天空(そら)の彼方に響く旋律 -穢れた七世界の中で生き抜く戦士達- (室谷 竜司)
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Introductly Chapter.
Prologue. 神の御遊び


「フフ……、フフフ……。」

 ただ白くて、それでいて何もない空間の中で、そんな笑い声が虚しく響く。

 ここはいわゆる神域。神の住まう空間である。

 その空間に立つことを許されるのはたった一人、神しかいない。

 「つまり……、この瞬間……、私は神になったの……。 ようやく辿り着いた……。」

 ボロボロの身体を引きずりながら、私は不敵な笑みを浮かべる。

 そして、この白い空間と同じ、白く輝く玉座へと手を伸ばした。

「私の苦労……、無駄じゃなかったんだね……。」

 玉座に手が触れる。

 その瞬間、触れた指先から何かが私の中に流れ込んでくるのが分かった。

 けれど、嫌じゃない。

 暖かくて、とても心地の良い感覚だ。

 見ると、私の傷だらけの身体がゆっくりと元の綺麗な状態に戻って言っている。

 そして、その身体を覆うようにこれまた白い羽衣が重ねられていく。

 どうやら、私はこの空間に認めてもらえたみたいだった。

 私はそのままゆっくりと、白い玉座に腰を落ち着ける。

「今日から、私が新たな神だよ。 これからの世界は、私が作るんだよ。」

 喜びのあまり、身体の震えが止まらない。

 玉座に腰かけたことによって、私が神になったということを改めて実感できたからだろうか?

 まぁ、そんなことはどうでもいいか。

 今は、とりあえず私を散々苦しめてくれたあの世界を……

「消さなくちゃね……。」

 私は右手の人差し指を伸ばす。

 というよりかは、感覚的にそうしていた。

 こうすれば自分のやりたいことができる、というイメージが脳内に流れ込んできたのである。

 すると、思った通り私の目の前に文様が浮かび上がった。

「我が望むは、悪しき下等生物のいない世界……。 我が手の中の力を、新なる世界の糧とし、我が理想の七世界と……」

 と、そこまで言ったところで、私の脳裏にとある考えが浮かび上がる。

 一つくらい……、人間がいる世界があった方が面白いかも……。

 私を散々苦しめてくれたあの憎い存在どもを、私の持つこの「力」で直接滅ぼしてあげるのも面白いかもね。

 あっけなく世界事つぶしちゃったら、なんか詰まんないよね。

 だから私は……

「ただ一つ、悪しき存在の住まう地を求。」

 私の願いを追加し、詠唱を完了させた。

 次の瞬間、白世界を大規模な揺れが襲う。だが、その振動に不快感はなく、むしろ理想の世界が書き上げられていくという高揚感に打ち震えてしまっていた。

「神になるって、すっごく気持ちいいんだね……! 元の世界では抑圧されていたけど、ここではもう私がルールなんだよね。」

 やがて揺れが収まる。

 つまり、世界の書き換えが完了したということだろう。

 私はそれが確認したくて、またもや当然のように人差し指を自分の眼前に掲げた。

 すると、鏡のような薄い板が7枚、目の前に現れた。

 その鏡にはそれぞれ、全く別の光景が映し出されていた。

 しかし、どの鏡の中にも共通しているものがあった。

 それは、その鏡に映し出された世界にいる人々は皆、漫画なんかでよくみる「異能力」を使っている、ということだ。

 そう、私と同じ、異能力だ。

 私は、ごく普通の世界に生まれたごく普通の人間だった。そのはずだったのである。

 しかし、物心ついたころだっただろうか、暑すぎて水がほしいとかそんなことを考えていたら、本当に私の目の前に冷水が現れたのである。

 確か、そこは屋内で、尚且つ水道があるわけでもないところだったはずだ。

 それなのに、冷水……?なんて感じで首をかしげながら周りの人たちを見回すと、みんな驚愕の表情……。

 その時察したね。これ、私がやったのかって。

 つまり私は、普通じゃなかったってこと。それからの記憶は、あんま思い出したくないから勘弁。

 でも、この異能力が普通に存在する世界を作ってしまえば、私はもうあんな思いをしなくて済む。

 次こそ、楽しいライフが待ってるんだ。

「にしても、本当に7つも世界が存在してたんだねぇ……。 最初は半信半疑だったけど、これを見せられちゃうと、信じるしかないよね。」

 私は自然と、人差し指を構えていた。

 この新たな7つの世界それぞれに、私の分身体を置いてしまおう。

 そして、1からやり直そう。

 私のためだけの世界で……。

「フフ……、フフフ……。」

 再び、この空虚な空間に私の不敵な笑い声が響いていた。

 

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 この世界には、普通の人間とは異なる特殊な細胞を持った人間が存在する。

 この細胞が発見されたのは、おおよそ200年程前のことで、とある生態研究者自らが非科学的現象を起こし、自身の身体内細胞を調べたところ、通常の人間には存在しない小器官をもった細胞が発見された。

 その生態研究者は、自身の中にある特殊細胞を、「一般の人体細胞を拒絶して独立した新たな細胞として生まれ変わった」という仮定より、「Rejection(拒絶)」と「Cell(細胞)」という二つの英単語を組み合わせて「リージェル」と名付けた。

 その後の研究で、リージェルは他の人体細胞とは連絡経路を持たず、完全に独立した細胞であることが証明された。また、細胞内小器官の一つに特殊なエネルギーが検出されたという研究結果も発表された。

 この特殊エネルギーは、リージェルを発見した生態研究社当人が起こした非科学的現象を発生させるためのものであることが後に発覚。具体的には、リージェルに内包された特殊エネルギーを体外に解放することによって、非科学的現象が発生することが分かった。ちなみに、実際に内包エネルギーを体外にすべて放出するという実験を行った結果、総内包量は20ピコグラムであった。

 そこで、次に挙げられた疑問点が、非科学的現象の種類であった。

 リージェルを保有した生態研究者が発生させた現象は、いわゆる念動力による物体の浮遊であった。なお、何度発動させても念動力以外の現象は発生しなかったとのことだ。

 しかし、超常現象を一つ見つけてしまったら、さらに多くを求めようとしてしまうらしく、その生態研究者は協力者たちとともに「リージェル保有者探査プロジェクト」なるものを立ち上げた。

 探知機を製作し、世界全体を巻き込んでの大規模実験が行われた。

 その結果、ごく少数とは言えども、リージェルを保有した人間は世界各地でちらほら見つかった。

 研究者たちはその結果に大いに喜び、次の実験段階へと進もうとしていた。

 しかし、研究者たちの実験に付き合わされた挙句、何の収穫も得ることがなかったその他多くの人間たちから反感を買うこととなった。

 恐らく、人間たちは少なからず期待をしていたことだろう。それまでは想像の産物でしかなかった「超能力」が存在し、さらにその超能力がもしかしたら自分の中にあるかもしれないというならば、期待に胸を膨らませないわけがないだろう。

 だが、現実はそうではなく、ただただ上げて落とされただけであった。しかも、実験をやるだけやってこれといった見返りもなかったのだから、肩透かしもいいところだ。

 そうして激怒した人間たちは、徐々にその矛先を研究者たちからごく少数のリージェル保有者たちに向けるようになった。それはやがて、不等な差別へと変貌していった。

 こうした事態を予測できなかった研究者たちは、自分たちの実験が巻き起こした事態に狼狽してしまった。何とか事態の鎮静化を図ろうとはしたが、結局それは火に油を注ぐだけの結果に終わってしまう。

 そこで立ち上がったのが、数人のリージェル保有者であった。

 彼らは、不等な差別を行う人間たちと直接対峙するのではなく、自分たちの持つ力で世界の役に立つことによって間接的に事態を鎮静化させようと試みた。

 当時では不治の病とされていた病気の治癒や、大気汚染や水質汚染、土壌汚染などの除去による農産業の潤滑化などなど……、彼らは自分たちの手で世界全体を向上させることに尽力した。

 その中心にいたのは、賀村(かむら) 竜太郎(りゅうたろう)。彼は、研究者たちの実験に真っ先に協力を申し出た人物で、リージェルの詳細な構造や特徴などについて最も早く熟知していたといわれている。

 そんな賀村が率いるリージェルチームは、特に世界の中枢を担っていた国々のトップたちから多大な評価を得た。

 ただ、事態は思っていたよりも単純なものではなく、一般人たちは賀村たちが行った偉業にさらに腹を立てる結果となった。

 それから、一般人(オーディナル)リージェル保有者(リージェリスト)たち……、とはいえ、ほとんど一般人たちによる一方的なものではあったが……、対立関係が生まれてしまった。

 

 その後も研究は続き、リージェル保有者には先天性のものと後天性のものとの2種類に分けられるということが判明し、さらに多くのリージェル保有者が見つかっていった。

 一方で一般人たちは、リージェル保有者を「便利な道具」と認識し、彼らを奴隷として扱うようになった。これには流石に、賀村たちも頭を抱えてしまった。他のリージェル保有者たちは、一般人たちの一方的な支配に激高したが、賀村たちが何とかリージェル保有者たちをなだめていた。

 だが、それも長くは続かず、賀村たちの死後、ストッパーを失ったリージェル保有者たちは一般人たちに抗うための計画を立て始めた。それを先導したのは、津野(つの) 利明(としあき)

 そうして、リージェル保有者たちを保護し、育成・訓練する施設を設けることとなった。その第1合目が、月銀島(つきがねじま)に建てられた。

 その名も、「沖月(おきつき)リージェル保有者訓練専門学校」である。

 と同時に、このリージェル保有者たちが扱うことのできる超能力を、「レジェリザム」と名付けた。

 ーーリージェル保有者(リージェリスト)一般人(オーディナル)との愚かな争いは、ここから始まった。ーー



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Chapter1. 出会いとチーム結成 編
Episode1. 沖月の優等生と世話焼き幼馴染


「はぁ……、くっそ……、腹減ったなぁ……。」

 昼休み、学生たちでにぎわう廊下を細々と歩きながら、俺はため息交じりにそんなことをぼやく。あと、少し走ったせいで疲れた。

 なんで走ったのかって?

 そりゃまぁ、人から逃げるために決まっている。そうでなければ、態々空腹感を増大させるような真似はしない。

 今日は学食のうまい飯を食ってやろうと思っていたのになぁ。

 昼休み前最後の講義を終えて、意気揚々と学食に向かったらあら大変!俺を見つけた数人の学生たちが群がってきたではありませんか!それも、結構血走った目でな。

 いや、うん。マジで怖かった。あんな目で群がられたら、ある意味ホラーだわ。

 ちなみに、俺に群がってきた奴らは全員、全く同じ要件を持ち掛けてきた。

 それは、一緒にチームを組まないか、という要件だ。

 チームというのは、およそ2か月後くらいに催される学内イベント、チーム対抗戦のチームのことである。なんせあと2か月だもんな。躍起になる気持ちはわからなくもない。

 斯くいう俺も、対抗戦には出場したいと考えているが、未だにチームメイトを一人も見つけられていない。7人1チームという条件だが、悲しいことに俺には友人と呼べる存在があまりにも少ないものでな。

 じゃあ、勧誘してきた学生たちとチームを組めばいいじゃないか!

 うむ、その手があったか!って思っていた時期が俺にもあったのさ。

 でも残念ながら、俺を勧誘しようとしている奴らの目が俺は嫌いなんだ。僕(私)のためにチームになってよ、みたいな自己中心的な欲望を隠そうともしないあの目が……。

 対抗戦に出場してみたいから、って感じの思いがあるのなら、俺だって喜んで仲間になりたい。だが、奴らの目はそんな純粋なものじゃなかった。恐らく、俺と組んで好成績を残し、自分の成績を伸ばしたいとか、そんなことを考えている眼だ、あれは。

 そんな奴らに背中を任せるなんて、こっちからすればたまったもんじゃない。

 俺はお前らのために成績上位者になったわけじゃない、ってな。

 一応これでも俺こと神奈和(かなわ) レン(れん)は、この沖月リージェル保有者訓練専門学校の高等部第2学年内では「沖月の優等生」として名が知れ渡るほどには有名人であると自覚はしている。当然、うぬぼれているわけではない。この成績だって、これまで重ねてきた努力の賜物なわけであって、決して才能とかそういうものではない。

 むしろ、俺のもとのスペックは結構低いんじゃなかろうか。あまり努力をしていなかった中等部時代の俺の成績は、いい時ですら学年内の半分より下だったもんなぁ。今思い返しても、かなり恥ずかしい思い出だな。

 だが、()()()()()()()から、俺はさらなる高みを目指してみたいと考えるようになった。それから俺はそれまで以上に勉学に励み、訓練にも積極的に参加するようになった。

 おかげで今じゃ、沖月の優等生なんていうちょっと恥ずかしいあだ名をつけられてしまったわけだけど。というか、過去にしろ現在にしろ、恥ずかしいことに変わりはなかったな。

 まぁそれでも、努力を重ねてきたことに後悔はない。むしろ、今なら自信をもって胸を張ることができる。

 おっと、話が脱線したな。

 まぁ、そんなわけで俺は、ろくに努力もせず楽して好成績を残そうとする輩に貸すような力は持ち合わせていない。だから逃げてきた。結構しつこかったし。

 にしても、腹減ったなぁ……。

 誰か俺に飯を恵んでくれたりしないかなぁ……。なんて、あるわけないか。

 そんなありもしない奇跡的展開を期待し、自分自身でそれを否定してしまう。俺、やっぱり結構疲れてるなぁ……。

「これ、なんでしょう?」

 不意に声をかけられたような気がした。

 その声に反応して視線を挙げると、目の前で白い何かがプランプラント揺れていた。

 俺はそれを反射的に目で追う。

「購買の袋……?」

「正解。 では、ご褒美にこれを進呈するわ。」

 そして、袋が俺に押し付けられる。

 中にはいくつかパンが入っていた。購買の袋に入っているわけだし、恐らくうちの学内の購買で買ってきたのだろう。

「あなたは女神か……!?」

「残念だけど、女神じゃなくてアンタの幼馴染よ。」

「愛葉……、お前女神だったのか……!?」

「……相当疲れてるみたいね……。 とりあえず、場所変えましょ。 私もお腹空いてるしね。」

 そうして俺は、女神……じゃなくて、我が幼馴染の木乃瀬(きのせ) 愛葉(まなは)に促されるまま、後をついていくのであった。

 

 

「ここって……、執補会の会議室……だったっけか?」

「そうよ。 今は誰もいないから、ゆっくりしていきなさいな。」

「助かる。」

 幼馴染の優しさが胸にしみるなぁ。なんだかんだで、愛葉にはいつも助けられている。

 今日のこともそうだが、特に最近は何かと俺のことを機にかけてくれている。

 やっぱり、疲れてるのが面に出てるのかな。なんか心配させてしまって申し訳なく感じる半面、気遣ってくれるのは単純にうれしい。なんせ俺、クラス内に友人がいないからな。……言っててつらくなってきた……。

 っとと、念のため説明しておくが、執補会(しっぽかい)というのは、いわゆる生徒会みたいなもので、正式名称は訓練執行補佐委員会という。つっても、そんなに仕事はないみたいだけど。

 こちらにあらせられる幼馴染様、なんと執補会の委員長を務めていらっしゃるんです。

 よくやろうという気になったなぁ、といつも感心してしまう。

「ほら、時間なくなっちゃうから、さっさと選びなさいな。」

「全部くれるんじゃないのか?」

「ンなわけないでしょ。 そもそも、その量食べられんの?」

「無理だな。 ほんじゃ、選びますかね……と……。 ほう、これはなかなかの品ぞろえではありませんか。」

 愛葉から受け取った袋の中身を確認すると、コロッケパンや焼きそばパンといったいかにもな人気商品が詰められていた。

 ちなみに、この学校の購買で売られているパンはどれもかなりの大きさで、男の俺でも2~3個食べたら充分満腹になるくらいのボリュームはある。

 それが5つか……。

「愛葉、3つ食べるか?」

「そんなには無理よ。 食べれるなら、3つ食べちゃって。」

「了解。 んじゃ、これと……」

 そう言って俺は、今の気分で3つ選ぶことにした。

 俺は特に好き嫌いとかないので、どれもおいしそうに感じる。

「あと、これとこれを。」

 俺は袋の中から、コロッケパン・クロワッサン・BLTサンドを取り出して、袋を愛葉に返す。袋の中に残っているのは、焼きそばパンとたまごサンドだ。

「たまごサンドは、昔から好物だもんな。」

「まぁ、そうね。 ありがと。」

 短くそう言うと、愛葉は俺から袋を受け取った。

「こちらこそな。」

 俺も短く感謝の言葉を述べ、パンの包装を破る。そしてそのまま、躊躇いなくパンにかじりついた。

「んん。 やっぱりうまいな、ここのパン。 たまに食いたくなるんだよな。」

「そうね。 これ全部、レジェリザムを応用した調理法で作ってるのよね。 よくこんなクオリティに仕上げられるわね。」

「RSOは優秀な人材の巣窟だからな。」

 RSOとは、リージェル所持者の援助や保護を行う組織のことで、創立者はリージェル保有者として初めて世界に貢献した賀村 竜太郎である。それから何度か責任者の交代があり、現在の責任者は5代目だった気がする。

 この沖月は、RSO直下の訓練専門学校なので、学内の様々なところでRSOの組織員の方々が働かれている。学食や購買も当然RSOの管轄である。

「こういうことに使う分にはホント便利よねぇ。」

「だなぁ。 態々戦争のためには使いたくないけど。」

「でも何故か、うちの……というか、リージェリストって結構戦争に乗り気なのよね……。 もっと平和に暮らしたいものだわ。」

「全くもって同意見だよ。 血の気が多いというかなんというか……。」

 こうして専門学校を設立しリージェリストたちを集めて強化訓練を行っているのは、いつか来るであろうオーディナルとの戦争に備えるためである、と以前どこかで聞いた覚えがある。何故か知らんが、沖月の在籍者たちは皆結構やる気なんだよなぁ。

 俺や愛葉のような考えを持つリージェリストはここでは少数派らしく、俺たち少数派は沖月内では結構浮いている。

 まぁ、俺たち二人はRSOの責任者さんに多大な恩があるので、そう易々と突っぱねることもできず今に至るわけなんだがな。でもできれば、リージェリスト・オーディナル間のいざこざは、できるだけ穏便に解決させて、なるべく平和に暮らしたいものだ。もう、リージェリストとしてオーディナルから反感を買うのは懲り懲りだっての。

 もちろん俺だって、オーディナルたちに対して思うところがないと言ったらうそになる。昔、俺がリージェリストだと発覚したころに受けた屈辱は、当然今でも忘れやしない。忘れられるわけがないだろう。

 それまで俺を育ててくれていた両親に見限られ、友人たちも失って、行き場をなくしたあの時の絶望感は、一生俺の心の中に残るだろう。

 でも、復讐をしたいとは思わない。そんなことをしても、オーディナルと同じ道を辿るだけだとわかっているからな。

 でも……、もしあの時愛葉がいなかったとしたら、今頃俺がどうなっていたことか……。いや、やめておこう。想像すらしたくない。とにかくいえることは、愛葉がいてくれて本当によかった、という一言に尽きるだろう。

 ちなみに、俺が成績優秀者を目指すようになったのは、戦争がどうのこうのとは一切関係ない。ただ単純に、怠惰なままでいたくなかっただけだ。

「賀村竜太郎の時代は、それこそもう少し平和だったんでしょうね。」

「どうかなぁ。 遅かれ早かれ、すぐに爆発しちまっていたような気がするけど。」

「リージェルって、保有した人間を戦闘狂に変える効果でも持ってるのかしら?」

「それ、お前の研究テーマにでもしてみたらどうだ?」

「面白そうね。 アンタも付き合いなさいよ。」

「喜んで。」

 そんな感じでぼんやりと会話を交わしながら、ふと窓の外を見やる。

 そこには中庭が広がっており、ちらほらと学生の姿が視認できた。もう昼飯は食べ終わったのか、それぞれ自分の得意武器を片手に鍛錬に励んでいた。

「滅茶苦茶熱心だなぁ。」

「一時のアンタもあんな感じだったわよ?」

「まぁ、そうかもな。 でも、多分だけど心境は全く違うと思う。」

「ふーん。」

 そのまま中庭での光景を眺めながら、黙々と昼食のパンを平らげていく俺と愛葉。うん、すごく平和だ。こんな時間が続けばいいのにな。

 そして数分後、

「ごちそうさま。 ふぅ、うまかった。」

 俺は食べ終わって空になった包装用の袋を小さく一つにまとめながら、満足げな息を漏らしていた。いや、お世辞抜きでうまいんだよ、ここのパン。

「マジで助かった。 ありがとな、愛葉。」

「いいわよ、お礼なんて。 私もごちそうさま。」

 愛葉も食べ終わった袋を一つにまとめながら、そう言った。

「金勘定はどうする?」

「いらないわよ。 今日は私のおごり。」

「いいのか?」

「ええ。 だから、ありがたくおごられなさいな。」

「そんじゃ、お言葉に甘えて。 ごちになります。」

 そんな会話を交わした俺と愛葉は、再度窓越しの中庭に視線を戻す。

 あれ、さっきよりも少し増えてる?みんな、本当にやる気だなぁ。

「やっぱ、対抗戦前なのもあって、自己鍛錬する人多いわね。」

「だな。 俺も早くチームメイト見つけないとなぁ。」

「誘ってあげられなくてごめんなさいね。」

「気にすんな。 そっちにはそっちの付き合いがあるだろうしな。 そもそも、俺の人脈が乏しすぎるのが原因だからな。 というか、2年になって仲良くやっていた連中が全員別のクラスになっちまうんだもんなぁ。」」

 俺は昔から、人付き合いがあまり得意なほうではなかった。というか、ぶっちゃけ苦手だった。もちろん、コミュ障というわけではないぞ?ホントだぞ?

 でも、積極的に自分から誰かに話しかけに行くのは、どうにも面倒くさいと思ってしまう性分でしてな。困ったものだよ、トホホ……。

 だから俺は、2年に上がってクラスが変わってから、未だにクラスメイトと会話を交わしたことがほとんどない。あったとしても、せいぜい業務連絡的な感じの会話だけだろう。それか……、勧誘か、だな……。

「というか、そんなにチームメイトがほしいなら、いっそのこと勧誘してくる人たちと組んじゃえばいいのに。」

「いやいや、あれは論外。 あんな自分勝手な奴らとは組みたくない。」

 ここは絶対に譲れない。俺が求めるのは、一緒に気持ち良い勝利をつかめるような、そんな純粋な人たちだけだ。あんな性根の腐った連中とは、たとえ天地がひっくり返ろうとも組んでやるものか。

「ワガママねぇ……。」

「いやでも、お前も見たことあるだろ? あの眼はどうかしてるって。」

「まぁ、あれは確かにちょっと……。」

 思い当たる節があるのか、愛葉も顔を引きつらせる。

「だから、俺はギリギリまで粘るつもりだ。 それで見つからなかったら、残念だけど今年の対抗戦はあきらめることにする。」

「そう。 まぁ、レンがそれでいいのなら、私はこれ以上何も言わないけど。」

「はは、心配かけて悪いな。」

「気にしなくていいわよ。 幼馴染の好だもの。」

「そう言ってくれると助かる。」

 やっぱり、持つべきものは幼馴染だよなぁ。

「さてと、そろそろ教室に戻りましょう。 あと少しで予鈴鳴るだろうしね。」

「それもそうだな。 えっと、午後の講義って何だったっけ?」

「5限目は知らないわよ、クラス違うんだし。 6限は戦闘実習だったはずよ。」

「オーケー、了解。」

 一学年2クラスしかないので、講義はまとめて行ってもいいと思うんだけど、そういうことはせずそれぞれ別々の講義を行う。だが、戦闘実習のような実践系の講義は2クラスまとめて行う。

 よって俺は、戦闘実習では孤立状態にならない。それ以外は……、聞かないでくれるとありがたいですね……。

「それじゃ、また6限にね。」

「ほいほーい。」

 というわけで俺と愛葉はそれぞれ別の教室に戻るため、廊下で別れる。

 数少ない学校での安らぎの時間が終わってしまったことを若干嘆きつつ、俺は午後の講義に向けて気持ちを切り替えるのであった。



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Episode2. クラス内では、基本一人です。 ボッチとか言うなっ!

 愛葉と別れ自分の教室に戻ってきた俺は、特に誰かと挨拶を交わすでもなく自分の荷物が置いてある席に戻り、静かに着席した。

 教室内での俺は基本的にこんな感じだ。

「時間割は……っと……。」

 俺はメモ帳を鞄から取り出し、次の講義の確認をする。

 長期休暇を挟んで後期になり時間割が多少変動してしまい、まだ前期の時間割の感覚が抜けていない俺は後期の時間割を未だに把握しきれていないのである。

 時間割とか予定を覚えておくの、俺苦手なんだよなぁ。

「えっと……、金曜5限は……。」

 メモ帳をペラペラとめくりながら、目的のページを探す。

 そして、後期金曜日時間割と書かれたページを見つける。

「英語基礎、か……。」

 訓練専門学校とはいえ、俺たちも年齢的には学生である。

 そのため、リージェルに関する専門知識だけでなく、英語などの一般教養もともに学ばなければならない。リージェルという専門的分野がなければ、沖月も普通の中学や高校と何ら変わらないわけである。

 俺はメモ帳を鞄に戻すと、そのまま英語のテキストを取り出す。どうやら、朝のうちにちゃんと用意は済ませていたみたいで、忘れてきたなんて言う落ちはなかった。というか、どんだけ忘れっぽいんだ、俺は……。

 なんてことを思いつつ、俺は苦笑を浮かべざるを得なかった。

 その時、ふと背中に視線を感じた。最近、たまにあるんだよなぁ……。

 でも、いつもほんの一瞬のことなので、気になりつつも視線の方に振り向いたりはしない。……んだけどなぁ……。

 どうしたんだろう、今日はやけに長いこと背中に視線を向けてきている。しかも、呼吸音……というかもはや深呼吸っぽい呼吸が聞こえてくるんだが……。

 これ、振り向いたほうがいいのか?

 というわけで、俺は恐る恐る背後へと視線を向けてみることにした。

「わっ!? き、気づかれてたっ!?」

「いや、うん。 視線は感じてた……かな。 んで、どうしたの?」

 見ると、すぐ後ろに一人の女学生が立っていた。胸に手を当てて、「すーはーすーはー……」とやや大げさ気味に深呼吸をしていた。ってか、深呼吸で合ってたんだ……。

 もう片方の手には、プリントの束を抱えている。

「え、えっとね、こ、これ……、今日の英語の課題だって。 あ、あのね、今日の英語、先生の急用で休講になったみたいでね……。」

 大分説明がたどたどしかったけど、そうか……。今日の英語は自習ってことか。

 俺はその子からプリントを受け取る。

「了解、ありがとな。」

「う、うん。 ど、どういたしまして。」

 というかこの子、緊張してる?俺、そんなに怖い顔していただろうか?それとも、まとうオーラが怖かったのか……。どっちにせよ、そんなつもりはないんだけどなぁ。結構小柄で気弱そうだから、余計に怖がらせてしまったのだろうか?

「そ、それじゃあわたし、他の人にも渡してくるからっ!!」

「お、おう……。」

 うん、よくわからん。速足で俺の席から遠ざかっていく小柄な女学生を見つめながら、俺は首をかしげてしまっていた。

「小瀬戸さん、そちらは配り終えましたか?」

「あ、えっと、ううん。 まだあと少し残ってる。 天留さんは?」

「私は終わりました。 おそらく、まだ窓際の席の人たちには配り切れていないと思いますので、任せてもよろしいですか?」

「うん、わかった。」

 小瀬戸さん……って、ああ……。去年のこの時期に転入してきた小瀬戸(こせど) 小雪(さゆき)さんか。いまいち顔と名前が一致しないんだよなぁ。

 もう一人は……、天留(あまどめ) 未来(みらい)さん、だったかな……。天留さんはかろうじて覚えていた。1年の時から一応同じクラスだったからな。全くと言っていいほど交流はなかったけど。

 プリント配布の仕事を任されているってことは、あの二人クラス委員だったりするのかな?やばい、これではクラス内に興味関心がないことが露見してしまう……。

 せめて、クラスメイトの顔と名前くらいは覚えないとなぁ……。時間割同様、人の名前を覚えるのも苦手なんだよなぁ……。

 まぁ、あの二人なら容姿も印象的だし、覚えやすいかもな。

 天留さんは結構背が高くスタイルもいい。顔はおっとり系で、髪は白髪ストレート。

 小瀬戸さんは対照的に全体的に小柄な印象。顔も幼げな感じで、髪は白銀ポニテ。

 マイ幼馴染こと愛葉さんもそうだけど、この学校の女学生たちって結構整った容姿を持つ人多いな。ちなみに愛葉は、天留さん以上に背が高く、髪は黒髪ストレート。

 と、そこで、俺はもう一つ気になったことがある。

 毛髪の色素が薄いってことは、あの二人は先天性のリージェリストなのかな。というのも、現段階での研究結果では、先天性リージェリストは毛髪色素が薄くなりやすく、反対に後天性リージェリストはオーディナルと毛髪色素が変わらない。

 俺や愛葉は後天性である。互いに黒髪だし。

 この理論で行くと、天留さんと小瀬戸さんはおそらく先天性なのだろう。まぁ、先天性・後天性で何か違うことがあるかって言われると、そういうわけではないのだが。髪の色が俺と違っていたりすると、気になってしまう。

 案外、違和感ないんだよなぁ、日本人だけど。やはり、容姿が優れている人は、人種とか関係なく何でも似合うんだろうなぁ。

 と、まぁ、そんなことはさておき、ひとまず先ほど配られた自習課題のプリントを済ませますかね。

 そうして俺は、プリントに視線を落とす。

 そこに書いてある内容は、基本的にこれまで学習してきたことの復讐ばかりで、何の面白みもないものだった。復讐ならいつもやってるし、もう少し応用的な課題を出してほしかった。ま、いいんだけどね。何度も繰り返し復讐を行うことは決して悪いことでもないし、それに何より、課題がすぐに終わりそうだ。

 なんてことを考えながら、俺はプリントにペンを走らせる。態々テキストを見返すまでもなく、スラスラと問題を解くことができる。うん、真面目でよかった。そうでなければ、今頃周りの連中のように、うなりながらいちいちテキストを読み返して問題を解く、なんてことをせざるを得なかっただろうなぁ。

 そして俺は、ものの10分ほどでその課題を終える。思った以上に簡単なプリントだった。これなら、俺以外にも終わっている人はいるんじゃなかろうか。

 そう思って、俺は教室内を見回す。……が、みんなまだのようだ。

 っと、前の方の席に一人、終わっていそうな人がいた。あれは……、天留さんか?あの白髪は恐らく彼女で間違いないだろう。

 天留さんは筆記用具等を自分の鞄にしまい込むと、鞄から1冊の本を取り出した。

 そして、その本を何やら熱心に読み始めた。一体、何の本なのだろう……。そんなに面白いのだろうか?ちょっと気になるな。今度機会があったら、聞いてみてもよさそうだな。もっとも、そんな機会があるのかという話なのだけれども。

 俺も何か読むかな。確か、まだ読み終えていない文庫本が鞄の中に入れっぱなしになっていたはず。暇つぶしにはちょうどいいだろうしな。

 俺は鞄をガサゴソとあさって目当ての本を見つけると、自習時間が終わるまでの間その本に没頭していた。

 

 

「ふぅ……。」

 息を吐いて本から顔を挙げる。体感的にはまだ20分くらいしか経っていないような気がする。と思って時計を確認してみると、体感時間のおおよそ2倍くらいの時間がたっていたことに気付いてしまった。

 てか、もうそろそろ自習時間終わりじゃんか……。大分集中していたみたいだな、俺。

 周りを見ると、大半の学生たちが既に課題を終わらせていたらしく、俺と同じように本を読んだり、近くにいる友人たちと静かに会話を交わしていたりと、空き時間を思い思いに満喫しているようだった。

 俺は読み終えた文庫本を閉じて鞄にしまい、大きく伸びをする。

 さてと、次の時間は戦闘実習か……。ものによってはかなり憂鬱なんだよなぁ……。

 そんな感じで6限の実習に思いを馳せていると、5限の終了を知らせる予鈴が教室中に鳴り響く。その瞬間、教室内が喧騒に包まれる。切り替えが早いことで……。

 でもまぁ、なかなか充実した自習時間だったように思う。

 俺は席から立ちあがり、荷物をもって教室から出ることにした。戦闘実習は、この学内の別棟にある訓練室、もしくは外にある訓練用コートで行われる。まぁ、ほとんどの場合は訓練室での実習なんだけどな。

「おっ、そこにいるのはレンじゃないか。 よっす!」

「ん? ああ、空か。 お疲れさん。」

 廊下を一人で歩いていると、後ろから声がかけられた。

 その声の主は、高塚(たかつか) (そら)。俺の数少ない友人の一人だ。愛葉同様、高等部第2学年に上がって別クラスになってしまい、以前に比べて会話する機会が減ってしまった。寂しいものだな。

「そっちは5限、何だったんだ?」

「英語基礎。 でも、教員が急用でこれなくなったみたいで、課題プリントだけ渡されてあとは自習だった。」

「マジかよ、いいなぁ。」

「はは、結構有意義だったよ。」

 空と肩を並べて歩く。特になんて事もないような会話でも、クラス内に話し相手のいない俺にとっては安息時間だったりする。

「んで、そっちは?」

「こっちはリージェル史学だったよ。 あれって、意外と学ぶこと多いのな。」

「それは確かに。 200年とは言えど、その200年の間にいろいろあったみたいだからな。 学習量が多くなるのもわかる。 っと、訓練室に着いたな。」

 俺と空は厚手の扉を開き、訓練室の中に入る。

 そして、備え付けの更衣室に向かった。まずは実習用の服に着替えないといけないからな。とは言っても、別に学校指定の訓練服があるというわけではなく、ただ単に動きやすい服に着替えるというだけだ。

 ささっとジャージに着替えて更衣室から出ると、次々と学生たちが訓練室の中に入ってくるところだった。うむ、早めに来ておいて正解だったな。

 訓練室内はそれなりに広めに設計されているが、流石に一学年分の男子が一斉に更衣室に入るのは結構厳しいものがある。というか、単純に絵面があまりよろしくないというか……、暑苦しいというか……。

「今日の実習は何をやんのかね。」

「どうだろうな。 昨日は個人技を磨くための一対一ランダムマッチだったから、それ以外の可能性が高そうだけど……。 ペア訓練だけは嫌だなぁ……。」

「それ、毎回聞いてる気がするぞ?」

 正直、ほとんど話したこともない人と50分もの間付きっ切りの状態になる、というのは、俺からすると地獄に近い……。ペアの割り当ては基本的に教員の方で行うので、知っている奴とペアを組むことができる確率は非常に低いのである。まぁ、時々自由に組むこともできるのだが、それがあるのは2限続きの時だけで、今日みたいな1限のみの時は教員指定のペアになる。

「まだペア訓練って決まったわけでもないのに、そんな絶望したような顔しなくても……。 本当に嫌なんだな。」

「あ、ああ、すまん。 そうだよな、まだペア訓練って決まったわけじゃないもんな。」

 何やら今、フラグが立ったような音が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。

「てかさ、レンってコミュ障だよな。」

「何を言うか、俺はコミュ障なんかじゃないぞ? 顔見知りの人以外と話すのがちょっとだけ怖いっていうだけでコミュ障扱いとはいかがなものか。」

「それがコミュ障って言うんだぜ、レンくん。」

「そ、そんなバカな……!?」

 衝撃の新事実に、俺はその場に崩れ落ちる。

 そうか……、俺はコミュ障患いだったのか……。なんということだ……。

「えー……、そんな驚くことかよ……。」

 我が友人があきれ顔で俺を見下ろしてくる。

「わ、笑いたければ笑えばいい……。 こんな惨めな俺を……。」

「テンション高くね? 今日のレン。」

「そうでもないだろ、いつも通りだ。」

「何の話?」

 唐突に後ろから声をかけられる。

 そちらに振り向くと、次なる友人(女性陣)が集まっていた。

「ああ、愛葉にミアか。 お疲れさん。」

「お疲れー、レン君。」

 そう元気に返事をしたのは、水樹(みなぎ) ミア(みあ)。空同様、去年同じクラスだった中の一人だ。

 ミアと愛葉は親友と呼べるほどの仲で、ミアを見つければ基本的に愛葉も一緒に見つけられる。しかもこの二人、執補会でも一緒なんだよなぁ。

 ルックスは、愛葉に比べて身長はかなり低く、愛葉とセットでデコボコンビなんて呼ばれたりもする。髪はオレンジっぽい色で、先天性リージェリストである。

 ちなみに空は俺や愛葉と同じ、後天性リージェリストである。身長は175くらいでそれなりに高く、顔も同性の俺から見ても整っていることがよくわかる。噂になるほどではないが、それなりに人気はあるみたいだ。

「んでんで、何の話して他の?」

「レンがコミュ障って話だよ。」

「レンがコミュ障なのは、とっくの昔から分かり切ってることじゃないの。」

「え、そうだったの?」

 愛葉のストレートな一言に、ミアが首をかしげて返す。

「そうよ、昔から人と話すの苦手だったものね。」

「そ、そんなにか……?」

「自覚なかったの?」

「し、辛らつだなぁ……、今日の愛葉。」

 既に俺のメンタルライフは0に近い。これ以上傷を抉られると、本気でダウンしてしまいそうだ。

「でも、私たちと話すときのレン君は、そうは見えないよ。」

「そりゃあねぇ。 ある程度話せば成れてくるものだから。」

「そうなの?」

「ま、まぁな。 このメンバーの仲だったら、結構離しやすいかな。」

 愛葉の言葉を受けたミアが俺へと視線を向けてきたので、俺は頷いて見せた。

「そっか。 そうなんだね。 よかった、話しづらいって思われてたらどうしようかなって思ったけど、それなら安心だね。」

「おっと、先生が来たな。 もう実習が始まるみたいだ。」

 空の言葉を聞いて訓練室の入り口に視線をやると、ちょうどいま教員が訓練室に入ってきたところだった。

 俺たちは姿勢を正し、教員へと向き直る。

 実習は、座学とは異なり危険を伴うからな。気を引き締めて臨まなければ。



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Episode3. 戦闘実習開始! ペアでも楽しいよ。

「よーし、それじゃあ今日の訓練を始めるぞ。 まずは出血をとる。」

 訓練室内に入ってきた訓練担当教員は、さっそく出血をとり始める。雑談とかなしにスムーズに授業を始めてくれるのはとてもありがたい。

 やがて出血をとり終えた訓練担当教員は、名簿を閉じて俺たち学生のほうへと向き直り、本題を切り出した。

 頼む……、ペア訓練だけはどうかご勘弁を……。

 俺は心の中でそう祈りつつ、担当教員の言葉を待った。

「よし、今日はペアでの訓練を行おうと思う。」

 な……、なんてことだ……!!俺の懸命な祈りは届かなかったのか……!!

 俺はその場に崩れ落ちそうになるのを必死にこらえながらも、深い嘆息までは抑えきれなかった。まぁ、担当教員には聞こえなかっただろうけど。

 でも、近くにいた友人たちには気づかれていたみたいだ。

「ドンマイ、レン。 せめて知ってるやつだったらいいな。」

「というか、なんて顔してんのよ……。 かなり怖いんだけど……。」

「絶望感がよく伝わってくるね……。」

 3人それぞれから言葉をいただく。空の言うとおり、願わくば顔見知りの奴とペアであることを願うまでだ。

「ペアの割り振りを言うから、聞き逃すなよ。 えーと……」

 そうして担当教員から、次々とペアが告げられる。その中には俺の知っている名前もあったが、どれも俺とペアではなかった。現実はいつも残酷である。

「次、神奈和。 それから、天留。」

「……ん?」

 思わず声が漏れる。

 全く期待していなかったが、俺とともに名前を呼ばれたのは天留さんだった。聞き間違いでなければ、だが。

 天留さんなら、幾分かやりやすいかもしれない。話したことはなくとも、一応2年連続で同じクラスなわけだしな。

 その後も淡々と読み上げられていくペア割り振り。

「私は……、坂上って人とペアね。」

「空君とペアだ! よろしくね。」

「おう! よろしく、ミア。」

 3人もそれぞれペアを告げられる。てか、空とミアがペアかよ。

「よし、以上だ。 それぞれペアを見つけて散らばれ。 あとは自由にいろいろやってくれ。 んじゃ、始め!」

 最後若干雑になっていた気がしたが、ひとまず教員からの号令を受け、俺は天留さんを探す。が、見当たらなく根?

「神奈和君、ですよね。」

「おっと、後ろにいたのか。 えっと、今日はよろしく。」

「ええ、よろしくお願いしますね。」

 ひとまず挨拶を交わしあう。見た目通り温和な雰囲気をまとっているな、この人。

 それに、一つ一つの所作が整っていて、なんというかとても綺麗だ。

「それで、どうしますか? 今日はどうやら自由みたいなので。」

「あ、ああ、そうだな……。 天留さんって、使用武器とかあったりする? ちなみに俺は特になし。」

「ええ、私は基本的に日本刀を扱っています。」

 ほう、日本刀か。戦闘スタイルは愛葉に似ているのだろうか?愛葉も基本的に剣や刀を扱っている。でもまぁ、あいつは能力によるところが大きいけどな。

 となると……、

「じゃあ、俺と手合わせでもしてみるか? これでも、友人の鍛錬に付き合ったことあるから、それなりにはできるし。」

「いいんですか? それだと、神奈和君の鍛錬にはならないと思うんですが……。」

「いいっていいって。 結局、特にやりたいこともないし。」

 天留さんはしばし思案するような表情を浮かべていたが、どうやら決断はできたようだった。

「それでは、お手合わせお願いします。」

「オッケー、それじゃあ木刀でいいよな? 取ってくるな。」

 俺は急いで訓練室内の倉庫に走り、二人分の木刀を手にして天留さんのもとへと戻る。

 そして、持ってきた木刀のうち1本を天留さんに手渡した。

「ありがとうございます。」

「はいよ。 つっても、いつぶりかなぁ。 なんか懐かしい。」

 俺は感触を確かめるように数回素振りをする。

 うん、木刀が空を切り裂くいい音だ。これなら、特に腕が鈍っているなんて言うこともなく、問題なく天留さんの相手ができるだろう。

 そして俺は、準備万端とばかりに天留さんのほうへと向き直った。

「よし、こっちは準備オーケーだ。 いつでもいいよ。」

「わかりました。 それでは……、いきますっ!!」

 天留さんのそんな掛け声とともに、俺たち二人は駆け出した。

 っと、思っていた以上に動きが早いな、天留さん。それに、踏み込みにも思い切りがある。温和な雰囲気とは裏腹に、結構大胆な動き方をするんだな。

 これはなかなか燃えるなぁ。あの愛葉にも引きをとらないだろう。

「はっ!!」

「よっと!」

 互いの木刀が眼前で交差する。これは……、かなり重い一撃だな……。しっかり踏ん張っておいてよかった。踏ん張りが甘かったら危うく吹っ飛ばされていたかもしれない。それくらい強烈な一撃だった。

 天留さんは一度俺から距離をとり、体勢を立て直す。引き際もわきまえているようだな。これはこれは、全く隙がないではありませんか。

 俺も木刀を構えなおし、受け身の態勢に入る。恐らく、天留さん相手だと攻めるよりも守備を固めたほうがいいような気がする。

「ふっ……!」

 小さく息を吐くと、天留さんは再び一歩を踏み出した。そして次の瞬間には、もう既に俺の目の前まで天留さんが迫っていた。

「危なっ……!」

 あまりにも早い動きだったので見逃しかけてしまい、ギリギリのところで天留さんの一撃を受け止めることになってしまった。

 あと一瞬遅かったら、完全に一本取られていたな。

「っ!!」

 天留さんはまたも後方へと下がる。

 だが、それを狙っていたぜ!唯一の隙がそこだ。

「そいやっ!」

 俺は天留さんとの間合いを一気に詰め、守りから攻めへと転じる。

 超近距離での打ち合いは、天留さんの感覚からすれば互角に感じると思う。

 だが、外から見れば一目瞭然で、天留さんが追い詰められているように映るだろう。

 そう、俺は攻撃をしつつ天留さんを壁際へと追い詰めようとしている。誘導作戦だ。勢いを載せて突っ込むと、咄嗟に後方へ飛び退こうとする。俺はそれを逆手にとって、有利な状況を作った。だれでもおもいつくような、簡単な作戦だろ?でもな、こういう初歩的な作戦が、たまに相手の不意を衝く一撃につながるんだよな。

「なっ……!?」

 気づくと、天留さんは訓練室の壁に背をぶつけてしまっていた。やはり、俺の攻撃を裁くことに夢中になっていて、壁の存在には気づけていなかったみたいだ。

「勝負あり、かな。」

「ええ、そうですね。 まいりました……。」

 とりあえず、まず一本取ることができた。偶然とはいえ、結構うまくいったものだ。

「すっかり神奈和君の攻撃に集中してしまい、周りの状況に意識を向けるということを失念していました。 お見事です。」

「いや、今のはたまたまうまくいっただけかな。 正直、少し反応が遅れていたら、負けていたのは俺の方だったし。 結構冷や冷やする場面多かったからなぁ。」

「それでも、反応できたのですから、やはり流石ですよ。 私も、もう少しいろいろな点に意識を向けることができればいいんですけどね。 昔からずっと治らないままで。」

「そうなんだ。 まぁ、複数のことに集中するのって結構難しいよな。 戦闘以外でもたまに思うよ。 ノートテイクしながら教員の話も聞きつつ、テキストも読まないといけないっていうね。」

 天留さんの言葉に、俺はついうんうんと頷いてしまう。実を言うと、俺も複数のことに意識を向けるのはあまり得意ではないのでな。

 だから、天留さんの気持ちがよくわかるような気がした。

「そうですよね! 難しいですよね! 私も、常日頃から思ってます。」

 あ、あれ?なんか、天留さんがやけに食い気味なような……。まぁ、いいか。

「えっと、どうする? もう何本かやる?」

「お願いできますか?」

「もちろんだとも。 うまく複数に意識を向けるいい方法、見つけてみよう。」

「ありがとうございますっ!!」

 そんなわけで俺と天留さんは、このあともひたすら打ち合った。時間が許す限り何度でも、って感じだったので、もう何本やったかは数えていなかった。

 勝敗は、大体五分五分といったところかな。普段刀は扱わない俺だけど、非常に充実した訓練だったことは間違いない。

「ふぅ、今日は付き合っていただき、ありがとうございました。」

「こっちも楽しかったから、気にしないでいいよ。」

「にしても、やはり難しいですね。 少しずつ感覚はつかめてきましたけど、まだまだ道のりは遠そうです。」

「でも、大きな一歩前進になったかもな。 力になれたみたいならよかったよ。」

 というわけで、俺は天留さんから木刀を受け取り、もとあった倉庫へと戻しに行った。

 そして、元の場所へと戻る。

「あの、神奈和君。」

「ん? どうした?」

「また機会があったら、訓練にお付き合いいただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ、それなら喜んで。 ペア訓練でこんなに充実していたのは、天留さんが初めてだと思うしね。 こちらこそ、またよろしく頼むよ。」

 お世辞抜きで本当に楽しかった。今回のペアが天留さんでよかった。

 そんなこんなで授業終了の時間になり、教員の号令で解散となった。

 願わくば、次のペア訓練もこれだけ充実したものになってほしいものである。更衣室で着替えを済ませながら、そんなことを考える俺なのであった。

 

 

 訓練室を後にし、俺は教室に戻ってきた。

 今の戦闘実習で今日の講義はすべて終わりだ。これ以上学校にいても、特にやることもないからさっさと帰ってしまおう。

「あ、神奈和君。 先ほどはありがとうございました。」

「ん? ああ、お疲れさま。 こちらこそありがとな。」

 背後から天留さんが声をかけてきた。ちょうどいま、教室に戻ってきたようだ。

「これからお帰りですか?」

「ああ。 もう授業は終わったからね。」

「寮はどちらで?」

 沖月敷地内には学生寮があり、沖月の学生の大多数は子の学生寮に入寮している。寮は東棟と西棟に分かれており、それぞれ9部屋のアパートがいくつも連なっている創りになっている。

 先ほど、学生の大多数といったが、寮に入っていない人もいる。全寮制というわけではないから、月銀島内に実家がある人は、そこから直接沖月に通っていたりする。

 まぁ、俺は入寮しているわけだけれども。

「えっと、西棟7番寮だよ。 俺一人しかいないんだよね、あそこ。」

 入寮当時からずっとそうなのだ。4年もの間、寮内で他の学生の顔を見かけたことがない。というか、うちのところには入寮者リストとかも配られたことがない。他の寮の学生には配られているようだけど。

 だから、恐らく俺一人なのだろう。

「えっ……。」

 天留さんが絶句してる……。何故だろう?

「西棟……7番ですか……? 言い間違いでなく……。」

「えっと、うん。 そうだけど……。 どうして……?」

 なんかまた俺、フラグ建築やらかしていたのか?いやいや、まさかな。だって、物音ひとつ聞こえてこないんだぜ?そんなバカな話、あるわけないだろう。

「えっとですね……、いないと思っていたはずの同寮生がすぐ目の前にいたことに、私今ものすごく驚いてます……。」

「……マジデスカ……。」

 やっぱりフラグ縦まくっていたらしい。なんてこったい。

「あ、天留さんも、西7? それホント!?」

「え、ええ。 間違いありません……。 い、いつから西7に?」

「入学当時から、です……。 中等部の。 そっちは?」

「お、同じく……。」

 いや、マジでどういうことだよっ!!ずっといないものだと思い込んでいた同寮者が、本当は存在していただと!?にわかには信じ難い……。

 けど、天留さんが嘘を吐くような人には見えない。きっと紛れもない真実なのだろう。いやぁ、そんなことがあり得るものなんだなぁ……。

「と、とにかく、同じく西棟7番寮に住んでます、天留未来です。 今後とも、よろしくお願いします?」

「う、うん。 よ、よろし……く……?」

 なんとも微妙な挨拶となってしまった。でも、そっか。一人ではなかったんだな、俺。

 って、いやいやいやっ!!ちょっと待てよっ!!

「同寮者がいたんなら、何故うちのところにリストが配られなかったんだよ!?」

 思わずツッコミを入れてしまう。

「あ、確かにそうですよね。 他のところにはちゃんと配られているのに、私たちのところにはありませんよね。 ひとりしかいないから……、と思ってましたけど、神奈和君もいるなら、配られるのがふつうなはずなのに……。」

「これは……、言っておいたほうがよさそうだなぁ……。 今度、学長にはちゃんと伝えておくよ。」

「わ、わかりました。」

 うむ、これでひとまずは解決……ということでいいのだろうか?

「天留さーん!!」

 と、そこで、天留さんを呼ぶ声が聞こえた。そちらのほうへと振り向いてみる。

「今日の日誌、どっちが書く……、って、か、神奈和くんっ!?」

 小瀬戸さんだった。てか、俺を見て驚いてらっしゃる。

 やはり、そんなに怖いのだろうか……。それとも、男子恐怖症?

「あ、お疲れさま、小瀬戸さん。」

 とりあえず、簡単な挨拶だけしておくことにした。なるべく優しい声を心掛けたぞ。

「ひゃうっ……。 お、お疲れ様です……。」

 小瀬戸さんはうつむきながら、今にも消え入りそうなか細い声で返事をした。ちゃんと返事はしてくれるあたり、律儀なのだろう。

「今日は私が書きますね。 昨日は小瀬戸さんに書いてもらったわけですし。」

「あ、うん。 それじゃあ、お願いできるかな。」

「はい。」

 天留さんが小瀬戸さんから日誌を受け取る。つくづく一般校みたいだなぁ、日誌とか。

「二人はクラス委員何だっけ?」

「ええ、そうですよ。 とは言っても、やることなんてほとんどないんですけどね。」

「え、えっと、でも、今日は金曜日だから、最後に教室の掃除とか……しないといけないんだよね。」

「掃除もやるの? 知らんかった。」

 そうだったのか、もう少し興味を持つべきだな、これは。

「「時間あるし、俺も手伝おうか?」

 ちょっとした後ろめたさを感じた俺は、そんな提案をしてみる。

「そ、そんな、悪いよ! クラス委員も、好きでやってるだけなんだし。 そ、それに……」

「それに……、どうしたの?」

「えっ!? あっ、う、ううん!! なんでもないのっ!! き、気にしないで……。」

 小瀬戸さんがわたわたしながら首をぶんぶんと横に振る。なんか可愛い。

「はい、日誌書き終わりました。」

「は、早かったね……。」

「そこまで書くこと多くないので。 それで神奈和君、お手伝いの件なのですが、もしよろしければお手伝いしていただけないでしょうか? 気持ち的には、私も小瀬戸さんと同じなのですが、何分今日はこの後執補会の集まりが入っていまして……。」

「そうなんだ。 もちろんいいよ。 言い出したのは俺だし、結局帰っても特にやることないから。」

「本当、いろいろとありがとうございます。」

 天留さんがペコリと頭を下げてくる。俺は、気にしなくていいとばかりに手を横に振ってみせる。

「というか、天留さんって執補会だったんだ。」

「はい、そうなんです。 以前から、神奈和君のお話は木乃瀬さんたちから伺ってます。」

「あはは、そうなんだ。 ろくなこと喋ってなさそうだ。」

「そんなことありませんよ。 それに木乃瀬さん、神奈和君のことを話す時が一番楽しそうですしね。」

 フフッと笑って見せる天留さん。

 話してみて思ったけど、天留さんって結構話しやすい。

「っと、そろそろ掃除、始めてしまいましょうか。」

「そ、そうだね。 ご、ごめんね、神奈和くん、手伝わせちゃって。」

「本当にすみません。 時間になるまでは私も責務を果たしますので。」

「いやホント、気にしなくていいから。」

 まぁ、こういうのも悪くないだろ。友人たちが見たら、俺らしくないとか言い出しそうだけどな。

 というわけで、俺たち3人は誰もいなくなった教室内の掃除に取り掛かるのであった。



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Episode4. 友人増えた、やったぜ! と思ったら、海で何かが……

「それで、まずは何をすればいい?」

 開口一番、俺は二人にそう問いかける。これまでの業務での、二人なりの流れみたいなものがあるだろうし、俺は出しゃばらず二人の指示に従おうと思う。

「机を1箇所に退けてしまいましょう。」

「了解。 後ろでいい?」

「はい、それでお願いします。」

 俺は天留さんの言葉に従って、机を後方へと下げていく。教室の机はどれも長机なので、少し持ちづらくはあるが、まぁ問題ない。

「すごいですね、流石は男の子、なんでしょうか。」

「なんか、すっごく頼りがいがあるね。」

 二人がそれぞれ感想みたいなものをこぼしながら、協力して長机を運ぶ。まぁ確かに、これは女性一人じゃ持ちづらいだろうな。それに、結構重量もあるし。

 そのまま3人で分担しながら、教室内の机をすべて後ろに送る。

「では、ホコリを掃いてしまいましょう。」

 そう言って天留さんが、掃除用具入れからモップを取り出す。

 俺はそのうちの1本を受け取る。

「っと、すみません。 もう時間ですね。 ほとんどお力になれずすみません。」

「いいよいいよ。 それより、行ってきな。」

「そうします。 では、後はよろしくお願いします。」

「はいはーい。」

「うん、いってらっしゃい、天留さん。」

 俺と小瀬戸さんで天留さんを見送る。

 さてと、気を引き締めなおして、掃除に取り掛かろう。

「ゴミはどの辺に集めればいい?」

「え、えっとね、いつもは前に集めてるよ。」

「そっか、それじゃあそうするかな。」

俺は手にしたモップを動かし始める。隅から順にホコリを集めていく。

「なんか、手慣れてるね。 お掃除、よくするの?」

「そんなに頻繁にはやらないけど、たまにね。」

 二人で別の場所を掃除しながら会話を交わす。

 思えば、小瀬戸さんの緊張が大分解けてきてくれているような気がする。相変わらず、目線は俺から外したままだけど。そこは気にしないようにしよう。嫌われているわけではなさそうだし。

「家事とか好きなの?」

「うーん、ものによるなぁ。 掃除は好きだけど、料理はあんまり。」

「そうなんだ。 でも、自分で作ってるの?」

「一応ね。 おいしいかどうかはわからないけど。」

 別に俺はハイスペック人間ではない。苦手なことの一つや二つ、余裕で見つかる。

 特に料理なんかは、ここに来るまで経験がなかったので、今でも割と苦手視している

 それに、疲れているときとかは本当に面倒くさいしな。

「小瀬戸さんは?」

「家事は好きだよ。 でも、実家暮らしだからあんまりやる機会多くないけど。 でも、たまに任されることもあるんだ。」「へえ、実家暮らしなんだ。 月銀島内に家があるの?」

「そうだよ。 うちの両親、RSOの職員だからね。」

「マジか。」

 親がRSOで働いている、というケースもあり得るのか。

 ということは、小瀬戸さんはご両親含めてリージェリスト、ということなんだな。

「ご両親は、どの部門で働いてるの?」

「学生支援だよ。 教材とか、奨学金とか、そういうのに携わってる。」

「なるほどね。 間接的にお世話になってるわけか。」

「そんな大層なことはやってないと思うけどね。」

 あはは、と控え目な笑みをこぼす小瀬戸さん。

 その後も、とぎれとぎれではありながらも会話を交わしつつ、俺たち二人は教室の掃除を進めていった。これまで教室内を掃除した経験はなかったのでよくわからなかったが、この教室思ったより広いんだな。二人だけで掃除していると、余計にそう感じる。

 もう少し早めに切り上げられるかと思っていたが、予想より時間を要してしまっていた。まぁでも、全然苦ではないし、俺としては時間も潰せてラッキーだった。

 そして、あらかた掃除が終わった。

「よし、それじゃあ机戻すか。 あれだったら、小瀬戸さんは先に切り上げてもらってもいいよ。 机運びなら俺一人でもできるから。」

「そんな、悪いよ! 神奈和くん一人に任せるなんて! ……あ、でも……、わたしがいるとお邪魔になっちゃうかな……?」

 そういうつもりで言ったわけじゃないんだけどなぁ……。でも、誤解を与えてしまうような言い方をしてしまったか。

 小瀬戸さんが悲しげな表情を浮かべてこちらを見ている。いかん、早くフォローしてあげないと、今にも泣きだしてしまいそうだ。

「え、えっと、そういうことじゃないんだ。 だから、そんな顔しないでくれ。」

「じゃあ、わたしも一緒でいい?」

「もちろん。 それじゃあ、そっち持って。」

 そう言って俺は、机の片側をつかむ。

 遅れて小瀬戸さんも机のもう片方に手を添えた。

「大丈夫? それじゃあいくよ、せーの。」

 二人同時に机を持ち上げる。そのまま、元あった場所へと移動させる。小瀬戸さんが転ばないように、細心の注意を払いながら。

 そして、机を指定の位置に卸す。

 あとは、この作業の繰り返しだ。

「よいしょっと……。 ふぅ……、これで終わりかな?」

「うん、そうだな。 お疲れさま、小瀬戸さん。」

「神奈和くんもね。 今日は本当にありがとうね。」

「いえいえ、お役に立てたなら何よりです。」

 小瀬戸さんが、改めて俺にお礼を言ってきた。やっぱり律儀な子だ。

「にしても、大分時間かかっちゃったな。 もう16時回ってる。」

「あ、ホントだ! ごめんね、何か用事とかあった?」

「いやいや、特にないよ。 もともと暇だったから手伝ったわけだしな。」

「それならいいんだけど……。」

 と、その時、教室の扉がガラリと開く。

 中に入ってきたのは天留さんだった。

「あ、お二人とも。 いらっしゃったんですね。」

「あー、うん。 今掃除が終わったところだよ。」

「そうですか。 お任せしてしまって、本当に申し訳ありません。」

「平気平気。 それより、執補会の話し合いは終わり?」

「はい、無事終わりました。 神奈和君、今日はありがとうございました。」

「それはもう何度も聞いたってば。」

 思わず苦笑を浮かべてしまう。小瀬戸さんだけでなく、天留さんも律儀だ。

「そんじゃ、そろそろ帰ろうか。」

「そうだね。」

「はい。」

 それぞれ自分の荷物をまとめて、帰宅の準備を済ませる。

 って言っても、俺は手荷物だけだったので、すぐに住んでしまったけどな。

 そして、全員が準備を終えたのを確認し、俺は教室の電灯を落とした。

「じゃあ、行こうか。」

 そうして俺たち3人は、学内を後にした。

 

「そういえば、二人はどこの寮に住んでるの?」

 ふと、小瀬戸さんからそんな質問が飛んできた。

「俺たち、二人とも同じ寮でな。 西棟7番なんだよ。」

「ええ。 まさか同じだとは思いませんでしたよ。 こんな偶然あるものなんですね。」

「西棟7番? もしかして二人とも、人の気配がしないっていうあの無人の西7の寮生だったの?」

「え……、そんなことを言われていたのか……?」

「は、初耳ですね……。」

「でも、そっか。 二人はあそこなんだね。 それなら、もうそろそろわたしも……」

「ん? どうかなさいましたか? 小瀬戸さん。」

 小瀬戸さんの言葉に、天留さんが首をかしげる。俺も、後半よく聞こえなかったので、少し気になる。

「えっ、あっ、えっとね……、わたしもそろそろ寮に移動しようかなって思って。」

「でも小瀬戸さん、実家暮らしなんだよね?」

「うん。 でもね、一応名前だけは登録してるんだ。」

「そうだったんですね。 ちなみに、どちらですか?」

「それはね……」

 小瀬戸さんが一呼吸置く。

 うん、この時点でなんとなく察した。

「二人と同じだよ。」

「「やっぱり。」」

「えっ!? 何その反応!?」

 俺と天留さんの声が重なる。やはり、天留さんも予想できていたようだ。

 そして、俺たちのこの反応に小瀬戸さんが不満げな声を上げる。

「いや、だって、思わせぶりなため方だったし。」

「そうですね。 わかりやすかったです。」

「うぅ……、そんなぁ……。」

 本日2回目になってしまうかもしれないが、なんか可愛い。思わず、頭を撫でてやりたくなる。まぁ、実際そんなことしたら訴えられてしまいかねないので、そこは我慢一択でござるよ。、神奈和レン

「小瀬戸さんって、隠し事とか苦手なタイプ?」

「それ、よく言われる。 やっぱりわかりやすいのかなぁ。」

 ふむ、あくまで無自覚なんだな。きっと、顔とか声のトーンに出てしまうタイプなのだろう。こりゃ、男子からの人気が高いのも頷けるわな。今まで全くかかわりがなかったからわからなかったけど、今日話してみて、小瀬戸さんの魅力が何なのか、少し理解できた気がする。

 小瀬戸さんが転入してきて少し経った頃、男子の中で大盛り上がりしていたもんなぁ。一応、今でも「プリンセス」として、時々噂になっているのを耳にすることがある。まぁ、実際俺は顔と名前すら一致しなかったわけだけれども。同じクラスなのにな。

 はは、今考えても申し訳ないの一言に尽きるな。

「でも、そっか。 小瀬戸さんも同じ寮だったのか。 よく考えると、結構すごいことだな。」

「だね。 無人と言われ続けてきた西7にまさか3人も入寮者がいたなんてね。 わたしも、自分一人だけかと思って、ずっと実家にいたんだよね。」

「なるほど。 では、近々こちらに移られるんですね。 楽しみにしてますね。」

「うん、なるべく早く荷物まとめてそっちに行くね。」

「おう、待ってるよ。」

 というわけで、西7寮の前までやってきた。

 小瀬戸さんとはここで別れることになる。

「あ、もう西7寮前かぁ。 結構早かったね。」

「まぁ、沖月の敷地内だからな。 そんなに距離はないよ。」

「なんか名残惜しいなぁ。」

「そうですね。 もう少しお話ししたかったですね。」

 小瀬戸さんも天留さんも、少し残念そうな表情を浮かべている。

 けど、9月とは言えど、夕方は少し冷える。長時間外にいたら、風邪をひいてしまいかねない。だから、みんなの健康を考えるなら解散すべきだろう。

 だが、俺も二人と同様に、名残惜しさを感じていた。それだけ、二人と会話するのは楽しかったというわけだ。ほとんど初めて話す相手だったけど、結構離しやすい子たちだったからな。

「そんじゃあ、最後にアドレスでも交換しとく?」

「え、いいの?」

「もちろんだ。 そもそも、言い出しっぺは俺だしね。 それに、同じ寮に住んでるわけだしさ。 だから、交換しとかないか?」

「私は賛成です。 そういえば、まだ小瀬戸さんのも持っていませんでしたので、この際交換してしまいましょう。」

「う、うん。 やった……。」

 最後、なんて言ったのかわからなかったけど、嬉しそうだし問題ないかな。

 というわけで、俺はスマホを取り出し、緑と白が特徴的な例のメッセージアプリを起動させて、自分のアカウントのコードを呼び出す。現代は、便利なものであふれてるよな。こういうメッセージアプリとかね。たとえ、ほとんど友達登録している人がいなかったとしても。それでも、便利だって思えるよ。あれ、泣きそう……。

「では、誰から登録しますか?」

「ちょうど俺今コード出してるし、二人とも読み取っちゃってよ。」

「わかりました。 それでは失礼して……と、はい。 私の方は完了です。」

「じゃあ次、わたしだね。 ……っと、うん。 こっちも読み取れたよ。 それじゃあ、神奈和くんにメッセージ送ればいいかな。」

「そうだね。 そのほうが楽だと思う。」

 二人はそれぞれ自分のスマホを操作する。

 やがて、俺のスマホがメッセージを受信したことを通知する。

 俺はそれを確認すべく、メッセージ履歴を開く。と、そこには、二人の名前がそれぞれ表示されていた。おお、俺にも友達が増えたぞ。嬉しい。

 すぐさま俺は、二人のメッセージに既読を点け、友達登録も済ませておく。

 その間二人は、お互いのアカウントを交換しているようだった。

「はい、こっちも完了です。 では、メッセージ送りますね。」

「うん、よろしくね。」

 そうして、アカウントの交換を済ませた俺たちは、少しだけ会話をした後、解散することにした。

「それじゃあね。 早ければ明日か明後日にはこっち来れると思う。」

「そうですか。 では、待っていますね。」

「俺も。 それじゃあ、お疲れさん。」

「うん、またね!」

「それではまた。」

 そんなわけで、俺と天留さんは西7寮エントランスへと足を踏み入れた。

 

 

----------------------------------------

 

 西7寮に入っていく天留さんと神奈和くんを見送って、わたしは帰路につく。

 それにしても、今日はとっても楽しかったな。それに、嬉しいことがたくさんあった。

「神奈和くんとアドレス交換しちゃった、えへへ。」

 思わず笑みがこぼれてしまう。あっ、だ、だれもいないよね?

 誰かに見られていたら、すっごく恥ずかしい……。

 私の顔が見る見るうちに熱を帯びていくのが分かった。相変わらず、せわしないなぁ。

 でもでも、仕方ないよね。だって、あの神奈和くんとこれからメッセージのやり取りし放題なんだよ!嬉しくないわけないよ!

 って考えちゃうあたり、結構ベタ惚れなんだよね、わたし……。意識するだけで顔が赤くなるのがわかっちゃうくらいにね。

 きっかけはちょっとしたことだったけど……、やっぱりわたし、神奈和くんのこと好きだな。今日の掃除のときも、頼りがいがあって格好良かったしね。

 今日は、神奈和くんといっぱいお話しできて嬉しかったなぁ。これまでは、意識しすぎちゃって、話しかける勇気が出なかったけど、ちょっとしたきっかけ一つだけでも、一歩って踏み出せるものなんだね。

 これからもっとお話しできる機会、増えるかな?増えるといいな。

「よし、荷物整理、頑張らないとね!」

 わたしは、やや駆け足で家に帰った。

 すぐに西7寮に移りたいからね。

 

----------------------------------------

 

 天留さんとも別れて、俺は自分の部屋に戻ってきた。

 それから少しの時間、予習・復習の時間を設けた。これが俺の日課のようなものである。た、退屈とか言わないでくれ……、悲しくなるから……。

 そして気づくと、時間は既に7時を回っていた。

「やばっ、飯作らないと……。」

 そう思ってキッチンまで急ぎ、冷蔵庫の中身を確認する。

 そして、中身がすっからかん過ぎて、俺は肩を落とす。

「明日……、買い物行かないとなぁ……。」

 一人、そう嘆息する。

 さてと、今日の夕飯はどうしたものか……。

 って、どうするもこうするもないか……。何もないんじゃ、外に買いに行くか、何か食べに行くかの2択しかない。

「しゃーない……。 コンビニ行くか……。」

 というわけで俺は、思い足を引きずりながら財布片手に外へと繰り出した。

 

 外は既に暗闇だった。電灯の明かりと星明かりを頼りに、俺はコンビニまでの道をとぼとぼと歩く。

「はぁ、失念してたなぁ。 そういえば、昨日使い切っちまったんだった……。」

 道中、俺はそんなことをぼやく。

 満天の星空が、多少俺の足取りを軽くしてくれる。やはり、月銀島の空は綺麗だ。子の星空は、特に俺のお気に入りだ。

 そして、波の音が耳に心地いい。

「ホント、いい場所だよな。」

 俺が今歩いているのは海岸通りである。なので、横を振り向けば、月銀島の海が広がっている。海は夜空の星を反射し、キラキラと輝いている。

 何度見ても、飽きない光景だ。

 が、次の瞬間、ドボンと何かが海に落ちるような音が聞こえてきた。いや……、これは……。

 嫌な予感が脳裏をよぎり、俺はたまらず音の下法へと駆け出していた。

 そして、こういう予感というのは、当たってしまうものらしい。

 暗くて、微かにしか見えなかったが、誰かが海の中に落ちているのがわかった……。



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Episode5. 迷子のずぶ濡れ銀髪碧眼少女を拾った件……

 次の瞬間、俺はなりふり構わず海の中に飛び込んでいた。

 早く、助け出さなければ……!

「くっ……。」

 海の仲は深い闇の世界だった。目を凝らしていなければ、見失ってしまいそうだ。

 海水が目に入ってきて染みるが、今はそんなこと気にしているほどの余裕はない。

 とにかく、溺れてる人に触れることさえできれば……、あとはどうにでもなる。

 だから俺は、必死に水をかき、微かに浮かぶ人影へと手を伸ばす……。

 あと少し……。もう20センチ……。頼む、届いてくれ!!

「よしっ……!!」

 思わず声が漏れる。水中なので、声になっていたかどうかは知らないけど。

 とにかく俺は、その人影をつかむことができた。恐らく、俺がつかんだのは足だろう。

 そしてすぐさま、俺は頭の中で念じた。

「(テレポーテーション……)」

 すると、俺とその人影は光に包まれ……

「ふぅ……。」

 気づけば海から抜け出すことができていた。

「テレポート能力、マジで有能だな。 おかげで助かったぜ……。」

 俺はほっと胸をなでおろす。無事、溺れかけた人を救うことができた。

 にしても、一体誰だろう……。髪の長さから、女性であることは確かなんだが。

 というか、息してるよな?まずはそれを確認すべきだったな。が、特に異常はないようで安心した。今はショックで気絶しているだけのようだ。

「さてと……。 この子が目を覚ますまで待っとかないとな……。

 俺はそうつぶやくと、とある一点に思わず視線を向けてしまった……。

 頭から海に落ちてしまったのか、女の子の履いているスカートが完全にめくれ上がり、その奥の領域がフルオープンになってしまっていた……。悪いとは思いつつも、何分俺も男なわけでして……。目の前にそういう光景が広がっていると、思わず視線を向けてしまうわけでしてな……。いや、ホントすみません……。

「ピ、ピンクかぁ……。」

 こんなことをつぶやいてしまうのだから重症だな。

 しかも、ずぶ濡れになってしまっているため、その……なんだ……、ピンク色のそれが、透けてしまっている……。さらにその奥の領域が見えそうに……。いや、うん。暗くてよかった……。ギリギリセーフといったところか

 明るかったら、完全にアウトだっただろうなぁ。べ、別に悔しがったりしてないからな?ホントだぞ?

 俺は罪悪感に耐え切れなくなり、静かにスカートをもとに戻してあげることにした。いや、もっと早くやっておけよ、俺。というか、何名残惜しいとか思ってんだよ!!

 ったく……、これだから男は嫌なんだ……。

「ん……、んん……。」

 おや、どうやら目を覚ましたようだな。

 うなるようなか細い声を挙げながら、その少女がゆっくりと瞳を開く。

「こ、ここは……?」

「気が付いたみたいだね。 よかった。」

「え、えっと……、あなたは……?」

「通りすがりのリージェリストです。 身体は大丈夫そう?」

「は、はい……。 えっと……」

「さっき、海に落ちたでしょ? 覚えてない?」

 まだ若干ぼけているようだったので、記憶の確認を行っておく。

「あ、はい……。 落ちました……。」

「見たところ、怪我とかはなさそうだけど、痛いところとかある?」

「いえ、特には。」

「そうか、それなら何よりだ。 海に近づくのはいいけど、気を付けてね。 特に夜は、暗いし街灯も少ないからね。」

 一応、少女に忠告しておくことにした。

 少女はこくりと頷いたが、表情がどこか暗い。

「やっぱり……、怖いものです……。」

「え?」

 唐突に発せられた言葉に、俺は首をかしげてしまう。

「いざ海を目の前にすると、思わず立ちすくんじゃいました……。 だから、心の準備をしていたんですが、足がもつれちゃって、そのまま落ちちゃいました……。」

 淡々と語りだす目の前の少女。その内容はいまいちはっきりとはしないものだったが、俺の脳裏にとある記憶がよみがえっていた。

 それは、かつて俺が月銀島に初めてやってきたときのことだ。というか、ここに逃げてきた。リージェリストであると発覚し、愛葉以外の全てを失った俺は、それに絶望して、この月銀島まで一人でやってきたのである。

 そうして、ここに辿り着いた。今のこの一トほとんど変わらない。

 そして、海を目の前にして思ったんだ。もう、いっそのことこの人生を終えてしまいたい、とな。

 今、どうしてそれを思い出したのかって?それは、今俺の目の前で淡々と言葉を紡ぐその少女の表情や雰囲気が、その当時の俺と重なったからである。そして、なんとなく悟った。この少女は、俺と同じなのではないかと……。

「もしかして、身投げ……しようとしてた……?」

 恐る恐る質問を投げかけてみる。

 すると、返事はあっさり帰ってきた。

「はい。 その、とおりです……。」

 俺は思わず、苦笑を浮かべてしまう。

 ホントに、あの時の俺と寸分変わらない。

「そっか。 でも、やっぱり怖かったでしょ?」

「はい……。 すごく、怖かった……です……。」

 それまで淡々と話し続けていた少女だったが、ここにきて声を震わせ始めた。

「嫌な思い出しかないところに身を埋めるのが嫌で、せめてこの島がいいと思って、ここに来てみたんです……。 でも、やっぱり死ぬのは怖いよ……。」

 少女が涙ながらにそう話す。

「ワタシ……、リージェルが発覚して親に捨てられました……。4歳の時でした……。」

 少女が身の上話を始める。親に捨てられたというところで親近感を覚えたが、続く言葉を聞いて俺は絶句する。

 よ、4歳って……、マジですか……。まだ幼子じゃないか……。

「一応、孤児院には入れられましたが……、そこでも結局爪弾きにされちゃって……。 先天性でこの容姿ですから、隠すこともできなくて……。」

 少女は苦笑しながら、自分の髪の毛へと手を伸ばす。海に落ちたことで濡れてしまっていたが、綺麗な銀髪だった。星光を受けてキラキラと輝いているようだった。

 さらに、瞳は碧く、一目見たら日本人とは思えない容姿をしている。これで戸籍は日本で、常用後も日本語となると、オーディナルという誤魔化しは聞かないだろう。

「これまではなんとか一人で生きてこれましたが……、これ以上はワタシの心が持たないような気がして……。 壊れちゃう前にいっそ捨ててしまえばって思ってここに来たんですが……。」

「最後の一歩がどうしても踏み出せなかったんだな。」

「はい……、怖かったです……。」

 目の前の少女はそう言うとうつむいてしまった。きっと、今の彼女の精神状態はかなり不安定だ。今、何か刺激されたら、恐らく壊れてしまうだろう。

 だから、慎重に考えて、声をかけてやらなければならない。

「あの時の俺と同じだな。」

「ふぇっ……?」

 少女が呆然と俺を見つめてくる。それを確認し、俺は話を続ける。

「俺もさ、初めてこの島に来た時、身投げしてやろうって思ってたんだよ。 けど、結局できなかった。 俺も君と同じ、なんだかんだでこの世界にまだ生き残っていたいって思ってたんだろうね。」

「ワタシ……、まだ生きていたいって思っているんでしょうか……?」

「そうだと思うよ。 暗い記憶だけ残して命を捨てるのは、誰だって嫌なものだよ。」

「確かに……、ひっかかるものがあるような気がします……。」

 少女が胸に手を当てて、うんうんと頷いてくれる。

「だろ? 俺もそうだった。 んで、結局恩人に拾われて今に至るってわけ。 その結果に、俺は後悔してないよ。 だからさ、後悔しなくていいような人生に使用よ。」

「後悔しない人生……。」

「そう。 ここなら、少なくとも前みたいに爪弾きにされることなんてないし、助けになれるかはわからないけど、俺もできる限り君の力になりたいって思ってるから。 だから、もう少し頑張ってみない?」

 俺は少女と目線の高さを合わせる。

 少女はしばし呆けた表情を浮かべていたが、一筋の涙とともにその顔が緩む。

「うん……、ワタシまだ、生きていたいです……。 このまま終わるなんて、嫌ですっ……!」

 ポロポロとこぼれる涙を拭うことも忘れ、彼女は必至の訴えをする。その瞳は、涙が流れているにもかかわらず、とても力強いように感じられた。

「うん。」

「だから、お願いします……! 助けて……。」

「うん。 もちろん。」

 俺は少女に手を差し伸べる。彼女は、その手を迷わず取ってくれた。

 俺は、あの時の()のように、誰かを助けることができたのだろうか?いや、そうであってほしい。

 目の前で嗚咽を漏らし涙を流す銀髪の少女を見つめながら、俺はそんなことを考えていたのだった。

 

 

「す、すみません……。 泣いちゃって……。」

 一頻り泣いた後、少女が恥ずかしそうにペコリと頭を下げてきた。

「いいよ。 気にしなくて。 それより、寒くない? 9月とはいえ、海に落ちてずぶ濡れになった後だから、風邪ひいちゃうかも。」

「あ、えっと、大丈夫です。」

 その直後、「くちゅん」と可愛らしいくしゃみをする目の前の銀髪少女。

 俺はそんな彼女に苦笑しつつ、自分の上着に手をかけた……ところで、自分も同様に濡れていることに気付く。そういえば、海に飛び込んだんだったな。すっかり忘れてしまっていた。

 俺は俺で恥ずかしくなり、頬を夏期ながら何かないかと周りを見渡す。と、すぐ近くに小さめのボストンバッグが落ちていることに気付いた。

「これ、君の?」

「あ、はい、そうです。」

「そっか。 中に上着とか入ってる?」

「えっと、1着くらいはあったと思います……。 でも、昨日来ていたものですから、あんまり綺麗じゃないかも……。」

「でも、風邪ひくとよくないし、念のため羽織っておいたら?」

「そ、そうですね、そうします……。」

 少女はボストンバッグのファスナーを開き、中から1着のパーカーを取り出した。そして、それを上から羽織る。

 ふぅ、これで落ち着く……。濡れているせいで、シャツまで透けていたからな。なんというか、目のやり場に困っていたところだ。えっと、まぁ、上下同色でした……。ごめんなさい……。

「そ、そういえば、名前聞いてなかったな。 俺は、神奈和レン。 歳は17歳だよ。 よろしく。」

 罪悪感再び……。 一度記憶から切り離すために、俺は話を変える。

「えっと、ワタシは、黒咲(くろさき) 彼方(かなた)って言います。」 って、あれ? 17歳?」

「うん、そうだけど……。」

「同い年……?」

「そうなの? 君も17歳?」

「はい……。 えっと、この場合、うん……の方がいいのかな?」

「楽な方でいいよ。」

 まさかの同い年だったとはな。外見が結構幼げに見えたので、もう少し年下なのかと思っていた。少し驚きだ。

「そ、そっか。 それなら、改めてよろしく、レンくん。」

 おっと、いきなり名前予備とは、これまたびっくりだ。愛葉とミア以外の異性から下の名前で呼ばれるという経験がないので、反応が遅れてしまう。

 でも、彼女にとってはこれが普通なのかな?

