終わりからの始まり (神信陸)
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X793年

前書いていたこれの素になった話が行き詰まった(思い付いた設定が破綻しまくっていた)のでリメイクすることしました。
最近アニメ見返していてアニオリのある所を見て「あ、こここうしたらいいじゃん」と思ったのですがすぐ気付きました。それやったら設定が破綻すると。
そこ関係なく破綻していた部分もあったのですが。
なんかもう恥ずかしかったので消したかったんですけど戒めとして残したくもあったのでこうしました。
前作を読んでいた方も初めての方も稚拙な文ではございますがお付き合いのほどお願いします。


 簡素な造りの小屋の一室。

 開いた窓から入ってくる陽光は室内を照らし、風は住人たちの頬を撫で髪を揺らした。

 この数ヶ月の間で目に掛かる程に伸びた髪を見て、切るべきかと前髪を一房摘まんで考える。

 考えついでにベッドで眠る彼を撫でたりして遊ぶ。

 けれど彼は眠り続ける。

 寝息は乱れることなく一定のペースを保ち続けていて一貫して穏やかだ。

 

 ゆっくりと休んでほしい。けど、早く目を覚ましてほしい。

 

 矛盾した考え。

 けれどどっちも私にとっては重要だ。

 目を覚ましたら彼はきっと、いや絶対に無茶をする。目的の為なら自分の命だって簡単に投げ出す。そんな男なんだから。

 

 何でも出来る天才で、何にも気付けない阿呆で。

 一途で、一途すぎて無鉄砲を繰り返す。

 人の心配なんてどこ吹く風で。

 頼んでもいないお節介を焼いて。

 自分のことを(ないがし)ろにして。

 挙げ句の果てには一度死んだ男。

 

 無理なことをやり遂げて、無茶なことを繰り返して、無謀なことに突っ込んでいく。

 

 心臓で、尻尾で、罪で。

 悪魔で、妖精で、魔女で。

 終わりすぎる程に終わっていて。

 足掻いて、藻掻いて、苦労して。

 行き着いた現在は意識不明。

 

 辛い。

 二十余年。彼は生きたその年月の大半を私の為に注いだと、そう言っていた。

 より正確に、厳密には半分違うと笑っていたけれど、だとしても彼の無謀さの元凶が私なんだと思うと、やっぱり辛い。

 こんな考え、彼は知ったら確実に自分を責めるので彼には告げず、墓まで持っていかないと。

 もうこれ以上、彼に重荷を背負わせたくない。

 

 ──守るなんて死んどいことさせたくない

 

 ──仲間を守るのが当然なら、オレはアイツを仲間にはしない

 

 ──守られるなんて死んでもゴメンだ

 

 そう、言っていた。

 けれど。

 けれど、現在(いま)は──これからは守らせてほしい。

 嫌ってもいい。

 軽蔑してもいい。

 見放してもいい。

 でも、

 

「守らせて」

 

 昔の貴方がそうしたかったように。

 今まで貴方がそうしてきたように。

 恩を返したいから。

 対等になりたいから。

 頼られたいから。

 

 貴方のことが──好きだから。

 

 だから私は貴方の為に生きる。

 それが私のやりたいこと。

 貴方の生き甲斐が私を守ることなら、私の生き甲斐は貴方を守ること。

 

 きっと貴方は怒るでしょうね。

 怒って、睨んで、「ふざけるな」とでも言うのかしら。

 そう言ってきたらなんて返そうか。

 「貴方には言われたくない」と言うか。いや、いっそのことキスでもして黙らせてから無理矢理納得させようか。

 考えたら胸が踊る。

 

 だから、

 

「早く身体を治して目を覚ましてね」

 

 貴方を待ってる多くの人たちの為に。

 そして何より私の為に。



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X775年

 どれだけの時間が経過しただろう。

 数日なようにも感じられるし、数ヶ月経ったようにも感じられる。

 

 まあ、どうでもいいことか。

 もう予定なんてないんだから。

 

 その現実がオレの心に重く突き刺さる。

 

 予定がない。

 この言葉はこう言い換えられる。

 目的がない。

 生きる目的が──理由がない。

 

 いっそのこと、死んでしまいたい。

 

 守りたいと望んだモノは、皆消えていく。

 大切な人が死んだ。

 恩人が死んだ。

 彼女に勝手に、一方的に立てた誓いを果たせなかった。つまり、約束を守れなかった(・・・・・・)

 人も約束も守りたいモノは消えていく。

 

 オレのせいで。

 

「ひぐっ······ひっ······うっ···」

 

 涙が、流れた。

 年甲斐もなく、或いは年相応に泣き崩れる。

 部屋の隅で蹲って、膝を抱いて、嗚咽を洩らしながら、泣き続ける。

 

「死にたい···」

 

 けど、死ぬのはダメだ。論外だ。

 死が──自殺が贖罪になんて、決して成り得ない。成っていいはずがない。

 単なる逃避が、逃亡が、逃奔が。

 向き合いもせず逃げただけの"死"に、何の意味がある。

 それが償いになるのか。

 そんなことない。そんな筈ない。

 

 自分を"罰して"いるんじゃない。自分を"救って"いるだけだ。

 オレが"死"に求めるモノが"救い"であっていいわけがない。

 救われる価値なんて、オレにはない。求める権利すら、ありはしない。

 

 何度も。

 何度も何度も、数え切れないくらいに多くの人の希望を潰して、潰して、潰して。

 絶望を、恐怖を、狂気を、振りまき続けて。

 そんなオレに。

 

 報いを受ける覚悟はあった。

 望んでいたくらいだ。

 けど、なんで、

 

「こんなかたちなんだよぉ······」

 

 分かってる。

 これが報いなんだったら、最も効果的な手を使われているだけなんだと。

 そういう風に育てられたオレには、それが当たり前の生活環境だったオレには、オレ自身に何かが起こる以上に、大切なモノ達が傷ついて、消えていく方が辛いって、分かってる。

 

 けど、皆オレなんかとは違ったのに。

 オレなんかとは違うのに。

 あんな目に遭っていいような人達じゃないのに。

 

 なのに、オレはまだ、生きる目的(希望)を欲する。

 渇望する。熱望する。切望する。

 

 死を恐れ、生に執着するほどの守りたいモノ(希望)を。

 

 そしてオレなんかでは太刀打ちできない強者を。

 生きたいと、そう望んで、けれども殺されたい。

 

 死にたいと望んで死ぬのは逃げているだけだ。

 死にたいと望んで殺されるのは救われているだけだ。

 

 死にたくない(逃げたくない)

 殺してもらいたくない(救われたくない)

 

 ただ、殺してもらいたい。

 相手の意思を持って、殺されたい。



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初期構想的な

 この物語、実は現在想い描いている展開と初期構想では全くと言ってもいい程に変わってるんですよ。

 『X775年』であったような前日譚なんて、ありませんでした。

 キャラ設定が一新されているんです。

 前作とも言える素の話の2話と3話の間だったか、そこら辺りから思い付いたストーリー展開を考えて今に落ち着いています。大筋は変わりませんが。

 素の話を知っていてもいなくても『X793年』を読んで悪魔の心臓(グリモアハート)が大きく関わってくることを察していると思いますけど、初期構想では精々『主人公は悪魔の心臓(グリモアハート)にヘッドハンティングされている』程度だったのに。

 

 "塵も積もれば山となる"とはよく言ったもので、ストーリー展開の変更に伴った細かい設定の付け足しの結果がこうなるなんて、全くもって予想だにしてませんでした。

 まあ、自分特定のワンシーンを目的に頑張っている節があるため、そこに至るまでがノープランの行き当たりばったりなので、当然といえば当然なんですが。

 

 チクショウ。

 ネタバレをしないようにすると書けることが少ない。

 これを読んでくれている人は皆たまたま目に付いて読んで下さっているだけで期待してる人が一人でもいるかどうかでしょうからこれを読んでいても『ネタバレでもなんでもすれば』的な心情かもしれませんが、どうしても避けようとしてしまう。

 このジレンマどうしよう。

 

 

 と、いうわけで。

 しょうがないので『X775年』段階での主人公の能力を解説しておきます。

 よっぽどのことがない限りは次に投稿する話は『X784年』のどこかでしょうけれども、解説します。ごめんなさい。

 

 

 

 魔力やオーラを吸い取る能力(仮称)

 手で直に触れた対象から魔力やオーラを吸い取る能力。

 

 

 本を具現化する能力(仮称)

 オーラで本を具現化する能力。

 

 

 

 以上です。

 うわぁ、どうしよう。

 ネタバレ云々一切合切関係なく、この段階での主人公の能力たったのこれだけだ。

 ただ吸い取る『だけ』の能力で、ただ本を具現化する『だけ』の能力で···考えていた段階ではそうでもなかったけどこうやって文字に起こしてみると大分酷いな。

 まあ両方とも奪う人差し指の鎖(スチールチェーン)のような後付けされる能力なので後にこれベースの別能力となりますが。

 

 

 最後に、サブタイトルが『初期構想的な』なので初期構想──というかこれが···これの素が生まれるに当たった展開を告白します。

 没案になってるので。

 

・先ず、冒頭の通り、主人公は悪魔の心臓(グリモアハート)にヘッドハンティングされている

 

・その過程でメルディに会う

 

・「こんな子供が闇ギルドに」的な考えからどうにかしようと動く

 

 

 こんな感じでした。

 これが、素の話の第2話~第3話の間までの期間に自分の頭の中で出来上がっていたストーリーです。

 

 以上、ありがとうございました。



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下積み
1話 修練次第で誰でも出来る技術だけど


「くっ···」

 

 まさか、これ程の実力とはな···。

 言い訳のように聞こえるかもしれないが勝てるとまでは思っていなかった。

 ジュピターを防ぎ、エレメント4の一人との連戦。

 しかしせめて少しでも消耗させられればと思ったんだが、もう魔力が殆んど残っていない。

 それなのに、

 

妖精女王(ティターニア)。まさかこれ程の実力者だったのか」

 

 幽鬼の支配者(ファントムロード)のマスター、ジョゼ・ポーラ。

 これが聖十に数えられる実力か···!

 

「ぐあっ」

 

 私を縛り付けるジョゼの魔力はその力を増し、私の口から苦悶の声が漏れると共に鈍い音が聞こえる。

 胸の辺りが痛む。

 肋骨が軋んでいるのか。

 

「うっ···があっ···」

 

 だが、そんなもの知ったことか!

 家族が傷つけられたのだ。

 骨の一本や二本、くれてやる!

 

「あああああああああっっっ!!!」

 

 少しずつ。

 少しずつだが、拘束が緩んでいく。

 このままいけば···!

 

「力まん方がいい···。余計に苦しむぞ」

 

 しかし、その努力を嘲笑うかのように、魔力の束縛は私の自由を完全に奪い、全身に苦痛を与える。

 クソ!

 全身全霊を以てしても、ピクリともしない。

 

「ぐああああああああああっ!!!」

 

 フッ、と、一瞬痛みが引いた。

 ああ、これが死か、と思ったその時、落下していくような浮遊感を覚えて、何者かに受け止められた。

 いや、何者か、ではない。

 誰がやったかなんて分かっている。

 何の気配も、何の予兆もなくこんな芸当が出来る人物など、そうはいない。

 そして、一人だけいる。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)には、その男が居る。

 

「はぁ~。何やってんだか」

 

 念という力を持った魔導師が。

 魔法を使えない魔導師が。

 リンという男が。

 

 

 

 

 

§§§

 

 

 

 

 

「ジョゼ・ポーラ···か」

 

 突然現れたその男はポツリとそう呟く。

 ソイツは幾度もの戦闘で穴の空いた天井を潜って上階に行き、持っていたパンパンに中が詰まった頭陀袋を置いてきたのか、直ぐさま手ぶらで降りてくる。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のゴミがまだ残ってたか」

 

「ゴミじゃない。クズだよ。オレは」

 

 クソ野郎だよ、とソイツは言う。

 続けてこうとも。

 

「ああ、安心しろよ。お前はオレよりマシなクズさ」

 

 ニッコリと、馬鹿にするような毛色を全く覗かせない笑顔を浮かべて、そう言う。

 チッ、嘗めてんのかこのガキ。

 

「ゴミの分際で調子に乗ってんじゃねええっ!!!」

 

 右手に魔力を収束させてゴミ目掛けて放つ。

 直径三十センチ程の球形の魔力は一直線に飛んでいく。

 一瞬のタメで放った魔力弾だが大した魔力を持っていないゴミクズ一匹を消し飛ばすには十分な威力だ。

 

 それを前にその男は、右手を前に伸ばし、受け止めて──

 

「は···?」

 

 ──ボールを回す様に私の魔力を立てた人差し指の上で維持させる。

 

「返すよ」

 

 なんて軽く言って、私の放った魔力弾が打ち返された。

 クソが!

 それなりの技量があるようだが嘗めてんじゃねえぞ!

 本当にそのまま打ち返しただけ。

 そんなものがこの俺に通用すると思ってんのか!

 こんなもの弾いて消し去って──っ!

 

「な···に···」

 

 確かに、俺は弾いた筈だ。

 弾は一直線に飛んできた──し飛ばした──のに、弾くために振るった俺の腕を避ける様に軌道が変化した(・・・・・・・)···だと。

 

「これが貴様の魔法か」

 

「魔法···。いや、違うさ。オレは魔法は使えない···って言うと語弊があるか」

 

 まあいいや、と付け加える。

 

「ま、今のは修練次第で誰でも出来る技術だけどな。オレの本職はコッチ」

 

 そう言うと、その男は白いエネルギーを湯気の様に全身から立ち上らせる。

 念能力者か。厄介な。

 あのエネルギーはオーラ。

 あれは術者の意思によって自由自在に身体の隅々を行き来し、オーラを纏った肉体は肉体強化の魔法に匹敵するほどの頑強さとなる。

 その上個々人のオーラの系統や嗜好が反映される能力は魔法以上に取り回しが難しく、それ故に強力。

 

「その力までも」

 

 マカロフが有しているとなると、

 

「本当に気に食わん!!!」

 

 私は幽兵(シェイド)を五体生み出して飛ばす。

 術者の怒りの感情によって幽兵(シェイド)はその姿をより凶暴で凶悪なモノとなっている。

 正に幽鬼。怨霊。

 

「キサマらはどこまで大きくなれば気が済むんだ!」

 

 幽鬼の支配者(ファントムロード)はずっと一番だった。

 この国で一番の魔力を、人材を、金を持っていた。

 ···が、ここ数年で妖精の尻尾(フェアリーテイル)は急激に力をつけてきた。

 気に入らんのだよ、クソみてーに弱っちいギルドだったくせに、我が幽鬼の支配者(ファントムロード)と並べて語られるなど、

 

「その妬み嫉みがこの原因か。下らない」

 

「妬み? いいや違うなぁ。ものの優劣をハッキリさせたいだけさ。尤も、切っ掛けは些細なことだったが。ハートフィリア財閥からの依頼さ」

 

 娘を連れ戻してくれという、ジュード・ハートフィリアからの依頼。

 

「この国有数の資産家の娘が妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいるだと!? ふざけるな!!!」

 

 ハートフィリア家の金をキサマ等が自由に使えたとしたら······。

 間違いなく我々よりも強大な力を手に入れる!

 

「それだけは許しておけんのだァ!!!」

 

「···羨ましいよ」

 

 一体一体、刻々と数を増やしていく幽兵(シェイド)の猛撃を縦横無尽に駆け回って避ける男はそう言った。

 

「不平不満を他所(よそ)所為(せい)にしてさ。きっと楽だろうさ。オレは自分の所為だと考えて、抱えこんでしまう」

 

 アイツの所為に出来たらどれだけ楽か、と続ける。

 

「イヤ、それは駄目だな。原因はアイツだけど実行したのはオレだ。オレ自身だ。それはちゃんと自分の背負うべき業で、一生背負っていかないと。楽をするのは逃げてるだけだ。逃げることは時に重要だけど、この件からは逃げちゃ駄目だ」

 

「何をブツブツ言ってやがる! ガキが!」

 

 二十を越した数の幽兵(シェイド)は漸く男を捕らえて締め上げる。

 そして想像を絶する苦痛を与えてから魂を喰らってやる。

 

「は···?」

 

 そう、殺し方を決めたその時、幽兵(シェイド)が私の支配下から外れた(・・・・・・・・)

 

「学習しない奴。さっき見せてやったのにさ」

 

 奴を締め上げていた幽兵(シェイド)たちは私のいうことを全く聞かず、まだ私の制御下にある幽兵(シェイド)たちに襲い掛かり同士討ちを始める。

 

「ま、どの道もう終わりだよ。ほら」

 

 瞬間、膨大な魔力生まれ、全ての幽兵(シェイド)が掻き消えた。

 

「マカロフ···!」

 

 憎々し気に呟く私の眼前には、激しい怒気を孕んだ顔の死に損ないの爺が立っていた。




ガルナ島か、違ってもニルヴァーナ編から始まると思ってページを開いた読者諸君、お前らは一人残らず全て騙された。
的な書き出しから始められるほどの文才とふてぶてしさが欲しいと、心からそう思って書きました。
悪気はないんです。
次話を読んである程度察して下さればと存じます。
まあ、その次話がいつ出来るか、は分かりませんが。
一月以内には出来上がるよう頑張りますので楽しみにしていただけたら本望です。


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2話 三つじゃなくて四つだよ

「貴様···!」

 

 エルザの怒号で一度は静まりかえった場がざわつく。

 先の怒号によって思い思いにやっていた奴らの意識がオレたちに向いて注目が集まったからだ。

 

「ファントムごときに嘗められやがって。恥ずかしくて外も歩けねーよ」

 

 ギルドの建物を潰されちまって、結果的には勝ったが、こんな惨状じゃ負けも同然。

 マグノリアに住む人間全員にどう思われてるか、そしてオレまで同格に見られるとなっちゃあ堪ったモンじゃねえ。

 同じギルドに居る以上、否が応にもオレは同列に扱われちまう。

 勝手に期待されるのもムカツクが、不当に低い評価はもっと気に食わねえ。

 仮にオレ自身の名に傷が付かなくとも、オレのギルドの名に傷が付く。泥を塗られる。

 それは不愉快だ。

 ガジルにやられるような弱ェ奴らやら今回の抗争の元凶の女やら、どいつもこいつも気に食わねえ。

 

「ラクサス! もう全部終わったのよ。誰のせいとかとか、そういう話は初めからない。戦争に参加しなかったラクサスにもお咎めなし。マスターはそう言ってるのよ」

 

「そりゃそうだろ。オレには関係ねえことだ。オレは参戦しなかったし何よりあの場にいなかった。それで咎められるってなら堪ったモンじゃねえよ」

 

 ま、行く気もなかったがな。

 しかし、そういう意味では咎められて然るべき奴が居るが、フン、これもオレにとっちゃあ関係ねえことか。

 

「ま、オレが居たらこんな不様な目にはあわなかったがな」

 

「ラクサスてめえ!」

 

 オレの態度にとうとう我慢の限界がきたか、ナツが飛び掛かってくる。

 前よりは速くなってるが、オレとやり合おうってならまだ遅い。

 避けるのは容易いが、その必要はない。

 

「ぶもぉ!」

 

 なんて、無様な声を上げてナツがスッ転ぶ。

 

「ナツ」

 

 と、名前を呼んで、ゆっくりと(あゆ)みを進める男が一人。

 そいつはナツのすぐ傍まで来て、そのまま──ナツの頭を踏みつける。

 

「今さ、色んな物が散乱してるって解んない? それとああやって飛び出すと足元の物が飛び散るって。危ねえだろうが」

 

 グリグリと、ナツの頭を踏み潰して、リンは説教垂れる。イヤ、文句を言ってるだけか。

 言い終わると足を退けて、リンはさっきナツに投げ付けた木材を拾う。

 

「それと、ラクサスが言ってることは間違ってねえよ。正しくもないだろうが。少なくとも嘘は言ってない。そんな相手に暴力を振るうのは喧嘩で勝っても負けだ。ま、お前がラクサスに勝てるとは露程も思わんが」

 

「ハハッ! よく解ってんじゃねえか」

 

 お前のそういうところ、オレは個人的には結構気にいってんだぜ。

 実力だって十二分にある。

 いずれオレがこのギルドを継いだ時に、このギルドに残ってもいいと認めるほどにな。

 オレの率いる、最強のギルドの一員に相応しい人間だ。

 最強のギルドをつくる。

 そのために削除する弱者とは違う。

 

