少し未来のシンフォギア (竹流ハチ)
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Be the One
「受け継がれるガングニール」


容姿について言及が無いのは仕様です。



立花響、24歳。

 

誕生日は9月13日で血液型はO型RH-。

 

好きな物はご飯&ご飯。

 

そして、特筆すべきはそのガングニールとの適合率。かつては融合症例でもあり他の装者を圧倒していたが、今尚シンフォギアだけで戦っているというのにその適合率は全装者中で頂点に君臨する。

 

何度世界を救ってきたか、数えるだけでもキリがない『英雄』立花響は私の尊敬する装者であるが、

 

「はい響、あーん」

「あーんっ、んー!おいしー!」

 

シンフォギアを纏っていない立花響は、私は嫌いだ。

 

 

 

 

国連災害対策本部本部長『立花響』、かつては日本に拠点を置くS.O.N.Gの隊員として活動していたが、双方の責任者の会議の結果立花響は国連所属の装者となり、S.O.N.Gと国連の架け橋となっている。

 

最初こそ利権やシンフォギアの運用方法について揉め事が多かったらしいが、お互いに代が変わり新しい風が吹くと妥協点と譲歩する事を知っている人達によって険悪だった仲も改善され、今では協力し合えるようになった。

 

そして私は国連所属としては初のシンフォギア装者候補生、しかもそのシンフォギアは装者の中では頂点に君臨する立花響が纏う『ガングニール』。

元々私はシンフォギアについてニュースやインタビューなどを見て知っていて、シンフォギアに関連する仕事に就きたいとも思っていたし、それ相応の努力は人並み以上にしてきたつもりだ。

 

けどまさか本当に私が憧れのガングニールを纏えるとは思いも寄らず、それまで何度も失敗してきた適性検査を受けるように指示してくれた風鳴司令から『国連本部へ栄転だ』と言われた時はその場で跳んで喜んだものだ。

 

災害救助を終えた後のインタビューで見る立花響は日本人にしては背も高く、その澄ました顔や真摯にインタビューを受ける姿から私の憧れだった。

 

その人のガングニールを受け継げるなんて夢のようだと思っていたのも今は昔。

 

「本部長、本部に奥さんを連れて来るのはやめて下さい」

「ちゃんと理事長の許可貰ってるから大丈夫だって。ねぇ未来」

「響もたまには羽を休めないと、すぐに無理をするからね」

「本部長が規律を乱してどうするんですか」

「大丈夫!ティナちゃんも連れて来ていいよ!」

「そんな人居ません!早く会議に出ますよ!」

 

立花響は妻である立花未来を毎日自分の執務室に連れ込んではこうしてイチャイチャとしていて、初めて見た時は正直幻滅した。

私が尊敬していたのはどんな時でも冷静で人命救助を一番に考える『装者の立花響』であって、公私混同を平気で行う人ではない。

 

今も会議が始まりそうだというのに弁当を食べさせて貰おうとしている立花響の手を引き、私が資料を持って部屋から連れ出すと足がもつれたようにしているが知った事ではない。今日はS.O.N.G司令である風鳴司令とあの『ザババ』がわざわざ本部まで足を運んでいるんだ。

 

部長一人の為に待たせる訳にはいかないのだから急ぎ足で第1会議室に向かい、会議室前に着いてから腕時計を確認すると既に会議は始まっている時間になっていて肩を落とした。

 

「あーもう……遅れたじゃないですか」

「ご、ごめんごめん。そう怒らないで」

「はぁ……失礼します」

 

早速心象が悪くなるとため息を吐くと部長は申し訳なさそうにしたが、それで反省の色を見せたことはないから私も諦めて扉を開けると、用意された椅子には国連関連部署のお偉い方達が既に席に座っていた。

 

そして蒼髪でショートカットが特徴の風鳴翼司令、その両脇にはバツ印の髪留めをした暁切歌と長い黒髪を下ろした月読調が立花響と向かい合うように座っている。

私が頭を下げて部屋に入ると立花響は何一つ謝罪の言葉を言うことはなく、全体を見渡す事ができる上席に座った。

 

「こうして実際に顔を合わせるのは久し振りね、風鳴司令」

「久し振りだな、その後は……聞くまでもないか」

「ええ、ティナも日々ガングニールを纏う為の鍛錬に勤しんでいるわ」

「そうか、積もる話もあるがまずは話すべき事から話そう」

「それでは来週行われる『完全聖遺物エクスカリバー輸送、及びシンフォギア化』計画についての最終調整を始める」

 

会議を仕切る立花響を私は部屋の隅で見守っているが、やはり仕事になると立花響は一転して真面目な顔で話を進めていて、普段の動向を知っている私でもあの状態の立花響に声を掛けるのは緊張する。

 

「既に知っていると思うが、完全聖遺物エクスカリバーは『持つ者を必ず勝利させる』という形を持った哲学兵装。その危険性を考慮し実験及び使用についてはこれまで一切が禁じられてきたが、シンフォギア開発の第一人者であるエルフナイン氏が開発した『FG式改良型特機装束』により完全聖遺物のシンフォギア化が可能になった為、保管のコストとリスクを考えてこの計画が実施する」

「それは装者一人が持つ力にしては強大過ぎないか?もしその装者が暴走でもすれば」

「新型シンフォギアには哲学兵装の封印という機能がある。たとえ奪えたとしても封印を解除するにはシンフォギアと同じ封印を解く必要がある。それはこれまでの実績から実質不可能であり、装者もその力を100%引き出すには少なくとも7人の絶唱が必要になる」

「つまりその人数の装者が裏切り、命を懸ける事がない限り哲学兵装としての機能は果たさないという事か」

「その通りよ。また、装者についてだが既に一人候補者が居る。それがこの子よ」

 

そう言って立花響がモニターに画像を写すと、そこにはS.O.N.G所属の装者候補生であり私の親友である『百合根律』のパーソナルデータが映し出され、それを見た国連側のお偉いさんはどよめいていた。

 

「そ、S.O.N.G所属の装者候補生なのか!?」

「エクスカリバーは国連が常に管理してきた物だぞ!?」

「気持ちは分かるが、彼女はエクスカリバーとの適合率が非常に高く、そして本人が既にS.O.N.Gに所属している以上は仕方がない」

「ならばS.O.N.Gから引き抜けばいい!」

「それは困る。此方の装者は私を含めて4人、既に退役した者を含めても5人。私は現場指揮もある為実際に動ける人間は少なく、残りはあくまでも候補生だからそう易々と現場に出すわけにはいかない。そんな中で候補生を引き抜かれては此方も手が回らなくなってしまう」

「それを言うなら此方は二人でシンフォギアは一つではないか!それも一人は本部長、もう一人は装者候補生だぞ!」

「なら此方が身を削れと?装者候補生の育成は全て我々に任せているのに、都合の良い時だけ引き抜くのは些か礼儀がないのではないか?」

「私達もカツカツ、文句を言われても困る」

「そうデス、文句があるなら其処の本部長を通すデス!」

 

国連が保管してきた完全聖遺物をS.O.N.G所属の装者候補生のシンフォギアに変える。それが気に食わないお偉いさんは風鳴司令に食って掛かったが人員が足りないのはS.O.N.Gも同じ、S.O.N.Gの内情にも詳しい立花響を通せと言われるとお偉いさんは唸り声を上げた。

 

「本部長!」

「………風鳴司令、代わりにイチイバルの装者候補生が中学卒業後、此方に引き抜かせて貰えませんか?」

 

お偉い方に『どうか良い決断を』と迫られた立花響は暫く思案した後、そう切り出すと調子付いていたザババの二人は途端にうろたえ、風鳴司令も困ったように眉を顰めた。

 

イチイバルの装者といえば雪音クリス、広域殲滅を得意として優秀な装者ではあるけど、雪音クリスではなく装者候補生の方を選んだのに何か理由があるのだろうか?

 

「……拒否する」

「拒否されては困る、此方も譲歩して装者が決まっている完全聖遺物を引き渡すのだからそれ相応の対応をして頂かないと」

「イチイバルの装者候補生はまだ幼い。それをいきなり国外での活動に駆り出すのは危険だ」

「だから中学卒業後、つまりはそれまでに其方で教育をして貰えば問題ない。もしくは調整中のアガートラームの装者候補でもいいが、それは其方が困るのでは?」

「………検討しておこう」

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

そうして会議が進み、計画の最終調整が『実施可能』という判断で終わると会議も終わり其々が退出して行ったから私は使った資料を片付け始めた。

 

ずっと喋りっぱなしだった立花響も資料を手に持ったまま椅子に座り込むと、大きく背伸びをしながら背もたれに身体を預けていた。

 

「あー疲れた……何度やっても慣れないねぇ…偉そうに喋るってのは」

「良かったのですか?」

「んー?」

「イチイバルの装者候補生、まだ小学生ですよ?」

「大丈夫大丈夫、あの子滅茶苦茶しっかりした子だから。この話をしたら中学を出たらこっちに来てくれるよ」

「でも肝心のイチイバルが無いなら意味が」

「イチイバルは近い内にあの子の物になるよ」

 

イチイバルの装者候補生とは日本に居た時に顔を合わせていたけど、優秀ではあるけどまだまだ育ち盛りの子供といった様子でとてもじゃないが装者にするには若過ぎる。

 

それにイチイバルの装者もまだ現役だと言葉を続けようとすると、少し食い気味に言葉を遮られたから驚いて立花響の方を見てみると、立花響は目を閉じていて気を落ち着かせるように肩で呼吸をしていた。

 

立花響はイチイバルの装者とも面識があるのだから、イチイバルの装者が現在どうなっているのかというのは知っていても当然か。

 

「何かあったのですか?」

「いや、何でもない」

「口調、変わってますよ」

「………いやぁ、ティナちゃんには敵わないなー」

 

私と接する時は口調を崩す立花響がわざわざ威圧感を纏うという事は、そうしなければ己の役割を果たせないから。

 

人情ではない、より多くの命を平等に救う為の手段を講じる国連の職員としての機械的な役割を。

 

「何か悩み事ですか?」

「………クリスち、イチイバルの装者は」

「雪音クリス、知ってますよ」

「……クリスちゃんはね、もうイチイバルを纏えないの」

「っ、どうしてですか?」

「シンフォギアは装者の心象によってその歌を奏でるけど、『うたのおねえさん』になったクリスちゃんが子供達と歌う事をイチイバルは許してくれなかった。少しずつクリスちゃんの適合係数は下がっていって、それでもそれを補う程の経験でこれまで戦ってきたけど、クリスちゃんは幸せになればなるほど力を失っていった」

「………」

「クリスちゃんは最後まで戦うって言ってたけど、私はもう十分戦ったと思ってる。だから」

「イチイバルを受け継がせて、無理矢理前線から外す」

「ホント、ティナちゃんは頭が良いね」

 

国連災害本部本部長の肩書きに相応しい酷く合理的でシンプルな判断、『イチイバルの装者候補生を引き抜き、弱くなった雪音クリスを退役させる』というのは風鳴司令からすれば反論のしようがない提案だったのだろう。

 

今はまだ装者候補生だから本人が望めば国連所属になる事も容易く、雪音クリスの性格上その席を譲る事はないだろう。

 

かと言って適合率の低下を隠している風鳴司令が共に戦ってきた戦友に戦力外通告なんて突き付けないだろうし、装者候補生に前倒しで受け継がせるなんて事もしないだろう。

 

ならばイチイバルの装者候補生は現状のS.O.N.Gでは『不必要』と主張するしかない、この話は拒めない引き抜きと同義という訳か。

 

「ホント、クリスちゃんに恨まれちゃうよ……」

「本部長…」

「ホント……こんな事をする為に此処に居るんじゃないのに…ッ!」

 

立花響は自らが講じた搦め手を憎むように資料を握り締め、その握られた拳を机に振り降ろすと机に置かれていたコーヒーのカップが宙を舞い、地面に叩きつけられると粉々に砕け散った。

 

それはまるで、理想が現実に打ち砕かれたのように。

 

 

 

 

「ハァ……ハァ…!」

『ティナ君、これ以上は』

「もう一度お願いします!」

『君の身体が…』

「いいから、お願いします!」

 

あの会議から数日後、私は無性に身体が動かしたくなったから本部長からガングニールを借りてはトレーニングルームに籠ってひたすらに訓練を続けた。

 

私は適合係数が平均よりも遥かに低いからアームドギアの発現には至っていないけれど、アームドギアが無くても戦っている本部長の手前でそんな泣き言は言っていられない。

 

幼い頃から習っていたカポエラが功を奏し、私は足技を主体に戦い方を身に付けていったけどそれでも立花響には遠く及ばない。

あの人は私のような恵まれた環境ではなく、超えなければいけない壁ばかりだったからあそこまで強くなれた。

 

初めから融合症例だったから、今の適合率まで上げることができた。

 

「ハァァァァッ!」

 

私とは、出来が違うんだ。

 

渾身の蹴りを放ってノイズの群れを一掃するとトレーニングルームの景色が無機物な壁へと変わり、誰が勝手に止めたんだとモニタールームを見上げると、其処では立花響がオモチャで遊ぶ子供を見下ろすように私を見ていた。

 

『凄く強くなったね、ティナちゃん』

「っ、貴女に言われても嬉しくない……」

『えっ?』

「何でもありません、今日は疲れたので上がらせて貰います」

 

折角温まってきたのに興が削がれてしまったから私はシンフォギアを解除し、トレーニングルームから退出してからもう一度聖詠が浮かぶか試してみたけど、やっぱり私の適合率では少しの気の持ちようで浮かばなくなる。

 

立花響は悪くない、悪いのは弱い私なんだ。国連へ来る前に律から言われた通り、私は焦っているのかもしれない。

 

ロッカールームで汗だくになったトレーニングウェアを脱ぎ、バスタオルだけを持って個室のシャワーで嫌な感情と一緒に汗を流していると扉が開く音が聞こえてきた。

 

「ガングニールも安定してるね」

「………」

「明日の輸送作戦、ガングニールはティナが使って護衛する方向で決めたからそのつもりで」

「なっ!?」

 

今は立花響と顔を合わせたくなかったからそのまま無視しようとしていると、声色を変えてエクスカリバー輸送計画での護衛を立花響ではなく私がやる事になったと言い出した。

 

それには異論しかないから個室から飛び出ると、其処で腕を組んで立っている立花響の真剣な表情に驚かされた。

 

まさか、本気で言ってるの…!?

 

「な、何で私なんですか!?」

「何かダメな理由が?」

「何で本部長がガングニールを纏わないんですか!?イチイバルの装者もマトモに運用できないって言ったのは本部長じゃないですか!?」

「心配しなくてもイチイバルの装者は今の貴女よりは遥かに強い。そんな事よりも資料に目を通して明日に備えなさい」

「質問に答えてください!何故私がガングニールを纏うんですか!」

 

エクスカリバーは絶対に守り切らなければいけない完全聖遺物、そんな重要な任務に装者候補生であり未熟な私が参加するなんて余りにも無謀だ。

それこそ世界を何度も救ってきた立花響がガングニールを纏うべきなのに、どうして急にそんな事を言い出すんだ。

 

伝えるべき事は伝えたと言わんばかりに立ち去ろうとしたその背中に問いただすと、立花響は足を止めたけど振り返る事はなかった。

 

「貴女は決めた筈、ガングニールを纏うと」

「それはそうですけど、最初の任務が」

「最初は近所の火事や建物の倒壊に派遣されるとでも?冗談も休み休みにしなさい。貴女はシンフォギア装者、その任務に優劣を付けるなら適性検査をやり直す事になるわ」

「ッ………貴女がそんな人だと思わなかった…ッ!」

 

私だっていつかは重要な任務に参加するというのは覚悟していた、けどそれは立花響がガングニールを纏えなくなってから正規の手続きで受け継いだ後の話の筈だった。こんな形でいきなりガングニールを纏った所で私に出来ることなんてたかが知れている。

 

そんな事は誰よりも最前線で戦ってきた立花響が一番知っている筈なのに、こんな不意打ちみたいなやり方をされるなんて心底失望した。

いつもの立花響なら私を試す為にこんな無茶苦茶なんてしない。私が尊敬していた立花響なら、私が『ガングニールの装者』だと自信を持てるくらいもっと強くなるのを待ってくれていた筈なのに。

 

「初めからシンフォギアを纏えた貴女に私の気持ちなんて分からないんだ…ッ!」

 

私がどれだけ期待されてるかなんて聞かなくても分かってる。世界的英雄の立花響の跡を継ぐのだから中途半端な力では引き継いだ任務を失敗する可能性だってあるし、その失敗が国連にとって痛手になる事だって理解してる。

 

それなのに無理矢理任務に参加させるなんて、それではまるで『失敗してもそれは装者の所為』という言い訳を用意してるようなものだ。

所詮適合率の低い私の事なんて適合者が出てくるまでの『繋ぎ』としか思ってないんだ。そっちがそのつもりなら私はもう立花響を尊敬だなんてしない。

 

私がどれだけ皆の才能を羨んでるかも知らない立花響を追い越してシャワールームから出て行き、そのまま自室に籠ってひたすら明日の計画についての資料を確認した。

全ては立花響を越える為に、初めからガングニールを纏えていた天才を越える為に凡人に出来ることをするまでだ。

 

 

 

 

 

『聖詠は浮かんだか?』

『いえ……』

『これでガングニール以外は全部試したか』

『はい……ですがどれも』

『アリア、下がっていいぞ。静香入れ』

 

日本に拠点を置くS.O.N.Gが何処で適合者を集めているのか、それを見抜くことがS.O.N.G入隊への一番の近道だと思ってノイズの出現パターンを割り出し、ノイズ災害での生存者が最も多かった場所は一見ただの学校に見える私立リディアン音楽院だった。

 

けど海や山に近く防衛に向いた立地や交通網の整備具合から明らかに何かしらの優遇されているのは間違いなかった。

その事をメールで確認すると当然関与はしていないと否定されたが、調べるに当たって書き上げたS.O.N.Gについてのレポートを送ると返信は来なかったが、代わりにS.O.N.G職員の迎えが来た私は五人目の装者候補生として入隊する事となった。

 

最初の装者候補生で天羽々斬を最も得意とする同年の『百合根律』、小学五年生ながらイチイバルと適合し才覚溢れる『静香・ロンドリューソン』、ザババとの適性を示した双子強盗『譜吹姉妹』に続いた私は全ての適性テストで最高点数を叩き出し、入隊までの経緯が特殊でも精神鑑定では問題もなくまさに順風満帆なスタートを切った。

 

だが、私はとんでもない所でつまづいた。

 

『ティナ……』

『………』

『……ううん、何でもない』

 

シンフォギアとの適合率、6%。

 

それは適合率を上げるLiNKERの使用が許可される最低30%を大きく下回っていて、一般人よりも遥かに低い適合率では聖詠すら浮かばず、私は『器用貧乏』の烙印を押されたも同然だった。

 

どんなに他が優れていても適合率が低いので装者にはなる事が出来ず、寧ろ私の成績なら優秀な分析官としての席も用意出来るとも言われたけれど、それに対する返答は最後の最後まで引き伸ばした。

 

『《enjerr Ichaival tron》』

 

天羽々斬と異様なまでの適合を見せた律、まだ小学生なのにテストに合格しイチイバルとの適性もあった静香、二つで一つという特異な聖遺物と適合した双子装者の空と海美。そしてアガートラームの適合者。

 

歴とした適合者でありテストにも合格できた他の皆とテストだけの私、どちらが優秀かなんて火を見るよりも明らかだった。

 

『あれま〜、遂にガングニールだけになっちゃった〜』

『でもまだガングニールがあるんだし、希望を捨てちゃ駄目だよ〜?』

『あっ、希望だけ持ってたら駄目だった時が可哀想か〜』

『……風鳴司令にもう戻るって伝えておいて』

『うん………二人ともこっちに来なさいッ!』

『きゃ〜、りっちゃんが怒った〜!』

 

どんなに馬鹿にされても、私にはまだガングニールが残っていた。これまでの結果を踏まえたら適性検査を受けさせて貰えるかも怪しかったけれど、そのチャンスに私の全てをぶつけるしかなかった。

 

私には、後がなかったんだ。

 

 

 

 

「あの、大丈夫デスか?」

「大丈夫です、資料なら全部読み通してきました」

「いや、めちゃんこ眠そうなんデスけど…」

「無理しないで、キツイなら響さんに」

「あの人を頼らなくたってやれます!」

 

国連本部地下にある聖遺物保管所から輸送されるエクスカリバーの入ったケースとダミーのケースの計三つ。それを私とザババの二人がそれぞれ一つずつ護衛しながら軍港まで運び、其処からは軍艦を使った海上輸送と鉄道輸送の二手に分かれる。

 

ザババの二人は絶対的ではあるが市街で戦うには余りあるその力を考慮して海路を、そして私は幾らでも支援ができる鉄道での輸送という振り分けになっている。

その分単位でのスケジュールの全ては頭の中に叩き込んだ、たとえ何が起きようと今の私なら必ず対応できる筈だ。

 

「気合いバリバリなのはいいんデスけど」

「無理しないでね」

「はい!よろしくお願いします!」

「うーん…」

 

軍港までの道のりだけだが二人と一緒に行動するのだから私は頭を下げてから軍用車に乗り込むと、二人も腑に落ちないといった様子だが同じ車に乗り込み、なるべく輸送車とバレないようにする為に護衛車は無しでの任務が始まった。

 

本部から出てから道なりに進んでいるように見えても全ての交差点に差し掛かる瞬間に青になるように細工をしていて、危険な街中を最短での駆け抜けれるようにしている。

 

ここまでしても悪どい連中というのは嗅ぎ付けてくるから、その時は私達が先陣を切って殲滅しなきゃいけないだろう。

 

「それで、国連はどう?」

「どう、とは?」

「楽しい?」

「いえ、特には。私はスイスに知り合いがいる訳でもありませんし」

「それじゃあ友達を一杯作るデスよ」

「そんな暇があるなら訓練します」

「相変わらずのハイパー堅物デスね……」

「お世話様です」

 

ザババの二人とはS.O.N.Gで何度も顔を合わせ、歳もそれなりに近いから話もした事があるから二人が同じ大学に通ったり同じ部屋に住んだりと仲が良いことは知っている。

 

一方で『クソ真面目』と呼ばれる私は友人も少なくて遊びらしい遊びも知らない非常識人。その身を剣と称す風鳴司令に気を掛けて貰わなければ、ひたすら資料室とトレーニングルームに籠る癖がある私の存在なんて認識すらされていなかっただろう。

 

全ては私の僅かな適性を信じてくれた風鳴司令への恩に報いる為、私は何としてでもガングニールを使い熟さないといけないのだから休んでいる暇などない。

 

「そんなに端末とにらめっこして楽しいデスか?」

「衛星からの映像で周辺に怪しい車両が居ないか確かめてるだけです」

「そこまで自分達でしなくても司令達がやってくれてる」

「自分でも確認してた方が意思疎通がしやすいので」

「ハァ、少しは丸くなってると思ったんだけど」

「………私はお二人程強くないので、肩の力を抜いてる暇なんて無いんです」

 

私の両脇に座るこの二人は誰にもなし得なかった偉業を成し遂げ、その単純な戦闘能力は立花響も大きく上回る。戦う事が全てではないシンフォギアだけれど、装者候補生にとっては誰よりも強いというのは憧れるものだ。

 

それは私も同じだったし、エルフナインさんの研究室に忍び込んで何度か資料を覗いた事があるけど私にはまるで理解が出来なかった。二人は風鳴司令のように厳格な態度は取らないがそれに見合った実力は兼ね備えているんだ。なら尚更のこと、私がそれに釣られてふざけていたら追い付ける訳もない。

 

初代装者達に流されず『私は私だ』と自分に言い聞かせると二人は呆れたようにため息を吐き、暁切歌が指を鳴らすと私の端末を一瞬で『氷漬け』になってしまった。

 

金属すらも凍結させてしまう程の冷気に驚いて私が手から落とすと、車の床にぶつかった端末は粉々に砕け散ってしまった。

 

「な、何するんですか!?」

「おおー、今日は調子いいデス!」

「狙い通りにいった」

「こんな所で試さないで下さい!」

 

私の手作りの端末を壊されたのだから文句の一つくらい言おうと思ったけど、二人の戦闘能力を考慮すればそれで力の調子を測れるのは安い物なのだから、色々言葉を飲み込んで前を向いて座り直した。

 

全く、こういう所さえなければ手放しに尊敬できるというのに。

 

「羽が一枚生えた程度のペーペーには分かんないかもデスが、アタシ達がこれを習得したのは強かったからじゃないデスよ。初めから強かったらあんな地獄みたいな勉強しないデス」

「勉強でどうにかなるものでは…」

「私達は他の装者と比べて単体での能力は明らかに劣っていた。けど、そんな泣き言を言っていたら誰よりも頑張った響さんに顔向けが出来ないから死にものぐるいで勉強した」

「………私はあんな人嫌いです」

「おっ、これは意外な言葉デスね」

「確かにその功績は英雄と呼ぶに相応しいし、私でなければ気にしない事かもしれません。けど上っ面だけ格好付けて、奥さんを執務室に連れて来るような公私混同をする人に二人がそこまで肩入れするのが私には納得できません」

 

立花響を慕っている二人には悪いが、あの人がやっているのは力を持つ暴君とさして変わらない。自分が一番力を持っているのだからと好き放題にやって規律を乱して、誰かの上に立つ時だけ英雄の皮を被る。

 

そして、人の成長度なんて度外視で作戦に投じる無謀さからは歴戦の装者の貫禄のカケラもなく、まさに『愚直』と言うべき人だ。

 

それでも立花響を慕う二人からの叱責は覚悟していたから身構えていたが、何故か二人からは怒声が飛んで来なかったから顔色を伺うと、二人は私に怒るというよりも唖然といった様子で目を丸くしていた。

 

「え、まさか何も聞いてないんデスか?」

「何をですか?」

「未来先輩の事とかデスよ」

「融合症例という事と立花響の奥さんという事以外は特に」

 

何ですか、その可哀想なモノを見る目は?

 

「ティナはもうちょっと友達作るデスよ……」

「他の装者候補生は皆知ってるよ……」

「よ、余計なお世話です!大体律が教えてくれなかったから律だって知らない筈です!」

「響さんがただ強いから凄いと言われてると思ってたの?」

「そんなので凄いって言われるのなら前の司令なんか素手でアームドギアへし折ったりしてるデスよ」

「素手で……じゃなくて!何で立花響はそんなに凄いって言われてるんですか?」

「そうデスねー、言うならば『愛』デスね」

「何故そこで『愛』なんですか……?」

 

 

 

 

 

 

『焦る気持ちも分かるデスが、あまり根詰めちゃ駄目デスよ』

『ティナはティナらしく、それが響さんが求めてるティナだと思う』

 

ザババの二人はそう言い残して軍艦に乗り込んで出航し、一人取り残された私は国連の職員と共に貨物列車に乗り込むとすぐさま発車され、遥か東の日本を目指して数日を掛けた輸送作戦が実行された。

 

けど私は二人の言葉が信じられず列車の中でもその事ばかりを考えていて、気が付けばいつの間にか欧州を過ぎてロシアの南部を列車は走っていて、辺りは一面の銀世界だけれど私の心の中はずっと翳ったままだった。

 

「どうして私を……」

 

立花響のS.O.N.Gからの離脱、そして国連所属の装者になった経緯は聞いていたがその二年前に起きた事件について聞かされた私は度肝を抜かされた。

 

融合症例二号となった小日向未来さんを完全聖遺物として国連の管理下に置かせない為に、立花響は誰にも何も言わずに日本を飛び出して二人だけでスイスへと向かった。

 

そして欧州での救助活動に尽力してひたすら功績を残すことで、小日向未来を管理するのはそれに見合った力を持つ自分だと証明した。

 

二年間1日たりとも休む事なく災害救助に赴き、愛した人とのすれ違いの日々が続いても決して諦めないその想いが国連の上層部を動かし、日本の成人式の日だけは国連から与えられた休日として帰国。

けどそこで待っていたのは地球のレイラインに合わせて絶唱し、日本に向かうガングニールを見つけ出した装者達との再会と和解。

 

そこからは二人が何を言っていたのかは覚えていない、私にはそこまでしか聞く勇気が無かったんだ。

 

私が不真面目で公私混同をする人だと呼んだ立花響は、誰よりも己の信念に忠実に生きていた。自分に嘘を吐かず、辛い選択だとしても守ると決めたモノを最後まで守り通そうとする勇気を持っている人だった。

 

「どうして……私を選んだの…?」

 

そして、私をガングニールの装者候補生に選んだのは適性検査を受けるように指示を出した風鳴司令ではなく、何の面識もない立花響本人だったなんて私自身知らされていなかった。

 

その理由は何度考えても答えが出ないから直接本人から話を聞こうにも立花響は何故か通信に出ることはなく、私はただ列車に揺られる事しか出来なかった。

 

私はどのシンフォギアとも適合出来なかったクソ真面目だけが取り柄の不良債権。装者になる唯一のチャンスだったガングニールとの適合率を測る適性検査の時だって、コッソリ盗み出したLiNKERを使って立花響レベルの適合率になるまで無理矢理引き上げて誤魔化していた。

 

そんな事がバレたら取り柄のクソ真面目さえ無くなり、ただ面倒くさいだけの一般人になってしまう。そんな事にはなりたくない、だから私は何としてでもガングニールと自力で適合しなきゃいけな

 

『ドンッ!』

 

私の願いを叶える為にも必要な力であるペンダントを強く握り締めていたその時、突然後方から爆発音が聞こえると共に列車が大きく揺れ、私はすぐに近くの固定されたコンテナに身を寄せた。

 

「きゃッ!?な、何!?」

「アリアさん、敵襲です!」

「敵襲!?所属は!?」

「分かりません!早く迎撃を!」

 

私が揺れが落ち着くのを待っていると後方車両の方から血塗れの職員の人が駆け付け、敵襲だと知らされると私の胸が緊張で苦しい程に高鳴るのを感じた。

 

パヴァリア光明結社の残党かそれともテスラ財団の残党か、それとも全く新しい敵なのか。少しでも相手の事が分かれば気も落ち着くかもしれないけど、必死に知らせてくれた職員の人に当たっても仕方ないから私はすぐに後方車両へ向かった。

 

落ち着け、実戦と言っても結局は訓練の反芻。訓練通り戦えば何の問題もない、私が積み上げてきた訓練の成果を見せるんだ。

 

自分の中にある恐怖をこれまで積み上げてきた訓練の時間で押し潰しながら最後尾の後方車両に向かっていると、突然私が乗っている車両が大きく揺れた。咄嗟に一つ前の車両に飛び込むと、私が立っていた車両は重力に反して浮かび上がり、雪原へと放り捨てられた。

 

『おやぁ?そのケース、さては貴女が装者ね』

「ッ、テスラ財団か…!」

『おやおやぁ?それにしては新顔、もしかしてハズレかしら?』

 

開いた扉から見える列車の車両を放り投げた女は全身に機械の鎧を纏い、背中に取り付けられた機械の翼でホバリングをしながら上空から私の事を見下ろしていて、私を見た事がないと言うが私はその顔には見覚えがある。

 

現代の電気社会の根底を築いたニコラ・テスラを復活させる事を目的としてかつて活動していた『テスラ財団』。ニコラ・テスラは実際に復活したけれど暁切歌によって再び黄泉に送り返され、その残党が各地に散らばっているのは知っているがその中でも目の前にいる女は幹部クラス。

 

「シャルロット・ディルバルス…!」

「おやぁ?私を知っているなんて勉強熱心ね」

 

シャルロット・ディルバルス。

生体科学者でありテスラ財団が多用する高機能機械外骨格『タイタン』の事実上の生みの親であり、テスラ財団への支援金の2割を占める大富豪。その美貌と金で多くの科学者を狂わせ、テスラ財団を築く際に大きく貢献した国際指名手配犯だ。

 

「何が目的よ!」

「あらぁ?貴女のお手手に持ってるエクスカリバー以外に目的があると思うのかしら?」

「エクスカリバーは渡さない!」

「まぁ?威勢が良いわね。それじゃあいつまでその威勢が続くか、お姉さんが試してあげるッ!」

「ッ!?」

 

やはり何処からか情報が漏洩していたようでシャルロット・ディルバルスは『エクスカリバー』が目的だと吐き、ならば絶対に渡す訳にはいかないから私がペンダントを握り締めていると、シャルロット・ディルバルスが私に手を翳すと突然私が立っていた車両が宙に浮かび上がった。

 

そして手を払うとそれに従うように車両は雪原へと吹き飛ばされ、私も空中に投げ出されたがこの位は想定の範囲内だ。

 

「《belcanty wagner Gungnir tron》」

 

私はなんとかLiNKER無しでも浮かんでくるようになった聖詠を唱えると私の身体を光の粒子が包み込み、立花響と同じ形のガングニールを形成して空中で体勢を整えて地面に着地すると、シャルロット・ディルバルスは目を見開いていた。

 

「おやぁ?」

「《ーーーー》!」

「立花響のガングニールを何故貴女が?」

 

シャルロット・ディルバルスは私がガングニールを纏っている事に驚いているようだが、そんな事を一々説明する義理なんてない。私の適合率では長期戦は不利になるから最初から全開の短期決戦と決め、地面にバンカーを叩きつけて空中を舞うシャルロット・ディルバルスに飛び蹴りを放った。

 

無論そんな直進だけの攻撃なんて避けられる事は想定内、私の動きに合わせて風に靡くマフラーをすれ違い様にシャルロット・ディルバルスの首に巻き付け、地面に着地すると共に思いっきり引っ張って地面に叩きつけた。

 

「あらぁ?」

「《ーーー》!」

 

けど私のフォニックゲインではやはり力が不足しているのか、地面に叩き付けた筈のシャルロット・ディルバルスは立ち上がると土を払う余裕すら見せていて、分かってはいたが私の攻撃が通じている様子はない。

 

だから私じゃない方が良いと言ったのに…!

