ハイスクールD×D 雷帝への道程 (ユキアン)
しおりを挟む

産まれてぼっち

 

「なんでこうなったかな」

 

縦1cm横1cm高さ1cmのサイコロ状の材木をマントを使って積み上げて人形サイズの城を築き上げながら、隣で山の様に大きな岩に延々と体当たりを続けて少しずつ押して行く。始めたばかりの頃はどちらか片方、しかもここまで細かいことや大きな岩を動かす事は出来なかったが3年も続ければ慣れた。

 

午前中の日課の訓練を終え、昼食として用意したサンドイッチにかぶりつく。微妙に前世で食べた物と違うが、多少の違和感があるだけでおいしい。

 

前世で神に暇つぶしで殺されて早6年、オレは『金色のガッシュ』に登場するゼオンの才能とマントとブローチを貰って転生したのだが、転生したこの世界では悪魔や天使、堕天使に神話の神々や生き物が普通に居る世界で、オレは悪魔として産まれた。産まれた時にマントとブローチを着たまま産まれて来たのでそれは気味悪がられ、生きるために必要な最低限の世話以外は干渉されることのない生活を送っている。

 

朝に目を覚まし服を着替えて自室に運び込まれる朝食を食べ、同じく用意されている昼食を持って裏庭の奥深くにまで転移し、マントの制御と肉体強化の訓練を行い、午後からは礼儀作法などの勉強を行い、朝食と同じく自室に運ばれた夕食を食べ、両手の間で雷を圧縮してプラズマになるまで魔力を放出して、魔力が空になれば風呂に入って眠りに着く。

 

誰かと話すのは礼儀作法などの勉強を行っている時だけで、そんな生活を3歳から続けている。若干と言うか、かなり寂しい。オレに礼儀作法を教える家庭教師は詳細を伝えられていないのか普通に接してはくれるが、屋敷の者のオレに対する対応を見て若干離れた位置からの接し方だ。オレも彼らに迷惑はかけたくないので自分から歩み寄ろうとはしない。

 

 

 

そんなある日、オレは父親に呼ばれて書斎に出向いた。

 

「人間界ですか?」

 

「そうだ。将来の為にも人間界のことをよく知っておく必要があるだろうから、しばらくの間行ってこい。金は用意してある」

 

机の引き出しから3本の札束を取り出して投げ渡してきたのでマントで回収する。それを見て父上が眉を顰めるが気にしないでおく。

 

「何かあればロンをやる。それまでは人間界に行っていろ」

 

「……分かった。明日の朝一に向かおう」

 

厄介払いか。それもよかろう。ちょうど肉体変化の魔法は覚えたからな。前世と同じく屋台を引いて暮らさせてもらおう。

 

 

 

翌朝、オレは父親に貰った転移の魔法陣で人間界にあるベル領の屋敷(管理をしていないのかボロボロで廃墟同然)に転移し、肉体変化で自分が成長した姿をとり、ホームセンターに駆け込む。屋台に使う材木やタイヤに工具、ラーメンを作る為の鍋などを買い込み、そのまま駐車場の片隅に結界を張ってその場で屋台を組み立てる。前世でも自作して定期的にメンテも行っていた上に、今ではマントもあるので楽に組み立てる事が出来た。

 

「道具はこれで良しっと。あとは材料を買ってきて、試作を作らないとな。とりあえずは6年前の味を取り戻さないと」

 

屋台を一度収納の魔法陣の中に放り込み、スーパーではなく市場を捜しに空を飛ぶ。幸いにも近くに港があった為に魚介類の購入は楽にすんだ。あとは鶏ガラや豚骨、トッピング用のチャーシューなどを用意しなくては。

 

 

 

それから一週間程、人間界の屋敷を拠点にしながら不眠不休でひたすらラーメンを作り続けた。

 

「うむ、これなら行けるな」

 

さすがに6年も前の味を完全に再現する事は不可能だったが、納得のできる味には仕上がった。これから旅をしながら味を改良していけばいいだろう。

 

「さて、ラーメン屋台『雷帝』開店と行くか」

 

屋台を引きながらオレは日本全国を旅する事にした。無論、天界や堕天使の領地、日本神話の領域には入らない様に注意してだ。まったく面倒な種族に産まれてしまったな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学してもぼっち

 

「兄ちゃん、また来たで。今日は連れも居るさかい」

 

「いつもありがとうございます。どうぞ」

 

長野の山奥に住んでいるのに態々週3位で通ってくれる常連の銀細工師のお客さんとそのお連れにお手拭きとお冷やを人数分お出しして麺をゆで始める。

 

「並、大盛り、特盛り、小盛り、どれにされます?」

 

「大盛り2つに小盛り1つ。あっ、大盛りの片方はトッピングスペシャルな」

 

「まいど」

 

どんぶりにスープを満たし、茹であがった麺を入れてトッピングとして自家製のメンマとチャーシュー、産地で購入して時間が流れていない収納の魔法陣の中から出した海苔、スペシャルには味付け卵と先程のチャーシューとは別の種類のチャーシューを乗せてお客の前に出す。

 

「お待ちどうさまです」

 

「おおっ、今日も美味そうやな。ほな、いただくで」

 

「「いただきます」」

 

旅を始めて早6年、旅を続けながら順調にラーメンの改良を行い、オレは大阪にまでやってきている。さすが関西圏での食の流通を司る街なだけあり、色々な食材を確保する事が出来た。手持ちの資金もそこそこ増えてきている。このまま人間界で暮らしていこうかな。その方がお互い気楽に生きられそうだから。

 

「そうや、兄ちゃん。兄ちゃんはあの噂知っとるか?」

 

「噂ですか?何分この商売をやってると色々と話が集りますから、どの噂ですか?」

 

「又聞きやから実際に見てはないんやけどな、なんやえろうべっぴんさんが燕尾服着て子供を捜しとるらしいねん」

 

「燕尾服を着ている美人?それって髪が赤で三つ編みにしている?」

 

「なんや知っとるんかい。そうや、そのべっぴんさんやけどめちゃくちゃ強くてな、手えだした酔っぱらいとかナンパした男が再起不能にされとるらしいねん。兄ちゃんも気いつけてや。兄ちゃんのラーメンが日々の楽しみやさかい」

 

「そう言って貰えると嬉しいですよ。ですが、今日でこの屋台も店じまいなんです」

 

「なんやて!?なんでやねん」

 

驚いている常連のお客の後ろから噂の燕尾服を着た美人が現れる。

 

「ゼオン様ですね」

 

「ロンか。父上が呼んでいるのだな」

 

その正体は父上の騎士の一人であるロンだ。オレへの連絡係であったはずだ。

 

「はい。急ぎお戻りください」

 

「分かった。明日の朝一番に書斎に顔を出すとだけ伝えておいてくれ」

 

「お早いお戻りを」

 

それだけを言い残してロンは冥界へと戻っていく。

 

「という訳ですよ」

 

「なんや兄ちゃん、ええ所の坊ちゃんやったんかい」

 

「そんなに仲が良い訳じゃないんですけどね。だけど、兄弟もいないからオレが家を継がないといけないんですよ」

 

「面倒なんやな」

 

「ええ、面倒ですけど家を絶やすわけにはいかないんでね。てなわけで、今日は全部オレのおごりです。好きなだけ飲み食いしていって下さい」

 

その日の内に抱えている在庫を全て処分し、更には何処からか持ち込まれた酒を飲みながら朝まで宴会を続けた。

 

 

 

 

 

 

「学園ですか。そう言えばそんな年齢でしたね」

 

宴会を終えてから冥界に戻ったオレに伝えられたのは上級悪魔の子供(とは言ってもそこそこ成長した大人の一歩前位の)が通うことになる学園に入学することになったということだ。上級悪魔の子供はこの学園で他の家との付き合い方を学んでいくのだ。普通の勉強に関しては家庭教師に教えられているのが普通なので、付き合い方の方に力を入れるのが基本だ。

 

「入学自体は2週間程先だが準備を考えるならギリギリと言った所だろう。それから領地の一部をお前に任せる。屋敷の方は用意してあるし、代官として使える者も用意してある。詳細は資料にまとめてある」

 

渡された資料に簡単に目を通す。

 

「話は以上だ。家の名を穢す様な真似だけはするな」

 

「分かりました。失礼します」

 

書斎から退出して、早速用意された屋敷へと向かう。さすがに人間界の屋敷の様に管理されていないと言う事は無かったが、中々に年期の入った屋敷だった。ここに来るまでに領地の詳細なども調べておいたが、これと言った物は何も無く、用意された人員もこれと言った人材は一人も居なかった。これなら失敗する事は無いだろう。成功する事もほとんど無いけどな。

 

「一人でも良いからそこそこ優秀で信用出来る奴が欲しいな」

 

まあほとんど知られていないオレの元に来てくれる者など一人も居ないがな。

 

「とりあえずは現状維持のままで良いだろう。目に余る様な奴がいるなら取り除いて領民から新しく雇えば良いか」

 

資料に目を通しながら屋敷を出てマントで空を飛ぶ。久しぶりに冥界に戻ってきたけどあまり変わってないな。相変わらず娯楽の類が極端に少ない。娯楽に関しては人間界が一番発達しているとは言え、もう少し頑張って欲しいな。

 

 

 

 

 

 

冥界に戻ってから一ヶ月が過ぎた。学園に入学するまでは与えられた領地の様子を見て回ったり、部下の様子を確認していた。資料通り可もなく不可もない人材だったが、領地を維持するにはちょうど良い人材だったので安心している。おかげで身体と魔力を鍛え直すのに十分な時間が取れたからな。

 

そして、いざ学園に入学したのだが最初の一週間で通う意味を見いだせず、残りの一週間で恐怖の代名詞になってしまった為に図書館の蔵書を漁る毎日になっている。

 

行われる授業は既に家庭教師に習っている様な事だけで(後に判明したのだが父上が嫌がらせで先に習わせていたようだ)受ける意味がなく、派閥的な物は学園に入学前から家の繋がりで作っているのが普通らしくオレはボッチになっている。ボッチなのは別に構わないのだがそれが脅えられてボッチになるのは頂けない。

 

あれは、レーティングゲーム関連の授業の事だ。学園を卒業後にオレ達は上級悪魔になるのだが、その際に配られる悪魔の駒を使って小数精鋭の自分の軍を作る事になる。そしてその軍で行う模擬戦がレーティングゲームだ。実際のレーティングゲームは行えないが、学園では色々と結界を張る事で擬似的に体験は出来るらしく実際にクラス全員で男子は男子で、女子は女子でバトルロイヤルを行う事になり、挨拶とばかりのザケル1発で勝負が付いてしまったのだ。強制転移の結界も砕いて。

 

まあ教師が全力でやっていいと言っていて、周りの皆も全力らしき物を出している中で最低威力の魔法しか使っていないので大丈夫だろうと思っていたのだがそんな事は無かった。医務室においてある薬だけでは足りず、このままでは死人が出そうだと言うのが雰囲気で分かったので、有り余っている魔力と魔法のファジー機能に任せたシン・サイフォジオもどきを使って全員を治療してみせたことから教師を含めた学園の全員から化け物扱いされることになった。教師からは授業にも出なくていいとまで言われてしまった。

 

とりあえず、学園の書庫を漁り終えたらまた人間界に行くか。一応、知識に問題が無いかテストだけは作って貰っておこう。それ位はしておかないと将来が面倒になるかもしれないからな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ぼっち卒業

感想の方でバオウは使えるのかという問い合わせが来ていたのでこちらでも言わせてもらいますとYESです。
この作品においての魔法の定義は以下の様になっています。

『イメージによって魔力は魔法へと変わる』
魔力単体で何かをする事は出来ません。魔力をイメージによって現象にすることによって初めて力を持ちます。よくある純粋な魔力をぶつけるといった事は出来ません。

『ファジー機能に頼る程威力が落ちる』
詳しく設定を行わずに魔法を使うとイメージを元に設定が行われますが、その設定にも魔力を食われるので威力が落ちます。例を出すと、炎を産み出すとしましょう。この炎を産み出す際に漠然と炎を産み出すのではなく、周囲から酸素を集めて大体何度位の熱量にするのかを設定するだけで1割程威力が変わる設定です。
またイメージが揺らぐと問題が無い様に形が作られるのでまたしても威力が下がります。

『設定によって性能が変化する』
指向性を持たせたりすればその分だけ魔力を消費するので威力は下がります。物理現象に逆らう設定を組み込む事によって威力は下がっていきます。例を出すと、手元に岩の塊を作って指向性を持たせて発射するよりも、敵の頭上に岩の塊を作って落とす方が威力は上です。もちろん十分な加速が加えられる位の高さに作る必要はあります。

この三点です。

ゼオンの魔法の威力が高い理由は主に2番が原因です。最初から頭の中で魔法の設計図を作っておき、そこに魔力の量を調整して威力を決めているので魔力を無駄なく使う事が出来ているからです。


 

学園で習う授業が問題無いとテストで分かった時点でオレは人間界で屋台のラーメンを改良するための材料集めをしている。たまには学園に顔を出して多少の情報を収集する必要もあると思い、ラーメンを改良する時間がちょうど良いと判断して材料集めをしているのだ。それから変わり種のラーメンも開発しようと考えている。その為に漁港を中心に人間界を練り歩いている。

 

開発には以前知り合った山奥に住んでいる銀細工師の工房の一つを借りて行っている。というか試食も手伝って貰っている。それから新しく判明したのが銀細工を行う際に、彼は魔力を使って銀を変形させる銀術士(シルバークレイマー)であることが判明した。あれっ?RAVEとクロスしてる?

 

詳しい話を聞いてみたがRAVEとはクロスしていない事が分かった。武器に使える程銀を強固にする事が出来ないから、銀細工を作るので精一杯らしい。シルバーレイなんて戦艦も存在していない。

 

 

 

 

 

「今日はあまり良い物が無かったな」

 

不漁だったらしく冷凍物しかまともな物が無かったので気分転換も兼ねて歩いて帰っている途中に2匹の死にかけの黒と白の子猫を見つけた。特に幼いと思われる白い方は既に自分の力で立てない位に弱っている。そして二匹から微かに感じる妖力が気になり、気付いた時には二匹をバンダナ状に変形させているマントで優しく抱き上げていた。持ち上げた感覚から餓死寸前だと判断する。

 

急いで工房に戻り、魚介スープを冷ましてスプーンを使って飲ませようとする。黒い方の子猫はすぐに飲んでくれたのだが、白い方の子猫の口からは零れるばかりである。

 

「ちっ、本来ならこんな使い方はしたくないが仕方ないか」

 

マントの一部の吸水性が高くなる様に変化させてから炎で炙って消毒を行い、それを小さく切り離してスープに浸す。そしてそのマントの切れ端を口の中に入れる。これで少しは体内に取り込まれるだろう。時間はかかるが、悪魔にとって時間など腐る程ある物だ。

 

黒い方の子猫はしばらくすると自分で皿に入ったスープを舐めれる位に回復はした。白い方の子猫の方も少しずつではあるがマントの切れ端に含ませたスープを飲んでくれている。とりあえずの危機は脱しただろう。詳しくは分からないが、2週間もあれば元気になるはずだ。その後はどうするかね。

 

このままペットとして飼うのか、それとも眷属候補とするか、それとも元気になったらさようならか。まあそこら辺は本人達に任せよう。

 

そんなことを考えていると黒い方の子猫がおかわりを催促してきた。苦笑しながらも白い方の子猫を抱えたまま立ち上がり、台所で小魚をすりおろして食べやすい様に加工してから与える。白い方の子猫もスプーンでスープを与えれる位には元気になってきた。

 

しばらくして満腹になったのかあくびをする二匹の子猫の寝床を新たに切り離したマントで作ってやる。そこに寄り添う様に二匹を寝かせてやり、上から更に切り離したマントを掛けてやる。安心しきっている二匹はすぐに眠りに落ちていった。

 

うむ、久しぶりに癒されたな。ラーメン屋台を引くのは仕事であり、楽しくもあるし充実もしているのだが癒される訳では無い。その点、看病とは言え小動物と触れ合うのは実に癒される。今は軽すぎる上に毛並みも酷いものだが、看病を続ければ大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

 

二匹を拾った翌日の明け方、名残惜しそうに寝床から離れて開いている窓から出て行こうとする二匹に声をかける。

 

「そんな身体で何処に行こうとしているんだ?今回は運が良かったが、次はどうなるか分からんぞ」

 

「助けてくれたのには礼を言うけど、悪魔の傍に居る訳には行かないにゃ」

 

オレの問いかけに黒い方の子猫が答える。やはり化け猫の類いだったか。

 

「契約に関してなら安心しろ。こんななりだがまだ契約を取れる様な歳じゃないんでな。お前達を拾ったのもただの気まぐれだ。出て行くのも別に構わないが、せめてもう少し元気になってからにしろ。オレが見つけるのが30分も遅れていればお前はともかく白い方は死んでたぞ。今もふらふらだ。最低でも2週間は此所に居ろ。此所にはオレ以外に人が来るとしても一人だし、何かあればオレが守ってもやる」

 

「なぜそこまでしようとするのにゃ?」

 

「言っただろう、気まぐれだ。まあ、もっともらしいことを言わせてもらうのなら暇つぶしに付き合え。ちょっとばかり新しいラーメン開発に躓いていてな、少し時間を置こうと思っていてる。その間の暇つぶしに付き合え。なんなら二人だけで生きていける様に力の使い方も教えてやる。お前ら、かなり幼いんだろう?」

 

「なんでそれを知っているのにゃ?」

 

「ある程度の力が使えれば餓死する程追いつめられるはずが無いからな。詳しい事情を聞き出そうとは思わんが、大体は想像が付く。それでどうするんだ?オレの提案を受けるのか受けないのか」

 

「本当に私達は何もしなくても?」

 

「構わん。これでも貴族の産まれだし自分で稼いだ金も十分にある。たかが猫の二匹や少女の二人程度を養えない程甲斐性が無い訳ではない。ああ、ラーメンの試食には付き合ってもらうかもしれないがそれ位だ」

 

「……おねえちゃん」

 

ここで初めて白い方の子猫が何かを訴える様に黒い方の子猫を見つめる。姉妹だったのか。

 

「う~、お世話になります」

 

少し悩んでから黒い子猫は頭を下げながらそう答えた。

 

「懸命な判断だ。さて、少し早いが食事を用意してくる。白い方も今日はスープ以外でも大丈夫か?」

 

「白い方じゃないです。白音です。おねえちゃんは黒歌です」

 

尻尾を立てて怒っていますとアピールしてくるが、微笑ましいだけである。そんな白音を抱き上げて頭や背中を撫でてやる。黒歌の方は飛び退いてしまったがマントで確保済みだ。

 

「そうか、それはすまなかったな。オレはゼオン・ベル。ゼオンで構わん」

 

二匹を連れて台所にまで行き、白音をマントに預けてから昨日のスープの残りと魚肉団子を用意する。

 

「そう言えば聞き忘れていたのだが食べれない物や苦手な物はあるのか?」

 

「特には無いのにゃ。猫舌だけど熱い物が駄目って訳でもないし」

 

「ほう、そうなのか。ならスープは昨日の物より熱くするぞ。その方がまだ美味いからな」

 

「まだ?」

 

「未完成の試作品八号だからな。オレの中では7割位の出来だ。とても客には出せんよ。一晩寝かせた所為で雑味が増したな」

 

一号から順に改良していったのだがどうしても7割から先に進めない。これは根本的な所から作り直すか、一度ネタに走るべきだろうか。確か良い烏賊が大量にあったから烏賊だけを使った烏賊ラーメンでも作ってみるか?スープはイカスミと内臓で、麺は身をすり潰して整形し直して、具にはゲソを揚げた物でも使って。

 

「これはないな。ボツ」

 

「どうかしたのかにゃ?」

 

「気にするな。馬鹿な考えが浮かんだだけだ」

 

魚肉団子をスープに放り込んで軽く火を通してから掬い上げて別々の皿に盛って二匹の前に置いてやる。

 

「おかわりが欲しければ言え。食材は腐らない様に保存してあるが腐る程あるからな」

 

「「は~い」」

 

「風呂も後で用意するから身体を綺麗にしておけよ。服に関しては適当に作っておいてやる。力のコントロールを覚えるには人の姿の方が楽だからな」

 

「気付いてたの?」

 

黒歌の問いに首を縦に振りながらマントを加工して子供サイズの浴衣を用意する。

 

「昨日、お前達が寝た後に専門家に連絡を取ったんだよ。そいつが言うには猫魈らしいな。間違っていたとしても猫又の内のどれかだろう。なら、人型が基本のはずだろう」

 

「専門家?」

 

「飲んだくれの不良退魔師。腕は良いんだが性格がめちゃくちゃな奴でな、たまたまオレの屋台に来て知り合ったんだ。一度だけ居候している屋敷に招待されたんだが、まさかの妖怪屋敷でな。結構な数の妖怪以外にも人間とのハーフやクォーターが暮らしてたな」

 

本当に不思議な退魔師だ。オレが悪魔だという事にも気付いているくせに何も言わずに美味かったからまた来るわと言って帰っていったからな。しかも金が無い時は術を教えるからそれで勘弁してくれとまで言ってきた。まあ式髪とか結界とか便利な術だったから別に構わないんだがな。悪魔にそんな術を渡しても良かったのか疑問に思う。

 

「まあ暇な時に話してやるよ。それより、今は自分の身体を治す事に専念しろ」

 

黒歌の頭を撫でてやり、風呂を沸かす為に台所を離れる。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

家族が増えるよ、やっt

 

 

「ふむ、予想以上に回復が早いな。これなら明日からこの周辺でなら遊び回っても大丈夫だろうな。遊びついでに狩りの仕方も教えてやる」

 

さすが子供だな。一週間でほぼ完全に回復している。

 

「いいんですか!?」

 

この一週間、工房の外に出れずに暇だ暇だと言い続けていた白音が嬉しそうに尻尾を振りながら飛び跳ねる。その隣に居る黒歌も嬉しそうな顔をしている。二人は基本の形態である人型で耳と尻尾が生えている状態でオレの用意した服を着ている。尻尾を通す穴を作るのが面倒だったとだけ言っておこう。

 

「ああ。幸い、この山には危険な動物も居ないからな。川も綺麗だし森の恵みも豊富だ。狩りの練習や食べれる野草や茸なんかを見分ける練習をするには持って来いの場所だ」

 

「上級悪魔で長男なのにそんなことまで出来るのかにゃ?」

 

黒歌が不思議そうに聞いてくる。まあ普通は知らないだろうからな。

 

「家族間の仲が悪くてな。家の名に傷をつけない程度に好き勝手させて貰っているからな。家の者達や学校の奴からは化け物の様に扱われてる。努力して頭を使えばオレ程度の実力など簡単に手に入るのにな」

 

マントはさすがに無理だろうが、オレの雷程度なら自分たちが得意とする属性の魔法で打ち破るなど簡単だ。頭を使えよ。

 

「まあオレの事はいい。お前達も明日は思う存分遊べば良いさ。子供は遊びから色々な事を学んでいくものだ」

 

 

 

 

 

「おっと、こいつも食べれる野草だ。葉っぱじゃなくて根っこの方だがな」

 

「お姉ちゃん、綺麗な茸」

 

「白音、そいつは毒茸だ捨ててきなさい」

 

「は~い」

 

「意外と食べられる物って多かったのにゃ」

 

「知らなかっただろう。意外と食べれる物は多い。物が溢れる様になって忘れ去られていったからな。そろそろ昼だな。川の方に移動するぞ。魚の簡単な取り方を教えてやる」

 

「「わ~い」」

 

黒歌をおんぶして白音を抱きかかえて、木の幹を蹴って山を駆ける。時折、枝を握って軌道を変更する。二人は楽しそうに声を上げている。

 

「到着」

 

二人を地面に降ろして簡単に川魚を回収する為に用意した川の中央に置いてある岩に飛び乗る。

 

「あんまり褒められた方法ではないが、この方法を使えば簡単に魚が捕れる。二人とも川のそっちの方に立っていろ」

 

岩よりも下流の方を指差すと、二人とも服を脱いで川に入っていく。黒歌はさすがに下着を身に付けているが白音は全裸だ。あっ、ちなみ黒歌は6歳で白音は3歳だ。そしてオレはロリコンではない。邪な考えなど一切無い。

 

「よし、それじゃあ行くぞ」

 

足下の岩を砕かない程度に思い切り踏みつけて水中に衝撃を叩き込む。すると次々と魚が浮かんでくる。日本で禁止されている爆発漁法に近い方法だ。二人は驚きながらも次々と魚を集めて岸に置いていく。

 

オレはオレでマントを使って薪を用意して火をおこす。更に十本の長い枝を尖らせる。

 

「いっぱいとれました~」

 

「大漁、大漁にゃ」

 

二人が両手一杯に魚を抱えてやってくる。

 

「ああ。昼ご飯は焼き魚になるが良いか?」

 

「「うん」」

 

「なら焼き上がったら呼んでやるから遊んでな。少し時間がかかるからな」

 

「「は~い」」

 

二人して川に逆戻りしていくのを見送りながら包丁を使って魚の腸を切り出していく。それが終われば先程作った串を突き刺してから塩を軽く振って火の近くに刺していく。ついでにここに来るまでに拾っておいた茸も焼いていく。

 

魚が焼き上がった所で二人を呼んでタオルを渡してやる。服を着直したら串に刺した魚をマントを使って渡してやる。

 

「熱いから気をつけろよ」

 

かき込む様に食べ始める二人を見て苦笑しながら新しい焼き魚を用意していく。新しく魚を串に刺していきながら、少なくなった薪を回収する為にマントを伸ばして拾っていく。その様子を黒歌が不思議そうに眺めている。

 

「どうかしたか?」

 

「前から不思議に思ってたんだけど、そのマントってなんにゃの?」

 

「こいつか?こいつは、なんと言えば良いんだろうな?あ~、そうだな、オレの身体の一部と言っていいだろうな。さっきも言ったが家族間での仲が悪い原因だな」

 

「便利なマントにゃのに?」

 

「確かに便利だな。だけどな、オレは母親の中に居る頃からこのマントとブローチに守られる様に生きて来ているのさ。そしてそんな不気味なオレに嫌悪感や負の感情をぶつけた者達にマントが反応して切り裂いたそうだ。オレにはそう聞かされているが、マントが反応して切り裂いたと言うのは嘘だ。このマントはオレの強い意志とイメージと魔力によって初めて姿形を変えるからな」

 

「にゃ?」

 

「オレがまともにマントを変形させれる様になったのは2歳の時からだ。それまでは動かそうとも動かせなかったし、動かせる様になっても伸びたまま元に戻らなかったりしたからな。だけど、不気味だったのは間違いない。だからオレは家族から距離を置かれても何も言わない」

 

「……寂しくないのかにゃ?」

 

「なんだかんだで人間の知り合いは多いからな。それに今はお前達が居てくれるから寂しくなんてないさ」

 

「私も寂しくないですよ」

 

「「白音?」」

 

今の今まで焼き魚から目を離さずに居た白音がそう告げた。

 

「お父さんもお母さんも何処かに行っちゃったけど、お姉ちゃんが居るし、ゼオンおにいちゃんも居るから寂しくないよ」

 

「白音」

 

「……ゼオンお兄ちゃんか」

 

「駄目?」

 

「いや、いいさ。そう呼びたいのならそう呼べば良い。なんなら黒歌もそう呼ぶか?」

 

「えっ!?いや、それは、そのぅ」

 

「黒歌お姉ちゃん?」

 

「あ~、でも、うにゃ~」

 

白音に純粋な目で見つめられて恥ずかしそうにしながらも黒歌ははっきりと言ってくれる。

 

「ゼオンお兄ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩、久しぶりに工房に銀術士がやってきて黒歌と白音を紹介して、二人が寝た頃に酒に付き合ってもらう。

 

「おいおい、兄ちゃん見た目はともかく中身はまだ子供やろ。そんなペースで飲みよったらすぐに潰れるで」

 

「素面で話せる様な事じゃないから良いんだよ。喋り終わったらすぐに潰れる位がちょうどいいんだよ」

 

コップに注ぐのすら面倒になり直接瓶を煽る。

 

「それで、なんや愚痴を聞いてくれ言うとったけど、どないしたんや?」

 

良い具合に酔いが回ってきた所で一気に話す。

 

「今日、昼間に白音にゼオンお兄ちゃんと一緒に暮らせて寂しくないって言われてな。その後、冗談で黒歌にもそう呼ぶかって聞いたら、恥ずかしそうにしながらも結構真面目に呼ばれちまったんだよ。それを不覚にも嬉しいと思っちまったんだよ。そんな自分が嫌いになった」

 

空になった瓶を横において新しく蓋を開けて中身を煽る。

 

「そりゃあ、兄ちゃんも寂しかったんやろ。ガキの頃から親元離れて一人で人間界で暮らしとったんやろ。独り身やとたまにある事やさかい気にせんとき」

 

「だけどよ、オレはあの二人の家族になんてなれねえぞ。社会的にはオレはまだ保護される側だ。独立している様に見えてるがな」

 

「それやったら眷属にすればええやんか。人間界で好き勝手しとるんやからもっとるんやろ?もしかして駒全部使ってもうとるん?」

 

「駒?ああ、悪魔の駒か。持ってねえよ。あれが貰えるのは学園の卒業時だ」

 

「へぇ、そうなんやな。あれ?兄ちゃん何歳や?確か学園てこっちで言う中学やったはずやろ?その上にレーティングゲーム専用の学園があったはずやけど」

 

「この前13になった所だな。今は学園の1年だ。まあやりすぎて授業完全免除を貰っちまったがな。一応、向こうで何かあった際にすぐに戻れる様に屋台を開いてねえんだよ。学園の教師達からも化け物扱いだ。軟弱者ばかりが!!あの程度の雷位防げよ。土の盾を用意すれば殆ど防げるんだぞ。所詮は電気なんだから」

 

いかん、話がズレた。だが止まらん。

 

「治療は全部教師陣が治すとか言ってるくせに、ほとんど何も出来ずにオレが治療したらしたでオレの事を憎悪の目で見たり、何を考えてやがるんだ!!何百年と生きておいてガキに技量で負けやがって!!オレの治療なんて大量の魔力で強引に治してるだけなんだぞ!!」

 

「相変わらず悪魔とか天使の魔法は雑なんやな。弱っちい人間には真似出来へんわ」

 

「オレの雷なんて、その雑な部分を細かく操作してるだけなんだよ。雷に関する知識を深めて、性質を学んで、後はそこに後付けのイメージを乗せてるだけなんだよ。回復魔法は強引だけどな」

 

そうなんだよ。ちょっと理解するだけで魔法の威力は上げれるんだよ。なんでそれを怠るんだよ。さすがにバアル家の滅びの魔力みたいな物はどうやれば鍛えられるのか分からんがな。

 

その後も愚痴の内容が色々と飛んだ覚えだけはある。結構な本数の日本酒を飲み、意識が飛びかけになっている時に銀術士の言った言葉だけははっきりと残っている。

 

「あの子らは兄ちゃんを信頼しとるんや。だから素直に話してみ。それだけで大丈夫や」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちゃん、ゼオンお兄ちゃん」

 

身体を揺すられながら耳元に白音の声が聞こえる。頭痛のする頭を抱えながら身体を起こす。時計を見るととっくに起床時間を超えていた。頭痛がするのは二日酔いが原因だな。正面には机に突っ伏す様に寝ている銀術士と酒瓶が見える。

 

「すまんな白音。今朝食を作ろう」

 

「朝ご飯は黒歌お姉ちゃんが昨日の魚を焼こうとしてる」

 

それを聞いて急いで台所に向かう。さすがに黒歌に火の扱いをさせるのは早い。

 

「黒歌、オレが作るから良いよ」

 

「おはようにゃ」

 

「おはよう。火の扱いはまだ早いぞ」

 

「うにゃ~、でもお腹が空いたから」

 

「それはすまん。寝坊なんてかなり久しぶりだからな。すぐに用意するから白音と一緒に待っていろ」

 

腸は既に取り除いてあるので軽く塩をふってから火に掛け、豆腐の味噌汁を作り始める。ご飯は晩酌の前にタイマーを掛けていたから問題無く炊きあがっている。あとは卵焼きでも焼けば良いだろう。味付けは、砂糖を入れた甘いのでいいだろう。出汁の繊細な味は子供の舌では分からないだろうからな。

 

手早く人数分の朝食を用意してお盆に乗せて食卓に運ぶ。白音と黒歌は行儀よく席に着いて待っている。配膳を済ませてから手を合わせる。

 

「「「いただきます」」」

 

一口魚を口にした時点で気付く。やはり二日酔いの状態ではまともな料理は出来んな。味付けがいつもより濃い。二人も気付いたのか微妙に眉をひそめている。

 

「昨日、何かあったのかにゃ?」

 

「あの人になにかされたんですか?」

 

黒歌が不思議そうに、白音が銀術士に敵意を向けながら尋ねてきた。

 

「いや、銀術士の所為ではないさ。あ~、なんと言えば良いんだろうな」

 

なんと言えば良いのか悩み、昨晩銀術士に言われた言葉を思い出して素直に告げる。

 

「黒歌、白音。約束を破る様な形になるが、オレの眷属にならないか?まあ今は候補だけどな」

 

「「眷属?」」

 

「そうだ。まあ、なんだ、昨日、お兄ちゃんと言われたのが存外嬉しくてな。本当の兄妹になることは出来なくても、それに近い関係になれるのを真面目に考えた結果だ。別にオレ自身は眷属にしなくても良いと思っているんだが、オレは悪魔の中で悪目立ちし過ぎているからな、二人を守る為には眷属が一番良いんだ」

 

「ゼオンおにいちゃんと一緒に居られるなら良いよ。ねっ、お姉ちゃん」

 

「……」

 

「お姉ちゃん?」

 

「即答する必要はない。正式に眷属に出来るのも最低でも2年程先になる。だからそれまではオレの眷属候補を名乗れば無理矢理眷属にされる様な事もない。それに眷属にならなくても傍に居るのは全然問題無い。問題無いんだが、周囲の事を考えると眷属で居てくれた方が守りやすい」

 

「……わかったにゃ」

 

「強制はしたくないんだがな。すまない」

 

「別に良いのにゃ。即答出来ないのは私の方に問題がある事だから」

 

「……まさか、いや、何でもない。それより、今日は何をしたい?」

 

なんとなくだが、黒歌がオレを警戒していた事と眷属の件を即答しなかった理由が透けて見えた。多少強引だったが話を変えて今日の予定を決める。

 

 

 

 

 

 

 

その日、黒歌は山で遊びながらも何処か上の空だった。白音が心配そうにしていたけどなんでもないと言って無理に笑っていた。その日の深夜、オレは眠らずに縁側で待つことにした。そんなオレの傍にそっと黒歌がやってきて、そのまま胡座をかいている上に乗ってきてオレに抱きついて甘えてきた。オレは黒歌を抱きしめて耳元で囁く。

 

「お前達が両親と離ればなれなのは悪魔の所為なんだな」

 

その言葉に黒歌の身体が跳ねる。やっぱりそうだったか。

 

「オレの同族がすまない」

 

「ゼオンが謝る必要なんてないにゃ。悪いのは、あいつらだから」

 

「……話したくなかったら話さなくても良い。何があったんだ?」

 

しばらく待つと黒歌が少しずつ話してくれた。

 

「昔はお父さんやお母さんと一緒にここみたいな家に住んでた。本当に、今みたいに楽しかった。だけどあの夜、お父さんとお母さんが怖い顔をしてて、お母さんが私と白音を連れて山の中に入って、少しした後に大きな音と振動が来て、お母さんが私達に猫の姿になる様に言って、迎えにくるまで隠れていなさいって、でも、朝になっても迎えに来なくて、白音が寝ている間に家に戻ったら、大きな穴があるだけで、誰も居なくて、だけど何があったのかは分かった。だから、白音を連れて逃げて、逃げて、逃げ続けた。だけど、中途半端な力しかなかった私達は1年位が限界だった。そして白音が倒れて、私も駄目だって諦めかけた時に白い布に包まれた」

 

「そうか。何度頭を下げても許される事ではないだろうが同族がすまない。それから、よく頑張ったな。偉いぞ、さすがは白音のお姉ちゃんだ」

 

そう言いながら黒歌の頭をゆっくりと撫でてやる。

 

「よく頑張った。だから泣け。ずっと誰にも頼れなかったんだろう。弱い所を見せれなかったんだろう。大丈夫だから。白音には聞こえない様に結界を張っているから泣いている姿を見るのは、お兄ちゃんだけだ」

 

「……お兄ちゃん」

 

「今までよく頑張った。これからも白音の事を守ってやれ。代わりに黒歌の事はオレが守ってやる」

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん、うにゃあああああああああん、うにゃああああああああん!!」

 

一度泣き始めた黒歌は大声を隠す事なく、体中の水分が無くなるのではと思う位に泣き続けた。どれだけ時間が過ぎたのかはっきりとは分からないが、泣きつかれて眠った黒歌をマントで包む。布団で寝かせようにも服に爪が食い込んでいて離せそうにない。それに今は黒歌を手放したくはなかった。

 

 

 

銀術士の言う様に、オレは寂しかったのだ。前世でも親からは独立したとは言え、連絡はよく取っていたし正月や盆には顔を見せていた。今は何かの用事の時位しか会う事はなく、その時すらまともに顔を合わせない肉親との関係にオレは疲れていたのだろう。黒歌達を保護してからの短い期間ではっきりと自覚する程に。

 

今は、この温もりを手放したくない。明日からは、また頼れる兄として頑張ろう。だからたまにで良い。お前達の、家族の温もりを感じさせてくれ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

これがオレの雷だ!!

