『手足をもがれても相手から目を離すな』
何度この言葉を言われたことだろうか。訓練所時代、先生はしつこいくらいにこの言葉を俺達に言い続けた。ハンターへとなってからもう長い。先生がなぜこれほどまでにこの事を重要視していたのかを嫌というほどに実感してきた。先生から学んできたことは数多く、もはや覚えていないものもあるだろう。しかし、最初の挨拶の時に言われてから幾度どなく言われ続けたこの言葉だけは一度どして忘れることはなかった。
「手足をもがれても相手から目を離すな」
俺は自分に言い聞かせるように呟くと、そばでこちらを見ているオトモへと目配せをした。
今までずっと助け合ってきた仲だ。今更言葉など必要ではなく、オトモも深く頷いた。
俺はもう一度オトモに向かい笑いかけると“奴”へ向けて剣を構え直した......
..............................
「う......!りゅう!!いつまで寝てるの、早く起きなさい!!」
いつも通りの朝のこと。母さんの声でもが覚めた僕は、まだ眠たい目をこすりながらも食卓へと向かう。部屋に入ると母さんの作ったトーストの香ばしい匂いとコーヒーのほろ苦い香りが僕を迎えた。
「お兄ちゃん遅い!今日は出かけるから早く起きるって言ってたじゃない!」
「あぁ、そうだった。今何時?」
妹の《さき》に言われて僕は思い出した。
今日は僕の18歳の誕生日。今までバイトを頑張って訓練所に通ってきたのもこのためだ。
今日僕は街のギルドへ行く。そして、いよいよ『ハンター』としての生活を新しくスタートさせるのだ。
「りゅう、あなた初日からこんな感じで本当に大丈夫なの?ハンターは危険な職業なのよ?やっぱりもう少し様子を見てからでも良いんじゃないかしら......」
僕がトーストに噛り付いていると、母さんはとても心配そうにハンターになるのを考え直すように話しかけてきた。まぁ、無理もないだろう。父さんは狩りの途中で行方不明になっているのだ。
ギルドに所属する特殊部隊が行った後日調査で見つかったのは、父さんの愛用していたハンターナイフ(倒した獲物の素材を手に入れるナイフ)と狩人手帳(ハンターの愛用する日記のようなもの)だけであった。
「大丈夫だよ母さん。僕ももう立派な大人だ。自分の身くらい自分で守れるさ。それに、僕は知りたいんだ。父さんがどこに行ってしまったのか、今どこで何をしているのか」
「ママも諦めなって。お兄ちゃん、こうなったらどうしようもないってママが一番知ってるでしょ?それに、お兄ちゃんはまだパパのこと諦めてないから」
さきの言う通りだ。僕はまだお父さんが生きていると信じている。
いや、本当はもう理解はしているのだろう、自分がそれを信じたくないだけだ。
――父さんの記憶は僕には小さい時のものしかない。
ハンターだった父さんがうちへ帰ってくるのは不定期で。家にいる時間もそんなに長くはなかった。小さい頃の僕達はそれを理解こそしていたが、やはり寂しくもあったのだろう。
母さんに「どうしてお父さんは全然帰ってきてくれないの?」なんて聞いて困らせたこともあった。でも、父さんはいつでも僕たち家族のことを第一に考えてくれていた。
帰ってくるときはいつも面白いお土産を持って帰ってきてくれたし、家にいるときはどんなに疲れていても僕達と遊んでくれたのだ。それだけじゃない。父さんは街の中でも顔が広く、人気者であった。悩み事があればそれを聞き、困っている人がいれば真っ先に自分が助けに行く、そんな人だった。
だからこそ、僕達兄妹もそんな父さんが大好きだった。他のどのお父さんよりも格好いいと思っていたし、毎日誰かのために頑張る姿は僕たちの誇りであった。
僕の記憶に残る父さんはこんな感じだ。
だからこそ父さんは生きていて、どこかで誰かのために頑張っているんじゃないかと思うのだ。
またそのうち「ただいま。帰るのが遅くなったな」とか言いながら帰ってくるのではないかと思うのだ。
「母さんは......母さんは父さんのこと、信じていないの?」
最低だ。
僕は行った後に自分でそう思った。今母さんにこんなことを聞くのは卑怯だと思う。
こんな事を言えば母さんは何も言えなくなるに決まっているのだ。
それを分かっていても、未だに僕がハンターになるのを止めさせようとする母さんについ口を滑らせてしまった。誰よりも辛いのは母さんのはずなのに。
「それは......そういうわけじゃ......」
ほら、母さんは暗い顔で俯いてしまった。
ギルド職員が父さんの私物を届けに来た時と同じ顔だ。もう、二度とそんな顔はさせないと自分でも誓っていたはずだったのに。
「ほ、ほら。僕も訓練所でずっと鍛錬してきたことだし、さっさと有名なハンターになってみせるよ。そうしたらうちでも贅沢し放題だよ」
「お兄ちゃんがそんなのって無理に決まってるじゃん。せいぜい少しマシになるくらいだよ」
「そんなこと言うなよ!僕だってやればできるはずだからね?」
「えー、本当かなぁ」
僕がさっきまでの暗い空気を吹き飛ばすためにわざと明るくふざけたように言うと、さきもすぐにそれを察しておちゃらけた様に返してくれる。こういうところ、さきの長所だと僕は思う。いつも、まるで心が読めているのではないかと思うくらいに心に寄り添ってくれる。寂しい時はそばにいてくれるし、嬉しい時は喜びを分かち合ってくれる。
僕は再び顔を引き締めると母さんの方に向き直り言った。
「......だからさ、母さん。僕は大丈夫だから。何があっても帰ってくるから」