 

「貴女、弱いわね」

「ッ、黙れ!」

「それ」

 

小細工が効かないのならと右腕のガントレットを引き上げ、フォニックゲインをフル充填してから一気に距離を詰めてからシャルロット・ディルバルスに拳を突き出した。

 

だけどその拳はいとも容易く片手で受け止められ、引き上げていたガントレットを打ち込んでもその衝撃ではシャルロット・ディルバルスは後退りすらせず、どれだけギアを回転させても私の腕は微動だにしなかった。

 

「はぁ、お姉さん幻滅しちゃった。折角立花響のガングニールと戦えると思ってたのに、出て来たのが見習いさんだなんて」

「あの人が出る必要なんてない…!」

「オマケに片手にお荷物を持っちゃって………ガキが大人を舐めすぎよッ!」

「キャァッ!?」

 

何とか拘束から抜け出そうとしたがシャルロット・ディルバルスの機械外骨格は想定されている出力を遥かに上回っていて、私の腕が引かれると横腹にトラックに轢かれたような衝撃が加わったかと思うと一気に視界が暗転した。

視界が戻ってからようやく蹴り飛ばされたのだと理解したその時には何度も地面に叩きつけられていた。

 

あまりの衝撃に感覚が少ししか戻らず地面に這い蹲っていると、私の左手からはケースが無くなっていることに気付き、すぐに顔を上げてケースの位置を確認するとケースは雪原の中央まで吹き飛ばされていた。

 

何とか時間を稼ぐんだ……あの中にはエクスカリバーは入っていない………あの二人なら多少の襲撃なら撃退できる筈だから此奴は私が引き付けるんだ!

 

「ヅゥ…!」

「まぁ?痛かったかしら?」

「こんなの……痛いの内に入るものか…ッ!」

「いいわぁ、そうやって痛みを痩せ我慢する表情は唆られるわぁ」

「《ーーー》!」

 

指一本でも動かそうとすると全身が軋む程の痛みが走ったけど、私は私の役目を果たす為に身体に鞭を打って立ち上がり、再びバンカーを叩き付けて一気に距離を詰めてから連撃を繰り出した。

 

だが、今度は受け止める事すらされずその全てを避けられたけど、私が手を止めれば攻撃のチャンスを与えてしまうのだから止めるなんて選択肢は無い。一発でも当たればダメージになる筈、それを積み重ねればどんな相手でも倒せる筈だ。

 

「健気ねぇ、効きもしない攻撃を繰り返すだなんて」

「効かないかどうかは当ててみないと、分からないッ!」

「っと」

 

シャルロット・ディルバルスが話に夢中になっているその隙を突き、これまでの慣れない拳打とは違って幼い頃から習っていたカポエイラで積み上げてきた蹴りを主軸にした攻め方に変えると、拳のような単調な攻撃ばかり見慣れていたからか避ける動きが大きくなった。

 

だけどそんな簡単に私の間合いは見極めさせない。

 

「貰った!」

 

頭部を狙ったハイキックは体を逸らすだけで避けられた。

 

けどその勢いを殺さずに今度は姿勢を低くして地を這うような足払いを掛け、身体を浮かせてから勢いに身体を乗せながら逆立し、身体を限界まで捻る事で全体重を乗せた回し蹴りを叩きつけた。

 

立花響のようなデタラメな威力は出ないが、今の私に出来る最高の一撃はその身体を吹き飛ばして脱線した車両に激突し大穴を開けた。

反撃が来てもいいように身構えたけれど暫くしてもシャルロット・ディルバルスが起き上がってくる様子はなく、適当に雪玉を作って穴の中に投げ込んでみても反応はない。

 

も、もしかして……!

 

「か、勝った……!」

 

初めての実戦で相手はテスラ財団の元幹部、そんな相手に勝つ事ができたのだと実感すると手を強く握り締めていたけれど、私の任務はエクスカリバーの輸送任務である事を思い出してすぐにケースを回収に向かった。

 

どれに本物が入ってるかは私達も聞かされていないけれど、どれが本物でもいいようにケースが奪われる事だけは避けなくてはいけない。たとえ私が見習いだから任される事はないとはいえ、そういった所を蔑ろにしていたらいつか足元を掬われる。

 

実戦で勝利を収めたというのに素直に喜ぶ事も出来ないこの性格もいつかは何とかしな

 

『こっちはガングニールが出てきたかと思えば大外れ。エクスカリバーはそっちみたいだわ』

 

ケースを回収しようとしたその時、背後から巨大な影が私を覆ったから振り返るとそこにはさっきシャルロット・ディルバルスが穴を開けた車両が目の前まで迫っていて、咄嗟に防御体勢を取ったがその質量に押し潰された私は車両ごと雪原に隣接する枯れ林まで吹き飛ばされた。

 

完全に不意を突かれた所為で何十トンという鉄塊に押し潰された私を殺さない為に、ガングニールは全ての衝撃を装甲に伝えて粉々に砕け散り、ガングニールが私を守ってくれたとはいえど全身の骨が砕けんばかりの衝撃を受けた私は立ち上がる事すら出来なかった。

 

「くぅ……ぁ…っ…!」

「『ほら、言った通りでしょ』。さてと、エクスカリバーも無事回収した事だし、こっちの一般人さんも殺しちゃいましょうか」

「ッ……!?」

 

エクスカリバーが回収された、それはつまりあの二人がテスラ財団の残党に負けたという事だがそんなの信じられる訳がなかった。

 

あの二人が負ける訳がないから本部長と連絡を取ろうとしても未だにノイズが走るだけで、こんな時に何をしているのか考えようとしても痛みで思考が上手く纏まらず、シャルロット・ディルバルスが遠くに転がる車両に手を翳すと車両は空に浮かび上がった。

 

「それじゃあさようなら、過去の伝説さん」

 

そして、車両に翳していた手が私に向けられて振られると、空中で支えられていた車両は重力に従って地面に倒れている私の真上から落下してきた。

 

私が弱かったから何も分からずじまいで終わるなんて、そんなのは嫌だ。私はもっと生きたい、クソ真面目なりにも私は私の人生でやりたい事があるんだ。私にだってシンフォギアを纏ってでも叶えたい夢があるんだ。

 

まだ、死ねないんだ!

 

「助けて……!」

 

 

 

 

 

『ようやく頼ってくれた』

 

車両が今にも私を押し潰さんと降り掛かり、目の前に迫る死が怖くて私は目をギュッと瞑って助けを求めたその瞬間、私の前に誰かが立つと金属がひしゃげるような爆音が真上で鳴り響いた。

 

何が起きたのかと恐る恐る目を開けるとそこにはいつもならキッチリと着こなしているスーツのボタンを全て開け、高いヒールを折って地面に足をめり込ませ、その拳を空に向けて突き上げた立花響が立っていた。

 

落ちてきていた筈の車両は遥かに彼方まで飛ばされてから地面に落ちるとその振動が微かに伝わってきて、シャルロット・ディルバルスは生身で車両を殴り飛ばした立花響を憎らしげに睨んでいるが、本部に居る筈の立花響が目の前に立っている事の方が私にとっては衝撃的だった。

 

「あーあ……ヒール折っちゃったじゃない。高いのよこの靴」

「ホント怪物ね…!」

「どうして本部長が…!?」

「ようやく尻尾を出したわね、シャルロット」

「見習いを囮に使うなんて、私が知ってる貴女のデータとは違うのだけど?」

 

囮、その言葉を聞いて私はこの場にいる理由を理解した。

 

敵からして見ればこんなだだっ広い雪原は襲って下さいと言っているようなもの、そして一番の強敵である立花響が纏う筈のガングニールは装者候補生が身に纏っている。

多少のリスクはあってもこんな絶好の機会を逃す訳がないのだから、後はその付近で待機していれば後は私達が戦っている場所に急行すればいいだけ。

 

確かに『英雄』である立花響らしくはない、けど今は『国連災害対策本部本部長』である立花響の判断は間違いなく功を奏したんだ。

 

「本部長…ガングニールを……!」

「囮?馬鹿言わないで、貴女を倒すのは私ではなくこの子よ」

「え?」

 

私の役目は果たしたから残りは全て立花響が終わらせてくれると思ってガングニールを手渡そうと腕を伸ばしたが、立花響はシャルロット・ディルバルスの発言を一蹴し、あろうことか敵に背も向けて私を見下ろした。

 

この人は一体何を考えているんだ?私はシャルロット・ディルバルスに既に負けたというのに、これ以上私の何処に勝算があると思って戦えなんて言ってるんだ?

 

「本部長、私には無理です…!」

「………」

「私にガングニールを纏う資格なんて本当は無かったんです……適性検査で」

「LiNKERを使った事なら知ってるわよ」

「ッ、ならどうして!?」

「それは貴女がガングニールを纏うに相応しい人間だったからよ」

 

ガングニールを纏うに相応しい人間?

 

「何をペチャクチャと…!」

「貴女は黙ってなさいッ!」

「ッ!?」

 

LiNKERを盗み出し、ガングニールとの適合率を偽っていた事を立花響は知っていたのなら尚更何故私がガングニールの装者候補生に選ばれたのか、それを尋ねても立花響はただ纏うに相応しい人間だからと告げた。

 

天羽奏、マリア・カデンツァヴナ・イヴ、そして立花響と継承されてきたガングニールは纏う人間に応じてその姿を変え、時には神さえも殺してしまう程の力を纏う者に与えてきた。

 

そのガングニールが私に相応しい、その言葉が私には信じることが出来なかった。

 

「貴女は何の為に戦うの?」

「私は……」

「S.O.N.Gへの加入テストは体力や知力だけではなく、拷問や尋問に対する苦しい忍耐テストだってあった。それに貴女は耐えた、それどころかその場での機転の効いた問答は高評価だったわ。それだけ賢い貴女ならもっと楽な道だって選べた筈、なのにどうして苦しい思いをしてでもS.O.N.Gに入ってシンフォギアを纏いたいと思ったの?」

「………」

「貴女が他の装者候補生に後ろめたい気持ちがあるのは知ってる。一人だけ先天的な適性が無くてどのシンフォギアも纏えないと分かった時はショックだったでしょう。でも貴女はそこで泣き言を言わず、誰よりも遅くまでトレーニングや勉強を続け、バレたらタダじゃ済まないと分かっていてもLiNKERを盗んでまでシンフォギアを纏おうとした。どうしてなの?」

 

私は、立花響という装者が好きだった。

 

テレビで映る彼女はいつだって前を向き、命と向き合って人々を助けていて、幼い私には彼女がヒーローに見えた。

 

私もヒーローになりたかった、誰かの笑顔を守れるのなら多少の辛いことも耐えられると思った。実際には多少どころの騒ぎではなかったけど、それでも私は私の夢を叶える為に毎日努力を続けてきた。

 

「誰かを助けたかったんじゃないの?」

 

全ては私の前に立つ立花響のように誰かを助けてあげられる優しい人になる為に、『正義を纏う資格がある』人になる為に。

 

この人は私の夢を知っていたから、ずっと私をすぐ側から見ててくれていたんだ。

 

「ここまでよく頑張ったわね。貴女は天羽奏でも、マリア・カデンツァヴナ・イヴでも、ましてや立花響でもない。貴女は『アリア・カバルティーナ』、唯一無二の無双の一振りの槍よ」

「っ……わたしはァっ…!」

「もう、泣かないの。ティナはもうちょっと貴女らしく生きなさい。私になるんじゃなくて、ティナというガングニールで私を超えるの。今は弱くてもそれを支えてあげられる大人は周りに沢山いるんだから、もっと子供らしく周りに甘えなさい」

「はい……はい…ッ!」

「ほら、もう立てるわね」

 

私が小さい頃から憧れた人に私も『ガングニールの装者であり今は弱くてもいい』と言われると、これまでその輝かしい功績ばかりを追い掛けてきた私は心の底から救われたような気がして涙が止まらなかった。

 

適合率の低い私でもガングニールを扱えるようになるまで一番近くからずっと見守ってくれていた立花響から手を差し伸べられ、私だってガングニールの端くれなのだと自分に言い聞かせると俄然力が湧いてきた。

 

涙を拭ってその手を握って力を振り絞って立ち上がると、シャルロット・ディルバルスはまだ私が立ち上がるのを見て目を見開いていたが私はもう泣き言は言わない。

 

「LiNKERを使う事を恥ずかしがる必要なんてない。貴女は貴女の胸の歌を信じればいいの」

「はいッ!」

「悪いわね、遮っちゃって」

「チッ、まぁいいわ。ならそこで見習いが嬲り殺されるのを見てなさい」

「ティナちゃん、見せてあげて。ティナちゃんが纏うガングニールの本当の姿を」

 

立花……いや、『響さん』は私の前から退いて私は再びシャルロット・ディルバルスと向かい合うと、遂に響さんが出てくると恐れていたようだが、私がもう一度相手をすると知るや否や嘲笑うような笑みを浮かべた。

 

けど、私にだってあの日から禁じてきたたった一つの才能があるんだ!LiNKERを使ってでもガングニールを手にした私の才能を、今度は目の前に立つ敵を倒す為に!

 

「死に損ないはさっさと挽肉になりなさい!」

「《belcanty wagner Gungnir zizzl(奏で響いた孤独な歌は夢に散る)》」

 

シャルロット・ディルバルス、『悪者』は再び脱線している車両に手を翳すと今度は容赦なくそれを私目掛けて吹き飛ばしてきたけれど、私は焦る事なく聖詠を唱えながらLiNKERを首筋に打ち込んだ。

 

そして車両が私を押し潰そうとした瞬間、脚部にシンフォギアの装甲が形成された私はそれを全力で蹴り上げ、遥か上空まで蹴り飛ばすと悪者は唖然としていたがこれが私のガングニールの真の姿。

 

響さんに憧れて真似ただけのガングニールではなく、腰だけではなく脚部にもスラスターを装着し、両腕に装着されていたガントレットも脚部の装備へと変わった私だけの『灰色のガングニール』。

 

聞こえる、私の歌が!

 

「《覚悟を纏い 正義を吠えろ》!」

「ぐっ!?」

 

腰と脚部のスラスターによる瞬時加速で一瞬で距離を詰め、慣れない拳による攻撃は全て捨てた代わりにスラスターによる補助を受けた高速の回し蹴りを連続で繰り出すと、悪者はそれを腕で受け止めたがさっきまではビクともしなかったその装甲は僅かながらに歪んでいた。

 

私の変貌ぶりに悪者は驚いているようだが、私自身もこんなに心が晴れやかに歌を歌うのは始めてだ。何の後ろめたさもなく歌える日が来るなんて思いもよらなかった。

 

全ては私を信じてくれた響さんのお陰、なら私はッ!

 

「《この身 滅びようとも》!」

「調子に乗るなひよこ風情がァっ!」

「ッ!?」

 

スラスターによる加速された蹴りに押され始めた悪者は両手を広げると線路に敷かれたレールが突如として動き出し、私に向かって鞭のように攻撃を繰り出してきた。

 

何とか回避しようとしたがその先でまた別のレールに捕まると、私はギリギリのところで左腕を外に逃がすのみで捕らえられてしまい、悪者はその掌に開いた穴を私に向けるとその中では高質量のエネルギーが充填され始めた。

 

「くたばれ三流装者ッ!」

「なら『一流』になってやるわよッ!」

 

私程度が『たった一本』のLiNKERで立花響と同レベルの適合率まで引き上げるなんて出来る訳がなかった。ならどうするのか、諦めるなんて出来るわけがない以上答えは簡単だった。

 

私は脚部の装甲から新たな『LiNKER』を射出して空いている左手で掴み取り、もう一本追加で打ち込むとフォニックゲインが急激に跳ね上がり、灰色だった足の装甲に緑色の電撃が走り始め更に力が漲ってきた。

 

纏わり付いていたレールも引き千切り、放たれたエネルギー弾を右拳で殴り飛ばして強引にかき消すと、悪者は傷一つないガングニールに驚愕しているようだが、私のガングニールはこんな攻撃に怯んだりしない。

 

「馬鹿なッ!?LiNKERの多重投与は装者が耐えられる訳が!?」

「それがティナちゃんが見出した才能、副作用すら抑える極めて高い『LiNKERとの適合』だッ!」

「《輝く未来(あす)を守る為なら 絶唱(うた)を歌おう》!」

「クッ、ならもう貴女に用はないわッ!」

 

私が更にフォニックゲインを高めた事で戦況が不利になったと悪者は感じ取ったのか、その顔を包み込むような装甲を展開すると翼をはためかせて空高く舞い飛んだがそれを逃すわけにはいかない。

 

私も空高くまで跳んで追い掛けると、悪者はそれを待っていたと言わんばかりに振り返って再び私に掌を翳した。

 

「《過去を振り切り 今を駆け抜け》!」

「来ると思ったわよお馬鹿さんッ!」

 

けど、悪者は私がラスト一本のLiNKERを打ち込んでいるのを見ると勝利を確信したその狡猾な笑みが引き攣った。

 

「私は馬鹿じゃなくて、『クソ真面目』よッ!」

 

LiNKERが全身に満たされていくと全身の装甲から電流が流れ出して限界まで適合率を引き上げられ、爆増した全てのフォニックゲインを開脚した脚のスラスターに送り込むと私の身体は高速で回転を始めた。

 

その回転により電撃を帯びた竜風を巻き起こし女の逃走ルートを全て封鎖すると、悪者は私を倒すしか道はないと正面から立ち向かってきた。

 

その心意気は買うけれど、

 

 

「《信じた正義よ》!」

 

私はクソ真面目だから一切容赦なんてしないッ!

 

 

「《響け》ェェェェッ!」

 

まさに稲妻が落ちたような轟音だった。

 

全身全霊の回転蹴りが悪者の肩に叩き付けられると強固な機械外骨格は大きく歪み、空間を裂く稲妻のように轟音を立てながら悪者を地上へ叩き落とし、遥か上空に居ても地上からは悪者が地面に叩きつけられた音が響いてきた。

 

そして今度こそ立ち上がってくる気配は無く、リアクターの反応も完全に沈黙した。

 

こ、今度こそ勝った……後はスラスターで滑空すれば何とェッ!?

 

「おわぁっ!?え、ちょっと、エネルギー切れ!?嘘でしょここ高度何百メェェェエ…!?」

 

 

 

 

 

「お疲れ様、三人共。無事テスラ財団の幹部を二人捕まえることができたわ」

「お安い御用デース」

「余裕」

「私はボロボロなんですけど……」

 

結局エネルギー切れで空から落ちた私も地面に叩きつけられノビてしまい、つい先程目覚めるといつの間にか目的地である日本の横須賀に到着していた。

 

久し振りの日本だというのに全身筋肉痛で動く気にはならなかったけど、報告だけはキチンと受けておかないと気が済まないから響さんの元に向かうと、倒された筈のZABABAの二人は何故かピンピンした様子で先に報告に来ていたのだ。

 

何事かと思ってその事を尋ねると、『アタシ達が弱いとか言うからコテンパンにした』と言い、シャルロット・ディルバルスが交信していたのは既に相方を倒して声真似をしていた切歌さんだったらしい。

 

「まぁまぁ、ペーペーは泥臭いくらいが丁度いいデスよ」

「滅茶苦茶痛い思いもしましたけど……」

「何事も勉強」

「あんなの二度とゴメンです……」

「話をするのもいいけど、まずは報告からよ。三人共ケースは無事ね?」

 

すっかり本部長モードに戻った響さんはまずは私達が運んでいたケースの安否を確認すると、私は少し汚れてしまったケースを差し出した。

 

けど二人は何故だかケースの取っ手しかなく、それを見た響さんは何とも言えない表情で二人の顔を見つめると二人もバツが悪そうに目を逸らしていた。

 

「い、いやぁ?手に持って戦ってたらいつの間にか調のシュルシャガナでぶった切られててデスね?」

「わ、私は切ちゃんのイガリマに!」

「もういいわ。全く、後輩がこんなに綺麗に運んで来たっていうのに恥ずかしくないの?」

「うぅ……」

「ごめんなさい……」

「悪いわね、私の後輩がいい加減で」

「いや、それは良いんですけどエクスカリバーはどうするんですか!?まさか海の底ですか!?」

「ああ。エクスカリバーなら此処にあるから大丈夫よ」

 

本物を運んでいたであろう二人が揃ってスーツを紛失していたからまずはそれを探すのが先決だと進言したが、響さんは何の気も無しに私のケースを開けると中から鞘に収まったエクスカリバーを取り出した。

 

………え?

 

「此処までの輸送ご苦労、後はS.O.N.Gが引き継ぐから私達は」

「ええええええッ!?私のケースに入れてたんですかッ!?」

「勿論、二人がケースを壊す可能性を考慮したらそうなったわ」

「し、信用されてないデース……」

「でもナイス采配……」

 

一番奪われる可能性の高かった私のケースにエクスカリバーを入れているなんて思っていなかったから声を大にして驚いてしまったけど、結果的にはそれが功を奏したのだ。

 

作戦の事といい、ガングニールの事といい、どうして私の事をそんなに信頼してるんだ?言っては何だけど、私と響さんでは性格は合っていないと思ってたのだけど。

 

「あの、本部長」

「お疲れ様、ティナちゃん」

「………響さん」

「何?」

「どうして私をそんなに信頼してくれるんですか?」

「……そうだねぇ」

 

私なんて素人同然の装者候補生なのに、どうして此処まで信頼してくれるのか、私はそれだけは確かめておきたかったから一個人として尋ねた。

 

すると響さんは腕を組んで『うーん』と悩む素振りを見せたが輝かんばかりの笑顔を咲かせると、

 

「私に似てるからかな」

 

そう教えてくれた。

 

「………もう、何ですかその理由」

「響さんだってテキトーじゃないデスか」

「何をー!私もちゃんとした理由で選んでるんだよ!二人はさっさと始末書を書いてくる!」

「始末書!?幹部を捕まえたのに!?」

「米国の戦闘機を何機壊したと思ってるの!始末書で済むだけ感謝してよ!」

 

全く、響さんは相変わらず変な人だ。けど、

 

「調、あの二人に残りの幹部の所在を吐かせて全員捕まえて全部丸っと帳消しデス!」

「任せて切ちゃん!」

「あっコラ待て!追うよティナちゃん!」

「はいッ!」

 

この人になら、もうちょっと甘えてみようかな。



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「受け継がれるイチイバル」

 

 

 

朝5時45分、起床。

 

起床したらまずは鏡の前で顔を洗い、軽くストレッチをしてから身嗜みを整えるが私の日課。もう顔も覚えてない両親から受け継いだこの茶髪も黒目も特別珍しい訳でもないから、右側の髪をゴムで纏めてサイドテールを作るとようやく私らしくなった。

 

今日も綺麗に纏まったから朝食を摂り、今日の授業に必要な教科書と体操着が準備しているかを確認してからS.O.N.G本部内に用意されている自室から出た。

 

すれ違う分析官の人達に挨拶をしながら司令室に向かうと、先日のエクスカリバー輸送作戦が無事に完遂されたから朝早くからエルフナイン女史と風鳴司令が資料とモニターを見合いながら話し合いをしていた。

 

「おはようございます」

「おはよう。静香は毎日早起きで感心だな」

「そうですか?百合根さんの姿も見えませんが」

「今はトレーニングルームだ。久し振りに手合わせでもするか?」

「いいえ、今日は日直なのでもう学校に行きます。エルフナイン女史、お願いしていた件なのですが」

「はい、勿論進行中です。ですが未だ欠点も多く実用段階ではないですね」

「そうですか。それでは行ってきます」

「うむ、行ってらっしゃい」

 

エルフナイン女史が考案した哲学兵装を封印する『FG式改良型特機装束』。その技術を応用した私の新型兵装開発はどうやら難航しているらしく、これ以上素人が口を出しても仕方ないから私は頭を下げてから司令室から出て、リムジンに乗って私立リディアン音楽院初等部の校舎へと向かった。

 

車の窓からは長かったノイズの恐怖から解放されて普通の生活に戻れた人達の営みが見え、その営みが再び侵されるのを未然に防ぐのが私達装者の新たな役目。

その為に装者達にはシンフォギアが与えられ、テロリストの拠点制圧や救助活動に勤しんでいる。

 

百合根さんは風鳴司令が纏っていた天羽々斬を既に受け継いで様々な任務に出ていて、ザババの二人は未だ現役だけどその後継として問題だらけだが譜吹姉妹も控えている。アガートラームの装者候補は現在マリアさんとエルフナインさんによる監視の下で調整が行われている。

 

国連に入ったものの伸び悩んでいたアリアさんもLiNKERを複数本使う事が許可されると、かつて搭載されていたイグナイトモードと同等のフォニックゲインをガングニールから引き出せるようになった。元より人並外れた才能の持ち主だったし、その覚悟も本物だったから一度歯車が回ればあの人なら瞬く間に装者になるだろう。

 

勿論私は十分な適性のあるイチイバルを纏い、百合根さんや譜吹姉妹とも手合わせをして戦闘能力は申し分無しの評価をもらっている。

 

だが、

 

『よーし、それじゃあ今日は私とお絵かきの時間だ!アバンギャルドが過ぎた絵は描いちゃ駄目だぞー!』

『『『はーい』』』

 

私は雪音さんに嫌われているらしい。

 

 

 

「お疲れ様です雪音さん」

「んぁぁ……疲れた…」

「雪音さんの料理番組は好評ですからね。監督も張り切ってましたよ」

「人前で飯作んのは何回やっても慣れねぇ……」

 

三年生の時、アタシは『将来』とかいう漠然としない壁の前に立たされた。その数ヶ月前には人類どころか過去も未来も懸けた戦いをしていたのだから、今更アタシの将来なんてちっぽけなモノを考える気にはなれなかった。

 

けど周りの奴らを見てみるとセンパイやマリアみたいに歌手になってみたり、バカみたいにS.O.N.Gに機動隊隊長として入隊になったり、後輩みたいに大学に行きたいだったりと割と未来を見据えていた。

 

だからアタシがどうしたいか、そんな小っ恥ずかしい事を考えているとあっという間に卒業間際になり、未だ進路を決めれず焦りに焦ったアタシは進路指導室の掲示板に貼られていた一枚のオーディションの案内を見つけた。

 

「雪音さんは『うたのおねえさん』として既に認知されていましたから、お母さん達からのウケも良いらしいですよ」

「教育番組なんだから視聴率なんざどうだっていいだろ…」

「そうは言っても国営ですから、一定の需要と供給は必要ですよ」

 

『うたのおねえさん』。

 

教育番組で子供達と絵を描いたり、ダンスを踊ったり、歌を歌ったりする奴がそう呼ばれているのは知っていた。だがアタシがそんな役を演じる事になるなんて想像どころか考えた事すら無かった。

 

だけど、パパとママが遺した想いを次の世代に繋いでいきたいと思っていたのも事実。センパイやマリアのように人前で歌って褒められる程上手い自信はなかったけど、二人に負けないくらいに歌が好きだと言える自信はあった。

 

だから、恥を忍んで私はそのオーディションを受けた。

 

『雪音クリスさん、貴女は合格です』

『えっ!?や、まだ少ししか話して!?』

『貴女が送ってきたテープの歌を聴けば分かります。貴女がただ就職したくて応募したのではなく、子供達に何かを伝えたいという強い気持ちが歌に込められていました』

『それは…!』

『この役柄は生半可な覚悟では務まるものではありません。常に子供達の手本となり、大人としての振る舞いを身に付けていかなくてはいけません。その意味が分かりますね?』

 

まだ引退する訳でもないのに募集を掛けているのだから、目の前にいる人が引退するまで『うたのおねえさん』としての基礎を叩き込まれるのだろう。笑顔を絶やさず、嫌な顔をせず、誰にでも愛される存在になる為の全てを。

 

それは半端な特訓なんかじゃ身に付かない、正真正銘の人としての在り方を叩き込まれるのだからキツイのなんて目に見えていた。

だけどアタシはそこで一歩も引かなかった。

 

『あた……「私」は何度も人の為に歌ってきました。これまではそれが贖罪の為だったけれど、子供達に私が叶えた夢を伝える為にも私は前に進まないといけないんです。その為ならどんな努力でも惜しみません』

『その夢とは?』

 

今更怖気付く必要なんてない、今なら胸を張って言える筈だ。

パパとママがその命を賭してでも叶えようとした夢を、私が叶えた夢を。

 

『歌で世界を救える事ですッ!』

 

 

 

 

「この後空きだったか?」

「そうですね。次の収録は明日の朝なので昼食がてら本部に寄っていきますか?」

「そうだな。悪いな、アタシのマネージャーなんてやらせちまって」

「いいえ、翼さんの時と比べればこの程度」

 

子役志望の奴等がわざわざ私の楽屋まで来て挨拶するのを軽く流し、着替えを終わらせるとアタシのマネージャーになっている緒川と一緒に地下駐車場に向かっていた。

 

本当ならマネージャーなんて付けずにアタシ一人でもいい筈だけれど、装者をしている以上はいつ出動になるかも分からない。これまでも何度か収録中に出動になりスタジオを騒がせた事があるが、緒川が上手く言い包めてくれたお陰で事なきを得てきた。

 

あまり周りに迷惑は掛けたくないけどこればっかりはどうしようも………

 

「……賭けするか?」

「僕から賭けていいのなら」

「勝負になんねぇよ」

 

早いとこ本部に戻ろうと車の前まで近付くと違和感に気づいたアタシ達はお互いに足を止めて顔を見詰め合った。

 