「オレが作るんだ! 誰にも嘗められねえ、最強のギルドを!」

 

 

 

 

 

§§§

 

 

 

 

 

「不愉快だな」

 

 今回の騒動の一件。

 評議員のお偉方が下した事の顛末を話して、最初に返された言葉はそれじゃった。

 

「お咎めなしの無罪じゃぞ。何が不満なんじゃ」

 

「バランスが成り立ってない」

 

 と、言う。

 

「オレが使う念能力はバランスで成り立っている。使いづらい程強くなる。だから不愉快」

 

「お前さん、話をちゃんと聞いとったか?」

 

「聞いてたさ。確かに、向こうが攻めてきたから応戦した。こっち側は正当防衛。だから裁決に差が出るのは解る。けど、幾らなんでも大きすぎる」

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)幽鬼の支配者(ファントムロード)の抗争。

 この件における儂らに下された判決は先に言ったように無罪放免。

 対するファントムに下された判決。

 ギルドの解散。

 そしてギルドマスターであるジョゼの持つ聖十の称号剥奪。

 まあ、些かこっちが優遇されとる気はするのは儂も同様じゃな。

 ああ、イヤ。

 そういや、ヤン坊に(たか)られたんじゃったの。

 ラーメンチャーシュー十二枚乗せ。

 

「その程度かよ」

 

「その程度とはなんじゃ」

 

「その程度だろ。たかだか数百Jで賄える」

 

「一銭を笑う者は一銭に泣く、じゃぞ」

 

「生憎と、貯金には余裕があるんだよ。詐欺師だぜ。オレ」

 

 実入りはいいんだよ、と言う。

 

「お前さん、もっと真っ当に働かんのか」

 

「こっちはこっちで事情があんだよ。善良な一般市民にまで手を出さないだけマシだろ。それに、オレの詐欺活動で救われた子だって沢山いる」

 

 だからこそ無理に止められないんじゃよな。

 犯罪者のみを対象とした詐欺師。

 魔導師であり念能力者であり、詐欺師。

 三つの面を持っておる。

 

「三つじゃなくて四つだよ。金貸し。善良な一般市民には合法でクリーンな活動をしてる。長期間の無利子無担保の契約だったり、場合によっては利息分はチャラにしてやったり、とかな」

 

「それによってプラマイゼロというわけか」

 

「イヤ、プラマイマイナス。正直言って大赤字だよ。相手が破産するまで搾り取ってるとはいえそんなもんさ。元々の資金がなければこんな活動ができなければ、その日を生きるのにも精一杯だったろうさ」

 

 破産するまでって、何故そこまで···。

 事情があるとか言っとるがどんな事情じゃ。

 

「人探し」

 

「普通に探せ!」

 

 この手の話をする時は決まって事情と言って濁すから言う気がないと思ってたのに隠す気なしかい。

 早々に聞いとりゃよかったわい。

 しかし、詐欺活動と人探しに何の繋がりがあるんじゃ。

 

「あくどい連中ってのはどこも後ろ楯がないとやってけないんだよ。つまりはコミュニティを形成してるんだ。だから詐欺に引っ掛けて追い詰めて」

 

 情報をせしめる、と言って、リンは笑った。

 クックック、と。

 

「まあ、収穫なしが現状さ。寧ろ人身売買とかやってる奴らが担保に出したり、破産して路頭に迷った孤児だったりを保護したりで、最近は出費が嵩んでる」

 

 子供って苦手なんだよな、なんて言いながら、リンは膝の上に座らせている子の頭を撫でる。

 苦手と言うのは嘘か。

 

「本当だよ。こんなことで嘘なんかつくか」

 

 正直信用ならんの。

 本人が言うように相手を選んでいるとはいえ詐欺師じゃし、何より昔コイツの言うことを信じて痛い目にあったしの。

 

「あの件に関してはいい加減水に流せよ。つうかあんな分かりやすい嘘に引っ掛かる方がどうかしてる。何より慰謝料払っただろうが。文句があるんだったら金返せ。三千万」

 

「そんなことよりギルドも新しくなる。これを機にマスターも次の世代へと託すべきか···」

 

「······お好きにどうぞ。オレはもう帰るよ。元々老人の晩酌に付き合うのはイヤだったしな」

 

 一度も酒を注がん、飲まんで言いよるわい。

 全く、少しくらいは付き合ってくれてもいいじゃろうに。ノリが悪い。

 飲み直すか。

 

 はあ。

 次の世代···か。

 だとして誰が適任か。

 ラクサスは心に大きな問題を抱えておるし、ミストガンはディスコミュニケーションの見本みたいな奴じゃし、リンは論外、ギルダーツは···まあ無理じゃろうな。

 となるとエルザか···。

 しかしエルザは任せるにがまだ若いしの。

 はあ。任せられそうなのが一人もおらん。

 もう老い先短い老人だというのに、引退してゆっくり休むこともままならなそうじゃ。



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3話 何だっていいだろ

「大丈夫? ルーシィ?」

 

 そう言って、ギルドのカウンター席に座り、力尽きて突っ伏した私を気遣ってくれたのはミラさん。

 億劫ではあれど、心配してくれたのに無視するのは失礼なので返事をする。

 

「だいじょばないです···」

 

「あはは。みたいね」

 

 よしよし、と言ってミラさんは私の頭を撫でる。

 

「けどあのくらいで済んで良かったじゃない。前に似たようなことがあった時には···あ~···これは言わない方がいいかも」

 

「何があったんですか···いえ、言わなくていいです」

 

 気になるけど知らない方がいい気がする。

 はあ~、災難な出来事だったとはいえ、ファントムとの一件で有耶無耶になってたと思ってたんだけどな~。

 マスターからのお説教やその他諸々、色々あったけれど、それらを知っているミラさんやエルザ、それに一緒に罰を受けたナツとグレイまで(みんな)口を揃えて「あのくらいで済んで良かった」と言う。

 帰りの道中にナツたちが言っていた「あれ」とはそんなに恐ろしいものなのか。

 

「知らなけりゃその方がいいことだよ。少なくとも」

 

 そう言って、持っていた五、六冊積み重なった本をカウンターに置いて隣の席に座った彼は、積まれた本の一番上の一冊を取って読み始める。

 

「それ(なん)の本?」

 

「細工関連。ちょっと私用でさ」

 

「私用って、ガルナ島のことと何か関係があるんですか?」

 

 「ああ、まあ」と、煮え切らない、歯切れの悪い返事がくる。

 

 ガルナ島。

 ナツとハッピーに唆されて挑戦したS級クエストの依頼の目的地。

 依頼内容は月を破壊してくれというもの。

 正確には肉体が悪魔となり、理性を失っていく奇妙な現象が起こり、その解決を依頼されたのだ。

 そのガルナ島に、リンさんも来ていた。

 ガルナ島に向かうために、港で船を調達しようとしていた時に出会ったのだ。

 バレたらギルドに連れ戻される、ということから誤魔化そうとはしたものの、早々にバレて、ああ終わった、と、そう思った時、リンさんが提案してきたのだ。

 

 ──便宜上、オレが依頼を受けたことにしようか?

 

 と。まあ結果的にマスターに怒られたのは変わらなかったんだけど。

 話を聞いてみれば彼は私用でガルナ島に行こうとしているところだったらしく、自分は依頼に一切関わらないことを条件にガルナ島までの移動を手伝ってくれたのだ。

 島に上陸した後は早々に何処かに行って、本当に助けてくれなかったどころか、何をしていたかすら分からないのだけれど。

 

 気にはなるんだけど···。

 

 ──何だっていいだろ

 

 あ、駄目だ。思い出すだけで恐ろしい。

 すっごい形相で睨むんだから聞けない。

 忘れよう。うん。

 

「···って、あれ?」

 

 リンさんがいない。

 

「仕事に行ったわよ」

 

 ええ、いつの間に。

 

「ああそれと一つ伝言。「敬称敬語は気持ち悪い。次会ったとき直ってなかったら──」どうなるか聞く?」

 

「いえ結構です!」

 

 リンさ···リン。

 彼に対する私のイメージは、怖い人で固定された。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいる人って、変な人ばかりだ。



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4話 一人では不可能なんだ

 やっぱり此処は少し冷えるな。

 そして酷く懐かしい。

 けれど、不思議と見覚えみたいなのは感じないな。

 天候の影響かな。

 

 思えば、天気の良い日に此処に来たのは初めてだな。

 どの時も吹雪いてたけど、今回は珍しく晴れてやがる。

 最低でも年四回。

 それだけの頻度で、もう十年近くなるってのにな。

 まあだからと言って、何か違いがあるかと聞かれれば、それは全くってくらいないんだけど。

 別に、観光に来た訳でもないし。

 風景の違いやら気温の違いやら、変化があったからって何にもねえ。

 そもそも、メインの活動が屋内でやることだし。

 天気の良し悪し何て、直ぐ気にならなくなる。

 

 風景を五感が捉えなくなる、という意味でも。

 精神衛生上の意味でも。

 

 オレがやってるこの活動は、好き好んで、勝手にやってることではあるけれど、この活動の一端に"アイツの為"というのがあるところが業腹なんだ。

 そもそもとして、オレはアイツのことが嫌いだから。

 

 自認するくらいには、酷く理不尽で、八つ当たり気味な理由なのだけれど。

 言ってしまえば、それは立場、というか、生い立ち、というか。

 そんなモノが起因した、嫉妬なのだ。

 

 羨ましい

 

 と思い、(ねた)んでいるんだ。

 妬んで、(そね)んでいるんだ。

 

 だから別に、それを除外してみれば──イヤ、どっち道嫌いだな。

 アイツはあの人を憎んでる。

 そして、あの人を憎んでる自分を嫌悪している。

 その思考が。

 矛盾した思考が。

 自己嫌悪が。

 オレに似ている。

 

 オレはオレが嫌いだ。

 そして、全ての人間が嫌いだ。

 誰も彼もが。

 理由ありきで嫌いだ。

 理由もなく嫌いだ。

 

 多少なりとも神格視してるあの人も。

 猫可愛いがりしていたあの娘のことだって。

 

 きっとオレは嫌っている。

 尊敬し、憧れる人。

 何よりも誰よりも、オレの中で大きな心の支えとなった人。

 そんな彼女たちのことさえもきっと、嫌っている。

 

 オレはそんなオレが、嫌いで憎くて仕様がない。

 オレ自身が、何よりも誰よりも、嫌いで憎くて仕方がない。

 

 本当に、嫌いだ。

 自分自身が。

 ドイツもコイツもが。

 

 人が一人で生きていけるなんてことはありはしない。

 人が一人で助かるなんてことはありはしない。

 人が一人で幸せになれるなんてことはありはしない。

 

 けどさ。

 

 人が不幸になるのだって、人が誰かに助けられなきゃいけない状況になるのだって、人が死んでいくのだって。

 一人では不可能なんだ。

 

 人が幸せになるためには他人(ひと)が必要だ。

 けど人を不幸にするのは他人だ。

 人が助かるためには他人が必要だ。

 けど人が助けを求める原因は他人だ。

 人が生きていくためには他人が必要だ。

 けど人の死に一番深く関わるのは、他人だ。

 

 だから嫌いなんだ。

 オレに幸せをくれた、助けてくれた、生かしてくれた他人(あの人)たちは。

 オレという他人が、不幸にして苦しませて、殺した。

 

 それら全ての原因が他人であり、人だ。

 

 オレを産んだ親も、オレを育てた爺も、オレが守ろうとした家族も、オレを助けたあの人も。

 全てが原因だ。

 人間が原因だ。

 

 アッハハ。

 こんな考え方だと、まるで人類の絶滅でも考えてると思われそうだな。

 冗談キツい。

 オレは寧ろ守ろうとしてるんだぜ、人を。

 まあ、それだけだけど。

 だからその為に必要なんだったら、オレは。

 

 他の人類を滅ぼしてやる。

 その後のことは知らん。

 ま、人が一人で生きていけない以上、実行はしないだろう。

 けど、オレはそういう思考回路を持つ人間だ。

 ああ、ホント。

 こんな自分が、オレは嫌いだ。




今回は楽園の塔編の最中です。
まあ、だからなんだ、って話かもしれませんが。
だって今回の話、語り部が誰か明言してませんから。
まあ深い意味はなく、単純に頭の中で出来上がっている二、三のルートのどれになっても大丈夫なように、っていう保険なだけですけど。


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5話 X784年

 分からない。

 分かろうとすることが間違っているのではと、そう考えてしまうくらいに、あの人のことが分からない。

 やることなすこと無茶苦茶で意味不明だから。

 

 剣の扱いには長けてないと言っておきながら、彼は私の剣の師なのだ。

 理屈は聞いて、というよりは聞かされているが、それが本当に無茶苦茶で意味不明なんだ。

 なんでも、私が彼の剣を真似して、対策して、そうして振るった剣から学習しているだけ、とかなんとか。

 私が学習した剣から学習された剣を学習して、そこから学習されてそれを学習して···。

 

 ダメだ。

 考えれば考えるほど訳が分からなくなる。

 (いたち)ごっこもいいところだ。

 

 イヤ、それ以前に。

 私が剣を学んだこと、それ自体がおかしいのだ。

 おかしいというか、イカれているのだ。

 

 生活を見れば人となりはよく分かる。

 人となりが分かれば癖が分かる。

 癖が分かれば向き不向きが分かる。

 

 この理論は、まあ分からなくはない。

 分からないけど、分かる。

 

 けど、たかだか二日(・・・・・・)お世話になっただけで剣の才能を見出だされるというのは、幾らなんでも無茶苦茶で意味不明すぎる。

 

 あの人は明らかにおかしい。

 命の恩人で師匠(センセイ)だけれど──あの人は異常だ。

 当人が言う様に普通じゃなくて、周りの皆が言う様な特別じゃなくて──異常だ。

 私は正直、あの人が何を成したところで不思議ではない気がする。

 

 なんでも出来そうな気がする。

 なんでもは出来なくとも、なんでも出来る様になれる人だと、そう思っている。

 

 と言っても、それは結局私の理想であり、妄想なのであって、現実ではない。

 狡猾でいて聡明な、あの人の言には、信憑性なんてあまりないけれど。

 あの人は、言っていた。

 自分は弱いと、自分は無能だと。

 私は信じられなくて、そして何より私や皆を馬鹿にしてるんだと思って、思わず言い返した。言い返してしまった。

 

 あの人は、センセイは──義兄(にい)さんはこの時、初めて怒った。

 感情を、表に出した。

 

 あの人は、ある日生き倒れた私や、細かい事情は知らないけれど身寄りのない子供たちを保護して、その後一人でも生きられるようにと、教養や技能(スキル)を与えてくれる。

 私も色々教えて貰った。

 剣以外にも、情報を集めるノウハウや、真偽を見抜くスキルなんかを。

 後者の方は生憎才能がなかったようで、あの人的には及第点未満なのだけれど、それでも、あの人が常に仮面を被っていることくらいは分かった。

 自分を偽ってることは分かった。

 

 そんなあの人から、ホンの一時(いっとき)外れた仮面から垣間見えた素顔は──とても怖くて、脆い一面だった。

 三年ほどの付き合いで、一度たりとも見せなかった、この世の全てを呪う様な狂気と、全体に亀裂の入ったガラス細工の様な弱さを。

 あの人は心の奥底に秘めていた。

 

 懺悔なのか、感情に身を任せた怒号だったのか、確かにあの人は怒鳴り散らした。言った。

 

 ──守りたいモノを守れないような、壊すようなこんな力が強さなら、弱くありたい

 

 ──努力して、試行して、尽力して、そうやって身に付けた力も知識も経験も技術も、全部が裏目に出ただけだった

 

 それは紛れもない、初めて見せたあの人の本心であり、涙だった。

 泣いていた。

 

 あの人ならなんでも出来そうとは変わらず思うけれど。

 才能や能力は確かに異常だけれど。

 あの人は決して化物ではない、一人の人間だ。

 

 それが分かった瞬間だった。

 

「でもなんだったんだろう」

 

 つい口に衝いてしまった。

 

「あの人の守りたかったモノって」

 

 何時(いつ)か聞いた妹さんのことか。

 幼い頃に亡くなったと聞いている。

 けれどこれは違う気がする。

 

 私に限らず周りの子たちの共通認識で、『代わり』とはいえ、年齢差からあの人は親──父ではなく、兄の様な存在だった。

 だから初めの頃は「お兄ちゃん」などと言う子は沢山いて、その度にあの人は機嫌を悪くしていた。

 私も、一度誤ってそう呼んでしまった。

 私には何年も前に生き別れた兄がいたから、馴れてきた頃につい、口に出てしまった。

 

 そのことを言うとあの人は、特別枠の特別扱いと称して、私には許可をくれた。

 てっきり真逆の境遇から、兄代わりになってくれると言うことで、だから私は、妹さんの代わりにと思ったのだけれど、あの人は「必要ない。もう間に合ってる」と返した。

 

 その言葉が、字面通りの意味なのか、将又(はたまた)隠された意味があったのかは分からないけれど、あの様子なら、あれだけの『脆さ』の原因とは別だろう。

 気にしていないからか、踏ん切りが付いているからかは、分からないけれど。

 

 ならば、ならば、ならば。

 こうして考えると、私はあの人のことを殆んど知らないんだと思い知らされる。

 あの人のことも、あの人の言葉も。

 

 ──何時かお前は、人を怨むだろうけど、その時は此処に来い

 

 あれは一体、どういう意味なんだろうか。

 

 

 

 

 

§§§

 

 

 

 

 

 此処は何処だ?

 見覚えがない部屋だ。

 異常なほど、という量ではないけれど、決して一般的とはいえないだけの数の本が貯蔵されている。

 そんな所だった。

 他には特徴といえるだけの特徴が何もない。

 強いて挙げるならば少し埃っぽい所だろうか。

 一部とはいえ綺麗になっており、なんというか、長らく使われてない部屋なんだろうな、と思った。

 どういう経緯で俺がこの部屋で寝かされる様な状況になったのだろうか。

 

 よく見れば身体の至る所に包帯が巻かれており、全身痛くて動かせない。

 今現在置かれている状況を認識している内に、段々と意識がハッキリしていき、気を失う直前の記憶が──あれ···?

 

 記憶···ここで目覚めるその前。

 

 イヤ、もっとそれ以前。

 

 俺が産まれてからそれ以降の記憶が···

 

「っ···痛!」

 

 頭が、割れそうだ。

 考えれば考える程に頭痛が増す。

 分かることが一つしかない。

 

 俺は誰だ?

 

 無知の知。

 分からないことが分かるというだけで、他が一切分からない。

 記憶が、ない。




 最近書いてて、状況や情景なんかの描写が特に苦手なんだと知りました。
 書けるか書けないかの違いであって、クオリティにどれ程の差があるのかは分かりませんけれど、考え事なんかのシーン、心理描写とでも言うんですか?そこはとても筆が進みます。
 やばいなあ、ここから先心理描写オンリーが暫くない。
 そして今回登場した二人はこれから暫く出番がない。
 名前だけでも出せるようにしたいんですけどね···。

 察しの良い人なら分かりそうな内容だし、上手く出し抜きたいモノです。
 バレないように伏線を張ったり、ミスリードを誘ったり。

 まあ何はともあれ、序盤のアンケート結局無意味でマジすいません。
 こんな作品ですが、感想・評価等頂けたら幸いです。


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終わり編~復讐~
6話 出会えた喜び/底の無い憎悪


 鬱蒼と木々が生い茂るワース樹海。

 闇の三大勢力と称される闇ギルドの多くを傘下に従える三つのギルドからなる、バラム同盟の一角、六魔将軍(オラシオンセイス)の求める魔法、ニルヴァーナは、この地に眠っている。

 奴らがニルヴァーナを手に入れるのを阻止し、危険因子を排するために集まった···のだったか。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)化猫の宿(ケット・シェルター)の四つのギルドから集められた連合軍···か。

 やれやれ、とても残念だね。

 今回俺は手出しを許されてはいない。

 六魔は元より、連合軍の方にもだ。

 噂に名高い火竜(サラマンダー)妖精女王(ティターニア)、それに聖十のジュラ···是非とも戦ってみたいものなのだがね。

 まあ今回は我慢するとしよう。

 俺が此処に来たのはこの四年でどれだけアイツが成長したかを見に来たんだ。

 それに、あの男はもっと我慢しているんだ。

 

 殺したいほど憎い相手(・・・・・・・・・・)を前に、ずっと我慢しているんだからね。

 

 

 

 

 

§§§

 

 

 

 

 

 ブレイン···。

 アイツの顔には見覚えがある。

 誰だ?