「お、おう、よろしく、黒咲さん。」

 俺はそんな勇気もなく、名字で呼ぶことにした。自分でいうのも変な話ではあるが、俺は初心なんだよ。許してくれ。

「か、彼方でいいよ?」

「いや、でも……。」

「そ、そうだよね……。 初めて会った人をいきなり下の名前で呼ぶなんて、変……だよね……。」

 言葉がどんどん尻すぼみになっていく。表情も、一目見てわかるほど落ち込んだものになってしまっていた。

 なので、俺は慌ててフォローを入れる。

「あ、いや。そういうことじゃなくてな……。 わ、わかった、彼方……さん?」

 結局どう呼べばいいのかわからなくなってしまい、微妙な距離感の呼び方になってしまった。悲しきかな、マイ・ピュアハート。

「ふ、ふぇっ……?」

「こ、これでいい……か……?」

「で、できれば……、さんもなしで……。」

 マジデスカ……。

「え、ええと……。」

「だ、ダメ……かな……?」

 だから、そんな泣きそうな顔しないでくれよぉ!!

「か、彼方……。」

「うん、レンくん。 ありがとうね、本当に。」

 メンタルHPがごっそり持っていかれてしまった。

 でもまぁ、いいか。なんか、嬉しそうだし。

「さてと……。 って、あれ? 俺、何しにここ来たんだっけ? あー、そうだ、コンビニ行こうとしてたんだったな。 彼方……は、お腹空いてない?」

「実は……、ワタシもまだ何も食べえてなくて……。」

 その瞬間、「きゅるるる」と可愛らしい音が、彼方の腹から聞こえてきた。

 その音が自分から発せられたものだと理解するや否や、彼方の顔が見る見るうちに赤みを帯びていく。か、可愛い……。もう一人の小瀬戸さんを見ているようだ……。

「んじゃ、一緒に行こうか……。 服濡れてるけど……、そのあたりは目を瞑ってもらおう。」

「そ、そうだね……。」

 というわけで、俺は未だ耳まで真っ赤にしながら恥ずかしそうにしている彼方を引き連れ、最寄りのコンビニまで急いだ。

 

 

「どうぞ、中に入って。」

「お、お邪魔しまーす……。」

 部屋の扉を開け、彼方をその中へと誘う。

 彼方は、若干緊張した面持ちで、恐る恐る部屋へと足を踏み入れる。

 まぁ、そうだよな。異性の部屋に入るのって、緊張するよな。でも、安心してほしい。どうせ、俺じゃ何もできないから。

「まずは風炉に入ったほうがいいかもな。 ちょっと待ってて、今すぐに風炉沸かしてくるから。」

「あ、うん。」

 それだけ言うと、俺は風呂場に駆けていく。

 肌がべたついて気持ち悪いだろうし、なるべく早く風呂に入らせてあげないとな。

 って……、服はどうすればいいのだろう。流石に、さっきまで来ていたものを着るわけにもいかないだろうし、昨日着ていた服があるとか言っていたけど、身体を洗った後にそれを着るのも抵抗あるだろうしなぁ……。

 となると……、最悪俺の服を着てもらうしかないのかなぁ……。恐らく、洗濯機まわして乾燥まで済ませるとなると、かなりの時間を要してしまうだろうしな。

「ポチっとな。」

 今やボタン一つで何でもできてしまう便利な世の中だ。

 機械音が「自動お湯張りを始めます。」と伝えてくる。

 それを聞いた俺は、彼方のもとへと戻る。

「あと10分くらい待ってて。」

「なんか、気を遣わせちゃってごめんね。」

「気にしなくていいよ。」

 助けるって決めたんだし、とは、流石に恥ずかしくて言えなかった。

「あ、そうだ。 服、洗濯したいよな?」

「あ、うん。 いいの?」

「いいよ。 風呂入るときにでも、洗濯機に入れといて。」

「うん、わかった。 ありがとう。」

「それと、替えの服ってなかったよね? でかいかもしれないけど、選択が終わるまで俺の服貸すよ。」

「そ、そこまでしてもらうのは悪いよ……。 タ、タオル巻くだけで充分だから……。」

 顔を真っ赤にしながら、そんなことを宣う彼方。で、できればそれだけはやめていただきたいんだが……。特に、俺のマインドHPのために。

「い、いやでも、風邪ひくよ? 服着といたほうがいいんじゃないかなぁ……。」

「そ、そうだよね。 ご、ごめんね、ホントいろいろと。」

「それじゃあ、適当に見繕ってくるよ。」

 俺は寝室に向かった。服を収納してあるのはここだからな。

 そして、タンスからシャツとズボンを引っ張り出す。うーん、やっぱりでかすぎるわな……。俺、これでも一応177センチはあるわけでして……。彼方の伸長を推定150センチと考えると、ズボンの裾を大分ロールアップしないといけない。

 あと、下着はどうしようもない。まぁ、あと1~2時間の辛抱だ。なんとかなるはず。

 というわけで俺は、それらを抱えて彼方のいるリビングへと戻る。

「はい、これ。 下着だけは……、ちょっと勘弁してくれ。」

「うん。 あ、やっぱりおっきいね。 シャツだけでも充分化も。」

 この子は、またなんか変なことをおっしゃっておる……。一応ここ、男の部屋なんだぞ?もう少しガード固めに行こうよ……。

「ま、まぁ、ないよりはあったほうがいいでしょ?」

「それもそうだね。 じゃあ、ありがたく使わせてもらうね。」

 ふぅ、と安どの域を漏らすことしかできなかった。頼む、ちゃんと持ってくれよ、俺の理性……。



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Episode6. 無防備彼方ちゃんは、思った以上にちょろかったみたいです。

 やがて、機械音が風呂が沸けたことを知らせてきた。

「おっ、沸けたみたいだな。 それじゃあ、先入ってきていいよ。」

「じゃあ、お言葉に甘えて。 えっと、お風呂場ってどこかな?」

「今、案内するよ。」

 というわけで、俺は彼方を連れて浴室まで移動する。

 浴室の扉を開けて中を覗くと、湯気が立ち込めていた。うん、いい感じに沸けているな。流石、現代科学だ。

「多分、シャワーの使い方は見ればわかると思うから……、っておいっ!? まだ俺いるからっ!! 俺が出て行ってから服脱いでくれっ!!」

「えっ、あっ……、ごめんなさい……。」

 俺は慌てて脱衣所から飛び出した。

 まったく……、どんだけ無防備なんだ……、あの子は……。というか……、あれはもはや痴女だぞ……。もしかして……、俺はとんでもない人物を拾ってきてしまったのか……。いや、流石にそれは言いすぎか。すまん、彼方。

 そんなわけで俺は、彼方が風呂から上がるまでリビングでボーっと虚空を見つめながら、今日一日でたまった疲労の大きさを実感していたのであった。

 

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 レンくんが脱衣所からあわただしく去っていくのを見つめながら、ワタシは今更になって顔を赤くしていた。

 どうしてワタシ……、あんな痴女みたいな行動に出ちゃったんだろう……。あぁ、もうすっごく恥ずかしいよぉ……。

 レンくんにも、絶対おかしい奴だって思われちゃってるよね……。うぅ……、どうしよう……。

「とりあえず、お風呂入っちゃわないと……。」

 まだレンくんも入っていないからね。ワタシが時間をかけすぎてレンくんが風邪をひいちゃったりしたら、次は罪悪感で海に飛び込みたくなっちゃいそう。あ、でもそれじゃあ、助けてくれたレンくんを裏切っちゃうよね……。それは絶対に嫌だから、海に飛び込むのはやめとこ。って、ワタシがさっさとお風呂入れば、レンくんが風邪をひかなくて済むんだってばっ!!

 ワタシは急いで着ている服を全て取っ払い、浴室へと足を踏み入れた。

「ふわぁ、あったかいなぁ。」

 思わずそんな感想が口から洩れる。なんだかんだ言いつつ、びしょびしょのままだったので少し寒さを感じていたのも事実。だから、浴室内に立ち込める湯気がとても暖かく感じた。

 ワタシはシャワーの取っ手部分を手に取ると、蛇口をひねる。すると、勢いよく水が流れ出す。それはすぐに暖かいお湯に変わった。

「ふえぇ……、あったかいなぁ。」

 再び同じような感想をこぼしてしまう。どうしよう、語彙力がなさすぎる……。

 ワタシは頭から順に洗っていく。なるべく念入りに洗わないとね。身体中が磯臭いままだと、レンくんにも申し訳ないからね。というか、レンくんに臭いって思われたくない。

 って、ワタシ……、さっきからレンくんのことばっかりだなぁ……。

「……ちらっ……。」

 身体を洗っている間も、時々曇りガラスのドア越しの脱衣所をちらりと見てしまう。

 そこには、誰かがいるような気配もない。レンくんは、きっとずっとリビングで待っていてくれているのだろう。

 けど、その事実を何故か寂しく感じてしまっている自分がいた。

「一緒に入ってくれてもよかったのになぁ……。」

 また顔が熱くなる。ワタシは何を言っているの!?

 そもそも、恋人でもない男女が一緒にお風呂に入るだなんて、普通はあり得ないよ!それに、レンくんは紳士だもん。絶対にそんなことはしないもん!

 そんな言い訳を心の中でしていると、何故か少しずつ自分の心が締め付けられるような言いようのない寂しさがワタシを襲う。

「ワタシ……、女としての魅力、ないのかなぁ……。」

 まぁ、でもそうだよね……。ワタシみたいな引きこもりを魅力的だと思う人なんていないよね……。それに、いろいろと子供っぽいし……。もっと、身長がほしかったなぁ。顔も、もう少し大人っぽかったらなぁ。

 なんて、高望みだよね。

 でも、なんでだろう……。とても寂しい……。

 まだ会って数時間しか経っていないのに、レンくんがすぐ近くにいないと寂しく感じてしまう。レンくんに振り向いてもらえない現実が、とても悲しく感じてしまっている。

「ワタシ……こんなに寂しがりだったっけ……?」

 もしかすると、長年の独りぼっち生活のせいで、人が恋しく感じてしまっていたのかもしれない。もっと、誰かと触れ合いたいと思っていたのかもしれない。誰かに……、そばにいてもらいたくて……、でも今はワタシ一人だから、こんなに心細く感じているんだよ、きっと。

「弱いんだなぁ、ワタシって……。」

 ため息がこぼれてしまう。やっぱり、ワタシは自分のことが嫌いだよ。

 ワタシは、リージェルに対して恨みを抱いたりはしていない。だって、自分ではどうにもできないことだし。ただ、リージェリストだと発覚して、一人で勝手にくじけて殻にこもっちゃった、そんな弱い自分が嫌いなだけ。

 だから、ワタシよりずっと前に進んでいるレンくんはすごいと思う。そんなレンくんが、昔はワタシのように逃げていたんだと伝えられた時、すごく驚いちゃった。

 それでも、ワタシみたいにうじうじしているんじゃなく、すぐに行動に起こせたところが、レンくんと私との違いだと思う。

「ワタシも……、もっと早くここに凝れていればなぁ……。」

 そうすれば、もう少し自分に自信を持てていたのかな。

 もっと強くならなきゃダメなのに……、今もワタシの心は誰かに……、レンくんに寄り添っていたいと訴えてくる。変わりたいのに……、甘えん坊のままじゃいたくないのに……、それでも今はレンくんを求めてしまっている……。

 どうしよう、視界まで滲んできちゃった……。嫌……、泣きたくなんてないのに……。でも、今のワタシの不安定な心じゃ、その涙を止めることはできなかった。

「ひっく……、うぅ……。」

「彼方ぁ、タオル出すの忘れてたから、マットのところに置いとくぞー!」

 その時、脱衣所からレンくんの声が聞こえてきた。

 そちらに振り向くと、確かにレンくんと思しき人影がぼんやりと浮かんでいた。

 ワタシは、今の不安定な精神状態……、というか寂しさに勝つことも叶わず、気づけば浴室を飛び出していた。

「ちょっ……、えぇっ!?」

「レンくんっ……!!」

 ワタシ自身が濡れているということも忘れて、レンくんの胸に飛び込み、そしてしがみつく。今のワタシに、羞恥なんて言葉はなかった。

「待て待て待てっ……!! それは流石にアウトアウトっ!!」

「一人は寂しいよぉっ!! 今日だけでいいから、ワタシのそばにいてよぉっ!!」

「えっ……、彼方……、お前……。」

 最初は狼狽していたレンくんだったけど、それもすぐに落ち着いたみたい。

 泣きじゃくるワタシの頭にそっと手を添えると、優しく撫でてくれる。あと、さり気なく手に持っていたタオルを広げて、ワタシの身体にかぶせてくれる。こんな時でも、ワタシが風邪をひいてしまわないように気を使ってくれたんだろうな。本当に優しい人。

 ワタシは、逆に迷惑かけすぎだよね。またもや反省点。

 でも、今はごめんなさい……。甘えさせて……。

 レンくんにぎゅっと抱き着きながら、ワタシは涙が止まるのを待っていた。

 

 

「どうだ、落ち着いたか?」

 しばらくして、レンくんが声をかけてくる。

「うん、ごめんね、また迷惑かけちゃった……。」

 ワタシは顔を挙げて、レンくんの顔を下からのぞき込む。謝罪は目を見て言いたかったから。

「あ、いや、うん。 迷惑とは思ってないから、気にすんなって。 むしろ、彼方の気持ちも考えずに一人にしちゃって悪かったな。」

 やっぱり、優しすぎるよ……、レンくん……。ワタシの心臓がドクンドクンと早鐘を打ち始める。顔もどんどん熱くなって、ワタシは誤魔化すようにレンくんの胸に再び顔を埋めてしまう。

 レンくんの顔を見つめているだけで、何故かそうなっっちゃったんだもん。恥ずかしくて思わず隠しちゃった。

 するとレンくんは、また優しくワタシの頭を撫でてくれた。それだけで、なんだか満たされた気持ちになるんだから、本当に不思議だよ。

「でも、このままだと本当に風邪ひくぞ。 そろそろ風呂に戻った方がいいよ。」

「じゃあ、レンくんも一緒に……。」

「悪い、それは無理かな……。」

「だ、だよね……。 ごめんなさい……。」

 今になって恥ずかしさが異様にこみあげてきた。

「でも、ここにいてやる。 話し相手くらいにはなるよ。」

「い、いいの?」

「ああ。 お安い御用だ。」

 どうしてこんなに優しいんだろう、レンくんは。ワタシ、嬉しさと恥ずかしさでどうにかなっちゃいそう……。

 というか、さっきから情緒不安定な自分がなんだかおかしくて、思わず笑っちゃいそうになる。

「それじゃあ、ワタシ戻るね。」

 そう言ってワタシは、レンくんから離れる。

「「あ……。」」

 そ、そういえば、今何も着ていないことをすっかり忘れちゃっていた。ど、どうしよう……。男の人に裸を見られるなんて初めてで……、すっごく恥ずかしい……。

 なんでワタシ、一緒にお風呂とか言っちゃってたの!?こ、こんなの、ワタシが恥ずかしさで死んじゃうよぉ!

 で、でも……、なんでだろう……。レンくんだったら、見られてもいいかなって思えちゃう……。

「あ、ありがとね、レンくんっ……!」

 よくわからない感情に苛まれながら、ワタシは浴室に飛び込んだ。

 浴室の扉を閉めるとき、チラリとレンくんの顔が見えた。真っ赤だった。きっと、今のワタシも同じくらい真っ赤になってるよね……。

 でも、レンくんがワタシの身体を見て赤面してくれているという事実に、妙な嬉しさを覚えてしまっていた。異性として、少なくとも意識はしてくれているということが、なんだかすごく嬉しい……。

「ワタシ……、もしかして……。」

 これ……、ただの人恋しさじゃない……・かも……。

 もし、相手がレンくん以外の男の子だったら、絶対嫌……。「誰か」じゃなくて、レンくんにそばにいてほしい……。

 あ、あれ……?ワ、ワタシ……、こんなにちょろかったのかなぁ……?初めて会った男の子に助けられて、優しくしてもらっただけでこんな気持ちになるものなの……?今まで恋愛とかには縁遠かったせいか、そこら辺の常識が全く分からないよぉ……!

 でも、この気持ちが間違いないものだとしたら……、これがワタシの……、は、初恋……になるんだよね……。

 な、なら……、それも別にいいかも……。むしろ、レンくんでよかったのかもね……。うん、もういっそのこと開き直っちゃえ!ワタシは、レンくんに恋したんだ。

「え、えへへ……。」

 曇りガラスの向こうにレンくんの存在があるっていうだけで、なんだかとても嬉しくなってきて、思わず笑みがこぼれる。

「なぁ、彼方……。」

 あっ、も、もしかして、今の聞こえてた!?き、気持ち悪いとか思われちゃってたり……!?ど、どうしよう……。レンくんに嫌われるのは嫌だよぉ!!

「彼方ってさ……、オーディナルを憎んでたりするか……?」

「え?」

 どうやら、ワタシの心配は杞憂だったらしく、レンくんは真剣な声色でワタシにそう問いかけてきた。なんか、怯えてる……?真面目な声の裏に、そんな気配を感じたような気がした。

 なんて答えるのがベストなんだろう……?で、でも……、心にもないことを答えたら、それはそれでレンくんに申し訳ないよね……。

 だから、ワタシはありのままの気持ちを伝えることにした。

「正直、思うところはあるよ。」

「そう、だよな。」

 レンくんの声のトーンが少し下がった気がした。

「でもね、恨んではいないんだ。 人って、少数派を爪弾きにしたくなるものだと思うし、それだけのことでくじけちゃったワタシにも責任あると思うし。」

「い、いや、彼方は悪くないよ。」

「そうなのかな? ま、まぁ、とにかくオーディナルの人たちのことは、憎んだり恨んだりしてないし、もちろんリージェルにだって真剣に向き合いたい。 せっかくレンくんが助けてくれたのに、前のままっていうのは嫌だから。」

 しばらくの沈黙……。シャワーの音だけが浴室内に響く。

 そして、レンくんが口を開いた。

「そっか。 よかった。 彼方が俺と同じで。」

「レ、レンくんと同じ……。」

 ど、どうしよう、真面目な話の最中なのに、同じっていう言葉一つだけで異様なまでの嬉しさがこみ上げてきちゃう。

 もし、今一人だったら、飛び跳ねてるところだったかも。顔のにやにやも抑えられないよぉ!

「もし彼方も、オーディナルに対して復讐心を抱いてたら、どうしようかと思ってな……。 でも、彼方がそういう気持ちならよかったよ。」

「うん。 紛れもない本心だよ。 でも、やっぱりリージェリストの中にはそういう人もいるんだ?」

 気になったことを聞いてみる。

「今はむしろ、俺とか彼方みたいに考える人は少ない。 みんな結構殺気立ってるというか、敵対心むき出しというか……。 なかなか大変だよ。」

「そうなんだ。 なんか、怖い世の中になっちゃったなぁ……。」

「かもな。」

 レンくんが苦笑しながら答える。

「でも、あれだ。 こうやって、同じ考えの人がいるだけで、嬉しくなるな。」

 照れくさそうに、レンくんがそう言った。

「うん、そうだね。」

 ワタシもそれに同意を示す。レンくんも同じ気持ちだったことに、さらに嬉しさが積もる。

 ワタシは、シャワーを止めて湯船に足を入れる。心が弾んでしまっていたせいか、「じゃぽん」という少し大きめの音を立ててしまった。

「熱くないか? もしくはちょっとぬるかったり。」

 外からレンくんがワタシを気遣って声をかけてきてくれる。

「ちょっとぬるいかも、って言ったら、どうするの?」

「そこに給湯器の設定パネルがあるだろ?」

「うん。 でも、捜査わからないからレンくんやってよ。」

「無理です。 外から教えるから、自分で操作して。」

「むぅ、やっぱり入ってきてはくれないんだね。」

「当たり前です。」

 でも、ちゃんと意識してくれているからこそ、断ってるんだよね。そう考えると、ちょっとかわいいかも。

「冗談だよ、ちゃんとあったかい。」

「ならいいけど。 ったく、からかうのはやめてくれ。」

「えへへ、ごめんね。」

 そうして、ワタシは少しの間レンくんとたわいもない話をしながら、身体を温めた。

 しばらくして、大分あったまったので、湯船から上がる。

 そして、意を決して、最後にもう一度だけ試してみることにした。

 ワタシは恐る恐る、浴室の扉を開ける。

「「は、はうぅ……。 やっぱり恥ずかしいよぉ……。」

「なら、やるなよ……。 てか、出るときは言ってくれよ……。」

 レンくんは浴室とは逆方向を向いていたので、ワタシの姿は映っていない。それでも、やはり恥ずかしいことに変わりなかった。

 あと、レンくんにやんわり怒られちゃった。起こり方も優しい。

「んじゃ、俺は一旦ここ離れるぞ。」

「わ、わかった。 ありがとね。」

「へいへい。」

 流石に恥ずかしさのあまり、ここにいてとは言うことができず、ワタシはお礼だけ言って、レンくんが立ち去るのを見届けてから身体をタオルで拭い、レンくんが貸してくれた服へと身を包んだ。

「お、おっきい……。 なんか、いいかも……。 え、えへへへへ……。」

 とても幸せな気持ちで脱衣所を後にするワタシだった。



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Episode7. やめてっ!! レンくんのマインドライフはもう0よ!

 ワタシが脱衣所を出てリビングに戻ると、レンくんはソファに座りながら自分のスマホを捜査していた。

「お風呂、いただきました。」

「ん、あがったか。 って……、それは……。」

ワタシの声に、レンくんが振り向く。その瞬間、レンくんの視線が泳ぐのが分かった。心無し、顔も赤い気がする。

「や、やっぱりでかすぎたか……。 それと、ズボンは……?」

「ちょっとおっきかったから、下にタオル巻いて、その上からシャツを着ることにしたよ。 せっかく貸してくれたのに、ごめんね。」

「そ、それは気にしなくていいんだが……、うーむ、ま、まあいいか。」

 レンくんはワタシから目線を外したまま何やら頷いていた。も、もしかして、照れてくれてるのかな?だとしたら、なんか嬉しいな。

 それに、ちょっとした悪戯心が顔を覗かせる。は、恥ずかしくはあるけど、ちょっとからかってみようかな。

 ワタシはレンくんのもとに近づき、前かがみになって下からレンくんの顔を見上げる。

「どうして目線外すの?」

「ちょっ……、おまっ……。 近っ……!?」

「顔、真っ赤だよ?」

 照れてるレンくん、すっごく可愛いなぁ。でもこれ、結構恥ずかしい。自分からやっていて言うのも変な話かもだけど、レンくんに負けないくらいワタシの顔も真っ赤になってる気がするよ。

 で、でも、ここまでやったんだから、後には引けないよね。

「もしかして、ワタシの格好を、い、意識しちゃってたり?」

 思わずどもっちゃった……。やっぱり、恥ずかしさには抗えないかな。

「か、彼方だって……、赤面してんじゃねえか……。 は、恥ずかしいならやめとけよ……。」

「は、恥ずかしくなんてないもん。」

 バレバレだとは思うけど、それでも強がってしまう。こ、ここでひいたら、負けを認めたも同然。ワ、ワタシは負けないもんっ!

 数秒間、ワタシたちは見つめあう。

 けど、やがて耐え切れなくなったレンくんが、唐突にソファから立ち上がる。

「お、俺、風呂入ってくるわっ!!」

 それだけ言い残して、レンくんはドタバタとリビングから出て行ってしまった。

 やった、ワタシの勝ちだね、なんて思ったのも束の間、ワタシは先ほどの自分の行動の痴女っぷりに一人で身もだえしてしまう。

 うぅ、慣れないことはやるもんじゃないね……。後になって、異様なまでの恥ずかしさがこみ上げてくる。というか、さっきもこんなことやって自己嫌悪に陥ったばっかりだよね……?ワタシ、学習能力なさすぎだよ……。

 数度、ワタシは深呼吸をして、高鳴る鼓動を落ち着ける。

「はぁ、うん、落ち着いたかな。」

 というわけで、ワタシは改めてリビングを一瞥してみた。あんまり褒められる行動でないことは百も承知だけど、ほら……ね?気になる人のお部屋って、妙に気になってしまうものみたいだし。

「ふわぁ……。」

 つい、そんな感嘆の声が漏れてしまう。それほど、リビングの仲は綺麗だった。きっと、こまめにお掃除とかしてるんだろうなぁ。

 ワタシの中で、レンくんの株がさらに上がってしまう。これ、限界値とかあるのかな?ううん、きっとないよ。そんな気がする。

「あっ……。」

 と、そこでワタシは、ソファの上に置きっぱなしになっているスマホの存在に気付く。これがレンくんがいつも使っているスマホなんだね。

 シンプルな黒のカバーに収められているそのスマホは、先ほどまでいじっていたのか、画面がつけっぱなしになっていた。

「だ、誰かとやり取りしてたのかなぁ……?」

 どうしても、それが気になってしまう。お友達かな?それともご家族?って、レンくんにはご家族いらっしゃるのかな?ワタシと同じって言っていたけど、その辺りは違うのかな?で、でも、流石にこれはそう易々と聞いていい内容じゃないもんね。

 で、でも、気になる……。も、もしレンくんに、その……こ、恋人……とか……、いたらどうしよう……。やっぱり、レンくんくらい優しくてカッコいい人だったら、彼女さんくらいいそう……だよね……。ワタシが入り込む隙間なんてきっとないんだよね……。

 それでも……、ううん……。自分の心に嘘を吐くのはやめよう。

 正直、恋人なんていてほしくないよ。この気持ちをすぐに捨てないといけない、なんてのは嫌だよ……。ワタシの胸がきゅっと締め付けられる。

「ごめんね……、レンくん……。」

 ワタシは、ここにはいないレンくんに謝罪の言葉を言ってから、レンくんのスマホを手に取る。そ、そもそも、点けっぱなしにしていたのはレ、レンくんだもんね。

 そして、恐る恐る画面に視線を向けてみる。

 すると、そこにはトークルーム一覧が表示されていた。その一番上には、女の子と思しき名前が表示されており、ワタシの心がドクンと跳ねる。

 え、う、嘘……だよね……。これ、もしかして、レンくんの彼女さん……、だったりするのかな……?

「うわぁんっ!! き、気になるよぉっ!!」

 ワタシは頭を抱えてしまう。

 それから、レンくんがお風呂から上がってくるまでの間、ワタシはモヤモヤした気持ちを抱えたまま、気が気でない時間を過ごしていた。

 

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 俺はソファから立ち上がり、颯爽とリビングから逃げ出した。ま、まずい……、なんか変な雰囲気になってきてしまった……。あ、あのままあそこにいたら、俺の頭がどうにかなっちまいそうだった。

「彼方……、あいつよくわからん……。」

 何故、あんなに赤面しているのに、あそこまで頑なに俺に色仕掛け的なことをしてくるんだろう……。あの子にとっては、あれでも普通のやり取り……だったのか?いやいや、そんなバカな……。そしたら、あんな恥ずかしいっていう感情は出てこないはずだ……。……考えても答えは出なさそうだな。あー、止めだ、止め。

 とりあえず、今はこの磯臭い身体をどうにかしたい。

 そんなわけで俺は、寝室から寝間着一式を持ち、風呂場に直行した。

 って、彼方をリビングに一人にさせてしまっていいのだろうか……。まぁ、俺がすぐ風呂から上がればいいだけの話か。んじゃ、ちゃっちゃと入ってしまいますかね。

「よっと……。 って、あー……。 洗濯物、どうしようか……。 流石に彼方のと俺のを一緒に洗うのはなぁ……。」

 いつもの癖で、俺は脱いだ服を洗濯機の中に突っ込もうとして、寸でのところでその手を止める。そして、数秒の思案の後、俺は洗濯機のわきに自分の脱いだ服一式をまとめた。やっぱり、見ず知らずの男の服とと一緒に現れるのは嫌だろうしな

「さてと……。」

 浴室に足を踏み入れ、俺は思わず硬直。あれ……、俺の部屋の風炉……、こんなにいい匂いしたっけか?彼方……というか、女ってすごいなぁ……。

 ふと俺は、先ほどの光景を思い出してしまう……。

 海から引き揚げた時の彼方のフルオープン、タオルを置きに脱衣所にやってきたときの彼方との遭遇……というか飛び出してきたやつ、それから今さっきの至近距離での下から覗き込み……。って……、俺は何を思い出してるんだよっ!?

 抱き着かれる前、一瞬だけどいろいろと見えてしまった……。それに、柔らかかった……。理性を保ち続けるのが辛かった……。あれだよな……、彼方って身長のわりにでかい……よな……。って、何考えてんだよ、俺は……。

「はぁ……、これだから男は……。」

 チラリと視線を下に落としながら、俺は深く嘆息した。

 あと、これは単純に驚いた話なのだが、先天性リージェリストの色素変動は身体全体に及んでいるらしかった。詳しく話はしないけど。頭だけじゃない、ってことだけ伝わればいいかな。

 いかんいかん、さっきから施行がそっち方面ばかりだ。きっと、この匂いが原因だろう。早く風呂から上がってしまわねばな。

 俺は急いで前進を洗体し、少し湯船につかってからすぐに浴室を出た。

 そして、身体をタオルで拭い、服を着てリビングへと戻る。っとと、その前に、洗濯機を回しておかなければな。

「これでよし。 ポチっとな。」

 洗剤を適量入れ、洗濯機の設定ボタンをいじってからスタートボタンを押す。

 ふぅ、ようやくこの空間から解放される……。

 というわけで俺は、彼方の松リビングへと戻っていった。

 

 リビングの扉を開けると、そこには何やら神妙な面持ちの彼方がいた。さっきとテンションが全く違う……。やはり、少しの時間でも心細くなってしまったのだろうか……?心のケアって難しいなぁ……。

 ひとまず俺は、彼方に近づいてみることにした。

「おーい、どうした、彼方?」

 声をかけると、彼方は俺をじっと見つめてくる。な、何だろう……。すごくむず痒い。至近距離で異性に見つめられた経験なんて皆無なので、どうしても緊張するなぁ。いや、ピュアで悪かったな……。

「ど、どうした……?」

「レンくん、一つ、お聞きしたいことがあります。」

「は、はい、何でしょう?」

 彼方が改まった口調で話を切り出してきた。俺もつられて改まってしまった。

「その……、あの……。」

 と思ったら、急にどもり始めた……。一体何があったのだろうか?

 とりあえず俺は、彼方を急かすことはせず、ゆっくりと彼方が落ち着いて話を切り出すのを待った。

「えっとね、か、彼女……って、い、いるのかなって……、思っちゃって……。」

「……はい?」

 思わず間抜けな声が漏れる。彼女がいるかどうか……、ですか……。

 何というか、肩透かしを食らった感じだ。改まって言うのもなんか違う気がしたが、まぁ聞かれたことに答えるのは常識化。

「い、いないです。 万年彼女無しです……。」

「そ、そうなのっ!?」

 あれ、なんかものすごく驚かれてる?驚くほどのことでもないと思うんだけど……。

「は、はい。 いたことは愚か、告白すらされたことない民ですが……。」

 うん、これ改めて言うと悲しくなってくるやつだ。くっ、お、俺だって……、恋愛経験とかしてみたいんだよぉっ!!だ、だけど、周りにいい感じの異性なんてほとんどいないんだよぉっ!!

 愛葉?ミア?……ちょっと、何言ってるかわからないですね。あの二人は、異性としてもはや意識すらしていないです、はい。

「そ、そっかそっか、そうなんだ。 ふぅん。」

 彼方が「なるほど」とでも言うようにふむふむと頷いていらっしゃる。こんなことを知って、一体何になるのかはわからないけど、彼方の様子が元に戻ったようだったので、まぁいっか。でもまぁ、一応聞いてみるか。

「えっと、ちなみにどうしてそれを聞いたの?」

「ふえっ!? あ、え、えっと、その……、そ、そうそう、彼女さんがいるのにワタシがレンくんの部屋に上がっていいのかなって気になって……。」

「ああ、そういうことね。 平気平気。 もし仮に、俺に恋人がいたとしても、それはそれとして彼方は助けていたと思うよ。 大丈夫、追い出したりなんてしないから。」

「レンくん……、うん。 ありがとう。」

 なんか、妙に嬉しそう?よくわからないです。女の子の心はミステリーって、ホントよく言ったものだよ。今なら、この言葉に納得できてしまえそうだ。

 と、その瞬間、俺のスマホが通知恩を発した。おっと、誰かから連絡かな?

 俺はソファに近づき、スマホを手に取る。って、つけっぱなしだったのか。消すのを忘れてしまったか。まぁ、いいんだけど。別に見られて困るものもないし。

「って、あれ? 小瀬戸さんからだ。 どうしたんだろ。」

 連絡の相手は小瀬戸さんだった。てっきり、さっきまで会話していた愛葉かと思ったんだが、そうじゃなかったみたいだ。

 俺は小瀬戸さんとのトークルームを開いて、中身を確認してみた。

ー夜分遅くにごめんなさい。小雪です。

 そんな前置きから始まっていた。やっぱり律儀だな。

ー連絡するか迷っちゃったんだけど、一応しておくね。 今日、お父さんとお母さんから許可もらえたから、明日には西7寮に移れそう。 荷物もあらかたまとまったし。 だから、明日からよろしくね。 えっと、以上です、おやすみなさい。

 ふむ、なるほど。小瀬戸さんが明日からここに来るわけだな。

 俺は「了解。」と一言送った後、ふと思いついたので、小瀬戸さんに確認してみることにした。

ー荷物多そうだし、迎えに行こうか? 荷物持ちくらいならできるよ。

 すると、既読がすぐに付いた。そして、返信も早かった。

ーそ、そんな、それは悪いよ!! ケース一つにまとめられたし、わたし一人で平気だと思う。 実はね、もうほとんどの家具は寮の部屋に置いてあるんだ。

ーそうなんだ。 いらない世話だったね。 ごめん。

ーそんなことないよっ!! 気遣ってくれて嬉しかったよ!! 神奈和くんって優しいんだね。

ーいやいや、そんなことないって。 じゃあ、また何かあったら連絡して。 いつでも力になるから。

ーうん。 それじゃあそうするね。

ーはいよ。 んじゃ、改めておやすみなさい。

ーおやすみー!

 一連のやり取りが終わり、俺はスマホを閉じる。所要時間は5分ほど。結構早かった。

「って、ごめんな、彼方。 友人から連絡あって。」

「そ、そうなんだ。 ワタシのことは気にしなくていいからね。」

「そういうわけにもいかないだろ。 それに、流石に腹減ったよな。 そろそろ飯にしよう。」

 そうして俺は、冷蔵庫に入れておいたコンビニの袋を取り出し、中身をテーブルに広げる。まぁ、弁当とかサラダとか、そんなありきたりなものしかないけどな。けど、まぁうまいからいいだろう。

「ちょっと待ってて。 これ、温めてくるから。」

「うん、お願いします。 なんか、レンくんに任せっきりだなぁ。」

「いいのいいの。 それに……」

「それに?」

「い、いや、ごめん。 何でもないんだ。 気にしないでくれ。」

「そう? わかった。」

 いかんいかん、さっき変な思考は取っ払ったはずなのにな……。煩悩退散だ。

 はは……、忘れられるわけないか……。男の宿命だな……。

 そんなわけで、俺と彼方は大分遅めの夕食タイムに興じるのであった。

 

 

「さてと……、寝る場所はどうしようか……。」

 飯を食い終わってある程度の時間が経った後、俺はそう呟いた。予備の布団はあるので、あとは寝る場所の確保だけなんだがな……。

 リビングで寝させた場合、また先ほどみたいに心細さから彼方が泣いてしまわないか、少し不安だった。だからといって、同じ部屋で寝るのはなぁ……。

 天留さんを頼る……というのも、時間帯的にしづらい。それをやるなら、最初からそうしておけよっていう話だしな。うーむ、どうしたものか……。

「え、えっと、レンくん……。」

「ん? どうした?」

 俺の呟きが聞こえていたのか、彼方がおずおずと俺の顔を覗き込んでくる。うーん、なんでだろう。そこはかとなく嫌な予感がするのは気のせいだろうか?

 俺は内心冷や冷やしながら彼方の言葉を待つ。

「い、一緒に寝てもいい?」

 ほら、やっぱりな。そんなことなんじゃないかと思ったさ。

「それ、本気で言ってる? 一緒の部屋で……、とかそういうことじゃなくて?」

「うん、一緒のお布団で……。 ダメ……かな……?」

「あのな、彼方。 流石に無防備すぎないか? ここ、一応男の部屋なんだよ? 少しは警戒心を持った方がいいと思う。」

「そ、そうかもだけど……、さっきレンくん、今日はワタシのそばにいてくれるって言ってくれたし……。 そ、それに、レ、レンくんだし……、変なことはしないと思う……。 も、もしされて……って、ひゃっ!?」

 流石に彼方は俺を買いかぶりすぎている。俺だって、これでも男なんだ。

 だから、それを思い知らせるために、俺はソファに彼方を押し倒す。そして、あくまで真似事の範疇で、俺は彼方の上に覆いかぶさる。これは、彼方への脅しであって、実際に彼方を襲うつもりはない。というか、そんな度胸、俺にはない。

「流石にナメすぎだよ、彼方……。 そんなだと、ホントに襲われるよ。」

「ワ、ワタシは……レンくんを信じていただけ……だよ……。 そ、それに……、レンくんなら……ワタシは……。」

 あ、あれ……?おかしいな……。思っていた反応と違うんだけど……?なんか、このまま押しきれてしまえそうな雰囲気……。えっ、えっ!?これ、どうすればいいんでしょうか!?経験ゼロの俺にはわからないですよっ!?

 か、神様仏様プレイボーイ様……、何卒俺に……何かご教授を!!

 って、そんな願い、届くわけないだろうがっ!!

 や、やばい……。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……。頭の仲がどんどん白くなっていく……。

 二人の小さな吐息だけが聞こえる。そ、そして……、何やら風炉でも嗅いだようないい匂いが……。まずい、このままだとマジで理性が崩壊する……。

 くっそ、ホントやらかした……。こんなことするんじゃなかった……。俺の身体は、金縛りでも受けたかのように、硬直し動かなくなってしまっていた。

 彼方も、何も言わずただ俺の瞳をじっと覗き込んでくる。その瞳は潤んでいた。

「「あっ……。」」

 次の瞬間、「ピーっ」という、洗濯物の乾燥が終わったことを知らせる機械音が脱衣所の方から聞こえてきた。あ、危ねぇ……。マジで助かったわぁ……。

「か、乾燥、終わったみたいだな。」

「え、えっと、うん。 そうみたいだね。」

「じゃあ、取ってくる……、って、いや、下着とかもあるだろうから、自分で取ってもらった方がいいかも。」

「ワ、ワタシは気にしないけどなぁ。」

「俺が気にするんだってば。」

「わかったよ。 それじゃあ、取ってくるね。」

 そう言い残し、彼方はすたすたと脱衣所の方へと歩いて行った。

 彼方がリビングから出ていくや否や、俺は心臓のあたりを抑えて蹲る。

「はぁ……、はぁ……。」

 よ、よかったぁ……。あのまま流れに任せていたら……、どうなっていたことだろう……。確かに、彼方みたいな美少女となら、俺としては喜ばしいことかもしれない。だが、そこに「愛」なんてものはないだろう。それは俺としても、彼方だって嫌なはずだ。彼方には、ちゃんと自分がいいなと思えるような相手と結ばれてほしい。そして、幸せになってほしい。きっと、俺なんかよりずっといい。

「俺も、ちゃんと相手を見つけないとなぁ……。」

 しみじみと思う俺だった。

 

「取ってきたよー。 うん、ちゃんと綺麗になってる。 ありがとね、レンくん。」

「あいよ。 って……、せっかく洗濯終わったんだし、それ着なよ……。」

「えー、レンくんのこの服、楽なんだもん。」

「だからさぁ……、そういうのが無防備なんだってば……。」

 大きなため息をつきながら、俺は彼方にそう指摘する。

「レ、レンくん以外の人の前じゃ、こんなことしないもん……。」

「はい? それってどういう……」

「な、何でもないのっ!! き、気にしないでっ!!」

「は、はい……。」

 そういわれてしまっては、それ以上追及するわけにもいかない。俺は押し黙る。

「そ、それで、寝る場所だったよね……。 えっと、やっぱりレンくんと一緒がいい、かな……。 やっぱり寂しいし。」

「はぁ、約束だもんな……。 しゃーない、今日だけだぞ。」

「うん!」

 ったく、俺の気持ちも知らないで……。とは思いつつも、俺は決して怒ったりはしていない。なんだかんだ、彼方と入れるのは楽しいからな。

 まぁ、一つ問題点があるといえば、明日寝不足になってそうだということくらいなものか。

 というわけで、俺たち二人は寝る支度を済ませて、俺の寝室へと向かった。

 彼方は、自分の服に着替えることなく……。

 

「よいせっと。 ほら、こっち来な。」

 俺はベッドに潜り、彼方をその隣に促す。彼方は、やけに嬉しそうにしながら、俺の隣に寝転がる。くそっ、可愛いな、此畜生……。

 なんというか、小動物みたいだな。

 と言いますか……、近くないですかね?彼方さん。

 ここだけ見たら、きっと恋人みたいなんだろうなぁ……。それか、兄妹か。

「えいっ……!」

「ちょっ、何を!?」

 彼方が俺にしがみついてくる。

「えへへ、レンくんあったかーい。」

「ったく……、ほら、もう寝るぞ。」

 俺は彼方に背を向ける。それでも彼方は、俺から離れなかった。やっぱり、不安なんだろうな。彼方の心が少しでも安らぐのならまぁこれでいいか。理性的には、ちょっと危ないけどな。

 だ、だって、背中にその……、柔らかい何かが……。うん、気にしないようにしよう。煩悩退散、煩悩退散だっ!!!

「おやすみなさい、レンくん。 今日はホントにありがとう。」

「いいよ。 じゃ、おやすみ。」

 俺は目を閉じて、眠りについた。

 えっ?いやまぁ、結局寝不足にはなったんですけどね。



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Episode8. プリンセス×銀髪迷子、初対面

 明くる日、俺はカーテンの隙間から差し込む陽の光に無理やりたたき起こされる。くそっ、習慣というものがこれほど憎きものだと思ったのはこれが初めてだよ……。

 うっ、頭痛い……。できることなら、もう少し眠っていたかった……。

 なんせ、昨晩は寝つきが悪くてな……。多分、俺が熟睡できたのはたったの2時間くらいだろう。それほどまでに、彼方の存在が大きかった。てか、やっぱりこれはいろいろとアウトだと思う。

 未だに彼方は俺の背中にしがみついたまま、気持ちよさそうな寝息を立てている。寝ている間、ずっとこの体制から変わっていないのだろうか……?うーん、やはり柔らかい。そして、朝からこれは割とつらい……。

 あれ……、なんか感触が違うような……?いや、きっと気のせいだろう。

 それにしても、流石に暑い……。彼方には悪いが、掛け布団だけでも退かしたい。フラグ?いやいや、そんなものないに決まっているだろう、ふざけているのか?

 というわけで、俺は内心で彼方に謝罪しつつ、毛布を引っぺがす。

「……。」

 おかしいな……。俺はまだ夢の中にいるのだろうか……?いやいや、夢だったとしても、こんな夢今まで見たことないぞ……。きっと、いろいろありすぎたせいなのだろう。

「うん、寝よう……。」

 俺は目を閉じる。次起きるときには、こんな変な光景は消えているはず。そして、「普通」な状態の彼方が俺の隣で寝ているはずだ。

 が……、眠れない……。一度目が覚めてしまうと、二度寝できないのが俺だ。で、でも、夢の中……なんだろ……?そんな現実性あるはずない……だろ……?

 ありきたりかもしれないが、俺は自分の顔をつねってみる。

「痛っ……。」

 そ、そんなバカなっ!?こ、これが夢じゃない……だと……!?

 俺は恐る恐る、彼方の方へともう一度視線を向けてみた。

 するとそこには、俺に抱き着く彼方の姿。うん、ここまでは昨晩と同じだ。

 だが、明らかに異なる点が一つある。それは、その格好である。

 確か、俺の記憶違いでなければ、彼方は昨晩俺のTシャツを着た状態で眠っていたはずだ。これを彼方の「普通」な状態としておこう。まぁ、それでも普通はおかしいんだけどな。シャツ一枚とか、彼方正気かよ……って思うくらい。

 だが、今の彼方はそれ以上に正気でない格好をしていらっしゃるのである。

 端的に言うと、全裸だ。何も着ていない。なあ、シャツはどこ?そこら辺を見渡してみる……が、どこにもない。まぁ、今の状態では見渡せる範囲にも限りがあるため、ベッドの下に落ちていると考えるのが妥当なところか。

 いやいやいや、そこじゃないだろう。何故、彼方はシャツを脱いだ……!?俺にはそれがわからない……。コレ、なんてエロゲ?こんな展開、俺は求めていないんだけど?

 ただ、不幸中の幸いというべきか、彼方が俺に抱き着いているおかげで身体前面はほぼ隠れている。それに、俺は今彼方に背を向けた状態なので、後面は見えない。勘違いするな、俺は残念がってなどいない。むしろ喜んでいる。ホントだからな?み、見たい……なんて、これっぽっちも考えていないんだからなぁっ!!

 だとしても……、朝からこれはマジで刺激が強すぎる……。それに、背中に当たるそれを余計に意識してしまう。シャツが一枚消えたせいで、その柔らかさだったり暖かさだったり、その形までわかってしまう……。その……、なんだ……。柔らかいだけじゃない……と言いますか……。一部、何やら違う感触があると言いますか……。

 ダメだ……、耐えろ俺の理性……!!昨日のようにはなりたくないだろう?ぐおぉぉっ!!神奈和レンの根性、見せてやるぜっ!!

 そうして俺は、彼方が目を覚ますまでの間、瞑想し続けていたのだった。

 

「むぅ……、寒いなぁ……。」

 それから20分くらいしたころだっただろうか、ようやく彼方が目を覚ます。よし、俺は耐え切ったんだ。この20分間、俺は理性を保ち続けることができたんだ。すごいぞ、俺!

 思わず自画自賛。だがまぁ、それも仕方ないだろう。

「って、あれ? 毛布めくれ……って、ひゃああああぁぁああぁっ!?」

 彼方さん、自分の今の格好を認識して、悲鳴を上げる。本来、悲鳴を挙げたかったのは俺の方なんだけどなぁ。

 あとは、自分で脱いだことを覚えているかどうか、というところだが……。濡れ衣を着せられる……なんてことないよな?

「ワ……、ワタシなんでこんな……。 もしかして、夜中脱いじゃったのかな……。 レ、レンくん起きてる……?」

「起きてる。 というか、そんな悲鳴を間近で聞けば、嫌でも起きるって。」

「も、もしかして起こしちゃった!?」

「いいや、彼方が起きる前から起きてたから、気にしなくていいよ。」

 俺は彼方の方へ振り向くことはせず、ただ淡々と答える。そう、あくまで冷静に、な。油断すれば、すぐに理性がぶっ飛んでしまいそうになるからな。

「み、見た……? ワタシの……、今の格好……。」

「いや、見てないよ。 なんとなく察してはいるけど。」

 ここはとりあえず誤魔化しておこう。まぁ、実際プライベートゾーンは見ていないわけだしな。

「そ、そうなんだ、ふえぇ……。」

「俺、こっち向いてるから、その間に格好直しちゃいなよ。」

「う、うん。 ご、ごめんね、気を遣わせちゃって。」

「いいよ、気にしてない。」

 衣擦れの音が背後から聞こえる。まぁ、シャツを着るだけなので、それもすぐに止む。ホント、いろいろと騒がしい子だよ、彼方は。けどまぁ、嫌ではないと思う自分がいる。俺、こんな騒がしさを求めてたのかな。楽しいと感じてしまう。

 それに……、ハプニングだらけではあるけど、なんというか俺からすれば眼福ってやつでもあるしな。男は悲しき生き物なり。

「も、もう平気だよ。」

「わかった。 んしょっと。」

 俺はやっとの思いでベッドから起き上がることができた。振り向くと、俺のTシャツを羽織った彼方がベッド脇に立っていた。かなり恥ずかしそうだ。それもそうだろうな。無意識のうちに痴態をさらしたようなものだしな。

 これは……、ルールとかを決めておく必要がありそうだな。彼方がいつまで俺の部屋にいるのかはわからないけど。

「おはようさん。 よく眠れたか?」

 俺は彼方に朝の挨拶をする。

「お、おはよう、レンくん……。 お、おかげさまで、よく眠れたよ。 そ、それと、昨日はワガママ言っちゃってごめんね。」

「大丈夫だ。 でもまぁ、ちょぴっとルールとか決めておいた方がいいかもしれない。 お互いのために。」

「そ、そうだね。 って、ワタシ、これからもここにいていいの?」

「彼方が嫌じゃないなら、俺は構わないよ。 ただ、男女としてのちゃんとした距離感を守ってくれるならね。 昨日みたいなことがあると、流石に俺ももうストッパーが聞かないかもしれないし。 も、もちろん、抑える所存ではありますので。」

 俺は彼方に、自分の考えを伝える。昨日一日の付き合いではあるが、彼方は基本的に人の言うことには素直に従う子だ。良くも悪くも、な。でも、先に忠告さえしておけば、それを破ることはないだろう。人の嫌がることはできないタイプの子だからな、きっと。

「うん、気を付ける。 だから、その……、よ、よろしくお願いしますっ!!」

「こちらこそ、よろしくな。」

 というわけで俺と彼方は、今後の方針について朝飯を食べながら相談するのであった。

 そんな話し合いの中で……

「彼方ってさ、学校とか通いたいか?」

「ふえっ? 学校?」

 俺は彼方にそんな質問を投げかけた。義務教育ではないが、俺が学校に行っている間とか、彼方は一人になってしまう。そうなってしまうよりかは、彼方も同じ沖月の学生になってしまった方がいいのかもしれないと思ってな。

「ここ、月銀島には沖月リージェル保有者訓練専門学校っていう、本島でいうところのいわゆる中高一貫校があるんだ。 俺も通ってる。 だから、平日は部屋にいられないんだよ。」

「そうだよね、リージェリストだって学校には通うんだよね。 でもワタシ、本島では学校なんて行けてなかったけど、大丈夫なのかな?」

「もちろん、そういう配慮はしてくれるから、その点は安心してよ。 だから、もし彼方が嫌じゃなかったら、学校行ってみない?」

「い、行きたい、です。 学校、行きたい!」

 思った以上に力強い返答が返ってきたことに少し驚いてしまったが、これで不安要素はあらかた払拭できたかな。

「よし、決まりだな。」

「あ、えっと、手続きとか、どうするのかな?」

「それは俺の方でしておくよ。 ついでに、入寮手続きも使用。」

「入寮手続き?」

 あ、そっか。その辺の説明をすっかり忘れてしまっていた。

「彼方には言ってなかったんだけど、ここ学生寮なんだよ。」

「そ、そうだったの!?」

「だから、長い期間彼方を匿うこともできなくてね。 だから、彼方も入寮した方がいいかなって思ってね。 学校行くか行かないか聞いたのも、これが理由。」

「そ、そうなんだ……。 は、離れ離れになっちゃうね……。」

 そ、そんな目で俺を見つめないでほしい……。見ているだけで、こっちまで悲しくなってくる。

「だ、大丈夫。 部屋は別になるけど、寮の希望は出せるから。 っていうのもな、ここの学生寮って二棟に分かれてて、さらにその中でいくつかに分けられてるんだよ。 ちなみにここは西棟7番。 各寮9部屋あって、ここはまだほとんど空いているから、希望さえ出せばここに入れると思うよ。」

「よ、よかったぁ……。 なら、お願いできる?」

「はいよ。」

「ありがとう! やった、レ、レンくんと学生生活を送れるなんて……」

 何やら小声でいろいろと呟いているようだったが、あまりに小さすぎる。まぁ、重要なことであればちゃんと話してくれるだろうし、気にすることでもないのだろう。

 そしたら、今日中に()()()のところに行かないとな。善は急げ、ってやつだ。

 ついでに、入寮者リストがなかったことへの文句も言いに行きたいし。

 とにかく、今日の予定はこれで決まったな。

 そんなわけで俺たちは、ゆっくりと朝飯(昨晩コンビニで買ってきた)を楽しんだ。

 

 

「あの、レ、レンくんって、その……、ご両親はいるの?」

 朝飯を食べ終えて、しばらく二人でソファに腰かけてゆっくりしていると、不意に彼方からそんな質問が飛んできた。

「唐突だね。」

「あ、えっと、ごめんね、こんなこと聞いちゃって。 答えたくなかったら、答えなくていいからね。 でもその、昨日レンくん、ワタシと同じって言ってたから、どうなんだろうって思って……。」

「あー、なるほど、そういうことね。 別に、答えたくないとか思ってないよ。」

 俺は一呼吸置く。そして、今一度口を開く。

「いない。 彼方と同じで、捨てられた。」

 はっきりと断言する。

 これに関して、俺は吹っ切れている……というとなんか違うかもしれないが、もう過去のこととしてあまり気にしないようにしている。それに、今の俺にだって多くはないけど大切な人たちができた。

 なので今は、「俺をこの世界に産み落とした存在」としか考えていない。

「そ、そうなんだ……。 ごめんね、話しづらいこと聞いちゃって。」

「いや、大丈夫だよ。 もはや昔のことだしね。」

「強いんだね、レンくんって。」

「そんなことないさ。 でも、まぁ確かに、昔の俺よりかは強くなれた気がするな。 彼方も、自分にとっての大切な人を見つけられたら、きっと今より前に進めると思うよ。」

「大切な人……か。 うん、そうだね。」

 彼方は、俺の隣ではにかみながら頷いて見せた。

 俺は、そんな彼方を昔の俺と重ね、妙に懐かしい気持ちになっていた。

 そんな時だった。ふと、部屋のインターホンが鳴らされる。ん?土曜日のこんな時間に一体誰だろう?

 俺は首を傾げつつもソファから立ち上がる。

「彼方、ちょっと待っててな。 来客の対応してくるから。」

「うん、いってらっしゃい。」

 彼方に断りを入れてから、俺はリビングを出て玄関に向かう。

「はーい。 どちら様……って、小瀬戸さん? どうしたの?」

「あ、おはよう、神奈和くん。 いきなりごめんね。 一応、今さっき寮に荷物運んだから、ついでに挨拶しておこうと思って。」

「あ、そうなんだ。 って、よく俺の部屋わかったな。 特にネームプレートとかないからさ。」

 ひとまず、外で話すのもあれだったので、小瀬戸さんを中に招き入れる。

「あはは、当てずっぽだよ。 あ、お邪魔します。」

「そうなんだ。 どうぞどうぞ。」

「まさか、一発で当たっちゃうなんて思ってなかったよ。 しかも、レンくんのところだしね。 こ、心の準備が……。」

 後半は聞き取りづらかった。まぁいいか。

 てっきり午後に来るのかと思っていたが、結構早かったな。

「一人で荷物運べたの? ほとんど服とか教材だけとはいえ、結構な量になったんじゃない?」

「まぁね。 でも、キャリーバッグに全部入り切ったから、一人で事足りたよ。」

「そっか。 それならいいんだけど。 まぁ、また何か困ったことあれば、いつでも訪ねてきてくれよ。 もちろん、用がなくても歓迎するよ。」

「うん。 ありがとう。」

 すると小瀬戸さんが不意に視線を下に下げる。そして、そのまま数秒間じっとしたまま動かない。

 え、どうしたんだろう……?

「じゃあさ、一つ聞いていいかな?」

 唐突に口を開く小瀬戸さん。なんか、雰囲気がいつもと違うように感じるのは、俺の気のせいだろうか?

「ど、どうかしたの?」

 俺はそんな小瀬戸さんに若干怯えつつ、次の言葉を促す。

「その靴……、誰の?」

「靴……? あー、これ?」

「そう。 その靴。 大きさとかデザイン的に、男の子のものじゃない……よね?」

 なんだろう。異様なプレッシャーを感じる。それでいて、表情は笑顔っていうのが、余計に怖さを引き立てる。

「えっと、今ちょっと訳ありな子が部屋にいるんだ。」

「女の子?」

「そ、そうだよ……?」

「ふーん。 沖月の子?」

「いや、違うよ。 なんて言えばいいかな……。 迷子……的な?」

 そんな時、俺は背中に冷ややかな視線を感じた。

 恐る恐る振り返ってみると、そこには開いた扉の隙間から半分だけ顔を覗かせた彼方の姿があった。

「「あっ……。」」

 俺と小瀬戸さんの声が重なる。

「その人……、誰……?」

「ク、クラスの友人、かな。」

「そう……なんだ。 でも、随分と楽しそうにお話してたね。」

 なんだこれ……。これがもし男女関係的なものだったとしたら、完全に修羅場一直線コースだな。

 ははっ、だが安心したまえ。俺に限ってそんなはずはないから。

 気づくと、彼方がすたすたと俺たちのもとに歩み寄ってきていた。

「レンくんのお友達……なんだね。」

「レ、レンくんっ!? ど、どういう関係なのっ!?」

「うーん、なんて言えばいいのかな……。 友達とは違う、かな。」

「意味深な言い方しないでくれっ! ってか、友人ではないのか……。」

 少しへこむ俺。

 だが、そんなことは構わず、二人は話を続ける。

「ど、どうして神奈和くんを下の名前で呼んでるの!?」

「レンくんからは許可もらってるもん。」

「そ、そんな……。 じゃ、じゃあわたしだって……。 レ、レンくんって呼んじゃうからっ!!」

 おかしいな、話しがどんどん変な方向へと進もうとしている。

「ふふん。 でも、レンくんはワタシのこと、下の名前で呼んでくれるけど、あなたはどうなのかな?」

「むぅ……。 レ、レンくんっ!! これからはわたしのことも名前で呼んでくれるよね? ねっ?」

 いきなり詰め寄られる。もう頭が追いついていかない。

「は、はい……!!」

 反射的にそう答えてしまった。でも、小瀬戸さんの下の名前って、「小雪」でよかったか、急に心配になる。

「なっ……!? で、でもワタシ、昨日レンくんと一緒に寝たもんねっ!! それに、これから数日間一緒に暮らすんだもんっ!!」

「そ、そんな……。 じゃ、じゃあわたしだって、今日からここに泊まるっ!!!」

「おいコラ、流石にそろそろ置いてけぼりはやめろや!!」

 耐え切れなくなり、俺は二人の脳天に拳骨をかます。

 女性に対して手を挙げるのはちょっと躊躇われたが、今は仕方ないだろう。許せ。

「ひゃうっ!?」

「ふみゃあっ!?」

「ったく、一旦落ち着け。 いきなりどうしたよ、ガキみたいな口喧嘩始めてさ。」

 俺は二人を問いただす。二人とも、かなりしょぼんとしてしまっている。

 それを見て、少し罪悪感がこみ上げてきたが、今は我慢だ。

「ご、ごめんなさい……。」

「す、すみません……。」

「二人の間に何があったんだよ……。」

「そ、それは……、その……。 ほ、本能的な敵対心……と言いますか……。」

「正直、見栄を張りました……。」

 なんかパッとしない説明だが、まぁいいや。

 二人とも、なんか言いづらそうだし。女には女同士でしかわからない何かがあるのだろう。そこまでの追及はしなくていいや。

「お互い、まずは自己紹介でもしたら?」

「う、うん。 その……、小瀬戸小雪です……。 さっきは頭に血が上っちゃって、ごめんなさい……。」

「く、黒咲彼方、です……。 こちらこそ、いきなりごめんね。」

「んで、なんかお互いに気に入らないところでもあったんだよな。 一旦、俺は席を外そうか?」

 そう問いかける。席を外してほしいようだったら、そのついでに用事を終わらせられるしな。

「じゃ、じゃあお言葉に甘えてもいい? 小瀬戸さんと、ちょっとお話したいことあるから。」

「なら、わたしのお部屋に来なよ。 そっちで話そう。 態々レンくんに気を遣わせちゃ悪いよ。」

「そ、そうだね。 それじゃあ、お邪魔しちゃおうかな。」

「ん、了解。」

 というわけで、彼方は小瀬戸さん……、小雪……?何て呼べばいいのかわからんけど、まぁいいや。とりあえず連れ立って俺の部屋から出ていった。

 はぁ、なんか思くそ疲れた。

 けど、幼児は済ませとかないとな。

 俺は身支度を整えて、手っ取り早くテレポート能力を発動させた。



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Episode9. プリンセス×銀髪迷子、結託の時

 ワタシは、小瀬戸さんに連れられるままレンくんの部屋を出て小瀬戸さんの部屋に向かった。き、着替えておいてよかったよ……。流石に、あの格好のまま外に出るのは恥ずかしいからね。

 それにしても……、なんだかもやもやするなぁ……。

 小瀬戸さんがレンくんと話しているところを見た時、正確にはその時の小瀬戸さんの表情を見た時、ワタシは察した。この子は、ワタシと同じだということを。

 ま、まぁ、仕方ないよね。だって、レンくんだもんね。昨日、レンくんは恋人いないって言ってたけど、だからって必ずしも思いを寄せられていないとは言えないもんね。

 はぁ、でもライバルいたのかあ……。しかも、小瀬戸さんすっごく可愛いもんね……。これじゃあ、自信なくしちゃうなぁ……。

「ここだよ。」

 なんて、いろいろと考えていると、ワタシの前を歩いていた小瀬戸さんがぴたりと足を止めた。見ると、「103号室」と書かれてあった。お、思っていたより近かったんだ……。レンくんの部屋が確か101号室だもんね。

 レンくんは、ほとんど空いてるって言ってたけど、実際どこが空いてるのかな?

「どうぞ、入って。」

「お、お邪魔しまーす。」

 ワタシは、ちょっと緊張しながら小瀬戸さんの部屋へと足を踏み入れた。

 

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 わたしは、黒咲さん……だっけ?を引き連れて神奈和くん改めレンくんの部屋から出ていった。正直名残惜しくはあったけど、これからいろいろと大切なお話をしないといけないからね。ここは我慢しないと。

 にしても……、黒咲さんって、レンくんの彼女……じゃないんだよね……?迷子みたいなもの……とか言っていたけど、どういうことなんだろう?

 そ、それに……、少なくとも昨日の夜は一つ屋根の下で一緒に過ごしたってことなんだよね……。うう、うらやましいなぁ……。すごく気になるなぁ……。

 もともとレンくんはあんまり色恋に興味ないのかと思っていたから、レンくんの部屋に入ったとき、女の子の靴があって驚いちゃったけど、レ、レンくんくらい素敵な人だったら、普通に彼女くらいいるよね……、って納得できちゃう。

 黒咲さんには、その辺りちゃんとはっきりさせておかないと。もし、黒咲さんがレンくんと恋人関係になかったとしても、黒咲さんがわたしと同じようにレンくんに思いを寄せていることはなんとなく察したし。案外、わたし自身が患っていると、同じ相手に同じ思いを抱いている人がわかっちゃったりするものなんだよね。

 っとと、いろいろと考えていたら、もうわたしの部屋の前まで来ていた。って、距離なんてほとんどないんだし、すぐに着くのも当たり前か。

「ここだよ。」

 わたしは、短くそうとだけ伝え、鍵を開ける。さっきここに着いたばっかりだから、あんまり人を上げていいような室内環境じゃないかもしれないけど、黒咲さんにはその辺り目を瞑ってもらおう。

 扉を開き、黒咲さんを中へと通す。

「どうぞ、入って。」

「お、お邪魔しまーす。」

 黒咲さんは少し怯えたような足取りのまま、わたしの部屋に入った。

 

----------------------------------------

 

 小雪は彼方を連れ立って、リビングへと移動する。その間、二人の間に会話はない。あるのは緊張だけである。

 そして、小雪は彼方をソファへと導く。レンの部屋にあったものと同じものである。彼方は、それに対して思うところがあるのか、少し眉を寄せた。そして、若干重い空気の中、ようやく口が開かれる。

「これ、レンくんの部屋にもあった。」

「それはね、もとから寮内に設置されていたものなんだよ。」

「あ、そうなんだ。」

「うん、ひとまず座ってよ。 落ち着いて話したいから。」

「それじゃあ失礼するね。」

 彼方が静かにソファに腰かける。その隣に小雪も腰を落ち着ける。が、すぐに立ち上がり、キッチンへと駆けていく。

「ご、ごめんね、何か飲み物あった方がいいよね。」

「あ、お構いなく……。」

「いいのいいの、気にしないで。」

 小雪は手早く二人分のお茶を用意して、慌ただしく彼方のもとへと戻る。そして、手にしたカップを一つ、彼方に手渡した。

「はい、どうぞ。 冷たいので良かった?」

「うん、ありがとうね。」

 二人はまたソファに横並びになる。

 だが、二人とも同会話を切り出したらよいのか戸惑い、しばらく沈黙が続く。

「ねえ……」

 やがて、先に沈黙を破ったのは小雪だった。

「黒咲さんって、本当に昨日レンくんと初めて会ったの?」

「ふえ? う、うん。 そうだよ?」

「そうなんだ。 で、昨日の夜一緒に過ごして、レンくんのことが、その……好きになったの?」

 彼方は少し驚いたような表情を浮かべるが、すぐに何かを考えるような表情に戻る。

「まぁ、そうかな。 実はね、ワタシ昨日海に身投げをしようとしてたんだ。 リージェリストとして本島で爪弾きにされて引きこもっちゃった弱い自分が嫌でね。」

 小雪の動きが固まる。「身投げ」という言葉があまりにも衝撃的だったのだろう。

 だが、彼方は構わず話を続ける。

「でもね、やっぱり怖かったんだ。 で、いろいろと悩んでたらちょっとふらついちゃってさ。 気づいたら海に落ちてた。」

「え、えっと……、そ、そうなんだ……。」

「でも、その時ワタシを海から引き揚げてくれた人がいた。 それがレンくんだったんだよ。 しかも、ワタシに生きる術を教えてくれた。 リージェリストとして生きるレンくんに、ワタシは救われたんだ。」

 彼方は昨日のことを思い出しながら、時折顔をへにゃりと緩ませる。彼方の中で、あの時のレンの姿はとても印象深く、そして輝いていたのである。

 そんな彼方の表情を、小雪はボーっと見つめる。

「それに、すっごく優しいしね。 あと、カッコいい。 えへへ、ほとんど一目惚れだったかな。 それで、小瀬戸さんはどうなの? 少なくとも、レンくんのことは好きなんでしょ?」

「そうだね、好きだよ。 でも、きっかけは黒咲さんとは全然違ったなぁ。」

 小雪は自分の中にしまわれた思い出を紐解く。

「わたしね、転入生なんだ。 両親がRSOで働くことになって、去年のちょうどこの時期くらいに沖月に転入したんだよ。」

「RSO……って?」

「あー、そっか。 あんまり詳しくない? リージェル関係のこと。」

「うん、正直あんまりわからないかな。」

 小雪はふむふむと頷いてから、RSOに関するもろもろを説明した。そして、一通り話し終わると、彼方は感心したようなため息をこぼす。

「ふええ、そんな団体があるんだ。 知らなかった。」

「まぁ、これからこの島に住むなら嫌でも詳しくなるよ。 んでね、沖月にはすぐに馴染めたんだけど、リージェリストへの差別とかレジェリザムっていう特殊能力とか、なんかもういろいろと怖くって、正直その時はリージェル関連のことから逃げてたんだよね。」

 少し恥ずかしいのか、小雪は自分の頬を掻きながら、話しを続ける。

「でも、あれは確か……、今年の1月くらいだったかな……。 一人で学校の中庭をフラフラしてたら、一人黙々と鍛錬にいそしむレンくんを見つけた。 表情は真剣で、目はすっごく真っすぐだった。 レンくんは、自分のレジェリザムと真面目に向き合って、真っすぐな気持ちで自分を磨いてたんだ。 他の人たちってね、大半はなんというか、怖い目をしてたんだよ。 復讐とか、見返してやりたいとか、そういう黒い心みたいなものが見え隠れしてたんだ。」

「でも、レンくんは違ったの?」

「うん、そうなんだよ。 もちろん、レンくんと同じように真っすぐに自分の異能力と向き合おうって考える人もいたんだろうけど、わたしはあの時のレンくんの力強くて優しい、それでいて何にも怯えず前を向いているその瞳に目を奪われちゃった。 一目ぼれというか、憧れから始まったというかね。 それからわたしも、少しずつだけど自分の異能力と向き合おうって頑張れるようになったんだよ」

 小雪は、うっとりと顔をほころばせる。

 彼方も小雪も、レンを思い出すたびにだらしない表情になっている。

「でもね、わたしってやっぱり臆病なんだよね。 なかなかレンくんに話しかけられなかったんだ。 今年からクラスメイトにもなれたのに。」

「え、そうだったの?」

「うん。 だからね、昨日初めてまともに話したんだ。 そしたら、すっごく優しくてね!」

「うんうん、わかるよぉ!」

 意気投合。彼方も小雪も単純な女である。

「やっぱり好きなんだなって、実感させられたよ。」

「そっか。 お互い、一目惚れだったわけなんだね。」

「あはは、そうみたいだね。 そ、それでさ……、昨日レンくんの部屋で一緒に過ごしたんだよね? な、何もなかったの?」

「え、えっと……、何もなかったって言いますと……?」

 小雪があわあわし始める。どことなく顔も赤らんでいる。

「ほ、ほら、ハプニング……的な? と、特に……、お風呂とか……、トイレとか……、寝るときとか……。」

「ふ、ふえっ!?」

 ピンポイントな指摘が彼方に突き刺さる。思わずたじろいでしまう彼方。

 それだけで、小雪は半眼になる。

「あったんだね……。」

「で、でもでも、一緒のお布団で寝てもらっただけだもん……。」

「そ、それだけでもずるいよぉ!! わたしなんて、まだ少しお話しただけなのにぃっ!!! こ、こうなったら……、わたしもおんなじことしてもらうもんっ!!」

「ま、待って待って! 落ち着いて、小瀬戸さん。 またレンくんに怒られちゃうよ?」

 頬を膨らませて不満の声を上げる小雪を、彼方が何とかなだめる。レンに怒られる、という彼方の言葉を聞いて、小雪は落ち着きを取り戻す。だが、表情は未だ不満げなままである。

「むぅ、いいなぁ。 どうしてそんなに積極的になれるの?」

「う、うーん、なんでだろうね……。 今同じことやれって言われても、できない気がする。 あの時だったからこその勢いみたいなのがあったのかも。 あと、やっぱり心細さとかもあったから。 引きこもっておきながら、人恋しさとか積もってきちゃってね。 だから、昨日あれだけレンくんに甘えることができたのかもね。」

 照れ笑いを浮かべながら、彼方はそういった。そんな彼方の気持ちを聞いた小雪は、少し切なげな表情になっていた。

「今はどうなの……? その、人恋しさとか。」

「まだちょっと。 でも、昨日みたいに思い切り甘えたいってほどじゃないんだ。 ただその……、一人でいるのがまだ少し寂しいかなって感じ。」

「そっか。 わたしじゃダメかな?」

「ふえっ?」

 小雪が真剣なまなざしで彼方を見つめる。

 彼方は小雪の言葉をとらえきれず、首をかしげている。

「えっとね、わたしでよかったら、いつでも一緒にいるよ。 けど……、わたしじゃ、寂しさはまぎれないかな……?」

「えっ、そ、そんなことないよっ!! 正直、今は小瀬戸さんがいてくれて、ワタシ結構安心してるんだよ? むしろ、さっきあんなに剣か売るようなこと言っちゃったのに、いいの?」

「あれはお互い様だよ。 話してみて、黒咲さんとは争いたくないって思えるようになったから。 同じ男の子に思いを寄せる仲間……みたいな?まぁそんな感じ。 できれば、もっと仲良くなりたいな。」

 小雪ははにかんで見せた。心無し顔が赤みが買っているが、彼方はそれに気づいていない。何故か……?