『またなのか』とため息を吐いてからアタシ達が車に乗り込むと本部に向けて走り出したけど、監視カメラもあるってのに此奴はどうやって忍び込んでんだよ。

 

「一体どうやって乗り込んだんですか?」

『スペアキーです』

 

地下駐車場から出て街中を運転しながら緒川が勝手に忍び込んでいた奴に話し掛けると、其奴は隠れているつもりだったのか後部座席の足元から顔を出して後部座席に座り直したが、乗り込んでいたのはやっぱり静香だった。

 

静香・ロンドリューソン。

紛争地域の教会で『天使』と呼ばれていたチビはS.O.N.Gからのスカウトで若干9歳でS.O.N.Gの入隊テストを受け、まともな教育を受けていなかった為に多少の偏りはあるものの高成績を残した優等生。

肩ほどの茶色の髪にサイドテールという手入れのしやすいシンプルな髪型に、小さくフリフリの付いてる服は年相応の少女というに相応しいだろう。

 

だけど小学生だっていうのにアタシの後輩よりも落ち着いた振る舞い、感情を殺したかのような冷たいその視線はとてもじゃないが世間一般の子供と同じとは思えない。

 

「何で乗ってやがる?」

「私も本部に帰るのでご一緒しようかと」

「テメーはリムジンがあんだろ」

「アレでは狙って下さいと言ってるようなものです」

「テメーなんか誰も狙わねーよ」

「そうですか。実際に狙われた雪音さんの言葉は重みが違いますね」

 

子供の癖に大人びた口調で喋る静香はそう言って膝に置いていた可愛らしい通学用バッグに手を入れると、バッグの中からは錬金術師共がよく使う遠隔爆炎術式が刻まれエーテルで満たされた小型爆弾が取り出された。

 

爆弾自体は既に無効化されているが、静香の言葉の意味を理解したアタシ達はため息を吐いた。

 

「錬金術師に勘付かれましたね」

「チッ、面倒だな」

「少なくともパァヴァリア光明結社の残党ではないですね」

「何でそんな事分かんだよ」

「あの駐車場は監視カメラで隙間なく監視されています。もしも設置の際に空間転移術式を使っていれば術式の発光現象で気付く筈です。ですがそれが無かったということは相手は透明になる手段を持っていると考えるのが妥当です」

 

此奴は間違いなく優秀だ。

 

状況判断も理に適ってるし、錬金術が用いられた爆弾を破壊せずに無効化出来るのは装者を含めてもエルフナインと後輩二人と此奴だけだ。

 

エルフナインが当たり前のように扱う錬金術は一番頭が良いアリアでも理解し切れない程新しい価値観と常識を要求される。それを此奴はこの歳で頭に叩き込んでいるのだからアタシが今更何を言っても装者になるのは確定事項だ。

 

だけど、

 

「チビが出しゃばるな」

「………そうですか」

 

アタシは今の此奴を装者するつもりは一欠片もない。

 

 

 

 

『はぁ!?本気で言ってんのか!?』

『何がだ雪音?』

『静香を装者にするって、此奴はまだ12歳だろうがッ!話が違ぇだろ!』

『静香の意思と雪音の適合率の低下を考慮して出た結論だ』

 

エクスカリバー輸送作戦で立花さんとアリアさんが日本に来ている間、私と雪音さんが風鳴司令に呼び出されて話を聞いていると風鳴司令が『イチイバルの装者を年内に静香へ引き継ぐ事にする』と言い出した。

 

同席した立花さんとアリアさんが眉一つ動かさなかった事から多分その話を切り出したのは国連側、エクスカリバー絡みのパワーバランスを考えた結果なのだろうけど当然現在の装者である雪音さんはそれには猛反発した。

 

『低下って、ちょっと調子が悪いだけだろ!』

『これまで調子が悪い程度の事で継続的に適合率を落とした事があったか?私達が止めても常に前線に出て無理をしてきた雪音がちょっと調子が悪いだけで手を抜くのか?』

『それは…!』

『雪音の適合率低下は今に始まった事ではないから仕事をどうこう言うつもりはない。だが、それを言わないという事はどういう意味か分かるな?』

『ッ、納得出来るかッ!』

 

雪音さんの適合率が全盛期と比べて下がっている事は本人も気付いている筈、それでもクリスさんは私にやらせるくらいなら自分が戦うと言って聞かず司令も困っている様子だった。

 

雪音さんをどうやって説得したものかと考えようとしたけど立花さんは反発されるのを分かっていたのか、下手に口を出さずに傍観に達していたアリアさんの背中を押した。

 

『なら力尽くで納得させるしかないわね。アリア、準備しなさい』

『……えっ!?』

『説得が駄目なら思い知らせるしかない。如何に自分の力が落ちているのかを』

『テメェ……!』

『そ、その、私よりも本部長の方が適任では?』

『私が出るまでもない。今のアリアなら不完全なイチイバル装者くらいねじ伏せれる筈よ』

『ッ、アリア来い!』

『は、はい!?』

 

アリアさんはLiNKER無しではガングニールを纏うのがやっとの適合率。だけどLiNKERに対する耐性が人よりも高いアリアさんは複数のLiNKERを投与する事で、適合率を跳ね上げる事が出来るというのは輸送作戦の報告書で確認されていた。

 

雪音さんもそれは知っている筈だけどアリアさんの手を掴んで無理矢理トレーニングルームに入るや否やシンフォギアを纏い、今にも攻撃を始めそうだからアリアさんも慌ててシンフォギアを纏っていた。

 

私は風鳴司令達に連れられてモニタールームでその様子を見る事になったけれど、二人は胸の内にある感情を雪音さんに悟られないように手を強く握り締めていて、私はこの二人には結末が見えているのだと悟った。

 

『あ、あのー、LiNKERは何本まで?』

『全部使え!』

『二本でいいわ』

『全部だッ!』

『全部使わせたら自身の不調を盾に言い逃れされるわ。二本で倒しなさい。アリア、これは命令よ』

『……はい。よろしくお願いします、雪音さん』

『ぶっ殺してやる!』

 

二人の間に挟まれているアリアさんは上司である立花さんから『LiNKER二本で雪音さんを倒せ』という命令を受けると、これがただの訓練ではなく人命を救う為に必要な戦いであると察し、一本だけ追加でLiNKERを投与すると身を屈めて姿勢を低くした。

 

足技が主体であるアリアさんの脚の装甲からは緑色の電流が迸り、二人は睨み合ったまま膠着していたが雪音さんがボウガンの引金を引いた瞬間、アリアさんは足のブースターを起動して一瞬にして距離を詰めて拳を突き出した。

 

その速度は私が何度か相手をした時とは比べ程にはならない程速く、間一髪で体を反らしてこぶしを避けた雪音さんも即座に左手のボウガンをショットガンに切り替え、超至近距離でアリアの胴体目掛けて弾丸を放った。

 

けれど、元々人一倍努力を重ねていたアリアさんが銃火器相手に接近するだけ無効化できるなんて安易な考えをしている訳がなく、踏み込んでいた左足のガントレットから高圧のエネルギーを噴出させると弾丸がその身に届く前に搔き消した。

 

『なっ!?』

『………』

 

弾丸が一つも通らなかった事に雪音さんが動揺しているとアリアさんは地を這うように姿勢を低くしてから足払いを掛け、アリアさんを見失っていた雪音さんの身体が宙に浮くとアリアさんは姿勢を低くしたまま身体を捻ってバックキックを叩き込んだ。

 

防御が間に合わず勢い良くトレーニングルームの壁に叩きつけられた雪音さんにアリアさんは追撃しようとはせず、牽制のつもりだった攻撃が雪音さんの装甲に『亀裂』を入れた事にただ目を丸くしていた。

 

『んな所で……終わってたまるかァァッ!』

 

その隙を突いた雪音さんは咆哮を上げながら地面に背中の装甲から床にバンカーを打ち込んで姿勢を固定すると、両手に持っていたアームドギアを握り潰した。

 

その粒子が背中の装甲へと吸い込まれていき、『強力な治癒能力』を持つイチイバルが装甲内で自動修復されると装甲は凄まじい勢いで武装を展開して雪音さんの呼び掛けに答えた。

九連装ミサイルポッド四門、迫撃砲八門、127mm単装連射砲四門、レールガン二門、ガトリングガン十門、そして胸の中心で真紅の輝きを放っているサテライトキャノン一門。

 

《end of world》

 

電脳世界でテスラ財団の幹部と戦っている他の装者達を守る為、たった一人で電子ノイズ60万体を相手に勝利した雪音さんが持つ最後の切り札。

 

今の適合率でもその切り札の一端を引き出すと雪音さんの咆哮に合わせて凄まじい銃声と爆音が本部全域に響き渡り、地震かと思わせるほど衝撃が足元が震わせながら爆炎と硝煙がトレーニングルームを覆い尽くした。

 

その攻撃が止んだのはおよそ1分程経った後で、流石にこの火力ではアリアさんも無事では済まないと二人は心配そうにしているが、アリアさんは決して自己判断が出来ない人ではない。

 

振動で止まっていたトレーニングルームの空調が復旧して舞い上がっていた煙が少しずつ晴れていくと、其処では雪音さんが己の全力を尽くして膝を着いていた。

 

そして、

 

『あ、あれ?いつの間に三本目を!?』

『馬鹿な…あれだけ喰らって何で…!?』

『………勝負は決したな』

 

三本目のLiNKERを使う事で全身から電流を迸らせているアリアさんがほぼ無傷のまま立っていた。

 

 

 

 

 

「静香さんの言う通りですね。監視カメラの映像からは発光が確認出来ません」

「つまり高度な光化学技術を持つテスラ財団か。だが何故テスラ財団が錬金術を用いた爆弾を使う?」

「問題はそこです。パヴァリア光明結社もテスラ財団も、主要人物は既に居ない筈なのですが最近になってまた活動が活発になっています」

「その両者の現在の拠点となっているのがロシアか」

「はい。ですがロシア政府がそれに関与してる可能性は低いですね」

「ロシアで発掘された聖遺物のシンフォギア開発の最中だというのに、それを邪魔をするとは思えないからな」

『国連にいる職員にも聞いてみたけど、やはり今の状況でわざわざ関係を悪化させるような事はしないそうよ』

 

本部に着いてから車に爆弾が仕込まれていた事をセンパイに伝えると、どうして荒事にならなかったのだと聞いてきたが遅れて司令室に入ってきた『チビ』を見て合点がいった様子だった。

 

それから国連に居てテレビ通話をしているバカとエルフナインで今回の件を分析していたが、やはりチビの言う通り相手は錬金術師ではなく科学者であるという方向で話は進んでいた。

 

国連の本部長、S.O.N.Gの司令官、シンフォギア開発の第一人者の会話にはただの戦闘員でしかないアタシが介入する余地もなく、互いの立場を考えながら最善の道を模索していた。

 

「どうする本部長?」

『ロシア当局との交渉は済ませたから一時的に介入する事は可能よ。だけど短期間での任務になる為、其方から何人か借りたい』

「誰がいい?」

『実績のある百合根とザババの何方か、それと……静香を借りたい』

「ッ、駄目に決まってんだろ!」

 

あんなだだっ広い土地で活動するというのだから百合根と後輩の片方を借りたいというのは当然だ。だけどそこにチビの名前も含まれるとアタシは居ても立っても居られず声を張り上げた。

 

けど話していた三人はアタシを哀れむような目で見ていて、何でアタシが呼ばれないかなんて分かっているけど黙っていられる訳がなかった。

 

「何で此奴まで必要なんだよッ!必要ならアタシを呼べッ!」

『……戦えない装者に用事はないわ』

 

『戦えない装者』、それをバカに言われる日が来るなんて思わなかった。彼奴はいつだって無茶をしてきたし、アタシ達はそれに続くように無茶をした。

 

どんな時だって一緒に戦ってきたのに、遂には仲間外れかよ……

 

「んだよ……テメー等はそんなにアタシが信用できねえのかよッ!」

「いい加減にしろ雪音ッ!誰もお前を信用してない等と言っていないだろッ!」

「なら何で此奴を戦場のど真ん中に送り出そうとしてんだよッ!

「それが静香が選んだ道だッ!」

「選んだ道だぁッ!?ならアタシの道はどうなんだよッ!これからどうしろってんだよッ!ソロモンの杖で何百万人も何千万人も殺したアタシにこれからどの面下げて歩けってんだよッ!」

 

ソロモンの杖でバビロンの蔵を開けたアタシは他の奴らとは殺した人数が違う。どんなに償ったってそれが許される事なんてない。だから私は死ぬまで戦場で戦い続けて、少しでも救える命を救ってから勝手にくたばればいい。

 

それに二度とアタシみたいな奴を生まない為に戦ってきたというのに、こんなチビに戦わせてアタシがそれを指を咥えて後ろで見てるなんてそれこそアタシには出来ない。

 

たとえ適合率がどんなに下がろうと装者を辞めるつもりも、戦場以外の場所で死ぬつもりはない。たとえバカとセンパイがどんな権力を振り翳してきても、その全てを跳ね除ける覚悟があるとペンダントを握り締めて示した。

 

「アタシは戦場で死ぬなら本望だッ!そんなに此奴を早死にさせたいならアタシが死んでから勝手にやりやがれッ!」

『………クリスちゃん』

「何だよッ!」

『無理はしないでね』

絶対にイチイバルは渡さないと司令部のデカイ画面越しにバカを睨み付けると、バカはたった一言そう告げると返事を待たずに通信を切った。

 

さっきみたいに役に立たないと言ってくれたらどんなに良かったか。役に立たないと言うなら役に立てばいいだけなのに、『無理をするな』だなんて彼奴の本心を言われたんじゃアタシはどうすればいいんだよ?

 

どうして誰もアタシの気持ちを理解してくれないんだよ……!

 

 

 

 

 

雪音クリス。

 

25歳。職業タレント、別称『うたのおねえさん』。

 

幼少期に起きた事件により一時行方不明となり、16歳の時に日本に帰国すると共に元々適性のあったイチイバルの装者に任命。

 

「あった」

 

雪音さんが司令部から出て行ってから、昔から雪音さんを知る藤堯さんや友里さんに話を聞いてみたけど装者になってからの事は教えてくれるけど、『ソロモンの杖』に関しては言葉を濁された。

 

だから資料室で端末を借りてS.O.N.Gに所属する隊員の経歴を調べていると雪音さんの項目が見つかったけど、雪音さんが言っていた『ソロモンの杖』に関しては何一つ記されてはいなかった。

 

恐らくは聖遺物の名前なのだろうけど、何百万人も殺していてニュースにならない訳がない。きっと大災害を起こせる、もしかしたらノイズに関連した聖遺物の可能性もある。

 

それに幼少期に行方不明になったという割にはやけに経歴も綺麗だ。後世の人間に見られると面倒な事になる情報が何かあると見て間違いはないだろう。

 

「あまりこの手は使いたくないのだけど……」

 

仕方ないから風鳴司令とエルフナイン女史クラスの管理者しか知らない管理コードを打ち込むと、様々なプロテクトが外されていき少しずつ開示される情報が増えていき、最後に現在のS.O.N.Gでは最高機密となっている『最終決戦』についての項目が閲覧が可能になった。

 

コードはエルフナイン女史の端末を盗み見しただけだし、閲覧禁止の項目がどういったプロテクトになっているかは教えられていないからどう監視されてるかも分からない。

色々と気になる項目はあるけれどのんびり見ている暇もない。すぐにページを更新して装者達の本当の経歴を表示させると、暁さんや月読さんの経歴も大きく変化したが私は雪音さんの項目だけに注目した。

 

 

「ソロモンの杖……ネフシュタンの鎧……それに…フィーネ?取り敢えず見つかる前に重要そうな所だけは写真で」

『こーらっ』

「いたっ」

『一体いつからシズちゃんは管理者に昇進したのかな?』

「百合根さん……」

 

あまり長くは見ていられないから表示されている画面を写真に撮っていると、後ろから親しい人の声が聞こえると共に頭を小突かれ、椅子を回して振り返ると其処には第一装者候補生である百合根さんがムッと眉を顰めながら立っていた。

 

日本を東西で分けた華道二大流派の一つである『百合根家』の一人娘『百合根 律』さん。由緒正しい日本人らしい艶のある黒髪を腰まで伸ばし、仕草では怒りながらも浮かべている穏やかな笑みは百合根さんの人の良さを表しているようだ。

 

「これは、クリスさんのパーソナルデータね」

「何でこれが管理者コードだって分かったんですか?」

「管理者コードはね、使うと他の管理者にも通知がいくの」

「よく知ってますね」

「ティナがLiNKERの製造方法を盗み見してた時に風鳴司令が怒ってたからね。それで、クリスさんのデータを見てどうするの?」

「………どんな人か知ろうと思って。雪音さんは非常に優秀な装者ですし、尊敬もしています。でも今の雪音さんは己の意地の為にS.O.N.G全体の指揮を乱してる。司令官達も一緒に戦ってきた仲間だから強硬な態度を取れていないので、せめて私から何か働きかけが出来ればと」

 

私も雪音さんの事は嫌っている訳じゃない。あの歳になるまで戦い続けて優秀な隊員として任務に勤めていたから尊敬もしてる。

 

けど今はイチイバルを失う事を酷く恐れていて、任務にも支障をきたそうとしている。それは人の命を守る者としてあるべき姿ではないし、力を失う事を恐れる人にシンフォギアを持たせているのは危険だ。

 

装者候補としてやるべき事はやっておかないと私としても気が済まないという事を伝えると、私の話を真剣に聞いてくれた百合根さんは花を咲かせたように微笑んだ。

 

「風鳴司令がね、今から雪音さんのパーソナルデータを見るみたいなの」

「え?」

「エルフナインさんもそれを了承してたから、見るなら今の内だよ」

「……分かりました」

 

装者候補生の中で唯一既に実戦に配備されている百合根さんは風鳴司令達からの信頼も厚いからこそ、『見て見ぬ振り』をする事を私に伝えに来たという訳か。

 

私の考えを見抜かれていたのは恥ずかしいけど、公認とあれば私もコソコソするのは止めようと携帯は仕舞い、雪音さんのパーソナルデータを順を追って読んでいくと雪音さんが送った壮絶な人生が記されていた。

 

私と同じように紛争地域で両親を亡くしてから程なくしてフィーネという女性に救われたけれど、それは雪音さんのイチイバルとの適合率を知っていたフィーネの思惑の内。

人類を殺す為に旧人類によって生み出されたノイズをバビロンの蔵から解放し、ネフシュタンの鎧を纏って各地で破壊活動を繰り返していた。

 

けれど立花さんや風鳴司令、風鳴元司令の語りかけ、信じていたフィーネから裏切りを受けてS.O.N.Gの前身である特機二課に加わり、カ・ディンギルによって月を穿ちバラルの呪詛を砕かんとするフィーネの計画を阻止した。

 

私達が知らない戦いの記録がこんなにもあっただなんて、それ程フィーネとの戦いには隠しておかないといけない事があるのだろう。

 

「バラルの呪詛……」

「人類の相互理解の為に必要な統一言語、それを神がバラルの呪詛で封じたの」

「………それが立花さん達の『最終決戦』の発端ですか?」

「ええ、全てはフィーネから始まった戦い」

 

私達が装者候補生になってから最初に教えられるのは装者としての役目ではなく、人類の為に身を呈した二人の装者の名前だ。

 

一人は死ぬと分かっていて絶唱を放つ事で後に英雄となる立花さんの命を救った『天羽奏』。

そしてもう一人はその身に幾多の神や呪いを宿し、聖遺物と融合して手にした力でその全てを滅却した『小日向未来』。

 

私達が知っている最終決戦の概要は未来さんが全人類を救う為に築き上げた『時空神殿パンドラ』の内部に立花さんと風鳴さんが侵入し、全ての特異点となった『ある日』を舞台に二人が歌を歌った。

 

その歌は全ての伝説で神として崇められる太陽すらも超越したフォニックゲインを生み出し、神や呪いに塗り潰されていた未来さんの心にまでその歌が届けられ、原因となったモノを封印するという『奇跡』を起こした。

 

その全ての戦いの根幹にあったのが、バラルの呪詛という訳か。

 

「神が施したバラルの呪詛は既に機能を停止した。だからと言って統一言語が生み出されるとは限らないけど、間違いなく言えるのは人類が分かり合うの不可能ではなくなったの」

「でもどうしてフィーネやバラルの呪詛という言葉まで隠していたんですか?シンフォギアの始まりは装者なら知っておくべきなのに」

「……多分、その言葉を誰ももう見たくなかったんじゃないかな?そんな言葉が無くても、私達ならきっと分かり合えると信じて歴史から消すのが一番だと判断したんだよ」

 

たとえ装者候補生だとしても教えられる事がなかった真実、それを風鳴司令が教えてくれたという事は私に雪音さんを止めて欲しいという意味なのかもしれない。

 

雪音さんと似た境遇で同じように拾われた私が戦う事は雪音さんが一番許せないと分かっていても、このままでは雪音さんが無理をして命を落としてしまう危険性がある。

 

「………雪音さんは、私が装者になる事に凄く怒ってました。ただイチイバルの装者から外れたくないだけと思ってましたけど、そうじゃないんですね」

「クリスさんは凄く優しい人だよ。シズちゃんみたいに小さな子が戦いなんて知らなくていい世界、平和な世界を望んでその意志だけでこれまで戦っていたんだから」

「……私は、辞退するべきだと思いますか?」

「そうだね、もしもクリスさんに遠慮するのなら辞めた方がいい。でもそうしたらクリスさんは間違いなく戦場で死ぬ事になる。それにシズちゃんだってシンフォギアを纏ってでも叶えたい夢がある、だから生まれた国から飛び出てS.O.N.Gに入隊したんじゃないの?」

 

赤ん坊の時に父と母を戦争で亡くした私は名も無い天涯孤独の身として教会で育てられた。紛争地域だった事もあり、色んなボランティアや国連軍の人と出会いはしたけれど私はその全てが灰色に見えた。

 

どんな物でも炎に焼かれてしまえば灰になる。それを何度も見てきた私には世界が灰色にしか見えなくて、希望も絶望もない只々寿命が減っていく人生なんだと諦観していた。

 

けど、布教の為に来ていた宣教師の人が教えてくれた言葉が灰色だけの私の人生に灰色以外の色を与えてくれた。それが偽善なのかは分からないけど、少なくとも私の命を懸けるだけの価値があったのは確かだ。

 

「シズちゃんの夢をクリスさんに伝えてみたらどうかな?」

「私の夢を、ですか?」

「うん、きっとクリスさんは分かってくれる筈だよ」

「……ちょっと恥ずかしいです」

「そういう可愛い所もクリスさんに見せなきゃダメだよ。すぐに大人っぽくするんだから」

 

私もいい歳なんだから大っぴらに夢を伝えるというのは恥ずかしくて尻込みしてしまうと、百合根さんに髪をくしゃくしゃにされながら頭を撫でられ、折角整えているんだからと手を払い除けようとしてもヒラリヒラリと避けられてしまう。

 

大体、百合根さんはどうしてここまでバラルの呪詛やフィーネの事を知ってるんだ?もしかして私と同じようにエルフナインさんの管理者コードを毎日盗み見したりしてるのか?

 

「私達はまだ装者候補生だけど、その想いは装者の人達にも負けてない。だから歳なんて気にせずクリスさんにぶつかって来なよ」

「……はい」

「それとコレ、エルフナインさんが完成させてたよ」

 

私が尊敬するアリアさんと並んで優等生として名高い百合根さんも意外と不良少女だなと思っていると、百合根さんはポケットから青色のイヤリングを取り出すと私に手渡してきた。

 

私が提案してエルフナイン女史と共同で開発していた私のアームドギアを強化する為の試作型兵装。まだまだ私の理論も詰めが甘くて色々と迷惑を掛けてしまったけれど、もう試作品が完成するなんて流石はエルフナイン女史だ。

 

「雪音さんが何処に居るか知ってますか?」

「緒川さんは今日の収録は無いって言ってたけど、もしかしたらテレビ局じゃないかな?」

「分かりました。色々とありがとうございます」

「いいのいいの、それよりも行って来なよ」

 

イヤリングをポケットに仕舞ってから立ち上がり、色々と教えてくれたと百合根さんに頭を下げてから資料室から駆け出した。

 

雪音さんが頑なに装者としての死を望む理由が贖罪の為なら、きっと雪音さんは責任に押し潰されて周りが見えなくなってるんだ。私みたいな子供に言われても余計に気を悪くするかもしれないけど、雪音さんには皆の想いを伝えなきゃいけないんだ。

 

もうイチイバルは纏わなくていいという皆の想いを。

 

 

 

 

 

「それで、彼氏と喧嘩でもしたの?」

「違ぇ!あ、いや、違います!」

 

本部から飛び出して今はS.O.N.Gの誰にも会いたくなかったアタシは家にも帰らず、適当に車を飛ばしていると気が付けばテレビ局の地下駐車場に車を停めていた。

 

いつの間にそんな仕事人間になったんだと思いながらも、此処にはアタシがS.O.N.Gの隊員である事を知ってる人間は居ないのだから気兼ねも目的もなくフラフラと歩いていた。

 

そんな事をしていると丁度何かの収録が終わったのか、通り過ぎようとして居たスタジオの扉が開いてそこから出て来たのは前任の『うたのおねえさん』、つまりはアタシの先輩である『樋口しのぶ』だった。

 

「その歳で彼氏の一人も出来ないなんて、こんなに綺麗なのにどうしてかしらね?」

「か、彼氏なんて、私には要りません」

「そんな事言ってたらどんなに美人でも生き遅れるわよ?」

「………アタシなんて、とうの昔に死んでます」

 

テレビ局内にあるカフェで取り敢えず話をしていると先輩は痴話喧嘩かと揶揄ってきたけど、アタシにそんな余裕が無いと分かったのかマネージャーを手で追い払うとアタシ達は二人きりになった。

 

「どういう意味?」

「………アタシの歌は自分への怒りが原動力だった。ちょっとでもアタシが自分の頭で考える事が出来てたら、そう思うと底無しの怒りが湧いてきてそれがアタシに力をくれた。なのに、今は……」

 

アタシの力が弱まってるのを一番分かってるのはアタシ自身だ。

 

最終決戦を経験してるからこそ、アタシの底力がどれくらいあってその何割を引き出せているかは常に把握していたけれど、アタシは高校卒業を皮切りに適合率が少しずつ下がっている事に気付いた。

 

最初は本当に体調不良だと思って少し多めに休んだりもした。それでも何故か回復する事がなくどうしようもなかったからそのままにしていたけど、アタシが先輩と交代で『うたのおねえさん』になった時からアタシの適合率の低下に拍車が掛かった。

 

『うたのおねえさん』として歌えば歌う程、アタシの適合者としての才能が失われていった。早くに退役したマリアを除けば他の奴らがどんどん強くなっていく中でアタシだけが弱くなっていった。

 

「今は怒りが湧いてこないの?」

「……ああ、全部を撃ち伏せると誓った歌に力が籠らないんだ」

「そうね、今の貴女から感じるのは『幸せ』だものね」

 

そりゃ、最初は子供達と接するのは苦手だった。

 

無邪気な奴は駄々は捏ねるし、妙に小慣れてる奴がアタシに取り入ろうとしてきたり、本当の意味での子供と触れ合った事が無かったアタシには難しい仕事だった。

 

けど、楽しかった。いつもは敵にムカつきながら仲間と歌うだけだったのが、子供達と楽しく歌えるんだから楽しくない訳がなかった。

でもイチイバルはアタシが幸せになる事を適合率を落とすという方法で拒んできやがった。

罪を贖う装者として最後まで戦うのか、罪から逃げて自分だけ幸せを手にするのか、そんな二択を迫られたアタシは完全に生き詰まってしまった。

 

「貴女の代わりをできる人は居ないの?」

「……1人居るけど、其奴だけは駄目だ」

「どうして?」

「っ、彼奴はまだ子供なんだ!子供が銃を持つ所なんて見てられるか!それをさせないのがアタシの役目なんだよ!」

「随分とおっかない所に身を置いてるのね」

「あっ……」

「心配しなくても詮索なんてしないわ。けど、貴女の言ってることは間違ってないわ。子供が銃なんて持つべきじゃない」

「当たり前だ!それなのに、なんで彼奴らはッ!」

「でもね、だからと言ってそれが貴女が銃を持っていい理屈にもならないの」

 

子供は子供らしく戦いなんて知らずに遊んでればいい、その平和を守るのがアタシ達大人の役割だってのにバカ達は平然と戦場に送り出そうとしやがる。まだ世界の事なんてこれっぽっちも分かってないチビに戦い方ばかりを教えようとしやがる。

 

子供達と歌を歌っているアタシにはそれだけはどうしても納得が出来ずにいると、先輩もそれには同意してくれたけど私が銃を持つことも同時に否定してきた。

 

「人を傷付ける道具を持つ事なんて本来誰にも許されない行いよ。子供だろうと、大人だろうとね」

「アタシだって銃なんて持ちたくねぇよ!でも皆を助ける為には誰かが持たなきゃいけないんだよ!」

「それよ」

「………何がだよ」

「人を傷付ける道具は誰も持つべきじゃない。でもそれが人を助ける為の道具ならそれを持つかどうかはその人次第じゃないの?」

「そんなの猿でも分かる詭弁じゃねぇか!アタシが言ってるのは力の使い方じゃなくて力を持つべき人間の話だ!」

「子供にだって私達より賢い子は居るじゃない」

「ッ、アンタは何も分かってない!世の中にどんだけ明日に絶望してる子供がいるかを分かってない!アタシはそれを知ってる、だからもう誰にもそんな目に遭わせたくないんだよ!まだ未来のある子供の癖に死んだ目をしてるのが一番嫌なんだよ!うたのおねえさんだったアンタが何でそんな事も分かってくれねぇんだよ!」

 

アタシが真剣に話してるのにこの人はふざけたような事ばかり言うからテーブルに拳を振り下ろすと、テーブルに乗っていたコップが倒れて水が溢れた。

 

この人なら分かってくれると思ったのに、結果この人は平和な国で生まれて平々凡々な子供達の事しか見えてない。アタシはチビに限った事じゃない、世界中で明日に希望を持てない子供達の為に戦ってるんだ。

 

子供達が明日に希望を持って生きたいと思える世界をアタシは作らなきゃいけないんだ。そんな役割をチビに押し付けるつもりも、そんな聖人まがいな事をやらせるつもりも微塵もない。だから私は絶対にイチイバルは渡したりなんてしない。

 

アタシは最後の最後まで戦って死ぬんだ。

 

「それが答えよ」

「は…?」

「怒りなんかじゃない、子供達を幸せにしたいという気持ちが今の貴女の原動力よ。その原動力を否定するような物は捨てなさい」

「その為にチビを巻き添えになんて出来ない!」

「そのチビちゃんの話を貴女は聞いた事があるの?チビちゃんは大人に言われて嫌々その力を使うの?大人に言われたから皆を助けたいって思ってるの?」

「ッゥ…!」

「貴女の言ってる事は凄く立派よ。その歳になっても純粋に子供達に重たい荷物を持たせたくないって心の底から言えるのは素直に尊敬するわ。でも子供達は大人が知らないところで大きくなるの。貴女が全部知ってるような気になっても、子供達は自分で考えて成長していく。それを見守るのも大人の役目じゃないの?」

 

見守るのが大人の役目、そんな事は知ってるつもりだったけどセンパイに改めて言われるとそれに言い返すことができなかった。

感情を表に出さないチビが何を考えてるのかはよく分からないけど、とにかく子供だと決め付けてアタシはイチイバルの装者になんてさせないと意固地になっていた。

 

それが間違ってるなんて今でも思ってはいないけど、チビの話を何一つ聞かないでいるのは本当に正しいのか?アタシと同じように紛争地域で拾われたチビにアタシは自分の過去を重ねてただけなのか?アタシと同じ運命を歩む事になるって決め付けてただけなのか?