 既視感(デジャヴ)というヤツか?

 イヤ違う。

 そんなモノじゃない。

 確実に。

 

「うっ···っ···」

 

 ああ、クソ。

 さっきから頭が痛い。

 割れるみたいにクソ(いて)え。

 今日は厄日か?

 決して手出し出来ない怨敵二人が直ぐ側にいる、こんな胸糞悪い事この上ない出来事で機嫌が悪いってのに、こんな頭痛まできてさ。

 ストレスには強い方だけど、だからって不快なことには不快なんだ。どういう嫌がらせだよ、不愉快極まりない。

 

 視線を右に向ける。

 その先には趣味の悪い、髑髏の付いた杖を持つ白髪褐色の巨漢。

 ブレインがいる。

 

 やっぱりオレはアイツを知っている。

 誰なんだ?

 

 息が苦しくなる。

 胸がざわつく。

 思考が乱れる。

 感情がいうことを聞かない。

 

 何故なんだ。

 ここまでオレの意識が釘付けになるのは。

 分からない。

 何かあと一つ、ピースが──

 

「何をしている」

 

 一度だけ、心臓の音が一際大きく響いた。

 ドクン、と。

 胸の内ではなく、頭の──脳の奥底で鳴ったかの様に。

 同時に、頭に鈍器で殴られたような衝撃が走る。

 

「ぁっ···」

 

 蹴り飛ばされた。そうそう、それこそこんな感じな衝撃だ。

 この衝撃を数倍にして、不快さを数十倍にしたような、そんな感じだ。

 けど、不思議と心は充足している。

 全ての感情が、不快で忌まわし()な歓喜に塗り潰される。

 だって。

 

 思い出したんだから。

 いや、思い出したというより、繋がった。合点がいった。

 そうか。

 そうかそうかそうか。

 

「お前か···」

 

 この一言を呟いて、オレの意識は途絶えた。

 今この時。

 漸く出会えた喜びと。

 コイツへの底の無い憎悪が。

 オレの全てを包み込んだ。



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7話 遠慮なくやっても問題ないな

 ニルヴァーナを手に入れる為に、オレたちは今日ここに来た。

 しかし、そんなオレたちを食い止める為に、徒党を組んだ正規ギルドの連中が立てた作戦をエンジェルの星霊 ジェミニによって把握し、作戦の核である魔導爆撃艇を破壊し、聖十のジュラを一早く潰した。

 残りの連中は所詮有象無象。

 そうブレインは言っていた。

 実際その言う通りで、残りの中で最強であろう妖精女王(ティターニア)でさえ、多少苦戦はしたものの全力を出すまでもなく倒すことができた。

 ここまでは予定通りで予定調和だった。

 

 しかし、たった一人だけ倒れない男がいた。

 オレだけでなく、エンジェル、ホットアイ、レーサーとの四人がかりでもだ。

 見方によっては防戦一方だったのかもしれないが、アイツの"動き"が聞こえたオレにはよく分かった。

 あの男は、攻撃する気がなかった(・・・・・・・・・・)

 やり合ってる最中、チラチラとブレインの方に視線を向けて、何かしら考えて、集中してないなんてもんじゃねえ。

 その上で、全ての攻撃が躱され、流され、防がれた。

 それこそ相手にしていないと、言外に込められてる様な立ち回りだった。

 

 そんな状況に苛立ってか、ブレインが一言言葉(ことば)を漏らした時、一瞬動きが止まり、その隙を逃さずオレは全力で蹴り飛ばした。

 飛んでいって何度かバウンドした先にはブレインがおり、(うつぶ)せに倒れた奴の頭を、ブレインは力強く踏み潰し、踏み躙った。

 文字通りに見下して、ククク、と嗤いながら。

 そして(とど)めを刺すのに、その先端で貫こうとしたのか右手に握る杖を振り(かざ)したその時──

 

「あああっ!」

 

 何か硬い物が砕けたような音と水が吹き出したような音が共に聞こえた次の瞬間、苦悶の悲鳴を上げながらブレインが倒れた。

 何が起こった?

 突然の出来事に困惑してる中、男が立ち上がったのを視界に捉え、オレは目を疑った。

 ついさっきの戦ってる時には黒かった髪が、何時の間にか白銀へと染まっていたのだ。

 それこそ一瞬、別人と錯覚してしまったくらいに。

 しかしこの事は然程(さほど)驚いたことではない。

 急激な変化とはいっても所詮は髪色が変わった程度の事であるし、未だブレインの事を脳が処理しきれていなかった為に、気に止める様な事ではなかったからだ。

 しかしそんな思考が、一瞬で全て塗り潰される。

 

 白銀の髪の男がポイッ、と右手に持っていたそれを放り捨てる。

 それこそゴミを捨てるような感じで。

 しかしそれは、赤い飛沫(ひまつ)を僅かに上げながら地面に落ちていくそれは、肉片だ。

 

 思わずブレインの方に目を向けて、つまりは視線を落として漸く気付く。

 赤い──血溜まりがそこにはあり、その上でブレインは足首を押さえて蹲っていることに。

 その足首の先には何もない。

 あるべき筈の足があるのは、ブレインの傍らだ。

 つまり。

 つまり、この男は、ブレインの足を握り潰したということか。握力のみで。

 ピチョン、ピチョン、と奴の手から垂れ落ちていく血の(したた)る音に、恐怖を覚えた。

 

 オレたちは闇ギルドだ。

 それもバラム同盟──闇の三大勢力に数えられる、六魔将軍(オラシオンセイス)だ。

 それ故に、高尚な倫理観や道徳心なんて持ち合わせていない。

 いないが、それでも仲間がやられて助けに入らない程ではない。

 だからオレは、ブレインを助けようと、男への攻撃の予備動作に入った直後、

 

「あはっ」

 

 笑い声が響いた。

 

「あはっ!「あははは!「ははははっ!」

 

 それは哄笑であり、嘲笑であり、憫笑(びんしょう)であった。

 化物の如く──大きく笑う。

 呵々大笑。

 

「ははは!「ははっはははっ!「ははははっははは!「っはははは!「あっはははは!「あははははははははは!」

 

 散々笑って、まるで満足したように笑いが止んで、何事もないかのように、奴はブレインを蹴り上げた。

 その蹴りは予備動作(タメ)がなかったので、攻撃の動き出し(初動)を察知するのが遅れる一撃だったのに、自身より一回り大きな体躯を誇るブレインを、十メートル近くも浮かせる。

 その為に、オレが──いや、この場の全員がその事に気付いたのは、既にブレインが落下を始めた時であり──地面に叩き落とされ、砂埃のみならず砕けた岩石の欠片が四散する、その時だった。

 いや、それだけじゃない。

 オレが見たあの色、そして聞こえた音、確実に、血や臓物までも飛んでいる。

 その予想は当たっており、砂埃が晴れて漸く拝めたブレインは所々痙攣し、片腕はありえない方向に曲がっており、血反吐を吐いている。

 そんな痛々しい見た目となっていようと関係ないとでも言うかのように、跳躍していた男はブレインの顔面を落下点に着地した。

 約十メートルの高さからの落下のエネルギーを乗せた蹴りの威力は当然高く、足が退けられて見えたブレインの顔は、明らかに骨が陥没している。

 それでも尚、ブレインへの猛攻は──この惨劇は続く。

 

 闇ギルドの一員だが···いや、だろうが、この状況は、目を反らしたくなる。

 ここまでの惨状は見たことはないし、起こしたこともない。

 殺しとか、拷問とか、そんな次元じゃない。

 一方的な蹂躙。

 蟲の共食い···違う、人が虫を玩具の様に弄んで遊ぶ様に、人が人を弄んで──嗤ってる。

 

「はははははははは!「ははは!「あっはははははは!「ははっははっはははは!「はははははっははははははははははははあはははっはははははははははははははは!」

 

 動くことができなくなって息を呑んだその時、すっかりボロ雑巾(さなが)らとなったブレインが、飛ばされた勢いで滑り、オレの足下で止まる。

 生きているのが不思議で仕方ない程の無残の状態だ。

 

「ぁ···ぇぇ···」

 

 酷く小さな声で、まともに声も出せない状態のブレインが、何かを言った。

 なんと言おうとしたかは、考えるまでもなくわかる。

 助けを乞うたのだ。

 しかし、どうすればいい。

 これだけの残虐性、精神のみならず実力まで化物のコイツと戦えと?

 無理だ。

 呆気なく殺される。

 だってずっと聴こえるんだ。

 ブレインを殺さない様にと、殺したらダメだと、何度も何度も心の中で繰り返す奥底で、殺す殺すと呪詛の様にハウリングする声が。

 チンピラがなんの覚悟もなく大口叩いてるだけなのとは訳が違う。

 殺したいという気持ちを上回る程の殺すだけじゃダメだ(・・・・・・・・・)という憎悪が渦巻いているのが。

 ブレインが今尚生きているのは、あくまでも生かされているだけでしかない。

 下手に割って入ろうモノなら先ず間違いなく死ぬ。

 唯一の希望があるとするならああやって(なぶ)られることなく殺される可能性があるということだろうか。

 どういう訳だかブレイン以外には興味は一切無いようだからな。

 

 そうやって自己完結なり現実逃避なりしてないと、とてもじゃないが狂ってしまいそうだ。

 だって今オレの直ぐそこにブレインが居るんだから、当然そのブレインを追って、奴は一歩一歩近付いてくるんだから。

 ブレインの怯える様に愉悦でも覚えてるのか、一歩一歩踏み締めて、ゆっくり、ゆっくりと。

 いや、実際はどうなのだろうか。

 さっきから時間の感覚が変だ。

 オレはもうずっと前に視線を前に向けようとしているのに、まだ下を向いてる。

 それに、体感ではもう何十分も経ってるように感じる。

 それこそ一瞬が何秒にも何分にも感じるように、全てが、自分の動きさえもスローモーションに感じる。

 その事にやっと気付いた時は、とうとう頭が上がった時で、オレは奴と目が合った。

 真っ正面から見られ、認識された。

 視界に入っているだけの、風景となんら変わりない存在としてでなく、一個人として認識された。

 

「あ···あああっ!」

 

 オレはプレッシャーに耐えられず、無意識に前に飛び出した。

 逃げるという選択肢を取らなかったのはプライドか、それともオレは自分が思っている以上に仲間思いな奴だったからなのか。

 どっちだろうとこうなってしまってはもう関係ない。

 今さら回避行動に打って出るくらいならこのままタックルする方がいいだろう。

 どの道一秒も経ったなら死んでいるだろうが。

 ならせめて、一矢報いてやろうと、奮起して、全力で突進する。

 

「ああああああ!」

 

 なりふり構わず。

 無策で。

 ただただ全力で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着けよ。そうカッカすんな、被害者」

 

 いっそ運良く押し倒すことが出来て、これまた運良くこの男が思い切り頭をぶつけて戦闘不能になってくれないかな、とか考えてみたりして──。

 そこまでは覚えている。

 しかしそこから先の現在までに何が起こったか全く以てわからない。

 記憶と意識が断絶されているかの様に、気が付いた時には今の状況で、折り畳まれていた。

 折り畳まれている。

 妙な話だが、折り畳まれているというのが最も適している状況だろう。

 両手は後ろに回されて押さえ付けられ、膝や腰などは正常な方向に折り曲げて取り押さえられて背中に乗られており、首回り以外が全く以て可動しない。

 これだけの芸当を一瞬で、されている最中にも気付かない手際でやったのか。

 それこそ反射的な防衛が一切機能していない、抵抗することもなくされるがままに。

 

「頼むから邪魔しないでくれよ。こちとら、その後は三日三晩寝込んじまうくらいに、全身全霊を以て今の全エネルギーを余すことなくそこのクソ野郎に生きたままぶつけたいんだよ。余計な事はさせないでくれ」

 

 可能な限り首を曲げて上向かせて視認したその顔は笑っていた。

 さっきから浮かべていた凄惨な笑みは鳴りを潜めており、その笑顔は酷く朗らかで柔らかだ。

 そうして男は、諭す様な口調で頼むと言った。

 言って、悪意が一欠片も見えない満面の笑みを浮かべて、ヒョイッ、と身軽にオレの背中から飛び降りて、平然と背を向けてブレインの方に向かって行く。

 歩調を早めたのか、それとも先程のはやはり時間感覚が狂っていたのか、今度はあっという間にブレインの直ぐ側に到達する。

 オレはその間、ずっと動けないでいた。

 もう拘束は解けて自由に動けるというのに、動こうとする意思すら湧きはしない。

 ただただ呆然としている。

 だって──

 

「ありゃ」

 

 およそこの場に似つかわしくない能天気な声がする。

 

「こいつ、死んでら」

 

 さっきまでの人間離れした威力とは違う、反応を窺う様な軽い蹴りを幾度も浴びせながら男は言う。

 気軽そうに。

 何でもなさそうに。

 人を殺したことは勿論、死なせてしまったことにさえ、何も思ってなさそうだ。

 そして続けてこう言う。

 それすらも、何でもなさそうに。

 

「ま、生き返らせりゃいいか」

 

 ここで初めて、男は自身の力を表に出す。

 異常な力とはいえ、あくまでも身体能力の延長線上のものとは違う、異能の力を。

 全身からオーラを吹き出す。

 死者蘇生の能力者なのか?

 いや、念能力の性質上、最低でも一人の命を使わなきゃそんなこと──人?

 居るじゃないか、ここには。

 それこそ十人以上も。

 この場の何人かの命と引き換えというのなら、代償としては十分だろう。

 等価交換は、成り立つ。

 

 しかしそんなオレの予想は、掠りさえもせず、奴は能力を発動する。

 この現象が奴の能力によるのならば、だが。

 血が、奴の近くに集まっていく。

 血液のみでなく、辺りに散乱している肉片も臓物も骨も、全てが動き、集まっていく。

 集まり、戻っていく。

 ブレインの身体に。

 血や骨や臓物が次々と患部より体内に入り込んでいき、元通りに戻っていくように肉片が張り付いて見かけ上は治っていく。

 歪な形だった腕や顔は無理矢理その形にされているようにして、治っていく。

 

「気になる?」

 

 その現象への疑問を見抜いたのか、奴はぐるりと首を後ろに回して聞いてくる。

 オレに対して問うてくるのは奴にとってこの場にいる他の人物は全て認識していないからなのだろうか。

 正直、周囲にそれだけの興味関心しか向けてなかったとて、納得できる。

 

「別にそこまで凄いことはしてないよ。ハイレベルなジグソーパズルみたいなモンさ。隠すようなことでもないから言うけど単なる『死体を操る能力』さ。それで吹っ飛んだ部分を元々の形にしてるだけ。全部終わったら心臓とかも動かせば蘇生完了」

 

 こんな風にね、と言って締められて十数秒後、ブレインが目を開いた。

 ブレインが真っ先に捉えたのは奴だったのだろう。

 情けない声を上げて地を這って距離をとる。

 本当に、死者が蘇った。

 

「お~、初めてやったけど出来るモンなんだな。良かった良かった」

 

 本当に良かった、と言って、奴の顔にまたしても、凄惨が笑みが浮かぶ。

 

「これなら、遠慮なくやっても問題ないな」

 

 有言実行、ということか、さっきまでと違って今度はオーラを身に纏って攻撃体勢をとる。

 殺してしまっても大丈夫と知って、唯一の理性が外れたということか。

 死なない様にと嬲られて、死んだとしても蘇る。

 それは(まさ)しく等活地獄(さなが)らだ。

 ブレインにとっての本当の地獄が始まる、その時。

 

 ブレインと奴の中間地点の辺りから、樹木が飛び出す。

 針山の如く、大量の鋭く尖った先端が奴に向かって伸び進むも、奴は素早く飛び退いて回避する。

 誰の仕業かを考える間もなく、あの樹を生み出した人物が現れる。

 恐らく、とかじゃなく、先ず間違いないだろう。

 何を隠そう、樹の中から登場したのだから。

 

「ん? 懐かしい顔だけど···こう言った方が適当かな。初めまして」

 

「顔が見えているのかね?」

 

「いや、ただ単に雰囲気作りで言っただけさ。見えちゃいないよ、そんな格好されちゃあね」

 

 声音からして男なのだろうその人物は、フードを目深かに被り、全身をマントで覆ってる為、顔や体格が判別できない格好である。

 知り合いなのか初対面なのか、よく分からない挨拶を互いに交わして話を進める。

 双方共にオレの魔力じゃ干渉できない程の実力者のようで、読心が通じない。

 奴の方はさっきまで聴こえていたが、オーラを纏ってから聴こえなくなっていたことに、オレは今さらながら気付いた。

 

「で、なんの用? 今ちょっと立て込んでるから後にしてほしいんだけど」

 

「何、簡単な話だよ。それ以上は止めろ。データの収集ができん」

 

「あっはは。そりゃ簡単だ。けど、やると思うのか? そりゃ出来るけどやらない事だぜ」

 

「やらない? 本当に?」

 

「いや、嘘だよ。うそうそ、詐欺と言ってもいいね。これでも()と立場は(わきま)えてる方さ。ついでに言うならお前とアイツの顔を立ててやる。良かったな、クソ野郎。この場限りは見逃してもらえて。けど、分かってるよな」

 

「ああ、次は邪魔しないさ。約束する」

 

「そう、ならいいさ」

 

 それだけのやり取りを終えて。

 男は樹の中へと姿を消して大地に引っ込んでいき、やがてヒビ割れた地面のみが残った。

 

「はは」

 

 それを見届けて、奴は笑う。

 何度目だろうかと思うくらいに、いい加減くどくてしつこい。

 そして奴は地面を踏み込んだ。

 男が残していったものよりも大きく大地に穴が開き、ヒビ割れて砂利や砂埃が巻き散る。

 今は位置関係的に奴の顔は拝むことができないので、その心情を窺う事ができないが、その行動は八つ当たりの様な意味合いがあったのだろう。

 奴は踵を返すとこの開けた場所の端にある樹に背中を預けて座り込む。

 眠ったのか、そしてあの変化は変身の類だったのか、白銀の髪が黒く戻っていく。

 何がなんだかわからないが、一時的に脅威は去ったということでいいだろうか。




終物語(リビングデッド・ドール)
 生命活動が行われていない生命体を操る能力。自身でも操っているものでもいいので対象に触れることで発動する。

名前の由来
終物語:西尾 維新先生の作品より。
作中で云われる『終わり始まる物語』から終わり=死で、死んでることが能力発動の条件なため。

リビングデッド・ドール:特になし。
多分その元ネタはアメリカのリビングデッド・ドールズなんでしょうけど、なんとなくホラー人形のイメージとして『リビングデッド・ドール』があったので。
イカルゴの能力ではないと思うんですけどね~。死体と遊ぶな子供たち(リビングデッドドールズ)ですし。


 これから念能力が登場した回はその回の後書きで上記の様に解説を行います。
 といっても作中で出てきた範囲のみ、という前提の上ですが。
 実際終物語(リビングデッド・ドール)もあれで全容を明かした訳じゃないですし。
 そんな訳で白髪への変化はまた後程。


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8話 正義と悪

 今回、前半(というか大半)の語り部はシャルルなのですが、この頃のシャルルのキャラってこんな感じじゃなくなかったですか?
 ウェンディ以外はどうでもいい、みたいな。
 少なくとも私の中ではそんな感じです。
 読者さんのイメージと反したらごめんなさい。

 あと今回は長いです。
 長い上に内容はちょっとアレです。


 私たちは、王の間という(らしい)ニルヴァーナの中央に聳える一際高い塔の天辺に来た。

 私以外にはウェンディと妖精の尻尾(フェアリーテイル)のナツ、グレイ、ルーシィ、青猫、そして蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のジュラがいる。

(死人はいないが)犠牲を出しながらも、あと一人にまで減った六魔将軍(オラシオンセイス)のミッドナイトを探すことよりもこちらを優先したのは、ニルヴァーナを止める為だ。

 リチャード──ニルヴァーナの効力で改心した六魔将軍(オラシオンセイス)の一人だったホットアイの話では、ニルヴァーナはここで操縦されているそうだ。

 任務の上でも止める必要はあったが、これが私とウェンディの所属しているギルド 化猫の宿(ケット・シェルター)に向かっているとなっては、重要性が増してくる。何故私たちのギルドを狙っているかという疑問はあるけれど、その答を知るのは、ニルヴァーナを止めてからでも遅くはない。

 

 しかし、どうにも腑に落ちない点がある。

 六魔将軍(オラシオンセイス)の残りメンバーはホットアイを除けばミッドナイト唯一人であり、そのミッドナイトはホットアイと交戦中である。いや、もう勝敗は着いており、敗北したのはホットアイの方かもしれない。

 だとしても、私たちより先にミッドナイトが王の間に居るという事はないだろう。

 ならば何故、(いま)だニルヴァーナは動き続けているのだろうか。

 ホットアイは、ニルヴァーナがケット・シェルター(私たちのギルド)に向かう理由は(おろ)か、目的地すら知らなかった。

 たった五人だけの仲間(ギルドメンバー)にすら打ち明けなかった情報を、事ここに至ったとはいえ、傘下のギルド(下っ端)に話し、目的に組み込むだろうか。ありえない。

 それならば六魔将軍(オラシオンセイス)(リーダー)であり、このニルヴァーナを操っていたブレインが王の間から離れ、そして倒れたというのに、何故ニルヴァーナは止まらないのだろうか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 推測の域を出ない、降って湧いた疑念であったが、考えれば考える程、穴が消えていく。否定する根拠がなくなっていく。真実味を帯びていく。

 しかしそうなら、ニルヴァーナはどうすれば止まる?