「ひっく……、ひっく……。」

 感極まって涙を流しており、小雪の表情をうかがう余裕がなかったからだった。

「わわっ!? ど、どうしたのっ!?」

「う、嬉しくて……。 ワタシ、お友達とかいなかったから……。 ホントに……、ワタシでいいの……?」

「うん、もちろん。 これからよろしくね。 えっと、彼方ちゃん。」

「うん、こちらこそ、よろしくお願いします、小雪ちゃん。」

 手の甲で涙をぬぐいながら、彼方は表情をほころばせる。そんな彼方に、小雪も微笑みを浮かべる。もはや、この二人の間には、初対面時の敵対心は消えていた。

「もう、そんなに嬉しかったの?」

「それはそうだよ。 ワタシにとって、初めての友達なんだよ。 嬉しくないわけないじゃん。」

「あはは、わたしも嬉しいよ。 でも、やっぱりうらやましい。 わたしももっとレンくんに近づきたいなぁ。 でも、なかなか勇気出ないんだよね。」

 小雪が肩を落とす。自分にとっての憧れであり、思いを寄せる存在に近づくのは、少し臆病な小雪にとっては非常にハードルが高いことである。

 実際、昨日レンと会話を交わした時も、心臓が跳ねるように拍動し、顔は赤面状態で、まともにレンの顔を見ることができていなかった。失礼なことであることは小雪自身理解していたが、それでも面と向かって話す勇気は出なかったようだった。

 だが、その反動なのか、帰宅後の小雪は今までにないほどテンションが高かった。小雪の両親も、これまであまり見たことなかった小雪のハイテンションな姿に、目を丸くしていたほどである。

「同じ寮なんだよね? 今まで話す機会とかなかったの?」

「それがね、わたしさっきここに来たばっかりなんだ。 ほら、まだ荷物片付いてないでしょ?」

 小雪が部屋の片隅を指さす。彼方は指し示されたほうへと視線を向ける。

 そこには、未だ未開封のままの段ボールが置いてあった。転入当時にこの部屋に置いたまま放置されていたものだ。

「そうだったんだね。 でも、これからはチャンスあるじゃん。 頑張ろうよ。」

「そうだね。 って、応援してくれるの?」

「うん、そりゃもちろん。 だって、仲間なんでしょ? 態々取り合わなくても、二人でレンくんを狙っちゃえばいいと思うな、ワタシは。」

「なるほど、いいかも。」

 二人でハイタッチ。この二人は気が合うのかもしれない。

 本来、一人に対して複数の交際者がいるというのは珍しく、国や地域によっては忌み嫌われる。月銀島及び日本においては、現在黙認状態ではあるが、あまり好ましいものとはされていない。

 時折街中などでそう言った存在を見かけても、ほとんどの場合後ろ指をさされるか見て見ぬふりをされるかである。

 けど、どうやらこの二人はそんな批判などお構いなしのようだった。

「じゃあ、一緒に頑張ろうね。」

「うん、まずはちゃんと顔を見てお話しできるようにならないと。」

「だね、頑張って!」

 こうして、沖月のプリンセスと迷子の銀髪少女は、レンにとって最も厄介な形で結託したのであった。

 

 

「そういえば、彼方ちゃんって、これからどうするの?」

 しばらくして、小雪が思い出したように話を切り出した。

「これからって言うと?」

「この島に住むんだよね?」

「うん、そうだよ。 えっと、沖月……だったっけ? そこにも通うつもり。 もちろん、寮にも入るよ。」

「そうなんだ、ちゃんと寮の希望はここにしといてよね。」

「わかってるよ。 もともとそのつもりだもんね。」

 「にへっ」と笑う彼方。小雪も安心したように柔らかい笑みを浮かべる。

 けど、すぐに心配げな表情に戻ってしまう。

「えっと、荷物はあるの? 服とか、日用品とか。」

「あ、ないなぁ。 服は2着しかないし、日用品なんてもっての外だよ。」

「だよね。 なら、買いに行かないとね。 えっと、手続きは少し時間かかるから日用品はほどほどでいいとして、服はすぐに必要だもんね。」

「確かに、そうだね。」

 うんうんと頷く彼方と、まだ少し不安げな表情の小雪。

「お金はあるの?」

「それは平気。 少しくらいなら手持ちはあるし、最悪銀行から引き出せばいいからね。 だから、その辺は心配しないで。」

「そっかそっか。 それならさ、今からショッピングにでも繰り出さない? いろいろと島内を案内するよ。」

「いいの? やった! あ、でも、今ワタシの荷物、レンくんの部屋にあるんだった……。 どうしようかな……。 レンくん、部屋にいるかなぁ。」

「戻ってみる?」

「そうだね。」

 彼方と小雪は連れ立って、レンの部屋へと直行する。

 そして、インターホンを鳴らしてみるが、中からの反応はない。

「あー、やっぱりいないかぁ。 多分だけど、ワタシの転入手続きのための書類とか取りに行ってくれたのかも。」

「なるほどね、それじゃあ、レンくんが返ってきてから3人で行く? わたし的にも、3人でお話しできる機会ができて嬉しいし。」

「それいいね。 まぁ、レンくん次第化もだけど。 じゃあ、レンくんが返ってくるまで待ってよっか。」

 そうして二人は、小雪の部屋へと戻っていった。

 それからレンが返ってくるまで、二人はガールズトーク……というか、レンの話で盛り上がっていた。

 なお、昼食は小雪が作った模様。彼方は大絶賛とのことである。



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Episode10. 知らない間に仲良くなっていたんですが……。 一体何があった……。

「よっと。 なんかここに来るの久しぶりな気がする。」

 テレポート能力を使って、俺はとある場所へと降り立った。

 俺の目の前には、大体沖月と同じくらいの大きさの建物がそびえたっている。年月的には古いはずなのに、衰えているようには見えない。

 そこは、RSOの本部だ。俺は今日、ここの組織長と話をするためにこの場所に来た。

 というのも、沖月はRSO本部直下の専門学校なので、組織長が直接学校の総括も行っているのである。そのため、彼方の転入手続書やその他もろもろは組織長から頂かなければならない。いやまぁ、平日であれば、沖月内にいる理事に頂けばいいのだが、何せ今日は土曜日だ。学校を除きに行けば理事がいるかもしれないが、どうせいろいろと話したいこともあったため、組織長に顔を見せに来たわけである。

 例の入寮者リストについての文句も言わなければならなかったしな。

「そういや、愛葉はここには滅多に来ないよな。 遠いから、とか言ってたっけ。」

 実際、このRSO本部は沖月から徒歩30分ほどのところに位置する。そのため、愛葉はあまり好き好んでここには訪れないのだろう。

 俺はまぁ、テレポート能力があるから、時々組織長に進捗の報告をしに来たりするんだけどな。ちなみに、このテレポート能力は、能力使用者本人しか転送できないというわけではない。だから、愛葉を連れてここに飛ぶこともできるんだけどな。実際、昨日彼方を助けた時もこの能力を使ったわけだし。

 でも、無理やり引っ張っていくと、あいつちょっと不機嫌になって怖いんだわ。

 っと、俺の能力について説明するのを忘れてしまっていた。

 俺の能力はコピー能力だ。これは、対象のリージェルをコピーすることだけでなく、見た動作を瞬間記憶し真似ることもできる。後者はただある動作を見ていればいいだけなので非常に楽なものだ。実際、愛葉と剣の打ち合いをすることになったとき、俺は動画などで剣道の試合をあさって知識をつけていた。でないと、愛葉の相手として不十分すぎたからな。決して、負けず嫌い精神が働いたからじゃない。本当だ。

 んで、全社に関しては少々面倒くさい工程をくぐらなければならない。というのも、対象のリージェルの存在する箇所を探り当てる必要があるからな。それだけなら、能力のうちに備わっているから問題ない。しかし、そこからコピーを実行するとなると、対象のリージェル存在付近の肌に触れなければならない。もちろん、服の上からでは意味がない。ということがあって、あまり能力コピーはしようとは思わない。それに、なんだか他力本願のような気がしてしまうのだ。

 だから、現在俺が所持している能力は4つである。そのうちの一つがテレポート能力というわけだ。ちなみにこのテレポート能力は、組織長から頂いたものだ。だから、ありがたく愛用させていただいている。結構便利なんだよ、一人で行動するときには。

「さて、中に入るか。」

 というわけで俺は、本部敷地内へと足を踏み入れた。

 

「いらっしゃいませ。 あら、神奈和君、組織長に用事?」

「ええ、今日は直接転入手続書をもらいに。」

「そうなの。 誰か知り合いが転入するの?」

「そうなんです。 ちょっといきなりのことでこちらも驚いてはいるのですが、本人の意思が最優先ですからね。」

「そうなのね。 今、ドア開けるわね。」

 そう言うと、受付カウンターの向こうに座るRSO職員の女性は、自動ドアロック解除のボタンを押した。一応、だれでも自由に入ることができる、というわけではないので、受付の人に顔を見せなければならない。

「ありがとうございます。」

「いえいえ、ごゆっくり。」

 俺は受付係の女性に促されるまま、ドアの向こうへと入っていった。

 そして、組織長の部屋を目指す。廊下を進み、突き当りを右に曲がってすぐの階段を上る。そのまま最上階である4階まで上がる。

 階段を上り終えたすぐ正面の部屋が組織長室である。

 俺は扉の前に立ち、軽く2回、扉をたたく。

 すると、返事はすぐにあった。

「どうぞ。」

 そんな短い返事を聞いてから、俺は扉を開く。

「失礼いたします。 神奈和です。」

「おお、レンか。 半年ぶりだな。」

「そうですね。 お久しぶりです、小河原さん。」

 中で俺を出迎えたのは、小河原(おがわら) 幸久(ゆきひさ)、このRSOを取りまとめる現組織長である。

 そして、俺が初めてこの島に来た時、俺を助けてくれたのがこの人だ。つまり、俺にとっての恩人とは、この人のことである。

「おうおう、元気してたか?」

「はい、まぁ半年ですので、そこまで変わりはないですよ。」

「愛葉はどうだ?」

「あいつも元気でやってますよ。」

 俺と同じく、愛葉もこの人にいろいろと世話になっているからな。

「たまには顔くらい見せに来いって言っといてくれよ。」

「そうですね、今度連れてきますよ。」

「ああ、頼むよ。 んで、今日の要件はなんだ?」

 小河原さんが姿勢を正し、本題を聞いてくる。

 俺も居住まいを正して小河原さんへと向き直る。

「近々、沖月に転入したいという人がいて、そのための書類を受け取りに来ました。」

「なるほどな。 態々俺のところに来てくれるとは、嬉しいねぇ。」

「まぁ、それ以外にも話しておきたいこととかありましたし。」

「そうかい。 それで、その転入希望者は寮には入るのか?」

「本人はそれを望んでます。」

「はいよ、了解。 それじゃ、これが転入手続書で、これが教材注文票。 あと、入寮手続き書だな。」

 俺は小河原さんから数枚の書類を受け取る。

 軽く目を通し、間違いがないことを確認してから鞄にしまう。

「ありがとうございます。」

「にしても、お前にそんなコネがあったのか?」

「いえ、昨日たまたま拾った子でして……。」

「なんか、お前みたいだな。」

「まぁ、デジャブ的なものは感じましたね。 んで、その子にこれからのことを聞いたんですけど、沖月に通いたいということだったので。」

「なるほどな。 まぁ、学生が増えるのはありがたいことだし、俺は大歓迎だよ。」

 ははっ、と笑って見せる小河原さん。この人はいつもこんな感じだ。俺も、この人の器の大きさと明るさに救われた人間の一人だからな。

 感謝している。が、それはそれとして……

「あの、小河原さん。 そういえば、うちのところって入寮者リスト配られたことないんですけど……。」

「ん? そうだったっけか?」

「ええ。 てっきり俺以外誰もいないのかと思っていたんですけど、普通にいましたよ? これ、どういうことですか?」

「ははっ、すまん。 お前のところだけ、いつも印刷忘れてたかもな。 別に、わざとじゃないんだぞ?」

「ま、まぁ、それはわかるんですけどね。 でも、できれば忘れないでいただきたいです。 一応、寮生の把握はしておきたいので。」

「わかった。 今後は気を付けよう。」

 だ、大丈夫だろうか……。こんな軽いノリだから、少し心配になってしまうこともある。恐らく、少ししたらすぐに忘れていることだろう。こういうところがあるから、時々不安になってきてしまう。よくこの人、RSOを統括できるなぁ、とな。

 でも、話を聞く限りでは、かなり優秀な人ではあるらしい。RSOの他の職員の皆さんからは慕われているようである。

「要件は以上です。」

「そうか。 んじゃ、また何かあったらここに来い。 いつでも話聞いてやるからな。」

「はい、ありがとうございます。 次来るときには、絶対愛葉を連れてきますので。」

「よろしくな。 久々に愛葉の顔も見ておきたい。」

「そう伝えておきます。 では、失礼します。」

「おう、またな。」

 というわけで俺は、組織長質から退室した。

 あの人は、俺の親代わりのような存在だからな。無下にはしたくない。

 今度、愛葉を引きずってこないとな。なんて思いつつ、俺はRSO本部を後にした。

 

「っと、忘れるところだった。」

 本部敷地を出たところで俺は、もう一つの用事を思い出した。

 買い物である。忘れると、今日も冷蔵庫の中身がすっからかんのままになるところだった。それは正直困るので、帰りがけにスーパーに立ち寄ることにした。

「テレポーテーション。」

 俺はスーパーの近くまでテレポート能力で移動する。

 別に運動は嫌いではないので歩いてもいいのだが、時間短縮だよ。

 そして俺は、次の1週間分の買い物を済ませることにする。

 って、もしかすると数日間だけ二人分になるかもしれないのか。それを考慮しないといけないよな。ふむ、どうしようか。

 彼方の好みなどまるで知らない。だからと言って、俺がいつも食べているような簡素な料理をふるまっていいものか……。まぁでも、大丈夫かな。

 俺は薄味が好みだ。そして、これは偏見かもしれないが、女性はあまり濃い味を好まないような気がする。だから、うん。きっと問題ないはずだ。そう信じることにしよう。なお、参考にした女は愛葉とミアの二人だ。それ以外の親しい異性などいない。天留さんと小瀬戸さんは別な。

「野菜はこれと……」

 スーパー内をぐるぐる回りながら、俺は買い物かごに食材を詰めていく。

 野菜・肉・魚・その他料理の元や切らしていた調味料等々……。ふむ、結構な量になってしまったな。まぁ、仕方ないだろう。これも生活のためだ。それに、金はRSOより支給される。普段使わないのだし、こういう時暗い使っても罰は当たるまい。

「よし、レジに並ぶかな。」

 そんなわけで俺は、普段より多い買い物を済ませ、帰路に就くのであった。

 いや、テレポートですけどね。

 

 

 部屋に戻り、俺は買ってきた食材を冷蔵庫に詰めていく。

 うむ、改めて思ったが、結構買ったものだな。彼方がどれくらい食べるかわからないので、ひとまず多めに買ってきたら、6000円ほどかかった。

 昨日、コンビニで買い物をしたときは、遠慮して少ししか買っていなかったしな、彼方の奴。

「そういえば、彼方はまだ小瀬戸さんの部屋なのかな?」

 荷物一式を俺の部屋に置いたままにしているので、一応確認しておきたい。

 もしかしたら、話の流れで小瀬戸さんのところに泊まるかもしれないしな。

「って、そういや、小瀬戸さんの部屋どこか知らないや。」

 俺はメッセージアプリを起動させて、小瀬戸さんのトークルームを開く。

 そして、簡単にメッセージを送信した。

 すると、数秒後にすぐに既読が付く。マジ早いっす、小瀬戸さん。

ーあ、帰ってきたんだ。 わたしの部屋は103号室だよ。

 おっ、案外近いんだな。

ー了解、今そっち向かうよ。

ーあ、いいよいいよ、わたしたちがレンくんのとこ行くね。

ーそう? そんじゃ、待ってるよ。

ーは~い!

 そこでメッセージのやり取りを終える。

 やはりまだ慣れない。異性に下の名前で呼ばれるのは。

 実際、彼方の時もたまにむず痒くなることがある。許せ、俺のピュアハートに罪はないんだ。きっと、これから図太くなっていくはずさ。

 そして、待つこと数分。室内にベルの音が響いた。

「ほいほーい。」

 俺はすぐに玄関に向かい、扉を開ける。

 そこには、小瀬戸さんと彼方が並んで立っていた。

 ん?さっきよりなんか仲睦まじげ?先ほどあったぎすぎすした雰囲気はどこへやら、という感じで、二人はなんか晴れやかな顔をしていた。

「よっす、さっきぶり。」

「うん。 レンくんは用事、終わったの?」

「終わったよ。 無事、彼方の手続書をもらえたから、後で記入を頼むよ。」

「わかった。 ありがとうね。」

 これでもう何度目かわからない感謝の言葉。俺的にはお腹いっぱいだけど、まぁ感謝されることは嫌いじゃないから別にいいか。

「それでね、レンくん……。 お、おひるごはんはもう食べた……?」

 そこで、小瀬戸さんが何やらもじもじしながら俺にそう問いかけてきた。

 そういえば、もう昼時か。確かにそういわれると空腹感が襲ってくる。

 今まで時刻のことはすっかり忘れてしまっていたからな。

「いや、まだ食べてない。 そっちは?」

「えっと、もう済ませたよ。 んでね、まだ残ってるんだ。 だからさ、もしレンくんがよければ、食べていかない?」

「いいのか?」

「う、うん、もちろんだよ!」

「小雪ちゃんの手料理、すごくおいしかったよ!」

 彼方がニコニコしながら料理の乾燥を端的に述べる。

 その笑顔に嘘偽りはないだろう。

「へえ、じゃあお言葉に甘えようかな。」

「うん! あ、となると、結局わたしの部屋に来てもらった方がよかったね。」

「いいよいいよ。 んじゃ、お邪魔してもいいかな。」

 というわけで、俺は小瀬戸さんの部屋で昼食をいただくこととなった。

 

「お邪魔します。」

「まだ片付いてないんだよね。 こんな部屋にあげちゃってごめんね。」

「気にしないで。 それに、普通に綺麗な部屋じゃん。」

「あはは、ありがと。 それじゃあ、すぐに用意するね。 そこの椅子、テキトーに使っちゃっていいから。」

「じゃ、ありがたく。」

 近くの椅子に腰かける。

 少しすると、キッチンからいい匂いが漂ってきた。

 なんかいいな。こうやって誰かに料理をふるまってもらうのは。こっちに来てからは、基本的に自分で作るか出来合いのものを口にするだけだしな。

「はい、お待たせ。」

 すると、すぐに皿が運ばれてきた。

「ありがとう、小瀬戸さん。」

「……小瀬戸さん?」

 っとと、なんか急ににらまれてしまった……。俺、何か間違えただろうか?

「ど、どうしたの?」

「小雪、だよ。」

「え、えっと……。 あっ、そっか。 ご、ごめんごめん、小雪……さん?」

「それ、ワタシの時も同じこと言ってなかった?」

「そ、そうだっけ?」

「呼び捨てでいいよ。」

「さ、小雪……。」

 くっ、やはり照れてしまう。異性を下の名前で、しかも呼び捨てっていうのは躊躇われる……。が、彼方の時と同様、本人が望んでいるのだし、その意向に従っておくが吉だ。

「うん、それでよし はい、どうぞ。」

「おお、オムライスかぁ! 滅茶苦茶うまそうだな!」

「えへへ、そんな大したものじゃないよ。」

「んじゃ、いただきます。」

 俺はさっそく料理に口をつける。

 おお、これはうまい!卵はふわふわしてて、尚且つ、下のチキンライスもケチャップの斑がなく食べやすい。しかも、俺の好みの薄味だ。

「うん、すごくおいしいよ。」

「ほ、ホント?」

「嘘なんて吐かないって。 本当にうまいよ。」

「よ、よかったぁ。 味付け、わたし好みだから、気に入ってもらえるかわからなかったんだよね。 ほら、男の人って濃い味を好む傾向あるし。」

「俺は薄味が好きだからね。」

 素直な感想をこぼすと、小雪は安どのため息を吐く。

「そ、そうなんだ。 味の好みが同じなんて、なんか嬉しいかも。」

「ちなみにワタシも薄味が好きだよ。」

 おっ、そうだったのか。ほらな、やはり女は薄味が好きなんだよ。……うん、ホントごめん……。流石に偏見が過ぎたわ……。

 そして俺は、黙々と小雪の作ったオムライスを口に運び、ものの10分で食べ終わってしまった。

「ふう、ご馳走様! うん、大満足だよ。 ありがとうな。」

「どういたしまして。 それじゃあ、お皿もらうね。」

「あ、これくらい俺が自分で洗うよ。」

「いいよいいよ、気にしないで。 もう、レンくんは優しいんだから。」

 俺から食器を受け取った小雪は、とことことキッチン辛苦に向かい、その食器を洗い始める。な、なんてできた子なんだ……。

 あの状況、愛葉なら、皿くらい自分で洗えとか言ってきそうなものだ。

 女の子って素晴らしいな、おい。

「それでね、レンくん。 このあとなんだけどさ、一緒にお買い物行かない? って言っても、主にワタシのお買い物がメインになっちゃうんだけど。」

「ん? 買い物か。 いいよ、荷物持ちくらいにはなるだろうし。」

 あれ、このセリフ、小雪とメッセージでやり取りした時にも使っていなかったっけ?

「え、えっと、そういうつもりじゃなかったんだけどね。 その……、一緒にお出かけしたいなって。」

「オッケー、もちろんいいよ。」

「あ、それならさ、天留さんも誘ってみない? せっかく同じ寮なんだし。」

「天留さん?」

「俺たちのクラスメイトで友人だよ。」

「そうなんだ。」

 彼方はまだ天留さんとは話したことがないはずなので、首をかしげていた。

「いいかもな。 ひとまず連絡入れてみるか。」

 というわけで、俺は再びスマホを開いた。そして、昨日交換したばかりの天留さんのトークルームを開いて、買い物に誘ってみた。



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Episode11. Let's go shopping! 女性服には詳しくないけど……

 メッセージにはすぐに既読が付いた。うむ、こちらも見るのがお早いですな。俺とは大違いだな。俺は普段、あまりスマホをいじることがないので、自分にメッセージが届いているということに気が付かないこともしばしばあった。

 まぁ、そのたびに愛葉だったり他の友人連中に説教され、なるべくこまめにスマホを触る癖をつけ始めたが、やはりふとした時にスマホでない別のものを握りしめていることが多い。ペンとか……、掃除機とか……、洗濯物とか……。後半二つに関しては、もはや主婦の領域だな。はは、笑えないや。

 っとと、そんなことを考えているうちに返信が届いていたみたいだ。

ーお買い物ですか? 私がご一緒してもよろしいんですか?

ーもちろん。 まぁ、俺一人じゃなくて、小雪……、小瀬戸さんとかもいるんだけどな。

ーなるほど。 小瀬戸さんのことは下の名前でお呼びするようになったんですね。

ーえっ、そこに食いつくの?

ー私も年頃の女ですので。 こういった話には人並みくらいには興味ありますよ。 とにかく、お買い物の件、了解しました。

ーひとまず、エントランスで待ってるよ。 準備できたら来てくれ。 あ、急がなくていいからな。

ーわかりました。 それでは。

 メッセージのやり取りが終わる。相変わらず、天留さんは丁寧な人だ。

 俺はスマホを自分のズボンのポケットにしまい込み、楽しげに雑談を交わす彼方と小雪の方へと振り返る。

「あ、終わったの? 天留さん、なんて言ってた?」

「今から準備してエントランスに降りてくるってさ。」

「そうなんだ。 うぅ、初対面って緊張するなぁ。」

「あれ? 彼方ちゃんって人見知りするタイプだったの? わたしの時とか、全然緊張してるようには見えなかったけど。」

 そわそわしている彼方の様子に、小雪が小首をかしげてそんな疑問を口にする。

「小雪ちゃんの時は状況が状況だったから。 ワタシ、人見知り激しい……というか、人と話すことに慣れてないんだよね。 引きこもり期間が長すぎて。」

 あはは、と苦笑して見せる彼方。この子的にはそこまで意識していないのだろうが、こちらからすると少しいたたまれない気持ちになってしまう。けど、本人が気にしていないようなので、面には出さないようにする。

「そっか。 まぁ、これから慣れていけばいいと思うよ。」

 小雪も、あまりブラックジョークじみた彼方の言葉には触れないことにしたようである。賢明な判断だ、小雪よ。

「とりあえず、俺たちもエントランスに移動しようか。」

「うん、そうだね。」

「はーい。」

 俺たちは小雪の部屋を後にし、西7寮のエントランスへと向かうことにした。

 エントランスにもソファとかテーブルくらいなら備え付けられているしな。人を待つ時なんかは結構便利なのではなかろうか。今までそんな経験ないけど。なんせ、昨日までここに他の人が住んでいるなんて知らなかったわけだし。

 これからは、時々利用することになるのかな。そうだといいのだが。

「ところで、今日は何を買うの?」

 ふと思いついた疑問を、彼方に投げかけてみる。

「えっとね、これからここに住むことになるから、その準備として一応日用品くらいは多少買い揃えておきたいなって思ってね。 あと、ほとんど持ってこれてないから、お洋服とかもほしいかなって。」

「なるほどね。 金銭面は大丈夫?」

「その辺は平気だよ。 って、そうだった。 学費とかってどうすればいいのかな?」

 彼方が突然思い出したように、俺と小雪へと質問してきた。

「学費とかは、基本的に免除してもらえるよ。」

「親がいないっていうケースは多いからね。 わたしなんかは実費だけどね。」

「そうなんだ。 よかったぁ。 流石に、そこまでの貯蓄はなかったから。」

 俺も学費や生活費はRSOから支給されている。本当に助かっている。小河原さんや他のRSOの職員の方々には頭が上がらない。

「いやホント、いつもお世話になっております。」

 俺は今一度、感謝の念を込めて小雪に頭を下げる。

 小雪と彼方はいきなりのことであたふたしている。と言っても、この二人のあたふたの意味合いは違うだろうけどな。

「ど、どうしてレンくんが小雪ちゃんに頭下げてるの!?」

「えっとな、小雪のご両親、実はRSOで働いてるんだよ。」

「あ、うん。 それは聞いた。 って、あっ! そ、そういうこと!? えっ、えっと、お、お世話になりますっ!」

 俺の言葉を聞くや否や、彼方は勢いよく小雪に頭を下げる。

 そして、当の小雪は、さらにあたふたしてしまっていた。可愛い。

「な、なんで二人してわたしにお礼するのっ!? わたしは何もしてないよ!? それに、お父さんもお母さんも、大したことはしてないから。」

「いえいえ、それでも本当にお世話になっております。」

「これからよろしくお願いします!」

「な、何でしょうか……、この空間……。」

 不意にそんな困惑したような声が背後から聞こえてきた。俺がそちらに振り向くと、そこには天留さんの姿があった。

「おっ、天留さん。 おはよう……って時間じゃないか。」

「そうですね。 すみません、お待たせしてしまって。」

「いやいや、平気だよ。 大して時間かかってなかったじゃん。 むしろ、急がせちゃったかな?」 ごめんな。

「そんな、誤らないでくださいよ。 誘っていただけただけで嬉しいですよ。」

 そういって柔らかく微笑む天留さん。おお、これは愛葉よりよっぽど女神だ。って言うと、愛葉にいろいろ言われそうなので、ここは押し黙る。

「わあっ!! 天留さん、すっごく綺麗だね! いいなぁ、そんな大人っぽい恰好が似合うなんて。」

「そ、そうでしょうか? あんまり外出とかしないので、こういう服は着慣れていないんですよね。 変じゃありませんか?」

「すっごく似合ってる!」

「そうですか、よかったです。」

 ほっと胸をなでおろす天留さん。確かに、ファッションに無頓着な俺から見ても、すごく綺麗だと思う。というか、柔らかくも大人びた天留さんの雰囲気によく似合っている。

 今の天留さんの格好は、上が白のロングシャツにベージュのセーター、下は黒のロングタイトスカートである。一見シンプルに見えるが、天留さんは凝った服装よりもこういうシンプルなほうが似合いそうだ。

 それに、白シャツにあしらわれたレースがまた上品な雰囲気を演出しているようだった。これは、油断しているとすぐに目を奪われてしまいそうだ。それだけ、天留さんの姿は魅力的なものだった。

「天留さんの雰囲気にぴったりな服だと思う。 すごく似合ってるよ。」

 ありきたりな誉め言葉になってしまったような気がするが、何も言わないよりかはマシかと思い、とりあえず服装をほめておく。

 と思ったら、横から二つの視線が突き刺さる。彼方と小雪だ。えっ、なんでですかね?全くもって心当たりがないもので、俺は首をかしげざるを得なかった。

「レンくん、わたしには何も言ってくれなかったのに……。」

「そういえば、ワタシもそんなこと言われた記憶ないなぁ……。」

「おや? そちらの方は?」

「って、あ、ごめんなさい、自己紹介が遅れちゃって。 ワタシは黒咲彼方って言います。 今度、沖月に転入する予定です。」

 天留さんのふとした疑問にはっとした彼方が、居住まいを正して天留さんに向き直り自己紹介を始めた。これは……、ひとまず回避できたということでいいのか?

 先ほどの彼方と小雪の反応、なんかものすごく恐怖心をあおるような怖さがあった。お、女って怖いですねぇ……。

 なんて考えている間にも、彼方と天留さんの自己紹介は続いていた。

「そうだったんですね。 私は、天留未来と言います。 沖月の高等部2年で、神奈和君や小瀬戸さんとはクラスメイトです。 あとその……、一応ご友人もさせていただいています……。」

 もじもじと恥ずかしそうに言葉を紡ぐ天留さんの姿に俺はグッとくるものがあった。こ、これがギャップっていうやつなのか!!天留さんのような大人な雰囲気を持つ人だからこそ、今の恥ずかしがる姿は萌えるなぁ。

「レンくん、顔がニヤニヤしてる。」

「えっ、そんなことないだろ?」

「むぅ、やっぱり、ああいう大人っぽい人が好みなのかな……。」

 ボソボソと何やら呟いている小雪。うん、やっぱりなんか怖いです。

「こちらには今日いらしたんですか?」

「えっと、ここには昨日来たんだ。 まぁ、厳密には一昨日なんだけどね。 その、身投げしようとしてたところをレンくんに助けてもらってね。」

 あ、そこまで言うんだ。まぁ、彼方がその辺抵抗ないのなら別にいいのだけど。無理していっているなら辞めさせるべきなんだがな。

「そ、そうだったんですか……。 言いづらい話をさせてしまいましたよね……。 すみません……。」

「ううん、平気だよ。 そんなに気にしないで。 今はもうすっかり元気だから。」

「ならいいのですが。 その、私でもお力添えできることがあれば遠慮なく言ってくださいね。」

「ありがとう、天留さん。 えっと、これからよろしくお願いします。」

「ええ、よろしくお願いしますね、黒咲さん。」

 うむ、どうやら話はついたみたいだな。

「んじゃ、そろそろ行こうか。 ここで話してたら日が暮れちまうだろうし。」

「そうですね。」

「むぅ、まだわたしの話は終わってないのにぃ……。」

「あ、そ、そうだった……。 もう、レンくん。 誤魔化せたとか思わないでよね。」

 くっ、ダメだったか。これは、道中覚悟しておいた方がよさそうだな。

「中がよろしいんですね。 うらやましいです。」

「「えっ……。」」

「そ、そうか? ま、まぁとりあえず移動しようよ。」

 というわけで俺たち4人は、西7エントランスを出て徒歩で商店街まで向かうことになった。途中、彼方と小雪の様子がさらにおかしくなったような気がしたが、まぁ心配の必要はなさそうなので、俺は気にしないことにした。

 

 

「ここまで出てくるのは久々です。」

 商店街に入ると、天留さんがそう呟く。確かに、俺も商店街にはあまり立ち寄らないな。基本的に近くのコンビニとスーパーで事足りているので。

「結構広いんだね! へえ、お店もいっぱいだね。」

 彼方は、商店街の光景を目の当たりにして元気を取り戻したみたいだ。よかった。

 道中、特に言葉は発していなかったが、なんというか放つ雰囲気が異様なまでに圧力があったというか、怖かったというか……。まぁ、そんな感じだったので、元気になってくれたならそれでいい。

 つられるように、小雪の期限も元通りになっていくのが分かった。

「それじゃあ、まずは何から見る?」

「そうだなぁ、まずは日用品系を揃えちゃおうかな。」

「オッケー。 それじゃあ、ここからはわたしが案内するね。」

「うん、よろしくね。」

 小雪が先導するようだ。確かに、俺はあまり女性用の商品を扱う店には詳しくない。ここは、手慣れているであろう小雪に任せておくのが先決かもな。

 にしても、ここまで広いとはな。俺も知らなかった。基本的に、ここにきても一部の店にしか顔を覗かせないので、5年も住んでおきながら商店街はまだまだ未踏の地であふれかえっている。

 小雪の案内のもと、俺たちは雑貨を見て回ったり、シャンプーなどの生活必需品を買い揃えたりしていった。

 そして、日用品をあらかた買い終えたところで、

「よし、それじゃあお洋服を見に行こう!」

 小雪がなんかハイテンションでそう言った。女性はやっぱり服の買い物とかにテンションを挙げるものなのかな。

 彼方も見てわかるくらいうきうきしているようだったし、天留さんですらどことなく楽しげな雰囲気をまとっているようだった。

 でもまぁ、この子らの買い物なら俺も苦じゃないかな。むしろ楽しいかもしれない。

 それに、なんだかんだで彼方は可愛い子だしな。そんな子の服選びを間近で見れるのは役得だろう。もともと、ついていくと決めたのも俺自身なわけだし、ここは俺も思い切り楽しんでやろうじゃないか。

「じゃあ、おすすめのお店に案内するね。」

「うん、よろしくね!」

「小瀬戸さんのおすすめのお店ですか、私も興味あります。」

「あはは、二人の期待に応えられるといいな。」

 彼方と天留さんの期待を受けて、少し困ったように笑う小雪。でも、小雪のお墨付きなら、特に心配はいらないような気がする。

 小雪の今の格好は、桃色のワンピースで、スカートの下には黒のレギンスを合わせている。ワンピースの胸元には水色のリボンがあしらわれており、小雪の雰囲気に合った可愛らしい格好だ。

 自分の雰囲気に合った服を選べる小雪のファッションセンスと、女性としてのかわいらしさがはっきりわかるようなその服を見れば、小雪への信頼度など100%間違いなしだろう。俺も期待度マックスだ。

 ちなみに彼方の格好だが、白のTシャツにグレーのカーディガンを羽織り、下は黒のプリーツスカートである。ラフな格好ではあるが、シンプルでも似合っているように感じてしまうのだから、美少女とはすごいものである。

 とまぁ、天留さんと小雪の服装だけ触れておいて彼方だけ触れないのも不自然だったので、一応全員の格好に触れておくことにした。話をそらしてしまったな。

「っと、ここだよ。 このお店、品ぞろえがすごくいいんだよ。 いろいろ売ってるんだ。 ほらほら、みんな入ろう!」

 小雪に続いて店の中へと入る。うーむ、女性副専門の店だけあって、店員含めて男はいないみたいだな。少し居づらいかもしれない。

「あのさ、俺がいて大丈夫?」

「い、いてくれなきゃ困るよっ!!」

 食い気味な彼方に気おされてしまう。

「か、彼方ちゃん、一応お店の仲だから、落ち着いてね。」

「あ、ご、ごめんなさい。 で、でも、レンくんにもちゃんと見ててほしいかな。」

 お、おぅ……。なんだ、今のセリフは……。思わずドキッとしてしまった。

「わ、わかった。」

「フフッ、なるほど。 そういうわけですか。」

「え、どうしたんだ? 天留さん。」

「いえいえ、何でもありませんよ。」

 なんというか、天留さんはどことなく楽しそうだった。どうしたんだろうか。やはり、女性服を目の前にしてテンションが上がってるとか?まぁいいか。

「それじゃあ、まず何から見たい?」

「うーん、そうだなぁ……。 トップスから揃えようかな。」

「オッケー、そしたらこっちだよ。」

 小雪が店内をどんどん進んでいく。そして、シャツやら上着やらが並んでいるコーナーへとやってきた。

「ふわぁ、本当に品ぞろえが豊富だね!」

「でしょ? 今は秋物がメインかなぁ。 でも、冬服ももう置いてあるね。」

「どれも可愛らしいですね。 小瀬戸さんはいつもこちらで?」

「そうだね、だいたいこのお店で選ぶかな。」

「その服もとってもお似合いですしね。 小瀬戸さんにお任せして正解でしたね。」

「そ、そうかな? えへへ、ありがとう、天留さん。」

 照れくさそうにはにかむ小雪。同性同士だからなのか、それとも女性は相手の服をほめるという行為にもともと抵抗がないのかな?少なくとも、俺には無理だ。先ほど天留さんの格好にコメントしたときも、結局は小雪の言葉に便乗したようなものだったしな。

 ヘタレで悪かったな。どうせ、万年彼女無しだっつーの、畜生が。

「彼方ちゃんは……、あ、こういうのとか似合うかも!」

「わあ! 可愛いね、それ!」

 そう言って二人が手に取ったのは、結構肩口が露出しているものだった。まぁ、確かに可愛らしいけど。それに、水色というのがまたいい。彼方の銀髪によく映える。

「あとは……、これなんかもよさそうだね。」

「いいですね。 あ、こちらなんてどうですか?」

「どれもいいなぁ! いろいろ着てみたいかも! ねえねえ、レンくんはどう思う?」

 おっと、まさかの俺ですか……!?

 うーむ、あまりファッションには自信がない……。というか、女性服に詳しくなさすぎて、何が何だかよくわからないんだよな、俺。

「そうだなぁ、基本どれも似合いそうだけど……、これとかどう? 長袖だし、これから涼しくなっても着られそうじゃない?」

 と言って俺は、ゆったりとしたデザインの長袖Tシャツを指さす。露出が少なく丈もそれなりに長いので、秋から冬にかけて着る服としてはいいんじゃないだろうか。俺のわずかなファッション脳を絞りに絞った結果だ。割と自信あるぞ、これは。

「おっ、レンくんってば、普通にセンスあるじゃん!」

「そうですね、とても可愛らしいです。 ピンク色をチョイスですか、なかなかやりますね。」

「え、なんかまずかった?」

「そんなことありませんって。 とても良いチョイスだと思いますよ。 ほら。」

 そう言って天留さんが彼方を指さす。

「可愛い! ワタシ、これ買っちゃおうかな!」

「そ、そんな即決指定医の!?」

 思わずツッコむ俺。

「もちろんだよ! ワタシ、この服気に入っちゃったよ! レンくんが選んでくれたものだから、かな。」

 またもやどきりと心臓が跳ねる。さっきから何なんだ、これは……。

 うっとりと俺の選んだ服を見つめる彼方の横顔に、俺の視線が吸い込まれていくようだった。くそっ、可愛いじゃねえか……。

「と、とりあえず試着くらいはしてみたら?」

「うん、そうする!」

 それから、もう何着かみんなで選び、彼方は近くにあった試着室へと駆けこんでいった。そして、彼方のプチファッションショーが始まった。

 あれだこれだとはしゃぎながら、彼方の服装をチェックする女性陣。俺はついていけず、ただボーっと彼方の試着した姿を眺めていた。

 彼方って、パステルカラーの服とかよく似合うんだよなぁ。銀髪ってすごい。

「うん、あらかた終わったかな。」

 試着室から出て、靴を履きながらそう口にする彼方。手にした籠の中には、トップスだけなのに結構な量の服が入れられていた。

「そんなに買って大丈夫なのか?」

 俺は思わず聞いてしまう。

「うん、大丈夫。 ほら、ワタシほとんど服持ってきてなかったから。 これだけ買っておかないとむしろ足りないよ。」

「そんなものか。 んで、次はどうするの?」

「次はボトムスかな。」

「了解だよ。 それじゃあ、こっち来てね。」

 それから彼方は、小雪の案内でスカートやズボンを選んでいく。ボトムスっていうのか、初めて知った……。

 そして、ボトムスを選び終えたら、上着のコーナーへ。女性服を眺めるのも、案外楽しいものかもしれない。今度、愛葉の買い物にでもついて行ってみるか。……って、あいつの場合はダメか……。ぶっ飛ばされそうだ。

 それが終わると、次は……

「それじゃあ、最後は下着かな。」

「だね。 じゃあ、2階に行こう。」

「はい。 ほら、神奈和君もいきますよ。」

 俺は固まっていた。下着は流石にどうかと思っていたんだけど……。

「いやいやいや、下着コーナーに男が行くのはおかしいって!!」

「えー、でもついてきてくれるって言ったじゃん。」

「ま、マジで言ってんの!?」

「ほらほら、行くよ、レンくん。」

 そんなわけで、俺は3人に引きずられるまま上階へと上がっていくのであった。

 はぁ、勘弁してくれよ……。

 俺は一人、マインドライフの消耗を覚悟していたのだった。



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Episode12. ふつうは踏み入らない禁断の空間……。 乙女の園は眩しいです……。

 前を歩く3人の背中が遠く感じる。

 俺の足取りはかなり重い。油断したら、階段で躓きそうなほどに。

 今、俺は彼方の買い物についてきたことに初めて後悔していた。

 普通は思うだろう。何故、男の俺が女性用下着売り場に足を踏み入れなければならないのか、ということを。

 だが、逆らう勇気も俺にはない。だから、トボトボと女性陣3人の後を肩を落としながらついて行っているのである。というか、半分引きずられているんだが。

「な、なあ……、やっぱり外で待ってちゃダメか……?」

「ダメ。 ここまで来たからには、最後まで責任もって付き合ってもらうからね。」

「というか、お店の前でじっと待っている方が怪しまれるかもよ?」

「くっ、そうかもしれないけど……。」

 どう足掻こうとも、彼女らは俺を離すつもりはないようだ。天留さんも、にんまりと笑顔を浮かべながら、特に止めることなく成り行きを見守っている。助け舟になってくれそうではないな。そうなってしまうと、やはりついていく以外の選択肢は、俺には残されていないみたいだ。

「大丈夫、堂々としてればなんとも思われないから。」

「そんなもんかなぁ……。」

「わかったら、2階に上がろ。」

 彼方と小雪が階段を上るペースを上げる。やっぱ、女性にとって下着ってのは重要なものなのかな。男からすれば、読んで字のごとくただの「下着」であって、それ以上の何物でもない、と思う。あくまで俺の主観的な意見だから何とも言い難いが。

 だが、女性にとっての下着は、ある意味一つのおしゃれなのかもしれない。誰かに見せるわけでもないはずなのにな。いや、見せるのか?すまん、女性経験がないからその辺り全くと言っていいほどわからない。

「はい、ここだよ。」

 なんて考えていると、既に俺は下着売り場の中に足を踏み入れていた。

 そして、目の前の光景に、俺は一瞬にして眼をそむけたくなる。

 なんだここは……。何処を見ても、ただただ色とりどりの女性用下着が陳列しているだけの空間。男からすれば、結構つらい……。

「わあ、すごいね! たくさんあるよぉ!」

「ですね、どれも可愛らしくて、目移りしてしまいますね。」

「でしょ? だからおすすめなんだ!」

 俺とは対照的に、女性陣のボルテージは上昇中のようである。くそっ、俺も女だったら平常心……、いやむしろハイテンションで買い物を楽しむことができるんだろうが、残念ながら俺は男だ。それも、自他ともに認める純情ボーイだ。

 こんなところ、やはり耐えられるわけがない。

「奥も見てみたい!」

「そうだね、いろいろ見て回ろっか。 ほら、レンくんも行くよ。」

「は、はい……。」

 半強制的に俺は奥へと突き進まされる。目をそらそうとしても、何せ一面下着だらけなので、視界の端にどうしても映ってしまう。

「というか、君らは気にしないの? 一応、俺男だよ?」

「私は問題ありませんよ。 私自身のものを買いに来ているわけではありませんからね。 それに、神奈和君の慌てる反応なんて、学校ではなかなか見られないですからね。 少しからかってみたくなりました。」

 天留さんが悪戯っぽく微笑む。いやまぁ、からかわれている自覚はあったよ。

 でも、どこかで何かを期待してしまっている自分がいたのかもしれない。そう考えると、やはり男は悲しい生き物なのだと実感してしまう。

 と、もう二人の方へと視線を向けてみる。俺の疑問に対する返答が返ってきていなかったからだ。

 すると二人とも、顔を赤くしていた。え、何その反応……。恥ずかしいのに俺を連れてきたの……?そこまでして俺をからかいたかったのかよ……。俺は、いじられキャラじゃないぞ?

「べ、別に平気だもんっ! ほ、ほらっ! これとかどう、レンくんっ?」

 半ば痩せ我慢的な感じで近くにあった上下セットの下着を俺の眼前へと突き付けてくる彼方……。赤面状態なのが、なんだか愛らしい。

「う、うん、大丈夫……。 別にわたしのを選ぶわけじゃないもんね……。 で、でも……、わたしのをレンくんに選んでもらうのも、それはそれでありかも……、って、何考えてるの、わたしっ!!」

 一方、小雪はというと、何やらぶつぶつと呟いていた。その声はあまりにも小さすぎて、俺の耳には届かなかったが、自分に暗示でもかけていたのだろうか?

 俺は一瞬気にはなったが、気にすることでもないかと思い直し、彼方へと視線を戻す。

 すると当然、彼方の持つ上下セット下着が一緒に目に入るわけで……。

 し、白か……。いいな。俺、白とか結構好きなんだ。あ、別に下着の色限定の話じゃないぞ。というか、一つの憧れみたいなところがある。なんせ、俺自身が白とは程遠い存在だと自負しているからな。

 って、今はそんな話がしたいわけじゃない。

「お、おぅ……、い、いいんじゃないかな……。」

 少しどもりながらではあるが、一応感想は伝えておく。

「だ、だよね! うん、試着してみようかな!」

 そう言うと彼方は、白色のそれを手にもって試着室へと駆けこんでいってしまった。

 結構な勢いだったが、陳列された他の商品にぶつかったりはしていなかったので一安心といったところか。てか、あんな狭い中をよく素早く動くことができたな……。身体能力は割と高かったりするのだろうか。

「って、黒咲さん、サイズとかちゃんと見てなかったような気がするんですが……。 大丈夫なんでしょうか……。」

「き、聞きに行った方がいいかもね……。」

 小雪と天留さんが続いて試着室に近づいていく。俺は一人にはなりたくなかったので、仕方なく二人の後をついていくことにした。

「彼方ちゃーん、サイズとか平気なの?」

 彼方が駆け込んでいった試着室の前までくると、小雪が外から声をかける。

 そうだよな、女性にはそういうサイズとかもあるんだもんな。男なんて、基本SかMかLかで決まるしな。まぁ、実際はもう少し細かいんだけど、それでも女性に比べればどうってことない。

 そういえば、彼方って小柄な割にかなりのボリュームだったよな。やっぱり、それ相応のサイズなのだろうか。

 俺の脳裏に昨晩の光景がフラッシュバックする。脱衣所で一瞬視界に入ってしまった彼方の……。って、何考えてるんだ、俺は……。ここは公共の場で、すぐ近くに小雪と天留さんもいるんだ。下手なこと考えてたらまずいだろ……!

「うぅ、全然合わないよぉ……。」

 次の瞬間、試着室を仕切るカーテンがサッと開かれる。

 そして、中から彼方が先ほど持ち出した上下白の下着を持って俺たち3人に顔を見せる。その格好に、俺はただ固まってしまう。

「ちょっ!? 黒咲さんっ!! 前、隠してくださいっ!!」

「ふえ? って、レ、レンくんいるの忘れてた!!」

 彼方はその場にしゃがみ込み、無防備にさらけ出した上半身を膝で隠す。だが、昨晩以上に長い時間、俺は彼方の素肌を見てしまった。ヤバい、脳裏に焼き付いてしまい、忘れようにも忘れられなさそうだ……。

 いきなりのこと過ぎて、反応が遅れてしまった。俺としたことが、何たる失態だろうか。数秒の硬直の後、俺はすぐさま後ろを向くことはできたので、問題はない……はずだ。だが、罪悪感で死にたくなってしまった。

「す、すまん、彼方……。」

「う、ううん、気にしないでよ、レンくん。 もとはと言えば、誘い込んだのはワタシなわけだし……。 そ、それに、レンくんだったら、別にワタシは……。」

「ま、まぁ今のは完全に彼方ちゃんのうっかりだからね。 レンくんは気にする必要ないと思うよ。 むしろ、ラッキーくらいに思っておけば?」

 小雪がとんでもないことを言ってきた。ま、まぁ確かに、彼方の裸体を見ることができて嬉しくないと言ったら嘘になるかもしれない。

 だが、申し訳ないという気持ちの方が断然大きい。

「い、いやいや、そういうわけにもいかないだろ。 一瞬とはいえ、男が女性の肌を見てしまうのはやっぱり最低な行為だから。」

「神奈和君、とても紳士ですね。」

「ホントにね。」

 天留さんと小雪が微笑みながらそんなことを言う。

 紳士なのかな……。俺だって、多少はやましい気持ちは持ち合わせているし、そういわれても逆になんか申し訳ない気持ちになる……。

「とりあえず、彼方ちゃんは中にいて。 サイズ教えてくれれば、わたしが取ってきてあげるから。」

「うん、お願いするね、ごめん。」

「にしても……、彼方ちゃんスタイルいいなぁ……。 本当、うらやましい限りだよ。」

「そ、そうかな?」

 カーテンが閉め切られる音がする。その音を聞いた俺は、ようやく視線をもとに戻した。ずっと売り場のほうを向いているのも、それはそれで目に毒だったのでな。

「フフッ、どうでしたか? 黒咲さんの裸は。」

「ちょっ、やめてくれよ……。」

 振り返った先には天留さんが、先ほども見せていたにんまり笑顔のまま俺の方を見ていた。温和な人かと思っていたが、案外人をからかうのが好きだったりするのかな、天留さんって。

「すみません、やっぱり神奈和君の反応が面白いもので。」

「ったく。 こっちは精神疲労半端ないんだからな……。」

「ちゃんと意識はしているみたいですね。」

「ん? なんか言った?」

「いえいえ、何も。 ではいっそ、私も1着選んで、身に着けたところを神奈和君に見ていただきましょう。」

「お、おい、マジで止めてくれよぉ……。」

 俺の声はもはやか細くなってしまっていた。これ以上俺の理性にダメージを与えてくるようなことがあったら、どうにかなってしまうような気がして怖い。

「ごめんなさい、冗談です。 流石におふざけが過ぎてしまいましたね。」

「あ、ああ。 良かったよ……。」

 心からほっとする俺。

 彼方ひとりでこれなんだ。天留さんのような大人びた雰囲気の女性の下着姿なんて見てしまったら、俺の理性は決壊間違いなしだ。

「ん? どうした?」

 気づくと、小雪がこちらをじっと見つめていた。

 なんか、少し残念そうな顔……。いや、気のせいか?

「え、あ、いや、なんでもない……わけでもないかな……。 やっぱり、レンくんもスタイルのいい子の方が好きなのかなって思って……。」

 そうして小雪は、寂しげに自分の胸元に手を置く。それから、小さくため息をこぼす。

 確かに、天留さんのように身長が高いわけでもなければ、彼方のように1箇所が突出しているわけでもない。というか、天留さんのスタイルはメリハリがあって、邪な考えなしで普通に素敵だと思う。

 けど俺は、別に天留さんのようなスタイル抜群の女性を主として好むわけでもなければ、彼方みたいな小柄で尚且つ胸の大きな子を好むわけでもない。

 確かに、外見は大切な一つのステータスかもしれない。しかし、それだけではないはずだ。俺は、外見だけで女性を判断するような愚かな真似はしたくない。だから俺は、素直にこのことを伝える。

「それも一つの魅力だと思う。 でも、やっぱりそれだけじゃなくて、俺はちゃんと内面的な部分にも目を向けたいって思ってる。 それに、小雪だって恥じる必要なんてないと思う。」

「でもわたし、この通り胸ないから……。」

「細身ってとらえることだってできるだろ? 考え方の問題なんだよ、そういうのって。 その細さって、一つのスタイルの良さなんじゃないかな。」

「なるほど、確かに心の持ちようですね。 やはり、神奈和君は紳士ですね。」

 天留さんが納得したように頷いている。

 あと、俺は別に紳士なんかじゃないからな?

「そ、そうなのかな? レンくんは、わたしにも魅力あるって思う?」

「もちろん。 小雪も、天留さんも、彼方も、みんなそれぞれ魅力を持っていると俺は思ってる。」

「ふ、不意打ちですよ、神奈和君。 そんなこと言われたら、照れてしまいますよ。」

「あ、ごめん。 ついな。」

 照れくさそうに身体をもじる天留さんに、俺は苦笑を浮かべながら謝った。流れでつい恥ずかしいことを言ってしまった。

「そ、そっか。 そうなんだ、えへへ。」

 でもまぁ、小雪が嬉しそうなのでいいか。自分に自信を持つといことのは大切なことだからな。その手助けになれたのなら、俺が恥をかくくらいお安いものだ。

「あ、あのね、レンくん……。 お、お願いがあるんだけど、いいかな?」

 小雪がまた恥ずかしそうにこちらをじっと見つめてくる。そのレモン色の瞳はとても綺麗で、思わず吸い込まれそうな錯覚に陥ってしまいかける。

「俺にできることならね。」

「わ、わたしにも、一つ選んでほしいな……なんて。」

「選ぶ?」

「そ、その……、し、下着……。」

 俺の脳は再び一時停止ボタンを押されてしまう。

 俺に、小雪の下着を選べ、と?いや、そんなまさかな、ははっ。

 だが、俺の耳は確かにそう聞き取った。間違いでもなんでもなく、な。

「ま、マジですか、それ……。」

「う、うん……。 選んでくれないかな……?」

 だが、その真っすぐな瞳には逆らうことができなかった。

 結果として俺は、首を縦に振ることしかできなかった。

「そ、それならワタシだって、ちゃんと選んでほしいっ!!」

 カーテンが再び勢いよく開く。さっきのこともあったので、俺は恐る恐るそちらへと視線を向けてみた。

 するとそこには、ちゃんと服を着た彼方がいた。うん、マジでよかった。

「ワタシにも、選んでほしいよぉ。」

「は、はい……。」

 こうなったら仕方ない……。涙を呑んで、俺は彼方と小雪に似合いそうな下着を探すことにした。

「フフッ、モテモテですね。」

「そんなんじゃないだろ、これ……。」

「さあ、どうでしょうね。」

 天留さんが横からからかいの言葉を向けてくるが、もはや俺は力ない言葉を返すことしかできなかった。

 ちなみに、最終的にどんなのを選んだかだが、彼方にはピンク色で周りに黒の詩集が入ったものを、小雪には水色で赤いリボンがアクセントのものである。選んでいる最中、二人それぞれが売られている下着を身に着けた姿を想像してしまい若干危なかった。

 また、たまたまではあったが二人のサイズを聞いてしまった。二人とも、ホントごめん……。わざとではないんだ……。

 というわけで、俺はマインドライフをごっそり削られ、ようやくこの眩しすぎる空間から抜け出すことを許されるのであった。長かったよ……。

 

 

「なんかごめんね、結局荷物持ちまでさせちゃって。」

「気にしないでくれ。 もともとそのつもりでついてきたわけだし。」

 帰り道、彼方が俺にそう謝罪の言葉をかけてきてくれる。だが、これくらい大したことではない。むしろ、今は何かしら力仕事をしていないと落ち着かなかった。

 だから、この荷物持ちはなんだかんだで俺としても助かるところがあった。

「結構買っちゃったね。 でも、彼方ちゃんの服選び、すごく楽しかった!」

「私もです。 態々誘っていただき、ありがとうございました。」

「ううん、こちらこそだよ。 みんなとのお買い物、すっごく楽しかったよ! ホントにありがとうね。」

 それぞれが感謝の言葉を伝え合う。なんかとても暖かな光景だ。

 俺の疲労した精神が、これを見ているだけで回復していっているような気がする。

「うん、俺も楽しかった。 たまにはこういう買い物もいいものかもな。」

「また行きますか? 下着売り場。」

「そ、それは勘弁……。」

「冗談です。 でも、またこういう機会があるといいですね。」

 天留さんは一瞬だけ意地の悪いにんまり笑顔を浮かべたが、すぐに目を細めて今日の買い物へと思いを馳せる。

「そうだね、きっとあるよ。 わたしたち、同じ寮なんだから。」

「そうですね。 黒咲さんも、これからもよろしくお願いしますね。」

「うん、よろしく。 あ、ワタシのことは彼方でいいよ。」

「そうですか? では、私のことも未来とお呼びください。」

「わかった。 よろしくね、未来ちゃん。」

「ええ、よろしくお願いします、彼方さん。」

 二人が顔を見合わせて微笑みあう。なんともほほえましい光景に、俺の頬も自然と緩む。キモイ顔になってないといいけど。

「なら、わたしのことも小雪でいいよ。 わたしも未来ちゃんって呼ぶからさ。」

「そうですね。 それがいいと思います。」

 それから、天留さんがこちらをちらりと見やる。

 俺は一瞬首をかしげてしまったが、すぐにその意図を理解する。そして、流石は俺というべきか、そこで口ごもる。

「レン君、とお呼びしてもいいですよね?」

「そ、その言い方はずるくないか?」

「そうでしょうか? レン君も私のこと、未来って呼んでくれますよね?」

「だから、その言い方……。ああ、もういいよ……。 未来……、これでいいんだろ?」

 半ば投げやりになりつつ、俺も呼称を変えることにする。往生際が悪いのもそれはそれで嫌だからな。

「はい、レン君。」

「ったく……。 ほら、暗くなる前に帰るぞ。」

 俺は3人を先導するように先を歩く。

 その後ろから、笑い声交じりに「はーい。」という言葉が返ってくる。

 今日1日でこれまでの人生の半分くらいからかわれた気がする。なんかもう、この3人には勝てる気がしない。

 先を歩きながら、若干諦めモードに入る俺なのであった。



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Episode13. ようやく俺にも念願のチームメイトができました!

 俺たち4人は、西7寮のエントランスまで戻ってきていた。

 そして、持っていた荷物一式を一度備え付けのテーブルの上に置く。

「改めてみても、結構買ったなぁ。 申請が受領されるまでどうしようかなぁ。 ちょっと考えなしすぎたかな……。」

「わたしの部屋に保管しておく……のはちょっと今は難しいかも……。」

「私の部屋なら空いていますよ。 3階の一番遠い部屋でよければですけど……。」

「あ、未来って303号室だったんだ。」

 ここにきて初めて未来の部屋番号を知った。まぁ、知ったところで何があるというわけでもないのだが。それでも、一応同じ寮生として知ってはおきたいだろ?特に理由とかなくても。

「はい。 そうなんです。」

「そりゃ、通りで気づかないわけだ。 俺、101だから。」

「そうだったんですね。 真反対の部屋では、気づかないのも仕方ありませんよね。」

「さっき、RSOの組織長には文句言ってきたから。」

「組織長さんと面識がおありで?」

「まあね。」

 俺はそう短く答える。未来も、ふむふむと頷くだけでそれ以上は聞いてこなかった。別に、俺の過去の話をしてもいいのだが、態々大っぴらにする必要もないだろう。聞かれたら答える、くらいがちょうどいい。

「うーん、それじゃあ、お願いしてもいいかな? 未来ちゃん。」

「わかりました。 では、後で私の部屋に持っていきましょう。」

「ありがとうね。 本当に助かります。」

 彼方の荷物についてもどうやらまとまったみたいだな。

「それでさ、みんな。」

 すると、小雪がおずおずと話を切り出してくる。俺を含め3人が小雪の方へと視線を送る。

「せっかくだからさ、今日みんなでお夕飯一緒にどうかなって思って。」

 小雪から発せられたのはそんな提案だった。

「おお、いいね! ワタシは賛成だよ!」

「ええ、私も賛成です。 とても楽しそうです。」

「うん、いいんじゃないかな。 でも、飯はどうするの?」

 全会一致だった。普段飯は一人で食べているので、誰かと一緒に食卓を囲むということは俺としても嬉しいものである。

 だが、そこで問題なのは、どうやって飯を用意するかである。宅配にするのか、誰かが作るのか、それともいっそのこと外食なのか。まぁ、挙げればいろいろあるな。

「その辺は任せてよ! わたしが作るから!」

 ドンと胸をたたいてみせる小雪。確かに昼間食べさせてもらったオムライスは滅茶苦茶うまかったから、そんな小雪の手料理をもう一度食べることができるというのは願ったりかなったりである。

 でもなぁ、それだと小雪一人に負担をかけてしまうことになりそうで、なんだか申し訳ない気もする。しかし、これだけやる気を見せている小雪に水を差す気にもなれない。

「いいのか?」

「もちろんだよ! わたしこれでも、料理は大好きなんだ!」

「お昼に食べたオムライスもすっごくおいしかったもんね。 また食べられるのは嬉しいなぁ。」

「そんなにおいしいんですか? それは気になりますね。」

 まぁ、小雪が大丈夫というのなら任せてしまっても問題なさそうだ。ところどころで手伝うくらいはしたいが。無論、手伝えることがあるのかどうかというのはわからないけどな。何せ、料理の手際には自信がないから。

「じゃあ、お願いしようかな。」

「お任せ荒れ! そしたらみんな、何が食べたい?」

 それから、俺たちは少しの間何が食べたいかを話し合うこととなった。これを決めておかないと、材料の買い出しに行くことすらできないからな。

 結果、定番……というべきかはわからないが、カレーを作ることで落ち着いた。

 そして、俺たちは夕飯の買い出しをするために再び外へと出ることになった。

 

 

「よし、頑張って作っちゃうよ!」

 買い物から帰り、材料を用意し終えた小雪は、キッチンにスタンバって気合を入れる。そんな小雪の格好は現在、白いエプロンを着用している。結構可愛らしいデザインのやつだ。いかにも女の子らしいな、ああいうの。眼福です。

 そんな俺たちだが、今いるのは小雪の部屋である。まぁ、当然と言えば当然かもしれない。それに、俺や彼方は昼間に一度訪れている。だが、よく考えるとここは異性の部屋である。今更になって緊張感がこみ上げてくる。

 こういう時に堂々としていられないのが情けない。どうしてこんなに臆病な性格になってしまったのか、本当に疑問である。

 きっと今の俺の状態を目にした世のプレイボーイ様方は、俺のことを「コイツ、童貞臭いwww」とか罵るんだろうなぁ。ど、童貞で何が悪いっていうんだい!童貞はすなわち穢れなき清純な状態ってことなんだぞ!

 くっ、言い訳している自分が悲しくなってくる……。

「みんなは、辛いの好きかな?」

 キッチンから、小雪が不意にそんなことを聞いてくる。

「うーん、あんまり辛すぎるのは無理かな、ワタシは。 激辛じゃなければ平気だよ。」

 その問いに最初に答えたのは彼方だった。女性に対する偏見が多くて申し訳ないのだが、俺の中で女性は総じて辛いものに強いというイメージがある。だから、彼方の回答を少しだけ意外に思ってしまった。だが、普通はそんなものなのだろう。

「私は……、すみません、辛いのは少し苦手で……。 多少なら問題ないんですけどね。 でも、皆さんにお任せします。」

 もっと意外な答えが返ってきた。天留さん、辛いものとか普通に食べられそうなものだと、勝手に想像していたので、俺は思わず驚きの声を挙げそうになる。

「あっはは、奇遇だね、未来ちゃん。 実はわたしも、辛いのはあんまり食べられないんだ。」

「そうだったんですね。 よかった、私だけじゃなくて。」

「じゃあ、レンくんは?」

「俺はまあ、人並みくらいには食べられるかな。 彼方と同じで、激辛レベルになると厳しいものがあるけど。 それに、そこまで辛い物を好んで食べないしな。」

「ワタシもそうかも。 だから、今日作るカレーはあんまり辛くないのでいいんじゃないかな。」

 俺も彼方も、辛くないカレーに賛成する。

 日本風のカレーは辛くない方がおいしいと感じることもあるし。流石に、インドカレーは辛いに限るけど。

「了解。 それじゃあささっと作っちゃうね。」

 そう言って小雪は、準備していた材料を一口サイズに刻み始める。そこだけ見ても、手際が良いことがよくわかる。手慣れてるな。

「小雪ちゃん、何か手伝おうか?」

「うーん、それじゃあそこにおいてある鶏肉を軽く痛めてもらってもいい?」

「はいはーい。 これだね。」

 キッチンに入った彼方は軽く手を洗うと、パックに入った鶏肉に手を伸ばし、コンロにセットされていたフライパンに入れていく。

 そして、コンロに火を点け、鶏肉を炒め始める。

 そんな彼方も手際が良かった。もしかして、彼方も料理が得意だったりするのだろうか。うらやましい限りだ。

「出遅れてしまいましたね。」

「だな。 でも、俺が手伝おうとしても正直邪魔にしかならなそうだったから。」

 キッチンに視線を向けながら、俺は自嘲気味に笑う。

「お料理が苦手なんですか?」

「得意じゃないかな。 未来は?」

「実は私、火事が苦手なんです。 だから、普段はどうしても簡単に作れるものしか食べていないんですよね。」

「そうなんだ。 俺もそんな感じだよ。 レトルトって、ホント楽だよなぁ。」

「わかります。 つい頼ってしまいますよね。」

 どうやら、話が分かる人だったみたいだ。

 にしても、未来が料理できないっていうのは少し意外だ。割と何でも器用にこなせそうなイメージがあったもんでな。

 そのまま二人で、キッチンをせわしなく動き回る彼方と小雪の姿を遠い目をしながら見つめていた。

「彼方ちゃん、ニンジンってこのくらいの大きさで大丈夫だと思う? わたしはいつもこんくらいだから、他の人はどうかなって思ってさ。」

「うーん、そうだねぇ……。 ワタシはそれくらいでいいと思うよ。」

「ホント? オッケー。 そしたらこのまま切っちゃうね。」

「うん、よろしく。 その間にワタシは、お湯でも沸かそうかな。」

 きっと、あれだけ手際よく料理ができれば、もう少し料理を楽しいと思うことができるんだろうなぁ。あの二人みたいに。

「あ、そうでした、レン君。」

 不意に、未来が何かを思い出したように俺に話しかけてくる。

 俺は首をかしげながら、未来に視線を戻した。

「彼方さんは、これからどうなさるんですか? 確か、沖月には通うんですよね? それまで、どちらで寝泊まりをされるのでしょうか。」

「あー、そのことか。 一応、昨日は成り行きで俺のところに留めちゃったけど、できれば未来化小雪のどちらかに頼みたいんだよな。 流石に、同室に男女一緒にってのはちょっと心配だから。」

「レン君なら信頼できると思いますけどね。」

「うーん、ちょっと微妙かも。 彼方、少し常識が抜けているというか、無防備すぎるときがあるんだよね。」

 俺は昨日会ったことを思い出しながら、未来に不安要素を伝えた。

「なるほど、流石のレン君でも意識してしまうってことですね。」

「ま、まぁな。 昨日もいろいろあって……。」

 俺は深いため息を吐く。やはり、異性と同室で二人きりというのは、どうしても気を張ってしまって、精神的疲労が激しい。

 あと、俺の理性がどこまで続くのかもわからない。正直、いつ我慢の限界が来てもおかしくない状況にあるということは自覚している。

「あらあら、相当お疲れのようですね。」

 未来が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 その優しさが、なんだかとても嬉しかった。

「やっぱりわかるよな。 結構、ハプニング多かったんだよ。」

「でも、そういうの男の子的には嬉しいものなんじゃないんですか?」

「どうかなぁ。 実際目の当たりにしてみると、やっぱり焦るよ。 嬉しくないって言ったら嘘になるけど。」

「フフッ、やはりレン君もちゃんと男の子なんですね。」

「そりゃそうです。」

 つい、恥ずかしいことまで話してしまった。

 でも、今まで異性との接点がなかった俺からすると、昨日今日の出来事はとても刺激的だった。そりゃもう、ものすごくな。これが世にいう、ラッキースケベというものなのだろうか。

 今でも、彼方とのハプニングのあれこれを鮮明に思い出すことができる。経験ゼロの俺からすれば、刺激が強すぎる。俺の意思とは関係なく、身体の一部が反応してしまいそうになる。いや、流石にここではまずい……。

 俺は脳裏にちらつく彼方の姿を振り払う。

「どうかしましたか?」

「い、いや、なんでもないんだ。」

「そうですか。 あまり無理はなさらない方がいいと思いますよ、私は。」

 この人、絶対今の俺の状況を見透かしている。口角少し上がってるし。くそぉ、なんかいじられてばかりだな、ホント。もしかして俺、自分で思っていたよりいじられ属性アリなのかな……。

 このままだと、また彼方の痴態を思い出しかねないので、なんとか話を変えたいところだ。つっても、なんかいい話題あったかなぁ……。というか、コミュ障(仮)の俺が他人と会話する時点で珍しいこと過ぎて、乾いた笑いがこみ上げそうになる。

「あ、そういえばさ、昨日5限自習だったじゃん。 そん時に未来、なんか本を読んでたように見えたんだけど、何四で他の?」

「あー、あれですか。 実は私、リージェルに関する実験器具とか機械とかに興味があるんです。 昨日読んでいたのは、そのカタログですよ。」

 ほほう、こりゃまた珍しい。というか、そんなカタログが世の中に出回っていたのか。初めて知った。

「へえ、どんなのがあるの?」

 興味本位で聞いてみることにした。

「例えば、リージェル発見当時に組み立てられたリージェル検出装置と、現代の検出装置の違いだったり、これまで作られてきた実験器具の数々だったりが掲載されているんですよ。 こういうのって、眺めているだけでも楽しいんですよね。」

「なるほどね。 確かに、見ているだけで楽しいものってあるよね。」

「そうなんですよ。 いつか、私自身もこういう研究だったり実験に携わりたいって思っています。 ささやかな私の夢です。」

「夢か。 なんかいいな、そういうの。」

 そういえば、俺には夢なんてもの、あっただろうか。リージェリストであることが発覚する前も、発覚してからも俺は遠い未来を考えたことなんてなかったような気がする。ただ目の前のことだけに意識を向けていた。成績優秀者になったのだって、特にこれからのことを見据えていたわけでなく、ただ自分の今の現状が嫌になっただけだったわけだし。

 だから、そんな夢を持つことができている未来がとても眩しく見えた。

 俺にも、これからを生きる糧が生まれるのだろうか。このまま、何もなしという状態で学生生活は終えたくない。せめて、自分にとって本当に大切な何かを見つけたい。もちろん、友人は大切な存在だ。けど、それだと何か違う。

 やはり、具体的なものは思いつかない。けど、対抗戦に参加することによって、何かを見つけることができるかもしれない。

 そのためには、早くチームメイトを見つけないとだよなぁ。先が思いやられる。

「おや? どうかなさいましたか?」

 またもや心配そうな表情で、未来が俺を気遣う言葉をかけてくれる。

 つい、ため息がこぼれてしまった。気を付けないとな。

「あ、いや、なんでもない……ってわけじゃないんだけど……、そんな大したことじゃないんだ。」

「私でよければ、お話し聞きましょうか?」

「うーん、それじゃあ……」

 俺は一呼吸おいてから、チーム対抗戦のことを話すことにした。

「実は今、対抗戦のチームメイトを探してるんだ。 けど、なかなか見つからなくてな。 去年は同じクラスだったから、愛葉たちと組めたんだけど、今年はそうもいかなくてさ。 このままだと、今年はあきらめたほうがいいのかな。」

「対抗戦ですか。 私は去年、観客側に回っていましたけど、見ていたら自分も出てみたくなってしまうみたいで、実は私もチームメイトを探していた李します。 ですが、私も芳しくないんですよね。」

「そうだったの? え、本当に?」

 驚いた。未来も参加しようと考えていたとは。

 というか、何故それを思いつかなかったんだ……。すぐ近くにいたじゃないか……。

「ええ、本当ですよ。」

「それじゃあさ、俺と組まない? 未来がよければ、だけど。」

「いいんですか? 私としてはとても嬉しいのですが……。」

「利害の一致ってやつだよ。 俺、未来とチーム組みたい。 だから、頼む。」

 俺は頭を下げる。できる限り、自分の誠意を伝えたかった。

「そんな、頭を挙げてください。 断るつもりなんてありませんから。」

「マジ?」

「こんなことで嘘はつきませんよ。 こちらこそ、よろしくお願いします。」

「ありがとう、未来。 よろしくな。」

 俺と未来は握手を交わす。

 思った以上に早く見つけられることができて、俺は少し安堵する。

 しかし、まだ一歩を踏み出せただけで、本当のチームメイト探しはここから始まる。何せ、チームを結成するにはあと5人必要なのだから。

「はぁ、よかったです。 やっと一人、チームメイトが見つかりました。」

「俺もだ。 さて、あと5人集めないといけないな。」

「そうですね。 なんとか集まるといいんですが。」

「ん? 何の話?」

 そこに、キッチンから戻ってきた彼方が声をかけてくる。

 隣には小雪もいるようだ。

「ああ、チーム対抗戦の話だよ。」

「チーム対抗戦? 何それ?」

「あー、あれかぁ。 えっとね、わたしたちが通う沖月には、毎年の恒例イベントがあるんだ。 それがチーム対抗戦って言うんだよ。」

「そんなのがあるんだ。 へえ。」

 小雪の説明に、彼方は興味深げに相槌を打つ。

「そっか、レンくんもチームメイト探してたんだ。 でも、あれ? たまに勧誘みたいなことされてなかった?」

「あ、ああ、知ってたんだ。 結局、全部断ってる。」

「え、どうして?」

「目が嫌なんだよね、あいつらの。 なんというか、身勝手な欲望丸出しでさ。」

「そうなんだ。 で、未来ちゃんと今チームを組んだと。」

「ええ、そういうことです。」

 未来は頷いてみせた。

 まだ二人だけだが、この調子なら何とかなるだろう。そんなことを俺が考えていると、小雪が再び口を開いた。

「そっか。 そういうことなら、わたしも出てみようかな。」

「と、言いますと?」

「わたし、これまではリージェルとかレジェリザムの存在が怖かったんだ。 だけどね、ちゃんと向き合っていきたいって思えるきっかけがあったんだよ。 だから、わたしも対抗戦、出てみようかなって思ったの。」

 小雪が一瞬、こちらを見た気がしたけど、気のせいか?

 まぁ、それはそれとして、リージェルと向き合うきっかけか。少し気になりはするが、あまり安易に踏み込むのもよくないだろうし、詮索するのはやめておこう。

 俺は静かに、小雪の次の言葉を待つ。

「だから、わたしも入れて。」

 案の定、小雪の口から発せられたのは、そんな言葉だった。

 というか、今の流れ的にこれ以外ありえないだろう。

 だから俺は……

「そう言うと思ったよ。 大歓迎だ、小雪。 これからよろしくな。」

 という言葉を返した。

「よろしくお願いしますね、小雪さん。」

「うん、よろしくね、二人とも。」

「いいなぁ、なんか楽しそう。 その対抗戦っていうのはさ、リージェル特有の異能力……、レジェリザムだっけ? それを使って戦うの?」

 まだ転入手続すら終えていない彼方は、取り残されて少し寂しげな表情を浮かべながら、対抗戦について気になることを質問してくる。

「まぁ、基本的にはそうだな。」

「そうなんだ。 レジェリザムって、すぐに使えるようになるかな? ワタシもみんなの仲間に入りたい。」

「個人差はありますね。 でも、早ければ1日2日で使えるようになると思いますよ。」

「ホント!?」

 彼方が目をキラキラと輝かせながら身を乗り出してくる。

「うん、未来ちゃんが言ったことはホントだよ。 ちなみに、彼方ちゃんって、自分のレジェリザムが何かとかわかる?」

 小雪が彼方へと質問を返す。

「えっと、診断を受けた時は確か……、特殊魔法……とか言われた。 えっと、何だったっけなぁ……、あ、そうそう、星魔法!」

 特殊魔法、か。結構珍しい能力だな。

 レジェリザムにはいろいろな種類があり、魔法なんかも存在する。魔法は主に、属性魔法と特殊魔法の二種類に分けられる。

 属性魔法は、火・水・風・土・光・闇・雷の計7種類。特殊魔法は、この属性に合致しないような魔法のことを言う。また、特殊魔法には、これら7種類の属性の混合魔法なんかも存在する。

「特殊魔法かぁ。」

 小雪が頬に手を置いて何やら考え事をしている。

「どうかしたの? 小雪ちゃん。」

「わたしもね、実は特殊魔法が使えるんだけど、ちゃんと使えるようになるまでに少し時間がかかっちゃったんだ。」

「そうなんだ。 うーん、大丈夫かなぁ。」

「でも、なんとなく感覚は覚えているから、教えてあげられると思う。 だから、一緒に頑張ろ!」

「うん、よろしくお願いするね!」

 二人が顔を見合わせてファイティングポーズをとる。とても微笑ましい光景に、自然と俺の頬が緩むのが分かった。

「ってことは、彼方もチームメイトとして数えていいってことだよな?」

「うん、そうしてもらえると嬉しいかな。」

「よし、わかった。 彼方も、よろしくな。」

「よろしくお願いします。」

「よろしくね!」

「うん、よろしく!」

 そんなわけで、チームメイトは思った以上にあっさりと、3人も見つかってしまった。

 あと、残るは3人。意外にも大きな第一歩目を踏み出すことができたのではないだろうか。順調という言葉がしっくりくるくらいに。

 俄然、やる気がわいてきた。こうなったら、意地でも対抗戦に出場してやろうじゃないか。

 俺の闘志に火が点いた瞬間だった。



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Episode14. チームとしての話し合い。 ウェストセブン始動!