初期プロットから一番変化した話です。


 

 

黒歌と白音を家族として受け入れてからの生活は実に充実した生活だと言えた。一緒に暮らしている中でのちょっとした触れ合いや会話だけで、オレの心は満たされた。黒歌もあの日以降は白音の前でもオレに甘えてくる様になった。無理な笑顔もしないようになった。銀術士には感謝しないとな。

 

そんな楽しい生活に水を差す様な事件が起こった。まあ、冥界の方でだが。簡単に説明するとレーティングゲームを行う事になった。本来なら行えないはずの物をだ。

 

人間界に居るオレは式髪を学園に潜り込ませて重要な行事にのみ参加している。そんな中、学園に魔王サーゼクス・ルシファー様がやってきたのだ。気になったので学園長室に覗かせに行ったのだ。そしてサーゼクス・ルシファー様が学園を訪れた理由はオレに会う為だった。授業免除を言い渡していて行方が分からないオレを連れて来いと言われても無理だろうな。仕方ない、式髪で失礼かもしれないだろうが名乗り出るしかないな。

 

「本来の姿を見せずに礼を失する事ではありますがご容赦を願います」

 

髪の状態から原作でゼオンがガッシュ達に送りつけた式の姿を模した形態に変化させ、会話が出来る状態にする。

 

「君がゼオン・ベル君かい?」

 

「今話しているのはゼオン・ベルで間違いありません。今、そちらに居るのは人間から借金のカタとして伝授された式髪と呼ばれるものです。術者の髪を媒体に使い魔の様な物を作り出す術です」

 

「中々便利な術のようだね。それにしても君は何故学園に居ないんだい?」

 

「1年の時の模擬レーティングゲーム後に授業免除を言い渡されましたので、人間界にて眷属候補を捜す旅を行っています」

 

「ほう、それは都合が良いね」

 

「都合が?」

 

「君にレーティングゲームを行ってもらいたくてね。もちろん非公式だがね」

 

オレがレーティングゲーム?

 

「不思議だと思うだろうけど、君の模擬レーティングゲームでの一件が噂になって来ていてね。私もその力に興味があってね、それにその莫大な力を使う君自身もね」

 

莫大な力ね。あの程度で莫大と言われてもね。所詮はザケル一発なんだけどな。まあいい、魔王様の前でそんな事言えないからな。

 

「光栄です。ですが、私は未だ学園すら卒業していない若造です。そのような者とレーティングゲームを行う者など居るのでしょうか?」

 

「その点は問題無いよ」

 

「もしかして、ここ数日こちらを伺っている視線はその相手の使い魔か眷属ですか?正直言って不愉快なのですが、私の眷属候補の娘達にはまだ早い光景を見せたくないので手は出していないのですが、あまりに酷いのでそろそろ排除したいのですが」

 

「分かった。こちらから伝えておこう」

 

「ありがとうございます。それでレーティングゲームの事なのですが、私はまだ正式に悪魔の駒を授与されておりません。これでレーティングゲームに参加する事は可能なのでしょうか?」

 

「その辺りは大丈夫さ。これが何か分かるかい?」

 

そう言ってサーゼクス・ルシファー様が懐からある物を取り出す。

 

「悪魔の駒のケースですか?」

 

「そうさ。まだ誰の物でもない悪魔の駒さ。これを君に与えよう。それが模擬レーティングゲームに参加してもらう為の代価だよ」

 

「……本気なのですか?」

 

悪魔の駒を与えられると言う事は上級悪魔として、成人として扱われると言う事だ。オレは、悪魔としてやっていける自信なんて物は無い。一人で居る事が多かった上に、生きてきた半分以上を人間界で暮らしているのだ。悪魔として生きていく自信を、オレは築き上げていないのだ。

 

「君は君自身が思っているよりも遥かに大人だよ。これを受け取る資格は十分にある」

 

「……それがサーゼクス様のお考えであるなら、謹んでお受けいたします」

 

最敬礼を持ってサーゼクス様から悪魔の駒のケースを受け取る。

 

「レーティングゲームの詳細は追ってグレイフィアに伝えさせる。今の拠点の場所を聞いても良いかい?」

 

「今は新潟の山中に居を借りています。少し分かり難い場所にありますので魔力を発して頂ければこちらからお迎えに上がります」

 

「そうかい?ならそうしてくれ。話は以上だよ」

 

「失礼します」

 

式髪に莫大な魔力を送り込み、強引に転移させて悪魔の駒のケースを手にする。これにオレの魔力を流す事でオレだけの軍を作る為の駒となる。呼吸を整えてから純粋な魔力をケースに流し込む。悪魔の駒のケースから魔力を感じられる様になった所で魔力を流し込むのを止める。

 

「これがオレの駒か」

 

ケースを開いた先には黒い駒に混ざって赤い駒が含まれている。変異の駒と呼ばれる上位互換の駒だ。兵士の内の2個と僧侶の内の1個が変異の駒となっている。力ある者なら所持していてもおかしくない変異の駒が3個なら平均よりは良い方だろうとこの時は思っていたのだが、後にそれが間違いである事が判明する。

 

悪魔の駒の準備ができたオレは黒歌と白音を呼ぶ。自分の魔力を身体に慣れさせる瞑想をやっていた二人に悪魔の駒の説明をする。

 

「それじゃあ、これでお兄ちゃんの家族に成れるんですね」

 

「家族の様な物だがな。だが、これで対外的にもそう見える様にはなる。詳しい駒の説明はもう少し大きくなってから教えよう。黒歌には僧侶、白音には戦車の駒だ」

 

それを受け取ろうとする直前に手の届かない所まで持ち上げる。

 

「最終確認だ。これを受け取ると言う事は眷属悪魔に転生すると言う事だ。神に祈ったりする事は出来なくなるし、レーティングゲームという模擬戦にも出なくてはならなくなる。そして、戦争が起こった際にも兵士として参加しなければならない。それでも構わないな?」

 

「「それでお兄ちゃんの傍に居られるなら」」

 

即答で答えてくれる二人に嬉しくなり、頬が緩む。

 

「ありがとう、二人とも。なら、オレからの祝福を受け取れ」

 

改めて二人に駒を渡す。少しずつ二人の体内へと沈んでいき、背中から悪魔の翼が生える。

 

「「うにゃ~~」」

 

それと同時にオレの方に寄りかかってきた。

 

「どうした?」

 

「なんか力が入らないにゃ」

 

「しんどいです」

 

「何?ああ、そうか、忘れていた。悪魔は日光に弱いのだったな。問題無い、すぐに慣れるはずだ。まあ数日はかかるだろうがな。慣れるまでは無茶をしない様に」

 

二人をそれぞれの腕で抱きかかえてソファーまで運ぶ。

 

「それから何だが、近いうちにレーティングゲームを行うことになった。眷属である以上二人も連れて行かなければならないが、オレが絶対に守るから安心してくれ」

 

死なないとは言え、痛い事に変わらない。死にそうな目には既に会っているのだから、もうそんな目に会わせたくない。いや待てよ、アレが使えるか?

 

 

 

 

 

 

 

レーティングゲーム当日、グレイフィア様に案内された部屋でオレ達はゲーム開始までリラックスしている。オレはソファーに身を沈め、黒歌と白音はオレにじゃれついている。

 

「そろそろ開始時刻ですが、準備の方はよろしいでしょうか?」

 

ゲーム開始5分前にグレイフィア様が再び部屋にやってきた。

 

「ええ、大丈夫です」

 

「では、こちらの魔法陣の上へ」

 

二人を抱きかかえたまま魔法陣の上に移動する。

 

「それでは良いゲームを」

 

グレイフィア様に見送られて転移した先はファウードのコントロールルームに似た様な空間だった。円形のフィールドの外周部に行く程、柱の密度が上がり、中央には直径20m程の広場がある。

 

オレは近くにある柱の一本に触れてオリジナルで作った物質検査の魔法を使って材質を調べる。その結果からこのフィールドを用意した者は、おそらく対戦相手であり、そいつはオレの事を良く知っていることが分かる。この柱は電気を通さない鉱石で作られている。床も同じだ。明らかにオレ対策で作られている。

 

「まあ、これ位なら問題無いんだがな」

 

見せた事があるのがザケルとシン・サイフォジオだけだからな。ザケル対策に柱を用意したのだろうが、ザケルや効果範囲が大きい術の対策にしかなっていない。

 

『皆様、ようこそおいでくださいました。私はこのたびのレーティングゲームの審判(アービター)を仰せつかりましたグレモリー家使用人、グレイフィアと申します。我が主、サーゼクス・ルシファー様の名の下に今宵のゲームを見守らせて頂きます。早速ですが、ゲームのルールを説明いたします。今宵のゲームの舞台は参加者であるアウル・ダンタリオン様が用意された特設会場となっております。本陣ですが、転移先が本陣となっております。範囲の方は柱の上部に宝石が設置されておりますので、それを繋げた園内が本陣となります。それではゲームスタート』

 

とりあえずは挨拶と下準備からやるか。魔力を感知して対戦相手であるアウル・ダンタリオンが居る方向に右手を向ける。ザケルだと柱に邪魔されるから、こいつだな。二人を抱えたまま柱の上に飛び乗り魔法を放つ。

 

「ジャウロ・ザケルガ!!」

 

目の前に雷で出来たリングが現れ、そこから触手の様に12本のザケルガが伸びていく。姿が見えないので狙いがかなり適当になったが、それでも何人かに命中したのが分かる。

 

『アウル・ダンタリオン様の兵士3名、僧侶1名リタイア』

 

4人か。何人居るか分からないが、上級1発と割が合わないな。要訓練と言った所か。まあ、これで出だしは止めれた。下準備は終わっている。此所からが本番だ。準備を終えたオレ達はアウル・ダンタリオンの本陣に向かって前進する。柱から柱に飛び移っていき、たまに落ちそうになる白音をマントで受け止めながら三人で固まって外周部を移動する。

 

「あれがアウル・ダンタリオン達か。数が多いな。眷属以外に使い魔もフルで投入しているのか」

 

4名リタイアしたにも拘らず20名が固まって怪我の治療を行っていた。成る程、リタイアはしないまでもダメージは与えられていたのか。こちらに気付いていないようだし黒歌達にやらせてみよう。

 

「黒歌、白音、魔力弾を叩き込んでやれ。防御はオレがするから全力を叩き込んでやれ」

 

「「うにゃ!!」」

 

二人揃って全力の魔力弾を集団に向かって放つが、それは張ってあった結界に防がれる。

 

「ほう、中々強固な結界だな。ならばこんな物はどうだ?レード・ディラス・ザケルガ!!」

 

雷で構成された刃がついた巨大なヨーヨーを結界に叩き付け、表面を走らせる。

 

「ソルド・ザケルガ!!」

 

結界全体に罅が入った所でレード・ディラス・ザケルガを操っている右手に加えて左手に雷で構成された大剣を握り、結界に叩き付ける。粉々に砕け散る結界を見ながらレード・ディラス・ザケルガとソルド・ザケルガを解除して右腕を差し向ける。

 

「さあ、これ位耐えてみせろ。ラージア・ザケル!!」

 

威力はほぼザケルと変わらず、その効果範囲だけが大きくなったラージア・ザケルを放つと、アウル・ダンタリオン達は踏ん張る事はせずに障壁を張りながら流されて距離を取る。

 

「うにゃ~、ゼオンお兄ちゃんってこんなに強かったんだ」

 

「すごいです、ゼオンおにいちゃん」

 

「気を抜くな、二人とも。最初の奇襲以外は殆ど防いでいるぞ。奴らはオレの事を研究してきている」

 

近づいて分かったのだが、何人かの服装が絶縁体の物で作られていたり、ゴムらしき盾も見受けられた。これは小細工も必要になるかもしれないな。それから気になるのだが、相手は似たような魔力反応ばかりだ。気配もほとんど感じられない。注意する必要があるだろう。

 

だが、そんなことよりもオレは心の中で喜んでいる。そう、対策さえ取ればオレの魔法に耐えれる相手が居る事にオレは喜んでいる。もっとだ、もっとオレを楽しまさせて欲しい。オレに全力を出させる位に。

 

少し時間を置いてアウル・ダンタリオン達が体勢を立て直した所で攻撃を再開する。

 

「ガンレイズ・ザケル!!」

 

オレが使う術の中では最も威力の低い代わりに雷の弾丸で弾幕を張れるガンレイズ・ザケルを使いながら接近する。もちろん二人をマントで抱え上げながらだけどな。

 

アウル・ダンタリオン達は用意していたゴム製の盾に隠れたり、柱の影に隠れたりしながらも魔力弾を放って反撃してくる。隠れながらなのでそれほど命中率が高い訳では無いが、それでも威力の方はかなり高い。ガンレイズ・ザケルを2、3発当てなければ迎撃出来ない位には威力がある。

 

それでも接近するのに苦労はない。ある程度近づいた所で警告を出す。まだまだオレは楽しみたいからな。

 

「ほらほら、少し強いの行くぞ。テオザケル!!」

 

ラージア・ザケルの強化系とも言えるテオザケルを真上から放つ。こうすれば柱に隠れるといったことは出来ない。

 

『アウル・ダンタリオン様の兵士2名、リタイア』

 

テオザケルを放つ前の人数から7名減ったにも関わらず2名しか眷属を削れなかった。残りは13名。絶縁体の服が多少融けている所を見ると更に強力な術を叩き込めば突破出来る。

 

「エクセレス・ザケルガ!!」

 

単純に雷を照射する術の中で最大の物をテオザケル同じように上空から撃ち込む。

 

『アウル・ダンタリオン様の騎士2名、リタイア』

 

残っているのはアウル・ダンタリオンとフードをかぶった二人だけになったのだが、まさかほとんどが使い魔とはな。さらに気になるのだが、わざわざあの二人とアウル・ダンタリオンをかばうように全滅していったのだ。あのフードの二人が切り札なのか?

とりあえず様子を見るために柱の上に立ち、挨拶をする。

 

「お初にお目にかかる。私がゼオン・ベルだ。本日はお招き頂き大変恐縮している。こんなに楽しめたのは生まれてから初めてだ」

 

「それは結構。ならここからが本番だ!!」

 

嫌な予感がするのと同時に会場を作っている結界とは別の種類の結界を感じ取る。この感じからするとレーティングゲームの結界は完全に機能していないな。転移も封じられている。

 

「貴様、何のつもりだ」

 

今までの遊び心を捨てて、意識を甘さを切り捨てたものに切り替える。

 

「今考えている通りで大体あっているさ。お前を殺すように頼まれ、私自身のメリットがあり、それを為すための手札もある。ならば悪魔として手を出さないでどうする」

 

「そうか。ならばこちらも本気で相手をさせてもらおう」

 

「出来るのか?先ほどまででかなりの魔力を消費したと言うのに。そして、これが私の切り札だ!!」

 

アウル・ダンタリオンがそう叫ぶと同時に二人がフードを脱ぐ。フードの下から現れたのは白い髪の男性と黒い髪の女性だった。だが、注目する部分はそこではない。頭から生えているネコ科の耳と尻尾、そして女性の方の顔が黒歌たちに似ているということだ。

 

「「お父さん、お母さん!!」」

 

その顔を見て二人が飛び出す。だが、黒歌たちの両親は表情一つ変えずにその爪で黒歌たちを裂こうとする。

 

「ちぃ!!」

 

マントだけでは間に合わないと判断して四人の間に飛び込んで父親の爪をマントで防ぎ、母親の腕を掴んで止める。そしてマントで黒歌たちの両親を弾き飛ばす。それでも空中で体勢を整えてアウル・ダンタリオンの近くに着地する。オレはそれを見ながら二人を抱えてアウル・ダンタリオン達から距離をとる。

 

「「お父さん、お母さん、ゼオンお兄ちゃん!?」」

 

「アウル・ダンタリオン、貴様、ネクロマンサーか!!悪趣味にも程があるぞ!!」

 

母親の腕を掴んだとき、体温を感じれなかった。それに、黒歌の話では家があったところには何も残ってなかったと言っていたことから死霊術で死体を操っているのだと判断する。

 

「残念。さすがに私も忌み嫌われる死霊術を覚えようとは思わないさ。私は人形使い、ドールマスターさ。まあ、見ての通り特別な人形を使っているけどね」

 

「ちっ、先ほどまで居たメンバーのほとんどもその特別製の人形を使っていたのか」

 

「ご名答」

 

「その特別製の人形を使って何も感じないのか」

 

「普通の人形よりも便利だ。プログラムを組めば生前の技も簡単に使えるようになるからね。それにエコだろう」

 

「そうか」

 

オレたちの会話で両親がどうなったのかを理解した黒歌は涙を流し、白音は両親に切り裂かれそうになったことに怯えて震えている。オレは二人を降ろして、その頭を撫でてやる。

 

「待っていろ。お兄ちゃんがお父さん達を解放してやる」

 

「ゼオン、ひっく、お兄ちゃん、お父さん達はもう」

 

黒歌が最後の確認に尋ねてきた。

 

「死んでいる。その上であいつのおもちゃにされている。だから、これ以上おもちゃにはさせん。オレに出来るのはそれだけだ」

 

死んでから長い時間が経ってしまっている以上、悪魔の駒でももう転生は出来ない。オレに出来ることは弔ってやるだけだ。

 

「ゼオンお兄ちゃん、お父さん達を、楽にしてあげて」

 

「任せておけ」

 

髪を数本引き抜き、式髪にして二人の護衛に付ける。

 

「覚悟しろアウル・ダンタリオン!!貴様はこのオレを怒らせた!!」

 

「出来るものならやってみろ。貴様の魔力は既に3割を切っているのだろう。雷撃対策は完璧に施し、手を出しづらい人形も偶々ではあるが確保していた私を殺せるものなら殺してみろ」

 

「一つだけ聞いておく。貴様がこのレーティングゲームにおけるメリットはなんだったんだ?」

 

「簡単さ。コレクションはコンプリートしてこそだろう?今や絶滅危惧種である猫魈の一家、それも白と黒の番いの家族なんて珍しいだろう」

 

「そうか。これでためらう必要はなくなったな」

 

こいつはここで殺そう。

 

「ラウザルク!!」

 

オレ自身に雷が落ちたことにアウル・ダンタリオンが一瞬の隙を見せる。その隙を付くようにラウザルクで強化された肉体を駆使して黒歌達の両親の近くにまで移動し両手を押し付けて次の術を発動させる。

 

「ジケルド!!マーズ・ジケルドン!!」

 

父親の方には+の、母親の方には−のジケルドを撃ち込み両者を磁力で拘束した後にマーズ・ジケルドンで更に拘束して黒歌達の傍まで送っておく。

 

「ば、ばかな!?ここまで強いとは!?」

 

「言ったはずだ。お前はオレを怒らせたと。貴様相手に力を押さえる理由は一つもない!!」

 

残存魔力は残り2割を切ったが問題など一切無い。残った内、1%だけを残して最後の一撃に注ぎ込めばいい。

 

「さあ、この世に別れを告げる時間だ。遺言程度なら聞いてやろう」

 

魔力を練り上げていき、あとはキーワードである呪文名を告げるだけだ。

 

「私の勝ちだ、ゼオン・ベル」

 

その言葉と共に背後で、正確にいえば黒歌達の傍で変化を感じた。振り返ると、マーズ・ジケルドンが消失してジケルドの効力も失われたのか、自由となった黒歌達の両親がその爪で黒歌達を切り裂いていた。そして、オレも背中から熱い物を感じた。

 

「ごほっ」

 

口から血を吐きながら視線を降ろせば禍々しい魔力を纏った刀がラウザルクで強化されているオレを貫いていた。

 

「切り札という物は最後の最後まで見せないのが重要なのだよ」

 

「……違うな。間違っているな、切り札は見せないのが重要なんじゃない」

 

「まだ喋れるか。だが、それも後少しだ。この刀は本来、殺傷力をほとんど持たない代わりにあらゆる防御を無視する物だ。それにかなり強力な毒を仕込ませてもらった。もって20秒と言ったところか?」

 

「ああ、体が動きにくいと思ったら毒か。まあ、問題ないな」

 

「なに?」

 

「左を見てみな。そこにすべての答えがある」

 

オレの言葉に従い左を向いたアウル・ダンタリオンが息を飲むのを感じると共に役目を果たしたオレは散っていく。アウル・ダンタリオンの視線の先に居る本体(・・)の莫大な魔力を感じながら。

 

媒介である髪の毛に戻っていくオレと黒歌達の式髪を眺めながら、隠れて練り上げた魔力を解放する。

 

「これでトドメだ!!我らが怒りを喰らい高まれ!!ジガディラス・シン・ザケルガ!!」

 

本家のジガディラス・ウル・ザケルガよりも巨大で、魔力のチャージ量を示す雷のマークが入った宝玉の数も倍になった大砲を抱えた女神がオレ達の目の前に現れる。オレが普段は押さえている魔力と死体を弄んだ怒りを喰らい、急速にチャージが終わる。

 

「なぎ払え!!」

 

オレの一言でジガディラスが己の内に溜め込んだ魔力を雷に変え、雷はプラズマへと変化して打ち出される。ジガディラスから打ち出されたプラズマは電気を通さない鉱石を融解させて蒸発させる。そしてそのままアウル・ダンタリオンを飲み込み、アウル・ダンタリオンが張った結界と、その先にあるレーティングゲームのフィールドを形成する結界すらも貫く。

 

アウル・ダンタリオンが死んだことでまさしく糸の切れた人形のように動かなくなった黒歌達の両親を新たに生み出した式髪に抱えさせる。

 

「黒歌、白音、お父さん達をゆっくりと寝かせてあげような」

 

慌ててやってきたサーゼクスの眷属を無視して拠点へと転移する。それから知り合いに連絡を入れて葬儀に使う物をその日の内に集め、黒歌達の両親の体を清めて最後の別れを二人にさせる。

 

翌日、棺桶に二人をおさめてから、退魔師に教えてもらった陣を敷く。骨すら残さずに燃やし尽くして悪用されないようにする為の物だ。その陣の上に棺桶を降ろす。後は陣に魔力を通せばすべてが燃え尽きる。

 

「黒歌、白音。二人で逝かせてやれ」

 

喪服を着て、先ほどまで大泣きをしていた二人を陣の方に押してやる。

 

「……白音」

 

「……うん」

 

5分程立ち止まった後、二人は一緒に陣に魔力を送り込み、陣がその効力を発動させる。燃え尽きていく棺桶を見届け、すべてが終わった後、二人はまた泣き出した。オレは二人を抱きしめる。二人もオレに強く抱きついてくる。

 

なぜ、こんなに幼い子供達に酷い現実が突きつけられるんだろうな。こんな世界、オレは嫌いだ。探せば他にもオレ達の様な子供が居るんだろうな。そいつらとなら、この感情を共有できるんだろうな。

 

探そう。オレ達の同類を。そして、力を貸し合おう。少しでもまともな未来にたどり着く為に。そうしよう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世話になった

今回は前回のレーティングゲームの後始末です。
会話ばっかりでつまらないかもしれませんが楽しんで下さい。


 

黒歌達の両親を弔った翌日の深夜、オレ達の元に来客があった。オレは魔法で無理矢理寝かせた黒歌達を抱き、マントで覆っている。警戒は一切解くつもりはない。

 

「何か御用ですか、サーゼクス様」

 

オレ達の対面に座るのはサーゼクス様とグレイフィアだ。さすがのオレでも二人を庇いながら戦う事は難しい。だが、弱みを見せるわけにはいかない。

 

「……魔王として頭を下げるわけにはいかない。それにサーゼクス・ルシファーは現在、魔王会議に出席している」

 

なるほど、そう来たか。警戒を解く事はないが、それでも思考は切り替えて良いだろう。

 

「私はあのレーティングゲームの準備を行った者だ。今回のレーティングゲームの結果や色々と詳しい事情の説明にやってきている。その為にかなりの権限を預かってきている。説明に時間がかかるが構わないかい?」

 

「分かりました」

 

「ありがとう。それでは説明に移ろう。今回のゲームは非公式の物である以上公式記録として残る事はない。それにあんなこともあった以上無効試合という形になる。そもそも裏の記録からも抹消されることになった」

 

「それだとオレの報酬も返還するべきだろうか?」

 

「いや、それに関してはそのままで良い」

 

「そうですか。まあ、返せと言われても返せませんのでね」

 

「うん、そうだね。それでアウル・ダンタリオンとその眷属についてなんだけど、領地を臨検した所行方不明になっていた者や、種族的に珍しい者達の死体が綺麗に保存されていた」

 

「ちっ、やはりか」

 

「ああ、それもダンタリオン家はアウル・ダンタリオンしか居なかったんだけど、ああなってしまったからね、取潰しになる」

 

「何?親族が居ないのか?」

 

「……コレクションの一部に居た。パーティーなどには人形師の能力で誤摩化していたようだ」

 

「親族にまで手をかけていたのか。胸くそが悪いな。眷属達はそれを知っていたのか?」

 

怒りから口調がどんどん荒くなっていくのが分かる。だが、怒りが抑えられん。

 

「……知っているどころか、誘拐の際に協力したり、容姿が気に入った人間を攫ってきてアウル・ダンタリオンに人形にして貰って慰みものにしていたようだ」

 

「……もういい、これ以上聞いても腹が立つだけのようだ。いや、眷属にはどういう罰が与えられた?」

 

「永久凍結の刑に処した。それから黒幕の方なんだが」

 

「そっちはどうでも良い。罰を与える必要もない」

 

「いや、だが」

 

「次に手を出してくるのなら、オレ自らが引導を渡す!!だから今回の事は、一度だけ、流させてくれ。流させて下さい。お願いします」

 

頭を下げて願い出る。先の言葉の通り、一度だけは流したい。オレを狙う様な奴は数が少ない。そもそもの交流が少ないからだ。だから、少し考えれば黒幕はすぐに分かった。分かったからこそ、一度だけ流したいのだ。

 

「……分かった。グレイフィア、部隊を引かせてくれ」

 

「よろしいのですか?」

 

「構わない。本人がそう言っているのだから。ゼオン君、君は本当に次が起これば自分で決着を付けるんだね?」

 

「はい。オレが一人で全てに片をつけます」

 

「ならそういう風に改竄しておく。今回だけだ」

 

「ありがとうございます」

 

「それで、君はこれからどうするんだい?」

 

「旅に出ます。二人を連れて。それから一つお願いがあるのですが」

 

「今回はかなり迷惑をかけているから何でも、と言いたい所だけど黒幕の件もあるからね。あまり大した物じゃなければと言わせてもらうよ」

 

「オレを正式にレーティングゲームデビューさせて頂きたい」

 

「……あんなことがあったのにかい?」

 

「あんなことがあったからこそです。オレの力を周囲に知らしめて、オレの眷属を守る為に」

 

「その言い方だと、一人でゲームに参加するみたいだね」

 

「無論、その通りです。ゲームに眷属を出すつもりはありません」

 

「貴方はゲームを舐めすぎです!!」

 

「そちらこそオレを舐め過ぎだ!!オレが全ての手の内を見せたと思っているのか?だとすれば甘すぎる。雷とマントはオレの見せ札に過ぎん。ここで証明してやろうか」

 

右手に魔力を集めて、それを消滅の力へと変換する。

 

「躱せよ!!ラディス!!」

 

一声をかけてからグレイフィアに向かってラディスを放つ。グレイフィアはオレの忠告からか、それとも消滅の力に近い滅びの力を傍で見続けてきた経験からか、受けようとは考えずに回避の一択を選ぶ。そして、オレの右手が翳された一角が何も無かった様に消滅する。

 

「これはバアル家の!?」

 

「いや、これは似ているが違う」

 

「ああ、こいつはバアル家の滅びの魔力じゃない。オレ自身が構築した消滅の魔力だ。結果は見ての通りだ。ああ、一応今のは威力を一番最低まで落とした物だ。やろうと思えば前回のゲームの時に使っていたテオザケルと同じ位の規模の物を連射出来る。これでもゲームを舐めていると?」

 

無論ハッタリだ。テオラディスなんて万全の状態で撃っても2発撃てれば良い方だ。テオザケルなら100は撃てるんだろうが、相性が悪い。理論を構築出来なかったからファジー機能に任せっぱなしだからな。

 

「威力に関しては過剰すぎるね。ゲーム中でも即禁止されるだろう。それにゲームは戦術や戦略も試される。一人ではそれも出来ないと思うけど、その点はどうだい?」

 

「確かにそうではあるが、オレには式髪がある。禁止にすると言うのなら使い魔の使用も禁止であるべきだ。オレは自分の力を分けて数を増やしているんだ。そうあるべきだ。それに、ゲームに勝つ気はそれほど無い。ただオレの力を振るう機会が欲しいだけだ。アウル・ダンタリオンとのゲームでの収穫はオレの力をそこそこ発揮する事が出来た事だ。オレは途中まであのゲームが楽しかった。オレを化け物と見て遠ざけるのではなく、オレを調べ、対策を練って戦いを望んで来たアウル・ダンタリオンとのゲームが」

 

式髪だったとは言え、感覚はリンクしている。あの時、式髪が思った力を振るえる歓喜は本体であるオレも共有した事だ。

 

「なるほど、力を振るう機会が欲しいか。意外と子供らしいんだね」

 

「実際、子供だ。それに昔から自分の魔力と雷への適性が高い事は本能で分かっていた。だから、逆に周囲の事を考えて力を振るえなかったんだ。我慢してたんだよ。それをしなくていい環境を求めて何が悪い。だが、またあのアウル・ダンタリオンの様に精神的に傷を負わせようとする奴が居ないとも限らない。だから、オレ一人でレーティングゲームに参加する」

 

「そう考えるのは妥当だね。まあ、いいだろう。少しでも大人の世界の厳しさを知れるのなら。レーティングゲームの参加を許可しよう。最も、シーズンが始まったばかりだから来年からの参加になるし、最初は下位の大会にしか出せないよ」

 

「それで構わない。すぐに上まで上り詰めるだけだ」

 

オレの自信に満ちた言葉にサーゼクス様は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうかい、旅に出るんか」

 

「ああ、今まで世話になったな」

 

「かまへんよ。どうせ、この工房も余っとるもんやさかい。それでもたまにはこっちの方に来てラーメン食わせてんか?」

 

「ああ、それ位構わないさ」

 

「ほなら工房の鍵は渡したまんまにしとこか。ほんで、最初は何処目指すんや?」

 

「不良退魔師に誘われていてな、あいつが居候している屋敷にしばらく滞在させてもらう予定だ。何でも、妖怪屋敷らしいからな。黒歌達に友達を作ってやりたいからな」

 

「話を聞く限り、しばらくはゆっくりと心の傷を治したらなあかんやろな。あんなこんまいのに苦労ばっかりで、あんさんも辛い目に負うて」

 

「オレはまだ良い。ある程度、覚悟はしていたから。だが、黒歌達は本当に辛い目にあわせてしまった」

 

「そう思うんやったら、絶対に二人を放すんやないで。あんさんにまで放されてしもうたら壊れるで」

 

「分かっている。絶対に二人は放さないさ。というか手放したくない。オレ自身の為にも」

 

「せやな。あんさんも苦労ばっかりで、ゆっくり休むとええわ」

 

しばらくすると荷物を纏め終えた黒歌達がやってきたのでマントで抱き上げる。ここから不良退魔師が居候している場所までは距離があるから、空を飛んでいく予定だ。

 

「すまんな、銀術士。世話になった。またな」

 

「ああ、またや」

 

銀術士に別れを告げ、オレ達は京都を目指す。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オレはロリコンじゃない!!

 

 

旅を始めてから早5年の月日が流れた。色々な事があったが詳しい話は割愛させてもらおう。とりあえず一つずつ説明していこう。

 

 

 

まずはレーティングゲームについてだ。旅を始めた1年後、オレはレーティングゲームに正式に参加し、全ての大会で優勝をもぎ取り、レーティングゲーム史上最も禁止行為を課せられた男として有名になった。最初の頃はともかく、ある程度対策をとられた時に対抗する為の手品まがいの技や、ルール上の不利を覆す為にルールの隙間を突いていた行動が大会が終わる毎に禁止行為としてオレだけに課せられた。理由はオレが強すぎる為だ。ルールの隙間を突かなくても力づくでどうとでも出来ると上に判断されてしまったからだ。まあハンデと考えれば妥当なので気にはしていない。ランクの方は着々と上がっているので今年の大会も優勝すれば来年の頭辺りには最上位ランカーへの挑戦権が得られるだろう。その為にもスクランブルフラッグの様な直接戦闘のないレーティングゲームの練習をしておかなければ。

 

 

 

続いて眷属の話に移ろう。この五年間で新たに二人が眷属、家族に加わった。共に両親を失い、復讐に燃えている。オレは、復讐には肯定的な意見を持つ。だが、返り討ちや無差別は許さない。だから、確実に仇を特定した上でそいつを殺せる位の力を身につけるまで復讐を禁じ、鍛える事を条件に眷属に加えた。

 

一人目はグレイ・フルバスター。人間の魔術師の間で造形魔法と呼ばれる系統の中で、静の氷の造形魔法を使う少年だ。グレイの復讐の相手は判明している。デリオラと呼ばれる怪物だ。こいつに殺されかけた所をグレイの師匠で育ての親であるウルが自分の命をかけて氷中に封印した。グレイの目の前で。そして復讐を誓ったグレイの前にオレが現れた。雪山に氷の彫刻家が居ると聞いて興味を持ったオレがたまたま通りかかり保護したのだ。その後、オレがデリオラに勝てると判断するまでは絶対にデリオラに挑まないという条件のもと兵士2個で悪魔に転生させた。

 

現在は修行の為に冥界の雪山にパンツ一枚で放り出している。グレイの使う静の氷の造形魔法を鍛える為には氷や寒さを自分で理解するのが一番だと、ウルが言っていたそうなので人間界よりも環境が厳しい冥界の雪山に連れて行ってやったのだ。今頃死んでいなければ良いんだがな。

 

 

二人目はハムリオ・ムジカ。銀術士の家系に産まれた少年だ。ムジカの復讐の相手は今の所不明だ。偶然にも友人の家に泊まっていたハムリオが自宅に戻ると、そこには焼き払われた自宅と、自宅から運び出されていくバラバラになった焼死体を見せつけられた。その後、ハムリオは両親の師であるオレの知り合いの銀術士の元に預けられた。その銀術士からの依頼でオレの元にやってきたハムリオは悪魔に転生する事を願い出た。銀術で復讐を果たす為に。そして、銀術士の力を絶やさない為に。

 

ハムリオが両親に教えられた限りでは自分たちを除けば、7人しか残っておらず、その7人全員が年老いた者しか居ないそうだ。その7人の中で最も若いのがオレの知る銀術士だ。だが、その銀術士も癌が見つかり、それも末期に近いそうだ。その為にオレに預けられたのだ。オレは銀術士からの依頼もあり、ハムリオ自身を気に入った事もありグレイと同じ様に兵士2個で悪魔に転生させた。

 

 

 

次は黒歌と白音の事だな。二人はオレと一緒に京都にある妖怪屋敷に世話になりながら、人間の学校に通いつつ仙術や妖術の訓練を始めた。最低限身を守れる位に強くなって欲しい。あと、将来は美人になりそうなので男のあしらい方も教えられているらしい。そっちの方は教育係の雪女が勝手に教えているだけなのでオレも詳しい事は知らないし、知りたくもない。それから友達の方も少しずつ増えていて、今では親友とも言えるのが3、4人位居るみたいだ。それでも屋敷ではオレにべったりなのは変わらない。

 

戦闘に関しては黒歌は遠近両方を妖術と仙術と魔法を組み合わせて戦える万能型、白音は近距離型で殆どの力を肉体強化につぎ込んでいる。この二人が戦うと白音に近づかれない様にしながら逃げ切れれば黒歌の勝利になる。黒歌が全力で白音に攻撃してもそれを撥ね除けれる位に白音は頑丈になっている。今ならたぶん、オレの本気のザケルガでも1発は耐えれるだろう。

 

 

 

最後はオレ自身の事か。魔力量が更に増えた事と、『金色のガッシュ』に出てくる魔物の術の使える種類が増えた位だな。肉体強化系とかは結構簡単だったんだが、肉体変化は殆ど出来ない。多少筋肉を膨張させれる位だ。火や氷、風などを飛ばすタイプの攻撃呪文もディオガ級までなら使える様になったが魔力の消費量が馬鹿にならない。しかも鬪気系と思われる術、ウォンレイのバウレン系統は全く使えない。オレ達の使う魔力は現象に変化する事で初めて力を持つ所為だ。だから衝撃に変換して形だけなら真似をする事は出来るが、やはり魔力消費量が跳ね上がる。

 

あとは、チェリシュが使っていたグラード・コファルの様な道具を産み出して扱うタイプの術は似た様な形の道具を用意しておいた方が威力も上がり、魔力の消費を抑える事が出来る。もちろん改良はしてある。ライフルとスコープは出来るだけ良い物を用意して撃ち出すのはザケルガ、ミラーサイトは入り口を3つに出口を9つ、時速20kmほどで移動も出来る様にした。あまりに便利で万能すぎるためにレーティングゲームで禁止にされてしまった。

 

 

えっ、対悪魔関係はどうしたかって?