 

チビはなんで、装者になりたいんだ……?

 

「………ッ!?伏せろッ!」

「キャァッ!?」

 

私がやっている事が大人として正しいのか改めて見直そうとしていたその時、いつも戦場で匂う微かな油と火薬の匂いが漂ってきて全身に寒気がしたから椅子に座っていた先輩を押し倒した。

 

次の瞬間、耳をぶっ壊さんばかりの銃声をビルの外から鳴り響かせながら頭の数センチ上に何十発もの弾丸が掠めていった。

 

襲撃犯は見境なく撃っているのかアタシが床に倒れているにも関わらず適当にカフェを破壊していき、銃声が鳴り止む頃には1分前まではお洒落だったカフェが血や木片が飛び散った戦場と化していた。

 

『雪音クリスさーん、生きてますかー?』

「やっぱりアタシが狙いか……!」

「ちょ、ちょっと!?」

「何だよ…!」

「私達が生きてる事が分かってないなら大人しくしてた方がいいわよ……!」

『もしも死んだフリなんてしたらこのビル吹っ飛ばしますよー!』

「アンタは隙を見て逃げろ……此処はアタシが何とかする…!」

「何とかするって、相手は空飛んでるじゃない…!」

「空飛ぶ程度の相手なら勝ち目はあるさ………何かアタシに用かクソッタレ!」

 

先輩はアタシが出て行くことにぶつくさ文句を言ってきたが、アマシを受け入れてくれた恩のあるこのビルでこれ以上暴れる事は許せないから床から起き上がって窓の外を見上げた。

 

其処にはテスラ財団製の強化外骨格『タイタン』を纏った中学生くらいの男が翼型スラスターで空中をホバリングしていて、服の埃を叩いているアタシを見つけるとその両手に持っていたガトリングガンをその場で放り捨てた。

 

「ようやく気付いて貰えたみたいだね!」

「誰だテメー、アタシのファンか?」

「そんなとこだよ!殺していい装者の中で一番君が気に入ったから殺し来たよ!」

「その割にはセコイ爆弾仕掛けるたぁどういう了見だ」

「あんな錬金術を使っただけのオモチャは天才の僕には合わないからね、君へのプレゼントだよ!」

 

空を飛んでるガキは随分と気持ち悪い頭の中身をしてるのか気色悪い笑みを浮かべていて、喋るのも気持ち悪いが今は少しでも時間を稼いで仲間が来るのを待つべきか。

 

「今更テスラ財団の奴が何の用なんだよ?ニコラ・テスラなら1,000年後にしか起きねぇって言ってたぞ」

「さぁ?僕はボスに言われて装者を殺しに来てるだけだから。役立たずのおじさんおばさんの二人は任務に失敗してるみたいだけど」

「ボスって誰だよ?主要幹部は殆ど捕まえてんだろ」

「分かってないなー。天才には意地ってものがあるんだよ。たかだか似非錬金術師が世間を賑わせたのに、僕達みたいな優秀な科学者が騒がれないのなんておかしいだろ?」

「話が通じねぇ野郎だな。親玉は誰だって聞いてんだよ」

「さぁね、ボスは人前に出てこないから。歯向かったら殺されるし、今は僕の好きにさせてくれるから興味無いね」

 

自分の部下にすら顔を見せないって事は親玉はハナから此奴らを使い捨てるつもりか。ガキの癖に半端な知識を持ってその優越感に浸り過ぎて腐っちまってるみたいだし、加減は必要ねぇか。

 

だが何でアタシが真っ先に狙われる?

確実に殺れるのはシンフォギアを持ってない装者候補生の筈、なのにどうしてシンフォギアを持ってて経験の多いアタシを狙うようなリスクを負いやがる?

 

「あーそれと、このビル付近の電波は全部ジャックしてるから仲間の助けを待っても無駄だよ」

「チッ……なら計画変更だ。テメーはアタシが潰すッ!」

「適合率が下がって弱くなってるのによくそんな啖呵がきれるなー」

「なっ!?」

「それじゃあ、鬼ごっこを始めようか!」

 

アタシが聖詠を唱えようとしたその時、クソガキはS.O.N.Gの人間しか知らない筈のアタシの適合率低下を口にし、動揺しているとクソガキはビルの中に突っ込んできやがったからアタシもすぐにその場から駆け出した。

 

アタシが廊下を走っているのをクソガキは翼型スラスターに取り付けられた機関銃で煽るように撃ってきて、身体の近くに着弾するとコンクリートや木の破片が舞って邪魔くさいがとにかく今は聖詠を唱えるだけの時間を稼ぐしかない。

 

それに、今はS.O.N.Gと通信する訳にはいかない。どうやったかは知らないが、テスラ財団の奴等がスパイを送ってやがるなら下手に通信すればすぐにバレてビルを爆破されかねない。

これ以上アタシの居場所を壊させてたまるか、居場所を壊されるくらいなら彼奴と心中した方が千倍マシだ。

 

「逃げ足早いなー」

「くっ!?」

『お、おい!居たぞ彼処だ!』

「馬鹿野郎ッ!出てくんなッ!」

「邪魔だよオッサン!」

 

なるべく被害を出さない為に屋上を目指して走っていると、騒ぎを聞いたのか目の前にある6番スタジオからカメラマンと見知った監督が出て来てしまった。

 

クソガキはアタシとの狩りに邪魔が入った事に腹を立てたのか、今度は確実に狙ってから機関銃を放つとその弾丸が監督とカメラマンの身体を何発も撃ち抜き、二人がその場に倒れるとスタジオの中からは悲鳴が上がっていた。

 

ごめん……アタシが巻き込んじまったばっかりに…!

 

「ほらほら、潔く死なないと被害が増えるばかりだよ!」

「テメーだけはアタシが倒す!」

「それは僕に勝てる人だけが言うべき言葉だよ!」

 

人の死を悔やむのは後から幾らでも出来る、アタシが此処で殺されればイチイバルは再び何処かに消えて人々を傷付ける道具に変わっちまう。

 

そんな事だけはさせない為にもアタシは走り続け、廊下の突き当たりを曲がってから廊下に設置されている消火器を手に持って振り返ると、クソガキは余裕をぶっこいて角から出来たからその顔面に消火器を噴射した。

 

「ウェップ!?口に入ッタァ!?」

「黙ってろクソガキッ!」

 

噴射し終えた消火器をクソガキの頭目掛けて放り投げ、すぐに非常階段を走って登ると下の階からは扉をぶち破ったクソガキがアタシを追いかけて来たがアタシが屋上に着くのが一歩早かった。

 

「《killter Ichaival tron》」

「このっ!?」

 

ヘリポートに飛び移りながら聖詠を唱えると空高く舞い上がったクソガキはミサイルを何発も撃ってきたが、先にボウガンを展開させてその全てを撃ち落としてからヘリポートに着地すると、全身を光の粒子が包み込んでシンフォギアを形成した。

 

けど、適合率の低下が激しいのか全身を引き裂くようなな鋭い痛みが走り、少し立ち眩んでいると爆炎の奥から光線が飛んできて咄嗟に腕を重ねてガードするとその衝撃でヘリポートの端まで弾き飛ばされた。

 

「全く、イチイバルを壊すつもりはなかっんだけど。まぁ持ち帰れとは言われてないから壊しても問題ないでしょ」

「っ、今のでも駄目なのかよ…!?」

 

これまで光線程度の攻撃なんかじゃビクともしなかった装甲が今は粉々に砕けていて、あまりの不甲斐なさに嫌気が差すが今愚痴った所で聞いてるのはクソガキくらいなんだから言うだけ無駄か。

 

装甲が駄目ならフォニックゲインをアームドギアに集中させ、ボウガンをガトリングガンに展開し直してからクソガキを撃ち墜とそうとしたが、空を自由自在に飛ぶ癖に装甲が硬い『タイタン』には効果が出るほど命中せず、数発当たった所でクソガキはそれを鼻で笑っていやがる。

 

「この程度なら避けるまでもないよ」

「なら此奴も受けやがれェッ!」

 

《mega deth FUGA》

 

クソガキが舐めた口を聞くから背中の装甲から巨大なミサイルを一発展開してからそれをクソガキ目掛けて発射すると、クソガキはそれを避けようともせずミサイルが命中すると上空で強烈な爆発が起きた。

 

今のアタシにはアレが精一杯だ……ちょっとでも削れてくれりゃ後はアレを何百発でもお見舞いすれば…!

 

『そーれっ!』

「ぐッ、ダァッ!?」

 

上空で起きている爆炎を見詰めながら次の手を模索していると、爆炎の向こうから声が聞こえてきたかと思えば今度は全方位に無差別に光線が降り注いだ。

 

最早適当に撃っているしか思えない光線は街にも着弾していて、アタシも一発はボウガンを盾にして防いだけど二発目が胸に当たるとアタシはシンフォギアが解除されて吹き飛ばされ、ペンダントもヘリポートの下に飛ばされていった。

 

爆炎に包まれたままのクソガキが翼をはためかせて爆炎をかき消すと、其処には炭で汚れているものの傷一つ付いてないクソガキが気色の悪い笑みを浮かべて倒れてるアタシを見下ろしてやがった。

 

「弱いなぁ、それでも世界を救った英雄なの?」

「ッゥ……!」

「僕が改造した『タイタンMrkⅢ』の前では所詮そんなオモチャなんてたかが知れてるね。歌で世界を救う?そんな絵空事、今日日の子供でも言わないよ」

「何も知らねぇクソガキがほざくなよ…!」

「ほざくねぇ!歌なんて所詮は歌、天才の僕の前では耳障りなだけなんだよ!」

「ならテメーの頭が腐ってんだよ……テメーは歌で世界を救った現実が見れねぇ雑魚なんだよッ!」

 

人の命を奪って何とも思わねぇ奴の思い通りになんてならない為に震える膝を無理矢理立ち上がらせると、クソガキは自分が貶された事に腹を立てたのか眉間に青筋を浮かべていた。

 

たとえシンフォギアが無くても私の意志は(ココ)にある。私の心が燃えている限りは最後の最後まで戦うのがアタシの使命だから敵を前にして一歩も引く訳にはいかない。

 

「ババアの癖にちょっと優しくしたら調子に乗りやがって…!」

「所詮は大人の真似事しか出来ねぇクソガキが言うじゃねぇか!アタシの知ってる奴は自分の力で新しいモノを作って、力の無い人達を助けようとしてんだよ!」

「弱者は弱者を助けなきゃ人気が取れないだけだろ!僕みたいな真の強者は理解者の方が勝手に寄ってくるんだよ!」

「それがお前を捨て駒にしてる親玉の事か!そりゃあ良い、テメーみたいな雑魚にはピッタリじゃねぇか!」

「ならその雑魚に殺されるアンタはクソ雑魚じゃねぇかよォォッ!!!」

 

アタシの煽りに随分と乗ってくれたクソガキはミサイルから機関銃、羽根からの先端から放たれる光線と全武装を展開してその銃口をアタシに向けると癇癪を起こすように銃口が火を噴いた。

 

弾道を予測して避けれる弾はとにかく避けるんだ!アタシはシンフォギアを頼らなくてもアタシに出来る……事を…

 

アタシに出来る事を……?

 

『間に合った』

 

目の前に弾丸が迫り来る中、脳裏を過ぎった言葉がアタシの足を止めて逃げ遅れてしまった。

 

だが立ち竦んでいた私の目の前に黄色の光を放つ『土の元素』の壁が築かれるとクソガキの弾幕を全て防ぎ切り、錬金術師が助けに入ったのかとクソガキは驚いているようだが今の声は錬金術師なんかじゃない。

 

本当ならこんな所に居るべきじゃない、だけど間違いなくナイスタイミングでやって来たイチイバルの装者候補生だ。

 

「どうやって来やがった…」

「自転車とエレベーターですよ。そして、こんにちは『ヤオ・フェイダス』さん」

「っ!?お前誰だよ!」

「私は静香・ロンドリューソン。貴方を倒す人間なのでお見知り置きを」

 

ヘリポートの階段をゆっくり登って来たチビが姿を現わすと、アタシの目の前に展開された土の壁を消してアタシの前に立ち、ヤオという名前を言い当てられて動揺しているクソガキと対峙した。

 

その手には既にイチイバルのペンダントが握られていて、後は聖詠を唱えるだけだが静香は初めての実戦を前にしても落ち着いてやがる。本当なら怖がるべきなのに、自分の命を奪おうとする敵に対しても冷静な態度で取ってやがる。

 

そんな子供が居ていい訳がない、アタシはチビの未来を奪わない為にも戦い続けなきゃいけないのに……

 

「何で僕の名前を…!」

「ご自分でネットに上げた動画を覚えてないのですか?貴方は非常に傲慢で自己顕示欲の強い人なので、もしかしたらと思ってネットを漁ればすぐに貴方の動画が見つかりました。随分と気色の悪い趣味をお持ちのようで」

「ガキの癖に……なんなら今からビルを吹っ飛ばしてやろうか!」

「どうぞ御自由に。誰も死なないので」

「おいっ!?」

「じゃあお望み通り吹っ飛ばしてやるよォ!」

 

怒りの沸点を通り過ぎてるクソガキをチビが必要以上に煽ると、クソガキは脅しの為に手に持っていたスイッチを本当に押しやがった。

 

だけどビルの何処からも爆発なんて一つとして起きず、爆弾はハッタリじゃなかったのかクソガキは何度もスイッチを押しているが何も起きなかった。

 

チビはその様子を見てから鼻で笑ってから背負っていた通学用カバンのファスナーを開けて逆さまにすると、カバンの中からはおびただしい数の無効化された爆弾が地面に転がった。

 

「こんなオモチャを使って楽しいですか?」

「テメェ…!」

「雪音さん」

「………なんだよ」

 

チビのお陰で間違いなく助かった。後はイチイバルを返すように言うだけなのにアタシは今朝みたいに声が出せず、チビから話し掛けられてからようやく声が出せた。

 

「私は確かに雪音さん達と比べれば子供ですし、それを否定しようとは思いません。雪音さんが子供達を守る為に戦ってきて、私にシンフォギアを纏って欲しくないという気持ちも理解出来ます」

「………」

「でも、それでも私はシンフォギアを使います。こんなに色鮮やかな歌で満ちている世界を守る為に」

「何ゴチャゴチャ喋ってんだよ!」

 

チビの所為で計画が破綻したクソガキは胸のリアクターにエネルギーを集約して巨大な光線を放つと、チビはそれに手を翳して再び土の元素による障壁を三枚築いて光線を防いだ。

 

けどその障壁も少しずつ押されていくと一枚が割れたが、世界を守る為に戦う決意を決めているチビは其処から一歩も引かなかった。

 

「『歌で世界を救える』と世界に広めた人達のようになる為に!」

「何でそれを…!?」

「これ以上誰かの涙を流させない為にッ!だから見ていて下さいッ!これが私のイチイバルですッ!」

 

パパとママの事を何故か知っていたチビはこれまで聞いた事もないくらいに声を張り上げてそう叫ぶと、翳していた手を振り払って障壁を消し、光線はアタシ達に迫ってきたがチビはその手に握られたペンダントを天に掲げた。

 

「《enjerr Ichaival tron(灰色の世界を音色で燃え上がらせよう)》」

 

聖詠を唱えたチビの身体を光の粒子が包み込むと粒子が光線を掻き消していき、クソガキが駄目押しで機関銃を撃ってきたがそんなチャチな弾がチビに届く訳がなかった。

 

激しい攻撃の中でも軽やかで踊るような歌がビルの屋上に響き渡り、チビの身体を守る為の装甲が次々と形成されていくと最後にチビのアームドギアである箱の形をした『火薬庫』が腰の両サイドに提げられた。

 

チビの心の奥底にある心象、紛争の中でチビの両親を奪った爆発物こそが、世界に絶望したチビが乗り越えた痛みこそがチビにとってアームドギア。アタシと同じ真紅のイチイバルを纏ったチビは自分の心の歌を歌い出すと共に交戦を開始した。

 

「《さぁ、一緒に踊りましょう》!」

「そうやって自分ばかり押し付けて来るのがうざったいんだよォ!」

 

チビの歌を聴いてクソガキが癇癪を起こしてミサイルを放つと、チビも腰に提げた火薬庫の中へ突っ込んで小型ミサイルを掴めるだけ掴んでから空へ投げた。

 

そして小型ミサイルのブースターが点火すると、クソガキの放ったミサイルを全て撃墜しながら残った数発がクソガキにも迫っていった。

 

「っ、しつこいなァ!」

「《地雷の真上で TAP TAP TAP》!」

 

クソガキが空を自由自在に飛び回っても小型ミサイルは何処までそれを追尾し、振り切れないと分かったのか羽根から光線を放って小型ミサイルを迎撃したがその為に動きが止まる事を予測していたんだろう。

 

クソガキが再び私達を見下ろそうとした眼前にはチビが火薬庫から取り出した迫撃砲の榴弾が迫っていて、今まで素顔を晒していたクソガキが初めて『タイタン』の装甲で頭を覆った瞬間、榴弾の時限式信管が起動して起きた爆発でその身体が空高くまで吹き飛ばされていた。

 

「グァッ!?」

「《色は一つと限らない》!」

 

遠距離で一対複数を得意とするアタシのイチイバルとは違い、広範囲且つ大火力で根こそぎ殲滅するチビのイチイバルは戦場でのノイズ相手なら有効だが、街中でタイマンには向いていないというのがエルフナインの分析だった。

 

けど、それは違った。

クソガキはチビの掌の上で文字通り踊らされていて、三手も四手も先を見通して繰り出される爆撃は的確に相手の意表を突き、攻めどころか守りさえもチビの思うがままに操られていやがる。

 

「調子に乗るなよクソガキがァァッ!」

「《世界を音色で染め上げて》!」

 

遥か上空まで吹き飛ばされたクソガキは両翼を盾にする事でダメージを抑えたのかフラフラと蹌踉めいているが、胸のリアクターを金色に輝かせた次の瞬間ビルを覆う程の光線を放たれた。

 

それは確かにリフレクターのないチビには防ぎようのない攻撃だが、アタシはチビを信じてその背中を見守るとチビは相変わらず落ち着いた様子で腰に提げていた火薬庫を一つ光線に向けて放り投げた。

 

空中を舞う火薬庫の蓋が開いて光線に触れると、火薬庫は光線を漏らす事なく吸い込んでいき、限界までエネルギーを消費して光線を撃ち切ったクソガキはアタシ達が無傷であることに愕然としていた。

 

そしてエネルギーを吸い尽くして容量オーバーとなり真っ赤に膨張している火薬庫が空から落ちてくると、

 

「《涙を吹っ飛ばせ》ェェッ!」

 

《Snow Christmas》

 

チビは火薬庫から取り出した魚雷を両手に持ってバットのように振り抜き、一般市民が巻き添えになる可能性の無い空高くまで火薬庫を全力で打ち放った。

 

その特大ホームランは逃走しようとするクソガキの目の前まで届き、クソガキが逃げようとスラスターを点火する前に臨界点を突破して溜め込んでいたエネルギーを全て放出すると、空を覆っていた雲を全てかき消す程の大爆発を起こした。

青白い閃光を放っている爆発による爆風は凄まじく、周囲のビルの窓が震えていたが十分に距離を取っているから割れる事はなく、余計な怪我人も増やす事なく任務を遂行したチビはへし曲がった魚雷を火薬庫に仕舞うと一息吐いていた。

 

相手の空を飛べるという優位性を逆手に取る事で安全圏まで誘導して自分の持てる全力を放って一撃で決める、それが咄嗟に考えて行動出来るチビならたとえどんな任務であろうと熟せるに違いない。

 

力不足の今のアタシとは違って。

 

「やったな、チビ」

「はい。でもあの程度の敵を倒した所でシャルロット・ディルバルスを倒したアリアさんと比べれば大したことありませんけど」

「何だよ、それは手こずってたアタシに対する嫌味かよ?」

「そういう意味では」

「分ぁってるよ。冗談だ、よくやったなチビ」

「……ありがとうございます。それとチビではなく静香です」

「お前みたいなヒヨッコはチビで十分だ」

「っ、髪をクシャクシャにしないで下さい」

 

アタシに自分の在り方を歌ってくれたチビの頭を乱暴に撫でると、シンプルな髪型をしてる割には拘りがあるのか手を叩いてきたが、シンフォギアを纏った所でチビを遇らうくらい造作もない。

 

アタシだって手放しで褒めるのは恥ずかしいんだ、褒められるだけ感謝しろよな。

 

『何終わった気になってんだよッ!』

 

髪をボサボサにされて不機嫌そうにしているチビをアタシが脇から抱えて振り回していると、キノコ雲が浮かぶ空からまだクソガキの声が聞こえてきた。嫌々ながら空を見上げてみると、そこには翼の半分は消し飛んでいるというのに運良く生き延びたクソガキが血塗れのまま空を飛んでいた。

 

だがチビと彼奴じゃ最早戦いにもならない。幾ら市民の命を奪った犯罪者とはいえ抵抗も出来ない奴を殺しては目覚めも悪い。

 

「下ろしてくださいって……全く、まだやる気ですか?」

「当然だッ……お前等みたいな弱者に捕まるくらいなら死んだ方がマシだ…!」

「殺すなよ」

「分かってます………ならお望み通りにしてあげます」

 

もう勝負にもならないから念の為にチビに殺さないように指示するとチビもその気はないようで、火薬庫から青色のイヤリングを取り出して耳に付けた。

 

アレがエルフナインが言ってた奴か。アタシが寄越せって言った時はまだ完成してないなんて言ってやがったのに、やっぱり完成してんじゃねぇか。

 

「《魔弾の射手》、定義開始」

 

エルフナインが二度とバカ夫婦みたいに哲学兵装に呪われる人を生まない為に完成させた哲学兵装を封じる『FG式改良型特機装束』。

その確かな性能に目を付けたチビは完全に制御出来ているなら『哲学を纏う』という事も可能ではないかと提案した。

 

シンフォギアやファウストローブを纏うのとは訳が違うと当初は否定されたけれど、シンフォギアの高適合率時に起きる聖遺物の本来の力の解放を応用すれば哲学を一時的に付与する事は不可能ではないという結論に至った。

チビとエルフナイン、それと後輩二人の四人で櫻井理論と錬金術を持ち寄った新たなシンフォギア強化案『ディファインプロジェクト』が始動した。

 

そして、チビのシンフォギアに組み込まれている神が創った聖遺物に自らが纏う哲学を定義するとイヤリングが光を放ち始めた。

 

新たな哲学の創造によって世界の現実性は歪められ、チビの目の前に空間の歪みが生まれるとその歪みにアームドギアである火薬庫を投げ入れた。

激しく渦巻く現実と非現実の狭間でその存在を改変されている火薬庫はその形が大きく歪み、そしてその形は一丁のライフルへと姿が変わり、チビはライフルを手に取ると空を飛ぶクソガキに向けた。

 

「何だよ……それ…!?」

「本当は死にたくないなら遥か遠くまで逃げた方がいいですよ。この弾丸はたとえ何処に行こうと『必ず狙った場所に当たる』ので」

 

チビが標的の捕捉を終えると銃口の周りには弾丸が帯びている哲学を補助する術式が展開され、チビを中心に再び空間が歪み始めるとそれがどれだけヤバイ銃なのか理解出来たのだろう。

 

クソガキは懐から錬金術師が使う空間転移術式が組み込まれたポーションを握ったが、その手を怒りに震わせてチビを憎らしげに睨んでいたがチビはそれに首を傾げた。

 

「逃げないのですか?」

「ッ、お前は絶対に殺すッ!惨たらしくぶっ殺してやるッ!」

「それは私に勝てる人間が吐くべき言葉です」

 

クソガキがどれだけ吠えようとチビはそれには興味を示さず引き金に指を掛けると、クソガキは捨て台詞を吐いてからポーションを握り潰して足元に術式を展開すると何処かへと消え去ってしまった。

 

それがチビの目的だとも知らずに。

 

「「《Die Aufgabe ist leicht. Schiess|(あの白い鳩を撃て)ッ!」」

 

クソガキが完全に消えた事を確認してからチビは引き金を引き、時空を引き裂く甲高い発砲音と共に『魔弾の射手』という哲学を帯びた弾丸が空へと放たれたがすぐに空間移動術式によりその弾丸は彼方へと消えた。

 

「任務完了。後は本部に帰ってから報告するとしましょう」

「そうだな」

 

弾丸の行方はチビにしか分からないが、チビの事だから今後の活動に役立つような部分に撃ち込んだに違いない。

 

これ以上この場で出来ることはないと判断したチビはシンフォギアを解除すると同時に空間の歪みも消えていき、イヤリングと一緒にペンダントも外したチビが振り返るとアタシにペンダントを差し出してきた。

 

「何だよ?」

「今のイチイバルの装者は雪音さんです。今回は上手くいきましたが次もそうとは限りません。なのでこれはお返しします」

 

アレだけ見せ付けておいて形式張った手続きに拘るなんて何処まで言っても子供らしくない。

 

けど、それがチビの在り方なんだろう。何処ぞのバカみたいに曲がった事が嫌いで、自分が信じた信念の為に命を張れて、アタシと同じ夢を見てくれていて。

 

アタシはイチイバルのペンダントを受け取りはしたが、それを今のアタシが首に掛けようとは思わなかった。

 

「なぁ、お前の夢って何なんだ?」

「……今よりも小さい頃、私はこの世界には灰色しかないと思っていました。けど、ある日ボランティアの宣教師の方がこう言ってくれました。『世界の何処かには歌で世界を救うという夢を掲げて色んな場所で演奏活動しているひとたちがいるんだ。それが叶うか分からなくても、少なくとも世界には色鮮やかな音色で満ちている。だから君もまずは自分の音色を見つけてみたらどうかな』と」

「……そうか」

「自分の音色なんて最初はよく分からなかったけど、その言葉を聞いた私は初めて聖歌隊と一緒に歌ってみると、自分の口から出てるとは思えない程澄んだ声が出てきたんです。自分でも知らなかった自分の音色が次々と溢れてくるのが私は嬉しくて、楽しくて、もっともっと歌いたいって思ったんです」

 

遥か遠くの国でもパパとママの夢を語ってくれる人が居て、それを心の支えにして、こんなに楽しそうに話してくれる子供が居たんだな……

 

「だから、今度は私がそれを広めます。歌で世界を救って、歌で明日に希望を抱いてくれる子供達にっ!?ど、どうしたんですか!?」

「な、何でもねぇよ!コイツはくれてやるからさっさと帰るぞ!」

「あちょっ!?投げないで下さい!」

 

いつまで経っても素直に嬉しいという気持ちを伝えれなくて、言葉よりも涙ばかりが溢れてきたけどアタシは大人なんだ。

 

子供が前を向いて歩けるように後ろから支えてやるのも大人の役目。そうだよな、先輩。

 

 

 

 

「あんな事を言っておいて何だが、それでいいんだな?」

「ああ、今のアタシじゃ役には立てないってのは痛い程分かった。だからって身を引くつもりも無ぇけど、今はチビに任せてアタシに出来る事をするよ」

「そうか……静香も異論は無いな?」

「はい。私も全力で任務にあたります」

 

何故か涙を流している雪音さんと一緒に本部に帰るや否や、雪音さんはイチイバルの装者を私に引き継ぐと言い出し、それには風鳴司令も驚いていたけどその結論に至るまでの雪音さんの葛藤を考えてか深くは尋ねなかった。

 

最後まで戦うと決めた雪音さんは一応装者ではあるけど任務に当たるのは私で、適合率が戻る事があれはその時はもう一度決め直すという方針で話が纏まった。

 

「クリスさん、お目目真っ赤ぁ〜」

「うるせぇ!テメー等はさっさと補習に行きやがれ!」

「もう終わっちゃいましたぁ〜」

 

今日は珍しく学校の補習を受けていない譜吹姉妹も司令室に来ていて、雪音さんを揶揄っていると雪音さんも顔を赤くしているがその姿からは今朝のような追い詰められているような切迫感は無くなっていた。

 

後は私が雪音さんが心配しなくていいようにしっかりとイチイバルを使い熟して任務を完遂していかないと。

 

「それで、だ。静香、何かエルフナインに謝る事はないか?」

「え?私何かしましたか?」

「僕の研究室から勝手に試作型兵装を持って行きましたね」

「あ、あー、ごめんなさい。完成してるのかと思ってつい」

「全くもう、今回はちゃんと起動出来たからいいですけどまだ試作段階というのは覚えておいて下さいね。哲学が折れた時にどんな作用が起きるのかまだ分かってないんですから」

 

雪音さんが吹っ切れた事で少し和やかな雰囲気が戻って来ると突然風鳴司令が私を睨んできて、一体何のことだと思っているとどうやら私が使った試作型兵装の件みたいだ。

 

一応百合根さんから受け取った物だけど試作段階だというのは知ってて使ったのは私なんだから、ここで百合根さんの名前を出しては親切にしてくれたのに申し訳ない。

 

私はその件については平謝りをしてイヤリングを返却すると、少し呆れられたようにため息を吐かれたけど今回に関しては何の言い分も無く私が悪い。

 

「それで、先程『魔弾』を使ってタイタンのリアクターを破壊したと報告があったので調べてみましたが、やはりロシアでリアクターの破損による膨大なエネルギーが感知されました」

「何処だ?」

「『チェルノブイリ』です」

 

私が放った『魔弾の射手』は六発までなら狙った所に必ず当たるという哲学。それを補助する為に聖遺物による哲学の証明や錬金術によるサポートを必要とするが、今の段階の実験では全て寸分狂わずに当てている。

 

だから私はヤオが逃げた先でタイタンのリアクターを狙い撃ち、そのエネルギーを暴走させる事で敵の拠点を見つけようと試みたけど、それは成功したようでお冠だった風鳴司令も少しは機嫌を直してくれたようだ。

 

「こういった機転の良さは静香らしいな」

「ありがとうございます」

「だが哲学兵装を盗み出した事は許していないからな。大体アリア然り静香然り、装者候補生はどうしてそうS.O.N.G内で盗みを働こうとする?」

「そうだそうだ〜」

「情けないぞ〜」

「お前達はそれ以前の問題だ!学校に行けと何度言えば分かる!」

『何やらご機嫌ね』

 

また風鳴司令の檄が司令室に響こうとするとメインモニターに立花さんの顔が映し出されると、譜吹姉妹の首根っこを掴んでいた風鳴司令は少し恥ずかしそうにして下ろした。

 

「此方の問題だ、気にするな」

『そう。静香のお陰で敵の拠点がチェルノブイリと分かった今逃亡される前に打って出る。招集を受けた隊員は至急準備するように、って……暁達は何処に行ったの?』

「案ずるな、連絡すればすぐに戻ってくる」

『全くもう……現場指揮はアリアに一任するから、合流後はアリアの指示に従うように』

「了解した。百合根、静香は暁と合流後すぐに国連ロシア支局へ迎え。其処なら暁の空間転移術式で飛べる筈だ」

「「了解!」」

 

暁さん達が『錬金術師』としての才能に目覚めて以来、国連の支局に自由に飛べるようになった事でS.O.N.Gの活動範囲を大幅に広げる事が可能になり、こうした急な任務にも迅速に対応ができるようになった。

その後継者としても私には期待が掛かっているのだから、あんな小物を倒したくらいで調子に乗っている場合じゃない。

 

百合根さんはすぐに極寒での任務の準備の為に司令室から飛び出して行き、私もそれに付いて行こうとしたけどその前に雪音さんに言っておかないといけない事があるのを思い出し、立ち止まってから雪音さんの顔を見上げた。

 

「雪音さん」

「どうした?」

「今後のイチイバルの装者は私です。二度と譲るつもりはないのでそのつもりで」

 

さっきは適合率が戻ればもう一度イチイバルの装者になると言っていたけど、だからといって私はイチイバルを譲る気は毛頭ない。

 

雪音さんが最後まで戦い抜きたいように私だって覚悟を決めて戦っているんだ。なのにちょこっと適合率が戻ったくらいで装者の座を譲るなんてちゃんちゃら可笑しい話。

 

決してイチイバルは譲らないという意思を示すと周りの人達はさっきまで良い雰囲気に終われそうだったのにと呆然としているけど、イチイバルの装者だった雪音さんがこの程度の事でへこたれるような人な訳がない。

 

「ハンッ!そう言ってられるのも今の内だぞチビ!」

「大人は大人しく椅子に座ってて下さいよ、『雪音先輩』」

 

優しくて頼れる大人、装者としては先輩、そして今ではライバルである雪音さんが拳を突き出してきたから勿論私もそれに応えて拳を交わした。

 

これがイチイバルの装者の在り方、簡単に諦められる程私達は小さな夢を抱いていないんだ



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「受け継がれるザババ」

ロシア西部、チェルノブイリ。

 

シズシズのお陰でテスラ財団のアジトが判明し、S.O.N.Gから派遣された切ちゃんとりっちゃんとシズシズ、国連からはマジメちゃんが合流して捕縛及び殲滅の為に現地へ向かうと、三人はエネルギー反応があった周辺の広大な敷地を別れて探索していた。

 

歴代最高の装者適性を持ってるりっちゃん、LiNKERを使えば百人力のマジメちゃん、試作型哲学兵装『魔弾の射手』が扱えるシズシズ、そしてイガリマと『ダウルダブラ』のファウストローブを纏う切ちゃん。

 

この四人なら敵が襲って来てもすぐに負ける事はないだろうと踏んでの広範囲の捜索は功を奏し、マジメちゃんが身に付けていたモーションカメラには捕縛対象が映し出された。

『……此方アリア。ヤオと思わしき人物を発見」

「……此方でも確認した」

「酷い……」

「見せしめかよ…!」

 

当時の街がそのまま残る広場を探索していたマジメちゃんは一本の街灯の前に立ってそれを見上げると、其処にはロシア語で『役立たず』と書かれたプラカードを下げたヤオの死体が吊るされていた。

 

 

仲間だろうと子供だろうと容赦無し、相手もかなり性格が悪いみたいだ。

 

 

 

 

「また振り出し、か」

『…………』

「どうした本部長?」

『…………』

「立花」

『うぇっ!?あ、あー、何か言ったかしら?』

「悩み事か?」

『いいえ、何でも無いわ。話を続けましょう』

 

この掛け合いも今日だけで何度目か、明らかに様子がおかしい立花も気にはなるが今回ばかりは国連と連絡を密にせず捕らえられる相手ではないから話を進めるとしよう。

 

「結局ヤオはネットに投稿していた動画でひけらかしていたその技術力を買われ、『タイタン』研究に利用されていた訳だな」

『だけどヤオに出来たのは装甲を強固にするだけ。だから用済み、役立たずとして処理された』

 

完全聖遺物『エクスカリバー』輸送作戦で襲撃してきたシャルロット・ディルバルス、アリソン・シールズの両名がまるで情報を吐かない以上、唯一の手掛かりであるヤオは生かしたまま捕らえたかったがそれも失敗に終わった。

 

残された情報だけで恐らくヤオは組織について何も知らなかったという事は推測出来るが、それもあくまで推測の域を出ない。何としてでも情報を手に入れたいが、『テスラ財団』はそもそもニコラ・テスラ復活の際に完全に瓦解した筈だった。

 

なのに今更何故その活動が活発になり、錬金術まで扱うようになっているのだ?ヤオの言っていたボスというのは何者なんだ?