「うん、完成! お待たせ。」

 キッチンからそんな声がかかった。どうやら、カレーが完成したみたいだ。

 食欲をくすぐるカレーのいい匂いがリビング中に充満している。

「それじゃあ、サラダも盛り付けちゃうね。」

「うん、お願いね。 えっと、みんな、どれくらい食べるかな?」

 小雪がリビングにいる俺と未来にそう問いかけてくる。

「そうですね、皆さんと同じくらいの量で私は構いませんよ。」

「オッケー。 レンくんは?」

「任せていいの?」

「もちろん。 やっぱり、男の子だし、結構食べるよね。」

「どうかな。 まぁ、少し多めにお願いしようかな。」

「はーい。」

 俺たちの答えを聞いた小雪が、それぞれの皿に白米とカレーをそれぞれ盛り付けていく。こうして誰かにご飯を用意してもらうって、なんかいいな。それも、異性に。

 これまで、まるで異性とかかわってこなかったから、現在の状況がとても新鮮であるように感じられる。

「よいしょっと。 はーい、お待たせー。」

 テーブルの上に、カレーが盛り付けられた皿が並べられていく。盛り付けも綺麗で、食欲がより沸き立つ。

「あと、これがサラダね。」

 続いて、彼方がサラダの盛り付けられた皿を並べる。

「ほらほら、みんな席着いて。 レンくんのは、これね。」

 小雪が俺の席を指し示す。俺の皿だけ、みんなとは量が違うからな。間違えないように、とのことだろう。

「わかった。 ありがとうな、いろいろと。」

「いいよ、気にしないで。 さてと、わたしたちはどこに座ろうか。」

 途端、静まる3人……、というか、彼方と小雪……。未来は、静かにその二人を見守っているようだった。そして、何故かにやけ顔である。

「だ、誰がどこ座る?」

「う、うーん、どうしよう……。 み、未来ちゃんはどこがいい?」

 不意に未来に話を振る小雪。え、どこでもいいのでは、と思うのは俺だけだろうか。

 というか、さっきから彼方と小雪がチラチラと俺に視線を向けてくるのは、どうしてなのだろうか。

「私はどこでも構いませんよ。 あー、でも、そうですね……、では、ここにします。」

 そう言って未来が腰を落ち着けたのは、俺の対角線上の席だった。そして、こっちを見ながら、またにやけ顔を浮かべる。

 俺は意味が分からず、首をかしげてしまった。

「皆さん、レン君ともっとお話がしたいんだと思いますよ。 私はさっき、レン君といろいろとお話しできたので、レン君の近くの席は、お二人にお譲りしようかと思って。」

「あ、そういうことか……。 別に、どこでも話しできるのに。」

「まあまあ、そう言わず。 女の子はそういうものなんです。」

「そうなのか……。」

 女って、本当にわからないな。

 まぁでも、俺が首を突っ込んだりすることはしない。あくまで、お二人さんの成り行きに任せるだけだ。

「じゃ、じゃあ、ワタシはこっちにしようかな。 いい?」

「うん、それじゃあわたしはこっちで。」

 そう言って、彼方は俺の正面に、小雪は俺の隣に腰を下ろす。ひとまずは落ち着いたみたいで何よりだ。

「さて、冷めちゃう前に食べようか。」

「そうですね。 では、いただきます。」

「いただきまーす。」

「いただきます。」

 それぞれ手を合わせ、それから食事に手を付ける。

 まずはサラダを口に運び、それからメインのカレーに手を伸ばす。

 スプーンの上に、カレールーと白米を5対5の割合で載せる。そして、そのままそれを口に運ぶ。

「おっ、うまいな、これ。」

「本当ですね。 すごくおいしいです。」

「ホント? よかったぁ。」

 あの短時間でこれだけおいしくできるって、小雪と彼方の料理の腕は本物かもしれないな。いくらでも食べられそうだ。

「手伝ってくれてありがとね、彼方ちゃん。」

「ワタシは特に何もしてないよ。 これも全部、小雪ちゃんのなせる業だね。」

「そんなことないよぉ。」

「これだけ料理ができるなんて、とてもうらやましく思います。」

 謙遜しあう二人を見つめながら、未来がぽそりと呟く。

「そうかな? 未来ちゃんは普段料理とかしないの?」

「できないんですよね……、私……。」

「そうなの? 何でも熟せそうな雰囲気してるのに。」

「周りからはよく言われるんですけど、実際私って結構不器用なんですよ。」

 そう言ってやや自虐的に笑って見せる未来。確かに、雰囲気的には何でもできる人みたいなイメージを持つかもしれないな。実際、俺もそうだったわけだし。まぁでも、人には欠点があって普通だよな。そんな完璧超人なんて、そうそう存在しないものだ。

「でも、料理できないって言っても、砂糖と塩を間違えるような、漫画のテンプレみたいなことは流石にしないでしょ?」

「彼方ちゃん、流石にそれはないと思うよ。」

 こ、これは……、フラグを建築してしまったような……。

 そう思って俺は、恐る恐る未来の方へと視線を向けてみる。

「……。」

 ぜ、絶句していらっしゃる……。なんか、表情が「どうしてそれを!?」と訴えているような、そんな感じの雰囲気を醸し出している。

 まさか、この世界にそんなテンプレを起こしたことがある人がいるとは……。ちょっと感動したのは、未来には内緒だ。

「「え……。」」

 思わず、彼方と小雪も言葉を失う。

「で、でも、それは昔の話であって、今は流石にそんなことないんですからねっ!! 人並み……とは言えずとも、簡単なものくらいは作れるようになったんですからっ!!」

 未来、必死の弁解。普段はおとなしくてどこか大人びた雰囲気の未来だが、慌てるとその相貌は崩れ、年相応に見えてくる。ギャップってやつかな。結構可愛く思えるのが不思議だ。

「わ、わかったから、一旦落ち着こう?」

「あっ、す、すみません……。」

 しょぼんとしながら、自分の席に縮こまる未来。ふむ、なかなかいいものを見せてもらった。って言うと、なんか変態臭いな……。そういう意味じゃないからな。

「でもそっかぁ、意外だなぁ。 普段、作るとしたら何を作るの?」

「そうですね……、お味噌汁くらいは自分で作ったりしますね。 あとは、炒め物とかは自分でもできます。 材料を切って炒めるだけですからね。」

「おおぅ、なんか男の子の一人暮らしみたいなメニューだね。」

「うぅ、言わないでください……。」

 小雪が地雷を踏みぬいてしまったらしく、未来がさらに縮こまってしまった。でも、俺も内心小雪と同じことを思ってしまったので、口には出さずとも同罪かもしれない。

「ご、ごごご、ごめんなさいっ! つい思ったことが口から……。」

「小雪、それフォローになってない……。」

「はうぅ……。」

「だ、大丈夫ですよ、気にしないでください。 どうせ私は、料理なんてできないんですから……。」

 落ち込んでいるところ悪い……、可愛いなこの生き物。

「うーん、そうだなぁ……。 小雪ちゃんにお料理教えてもらうっていうのはどうかな? ついでにワタシも教えてもらいたいし。」

 唐突に彼方がそんな提案をする。

 小雪によるお料理教室か、なかなか面白そうではあるな。

「わ、わたしが教えるの!? わたしに務まるかなぁ。」

「大丈夫じゃないかな。 お昼のオムライスも、今食べてるカレーもすっごくおいしいもん。 ぜひ教えてほしいな。」

「お、教えていただけるんですか!? そ、そういうことなら私にも是非ご教授いただけませんか?」

「そ、そこまで言うなら……。 わたしでよければお手伝いくらいはするよ。」

 若干気おされた感はあるが、どうやら小雪のお料理教室は開かれるようだ。

 どうしよう、ついでに俺も教えてもらおうかな……。いや、でもなぁ、流石に迷惑だろうしなぁ。俺はおとなしく黙っていることにしよう。

「で、でも、あんまり教えてあげられることなんてないからね……。 編に期待はしないでね。」

「ええ、よろしくお願いします、小雪さん。」

「うぅ、未来ちゃんの目がまぶしすぎるよぉ……。 あと、一つ言いたいんだけど、彼方ちゃんは普通にできるんじゃないの?」

「まぁ、そうなんだけどね。 小雪ちゃんの腕前には勝てないからね。」

「そんなことないと思うけどなぁ……。 まぁ、いいけど。 って、ごめんね、レンくん。 わたしたちだけで盛り上がっちゃって。」

「ああ、気にしないでくれ。」

 この間、俺は黙々と小雪と彼方によって用意されたカレーとサラダを食していた。本当にスプーンが止まらないんだわ、これ。

 もっと時間があったら、これ以上のクオリティになると考えると恐ろしい。こんな料理を毎日食べていたら、舌が肥えてしまいかねない。もっとも、この二人の料理を毎日食べられるなんてこと、あるはずないんだろうけど。秘かな期待くらいはしても罪にはなるまい。

「そうだ、対抗戦のチームの話なんだけどさ。」

 小雪が対抗戦の話を持ち出してくる。ちょうど俺も、その話がしたかったので、グッドタイミングだ。

「これからの方針ってどうするの? まずはチームメイトをそろえないといけないっていうのはわかるんだけど。」

「チームメイトになってくれそうな人を探しながら、私たちは私たちでしっかり対抗戦に向けての特訓もしないといけませんからね。」

「あと3人って言ってたっけ。 みんな、当てはあるの?」

「「「……。」」」

 彼方の言葉に、俺たち3人は一斉に黙り込む。

「残念ながら……、私の周りでまだチームを組んでいない人というのは……、いない気がしますね……。 すみません、私の人脈ではお力になるのは難しいかもです……。」

「わたしもかな……。 これといって仲のいい人がいないからね、わたし。」

「俺もだ。 何なら、君らが今のクラスでの初めての友人だし。」

 元ボッチにとって、人脈を求められるような仕事は正直きつい。おい、誰だ?今もボッチと変わりないとか考えている奴……。

「え、そうだったの!? あー、でも確かに、レンくんがクラスの人たちと話してるところ、わたし見たことないかも。」

「そうですね。 木乃瀬さんや水樹さんたちとお話をしているところはよくお見掛けしますが、クラスメイトの方々となると、あまり関わられてはいなかったかもしれませんね、思い返してみると。」

「友人曰く、俺はコミュ障らしいからな。」

「そんな風には見えないけどなぁ。」

 彼方のフォローがとてもありがたい。けど、事実はそうではないんだよ……、自分で言ってて悲しくなるけど……。認めたくもないけど……。

「んなわけで、当てはないかな。」

「あらら……。 うーん、どうしようね……。」

「未来ちゃんって執補会で仲のいい後輩とかいない? もしくは、去年執補会にいた先輩とか。」

「うーん、そうですね……。 いないことはないんですけどね。 その子、戦闘向きの能力じゃないんですよね。」

「そうなんだ。 となると、ちょっと難しいかもね。」

「サポート系の能力を持つ学生は、対抗戦当日はフィールド管理と対抗戦出場者のバックアップに当たりますからね。 でも、その子経由で探してみることはできるかもしれないです。 少し時間はかかってしまいますが、それでもよろしければすぐに掛け合ってみます。」

 未来の提案に、俺と彼方と小雪の3人はほぼ同時に頷く。チームメイトが確保できる可能性があるのなら、どれだけ時間がかかっても集めてやりたい。今の俺は、何が何でも対抗戦に出場してやりたいと思っているからな。みんなの協力はありがたい。

「わかりました。 では、週明けさっそくその子に話してみますね。」

「ああ、よろしく頼むよ。」

「わたしも、よさそうな人がいたら声をかけてみるね。」

「ごめんね、これに関してワタシは力になれないから、みんなに任せちゃうことになるけど、その分他のところでは力になるからね。」

「うん、お願いね、彼方ちゃん。」

 チームメイトに関しては、未来を中心に探していくという方向で固まりそうだな。

 俺もなるべく探してみることに使用。果たして、コミュ障の俺がちゃんと探して声をかけることができるかは知らんけど。

「今後の特訓についてはどうする?」

「場所はこの寮の中庭でいいと思う。」

 実は、各寮の中庭は、個人鍛錬を行っても問題が出ないように、設備が整えられているのである。もし、能力が被弾して隣接する寮に飛んで行ってしまわないように、特殊防御結界が張り巡らされていたり、退陣訓練を行う際には、怪我防止のための特殊フィールドの設置が可能だったりなど、対策の種類は様々である。

 そのため、中庭を訓練場所として選択する学生は多い。チームによっては、チームメイトの住む寮がばらけている場合もあるため、みんながみんな寮の中庭を使っているわけではないが。

 まぁ、俺たちの場合は、今のところ全員同じ寮だし、ひとまずは西7寮の中庭を特訓場所にするという方針でいいと思う。

「そうですね。 チームメイトが集まってきたら、随時場所について話し合いをしていけばいいでしょうし、一旦はここの中庭を使うということで私もいいと思いますよ。」

「うん、わたしもそれに賛成かな。」

「そしたら、あとは練習時間かな?」

「これに関しては、執補会の兼ね合いもあるから、未来の都合次第ってところかな。」

 確か、執補会の定期会議は火曜日の放課後で、時々臨時会議が入ってくることがある。特に今の時期は、対抗戦の準備に関する話し合いのため、臨時会議を行う頻度が少し高いように感じられる。これらは、愛葉やミアから聞いた話だ。

「基本的に、水曜日は臨時の話し合いも入らないので、そこは固定で大丈夫です。 あとは……、すみません、ちょっと読めないですね。 その都度、連絡は入れるようにします。 この場で決めてしまうことはできなさそうですので。」

「了解。 じゃあ、俺たちのグループトークでも作っておくか。 って、そういえば、彼方はスマホ持ってるの? 昨日から、そんなそぶりは見せてなかった気がするけど。」

「ごめんね、持ってないんだ。 ずっと一人だったから、必要性を感じなくてね。」

 いや、だから重いって……。そんな自虐的にならなくても……。と思うが、本人は割と無意識らしいので、下手にツッコんだりはしないようにしておこう。

「そっか。 なら明日、買いに行こうか。 持っておくと案外便利だし。」

「うん、そうしようかな。」

「じゃあ、今ちゃちゃっとグループ作るね。 あ、名前は?」

 そうだった……。一応、対抗戦に出場するにあたって、チーム名が必要だったのをすっかり忘れてしまっていた。

「名前かぁ……。 どんなのがいいかなぁ?」

「西側7番寮だし、ウェストセブン、とか?」

「そ、そのままですね。 でも、正直思いつきませんね……。」

「センス……、いや、何でもない……。 俺もこれといって思い浮かばないからな。 正直、もうそれでいい気がしてる。」

 小雪のネーミングセンスをとやかく言うつもりはない。実のところ、俺もあまりネーミングセンスには自信がないからな。だからまぁ、もうウェストセブンで決定でいいと思ってしまっている。

「むぅ、センスなくてすみませんね……。 じゃあ、もうこれでいくよ。」

「はい、大丈夫です。」

「オッケーだよ。」

「俺もそれでいいと思う。」

 というわけで、俺たちはこれからウェストセブンだ。よく言えばシンプル、悪く言えばちょっとダサめなチーム名ではあるが、嫌じゃない。覚えやすいのはいいことじゃないか。むしろ、俺は気に入ったぜ。

「はい、グループ作ったよ。 レンくんと未来ちゃんを誘っておいたから、確認しておいてね。」

「あ、はい。 招待が来てますね。」

「うん、俺のとこにも来てる。」

 俺はグループ参加のボタンをタップする。ほぼ同じタイミングで、未来もグループ参加したらしく、その通知が届く。

「これで明日、彼方がスマホを買ったらこのグループに入れよう。」

「お願いしまーす。」

「はいよ。 じゃあ、今後の方針としては、ひとまず水曜日を固定練習日として、あとは未来の都合でその都度練習時間を決めていく、ってことでいいな?」

「うん、問題ないよ。」

「ワタシも平気だよ。」

「すみません、私の都合に合わせていただいちゃって。」

「気にすんなって。 んじゃ、みんな賛成みたいだし、これで一旦は決定な。」

 一応、これからの活動方針について固めることができた。

「あ、チームリーダーは?」

 おっと、それも決めておく必要があったか。

「それは、レン君でいいのでは?」

「同じく、それでいい気がする。」

「異議無しだね。」

「えっ……。 そんなあっさり……!?」

 そんなわけで、ウェストセブンのチームリーダーは、拒否権なしに俺が引き受けることとなったのだった。こんな決め方で果たしてよいのかは、俺にはわからん。まぁでも、任されたからには、しっかりやりますけどね。



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Episode15. 夕食の片づけと明日の予定。 フラグが立った音が聞こえたのは気のせいだ。

「ごちそうさま。 すごくうまかったよ、ありがとうな。」

 俺は皿に盛られていたカレーとサラダを全て平らげ、手を合わせた。それから、作ってくれた小雪と彼方に礼を言うことも忘れない。

「はーい。 お粗末様でした。 っと、わたしもごちそうさま。 彼方ちゃんが手伝ってくれたおかげで、すごくおいしくできたと思う。」

「いえいえ、ワタシは何もしてないよ。 小雪ちゃんがいたからおいしくできたんだよ。 ごちそうさまでした。」

「お二人とも、ご謙遜なさらなくていいですよ。 とてもおいしかったんですから。 では、私もごちそうさまでした。」

 続いて女性陣3人も手を合わせて食事を終える。小雪も彼方も、謙遜してはいるが、その腕は確かだと思う。それほどまでに、今日食べたカレーは印象に残るほどうまかった。また食べたいと思ってしまうほどである。

「さてと、食事の準備は小雪と彼方にやってもらったわけだし、片付けは俺がやろうかな。 というか、俺にやらせてくれ。 でないと気が済まん。」

「そういうことなら、私もお手伝いさせてください。 何もできていないのは、私も同じですから。」

「いいの? 任せちゃって。」

「もちろんだ。 二人はゆっくり休んでいてくれよ。」

「なら、お言葉に甘えちゃおうかな。」

 小雪からのOKももらったことだし、さっそく皿洗いに取り掛かろう。

 俺は抱えきれる分だけの食器を持って、キッチン辛苦に向かう。未来も、俺が持ち切れなかった食器を後ろから持ってきてくれている。

「じゃあ、俺が皿洗うから、未来は洗い終わったのを拭いてくれ。」

「わかりました。 えっと、布巾は……、これですね。」

 未来は、キッチン内の棚の中にたたまれた状態で置いてあった布巾を一枚手に取る。俺はそれを横目に、さっそく皿洗いに取り掛かる。

 まずは、小さくてすぐに洗えそうなスプーンとフォークから洗うことにする。

 スポンジに洗剤をつけて泡立たせ、手に取ったスプーンやフォークをしっかり洗っていく。それから、泡を水で洗い流し、綺麗になったものを未来に渡す。未来は手早く渡された食器を拭き、棚の中へと収納していく。

 普段はこの作業を一人でやらなければならないので時間が多少かかるが、二人いればスムーズに洗いものを終えることができる。というか、単純に作業量が分散できるので、かなり楽である。だからこそ、これしかできないのが申し訳なく思えて仕方がない。

「これで小さいのは終わりかな。」

「わかりました。」

 続いて俺は、サラダを入れていた丸皿に手を伸ばす。普段はあまり食器のデザインとかは気にしないが、今日使った丸皿は透明でなんかいいと思った。俺の語彙力は、この際気にしないでほしい。なんとなくそう思っただけだから。

「にしても、こんなすぐにチームメイトを見つけられるなんてなぁ。 もっとギリギリになるか、何なら出られないんじゃないかって思ってたからさ。」

「私もです。 とは言っても、まだ人数は足りていませんけどね。」

「ここまで来たんだから、どうにかなるさ。 というか、どうにかするさ。」

「そうですね。 私もここまで来たからには出たいです、対抗戦。」

 洗い物を進めながら、チームが結成できたことへの驚きとか嬉しさとか、そんな思いを呟くと、未来も話に乗ってきてくれた。

 そもそも、昨日の戦闘実習で未来とペアを組んでいなければ、こんな機会には恵まれなかっただろう。偶然の巡り合わせではあったが、それがあったおかげで未来や小雪と仲良くなれたし、彼方とも出会うことができた。

 もし仮に、俺が別の人とペアを組んでいたら、未来と小雪との友人関係はなかっただろうし、彼方とも出会えていなかった。というか、彼方を助けることができなかっただろう。そういう意味でも、この偶然は運命的なものだったのかもしれない。

「ホント、偶然って面白いよな。 たまたま訓練でペアになった相手が、いないと思っていた同寮生だったり、さらにまだ同じ寮の学生がいたり。」

「いろいろな偶然が重なって、すごいことになってしまっていますからね。 彼方さんのお話を聞いたときは、本当に驚きましたし。」

「正直俺もビビった。 たまたま海沿いを歩いていたら、急に誰かが海に落ちたような音が聞こえて、助け出したら身投げしに来たとか言い出すんだもんなぁ。 マジで、昨日は壮絶だったよ。 これまでの人生でも味わったことないくらいに。」

 まぁ、ないことはないんだけどな。俺がこの島に来た時とかな。だが、それに匹敵……、ワンチャン量がするんじゃないかってくらいの出来事だったように思う。

「でも彼方さん、今はすっかり元気ですよね。」

「そうだな。 あの子には、あのままでいてほしい。 そのためにも、俺はあの子を守ってやりたい。 余計なお世話だと思うか?」

「いいえ、そんなことはないと私は思いますよ。 きっと彼方さんも、その方が嬉しいんじゃないでしょうか。」

「そうだといいな。」

 リビングで小雪と楽し気に雑談を交わす彼方を眺めながら、俺は今の彼方の笑顔を守りたいと改めて感じていた。昨日浮かべていた、人生をあきらめきったような生気のこもっていない暗い表情は、あの子にはしてほしくない。それに、そんな表情は似合わないからな、彼方には。

「レン君はやはり優しい方ですね。」

「そんなことないさ。」

「では、彼方さんのことがよほど大切なんですね。」

「うーん、どうだろうな。 少なくとも、彼方だけじゃなくて未来も小雪も大切だと思ってるかな。 全員、友人としてな。」

 なんか、ものすごく恥ずかしいことを口走っている気がする。

 でも、俺は決して彼方を特別扱いしているわけではないということは、未来にもわかってほしかった。それに、そういう特別な感情を抱くには、知り合ってからの時間が短すぎる。もっと長い時間関係が続いたら、もしかしたら何か特別な感情を抱く可能性は無きにしも非ずではあるけどな。

 そもそも、俺がこの3人の誰かに恋愛感情を持ったとしても、向こうからすれば迷惑な話だろうしな。

「きっと、こういうところがレン君の魅力なのでしょうね。」

「ん? どうかしたか?」

 流水恩にまぎれて未来が何か言っていたようだが、俺には聞き取れなかった。

「いえ、特には。 っと、あとはお鍋だけですか?」

「ああ。 あとはこれを洗って終わりだ。」

「代わりましょうか?」

「ん? ああ、平気平気。」

 俺は最後に残った鍋を手に取る。しばらく水につけておいてくれたおかげで、大分洗いやすくなっている。それでも、カレーの汚れは結構しつこいからな。入念に洗わなければな。俺は気合を入れて、泡のついたスポンジを鍋の内側に滑らせる。

 少し力を入れてこすると、汚れはすぐに落ちていく。これなら、すぐに終わりそうだ。

「カレー、ホントにうまかったなぁ。」

「はい、今まで食べた中でも一番おいしかったかもしれないです。」

「確かにそうかも。 てか、そもそも普段からあまりカレーを食べないからなぁ。」

「それは確かに。 一人ですと、手間がかかってあまり作ろうとは思いませんよね。 というか、私に関しては作れるかも怪しいところなんですけどね。」

「ははっ、それは俺もあるかも。」

 材料を切って鍋にぶち込んで煮込めばいいだけなのは知っているが、何故か自信がなくて作ろうと思えないんだよな。

 でも、一人暮らしだとカレーは楽だとも聞く。数日分の食事が用意できるから……とか、そういう意味で。

「もっとお料理ができればいいんですけど。」

「そのために、小雪に教えてもらうんだろ?」

「そうですね。 おいしく作れるように頑張ります。 レン君にも、是非食べてほしいです。 それで、できればご感想がいただきたいです。」

「その時は、もちろんごちそうになるよ。 楽しみにしてる。」

 異性の手料理を食べる機会なんてそうそうないので、こういう提案にはありがたく乗っかっておく。

「よし、これで鍋も終わり。」

 洗い終えた鍋を未来に手渡して、俺は伸びをする。腰を曲げ続けていたので、少し痛くなってしまっていたからな。

 それから、台布巾を手に取って、水回りやガスコンロ上を軽く拭いていく。普段、自分一人の時はここまでしないけど、ここは自分の部屋でなく小雪の部屋なので、できる限り丁寧に後片付けを行う。

「えっと……、小雪さん、鍋はどこにしまえばいいですか?」

「あー、えっとね、コンロの下の戸棚の中かな。」

「わかりました。 っと、ここですね。 レン君、ちょっとごめんなさい。 戸棚開けますね。」

「わかった。」

 ちょうど俺は調理台を拭いているところだった。位置取りとしては、戸棚の二つある戸の左側に俺が立っており、右側の戸を未来が空けようとしている。結構低い位置にあるので、未来はかがんでいる。

「っと、右側は結構いっぱいですね。 では左側に……、よいしょっと。」

 その時、「ふにゅん」という感触が俺の右脹脛辺りにあった。こ、この感触……、まさか……。と思って、未来の方へと視線を向けてみると、まぁ予想通りの状態だった。

 戸棚の奥の方に鍋をしまうために身体をひねった拍子に、未来の豊かな膨らみが俺の右脹脛に接触してしまっていた。しかも、位置が悪かったのか、俺の脹脛は未来の二つの膨らみの間に挟まれた状態だった。くっ、退けたほうがいいのだろうけど、男としての本能がそれを許してくれない。

 すごく、柔らかいです……。なんといいますか、触れているだけで幸せになれるような感じがします。って、何考えているんだ、俺は……。

「この辺りは空いていそうですね、よいしょ。 って、すみません、レン君。」

「え、あ、ああ。 大丈夫大丈夫。 てか、こっちこそごめん。 退いたほうがよかったよな。 気づかなかったや、あっはは……。」

 嘘である。でも、咄嗟に誤魔化してしまった。し、仕方ないだろ、知っていてなおその感触を味わっていたなんて知られたら……。いきなり変態のレッテルを張られるのは嫌だ。もしかしたら、ここまで構築してきた関係が崩れかねない……。

「いえいえ、大丈夫ですよ。 無理に入り込んだのは私ですから。 どうかお気になさらず。 むしろ、気づかなかったなんて残念でしたね。 当たっていたの、私の胸だったのに。」

「え……、えっと……。」

「フフッ、すみません。 からかってみたくなっただけです。」

「あ、ああ……。」

 ごめん、ホントごめんよ、未来……。俺、全部気づいていたんだわ……。それどころか、その柔らかさに酔いしれていたんです……。

「さ、さてと……。 大体拭き終わったかな……。」

 俺は手に持った台布巾を水で洗い流す。そのついでに、俺の脳内に子べり着いた雑念も洗い流す。昨日からハプニング続きで、精神疲労は半端ない。が、それを喜んでしまっている自分もいるのだから、困ったものである。何度も言うようだが、男というのは悲しき生き物だな。

「では、私は先にリビングに戻っていますね。」

「わかった。 って言っても、俺ももう戻るけど。」

 そう言って俺は、濯いだ台布巾を固く絞り、キッチン辛苦の縁にかける。

 それから、軽く手を洗ってからリビングに戻る。

「二人とも、ありがとうね。 助かっちゃった。」

「お疲れ様。 ホントにありがとう。」

「いえ、私はほとんど何もしていませんよ。」

「俺も大したことはしてないから。 むしろ、こちらこそありがとうな。 うまい飯をごちそうになっちまったよ。」

 何度目かはわからないけど、俺は改めて二人に礼を言う。しつこくなければ、これくらい構わないだろう。

 それに、何度だって礼を言いたくなる補と、この二人の料理は本当においしかったのだから、仕方ないだろう。

「え、えへへ……。 なんか、照れちゃうなぁ……。」

 小雪が恥ずかしそうに頬を赤く染めている。その一挙一動がやっぱり可愛らしい。こりゃ、学内人気が高いわけだわ。

「今度はワタシも、ちゃんと手料理を振舞いたいなぁ。」

「おっ、そりゃいいな。 楽しみにしてるよ。」

「レン君って、お食事が好きなんですか?」

「うーん、どうだろう。 人に作ってもらうっていうのが新鮮ってだけだと思う。 それに、自分で作ると、あんまおいしく感じないしな。」

「そ、それなら……わたし……、毎日でもレンくんにご飯作れるよ……?」

 顔を紅潮させたまま、小雪がそんな提案を持ち掛けてくる。

 な、なんと魅力的な提案なんだろうか……。

「だけど、それだと小雪の負担になるんじゃないか……? それは申し訳ないよ、流石にさ。」

「そ、そんなことないよ! むしろ、わたしは毎日でも作ってあげたい……かな……。」

「あー、ずるいよぉ、小雪ちゃん。 ワタシだって……。」

 なんだ、この状況は……。嬉しくはあるんだが、それ以上に見ているこちらが恥ずかしくなってきそうなほど、彼方と小雪が赤面しながら俺の方へ視線を送ってきている。

「え、えっと、マジで?」

 コクコクと頷く二人。

「も、もちろん、未来ちゃんも一緒にね!」

「私もですか?」

「うん、もちろんだよ。」

「フフッ、でしたらお言葉に甘えさせていただきますね。」

 それから、未来は俺の方へと視線を向けてくる。例のにやけ顔で。

「レン君はどうしますか?」

「そ、それなら、俺もお言葉に甘えて……。」

「う、うん!」

「期待しててね、レンくん。」

 今日のカレーのような、あんなおいしい料理が毎日食べられるだなんて……。これは夢か、夢なのか……!?なんて思ってしまうくらい、俺は内心喜んでいた。

「レン君、やっぱりモテモテですね。」

「へ?」

「「そ、そんなんじゃないよっ!!」」

 リビングの中に、彼方と小雪の声が響いた。こんなにぎやかな夜は初めてかもしれない。昨日のは……、にぎやかというよりも、ドタバタした夜だったしな。

 俺、もしかして寂しがりだったりするのだろうかと、自分でも知らない意外な一面を見つけた気分になっていた。

「ところで、明日はどうしますか?」

 不意に未来から、そんな質問が投げかけられる。

「明日? 彼方のスマホを買いに行く……、の他にか?」

「もし、皆さんの都合がよろしければ、少しだけ特訓をしませんか? 彼方さんも、能力を使えるようになるのは早い方がいいでしょうし。」

「あー、それはそうかも。 どうする?」

「そうだなぁ、確かにいいかもしれないな。 彼方と小雪は平気か?」

「うん、わたしは大丈夫だよ。」

「ワタシもオッケーだよ。 むしろ、早く能力使ってみたいし。」

 どうやら、全員賛成のようだな。

「よし、それじゃあ明日の午後、少しだけ練習時間を作ろう。 詳しい時間は、また追って連絡するよ。」

「了解しました。」

「はーい。」

「お願いね。」

「はいよ。 んじゃ、そろそろ解散にしますかい?」

「そうですね。 そろそろ私はお暇させていただきますね。 皆さん、今日はいろいろとありがとうございました。」

 そう言ってペコリと頭を下げる未来。

 俺たちは苦笑しながらその例を受け取る。少し大げさなようにも見えるが、まぁ未来らしいといえば未来らしいのかもな。

「そんじゃ、俺も帰るかな。 彼方はどうする?」

「あ、えっと、どうしよう……。 うーん、でも、レンくんのところにそのままお邪魔しちゃおうかな。」

「わかった。 それじゃあ小雪、今日はホントにありがとう。 また明日な。」

「あ、う、うん。 お疲れ様。」

 それだけ言い残して、俺たちは小雪の部屋を後にした。

 何やら、小雪の歯切れが悪いように見えたが、俺の気のせいだろうか?まぁ、気にしたところでわからないのだから、考えないようにしよう。

「にしても、小雪の部屋に泊まらなくてよかったのか?」

「うん、平気だよ。 えへへ。」

 最後の笑いは何なのだろうか……。

「では、私は3階ですのでここで。」

「おう、お疲れさん。」

「お疲れ様、未来ちゃん。 今日はありがとうね。」

「ええ、こちらこそありがとうございました。 それでは、また明日。」

「またねー!」

 未来は階段を上って上階へと上がっていく。俺たち二人はそれを見送ってから部屋に入るのであった。

 なんか、嫌な予感を秘かに感じながら、な……。いや、そういうことを考えるからすぐにフラグが立つんだ。何も考えないようにしよう。うん、そうしよう。

 俺は、決して一級フラグ建築士なんかじゃない。きっとな。



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Episode16. 彼方の策略。 サプライズ、仕掛けます!

「ところでさ、彼方。 今日買った洋服はどうするの? 日用品の一部は未来の部屋においてもらうことになったけど、流石に服は手元にないとだよな。」

 俺の部屋に戻るなり、俺は彼方にそう問いかける。服の保管をどうするか、聞いておく必要はあるだろう。

「うーん、ある程度の量なら持ってきてたバッグに入るけど、前部は難しいよね。 なんだかんだで結構買っちゃったし。」

 彼方は、手に持ったバッグと買い物袋を交互に見やりながらそう言った。

「やっぱり、小雪か未来の部屋に泊めてもらった方がよかったんじゃないか? 異性の俺だと、いろいろと気を使っちまうだろうし。」

「ええっ、ワタシレンくんのところがいい……。」

 うおっ、そんな目で俺を見るなよ……。なんか申し訳ない気持ちになってしまう……。というか、どうして俺のところにこだわるのだろうか。女同士の方が普通はいいと思うんだけどなぁ……。

 まぁ、彼方がここがいいって言うのだから、俺は断るつもりもないのだけれど。一人じゃないっていうのは、結構嬉しいものだったりするしな。

「わかったよ。 んでもって、服の保管はどうするよ。」

「この袋のまま置いておいてもいいかな。 流石に箪笥とかは借りられないからね。」

「箪笥か……。 空きはないことはないけど……。 俺と同じのを共有ってのはちょっと嫌だろ?」

「え、そんなことないけど……。」

 彼方の感性がよくわからない。普通、自分の着替えを異性に見せたり、同じところにしまうなんてことしたくないはずだ。特に女の場合は。それとも、今時こういう考え方を持つ人なんていないのか?

「ま、まぁ、彼方がよければ、箪笥使ってもいいけど。」

「いいの? そしたら、ありがたく使わせてもらおうかな。 えっと、さっそくしまってもいい?」

「あ、ああ。 箪笥は寝室に置いてあるから、こっち来な。」

 何かモヤモヤしたものを心中に残しつつ、俺は彼方を寝室へと案内した。いや、一度来ているわけだし、案内っていうのは変な話か。とにかく、俺は彼方と連れ立って寝室に向かうのであった。

 

「ほいよ。 この箪笥の一番下の段が空いてるから、テキトーに使ってくれ。 全部は入りきらないだろうから、残りは自分のバッグにでも入れておいてくれ。」

 寝室に置いてある箪笥を指さしながら、俺は彼方に服の収納を進める。つっても、数日間だけの話だろうから、そんなきっちりさせる必要はないだろう。

「わかった。 ありがとう。 それじゃあさっそくしまっちゃおうかな。」

 そう言って彼方は、今日買った洋服を袋から取り出し始める。それから、1着ずつ丁寧にたたんでから、俺の進めた箪笥の一番下の段にしまっていく。一つ一つの作業が素早い。結構手馴れているのがよくうかがえる。

「あ、でも、結構大きいね、この箪笥。 全部入るかはわからないけど、それでも結構しまいきれそうだよ。 あっと、うーん。 これはどうしようかなぁ……。」

 彼方が唐突に袋から下着一式を取り出した。俺はとっさに目線をそらす。いつ見ても、俺には刺激が強すぎるのでな。

 というか、仮にも男の部屋なんだから、躊躇うとかしようよ、彼方……。っていうのは今更か……。日中、俺を下着売り場まで連れ込んだ張本人なわけだし。

「これ、大事にするね。」

 彼方は、昼間俺が選んだ……というか半強制的に選ばせた下着を大事そうに抱えながら、恥ずかしそうにはにかむ。これだから、美少女というのはずるい。

「あ、ああ。 そうかい……。」

 なんだか俺も恥ずかしくなってきてしまった。後頭部あたりをポリポリと掻きながら、短くそう返す。てか、普通知り合って1日しかたっていない男女がすることじゃないよな、一緒に下着選びって……。そういうのって、恋人とかそんな間柄の中で行われるようなことじゃないのだろうか。俺にはよくわからないけど。

 とにかく、今日俺は途轍もなく恥ずかしいことをさせられたということだな。くそっ、いいようにしてやられてしまったものだな……。そんな俺が情けないぜ……。そして、おいしい思いをしたと考えてしまっている俺がさらにつらい……。

「あっ、せっかくだから、レンくんに選んでもらったやつ、今着て見せようか?」

「馬鹿言うな……。」

 俺は軽く彼方の頭をはたく。

 ったく、今朝言ったことを忘れているんじゃなかろうな。ちゃんと男女としての距離感を持ってもらいたいものである。でないと、昨日みたいな過ちが起きてしまいかねない。ピュアハートとは言えども、俺も男の端くれである。彼方の珍行動でいつ限界を迎えるか分かったもんじゃない。だから、最低限節度を持っていただきたいものである。俺のためにも、彼方のためにもな。

「ふにゅぅ……。 ご、ごめんなさい……。」

「はぁ……。 そういうことやって後悔するのはお前なんだからな……。 自分はちゃんと大切にしろよ。」

「う、うん。 気遣ってくれるなんて、やっぱりレンくんは優しいね。 そんなレンくんだからこそ、ワタシはこういうことを言うんだよ。」

 頬を上気させながら、上目遣いでこちらを見つめてくる彼方。その表情には、いつもの幼げであどけない雰囲気の中に、どこか艶めか視差のようなものが混ざり合っているように感じられた。思わずドキリと心臓が跳ねる。な、なんだこれ……。彼方って、こんな表情もできたのかよ……。

 正直、今までで一番理性の限界を感じた瞬間だったように思う。ヤバいヤバい、このままでは本当にまずい……。

「だ、だからって、あんまり自分を蔑ろにするのはよくないぞ。 そこら辺の線引きはちゃんとしておきなよ。 一応、俺からの忠告。」

「わかった。 なんかごめんね。 やっぱり、ちょっと常識なさすぎるかなぁ、ワタシ。 もっとしっかりしないとだよね。」

 あ、その辺りの自覚はあったのか。

「まぁ、その辺はこれから少しずつ身に着けていけばいいさ。 きっと自然と身についてくるもんだしな。」

「そっか、そうだよね。 これからいろいろ頑張らないと。 っと、うん。 この箪笥に入るのはこれくらいかな。 残りはバッグに入れておけば大丈夫だね。 レンくん、ホントありがとうね。 助かっちゃった。」

 洋服(下着含む)をあらかたたたんで収納し終えた彼方が、改めて俺に頭を下げてくる。このお礼の言葉も、昨日今日で何度聞いたことか。まぁ、もうしばらくは聞き続けることになりそうだけどな。

「あいよ。 さてと、風呂の準備でもしてくるかな。」

「あ、今日はワタシがするよ。 少しの間とはいえ、お世話になる身だからね。 これくらいのことはさせてよ。」

「え、いや、でもなぁ……。 料理まで作ってもらって、さらに仕事を押し付けるなんてできないよ。 それに、これくらいならすぐに終わるし。 だから、彼方はゆっくりしてていいよ。 来客を扱き使うのは気が進まないって。」

「で、でも……。 なんか申し訳ないよ……。」

「気にすることないのにな。 気持ちだけ受け取っておくよ。」

「そ、そういうことなら……。」

 というわけで、俺は浴室に向かう。そして、浴槽を洗浄し、栓をしてから自動お湯張りのボタンを押す。実に3分もかからない簡単なお仕事だ。彼方に任せるまでもない。というか、人に頼ってばかりだと、人間マジでダメになる。

 そして、俺はすぐに寝室に戻った。昨日みたいなことがあったので、彼方を長い時間一人にしておくことに不安を感じてしまっていたからだ。多分、今日一日で小雪や未来といった友人ができたことによって、昨日よりも大分心が安定してきてはいるだろうけど。それでも、昨日の彼方の涙を見てしまうと、どうしても気になってしまう。俺もなかなか心配性だよな。

「あ、ホントに早いね。」

「だろ? これくらいなら、彼方の手を煩わせるまでもないって。 んで、今日も風炉先いいよ。 俺は後から入るからさ。」

 寝室の扉を開けて中の様子を覗き、彼方が沈んでしまっていないことを確認し、ほっと胸をなでおろす。それから、今日の風炉の順番について話を持ち掛けた。

「え、それは流石に悪いよ。 ワタシのことは気にせず、今日はレンくんが先に入ってよ。 そんなにワタシに気を使わないで。」

「そうか? まぁ、そういうことならお言葉に甘えて。 つっても、まだ風呂が沸けるまで10分近くかかるんだけどな。 それまではひとまず待機ということで。」

 俺はベッドに腰を下ろす。ホテル級のふかふかベッドではないが、それでもなかなか気持ちいい、と思えるくらいには気に入っているベッドだ。

「ワタシも隣、いいかな?」

「ああ、いいぞ。」

 俺は、自分の隣のスペースを掌でポンとたたいてみせる。彼方はゆっくりとこちらに近づき、そして俺の示した場所より少し俺に近いところに腰を落ち着ける。

 今の俺たちは、かなり至近距離だ。少し身動ぎしただけで、お互いの肩と肩が触れ合ってしまいそうなほどである。隣からは、ふんわりといい香りが漂ってくる。昨日も嗅いだ甘い香りだ。女性特有のフェロモンみたいなものなのだろう。

「ねえねえ、レンくん。 今日も一緒に寝ちゃダメかな?」

「ダメだな。 異性としての距離感はちゃんと保ってくれ。 昨日みたいなことになりかねないから。」

「言ったはずだよ。 ワタシはそれでもいいって。」

「よくないです。 最終的に傷つくのは彼方なんだからな。」

 俺はため息交じりにそう返す。やっぱり、危機意識はまだあんまりないみたいだ。というか、どうしてか彼方は俺を拒絶しようとしない。むしろ、いつでも受け入れてしまいそうなほどオープンなように感じる。

「ワタシなら平気なのになぁ。 でも、レンくんがそこまで言うのなら、なるべく気を付けるよ。 でも、同じ部屋で寝るのは、いいでしょ?」

「うーん、ホントはよくないけど、まぁ仕方ないか。 あんまり変なことはするなよ。」

「わかってる。」

 そこから少しの静寂。なんか、やけに彼方を意識してしまっている気がする。何か話すことはないかと頭を回転させようとしても、うまく回ってくれない。二人きりの空間ということと、彼方が妙に思わせぶりな態度をとってくるせいだろうな、きっと。

 しかし、横目で彼方の様子を確認してみると、俺とは違ってなんか楽しそうである。にこにこと笑顔を浮かべてくれているおかげで、この沈黙の時間は気まずい雰囲気はまるでない。退屈させていないか心配ではあったが、この様子なら問題ないのかな。

 と、そこで、風呂が沸けたことを知らせる機械音声が耳に届く。

「あ、お風呂沸けたみたいだね。」

「そうみたいだな。 んじゃ、俺は入ってくるよ。」

「うん、いってらっしゃい。」

 俺は箪笥から着替えを取り出して、風呂場へ向かうことにした。ふぅ、今日は落ち着いて入浴ができそうだ。昨日は、浴室内に彼方の甘いような香りが充満していたため、落ち着いて入浴はできていなかったものでな。

 ゆっくり身体を伸ばすことに使用。

 

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 レンくんがお部屋から出て行ってすぐ、ワタシはベッドから腰を上げて玄関へと向かう。レンくんに内緒っていうのはちょっと心苦しくもあるけど、これも一つのサプライズと思うことにする。

 ワタシは玄関で自分の靴を履き、外に出た。そして、103号室、つまり小雪ちゃんの部屋だね。そこのドアをノックする。ワタシたちのサプライズ作戦、ここから開始だよ。

「はいはーい。 もう行っていいのかな?」

 ドアから小雪ちゃんが顔を覗かせて、ワタシに確認をとってくる。

「うん、大丈夫だと思うよ。 まぁ、少しだけ怒られちゃうかもだけどね。」

「え、それっていいの!?」

「うん、平気平気。 ほらほら、行こうよ、小雪ちゃん。」

「わ、わかった。」

 というわけでワタシは、小雪ちゃんの腕を引っ張ってレンくんのお部屋に戻っていく。今日は、小雪ちゃんも混ぜて3人でお泊り会がしたかったからね。本当は、未来ちゃんも誘ってみたかったけど、なんというかこう、雰囲気的にそういうのはあんまり好きじゃなさそうな感じがして……、躊躇しちゃった。まぁでも、小雪ちゃんだけでも誘うことができたのは嬉しい。

 きっと、レンくんならなんだかんだで許してくれると思うし。って、なんかレンくんの優しさに付け込んでいるような感じがするね、これ。そ、そんなつもりはないんだよ?

「お、お邪魔しまーす……。」

「今、レンくんはお風呂に入ってるところだよ。 そういえば、小雪ちゃんはもうお風呂入った? もしまだなら、後で一緒に入らない?」

「あ、うん。 いいよ。 って、わたしまでお風呂借りちゃっていいのかな?」

「どうだろう……。 まぁ、その辺はレンくんと相談してみてかな。」

 ひとまずワタシは、小雪ちゃんを連れてさっきまでいた寝室に戻る。きっと、悪戯をする子供ってこんな気分なのかな。ちょっとドキドキしてるよ。でも、ワクワクもしてる。

「こ、ここがレンくんのお部屋……。」

「あ、小雪ちゃん緊張してる?」

「そりゃするよぉ……! そ、その……、思いを寄せてる男の子のお部屋なんだから……、緊張くらいするにきまってるよぉ……。」

「あはは、小雪ちゃんってば、可愛いなぁ。」

 ワタシは、所在なさげに立ったまま視線を彷徨わせている小雪ちゃんの手を取って、お部屋の中へと引き入れる。ごめんね、レンくん。ワタシの部屋でもないのに好き勝手にしちゃって。後でちゃんと謝ります。

「それじゃあ、レンくんがお風呂から上がるまでここで待機だよ。」

「今更だけど、本当にいいのかなぁ……。 嫌われちゃったりしないかなぁ。」

「それは流石に心配しすぎだよ、小雪ちゃん。 きっと大丈夫だから。」

 不安げに顔をうつ向かせる小雪ちゃんをワタシはなだめる。

 もし大丈夫じゃなかったとしても、その時はちゃんとワタシが責任を持つつもりだし。

「こうして誰かとお泊り会みたいなことをするの、憧れだったんだよね。」

「そうなんだ。 でも、どうしてレンくんには内緒にして他の?」

「うーん、なんでだろう? やっぱり、びっくりさせたいから? ちょっと悪戯がしてみたくなっちゃって。」

 そう言ってワタシはクスリと笑ってみせる。

「なんか、好きな人に意地悪したくなる子みたいだね、それ。」

「そうかもね、えへへ。 小雪ちゃんはそういうのないの?」

「わたしは、むしろ臆病になっちゃって、何もできなくなっちゃうタイプだよ。 もっと積極的にならなきゃだめだっていうのはわかってるつもりなんだけど、それでも行動に移すより、迷惑じゃないかなっていう気持ちの方が先に来ちゃうんだよね。 だから、彼方ちゃんがうらやましいよ。」

「そうなんだ。 でも、嫌われちゃうのは嫌だもんね。 慎重になっちゃうのも仕方ないと思うよ。 ワタシはむしろ、小雪ちゃんがうらやましいかな。 後先考えないのが、ワタシの悪い癖だし。」

 はぁ、と小さくため息を吐く。お互いが持っていないものを持っているっていうこと、結構あるよね。結局、そういうのってないものねだりになっちゃうんだけど。

「とにかく、今はレンくんにちゃんと振り向いtモラル用に頑張らないとね。」

「それもそうだね。 あっ、浴室の扉が開く音がしたよ。」

「おっ、レンくんがお風呂から出たみたいだね。 ふふ、どんな反応をするのか、すっごく楽しみだよ。」

「彼方ちゃん、本当に楽しそうな顔してるね。」

 小雪ちゃんはワタシの顔をじっと見つめながら、にこりと笑顔を浮かべてそう言った。そういう小雪ちゃんからも、どこかウキウキしたような気持ちが伝わってくる。なんだかんだで、小雪ちゃんにも小さな悪戯心はあるのかもね。

 ワタシたち二人は息をひそめて、レンくんが戻ってくるのを静かに待っていた。今、ワタシ最高に楽しい気分だよ。どんな反応をしてくれるのかな?それを考えるだけで、顔のニヤつきが抑えられないよ。

 それから少しして、足音が聞こえた。

「来たね、レンくん。」

「そうだね。」

 小声で情報を共有しあうワタシたち。

 そして間もなく、お部屋の扉が開け放たれた。ワタシには、その瞬間がゆっくりに感じられた。まるで、本当にスローモーションがかけられているんじゃないかってくらいにね。ああ、どうしよう。そわそわしてるよ、ワタシ……。なんか、今のワタシってすっごく子供っぽいよね。まぁ、楽しいことがある戸自然とはしゃぎたくなっちゃうのは、人間として仕方のないことだよね。

 そしてついに、レンくんが顔を覗かせた。サプライズ、うまくいってほしいな。ワタシは一途にそう思うのだった。



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Episode17. まさかのお泊り会!? 男1に女3って、果たしていいのだろうか……?

 今、俺の目の前にある状況を簡単に説明させてほしい。

 先ほどまで彼方しかいなかったはずなのに、何故かその隣に小雪の姿が見えるのだ。え、ナニコレ……。一体、どういうことなのでしょうか……?俺にはさっぱりわかりませんねぇ……。

 夢でも見ているのか、幻影でも見させられているのかなんて言うバカな考えが脳裏をよぎり、まさかなと思いつつも一度扉を閉めてもう一度開けてみる。するとそこには、変わらず小雪の姿があった。

 なお、隣に鎮座する彼方は、なんだか妙に楽しそうな表情を浮かべている。外見の幼さも相まって、年齢さえ知らなければ発育のいい小学生か何かと間違えそうになるくらい、今の彼方は無邪気な笑顔を浮かべていた。

 一方の小雪は、どこか緊張した面持ちでこちらをちらちらと見てくる。この二人の態度の差もなんかよくわからない。

「えっと……、小雪……だよな……?」

「え、あ、うん。 そうだよ。 そ、その……、き、来ちゃった……。」

 こくんと首を傾けて恥ずかしそうに微笑む小雪。正直、プリンセス様のその仕草は反則的なまでの破壊力を持って、俺に襲い掛かってきた。

「えへへぇ、びっくりしたでしょ?」

「あ、はい……。 驚きました……。」

「やった! サプライズ大成功だね、小雪ちゃん!」

「う、うん。 そうだね。」

 サ、サプライズだったのか……。彼方が考えたのだろうか?結構、心臓に悪いことしてくれるじゃないか……。まぁ、別に咎めるつもりもないんだけどさ。

 でも、サプライズのためだけにここに小雪を呼んだわけでもないだろう。

「ま、まぁ、それはそれとして……。 小雪をここに呼んだのには、他にも理由あるんだろ? 彼方。」

「えっとね、今日は小雪ちゃんも交えて3人でお泊り会みたいなことができたらいいなって思って。 ごめんね、いきなりこんな提案しちゃって。」

「あ、そういうことね。 謝る必要はないよ。 まぁ、事前に行ってくれてたらもっと準備なり何なりできはしたんだけど。」

「そこはまぁ、レンくんをびっくりさせたかったからね。」

「はいはい。 んで、まともな準備はできてないけど、それでもよければ俺のところに泊まるのは全然構わないよ。 というか、そういうの女子同士でやればよかったのに。 態々、男のところに来る必要は……っていうのは違うか。 ごめん、湿原だから忘れてくれ。 あれだったら、今から未来でも呼ぶ?」

 恐らく彼方は、まだ少し心細さを抱えているのだろう。だから、より多くの相手ともっと一緒にいたかったのだと思う。そういう思いがあるはずなので、俺は彼方の行動を決して責めたりしない。

 それに、せっかくチームメイトになったわけだし、本心を言えば俺だってもう少し話をしたかったからな。安心してほしいんだが、やましい気持ちは一切ない。純粋に、仲間ともっと親密になりたかっただけである。

「え、いいの!? 迷惑とか思わないの!?」

「別に思わないかな。 俺、友人と夜まで一緒にっていう経験、これまでにしたことないんだわ。 だから、少なからず憧れはある。 まぁ、正直なところ、女3人の中に俺がいていいのかとは思うけどね。 でも、別に彼方の提案に反対するつもりはないよ。 寝る場所とかはちゃんと考える必要あるけど。

「そ、そうなんだ。 それじゃあ、みんなでお泊り会しよっ!!」

「よしきた。 って……、布団あったかなぁ……。」

 一人暮らしなので、布団の呼びなんてそんなに多くない。呼びが1セットあるだけでも充分なほどだ。後先考えずOKしてしまったが、どうしたもんかなぁ。

 せめてもう1セットあれば何とかなる。3人にこの部屋で寝てもらって、俺はリビングのソファを使えばいいのだから。快眠は求められないが、一晩眠るには申し分ないだろう。どっちみち、男の俺は女性陣に交じって眠ることはできないし。

「うーん、わたしと彼方ちゃんは多分二人で一つの布団でもいいかもだけど……。」

「え、そうなの? それなら充分賄えるかも。」

「え、そ、それって……。」

「俺はリビングのソファで寝るからね。」

 そう返しながら、俺はスマホを捜査して未来とのトークルームを開く。今日の昼会話したばかりなので、友達の数が乏しい俺のメッセージアプリでは、未来の名前は履歴の上位にあって見つけやすかった。くっ、その事実が異常なまでに悲しい……。い、いつか俺だって、ボッチ生活脱却してやるんだからな……。

 そして、今彼方からあった提案を未来に伝えてみる。うーん、メッセージより直接通信をつないだ方がいいかなぁ。

 迷いの末、俺は通話ボタンを押した。

 数コールの後、未来はすぐに応答してくれた。

「もしもし、天留です。」

「あ、神奈和だけど。 急に連絡ごめんな。」

「あ、それはお気になさらず。 それで、どうかなさいましたか?」

「ああ、それなんだけどさ……」

 俺は一呼吸おいてから、本題を切り出した。

「さっき、彼方から提案があってな、みんなでお泊り会なるものをやりたいとのことだったんだよ。 それで、未来も一緒にどうかなってことで連絡したんだけど。」

「そうだったんですね。 楽しそうですね。 私も行っていいんですか?」

 電話の向こうの未来の声はどこか弾んでいるように感じられた。昨日今日とかかわってみてわかったことなんだが、未来は結構感情が豊かなように思う。楽しいと感じているときの未来の声や表情はとてもわかりやすい。

「ああ、もちろん。 んで、場所は俺の部屋なんだけど、いいか?」

「ええ、構いませんよ。 何か必要なものはありますか?」

「うーん、特にはないかな。」

「わかりました。 では、すぐに行きますね。」

「はいはーい。」

 短く返事を返し、通話を終了する。

 それから、スマホをズボンのポケットにしまって、彼方と小雪に向き直る。

 すると、彼方と小雪が思ったより近くにいて、思わず数歩後ずさってしまった。二人とも、表情は真剣そのものだったので、余計に驚いてしまった。

「もぅ、言いたいことあったのに、いきなり電話し始めちゃうんだから……。」

「い、言いたいこと?」

「さっき、自分はソファでいいとか言ってたけど、身体炒めちゃうよ。 だからダメ!」

「それに、家主さんをそんな扱いできないよ。」

 そんな二人の気遣いに、思わず心が温かくなる。ああ、こうやって優しくされるのって、なんかいいなぁ。今までの友人にはなかった間隔だ。

「え、えっと、じゃあ布団はどうすれば……。」

 だが、それはそれだ。それよりも問題は、男である俺を女性陣と同室にするのはまずいということだ。

 布団がもう一式あれば、俺は自分の寝室のベッドwいつも通り使って、3人はリビングで寝てもらえばいい。だから、布団さえ確保できればいいのだけれど……。

 うーむ、どうしたものか……。

「わたしのお部屋から1セット持ってくるよ。 絶対その方がいいから。」

「いいのか?」

「もちろんだよ。 むしろ、レンくんをソファで寝かさないためにも、持ってくるからね。 というわけで、彼方ちゃん手伝って。」

「あ、はーい。 それじゃあ、行ってくるね。」

「あ、ああ。 よろしく、お願いします……?」

 小雪と彼方が部屋から出ていく。手伝う余地もなかったな。

 さてと、まさか俺のところに女性陣を3人も泊めることになるとは思ってもみなかった。結構緊張している自分がいる。一人になると、途端に落ち着かなくなる。軽いパニック状態化も。

 意味もなく室内をうろちょろしていると、インターホンが鳴らされた。その音ではっと我に返り、玄関に慌てて向かう。

「はい、今開けます。」

 玄関のドアを開くと、そこにいたのは案の定未来だった。けど、その格好は予想外なものだった。俺は、数秒間固まったままだった。

「あ、あれ? どうかなさいましたか? レン君。」

「あ、いや、ごめん。 なんでもないんだ。 どうぞ、上がってくれ。」

「では、お邪魔します。」

 俺は未来を部屋の中へ引きいれる。

 そんな未来の今の格好は、浴衣姿である。俺が驚いていたのはこういうことだ。いや、仕方ないだろ。いきなり目の前に現れたのが浴衣美人だったんだから。

 でも、なんかものすごく未来の雰囲気にぴったりで、よく似合っている。素直に綺麗だと思った。

「未来は、風呂にはもう入ったのか?」

「ええ、自分の部屋で済ませてきました。」

「その浴衣って、もしかしてパジャマ替わり?」

「そうですよ。 もともと、私は和服が好きなので。」

「へえ、そうなんだ。 良く似合ってると思うよ。」

 俺は素直な感想を口にする。思ったよりもすんなり口から出てくれた。おお、やればできるじゃないか、俺。

「そ、そうですか? ありがとうございます……。 なんか、そう言っていただけると嬉しいですね。 でも、少し恥ずかしいです……。」

 時折見せる未来の年相応な姿は、やはりずるいと思う。ギャップ萌え、恐るべしだな。

 そういえば、未来って学校では浮いた話とか聞かないな。小雪は、プリンセスと呼ばれるくらいもてはやされてはいるけど。学校では基本ボッチの俺でも、噂くらいは耳にする。けど、未来に関する話題は聞いたことがない。普通に男子からの人気ありそうなんだけどなぁ。

「えっと、とりあえずリビングに移動しようか。」

「あ、はい。 では、改めてお邪魔しますね。」

 なんか、こっちまで照れくさい気持ちになってきてしまったので、誤魔化すためにひとまず場所を移すことにした。客人をあんまり立ちっぱなしにさせるのも悪いしな。

 俺たちはリビングに移動した。つっても、布団を取りに行った小雪たちがすぐに戻ってくるだろうし、俺は結局また玄関に戻る必要はあるんだけどな。

「あら、お二人はどちらに?」

「今、布団を1セット取りに行ってもらってるところ。 俺はソファでいいって言ったんだけど、彼女たち適にはダメらしくてな。」

「なるほど、そうですか。 でも、そうですね。 私もお二人のご意見に賛成です。 レン君、自分もちゃんと大切にしないとダメですよ。 風邪とか引いてしまったら大変です。 それに、そんなことになってしまっては、泊めていただく私たちとしては申し訳が立ちません。」

「うーん、そういうものなのか。 まぁ、君ら3人に言われちゃね。 ありがたく布団で寝させてもらうよ。」

 男連中の間だと、床の上に雑魚寝とか普通にあるからな。でも、その感覚は女性人相手には通じないようだ。今後は気を付けることにしよう。

 と、思った通り、すぐにインターホンが鳴らされた。小雪と彼方が戻ってきたみたいだな。俺は未来に断りを入れて、玄関先に急いだ。

「今開けるよ。」

「うん、ありがと。 よいしょっと。」

 小雪と彼方の二人で布団一式を抱えていた。そこまで重量はないだろうけど結構かさばるので、積み上げた状態で運ぶのは背丈が低めの二人からするとかなり大変なように思える。

「ここからは代わろうか?」

「ううん、大丈夫だよ。 えっと、どこに運べばいいかな?」

「そしたら、リビングに運んでもらってもいいか?」

「了解。 そっちは大丈夫? 彼方ちゃん。」

「うん、平気だよ。 んしょっと。」

 そのまま二人で布団一式を運んでいく。二人とも、思ったよりも余裕そうだった。

 そして、リビングの一角にそれを下ろす。

 改めてみてみると、結構大きめの布団を使っているんだな、という印象を抱いた。セミダブルベッドくらいの面積はあるように思う。たたまれているので、正確にはわからないけど。

「お二人とも、先ほどぶりです。」

「あ、未来ちゃん、来てたんだね。」

「わぁ、その浴衣、とっても似合ってるよ! いいなぁ、綺麗だなぁ。」

「ホントだね。 うらやましいなぁ。」

「えっと、ありがとうございます。」

 彼方と小雪がそれぞれ感嘆の声を漏らす。その二人の反応に、未来は頬を桃色に染めつつ、小さく礼の言葉を口にしていた。

「そうだ。 小雪は風炉済ませたのか?」

「え、あ、ううん。 まだだよ。 えっと、お風呂借りても平気かな?」

「大丈夫だよ。 彼方もまだだったもんな。 順番に入ってきちゃいなよ。」

「そしたら、約束通り一緒に入ろうよ。」

「だね。 それじゃあ、お風呂借りるね。」

 楽しげに談笑しながら、彼方と小雪の二人はリビングから出ていった。ホント、仲良くなったもんだなぁ。初対面時はどうなることかと冷や冷やしたが、まぁ何事もなくてよかったよ。もう、あのチクチクとした雰囲気の中には入りたくないからね。

「なんか、こうして二人きりになること多いですね、私達。」

「ああ、確かにそうかもね。 未来も、もっと女子同士で話がしたいとか思ってたりするんじゃないか?」

「まぁ、そういう気持ちもないことはないですよ。 でも、こうしてレン君とお話しできるのも、すごく嬉しいんですよ?」

「お、おぅ、そうか……。」

 一瞬、その言葉にドキリと心臓が跳ねた。そんなこと言われてしまっては、嬉しくないはずがない。それも、未来くらいの綺麗な人となればなおさらだ。

「レン君とは、いつかお話してみたいってずっと思っていたんですよ。 執補会で木乃瀬さんや水樹さんからよくお噂は伺っていましたので。」

「そういえば、昨日もそんなこと言ってたな。」

「ええ。 ですが、なかなか機会がなくて……。 何分、私はあまり人に話しかけることが得意ではないものでして。」

「そうなんだ。 あー、でも、それもそうか。 でないと、チームメイトを一人も見つけられていないなんてことないかもね。」

「はい。 でも、結果的にそれでよかったって思っています。」

 にこりと微笑む未来。その笑顔は、優し気で温かみがあって、それでいてどこか輝いているようにも見えた。

「こうして皆さんと仲良くなることができたわけですし。」

「そっか。 俺も嬉しく思うよ。」

 俺については、単純に話し相手がようやくできたことが何よりも喜ばしいことだ。クラス内で孤立状態ってのは、案外精神的にきついんだわ。どれだけ高等部1年のころに戻りたいと思ったことか。まぁ、その度に愛葉や空にはため息を吐かれ、ミアの無垢な優しさをもらっていたんだけど。

「ところで、話は変わるんだけどさ。」

「どうかなさいました?」

「和服って、どれくらい持ってるの?」

 未来の浴衣姿を見てから、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。俺、意外と和服って好きなんだよな。誰かが来ているのも、もちろん自分で切るのも。つっても、今は一着も持っていないわけだけど。

「うーん、こういう寝間着用の浴衣は三着くらいですかね。」

「外出するときには着たりするの?」

「流石にこのご時世、和服で外を歩く人はあんまりいないので、どうしても浮いちゃうんですよね。 なので、最近は洋服を着るようにしています。 でも、外出用のものもいくつかは持ってはいるんですよ。」

「そうなんだ。 まぁ確かに、目立っちまうもんな。」

 外で浴びる人の視線って、結構気疲れの原因になったりするもんな。そう考えると、服装が周りから浮いてしまって注目されるのはあまり好ましくないかもな。俺だったら、普通に嫌だ。

「和服、お好きなんですか?」

「え、わかるのか?」

「いえ、なんとなくですよ。」

「まぁ、それなりに好きかな。 落ち着いた感じがね。 昔は自分でも着たりはしていたんだけど、最近はもうないかなぁ。」

「そうなんですか。 でも、そうかもしれませんね。 着るのに手間もかかってしまいますしね。」

 まぁ最近は簡単に着られるものもあるにはあるみたいだけどな。というより、割と値段が張るものが多いというのが理由だったりする。だから、結局いつも安物の服を選んでしまうんだよな。某有名服店とかな。あそこは素晴らしい。

「でも、そこまで和服にこだわるのには理由があったりするの?」

「まぁ、そうですね。 私の実家、実は旅館を経営しているんですよ。 それで、昔から浴衣や着物をよく着ていまして。」

「へえ、旅館かぁ。 それは本島にあるの?」

「そうですよ。 私はリージェリストなので、世間からの評判を考えるとどうしても継ぐことはできませんでしたので、姉や妹に負担をかけてしまうことになってしまいましたけど。 それでも、家族は私を優しく見送ってくれました。 いつか、何かしらで恩を返したいです。」

 へえ、未来にはお姉さんと妹さんがいるのか。

 それにしても、未来のご家族は、この現代社会では珍しい感じの人たちみたいだ。まぁ、自分の娘だから、というのはあるかもしれないが。でも、少なからず俺や愛葉、彼方みたいな家族もいるわけだからな。考え方は人それぞれなんだよ、結局は。

 ご家族の話をする未来は、とてもやさしい表情を浮かべていた。そして、どこか寂しそうというか、申し訳なさを感じているようにも感じられた。

「時間があったら、顔を見せに行ってあげなよ。 ちょっと、本島の方は風当たり強いかもだけど。」

「そうですね。 久々に顔が見たいです。 連絡は結構取っているんですけどね。 それでも、時たまに家族が恋しく感じるときがありますから。」

 ご家族に大切にされているって、いいな。

 縁を切ったこちらからすると、そういう家族関係ってたまにうらやましく感じることがある。別に、恨んだり憎んだりはしないけどな。

 うん、これ以上考えるのはやめておこうかな。昔の記憶はあんまり思い出したくないし。俺は話題を変えることにした。

「あの二人、仲いいよな。」

「フフッ、そうですね。 まぁ、どうしてかもなんとなくわかるんですけどね。」

「え、それってどういうこと?」

「いえいえ、こちらの話です。 それに、いずれわかることだと思いますよ。 特に、彼方さんは積極的な方のようですしね。」

 うーむ、よくわからないが、まぁいいということにしよう。気にしたら負けっていう感じだろう。それに、女同士にしかわからない何かがあるんだろう、きっと。

「でも、レン君意外と落ち着いていますね。」

「はは、まさか。 内心結構緊張してるんだよ、これでも。」

「今から、私あのお二人のところに行ってみようかしら。 レン君もついてきますか?」

「や、やめてくれよ……。」

「冗談です。 レン君は面白い反応をしてくれるので好きですよ。」

 またもやどきりと高鳴る心臓。そういう意味で言ったわけじゃないというのはわかっているつもりだけど、それでも「好き」という言葉には思わずドキッとさせられてしまうものだ。え、そんなことないって?いやいや、そんなまさか。

 その時だった。浴室の方から大声が聞こえてきた。

「お、おーい、レンくーん!! ちょっと来てーっ!!」

 声の発生主は彼方か。一体、何があったのだろうか……?

 けど、俺は少し躊躇ってしまう。

「ごめん、未来さん……。 ついてきてはいただけないでしょうか?」

「構いませんよ。」

 俺は未来の協力を得て、浴室の方へと駆け付けることができた。

 なお、要件は「タオルを貸してほしい」とのことだった。そういえば、出すのをすっかり忘れてしまっていたな。完全にこっちの落ち度だ。

 未来を連れてきて正解だったわけだ。おかげで事故を起こすことなく、要件を済ませることができたのでな。安心安心。ざ、残念とか、決して思っていないんだからなっ!!俺はそんなにむっつりではない……はずだ……。

 途中、未来からの誘惑はあったけど、全て振り切ってやったし、万が一を恐れて浴室とは真反対の方向を向いていたし、なるべく紳士的な対応をしたつもりだ。きっと、誰からも咎められることはないはずだ。

 たとえ、彼方・小雪・未来の3人それぞれがどことなく残念そうな表情を浮かべていたとしても、絶対に俺は間違ったことをしていないはずなんだ。もうこれ以上、からかわれるのはごめんだぜ……。



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Episode18. 就寝前のひと時。 能力について説明するだけの回……。

 彼方と小雪が風呂から上がり、それから俺たち四人は雑談に興じることとなった。他にやることもなかったしな。俺の部屋には娯楽が少ないんだ、許してほしい。せめて、カードゲームとかボードゲームなんかがあればよかったんだけどな。なお、小雪も未来も、そのような代物は残念ながら持っていないとのことだった。

 まぁ、雑談だけでも俺からすれば充分楽しいものなので、いいということにしておこう。他の三人も退屈はしていなさそうだしな。

「へえ、未来って封印系の能力だったのか。 能力のカテゴリー的には何に分類されるんだろう?」

「一応、援護系の能力ではあるそうですよ。」 なので、私の基本的戦闘スタイルは、相手の戦力をそぎながら刀で攻撃、といった感じですね。」

「なるほどなぁ。 ってことは、前衛型ってことだな。」

「そうなりますね。」

 今は、互いの能力や戦闘スタイルについて確認しあっているところだった。今後、このチームで対抗戦に出場するにあたって、知らなければいけない互いの情報がまだまだ不充分だったのでな。

 チーム対抗戦では、7対7の総力戦になる。一人一人の戦闘スタイルを把握したうえでポジショニングを考えなければならない。

「小雪は? さっき、特殊魔法とか、そんなことを言っていたような気がしたけど。」

「あ、うん。 そうだよ。 えっとね、わたしは色彩魔法を使えるんだ。」

「色彩魔法ですか? それって、どういう魔法何ですか?」

「うーん。 基本的に無属性魔法と変わらないかなって感じ。 でも、各魔法に与えられた色によって、系統が分類されるみたい。 例えば、赤い色の魔法だったら、基本的に熱を操るもので、青い色だったら反対に冷気を操るものだったりね。 あとは、固有能力で、対象者の視神経……、というか網膜に干渉することができるみたい。 今見てるものの色を別の色に誤認識させて惑わす感じの。 まぁ、一種の幻影魔法みたいな感じだよ。」

 確かに、色によって属性が限られるという制約以外は、大体無属性魔法と変わらないように思う。まぁ、差別化できる点と言ったら、色の誤認識っていう能力か。この能力は、使い方によってはかなり有効かもしれないが、やはり幻影能力よりかは使い道が限られてしまうようにも思う。まぁでも、能力的には、特殊魔法というだけあって全体的に優秀だ。なんせ、複数の属性を扱えるだけで、いろいろな立ち回り方や、合成技なども容易に使うことができるわけだしな。

「へえ、なんか面白い能力だね。 それで、レンくんはどういう能力なの?」

「俺か? 俺はコピー能力。 なんか、どの能力カテゴリーにも属さないみたいなんだ。 こういうの、他にはないらしくてな。」

「コピーですか。 他の能力を複製できるんですか?」

「そうそう。 俺の体内に新たにリージェルを構築して、コピー対象と全く同じ能力を扱えるようになるんだ。 でも、コピーを行うにも条件があって、対象者のリージェルが存在している部位のすぐ近くの皮膚に触れていないといけないんだ。 とは言っても、基本的にリージェリストがリージェルを保有しているのは、利き腕の前腕部か頭部っていうからな。 あと、リージェルだけじゃなくて、見たものの動作とかも記憶できる。 昨日、未来と打ち合いができたのも、実は能力のおかげだったりするんだよ。」

「そうだったんですね。 すごい能力です。」

 確かに万能ではあるな。でも、本質的には、自分の力ではなく他社の力を借りることでしか成り立たない能力でもある。そういうことを考えると、なんだか複雑なものがある。結局は使ってしまうんだけどな、便利なことに変わりはないから。

「今はどのくらい能力使えるの?」

「4種類くらいかな。 どれも、RSOの方々からコピーさせていただいたものだよ。 日常でよく使うのはテレポートかな。 一度行った場所で、景色さえ覚えていれば、どこにでも飛べるからね。 移動が楽なんだよ」

「あれ、思ったよりも少ないんだね。」

「まぁ、あんまり他人を頼りすぎるのもどうかと思ったからね。」

「レン君らしいですね。 でも、多いに越したことはないんですよね? でしたら、私たちの能力を複製していただく、というのはどうでしょうか?」

 未来がそんな提案をしてくる。彼方も小雪もそれには賛成の色を示している。確かに、それは俺としてはありがたい。けど、いいのかなぁ。

 少し渋っていると、小雪が言葉を付け加えてきた。

「チームメイトであるという証、という名目とか、そんなんでもいいよ。 結局、その能力をどこまで上手に扱えるかは、所持者の力量次第だし。 全部が全部、誰かに頼りきりっていうわけじゃないんじゃないかな?」

「ふむ、確かにそういう考え方もできるかもな。 わかった。 なんか、ここで断ったらチームメイトであることを否定しているようにもなっちゃうしな。」

「そうこなくっちゃね!」

 なんだか、小雪の言い方はずるいように思う。そんな風に言われたら、断ることができないじゃないか。

 というわけで俺は、コピー能力を発動させ、各々のリージェルの存在部位を調べることにした。相手はみんな女性だからな。下手したらセクハラ案件だ。慎重にならなければ。

「アビリティ・ラーニング、システムオープン。」

 まずはシステムを呼び出す。すると、脳内でいくつかの選択を行うことができるようになる。俺はその中から、リージェル探索モードを選択するために、再び詠唱を行う。

「プログラムセレクト・サーチ、アクション。」

 次の瞬間、俺の視界が少しだけ暗くなり、3人それぞれの身体のとある一か所にだんだんと光が浮き上がってくる。なお、この感覚は他社とは共有できないので、俺にしか見えていない。

 さてと、一人ずつ見ていこうか。まずは、俺から一番近いところにいた未来からだな。未来は、なるほど。ごく一般的な前腕部に存在しているようだ。それも、右利きのようだ。まぁ、木刀の握り方とか、食事の時のスプーンやフォークの持ち方で察してはいたけどな。

 続いて、その隣の彼方を見てみる。が、腕には光が見られない。そして、東部にもない。おかしいな……、大分珍しい部位にリージェルを持っているみたいだ。俺は少しずつ視線を下におろしていく。どうやら、上半身には存在していないようなので。すると、ようやく光を見つけた。場所は、左大腿部……って、なんでそんなところにあるんだよ……。

「ん? どうかしたの?」

 少しの間固まったまま彼方の方を向いていたので、それを不思議に思った彼方がこくんと首をかしげてこちらを覗き込んできた。

「えっと、彼方のリージェル、結構珍しいところにあって、驚いていたんだよ……。」

「そうなの? え、どこどこ?」

「左大腿部。 だから、どうしたもんかなってね……。」

「太もも? へえ、ワタシのリージェルって、そんなところにあったんだぁ。」

 ズボン越しに自分の左大腿部を撫でる彼方。

 まいったなぁ。いきなり障碍が発生してしまった……。流石に、異性の腿、しかも素肌に触れるなんてことはできない。

 ひとまず、保留ということにしておこう。そう思い、俺は小雪の方へと視線を移す。そして、光が見当たらなくて、またもや嫌な予感が俺を襲う。

 上半身には少なくともないみたいだ。だが、あれ?下半身にも見当たらない。もしかして、背中側なのか?