「りゅう......。はぁ、わかったわ」
母さんは半ば諦めたように、だけどいつものようにやさしく微笑んで頷いてくれた。
そこにさっきまでの暗い影はもうない、と言えば嘘になるだろう。やっぱり心配で、不安でいっぱいに違いない。だから。だからこそ、僕は絶対に帰ってこなければならない。この、母と妹の待つ家に、僕のお世話になってきたこの空間に。
いつの間にかトーストは食べ終えていて、母さんの入れてくれたコーヒーはすっかり冷めていた。
僕は「ありがとう」と呟くと、冷たくなったコーヒーを一気に流し込んだ。
午前中には出発しようと思っていた僕だったが、準備などに手間取って結局昼過ぎの出発になってしまった。母さんは僕が準備している間もずっと「身体には気を付けなさい」「安全を第一にね」「事前確認は絶対に怠らないこと」などと僕を心配してくれていた。
最後に父さんのものだったハンターナイフを持ち、新しく用意した狩人手帳をカバンにしまって僕は家から一歩を踏み出した。母さんとさきは僕の姿が見えなくなるまで、見送り続けてくれていた。
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碧狼の住処
第一話 出発と出会い
家を出発してから十数分。僕はギルド集会所の門の前へと来ていた。中からは他のハンターたちと思われる声が騒がしく聞こえてくる。そのあまりの騒々しさに僕は一瞬門を開けるのを躊躇ったが「よし!」と自分に喝を入れると勢いよく門を開けた。
「おぉ......これがギルド......」
門を開けた瞬間に飛び込んできたのはあちこちから響き渡る笑い声と充満する酒と肉の香り。
新しく入ってきた僕をちらりと見る人もいたが、すぐに自分の話へと戻っていく。
とりあえずは、ハンターとしての登録を済ませなければならない。僕は、ギルドカウンターの方へと向かった。
「はいこちらギルドカウンターです。ご用件はなんでしょうか?」
僕を迎えてくれたのはギルドの受付嬢だった。ハンター登録の受付をしたいと申し出ると、すぐに「かしこまりました。では、こちらの方へどうぞ」とカウンター裏の部屋へと通してくれた。
通された部屋に入ると、膨大な書類の山を整理している人や、忙しそうに手紙を書いている人など色々な人が働いているのが見えた。カウンターの受付嬢が裏で仕事をしていた一人に声をかけ、少し話をすると僕は室内の一角にあった応接室のような場所に案内された。
「こんにちは、初めまして。新規ハンター受付を担当している、ルカと申します。聞いたところではハンター登録をしたいということですが、書類の方はお持ちでしょうか?」
「初めまして、りゅうと言います。書類も全部持ってきています」
ハンターはいつ命を落とすかわからない危険な職業。いくら全て自己責任で行う職業であるとはいえ、その職に就くには正式な手続きが必要になる。
僕は事前に用意していた書類をルカさんに手渡すと、ルカさんは書類に目を通して言った。
「なるほど......はい。書類に不備はありませんね。これならすぐにハンターカードも発行できそうです。説明は必要でしょうか?」
「あ、はい。お願いします」
一応訓練所で色々勉強してきたとはいえ、聞いておいて損はないだろう。もしかしたら知らないこともあるかもしれないし。
「分かりました。ではまずハンターカードについての説明からしますね。
ハンターカードには、ハンターの受けることができるクエストのレベルの目安になるハンターランク、主にどの武器種を使用しているかといった軽い自己紹介欄。
そして、もし不慮の事故でも身元が分からない状況にならないように写真を貼っていただいております。ハンターカードには本人が所持するオリジナルカードと、他のハンターとの交流に使用するコピーカードがあります。いつ必要になるのかわからないので常に複数枚所持していることをお勧めしますよ」
「なるほど、オリジナルの方にはコピーと何か違うところがあるんですか?」
「ええ。オリジナルには本人と証明できるようにギルドから正式な印が押されます。くれぐれも無くしたりしないようにお願いしますね。
では、続いてクエストレベルについて説明します。
クエストには大きく分けると二つありまして、ギルドの大本営からそれぞれの集会所に向けて正式に発行される集会所クエストと、それぞれのギルドの所属する村の民などから村長を通じて申請される村クエストがあります。
どちらもそれほど違いはないのですが、村クエストでは手に負えないクエストや、長く解決するハンターが現れなかったクエストがギルドに集まってくるシステムの構造上、集会所クエストは村クエストよりも危険なものが多くなる傾向にあります。
最初は村クエストを中心に活動していただいて、腕を磨いていくと良いかと思います。
そして、集会所や村でのクエストを行っていくうちにその功績を称え、腕の上達を認められる時が来るかと思います。その時、緊急クエストという名でワンランク上のクエストを集会所ではご用意しております。そのクエストを見事クリアされた暁にはハンターランクが一つ上がり、さらに上のレベルのクエストに挑戦することが可能となります」
「分かりました。報酬金などはどのように計算するのですか?」
「まず、クエストを受けていただく際に前金として契約金をいただいております。
でも安心してください。クリアされた際には全額返金されますので。
報酬金についてですが、報酬金はまず最初に大きく三つに分けられます。