 

「ニコラ・テスラ………暁が単独で撃破した人類史に残る最高の科学者がまた牙を向くとはな」

『暁と月読の二人が居なければ神殺しでも倒せなかった相手よ。何があってももう二度と復活なんてさせないわ』

 

 

 

 

「ほら、まだ始めたばかりデスよー」

「こっのぉぉぉ!」

 

錬金術。

 

アタシ達は錬金術師と何度も命のやり取りをしてきたから、その絶大な効果は知っている。時には何もない所から氷や炎を出し、時には金を錬成する時の反応熱をぶん投げてきたり、応用次第で無限に利用法が見つかる摩訶不思議な学問。

 

けどいざそれを学ぼうとした時、私達は全ての常識をひっくり返す事になった。

 

『目の前にリンゴがあります、これはリンゴですか?』

 

エルフナインに最初に出された問題でまず響先輩とクリス先輩と翼先輩が脱落した。

 

『5キロ離れた所に本があります。135ページの二行目を読んでください』

 

ここでマリアが脱落した。

 

『錬金術に於ける分解とは何ですか?』

『今あるものを違う物に構築するにはどうすればいいですか?』

『そもそも錬金術とは何ですか?』

 

最早何のこっちゃさっぱり分からない質問ばかり投げ掛けられたけれど、アタシと調はそこで諦める訳にはいかなかった。

 

他の人達がみんな新たな力を手にしていく中で、アタシと調だけはザババのユニゾンしかない半人前だった。けど響先輩が未来先輩の為に自分の人生の全てを賭けた行動に出たと聞いて、アタシ達は強くならなきゃいけないと悟った。

 

アタシ達が弱いまんまじゃ他の皆にも迷惑を掛けてしまう。だからアタシ達はアタシ達で強くなる必要があった。

 

その為に、アタシ達は『錬金術』に手を出した。

 

「外れデース」

「切ちゃんばっかりズルい〜!」

「イガリマを貸してあげてるんデスから文句を言わない」

 

エルフナインの意地悪なナゾナゾの答え。

 

それは『己の答えを信じろ』だ。

 

それがリンゴかどうか分からないなら、それを完全に分解して構成物質からリンゴであると結論付ければいい。遥か先にある本の一文が分からないなら、自分が分かる文に書き換えてしまえばいい。

 

錬金術に必要なのは己の真理を貫く事であり、その真理を世界の理に適った形に書き換えるのが錬金術。

 

例えばブドウをリンゴに再構築するのは構成物質を理解すれば出来る、あとはそれが間違っていないと己を信じる心があるかどうかが重要になる。自分を否定すれば当然分解した知識が頭の中で暴れ出し、数日間ブドウの構成物質が頭から離れなくなってしまう。

 

そして、錬金術を理解して分かったキャロルの『想い出の焼却』とは、莫大なエネルギーを秘めた想い出を燃料とした廃人真っしぐらのジェットエンジンみたいな物という事だ。

使えば使う程力を手に入れる事ができるけど自分が追い求めた真理が分からなくなり、全て燃やし切ればただの知識と肉の塊となってしまうのだろう。

 

「そんな大振りじゃ当たってあげれないデスよ」

「ああもう!海未、ヘルプゥゥ!」

『ほい来た〜!』

「あっ、コラ!狡いですよ!」

「「私達は二人で一人!後で怒られようと二人でなら怖くない!」」

 

後で調と組手をやる予定だった海未がいきなり乱入してくると、二人は早速ザババのユニゾンでフォニックゲインを急激に高め始め、技の出が速くなると流石に片手で相手するには厳しくなってきた。

 

アタシと調が纏うイガリマとシュルシャガナの装者候補生、『譜吹 空』と『譜吹 海未』の譜吹姉妹は問題こそ沢山あるけれどLiNKER無しでシンフォギアを纏えるという点と適合率だけで言えばアタシ達よりも優れてる。

 

二人の素の身体能力の高さは『譜吹姉妹捕獲作戦』に駆り出されたアタシだからこそ痛いほど知ってるし、ザババのユニゾンも初めから使い熟してるから根っからの装者向き。

 

ていうか、型にハマらない二人は装者に向き過ぎてるんデスよ。

 

「ならアタシがゲンコツくれてやるデスよ!」

 

流石にユニゾンまで使われてはアタシが怪我しかねないから保管庫からダウルダブラを呼び出し、その破滅の音色を奏でると起動したダウルダブラの弦は私の身体に纏わり付いてきた。

 

ダウルダブラの弦がアタシの制服を引き裂いて全身の装甲を形成し、本体が背中に接続されてハーブを模した翼へ姿を変え、最後に四元素の装飾がされた帽子が降ってきたからそれを手で被り直した。

 

これがアタシが纏う深緑色のファウストローブ、『衝琴・ダウルダブラ』。アタシが信じた真理の装甲。使うつもりはなかったけど、二人がどうしても見たいと言うのならそれに答えなきゃ錬金術師の名が泣くデス。

 

「ず、ズルいぞ〜!」

「ダウルダブラは使わないって切ちゃん言ってたのに〜!」

「喧しい!今日という今日は年上を敬うって言葉をその身に叩き込んでやるデスからね!」

 

まずは目の前でニャァニャァ鳴いてる子猫共を吊り下げてやるデスよ!

 

 

 

「イッタタ〜」

「大人気な〜い」

「自業自得デス」

『何だ、暁が二人と組手をするなんて珍しいな』

「あっ、司令。二人がアタシのダウルダブラを見てみたいってテレパシーで伝えてきたからお望み通りにしてただけデスよ」

 

ダウルダブラの弦で二人を簀巻きにして天井から吊り下げて反省させていると、響先輩との打ち合わせが終わったのか翼先輩が秘書代わりにしている律を連れてトレーニングルームに入ってきた。

 

その手には二人分の分厚い封筒が持たれていて、そういえばもう月末である事を思い出し、アタシもファウストローブを解除した。

吊り下げられていた二人は急に糸が消えても綺麗に着地し、いつもは逃げ回っているのに今日だけは翼先輩に擦り寄っていき、その周りを囲うようにクルクルと回り出した。

 

「あ〜ん、現金の良い匂い〜」

「お給料お一つ下さいな〜」

「全く、お前達はもう少し慎ましくしたらどうだ?」

「いいからいいから〜」

「今月は福田さん何人かな〜?」

 

翼先輩も「先月と変わる訳ないだろ」と呆れながら二人にS.O.N.G隊員としてのお給料を手渡すと、こういう時だけは封筒を両手で受け取った二人は早速封筒を開けて中身を確認していた。

 

「にーしーろー……」

「ピッタリ〜。来月も頑張ろ〜」

「で、朝から訓練に熱を入れていたようだが宿題はしたのか?」

 

二人はお給料を受け取ってそそくさと退散しようとしたけれど、その首根っこを翼先輩が掴んで宿題をしたのか問い正すと、二人はそれはそれは爽やかな笑みを浮かべてお互いの顔を見つめ合っていた。

 

「「やったもんね〜」」

「よし、なら私が答え合わせをしてやる。行くぞ」

「「いやああ……!」」

 

翼先輩を前にして堂々と嘘を吐いた二人は結局引き摺られながら資料室へと連行され、その様子を律は可笑しそうに笑っていた。

 

律はクソ真面目のティナと同じく真面目だけど、ティナよりは人との付き合い方を知っている分装者候補生達のお姉さん的立ち位置で、その実力も翼先輩の折り紙付きなのだから実質装者と言っても過言ではない。

 

それにエクスカリバーの装者にもなる予定だから、気を抜いてたらアタシ達も追い抜かれちゃうから気を付けないと。

 

「律はちゃんと終わってるデスか?」

「勿論、学校の友人と一緒にやってますよ。シズちゃんも周りの子に合わせたペースでやってるみたいですし、悪い子はあの子達だけですよ」

「全く、あの二人が後継者とはザババも泣いてますよ」

「宿題とは無縁の生活を送っていたのですから、大目に見てあげればいいじゃないですか」

「駄目デス、ただでさえ学校をサボる二人をこれ以上甘やかしたらいざという時に何をしでかすか分かんないデスよ」

 

S.O.N.Gの入隊テストを合格するんだから頭は良いのにその行動が非常にバカっぽい二人は通学路を歩いてるだけですぐに行方を眩まし、学校から保護者である翼先輩へ確認の電話が鳴る度に万が一の時を考えて捜索隊が派遣される。

 

そして大抵はゲーセンか銀行で時間を潰してるから連行されては翼先輩に怒られるの繰り返し、学ばないのではなく『学ぶ気がない』二人には翼先輩も手を焼いている。

 

「何をしでかすか分からないのはアガートラームの装者候補も同じでは?」

「アッチはマリアが付きっ切りで監視してるから大丈夫デスよ。本人も今の所は事を起こそうともしてないデスし」

「私はあまり信用していないので、あの子が出て来ないように尽力するまでです」

「随分と嫌われたもんデスね」

『切歌ちゃん、聞こえる?』

 

誰にでも優しい律でもアガートラームの装者候補には厳しいから苦笑していると、普段から付けている小型インカムから響先輩の声が聞こえてきた。

 

だけど普段の仕事モードならアタシの事も苗字で呼ぶし、そもそもオペレーターや翼先輩を介さずに直接話し掛けてくるなんて珍しい。

 

「聞こえるデスよ?」

『周りに誰か居る?』

「……いやぁ、そんな話此処でするなんて恥ずかしいデスよ!今外に出るから待ってて下さいデス!」

「何方ですか?」

「フッフッフ、こう見えてもアタシはモテるんですよ。ああ何でもないデスよー」

 

響先輩が本部長モードじゃないのに周りを気にする様な事を言い出すというのはよっぽどの事。だからアタシも律は適当にあしらい、テレポートジェムを叩き割って都心のビルの屋上に転移した。

 

「場所は変えたデスよ」

『便利だね』

「それで、何かあったデスか?」

『………切歌ちゃんに極秘の任務をお願いしたいの。とても危険だし、何が出てくるかも分からない。けど、切歌ちゃんにしか頼めないの』

「おぉ、如何にも特殊部隊って感じの任務デスね。因みにその危険ってのはどのレベルですか?ニコラ・テスラ位なら」

『フィーネ、もしかしたらそれよりも厄介かもしれない』

 

あの変態のオッサンくらいならアタシ一人でも対処出来るから自信満々に答えたけど、響先輩の口から出てきたのは金輪際聞くことはないと思っていた名前だった。

 

フィーネかそれ以上って……

 

「響先輩、何を掴んだんデスか?」

『まだ私の勘の域を出ないんだけど……』

 

 

 

「ぐぇぇ……」

「疲れたぁぁ……」

 

鬼司令からのお説教と宿題からようやく解放されて机に突っ伏すと、「明日は朝からミーティングなのを忘れるなよ」と地獄の宣告を告げてから鬼司令は私達の部屋から出て行った。

 

けど今日は月一回のお楽しみがあるのだからすぐさま部屋の扉に鍵を掛け、チェーンも二重に掛けてから机の上の勉強道具を片付けると向かい合って座った。

 

「今月は46人だったね、空!」

「これでようやく100分の1、さっさと取り返さないとね!」

 

私達がS.O.N.G入隊の際に取られた全財産7923万8534ドル、その僅か1%だけどようやく取り返したのだから今日はお祝いだと溜め込んでいる現金を全て机の上に乗せると、机は大きく軋んだけどその音も今は恋しく感じる。

 

ここまで長かった……折角私達が頑張って稼いでいたお金を全て取られたのだからこの先どうなるのやらと思ったけど、S.O.N.Gの隊員というのも中々悪くない『お仕事』だ。テキトーに訓練して、テキトーに勉強してればそれだけで四大卒の大企業のお偉いさん並みの給料が貰えるんだから。

 

しかも衣食住は完備、多少の買い物は予算が降りるし、怪我したって医療費だって掛からないんだからスーパーホワイト企業だ、お国様様ね。

 

「ハァァァ……お札の温もりに包まれるね〜」

「あっ、私もする〜」

 

海未は早速お札の山に顔を突っ込むと幸せそうな顔をしているから私も真似をすると大量のお札が宙を舞い、視界一杯にお金があるこの感覚は何度体験しても心地良い。

 

ここまで苦労も全ては大切な家族と一緒だから乗り越えられた、私達は互いに見つめ合いながらそう思い返していると自然と手が伸びていきお互いの頭を撫で合った。

 

「ありがとう、空」

「此方こそ、ありがとう海未」

 

アメリカで『ルパンの子猫』という異名で通っていた私達は真っ当な『銀行強盗』として働いていた。聖遺物『ルパンのモノクル』のお陰でどんな金庫や電子ゲートでも解除出来た私達は色んな銀行に入って現金を盗み出した。

 

宝石とか株券とかは大した興味もなくて、この世で最も利用価値がある『お金』だけを盗み出していた私達は色んな人達に追われたし、色んな人達と手を組んできたけどその殆どは警察に御用となった。

 

理由は簡単、強盗に入った後は私達だけ聖遺物を使って逃げて、他の人達は囮になってくれたのだから私達が賞金首になっても誰にも捕らえられる事は無かった。

 

あの二人が私達の前に現れるまでは。

 

「ねぇ〜、もう面倒だから銀行行こうよ〜」

「でもモノクル取られちゃったし、切ちゃん達が出てきたらまた怒られるよ〜」

 

初めて会った時に『私達と組んでお仕事をしたい』と言って近付いて来た切ちゃんと調ちゃんは怪しさ満点で、二人からは銀行強盗をする人間には無い正義感みたいな奴を感じたから凄く警戒していたけど、その警戒心はすぐに解けてしまった。

 

『ど、どうやって逃げたの?』

『ん?内緒デスよ』

『まさか警察のスパイ?』

『それでも私達を置いていった二人に追い付けない』

 

今はテレポートジェムという滅茶苦茶便利アイテムの存在を知ってるから騙されないけど、当時は錬金術なんて信じてなかった私達はどんな場所に置いて行っても必ずアジトに一足先に帰って来る二人をある種尊敬していた。

 

私達よりもずっと凄い銀行強盗が居るなんて思っていなかったから私達は二人から色んな事を教わったし、色んなことを話した。どうしてお金だけを盗むのか、盗んだお金をどうするのか、これまでの平々凡々な同業者には語らなかった私達のルーツを沢山語った。

 

そして、

 

『さぁて、決算の時間デスよ二人共』

『ッ!?騙してたの!?』

『卑怯者〜!』

『銀行強盗に言われる筋合いはない』

 

三十時間を超える必死の逃走も虚しく捕まえられた。

 

それからは国際指名手配犯だった私達の罪を帳消しにする代わりに、逃走中に適性があると分かったイガリマとシュルシャガナの装者候補生としてリディアンの生徒としての生活を余儀なくされたけど、今となってはその生活もそこまで悪くはない。

 

リディアンでは美人姉妹として名を馳せて派閥を作ってみたり、元々手先は器用だから手芸部なんかにも入ってみたり、これまで学校なんて行った事無かったけど皆が行くだけはあって中々楽しい所だ。

 

「それに〜、敵の幹部を取っ捕まえたらきっとボーナス出るんじゃない?」

「ボーナス……それって福田さん何枚分!?」

「確か切ちゃんがテスラさん倒した時は口座の桁数が2桁増えたって言ってたかな〜?」

「2桁!?なら私達なら億に乗っちゃうよ!?」

「だから次の任務は私達でやる為にも、今は良い子にしてなくちゃ」

「そうだね、空!」

 

私達の決意は決して揺るがない。

お金を貯めて貯めて貯めて、お金で買えない物が無くなった時に私達は初めて命題を証明することが出来るんだ。

 

それまでは海未と私は一連托生、永遠の家族なんだ。

 

 

 

 

『テスラ財団に打って出るぞ』

 

超鬼畜司令が朝のミーティングの第一声でそう切り出すと、それまで打つ手なしと言っていたのに突然のその発言にシズシズは怪訝そうな表情を浮かべていた。

 

『何か手があるんですか?』

『前々から考えてはいたが、失敗した時の損失を考えてその手は使わないようにしていたのだが状況が状況だから背に腹は変えられない。テスラ財団は多くの出資者達から集めた支援金を元に活動していたが、財団が瓦解した現在でも活動しているという事は大口の出資者でも居ない限りそろそろ資金も切れてくる頃だろう』

『まさか、S.O.N.Gがその出資者になるという事ですか?』

『いやいやいや、駄目だろ!?他の国にバレたら厄介じゃ済まないぞ!?』

『だからこそ今回は面の割れていないメンバーでの極秘作戦になる。まずエルフナイン、今回はお前に出資者として最前線に出てもらう事になる』

『き、緊張します……』

『装者に関してだが、アガートラームの装者は緊急の際の援護として待機させているがエルフナインの護衛に付くのは譜吹、お前達だ』

 

大口出資者ナインちゃんの護衛に私達が任命されて早速ボーナスチャンスが巡って来たと私達はハイタッチを交わしていると、何故か超鬼畜司令は何とも言い難い神妙な面持ちでいる中でシズシズが手を挙げた。

 

『何だ?』

『その資金は何処から出てくるのですか?国連の口座からとなると最悪お金の動きで勘付かれる可能性があると思います』

『問題はそこで、お前達をこの任務の護衛に任せるのもその為だ』

『どういう意味〜?』

『此方に余裕があると思わせる為に今回は1000万ドルを一括で払う。ただしS.O.N.Gで用意出来たのは100万ドルと少しだ』

『全然足りませんね、ウチが出しましょうか?』

『いや、百合根の家から出すのも危険だろう。その為、私達が保管していた金を使う事にした』

『………まさか』

『譜吹、お前達が強盗で集めた金で残りを賄う事にした』

 

 

 

「司令の鬼〜!」

「悪魔〜!」

「「やっさいもっさい〜!」」

「あははは……」

 

私達が必死に働いて貯めたお金を誰かに持ち逃げされるかましれない作戦に使うなんて言い出したから断固拒否すると、今度は『なら今回の任務から外れるか』なんて実質一択の選択肢を出してきて、泣く泣くだけど承諾する事で作戦は開始した。

 

新たに作られたナインちゃんの口座に一千万ドルが入れられ、私達が見守られながらテスラ財団の資金援助用の口座に私達のお金は送金されてしまった。

 

私達が必死に貯めたお金が顔も知らない犯罪者の手に渡る悔しさを不意にしない為にも暴れ出すのを堪えていると、すぐにテスラ財団から『直接会って話がしたい』という提案がされ、二つ返事でそれを了承するとアメリカにあるレストランに来るように指示が来た。

 

「同じ額真っ当に貯めたら返してくれるって言ってたのに〜!」

「大人の嘘吐き〜!」

「ま、まぁまぁ、今回の作戦が終われば僕からもお願いしますから」

「絶対だからねナインちゃん!」

「ナインちゃんは信じてるからね!」

「もうすぐ着きますのでお静かに」

 

緒川っちの運転する車がワシントンの郊外にあるレストランに近付いて来ると、元々アメリカ育ちの私と海未は街の雰囲気や立ち並ぶお店の看板を見て大体事の次第を理解して黙り、車はやっぱり『ロシア料理店』の前に停められると内心溜息が出た。

 

空の様子を伺ってみてもいつになく深刻な顔をしてるから気付いてるみたいだけど、アタシ達一点絞りの状況を作り出せる相手に無策で敵対するのは流石の私でも無謀だと分かる。

 

あちゃあ、それじゃあどうしよっかな〜?結構深い所にまでスパイが入り込んじゃってるな〜。

 

「それでは行きますよ、二人共」

「どうしよっかな〜?」

「どうしようかね〜?」

「はぁ、分かりました。半分は先に返して貰えるよう僕が何とか司令を説得しますから付いて来てください」

 

今後の身の振り方を考えているとナインちゃんが何とも気前の良いことを言ってくれたから私達は取り敢えず車から降り、ナインちゃんが降りられるようにドアを開けてあげるとナインちゃんも気合を入れていつになく神妙な面持ちを見せていた。

 

取り敢えずは様子見、その後はガーッといって後は空と流れに任せようかな?

 

「ありがとう、二人共」

「それでは行くとしますか」

『遥か遠くから見てるけど、面倒だからしくじんなよー』

 

私が人の居ない寂れたロシア料理店の扉を開けると、耳のインカムからはアガートラームの装者候補の声が聞こえてきた。マリちゃんの護衛兼メイドとして雇われているアガートラームの装者候補が本当に出てくるとは、鬼畜司令もこの作戦に本気で命運を懸けているんだろう。

 

ナインちゃんは指定のあったテーブルに座り、私達もその隣で護衛として立っていると時折通行人が此方を見ているけど、お店に入って来ようとはしなかった。少し寂れた街角にあるロシア系の料理店、S.O.N.Gも此処がマフィアの隠れ蓑になっている事くらいは知ってるんだろうけど、私達が此処に偶然呼ばれる筈がないから目的は多分お金じゃない。

 

ホントどうしよっかなぁ………コレ後に引けなくなっちゃうし……流石に今度は牢屋行き待った無しだし………

 

「空どうする?」

「うーん……あの子が出て来てるならもう引けないしぃ、しょうがないからあっちからお金貰うしかないでしょ〜」

「……そっか」

「どうしたんですか二人共?」

「ううん、何でもないよ〜」

『ああ、貴女が今回我々に出資してくれたエルフナインさんだな?』

 

空がそうしたいのなら私はその通りにしようと覚悟を決めると、店の扉の鈴が鳴ると共に紺色のスーツを着た女が私達に話し掛けてきた。

 

銀髪のポニーテールに鋭い目付き、そしてその歩いているだけなのに溢れ出ている他者への威圧感。自分の父親を殺して成り上がった時から何にも変わってないし、変わるつもりもないみたいだね。

 

「座っても?」

「ええ」

「それでは失礼する」

 

ナインちゃんも何とかお金持ちキャラを演じ切ろうと負けじと胸を張っていて、『バーバヤーガ』も余裕の表情を浮かべながらナインちゃんと向かい合うように座った。

 

ラストチャンスは今しかない……今ならまだ引き返せる………でも……私達は…

 

「可愛い二人だな」

「ええ、私のお気に入りよ」

「へぇ、奇遇ね。『私もそうだったのよ』」

「え?」

『エルフナイン其処から逃げろッ!その二人はスパイだッッ!!』

 

バーバヤーガは私達を従えていると思っているナインちゃんを嘲笑い、私達が知り合いだと告げるとアガートラームの装者は私達が『裏切る』つもりでいる事に気付いてしまった。

 

アガートラームの装者との戦闘を避ける為、すぐに私達はナインちゃんとバーバヤーガの腕を掴むと店の扉を蹴破ってアガートラームの装者が入ってきた。

 

「逃さないからな……!」

「………」

 

空がテレポートジェムを持っているのを見て間に合わないと分かったアガートラームの装者は憎らしげに私達を睨んできたけど、空が土産を投げ渡してから私達はテレポートジェムでかつてのアジトへ飛び去った。

 

もう……引き返せない…

 

 

 

 

「やられた…私の失態だ……!」

「何言ってんだよ!そんな後から耳が腐る位謝ればいいだろ!早く見つけろよ!」

「っ、藤堯どうだ!?」

「テレポートジェムを使われた所為で地球上全域を捜索する事になるので、少なくとも後30分は掛かります!」

「縮められるか!?」

「仰せのままに!」

 

あの二人を護衛に選んだのは未だ作戦に本格投入をした事が無く、顔が割れていないと判断したから。

 

だがこの作戦の一番危惧すべき点があった。それが『譜吹姉妹の過去の交友関係』。二人は誰とも組まない強盗犯だという点を過信し過ぎていた所為でエルフナインが誘拐されてしまった。突然の事態で装者候補生達も動揺していたが、雪音が喝を入れてくれたお陰で何とかやるべき事は整理出来た。

 

二人が本当に裏切ったのかは分からない。私達が譜吹達を作戦に出すという確証がないのにも関わらず直接接点のあった相手が偶然現れるなんて思えない。

だが、何人せよ三人を見つけ出さなければあの二人はまた己の進む道を誤ってしまう。自分達に課した命題を達成する為に再び手を汚してしまう。

 

あの二人の歪んだ運命を正してやれるのは私達大人だけなんだ。

 

『風鳴司令』

 

行方を眩ませた三人を探す為にオペレーター達に指示を出していると立花からライフライン回線から直接連絡が入り、画面に表示されるとその神妙な面持ちから既に状況は知っているのだろう。

 

「申し訳ない、本部長。私の責任だ」

『此方で認可は降りた。暁、月読両名の指揮権は私が預かる』

「っ、どういう意味だ!?」

『今回の裏切りは擁護出来ない。エルフナイン女史を必ず生きた状態で取り返す為、国連本部だけで作戦を行う事にする』

「それはどうでもいい!だが何故暁達が必要なんだ!」

『……譜吹姉妹は私が始末する。それが彼女達の選んだ道の結末よ』

 

『譜吹達を始末』。それが本部長となって常に辛い決断を迫られてきて、大人としてあるべき姿を身に付けていった立花が下した決断という訳か。

 

「ならば断固として拒否するッ!今回の件は我々で始末を着ける!」

『今エルフナイン女史を失う意味が分かっているの?』

「分かっているッ!だが二人はまだ進むべき道を見極められていないだけだッ!まだ引き返せる事も理解出来ず、がむしゃらに生きようとしているだけで始末なぞ言語道断だッ!」

『二人の出生については同情する、だが同情だけで世界は救えない』

「同情なぞではないッ!これは二人がS.O.N.Gの装者候補生達として私と培ってきた信頼だッ!」

 

確かに二人は学校はサボる、容易に人の物を盗む、平気で他人が傷付く言葉を吐く。

 

だが二人はS.O.N.G入隊前に私と交わした『二度と強盗はしない』という約束だけは決して破らなかった。それは私達と一緒に居る事が二人にとっても苦ではなく、目先の金よりも私達との日常を選んでくれていた。

ならばここで私が二人を信じてやらねば誰が二人を信じてやれると言うのだ。皆の命を預かっている司令官として二人は必ず私達が連れて帰る。

 

「今回の件は此方でカタを付けるッ!手出しは無用だッ!」

『………一時間待ちます、それで進展が無ければ私が終わらせに行きます』

 

如何に立花と言えど今回ばかりは了承する訳にはいかず断固拒否すると、やはり立花本人も心から納得して出した答えではなかったようで、藁にもすがる様な視線を私に合わせてきたから私も頷いて応えてから通信を切った。

 

すまない立花、お前ばかりに辛い役割を押し付けて………だが私達は必ずお前の期待に応えてみせる。

 

「いいか!1時間以内にエルフナインの救出、及び譜吹姉妹を確保するぞ!」

「少しお灸を据えに行きましょうか」

「全く、世話の掛かる年上ですね」

「全くデス」

「毎度毎度懲りない」

 

またあの二人に振り回される事になった装者達も呆れているが、誰も二人を責めようとはせずただ『友人』を助ける為に覚悟を決めて笑みを浮かべてくれていた。

 

二人で無茶する事ばかり覚えている譜吹達に、無茶をするのはお前達ばかりではないと教えてやらねばな。

 

「ああそうだ!手の掛かる二人を連れ戻して全員で説教をするぞ!」

「「「了解!」」」

『あっ、大団円の所悪いんだけど、思いの外早く見つかるかもしれないわよ』

 

 

 

 

「久し振りだな、『クラウディア・カンターレ』『シャフライ・ラスモーニャフ』」

「その名前で呼ばないで」

「あー、そういえば今は譜吹『姉妹』だったか?物好きだなお前達も」

 

いつの間にテレポートジェムを手に入れていた譜吹さん達が転移した先は、かつて二人がアジトとして使っていた古びたアパートの一室だった。僕は手錠で両手を背後に組まされた状態で椅子に座らされているけど、意外にも危害は加えようとはしてこなかった。

 

それに譜吹さん達は僕達でも知らない二人の『本名』で呼ばれていて、少なくとも目の前にいるこの女性は僕達よりも二人の出生を知っているという事だ。

 

「空を悪く言うな……!」

「おー、熱い信頼関係だな。余りの熱さに寒気がするよ」

「何の用なの?貴女の依頼なら受けない、そう言った筈よ」

「言われたな、だから殺そうとしたのに逃げられた」

「私達はお金以外は盗まない。そう決めていると何度も言ったのに『聖遺物を盗んで来い』だなんて言うからでしょ、バーバヤーガ」

 

普段の言動とは明らかに違い、ハッキリとした喋り方と凛とした態度を見せている空さんは『バーバヤーガ』と呼ばれた女性と言葉を交わしているが、どうやら三人は並々ならぬ関係だったみたいだ。

 

それに二人の『お金以外は盗まない』という誓いはたとえ命を狙われようとも曲げなかった信念、人生を懸けて辿り着こうとした命題の為なら命すら惜しくないという覚悟の表れ。

 

それだけ二人の絆が強く、そして歪なモノに変わったのはやはり二人が決して語ろうとはしない『血の繋がっていない』姉妹である事が関係しているのだろう。

 

「お前達だけが自由に盗みが出来て、私達が出来ないのは不公平だろう?だからお互いの利益を考えて一度盗んで欲しいと言っただけだろ?」

「貴女と私達を一緒にするな。私達は人を平気で殺すような野蛮人とは違う」

「一緒だろ?同じ犯罪者、同じ穴の狢だよ。なら仲良くした方が得だと思わないか?」

「思わないわ。私達は私達、貴女は貴女のお仲間と仲良くしてなさい」

「流石、育ちの良いお金持ちのお嬢様は言う事が違うな」

 

お金持ち?