「ごめん、小雪。 ちょっと立ってくれない?」

「え、あ、うん。 わかった。」

 そうして小雪は、一度ソファから立ち上がる。

「んで、背中をこっちに向けて。」

「うん。」

 俺の言うとおりに、小雪がこちらに背を向ける。すると、思った通り、先ほどまでは見えていなかった光が見つかった。が、予想通り問題発生だ。その光は、小雪の臀部にあった。どうしてこうも、変な場所にばかりあるのだろうか。

「うーん、ごめん、三人とも。 やっぱり、能力複製は保留にしてもいいか?」

「それってどういう……」

「未来はすぐにできそうなんだけど、彼方と小雪はちょっと難しそうなんだ。」

「えっと、わたしもなんか変な場所にあったのかな?」

「うん……。」

 俺が指をさして、リージェルの存在部位を示す。

その指が示す先を理解した小雪が、顔を真っ赤にしてしまった。そりゃ、そうもなるわな。俺も、そんなところに触れることはできない。服越しでもどうかと思うのに、素肌なんてもっての外だろう。

「えっと、その……、わ、わたしなら気にしなくていいよ……?」

「いや、気にするって……。 もしかしたら、何かいい方法があるかもしれないし、その時またお願いするよ。」

「そ、そう? わ、わかった……。」

「アビリティ・ラーニング、システムクローズ。」

 俺は能力を終了させる。やっぱり、何かあるとは思っていたが、こうも予想の斜め上を行く結果だとはな。本当に、そういうのは勘弁してほしいよ。

 くそっ、せっかく新しい能力が増えると期待していたのに、この結果はあんまりだ。それに、提案を持ち掛けてくれた未来たちにも申し訳ない。でも、流石に無理なものは無理だ。同意のうえでも、俺の心が持たない。

「まぁ、少し残念ですが、仕方ありませんね。 何かいい方法、あるといいのですが……。 私も、コピー能力なんて初めて目にしましたので、どうすればよいのかわかりませんね。」

「うーん、難しいね……。 リージェルの存在部位って、変えられたりするのかな?」

「そういう話は聞いたことないかなぁ。 いろいろと調べてみないとわからないかもだけど。 ま、まぁ、最後の手段はあるから、ホントに困ったときはこの手を使おう。」

「最後の手段なんてあるのか? それってどんな?」

「えっ、あっ、そ、その……。 き、気にしないでっ!」

「あ、はい。」

 こういうのは踏み込まないが吉だ。それに、話したくないってことは、あんまり気の進まない方法なのだろう。できれば、そういう手段は使わない方向で行きたいしな。態々突き合わせてしまっているのに、さらに負担を増やさせるなんてことはできない。

「それじゃあ、能力コピーについては保留ということで。 それで、レンくん。 他にはどんな能力持ってるの?」

 彼方が話を戻す。そういえば、まだテレポート能力しか紹介していなかったっけ。

「えっと、今持ってるのだと、テレポートの他には、透心(とうしん)能力、霊魂能力、あとは鉱石弾丸魔法ってところかな。」

「鉱石弾丸魔法って、もしかして特殊魔法なのかな?」

「まぁね。 魔法とは言っても、結構物理的な攻撃なんだけどね。 あと、属性っていう概念が存在しないっていうのも特徴かも。」

 鉱石弾丸魔法とは名前の通り、鉱石の礫を弾丸として対象に放つ攻撃魔法能力である。どちらかというと、銃撃能力に似たところがある。けど、どうやら分類は特殊魔法のようだ。

「霊魂能力は、地上を浮遊する例の力を借りて攻撃することができる能力だよ。 ちなみに、例の実体化も可能みたいだけど、俺はまだ使ったことないなぁ。」

「お、お化けってことだよね……、それ……。」

「まぁ、そういうことになるね。 この能力でお化け屋敷とかやったら、結構面白いことになりそうだな。」

「でも、リアルすぎるのではないでしょうか?」

「それもそうかもな。」

 「はははっ」と笑いあう俺と未来。その発想は今までなかったけど、想像してみるとなかなか面白そうだな。ミアあたり、本気でビビってくれそうだ。文化祭なんかがあれば、速攻提案間違いなしだな。

「ちょっ、なんで二人はそんなに楽しそうなの!?」

「わ、わたし……、怖くて想像もしたくないんだけど……。」

「あ、もしかしてお二人は、こういうのは苦手なんですか?」

 ものすごい勢いで首を縦に振る彼方と小雪。こういう反応をされると、余計に怖がらせてみたくなってしまうのは、人間として普通の感情だと思う。

 未来と目があった。考えていることは同じのようで、その瞳の奥には悪戯心が見え隠れしているようだった。あれだな、未来とは結構気が合うな。

「むぅ、何か企んでるでしょ、二人とも……。」

「そんなことありませんよ。」

「ホントにやめてね……、怖いのは嫌だから……。」

「わかってるわかってる。 そんなことしないから。」

 と言いつつも、この二人をびっくりさせる計画を密かに立てる俺と未来なのであった。正確が悪い?いや、そんなことないはずだ。

「それで、あと一つはなんでしたっけ……。 確か、透心能力……でしたよね、 これはどういう能力なんですか?」

「ああ、これは心を読むことができるっていう能力だよ。」

「えっ、そんなことまでできるんですか、レン君って。 すごいです。」

「う、嘘っ、心読めちゃうの!?」

「一応ね。 試しに、今何考えてるか当てて見せようか?」

「お、お願い……、それは堪忍して……!!」

 あれ、なんか小雪が怯えてる?もしかして、何か知られたくないことでもあるのだろうか?まぁ、そういうことならやめておこう。人のプライバシーを踏みにじることはできないしな。

「まぁ、そうなりますよね……。 では、私の考えていることを当ててみてくださいよ、レン君。」

「未来は大丈夫なの?」

「ええ、私は構いませんよ。」

「わかった。 そんじゃあ……」

 俺は能力を発動させる。そして、極限の集中状態となり、未来の心の中を覗き込む。許可はもらったから問題ない。

「(後で、彼方さんと小雪さんのお二人をびっくりさせてみたいです。)」

 俺は思わず笑いそうになる。アイコンタクトだけでもなんとなく察してはいたが、ここまで考えていることが同じだとはな。

「ははっ、やっぱり未来は気が合うな! 俺も同じこと考えてた。」

「あら、そうなんですね。 フフッ。」

「むぅ、やっぱりレンくんと未来ちゃん、距離近いよね……。」

「う、うん、そうだね……。 レンくんって、やっぱり未来ちゃんみたいな人がいいのかなぁ……。」

 俺と未来が不敵な笑みを浮かべあっている横で、彼方と小雪が何やらこそこそとやり取りをしていた。その内容までは聞こえなかったが、なんとなく不満げなオーラを発しているように見える。もしかして、俺たちの考えって見透かされてたりするのだろうか?俺たちって、そんなにわかりやすいかなぁ。それとも、まさか彼方たちも心が読めたりするのか!?いやいや、そんなわけないよな。

「フフフ、レン君も大変ですね。」

「え、どういうことだ?」

「いずれわかりますよ、きっと。」

「またそれかよ……。 まぁいいけど。」

 俺はため息を一つこぼす。それから、置時計へと視線を向けると、時間は既に0時に差し掛かっていた。思ったよりも話し込んでしまっていたな、俺たち。

「そろそろいい時間だし、終身準備でもしませんか?」

 三人に問う。時間を意識した途端、強烈な眠気が俺を襲ってきたのでな。そろそろ自分の部屋に戻ってベッドにもぐりこみたい。

「あ、本当ですね。 そうしましょうか、 お二人もそれで構いませんか?」

「うん、わたしはいいよ。」

「ワタシも大丈夫だよ。 えっと、お布団はどうするのかな?」

「一旦、ソファを退けて、ここに布団を敷こう。 あと1セットは俺の部屋から持ってくるよ。」

「あれ、2セットでいいの?」

「俺は自分の部屋で寝るから。」

 そう短く返すと、何故か不満の声が上がる。え、どうしてだ?

「レンくんは一緒に寝ないの? せっかくなんだからさ、レンくんも混ざろうよ。」

「いやいや、それはちょっと……。 異性が一人混じっているなんて、普通嫌なんじゃないか?」

「わ、わたしは平気……だよ……? は、恥ずかしいけど……。」

「うーん、私も気にしませんね。 レン君なら信用できますし。」

「そういうこと。 だから、ほらほら、一緒に寝ちゃおうよ!」

 に、逃げられない……。そんな確信めいた何かがあった……。何故、この三人はこんなにも男である俺を拒絶しないんだろうか……。確かに、信頼してもらえているのは嬉しいことだと思う。けど、少し心配にもなる……。

 でもなぁ、ここまで言われて、この三人の誘いを無下にするのも心が痛む。どうしたものかなぁ……。でも、確かに一人寂しく練るのも、それはそれで取り残された感が半端ない気もする。

「はぁ、わかった。 でも、俺は端で寝るからな。」

「おっ、乗ってくれたね。」

「んじゃ、2セット分布団持ってくるから、ちょっと待っててくれ。」

「あ、手伝うよ。」

「大丈夫。 君らはここで待ってて。」

 俺は自分の寝室に戻り、布団二式を重ねてリビングに戻る。この時期は、少し厚手の毛布が一枚あれば充分だろう。だから、一人でもそこまでの重労働ではない。

「はい、お待たせ。 えっと、ごめん、そこのソファを少し後ろに下げてもらってもいいか?」

「わかりました。」

「あ、じゃあワタシ、こっち持つね。」

「お願いします。」

 未来と彼方の二人でソファを後方へ下げてくれた。これで、リビングの前のスペースは布団を広げても問題ないくらいには広くなっただろう。俺はそのスペースに、寝室から持ってきた布団を下ろす。

 それから、一式ずつ床に敷いていく。俺の布団は左端に、来客用の布団を真ん中に、そして小雪が持ってきてくれたやや大きめの布団を右端に置いた。恐らく、あの広めの布団に彼方と小雪が寝転がるのだろう。それを見越して、俺の布団と小雪の布団を離れた位置に敷いたのである。昨日みたいに、彼方が俺の布団に入ってこないようにな。悪いが未来、俺のための防衛線になってくれ。

 彼方の方をちらりと見やると、不機嫌……とまではいかなくとも、ちょっと不服そうな顔をしていた。やはり、潜り込むつもりだったのだろう。そんなことはさせない。あ、別に彼方が嫌いだとか、そういうことではないからな。ただ、俺の理性をこれ以上ガリガリ削られるのはいただけないのでな。自己防衛のためだ。

 それと、小雪が彼方同様に不満げな表情をしていたのは、きっと気のせいなのだろう。それか、小雪も何かしら俺に悪戯を仕掛けるつもりだったか。って、待てよ?それを考えると、未来の方が悪戯をしてきそうな予感がするのだが……。いや、もう遅いか。未来は既に真ん中の布団に寝そべっていた。

 まぁ、なんとかなるだろう。

「んじゃ、もう寝るぞ。」

「はーい。」

「うん、わかった。」

「おやすみなさい、皆さん。」

 俺も自分の布団にもぐりこむ。いつもとは違う、床の感触。だが、これもまぁ悪くないんじゃなかろうか。俺はそのまま目を閉じる。すると、やはり眠気はピークだったみたいで、すぐに意識を手放した。

 いろいろあったが、今までで一番充実した一日だったように思う。これから、こんな毎日が続くと思うと、自然と喜びの感情が湧き出てくる。俺は、満たされた気持ちのまま、眠りの世界へと落ちていったのだった。



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Episode19. リージェリストだって、ガールズトークがしたい!

 リビングの明かりが落とされ、皆さんがそれぞれの布団にもぐり、少ししたところで私の左側から規則的な寝息が聞こえてきました。どうやら、レン君はすぐに眠ってしまわれたようですね。恐らく、よほどお疲れだったのでしょう。

「あっ……。」

 ふと、そこで私は大切なことをレン君に伝えるのを忘れてしまっていたことを思い出しました。ですが、もうレン君は熟睡されています。起こしてしまうのは心苦しいですね……。どうしましょうか……。

「ん? どうかしたの? 未来ちゃん。」

 右隣から小雪さんが声をかけてきました。

「あ、いえ、ちょっと心配事……っていうと大げさかもしれないんですが、レン君に伝え忘れてしまったことがありまして……。」

「そうなの? あ、でも、レンくんもう寝ちゃってるね。」

「え、早くない? まだお布団に入って5分も経ってないよね?」

「大分お疲れのようでしたので。」

 そう言うと、彼方さんは少し残念そうなため息をこぼしました。彼方さんとしては、もっとレン君とお話がしたかったのでしょう。

「まぁ、仕方ないよね。 んで、伝え忘れたことって?」

「えっと、お恥ずかしながら、私って寝相が悪くて……。 もしかしたら、ご迷惑をおかけしてしまうかもと……。」

「そうなんだ、なんか意外だね。 ま、まぁ、斯くいうわたしも、あんまり寝相良くないんだけどね。」

「うーん、それを言うならワタシもかなぁ。 でも、レンくんはそういえば微動だにしてなかったような……? 一緒に寝てて思ったけど。」

 確かに、布団にもぐられてから今の今まで、レン君は一切体制を変えたりしていませんね。寝息が聞こえてこなければ、死んでしまっているのかを疑ってしまいそうです。

 というか、今さらりとすごいことを言っていませんでしたか?彼方さん。

「お昼にも聞いたけど、一緒に寝るなんてやっぱりずるい……。」

 小雪さんが、すねたように枕に顔を埋めてしまわれました。まぁ、そうなってしまうのも仕方ないことだと思います。レン君も罪な方ですね。

 と言いますか、彼方さんも小雪さんも、結構わかりやすくアプローチしているように見えたのですが、レン君は果たしてお二人のお気持ちに気付かれているのでしょうか?あの感じだと、全く気付いていらっしゃらないように思います。

「そ、その……、昨日は心細かったから……。」

「うぅ、それはわかるけど……。 な、何もしてないよね……?」

「で、できないよ、流石に……。 するとしても、小雪ちゃんも一緒がいいな。」

 ど、どういうことでしょうか?もしかして、複数……?

 まぁ確かに、法律上は許されていますが、なかなかそういう人たちは見かけませんよね。それに、お二人はよかったとしても、レン君がどうお考えなのかもわかりませんし……。私は、どんな形であれ、お二人を応援したいと思っていますけど。

「お二人とも、まずはちゃんとレン君にお気持ちを伝えないとですよ。」

「そうなんだけどね。 流石にまだ早いかなって……。 ワタシなんて、まだ会って1日しか経ってないわけだし。 もっと時間置くべきなんじゃないかなぁって思ってるから。 じゃないと、レンくん振り向いてもくれなさそう。」

「ですが、早くアタックしておかないと、他の人に取られてしまうかもしれませんよ。 例えば、木乃瀬さんとか。 あ、木乃瀬さんっていうのは、レン君の幼馴染さんです。」

「えっ、い、いるの!? 幼馴染……。」

「うぅ、水樹さんもそういえばレンくんと仲いいもんね……。」

「ええ。 ですから、早いに越したことはないんじゃないでしょうか?」

 このままだと、むず痒い平行線状態が続いていきそうでしたので、背中を押しておくことにしました。ごめんなさい、木乃瀬さん。あなたの幼馴染さんは人気な方のようです。

「そ、それに……、未来ちゃんもレンくんと仲良さそうだもんね……。」

「え、私ですか? うーん、そうなのでしょうか?」

 思わぬ指摘でした。実際、私も昨日初めてお話をさせていただいたといっても過言でないほど、レン君とはこれまでなかなかかかわる機会がなかったので、仲が良いといわれるほど関係は深くないんですけどね。まぁ、それでも確かに、時々気が合うなと思うことはあるかもしれません。それに、今日1日を通して、それなりにお話ができたので、距離が縮まったように見えたのでしょうか。

「ねえ、未来ちゃん。 実際、レンくんのことはどう思ってるの?」

「そうですね。 とても気の合う方、でしょうか?」

「それだけなの? 他には、どうも思ってないの?」

「もちろん、数少ない大切なご友人ですよ。 ですが、今のところは他の感情はない……はずです。」

 生まれてこの方、私は恋愛をしたことはありませんでしたので、恋をするというのがどういう感情なのかはわかりかねますが、何かこう、特別な感情がレン君に対してあるとは考えにくいですね。

 まぁ、あくまで「今のところ」であって、これからどう変化していくかはわかりませんが。もしかしたら、レン君とかかわっていくうちに、何か特別な感情が芽生えるかもしれませんし。できれば私も、いずれは恋愛というものを経験してみたいものですからね。

「そ、そうなんだ。 でも、レンくんの方がどう思ってるかはわからないよ。 もしかしたら、未来ちゃんみたいな人がタイプだったりするかもしれないし。」

「うーん、それはないんじゃないでしょうか? もしそうだったら、もう既に木乃瀬さんとお付き合いしていると思います。」

 私のような女性というと、年相応とは言い難い人だと思います。そうなると、真っ先に思いつくのが木乃瀬さんです。どこか大人びたところがあって、私でも憧れてしまいます。ですので、そういう方がタイプなのでしたら、木乃瀬さんとくっついていらっしゃるかと思うんです。

「そ、そうなのかなぁ。」

「ええ。 ですからお二人とも、誰かに取られてしまう前に、早くお二人のお気持ちを伝えてしまいましょう。 もし、最初がだめでも、何度も何度もアタックし続けるんです。 そうすれば、いつかは絶対に振り向いてくれますよ。」

「う、うん、わかった。 頑張ってみようかな。」

「早いに越したことない……のかな。 わたしも、ちゃんと勇気、振り絞らないとダメだよね。」

 どうやらお二人とも、少しは勇気を出してくれたみたいです。あまりこういうのは得意ではないんですけど、レン君へのからかいのネタが増えるのは、私としてはとてもありがたいですからね。なんて、ちょっと打算的な考えで行動しすぎましたかね?ですが、友人には幸せになってほしいという気持ちもちゃんとあります。そこはご安心ください。

「あっ、レン君起きていらしたんですね。」

「「えっ!? 嘘っ!?」」

「フフッ、冗談です。」

「なっ、び、びっくりさせないでよぉ!」

「し、心臓が止まるかと思った……。」

「ごめんなさい。 少しからかってみたくなっちゃいまして。」

 お二人の反応も、とても面白いです。私、思った以上に悪戯が好きなのでしょう。なんだか、今日1日で私の知らない一面を思い知った気がします。それもこれも、皆さんがいてくれたからにほかなりませんね。本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。

 こうやって、誰かと恋についてお話で切る機会だってこれまでありませんでしたし、できる機会なんてないと思っていましたから。

「もぅ……。 そんな未来ちゃんには……、こうっ!!」

「えっ、小雪さんっ!?」

 突然、小雪さんが私のもとへととびかかってきました。それから、両手を私の胸部へと伸ばしてきます。

「ちょっ、どうしたんですかっ!?」

「からかったお返しだもんっ! って、すごーい! 柔らかいね! 下着は……、やっぱりつけてないんだね。」

「まぁ、寝るときに窮屈になってしまいますからね。 んっ……。」

 くすぐったさのあまり、変な声が漏れてしまいました。これ、もし仮にレン君が起きていたら恥ずかしいですね。お願いします、そのまま眠っていてくださいね。

「ほらほら、彼方ちゃんもおいでよ。」

「あ、あんまり触られると困るんですが……。」

「ダメだよ。 お返しだからね。」

「は、はい……。 すみません……でした……。」

 まぁでも、こういうスキンシップも、同性のご友人同士の間では普通なのかもしれませんよね。そう思うと、なんだか嬉しくもあります。

あっ、べ、別に、女の方が好き……というわけではありませんからね!?

「へえ、どれどれ? あっ、ホントだ! 柔らかいね! それに、いいなぁ。 すごい大きい! 憧れちゃうなぁ。」

「か、彼方ちゃんは充分大きいの持ってるよね……。」

「でもでも、未来ちゃんの方が大きいよ、いいなぁ。」

「くっ、持たざる者に情けを……。 このっ、このぉ!」

 どうしましょう……。だんだんとエスカレートしていっているように感じるのは、私の気のせいではないはずです……よね……?

「お、お二人とも……? そ、その……、そろそろ……、解放してはいただけないでしょうか……? ひゃっ……。」

 もはや、軽く触れたりまさぐられるだけでなく、押したり揉んだりして感触を楽しんでいらっしゃいます……。そんなに気持ちよいのでしょうか?自分自身で感触を確かめてみますが、特に気持ちよくありませんけど……。

「えいっ!」

「ちょっ、流石にそれはダメですよぉっ!!」

 小雪さんが浴衣の中に手を滑り込ませてきました。いくら同性でも、それは流石に恥ずかしいです。なので、できる限りの抵抗をします。

「むむっ、流石にガード固いなぁ。」

「あ、当たり前ですっ!!」

「でも、わたしたちの勝ちだね。」

「えっ、それってどういう……」

 次の瞬間、後ろから何かに引っ張られる感覚がありました。な、なんでしょうか、今の感覚……。と、気づけば彼方さんがいません……。ま、まさか……。

 そう思って背後へと振り返ろうとした途端、着ていた浴衣が急に緩くなりました。

「うっ、やられました……。 帯をほどきましたね……。」

「大正解だよ! よいしょ。」

 そして、なんということでしょう……。彼方さんは、手にしていた私の浴衣の帯を、レン君の寝ている布団の中に入れてしまわれました……。こ、これでは、取ろうとしたときにレン君が起きてしまいかねません。

「うぅ、図りましたね……。」

「へへへ。 これで触りたい放題だよ。 そりゃあっ!」

「きゃっ、ちょっ、本当にダメですって!」

「わあっ!! すべすべだぁ。 あっはは、これ病みつきになりそう!」

 小雪さんが、遠慮なく両手でわしゃわしゃと撫でまわしてきます。とてもくすぐったくて、声を漏らさないよう我慢をするのが大変です……。

 それでも、時々我慢できずに吐息が漏れてしまいます。うぅ、すごく恥ずかしいです……。でも、嫌では……ないかも……?

 って、危ない危ない……。新たな扉を開きかけてしまいました。

「ワタシもワタシもー! うわぁ、ホント綺麗な肌だね。 どうしてこんなに綺麗なの? なんか、特別なスキンケアとかやってるの?」

「えっ、あ、と、特には……。 んんぅ……。 って、そ、そこは本当にダメですよぉっ!! お、お願いですから、もうご勘弁をぉ!!」

 それから約10分くらい経った頃でしょうか。ようやくお二人は私を解放してくださいました。レ、レン君に気付かれていないといいのですが……。少し騒がしくしてしまったので、もしかしたら起こしてしまったかもしれません……よね……。ど、どうしましょう……。今の痴態を見られてしまっていたら……。

「はぁ……、はぁ……、はぁ……。 お、お二人とも……、激しすぎますよぉ……。」

「ご、ごめんごめん。 あまりにも未来ちゃんのお肌が綺麗だったから。」

「な、なんか今の未来ちゃん、ものすごくえっちぃね。 ワ、ワタシ、ちょっとドキドキしてきちゃったかも……。」

「もしかして彼方ちゃん、そっちの気があったりするの? それなら、未来ちゃんを口説いてみたら? わたしは、レンくん一筋だけどね。」

「え、ちょっ、小雪ちゃんいじわるだよぉ!」

「あ、あの……、流石に私も、同性同士はあんまり……」

 できれば、私だって男の方と結ばれたいです。これでも一応、乙女の端くれなんです、私だって。

「冗談冗談。 とにかく未来ちゃん、ごちそうさま。」

「もぅ、流石にやりすぎですよぉ。 今日だけですからね……。」

「あ、あれ……? か、会話の端々がホントにえっちかも……。」

「では、もうそろそろ私たちも寝ましょう。」

 かなりの時間、お話をしてしまっていたような気がします。恐らく、もう日はとっくにまたいでいると思います。それどころか、1時くらいになってしまっているんじゃないでしょうか。

「そうだね。 確かにもう眠いかも……。」

「それじゃあおやすみ。 今日はありがとうね。」

「うん、こちらこそ、楽しかったよ。」

「ええ、ありがとうございました。 それでは、おやすみなさい。」

 私たち三人は毛布をかぶって、今度こそ就寝することにしました。

 今日……と言いますかもう昨日のことなのかもしれないんですけど、本当にいろいろとありました。ですが、どれも私にとって大切な思い出になるでしょう。こんなに楽しい1日は、今までなかったと思います。こんな充実した1日をくださった皆さんには、感謝してもしきれませんね。

 さて、そろそろ本格的に眠気が襲ってきましたね。

 そんなわけで私は、満たされた気持ちのまま意識を手放しました。今の自分の状態すらも忘れて。

 

----------------------------------------

 

「ぐほあっ!?」

 突如、俺の腹部に強烈な衝撃が走った。思わず苦悶の声が漏れてしまう。

「な、なんだ……? って、足?」

 見ると、俺の腹の上に足と思しき何かが乗せられていた。恐る恐る手で触れて確認してみると、やはり足であることが明確となった。てか、めっちゃすべすべなんだけど……。男のものとは段違いの感触に、思わず感嘆の声が漏れそうになる。

「だが……、何故足が……?」

 だが、俺の冷静さはちゃんと生きていてくれてたみたいだ。寝ぼけた頭のわりには、結構働いてくれるじゃないか。たまには優秀なところを見せてくれるな、おい。

 暗いので、よくは見えないが、距離的にこの足は未来のものだろう。未来って、意外にも寝相が悪かったんだな。

 まぁ、そういうことなら気にする必要ないか。いきなりのことで驚きはしたが、解決したことによってふたたび眠気が押し寄せる。

 俺はもう一度、意識を手放した。布団に手を突っ込んだときに、何かが触れたことにも気づかずに。

 

 

 

「眩しい……。」

 カーテンの隙間から差し込む陽の光に、俺は強制的に目を覚まさせられる。そして、いつもより硬い感触で、昨日のことを思い出し、すぐさま覚醒する。

「……。」

 目を開く。するとそこには、ドアップの未来の顔があった。え、何?これ、どういうこと?俺にはさっぱりわからないんだが……。

 未来の寝息が頬を撫でる。く、くすぐったい……。そして、胸に押し当てられる何とも言えない柔らかな感触に、思わず鼓動が早鐘を討つ。あ、朝の俺には刺激が強すぎる……。いや、四六時中化、それは……。

「そ、そういえば……」

 夜中、腹部を襲った衝撃によって目を覚ましたことを思い出す。未来の奴、そういえば寝相が悪かったんだっけ。だからこんな状況になっているのか……。

 ま、まいったなぁ……。これでは、起き上がろうにも起き上がれない。それに、身体のとある一部分が朝特有の反応を起こしている。自己主張の激しさに、思わず顔をしかめてしまう。

 昨日、彼方と寝た時は、彼方に背を向ける形だったからよかったものの、今は未来と向かい合っている。つまり、バレてしまう可能性が著しく跳ね上がったということだ。は、早まるなよ……?静まってくれよ、わが愚息よ……。

「んんっ、んあぁ……。 お、おや? レン君の顔が近くに……。 って、すみません……。 私の寝相が悪すぎるばかりに……。」

 お、起きてしまわれた……。た、頼む、気づかないでおくれや……。

「今、起きますね……。」

 そう言って未来は、身体を起した。そして、俺はあまりの衝撃に息をのんだ。

 何故って?そりゃ、未来の格好がヤバいことになっているからに決まっているではないか。お、帯はどうしたんだ?前部が完全にはだけてしまっている……。

 ギ、ギリギリ大きな山のてっぺんの蕾は隠れているようだが、それでも煽情的な姿に違いはない。というか、どうして下着をつけていないのか……。一応、ここ男の部屋なんだけどなぁ……。未来も、危機感がまるでない。

 どうやら、下はちゃんと履いているみたいだ。白ではあるが、レースが付いていてとても大人びている。正直、エロいと思う。って、直視するな直視するな直視するなっ!!し、静まれ、俺の煩悩っ!!

 俺はがばっと未来から視線を外すように背を向ける。これ以上未来の方に視線を向けていたら、本当に精神がぶっ壊れてしまう。これも、一種の防衛本能という奴だろう。それに、いい加減愚息を沈めないとならない。てか、ちょっと痛い……。

「ど、どうかなさったんで……す……か……、って、ひゃあっ!?」

 未来も、自分の状態に気付いたみたいで、軽く悲鳴を上げる。もっと早くに気付いてほしかった……。

「み、未来、帯はどうしたんだよ……!?」

「え、えっと、実は、レン君の布団の中にあったり……。」

「はあっ!?」

 ま、まさか俺がはぎ取ったとかないよな?

 そう思いつつ、布団の中をあさっていると、確かにそれっぽい布を見つけた。

「こ、これか……? い、言っておくが、俺は取ったつもり……、ないからな?」

「え、ええ。 疑っていませんから安心してください。 ちょっと、昨晩こちらのお二人とじゃれあっているときに取られてしまって……。 レン君の布団に放り込まれてしまったんですよ。 す、すっかり忘れてしまっていました……。 は、恥ずかしいです……。 み、見てしまわれましたよね……?」

「す、少しだけ……。」

「ご、ごめんなさい、お見苦しいものを……。」

「そ、そんなことはないと思う。 み、魅力的だったと思うよ……?」

「えっ!?」

 まずい、俺の頭が正常に機能してくれない件。

「と、とにかく今のことは忘れるからっ!!」

「い、いえそんな……。」

 あ、あれ?なんか反応が弱い……?

「は、はい。 もうこちらを向いていただいても大丈夫ですよ。 帯を結びなおしたので。」

「あ、ああ。 えっと、ホントにごめんな。」

「こ、こちらこそ、すみません……。 そ、それと……」

「それと?」

「あ、いえ、別に何でもないんです! あ、あはは……。」

 はぁ、朝から疲れてしまった。

「とにかく、おはよう……。 って、ひっ……。」

 未来の方へ向き直ると……、急に背筋が凍った……。

 なんか、さらに疲れそうな展開になる予感が……。助けてっ!Help me!



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Episode20. レンの奉仕タイム? 頭をなでるだけの簡単なお仕事

 未来の後ろに、冷ややかな視線が二人分……。言わずもがな、彼方と小雪の二人からのものだ。というか、起きていたのか、気づかなかった。っていうのも無理はないか。未来のあんな姿を見てしまえば、周りの状況なんて頭に入ってこなくなる。

 にしても、二人とも滅茶苦茶怖いんだが……。昨日、この二人が初めて対面したときに感じた冷たい雰囲気が、今は俺のところだけに伝わってくる。プレッシャーが半端じゃない。

「お、おはよう……ございまーす……、お二人さん……。」

 恐る恐る朝の挨拶をしてみる。しかし、彼女たちからの反応はない。それがまた怖くて、思わず身体が震え始める。

「お、お二人とも、起きていらしたんですか!?」

 未来も、二人の異様な雰囲気を感じたのか、若干腰が引けている。うん、そうなるのは必然だと思う。

 先ほどから、彼方も小雪も星座の状態から微動だにしていない。ただ静かに、俺たち二人の方へひたすら冷たい視線を注いできているだけなのだ。向けられている本人側からすれば、ホラーよりも怖いと感じさせるほどだ。

 そ、そろそろ何か話してほしい……。

 そんな俺の願いが届いたのか、ようやく彼方が口を開いた。

「えっと、何してたの? 二人とも。」

 抑揚のないただただ平坦な声。お、怒ってらっしゃる……。彼方って、こんな怖い子だったっけ……?

「え、ええっと……、事故と言いますか……、何といいますか……。」

「ふーん。 朝からイチャイチャしていたのは、事故なんだ……。」

 イチャイチャ?どういうことだ……?

 そもそも、俺と未来はそんな関係ではない。それは、彼方も小雪も知っているはずなのになぁ。でも、今はそんなこと言っても無駄なように感じる。

「そ、そうですよ、事故ですってば! 昨日、お二人には言ったじゃないですか。 私、寝相が悪いんです、って。 そ、それに、むしろ怒る権利は私の方にあると思うんです! 昨日お二人が帯をとってしまわれたからこんな状況になってしまったんですよ!?」」

「そ、それについては……、ごめんなさい……。 もともと、未来ちゃんは責めてないから、安心してね。」

 あ、思ったより素直に謝るんだな、そこは。って、おい待て……。未来はってことは、俺は何かしたってことなのかよ!?

「いやいや、俺も何もしてないだろ!?」

「でも、未来ちゃんを見て鼻の下伸ばしてた……。」

「えっ、嘘っ!? マジで!? そ、そんなにキモイ顔してたか、俺!?」

 思わず、両手で顔を覆ってしまう。た、確かに、未来の姿を見て理性の限界値突破寸前を経験したような感覚はあったが、そんなに変な顔をしていたとは……。何という恥さらしだろうか……。

「キ、キモくはないけど……。 でも、なんか複雑……。」

「へ? ど、どういうこと……なんでしょうか……?」

「女の子には、いろいろあるんですよ。」

「そ、そうなのか……、よくわからん……。」

 それからしばらく、ぶーたれる彼方と、しょぼんと落ち込む小雪をなだめ続けた。理由はわからずじまいだったので、どう慰めればよいのかわからなかったけど。

 その最中……

「うーん、お二人を抱きしめて差し上げる、というのはどうでしょうか?」

 などと、未来が宣うもんだから、思わず脳天チョップをかましてしまう。

「うっ、い、痛いですぅ……。」

「いや、なんでやねん! むしろ逆効果でしょ、それ……。」

 同世代の男に抱きしめられて喜ぶ女なんて、恋人、もしくはビッチくらいなものだぞ。と思って、彼方と小雪の方に視線を向けてみると、何か二人とも期待するような眼差しをこちらに向けてきていた……。おいおい、それマジデスカ……。まさかの、彼方と小雪はビッチ説浮上ですか!?いやいや、そんなバカな……。

 そう思って視線を外すと、「あ……」とか「え……」とか、そんな切なげな声を漏らすお二人さん。これ、どうするべきなのでしょうか……。

「君ら、本気か?」

「え、あっ、べ、別に……。」

「わたしなんて抱いても気持ちよくないよ……。」

 彼方はぷいっとそっぽを向き、小雪はさらにしょぼくれていく。てか小雪さん、その言い方は少し危ないからやめようか。

「はぁ、レン君は乙女心が分かっていないですね。 こういう時は、スキンシップですよ。」

「え、そうなの!? で、でもなぁ……。」

「ほら、つべこべ言わずに。」

「って、未来ちゃん!?」

 未来は、彼方をひょいと持ち上げて、俺の膝元に座らせた。な、なんて早業だ……。今、彼方を軽々と持ち上げたぞ、こいつ……。

 そして、俺の膝元まで運ばれてきた彼方は、顔を赤くしてあわあわしていた。これを俺にどうしろと?

 とりあえず、何も考えず頭を撫でてみる。

「はうぅ……。 恥ずかしい……。」

 やってるこっちも恥ずかしいです、はい。というか、こんなことされて、嫌じゃないのだろうか?本当に不思議なものだ。

 そして、撫でるたびにほんのりと甘い香りが尾行をくすぐる。

「恥ずかしいけど……、なんか気持ちいい……。」

 すると、彼方は俺の肩に頭を預けてくる。その仕草が、何故か異様に可愛く見えてしまった。これじゃまるで、恋人みたいだな……。出会って二日しかたっていないはずなのに、どうして彼方はここまで俺に心を許しているのだろうか。これでは、俺に好意があるんじゃないかと勘違いしてしまいかねないぞ。まぁ、そんなことないのはわかっているけどな。

 それからたっぷり10分ほど頭を撫で続けた。そして、お次は小雪の番だった。やっぱり、未来の早業によって彼方と小雪の位置が瞬時に好感された。小雪は、彼方以上に緊張で身体をガチガチに固めていた。少し、触れてしまうのが申し訳なくなって、しばらく様子をうかがっていると、

「わ、わたしには……同じようにしてくれないんだ……。 ま、まぁそうだよね……。 わたしなんて……」

 という感じで、面倒くさい女の子モードに入られてしまったので、俺はすぐに先ほどの彼方みたく頭を優しく撫でてやった。この子は、時々自分に自信がないというような反応をする。それが少し気になってしまう。そしてなんか、そんな小雪が放っておけない。俺って、こんなにお節介な人間だっただろうか?

「う、うぅ……、確かにこれは恥ずかしいね……。」

「嫌か?」

「ううん、嫌じゃないよ……。 むしろ、好きかも……、これ……。」

 彼方も小雪も、俺の心をかき乱してくる。いつか、この二人のせいで脳が狂いそうだ。というか、もはや手遅れなのかもしれないな。なんて考えながら、俺は心の中でため息をつき、気持ちよさそうに目を細めている小雪の頭を撫で続けていた。

 

「はい、おしまいだ。」

 10分くらいたったので、俺は小雪を膝元から降ろす。

「もう……、おしまい……?」

「えっ?」

 すると小雪は、またも切なげな表情でこちらを見上げてきていた。その頬は上気しており、なんというかこう……色気を感じてしまった。思わずうろたえる俺。相も変わらず、童貞臭いな。

「あ、う、ううん。 何でもないの! 気にしないで!」

「そ、そうですか……。」

 そう言うと小雪は、ゆっくりと俺から離れていく。膝元にあった柔らかな感触が離れた時、不覚にも名残惜しいとか考えてしまった。

「お疲れ様です、レン君。」

「なあ、ただからかっていたわけじゃないだろうな?」

 俺は未来を半眼でにらむ。なんか、この20分間ずっと未来に遊ばれていた感じがしていたのでな。恨みごとの一つでも行ってやらないと気が済まなかった。

「いえいえ、そんなこと……ないというわけではないですが……」

「やっぱりあったんじゃないか……。 ったく……、そろそろ俺をおもちゃにするのはやめてくれよ……。」

「嫌です。 レン君は反応が面白いですからね。 でも、今回のはただからかっていただけではありませんよ。 その証拠に、ほら。」

 未来が手で俺の視線を誘導する。そこには彼方と小雪が、何やら満足げな表情で座っていた。さっきまでの不機嫌オーラはどこに行ったといわんばかりの笑顔だ。もしかして、本当にあれが効果あったとでもいうのか!?

 俺は未来へと視線を戻す。すると、未来も満面の笑みだった。しかも、なんかどや顔混じりである。くそっ、なんか腹立つ。

「こういうことです。 言った通りでしょう?」

「くっ、反論できないのがまたさらにムカつく……。」

「まぁまぁ、ひとまず解決したのだからいいではありませんか。」

「はぁ、まぁそうだな。 悔しいが未来の言うとおりだ。」

 してやられた感はあったが、助かった面もある。だから、これ以上は何も言えない気がした。少なからず、感謝もしているわけだしな。

 でもやはり、何か腑に落ちないところがある。どうしてこの二人は、俺とのスキンシップを喜んだりするのだろうか。俺に気がある……とは、正直考えづらい。だって、彼方に関しては一昨日初めて会ったわけだし、小雪に関しても一昨日初めて話をしたようなものだからな。それでいて二人が俺に気があるとしたら、一目惚れくらいしかありえないわけで、容姿が特別優れているわけでもない俺に一目ぼれとは少々考えづらい。だからこそ、この二人が一体何を思って俺に近づくのかが本当にわからないのだ。

 うーむ、考えつかない。だってこの二人、打算的な考えで俺に近づいてくる沖月の連中とはまるで違うんだもんなぁ。何より、俺の嫌いな目をしていない。むしろ、真っすぐだ。……というか、時たま真っすぐ過ぎるところがあるくらいなわけだしな。

「レン君? どうかなさいましたか?」

「えっ? あ、いや、なんでもないんだ。 さっきは叩いて悪かったな。」

 未来の気遣うような声で俺は自分の世界から引き戻される。そして、先ほど勢いで脳天チョップを食らわせてしまったことへの罪悪感と、なんだかんだ助けてもらったことへの感謝を含めて、未来の頭を軽く一撫でする。

「えっ!? あ、これはどうも……。 まさか、私まで撫でていただけるとは……。 なんだか、嬉恥ずかしいですね。」

「さて、そろそろ本格的に起きよう。 時間は……、8時半か。」

「あら、もうそんなに経っていたんですね。 では、私は一度自分の部屋に戻りますね。 また午後、連絡をいただけると嬉しいです。」

 未来は立ち上がり、自分の使っていた布団を素早くたたんで一つにまとめてから、俺たちにペコリと一礼して、俺の部屋を後にした。

「うん、またあとでね、未来ちゃん。」

「また連絡する。」

「ええ、お願いします。 では、失礼します。 お世話になりました。」

 俺たちは未来を見送る。それから、俺も自分が使った布団をたたみ、未来のたたんでくれた布団の上に重ねて置く。

「小雪はどうする? 一旦部屋帰るか?」

「そ、そうだね。 ちょっと着替えてこようかな。 またこっち来てもいい?」

「ああ、それは構わないよ。 んじゃ、その布団も持っていこうか。」

「あ、それならワタシが一緒に運んでくよ。」

 彼方と小雪も、布団を一つにまとめて、持ち上げる。俺は部屋のドアを開け、二人が通りやすいようにしてやる。

「それじゃあ、またあとでね。」

「はいよ。」

「ワタシはすぐ戻るからね。」

「あいよ、わかってる。 鍵は開けておくから。」

 そうして、二人も一旦俺の部屋を離れる。

 一人になった部屋で、俺は一つため息を吐く。朝からここまで体力を消耗したのは初めてだ。でも、何故か充実感のようなものもあった。

 さてと、布団を片付けてしまおう。俺は、リビングに置かれたままだった布団をまとめて持ち上げると、それをそのまま寝室に運んでいくのだった。

 

 それからすぐに彼方が戻ってきた。先ほどのことを少し意識してか、若干頬が赤らんでいるように感じたが、気にしないようにしよう。気にし始めたら、俺まで意識してしまいそうだ。

「ちょっと待っててな。 簡単に朝飯作るから。」

「あ、ワタシ作ろうか?」

「いや、それは悪いって。 あ、でもやっぱり、手伝ってもらおうかな。」

 自分の腕前に自信がなかったので、結局彼方に手伝ってもらうことにした。メニューも決めていなかったしな。いろいろと、彼方を参考にさせてもらうとしよう。

「はーい。 もう、最初からそういえばいいのに。 えへへ。」

 頼られたことが嬉しいのか、彼方はこちらまで明るくなれそうなほどの眩しい笑顔を浮かべていた。そんな彼方の様子に、何故か俺も嬉しくなってくる。

 それから、少し遅めの朝食の準備をし、途中で小雪も戻ってきたので三人で朝食をとることになった。未来も、せめて朝食くらいは一緒に食べていけばよかったのに、とも思ったが、彼女には彼女のペースっていうのがあるのかもしれないな。それに、彼方と小雪と一緒の時間を過ごせるというだけでも、俺としては充分幸せなのだ。

 たった二日だというのに、彼方たちが俺の近くにいるということが何か自然なもののようにすら感じられてきてしまう。こうして一緒に食事をしていることも、何故か当たり前の日常の風景のような錯覚を覚えているのである。それだけ、彼方や小雪が俺にとって特別な存在に……、って、何だこれ……。よくわからないが、突然心臓の拍動が早くなったのを感じた。

 いや、考えるのはもう疲れた。とにかく今は、目の前のことを楽しもう。

 やがて俺たちは朝食をとり終え、出かける支度をする。とは言っても、小雪は既に身支度を整えてきていたので、俺と彼方の二人だけなのだが。

 俺たちが準備をしている間、小雪は洗い物を引き受けてくれた。相変わらず、なんていい子なのだろうか。

 なお、彼方は俺と同じところで着替えを始めようとしていたので、俺は慌てて脱衣所まで逃げるように駆けて行った。今、そういうことをされると、本当にまずいという危険信号が鳴らされたような感覚があった。

 その後、軽く説教をしてから、俺たち三人は寮を出て商店街に繰り出した。

「スマホはそれなりに高いけど、平気なのか?」

「うん、多分なんとかなるかな。」

「そうか? ならいいんだけど。 まぁ、困ったら俺も少し出すよ。」

「え、そんな、それは悪いよ!」

「でも、スマホって本当に高いよ? わたしも少しくらいならお金出すよ。」

 なんてやり取りをしつつ、俺たちは商店街のケータイショップを訪れる。

 俺の使っているスマホは少し古めの機種だが、今のスマホはどれも機能が充実しているようだ。そろそろ俺も買い替える必要あったりするのだろうか?でも、気は進まない。正直、連絡手段さえどうにかなれば、俺はそれでいいと思ってしまっている。というかぶっちゃけ、そんなに機能が多くても俺には使いこなせる気がしない。割と機械音痴なものでな。

 彼方と小雪が楽しそうにデザインを見て回っているのを、俺は後ろから眺めていた。確かに、機能も重要ではあるが、デザインも同じくらい重要な要素だろう。特に、女性的には機能以上にこだわりたいところなのかもしれない。

「うーん、どれがいいかなぁ。」

「結構いろいろあるもんね。 迷っちゃうよねぇ。」

「うん。 あ、でも、これにしようかな。」

 そう言って、彼方は見本のうちの一つを手に取る。それは、特に何の変哲もない黒い色のスマホだった。

「ありゃ? 黒? また意外なチョイスだね。」

「え、えへへ、まぁね。 ほら、カバーで好きなようにデザイン変えられるでしょ?」

「まぁ、それもそうだね。」

「そ、それにね……」

 彼方はこちらをチラ見してから、小雪に耳打ちする。俺には聞かれたくないことなのだろうか?まぁ、いいけど。

 でも、なんかモヤモヤする。この感覚は今までにはなかったものだ。急にどうしちまったんだろうか、俺は。

「っていうわけだから。」

「なるほどね。 いいなぁ、なんかそういうの。 今度買い替えるときは私もそうしちゃおっかなぁ。」

「うん、いいと思うよ。 じゃあ、カバーを見に行こ。」

「オッケー。 ほら、レンくんも行くよ。」

「あ、わかった。」

 二人に続いて、店の奥まで進んでいった。それから、彼方と小雪はまたもキャッキャとはしゃぎながらスマホケースを吟味する。時々、何やら下心をもって二人に近づこうとする輩がいたので、俺が睨みを利かせていた。何故かわからないけど、この二人には近づけさせたくなかった。

 そして、しばらくして彼方はようやく候補を二つに絞れたらしく、俺に見せてきた。

「どっちがいいかなぁ?」

 彼方が見せてきたのは、片方が深みのある青にところどころ銀色の粒子がちりばめられているもので、もう片方は黄色ベースのものだった。

 なんだか、一つ目のやつは月銀島の夜の海を彷彿とさせるな。もう片方は……、彼方の好きな色なのかな?

「うーん。 彼方って、黄色が好きなのか?」

「え、ワタシ? そんなことないよ。 好きなのは水色とかかなぁ。 この黄色はね、小雪ちゃんの瞳の色から選んだんだ。」

「あ、そうだったの? わたしも、てっきり黄色が好きなのかなぁって思ってた。」

 そんな意図があったとは、想像できなかった。けど、彼方にとって小雪がどれだけ大切な存在なのかがよく伝わってきた。だから俺は、迷わず黄色いスマホケースを指さした。

「なるほどな。 なら、黄色でいいんじゃないか? 二人とも、なんかいいパートナーみたいなところあるからな。」

「ホント? だってだって! 小雪ちゃん、ワタシたちってパートナーみたいだって!」

「うん、なんか照れるけど、嬉しいね! そしたら、わたしも青いスマホカバー買っちゃおうかな。 彼方ちゃんの瞳の色にちなんで、ね。」

「おっ、いいんじゃないか。 なんか、二人で一つ、みたいな感じだな。」

 俺の言葉を聞いた彼方と小雪は、顔を見合わせてにこりと微笑んだ。

「二人で一つ……、なんかそれいいかも。」

「だね。 じゃあ、さっそく会計してこようか。 彼方ちゃんはいろいろと契約とかもあるから時間かかるかも。」

「あ、そっか。 そういうのもしないといけないんだよね。」

「まぁそこは、俺も手伝うよ。」

「うん、ありがとうね、レンくん。」

 というわけで俺たちは、彼方のスマホを購入すべくレジに並んだ。幸い、ケータイショップ内はさほど混んではいなかったので、それなりにスムーズにスマホ購入の手続きを終えることができた。とは言っても、やはり手続きには時間がかかってしまった。

 それから、商品一式を片手に、俺たちはケータイショップを後にした。なお、俺はそこで何やら違和感を覚えていたが、二人は気づいていないようだった。

「ふぅ、二人とも、つき合わせちゃってごめんね。 あと、ありがとう。」

「いえいえ、気にしないでよ。 わたしも、おかげで新しいスマホカバーを買えたわけだし。 これから、大事に使うね。」

「うん。 ワタシも。」

 二人、顔を見合わせてはにかみあう。俺は、そんな二人を横目に、後ろから感じる嫌な気配に意識を向けていた。どうやら、間違いないようだ。面倒くさいなぁ……。でもまぁ、この二人の容姿なら仕方ないのかもしれない。

 俺、ストーカーへの対応とか知らないぞ……。って、待てよ?俺がいるのに、どうしてあきらめずついてくるのだろうか……?まさか、狙いは俺か?どちらにしても、ストーカーであることに変わりはないか。うーむ、どうしたものか。

「どうしたの? レンくん。」

「あ、いや、なんでもない。 あ、二人とも、そこを曲がってくれ。」

「え、ここを? あ、近道になるんだっけ。」

「そういうこと。」

 人気がないので、普段は女性を連れて通ろうとは思わない。けど、もしかしたら、ストーカーを誘き出すチャンスかもしれない。

 彼方と小雪は俺の言うとおり、その道に入ってくれた。俺の予想では、そのストーカーは俺をボコして彼方と小雪に近づくつもりだろう。もしくは、この二人を無理やり連れ去るつもりか。正直、後者だと厄介だ。だから、俺が後ろにいたほうが都合がいい。

「……。」

 よし、うまく誘導できたみたいだ。ストーカーも、こちらに曲がってきた。あとは、この直線状で相手が何を仕掛けてくるか、だな。能力によっては、少々荒業になりかねないが、そこは正当防衛として許してほしい。

 多分、向こうは俺が警戒していることには気づいていない。

 でも、一つ違和感があるとすれば、ストーカーからは一切の殺意を感じない、といったところか。まぁ、多少の距離があるのだから、そこまでは感じ取れないだけかもしれないが。

 というか、いつまで経っても、何も仕掛けてこない?どういうことだ?もしかして、俺の勘違い……だったりするのだろうか?だとしたら、結構恥ずかしいのだが……。

 と、その時、気配が接近してきた。どうやら、ようやく動いたみたいだ。

 不意打ちを狙おうとしている割にはかなり単調な動きのように感じられるが、まぁいいだろう。俺は相手に気付かれない程度に構える。

 そして、すぐ背後に来たところで、俺はバッと振り返る。

「ひゃっ……。」

「えっ……!?」

 そして、あろうことか、ストーカー……は俺が振り向いただけでしりもちをついてしまった。いや、本当にストーカーか?にわかには信じ難い。だって、目の前でしりもちをついているの、どう見ても女の子……なんですから……。



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Episode21. ストーカーではなかったけど、襲撃されました。 これは正当防衛です。

「あれ? レンくんどうかしたの? って、その子は?」

「あ、転んじゃったの? 大丈夫?」

 彼方と小雪が、俺の様子に気付いてこちらに近づいてくる。すると二人とも、俺の足元でしりもちをついている少女の存在に気づいたらしく、心配そうな視線を向ける。

「え、あ、その……、す、すみません……。」

 その少女は、少しおどおどしながら謝罪の言葉を口にして、すぐに立ち上がる。なんだか、見た目通り気弱そうな子だな。

 というか、これ絶対俺の勘違いだよな……。うわぁ、マジで恥ずかしいことをした……。穴があったら入りたいものだ……。

「こっちこそごめん。 急に振り向いたりして。」

「い、いえ……、ずっとこそこそ隠れていた私が悪いんです……。 すぐにお声かけできればよかったんですけど……、皆さんが楽しそうにお話をしているところに首を突っ込むことを躊躇っちゃって……。 で、でも、その……神奈和せんぱいとお話し……してみたくて……。」

「あれ、俺の名前知ってるんだ。」

「レンくんって、割と有名人だよ?」

 小雪が補足してくる。確かに、同級生の間ではそれなりに名が知れ渡っているのは知っていたが、まさか後輩たちの間でも有名だとは知らなかった……。俺って、そこまで有名になるようなことしたっけ?そんな覚えなんてないんだが……。

 というか、悪い噂だったりしないだろうな?

「そ、その……、能力を扱うのがとてもお上手な方、と伺ってます……。 わ、私、あんまり能力の扱いに自信がないので……、是非一度神奈和せんぱいにアドバイスをいただけたらなって思ってて……。 で、でも、なかなか話しかける勇気もなくて……。」

 どうやら、悪い噂ではないみたいだ。

「へえ、すごいね、レンくん!」

「やっぱり、沖月の優等生っていうあだ名がつけられるだけのことはあるね。」

「それ、あんまり気に入っていないんだが……。」

 誰がつけたあだ名化は知らないが、正直恥ずかしい。それに、確かに俺は成績上位の学生かもしれないが、俺以外にも優秀な学生はいる。特に学力面では、愛葉たちのクラスの方に主席がいた気がする。名前までは憶えていないが。

 てか、地味に他学年にまでそのあだ名が浸透していたことに驚きが隠せない。

「あ、そうなの? でも、まぁそうだよね。 ごめんね。」

「いいって。 でも、そっか。 だから俺たちのことを追いかけてきていたのか。 なんだ、よかった。 実は、少し警戒しちゃってたんだよ。」

「ごめんなさい……。」

「あ、いやいや、謝らなくていいんだ。 むしろ、早とちりしたのは俺だし。」

 この子は、沖月の中等部の学生なのかな?だとすれば、高等部在籍である俺に話しかけるのは、どうしても勇気がいることだろう。そこは仕方ないところだと思う。いやホント、疑ったりしてごめんなさい。

「所属と名前だけ聞いてもいい?」

「あ、はい。 えっと、高等部1年の星永(ほしなが) (ひびき)です。 そ、その、よろしくお願いします。」

 ん?今、高等部って言ったか?マジか……。にしては大分小柄なような……、と思ったが、よく見ると彼方や小雪と大した差はない。

「星永さんね。 改めて、高等部2年の神奈和レンです。 よろしく。」

「えっと、同じく高等部2年の小瀬戸小雪って言います。 よろしくね。」

 一応、俺たちも自己紹介はしておく。俺のことは知っていたみたいだけど、まぁ念のためってやつだよ。

「よ、よろしくお願いします。 えっと、そちらの方は……?」

「あ、ワタシ? 今度転入する黒咲彼方です。 学年は二人と同じだよ。」

「あれ? 人見知り激しいとか言っていた割には、結構普通に自己紹介したね。」

「ま、まぁね。 とにかく、よろしくね。」

「は、はい。 それでその……、こ、今度お時間があるときで構いませんので……、わ、私に能力の扱い方をご教授いただけないでしょうか。」

 真剣な瞳で俺を見つめてくる目の前の少女、星永さん。

 ま、まいったなぁ。こんなに期待されてしまっても、その期待に答えられるような指導が俺にできるだろうか?

 でも、星永さんの期待を裏切りたくないという気持ちもある。

「ちなみに、どうして能力の扱いを上達させたいのか、聞いてもいいか?」

「わ、私、能力をほとんど使えないんです。 高等部からこの学校に来たんですけど、周りの人よりもずっと遅れてて、そのせいで役立たずって思われちゃったみたいで……。 実習の時間とかも、みんなあんまり私に練習の機会をくれなかったりするんです……。」

 つまり、いじめられている、ということか。自分が練習する機会がない。だから上達しない。そして、上達しないから、さらに爪弾きにされてしまう。そして、練習の機会がまた奪われる。ただの無限ループじゃないか、そんなの。

「もちろん、私に声をかけてくれる子たちもいるんです。 でも、多数派には太刀打ちできなくて……。 これじゃあ、気を使ってくれるみんなにも申し訳なくて……。」

「普通そういうの、中等部時代までなんだけどなぁ。」

「うーん、まだ中等部の時の感覚が抜けきっていないって感じだね。 子供感覚がまだ残っているのかぁ。」

「むしろ、高等部ともなると、クラス……というか、学生同士の結束力って結構高くなるんだけどね。」

 やっていることとしては、小学生の弱い者いじめと同じである。高等部にもなって、まだ未熟なままとは、流石に頭を抱えたくなる。

「それに私、学校の近くにアパート借りて生活してるので、どうしても自己鍛錬ができないんです。 だから、そろそろ寮生活も視野に入れたいんですけど……。」

「どの寮を希望すればいいかもわからないもんな。 オッケー、そういうことなら喜んで協力させてもらうよ。」

 こんなことを気化されてしまっては、動くしかないだろう。まだ子供感覚の抜けきっていない後輩たちに、少しお灸をすえてやろうじゃないか。

「い、いいんですか? 貴重なお時間をいただいてしまっても……。」

「大丈夫。 そんなに時間には困っていないから。 どこまでできるかはわからないけど、できる限りのことはしてみるよ。」

「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」

「うん。 俺たち、西棟7番寮に住んでるから、いつでも来てくれ。 あ、何なら今からくる?」

「い、いいんですか? で、でもいきなりは流石にご迷惑なのでは……?」

「そんなことないって。 それに、ちょうど午後から練習やろうって話になってたからさ。 あれだったら、こっちおいでよ。」

 いいタイミングだ。せっかくだから、今日から星永さんを指導するのもいいだろう。早いに越したことはない。

「皆さんご一緒に特訓をされてるんですか?」

「実はね、わたしたち対抗戦のチームメイトなの。 今日から特訓しようってことになっててね。 だから、星永さんも一緒にどうかなって思ってね。」

 小雪が補足した。なんか、小雪がさっきから補足ばかりしているような?

「そ、そうだったんですね。 私がいても大丈夫なんですか?」

「平気だよ。 それにね、ワタシも能力使ったことないから、全然使えないんだよね。 だから、一緒に頑張ろう?」

 彼方がファイティングポーズをとって、星永さんに満面の笑みを浮かべる。星永さんも、そんな彼方の笑顔に顔をほころばせる。

「そ、そういうことなら、喜んでお邪魔させていただきます。 えっと、どのくらいにお伺いすればいいですか?」

「そうだな、2時くらい?」

「あ、はい。 わかりました。 あ、あの、連絡先、交換していただいてもよろしいでしょうか?」

 そう言って、おずおずと自分のスマホを取り出してこちらに差し出してくる星永さん。俺は軽く頷いて、ズボンのポケットから自分のスマホを取り出す。

「あ、わたしもいいかな?」

「も、もちろんです。 嬉しいです。」

「あ、ワタシも……、と思ったけど、まだスマホ買ったばっかで、設定とか全然できてないから、またあとでワタシとも交換してもらってもいいかな?」

「はい。」

 そんなやり取りをしつつ、俺たちはIDを交換し合う。よし、これで俺の友達登録数がまた増えた。ほくほく顔でスマホを閉じる。と、ほぼ同時だっただろうか。どこかから銃声が聞こえた。しかも近い……。

「危ないっ!!」

 狙いは俺たちだったか。俺は反射的に射線上にいた星永さんを突き飛ばす。少し手荒になってしまったが、緊急事態だ。許してほしい。

 三人とも、銃弾が通過したのを見て顔を青ざめさせている。

「くそっ、いきなり何なんだ……?」

 早くこの場から逃げるべきだろうか……。だが、今の銃弾、何かおかしいように思った。どうも、誰か一人を狙っているようには見えなかったのである。言い方を変えれば、当たれば誰でも構わない、みたいな。

 もし、無差別にリージェリストを襲うなら、ここで見過ごしてしまうのも危険なように思う。人の多い商店街で事件が起きようものなら、たまったもんじゃない。

 だから俺は、周囲の気配に意識を研ぎ澄ます。すると、周囲に人の気配が3~4人程度伺えた。大人数だったらヤバかったが、これくらいならどうにかなりそうだ。

 ドパンと再び銃声が響く。しかも、今回は一発だけでなく何発も放ってきやがった。俺は能力を発動させて、その全てを打ち落とす。

「ガーネット・スパイラル! 何のつもりだ? さっさと出て来いよ! どうせ、遠距離からの狙撃じゃ俺には通用しないんだからよ!」

 俺は挑発的にそう言った。喧嘩慣れはしていないので、これが挑発になっているかはわからないけどな。

「チッ、リージェリストのガキが……。」

 おっ、うまく釣れたみたいだな。物陰から男が一人顔を覗かせた。その口ぶりからするに、恐らくオーディナルだろう。

「どうやってこの島に侵入したかは知らんが、いきなり銃撃とはなかなか面白いご挨拶じゃないか。 本来、初対面の人間と話すときはまず自己紹介からするものだって、親から学ばなかったのか?」

「黙れっ!」

「だから、俺には無駄だって言っただろ? テレポーテーション!」

 俺は手を前にかざす。すると、目の前の空間が歪み、飛んできた銃弾がその歪みに吸い込まれるようにして消えた。テレポート能力の応用版だ。自分以外の対象を自在に移動させることができる。

 俺はもう片方の手を別の方向へ伸ばし、また空間を歪ませる。すると、先ほど消した銃弾がその歪みから飛び出し、俺が腕を伸ばした方向へと飛んでいく。そのすぐあと、先ほどの男とは違う男の悲鳴が聞こえた。どうやら、うまくいったみたいだ。

「なっ、貴様……、今何を……!?」

「手品をしただけさ。 種も仕掛けもない、リージェリストオリジナルの手品をな。 ほら、アンタのお仲間さんは驚きと感動で感嘆の声を上げてくれたみたいだぞ?」

 俺は、男の後ろ側を指さす。大腿部に銃弾を食らってしまい直立状態を維持できなかったのか、その場に倒れこんでうめき声をあげている。物陰に隠れているからと油断していたのが仇となったな。

「き、貴様っ!! ふざけやがって!! お前ら、早くあのガキを仕留めろ!」

 すると、またも銃声が連続で鳴り響く。だが、それは今の俺にとっては、隠れている残りの奴らの場所を特定する絶好のチャンスともいえるものだった。俺は先ほど同様、テレポート能力で銃弾を全て跳ね返す。流石に、先ほどと同じ行動は相手への威嚇にしかならないが、それで十分だ。

「小雪っ、目くらましの魔法とか使えるか?」

「え、あっ、うん! ブラックドーム!」

「なっ、視界が……!?」

 なるほど、視界を暗転させる魔法科。

「詠唱時間がなかったからあんまり長くはもたないけど……。」

「いや、充分だ。 ありがとな。 テレポーテーション!」

 俺はそれだけ言い残すと、テレポート能力で先ほど特定した隠れている男の仲間のもとへと飛ぶ。そして、視界が安定していないうちに気絶させ無力化する。それを2回繰り返し、あとはリーダー格と思しき男の背後に陣取る。

「くっ、面倒な能力を使いやがって……。 って、さっきのガキはどこだ!? い、いや、今のうちにそこのメスガキどもを……」

「させないぜ? じゃあの。」

 俺は思い切り蹴り飛ばす。そして、手にしていたライフルを奪い取る。これで殲滅完了だ。気配を確認しても、他に潜伏している輩はいないみたいだ。ひとまず安心だ。

「三人とも、怪我はないか?」

「あ、うん。 特に怪我はないよ。」

「ワタシも大丈夫。 け、けど……、レンくんは……?」

 彼方と小雪が心配そうな面持ちで俺の顔を覗き込んでくる。

「俺か? 俺は特に問題ないよ。 あの程度ならどうにでもなるし。 星永さんも、大丈夫だった? ごめんな、いきなりのことだったから突き飛ばしちゃったけど、怪我はないか?」

「は、はい。 大丈夫です。 ありがとうございました……。」

「もう、今回はどうにかなったからよかったけど、あんまり無茶しないでよね……。 もしレンくんが怪我とかしちゃったら、わたし……。」

「そうだよ、あんまり心配させないでよね……。」

「悪い悪い。 今後は気を付ける。 さてと……」

 俺は未だ倒れ伏している男たちに視線を戻す。身動きが取れないように拘束したいんだが、都合よくロープを持っているわけでもない。それならばと、俺は無遠慮に男たちの服のポケットをあさる。もしかしたら、何かいいものを持っていたりするかもしれないからな。が、どうやらリーダー格の男はこれと言ってめぼしいアイテムは所持していなかったようだ。なんだよ、畜生が。期待させやがって。

 それから、残りの男たちのポケットの仲も物色する。と、始めに気絶させた男のズボンのポケットにそれらしきロープを発見。やっぱり持っていたな。恐らく、こいつらの目的はリージェリストを捕獲して新たな奴隷として売りはたくとか、そんな魂胆だったのだろう。そういう奴には、俺は容赦しない。

「これで、こいつらを縛っておこう。」

 俺は手早く、そこかしこに散らばっていた男たちを一箇所にまとめ、そいつらからぶん取ったロープで拘束する。

 それから、小河原さんの連絡先に電話をかける。コールは短かった。

「もしもし、小河原だ。」

「あ、神奈和です。 昼時にすみません。」

「おお、レンか。 どうかしたのか?」

 俺は、先ほど襲われかけたことを説明し、その連中の処理と、島中に残党が転覆している可能性があることを伝え、警戒を促す。

「わかった。 んで、そいつらはお前が撃退したのか?」

「ええ。 4人しかいなかったので、そこまでてこずりはしませんでした。 緊急事態だったものでこちらで勝手に処理してしまいました。」

「無事なら何よりだ。 そいつらは今、話をできる状態か?」

「いえ、それはまだ難しいかと。 もう少ししたら目を覚ますと思います。」

 俺は、男たちにチラリと視線を向けてから、小河原さんの疑問に答えた。まぁ、話ができたとしても、こちらの話を聞いてくれるかはまた別の話だがな。

「そうか。 一度、本部にそいつらを送ってくれないか?」

「あ、わかりました。 では、今すぐそちらに向かいます。」

「よろしく頼む。」

 通話を終了し、俺は男たちに近づく。

「三人とも、今から俺、RSO本部に出向いてくる……んだけど、君らを残すのも心配だな。 ついてきてもらってもいいか?」

「え、あ、うん。 わかった。」

「確かに、その方がいいかもね。」

「わ、わかりました。」

 俺は、三人と気絶した男どもを連れて、RSO本部前に飛んだ。

 すると、本部前にはすでに数人のRSO職員が待機してくれていた。恐らく、全員治安部隊の方々だろう。

「彼らが、例の襲撃者ですか?」

「ええ。 あとは引き渡しても?」

「問題ありません。 お怪我はされていませんか?」

「大丈夫です。 ご心配ありがとうございます。」

 俺はそのうちの一人とやり取りし、男どもを彼らに引き渡す。治安部隊所属の方々は、どの人も厳つい見た目をしているが、結構離しやすい人たちだったりする。

「では、俺たちはここで。 あとはお願いします。」

「わかりました。 お疲れ様です、神奈和君。」

 というわけで、俺たちはテレポートでその場を去る。面倒だったので、そのまま西7寮まで飛ぶことにした。いろいろと不安だから、星永さんもそのまま連れて行こう。

「よっと。 星永さん、ちょっと心配だからひとまず西7にいてもらってもいいか?」

「あ、はい。 その、ありがとうございます。」

 ペコリとお辞儀をする星永さん。

 帰りは、俺が送っていくことにしよう。それなら、多少は安全だと思う。

「ふえぇ、びっくりしたよぉ……。」

 へなへなと腰を抜かす彼方。まぁ、あれは正直驚くわな。元をたどれば俺の勘違いが引き起こしてしまったトラブルなので、罪悪感が尋常じゃない。

「こ、怖かった……です……。」

「ごめんな、三人とも。 俺があの道に入ろうとしなければ、君らを巻き込まずに済んだかもしれないのに。

「え、そ、そんな、神奈和せんぱいが謝ることなんてないんですよ? む、むしろ、変な勘違いをさせてしまった私の責任ですし……。」

「星永さんの方こそ、そんな責任感じる必要ないって。」

「ま、まぁ、みんな無事だったんだしよかったよ。」

 その場にへたり込みながら、彼方が微笑む。まぁ、その通りか。何事もなく戻ってこれただけでも良しとしよう。

「って、小雪? いつまで俺の背中に寄りかかってるんだ?」

「ご、ごめん……。 安心したら、力が抜けちゃって……。」

 そんな小雪は涙声だった。

「うぅ、ホント無事でよかったよぉ……。」

「ごめんな、怖い思いをさせちまって。」

「ホントだよ……。 レンくんにもし何か起きたらッて思うと……、すごく怖かった……。 もうあんなことしないで……。 わたし、レンくんがいなくなっちゃいやだよ……。 ひっく……。」

「うん、ホントごめん。」

 俺はそれしか言葉が出てこなかった。

 そして、小雪が落ち着くまで、俺はたたずんでいた。一人で突っ走りすぎたかな。俺的には、大分安全第一で行動していたつもりだったけど、小雪には危なっかしく映っていたのかな。

 とにかく、申し訳ないことをした。

 

「落ち着いた?」

「う、うん。 ごめんね、泣いちゃって。」

「いや、大丈夫。 改めて、心配かけてごめん。」

「もういいよ。 だから、そんなに謝らないで。」

「だね。 それに、なんだかんだでレンくんヒーローみたいでカッコ良かったよ。」

 彼方のその言葉に、俺は気恥ずかしくなってしまう。カッコいいとか、俺には似合わなすぎるな。

「ほらほら、早く中入ろ。 ワタシ、お腹すいちゃったよ。」

「そうだね。 じゃあみんな、わたしのところにおいでよ。 今からお昼作ってみんなに振舞っちゃうよ。」

「いいの? やったね!」

「す、すみません。 何かお手伝いします。」

「いいのいいの、気にしないで。」

「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらおうかな。」

 というわけで、一件落着……と言えるかはわからないけど、ひとまず安全を確保することができた俺たちは、小雪の昼食をごちそうになるべく、連れ立って小雪の部屋にお邪魔させていただくこととなった。



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Episode22. うまい飯には中毒性あり!? レンの胃袋は小雪の手の中に……

「お、お邪魔します……。」

 少しおどおどした様子で、星永さんが小雪の部屋に足を踏み入れる。それに続くようにして、俺と彼方も小雪の部屋のドアをくぐる。順応とはすごいものである。まだ俺も、小雪の部屋にお邪魔させてもらったのはこれで3回目だというのに、ほとんど緊張しなくなってしまっている。

「まだちょっとだけ散らかってるけど、どうぞ上がって。」

「昨日も思ったけど、普通に綺麗だと思うよ?」

 彼方の指摘通り、小雪の部屋は目立った汚れもなく清潔であることが一目でわかる。もしかすると、俺の部屋以上に清潔かもしれない。くっ、掃除だけは自信があったんだけど、やはり根本的な家事スキルが小雪の足元にも及ばないというのか……。悔しいが、もはや何も言えない。

「そ、そうかなぁ? まぁとにかく、みんな座って、座って。 今、何か飲み物入れてくるね。」

「そ、そんな、お構いなく。」

 遠慮する星永さん。まぁ、無理もないだろう。学校の先輩、それもあまりかかわりのない人の部屋にあげてもらってしまったのだからな。むしろ、この状況で遠慮せず甘えられる奴は勇者だと俺は思う。

「気にしなくていいよ。 アイスティーでいいかな?」

 でも、小雪の笑顔に気おされたのか、星永さんの表情は強張ったものから大分和らいだように見えた。流石は我が沖月のプリンセス、といったところか。

「は、はい……。 では、お言葉に甘えて……。」

「はいはーい。 二人も同じでいいかな?」

「うん、大丈夫だよ。」

「ああ。 俺もそれで。」

 3人分の注文……にしてはやや強引だったようにも思うが、俺たちの意思を確認した小雪は軽い足取りでキッチンに向かい、4人分のカップを用意してそれぞれにアイスティーを注ぐ。手慣れているな。

 そして、ほんの2~3分後には、俺たちの前にカップが置かれていた。

「ありがとね、小雪ちゃん。 それじゃあいただくね。」

「い、いただきます。」

「まぁ大層なものじゃないけどね。 さてと、わたしはお昼ご飯の用意をしようかな。 うーん、みんなは何が食べたい? って言っても、何があるかもわからないんじゃ、答えようがないよね。」

 あはは、と笑みをこぼす小雪。それから、キッチンの方へ戻り、現状何があるかを探っているようだ。こちらに来たばかりとは思えないほどの食材があるように見えるのは俺だけか?もしかして、ご両親からの仕送り的なやつか?

