は赤城よりひどい。霧のような先の見えぬ目を持つ者の言葉など聞くに値せん」

 

「あら、じゃあ少しは晴らしておこうかしら。お母さんはスペクテイター。ただの見物人よ。そして、あの子の恋心を取り戻してあげたいだけ」

 

「こい、ごころだと?」

 

「お母さんだってこの世界で生きている者だもの、知っているわ。ミズホの神秘を自ら手放した人間は、カミの怒りに触れ人間性を一つ失うと」

 

「長門姉、そうなの?」

 

「......奴の言う通りだ。余の知っている限りでも数名覚えがある。手足が動かなくなった者、目が見えなくなった者、食欲を失い、飢えて死んだ者もおった」

 

「そんな......じゃあっ!」

 

「そう。あの子も例外じゃないのよ。何も失っていない様に見えるけど。あの子は人間にとって最も大切なものをカミに奪われている」

 

「それが、恋心だと言うのか?」

 

「さあ? 貴方の記憶にお任せしましょうかしら。では、よろしくね。世界に愛されたあの子が、誰かを愛するためにも、あはっ! あはははははははっ!?」

 

「待てっ! ......ちっ......神子様、追いますか?」

 

「............」

 

*

 

「......以上が、事の顛末だ。そして余は、狐桜を三枚持っておる。これだ。既に術も仕込んである」

 

話が終わると同時に、長門はそっと三枚目の狐桜を二人に見せた。

 

花弁の輪郭に沿うように、鈍い桜色の光が放たれている。

 

「スペクテイター......ねぇ」

 

「オブザーバーとピュリファイアーは、我々トリカゴでも鋭意捜索中の個体です。しかし、スペクテイター等という個体名は初めて聞きました」

 

「私も同じくでしょうか。オブザーバーにピュリファイアー、今となっては忌々しい名前ですが......どこかで死んでないかしら」

 

人の身を案じるには物騒すぎる言葉で赤城は蔑んだ。

 

指揮官がいたからこそ今があるものの、重桜全土への奇襲など人が行う所業ではない。

 

それこそ、カミなのかもしれないが。

 

「......ろいやるの従者よ、一つ質問がある」

 

「なんなりとどうぞ」

 

「トリカゴにいるKAN-SENの中で、奴と恋仲の関係もしくはそれ以上の者はおるか? 巫山戯てはおらん。真剣に答えてほしい」

 

言われて、トリカゴの面子を思い浮かべる。

 

一番彼との距離が物理的な面と精神的な面でそれぞれ近いのは、大鳳とエルドリッジだろうか、しかし、恋仲かと言われれば違うと断言出来る。いや、断言したい。

 

「......いえ、私の知る限りでは。もしかしたらの可能性はあるかもしれませんが」

 

「そうか少し安心した。なら、あの見物人が言うておった事も真かもしれぬ」

 

「ミズホの神秘の消失と共に、あの人は人を愛する心を失ったと」

 

「うむ。指揮官は奇跡的にミズホの神秘を手放しても、何も失わなかったと余は思っておった。五体満足、心身の異常もない、と。しかし、恋心。俗に言えば愛欲を失ったと言われれば確かに合点がいく。それぞれ心当たりがあるのではないか?」

 

「「「......」」」

 

確認を請う長門の問いかけに、一同は押し黙った。

 

トリカゴとしても、暫定リーダーであるウォースパイトとノースカロライナによって公私混同の区別を徹底している。想うのはいいが、せめて国の代表として執務中は任を果たせと。

 

しかし、休憩中や執務が終われば話は別。特に大鳳は凄い、凄いが、それでも尚、指揮官はのらりくらりと弾を避けきって見せている。

 

そもそも、撃たれていることにさえ、なんなら銃声にさえ気付いていない。かもしれない。

 

他の二人も考えていることはニューカッスルと似たようなものだった。

 

「余は、せいれーんの企みに乗ろうとしている。すでに指揮官を呼び立てる所にまでは事は進め、狐桜を用いてミズホの神秘を奴に返し、失った心を埋めようとな」

 

「正直な感想を述べても? 長門様」

 

「なんだ?」

 

赤城のその言葉を聞いて、長門はついに答えが来たかと少し震えた声で応じた。

 

一瞥して赤城は言った。

 

「そんな犬畜生共の餌にもならないほど穢らしい提案、なぜ今すぐ捨てずに、まだ持っていらっしゃるのかしら?」

 

「......ちくっ?」

 

困惑する長門の事などお構い無しに、赤城は鋭く続きの言葉を言い放つ。

 

「心の底から失望しましたわよ長門様。貴方も癪ではありますが、私と同じく指揮官様を愛する者。指揮官様の為に日夜、民の信仰を受け止め、重桜神祠の頂点に君臨しておいでだと思っておりましたのに」

 

「だ、だから余は」

 

指揮官のために、私たちのために──

 

「黙りなさい」

 

「......っ!?」

 

躊躇いのない赤城の一言に、長門は目を見開いた。

 

「最初の質問に答えましょう。貴方を侮辱せざるを得ませんわ長門。自らの考えならまだしも、かつて、ミズホの大地を陥れかけた敵の愚策に自ら手を貸すとは、恥を知れ」

 

「............」

 

ぴしゃりと言い放った赤城の言葉を、長門は途方に暮れた子供のようにただ呆然と受け止める。

 

自分は間違っていた──その思いが長門の心を蝕もうとしたところで、赤城は一つ息を吐いてから続けた。

 

「しかし、敵となろうとは思いません。嫌いになろうとも。まだ貴方は、私と違って引き返せる」

 

「......!」

 

またしても長門は目を見開いた。

 

堪えきれない涙が一雫だけ、畳の上に落ちる。

 

「長門。今すぐその狐桜を捨てなさい。たとえセイレーンの言う通りに、指揮官様の恋心が狐桜によってお戻りになろうと、それは私の求めた愛ではありませんわ。私は、私の愛する人は私の力で手に入れます」

 

「......」

 

長門は何も言わない。じっと、赤城の答えを受け止める。

 

「友として、もう一度言います長門。今すぐその狐桜を捨てなさい。敵に情けをかけられる程、貴方が守ってきた重桜は落ちぶれていないはずでしょう?」

 

「......あか、ぎ」

 

自分の為に叱ってくれた相手の名を、長門は弱々しく呟く。

 

──友として。

 

不思議とその言葉は長門の中で、すんなりと受け入れられた。

 

同じ国に生まれ、一時考えは違えたものの、今は互いに組織の長となり、何より同じ人を好きになってここにいる。

 

これを友と言わずして、なんと言うのだろう?

 

「............友として、か。ふふっ、こんなに誰かから叱責を受けたのは何時ぶりだろうか」

 

自然と長門は笑みを浮かべていた。

 

もう、涙はない。

 

「有難う赤城。おかげで目が覚めた。余は......私も、愛する人は私の力で手に入れる。手に入れてみせる」

 

ギュッと、長門は狐桜を持っていた右手を力一杯握りしめてみせた。

 

手を開けばヒラヒラと、光を失った唯の一枚のサクラが散った。

 

「すまぬ、世話をかけた。今までの事は全て忘れてくれ。三枚目など初めから無い。指揮官は明日に帰す。それだけだ。めいどもそれでよいな?」

 

「......はい」

 

静かに、ニューカッスルは承諾の意思を示した。

 

「うふふ。では、何も無いのであれば私もお暇させていただきますわ」

 

先程までの態度とは打って変わって、赤城は安心したように目元を綻ばせると、立ち上がった。

 

その前にと、ニューカッスルは一つの質問を頭領の二人にぶつけておく事にした。

 

「あ、折角の機会ですので、お二人に是非聞いておきたいことがあるのですが」

 

「なんだ?」 「はい?」

 

注目の視線がメイドに集まる。

 

「もし、あの方がロイヤルをお選びになったら。お認めになりますか?」

 

ピクンと狐耳が大きく揺れ動いた。

 

長門だけでない、赤城のものも。

 

「......そんな事はさせぬぞ絶対にだ。生まれた場所に骨を埋めるのが世の道理。必ず重桜に帰ってきてもらう。そもそも、余とそういう約束を交わしておる。最後には重桜に帰ってくるとな」

 

「うふふ、そうですわ。今でこそあの小娘に任せてますけど。最後は重桜の、そして赤城のものに。うふふふふふふ」

 

(仲良いですねこの二人)

 

両者どちらも、なんかドス黒いオーラを出してるあたり。

 

「ですがあの人なら、その約束とやらもお墓を重桜に程度に考えてそうですけどね」

 

「うそっ!? いや、確かに。言われたらそんな気もしてきた......」

 

「指揮官様ぁ。赤城のお味噌汁を毎日ですか? うふふふふふふふふふ」

 

赤城はダメだが、長門はまだまともそうなので、ニューカッスルは質問を続ける。

 

「では、もし、重桜とロイヤル両方。もしくはそれ以上なら?」

 

「それ以上だと?」

 

怪訝そうに持ち上がる長門の声を、軽くニューカッスルは受け流す。

 

「ええ。あの人は、トリカゴにいるどの国のKAN-SENも皆平等に扱ってくれています。その全てのKAN-SENと、という話も有り得なくはないかもしれません。その時は、どうなさますか?」

 

KAN-SENが伴侶となった前例がないため、所詮、机上の空論でしかないが、優しい彼ならもしかしたらはあるかもしれない。あってほしい。

 

ニューカッスルとしては、その未来は彼がいてくれる愛する平穏に違いはないのだ。

 

「ううむ......」

 

「うふふ、指揮官様ぁ、稚児は何人欲しいですかあ?」

 

不敵に笑った赤城の笑みを、長門は一つ咳で払う。

 

「おほん。重桜を選んでくれているのなら、認めはしよう。余も最近は考えが変わった。支配する者とは妾を多く持つ者だとな。過去の歴史がそう物語っておる。余が認める者なら良いぞ、うむ」

 

ちゃっかり自分が一番である事は譲らない長門。

 

これには、指揮官との楽しい新婚生活を妄想していた赤城も黙ってはいない。

 

「仮にそうなったとして、この赤城が正妻である事は以外は認めませんわ。だって、指揮官様は私のモノですもの」

 

「ふんっ。相変わらず食えん奴だ」

 

「あら怖い。食われるのは私のほうでしたか」

 

「......」

 

「......」

 

(仲がよろしいのか悪いのか、どちらなのでしょうか.....)

 

はたまた、そのどちらもなのかもしれない。

 

時と場合によると言うやつである。

 

「さて......」

 

目線で火花を散らす事にも飽きたのか、赤城はその場で何度か鼻を鳴らすと、部屋の襖に手をかけた。

 

「部屋は分かるのか?」

 

「指揮官様の匂いを確認しましたので子細ありません。あちらの方角でしょう?」

 

「余には全然わからんが、あっとるのが怖い。さて、余も参ろう。客人の見送りくらいはせんとな。陸奥の様子も気になる」

 

軍と神祠の長達の会談はお開きとなり、吾妻が搬送された部屋にへと向かう。

 

長門が先頭をきって進み、吾妻や指揮官の部屋にいる戸に手をかけ、開こうとした時に、中にいた陸奥の声がそれぞれの耳に届いた。

 

「ねえ。指揮官はさ。もし、ミズホの神秘がもう一度使えるってなったら嬉しい?」

 

『......っ!?』

 

先程まさに話にしていた事。

 

陸奥もスペクテイターと接触していたのだ、長門の目論見も勿論知っている。

 

その上で聞いているのだろう。

 

自然と、彼の答えを待つ空気が出来上がっていた。

 

「......ミズホの神秘がもう一度か。有難いけど、俺としては無くなった事に後悔はしてないよ」

 

「そう、なの?」

 

「自分で言うのも恥ずかしいけど、名誉の勲章ってやつさ。俺の力を失っただけでこの国を守る事が出来たんだ。安いもんだよ。そんな安いお釣りをまた貰ったって正直、困るかな」

 

「......そっか」

 

「ミズホの神秘を無くして、何か体調が悪くなったりなどはございませんか?」

 

「いやー、全然ないけどな。至って健康だけど......あっ」

 

「なに?」

 

「神秘が無くなってから、無くしたどころかむしろ色んな人との出逢いが増えて嬉しいよ。陸奥も吾妻も、他のみんなもだ。大切な人達だよ。あっ、本部の上司は別な」

 

「まあっ」

 

「ふふっ、そっか。ごめんね。気になったから聞いただけ」

 

「いつものって事だな」

 

「そうそう。いつものいつもの、えへへっ」

 

『......』

 

大切な人、だなんて優しい声で言われたのは全員初めてだったので、茶を沸かせるくらいには襖前の廊下の温度が異常に上がっていたが、長門はブンブンと横に首を振って己を取り戻すと襖を開けた。

 

「吾妻、赤城が来た。そろそろかえ......」

 

「「あっ......」」

 

「......?」

 

指揮官は首を傾げているが、他の二人は──具体的に状況を説明するなら、指揮官と一緒の布団に入って横になっていた二人は気まずそうに声を漏らした。

 

唯一布団に入っておらず正座で待機していた瑞鶴が、一同を代表して弁明をあげる。

 

汗を滝のように流しながら。

 

「あー、長門様。私は止めたよ? 怒られるからって...あの?」

 

「......お」

 

「「......お?」」

 

「お主ら何を羨まけしからんことをぉぉぉぉぉ!!!!」

 

重桜の夕暮れ空に、長門の一喝が響いた。





つまり指揮官はミズホの神秘を使いすぎとはいえ、自分から手放した事でカミサマに対価として、恋心を持っていかれちゃったわけなんですねー。

それで他人からの好意にも特に気付かないというか、気づけないという......ゆゆゆかな?



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「桜降り積もる、この場所へ」 重桜編 終

長くなりましたが、重桜編おしまいです

アニメでのニューカッスルさんの入浴シーンどこですか?(グルグル


「はぁ〜......」

 

寒空に立ち込める湯煙に紛れ込ませるように、ニューカッスルは大きく息を吐いていた。

 

お湯に温められたことによって赤みが差したその表情は、従者としての張り詰めたものでなく、一日の疲れを癒すありふれた人間のそれである。

 

高価な陶器のようにきめ細やかな白肌。女性らしさを感じさせる肢体。既に髪を洗い終えたようで、水を滴らせている焦げた茶髪は束ねられ、頭にはタオルが器用に巻かれている。

 

ここは重桜神祠大社の大浴場、もとい大露天風呂。

 

今ニューカッスルは贅沢にも、この岩風呂を独り占めしている。

 

独り占めの経緯としては、ご立腹な長門により皆、夜間警備に当たっているからとだけ。

 

KAN-SENは一日くらいなら睡眠を取らなくても大丈夫ではあるが、何も悪くない瑞鶴が少し不憫に思えた。

 

「......ふう」

 

見上げた夜空には星々がキラキラと我を主張しており、大樹重桜から降り注いだ桜の花がお湯の上で小さなフネとなって浮かんでいる。

 

「......」

 

自分の目の前まで浮かんできた桜をお湯と共にニューカッスルは手で掬いあげると、段々と溢れ落ちるのを見下ろしながら、今日一日の出来事を思い返していた。

 

まず、狐桜と呼ばれる桜によって一瞬でトリカゴから重桜へ。

 

長門と陸奥に会い、ノースカロライナからはキツく忠告を受けながらも、指揮官のためにとクリスマスの買い物に行けば、軍に不法入国者扱いされて連行されかけた。

 

ただ、久しぶりの友達も出来た。

 

それから、長門が指揮官をよんだ本当の理由もわかった。

 

失った恋心の復活。何より、スペクテイターと名乗る個体。名こそ初めて聞くが、敵であることに変わりはない。

 

加えて、いくつかの懸念が残る。

 

長門が語ってみせた話からするに、スペクテイターは自らを母と主張し、どうも指揮官の事を知っている様子でもあった。

 

指揮官の両親は早くに亡くなっている。本人に確かめた訳でないが、書類の上ではそうなっていたのを覚えている。

 

ともかく、帰ったらトリカゴにも報告をしなければならない。

 

「......」

 

そう言えば、吾妻は大丈夫だろうか。

 

何やらどす黒いオーラを纏わせた赤城に連れて帰られていたが......生きている事を祈っておこう。

 

出来れば彼女にはトリカゴに来て欲しい。大鳳よりかは仲良くなれそうな気がする。

 

その時には重桜料理も是非、教示願いたい。

 

今日出されたあれは、おでんだったか。指揮官の傍にいなければならないし下手に動けないので、台所には行けなかったのが悔やまれる。陸奥にでも聞けば教えてくれるだろうか。

 

食事の時には、箸がちゃんと使えなくて恥ずかしい思いをした。

 

特に手こずったのがこんにゃく。あれは本当に箸で掴めるのだろうか。指揮官は易々と掴んでみせていたが、無理じゃなかろうか。

 

でも、掴めない自分を見かねて、指揮官が食べさせてくれたのは嬉しかった。あの人の箸で──要するにそういうこと。

 

「楽しい?」

 

「......っ!?」

 

背後からかけられた声にニューカッスルは大きく肩を揺らしお湯を跳ねさせながら、慌てて振り返る。

 

声の主は陸奥だった。

 

ニューカッスルと同じく一糸まとわぬ姿で、輝かんばかりの笑顔を浮かべている。

 

「えへへ。ごめんなさい。隣いいですか?」

 

「ええ、もちろんです」

 

「よかった。お邪魔します」

 

むしろお邪魔しているのはニューカッスルの方ではあるのだが、陸奥はお湯にへと足を差し入れる。

 

肩まで浸かると、蕩けた顔で恍惚感に満ちた声を出しながら、ゆっくりと身体の力を抜いていった。

 

「長門様と江風様は、ご一緒ではないのですか?」

 

「長門姉は祈祷と明日の帰る用の術の準備、江風さんは見張りと護衛。わたしは、ご飯食べた後のお風呂なだけ。あと、にゅーかっするさんとお喋りしに来たの。皆、いないし。指揮官寝ちゃったし」

 

「そうでしたか」

 

日頃の疲れがたまっていたからなのか、食事を取るなり指揮官はこたつなる布団に入って寝てしまっている。

 

抜け駆けは出来ないらしい。ただ、今は寝かせていてあげたい気持ちの方が強かった。可愛らしい寝顔も見れたし。

 

「本当、指揮官ってそういう所だよねえ。らしいっちゃらしいけど。それよりにゅーかっするさん、知ってる? こういうのね、裸の付き合いって言うんだよ。遠慮なしってやつ」

 

「そうです、ね?」

 

言葉は知っているが、果たして本当に裸である必要があるのか、ニューカッスルは疑問に思った。

 

「......」

 

「......」

 

お喋りに来たと陸奥は言っていたが、そこで会話は止まった。

 

しばらくの間、弾が尽きることの無いお湯鉄砲で陸奥が遊んでいるのを、ニューカッスルはじっと静観している時間が続く。

 

やがて、バツが悪そうに陸奥は切り出した。

 

「その......ごめんね。にゅーかっするさん。迷惑かけちゃって」

 

「迷惑、とは?」

 

「色々かな。いきなり慣れない土地によんじゃった事もだし、巻き込んじゃった事もだし、その......無くなっちゃった三枚目の事も」

 

伏し目がちにそう言うと長門の時と同じく、ペタンと狐耳が項垂れる。

 

ニューカッスルは思わず口元が緩んだ。

 

「お気になさらずとも、こうしてあの人と二人で逃避行というのも、中々にない機会なので私としては有難く思っていますよ」

 

「指揮官とお出かけとかしないの?」

 

「私はともかく、あの人に休みが来る日がほぼありません。毎日毎日公務やセイレーンの対処など多忙な日々。所用で基地を離れる事もありますが、護衛人に選ばれるのは私ではありませんので」

 

そう考えると、少し役得でもある。

 

経費無しで重桜に来られたと考えればいい。あまり観光は出来なかったが。

 

「護衛人って電話で話してた、のーすかろらいなさん?」

 

「はい。海はもちろん陸での戦闘面も合わせればトリカゴ随一と言っていい腕をお持ちの方です。加えて容姿端麗、スタイルも男性好みのものをお持ちかと」

 

「にゅーかっするさんも認めるくらい、凄い人なんだ。ほええ」

 

まだ見ぬ美人さんに、俄然興味を湧かせる陸奥。

 

「ですが、ご本人は全くその自覚がなく。個性がないと嘆いておいでの愉快な方です」

 

「ええっ!? にゅーかっするさんも認めるくらいなのに? 十分個性あるよ!?」

 

「私もそう思うのですが、ご本人が納得されていないようですので。この前も執務の際にウサギ耳を付け出して、指揮官様を困らせていました」

 

「なんでウサギ耳に辿り着いたんだろう?」

 

「さあ? ただ、その日は風邪をひいたのかと凄く心配されていました」

 

「あはは、指揮官らしいや──」

 

それからも、トリカゴの事や、他のメンバーの話をしたりと時は過ぎていき、月も段々とのぼり始める。

 

しばらくして、ふと陸奥は訊ねていた。

 

「あのさ、にゅーかっするさんも指揮官の事好きだよね?」

 

「......はい、お慕いしております」

 

恥ずかしがることなく、ニューカッスルは答えた。

 

「のーすかろらいなさんも? 他のトリカゴの人たちも?」

 

「そうでしょうね。トリカゴにいる全員、指揮官様の事を少なからずは想っていると思います」

 

「北風ちゃんもかあ。皆、恋してるんだなあ」

 

「陸奥様は違うのですか?」

 

「んー、陸奥はしてる......のかな? 江風さんと指揮官が仲良さそうに話してた時、胸がチクチクしたけど、これって恋かな?」

 

「さあ、どうでしょうか?」

 

わざとらしくニューカッスルはとぼけてみせた。

 

そんな彼女の態度に陸奥は口を尖らせる。

 

「むー、いじわる。じゃあさ、にゅーかっするさんはどうして指揮官の事を好きになったの? 教えてよ!」

 

陸奥としては、ささやかな仕返しのつもりだったのだが、ニューカッスルは勿体ぶることなく応じた。

 

「私に生き方を教えてくださったから、でしょうか」

 

「生き方?」

 

小さく頷く。

 

「......かつて、私は、あまり死ぬ事が怖くはありませんでした。自らの命によって平穏なる日々が守られるのであれば、私は喜んでこの身を投げ出していたでしょう」

 

「......そんな」

 

「そしてお恥ずかしい限りなのですが、この危うさに私自身が気付いていませんでした。平穏を望む自分こそが、一番平穏を脅かす存在だったのです」

 

「......」

 

「そんな私を変えてくださったのが、あの人です」

 

愛しげな声でニューカッスルは続ける。

 

「あの人がいなかったら、私はきっと無様に平穏を壊して死んでいた事でしょう。それにあの人は気付かせてくれた。本当に感謝しています。その感謝が肥大して、といったところでしょうか。参考になりましたか?」

 

一通りの惚気話を聞いた後ではあったが、陸奥の表情は明るいものではなかった。

 

「でも、指揮官はそんなにゅーかっするさんの想いにも気付かない。違う、気付けないんだよね......私たちのせいでミズホの神秘を失ったから」

 

「陸奥様が気を落とされる事はないと思います」

 

消え入りそうな弱々しい陸奥の嘆きに、ニューカッスルは、

 

「......確かに、心を戻せばあの人は私達に振り向いてくださったかもしれません。しかし」

 

「......?」

 

「私は、今を生きているあの方が好きなのです。平穏なる日常にいて下さるあの方が。それに、私はあの人には恋心はなくとも愛がないとは、とても思いません」

 

彼には愛があると言ってみせる。

 

「......どうして?」

 

「私がここに帰ってくる際、おかえりと、あの人は優しく迎えて言ってくださいました。長門様の時にも、此処に来た際、会えて嬉しいと。急によばれたのに怒りもしませんでした。本当に愛がないのであれば......想像がつくのではないのでしょうか?」

 

「......」

 

確かに彼は言っていた。

 

黙っていた大鳳の事も怒らず、むしろ懐かしい顔に会えて嬉しいと。

 

それは、一種の愛なのではないかニューカッスルは言いたいのだ。

 

そんな愛に私たちは悩んでいる。

 

わたしは悩んでいる。

 

わたしも?

 

つまり......

 

「隣人愛と私達の言葉では言います。彼はそれが少し人より大きいだけです。好意に気付かないのは、最早我々に課せられた試練と考える他ないでしょう。それこそあなたの信じるカミとやらの」

 

「......やっぱり」

 

「......?」

 

虚空に向かって囁いた陸奥にニューカッスルは首を傾げていると、一人うんうんと陸奥は頷くなり納得を示すと言った。

 

「うん、やっぱり! にゅーかっするさんは友達だけど、らいばるさんだよ! 負けないからね!」

 

威勢のある陸奥の言葉の意図を理解し、ニューカッスルは空に浮かぶ月と同じく三日月型に笑みを浮かべると、優しく返した。

 

「......ふふっ、そうですか。私も、負けるつもりはありませんよ」

 

彼女の愛する平穏が、また一段と賑やかさを増した。

 

*

 

翌日、指揮官とニューカッスルは長門の言っていた通り、無事にトリカゴに戻る事が出来ていた。

 

出来ていたと言うのも、目を覚ませば執務室にいたからだ。

 

久しぶりだったコタツの温もりは、いつの間にやらニューカッスルの膝枕に代わっている。

 

「おはようございます、貴方様」

 

「おはようニューカッスル......えっと、ここ執務室だよな?」

 

「はい、その様ですね」

 

「......そっか、帰ってきたのか」

 

執務室から重桜に行った時とは違って、今度は指揮官の方が慌てていた。

 

まさか、何の別れの挨拶もないとは。

 

「私としても貴方様に枕のご提供をと考え、自らの膝を差し出してから、少し目を閉じた事は記憶にあるのですが、次に目を開ければここにへと......それと」

 

「それと? お、なんだこれ」

 

ニューカッスルが流し目で横を見たので追いかけてみると、すぐ横に見慣れない紙袋が置いてあることに指揮官は気が付いた。

 

身を起こすなり、早速紙袋に手をのばす。

 

さながら、サンタさんからのプレゼントの様だった。

 

「クリスマスプレゼントでしょうか」

 

どうやらニューカッスルも同じ事を考えていたようだった。

 

「さてどうだろうな、どれどれ」

 

気になる中身はと。

 

「えっとこれは、何の小袋だろ?」

 

「それは北風様への刀剣油ですね」

 

「ああっ、北風のか」

 

忘れたら大変なことになるところだった、有難い。

 

「ええっと、次にこの箱は......」

 

「......あずき饅頭ですね」

 

「大鳳が好きなやつだこれ。長門のやつ、気を利かせてくれたな」

 

しかも一箱だけではなく、袋のほとんどをあずき饅頭の箱が占めている。

 

皆で食べろという事だろう。

 

全部取り出すと、袋はすっかり痩せ細ってしまっていた。

 

「これで以上でしょうか?」

 

「さて、どうかなっと。全部出してみるまでは......ん?」

 

カサりと、指揮官の指先を紙の感触が撫でた。

 

取り出してみると『読んでいい』と、わかりやすく墨の文字が書かれた便箋が姿を現す。

 

「また重桜に飛んだりしないよな......?」

 

「私はそれでも一向に構いませんよ」

 

今度は観光も出来そうなので。

 

「俺は勘弁だよ......」

 

机の上に出来上がっている新しい書類の山へ苦笑を浮かべながら、指揮官は手紙を取り出すと開いた。

 

『拝啓 トリカゴに戻った貴方へ

 

挨拶の言葉は面倒なので省かせてもらう。何より、つい先刻まで会っていたのだからな。

 

まずは、謝罪を。余の勝手な我儘で重桜にまで足を運ばせてしまったことを、改めて詫びさせてくれ。

 

ごめんなさい。

 

でも、会えて嬉しかった。余だけではなく、お主の顔を見れた重桜のKAN-SEN全員が思っていることだろう。

 

この長門が保証する。

 

それと、何故挨拶も無しにいきなりの別れなのかと考えていることだろう。

 

率直に言えば、涙を見せたくなかったからだ。

 

間違いなく、余と陸奥は別れ際に感極まって泣いていただろうかな。

 

別に見せたくなかったわけではないのだが、まだ恥ずかしいのだ。

 

許してくれ。

 

決して、行かないで欲しいとか、引き止めてしまいそうだからではない。

 

ないぞ。

 

違うからな。

 

次にいつ会えるのかは分からない。しかし、余はお主があの時言ってくれた言葉を信じて生きようと思う。

 

そして、お主も約束を忘れないでくれ。

 

最後にはちゃんと重桜に帰ってきて欲しい。

 

無論、五体満足で魂を収めてな。

 

指揮官。

 

私と陸奥と、いや、重桜の皆からのお願い。

 

決して、死なないで。

 

どんなに辛い事があろうと、いや、貴方の事だから、自分からなんて事もあるかもしれない。

 

でも、どうか覚えていて。

 

貴方が生きているだけで、嬉しい人間がここに、重桜にはいる。

 

だから、いつでも重桜に帰ってきて。

 

今度はちゃんと、お布団を敷いて待っているから。

 

ともかく体を大切に、心は余や陸奥がいるから大丈夫だ。

 

いや、トリカゴの者や。遠き異国の者も、かな。

 

略式ながら、以上とさせてもらう。

 

メリークリスマス、そして良いお年を。

 

敬具 長門

 

追伸

 

月が綺麗ですね』

 

「月? もうお日様出てき始めてるぞ?」

 

「......」

 

それは愛の言葉。

 

読書好きなニューカッスルはもちろん理解しているが、ただ、エリザベスの方が度胸はあるなと思った。

 

ここは、こっそりあの時出来なかった漁夫の利を得させてもらおうか。

 

「貴方様」

 

「どうした?」

 

拝啓

 

クエスチョンマークを浮かべ続ける、英雄で恋心を失った貴方様へ。

 

「......星も綺麗だと思いますよ、私は」

 

貴方のことを愛しています。

 

 

 

 

 

 

*

 

どこかどこかの暗い場所。

 

とめどない怒りを持て余す人物がひとり。

 

「どうして? どうして、皆お母さんの言う通りにしてくれないの? 世界!? 世界のせいなの!? そうだわ、世界よ、世界が全て悪い! どこ!? どこにあいつはいるのよ!? 私のあの子をあんな目にあわせた世界がぁ!!!!」

 

世界にへと、彼女は叫んだ。

 

叫ぶしか出来なかった。




Q なんでこの話書いたの?

A 話の世界観と設定を掘り下げておきたかった()

というわけで、お話の中ではクリスマスより前の重桜編終わりです

しばらく日常話続けようかなと思ってますので......なにとぞなにとぞ......

狐桜、神祠、指揮官の過去、ミズホの神秘消失のデメリット、スペクテイターさんなどなど勝手な設定盛りだくさんで、すんません。着いてきてくださっていれば嬉しく思います。

瑞鶴を出した理由なのですが、格好が紅白でサンタさんっぽいからです( ニューカッスルさんを巫女服にしたのもそんな理由だったり

唐突に出てきた指揮官の恋心消失問題ですが、わかる人にはわかる紹介なら、まもって守護月天のシャオ○ン状態的なあれだと思っていただければ


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「オペレーションOSG!」 その1


指揮官とニューカッスルがいない間、一方トリカゴでは......というお話


指揮官とニューカッスルが重桜にへと旅立って、早数時間。

 

トリカゴに取り残されたKAN-SEN達の心情は、とても落ち着いたものとは言えなかった。

 

指揮官がいなくなった事は、まずもちろんの事。

 

一度連絡は向こうからあった、いつも通り過ごしていてくれ、明日には帰るからと。

 

彼の言葉は信じている、約束を違えるような人ではない。

 

帰ってきてくれるはず。

 

けれど、ほんの少しだけ信じ切れていない己がいて、このままトリカゴのクリスマスパーティーには彼がいないんじゃないか。

 

もしかしたら、ずっとニューカッスルと重桜にいるんじゃないか、とか。

 

沢山の可能性の言葉をそれぞれ反芻してしまい、大鳳のすすり声がさらに空気を重たいものにへとしていき、それでも残酷な事に時計の針は進んでいく。

 

時刻は正午を回り、食堂にKAN-SEN達が集まっているが、誰もほとんど手を付けていない。

 

金属が重なる音よりも、ため息の方が多く聞こえる食堂で普段通りに食べているのは、エルドリッジとノースカロライナくらいだった。

 

この空気に喝を入れるためにも早く帰ってきてくれと、海にいるカリスマお化けことウォースパイトにへ思念しながら、ノースカロライナは無理くり喉にへとご飯を通していた。

 

「ノースカロライナ」

 

いつもよりも重たい気がするスプーンを皆が持つ中、沈黙を破って話しかけたのはエルドリッジだった。

 

「どうしたの? エルドリッジ」

 

「エルドリッジ、今日はお仕事終わり」

 

「そうなのね。お疲れ様」

 

「うん」

 

必死に笑顔を貼り付けて、エルドリッジの頭を撫でる。

 

くすぐったそうに目を細める中、エルドリッジはこれからの自分の行動を告げた。

 

「それでね。執務室、お掃除していい?」

 

「執務室の掃除?」

 

何でまた急にそんな事を?

 

エルドリッジの真意を問おうとした、その時。

 

「それだああああああああ!!!」

 

『......!?』

 

普段の彼女からは想像できないくらいの絶叫をあげ、目が死んでいた大鳳は一転、キラキラと瞳に光を灯して勢いよく立ち上がってみせた。

 

注目の視線が大鳳にへと集まる中、ノースカロライナは一同の総意を汲み取って声をかけた。

 

「あの、大鳳さん? 急にどうしました?」

 

「ですから掃除! 掃除! 執務室の大掃除!」

 

「は、はあ? 大掃除ですか」

 

「歳神様をお迎えする為にも、執務室を掃除しておけば、指揮官様はきっと喜んでくれるはず!」

 

「と、トシガミ?」

 

周りを見渡すと皆、首をかしげている。いや、北風だけが確かにと一人納得していた。

 

その様子から見るに、カミと付いているし、重桜のナニカなのだろう。

 

ユニオン本部にいた頃には、大掛かりな掃除は寒い冬ではなく暖かい春にやっていたが、重桜流では冬にやるようだった。

 

ノースカロライナが頭の中の知識のメモ帳にへと書き込んでいる中、大鳳は猫なで声でさらに続ける。

 

「そ・れ・にぃ♡ 私、まだ執務室の捜索は出来ていない。いえ、普段なら指揮官様の目があるから出来ない。でもぉ、今は忌々しいあの扉の鍵があいていてぇ、尚且つ指揮官様はいない。あのメイドでさえ知らないはずの指揮官様の机を......うふふふふふ♡」

 

『......っ!!』

 

一同に衝撃が走る!

 

そう、大鳳がさっき言った通り、指揮官は私室には鍵をしない割に、執務室に関してのセキュリティ意識だけはやけに高い。

 

おそらく書類や帳簿といった盗られたら困るものが多数あるからだと予測はつくが、つまり、そのもしかしたらあるのではなかろうか、個人的に見られたら困る何かが!

 

好きな人の事はなるべく知りたいのがKAN-SEN心、そんな彼女達にとって一種の見えてしまっている宝箱。

 

それこそが、執務室の机なのだ!

 

ちなみに私室の捜索報告は、すでにあがっている。

 

捜索報告といっても、もしプレゼントをする時とかの彼の趣味嗜好を知るためであって、決してやましい本があったりしないかなとか、そんな邪推な思いは一切ない。断じて違う。ちなみに非常に残念な事にそういった本はなかった。

 

兎も角、いつもならこんな美味しい作戦をすぐ様独断で実行していそうな大鳳が、こうして口にしてくれた事で重苦しかった食堂を、一転また別の空気が駆け巡っていた。

 

──大掃除しちゃう?