もしハンターの皆様が生死を分ける状況に陥った時、ギルドの本営からそれぞれの狩場へ派遣されているアイルーがベースキャンプ地まで送り届けてくれます。その際に、報酬金の三割が支払われます。
ですので、報酬金の残りが0になった時、クエストは失敗とみなされてハンターは強制帰還させられます。くれぐれもご注意ください。」
「心に刻みつけておきます」
その後、これから住むことになる村の紹介と部屋の紹介、最初に支給されている装備などの説明などを受けて、僕はようやくハンターへのスタートを切った。
初期装備として支給されたユクモノシリーズを身に着けると、ハンターになったという実感がふつふつ湧いてくるとともにいよいよだという緊張が出てきた。訓練所時代にどの武器種も扱えるように練習はしていたが、その中でも特に得意な武器種であった太刀を背中に背負い、僕はその村へと向かうために乗る馬車へ向かうとともにある場所へ立ち寄ったのだった。
「おやぁ、初めて見る顔だねぇ。オトモをお探しかい?」
そう、狩りの手助けをしてくれる獣人族、通称オトモアイルーとの契約に来たのだ。
一人での狩りでは何が致命傷になるかわからない。その危険を減らすうえでも、オトモの存在は僕にとってとても重要と言えるものだ。
「はい。誰か僕と一緒に頑張ってくれる子を探しているのですが」
僕がそう言うと、オトモ仲介屋のおばぁちゃん(ねこばぁ)は僕を観察し始めた。
「ふむふむ......そうやねぇ、お前さんにはこの子がぴったりやと思うよ」
しばらく観察した後に僕の前に連れてこられたのは一匹の透き通るような白い毛をしたアイルーだった。
「お前さん新人じゃろう?この子はわけあって前の主人との契約が解消されてしまった子でなぁ。
きっとお前さんを助けてくれる存在になってくれるじゃろうよ」
僕は、それを聞くとしゃがんでアイルーの顔を見て言った。
「初めまして、僕の名前はりゅう。これから、僕のオトモアイルーとして手伝ってくれないかな?」
アイルーはしばらく僕の顔を見ていたが、「にゃ!」と力強く頷いてくれた。
これが、僕とオトモの最初の出会いだった。
無事にオトモとの契約を果たした僕は、その後すぐに馬車へと乗り込んで街を出発した。
ガーグァという鳥を大きくしたような姿のモンスターが引く馬車に揺られながら、僕はさっきねこばぁから渡されたものを眺めていた。
「ねぇ、きみ。これって何?」
「にゃぁ」
ねこばぁ曰く、このオトモがねこばぁのもとに来た時には既に持っていたものらしい。
この少し欠けた石のようなものが入ったネックレスには、運気を少し良くする効果があるとか、対になるものと合わせるととても良い効果を発揮するとかいうものらしいのだが......
一体本当のことなのかはわからないが、このオトモの大切なものだというので受け取っておいたのだった。僕はオトモの首元、防具の内側に来るようにネックレスを付けてあげると、馬車の横を流れる景色に目を向けた。
少しずつ遠くなっていく生まれ故郷に名残惜しさを感じながらも僕の心は期待であふれていた。
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第二話 雷雨の中で
馬車に揺られること数時間、辺りの風景は街を出たばかりの頃とはかなり変わっていた。既に人の住んでいる気配は無くなり、舗装されていない山道がガタゴトと馬車を揺らしていた。
「......君の呼び方のことなんだけど」
「?」
馬車に揺られながら、僕はそうオトモに切り出した。
実は、オトモの名前はもう決めてある。僕がハンターになると決めた日からずっと考え続けてきた名前だ。
「君のこと、これから“もとき”って呼んでもいいかな?」
「にゃ......?」
「あー、うん。わかるよ。他の人がオトモにつける名前とは少し違うよね」
「にゃ」
「君は僕のオトモだ。でも、僕はオトモである前に相棒でありたいと考えているんだ。だから、もとき。変かな......?」
オトモ《もとき》はまっすぐこっちを見ると「にゃ!」と首を横に振った。
「ありがとう、もとき。これからもよろしくね。ん......雨?」
山道もちょうど折り返し、下り坂になってきたところで安定していた天候がいきなり崩れた。風は強く吹き始め、最初はポツポツとだった雨もすぐに雷雨へと変わってしまった。装備のおかげで視界はまだいいが、全身がびしょびしょになってしまい少し気持ちが悪い。あとどれくらいで村へ着くのかを聞きたいものだが、馬車を引いているのは獣人族で返事を期待できそうにもないし......。早く村につくことを祈りながら、笠の下から覗いた空は雲が渦巻くように不気味にうねっていた。
「あれは......?」
ふと、うねっている雲の中心に影を見た気がした。嵐の中を泳いでいるように見えたが......。そんな存在を僕は今までに聞いたことがない。僕はもっと「それ」の様子を観察していたかったが、状況がそれを許さなかった。
『アオォォォォォォォォン!!!』
雷雨の中に狼のような鳴き声が響き渡った。急いで前を見ると、青く光る狼がそこには居た。こっちには目もむけずに雷雲の中心を睨むその様子はとても力強くて、目を引き寄せられた。一気に横を通り過ぎるつもりなのか、馬車がスピードを上げる。近づいていくにつれて、青狼の姿も鮮明に浮かび上がってくる。青く光っているのはどうやら青狼ではなくその付近らしい。このピリピリする感じは......電気?