「あ、パスタ。 みんな、パスタでもいい? クリームパスタとか。」

「あ、いいね。 食べたい!」

「わ、私も……、食べたいです……。」

 かなり遠慮がなくなってきた彼方と、未だに遠慮がちな星永さんとがクリームパスタに賛成の意を示す。すると、小雪は確認とばかりに俺に視線を向けてくる。

「うん。 俺も食べてみたいな。」

「わかった。 じゃあ、少し待っててね。 すぐに作っちゃうから。」

 最後に俺の意思を確認した小雪は、さっそく食材を用意して調理に取り掛かる。相変わらず、素人の俺から見ても手際が良いように思う。

「あ、ワタシも手伝おうか?」

「ん? あ、今日は平気だよ。 彼方ちゃんも座ってて。」

「そ、そう? それじゃあお言葉に甘えちゃおっかなぁ。」

 手伝いが必要かどうかを小雪に聞きに行く彼方だったが、今日は小雪一人で作るようだ。彼方は、料理を振舞われる側に回ったことによって、ウキウキしているように見える。ティーカップ片手に、俺の向かいの席でニコニコと小雪の調理風景を眺めている。

 星永さんは、やはり居心地悪そうに視線を彷徨わせている。それもそうだよな。ちょっと気の毒だ。

「そういえば、星永さんはどんな能力を持ってるの?」

 だから俺は、少しでも気がまぎれるようにと思い、質問をしてみることにした。これからレジェリザムの使い方について指導をしていくうえで、聞いておくべき情報でもあるしな。もしかすると、星永さんがレジェリザムを使えないのは、単に星永さん自身のスペックの問題ではなく、その能力の難易度が高いということが関係している可能性もあるだろうからな。無論、特訓環境を奪われているというのは大きな要因ではあるのだが。

「えっと、む、無属性魔法……です……。」

「マジ? 無属性魔法? そりゃ、簡単には使いこなせないわけだ。」

 あろうことか、星永さんの能力は特殊魔法能力の中でも1,2を争うレベルで難しいといわれる無属性魔法だった。というか俺、初めて無属性魔法の使い手に会ったような気がする。へぇ、まさか星永さんがその使い手だったとはなぁ。これは、鍛えがいがありそうだ。今から少しテンションが上がってくる。

「そんなに無属性魔法って珍しいの?」

「まぁな。 魔法能力の仲じゃトップレベルの難易度だ。 使いこなせれば一流のリージェリストと称賛されるくらいにはな。」

「そ、そんなにですか!? うぅ、なんかそれを聞いただけで一つしかないはずのリージェルがすごく大きくて重い細胞のように感じられてきました……。」

 まぁ、普通はそうなるわな。これ、星永さんの周りの人間たちに伝えたら、掌をくるっと返して全面的に協力と貸してくれたりしないかなぁ。いや、それはないか。子供感覚が抜けきっていない連中にとっては、能力の内容など些細な問題だろう。ただ誰かを陥れて優越感に浸りたいと思ってしまう未熟な心だもんなぁ。

 むしろ、そういうことをしかねないのは大人だ。大人は利益を原動力として動いているもんな。自分たちのためになることなら惜しむことなく手を差し伸べるだろう。そして、あわよくば田主名を握り、そいつを支配して自分たちのために利用しようとする。大人の汚さに比べれば、子供の考えなんて可愛いものだろう。いや、もちろん、どちらのやり方も俺は好かんよ?当然、褒められるような行為じゃないしな。

「へえ、そんな能力を持っているなんて、すごいんだね! あっ、ってことはさ、ワタシたちみんな、特殊魔法能力を使えるってことになるんだよね? まぁ、ワタシはまだ使ったこともないんだけど……。」

「あー、そういえばそうだな。 俺は鉱石弾丸魔法、小雪は色彩魔法で彼方は星魔法。 となると、結構教えやすいかもしれないな。」

「み、皆さん、特殊魔法の使い手だったんですか?」

「純粋な特殊魔法の使い手なのは、小雪と彼方、あと星永さんかな。 俺は、またちょっと違うんだ。」

 星永さんは、俺の説明に理解しかねるといった感じで首をかしげる。

 だから、俺は自身の能力について星永さんにも説明しておくことにした。

「俺の能力、コピー能力なんだよ。 だから、他人の能力を使うことができる。 もちろん、コピーするときにいろいろとやらないといけないから、無差別に能力複製ができるってわけでもないんだけどね。」

「な、なるほど。 ということは、やろうと思えば、全ての能力を使えるようになるんですか?」

「まぁ、できないことはないんじゃないかな。 流石にそこまでやるとなると、俺の身体に難かしらの異変が起きそうだけど。」

 対象者のリージェルをコピーすると、俺の体内に対象者と同じリージェルが新たに生まれるため、流石に全てのリージェルを俺の体内に構築しようとすると莫大な量になってしまい、身体の一部が変に発達してしまいそうだ。現状で発見されているリージェルは、全部で2000に届くか届かないかくらいだった気がする。しかも、まだ未発見の能力は存在するだろう。それを全て自分の中に取り込んだ時、俺の身体のバランスは維持されるのだろうか。いや、あんまり試したくない。というか、試そうにも、全ての能力を見つけ出すだけでも骨が折れそうだ。これがもし、身長が伸びるとかそういうものだったら、ちょっとやってみたいとも思うけどな。どんなリスクが課せられるかもわからない状態での実験をする度胸は、俺にはない。俺はチキンなのである。

「でも、そうだったんですね。 コピー能力で得た能力の一つが特殊魔法能力なんですね。 やっぱり、せんぱい方に声をかけてみて正解でした。 とても心強いです。」

 そう言って小さく微笑む星永さん。どうやら、大分緊張がほぐれてきたみたいだ。先ほどから、緊張するようなことばかりだったもんな。

 というか、ここまで一切触れられてこなかったが、先ほどの事件の後始末はどうなったのだろうか。まだ小河原さんたちが事情聴取を行っている最中だろうか?まぁ、いずれ連絡は来るだろう。おとなしく待っているのが子供様の仕事だ。

「あっ、いい匂いだねぇ。」

「おっ、ホントだな。」

「えへへ、もうすぐできるからね。 みんな、もうちょっとだけ待っててね。」

 俺たちの反応に、小雪は照れくさそうに笑いながら、もうすぐ出来上がることを知らせてくる。普段、クリームパスタとか自分で作って食べたりしないので、滅茶苦茶楽しみである。

「小瀬戸せんぱいって、お料理がお得意なんですね。」

「うん。 すっごくおいしいんだよ。 響ちゃんも一口食べたら病みつきになるよ? あ、今更だけど、響ちゃんって呼んでもいいかな?」

「あ、はい、大丈夫です。 それなら私も、彼方せんぱいって呼ばせていただいてもいいですか?」

「もちろんだよ。 なんか、先輩っていいねぇ! ワタシ、呼ばれたことないから新鮮だよぉ。」

「それなら、わたしのことも名前でいいよ、響ちゃん。」

 キッチンの方から小雪が再び声を上げる。あ、話しはちゃんと聞こえているの奈。さっき能力の話をしていた時に一切口をはさんでこなかったので、てっきり聞こえていないのかと思っていたがそういうわけではないらしい。

「あ、はい。 では、小雪せんぱいのお料理、とても楽しみです。」

「うん、楽しみにしててね。 今日も力入れちゃった。」

 ホント、なんでこんなにすぐに仲良くなれるのか、不思議で仕方ない。俺にはこんなコミュニケーションスキルなんてものは備わっていないから、本当にうらやましい。少しくらい、その力をこちらに分けてくれてもいいんじゃなかろうか。なんて思ってしまったのは、流石に自分自身でもどうかと思った。

「うん、これくらいでいいかな。 お皿は……と。 これに盛り付けて……。」

 小雪は、テキパキと皿にパスタとクリームソースを順に盛り付けていく。多分、小雪は目指そうと思えば一流シェフにもなれるのではなかろうか。それくらい、小雪の動きは洗練されているようだった。

「はい、完成! みんな、お待たせー。」

 そう言いながら、小雪はパスタが盛り付けられた皿を2回に分けてテーブルに運ぶ。手伝うか迷ったが、小雪のあまりの仕事の速さの前に、俺は断念せざるを得なかった。そりゃそうだよな、皿なんてすぐに運び終わるもんな。変に出しゃばっても、逆効果かもしれないもんな。

「ささっ、食べよ食べよ。」

「そうだね。 お腹空いちゃった、ワタシ。」

「すごくおいしそうです。」

 俺たちはそろって手を合わせ、それから小雪の作ってくれたパスタに手を付ける。正直、先ほどの襲撃者どもを撃退したせいで気疲れし腹も減っていたので、一刻も早く小雪の手料理を口に運びたかった。

 さっそく一口食べて、俺は感動した。小雪の元のスペックと、空腹という最高の調味料が合わさり、尋常じゃなくうまく感じたのである。あぁ、最高すぎるだろ、この味。小雪が嫁に欲しいと感じた瞬間だった。まぁ、あまりにも不純な動機過ぎるため、口に出すことは躊躇われたけど。いいなぁ、将来小雪と結ばれる男がうらやましい。というか、なんか複雑だ。小雪が誰か別の男の隣にいるところを想像すると、少しもやもやした気持ちが心中に現れてくる。やっぱり、今日の俺はおかしいみたいだ。俺、小雪とか彼方の恋人でもないし、独占欲をたぎらせるなんてことはないはずなのにな。

「おいしいです! す、すごい……。 こんなにおいしい料理を作れるなんて……。 なんか、憧れます。」

「そ、そんな、大げさだよ。 でも、嬉しいよ。 ありがとう。」

「いやいや、これは普通に憧れるって。 ホント、そのクッキングテクニックを分けてほしいよ。」

「そうですね。 私も、もっとお料理上手になりたいです。」

「響ちゃんは料理とかするの?」

「えっと、まぁそれなりに。 何分、一人暮らしですからね。 嫌でも料理できていないと生活できませんから。」

 星永さんのその言葉に、俺は心がいたくなるような錯覚を覚える。俺、このままだとダメなんですかね……。ちゃんと料理できないとやっぱりこの先生きていくのは厳しいんでしょうか?正直、簡単なものが作れれば、後は市販のもので補うことができるから問題ないぜ、とか思っていたのだが、このご時世、それだけではうまくいかないのかもしれない。生きづらい世の中だ。

「うーん、多少できてればそれなりの生活はできると思うけど。 現に、ほとんどお料理できないって言ってた未来ちゃんだって、普通に生活はできてるみたいだし。 栄養バランスさえ考えれば、何を食べても問題ないからね。 ホント、便利になったよねぇ。」

「小雪ちゃんはレトルトと下には頼ったりすることあるの?」

「ないよ。 あんまりお金の無駄遣いができない身だからね。」

「それもそっかぁ。 でも、やっぱりこのお料理の腕はうらやましいよぉ。 レンくんなんか、もう既に胃袋つかまれちゃってるんじゃない?」

「えっ、俺?」

 いきなり話を振られて思わず首をかしげる俺。

 それから俺は、彼方から飛ばされてきた質問について考える。つっても、さっき嫁に欲しいとか思ってしまっていた時点で、既に俺の胃袋は小雪の手の仲なのかもしれない。いつの間にか、俺は小雪に餌付けされていたとでもいうのか……。小雪、恐ろしい子。

「まぁ、少なくとも毎日食べたいくらいにはうまいかな。」

「ま、毎日だなんて……。 レンくん、大胆だよ……。」

「いや、待って待って! 勘違いしないでほしいんだが……。」

「わ、わたしは……、毎日でもいいよ? む、むしろ……」

 え、何その反応!?というか、どうしてそんなに顔を赤く支店の!?そして、むしろ何ですか!?本当にヤバい……。どんどんドツボにはまってきてしまっているんじゃなかろうか。関わって二日程度しかたっていないのに、そんなバカなことあり得るか……。それも、どちらか片方というわけではなく二人に対してだなんて……、流石にどうかしている……。いや、俺は大丈夫だ……。平常だ……。そう言い聞かせることで、俺の心中の混乱を無理やり鎮圧させる。

「今のはあくまで比喩だから。」

「え……。」

 だから、何故そんな反応をするんだ……。こんな時、透心能力を使うことができればいいのだが、それでは相手のプライバシーを侵害する最低行為を犯すようなものだ。そんな真似をして、彼方や小雪に軽蔑されるのは嫌だ。

「まぁ、レンくんだもんね……。 でも、おいしいって思ってくれただけでも嬉しいよ。 次は、本気で毎日食べたいって思わせるような料理作っちゃうんだからね。」

 冗談めかしてそんなことを言う小雪。でも、俺的には冗談にならない。実際、誤魔化しただけで、先ほどの言葉は本音そのものだったわけだからな。

「あ、ああ。 楽しみにしてるよ……。」

「ワ、ワタシだって、頑張るんだからっ!」

「そうだね。 一緒に頑張ろうね、彼方ちゃん。」

「私も、この際本気で頑張ってみたいです。」

 女性陣は、どうやら料理談議で中を深めたらしい。三人とも、何やら異様なまでにやる気になっているようだったが、俺は気にする余裕もなくただただ自分の心に渦巻く環状に頭を悩ませていた。いずれ、この感情とは本気で向き合わなければならないのだろうが、今は考えたくない。せっかくできた友人なんだ。もし仮にその関係を壊してしまうような感情だったとしたら嫌だ。もう少し心の中にとどめておいても罰は当たるまい。

「うん、やっぱりうまいな。」

 一人、そんなことを呟きながら、黙々と小雪の作ったクリームパスタに舌鼓を打っている俺だった。先ほどよりも少し甘く感じたのは、きっと俺の気のせいに違いない。料理(パスタ)はそんなに甘くない、ってな。

 

 

「ごちそうさまでした。 小雪せんぱい、とてもおいしかったです。 ありがとうございました。」

「ホントホント。 ありがとね、小雪ちゃん。」

「ごちそうさま。 いやぁ、うまかったよ。」

 俺たち三人からの連続褒めちぎりに、小雪は恥ずかしそうにはにかむ。でも、どことなく嬉しそうでもある。褒められて嬉しくない人はそういないだろう。

「お、お粗末様。 なんか、嬉しいけど照れるよ。」

「あっ、お皿は私に洗わせてください。 せめてこれくらいはさせてほしいんです。」

 小雪が俺たちの皿を回収しようとしたところで、星永さんがそれを制止する。

「え? ああ、いいよいいよ。」

「そんなわけにはいきませんよ。 私、完全部外者なんですから。 これくらいはしておかないと、むしろ落ち着きません。」

「部外者だなんて、誰も思ってないけどね。」

「で、ですが……、私は皆さんとチームメイトというわけでもないですし……。」

「なら、入る?」

 ただ短く、俺は星永さんにそう問いかける。正直、ここまでかかわっておいて部外者扱いできるほど、俺たちは冷徹な人間ではないつもりだ。

 大きな接点を持っているわけでもないから部外者だと星永さんが言うのなら、その接点を作ってしまえばどうにでもなる。既に俺の中では、星永さんも後輩兼友人として考えていたからな。部外者として自らを俺たちから突き放そうとする星永さんを放っておくことは、俺にはできなかった。それに、もともとチームメイトは探していたからな。これも何かの縁だ。誘ってみるに越したことはないと思う。

「えっ!? そ、それって……」

「ほら、星永さんが俺たちのチームに加われば、部外者じゃなくなるじゃん? だから、もしよかったらうちのチームに入らないかなって思ってな。」

「だね。 部外者なんて、悲しいこと言わないでよ、響ちゃん。」

「そ、その……、なんかすみません……。 そして、ありがとうございます……。 あ、あれ……、どうしよう……、涙が……。」

 星永さんは涙ぐんでいた。彼女はこれまで、能力の扱いが周りに比べて不慣れであるということがきっかけで、周囲から認められず不遇な扱いを受けてきていた。だから、こうして誰かに求められるということを知らなかった。

 恐らくだけど、チーム対抗戦への出場など考えてもいなかっただろう。けど、この子ならきっとできる。そんな確信が俺の胸中にはあった。

「そ、そんな泣くほど!?」

「ご、ごめんなさい……。 なんか嬉しくて……。 えっと、皆さんが良いのでしたら、是非私をチームの一員にしてください。」

「喜んで。」

 星永さんの真っすぐな瞳を俺は見つめ返し、そして短くOKサインを出す。こちらから誘ったのだから、断る理由もない。

「これからよろしくね、響ちゃん。」

「は、はい。 よろしくお願いします。 これから、一生懸命頑張ります。」

「あんまり気張りすぎちゃだめだよ? 無理せずにね。」

「だね。 一緒に頑張ろうね。」

「はい。」

 これでチームメイトは五人か。あと二人見つけないといけないが、この調子ならすぐに見つかるような予感がするな。とは言えども、そんな予感一つで油断はできるはずもないので、今後もちゃんとチームに入ってくれそうな人を探す必要はあるんだけどな。とにかく、またこれで一歩前進だ。この前身は大きい。

 彼方や小雪との会話の中で気合を入れる星永さんを眺めていると、俺も自然とやる気になってくる。昼食時に抱えていた心中のもやもやなど、今は忘れてしまっていた。チームメイトが増えたことへの喜びは、俺の些細な心の乱れをもかき消してくれるようだった。

「改めて、皆さん、よろしくお願いします!」

「うん、よろしくね。」

「よろしく、響ちゃん。」

「ああ、よろしくな。」

 未来はいないが、俺たちは新たなチームメイトを心から歓迎したのだった。ごめんな、未来。後でちゃんと説明はするから。なんて感じで、心の中で未来に手を合わせて謝罪もしつつな。



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Episode23. 襲撃者達の正体は……? 一件落着……とはいかないかも……

 現在、星永さんと彼方の二人で使った食器の後片付けを行っている。星永さんは、皆さんの役に立ちたいんです、とか言いながら一歩も引かなかったので、最終的に小雪が折れる結果となった。そして、ならばと彼方も手伝いを申し出て今に至る。俺も手伝おうかとは思ったが、後片付けに三人もいらないと考えなおし身を引いた。

 というわけで、俺と小雪は今手持無沙汰である。俺に関しては、この中で一人だけ全く仕事をしていないという罪悪感すらあるので、何とも居心地が悪い。それと、なんか小雪がこちらを妙に楽しそうな面持ちで見つめてくるので、背中がもぞもぞとむず痒いような、そんな気分にさせられてしまっている。というか、小雪はなんだか機嫌がよさそうである。先ほど、みんなから散々自分の料理をほめられて、なんだかんだで喜んでいるのだろうか。

 なんてことを考えていると、突然俺のスマホが震えた。俺は自分のズボンのポケットからスマホを取り出して画面を確認する。するとそこには、小河原さんの名前が表示されていた。どうやら、何か進展があったらしいな。

「ごめん、ちょっと電話に出てくる。」

「うん。 わかった。」

 俺は小雪に断りを入れて玄関まで移動する。そして、未だ振動を続けるスマホの画面に表示された通話応答ボタンをタップして電話に応じる。

「もしもし、神奈和です。」

「小河原だ。 さっきの件で連絡だ。」

「はい、何かわかりましたか?」

「ああ。 少し聞き出すのにてこずりはしたけどな。」

 そう言って、小河原さんは俺に、先ほどの襲撃者から聞き出した情報を整理しながら説明してくれた。その内容は、あらかた俺の予想通りのものだった。

 まず、今日俺たちを襲った襲撃者は、本島で活動するリージェリスト奴隷販売組織の連中であること。俺の睨んだとおりだ。それも、かなりの大規模組織の下っ端らしく、情報を聞き出すのが相当困難であったとのことだ。どうやら、その組織は世界のあちこちに活動拠点を持ち、相手の身分関係なく見つけ出し次第にリージェリストを誘拐し商品として世界各地のオーディナル、それも裕福層に売りさばいているとのことだった。

 今の世界なんてこんなものだ。いちいち腹を立てていたらきりがない。と俺は思っているのだが、大半のリージェリストはこういう事件を聞くたびに激高し復讐心をたぎらせている。これに関しては、俺の方がどうかしているのかもしれない、ということは理解している。もちろん俺だって、被害を受けたリージェリストに対して何も思わないわけではないし、誘拐して奴隷として売りさばいているオーディナル達には少なからず怒りやあきれの感情は持っている。今回の事件のように、自身に降りかかった日の子はできるだけ振り払い、周囲への被害を抑えるよう努力はする。だが、所詮は少数派の人種なのだ。自分たちだけではどうにもならないことがある。ある一種のあきらめなのかもしれないが、世界中のお偉いさんたちは少なくとも俺たちに対して平等であることはわかっている。だから、俺は彼らにゆだねているのである。

 次に、彼らが俺たちを襲った目的だが、これに関しても察しはつくだろう。新たな奴隷候補を確保しに来た。単純な話だ。だが、ここで疑問点を挙げるとすれば、彼ら襲撃者たちがどのようにしてこの島の警備をかいくぐったのか、ということである。この月銀島はリージェリスト保護区、言わばリージェリストのための島国である。そのため、月銀島に入島するには、リージェリストであるという身分の証明が必要である。何せ、オーディナルの侵入は許されていないのだからな。

 だが、彼らは何故かこの島に侵入できていた。バリケードはしっかりしているはずなのに、それでも破られたというのか。いや、それだと俺たちに接触する前に騒ぎになっているに違いない。となると、また別の方法か。そのことについて、俺は小河原さんに聞いてみることにした。

「あの、彼らはどのようにして月銀島に侵入したんでしょうか。」

「ああ、それがな、どうやらオーディナルの技術もバカにならないレベルになってきているらしくてな、疑似的に俺たちリージェリストが使うような能力を出現させることができる何らかのアイテムを所持していたらしい。 襲撃者どもの話によれば、その疑似能力を出現させられるのは1回きりらしくてな。 証拠品までは入手できなかった。」

「なるほど、そんなものが……。 それで、うまく審査をかいくぐって俺たちのような子供のリージェリストと接触を図った、ということですか。」

「そういうことだ。 まったく……、してやられたよ……。」

 そう言いながら、小河原さんは一つ大きなため息を吐く。RSOの統括を行う人間として、少なからず責任を感じているのだろう。だが、相手の技術力がそこまで発達しているとは誰も予想がつかないはずだ。俺だって、疑似能力発現アイテムの存在を聞いたとき、かなり驚愕した。だから、これに関しては仕方ないことなのかもしれない。うまく撃退できただけでも良しとしておいた方がいいだろうな。

「それで、残党が月銀島内を潜伏している可能性はあるんですか?」

 俺は、もう一つ気になったことを聞く。むしろ、こちらの方が重要な案件だろう。

「相手は大規模組織だ。 ありえない話ではないだろうな。 この件に関しては、あいつらも頑なに口を割ろうとはしなかった。 だから、憶測の範囲内ではあるんだがな……。 とにかく、警戒を強める必要はありそうだ。 すぐに沖月全体にも連絡を流すつもりだ。 特に、寮住まいでない学生は危険だろうからな。」

「ですね。 もしかしたら、全寮制にする必要が出てくるかもしれませんね。」

「そうだな。 それについても要検討ってところだ。 まぁ、俺からの報告はこんなところだ。 他に、何か気になることはあるか?」

「うーん、今の段階では何とも……」

「だろうな。 そんじゃ、お疲れさん。 お前の方でも警戒はしておいてくれ。」

「わかりました。 では、失礼します。」

 というわけで、俺は小河原さんとの通信を終えて、再びリビングに戻る。大分長い時間話し込んでしまったな。まぁ、かなり重要な案件なので、時間がかかってしまうのも仕方ないことではあるだろうけど。

「あ、戻ってきた。 もしかして、RSOから?」

「ああ、そうだよ。 さっきの件について連絡があったんだ。」

「そうなんだ。 何か進展とかあったのかな?」

「みたいだよ。 いろいろ話は聞きだせたんだってさ。 今、その報告を受けていたところだ。」

 リビングに戻ると、三人とも席についていた。どうやら、俺が小河原さんと連絡を取っている間に食事の後片付けも終わっていたらしい。

 俺も先ほどまで座っていた席に再び腰を落ち着けてから三人に向き直り、先ほど小河原さんから受けた報告を三人にも話しておくことにした。

「彼ら、大分大きな組織の連中だったみたいだ。 目的は、俺たちリージェリストの子供を誘拐し、奴隷として売りさばくことだったらしい。 確かに、あいつらの銃弾は前部足元を狙っているように見えたからな。 商品として殺すことなく連れ去りたかったんだろうな。 結構大きな事件に巻き込まれていたわけだ。」

「なるほどね。 そんな組織の人たちを撃退できちゃうレンくんはやっぱりすごいね。」

「はい、流石です。」

「うん。 すごく格好良かった。 でも、あんな危ないこと、もうしちゃダメだからね。 いくらレンくんが強くても、危険なことに変わりはないんだから。」

「わかってるよ。」

 この三人からの視線が熱いのは気のせいだろうか?そんな目を向けられると、なんだか照れくさいのだが……。別に俺は、大したことはしていないつもりだ。相手の実力が思った以上に低かったことと、この三人を守らなければならないという使命感が相まって成された結果に過ぎない。だから、あれは称賛されるようなことでもないだろう。むしろ小雪のように、無茶な特攻だと指摘されるものだと思う。

「ごめんね、しつこくて。 でも、やっぱりわたし、レンくんが危険な目に合うところなんて見たくないんだ。」

「ああ。 ごめんな。」

 気づくと、俺の手は自然と小雪の頭の上に伸びていた。おかしいな、自分の意思とは関係なく、本当にごく自然な流れだった。だが、こういうのってむやみやたらにやっていたら気持ち悪がられるものだよな。気を付けなければならない。だが、小雪の白銀色の毛髪の触り心地がとてもいい。だから、俺の手は小雪の頭から離れなかった。幸いというべきか、小雪も嫌な顔はしていなかったように思う。少し恥ずかしがってはいたみたいだけど。俺は心の中で小雪に謝罪した。

 ひとしきり小雪の髪の毛の感触を楽しんだ俺は、小雪の頭から手を離した。その瞬間、小雪はなんだか切なげな表情を浮かべているように見えたが、多分気のせいだろう。そして、今更になって恥ずかしさがこみ上げてきた俺は、小雪から視線をそらした。すると、そらした視線の先にいた彼方と目があった。やけに不機嫌そうな表情をしているんだが……、一体何が……?

「ずるい……。」

 ただ一言、彼方の口からはそんな言葉が発せられた。もしかして俺、頭を撫でる才能とかがあったりするのだろうか?今朝、二人の頭を撫でたが、案外好評だったのではなかろうか。まぁ、こんな才能があったところで何の役にも立たないだろうが。

 にしても……

「あ、あの、彼方……、痛いんですが……。」

 彼方は先ほどから俺の足をぺしぺしと蹴ってくる。一撃一撃はあまりいたくはないが、こう同じ場所を何度も蹴られると流石に痛みを覚える。

 え、何?そんなに俺の頭撫では好評だったの?そこまで不機嫌になるほどのものだったんですかね?

「じー……。」

 さらに、彼方の隣からも負のオーラをまとった視線が飛んでくる。その視線は星永さんからのものだ。え、なんで星永さんまでそんな目を俺に向けてるの!?

 よくわからなかったが、小雪と同じように二人の頭も撫でてみることにした。普通、男に髪の毛を触られるのは不快に思うものだと思うんだけどなぁ。だが、この三人はそうではないらしく、不機嫌オーラはいつの間にかどこかへ飛び去ってしまっていた。

 

 

「そろそろ時間だな。 みんな、中庭に出よう。」

 しばらく雑談をしていた俺たちだったが、時計を見て俺はみんなにそう促した。これから中庭で自主練をする約束だからな。なお、未来には事前に連絡を入れて了承をもらっている。

「あ、うん。 そうだね。 じゃあ、わたし着替えてくる。」

「あ、着替えか……。」

 俺はチラリと星永さんへ視線を送る。そういえば、緊急事態だったからこの西7寮まで連れてきてしまったが、星永さんは今鍛錬向きの服装ではない。だからと言って、都合よく着替えを持っているわけでもないだろう。

 そのことに気付いているからか、星永さんも微妙な表情でたたずんでいる。そんな俺たちの様子に気付いた小雪が、首をかしげながら交互に俺たちの表情を覗き込んでくる。

「ん? 二人ともどうかしたの?」

「あ、いや、星永さん、動きやすい服とか持ってないんじゃないかって思って……。」

「あ、そういえばそうだよね。 ごめんね、失念してたよ。」

「あ、いえ、大丈夫です。」

「そういうわけにもいかないでしょ。 それじゃあ、わたしの運動着貸すよ。 多分、サイズはあんまり変わらないだろうしね。」

 小雪は、やや自虐的な笑みを浮かべながらそう言った。その両手は胸元に置かれている。男同士ではそういうのあまり気にしないが、やはり女性はスタイルとかそういうのに敏感らしい。それも、相手が年下となっては、余計に気になってしまうのかもな。こういうデリケートな部分には、なるべく触れないようにしないとな。

「そ、そういうことなら、借りてもいいですか?」

「いいよ。 じゃあ、こっちおいで。」

 そうして星永さんは、小雪に導かれるまま奥の部屋へと入っていった。間取りも同じだし、あの部屋が小雪の寝室なのだろう。

「小雪ちゃん、ワタシたちは一旦レンくんのお部屋に戻るね。」

「あ、うん。 わかった。」

「じゃあレンくん、ワタシたちも着替えに行こ。」

「そうだな。」

 というわけで俺と彼方の二人は、一度特訓のための準備をするべく俺の部屋に戻るのだった。流石に学習したのか、彼方は着替えを手に取ると寝室から出て行ってくれた。これは安心だな。なんて思いつつ、俺はささっと運動着に着替えるのだった。別に、喪失感とかそういうのはないんで、そこのところよろしく。

 

 彼方を連れて中庭に出ると、そこにはすでに未来の姿があった。

「おっす。 もう来てたのか。」

「お二人とも、今朝がたぶりですね。 ええ、早めに来て軽くウォーミングアップをしていたところです。」

「なるほど。」

 俺も軽く準備運動を始める。今日はどこまでやるかはわからないが、準備運動は大切だからな。もし、これを怠って怪我でもしたら、目も当てられない。俺は彼方にも準備運動をしておくよう、視線で促す。すると、彼方も俺の真似をするように準備運動を始めた。

「そういえば、小雪さんは?」

「今、準備中だと思う。 それと、さっき話した新メンバーに運動服を貸しているから、少し時間がかかってるのかもな。」

「そうですか。 にしても、もう一人新メンバーが見つかるなんて驚きました。」

「そうだね。 たまたまお買い物先で会った子だったんだけどね。 話の流れでチームメイトになってくれることになってね」

 俺たちは、準備運動をこなしながら、そんな会話を交わす。確かに、結成二日目にしてもう既に五人も集まっているのは、なかなか驚きだろう。

「お待たせー。 あ、みんなもう準備運動してるね。 じゃあ響ちゃん、わたしたちもしよう。」

「はい、そうですね。 あっ、その前に……。 え、えっと、天留せんぱい……でしたよね? 今日から皆さんのチームメイトになりました、星永響です。 よろしくお願いします。」

 星永さんは未来に駆け寄ると、自己紹介をしてペコリと頭を下げる。

「おや? 私のことをご存じで? ああ、皆さんから既に話が言っているということですか。」

「いや、俺たちは話してないよ。」

「あら、そうなんですか? では、どこかでお会いしましたっけ?」

「い、いえ。 ですが、天留せんぱいは有名ですから。」

 あー、それもそうか。未来は確かに、沖月内でもそれなりに噂になっている。執補会に所属しているからなのかな?でも、俺は未来と仲良くなるまで、未来が執補会に所属していることなんて知らなかったしなぁ。い、いや、それは単に俺が沖月内のことについて興味を持たな過ぎた結果か。

「そ、そうなんですか? うーん、噂になるようなことはした覚えないんですけどね。」

 その気持ちはわからなくもないな。俺も、そんなに目立つことはしていないつもりだったのに、いつの間にか「沖月の優等生」とか言われていたのだから、今の未来の気持ちは理解できる。

「まぁ、とにかく……、改めて天留未来です。 よろしくお願いしますね。」

「はい、よろしくお願いします。」

 それから、俺たち五人は準備運動を済ませる。そして、今日の特訓の方針について話し合うことにした。特に何をするかとかは決めていなかったからな。何なら、互いの能力の確認さえできればよいと思っていたくらいだ。

「そうですねぇ。 まずは、現状私たちがどれくらい能力を使いこなせているかを確認しておきますか?」

「あー、そうだな。 それから、今日は彼方と星永さんに重点を置こうか。」

「うん。 それでいいと思うよ。」

 俺・未来・小雪の中でそうまとまった。彼方と星永さんの二人に視線を向けると、最初はやや遠慮がちだったが、能力を使いこなすには時間がかかるものだと少し脅し気味に説明したら、遠慮していたのが嘘のように頭を下げてきた。

 というわけで、今日の方針が決まったので、俺たちはさっそく中庭に広がった。ある程度、互いの距離感が取れたところで、俺は声を張る。

「よし、んじゃさっき言った通り、まずはみんなの能力の確認だ。 まずは未来。 えっと確か、封印能力だったよな?」

「ええ、そうですよ。」

「なら、これを無効化して見せてくれ。」

 そう言って俺は、威力が低めの弾丸魔法を放つ。未来は飛んでくる弾丸を真っすぐ見据え、集中力を研ぎ澄ます。

「封印ノ儀一式・静滅ノ包煙(じょうめつのほうえん)!」

 そう唱えた未来の周囲に黒い煙が出現する。その煙はやがて俺の放った弾丸を呑み込み、そして消滅させた。

「おお、こういう能力か。 確かに、戦闘しながら時に援護も行えるのは便利だな。 一式とか言ってたけど、レベル訳とかされてるのか?」

「そうですね。 一式・二式・三式とその上に零式があります。」

「なるほどね。 オッケー、大体理解した。 あとは、特訓しながらその都度聞くことにするよ。」

「わかりました。 では、お次は小雪さんでよろしいですか?」

「ああ。 小雪、頼めるか? さっき使ってた魔法とかでいいよ。」

「あ、うん。 目くらまし系の魔法だよね。 わかった。」

 そう言うと小雪は一瞬だけ目を閉じる。そして、すぐに魔法を紡いでみせた。どうやら、簡単な魔法は詠唱をほとんど必要としないらしい。それなりに使えてはいるようだ。

「ホワイトフラッシュ!」

「わっ、目の前が真っ白に……!?」

「これは……、不意打ちを食らうとなかなかきついですね。」

「ですね。 何も見えないです。」

 ふむ。目くらましで相手を妨害しつつ、尚且つ攻撃もできるのか。無属性魔法よりも援護や妨害に特化した魔法能力といったところか。

 しばらくすると、視界が元に戻る。俺は2,3度瞬きをして目の調子を確かめてから小雪に向き直る。

「結構慣れてる感じだったな。 詠唱もなかったみたいだし。」

「まぁ、これくらいの簡単な魔法ならね。」

「ふむ。 攻撃系の魔法とかはどう?」

「うーん、そっちは流石に詠唱が必要かなぁ。 でも、複雑なものじゃなければそれなりにスムーズに放つことはできると思う。」

「ほう。 わかった。 んじゃ、次は星永さんなんだけど……、どれくらい使えるの?」

 俺は小雪から星永さんへと視線を移す。

「え、えっと、まだ自分が使いたいと思った魔法すらまともに使えないんです……。 何故か、思ったのとは全然違うのが出ちゃって……。」

「そうかぁ。 試しに何か使ってみることはできる?」

「や、やってみます。」

 そう言うと、星永さんは目を閉じて集中状態に入る。この時点でかなりの隙が生まれてしまっているが、今はまだ指摘する必要はないだろう。

「フレイム・アロー!」

 やがて詠唱を終えた星永さんは、魔法名を叫ぶ。魔法名からして火属性のものだろう。だが、実際に出現したのは氷でできた矢状の攻撃魔法だった。火属性とは程遠い、水属性の魔法科。確かに、使いたい魔法とは全く別のものが出現してしまっている。しかも、方向も定まらないのか、星永さんの放った魔法は明後日の方向へと飛んで行ってしまった。よく見ると、中庭への出入り口の方向だな。なら誰もいない……。と思ったら、そこに誰かが立っていた。

「あ、危な……」

「おっと!」

 俺が声を上げるより早く、中庭出入口にたたずんでいた人影はおもむろに剣を取り出したかと思うと、それを一振りしてあっさりと星永さんの魔法を打ち消してしまった。その技量に驚いたと同時に、どこから剣を取り出したのか疑問にも思った。もしかすると、あれは能力か?

 なんて考えていると、その人影……というか、少女はこちらに近づいてきた。ゆっくりと、でも足取りは軽く。そして……

「なんか、面白そうなことやってるね! アタシも混ぜてよ!」

 少女は楽しそうに、そう言ったのだった。



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Episode24. 魔法の概念。 いや、そんなことより彼方がバグってる件……

 片手にかなり重そうな剣を携えた少女は、ニコニコ顔で俺たちの輪の中に入ってくる。この子、一体誰なのだろうか?沖月の学生かな?

「え、えっと、君は?」

 考えてもわかりそうになかったので、俺は少女に直接質問を飛ばす。すると少女は、うっかりしてたとでもいうように苦笑いを浮かべ、改めて俺たちに向き直った。

「あはは、ゴメンね。 まずは自己紹介からだよね。 アタシの名前はアリス。 明日からオキツキに通うことになってるんだ。 そんでもって、今日からこの寮で暮らすことになったんだ。 ヨロシク!」

 元気よく自己紹介をする目の前の少女、アリス。なんというか、快活な少女という言葉がぴったり当てはまる感じの子だな。見た目は、大体彼方や小雪、星永さんと同じくらいの背丈で、毛髪の色は金色。そこまで長くはないが、片側で一つにまとめている。サイドテールというんだったか。彼女が動くたびにぴょこぴょこと動くのが、なんとも可愛らしい。

 名前的に、外国の人なのだろうか?いや、でも今じゃ、日本国でも時々アリスという名前を見かけたりするからなぁ。今時、リージェリストは先天性・後天性問題があるから、毛髪の色でも見分けることはできないし、本名を名乗らなかったから、その辺り判断がつけられないな。

 にしても、転入生か。しかも、偶然にもうちの寮生になるとは。

「えっと、どちらからいらしたんですか?」

 やはり、未来も気になっているのか、さっそくアリスに質問している。

「あー、えっとね、イギリスから来たよ。 その……、驚かないで聞いてほしいんだけどね、アタシ実はアメリスタ家の人間なんだ。」

 アメリスタ……、ああ、上流階級の家々を牛耳っているあのアメリスタ家か。オーディナルの統括も行っているとかいないとか、そんなうわさも聞いたことがある。だが、そのアメリスタ家のお嬢様がどうしてこんなところにいるのだろうか?

「アメリスタ? そんなに有名なの?」

「えっと……、私もちょっと聞き覚えないです……。」

「ご、ごめん……。 わたしも……。」

 彼方・未来・小雪の三人がそれぞれ首をかしげている。あれ、アメリスタ家のこと知らないのか。

「あっ、し、知らないんだ。 でも、知らなくていいかも。 どうせ、ろくな家じゃないわけだしね。」

「まぁ、リージェリストからすれば、敵対関係にあるといってもいいからな。」

「でも、リージェリストに対して直接的な手出しはしていませんよね。」

 俺の言葉に星永さんが続く。どうやら、星永さんはアメリスタ家について知っているようである。

「うーん、そんなことないんだよねぇ。 ホント、リージェリストにはいろいろと迷惑かけちゃってるよね……。 ごめんなさい……。」

「いや、それはあくまで君の家の人の方針なんだろ? 君は何もしてないんじゃないのか?」」

「そうなんだけどね。 そんなわけで、家が嫌になったから留学を口実に家出しちゃったんだ。 改めて、アリス=(クラエル)=アメリスタです。 でも、アメリスタ家との縁は切ったつもりなんで、お嬢様扱いはナシでヨロシク!」

 再度自己紹介をし、にこりと笑顔を浮かべるアリス。さらっと、家出とかいう単語を聞いたのだが、まぁ家の事情に首を突っ込むのも野暮ってもんか。

 なお、お嬢様という言葉を聞いてなんとなくアメリスタ家について察しがついたのか、先ほどまでぽかんと口を開けていた彼方・未来・小雪の三人は若干の動揺を見せた。けど、それ以上は何もなく、アリスの自己紹介に微笑みを返していた。

「なるほどね。 それと、もう一つ聞きたいんだけど、ここに来たってことはリージェリストなんだよな? 見た感じだと、それ能力剣っぽいし。」

 俺は、もう一つ気になっていたこと、彼女の能力について質問をしてみた。

「あ、うん。 そうだよ。 2年くらい前にリージェリストってことが発覚してね。 この間まで別の訓練学校にいたんだけど、こっちに留学することになったんだ。 まぁ、これも結局家の方針なんだけどね。 アタシは従うつもりもないから。」

 そう言って嘆息するアリス。相当家のことを嫌っているようだな。アリスの様子を見ているだけで、オーディナルの闇を垣間見た気分になってくる。

「そんで、アタシの能力は武器生成。 特定武器はないから、何でも自由に作れるんだ。 愛用しているのは剣だよ。」

 手に持った券をくるりと一回転させながら、誇らしげな顔をするアリス。武器精製能力は結構よく見かけるものだが、特定武器がないというのは珍しいのではなかろうか。実際、俺は聞いたことがない。

「へえ、万能だなぁ。 っとと、こっちも自己紹介しておくべきだよな。 俺の名前は神奈和レン。 能力は、コピー能力だ。 よろしくな。」

 すっかり忘れてしまっていたが、こちらも名乗っておく。これから同じ寮の住人になるのだからな。それに、先ほどからフレンドリーな感じで接してきてくれているおかげか、とても話しやすい。これからも仲良くしていきたい。そのためにも、自己紹介はしておくべきだ。ついでに能力の紹介もしておくことにした。

「あ、ワタシは黒咲彼方だよ。 能力は星魔法。 とは言っても、まだ一回も使ったことないんだけどね。 えっと、よろしくね。」

「天留未来です。 封印能力を扱っています。 どうぞよろしくお願いします。」

「わたしは小瀬戸小雪だよ。 よろしく。 あー、えっと、能力は色彩魔法だよ。」

「えっと、星永響と言います。 無属性魔法が使えます。 でも、まだまだ未熟です……。 よろしくお願いします。」

 俺に続くようにして四人も自己紹介を済ませる。

「レンにカナタ、ミライ、サユキ、あとヒビキね。 覚えた!」

 俺たちの名前を一つずつかみしめるように反芻し、最後には満面の笑みを浮かべながらポンと自分の左掌に右こぶしを打ち合わせる。トレードマークのサイドテールもぴょこんと跳ねている。

「そういえば、みんなはいくつなの? 見た感じだと、レンとミライは年上っぽいけど。 いや、案外アタシの方が年上だったりしてね。」

「えっと、私が16で、他の皆さんは私の一つ上です。」

「ってことは17? ありゃ、同い年か! んで、ヒビキは後輩なんだね。」

「うぅ、どうしてわたしの周りの女の子はみんなスタイルいいのかなぁ……。」

 小雪は、彼方・未来・アリスの三人を交互に見やりながら嘆く。確かに、小雪以外の三人は、ある一部分がかなり発達していらっしゃるからな。いや、未来に関しては身長もそれ相応に高いんだけど。彼方とアリスは、小雪とほとんど背丈が変わらないからな。唯一味方の星永さんは年下だし。この世の中は理不尽であふれているんだな、悲しいことに。

「んで、みんなは今何してたの?」

 ようやく本題に戻る。

「ああ、今は特訓中だったんだ。」

「特訓って、能力の?」

「まぁ、そうなるかな。 正確には、対抗戦っていう沖月のビッグイベントに向けての特訓なんだけどな。」

「あー、そういうの前のとこにもあったよ! って、なんかゴメンね。 邪魔しちゃったよね。」

「いやいや、そんなことないって。 むしろ、多いに越した子tないからさ。 せっかくだし、アリスも混ざらないか?」

「いいの!? わぁい! やるやるー!」

 特訓と聞いて少し遠慮気味になってしまったが、俺の言葉で先ほどの調子を戻したようにハイテンションになる。

「アリスは能力を使うとか戦うのって好きなのか?」

「まぁ、好きだよ。 というか、身体を動かすのが好きかな。 嫌なことを忘れられるしね。」

「そっか。 まぁ、とにかく俺たちは歓迎するよ。」

「うん、ありがとう! で、さっきヒビキが魔法使ってたけど、コントロールがうまくいってなかった感じだったね。」

「は、はい……。 まだまだ不慣れでして……。」

 先ほどの失敗を思い出して、星永さんがしょぼんとしてしまう。アリスは、そんな星永さんの様子を見て慌てて謝罪を口にしている。星永さんの方も、アリスに対して謝罪の言葉を何度も口にする。まぁ、偶然とはいえアリスの方に魔法を飛ばしてしまったのだから、気にしてしまうのも無理はないだろうな。

 だが、どうしたものかなぁ。口で唱えたものとは全く別の魔法が発生し、しかもあらぬ方向へと飛んで行ってしまった。これは、結構難題なのではないだろうか。理由として考えられるのは、詠唱に多少の誤りが生じているのか、はたまた実際詠唱として口に出している言葉と頭の中で具現化しようとしている魔法の想像が異なっているのか、ってところだろうか。恐らく、前者の方がよりあり得るだろうな。後者だと、そもそも魔法の根本から間違っている可能性がある。星永さんは、少なくとも魔法がどのような概念なのかについては理解しているはずだ。理解していないということは極端な話、火属性と水属性の違いがわかっていないということだからな。

 魔法の概念は、属性と放出形の二つからなる。属性は、火・水・風・土・光・闇・雷の7つからなり、放出形というのは、魔法を具現化させたときにどのような形で発生するのかによって変わる。例えば、弾丸形なのか、剣や刀のような刃形なのか、光線形なのかなど、種類は様々である。属性魔法は属性に縛りがあり、特殊魔法はそれがない代わりに、放出形に縛りがあるものもある。俺の使う鉱石弾丸魔法なんかがその例だろう。

 魔法を使う際には、この概念について抑えておく必要がある。でないと、魔法を紡ぐ際に必要なパーツの組み立てを行うことができず、先ほど例に挙げた後者の失敗例のようになってしまう。なお、前者の失敗例は単純なもので、組み立てた詠唱式の翻訳に穴があるというだけのものだ。これは、練習量や精神的な面、慌てたり緊張していたりすることによって引き起こされる。なので、改善はものすごく簡単だ。ただ落ち着いて練習を繰り返し行えばいいだけなのだから。

 もし、後者の失敗例のような状態だとしたら、魔法についてもう一度学びなおす必要がある。つまり、今彼方が立っている土俵と同じところから始めなければならないのである。だが、星永さんはあくまで練習量が少なくて上達しないと言っていたのだから、学びなおしの必要はないはずだ。

「アタシはあんまり魔法に詳しくないけど、どんな能力だったとしても、慌てるのは禁物だよ。 能力を扱うのに大事なのは集中力だからね。 どんな時でも落ち着くことが大事だよ!」

「は、はい。 頑張ります!」

「星永さん、魔法の概念はわかってるよね?」

「はい。 頭にはちゃんと入っているはずです。」

「だよね。 んじゃ、あとは今アリスが言った通りだな。 落ち着いて、何度も繰り返し使っていればすぐに詠唱が口になじむから。 そうすれば、コントロールにも意識を向けられるようになると思うよ。 とにかく、集中して頑張ってみよう。」

「わかりました!」

 これで星永さんの魔法の扱いは改善されるはずだ。慣れていないと、詠唱式の組み立てだけでかなり疲れてしまうからな。しかも、詠唱式を翻訳するのにも時間制限がある。焦って失敗してしまうケースは多い。星永さんを見ていると、訓練の機会が本当に少なかったんだなということがひしひしと伝わってくるようで、なんとも心が痛い。

「できました。 シャイニング・ブレード!」

 詠唱を終えた星永さんが、再度魔法名を叫ぶ。すると、光り輝く刃が星永さんの手から放たれた。どうやら、魔法名通りのものが紡げたようだ。この精神状態を続けることが、今後の星永さんの課題だろう。あと、コントロールか。これも時間の問題だと俺は思っている。

「さてと、次は彼方だけど……、まだ魔法の概念を覚えきれてないよな。 昨日、簡単に話しただけだし。」

「まぁ、そうだね。 えっと、まずは何を作りたいのかを思い浮かべるんだったよね。 ワタシは星魔法だから……、星が関係してるのかな? それじゃあ、こんな感じかなぁ……。」

 などと一人、いろいろと呟く彼方。

「うわぁ、なんかいろいろと変なのが出てきた……。 これを組み合わせていくんだよね……。 属性がこれで……、放出形はこれかな? わっ、なんか文字がいっぱい……。 でも、読めちゃうんだ……。 って、時間制限あるの忘れてた!」

 なんか、見ているだけでほっこりしてくる。頭の中で起こる現象に対して、一つ一つ反応してくれるから、彼方は面白い。

 彼方は、集中して頭の中に浮かぶ詠唱式を翻訳していく。若干の焦りが見えるが、これは仕方ないことだ。初めて使うのだからな。むしろ、初めてでここまでできているのが普通にすごいんじゃなかろうか。

 詠唱式として浮かぶ文字は、俺たちが普段使っている常用文字とは全く異なる。ただ、この詠唱文字、魔法文字というべきだな。これはリージェル内エネルギーの脳内活性によって本能的に理解することが可能らしい。どういう理屈なのかは、俺たちにはまだわからないけど。

「よし、なんかできたからとりあえず! スター・シュート!」

 すると、掲げた彼方の手から、何発もの魔法弾が射出された。狙いも問題ないみたいで、ちゃんと真っすぐ飛んでいるようだ。

「おっし! 受けて立つよ! ディアにレス、スタンバイ!」

 彼方の魔法弾に迎え撃つように、アリスは一枚の大きな盾を発生させた。銀色に輝いており、かなり頑丈そうだ。

 その大盾が、彼方の放った魔法弾を悉く弾き飛ばす。が、そのうち数発が盾を貫通してアリスのもとまで届いていた。

「ウ、ウソでしょ!? って、痛っ!? ちょっ、変なところ入ったんだけど!? カ、カナタ、ストップストップ!」

「あっ、うん。 ごめんごめん。 思ったより上手にできちゃったから、調子に乗っちゃったよ、えへへ。」

「ホントに初めてなの!? うえぇ、すごすぎでしょ……。 これって、いわゆるチートとかバグって言われるやつ?」

「どうなんだろうなぁ。 天才肌ではありそうだけど。」

 あっさりと魔法攻撃を完成させてしまった彼方の力量に、俺含めた一同は驚きを隠せなかった。というか、同じ魔法能力の使い手である小雪や星永さんに関しては、かなり複雑な面持ちである。

「むぅ、不平等だぁ……。 何でもできて容姿も可愛くて、それでいておっぱいも大きいなんて……、神様は不平等なんだぁ!」

 というか、小雪が幼児退行を始めてしまった。そんな小雪もほほえましくて可愛いのだが、最後の一つはなんとも反応しづらいものがあった。先ほど、俺自身も考えてしまっていたことだしな。

「お、落ち着いてください、小雪さん。」

「ご、ごめん……。 つい……。」

「んもう、カナタったら、調子乗りすぎ。 魔法弾、服の中にまで入っちゃったよ……。 なんかもぞもぞするなぁ……。」

「うっ、ホントごめん……。」

 そうしてアリスは、自分の身体をまさぐり始める。その光景だけでも、俺からしたらちょっとばかし刺激が強いように感じてしまう。

 どうやら、その違和感は胸元にあるみたいで、その辺りを重点的に探っているようだ。だが、何をやっても一向に取れないのか、アリスは嘆息する。

「はぁ、仕方ない……。」

 するとアリスは、自分の服の中に手を突っ込み始め、直接その違和感の正体を探り始めた。アリスが服に手を突っ込んだことにより、胸元部分が大きくはだけ、その立派な双丘の谷間が露わになってしまっていた。しかも、大分てこずっているのか時折腕を大きく動かすため、その白い肌とは明らかに異なる緑色が顔を覗かせてしまっている。くそっ、目をそらそうとしても、それができない……。

「あった、これだ! よいしょっと。 ふぅ、やっと取れたよぉ。 って、あれ? なんかみんなの雰囲気がさっきと違うんだけど……。 なんかあった?」

 そのアリスの声で俺も我に返る。すると、確かに何か先ほどとはみんなの雰囲気が異なっているような……、嫌な予感がする……。これ、今朝にも同じようなことがあったような……。

 見ると、案の定というか何というか、小雪が不機嫌オーラ全開でこちらを見ていた。そして、同様の視線を星永さんが向けてきていた。

「レンくん……、今の一部始終、ずっと見てたよね……。」

「え、あ、いや……、す、すんません……。」

 俺は、小雪の剣幕に押されるように頭を下げる。確かに、俺の心はどうであれ、見てしまっていたのは確かだもんな。見られる側でなくとも、女としてはあまり気持ちのいいものではないのだろう。そう考えると、視線を逸らせなかった俺は最低なのかもな。思えば、今朝の未来との騒動も、そういうことだったのかもな。いや、でもあの時はちゃんと視線を外したはずだが……。まぁ、過ぎたことを考えても仕方ないか。今は、目の前で起きていることに意識を向けなければ。

「見てたって認めましたね……。」

「むぅ、やっぱり大きいのがいいんだぁ!」

「私たちのような無い者達は存在価値なんてないんですかそうですか。」

「いや、そんなこと……」

「いつか絶対に大きくなって見せるんだから……。」

「えぇ……。 ナニコレ……。」

 それからしばらく、小雪と星永さんはむすっとしてしまっていた。しかも、彼方までなんかへそを曲げてしまっており、さらによくわからない状況に陥っていた。彼方がすねる理由はマジでわからない。

「ああ、そういうことね! ったく、レンったら、そんなにアタシのが見たいの? いやん、エッチ!」

「おまっ……、火に油を注ぐ様な真似は寸なっ! 余計話がこじれるだろうが!」

「んふふぅ、でも見ていたのはレンだもんねぇ。」

「くっそ、腹立つ……。」

 途中まで状況を呑み込めていなかったアリスだったが、会話の節々をつなぎ合わせて理解したらしく、三人をなだめる俺をからかってきやがった。西7寮中庭はかなりカオスだった。しかも、便乗して未来まで俺をからかい始めた。もはや、未来の専売特許だな。

「フフッ、やはりレン君も男の子ですね。」

「言うな、悲しくなるから……。」

 そこから30分ほど、特訓を再開できる状況ではなかったのだった。結局、悪いのは俺であることに間違いはないので、俺は自分を呪ったのだった。



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Episode25. 新たな仲間、アリス! ウェストセブンは誰にも負けない!

 それからしばらくして全員落ち着いたので、俺たちは特訓を再開する。ったく、原因が自分だったとはいえ、ここまで話がややこしくなるとは思わなかったぞ。今度、寺に修行にでも行くかな。煩悩退散のために……。とにかく、今の一件だけでかなり体力を消耗してしまった。だが、特訓は実際まだ始まったばかりなので、気を抜くことはできないよな。そんなわけで、俺は空気を戻すために一度パンと手をたたく。それから、メンバーたちへと向き直る。

「んじゃ、特訓を再開するぞ。 えっと、どこまで行ったんだっけ。 ああ、そうだ。 彼方が一発で魔法攻撃を完成させたんだったな。」

「やっぱりバグなんじゃ……。」

「バ、バグって……、なんかひどくない?」

「あっはは、ゴメンゴメン。 でも、単純にすごいと思うよ。 魔法にしろそれ以外の能力にしろ、初めて使ってあのクオリティっていうのは見たことないかも。 つっても、アタシはリージェリストとしての暦が浅いから何とも言えないけど。 でも、みんなの反応を見る限り、やっぱり普通じゃないんじゃないかな。」

「そうですね。 早い人でも二日か三日はかかるはずです。 彼方さん、本当に初めてお使いになられたんですか? 以前に何らかの形で使ったことがあったりしませんか?」

「うーん、多分ないと思うけど……。」

 彼方が首をひねりながら考える。しかし、やはり心当たりはないのか、首を横に振る。となると、本当にあのクオリティで初めて使ったものだということになる。これはもしかしなくても、天才という奴が現れたんじゃなかろうか。

「ちなみに、みんなは使えるようになるまでどれくらいかかったの?」

 反対に、彼方の方から質問が飛ばされてきた。

「私は……、確か一週間ほどでした。 とは言っても、先ほどの彼方さんのような高レベルのものが使えたわけではなく、本当に微量な力しか出せなかったと思います。 まぁ、能力の種類によって発動までの感覚は異なりますからね。 基準が違うといえばそれまでなんですが。 でも、魔法能力は総じて、レジェリザムの中でも高難易度能力ではありますから、やはり彼方さんは天性の才能の持ち主なのでしょうね。 憧れてしまいます。」

「そ、そうなのかなぁ? でも、なんか嬉しい。」

 未来に褒められて照れ笑いを浮かべる彼方。

「わたしも、一週間か二週間くらいかかっちゃったかも。 今でもそんなに上手には使えないんだけどね。 だから、彼方ちゃんの呑み込みの早さ、すっごくうらやましい。」

「はい。 私も彼方せんぱいに憧れちゃいます。 もっと頑張らないと……。」

「そ、そんな。 みんなして……。 照れちゃうよぉ。」

 さらに頬を上気させて恥ずかしそうに身体をもじらせる彼方。だが、やはり嬉しそうである。

「能力の扱いには自信があったのになぁ。 上には上がいるのかぁ。 悔しいなぁ。 ねぇカナタ、あとでまたアタシとバトルしようよ!」

 もしかして、アリスって負けず嫌いだったりするのかな?確かに、先ほど星永さんの魔法を往なした時の一連の動作は無駄なくキレのあるものだったように思う。なんていうのかな、手練れ感っていうのを感じたような気がする。だからこそのプライドみたいなものがあったのかもしれない。その負けず嫌い精神、俺は好きだぞ。

「あ、うん。 いいよ。 けど、さっきみたいにうまくいくかはわからないから、お手柔らかにね。」

「あいよ! でも、普通に使えてたらアタシも本気でやるからね。」

 能力の系統は違えど、この二人はいいライバルになりそうだな。どうやら同学年みたいだし、今後の戦闘実習はこれまでより楽しくなりそうだ。

「あ、そういえば、レンのコピー能力だっけ? それってどういうのなの?」

「そのままの意味。 対象者の動作やリージェルをコピーする能力。 例えば、こんなのがあるよ。」

 せっかく中庭にいるので、俺は複製能力のうちの一つを披露することにした。一番手っ取り早いテレポート能力だ。

「わっ!? レンが消えた!?」

「後ろにいるよ。」

「ええっ!? すごっ!! 瞬間移動だぁ!! そんなのが使えるなんてカッコいいなぁ!! もしかして、アタシの能力もコピーして使えるの?」

「まぁね。 面倒な工程をくぐる必要があるから、あんまりやろうとは思わないけど。」

「面倒な工程?」

 俺はアリスにも、このコピー能力で対象者のリージェルをコピーするのに必要な手順を説明する。本当は実践して見せるのが一番いいのだろうけど……、なんか嫌な予感があったので口頭で説明することにした。

「なるほどねぇ。 ちなみに、他のみんなのはコピーしたの?」

「いや、してないよ。 最初はしようかって話にはなってたんだけどな。」

「え、どうしてしなかったの?」

「まぁ……、それは察してくれ……。」

 俺は彼方と小雪を交互に見やりながらそう言った。未来に関しては一般的な部位、つまり前腕部に存在していたのでコピーを実行することはできたのだが、未来一人だけのを複製するのもなんか気が引けたので、コピーはあきらめることとなった。

「ん? カナタとサユキがどうかしたの?」

 あ、察してはくれないのね。

 彼方はそこまで気にした様子はないが、小雪の方はかなり恥ずかしそうである。それもそうだろう。友人止まりの男に、安易にプライベートゾーンなんて触らせるわけにはいかないからな。というか、彼方はその辺り恥ずかしくないのか?やはり、時々彼方の感性はわからない。

「うーん、まぁいっか。 んで、他にはどんな能力があるの? さっき、なんか石っぽいのを飛ばしてたように見えたけど。 あれも能力?」

 あ、考えることを放棄した。

 というか、あの時から見ていたのか。

「そうだよ。 あれは鉱石弾丸魔法。 あんまり魔法っぽくはないんだけどな。 一応、詠唱が必要だから魔法っていうカテゴリーに分類されているみたいだ。 属性もあるしな。 ほとんど土属性ばっかだけど。」

「へぇ、レンのメインウェポンってとこかな?」

「そうなるな。 もう一つ攻撃ができる能力もあるけど、あっちは精神攻撃が主流だからな。 基本的にこっちの弾丸魔法を使うかな。」

 霊魂操作能力にも、攻撃できるものはある。むしろ、補助や精神攻撃などと使い分けができる分、鉱石弾丸魔法よりも汎用性は高いように感じられる。だが、攻撃に必要なのはやはり速度だと俺は思っている。霊魂能力は不意の一撃には適しているが、弾丸魔法は遠距離で使うことができる、且つ効果力と速度を兼ね備えている能力である。だから、俺はこの能力を愛用している。

「そのもう一つっていうのは?」

「霊魂操作能力。」

「霊魂操作? お化けみたいな?」

「そんな感じ。 あと使えるのは、透心能力だな。 これは、簡単に言えば心を読む能力。 相手の次の行動とかを見切るときには便利だけど、日常生活で使ったらただのプライバシー侵害行為だから、俺はあんまり使わないな。」

「レンって、紳士だね。 人によっては、そういうの気にせずところかまわず使ってそうだけど。」

 いや、まさかな……。流石に誰でも考えるだろ。というか、むやみやたらに他人の心なんて読んでいたら、見たくないものまで見えてきて逆にこっちの精神が参ってしまいかねないからな。他社への配慮とともに、自己防衛のためにも誰かの心を覗くなんてしないはずである。だが、そうじゃないのか?世の中には物好きな人間もいるものなのか。俺にはよくわからんし、理解しようとも思わないけど。

「俺は紳士なんかじゃないさ。」

「そうだよねぇ。 エッチな紳士様だもんねぇ。」

「うるせぇ! それを言うなら、君らはもっと恥じらいを持ちなさい! 男は危険なんだぞ? 襲われる可能性だってあるんだぞ?」

「なんか、お母さんみたいなこと言うんだね、レンくんって。」

「あっ、確かに!」

 ぐっ、お母さんみたいと言われてしまったか……。なんだろう、遠回しに口うるさい奴とか思われてるような、そんな気がしてならない。この子たちはそんなこと言わないんだろうけど。

「そ、そうじゃなくてさ……。 ちゃんと自分を大切にしろってことで合って……。」

「わかってるわかってる。 レンくんがわたしたちのことを気遣ってくれているのはちゃんと伝わってるよ。」

「大丈夫だって。 他の男の人の前でそんなヘマはしないから。 レンなら大丈夫かなって思ってるだけだよ。」

「だね。 レンくん相手なら、恥ずかしいけど別にいいかな……、なんて……。」

 ダメだ……。全く伝わらない……。というか、この子らは俺のことを何だと思っているのだろうか。まさか、男として認識されていないんじゃなかろうな……。それは聊か屈辱的だ……。俺だって、人並み程度には性欲も持ち合わせているし、現にこの子らのせいで何度か理性の限界を見させられた。これ以上のことがあったら、流石の俺でも理性が持たないと思う。恐らく……。きっと……。

 いやでも、自分でいうのもおかしな話ではあるかもだが、俺は臆病でありピュアハートでありチキンだ。仮に理性が限界突破するような事態に陥ったとしても、異性に手を出す度胸は持ち合わせていないのではなかろうか。くっ、自覚しているという事実が何とも腹立たしい。

「とにかくだ。 君らは俺のことを男として認識していないのかもしれないが、ちゃんと女性としての意識は持ってくれ。 恥じらいを持つことは大切なことだ。」

「う、うん……。 若干否定したい部分もあったけど……。」

「否定は許さん。」

「は、はい……。 気を付けます……。」

「ご、ごめんなさい……。」

 とりあえず、これでいいかな。まぁ、果たしてこれだけで効果があるかは怪しいところだが。なんせ、彼方なんて一昨日冗談とはいえ一度押し倒して見せたのに、全く効果があるように感じられなかったんだもんなぁ。

「すまん。 話が横道にそれたな。 そんじゃ、特訓を続けよう。 星永さんはひとまず、俺と一緒に魔法の特訓をしよう。 とは言っても、基本的に反復練習をするだけになるとは思うけど。」

「あ、はい。 よろしくお願いします!」

 いい返事だ。もしかすると、この中で一番まともと言えるのは星永さんなのかもしれないな。別に、他を異常者呼ばわりするつもりなど毛頭ないのだが、他四人に比べておとなしくて常識人的な感じがする。小雪もそんな雰囲気はあるのだが、時々おかしな感性を見せてくるからな。

「んで、他の四人は対人での戦い方を模索してくれ。 特に、彼方は対人戦経験なんてないからな。 他三人の動きを見ながらいろいろと実践してみてくれ。」

「はーい。」

「それでは、こちらの方でやりましょうか。」

「そうだね。 えっと、結界とかも使っていいんだよね?」

「もちろんだ。 活用できるものはどんどん使っていこう。」

「へぇ、この寮には結界機能も備わってるんだ。 流石はRSO直下の訓練学校だけはあるね。 うん、テンション上がってきたぁ!」

 そう言って四人は中庭内の開けたスペースに移動を始めた。

「よし、それじゃあこっちも始めようか。 さっきみたいに、慌てず落ち着いて詠唱式を翻訳するんだ。 最初は時間制限に引っかかるかもしれないけど、徐々に早く翻訳できるようになってくるから。 頑張ってみよう。」

「はい! 頑張ります!」

 そうして俺たちも、今日の特訓のメインに興じるのであった。星永さんのやる気と集中力は相当なもので、今日一日だというのに見る見るうちに魔法の詠唱が様になってきていた。これは、完全に練習不足だったな。普通に容量もよく、このペースなら無属性魔法という難関魔法をマスターするのにもそう時間はかからないように感じる。彼方と言い星永さんと言い、俺の周りの人たちはどうしてこうも優秀な人材ぞろいなのだろうか。もしかしなくても、俺はとんでもない人たちとチームを組むことになってしまったのではなかろうか。これは、俺も負けてはいられないな。沖月の優等生としての意地を見せてやろうじゃないか。そんなこんなで、今日の特訓は思った以上に有意義に過ぎていったのだった。

 

 

「ふぅ、みんなお疲れさま。 今日はもう切り上げようか。」

「あ、わかった。 お疲れ様!」

 俺は、中庭内に散らばっていたチームメイト&アリスを集めて、今日の特訓を終わらせる。今日はまだ活動を始めて初日なのだ。無理をする必要もないだろう。それに見たところ、たった数時間の特訓ではあったが得る者は多かったのではないだろうか。この調子なら、対抗戦での優勝も夢ではないかもしれない。まぁ、あと二人ほどチームメイトを集めないといけないという課題は残っているのだけど。

 って、待てよ……?今、もしかしてチャンスなのではないか?なんて思いつつ、俺はアリスの方へと視線を向ける。

「ん? どうかしたの? レン。 あ、もしかして、またスケベな展開を狙ってる? 残念ながら、そんなハプニングはないよ。 それに、さっき注意してきたのはレンだしね。 もしかして、後悔してる?」

「そうじゃねえよ……。 何、拡大解釈してるんだよ……。 そうじゃなくてな、アリスよ、ちょいと俺から提案があるのだが、いいか?」

「提案? どうしたのさ、改まって。」

 アリスは、不思議そうに俺の表情をうかがってくる。

「明日から、沖月に通うんだよな。 沖月の学生になるんだよな。」

「うん、そうだけど……。」

「んでもって、俺たちと同学年なんだよな?」

「そうなるね。 えっと、それがどうかした?」

 徐々にアリスが怪訝な目をし始める。ごめん、これはあくまで確認事項なんだ、許してくれ。

「あのさ、対抗戦には興味あるか?」

 その言葉に、彼方・小雪・未来・星永さんの四人がピンと来たというように目を見開いた。多分、君らの想像通りだよ。

「対抗戦? あー、ビッグイベントだっけ? うん、戦うのは好きだよ。 自分の今まで積み上げてきた努力を発揮できるからね。 あ、もしかしてさ、アタシを勧誘?」

「ご名答! どうだ? 俺たちのチームに入らないか?」

 不思議と断られるかもという不安はない。アリスの目を見て、俺はそんな確信めいた気持になっていた。

「わぁい! 入る入る! 誘ってくれないかなぁ、なんて思ってたところなんだよね! やったね、これでみんなともっと特訓ができるよ! これからよろしくね、みんな!」

 よし、案の定アリスは乗り気だったみたいだ。またしても勧誘が成功したな。思わず、俺もガッツポーズしてしまう。現状、俺たちのチームには前衛として突撃できる主戦力が欠けていた。しかしながら、アリスという強力な前衛をチームに引き込んだことにより、チーム内バランスをとることができる。それと、単純にアリスの性格的に、チームを盛り上げるムードメーカー的な役割も果たしてくれそうだしな。アリスをチームメイトとして迎え入れないという選択肢など、ないに等しい。

「よろしくね、アリスちゃん。」

「よろしく!」

「よろしくお願いしますね、アリスさん。」

「よ、よろしくお願いします! って、私以外、全員ここの寮生ってことになるんですよね。 どうしよう、私も移動しようかな……。」

 星永さんは何やら頭を抱えて悩んでいるようだ。彼方はまだ入寮しているわけではないが、手続き書は既に書き終わっている。あとは俺がこれを提出しに行くだけだから、実質ここの寮生と言っても差し違えはないだろう。となると確かに、星永さん一人だけ別のところというのは、なんだか仲間外れみたいな感じがするな。

「なら、星永さんもこっちおいでよ。 移動の理由として、対抗戦を挙げる人とか結構多いからね。 学校側もそこらへんは配慮してくれるよ。」

「そうなんですね。 じゃあ、そうすることにします。 というわけで皆さん、改めてよろしくお願いします! 足を引っ張らないよう、頑張りたいです!」

「ははっ、そんなに気を張る必要はないからね。 それに、星永さんは普通に呑み込みが早くて、俺も驚いてる。 すぐに魔法もマスターできるようになるよ。 頑張ろうな。」

「はい!」

 うん。初めての練習としては上出来だろう。それに、アリスという新たな戦力をチームに迎えることもできた。対抗戦への大きな希望が見えてきたな。

「ところで、チームメイトかあるの?」

「まぁな。 俺たちは、ウェストセブンだ。」

「ウェストセブン? 西棟7番寮だから、ウェストセブンってことですか?」

「そういうことになるかな。 命名者は小雪だ。」

 びくっと肩を震わせる小雪。

 アリスと星永さんの視線が小雪に向く。なんとなく嫌な予感を肌で感じているのか、その表情はかなりひきつっている。

「ま、まぁ、わかりやすいんじゃないですか? 私はいいと思いますよ、はい……。」

「うっ……。」

 後輩に気を使われて身もだえる小雪先輩。そういう反応になるのも仕方ないよな。なんせ、俺たちですらちょっと微妙だと思ってしまったのだから。

「えっ、ダサくない!?」

「うぅ……、センスなくてごめんなさいね……。」

 アリスに関してはかなりストレートだった。

「改名はしないの?」

「まぁ、面倒だから。」

「えー。 アタシ、チーム変えようかな。」

「それはやめてくれよ!?」

「ウソウソ、そんなことしないから安心して。 まっ、覚えやすい名前ってのもアリなんじゃないの? そのセンス、割と嫌いじゃないしね。」

「むぅ、センスなくてごめんなさいね!」

「ゴメンゴメン、そんなにむくれないでってば!」

 アリスが加わったことによって、西7寮はさらに騒がしくなりそうだな。退屈はしなさそうだし、俺は全然かまわないのだけど。

「とにかく、これからよろしくな、アリス。 それと、星永さん。 よし、この調子であと一人も見つけよう。 そして、絶対に対抗戦に出て優勝しよう!」

「「「「「はいっ!」」」」」

 夕方の西7寮中庭内に、彼女たちの声が空高く響き渡っていた。これは、俺たちの戦いの始まりを空に告げる声だ。俺は、このメンバーたちとともに、次こそあの高みを目指したい。いや、絶対に高みに上ってやる。彼女たちの声とともに、俺の決意はさらに強くなった。



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Episode26. 西7メンバー+αで焼肉パーティーをすることになりました。

「ねえねえ、せっかく響ちゃんとアリスちゃんがチームに加わったんだし、みんなでパーティー的なことしない?」

 特訓を終えるとすぐに、彼方からそんな提案が飛んできた。

「響ちゃんも一人暮らしだったよね?」

「はい、そうですけど……。」

「パーティーかぁ。 楽しそうだね! アタシは賛成!」

「そうですね。 食事は、一人よりも皆さんと一緒の方が楽しいですからね。 そういうことなら、是非私も参加したいです。」

 アリスと星永さんが、彼方に同意の意を示す。まぁ、星永さんは結局俺が家まで送っていくつもりだったし問題ないだろう。俺と彼方・小雪・未来に関しては、昨日も集まって食事はしたが、こういうのは何度やってもいいものだしな。

「俺もそれでいいと思う。 小雪と未来は?」

「いいよ。 やろやろ。」

「ええ。 私も賛成です。」

「うん、まとまったね。 じゃあ決まり!」

 全員からの同意を得た彼方は、嬉しそうに頷いた。

「んで、何をするの? またなんか作る?」

 小首をかしげながら、小雪が全員に問いかける。確かに、小雪の料理は滅茶苦茶おいしいと思う。だが、流石の小雪でも、この6人分の夕食を用意するというのは大変なのではないだろうか。昨日から立て続けに小雪にばかり食事を用意させるというのも、こちらとしては心苦しくも思うしな。それに、今日は対抗戦に向けての特訓だって行っていたのだ。疲れだってあるだろうし、今日は小雪にもゆっくり休んでほしいと俺は思っている。だから俺は、みんなに一つ提案をしてみることにした。

「小雪も今日は疲れてるだろ? だからさ、今日は焼肉パーティー的なのをやらないか? ホットプレートなら用意できるから、エントランスででもどう?」

 焼肉なら、特に料理の腕とかは関係ないだろう。それならば、小雪も少しくらいは休むことだってできるはずだ。それに、激しい運動とは言えなくとも、特訓で少なからず身体を動かしているので、今日はがっつり行きたい気分だと思う。まぁ、あくまで男の感性であって、女はどうなのかわからないけど、少なくとも、腹は減っているはずだろう。そういったことを考えての焼肉である。

「あっ、いいねそれ! ちょうどお腹も減ってたからねぇ。」

「肉!? アタシも食べたい!」

「焼肉ですか、いいですね。 それなら、料理できない私でも少しはお手伝いできそうですし。 小雪さんにお任せしてしまうのは心苦しく思っていたところですからね。」

「わたしのことは気にしなくてもいいんだけどね。 でも、焼肉かぁ。 最近食べてなかったし、いいかもね。」

「はい、なんだかとても楽しそうです。」

 うん、これは全員同意とみてよさそうだな。そうと決まれば、まずは買い出しだな。肉やら野菜やらを買ってこないと始まらない。

「よし。 それじゃあ買い出しに行ってくるよ。 みんなは休んでいてくれ。」

「えっ、そんな、レンくん一人に任せるなんて悪いよ!」

「アタシ、まだまだ元気あるよ? ついていくよ。」

「わ、私も、ついていきたいです。」

 おっと、これはどうしたものかなぁ。買い物なら、俺のテレポート能力があるからすぐに終わるんだよなぁ。あ、でも、誰か一人くらい連れて行った方がいいのかな?俺の一存だけで買うものを決めるのも変な話だしな。それに、小雪辺りを連れていけば、何か良い食品の見分け方みたいなものも教わることができるかもしれないし……、って、それだと本末転倒か。せっかく小雪を休ませようと思って提案したのに、結局それでは小雪に働いてもらうことになってしまうからな。うーむ、どうしようか。

「もしかしてレンくん、テレポート使おうとしてるの?」

「あ、まぁね。 その方が楽だし。」

「でしたら、レンくんとあと誰か一人が買い出しに行く、というのはどうでしょう? それで、残りの人たちで、その後の作業を分担する。 そうすれば、誰か一人が大きな負担をすることもないと思いますよ。」

 まぁ、一理あるか。それでいいのか?俺には何とも言えないな。でも、変に気を使いすぎても、逆に仲間外れにされた感があるかもしれないし、そういうことを考慮するとなると役割分担をするというのが一番しっくりくるのかもしれない。流石は未来、こういう時の冷静さはとても心強い。

「なら、そうしようか。 んじゃ、誰か一人ついてきてくれ。 誰でもいいよ。」

 本音を言えば、小雪がいいのだけど……、そんなことを言うと未来がまた俺のことをからかってきそうだしな。あえて黙って成り行きに任せることにした。

 なんて考えつつ、彼女らに視線を向けてみると、誰一人として口を開こうとしていなかった。しかも、彼方・小雪・星永さんからは、何とも威圧的な雰囲気が感じられる。何だコレ、もしかして譲り合い……、いや、押し付け合いか?えっ、俺と二人で買い出しに行くの、そんなに嫌なのか?いや、それは流石にないということは俺でもわかる。少なくとも、この子たちはあからさまに人に対して嫌悪感を抱くような子たちじゃない……と思う……。星永さんやアリスに関しては、出会ってまだ数時間の仲なので何とも言えないけど……。それでも、今までの俺への態度から見ても、どうも拒絶されていたり嫌われているということはないように思える。心の中でどう思われているのかはよくわからないけど。

 だとすると、この子たちが急に押し黙って相手の出方を見るような態度をとっているのはどうしてだろうか。それと、未来に関してはいつものにやけ顔に戻っているし。何かまた面白いことでも見つけたのだろうか?そんな未来の様子に気付いたのか、それまで首をかしげて他の子たちの様子をうかがっていたアリスもなんだか楽しそうな表情を浮かべ始めた。

「フフッ、では私がレン君と買い出しに行ってきましょう。」

 そんなからかうような口調で、未来はピシッと手を挙げる。すると、それまで押し黙っていた三人は途端に目を見開いて、未来の方へと視線を向ける。すると、未来はなんか挑発的な視線で三人を見返している。

「レン君と二人で、お買い物デートに行ってきますね。」

「デート!? ただの買い出しだろ!?」

 未来の言葉に、俺は思わずツッコんでしまった。夕食の買い出し程度でデート扱いはどうなのだろうか?いや、もしかして、買い出し程度でもデートになってしまうのか?だからこの三人は渋っていたのだろうか?

「力には自信あるし、アタシが行こうかなぁ。 ミライ、どうする?」

 俺のツッコミはスルーされた模様。しかも、未来に乗っかるようにしてアリスも手を挙げる。うん、この子らはただただからかっているだけだな。よく考えれば、表情一つでそんなのはお見通しだっての。きっと、デートと言うのも冗談なのだろう。まぁ、この状況でそんな冗談をいう意味は俺にはよく理解できないけど。

「わ、私が行きます! せめてこれくらいはさせてください!」

 すると、何かに突き動かされるようにして、星永さんが買い出し係に立候補した。なんだろう、デートという言葉に感化されたようにも見えたが……、俺の気のせいだろうな。なんだかんだで星永さんも律儀というか、受けた恩はすぐに返したいと考える子みたいだしな。一応、荷物運びとかもあるから、一番大変そうなこの買い出しの係に立候補したのだろう。でも、そんなに気にすることじゃないと思うんだけどなぁ。

「それなら、ワタシが行くよ! せっかく匿ってもらってるのに、何もできていない気がするから。 せめてこれくらいはしたいな。」

「わ、わたしが行こうか? お買い物には慣れてるし。」

 立て続けに、彼方と小雪が手を挙げる。彼方の言い分もわからなくはないけど、やっぱり気にするようなことではないように思ってしまう。それならと、俺は小雪に視線を向ける。確かに、小雪が来てくれれば心強くはある。せっかく立候補してくれたのだから、このまま小雪と二人で行ってこようかな……。いや、でもなぁ、小雪に力仕事を押し付けてしまうのはどうもなぁ。

 うーむ、どうしたものかなぁ。もう、こうなったら手っ取り早くじゃんけんかなんかで決めたほうがよさそうだ。

「んじゃあさ、もうじゃんけんで決めよう。」

 そんなわけで、買い出し担当を巡った女子たちのじゃんけんが始まった。

 つっても、決着は一瞬にしてついたんだけどな。

「あっ、勝っちゃった。 なら、アタシで決まりかな。」

「あら、一瞬でしたね。」

 アリスの一人勝ちだった。じゃんけんが強いのかな?いや、でもあれって運要素強いし、狙って勝てる者ではないよな?ということは、アリスは運がいいのかもしれない。いや、からかいのための立候補だっただけで、実際は行きたくなかったなんてこともあり得るな。運は悪いのか?よくわからないな。

 そして、あっさりと敗北を期した彼方・小雪。星永さんの三人は、しょぼんと落ち込んだ様子を見せていた。いや、どうして?