 

「何だ?貴女は知らないのか?この空って奴はな…」

「黙れクソババァ!これ以上空を悪く言ったらぶっ殺してやる!」

「おー怖い怖い。ちゃんと躾はしておいてくれよクラウディア嬢」

「……海未、ちょっと外の空気を吸って来なさい。こっちは私が片付けておくから」

「……うん」

 

バーバヤーガが空さんの事を『お金持ち』だと言うと海未さんはそれに激昂して殴り掛かろうとしたけど、空さんがその間に割って入ると海未さんは憎らしげに睨み付けながらも部屋の外へと出て行った。

 

二人共僕達の前では『ただの強盗犯』としての仮面を付けていたという事なのだろうか?けど、どうしてバーバヤーガは2人の事をそんなに知っているんだ?

 

「何が目的なの?お金?聖遺物?」

「両方だ。お前達に逃げられた後に幸いにもテスラ財団が声を掛けてくれたお陰で金稼ぎも楽にはなったが、余り事を大ごとにするとお前達が出て来るだろう?だからシンフォギアを持っているお前達を雇いたいと思ったのよ」

「断る」

「勘違いしないでよ?勿論やり方はお前達に任せる、人を殺したくないというのならそうすればいい。現金しか盗まないというのならそれでもいい。ただ私達にも分け前を寄越せ、そう言ってるだけよ」

「…………」

「『金で買えない物が無くなった時、金で買えないモノを識る』、素晴らしい命題じゃないか。特にお前が言ってるのがいい、言葉の重みが違うな」

「……この人と二人きりにして」

「ああ、その間にコソ泥ちゃんと仲良くしてくるとしよう」

 

譜吹姉妹の命題まで口にしたバーバヤーガは空さんの言う通りに部屋から出て行くと、空さんは私と向かい合うように椅子に座ってから申し訳なさそうな表情を見せた。

 

恐らくは現在テスラ財団の資金源となっているのがバーバヤーガの強盗団。かつては譜吹姉妹もその強盗団に居たけれど、その方針に合わず抜け出したというのが大凡の筋書きなのだろう。だけどやはり腑に落ちないのがどうして二人はそこまで命を預け合える程の関係になったのか。

 

全く人種も違う相手を『姉妹』と呼んでいるのか。

 

「裏切ってごめんなさい。謝ってももう遅いのは分かってるけど………これが私達の生き方なの…」

「気にしないでください。僕も初めての経験で緊張してますから」

「ふふっ……変わってますね」

「それよりも教えて下さい。あのバーバヤーガとは何者なんですか?どうしてお二人の事をあんなに知っているのですか?」

「………海未の両親は先代のバーバヤーガの元で働いていた『強盗犯』なんです。二人は先代のバーバヤーガと私の事で揉めて殺されてしまい、代わりに私達が二人の代わりに盗みのノウハウを叩き込まれました。その際に偶然手に入れたのが『ルパンのモノクル』で、強盗団から抜けた私達はそれで逃げ回りながらお金を貯めていきました」

 

海未さんの御両親が強盗犯、つまり海未さんは生粋の悪の元で生まれ育ったのか。けどそんな中でも海未さんの中には善性が生まれた……いや、それを伝えたのが空さんという訳か。

 

何となくですけど、話が読めてきました。

 

「辛い事を聞くかもしれませんが、空さんは幼い頃に『誘拐』されましたか?」

「………はい。私は誘拐され、そして見捨てられた子供です」

 

 

 

 

 

『今日からお前の命は俺が預かる。精々邪魔にならないようにな』

 

小学校からの帰り道、私は誘拐された。

 

誘拐されている最中はよく分からず怖くて泣いていたけど、私を捕まえた人達の家に連れて来られると何となくだけれど私は誘拐されたのだと実感した。

でも状況を理解するに連れて怖さは薄れていき、いつになれば家に帰れるのだろうとのんびり考える余裕まであった。

 

だって私の家はお金持ちなんだから私の身代金なんて要求金額を倍にしてでも払える、だから待ってればいずれは帰れるのだという安心感があったのだから。

 

『貴女、お名前は?』

『……シャフ』

『シャフ、お友達になりましょうか』

『友達?』

『ええ、友達よ』

 

私を誘拐した二人の一人娘、綺麗な整えられた銀髪に碧眼の『シャフライ・ラスモーニャフ』は扉の陰に隠れながら私の様子を見ていたから声を掛けると、シャフは初めて友達が出来たと嬉しそうにした。

 

でも、私はシャフを見下していた。

 

だってシャフの両親は誘拐犯、対して私はハリウッドを唸らせたモデルの母に大企業の会長の父。私とは身分どころか人間としての格すら違うのだと愉悦に浸っていて、小動物を飼うような思いで声を掛けただけなのだから。

だから解放されるまでの暇潰しの遊び相手として使おうと思っていた。

 

けど、シャフは違った。

 

『クラウディアは何処に住んでたの?』

『クラウディアって良い匂いがするね』

『クラウディアはどんな所に行ったことがあるの?』

『クラウディアのお父さんとお母さんはどんな人?』

 

シャフは半歩引いて話してる私との会話を凄く楽しそうにしてくれて、色んな事を聞いてきてはそれに様々な反応を見せてくれた。

驚いてみたり、嬉しそうにしてみたり、時には羨ましげに、時には怒ってみたり。

 

シャフは私の事を本当の親友として接してくれて、これまで私の取り入れろうとしてきた子供達とは全く違っていた。生まれも育ちも違う私の事をもっと知りたいという気持ちだけで、私から何かを得ようとは一切してこなかった。

 

それに、シャフの両親もとても優しかった。

 

『服はやっぱりブランド物がいいのか?』

『アレルギーとかはないの?』

『シャフが迷惑を掛けてないか?』

『シャフの事をお願いね』

 

それは私が美化した過去なのかもしれないけど、二人からは私を傷付けたくないという思いが感じられて、シャフと仲良くする事には何も口を出してこなかった。

 

これまで付き合う人間は両親に選ばれてきた私にとってはシャフが初めて自分の意思で選んだ友達、最初は歪んだ感情だったけれど私は少しずつシャフに心を開いていった。

 

『お前の両親は金はビタ一文払わないとさ』

 

あの日までは。

 

私の両親はバーバヤーガに対して身代金を支払う事を拒否し、代わりに警察に丸投げするという事をマスコミの前で宣言した。

 

その日、私はシャフと一緒にバーバヤーガの元へ連れて来られてくると大事に伸ばしていた私の水色の髪は無造作にナイフで切られ、シャフは拳銃を持たされるとその銃口は私に向けられた。

 

『シャフ、撃ち方は分かるだろ?悪いのはこの子のお父さんとお母さんだ』

『出来ないよ…クラウディアは友達だもん……!?』

『ボス考え直してくれ!その子にはまだ使い道があるだろ!?』

『そうよ!何なら盗みを覚えさせればいい、見た目だってこれから良くなるって分かってるのにわざわざ殺さなくても!』

『黙ってろ。彼奴らはこの俺をコケにしたんだぞ?ならそのお返しをしてならなきゃな』

 

幼い私には状況が理解できなかった。

 

だって私の両親はお金持ちなんだから身代金くらい簡単に払える筈なのに、私の為なら払ってくれると信じてたのに私が殺されそうになる意味が理解できなかった。

 

私はただただシャフが握っている拳銃が怖くて泣いていると、シャフの両親は何とかバーバヤーガを宥めようとしたけれど、短気な先代は頭に血が上っていて最早止める事は出来なかったんだろう。

 

『ボス!』

『っせーな!ならお前等から死ね!』

 

先代はシャフが握っていた拳銃の銃口を無理やりシャフの父親に向けると、シャフの手を掴んで力強く握った。

 

初めて聞く銃声は私の胸の奥にまで響いてきて、私は泣いているシャフの姿を最後に見て意識を失った。

 

 

 

次に目覚めた時には私はシャフの家のベッドに寝かされていて、何か悪い夢でも見たのかと思ったけどベッドの隣で血塗れになっているシャフを見てアレが全部現実なんだと悟った。

 

シャフは拳銃を握ったままカタカタと手を震わせ、時折壊れたようにおかしな声を上げて口元だけを笑わせながら涙を流していた。

 

『えへ、へへ、ワタシ、どうなっちゃうんだろ』

『…………』

『ねぇ、エヘ、クラウディア、あは、ワタシ、どうしたらいいの?』

 

自分の両親を無理矢理だとしても自分の手で殺してしまったシャフが壊れてしまうのも無理はなかった。シャフの両親は確かに誘拐犯で犯罪者だったけど、最後の一線だけは超えないようにしていた。

 

自分の娘に触る手を血で汚すような事はしていなかったし、シャフにも人を傷付ける行為はやってはいけないと教え込んでいた。

真っ当な両親に教え込まれた処世術で平気な他者を蹴落とす心の無い私、罪人だけれど他者を慈しむ心がある両親に大切に育てられた優しいシャフ。

人として愛されるべきなのがどちらかなんては言われるまでもない。

 

私にはシャフにはない知恵があった、シャフには私にはない心があった。なら私達は力を合わせるしかなかった。

 

『シャフ、大丈夫。これからは私がずっと側にいるから』

『でも、クラウディアは、カエラナキャ』

『………ううん、私の帰る場所はシャフが居る場所だよ。だからシャフも私を頼っていいからね』

『……っぐ、うわああああん!』

 

 

 

「今でも覚えてます、シャフのあの時の涙を。だから二度とシャフを泣かせない為に私は死にものぐるいで生きて、そして私達の人生を狂わせたお金を貯めた」

「………使う為のお金ではなかったんですね」

「並大抵の物は大金を支払えば買える、けど本当に大切なモノはお金じゃ絶対に買えない。私達は大切なモノを識る為にお金を貯めていたんです」

 

話すつもりはなかった私達の過去、それを聞いたエルフナインさんは同情の視線を向けてきたけど別に同情して欲しくて話した訳じゃない。

 

私達が巻き込んでしまったのだからそれに見合うだけの話をしなきゃいけないと思った、ただそれだけの事だ。

 

「これからどうするつもりなんですか?」

「バーバヤーガは信用出来ない。けど私達は引き返せない所まで来てしまった、だから私は海未を守る為にも戦い抜きます」

「……恐らく、S.O.N.Gだけじゃなく響さんが出てきます。そうなったらたとえザババのユニゾンを使っても勝てる相手じゃないですよ」

「その時は、海未を置いて死んだりしませんよ」

 

私達は手を汚し過ぎた。今更命乞いなんてするつもりはないし、した所で罪が無くなる訳じゃない。私達は一緒に生きて一緒に死ぬと決めたんだ、なら最後の最後まで私達の信念を貫き通すまでだ。

 

私が身の上話を一通り話し終えるとバーバヤーガと海未が一緒に部屋に入ってきたけど、何処か海未の様子がおかしいのがすぐに分かった。

 

「話は纏まったか?」

「聖遺物は死んでも盗まない、けどお金なら盗んであげる」

「聖遺物が無いと困るのだが?」

「そこを曲げるつもりは毛頭無い。嫌なら自分で」

「空……盗もう」

「何言ってるの!海未に何を吹き込んだのよッ!」

「何、大した事じゃない。君の人生を壊したのは間違いなく海未の両親だ。断るようなら私も全力でお前達の人生を邪魔してやるとね」

「相変わらず外道ね………海未、よく聞きなさい。私は貴女の両親を恨んでなんか

「もう嫌なのッッ!!!」

 

私は別に海未の両親を恨んでなんかいないと伝えようとしたけど、海未は私の言葉を遮るように声を荒げ、そんな海未は見た事がないから私も言葉が詰まってしまった。

 

「もう嫌なの……私バカだから空に迷惑ばかり掛けて…空に辛い思いばかりさせて………悪いのは全部私なんだもん…」

「海未………」

「このおばさんも一回だけでいいって言うし……一回だけやろう…」

「戻れなくなるわよ」

「そんなの分かってるよッ!でも空が嫌な思いをするくらいなら、戻れなくていい…」

「………そう」

 

海未はバーバヤーガに相当な嘘八百を吹き込まれたのか、私が何を言っても考えを変えようとはせず、もう私に嫌な思いをさせたくないと涙を流しながら必死に伝えてきた。

 

普段は考え事をしたりしない海未にそこまでされたら私も折れるしかない、海未の側に近寄ってからまずは余計な事を吹き込んだバーバヤーガの顔面をぶん殴り、それから強く震える海未を抱き締めた。

 

「分かった、一回だけやりましょう。それで私達はまた自由になるの。お金はまた貯め直しになるけど」

「お金なんて無くていい………」

「………そうね、大切なモノはもう見つかってるものね」

 

命題の答えはもう見つかった。私達が腕に抱いている『家族』こそが私達にとっての大切なモノ、お金なんかじゃ買えない大切な家族なんだ。

 

「ッゥ……まぁいい。二人の涙ぐましい決意に免じて殴った事は許してあげる。それじゃあコレからが貴女の出番よ。何か手頃に破壊活動が行える完全聖遺物、知らない?」

「そうですねー、ガングニールなんて如何ですか?生きてますよ?テロリストの拠点に対する破壊活動ならお手の物です」

「面白い事を言う奴ね、別にお前に聞かなくてもいいって事を教えてやろうかしら?」

「っ、その人を傷付けるな!」

 

床に伏していたバーバヤーガは血を拭いながら立ち上がり、今度はエルフナインさんの元に近寄ると拳銃を突き付けながら完全聖遺物の情報を聞き出そうとしたけど、エルフナインさんがそれにふざけて答えると眉間に青筋を浮かべていた。

 

バーバヤーガも父親譲りの短気な奴だから私が止めに入ろうとすると今度はその銃口が私に向けられ、すぐに海未が割って入ろうとしてきたけどそれを何とか腕で抑えつけた。

 

「別にお前達の両方が必要な訳じゃない。覚えておきなさい」

「ふざけるな、私達はお前の指図は受けない。その人を傷付けるようなら私が相手をしてやる」

「………そう、なら仕方ない」

 

バーバヤーガはそう言うと引金に掛けた指を強く握り、

 

「死ね、クラウディア」

 

再びあの時の銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 

『ねぇ、クラウディア』

『クラウディアじゃなくて、空って言ってるでしょ〜?』

『ぶぅ、日本語難しいんだもん〜』

『でもお勉強は大事だしね〜。それで、何か用?』

『空ってさ、あのお空の事?』

『そうだよ、あのお空の事。あの空みたいに誰にも買えない、そして自由な人間になるの』

『そっか、なら私は海がいいな〜。空の色を映していつでも一緒になれるし〜、誰にも買えないし!』

『そうね……そうしましょうか。私達はコレから生まれ変わるの。過去を捨てて、私達の命題を解きに行くわよ、譜吹海未!』

『もぉ、口調が堅いよ〜。でも、何処までも付いて行くよ、譜吹空!』

 

 

 

 

 

部屋に響いた銃声、拳銃の銃口から漏れる硝煙、そして床に落ちた薬莢の音。

空さんは目を強く瞑っていたけど、痛みが無いからか目を少しずつ開けていくと其処には錬金術による土の元素の壁が築かれていた。

 

二人は咄嗟に僕の方を見たけれど僕にはそこまでの錬金術を使える実力はない、僕はただキャロルから受け継いだ知識があるだけ。だから知識を理解してくれた装者に託したんだ。

 

『見つけたデスよ、不良娘達!』

 

全装者の中で最も戦闘能力が高く頼れる装者の声が頭上から聞こえてくると、ダウルダヴラを纏った声の主は天井をぶち抜いてから二人の前に降り立った。

 

「流石です、切歌さん」

「暁切歌…!?」

「ウチの娘が世話になったデスね…!」

 

深緑色のダウルダブラのファウストローブを纏った切歌さんは滅多な事では見せない怒りの表情を露わにして、相手が生身の人間だろうと全力で顔面を殴り飛ばすとバーバヤーガは部屋の壁を突き抜けて遥か彼方まで吹き飛んでいった。

 

「何で切ちゃんが……!?」

「空が教えてくれたデス」

「あっ!?それ僕のテレポートジェムですか!?」

 

どうしてこんなに早く居所が突き止められたのかと海未さんは驚いているけれど、切歌さんは笑顔を見せながら取り出したのは僕が隠し持っていたテレポートジェムで、手錠を引き千切って貰ってから確認するとやはり何個か無くなっていた。

 

一体いつの間に……

 

「テレポートジェムは一度登録した場所なら正確に飛べる。つまりアタシ達が知ってる場所で空達が隠れそうな場所だけに絞る事が出来たんデスよ」

「………エルフナインさんを連れて帰って下さい」

「何言ってるんデスか。空達も帰るデスよ」

「帰れって言ってるの!」

「空!?」

 

相変わらずの手癖の悪さだとある意味感心しつつもその機転の良さに救われたのだから良しとしていると、空さんは切歌さんに差し伸べられた手を弾いて胸のペンダントを握り締めた。

 

けど切歌さんはそれには反応を示さず、ただ笑って二人を見つめた。

 

「こんな所でトレーニングデスか?やるなら本部で幾らでも」

「私達はもう後には引けないのよッ!これ以上皆を私達の過去に巻き込みたくないのッ!だから、帰ってッ!」

「エルフナイン、退がってるデスよ」

「でも……」

「言っておくけど、今回は手加減なんてしないデスよ」

「海未、いいわね?」

「……うん!私達は何処までだって一緒だよ!」

 

戦い合う必要なんて無いのに、譜吹さん達は自分達が決めた道に他の人を巻き込まない為に私達を遠ざけようとしている。

でも切歌さんはそんな二人を決して見放そうとはせず、二人が暴れたいと言うならと戦う意志を見せると二人は手を握り合った。

 

「《seas deed igalima tron》」

「《skarius shui shagna tron》」

 

二人の聖詠が建物全体に響き渡ると共に、二人は余計な被害を出さない為に窓から飛び出していき、切歌さんもそれを追い掛けていった。

 

僕には二人を止める事は出来ないけど、僕は僕に出来ることをしないと!

 

 

 

 

「《ーーー》!」

「ほぉ、二人も普段は本気じゃなかったデスね?二人のフォニックゲインをビシバシ感じるデスよ」

 

誰も私達の戦いに巻き込まない為に少しずつ街から外れていき、街の郊外にある廃工場に辿り着くと思う存分戦えているけれど、私達の攻撃は一切切歌さんには届かずにいた。

 

普段から錬金術だけでイガリマを纏った私と渡り合っていたけど、ダウルダブラを纏った切歌さんの錬金術によるシールドは私達の攻撃を物ともせず弾き返し、切歌さんが軽く指を振るうだけで放たれる弦は少し触れるだけでもシンフォギア全体が軋んでいる。

 

響さんを差し置いて最強と云われる切歌さん、どんなに戯けてみせていてもその実力は紛れもない本物だ。

 

「《ーーー》、海未!」

「《ーーー》!」

「おっと」

 

私がなるべく気を引き付けてから海未に背後から強烈な一撃を与えようとしても、切歌さんは背中に目でも付けてるんじゃないかと疑いたくなる勘の良さでシールドを張り、海未のアームドギアがどれだけ唸り声を上げても傷一つ付けられずにいた。

 

ザババのユニゾンでもビクともしないだなんて、何もかもがケタが違い過ぎる……!?

 

「二人して心がバラバラになってるデスよ。本当のザババのユニゾンはこんなもんじゃないデスよ」

「っ、うるさいッ!」

「早まらないで!?」

 

切歌さんの安い挑発に海未が乗ってしまい、アームドギアの回転数を上げて大振りで切り掛かったけど切歌さんはそれを容易く避けると、ダウルダブラの弦で作り上げたドリルが海未のお腹に突き立てられた。

 

凄まじい火花と共に海未のシンフォギアに亀裂が入っていき、慌てて止めに入ろうとすると切歌さんは海未を私目掛けて投げ飛ばしてきたから受け止めたけれど、切歌さんが生み出した暴風に私達は遥か上空まで吹き飛ばされてそのまま廃材の山に叩き落とされた。

 

「ハァ……ハァ……!」

「何を迷ってるんデスか?二人の気持ちがバラバラの状態でアタシに勝てると本気で思ってるデスか?それなら心外デスね」

 

私達の気持ちがバラバラ、そんな事はこれまで無かったのに今日に限って海未の事を考えるとどうしても判断が鈍ってしまう。

 

私を心のある人間に変えてくれた海未の為に私はずっと一緒に生きてきた。人生をお金に狂わされた私達だからこそお金では買えないモノを追い求めて、それは掛け替えのない家族であると識った。

 

なのにどうして、私達はこんな事をしてるんだろう?私達は何で切歌さんと戦っているんだ?何で切歌さんと戦っているとこんなに胸が締め付けられるような気持ちがするんだ?どうして海未の為に戦う事がこんなに辛いんだ?

 

この戦いは本当に海未の為になっているのか?

 

未だ立ち上がれずにいる海未を守る為にもなんとか私は立ち上がり、アームドギアを構えて切り掛かると一撃目は容易に避けられてしまったけど、私のアームドギアの真骨頂は相手に動きを読ませない三次元攻撃。

アームドギアから伸びた鎖が切歌さんの背後からその身体に巻き付くと、その動きを完全に封じた。

 

「空は一人でもそこそこやるみたいデスね。でも」

「なっ!?」

 

けれど完全に動きを封じた筈の切歌さんが火の鎧を身に纏うと、拘束していた鎖はドロドロに溶け落ちてしまった。

 

「一人前には程遠いデスね」

 

その余りの熱気に怯んでいると炎を一点に収束された拳が私の胸に叩き付けられ、身体が弾け飛びそうな一撃を受けた私は視界が何度も逆さまになりながら廃工場を突き抜けて河川敷まで吹き飛ばされてしまった。

 

私のシンフォギアが……一撃で………!?

 

「空!?」

「ッゥ……大丈夫、意識はあるから…」

「大丈夫じゃないよ……!全然大丈夫じゃない……!」

「おーい、生きてるデスかー?」

 

イガリマの装甲が砕け散り地面に伏していると駆け寄ってきた海未に抱え起こされ、空を見上げると無機物な翼をはためかせている切歌さんが飛んでいて、その様子からはまるで疲れていないように見える。

 

アレが本物の正義………自己中心的なやり方しか出来ない私達には到底なれやしない正義の味方という訳か………

 

「気は済んだデスか?」

「まだ終わってない!ザババはまだ一人残ってる!」

「……ホント、これまで良い大人に巡り会えなかったみたいデスね」

「空、隙を見て逃げて。まだ一個テレポートジェム持ってるでしょ」

「何言ってるの……?」

「私、『クラウディア』に会えて本当に良かった。クラウディアのお陰で私は沢山のことを知って、沢山の事を乗り越えられた。だから、今度は私がクラウディアにお返しをする番だよ」

 

今にも泣きそうな程涙を溜めたまま笑みを浮かべた海未は私を瓦礫に寄りかからせると、ボロボロなまま切歌さんと向かい合ったけどその手は震えていて、私に気付かれまいと強く握り締めていた。

 

何をしてるんだ私は……何で海未一人だけに怖い思いをさせているんだ…!

 

「《Gatrandis babel ziggurat edenal》」

「ッ、何処まで大馬鹿なんデスか……!」

「《seas deed igalima tron》……!」

 

海未を一人ぼっちになんてさせやしない。私達は命を分け合った姉妹、最後の最後まで一緒に生きて、一緒に散ると決めたんだ。

 

もう一度立ち上がる為にシンフォギアを纏い直すと、もう心がボロボロになってしまっているから装甲なんて形成出来なかったけど、海未の手を握れて歌さえ浮かんでくればそれで十分だ。

 

「空……」

「《Emustolronzen fine el baral zizzl》」

 

私達が最後に歌う命の絶唱、たとえ切歌さんを倒す事は出来なくても私達の歌を忘れないでいてくれればもうそれで良い。私達が確かに姉妹として生きていたという証を誰かが覚えていてくれたらそれでいいんだ。

 

だから力を貸して、イガリマ。

 

「「《Gatrandis babel ziggurat edenal》」」

 

海未の手からは震えが止まり、最後に二人で歌い合えるという喜びが溢れてくるとそれは涙に変わり、私達はお互いの歌を忘れない為に目を閉じて意識を集中させた。

 

私の隣に立つ人が私が今生の命を懸けて守ると誓った人、たとえ次に何に生まれ変わったとしても必ず海未見つけ出して今後こそ二人で自由に生きてみせるんだ。

 

さぁ、命に炎を灯して次に行こう………海未。

 

「「《Emustolronzen fiっ」」

 

最後の歌詞を歌い上げようとしたその時、突然前から強い衝撃を受けた私達はそのまま後ろにお尻を着くように倒れてしまった。

 

そして私達を押し倒したソレは私達を強く締め付けてきて、思わず目を開けると聴いてくれていた切歌さんが私達を両腕で強く抱き締めているのだと理解した。

 

凄く力強くて………温かい……

 

「何で子供の癖にもっと我儘が言えないんデスか……子供なんだからもっとアタシ達を頼って欲しいデスよ…!」

「………頼れる訳がない。私達は手を汚してしまったのに」

「手なんて石鹸で洗えばいいじゃないデスかッ!どんなに汚れても汚れても、引き返せないなんて事なんて絶対にないんデスよッ!」

「嫌なんだもん………私達の所為で誰かが傷付くなんて…」

「だったら強くなればいいじゃないデスかッ!アタシはアタシが弱い所為で誰かに傷付いて欲しくなかったから強くなった!頑張って頑張って強くなった!なのに、二人が初めから諦めて不幸になろうとしてるのを見捨てられる訳ないじゃないデスか!」

 

私達の道は誰かに認めて貰える道じゃなかった。人が頑張って稼いだお金を盗むのだから、その先に待つ未来が薄暗い場所だって分かってた。それでも私達はお金じゃ買えない大切なモノを探す為に人生を、命を懸けてその命題に立ち向かった。

 

私と海未の絆は決してお金じゃ買えないモノだと、お金なんかじゃ決して揺るがないモノだと証明したかった。

 

私達は本物の『家族』になれたんだと証明したかった。

 

「もう無理しなくていいんデスよ。自分達の絆が絶対に揺るがないモノだって知りたくて悪い事をして、その所為で誰にも頼れなくなった気持ちはよく分かる。でも、だからって大人を頼っちゃダメなんて誰も言わないデスよ。やんちゃな子供程大人っていうのは気に掛けたくなるんデス」

「…………」

「二人の命題の答えは『信頼』。たとえ血が繋がってなくても、たとえ生まれが違っても、お互いを信頼し合えば本物の家族になれる。一人じゃどうしようもなく弱くても、お互いの手を握れば誰にも負けない気がしてくる。それはアタシと調も信じている世界の真理ですよ」

「………怒らないの?」

「そりゃあ、間違った事をしたんだから怒るデスよ。でも二人を責めたりはしない、もう引き返せないって思うならアタシが二人を引っ張って一緒に前へ進んであげるデス」

 

私達が頼っていい大人、そんな人が居るなんて思っていなかった。大人は皆私達が悪者だって言うと思ってた、犯罪者の娘なんだから親が親なら子も子だと後ろ指を指されると思ってた。

 

なのに切歌さんは私達を全く責めようとはしなくて、私達が間違っても一緒に歩いてくれると言ってくれた。私達が頼ってもいい大人だと言ってくれた。

 

「ほら、二人とも言うことがあるデスよね?」

「「………ごめんなさい」」

「はい、許してあげるデスよ」

 

こんなにも迷惑を掛けたというのに、私達が謝ると切歌さんは嫌な顔一つ見せずに笑顔で許してくれた。

 

二人だけで生きる為に私達がずっとずっと飲み込んできた言葉をようやく『大人』に吐き出せた事が嬉しくて、私達が頼ってもいい大人に縋り付きながら嬉しくて、何度も何度も謝りながら泣き喚いた。

 

「もぉ、モテモテで困っちゃうデスよ」

「えぐっ、別に、切ちゃんの事なんて…!」

「っん、切歌さんなんて二番目です……!」

「はいはい、ツンデレはクリス先輩だけで………って、やっぱり生きてたですか」

 

謝っても心が軽くなってもやっぱりすぐには素直にはなれず、でも切歌さんはそれを分かってくれた上で受け止めてくれていた。

 

だけど背後から狙われていると気付くと、また元素の壁を形成してバーバヤーガが放った銃弾を防ぎ切った。その勘の良さにも驚いたけれど、それよりもどうしてファウストローブを纏った切歌さんの拳を顔面に受けて無傷なのか、私にはそっちに思考が奪われてしまった。

 

「どうして生きてるの……?」

「殴った時に分かったデスけど、微かに人の肌とは違う弾力だったデス。多分、アレは人形デスね」

「人形…?」

『ご明察だな、暁切歌』

 

土手の上から拳銃を撃っていたバーバヤーガは跳躍してから土手の下に降りてくると、その着地により地面が大きく揺れてその足元は深く沈んでいた。

 

人造人間……でも私が殴った時は確かに人程の体重しかなかったのに……

 

「戦闘用に乗り換えでもしたですか?」

「当然だ、流石にお前の相手は戦闘用でなければ難しいからな」

「言ってくれるデスね、そんなオモチャでアタシが倒せると思ってるならヘソでカップ麺が作れるですよ」

「本物のバーバヤーガは何処に行ったの…」

「本物?私が『本物』だ!私は永遠の、そして不滅の命を手に入れた!この私こそが現代に蘇った輪廻転生システム『リインカネーション』だ!」

「っ……空、シンフォギアを貸すデスよ。彼奴は確実に此処で捉える必要が出てきたデス」

 

バーバヤーガは輪廻転生システムなんて突拍子も無い事を言い出したけれど、それを聞いた切歌さんを目付きを変えてバーバヤーガと向き合うと私に手を差し出してきた。

 