「うわっ!?」
そこまで考えたところで、僕は一瞬視界が真っ青になるとともに静電気のようなものを感じた。その次の瞬間、馬車が急に方向を変えて僕は荷台から投げ出された。ガーグァが静電気に驚いたのだ。僕は急いで馬車を引いていた獣人族に呼びかけるが、暴走したガーグァを制御するので精一杯なのか気づく様子もない。しかも、運の悪いことに投げ出された場所は青狼の体のすぐ下。いくら僕に関心を持っていないとはいえ、踏みつぶされただけでも大けがじゃすまないだろう。ぶっちゃけて言うと、もう体が強張ってしまって一歩も動けない。が、ここで動かなければそれこそ待っているのは死であろう。そして、これから先こんな状況は何回も来るはずなのだ、ここで止まる訳にはいかない。
「くそっ!」
僕は覚悟を決め、動き出した。体に力を入れて一気に足元から抜け出す。崖の下を見ると、ちょうど折り返してきた馬車が爆走してきている。考えている暇はない、僕は崖から荷台へと向かって飛び降りた。
空は青く澄み渡り、葉からは雫がしたたり落ちている。視界には紅葉が広がり、どこからか小鳥の声も聞こえてくる。そんなのどかなところにその村はあった。聞いていた通りの温泉街らしく、硫黄の臭いがほんのり漂い、村人の活気があふれている。僕は馬車の操縦者の獣人族にお礼を言うと、荷台から降りた。
「さぁ、もとき。ここが今日から暮らすことになる村だよ」
「にゃ!」
「とりあえず......村長さんのところに行くか」
村長さんへの挨拶を済ませ、簡単に村所属ハンターの登録を済ませると僕は案内された自宅のベッドに倒れ込んだ。ふかふかの布団に寝っ転がりながら僕は道中で見た光景を思い出す。村長さんによると、僕が見た青狼の名は雷狼竜《ジンオウガ》というらしい。雷雲の中心にいた何かの方も聞きたかったが、その話を聞いた村長さんは「まさか......」と言った後、すみませんがちょっと席を外しますね、とギルドの方へと入ってしまった。
結局、雷雲にいた方は何なのかわからなかったが、雷狼竜の方は少しわかった。雷光虫という虫を集めて電気を作り出し、それを使って攻撃してくるらしい。今思えば、あの時ほのかに青く光っていたのはそういうことだったのか......。今ではまだまともに闘うことすら難しいと思うが、いつか必ずその時が来るのだろう。その時僕は果たして......。
「にゃー」
そんなことを考えながらゴロゴロとベッドの上を転がっていると、もときが桶を持って寄ってきた。
そういえば、この村は温泉が有名なんだっけ。僕はよし、とベッドから飛び起きると桶に風呂道具を入れると、ギルドへと続く暖簾をくぐった。
ギルドは基本的にどの村にもある。が、その見た目や特色はその村々で様々だ。この村のギルドはなんと集会所内に温泉が引いてあるのだ。湯上りの牛乳から入りながらのお酒ももちろん楽しめるという豪華仕様。さらに言うと、入浴料は無料という嬉しい料金設定。
湯につかった瞬間、体の底から疲れが抜けていくような感覚に包まれた。少し暑いくらいの湯加減のお湯は疲れや緊張、悩みまでをもほぐしてくれるように感じる。もときも、気持ちよさそうにぷかぷかと浮いている。
「ねぇ、もとき。早速明日からクエスト受けてみようかな。最初は簡単なものから始めていこうね」
もときが、僕がこの先のハンター生活ができるのか悩んでいるのに気が付いていたのかはわからないが感謝をしなくてはならないな......。僕がもときの頭を軽くなでると、もときは気持ちよさそうに目を細めていた。
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第三話 祠に住まうもの
温泉で体も心も癒した次の日のこと、僕はさっそく村長のもとを訪れていた。その理由はというと......
「はい、登録完了ですよ」
「ありがとうございます、それでは行ってきます」
「お気をつけて」
もちろん、クエストを受注するためだ。
今回僕が受注したのは村近くにある渓流でのハチミツ採取。最近流行している風邪の薬を作るのにロイヤルハニーという少し特別なハチミツが必要らしい。聞いたところによると、ロイヤルハニーとはハチミツの中でも特に貴重なもので女王蜂のみが口にすることを許されるとても栄養価の高いものなのだそうだ。今回のクエスト内容はそのロイヤルハニーを小瓶五つ分集めて納品することだ。制限時間はベースキャンプ到着から五日間。まぁ、内容からも分かる通り低ランクハンター用の簡単なクエストだ。特に危険な大型モンスターも確認されていないところでの採取になるから練習にはうってつけだろう。
僕は部屋に戻ると装備を装着しながら、部屋で留守番をしていてもらったもときに声をかけた。
「もとき、クエストを受注してきたよ。初めてのクエストは渓流でロイヤルハニー五つの納品だ」
「にゃぁ」
「いよいよこの時が来たんだ。引き締めていこうね」
「にゃ!」
僕たちは荷物を整えると、雑貨屋へ寄って回復用のアイテムなどを購入し、門の外で待っていた馬車へと乗り込んで渓流へと向かった。
馬車に揺られること一時間弱、僕たちは活動の拠点となるベースキャンプへと到着した。訓練所で教えてもらっていた通り、ベースキャンプにはベッドとテント、支給品BOXや納品BOXが置かれていた。
「ええと、確か青い方が支給品BOXで赤い方が納品BOXだったよな......。おぉ、あったあった」
僕が支給品BOXを開けてみると、中には渓流の地図と応急薬、携帯食料などが入っていた。
それらをポーチにしまい、僕たちは渓流へと足を踏み入れた。
ベースキャンプから続く細道を抜けると、そこには人の手のついていないとても綺麗な景色が広がっていた。
流れている小川では水分補給を行っているのかガーグァの群れが集まっており、水際に生えている植物の花や倒木には色々な虫が集まっている。訓練所では、こういう虫などを集めて狩りの道具へと利用することもあると教わったが、今は虫網を持ってきていないのでスルーで良いだろう。そもそも、今回の目的はロイヤルハニーであって虫ではない。僕は集まっている虫を横目に岩場へ向かう上り坂を進んだ。
「......あれがジャギィとジャギィノスか」
渓流の景色を横目に通る岩道の崖。そこには、この場所を縄張りとしているのであろう二種類の肉食獣が群れを成していた。雄特有の扇形をした耳を持つジャギィ、そしてジャギィの一回り二回り大きい雌のジャギィノスだ。奴らは小型の鳥竜種に分類されている。小型といえども奴らも立派なモンスター、鋭い爪や牙を喰らえばただじゃすまないだろう。できれば見つからないようにやり過ごしたいものだが......