 

............。

 

そして今。

 

執務室前にいるKAN-SEN達の心情はとても落ち着いたものではない、という訳である。

 

「えーと、これは悪魔で大掃除。執務室の大掃除ですからね? それはみんな分かってますね?」

 

『......』

 

ノースカロライナの言葉に皆、小さく首を縦に振り頷き返す。

 

さながら、餌を前に待てをしている利口な獣だった。

 

流石に失礼なので、今回都合がついて集まれた選手の紹介にうつろう。

 

ユニオン代表。試しに個性をと思い、ラフィーみたいにうさ耳をつけて仕事をしてみたら、指揮官に風邪かと言われて本気でへこんだ護衛人、ノースカロライナ!

 

重桜代表。あのメイドの役目は私のはずだった! 指揮官様に褒められる事で既に頭はいっぱい。数時間前まで死にかけてたとは思えない程元気を取り戻しここに復活、大鳳!

 

ロイヤル代表。給仕さんなのだから主の部屋の掃除をするのは当たり前。実は指揮官の私室の掃除を公式に任されているため、そこそこ美味しい(意味深)思いをしている給仕さん、ネプチューン!

 

最後にユニオン代表。立案人であり、邪な思いは一切無し。普通に掃除をしてあげようとやる気はMAX。静電気でホコリなんて残さない! 指揮官の思い出と執務室への来訪回数は断トツのトリカゴトップ、エルドリッジ!

 

以上、四名の参加となっている。

 

他のKAN-SEN達は任務だったりと忙しく参加は叶わなかったが、報告会を楽しみにしているとの事。ウォースパイトへの対応は任せろとも。

 

マランだけは夜間任務まで手が空いていたが、報告会で聞くから寝させてくれと、参加を辞退した。

 

「入る前に確認事項です。まず、部屋を荒らさない事。そして、今回見たことは皆に報告する事。書類などは捨てない事。もし、ウォースパイトさんが帰ってきて様子を見に来たら、誰か事情を説明する事──多分私だろうけど。最後にちゃんと掃除をする事。分かりましたね?」

 

「指揮官様の全ては、この大鳳が見つけてあげますからね? うふふ♡」

 

「了解ですわ!」

 

「らじゃ」

 

若干一名返事がなかったが、やらかしそうなら実力行使でいいかとノースカロライナは判断し、

 

「ではオペレーションOSG開始です。ゴー!」

 

執務室大掃除作戦が、号令をあげた。

 






皆さんは勝手に人の机を漁らないようにね!


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「オペレーションOSG!」 その2

若干のキャラdisがございます、ご注意ください...


オペレーションOSGと名付けては見たものの、その作業自体は実に地味というか、有り触れたものである。

 

まず、床に掃除機をかけてからワックスで艶だし。

 

雑貨などについた細かいホコリは、エルドリッジのビリビリによって回収。

 

触ってやるよりも手早く安全かつ効率的で、そこら辺の家電には引けを取らない仕事ぶりだ。

 

大鳳は指揮官のサインがいるものだけに書類を仕分け、事務仕事に入った。これもまた掃除だろうし、本人が喜ぶ事は間違いない。

 

ネプチューンは天井スレスレまで延びる大きな窓に付属しているカーテンを洗濯した後に、窓の拭き掃除に取り掛かる。

 

ノースカロライナは、照明器具や空調設備のメンテナンスと掃除をする事にした。

 

やる事はきちんとやってから。

 

それがトリカゴのルールであり、特に異を唱えるものもいない。

 

帰ってきたら喜んでくれる指揮官の笑顔を想像しながら、黙々と作業を進めていく。

 

ここだけ見れば指揮官のためにと精を出す健気な乙女達の姿なのであるが、ページを捲れば本が読み終えてしまうように、一つまた一つと作業が終わればお待ちかねの時が刻一刻とやってくる。

 

いや、やってきた。

 

やってきてしまった。

 

「......さて」

 

すっかり疲れ果てたエルドリッジが指揮官の椅子の上でネコのように丸まりながらスヤスヤと寝息をたてる中、やる事はやった三人は、目の前の宝箱にゴクリと喉を鳴らした。

 

執務室の机は机本体に引き出しが二つ、備え付けのキャビネットは三段構成になっている。

 

「ちなみに大鳳さん、ネプチューンさん。机の中身についてはどのくらい知ってます?」

 

「机の方の左の引き出しからは、お菓子が出てくるくらいしか知りませんわ。エルドリッジさんのついでに、チョコレートを貰ったことが。今でも大切な家宝に♡」

 

「私はないですけど、友であるフォーミダブルとオーロラからはキャラメルを貰ったと聞いていますわ」

 

「なるほど、私も同じですね」

 

二人の証言にノースカロライナも同意を示す。

 

大鳳でも、この机についてはその程度の認識。

 

何より普段は指揮官が座っていて、漁るなんて真似は秘書艦になった時だからこそ到底出来ない。

 

ならば、指揮官もおらず、執務室も開いている今しか。

 

「ちなみに、ノースカロライナさんは何が出てきたら嬉しいのですの?」

 

「そうですね......小さい頃の写真とか。何かしら、彼らしさを感じるものが出てきたら嬉しいですかね」

 

「なるほどなるほど。大鳳さんは?」

 

「もっちろん。殿方が持っていらっしゃるとされているあんな本ですわあ♡」

 

「はいはい、貴方はそういう人でしたわね。まあ、私も少なからず期待はしていますけど......」

 

少なくともKAN-SENだって女性だ。

 

そして、指揮官は男性。溜まった劣情はどこかで晴らしているはず。

 

私室の机とベッドの下にないのであれば、下手に触れないこちらにあるとしか考えられない。

 

端末?

 

すでに確認したが、仕事用だったのか求めているものはなかった。

 

「まあ、何も無い可能性もありますけど。いえ、そちらの方が大きいでしょうね」

 

同じ結末ではないのかと、ノースカロライナは保険をかけておく。

 

しかし、夢見る大鳳はピシャリと言ってみせた。

 

「関係ありませんわ。あるかないかのニブンノイチ。とりあえず、分かりきっている所から確認しません?」

 

「いいでしょう」

 

「よろしくってよ」

 

「では......ご開帳♡」

 

共犯の承認を確認してから、色めいた声で大鳳は躊躇いなく、机の左の引き出しを開けてみせた。

 

「おお」

 

「これは」

 

「凄いですわね」

 

三人の目に飛び込んできたのは、それはそれは様々な国の、いわゆる彼が承認を得てきた国々のお菓子達だった。

 

種類はチョコレート、キャラメル、クッキーと有り触れたものではあるが、そのパッケージはどれも見たことが、人それぞれあったりなかったり。

 

「ここまで色んな国のお菓子があるとは。これ、ユニオンのやつですよ」

 

「こっちは、我らがロイヤルのお菓子ですわ。よくある市販のものですけど」

 

「やはり何処の国でも、こういった定番のモノはあるんですね」

 

「一息つきたい時には、丁度いいですしね」

 

遠き故郷にへと懐旧の情に二人が駆られる中、しばらく口を閉じていた大鳳が感づいた。

 

「......もしかして、指揮官様。あげる女の国によって、渡すお菓子を変えているのでは?」

 

「「......!!」」

 

ぴたり。

 

はしゃいでいた二人の動きが止まる。

 

大鳳の言う事が本当ならつまり、なるべくトリカゴの皆の舌に合うように、それぞれ故郷の味のものを人に合わせてあげている。

 

それは、逆に言えば。

 

「トリカゴが結成される前から、一つ一つ各国のものをわざわざ、私たちのために......?」

 

「「......!!」」

 

キュンキュンキュンキューン♡

 

本人の真なる思いは不確かではあるが、大鳳の推理は確実に指揮官への上がりきっていた好感度をさらに上げていく。

 

実際のところは───

 

「いや、そんなに食べないけど流石にお菓子一種類だと飽きるから、なるべくいっぱいあったらいいかなって。他の国なんて滅多に行かないし、お土産に買っただけ」

 

───

 

「それでこそ指揮官ですね」

 

「本当に、お優しい人ですわ」

 

「指揮官様♡」

 

指揮官の思いやり(過大解釈)という確かな宝を手にしたが、まだまだ初回、引き出しはあと四つもある。

 

しかも、ここからは前人未踏の領域。

 

トリカゴにいるKAN-SEN誰もが見たこともない、新世界が今ここに。

 

「じゃ、次ですわぁ」

 

いつの間にやら開封役になった大鳳が、鼻息荒く机本体の右側の引き出しに手をかけると、一思いに開けてみせた。

 

「あっ」

 

「これは」

 

「......手紙?」

 

次に姿を現したのは、手紙の束達だった。

 

大きな束のものがいくつかと、数枚程度のものもある。

 

ノースカロライナと大鳳は見覚えがあるのか、目を大きく見開いている。

 

ひとり眉をひそめているネプチューンが、束を二つ手に取り、一番上にある手紙の差出人を読み上げた。

 

「こちらは、ユニオンのですわね。差出人は......バターンさんでしょうか。で、こっちのたくさんあるのは重桜ですわね。えっと、しゅんかわさん?」

 

「駿河」

 

「するがと読みますのね、これ......で、何の手紙ですの?」

 

「ユニオンから離れる際に、彼と親交のあったKAN-SENの方たちが手紙をくれたんです。バターンさんに、ホーネットさん。これはヴェスタルさんですか、懐かしい名前ですね。あ、ワシントンのもある。あの子、指揮官に何書いたんだろう」

 

「妹さんでしたわね。で、重桜もですの?」

 

「ええ。指揮官様が重桜を離れ、ユニオンに向かわれた際に重桜のKAN-SEN共が、みんな文を書いただけですわ」

 

「だけにしては、枚数多くありませんこと!?」

 

軽く見ても重桜のものだけで、五十は優に超えている。

 

相当信頼されていなければ、こんな枚数にはならないだろう。

 

一体指揮官は、重桜で何をしたのだろうか。

 

その詳細については、ニューカッスルが今頃瑞鶴から聞いている事だろう。

 

「当たり前ですわ。だって、私の指揮官様ですもの。でも、大鳳以外の文も読んでると思うと......きぃぃぃ......」

 

わかりやすくハンカチを口に噛み締める大鳳は、いつもの大鳳なのでスルーするとして。

 

「ちなみに、大鳳さんも書きましたの?」

 

「ええ勿論。これですわ」

 

すかさず、いくつかの束のうちから自らのものを引き抜き、ネプチューンにへと大鳳は手渡した。

 

「見ても?」

 

「別に構いません。指揮官様への愛の言葉しか書いていませんもの」

 

「ふうん」

 

でしょうね、と小さく頷いてから手紙を開いてみる。

 

『愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛してます』

 

「「こわっ!?」」

 

飛び込んできたのは愛(物理)

 

まさか、本当に愛の言葉しか書いていないとは思わなかった。

 

これは、ちょっとした、いや立派な脅迫文。

 

自分がもらったら泣く自信がネプチューンにはあった。

 

「本当に、あの時は生きた心地がしませんでしたわ。指揮官様が重桜を離れるなんて......でも、カミは私達を見放しませんでしたわ! こうして大鳳は今、トリカゴで指揮官様のお力になれているのですから!」

 

「「......」」

 

こうして今、指揮官様にご迷惑をおかけしているの間違いではなかろうか。

 

「あら、この手紙は」

 

「どうしたんですかネプチューンさん?」

 

ふと、目に入った差出人の名前に、ネプチューンは思わずそれを手に取る

 

その手紙の差出人名は赤城。

 

「赤城って。あの重桜トップの赤城ですの?」

 

ネプチューンでも知っているくらいには有名人というか、かつての敵の名前である。

 

「ああ、赤城さんですか。軍の方のトップですわ。あなたがたアズールレーンが目の敵にしてた。私は別の組織所属です」

 

「へえ、そうでしたの」

 

「落ちぶれたのなら、そのままどん底で惨たらしく這いつくばっていればよろしかったのに......なぜ指揮官様はあそこまで......」

 

「「......」」

 

何か事情があるのだろうが、他国の事に大きく足を踏み込むのも面倒なので、二人は赤城の手紙を読む事にした。

 

『愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛してます』

 

「「一緒じゃんっ!?」」

 

「あら、これが赤城さんの? 酷い内容ですわぁ。それに字も私の方が綺麗。こんな手紙を指揮官様の目で読ませようなんて、本当に残酷残忍、悪虐非道、血も涙もありませんわ」

 

おほほほほと高笑いする大鳳は捨ておき、ネプチューンはノースカロライナにへと冷や汗を垂らしながら訊ねた。

 

「ノースカロライナさん、重桜って大丈夫ですの? 代表がこれって......」

 

「いや、まだ二通だけです。もう少し確認しましょう。サンプルは沢山ありますし」

 

「そ、そうですわね」

 

確かにノースカロライナの言う通りだ、沢山ある中のまだ二通。

 

たまたまヤバいやつを連続して引き当ててしまっただけがしれない、もう少しちゃんとしたものがあるに決まっている。

 

あってください。

 

そして、次にネプチューンが適当に取り出した手紙の差出人は、

 

「ええっと、このお手紙の差出人は。愛宕さんですわね」

 

「ああ。あの尻尾を振ることしか脳のない。軍の牝犬ですか」

 

「「......」」

 

一応同郷であるはずなのだが、大鳳の全方位(指揮官以外)に喧嘩を売っていくスタイルは、重桜のKAN-SENでも同じなのかの目。

 

ともかく、ノースカロライナとネプチューンは目に入った文字を読んでいく事にした。

 

『今日の指揮官。マルナナマルマル。いつも通り起床、可愛いあくびをしてからお着替え♡。マルナナサンマル。朝ご飯。献立はお味噌汁、ごはん、鮭の塩焼き、たくあん。美味しそうに食べてる。マルハチマルマル──』

 

とりあえずここで一旦二人は読む事をやめた。

 

やめたかった。

 

「あの、ここからひたすら指揮官の行動が逐一書いてあるんですけど」

 

「最後の『ずっと貴方の事を見てる♡』の説得力が凄いですわ......」

 

「だから言ったじゃないですか、牝犬って。本当に尻尾しか振れない哀れな軍の犬ねえ。指揮官様のことは見るのではなくて、感じないと」

 

「「そっち!?」」

 

どうやら、大鳳にとっては愛宕はまだまだひよっこらしい。

 

二人にとっては充分なのだが、重桜にいる指揮官が心配で心配で仕方なくなってきた。

 

魔境重桜。

 

「ノースカロライナさん。私、指揮官様が全然振り向いてくださらないのは、重桜のやべー方々の所為な気がしてきましたわ」

 

「辛味と同じですね。慣れてしまってみたいな......」

 

「そうそう」

 

それに、常にその辛味がトリカゴにはいるわけだし。

 

ちらりと大鳳を盗み見る。

 

「......はい? なんですか?」

 

「いえ、なんでも」

 

最早、トリカゴの全員も彼女の行動に慣れてきてしまっているのが恐ろしい。

 

話せばいい人だし、実のところ、自分からのアプローチはあまりしないのを知っているのもまた。

 

「どう致しますノースカロライナさん? もう一枚くらい見ておきます?」

 

「......そうですね。すでにスリーストライクでバッターアウトですが、念の為もう一球見ておきましょう」

 

「最早ベースボールですか......」

 

完全に遊び感覚。

 

そのくらいの精神じゃないとやってられない。

 

さてさて、次にネプチューンが取り出した手紙の差出人は、

 

「ええっと......隼鷹さんですわね」

 

「......」

 

「何でここに来てノーコメントですの大鳳さん!?」

 

先程までの罵詈雑言はどこに!?

 

露骨に目線をそらさないで!?

 

「とりあえず、読んでみましょう」

 

「そ、そうですわね」

 

あの大鳳でさえ絶句する人間の手紙。

 

果たして、どんな事が書かれているのやら。

 

『貴方がいなくなるのが、とても寂しくなります。ずっと前から一緒にいたから、ずっと重桜にいてくれると思っていました。でも、オサナナジミだからこそ、こういう時は背中を押してあげるべきだと思ったの。指揮官、私の事を忘れないで、ユニオンに行っても頑張って。そしてまた、色んな場所にデートに行こうね──』

 

「ふうん。なんだ、普通のもありますのね」

 

想像していたよりは肩透かしの内容に、ネプチューンは安堵半分落胆半分の息を吐いた。

 

よかったよかった、流石に四枚も連続してヤバいのを引き当てることは無かったようだ。

 

ノースカロライナも、きっとそうだと思いきや。

 

「......」

 

「ほんっとやばいわ、あいつ」

 

どうも、かなり神妙な面で手紙を読み込み瞳孔を開かせている。

 

大鳳も平常運転なようで、罵り具合にキレがない。

 

「え? 何かおかしなところあります? 確かに指揮官様との距離は近い気がしますけど......」

 

「わかりませんか、ネプチューンさん」

 

「......?」

 

首を傾げ、もう一度文章に目を走らせる。

 

これといって不審な点はないように見えるが、見兼ねたノースカロライナが解説を始めた。

 

「このオサナナジミというキーワード。互いに幼少期を迎えていなければ、使うことは無い言葉です」

 

「は、はあ。そうなんですの?」

 

「そうなんです。で、ネプチューンさんも身を持ってご存知でしょうが、我々KAN-SENには幼少期などありません。駆逐艦の子は精神的にも幼い子は多いですが、基本KAN-SENには、子供時代は存在しないんです。大鳳さん、この方の艦種は?」

 

「......軽空母」

 

「それが一体........................っ!!!!」

 

しっかり間をとってから、ネプチューンはこの手紙の恐ろしさに気が付いてしまい、大きく息を呑んだ。

 

思わず手紙を机に投げてしまう。

 

大鳳が押し黙った理由がわかったというか、わかりたくなかった。

 

過去三枚の手紙も相当だが、群を抜いて鳥肌が立っている。

 

まず、KAN-SENに子供時代は存在しない。

 

隼鷹という差出人もKAN-SENであることには違いなく、更に大鳳は軽空母と言っていた。

 

つまり、駆逐艦では無いのだから精神が幼いなんて事はなく、自分と同じようにある程度成長した心とカラダで生まれた訳であって。

 

それなのに、まるで自分も指揮官も小さな頃から会っていたかのような内容。

 

KAN-SENには、幼少期なんてものは存在しないのに──

 

このオサナナジミが見ているのはイツノコト?

 

「ガチでやべー方じゃないですのっ!?」

 

「ユニオンでこういう方とは会う機会がなかったので、なんかこう、凄いですね」

 

「凄いで片付けていいんですのこれ!?」

 

「頭の中が万華鏡な奴の手紙なんて捨ててしまえばいいのに。でもぉ、指揮官様はお優しいから。そんな指揮官様が好き♡」

 

「知ってましたけど貴方も大概ですわねぇ!」

 

それでも、隼鷹の方がやべー力は高い。

 

彼女は、妄想を現実と見間違えてしまっている。

 

まだ現実の駆逐艦を追いかけているアークロイヤルの方が、現実にいるインディちゃんインディちゃんと騒いでいたポートランドの方が数ミリ程マシだと、ネプチューンとノースカロライナは思った。

 

「ノースカロライナさん。今すぐ重桜に行って指揮官様を助けに行きませんこと!?」

 

四枚連続してやべーのだ、ネプチューンにとっては最早バミューダトライアングル、重桜は魔の巣窟となっていた。

 

今頃、なんか酷い目にあっているのではないかと。重桜KAN-SENはこんな奴らばかりだったから、ユニオンに飛び出したとなれば、凄く納得がいく。

 

なお、たまたまネプチューンがSSRとも言える手紙を四連続で引き当ててしまっただけであり、多くの重桜のKAN-SENは真っ当に指揮官を想う子ばかりなのだが...。

 

運が良いのか悪いのか。

 

「出来るならそうしたいです......はあ」

 

「せめてこの、隼鷹さんのだけでも燃やしません? 指揮官様の精神衛生上よろしくないのでは?」

 

「気持ちはわかりますけど、落ち着いてください」

 

「あうっ」

 

艤装を展開したネプチューンをデコピンで制し、ノースカロライナは冷静に指揮官の机の事を評価する方向に切り替えた。

 

切り替えないとやってられない。

 

「しかし、手紙でしたか。お守りのようなものですかね?」

 

「大鳳の手紙が指揮官様を!? お前ぇ!」

 

「自分が作り出したものにまで......」

 

そこまで私怨を込められたら、何に嫉妬しないのかが逆に気になった。

 

昨日の自分自身にも嫉妬してそうで怖い。

 

今を生きる大鳳さんなのだ。

 

そんな彼女はほっといて、

 

「あいたたた。ですが、ノースカロライナさん。よかったら今度、私達でも書いてみません?」

 

「手紙をですか?」

 

「ええ。手紙はここに集まるのでしょう? きっと、たまには読んでいるはずですし、何だかその、嬉しいじゃないですか。私達の言葉が指揮官様のお力になるのって」

 

「私の愛が指揮官様にっ!? ならおっけー!」

 

「大鳳さんの境界線がよくわからない......」

 

「私もですわ......」

 

勢いよく親指を立てる大鳳の事はともかく、報告会で手紙を書いてみること提案するのは悪くなさそうだ。

 

普段は言えない言葉も、例えばこの前のうさ耳の件の弁明も手紙なら出来そうな気がする。

 

こうして、新たな発見と重桜への大きな誤解を得た二つ目の引き出しの探索は閉幕した。




鈴谷って個人的にやべー奴ではないのですが、どうなんですかね?


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「オペレーションOSG!」 終

オペレーションOSG(オーソージ)終了?


机本体の引き出しは終わり、ついにOSG作戦はフェイズを進めキャビネットにへと手をかけていく。

 

すでに言ってはいるが、キャビネットは三段構成となっていて、一番上の段と真ん中は高さ八センチほどの引き出しが、最も下段の引き出しだけはその倍ほどの高さとなっている。

 

いかにも何か入っていそうなのは最下段。

 

しかし、ここは順当に上から確認していくと、ノースカロライナ隊長は決断した。

 

「では、キャビネットの方イキますわぁ♡」

 

「「......」」

 

最早お約束となってきた大鳳隊員の艶っぽい息遣いと共に、キャビネット最上段が呆気なく開披される。

 

気になる中身は、

 

「普通ですね」

 

「普通ですわね」

 

「......」

 

報告するなら、文房具。

 

実にありふれている中身。

 

それだけ。

 

ここは、報告会でもパスしてしまって良さげな内容だった。

 

既に三人の興味は次の段にへと移ってしまっている。

 

「とりあえず、一本貰っておきますわぁ。じゃあ、次の引き出しいきますわね」

 

「「............いやいやいやちょっと待って!!」」

 

さも当たり前すぎる手際に、危うくスルーしてしまうところだった。

 

すぐ様、大鳳隊員を現行犯で取り押さえる。

 

「何ですの!? 私が何かしましたっ!?」

 

「もはや無意識ですか!? とりあえずで胸にしまったそのペンを戻しましょう!?」

 

「そうですわ大鳳さん! 指揮官様の私物の盗難は、トリカゴ条約違反ですわ! 貴方がお忘れなわけではないでしょう!?」

 

トリカゴ条約 第十八条 第二項

 

指揮官の私物を盗んだ場合、二週間分の秘書艦禁止処分とする。なお、貰った場合はこの限りではない。

 

「ううっ、先っちょ。先っちょを使うだけですからぁ!」

 

「そりゃペンですからね!」

 

「逆に先端以外のどこを使えと言うのですの!?」

 

「それは......指揮官様の事を考えながら、このペンを私という筆箱の中......」

 

「言わせませんわよっ!?」

 

「あぁん♡ 大鳳の中で『すき』って書かないでぇ♡」

 

「だまらっしゃい!」

 

大鳳がナニを想像しているのかはともかく、これ以上はイケない。

 

じゃなくて、これ以上はいけない。

 

まだお昼というか、すぐそこでエルドリッジが寝ているのもあるが、大鳳の一言でR18タグを付ける必要性が出てきてしまう。

 

「はい、大鳳さん戻して! まだ未遂で済ませてあげますから!」

 

「秘書艦禁止処分になりますわよ! 私はぜんぜん構いませんけど!」

 

「くうぅぅ、指揮官様のペン......」

 

「ほら、離しましょう。自分で出来ないなら私が──大鳳さん力強いですねほんと!?」

 

「かったい! 林檎潰せますわよこれ!? というかペンが折れそうですわっ!?」

 

「それは駄目!」

 

そんな事件がありながらも、この世の終わりのような声を出す大鳳から盗難品を回収し、被害者もとい被害物であったペンはちゃんと元の場所にへと返しておいた。

 

「はあはあ、何も無かったのになんでこんなにも疲れるはめに......」

 

「本当ですわ......」

 

「お二人共大丈夫です? まだあと二つ、しかも本命が残ってますのに。ここでへばるなんてぇ、お早いのでは?」

 

「「......」」

 

一体誰のせいでこうなっているのかと思っているのか、この女は......

 

いや、気を取り直していこう。

 

まだ、引き出しは二つ残っている。このまま何も無い可能性の方が高いだろうが、見てみなければわからない。

 

シュレディンガーの引き出し。

 

「おほん、では大鳳さん。次の引き出しをお願いします」

 

「はいはい、イキますわよ」

 

全く詫びるつもりもないまま、一応悪意はなかったということで釈放された大鳳は、キャビネット中段の引き出しへと手をかけ──開けた。

 

「これは、また指揮官様らしい」

 

「ですね。いかにもです」

 

「なるほどですわね」

 

顔を覗かせ、三人口を揃えて納得の声を出す。

 

キャビネット中段の引き出しから出てきたのは、地図だった。

 

一枚だけではなく、かなりの枚数が重なっていて、さながら地図の辞書とでも言える状態。

 

電子情報もある現代ではあるが、紙の地図ならエルドリッジが停電などを起こしても有事に対応できるからだろう。

 

普通は資料室にでも置いておくものだが、指揮官には地図を見るだけでセイレーンを見つけられる目がある、ここにあって納得の一品だった。

 

「色々ありますね。重桜、ユニオン、ロイヤル......これは北極ですか」

 

「普段見てるのと違うので、大陸の形に違和感ありますわね」

 

「私達でもよく見るのはメルカトル図法ですからね。大陸の形だけならあれが一番ですが、距離や大きさなら他の地図の方がいい時もありますし、状況次第でしょうか」

 

ノースカロライナ先生のお勉強会が開かれながらも、ペラリペラリと地図をめくっていく。

 

すると、

 

「......ん?」

 

唐突に、一通の茶封筒が姿を現した。

 

表面にはただ、こう書かれている。

 

──トリカゴの皆へ

 

「指揮官様の字ですわ。間違いありません」

 

一転、真面目な顔付きで大鳳が告げる。

 

彼女が言うのなら間違いない。

 

「手紙。そして宛先は私達......これ、その。要するにあれですわよね?」

 

少し戸惑った様子でネプチューンはノースカロライナにへと確認をとっていた。

 

「恐らく、指揮官の遺書です」

 

『......』

 

ノースカロライナの答えに、空気が食堂のあの時と同じく重たいものに変貌する。

 

今でこそ和気あいあいとしているが、いつこの場所がセイレーンに襲撃をされるのか、また、指揮官本人がいつ亡くなるのかもわからない。

 

その覚悟を持って彼はここに居て、その意思をトリカゴのKAN-SEN達に残そうとしてくれているのだ。

 

「......これは、見ないでおきましょう。いえ、決して読むことが無いようにするのが、私達の永遠の任務です」

 

「ええ」

 

「......」

 

ネプチューンは短く、大鳳は一瞥だけ。

 

何せ、宛先はトリカゴの皆へ。

 

皆で読むものなのだろう。読もうとも思わないし、読みたくもないが。

 

こうして、キャビネット中段の捜索は、彼の覚悟を受け止めて終わりとなった。

 

さて、早くも残るは最下段ひとつのみ。

 

改めてここまでの収穫を振り返れば、各国のお菓子、ユニオンと重桜のKAN-SENからの手紙、文房具、地図、そして遺書。

 

あんな本とか幼少期の写真とかではなく、まさかの遺書の登場とはなったが、ついに最後のひとつとなったのだ。ここで撤退するわけにもいかない。

 

しかし、ここまでの成果を総評するなら面白くない結果ではある。

 

その事に大鳳は口を尖らせていた。

 

「むう......」

 

「不満そうですわね、大鳳さん」

 

「当たり前です。指揮官様の事を知る事が出来るのは至福の喜びですけど、もう少し大鳳を昂らせる代物が欲しいです」

 

「だからと言ってお土産感覚でペンを盗っていくのは、人としてどうですの......」

 

「何か?」

 

「いえ、なんでも」

 

恐らく大鳳の事だろうから聞こえているが、ネプチューンは誤魔化すことにした。

 

「そうですか。では、お待ちかねの本丸。最後の一段。イキますよ」

 

「はい、お願いします」

 

「ドキドキですわ」

 

キャビネットの最下段は、上二段と比べると高さがあり、それだけに、書類ではない物も色々入っているのでないかと推測出来てしまう。

 

期待が高まるのも自然な事だった。

 

まさに本丸。

 

大本命だ。

 

「──いざっ!」

 

少し甲高い音が執務室に響き、とうとう執務室の机の全貌が明らかになる。

 

果たしてその中身は──

 

『......プレゼント?』

 

三人またしても、今度は一字一句口を揃えてそう言った。

 

引き出しの中には、わかりやすく可愛らしい包装紙に包まれ、リボンがくくられた大小様々な箱が詰められていた。

 

箱の形状からしておそらくお酒だったりと中身の想像がつくものもあるが、そんなプレゼントが全部で十四個、つまりはトリカゴに所属するKAN-SENの数だけあった。

 

「もしかしてというか、クリスマスプレゼントですかね。これ?」

 

「きっとそうですわ! さすがは私達の指揮官様! ちゃーんと全員分用意してくれていましたのね!」

 

「......勝ち取って、誰が指揮官様の隣にいるべきか分からせるつもりでしたのに」

 

「「言うと思いました!!」」

 

トリカゴで開かれるクリスマスパーティーはまだ少し先のことではあるが、既にしおりは出来上がっており、そのプログラムのひとつにプレゼント交換会がある。

 

音楽を流して止まったタイミングで、みたいなよくあるアレでは牛歩戦術が発生するのが目に見えているので、公平にくじ引きとなっていた。

 

恐らくここで、大鳳は指揮官のプレゼントを勝ち取る予定だったのだろう。

 

「よかった。これなら血で血を洗う事にはならなそうですね」

 

指揮官からのプレゼントなんて滅多にないもの、それを羨ましがって......なんて事もあるかもというか、確実にある。

 

クリスマスプレゼントがきっかけで戦争なんて笑い話にならないので、全員貰えるのならそれに越したことはない。

 

「ふふっ、今からパーティーが楽しみですわ。確かに、クリスマスプレゼントの事を秘密にするなら、ココが一番最適ですわね」

 

「ええ、絶対に開けられる事はありませんしね。さあ、全ての引き出しを確認出来ました。作戦報告書を書かなければなりません。これで終わりに──」

 

「待って!」

 

「「......?」」

 

任務完遂のため、撤退をしようとした二人を大鳳が呼び止める。

 

顎に手を添えながらも、大鳳は抱いたひっかかりを取るためにも口に出しておくことにした。

 

「プレゼント交換会の時に、指揮官様は私達にこれをお渡しするおつもりなの?」

 

「と、言いますと?」

 

「ですから、これらのは多分個人用で、プレゼント交換会では交換会用の別のプレゼントがあるのでは?」

 

「「......」」

 

言われてみれば確かにとなる疑問。

 

交換会で全員分用意した可能性もあるが、ならくじ引きをする意味があるのかという事になって......。

 

それなら、交換会用のプレゼントが他にあると考えてもおかしいことは無い。

 

「十一、十二、十三、十四。うん。ですが大鳳さん。プレゼントの数は十四つしかありませんわよ?」

 

「となると、お忘れになられているか。まだ用意の手筈を進めていないか、どこかに忍ばせてあるか、これが交換会に出るかのどれか......すんすん、匂いがある。もう一つありますわよ」

 

「あの、ノースカロライナさん。大鳳さん当たり前のように匂いで推理しておりますけど......」

 

「大丈夫、私も頭が痛くなってきました」

 

「指揮官様の事を考えると、きっと、ここ......ほらあ♡ あははははっ! みぃつけた♡」

 

凄いという言葉より怖いという気持ちが先行するが、大鳳が見つけ出してみせたのは、これまた一通の便箋だった。

 

「これだけ箱ではなくて、紙ですわね。流石に遺書が二枚もあるはずないでしょうし、プレゼントの所に入っているわけですし、プレゼントですわよね?」

 

「多分そうでしょう。サイズ的に小切手......なわけないですね。なにか、ギフトカードとかでしょうか」

 

「無難ですけど、頂けたら普通に嬉しいやつですわね」

 

「開けてみます? 大鳳にお任せしてくだされば、封を切っても完璧に戻せますよ」

 

「今だけあなたのことが凄く頼もしいです」

 

しかし、三人はこの時すっかり忘れていたのだ。

 

時として波乱とは自らが起こすのではなく、向こうからも起こしてくるのだと。

 

中に入っていたのは一枚の紙切れ。

 

されども、それは誰にとっても甘美なる響きのものであった。

 

このプレゼントについて、男はこう語っている。

 

「ひとつくらいハズレがあっても、いいかなあと」

 

まさかとんでもない。

 

『手作りお弁当券』

 

それは、KAN-SEN達にとっては最大級のご褒美であった!

 

 

 




次回、指揮官が知るはずもない報告会編へ続く......かな?

指輪出そうかと思ったんですけどやめました(

あとポートランドから貰ったインディちゃんのウスイホンも出すか悩みました(

そして、大鳳取り押さえるところでエルドリッジを起こして金色ラブリッチェ(スマブラ)しかけましたが、キャラ壊れるのでやめときました()

ネプチューンが運がいいのか悪いのか分からない引きをしたのは計画艦特有の運0のアレです。北風でも同じ目に?

私的な話ですが。名前の出た駿河、バターン、ホーネット、ヴェスタルはトリカゴ初期案にいたメンバーだったり......いつか登場する......する?


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「指揮官の知らない、ある日のコーヒータイム」 前

一回SS風でやってみたかったんで、ちょっと実験的に?