「まぁ、決まったことだし、さっさと行こうか。」

「ほいほーい。」

 これ以上考えても、余計に混乱してしまいそうだったので、俺は思考を放棄してさっそく買い出しに出発するためにアリスに声をかける。アリスも特に嫌な顔を見せることなく返事をしてくれた。うむ、俺の考えすぎだったのかもしれないな。

「では、お願いします。」

「い、いってらっしゃい、二人とも。」

 なんて感じで残りのメンバーに見送られながら、俺とアリスは買い出しのためにテレポート能力を使っていつも利用しているスーパーまで飛んだのだった。

 

 

「わぁ、やっぱりコレすごいね! 一瞬で景色が変わっちゃった!」

「まぁ、便利だとは思う。」

 改めてテレポート能力をその身で実感したアリスは、何とも楽しそうな声色ですごいすごいとはしゃいでいる。うん、こういう反応をされると、たとえ自分の能力でなかったとしてもなんだか照れくさく感じてしまうな。俺はそんな感情をごまかすように、しきりに感心しているアリスに対してそっけない言葉を返す。

「それで、ここが目的のお店?」

「ああ。 ってか、アリスは今日ここに来たんだよな? テレポート使わずに、道案内してやればよかったな。 失念してたよ、申し訳ない。」

「いやぁ、そんなことは気にしないでいいってば。 アタシ、お腹すいたから早くお肉食べたい!」

「まぁ、それもそうか。 そんじゃ、チャチャっと買い物済ませて戻ろうか。」

 というわけで俺たちはスーパー内へと足を踏み入れた。日曜日の夕方はやはり混んでいるな。いくらリージェリストしかいない月銀島のスーパーとは言えども、この時間は流石に混雑するものである。

 俺とアリスは肩を並べて店内を移動する。必要なものは肉と野菜だな。俺はスマホを片手に、もう片方の手には買い物籠を持っている。何がほしいか、小雪と連絡を取り合って決めているところなのだ。なんだかんだで頼れるのは小雪だからな。というか、なんかいつの間にか小雪に依存してしまっている気がしてきた。

「ふむ……。 アリス、野菜のコーナーに行こう。」

「あ、うん。 わかった。」

 小雪からの返信をもらった俺は、アリスを連れて野菜売り場まで移動することにした。その道中、俺はずっと気になっていたことをアリスに聞いてみることにした。

「そういえばさ、アリスって日本語ペラペラだよな。」

「まぁね。 昔から日本が大好きだったの。 だからかな。 日本語はすぐに覚えられたんだ。 アタシ、勉強は苦手なんだけどね。」

「なるほどね。」

 先ほどのアリスの発言から、実家であるアメリスタ家が嫌いだということはなんとなくわかった。恐らく、そういった嫌なことからの逃避行動の一つとして日本文化に没頭していたのだろう。その過程で日本語を覚えたということだろうな。

「日本に到着したのも今日なのか?」

「ううん。 昨日着いたんだ。 んで、東京を観光……、というかぶっちゃけアキバに行ってたんだ。」

「あー、あそこね。 どうだった?」

「もうサイコーだったよ! やっぱり日本はいいところだね!」

 昨日のことを思い出して、アリスは楽し気に身体を揺らす。当然、トレードマーク……と思っているのは俺だけかもしれないが、金色のサイドテールも愉快に揺れ動いている。そういえば、金髪であることを気にしていなかった。けど、確かアリスは後天性だとか言っていたはずだ。なので、アリスの金髪は西洋人の資質というやつなのだろう。

「ほへぇ、結構品ぞろえいいんだねぇ。」

「だろ? かなり助かってるんだよね。」

「って言っても、アタシはあんまり使わないんだろうなぁ。」

「どうして?」

「アタシ、料理とか全然できないからね。」

 料理ができないのか。こういうところはお嬢様気質だな。まぁ、指摘したら本人が嫌がるだろうから、あえて何も言わないけどさ。

「これと、あとは……これとこれを……」

 なんて感じで、小雪と相談して決めた食材を買い物かごの中に入れていく。南瓜だったり人参だったり玉葱だったり、なんというかバーベキューのメニューだな。まぁ、焼肉もバーベキューも大差ないか。

「よし、次は肉だな。」

「イェーイ! 肉だぁ!」

 子供のようにテンションを挙げるアリスを引き連れて、次は肉売り場まで移動する。なんというか、子供と一緒に買い物に来ている親の気持ちってこういうものなのかな。いや、ほしいものを強請られたりしないから、ちょっと違うかもな。

「そういえば、日本には一人で来たのか?」

 またしても、気になったことを聞いてしまう。

「違うよ。 ウチ、三姉妹なのは知ってる?」

 聞いたことがある。まぁ、アメリスタ家は有名だから、そういった情報も案外出回っているんだよな。俺は首を縦に振って、アリスに話の続きを促した。

「んでね、アタシは三女なんだけど、一つ上のお姉ちゃんも実はリージェリストだったんだ。 だから、お姉ちゃんと二人で日本に来たんだよ。」

「へぇ、そうだったのか。 んで、アリスの姉はどこに?」

「アタシとは別の寮になっちゃったからね。 確か、東棟4番寮とか言ってたと思う。 エミアお姉ちゃんもアタシと同じでね、アメリスタ家の方針には反対してるんだ。 だからね、昔からアタシはエミアお姉ちゃんにべったりだったんだ。 今回の留学に見せかけた家出もね、お姉ちゃんは嫌な顔一つせずに賛成してくれたんだ。 すっごく頼りになるんだよ。」

「そっか。 いいお姉さんなんだな。」

 姉妹そろってリージェリストであることが発覚するケースは珍しい。家の方針に背いていたのも、もしかするとリージェリストとしての本能的な何かだったのかもしれないな。そんでもって、肉親の中で唯一話が通じる相手だったからこそ、アリスは姉を心のよりどころにしていたのかもな。

「ちょっと心配だな。 アリスの姉さん。」

「心配? それってどういうこと?」

「俺たちみたいな比較的穏便なリージェリストって珍しいんだよ。 基本的にリージェリストに仇成す存在は憎い、って感じの考え方をする人が多いんだ。 もし、俺たちのような考え方をする人がお前の姉さんの周りにいなかったとしたら、もしかしたら精神的にかなり追い込まれてしまいかねないなって思ってさ。」

「そ、そっかぁ。 まぁ、それが普通なんだよね……。 むしろ、レンたちに受け入れてもらえたアタシはかなり幸せ者だと思う。 お姉ちゃん、負けん気が強いところがあるから、変に気を張っちゃいそうで心配だなぁ。」

 せめて俺たちと同じ寮だったら多少はマシだったかもしれないが、どうしたものか……。東4寮には、これといった知り合いはいなかったはずだしなぁ。まぁ、何事もないことを祈っておこう。

「って、あれ? エミアお姉ちゃん?」

 不意に、アリスがそんなことを呟く。

 俺は慌ててアリスの視線を目で追っていた。すると、そこにいたのは、アリスと同じ金色の毛髪を揺らした、アリスより少し背の高い女だった。もしかして、あの人がアリスの姉さんなのか?

 向こうもこちらの存在に気付いたのか、ゆっくりとこちらに近づいてくる。何というか、アリスとは根本的にまとう雰囲気が違うことが、離れていてもはっきりわかる。なんかこう……、大人っぽいって感じ……?

「あら、アリスちゃんじゃない。 偶然ね。」

「うん。 お姉ちゃんもお買い物?」

「そうよ。 買い出ししないと何もないんだもの。 それで、そちらの方は?」

「えっと、始めまして。 神奈和レンと言います。 アリスと同じ寮に住んでます。」

 アリス姉がこちらに視線を向けてきたので、俺は居住まいを正して名前を名乗った。アリス姉は、二度、三度と頷いてから、再びこちらに視線を戻す。

「そうなのね。 妹をよろしく頼むわね。 っと、忘れてたわ。 ワタシの名前はエミア=(フレミナ)=アメリスタよ。 妹共々、これからよろしくお願いね。」

 そう言ってアリス姉改めエミアさんはペコリと一礼する。なんだかんだ言っても、やはりお嬢様なのだろう。その所作の一つ一つがとても綺麗だった。

「ええ、こちらこそよろしくお願いします。」

「安心したわ。 アリスちゃんにちゃんとお友達ができて。 前のところじゃ、勉強と訓練に夢中で、ろくな交友関係もなかったんだもの。 こっちでもそうなっちゃうんじゃないかって心配してたんだから。」

「えっ、アリスがですか?」

「そうよ。 まぁ、気持ちはわからなくはなかったんだけどね。 すぐにでも実家を抜け出したかったんでしょうね。 家出の話はアリスちゃんから聞いたのかしら?」

「あ、はい。 聞きました。」

「そう。 でも、アナタのような方がアリスちゃんのお友達になってくれるのは、姉としても嬉しいわ。 どうかこの子をよろしくね。」

 そう言って柔らかく微笑むエミアさん。その表情からも、とても妹思いだということがわかる。俺は、アリスがうらやましく思えた。こんないいお姉さんがいるなんて。

「エミアさん、でいいですか?」

「ええ。 構わないわ。」

「エミアさんも、いつでもうちの寮を訪ねてください。 歓迎しますから。 恐らく、沖月の学生からの風当たりはあまりよくないでしょうし。」

「あら、ワタシにも気を遣ってくれるのね。 そういうことなら、そうさせていただくわ。 ありがとうね、レン。」

「もしお時間があるようでしたら、今から西7寮に来ませんか? これから俺たち、焼肉パーティーをするんですよ。」

「え、でも迷惑じゃないかしら?」

 エミアさんは遠慮気味にそう言った。

「そんなことないですよ。 さっきも言ったじゃないですか、歓迎するって。 それに、人数は多ければ多いほど楽しいですからね。 もちろん、無理にとは言えませんが。」

「そ、そういうことならお言葉に甘えさせてもらおうかしら。」

「わぁい! お姉ちゃんも一緒だ!」

 いや、うん。エミアさんが大人っぽ杉るのか、アリスが子供っぽ杉るのかわからないな。いや、どっちもか。周りの人にはどんな風に見えているのか……。もしかすると、家族か何かと勘違いされていそうだな。

「はいはい、嬉しいのはわかったから、あんまりはしゃがないの。 ここ、お店の仲よ。」

「あっ、ごめんなさい。」

 マジで仲のいい拇指に見えてきた……。

「そうしたら、また後で西7寮にお邪魔させていただくわね。 ひとまずお買い物をオワラセナイト。」

「わかりました。 お待ちしてます。」

「ええ、ありがとう。 それじゃ、またね。」

「うん、後でね、お姉ちゃん。」

 そう言うと、エミアさんは別のコーナーまで行ってしまった。

 アリスと同じで、エミアさんも日本語が堪能だった。エミアさんも、日本文化に興味があるのかもな。

「あれがアタシのお姉ちゃんだよ。」

「背丈はあんまり変わらないのに、アリスよりずっと大人びて見えたな。」

「えー、何それ!? まるでアタシが子供みたいな言い方だよ!?」

「いや、間違ってないだろ。」

「ひどっ!? ア、アタシだって大人だし……。 こんな風に……。」

 そう言うとアリスは、俺の右腕に自分の左腕を絡めてきた。

「お、おいっ!? 何やってるんだよ!?」

「子供じゃない証明だもん。」

 いや、まぁ確かに子供じゃありえないボリュームのものを抱えておりますがね。そういえば、エミアさんもなかなかスタイルがよかったように思う。流石は西洋人といったところだろうか。って、そうじゃないだろ……。

「わかったから放してくれ。 動きづらいから。」

「ぶぅ、わかったよ。」

 ようやく俺の右腕は解放された。一瞬、柔らかい感触が離れていくことに対して喪失感を抱きかけたが、何とか踏みとどまる。

「ったく……。 ほら、買うものはそろったから会計してさっさと帰るぞ。」

「はーい。」

 そんなわけで俺たちは、早々に会計を済ませて帰路に就くのだった。って言っても、テレポート能力を使うから、帰路も何も一瞬なんだけどな。



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Episode27. 西7メンバー+αで焼肉パーティーをすることになりました。 ②

「あ、帰ってきた。 おかえりなさい。」

「おかえりー、二人とも。」

「おかえりなさいです。」

「買い出し、ありがとうございました。」

 西7寮に戻った俺とアリスの二人は、エントランスで他のメンバーたちに出迎えられた。どうやら、俺たちのことを待っていてくれていたみたいだ。なんか、こういうのって嬉しいなぁ。誰かに出迎えられたことなんてほとんどなかったもんなぁ。

「たっだいまー!」

「ただいま。 はいこれ、頼まれてたやつは全部買ってきたよ。」

「うん、ありがとうね。 それじゃあさっそく準備に取り掛かろう。

 俺は小雪にスーパーで買ってきた品を袋ごと手渡す。この人数分だと、それなりの重量になってしまったので少々心配はしたが、小雪は案外軽々と袋を受け取った。こういうところからも、買い物とか慣れているのだなぁと感じさせられる。いや、もしかしたら、見た目にそぐわない怪力の持ち主なのかもしれないな……。なんて言うのは流石に失礼だったな。俺は心の中で小雪に謝罪する。

「えっと、まずは野菜を切らなきゃだから……。 あれ、野菜切る担当って誰だったっけ? わたしは……、焼く担当だったよね? えっと確か……」

「あ、私と彼方せんぱいです。」

「あ、そうだったそうだった。 キッチンは誰のところを使おうかなぁ。」

「一番近いし、俺のところでいいよ。」

「あー、うん。 それは助かるかも。 そしたら、さっそくレンくんのお部屋に上がらせてもらうね。」

「はいはーい。 って、そうなるのなら、態々小雪に袋を託す必要なかったな。 俺が持つよ。」

「えっ、あ、平気平気。 わたしこれでも、腕力には自信あるんだ。」

 おっと!?怪力説浮上か!?なんて馬鹿なことを考えつつ、俺は小雪と彼方、それから星永さんを引き連れて自分の部屋に入る。そして、キッチンに移動し、俎板や包丁など、必要になりそうなものをあらかた準備する。小雪は、俺に断りを入れてから、先ほど買ってきた肉類を冷蔵庫の中にしまい込んでいく。

「そうしたら、彼方ちゃんと響ちゃんの二人は、これを少し薄めに切ってね。 あんまり厚すぎると火が通りにくくなっちゃうから。 だからと言って、細かすぎるのもダメなんだけどね。」

「オッケー、任せてよ。」

「はい、頑張ります。 あ、でも、俎板とか包丁、一つずつしかありませんね。」

「あっ、そう言えばそうだったな。 ごめん、流石に二つずつは置いてないや。」

「って、忘れてたっ! ごめん、今取ってくるね!」

 ドタバタと慌てながら、小雪は一度俺の部屋から出ていく。そして、数分もしないうちに、俎板と包丁を抱えた小雪は、肩で息をしながら再び俺の部屋に戻ってきた。

「は、はい、これっ!」

「あ、ありがとう。 大丈夫?」

「へ、平気だよ。 はぁ……、はぁ……。」

「へ、平気層には見えないんですが……。 ひ、ひとまず始めちゃいましょう、彼方せんぱい。」

「そうだね。 えっと、それじゃあまずは……」

 彼方と星永さんは、キッチンに二人並んで担当を決めながら野菜を刻み始めた。俺はそんな二人を横目に、未だ荒い息を上げ続けている小雪の背中をさすってやる。その背中は男のものとは違ってとても華奢で、少しでも力を入れてしまえばすぐに壊れてしまうのではないかと思うほど頼りないものに感じられた。だから、なるべく力を入れず、そっとその小さな背中を撫でてやった。華奢だけど、とても暖かい。

「はぁ……、はぁ……。」

 だが、小雪の荒い息遣いは収まる様子を見せない。もしかして、背中を撫でるのは逆効果だったりするのだろうか?そう思った俺は、すぐに小雪の背中から手を離す。すると、小雪はなんか切なげな瞳で俺の顔を覗き込んできた。その瞳は少し潤んでおり、心無し顔も赤らんでいる。

「ちょっ、大丈夫か!? ちょっと休んだ方がいいんじゃないか!?」

「う、ううん。 平気だよ。 なんかね、レンくんに背中をさすってもらってるとね、胸がドキドキしてくるんだよ。 疲れているわけでもないのにね。」

「へ? それってどういう……」

「あの、お二人とも? イチャつくなら別のところにしていただきたいのですが……。 うっかり包丁を向けてしまいかねないので。」

 そんな冷ややかな声に、俺と小雪は同時に肩をびくつかせた。そういえば、ここはキッチンだったな。彼方と星永さんからすれば、作業の邪魔でしかなかったのかもしれない。だが、イチャついているというのは、少々語弊があるのではなかろうか?俺はただ、小雪の背中をさすっていただけなのである。これをイチャつくと言ってしまうのはいかがなものだろうか。

「べ、別にイチャついてなんかないもん!」

「どっちでもいいですけど、刺されたくなければ一旦キッチンを離れてください……。 正直、うらやま……、ゴホン、目障りです。」

「ご、ごめんな。 今出ていくから、流血騒ぎだけは勘弁してくれ! そ、それじゃあ後は任せるよ!」

 俺はそれだけ言い残して、小雪の手を引いて颯爽とキッチンから離脱した。そして、リビングも飛び出し俺の寝室まで逃げ込んだ。星永さんから発せられる殺気はガチのやつに感じたからな。逆に、彼方は特に何も言うことなく、俺と小雪をなんだか生暖かいような目をしながら見つめていた。もし、彼方まで殺気を放っていたらと考えると、身震いが止まらない。だが、どうしてあそこまで怒っていたのか、俺にはよくわからない。そんなに作業の邪魔をしてしまっていただろうか?それか、星永さんは繊細なのかもしれないな。どちらにしても、迷惑をかけてしまったことに違いはない。後でもう一度誤っておくことにしよう。

 それより、今は小雪だ。無理やり引っ張ってきてしまったが、大丈夫だっただろうか。ただでさえ息が上がっていたのに、さらに走らせてしまったわけだからな。ひとまず俺は、小雪の様子を窺うために、その表情を覗き込む。

「ごめん、無理やり引っ張って。 大丈夫か?」

「あ、うん。 大丈夫だよ。 はぁ……、はぁ……。」

 そういう小雪だったが、やはり顔は赤い。それに、息もまだ荒い。だから俺は、小雪を落ち着かせるためにベッドに座らせる。

「レ、レンくん……。」

 すると小雪は、先ほど以上に潤んだ瞳をこちらに向けてきた。何かを期待しているような、だが少し怯えの混じった瞳が、俺の目を真っすぐに見つめてくる。綺麗なレモン色の瞳に、思わず俺も視線が吸い寄せられてしまいそうになる。というか、気のせいか、小雪の顔が少しずつ近くなっているような、そんな錯覚を覚えてしまう。

 って、待て待て待て!これ、気のせいでも錯覚でもなく、マジで小雪の顔が近づいてるんですけど!?俺はとっさに小雪の肩をつかんで、それ以上の進行を妨げる。と同時に、小雪の目から視線を外して小雪の身体を視認すると、その腰は少し浮いていた。やはり、小雪は無意識のうちに俺の顔に自分の顔を近づけていたみたいだ。が、それと同時に気付いてしまった。俺は俺で、無意識的に小雪の顔に自分の顔を近づけてしまっていたということに。どうして、こんなことになってしまったのか、未だ混乱する頭で考えても答えは出てこない。そして当然、何故小雪も同様に顔を近づけたのか、その答えも探し当てることはできないままでいた。

「小雪、ストップだ。」

「えっ、あっ、ご、ごめんね! なんか、頭がボーっとしちゃってたみたい……。」

 俺に肩をつかまれた小雪は、ようやく我を取り戻し、浮かせたままの腰を再びベッドに下ろした。それから、わたわたと慌て始めた。まぁ、そうなるわな。熱に浮かされていたのかは知らないが、今の行為は完全に口づけの流れだったもんな。そんなことをして恥ずかしいと感じないわけがない。現に、俺だって滅茶苦茶恥ずかしいと感じている。今すぐにでもこの場から抜け出してしまいたいと思う程にな。

「今のことは、お互いに忘れよう。」

「あ、う、うん……。」

 俺の提案に、小雪は戸惑った様子を見せながらもちゃんと頷いてくれた。にしても、さっきのは一体何だったのだろうか。妙に小雪が艶っぽく見えてしまった。今も、小雪のことを変に意識してしまい、自分でもはっきりわかるくらい頬が熱い。いかんな、一度この思考は断ち切らないと、本当におかしくなってしまいかねないぞ。俺は二度三度と深呼吸をして心を落ち着ける。

「……。」

「……。」

 だが、それでも気まずさは拭えない。俺と小雪の間に沈黙が流れる。俺の中にあったもやもやとした感情は、だんだんと罪悪感や後悔の念に変わってきていた。友人でありチームメイトでもある小雪との関係に傷をつけてしまったかもしれないと考えると、無性に頭を抱えたくなってしまう。

「あ、あのね、レンくん……。」

 俺が心の中でそんな心配をしていると、不意に小雪が口を開いた。俺は慌てて小雪の表情を覗き込む。先ほどまでの荒い呼吸はなくなっていたが、未だに頬を紅潮させている。心無し身体が震えているように見えるのは気のせいだろうか。

「ど、どうかしたか……?」

 未だ整理のつかない心中を一旦端に置き、俺も小雪にちゃんと向き直り、次の言葉を促した。

「えっと……、その……ね……」

「うん……。」

「……」

 だが、一向に次の言葉を口にしようとしない。何か、言い淀んでいるようだ。俺は首を傾げつつも、急かすことなく小雪が口を開くのをゆっくり待っていた。

「ご、ごめん……、やっぱり何でもないの……。」

「そっか。 わかった。 んじゃ、言いたくなったらまた言ってくれ。」

 結局小雪は口ごもって、それ以上言葉を紡ぐ様子はなかった。恐らく、言いづらいことなのだろう。無理して言わせる必要もないし、ここは小雪のペースに合わせておくことにする。

「さてと、それじゃあ俺はホットプレートを出してくるかな。 小雪はもう少しここで休んでていいからな。 あれだったら、飲み物とかいる?」

「あっ、大丈夫大丈夫! お気遣いなく。 それより、わたしも何かお手伝いするよ。 休んでばっかりなのも落ち着かないし。」

「小雪は焼く担当なんだろ? 休むなら今のうちだと思うよ。 あんまり、頑張りすぎなくていいんだよ。 でないと、小雪がいつかつぶれてしまいそうで、俺はちょっと心配かな。」

「レンくん……、やっぱり優しいね……。 わかった。 それならお言葉に甘えて、少しだけ休ませてもらうね。」

 小雪は柔らかく微笑むと、再びベッドに腰を落ち着けた。俺はそれを確認すると、寝室を後にしてキッチンの方へと戻っていった。思わぬハプニングがあって心がざわついてしまったが、今は忘れよう。平常心だ。

 

 

 キッチンに戻ると彼方と星永さんの二人は楽しげに雑談をしながら順調に野菜を刻んでいっていた。彼方はわかっていたが、星永さんも同様に手際が良いらしく、かなりの量があったはずの野菜はもうほとんど残っていなかった。まだ切り始めてからそんなに時間はたっていないはずなんだけどなぁ。

「あっ、レンくん。 小雪ちゃんは?」

 キッチンに入ると、真っ先に彼方が声をかけてくる。

「今は休憩中。 二人は、もうほとんど切り終わったみたいだね。 やっぱり、手際がいいっていうのはうらやましいなぁ。」

「そ、そんなことないですよ。」

「いやいや、買ってきた野菜、結構多かったはずだし、それを二人係とはいえ短時間で処理できちゃうのは、二人の手際がいい証拠だと思うよ。」

「そ、そうなんでしょうか……?」

 星永さんは、照れくさくなったのか頬を染める。そして、顔を隠すように下を向いて作業に没頭してしまった。

「んで、レンくんはどうしてキッチンに?」

「俺か? 俺はホットプレートを取りに来た。 えっと、確かこの辺に……、おっ、あったあった。 うん、普通に使えそうだな。 軽い掃除は必要かもしれないけど。」

「へぇ、結構大きいね。」

「貰い物だけどね。 さてと、そしたらこれをエントランスまで持ってくとしますかね。 んじゃ、そういうことで、二人ともお疲れさん。」

 それだけ言い残して、俺はキッチンから出ていく。それから、タオルを一枚洗面所の棚から取って、エントランスに戻る。しばらく使っていなかった割にはそこまでホコリがたまっているというわけでもない。これなら、軽く一拭きすれば問題なく使えるだろう。

「あ、レンだ。 おかえりー。」

「あら、立派なホットプレートですね。」

「しばらく使ってなかったから、少しホコリがついちゃってるけどね。 一人だと、なかなか使う機会がなくてな。 でも、一応貰い物だから、簡単に捨てたりもしづらくて。 だから、正直久々にコイツを使う機会ができて、こっちとしては嬉しかったりするんだよね。」

 確か、こいつを前に使ったのは、高等部への進級祝いだったかな。愛葉や空、ミアなど、仲のいい連中で集まって、今日みたいに焼肉パーティー的なことをやったっけ。まさか、あいつら以外でこのホットプレートを囲むことができるなんて思いもしてなかった。手にしたタオルでホットプレートに残っているホコリを払いながら、俺は物思いにふけっていた。

「とても大事にされているんですね。」

「ん? わかるか?」

「ええ。 何となくですが、今のレン君の表情や手つきが優しいものに見えたので。」

「大切な人からもらったの?」

「まぁ、恩人から頂いたものではある。」

「へぇ、そりゃ大切にもするかぁ。」

「それとな、こいつをみんなで囲むことができるって思うと、それだけで嬉しいんだよ。 仲間に慣れたっていう実感がわいてくるみたいな、そんな感じがしてね。 よし、こんなもんかな。」

 ホットプレートの掃除を終えた俺は一息つく。それと同時に、俺の部屋のドアが開けられたのが分かった。どうやら、野菜を切り終えた彼方と星永さんがこちらに戻ってきたようである。

「はーい、お待たせー。 って、小雪ちゃんがまだいないみたいだね。」

「まだ戻ってきてないな。 んじゃ、そろそろ呼んでくるとするかな。 ついでに、全員分の皿とか用意しないとだしな。」

「あっ、お手伝いしましょうか?」

「うーん、いや、平気かな。 未来にはこの後肉とか野菜を焼いてもらうわけだし。 ここは俺に任せといてくれ。」

「わかりました。 では、よろしくお願いしますね。」

 俺は再び自分の部屋に戻っていくのであった。なお、小雪は疲れていたのか、俺の寝室に置いてあったベッドの上ですやすやと気持ちよさそうな寝息を立てていた。起こしてしまうのも心苦しかったのだが、時間的にももうそろそろみんな腹を空かせるくらいだったので、仕方なく起こすことにした。こんなことを言うのもどうかとは思ったが、小雪の寝顔は子供っぽくて非常に可愛らしかった。思わずスマホのカメラに収めてしまいたくなるほどだった。いや、もちろんそんなことはしてませんけどね。あと、寝起きでわたわたと慌てふためく小雪も、いつも通り可愛かった。これがプリンセスの力なのだと思い知らされた瞬間だった。

 それから俺たちは、全員分の食器と冷蔵庫の中に保管してあった肉やタレなどを持って、みんなが待つエントランスまで戻っていった。小雪は、皿の枚数に少し疑問を抱いていたようだが、特にそのわけを俺に聞いてくるということはなかった。

「はい、お待たせしました。 それじゃあ、そろそろ始めようか。 って言いたいところなんだけど、ごめんな、みんな。 あともう少しだけ待ってもらってもいいか?」

「あっ、そういえばそうだった。」

「えっと、何かあるの?」

「ごめんね、もう一人だけここに招待してるんだ。」

「そうだったんですね。 ちなみに、どなたですか?」

「えっと、それはねぇ。」

 と、アリスが口を開くのとほぼ同時に、エントランスの扉が開かれた。そして、そこから顔を覗かせたのは、

「西7寮はここでよかったかしら?」

 案の定、アリスの姉こと、エミアさんだった。

「ええ、ここですよ。 お待ちしてました、エミアさん。」

「ごめんなさいね、少し遅くなっちゃったみたいね。」

「いえいえ、お気になさらないでください。 ちょうどいま、準備が終わったところでしたので。」

「あら、そうなのね。 それならよかったわ。 っと、ごめんなさい、こちらだけで話をしてしまって。」

 そう言うとエミアさんは、改めて俺たちの方へ向き直る。

「初めまして、西7寮の皆さん。 ワタシは、アリスの姉、エミア=F=アメリスタと申します。 妹ともども、これからよろしくお願いしますね。」

 そう言って、俺との初対面時の時のようにペコリと頭を下げる。

「ア、アリスちゃん、お姉さん傷んだ!?」

「そういうことだったんだ、レンくんが一枚多くお皿を準備してたのって。」

「どうどう? 驚いた?」

 悪戯が成功した子供のようにはしゃぐアリス。うーむ、やはりこの二人が並んでしまうと、アリスが妙に子供っぽく見えてしまう。

「う、うん。 ホントに驚いちゃったよぉ。 あ、えっと、黒咲彼方って言います。 その、よろしくお願いします。」

「小瀬戸小雪です。」

「天留未来と申します。」

「えっと、星永響です。」

 そんな感じで、西7メンバーズも順々に自己紹介を済ませていく。

「アリスちゃんの周りの人たち、みんないい人層で安心したわ。 改めて、妹をよろしくね。」

「それじゃあ、そろそろ始めようか。 小雪、未来、焼くのは任せていいんだよね?」

「うん、大丈夫だよ。」

「はい、お任せください。 エミアさんも、どうぞお好きなところに座ってください。」

「ええ、そうさせてもらうわね。」

 それぞれが席に着こうとする。エントランス備え付けのテーブルの中央にホットプレートを置いているため、その正面には必然的に小雪と未来が座ることになる。それを考え、俺は小雪の右側の席を一つまたいだ一番遠くの席に腰を下ろす。女性陣はなるべく固まっていたいだろうし、この中で浮いている唯一の男である俺は一番離れたところに落ち着くのがいいだろう。

「それじゃあ、アタシはここに座ろうかな。」

 アリスは未来の右隣の席、すなわち俺の対角線上の席に腰を下ろした。まぁ、その意図はわからんが、席一つでそんなに考えることなんてないだろうしな。

「そしたら、ワタシはここにさせてもらおうかしら。」

 すると、エミアさんは俺の隣の席に座った。その瞬間、まだ席についていなかった彼方と星永さんの二人が一瞬だけ顔をひきつらせたような気がしたが、多分俺の気のせいだろうな。

「響ちゃん、そこいいよ。」

「え、あっ、わ、わかりました。」

 彼方はそれだけ言うと、小雪の左隣の席に座った。そして、星永さんは、俺の斜め左前、つまりは未来の左隣の席に腰を落ち着けた。うん、これでみんな着席できたみたいだ。ようやく、焼肉パーティーが始められるな。

「よし、じゃあ焼き始めるよ!」

 そうして、西7メンバーズと他数名による焼肉パーティーは始められた。



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Episode28. 西7メンバー+αで焼肉パーティーをすることになりました。 ③

「よーし、それじゃあさっそく焼き始めるよー。」

「そうですね。 えっと、まずはどれからにしましょうか……。」

「うーん、まずは野菜からかな。」

「わかりました。」

 既に電源の入っているホットプレートの正面に陣取った小雪と未来は、それぞれ箸を手にしながら、最初に何を焼くか吟味する。そして、結論が付いたのか、ホットプレートに油を引いてから二人は互いに彼方と星永さんが準備してくれた野菜を箸でつかみ、次々と温まったホットプレートの上に載せていく。すると、野菜とホットプレートとの間で徐々に食欲を刺激する焼音を響かせ始める。

「いい音だねぇ。 お腹空いてきたよ。」

「だねぇ。」

 俺の真反対側に座る彼方とアリスの二人が、野菜の焼ける音を聞きながらワクワクした様子を見せている。星永さんも、特に言葉は発していなかったが、なんだかとても楽しそうである。

 それから、俺はチラリとエミアさんの方へと視線を向ける。すると、エミアさんは俺の視線にすぐに気づいたのか、こくんと首をかしげながらこちらに視線を投げ返してくる。

「ん? どうかしたの?」

「あ、いえ、いきなりのことだったのに、来ていただいてありがとうございます、って、改めてお礼を言いたくて。」

「お礼なんていいのよ。 むしろ、こっちが感謝すべきなんだから。 誘ってくれてありがとうね。 正直、料理とかあんまりできないのよねぇ。」

 エミアさんは、そう言いながら苦笑いを浮かべる。

「やっぱり、実家では料理とかはしないんですか?」

「そうねぇ、しないわね。 何でもかんでも取り巻きの人間たちが全部やっちゃうから、嫌でも世間知らずなニートお嬢様になっちゃうのよねぇ。」

「そんなもんなんですかね。」

「うちに関してはそれだけじゃないしね。 オーディナルが世界のすべてだ、とか、リージェリストは滅ぶべきだ、とか、毎日毎日飽きもせず耳に叩き込まれるのよ。 かと思ったら、ワタシとアリスちゃんにリージェルがあるってわかったら、アナタたちをRSOに潜り込ませて内部からリージェリストを破滅させる、とか言い出してね。 ワタシたちなんて、まるでただの道具としか思ってないんじゃないかしら、あの人たちは。 まぁでも、結局それが功を奏したのだけどね。 これも、アリスちゃんが家出を提案してくれたおかげだわ。」

 そう言いながら、エミアさんはチラリとアリスの方を見やる。当のアリスはというと、彼方との雑談に夢中になっていたということと、野菜を焼く音で俺たちの声は聞こえていなかったらしく、突然自分の名前が聞こえてきて驚いた表情を浮かべていた。そして、すぐにエミアさんの視線に気づいた。

「お姉ちゃん? どうかしたの?」

「うちの話よ。 アリスちゃんには助けられたってね。」

「え? アタシ、お姉ちゃんのこと助けたの? どちらかというと、アタシの方がお姉ちゃんに助けてもらってばっかりな気がするんだけど。」

「そんなことないわよ。 家出なんて、ワタシ思いつかなかったもの。 だからあの時、アリスちゃんに留学を口実に家出しよう、って言われて、ワタシすごく救われた気持ちになったんだから。 アナタがいないと、ワタシはダメダメな姉なのよ。」

「そんなことないよ。 お姉ちゃんは、アタシの誇りだよ。」

 な、なんてすばらしい姉妹愛なのだろうか。眩しすぎるよ。やはり、家族という最も近しい存在であり同じ異端者同士、アリスとエミアさんは寄り添いあいながらここまでやってきたということが、この二人の雰囲気からよく伝わってくる。実家が実家だけに、2年間という短い年月であったとしても、この二人は俺たち以上に肩身の狭い思いをしながら過ごしてきたのかもしれないな。だからこそ、この二人の絆は、これだけ眩しく見えるのだろうな。そう考えると、当人でもないのに何故か涙がにじみかける。俺、こんなに涙もろくはないんだけどね。

「フフッ、ありがとう、アリスちゃん。 アリスちゃんも、ワタシの誇りよ。」

「あ、でも、シルヴィお姉ちゃんにはちょっと悪いことしちゃったかも。」

「うーん、どうかしらねぇ。 まぁ確かに、ワタシたちと同じで、お母様の意向にはあんまり乗り気じゃなかったわね。 でも、あの人なら事情を説明すれば納得してくれると思うわ。 なんてったって、シルヴィアお姉さまは生粋のシスコンだもの。」

 シルヴィア……。それが、アメリスタ家長女の名前なのか。今の話を聞く限りでは、そのシルヴィアとかいうアメリスタ家長女様も、オーディナル・ファースト的な思考はあまり好いていないようだな。もしかすると、次世代のアメリスタ家はこれまでの過激なものとは異なり、非常に温厚で中立的な家に生まれ変わったりするのだろうか。だとしても、しばらくのうちはリージェリストたちからは睨まれ続けるだろうけど。いやホント、アリスもエミアさんも人生ハードモードすぎるだろ。オーディナルとリージェリストから板挟み状態なんだもんなぁ。これもはや、同情ってレベルで済ませていいことではないように思えてきた。だからと言って、俺のようなリージェリストのガキ如きが何かできるというわけでもないんだけどな。

 とにかくだ。現アメリスタ家3姉妹はリージェリストに対してもオーディナルに対しても肝要なのだろうということは予測できた。長女様には当然会ったことすらないので、まだ何とも言えないけどな。

「って、あらあら、ごめんなさいね。 みんなでの食事の席なのに、家族の話なんかしちゃって。 話を変えましょう。」

 はっとしたエミアさんは、自分とアリスとの間で盛り上がってしまっていたことに気付き、申し訳なさそうに苦笑してからポンと手をたたき、家族会話をそこで打ち切った。俺としては、アメリスタ家のいろいろな裏事情を聞くことができるチャンスだったので、そのまま続けてくれてもよかった、と思ったりもしたが、あまり他人の家族事情に踏み込むのは野暮ってものだと思いなおし、エミアさんの提案に乗っかることにした。

「そういえば、みんなはここの寮の住人なの?」

「えっと、私以外はそうですね。 私は、沖月の敷地外のアパートで独り暮らしをしています。 でも、すぐに寮に移るつもりですけどね。」

 エミアさんの問いかけに、星永さんが応じる。

「へぇ、そうなの。 えっと、ヒビキさんって言ったかしら? アナタは何年生なの?」

「1年です。 この中で一人だけ年下なんですよね。」

「ということは、他の子たちはみんな2年か3年?」

「全員2年ですね。」

「えっ、ウソ……!?」

 未来の返事にエミアさんは驚いた表情を浮かべる。まぁ確かに、初対面の印象だと未来は普通に年上に見えるもんな。きっとエミアさんも、未来は自分と同じ学年なんじゃないかなって思っていたに違いない。

「ミライさん……だっけ。 アナタ、2年なの!?」

「え、ええ。 そうですが……。」

「ワタシ、ミライさんよりも年上なの?」

「そ、そんなに更けて見えます?」

 あ、未来が若干しょんぼりしてしまった。そんな未来の様子を見て、エミアさんは慌ててフォローの言葉を口にする。

「あっ、ち、違うのよ!! 別に更けているとか、そういうつもりで言ったわけじゃないの。 ただ、何というか雰囲気が他の子たちに比べて大人びているというか、いかにもお姉さん的なオーラを発しているように感じたから。」

「そうでしょうか? それを言うなら、レン君の方が年上っぽくありませんか?」

「まぁ、初対面時の印象はそうね。 でも、アリスちゃんとのやり取りで年下ってことはなんとなく察せたから。 でもミライさんって、ワタシだけじゃなくてみんなに対して敬語でしょ? だから、ちょっとわからなかったのよ。」

「なるほど。 そういうことでしたか。」

「でも確かに、未来ちゃんってわたしたちと同い年なのかたまにわからなくなるよね。 背も高いし、なんか落ち着いてるし。」

 確かに未来は、日本人女性の平均身長よりも高いように見える。そして、その周りにいる女子たちの身長が低めなので、なおさら高く見える。エミアさんも、アリスよりかは身長が高いが、それでも同じ血を通わせているだけはあってやはり外国人にしては身長がかなり低いように感じる。きっと、そういうところも勘違いしてしまった原因なのだろう。

「あと、浴衣着てるからじゃない?」

「あー、それはあるかもしれないわね。」

 小雪の指摘にエミアさんがうんうんと頷いてみせる。未来は、昨日とはまた違ったデザインの浴衣を着用していた。恐らく、俺たちが買い物に行っている間に着替えていたのだろう。買い物から帰ってきたときは全くと言っていいほど気にしていなかった。というか、浴衣姿があまりにも馴染みすぎていて違和感を覚えなかった。なんというか、未来=浴衣という等式が脳内にインプットされてしまうほど似合いすぎているのである。

 そして、小雪の言うとおり、未来の浴衣姿は未来自身の落ち着いた印象をさらに引き立てている。だから、実年齢よりも大人びて見えるのかもな。似合っていていいとは思うし大人びているようにだってもちろん見えるんだけど、年頃の男的にはなかなか直視し難い色気を感じさせるんだよなぁ、未来と浴衣って。ほら、未来ってスタイル滅茶苦茶いいし、浴衣とか着ていると、いろいろと目立つんだよね、突出したあれこれが。それに、今朝はあまりにも刺激的すぎるハプニングまであったから、余計に意識してしまう。あぁ、浴衣の話題さえ出なければずっと忘れられたままでいることができたのかもなぁ。でも、他のみんなはそんな俺の事情なんて知る由もないのだから仕方のない話ではある。

 思い出してしまったからには忘れたくても忘れることができない。

「浴衣、変ですか?」

「いいえ、良く似合っていると思うわ。 いいわねぇ、これぞ日本って感じよねぇ、浴衣って。 ワタシも一度くらい来てみたいわ。」

「あはっ、アタシも来てみたいかも!」

 留学姉妹が浴衣姿の未来を見ながら盛り上がる。回外の人って、やはり浴衣とかには憧れたりするのだろうか。

「浴衣かぁ、最近着ていないなぁ。 っと、そろそろいい感じかな。 それじゃあ、取り分けよっか。」

 そう言うと小雪は、それぞれの皿を集めていい具合に焼け上がった野菜を素早く取り分けていく。未来も同じようにしてみんなの取り皿に野菜を均等に載せていく。うん、やはり小雪は手慣れているということがよくわかる。未来に比べて一つ一つの動きが早い。別に、未来が遅いとか、そういうわけじゃない。小雪が慣れすぎているのだ。こういうのも、経験の差なのか?とにかく、焼く担当にならなくてよかった。

「よっし、こんなものかなぁ。 じゃあ、第2弾いこうか。 そろそろお肉も焼こうね。 えっと、これとこれ……、後はお野菜をいくつか……。 あっ、みんなは食べちゃっていいからね。 わたしのことは気にしないでね。 未来ちゃんも、咲き食べていいよ。 その間、わたしがやっておくから。」

「えっ、ですが……」

「いいのいいの。 こういうの好きだからね、わたし。」

 そう言って手早くホットプレートの上に食材を並べていく小雪。確かに、その表情は本当に楽しそうで、嘘偽りを言っているようには見られなかった。

「では、先に頂きますね。 私が食べ終わったら、一度交代しましょう。 小雪さんにもお休みは必要ですから。」

「じゃあ、そうだね。 お願いね。」

「はい。 すみませんが、お先に失礼しますね。」

 というわけで話の決着がついて、未来は席に座る。

 それから、各々手を合わせて取り分けられた野菜をほおばり始める。

「うん、おいしいね。」

「ただ切られた野菜を焼いただけだけどね。」

「まぁ、そうなんだけどね。 雰囲気だって一つの調味料だと思うんだよね。」

「なかなかうまいこと言うじゃないか、アリス。」

 だが、どや顔はいらないと思ってしまったのはここだけの話な。

 まぁ、アリスの言うとおり、こういう雰囲気の中で食べるからこそ、バーベキューとかって普段以上に食材がおいしく感じるんだろうな。実際、どこにでもあるスーパーで買ってきただけの野菜なのに、やけにおいしく感じているんだもんな。

「もう一つ気になったことがあるんだけど、いいかしら?」

「ん? どうしたの、お姉ちゃん?」

 皿と箸を手にしながら、エミアさんが口を開く。それに最初に反応したのはアリスだった。

「さっき、ヒビキさんはまだこの寮に入っていないって言ってたけど、今日のこれってどういう集まりなのかと思って。」

「そういえば、これって何のためのパーティーだっけ?」

 エミアさんに続いて、彼方も首をかしげる。

「アリスせんぱいの入寮祝い?」

「それなら、エミアさんの転入祝いもかな?」

「ワタシはついでよ? あまり気にしなくていいのよ?」

「まぁ、せっかく知り合ったんですから、いいじゃないっすか。」

「そ、そう? 嬉しいことを言ってくれるのね。」

 エミアさんは照れたように微笑みを浮かべる。初対面時の印象は、お姉さんっぽい雰囲気の人だと思った。いや、確かにアリスの姉であることに間違いはないんだけどさ。けど、今のエミアさんの反応は、どこか可愛らしさを感じさせた。不覚にも、そんなことを考えてしまった。ギャップ萌え、恐ろしい子。

「うーん、あとは何だろう? 響ちゃんとアリスちゃんのチーム加入祝いかな?」

「まぁ、星永さんがここにいる理由としてはそれが一番しっくりくるかもな。」

「チーム? それって何かしら?」

 事情を知らないエミアさんはまたもや首をかしげる。

「あっ、チームっていうのは、沖月の学内イベント、対抗戦のチームのことです。」

「毎年11月ごろに、学生がそれぞれ7人一組のチームを作ってチーム戦を行うんです。 私たち、その対抗戦に出場するためのチームなんです。」

 星永さんの言葉に、未来が補足説明を加える。

「へぇ、そんなのがあるのね。 ということは、アリスちゃんもチームに参加したってことなのね。」

「うん、そうだよ。 あっ、お姉ちゃんも入る? って、アタシが勝手に決めていいことじゃないんだけど。」

「いや、俺としては大歓迎だけど。」

「うーん、誘ってくれるのはホントに嬉しいのだけど、なんかこっちに留学してきてまでアリスちゃんとずっと一緒っていうのもどうかと思うのよねぇ。 お互い、もっと広く交友関係を持つべきだと思うの。 だから、申し訳ないとは思うのだけど、今回は遠慮させてもらうわね。 ホント、ごめんなさいね。」

「いえいえ、謝らないでください。 やっぱ、エミアさんは妹思いのいいお姉さんですね。 アリスがうらやましいです。」

「へへへー、いいでしょ! アタシの自慢のお姉ちゃんなんだから。」

 誇らしげに胸を張るアリス。それによって強調されたアリスの胸部に星永さんと小雪からの冷たい視線が集まった、というのは無駄話だな。

 一方で、エミアさんはまたも照れくさそうに視線を泳がせていた。頬もほんのり赤みが買っている。うん、可愛い。年上だけど。

「ふ、二人して、あんまりワタシをおだてないの。 ま、まぁ、そういうことだから、ワタシはワタシで誰かいい人を探してみることにするわね。」

「わかりました。 えっと、ちなみに能力はどういうのなんですか?」

 ついでとばかりに質問してみることにした。

「ワタシ? ワタシは竜使いのレジェリザムよ。」

 竜使い……、ということは魔獣召喚能力の一種か。魔獣召喚能力というと、例のあの人のことを思い出すな。そう言えば、今年は対抗戦には参加するのだろうか。まぁ、今はいいか、あの人のことは考えなくて。

「竜使い……。 なんかカッコいいかも!」

「でしょでしょ? しかも、すっごく強いんだから。」

 アリスのエミアさん褒めちぎりは止まらない。再びエミアさんが照れながらわたわたと慌て出す。だが、アリスはそれには気づかない。彼方と二人で盛り上がってしまっている。実に楽しそうである。というか、あの二人仲いいな。

「もしお姉ちゃんが別のチームで対抗戦に出るなら、アタシたちの強敵になっちゃうなぁ。 頑張ってお姉ちゃんに勝たないとね。」

「あはは、そうだね。」

「うぅ、もういいわよ……。」

 あ、エミアさんが諦めた。肩をすくめ、なるべくアリスと彼方との会話が耳に入ってこないように、反対側にいる俺と星永さんの方へ視線を向けていた。と思ったら、すぐに俺からも視線を外してしまった。あれ、どうして?

 俺が頭上に?を浮かべていると、

「うん、こんなもんかなぁ。 はいはーい、第2弾を取り分けるよー。」

 という小雪の言葉がエントランス内に響いた。

「では、次は私が焼きますね。 小雪さんは休んでいてください。」

「あ、うん。 お願いするね。」

 ひょいひょいとそれぞれの取り皿に野菜と肉を均等に盛り付けていく小雪は、未来の言葉にうんと頷いた。そして、ホットプレートの上のものを皿の上に移し終わると、自分の席に座って未来にバトンタッチした。

「それじゃあ、わたしもいただきまーす。」

「うん! お肉もおいしい!」

「ふむふむ、まぁいい感じにやけてはいるかな。 わたしにしては上出来かな。 あー、でも、ニンジンはもう少し火を通すべきだったかなぁ。」

「いやいや、普通にいい感じの焼き加減だと思うよ?」

「そうだよ、小雪ちゃん。 謙遜は時に嫌味になっちゃうからね。」

「あっ、そんなつもりはなかったんだよ、ごめんね。 ただ、どうしても自分が作ったものだから、こんな感じでいつも低く評価しちゃうんだよねぇ。」

 苦笑しながら小雪は言う。やはり、料理上手にしかわからない何かがあるのかもしれないな。俺には、普通にうまい飯にしか思えない。

「サユキさんは、よく料理とかするの? なんというか、すごくて慣れているように見えたのだけれど。」

「うーん、まぁそれなりにはやりますかね。 でも、手慣れてるって程じゃない……っていうと、また彼方ちゃんに怒られちゃうのかな。」

「小雪せんぱいの作る料理は、とてもおいしいんです。」

「あら、それは気になるわね。 今度是非、ワタシも食べてみたいわね。」

「そ、そういうことなら、いつでもお待ちしてますよ。 誰かに料理を振舞うのって、すごく楽しいんです。」

 照れくさそうにはにかみながら、小雪はそう言った。

「嫁器質なのかしらね。 レン的には、こういう子はどうなの?」

 えっ、そこ俺に降るんですか!?なんとも答えづらい質問だなぁ。確かに、小雪みたいな子が嫁っていうのは、少しうらやましいけれども……。小雪が誰かの嫁に、か……。若干複雑な気持ちになってしまったのは、きっと気のせいだろう。だって、俺と小雪、知り合ってから実質二日しかたっていないんだぜ?まさかそんな感情を抱くとは思えないだろうよ。

「うーん、まぁ確かに、家事全般が得意で、それでいて気も遣えて優しいですからねぇ。 小雪をものにできた男は幸せなんじゃないっすかね。」

 だから俺は、一時のよくわからない感情を振り切り、そんな言葉を紡いだ。うん、なんかものすごく小雪を絶賛してしまったような気がする。我ながら、なかなかに恥ずかしいことを口走ってしまったんじゃなかろうか。対人経験が薄いと、余計なことまで歯止めも効かずに口走ってしまうんだよなぁ。

 案の定、小雪は赤面してしまった。口をパクパクと開閉してはいるが、肝心の声は一切出ていない。

「あらあら、絶賛じゃないの。 もしかして、もう既に胃袋をつかまれちゃってたり?」

「いやいや、そんなことは……」

 ない、とは言い切れなかった。若干、小雪の作る飯が病みつきになってしまっている自分がいることを否定できなかった。いやでも、仕方ないだろう、小雪の飯はうまいんだから。ここは悪いが開き直らせていただこうではないか。

「な、何ですか……、その沈黙……?」

 星永さんが訝し気な目を俺に向けてきていた。

「い、いや、ないよ?」

 俺はとっさに否定の言葉を紡いだ。あそこで肯定してしまうと、からかい上手の未来さんが黙っていないだろうと思ってな。

「つかめてないのかぁ……。」

「えっ?」

「あっ、いや、な、何でもないの!!」

「お、おう。」

 今のって……。いや、まさかな。

「フフッ、初々しいわね。」

「そ、そういうのじゃないんですよぉ!」

「はいはい、そういうことにしておくわ。」

「エ、エミアさんっ!!」

 そんな感じで、西7メンバーズとその他による焼肉パーティーはその後もにぎやかだった。なんか、女性陣、特にエミアさんと未来からかなりいじられてしまった。小雪とともにな。なお、彼方は温かい目を、星永さんは彼方とは真反対の冷ややかな目を俺たちに向けてきていたように感じたが、自意識過剰なのかな?

「うんっ、この肉もサイコー!」

 唯一、アリスだけは我関せずといわんばかりに、ひたすら肉をほおばっていた。畜生、うらやましいな、マジで。

 そんなこんなで、結局どこでも俺の体力とメンタルHPはゴリゴリ削られてしまうのでしたとさ。俺はいじられキャラじゃないぞ、何度も言うが。



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Episode29. 静かな夜の緊張感。 別に、後輩相手に緊張していたわけではないぞ?

『ごちそうさまでした。』

 食事を終えた俺たちは、全員そろって手を合わせた。結局、話が盛り上がりすぎたため、食べ始めてから実に2時間ほど経過してしまっていた。まぁ、それだけ今日のこの時間が充実したものだったということだ。

 他のみんなも、大体俺と考えていることは同じなのか、決まって満足げな表情を浮かべている。それなら、このホットプレートを引っ張り出してきたかいがあったというものだ。あとで、労ってやらないとな。

「あー、おいしかったぁ。 それに、楽しかったぁ。」

「だねぇ。 みんなでこうして集まるのっていいね。」

「そうですね。 またこういうのやりたいです。」

「うん。 いつでもできるもんね。 さてと、片づけをしないとね。 レンくん、またお部屋化してもらってもいいかな?」

「ん? ああ、いいよ。 というか、後片付けは俺がやっておくよ。」

「ううん、いいよ。 レンくんは、響ちゃんとエミアさんを送ってあげて。」

 片づけを申し出ようとしたが、それを小雪に手で制された。でも確かに、星永さんとエミアさんを送る方が重要か。まだ昼間の残党が島内に潜伏している可能性はあるんだもんな。まぁ、流石に沖月の敷地内にまで入ってくるなんてことはないだろうが、敷地外に出たらそうもいっていられない。エミアさんはともかくとして、星永さんは危険かもしれないからな。

「おっと、そうだったな。 んじゃあ、片づけは任せるよ。」

「ワタシ、誘ってもらったのに何もできていないのだけれど……。」

 と、エミアさんは申し訳なさそうに手を挙げる。

「いやいや、大丈夫ですよ、気にしなくても。 誘ったのはこっちですから。 エミアさんは今日のゲストなんですから。」

「い、いいのかしら、本当に……。 なんだか申し訳ないわね。 あとで、ものすごく大きな代償を払わされたりしないわよね?」

「んなことしませんよっ!!」

「ま、まさか……、ワタシの身体が目的で……!? 嫌……、ワタシこれからレンに弄ばれちゃうのかしら……、同人誌みたいに……。」

 な、何言ってんだろう、この人。えっ、何?もしかしてエミアさんって、そっち系のオタクだったりするの?マジかよ……、俺がエミアさんに抱いていた印象がすべてぶち壊れるんだが……。

「よ、読んだことあるんすか……?」

「な、ないわよっ!!」

「ですよね、よかった。」

 どうやら俺の思い過ごしだったみたいだ。いやうん、ホント良かった。もし、そっち系の人だったとしたら、これからどんな目で見ればいいのかわからなくなってしまうところだったからな。

「あと、言っておきますが、そんな見返りとか全く求めていませんからね? 歓迎会で見返りを求めるなんて奴、一体どこにいるって言うんですか。」

「アタシ、買い物担当したー。」

「え、えっと、野菜、切りました。」

「「「「あ……。」」」」

 お、おかしいな、何も言えない……。確かに、歓迎される立場にいるはずのアリスと星永さんは、何かしらの仕事をしていた。というか、させてしまっていた。見返り、というわけではないけど、本来なら俺と未来・彼方・小雪のチーム結成初期メンバー四人で準備を行うべきだった。説得力のかけらもない。

「そ、そうだよね。 普通、ワタシたちだけで準備した方がよかったよね。」

「完全にこちらの落ち度でしたね……。」

「えっ、あ、いや、ゴメンゴメン。 ただ単にからかっただけなんだけど……。 みんながそんなに気にするとは思ってなかったや。」

「ご、ごめんなさい。 悪ノリが過ぎました……。」

「なんていうか、茶番ね。」

「言わないでください。」

 そんなこんなで、最後若干微妙な雰囲気になりかけはしたが、無事何事もなく解散の流れになった。ひとまず、小雪と彼方に後片付けを託し、俺はエミアさんと星永さんの二人を引き連れて西7寮を一度出た。

 

「やっぱり紳士ね、レンは。 こんな短い距離なのに送ってくれるなんて。 やっぱ、夜は治安が悪くなるのかしら?」

「いいえ、普段はそんなことないんです。 けど、今日この島にオーディナルが侵入してきまして。 俺たち、一度遭遇してるんですよ。 んで、捕獲はしたんですけど、まだ潜伏している可能性があるんですよね。 沖月内にはそう簡単に立ち入ることはできないでしょうが、それでも念のためってやつです。」

「そんなことが……。 どうやってこの島の警備網を掻い潜ったのかしら。」

「正面から堂々と。 どうやら連中、簡易的なレジェリザム発生装置みたいなものを装備していたらしいんです。」

「そんなものが導入されたの……!?」

 エミアさんが目を見開き、驚きを露わにする。俺も、疑似レジェリザムなど聞いたこともなかった。恐らく、世界全体を見渡してみても、今回の事例が初めてだろう。もともと大きな奴隷組織とは聞いていたが、まさかそこまで進んでいるとは、改めて考えてもにわかには信じ難いものがある。

 だが、この科学の発展により、オーディナルがリージェリストに接近する危険性がさらに跳ね上がったということは確かである。今後は、世界ぐるみでより一層の警戒態勢がなされることだろう。もちろん、小河原さんたちRSOの先導のもとでな。

「無理なのかしらね、オーディナルとリージェリストが共存する、なんていうことは。 そんな装置ができたのも、結局リージェリストを束縛して自分たちの利益とするためでしょう。」

 エミアさんは嘆息しながらそんなことを呟いた。まぁ、そう言いたくなるのも仕方のないことだろう。これは、歴史をたどってもきっと異例の、人類史上最も質の悪い差別社会なのかもしれない。

 共生社会、なんて言葉があるが、今のこの世界はそんな社会体系からは真逆の位置にあることだろう。過去にも、身体障碍者たちは差別を経験してきた。人は、自分とは異なるものを迫害したがる生き物だからな。けれども、不等な差別の中でも、中には必死に腕を伸ばし手を差し伸べている人たちもいた。そこには、もしかしたら偽善心のようなものも介入してきていたかもしれない。しかし、それでも少なからず彼らのおかげで身体障碍者は社会の中での生きる場所を確立し、今ではほとんど共存といってもいいほど社会の中になじんでいる。

 しかし、リージェリストはどうだろうか。例えば俺たち日本のリージェリストは、月銀島という辺境の離島に追いやられてしまっている。他の国でも、リージェリストを匿う機関は大抵辺境にあると聞いたことがある。これが意味するのは、リージェリストはかつての障碍者たちへの差別が行われていた時代よりもさらに居場所を奪われている、ということである。

「私、できることならオーディナルの人たちとももっと仲良くなりたいです。」

「そうね。 最も望ましい目的地よね、それが。」

「確かに、戦争なんてしたくもないですね。」

「みんな、やる気満々ですもんね。 私は……、そういうのちょっと怖いです。」

 星永さんがポツリと呟く。本来であれば、星永さんみたいな反応が普通なんだと思う。オーディナルがこれまでリージェリストに対して行ってきた仕打ちは確かに目に余るものだと思う。俺だって、多少は苛立ちだってするけど、再三申し上げることになるかもしれないが、俺はオーディナルと戦争がしたいわけじゃない。戦争をしたところで、関係が改善されるとも思えないし。

 それに、今の世の中を結果的に確立させてしまったのは、オーディナルだけのせいではないように、俺は考えている。賀村竜太郎の死後、オーディナルに対して反抗心をむき出しにして噛みついてしまったリージェリストだって、今を作り出した現況の一員なのではなかろうか。

 確かに、以前からオーディナルによるリージェリストの迫害はそれなりに酷いものだったということは知っている。我慢しろという方が難しかったのかもしれない。でも、たとえリージェリストが特殊な力を持っていたとしても、多数派に抗うというのは難しいものがある。リージェリストは、知らず知らずのうちに自分たちの能力を過信してしまっていたのではないだろうか。その結果、オーディナルをさらに煽る結果になり、今に至る。100年以上も前から、人間としての修正と能力の過信による先走りとが交わり、オーディナル・リージェリストはともに過ちを犯してしまっていたのだろう。

 これまでの歴史をたどっていくと、俺はそんな気がしてならなかった。だから、今の俺たちのような「戦争はせず、できる限り穏便な解決を」なんていう話しは、もはや妄想にしかならないのではないだろうか。そんな希望はかすんでしまうほど、俺たち人間は後戻りのできない場所まで来てしまっているんじゃないだろうか。

「まぁ、今そんなこと考えても仕方ないわよね。」

「そ、そうですね。 実際、まだ戦争するなんて決まったわけでもないですもんね。 でも、できれば、世界が平和になってほしいです。」

「ええ。 そうね。 っと、ワタシの寮はここを曲がったところね。 二人とも、今日はありがとうね。 とても楽しかったわ。 ここに来れてよかった。 これからも、アリスちゃん共々よろしくお願いするわね。」

「あっ、はい。 こちらこそ、今日は楽しかったです。 ありがとうございました。」

「また何か、困ったこととかあったら遠慮なく俺たちのとこ来てください。 いつでも歓迎しますから。」

「そうさせてもらうわね。」

 そう言って優しく微笑むと、エミアさんは俺たちに背を向け自分の寮まで戻っていった。その姿がエントランスの扉で隠れるまで、俺たちはエミアさんの背中を見送っていた。そして、エミアさんがエントランスに入っていったことを確認した俺と星永さんは、再び歩き出す。

「せんぱい、今日は本当にありがとうございました。」

「ん? あー、いや、お礼なんていいよ。」

 改めてそんなことを言われてしまっては、なんだか照れくさい。

「いいえ、言わせてください。 私、皆さんに受け入れてもらえて、本当に嬉しかったんです。 もう、沖月に私の居場所なんてできないままなのかなって思ってたんです。 でも、せんぱい方に受け入れてもらうことができたおかげで、心が救われました。」

 そう言って俺を見上げる星永さんは、とても晴れやかな笑顔を浮かべていた。風になびくエメラルドグリーンの毛髪は、月銀島の夜の星光を受けてキラキラと輝いていた。一言で言い表すならば、美しい背景画の中の可愛らしい人形のような、一つの芸術作品と錯覚してしまいそうになるほどの神秘的な姿だった。

 どうして、俺の周囲に集まる女性陣はみんなして美人ぞろいなのだろうか。そんなメンバーたちの仲じゃ、俺が浮いてしまっているように感じる。場違いな気がしてならない。俺なんて、周りより多少努力ができるだけのごく平凡な男子なんだ。

 でも、今の星永さんのように、俺の周りの女子たちは俺に親しみを込めた眼差しを向けてくれる。これって、やっぱり恵まれてんのかなぁ。

「そっか。 星永さんの助けになれたのなら良かったよ。 これから頑張ろうな。」

「はい。 あ、あと……、その……」

 突然、星永さんの声がか細くなる。星光と街灯の明かりしかない夜闇の中でもわかるほど、星永さんの顔は紅色に染まっていた。

「な、名前……。」

「名前?」

「私のことも、他の皆さんのように、名前で呼んでいただけませんか? 私も、せんぱいとチームメイトであるという証拠がほしいです……。」

 なんだ、この生き物は……。可愛いじゃないですか……。

 俺は思わず数秒硬直してしまった。それほどまでに、今の星永さんの言葉は破壊力抜群だったのである。最近、異性とのかかわりが増えたことにより、俺の心の防衛線が壊れつつある。要するに、最近なんだか箍が外れかけているような気がするのである。

 って、いかんいかん。黙りこくっていたんじゃ、星永さんを不安にしてしまいかねない。俺はすぐに硬直から立ち直り、そして口を開く。

「そう言えば、他のみんなは名前で呼んでるのに、星永さんだけまだだったね。 えっと、下の名前は響でよかったっけ?」

「は、はい。」

「うん。 それじゃあ、今後ともよろしくな、響。」

「はい! よろしくお願いします、レンせんぱい!」

 あぁ、後輩っていいなぁ。なんか、響に「せんぱい」って親しげな感じで呼ばれると、気分がよい。これまで親しい年下なんていなかったもんな。未知の感覚である。なんという高揚感だろうか。

 おっと、またもや変な方向に傾きかけてしまった。どうやら響は、俺の中のおかしなスイッチを入れてしまう存在のようだ。

「ほ、ほら、早く帰ろう。 9月とはいえ、夜は少し肌寒くなるからな。 長い時間外にいたら、風邪をひいちまうかもしれない。」

「そうですね。」

「あと、もしかしたら目を付けられるかもしれないからな。 あんまり、俺から離れないようにしてくれよ。」

「はい。 えっと、それじゃあ……」

 そう言うと、響はおずおずと俺に身体を寄せてきた。そして次の瞬間、俺の手に暖かく柔らかな感触が伝わってきた。これは、もしかしなくとも響の手と俺の手とが繋がれている、ということだろう。

 って、いやいやいや、ちょっと待ってくれ!

 なんでいきなりそんな展開になるんだよ!?脈略がなさすぎるだろ!?

 俺は戸惑いの視線を響に向ける。すると、響は恥ずかしそうにうつむきながら、それでも俺の顔を覗き込んできた。

「そ、その……、寒いですから……。 風邪、ひかないように……。 それと、離れないように……、です……。 その……、ダメ……でしたか……?」

 そんな目で見られてしまっては、何も言うことなどできないだろう。

「いや、ダメじゃないよ。 ちょっと驚いただけだ。」

「ありがとう……ございます、です。」

「礼なんていらないってば。」

 それだけ言うと、俺は響の小さな手を握り返してやる。くっ、やってはみたものの、なかなか恥ずかしいではないか……。慣れないことはするもんじゃないな。

 にしても、響の手は本当に小さい。俺の手で容易に包み込むことができてしまう。こんなにもか弱く見える少女を仲間内で迫害するとは……、1年生たちもなかなか残酷なことをするもんだな。

 俺はそんな小さくてか弱い少女の手を引き、夜闇の中を進んでいくのであった。決して、この少女が傷つかぬように。

 

 

 

「せ、せんぱい、ありがとうございました……。」

「おう。 そんじゃ、またね。 ちゃんと戸締りはしなよ。」

「はい、気を付けます。 あの、明日も皆さんのところに行っていいですか?」

「ん? ああ、もちろん。 いつでもおいで。」

「はい、ありがとうございます! では、おやすみなさい、レンせんぱい。」

「うん、おやすみ。」

 それだけ言い残すと、俺は踵を返して来た道を戻る。テレポーテーションを使えばすぐに帰ることもできるのだが、今日はなんだかこの星空の下をもっと歩いていたい気分だった。

 この星空は、俺の心を落ち着けてくれる。月銀島の中で、何が一番好きかと言われてまず最初に答えるのが、この星空だと思う。それほどまでに、夜天に散りばめられた星は幻想的で美しいのである。

 若干、俺は気を張りすぎていたのかもしれない。今日、月銀島内にオーディナル、しかもリージェリストの奴隷売買に関係の深い連中が侵入し、実際遭遇したことにより、俺は知らず知らずの間に緊張してしまっていたのだろうな。あの時はうまくいったが、次はどうなるかわからない。あれ以上複数人に囲まれてしまっては、俺では対処できないかもしれない。そして、その時俺のそばに大切な人たちがいたのなら……。

 いや、そんな想像をするのはやめておこう。

 もう、俺は何一つとして手放すものか。何があろうとも、この手で俺の大切を守り抜いてやる。

 俺は、この星空にそう誓った。

「って、誰だろう……?」

 ふと、前を見やると、誰かがこちらに近づいてくるのが分かった。悪意は……、特に感じられない。警戒するに越したことはないだろうが、それにしても人影は大分小さいように見える。俺の考えすぎか?

 とにかく、俺は慎重に歩みを進めることにした。

「……。」

「……。 あれ、もしかして神奈和君……?」

 すれ違い様に、俺は呼び止められた。

 うむ、どうやら俺の思い過ごしだったみたいだな。気を張りすぎだよ、まったく……。

「えっと、そうだけど……、君は?」

「あたしのこと、わからないの? って、それもそうか。 学校じゃかかわりなんてないからね。 あたし、舞羽(まいば) 玖穏(くおん)。 沖月高等部2年B組。」

「あ、ああ。 あの舞羽さんね。 ごめん、実際に顔合わせたことなかったからわからなかったよ。 えっと、神奈和レンです。 高等部2年A組だよ。」

「今更ではあるけど、よろしく。」

「ああ、よろしく。」

 舞羽さんだったのか……。訓練の時も、周りの陰に隠れて姿を見ることはなかったから、こうして面と向かって話すのは初めてだな。

 彼女は、沖月の高等部2年の中で、座学主績を誇る優等生である。交友関係の少ない俺でも、舞羽さんの噂ならば聞いたことはある。

「こんな時間にどうしたの?」

「ちょっとコンビニに買い物に行ってただけ。」

 そう言って舞羽さんは、手に持ったビニール袋を見せてくる。

「そうなんだ。 良かった、何もないみたいで。」

「あ、うん。 何もないけど……。」

「まだ知らされていないとは思うけど、この島にオーディナルが侵入したんだ。」

「嘘……!? そんなことが……!?」

 少し目を見開く舞羽さん。あまり表情の変化は見られないけど、それでも微細な変化はするようである。

「だから、あんまり不用意に夜の島内を一人で出歩かないようにしてくれると助かる。 恐らく、明日以降学校で教員たちからいろいろ連絡があると思うから。」

「そう。 知らせてくれてありがとう。 気を付ける。 それで、神奈和君はこんな時間にこんなところでどうしたの? 確か、寮住まいだったよね。」

「ちょっと、知り合いを家まで送ってきたんだよ。」

「なるほど。 でも、こんなところでばったり神奈和君と会えるなんて、偶然とはいえなんかラッキー。」

 舞羽さんはそう言うと、ほんの少しだけ顔をほころばせる。

「俺と会ったことが、ラッキーなのか?」

「やっと神奈和君と話すことができた。」

 なんともつかみどころがないな、この子。

「えっと、まぁ、そういうことだから、舞羽さんも気を付けて。 というか、送っていこうか?」

「あ、平気。 すぐそこだから。」

「そうか。 わかった。 それじゃあまた。」

「また。」

 それだけ言って、俺たちはすぐに分かれた。もともと今日初めて話をしたわけだし、そんなにポンポンと話題が出てくるわけでもない。

 それに、ちょくちょく吹き付けてくる海風が少しずつ俺の皮膚体温を下げていっている。肌寒くなってきてしまった。早く帰ろう。

「テレポーテーション。」

 結局、俺はテレポート能力を使うことにした。散歩はもう十分だったからな。

 帰ったら、さっさと風呂に入って寝るとしますかね。



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Episode30. 夜のひと時。 彼方はたまに暴走する。

 西7寮までテレポート能力で戻ってきた俺は、そのまま自分の部屋に向かった。

 部屋の中に入ると、彼方と小雪の話声が聞こえてきた。どうやら、まだ俺の部屋に残っていたみたいだ。玄関に置かれている靴を見る限り、二人の他に人はいないようだ。それを確認した俺は、土足を脱ぎ、中へ入って彼方と小雪がいるであろうリビングまで急ぐ。恐らく、時間的に片づけはもう終わっているだろう。ただでさえ手際のよい彼方と小雪なのだし、むしろ終えられていない方がおかしい。

「ただいま。」

「あっ、おかえりなさい。」

「おかえりー。」

 リビングの戸を開けると、二人が出迎えてくれた。二人とも、備え付けのソファでくつろぎながら雑談を交わしていたみたいだな。たった二日ではあるが、彼方の奴俺の部屋でも堂々とくつろぐようになったよな。まぁ、俺としては別に構わないのだが。たまにミセル無防備な姿を除いては、だけど。

「あっ、そうそう。 書類なんだけど、全部書き終わったよ。」

 そう言いながら、彼方が数枚の書類を手渡してきた。一応、ざっと中身を確認してみる。が、特に書き漏らしもなさそうだな。

「うん、確かに受け取った。 それじゃあ、これを明日理事にでも届けてくるよ。 多分、一週間もあればすぐに受領されると思うから、それまでは申し訳ないけど待っててくれると助かる。」

「うん、わかった。 にしても、学校かぁ。 なんか久しぶりだから、すごく緊張するよ。 でも、楽しみだなぁ。 二人は確か、同じクラスだったよね?」

「あ、うん。 そうだよ。 彼方ちゃんも一緒になれるといいね。」

「確率は二分の一だな。」

 まぁ、どちらのクラスにいったとしても、恐らく彼方なら問題もないだろう。人見知りは激しいかもしれないが、その分順応も早いように感じた。それに、最悪俺たちと別のクラスになったとしても、愛葉たちがいるから、俺としては心配することなど一つもない。むしろ、交友関係を広げるためには、俺たちとは別のクラスになった方がいいようにも思う。本人の前では言わないけどね。

「それより彼方、今日はどうするんだ?」

「どうするって?」

「寝床。 俺の部屋化、それとも小雪のところか。」

 俺としては、小雪の部屋に行ってほしいという願望がある。そろそろ俺の理性の限界が近づいている気がしてならないからだ。変な気を起こして襲ってしまう前に、早めに避難させるべきなんじゃなかろうか。もちろん、こらえられるところまではこらえて見せるつもりではいるがな。どんなハプニングだろうが、どっからでもかかってこいや!俺が正面から受け止め、跳ね返してやろうじゃねえか!俺はどんなことにも動じやしねえぞ!……、嘘ですごめんなさい……。

「どうする? 彼方ちゃん。 わたしのお部屋来る?」

「うーん、どうしようかなぁ。 レンくんはどう思う?」

「正直、小雪の部屋に行った方がいいんじゃないかとは思う。 一応、同性同士の方がいろいろと都合はいいだろうしね。」

「そっかぁ。 別に、ここでもいいんだよね? その言い方だと。」

「まぁ、俺は構わないけど……。 何度も言うようだけど、ここ異性の部屋だよ? その辺、彼方は気にしないの?」

「レンくんならいいかなって。」

 またそれですか。信頼されているのか、はたまた男として意識されていないのか。前者であれば期待に答えるためにいかなる煩悩も抑え理性を保ち続けなければならないし、後者であれば魅力がないという評価を受けたことになるためかなりショックを受ける。どちらにしても、俺からすればかなりシビアだ。

「えー、いいなぁ、彼方ちゃん。 わたしも混ざりたいなぁ。 ねぇねぇレンくん、少しの間だけわたしもここに寝泊まりしちゃダメ?」

「あら、小雪ちゃんが積極的……。 ちょっとびっくり。」

 何故か、小雪に詰め寄られてしまう。恐らく小雪的には、彼方ともっと一緒にいたいんだろうな。んで、流れ的に彼方が俺の部屋で寝泊まりするという雰囲気になりつつあったから、こんな感じで便乗してきたんじゃないのだろうか、と俺は考えているんだけど。にしても、この二人は俺が男であることを忘れすぎなんじゃないか……?流石に俺も傷つくぜ……。

「ダメ……かな……?」

「い、いや、ダメではないけど……。」

 くっ、そんな切なげな瞳で見つめられてしまっては、たとえ俺の気持ちが二人に対しての気遣いであったとしても断りづらい。でもなぁ、彼方だけでなく小雪までもが加わってしまうと、等々俺の防壁はぶち破られてしまいかねないぞ……。だって、彼方と同等レベル……とは言わずとも、小雪も無防備なんだもんなぁ。彼方よりかはまだいろいろ意識しているみたいだけど、たまに俺に対してよくわからない行動をとってくることがあるから、やはり不安である。

「じゃあ、わたしもここで寝る。 彼方ちゃんが自分の部屋をあてがわれるまで。」

「えっ、長くない!?」

「ダメなの?」

「い、いえ、ダメじゃないです!」

 先ほどの切なげな瞳はどこへやら、小雪は俺をにらみつけんばかりの瞳で見上げてきた。その剣幕に気おされてしまい、俺は思わず「YES」と返答することしかできなかった。小雪さん、マジ怖えっす……。

 というわけで、流れで数日の間彼方と小雪の二人が俺の部屋に居座ることになった。彼方はともかくとして、小雪にはもともと自分の部屋があるのになぁ。なんて言うと、また恐怖の小雪さんが顔を覗かせかねないので、ここはお口チャック一択なのです。はぁ、マジで頑張らないとな。これから数日間、アクセルは一切ナシ、ブレーキ全開でな。

 いや本当に、この二人の行動理念は全くと言っていいほどわからない。そろそろ、本気で勘違いしてしまいそうだよ。でも、そんなことはきっとないはずだ。俺、この二人には何もしてあげられていないし、何より知り合って二日しかたっていないんだ。だから、そんなのは結局、俺の妄想でしかないんだよ。彼方も小雪も、きっと俺のことなんてどうも思っていないんだよ。

「そうと決まれば、まずは……」

「お風呂入りたいなぁ。」

「だね。 えっと、お風呂は……」

「俺の部屋のを使いな。 っと、まずは湯を張らないとな。 ちょっくら浴槽洗ってくるわ。 二人とも、もう少しだけ待っててもらってもいいか?」

「お気になさらずー。」

「あっ、何ならわたしが洗うよ。 これから少しの間だけとはいえ厄介になるんだしね。 そういうのは、むしろこっちにやらせて。」

 そう言いながら小雪が名乗り出る。けど、この二人には先ほどの後片付けを押し付けてしまっていたわけだからなぁ。そういろいろと仕事を任せてしまうわけにもいかないだろう。

「あー、いいよいいよ。 今日は疲れたでしょ? 小雪は休んでていいよ。 こういうのは、俺の仕事だから。」

 俺は小雪を手で制す。

「そ、そう? でも、レンくんも疲れてるよね? わたしたちよりずっと。」

「そんなことないって。 これでも体力には自信あるから。」

 実際問題、今はまだ疲れたとは感じていない。まだ気を張り続けているのかもしれないな。もしかすると、この緊張の糸が切れた瞬間にどっと疲れが押し寄せてくるかもしれない。けど、ここは強がりで押し通す。なんとなく、この二人の前で情けない姿は見せたくなかった。

「だから、俺に任せてよ。」

「わ、わかった。 じゃあ、お願いするね。」

 そう言うと、小雪もようやく引き下がってくれた。一瞬、なんかうっとりとした目で見られたような気がしたが、気のせいに違いない。そんな目を向けられる理由がどこにもないんだしな。

「そんじゃ改めて、ゆっくりしててくれ。」

 それだけ言い残し、俺は浴室まで移動した。

 そして、手慣れた動作で浴槽を洗う。学生寮のクオリティとしては聊か広いようにも感じるが、RSOって俺が思っているよりも組織財産は潤沢なのかな?そうでなければ、これだけ広い量を何棟も建てるというのは難しいんじゃなかろうか。いくら辺境の離島とは言えども、土地代や建設代は決して安くはないだろう。こういうところが、RSOの疑問点なんだよなぁ。考えたところでどうにもならないだろうし、小河原さんとかに聞いてもあいまいな答えしか返ってこないことなんてわかりきっているからこれ以上の追及をするつもりはないけど。

「よし、っと……。」

 一通り洗い終わり、浴槽の栓をしっかりしたことを確認した俺は、給湯器のリモコンをいじる。そして自動お湯張りのボタンを押して浴室を後にする。

 本当、手慣れたもんだなぁ、なんて我ながら感心しつつ、俺は彼方と小雪の松リビングまで戻っていくのであった。

 

 

「おっ、風呂が沸けたみたいだな。」

 リビングでしばらく三人で雑談を交わしていると、給湯器リモコンのシステムボイスがリビング内に響く。

「さて、誰から入る?」

「なら、レンくんからどうぞ。 家主だもんね。」

「ここ寮だけどね。 まぁ、そういうことならお言葉に甘えて。」

 ここは素直に小雪のご厚意に甘えさせてもらうことにしよう。というわけで俺は自分の寝室まで戻り寝間着一式をとって浴室まで急いだ。あんまりゆっくりもしていられないしな、彼方と小雪がいるわけだから。

 にしても、いつもなら何かしら行ってきそうな彼方が無言だったのが少し気になった。もしかして、あまり体調がよろしくないのだろうか?いや、雑談中は全くそんな感じはしなかったし、別に風邪を引いたとかそういうことではないだろう。でも、そうなると彼方が無言だった理由が思い浮かばない。

「まぁいいか。 とにかく、チャチャっと風呂済ませないと。」

 俺は着ていた服を脱衣加護にツッコみ、身体を洗う用のタオルを一枚持って脱衣所から浴室に入る。

「おっ、いい感じに温かいな。」

 長時間とはいかずとも夜の海風邪を浴びていたので、少し身体が冷えてしまっていた。そのため、今の子の浴室の温度は俺にとってちょうどいいくらいだった。

 俺はシャワーヘッドを手に取り蛇口をひねる。そして、全身を湯で濡らしていく。それから、頭・身体の順に清めていく。海風邪とも会って、塩気を帯びていたのでやや匂う。だから、いつもより多少念入りに洗体するよう心掛ける。

 でもまぁ、所詮は男。ほとんど時間をかけることなく洗体は終わった。

 浴室の床を軽くシャワーで流してから、俺は浴槽に進退を潜らせる。こういう時、足を延ばせる広さっていうのはいいもんだ。風呂に入ったことで緊張の糸がプツリと切れたらしく、一気に疲れが押し寄せてきてしまっていた。

「こんな充実した週末なんての、初めてだもんなぁ。」

 これまでの俺は、基本的に週末は一人で過ごすことが多かった。だから、週末にやることと言ったら、平日はあまり力を入れてできない室内の掃除とか、食料の買い出しに行ったりだとか、あとはいつも通り予習・復習をこなすくらいだった。そうなんです、友人があまりにも少なすぎると、こういうことになるんです。

 だが、今週末は珍しく一人でいるということが少なかった。いや、少なかったんじゃなくて、全くなかったと言うべきだな。いかにも子供っぽい乾燥になってしまうが、誰かと一緒に過ごす週末は非常に楽しいものだった。

 恐らく、これからはむしろ一人で過ごすということがなくなっていくんだろうな。その方が、俺としても退屈にならないしいいものだ。

「ふぅ、また明日から学校だな。」

 あと一人、チームメイトを見つけないといけない。チームメイト探しはもう少しハードモードになるかと思っていたのだが、思った以上にすんなりメンバーが集まってしまった。この漢字なら、あとは未来の知り合いとやらに掛け合えばどうにかなりそうだ。最悪、それでどうにかならなかったとしても、あと2か月もあるんだ。どこかしらでスカウトくらいできるだろう。

「ははっ、流石に楽観視しすぎか。」

 とにかく、今日はもう疲れた。早く寝て明日以降に備えよう。

 

    *

 

 何かがおかしい。絶対おかしい。

 だって、彼方ちゃんが無言を貫いているんだもん。いつもの彼方ちゃんなら、「一緒に入る?」とか、おふざけ的な感じで言いそうなものなんだけど。

 どうかしたのかな?もしかして、具合が悪い……とか?うーん、でもそうとは考えにくいんだよね。さっきまで元気だったし。

 じゃあ、もしかして眠くなっちゃったのかな?まぁ、疲れちゃうのも無理ないよね。今週末はいろいろあったわけだし。斯くいうわたしもちょっとばかし疲れちゃってるからね……。なんだかぐっすり眠れそうだよ。

 って、今はわたしのことはどうでもいいよ。それよりも、彼方ちゃんのことなんだから。うーん、考えてもわからないし、ひとまず声をかけてみよう。

「彼方ちゃん? どうしたの?」

「ん? どうしたって、何が?」

「いや、さっきから無言を貫いてるから。」

「そう? あー、でもそうかもね。 ちょっと考え事をしていただけだから大丈夫。 心配かけちゃったなら謝るよ、ごめんね。」

 話しかけてみると、案外普通だった。

 にしても、考え事って何だろう?学校に通うことへの不安かな?彼方ちゃん、これまでずっと不登校だったんだもんね。事情が事情だから仕方ないことだと思う。

 わたしだって、ここに来る前はオーディナルの人たちと同じ学校に通っていたから、彼方ちゃんの気持ちはよくわかる。オーディナルの人たちからすれば、相手がリージェリストであるというだけで嫌悪の対象みたいなところあるからね。一応、わたしは「形だけリージェリストで特殊能力なんてそんなもの知らないよ」、的な感じで誤魔化してはいたけど、あんまり効果はなかったみたいだし。

 要するに、わたしも、虐めまがいの仕打ちを受けたことがあるってこと。だからこそ、彼方ちゃんの気持ちがよく分かったんだと思う。

 でも、沖月はそんなわたしでも怖がる必要なんてないところだった。いや、オーディナルの人たちに対する憎しみとか復讐心とか、そういう考えを持っている人たちは普通に怖いんだけど。というか、そういう人ばっかりだよね、ここ。でも、基本的に虐めとかそういうのはないはず。……っていうのも嘘か……。響ちゃんみたいな例もあったもんね。あ、あれ?思ったよりいい学校じゃないのかな……?いやいや、そんなことない……はず……。う、うぅ……、必死にフォローの言葉を探しても出てこないんだけど……。

 って、そんなことより彼方ちゃんの悩みを解消してあげないと。

「ねぇ、学校に通うの、不安?」

「え? あー、うん。 多少はね。 でも、みんながいるから平気だと思う。」

 あ、あれぇ?違ったのかなぁ?