……上位ランカーの王の数人と眷属とは友好関係を築けたさ。中堅のランカーにもちらほらと。もう、ぼっちじゃない。まあ全員年上なんだけどな。うん、同年代の奴はやはりどうしても畏怖の目でオレを見てくる。嫉妬や憎悪もぶつけられる。もうそれは諦めた。このまま同年代から孤立する覚悟を決めてしまえば楽な物だ。楽な物だったんだけどなぁ。どうしてこうなった?

 

 

 

今、オレは親父から送られてきた手紙を読んで現実逃避をしたくなっている。手紙にはオレの婚約者が決まったと書かれている。まあ、オレも悪魔の貴族として生きて来ている以上、そういうことも覚悟はしていたさ。覚悟はしていたんだが、相手が問題だ。相手の名はリアス・グレモリー。サーゼクス・ルシファー様の妹で次期グレモリー家当主。オレもベル家の次期当主なのだが婚約など可能なのかと思っていたのだが、先日弟が産まれたらしい。名前はガッシュ。オレとは違い、普通に産まれて親父と同じ金色の髪を受け継いで産まれてきた弟だ。

 

弟が産まれた事自体は嬉しい事だ。嬉しい事なんだが、何処かやるせない。明らかにオレが婿入りするしかない状況だからな。まあ良いけど。弟のガッシュが不自由無く暮らせるならそれで良いさ。『金色のガッシュ』の原作とは逆になったんだと思えば良いだけさ。

 

話を戻してリアス・グレモリーとの婚約なのだが、個人的には勘弁して欲しい所だ。貴族らしい教育を受けてきていないのでどちらかと言えば前世の人間での倫理観や道徳観の方が強いので恋愛結婚推奨なのだ。だが、貴族としては政略結婚は必要になってくるので恋愛結婚は諦めろとも知識としては存在するので折れても良いとは思っている。思っているのだが、リアス・グレモリーは黒歌の一つ年下なのだ。オレの現在の年齢は18、つまりリアス・グレモリーは10歳なのだ。悪魔の寿命は長いからもっと年齢を重ねれば気にならないのだが、今の年齢だとオレはロリコンの烙印を押されかねない。

 

ただでさえ黒歌や白音を可愛がり過ぎて妖怪屋敷では光源氏などと裏でおちょくられているのに。これ以上ネタを増やされてたまるかと声を大にして言いたいのだが、悲しいかな、オレは権力を持たない一上級悪魔でしかないのだ。なので話が広まらない様に婚約の話はオレの胸の内に納めておくしか無いのだ。それにしても、やはり顔を見せに行かなければならないのか?ここはやはり先人に教えを乞うのが一番だろう。

 

式髪を送って時間を作って貰えないかと相談して訪れたのは冥界にあるとあるTV局、そこに勤めているローウェル・フェニックスが今回の相談相手だ。

 

「ふぅ~ん、よくこんな縁談がまとまったな。年齢はともかく次期当主と思われる者同士とかあまり聞いた事が無いな」

 

「やはりか。まあ、ウチの方に弟が産まれたからな。オレとは違ってまともで親父に似た弟が」

 

「……お前の噂は聞いた事があるし、噂の出所がお前の親父さん達からって言うのも知っているけど、お前を手放す方が勿体ない気がするんだけど」

 

「そう言ってくれる奴は少ないんだよ。眷属を除いたら両手の指で数えれる位しか居ない」

 

「ちょっと話してみれば普通どころか気安い奴だって分かるのにな」

 

ローウェルが笑いながら紅茶を口にする。ローウェルとの出会いは去年のレーティングゲームの大会での事だった。そしてその大会で唯一、オレを追いつめた王。それがローウェルだった。オレへの対策は一切考えずに、最初から全力全開で総力戦を仕掛けてきたのだ。チームが一丸となって襲ってくるのではなく、個人ごとに最高のパフォーマンスが出来るのなら味方ごと攻撃するという行為にオレも一時押され、敗北の一歩手前まで追いつめられ、自分で課していた雷とマント以外は使わないと言う制約を破らせた。

 

その試合後にローウェルの方からオレに会いに来てリベンジの宣言に来たのだ。その真直ぐな心にオレは笑ってしまい、そこから魔力を一切使わない男同士の殴り合いに発展した。一発殴って言葉を交わし、一発殴られて言葉を交わしていき、罵詈雑言から賞讃に変わり、最後には久々に楽しめたと言い合いながら拳を交差させた。悪魔生で初めて親友が出来た瞬間だ。

 

「これでも人間界では客商売をしているからな。愛想良くした方が客は多くなる。もちろん、質も大事だがな」

 

「へぇ、何をやってるんだ?」

 

「ラーメンの屋台を引っ張ってる。そこそこ有名だぞ。雑誌にも何回か載ったからな」

 

「悪魔の貴族がやるラーメン屋か、中々笑えるな」

 

「これで眷属を養いながら食っていけるだけの稼ぎはあるんだぞ。基本質素に暮らしているからな。食事も山に入って狩りをすれば殆ど金がかからないし」

 

「おいおい、レーティングゲームで荒稼ぎしてる奴の言うことじゃないな。何に使ってるんだ?」

 

「ああ、人間界の方で孤児院を開いている。神器の所為で迫害された子供とか、ハーフの子供とかを優先して保護している。これが意外と金がかかってな。まあ、オレが好きでやっている事だから構わないんだけどな」

 

「あまり引っ張るなよ。後ろばかり、下ばかり見てると転けるぞ」

 

「忠告ありがとう。それで話は戻るが、オレはこの話を手紙で伝えられた情報しか知らないんだが、どう動けば良いと思う?」

 

「その前にゼオンって確かパーティー関連に、社交界に出た事って無いよな」

 

「無いな。6歳から人間界を放浪しているからな」

 

オレの言葉にローウェルは絶句してカップを落とす。

 

「マジで?」

 

「マジで。親父に最初に渡された300万円だけでラーメン屋を開いて日本全国を6年程歩いたな。懐かしい」

 

「……逞しい6歳児だな。いや、それは良い。いや、よくない。お前今年で19だろう」

 

「そうだな、あと2ヶ月程で誕生日だ」

 

「普通、貴族に産まれてきていてその年齢なのに未だに社交界デビューしていないのなんて私生児位だ。だが、お前は直系の長男。何かミスでもすれば家の恥になる。まさか、それを狙って今頃婚約者に?だがそうだとしても相手がグレモリー家か、些か勿体ない気もするな」

 

「たぶん、どっちに転んでもおいしいと考えているんだろう。家の恥になれば切り捨てても問題無いし、上手くグレモリー家に婿入りすれば縁ができるからな」

 

「そっちか。なるほど、それなら納得がいくがそれでもデメリットの方がでかいぞ」

 

「それでも親父達はオレの事をどうにか出来るなら実行するんだよ。こっちも縁を切れるなら切りたいんだけどな」

 

「このまま行けば来年か再来年には最上級悪魔になれる息子を切り捨てたいとか仲が悪いにも程があるだろうが」

 

「気にするな。産まれてからずっとそんな感じだ。それよりまた話がズレてる」

 

「すまん。とりあえずだが、お前はどうしたいんだ?それを先にはっきりさせていないと面倒な事になるからな」

 

「そうだな、家の名を穢す様な事はしたくない。だが、ロリコン扱いは本気で勘弁して貰いたい」

 

「ロリコン扱いに関しては気にしなくても大丈夫だぞ。8歳程度の歳の差なら、確かシトリー家の次期当主の婚約者もそうだったはずだ」

 

「うん?シトリー家の次期当主は確かリアス・グレモリーと同期だったはずだろう。ということは婚約者はオレの同期か」

 

「そうなるな。詳しい情報は知らないけど、そこそこ名家だったはずだ。他にも優秀な嬢は幼い頃から年上との婚約は普通だからな。別に婚約だけでロリコン扱いされる事は無い。だけどなぁ、お前だと眷属に二人も幼女が居るからなぁ、そっちの方で言われそうだな」

 

「そこはこれからも隠していけば良いだけの話だ。実際、オレの眷属を知っているのはお前とお前の眷属とサーゼクス・ルシファー様とグレイフィア様と他数名位だ」

 

「なら大丈夫だろう。社交界の方はオレを教えていた家庭教師を紹介してやる。あの人に任せておけば問題は無いだろう。問題なのは、ゼオン、お前、女の扱いに自信は?」

 

「無いな。客としての付き合い方ならともかく、婚約者とかの扱いを知るわけないだろう」

 

「だろうな。オレも結婚した今でも女は理解しきれん。弟は、あ~、お前と同期になるんだが眷属全員を女で固めてハーレムなんか築いてやがる。正直理解出来ねえ」

 

「人間界でハーレムは男の夢だとか聞いた事はあるが、楽しいのか?」

 

「オレは勘弁。それにオレの連れは独占欲が強くてな、ちょっとでも他の女に目を移すと本気で殺す気の魔法が飛んでくる。こればかりはフェニックスの不死性を怨むな」

 

「それは大変そうだな」

 

「ああ。だけどやっぱり二人きりの時に甘えてくる姿を見るとこうぐっとクルんだよ。普段の扱いを許してしまう位に」

 

「そう言う物なのか?あまりそう言う自分を想像出来んな」

 

「まあ何時かは分かるだろう。オレも政略結婚だったけど、だからと言ってそこに愛が芽生えない訳じゃないしな。これで何回脱線したか分からないが、オレからのアドバイスだ。よく聞け」

 

「ああ、頼む」

 

その後、ローウェルの体験談から理解した女の思考パターンを幾つか教えて貰い、二ヶ月程ローウェルから紹介して貰った家庭教師の元で社交界でのマナーや必須技能の習得に努める事になった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

友人、増えました

ローウェルに相談してから半年、オレはリアス・グレモリーの誕生パーティーに招待され、初めて顔を会わせた。リアス嬢も婚約の話は聞いているのか、肩に無駄な力が入っているのが見て取れる。11歳という多感な時期の女の子だから、それも仕方のない事だろう。

 

「はじめまして、リアス・グレモリー。オレはゼオン、ゼオン・ベルだ」

 

「はじめまして、リアス・グレモリーです。ゼオン様の噂は色々と聞こえて来ていますわ。近々、最上級悪魔に昇格される事も」

 

がちがちに緊張していて所々棒読みに近い挨拶になっているがここはスルーするのが大人の対応だろう。見ればグレモリー卿も苦笑している。

 

話が少しズレるがオレは今期のレーティングゲームの大会でランク9位に勝利した事で最上級悪魔への昇格がほぼ確定したのだ。ランクの変動は大会後に行われるので今はまだ上級悪魔だ。だが、ここから残り3戦を全て不戦敗にでもならない限り昇格出来るのだ。我ながらよくここまで一人で来れた物だな。

 

最上級悪魔になればレーティングゲームの大会には招待されるか、自分で開催するか、最上級へと昇格した大会への義務参加以外は出場する事が出来ない。そうなれば時間が大分取れるから、それをリアス嬢に使うとしよう。残っている分は使い魔を捜したり人間界で孤児を保護する旅に当てれば良いか。

 

話がそれ過ぎたな。今は目の前のリアス嬢をフォローしなくては。

 

「ゼオンで結構だ。堅苦しいのは大人になってからで十分。今は子供らしく楽しむ時期だ」

 

そう言って懐から用意しておいたプレゼントの入った小箱を手渡す。中には銀術士がオレの婚約者の為にと無理をおして作ってくれた髪飾りが入っている。

 

「綺麗」

 

隣に居たグレモリー卿に促されて小箱を開けたリアス嬢は髪飾りに見惚れる。

 

「生憎と誰かに贈り物をする事など無かったから悩んだのだが、気に入ってくれたなら何よりだ」

 

「ええ、とても気に入ったわ。ありがとう」

 

年相応に笑うリアス嬢を見て、オレもそんな風に笑いたかったと思ってしまう。無論、それを外に出す様な真似はせずにリアス嬢に笑いかける。リアス嬢も髪飾りに見惚れた事で緊張が解けたのか軽い雑談を交わせる位になった。まあ、最後にグレモリー卿に勧められてリアス嬢にプレゼントの髪飾りを、今付けている物と交換して褒めると顔を真っ赤にしていたがな。

 

 

 

 

その後、他の招待客にも挨拶の必要のあるリアス嬢達と別れて会場の端の方で待っていたローウェル達と合流する。ローウェルの他はローウェルのクイーンで妻のシャリエラとローウェルの友人2名だ。

 

「待たせたな、ローウェル」

 

「いやいや、ここからグレモリー嬢との会話とか最後の髪飾りを手ずから付けて差し上げて、シンプルなだけに心に響きやすい『綺麗だ』の一言。それはもうにやにやしながら見させて貰ったからな」

 

「ほう、からかう覚悟はあるみたいだな、ローウェル。新魔法の餌食にしてくれようか?」

 

「おっと、そいつは楽しみだ。いずれ全部の魔法を引きずり出して対策を練ってやるよ」

 

「そういうのは上級下位(ディオガ級)を攻略出来てから言うんだな」

 

「痛い所を突いてくるな。それでもエクセレス・ザケルガは今回攻略しただろうが」

 

「たまたま運が良かっただけだろうが。まあそれについては追々でいいだろう。紹介して貰っても?」

 

「おっと、そうだったな。右がサイアス・グラシャラボラス、グラシャラボラス家の次期当主。見た目はタトゥーとかの所為でヤンキーに見えるが」

 

「ブースターの役割があるタトゥーに人間が使う魔術的要素を取り込んだ服装に髪型か」

 

正装とは言いがたい、と言うか不良高校の頭みたいな格好に顔の右半分を覆うタトゥーの所為で普通の感性の奴には受け入れられないだろうな。

 

「おっ、よく見抜いてくれたな。大抵の奴はこの格好を見ると嫌そうな顔をするんだがな。これでも他人に迷惑をかけるつもりは無いし、力のある奴や知識が豊富な奴からは一目置かれるんだよ。まあ、弟が意味もよく分からず真似してただの不良みたいになってるのが最近の悩みだ」

 

「苦労しているみたいだな。ゼオン・ベルだ。ゼオンでかまわん」

 

「オレもサイアスでかまわん。それにしても前から気になっていたんだが、何で一人でレーティングゲームに参加しているんだ?」

 

「ああ、オレの眷属なんだが一番年上でもまだ12でな。足手まといにしかならん。それにあまり戦いの場には出したくないんだよ」

 

「ほう、なぜと聞いても?」

 

「オレの眷属は、皆辛い過去を持っていてな。特に最古参の二人は、特に、な。悪いがこれ以上は」

 

「いや、こちらこそすまない。軽々しく聞く物じゃなかった」

 

「気にするな。まあ、そんな訳もあってオレの眷属は家族として扱っている。他人からは傷の舐め合いと見えるだろうが、こればかりは本人達にしか分からない物だからな」

 

「そうだな。本人達がそれで良いのなら周りからあれこれ言う必要は無いな」

 

「そろそろ私の方も紹介してくれても良いんじゃないかしら?」

 

人間界の空の様に青い髪を肩の辺りで切りそろえた女性がサイアスを押しのける。

 

「おっと、すまんなカリナ。彼女は」

 

「カリナ・アンドロマリウスよ。アンドロマリウス家の二女。よろしくね、ゼオン」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

握手を交わそうと伸ばした右腕でオレの懐の前の空間を掴む。

 

「中々手癖が悪いようだな」

 

「あ、あら〜、バレてた?」

 

「最近、新しく開発している魔法が似た様な物でな。姿を現せ。それで手打ちだ」

 

そういうと何も無い空間を掴んでいる手の中に紫の蛇が姿を現す。その蛇はカリナの首元から伸びてきている。

 

「全く、財布をすった所で中身など入っていないぞ。ダミーだからな」

 

懐から財布を取り出して中身を見せる。

 

「空とは私の鼻も鈍ったかな?」

 

首を傾げているカリナの後ろでローウェルが驚いた顔を見せる。

 

「いや、カリナ、よく見ろ。中身は空だが、よく見れば財布に使われている革、ドラゴンの革だ!!それも龍王クラスの1ランク下ぐらいの」

 

「げっ、何でそんな伯爵でも手に入れるのが難しい物をダミーなんかに使ってるのよ!?」

 

「うん?そんなに稀少な物だったのか?借金のカタに不良退魔師から貰った物なのだが」

 

「借金のカタって、一体どれだけの借金をしてたって言うのよ。これがあれば人間界でなら100年は豪遊して遊べるものよ」

 

「ラーメン30杯分」

 

「「「「ちょっ!?」」」」

 

ラーメン30杯と交換になったと聞いた全員が驚いて声を荒げるが、寸前に結界を張ったので回りに注目されると言う事は無かった。

 

「いや、オレも知らなかったからな。と言うかあいつ、いつも金が無いからって色々な物を渡してくるから人間界でのブランドものみたいな扱いをしていたのだが、まさかそこまで高価な物だったとは」

 

改めて魔法で調べて見ると確かに龍王の1ランク下ぐらいのドラゴンの革で作られている。金属部分も冥界で流通している魔法金属の中で最もランクの高い物を使っている。縫い合わせている糸も現在では絶滅危惧指定されている虫から採れる物で、在庫分しか存在しない。

 

やばいな。一度あの不良退魔師から貰った物を全て確認した方が良いかもしれないな。だが、詳細は分からない物の方が多そうだな。

 

「こういう物に詳しい者は居るか?」

 

「一応そこそこ詳しいわよ。これでもオークション会社の社長だから。なに、もしかして他にも?」

 

ほう、中々のやり手のようだな。まあ、盗品とかも扱っていそうだが関係ないな。

 

「そこそこな量が。もしかしたら似た様な物があるかもしれん。出来れば鑑定を願いたい。それからそいつを売りに出したいんだが、買い手は付くか?」

 

「状態からして新古品だろうから多少値は崩れるだろうけど、多少値段が高くても言い値で買うと言うのはごまんと居るわね。まあ、今度のオークションの目玉に出してみるから、様子を見に来ると良いわ。招待状も送ってあげるから連絡先を教えて貰っても良いかしら」

 

「少し待て」

 

髪の毛を一本引き抜き、それを手紙に変化させる。中にはオレの拠点の住所とホットラインの魔術コードを記してある。

 

「信用しているから渡す。悪用すれば何処まででも追いかけるからな」

 

「顧客情報を漏らすなんてヘマはしないわ。まあ、拷問されちゃったら勘弁してね。出来るだけ頑張るけど」

 

「そのような状況に陥るなと言いたいが、まあ良いだろう」

 

手紙をカリナに投げ渡すとその豊満な胸の間にしまう。隣に居る慎ましい胸を持つシャリエラがカリナを睨みつけている。

 

「それにしても噂は当てにならないわね。全然付き合い良いじゃない。なんでこれではぶられてるの?」

 

「おい、カリナ止せ」

 

「気にするなサイアス、大した事じゃない。カリナ、お前が聞いた噂の中にマントとブローチについての物はあるか?」

 

「ええ、あるわよ。確か、産まれた時から身に付けていてそれで周囲を傷つけたって。あとは子供らしくない子供だったって奴位ね」

 

「その噂、半分は真実だ。オレは産まれた時からマントとブローチを身に付けて産まれ、泣きも暴れもしない赤ん坊だった。それを不気味に思っても仕方ないだろう。殺されなかっただけオレは恵まれている」

 

「それ、本当に恵まれているって言えるの?」

 

「オレは今こうして生きているし、自由だったからな。それすらも出来ん奴は幾らでもいる」

 

「前向きなのか後ろ向きなのか分かり難いわね。それに自由は既に過去形になってるけどそれは良いの?」

 

「真の自由と言う物は存在しない。産まれや性別や能力で区別される以上、義務と制限がある。だが、そこに自由は無いのかと言われればそうでもない。義務を果たせば自分の能力が及ぶ範囲内での自由が与えられる。今回の婚約も家を残さなければならない貴族としての義務だからな。拒否などしないさ」

 

「う〜ん、話せば話す程中身が分からなくなってきたなぁ〜。かなり突っ込んだ話になるけど、ずばり絶対に許せない事は?」

 

「家族を傷つける事、家族を侮辱する事、悪意ある者が家族に近づく事。敵には一切容赦はしない」

 

「う、うわぁ〜、清々しい笑顔。理由さえ知らなければ騙される女の子がいっぱい居そうな位に清々しい笑顔」

 

「オレも初めて見るな」

 

「だが、そこまではっきりと言い切れるのは信頼出来る。オレは、そこまではっきりと言えそうにないな」

 

「私も」

 

「オレも。というかウチは殺す方が大変だからな。まあゼオンなら簡単に殺せるんだろうけどな」

 

「簡単とは言わないが、フェニックスであろうと最上級(シン級)を使えば殺せるだろうな。オレの身体も耐えられないから多少の怪我を負うので使いたくはないがな」

 

最上級(シン級)って上級下位(ディオガ級)の何段階上なんだ?」

 

「二段階上だ。ジガディラス・シン・ザケルガ以外だとオレが全快状態でも一撃、無理をすれば二撃、撃てるかどうかといった物だな。威力はレーティングゲームの会場を崩壊させて余りある威力だ」

 

「ああ、無理そうだな。オレは兄弟の中じゃあ一番不死性が低いから確実に死ぬな。というか誰でも無理そうだ」

 

「ということは、魔王様クラスか、それ以上の攻撃力か。絶対真っ向から喰らいたくないな」

 

「というか年下の子に負けてる私達って」

 

「うるさいな、今は負けてるかもしれないがいずれは勝つぞ!!一度は追いつめてるんだから。それに対策マニュアルも現在有志を集めて製作中だ」

 

「ならばオレも負けない様に増々力を磨かなければな」

 

「これ以上強くなってどうするのよ」

 

「力と金は幾らあっても、あっ、金は溜め込むと経済に悪影響を及ぼすからありすぎると困るか。まあ自分と周りの者を守る為にはあった方が良いだろう?」

 

オレの言葉にちょっとだけ震える三人を見て喋り過ぎたと少し反省する。

 

 

 

 

プライベートに突っ込んだ会話を切り上げて世間話に移る為に結界を解く。基本的に人間界に居るので冥界の話題を聞くのは中々無いので聞きに徹する。まあ、軽い話の方が多いので楽しめている。

 

「新しい番組を立てようとしてるんだけどよ、企画が似た様な物ばかりで困ってるんだけど、何か案は無いか?」

 

「そもそもオレは冥界の事情に疎いんだが」

 

「あ〜、そうだったな。まあ、簡単に言えばニュースとか、過去に偉大な実績を手にした人へのインタビューとか、レーティングゲームの実況とか、式典の生放送とか位しか無い」

 

「なんだそれは?新聞か何かか?半年程人間界に出張してこい。それだけで新しい局が必要になる位の勉強量になるぞ。というか娯楽に関しては人間界が、特に日本が凄いな。あの国は凄いぞ、色んな意味で」

 

「何が凄いの?」

 

「あの国と言うか、あの国の職人は改造とか改良とか魔改造するのが大好きな人種でな。一つ、おもしろい話をしよう。チョコレートを知っているな」

 

「ああ、もちろんだが」

 

「日本で購入する事の出来るチョコレートの中で普通の一般人が良く購入する板チョコ。100円程で購入出来るこのミルクチョコレート、他の国では作る事が出来ない。本場の国や最もチョコレート菓子の最先端を行っている国でもだ」

 

「「「はあ?」」」

 

「ミルクチョコレートに使うミルクの質が他の国では考えられない位の高品質な物をふんだんに使っている所為で他の国では採算が取れないんだ。だが、日本ではそのミルクを高品質だとは思っていない。実際、日本での普通の家庭で飲まれているミルクより品質は高いが、手が出せない程ではない。まあ、食べてもらった方が早いな」

 

孤児院に顔を出した際に配っているお菓子の中から件の赤い包み紙に覆われているミルクチョコレートを収納の魔法陣から引っ張りだして四人に渡す。四人は綺麗に包み紙を外し、銀紙を破ってチョコレートを口にする。

 

「ちょっと甘さがくどい気がするが個人の好みの範疇だな」

 

「私は全然おいしいと思うよ」

 

「多少整形すれば今日の様なパーティーに出ていても問題無いですね」

 

「あ〜、確かに美味いな。100円ってドル計算だとどれ位だ?」

 

「今の為替市場だと1ドル103円だったかな」

 

「この味で1ドルだと買い占めるしかないな。本当に採算が取れてるのか?」

 

「前年比プラス2%で成長中だな。まあ日本は島国だからな。原材料のカカオは輸入するしかないから稀に赤字を出しているみたいだが、基本は黒字だったはずだ」

 

詳しくは覚えてないがそれ位だったはず。あまり細かい所まで聞かれても困る。

 

「それにしてもチョコレートだけでこの拘り様は凄いな」

 

「外から入ってきた食べ物の大半は日本風に改造するからな。ちょっと考えつかない事をする事も多いな。国風もかなり緩い上に伝染しやすい。宗教的に仲の悪いはずの人種が同じ飯屋で相席になっても普通に笑いながら会話していてもおかしくない国だ。それどころかその緩い空気を気に入って改宗する奴らすら居る」

 

「それは、逆に怖いな」

 

「中々面白そうな話をしているね」

 

突如背後から聞き覚えのある声がかかる。

 

「サーゼクス・ルシファー様!?」

 

サイアスが驚いて大声を上げ、カリナと共に臣下の礼を取ろうとする。

 

「お久しぶりです、サーゼクス様。グレイフィア殿もおかわりないようで」

 

そんな中、オレとローウェルは普通に対応する。リアス嬢との婚約が決まってからサーゼクス様はオレによく会いに来る様になり、オレはローウェルの所に良く居た所為だ。

 

「ははは、久しぶりだねローウェル君。あいかわらず魔王府の方にゼオン君とのレーティングゲームの許可を取る為に色々しているそうだね」

 

「ええ。公式のレーティングゲームでなくては逃げ出しますから。少しでもゼオンの手札を曝さないと勝率が低いですから」

 

「だ、そうだけど。ゼオン君はどう思う?」

 

「ローウェルとの試合は、楽しいですが疲れるのでやりたくないんですよ。まあ、最上級に昇格する次のシーズンからなら少しはやっても良いですね。今までより時間は余っていますから。あまり多くは割けないですけどね」

 

「それは無論リーアたんの為だよね」

 

「リーアたん?」

 

「ああ、すまない。愛しの妹のリアスの愛称さ」

 

魔王様が妹をリーアたんと呼ぶのかよと内心で愚痴りながら答える。

 

「ええ、もちろんですよ。それから家族(眷属)の為にも」

 

「うんうん、ちゃんと考えてくれているようだね。考えていなかったら……」

 

全面戦争かな?リアス嬢を溺愛しているのは周知の事実だからな。超越者であるサーゼクス様の力の正体、噂では“滅び”そのものと聞く。たぶん、クリアの真の姿の様に触れる物全てを滅ぼすのだろう。さすがにそんなのとは戦いたくない。シン・ベルワン・バオウ・ザケルガは使い物にならないからな。

 

「さすがにそれは有り得ませんよ。ですが、私は異端児ですからね。愛想を尽かされるかもしれません」

 

「それは努力でどうとでも出来るさ。それにリーアたんにすれば君以上の婚約者を捜す方が難しそうだ」

 

「オレ程度など、捜せば他にも居るでしょう。オレにあるのは力だけです」

 

「自分では気付けないだけさ。少しでも親しい者ならすぐに気付く魅力が君にはあるのさ」

 

オレに魅力がある?駄目だ、全然分からん。そんなオレを見て、周りの皆が苦笑している。というか、出会ったばかりのサイアスとカリナも分かったのか。

 

「これはお互いに苦労しそうだね。だけど、乗り越えた先には真なる絆が生まれる」

 

そう締めくくるサーゼクス様にオレは余計に首を傾げる事になった。

 

「さて、話は変わるけどゼオン君。今回の君とリーアたんとの婚約に反対する者が何人か居る。まあそのほぼ全てがグレモリー家の権力と地位を欲しての事だ。これ以上は言わなくても分かるよね」

 

「レーティングゲームで黙らせろと。構いませんよ、ちょうど新魔法の実験台が欲しかった所です」

 

「話が早くて助かるよ。準備は既に出来ているけど、何か要望はあるかい?」

 

「時間短縮の為に全員をまとめて相手をさせて貰いたいのですが」

 

「ほう、随分強気だね。いつものマントは身に着けていないようだが」

 

「マントに見えないだけで身に付けていますよ」

 

そう言ってネクタイを指差す。そして軽く動かしてみせる。

 

「なるほどね。本当に便利なマントだ」

 

「オレの身体の一部ですからね。自分の身体を置いて何処かに出かけるなど考えられませんね。まあ、それが気に食わない者も居ますが、これを揺りかごに育った者も居ます。こいつはまさにオレそのものです。まあ今回は出番は無いでしょうけどね」

 

「ゼオン、お前の新魔法の名は?」

 

「ディオ・ギコル・ギドルクだ」

 

 

side out

 

 

 

side ローウェル

 

 

グレイフィア殿に連れられて移動するゼオンを見送り、そのままサーゼクス様に連れられてグレモリー家が集っている所に連れて行かれる。サイアスとカリナは逃げようとしたが、何事も慣れだ。無理矢理連れて行くことにする。

 

「そう言えば、先程ゼオン君に新しい魔法の名前を聞いていたみたいだけど何故だい?」

 

「ゼオンが使う魔法の名前にはちゃんとした法則がありますから、それを独自に解析しているのでそれの確認の為です」

 

「へぇ、よく研究しているみたいだね。親友じゃなかったのかい?」

 

「親友でライバルですから。それに対策を立てられると喜ぶんですよ、ゼオンは。力を持て余している様な奴ですから、少しでも自分の力を好き勝手振る舞える相手が大好きなんですよ。まあ、未だに上級下位の魔法の攻略が出来なくて負け続けてますが」

 

「上級下位?」

 

リアス・グレモリー様が疑問を口にする。まあゲームが始まる前の暇つぶしに説明してあげれば良いか。

 

「ゼオンが使う魔法は下級下位から最上級までの10段階に分かれています。私はなんとか中級上位までの魔法に耐えられるだけの耐久力を得ましたが、上級下位の魔法には対策込みでも耐えられないのが現状です」

 

「彼が上級下位の魔法を使う際は事前にレーティングゲーム会場の結界強化の申請が上がってくるからね。強化しなければ会場が持たないんだ。今回はその申請が無いと言う事は最高でも中級上位の魔法しか使わないと言う事さ」

 

サーゼクス様がオレの説明を補足してくれる。と言うか態々申請してたのかよ。

 

「まあ、今回はディオ・ギコル・ギドルクだけで終わるでしょうね」

 

「ちなみに予想ではどんな魔法だい?」

 

「中級上位の氷の鎧と凍気の操作でしょうね。ディオが中級上位、ギコルが氷や凍気の放出、最後のルクの部分は強化系の意味を持っていますから。確か眷属に静の氷の造形魔法使いが居たはずですから、そこから開発したのでしょう」

 

「氷か。これで彼がレーティングゲームで扱う属性は雷、重力に続いて三つ目か」

 

「訓練に使っていた限りでは、岩、炎、風、水、樹、よく分からない鬪気の様な物が2種類ですね」

 

「随分と多彩だね」

 

「ですが、実戦で使える様な物ではないと言ってましたね。魔力の消費が悪すぎるって。いつもムダに余らせているくせに」

 

そんな話をしているとゲームが始まるらしく、パーティー会場に幾つものモニターが浮かび上がる。そしてゲーム説明が終わり、開始と同時にゼオンがディオ・ギコル・ギドルクを発動させる。

 

「あっ、愚弟が凍った」

 

「これは、また、中級上位の魔法の中でもかなり上位に当たるみたいだね」

 

「凄い!!」

 

「これで中級上位とは、噂以上の強さだろう」

 

「対応を間違えてたら危なかったわね」

 

上からオレ、サーゼクス様、リアス・グレモリー様、サイアス、カリナだ。愚弟が参加していたのは知らなかったが、おそらくゼオンを倒した者をリアス・グレモリー様の婚約者にするとでも言われていたのだろうな。フェニックスの不死性を活かしてゼオンを倒そうとして突出していたのが仇となり、一瞬にして炎ごと氷付けにされてしまった。

 

ディオ・ギコル・ギドルクはオレの予想通り、氷の鎧と凍気を操作する魔法であったが、予想以上の威力を見せつける。魔法の発動と同時にゼオンは凍気の渦の中に姿を隠し、未だに姿が完全に見えないがチラチラと氷で出来た鎧が見える。そしてゼオンを中心にゲーム会場が凍り付いていく。愚弟が凍り付いた事で他の選手はゼオンから離れた位置で魔法障壁を張って耐えているが何時まで持つ事やら。

 

そしてゲーム会場が全て凍り付いた所で凍気の放出が弱まり、ゼオンの姿がようやく完全に見えてくる。ゼオンを覆う鎧は龍を模した様なデザインが施されており、氷はかなり圧縮を受けているのか金属の様な光沢を持ち、中のゼオンの姿が見えない。選手達はゼオンの魔力が尽きて凍気が収まったと考えて接近戦を主体とする者達が駆け出す。

 

リアス・グレモリー様もそう御考えられたのでしょうが、オレやサーゼクス様やサイアスはゲームの経験から、カリナは今日会ってからの会話だけで気付く。放出していた凍気は全て鎧を生成する為の余波で、今は全てあの鎧に圧縮されている事に。近づいてくる選手に対してゼオンは軽く右腕を振る。それだけで7人の選手が愚弟と同じ様に凍り付く。まだ凍っていない選手が驚き、距離を離そうにも足下の氷で滑り、次々と凍っていく。

 

次にゼオンは氷の上を滑りながら後衛に近づく。うん、近づいていくんじゃなくて近づく。相手選手が気付いた時には背後に立っていて一瞬にして凍らせてしまった。数分後には氷付けで窒息と判定されて選手達が退場になり、氷の世界の王が一人佇むだけとなった。そしてその王がこちらに向かってかかって来いとばかりに腕を振る。

 

「サーゼクス様、オレもあそこに送って貰えますか」

 

「おや、君も行くのかい?」

 

「そりゃあ、親友兼ライバルとしては挑発には乗るしかないですね。サイアスも一緒にどうだ?」

 

「さすがにあの凍気には耐えられそうにないからパスだな」

 

「そうか。なら、一人で行くか」

 

サーゼクス様に送って貰い、全身に炎を纏う。それでも冷気を感じる程にディオ・ギコル・ギドルクの凍気は凄まじい物だ。

 

「良く来たな、ローウェル」

 

「当たり前だ。お前と戦えるチャンスを見逃す訳にはいかないな」

 

お互いに構えを取る。そして同時に踏み込む。オレの拳は鎧の顔面を、ゼオンの拳はオレの左腕を殴り飛ばす。互いに吹き飛ばされ、鎧の顔面は罅割れ、オレは殴った右腕と殴られた左腕は凍り始める。素早く切り落として再生すると、鎧の方もすぐに戻っていた。

 

「良い一撃だ。凍らせるのもかなり難しいようだ」

 

「愚弟よりも火力だけはあると自負しているからな」

 

「なら、凍気のギアを一つあげるとしよう」

 

「へっ?」

 

その言葉と共に凍気が更に強くなった。と言うか寒い。

 