ここまでのお話のまとめ的な、読んでも読まなくても大丈夫です。ニューカッスルと指揮官が帰ってきてから翌日あたりの時系列


『コーヒー会』

 

そう名付けられた謎のイベントが、トリカゴには存在する。

 

話によれば、月に一度開催されているトリカゴに所属するKAN-SEN達の集まりの事であり、名前の由来は主催者がエスプレッソをよく飲むカブールだからだと、指揮官は聞き覚えている。

 

恐らく、皆でコーヒーでも飲んで話し合っているのだろう。

 

少なくとも仲良くしてくれているのなら、なんの問題もない。

 

ぜひ行ってもみたいのだが男子禁制らしく、キッパリと参加はお断りされ、そんな想像を勝手に膨らませているのだが、それこそ名付け親であるカブールの──否、KAN-SEN達の思う壷というやつである。

 

コーヒー会とは言わば仮の名前、いやトリカゴのような通称、略称とでも言おうか。

 

その本当の名前は──

 

*

 

──トリカゴ基地、作戦会議室。

 

カブール 「さて、ガスコーニュ以外は集まったか。珍しく多いな」

 

『......』

 

カブール 「報告書も回ったか。では! これより、コーヒー会こと、公正秘書艦委員会を始めさせていただく!」

 

パチパチパチパチパチ

 

カブール 「進行役はいつもの通り小生だ。サディア代表コンテ・ディ・カブールが務める」

 

ウォースパイト 「議長もいつもの通り、ロイヤル代表ウォースパイトがやらせていただくわ。よろしく」

 

パチパチパチパチパチ

 

カブール 「では手筈通りに、この会議の趣旨の説明から入らせてもらおう。ニューカッスル」

 

ニューカッスル 「承りました。それでは端的に。コーヒー会は、我々同じヒトに恋するKAN-SEN同士。指揮官様の情報の共有、またトリカゴ条約違反者の報告を目的とした会議でございます」

 

ニューカッスル 「公正秘書艦委員会という名前ではありますが、食堂に設置してある質問箱をご活用いただければ、普段は他人に聞き辛い事を匿名で訊ける機会でもありますので、存分にご活用くださいませ」

 

カブール 「うむ。その程度でいいだろう。まず、小生が確認している範囲での警告をしたい。エルドリッジ」

 

エルドリッジ「......?」

 

カブール「今月も無断執務室来訪回数、断トツのトップだ。誇りたまえ」

 

エルドリッジ「ぶい」

 

ノースカロライナ「そこ、喜ぶとこじゃないわよ」

 

エルドリッジ「......ぶい?」

 

カブール「はぁ。もう君は秘書艦をやらない代わりに、やりたい放題だからな。お咎めはなしというか、なるべく公務中に邪魔はしないでくれとしか言えない」

 

エルドリッジ「指揮官、困ってない」

 

カブール「彼が困ってなくても、我々は困るんだよ」

 

『......』コクコク

 

エルドリッジ「わかっ、た?」

 

『(絶対分かってない)』

 

カブール「では次。ニューカッスル」

 

ニューカッスル「はい?」

 

カブール「いや、何を不思議そうにしてるんだ君は。未遂に終わったが秘書艦独占疑惑と、あと何より彼と重桜二人旅の件だ」

 

ニューカッスル「無罪を主張致します。なんなら、どちらも原因を作った大鳳様を咎めるべきでは」

 

ウォースパイト「間違ってはいないわね」

 

大鳳「私も被害者なんですが!?」

 

カブール「ふむ。まあ、秘書艦の一件に関しては指揮官自ら罰を下したし、よしとしよう。重桜の件に関しても君が提供する情報によっては、考慮はすることにする」

 

ニューカッスル「寛大なご判断に感謝致します」

 

カブール「次、君が来るとは珍しいがル・トリオンファン」

 

トリオンファン「はい」

 

カブール「指揮官との過度な接触があったと聞いているが、エルドリッジアタックを食らっているからよしとしよう。ただ、停電はさせない程度の接触にしてくれたまえ」

 

トリオンファン「は、はい」

 

カブール「以上だ。次に、報告をあげたいのが、ニューカッスルとノースカロライナだな」

 

ニューカッスル「はい」

 

ノースカロライナ「ええ」

 

ウォースパイト 「では、ニューカッスルから。私はもう聞いたけど、重桜の件で仕入れた指揮官の情報よ。全員知っておいてほしいわ」

 

カブール 「心得た。では、報告を頼もうか」

 

ニューカッスル 「畏まりました......まず、前置きに、重桜には飛ばされましたが楽しいものでもなく、とても大変でしたと言っておきます。不法入国者扱いで逮捕されかけましたし、斬り合いを間近で見せられかけました」

 

オーロラ 「た、逮捕ですか?」

 

ニューカッスル 「はい。大鳳様と北風様はご存知かと思われますが、重桜は二つの組織があり、そのうちの一つに追われました」

 

シュペー「本当に大変......」

 

ニューカッスル「過ぎたことなのでもういいです。では、私的なモノはここまでにして......。指揮官様の事で報告したい件は二つあります。一つに、あの人は、特殊性癖を持っているわけでも、男性愛者でもなく。そもそも恋愛感情を抱けないと判明しました」

 

『......!?』

 

ネプチューン「や、やっぱり重桜ってやべー方々が多いからトラウマで......」

 

ノースカロライナ「ですね、ネプチューンさん......」

 

ニューカッスル「......? 何のことか私にはさっぱりですが、重桜の方は皆良い人ばかりでしたよ。久しぶりに友達も出来ましたし」

 

ウォースパイト「あら、それは初耳だわ。良かったじゃない」

 

北風「ちなみに、誰ぞ? 神祠の人間だとは思うのだが」

 

ニューカッスル「瑞鶴さんと、陸奥さんです」

 

北風「おおっ、瑞鶴さんに陸奥様。うんうん、その二人は良い人だ。北風もとてもお世話になった」

 

フォーミダブル「友達の事はわかったから。その、指揮官が恋愛感情を抱けないって、どういう事ですの?」

 

カブール「小生も、それは聞いておきたい」

 

ニューカッスル「......友達との約束なので、全てをお話しすることは出来ませんが。あの人は重桜を救った代わりに、ヒトとして大切なココロを失ったとだけ。重桜時代の彼について詳細を聞きたければ、大鳳様か北風様にお尋ねください」

 

ウォースパイト「私も、そこは省かれたのよね。大鳳、北風。教えて貰っても?」

 

大鳳「......話しても私にメリットがありません。ですから、黙秘とさせていただきますわ」

 

北風「同じく。ただ、あの人は重桜の英雄だ。それだけだぞ。恋心の事は北風も初耳だ」

 

ニューカッスル「......兎も角、あの人が全く我々に対してなびく様子が無いのは、先天的で天然なものではなく。後天的な理由があったからでした」

 

エルドリッジ「トリオンファン、ちゅっちゅしかけてたよ?」

 

トリオンファン「え、エルドリッジさん.....///」

 

ニューカッスル「恐らく、指揮官様からすれば、イタズラか何かとでもお思いでしょう。トリオンファン様、その一件の後、あの人から迫られた事は? そこまですれば、その後があっても不思議ではないのですが」

 

トリオンファン「............ありませんわ。なんなら、後日に顔を合わせた時も、普段通りでしたわね」

 

『......』

 

トリオンファン「何ですのそのご愁傷さまみたいな目は!?」

 

エルドリッジ「トリオンファンごめんね」

 

トリオンファン「その謝罪が逆に傷付きますわ......ううっ」

 

マラン「ちなみに、ちゅっちゅ仕掛けてたって、どんな感じに?」

 

トリオンファン「やってもいいですけど、姉様のお体をお借りしてもよろしくて?」

 

マラン「いいよ」

 

トリオンファン「えっと、こんな風に距離を詰めて、おでことおでこを合わせて、私しか見えないようにして......唇を、と思ったところでエルドリッジさんが」

 

マラン「お、おお......これは私でもドキドキする///」

 

『(これでもダメなのかあ......)』

 

オーロラ「ありがとうございますトリオンファンさん......ここまでやってもだめというのも、恋心が失われてしまっているなら、色々と納得ですね」

 

ネプチューン「下劣ですけど。考えてみれば指揮官様って男としての本能と言いますか、愛欲が皆無でしたものね。あんな本も見つかりませんし。それに、フォーミダブルや大鳳さんの服なんて、普通の男性なら一目でイチコロでしょうに」

 

フォーミダブル「た、確かに指揮官から視線は感じないけど。わ、私はロイヤルレディとしてのオシャレで......///」

 

大鳳「ほんっとそれですわ。指揮官様のために下げてますのに、ちっとも見てくださらない......」

 

『(さすたい)』さすが大鳳の略

 

カブール「だが、正直大問題だぞ。種の存続は生命の根幹。言わば本能。それが無いということは、今や禁断の果実の味を忘れたアダムというわけだろう?」

 

ウォースパイト「なら、もう一度食べさせてあげたらいいのよ。でも、そうね。何かやってみても、サラッと受け入れられたり、びっくりしたとか、心配されて片付けられてしまうし......」

 

トリオンファン(意外とあっさりお膝に座れたのも......)

 

ノースカロライナ(私がうさ耳つけてみたら心配されたのも、そう言う理由なら納得ですね)

 

フォーミダブル(にゃんにゃんしてみてもダメだったのもそういう......)

 

シュペー(だね......)

 

エルドリッジ「お布団に潜り込んだら、びっくりされた」

 

ノースカロライナ「ああ。言ってたわね、そう言えば」

 

ウォースパイト「条約違反な気もするけど、まあいいわ。布団の潜り込みもダメなのね。そもそも、エルドリッジはかなり指揮官と距離が近いけど、どのくらいの事までやってみせたの?」

 

『(それは確かに、気になる)』

 

エルドリッジ「ノースカロライナ、どういうこと?」

 

ノースカロライナ「えっと、そうね......指揮官とお出かけしたことは?」

 

エルドリッジ「ある」

 

ノースカロライナ「指揮官と手を繋いだことは?」

 

エルドリッジ「ある」

 

ノースカロライナ「一緒のお布団で寝たりとか」

 

エルドリッジ「ある」

 

ノースカロライナ「あとは......一緒にお風呂に入ったこととか」

 

エルドリッジ「な、ない......///」

 

ノースカロライナ「さすがにそこまではないか」

 

フォーミダブル(アホ毛が凄いことになってるけど、どういう原理なんだろう)

 

北風(アホ毛が凄いことになってるな)

 

マラン(どうやったらあんな形に?)

 

ネプチューン(あの三人、絶対どうでもいい事考えてますわ......)

 

トリオンファン「い、一緒にお風呂なんて、そ、それはもう夫婦なのでは!?」

 

オーロラ「そ、そうですね」

 

大鳳「指揮官様から誘ってさえ頂ければ、大鳳はいつでも」

 

ウォースパイト「意外ね。自分からいくかと」

 

大鳳「指揮官様に卑しい女とは思われたくありませんの。出来るなら、指揮官様から大鳳を選んでほしい。そしたらぁ♡」

 

カブール「そこまで服を下げてる時点であれだがな。今となっては、卑しいという言葉を抱くのかさえ疑問ではあるが」

 

トリオンファン「私としては、着任最初のウォースパイトさんの言動が今の指揮官様に繋がっているのではと思っていましたけど」

 

ウォースパイト「否定は出来ないわね......」

 

シュペー「何だったっけ?」

 

ノースカロライナ「私たちは貴方に命を預ける兵器よ。劣情は不要。どうしてもと言うなら私を使いなさい、と」

 

ウォースパイト「なんで一字一句覚えているのかしら?」

 

ノースカロライナ「記憶力には自信があるので」

 

カブール「ふっ、滑稽だな。自分ならいつでも大丈夫と示したつもりが、むしろ気を遣われたわけだ」

 

ウォースパイト「戦士としての意思を貫き通したと言ってもらえる?」

 

カブール「そういう事にしておこうか」

 

北風「しかし、指揮官は恋ができないとするなら。ガスコーニュさんに言った答えも納得出来るぞ」

 

エルドリッジ「うん」

 

シュペー「ガスコーニュさんって、前の時のあっちのガスコーニュさんの事かな?」

 

北風「うむ。あのガスコーニュさんが、指揮官に聞いていたのだぞ。私の事が好きかと」

 

ウォースパイト「かなり直接的にいったわね。指揮官はなんて?」

 

北風「嫌いなところはないと仰られていた。きっと、それが彼の最大限なんだろうぞ?」

 

マラン「嫌いなところはない、ですか。でも、それって逆に、好きなところはあるになりませんか?」

 

エルドリッジ「うん。エルドリッジ、指揮官の好きな女の子のタイプ、知ってるよ」

 

『!?』

 

オーロラ「ほ、本当ですかそれ!? どうやって!?」

 

エルドリッジ「普通に。指揮官どんな子が好き? って」

 

シュペー「つ、強いね。指揮官はなんて答えてたの?」

 

エルドリッジ「えっと」

 

『......』ドキドキ

 

エルドリッジ「エルドリッジみたいな、毎日一生懸命頑張っている子って///」

 

『(求めてた答えとちょっと違う!)』

 

ウォースパイト(指揮官もお世辞ではないのでしょうけど、何というか違うわね)

 

フォーミダブル(ですわ......もっとこう、髪型とか仕草とか好きな女優さんとか、そういう答えを求めていましたわ)

 

マラン(言ったらあれだけど、微笑ましいですね)

 

北風(正直、北風がというか、誰が聞いても似たような答えが返ってきそうな気がするぞ......)

 

『(確かに)』

 

大鳳(メイド! もうこれ次に進めなさい!)

 

ニューカッスル「おほん。さて、これまでのあの人のご様子から、私は一つの仮説を立てています」

 

シュペー「仮説?」

 

ニューカッスル「はい。あの人は恋は出来ませんが、その代わりに、私達を愛する事は出来ているのです。兵器である我々に、とても優しく接して下さっているのが、何よりの証拠でしょう」

 

ウォースパイト「もう嫌というほどね......愛と言っても隣人愛、家族愛という事ね?」

 

ニューカッスル「仰る通りです。ご姉妹がいらっしゃる方なら分かるかもしれませんが、家族が膝の上に座ってきたり、あーんしたり、例えばハグをしてきたとしても、驚きはしても受け入れるのではありませんか?」

 

カブール「う、うむ。まあそうだな。チェザーレだとあまり想像出来んが」

 

ノースカロライナ「私も、ワシントンが甘えてくるのがあまり想像できないけど。でも、もし甘えられたら受け入れる、かな」

 

フォーミダブル「お姉様達なら受け入れて下さるでしょうし。受け入れますわね」

 

オーロラ「私も同じくですかね」

 

シュペー「むしろ喜びそうかな......」

 

ウォースパイト「陛下が求めるのならば、勿論妹達でも」

 

エルドリッジ「うん」

 

マラン「たまにトリオンファンと一緒に寝るし」

 

トリオンファン「ですわね。あーんはしませんけど」

 

北風「北風もわかるぞ。秋月型の子達はとても良くしてくれたから。それに、師匠たちも」

 

ネプチューン「大鳳さんわかります?」

 

大鳳「さっぱり」

 

ニューカッスル「......ともかく、あの方は最早、私達を家族として、そして部下として接して下さる事しか出来ないと考えるのが妥当でしょう。それ故に、あの人の事が好きな私達がいるのも、事実ですが」

 

『......』

 

シュペー「一つ質問」

 

ニューカッスル「どうぞ」

 

シュペー「その失った本能は戻せないの? 重桜って非科学的な力を使えるし出来そうに思うけど......」

 

ニューカッスル「いいご質問です。もう一つの報告は、それをやろうと画策していたのが長門様でしたという事です。ただ、セイレーンに唆されてですが......」

 

『......!?』

 

大鳳「スペクテイターでしたっけ?」

 

ニューカッスル「ご存知でしたか」

 

大鳳「昨日、長門様から。私もセイレーンが一枚かんでるとは知りませんでした」

 

シュペー「感情持ち?」

 

ニューカッスル「はい、我々が探しているオブザーバーやピュリファイアーと同じく、感情を持った個体という事は判明しています」

 

マラン「その反応からするに、鉄血でも未確認の個体って事ですか?」

 

シュペー「私は初めて聞いた......ビスマルクさんなら何か知ってるかも」

 

カブール「鉄血がそう簡単に吐くとも思わんがな。しかし、その件は指揮官にも報告した方がいいと小生は考えるが」

 

ニューカッスル「最優先事項と私も考え。すでに報告済みです。更に奇妙な事に、スペクテイターは自らを母と自称し、個人的に指揮官様の事を気にかけている様子でもあったようです」

 

ノースカロライナ「気味が悪いですね」

 

オーロラ「ですが、セイレーンが指揮官さんの失った心を戻そうとしていたなんて、どうしてでしょうか? 目を狙って、ならまだ分かるのですが」

 

『......』

 

ウォースパイト「まだまだ疑問は残るけど、そういうヤツがいるという事を覚えておいて。これから先、私達にも接触をしてくるかもしれないわ」

 

『......』コクリ

 

ニューカッスル「終わりに、長門様のご計画も未遂となり、私とあの人はここへ帰ってきたというわけです」

 

大鳳「誰が止めましたの?」

 

ニューカッスル「赤城様です」

 

大鳳「赤城さんが......まあ、セイレーンに手を貸すくらいなら、確かに......」

 

ニューカッスル「同じ考えで安心しました。以上が私からの報告です」

 

ウォースパイト「言っとくけど。彼が動じないからといっても、皆々最低限の節度は保って頂戴。彼が自ら手を出したのなら目を瞑るけど、くれぐれも我々からは襲わないこと、わかってるわね大鳳?」

 

大鳳「さすがにあんな目に二度もあいたくありませんわ......」

 

マラン(最初の方でシャワー中におしかけて、指揮官との一ヶ月接触禁止処分だったよね。指揮官は知らないだろうけど)

 

シュペー(だから、すっかり元気のなくなった大鳳さんをたまたま指揮官が見てしまって、一週間になったあのことだよね)

 

ウォースパイト「よろしい。我々の本来の任務はセイレーンへの反逆なのだから......私からも以上よ」

 

カブール「ありがとう。では、ノースカロライナ。報告を」

 

ノースカロライナ「えー、おほん。お待ちかねかは分かりませんが、執務室の机の件です。私とネプチューンさん、大鳳さん、あと一応エルドリッジでの捜索が完了した事をお知らせします」

 

ニューカッスル「私がいない間に、その様な事を?」

 

ノースカロライナ「ごめんなさい。出来るのが指揮官がいなくて、執務室の鍵が開いていたあの時くらいしかなくて......」

 

ニューカッスル「いえ、別に怒るつもりは。むしろよくやってくれましたと言いたいです」

 

ウォースパイト「捜査はいいけど、何か盗んだりしてないでしょうね?」

 

ネプチューン「大丈夫ですわ。私とノースカロライナさんがいたんですもの。大鳳さんを取り押さえるくらいは楽勝です」

 

大鳳「はぁ。指揮官様のペン......」

 

『(何かはあったな......)』

 

ノースカロライナ「では、早速ご報告を──」

 

 

 

 

後編へ続く




トリカゴ条約ですが、各々国の代表として組織運営に問題がないようにという目的で作られました。




というのは表向きで、実際のところは指揮官が襲われることの防止条約。なお、指揮官からなら全てオッケーではあるが、本人はそもそもトリカゴ条約の存在を知らなかったりする(

あと、地味にですがニューカッスルさんからの呼び名を「瑞鶴さん」と「陸奥さん」に変えてあります。友達になったので、という事で


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「指揮官の知らない、ある日のコーヒータイム」 後

まとめ的なお話の続きです。ついでに今更すぎるクリスマスパーティーも()

お弁当券は、果たして誰の手に?




ノースカロライナ「──と、いったところでした。以上がキャビネット二段目の報告です」

 

カブール「遺書か......あまり知りたくはなかったな」

 

エルドリッジ「指揮官、絶対死なせない」

 

ノースカロライナ「そうね。私もそう思う」

 

ウォースパイト「私も同意よ。さて、次で最後だし、ここまでの結果を一旦整理しましょうか」

 

ニューカッスル「ホワイトボードに書いておきましたが、こんなところですね」

 

フォーミダブル「まさか、所属する国ごとにお菓子を集めてたなんて......」

 

オーロラ「言われてみれば、私達が食べ慣れてる味でしたね」

 

カブール「つまりだが、小生がねだればサディアのチョコ菓子が貰えるという事だろ? 今度試してみよう」

 

ウォースパイト「あと、手紙の件も了解よ。彼の力になるのなら。協力は惜しまないわ。折角だし、クリスマスカードついでに書いてもいいわね」

 

シュペー「ガスコーニュさんにも伝えとくよ」

 

ノースカロライナ「お願いします。あと、手紙での告白でもダメとだけ。素直な感謝のお気持ちを書かれるのが良いかと。では、最後の段の報告にうつります。ネプチューンさん」

 

ネプチューン「承りましたわ。最後の引き出しには、私達へのクリスマスプレゼントが入っていましたわ。それも、人数分の!」

 

『おぉー!』

 

トリオンファン「ホッとしましたわ。最悪、争うことになるかと」

 

北風「さすが指揮官だぞ」

 

エルドリッジ「楽しみ」

 

マラン「私には何をくれるんだろ」

 

ワイワイガヤガヤ

 

ニューカッスル「待ってください。それは個人のプレゼントですよね? プレゼント交換会では、あの人は何を?」

 

『!!』

 

ノースカロライナ「さすがニューカッスルさん、お気付きになりましたか。というわけで、大鳳さんのおかげで十五個目のプレゼントも見つかりました。ただ、その......」

 

『......?』

 

ノースカロライナ「モノがモノというか。最悪殴り合うことに......」

 

トリオンファン「ええっ!?」

 

シュペー「なんだろう? 指輪、とか?」

 

カブール「あの指揮官に限って、それはないな」

 

ザワザワ

 

ウォースパイト「......静粛に。まだ、殴り合わないからとりあえず教えてくれないかしら? 指揮官は何を私達に提供するつもりなの?」

 

ノースカロライナ「その......『手作りお弁当券』です」

 

『!!』

 

マラン「指揮官のお弁当! ......今度こそ、私だけの

 

シュペー「どんなお弁当なんだろう。重桜の人だしやっぱりお米と何かかな」

 

ネプチューン「あ、あの人が私のために、それだけで十分ですわぁ」

 

フォーミダブル「言ったらきっと、アーンも......」

 

『確かに!』

 

ザワザワ

 

シキカンサマー♡

 

ウォースパイト「おほん。とりあえず訊くわ。この中で指揮官のお弁当を食べた事がある人間は?」

 

『......』

 

北風「エルドリッジでもないのか?」

 

エルドリッジ「お弁当ない。スキヤキとお菓子とお餅はある」

 

オーロラ「お餅以外は恐らく、全員食べてますね」

 

カブール「つまり、超プレミアだ。プレゼント交換会ではこれを取り合う羽目になるわけか。ふっ、腕がなる」

 

ウォースパイト「それはこちらのセリフよ。確かくじ引きだったわね?」

 

ニューカッスル「その予定ですが、変更の余地も出てまいりました。ウォースパイト様は、とても運が良い方なので」

 

ウォースパイト「我ながら認めざるを得ないわね」

 

ネプチューン「ですが、別案なんてありますの?」

 

エルドリッジ「宝探し?」

 

シュペー「あっ、それいいね。指揮官に隠してもらって見つけた人にみたいな」

 

大鳳「彩雲を使っても?」

 

ノースカロライナ「ダメに決まってるでしょう」

 

ネプチューン「そもそも大鳳さん。匂いで分かるのでは?」

 

オーロラ「え、ええ......」

 

ニューカッスル「大鳳様だけ鼻に洗濯バサミかザリガニでも付けとけば大丈夫でしょう」

 

大鳳「断固拒否ですわ! そんなみっともない姿、指揮官様に見せられませんもの!」

 

ニューカッスル「お似合いかと思いますが」

 

大鳳「さすがに騙されませんわよっ!」

 

ニューカッスル「残念です。しかし、詳細なルールは決めるべきでしょう。大鳳様の彩雲など、艤装に頼る行為の禁止など、穴のないように」

 

シュペー「確かにそうだね」

 

カブール「マラン、君は少し手は空いていたな。小生とルールの制定を担ってくれないか」

 

マラン「いいですよ。出来あがったら、ウォースパイトさんかニューカッスルさんに見せたらいいのですか?」

 

ウォースパイト「話の腰を折るようで悪いのだけど。ルール制定については、手間がかかるわ。加えて、絶対にルールに穴が出来る。いや、あえて作るのかしら?」

 

カブール「......さて、どうかな」

 

ウォースパイト「なら、私が最後に引くか、指揮官本人に引いてもらえばいいわ。それなら、彼の運という事でしょ?」

 

『......』

 

ウォースパイト「反対意見はないようね」

 

カブール「......では、手間の少ないその手筈でいくか。ノースカロライナ、他に報告はないのか?」

 

ノースカロライナ「えっと、そうですね。男性が好むような本はありませんでした。はい、私からは以上です」

 

カブール「なら、報告会はここまでとする。質問会の方にうつらせてもらおう」

 

*

 

トリオンファン「お姉様、私も鼻を鍛えるべきでしょうか?」

 

マラン「切実にやめて......」

 

 

*

 

カブール「では、食堂に置いてあるこの質問箱を開けていくとしよう。皆知っているだろうが、対象者は質問に対しては必ず答えてくれ。嘘をついてもウォースパイトがいるから、下手な抵抗はしないように」

 

質問箱オープン

 

トリオンファン「そこそこありますわね」

 

マラン 「トリオンファンがちゅっちゅしかけたからじゃない?」

 

トリオンファン「お、お姉様!」

 

ウォースパイト 「はいはい、静粛に。それじゃあ、カブール。一つ目といきましょう」

 

カブール「了解だ。匿名の差出人だ。『ニューカッスルさん、重桜のKAN-SENにも会われたと思いますが、向こうの人達も指揮官に想いを寄せていましたか?』」

 

ニューカッスル「イエスです。重桜のKAN-SENほぼ全員からと言って過言ではないかと。向こうの方は、かなり積極的に振舞っていらっしゃるようでした」

 

フォーミダブル「例えば?」

 

ニューカッスル「先程も少し話に出ましたが、お布団とか、お背中お流しします的な」

 

ネプチューン「ああ、やっぱり」

 

ノースカロライナ「納得ですね......」

 

ニューカッスル「......?」

 

北風「そ、そうなのか? 北風の知っている限り、そんな事をしそうな人はおらんと思うが、いや軍の方なら......」

 

大鳳「そうそう、軍の奴らよ。うふふ」

 

『(......おぉう)』

 

オーロラ「ま、まあ。指揮官さんはお風呂で攻めてもダメと言うのは、わかりました」

 

フォーミダブル「そもそもトリカゴって、基本シャワー......」

 

ウォースパイト「ちなみにニューカッスル。本当に重桜では何も美味しい思いはしなかったの?」

 

ニューカッスル「ありませんでしたよ」

 

ウォースパイト「ふぅん......そう」

 

シュペー(嘘なのかな?)

 

マラン(ぽいですね)

 

ニューカッスル「............あーんしてくださいました」

 

オーロラ「ほっ。なんだ、その程度なら」

 

フォーミダブル「わ、私もやってもらった事ありますわ。ウォースパイト様、そう睨む事はないのではなくて?」

 

ウォースパイト「......本当にあーんだけ?」

 

ニューカッスル「ええ、あーんだけです.....あの人が使ったお箸でですが」

 

『!?』

 

シュペー「それってつまり」

 

トリオンファン「か、かかかか間接キス......///」

 

大鳳「そんな羨ましい事があったのに無罪を主張するおつもりでしたの!? やはり有罪! 無期限秘書艦禁止ですわ裁判長!」

 

ウォースパイト「いつからここは裁判所になったのかしら......」

 

カブール「そもそも彼から進んでの行動なら、我々は何も文句は言うまい。そういう決まりだろう?」

 

大鳳「ちぃ!」

 

ニューカッスル「ありがとうございます、裁判長」

 

カブール「誰が裁判長だ。ふぅ、次いくぞ。ル・マランからか。『カブールさん。仕事を代わってあげたあの日、どうして倒れたのですか?』......貧血だ。うん」

 

マラン「ウォースパイトさん」

 

ウォースパイト「嘘ね」

 

ノースカロライナ「カブールさん、質問箱を開ける前のご自身の言葉を思い出してください......」

 

カブール「ぐぬぬ」

 

ウォースパイト「それで? 本当は何があったの? 貴方が倒れるなんて、よっぽどよ」

 

カブール「あ、あの時のガスコーニュが、小生に塩を送ってくれた......ではダメか?」

 

フォーミダブル(誤魔化した)

 

シュペー(誤魔化したね)

 

マラン「指揮官関係ですか?」

 

カブール「......そうだ」

 

マラン「......キスしました?」

 

カブール「きっ!? キスではない! ハグだハグ!」

 

『......』

 

カブール「......あっ」

 

大鳳「まあ、あの日の指揮官様からは貴方の匂いがプンプンしてましたからね、気付いてはいましたわ。流星、真に転ぜよ」

 

カブール「艦載機を出すな! というか、誰か止めろ!」

 

ノースカロライナ「はいはい、大鳳さんそこまで。撃ち落とされたくないでしょ?」

 

大鳳「ちっ......」

 

カブール「助かった......」

 

オーロラ「ですが、指揮官とハグですか......」

 

カブール「彼からやってくれたから全くの無問題だぞ! 据え膳食わぬは艦船の恥!」

 

エルドリッジ「どうだった?」

 

カブール「......何というか、よかったぞ///」

 

『......』

 

ウォースパイト「でも、それで倒れるなんて、貴方結構初心なのね」

 

大鳳「普段から偉そうなわりには、ねえ」

 

ノースカロライナ「私は可愛いと思いますけど」

 

エルドリッジ「かわいい」

 

ネプチューン「ギャップ萌えというやつですわね。どこかの誰かさんみたいな」

 

フォーミダブル「誰の事かしら?」

 

ネプチューン「さあ? ふふっ」

 

トリオンファン「私、カブールさんってもっと大人な方かと......」

 

オーロラ「私は一番大人だと思いますよ。カブールさんって、秘書艦の時は仕事をなるべく早く終わらせて、出来るだけ指揮官に独りで休憩してもらおうって考えてる健気な人ですし」

 

ウォースパイト「へえ」

 

カブール「なっ!? なぜ知って!?」

 

オーロラ「指揮官さんが言ってましたよ。カブールの時はいつも仕事が早く終わって休憩出来るから、きっとそうだろうって。私、素敵だなって思いました」

 

カブール「なななっ///」

 

北風「おぉ。三歩後ろを歩くというやつだな、参考にしたい......」

 

シュペー「普通独り占めしようって思うよね......凄いな」

 

ニューカッスル「公務中の来訪に口うるさいのも納得ですね」

 

ノースカロライナ「全ては指揮官のためと」

 

カブール「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! チェザーレぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

マラン「あっ、カブールさん!? 待ってください! 私もハグしてもらえるように根回しを!」

 

バタン!

 

『(逃げたというか壊れた......)』

 

フォーミダブル「まだ、二通しか読んでいませんのに......」

 

ウォースパイト「いいじゃない。進行役が抜けたのなら、今回のコーヒー会は中断。あとは各自、自由行動としましょう。異論があるものは?」

 

シュペー「あの」

 

ウォースパイト「何?」

 

シュペー「前々から思ってたんですけど。どうして、この会ってあるんですか?」

 

ウォースパイト「どういう意味かしら?」

 

シュペー「ウォースパイトさんも、指揮官の事を独り占めしたいと思ったりしないのかなって......情報を流しちゃったら、逆に不利になるんじゃ」

 

ウォースパイト「......個人としては勿論そうしたいわ。でも、組織としては指揮官は皆の指揮官よ。なら、皆の指揮官の事は皆が知っておくべき。そうは思わない?」

 

シュペー「......」

 

ウォースパイト「それに、今の私は、トリカゴの事が好きよ。指揮官だけじゃない、貴方も含めたこのメンバーが。だからね、なるべく仲良くしたいのよ。それこそが、あの人がトリカゴを作った意味でしょう?」

 

シュペー「......ちょっと嬉しいです。ウォースパイトさんが、そう思ってるんだってわかって」

 

ニューカッスル「素晴らしき主に恵まれました」

 

ウォースパイト「うるさいわよニューカッスル。まあ、指揮官の事で、手加減するつもりはないわ。それはそれ、これはこれ」

 

シュペー「それは私も」

 

エルドリッジ「ふんす」

 

大鳳「うふふふふ、そういう事なら、私も手加減致しませんわぁ」

 

ウォースパイト「くれぐれも、指揮官に迷惑をかけない程度でね」

 

ノースカロライナ「あはは......ともかく皆さん。楽しいクリスマスパーティーにしましょう!」

 

エルドリッジ「もち!」

 

 

*

 

 

「えーと、引いた紙に名前が書いてあった子にあげるんだな?」

 

「はい、そうです。そうした方が楽しいじゃないですか?」

 

「確かに?」

 

日付は過ぎ去り、楽しい楽しいクリスマスパーティー当日。

 

重桜ではケーキを食べる事から、特別に用意されたクリスマスケーキにフォーミダブルが何故か勝ち誇った様子だったり、大鳳の舞だったりオーロラのバイオリン演奏会だったりと、着々とプログラムは進み、ついにプレゼント交換の時。

 

指揮官は何故か用意されていた専用のくじ引き箱に、首を傾げていた。

 

ニコニコとオーロラが説明をしてくれているが、どこかその笑顔が恐ろしく感じる。

 

後ろに東煌伝統の龍が見えるような......気のせいだろうか。

 

「まあ、交換用のやつはそんなに良いものでもないし。どちらかと言えばハズレだしな、ある意味盛り上がるか。あっ、ちゃんと個人用にも用意してあるから、安心していいぞ」

 

『(知ってる!)』

 

「よーし、じゃあ引くぞー」

 

何故か一同大きく頷く状況ではあったが、指揮官は気にすることもなく、くじ引き箱に手を突っ込んだ。

 

ゴソゴソと手を動かす彼に視線が注がれ、固唾を飲む。

 

ウォースパイトは目配せをしながら、改めて注意を促した。

 

「(いい? 誰が引かれても文句なしよ?)」

 

皆、グッと親指を立てて了承の意を返す。

 

それぞれ、お弁当を作ってもらっている自分を想像しながら、事の顛末を見届ける。

 

「よし、これにするか。おみくじ思い出すな。どれどれ」

 

『(きたっ!)』

 

KAN-SEN達にとっては、さながら折りたたまれた紙を開く指揮官の動作がスロモーションに見え、やがて彼の口から名前が呼ばれる瞬間がやってくる。

 

「えっと、俺のプレゼントを貰うのは」

 

『貰うのはっ!?』

 

「......エルドリッジだ。おめでとう? でいいのかな」

 

「やった」

 

『......』

 

選ばれなかった者達は表では小さく、心の中では大きく溜息をついた。

 

それでもエルドリッジが選ばれた事に変わりはない、温かみのある拍手で彼女を祝う。

 

「(エルドリッジちゃんでしたか、やっぱり強いですね)」

 

「(いいなぁ、私も指揮官のお弁当......)」

 

「(シュペー、文句は無しでしょ)」

 

「(わかってますけど......)」

 

言葉では理解出来ているが、全員に平等なチャンスがあったのだ。もしかしたらを指揮官からプレゼントを手渡されているエルドリッジを見て、考えてしまう。

 

「指揮官、開けていい?」

 

「いいぞ。そんないいものじゃないけど」

 

「そんな事ない」

 

そう言ったエルドリッジが便箋の封を切ると、ほとんどのKAN-SENが話だけに聞いていたお弁当券がその姿を現す。

 

「指揮官、これ今使ってもいい?」

 

「もう使うのか? 明日のお昼が、俺のお弁当になっちゃうぞ」

 

「指揮官のお弁当がいい」

 

「わかったよ」

 

『......』

 

羨ましいが、プレゼントは選ばれたエルドリッジのものだ。口を挟むことはなし。そう決めた。

 

「じゃあ指揮官。皆の分、お願い」

 

『......?』

 

エルドリッジが一瞬何を言ったのか、彼女以外の全員が理解出来なかった。

 

それは、指揮官も同じ。

 

「皆? 皆ってトリカゴ全員ってことか?」

 

「うん、だってこれ。一枚だけしかないけど。人数まで書いてない」

 

「.............あっ、確かに。人数の制約までは書いてないな」

 

「でしょ」

 

目をぱちくりとさせて、指揮官は自分が作ったお弁当券の使用方法の穴に気が付いた。

 

直面してしまった事実に指揮官は、顎に手を当てて少し考え込む。

 

確かにお弁当券には人数の制約は書いていない、普通は一人分となるが、一枚で全員分も解釈としては可能だ。

 

これに至っては、ちゃんと記載していない自分が悪い。

 

そう結論づけた彼は、明日のお昼が大して料理上手でもない男のお弁当になってしまう皆に確認をとった。

 

「皆はいいのか? 明日のお昼、俺のお弁当になっちゃうけど......」

 

『......』

 

「えっと? いらないのか?」

 

『......はっ!』

 

困り果てた彼の声で、ようやく一同は状況を飲み込み現実に帰ってきた様だった。

 

「いる! いりますわ指揮官様! ぜひ大鳳にも食べさせて下さい! ぜひ指揮官様の愛を味わわせて!」

 

「信じていたぞエルドリッジ。君はそういう子だったな。小生でも同じ事はしていたが!」

 

「はぁ、丸く収まってよかった......」

 

他のKAN-SEN達も各々エルドリッジへの感謝や安堵の声を零し始め、何が何だかよく分からない指揮官ではあったが、嬉しそうに笑顔を浮かべる皆を見て改めて思った。

 

──明日は早起きになりそうだし、目覚ましにコーヒーでも飲もうかな。

 

なんて。

 

 




活動報告にも書いたのですが、次の更新は少し時間をおかせていただきます......otz


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「愛するあなたに、イヴの林檎を」 マラン&トリオンファンの場合

指揮官に恋心を気付かせようキャンペーン、トップバッターはマランとトリオンファンです。

前話までのお話を読んでからだと、より楽しめるかと思います(露骨な誘導


 「お疲れ様だぞ指揮官。新しく出来た懺悔室には、もう行かれたか?」

 

 「......なんて?」

 

 ある日の昼下がりより少し前、トリカゴの食堂にて。

 

 顔を合わせるなりそう言ってきた北風に、指揮官は反射的に懐疑のこもった声で聞き返してしまった。

 

 「いや、だから。懺悔室には行かれたのかぞ?」

 

 「言ってる言葉は分かるんだけど、意味がわからない......」

 

 そんな「こんにちは」みたいな挨拶のノリで懺悔室なる部屋がトリカゴに出来ていると言われても、易々と受け入れられるほど鈍くは出来ていない。

 

 懺悔室......とはすなわち、教会にある罪を告白するあの懺悔室の事だろう。寺の方でも存在するが、主に思い浮かぶのは教会だ。

 

 重桜は神社や寺が信仰の主であるが、教会も無い訳では無いのでその存在は知っているけれど。ただ、どうしてその懺悔室がこのトリカゴに?