 じゃ、じゃあなんだろう?

「えっと、考え事って何かな? もし、私に話せることだったら話してみてよ。 できる限り、彼方ちゃんの力になりたいから。」

「あ、そのこと? えっとね、どうやってレンくんのところに潜り込もうかなって。」

 うわぁ、心配して損した気分……。

 内容があまりにもくだらなすぎるんだけど……。というか、レンくんも疲れてるはずだし、あんまり負担を増やすようなことはしてあげたくないなぁ。

「そ、それはやめておいた方が……」

「えー、でも今、力になりたいって言ってたよね?」

 うっ、それを言われちゃうと何も言い返せないよ……。

「協力、してくれる?」

「そ、それは……」

「してくれるよね?」

「は、はい……。」

 断れなかった。ごめんなさい、レンくん……。

「んで、何がしたいの?」

「お風呂に突入。」

「それはダメっ!!!」

「えー、なんでよぉ……。」

 レ、レンくんと一緒にお風呂なんて、わたしどうにかなっちゃうよぉ……。だから、それだけはホントに勘弁してくださいっ!!

「は、恥ずかしいもん……。」

「まぁ、それはそうでしょ。 好きな人と一緒にお風呂なんて、恥ずかしいに決まってるよ。」

「えっ、じゃあなんで!?」

「レンくんの恥ずかしがる顔を見たい。」

 うわぁ、真顔で言いましたよ、この子。何というか、清々しいなぁ。むしろ、これくらいしないとアピールってことにならないのかなぁ?だとしたら、わたし自信なくすよぉ。たとえ身体にタオル巻いたとしても恥ずかしさで死んじゃう気がする。

「まぁ、小雪ちゃんが来ないっていうなら、ワタシ一人で行くけどね。」

「えっ、いや、やめときなよ。」

「どうして?」

「レンくんも疲れてると思うし。」

「えー。 でもなぁ……。」

「それに、そんなことしたらもしかしたらレンくんに嫌われちゃうかもだよ?」

 嫌われるまではいかずとも、異性の入浴中に堂々と浴室に飛び込んだら、誰だって変態だって思うはず。わたし、レンくんにそんな目で見られるのはつらいなぁ。

 きっと、彼方ちゃんだって同じ気持ちのはず。だから、ここはなんとしてでも止めてあげないといけないよね。

「うーん、まぁそれもそうだね。」

「でしょ? だからさ……」

「だが断る!!」

「はぁっ!? ちょっと、何言ってるの!? って、待ってよ!!」

「逃げるんだよー!!」

「待ちなさいっ!!」

 こうして、何故かわたしと彼方ちゃんとの追いかけっこが始まった。もう、わたしもちょっと疲れてるのに!!ってか、彼方ちゃん動きが俊敏すぎでしょ!?わたし、そんなに運動は得意じゃないんだけどなぁ……。

「お願いだから、止まってよぉ!!」

「止まらねぇからよ!!」

 というか、彼方ちゃんのキャラが崩壊しているんだけど……。

「お風呂場へダイブっ!! って、ぐふっ……。」

 なんて考えていると、彼方ちゃんがドアに激突した。

「か、鍵が……、鍵が閉まってるよぉ……。」

 よ、用意周到だぁ。ナイスだよ、レンくん!もしかして、こういうことを想定していたのかな?

「あ、あきらめたら……、あきらめたらそこで悪戯は終わっちゃうんだよ!!」

 あ、悪戯って言っちゃったよ、この子。あと、さっきからちょくちょくセリフが危ないんだけど……、大丈夫かなぁ?

「天を流る星たちよ、我が前に降り注ぎ、どんな障壁をも打ち滅ぼしたまえ……、」

「なんで魔法の詠唱はじめ店のっ!?」

 慌てて止めに入るわたし。

「流石に暴走しすぎだよ!!」

「止めないで、小雪ちゃん。 これはわたしへの挑戦なの!」

「違うよ! 多分乱入防止だよ!」

「スター……」

「やめなさいって!!!」

「お前らうるさいぞ……」

「シュート!!」

「ああっ、ダメぇっ!!」

 一番まずいタイミングでレンくんが脱衣所から出てきちゃった。

 もう彼方ちゃんも攻撃魔法を止めることはできない。

 ヤダ……、ホントどうしよう……、

「テレポーテーション。」

 なんて考えていると、レンくんは手を前に掲げてただ一言そう呟いた。

 すごい……、咄嗟の反応速度がすごすぎる……。その上、冷静な判断力……、やっぱりレンくんは強くてかっこよくて頼りになるんだなぁ。

 わたし、べた褒め。

 彼方ちゃんから放たれた魔法はレンくんの手に吸い込まれるようにしてどこかに消えた。すると、レンくんはおもむろに手を上に掲げた。

「デリート。 っと、これでよし。 異空間内で処理したから、特に被害もないな。」

「さ、流石だね、レンくん……。」

「はぁ、彼方ちゃんってば……。 暴走しすぎだよ……。」

「ご、ごめんなさい……。」

「んで、何があったか、話してくれるよな?」

「はい……。」

 その後、彼方ちゃんはレンくんに叱られていた。けど、やっぱりレンくんも疲れているらしく、言葉は少しだけ弱々しいもののように感じた。最後には、ただただ優しく諭されていた。ため息を吐いてあきれながらも、しょんぼりしている彼方ちゃんの頭を撫でて優しくなだめていた。いいなぁ。

「それから、小雪。 止めてくれてありがとな。」

「わ、わたし?」

 思わぬ不意打ちに、ついついたじろいでしまう。

「わ、わたしは何も……」

「まぁ、そう言うな。 零生くらいは受け取っておいてよ。」

「う、うん。 わかった。」

「ほら、お前らも風呂入ってこい。 俺は部屋に戻ることにするよ。」

「あ、うん。 じゃあ小雪ちゃん、一緒に入ろう。」

「そうだね。 それじゃあレンくん、おやすみなさい。」

「ん。 布団は後で出しておくから。」

 それだけ言うとレンくんは、トボトボと自分の寝室まで戻っていった。

 さてと、わたしたちも早くお風呂入って寝ないとね。明日も学校だし。あ、彼方ちゃんはまだなんだった。

「あ、服とか持ってこないと。」

「そうだね。」

 というわけで、わたしは一旦自分の部屋に戻って、着替えとかそのほかの日用品とか、これから必要なものを一式用意しに行くのであった。



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Episode31. ムッツリ、ここに現る。 今度は小雪が暴走中……

 わたしは一度レンくんの部屋を出て自分の部屋に戻り、着替えを持って再びレンくんの部屋まで戻る。そしてそのまま脱衣所まで行くと、彼方ちゃんが既にそこにいた。もう服も脱ぎ始めている。

「あっ、小雪ちゃん、おいでおいで。」

「うん。 って、それって昨日の?」

 彼方ちゃんは今、服を脱いで下着だけの姿になっている。そして、今彼方ちゃんがつけているのは、昨日レンくんに選んでもらっていたやつ。まぁ、わたしも今つけているのは同じくレンくんに選んでもらったのなんだけど。

 にしても、下着を選んでもらうとか、もはや恋人同士のそれだよね。レンくん、ちょっと困ったような顔してたもんね……。でも、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、恥ずかしがっているような困っているようなレンくんの姿が可愛いな、なんて思っちゃったんだよね……。それと同じくらい、わたしも恥ずかしかったんだけどね。ホントに、心臓が口から飛び出ちゃうんじゃないかって思ったくらいだよ。でもでも、積極的になるって決めたんだもんね。あれくらいしてみせないと、きっとダメだよね。

「さっそくつけてみちゃった。 どうかな?」

 彼方ちゃんはそのままの格好でポーズをとる。抑える者が下着のみだから、身長に見合わない大きさのそれがプルンと揺れるのがはっきり分かった。くっ、いつ見ても反則級だぁ……。不公平だよぉ……。

 わたしは思わず、彼方ちゃんに、というか彼方ちゃんのとある一部分にジトっとした目を向けてしまう。男の人は基本的に大きいのが好きって聞くし、やっぱり女の魅力ってそこなのかなぁ。もしかして、レンくんも……!?

「さ、小雪ちゃん……!? こ、怖いんだけど……。」

「むぅ……、それって、おっぱい自慢?」

「ち、違うよ!?」

「まぁ、いいけど。 でも、すごく似合ってると思う。」

 とにかく、わたしは一度負のオーラを奥にしまい、彼方ちゃんの下着をほめる。やっぱりピンク色っていうのが可愛い。それに、可愛いだけじゃなくて、周りに黒のレースがあしらわれているから大人っぽさも兼ね備わっている。レンくん、普通にセンスがいいんだよね。

「ホント? それならよかった。」

 ほっと胸をなでおろした彼方ちゃんは、そのまま躊躇いなくブラを外す。まぁ、今は女同士なんだし、むしろ躊躇う必要なんてないのか。昨日も思ったけど、彼方ちゃんって大きさだけじゃなくて形も綺麗なんだよね。ホント、うらやましいなぁ。わたしも、せめてもう少しくらい育ってほしかったかなぁ。

 なんて思いつつ、わたしもいい加減服を脱ぐことにした。彼方ちゃんとは昨日も一緒にお風呂に入った仲だからもうそこまで恥ずかしいとは感じないけど、そうじゃない人とだとたとえ同性同士だったとしても恥ずかしいって感じちゃうんだよね。

 ひとまず、着ていたTシャツを脱ぐ。下方向に視線を向けると、ほとんどなだらかなわたしの二つの膨らみが目に入ってしまい、改めて彼方ちゃんとの格差を思い知る。そういえば、アリスちゃんもわたしたちとはあんまり身長差なかった……というか、なんならアリスちゃんの方がわたしたちよりちょっと低いくらいに感じたのに、彼方ちゃんくらい胸が大きかった気がする。この世界は、残酷なんだね。

 それからわたしは、虚しい気持ちを振り切って履いていたスカートを脱ぎ去ってしまう。つまりわたしは今、上下水色の下着姿。

「おぉ、可愛いじゃん!」

「そうかな? えへへ。」

 彼方ちゃんの無邪気な褒め言葉に思わず照れ笑い。

 なお、彼方ちゃんは既にパンツも脱いで一糸まとわぬ姿だった。堂々としているからか、なんだかむしろ服を着ている自分の方が変なんじゃないかと思ってしまう。そんな気持ちに駆られ、わたしも急いで下着を取っ払う。

 それから、靴下も脱いでわたしも全裸になる。

 今ここにいなくても、同じ空間内にレンくんがいるということを意識してしまうと、途端に顔が熱くなってくる。仮にも、一応男の子のお部屋なんだもんね。そんなところで裸になっているって考えただけで、ちょっと変な気分になってしまう。

「ほら、入ろ。」

「う、うん。」

 わたしたち二人は、そのまま浴室に移動する。さっきレンくんが入っていたため、浴室内にはまだレンくんの匂いが残っている。すごくドキドキする。

「どっちが先に身体洗う?」

「先いいよ。 あっ、なんだったらお互い洗い合いする?」

 彼方ちゃんからそんな提案が飛んでくる。

「昨日はやらなかったからねぇ。 今日こそは、小雪ちゃんの身体を隅から隅まで洗ってあげたいなぁ、なんて。」

「ほう、いいましたね、彼方さん。」

「へ? って、なんか目が怖い……!?」

「いいよ、わたしの身体洗って。 わたしも彼方ちゃんの身体洗ってあげるから。 さて、じゃあ最初はどっちにする?」

 完全にわたしの僻みなのはわかっているけど、せっかくの機会だしここは存分に彼方ちゃんの身体を弄り回して、わたしの中の鬱憤を晴らしてやろうじゃないの。ふふふ、覚悟してよね、彼方ちゃん。そんな提案をしちゃった自分のことを恨むんだよ。

「さ、小雪ちゃん……? おーい、どうしたの……?」

「じゃあ、まずは彼方ちゃんがわたしを綺麗にして。」

「は、はいっ!」

 わたしは浴室に置かれた椅子に腰かけ、完全受け身の態勢をとる。本心を言えば、恥ずかしいことをしているという自覚はある。けれども今は、とにかく彼方ちゃんに目いっぱい悪戯をしてやりたかった。

「じゃ、じゃあ洗うよ。」

「うん、よろしく。」

 ひとまずは寛太ちゃんにすべてをゆだねよう。

 彼方ちゃんはわたしの背後に陣取ると、シャワーヘッドを手にして、まずは私の背中をお湯で濡らしていく。わたしはその様子を鏡越しに見ている。やっぱりこうしてみると、彼方ちゃんとわたしって髪の色以外はあんまり似ていないんだなぁ。まぁ、それが普通なんだけどね。それに、身体つきも違うもんね……。

 鏡越しにはっきりとわかるわたしと彼方ちゃんとのボリュームの差。後ろで彼方ちゃんが動くたびにその大きな二つの山もプルプルと揺れ動いている。わたしの方は、別にぺったんこというほどではないんだけど、それでも彼方ちゃんのそれを目の前にするとせいぜい緩やかな丘ってところなんだよね。わたしだってまだまだ発展途上……、って言いたいところなんだけど、17歳にもなっちゃうともう希望はあんまり見えないんだよね……。

 以前どこかで、胸は揉めば大きくなるとか聞いたことはあった。もう、その迷信にかけるほかないかもしれない。いつか、レンくんに……。って、何考えてるの、わたし!?そ、そんな……、レンくんに触ってもらうなんて恥ずかしすぎてできないよ……。それに、レンくんとそもそもそういう関係になれるかもわからないもん……。

 なんて考えていると、彼方ちゃんの掌がわたしの背中に触れてきた。ぬるぬるとした感触に、思わず声を上げてしまいそうになる。けど、ここは強気に出ておかないとだから、何とか我慢する。

「小雪ちゃん、肌すべすべだねぇ。」

「そうかな? 特にこれと言って気にしていることはないんだけど。」

「そうなんだ。 小っちゃくて可愛いなぁ。」

「ち、小さいとは失礼な……。 そもそも、ほとんど変わらないじゃん、背丈とか。」

「まぁねぇ。 あ、ちょっと腕上げてもらえる?」

「うん。」

 そんな会話を交わしながらも、彼方ちゃんの手は少しずつ下の方へと降りてくる。丁寧に泡を塗り広げながら、わたしの背中を念入りに洗っていく。くすぐったいけど、こういうのもなんかいいかも。

 やがて背中が終わると、次は腹側に手を伸ばしてくる。首から鎖骨、それから腕の順に泡を伸ばしていき、そして胸元まで到達する。そのまま優しく撫でるように泡を塗り広げていく。

「あはっ、柔らかーい! 揉んだこととかないから、こういうの新鮮! 小雪ちゃんのおっぱい、形綺麗だよね。」

「うーん、そうなのかなぁ。 でも、大きくはないから……。」

「大きさなんて気にすることじゃないと思うけど。」

「それは持ってる人だから言えるセリフなんだよ?」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「あとで存分に撫でまわしてやるんだからね。」

「お、お手柔らかに……。」

 と言いつつ、彼方ちゃんの手は未だにわたしの胸元に置かれたまま。流石に、くすぐったさも限界なんだけど、そろそろ下に移動してくれないのかなぁ。

「ひゃうっ……。」

 彼方ちゃんの手がわたしの胸の先端部にこすれる。その瞬間、思わず声を漏らしてしまった。うぅ、恥ずかしい……。

「さっきまで強気な態度だったけど、可愛い声で鳴くじゃないの。」

「べ、別に声なんて出してないもん。」

「へぇ、そうかぁ。 まぁいいけど。」

 そう言うと彼方ちゃんは、ようやく胸部から手を放してくれた。そして、そのまま下降し、腹部へと到達する。さっきまでご飯食べてたから、少しお腹が出ちゃってるかも。うぅ、なんでついてほしくないところにお肉がつくんだろう……。

「小雪ちゃんって、細いよね。」

「そ、そんなことはないと思うけど……。」

「ワタシよりは細いと思う。」

「それは、胸部が?」

「そ、そうじゃなくて……。 いや、ダメだなぁ。 この話題、小雪ちゃんが過剰に反応しちゃうなぁ。」

 彼方ちゃんがため息交じりにそう呟く。

 自分でも、流石に被害妄想激しいとは思っている。でも、それだけデリケートな話題何です、持たざる者としては。

 それから、彼方ちゃんはわたしの上半身を一通り洗い終える。そして、その下に手を進めるか否か、迷っている。

「え、えっと、下も……洗う?」

「うーん、流石にこっちまで表せるのは悪いかなぁ。 あんまり人に触らせるようなところでもないしね、汚いし。」

「そっか。 わかった。 それじゃあ一旦流しちゃうよ。」

「お願いね。」

 彼方ちゃんは、わたしの身体に付着した泡をシャワーで洗い流していく。そして、一通り流し終わると、次は頭にお湯がかけられる。

「こっちも洗うね。」

「うん。 じゃあわたしは……っと。」

 シャンプーを両掌で泡立てると、彼方ちゃんはそっとわたしの髪の毛に触れてくる。その間にわたしは、下半身を自分で洗うことにした。デリケートゾーンはより優しく丁寧に洗わないとね。

「でも、あれだね。 小雪ちゃんっていつもポニーテールにしてるけど、髪下ろすと結構印象変わるよね。 何というか、おとなしくて清楚な感じの雰囲気っていうのかなぁ、そういうのあるよね。」

「えー、それって普段はどう見えてるのかなぁ?」

「うーん、見た目だけなら快活な子かなって感じ。」

「快活かぁ、わたしとは縁遠い性格だね。」

「そんなこともない……とは言えないかもね。」

 二人で苦笑い。彼方ちゃんは、思ったことははっきり言ってくれる。そういうところが好印象なんだよね、わたし的には。

「でも、少しずつだけど積極的になれてきてると思うよ。」

「まだまだだよ、わたしなんて。」

「まぁ、レンくんに振り向いてもらうためには、もう少し頑張らないとダメかもだけどね。 実際、渡しだって見向きもされてない気がするし。 レンくんって、どういう人が好みなのかなぁ。」

「うーん……。」

 昨日今日とレンくんのことを見てきたけど、やっぱり未来ちゃんとかエミアさんとか、大人っぽい雰囲気の人が好みなんじゃないかと、わたしは考えてるんだよね、実際。特に、実の姉でもあるエミアさんなんか、レンくんのドストライクなんじゃないのかなぁ。話しているときとかもすごく楽しそうだったし。エミアさんも、レンくんに対して少なからず好印象を抱いているように見えたし、もしかするとあの二人ってそういう関係に発展しちゃったりするのかな……?

 って、こういうこと考え始めると一人で勝手に落ち込んじゃうのがわたしの悪い癖なんだよね。やめようやめよう。

「なんでこんな話になったんだっけ?」

「積極的がどうの……的な?」

「あー、そうだったね。 まぁ、とにかくわたしも、なるべく意識するようにはしてるんだよ。」

「なるほどね。 んじゃ、頭流すよ。」

「はーい。 終わったら、一旦わたしに貸して。」

「わかった。」

 そんなこんなで、わたしは身体を洗い終えた。ちょっとだけ恥ずかしくはあったけど、なんだかお姫様気分でもあったように思う。

 

 というわけで、次は彼方ちゃんの番。今度はわたしがご奉仕する側……って表現すると、なんかすごくいけないことをしている感じがするね……。別に、わたしと彼方ちゃんの間にはそういう関係とかないからね?あくまで、わたしたちはレンくんとそういう……、って何変なこと言ってるんだろう、わたし!!

「さてさて、ほら、ここ座って。」

「う、うん。」

「次はわたしが洗ってあげるからね。」

「お、お手柔らかに……。」

 頭の仲がお花畑になりつつあったけど、平静を保つ。

 彼方ちゃんを椅子に座るよう促し、わたしはシャワーヘッドを握る。ふっふっふ、思う存分彼方ちゃんの身体を好きにしてやる。って、あれ?わたし、なんだか変態みたいだよ?そ、そんなんじゃないからっ!

 って、さっきから一人芝居が多すぎだね。疲れてるのかな、わたし。

 まずは頭から洗うことにする。さっき彼方ちゃんは身体を先に洗ってくれたけど、やっぱり洗う順番って人によって違うんだね。

「彼方ちゃん、髪長いよね。 大変じゃないの?」

「まぁ、乾くの遅いしちょっとだけ。 でも、短いのあんまり似合わないんだよね、ワタシ。」

「えー、そんなこともないと思うけど。」

「ショートにすると、男の子っぽくなっちゃうんだよね。」

「そうなの?」

 でも確かに、彼方ちゃんの髪の毛は細くて真っ直ぐだから、短くしたときにもしかしたら中性的な顔の男の子に見えなくもないのかもしれない。

 でも、身体つきでわかるんじゃないかとも思うけど……。

「っと、こんなものかな。 じゃあ泡流すよ。」

「うん、お願いします。」

 長い髪の毛なんて普段あんまり洗い慣れてなかったから、上手に洗えたかはわからないけど……。彼方ちゃんとわたしとでは、大体10cmくらい長さが違うと思う。わたしは、肩甲骨に届くか届かないかって感じの長さなんだけど、彼方ちゃんは肩甲骨より少し下あたりまで届いてるんだよね。ホント、いつもこの長さを自分で綺麗にしてるなんてすごいなぁ。わたしはちょっと自信ないや。

「はい、髪の毛終わり。 じゃあ、一旦タオルでまとめちゃうよ?」

「あ、うん。 ありがとう。」

 それから、髪の毛が身体に架からないようにタオルでひとまとめにして、次は本題である彼方ちゃんの身体に移る。わたしの視線は、鏡越しに移る彼方ちゃんの二つの大きな膨らみにくぎ付けなのです。

「小雪ちゃんの目が怖い……。」

「じゃあさっそく……。」

 彼方ちゃんの身体を軽く濡らし、ボディソープを掌で広げてから彼方ちゃんの背中に触れる。すべすべとした感触が掌越しに伝わってくる。きめ細やかで、尚且つ透き通るような白い肌。いつまでも触れていたいと思ってしまう。

 できる限り優しく撫でるように泡を広げていく。女の子の肌は赤くなりやすいのです。だから、こうして身体を洗う時も、なるべく強い刺激を与えないように気を付けないといけないのです。

 背中が終わると、次は首元、それから両腕もしっかりと綺麗にする。そして、一度胸を素通りしてお腹から先に洗う。メインディッシュは最後に取っておかないとね。

「うわぁ……。」

 彼方ちゃんが若干ひいているように見えるんだけど、どうして?さっき、彼方ちゃんだって長いことわたしの胸触ってたはずだよね?

「じゃあ、最後はここだね。」

「う、うん……。 何故最後にした……?」

 ポツリと呟いた彼方ちゃんの言葉は聞かなかったことにして、わたしはついに彼方ちゃんの大きく膨らんだ二つのお山に手を伸ばす。

「顔が……、いや……うん……。 聞こえてなさそう……。」

「はわぁ、柔らかい! 同世代の子のおっぱいなんて触ったことないから、なんか楽しいんだけど! すごいなぁ、柔らかいのにしっかり弾力もあるんだぁ。 いいなぁ、わたしもやっぱりこれくらいほしいなぁ。」

「もう、身体洗うというよりも……、ただおっぱい触って楽しんでいるようにしか見えない……。 というか、実際そのつもりなんだろうなぁ……。 まぁでも、ちゃんと洗ってくれてはいるみたいだけど……。」

「感動……。」

「なんでうっとりしてるのかなぁ……。」

 こ、これがおっぱいの谷ってやつですか!!へぇ、こんなに深いんだぁ。しかも、すごく柔らかくて温かい。

「んぁ……、ちょ、ちょっと小雪ちゃん……、あんまり撫でまわすのは……、止めてほしいんだけど……。 はぁぅ……。」

「えー、もう少しだけ、もう少しだけだから、ね?」

「うわっ、目がマジのやつだ……。 うぅ、小雪ちゃんがこんなに豹変するとは思ってなかったよぉ……。 変なこと言うんじゃなかったなぁ……。」

「ははぁ、病みつきになるよ。」

「んんぁ……、だからあんま触っちゃ……、ってひゃぅ……。 そこはホントダメだってばぁ!」

 その後少しの間、わたしは彼方ちゃんの双丘を堪能した。

 流石に彼方ちゃんの涙目でのストップがかかったので、仕方なく手を止めて泡を流すことにしたけど、それがなかったらいつまででも触っていられたと思う。

「はぁ、大満足!」

 湯船につかり、わたしは感嘆の域を漏らす。

「もぅ……。 こんなに長い時間触られるとは思わなかったよ……。 初めてはレンくんがよかったのになぁ……。」

「それはお互い様でしょ?」

「うっ、そ、そうだけど……。 あぁ、小雪ちゃんがあんなにエッチな子だったなんて知らなかったよ……。 いつもの純粋無垢な小雪ちゃんはどこへ行っちゃったの?」

「えっ、わたし、そんなにエッチかな……?」

「息、荒かった。 顔、怖かった。 手つき、いやらしかった。 あんなに豹変するとは思わなかったよ。」

「そ、そんなに!?」

「さっきの顔、レンくんに見せたらどうなるんだろう……。」

 自分ではそんなつもりなかった。だけど、客観的にみると、まるで変態みたいに見えてしまっていたのかぁ。わたし自身、知らなかった一面だよ。うわぁ、わたしも彼方ちゃんのこと言えないじゃん……。これだけ暴走しちゃったんだもんね……。

「ご、ごめんなさいでした……。」

「あ、やっと冷静になった?」

「うん……。 はぁ、やらかしちゃったぁ……。」

「そ、そこまで落ち込まなくてもいいと思うけどね。 というか、普段からあれくらいの積極性があれば、もっといい感じになるんじゃないかな?」

「そ、そうなのかなぁ。」

 でもさすがに、我を忘れちゃうほどっていうのはまずいよね……。はぁ、先が思いやられるなぁ……。

「というか、もういっそのこと告白しちゃう?」

「ええっ!? そ、そんなの無理だよぉ!」

「あっはは、冗談だよ。」

「もぉ……。」

 それからしばらく、他愛もない話で盛り上がった。

 大分長風呂にはなっちゃったけど、ゆっくりできたからいいかな。そんなわけでわたしたちは、1時間近くお風呂に入って身体の疲れを癒していた。

 

 

お風呂から上がって着替え終わり、お布団を取りにレンくんの寝室に向かう。

 けど、ノックしても返事がない。

「あれ? もう寝ちゃってるのかな?」

「うーん、どうだろう。 レンくんには少し申し訳ないけど、お邪魔しちゃおう。 ごめんね、失礼しまーす。」

「お、お邪魔します。」

 ゆっくり部屋の戸を開く。すると、レンくんがいた。いやまぁ、いるのは当然なんだけどね。案の定、寝ちゃってた。しかも、床に敷いた布団の上で。多分、わたしたち用に準備しようとしていたんだと思う。けど、途中で力尽きちゃったのかな?きっと、それだけ疲れがたまっていたんだと思う。やっぱり、お泊りはまずかったかな……?彼方ちゃんは、新しい部屋が割り当てられるまでずっとレンくんのお部屋に泊まるつもりみたいだけど、わたしは自分の部屋に戻るべきなのかなぁ?

 というか、今からでも彼方ちゃんを引き連れてわたしのお部屋に戻った方がいいのかも……。で、でも、それだと逆に、レンくんに心配かけちゃいそうだなぁ。

 って、そんなことより……

「レンくん、毛布とか何もかけてないじゃん……。 それだと風邪ひいちゃうよ。 えっと、これでいいのかな? よいしょっと。」

 ベッドの上に敷かれていた毛布をとって、レンくんにかぶせてあげる。レンくんが風邪をひいちゃったら、それこそ申し訳なさで死にたくなっちゃう。だからせめて、これくらいはさせてね。

「ふぁあ、ワタシも眠くなってきちゃった。」

「うーん、このままレンくんのお部屋で寝てもいいのかなぁ?」

「え、今更? 多分平気だと思うけど。」

「そうなのかな……、って、彼方ちゃん!? なんでレンくんが寝てるお布団に入ろうとしてるの!?」

「えへへ、温かそうだったから。」

「はぁ、怒られても知らないよ?」

「そう言いつつ、小雪ちゃんも入ってくるんだね。」

「彼方ちゃんだけはずるいもん。」

 これだけぐっすり眠ってるなら、きっと大丈夫なはず。明日朝起きてどんな反応をするかはわからないけど、怒られたら怒られたで仕方ない。うん、仕方ないよね。わたしはぎゅっとレンくんの身体に抱き着いて目を閉じる。

「おやすみ。」

「うん、おやすみなさい。」

 そうして、短いような長いような週末は終わりを告げた。

 すごく楽しかったなぁ。でも、これからはこんな毎日が続くんだよね、きっと。うん、すごく楽しみだな。

 わたしはこれからの日々に思いを馳せ、レンくんの身体に回した腕に少し力を込めた。

 あなたと一緒にいられるなら、どんな日でも幸せだよ。大好きなあなたとなら。だから、これからもよろしくね。



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Episode32. 朝はハプニングがてんこ盛り? 理性ではどうにもならない世界があるのだよ。

 朝起きたら、またよくわからない状況になっていました。というか、ここ数日、平和な朝ってものが全くと言っていいほどなかったような気がするのは、きっと俺の気のせいではないはずだ。

 まぁ、簡単に説明すると、俺の両腕ががっちりホールドされた状態のため一切の身動きが取れないのである。そうです、現在宿無しの銀髪少女、黒咲彼方と、自分の部屋があるはずなのに俺の部屋に泊まると言い出した白銀のプリンセス、小瀬戸小雪が、俺の両脇でぐっすり睡眠中なのです。こうも気持ちよさそうな寝息を立てられると、無理やり動いて引きはがしたりして、起こしてしまうのも申し訳なく感じてしまう。畜生、これだから美少女ってのはずるいもんだぜ。これがもし、寝相の悪い男友達だったり例の幼馴染とかだったら、余裕でたたき起こすんだけどなぁ。

 というか、どうしてこんな状況になっているのか、まずはそこから知りたい。

 俺は、自由の利く頭を動かして辺りを見渡す。と、いつもより視点が低いような……、って、ベッドが目の前にあるんだが……。

 それでようやく、今の俺の状況を把握する。俺、ベッドではなく客人用の布団の上で寝ていたのか。確か昨日は……、眠気のせいで頭がほとんど機能していなかった状態のまま子の布団をリビングに運び出そうとして……、うーむ……。それ以降の記憶があいまいなんだよなぁ。まぁ、恐らく力尽きてそのまま子の布団で寝たんだろう。んで、こいつらは……、いやわからん。なんで態々俺が寝ているところに潜り込んできたのか、さっぱりわからんよ。

 ただ一つ言えることは、温かくて柔らかいということだろうか。特に左腕に感じる柔らかな感触は、思わず病みつきになってしまいそうになるほどだ。まぁ、この感触が何を指しているのか、流石の俺でも察しくらいつく。そりゃ、抱き枕のごとく抱き着かれていたんじゃ、当然当たるでしょう。温かくて柔らかい例のアレが。

 基本的に日中もしくは夜ならこういうシチュエーションは大歓迎な男という生き物ですけれども、朝に限っては正直辛いんですよ。朝は、生理的反射も相まって、日中や夜間に比べて抑えが聞かないんです。今、必死に制御しようとしていますが、少しでも雑念が入ってしまうと、その瞬間にいろいろ決壊してしまいます。いや、無理だわ、制御とか。生き物としての生理現象には糧やしないわ。

 ほらほら、欲望の化身様が徐々に首を擡げ始めましたよ、まずいですよ。たった数秒とはいえ頑張って抑えていたが、もう限界だ。こいつはな、一度育ち始めると、もう止まんねえからよ。あとは、ただただ自律神経の思うがまま、その大きさと硬度を増していくのです。

 今この二人に起きられると、いろいろややこしくなるな。頼む、あと数十分は安眠しておいてくれよ。何とか、その間にこいつを沈めるからよ。言っておくが、自らの手で慰めるなんていう変なこととかはしないからな?そもそも、使える手がないっての。いや、あってもしないけれども。

 だがしかし、沈めようにも沈められない。どうしても、この柔らかさが俺の邪魔をする。左側のボリューミーな感触は、もしかしなくても彼方のものだろう。その慎重に見合わない大きさの二つのふくらみに挟まれた俺の左腕は蕩けてしまうのではないかと錯覚すら起こしてしまいそうだ。いや、脳まで蕩け切ってしまってるんじゃなかろうか。そして、右側のささやかな柔らかさは小雪のものであることに間違いない。子の未発達感が、むしろ俺を背徳的な気分にさせてくる。しかも、二人とも下着をつけていないのか、やけに感触が生々しいのだ。余計に意識してしまう。どちらの柔らかさも、今の俺には毒でしかない。悪い兆候だ。

 ダメだ、このままでは埒が明かない。何か別のことを考えねば。

 そういえば今日は、アリスとエミアさんの転入初日になるんだったな。もしかしたら、アメリスタという名前だけで周りからの風当たりが強くなってしまいかねない。小河原さんにはこのあたりの話は伝わっているのだろうか?いや、一応責任者なわけだし、話は言っているはずだな。だが、学生同士のいざこざにまで介入できるほど、大人たちも偉い存在ではないだろうし、あまり小河原さんに頼りきりになってしまうのも、それはそれで申し訳ない。だから、ここは俺たちで何とかフォローするしかないのかもな。

「アリスはいいとして、問題はエミアさんだよなぁ……。」

 アリスなら、クラスが別になってしまったとしても同学年なのでうまくフォローできるし、なんなら隣のクラスには愛葉たちもいるわけだから、どうにでもなるはずだ。

 けど、エミアさんはそもそも学年が異なるので、そういうわけにもいかない。俺は親しい人が極端に少ないから、誰か先輩を頼るなんてことも難しい。はは、言ってて悲しくなってきた……。

「んん……、ふわぁ……。 あぁ、レンくん……、おはよう……。」

 すると突然、右隣から声をかけられる。

 やばっ、小雪が起きてしまった。慌てて下半身事情を確認する。と、どうやら先ほど別のことを考えたおかげで静まってくれたみたいだった。ふぅ、どうにかこうにか間に合ったな。

「ああ、小雪、おはよう。 そんでもって、腕を解放してくれると助かるんだけど……、ダメでしょうか?」

「腕……? って、ああっ!! ご、ごめんなさいごめんなさいっ!!」

 今の自分の状況を理解した小雪は、慌てて俺の右腕から離れる。そして、何度もぺこぺこと頭を下げてくる。いや、そこまで謝られると、むしろこっちが申し訳なくなるのだが……。というか、男的にはおいしい状況に変わりなかったわけだし、本来謝るべきなのはそんな不埒な思考をしてしまった俺の方なんだよなぁ。とりあえず、心の中で謝罪と礼を述べておくことにした。流石に口に出してしまうと、その瞬間に俺は社会的にジ・エンドを迎えてしまうと思うので控えておくがな。

「い、いや、謝らなくていいよ。 布団を用意してやれなかったのはこっちなわけだし。 流石に、寝る場所に困っちまったよな。」

 うん、もちろんこれも事実だ。咄嗟にでっち上げた嘘とか、そういうのではないのでご安心を。

 恐らく、ベッドを使うことは躊躇われたのだろう。普通、男が普段使っているベッドを使いたいなんて思わないもんな。なるべくこまめに綺麗にしてはいるつもりだが、そんなこと二人からすれば知ったことではないだろうし。

 だから、仕方ないのかな?

「う、ううん。 それはいいの。 昨日みたいに、わたしのお部屋からお布団持ってくることもできたわけだし。 で、でも、その……、ゆ、誘惑に負けちゃったというか何というか……。」

 所在なさげに視線を彷徨わせながら、小雪は声を絞り出していた。

「誘惑?」

「あっ、いや、何でもないの!!」

「眠気に負けて、的な?」

「あっ、そ、そうなんだよ、あ、あはははは……。」

 きっと小雪も彼方も疲れていたんだろう。なんだかんだで、二人にとってもハードな週末だったことだろうし。そういうことなら、俺は何も言うまい。おいしい思いをしたことは……じゃなくて、今日のハプニングは俺の心の中にとどめておこう。

「そういえば、今何時だろう?」

「えっと、今は……、7時だね。」

「あれ、もうそんな時間か。」

 もう少し早いかと思っていたのだが、思ったより時間がたっていたみたいだな。俺、相当疲れていたんだな。大分ぐっすり眠っていたようだ。

「みたいだね。 それじゃあ、わたしは朝ご飯作ってくるね。 キッチン、借りてもいいかな?」

「作ってくれるのか?」

「うん、もちろんだよ。 料理は任せて!」

「そういうことなら、お願いしようかな。 それと……、そろそろ彼方を起こしてもいいよな?」

「いいと思うよ。 ほらぁ、彼方ちゃん! もう朝だよ!」

 そう言って小雪は、少し強めに彼方をゆする。そのせいで、俺の左腕に密着している彼方の双丘がより強く当たってくる。つぶれては元に戻るという一連の流れが、彼方のそれの柔らかさをより強調しているようだ。

 先ほど、せっかく欲望の権化たる我が息子を沈めたのに、再び目を覚まそうとしてしまっている。くそぉ、やめておくれよぉ。

「ふにゃ……? あ、あぁ、おはよう。」

「あ、思ったよりすぐに起きた。 おはよ、彼方ちゃん。」

「お、おはようございます。 とりあえず、腕を放してはいただけませんか? 学校に行く準備をしなければならないので。」

「ん? ああ、ごめんね。 つい抱きついちゃってた。」

 うむ、これでようやく完全に開放された。なんとか二人には気づかれることなく、欲望の権化を沈めることができたな。以降は、ちゃんと部屋を分ける必要があるな。何があっても、男としての尊厳は守り通さねばならないのだ。いや、そもそも俺にそんなものがあるのか甚だ疑問ではあるのだがな。

「起こしちゃってごめんね。 でもわたしたち、これから学校だから。」

「あ、いいのいいの。 気にしないで。」

「それじゃ、ささっと朝食用意しちゃうから、その間にレンくんは準備済ませておいてね。 ほら、彼方ちゃんも行こ行こ。」

「はーい。」

 そんなわけで、二人が寝室を後にする。

 それから俺も起き上がり、ひとまず布団を簡単に片づけてから学校へ行く準備を済ませる。沖月には制服は存在しない。服装は常識の範囲内であれば自由なのである。だからこそ、毎日毎日着る服を決めなければならないので困るのだけど。

 まぁ、テキトーに紺色のジーパンと白シャツを手に取り、チャチャっと袖を通す。所詮、男の着替えなんてこんなもんだ。楽なものだろう。

 それから、寝室を出て洗面所に向かい、洗顔とヘアーセットを簡単に済ませてからリビングに向かう。身だしなみは大切ですよ。

「おっ、やっぱり男の子の準備は早いんだなぁ。」

「まぁな。 っと、いい匂いだなぁ。」

「もうすぐできるから、あとちょっとだけ待っててね。」

「慌てなくていいからな。」

 小雪にそれだけ言って、俺は備え付けのソファに腰かけ、テレビの電源を入れる。そして、朝のニュースを眺める。うむ、これと言って大きなニュースはなさそうだな。まぁ、あっても困るんだけど。

 そういえば、先ほど小雪と一緒に寝室を出ていった彼方が見当たらない。てっきり、小雪とともにリビングに来ていたものだと思っていたんだけど……。

「彼方は?」

「えっと、お手洗いじゃないかな?」

「あ、そうなんだ。 それは失礼。」

 しまったな、ちょっとばかしデリカシーがなかったかもな。反省しないと。俺は心の中で彼方に手を合わせて謝罪する。

「あはは、なんでわたしに謝るの?」

「いや、デリカシーが欠如してたかなって思ってさ。」

「大丈夫。 そんなこと思ってないから。 っと、はい、できたよ。」

 そう言いながら、小雪はキッチンから次々と皿を運んでくる。流石に小雪一人に任せるわけにもいかないので、俺も加勢することにした。

「手伝うよ。」

「あ、うん。 ありがとう。」

 二人係りですべての皿をリビングのテーブルに運び終える。本日の朝食のメニューは、ボイルドソーセージ、スクランブルエッグ、それからサラダとトーストである。シンプルではあるが、いつもの俺の朝食からすれば何倍も豪華に思える。というか、小雪が作ったというだけでより一層うまそうに見えてくる。

 えっ?いつもの俺の朝食か?シリアルだよ。

「ふぅ。 あ、ご飯できてる。」

 と、ちょうどいいタイミングで彼方がリビングに戻ってきた。

「ほら、彼方ちゃんも座って座って。」

「はいはーい。」

「んじゃ、いただきます。」

「いただきまーす。」

「いただきます。」

 各々手を合わせて朝食に手を付ける。こう、数日連続で彼方や小雪と食卓を囲んでいると、まるで家族みたいだと錯覚してしまう。いや、血縁関係もないし、はたまた結婚しているわけでもないので、そんなわけないんだけどさ。

 ってか、今時一夫多妻もしくは一妻多夫の家族なんてほとんど見かけない。法律上は許されているが、なんせ周りからのイメージがそこまでよろしくないからな。俺的には、当人たちの自由だとは思うんだけど。だがしかし、多くの人間はそうは思わないらしい。もう、昔とは違うってことなんだろうな。

「うん、やっぱりうまいな。」

「簡単なメニューばっかりだけどね。」

「いや、そう言うのは関係ないんだよ。 誰かに作ってもらうってだけでうまいんだ。 って、このセリフ、何度か言ってるよな。」

「そうだね。 でも、なんとなくその気持ちわかるよ。 うん、おいしい。」

「そ、そういうことなら、素直に喜ぶことにするよ。 え、えへへ。」

「やっと素直になった。」

 俺たちは若干急ぎつつも、わいわいとにぎやかな雰囲気で食卓を囲んでいた。そして、俺たち全員が朝食を済ませるころには、時計の針は7時半を指し示していた。ちょっとゆっくりしすぎただろうか。

「ごちそうさま。」

「ごちそうさまでした。」

「ごちそうさま。 って、もうこんな時間!?」

「洗い物はこっちでやっておくから、小雪は身支度整えてきな。」

「あー、うん。 お願いするよ。」

「任された。」

 俺の返事を聞くや否や、小雪は慌てながらリビングを後にする。そういえばアイツ、着替えとかはこっちにもってきているのだろうか?いや、それは流石にないよな。恐らく、一度自分の部屋にでも戻ったのだろう。

 俺は三人分の食器をキッチン辛苦に運ぼうと席を立ちあがる。

「あっ、そういうことなら、ワタシがやるよ。 レンくんも学校でしょ? それなら、何もないワタシの方が適任だと思う。」

 と、彼方がそう提案してきてくれた。正直、今の状況では、そうしてもらえた方がこちらとしてはありがたい。

「そうか? まぁ、そういうことなら頼むわ。」

 だから俺は、洗い物を彼方に任せ、小雪同様やや急ぎ足でリビングを飛び出し、寝室に戻って今日必要なテキストやら何やらを準備しに行く。っと、いや、その前に、歯磨きを済ませておくとしよう。というわけで俺は、寝室に向かう足を止め、ターンして洗面所へ向かうことにした。

「扉、閉めたっけ……? まぁいいか。」

 そして俺は、洗面所の扉を開いて中に入る。ん?いやいや待て待て。どこからともなくフラグコールが聞こえるのは気のせいだろうか?

 でも、ここ数日で俺は一級フラグ建築士及びフラグ回収のプロであることが判明しつつあるので、たとえ気のせいであっても気になって仕方がない。

 まぁ、もう扉を開け放とうとしている俺の手は止められないんですけどね。くっ、もうこうなったら、どんなフラグだろうと恐れてなるものか!!

「えっ……。」

「はっ……?」

 いや、案の定かよ……。

 俺の眼には、小雪の姿が映っている。まぁ、それだけなら、さっきまで一緒に飯を食っていたわけだからわかる。

 そうではなく、肌色面積が多い。あれ……?自分の部屋に戻ったんじゃなかったのか……?もしかして、そんなのは俺の思い込みで、実際にはちゃんと着替えを持ってきていた、とか……?

 つまりは、ただの勘違い。

「え、えっと……、着替え……こっちにもってきてたんだ……。」

「う、うん……。」

「す……」

「す……?」

「すみませんでしたぁぁぁあぁぁああぁっ!!!」

「ひゃ、ひゃいっ!」

 うん、完全に悪いのは俺だ。とにかく、今は謝罪の言葉を言って洗面所を飛び出すことが最優先事項だ。こういう時、慌てていると2次災害を呼びかねない。って、何故こんな時にフラグを建てようとするんだよ!?

 とにかく俺は、身体を反転させ、颯爽と洗面所を飛び出し、バタンと扉を閉める。そもそも、扉が閉まっているっていうところでその可能性に気づけよ、俺……。くっそ、急いでいるとろくなことがないな、マジで……。

 あー、くそ……。ほんの一瞬の出来事だったはずなのに、俺の脳内に先ほどの小雪の姿が鮮明に残ってしまっている。脳内フォルダは、理性的には動いてくれないのか……。起床してからこれまで、何度ハプニングに合えば気が済むんだよ……。

 上下白っていいな、とか、やはり、寝るときは下着(上)はつけないものなんだなぁ、とか、もっと早ければもう少し深くまで見えたかも、とか考えている自分が恥ずかしい。ついでに、ある特定部分の欠陥が拡張してしまっていることも、尚恥ずかしい……。おのれ、自律神経め……。

 俺はそのまま寝室に戻り、先に今日の授業の準備を済ませることにした。いろいろと落ち着かせてから出ないと、小雪と顔を合わせることができない。主に、下半身事情的な意味で。

「きょうは、これと……これ……。」

 その時、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。

「あ、レ、レンくん……。」

「さ、小雪……さん……!?」

 うわぁ、よりによって小雪ですかぁ……。

 俺は、一度手を止めて小雪に向き直る。

 それから、日本古来より伝わる伝統謝罪芸……、いや、ただの土下座なんだけどな……、とにかくそれを綺麗なフォームで実演して見せた。少しでも小雪の気が晴れるならば……。

「本当に、申し訳ございませんでした。」

「え、えっと、そんなに謝らないでよ、レンくん。 わたし、怒ってないよ。 そりゃ、普通は自分の部屋に戻ったと思うよね。」

「い、いや、だけど……」

「いいの、わたしは。 そもそもレンくんになら別に……。 って、ううん。 何でもない。 とにかく、頭上げて。 わたしは、全然気にしてないから。 ちょっと恥ずかしかったけど。」

 て、天使か……、あなたは……。そう思ってしまうほど、今の小雪の笑顔は輝いて見えた。頬は赤いけど、確かに怒っているようには見えない。プリンセスの心は、まるで宇宙空間のように寛大なんだなぁ。

「あ、ああ。 ごめんな。」

「だから、謝らなくていいってば。 それより、早く準備しないと遅れちゃうよ。 わたしは一度自分のお部屋に戻るね。」

「わかった。 えっと、行きはどうする? 一緒に行く?」

「えっ、いいの?」

「まぁ、断る理由もないしな。」

「うん、それなら一緒がいいな。」

 くっ、なんて眩しいのだろうか。俺の穢れた部分がすべて明るみに出てしまいそうになるほど、穢れなき白い光を放っているぞ、このプリンセスは。

「じゃ、じゃあ、またあとで。」

「うん、エントランスでね。」

 それだけ言って、小雪は俺の部屋を後にした。

 はぁ、やってしまったなぁ……。酷い罪悪感が俺の心を支配する。何より罪悪感を覚えたのが、少しでもハプニングをラッキーと思ってしまったことなんだよなぁ。男とは、悲しき生き物なり……っていうのも、もはや定番文句みたいになってきてしまっているような……?

 ひとまず俺は、次こそ洗面所で歯磨きを済ませる。ついでに、気持ちを切り替えるために冷水でもう一度洗顔しておくことにした。単なる気休めにしかならないだろうが、やらないよりかはマシだ。

 そして、身支度を整えて自分の部屋を後にした。

 なお、俺たちが返ってくるまで彼方には俺の部屋で自由にしてもらうよう、部屋を出る前に彼方に伝えておいた。買い物したばかりだし、恐らく昼飯にも困ることはないだろう。

「んじゃ、行ってくる。 ごめんな、一人にして。」

「ううん、平気だよ。 それより、行ってらっしゃい。」

 見送られるのって、なんかいいな。

 部屋を出る間際、俺はそんなことを考えていたのであった。



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Episode33. 転入生とプリンセスと、肩を並べて登校中。

「あれ? レンじゃん。 おはよー。」

 エントランスにて小雪を待っていると、不意にアリスに声をかけられた。どうやらアリスも、これから沖月に向かうらしい。

 現在の時刻は7時50分。転校生であるアリスがこんな時間までゆっくりしていてよいのかは聊か疑問だが……。

「おはよう、アリス。 もう8時10分前だが、大丈夫なのか?」

 ちょっと心配になったので、挨拶がてら聞いてみる。

「うーん、多分平気じゃないかな?」

「暢気だなぁ……。」

 アリスのなんともふわふわした返事に、思わず苦笑を浮かべてしまう。アリスって、結構マイペースなんだな。エミアさんがアリスを気にかける気持ち、なんとなくわかるような気がする。

「レンは誰か待ってる感じ?」

「ああ。 小雪をな。」

 今度は反対に、アリスの方から質問されたので、俺は素直に答える。まぁ、隠す必要もないからな。

「へぇ、二人って仲いいね。 もしかして、そういう関係?」

「そういう関係って?」

「だから、付き合ってたりするの?」

 付き合うって……、俺と小雪が?いやまさか、そんなわけないだろう。アリスは昨日俺たちと知り合ったばかりだからわからないかもしれないが、実際俺たち自体付き合いが短すぎる。だから、必然的に交際関係なんて言うのはあり得ない話なのである。

 それに、たとえ付き合いが長かったとしても、そんな関係に発展できるとも思えない。プリンセスと一般人では、普通釣り合わない。

「あー、そういうことね。 別に交際はしてないよ。 ただ同じクラスってだけ。 もちろん、大切な友人ではあるけど。」

「あ、そうなんだ。 クラスって各学年二クラスしかないんだよね? ってことは、50%の確率で、アタシも二人と同じクラスになれるかも。」

「何なら、未来もいるぞ。」

「おぉ、みんな同じクラスだったのか! だから仲が良かったんだ。」

 正直、俺としてもできることならアリスは同じクラスであってほしい。隣のクラスには愛葉たちもいるから結局どうにかはなるが、それでもやはりより近くにいてくれた方がフォローがしやすい。

 やっぱり心配なのはエミアさんだよなぁ……。

「そう言えば、アリスはエミアさんとは別行動?」

「まぁね。 待ち合わせるにも、アタシたちの中間地点って学校だし。」

「それもそうか。」

「もしかして、お姉ちゃんと会いたかった?」

「えっ、いや、そんなことはないけど……。」

「えー、ホントかなぁ?」

 いや、なんですか、その眼は……。もしかして、本気で俺がエミアさんに気があるとか勘違いしているんじゃなかろうな?

「嘘なんて吐かないって。 ただ、アリスと違って、エミアさんは周りに知り合いもいないわけだから、ちょっと心配してたんだよ。」

「あー、アメリスタの印象とか、そういう話?」

「そういうことだ。」

「とりあえず、学校に行ってみないことにはわからないかな。 でも、ありがとうね、心配してくれて。」

「礼なんていいさ。」

「流石はレンだね。 もしかしたら、お姉ちゃんに惚れられちゃうかも?」

「いや、それはないだろ……。」

 エミアさんが俺にねぇ……。うん、想像つかないな。というかあの人、アリス・ファースト的な感じで、恋愛とかとは縁遠そうだもんなぁ。というか、もし万が一そんなことがあったとしても、立場的に無理でしょう。一応、家出をしたとは言えども、仮にもお嬢様であることに間違いはないんだしな。一般庶民たる俺には、遠すぎて手の届かない存在である。

 でも、男としては憧れる者があるのも事実。別に恋愛感情を抱いているとかそう言うのはないけど、エミアさんは滅茶苦茶美人だと思う。それでいて、可愛い一面もあるのだから、あの人の女性としての魅力は計り知れない。

「じゃあさ、もし惚れられたらどうするの?」

「だから、可能性敵にあり得ないだろ……。」

「あはは、何を根拠に行ってるのさ。」

 確かに、「これが根拠だ」とはっきり断言できるような根拠はないかもしれない。

「うーん、言われてみれば確かになぁ……。」

「ほら。 それに、もしもの話なんだしさ。」

「まぁ、それもそうか。 エミアさんがもし仮に俺に気があったら……、そうだなぁ……。 二つ返事、かな。」

「まぁ、そうなるよね。 妹であるアタシから見ても、お姉ちゃんは綺麗だし。 それに、胸も大きいしね。」

「そこは関係なくないか?」

「えっ、でも男って胸好きでしょ?」

 いや、なんだその偏見は。世の男全員が女性の胸がすき、というのはちょっと違う気がする。俺はまぁ、嫌いじゃないが……。

「それ、ただの偏見だからな?」

「うーん、そうなのかぁ。」

「レンくん、お待たせ。」

 なんて感じでアリスとそんな会話を繰り広げていると、不意に声がかかる。振り向くと、そこには小雪が立っていた。

「あ、よっす。」

「おっ、サユキじゃん。 おはよー。」

「う、うん。 おはよう。」

 さっきのこともあって、かなり気まずい。小雪は気にしていないと言っていたので、なるべく面に出さないよう気を付けるつもりではいるが、それでも少しどもってしまう。ダメだ、さっきの光景がフラッシュバックしてきて、小雪の姿を直視できなくなりそうだ。

 だが、俺が平常心でいないと、小雪もさっきのことを引きずってしまうだろう。小雪に恥をかかせるわけにはいかない。

「そんじゃ、とりあえず学校に向かおう。 あんまり時間もないから。」

「あいあーい。」

「うん。」

 ひとまず俺たち三人は、西7寮エントランスを出る。そして、少し速足で沖月の本校舎に向かう。その道中、俺は何とか先ほどのハプニングを記憶から切り離すため、決して表情には出すことなく無言で一人欲望と格闘していた。

「二人はさっき、何の話をしてたの?」

「えっとね、お姉ちゃんの話。 周りに知り合いとかがいないから心配だねって言うのと、もしお姉ちゃんがレンに気があったらどうする?的なことを話してたの。 ねっ、レン。 ……って、あれ? 反応がない。 考え事かな? まぁいっか。」

「レンくんはなんて答えたの?」

「二つ返事でOKだってさ。 お姉ちゃんは美人だし、まぁ仕方ないよね。 アタシ的には納得って感じ。」

「ふーん、そうなんだ。」

「あ、あれ……? サユキ……?」

 つい一人の世界に入り込んでしまっていたため、その場の空気が一変したことに気付くのが遅れてしまった。俺が空気が重くなったことに気づいたときには、小雪に腕をつかまれていた。それも、思ったより強い力で。

「さ、小雪……? どうかしたのか……?」

「別に。 何でもないけど。」

「な、なら……、そんなに強く握らないでほしいんだが……。」

「強くしてるつもりはない。 どうせ、わたしは大人っぽくない、いろいろ小っちゃくて子供っぽい……。」

 何事かをぶつぶつと呟きながら、さらに力が込められていく。そんな小雪の表情は、ただただ真顔で合った。その表情、底知れぬ恐怖感を覚えるのだが……。これ、絶対怒っているよな……?やっぱり、さっき許してくれたのは嘘で、本当は許してくれていないんだろう。いや、それも当然だと思う。事故とはいえ、小雪の着替えを見てしまったのだから、責められるのは当たり前なのだ。だから、この仕返しは甘んじて受けなければならないだろう。覗きを働いた自分自身への罰なのだから。

「そ、その……、マジですみませんでした……。」

「思い当たる節あり!?」

「ま、まぁな……。」

「別にレンくんが謝ることじゃないよ……。 というかわたし、別に怒ってないし……。 だから、謝る意味が分からないな……。」

「「ぜ、絶対怒ってる……。」」

 俺とアリスの震え声が重なる。

「い、一体何したの……!?」

「ま、まぁ、ちょっとな……。」

「何、着替え覗いた? トイレ覗いた? お風呂覗いた? おっぱい揉んじゃった? それとも、パンツぬがしちゃった?」

「いや、なんで全部そっち系なんだよ……。 まぁ、合ってはいるんだけど」

「うわぁ、当たってたんだ……。 事故?」

「はい……。」

「うーん、それなら小雪は許してくれそうだけど……。」

「いや、いくつか許されてはならないのが混じってたぞ……!?」

 よく考えてみたら、どれも許されないわな。なんか、小雪なら許してくれるみたいなこと言っているけど、どれも許されるわけがありません。セクハラ行為は立派な犯罪です。許してはならない。っていうか、俺は軽く犯罪行為を行ってしまったということになる。これは、土下座程度では許してもらえないわな。

「でも、変じゃない? 急にこんな感じになっちゃったんだよ?」

「た、確かに……。」

 未だに呪文じみたことをぶつぶつと呟いている小雪を横目に、俺とアリスは声を潜めて相談中である。なお、俺の腕は未だに小雪の手がとらえている。痛いけど、これも罰と思えばなんてことはない。

 だがまぁ、アリスの言うことも一理ある。今の今まで小雪は特に起こっている様子も見せていなかった。だが、俺が二人から意識を外している間に、突然こんなことになってしまっていた。

「もしかして、俺が無言の間に小雪が俺に話しかけてきてたとかある?」

「いや、特にないよ。 それを言うなら、アタシが話しかけたんだけどね。」

「えっ、マジか。 それはすまなかった。」

「いいよ。 それよりも今はサユキだよ。 さっきさ、お姉ちゃんがどうのこうのって話をしたじゃん? そのことをサユキに話してたんだよ。 そしたらいきなり、あんな感じになっちゃって……。」

 マジでわからん……。エミアさん関連の話のどこに、小雪が怒りを覚える要素があったというんだ……。ま、まさか、胸がでかいとか、そんな余計な話をしたんじゃなかろうな……。だとすると、これはただのとばっちりだぞ?

「でも、なんだろう……。 サユキの雰囲気が、浮気に気付いた彼女みたいな……、なんかそんな感じの反応に見えるんだよね……。」

「なんだそれ。 俺ら、恋人でも何でもないんだけど……。」

「……あぁ、そういうことかぁ……。」

「えっ、なんかわかったのか!?」

「まぁね。 おーい、サユキ。」

「どうしたの、アリスちゃん。」

「耳化して。」

「何かな……?」

 そう言って、小雪は俺の腕から一度手を放し、アリスに耳を近づける。アリスも、小雪の耳に唇を近づけて、周りに聞こえないよう声を潜める。当然、俺にも聞こえてくるはずがない。

 小雪は最初、無表情のままアリスの話を聞いていたが、やがてその瞳が大きく見開かれた。そして、急に俺に頭を下げてきた。

「ご、ごめんなさいっ!」

「え、何が!?」

「そ、その……、痛かったよね……、腕……。」

「い、いや、大丈夫大丈夫。 俺が何か悪いことをしたんだから、怒られて当然だと思うし。」

「そ、その……、わたしの……勘違いなんです……。」

「へ?」

 勘違い、って何がだ?もしかして、本当にさっきの着替えの件で起こっていたわけではなかったのか?

「と、とにかく、ごめんなさい!」

「あ、ああ……、小雪を怒らせるようなことをしてないならよかった。」

「ふっふーん! やっぱり当たってたね。」

「どういうことだ?」

「まぁ、いろいろあるんだよ、女には。」

「は、はぁ……。」

 と、とりあえず一件落着、なのか?よくわからないが、俺は無実だったみたいだ。でも、許されたことへの喜びよりも、より大きな教訓を得た。小雪を怒らせてはならないのだと。

「でも、アリスはよく気付いたな。」

「乙女の洞察力を甘く見ちゃいかんですよ、お兄さん。」

「そういうものなのか。」

 未だに、小雪が何を思って俺を責めていたのかはまったくもってわからない。だからこそアリスの言葉にはなんとなく重みがあるように感じられた。多分、俺が鈍感だとか、そういう話ではないんだと思う。これは別に、言い訳とかではないということは信じてほしい。

「お、お願い、レンくんにはまだ言わないで……。」

「わかってるよ。 ちゃんと自分の口から伝えなね。」

「うん、もう少し時間がかかっちゃうかもだけど、いつかきっと。」

「先に誰かに取られちゃうかも?」

「うぅ、そういうこと言わないでよぉ……。」

 俺の後ろで女子二人がこそこそと話を続けている。聞き耳を立てるのも人としてどうかと思ったので、俺は邪魔することなく二人の前を歩く。そもそも、かなり意識を集中させないと何を話しているのかすら聞こえないと思う。声も小さいうえに、雑踏にまぎれてしまっているからな。

 周りには、俺たちの他にも数人の学生が歩いている。時々、こちら……というか小雪とアリスのことをチラ見してきている。小雪はもともとプリンセスとして有名だから、こんな風に視線を向けられるのも日常茶飯事だ。小雪も慣れているのか、特に気にした様子はない。一方、アリスに対して向けられている視線は、恐らく見知らぬ人間への興味的な何かだろう。そりゃ、今日から転入するわけだから、誰もアリスのことを知らなくて当然なのだが。

 そして、俺に対しては特に何もない。いや、こんなものだろう。むしろ、俺が周囲の視線を集めていたら、それはそれで怖い。まぁ、集められるとしたら、プリンセスこと小雪と一緒に歩いていることに対する他の男たちからの嫉妬の視線くらいなものだろう。が、今はそれもない。

「おっ、あれが校舎?」

「あれは、うちの中等部の校舎だよ。」

「あ、そうなんだ。」

「わたしたち高等部の本校舎はこの奥だね。」

「危ない危ない……。 二人がいなかったら、中等部校舎に入っちゃってたかも。 いやぁ、二人がいてくれて助かったよ。」

「それならよかったよ。」

 後ろで、小雪がアリスに沖月の校舎の説明をしていた。うーん、アリスが中等部にまぎれても、身長的には案外誤魔化せるような気がする。多分、発育のいい中学生って感じで押し切れるんじゃなかろうか。

 なんて、どうでもいいことを考えるのはやめよう。

「ここを左に曲がった先が俺たちの本校舎だ。」

「あっ、ホントだ。 さっきより大きめの校舎が見えた。」

「あっ、ちょっとアリスちゃん!? 待ってよぉ!!」

 アリスと小雪が駆けていってしまう。二人とも、思ったより早い。アリスはわかるが、普段はふんわり系な小雪が走るのが早いことに多少驚く。

「ったく、二人とも子供だな……。」

 なんか、子供を見守っている気分になってきた。

 それはそれとして、俺も急ぐとするか。まぁ、二人のように走るわけではないけど、気持ち歩く足を速めた。

 

 

「そんじゃ、またあとでねー。」

「同じクラスだったらね。」

「そうだったね。 みんなと同じがいいなぁ。」

「わたしも、アリスちゃんと同じクラスになれるといいな。」

「まぁ、それは教員次第だな。 ってことで、またな、アリス。」

 そう言って俺たち二人は、職員室の前でアリスと別れる。俺たちに案内できるのはここまでだ。あとは教員に任せるしかない。

 できれば、アリスはうちのクラスに来てもらいたいものだ。何度も言うが、アリスのフォローを考えると、そっちの方が都合が良いのでな。

「レンくん、腕大丈夫?」

「腕か? 大丈夫だけど……」

「それならいいんだけど。 ホント、ごめんね。」

「いいって。 気にすることじゃないさ。 それより、早く教室に行こう。 HR始まるまで、あと5分ちょいしかない。」

「あ、ホントだ。 急がないとね。」

 やや小走りで階段を上がる。

 俺たちの教室は2階のちょうど二つある階段の中間地点にある。だから、右端・左端にそれぞれある階段のどちらを使おうと、結局遠さは変わらない。地味に一番面倒な場所にある。

 俺と小雪は速足のまま教室に入る。

 見ると、教室内の人口密度は結構高めだった。まぁ、それも当然といえば当然か。こんなギリギリの時間に来る学生なんてそう多くはないだろう。

「さて、空いている席は……と。 そりゃ、いつもの場所だわな。」

 うちの学校は、特に指定席が設けられているわけではない。そのため、学生は毎日自由に席を変えることができる。とはいえ、基本的にどの学生も一度席を決めたら、それ以降はその席にしか座らない。毎日のように席を変える学生なんて少数だ。

 俺は、いつも一番後ろの真ん中あたりに座っている。決して、窓際族にはならない。日中、陽があたって暑くて勉学に集中できないからな。ここ、一応日本列島から南にちょっと下ったところにある離島だから。少し暑いんです。

「あ、レンくんの両隣も空いてるね。 それじゃあ、わたしここにしようかな。」

 そう言うと小雪は、俺の一つ右側の席に腰を下ろした。小雪は普段、どこに座っていただろうか。あまり気にしたことがなかったので、よく覚えていない。いちいちクラスメイトの席をそれぞれ覚えたりはしない。いやまぁ、覚えようとしても俺はそう言うのは苦手だから、どっちみち覚えられないと思うけど。

「いつものところじゃなくていいのか?」

「拘りはないからね。」

「それもそうか。」

 短くそう返すと、俺は鞄の中から一限目の授業で使うテキストを引っ張り出す。本日の一限目は戦闘理論だ。リージェリスト育成のための専門学校らしい、独自の教科だ。というか、この科目は完全に戦争準備のためのものだろう。あまり進んで学びたいとは思えないが、カリキュラム上必修なので、一応真面目に授業は受ける。

「あら、お二人ともいらしたんですね。 おはようございます。」

「あっ、未来ちゃん。 おはよう。」

「おはよう、未来。」

 教室の後ろ扉から入ってきた未来に声をかけられる俺と小雪。見当たらないと思っていたが、どうやら教室外にいたようだ。

「今来たところですか? お二人にしてはずいぶん遅いように思うのですが、何かあったんでしょうか?」

「いや、ちょっと寝坊したってのと、アリスを職員室まで送ってから来たってだけだよ。 だから、そんなに心配しないでくれ。」

「ならいいのですが。」

 と、そこでチャイムが鳴る。

「っと、そろそろ席に戻らないと。 ではお二人とも、後程。」

「うん、またね。」

「また。」

 一礼すると、未来は自分の席に戻っていく。未来の席は、七列あるうちの右から二列目、前から三個目の席だ。つまり、小雪が今座っている席の五つ前の席である。俺の席からだと、前を向いているだけでちらっと視界に入ってくる。先週金曜日の自習時間の際、未来の姿をはっきり視認できたのはそう言うことである。ジロジロ見たいわけでもないので、すぐに視線を逸らす。

 それから少しすると、ようやくうちのクラスの担任教師が教室に入ってくる。担任とはいえ、特別うちのクラスに関与するわけでもないんだけどな。形上の担任というわけだ。

「点呼をとります。」

 短くそう言って、一人ずつ名前を呼んでいく担任教師。立ち居振る舞いや口調からも、かなり真面目な人であるということがよくわかる。教員は全員、RSO所属の人ばかりだ。教員免許はちゃんと持っているらしいが、どのようにして取得したのかはわからない。オーディナルと同じ環境で教職課程を学修したとも考えづらい。そもそも、そんなのはオーディナルが受け入れないだろう。

 なんて考えていると、どうやら点呼は終わったらしい。名前を呼ばれたらテキトーに返事をするだけなので、すぐに終わるのも当然だが。

「今日は連絡が一点。」

 いつもは連絡事項などない。ということはつまり……

「レンくんレンくん、これって、そういうことだよね?」

 隣から小声で小雪が尋ねてくる。

 俺は静かに頷き、教員の次の言葉を待つ。

「イギリスの訓練学校から転入生が来ました。 どうぞ、教室に入ってきてください。」

 担任の言葉の後、教室の扉が勢いよく開かれる。そして、そこから跳ねるようにして現れたのは、俺たちの予想していた通りの人物だった。俺はほっと胸をなでおろし、彼女の様子を見守る。

 そして、教壇に立った彼女はこちらに向き直る。そして、俺・小雪・未来の姿を見つけて、心底安心したように表情を和らげた。

「では、自己紹介をお願いできますか?」

「はい。」

 それから、一呼吸おいて、

「初めまして。 イギリスから来ました、アリスと言います。 どうぞよろしく!」

 元気よく、しかし何か足りない自己紹介をして見せた。いや、何が足りないのかは明白なんだけどな。



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