「さあ、第二ラウンドだ」

 

ふ、ふはは、ああ、今回も駄目か。まあ、対策も一切用意してなかったから仕方ない。今度はちゃんと準備してくる。とりあえず今回は玉砕するか。

 

「負けてたまるかあああああああ!!」

 

最大火力を身に纏い、ゼオンに突撃する。

 

 

side ローウェル  完

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人間社会的にDEAD or DIE

最近、タイトルを考えるのが面倒になってきた。


 

 

「やあ、リアス。久しぶりだな」

 

「いらっしゃいゼオン。言われた通り動きやすい服を着たけど、今日は何を見せてくれるの?」

 

リアスとの付き合いが1年程になると互いに婚約の事を意識せずに接する事が出来る様になっている。月に2、3度グレモリー家にお邪魔して色々と人間界で見つけた珍しい物や人間の魔術、妖怪達の話やオレの眷属の話をしてきた。リアスはいつもそれを楽しそうに聞いたりしてくれるので話すこちら側も実に楽しかった。

 

リアスはリアスで最近は、家庭教師に習っている事や先日生まれたばかりの甥であるミリキャス様の話や悪魔の魔法とオレが話した人間の扱う魔術を自分なりに考察して質問してきたり、オレの魔法の使い方を聞こうとして来たりする。

 

オレの魔法の使い方は独特なので変な癖が付くとまずいと思い詳しくは説明せずに軽くだけだが教えたのだが、あまり上手く扱えていないようだ。

 

「今日は新しく使い魔を得てな、そいつの紹介だ。来い、シュナイダー」

 

オレの隣に姿を現すのは体長60cm程の二足歩行する馬だ。

 

「馬?」

 

「詳しい種族は使い魔マスターのザトゥージにも分からないそうだが、魔術を使える馬だそうだ。二足歩行も出来るが、普通に四足で走る方が速いな。こちらの言葉を理解する事が出来る位の知能はある。そして鳴き声がな、まあ、特殊だ」

 

最後の方だけ少し言葉を濁しながら説明する。

 

「鳴き声が特殊?」

 

「まあな。シュナイダー、オレの婚約者だ。挨拶しろ」

 

「メルメルメ~」

 

「ぶっ」

 

シュナイダーの鳴き声を聞いてリアスが噴く。

 

「聞いての通り、羊の鳴き声だ」

 

「これは、ちょっと予想外だったわ」

 

「それとシュナイダーはもう少し特殊でな。オレの魔法を理解して使える。シュナイダー、シュドルク!!」

 

「メルメルメー!!」

 

二足歩行から四足歩行の体勢になり、身体が二周り程大きくなりながら体毛が鎧に変化していく。

 

「すごいだろう?オレでもここまで肉体を変化させる事は出来ない。代わりにシュナイダーはこのような肉体変化・肉体強化の魔法しか使えないだろうがな。まあ訓練次第ではディオ・ギコル・ギドルクの様なのも使えるだろうな」

 

「……もしかして最近来れなかったのって」

 

「シュナイダーも最初から扱えた訳では無い。魔法を暴走させて死にそうになった事もある。だから安定して使える様になるまでは傍で見てやる必要があったからな。それに素の身体も鍛えないと肉体変化や肉体強化は負担がかかるからな。まあ、おかげで下級下位のシュドルク位なら問題無い程度に鍛えれた。だから、今日は少し遠乗りでもしようと思ってな」

 

返事を聞く前にリアスを抱き上げてシュナイダーに乗せ、その後ろにオレも乗る。

 

「何かリクエストはあるか、リアス?」

 

「なら、全力で走ってみて。炎駒は危ないからってあまり速く走ってくれないの」

 

「それ位ならお易い御用だ。シュナイダー、お前の力を見せてやれ」

 

「メル!!」

 

シュナイダーが駆け出し始め、徐々にそのスピードを上げていく。ふむ、積載量が100kg程で時速140kmか。シュナイダーはまだ2歳だから素の身体を鍛えればまだまだ伸びるはずだな。と言うかオレが素で走った方が速いな。リアスは速い速いとはしゃいでいるが、これが一般的なんだろうな。

 

しばらくシュナイダーを走らせると湖の傍に手が入っていない様に見えて、手が入っていないと維持出来ないような場所が見えてきた。以前リアスに聞いた事がある場所で間違いないだろう。

 

「ほう、聞いていた以上に綺麗な場所だな」

 

「そうでしょ。小さい頃はよくお兄様に連れてきてもらったの」

 

魔王の仕事が忙しいだろうに抜け出して妹と遊んでいたんだな。オレもガッシュと遊んでやりたいんだが親父達があまり会わそうとさせない。それでも親父達の眷属の警備をくぐり抜けてガッシュと会ったりはしている。まあ、まだ1歳の赤ん坊だからな。精々が抱き上げたりするだけしかしてやれない。おっと、今は関係なかったな。

 

シュナイダーに止まる様に指示を出してリアスと共にシュナイダーから降りる。そのまま歩いて湖まで近づいて水を掬ってみる。掬った水に物質調査の魔法をかけて調べてみると生物にとってかなり住みやすい状態の水である事が分かる。ちょっと感覚を広げてみればかなりの生物がこの湖を住処にしているようだ。

 

「何か面白い物でも見つけたの?」

 

「いや、詳しく調べるには湖に潜らないといけないからな。まあ、暇つぶしに釣ってみるか」

 

転移で倉庫の中から釣り竿を引っ張りだす。先端には錘と針だけがついているそれを湖に投げ込み、気配を頼りに竿を操り、何かに引っ掛ける。それを無理矢理力づくで引き上げる。って、おい。

 

「水質的には居てもおかしくないが、なんで鮭が釣れるんだよ」

 

針を外して釣り上げた鮭をリリースする。いや、リリースして良かったのか?明らかに生態系がおかしい気がするのだが。

 

「ねえねえ、私もやってみたいんだけど」

 

「構わないが、少し場所を変えよう。シュナイダー、しばらくは自由にしていていいぞ」

 

シュナイダーを解放してリアスと共に木陰になっている場所まで移動して小さなイスと釣り竿を用意して並んで糸を垂らす。今度は先程の様に竿を操る事もせずに、ただ糸を垂らすだけだ。無論、餌として疑似餌は付けてある。それだけだ。ポイントを気にしたりする事も無く、ただ糸を垂らしているだけなのだが、この湖の魚はスレていないらしく簡単に釣れてくれる。のんびりとする為に釣りでもと思ったのだがな。まあ、リアスが喜んでいるから良いか。

 

「ねぇ、ゼオン」

 

「どうした、リアス?」

 

14匹目を釣り上げた所でリアスが声をかけてきた。

 

「私ね、小さい頃から、グレモリー家の次期当主っていうのを自覚してから色々と我慢が必要だなってことは理解してた。特に結婚相手なんてそう。家を残す為に、望まない結婚なんて当たり前だって」

 

「そうか」

 

「だけど、ゼオンの婚約者に成れたのは嬉しいわ。ゼオンは、私を見てくれるから。グレモリー家の次期当主じゃなくて、リアス・グレモリー個人を」

 

「名だけを見て個人を見ないのは失礼な事だからな。まあ、オレは幼い頃から好き勝手生きてきたからな。普通の貴族の考え方とかと外れていてもおかしくない。それを受け入れてくれるリアスの存在はオレにとっても嬉しい事だ」

 

針から人間界では見たことのない魚を外してリリースする。食えるかどうか分からないからな。

 

「……噂で聞いたの。ゼオンは私との婚約を嫌がっているって。私はそんな事ないって思う。こうやって二人きりの時は笑顔を見せてくれるし、私と居るときは楽しそうにしてるってグレイフィアも言ってくれる。だけど、不安になるの。ゼオンが友人だと紹介した人以外、皆がゼオンを貶めようとしているのが」

 

そうか。今まではっきりと言葉で伝えた事がなかったからな。不安にさせてしまったか。

 

「……オレは、冥界で暮らしている時間より人間界で暮らしている時間の方が長い。その所為か人間の価値観に近い価値観を持っている。その価値観の中にロリコンと言う性癖と勘違いされる物があってな。ハッキリ言ってしまえば幼女趣味だな。人間で言えば19歳と11歳では確実にロリコン扱いでな、その事に関してローウェルに相談した事をねじ曲げて噂にしているのだろう。オレの敵は多いからな」

 

「じゃあ、あの噂は」

 

「過去形だ。ローウェルに相談した時点でな。それに嫌ならパーティー以外で顔を見せに来ると思うか?」

 

「それでもやっぱり言葉と行動で示して欲しいの」

 

そう言ってリアスは目を瞑る。これは、つまりアレをしろと言う事か?しかも言葉も付けて。あまり得意ではないのだがな。

 

「オレはお前の事が好きだ、リアス」

 

リアスを抱き寄せて軽く合わせるだけのキスを交わす。

 

「私もよ、ゼオン」

 

今度はリアスの方からキスをする。オレがした物よりも深く、長く。

 

「もの凄くドキドキしているのが自分でも分かるわ」

 

そう言って顔を隠す為にオレに抱きついてくるのだが、逆にオレは落ち着けた。よく黒歌や白音が抱きついて来るし、屋敷や孤児院の子供も抱きついて来るからな。しばらくの間リアスの好きにさせながら髪を梳いてやる。うむ、平和だな。

 




次回は眷属の紹介とかかな。そろそろ木場君達を出さないと(使命感)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特訓(拷問)って、いい響きだ

 

なぜ、こうなったんだ?目の前で黒歌とリアスが互いに敵意をむき出しにして睨み合っている。白音は怖いのかオレの後ろに隠れて、ハムリオは離れた所でにやにやして、グレイは首を傾げている。あと、服をちゃんと着ろ。

 

「はじめまして。私はリアス・グレモリー、ゼオンの婚約者よ」

 

リアスが婚約者を強調して自己紹介を行う。

 

「はじめまして。私は塔城黒歌、ゼオンの眷属でランクは僧侶。ゼオンとは昔から一緒に暮らしてるにゃ」

 

今度は黒歌が一緒に暮らしているというのを強調しながら自己紹介を行う。

 

「ふふふ、これはちょっと話し合わないといけないみたいね、黒歌」

 

「そうね、ちょっと詳しくお話しないとね」

 

「こっちよ、ついてきなさい」

 

そのまま二人で何処かに行ってしまう。おいおい、自分の眷属の紹介を忘れるなよ。呆れて溜息をつくとリアスの眷属の二人がビクッと反応する。

 

なぜ、こんなことになったのか説明しよう。リアスが学園に入学して1年。リアスは優秀な成績を収め、一定期間ごとにレポートの提出を行うことで授業の免除と悪魔の駒を得られる権利を得た。オレの時はレポートすらなかったがこれは普通の事らしい。リアスに教えて貰って初めて知ったがな。

 

そして悪魔の駒を貰ったリアスは早々に女王と騎士を眷属にしたと連絡して来たので互いの眷属を紹介する事になったのだ。そしてグレモリーの屋敷に向かい、冒頭に相成った。

 

「はぁ、仕切り直すぞ。初めましてだ、リアスの眷属よ。オレはゼオン・ベル、リアスの婚約者だ。この娘は塔城白音、先程リアスと一緒に出て行った黒歌の妹だ。そっちのシルバーを大量に付けているのが銀術士のハムリオ・ムジカで、服を脱いでいるのが静の氷の造形魔導士グレイ・フルバスターだ。グレイ、お前は服を着ろ」

 

「おっと、いつもの癖で」

 

脱いでいた服を着直しているグレイは放っておく。

 

「それで、君は」

 

「あ、あの、は、はははははじめまして、姫島朱乃です。リ、リアスのクイーンをやってます!!」

 

ガチガチに固まってまともに話せていない姫島を見て苦笑する。

 

「そう緊張するな。普段通りで構わん。グレモリー家に婿入りすれば眷属も家族として扱われる。リアスの眷属なら、オレの家族と言っても構わんだろう。気軽に接してくれて構わんぞ」

 

「いいえ、冥界最強と名高い“雷帝”ゼオン様に気軽になんて出来ませんわ!!」

 

「ふむ、ならば命令だ。普通に接しろ。オレは敬われたりするような者ではない。ただ、自分の持っている力を振るっていたら冥界最強なんて言われ始めただけだ。オレ自身、望んで得た名声ではない」

 

「……分かりました。改めてよろしくお願いいたします」

 

「ああ、リアスを支えてやってくれ。ああ見えて結構寂しがり屋だからな」

 

「ふふ、はい」

 

「それからそっちは」

 

「……木場祐斗です」

 

ふむ、その濁った目、良く知っている目だな。

 

「失礼を承知で聞くが、復讐をするつもりだな?」

 

「っ!?貴方も否定するつもりですか!!」

 

「いや、オレは復讐には賛成だ。誰に対して復讐するのかは知らないが、復讐を遂げないと先に進めないのだろう。ならば復讐を遂げるしかない。復讐は何も生まないなどと綺麗ごとを言えるのは何も失った事がないからだ。そんな薄っぺらい言葉で動かされるのなら最初から復讐をしようなどと思わないさ」

 

「そうですか」

 

「だが、復讐にもそれなりの美学とマナーが存在するとオレは考えている。木場祐斗、お前がオレの考えと同じなら力を貸してやろう。伝手は色々とあるからな、復讐の機会を用意してやる事も出来るぞ」

 

「……美学と、マナーだと、巫山戯るな!!」

 

木場祐斗の手に何処からとも無く魔剣が現れ、それをオレに向かって振るう。魔力の感じから炎系統の魔剣だろうな。右手の親指と人差し指に氷の魔力を集中させて魔剣を掴み取る。

 

「巫山戯てなどいない。もしオレに復讐の機会が訪れたのなら、オレはその美学とマナーを守った上で復讐を行う。ハムリオもグレイも納得した上で復讐を行おうとしている」

 

「さっきの言葉を返させてもらうよ、そんな薄っぺらい言葉で僕を動かせると思うな!!」

 

「ならば実力行使だ。グラビレイ」

 

5倍程の重力を木場にかけて這いつくばらせる。少し頭を冷やさなければこちらの話を聞かないだろうからな。さて、どうやって頭を冷やさせるか。いや、逆にここは一度完全に頭に血を上らせてから意識を奪って強制的に落ち着かせた方が良いか?いや、このまま怒りをオレに向けさせて鍛えてから少しずつ思考を冷静な方にズラしていった方が良いか?

 

「復讐の相手が誰なのかは知らないが、この程度でどうしようもなくなるのなら力不足だ、諦めろ」

 

「う、る、さい!!僕は、こんな、所で、立ち止まる、訳には」

 

「なら立ち上がれるだけの力を見せてみろ。さあ、怒りを力に変えて、目の前の邪魔者を排除してみろ!!」

 

「うがあああああああああ!!」

 

木場の魔力が高まり、部屋中に広がっていく。おいおい、見境無しか。素早くマントを広げて木場以外の全員を空中に避難させる。次の瞬間、部屋中に魔剣が生成される。これが神器“魔剣創造”か。話には聞いた事があるが、創造魔法の元になった物にしては雑だな。適当に一本引き抜いて調べてみるがグレイが造形魔法で作る氷の剣の方が強力だな。

 

「弱いな。力の振るい方も知らないのか。この程度では雑魚しか殺せんぞ。創造系の基本を抑えられていないようだな。宝の持ち腐れだ。ソルド・ザケルガ!!」

 

グラビレイを解除してソルド・ザケルガを握る。

 

「来い、格の違いを教えてやる」

 

「うわあああああああ!!」

 

グラビレイから解放された木場は魔剣を引き抜き斬り掛かってくる。オレはそれに対してソルド・ザケルガを盾の様に構える。そして魔剣がソルド・ザケルガに触れた瞬間、木場の持つ魔剣が粉々に砕け散る。

 

「なっ!?」

 

「所詮、お前はその程度だ。身の程を弁えろ。ザケル!!」

 

威力を出来るだけ抑えて、身体が麻痺する様に調整したザケルを叩き込んで這いつくばらせる。そして、その頭を踏みつける。

 

「オレの復讐の美学とマナー、それは返り討ちと相討ちは許さん、そして復讐の対象を見誤るな。それだけだ。返り討ちはもっての他なのは分かるな。相討ちを許さないのは結果を最後まで見届けれるか分からんからな。ギリギリの所で助かるかもしれん。確実に仇を取った後で、死にたいと言うのなら止めはしない。最後、復讐の相手を見誤って関係の無い者、薄い者を手にかけるのならただの殺人鬼だ。復讐もクソもない。ただのゴミだ。ゴミはゴミ箱が基本だろう。分かったなら返事をしろ」

 

「黙れ!!」

 

「ふぅ、ザケル!!」

 

今度は少し強めのザケルを食らわせて意識を飛ばす。

 

「ハムリオ、グレイ、お前達の習熟度を見るついでだ。現地に向かってから言う物を作り上げろ」

 

「はいよ。まあ、大体想像はつくけどな」

 

「細かいレイアウトは好きにさせろよ」

 

「それ位は良いだろう。姫島、白音の事を任せても良いか?それから木場を預かるとリアスにも伝えておいてくれ。少し時間がかかるが、戻ってはくる」

 

「はい、分かりました」

 

気絶している木場を担ぎ上げて姫島と白音をマントから降ろして転移する。場所はグレイが修行を行っている未開地の雪山だ。そこに三人掛かりで強固な牢屋を形成する。壁には装飾に見せかけて監視用の魔法陣と最低限の生命維持を行う魔法陣を隠しておく。そして牢屋の中に木場を放り込んで、毛布と二日分の携帯食料を牢屋の隅において、ハムリオが銀の足枷を、グレイが氷の手枷を嵌める。そして魔法陣とは別に監視用の式髪を牢屋の外に配置して完成だ。所要時間4時間弱にしては十分だろう。

 

「監視は半日交代で補修作業を並行して行う様にするぞ」

 

「抜け出させる気無しかよ」

 

「もう少し聞き分けが良いのなら、ロン・ベルクを紹介するのだがな。今は自前の魔剣だけで鍛えれるだけ鍛えるしかないな。一定ラインの魔剣が精製出来るまで閉じ込めるぞ」

 

「「了解」」

 

さて、出てくるまで何日かかるかな?

 

 

 

 

side 木場祐斗

 

 

目が覚めると、僕は牢屋に入れられていた。記憶を掘り起こして見ると“雷帝”にやられたのを思い出す。腕には氷の、足には銀の枷が嵌められている。牢屋も氷と銀で作られている。

 

「くっ、こんな物」

 

炎の魔剣を床に突き刺さった状態で作り出して、床に刺さる事無く魔剣が倒れる。

 

「なっ!?」

 

炎の魔剣が高熱を放っていると言うのに、周りの氷は溶け出す気配がない。それでも手枷を融かす為に這いつくばりながら転がっている魔剣の傍まで移動する。炎の魔剣を足で挟み、氷の手枷を押し付ける。しかし、床の氷と同じ様に融け出す気配が全く無い。魔剣に魔力を全力で流し込む事でようやく少しずつ融け出していく。だが、その速度は遅く、半分程融かした所で魔力が切れ、意識を失う。

 

再び意識を取り戻したとき、辺りは暗くなっていた。分厚い氷の壁は僅かな月や星の光を遮り完全な闇を形成している。寒さで身体も動かし辛い。炎の魔剣も魔力を失い、冷えついている。魔剣に再び魔力を流し込み、熱を得る。身体を動かせる様になってようやく空腹に気が付く。悪魔は人間と違って色々と頑丈だから数日は持つはずだが、氷の手枷だけでこの状況だ。餓死する可能性が頭を過る。

 

そこまできてやっと牢屋をちゃんと見渡し、毛布と携帯食料を見つけた。携帯食料は二日分だが、無いよりはマシだ。半日分を口にして毛布に包まり魔剣を抱えたまま眠りに着く。意識を失ったのでは魔力の回復が悪い。ちゃんとした休息を取りながら限界を見極めて魔力を魔剣に注がなければならない。

 

休息を終えてから再び炎の魔剣に魔力を流し込み半日かけて氷の手枷から解放される。融かした氷から僅かな水分を取り、再び休息を取る。次は銀の足枷をどうにかしなければならない。

 

再び休息を終えた僕は新たな魔剣を産み出す。この銀の足枷も氷の手枷の様に頑丈だと考えて、何の属性も持たせずに刃がノコギリ状になっている剣を作り出す。予想通り、銀の足枷もかなり頑丈である。それでも微かに削れているので諦めずに削り続ける。剣の方が摩耗すればまた新しく作り直して削り続ける。こちらも一日かかったが何とか壊す事が出来た。携帯食料を半日分を口にして再び休息を取る。ようやく本題に取り掛かれる。

 

牢屋の檻は芯に銀を通し、氷で肉付けされている。僕に施されていた枷よりは脆いようだけど、やはり時間がかかりそうだ。とりあえず壊す部分を決めて氷を融かしていく。慣れてきたのか氷が融ける時間が短くなっている気がする。とりあえず魔力をギリギリまで使って融かせる分だけ融かしておく。魔力が切れれば再び休息を取る。

 

そして、目が覚めると融けていた氷が元に戻っていた。

 

「馬鹿な!?誰も傍には来ていないのに。遠距離からでも氷を操れるのか!?」

 

あの雷帝が眷属にするだけの事はある。そして僕を力不足だと言う理由も。僕にはここまでの精度も強度も出す事は出来ない。だけど、諦めるわけにはいかないんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

枷を外してから何日経ったのだろうか?少なくとも一週間は経ったはずだ。携帯食料はとっくの昔に食べ尽くしていたけど、ぎりぎり死なない程度の活力が漲っている。だけど、精神的にも肉体的にも限界の僕は僅かしか回復しない魔力を暖を取るためにしか使う事が出来ない。

 

牢屋の檻は氷も銀も壊しても速ければ壊した目の前で、遅くとも半日程で元に戻ってしまう。日が経つにつれて氷を融かす速度も、銀を削る速度も上がってはいったけど、丸一日使っても僕が出れるだけの穴を開けるのは不可能だった。

 

僕は、ここで終わるのだろうか?仇も討てず、上から力づくで押さえつけられて。

嫌だ。

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!

 

まだ死にたくない。折角皆が助けてくれたのに。皆がくれた命なのに。こんな所で死ねない。死にたくない。生きたい!!

 

僕の中で、ズレていた歯車ががっちりと挟まった気がした。それと同時に僕の周囲に炎でその身体を構成した人の様な者達が同じく炎で出来た剣やノコギリの様な物を持って現れる。ああ、なるほど、これが

 

「禁手化か」

 

理解すると同時にその炎に命令を下す。

 

「やれ!!」

 

命令と同時に炎が牢屋の檻を少しの時間をかけて焼き切る。牢屋から通路に出た時に、銀色の何かを見た気がするけど気のせいだろう。そのまま通路を歩いた先には一面を覆う雪の白と空の蒼しか存在していなかった。

 

「ここは」

 

「ここは冥界で開発されている最南端の街から更に500km程離れた麓から山頂までが永久凍土に覆われた山で、オレが育った山だ」

 

声が聞こえた方に振り返るとパンツ一枚の姿のグレイ・フルバスターが居た。

 

「とりあえず、牢から出られた事を祝福しよう。少しは強くなれたようだ。だが、ゼオンはそれだけでは敵討ちを許しはしない」

 

「……関係ない」

 

炎の戦士達がグレイに襲いかかる。それを見てグレイは両手を合わせながら魔力を練り上げる。

 

「アイスメイク、氷欠泉(アイスゲイザー)!!」

 

炎の戦士達の足下から氷が間欠泉の様に吹き出して炎の戦士達を氷像にしてしまう。

 

「くっ、まだだ、ここで立ち止まる訳にはいかない!!」

 

魔剣想像(ソード・バース)の禁手に魔力を注ぎ込み、新たな戦士達を産み出す。

 

「止めておけ。今のお前の体力と魔力じゃあ、結果は変わらない。それよりもすぐに牢に戻れ。このままだと死ぬ事になるぞ。あそこには生きるのに必要な最低限の力を与える結界が張ってある。3週間も飲み食いせずに生きていられたのはそのおかげだ。だが、今激しく動けばたちまち力尽きる事になる。だから」

 

「その必要は無い」

 

山頂方面から全身に炎と鎧を纏った角の生えた馬に跨がったゼオンがやってくる。

 

「受け取れ」

 

ゼオンが投げ渡してきた小ビンを受け取る。

 

「フェニックスの涙だ。飲むなり浴びるなりすれば体力も魔力も完全に回復させれる物だ。この3週間の間に色々と調べ回る時間はあったからな。お前が復讐を完遂出来るのか、採点してやろう」

 

「その上から目線が気に食わないんだよおおおおおお!!!!」

 

フェニックスの涙を飲み干して炎の戦士達を大量に産み出し、僕自身も魔剣を手にゼオンに突撃する。ゼオンはそんな僕らを見もせずに山頂方面に手を向ける。

 

「テオラドム」

 

ゼオンが放った魔法は山頂付近で大規模な爆発を起こし、雪崩が起きる。

 

「馬鹿野郎!!最初にやるって言えよ!!」

 

グレイは魔法で氷の板を産み出して、それに乗って滑り出す。

 

「駆けろ、シュナイダー!!」

 

「メルメルメー!!」

 

ゼオンも跨がっている馬に命じて斜面を駆け下りていく。そして僕と戦士達はあっけなく雪崩に飲み込まれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、豪華な部屋にある天蓋付きのベッドに寝かされていた。

 

「目が覚めたようだな」

 

ベッドの隣には人形の様な何かが立ち、良く知る声で話しかけてきた。

 

「ゼオン」

 

「お前の事は調べさせてもらった。そしてお前の復讐に関わってきそうな聖剣の事もだ。あれは悪魔にとって天災の様な物だ。傍にいるだけで身を削られる。まともに食らえば即死だ。それを理解しろ。お前はもう悪魔なのだからな」

 

「天災だから諦めろと言うのか?巫山戯るな!!僕は絶対に諦めない」

 

「ああ、それで良い。むしろ本物の天災ならともかく、聖剣程度で諦めるな」

 

復讐を諦めさせられると思っていた僕はその言葉に唖然とした。

 

「もう一度言おう。聖剣程度で諦めるな。本物の天災なら復讐の対象は居ないが聖剣は人為的な天災だ。聖剣は恐ろしいが、打ち勝てない訳では無い。実際に粉々に壊されているしな。だが、今のお前では無理だ。この3週間で十分強くはなったが、まだ足りない。お前はまだまだ強くなれる。その為の師を紹介してやらない事もない。さあ、どうする?」

 

「強く、なれるのかい?」

 

「ああ、もちろんだ。お前はまだ原石の状態だ。磨けば、聖剣以上の輝きを放つだろう。だが対価は必要だ」

 

「僕に出来る事なら、命以外なら何でも払う」

 

「安心しろ。オレはそれほど対価を求めはしない。対価は簡単だ。復讐はオレが認めるまで許可しない。それと復讐が終わっても自分の命を粗末に扱おうとするな。リアスが悲しむからな」

 

「それは、大丈夫。僕だけが助かって皆には悪いとは思う。だけど、生きていたいって思ったから」

 

「そうか。なら、復讐の相手だけはしっかりと見据えていろ。オレからは以上だ。1週間後、お前の師となる男の元に連れて行ってやる。それまではゆっくりと身体を休めていろ」

 

「一つだけ聞かせて、なんでグレイとハムリオの氷と銀はあんなに硬いんだ?」

 

「簡単だ。オレもグレイもハムリオも、己の武器である物を深く理解しているからだ。雷とは、氷とは、銀とは、一体どう言う物なのかを理論的に感覚的にしっかりと理解しているからだ。鳥が親に教えられずとも翼を使って空を飛べる様に、オレ達は己の武器を身体の一部同然に扱う事が出来る。創造系の魔導士の基本だな。お前の魔剣創造も炎に特化してしまったようだが、以前よりも強力になっている。お前が炎とはどんな物なのかを感覚的に理解を深めたからだ」

 

まあ、ずっと傍にあったからね。理解は深まるよ、絶対に。

 

「だからお前の師には冥界一の刀匠ロン・ベルクを紹介する。奴は超一流の剣士であったが、己の力を全力で振るえる武器に恵まれず、自分で作る事を決めた男だ。その男の元で剣とは何なのかを理解すると良い。ついでに多少の剣技も教われば良い」

 

「ついでって」

 

「剣技なんて物は自分で磨く物だ。何処かの誰かに弟子入りしてどうする。同じ流派であろうと似ているだけで個人ごとに差は出る。それに最終的には同じ目的に達する。すなわち、斬りたいものを斬る。それだけだ。戦士とはそう言う物だ」

 

極論過ぎると思うんだけど今は気にしないでおこう。なにより、身体が休息を求めてる。

 

「ふむ、疲れているようだな。今日の所はここまでにしておこう。本体もこちらに意識を割き辛くなっている様なのでな」

 

そう言うと同時に目の前の人形らしき物が消え去る。そして僕の意識はまた闇に飲まれる。

 

 

side out

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

使い魔の森ってかなり広いんだな

木場をロン・ベルクに預けてから2年程の時間が流れた。その間に色々な事があった。本当に色々な事が。軽い出来事から話そう。

 

まずは、眷属が4名増えた。騎士としてレイフォン・アルセイフと桜咲刹那、兵士として犬上小太郎、そして変異の駒を使用した僧侶の桃地美雪だ。全員、オレが人間界で運営している孤児院の子供だ。他のハーフの子供達よりも事情が事情な為に眷属にして保護している形だ。特に美雪は危険もある為に常に傍に置いている。

 

美雪は神器持ちだったのだが、所有していた神器が未確認の上に神滅具に数えられても不思議ではない代物だった。美雪はそれに“リィンロッド”と名付けていたが、能力はかわいらしくもない。その能力は所有者を守る自動防御障壁機能と浮遊能力、そして想像を創造する能力、簡単に言えばどんな物でも作り出す事が出来る創造系の頂点に位置する代物だ。

 

神滅具の中にはイメージ通りの生き物を産み出せる魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)があるが、リィンロッドはその上位に当たる。イメージさえすればどんな物でも産み出せるのだから。

 

そして美雪は幼い頃から色々な神話の本を読んで育ってきたらしく、神話の武器の大半を産み出したり、神獣や魔獣を使役する事が出来る。正直に言えばオレですら手に余る。だが、美雪はその力を無闇に振りまく様な子ではない。両親を失った悲しみから逃れれるはずの力を振るう事なく、オレの孤児院にやってきたのだ。そしてオレの力を感じ取って正直にリィンロッドの事を話してきたのだ。

 

まあオレが存命する限り、リィンロッドを使う様な自体にはならないだろうと眷属にして保護する事にしたのだ。現在は小学校に通っている。

 

 

 

 

桜咲刹那と犬上小太郎は妖怪と人間のハーフで共に親を亡くし、行き場が無いと聞いてオレが保護した部類だ。昨今、妖怪と人間のハーフは決して少ないとは言わないが、それでも少数派であり、ハーフ同士でつるんだりするのが多いのだが、刹那は忌み子として扱われるアルビノ種であり、小太郎は先祖帰りと言えば良いのか妖怪の世界の歴史に名を連ねる大妖怪の血が色濃く現れている所為で、居場所を追い出されてしまったのを例の不良退魔師が拾ってオレに押し付けたのだ。

 

引き渡された当初は威嚇されて、暴れられと大変だったが、そこは根気よく付き合って不信感を解いて、少しずつ周りの孤児達とも馴れさせてと動物相手な感じだった。今はもう普通に笑える様になっている。苦労したけどな。うん、苦労した。二人にかかり切りになった為にあまり構ってやれなかった所為でへそを曲げたリアスと黒歌の機嫌を取るのに……

 

女心を男に理解しろと言うのは無理だと思う。女心と秋の空とは良く言った物だ。黒歌との関係が変化したから余計にそう思う。それについては後ほど説明しよう。

 

刹那と小太郎は妖怪屋敷の主(ぬらりひょんと人間のハーフ)経由で一人でも生きていける様に師を見つけて現在修行中だ。むろん、学校にも通わせている。どちらの世界でも生きていける様にな。

 

 

 

 

レイフォン・アルセイフは人間にしては異常な程の鬪気を身に秘め、そして目が良かった。言葉にすれば単純だ。物を見る目がしっかりし過ぎている。そして柔軟に動ける身体と、通常では考えられない力を発揮出来る鬪気が合わさり、幼さからくる暴力で幼なじみの少女を殺しかけた。その少女が砕ける瞬間もしっかりと目に焼き付けて。

 

初めて会った時は死人だった。死んではいないが生きてもいない。孤児院を管理する職員以外誰も近づこうとせず、その目には恐怖が宿っていた。レイフォンが少女を壊した事を皆が知っていた。だから次は自分ではないかと恐怖する。

 

オレはレイフォンに枷を与えた。壊した少女の世話をさせる事にした。どれだけ拒絶され様とも逃げる事も諦める事も許さずに。レイフォンは少女の世話を続けていくうちに生傷を増やしていった。少女に傷つけられているのだろうがそれで少しでも互いの気が晴れるのならそうするべきだとオレは思っている。

 

その事をリアスと黒歌と白音に知られてちゃんと仲直りさせろと怒られて色々と策を考える羽目になった。考えた結果、吊り橋効果を狙った策しかないと思い、即日決行……の様な真似はせず、ある程度の時期を見計らう。その間に外部協力者を集めて色々と工作を行う日々やレーティングゲームの大会が重なり、またもやリアス達をかまえずにへそを曲げられて機嫌をとろうとしたのだが、シスコンに襲撃され、後に関係者から『義兄弟戦乱』と呼ばれる事件にまで発展することになる。なお、この事件中と解決後1週間は魔王府は完全に業務が停止することになり、各地で混乱が広がった事を明記しておく。ついでに何名かのランキング上位者も重傷を負い、ランキングに影響が出たそうだ。

 

ようやく『義兄弟戦乱』の傷が癒えた頃に、レイフォンと少女の関係を動かすのに最適とまでは言わないが、生傷を増やし続けていた時期よりは良いと判断出来る状態にまで変化していた。少女もレイフォンを傷つけるのに飽きたのか何もしない事にしたのだ。生きる為に世話はされるがそれだけ。あとは、レイフォン次第で少しはまともな方に関係が変わるはずだ。

 

少女は冥界の病院に入院している。でなければ死んでいたか、生きていたとしても一生ベッドから動けない様な怪我を負っていたからだ。そして、その病院は森に囲まれている。貴族がお忍びで通ったり、入院する為だ。なので金さえ積めばちょっと無理が利かせられる。

 

ちょっといつもの散歩コースが手入れの為に使えないから周囲の森の中にあるルートを使わせるのなんてお手の物だ。少女は未だに車いすがなければ移動も出来ない。無論、レイフォンが押しているのだ。その森の奥深くでオレはザトゥージに協力して貰って捕獲した魔獣を操る術の準備をしていた。用意した魔獣は陸の王者ベヒーモスの幼体。

 

幼体とは言っても5tトラックと変わりない大きさを誇る。これぐらいの魔獣を用意しなければレイフォンを追い込む事が出来ないのだ。それだけレイフォンの鬪気は凄まじい。その為に親であったキングベヒーモスと殺りあうはめになったが、問題は無い。シスコンに比べれば全然問題無い。

 

予定していたポイントまでやってきた二人にオレはベヒーモスを嗾ける。実験は『義兄弟戦乱』の折りに試しているので練習済みである。ベヒーモスと向かい合った二人は硬直してしまう。少女に至っては既に諦観してしまっている。だが、レイフォンはすぐに立ち直り、少女を抱えて走り出す。病院に逃げ込まれては困るので先回りを行いながら森の奥へと誘導していく。その間にも地面を抉って飛ばしたりしてレイフォンを消耗させていく。少女に当たらない様に細心の注意を払っているが、レイフォンが弾かなければ直撃する様な物も稀にある。

 

追いつめられたレイフォンは少女を降ろし、不退転を決め込み、鬪気を一気に解放する。その鬪気の量に驚きはしたが、すぐにベヒーモスを巧みに操り互角以上の戦いを繰り広げる。レイフォンは必死に戦っているが、そもそも武器を持たない子供がどうにか出来る相手ではない。

 

すぐに追いつめられてしまったレイフォンを見て、そろそろオレがベヒーモスを倒そうかと思った次の瞬間、レイフォンの雄叫びと共にその手に白銀に輝く大刀が現れ、一刀のもとベヒーモスを真っ二つに叩き切った。今まで神器を持っている気配は一切無かったと言うのに、その大刀は神器であると感じ取れる。

 