 

 「しかし、北風からもそうとしか言えないぞ」

 

 「そうなのか。なんでそんなものが......あっ、もしかして饅頭達か?」

 

 トリカゴにて雑用をこなしてくれている謎の生物饅頭は、時折季節に合わせて大きく模様替えを決行することがある。

 

 少し前のクリスマスではツリー、なんなら正月の時には鏡餅などを置いてもくれていた。

 

 極東にある重桜文化さえも精通してくれているらしい。

 

 そんな饅頭達が、気まぐれでトリカゴの模様替え並びに懺悔室を作ってしまったのなら、ある程度の納得は出来る。一言報告はしてほしいが。

 

 しかし、指揮官の考えはどうやら外れているようだった。

 

 「いや、饅頭達ではないぞ。マランとトリオンファンが作ったものだ」

 

 「マランとトリオンファンが?」

 

 「うむ」

 

 あの本性ぐーたら娘と生真面目お姫様の姉妹が、無断でそんな事をするとは......少しお説教だが場所は懺悔室だ。説教なんて言語道断。

 

 むしろ入ったが最後、迷える子羊として罪を告白しなくてはならない。

 

 二人の事だし、恐らく何か考えがあっての行動なのだろう。

 

 気になる真相は、本人達に直接確かめるしかなさそうである。

 

 「北風は、その懺悔室にはもう行ったのか?」

 

 「うむ、もちのろんだ。朝方、任務の前に行かせて頂いた。伴天連のしきたりに従うのは初めてだったが、少しだけ気持ちが楽になった気がするぞ」

 

 「へえ。北風でも悪いことするんだな」

 

 「ま、まあな。北風も人間だ。少しくらい悪いことだってする」

 

 「例えばどんな?」

 

 「ご飯の前にお菓子をつまんだり、歯磨きをせずに寝てしまったり......あぁ、北風はなんて悪い事を。閻魔様に叱られてしまうぞ......」

 

 「......大変だな」

 

 一度くらいなら誰でもありそうだが、きちんとその事に罪の意識を感じているあたりは、いかにも真面目な北風らしかった。

 

 「あと、トリオん......司祭様の助言も非常に参考になった。指揮官もぜひ行ってみたらどうだ? 休憩時間は、まだあるのだろう?」

 

 確かに北風の言う通り、午後からの執務開始まではまだ余裕がある。

 

 今日は秘書艦がカブールだったおかげもあってか、お昼の時間が早めだったのだ。

 

 「......そうだな。様子見に、俺もいってみるか。なんで懺悔室を作ったのかも気になるし」

 

 「おお、それがいい。懺悔室は二階の一番奥のところにあるぞ」

 

 「二階の一番奥って、資料室か。元々ある本棚達を動かせば、懺悔室っぽくはなりそうだな」

 

 実際、懺悔室に入った事は一度もないが。

 

 ごちそうさまと、食材への感謝を告げる。

 

 それから指揮官は、迷える子羊として新しく出来た......もとい、改装された資料室にへと足を運んでみるのだった。

 

 *

 

 「こちら、北風。指揮官の誘導は完了したぞ。お二人共、あとは頑張ってくれぞ」

 

『ありがとうございます』『お任せあれですわ!』

 

 *

 

 「本当に、懺悔室になってる」

 

 北風に言われるがまま二階の一番奥の部屋、つまりは資料室にまで辿り着いた指揮官は、彼女の言葉が嘘ではなかった事を改めて認識した。

 

 資料室の木扉にはロザリオが飾られていて、それっぽい厳かな雰囲気が漂っている。

 

 既に他の誰かが懺悔中なのか、取っ手の部分には『現在告解中』と立て札がかけられていた。

 

 仕方がないから横に置いてある椅子に座って待っていようかと思ったところで、ガチャりと扉が開いた。

 

 「あっ、指揮官さん」

 

 迷える子羊として罪を告白していたのは、オーロラだった。

 

 罪を吐き終えたからか、どこかスッキリとした顔をしている様に見える。

 

 「オーロラも懺悔か? 意外と皆、悪いことしてるんだな」

 

 「ふふっ、はい、私も人並みには。フォーミダブルちゃんに悪い事をしてしまいましたから。指揮官さんも告解ですか?」

 

 重桜ではクリスマスに苺のケーキを食べる事を知らずに、彼女を馬鹿にしてしまったので。

 

 までは、さすがに言わない。

 

 「大したもんじゃないけど、興味本位でかな。そういや、俺って信者じゃないけど懺悔とかして大丈夫なのかな?」

 

 懺悔もとい、赦しの秘跡は洗礼を受けていないと出来ないだとか、なんとか聞いた覚えが。

 

 「トリオンファンさんとマランさんも正式な教会の司祭様ではないでしょうし、あくまでもごっこ遊びだと思えば」

 

 「いいのかなそれ......」

 

 重桜なら間違いなく罰があたる。

 

 「本当はダメでしょうけど、お二人も私達の心の平穏を保つために、こうして夜間任務の後に時間を作って下さっている訳ですし。それを非難するのも悪いかなと」

 

 「それも......そうか」

 

 マランとトリオンファンは基本的に夜間任務を任される事が多い。

 

 普段なら寝ている時間をわざわざ割いてトリカゴの為にやっていると言われれば、指揮官も最速姉妹の気持ちを無下にはできなかった。

 

 何よりマランは、ヴィシア聖座護教騎士団の一人であるし、トリオンファンは信心深いアイリス生まれのKAN-SENだ。

 

 時々祈りを捧げているところも見るし、そんな彼女達が大丈夫と判断したのなら、それを信じるとしよう。

 

 「すみません指揮官さん。お話もしていたいのですけど。これから、ウォースパイト様のお茶会に呼ばれていて」

 

 「あぁ、悪いな呼び止めちゃって」

 

 「お気になさらないでください。もし早めに済んだのなら、是非お茶会にも来てくださいね」

 

 「早めに終わったらな。二人には色々と聞きたい事と言わなきゃならない事があるから」

 

 「指揮官さん、迷える子羊がお説教なんてダメですよ」

 

 「わかってるよ」

 

 「ならよかったです。それでは、ご機嫌よう♪」

 

 ロイヤルネイビーらしくオーロラは優雅に、それでも指揮官と話せた嬉しさがこもった別れの挨拶を告げると、足取りも軽く踵を返していった。

 

 そんな彼女の背中を見送っていると、

 

 「指揮官も懺悔ですか?」

 

 「お、マラン」

 

 「ル・マランです」

 

 扉を盾にして上半身と顔だけを出したマランが、指揮官にへと声をかけた。

 

 「珍しく俺の前でも真面目だな」

 

 「当たり前です。今は、迷える子羊を導く者ですから」

 

 そう言ってみせた彼女の瞳の十字架が、心無しか光っているように指揮官は見えた。

 

 「ちなみに聞くが、何でこんなことを?」

 

 「......天啓でしょうか」

 

 「天啓?」

 

 「はい、夢の中で神が仰ったのです。私達姉妹は主に夜間の哨戒任務を担っているので、セイレーンが関わる大きな作戦に参加する機会は、あまりないと」

 

 「大体わかった。働いていない分、この懺悔室をやれってわけか」

 

 「理解が早くて助かります」

 

 言っておくが、もちろん天啓は適当なでっち上げである。

 

 「わかったけど、無理はしないようにな。ちなみに、信者じゃない俺がやっても大丈夫なのか?」

 

 「正式なものではないので問題ないでしょう。ですので、アレンジを加えてトリオンファンによる助言もこの懺悔室では授けます。一応、後で私が告解しておきますのでご心配なく」

 

 「便利だな告解」

 

 「神は全てを赦して下さいますから。さぁ、懺悔をなさるならどうぞ中へ。休憩時間もそう長くはないでしょうし」

 

 「だな。よろしく頼む」

 

 真面目モードのマランに導かれるまま、部屋にへと入る。

 

 指揮官のよく知る資料室の背の高い本棚達が動かされて顔隠しの戸板代わりに立ちはだかっていて、その前に木椅子が一つ置かれていた。

 

 「ここに座ってください。では、私はあちらへ」

 

 促されるがまま椅子に座らされ、マランは壁となった本棚の向こう側にへと回った。

 

 どうやら、司祭様二人体制で罪を聞いてくれるらしい。

 

 「大いなる父と子と聖霊のいつくしみに信頼して、罪を告白してください」

 

 「神は全てを赦すでしょう」

 

 本棚越しにトリオンファンとマランの声が聞こえる。

 

 もう少し前口上があった気もするが、これはごっこ遊び、気にしないでいこう。

 

 「すまない。質問なんだが、懺悔ってどのくらい前のものまで大丈夫なんだ?」

 

 「貴方が覚えている限りの範疇で、思い当たる節があるものです。あと、大いなる父への言葉となるのです。告白は、敬語でお願いします」

 

 「了解、しました」

 

 マランの言葉に、ぎこちなくもそう返す。

 

 少し考え込んでから指揮官は、思いあたった罪を告白し始めた。

 

 「ええっと、トリカゴを結成する前にロイヤルに初めて行った時です。初対面のエリザベス、じゃないな、クイーン・エリザベス女王陛下に馴れ馴れしくタメ口で接してしまいました」

 

 「なぜ?」

 

 「人のせいにするのも良くないのですが、長門にそう言われたからです。指導者は孤独だから、怖気付かずに接してやれと」

 

 告白をしながら、指揮官はあの日の長門との会話を思い出す。

 

 あれは、重桜からユニオンへ渡る数日前の事だったか。

 

 「お主、これから多くの人間、そしてKAN-SENに会うだろうが、人間はともかくKAN-SENであるならば、誰に対しても親しく接してやれ」

 

 「それって、ロイヤルの女王陛下や鉄血の指導者にもか?」

 

 「あぁ。余には陸奥がおるからまだ大丈夫だったが、人は一度頂点として君臨すれば、あとは孤独だけが押し寄せてくる」

 

 「孤独?」

 

 「誰も、余を人間扱いしてこなくなるのだ。長門様、長門様と。まるで神のような扱い。それを否定はせぬ。いや、出来ない。だからこそ、孤独が押し寄せてくる」

 

 「......」

 

 「陸奥だけは、変わらずに余を姉として接してくれた。お主も最初は長門様だったが、今では呼び捨てしてくれている。余はそれが嬉しい。余を一人の人として見てくれている人間がいるのだと、な」

 

 「長門......」

 

 「だからこそ、他の者にもそうしてやってくれ。友が増える事を拒む人は、きっといないから」

 

 長門のこの言葉を胸にユニオンへと渡り、そしてロイヤルにへと赴いたわけだが......あとは告白の通りである。

 

 この間、重桜に帰ってしまった時に長門にこの話をしたら、

 

 「親しき仲にも礼儀ありという言葉を、お主は知らんのかっ!?」

 

 ご最もである。

 

 思い返すだけでも顔から火が出そうだ。女王陛下に思わず「ちっさ」と言ってしまったのもあるが、その後の言葉が「やあ、エリザベス」はない。

 

 親しすぎるというか、さすがに女王陛下に向かって失礼すぎる。

 

 長門の言葉を真摯に受け止めすぎた。

 

 エリザベスも怒ってその場ではトリカゴに了解印はしてくれなかったし、他の陣営の印を貰ってきたら参戦してやるとか難題をふっかけられたし。

 

 この時の反省を活かしてリシュリューやジャン・バール、ヴィットリオやソユーズ、ビスマルクなどには、さすがに程々に抑えた。

 

 エリザベスも、よく最終的に了解してくれたなと思う。

 

 なお、エリザベスとウォースパイトにとってはそんな彼の態度が一つの光になったのだが、彼の中では自責の念が渦巻いているのだった。

 

 「ぷふっ......んんっ! なんでもありません。トリオンファン、助言を」

 

 「......」

 

 明らかにマランが笑声を誤魔化してみせたが、傍から聞けば確かに笑い話だとも思い、指揮官はトリオンファンからの助言を待つことにした。

 

 やがて、落ち着いた声音が指揮官の耳に届く。

 

 「心の距離感は目に見えません。だからこそ難しいですし、失敗もします。しかし、あなたの行動で今があるのですわ。反省も必要ではありますが、御自身を深く責めすぎないでください。私は、長門さんの言葉をしっかりと実践した貴方の行動を素晴らしいと思いますわ」

 

 「お、おお。ありがとうございます」

 

 「いえ」

 

 物凄く褒められてしまい、指揮官はどこか気恥しさを感じた。

 

 「他にはありますか?」

 

 マランの声がかかる。

 

 聞いていた通り、トリオンファンの助言まででワンセットなようだ。

 

 それから、指揮官はまた少し考え込んで、

 

 「ユニオンにいた頃、無理がたたって熱で倒れてしまいました。なにより、ユニオンの方に迷惑をかけてしまいました」

 

 「どうして、倒れるような無茶を?」

 

 「エルドリッジを助けたかったからです。すみません、これ以上は彼女の為にも言いたくありません」

 

 指揮官自身も詳しくは知らないが、エルドリッジは他のKAN-SENとは何かが違うらしく、多くの非人道的な実験を極秘に無理矢理受けさせられていたらしい。

 

 最終的に、スパークを使うあの能力が芽生えたわけだが、同時に人も、ましてやKAN-SENすらも信じられなくなってしまっていた。

 

 ──彼女を救え、話はそれからだ

 

 それが、新参者だった指揮官にへと与えられたユニオンからのトリカゴ参戦条件であった。

 

 指揮官相手でもエルドリッジは研究の事を話したがらないので、その辺の詳細は彼女の名誉のためにも省いておく。

 

 「......ともかく結果として、倒れてしまったと」

 

 「はい。あの頃は多忙な時期でした。それでも、めげずに頑張っていたら無理がたたりました」

 

 「なるほど。トリオンファン、お願いします」

 

 聞き遂げたマランが、トリオンファン司祭にへと言葉のバトンを渡した。

 

 少し静寂が続いて、トリオンファンは言った。

 

 「人間、無理をする事が必要な時は必ずあります。私にもありました。しかし、そんな時は必ず誰かに弱音を打ち明けていましたわ。辛い、と。助けて欲しいと」

 

 「......」

 

 「あなたも是非そうして下さい。あなたの弱音を聞きたくない人は、このトリカゴにはいませんわ。どうか、同じ過ちを繰り返さないように」

 

 「わかりました。ありがとうございます」

 

 トリオンファンの言葉が、じわりと指揮官の胸に染み渡っていった。なんなら、漏れでてしまって少し泣きそうだ。

 

 いい部下達に恵まれたと改めて指揮官は、痛感した。

 

 ここまでは。

 

 「続けてありますか? 主に、トリカゴに入ってからで」

 

 「トリカゴに入ってからで?」

 

 「はい。告解をしてくださった皆さんはトリカゴに入ってからの内容が多かったので、おこがましいのですが、指揮官も何かないかなと」

 

 「あぁ、なるほど。えっと、そうだな......」

 

 急に懺悔の内容を制限されてしまい一驚してしまうが、あまりに昔の事を話す指揮官への気遣いのようだった。

 

(トリカゴ。トリカゴに入ってからで告白しておきたいことかぁ......)

 

 北風みたいに歯磨きをせずに寝てしまったとかは、枚挙にいとまがないので、他となれば......。

 

 *

 

 「それで、あの時のガスコーニュに正面からちゃんと接してあげられなくて──」

 

 「(んー、空振りですわね。お姉様)」

 

 「(みたいだね)」

 

 指揮官からの告白を本棚越しで聞きながら、トリオンファンとマランは内心、肩を落としていた。

 

 彼が今現在告白しているのは、ガスコーニュがおかしくなってしまったあの時、ちゃんと彼女に接してあげられなかった事について。

 

 既にいなくなってしまったあのガスコーニュにまで罪悪感を抱いていたとは、指揮官は優しい人だなとは感心するが、欲しい懺悔はそれじゃない。

 

 二人が求めているのは、トリオンファンちゅっちゅ事件(マランが勝手に命名した)についての告白なのだ。

 

 マランとトリオンファン、この二人がこうして眠たい眼を擦って懺悔室を開設したのには、指揮官に話したものとは別の理由があった。

 

 言っておくが、もちろんトリカゴの皆の心の平穏を保つ役割も果たそうとはしている。してはいるが、その本当の理由は

 

 「(トリオンファン、本当にエルドリッジさんが来なかったらキスできてたんだよね?)」

 

 「(ま、間違いありませんわ! わ、私も詳しいわけではありませんけど、あの雰囲気は、あと一歩で出来てました!)」

 

 「(ふーん?)」

 

 半信半疑でトリオンファンの言葉を受け止める。

 

 そう、二人が何より確かめたいのは、指揮官が本当に恋心を失ってしまったのかについてである。

 

 この間のコーヒー会では、恋心がないとの報告があったが、トリオンファンには確信があった。

 

 あの時、エルドリッジの邪魔......ではなく、目撃さえなければ唇と唇を合わせる事が出来ていたはずだと!

 

 目線を合わせる+互いに名前を呼ぶ=口付け

 

 だった!

 

 多分!

 

 しかし、コーヒー会で指摘された通り、その後指揮官からの動きもないし、本人がトリオンファンを特別気にしている様子もない。

 

 マランとしては、その事実で九割方諦めモードであるのだが、可愛い妹がどうしてもと言うので、こうして真相を知るために懺悔室を開いて付き合ってあげているのだった。

 

 どうして、懺悔室か?

 

 直接指揮官に「トリオンファンの事、どう思ってますか?」とは聞けないし、見当違いの解釈をされてとぼける未来が見え見えだ。

 

 ならばどうすればいいか。

 

 答えは簡単、彼自身の口から告白してもらえばいい。

 

 「トリオンファンとキスをしかけました」

 

 少なくとも、優しい指揮官ならちゅっちゅ事件については罪として捉えているはず。

 

 それに、この告白があれば彼がトリオンファンに劣情を抱いていたと考えられないだろうか?

 

 キスという行為に、少なからず思うことはあるとよめる。

 

 結果として、恋心の消失というニューカッスルの結論を覆す事も出来るし、トリカゴの皆の希望にもなる...かもしれない。

 

 たとえ出てきた告白がちゅっちゅ事件ではなくても、他のトリカゴのメンバーに対しての劣情チックな懺悔ならとりあえずの収穫にもなる。

 

 そんな成り行きから、北風に指揮官がここに来てもらうよう協力してもらって、今となっているのだ。

 

 なっているのだが、指揮官は真面目な告白しかしてくれそうにないのであった。

 

 「──あのガスコーニュさんの最期が笑顔なのだったら、きっと心は穏やかであったはずですわ。それでも償いを求めるのであれば、彼女の事を忘れないであげることが、一番の償いでしょう」

 

 「そうですよね......」

 

(様になってるなあ、トリオンファン)

 

 ガスコーニュの話を聞き、トリオンファンは司祭役として真剣に指揮官にへと助言を渡していた。

 

 元の任務も忘れてはいないだろうが、指揮官をはじめに他のトリカゴのメンバーにも助言を授けるトリオンファンは、マランの目から見てもさながら聖母の様であった。

 

 話が終わったみたいなので、続きがないかをマランは指揮官に問いかける。

 

 「他にはありませんか?」

 

 「えっと......」

 

 「「(......ごくり)」」

 

 緊張の一瞬。

 

 さあ指揮官、トリオンファンの事を懺悔するのです。

 

 神は全てを許して下さいますから。

 

 「北風が人前では嫌だと言っているのに、可愛いかったからオーロラとフォーミダブルの前で、つい頭を撫でてしまいました」

 

 「「(うーん!)」」

 

 またしても空振り。

 

 いやしかし、可愛い?

 

 指揮官も誰かを可愛いとは思うのか、これはしっかり聞き出さなければ。

 

 「指揮官から見て、北風さんは可愛いですか?」

 

 「えっと、は、はい」

 

 「北風さんだけ?」

 

 「いや、トリカゴの皆、可愛かったり綺麗だなと思うよ」

 

 「そうですか......」

 

 嬉しいのだが、そんなステンドグラスの様な綺麗で色彩豊かな解答が逆に困る。

 

 「なあ、マラン。それって懺悔のための質問だよな?」

 

 「............カツ丼食べます?」

 

 「ここ懺悔室だったよな!?」

 

 いつの間にやら、取り調べ室になってしまっていた。

 

 「すみません、少し肩の力を抜いてもらおうと思っただけです。それと、北風さんの件は罪ではありません。惚気です。ですよねトリオンファン?」

 

 「ですわね、お姉様」

 

 「え、ええ......」

 

 立派な罪だと指揮官は考えていたが、二人にとってはただの羨ましい話なので、却下する。

 

 しかし、指揮官も可愛いとか綺麗だなとかは思うようだ。ここは攻めてみようと、マランは考えた。

 

 「ところで、トリカゴの皆さんを気にかけているようですが、特に気になる方とかは、いらっしゃいますか?」

 

 「特に気になる? んー......フォーミダブルなんだが」

 

 「「(おおっ!?)」」

 

 ダメ元だったが、まさかの返答。

 

 この際、もうトリオンファンの事じゃなくてもいい。

 

 フォーミダブルなのは少し残念だが、やはり指揮官も男性、あのワガママボディに対して、すこしくらいは邪な思いが!

 

 「胸の谷間の、あのネクタイ? どういう構造なんだろうなって」

 

 ドンガラガッシャーンっと、指揮官からすれば椅子から転げ落ちるような音が飛び込んできた。

 

 すかさず二人へと心配の声を投げる。

 

 「なんかすごい音が聞こえたけど大丈夫か!?」

 

 「大丈夫です......椅子の脚が折れただけです」

 

 「ですわ......お気になさらず」

 

 「お、おう? 大丈夫ならいいけど」

 

 椅子の脚(心)

 

 どうやら、指揮官の中だと本人やそのカラダより、着飾っているネクタイの方が興味が大きいらしい。

 

 胸元に視線が注がれないと言っていたのも、ネクタイの事しか頭にないからだ。恐らく。

 

 「ちなみに指揮官。その質問についてですが、フォーミダブルさんは胸元に挟むようにネクタイをされていましたよ」

 

 「へえ、そうだったのか。汗をかくからとかかな」

 

 「生憎、私には持てない悩みなのでノーコメントで。しかし意外ですね。フォーミダブルさんに直接訊かないとは」

 

 ちょっとカマをかけてみる。

 

 女性に胸元の事なんて尋ねられないとでも言ってくれれば、御の字。

 

 「そりゃ本人としてはオシャレだろうし。指摘したら気にしてしまうだろうから。自分は似合っていると思ってるのに、その帽子なんで被ってるの? とか言われたら、落ち込まないか?」

 

 「あぁ、なるほど」

 

 「だろ?」

 

 あえなく撃沈。

 

 指揮官がとことん優しい人だと、新たに理解を深めるだけだった。

 

 閑話休題。

 

 「では、気持ちも整いましたでしょうし、懺悔に戻りましょう。他にありませんか?」

 

 「............なら、本人がそこにいるけど、トリオンファンの事になるんだが」

 

 「(! きたっ!)」

 

 「(よかったですわ!)」

 

 今か今かと待ち望んでいた言葉の来訪に、二人の胸が大きく高鳴る。

 

 小さくお互いハイタッチをしてから、乾いた口でマランは言った。

 

 「そ、その件は私も聞いています。神はもちろんですが、過ちを犯した相手に向かっての告白も大事です」

 

 「遠慮はいりませんわ」

 

 「お、おお。わかった。おほん」

 

 「「......」」

 

 今度こそ、二人にとっては本当に緊張の一瞬。

 

(指揮官、誰も怒っていないから、トリオンファンへの気持ちをただ素直にぶつけてください)

 

(私が魅力的で、上司と部下の壁を壊しかけてしまったと)

 

 そして、彼の声が二人の鼓動と鼓膜を揺らす。

 

 「私は、トリオンファンに悪い事をしてしまいました」

 

 「......どのような?」

 

 「トリオンファンに、エルドリッジアタックを加えさせてしまいました。エルドリッジもトリオンファンが、俺から嫌な事をされていると思って攻撃してきたのでしょう。ただ、トリオンファンにも当たってしまい、被害者にしてしまいました」

 

 本当にあの時のことは、申し訳ない。

 

 エルドリッジアタックは自分だけがくらうならまだしも、あの時は近くにいたトリオンファンにまで被害を出してしまった。反省しなくてはならない。

 

 トリオンファンは目を合わせて話をしたかったらしく、その為に顔を近づけていただけだし、指揮官もそれを疑問に感じなかった。

 

 傍から見れば、無理やりトリオンファンが膝に座らされている様にも見えるし、よく膝に座ってくるエルドリッジは調子に乗った彼に怒って突撃してきたのだろう。

 

 指揮官の中であの時の出来事は、そう片がついていた。

 

 「「......」」

 

 「......?」

 

 「「......はあああああああああああぁぁぁぁ」」

 

(ため息!?)

 

 「指揮官にしつもんでーす」

 

 「露骨にやる気無くなったな!?」

 

 「一応聞くけどね。もし、エルドリッジさんが来なかったらトリオンファンに何してました?」

 

 「何してたって......」

 

 確か、あの時はトリオンファンがイタズラしてきた事にびっくりして。

 

 それから、顔を近づけて目を合わせてくるなり──そうそう、「アイリスに来てほしい」だとかなんとか。

 

 だから、

 

 「アイリスってどんな観光地があるのか聞こうとしてた、かな?」

 

 「「......」」

 

 「......?」

 

 「「......はあああああああああああぁぁぁぁ」」

 

(二回目っ!?)

 

 「残念だったねトリオンファン。どっちにしてもダメだったよ」

 

 「私が頑張った意味って......」

 

 その後、もう一回ため息。

 

 本棚の壁越しから漂いだした、どんよりと沈んだ空気を感じ取り、指揮官はたまらず口を開いていた。

 

 「すまん。何かマズイ事言ったか?」

 

 「いや、指揮官は何も悪くないです。何も悪くないからこそ、ダメかな......」

 

 そう、指揮官は何も悪くない。

 

 元々はと言えば、トリオンファンが指揮官にアピールをするような真似をしなければ、指揮官もエルドリッジにビリビリさせられることもなかったわけである。

 

 なのにトリオンファンの事は一切責めず、むしろ彼女に悪気を感じているのは見習いたいくらい素晴らしい精神なのだが、その答えはトリオンファンを女性として意識していないと同意義で......。

 

 つまりその......ショックと恥ずかしさからか、トリオンファンの口から魂が抜け出そうになっていた。

 

 いや、既に半分くらい抜け出してる。

 

 「(トリオンファンしっかり)」

 

 「(......うう)」

 

 分かってはいたが、コーヒー会でニューカッスルが言っていた通りだ。指揮官は、鈍い以前に恋そのものに自覚がない。

 

 それ故にだろう。とても無邪気で優しい人だし、そんな彼が二人は好きだ。

 

 ただ、優しさとは時に残酷なものなのである。

 

 トリオンファンの肩を揺さぶってあげる中、マランの返答にキョトンとしていた指揮官は、ためらい混じりの声を出しながら、言った。

 

 「何がダメなのか俺にはさっぱりなんだが。でも、実を言うとあの時は、ちょっと嬉しかったりもしたよ」

 

 「え?」

 

(あ、生き返った)

 

 トリオンファン復活。

 

 そんな事を知るはずもない指揮官は、少し照れた様子で続けた。

 

 「俺からしたらなんだけど、トリオンファンって凛々しくて真面目で高潔で礼儀正しくて、アイリスから単身でトリカゴにやって来てくれた、勇気のある凄く強い子だなって思ってたんだ」

 

 「そ、そんな......」

 

 一切の曇りのない指揮官の思いに、復活したトリオンファンの頬は、みるみるうちに紅く染め上がっていった。

 

 「謙遜しないでくれ。贔屓目なしにしてもトリオンファンには、毎日感謝してるんだ。夜間任務を担ってくれているのはもちろんだし。任務明けで眠たいだろうに、朝に会った時には、いつも笑顔で挨拶してくれるしさ。あれ、本当に嬉しいんだ。いつもありがとう」

 

 「......い、いえこちらこそ」

 

 そんな所を褒められるとは思わず、トリオンファンはくすぐったそうに自分の首を撫でた。

 

 挨拶は、高貴たる人間の基本だ。

 

 いや、人間としての基本だとトリオンファンは考えている。

 

 だからこそ、たとえ苦手な相手だろうと、疲れて眠ってしまいたい時だろうと自分からの挨拶は忘れないし、忘れたこともない。

 

 むしろ、指揮官に今言われて改めて意識したくらいだ。

 

 そんなトリオンファンの無意識の人間性を、指揮官は大きく評価してくれていた。

 

 自然と、トリオンファンの顔が綻んでいく。

 

(指揮官は、私の事をちゃんと見てくださっている......いえ)

 

 思えば、初めて会う前から指揮官はそうだ。

 

 元々トリオンファンがこのトリカゴに来たのは、生き別れた姉であるマランが参加を表明したからだった。

 

 姉と会える機会をくれただけでも指揮官には感謝しているが、家族ではあっても敵だったマランと打ち解けられるか。

 

 トリオンファンにとっては、それがずっと気がかりだった。

 

 そんなトリオンファンがトリカゴにてマランと再会を果たした時、姉は優しく微笑んで、言ってくれた。

 

 ──おかえり。ル・トリオンファン

 

 言葉では言い尽くせないほど嬉しかったのを、覚えている。

 

 後々聞いたのだが、マランもまた、トリオンファンとの再会を気にしていたらしい。その事を指揮官に相談した時、彼はこう言ってくれたそうだ。

 

『おかえり──家族なら、それだけでいいんじゃないか?』

 

 この時、トリオンファンは思った。

 

 彼の剣となり、盾となり、そしてこの身、この命を捧げようと。

 

 「だから、そんな気配り上手で頑張り屋なトリオンファンが俺に甘えて来てくれたのは、素直に嬉しかったよ......えっと、それでエルドリッジの件だけど許してくれるか?」

 

 「えっ、あっ、あぁ」

 

 指揮官の疑問のこもった発言で、トリオンファンは我に返る。

 

 そうだった。すっかり懺悔室が談話室になってしまっていて忘れていたが、指揮官はエルドリッジのビリビリにトリオンファンを巻き込んでしまったことを、詫びていたのだった。

 

 「(それはもちろん、許すに決まって──)」

 

 「指揮官、トリオンファンはまだ怒っているみたいですよ」

 

 「あー、やっぱりそうかあ。あれ痛いもんなあ」

 

 「(お、お姉様!?)」

 

 突如として横から覆いかぶさるマランの声に、トリオンファンは大きく目を見開いた。

 

 目線が合わさると、都合のいい天啓を得たマランはトリオンファンに小声で呼びかける。

 

 「(トリオンファン。ここはチャンスだよ!)」

 

 「(ちゃ、チャンス?)」

 

 「(気付いて。今の美味しい状況に!)」

 

 「(えっと? ............はっ!)」

 

 熱のこもったマランの瞳に感化され、トリオンファンはあの時と同じく、今置かれているチャンスに気がついてしまった。

 

 密室、しかも親愛なる姉と三人きり。

 

 そして実質的には何も悪くないのだが、指揮官はトリオンファンに許しを請うている状況。

 

 つまり、マランが言ってくれたように、ここで怒ったままの方が指揮官から何かトリオンファンやマランにとって、嬉しいお詫びをしてくれるのではないだろうか?

 

 指揮官からやってくれるのであれば、トリカゴ条約にも違反しない。

 

 「(という事ですわね!?)」

 

 「(だよ!)」

 

 この状況を活かさない手はない。

 

 決意が固まれば行動が早いのは、姉妹揃ってだった。

 

 「では、お困りの指揮官に、私が司祭役兼姉として助言を。指揮官、ここは何か行動で示すべきではないでしょうか。ですよね、トリオンファン?」

 

 「そ、そうですわね。エルドリッジさんの件だけでなく、毎日夜間任務をしている私とお姉様へのご褒美が欲しいですわ!」

 

 許す許さないというより、最早ただのお願いと化していた。

 

 「ご褒美......プリンじゃだめか?」

 

 悪くない。

 

 悪くないが、しかしそれだと前回のマランのように全員分作り出す結果になってしまう。

 

 二人が欲しいのは、自分達だけが得られるような、そんなご褒美。

 

 「も、もう一声!」

 

 「もう一声!? まあ、そうだな。俺も毎日毎日夜間任務の二人の心身は心配してたし」

 

 「「......」」

 

 そんな事まで気を配ってくれてたのかと、思わぬ飛び火で顔が熱くなるが、二人は指揮官からのご褒美を待つ。

 

 「あっ、そうだ」

 

 「「......!!」」

 

 「なんなら、任務終わりに、あの時のガスコーニュが言ってたみたいにハグでもしてやろうか? 毎日三十秒のハグは、健康にいいらしいぞ?」

 

 「「......」」

 

 「ははっ、なんてな。真に受けないでくれ。上司にこんな事言われても困るだけだよな」

 

 「「......」」

 

 軽くおどけてみせる指揮官。

 

 いや、むしろ

 

 二人にとっては願ってもない程のご褒美なのだった。

 

 *

 

 翌日、早朝のトリカゴの食堂にて。

 

 コーンスープに浸したトーストをかじりつく指揮官に、朝食がのったプレートを持ったシュペーは声をかけた。

 

 「おはよう指揮官。ここ、座ってもいいかな?」

 

 「ああ、もちろん。それと、おはよう。今日からしばらくはシュペーが秘書艦だったな」

 

 「うん、そうだよ。カブールさんみたいに仕事は早くないけど、頑張るね」

 

 「カブールが公務面で優秀すぎるだけだよ。シュペーだって俺からしたら、ちゃんと仕事をしてくれてるさ。助かってるよ」

 

 「う、うん。ありがとう」

 

 惜しみのない指揮官の褒め言葉に頬を染めながら、シュペーは指揮官の対面の席に腰を下ろした。

 

 「シュペーも俺と同じ朝ごはんなんだな。いつもは、シリアルみたいなやつじゃなかったか?」

 

 「ミューズリーだね。そうしよかなと思ったんだけど、ちょうど無くなっちゃったらしくて。次の配給まで待ってって饅頭さん達に言われたというか、ジェスチャーされた」

 

 自分がいつも食べているものを指揮官が覚えていてくれていたことが嬉しくて、つい饒舌に話してしまう。

 

 「へえ、それでか。あれ、でもシュペーくらいしか食べないはずなのに、無くなるものなのか?」

 

 「健康やダイエットに良いよってフォーミダブルさんやオーロラさんに言ったら、ハマったらしくて......」

 

 「いくら健康とダイエットによくても加減があるだろうに......」

 

 「あはは......」

 

 そんな会話をしながら、シュペーにとっては幸せな日常をご飯と共に噛み締めていると、

 

 「おはようございますわ。指揮官、シュペーさん」

 

 「おはようございます。指揮官、シュペーさん」

 

 夜間任務終わりのトリオンファンと珍しいことにマランが、朝日のように眩しい笑顔で声をかけてきた。

 

 たまにはそんな日もあるかと思い、シュペーは挨拶を返す。

 

 「おはよう、トリオンファンさん。マランさん」

 

 「おはよう二人共。えっと、もしかしてだけどマランもいるって事はご褒美か?」

 

 「はい!」

 

(ご褒美? 何故だろう。凄く嫌な予感がする......)