 ニルヴァーナの行軍速度からすると、あと十五分もあれば化猫の宿(ケット・シェルター)に辿り着く。

 王の間に行って止められなかったら、私たちはその十五分の内にニルヴァーナの止め方を突き止め、実行しなければならない。

 十五分。あまりにも短い。

 

 生来の勘の良さからきたものだったのか、焦燥に駆られながら辿り着いた王の間には、果たして何もなかった。

 何も。

 少なくともニルヴァーナを操縦(コントロール)する類いの物は、何もなかった。

 では次にどう動くか、私は直ぐ様思考を切り替える。

 解らない事に頭を抱えるなんて時間の無駄。そんな事では十五分なんて、あっという間に過ぎてしまう。

 

 自分でも意外な程に思考のシフトが速やかに行われた、その時、

 

「なんだ」

 

 野蛮人共か、と出会い頭にその男は零した。

 

「ひっ!」

 

 その容貌に、ウェンディが怯えた声を漏らす。

 声にこそ出していないだけで、私たちは全員が似通った反応を表情に写し出している。

 赤く染まっていたのだ。

 微かに鼻腔に漂う臭いからして、恐らく血。

 豪雨に降られた後かのように。

 川や湖にでも落ちてきたかのように。

 全身が真っ赤な血を浴びて、滴らせていた。

 手から、服から、髪から。

 色さえ除けば涙とも見紛う程に、顔さえも真っ赤に染まっている。

 

「······」

 

 その男、名前は確かリンといったか。彼は結局、私たちを一瞥しただけで興味を失くしたように視線を外す。

 正直、私はそれがありがたかった。

 どんな事情があるのかは知らないけれど、私が知っている彼に関する情報は、高い戦闘能力を有すること。そして、相手がブレイン()とはいえ、残酷な仕打ちをしたという二点くらいだ。

 前者は兎も角、後者は私の中で彼に対して危険人物の烙印を押すことになるには十分だった。

 そんな人物には関わりたくないし、この場にウェンディが居るためその感情はより一層高い。

 しかしここに居る全員がそう思う訳じゃない。

 例えばそう、あの男の残虐性を直接目撃していない、聖十の称号を持つ男、ジュラ・ネェキスとか。

 

「どうしたんだその格好は?」

 

「あ? ゴミ掃除の結果汚れただけだ。百二十八人中たったの十三人とか、六魔傘下には救いようのある奴が少なかったよ」

 

「···? 残りの百十五人は···?」

 

 (リン)は、わざとらしく、演義がかった鷹揚(おうよう)とした動きで小首を傾げて、平然と言ってのけた。

 

「殺したが?」

 

「殺したって···」

 

「? 文字通りだよ。生命活動を停止させた。経歴から思考回路に至るまで、救う理由がなかったからな」

 

「人格の善悪が人を殺していい理由になるとでも思っているのか!?」

 

 ジュラの猛々しい怒号が響く。

 感情がダイレクトに反映されているような強面が、彼の筋骨隆々のその体躯と合わさって威圧感を醸し出す。

 しかし、リンは一切動じない。

 物ともせずに、私たちを一笑に()す。

 

「はっ! お前らと同列とは心外だな。つうか、殺さなければ何をしてもいいと? だってお前らは、今回の一件において他の方法を検討するまでもなく、暴力で解決しようとしただろう。事情を(なん)にも知らない癖に、一方的に『悪』と一括りにして暴力を振るう(罰する)。相手のことを知ろうともせずに決めつけてさあ」

 

「まるで自分は違うみたいな物言いだな」

 

「ああ、違うよ。オレはちゃんと、話しをして──選別をしてから殺した。正しくは、傷付けた。けど、お前らは違うよなあ。闇ギルドだからって『悪人』と決めつけて掛かって暴力に打って出た。アイツらは、被害者だというのに」

 

「被害者···?」

 

 その、(およ)そ想像だにしていなかった単語(ワード)に、思わず私の口から同じ単語が洩れてしまった。

 その一言に、リンは過敏に反応し、おもむろに視線を下げる。

 見下していたような態度が、愛想を尽かしたようなものとなった。

 

「はぁ···。呆れて物も言えないな。お前らは『悪人』と『悪役』の違いすらも知らないのか。悪事を犯す奴皆が皆『悪人』とでも思ってんのかよ」

 

 んなわけねえだろ、とリンは私たちを見下して笑い飛ばす。

 

「そりゃ数はホンの一握りさ。割合にして二割強ってくらい。オレの知る限りだから必ずしもそうだと言い切れないが、全体的に見てもそんなもんだろうさ。『家族が人質に捕られた』『身近な人物が重病で正規の手段じゃ治せない』『一歳、二歳とかからその環境が日常だった』。そういった『そうせざるをえなかった奴』ってのは確かに居るんだよ。それとも何か? 『だからって人を殺して良い理由にはならないよ』とでも説くのか? だったらそんな綺麗事をぺちゃくちゃ話して陶酔してるソイツには教えてやるよ。それは言い方を変えてるだけで『君や君の身の回りの、ホンの数人を生かす為に数十人数百人が傷付くなんて馬鹿げてるよ。他の大多数の為に死んでくれ』そう言ってるだけのことなんだぜ」

 

「······」

 

 私は、彼のその(げん)にこれといって言い返すことができなかった。

 恐らく、ここに居る全員がそうだ。

 強いて言うなら、私は言い返すつもりすらも、(はな)からなかったというぐらいか。

 何故なら、酷く暴論で、屁理屈染みた重箱の隅をつつくような弁舌ではあったけれど、正しかったからだ。

 想像してしまった。

 ウェンディに何かがあって、誰かを殺すことで、ウェンディが助かるのなら。

 私はきっと、躊躇はしても、決断する。

 ウェンディのために。

 人の命を奪うことを。

 その数に問わず。

 ウェンディ(一人の命)その他の人間(多くの命)を天秤にかけた時に、傾くのは、ウェンディの方だ。

 

「とかなんとか、説教染みたことを言ってはいるけど、別に聞き流してくれて構わないぜ。オレはな、誰が死んだか──傷付いたかにのみ重きを置くから、誰が、何で、何人を殺したかには毛程も興味がないんだよ。ああいや、理由は殺すか否かの判断基準だからそうでもないか」

 

 思い出したかのように付け足した最後の一文だけはどうでもよさそうにして、リンは少なくとも、私たちを見下すような態度は消して語った。

 さっきまでの問答の殆どを否定するようなことを。

 あの暴論を、行きすぎた正論を、自分自身で、一蹴した。

 

「第一、オレの行動理念の大半はお前らと同じだぜ。自分にとって大切なものがあって、それ以外はどうでもいい(・・・・・・)、っていう単純明快(シンプル)なものだ。どうでもいいから傷付けられるんだろう。いいや、個々人の違いも見付けようとせずに糾弾するお前らの方が質が悪いか」

 

 不気味だ。この男は一体何を考えている?

 さっきからのこの物言い。一体何を知っているの?

 

「さあ、オレは一体何を知っているんだろうな。尤も、オレから言わせてもらえばオレが知っているんじゃなく、お前らが知らなすぎるだけなんだが。羨ましいよ、知らないというのは良い身分だ。知ってるからこそ、オレはブレインを憎む。知らないから、お前らは敵意こそ向け、憎みはしない。ドイツもコイツも、全部知りゃあぶちギレそうなものなのにさあ。グレイとリオン、エルザあたりは特に」

 

「どういうことだ」

 

「疑問が生じて、(ろく)に考えもせず、調べもせずに答を聞くとか、だからお前らは愚かなんだよ。少しは自分で考えろ。調べろ。ブレインが、楽園の塔でのジェラールの邪智暴虐な振る舞い、そして、ウルの死の間接的主犯格だってことを突き止めるくらいなら、合法な手段のみを用いたところで一ヶ月もあれば十分だ。尤も、アイツにその意図はなかったろうけどさ。けど、アイツの行動が結果としてそこに行き着いた。ジェラールは悪人となったし、ウルは···死んだ。一応聞いておくけどさ、グレイは今の話を聞いて、どう思った? 案外どうでもよかったりする? だったら憶測でものを言いましたごめんなさあい」

 

 謝る気なんて、微塵もなさそうな、上っ面ですらない謝罪の言葉を聞き流して、私はグレイの表情を窺ってみる。

 一瞬の、動揺したような表情を経て、その顔色は憤怒に染め上げられる。

 ウル、という人物と、何らかの関わりがある、否、あったのだろうか。

 

「あっはは、その表情(かお)を見るにどうやら謝り損みたいだな。けど、そうだよなあ。許せねえよなあ。オレだって同じ気持ちさ。アイツは、あの野郎は、あの人を傷付けて殺したんだ。許せない。許せない。許せない。アイツがしたことは結局のところ切っ掛けでしかなくて、あの人の死に、直接的な関係はないけど、生物である以上最後は死ぬんだと解っているけど、だからって、悪意を持ってされたことを『どうせ結果は同じだから』と『どうせ早いか遅いかの違いでしかない』と許せると思うか? いいや、許してなるものか。この怒りはどうやっても治まりそうにないしアイツがのうのうと生きているのはもっと許せない」

 

 その表情は、怒りに満ち満ちていて。

 人間らしさに溢れていた。

 全てを見透かすような化物染みた雰囲気が消えた。

 今、そこにあるのは

 

「ああ、眼球を抉りたい。内臓を磨り潰したい。火攻め水攻めも一興かな。いっそ身体の末端から微塵切りにしていくのもいいかもしれない。筋繊維の一本一本に至るまで丁寧に剥いでいくのもありかもな。それとも一切の道具を使わずに四肢を()いでみようか。塩酸と硫酸を飲ませるのはどうだろう。人喰いの魔獣に生きたまま喰わせるのもいいなあ。いっそ人間犬にしてやろうか。でもマグノリアで全裸の中年を鎖で繋いで歩き回るのはオレにもダメージがあるしなあ。寄生虫を植え付けようかな。等活地獄黒縄地獄衆合地獄叫喚地獄大叫喚地獄焦熱地獄大焦熱地獄阿鼻地獄、これら八大地獄になぞられた罰ってのは洒落が利いてていいなあ。目一杯魔力を送り込んで、体内で爆発させるのは因果応報って感じでいいかも。虫歯結石こむら返りみたいな『心配されないけれど激痛を伴うもの』ってのは、いや、ちょっとつまんねえな。(はりつけ)はどうだろう。まあオレが想像してるのは縛るんじゃなくて杭で貫いて十字架にするから磔で正しいか解らないが。どうせならオレの特徴を生かすか? オレは純粋な身体能力でいえば平凡極まるんだから、ひたすら嬲るのはありかも。急所さえ外せば、数日感に(わた)って痛ぶれるしな。ああそうだ、これまでアイツが傷付けてきた人たちの幻を見せ付けるのもありかな。どんな面して命乞いをするんだろうなあ。いっそのこと全部実行しようかな。尤も、それでもこの怒りは1ym(ヨクトメートル)も揺らぎそうにないが」

 

 度が過ぎた、人間らしさの塊ともいえる程の強大な悪意。

 憤怒。憎悪。殺意。遺恨。害意。私怨。怨嗟。賊心。物恨。怨念。醜悪。毒心。

 自己の利益を何よりも優先し、他の全てを切り捨てる、利己的な思想、独善的な思考、自己中心的な人格。

 人の誰しもの心の奥底に存在する、底のない悪意の源泉を──彼は(さら)け出している。

 

「オレは、最低最悪のゴミクズ野郎だから、敵に関しては信念も信条も捻じ曲げるし棚上げにすることもしばしばだ。良いだけの人間はいない。悪いだけの人間はいない。どの方向から見ても同じ性格の奴はいないし、どの時点でも同じ性格の奴もいない。仮に、仮の仮に、億千に一つの可能性としてブレインが家族や友人の命を救うために、今の環境に身を置くことなっているんだとしても──関係ない」

 

 どうでもいい、とリンは切り捨てる。

 

「コブラたちは確かに被害者だ。加害者にさせられたという、被害を受けた。けれどそれはイコールで、力を得たということだ。略奪者に──勝利者になったということだ。どれだけ詭弁を重ねようと、結局のところ弱肉強食は世の節理だ。弱い奴は搾取されるしかない。オレみたいな一部の第三者はコブラたちに、可哀想なんて『同情』こそしないけど『不幸』だとは思う。けど、当人たちはどうなんだろうな」

 

 そこで、リンの声色に変化が訪れる。

 先ほどまでのが、ぶつけどころを見失って垂れ流しにした悪意であれば、今あるのは、明確な対象に向けた──眼前の私たちに向けた怒りが、見え隠れしだした。

 

「どんな不幸な状況にあっても、そいつが平気な顔をしているなら手を出すべきじゃない。わざわざ声をかけて、『お前は不幸なんだよ』と教えることに、どんな意味があるんだ? そいつ自身が不幸を楽しんでいるなら、周りの人間が何かするのは、余計なお節介ですらない。ただの自己満だ」

 

 確かに、その通りだと、私は素直に思った。

 第三者から見て、その状況がどれだけ不幸で、可哀想であったとしても、当事者の望みを無視して助けようと、否、関わろうとするのは、単なる、自身の都合でしかない。

 自身を省みない自己犠牲の精神ではなく。

 他者の都合を省みない自己満足。

 一歩間違えれば『悪』と取られる、その生き方が、きっと『正義』なのだろう。

 そういう意味では、正義と悪に、違いはあるのだろうか。

 

「性格は環境に合わせて最適化されていく。自己嫌悪は、度が過ぎれば自身をも殺しかねないから、脳が自己防衛に暗示を掛けるからだ。過酷な環境下で育った人間が他人(ひと)に優しくできる訳ないだろう? そうなってしまっては、楽園の塔から解放し、人を傷つける術を授けたブレインは、アイツらにとっては恩人だ。楽園の塔からの解放は、オレはとんだ『悲劇』だと思うけど、アイツらにとっては『救出劇』だ」

 

 ああ、なるほど、そういうことか。

 (ようや)く明文化されたことで、彼の言葉を理解することができた。六魔将軍(オラシオンセイス)が被害者だという発言に、納得ができた。

 私は、正直なところ自分が善人だとは思っていない。

 物事に優先順位を付け、上位のもののために下位のものを切り捨てるのを、きっと私は(いと)わない。

 ここより上位のもの同士では優劣を付けず、切り捨てることはしない、というボーダーラインを作ったとして、私が自覚する限りにおいてそこに居るのはウェンディのみである。

 必要とあれば、法も規則も、私にとっては、敵でしかない。

 それと似た行動なのだろう。

 六魔将軍(オラシオンセイス)は、生きるために、他人を切り捨てた。

 

「ははっ! 冗談(ジョーク)だよ冗談(ジョーク)。ドイツもコイツも難しい顔をして思い悩んでんなよ。言ったろ? 適当に聞き流せ、って」

 

 そしてリンは、無造作に、唐突に、そして平然と、自身の左腕を()ね飛ばした。

 傷の断面は勿論、飛んでいった腕からも止めどなく鮮血が流れ出る。

 しかし当の本人は意に介さず、声一つ漏らさずに、地面に転がる肉塊(自分の左腕)を踏み潰し、そして右手から左腕を出した(・・・・・・)

 何の前触れもなく、気が付いたらそこにあったとしか表現のしようがないくらいに、いつの間にか彼は左腕を握っていた。

 左腕を踏みつけたまま(・・・・・・・・・・)

 そのまま彼は持っている左腕の断面を傷口に押し当てる。

 そして左腕から手を放すも、落下することはない。

 血管や骨、筋肉に神経さえもがこの一瞬で繋がったとでもいうのか、彼はたった今、()も着脱自由な付属品のように取り付けた左手でもって、左腕を拾い上げた。

 

「見ての通り、これがオレの能力。身体(からだ)部品(パーツ)を具現化する能力」

 

 血液だって身体の一部なんだぜ、と言って、彼は(てのひら)から血液を垂れ流す。

 蛇口から水が流れているように、際限なく血がドボドボと流れ出している。

 

「オレは、かな~り性根の捻じ曲がったお人好しだから、趣味なんだよ。コブラたちみたいのに手を差し伸べて希望を与えるのが──お前らみたいな世の中の汚い面を知りもせずに綺麗事を謳う奴らに、現実の残酷さを説いて絶望させるのが。言ったろ? オレは最低最悪のゴミクズ野郎だ、って」

 

「一体何を言って···」

 

「だいたいさぁ、オレが人殺しなんて大それたこと、できる訳ないだろう? そもそもとして、オレは復讐肯定派だけど、殺人反対派だしな。だって死は救いだろ? 痛い思いも苦しい思いも辛い思いも悲しい思いも一切感じなくなる。残酷で不条理で理不尽な世の中からの解放だ。だからオレはブレインに、天寿を全うして欲しいと、理想を言えば死なないでほしいと、きっと誰よりも願っているぜ。一万分の一秒も絶えることなく『死にたい』と願わせて、な。オレに人を死なせてあげる(・・・・・・・)『優しさ』なんて、ありはしないんだよ。はっははっ!」

 

 そしてリンは、笑う。

 高らかに笑う。

 腹を抱えて、口元を抑えて、何度も何度も、愉快気に笑う──見かけ上は。

 いっそ大爆笑しているように見えるけれど、聞こえる笑い声はその実、酷く不自然で聞いていて痛々しい、渇いた笑い。

 

「だったら···」

 

 笑っている時の声音を残した震えた声で、リンは語る。

 

「だったらなんで、あの人が死んで、オレは怒ってんだろ···。悲しんでんだろ···」

 

 喋っている様を、間違いなく見ていたというのに、誰が話しているのか分からなくなりかけた程に、震えた、弱々しい声。

 先の弁舌を披露した人間と同一人物だとはとても思えない、今にも泣き出してしまいそうな表情(かお)

 その二点から窺える情緒の不安定さからくる気味の悪さを覚える反面、あまりの弱さに、無意識に警戒のレベルが下がった── 一瞬だけ。

 目元を擦っていたその手をどかして見えた顔は、またもや人が変わったような、飄々とした表情を浮かべていた。

 

「ちょっと喋り過ぎたかな。ま、こんな感じだよ、オレの本音っつうか本性は。そうだな、『夢は努力すれば必ず叶う』と言うけれど、『夢は努力すれば叶うこともあれば叶わないこともある』と思っている、って感じかな。虫唾を走らせながら綺麗事に付き合う、っつうか」 

 

「何で···」

 

「ん?」

 

「だったら何で、あんな話をしたの···?」

 

「言ったろ、趣味だって。それに、同類のアイツらが一方的に悪者にされるのを、見過ごせる筈がないだろう···」

 