ぼろぼろなレイフォンは大刀を杖にしながら少女の元に歩み、怯える少女を見て傷つきながらも背負い、病院に向かって歩き出す。半分以上気を失っているのだろうか、饒舌にレイフォンが自分の中に溜め込んでいた本音を吐き出している。少女を殺しかけた後悔、無理矢理世話を押し付けたオレの理不尽さに対する怒り、面倒な少女の世話の愚痴など、走馬灯でも見てるのかと心配になって途中で回収して治療を行った。

 

その後、レイフォンと少女は仲が良いとは言えないまでも、他人行儀程ではない付き合い方が出来る様になった。リアス達はそれを見て納得してくれたようだが、あれで良いのか?ちょっとしたことで言い争ってるけど。首を傾げるオレを見てリアス達は溜息をつく。何度も言うが、男のオレに女心を知れと言うのは無理だ。

 

それにオレには他にも頭を抱えなければならない事がある。レイフォンが持つ神器だ。銘はヴォルフシュテインと刻まれていたので分かったが、冥界の資料をどれだけ漁っても確認されなかった新種の神器、いや、神滅具の可能性が高い。持ち主の魔力や鬪気を吸収して、強度や切れ味が向上し、イメージに合わせて形状が変化する。そして何より厄介なのが、オレの魔力を全て叩き込んでも壊れない所か余裕を見せやがったその許容量。腹が立ち病み上がりのローウェルの協力の元、フェニックスの涙を5個使用して魔力を叩き込んだ結果、ようやく限界量まで達したのだが、ちょっと振っただけで次元の狭間への道が作れそうで恐怖した。

 

あまりにも危険な為、桃地美雪と同様に眷属にして保護する事にした。本人も人間でいるよりも、悪魔として見られる方がマシだと思っていたのか素直に転生してくれた。まあ、まだまだ子供なのでそのままの生活を送らせているが、たまに訓練目的で使い魔の森やレーティングゲームの観戦に連れて行っている。

 

 

 

 

次は、シュナイダーの事で良いか。シュナイダーはここ1年の間、オレの使い魔としてレーティングゲームに参加している。だが、すぐに力量不足が見られリタイア率が7割を超えてしまった。

 

シュナイダーが使える呪文は原作と同じ4つ。シュドルク、ゴウ・シュドルク、ディオ・エムル・シュドルク、そしてシン・シュドルク。シン・シュドルクは強大な力を得られるが身体への負担も多い為に、未だに使用許可は出していない。だが、それでは色々と足りないのだ。その為に上級の肉体変化・肉体強化・属性付与魔法の開発に着手することにした。

 

まずは炎だけでは簡単に対処されてしまうので氷のディオ・ギコル・シュドルクと雷のディオ・ザケル・シュドルクと風のディオ・ジキル・シュドルクを開発する。扱う属性を変化させる為にその属性で身体を虐める羽目になったが、何とか開発に成功する。無論、オレ自身もシュナイダーと同じく身体を虐めて同じ様に中級上位の肉体変化・肉体強化・属性付与魔法を身に付けた。

 

次は単純に上級下位級の肉体変化・肉体強化魔法の開発だ。これには自らの肉体を鍛える必要がある為にシュナイダーと共にアイアン・グラビレイの効力圏内での筋トレに励む事で肉体強化を図る。前世の漫画で読んだ様に筋肉は付けすぎず、持久力と瞬発力に優れた筋肉になるように細心の注意は払う。そうしてエクセリオ・シュドルクを完成させる。

 

ここからエクセリオ・シュドルクに属性付与を加えるのだが、それだけでは芸がない。そしてここでも前世の漫画の記憶を掘り起こす。武闘派錬金術士集団の中でも戦闘狂っぽい男の持つ武器の特性だ。自らの肉体を属性の物と同化させる行為。だが、よくよく考えるとかなり怖い行為だ。肉体を全く別の物に変化させてから、また元に戻すのだ。反動や副作用が出てもおかしくない。エクセリオ・シュドルクと各中級上位属性付与魔法でどうにかなる以上、保留にするべきだろう。

 

 

 

 

次は銀術士の事だろう。とうとう、癌で亡くなってしまったのだ。死に際にオレに銀術士としての知識を預けて息を引き取った。銀術士にはまだ返せていない恩があると言うのに。

 

血縁者は全て死に絶えているそうで、オレが葬式を取りまとめることになった。銀術士と交友関係があった者達は少なく、葬式は簡単に終わった。その後、遺書によって幾つかの工房と溜め込んでいた銀がオレの物になった。

 

葬式が終わった夜、オレは今世で初めて涙を流した。

 

 

 

 

 

次、一番胸糞悪い出来事の話だ。主役はハムリオ。禁断の恋の結末だ。あまり詳しい事を聞いてはいないので後始末以外は簡単にしか説明出来ない。

 

たまたまハムリオがはぐれ悪魔の討伐に出ていた際に教会の者とブッキングして、互いに惚れたのだ。しかも、ハムリオと同じ銀術士を扱うエクソシストと。

 

個人的には祝福してやりたいが、敵対組織の者との恋愛と言うのは御法度所か粛正物だ。確か、ごく最近にそんな粛正沙汰が起こっていたはずだ。それを理解している上でオレに連絡を寄越してきたハムリオの行動は、ハムリオとその相手の本気さが伝わってきた。例えはぐれに指定されてでも添い遂げてみせると言い切ったのだ。

 

オレは悩んだ末にハムリオに一つの任務を言い渡した。新潟の山奥にある工房、オレと黒歌達が暮らしていた工房だ。それの管理を無期限で言い渡した。当時使っていたままで色々と結界も敷いてあるので、今でもたまに整備しているのだが結構めんどうなのだ。だからそれの管理をハムリオに任せる。大変な仕事だから人を雇っても仕方ないよな。そう伝えたのだ。

 

オレの言いたい事が分かったのか、ハムリオは涙を零しながらも任務を拝命して去っていった。それで終わったのなら、どれだけ良かったか。数日後、ハムリオが教会に拘束されたと連絡が入り、至急現地に飛んだ。

 

教会側が指定してきた場所に行くと、拘束された上で気絶しているハムリオと強欲の塊の様な司祭が4名とその護衛らしき聖剣を携えたオレンジ色の髪の少女と熾天使のガブリエルが居た。教会側の言い分は、優秀なエクソシストである銀術士がハムリオの手によって神器を抜き取られて殺された。その際、救助に駆けつけた司祭が負傷したと言う物だった。オレはそれを完全に否定する。司祭の中心にいた男は自分がその証人であると告げた。だからそこでこちらも札を切らせてもらった。

 

記憶を覗き見る魔法の存在を明かすと、急に司祭が狼狽えたのだ。出任せであると、悪魔の使う魔法など信用出来るかと。だが、ガブリエルは悲しそうな顔をしながら、その司祭を拘束してオレに記憶を覗き見る魔法をかける様に告げた。それを見終わった後、確認の為にハムリオの方の記憶も確認する。

 

判明したのはハムリオが今持つ神器、金属の理(ホワイト・キス)は無から有を産み出す神器であり、本来の持ち主である女性は銀を産み出し、それに光力を込めて聖銀に変化させて銀術を扱っていたのだ。

 

その金属の理(ホワイト・キス)に以前から目を付けていたこの司祭は何とか自分の物に出来ないかと考えていたのだ。別にこの司祭が銀術を使える訳では無い。だが、金属を作れる以上、それを売れば金になると考えていたのだ。そしてこの司祭は女性の上司でもあった。

 

ハムリオと同じ様に上司に告げてから教会を去るつもりだった彼女は拘束され、その罪を被せる為にハムリオを誘い出した。後は、見ての通りだ。

 

オレはハムリオを引き取り、神器と遺体の譲渡を条件にこの件を闇に葬る事にした。最近起こったばかりの粛正沙汰を再び起こす訳にはいかないが、私腹を肥やす為に罪をこちらに擦り付けようとしたのだ。強引に譲渡を迫り、代償としてオレの利き腕を肩から切り落とすことになった。

 

天界側もこの件を闇に葬るのは賛成のようだが、だからと言って退くわけにはいかないと判断してオレの腕を要求してきた。さすがに首を縦に振る様な条件とは思っていなかったのだろう。その判断は他の奴らなら妥当だろうが、オレにとっては心に深い傷を負った家族の為なら腕一本程度惜しくない。聖剣を持つ少女に右腕を切り落とさせる。傷口が光力で焼かれたのか出血はほとんどない。ガブリエルは驚き、何かに耐える様に顔を伏せてしまったが、条件を満たした以上神器と遺体を引き渡してもらった。時間が経ち過ぎている為に悪魔の駒での転生も叶わなかったが、それでもハムリオはお礼と腕の詫びを伝えて来た。

 

まあ、腕は生やせるから問題無いと告げておいたがな。目の前で生えてくる利き腕を見て顔を引きつらせていたが、鍛え直さなければならないのでそう簡単にしたくないとだけはっきりと言っておく。後日、腕を切り落とした事を知ったリアス達に数日間監禁される。心配させるなと言う事だが、問題無いからやったのだが、やはり駄目だったか。

 

エクソシストの遺体はいつまでも綺麗なままでいさせてやりたいと言うハムリオの希望のもと、グレイが凍らせて修行に使っている永久凍土の山の一つに安置する事になった。

 

ハムリオは一時期、無気力に暮らしていたが自分の中で何か決着を付け、再び立ち上がった。その胸にはあったドクロのシルバーには蛇が巻き付いていた。

 

 

 

 

報告はそんな所か。えっ?黒歌との関係がどうなったかだと?ちっ、覚えてやがったか。正式にリアスと結婚したらオレの妾になるんだとよ。朱乃と白音も。リアス公認で。以上。これ以上は聞くな!!オレも混乱してるんだから。

 

 

 

 

昔の事はさておき、今オレはグレモリー家を尋ねている。リアスと朱乃が来月から人間界にあるシスコン魔王様が運営する駒王学園に入学し、悪魔稼業デビューをするのだ。悪魔稼業デビューを行うと成人として見なされるので、それのお祝いをする為に訪れたのだ。無論、盛大なパーティーも行われるのだが、それはそれ、これはこれだ。あと、お祝いが少し特殊なのもあって落ち着いている時に渡したかったのだ。

 

「久しぶりだな。今日は個人的な祝いの品を持って来た」

 

「個人的な?一体どう言う事?」

 

「少しばかり特殊な物でな。偶然開発出来てしまっただけで量産は出来ないし、死蔵するには勿体ない物でな。リアスの為になるだろうと思って持って来た。それから朱乃にも少し特殊な使い魔を連れてきている」

 

「わざわざ私の為にですか?」

 

「気にする必要はない。黒歌にも少しばかり特殊な魔道具を送っているからな。まずはリアスの方からだ」

 

オレは持って来ていたトランクの鍵を開けてリアスに渡す。

 

「これは、えっ?嘘でしょう!?」

 

リアスがトランクから取り出した物、それは紅色のマントとブローチだ。

 

「オレのマントとブローチのレプリカだ。偶然、開発出来てな。性能は6割と言った所で伸ばせる量も決まっている。千切れた場合の補充はオレのブローチが無ければ出来ない。だが、使いこなせば便利な代物だ。貰ってくれるか?」

 

「私なんかが貰っていいの?ゼオンの名を傷つけてしまうかもしれないのに」

 

「オレがそんな事を気にしないのは知っているだろう?貰ってくれ、リアス。それはお前にしか渡せない物だ」

 

「……ゼオン、ありがとう」

 

マントを受け取ったリアスはオレに抱きついてきて唇を合わせる。

 

「あらあら、羨ましいですわね。私にも分けて欲しいのですけど」

 

朱乃がリアスとは逆の方向から近づいてくる。だが、今は駄目だ。

 

「リアス、一度離れてくれ。朱乃に紹介する使い魔を召還するから」

 

「仕方ないわね。後でちゃんと二人ともかまってね」

 

「分かっている。今日は緊急の事件でも起こらない限り時間は空いているからな。さて、来いモグ」

 

オレの足下に魔法陣が浮かび上がり、その中から体長は50cm程で白い身体に背中から蝙蝠の様な羽を持ち、肩から斜めにカバンをかけて頭にポンポンのような物がついた魔獣が現れる。

 

「はじめましてクポ。モーグリのモグクポ」

 

「「か、かわいい」」

 

「使い魔の森の奥深くに異界化してる洞窟があってな。その奥の方に住んでいたモーグリ族の一人だ。モーグリ達は手先が器用な上に魔力もそこそこあってな、色々なクスリや魔道具の制作が得意だそうだ。戦闘力もそこそこはあるんだが、住んでいた洞窟の中では最も弱い為に外との交流を持てなかったそうだ。おかげで絶滅の危機に瀕していたのを使い魔になる事を条件に出稼ぎ用の転移魔法陣を設置した」

 

「モグ達は少数民族だからアイテムの生産数も多くないけど、使い魔だから優先的に用意するクポ。代わりに割引の方は出来ないクポ」

 

「出来れば色々と注文して活用してやって欲しい。あくどい奴に騙される可能性は低いが、力づくで商品を安く買いたたかれる可能性がある。時間が経てばブランド化されるだけの力はある」

 

「ゼオンに色々聞いて売れそうな物をピックアップしてきたクポ。お近づきの印にサービスクポ」

 

そう言ってカバンからクスリ瓶を幾つも取り出す。

 

「この青いのが怪我を治すポーションで、こっちの緑色のが魔力を回復させるエーテルクポ。お値段の方はポーションは200ギルでエーテルは500ギルクポ」

 

「ちなみにレートは1ドルで50ギルだ」

 

説明しながらモグはポーションとエーテルを5つずつ朱乃に渡す。

 

「これからよろしくお願いします、ご主人様クポ」

 

「こちらこそよろしくお願いいたしますわ」

 

モグが背中の羽を懸命に羽ばたかせて朱乃の腕の中に辿り着く。朱乃はそんなモグを優しく抱きしめている。気に入ってくれたようで良かった。そして朱乃がモグに夢中になっている隙にリアスが再び抱きついてくる。

 

それを見て朱乃もモグを抱きかかえたままオレに抱きついてくる。おい、モグが潰れてるぞ。今日は完全にオフなんだから逃げないぞ。だから、モグを解放してやれ。

 

なんとか抜け出したモグはオレの頭にしがみつく。かなり間抜けな格好になったな。まあ、オフだからかまわんか。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪魔、やってます

side イッセー

 

 

私の名前は兵藤一誠。この春まではおっぱいが大好きなただの女子高生だった。あっ、もちろんカッコイイ男の人も大好きだ。でもまあ、女の子も好きだ。そんな私だけど、春先に堕天使に殺されて、先輩で悪魔のリアス先輩に転生悪魔にしてもらった事でなんとか生き長らえる事が出来た。

 

人間でなくなったのは悲しい事だけど、それでも生きていられたと言う事実に感謝する事にしよう。それに、功績を立てて上級悪魔に昇格出来れば爵位と領地を与えられて自分の眷属を持つ事が許されるそうだ。ハーレムを作っても良いのかと聞くと、そういう悪魔も居るらしい。もうね、やる気が満ちあふれてきたよ。

 

リアス先輩は呆れていたけど、白音ちゃんに自分たちも人の事を言えないって突っ込まれて顔を反らした。詳しい話を聞くと、リアス先輩の婚約者に無理矢理押し掛けてハーレムを作らせたそうだ。何それ羨ましい。今の所はリアス先輩と朱乃先輩と白音ちゃんのお姉さんの黒歌先輩と白音ちゃんの4人だそうだ。ちなみに白音ちゃんは本来はその婚約者の眷属らしいんだけど、今はリアス先輩に貸し出されているそうだ。

 

話がズレたけど、とにかく私は悪魔に転生してリアス先輩の眷属となった。そして私を殺した堕天使とその一派を倒したんだけど、更に一人の被害者が出た。教会から追放されたシスターで私の友達、アーシア・アルジェント。

 

アーシアはどんな相手でも回復させる事が出来る神器、聖女の微笑み(トワイライト・ヒーリング)を持っていてそれを狙った堕天使に奪われて殺されてしまった。そして神器を奪った堕天使は私を殺した堕天使でもあった。

 

アーシアを殺された怒りから私の神器は覚醒し本来の姿である神滅具(ロンギヌス)赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)に変化した。そしてその力を使って堕天使を倒して神器を奪い返せた。だけど、それだけではアーシアを蘇らせる事は出来なかった。

 

だけど、そこはリアス先輩があっさりと悪魔の駒を使って転生させてくれた。なんでも、ここでアーシアを見捨てると婚約者が渋い顔をするのが目に見えているそうだ。過去に自分の眷属の為に腕一本を聖剣で切り落とさせる位お人好しな性格の人物なのだそうだ。

 

まあ、切り落とした腕も後から生やしたそうだけど。普通は生やせるからって簡単に腕を切り落とそうとは考えられないよね。何処かズレている人だと思った私は悪くないと思う。

 

だけど、婚約者の人は本当にリアス先輩達を大事にしているみたいで、見た事も無い魔道具や使い魔や貴重な物を悪魔稼業デビューのお祝いに贈って貰ったそうだ。リアス先輩は婚約者の代名詞の一つであるマントとブローチのレプリカを、朱乃先輩はモーグリ族と呼ばれる妖精みたいな一族で色々とクスリや魔道具のアクセサリーを作れるモグを、木場君はオリハルコンの鉱脈を丸々一本、白音ちゃんは魔法を弾く事が出来る手甲と脚甲を、ギャスパー君は魔眼の神器を封じる眼鏡を貰ったそうだ。

 

その婚約者に出会えば、その次に会う時には私とアーシアにも何か贈られるだろうとリアス先輩は言っていた。昔から付き合いのあるリアス先輩達ならともかく、私達が急にそんな貴重な物を貰うとなると萎縮してしまう。だけど、リアス先輩は婚約者であるゼオンさんはそんなことを気にする様な器の小さい男では無いと言い切る。

 

白音ちゃんもそうだと言い切っているが、もし、私が男だったら命が無かったとも言っている。セクハラとかが大嫌いらしく、社交界でそういうのを見かけると次の日に謎の重傷を負う貴族が後を絶えないそうだ。もし、婚約者のリアス先輩や、妾になる朱乃先輩や白音ちゃんにそういうことを事故でも起こしていたら、骨も塵も残さず綺麗に消されていたかもしれないそうだ。

 

女に生まれて良かったと初めて思っちゃった。女性同士ならスキンシップとして捉えてくれるそうだ。あまりやりすぎると叱責はされるそうだけど、そこまでではないらしい。

 

話がまたズレた。えっと、とにかく悪魔に転生したアーシアは今は私の家に一緒に住んでいて、二人ともリアス先輩が部長を務めるオカルト研究会に所属し、日夜悪魔の仕事や訓練に精を出している。悪魔の訓練は朝早くから、仕事は夜遅くまでやるのが基本で苦労も多いけれど、最近はとある屋台のおかげで楽しくやれている。

 

一月程前から家の近くの公園に夜だけ現れる屋台で、やっている料理が日替わりなんだけど、どれもおいしくて値段も学生の負担にならない程度で、何より屋台の主がイケメンのお兄さんなのだ!!

 

木場君とは違ったクールな笑顔に月光を反射して煌めく銀髪、家事は万能で聞き上手で話題も豊富に持っていて、何この完璧超人は!?って感じなの。ちなみに一番おいしかった料理はラーメンだ。

 

噂も広まっていてお客さんの人数も増えているけど、それに合わせて屋台も増やしているみたい。昔は屋台が本業だったらしいけど、今は趣味でやっているそうだ。本拠も関西の方らしい。そんな話を部活と言う名の悪魔稼業が始まる前にしていたのだけど、アーシアを除いた皆の反応が微妙だった。

 

「祐斗と違ったタイプのイケメンで」

 

「月光で煌めく銀髪で」

 

「料理がどれも、特に一番ラーメンがおいしくて」

 

「昔は屋台が本業で」

 

「関西の方に本拠を構えてる。あの、これって」

 

「「「「ゼオン(さん)(お兄ちゃん)!?」」」」

 

えっ?リアス先輩の婚約者?確かリアス先輩って大貴族だから、お相手も当然貴族で……なんで屋台の主なんてやってるの?

 

「確認に行くわよ。朱乃、モーグリ達に臨時で仕事を代行してもらえる様に頼んで頂戴」

 

「はい、分かりました」

 

「リアス先輩、間違いないんですか?」

 

「銀髪で昔は屋台が本業で今は趣味なら間違いないです。本業にしてた頃から一緒に暮らしてましたから」

 

「木場さん、いきなり剣を研ぎ始めてどうしたんですか!?」

 

「ちょっとゼオンには恨みがあってね。今度こそ、あの首を叩き切ろうかと」

 

「ええっ!?」

 

「気にしないで良いわよ、アーシア。どうせ防がれるか、目の前でくっつけて何事も無かったかの様にするだろうから」

 

「「ええっ!?」」

 

目の前でくっつけるって、いや、でも腕を生やしたり出来る位なんだからそれ位簡単なのかな?

 

「ゼオンさんは冥界最強の悪魔とも言われていますから。他にも『雷帝』や『銀の暴風』使い魔のシュナイダーと合わせて『天空の覇者』なんて呼ばれ方もしていますわ」

 

「得意の魔術は順に雷、肉体強化・変化、重力、氷、炎、治療・再生系、最近は鬪気と魔力を混合させた術も独自開発しているし、補助として式や結界も使える技巧派よ」

 

「その上で上位ランカーのパワータイプと真っ向から力比べで引けを取らない位のパワーも有しているよ。肉体強化を使えば龍王クラスとも真っ向から殴り合える位強い」

 

えっと、戦闘面でも万能ですか?

 

「あとは、『義兄弟戦乱』が色んな意味で有名です。ちょっとした出来事から、若手上位ランカー連合VS魔王様連合で、冥界が揺れました。物理的にも政治的にも」

 

「あれは、色んな意味で苦い思い出よ。まさか、あそこまで大規模な事件に発達するなんて思ってもみなかったわ」

 

「関係者の9割が病院送りでしたから。お兄ちゃんも数日はベッドの上でしたし。あれで死者が0名なのは奇跡です」

 

何が原因で結果がどうなったのかあまり聞きたくない。

 

「あとは、芸術にも秀でているわね。ゼオンが実家のベル家から貰った領地は荒れ地が多いんだけど、誰も住んでいないのを良い事に大規模な彫刻を行って観光名所にしてるわ。全部岩や地面を削ったり、高重力で圧縮した物だけでつくられてるけど、すごいとしか言えないわね。あれは見て触れて始めて理解できる物だと思うわ」

 

「お兄ちゃん、暇つぶしと術の練習に作ったって言ってますけど、周りの人はそう思えない位の大作だそうです」

 

「相変わらず周囲の評価と自己評価が噛み合ないわね。あれだけメディアへの露出も高いのに未だに性格を誤解されてるんだから」

 

「部長、モーグリ達に連絡がつきましたわ。少し忙しいらしいので今度例の木の実を届ける事で話が着きましたわ」

 

「げっ、あれを取りに行くの辛いんだけど」

 

「仕方ありませんわ。今の時期ですとレーティングゲームの大会の準備期間中ですから、ポーションとエーテルの発注が凄い事になっていますから」

 

「仕方ないわね。今度皆で取りにいくわよ」

 

「「「「「は〜い」」」」」

 

 

 

 

 

 

オカ研の皆で家の近くにある公園に行くと、いつもの様に屋台が出ており、貸し切りの看板が置かれていた。

 

「屋台の貸し切りなんて普通あるのかしら?」

 

「屋台自体が珍しいので何とも」

 

「貸し切りなのにお兄ちゃんの臭いしかしません」

 

「あっ、人払いの結界が張られましたわ。気付かれてますね。ということはあの貸し切りの看板も私達の為の様ですわね」

 

「そうみたいね」

 

そう言って部長は屋台の方へと歩いていく。それに続いて私達も屋台へと向かい暖簾を潜る。

 

「いらっしゃい、リアス、朱乃、白音、祐斗、ギャスパー。それからそちらの二人はよく店に来てくれたな。改めて自己紹介しよう。オレはゼオン・ベル、ゼオンでかまわない。リアスの婚約者だ。よろしく頼む」

 

屋台をやっている時とはまた違う印象の笑顔を向けられてちょっと見惚れちゃった。

 

「あっ、はい。こちらこそよろしくお願いします。えっと、兵藤一誠です」

 

「アーシア・アルジェントと申します。よろしくお願いします」

 

「それでゼオン、なんで駒王にやってきたの?それも私達に内緒で」

 

「そう急かすな、リアス。まずは席に着くと良い」

 

ゼオンに勧められて席に着くと、すぐに飲み物が配られる。

 

「さて、オレが駒王に来た理由だったな。リアスが心配だから来ているだけだ。内緒なのは、リアスが嫌がるからだ」

 

「それは、まあ、私だって子供じゃないんだし」

 

「そう言っているうちは子供だ。大人なら笑って流す所だ。それにリアスが思っている以上に危険かもしれん」

 

「えっ?」

 

「赤龍帝ドライグ、話せるならお前の意見も聞きたいのだが」

 

ゼオンがそう言うと同時に私の左手に赤龍帝の篭手が現れる。

 

『貴様、一体何者だ?その莫大な力は』

 

「突然変異の悪魔だと思ってくれればそれでかまわない。それよりもドライグ、アルビオンの今代の主は悪魔と人間のハーフだ。時代が大きく動くと考えた方が良いか?」

 

『ほう、白いのに会ったのか』

 

「いや、知り合いからの又聞きだ」

 

『そうか。しかし、向こうもハーフとは言え悪魔か。今までに一度もなかった事だな。何かが起こるのかもしれんな。いや、お前の様な突然変異が育っているんだ、確実に何かが起こるのだろうな』

 

「やはりそう思うか」

 

「ちょっと、二人で何を納得しているのよ。説明して頂戴」

 

「ふむ、簡単に言えば今のオレ達の世代がこれから始まるであろう激動期の中心になる可能性の有無について確認し合っていると言った所か」

 

「激動期って、何か起こっているの?」

 

「気付いている者は気付いている。上は気付いているはずだ。大戦期のツケが表面化してきているからな」

 

「大戦期のツケ?」

 

「いずれ知る事になるだろうが、今は知るべきではない」

 

「何よ、子供だから隠すの?」

 

「いや、そうではない。だが、アーシアにとっては辛い事実になる。覚悟が出来ないうちに聞くべきではない」

 

「アーシアが?」

 

「私がですか?」

 

「どうする?聞きたいのなら話そう。だが、辛いぞ。真実を知る事が常に良い事であるとは限らない。ここで見ない振りをする事も出来る。だが、いずれは知る事になるだろう」

 

「……私に関係がある事なのですよね」

 

「ああ、この中で一番関係がある」

 

「……聞かせて下さい」

 

「良いんだな?」

 

「お願いします」

 

「分かった。結論とそれに至った過程、どちらから聞きたい?」

 

「結論からでお願いします」

 

「分かった。では、結論から話そう」

 

そこで一度ゼオンはタメを作り、結論を告げる。

 

「聖書の神は既に存在していない」

 

「…………えっ?」

 

「もう一度言おう。聖書の神は大戦期に討たれている。何処の勢力も隠しているが、事実だろう神の愛は存在していない。だから、それだけ祈ろうが神が誰かを救う事はない。アーシア、君自身の存在がそれを示している。『聖女』の噂は悪魔のオレでも知っている。君が救われていない時点で神は居ない」

 

ゼオンの神が既に死んでいると言う言葉をようやく理解したのかアーシアが震えだす。涙をその目に溜めて、零れない様に我慢している。ゼオンは私の方を見ている。えっと、慰めろってことかな?とりあえずアーシアの頭を抱きしめてあげて泣いているのを隠してあげるとゼオンは満足した様に顔を縦に振る。

 

「神の不在は今まで隠されてきていたがそれが表面化してきた。今まで赤龍帝と白龍皇の宿主は生涯人間だったにも関わらず、今代は両方が人外。そして、オレの様な突然変異と呼べる程強力な個体が生まれている。時代が動く前触れと考えた方が良い」

 

「ゼオンの予想だとどうなるの?」

 

「色々な伝手や昨今の情勢を考えるなら、天使か堕天使か悪魔かその他かは分からないが、そこそこ大きな事件を起こすだろう。その事件が収まった後に、情勢を考えて天使堕天使悪魔の三勢力での停戦か同盟が結ばれるはずだ。そして、それに反感を持つテロリスト達との戦争。ここまでは確実に起きるだろう。その後は少し読み切れんな。細かい事象が幾つも複雑に絡みあいそうだ」

 

戦争か。あまり実感が沸かないな。そもそも大戦期って何なんだろう?

 

「なるほど。もしかして、そのそこそこ大きな事件と言うのが行われそうなのが」

 

「確実に駒王だろうな。昔から龍は戦いを呼び込む。歴代の赤龍帝がそうだったからな。それに、駒王には魔王の身内が二人も居る。事件をでかくするにはうってつけだな」

 

「だからゼオンがやってきたのね」

 

「そうだ。万が一の事など考えたくもなかったからな。ついでにグレイフィアさんからリアス達を鍛える様にとも言われてきてな」

 

「「「「「えっ?」」」」」

 

グレイフィアさんって誰だろう?あと、皆なんでそんなに顔を青ざめているんだろう?

 

「え〜っと、私達は学生だから、あまり、時間が取れなくて」

 

「ああ、安心しろ。祐斗の様な事はしない。ただ、10日後にシュナイダーと模擬レーティングゲームを行う。だから、明日から2週間、公欠が取れる様に手配してある。場所もグレイフィアさんがグレモリー家所有の別荘を準備しているそうだ」

 

木場君、どんな目にあったんだろう?

 

「シュナイダーとレーティングゲームか、結構キツいわね」

 

「エクセリオ・シュドルクとシン・シュドルクは禁止しているからやりようは幾らでもある。別にタイマンでもないんだ。これから先、力は幾ら有っても困る事はないぞ」

 

「それもそうね。分かったわ。10日後ね。それまでゼオンはどうするの?」

 

「見ての通り屋台だ。久しぶりで楽しんでいる。売り上げも安定しているからな」

 

そう言いながらゼオンが鉄板を火にかけて油を引き、キャベツと豚肉を炒めながら隣で麺を置き、麺を囲む様にソースを垂らして麺を一本一本丁寧にソースに搦めていく。二つを同時に行っているのに、一切焦がす事無く全員分の焼きそばが出来上がる。

 

「今日はオレのおごりだ。好きなだけ食べていけ」

 

そして再び調理に取り掛かるゼオンは慣れた手つきで大量の焼きそばを作り始めた。白音ちゃん用なんだろうね。一緒に暮らしていたんだからそれ位は知っているのだろう。それにしてもゼオンと一緒に暮らしていたって言うのは羨ましいな。こんなイケメンに、あれ?お兄ちゃんって呼んでたけど、白音ちゃんって猫又だったよね?ゼオンは悪魔だから血縁関係はないはずだけど、どういうことなのかな?

 

「どうした?何か疑問があるなら答えられる範囲で答えるが」

 

「あの、白音ちゃんがお兄ちゃんって呼んでるんですけど、どういった経緯で?」

 

「ああ、なるほど。簡単に言ってしまえば飢え死にしかけていた所を保護したのが始まりだ。見つけるのがあと三十分も遅ければここには居なかっただろうな」

 

割とヘビーな話を簡単に話されてアーシアと二人で白音ちゃんの方を見る。

 

「本当ですよ。私が3歳の時に、死にかけていた所を助けて貰って、色々と生きていく為の知識を教えてくれて、家族として受け入れてくれたんです」

 

「3歳って、両親は?」

 

「……とある悪魔に殺されて、死体は人形として扱われていました。お兄ちゃんが取り戻して、ちゃんと弔いました」

 

「っ!?ごめん、軽々しく聞く様な事じゃなかった」

 

「良いんです。私の中ではもう決着が付いた事ですから。それに、その悪魔とは二度と顔を合わせないですみますから」

 

「えっと、捕まってるとか?」

 

「本人は塵一つ残らず消し飛ばした。他にも死体を人形として扱っていたからな。人間や天使や堕天使に妖怪、そして悪魔。コレクションとして、戦闘用として、性処理用として。眷属達も協力していたようでな、今はコキュートスに落とされている」

 

「……聞いた事もなかったわ。話しても良かったの?」

 

「あまり広めなければ問題無い」

 

とりあえず聞かなかった事にしておけば良いよね。うん、白音ちゃんとゼオンは昔から仲良しだって事で良いよね。

 

焼きそばを焼き終えたゼオンは今度は新しい鉄板にお好み焼きを、更にたこ焼き用の鉄板を取り出してきて、たこ焼きを焼き始めている。関西を本拠にしているのは伊達ではなく、粉物の扱いに長けているようだ。というか、今まで食べた中で一番おいしい。一人一人の好みに合わせてソースを変えたり、焼き加減を調整している辺り芸が細かい。

 

良く見ると要所要所で白い布が小手を持ってお好み焼きをひっくり替えしたりしている。あれが部長の持っているマントのオリジナルか。もの凄い物だって聞いてたけど、そんな事に使っていいのかな?

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私は何も見ていない

 

レーティングゲームをやることになった翌日、泊まり込み用の物を用意してオカ研メンバーで向かったのはグレモリー家が人間界で所有する別荘が建ててある山の麓だ。ここまでは転移で一瞬で来たんだけど、ここからは特訓の為に山登りだ。

 

私は一番鍛えないといけないので部長と朱乃さんの荷物も担いでの山登りだ。ただ気になるのは白音ちゃんだ。普通のスポーツバッグの他に、中に何も入っていないもの凄く大きな籠を背負っている。不思議に思っていたのだけど、すぐに謎は解けた。

 

山登りを始めてすぐに白音ちゃんは脇道に突撃し、少し進んだ先で合流して、また少し進むと脇道に突撃して、また少し進んだ先で合流するのを繰り返す。そして戻ってくる度に籠に色々な物が積まれているのだ。茸や山菜に始まり、頭が陥没して死んでいる猪や首をへし折られた鹿などが次々と籠に納められていき、いっぱいになると2個めの籠が出て来た。

 

「山の幸が取り放題です」

 

部長達は見慣れているのか特に何も言わない。体力のないアーシアは気にする余裕がないようだ。出来れば私もそっちが良かったな。そう考えながら現実逃避をする。うん、兎の親子らしき物を血抜きしている白音ちゃんなんて見ていない。というか、もしかしてアレが合宿中の食事の材料ですか?