「まぁ、無理だよなぁ......」
崖道は狭く、気づかれずに通るというのは不可能に近いだろう。ここは正面から突破するほかなさそうだ。僕は背中に担いでいる『ユクモノ太刀』の柄へ手を伸ばすと、自分の手が震えていることに気が付いた。「大丈夫、村に来る途中も切り抜けられたじゃないか。僕ならやれる、大丈夫」と自分を鼓舞し、気持ちを落ち着かせる。手の震えが収まってきたのを確認して、突入のために足へ力を入れた。
「にゃ!」
いざ突入する、といったところでもときに袖を引かれて止められた。なんだろう、と見てみると手には丸い爆弾のようなものを持っている。僕が立ち止まっている間ごそごそしていると思ったらそれを作っていたのか。もときに、それは一体何かと問う前にもときはジャギィ達の群れの真ん中へ向けてそれを放り投げると共に僕の顔へ飛びつき視界をふさいだ。視界をふさがれる前、最後に見たのは突然縄張りへ放り込まれた丸い異物へ注目するジャギィ達の姿であった。
カッ
突然、真っ暗だった視界が白く光った。それと共にもときが僕の顔から離れる。もときのおかげで僕は平気だったが、ジャギィ達は突然の光に視界を奪われて混乱している。そこでようやく、僕はもときが作っていた物が閃光玉であったことに気が付いた。
「一体いつの間に......」「にゃ!!」
いつの間に素材を集めていたんだ?と聞こうとしたが、それはもときに遮られた。そうだよな、今はここを抜けることが最優先。奴らの視界が戻る前に一気にここを抜けてしまおう。僕は岩陰から飛び出ると群れのど真ん中を突っ走る。ジャギィ達は視界も戻らないまま、野生の勘なのか縄張りに侵入してきた私へ向かって攻撃を仕掛けてくるが見えていない分その攻撃はかわしやすい。こうして僕ともときは上手く崖道を切り抜けたのだった。
岩の陰から続く細道を進むこと数分、崖の上にかかっている吊り橋を恐る恐る渡るとその先には壊れた祠のようなものとそこへ巣を作っているのであろう、蜂が集まっているのが目に入った。周囲を警戒してみるが、いるのはケルビと呼ばれる鹿のような姿の草食獣だけで、危険は特になさそうだ。草を食むケルビ達を横目に僕は蜂の巣へと近づき、無事にロイヤルハニーを採取した。
「これ、他のと違って色が濃いな。うわ、なにこれ凄く甘い!?......あれ?」
ロイヤルハニーを採取して振り返ると、さっきまでいたケルビ達が一匹も居なくなっている。さらに、鳥の声も聞こえなくなっており、聞こえてくるのは風と木々が揺れる音だけ。僕は嫌な予感を感じて、額に冷や汗を流した。早足で吊り橋の方へ戻りながらもときへと話しかける。
「ね、ねぇもとき。一回キャンプに帰ろう。嫌な予感がする」
『ホギャァァァァァァ!!!』
「!?」
突如けたたましい叫び声が静寂を切り裂いた。すぐに振りかえるが姿が見えない。ドクドクと自分の鼓動の音だけが聞こえてくる中、神経を研ぎ澄ませているとさっきまで僕等がいた場所、壊れた祠のそのまた奥で紅に光るものが横切るのを一瞬見た気がした。
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第四話 襲い来る死
痛い、痛い、痛い。腕が折れている。早くキャンプに戻らないと......。いつあいつが追ってくるかもわからない。僕は辛うじて動く左手で救難届の証としてギルドから支給されている赤い信煙弾を打ち上げた。
『ホギャァァァァァァ!!!』という咆哮の後、一瞬だけ見えた紅に光るもの。僕は訳も分からないままその場に立ち尽くしながら、《それ》が何であるかを見極めようとしていた。
「大丈夫、危険な大型モンスターは確認されていなかったはず......きっと鳥か何かだ......」
そう自分に言い聞かせながらも、今何かイレギュラーなことが起きているということは僕自身が一番よくわかっていた。自分を落ち着かせるように背中の太刀へ触れながらも視線はまっすぐ祠の方へ。村へ来たときのあの経験が生きているのだろう、怖くはあったが不思議と冷静に考えることができていた。どれくらいの時間が過ぎたのだろう、或いは自分がそう感じていただけで実際は数秒しか経っていなかったのかもしれない。あの咆哮以来動きの無い、奴に対して僕は油断をしてしまった。それが今回の狩りの、最初で最大のミスであった。
(今なら、逃げられるか?吊り橋の先は狭い岩場だ。大型のモンスターは入ってこれないはずだ)
「走れもとき!」
僕はもときにそう言いながら一気に吊り橋を駆け抜けるべく、後ろを向いて走り始めた。.....幼いころに聞いたことがある。捕食者の中には獲物が背中を見せた時にだけ襲い掛かる狡猾な奴もいると。奴はその類だったのだろう。最初に咆哮を上げて獲物の冷静さを失わせ、逃げようと背中を見せた瞬間に襲い掛かる随分と賢い捕食者だ。
ヒュルルッ
風を切り裂くような鋭く素早い音が背後から聞こえた。と、共に僕はもときに背後から飛び付かれ、吊り橋の上で前のめりに倒れ込んだ。ドドドッと、目の前に鈍く光る黒い棘が突き刺さる。もときに倒されていなかったら今頃あの棘に身体を貫かれていたのだろう。もときに感謝する間もなく、背後からは奴の跳び寄ってくる足音が聞こえてくる。「早く逃げねば」起き上がる前に、棘の刺さった部分から吊り橋が崩れて僕は崖下へ投げ出された。
吊り橋の下が川で助かった。川の流れで全身を揉みくちゃにされて利き腕を折ってしまったが、命があるだけまだマシだ。横を見るともときが心配そうにこちらを覗き込んでいる。良かった、もときに怪我はなさそうだ。
「ありがとうもとき、また君のおかげで助かったよ」
安心させるように頭をなでながら、僕はできるだけ明るい声を出す。もときにもそれが空元気だとわかっているのか、「にゃぁ......」と悲しそうな声を出した。ひとまず、まだポーチに入っていた応急薬を飲んで体力の回復に努めながらこの後のことを考える。まずは、ベースキャンプへと帰らなくてはいけないだろう。あそこなら小型含めモンスターの入ってこれない場所に設置されているから安全なはずだ。少し回復した体力を振り絞りながら立ち上がろうとするも、足が震えてうまく動けない。こういう時には派遣されているアイルーが助けてくれるはずだが......本当に命の危機が迫っているときにしか助けに来ないのか?例えば、大型モンスターの前で気を失うとか......。いや、今はそんなことどうでもいい。逃げるのが先決だ。確かギルドから支給されていたあれが......