かつてニコラ・テスラを黄泉に送り返した切歌さんの『とっておき』が見れるのなら、そうは思いはしたけど私と海未はお互いに視線を合わせるだけで頷くと痛みを我慢して立ち上がり、切歌さんの前に立った。

 

「ちょっと!?」

「私達だって装者なんです。それに、此奴は海未の両親を殺した張本人」

「私達でケリを着けなきゃ気が済まない!」

「もぉ、我儘なんデスから……」

「我儘な子供の方が可愛い、違いますか?」

「ハイハイ、見ててあげるデスからチャチャっとやっつけるデスよ」

 

私達の過去を清算する為にイガリマは譲らないと伝えると切歌さんには呆れたように手を払われてしまったけど、私達は頼れる大人に見守られながら戦う事に胸が高鳴っていた。

 

迷いが無くなった今なら分かる、海未がどうしたいのか、私にどうして欲しいのか。

 

『一緒にバーバヤーガをぶっ飛ばす!』

 

「いくよ空」

「ええ、海未」

「《seas deed igalima tron(キミの為に真実の偽りを唄おう)》」

「《skarius shui shagna tron(罪を洗い流す激流)》」

 

私達は心象である聖詠を唱えて再びシンフォギアを纏うと、さっきまで心がバラバラだったのに心が通じ合っているのを感じるとシンフォギアはそれに応えるように力を与えてくれた

 

一人だけの歌じゃない。二人の歌を合わせるザババのユニゾンにより普段の数倍の力と勇気が湧いてきて、私の『藍色のイガリマ』と海未の『水色のシュルシャガナ』の装甲が形成されると周囲に私達の歌が鳴り響いた。

 

私達だけのユニゾンでフォニックゲインも最高潮に達し、一気に距離を詰めて互いのアームドギアで同時にバーバヤーガへ切り掛かった。

 

「お前達は所詮は私の手の上で踊る運命なんだよ!」

「《自由になりたかった 心のないマリオネットは嫌だった》!」

「《君に会えて良かった 奇跡にも負けない輝きを知った》! 」

 

私達の攻撃をバーバヤーガはその手で容易く受け止めたけれど、海未のアームドギアである『チェーンソー』が海未の怒りに呼応してエネルギーを噴出すると刃が急速に回転し始め、バーバヤーガの左手は火花を散らしながら削り取られていった。

 

その硬さは私達がトレーニングで想定していた『タイタンmrkⅢ』に劣らず確かに強固ではあったけど、海未の真っ直ぐな想いがその程度で止まる訳がなく更に回転数を上げるとバーバヤーガもすぐさま海未を蹴り飛ばしていた。

 

「ちっ、それがザババのユニゾンか!」

「それだけだと思うな!これは私達が歌う、『絆のユニゾン』だ!」

「私達は前に進むと決めた、だからもう迷わない!」

「戯言を、所詮は赤の他人同士にお前達に絆なぞ生まれるものか!」

 

バーバヤーガは私のアームドギアである『鎖鎌』を力尽くで引き寄せて私に殴り掛かってきたけれど、跳躍しながらそれを回避しつつその身体に鎖を巻き付け、フォニックゲインから変換された強力な電撃を一気に流し込んだ。

 

《私刑 電撃流し》

 

機械で出来た身体だというのなら当然電気が一番効く筈、現にバーバヤーガは慌てて鎖を引き千切ったけれど全身から電流を迸らせていて、すぐには反撃出来ずに憎らしげに私を睨むだけだった。

 

「《君が私に教えてくれた 》!」

「《君が想い出をくれた》」

「小癪な!」

「「《一人じゃないと》!」」

 

その隙を突いた海未はアームドギアを巨大化させて地面に突き立ててキャタピラのように地面を抉りながらバーバヤーガに向かって突進し、電撃によって動きが鈍っているバーバヤーガはそれを正面から受け止めたものの大きく後退った。

 

《final dead chainsaw》

 

けど流石は人造人間なだけあってすぐに踏み止まると、ボロボロに引き裂かれた腕で無理矢理振り払って海未の軌道を変えると海未は私の隣に降り立ち、バーバヤーガは何かを取り出そうとスーツの胸ポケットに手を入れていた。

 

「どうやらこの身体の武装では役不足みたいだな………っ!?」

「お探し物はコレかしら?」

 

けど私達だってバカじゃない。

 

ヤオの時みたいにテレポートジェムを使われる可能性があった、だから最初にわざわざ受け止めやすいように跳躍して回避した時に私が盗んでいたテレポートジェムを取り出すと、バーバヤーガは初めて私達に動揺した表情を見せてくれた。

 

そのお返しにテレポートジェムを粉々に握り潰すと、バーバヤーガは分かりやすいくらいに顔を赤くして激昂していた。

 

「貴様ら…!」

「決めるよ、空!」

「ええ、海未!」

「《海と真実を受け止めて》!」

「《空と色んな色に染まって》!」

 

バーバヤーガはどうやら相当な馬鹿なようで私達が攻撃する前に仕留めればいいと思ったのか、すぐに殴り掛かってきたけれど私達はバーバヤーガとは違ってS.O.N.Gで訓練を受けてきた。

 

誰かを守る為に、大切な人を守る為に、訓練の時には分からなかった鬼司令からの半ば虐待に近い扱きのお陰でバーバヤーガの動きが止まっているように見える。

 

私達は殴り掛かってきたバーバヤーガに足払いをかけて転ばせると、地面に鎖を打ち込んでバーバヤーガの身体を地面に縫い合わせる事で動きを完全に封じ、私と海未は互いのアームドギアを最大まで巨大化させて空高く跳んだ。

 

「「《絆の総譜(スコア)を調べ歌おう!》」」

 

『極刑 ZABABAchainsaw penalty』

 

そしてお互いのアームドギアを振り下ろすと私の鎌はバーバヤーガの頭を刈り取り、海未のチェーンソーが胴体を完全に真っ二つに引き裂いた。

 

シンフォギアに対抗し得る程のエネルギーの行き場を失った身体を途端に光を放ち始めたけど、その身体は切歌さんが生み出した暴風によって川の方へ吹き飛ばされ、川の底へと沈んでいった。

そして川の中で火が灯ったかと思った次の瞬間、爆音と共に夕暮れの空を突かんばかりの水柱が立ち登り、空に舞った水飛沫が太陽の光を浴びると小さな虹を描いていた。

 

「ふぃ〜……やったね空」

「そうね、海未」

「全く、詰めが甘いデスよ」

 

これで私達を縛る因縁は全て断ち切った、後は私達が自分の意思で歩く道を決めていくんだ。

 

戦いを、そして過去の清算を終えた私達はシンフォギアを解除すると疲れがドッと溢れてきてその場に座り込んでしまったけれど、気分はこれまでにないくらいスッキリしていた。

 

「いいんだもん〜、私達の後片付けは切ちゃんがしてくれるんだし〜」

「誰が後片付けするなんて言ったデスか!?」

「さぁ〜、誰だったかな〜」

「ふふっ、任務も終わった事だしエルフナインさんを連れて帰りましょう」

「二人とも後でもう一回お説教デスからね!」

『よくもやってくれたな小娘共ッ!』

 

輪廻転生システムというものが何かは分からないけど、必要な情報は詰まってそうなバーバヤーガの首を携えて本部に帰投しようとしたその時、廃工場の方から死んだ筈のバーバヤーガの声が聞こえてきた。

 

確実に仕留めた、手応えだってしっかりあったのにどうなっているんだと驚いていると、川の土手を必死に乗り越えてきたエルフナインさんが転がるように河川敷に降りてきた。

 

そして、土手の向こうにあった廃工場が謎の爆発によって吹き飛ぶとその爆風に煽られて私達も倒れてしまい、切歌さんだけは冷静な様子でエルフナインさんを助け起こしていたけれど、私達は自分の目に映る物が信じられず何度も目を擦った。

 

「どうしたデ………デカイデスねー」

「な、何アレ!?」

「何なの……あれもタイタンなの…!?」

「アレがバーバーヤーガが隠していた切札、『タイタンmrk7』です!」

 

廃工場から昇り立つ黒煙の向こうから現れたのは山かと錯覚する程の巨大なタイタンだった。

 

全長10mは優にありそうな金属の鎧が私達の方へ一歩足を踏み出すと、それだけで地震が起きたかのような地響きが鳴り渡り、私達は余りの大きさに驚いていると切歌さんは何も言わずに手を差し出してきた。

 

「自分でやるデスか?それともアタシに任せるデスか?」

「お、お任せします!」

「素直でよろしい。それじゃあ二人に見せてあげるデスよ、アタシの『とっておき』を!」

「えっ!?ココでやるつもりなんですか!?」

「ここでやらなきゃ名が廃るデスよ!」

「避難しますよ!」

 

暁さんは手渡したイガリマを強く握り締めると、

 

「イガリマ、『ダブルコントラクト』!」

 

暁さんはその身体ごと緑色の炎で燃え上がった。

 

 

 

 

『アパート三件、工場五件、市道3㎞破損、窓ガラス総計9542枚、よく死人が出なかったわね』

「あはは………ゴーストタウンになってたからデスかねぇ…」

『本気で言ってるのかしら?』

「すみません……」

 

切歌さんが見せたとっておきはタイタンmrk7を消し飛ばし、バーバヤーガの魂をリインカネーションでも復活出来ないように完全に消し去ったけど、その反動による被害も尋常ではなかった。

 

バーバヤーガのデータが入った首を持ち帰ったというのに私達は正座させられ、画面越しに響さんに怒られていると今度ばかりは鬼司令も助け舟を出してはくれなかった。アレだけ迷惑を掛けたんだ、切歌さんが良くても司令や響さんからの説教を今回ばかりは甘んじて受けるしかない。

 

そもそもエルフナインさんを誘拐したのは事実なんだ、暫くの牢屋生活もやむなしだろう。

 

『しかし、譜吹姉妹の機転の効いた作戦には助かったわ』

「え?」

『裏切りと受け止められてもおかしくない行動をしながらも見事敵の幹部の情報を持ち帰った。その功績は賞賛に値するわ』

「そんな、私達は……!」

「そら、甘えておけ。本部長はああ言うしかないんだ」

『どういう意味かしら?』

「そのままの意味だ」

 

私達は自分のやった事への償いはするつもりだったけど、響さんも翼さんも私達に責任が被らないように都合の良い解釈で話を進めてくれていて、本当の事を知っているオペレーターの人達も何も言わずに今回の捜索の痕跡を消してくれていた。

 

……そうか、私達はずっと大人達に背中を押して貰っていたんだ。なのに私達はずっと二人だけで生きてるって勘違いをしていただなんて。

 

『二人のお陰でテスラ財団の尻尾は掴めそうよ。だから二人には賞与を支給しようと思っているのだけど、幾ら位がいいかしら?好きな額を言ってみなさい』

『本部長……あの二人に任せたら凄い金額取られますよ…!』

『その凄い金額を回収出来たのよ。どうせ素の持ち主に返さない金なんだから欲しい人が居るならあげるだけよ』

 

テスラ財団の資金源となっていたバーバヤーガの強盗団が潰れたお陰で私達が出資したお金も数十倍になって返ってきて、その一部を貰っても言いと言われると私達は視線を合わせた。

 

そして、海未も同じ答えだとすぐに理解したから手を握り合った。

 

「「全部ください!」」

「ええ!?そこは要らないって言う所デスよ!?」

「だって〜、何処かの誰かさんが私達のお金を勝手に使うし〜」

「貰えるお金ならぜ〜んぶ貰いたいもんね〜」

「「ね〜」」

 

私達は確かにお金で買えないモノを見つけた。けど世界にはきっとまだお金で買えないモノがある、私達はそれを守る為に戦うんだからお金を貯めるという目的は捨てる訳にはいかない。

 

けど、勿論強盗なんてもうするつもりはない。そんな事をしなくたって悪い奴を取っ捕まえて、そのお金が世間様に流せないお金ならそのお金を全部貰ってしまえばいい。

 

『………ふっ、仕方ないわね。今回の多大な功績に免じて言う通りにするわ。けどやるからには次にも期待するわよ、いいわね?』

「「はい!」」

「えぇ……ズルいデスよ〜」

『二人のことは任せたわよ、暁』

「……しょうがないデスね、了解です本部長」

 

私達はもう二人ぼっちじゃない、こんなに頼れる大人達に甘えていいんだ。なら私達はそれにとことん甘えて、そして認められるようになろう。

 

「せめてアタシに勝てるようになるまでビシバシ鍛えるデスから、覚悟するデスよ!」

「「は〜い!」」

 

そしていつの日か、S.O.N.Gの皆が私達のかけがえのない『仲間』だと証明しよう。

 

それが私達の新たな命題だ。

 

 

 

 

 

 

 

「結局、あの二人は違ったね」

「だから言ったじゃないデスか、あの二人はそんな事をする子じゃないって」

「切歌ちゃんの意見は主観的過ぎるの」

 

クリスちゃんが私に極秘で送ってきた『S.O.N.G内部にスパイがいる』というメッセージ。

 

今回はエルフナインちゃんの詳しい事情までは知られてはいなかったみたいだけど、ザババのユニゾンを知られていたり此方の作戦要員を知った上での接触。

明らかに何処からか情報が漏れている。けどそれすらもテスラ財団を操る為に練り上げられた糸のように思えてならない。

 

全てが上手くいき過ぎてる、そんな気がする。

 

「おぉ、響先輩が難しい言葉を……」

「怒るよ」

「ご、ごめんなさいデス」

『全く、切歌も少しは大人らしくしたらどうなの?』

「マリアに言われるとは、手厳しいですね」

『てかさぁ、何でその話アタシの前でする訳?嫌味かなんか?』

 

現役装者を引退し、理解のある俳優と結婚したマリアさんの豪邸では四人のメイドが働いている。そして、そのメイドでありアガートラームの装者候補である少女はソファに座って足を組むばかりか、テーブルに足を乗せて踏ん反り返りながら私を睨み付けてきた。

 

『言っても信じないだろうが、私達は地味に忙しい』

『そうね、ある程度は情報を持ってるとはいえ、海外に行ける程時間はないわ』

『そうダゾ!アタシ達も行っていいなら行きたいゾ!』

 

アガートラームの装者の後ろに控える少女達も自分達の無実を主張していて、私としてもマリアさんの監視下の中で犯罪組織に加担できるとは私も思ってはいない。

 

けど、唯一アガートラームの装者だけは行動範囲が広いから今回はその確認と新たな命令を与える為にやって来た。

 

「この話をしてる時点で相応の信用はしてるよ。でも、此方も少し人がいるから来て欲しいの」

『へぇ?アタシの力が必要なんだ、どうしようかな〜?』

「行きなさい、家の事は三人で充分よ」

『チッ、あいあい行けばいいんでしょ、ンドクサイ』

「それじゃあ新しい任務を与えるよ。アガートラームの装者候補、『ガリィ・トゥーマーン』は本日付けで正式に国連災害対策本部重要機密保護部隊部隊長として任命する。ティナちゃんの上司だから仲良くね」

 

かつては私達と戦い、そして消えて無くなった筈のガリィちゃんは心を宿して新たに復活した。けど、いきなり役職持ちだと聞いて浮かべた性根の腐った笑顔はそう変わりはしないようだ。

 

「はぁーい、ガリィちゃん頑張りまぁす」

 



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「受け継がれたアガートラーム」

歌詞は手を抜いて)ないです


『あったりませーん』

 

エルフナイン女史がダウルダブラ回収の為にチフォージュ・シャトーの残骸を調査していた際、偶然見つけられたキャロル=マールス=ディーンハイムが作ったオートスコアラー達が刻んだ旋律の残滓は多くの物をもたらした。

 

錬金術とフォニックゲインを同列のエネルギーに変える回路の改良、それによる暁さんと調さんが編み出したダウルダブラとシンフォギアのダブルコントラクト。

 

そして、かつて装者達を苦しめたオートスコアラー達の復活。

 

『ぐぬぬ……空!』

『お任せ!』

『はっずれー』

 

響さんからの命令で再び日本に帰ってきた私はアガートラームの装者であるXMH_020『ガリィ・トゥーマーン』を連れて本部に帰還すると、当然ながらガリィとの面識が殆ど無い静香や空達は興味津々といった様子で迎え入れてくれた。

 

だが、

 

『私より強い奴の言うことしか聞かないから、弱っちぃのはあっち行ってなさい』

 

ガリィの腐り切った性根の悪さを知った空達は怒りに任せて模擬戦闘を行っているがその様子はまさに赤子が手を捻られているかの様に一方的なものだった。

 

ガリィはシンフォギアを纏わず錬金術だけ、しかも水の元素しか扱わないにも関わらず息のあった二人の連携を軽くあしらい、空の鎖鎌が首を裂いたかと思えばそれは水で作れられた偽物の連続。

 

流石はかつてシンフォギアに搭載されていた暴走を制御する『イグナイトモード』でようやく倒されたオートスコアラー。たとえザババのユニゾンがあってもこれ程までに力の差が出るものなのね。

 

「『三人共、終了よ』」

『まだやれるし!』

「『その様子じゃ勝てないわよ。ガリィは本気も出していないし、諦めなさい』」

『勝てる!ていうか勝つまでやめないし!』

「『やめなさい、分かった?』」

 

これ以上風鳴司令を待たせるわけにもいかないから立体映像装置によるシミュレーションを解除して戦闘を切り上げさせた。

 

空達はまた勝負が終わってないと不満げにしているが当のガリィは足早にシミュレーションルームから出て行き、二人もお互いに行き場を失った怒りを吐き出すように地面にアームドギアを投げ捨ててから出て行った。

 

全く、この間は大戦果を挙げたから少しは大人になったかと思ったけど相変わらず子供っぽいんだから。

 

「ティナは相変わらず強いな」

「い、いえ、私なんて司令に比べれば全然!?」

「そうではなく、お前には指揮官としての才があると言っているんだ。あの二人を一言で言う事聞かせるなんて私でも出来ないぞ」

「それは……あははは」

 

普段の響さんが全然言う事を聞いてくれないから自然と口調が強くなってしまった、なんて言える訳もなく愛想笑いを返すと風鳴司令は首を傾げているが今日は別に世間話をしに来た訳じゃないんだ。

 

「その、ガリィは大丈夫なのですか?」

「どういう意味だ?」

「ガリィは元を正せば敵です。たとえエルフナイン女史が造り直したとはいえ、記憶もそのままでは裏切られる可能性は捨て切れないと思うのですが」

「多少の危険は百も承知しているが、ガリィは現状アリアと百合根に並ぶ実力者であり、特殊任務に向いた素性の持ち主だ。『所有者』のお墨付きもあるのだから使わない手はない」

「そうですけど……」

「ガリィちゃん圧勝〜」

 

身体が人形であるガリィが特殊任務に適しているのは私も認めるけれど、いつ裏切るのかも分からない人形を信じ過ぎているようにも感じるからそこを問いただそうとしたが、間の悪い事にガリィがモニタールームに入ってきてしまった。

 

青と黒のロリータ服に身を包んだ人形はパッと見なら人と見間違えてしまうほど精巧な造りをしていて、作り物とは思えないくらい表情をコロコロと変えている。ノイズを作ったりする以外にも哲学兵装やこうしたモノも作れるのだから錬金術は便利な技術ね。

 

「いやぁ、久しぶりに装者と戦ったけど弱いのなんの。もしかしてガリちゃん最強?」

「あの二人はまだ詰めが甘いだけ、律相手にはそんな事言ってられないわよ」

「出た出た、この子ったら隙あらば直ぐにあの化物を引き合いに出すんだから。司令からも何か言ってくださいよ〜」

「百合根には勝てないのか、ガリィ」

「そりゃガチでやれば勝てるでしょうけど、アレとは戦わないってば。面倒だし」

 

ふざけているかと思えばしっかり律のデータを頭に入れてる辺り、本当に抜け目のない人形だ。その上で律にも勝てると言うのだからやはり装者でありながら錬金術を扱えるという優位性は確かなものなのだろう。

 

私も錬金術を覚えてみたかったけど勉強したのはガングニールも纏えるか分からなくて焦ってた時期だったし、私の価値観は私の中で既に完結してしまっているから今更新しい価値観なんて頭の中に入れる余裕はない。

 

私ならどう攻めたものかと攻撃パターンを考えていると、廊下の方からドタバタと騒がしい足音が聞こえてきたからガリィが扉の前から退くと同時に扉が開き、譜吹姉妹が私の元まで駆け寄ってきて顔を突き合わせてきた。

 

「何で止めたのマジメちゃん!」

「ニ対一でも勝ち目がなかったから、それだけよ」

「ぶぅ!司令この言い方あんまり〜!」

「諦めろ、ティナの方が正しい。普段から訓練をサボるからこうなるんだ」

「ぶぅ〜、二人の意地悪!行こ、空!」

 

モニタールームに慌ただしく入ってきた譜吹姉妹が駄々を捏ね始めたからハッキリと勝てる見込みは無かったと教えると、今度は司令に頼ろうとしたけれど司令から見てもアレはどう見ても勝ち目が無かったからか厳しい言葉を言い放った。

 

普段訓練をサボるとはいえ、ザババのユニゾンとお互いの絆に自信を持っていた二人はポッと出のオートスコアラーに負けたのが余程悔しかったのか、二人は私達に「いっ〜!」と歯をむき出しにしてからまた慌ただしく部屋から出ていった。

 

「普段からアレくらい精を出してくれれば説教の一つは減るのに、懲りない奴等だ」

「二人は二人なりに頑張ってるんでしょう。今はそっとしておきましょう」

「あの二人のお陰で今回の作戦が立案できた訳だしな、多少は大目に見てやるか」

「私が居なきゃ出来ない作戦なんだし、感謝しなさいよ」

 

『ガリィによる敵拠点破壊』。譜吹姉妹が持ち帰ったバーバヤーガの頭部を解析することで判明した敵勢力の中枢、敵のタイタンを動かすのに必要なリアクターの生産拠点の破壊を目的とした国連とS.O.N.Gの共同作戦。

 

この作戦さえ成功してしまえば敵は日々進化し続けている厄介な高機能外骨格『タイタン』もこれ以上の生産が不可能となり、タイタンが出荷されて紛争が泥沼化するようなことも無くなる。そしてタイタンが売れなければ多額の寄付とタイタンの輸出で運営されていたテスラ財団は自らが背負っている負債を抱え切れず、内部から自壊するという作戦だ。

 

空と海未がやる気に満ち溢れているのもテスラ財団が抱えている汚れたお金を根こそぎ奪う為なのだけど、その作戦に普通の人間を使う訳にはいかない。

 

何故なら、

 

「衛星軌道上にリアクター製造工場があるとはな」

「衛星で見つからない訳です」

「空気は吸わなくていい、宇宙空間でも自由に動ける、そして強い。三拍子揃ったガリィちゃん頼りの作戦なのを忘れないでくださいねっ」

 

衛星軌道上を漂う月の破片の回収作業で打ち上げられてきた民間ロケットに資材を積み込み、少しずつ建てられていた巨大な軍事衛星に模したリアクター製造工場。

各国の極秘の監視衛星をお互い見逃すなんて暗黙の了解があるからこれまでそれが工場であるという事が発覚しなかった事実には怒りが湧いたけど、今の私が怒ったところで状況が好転する訳でもない。

 

私達人間が宇宙空間で活動するには限界があるから今回はオートスコアラーであるガリィが抜擢され、所有者と本部長達が立案した作戦が実行される事となった。

 

「それじゃあ其処のガングニールちゃん、エルフナインに用事があるから呼んで来て貰える?」

「何で私がガリィの言う事を聞かないといけないのよ」

「私ぃ、貴女の上司なんだけどなぁ〜」

「呼んで来てやれアリア、機嫌を損ねられても困る」

「全く、仕方ありませんね……」

 

今回はガリィ頼りとはいえガリィ自身に顎で使われる気なんて微塵も無いけれど、司令にそう言われては仕方がないから私はモニタールームから出てエルフナイン女史の研究室へと向かう事にした。

 

オートスコアラーを生み出した錬金術師とエルフナインさんはほぼ同一個体らしいが、ガリィ達が現在従っているのはエルフナイン女史ではなく前任のアガートラーム装者であり今はアメリカで療養中の『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』。

 

退役した経緯は詳しくは知らないけどオートスコアラーなのにシンフォギアを纏える事と何か関係しているんだろうけど、最終決戦についての資料は閲覧するには司令官達の許可が必要でこれまで閲覧の許可がされた試しがないのも事実。

LiNKERを自分で作れないか試そうとした時は急いでいたから覗けなかったけど、そろそろ本部長に聞いてみるのもアリかもしれない。一番の当事者なのだから資料に無いことだって沢山知っているだろうし、

 

「アリアさん」

「きゃっ!?」

 

神と同化した未来さんとの戦いは一体どんな戦いだったのか、歌だけでシンフォギアを纏ったという伝説のライブについても想像を膨らませながら歩いていると、急に足元から名前を呼ばれて思わず全身がビクついてしまった。

 

聞いた事がある声だから半歩下がって見下ろすと、其処に居たのは学校終わりなのかバッグを背負ったイチイバル装者候補生の『静香・ロンドリューソン』で、相変わらず落ち着いた様子で私を見上げていた。

 

赤毛のショートヘアにサイドテールというシンプルなヘアスタイルをしているけど、静香自身はそれに強いこだわりを持っているみたいでクリスさんによく弄られている。

 

「すみません、驚かせてしまいましたか」

「い、いいのよ。私も下を見てなくて申し訳ないわ」

「謝らないで下さい。私はアリアさんよりも年下なんですから」

「そうはいかないわ。静香は仲間なのよ、仲間に歳なんて関係無い。お互いに認め合っているんだから謝るのは当然よ」

 

静香は装者候補生の中でも一番落ち着いていて、言動も大人びていて昔の私も少し取っ付きにくい印象を持っていたけど、話してみるとこの子も意外と私に似ている所があると分かってきた。

 

勝手にエルフナイン女史の研究成果を持ち出したり、勝手に機密事項を読み漁ったり、シンフォギアで無茶をしたりと話せば中々気の合う子だし静香も静香で何故か私を慕ってくれていてよく話し掛けてくれる。

 

「アリアさんは学校には行かないのですか?」

「私は留学してる事になってるから行けないのよ。顔を出せたとしても一年の頃からずっと居ないんだから皆忘れてるわよ」

「そうですか……」

「静香が気にする事じゃないわ。私は自分でこの道を選んだ、友人が少なくても私は皆を守れるのならそれでいいのよ」

 

私は装者になる為に過去の自分を全て捨てた、だから人間関係なんて国連とS.O.N.Gの職員以外にはロクな人間関係は保てていない。

 

豊かな人間関係を保つ事が人生の根幹にあるものなら私が踏み締めた正義は私の人生を確かに削っているかもしれない。けど私はそれを不幸だなんて思っていない。私がずっと憧れていたガングニールの装者になれたのだから多少友人が少なくとも私の信じた正義を貫き通したい。

 

静香も私と同じように本心で戦っているのだから、私がそんな事を気にしていないのは分かってくれたのか心配そうにしていた表情を和らげた。

 

「なら、私と友達になってくれませんか?」

「私と静香が?」

「はい。アリアさんは仲の良い律さんとばかり喋ってますけど、それじゃあいけないと思います」

「グッ!?」

「だからまずは私と仲良くしてくれませんか?」

 

いきなり中々痛い所を突かれて思わず胸を押さえたけど、静香が小さな手をギュッと握っているのを見れば私にこうして話し掛けるのがどれだけ勇気のある行動だったのか見て取れる。

また空と海未を叱るようになったら私が孤立してしまう、一人で戦おうとしていた昔の私に戻ってしまう。そう思った賢い静香は自分から声を掛ける事で私が孤立しないようにこうして友人になろうと言ってくれているのだろう。

 

こんな歳下の子に気を遣われて情け無いとは思うけど、それが静香なりの優しさなんだと思えば私の恥なんて大したことじゃない。

 

「いいわ、それじゃあ今日からは友達よ静香」

「はい、アリアさん」

「それじゃあ売店でも行ってお菓子でも食べましょうか」

「でも何処かに向かってたんじゃ?」

「いいのよ、どうせ大した用事じゃないんだから少しくらい遅れても」

「相変わらずアリアさんは悪い人ですね」

「静香だって同じでしょ?」

「そうでしたね」

 

真面目で堅物ながら規則を破る似た者同士の私達はお互い気の合う友人であると認めながら、ガリィからのおつかいは一旦放置して本部にある売店へと向かう事にした。

 

 

 

『それでは作戦を確認するぞ』

「宇宙にいきまーす、施設壊しまーす、氷に包まれて落ちてきまーす」

『真面目にやれガリィ、リアクターの爆発に巻き込まれればただではすまないのだぞ』

「だーてアタシが上司なのにぜーんぜん言うこと聞かない装者が居るんだもん。これじゃあガリィちゃんやる気になりませぇん!」

 

折角ヘッポコ装者の召使いから国連の役職持ちのエリートに変わったかと思えば、クソ真面目は私の言うことを聞かずにチビと呑気にお菓子を食ってるだなんてやる気も無くなって当然。

 

私を乗せた試作型戦闘機が打ち出されるまでの最終チェックを司令室で立ち会っている装者一同もこの作戦でテスラ財団との長い戦いにケリが着くからか、参加したいという表情をしているけど来た所で私の邪魔になるのは目に見えている。

 

人類の為なんていうのは私らしくないが私の所有者に命令されたのでは私は裏切る事は出来ない、まぁ出来る限り早く終わる事を祈って戦うとしよう。

 

『はいはい、それじゃあしっかり任務を遂行して来て下さい隊長』

『私達も行きたかったぁ〜!』

『戦果ぁ〜!』

『駄々を捏ねんじゃねぇ!アタシだって行きてぇのを我慢してんだから我慢しろ!』

『でもオッパイさんシンフォギア使えないじゃッィ!?』

『だーれーがオッパイさんだッ!」』

『お前達静かにしないかッ!作戦前だぞっ!』

『相変わらず騒がしいわね』

 

作戦前だというのに各々が喧しく喋るから耳を塞いでいると、国連本部にいる立花響がその喧騒の中に声を掛けると全員が冷水を掛けられたように静まり返った。

 

各国の衛星が行き交う衛星軌道上で行われるこの作戦の全責任を負うのは立花響なのだから、この作戦だけは絶対に失敗出来ないというのが装者達の共通認識なのだろう。けど、この作戦は色々と面倒な事が多いから私としては『なるようになれ』としか思ってはいない。

 

成り行きによっては色々な選択肢を視野に入れておく必要はあるし、他のオートスコアラー達にもその旨は伝えているから後は叩いて何が出るかのお楽しみという訳だ。

 

『ガリィ、準備は出来てるわね?』

「いつでもどうぞー」

『分かってると思うけど』

「必ず帰って来い、でしょ?分かってるってば」

 

私の任務は『任務を成功させ、必ず帰還する事』、他のオートスコアラー達だけでヘッポコの身の回りの世話をするの無理もあるし、早めに帰って来れるように尽力はするとしよう。

 

私の準備も終わると作業員がカウントダウンを始め、装者共はそれを固唾を飲んで見守っているけどたかが打ち上げ程度で仰々しいったらありゃしない。

 

『2...1...』

「それじゃあ行って来まーす」

『エンジン点火!』

 

暫く映像での交信は出来なくなるから手を振ると同時に戦闘機に搭載された新型プラズマエンジンに火が入り、一気にマッハ2まで加速したGで身体が少し軋んだけどこの位ならある程度操作は出来そうだ。

 

まさに秒速で雲を突き抜けて青空に向かって爆進しながら言われてた通り機体操作を私の思考回路によるマニュアル操作に繋ぎ変え、少し機体を揺らして操作感を確かめると機体全体にあるセンサーが私の感覚にリンクして機体の状況が伝わってくる。

 

「ちょっと、羽捥げそうなんだけど!?」

『理論上衛星軌道上に乗るまでは耐えられる筈です』

「理論上って…」

『あと間違っても衛星に体当たりしないようにして下さい。装者を最速で現地に派遣する為に造られていた開発機を掘り出しただけなので壊すと怒られます。自動操縦にすれば機体は自動で帰還するのでガリィはタイミングを図って離脱して衛星に乗り移ってください』

 

話を聞いてたら私が断るからって面倒事の説明を後回しにしやがって……

 

今更引き返せる速度じゃないからエルフナインには帰って来てから仕返しはするとして、私を乗せた戦闘機が熱圏まで到達して視界を遮るものが無くなり高倍率ズームで目標地点を確認すると、遥か彼方に目標の人工衛星を捕捉できた。

 

人工衛星の中に隠すとはよく言ったもので国際宇宙ステーションのような大きさの国籍不明の人工衛星が幾つも見つかったが、目的の人工衛星だけは何かを射出する用のレールが敷かれていて物々しい雰囲気を醸し出している。

 

「見えた、アレが目的の奴?」

『此方でも確認出来ました。間違いなくソレが目的の人工衛星です』

『随分と大きく造ったものだな』

『お互いの衛星に対して無干渉、各国の暗黙の了解を逆手に取られるとはね』

『全部落としていいのでは?』

『それは私達の役目ではないわ』

『じゃあ誰がやるんですか?』

「ハイハイ、口喧嘩は後で聞くからスキャンよろしく〜」

 

今回の件に関しては何故だかクソ真面目が感情的になってるみたいだけど、そんな事にはクソ程の興味も無いから何処から侵入するか探る為に電磁パルスでスキャンを開始した。

 

テスラ財団がもたらしたこういった電子技術がS.O.N.Gでも活用されるのは珍しくないけど、改めて体感してみるとここまで来たら最早錬金術と然程差は感じない。

私達の『マスター』が想い出を全て掛けて達した境地も、『マスター』には無かった時間と金さえ掛ければこうして簡単に再現出来てしまうだなんて皮肉なものね。

 

この身体も結局は錬金術と科学のハイブリッド、想い出を失わずとも元のスペックに近付けるんだから省エネもバカに出来ない。

 

「んっ……ちょっと、スキャンまだぁ?」

『もう少しそのままお願いします』

「ごめん、無理そうっと!」

 

成層圏を突破して人工衛星も目前まで近付くとセンサーが察知する前に人工衛星が武装を展開しているのに目視で気が付き、スキャンを中断して機体を大きく逸らすとそのままのコースだったら直撃だった光弾が海へと落ちていった。

 

立派にお出迎えの用意までしてあるだなんて、人気者の辛いところね!