 同類。

 感情の読めない、凛とした姿勢が、その言葉を発した一瞬だけだが揺らいだのを、私は何となく感じた。つまりは、ただの直感だ。

 根拠がない、曖昧な情報。

 強いて言うなら違和感程度のそれを、しかし私は無視した。

 気にするべくもない些事(さじ)であると、思ったから。

 長かった問答──というよりはリンの一方的な詰問に終わりが見えてきた、その時。

 頭の中に声が響いた。

 

『皆さん聞こえますか? 私デス。ホットアイデス』

 

「リチャード殿!? 無事なのか!?」

 

『残念ながら無事ではありませんデス』

 

 念話を使い、私たちに声を飛ばしている主であるホットアイ──リチャードは、ミッドナイトに敵わなかった、と告げる。

 次いで、ミッドナイトの打倒を打診する。

 

『奴を倒せばニルヴァーナへの魔力供給が止まり──この都市は停止するハズ』

 

「生体リンク魔法で動いてやがったのか」

 

 ニルヴァーナの止め方が判明し希望を見いだしたウェンディ、強い奴と戦えると、何故か熱くなっているナツ、ナツ程ではないにしろ、戦意を高めるジュラやグレイ。

 三者三様の反応を示す中、リチャードが最後に言葉を紡ぐ。

 

『六つの祈りは残り一つとなりマシタ。必ず勝って······ニルヴァーナを···止めるのデスヨ···』

 

 一瞬ノイズが走り、念話が途切れた。

 

「しゃあっ! んじゃあさっさと居眠りヤロォぶっ倒してこれ止めんぞぉっ!」

 

「ちょっとナツ···」

 

 戦意を昂らせ、叫ぶナツを、ルーシィが(たしな)める。

 挙動不審でチラチラと向ける視線の先に居るのは、リン。

 あの弁舌を聞いて、当人の前であの態度を取るのは、勇敢なのか、将又(はたまた)ただの馬鹿なのか。

 

「人の顔色窺ってんなよ。別に好きにすればいいさ。自分の都合を優先するために、他人の都合を捻じ曲げるなんて世の常だろうが。オレが気に食わないのは事後処理くらいだ。ボコって放置するお前らの性根くらいだ。子どもの躾と同じだよ。まさか、子どもが何か悪いことして、罰として殴って終了なんてことはないだろう? 手を上げたんなら納得できるだけの理由を説明する。殴って誰も彼もが改心する訳じゃない──話せば分かるって、そういう意味だろ?」

 

「あ···ああ。そうだな」

 

「あっはは、何その反応。オレが真面(まとも)なことを言ったのがそんなに可笑しかったかよ。酷い酷い。オレはお前らが嫌いだから当たりがキツいだけで、それなりに常識と良識は有しているよ」

 

 嘆息して、世間話でもしているかのような自然な流れで、彼は嫌いといった。

 そしてこれ以上その話を掘り下げる気はないと、態度で示すかのように、私たちに早く行くようにと促す。

 

「ちょっと待ちなさい。ウェンディ」

 

「え? 何、シャルル?」

 

 彼の催促を受け取って、早急にミッドナイトの下へ向かおうと動くジュラたちに着いて行こうとしたウェンディを、私は引き留めた。

 理由は二つ。

 一つは行っても意味があまりないため。

 私もウェンディも、戦闘能力という観点で見た時、その実力は皆無といって差し支えない。

 付いて行ったところで、足手纏いになる可能性が高い。

 それで誰かが傷付くのは気分が悪いし、ウェンディもまた望まないだろう。

 ではどう動くかとすると、決まっている。

 

「私たちはジェラールを探すわよ」

 

「ジェラールを? どうして?」

 

「ははっ!」

 

 笑い声がした。

 

「何?」

 

 私は即座に睨み付ける。

 その視線の先に居る男は、私の態度など一切気にせず、笑ってみせる。

 

「別に、感心しただけさ。そうだ、信じるな──疑え」

 

 気持ちが悪い。

 私は素直にそう思った。

 

「声帯模写ってやつだよ。たかが身体操作法に長けているだけで可能なこと、魔法を使えば容易にできる」

 

 私の脳裏を掠めた一つの可能性。

 それが正解であると示唆するように、男は語る。

 諭すように。促すように。見下すように。

 

「正直なところ、さっきオレが言った仮説が正しい保証はないし、自信もない。ただ、その可能性があるってだけだ。まあ、オレからすればどっちでもいいんだけど。ホットアイだったら保護して、ブレインだったら···まあ、言うまでもないか」

 

 話に交じって悪かった、と言って、リンは私たちに背を向ける。

 そして彼は、どこかに向かって歩を進める。

 ああいや、どこに行くかはさっき言っていたか。

 

「あのっ!」

 

「ん?」

 

「ちょっとウェンディ!?」

 

 何を思ったのか、ウェンディがリンを引き止めた。

 

「助けてくださいっ!」

 

 勢いよく、綺麗な九十度の角度のお辞儀をして、ウェンディは懇願した。

 本当に、何を思って、何を考えてそんな結論に至ったのか、全く以て分からない。

 それはリンも同様なようで、

 

「は?」

 

 と、きっと演技とか建前とかじゃない、素の、本音のところで困惑して、ビックリするくらい似合わない間の抜けた顔を見せる。

 

「ん? えっ? うん···いや···えぇ···」

 

 困惑している、というよりは当惑しているという方が適当か。

 対応に困っている、のではなく、状況を飲み込めなくて狼狽(うろた)えているといった様子だ。

 

「えっと···どうした···? 頭ぶつけた···? それとも色々言い過ぎたかな···? えっと···ごめんね···。ちょっと内容的に子どもに聞かせる話じゃなかったね。ごめんね」

 

 何だかもう、完全に別人同然だった。

 馬鹿にしている何て様子は、微塵も見受けられなかった。

 本気で慌てふためいて、心配しているようだ。

 そしてあまつさえ、謝罪さえもした。

 さっきまでは人を煽っては馬鹿にしては見下しては、散々正論で殴っても悪びれもしなかった人物が、だ。

 

「何考えてるのよウェンディ!?」

 

「えっ? だってナツさんたち怪我するかもしれないし、だけど私もう魔力あんまり残ってないから···」

 

「あ···ああ、そういうことか。でっ、でもダメだぞ。ほら、オレ危険人物。極力関わっちゃいけないよ···じゃない。オレ何かに関わると碌なことないぞ」

 

 多分、ギリギリアウトな段階で、体裁を保つのに言い直すリン。

 睨みを利かせて凄んでいるけれど、怖くなければ警戒する気が湧きもしない。

 そんな空気を感じ取ったのだろう。

 リンは諦めたように頭を抱える。

 

「はぁ~。何だろう。毒気が抜かれた。ウェンディつったな、一応謝りはするよ。ごめん、嫌だ。けどまあ変わりに白猫、シャルルだったか? お前に一つ忠言(アドバイス)してあげる」

 

 何の気遣いか、(しゃが)んで目線を私に合わせて話し始める。

 

「お前、疑ったんじゃなくて(はな)から何も信じてないんだろ。その考えは危険だ。自分が如何に無力かは、知っておいた方がいい。オレはそのせいで、色々失った。信じることは愚かなことで、疑い続けた方がいいけれど、愚かなことは悪いことではないんだから、少しは愚者になることを勧めるよ。失敗をした無能な先輩からのアドバイスだ。妬ましいから失敗してほしいけど、同じ轍を踏まないように気を付けな」

 

「···覚えておくわ」

 

 お喋りに時間を割きすぎてしまった。

 時間はもうあまり残ってない。

 私は説明を最小限にして、ウェンディに匂いを追ってジェラールを探してもらい、そのウェンディを抱えて空を飛んだ。

 

 

 

 

§§§

 

 

 

 

 

 多重人格。

 正式名称 解離性同一性障害(かいりせいどういつせいしょうがい)と呼ばれるその症状は、まあ、細かい事を言えば長くなる上にややこしいし、俺自身、伝聞程度にしか知らないので簡略的に説明すると、一人の肉体に複数の人格が存在している状態の事を指す。

 人格とは。

 意識とは。

 人間とは。

 言ってしまえば、記憶──知識と経験の積み重ねでしかない。

 何かを思い。

 何かを感じ。

 何かを大切にする。

 それらから生じる行動原理こそが、その人物のアイデンティティであり、つまりは、人を人たらしめる『生命(いのち)の定義』とは、その人物の──記憶ということだ。

 だったら、先天的にしろ、後天的にしろ、自発的な現象にしろ、相互が認知していようと──同じ肉体で生きる者同士であろうと、それは、別人だ。

 

「···ッ」

 

 俺が···。

 

「···ッ···!」

 

 俺たちが···!

 

「憎んでいるのは、テメェじゃねえええええぇぇぇっっっッッッ!!!」



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9話 早くてめえは眠ってろ

「あ? ああ、てめえか」

 

 レーサー、エンジェル、コブラ、ブレイン、ホットアイ、ミッドナイトが倒れたことで、オレは目覚めた。

 ブレインの中に存在するもう一つの人格。

 破壊衝動の権化にして破壊欲の塊。

 全てを破壊して″無″にすることこそ至高であり──娯楽だ。

 形ある物は全て破壊、破壊、破壊、オレが破壊する!

 そこに理由などありはしない!

 オレの本能がそうさせるんだ!

 全てを破壊する。それこそがオレの行動原理(アイデンティティ)

 ···まあ、今のところはそんなオレの個人的感情は置いておくか。

 ブレインのこともあるが、一応はオレが六魔のマスターだからなぁ。

 

「散々うちのギルドを食い散らかしてくれたケジメは、とらせてもらうぜ」

 

 一歩、二歩、三歩、歩を進めていき、彼我の距離を縮める。

 眼前の敵は、動かない。

 俯いて、肩を震わせる。

 

「おいおいどうしたぁ? おびえるようなタマじゃあねぇだろうてめえは」

 

 距離は、既に一メートルを切っている。

 互いに、攻撃は必中の間合い。

 しかし、動かない。

 

「ああ? まさかマジでビビってんじゃねえだろうなぁ?」

 

「···せ···」

 

「あ?」

 

 消え入ってしまいそうな小声。

 しかし、その声質に恐れはない。あるのは、怒り。

 ははっ! それでいい!

 無抵抗な奴や嫌がるだけの奴よりも、抵抗する奴の方が破壊のしがいがあるってもんだ。

 敵意があるってなら、

 

「さっさとぶっこわっ···」

 

「黙れ」

 

 オレの頭よりやや低い位置にある、血に染まった白髪目掛けて突き出した右拳を、小首を(かし)げて躱される。

 次いで、オレの意識が、追撃か、後退か、カウンターを狙う(待機)かの三択の内のどれかを選択するどれよりも疾く、オレの首が絞められた。

 反射による回避も抵抗も起きない刹那の一瞬の内に、片手で首を絞められ持ち上げられる。

 

「さっさと出せ。···ブレインを出せ」

 

 こいつ、どんな握力してやがる。

 薬指と小指は使わず──手加減していて、尚オレの首に激痛が走る。

 

「てめえを痛めつけても、苦しめても、辱めても、ブレインには何にも影響はないんだろう···? じゃあ、早くてめえは眠ってろ」

 

 オレの首を絞める指に薬指が追加され、力がより一層強くなった。

 単純な握力による痛みに加え、気道が抑えられたことによる息苦しさ、頸動脈を圧迫されて血の流れが止まる。

 調子に乗るなよガキがッ!

 オレはコイツの腕を折り、水月を蹴り付け、膝頭を踏み砕き、こめかみを掌底で打ち抜く。その、どれもが効かない。意に介さない。

 ただただ無慈悲に、オレの首を絞める力が強くなっていくだけだ。

 やばい、意識が飛ぶ。

 このまま···

 

「このまま終われるかアッ!」

 

 オレは人差し指を突き出してコイツの眼球を抉る。鍛えることで強度を上げられる骨や筋肉のような障壁のない、剥き出しになっている人体の急所の一つ。

 そのまま眼窩(がんか)まで眼球を穿って脳みそを弄ってやろうと手に込める力を上乗せするが、流石にこれには堪えたか、オレの首に込められた力が緩んで投げ飛ばされる。

 建物にぶつけられ、倒壊する瓦礫に潰されるが、この程度なら一切の痛痒を与えない。

 それよりも酸素だ。多少咳込みながら空気を吸って肺に酸素を送り込む。息が整う頃には首の痛みが引いていた。

 対してアイツは片目を失った。

 油断があったのは事実だ。だが今の攻防で認識を改める。アイツは強い。

 だが片目を失ったのなら死角が増え、眼球の痛みが動作に支障をきたす筈だ。

 対してオレはほぼノーダメージ。現状はオレの方が優勢だ。

 

「とか、甘っちょろいこと考えてる···?」

 

「な···」

 

 宛ら涙のように右目から血を流して、奴はオレの方に歩寄ってくる。その様子に、片目を失ったことによる動揺や、痛みを感じている様子はない。

 オレを捉える残った左目に、宿る意志に変化はない。

 いや、そんなことは問題なかった。何ならコイツには痛覚が全くなくて、動きが鈍ることがないという方が、まだマシだった。コイツのポテンシャルならそれくらいはまだ想定の範囲内だったからだ。

 しかし、コイツは。

 目から滴る血を手で拭うと、閉じていた右目を開いた。そのから覗くのはぐちゃぐちゃに潰れた眼球ではなく、真っ赤に充血しながらも、原型を止めた右眼球。

 そして、目尻に残った血液を拭って、その時にまた右目を瞑って、開いたその時には、もう、完全に目は治っていた。

 

「さ、どっちが優勢なのかな?」

 

 

 

 

 

§§§

 

 

 

 

 

 何も楽しくない。いや、別に楽しさは求めていないが、この現状はもっと求めていない。

 アイツは、ブレインであって、ブレインじゃない。同じ肉体を用いているだけで──厳密には精神の変化が肉体にも影響を及ぼしているようなので異なるが──別人だ。

 それで満足ができるってなら、その辺の目に付いた奴を適当に(なぶ)って終わりでいい。それをしないのは、そんなもん、望んでないからだ。

 復讐という大義名分を抱えながらも、満たそうとしている自己満足に、浸れないからだ。

 ああ、ムカつく。

 

「えっ···?」

 

 癖なのだろう。

 俺は自分でも意識していない内に、髪の毛を指に巻き付けるようにして(いじ)っていた。

 俺の髪はそれほど長い訳ではないので、鏡等の道具を用いない場合は前髪くらいしか見えない(聞き流しているのが聞いていないということなら、聞き流しているならぬ見流しているので、見てはいない)。

 しかし今、この時は髪を指に巻き付けていて、その行為を自覚したことで若干(じゃっかん)意識が髪に向いた訳で。

 白かったのだ。

 

「なんっ···!?」

 

 驚愕もそこそこに、俺は(ふところ)からナイフを取り出し、(シース)に納まった刃を(あらわ)にする。

 特殊な素材を使っている訳ではないので、当然ながら刃は銀色。なので、光さえあれば像が(いびつ)になるとはいえ、鏡のように使える。

 ちょうど都合(タイミング)良く雲が切れて射し込んできた月光を利用して、刃に俺の像を映し込ませた。

 平面とは異なるその形状から、刀身に映った俺の歪んだ像の毛髪は、果たして白いそれだった。

 

「······」

 

 所々に付いた赤い染みが映える純白。

 年老いたことに寄る白髪とは異なる、際立った秀麗な白銀。

 そんな、凡そ俺の記憶とはかけ離れた色彩に、俺の毛髪は(おろ)か、眉毛や睫毛までもが染まっていた。

 何だこれ。

 確かに俺の髪色は兄さんみたいな綺麗な黒じゃなかったけど、こんなに色素は薄くない。これじゃあまるでレムみたい──ああ、そうか。

 どうりで、自分の覚えのあるそれとは違っており、ストレスによる老化ではと、戦々恐々とした気持ちがありながら好印象を抱いた訳だ。

 レムに似ているのだ。そりゃ、好意的に捉えればベタ褒めする。

 そのことに気付いたことで、一つの可能性に思い至った。

 可能性、なんて言葉のせいで、高確率で外れそうな印象を受けるが、中々どうして、俺はこの仮説に確信ともいえる自信を持っている。色々と、後押し──もっといえばダメ押しとさえいえるだけの、判断材料があるからだ。

 結論から言おう。

 俺の仮説は正しかった。

 寄った、ということか。疑問が解消されるとやっぱり気分が良い。

 これでブレインを嬲れていたなら、歌でも一つ歌いたいような良い──最高の気分だったろうに、そこは所詮(まが)い者ということか。

 そう都合良く物事は進まないな。

 いや、本当に、都合良く進まない。

 

「可愛い」

 

 まだ、別の人格かもしれないけれど、引っ込んだ可能性に、一縷の望みに掛けて、俺はさっきの奴をぶっ飛ばした方向に──ニルヴァーナの中央に向かった。

 ああそういえば、さっき爆発してたな、とか、平和ボケした馬鹿共が向かっていったな、とか思いながら、不快感を覚えながら一歩一歩を緩慢な動きで進めていった。

 そんな折、俺の視界の端に、一匹の蛇が入り込んだ。

 毒々しい紫の鱗。

 (つぶ)らで色素が薄めの翡翠色の瞳。

 全長二メートルは超えるであろう長大の体躯。

 開いた口から伸びる二叉の舌に覗く牙。

 超絶可愛い生き物が、そこに居た。

 

「いや、待てよ···」

 

 そういえば、なんだか見覚えがある気がする。どこで見たのだろうか。取り敢えず直近の記憶から手繰り寄せていこうと決めて、早々に思い出した。

 いや、まあ見たのが数時間前なので、直近の記憶から振り返っていれば直ぐ思い出すのは当然だろう。

 確か、エルザに噛み付いてたエリックのペットだ。

 うわ、あの時はちょっとハイになって気付かなかったけど、こんな生き物がいたんだ。すげぇ可愛い。

 あれ、でも何でこんなとこに一匹で居るんだろう?