「あった。これだ」
赤い信煙弾。緊急事態に陥り、自分だけでは解決できないという状況になった場合にのみ使用が許されるという、救援要請を出すためのものだ。僕は震える左手を使ってそれを打ち上げる。これで救援要請は出せたはずだ。それと同時に奴に自分の居場所を教えたことになるが......。そうこうしながら座り込んでいるうちに応急薬の効果が出てきたのか、だいぶ動きやすくなってきた。もう一瓶応急薬を飲み、携帯食料を噛み砕く。
「さ、行くよ、もとき。ここから逃げなくちゃ」
まだ心配そうにこちらを見上げるもときに笑いかけながら僕は立ち上がる。うん、大丈夫。腕はまだかなり痛むが動けないほどではない。応急薬の効果ってすごいな......。ポーチの中からマップを取り出して周囲の景色と落ちた場所、川の流れから大体の現在地に目星を付ける。
「開けた場所よりも一回森の中を経由して遠回りした方が安全そうだな......」
現在地からベースキャンプへのルートを大まかに決めてマップをポーチにしまう。道中の敵も今のこの状態だとまともに相手をできるわけがない。とにかく隠れて、逃げて、ベースキャンプへと帰るのだ。
「嘘でしょ......?」
ふと僕たちを影が覆った。空を見上げると、漆黒の体毛で全身を包まれている飛竜種。父さんの狩人手帳にも書いてあった、迅竜《ナルガクルガ》。奴の姿がそこにはあった。
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第五話 死闘の果てに
「嘘でしょ......?」
ふと僕たちを影が覆った。空を見上げると、漆黒の体毛で全身を包まれている飛竜種。父さんの狩人手帳にも書いてあった、迅竜《ナルガクルガ》。奴の姿がそこにはあった......
ナルガクルガがしっかりと僕のことを見据えたのが分かった。大丈夫、モンスターは着地に少し時間がかかる。まだ逃げる時間はある......!僕は、マップを見て決めたルートの方へ走り出し、もときもそれに続いた。今度はさっきのようなミスはしない。僕は逃げながらも背後を確認し、敵の姿を見失わないようにする。そんな中僕が見たのは信じられない光景だった。
「なっ......!?早すぎる!!」
ものすごい勢いでナルガクルガが急降下して来たのだ。羽ばたくのをやめて重力に身を任せ、強靭な腕と皮膜を着地する直前だけ広げて衝撃を殺す。音もあまり立てずに着地するその姿は、まさに隠れて狩りをする者にふさわしいものだった。ナルガクルガが着地した今、迂闊に背中を向けることは得策ではないだろう。さっきのように棘が飛んでくるに違いない。僕は左手で太刀の柄を掴みながらナルガクルガの方へ向き直った。紅く煌々と光るその両眼からは確たる殺意が感じられる。軽く息を吐きながら僕のことを睨むその姿は、餓えた獣のそれだった。先ほど僕のことを仕留めそこなったのだ。きっと、次からの攻撃は容赦なく確実に僕のことを殺しに来るだろう。一瞬の隙も油断も許されない。対するナルガクルガの方も、僕が武器を持っているのが分かるのか攻撃をするタイミングを伺っているようだった。
(チャンスは状況が膠着している今しかない!)
まだナルガクルガは僕の実力が分からずに出方を伺っている。つまり、僕のことを警戒しているのだ。これがただの餌だと認識されたが最後、僕が何をしようと怯まず攻撃を仕掛けてくるだろう。まだナルガクルガが警戒している今、そこに逃げる隙がある。
(だけど、どうすればこの状況を打破できる!?)
考えろ、考えるんだ僕。今持っている物で何ができる......!?こうして考えている間にもナルガクルガはじりじりと距離を詰め、僕もそれに合わせて後ずさりしている。僕が何の抵抗手段も持たない只の餌だと認定されるのにも、もうそんなに時間はいらないだろう。そんな中ふと、背中に固いものが当たった。後ずさっているうちに、とうとう木までたどり着いてしまったらしい。僕は緊迫した状況の中一つだけ、この状況を打破できるのかもわからない策を思いついた。
「......はは、やるしかないよな」
成功するかわからない。そもそも成功してもその後どうすればいいかもわからない。ただ一つだけわかるのは今ここで動かなければ確実に死ぬということだけだ。それならば、やるしか方法はないだろう。
「もとき、先に森の中へ行って。大丈夫、僕も後から必ず向かうから」
もときは嫌だというようにこちらを見たが、僕の表情を見て察したのか森の中へ駆けていった。一方ナルガクルガも獲物のうち一匹が逃げ出したのだ。その結果......