 

 そして、シュペーの女の勘は見事に適中した。

 

 「ほら、おいで」

 

 「わーい!」 「お邪魔しますわ!」

 

 「......えっ」

 

 一体、目の前で何を見せられているのだろうか?

 

 座ったままの指揮官が姉妹の二人に向き合って腕を広げるなり、そこに二人が飛び込んだ。

 

 言葉にするならそれで片付くが、要するに目前で指揮官が二人一緒にハグをした。

 

 「えへへ♡」 「うふふ♡」

 

(しかも凄く幸せそう!?)

 

 そのまま、永遠かと思わしき三十秒が経過すると、指揮官は二人の体を解放した。

 

 「えっと二人共、元気出たか? 別にシュペーの前でやらなくてもいいだろうに」

 

 「いえいえ、指揮官もお忙しいでしょうし、このタイミングが一番いいと判断したまでです」

 

 「ですわ。それに、シュペーさんなら怒らないでしょうから♪」

 

 「......!」

 

 流し目のトリオンファンと一瞬目が合い、シュペーは理解した。

 

 これは宣戦布告だ。

 

 シュペーなら何も言わないのもあるが、指揮官からの行動なのでトリカゴ条約違反ではないことを認識させるために、あえて事の一部始終を二人は見せつけてきたのだ。

 

(......これは、私もうかうかしてられないな)

 

 そう思いながら、シュペーはまだ湯気の立っているコーンスープを一気に飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マランとトリオンファンが指揮官に恋心を気付かせようと頑張ってみた場合。

 

 指揮官が、毎朝ハグをしてくれるようになった。




指揮官の失われた恋心を気付かせるため、KAN-SEN達が頑張ってみるお話。

実際の懺悔はこんなんじゃないと思いますが、ごっこ遊びなので、大目に......


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「愛するあなたに、イヴの林檎を」 シュペー&ガスコーニュの場合

饅頭からの言葉は通じない設定

実際のところはどうなのでしょうかね...


「うひゃー、本部からの物資船って初めて見たピヨ。おっきいピヨぉ」

 

未だ清潔さの漂う作業帽を被った一匹の饅頭が見上げるのは、先程トリカゴの埠頭に停泊した物資船だった。

 

自分の何倍もの大きさを持ったその船を間近にして、思わず感嘆の声が漏れてしまう。

 

「ぼーっとするなよ新人。ピヨ」

 

「すっ、すみません隊長!」

 

新人と呼ばれた彼に声をかけたのは、どこか貫禄を感じさせるくたくたになった作業帽を被った饅頭こと隊長だった。

 

トリカゴ基地を最初期から支えてきた歴戦の饅頭として、新人をはじめに基地にいる饅頭からの信頼は厚い饅頭である。

 

「ふっ、そんな肩に力を入れなくても大丈夫だピヨ。持てる荷物も持てなくなるピヨ」

 

「は、はいっす! 本日は、物資搬送ですよねピヨ?」

 

「そうだピヨ。コンテナの中にある荷物を全部基地にへと運び出すだけの仕事だピヨ。一応、今日は俺と一緒に作業をしてもらうピヨ」

 

「あ、ありがとうございますピヨ!」

 

「礼はいらない、下手に仕事をされたら困るだけだからなピヨ。ほら、みんな動き始めたぞ。行くぞ新人」

 

「ぴ、ピヨ!」

 

威勢よく返事をしてから、新人は隊長の背中を追ってコンテナ置き場にへと足を運び、二人(二匹?)で物資を運び出していく。

 

「お、重い......」

 

「ふっ、いつか一人で持ってもらわなきゃ困るピヨ」

 

「ら、らじゃっすピヨ!」

 

隊長の言う通り、周りを見渡してみると確かに先輩達は皆一人で荷物を運んでいる。

 

今の新人には到底無理な光景ではあったが、いつかは自分も一人で持てるようになろうと胸に誓うのだった。

 

そのまま助けを借りながら、なんとか重い荷物を基地のドック近くにまで運ぶと、隊長が口を開いた。

 

「おっ、やけに確認の列が短いと思ったら、今日はガスコーニュちゃんだったかピヨ」

 

「ガスコーニュちゃんですかピヨ?」

 

新人はまだここに来て日が浅い。KAN-SENが所属していることはもちろん知ってはいるが、まだ顔と名前が一致していなかった。

 

「ほら、あそこ見てみろピヨ」

 

「うわあ! 片手を離さいで下さいピヨ!」

 

「はっはっは! すまんピヨ!」

 

すんでのところでバランスを立て直し、ほっと息を吐く。

 

それから、隊長が一瞬指さした先を新人は目線で追いかけた。

 

「......わぁ」

 

その先にいたのは女神だった。

 

「第一備蓄庫へ、次......第三整備室、次......食堂へ、次......その執務室への荷物はガスコーニュが預かる、次......」

 

深い海のように蒼い髪、黄金色に染まる無感動な双眸は太陽に透かした饅頭の羽とは比較にならないほど綺麗だ。

 

あまりに変化のない表情から、高価な人形を思わせるが、それでも彼女は僅かに艶やかな唇を動かし、言葉を発して生きている事を証明していた。

 

(綺麗な人だピヨぉ......)

 

リストを確認するガスコーニュの姿に新人が目を奪われている事に気が付いたのか、隊長は思わせぶりな声音で彼に問いかけた。

 

「ははぁん。新人、お前さてはガスコーニュちゃん推しだなピヨ」

 

「お、推しですかピヨ?」

 

「そう。ここの饅頭達は、それぞれの心の中で密かに応援している推しKAN-SENがいるんだピヨ。それが推しピヨ」

 

「な、なるほどですピヨ」

 

初めて聞く単語だったが、隊長の説明通りに習うなら新人にとってはガスコーニュが推しである事に間違いはなかった。

 

「よし。じゃあ俺達もさっさといくぞピヨ。ガスコーニュちゃんと話せるチャンスピヨ」

 

「は、はいっす!」

 

俄然やる気の湧いた新人は、ガスコーニュのいるところにまでえっちらほっちらと協力して荷物を運ぶ。

 

そして、ついに彼女前まで辿り着き、待望の時が──

 

「......第一備蓄庫、次」

 

一秒足らずで終了した。

 

「......」

 

「はっはっは! そう気を落とすな。ガスコーニュちゃんは、いつもあんな感じだからなピヨ。仕事がスムーズに進んで助かるピヨ」

 

「隊長ぉ」

 

新人が欲しているのは、そんな言葉ではなかった。

 

「まあまあ。あと八往復はするピヨ。一瞬のコミュニケーションを楽しんでいこうピヨ。俺たちは饅頭。こうして声をかけて貰えるだけでも、有難いことだピヨ」

 

「............そうですね! よーし頑張るぞ!」

 

「ふっ、その意気だピヨ」

 

ガスコーニュの言った第一備蓄庫にまで荷物を運ぶと、また二人はコンテナへ。

 

それから荷物を持ち運びながら、もう一度ガスコーニュのいる場所にまで向かう。

 

この繰り返しを何度かした後、コンテナへと歩いている最中、

 

「そういえば、隊長の推しKAN-SENは誰なんですかピヨ?」

 

「ピヨ? 俺か? 俺の推しKAN-SENは大鳳様だピヨ。あのゴミを見るような光のない濁った目がたまらないピヨぉ」

 

「そ、そうでしたかピヨ」

 

新人の中で若干彼への信頼が崩れさっていったが、隊長は気にせず続けた。

 

「ちなみに、一番人気はトリオンファンちゃんだピヨ。饅頭全員に優しいせいで、勘違いしている奴が続出してるピヨ」

 

「む、虚しい......二番人気は誰なんですかピヨ?」

 

「指揮官さんだピヨ」

 

「指揮官さんですかピヨ!?」

 

KAN-SENじゃないのもあるが隊長のくちばしから指揮官の名前が出てくるとは思わず、新人は大きく鳴いた。

 

「指揮官さんも俺たち全員に優しい。なんなら仕事を手伝ってくれたりもするピヨ。指揮官さんがもし小さくて可愛い女の子だったら、トリオンファンちゃんの不動の順位も危なかったかもしれないピヨ」

 

「ピヨぉ。指揮官さん、そんな良い人だったのですかピヨ」

 

「そりゃ、KAN-SEN全員に想われてるからなピヨ。納得の人の良さピヨ......ん?」

 

話をしているとコンテナにへと二人はまた戻ってきたが、そこに残されていたのはさっきまでの重たい荷物ではなく、新人一人でも運べそうな小さな荷物だった。

 

「あっ、これくらいなら一人でもいけそうですピヨ!」

 

「じゃあ最後に頑張ってこいピヨ!」

 

「はいっす!」

 

勢いよくガスコーニュの元へ走っていった新人を朗らかな笑みで送り出し、隊長はゆっくりとその後を追った。

 

仕事を終えて清々としているだろうと、トリカゴの裏口に辿り着くと......

 

「警告、静止行動を推奨。警告を聞き入れない場合、直ちに実力行使にへと移行する」

 

「あばばばばばばば」

 

どうやら、リストにない荷物を運び出そうとしていた新人に、ガスコーニュは艤装を展開して最終警告を促していた。

 

ガスコーニュの慈悲のない冷徹な目線に、新人はたまらず鳥肌をたたせ涙目で身震いをする事しか出来ていなかった。

 

(ど、どうするピヨ!?)

 

考えはするが、しかし隊長にはどうする事も出来ない。

 

KAN-SEN達には饅頭の言葉は通じないし、下手に暴れたらそれこそ実力行使されてしまう。

 

緊張が空気を包む中、ガスコーニュはゆっくりと荷物に貼られた送り状を読み上げる。

 

「トリカゴ。アドミラル・グラーフ・シュペー様。差出人、綾波......?」

 

「......!」

 

訝しんでみせたガスコーニュに、ビクンと新人は大袈裟に羽を揺らす。

 

もしかしたらこのままあの艦砲の上で丸焼きにされるのではないかと、死を悟った。

 

しかし一転、ガスコーニュは表情は変えずとも態度を柔和なものに変え、艤装を解除すると

 

「......問題はナシと判断。この荷物はガスコーニュが預かる。それと、饅頭への措置行動を謝罪する。ごめんなさい。最後に、饅頭達。お疲れ様」

 

それだけを言って、ガスコーニュは執務室に運ぶ荷物を腕に抱えると、姿を消した。

 

「だ、大丈夫かピヨ!?」

 

すぐ様、隊長は新人の元にへと駆け寄り、彼の身を案じる。

 

少し運が悪かった。恐らく、リストの完成後に追加で荷物が入ってしまい、それを偶然彼が運んでしまったのだろう。

 

トリオンファンならともかく、ガスコーニュは不審物を見つけるとああいう態度をとる。こればかりは、彼女も仕事なので仕方ない。

 

推しにあんな態度をされるなんて、隊長ならご褒美だが、新人には辛かったに違いないだろう。

 

そう思ったのだったが......

 

「ガスコーニュちゃんのあの目、た、たまらないですピヨぉ......」

 

「......」

 

新人もわりかし、そっちの素質がありそうなのだった。

 

この後、酸素コーラで乾杯する二人の姿が見かけられたらしい。

 

*

 

「お疲れ様指揮官。ガスコーニュさん。はい、コーヒー」

 

「............ありがとう」

 

「ありがとう。それと、シュペーもお疲れ様。ガスコーニュもありがとうな。今日は休みなのに、手伝ってくれて助かったよ。量が凄かったのに、いつもよりも早く終わったし」

 

「主の補佐をするのが、ガスコーニュの使命。加えて、シュペーとの私的な約束もあったためだと主張」

 

「そっか、それでもありがとう」

 

「......うん」

 

(満更でもなさそう)

 

指揮官に頭を撫でられて淡く頬を染めるガスコーニュを見て、シュペーはそう思った。

 

海が波光によって黄昏色に染まる頃。

 

執務室に積み上げられていた書類の山が無くなり、代わりに茶色い木机の全貌が昨日ぶりに姿を現していた。

 

それに手を貸したのは秘書艦であるシュペーはもちろん、お昼終わりと同時に、暇を持て余していたガスコーニュも仕事を手伝うと来訪してきた。

 

ガスコーニュの休息を執務で邪魔するのは悪いと思い、最初は指揮官も断ったのだが、どうやらガスコーニュには執務後にシュペーとの約束があったらしい。

 

「それで、ガスコーニュとシュペーは、これからゲームをするんだったか?」

 

「肯定」

 

「うん。綾波がオススメしてくれたゲームがこの前届いたから、一緒にやろうって」

 

「綾波? 綾波って、KAN-SENのか?」

 

シュペーの意外な交友関係が明らかになり、指揮官は思わず重桜にいる鬼神の異名を持つ少女の名を半音高く呟いた。

 

「そうだよ。やっぱり知り合い?」

 

「重桜のKAN-SENなら、会ったことない方が少ないからな。もちろん知ってるよ。どうやって知り合ったんだ?」

 

「同じゲームをしてて、そこからオンラインチャットで。ガスコーニュさんに勝つくらいだったから、思わず声をかけたの」

 

「へえそんな事が。というか、ガスコーニュってそんなにゲーム上手いのか?」

 

「ガスコーニュ自身では判断不可能なため、返答しかねる」

 

「私からしたら、滅茶苦茶上手だと思うよ。ガスコーニュさんってどのゲームでもミスがないというか。ゲームなんて、突き詰めたらタイミングよくボタン押すだけだから......」

 

「ああ、そう言われると確かに納得だ。勝手な想像だけど、音ゲーとか凄そう」

 

「実際凄いよ。音ゲーアプリのハイスコアランキング、大体ガスコーニュさんの名前で埋まってるし」

 

「まじか」

 

「反射神経機能のテストとして、利用しているにすぎない。指示通りに動いているだけだと主張する」

 

ガスコーニュはそう言ってみせるが、その指示通りがゲームにおいては一番難しい。

 

「これに勝てた綾波何もんなんだ......」

 

「音楽ゲームはともかく、格闘ゲームならって話だよ。ガスコーニュさん、正確な操作をするから凄く強いんだけど、読み合いとかも含めると」

 

「綾波の方が強いわけか。奥が深いな。ちなみに、綾波からどんなゲームを借りたんだ?」

 

指揮官のその言葉に、シュペーは僅かに眉毛をあげた。

 

今すぐ叫びそうな彼女の言葉を代弁するなら「その言葉を待っていたよ!」である。

 

さすがに声を上げるわけにはいかないので、持っていたマグカップを一度傾け、息を吐いてから

 

「気になる?」

 

「もちろん。綾波がシュペーとガスコーニュのためにわざわざ送ってきたんだろ? 気にもなるさ」

 

「じゃあよかったらさ。指揮官もどう?」

 

「どうって?」

 

「これから、一緒にやらないかって意味。気になるんでしょ?」

 

後半少し早口になってしまった気もするが、大丈夫。違和感なくちゃんと誘えた。

 

あとは、彼が頷いてくれるか......

 

「そうだな。ただ、俺ってやるより見てる方が楽しい人間なんだけど、それでもいいって言うなら」

 

「全然大丈夫だよ。ゲームの楽しみ方なんて、人それぞれだから」

 

「なら、お邪魔させてもらおうかな」

 

(ふぅ、よかった)

 

作戦の第一ステップが無事に進行出来たことに、シュペーは胸を撫で下ろすと、ガスコーニュにアイコンタクトを送った。

 

「ガスコーニュも問題ない。主、ゲームをしたいならシュペーの部屋への移動を提案」

 

「とりあえず、飯食ってから行くとするよ。さすがにお腹が空いちゃってさ」

 

「あっ、私も!」

 

危ない。部屋に誘う事ばかり考えていて、すっかりこのイベントの到来を忘れていた。

 

咄嗟にシュペーは時計を確認した。

 

(この時間なら......)

 

他の面々は、まだ任務中で食堂には来ないため目撃される心配はない。

 

マランとトリオンファンの二人とすれ違う可能性はあるかもしれないが、問題ないだろう。

 

「主、ガスコーニュも」

 

「なら、コーヒー飲んだら三人で食堂行くか。にしても、綾波がオススメするゲームかあ。楽しみだなあ」

 

「「......」」

 

ガスコーニュがどうなのかは分からないが、期待にココロを弾ませているのは、シュペーも同じだった。

 

(指揮官は誰を選ぶのかな)

 

ゲームの多くには、選択が迫られる事がある。

 

基本的には反射的なものが多い。

 

アクションゲーム、シューティング、格闘ゲーム、音楽ゲーム......

 

落ち着いて考えられるものとしてはRPGやボードゲームがあるわけだが、

 

恋愛シュミレーションゲームもまた、選択を迫られる事に変わりはなかった。

 

女の子を選ぶという選択が。

 

*

 

Ayanamiさんからの新着メッセージがあります

 

『どうですか? うまくいきましたか?』

 

─誘うとこまではうまくいったよ。ありがとう

 

『それは重畳です。首尾よく終わる事を祈っています』

 

─うん。

 

─結果はまた連絡するね

 

『らじゃなみです』

 

─よろしゅペだよ

 

─そういえば

 

『はい?』

 

─恋愛ゲームなのは聞いてるけど、なんでゲームのパッケージ剥がして送ってきたの?

 

─それに、デモもやるなって

 

『やってみてのお楽しみだからです』

 

─???

 

『ふふふ、です』

 

*

 

指揮官にとってアドミラル・グラーフ・シュペーとガスコーニュ......いや、二人だけじゃない。

 

トリカゴの面々が執務終了後にどのようにして過ごしているのかは、よく知らないというのが本音である。

 

というのも、指揮官が私室に入るとそれっきりはパタンとKAN-SEN達との接触はなくなってしまうからだ。

 

よくよく考えてみれば、特別不思議な事でもない。指揮官とKAN-SEN。上司と部下。仕事が終わった後の私的な時間は、好きにやらせて欲しいと考えるのは当たり前だ。

 

なお、指揮官大好きなKAN-SEN達が執務後に彼に会いにこないのは──

 

トリカゴ条約第二条 指揮官にも一人の時間が必要なため、安寧な休息のためにも、執務終了後、指揮官の私室には最低限訪れないこと。

 

──エルドリッジや大鳳でさえも完璧に遵守しているこの条約公文の存在があるためなのだが、指揮官はもちろん知らない。

 

だから、こうして執務の後に誰かに部屋に遊びに行くだなんていうのも、実はトリカゴ着任以来初めての事だったりする。

 

つまり、ウキウキしているというやつだ。

 

その表れからか食事の後、指揮官は落ち着かない様子でキョロキョロとシュペーの部屋の隅々を見回していた。

 

部屋の広さや間取りは彼の私室と同じ、なんなら備え付けなので家具も同じだが、その配置や置かれている小物に至っては全然違う。

 

テレビの向きやパソコン、小型冷蔵庫の位置からして、大体の行動がベットの上で終わるようになっているなと指揮官は思った。

 

「あ、あまりジロジロ見ないで、掃除はしてるけど恥ずかしいから」

 

「悪い、俺や大鳳の部屋とは違うなと思って」

 

「大鳳さんの部屋に入ったことあるの?」

 

「ちょっとだけな。連絡というか、呼び出しで」

 

「......他に入ったことある人の部屋はある?」

 

「お茶会に誘われて、ロイヤルの子達なら全員あるよ。でも、こうして遊びが理由で入るのはシュペーが初めてだ」

 

「ふ、ふぅん」

 

何はともあれ指揮官のハジメテに自分がなれたことに、シュペーは小さくガッツポーズを作った。

 

「すまん、パッと見たところ椅子がないんだけど、どこに座ればいい?」

 

「主、ゲームのプレイにあたり、ベッドに座る事が一番能率的だとガスコーニュは主張する」

 

「そうだけど、いいのかな」

 

確かにガスコーニュの言う通り、ベッドに座ればテレビが一番見やすい。

 

むしろ、ベッドに座らなければテレビが見えないようになっているような気さえする。

 

(......気のせいか)

 

そもそも、ここはシュペーの部屋だ。シュペーが一番過ごしやすいようになってて当然、何も疑問に思うことは無い。

 

ただ、ベッドはかなり個人的なスペース。そうやすやすと腰を下ろしていいものなのか。

 

「いいよ。ベッドに座ってて」

 

いいらしい。

 

「...なら、お言葉に甘えさせてもらうか」

 

そう言って指揮官はベッドの上に座った。

 

シュペーもまた、テレビの画面を見るために指揮官の右隣に腰を下ろした。

 

「ふふっ。全然気にしないで。ガスコーニュさん、ソフトはもう入ってるから電源つけてくれる?」

 

「了解した」

 

シュペーの指示を聞くとガスコーニュは手際よくゲーム機とテレビの電源をつけ、コントローラーを指揮官に手渡すと、指揮官の左隣に座った。

 

両手にKAN-SEN、世の男性なら羨ましい光景だが指揮官はそんな事は気にしない。

 

むしろ気になるのは、

 

「え、自然とコントローラー渡されたけど俺がやるの? 全然ゲーム上手くないぞ俺?」

 

「問題ない、客人をもてなすのは基本」

 

「ガスコーニュも客人なような......」

 

「まあまあ、ガスコーニュさんなりの思いやりだから」

 

「それも、そうかぁ......?」

 

一応納得したようで、指揮官はコントローラーを握ると目線をまだ暗転するテレビ画面にへと向けた。

 

(よし)

 

作戦の第二ステップが完了し、シュペーはほっとしたかのように、近くにある冷蔵庫から水の入ったペットボトルを出すとそれを飲んだ。

 

指揮官を誘うまでが第一ステップ、こうして指揮官をベッドに座らせてゲームをやってもらうまでが第二ステップ、ついでに隣に座るのも。

 

ここまで来たらもう作戦完了と言ってもいい。

 

口を離して小さく息を吐くと、『あかしまんじゅう!』と制作会社らしき可愛らしい文字が映る。

 

続いて、いかにも溌剌とした曲とともに、

 

『KAN-SENマスター! シャイニースターシアター!』

 

と、タイトルらしきキラキラした文字が飛び出してきた。

 

やたら音符とハートも多い。

 

「......どういったゲームだこれ? 音ゲーか?」

 

「主、続行を提案」

 

「あっはい」

 

続けろとの事なので、ボタンを押してゲームを進めていく。

 

次いで名前を打ち込む画面となるが、面倒なのでデフォルトネームで決定。

 

主人公のモノローグが始まり、二人の確認を取りながら物語を読み進めていくと、指揮官も何となくこのゲームの概要が掴めてきた。

 

「ええっと。主人公はアイドルのプロデューサーで、これから羽ばたくアイドルの雛を一人選んで、立派なトップアイドルにしなくちゃいけないのか。アイドル育成ゲームか、初めてだな」

 

「私も初めて。次の画面でプロデュースする女の子が選べるみたいだよ」

 

シュペーの言う通り、ボタンを押して次に進むと、これからプロデュースする女の子が一斉に映し出される。

 

「......えっ」 「......」

 

候補となる女の子達の姿を見るなり、シュペーは一驚を。ガスコーニュは無言を貫いた。

 

「あれ、十人くらいいるのに、最初は二人しか選べないのか。えっと、こっちはユペーちゃんで、こっちはコーニュちゃんか。あ、プロフィールも見られる。どれどれ」

 

ユペー

 

『自分に自信が持てない女の子。過保護な姉がおり、アイドルになったのも姉が勝手に書類を出したから。それでも、自分が誰かに認められるチャンスかもしれないと、僅かに期待を抱いている』

 

「ふうん、なるほど」

 

ふむふむと納得する指揮官だったが、横で見ているシュペーの心情は穏やかなものではなかった。

 

(すごい私に似てる!?)

 

過保護な姉や、自分に自信が持てないのはもちろんだが、何より似ているのはその見た目。

 

着込んでいる服は白色だが、それを黒にして、反対に髪の毛は、メッシュの赤はそのままに地毛らしき黒髪を白く染めれば、隣のシュペーちゃんの完成である。

 

シュペーは、綾波がゲームについて詳しく語らなかった理由をそれとなく理解した。

 

もちろん、気づいているのはガスコーニュとシュペーだけ、異論をあげることもなく、指揮官はコーニュのプロフィールを読み始めた。

 

コーニュ

 

『人ではなく、実は愛玩用アンドロイド。機体番号を含めた名前はGS-コーニュ。カンジョウモジュールが上手く機能していないが、その歌声は折り紙つき。あなたは、彼女に人としてのカンジョウを与えることが出来るでしょうか?』

 

(こっちも似てるなあっ!?)

 

声にならない叫びをあげる。

 

アンドロイドという設定(実際のガスコーニュはアンドロイドではない)やカンジョウモジュールが上手く機能していない背景、それに見た目は髪が白髪になっただけのガスコーニュと言っても差し支えない。

 

(どっちを選ぶんだろう指揮官?)

 

自ずと、心拍が速度をあげる。

 

真剣に悩む指揮官の横顔を見つめながら、シュペーは朧気に考えた。

 

元々はこの作戦、通称『ギャルゲーをプレイさせて指揮官の好みの女の子を知ろう作戦』は文字通り、指揮官の女性の好みを知るために、ついでにあわよくば、恋心を持ってもらうために決行されたもの。

 

彼から女性の好みを聞き出すことは容易ではない。コーヒー会でのエルドリッジの証言から、すでにその事実を得たシュペーは間接的な手段をとることに舵を切った。

 

その結果がこれだ。

 

ギャルゲー、すなわち恋愛シュミレーションゲームはエンディングに辿り着くために、必ず登場するヒロインの誰か一人を選んで攻略しなければならない。

 

すなわち、指揮官が攻略しようとする女の子は少なくとも、彼の好みによって選ばれた事にならないだろうか。なると言ってほしい。

 

次元が違うとはいえ、この好みをそれとなく参考にしていけば、指揮官の理想の女の子となれるわけだ。そしたらきっと......

 

ただ、シュペーは恋愛シュミレーションゲームをプレイした事がなく、実態をよく知らない。その旨を電子の海で出会った友達、綾波に相談したらゲームを貸してくれる事になったのだ。

 

まさかガスコーニュにバレるとは思ってはいなかったが、作戦にアクシデントは付き物。秘密にしてもらう代わりに、協力していく事となった。

 

なお、ガスコーニュとしては指揮官と一緒にゲームがしたかっただけなのだが。

 

そして今。色々とゲームに詳しい綾波のお墨付きなら変なものではないだろうと信頼はしていたが、まさかこうくるとは......。

 

もし、ここで指揮官がユペーを選べば指揮官はシュペーが、コーニュを選べばガスコーニュの方がそれとなく好みという事になる。

 

指揮官は、一体どちらを攻略したいと思うのか!?

 

「......」

 

シュペーにとっては緊張の瞬間。

 

そして、

 

「んー、二人はどっちがいい?」

 

「えっ」

 

第三の選択肢を、指揮官は提示した。

 

「元々は二人でやるつもりのゲームだったんだろ? 俺が勝手にやるのも悪いからさ」

 

「あぁー」

 

そう来るとは考えてなかった。

 

どうしよう? と、指揮官に悟られないようにアイコンタクトをガスコーニュへとおくる。

 

即座に一瞥してから、ガスコーニュは口を開いた。

 

「主の意思を尊重する。ガスコーニュが着目するのは、後にアンロックされるキャラクターだと言表」

 

上手い。ゲームへの興味がある事を主張しつつも、あくまで最初は指揮官に選ばせるというスタンス。

 

さすがガスコーニュ、こういう時にも冷静な判断には頭が上がらない。

 

有難く、シュペーもガスコーニュが用意した即席船に乗り込んだ。

 

「わ、私もそうなんだ! だから、最初は指揮官が選んでいいよ!」

 

「そうなのか、じゃあ......ユペーちゃんにするかな」

指揮官にしては珍しく、躊躇なくユペーにカーソルを合わせるとボタンを押した。

 

「! へ、へえ! 指揮官はコーニュちゃんより、ユペーちゃんの方が好きなんだね」

 

決して自分が選ばれたわけではないのだが、嬉しげにシュペーは口を動かしていた。

 

「好きというか、うーん直感かな。最初に目に入ったし、ティンときたってやつ?」

 

(勘、かあ......)

 

髪が黒い子が好きとでも言ってくれた方が嬉しかった。

 

そしたら、髪を染めたのに。

 

「ふぅん。その......指揮官はトリカゴに私が来た時もティンときた?」

 

一体何を口走っているのだろうとシュペーは自分でも思ったが、折角の機会なので聞いておきたかった。

 

ティンとこなかったと言われたら、これから頑張ろうと思うだけだし、きたと言われれば、嬉しい。それに尽きる。

 

そして指揮官は、嬉しい言葉をこぼしてくれた。

 

「もちろんティンときたさ」

 

「ほ、ほんと?」

 

「ああ、ほんとだよ。顔合わせ会の時、あのかっこいい艤装をつけたまま来ただろ? すぐにわかったよ。あの時、案内してくれた鉄血の子だって」

 

「ふふっ、よかった」

 

本当によかった。なるべく指揮官に思い出してもらおうと艤装をつけたまま出席したのが、功を奏したようだ。

 

ロイヤルの人達には、白い目で見られたけど。今は仲良いので問題なし。

 

「ガスコーニュもな。開発艦の君が来てくれて嬉しかったよ。ヴィシアも落ち着いたばかりだったのに、本当にありがとう」

 

「......ガスコーニュ、記憶領域への永久保存を完了」

 

「お、おう?」

 

(かなり喜んでるね)

 

ともかく、ゲームはユペーちゃんをプロデュースする事で決まり、チュートリアルが進行する。

 

一通り終わると、これからの行動を選ぶことになった。

 

「なるほど。期間が決まっていて、そこまでにキュート、ダンス、エンジェルとかの値を伸ばしながら、一定のファン数を獲得したらいいのか」

 

「イベントの時に選ぶ選択肢でも、数値が伸びたりするみたいだね」

 

「質問。何故ゲームにおいても、相手のカンジョウを考える必要があるのか。理解に困難を認む」

 

「ガスコーニュさん、RPGとかよりアクションゲームの方が好きだもんね」

 

「まあ、そうだな。こういうのが楽しいって人もいるんだよ。運命とは受け入れる前に、選び出すものって言うだろ? 反射神経の訓練のように、コミュニケーションの訓練と考えてくれ」

 

「......意思疎通においての確かな成果となると理解。ガスコーニュ、静観行動を継続する」

 

そこまで真面目に考える必要もないのだが、ガスコーニュが黙って見てると言うので、それ以上の言及は避けておく。

 

「さて、とりあえずファンが一定数いないと大会に参加出来ないみたいだし、レッスンよりもファン獲得をしようかな」

 

指揮官プロデューサー(ややこしい)の方針が決まり、レッスンではなく、ファンが沢山獲得できるらしいインタビューの項目を選ぶ。

 

すると、画面が暗転し

 

「あっ、イベントみたいだよ」

 

「早速か」

 

不安そうな表情をしたユペーちゃんが、映し出された。

 

『インタビュー中に緊張して上手く話すことが出来なくて......やっぱり、私にアイドルなんて』

 

─(確かに、話し方はまだまだぎこちなかった)

 

①心配しないで、大丈夫だよ

②やる気あるのか!?

③......

 

突然選択肢が表示され、15秒ほどのカウントダウンがはじまった。

 

「うーん......」

 

「あれ、そんなに悩むことある?」

 

シュペーとしては①以外ありえないと思うのだが、指揮官は顎に手を置いて考え込みはじめる。

 

「いや、ユペーちゃんは不安に感じてるわけだろ? そこで心配しないではちょっとなあ。ちゃんと解決案を出さないと......それを考えると、少し怒るのもありだな」

 

「そうかもしれないけど」

 

選択肢はその三つしかないのだから、どれかを選ばないといけないわけで......

 

「どれも納得いかないし、①と②の同時押しでいってみるか。そしたら中間くらいの結果になるかもしれない」

 

「えっ、それありなの?」

 

「なしなのかも、わからないぞ」

 

まさかの第四の選択肢を、指揮官はとった。

 

①と②に当てられていた、四角ボタンと三角ボタンを同時押しすると、

 

─(厳しい事を言ってしまうけど、ちゃんと感想を言って答えを見つけていこう)

 

『えっ、全然ダメだったですか............それでもちゃんと内容はあった? 話し方の練習をしようですか? う、うん! プロデューサーさんがそう言うなら!』

 

パーフェクトコミュニケーション!

 

全ステータス、親愛度が上がりました!

 

「え、えぇ......」

 

まさかの大正解だった。

 

「ちゃんと解決策も提示するのは、偉いなあ主人公。けど、同時押しがいけるなら中々難易度高そうだ」

 

(難易度どうこうで片付けていいのかな......)

 

正直に言うと、理不尽な気が。

 

初見でボタン同時押しの発想に辿り着ける人は、そういないはず。

 

どこか腑に落ちないが、指揮官は楽しそうなので黙っておくことにした。

 

その後も指揮官は──

 

「これは③かなあ。ユペーちゃん、おにぎりの具だとツナマヨコーン好きそう」

 

(あ、あってる)

 

──事あるイベント毎に、

 

「ここは②と③の同時押しに見せかけての。①かな。家族の事は、何があっても拒んじゃダメだ」

 

「それは確かに」

 

パーフェクトコミュニケーションを出し、

 

「服に虫が入ったのなら取ってあげないと、背中だったか。というか、服の中に虫が入るとかあるか?」

 

(多分ここ、タッチのチャンス。どこがとは言わないけど......)

 

「よし、楽しく話せたな」

 

ユペーちゃんとの絆を深めていった。

 

「ライブパートは音ゲーなのか!? しかも結構難しいな!?」

 

「主、ガスコーニュに任せて」

 

「おお! 頼む!」

 

(パーフェクトフルコンボだドン)

 

 

──そして、ユペーとの物語は佳境を迎える。

 

 

 

『私は、両親を殺めてしまったんだよ。なのに、姉ちゃんまで失ったら、どうしたらいいの!?』

 

画面には、病院の屋上で夕日を背景に涙を流すユペーの一枚絵が映し出されていた。

 

こうなった経緯としては、次の大会で優勝すればトップアイドルといった直前に、彼女の姉が車に轢かれて昏睡状態に陥ってしまったというものだ。

 

実は、ここまでのイベントにてユペーの両親が亡くなっていることは明らかになっていた。そのせいで姉が過保護というか、シスコンだということも。

 

しかし、まさかその両親を殺したのがユペー自身だったとは思わなかった。

 

彼女にも悪意があったわけじゃない。様々な因果が絡み合ってしまい、ユペーの行動がきっかけで彼女の両親は命を落とす結果となってしまった。

 

そんな彼女にとって、姉の存在は大きかったようだ。親殺しの噂が知れ渡ると、親戚や学校の皆からは避けられるようになったが、姉だけは味方であり続けてくれた。

 

姉が勝手に事務所に書類を出してアイドルにされたのには驚いたが、ここまで支え続けてきてくれた姉のためになるならと、ユペーは指揮官プロデューサーと一緒に頑張ってきた。

 

そして、光り輝くステージは目の前にあった。

 

はずだった。

 

『ねえ、プロデューサーさんは姉ちゃんと違って、ずっとそばにいてくれるよね!? 私を、置いていかないよね?』

 

①ずっとそばにいる

②首を横に振る

 

「......」

 

恐らく、最後の選択肢。

 

ここでの選択が、エンディングの善し悪しに直結するとみていいだろう。

 

そんな大事な場面で、指揮官は黙り込んでしまっていた。

 

「押さないの?」

 

「難しいな。もし①を選んで、ユペーにとっての逃げ場所になったとしても、彼女はずっと変わらないままだ。心の拠り所を変えただけに過ぎない」

 

「......でも、ここで②はないよ」

 

「俺もそれは同感だ。かといって、同時押しも違う気がするんだよなあ」

 

「でも、何かボタンは押さなきゃいけないよ。カウントダウンもはじまってるし」

 

「うーん、それもそうなんだが」

 

何故だろうか、どちらを押してもユペーが幸せになるビジョンが指揮官には見えなかった。

 

同時押しをしても、主人公が中途半端に答えてそのまま飛び降り自殺でもしそうな気がする。

 

(......考えるんだ)

 

何かあるはずだ、画面に明記されていない。そして、同時押しでもないもう一つの選択肢が。

 

「......何も、押さない」

 

「「!?」」

 

ここまで沈黙を保っていたガスコーニュが、小さく呟いてみせる。

 

驚愕する二人をよそに、ガスコーニュは続けた。

 

「主、ガスコーニュは何も押さない、を提案する。この選択肢ではユペーを救えないと判断」

 

「......」

 

なるほど、とシュペーは思った。

 

確かにまだ『何も押さない』選択肢は、取ったことがない。

 

カウントダウンのせいで、何かを押さなければならないと思い込んでいた。もしかしたら......