 エリックはどうした

 

「──って、考えるまでもないか。」

 

 俺は『円』を使う。広範囲にオーラを広げたことで、立ち並ぶ建物によってここからは死角となっている場所で倒れている人物を知覚する。

 距離は約二十メートル。体格からして、恐らくエリックだろう。

 

 この蛇は、多分、エリックを守ろうとしている。

 エリックの居る場所から直ぐそこまでの間の地面に、ちょっとした溝が続いているのが、注意してみると分かった。

 蛇は視覚と聴覚が優れていない。そんな蛇がどういう手段を以て索敵しているかというと、それは優れた皮膚感覚と熱を感知するピット器官によってだ。

 だから、俺の接近に気付いた。

 エリックに近付かせまいと、ここまで来た。

 そうと分かってみれば成る程、殺気をだだ漏れにしている。ちょっとショック。

 あの蛇ちゃんのことを(おもんかば)るのなら、放置して見過ごすべきなんだろうが、

 

生憎(あいにく)、俺の意思を無視してお前の意思を尊重するほど、俺はお前が好きじゃねえ」

 

 どの道、ブレインが引っ込んだままなら意味ねえしな。



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10話 生きたい生き方

 オレに──オレたちにとって、ブレインという人物は絶対的とさえいえる人間だった。

 レーサーにとって。

 エンジェルにとって。

 ホットアイにとって。

 ミッドナイトにとって。

 オレ──コブラにとって。

 それは(ひとえ)に、オレたちのこれまでの生活環境から起因するものだろう。

 いや、誰にとってもそれは一緒か。

 親とか、兄姉とか、教師とか、なんだったら近所の大人とか。無力な子どもは否応なしに、周囲の大人に頼りながら──甘えながら、生きていくしかない。

 十年近く前に、拐われたオレたち五人が出会ったのは『楽園の塔』という場所だった。

 家族を殺されて、連れていかれたその場所で待っていたのは、奴隷としての人生だった。碌にメシも与えられず、一日に十数時間の肉体労働を強いられ、休みは数時間の睡眠時間程度。暴力を振るわれるのは極々普通で、当たり前の日常でしかなかった。やれ仕事が遅いだとか、出来が悪いだとか、気に食わないだとか、暇だからだとか。風呂になんて入れる筈もない、不衛生で劣悪で、最悪の環境。

 そんな環境から救い出してくれたのが、ブレインだった。

 それからの生活は、地獄の一言に尽きる。

 ただし、楽園の塔よりはずっとマシな地獄だ。

 ブレインがオレたちに目を付けた理由は、生まれ持っていた(らしい)高い魔力だ。だから、オレたちは魔法を覚えるために、血反吐を吐きながら修行に明け暮れた。

 殴られ、蹴られ、魔法をぶつけられ。

 そんな生活ではあったが、傷を負えば治療を施して貰えたし、温かい飯や寝床を与えられた──まだ、人間らしい生活を謳歌できた。

 だからブレインには感謝していたし、どんなことをやることになっても、信じて付いて行った。

 もう、周りの都合でいいように利用されないために。

 自由になるために。

 それが···。

 それなのに···。 

 

『正規ギルドに敗れる六魔などいらぬわ、クズが!』

 

「!」

 

 びくっ、とその声に反応して目を覚ます。

 それは勿論夢だったが、同時に現実──過去に実際に言われたことでもあった。

 ブレインに対する怒りとか、騙されていた事実への後悔とか、何にも変わっていない自分への情けなさとか。色んな感情が頭の中でせめぎ合って一瞬の内に意識が覚醒した。

 これといって見慣れない天井、強いて言うなら楽園の塔にいた時に押し込められていた牢を彷彿とさせる薄汚れた天井がオレの視界に入ったが、サラマンダーとの戦闘中に一度目にしていたので、ニルヴァーナの上に建ち並ぶ建造物のどれかの中だとは分かった。

 しかし何故こんな所にいるかは分からない。オレがサラマンダーに敗れ、そしてブレインに攻撃を受けたのは確かにニルヴァーナの上ではあったが、屋外だった。こんな場所ではない。

 状況の把握のため、起き上がり、周囲を探ってみようとしたところ、

 

「よう、エリック。起きたか」

 

 上体を起こして、真っ先に目に入ったのは一匹の蛇と三人の人物だった。

 キュベリオスと、エンジェル、レーサー、ホットアイの三人。

 正規ギルドの奴らに敗れた、楽園の塔からここまで共に生きてきた仲間たち。

 そちらとは反対の方向から、その声は投げ掛けられた。

 エリック、と。

 オレの本名を、言われた。

 振り返って見てみると、そこにいたのはあの男。ブレインを痛め付け、狂喜乱舞し、オレのことを──いや、きっとオレたちのことを被害者と呼んだ、あの男。

 あの時と同じ、それとも異なっているというべきか、その髪の色は黒。

 ブレインを除く六魔将軍(オラシオンセイス)のメンバー最後の一人、ミッドナイトを背負って、この建物の入り口付近に立っていた。

 その姿を目にして、敵という立ち位置にいるであろう人物を目の当たりにして、けれどオレは、別段戦おうという気持ちは湧かなかった。

 それは勝ち目がないという理解や恐怖とは別に、レーサーらにその意思がなさそうなことや、外傷が全くといって見られないミッドナイトを見て、凡その状況が掴めたというのが一因だろう。

 オレがここにいる理由、オレたちがここに揃っている理由。戦い、敗れたオレたちは、きっとコイツに運ばれたんだろう。

 背中──ブレインに撃たれた背中を含め、オレは身体に一切の異常を、つまりは痛みを、感じなかった。

 ブレインにやっていた、あの乱暴なやり方か、それとも別の手段を用いてか、オレの傷はコイツに治されたのだろう。そして、それはエンジェルやレーサー、ホットアイ、ミッドナイトも同様で、だからこそ、オレたち五人には、さしたる外傷がないのだろう。

 態々(わざわざ)傷を治してまで捕らえた理由は、最初は捕虜なのかとも思ったが、ならばこんな風に一ヶ所に集める必要はないし、拘束せずに野放しにしている筈もない。

 手荒な真似をされることはないのだろうと判断するのは容易だった。

 それに、あの言葉。

 被害者と、そうオレたちを称したその言葉が、どうにもオレの中で引っ掛かる。

 後ろ髪を引かれる思いが、立場は兎も角、個人として危険性を感じられない相手に牙を剥くことにあったのだ。

 それに──

 

「言っておくが、オレたちじゃねえぞ」

 

「ソイツは何故か、端から知っていたようダゾ」

 

 非難気な視線を向けると同時に、レーサーとエンジェルの口から弁明の言葉が放たれた。

 違うのか?

 ならば何故、コイツはオレの本名を知っている。

 端から知っていた?

 名前を。

 それ以外も。

 

「それについては話すよ。いや、話すことになるよ、かな。オレが語ろうとしていることが、そのまま答になるだけだからな」

 

 オレの傍らに畳んで置いてあった布。それを広げてその上にミッドナイトを寝かせながら、コイツはそう告げてきた。

 

「コイツ、ずっと寝てるけど睡眠聴取とかできる奴か?」

 

「できたりできなかったりだな。寝顔を見る限り多分聞こえてるな。まあリラックスできるような状況じゃないし当然か」

 

「そう」

 

 ならいいか、と呟いて、コイツは腰を下ろして壁にもたれ掛かった。膝を抱えて背中を壁に預けて、何ていうか、らしくない、というか、イメージと反する姿勢だった。顔に薄らと貼り付けていた微笑を消して、項垂れるその様は暗い雰囲気を醸し出しており、まるで、悪さをした子どもが怒られるのに怯えているような、そんな感じがした。

 全く以てイメージとそぐわない。

 五秒か、十秒か。それだけの沈黙の後にコイツは漸く口を開いたが、声を発するよりも早く、ホットアイが声を出した。

 

「それよりも先に名前を聞いてもいいデスカ?」

 

「は···?」

 

 まあ、確かに。雰囲気からこれから話すことの内容が只事ではないのは推し量れる。だというのに、そういえばオレたちはコイツの名前すらも知りはしない。興味が湧いたというのもあるが、こっちの本名を知られているというこの状況への不平等さみたいなものがあって、オレはホットアイに同調する。

 借りを返すようなものでもある。

 拘束されていないというだけで魔封石の(かせ)を着けられている訳でもない今、行動のみならず魔法の行使に至るまで制限はない。

 故に、オレの魔法が発動している。ホットアイの心の声が聴こえている。

 会話の中で自身の名を明かすことは何ら気負う必要のない、ハードルの低いものだ。それを切っ掛けに、少しでも話しやすいようにというホットアイの気遣いがオレには分かった。

 元来こういう奴だったが、ニルヴァーナの影響でか、その面が少し強くなったな。

 

「オレルスだ」

 

「オレルス···。変わった名前だな」

 

「そりゃファミリーネームだからな。ファーストネームとして捉えたら変だろうよ」

 

「いや、ファーストネームこそ言うべきだろ」

 

「そうか? 別に、ファーストネームで呼び合うような親密な間柄でもないだろう。一方はファミリーネームで呼んで──壁を作ってるくらいでちょうどいいだろ。そして、関係性的に壁を作るのはお前らの方が適当だ」

 

 妙な言い回しだった。

 しかしそれも、話を聞いた後なら確かに、と納得できることだった。

 全てを。

 オレルスの過去を。

 オレたちの過去を。

 その中でたった一度だけ起きた、ホンの少しでもタイミングが違えば狂っていた、そんな歯車が噛み合ったがためにできた、オレルスという加害者と、(オレルス曰くだが)オレたちという被害者の構図ができあがった出来事。

 

「オレが···オレが全部悪いんだよ······」

 

 その始まりは、懺悔にも似た、オレルスのそんな言葉から始まった。

 そして、オレルスはぽつりぽつりと、話していく。

 自身の生い立ちを、現在(いま)に至るまでの人生を──罪を。

 丁寧に、そしてダイジェストに。

 如何に自分が悪いかを、時に泣きそうな声色で、語っていく。

 全部。

 自身が諸悪の根源であると、余すことなく、語る。

 全部聞いて漸く繋がっていたと理解できるくらいの、遠い関係性の事柄まで、語っていく。

 複数回投げた(さい)が全て同じ目が出るくらいに、荒唐無稽な偶然の連鎖。それら全てを聞いて、オレが──オレたちが思ったことは、きっと同じだろう。

 

「お前、バカなんじゃないのカ?」

 

「いや、確実にそうだろ」

 

「だな」

 

「なんで···」

 

 なんでそんな、と溢して、オレルスはより深く沈み込む。

 チッ、むかつくぜ。

 今ので大体分かった。

 一つだけ疑問だった。何故こんな話をしたのか、それが分からなかったことだ。

 こうして数分話した程度の間柄だが、オレルスがそんな人並みな罪悪感や責任感を抱くような奴じゃないってのは普通に分かった。

 なのに何故、こうやってオレたちにしてきたこと、正確には、全ての事の発端が自分自身であると吐露したのか。

 それは恐らく、

 

「オレはもう良いように使われるのはごめんなんだよ。死にたいんなら一人で勝手に死ね」

 

 オレたちに殺されるようにと、謀ったのだろう。

 コイツは、自己嫌悪が度を越している。

 そして、ブレインへの想い。殺したい程の憎さと同時に抱く、殺すだけでは終わらせないという気持ち。

 コイツにとって、『死ぬ』ことがこれ以上の苦痛を感じなくなる、救いでしかないという認識をしているのは、理解できた。幾度となく、『死にたい』『もう終わりにしたい』と思ったことのあるオレも、死が必ずしも悪いものではないという認識は持っている。

 だからコイツは、オレルスは、そこに自分の意志が関与していない、恨まれるためにやったことで生まれた被害者ではなく、なるべくしてなった被害者に恨まれて、殺されて死にたいと願っているのだろう。

 だからどうせ、十中八九『悪い』なんて思ってないオレたちに対して、こんな話をしたんだ。

 

「つーか、そこまで遡ってお前を恨むんなら、いっそ何にもしなかった評議院のクソ共か、不可侵条約なんか無視してグリモアを恨んだ方がよっぽど正当性があるぜ」

 

「だゾ。第一、諸悪の根源がお前だってのは理解(わか)ったケド、お前が悪いとは思えないゾ」

 

 レーサーとエンジェルが──いや、ソーヤーとソラノがそう言ってオレルスをフォローする。微笑み続けるリチャードも同様だろう。判断が難しいが、起きることなく寝続けるあたり、マクベスも同意見なんだろうな。

 尤も、当のオレルスは苦虫を噛み潰したような顔をして俯いていて、この状況が面白くなさそうだが。

 まあ、オレたちの怒りを買って殺されようなんて考えていたんなら、そりゃ不服か。

 とはいえ、そんなのは慣れっこか。一度深々と溜め息を吐いて、オレルスはすくっ、と立ち上がる。

 

「お前らは、これからどうするんだ?」

 

 オレたち四人──マクベスは寝ているため──は全員で顔を見合わせる

 どうするか、か。

 どうしたもんかな。

 もういい年だ。オレたち全員、誰かに頼らず、一人で生きていくことだって難しいことではない。ましてや五人いる。協力すれば、より一層難易度は低下するだろう。

 通常ならば。

 しかしオレたちは、これからは元と付くとはいえ、六魔将軍(オラシオンセイス)。バラム同盟、闇の三大勢力。色んな呼び方はあるが、要は裏の世界の元締めの一柱だ。

 世間一般、日々をのうのうと生きている民衆にまではそう広く伝わっていないだろうが、評議院に顔の割れているオレたちが平穏無事に過ごすというのは難しい。

 一ヶ所に長期間の滞在ができるということはないだろう。根無し草の放浪生活を余儀無くされる。

 その中で、必要になってくる物は当然出てくる。

 働くことすらままならないであろうオレたちは、そういう局面に当たった時にどうすればいい。

 最初は何事もなく済むかもしれない。

 けど最終的には、奪う、盗むといった手段を用いるかもしれない。

 それじゃあ結局、オレたちは変わってない。

 自分たちの意思でやっているだけ。その意思にしたって、ブレインと過ごしていく中で培われた思考パターンから生み出されたモノだ。

 別に償いだとか、清算だとか、ましてや改心しようだなんて想いはない。

 けれど、六魔将軍(オラシオンセイス)にいた時にやっていたことを繰り返しているようでは、ブレインの教えに従って生きている内は、結局オレたちは、ブレインの傀儡(かいらい)のままだ。

 そんな生き様のどこに自由がある。

 こんなことを言って、突き詰めていけば人間に自由なんてモノはなくなってしまうというのは分かっている。

 しかしそれでも。『生きたい生き方』というものはあるんだ。

 まあ、それが困難であること、そして何より、具体的にどういう生き方を望んでいるのかが自分でも分からないというのが目下の問題なのだが。

 

「もし当てが無いんだったらさ···」

 

 オレルスは、俯いていた頭を上げて、視線をオレたちに向ける。

 そして、命令するでもお願いするでもなく、オレたちに提言する。

 あくまでも、オレたちの意志を尊重し、そう言う。

 

「子どもの面倒を見る気はないか?」

 

 

 

 

 

§§§

 

 

 

 

 

『その六つを同時に破壊することで、ニルヴァーナは機能を停止する!』

 

 魔力を消耗しきっているためだろう。時々雑音(ノイズ)の走る念話(テレパシー)で、青い天馬(ブルーペガサス)のヒビキは私たちにその情報を告げる。

 青い天馬(ブルーペガサス)のヒビキ、イヴ、レン、蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のリオン、シェリー。

 六魔将軍(オラシオンセイス)との戦いで一時は戦闘不能になった彼らだったが、満身創痍の中協力して魔導爆撃艇(クリスティーナ)を無理矢理動かして、私たちのギルドに放たれたニルヴァーナの砲撃を防いでくれた。

 その上、最後の望みの綱であったジェラールも知りえなかったニルヴァーナの止め方を突き止めてくれたのだ。

 ニルヴァーナに生えた六本の足のような管。それが大地から魔力を吸収しており、それがニルヴァーナの動力源なのだと。故に、その魔力の制御をする魔水晶(ラクリマ)を破壊すれば、ニルヴァーナの魔力供給を停止させ、ニルヴァーナを止められるのだ。

 しかし、ただ破壊すればいいという問題ではない。一つ一つ破壊していっては他の魔水晶(ラクリマ)によって修復されるため、同時に破壊しなければならないのだ。

 だけど──可能なのだろうか?

 各魔水晶(ラクリマ)の位置関係から個人で複数の魔水晶(ラクリマ)を破壊するのは困難。それを考えると六人は必要だ。

 王の間で私たちにニルヴァーナの止め方を教えたリチャードの声。彼はミッドナイトが王の間の真下にいると言っていた。

 まだミッドナイトが高速で移動したという可能性はある。が、ミッドナイトは王の間から遠く離れた場所でエルザと戦っていたのだ。

 リンの言っていた可能性。

 別の誰か──恐らくブレインだろう──が騙した、という可能性。

 もしこれが真であったなら、まんまと誘い出されたナツ、グレイ、ルーシィ、ジュラは倒されたと考えた方がいいだろう。いや、最悪の場合は──。

 頭を振ってそこから先を考えるのは止める。

 

 ダメだ。人数が足りない。

 言い方は悪いが現在クリスティーナを動かしている五人には期待できないだろう。とても可能な状態(コンディション)じゃない。

 でもそうなら。

 エルザとジェラール、他に動ける人物は?

 仮に青い天馬(ブルーペガサス)の一夜が動けたとしてもまだ三人。半分足りない。

 もしナツたちが動けるような状況でなかったら──この時、念話に一人の人間が入り込んだ。

 味方ではない。

 その男は、ゼロと名乗り、私たちに最悪の情報を告げる。

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)氷の造形魔導士、星霊魔導士を破壊した。ああ、あと猫もいたか。と、本筋からズレたなぁ。てめえら、六つの魔水晶(ラクリマ)を同時に破壊するとかぬかしてたがそりゃ不可能だ。何故なら、オレの目の前にその内の一つがあるんだからなぁっ!』

 

 絶望。

 最早(もはや)そうとしか表現のしようがない。

 何とか残り半分の三人を揃えられても、全ての魔水晶(ラクリマ)を破壊するにはゼロという障害が立ちはだかっている。

 六魔将軍(オラシオンセイス)のマスター。

 連戦の疲労はあったにしろ、ナツたちを倒した男。

 

 このままじゃ化猫の宿(ケット・シェルター)が──私たちのギルドが滅びる。




(この時点の)エリックのナツへの呼称が分からなくて取り敢えずサラマンダーにしましたが、ナツに変更した方が良いですかね?


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11話 化物の皮

「大分絶望的な状況だな。お前は何もしなくていいのか?」

 

 ソーヤーがオレルスにそう尋ねるが、オレルスはさも当然のことのように、いいんだよ、と返す。

 

「ゆっくり時間を掛ければアイツらだけでもどうにかなるだろ。傷を治して、頭数揃えて、そうやって持久戦に持ち込めば、まあギリなんとかなるだろ。回復役(ヒーラー)もいるみたいだし」

 

 興味がない故の適当さではなく、冷静な分析を孕んだ上での返答だったらしいが、ソーヤーが聞きたかったのはそういうことではないだろう。

 このままでは(形式上とはいえ)仲間のギルドが滅ぶというのに、放っておいてもいいのか、とソーヤーの質問の意図はそういうことだろう。

 尤も、それを伝えたところで、オレルスの態度や意見が変わることはなかった。

 別に仲間じゃねえし、とぶっきらぼうな返事がやってくるのみ。

 

「じゃあ、ゼロって奴は放っておいていいのか?」

 

 純粋に疑問に思って聞いてみる。

 詳しい事情は聞いた。

 オレルスが何をそこまでブレインを憎んでいるのかを。

 らしいといえばらしい理由だった。

 それや、オレたちとの関わりを聞くにあたって、オレルスがこれまで送ってきた人生も粗方理解することになった、その中でコイツは、オレルスは、自分のために生きているという点が決定的に欠如していたのだ。

 誰かのために行動して、誰かのために頭を働かせて、誰かのために怒っていた。

 ブレインに対する憎悪もまた然りで、オレルスは自分が何かされた怒りではなく、大切な人物を傷付けられた怒りがその原因だった。

 まあオレルスにこんなことを言おうものなら、また誰かのためなんてものはありはしないとでも返されるのだろう。

 

──誰かを想った行動なんてありはしない。相手に幸せな人生を謳歌してほしいと思って行動したなら、それはその相手を想った行動ではなく、その相手が幸せを感じることを望む、単なる自己満足にすぎない。或いは、生存理由を他人に求めなきゃいけない程に他者に依存しているのか。オレがそうさ。自分を理由に生きられない。死んでしまいたくてしょうがない。

 

 だったか。

 その台詞の裏──だからオレを殺してくれて構わないんだよ、という意図は無視しておく。

 そんなことはさておいても、結局のところオレルスにとってブレインが恨み骨髄に徹する相手というのは確かな事実だ。

 そんな奴を放っておくのかと問うてみると、オレルスは溜め息を溢した。それに呆れたというニュアンスが含んでいるのを汲み取るのは、そう難しいことではない。

 

「多重人格ってのは肉体を共有してるだけだ。別人だ、他人だ。人格の変動が、身体的特徴にも変化を及ぼすケースもあるから『肉体を共有している』ってのも一概に正しいとは言えないくらいには違う。人格の変化に伴って、体付きや用いる言語、利き手、感性などの"自己統一性(アイデンティティ)"までも変わることがあるそうだ。探せば類似点の一つや二つあるかもしれないが、それで同じだってなら、世の中に同一人物ってのはどれだけいるんだか」

 

「つまりは、ゼロには興味がないってことカ」

 

「要約するとそういうことだ。ゼロを(なぶ)ってその苦痛がブレインにも伝わるってなら一考の余地はあるんだけどな。捕縛しておこうにも、容姿自体は似通っているモンだから、それによって生ずる怒りが『コイツはブレインじゃないんだから』っていうのを理由に暴走しないとも限らないし。ブレインと違って、別にゼロの生命(いのち)には興味ねえからな。死んでもいいけど、ブレインにも死なれたら困る」

 

 そんなもんなのか。

 いや、そんなもんか。

 多重人格がどうとか、実生活に関わりを持ったことがない以上、今一ピンとこないが、少なくとも赤の他人として認識して然るべしなんだろうと、オレルスの話を聞いて思った。

 だからこそ、ゼロに興味を向けず、あくまでもブレインであることに拘るんだろう。

 まあ、ゼロとブレインを他人として割り切っているのなら、ゼロを嬲って満足するのは変な話。誰だっていいって訳だ。約十年経っているんだ。その間に適当に見繕って発散して、それで済んでいる話か。