 

現実逃避の為に空を見上げる。山の天気は変わりやすいと言うけど、本当に小さな雲が一つ浮かんでいる程度の快晴状態なら雨の心配はないだろう。

 

別荘にたどり着いた私達は部屋の割り振りをして着替えた後、ブリーフィングから始める。朱乃さんが冥界で使われている、DVDの様な物と映写機を持って来る。

 

「これから見るのは、昨年のレーティングゲームの中で、私達の対戦相手であるゼオンの使い魔、シュナイダーが最も活躍したゲームの記録よ。見ている途中でも良いからガンガン意見や感想を言って頂戴」

 

部長がそう言ってから映し出された映像には白いスーツに白いマントを纏ったゼオンが、一頭の逞しい馬に跨がっている映像だった。

 

「この馬がシュナイダーよ。並の上級悪魔よりも強い魔獣でゼオンが育て上げた相棒、そしてゼオンの言葉を借りるなら突然変異体よ」

 

『行くぞ、シュナイダー!!ディオ・エムル・シュドルク!!フェイシュドルク!!』

 

映像の中でゼオンがそう叫ぶと同時にシュナイダーの身体に変化が起こる。一瞬で身体が一回り大きくなり、炎で出来た鎧を身に纏い、鋭い角が生える。

 

「これはシュナイダーの戦闘での基本形態だと思って良いわ。見ての通り、身体が大きくなって力も強くなる。そして炎を自在に操り、空を駆ける」

 

シュナイダーが駆け出し、ゼオンもいつの間にか雷の大きな剣を握って相手に突撃している。シュナイダーはもの凄く速い。小回りは悪いみたいだけど、そこは炎とゼオンがマントと剣でカバーしている。

 

「あの炎って、自由自在に操れるんですか?」

 

「そうよ、確かこの後に、ほら」

 

『ウォール!!』

 

『メルメルメ~!!』

 

「「へっ?」」

 

シュナイダーが炎を広げて壁を発生させているけど、私とアーシアは別の事に気を取られてしまった。

 

「今のがシュナイダーの鳴き声よ。気にしてるみたいだから出来れば笑わないであげてね」

 

「は、はい」

 

「分かりました」

 

その後もゼオンの指示で炎を色々な形に変えて敵に対処していき、相手が炎に対処し始めた頃にそれは起こった。

 

『ディオ・ジキル・シュドルク!!』

 

炎が散っていき、風がシュナイダーを包み込んでいき、鎧の形が変化する。

 

「これは風を操る形態よ。他にも雷と氷を操る物もあるわ。それから見ておいた方が良いのは、シュナイダーの全力よ。今回のゲームでは使わないけど無理をすればそこまでの力が出せるってことは覚えておいて損はないはずよ」

 

しばらく戦闘が続き、相手側に大きな魔法陣が現れ、そこから巨大な龍が現れる。シュナイダーとゼオンは怯む事無く龍に突撃し、弾かれている。そして強烈な翼での一撃がシュナイダーとゼオンを捉える。ゼオンは吹き飛ばされる途中にシュナイダーから飛び降りて追撃のブレスをマントを広げて防御している。というか、どこまで伸びるんだろう、あのマント。

 

シュナイダーは地面に叩き付けられて、角と鎧がボロボロになっている。それでも立ち上がり、ゼオンの傍に駆け寄る。

 

『シュナイダー、下がっていろ。アレの相手はオレがする』

 

『メル!!』

 

シュナイダーはそれを嫌がる様に首を横に振っている。

 

『お前はまだエクセリオ・シュドルクとフェイ・シュドルクを同時に使えないだろう。どうやってアレと戦うつもりだ?』

 

『メルメルメル!!』

 

『シンを使うつもりか?アレはこんなゲーム如きで』

 

『メル!!』

 

シュナイダーがゼオンの腕に噛み付く。そんなシュナイダーの目を見てゼオンが微笑む。

 

『そうか、お前にとっては重要な事なんだな。良いだろう、サイフォジオ!!』

 

ゼオンの頭上に聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)と同じ光を放つ、剣が現れ、それがシュナイダーに突き刺さると傷が癒えていく。回復魔法まで使えるんだ。

 

『オレは、止めないし手も貸さない。周りの奴が邪魔をしない様にはしてやる。一騎打ちだ。お前が冥界最強の使い魔である事を示せ。シン・シュドルク!!』

 

『メルメルメ~~~~~~~!!!!』

 

元の姿よりも一回り大きかったシュナイダーの身体が更に大きくなり、鎧はより鋭利に、角はより太くて大きく、そして後ろ足の付け根にブースターの様な物が付く。

 

『駆けろ、シュナイダー!!』

 

『メルメルメ~~!!』

 

走り出したと思った次の瞬間、龍の頭が跳ね上がる。真下に潜り込んだシュナイダーがカチ上げたのだ。そして、そこからシュナイダーと龍の一騎打ちが始まる。大きさが全然違うのにシュナイダーは龍を弾き飛ばしたり、口に銜えて放り投げたり、角で翼に穴を開けたりする。

 

龍の方も負けじと翼を犠牲にしながらも再びシュナイダーを地面に叩き付けたり、爪で鎧を砕いたり、ブレスで鎧を融かしたりと互角の戦いを見せる。その後ろで黒い球体や板状の物が見えたり、雷が飛び交っているのはゼオンが邪魔をさせない為に戦っているからだそうだ。

 

あとで聞いた話ではゼオンはシュナイダーの戦いが終わるまでは妨害に徹していた為に力を抑えていたのだけど、それが逆に格下を嬲っていると受け取られてしまったらしい。ちなみに対戦相手はそんなことは思っていないそうだ。

 

この映像は個人的に撮っている物なのでゼオンとシュナイダーのやりとりが聞き取れたのでそうは思わない。ゼオンはよく誤解されている事があるから知っておかないと冥界に行った時に苦労する事があるそうだ。陰口をスルー出来ないと虐殺を行わないといけなくなるそうだ。どんだけ勘違いされてるんですか?

 

そして、映像の中ではシュナイダーがなんとか相手の龍を倒し、元の姿に戻って崩れ落ちそうになった所をゼオンがマントで支える。

 

『よくやった、シュナイダー。ゆっくり休め』

 

ゼオンが懐から小ビンを取り出して中身を振りかけ、魔法陣でシュナイダーを会場から退場させる。ブリーフィングから考えるとこれ以上は見る必要はないのだが、もう少しで終わるからと最後まで見る事になる。

 

『あのシュナイダーがここまで逞しくなってくれるとは。実に気分が良い。ローウェル、よくぞあの龍王クラス一歩手前の龍を使い魔にしてくれたな』

 

『こっちは大誤算だよ!!エクセリオ・シュドルクとフェイシュドルクを同時に発動出来ないから其所を付いてゼオンにもダメージを与えれると思ったのに』

 

『残念だったな。いつからシュナイダーがシンを使えないと勘違いしていた』

 

『ちくしょう、シュナイダー対策も考えなきゃならねえのかよ。気分がいいなら新しい手札を一枚切れよ』

 

『良いだろう。ちょうど仕上がった属性があるからな』

 

『げぇっ!?まだ強くなるのかよ!?』

 

『当然だ。オレはまだまだ強くなるさ。誰にも負けない様にな』

 

ゼオンがローウェルと呼ばれた男に走っていく。ローウェルさんも覚悟を決めたのかゼオンに向かって走りだす。

 

『しゃああ!!』

 

『ふっ、ゴウ・バウレン!!』

 

先に殴り掛かったローウェルさんの拳を躱したゼオンは正拳を放ち、当たる瞬間に魔力らしき物が炸裂する。それを食らったローウェルさんは苦しそうな顔をしながらバラバラに吹き飛び、炎となって再生する。

 

「ローウェルはゼオンの親友でフェニックスなの。見ての通り、ダメージを食らっても炎になって再生出来るから強いんだけど、一定以上のダメージを与えるか、心を折れば倒せるわ」

 

『なんだ、今のは?風じゃない、訓練で見た衝撃波でもない』

 

『鬪気と魔力を混ぜ合わせた物だ。体外に放出するのが難しい鬪気を魔力でコーティングする事で放てるようにした物だ。ローフォウ・ディバウレン!!』

 

少し離れている状態で横薙ぎと同時に何か動物の腕の様な鬪気がローウェルさんを切り裂く。更にゼオンは飛びかかり、腕を振り下ろしながら再び鬪気を放つ。

 

『ガウフォウ・ディバウレン!!』

 

今度はトラの顔がローウェルさんを噛み砕く。それでも再生すると言う事は一定以上のダメージになっていないのだろう。

 

『ディオ・レドルク!!』

 

再生途中のローウェルさんをゼオンが蹴り飛ばして距離を作る。そして止めの一撃が放たれる。

 

『ゴライオウ・ディバウレン!!』

 

両手足に刃物が生えた大きなトラの形の鬪気がローウェルさんを巻き込んでフィールドを粉々に砕いていった。映像はそこで終了する。

 

「ゼオンはともかく、これでシュナイダーがどんな戦いをするか理解出来たかしら?」

 

「えっと、とりあえずは。基本は突撃で、魔法は補助が基本ですよね」

 

「そうなるわね。あとは、状況に合わせて角による切り払い、踏みつけ、蹴り上げを組み合わせる事になるわ。魔法による補助は基本的にゼオンが出す事が……今度のゲームだとどうなるか分からないわね。ゼオンが騎乗しているかどうかで大分変わるわね」

 

「あとで問い合わせましょうか?」

 

「そうね。確認しておかないと絶対痛い目を見るわ。ついでに詳細なルールも確認しておいて」

 

「聞ける限りの事を聞いておきますわ」

 

「祐斗、修行の方はどの程度進んでいるの?」

 

「この前、“海”に続いてようやく“地”が出来た所です。正直、この先の“空”をまともに習得出来るか分からないのが現状です。禁手化の方はフルに活動させて30体を30分が限界です」

 

「でも、ディオ・エムル・シュドルクを使われると無効化されますよね祐斗先輩」

 

「炎だからね。相性は最悪だよ。だから禁手化は使わない方向で行こうと考えてるし、神器よりも剣技に頼ると思ってる」

 

「禁手化?」

 

聞き慣れない言葉につい疑問が零れる。

 

「簡単に言えば神器の強化形態だよ。能力が強化されたり、全く別の能力を見せたりするんだ。ちなみに僕の神器は魔剣創造、あらゆる属性の魔剣を作り出す事が出来る神器で、禁手化すると炎精傭兵団って言う炎で出来た戦士達を産み出せる様になるんだ。まあ今回は出番はなさそうだけどね」

 

「ディオ・エムル・シュドルクって他の炎も操れるんですか?」

 

「あのディオ・エムル・シュドルクの炎に触れた炎は全て操られるわ。かなり強力なら抵抗出来るけど、ローウェルが言うにはそんな事をするなら殴った方が楽らしいわ。だから祐斗の考えは間違っていないわ」

 

「他の属性もそうですわ。何を操っているかを見極めて攻撃しなければならないのは、厄介ですね」

 

「ギャスパーの停止結界の邪眼を使えば早いんだけどね。使いたくないんでしょう?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「良いのよ。ゼオンもあちこち文献を漁ったりして神器を抜き取っても死なずにすむ方法を捜しているみたいだから。それにしてもあの幼かったシュナイダーが今では冥界最強の魔獣なんてね」

 

「昔から知ってるんですか?」

 

「ええ。まだ体長が80cm位しかなかった頃から、そう言えば昔は二足歩行してたっけ」

 

「今でもたまに二足歩行で歩いてますよ。この前、グレイとムジカさんとお兄ちゃんと一緒にエアライドもやってました」

 

「エアライドって、あのゲームの?馬なのに?」

 

「普通に胡座でコントローラーを扱ってますよ。格ゲーはコマンドが複雑過ぎて出来ないみたいですけど、簡単な物なら意外と普通に遊んでますよ」

 

「器用を通り越してシュールな光景なんだけど。グレイとムジカって言うのは誰?」

 

「お兄ちゃんの眷属で二人とも兵士です。グレイは氷の造形魔導士でムジカさんは銀術士で、二人とも祐斗先輩よりも強いです」

 

「あ~、というか二人と戦うとグレモリー眷属全員で戦っても負けるから。決して僕が弱い訳じゃないから」

 

「ちなみに戦績順に並べると、私、部長、モグ、祐斗先輩、副部長の順です」

 

「えっ!?モグって戦えるの!?」

 

「モーグリ族1の槍使いです。アクセサリー作りの腕も一番で、人語を話せて、何より綺麗に空を飛びますからモテモテです。ゼオンお兄ちゃんなんか目じゃない位モテモテです」

 

「と言うか木場君と朱乃さん、モグに負けたの?」

 

「火水風土雷を半減するアクセサリーを沢山付けられた上に光学迷彩のマントに隠れて聖銀の槍で突いてくるんだよ。罠を作るのも得意だし、部長みたいに半減出来ない滅びの魔力を広範囲に放つとか、気を辿って居場所を知れる白音ちゃんじゃないとどうする事も出来ないさ」

 

「小さいですけど、80kg程度の物まで持てますし、変わったアイテムを持っていますから対処が難しくて。ゼオンが何か仕込んだらしくて戦い方が軍人に似ていますから」

 

「なんと言うか、あの姿から想像がつきません」

 

「そんな物よ。話がそれたわね。とりあえず基本方針は祐斗の炎精傭兵団を囮にして属性を炎に固定して他の攻撃を無効化されないようにしましょう。優先目的は回復役のアーシアとイッセーの護衛よ」

 

「私が回復役ですか?」

 

「昨日ゼオンから赤龍帝の篭手との聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)の詳細な情報を貰ったの。赤龍帝の篭手には倍化以外にも譲渡と透過の力があるそうなの。詳細はドライグに聞くのが一番らしいけど」

 

「ドライグ?」

 

問いかけると赤龍帝の篭手が現れてドライグが話してくれる。

 

『ふん、あの男、用心深いにも程があるな。今までの赤龍帝も透過の力まで発現させれた者はほんの一握りの上に白いのと戦う事がなかったからな、書物に残っているとは思わなかった。確かにオレには倍化以外に倍化の力を他人や部分的な強化に使える譲渡、そして障壁や異能を完全に無視して力を叩き込む事が出来る透過の力がある。だが、相棒の力が低いからな。未だに倍化の力しか使えん。10日有っても譲渡で精一杯だろうな』

 

「その譲渡の力で減った魔力を増やせるなら問題無いわね。それで、どうやったら譲渡の力を使える様になるの?」

 

『ふむ、簡単に言うならアレだ。ゲームで言うレベルが上がって、一定以上の能力になれば解禁される』

 

「つまり」

 

『何でも良いから身体を鍛えろ』

 

 

 

 

 

 

ドライグに身体を鍛えろと言われた為に白音ちゃん監修の元筋トレが始まった。だけど、これって何なんだろう?押してもギリギリ動かない位の大きさの岩に延々と体当たり込みで押し続けるのだ。何でもゼオンが昔から鍛えている方法らしい。現在も続けているらしいけど、重量を聞いて耳を疑った。高重力で圧縮した20tの岩を押しながら、1辺が1mmのサイコロをマントで積み上げてジオラマを作るらしい。部室においてある屋敷の模型もマントだけで作った物だそうだ。昨日も小手を使ってお好み焼きを焼いてたけど、本当に器用だよね。

 

20tはスルーだ。龍とパワー勝負出来るって言っていたからそれ位は可能なんだと割り切ろう。そんなに力があるようには見えなかったし、少しだけ触れた手は女の子と比べれば硬いけど柔らかい手をしていたのになぁ。

 

白音ちゃんは私を監督しながら午前中に確保した獲物をナイフ一本で捌いていた。血抜きした鹿も猪も兎もバラバラにして毛皮も綺麗に剥ぎ取って、並べられた生首を見て気分が悪くなってリバースしたのは不可抗力だ。あんなつぶらな目をした首が幾つも並んでるんだもん、気分が悪くなってもおかしくないよね?

 

夕食は白音ちゃんがバラしたお肉や山菜を使った鍋だった。おいしいんだけど、解体現場を見ている身としてはちょっとね。夕食を食べながら他の皆がどんな修行をしていたのかを聞いてみた。

 

部長と朱乃さんは二人で魔法を展開速度と射出速度を重点的に鍛えているそうだ。内容はちょっとよく分からなかった。木場君は目隠しをした状態でギャスパー君が放つ魔力弾を切り払う訓練をしていたそうだ。なんでも師匠にそういう修行を言い渡されているそうだ。アーシアは傷ついた木場君の治療だそうだ。

 

聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)は鍛えればエリア範囲での治療も可能になるそうだ。その為にどんどん使っているらしい。その分消耗も激しいけどそれも修行なのだそうだ。

 

白音ちゃんは今回の修行では料理などの裏方に回るそうだ。何でも成長の限界値らしくてその上限を上げる為の修行は学園を卒業してからじゃないとやる暇が無いそうだ。長期休暇の度に少しずつ上限を上げているそうだけど春休みの分は既に上がりきってしまったらしい。

 

それにしても、アレだけあったはずのお肉や山菜がもう半分しか残ってないんですけど、もしかして明日も狩猟ですか?えっ、私も手伝うの?

 

 

 

 

 

修行の最終日、なんとか譲渡の力を覚醒させる事に成功し皆でどれだけの力を譲渡出来るのかを確認していった。それが終わった後は自由時間となる。ゲームに向けて各自で体調を整える様にとのことだ。

 

白音ちゃんは日課とばかりに山へ獲物を求めるのかと思いきや、教科書を引っ張りだして来て勉強を始めた。部長と朱乃さんはカードを持って来て遊び始める。あっ、朱乃さんのソリティアが始まった。相変わらず容赦がないな。ギャスパー君は女性物のファッション紙を読み始めて、木場君は瞑想を始めた。ただし頭だけで倒立しながらだ。

 

「木場君、なんで頭だけで倒立してるの?」

 

「これかい?これは僕の剣術の流派の開祖が編み出した瞑想だよ。開祖はゲームのトラコンクエストの勇者みたいな人でね。剣や槍や弓なんかの武器の達人で、多彩な魔法も使えて、研究者としても優れていて、敵地のど真ん中で仲間に手作り弁当を振る舞う位の剛胆さを兼ね備えている人なんだ」

 

「最後のはどうかと思うけど、随分と万能な人だったんだね」

 

「そうだね。まあ、僕の師匠もその流派を一時期習っていたらしいから、その関係でやらされてるんだ。一応、僕もその流派を習っているからね。才能が無いって言われてるけど」

 

器用に倒立したまま落ち込む木場君がかなりシュールだ。

 

「ふふふ、才能あふれる者なら1週間で、ゆっくり鍛えても1年もあれば奥義まで辿り着けるはずなのに2年でようやく3分の2。やっぱり僕は中途半端な存在なんだ」

 

本格的に落ち込み始めた木場君をアーシアと二人で慰める。周りの皆は放置しているってことはこれも良くある事なの!?学園じゃあそんな姿は一切出さないのに。変に打たれ弱いとは。

 

これは藍華に教えて漫研にネタを提供して懐を温めるチャンス。学生の財布に優しいとは言えゼオンの屋台に通うのはそこそこ痛かったのだ。ついでにゼオンの事もネタにすればかなりの額になるはず。

 

藍華に連絡を取ろうと外に出て携帯にコールをかける。待つ間、空を見上げると今日も快晴で小さな雲が一つだけ……初日もあんな大きさと形をした雲を見た気がするんだけど。

 

コールするのを止めてメールで詳細を送ってから譲渡の力で視力を上げる。雲だと思っていたそれは、初日の映像で見た白いスーツにマントを羽織ったゼオンだった。ゼオンも私に気付いたのか手招きをしている。ドライグの補助を受けながら30分程かけてゼオンの元まで飛翔する。

 

「くくっ、乗ると良い」

 

私の無様な飛行姿を見てゼオンが笑いを零しながらマントを広げて乗る様に促す。おそるおそる体重をかけると、予想以上に硬い感触で、例えるなら人を駄目にするクッション位の硬さだ。

 

「良く気付いたな。この距離なら白音の仙術による索敵から逃れられるのだがな」

 

「初日にも似た様なのが浮かんでたから。もしかしてずっと居たの?」

 

そうだとしたらお風呂とか覗かれてたのかな?この別荘って露天風呂だから。

 

「いや、さすがに屋台もあるし夜中は屋敷で寝て、朝一にその日の屋台の材料を仕入れて、仕込みを終えてからだな。この時間位から夕方まで毎日通っている」

 

「毎日って、大変じゃない?」

 

「それほどでもないな。オレは心配性でな、無茶をしないかとハラハラする位ならこっそり監視する位負担にも感じないな」

 

「だけど部長が嫌がるからこっそりと?」

 

「正解。背伸びがしたい年頃なんだろう。夏休みから本当の意味でのレーティングゲームデビューだからな。現代ではレーティングゲームの戦績がその悪魔の評価に直結していると言っても過言ではないからな。次期グレモリー家当主として力が入り過ぎているんだろう」

 

「あれ、部長が当主ってことはゼオンが婿入り?」

 

「そうなる。オレには幼い弟が居るからな。ベル家は弟のガッシュが継ぐ事になるな」

 

「ふ~ん。あれ、でもゼオンがベル家を出るのってマイナス要素ばっかりな気がするんだけど」

 

「そうでもないな。グレモリー家は公爵でベル家は伯爵だからな。長男であるオレが婿入りしても不思議ではない。それに、いや、なんでもない」

 

何か話したくない事情でもあるのかそこで会話を切られた。まあ、知られたくない事の一つや二つ位あるよね。

 

「修行の方は順調か?」

 

「はい。なんとか譲渡の力も使える様になりました」

 

「ほう、中々の成長速度だな。少し使ってみてもらえるか?出来れば2回分でだ」

 

ゼオンに言われて譲渡の力でゼオンを全体的に強化する。するとゼオンが顎に手をやって目を瞑り考え事を始める。イケメンはどんな格好をしてもイケメンですね、眼福です。

 

「ふむ、すまないが今度は普通に自分を強化してもらえるか?」

 

「あっ、はい」

 

言われた通りに自分を強化する。その間、ゼオンはじっと瞬きもせずに私の事を見つめてきた。嫌らしい視線は全く感じないのでかなり恥ずかしい。顔も赤くなっている気がする。おかしい、いつから私に乙女回路が搭載されたんだろう。でも、ゼオンになら全部見せてもって私は何を考えているの!?第一、ゼオンは部長の婚約者で、でも朱乃さん達はゼオンに押し掛けてハーレムを無理矢理作らせるんだよね。だったら私が混ざってもって違う!?落ち着け、落ち着くんだ。素数だ、素数を数えるんだ。ええっと

 

「ふむ、なるほど」

 

素数を数えようとした瞬間、ゼオンは何かを理解したのか視線が外れる。おかげで少し冷静になれた。

 

「譲渡の力は使える様になっただけなのだな。かなり力をロスしている。それも今後は解消されていくのだろうが、現在の所は36%しか譲渡する事が出来ないようだな。溜まっている力によっては譲渡せずに自分を強化する方が良いだろう」

 

「でも私は弱いし、魔法もまだ上手く使えないから」

 

「魔法が上手く使えないか。イッセーなら逆に出来るかもしれないな」

 

「何が?」

 

「イッセー、君は魔法を難しく考え過ぎている。明確なイメージが有って大量の魔力があれば大概の事は出来る。それが悪魔の魔法だ。そうだな、漫画やアニメの登場人物の真似なんか特に良い。イメージが固めやすいだろう」

 

「まあ、なんとなくは」

 

「あとは魔力さえ足りれば再現は簡単だ。魔力が有るか無いか、それだけでどんな魔法でも使える。グレモリー家特有の滅びの魔力も再現は可能だ。消耗は激しいがな」

 

「そうなんだ。魔法って本当にどんな事でも出来るの?」

 

「そうだな、逆に出来ない物をあげてみよう。まずは時間逆行は無理だ。それから、若返りに完全な未来予知、生命作成も無理だな。まあ生命作成は擬似的な物なら可能だ。ゴーレムとかプログラムで組める物なら可能だ。限定的な物としては死者蘇生だな。死んですぐなら出来なくもない」

 

「それ以外なら出来るんだ」

 

「うむ。まあ魔力以外にも必要な物もあるがな。その所為で出来ない事は増える。だが、それも特殊な事だけだ。そうだな、ゲームで使える魔法の大半は魔力だけで使えるだろう。イメージさえ明確ならな」

 

じゃあアレも使えるかな?武装解除って良い言葉だよね。

 

「それにしても今日は修行をしなくても良いのか?」

 

「うん、今日は明日のゲームに備えて体調を整える様にって」

 

「なるほど。間違いではないな。それでは今日はそろそろお暇させて貰おう。明日のゲーム、楽しみにしていよう」

 

ゼオンが下まで送ってくれる事になったんだけど、自由落下は勘弁して下さい。地面が近づくにつれて速度を落としてくれたから良かったんだけど、一声かけて欲しかった。変な悲鳴を上げて、また笑われてしまった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦闘用の使い魔ってなんで少ないんだろうな?

 

 

とうとう始まったリアス達とシュナイダーのレーティングゲームをオレは会場で見守っている。用意した舞台は駒王学園。遮蔽物も多く、場所を選べばシュナイダーに奇襲もかけやすい自分たちの庭だ。本陣はリアス達はオカ研部室、オレとシュナイダーは生徒会室となっている。

 

「シュナイダー、前にも言ったが相手はリアス達だ。術に制限は設けるが、手加減はするな。ここから先、リアス達にも力が必要になる。オレが守っても良いが、リアス達はそれを良しとしないだろう。だからこそ力を得る為に経験しなければならない。本当の戦いの恐怖を。お前が見てきた生と死の狭間を、今度はお前が教えてやるんだ」

 

「メル!?」

 

「辛いだろうが、それでも必要なんだ。オレも機を見て一度リアス達に恐怖を与えるつもりだ。だが、いきなりオレでは危険すぎるからな」

 

レーティングゲームと違い、はぐれの討伐の際には殺気を全開にするのが癖と言うか、戦闘のスイッチを切り替えるとそうなってしまうと言った方が良いか。まあそんな感じでONとOFFしか存在しないのだ。

 

そしてオレの殺気なんだが、殺気だけでA級程度のはぐれなら死ぬことがある。失礼にも程がある。まあ、戦ってもS級以上でなければ蹴りの一撃で終わることが多いが。スライムみたいなタイプだとザケル一発で終了だ。

 

「白音と祐斗は大丈夫だろうな。朱乃は昔のトラウマを引きずり出すかもしれん。アーシアも、無理そうだな。リアスはちょっと不安だな。事前に説明してからなら問題無いだろうが、いきなりだと絶対に取り乱して自爆しそうだ。イッセーは分からんが、たぶん駄目そうだ」

 

少し考えてみて、そう結論を出す。まあ、逆に考えれば耐えられるのが二人も居ると考えよう。美雪も刹那も小太郎も耐えられないんだから良いだろう。

 

「さて、シュナイダー。今回、オレは指示を出さない。傍にも居ない。お前が自分で考えて行動するんだ」

 

「メルメル」

 

「そう、自由に恐怖を振りまけ。これから先、リアス達に降り掛かるであろう恐怖よりも濃い物を。折れぬ心を宿す為に」

 

折れぬ心を持つ魔族など一握りだ。ランキングの100位内の王の半分程とサーゼクス様とアジュカ様位だろう。セラフォルー様は少し弱いし、ファルビウム様はよく分からない。だが、折れぬ心を持つ者は強い、強くなる。それはローウェルが証明している。オレと付き合う様になってからランキングの桁が一つ外れたからな。

 

「頼むぞ、シュナイダー」

 

「メルメルメー!!」

 

シュナイダーを見送り、黒板に近づく。魔力で黒板を限界まで強化して、素の力で全力で殴り抜く。情けない。守れるだけの力があると言うのに、それを振るうことが出来ない自分が。情勢は複雑化し活性化してきている。

 

既に神滅具の所有者13人が揃い、神滅具と思われる神器が二つも見つかり、使い魔の森は別の世界と繋がり、何より大戦期の不満が爆発しかかっている。確実に事が起こってしまう。オレ一人では全ての争乱を潰すことは出来ても、事前に潰しきることが出来ない。確実に事は表面化する。

 

これでリアスが守られるのを良しとする性格なら簡単だった。すぐにでもグレモリー家に婿入りしてリアスも眷属もまとめて傍で守ってやれば良い。だが、リアスはそれを望まない。オレが押さえつけないといけないのかもしれない。だが、オレは自由に生きるリアスの事が好きなのだ。

 

誰かに間違っていると言われればそうかもしれない。これはオレの我が侭なのだ。その自分の我が侭に腹が立つ。なんというジレンマか。ストレス溜まるなぁ。またストレス発散に大規模彫刻でもやるか。ローウェルが新しい映画の舞台を欲しがってたから、それでも作ろう。

 

クリアが最終決戦で用意していた様に術を乱発して作る大規模彫刻はベル家のオレが管理する区域の観光名所だ。他にもマントだけで作った物や、素手だけで作った物などもある。最初は作るだけ作って放置していたのだが、領民から観光名所として宣伝したいと言われ、管理の一切を任せている。

 

一番細かく丁寧に作り上げた建物はホテルとして使われてそれが話題になり、増設した上でカリナの伝手で上級貴族にも対応出来る人員を育て上げた。そして、ローウェルがプロデューサー兼監督を務める映画の撮影現場も用意した事で倍率でドン。更に観光客目当てで色々と冥界の企業が進出してきて開発ラッシュも起こった為に税収が10倍を軽く超えてしまった。オレと元から居た代官だけでは捌けなくなったのでサイアスの方から使える人員を紹介して貰い、人間界の方からも妖怪の大将に種類仕事に使える妖怪を借りて、何とか領地を廻している。

 

『リアス・グレモリー様の僧侶、リタイア』

 

考え事をしていたうちに戦況が動いたようだ。思考を戻して魔力を正確に感じ取る。木場は禁手化をしていて白音と共に盾になりながらリアスと朱乃とイッセーが後退中、シュナイダーはディオ・ギコル・シュドルクを展開中か。

 

木場の炎精傭兵団で炎に属性を固定させようとしたのだろうが、ディオ・ギコル・シュドルクに対抗出来なかった、いや、違うな、奇襲でアーシアを倒して炎精傭兵団からの炎を防ぎつつ、足止めを狙ってのディオ・ギコル・シュドルクか。

 

滑る様に廊下を駆け抜けて壁を粉砕し、空を駆けながらディオ・エムル・シュドルクに変更。校舎自体を炎で炙り始める。大胆で分かりやすい()がリアス達に襲いかかっている事だろう。

 

リアスの魔力が高まり、炎の一部を吹き飛ばして全員が外へと飛び出し、そこへシュナイダーが突撃する。白音と祐斗の二人掛かりでそれを止めようとするも、炎で作られた分身をぶつけられて足が止まる。そして、本体であるシュナイダーが防御の薄い後衛の三人に喰らいかかる。

 

「これで終わ、何!?」

 

イッセーの魔力が高まったと思えば、一瞬にしてシュナイダーのディオ・エムル・シュドルクが強制的に解除された。シュナイダーも動揺したのか、距離を一気に離していく。

 

「何が起こった?」

 

式髪を放ち、様子を確認する。シュナイダーには雷撃で胴体部分が焼けこげている部分がある。朱乃の魔術だろう。白音と祐斗は軽度の火傷、それから朱乃が魔力不足にイッセーが左手を骨折か。リアス達は各自ポーションやエーテルを飲みながら移動している。アーシアが抜けた穴はモグがカバーするのだろうな。聖槍にステルスマントにプロテクリングにリフレクリングか。相変わらずの重武装だな。

 

最初からモグが居ればアーシアもなんとか出来ただろうに。まあ、オレがリアス達の力を見る為にと言っていたからな、仕方ないだろう。

 

生徒会室に戻ってきたシュナイダーをサイフォジオで治療する。それが終わってから何があったのかを確認する。

 

「イッセーに殴られたら強制的に剥がされた?」

 

「メルメル、メ、メルメルメル」

 

「イメージ的には留め具を壊されて解け落ちていった感じか。なるほど、興味深い。術式破壊の魔法か。サイアスが見ていれば色々と解析してくれたんだろうがな」

 

昨日少し話しただけなのにそれを形にして見せたか。思考がかなり柔らかいな。おそらくだが、オレの魔術運用方に最も長けているだろうな。オレが仕込みたいと言う気持ちもあるが、少しの助言で自由に成長していく方がイッセーの為になりそうだな。

 

となると今代の白龍皇、奴は邪魔(・・)だな。

 

治療が終わったシュナイダーは再び生徒会室から飛び出していき、今度は接近せずに遠距離から炎や風を飛ばして攻撃する方向に変えたのだが、それらは白音に贈った手甲と脚甲によって弾かれて決定打にならない。

 

何を考えたのか、シュナイダーは地面へと降り立ち、ディオ・ジキル・シュドルクを展開する。そして全力で駆け始める。それに対するのは白音とイッセーのコンビだ。イッセーがディオ・ジキル・シュドルクを剥がして白音が攻撃を決めるつもりなのだろう。だが、考えが甘いな。経験の差がここに来て出て来たか。

 

イッセーがシュナイダーを殴ると同時にディオ・ジキル・シュドルクが解除され、そのまま二人を強引に跳ね飛ばしながらリアス達に突撃する。驚きながらもリアス達は迎撃を行う。だが、不完全なシュドルクを使ってダメージを抑えつつリアスを集中的に狙う。イッセーに何度もシュドルクを剥がされながら、ダメージを負いながらも執拗にリアスだけを狙い続ける。その気迫にリアス達が精神的に押され始める。

 

「そうだ、シュナイダー。見せてやれ、お前の中に眠る野生の力を。どんなに傷つこうが、最終的に生き残れば勝ちなんだ。ゲームに勝つには相手の王を倒せば良いんだ。戦場でもそれはあまり変わらない」

 

そして、とうとうシュナイダーの渾身の蹴りがリアスを捉えた。

 

『リアス・グレモリー様、リタイアを確認。このゲーム、ゼオン・ベル様の勝利です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲーム終了後、治療室に居るリアス達の元に移動する。

 

「ゲームの感想はどうだ?」

 

「……あれが、普通なの?」

 

「ローウェルやサイアスはいつもあんな感じだ。それとオレの対策マニュアルを作っている連中だな。それ以外の奴はオレと戦っても勝つ気がないのか必死になる事はない。どうだ、必死になって襲ってくる者を相手にするのは」

 

「怖かった。今までもはぐれを狩ってきたけど、今日のシュナイダー以上に怖い相手なんて居なかったわ」

 

ベッドの上で震えるリアスを優しく抱きしめてやる。

 

「はぐれのほとんどは変に知能を持つ所為で危機感が薄い奴が多い。シュナイダーもそうだったが、一度過酷なサバイバルをさせて野生を思い出させた。その結果があの最後の猛攻だ。これからリアス達が相手をする中には殆ど居ないだろうが、たまに覚悟を決めて恐ろしく強くなる奴も居るだろう。いきなり出会えば今日の様になっていたかもしれん。それを覚えておいて欲しい」

 

優しく髪を梳きながら語りかける。

 

「ええ」

 

「これからも出来る限りオレも傍には居るが、居ない時もあるからな。だから、耐えると言う事も覚えて欲しい」

 

「耐える?」

 

「色々な物に耐えるんだ。今回の様に敵意に怯える事もあるだろうし、敵が挑発する事もあるだろう。それに耐えて冷静に動かなければならない時が来るはずだ。選択を迫られたとき、そこにはギリギリまで時間を引き延ばすのも一つの選択だ。まあ、悪手の場合もあるがな。そこは経験を積むしかない。もしくはオレの様に力づくでどうとでも出来るだけの力を身につけるかだ」

 

「力づくって」

 

「強大な力は物事をシンプルに運ぶ事も出来る諸刃の剣だ。後の事を考えないのなら全てを壊せば良い。後の事を考えないならな。後の事を考えると中々振るえないのがオレの全力だ。だから、これをリアスに託す」

 

懐に納めているケースからそれを取り出してリアスに握らせる。

 

「えっ?」

 

「戦いに恐怖を覚えた今なら使いこなせるはずだ。オレと言う強力すぎる見せ札。それの使いどころを間違える事はないはずだ」

 

「これって、女王の駒」

 

「オレの女王の駒だ。好きに使うと良い」

 

リアスは少し悩んだ後、オレの女王の駒を自分のケースに収める。それを見て苦笑する。まあ、好きに使えと言ったからな。

 

「これからは色々と若手悪魔との交流も増えてくるだろう。気圧されない様に頑張れ、リアス」

 

最後にリアスの頭をぽんっと叩いてから立ち上がる。

 

「何処に行くの?」

 

「他の連中の様子を見て、今日のゲームの記録を確認してからイッセーとアーシアに贈る物を調達に行ってくる」

 

 

 

 

 

 

 

翌日、アーシアの使い魔にちょうど良い魔獣とイッセー用の魔道具を用意して駒王にある工房にリアス達を招待する。

 

「工房の7割が調理設備ってどうなのかしら」

 

「オレの趣味だからな、仕方ない。残りの3割もハムリオの銀細工工房だ。ちなみに魔術的に隔離されているから衛生面でも完璧だ。2階が居住スペースだが、シャワーを浴びる位しか使っていないな。基本的に厨房で寝てるから」

 

「住宅街から離れてるとは言え大きな庭付きの豪邸を殆ど使わないって、上級悪魔って凄いんですね」

 

イッセーの独り言に答える。

 

「似た様な物なら日本のあちこちにあるぞ。8割程は孤児院を兼ねているがな」

 

「孤児院?」

 

「慈善活動の一環だ。きっかけは白音達との出会いだ。探せば結構な数のハーフの孤児が居てな、それらを種族問わずに保護している。触れ合えば分かるが、種族なんて物はちっぽけな物だ。さて、話を戻そう。まずはイッセーの方だな」

 

用意しておいたケースを開けて拳大の宝石を使ったペンダントを取り出す。

 

「強制禁手化の代価に使える様に細工した宝石だ。2、3回ならドライグの補助を受けながらなら禁手化を使えるはずだ」

 

「ドライグ?」

 

『可能だな。これだけの物を簡単に用意するとは』

 

「元々はとある保険の為に用意した物を流用しただけだ。自力で使える様になれば、魔力タンクとして使えば良いだろう」

 

「ありがとうございます」

 

「次はアーシアだが、使い魔の魔獣を連れてきている。庭の方に出よう」

 

全員を連れて庭に出た後、アーシアの為に用意した魔獣、いや、魔鳥を召還する。

 

「来い」

 

目の前に現れた魔法陣から全長2m程の黄色い鳥が現れる。

 

「クエエエッ!!」

 

「大きいですぅ」

 

目の前に現れたチョコボにアーシアが驚いている。

 

「使い魔の森の奥で見つけた魔鳥だ。新種の為にオレが「チョコボクポ!!」モグ、知っているのか?」

 

まあ、オレも知っているんだがな。ちなみにFFT仕様のチョコボだ。

 

「チョコボって名前の鳥クポ。僕達も良く背中に乗せてもらってたクポ」

 

「ほう、そんな名前なのか。後で登録し直すとして、アーシア」

 

「はい」

 

「君は運動がそれほど得意ではないな」

 

「はぅぅ、そうです」

 

「このチョコボは飛べない代わりに、かなりの健脚を持っている。戦闘もそこそここなせて軽い治癒魔法も使える。頭も良いからこちらの言うことを理解してくれる。君にぴったりの使い魔になるだろう」

 

「ありがとうございます。でも、お世話の方はどうしましょう?」

 

「基本は冥界の方に居るから問題無いが、騎乗の練習も必要だったな。なら、ここを好きに使ってくれてかまわない。結界も敷いてあるからチョコボを見られる事もない。あとは、モグが詳しそうだから手伝って貰うと良い。それからこれが鞍と鐙と手綱だ。一人でも騎乗出来る様にならないとな。しばらくはオレも練習を手伝おう」

 

「はい、がんばります!!」

 

アーシアに指示を出しながら一緒に鞍などをチョコボに装着していく。準備ができればいよいよ騎乗だ。

 

「まずはチョコボに伏せてもらおうか」

 

「はい、お願いします」

 

「クエッ」

 

アーシアがお願いをするとチョコボが伏せてくれる。それでもチョコボの背はまだ高い。

 

「次は鐙に足を掛けて手綱を持つ。そのままゆっくりと跨がればいいが、無理そうなら一度背中に足を置けば良い。その際は声をかけてやれ」

 

「はい。すみません、乗りますね」

 

アーシアはゆっくりと声をかけてからチョコボに跨がる。アーシアが乗ったのを確認するとチョコボはひとりでに立ち上がる。

 

「鐙をしっかりと踏んで体勢を整えろ。その状態で外側から内に向かって軽く蹴れば走り出す。今日は乗る事と歩かせる事に慣れる所からだな。軽く蹴って、手綱も軽く引けば速度を落としてくれる。言葉で伝えるのは最後の手段だ。いずれは足だけで自由自在に走らせれる様になる」

 

チョコボの横に立ち、歩く様に促す。そのまましばらくの間、アーシアに付き合って30分程歩いた所で本日の練習は終了だ。騎乗は意外と体力と筋肉を使うからな。慣れてないだろうから余計に変な所の筋肉を使って筋肉痛になるだろう。

 

「これからもこまめに練習に来る様に。リアス、夏休みには冥界に帰るんだろう?」

 

「ええ、そのつもりよ」

 

「なら、走るのは夏休みの時でいいだろう。今はチョコボの騎乗になれる事を優先だな。それから最後に」

 

魔力で陣を形成してアーシアとチョコボの間にラインを形成する。

 

「これで使い魔の契約は完了だ」

 

「えっ、今まで契約無しで乗ってたの?」

 

「ああ、言っただろう。頭が良いって」

 

契約も無しに魔獣が素直に言う事を聞いているのにリアスが驚いているが、魔獣と言っても動物と変わらないんだ。ちゃんとした調教を施せば契約など必要無いのだ。

 

「さて、今日は良い魚を仕入れている。食べていくだろう?」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

銀術って暗殺にもってこいだよな

 

 

「今日のメニューは何だろうね、アーシア」

 

「昨日のおでんはもの凄くおいしかったですね。味付けの仕方が違うみたいでしたし」

 

「関西風の味付けだよ。大雑把に見える物でももの凄く繊細だったりするのが特徴かな?見た目と味が合わない事なんて良くあるし」

 

いつも通り部活の終わりにゼオンの屋台に向かうと隣にシルバーアクセサリーの露天が開かれてた。

 

「あら、ムジカじゃない。久しぶりね」

 

部長達は知っているってことはゼオンの眷属の人なんだね。

 

「おう、久しぶりだな。ゼオンに呼ばれてしばらくはこっちに居る事になったからな。そっちの二人が新しい眷属か?」

 

「あっ、はい。リアス・グレモリー様の兵士の兵藤一誠です」

 

「アーシア・アルジェントです」

 

「おう、オレはハムリオ・ムジカ。ムジカで呼んでくれ。ゼオンの兵士で銀術士だ」

 

「「銀術士?」」

 

「見せた方が早いな」

 

そう言うとムジカさんは銀の塊を取り出して、それを粘土の様に伸ばしてみせる。

 

「こんな風に特殊な魔力で銀を好きな様に操る魔術を銀術と言うんだ。それをメインに扱うから銀術士。絶滅危惧種の魔術師だ。オレ以外に使えるのは知っている限りで小物作りがメインの人間のばあさんが一人に、ゼオンが初歩程度で使える位だな。適正を持ってないと死ぬ程難易度が上がるみたいで適正を持っているのも恐ろしく少ない。たぶん、もうオレだけしか戦闘に使えるレベルの銀術を扱える者は居ないだろうな」

 

そのままムジカさんは銀を操って花のブローチを二つ作って私とアーシアに手渡してきた。

 

「ほれ、どうせ夏休みには冥界の方に行くんだろう?めんどうなパーティーなんかにも参加させられるだろうから、そう言った小物も必要になってくる。銀術で作った物は誰が作ったか分かる奴には分かるんだがそれは尚更分かりやすく作ってある。ゼオンの眷属とリアスの眷属であると分かりやすい様にな。冥界で役に立つだろうよ」

 

「「ありがとうございます」」

 

「ゼオンが用意を済ませたみたいだぞ」

 

屋台の方を見てみると、折りたたみ式のテーブルの上にオカ研のメンバー分の料理がちょうど運ばれていた。今日は、なんだろうアレ?