 

しかし、本当にその選択肢があるのかという、疑問もわいてくる。

 

それでも、指揮官は

 

「......いや、きっとそうだ。俺はガスコーニュを信じるよ」

 

「「......」」

 

三人顔を合わせて頷き合う。

 

ゲームをクリアしたいのもあるが、ユペーちゃんが幸せになってくれることを三人はただただ願っていた。

 

そして、

 

3、2、1......0

 

 

 

─〜♪

 

─(俺は歌を歌った)

 

─(ユペーと一緒に歩んできた。彼女の歌の一節を)

 

『......』

 

─(彼女は何も言わない)

 

─(それでも俺は、伝えないといけない)

 

─(彼女のプロデューサーとして!)

 

─歌おう、ユペー。君がお姉さんにできる恩返しはきっと、それじゃないか?

 

『......』

 

─お姉さんが言ってたよ。ユペーにはユペーを必要としてくれる人達がいることを知ってほしいって。そのために、アイドルになってもらったんだって

 

『姉ちゃん......』

 

─今のユペーなら、君を必要としてくれている人達がいることはわかるはずだ。そしていつか、君だけの力で羽ばたけるまで、俺がずっと傍にいるよ

 

『......うん』

 

─そう言うとユペーは、涙を拭って笑ってみせた。

 

─今の彼女ならきっと、大丈夫なはずだ。

 

全ステータス、親愛度が上がりました!

 

トロフィーを獲得しました!『過去と涙とこれからと』

 

──────

 

────

 

──

 

Ayanamiさんからの新着メッセージがあります

 

『い、一周目でトゥルーエンディングてまじですか』

 

─まじだよ

 

─トップアイドルの結果発表と同時にお姉さんの目が覚めて

 

─ユペーちゃんがプロデューサーに告白しようとしたところで、お姉さんが割り込んできておしまい

 

─だよね?

 

『ですです』

 

『そのエンディングにいくのには、コミュオールパーフェクト必須なんですけど』

 

『同時押しとか、気づけたのですか?』

 

─指揮官、初手同時押ししてたよ...

 

『......』

 

『えっと、最後のところも何も押さなかったのですか?』

 

─押さなかったよ

 

─押してたらどうなってたの?

 

『その場で飛び降りしてお姉さんも目覚めないバッドエンドです』

 

『綾波も最初は飛び降りられたです』

 

─そ、そうなんだ

 

『理不尽ゲーで有名なので、指揮官にも苦しんでほしかったのに』

 

─やっぱりか!

 

『それで、指揮官はユペーちゃんにドキドキしてましたか?』

 

─あっ

 

─ダメだったかな

 

─普通にユペーちゃんのエンディング見られて喜んでた

 

─というか、主人公の方に感情移入してた気もする...

 

『やっぱりですか』

 

─やっぱり?

 

『いやゲーム的に、そうかなと』

 

『あんまりギャルゲーぽくないやつでしたし』

 

─そうなの?

 

『です』

 

『正直、シュペーに驚いてほしくて送りました』

 

─めちゃびっくりしたよ

 

─よく見つけてきたね

 

『ふふふです』

 

『それに、パンチラとかないやつにしましたので』

 

─言われてみれば確かになかったねそういうの

 

─タッチのとこくらい?

 

『エロはダメです』

 

『指揮官、どこタッチしてました?』

 

─普通に虫取ってあげてた

 

『流石です』

 

『いや、残念です?』

 

『その調子ならバッドエンドなしで、エルちゃんまで辿り着けるかもです』

 

─エルちゃん?

 

『全員のトゥルー見たあとに攻略できる隠しキャラです』

 

『ぜひやって欲しいです』

 

─へえ

 

─指揮官に言ってみる

 

『そうしてくださいです』

 

『すみません、これから哨戒なのでこのへんで』

 

─あ、そうだったの。ごめんね

 

─ありがとう

 

『楽しんでもらえたのなら、なによりです』

 

『では』

 

「ふぅ」

 

バイバイと綾波からスタンプが送られたのを確認すると、シュペーはスマホの画面を切った。

 

ゲーム会から翌日の朝、ハッピーエンドを見られて満足した三人はそれから普通にお喋りをして、後に指揮官が明日も仕事があるからと解散した。

 

密室、女性が二人。それでも指揮官は仕事。

 

「楽しんではいたね。うん」

 

綾波に指摘されるまですっかり忘れていたが、そう言えば、指揮官の好みの女の子を知りたくてゲームを貸してもらったのだった。

 

見た目はほとんど自分、もう一キャラはガスコーニュだったが。

 

「私とガスコーニュさんなら、私......でもない」

 

ユペーを選んだのは勘だと言っていたし、指揮官は見た目で女の子は決めないらしい。

 

嬉しいような、残念なような。

 

ユペー攻略後に解放されたキャラクターはどこかヒッパーに似ていたような。

 

「はあ」

 

結局、得られたものは特になかった。夜寝る時にベッドから指揮官の匂いがして、ちょっと悶々......嬉しかったくらいか。

 

ため息混じりに、朝ごはんのミューズリーを食べていると、

 

「シュペー。おはよう」

 

指揮官が声をかけてきた。

 

「おはよう指揮官......えっと、大鳳さんも」

 

ついでに、なぜか機嫌が悪そうな大鳳も横にいる。

 

「ええ。おはようございます」

 

キッと、蛇のような目付きで大鳳に鋭く睨まれた。

 

恐らく、指揮官の匂いか何かで昨晩シュペーが一緒にいたことが分かっているのだろう。

 

何やら黒いオーラを出す大鳳だったが、指揮官には悟られないように発せられていた。

 

「そうだシュペー。今日もガスコーニュと集まったりするか?」

 

「いや、ないよ。なんで?」

 

「集まるなら、また夜にお邪魔しようかと思って」

 

「よ、よる!? ま、また!?」

 

過敏にそれっぽいワードに食いつく大鳳。

 

傍から見てるシュペーは、ちょっと笑ってしまいそうだった。

 

「うん、またやろう。ガスコーニュさんもきっと喜ぶよ」

 

「や、ヤる!? ううっ......」

 

「大鳳!? 急に倒れて大丈夫か!? 大鳳!?」

 

「ふふっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

シュペーとガスコーニュが指揮官に恋心を気付かせようと頑張ってみた場合。

 

 時々、指揮官が部屋に遊びに来てくれるようになった。

 

 




要するにアイ〇ス(シャニミリデレごちゃ混ぜ)する話。歌うところはデトロ〇トのやつイメージ。

最初はときメ〇で書いてたのですが、思ったよりキャラを出す必要性が出てきてしまって、なくなく消しました(

ダイドーちゃんも発表されましたね、ロイヤルの新たなヤベー奴になるのかと心配してますが、杞憂である事を祈ります(


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「シリアスさんがやってきた」 その1

すいません、色々と諸事情で投稿遅れました。


『どんな困難にも、必ずそこに道はあるわ。諦めちゃダメよ。シリアス』

 

それは、シリアスがロイヤルメイド隊に入隊した初日。彼女の姉であるダイドーが、言ってくれた言葉だった。

 

言葉を文面そのままに受け取るなら、『諦めちゃダメ』となるが、シリアスをよく知るダイドーのことだから、『メイド隊に入隊した事を後悔しないように』ともとれるし、『日々を大切に』とも『頑張れ』ともとれなくはない。

 

発言者であるダイドーの真意は不明だが、シリアスにとってこの言葉は確かな心の支えとなっていた。

 

紅茶の入ったマグカップを運んだまま盛大に何も無いところで転んでしまっても、クレープ生地が最早焦げクズとなってしまっても、他にも色々とやらかしてベルファストメイド長に怒られてしまっても......。

 

シリアスは、自分が不器用で、自らのメイド道が困難なものになる事は重々承知していた。

 

それでも騎士隊ではなくメイド隊を志願し、姉の言葉を信じてこれまで頑張ってきた。

 

─どんな困難にも、必ずそこに道はあると信じて。

 

そして今も、シリアスはこの言葉を忘れてはいない。

 

「......はあ、はあ」

 

海上。大きく肩で息をしながら、それでも片膝をつくことはなく、ボロボロになった艤装を纏い、剣に体重を預けながらも、シリアスは己の敵を真紅の瞳で見据えていた。

 

煙を立ち登らせながら沈んでいく、真っ黒な空母が一隻。同じく、沈んでいく真っ黒な軽巡洋艦が一隻。

 

それと、

 

「............」

 

シリアスにとっては、初の交戦となったサメにも似た艤装を纏った人型のセイレーンが一体。

 

(......まさか、人型となるだけでここまで手強いとは)

 

無感情ながらも確かな殺気を漂わせ、敵は砲口をシリアスにへと向けていた。怯えることはなくとも、満身創痍なシリアスは一歩も動くことが出来なかった。

 

奉仕としてはともかく、戦闘面においてだけなら、シリアスはメイド隊の中でも一位二位を争う実力者である。

 

サフォーク、そしてベルちゃんとおつかいがてら海に出ることになり、ひよっこロイヤルメイド艦隊は実戦経験のない人型のセイレーン個体を含む艦隊と遭遇、戦闘は免れえない状況となった。

 

ここでシリアスは、被害を確実に減らすため、何より戦闘に不慣れな二人を逃がすため、囮となることを自ら申し出た。

 

敵艦隊の総数は三。人型との交戦はなかったが、問題なくやれると判断したのだ。

 

しかし、その判断は大きく見誤っていたと言わざるを得ない。

 

普段から相手にすることのある量産型はともかく、まさか人型のセイレーンの装甲があんなに硬いとは知らなかった。それに、レーザー兵器を用いるとは思っていなかったのだ。

 

こればかりは、油断だと断言出来る。それを知っていたのなら間違いなく攻め方を変えていたが、後悔するにはもう遅い。

 

島などがあれば、一時撤退も出来たのだが、生憎、大陸からあえて離れて動いた為か、どこまでも果てのない青の戦場が広がっている。

 

加えて弾薬も底を着いていた。魚雷さえあれば逆転の一手も取れたかもしれないが、その一手を取る前に、ただのデッドウェイトに成り果てた装備達は、今頃海の底にある。

 

更にシリアスの詰みを決定的なものにするのが、通信機器の破損だ。レーザーを紙一重で避けた際に艤装の一部を持っていかれ、それと同時に通信の手立てを失ってしまっていた。

 

前向きに捉えるなら、これ以上敵を呼び寄せることはないとも言えるが。

 

(サフォーク、ベルちゃん。無事に戻れたのでしょうか)

 

潮風が刃となり、波が逆立つ絶望的と言う他ない状況でも、シリアスは他人の心配をしていた。こればかりは、彼女の性格によるものだった。決して、諦めたわけじゃない。

 

なぜなら、シリアスにはダイドーから貰った大切な言葉があるのだから。

 

(困難でも、そこには必ず道があります)

 

今、考えられる道は二つ。

 

救難信号も出さないまま逃げの一手を取り、果てのない青の戦場で奇跡の邂逅を待つか。

 

もしくは、艤装をかつての船の形態にへと変化させ、特攻をしかけるかだった。

 

セイレーンでも、艦船という圧倒的な物量で突撃されたらひとたまりもないはずだ、それ相応の覚悟は必要とはなるが。

 

「......はぁ、はぁ」

 

「......」

 

残された猶予は少ない。敵の発射口からは、聞いた覚えの無い甲高い音が鳴り響いている。

 

(姉さんなら......)

 

ダイドーなら、間違いなく逃げろと言うだろう。

 

メイド長でも、その場で煙幕を展張させて撤退の行動を取るだろう。

 

それでも、シリアスはダイドーでもなくベルファストでもない、シリアスだった。

 

息を吸って、シリアスは胸に右手を添えた。

 

「陛下。シリアスは貴方に仕えることが出来て幸せでした。そしてごめんなさい、メイド長。ダイドー姉さん。ロイヤルメイド隊のみんな。未熟なシリアスを、どうかお許しください」

 

最後の言葉はそれだけに、奥歯を噛みしめてシリアスは水面を蹴った。

 

「......ッ!」

 

シリアスの動きに気付いたセイレーンは、即座にレーザー砲を発射、轟音を響かせ、息の根を止めにかかる。

 

(あのレーザーは三叉直線攻撃!)

 

しかし、流石は戦闘の天才。すでに弾幕のパターンを読み切っていたシリアスは、扇状に広がるレーザー攻撃に一定の安全地帯がある事を見抜いていた。

 

「取舵!」

 

自分に向かって絶叫をあげ、大きく左にへと転回する。当たれば死を理解させる熱を帯びた何かの合間を縫い、敵の攻撃を避け続けながら、猛スピードで距離を詰めていく。

 

「......ッ!?」

 

これには、セイレーンも動揺を隠せない。過去に得てきたデータにない動きなのだ。

 

それもそのはずだった。

 

(この距離ならっ!)

 

自爆特攻をしかけようとするKAN-SENのデータなど、あるはずがないのだから。

 

シリアスは突き進む。彼女に恐れなんてものは無い。あるのはロイヤルの栄光。そして、不甲斐ない自分を支えてくれた沢山の人達への感謝だった。

 

弾がなくとも、敵を確実に殺せる距離まで近付いたシリアスは、展開していた艤装の形状を変更、船にへと

 

Belli dura despicio!(戦いの苦しみなんてものともしない)

 

─しようとした、その時であった。

 

「......っ!?」

 

「アッ!? アァァァァァォォ!?」

 

突如としてシリアスの鼓膜を一陣の風が揺らしたかと思いきや、走ったのは閃光。セイレーンの胸元に、大きな穴が空いていた。

 

敵は人のモノとは思えない悲鳴を炎とともにあげると、その場で爆発。跡形もなく弾けて、消えた。

 

「はぁ...はぁ......?」

 

なぜか戦闘が終わった。水柱を一つも立たせず、誰かが敵を射抜いて、だ。それだけはわかるが、頭が上手く回らず、肩で息をすることしかできない。

 

冷めやらぬ熱を抱えたまま立ち尽くしていると、久方ぶりに聞く王者の声がシリアスの耳に届いた。

 

「上手く当たったようね。生きてて何よりだわ。シリアス」

 

「ウォースパイト......さ、ま?」

 

咄嗟に振り返り、どうにか恩人の姿を捉えたが、その瞬間電源が切れたように目の前が真っ暗になる。シリアスは、深い深い闇の底にへと意識を手放したのだった。

 

 

 




やっぱり、戦闘シーンて難しい(確信)


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「シリアスさんがやってきた」 その2





トリカゴ基地、医務室。

 

真っ白な壁と天井、清潔な無味無臭の空気が鼻腔をくすぐるこの場所で、北風はひとり、椅子に腰を下ろしていた。

 

彼女が見守る目線の先には、ニューカッスルでもネプチューンでもない、患者衣に身を包んだ見知らぬメイドさんが医療ベッドの上で小さく寝息を立てている。

 

瞳の色は分かりかねるが、ヘッドドレスが飾られていた髪は短く、蜂蜜をとかしたミルクのような髪色をしている。

 

肌も艶やかに光を跳ね返しており、目を閉じていてもわかるほどの整った顔立ちだった。

 

なにより、セイレーン艦隊を一人で引き付けた勇姿とドックで確認したボロボロになった艤装から、きっと強い人に間違いはないとも、北風は確信していた。

 

あと、

 

「蹴鞠でもできそうなくらい大きいぞ......」

 

布団が被さっていてもわかるほどの、主張の強い二つのお山にどうしても目がいってしまう。

 

「......」

 

ふと、自分のと見比べてみる。

 

綺麗な北風平野が広がっていた。

 

「別にメイドになろうとは思わないが、メイドとは胸がある事が条件なのだろうか......」

 

決してそんな事はないし、ネプチューンはメイドではなく給仕さんなのだが、北風にとってはネプチューンも羨望の眼差しを向ける相手に違いはなかった。

 

それからしばらく、チッチッチッと、時計の針音だけが響く時間が続く。

 

無機質な音楽会が終わりを告げたのは、見張りを任されてから時計の針が一度、円を描いた時だった。

 

「悪いな北風、見張りをさせちゃって」

 

「指揮官! ...と、ニューカッスルさん。お疲れ様だぞ」

 

もう一人の来客者に対して露骨に声のトーンが落ちた北風に、ニューカッスルは微笑を浮かべてからカーテシーで応対した。

 

「北風様も、お疲れ様でこざいます。お邪魔でしたでしょうか?」

 

「い、いやそんなことは......え、エリザベスさんとの連絡はついたのか指揮官?」

 

やり場のない気恥ずかしさを、指揮官に話をふることで誤魔化す北風。

 

「仔細なくついたよ。この子、シリアスは快復するまでトリカゴで預かることになった。あとはロイヤルの面々に任せるから、北風は休んでくれていい」

 

指揮官の命令に、ピクンと北風の獣耳が大きく揺れた。

 

「もう交代するのか? 見張りは普段からやっているから得意だぞ?」

 

「ありがとうございます、北風様。しかし、ここは私達ロイヤルにどうかお任せ下さい」

 

丁寧ではありながらもニューカッスルは、兎も角代わってくれと訴えていた。

 

私ではなく、ロイヤルという主張に北風は眉を上げながらも、一応納得を示す。

 

「う、うむ? では、北風は戻るぞ。指揮官は?」

 

「俺も戻るよ。じゃあ、ニューカッスル。あとは任せる」

 

「はい、お手数をおかけ致しました。貴方様、北風様」

 

 

*

 

 

「どうした? 浮かない顔してるけど」

 

医務室を出るなり、視線を下に向け続ける北風に指揮官は心配の声を投げた。

 

普段はピンと立っている獣耳も、どこかハリがないように見える。

 

弱々しい声で北風は、言った。

 

「指揮官。ニューカッスルさんは、どうして北風を頼ってくれなかったのだ?」

 

「......?」

 

「言ってはなんだが、監視や見張りは本当に得意なのだ。それはニューカッスルさんも、知ってるはずなのに北風を頼らなかった。だから、北風は頼りにできないと......」

 

最後の方は、涙声で消えていた。

 

頼ってほしかったというより、ニューカッスルに自らの力を信じられていなかった事に傷付いているのだと、指揮官は感じ取った。

 

それは、北風自身がニューカッスルを信じているからこその感情。

 

そんな北風の優しさに指揮官は笑みを浮かべると、しゃがみこんで目線を合わせ、彼女の頭をゆっくりと撫でた。

 

「俺もニューカッスルも、北風のことは頼りにしてるさ。ニューカッスルが頑なに引き受けたのは、国の事情だよ。仕方ない」

 

「国の事情?」

 

小さく指揮官は頷くと、例え話をはじめた。

 

「そうだな。北風は、目の前で人が倒れてたらどうする?」

 

「助けるぞ。当たり前だ」

 

有無を言わさず、北風は答える。

 

「じゃあ、もし助けたとしてだ。助けたからって理由で、その人にお金を要求したりとかするか?」

 

「す、するわけないだろう!? 逆になぜするのだ?」

 

「そう言ってくれてよかった。けどな、世界は北風みたいな優しい人ばかりじゃないんだ」

 

「......」

 

無償の愛を持たない人、その状況を利用してやろうとする人。

 

世界には、色んな人がいる。

 

「ニューカッスルだって、北風が強くて、優しいのは折り込み済みさ。けど、ロイヤル......エリザベスはそうとはいかない。北風がどんな人か知らないんだ。一応トリカゴの人間と分かってはいても、自国の者以外に、あまり貸しを作りたくないんだよ」

 

アズールレーンにて大きく権力を握っているロイヤルに貸しがある国や組織は数多い。

 

トリカゴもその一つであるものの、エリザベス自身はシリアスがトリカゴに救出されてよかったと胸を撫で下ろしていた。

 

最悪の場合、今は味方とはいえ鉄血の捕虜になっていた可能性もあったのだから。一体何を要求されるのか、わかったものじゃない。

 

トリカゴについては、指揮官がいるからと信頼をよせてはいるが、その中にいる人間全員をエリザベスは信じているわけではない。

 

せめて、シリアスを看護するものはロイヤルのものでなければ、何かとつけて貸しを返される可能性がある。

 

北風が見張りをしていたからと、重桜から何か要求されることなんて恐らくないが、ゼロではない。その可能性をなるべく潰しておくのが、エリザベスという君主だった。

 

ニューカッスルは、そんなエリザベスの意思に従っただけなのだ。

 

一時的に北風を頼らざるを得なかっただけであって、そのざるがなくなったのだから、あとはロイヤルの管轄。

 

北風に動かれる方が、ロイヤルとしては困ってしまう。

 

「......そうか。石橋を叩いて渡っているわけか」

 

「そうだな。世界の皆が、北風みたいな優しい人で溢れてたらよかったんだけど」

 

もしこの世界が優しさで溢れていたなら、今こうして北風が肩を落とすことも無かっただろう。

 

いや、アズールレーンという一つの勢力しか存在しなかったはずだ。

 

「......そうか、うむ」

 

諸々の事情と、ニューカッスルの行動の意味を理解した北風は、何度かその場で頷くと笑顔を見せた。

 

「心配かけたな指揮官。もう、問題ない。それに北風はみっつ賢くなったぞ」

 

「おお、随分賢くなったな」

 

「うむ。ひとつ、北風は頼りにされている」

 

「そうだな」

 

一番伝えたかった事が伝わっていたみたいで、指揮官は安堵を胸に抱いた。

 

「ふたつ。世界には色んな人がいる」

 

「うん」

 

彼女の言う通りとしか言えない。

 

世界には、色んな人がいる。優しい人も、酷い人も。

 

「そしてみっつ。トリカゴはきっと、優しい人たちの集まりという事だ。違うか?」

 

屈託のない笑顔でそう言った北風に、

 

「......何も違わないよ。北風は賢いな」

 

「ふふっ。そうだろう」

 

指揮官は、改めて北風の頭を優しく撫でてあげるのだった。

 

誤解もすっかりとけると、そのまま長い廊下を進み、ポニーテールを元気よく踊らせる北風と横並びで歩いていく。

 

いつもなら交差路となるところで別れるはずなのだが、そこを通り過ぎても北風がまだ着いてきたことに指揮官は首を傾げた。

 

「あれ、北風の部屋ってあっちじゃなかったか?」

 

「ふふん、指揮官。この北風が、部屋まで護衛をしようぞ。ぜひ頼ってくれ」

 

「ええっ、別に大丈夫だぞ?」

 

「そうはいかん。戦いの後こそが、一番人間は油断しているぞ。そこを賊に襲われては大変だ。この事は、沢山の歴史の強者達が証明しているではないか」

 

「うーん。たしかに?」

 

言われてみればそんな話もあったような、なかったような?

 

(まあ、北風も乗り気みたいだし)

 

ニューカッスルに頼られなかった分、埋め合わせが欲しいのだろうと理解した指揮官は、彼女に護衛を頼むことにしたのだった。

 

北風としては、なるべく指揮官と一緒にいたいから、なのだが。

 

「そう言えば北風、夜戦は大丈夫になったか?」

 

「この北風を見くびるでないぞ、指揮官。今はエルドリッジに、他のみんなもいる。暗闇など怖くはないぞ」

 

「ひとりは、今でも厳しいか?」

 

「......うん」

 

「そっか。なるべく北風を夜に使う時は、誰かを同行させるよ」

 

「すまん、指揮官。不甲斐ないKAN-SENで......」

 

「そう落ち込むなって。北風のそういうとこ、人間らしくて俺は好きだぞ? 俺だって苦手なものの一つや二つあるし」

 

指揮官の口から出た「好き」という言葉に、告白ではないが北風は自ずと頬が紅くなるのを感じつつ、少し震えた声で訊ねた。

 

「た、たとえば?」

 

「うーん、カエルかなあ」

 

「カエル?」

 

北風の頭の中で、ゲロりと鳴き声が響く。

 

「多分思い浮かべてくれてる、そのカエルだ。なんか、苦手になっちゃったんだよなあ」

 

「ほう、どうしてぞ?」

 

「美味しく食べてたカレーが、ずっと鶏肉カレーだと思ってたら、実は蛙肉のカレーでさ。ショックで苦手になったんだよなあ」

 

「苦手って食べ物としてかっ!?」

 

てっきり、子供の頃に驚かされたとか、見た目が嫌いとかと考えていたのだが、そっちの方向は完全に予想外だった。

 

「え、ああ、そうそう。食べる方な。生き物としては別に嫌いでも好きでもない。レシピ通りに作ったって本人は言ってたけど、普通カレーのレシピに蛙とか書いてあるか?」

 

「さ、さあ? カエルなど食べる機会がないから、わからんぞ。鳥肉と似ているのか?」

 

「すっごい似てる。言われなきゃ分からないからこそ、知った時のショックがな......」

 

「あぁ。少し同情するぞ指揮官。北風もほうれん草のおひたしだと思って口に運んだら、菜の花のおひたしで、びっくりしたことはある」

 

「ちょっと違うけど、大体それだな......」

 

そんな会話をしながら、特に襲われたりなんてことも無く、二人は指揮官の私室にへと辿り着く。

 

「じゃあ、北風。今日もお疲れ様。そろそろ消灯時間だから、早く部屋に戻った方がいいよ」

 

「............」

 

「......?」

 

「............」

 

トリカゴの照明が落ちてしまう消灯時間という言葉には、誰よりも過敏な北風の反応がない。

 

不思議に思って彼女の目線を追いかけると、何やら部屋の扉をじっと見つめて、考え込んでいる。

 

「北風、どうした?」

 

何事かと彼女の名前を呼ぶ。

 

少し遅れて、その声は届いたようだった。

 

「......ん? どうした指揮官?」

 

「それは俺のセリフだよ。ずっと部屋の扉を見つめてたけど、なんかあるのか?」

 

「え? ああ、いやなんだか、近々指揮官がとんでもない目に遭うような気がして......上手く言葉にできんぞ」

 

「とんでもない目?」

 

「うむ。具体的には分からないのだが、そんな気がして......うーん、先程まで基地が、慌ただしかったからかもしれん。外でも歩いて頭を冷やすとしよう」

 

自分でも不思議そうに首を傾げる北風は、気の所為と決着を付けた。

 

こういった北風の急な虫の知らせは、稀にある。そして、結構な頻度でこれが当たるのだった。

 

「んー、しばらく注意することにするよ。でなんだが、北風。もうそろそろ消灯時間だぞ?」

 

指揮官はそう言って、北風に腕時計を見せてやる。

 

時刻は十一時の手前。

 

消灯時間は十一時となっている。

 

「ほ、ほんとだっ!? すまん指揮官、すぐに戻らせてもらう!」

 

北風は大きく目を開くと、それだけを言い残し、ピューんと駆逐艦さながらの足の速さで廊下を駆けていった。

 

「あれなら、頭も冷えるかな?」

 

指揮官はそう呟いて、北風の後ろ姿を見送るのだった。




明治時代の日本のカレーのレシピには、カエル肉が書いてあるのだとか...


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「シリアスさんがやってきた」 その3

  ふわふわとあてもなく揺蕩う意識の中、シリアスはうっすらとナニカを感じ取っていた。

 

  それは生地が焼けただけの、だけれど何故か安心する匂い。

 

(この香りは......クッキー?)

 

  香りとともにシリアスは、初めて自分が作ったお菓子の名前を思い出す。

 

  砂糖に薄力粉、バター、卵、お好みでココアパウダーやアーモンドも。

 

  全部混ぜたら、生地を作ってしばらく寝かせて、型でくり抜いたらあとはオーブンで焼くだけ。

 

  たったそれだけの工程ではあるのだが、何というか失敗した。どうしてか、オーブンから出てきたのは、黒焦げになったハートやスターのクッキー達だった。

 

  それでも、シリアスの中で苦い思い出とはなっていない。捨てようとしていたところを、ダイドーが止め、メイド隊の皆、そして偶然通りがかった敬愛する陛下も食べてくださったから。

 

  メイド隊のみんなが溢した「シリアスの味がする」という感想は、よく分からなかった。ただ、皆、本当の笑顔を浮かべていてくれて、嫌ではなかった。

 

  陛下は「もっと精進しなさい」と言ってくれた。シリアスの焦げ焦げクッキーを紅茶に頼らず、三枚も食べてから。

 

(......嬉しかったな)

 

  そう、嬉しかった。この時、メイド隊に入ってよかったと、改めて思ったのをシリアスは覚えている。

 

  この嬉しい思いをご奉仕として、返さなければならないとも。

 

  そうだ、返さないといけない。そのために、シリアスは生きていなければならない。

 

  生きて。

 

「............っ!!」

 

  呼び起こされた生存本能によって、シリアスの意識は覚醒を果たした。

 

  同時に、勢いよく上半身を起こす。

 

「......ここは?」

 

  数回、まばたきを繰り返す。不意に左から強い光が目に入ってきて、目を細めつつも反射的にそちらの方向を見る。

 

  窓から覗く風景からは、乱反射を繰り返す海がキラキラと輝いていた。

 

「......綺麗」

 

  一時は墓場になるかもしれなかった場所を、ぼうっと眺めていると、

 

「う、うぅーん......」

 

「......!」

 

  反対方向から声が聞こえ、残響の後を追う。

 

  声の主は、シリアスの見知った人物だった。

 

「フォーミダブル、様?」

 

 イラストリアス級航空母艦、三番艦フォーミダブル。

 

  要人警護を担当する機会の多いシリアスは、必然と高貴な立場の人間とは馴染みがあった。シリアスの知る限り、フォーミダブルもイラストリアスと同じく、れっきとしたロイヤルレディのひとり。

 

 ......のはずなのだが、机に体重を預けてよだれを垂らしながら幸せそうに眠っている様は、レディと言うには程遠い。

 

  傍には、美味しそうに細い湯気のたったクッキーが添えられている。

 

「あの、フォーミダブル様。フォーミダブル様」

 

  自分の置かれた状況を把握しようと、シリアスはフォーミダブルの肩を揺らす。

 

  そのまま何度か呼びかけていると、うっすらとその瞼が開かれた。

 

「んん? だれ?」

 

「はっ。シリアスです。ロイヤルメイド隊所属。ダイドー級防空巡洋艦第二グループ五番艦。シリアスでございます」

 

「シリアス? んん......」

 

 口調はハッキリとしているが、どうやらまだ寝ぼけているようだ。目線はともかく、焦点がうまく合っていない。

 

 それでも構わず、シリアスは訊ねた。

 

「フォーミダブル様。不肖このシリアス。どのくらい気を失っていたのでしょうか?」

 

「どのくらいって......たしか、三日くらい? ロイヤルの皆で交代しながら見守って............って!?シリアス!?」

 

「は、はい!?」

 

  そこまで粗暴に口を動かしたところで、フォーミダブルは、シリアスが目覚めた事にようやく気が付いたようだった。

 

  勢いよく立ち上がり、力強くシリアスの両肩を握りしめる。

 

「大丈夫!? ボロボロだったけど!?」

 

「は、はい。今は何も問題ありま

 

「ちょっと待ってて! すぐに指揮官を呼んできますわ!」

 

せん」、と口ずさんだ時には、フォーミダブルは慌ただしく部屋を出ていってしまっていた。

 

「......」

 

  あてもなく視線を動かし、今置かれている状況を改めて整理する。

 

  まず、生きている。そして、捕虜となっているわけではないらしい。フォーミダブルがいるし間違いなさそうだ。

 

  それからシリアスは、ふつふつと記憶のあぶくを沸き立たせた。

 

  覚えている限りでは、サフォークとベルちゃんを逃がそうと一人で人型のセイレーンと交戦。特攻をしかけようとしたところで、ウォースパイトに命を救われた。

 

「ウォースパイト様、フォーミダブル様......」

 

 この二人の共通点。それは、

 

 ─ぐううううううぅ

 

「......うっ」

 

  結論が迫ろうとしたところで、フォーミダブルが言うには三日、何も食べていなかったせいか、シリアスのお腹の虫が大きく主張をあげた。

 

「しかし、食べ物など......あっ」

 

  あるはずもないと思ったが、目の前にあった。

 

  なんなら、自分を起こすきっかけをくれた焼きたてのクッキーが。

 

「いや、ですが......」

 

  これは恐らく、いや間違いなくフォーミダブルのために作られたもの。それをメイド風情であるシリアスが、口にしてしまっていいものなのか。

 

 ─ぐううううううぅ

 

「......」

 

  なんて葛藤をしかけたところで、腹の虫が頭を動かすなともうひと鳴き。

 

  必要の前に法律はない。つまりは、背に腹は変えられない。

 

「い、一枚だけ」

 

  要するに、本能には流石に勝てない。一枚なら大丈夫というわけでもないのだが、シリアスはクッキーに手を伸ばし、口にへと運んだ。

 

「美味しい......」

 

 素朴ながらも、どこか懐かしくて温かい味がした。

 

 自然と腕が動き、一枚、そしてまたもう一枚。

 

 クッキーは、シリアスの幸福感とお腹を満たしていく。

 

 黙々と食べ続けていると、

 

「フォーミダブル様が慌ただしく出ていかれていたので、どうしたのかと思ったのですが。なるほど、目が覚めたのですね」

 

(ロイヤルの、メイド服?)