「やっぱり、来るよね!!」
僕だけでも逃がすまいと一気に攻撃を仕掛けてくる。大丈夫、ここまでは想像通りだ。問題は次だ。一体どちらから攻撃が来る?ナルガクルガは獲物を仕留める際、横へ回り込んでから攻撃を仕掛ける習性があると聞いたことがある。右か、それとも左か。もし逃げる方向を誤れば僕の体はあの屈強な腕とその先についている鋭い爪によって八つ裂きにされるであろう。もはや策でも何でもない、ただの運だ。僕は、この命を左から攻撃が来るということに懸けた。背後の木を軸にナルガクルガから見て右方向へ回る。
「外した!?」
僕が木を軸にして回ったその目の前に、回り込んできたナルガクルガの姿があった。右腕が猛スピードで僕の身体目掛けて迫ってくる。もう、ここまでなのかと覚悟を決めた時だった。ナルガクルガの眼が何かを捉え、突如後ずさった。僕の背後から何かが飛んできているのを見つけたのだ。投げ込まれた方を睨みながら低く唸るナルガクルガに向けてもう一つ、またもう一つと飛んでくる。投げ込まれた物が石なのだと理解した僕は木の影を使いながら、後方へ一気に駆けだした。少し遅れてナルガクルガも投げ込まれた物の正体に気が付いたのであろう、咆哮を上げて飛び掛かってくる。獲物を仕留める直前で邪魔されて怒っているナルガクルガの眼はさっきよりも一層紅く染まっていた。
森の中を駆け回りながら、僕は次の策を考えていた。さっき見たマップによると、この森もすぐに抜けて開けた場所へ出てしまう。もしそうなれば、今木の影を使ってぎりぎり逃げ延びている僕は確実に捕まってしまうだろう。森の中だからこそ、俊敏性の高いナルガクルガとはいえ小さくて素早い僕を捕まえるのに苦労しているのだ。そろそろ森を抜けてしまう。僕の体力ももうない。ナルガクルガもすぐ後ろに迫ってきている。おそらく、次の作戦で僕の生死が決まってしまうだろう。さっきはもときが咄嗟に石を投げて助けてくれたが、また上手くいくとは思えない。なんとか、なんとか逃げ切らなければ......。
(あれ、なんで僕は逃げることしか考えていないんだ......?)
ふとそんな考えが脳裏をよぎった。僕はハンターじゃないのか。なぜモンスターに背を向けて逃げ回っている?背中に装備している太刀は飾りか?違うだろう、僕は何のためにハンターへなって何を目指しているのか。上級ハンターになって父さんを探すんじゃなかったのか?ならばここで立ち向かわないでどうするんだ。もときは自分が狙われる危険を冒しても僕を助けてくれたんだぞ!?
走り回って切れ切れの息を整えるために浅く速い呼吸をする。右腕は上げようと力を入れるだけで激痛が走る。ならば左腕だけで闘うしかない。タイミングは森を抜けた瞬間、チャンスは一回。訓練所で剣の振り方は嫌というほど身に着けてきたんだ。大丈夫、今度はやれる。いや、やるんだ!
ヒュン
森を抜けると同時に振り返り、ナルガクルガの姿を捉えて太刀を振り抜く。片腕とは思えないほどスムーズに身体を動かすことができた。狙いは頭、片腕なので恐らく致命傷まではいかないが大きなダメージを与えることができるであろう渾身の一撃。俊敏さを高め、隠密性を高めるために柔らかく柔軟に進化してきたその皮膚へは、刃も通りやすいはずだ。大きなダメージを与えれば回復のために一度身を引いてくれることも期待できる。
(いける......!)
狙いは完璧だった。スピードも申し分ない。だがしかし、ナルガクルガの方が一枚上手だった。こちらの反撃を読んでいたのか一瞬飛びずさって躱した後、さらに反動をつけてこちらへ飛び掛かってくる。文字通り最後の一撃を振り切った僕にはもう反撃の手段など残されていなかった。
「にゃあ!!!」「もとき!?」
今度こそダメかと思われたその時、木の陰からもときが飛び出してきた。その勢いのままにナルガクルガへと飛び掛かるが、振りかざしていた左腕を正面から喰らって木に叩きつけられてしまい、鳴き声とも息の音ともわからない鈍い声を発して動かなくなってしまった。
「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
もときへ思い切り左腕を振るった状態でナルガクルガは僕の前に着地している。そのナルガクルガの左眼を目掛けて僕は下から太刀を振り上げた。
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第六話 心新たに
太刀を振り上げると同時に、僕は左腕に確かな手応えを感じた。ナルガクルガの叫び声と共に顔に血飛沫が降り掛かる。ナルガクルガは大きく後ろへ飛び下がると、残った右眼で僕のことを睨みつけた。大ダメージを与えたのだ、迂闊にこちらへ攻撃を仕掛けてくることはないはずだが......。生憎、こちらにももう戦う力は残されてはいない。右腕の痛みも増してきているし、無理に体を動かしたせいで少しでも動こうとすると崩れ落ちてしまいそうなほどに消耗している。今は太刀を杖代わりに何とか立っている状態だが、これもいつまで持つかわからない。と、その時だった。顔の横を何かが掠めてナルガクルガへと飛んでいく。ナルガクルガはそれを躱すと僕のそのさらに後ろ......戦闘への乱入者を睨みつけた。
「おい、ぎりぎり間に合ったみたいだ。あの小僧まだ生きてるぞ!」
「早くナルガクルガを狩りましょう。酷い怪我だわ、急いで治療しないと!」
(助かった......のか......?)