 しかしそうしてみるとゼロの奴が憐れでならない。

 アイツが言ってた白髪のガキってのは、多分オレルスのことだろう。

 今は黒いが、ブレインを甚振(いたぶ)った時、オレたちを被害者とそう称したその時、確かにコイツの髪は白かった。

 オレが倒れた後。

 オレがコイツに拾われる前。

 その間にブレインがゼロへと切り替わり、オレルスは白い髪となり、相対し、そして結果は変わらずオレルスが一方的に蹂躙したんだろう。

 それでも尚怒りを滾らせ、報復せしめようと思えるゼロには素直に尊敬の念を覚えるが、オレルスにとっては眼中にないらしい。

 

「待った」

 

 オレルスは突如としてそう言うと、歩みを進めるルートを変える。

 ニルヴァーナから降りるために、最も近い縁の方へ向かってオレたちは歩いていたところを、オレルスは左手に進路を変更した。

 何のためにと疑問に思ったオレは、少し耳を(そばた)ててみた。

 すると聞こえてきたのは話し声や呼吸音。数は三···いや、四人か···? あの猫みたいな生き物を一人と数えるのならばだが。方向はさっきまで進んでた方向のやや右手。距離は直線で結んで二十数メートルといったところか。

 あれを()けた、ってことか。

 関わりたくないというスタンスと取っているんだからそりゃそうか。下手に接触して、万が一にも協力を求められるのが嫌なのだろう。

 さっきの念話だが、ゼロがジャックしている間だけだがオレたちにも聞こえていた。

 それは恐らく、その前後の念話が特定の対象に対して使っていたのに対して、ゼロが範囲で相手を指定していたからだろう。

 その間の会話内容で粗方の状況は把握できたが、その状況が状況だ。

 断るのには骨が折れるだろうし、何よりオレたちがいる。ついさっきまで敵だったオレたちと一緒にいて、何事も起きないというのは難しいだろう。

 そう考えると英断だな。

 オレ自身、もう戦う気はないが別に反省や改心をした訳じゃない。下手に関わるのはオレも御免(こうむ)る。

 全員同じ想いだろうが、一人だけ例外がいた。

 ニルヴァーナの影響を受け、善性の部分が強く出ている、リチャードだ。

 

「オレルス、現在の戦況がどんなモノか、どれ程掴んでいるデスカ?」

 

「あ?」

 

 と凄むように応えるオレルスだが、態度に難があるだけで、普通に答える。

 

「ナツ···あー、正規ギルド共で集まったのは計十二人と二匹。内倒れたのは九人と一匹。不明なのが一人。残ってるのは妖精女王(ティターニア)と戦闘能力皆無の青髪のガキと白猫、後はジェラールもかな。対する六魔側は残りゼロのみ。ニルヴァーナの動力源の各魔水晶(ラクリマ)の位置関係から六つ全部を同時破壊しようと思ったら六人必要だな。アイツらの中にそれだけの広範囲攻撃や時限式の攻撃できる奴いねえし。仮にジェラールが加勢しており、安否不明の一人が動けるとした場合、必要なのは残り半分。揃えられたところでゼロって障害がいる。その障害がでかいってことは言わずもがなだろ、『絶望的な状況』ってことは理解してるみたいだしな。以上、終了」

 

 締め方こそぶつ切りにするようにバッサリいっていたが、オレルスは要点のみをまとめて懇切丁寧に解説する。

 ジェラール以外の個人名を出さなかったのは、オレたちが個々人の名前を把握していないのを見越してか。気遣いの方向がズレている。

 まあ、事実名前を言われたところでオレが解るのはナツ、ジュラ、エルザ、後は天空の巫女とかいう、名前は確かウェンディだったか、そんなところだ。

 

「そうデスカ···。オレルス、近くにジュラの仲間たちが居るのなら何処か教えて下さいデス」

 

「あ?」

 

 リチャードの突然の発言に、今度は難のある態度という訳ではない、凄むべくして凄んで、オレルスは話を聞く。

 

「どういうつもりだよ」

 

「ニルヴァーナを止める一助になりたい。それだけデスヨ」

 

「そういうことじゃねえ。オレの能力で治せるのは身体機能のみだ。ただでさえお前の魔法は破壊に向いていないのに、そんな消耗しきった魔力で何かしようなんて、どういうつもりだよって聞いてんだ」

 

 言い草は相も変わらず厳しいものだが、オレルスの言ってること自体は、リチャードへの配慮がありありと見てとれる。

 確かにリチャードの魔法は破壊行為には向いていない。

 地面を柔らかくし、操るその魔法は、あくまでも対人戦闘において遺憾なくその力を魅せる。

 地面を柔らかくする。リチャードの魔法はそう説明するのが最も分かりやすいのだが、実際は少し異なる。液状化させる、とでも言えばいいか、大地に泥のような粘度を与えつつ、岩石の持つ硬さをそのままに操るのだ。

 相手の立つ周辺の地面をグニャグニャにしてしまえばバランスを崩せ、そのまま包み込めば凶悪極まりない。硬さがそのままなので防御にも使える。

 戦争において地の利が勝敗を分かつ大きな要因の一つであるように、同じく人と戦う時にこそ、リチャードの魔法は真価を発揮するのだ。

 また、それ故に『破壊力』という性能(スペック)は著しく低い。

 そんなことはオレたち他人が兎や角言うまでもなく、当人であるリチャードが一番理解していることだ。

 

「私は、弟に逢いたいデス」

 

「···それで?」

 

「私はとても酷いことをしてきたデス。ブレインに利用されていたから、それで済まされる一線を越えてしまった程に。このままではとても弟に顔向けできないデス」

 

「······」

 

 ニッコリと浮かべる微笑を消して想いを吐露するリチャードに、オレルスは何も言わない。

 くだらないと笑い飛ばしも、気にするなと励ましも、そして分かったと納得することもせず、沈黙を貫く。

 数秒黙りこくって、オレルスははあっ、と溜め息を吐いて沈黙を破った。

 続く言葉は、相も変わらず回りくどくて思い遣りに満ちている。

 

「オレは、お前らがオレの助力を拒絶しない内ならば手を出し続けるぞ。国だろうが評議院だろうが敵に回そう、当てがないんだったら無条件でだって匿ってやるし、何だったら金ズル程度に思ってくれても結構だ。そして、それは頼られたら応えるって意味でもある。『弟に顔向けできない』ってなら、記憶を弄くってやったり、ニルヴァーナを再度掛けたり、いっそオレの持つ腕力と権力と財力と知力と人脈をフルに使って公的にお前らの罪を消してやれる。それじゃあダメか?」

 

「ええ、ダメデス」

 

 前者二つは兎も角として、最後に呈示された魅力的にも思える案にも、リチャードはノーと答える。

 

「『償い』だと言うのは、本心であっても理由の一つに過ぎないのデスヨ。ただ私は、友たちを助けたい、その想いに従っているだけ、デスヨ」

 

「友···ねえ···」

 

 オレだから聞こえた小声で漏らすその言葉には、何を馬鹿なことを、という感情が込められていたのが透けて見えたが、オレルスはそのことを追求はせず、完全に話題を変える。

 

「ホント、『兄』ってのは馬鹿な生き物だよな。深く考えすぎ、格好つけたがりすぎ。なあリチャード。負い目引け目を感じて、会うことに抵抗があるのは分かるけどさ、その弟は、(テメエ)に会いたいんじゃねえの? オレが言えたことじゃねえけどさ、今回の件が終わったら、一目会うくらいはしてやっていいんじゃねえの? ···行くぞ」

 

 それ以上は何も言わず、リチャードについて来るようにジェスチャーをしてオレルスは進行方向を変えた。

 無言で振り返りもせずにさっさと歩いていくオレルスに、リチャードは追従する。

 リチャードが追い付いた辺りで、オレルスは一度止まった。

 

「後でリチャード連れて行くから、お前らは好きにしてろよ」

 

 チラッと振り返って、思い出したようにそれだけ言ったオレルスは前に向き直って歩んでいく。

 遠ざかっていく二人の足音を聞きながら、オレは残った二人に面と向かう(マクベスはオレの背で眠ってる)。

 これから先の生活の目処は立っていないが、ここで待つのか、それとも移動するのか。取り敢えずこのどちらかくらいはさっさと決めてしまおうという腹だ。

 万能でも全能でもない、化け物染みているだけの人間とは分かっているが、オレルスならばそれこそオレたちが逃げようとしても、オレたちの下に辿り着くだろう。

 そして逃げるというのは仮定の話。

 リチャードも一緒にいるし、避ける理由はない。

 ニルヴァーナから降りて広大な樹海に身を潜めるにしろ、今回の一件から評議院共がここに集まって来ていることを危惧してさっさと逃げるにしろ、再開は容易いだろう。

 とはいえ、オレがオレルスのことを過大に、過剰に、実力以上に評価を下して見誤っている可能性は僅かながらある。それを考えるとここで待つべきかとも思ってしまう。

 さてどうしたもんかと思案して、無意識の内に耳を澄ませていたらしいオレは、聞く気なんてさらさらなかったオレルスとリチャードの会話を聞いて、

 

「ぶっははっ!」

 

 盛大に吹き出した。

 

「うぉっ! どうしたエリック、急に笑いだして」

 

「いや、悪い。リチャードの奴がとんでもねえことを言ってるのが聞こえたからよ」

 

 確かにさっきオレルスは言っていた。

 オレたちが拒絶しない内は手を貸してくれると。

 オレたちが頼れば応えると。

 だからって、あんな態度を取っていたオレルスにニルヴァーナの魔水晶(ラクリマ)の破壊を頼むとは、とんでもねえこと考えるな。

 

「何だかさっきから様子が可笑しいゾ。エリック」

 

「ああ、いくら何でもオレルス(アイツ)を気に入りすぎじゃねえか? らしくもねえ」

 

「そうか?」

 

 ハッ、そうかもな。

 ソラノとソーヤーに言われて、漸くオレはそのことに気付いた。

 こういうことは自分で言うことじゃねえだろうが、六魔の中で一番疑り深いのはオレだろう。

 それは生い立ちが原因か、人の心の声が聴こえるからか、それは分からねえが、今のオレの気持ちくらいは、まあ何となく分かる。

 

「別に、アイツを信じた訳でも(ほだ)された訳でもねえよ。ただ、不幸自慢でオレたちの上を行く奴がいるとは思ってなかっただけさ」

 

 そう、オレがアイツに抱いていのは、強いて言うのなら『同情』なんだろう。

 或いは自分よりも下にいるアイツへの優越感か。

 まあ、少なくとも碌な感情ではねえが、オレは嘘か真かも分からないというのに、話を聞いて、この短い間とはいえ付き合いを持って、とても『信じる』ことが出来ないとはいえ、『疑う』ことまで出来ないって思った。ただそれだけだな。

 

「まあそりゃそうだが···」

 

「でも私は少しムカつくゾ」

 

 オレの意見に全面的でなくとも賛同する様子のソーヤーだが、ソラノはとてもそうではないらしい。

 ああ、そういやあ何時だったか、ソラノは妹がいるとか言ってたな。

 

「別に理解はしているゾ。嵌められただけで、アイツが故意でやった訳じゃないんだって。そのことに深く後悔しているんだって。でも、自分の妹を殺した(・・・・・・・・)ような奴に、私はどうやっても好感は持てないゾ」

 

「オレは一人っ子なもんだからその気持ちはよく分かんねえが、兄弟姉妹ってのはそんなに大事なもんなのかねえ」

 

 あのオレルスでさえも、兄だとか妹だとかを相当気にしてたみたいだしよぉ。

 

「この気持ちはエリックには一生共感できないゾ」

 

 だろうな。

 オレにはとても、兄弟姉妹に会いたいとは思えない(そもそもいねえが)。

 そのくせ、今の、犯罪者としては会いたくないだとかで不安になる気持ちも分からねえ。

 嫌われるも拒絶されるも、他人を貶め、傷付け、利用してきたオレたちにとっては、ありふれた日常のような存在だというのに、そこまで気にするのか。

 まあオレルスの方はなんとなくは共感──いや、理解はできるが。

 そりゃそいつにとっても妹だし、妹を殺した後、兄貴に嫌われてるんじゃと不安なるのは、まあまだ分かる。

 尤も、そんな感情を抱くのも、挙げ句逃げ出すのも、アイツの人物像とは掛け離れているとは思うが。

 案外、オレたちに色々と吐露した時の、弱々しい姿がアイツの素なのかもな。化けの皮、いやいっそ、化物の皮でもいいだろう。化物の皮を被って、化物ぶって、怪物性を曝け出して、そうして周囲を威嚇してるだけなのかもな。

 ふん、アイツも所詮は人間ってことか。



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12話 やるだけやる

「は? ちょっと待て。どういうことだよ、あ?」

 

 キッ、と目尻を吊り上げて、眉間に刻まれた(しわ)を増やしたその表情に宿る激情を落とし込んだようなその双眸(そうぼう)で私を睨み付けて、リンさんは早足気味に私に近付いて胸ぐらを掴みます。

 容赦なく、躊躇もなく引っ張られた私は、踏ん張ることもできずに持ち上げられて宙吊りになりました。

 何故こんなにも明確に『怒り』をぶつけられているんだろう、首が締まっていて息苦しい、そういった感情を覚える以上に、私はただただ怖かった。

 外見から推測するしかないけれど、多分リンさんの年齢は二十歳前後でしょう。

 身長は、比較対象がまだ成長期を終えてない私だけれど、一回り以上も大きい。百八十センチあるかもしれない。

 そんな男の人に、怒気の孕んだ声で凄まれ、胸ぐらを掴まれ、刺すような鋭い視線で射抜かれて、私はひたすらに『怖い』と思った。

 王の間で交わしたような冗談めかしたようなものは一切ない、確かな怒りの矛先が、私に向いています。

 お世辞にも気が強いとは言えない私の性格では、抵抗することも、抗議の声を上げることすらもできずにいて、少しずつ少しずつ、息苦しさが増していくばかりの時間が続きました。

 

 一体私の何がそんなに気に障ったのか、私には分からない。

 でも、相手の気分を害したのなら謝らなくちゃ、とは思うし、何で相手が怒っているのかも分からずに謝って、なあなあで場を凌いで、上辺だけで物事を解決するのが不義理なことで、不誠実なことだというのは私にも分かります。

 私の何が悪かったのか、それを知るためにも、少し記憶を振り返ってみます。思い返すのは、王の間で別れて、今この場でリンさんと再開したところからでいいでしょう。

 今私自身に向けられているからこそ分かることだけど、今とは違う、何と言うか、上辺だけ取り繕ったような、そんな『不機嫌な顔』で、リンさんは私たち──私、シャルル、ジェラール、エルザさんの前に現れました。その背後には六魔将軍(オラシオンセイス)のメンバーがいて、そのことでジェラールとエルザさんが警戒態勢に入りました。

 その場は当人の弁護や、リンさんが庇ったことで一触即発の状況はすぐに解決されました。

 その後は、ええと確か、情報共有。と言っても、リンさんたちはゼロが念話をジャックしていた少しの間の会話を聞けただけで状況がまるで分からない、とのことで、共有とは名ばかりの、私たちが一方的に開示していただけのソレでした。

 ソレが一通り終わって、一~三番魔水晶(ラクリマ)の破壊はナツさん、グレイさん、ルーシィさんが行ってくれるから、残りの四~六番魔水晶(ラクリマ)にはジェラールとエルザさん、そして手を貸すと言ったリンさんで破壊すると、そう話が進んで──リンさんは怒った。

 三分か四分か、その時間の中で話したことはそれくらいです。

 記憶を振り絞って、一言一句違わず、とまでは言えないけれど、可能な限り各人の台詞を思い出して、一言一言(ひとことひとこと)精査していくけれど、私は、結局何がリンさんの気分を害したのか分からなかった。

 分からない。

 分からない。

 分からない。

 どれだけ考えても、結果は私は頭の中でその言葉が繰り返し反芻されるだけです。

 そんな私の思考を知ってか知らずか、ただ只管(ひたすら)に私を睨むだけだったリンさんが口を開きました。

 

「てめえが一番関わり深い問題だろうが。それなのに何もせずに傍観とか、一体どういう了見だよ。あ?」

 

 傍観。

 リンさんの言葉の中で、その言葉が一際強くリフレインします。

 

「重症を負ってる奴が無理して動いてまで迅速に片付けないといけないのはてめえの都合の問題だろうが。あ? じゃあてめえもやれよ」

 

 チッ、と舌打ちを一つ打って、リンさんは掴んでいた私の胸ぐらを粗雑に放します。

 投げられた、とまではいかないけれど、リンさんの力加減というよりは私の虚弱さが原因で、私は勢いよく落ちて尻もちをつきました。

 それによってきたお尻の痛みを感じている中、リンさんはその吊り上がった目を私から外して、別の人に向ける。

 その先にいるのは、エルザさんだ。

 

「てめえらも甘やかしてんじゃねえよ。『手助け』と『甘やかし』を混同するんじゃねえよ。そんなんだから世の中にはガキみたいに横柄な大人が生まれるんだろうが。自分の問題くらい、自分で解決させろ」

 

「ッ···!」

 

 反論しようにも、言えることがない。エルザさんの表情からそんな気持ちがありありと見て取れます。

 事実リンさんの発言は、さっきから酷い物言いなだけで、何一つ間違ったことは言っていません。

 ナツさん、グレイさん、ルーシィさん。

 大怪我を負っているのに頑張ってくれているのは、否、頑張らなくちゃいけないのは、私の所為だ。

 私──私の仲間のために、ナツさんたちに無理をさせてしまっている。

 

「ハッ! おもしれえジョークだな。お前らにとって『仲間』ってのは大切な存在じゃなかったのか? 自分で動こうともせず、他人(ひと)に頼ることで助けようとしておいて何が『仲間』だよ、アホくさい」

 

 見下ろして、見下して、そうして私にぶつけてくるリンさんの言葉に、そして目にも、怒りの感情はもうなかった。

 呆れ果てている。

 仲間なのに、大切な存在なのに、化猫の宿(ケット・シェルター)の皆が危険な状況で、行動しようとしてない私に、リンさんはもう、怒る価値すらないと、見限ったんでしょう。

 でも、仕方ないじゃないですか。

 私に、私なんかに、

 

「できることなんてないんですから···」

 

「じゃあてめえは、自分にできることしかしねえのかよ、自分にできると思うことしかしねえのかよ」

 

「え···?」

 

 一歩二歩と私に歩み寄って、私のすぐ近くでしゃがみこんだリンさんは、私の目を覗き込みます。

 

「できるできないでウジウジ悩んで、できないと思ったことは他人(ひと)に任せて悠々自適に生きようってか? そりゃ大層な生き方だな。(らく)そうだな。で? お前はそんな生き方で満足か? 良かったな、生きたいように生きられて」

 

「ちっ···ちが···」

 

「違わねえよ。てめえが言ってることやってることはそういうことなんだよ」

 

「······」

 

「──はは」

 

 リンさんは、何がおかしかったのか、下を向いて、何も言えない、言い返せなくなって萎縮しているだけの私を笑います。

 面白がっているという感じのしない、馬鹿にしているような感じの、意地の悪い笑いです。

 

「はは。はははは。ははは」

 

「あ···あの」

 

 よせばいいのに、たまらず私は聞きます。聞いてしまいます。

 

「な、何がそんなにおかしいんですか···」

 

「おかしい? おかしいことなんてねえよ。ただ単に、オレは納得したから笑っただけさ。『ああそうかそういうことか』ってさ。そうやって、おどおどとひ弱な感じに俯いて、いかにも『この通り私は可哀相です』とでも全身で言うように目を伏せられると、そりゃ周囲の人間は庇護欲なりを刺激されるなって思っただけさ」

 

「······」

 

「だんまりか。いや何、このことに関しては別に何とも思ってねえよ。『可愛さ』ってのは、それはそれで一つの武器なんだからさ。動物の子供や、まあ人間の子供でも、見た目や仕草で庇護欲を(あお)るってのは弱い奴が生き残るための兵器だしな──擬態(ぎたい)とでも言うのか、警戒色の逆か。そうやってただただぶるぶる震えてるだけで周囲に優しくされるお前は、得だな、って話さ」

 

「そんなことない···。私は···別に得なんて···」

 