 

  シリアスのよく知る格好をした、よく知らない人物が扉の傍にいた。

 

  優雅な挙措で彼女は歩みを進めると、先程フォーミダブルが座っていた椅子に腰を下ろす。

 

  たったそれだけの動きではあったが、シリアスは名前も知らない彼女が、ベルファストと同じく尊敬すべき存在なのだと理解した。

 

 その理解は、的中していた。

 

「貴方とは初めましてですね、シリアスさん。元ロイヤルメイド隊統括のニューカッスルと申します」

 

「......ニューカッスルさん、貴方が!?」

 

「はい。私がです。私のことを知っているのですか?」

 

「も、もちろんです!」

 

  興奮気味にシリアスは答える。

 

  シリアスもその名前だけは、知っていた。ベルファストの前代のメイド長ニューカッスル。尊敬するベルファストがお手本にしたという、言わば伝説のメイド。

 

「それは光栄です。私も貴方の事は、ベルファストメイド長から聞いていましたよ。ドジばかり踏んでしまう子がやってきたと」

 

「うっ」

 

  図星だった。というか、一字一句、ベルファストの評価に間違いはないとも言える。

 

「ですが、こうも言っていましたよ。どんな事があってもへこたれない、見習いたいほどに強い子でもあると」

 

「......メイド長」

 

  そんな風に思ってもらえていたとは知らず、目頭を熱くするシリアスに、ニューカッスルはそっと手を重ねた。

 

「一先ずは、無事に目が覚めたようでよかったです。セイレーンとの交戦で、死にかけていたんですよ。覚えていますか?」

 

「は、はい。覚えています。ウォースパイト様に助けて頂いた事も......あの、もしかしてここは、トリカゴ、ですか?」

 

  フォーミダブル、ウォースパイト......あとは確か、ネプチューンにオーロラ、それとメイド隊元統括ニューカッスル。

 

  ロイヤルからはこの五名、他にも各国家から数名が集まって結成された対セイレーン戦闘におけるプロ部隊がいる組織、それがトリカゴ。

 

  この内の三名に出会ったのだから、自然とトリカゴに来ていると結論が出る。

 

  ニューカッスルは、シリアスの言葉に頷いてみせた。

 

「ええ、そうですよ。ここは、対セイレーン特殊遊撃部隊基地。トリカゴです。貴方はセイレーンとの交戦にあたり、沈みかけていたところをウォースパイト様が救出。

 

  快復するまでは、ここトリカゴ基地で預かることとなりました。

 

  体調に不備があったりは......なさそうですね、食欲も旺盛なようですし」

 

「えっ、あっ! す、すいません! フォーミダブル様の......」

 

  ニューカッスルの目線を追いかけると、クッキーの乗った皿は綺麗に底を見せていた。

 

「気にすることはありません。三日も眠り続けていたのですから、お腹も空くでしょう。お口にあいましたか?」

 

「は、はい。非常に。あの、ニューカッスル元統括、どうやったらこんなに美味しく作れるのでしょうか。私にはとても無理な出来栄えです......」

 

「......そうですか」

 

「はい......」

 

  ニューカッスルからすれば、クッキーを美味しく作れない方が難しいのだが。そもそも、そのクッキーは自分が作ったものでもないのだが、どうしてか落ち込むシリアスに先輩として助言を施した。

 

「シリアスさん。料理というものは全て、作り手の気持ちが一番大事なものです」

 

「気持ち、ですか?」

 

「はい。どんなに失敗しても、その人の気持ちは料理に込められています。だから、決して気持ちを、愛情を失わないでください。それさえあるのなら、立派な料理上手です」

 

「愛情......ニューカッスル元統括には、愛する人が?」

 

「そうですね。ここの人達は皆でしょうか。特別な愛を込める方も、一人だけいますけど......おや、来ましたね」

 

「失礼。おっ、ニューカッスル」

 

「あら、いたの」

 

  ニューカッスルが微笑んだと思いきや、一人の男性とフォーミダブルが部屋に入ってきた。

 

  すぐ様ニューカッスルは立ち上がると、二人に向かって深く腰を折った。

 

「お疲れ様です。貴方様、フォーミダブル様」

 

「ああ、ニューカッスルもお疲れ様。挨拶の最中だったのか? 悪いな」

 

「いえ、お気になさらず。どうぞ、腰を落ち着けてお話ください指揮官」

 

「指揮官? 珍しいな、ニューカッスルがそう言ってくるなんて」

 

「偶にはいいではありませんか。やはり、貴方様の方が良いですか?」

 

「まあ、慣れてるしな」

 

「ふふっ、かしこまりました」

 

  謙虚な態度で、ニューカッスルは先程まで座っていた椅子に主を導くと、座らせる。

 

(指揮官......)

 

  あえて指揮官と呼んだニューカッスルの言葉を理解したシリアスは、ピンと背筋を伸ばした。

 

  危ない。貴方は誰ですかと、口走ってしまうところだった。

 

「初めましてシリアスさん。対セイレーン特殊遊撃部隊基地。トリカゴの指揮を執っている者です。シリアスさんは、トリカゴのことは?」

 

「はっ! 存じております! この度は不甲斐ないこの私めを、至らぬシリアスを助けていただき。本当に有難うございました」

 

  そう言って、シリアスは頭を下げる。

 

「顔を上げてくれ、シリアスさん。礼は俺じゃなくて、助け出したウォースパイトに頼むよ。俺は、君を見つけただけだから」

 

「見つけた?」

 

  助かったことも、ここがトリカゴだということもわかった。しかし、シリアスの中ではまだ疑問の渦が巻いていた。

 

  それこそ、どうして通信手段を失ったシリアスを見つけ出せたのか。

 

  偶然とも考えられるが、それにしてはウォースパイトのタイミングが完璧すぎる。

 

  その答え合わせを、指揮官はした。

 

「俺は、地図を見ただけでセイレーンの位置がわかる目を持っているんだ。三つあった反応が二つに、そして一つに。交戦状態なのは一目瞭然。任務で近くにいたウォースパイトを向かわせたら、君がいたというわけだ」

 

「......」

 

  そんな馬鹿なと言い出しそうになったが、嘘をついているようにも見えない。

 

同時に、シリアスはある噂を思い出した。

 

(トリカゴには、陛下が唯一想いを寄せる男性がいる)

 

その男性こそ、この人に間違いない!

 

なんとなくだが、シリアスにはそれがわかった。

 

「そんな話あるのかって、普通思うよな。信じてくれなくても大丈夫だよ。とにかく、助かったと思ってくれたらいい。礼はいいから、今は、体を快復する事を優先してくれ。全力でサポートするから」

 

「はい......シリアスも全力で治します! 誇らしきご主人様!」

 

  敬愛する陛下がお認めになった方となれば、シリアスにとっては誇らしきご主人様。どうしてそうなったと言われそうだが、そうなったのだから、シリアスはテコでも意見を曲げるつもりはなかった。

 

「誇らしきご主人様? ははっ、変わった言い方するなあ。シリアスさん」

 

  困惑しつつも、指揮官は、とびっきりの笑顔と優しい手つきでシリアスの頭を撫でる。

 

(......あたたかい)

 

  今まで感じたことの無い、温かな感情がシリアスの胸を駆け巡った。

 

「......む」 「あら」

 

  フォーミダブルとニューカッスルから、何やら意味ありげな目線を向けられるが、シリアスにはよく分からない。

 

  しばらくして、指揮官はシリアスの頭から手を離すと立ち上がった。

 

「あっ」

 

  何故か、名残惜しく感じる。もっと、シリアスに触れていて欲しかったとも。

 

「じゃあ、ニューカッスル、フォーミダブル。俺は仕事に戻るよ。あとは任せた」

 

「はい。ご足労いただき、有難うございました貴方様」

 

「お仕事頑張って、指揮官」

 

「おう、そうするよ。あぁ、そうだ。シリアスさん」

 

「は、はい?」

 

  一歩動き出そうとしたところで、指揮官はクッキーが乗っていた皿を見つめてから、

 

「また来るよ。クッキー、気に入ってくれたようでよかった」

 

僅かに口角をあげると、退出した。

 

「......」

 

  一拍置いて、シリアスは己の勘違いに気づく。

 

(もしや、あのクッキーはニューカッスル元統括ではなく、誇らしきご主人様が?)

 

  勝手な思い込みが上書きされ、同時にニューカッスルの言葉も思い出す。

 

『料理には愛情が大事』

 

  つまりは、あんなに美味しいクッキーを作った指揮官は少なくともシリアスの事を考えて......

 

「シーリーアース〜! 私のクッキー全部食べましたわね〜!」

 

「フォーミダブルひゃま!? いひゃい! いひゃいです! いえ! ひょうでひた! いやひい、ひりあひゅにばひゅを!」

 

  頬が熱くなりはじめた時に、フォーミダブルのほっぺムニムニの刑がシリアスを襲う。元はと言えばあのクッキーは、フォーミダブルに向けたもの、シリアスではない。

 

  あとは、指揮官の撫で撫でを受けたという個人的な羨みもこめて。

 

「おや、私も手を貸しましょうか。フォーミダブル様?」

 

「もっちろんよ!」

 

「ニューひゃッスルもととうひゃつ!?」

 

  気にしないでと言ってくれたはずのニューカッスルも敵となり、しばらくシリアスの頬は赤くなり続けたのだった。





空白の判定がよくわからなかったり(


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「シリアスさんがやってきた」 その4

──メイドとは何か?

 

定義とするならメイドとは洗濯、清掃、炊事などなど、主の代わりに先立って動く労働者であり、忠実なる僕。

 

かつてはメイドの数が貴族のステータスでもあったらしいのだが、別にメイドの歴史に話を掘り下げたい訳では無いのでこのへんで。

 

言葉の意味だけでなく、実際に働くシリアスにとってメイドとは『主の期待に全力をもって応える』存在とも結論を得ている。

 

ロイヤルメイドの心得、いついかなる時も優雅に、華麗に、冷静に。

 

冷静さにしか自信がないシリアスとしては、まだまだ遠い存在である言葉だが、それでもシリアスだってロイヤルメイドの端くれだ。

 

主に仕え、主のために働く。

 

全力で。

 

ドジを踏むのは、ご愛嬌。

 

ともかく、それが本分であり、シリアスのメイドとしての喜び。

 

ではあるのだが、ここはロイヤルではなくトリカゴ......何が言いたいのかと言えば。

 

(......まだ、夜の十一時ですか)

 

恐ろしいくらいに、暇なのである。

 

この時間は、普段なら夜勤の警備任務の真っ只中だ。今のところ穴を空けてしまっているとなると、代わりに誰が埋めてくれているのだろうか?

 

ケント、シェフィールド、グロスター、それに姉のダイドーも、候補の顔がいくつも思い浮かぶ。

 

かれこれトリカゴに保護されて三日、意識を失っていた期間も合わせるなら六日ほど、シリアスはメイドとしての業務を果たせていないのだった。

 

部外者であるにも関わらず、基地の中を自由に歩かせてもらえている待遇には感謝しているが、常にロイヤルの誰かが見守って(監視して)くれているおかげで、下手な動きはできない。

 

(ベルファストメイド長、怠惰なシリアスをお許しください......)

 

シリアスだってメイドさん。誰かに仕え、誰かの喜びのために尽くしたい。

 

体が動かない内は大人しく瞼を閉じていたが、三日目ともなれば、歩けるくらいには快復もしてくる。元々メイドとして働いてこともあってか、何もしていない現状に罪悪感すら覚えはじめてきた。

 

一応、何か自分に出来ることはないかと声を上げてはいるのだが、

 

「大丈夫だよ。シリアスさんはトリカゴとしては重要保護人なんだ。気持ちだけ有難く受け取っておくよ。ありがとう」

 

一番お礼を返したい指揮官には、優しくそう言われ、

 

「いいかしらシリアス? 貴方は怪我人なのよ。なら、大人しくベッドの上にいて頂戴。今の貴方の任務は怪我を治す。それだけよ? 無駄に心配事を増やさないで。わかった?」

 

ウォースパイトには、王妹として窘められ、

 

「聞いておきますが、シリアスさんの直近のテストのスコアは? はあ、35? ギリギリ赤点圏外ですか......え? ベルファストメイド長になってから赤点ラインが40に? なら、赤点じゃないですか......ダメです。大人しく保護されていてください」

 

ニューカッスルには先輩メイドとしてキッパリと断られ、

 

「嫌よ」

 

フォーミダブルには三文字で言いくるめられ、

 

「正直、給仕としてだけなら私の方がシリアスさんより出来る自信がありますわ......ロイヤルメイド流の戦い方なら、ぜひ教授願いたいですけど」

 

ネプチューンには、一応約束は取り付けられたが、そこまでの快復はしていないので願いは叶わない結果となった。

 

「......」

 

今のところ本のページを捲っているオーロラも、優しい人だからこそ、シリアスの思いどおりにはさせてくれなさそうである。

 

かと言って、もう寝ることにも飽きてしまった。

 

「はぁ......」

 

普段は出さないようにしているため息も、思わず出てしまうシリアスなのであった。

 

「どうかしましたか、シリアスさん? 大きなため息でしたけど」

 

「あっ、いえっ、その......」

 

「どこか体調が悪かったりしますか? 食事が口に合わなかったりとかでしょうか?」

 

「えっと」

 

暇で暇で仕方がないなんて、口が裂けても言えない。そもそも預かってもらっている身なのに、これ以上の我儘は流石に失礼だ。

 

しかし、なにか上手な言い訳をして誤魔化さないと。

 

わざとらしく目線を上にあげてから、シリアスは苦し紛れに答えた。

 

「外を散歩しても、宜しいでしょうか?」

 

*

 

コツンコツンと、誰もいない暗い廊下に二人の足音が響く。

 

すでに、消灯時間は過ぎ去りトリカゴの照明は落ちている。今のところ働いているのは、夜間任務を請け負っているファンタスク級姉妹だけだ。

 

(少し、落ち着きますね)

 

ライトだけが頼りのこの独特の緊張感と静寂さは、夜間警備をしているあの感覚に似ていて、悪くは無いとシリアスは思った。

 

「ごめんなさい、シリアスさん」

 

「えっ?」

 

ふと、隣を歩いてくれているオーロラが放った言葉に、シリアスは一驚で返した。

 

「正直、退屈というか窮屈ですよね。ずっとベッドの上ですし、移動するにもこうして監視がついてしまって」

 

「いえっ! そんな、ことは......」

 

否定しきれず歯切れの悪そうなシリアスの様子に、オーロラは微笑を浮かべると続けた。

 

「普段はこの時間、何をなされているのですか?」

 

「警備の任についています。ちょうど今のように」

 

「そうでしたか。いつも有難うございます。トリカゴも警備してくださるなんて、シリアスさんは働き者ですね」

 

「あ、ありがとうございます?」

 

「ふふっ。そう言えば、私の薔薇園はどうなっていますか? ずっと聞こうと思っていたんですけど、タイミングを見つけられなくて」

 

「オーロラ様の薔薇園でしたら、我々メイド隊一同で管理しております。オーロラ様にはとても敵いませんが、陛下がご満足頂けるくらいには、どうにか」

 

「そうでしたか。それはよかったです。シリアスさんも薔薇園を?」

 

「花がら摘みだけなら。水を運ぼうとすると、どうしてかいつも転んでしまうのです。あとは、虫の退治も私がやっております」

 

「シリアスさんは、虫が大丈夫なんですか?」

 

「はっ、全く問題ありません。どうしてあんな小さなものに怖がるのか、不肖シリアスには理解できません」

 

「ふふっ、シェフィールドさんも同じ事を言っていました。苦手なのは、サフォークさんあたりでしょうか?」

 

「はい、正しくご推察の通りです。オーロラ様もですか?」

 

「さすがにガーデニングを趣味にしていると、避けては通れない道なので、もう慣れました。ですが、私も最初は怖かったです。アリシューザ姉さんに、バカバカ言われながら虫を取ってもらっていました。ふふっ、懐かしいですね」

 

「そんな事が」

 

「大変でしたけどね。どうにかしなきゃと思って、思い切ってペットとして飼ってみたら、なんとかなったんです」

 

「なんと」

 

あの薔薇園誕生にそんな過去が、あったとは。

 

オーロラも彼女なりに困難に立ち向かって、あの薔薇園を作り上げたのかと、シリアスは改めて姉の言葉を思い出してもいた。

 

「懐かしいと言えば、今頃は陛下からパンケーキデイで使うから、薔薇を貸してほしいと言ってくださる時期でした。今年も催されるのでしょうか?」

 

「もちろんです。今年もパンケーキデイへの準備が進んでいます。私が海に出たのも、小麦や牛乳、その他諸々を含めてパンケーキレースなどへの手配を済ませるためでした」

 

パンケーキデイに合わせて行われるパンケーキレースは、ロイヤルにおいては目玉と言える行事だ。

 

フライパンを片手に、その上に乗った薄いパンケーキをリレーしていくだけなのだが、異様な熱狂で盛り上がるため、その人気は高い。

 

シリアス達が任されていた『おつかい』も、その準備を進めるためのものだった。

 

「なるほど、そういう事でしたか。今年はネプチューンさんがいませんから、メイド隊の方が優勝するのでしょうか。それとも、アキリーズさん達が......楽しみですね」

 

「はい、とても」

 

実はその優勝者の名前には、メイド隊に紛れてネプチューンの名前もあったりするのだが、今年はトリカゴにいるため強制的に不参加だ。どうなるのかは、神のみぞ知るというやつである。

 

そのまま、二人っきりの夜のお散歩を楽しく続けていると、

 

「あの、オーロラ様。あそこの部屋明かりがついています」

 

「えっ? ホントですね。キッチンの明かりがついています。どなたでしょうか?」

 

こっそりと、ドアの隙間を覗いて中を確認。

 

「ふふふふっ♪ 指揮官様〜♪」

 

上機嫌でキッチンに立っていたのは、紅の和装(エプロン付き)に身を包んだ人物だった。

 

「(オーロラ様、あの方は?)」

 

「(重桜の大鳳さんです。かき混ぜているのは......チョコレートでしょうか?)」

 

「(みたいですね。どうして、チョコレートを?)」

 

「(うーん? ......少し、お話を聞いてみましょう)」

 

大鳳と言えば、突拍子も無いことを急に始める認識こそあれ、その行動に理由は確実にある。

 

主にそれは指揮官関係ではあるのだが、どうしてチョコレートを作っているのかは見通せないので、ここは素直に聞いてみることにオーロラは舵を切った。

 

「あら」

 

「ご機嫌麗しゅうございます、大鳳さん。夜更かしとは珍しいですね」

 

「......」

 

「オーロラさんと、救助されたロイヤルメイドですか。こうして顔を合わせるのは、初めてですわね」

 

光のない真紅の瞳で見つめられ、シリアスは挨拶として腰を折った。

 

「初めまして、ロイヤルメイド隊所属の」

 

「シリアスさんでしょう? 指揮官様から聞いていますわ。怪我人が消灯時間に徘徊だなんて、報告案件ですわね」

 

「言い方が悪いですよ大鳳さん。ちゃーんと私もいますから徘徊ではありません。夜のお散歩です」

 

「なら、そうしておきますわ。私は作業に戻りますので。お喋りはこの辺にしてくれます? ハッキリ言って邪魔ですわ」

 

「......」

 

直感でシリアスは、この人は苦手だと判断した。

 

表面上は厳しい言葉を取りつくろうネルソンやシェフィールドとは違って、大鳳は本当に拒絶を示していた。そして、こうした人物はメイドとして一番やりにくかったりもする。

 

だが、オーロラは大鳳とはある程度の付き合いがあるおかげか、めげずに彼女の心に踏み込んでみせた。

 

「私としては、もう少し邪魔をさせて欲しいのですけど。カカオに砂糖に......これって、チョコレートの原料ですよね? どうしてチョコレートをお作りに?」

 

「はぁ? バレンタインだからですけど?」

 

「「......?」」

 

「......?」

 

大鳳の言っている意味が分からず、オーロラとシリアスは目線を合わせて首を傾げた。

 

大鳳としても、どうして不思議そうな反応をされているのかが分からず、オウムを返した。

 

「あの、シリアスさん。バレンタインとチョコレートって何か関係ありましたっけ?」

 

「いえ、そもそもロイヤルでは男性から女性への感謝を表す日だと、シリアスは認識しておりますが」

 

バレンタイン、別の名を恋人の日。

 

パンケーキデイと並ぶ一大イベントのひとつではあるが、ロイヤルでは男性から女性が一般的。仮に女性からということがあったとしても、チョコレートはこれといって出てこない。

 

シリアスとの共通認識を再確認すると、オーロラは息を吐いた。

 

「ですよね......指揮官さんから何かないかと楽しみにしてますし

 

「......?」

 

「コホン! 何でもありません。ですが、やはりそうですよね。バレンタインは男性から女性へアプローチをする日、女性からとは聞いたことなんて......」

 

「くくっ」

 

「......大鳳さん?」

 

小鳥のさえずりとしては大きすぎるほど、大鳳は悦に浸った笑声を響かせた。

 

「うふふふふっ、なるほど。道理で誰も準備をしないわけですわ。北風は知らないからともかく、重桜以外ではそういう認識でしたのね。あっははは!」

 

「「......?」」

 

何がおもしろおかしいのかわからず、ロイヤル生まれの二人はその場で立ち尽くしていた。

 

ひとしきり笑った後、大鳳は、

 

「あまりにも滑稽なので、お教えしてさしあげます。重桜では、バレンタインは女性から男性へチョコレートを渡して想いを告白する日ですわよ」

 

そう教えてくれたのだった。

 

 




ハッピーバレンタインです

とりあえず投稿したれの精神。

皆さんは、誰からバレンタインチョコを貰いましたか?


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「シリアスさんがやってきた」 その5


古戦場(遺言)

話が進まなくて申し訳ないです、はい...


「緊!急!会!議よ!」

 

紅茶が飲めなくなる...程ではないにしろ衝撃の事実を知った一件の翌日、仲良しロイヤル三人娘とシリアスは医務室で久しぶりの秘密会議を開いていた。

 

お題はもちろん『バレンタインについて』

 

医務室で開催しているのは、今日の見張り役がフォーミダブルだからだ。この際、指揮官にお礼がしたいシリアスも一緒に参加していた。

 

「まさか、ロイヤルと重桜でバレンタインの認識が違うだなんて、完全に盲点でしたわ......しかも、チョコレートだなんて私の得意中の得意お菓子。知っていたらよりをかけて準備を進めていましたのに」

 

はあ、と大きなため息をネプチューンは吐いた。

 

お菓子作りという自らのアイデンティティを最大限に活かせた機会をみすみす逃してしまったのだから、無理もない。

 

「あの」

 

無理もないが、シリアスは手を挙げて訊ねた。

 

「なんでしょうか、シリアスさん」

 

「はっ! チョコレート自体は貯蓄庫のものがあるのでしたら、何の問題もないのでは?」

 

というのも、トリカゴでは月に一度、本部からの配給がある。

 

その中にチョコレートも含まれていることをシリアスは、すでにオーロラから聞いていたのだった。

 

それを使ってチョコを作れば......と発案してみたのだが、ネプチューンは首を横に振った。

 

「一理ありますけど、貯蓄庫のチョコを湯煎して溶かして、また固めたものを私は手作りとは認めませんわ。手作りというのならカカオから厳選しませんと」

 

「か、カカオからですか......」

 

「ネプチューンちゃんなりに、線引きがあるんですよシリアスさん」

 

「な、なるほど」

 

オーロラの説明に相槌を打つ。

 

シリアスからすればそれだけでも十分な気もするのだが、ネプチューンには彼女なりのお菓子作りの美学があるようだった。

 

「知っていたのなら、指揮官様好みのカカオマスを取り寄せていましたのに......」

 

「では、どの様に?」

 

「どうもこうも。今回は私、パスしますわ」

 

「「えっ!?」」

 

まさかの撤退宣言に、フォーミダブルとオーロラの声が短く重なった。

 

「作らないの?」

 

「ええ、教えてくれたオーロラには悪いですけど、自分のポテンシャルを最大限に出せないのなら、作る意味がありませんもの。どうせなら、指揮官様にとっての最高のチョコにしたいですし。

 

でも、その材料もありませんし、間に合わないのならやめておきますわ。下手に作ったチョコを渡したくありませんもの」

 

彼女の美学として、どんなお菓子でも美味しく作ることは勿論ではあるが、最優のモノをすぐ様作り出せないのなら、そもそも作らないというのもまた、ネプチューンの美学だった。

 

「なるほど、給仕は時にその様な心構えも必要なのですね!」

 

「いや、貴方本職でしょうに......おほん、というわけでシリアスさん、二人共、私抜きで頑張ってくださいな」

 

「はいっ!」

 

(それは......)

 

(......困るわね)

 

感嘆に打ち震えるシリアスとは違って、フォーミダブルとオーロラの二人は眉をひそめていた。

 

普段からお菓子作りをあまりしない二人は、ネプチューンから美味しいチョコの作り方を教えてもらうつもりで、満々だったのだから。

 

「私から教わろうとしてたのに、どうしようか困ってる顔してますわね」

 

「「ぎくっ!」」

 

「わっかりやすい反応ですわね......」

 

流石は親友というべきか、浅はかな考えはお見通しだった。

 

「えっとそのぉ、教えてくれないのネプチューン先生?」

 

「......私、実は今まで、一度も二人とお菓子作りをした事が、いえ、あえてしなかったのですが何故だと思います?」

 

「うーん? オーロラわかる?」

 

解答者のフォーミダブルさん、オーロラさんへ解答権を鮮やかにパス。

 

「んー、言われてみれば、確かにいつも一人で作ってますね。レシピを隠したいからでしょうか?」

 

チクチクタクタク...

 

「......違いますわ」

 

「ええー、じゃあ......」

 

オーロラの答えは呆気なく跳ね除けられてしまい、頭を悩ませる時間が続く。

 

「あの。シリアスは、分かりますよ」

 

そこでシリアスは、またしても挙手をして発言権を得た。

 

回答者の二人が驚きの眼差しを向ける最中、ネプチューンも少し目を見開いたものの、シリアスへと話をふった。

 

「あら、じゃあお答えいただけます?」

 

「はい。あれは皆様がトリカゴに行かれる前──」

 

────

 

───

 

「うー」

 

「どうかされたのですか? グラスゴー?」

 

「あっ! シリアスさん! いえっ、その......」

 

「......?」

 

「......ネプチューンさんっているじゃないですか」

 

「はい」

 

「メイド隊じゃないのに、お菓子作りが凄く上手だから、コツを教えてもらおうと思ったんですよ」

 

「サフォークからではなく?」

 

「サフォークさんは、その、かなり教え方がアバウトというか......それでネプチューンさんにも頼ってみようかなと」

 

「はあ」

 

「そしたら、

 

『手を動かすのが遅いですわ! もっと早く!』

 

『メイド隊では、その様なやり方で? いや、こっちの方が!』

 

とか......その、色々とお厳しい言葉を頂いて、最終的には私じゃなくて自分でタルトを作っていましたし。シェフィールドさんより怖かったです」

 

「ネプチューン様はお菓子作りに真摯な方なのですね......」

 

「でした......」

 

───

 

──

 

「─という話を、グラスゴーから聞きました。ネプチューン様は、ご指導の際にお厳しい言葉を使いがちだと」

 

「正解ですわね」

 

シリアスの話に、二人は「あぁー」と心の中で声を上げた。

 

ネプチューンらしいエピソードだなあ、と。

 

「どうも私、人に教えるという行為が下手みたいで、厳しくあたってしまう様ですの。もしかしたら、いや間違いなく二人にもそう接してしまうから、私は誰かとお菓子作りをしたくありませんのよ」

 

教えてもいいが、フォーミダブルとオーロラはずぶの素人、シリアスもお世辞にも上手とも言えない。

 

そんな面々に対して、嫌な思いをさせてしまうくらいならネプチューンは友情の存続を優先した。

 

「でも、この間、指揮官と一緒にプリン作ったって自慢してきたけど、そのときは?」

 

「あの時も、口は出してしまいましたわね。まあ、指揮官様は気にしていらっしゃらない様子でホッとしましたけど。ふふっ♪ 色々とありましたけど、楽しかったですわ」

 

新婚さんみたいでしたから、と一言。

 

「おほん! 話は分かりました。今回、ネプチューンちゃんは指揮官さんへのチョコを作らず、私達に手を貸すつもりもない、ということですわね」

 

そう言われると聞こえが悪いので、ネプチューンは、

 

「手を貸さないとは言っていませんわ。直接口を出すつもりがないだけですわ」

 

「......?」

 

「ふふっ。つまり、レシピならお教えしますわよ。代わりに、出来たら私に試食させなさい」

 

「え、なんで?」

 

「当たり前でしょう? 私のレシピですのよ? 不味く作られたら、たまったものじゃありませんわ!」

 

「えー、ネプチューン凄い厳しそう......」

 

「まあまあ、いいじゃないですか。ネプチューンちゃんを唸らせるくらい美味しく作れば、指揮官さんにも絶対喜んでもらえますよ!」

 

「で、どうしますの? とりあえず、それぞれ作りたいものを教えてくれたら、レシピを書きますけど」

 

「えーっと、なら私は......」

 

フォーミダブル、オーロラ、シリアスの作りたいものを聞き、それぞれのレシピをネプチューンは書き上げていく。

 

内容はなるべく簡単に、かつ材料や工程も素人でも作られるように最低限に。

 

「はい、シリアスさん。貴方の腕でもこれならきっと大丈夫ですわ」

 

「あ、ありがとうございます! 家宝にします!」

 

「そんな大袈裟な......」

 

ただのレシピでもシリアスにとっては宝の地図、無くさないよう大事に大事に胸に抱いておく。

 

「じゃあネプチューン、私達キッチンに行ってくるから」

 

「ええ、本当に困った事があったら私を呼ぶのよ」

 

「わかってる。じゃあいってくるねー!」

 

「いってきますね」

 

「それでは、ありがとうございました」

 

シリアスを最後に、医務室の扉が静かに閉じられる。

 

「ふぅ......」

 

不意に訪れた静寂に向かって息を吐き、ネプチューンは思った。

 

(私も作りたかったなあ)

 

本当ならチョコを作りたかった、指揮官様に自分のチョコで喜んで欲しかった。

 

別に、あの人なら何を作っても喜んでくれるだろう、そういう人だ。分かってはいるけれど、自分のプライドがそれを許さない。

 

来年があるなら、頑張ろう。それか、次にあの人にお菓子を作る時はうんと愛情を込めよう。

 

あと、

 

(あの子達の作るお菓子を食べてみたかったなんて、言えるはずないものね)

 

いつも作ってばかりの自分が、試食とはいえ誰かが作ったモノを食べるなんて中々ない。

 

それが親友のものなら、尚更。そもそも、こんな機会じゃないとフォーミダブルやオーロラは作ろうとも思わないだろう。

 

結構、楽しみだったりする。

 

(頑張ってね、みんな)

 

レシピ通りに作れば、どんなモノになっても間違いはないはずだから。

 

そう、レシピ通りにすれば。

 

 

 




北方キャラ沢山きましたね! トリカゴだとどうしよう、どうしようかな......


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「シリアスさんがやってきた」 その6

バレンタイン間に合ったなあ(3月)


「チョコ作るわよー!」

 

『おおーっ!』

 

というわけで、善は急げ。さっそくキッチンにへと向かった三人は、息を合わせて拳を高く上げていた。

 

ネプチューン本人はいないが、心強い事にレシピは貰えた。あとは各自の頑張り次第、しまっていこう。

 

「あの、ネプチューン様は本当によろしかったのでしょうか?」

 

「いいのよ。あの子自身が作らないって言ったのだから、あの子の美学に泥を、いえチョコを塗るわけにはいかないわ。わかった!?」

 

「はっ!」

 

反射的にシリアスは、敬礼で応答する。

 

思えば、フォーミダブルとはこんなに愉快な人だっただろうかとシリアスは考えたが、今はチョコを作る方が最優先なのを思い出し、雑念を振り払った。

 

「そう言えば、二人は何を作るの?」

 

「私は、折角なので育てているバラを装飾しようかと思って、それに合うお菓子をお願いしました。彼女のセレクトは......どうやらチョコカップケーキです。フォーミダブルちゃんは?」

 

「簡単だけど、意外性のあるやつって言ったわ。えっと、チョコレートのフィロシート包みだって。なんかオシャレね。シリアスは?」

 

「シリアスは、本当に料理が出来ないダメなメイドなので、極力工程が少なく、ちゃんと味わえるものを......チョコレートフォンデュですね」

 

「「(それって)」」

 

要するに、チョコを溶かすだけなのでは?

 

......。

 

まあ、ネプチューンのことだから、きっと美味しくなる何かがあるのだろう。それだけの作業量なら、ドジなシリアスでも何とかはなりそうだ。

 

「話してても進まないし、やろっか」

 

「ですね」

 

「がんばります!」

 

 

*

 

 

バレンタインの起源をご存知だろうか?

 

通説によればサディア発祥説が濃厚で、聖人ウァレンティヌスの命日とされている。

 

かつての時代から二月十四日は祝日であったようで、愛が育まれる事が非常に多かったらしい。

 

今で言う、ジューンブライドにも近いのかもしれない。

 

ともあれ、それをよく思わなかった当時の皇帝は、兵士達の婚姻を禁止したのだが、ウァレンティヌスはそんな中でもこっそりと結婚を執り行っていたのだ。

 

これには、皇帝もご立腹。ウァレンティヌスに反省の色を示すよう要求したのだが、しかし、ウァレンティヌスはむしろ愛の素晴らしさを説いて強く反発した。

 

結果、彼は最後まで抵抗を続け、祭りでの生贄と称して処刑されてしまった。それこそ、二月十四日にだ。

 

そうして、彼を忘れないようにとこの日は恋人たちの日となり、様々な場所へ伝え渡って─重桜では紆余曲折して─今に至るわけだ。

 

一体何処までが本当なのか、もしかすると全て作り話なのか、真実は知りえないが、それでも恋人の日という認識は今でも何処でも変わってはいない。

 

皆それぞれ、愛なり感謝を込めて奮闘しているのだ。

 

それは勿論、ドジなメイドさんだって、

 

「よし。チョコを刻んで、生クリームを沸騰させるは問題なく出来ましたね」

 

それぞれの持ち場に別れて作業にとりかかること早数十分、シリアスは満足気に息を吐いていた。

 

ドジではあるが、シリアスだってメイドさんだ。しかし、メイドさんだがドジなので、ネプチューンは、そんな彼女のために湯煎さえしないレシピを書き上げていた。

 

下手に湯煎と書くと、チョコをお湯に放り込んでもおかしくないので......

 

「えっと、次は」

 

加熱した生クリームに、刻んだチョコを加えて溶かしながら混ぜる。

 

「これを混ぜるのですね」

 

書かれてある通り、刻んだチョコを生クリームにへと投入し、溶かし混ぜ始める。

 

真っ白な生クリームが徐々に茶色く染まっていくのを、黙々と眺めながら、シリアスはたった一人の男性の事を考えていた。

 

(あの方は、こんな私のモノでも喜んでくださるでしょうか)

 

誇らしきご主人様。

 

前々から、話だけはシリアスも聞いていた。トリカゴを結成し、陛下さえもお認めになった唯一の異性だと。

 

実際に会ってみて、シリアスは不思議な人だなと率直な感想を得ていた。

 

各国との繋がりを持つという大きな権力を手に入れながらも、傲慢な態度を奮っているわけでもない。多国籍なこの組織で、誰にでも分け隔てなく接していた。

 

それは、一端のメイドであるシリアスも例外ではない。

 

彼は毎日、朝には必ずお見舞いに来てくれていた。会話の内容も、平凡と変わらないものだ。困ったことはないかとか、今日は冷えるらしいから気をつけてとか。

 

彼の業務は、非常に多岐に渡っているらしい。書類の作成をはじめに、目を利用したセイレーン出没情報の共有、鏡面海域破壊による作戦立案、新武器の臨床試験などなどなど。

 

忙しい中、わざわざ自分に時間を割いてくれていることに、シリアスは申し訳なさと感謝を感じていた。

 

それともう一つ、シリアスは密かに彼を評価している理由があった。

 

(あの人は、シリアスの目を見て話してくださいます)

 

自慢したいわけでもないが、シリアスはプロポーションが抜群だ。なので、人と話をしているとよく一部の部分に視線を感じる機会が多い。

 

何処を見ようと勝手ではあるが、シリアスはそういう視線に敏感だった。気にはもうしていないが、見られている事が気持ちいいかと問われれば、そんな事は無い。

 

だが、彼は違う。彼は、いつもシリアスの目だけをみていた。

 

もしかすると、感じ取れていないだけではないかと思って彼の視線を常に確認してみたのだが、本当に彼は目しか見ていない。

 

それこそ、指揮官が全く女性になびかない片鱗であり、トリカゴの面々からすれば大きな障害なのだが、シリアスにとっての信頼のパラメーターを大きく伸ばす手助けにはなっていたのだった。

 

ともかく、助けてもらったお礼のためにも頑張らないと!