レイア装備に身を包んだ女ハンターが肩を貸してくれると同時に、レウス装備を身に着けた男ハンターがナルガクルガへと向かっていく。女ハンターは僕をゆっくりと座らせると「もう大丈夫。よく頑張ったね」と言いながら弓を構えた。そんな彼女達の背中を見ていると、力が抜けたのか意識が一気に遠のいていった。
「まったくよぉ、なんでまたあんなところに居たんだ?あそこには居ても下位級モンスターだろ」
「わからないわよ、そんなこと。まぁ、あのまま戦闘になっていたら私達も......あら、目が覚めたみたいね」
「おっ、目が覚めたか!全治三ヵ月みてぇだから当分狩りは控えるようにってギルドから言われてるぞ」
僕が目が覚めた時に迎えてくれたのはあの時に助けてくれた二人のハンターだった。あの時は体も限界で装備と男か女かしか分からなかったが、改めて見てみるとどんな人なのか少しわかった気がした。男ハンターの方は体格もがっしりしていて力がありそうで、顔は厳つく言動は荒いが表情から優しさが滲み出ている感じがする。一方女ハンターの方は華奢な体格をしていながらも要所要所でしっかりと筋肉を付けている。特に腕周りと足の筋肉が凄く、長い間弓を扱ってきているというのが見て取れた。
「えっと......あなた達が助けてくれたんですよね。ありがとうございます。僕、りゅうって言います」
「おう、そんなに畏まらなくても良いぞ。俺はたけし。そのままたけしって呼んでくれや」
「私はゆい。あのナルガクルガだけどね、私たちが狩る前に逃げてしまったわ。あの戦況把握能力、俊敏性、体格。上位級のさらに上を行くG級モンスターだとギルドは判断したらしいわ」
「クエスト情報に問題があったということで今回の治療費と休養期間中の費用は全部村長が出してくれるってよ。太っ腹だよなぁ」
「そうなんですか......。あの、一つ聞きたいんですけど......」
あぁ、オトモなら今別室で休んでるよ。出てすぐ左の部屋だ。というたけしさんの言葉を聞いてすぐに
僕は病室を飛び出して隣の病室へノックもせずに入った。そこには体に包帯を巻いてはいるものの、とても元気そうなもときが上体を起こしてこちらを見ていた。
「もとき!?」
「うるさいにゃぁ。ここは病院にゃよ?もっと静かにするにゃ」
「あ、ご、ごめん。怪我とかは大丈夫?」
「大丈夫にゃ。そ、れ、よ、り、も、にゃ!にゃんなのにゃ、あの狩りは!緊急事態に直面していたとはいえ焦りすぎにゃ!もっと落ち着くにゃ!」
「はい、すみません」
「このままじゃダメダメにゃ。僕が鍛え直してやるからそのつもりで!にゃ!」
病室に入った瞬間にもときから怒られる僕。ぐうの音も出ない言葉がどんどん僕の心に突き刺さってくる。オトモから怒られているハンターという構図に何だか自分が情けなってくる......って、あれ?
「いや、もう本当に反省してます......って、待って。もときが喋ってる!?」
「にゃ?」
「え、待って、なんで?なんでいきなり?」
「むしろ今までどうして疑問を持たなかったのかが不思議にゃんだけど......。まぁあれにゃね。りゅうの実力をしっかり見せてもらうためだにゃ」
「僕の......実力?」
「そうだにゃ。しっかりハンターとしてやっていけるのかとかを試させてもらったにゃ。まぁ、結果はこうにゃってしまったけどにゃ」
「そんなぁ......」
「理由としては......そうにゃね。僕も命を懸けているわけにゃから主様の実力は知っておかなくちゃいけないにゃ。それと......おっと、これは言っちゃダメだったにゃ。ごめんだにゃ」
「え、それって「おいこら!おめぇはまだ安静にしてなきゃダメだろうがりゅう!!」
僕が今もときが言いかけたことについて聞こうとした時、病室のドアが勢いよく開いてたけしさんが突入してきた。たけしさんはそのまま僕のことをたやすく片脇に抱えるとあっという間に僕の病室へと運んでいったのだった。
それから毎日僕は検診を受け、一ヶ月もたったころには大分腕も治っていた。もときは僕より先に退院許可が下り、僕の病室の片隅に小さなベッドを用意してもらって寝泊りをしていた。リハビリをしていき、太刀を元の通り振るえるようになってきたころ、僕の入院生活は幕を閉じた。たけしさんとゆいさんはそれからもちょくちょく僕の病室へ顔を出しては差し入れや雑談などをしてくれた。凄くありがたかったし、それのおかげでこの数ヵ月僕は退屈をしないで済んだ。さらに、たけしさん達は僕の退院後一緒に狩りに行こうと提案してくれたのだった。そしてその日が明日。明日、僕はたけしさん達と初めてのパーティーを組んで狩りへと向かう。彼等が言うには簡単な大型モンスターの狩りへと連れて行ってくれるらしいのだが......。
「久しぶりな気がするなぁ、装備を付けるの」
「今度はしっかり対処するにゃよ。あの二人に迷惑をかけてはいけないにゃ」
久しぶりに全身をユクモノ装備に身を包んだ僕は、改めて身体をほぐしながらもときへと話しかけた。今日はこれから村のギルドへ向かう。何のクエストに行くのかは結局聞いても教えてはもらえなかったが、まぁ行けば分かるだろう。持っていく持ち物を再確認してポーチに詰めた後、僕はもときと共に部屋を出たのだった。
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