 

「カルツォーネ。簡単に説明するならピザの一種だ。生地を二つ折りにして焼いたり揚げたりする料理だ。揚げたてだから気をつける様に」

 

用意されているナイフとフォークを使って切ってみると中から中からトロトロに溶けたチーズがあふれてくる。食べやすいサイズに切って少し冷ましてから口の中に放り込む。

 

「うぅん、おいしい」

 

デリバリーで頼むピザみたいに生地がふにゃふにゃしておらず、揚げてあるおかげでパリッとしていて、二つ折りにしているのでトマトソースの味がぼやけずに残っている。

 

「オレだ。何かあったか?何、それで行き先は?詳しい事が分かり次第連絡しろ。報酬は振り込んでおく」

 

私達が食べている傍でゼオンが何やら不穏な電話を受け取っていた。そして通話を切ると同時に結界を張る。

 

「やはり面倒ごとが起こったぞ。敵は堕天使とはぐれエクソシスト、それと聖剣エクスカリバーだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、ゼオンはやることがあると告げて駒王を離れ、護衛としてムジカさんがオカ研の部室に詰めている。そして、放課後に彼女達はやってきた。

 

一人は青い髪に緑色のメッシュが入った同年代の女の子で、もう一人は私の幼なじみだった紫藤イリナ。そしてそんな二人の格好は白い外套を纏い、胸には十字架をかけている。やってきた二人は教会の者だった。

 

イリナは私を見て驚き、そしてムジカさんを見てすぐに視線をそらした。ムジカさんも居心地が悪そうにソファーに深く座って視線をそらしている。知り合いなのかな?

 

いきなり空気が悪い状態から始まった会談はとりあえず自己紹介から始まった。

 

「私はカトリック教会所属のゼノヴィア、こちらはプロテスタント教会所属の紫藤イリナだ」

 

「カトリックとプロテスタントが一緒に?それだけ事が大きいと言う事なのね。私がこの地を管理しているリアス・グレモリーよ。それから、私の眷属の姫島朱乃と兵藤一誠、アーシア・アルジェント。残りの二人は私の婚約者のゼオン・ベルの眷属の塔城白音とハムリオ・ムジカよ」

 

「ゼオン・ベル?あの最強の悪魔『雷帝』か!?」

 

「そうよ。今は冥界に戻っているけどゼオンもこの地に滞在しているわ」

 

「むぅ、これは、おい、イリナ、どうする?」

 

「えっ、ごめん、何?」

 

「さっきからどうしたんだ?様子がおかしいにも程があるぞ。何か変な物でも食べたか?」

 

「ごめん、話せない。あと、変な物は食べてない」

 

「だがな、イリ「話せないってんだろうが。察しろ」むっ、ムジカだったか、貴様は知っているのか」

 

「知ってるよ。だが、上の方での話し合いで無かった事になってるんだよ。察しろ」

 

「むぅ、そうか。分かった、この件は放っておこう。それでイリナ、この地に『雷帝』がいるそうだが、どうする?」

 

「それはミカエル様とガブリエル様の指示通り、ちょっとごめんなさい、上からの連絡みたいだから」

 

イリナの携帯が鳴り、気分が悪くなる結界を張ってから電話に出る。遮音結界みたいだね。次に部長の携帯にも通話が入る。

 

「ごめんなさい。向こうが先に済んだら待たせて頂戴」

 

部長も遮音結界を張って電話に出る。これって、ゼオンが何かしたのかな?なんとなくそう思ってしまう。とりあえず副部長が入れた紅茶に手を出す。お茶請けはゼオンが焼いたクッキーだ。昨日屋台から帰る時に渡してくれた物だ。

 

「とりあえずどうぞ」

 

ゼノヴィアさんにも薦めておく。

 

「おっ、美味いな。何処で売ってるんだ?」

 

「……公園の屋台?」

 

「なぜそこで疑問系になるんだ」

 

「正確には貰い物だけど頼めば作ってくれそうだから?」

 

「何の屋台なんだ?」

 

「日替わりで色々と。同じメニューは滅多に見ないよ。値段も安いんだけど、今日はやるか分からないよ」

 

「何故だい?」

 

「屋台の主がゼオンだから」

 

「……最強の悪魔が何をやってるんだい?」

 

「昔は屋台のラーメンで自分と白音ちゃんと黒歌先輩を養ってたんだって。今は趣味が料理だから、それを披露する場として屋台をやってるって言ってたし、今度料理本を人間界で出すんだって」

 

そう話すとゼノヴィアが頭を抱えた。気持ちはよく分かる。だけど、本人は気にしていないからいいじゃん。

 

しばらくすると、イリナと部長が通話を終えて結界を解く。

 

「先に確認するけど、内容は私達と貴方達の協力体制とその詳細かしら?」

 

「ええ、そうです。一応、全員への説明と確認を兼ねたいと思うんですけど」

 

「そうね。皆、聞いて頂戴」

 

そこから部長が長々と説明してきたけど、理解出来たのはこれだけだ。

 

聖剣の奪還、あるいは破壊までの間、駒王内での教会の二人の活動を認める。

教会から送られてきた二人はグレモリー眷属と共に一つのチームに再編されて悪魔側と教会側から一名ずつ送られてくる部隊長の指示に従う。聖剣の奪還、あるいは破壊の方針は部隊長達が決める。

 

他にも色々と細かい事があったけど、大まかな内容はそんな所だ。

 

「そして、送られてくる部隊長なんだけど、悪魔側はゼオンよ」

 

「教会からは最強の悪魔払いのデュリオ殿です」

 

二人の様子から察すると、過剰戦力みたいだ。いや、違う。動かすはずのない戦力を動かしたのかな?イリナ達はさっきまではゼオンの力を頼ろうかと考えていたはずだ。それなのにデュリオって人の名前が出た途端に何かを考えだした。部長も何かを感じ取ったのか考え始める。

 

「ごめんなさい。何処か部屋を貸して貰えないかな?少しゼノヴィアと話を合わせたいから」

 

「構わないわ。そうね、1階の一番奥の部屋を使って頂戴。こちらも少し話をまとめたいから。そうね、30分後にまたこの部屋に来て貰えるかしら?」

 

「分かったわ」

 

イリナ達が部室を出ると同時に部長が結界を張る。

 

「ムジカ、ゼオンから何か聞いていたりする?」

 

「いや、オレはお前達の護衛を任されただけだ。だが、ゼオンが何かをしたのは間違いないな。ゼオンの手は意外と長いからな。何か面倒な事を掴んだ可能性が高い。自分たちをトップにおいてリアス達にやらせるということは成長に繋がると考えてるんだろうな。まあ、あれだ、強化合宿だと思え」

 

「それはそれで不安になって来るんだけど」

 

「ゼオンがいるから最悪にはならねえだろう。オレも居るから……」

 

「ムジカ?」

 

「いや、まさか、そんなはずはないか。だが」

 

「心当たりがあるの?」

 

「偶然だと思いたい。一応、確認した方が良いな」

 

「そう、分かったわ。皆は他に何か気付いた事はあるかしら?」

 

「教会側の部隊長のデュリオって人、ゼオンお兄ちゃんから聞いた事があります。神滅具持ちで広域殲滅ならお兄ちゃん並みだって」

 

「ゼオン並の広域殲滅か。となると、神滅具はゼニス・テンペストだな。天候を自由自在に操れる奴だ。しかもゼオン並ってのは通常状態だろうな。禁手ならどうなることやら」

 

「厄介なの?」

 

「オレやグレイの手には余るな。二人掛かりでもキツいだろう。黒歌と白音も加えてなんとか抑えられるかどうかって所か。教会も本気ってことだな。これは確実に裏がある」

 

「そうね。でも、私達が出来る事はなさそうね」

 

「だな。ゼオンと上層部、たぶん魔王様の誰かが噛んでるはずだからそっちに期待しとこう。それよりもこれからのことを考えて覚悟だけはしっかり持っておくように。持てる札を使いこなせるように特訓もだな」

 

ムジカさんの言葉に私とアーシア以外が落ち込む。

 

「ポーションの在庫、どれだけ残ってる?」

 

「ポーションが8に、ハイポーションが2、それとエーテルが5ですね」

 

「万能薬も3つだけあります」

 

「オレはポーションが3つに虎の子のフェニックスの涙が1つだ」

 

「……さすがに街から離れることはないでしょうからアーシアに全部がかかってるわね。薬類は温存しておきましょう。それからイッセー、アーシア」

 

「「はい?」」

 

「覚悟を決めなさい。特訓を付ける時のゼオンはゼオンじゃないと思いなさい。鬼教官って言葉が生ぬるいと感じるから」

 

「「えっ?」」

 

「特訓中は肉体的にも精神的にも死ぬギリギリまで追い詰められます。その分、バランスをとるかのように休憩中や特訓終了後はものすごく甘やかしてくれます。本当はやりたくないけど、私たちのためにって心を大魔王にして鍛えてくれます。少しでも命の危険を減らすために。この前のゲームとは違った形で」

 

「僕はみんなの中で一番キツイ特訓だったけど、禁手化とまっすぐな一本の芯を与えてもらった。ずれていた歯車を強制的にはめ込んで。文字通り死にかけた。だからこそ見えてくる世界があることに気づいた。ゼオンの特訓はそういうものばかりだ。立ちふさがるであろう壁を強制的に登らされる。だけど一回りも二回りも成長できる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなが言っていたのは本当だった。話し合いを終えた私たちは合流場所であるゼオンの家に向かった。イリナ達の拠点にもなるそうだ。最初に異変を感じたのは白音ちゃんで、その次にムジカさんがシルバーのドクロに手を伸ばした次の瞬間、空からはぐれエクソシストが使っていた光の剣が大量に降ってきた。

 

「伏せろ!!」

 

ムジカさんの叫びと同時に白音ちゃんに押し倒される。アーシアは木場君に、イリナは部長に、ゼノヴィアは朱乃さんに押し倒され、ムジカさんが銀で槍を作ってそれを回転させて弾いていく。

 

「砕けねえとか、どんだけ光力を込めてんだよ」

 

今度は横から飛んできたのを木場君が炎の魔剣で弾き、部長が滅びの魔力で消滅させる。

 

「構えろ!!今のはただの牽制だ!!アーシアを中心にしろ!!」

 

私も立ち上がって赤龍帝の籠手を出して構える。そして、心が折られた。相手は何もしていない。私が相手を視界に入れただけ。立っているのはムジカさんだけで、そのムジカさんも槍を支えにしてやっと立っているだけだ。その相手はどこにでもいるような普通の青年のように見える。だけど、震えが止まらない。いえ、震えているのかどうかもわからない。何も分からない。そして青年が手のひらをこちらに向けて何かをつぶやいて

 

 

 

 

 

「うわあああああああああああああっ!?」

 

飛び起きて、飛び起きて?私は、何をしていた?ここは、どこ?

 

「目が覚めたようだな、イッセー」

 

「……ゼオン?」

 

「ゆっくりと飲め」

 

渡されたカップには白湯が入れられている。言われた通りにゆっくりと飲んでいく。

 

「落ち着いたら、もう一度ゆっくりと眠れ」

 

そう言いながらタオルで私の汗を拭ってベッドに寝かしつけてくれる。だけど、あの青年を思い出して体が震える。今ならわかる。あの青年は圧倒的に強い。恐怖の塊だ。

 

震える私の頭をゼオンがゆっくりと撫でてくれる。

 

「安心しろ。オレがどんな奴からも守ってやる。伊達に雷帝を名乗ってない」

 

それでも体の震えが止まらない私はゼオンの服を掴んでしまった。ゼオンは何も言わずに服を掴んだ指を解して、握ってくれる。

 

「オレは傍に付いているからな」

 

ただそれだけなのに、いつの間にか震えが止まり私の意識は薄れていった。

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

side ゼオン

 

 

イッセーが再び眠りについたのを確認してからリビングに戻る。そこにはソファーに深く座ってタバコを吸っているハムリオの姿がある。

 

「すまんな。話の腰を折って」

 

「構わねえよ。あんだけ強力な殺気を浴びたんだ。魘されたって仕方ねぇ。だが、あそこまでやる必要があったのか?わざわざ姿を変えてまで」

 

「オレは、出来ればリアスたちを囲って、オレが全てを片付けたいとすら思っている。だが、それではリアスたちは納得しないだろうし、魅力を殺してしまうとも思っている。だからこそ、取り返しがつく範囲で色々と試練を与えている。あれだけの殺気に晒しておけば大概の相手に怯むことはなくなるだろう」

 

「まあ、白音が耐えられなかった時点でほとんどの奴には怯まないだろうな。それじゃあ、この話はここまででいいよ。本題は別だ」

 

「なんだ?」

 

「オレがここにいるのは、ゼオンの思惑通りなのか?あの、紫藤と一緒にいるのは」

 

「ふむ、やはりそう思ったか。答えはNOだ。リアスたちの護衛を増やすために手が空いていたのがお前で、聖剣が奪われたという情報が入ったところでおそらくは送られてくるだろうとは思っていたがな」

 

「……そうか」

 

「やはり思うところがあるのか?」

 

「……ないとは、言い切れねぇ。少しだけ話を聞いていたからな。最後まで面倒を見切れなかったから伸び悩むだろうなって」

 

「どうするかは好きにすればいい。この事件が終われば表向きは平和が訪れる。三種族での和平会議を上は考えているそうだ」

 

「言って良かったのかよ?」

 

「お前なら言わないほうが良いとぐらい分かるだろう」

 

「へいへい、了解ですよっと」

 

「うむ、ではオレは明日の仕込みに入る。何かあれば呼べ」

 

「おう。ああ、そうだ。久しぶりにゼオンのラーメンが食いてえな」

 

「この件が終わった時の打ち上げに作ってやる。楽しみにしていると良い」

 

「そうさせてもらうよ」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

今更思うけど電車男のスレ住民は真面目に優しいよね

 

side ハムリオ

 

 

好きにしろか。そう言われても難しいんだよな。俺が本気で愛した女、レイナの最初で最後の弟子。おそらくはオレ以外で唯一の銀術を戦闘で扱える素質を持つ者。そんでもって教会所属の聖剣使いで、オレを殴り飛ばして拘束した奴。オレは気にしていないが向こうは気にしているだろうな。あと、気になるのが、弱いということだな。ゼノヴィアとかいうのと二人がかりで白音に攻撃をかすらせることもできてない。擬態の聖剣も刀の状態で固定して全く変化を起こさない。一から鍛えなおしだな。

 

「ゼオン、紫藤を借りるぞ。場合によっては聖剣を使わないほうが良いかもしれん」

 

「そんなにひどいか?」

 

「酷すぎるな。明らかに自分のスタイルを殺していやがる。多少の無茶は良いんだよな?」

 

「デュリオ」

 

「構わないよ。上から許可が出ているから。はい、足元がお留守だよ。自信がないなら自分を強化するより他人を強化してあげて。前衛も後衛も攻撃は足りてるから補助を行えるのがいた方がバランス取れるからね」

 

「では任せる。ゼノヴィア、もっと聖剣の力を引き出せ!!剣の構えなど忘れてしまえ!!触れた物を全て破壊するだけでいい。破壊することだけを考えろ!!」

 

「おう、紫藤!!お前はこっちだ」

 

各自の強さを互いに覚えさせるためにゼオンとデュリオ相手に戦っているリアスたちの中から紫藤を呼び出す。

 

「ここじゃあアレだから場所を移すぞ」

 

訓練用の地下室から工房に上がり、さらに二階にあるリビングまで上がる。互いに飲み物を用意してから切り出す。

 

「率直に行こう。オレは教会とか天使とかを嫌ったりはしていない。だが、あの時のレイナを自分たちの欲で殺した奴らは許さねえ!!お前のことはレイナから少しだけ聞いている。最後まで面倒をみれずに裏切るような形になったって後悔もしていた」

 

「……そんなことは分かってるわよ。私宛にレイナお姉さまから手紙が来てたから。けど、それでも頭では分かってても心が納得できないのよ!!なんでなのよ、なんで偶然はぐれ討伐が一緒になって、お互いに一目惚れなんかして、上に義理を通そうとしたのよ!!どれか一つでも違ってたら、こんなことになんてならなかったのに」

 

紫藤の言うことは持ってのとおりだ。オレとレイナが出会わなければ、どちらかが拒絶していれば、何も言わずに去っていれば、紫藤にとっての結末は大きく変わっていたはずだ。それは分かる。

 

「だが、それと銀術を使わない理由にはならねえだろうが。それに擬態の聖剣もあまり変化させる気がないな」

 

「それは……」

 

「ちょっと今の腕前を見せてみろ。そのロザリオ、銀製だろう」

 

とりあえず力量を確認しようとして、結果に頭を抱えたくなった。

 

「冗談……じゃないんだよな」

 

「うぅっ、銀術を使ってると頭の中がごちゃごちゃになってどうすることもできないのよ」

 

「あ~、幾らなんでもこれは酷すぎるだろ初心者以下だな。魔力を通してるのに変化させれないとか」

 

これは方針の変更だな。かなり荒療治になるが仕方ない。

 

「私だって昔はちゃんと使えたの。お姉さまの人形劇の手伝いをやってたんだから」

 

「人形劇、か。親父さんの形見だった人形を使った奴か」

 

「そうよ。けど、それも今はオストリッチしか残ってない」

 

そう言って自分の身を抱きしめて震える。

 

「なんで変わっちゃうの?私は変わりたくない、変えたくない。幸せなままでいればいいのに。なんでなのよ」

 

「……変わらないものなんてこの世には存在しない。成長、摩耗、推移、世の中は絶えず変化し続けている」

 

話しながらも気づかれないように少しずつ銀を広げていく。

 

「誰かを思う心は絶対に変わらないなんてことはない。そんな世界は何もない空虚な世界だ」

 

「そんなことあるわけがっ!?」

 

伸ばしていた銀で紫藤を覆う。脱出するには銀術を使うしかない。銀は魔力や光力との親和性が高い。その身に力を蓄えてしまうので破壊するのは難しい。完全に密封もしたので放っておけば酸欠で死ぬ。トラウマの治療には荒療治しかないからな。これで銀術を使えないようなら、二度と戦えないようにしてやった方が紫藤のためだ。

 

相手は聖剣エクスカリバーと堕天使の幹部であるコカビエル。戦力評価ではヴォルフシュテインを使わないレイフォンぐらいだと聞いている。戦闘スタイルによっては死ぬほど面倒な相手になる。空戦は確実だろうな。

 

飛べない紫藤が戦うには銀術と擬態の聖剣は必須だ。それが使えないのなら戦わせないのが一番だ。戦闘ができないぐらいの後遺症を与えればゼオンもデュリオも戦闘から外すはずだ。

 

 

 

 

そろそろやばいだろうな。これ以上変化の兆しがなければ解かないと死ぬな。軽く魔力を銀に通して、確認する。魔力は通っている。そして変化の兆しは無しで逆に硬化している。トラウマを乗り越えるのはやはり難しいか。感じられる魔力がどんどんと少なくなっていき、完全に途切れると思った瞬間から銀が溶け始めていった。

 

「これは、完全に意識を失って、いや、逆に意識を失ったからこそか」

 

このままでは銀に溺れるだろうから全て回収してソファーに寝かせて簡単な診断を行う。特に問題はなく、気付けをすればすぐにでも目を覚ますだろうな。

 

「調子はどうだ?」

 

いつの間にかゼオンの式髪が傍に立っていた。

 

「微妙。このままなら確実に足手まといになるな」

 

「できる限りのことはするのか?」

 

「そりゃあ、レイナの弟子だからな。レイナから預かっている物もあるし、現状を作った原因の一つがオレっぽいからな」

 

「そうか。なら、オレからは何も言わないでおく。お前に判断を任せる。フォローに不安があるならグレイを呼び寄せても構わん」

 

「いや、もう少しなんとかやってみるよ。ただ、戦闘に関しては最悪外すのも考えておいてくれ。中途半端なままだと死ぬかもしれないからな」

 

「それもお前に任せる。デュリオからの許可も取ってある」

 

「任された。そっちはどうなんだ?」

 

「うむ、少しやりすぎたみたいでな。イッセーが使い物にならなくなった」

 

「何をやってんだよ!?」

 

「うむ、昨日の殺気をぶつけたのがまずかったようだ。集団に対して放ったからな、イッセーだけ無意識下のトラウマになってしまったようだ。もう少し強いか、逆に弱ければこんなことにはならなかったのだがな。一定以上の殺気を浴びると錯乱してしまうようになった」

 

「おいおい、どうするんだよ」

 

「夢渡りしかないだろうな」

 

「夢渡りか、大丈夫か?トラウマに対する夢渡りはかなり危険なんだろう?」

 

夢渡りは文字通り他人の夢に潜る術だ。夢とは無意識下の領域、その領域に巣食う元凶を直接攘うことでトラウマなどを取り除くことや本音を引き出す術だ。ただし、術者は魂魄自体で夢に潜るため傷つけられると本体も消耗する。

 

「だがやるしかない。くくっ、久しぶりに全力で戦えそうだな」

 

「負ける心配してないが気をつけろよ」

 

「無論だ」

 

 

 

 

sideゼオン

 

 

深夜、全員が寝静まった中、イッセーの部屋から魘される声が聞こえたのを確認して部屋に入る。そのままベッドの横に椅子を移動させて座り、手を握って夢渡りの術を発動する。浅い部分に元凶は見当たらない。深い部分にまで一気に潜る。そして見つける。あの時と全く同じシチュエーションでちょうどクリアの姿をしたオレがイッセーたちの前に立ちふさがるところだ。クリアが右手を上げる前に殺気でバタバタと倒れていく役者たちの前に素早く降り立ちマントを広げて防御の体制をとる。次の瞬間、バカみたいな大きさの魔力弾が放たれた。

 

「ちっ、ラシルド、ザグルゼム、ザグルゼム、ザグルゼム!!」

 

ラシルドを三回のザグルゼムで強化して跳ね返す。予想以上の攻撃力だが、それだけイッセーが恐れているということだ。が、これぐらいなら想定の範囲内だ。むしろ本物のクリアの方が強い。

 

「ぜ、オン?」

 

「安心しろ、オレが守ってやる」

 

安心させるように軽く頭を撫でてからクリアに相対すると同時にリミッター全てを解除する。

 

「後悔させてやるぞ!!シン・ドラグナー・ナグル!!」

 

最強の肉体強化呪文を発動させて懐に飛び込む。クリアもそれに反応するが遅い。抉るようにレバーブローを叩き込み、くの字に曲がったことで下がった顎にアッパーを叩き込み、浮き上がった足を掴んで地面に叩きつける。

 

「エクセレス・ザケルガ!!」

 

叩きつけた状態からそのままエクセレス・ザケルガを打ち込んで地中に埋める。這い上がってくるまでの間に体の調子を確かめる。右の拳が骨折、左足の腱が切れている。さすがにシンの力に体がついてこないか。もう少しナグル系を使い込んでいけば体に慣れるだろうな。穴から飛び出してきたクリアはどこからか巨大な槍を持ってきており、それを空高くから投げてくる。

 

「ベルド・グラビレイ!!」

 

右手を軽く振り、そこから少し離れた位置に重力で出来た帯が現れ、斥力で原子からバラバラにして弾く。剣の脆さに呆れながら、空高く飛んでくれたことに感謝する。こいつは距離がないと危険だからな。

 

「ニュー・ボルツ・マ・グラビレイ!!」

 

マイクロブラックホールを発生させるこの術に耐えられる者は少ない。押し潰されていくクリアが完全に消滅するまで見守る。完全に消滅したのを確認してから術を解除する。それと同時に世界が崩れ始める。悪夢が終わり、世界が閉じる。だが、その前にもう一つだけやることがある。素早くイッセーの元へと移動する。

 

「イッセー、君には力がある。赤龍帝の籠手は、神をも殺せる力を君に与えてくれる。だがそれだけだ。龍は争いを引き込む存在だ。君は一生、争いに巻き込まれる運命と言ってもいい。恐ろしいかもしれない。だが、安心しろ。オレが全てを粉砕してやる。だから、オレが駆けつけれるまで諦めるな。オレが守ってやる」

 

そう言ってもう一度頭を撫でてやる。ここらが限界だな。夢渡りで上の層へと一緒に移動してから術を解除する。それにしても夢の中とはいえそこそこ全力を出せて楽しかったな。夢か。少し研究してみるか?

 

 

 

 

 

sideout

 

 

 

 

side 一誠

 

 

夜中にふと目が覚める。誰かが傍にいたのか、椅子がベッドの隣に置かれていた。喉の渇きを感じて、何かを飲もうと部屋から出る。リビングの隣に設置されている冷蔵庫を開けて中から水を取り出す。それが聞こえたのはたまたまだった。ペットボトルの水を飲み、息を吐き出した後の一瞬の静寂に、何かを置く音が聞こえた。聞こえたのは1階からで、こんな時間に誰がと思い、ゆっくりと階段を降りる。そこには大きな氷を包丁で削って彫刻を行っているゼオンがいた。迷いなく削っているのに綺麗に東洋の龍の形が姿を現していく。時間にして5分も経っていないだろう。それなのに氷で出来た龍が完成していた。

 

「ふぅ~、研ぎが甘かったか」

 

そう言ってゼオンは氷を砕いてしまった。

 

「あっ」

 

「うん?イッセーか、どうしたんだ、こんな時間に」

 

「ちょっと喉が渇いて目が覚めて、そうしたら物音が聞こえたから」

 

「そうか。それで見ていたのか」

 

「うん。だけど、なんで壊しちゃったの?」

 

「ああ、先ほどのか。これは包丁の研ぎ具合を見るために行っている彫刻でな。彫刻が目的ではないのでな。彫刻は素手に限る」

 

「いやいや、素手って」

 

「オレにとっては岩も少し硬い粘土のようなものだからな。素手が一番表現しやすい。その次は包丁だな。伊達に料理人をやっていない」

 

「ふふっ、そうですね」

 

そこで話が途切れた。ゼオンは砕いた氷を片付け始める。そんな中、ふと聞くタイミングがなかったことを思い出して口にした。

 

「ねぇ、聞いてもいいですか?」

 

「答えられることならな」

 

「どうしてそんなに強いんですか?」

 

「難しい質問だな。まあ才能があった。努力もした。だが、それ以上に強い思いを得たことが一番の要因だろう」

 

「強い思い?」

 

「そうだ。オレが13になる前だったか、人生初のレーティングゲーム。黒歌と白音に消せない傷を残した最低最悪の相手とのゲーム。何故幼い二人が傷つかなければならないのか。オレはそんな世界を嫌った。そして他にもいるだろう同じ境遇の子供を探し、保護を始めた。少しでもまともな未来にたどり着くために。オレも、あまり良いとは、いや、ある程度は良かった?普通から見れば不幸を通り越した何かだったか。まあ、家族間は完全に冷め切った関係だったな。以前にも疑問に思っていただろう?オレがグレモリー家に婿入りすることに。つまりはそういうことだ」

 

「それ、は」

 

「オレは気にしていない。むしろ、オレなんかをリアスたちが好きになってくれて嬉しいぐらいだ。親父共はオレを貶しているからな。冥界ではあまり好意的に見られることが少ない。敵意まで露わにする貴族はほとんど居ないが嫌悪感を現すのは多い。友人と呼べる悪魔は14になるまで一人もいなかった。人間にも客と呼べるようなものばかりで友人と呼べるものは少なかった。だからだろうな、人一倍寂しがり屋なオレは一度懐に入れたものを失うことを恐れて、その恐怖がオレをここまで強くした」

 

「恐怖が強くする」

 

「違う違う。恐怖から逃れようと立ち向かう心が強くするんだ。自分の力不足を言い訳にはしたくないからな、オレは何処までも色々な力を求める。まあ、そろそろ魔力と筋力は頭打ちだろうから維持するのを目標に、精密性と魔術の効率化を優先しつつ小技を少々増やしていく位だがな。財力も色々と手を出して増やしているし、他種族の上の方とのつながりは結構持っているしな。妖怪は世話になっていたぬらりひょんの紹介で八坂様と飲み友だし、日本神話の天照は屋台の常連だったし、グリゴリのアザゼルとも飲み友だし、バラキエルは朱乃関係でちょっとお話になったりもしたし、ギリシャ神話のゼウスとは真の雷の覇者を決めるために争った仲だし、北欧神話のトールもゼウスと一緒に暴れて、他にも雷を操る奴らが色々と集まっての大乱戦は懐かしい。大乱戦は互いに雷を操るだけあって耐性を持つ所為か泥沼になって硬直状態に陥ったことで誰かが酒を持ち出したことで酒宴に流れ込んだ。おかげでパイプができたんだがな。たまにこっそり人間界で集まって酒宴を開いてるしな。その際には酒好きな奴らも混ざる所為で顔が売れるのなんのって。ザルのオレを越すワクのような奴らばっかりだからな」

 

なんかすごい名前がごろごろ出てきた気がする。

 

「恐怖を感じるのは生き物としては当然だ。だが、その恐怖にどう立ち向かうのかはそれぞれだ。時には負けることもあるだろう。だがあえて言おう。諦めるな!!諦めたらそこで終わりだ。諦めない心が成長するための材料だ。そしてどうしても無理なら、オレを呼べ。伊達に雷帝を名乗ってない」

 

「くすっ、それ前にも聞いたよ」

 

「ああ、何回でも言うさ。意地っ張りが多いからな。素直に助けてって言ってくれる奴が居ないんだよ。オレとしては頼ってくれた方が嬉しいんだがな」

 

ゼオンは苦笑しながら砕いた氷を流し台に放り込んでいく。

 

「さて、そろそろ眠るといい。明日からも大変だぞ」

 

「うん。でも、また今日みたいなことにならないかな?」

 

またあの姿がチラついたら、あれ?

 

「大丈夫だ。きっとイッセーならな」

 

そう言ってゼオンが頭を撫でてくれる。この感じ、何処かで。そう、私のピンチに颯爽と現れて私を守ってくれたような。そんなことはないはずなのに、何故かそう思えてしまう。

 

「うん」

 

ゼオンに促されるまま部屋に戻ってベッドに入る。私、本当にどうしちゃったんだろう。もしかして本当に、ゼオンに惚れちゃったのかな。確かに格好いいし、優しくて強いけど、私なんかと全然釣り合わないし。女の子らしいところなんてほとんどないし。あれ?おかしい。釣り合わないとかそういうことは思うのに、それでもって思う方が強い。えっ?もしかして本当に?いや、でも、そんな馬鹿な。私の夢は可愛い女の子やかっこいい男でハーレムを築くことだ、決してハーレムに加わるこ、と、じゃ……ない、はずだったのに。嫌じゃない、寧ろ侍らされる側の方がいいなんて、思ってる。ゼオンに甘やかされたい。あの手で撫でられて、あの腕に抱かれて、あの声で愛を囁かれたら。

 

顔が熱くなるのが分かる。今私の顔を見たら真っ赤に染まっている自信がある。自覚しちゃった。私、ゼオンに本気で惚れちゃってる。やばい、明日からどんな顔して会えばいいんだろう。周りにはばれない方がいいのかな?それとも正直に部長に言った方がいいのかな?どうしようどうしようどうしようどうしよう。誰か、たすけて〜〜!?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覚醒はいつも唐突に来るけど、それを支える土台があってこそ

サガシリーズのひらめきシステムのようにころころ戦闘中に覚醒しているイメージしかないHSDD
ドレスブレイク以外に事前に構想を練って開発したものって何かあったっけ?