 

「このくらいですかね」

 

すっかり、生クリームもチョコフォンデュとなり、レシピの続きの文に目を走らせる。

 

溶かし混ぜた後、ブランデーを適量入れましょう。

 

「............適量?」

 

いきなり出てきたアバウトな概念に、頭の上で疑問符が浮かびあがった。

 

適量とはすなわち、丁度いい量というわけであって、言いかえるなら、お好みというわけでもあって。

 

「適量、適量......」

 

言葉を反芻しながら、自分にとっての適量を模索し始めるシリアス。

 

「コップ一杯、いえ二杯くらいですかね?」

 

自分なら疲れた時は紅茶を二杯くらい飲むし、つまり適量とはその程度だろう。

 

「ですよね?」

 

と、半音上がりではあるものの、一応結論が出たので、シリアスはチョコを溶かし混ぜた後、コップ二杯分のブランデーを、チョコにへと──

 

トプトプトプ

 

*

 

「よしよし、ちゃんと綺麗に焼きあがってるわね!」

 

オーブンから出てきた黄金色にも似た三角形のパイ達をフォーミダブルは、嬉々とした表情で迎え入れていた。

 

さすがはネプチューン、オーブンの温度から時間まで細かく書いてくれたおかげで、小洒落たお菓子でもそれなりに上手く出来上がった。

 

これなら、ネプチューンや指揮官にも喜んで貰えること間違いなし。

 

あの子には、本当に感謝しないと。

 

「あら。中々いい出来ですこと」

 

「うわあ!? って、ネプチューン!?」

 

なんて考えていたら、当の本人が隣にいた。

 

「失礼ですわね。そろそろ完成する頃だろうと思って、来ただけですのに。ついでに、お客様も一人来ましたけど」

 

「お客様?」と繋ぐ前に、ネプチューンの横からフォーミダブルと同じくツインテールを揺らした少女がひょっこり顔を出した。

 

「ネプチューン、試食まだ? エルドリッジ、腹へった」

 

「え、エルドリッジさん。ご機嫌よう」

 

「うん、ご機嫌まっすぐ」

 

既に手遅れな気もするが、フォーミダブルは外向けスイッチをオンにして挨拶をした。

 

エルドリッジ自身、素で話されても大して気にもとめないだろうが、フォーミダブルとしては、まだエルドリッジさんは友達とは言えないので、仕方ない。

 

なお、指揮官は特別。

 

「エルドリッジさんは、どうして此方へ?」

 

「いい匂いしてたから。バレンタイン?」

 

「そうでしてよ。重桜のバレンタインをご存知でして?」

 

「知ってる。去年、何も貰えなかった。お互いに、お互いのバレンタイン知らなくて......」

 

悲しい感情を思い出してしまったのか、へなへなとエルドリッジのアホ毛が下を向いて萎れていく。

 

(そっか、去年指揮官はユニオンにいたんだ。あれ?)

 

そこでフォーミダブルは、一つの疑問に行き着いた。

 

ユニオンのバレンタインも、確かロイヤルと同じ。なら、指揮官は外のバレンタインを知っているのでは?

 

どうやら、ネプチューンも同じ考えに至ったようで、

 

「その時、指揮官様に、こちら流のバレンタインをお教えしませんでしたの?」

 

「教えてない。凄く忙しそうにしてたから、言っちゃったら変に気にしちゃうでしょ」

 

「お優しいですわね、エルドリッジさん。では、重桜のバレンタインについてはどなたから?」

 

「三笠。ユニオンにいるけど、重桜のKAN-SEN」

 

「へえ、そんな方が」

 

「こっちで言う、セントーさんね」

 

「セントー! 懐かしい。元気かな」

 

セントー級航空母艦1番艦セントー。

 

誰に対しても人当たりがよく、とにかく勉強熱心でもある彼女は、ロイヤルから留学生としてユニオンにあるアズールレーン本部に派遣されているKAN-SENだ。

 

どうやらエルドリッジは、彼女とも交流があったようだった。

 

「ちなみにエルドリッジさん。セントー先輩になんて呼ばれていました?」

 

「エルドリッジ、先輩」

 

「ふふっ。向こうでも変わらないのですわね」

 

ちなみに、ネプチューンはセントーからしても数少ない後輩ではあるのだが、そんな彼女でもセントーは先輩と呼んでいる。

 

ネプチューン本人も面白がって、セントー先輩と呼んでいるのだが、個人的な話はこのへんで。

 

どこか楽しい雰囲気により、エルドリッジのしなしなと弱ったアホ毛が、元に戻ったところでオーロラが話に入ってきた。

 

「それにしても、エルドリッジちゃんは、チョコを作らないのですか?」

 

「触るとビリビリでチョコ溶けちゃうから、無理。でも、指揮官にメッセージカード書いたよ」

 

(あー、ジュール熱......)

 

静電気で髪がボサボサな時とかはよく見かけるけれど、そんな弊害もあるとは。

 

「指揮官さんなら、絶対メッセージカードでも喜んでくれますよ」

 

「それに、シリアスさんに教えたようなフォンデュなら溶けてても問題ありませんわよ?」

 

「大丈夫。別にバレンタインじゃなくても、指揮官にいつも好きって伝えてるから」

 

「「「(......つ、強い)」」」

 

その二文字を言うのが、一番難しいのに。

 

多分、指揮官本人には深い意味で伝わってはいないのだろうけど。

 

「で、試食いい? みんなの出来たよ?」

 

「いーえ、まだですわ。皆さんには、レシピに書いてない最後の工程を終えていただけませんと!」

 

『最後の工程?』

 

一同、口を揃えて訊ねる。

 

ネプチューンは、鼻高々に告げた。

 

「ええ! 愛情を込めるという大事な大事な工程ですわ!」

 

「愛情、ですか」

 

ふと、シリアスは先日のニューカッスルの言葉を思い出していた。

 

料理には、愛情が一番大切だと。

 

「とは言っても、込めましたよ? 指揮官さんを考えながら、その、色々と」

 

「私も」

 

「あら。では、愛情を手っ取り早く込められる魔法の言葉は別にいらないのですわね?」

 

実のところ、気にはなっているオーロラとフォーミダブルではあるが、付き合いが長いからわかる。ここは、彼女に乗せられてしまったら駄目だと。

 

なんせ、時折ネプチューンは無邪気に人をからかう性格なのをフォーミダブルとオーロラは知っている。

 

その時は決まって、煽ってくるという事も。

 

「魔法の言葉があるのですか!!?」

 

(あちゃー......)

 

しかし、そんな経験則をシリアスが知っているはずもなく、ネプチューンは不敵な笑みを浮かび上がらせた。

 

「ええ、ありますわよ。お手本をお見せしましょうか?」

 

「お願いします!」

 

「おっほん! では」

 

咳払いで静寂を作ると、ネプチューンは手でハートを組み立ててロックオン。

 

そして、

 

「美味しくなあれ♡ 萌え萌え、きゅん♡」

 

「「「......」」」

 

「おーっ!」

 

シリアスだけが、甲高く拍手をあげていた。

 

「ネプチューン。それ、よく恥ずかしからずに出来ますわね」

 

「当たり前ですわ。東煌五千年の歴史にも刻まれている、れっきとした手法でしてよ」

 

「いや、刻まれてないですよ!?」

 

「文句を言わない! シリアスさんを見習いなさいな!」

 

「萌え萌え......いや、手の角度はもう少し下げた方が?」

 

(めっちゃやる気だ)

 

(よく恥ずかしげもなく......)

 

愛情を込められたのならば、誰でも一人前。

 

ならば、やるしかないだろう。

 

「エルドリッジもやる。楽しそう」

 

「ええ、是非! それで、フォーミダブルとオーロラはどうしますの」

 

「やるわよ! なんかやる流れだし!」

 

「一人だとあれですけど、皆でやるなら、まあ」

 

「決まりですわね。では皆さん、それぞれ用意したものにハートでロックオンしてー。せーの」

 

『美味しくなあれ。萌え萌えきゅん♡』

 

(......くっ)

 

(......うぅ)

 

(これで、大丈夫ですかね?)

 

「ふふっ♪」

 

羞恥に染まる二人を見て、満足そうに笑うネプチューンなのだった。

 

*

 

「オーロラのやつ、美味しい」

 

「よかった!」

 

「うん、合格点ですわね。私のレシピですから、合格点が出ない方がおかしいですけど」

 

「お菓子だけに?」

 

「うるさいですわよ、フォーミダブル」

 

「ふふっ、ごめん」

 

愛情も込め終わると、ネプチューンとエルドリッジの審査会ついでにお茶会が始まっていた。

 

フォーミダブルのについては、問題なく合格。そして現在、オーロラのお菓子も満場一致で合格が出た。

 

残すのは、

 

「さて。あとは、シリアスさんのですわね」

 

「はい! お願いします!」

 

「......」

 

シリアスの視線を感じつつ、マシュマロをチョコに潜らせすくい上げる。

 

しかし、そこから先の行動に、ネプチューンは素直にうつれなかった。

 

自分のレシピ通りに作ってくれたのだから、大丈夫に決まっているはず、けれど作ったのはあのシリアス。

 

もしかしたら......でも、食べない事には分からない。

 

「食べないの?」

 

二律背反にも似た思いを抱えていると、不思議そうにエルドリッジに訊ねられた。

 

「た、食べますわよ! その、エルドリッジさんに先に判断いただこうかと」

 

「......? じゃあ、あーむ」

 

「「「「......」」」」

 

もぐもぐと咀嚼するエルドリッジを、みんなで見守る。

 

「う」

 

「「「「う?」」」」

 

これは、もしや美味い?

 

「う、うにゅう............?」

 

期待していた言葉とはうって変わり、エルドリッジは急に顔を真っ赤にすると、そのまま目を回して机に突っ伏してしまった。

 

アホ毛も、ぐるぐると何重もの円を形作っている。

 

「エルドリッジちゃん!!??」

 

「大丈夫!!??」

 

突然の事態に、作法など一度忘れてエルドリッジの傍に駆け寄るフォーミダブルとオーロラ。

 

ネプチューンは、間違いなく原因であるシリアスのチョコを舌先に触れさせた。

 

「っ! シリアスさんこれ、どんだけブランデーいれましたの!?」

 

「て、適量のつもりだったのですが」

 

「明らかに入れすぎですわよ!」

 

シリアス残念ながら、不合格。

 

なんて、呑気なことを言っている場合ではない。

 

「エルドリッジちゃん、普段お酒飲まないから。急に慣れないアルコールを取ったせいで、ですかね?」

 

「分析もいいけど! とりあえず、どうしたらいいの!?」

 

「まず意識の確認ですわ! エルドリッジさん! エルドリッジさん!?」

 

急性アルコール中毒の恐れもあるので、ほっぺをひっぱり、意識の有無を確認する。

 

幸いにも、すぐに返事があった。

 

「んー? 痛い」

 

「はあ、よかった。大丈夫ですこと?」

 

「うーん、ネプチューン?」

 

「そう、ネプチューンですわ。ここまで意識がハッキリしているなら、急性中毒の心配はないですわね。ほら、お水を飲んで」

 

まだ焦点の合わない瞳を向けるエルドリッジへ、ネプチューンが水の入ったコップを差し出した、その時。

 

「んちゅー」

 

「ん? んんんんん!!!!???」

 

「「「え?」」」

 

ガシャンと、ネプチューンの手からコップが床に落ちて割れる音が響く。

 

だが、傍から見ていた三人は微動だに動かなかった。いや、動けなかった。

 

目の前で行われる濃密な唾液の交換を、瞳孔を開かせて見届ける。

 

「んちゅ......ちゅぱ............ちゅうううううううう......」

 

「んんっ!? し、しひゃもっ?? っ!?」

 

「んー......ちゅる......んっ!」

 

人の目を気にすることなくキスを続け、しばらくすると満足したのかエルドリッジはネプチューンを解放した。

 

「.......し、しきかんしゃま......ぐはっ」

 

「ネプチューーーーーーン!!??」

 

「しっかりしてください! ネプチューンちゃん!」

 

「......」

 

返事がない、ただのしかばねのようだ。

 

「え、な、なんで!? どういうこと!?」

 

「シリアスの私見だと、酔っ払っているからとしか」

 

そして、キスをしてしまったとしか。

 

酔い方は多種多様、人それぞれだ。性格が荒くなる人、泣きわめく人、寝てしまう人。それと、エルドリッジのようにキスをする人だって、そりゃあいるだろう。

 

当のエルドリッジは、ボーッと天井を見上げていたかと思いきや。

 

「......やっぱり、指揮官とのキスがいい?」

 

「「ダメダメダメダメ!!!!」」

 

「ダメか」

 

唐突な爆弾宣言。

 

もちろんお嬢様達は、断固拒否である。

 

「シリアス! エルドリッジを取り押さえなさい! 実力行使でもいいから! とにかく外に出しちゃダメ!」

 

「は、はい! 申し訳ございませんエルドリッジ様!」

 

まだ出会ってそれ程時間は経っていないのだが、フォーミダブルからの命令には逆らえない。

 

詫びをいれてから、シリアスはメイド秘技の一つ、当て身によってエルドリッジの意識を落としにかかる。

 

「危ない」

 

(っ!?)

 

しかし、シリアスの手刀はエルドリッジの幻影を切る結果となった。

 

(まだっ!)

 

それでもめげず、シリアスはエルドリッジの実体を捉えにかかる。

 

「ここ」

 

もう一度シリアスが虚空をかすめた際の重心移動の隙をつき、エルドリッジはシリアスと距離を詰めた。

 

それこそ、唇と唇が触れ合うくらいに。

 

「んっ!? んんっ!?」

 

「んちゅー............ふぅ」

 

「............うぅ、ばたっ」

 

「シリアーーーーーーース!!??」

 

シリアス陥落。

 

一度あることは二度ある。

 

「もしかしてレインボープラン!? 艤装なしでも出来るのあれ!?」

 

エルドリッジ最大の脅威、レインボープラン。

 

無意識の内に磁場を狂わせることによって自身の幻影を作り出し、相手の知覚をかく乱する。

 

かく乱された側からすれば、エルドリッジや周囲が瞬間移動したかのように感じられる、幻想でありながらも最強の盾。

 

味方ならこれ程まで心強いものはないが、敵となれば話は別。

 

「だったらこっちも! エルドリッジちゃん! 止まって!」

 

「! じっとしてなさい!」

 

「......っ!?」

 

艤装を展開し、オーロラとフォーミダブルも暁の光と威圧? によって、エルドリッジの動きを止めにかかる。

 

レインボープランは確かに強力だ。だが、対策方法はある。

 

そのひとつが、動きを止めてしまうこと。

 

瞬間移動したかのように見えるなら、そもそもエルドリッジ本人を動かなくさせてしまえばいい。

 

これが最悪のケースを想定してロイヤル陣営が生み出した、対エルドリッジの戦術。

 

「動けない......」

 

「さあ、エルドリッジちゃん。お水を飲みましょう?」

 

「抵抗しても無駄よ!」

 

「うう」

 

コップに水をくみ、友とメイドの屍をこえてじわりじわりと詰め寄る二人。

 

だが、この時、二人は安心して完全に忘れきってしまっていた。

 

エルドリッジ最大の特徴を......。

 

「びり」

 

「「びり?」」

 

「ビリビリいぃぃぃぃぃぃ!!」

 

「「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!??」」

 

エルドリッジの体から漏れでたスパークが二人を襲う!

 

光が止み終ると、プスプスとコミカルに口から煙を吐き出す屍が二つ出来上がった。

 

「......みんな寝ちゃった。指揮官、どこ?」

 

そしてエルドリッジは体にスパークを纏わせたまま虚な瞳で、ターゲットをどこかに居る大好きな人にへと変えたのだった。

 

 

 




題名にシリアスさん入れといて、シリアスさん退場しちゃったけど、どうしようかなこれ

酔ったエルドリッジはキス魔になりそうな幻想が見えたんです(

ちなみに、性格が荒くなる人(オイゲン) 泣きわめく人(加賀) 寝てしまう人(ラフィー) です。



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「シリアスさんがやってきた」 終

ホワイトデーの話はないです(


「急な停電ってことは。絶対、エルドリッジだな」

 

突如として暗闇に包まれたトリカゴ基地を、指揮官はライトを片手に歩いていた。

 

トリカゴでは、各勢力の助力によってセイレーンからのジャマーさえも耐えられる最新電源設備もとい通信機器を備えているのだが、それでも唯一防げないのがエルドリッジのスパークだった。

 

理由はよく知らない。周波数がなんだとか。

 

しかし、防げないのならという事でトリカゴでは、エルドリッジから一定量のスパークを感知すると自動的に電源が落ちる仕組みになっている。

 

エルドリッジの裁量一つで......と考えるのは恐ろしいのでやめておこう。

 

そして、落ちてしまった時は、トリカゴの地下にある電源設備の設置場所にまで行って、それを起動させなければならない。

 

地下へと行くには鍵が必要で、それを持っているのは指揮官を含めてノースカロライナ、ウォースパイト、大鳳、カブールの五人だけだ。

 

「最大の敵とは味方だって、ウォースパイトが言ってたなあ」

 

その敵とはあくまでも、無能な味方というニュアンスだったが。

 

もちろん、エルドリッジは紛れもなく有能だ。最大の敵だなんてとんでもない。

 

過去、エルドリッジが原因の停電履歴としては、ホラー映画を見てびっくりした時で1回。

 

北風が、大人げなくかるたでボロ勝ちして拗ねた時で1回。

 

そして、この間エルドリッジアタックをされた時の計3回だ。

 

言わずもがなだが、停電が発生するとトリカゴとしての機能がストップしてしまう。今は公務が終了した後だからまだいいものの、毎度毎度、停電させる度にノースカロライナに怒られている。

 

(今回は何だろうなあ。誰かと喧嘩したか? それとも、ネズミでも出たとかか?)

 

どんな理由だろうと、エルドリッジ自身も完璧には力を制御出来ないみたいなので、ノースカロライナには強く言いすぎないよう言っておかなければ。

 

傍からみれば、完全に父親のそれである思考を指揮官が巡らせていると、長い廊下の曲がり角から一筋の光が見えた。

 

恐らく、鍵を持っている誰かと鉢合わせる。

 

「お、ノースカロライナ」

 

「こんばんは指揮官。奇遇......ではないですね」

 

いたのはいつもの姿ではなく、可愛らしいウサ耳フードがついたルームウェアを着たノースカロライナだった。

 

「生憎な、ふっ」

 

指揮官は、堪らず微笑をこぼしてた。

 

「その鼻笑いは。もしかして、これ似合っていませんか? バターンさんから頂いたものなんですけど」

 

「ああ、いや可愛らしいし、似合ってると思うよ。丁度、ノースカロライナの事を考えていたからさ。つい」

 

「私を、ですか?」

 

「停電の犯人に、またゲンコツかなあ。なんて」

 

「あ、あはは......あの、私って指揮官からしたらエルドリッジにゲンコツをする人なんでしょうか?」

 

「悪いけど、間違ってはないな」

 

「はぁ......そうですか。個性がゲンコツ......」

 

がっくしと、布のはずなのにうさ耳が垂れる。

 

「あー、そうだな、いいお姉さんだと思ってるよ。実質、エルドリッジの保護者にもなってくれてるし、ここのまとめ役でもあるし。君がトリカゴに来てくれて、本当によかったよ」

 

「有難いですけど、褒めてもエルドリッジへのお説教は減りませんよ、指揮官? うふふ」

 

本当に有難いし、本当に嬉しいが、ノースカロライナも指揮官と出会っての月日はエルドリッジに並ぶ長さだ。彼の思惑は、それとなく分かる。

 

大人しく指揮官は、白旗を振った。

 

「バレたか、ノースカロライナお姉さんは怖いな」

 

「......それなりに、アナタの護衛をしてきていますから。今だってそうです。電源を起動しに行かれるのですよね?」

 

「そうだよ。じゃあ、いつも通り頼む。ノースカロライナ」

 

「お姉さん」と茶化されて、鼓動が早くなったお返しに「アナタ」なんて少し情を込めた呼び方をしてみたのだが、いつも通り、指揮官は気付いてくれない。

 

「ええ。指揮官」

 

なので、護衛人としての笑みを浮かべると、ノースカロライナは彼の横に並んで歩みを進めた。

 

(私からは、このくらいが限界ね)

 

ノースカロライナは、指揮官がトリカゴを離れる際に必ず護衛役としての選抜を受けている。

 

ガスコーニュやカブール等、他に腕の立つ人間はいるが、どうして自分ばかりに任せてくれるのかを訊ねて見たことがある。

 

─ノースカロライナが一番信頼出来るから、かな

 

とても嬉しかったし、信じられている事を誇りにも思っている。指揮官からの信頼を得たという、数少ない個性と言ってしまってもいい。

 

だからこそ下手に口走って、その信頼を崩したくはないのだ。ギクシャクしてしまって、誰かに護衛役を取られたくない。

 

そのせいか、必然的に彼女はあまり自分からアプローチを仕掛けられないのだった。

 

一応、護衛の時は実質二人きりのデートみたいなものでもあるので、彼をめぐるレースに置いていかれてはいないと思ってはいるのだが......。

 

(いつ襲撃があるかとか分かったものじゃないから、気が抜けないのよねえ。はぁ)

 

本当の二人きりのデートは、まだまだ遠い事実に心の中で嘆息を吐く。

 

普段から存分に甘えられるエルドリッジ含めて他のみんなが、少し......いや、かなり羨ましく思えた。

 

(あっ、そういえば)

 

甘えるといえば、近々、

 

「指揮官。もう明日はバレンタインですが、期待してもよろしいのですかね?」

 

「もちろんさ。今年は、ちゃんと用意してるぞ。去年は知らなかったとはいえ、エルドリッジには悪いことしちゃったからな」

 

申し訳なさそうに指揮官は、自分の頬をかいた。

 

昨年、ユニオン本部にいた頃は色々とあったせいで、そこまで手が回らなかったのもあるが、重桜と他国ではバレンタインの勝手が違うのを知らなかったのだ。

 

どうしてエルドリッジがしばらく落ち込んでいたのかを、バターンから教えて貰って初めて判明したのだった。

 

多くの国ではバレンタインは、男性が女性を気遣う日であり、聞けば、ホワイトデーも重桜限定らしい。

 

「ならよかったです。私も、三笠さんから聞いた重桜流にならって義理チョコではありませんが、義理贈り物をご用意しましたよ」

 

「おっ、ホントか。それは嬉しいなあ」

 

「ええ、ご期待は裏切らないかと」

 

「ノースカロライナからの贈り物だったら、なんでも嬉しいよ。ありがとう楽しみにしてるよ」

 

「ふふっ」

 

もちろん義理ではないし、本命中の本命贈り物。しかし、ここで義理としか言えないのが、ノースカロライナの悲しい宿命なのだった。

 

それでも、喜んでくれている彼の顔が見れて素直に嬉しいので、よしと思いたい。

 

「しっかし、鍵を持ってる面子でこうやって出てきてくれたのはノースカロライナだけか。ウォースパイトか、カブールは動くと思っていたんだけどな」

 

「大鳳さんは?」

 

「多分寝てる。夜ふかしが苦手だから、消灯時間前には寝てるって言ってた覚えがある。あと、寝ていてもいつでも部屋に来ていいとかも言ってたな」

 

「それは忘れてもらって大丈夫です。ちなみに、ウォースパイトさんなら、この時間はニューカッスルさんとお茶会ですね」

 

「お茶会なら、テコでも動かないな。仲良し三人組は......確かフォーミダブルが今日のシリアスさんの担当だったし。医務室か?」

 

「だと思われます。ガスコーニュさんとシュペーさんは、この隙に敵が襲撃してこないかを心配して、見回りに行かれていましたよ」

 

「ファンタスク級姉妹は、言わずもがな勤務中か。北風は......まあ暗いの苦手だしな」

 

「北風さんなら、カブールさんと一緒にいると思いますよ」

 

「カブールと?」

 

「はい。実は私、カブールさんとは、先程までチェスをしていたんです。停電の際、北風さんが心配だから、私には電源の方を頼むと」

 

「へえ。ちょっと想像出来ないな」

 

北風とカブールが仲良くしている場面を見たことがないため、頭の中の光景にモヤがかかる。

 

「そうですか? 私も同じ姉ですし、何となく放っておけない気持ちは分かります。それに、見た目とは裏腹に年長者ですし、何かと皆に気をかけてくれていますよ」

 

「伊達に、ウォースパイトよりカンレキ長いだけあるな」

 

「それ、本人に言わない方がいいですよ?」

 

「かと言って、子供扱いしたらしたで怒るしなあ。難しい」

 

「ふふっ。まあ、とにかくです。起きている皆さんやる事はやっていますよ。落ち込まなくてもよろしいかと」

 

「うーん、だな?」

 

お茶会なのは、うん仕方ない事にしておこう。文化だし。

 

話している内に、トリカゴ地下にある電気室へと続く扉を開ける。そのまま階段を降りると、存在感のある大きな機材達と対面した。

 

その中でも奥の方にあるトリカゴ基地の主電源となる機械を起動してしまえば、話はおしまいだ。

 

「これだな」

 

素人でもわかりやすい赤い起動ボタンを軽快に押すと、たちまち無機質な起動音が流れ、

 

─ガコンっ!

 

「あれ?」

 

たちまち、停止してしまったのだった。

 

「おかしいですね。こっちがダメなら、予備電源で起動してみてはどうでしょう?」

 

「やってみる」

 

ノースカロライナに言われた通り、予備電源の方でも起動してみるが、

 

─ガコンっ!

 

結果は、同じとなった。

 

「ダメだな。こっちでもつかない」

 

「仕方ありません。指揮官、少し離れていてください」

 

「一応聞くけど、ノースカロライナさん? なんで指を軽快に鳴らしてるんだ?」

 

ついでに、首まわりもしっかりストレッチをし始め、その場でノースカロライナは拳で虚空を切った。

 

「こういう時は、殴れば大体動いてくれますから」

 

「もし、大体じゃなかったら?」

 

「もう一度、殴るだけですね♪」

 

それは一体、いつの時代の修理方法の話をしているのか。

 

屈託のない笑顔なのが、また怖い。

 

「ストップだストップ。何か他の原因があるはずだ。考えよう。それは最終手段だ」

 

「......分かりました。しかし、予備電源さえもつかないということは、もしかして、あの子がまだ放電中とかですかね?」

 

「いや、そんな。でも......確かにそうなるか」

 

トリカゴは、エルドリッジのスパークを一定値以上感知すると落ちてしまう仕組みになっている。

 

ノースカロライナの考えのように起動してすぐ様感知して、エルドリッジが放電してたからブラックアウト。

 

機材側の不調の可能性もあるが、予備電源までダメとなったのだ。そう考えると、非常に辻褄があう。

 

「エルドリッジ本人を、どうにかしないといけませんね」

 

「未だに放電中って、何があったんだ?」

 

「寝ぼけているとか、他にも色々ですかね......どうされますか? 私が探してきて報告があるまで、ここで待機もありかと思いますが」

 

「俺もエルドリッジを探すよ。一人で探すよりも手分けした方が早いだろうし、まだ放電中なのが怖いけど」

 

エルドリッジアタックもといエルドリッジのスパークなのだが、あれは素直に痛いし、何より衝撃で気を失ってしまう事もあるから怖い。

 

寝ぼけているなら声をかけて起こせばいいが、それ以外だったら......これ以上考えるのはよしておこう。

 

「では、指揮官はまず先に、他の皆さんにもエルドリッジを探すように呼びかけてください。私がやるよりも、動いてくれるはずです」

 

「わかった。そうするよ」

 

「それと、最悪手荒な真似になりますけど、よろしいですか?」

 

「......本当にどうしようもなくなったら、頼む」

 

「分かりました......。それでは、散開しましょう」

 

「了解」

 

手筈を確認し、ノースカロライナを先頭に電気室から階段を上がり廊下にへと続く扉を開ける。

 

「では、指揮官ご武運を」

 

「そっちもな」

 

「ありがとうございます、では」

 

互いに敬礼をしあい、無事を祈る。

 

エルドリッジ捜索ミッションが、幕を開けた。

 

*

 

「指揮官いたー!」

 

「......」

 

ノースカロライナと別れて数分、まずはウォースパイトとニューカッスルに協力を求めようと移動をしていたところ、嬉々とした声が指揮官の動きを止めた。

 

唐突にも任務は、エルドリッジの方から発見されエマージェンシーを迎えてもいた。

 

否、彼女を見かけたらノースカロライナに連絡しようとは考えていた。

 

いたのだが、歩いていたら、空間に突如として見慣れた緑電が蜘蛛の巣状に閃いたと思いきや、エルドリッジが現れたのだ。

 

正直、どうしようもない。

 

まあ、見つかってしまったのは、こちらも彼女を探していたので都合がいいと言えるが、問題は、

 

「指揮官?」

 

(めっちゃバチバチしながら光ってるー!)

 

ノースカロライナの推測通り、エルドリッジは絶賛放電中だった。

 

まずは溢れ出る電撃を止めてもらわないと、トリカゴが永遠に機能不全になってしまう。

 

「あー、こんばんはエルドリッジ。俺を探してたのか?」

 

「うん! 探してた!」

 

(ひえぇ)

 

エルドリッジが一言こぼすたびに、電撃が空気を震わせ指揮官の頬に冷や汗が走る。

 

しかし、どうにもエルドリッジの様子がおかしいと指揮官は感じ取ってもいた。

 

やけにテンションが高いし、肌も紅潮しているように見える。

 

風邪...は違う。エルドリッジは、風邪の時はかなりぐったりしてしまうタイプだ。

 

(......もしかして、アルコールか?)

 

酔ったエルドリッジを知らないため、詳しくは分からない。

 

しかし、あの人相の変わりっぷりに、ガスコーニュの一件を酔っ払いと説明していたネプチューンのことを思い出した指揮官は、そう仮説を導き出した。

 

仮に酔っているのならば、素直に電撃を止めろと言っても無駄と判断した指揮官は、彼女から経緯を聞き出すことにした。

 

「そっか。なんで、俺を探していたんだ?」

 

「えっとね。シリアスのチョコ食べたら、指揮官に会いたくなった!」

 

(どういうこと!?)

 

話が一気に結末に辿り着き、詳細は闇に消える。

 

かろうじて、シリアスが原因なのだろうとしか分からなかった。

 

「ねえ、指揮官?」

 

「な、なんだ?」

 

不意に、エルドリッジは自分から指揮官へ質した。

 

「指揮官は、エルドリッジのこと好き? 好きか嫌いで答えて」

 

(え、何その質問!?)

 

急に出された内容にどう答えるべきか、指揮官の心の中で動揺が走る。

 

好きか嫌いかと言われたら、そりゃ好きだ。エルドリッジは、家族のように思っている。

 

もし、嫌いと答えたら──

 

 

「指揮官、エルドリッジのこと嫌いなの?」

 

「......そんな」

 

エルドリッジは、今にも泣きだしそうな顔をしている。

 

「むうううううううう!!!」

 

エルドリッジは、いきなりこちらに向かって走り出してきた!

 

どかーん!

 

 

BAD END──

 

 

(死ぬ未来しか想像出来ない!)

 

主に、あのまま電撃タックルされて!

 

嫌いと答えたら最後、エルドリッジアタックによって悲惨な結末となってしまうのなら、ここは好きと答える他にない。

 

はなから好きと答えるつもりだったのだが、これはもしもの話である。もしもの。

 

では、ちゃんと答えてあげるとしよう。

 

一つ、咳払い。

 

「......好きだよ、エルドリッジ。君と出会えて本当によかった」

 

素直な気持ちを、ありのままに指揮官は伝える。

 

本当に、エルドリッジとは出会えてよかった。心からそう思っている。

 

色んなことがあったが、彼女がいなかったら今はなかった。この繋がりを決して断ちたくないし、断ちたくないということは、好きに違いない。

 

指揮官にとっての好きとは、そういう理屈からなるものだった。

 

「ほんと?」

 

「ああ! これからも一緒にいれたらって思ってる。だから、手始めにエルドリッジ。そのビリビリ止められないか?」

 

「......」

 

「エルドリッジ?」

 

指揮官の言葉に、エルドリッジは何も答えない。

 

ただ、嬉しそうにしばらく顔を綻ばせている。

 

そして十分に指揮官の言葉を味わったのか、

 

「......んーっ! エルドリッジもおお!」

 

爆発する感情を我慢出来ず、指揮官の胸にへと飛び込んできたのだった。

 

もちろん、バチバチは纏ったまま。

 

「好きでも、結局は一緒かいっ!?」

 

堪らず、ツッコミをいれる指揮官。

 

どうする? 逃げ......いや、ここで逃げてしまったらエルドリッジを不安にさせてしまう。

 

ならばここは男指揮官、このドンとする彼女からの愛を受け止めるしかない!

 

「よっし! こい! エルドリッぐあああああああああああ!!!!????」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

「指揮官、寝ちゃった?」

 

寝るというよりかは、完全に意識を落としてしまった指揮官の胸の上にエルドリッジは跨っていた。

 

ありったけの愛をぶつけたからか、もうその身体に、電撃はほとばしっていない。

 

「指揮官、好き」

 

自らの頬を、硬い胸板に擦り付ける。

 

今はたまらなく、好きと言われた事が嬉しくてこれがやりたくなった。だから、飛び込んだ。

 

そして、受け止めてくれた。

 

たまらなく、嬉しい。あの時と指揮官は何も変わっていない。

 

「......指揮官」

 

愛おしげに、彼の存在を確認する。

 

そう言えば、もっとやりたい事があったような。

 

なんだったっけ?

 

「頭が痛い」

 

思い出そうとしても、頭痛が酷くてかき消されてしまう。

 

何でもいいや、今やりたいことをやろう。

 

「ふわぁ。エルドリッジも、おねんねするね」

 

猛烈な眠気に誘われ、指揮官のカラダを枕にして、体重を預ける。

 

あぁ、凄く心地がいい。昔はいつもこうしてたのに。トリカゴだと、出来なくなっちゃった。

 

残念。

 

「......そうだ」

 

この幸せな気持ちを指揮官にも、分けてあげなくちゃ。

 

「指揮官、おやすみ」

 

そっと耳元で囁くと、エルドリッジは幸せを指揮官に分けてあげたのだった。

 

 

*

 

 

「......うっ、んん」

 

意識を取り戻した指揮官の下にあったのは、硬い廊下の地面ではなく、柔らかなベッドそのものだった。

 

真っ白な天井。

 

体を起き上がらせ、辺りを見渡す。毎朝シリアスのお見舞いで訪れている医務室だった。

 

時刻の時刻は午前三時を指している。六時間近く、気を失っていたらしい。

 

「誰が運んでくれたんだろう......あっ」

 

「......すぅ、すぅ」

 

答えは、意外とすぐ近く。着ていたうさ耳パーカーを微動だにゆらさず、壁を背もたれに眠るノースカロライナの姿があった。

 

「ノースカロライナが、運んでくれたのか」

 

気付けば、電気もしっかり点いている。復旧の方もちゃんとやってくれたようだ。

 

「ありがとうな」

 

せめてものお礼にと、頭を撫でようと思ったが疲れて眠ってしまった彼女を起こしてしまうのも申し訳ない気がして、指揮官はその手を引っ込めた。

 

「今は、休むか」

 

もう一度、体を横にして目を閉じる。

 

思えば、エルドリッジは普段からお酒を飲まない子だ。もしかすると、本能的にダメだとわかって飲んでいなかったのかもしれない。

 

今回は、偶然起きてしまった事故のようなものだ。そうに違いない。誰を咎めるとか、そんな話じゃないのだ。

 

せめて責任を取れとなるなら、監督役である自分だろう。

 

あの時の北風の忠告も、この事を言っていたのかもしれない。やっぱり、あの子の勘は見事に当たるものだ。

 

(......ん?)

 

楽観的にそう考えていると、指揮官は口の中に広がる微かな甘い味に気が付いた。

 

(チョコ......か?)

 

どこかクセになりそうなその甘味は、紛うことなきチョコによるものだ。しかし、口に含んだ覚えが全くない。

 

(まあ、いいか)

 

事は片付いたし、今はとにかく休みたい。詳しい話は朝になってから聞こう。

 

目を閉じて微かに口に感じるチョコの味と共に、意識を落とす。

 

指揮官の今年初めてのバレンタインチョコの味は、どこか幸せの味がした。

 

 




一ヶ月にわたってしまったバレンタイン話でした。

バレンタイン前日あたりの話を書いてみたいなあ、とかなって朧気に思いついてやったのですが......難しいですね。

描写をしていないのですが、シリアスと三人はノースカロライナに発見されて医務室に運ばれてますので、ご安心を





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