「本当にそうか? んん? 今の現状がまさしくそうじゃねえか? 『自分にはできない』って、迷って悩んで困って、そうしてるだけで周囲の人間が率先して助けようとしてくれる。『否定』されるに足ることは何も言ってないのに、まるでオレが悪者じゃねえか。今までずっとそうだったんじゃねえか? (うつむ)いてたら心配されなかったか? 困ってたら誰かが助けてくれなかったか? 他人と同じことをして、他人より高く評価されたりは? 失敗しても怒られなかったんじゃねえか? 嘘を吐いても許されなかったか? ──いや、お前の性格的に、全くでなくとも嘘はあんまり吐きそうにねえか。つまり素で、天然で、特に特別な努力をした訳でもなく、その可愛さでその仕草か。『天然で可愛い』、てめえみたいな奴を何て言うか知ってるか?」

 

「わ···わかりませんよ。きょ···きょうあく?」

 

「魔性、だよ。いやいや良いんだよ。悪い悪い、言いすぎた。てめえはそのままでいい。そのまま生きてろ。別にオレの知ったことじゃねえ。そのまま生きて、そのまま死ね。そうやって、一生他人(ひと)に心配されて、他人を籠絡(ろうらく)してればいいさ」

 

 そこでリンさんは、捲し立てる言葉に一拍置きます。

 見下すどころか、心底軽蔑するような目を私に向けて、最後の一言を言います。

 

「良かったな、強いでも賢いでもなく、たまたま可愛くて」

 

 リンさんは、立ち上がって、振り返って、背中を向けて、遠ざかって行きます。

 私は、待って、と引き止めることも、取り敢えず謝ることも──離れていくリンさんの後ろ姿を見続けることすらも、できません。

 言い負かされて、説き伏せられて、何も言えることがなくて、下を向くだけです。

 

「突飛でも、考えるくらいはできる奴だと思ったけど、見誤っただけみたいだな──努力すらしてないのに手を貸す義理なんて、てめえにねえから」

 

 だから私には、リンさんがその台詞を、振り返って言ったかもわかりません。

 いえ、きっと振り返っていないでしょう。

 振り返る必要も──価値すらないのでしょう。

 それだけ私はちっぽけな存在で、どうしようもなくて、手の施しようがなくて、見放された、ということでしょう。

 ああそうかそういうことか。

 リンさんの言葉を借りるとそう言うのでしょう。私は、小難しくてよく分からなかった、王の間でのリンさんが披露した言説の一つの意図に、ようやく理解が追い付きました。

 

──どんな不幸な状況にあっても、そいつが平気な顔をしているなら手を出すべきじゃない

 

──そいつ自身が不幸を楽しんでいるなら、周りの人間が何かするのは、余計なお節介ですらない

 

 これは。

 この言葉は。

 どんなことでも。

 どんな状況でも。

 どんな環境でも。

 本人にその気がなければ何の意味もないという──一つの教訓なんでしょう。

 とても不幸な目に合って、その状況が嫌で、その環境を恨んでいても。

 それだけじゃダメで。

 助かりたい、良くなりたい、幸せになりたいって気持ちが、思いが必要で。

 でも、それでもダメで。

 その思いを実現しようという意思がないなら、努力しないなら(・・・・・・・)、どれだけ周囲に人がいて、助けてくれようとしてくれても、それはきっと無意味なことで──問題の先送りでしかなくて。

 おんなじことや、似たようなことがこの先あった時、また助けてもらおうと考えてしまって、助けてもらうのが当たり前になっていって。

 何かあった時、誰かが助けてくれるかもしれない。誰かが、助けられるかもしれない。

 でも、誰も助けてくれないかもしれない。誰も、助けられないかもしれない。

 じゃあそんな時はどうすればいい?

 自分でどうにかするしかない。

 どうやって?

 これまで誰かに助けられて、そうして生きてきた(その人)はどうやって自分を助けるの?

 今この時(困難を前にして)行動しない(その人)が動けると、非情かもしれないけれど私は思いません。思えません。

 本当にどうにかしたいのなら。

 そう、思っているのなら。

 思うだけじゃダメだ。

 行動に移さなくては。

 

「待ってください!」

 

 私は、下を向かず、前を見ます。そして、上を見ます。

 言葉だけでなく、駆け出して、腕を掴んでリンさんを引き止めて、振り向いたリンさんの目をしっかりと、まっすぐ見据えます。

 その興味なさ気に向ける二つの目に、私という存在を写そうというのに、どうでもいい、取るに足らない存在という認識を覆そうというのに、逃げちゃいけない。

 単なる視線さえも。

 

「私は···何をすればいいですか···私には何ができますか」

 

 私には、分からない。

 自分に何ができるのかさえも、分かっていない。

 だから聞くんだ。

 無知であることを、勇気を持って開き直って。

 助けられるんじゃなくて、せめて頼るんだ。

 

「あ? 自分のことだろ。自分で考えろ。つうか、オレが知っとるとでも?」

 

 縋る私に、冷たく返して突き放すリンさん。

 退くな。怖気付くな。鬱陶(うっとう)しがられたって別にいい。

 私が嫌われるくらい、なんてことないことなんだから。

 

「だからあなたの気分を害した。努力してないから──できることをしてないから。違いますか」

 

「うん、違う」

 

 即答でした。

 

「『努力』──『ある目的を達成するために、気を抜かず力を尽くして励むこと』辞書なんかを引くと出てくるのはこんなところか。お前、いや、お前らはこれを聞いてどう思った? オレは率直に、曖昧(あいまい)だと思った。だから、仕方ないんだろうな。考え方や価値観は人それぞれなんだから。明確な『定義』なんてない。お前にとって『努力する』ってことが、いや、逆の方がいいか。『努力しない』ってことが『できることをしない』ってことなのは分かったよ。だからそう思ったんだろ。でも、オレの言う『努力する』ってことは、『やるだけやる』ってことだ」

 

 やるだけやる。

 聞いてみると中々どうして、腑に落ちることでした。

 そういえばリンさんは言っていたじゃないですか。

 『できるできないでウジウジ悩んで』と。

 何もしてない内から決めつけて、ならばと、何もしないことを選んだことを指して、貶したじゃないですか。

 

「お前はオレを信用できないだろう。別に期待してねえよ。寧ろオレのことを信用してたってならドン引きだから。でもさ、お前はエルザやジェラールも信用できねえか? だったら別にいいけどさ、だったら、二人のどちらかについて行って、魔水晶(ラクリマ)の破壊を試みて、でも無理だったら頼るってくらいはできねえか? 『役立たず』と悪し様に罵られるとでも思ってるか?」

 

「そんなことありません」

 

「じゃあ、どうして? 迷惑になるとでも思って二の足を踏んだか? 言っとくけど、人は他人に迷惑を掛けずには生きていけねえぞ。ましてやお前はガキなんだから一層そうだ。だから、失敗とか後先考えず行動しろ。しくじったところで、その尻拭いをするのは周りにとってはいつものことだ。気にするな。『失敗したらどうしよう』『自分にはそんなことできない』んな事は行動に責任が伴う大人になってからウジウジ悩め。ガキの内は周りに甘えて挑戦しろ。努力しろ(やるだけやってみろ)。ただし、『失敗しても大丈夫』ってのは、『手を抜いてもいい』って訳じゃねえ。不安も懸念も憂いもなく、全力をぶつけろ。周囲の人間も周囲の人間だ。甘やかすのはその後で十分じゃねえか。成長の機会を奪ってんじゃねえ。それとも、努力するガキの尻拭いに付き合わされるのはゴメンか?」

 

「······」

 

 正論だ。

 その理論からくると得をする立場にあるからかもしれませんが、私はそう思いました。

 煽るような物言いは増しているはずなのに、諭されたような感じがします。

 何も言い返せない正論。

 でも今回のは、言いたいことが何もない、爽やかに受け止められました。

 それは内容の問題なのか、それとも上手く言葉にできない、そんな複雑で細かいニュアンスの言い方の問題なのか、私には分からないけれど、ただただ、感心させられました。

 

「『借りを返す』ってことにしといてやるよ。で? どうする? 努力する(やるだけやってみる)?」

 

「はいっ! ···? 借りって···?」

 

「さあ、なんだろうな。別に『前言撤回』って止めてもいいけど、言ったからな。やるだけやる(努力する)なら協力するか。一番近いのは貰うよ」

 

 私の問いにはぐらかすように答えて、リンさんは歩いていきます。

 借りとは何か分かりませんが、『借りを返す』というのは、所詮は言われた通りに動くだけだけどまあいいか、ということでしょうか?

 

「あっ! リンさんちょっと待ってください」

 

「何?」

 

 不機嫌な表情。

 けれどやっぱり貼り付けたようなそんな表情で、リンさんは振り返りました。

 私は素早く深呼吸します。

 リンさんは機嫌が良い訳ではないでしょう。無言で長くは待って貰えないと思います。多分ですが。

 けれどこっちは確信して言えます。

 リンさんは、私を甘やかしてはくれないと。

 下手したら気遣ってもくれないでしょう。

 責める訳では決してありませんが、ジェラールやエルザさんが私にしてくれる対応とは、真逆と言っていいような対応を私にするでしょう。

 でも、だからこそ、ちゃんと、しっかりと努力できるというものでしょう。

 私は悪い子かもしれません。

 これからリンさんがどんな表情を浮かべるかを予想できるというのに、これからする行動を改める気がないのですから。

 意を決して私は言います。

 

「私はあなたについて行きます」

 

 案の定、リンさんの表情は偽物感の消えた不機嫌な表情へと変化しました。

 まあ、あんまり見た目に変化がないので、多分ですが。



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13話 変な兄妹

 その後はまあ、色々あった。

 ジェラールの助力もあって火竜(サラマンダー)はマスターゼロを下すことに成功し、無事ニルヴァーナの機能を停止させた。

 それからは、王の間でのやり取りに似ている。

 六魔将軍(オラシオンセイス)を捕縛するために駆け付けた評議院たちが、散々正論で殴られた、そんな感じだ。

 

「すげえよなあ。どれもこれも、『暴論』もいいところなのに『正論』だから、碌に『反論』もできないっていうね。しかもその上で、決して綺麗事でも理想論でもないんだからさ」

 

 オレたちの所属するギルド悪魔の心臓(グリモアハート)のアジトである戦艦。その内部で、オレの隣を歩く男がそう言った。

 その台詞が、無意識に頭を働かせてあの弁舌を脳内で再生させる。

 

──成る程、つまり評議院(てめえら)が謳う正義ってのは、死ぬか法を犯すかの二者択一で、死ぬことを選ばなかった奴はクソ野郎ってことだな

 

 こんなことを言っていた。

 そして、これだけでは終わらなかった。

 

──ああ、ごめんごめん間違えた。お前らがクソ野郎認定するのは『生きたい』と思う奴だったな。

(かどわ)かされて強制された奴、騙されて利用された奴、家族を殺されて一人になった奴。そういった奴らが悪人に(すが)ったのは何故か。

生きたいからだろ。どっかの誰かさんどもが助けてくれないからさぁ。

つまり、てめえら自称正義の味方は──『生きたい』と想い、願い、望むことを否定する訳だな、クズども

 

「名言がすぎるよな~。まあ僕は個人的にはジェラールを庇った時の台詞の方が好きかな。『おいおい、良いように利用されて業腹なのは分かるけどさ~、何自分たちの無能を棚上げにしてんだよ。評議員に任命して、聖十の称号を与えて、これじゃあ最早自業自得だろ、自己責任だろ。ああそうか、そんな簡単なことを理解する脳ならぬ能が無いからお前らは"無能"なんだったな』ってさ」

 

「今日はやけに機嫌が良さそうだなリカ」

 

「そりゃ機嫌も良くなるよアズマ。数年ぶりに弟に会えたんだからさ」

 

「会えたね···。遠目で見ただけじゃないか。だからこそ、機嫌を損ねているんじゃと思っていたのだがね」

 

「ほうほうそれを言うかねアズマくん。人が折角に触れずにいてやったのにさあ。僕だって久しぶりに話したかったよ。てめえだけ話に行きやがって」

 

 鼻歌交じり、とまではいかないが機嫌が良さそうな雰囲気が一変、リカは拗ねたような態度を取る。

 リカ。

 リカ・オレルス。

 オレルス家の長兄。

 本人のみが否定する。

 コイツは何でも知っている。

 

「何でも知らないよ」

 

 人の心中を読んでおいて何を言うか。

 リカを相手にしてはプライバシーもへったくれもない。

 面と向かっていれば、いや、いなくとも、リカの弟妹たちと深い関り合いがなければ、その気になったリカには全て読まれる。

 リカにとっては世界は宛らボードゲームのような物で、人は駒のような物なのだろう。

 

「おいおい風評被害も大概にしろよ。僕にとって人は思い通りに動く存在じゃねえぞ」

 

「そうだったな。思った通り(・・・・・)にしか動かない存在だったな」

 

 いっそ予知といって差し支えない、ハイレベルな未来予測。

 念能力でなければ魔法でもない。他の異能の能力(チカラ)でもない。

 単なる持って生まれた才能からくる、異常で異常な、常軌を逸した分析・解析・処理(シミュレーション)能力。

 当人すらも原理は知らないが、リカ(コイツ)のその能力は、行ったこともない土地にいる会ったこともない相手の思考や行動さえも筒抜けとする。

 それでは人を人として見れなくなると思うのは無理もないだろう。

 だからリカは、その脳の高速処理をする際には、弟妹たちのことは除外して考える。二人のことを、間違っても駒や人形のように思いたくないから。

 しかし(ひと)一人(ひとり)他人(ひと)に、そして世界に与える影響というのは存外大きい。

 コイツのハイスペックな高速処理で導き出されるこの世の未来は、人間二人も除外されたそれだ。

 その二人が為したこと、関わった人間の内面の変化。そういった物が一切インプットされていない状態のシミュレートでしかない。

 それでは読めないことは多々生まれる。

 二人と深く関わったような奴の心情など特に。

 尤も、面と向かってしまえば『その時考えていること』に限って読まれるが。

 

「ホントお前は分からないな。僕の二人に対する思いなんかには気付けて、理解までできているのに、なんでエリックたちが気を遣って出頭したことに理解が及ばないんだ?」

 

「お前は家族だろ。六魔連中にとって、アイツは赤の他人じゃないか。いや、当人の意見を踏まえるのなら寧ろ恨まれて然るべき人物だ。そんな相手に気なんて普通使うかね」

 

「お前自身の意見は? 本当に恨まれて然るべき人物だと思っているのか? もしそうだってんなら──戦争だぞ」

 

 ギラ付いた眼。

 中性的な整った顔が猟奇的で狂気的な殺意の籠った表情に染まる。

 烈火の如く全身からオーラを迸らせて、完全に戦闘態勢に入っている。

 はあ、全く、

 

「オレがそう思っていると、思っているのかね」

 

「ふん、つまんねえの。ちょうどいい八つ当たりの口実だと思ったんだけどな」

 

 そんなに目の敵にするくらいならお前も会いに行け、話しに行け。

 

「それを言うか···それを言うのかお前···どれだけ残酷なんだお前は。僕が避けられていることくらい分かってるだろうに···」

 

 年甲斐もなくリカは本気で凹む。

 全く、この弟妹大好き(ブラシスコン)野郎は、面倒くさい。

 

「へいへい面倒くさいですよ。つかてめえは結局何がしたかったんだよ。わざわざあんなところに呼び寄せてさ」

 

「何を? いや、特に何も。たまの休暇に、久しぶりに友人に会おうと呼び出したら"たまたま"そこに友の復讐相手がいた、それだけのことだろ。空気を読んで、気を遣って、オレは大人しく(けん)に回った。それだけだろ」

 

「お前、人のアイデンティティを」

 

 どういう結果に結びつくかを予想して、偶然を装って仕組む、お前のよくやる手法だね。

 まあ、流石にあの二人は予想外だったがね。

 

「あの二人···? ああ、グレイ・フルバスターとリオン・バスティアか。え? あの二人に関してはお前関与してねえの?」

 

「ああ、してない。そこまで趣味が悪い自覚はないんだがね。お前にとってオレはそんなに性悪なのか?」

 

「よく言うよ。お前がメルディにさせたこと、忘れたとは言わせねえぞ」

 

「忘れた」

 

「いや言うなよ」

 

 全く、責めるみたいに言ってくれるな。

 ただ単に、死んだ妹に似た奴が出てきたから、同じ呼び方をさせただけじゃないか。

 

「いやそれ相当(たち)が悪いからな。死んだ肉親にそっくりな娘に同じ呼称で慕われるとか、嫌がらせの域越えとるだろ」

 

「しかし、結果功を奏しただろ?」

 

「痛し痒しだけどな。メルディにレムの面影を重ねて、立ち直った反面罪悪感を抱いてるんだぞ、アイツは」

 

「ふん、ベタベタな小説のような展開だね。『現実は小説より奇なり』、か」

 

「現実ねえ」

 

 この顔だ。

 リカは『現実』という単語に対して、この顔を示す。

 まるで全てを見透かして、嘲笑うような、そんな顔を。

 

「まあ、現実でも事実でも小説でも創作でも原作でも二次でも妄想でも空想でも幻想でもなんでもいいけどさ···。で、マスターハデスにはどこまで話す? 『データの収集』はできたのか? ええおい」

 

「そんなもの端からしてないのは知っているだろうが。適当にそれっぽい理由をでっち上げただけだ」

 

「だろうねえ。じゃあこれは個人的に気になったこと──あの白髪がどういうことか、分かってる?」

 

 意地の悪い笑み。

 そんな笑顔でニヤニヤ笑って、リカは尋ねてくる。

 そういうお前はどうなのか。

 コイツに限って、皆目検討がつかないからオレの意見を参考にしようとしてるなんてことはないと思うが。

 

「ん? ほぼ全部」

 

 だろうな。

 異常で異常な、常軌を逸した分析・解析・処理(シミュレーション)能力。

 そんなものに頼らなくたって、コイツの分析能力は人並み外れている。

 普通に、見て、聞いて、調べて、考えて。そうして導き出した、誰もが普通にするような予想も、コイツがやってしまえば高精度だ。

 単純な話、滅茶苦茶頭が良いのだ。ただスイッチでも押すような気楽さで、そのグレードを飛躍的に上げられるというだけで、それだけが、常軌を逸しているだけで。

 

「オレが分かったのは、身体能力が爆発的に跳ね上がったこと、オーラ量が急激に落ちたこと、そして、動きに無駄が生まれるようになったこと。そんなところだ」

 

「ふ~ん。ま、そんだけ分かってりゃ十分だな。褒めて遣わす」

 

「後、オーラの系統にも微妙に変化があった」

 

「···何でそう思った?」

 

「勘」

 

「か···勘? ふっふふふ」

 

 クックック、と噛み殺した笑いを漏らして、リカはオレを見てくる。

 

「はあ、何となく、イヤに操作系の精度が高いと思っただけだよ」

 

「よく気付いたな。普通に成長しただけとは思わなかったか? 特質系は、操作系の隣に位置してる。元来高精度で使える系統だろ」

 

「だから『勘』なんだ」

 

 誰もがお前みたいに頭が良くはないんだよ。

 全く、頭が良かったり、能力を最適化させたり、ただただ気持ち悪いくらいに運が良かったり、変な兄妹だ。

 付き合わされるこっちの身にもなってほしい。

 はあっ、こんなことを言えばアイツは『じゃあ関わるの止めれば』とでも言うんだろうね。

 コイツの場合は···言い方を変えるだけだな。『嫌ならなんで関わってくるの?』とでも聞くのだろう。

 まあ、言外に含まれたニュアンスは変わるのだろうが。

 前者は、『嫌な思いをするくらいなら付き合ってくれるな』という気遣いからくるもので、後者は、額面通りと言うべきか、『そもそもお前はなんで僕たちに構うの?』という疑問も投げかけているのだろう。

 長い付き合いだ。リカのような異常スペックのそれではないが多少の考えは分かる。

 だが"あれは"、完全にオレの理解を超えていた。

 肉体のみならず、オーラの流れ、表情、雰囲気、全てが一変していた。

 まるでオレの知らない"別の誰か"かのように。

 それなのに不思議と、白髪の時(あの状態)のアイツには懐しさを覚えた。

 

「それ、あながち間違いじゃないかもよ」

 

 リカは笑う。

 全てを見通しているかのように、笑う。

 

「時期わかるさ」



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