 

 

なんだか、イッセーの様子がおかしいな?もしかして夢渡に失敗してたか?

 

「イッセー、体調が悪いなら休んでいても構わないぞ」

 

「うぇっ!?だ、大丈夫だよ?」

 

「いや、どう見ても大丈夫に見えないぞ。熱でもあるのか」

 

額同士を当てて熱を計ってみるが、かなり熱い。39.2度といったところか。

 

「熱があるなら早く言え」

 

イッセーを横抱きにしてイッセーに振り分けている部屋まで運ぶ。

 

「大人しくしてろ。今、薬とかを用意してくる」

 

イッセーをベッドに寝かせてから部屋を出て薬とタオルと氷嚢とスポーツドリンクを用意する。部屋に戻ろうとしたところでリアスがやってくる。

 

「ゼオン、イッセーの看病は私がやるから皆をお願いできるかしら」

 

「うん?」

 

「女性同士のほうが問題が少なくていいでしょう」

 

なるほど、確かにそうだな。

 

「分かった。だが、これだけは運ばせてもらおう」

 

用意した物を持ってリアスとともにイッセーの部屋に向かい、荷物をおいてから地下へと引き返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼオンが部屋を出て気配が遠ざかったところでイッセーに話しかける。

 

「本気で惚れちゃったんでしょ」

 

私の言葉にイッセーの顔が真っ赤になる。

 

「イッセーも私達の中に来る?」

 

「あぅ、その、いいんですか?」

 

「いいわよ。それにゼオンの周りに人が増えるのはゼオン自身も無意識に望んでいるの」

 

「無意識にですか?」

 

「ゼオンは昔から人付き合いが苦手でね、お客さん相手になら問題ないんだけど、それ以外とは家のことがあって距離を置くことが多いの。自分の悪い噂に翻弄されている相手やその周りが傷つけられないように。だから、寂しい人生を送ってきているの。黒歌や白音の問題の件でそれが余計に顕著になったしね。だけど、その分一度懐に入った者を全力で守ろうとするの。朱乃もちょっと家族のことで問題を抱えていたんだけど、ゼオンがそれを強引に何とかしたりね。それで家族の問題は解決したんだけど、それをちょっと離れたところで寂しそうにしてたり」

 

「あのいつも笑顔のゼオンが?」

 

「まだそこまで分からないと思うけど、あれは仮面よ。本当の笑顔は滅多に見せないわ。見れたとしても夢だったと思うわ。私も両手の指で数え切れる位しか見たことがないわ。黒歌と白音は泣いている所を2回だったかしら。優しくて我慢強い人だから、どうしても溜め込んじゃうの。だから、ちょっとだけでも気が抜けるなら周りに女の子が増えてもいいの」

 

「部長」

 

「イッセー、ゼオンは鈍感だから真正面から思いをぶつけなさい。タイミングは貴女に任せるわ。ゼオンの周りにいる皆は貴女を歓迎するわ」

 

「ええっと、ありがとうございます?」

 

疑問形でこたえるけど、まあ、普通は歓迎されるとは思わないわよね。だけど、それでも良いと思うのよ。私たちはゼオンに色々な物を貰ったから。少しでもお返しが出来れば、気を抜ける時間を増やせたら、そう思うのよ。

 

 

 

 

 

 

部長には歓迎するって言われたけど、誰かに本気で惚れるなんてこと今まで経験したことがない私としては告白する勇気が出なくてずるずると引っ張ってしまっている。それでも先日のように体調不良だとは思われない程度には平静を装えている。まさかおでこ同士を合わせる熱の計られ方をするなんて思っても見なかったし、お姫様抱っこまでされるなんて。女として半分は終わってると思ってたけど、存外乙女だったようだ。思い出すだけで顔面が真っ赤になる。

 

「イッセー先輩、また足元がお留守ですよ」

 

考え事をしていた所を白音ちゃんに足払いをかけられて転んでしまう。そのまま転がり続けて距離と勢いをつけてから飛び起きる。

 

「リカバリーはよくなりましたね」

 

「そりゃあ、何回も転ばされてるからね」

 

「それだけ足元がお留守なんですよ。ほら」

 

「いや、明らかに力づくじゃん!!」

 

「技も加えると手加減が効かなくて足を折っちゃいますよ?」

 

「力づくで結構です」

 

アーシアも患部に直接触れることの出来ない骨折を治すのは時間がかかる。速く治療するには肉を抉って直接聖母の微笑の力を当てなければならない。ゼオンの治療の場合は小さいピンク色の剣を患部に突き刺す。突き刺した付近しか治療できないので必然的に患部を触らせることになるんだけど、足となるとゼオンが目の前に膝まつくことになる。それも足に触れることにもなる。少し前ならラッキー程度に思えていたんだろうけど、今の私には平常心ではいられない。乙女回路をオフにするスイッチってないかな?藍華にも笑われて、心配されるぐらいに強力な乙女回路が搭載されてるなんて自分でも知らなかったよ。

 

「それにしても、もう一週間も経つけど、まだ動かなくていいのかな?」

 

「ゼオンお兄ちゃんが言うには、相手は構ってちゃんだから、無視してればちょっかいを絶対かけてくるって。それに街には式髪を数百体放って監視してるからいきなり詰みになるような状況にはならないとも」

 

「本当に多彩なんだね」

 

「変わり者の知り合いが多いですから。一緒に暮らしていた時は、種族の違いなんてちっぽけなことなんだって肌で感じましたから。言葉が違っても、思いさえ伝われば手を取り合うことはできる。うまい酒と飯があれば大概の奴とは仲良くなれるって言ってますよ。自分でうまい飯を作りながら、うまい酒を持ってこさせて」

 

「なんか、自由だよね」

 

「基本的に悪魔のプライベートって自由ですよ。仕事は仕事、遊びは遊び、仕事で遊べれば一番いいな~、って感じです。セラフォルー・レヴィアタン様とか、その代表格です」

 

「えっと、セラフォルー・レヴィアタン様って魔王様だよね?その人が代表格って」

 

「会えばわかりますよ、会えば。と言うか、魔王様方全員がプライベートはひどいですよ」

 

「聞きたくなかったそんなこと!!」

 

「妖怪、特に鬼と比べれば大したことないですって。そう言えば姉様から手紙が来てましたよ。お兄ちゃんの傍に居たいならちゃんと正面から思いを告げてからじゃないと邪魔するって」

 

「う~ん、やっぱりその感覚がわからないや。本当に良いの?」

 

「三つ子の魂百までって言うじゃないですか。お兄ちゃん、一人でいるのが当たり前って考えてる時があるんです。放って置いたら屋台をやるだけの機械みたいになりますよ」

 

「そんなこと」

 

「ありえないなんてことはありません。お兄ちゃん、昔に比べて心が弱ってます。レーティングゲームのランキングが上がれば上がるだけ、強いはぐれを倒せば倒すだけやっかみや誹謗中傷が増えていくんです。お兄ちゃんは気にしていないなんて言っていますけど、本人が気づいていないだけでドンドン弱っているんです。だから、周りで支えてあげられる、気を抜ける相手を増やしてあげたいんです。いつか心が折れて倒れそうなときに支えてあげれるように」

 

「ゼオンの心が折れる?そんなことあり得るの?」

 

「これ以上はお兄ちゃんにちゃんと思いを告げてからです。デリケートな話なので。お兄ちゃんの弱点と言ってもいいです」

 

その弱点を聞き返そうとしたところで大きな爆発音が聞こえてきた。音だけで振動が一切ないのでなんか変な感じだ。

 

「ふむ、どうやら癇癪を起こしたみたいだな。挑発してくるから、その間に戦闘準備を整えろ」

 

ゼオンが挑発を兼ねるためかエプロン姿で階段を上がっていく。ゼオンは戦う時は必ず白いスーツにマントを羽織るのが裏の世界では常識なのだそうだ。たとえ相手が私達のような新人相手の訓練でもだ。それなのに態々エプロン姿で行くということは敵や訓練相手とすら見ていないということだ。これは怒るだろうな。案の定というべきか爆発音が聞こえてくるけど、それ以外は何もない。ゼオンが用意してくれたポーションとエーテルで回復し、着替えて戦闘準備が終わる頃にゼオンが降りてくる。

 

「さて、これから闘争の時間だ。敵の数は上級堕天使が一人にエクスカリバーを持つはぐれのエクソシストが一人、そして戦闘力を持たない神父が一人だ。まあ、多少の魔獣を使ってくる可能性もあるが皆の力なら問題ないだろう。基本的にオレとデュリオは手を出さない。だが、いざという時は動く。だから、第一目標は死ぬな。第二目標がコカビエルの首だ。そしてはぐれのエクソシストと神父は木場、お前が斬れ。今のお前なら負けることはないだろうが、一つ課題を出す」

 

「課題ですか?」

 

「そうだ。対象の二人と対話を行え。意味がわからないかもしれないが、それがお前を剣士として一歩先に踏み出させる」

 

「……分かりました」

 

「皆もエクソシストの相手をする必要はない」

 

「「「はい」」」

 

「任せた以上、しくじるなよ」

 

「はい!!」

 

「各自自分の役割を果たせ。そうすれば十分勝てる。10分後にでる。会場は駒王学園だ」

 

10分後に外に出てみるとゼオンがシュナイダーに跨り、マントを大きく広げていた。

 

「転移では万一の場合の奇襲が怖いからな。シュナイダーに引っ張ってもらう。マントの上に乗れ。変形させて固定するし、風はこっちで防ぐ」

 

「噂に聞く雷帝の揺り籠か。こんな機会じゃないと乗ったりできなかったな」

 

デュリオさんがちょっと嬉しそうにマントに乗る。

 

「雷帝の揺り籠?」

 

「ああ、悪魔達の間じゃ通じないんだっけ?その名の通り赤ん坊を守るように、雷帝を包みて守りし揺り籠。それからそれを本当に揺り籠として使った子供達は大成するって噂もあったっけ」

 

「こいつを揺り籠として使ったのなんて少ないがな。まあ、白音や黒歌、妖怪が何人かといったところか。いや、オレ自身もか」

 

ゼオンが苦笑をしながらも手招きでマントに乗るように促す。皆普通に乗る中、イリナとゼノヴィアだけはおっかなびっくりしながら乗る。それを見て面白そうにマントを揺らめかせて遊んでいるゼオンを見て、白音ちゃんの話が本当なのかどうか怪しくなる。

 

「さて、それじゃあ行くか。シュナイダー、エクセリオ・シュドルク、フェイ・シュドルク!!」

 

シュナイダーの身体が一回り大きくなり、角と鎧が生成され、空を駆ける。かなりの速度で走っているのに風を感じることもなくあっという間に学園まで到着した。そして、向こうが気づくよりも速く、シュナイダーの角がコカビエルの翼を根本から刺し貫いてもぎ取る。

 

「今のはサービスだ。所詮はシュナイダーにすら劣る力しか持たない堕天使だ。臆することはない」

 

そう言ってからゆっくりと高度を下げてくれる。

 

「シュナイダーにすら反応できない時点でオレと戦う資格などない。よくその程度の力量で戦争を起こそうなどと考えたものだ。上位ランカーのエースに劣るぞ」

 

「糞が!!よくもオレの翼を!!」

 

「過去の遺物の時代は終わったんだよ。それが分からないから、その程度の力しか持っていないんだよ。オレとシュナイダーとデュリオが手を出すまでもない」

 

「舐めるな!!来い、ケルベロス共!!」

 

校庭に巨大な魔法陣が現れ、そこから何匹ものケルベロスが姿を現す。

 

「20匹か。とりあえず10匹はオレが貰うぞ」

 

「私は5匹もらいます。残りは頑張ってください。時間さえ稼いでくれれば助けに行きますんで」

 

そう言ってハムリオさんが首に掛けていたシルバーのドクロを槍に変化させ、白音ちゃんが拳を握って走り出す。

 

「こっちも遅れずに行くわよ!!二匹は抑えておくから、その間に朱乃とイッセーでなんとか一匹を仕留めて!!」

 

「イリナ、一匹を抑えてろ。すぐに片付ける!!」

 

こうしている間に木場君はそっと場を離れて聖なる気が感じられる方へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フリード、エクスカリバーの統合にはまだ時間がかかる!!なんとしても止めろ!!」

 

「分かってまさぁ!!」

 

フリードと呼ばれたエクソシストが量産品の光剣で斬りかかろうとしてくるのを手を上げて制す。

 

「君達のことは僕に全て任されている。僕の話に付き合うのなら、手を出さない」

 

フリードが踏みとどまり、バルパーの命令を待つ。量産品の光剣では不利なことをちゃんと理解していて、エクスカリバーの統合を待つほうが良いと最初から考えていたな。

 

「何の話に付き合えと?」

 

どうやら対話を選んでくれたようだ。だから、昔の名前を、教会に所属していた頃の名前を告げる。

 

「僕の昔の名前はイザイヤ。この名に聞き覚えはあるかい?」

 

「イザイヤ?ああ、あの時逃げ出した奴か。悪魔になって生き延びていたのか」

 

「そうさ。貴方が失敗作だと切り捨てた実験体さ!!」

 

落ち着け。頭を冷やせ。爆発させるのは攻撃の一瞬だけだ。それまでは押さえつけて力を貯めるんだ。

 

「追放されたのは聞いていたけど、まだ生きていたんだね。おかげで敵が討てる。詐欺師に相応しく夢を破って殺してあげる」

 

そのために真正面からエクスカリバーを叩き折る。欲を言えば7本全て統合した物を折りたいのだけど、そこまでは欲張り過ぎかな。

 

「私の夢を破るなど不可能だ。私はね、子供の頃から聖剣に惚れ込んでいた。聖剣を手に悪を切り捨てるのを何度夢見たことか。だが、私に聖剣を扱うことは、ましてや量産型の光剣すら扱えなかった。その時のショックがどれほどのものか貴様に分かるか!!だが、私は諦めなかった。どうにかして聖剣を扱う方法を見つけ出そうと」

 

「あの計画を立てた。低ランクの聖剣なら扱える子供を集め、ランクの高い聖剣を扱えるようにする訓練を施す計画を」

 

「そうだ。だが結果は知っての通り。どうすることもできなかった。そんな時に天啓が降りたのだよ。街に居た子供が読んでいた日本のコミックに答えがあったのだよ。多くのものから少しずつ力を抜き出して一つにする。つまりは聖剣の扱うのに必要な因子を抜き出して一つにまとめ、誰かに移植する。聖剣を扱う因子を抜き出すのには死んでいる方が楽でね。無論、生きたままでも問題はないが激しい苦痛に見舞われる。その為に慈悲の心を持って君達には贄になってもらったのだよ」

 

「慈悲の心だって?」

 

「そうさ。私だって協力してくれた者達に苦しんでほしくはなかった。だから高価な即効性の致死毒ガスを使ったのだよ。それを慈悲と言わずに何と言う」

 

その言葉に愕然とした。バルパーは悪びれてもいない。本心から殺したことを悪く思っていない。まるで子供が虫をバラバラにするような、そんな感覚で僕達を殺した。これは純粋さがもたらした邪悪。悪意に敏感なはずの子供だった僕達が不審に思わなかった、むしろ仲間だとすら感じていた理由。そしてその邪悪をフリードからも感じる。

 

「フリード、君は何のために剣を取る」

 

「ああん?そんなの楽しいからに決まってるでしょうが。不浄で邪魔で堕落した存在、それに頼るクズ、み~んな纏めて斬ってバラして解体して、そ~んな楽しいことを好きにやっていいって言われたから面倒なお祈りとかやってたってのに、やりすぎだなんだで、エクソシストの資格(おもちゃ)を剥奪するなんて言うから、バラバラにしてやったのよ。そうしたら獲物(おもちゃ)が増えてハッピーなことになってるんですよ。そんでもってバルパーの爺さんから新しい聖剣(おもちゃ)をくれるって言うからきてやったんですよ」

 

やはりフリードも同じだった。こんな邪悪がこの世に存在していたなんて。ゼオンはこれを知っていた?

 

「時間だ。4本のエクスカリバーが一つになる」

 

魔法陣の中でエクスカリバーが一つになり、それをフリードが握る。エクスカリバーに、皆の敵であるバルパーの目の前に立っているのに、もう怒りが湧いてこない。ただ、ここで邪悪を絶つことしか心にはなかった。

 

「フリードよ、慈悲の心で苦しまぬように葬ってやれ」

 

「あいよ。へへへ、パワーアップしたエクスカリバーの試し切りだ!!」

 

フリードが走り出すと同時に、魔剣創造で頑丈な剣を作り出して、正面から切りかかってきたフリードのエクスカリバーを受け止める。

 

「これぐらいはやってもらわないとな。それじゃあ、ここからがエクスカリバーの力だ!!」

 

フリードが先程よりも速いスピードで離れ、姿が消える。そして背後から切りかかってくるのを振り返らずに剣で防ぐ。防がれたことに驚いているうちに振り返り、更に連撃を弾いていく。また距離を離して、今度は跳躍して切りかかってくるのに合わせて、剣に闘気を集中させる。本当の邪悪を理解した僕にならできるはずの技を放つ。

 

「アバン流刀殺法、空裂斬!!」

 

剣を振り抜いて飛んでいった闘気がフリードの心臓を的確に貫き、姿を表して地面に落ちる。

 

「出来た、空裂斬が」

 

これで地を斬り、海を斬り、空を斬り、全てを斬り裂く最強剣技が完璧に使える。

 

「バルパー神父、もう終わりだ」

 

「ま、まだだ、こんな所で私の夢が潰えるはずがない!!」

 

バルパーがフリードの死体に駆け寄り、その死体に腕を突き刺して宝石らしきものを取り出す。おそらくはあれが聖剣を扱うために必要な因子を抽出した物なのだろう。たぶん、僕と一緒にいた皆の物だ。それをバルパーは自分の体内に取り込みエクスカリバーを構える。意外にも構えが様になっている。聖剣を振るう自分を夢見ていたのは本当なのだろう。だけど、そのために多くのものを死に追いやったのは許されることではない。今日ここで、全てに決着をつける。剣を逆手に握り、腰を捻って落として構える。大地斬、海波斬、空裂斬の全てを同時に放つ準備をする。

 

「エクスカリバーの錆になれ!!」

 

「今までの僕の人生の全てをこの一撃に!!アバン流刀殺法、アバンストラッシュ!!」

 

全身毎バルパーに突っ込み、放ったアバンストラッシュはエクスカリバーを叩き切り、バルパーの身体も真っ二つにする。

 

「こんな、はず、では」

 

崩れ落ちたバルパーから聖剣を扱うために必要な因子の結晶が転がり出たそれを拾い上げる。

 

「皆、全部終わったよ。皆が逃してくれた僕はここまで強くなれた。あとは、ゼオンに仕返しをしてやらないとね。これからは傍で見守っていて」

 

コカビエルたちの方を見ると、ちょうどケルベロスよりも大量に呼び出されたオルトロスが呼び出されていたところだ。

 

「禁手化、炎精傭兵団!!」

 

炎精傭兵団と共に駆け出す。もう剣に迷いはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ケルベロスを相手に日本刀の形に固定した擬態の聖剣で対峙する。牽制として自分で鍛冶を行って作った小刀を投げつけたり、目や前足の腱を狙って擬態の聖剣を振るう。時間さえ稼げばゼノヴィアがすぐに駆けつけてくれると思っていた。だから、背後から迫るそれに気が付かず、転ばされて擬態の聖剣を手放してしまう。獣の唸り声から誰かが相手をしていたケルベロスがこっちに来たのかと思ったけど、すぐに立ち上がって背後を確認するとケルベロスに似ているけど、頭が一つ足りないオルトロスが何匹も現れていた。そして、一斉に飛びかかろうとした瞬間、銀の槍が投擲され、一匹を仕留めた。

 

「ぼさっとしてんじゃねえ!!今のお前を見たらレイナのやつが呆れるぞ!!」

 

声がした方に振り向けば、素手でケルベロスとオルトロスを相手にするハムリオが叫んでいた。

 

「そいつはレイナの聖銀と、オレの魔銀が混ざった紲の銀。今だけは貸してやる。だから戦え!!最低でも生き残れ!!レイナが悲しむぞ!!」

 

レイナお姉さまから聞いたことがある。本当に互いを思いやる二人の銀術士がいて初めて使える無属性魔法に近い銀術唯一の攻撃魔法。それが紲の銀。そしてその魔力に触れた銀が普通の銀でも聖銀でも魔銀でもない全く別の銀となるって。昔はそれが銀術士の結婚の証だったそうだけど、それをレイナお姉さまがハムリオと作っていた。本当に二人は愛し合っていたんだ。何かが違えば、お姉さまは死なずに済んだのに。お姉さまは変わることを心から望んだんですね。

 

「認めたくない。認めたくないけど、紲の銀を見せられちゃったら、認めるしかないじゃない!!」

 

オルトロスから紲の銀で出来た槍を引き抜いて構える。握ってわかった、今でもお姉様はハムリオの傍にいるんだって。そして今は私にも力を貸してくれている。僅かな力で簡単に銀を操れる。精度も以前の私とは比較にならない。そうしているうちに炎で出来た戦士たちがオルトロスとケルベロスに襲いかかる。その隙きをついてハムリオが傍までやってくる。

 

「ほれ、拾ってきてやったぞ」

 

そう言って擬態の聖剣を投げ渡してきた。擬態の聖剣を持っていた左手が聖なる気にやられてボロボロになっている。

 

「ちょっと、それ!?」

 

「なあに、握り込めば見えやしねえ。それより、ようやく銀術をまともに使えるようになったか。これでレイナからの贈り物が渡せる」

 

「贈り物?」

 

「どうやって渡そうか悩んでいたみたいだが、その後に殺されちまったからな。受け取れ」

 

魔法陣から現れるのは聖銀で出来た等身大の勇者と魔王の人形が現れる。

 

「これ、オストリッチとペレグリン」

 

「そうだよ。お前のために用意した物だ。どう使うかはお前に任せる」

 

お姉さまが私のために残してくれたもの。形見として持っているオストリッチではなく、私のために作ってくれた勇者と魔王。

 

「行こう、イーベル、クレスティア」

 

勇者の人形にイーベル、魔王の人形にクレスティアと名付け、いつも持ち歩いている銀を操り糸としてイーベルとクレスティアに取り付ける。これから始まるのは人形劇。観客はこの場にいる皆さん方、お代は獣たちの命。人形師レイナが一番弟子の初の殺戮劇。勇者と魔王のアンサンブルを。

 

「やって、イーベル、クレスティア」

 

私の操作を受けてイーベルが剣を、クレスティアが槍を持ってオルトロスに襲いかかる。次々とオルトロスたちが倒れて行く中、いつの間にかもがれた翼が再び生えていたコカビエルがイーベルに繋がっていた銀を切り落とす。それと同時にイーベルの動きが止まる。それで倒せたのだと思いクレスティアに襲いかかろうとしたところでイーベルで首を刎ねる。

 

「銀の遠隔操作か。中々器用なことをするもんだ」

 

「師匠が、良かったから」

 

無防備になっている私を守るようにハムリオが傍で紲の銀の槍を振るっている。コカビエルが死んだことでオルトロスの増援がなくなり、そのまま全滅する。コカビエルはいつのまにか1枚の羽を残して消え去っていた。何が目的だったのかはわからないけど、何も成せずに散ったのだけは分かる。これで今回の事件は終わった。もう、ハムリオ達との縁も切れるだろう。だから、その前に

 

「お姉様のお墓って、何処にあるの?」

 

「冥界の絶対凍土の山奥に、いつまでも綺麗なままでいられるように氷漬けにしてある。墓参りに行きたいなら、ちょっと裏道を使って案内してやる。多少、ゼオンに迷惑がかかるかもしれないが、それぐらいは笑って許しくれるさ」

 

「ありがとう」

 

 




久しぶりすぎて書き方が......
あと、イッセーがヒロイン街道を驀進しそう。リアスがメインヒロインだったはずなのに。いや、ヒロインだったっけ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私たちは仰々しい言葉をたくさん並べるけれど、それにふさわしい行動は全くしていないのです。

聖剣事件も終わってようやく日常に戻った。家から学校に通って、放課後は悪魔のお仕事、帰りにゼオンの屋台によってから家に帰る。ちょっと前まではゼオンの別荘から学校に通って、放課後は鬼のような修行、終わったら部長たちが言っていたように本当に甘やかしてくれて、就寝。と言った感じで途中から色んな意味で心が休まる暇がなかった。

 

藍華に言ったら殴られた。それはもう思いっきり。ほぼ据え膳状態で何をヘタレてるのかって。ヘタレじゃないもん。まさか私にここまで高性能な乙女回路が搭載されてたなんて知らなかったんだもん。完全に振り回されてて自分でもどうしようもないんだってばぁ~。

 

「はいはい。ところで、その件の男の人ってあれじゃないの?」

 

藍華に言われて振り向くと、保護者に紛れて白いスーツ姿のゼオンが廊下からこっちを見ていた。私が気づいたことに気づいたようで手を振っている。瞬間的に顔が真っ赤になったと理解できる。今日は授業参観だけど、なんでここにいるの!?まさか、さっきの粘土細工を見られた!?とりあえずアーシア、時間稼いできて。

 

「はぁ~、本当にイケメンね。あれに天然でおでこ同士を合わせる熱の測り方をされたり、お姫様抱っこをされたり、色々とお世話されたと。羨ましいを通り越して殺したくなるわね」

 

「いや、まあ、私も当事者じゃなかったらそう思うけど、色々と複雑な理由が重なりすぎまして、ええっと、普通じゃすまないんで、助けて下さい、お願いします」

 

「普通じゃすまないのに、普通の私に頼ってどうするのよ。ほら、とりあえずは挨拶に行くわよ。実際に話しながらフォローは入れてあげるから。あのアーシアが普通に接することができる時点で凄いわね。とりあえず、知っておかないとやばいのは?」

 

「すごいお金持ち、部長の婚約者、部長公認の押しかけ愛人多数」

 

「えっ、なにそれ?」

 

「そこがその色々と複雑な理由でして。そこを詳しく聞けてないの」

 

「むしろそこを知っとかないと行動するのが難しいでしょうが」

 

「部長含めて周りの子からは正面からのストレートをオススメされてます」

 

「ならストレートに行きなさいよ。ってヘタレには無理か」

 

「乙女回路レベル1で色々ありすぎて一杯一杯です」

 

「天然って恐ろしいわね」

 

「天然じゃない部分もスペックが高すぎて恐ろしいの」

 

「お金持ちってどのレベル?」

 

「ええっと、確かホテルの経営に映画とかドラマの撮影に使うセットを作る会社にテレビ局も持ってたっけ、他にも観光業の会社にカジノと酒造と牧場と競馬場もあったはず。最近はIT系に進出するために人を集めてるって言ってたっけ。それから孤児院も結構な数を持ってて、ボランティア団体も運営してた。あとは、食品加工の会社もやってて、趣味で屋台を引いて、この前レシピ本が出版されたっけ。他にも」

 

「ああ、もう、ぶっちゃけ年収は?」

 

「1兆ドルは行ってないとか聞いた気が」

 

「……えっ、それって親のを継いでよね?」

 

「えっと、多少は分けてもらってたみたいだけど、自分で事業を大きく拡大させて、親から継いだ分も相応の値段で買い取ったとか」

 

「叩き上げ一代で年収1兆ドル近くであのルックス。若作りじゃないわよね」

 

「確か、部長の8歳年上だから25か26歳」

 

「玉の輿のレベルを超えてるわよ!?ヘタれてる暇があったらとっとと突撃しなさいよ」

 

庶民的すぎて全く気づいてなかった。言われてみれば確かに玉の輿だ。あれ、ハードルが上がった?そんなことを考えているうちに藍華に押されてゼオンに抱きついてしまった。

 

「おっと、大丈夫か?」

 

「は、はい」

 

ある程度慣れたとは言え、過度の接触は心臓に悪い。すぐに離れて藍華を紹介する。

 

「私の一番仲の良い友達の桐生藍華です」

 

「どうも、桐生藍華です。イッセーとは結構長い付き合いやってます」

 

「ゼオン・ベルだ。最近は趣味で屋台を引いている。場所はイッセーが知っているから一緒に来るといい。学生でも手が出しやすい値段で色々とやっているからな」

 

「そうなんですか。イッセーとは屋台で?」

 

「そうだ。常連だからな。顔と名前を覚えるのは得意でね、イッセーはよく話しかけてくれたからな。まあ、リアスの後輩だとは知らなかったが」

 

「グレモリー先輩とですか?」

 

「まあ、なんだ、家同士が決めた婚約者って奴でな。日本ではあまり理解されないだろうが、故郷じゃそれほど珍しいことでもない。だからと言って仲が悪いわけでもないけどな。ただ、義理の兄になる人とちょっとな」

 

「性格が合わないんですか?」

 

「いや、そんなことはない。ないんだが、一度派手な喧嘩をやらかしてね、多少凝りが残っているとでも言えばいいか。お互い大人だから、それを表面に出すわけではないがな。こればかりは時間がかかるだろう。もう一度派手に喧嘩をすればどこから苦情が来るかわからないからな」

 

派手な喧嘩って冥界を揺るがした義兄弟戦乱のことだよね?やっぱり凝りって残ってるんだ。

 

「すまんな、今日会ったばかりの君に話すようなことではなかったな」「いえいえ、大丈夫ですよ」

 

「ああ、ありがとう。久しぶりに会ったものでな、どう対応すればいいのか悩んで逃げ出してきた口だ」

 

苦笑気味にそう告げる姿を見て、部長が言っていた人付き合いが苦手だと言っていたことを思い出す。

 

「そろそろリアス達と合流しようと思うのだが、一緒にどうだ?」

 

「は、はい」

 

「私も行きます」

 

「私はパスかな。あんまり親しいってわけじゃないしね」

 

「そうか、なら代わりに屋台に来たときにサービスしよう。夕方からやっているからいつでも来てくれ」

 

「ありがとうございます」

 

そう言って藍華が離れていく。アイコンタクトで本気で良い男なんだからとっとと突撃しろと語ってくる。それができれば苦労してないわよ。ゼオンと一緒に教室を出る。

 

「それにしても変わった英語の授業だったな」

 

「いつもはあんな風じゃないですよ」

 

「まあ、芸術や趣味から外語を覚えるのはよくあることだ。難しい用語や計算だろうとそれが趣味な者にとっては全く苦にならないからな」

 

「なんとなく分かる気がします」

 

ゼオンの話に合わせながら校内を歩いていると目立つ集団を見つけた。リアス部長と同じ髪を持った男性が二人にメイドさんが楽しそうに、苦虫を噛み潰したかのようなリアス部長の組み合わせだ。

 

「お久しぶりです、グレモリー卿」

 

きょう、今日、卿、部長と同じ髪でこの見た目ってことは部長のお父さん?

 

「久しぶりだな、ゼオン君。隣のお嬢さん達は?」

 

「今代の赤龍帝でリアスの兵士と、僧侶です」

 

「ひょ、兵藤一誠です」

 

「アーシア・アルジェントと申します」

 

急にふられたけど礼儀作法なんて知らない。とりあえず姿勢を正して頭を下げておく。

 

「そうか、君達がリアスの。私はジオティクス・グレモリー。リアスの父親でね、こっちは息子のサーゼクス」

 

「はじめまして、私はサーゼクス・グレモリー。リアスの兄だ」

 

「四大魔王様の一人だ。今日はプライベートのようだが、礼を失することのないように」

 

ゼオンが小声で補足を入れてくれる。不意打ちにも程があるって。

 

「仕事の方は問題ないのですか、義兄上」

 

「ベオウルフに代理を頼んできたから数日は大丈夫さ。それに下見の仕事もあってね。他にも何人かに代理を頼んできてある」

 

「下見、ですか。ふむ、なるほど」

 

下見の言葉だけでどういうことなのかを理解したのかゼオンが嫌そうな顔をしている。それから携帯を取り出して何処かにかける。

 

「レイフォン、近々呼び出すかもしれん。詳細は後ほど送る。そうだ、アップを始めておくように。それから新しいのを注文しておいたからそれを着るんだぞ。アレを使う機会はないとは思うが、ああ、また連絡する。失礼しました」

 

「レイフォンとは、この前の眷属かね?」

 

「ええ、そのとおりですグレモリー卿。戦力は多い方が良いでしょう。とは言え、練度から言えばもう一人追加で限界でしょうが、今はイベント設営で忙しい時期ですので」

 

「イベント設営?ああ、グレイ君か。確かに彼はこの時期はあちこちに呼ばれるのだったね」

 

「まあ、冬も忙しくしてますが」

 

「確かにそうだ。あれであの癖さえなければねぇ」

 

「申し訳ありません。どれだけ注意しても治せませんでした」

 

何処であろうともいつの間にか服を脱ぐ癖を矯正しようと頑張ってはいるのだが、中々治ることがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァーリ、もう一度だけ言うぞ。雷帝にちょっかいを出すんじゃない。あいつはお前が思っているような男じゃない。あいつは真の意味でのドラゴンなんだよ」

 

「その話はもう耳にタコが出来るぐらいに聞いたぞ。それに何が真のドラゴンだ!!オレにはアルビオンが付いている!!アザゼル、お前の評価の方が間違っている!!」

 

そう言って出ていくヴァーリに頭を抱える。

 

ゼオン・ベル

 

ヒューマノイドに近いタイプの中では最高峰の強さを持つ番外の悪魔。雷帝の二つ名の通り、雷を使わせれば右に出るものは居ない。文字通り存在しないのだ。雷を司る神々よりも雷に精通する、雷そのものと言っても過言ではない。

 

それ以外の属性・概念をも操る魔法の天才でもあり、魔力などを使わなくとも並のドラゴンとタイマンを張れる身体能力。そして産まれた時から身に纏うマントは変幻自在にして強固な盾にも武器にもなる恐ろしい物だ。

 

だが、性格に関しては温厚で社交的でもあり、掃除洗濯料理はプロ並みというか、料理に関してはプロ。酒にも強く交友関係も悪魔以外は広い。何故だか分からないが悪魔の貴族たちには受けが非常に悪い。それでもその実績は正しく評価されている。

 

そして弱点も知れ渡っている。自分の眷属、婚約者、婚約者の眷属、つまりは自分の身内を大事にしすぎている。狙ってくださいと言っているようなものだ。戦力的な意味でいえば眷属に手を出す馬鹿はもう居ないだろう。サーゼクスと殺りあった義兄弟戦乱でその強さを見せつけたからな。問題は婚約者の方だろう。あれはルーキーにしては強い方だが、経験値が足りなさすぎる。狙って手を出せば雷帝が全力を出すことになる。人質にすれば問題ないと言う奴もいるが、それは間違いだ。

 

狙われると分かっている奴が対策を取らないわけがない。やるなら一思いに殺して精神的ダメージを与える方面に絞らなければならない。それ以外のやり方ではゼオンが全てを力技でねじ伏せてくる可能性が高い。ゼオンに精神的ダメージを与える。そのためにリソースをすべて失うことを前提に考えなければならない。それ以外の目的をもって狙うにはリスクが大きすぎる。

 

そしてヴァーリはそれ以外の目的をもってやらかすのだろう。ヴァーリが言うように耳にタコが出来るぐらい止めろと言い続けた。それでも止めるつもりはないのだろう。だから、切り捨てる。雷帝には先に謝罪を行って身の潔白を証明する。

 

奴は真の意味でのドラゴンだ。大抵のことは気にしないが、逆鱗に触れた途端に手が付けられなくなる。そういう意味で奴はドラゴンなのだ。ヴァーリが最初から雷帝に襲いかかる分には適当にあしらって潰す程度だろう。だが逆鱗である婚約者とその眷属に手を出すというのなら、結果は見えている。

 

サーゼクスとの義兄弟戦乱、3割ほどはお遊びだったと本人から聞いた。サーゼクスが真の姿を晒したというのに3割は遊んでいた。これの意味を雷帝は軽く見すぎている。サーゼクスが真の姿を晒すのは本当にブチ切れている時だけだ。逆に言えば単純計算だがサーゼクスの3割増しの力を持っているという意味だ。それの逆鱗を踏む意味をヴァーリは分かっていない。

 

ヴァーリはアルビオンを宿しているがドラゴンではないし、アルビオンも肉体を失って長い。逆鱗に触れるという意味を忘れている。オレにできるのは、墓に埋めれる程度の物を残して貰えるように頼み込む程度だろう。結局オレはアイツの親にはなれなかったな。

 

 

 




次回、ヴァーリミンチを使った黒焦げハンバーグ


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。