 

『気付かれたか!?早く乗り込め!』

『宇宙空間では空気抵抗が無いので尾翼では進行方向が帰れません!着陸用のブースターで本体の角度を調整しながら近付いてください!』

「アンタ等言うだけだから良いわよネェッ!?」

 

もしかしたら楽に侵入出来るかもと思いはしてたけど、そんな訳もなく人工衛星からこの機体を落とす為に光弾が降り注いでいて、言われた通り着陸時の姿勢制御のブースターで無理矢理進行方向を変えて光弾を避けながら更に衛星へと近付いた。

 

あと30キロ、これまでの道のりからすればすぐ目の前だけど反撃の手段も無いのに直進だけで避けろだなんて、余程この作戦が私頼りの無謀且つ希望だったのか伺える。過去に戻れるなら絶対断ってる、こんな生きるか死ぬかの瀬戸際を楽しめるほど『アタシ』は狂ってないっつーの。

 

「この機体壊すわよ!」

『駄目です!』

「うっさい!こんなの避け切れる訳ないでしょうが!氷で防御を固めて無理矢理突っ込む!それでいいでしょクソ上司!」

『……構わないわ、開発者には私から礼を言っておく』

 

彼奴の前では錬金術を余り使いたくなかったけど、先を見ている所為で今死んだら元も子もないから進路を調整してからエンジン以外の機体全体を氷で包み込み、エンジン全開にして衛星へと近付いた。

 

それを迎え撃たんと人工衛星からは光弾が降り注ぎ、高速で光弾にぶつかる所為で機体は大きく揺れて、少しずつ機体が壊れていくのをセンサーを介して感じるけど速度を緩める訳にはいかない。

機体が保つ事を信じてエンジンをふかし続ける事に専念していると、いきなり画面上に警告文が表示された。

 

「ンァ!?何か捕捉されたんだけど!?」

『人工衛星から高エネルギー反応!』

『武装スキャン完了、小型のサテライトキャノンです!』

「っ、良い報告は無いの!?」

『目標まであと5キロ!演算の結果、3秒後に機体から離脱すればそのままの勢いで人工衛星にとりつけます!』

 

こっちからは氷に包まれて目視出来ないからS.O.N.Gの連中の言う事を信じるしかない。ホント、アタシらしくないったらありゃしない。

 

分析官の指示通り3秒経つと同時に氷を溶かして緊急脱出用のレーバーを全力で引くとアタシの座席ごと宇宙空間へと放り出され、アタシが乗っていた戦闘機は衛星まで近付いたものの収束された光線によって無残にも爆発四散していた。

アタシもいつまでも無重力を楽しんでる訳にいかないから着地する為にシートベルトを外して座席を蹴り飛ばし、貫通しない様に表面積を出来るだけ大きくしながら氷に身を包んで身構えた。

 

数分の静寂の後、私を包んだ氷がひび割れる程の衝撃に襲われ、氷を溶かしてみると衛星の外壁を見事にぶち抜きはしたものの無事に衛星に乗り移る事は出来たみたいだ。

 

「アーアー、聞こえてる?」

 

一応到着した報告はしようとしたけど妨害電波が飛んでいるのか応答は無く、仕方ないから予定通り事を進めるしかない。

 

着地時に空いた穴から内部に侵入すると、内部は加速器のような大きな真空管が設置されていて、他にも幾つか制御盤が設置されていたりと確かに工場のようだ。

人を空に飛ばし、攻撃出来るようにする為の高エネルギーを発生させるリアクターをどうやって造っていたのかこれまで分かっていなかったけど、此処の設備を見るに恐らくリアクターってのは『小型電磁加速器』なのだろう。

 

此処でリアクター内部を真空にしてから電磁石を限界まで加速させ、バトルスーツ内部の電気を何倍にも膨れ上がらせてその出力を抑えながら使うというのが大体の設計という訳ね。科学は全然分かんないけど、よく考えたもんだ。

それだけの天才が歪んだ理想の為に悪事を働くだなんて、そこは錬金術と科学も対して変わんないのね。

 

「この管が加速器の一部なら多分中央がリアクターの製造現場ね。ガリィちゃんアッタマ良い〜」

 

変な事を考えるのは後にして、まずはさっさと地上に帰ることを優先しようと衛星の中央部を目指していくと、特に内部には防衛システムは用意されていないのか簡単に衛星中央部にあるコントロールエリアに到着した。

其処にはまだ起動状態にない大量のリアクターと既に起動してエネルギーを発しているリアクターが幾つも置かれていた。

 

そして大気圏再突入に耐えられる箱に今まさに詰められようとしていたリアクターをロボットアームから奪い取り、そのエネルギーを私の身体に取り込むとこれまでの疲れが嘘のように飛んでいきエネルギーを失ったリアクターは機能を停止した。

 

そして、

 

『こんにちわ、ガリィ=トゥーマーン』

「こんにちわ、新しいマスターさん」

 

私の本当の目的も姿を現してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「だから言ったのに……!」

「ちょっとティナ!?司令の指示を聞かないと!?」

「どうせ『人質になったマリアの救出にザババを、墜ちてくるリアクターの迎撃に静香と譜吹姉妹、ガリィの破壊を私達』になるだけでしょ!だからあれ程信用するべきじゃないって言ったのに!」

 

ガリィが衛星に辿り着いて数十分が経ち、何の連絡もないことに司令達が不安を募らせていると衛星内部から送られてきた映像にはガリィが映っていたけど、私の不安は見事に的中してしまった。

 

『気が変わりました〜。アタシ達コッチに付くから』

 

ガリィはテスラ財団と手を組むと言い出し、そしてアメリカにいる他のオートスコアラー達にも一斉に裏切られマリアさんを人質に取られてしまい、ガリィは要求を告げた。

 

『アタシ達の要求は捕らえられているテスラ財団幹部の釈放よ。しなかったから〜、ポチッとな』

 

そう言ってガリィがわざとらしくボタンを押すと、その背景に映っていた機械が箱状の何かを地表に向けて打ち出していた。

 

『今国連本部に向けて暴走状態のリアクターを打ち出してあげたから、頑張って回収してね!あ、失敗したら勿論吹っ飛ぶからファイト〜』

 

国連本部なら本部長と奥さんがいるから何とか出来るけど、分かっていた結末なのに未然に防げなかった事に私は怒りを抑えられずにいると、ガリィはそれを見透かしたように私の方を見るとケラケラと笑い出した。

 

『それと、アンタはアタシが潰すから棺桶用意しとく事ね』

 

其処まで聞けば司令達がどんな指示を出すかは分かるから司令室から退室して怒りを抑えようと廊下を歩いていると、律が追いかけて来たけど何を言われても今は聞く気にはなれない。

 

私達が人々を守らなきゃいけないのに、シンフォギアすら取られた状態で裏切られるだなんて司令達の危機感の薄さは幾ら何でも致命的だ。たとえエルフナイン女史が組み直したとはいえ、その性根はかつて世界を分解しようとしたキャロル・マールス・ディーンハイムから別たれた物なのだから信用に値しない事くらい分かっていた筈だ。

 

なのに、私達が人々を危険に晒してどうするんだ…!

 

「ティナッ!」

「っ、何?」

 

急いで準備に移ろうと本部内にある移動用ポッドに向かっていると律に右手を握って止められ、其処で少し思考が止まったから振り返った。

 

振り返ると律は心配するような面持ちで私の手を両手で包み込み、それを無理に振り解こうなんて思わないけど焦る気持ちは中々抑えられそうにない。

 

「落ち着いて、まだ落とされたのは一個だけ。それも響さんが壊してくれたからまだ焦らなくて大丈夫だよ」

「じゃあ次落とされる場所は分かってるの?」

「それは藤堯さん達が衛星の軌道から候補を算出してくれてる」

「後何発あって、それがどれ程の被害を及ぼすか分かってるの?」

「そこまでは……」

 

律は私に落ち着けと言うけど数も分からない爆弾を世界中に落とされるかもしれないんだ。そんな状況をたかだか数人の装者でその全てを防げる訳がない、律もそれは分かっているのか申し訳無さそうに顔を落とした。

 

でも、それを律に当たっても仕方ない。今回は本部長を止められなかった私の責任でもあるんだから早く動かないと本当に手遅れになってしまう。今の私に出来ることは少ないけど、それでも出来ることは全部やってガリィを破壊しないと。

 

その為なら何を使おうが些細な犠牲なんだ。

 

「危険だけどあの衛星を墜とす方法は思い付いた」

「え?」

「直接行く手で考えてたけど律のお陰で冷静になれた。今度上手く説得してみせるから」

 

怒りに任せるだけじゃ駄目、司令達がお互いの能力を過信し過ぎているのなら私が冷静になって判断を下さないと。

 

装者候補生としてやるべき事を考え直し、使える物を全て使う方向に思考を回すと策が一つ思い付いた。だから心配してくれていた律に笑顔を見せると律も安心してくれたみたいで手を握ったまま司令室に戻った。

当然風鳴司令はお怒りの様子だけど今は司令よりも本部長の判断を仰ぐべきだ。

 

『何か思い付いた顔ね』

「はい。今何発打ち出されましたか?」

「確認出来ている範囲ではまだ一発、本部ビルを狙ったようですが立花本部長が破壊しています」

『恐らく狙いはこのビル、でも衛星の軌道は観測出来てるからある程度撃墜すべきポイントは絞れるわね。それで、アリアの妙案を聞かせてもらいましょうか』

「各国が極秘裏に打ち上げた衛星をハッキング、衛星の軌道を操作することで衝突させて破壊します」

 

極秘裏に打ち上げた物ならお得意の抗議の電話は掛けてこれない、なら使わない手はないからその作戦を画面越しに本部長に伝えると他の候補生達は騒めいているけどコレが一番安全且つ確実な作戦だ。

 

下手に近づけば撃ち落とされる以上、地上から無意味な攻撃するか同じ衛星軌道上にある物で破壊するしかないんだ。それなら後者の方が後腐れもなく終わらせらる、そう考えての作戦なのだけど本部長はやはり他の国との折り合いもあるのか少し悩んでいるようだ。

 

ホント、馬鹿げてる。

 

「私達にはこの世界を守る義務がある。それは何よりも優先されるべき行いであり、人命が掛かっている以上はこれ以上の後手は許されません」

「ちょ、ちょっと真面目ちゃん言い過ぎだって…!」

「言い過ぎ?私達がやらなきゃ誰がやるの?私達が揉めている暇があるなら」

『分かった、アリアの作戦でいくわ。S.O.N.Gに全ての衛星にアクセスする許可を与える。人工衛星と衝突するタイミングとそれまでに撃墜すべきリアクターの算出、それと妨害工作も予想されるから対応するように、以上よ』

 

これ以上の後手は国連の一職員として見過ごせない、その想いが本部長にも伝わったのか言い訳を考える手を止めて私の作戦に賛同し、私達に特権を与えると通信を切った。

 

他の候補生達は本部長が怒らなかったから胸を撫で下ろしているようだけど、あの人だって元は無茶をする人だったのだからこの程度なら人命を優先してくれるのは分かっていた事だ。風鳴司令は何か言いた気にはしているけど、今はその時じゃないからか何も言わずに指示を出し始めた。

 

「いいか!暁と月読は装者の各都市へとテレポートで運び、装者はリアクターが街に落ちる前に撃墜しろ!その後暁達は人質の奪還、そしてアリア達はガリィを発見次第倒せ!」

「了解デース!」

「雪音先輩は戦闘機の操縦できますか?」

「出来るけど、何かするのか?」

「うひょ〜、一個破壊したら幾ら貰えるかな〜?」

「取り敢えず破壊してから考えよ〜」

 

装者候補生達も初めての大規模作戦にやる気を出していて、全員が準備の為に司令室を出て行く中で「それと、アリアは残れ」と司令に名指しで呼び止められ、律は一緒に残ろうとしてくれたけど万全の準備をしないとガリィの相手は厳しい。

 

首を振って残らなくていいと伝えると、律は少し悩んでから頷いてから司令室から駆け出して行き、私は司令の無駄な叱責を受ける為にその側に寄った。

 

「アリア、お前は優秀な装者だ。候補生という肩書きもすぐに無くなるだろう」

「はい」

「だが間違えるな。我々は世界を守る為に戦っていて、無用な争いを生ませないのも我々の役目だ。己の正義の為なら何をしてもいいというのは力を持つ者の傲慢だ」

「……分かってます」

「ならいい、百合根と合流して出動してからコッチを手伝ってくれ」

「了解」

 

もう少し怒られるものかと思ったけど意外にも軽く注意されるだけで終わり、拍子抜けしながらも敬礼をしてから司令室から駆け出した。

 

司令の言う通りS.O.N.Gは戦う事が目的ではなく震災などでの救助、新たな戦争や混乱を防止する為に活動している国際組織だ。敵組織と戦うのもその多くは過激派テロ組織の鎮圧程度、毎度こんな大騒動になるような戦いばかりではない。

本部長達のように新たな敵が現れる時代では無くなった、そういう意味ではテスラ財団との戦いが終わればもしかしたら本当に戦争が無い世の中が生まれるかもしれない。

 

でも、

 

「あれ、ティナ早かったね」

「日頃の行いが良いから注意されただけよ」

「何で私達見るの〜!」

「マジメちゃんだけズルイ〜!」

「二人共早く着替えてください。いつまで裸でうろついてるんですか」

 

それは私には関係ない事だ。

 

 

 

 

「………」

「司令、どうかしましたか?」

「いや、少し気になってな」

「アリアさんの事ですか?」

 

アリアのあの眼、前も同じ眼をしていたことがあったがそれはLiNKERを盗んでガングニールの適性テストを受けた時と同じだった。周りの声を聞いていて普段と変わらない様に見えるが、その心は引き抜かれた刃の様に攻撃的で触れることすら許されない。

 

アリアもまた特殊な経歴を持っているから大人に対する不信感はあるかもしれないが、普段はそのカケラも見せている様子が無く至って優秀な装者候補生として振舞っている。だが危機的状況に陥った場合、途端に周囲への影響を省みらず目的を達成する為ならどんな手段でも用いようとする。

 

LiNKERを盗み出すなんて私達が気付かない訳がないのが、適合率が低く最後の適合検査だったアリアにとってはアレが装者になる為の最善の一手だったのは間違いではない。

 

「少し危うい気がしてな」

「ですがアリアさんの作戦は間違いなく最善です。装者が傷付く事なく終われるのならガリィの裏切りを考慮しても」

「裏切りという点でなら譜吹達も同じだ。だが其処に大勢の命が掛けられた時、アリアは躊躇いもなくガリィごと衛星を破壊する道を選んだ」

「元々ガリィの事を信用していなかったのは確かです。ですがその素性もオートスコアラーという点を加味すれば合理的な判断かと」

「合理的、か」

 

今回はオートスコアラーであるガリィを悪とし、大勢の命とガリィを天秤に掛けてガリィを破壊する道を選んだかもしれない。だがもしもその天秤が傾く事があった時、アリアの中にある合理性が必ずしも人の命を選ぶとも限らない。

 

人の命より重いモノ、その答えがアリアにとって何なのか分からないが今は仲間を大切にしているアリアを信じる他ないだろう。

 

「我々も候補生達をサポートするぞ!」

「了解です!」

「大人の底力を見せてあげましょう!」

 

今はこれ以上アリアに失望されない様に我々も努力をするとしよう。

 

『ウヒョ〜!信号全部青じゃん!』

 

 

 

イタリア北部に落下してくるリアクターを破壊する為に派遣された海未と空は現地の高級車で街を走り抜けていた。未開の地でも最短ルートを見出し広範囲を陸路でカバーできる二人の強盗としての才能を見込まれての市街地への派遣は功を奏し、既に三つのリアクターの破壊に成功していた。

 

落下地点を目前に空はブレーキを踏みながらアームドギアである鎌を地面に突き立てて、火花を散らしタイヤをすり減らしながら落下地点で無理やり車を停車させた。

 

『海未、破壊して!』

『オッケ〜!』

 

そして停車と同時に海未がドアを蹴破って周囲の建物を伝いながらビルの屋上へと跳び移り、火の玉の様に燃え盛りながら空から墜ちてくるリアクターの軌道に合わせて跳躍した。

 

『一万ドル頂き〜!』

 

両手で構えられたアームドギアであるシュルシャガナのチェーンソーを振り上げると海未の感情に呼応するように刃を回転し、振り下ろされたチェーンソーがリアクターに接触すると周囲に眩い閃光と共に火花を撒き散らした。

 

無限軌道から生まれるその圧倒的な切断力によりリアクターが格納された箱は両断され、その勢いまま地面に衝突すると大きな衝撃で地面を揺らしたが暴走による爆発は防がれ、車を運転していた空は安心して一息吐いた。

 

『こちら空、リアクター4は破壊しました』

『了解、次のデータを転送するわ。クリスさん、給油機を其方に向かわせたので補給して下さい』

 

リアクターが降ってくる間隔は凡そ1時間。その狙いの殆どは国連本部だったけれどその多くは立花響によって破壊され、S.O.N.Gが操る衛星を避ける為に各地に狙いが逸れたものは装者達が急行する事で対応している。

 

強盗で逃走の経験がある空と海未が陸路で200キロ圏内を、そしてクリスの操縦する戦闘機で更に広範囲をカバーする静香。たった四人で想定される落下地点をカバーし合えるのは偏にアリアの指揮にお陰に他ならない。

 

両チームの距離と行動範囲から全域をカバーし合える位置どり、現地政府や警察とのコミュニケーション、そして衛星からリアクターが打ち出されてから落下地点をすぐに算出する分析官としての能力は大人達も舌を巻いていた。

 

『いつもそんくらい真面目にやれよ』

『う、うるさいな〜。運転中は真面目にするに決まってるでしょ〜』

『無免許で乗り回してるのによく言えますね』

『最近シズシズ厳しいよ〜』

『オッパイさんの影響かな〜?』

『誰がオッパイさんだ!』

 

国連本部ビルという国連の威信そのものを守っているというのに軽口を叩き合う四人は指揮するアリアの不安を少しでも取り除こうと明るく振る舞い、四人の考えを理解した上でアリアもそれに口元を綻ばせていた。

 

だがその手元は忙しなくタブレットとモニターを操作していて、四人の指揮と同時並行で衛星同士を衝突させる作戦は今も続けられていた。全部で11個の監視衛星を駆使してリアクター製造衛星に衝突させようとするが、小型では撃ち落とされてしまい、大型では小回りが利かず攻撃が読まれていた。

もっと小回りが利く一手があれば、その一手として手元にある移動用ポッドの使用も検討したがアリアはそれをすぐに撤回した。

 

此処で移動用ポッドを使えばガリィの墜落地点が分かってもすぐに逃げられてしまう、二兎を追うのならばそれ相応の覚悟と困難は想定の範囲内だった。

 

「リアクターの射出を確認!算出を開始します!」

「次が撃たれたわ。すぐに」

『ちょっとー、アンタ達壊し過ぎじゃない?ガリィちゃん詰まんないんだけどー』

 

人工衛星から新たなリアクターの射出を確認しアリア達が直ちに落下地点の計算に移ったその時、司令室のモニターにガリィの顔が映し出されると分析官の操作を受け付けなくなった。

 

叡智を束ねたS.O.N.G本部のシステムすら乗っ取る演算能力がオートスコアラーに搭載されている事を知らされていなかったアリアはすぐさまタブレットを手に取ったが、自作のOSですらハッキングされていると知るや否や次の行動に移した。

 

『それじゃあ第二ラウンド、頑張って守ってねぇ〜。アタシ此処で見てるから』

「オフラインの機材を持って来るんだ!」

「は、はい!」

 

リアクターの落下地点が分からなければ幾ら戦闘機があっても間に合わない。落下地点を割り出す為にも藤堯達は倉庫に眠っているオフラインの機材を取りに駆け出して行き、分析官達が居なくなってから翼も手を貸そうとしたが、画面越しのガリィの視線が未だ席に座ったままのアリアに向けられているのに気付いて足が止まった。

 

翼は声を掛けようとしたがペンを握ったアリアの手が凄まじい速度で紙に文字を書き記していき、最後に打ち出された座標と高度が映し出された画面を時折見ているのに気付いて唖然とした。

 

「クリスさん……其処から北東600……617誤差15!57分後に北東617キロ付近先にリアクターが落ちます!目視で確認して下さい!」

『了解!』

「海未、運転出来るわね!」

『モチのロン!』

「二人は分かれて行動して!此処から先は分析結果が出るのが遅くなる、悪いけどカバーして!」

『仰せのままに〜!』

 

如何に分析官といえど射出角度と高度、重力加速度等の基本情報からペンと紙だけで落下地点の予測なんて出来る者はいない。分析官の素養は冷静かつ的確な指示を出せる者であって、一個人に超人的な計算能力など求められてはいない。

 

だがアリアはハッキングに対して即座に対応し、現場にいる装者達に指示を出している姿に翼は声が出なかった。元より飛び抜けた才覚を発揮していたけれど、追い詰められたアリアのソレは『ただの人間ではない』という印象はを翼に強烈に植え付け、機材を持ってきた分析官達は事の状況に困惑していた。

 

『アンタ、何に手を出したのよ?』

「LiNKER打って頭良くなれれば苦労してないわよ…!」

「し、司令。どうかしましたか?」

「アリアが落下地点を予測した!藤堯は機材の立ち上げ後その計算の裏付けを取れ!他の者は次の射出に備えろ!」

 

頭を酷使した所為で激痛に襲われているアリアは頭を抱えながらもガリィを睨み返し、翼も翼と同じ反応をしている分析官達に指示を出すとアリアをサポートする為に分析官達はすぐに機材の立ち上げに移った。

 

類稀な才覚と思われていたアリアの能力。それをアリア自身は自分の能力だと思っているがガリィと翼はそれが常人の物ではない事に気付き、翼の中でのアリアへの疑念はより大きくなっていた。

 

テスラ財団が扱うリアクターは現代科学では到底再現出来ないオーバーテクノロジーであり、それを利用してタイタンを製作した者はいてもリアクターそのものを完成させた者は依然としてその姿を見せたことがなかった。

 

もしもそれが目の前にいるアリアならば或いは、翼がそう考えていたがふとアリアが翼の方を見ているのに気付き、アリアの翼に対する縋るような視線を感じ取るとそんな考えをした自分を戒めた。

 

「アリア、お前に全権を預ける。やりたいようにやるんだ、その責任は全て私が取る」

「司令!?」

「今は誰が責任を取るかではない。被害を出さない為に優秀な者に指揮を託す方がいい、そうだなアリア?」

「……ありがとうございます」

 

『頼むから先手を打って欲しい』、アリアのその視線を受けた翼は自身の不甲斐なさ故に優秀な装者が活かし切れていない事を理解し、その全権をアリアに託すとアリアはそれに応えるように頷いてから各国との連携を取り始めた。

 

叔父のように頼られる司令官とは程遠い不甲斐なさに翼は拳を強く握り締めたが、アリアに託した以上はそれを見届ける義務がありアリアを疑う暇があればその姿を見習う方がまだ有意義だと切り替えた。

 

「切歌さん調さん、其方はどうですか?」

『もうちょい、デス!』

『あと少しで押し切れる!』

『こなくそ!めちゃんこ強いゾ!?』

『三対二で負けるのは地味にヤバイ…!?』

 

リアクター撃墜を担当する装者候補生チームとは別に動いていた人質奪還を目的とした切歌調チームは既に残りの三体のオートスコアラーとの戦闘に入っていたが、かつて苦戦していた影も見せる事なく二人はオートスコアラーを錬金術で圧倒していた。

 

各元素を操るオートスコアラーに対してダウルダブラのファウストローブを纏った切歌、そしてそのサポートに徹する調の連携は水の元素が欠けたオートスコアラーに対して圧倒的有利に働き、アリアはその返答に安心すると共に伝えなければいけない事を気を引き締めて告げた。

 

「無茶を言います、1分間切歌さんだけで対応は可能ですか?」

『行くデス調!此処はアタシだけで抑えるデスから!』

『分かった!』

『あまり舐めェッ!?』

『隙を見計らいなさいミカ!』

 

ファウストローブがあるとはいえ三対一での危険な戦闘をアリアは切歌に持ち掛けたが、二人は即答でそれを承諾して調がテレポートジェムで司令室に戻って来ると周囲の慌ただしさに事の状況を理解してアリアに詰め寄った。

 

「私は何をすればいい?」

「静香に『魔弾の射手』を渡すのと、あと私の部屋からS.O.N.G用と書かれたディスクを持ってきてもらえませんか?」

「ディスクはいいけど、哲学兵装は……」

「月読、今はアリアの指示通りでいい」

「……分かった。先に哲学兵装を渡してくる」

 

静香とイチイバル用に調整された魔弾の射手という必中の哲学が込められた哲学兵装は未だ調整段階。

調もその開発に携わっているから実戦に投入するにはまだ危険な要素が多分に含まれている哲学兵装の使用には少し躊躇ったが、翼がそれを許可すると少しの逡巡の後に頷いてからテレポートで跳んだ。

 

『アリアさん、調さんから哲学兵装が送られてきました』

「使うタイミングは指示するわ。今はリアクターの破壊に集中して」

『了解』

「持って来た、必要ならまた呼んで」

「ありがとうございます」

 

静香への哲学兵装の受け渡しを済ませ、アリアの部屋から言われた通りのディスクを持って来た調はアリアに手渡してから再び切歌の元へと戻り、アリアは持って来たディスクをオフラインの機材に入れて起動した。

 

それを隣の席から横目で見ていた友里はその単語と数字の羅列の意味を理解するや否や身を乗り出してそれを停止させようとしたが、アリアはその手を掴んでそれを阻止した。

 

「いつ、いや何のためにこんな物を作ったの!?」

「こういう事があると想定していただけです」

「どうした?」

「S.O.N.G内のシステムを強制的に処理落ちさせるウイルスをばら撒きます。あわよくばガリィもショートさせられて、出来なくてもシステムからガリィを引き剥がすことは出来る」

「けど設備へのダメージが!」

「30秒程度で自動消滅されるので問題ありません。ガリィが手を付けれないように今度はオフラインでの立ち上げになりますが、世界中の天体観測所からの観測データを送って貰う手筈は済ませました」

「だけど…!」

「今は私が司令です。コレでやります」

 

これまでシステムに侵入される事はあっても操作すら受け付けないなんて事態に陥った事は一度も無かった。それでもアリアはその事態を想定したプログラムを自作してそれを実行すると、それを黙って見ていたガリィは自らS.O.N.Gとの回線を切り、それを見計らった藤堯がデータベースにアクセスしてから再びS.O.N.Gのシステムを取り返した。

 

オフラインではあるがアリアが計算したリアクターの落下予測地点をもう一度やり直し、藤堯が「誤差7キロ、詳しいデータを送ります!」と装者達に伝えて数分後にリアクターの破壊に成功した通信が入ると司令室の分析官達は大いに沸き立った。

 

「凄いわね、アリアさん……」

「ふぅ……一応取り戻せました。世界中の天体観測所の協力を受ければリアクター製造衛星は観測し続けられる筈です」

「よくやったアリア、不甲斐ない司令で済まない」

「いえ、私に出来ることをしただけです」

 

その言葉に嘘は感じなかった翼はアリアが人々を思って一緒に戦っているのだと再認識していると司令室の扉が開き、今まで別の研究を進めていたエルフナインと律が司令室へと入って来た。

 

オートスコアラーの中でもシンフォギアを扱えるガリィはたとえLiNKERを複数本投与したアリアと別格の適合率を誇る律が組んでも勝算は甘く見ても五分五分だった。その勝率を確実なものとする為、エルフナインは魔弾の射手よりも先に完全聖遺物を用いた新たなシンフォギアの開発を進めていた。

 

「司令、エクスカリバーのシンフォギアが完成しました!微調整はまだですが、十分に戦える筈です!」

「そうか、律やれるな?」

「大丈夫です。天羽々斬も拗ねずに言う事を聞いてくれてますし、いつでも出動できます」

「分かった。アリア、あとは我々に任せて準備をしてくれ」

「分かりました」

 

ガリィに対抗する為の新たな力である完全聖遺物『エクスカリバー』のシンフォギア、それを唯一纏える律の準備を終えるとアリアもその場は任せて準備をしに司令室から退出し、律も出動に備えてエルフナインを残してその後に付いて行った。

 

「エルフナイン、一つ聞いてもいいか?」

「はい?」

「ガリィにS.O.N.G内の全システムを外部から侵入して乗っ取るだけの演算能力はあるのか?」

 

幾ら一つの施設とはいえ幾重にも重なるセキュリティを何の気もなしに突破し、いきなり乗っ取られたという不可解な状況説明は無しで単純にその能力があるのか翼は尋ねた。

 

だが事の状況を知らないエルフナインはそれに純粋な戸惑いの表情を見せながら答えた。

 

「いいえ?一度入ってしまえば乗っ取れるとは思いますが、セキュリティを突破出来ないのは以前から変わりません」

「……そうか」

 

S.O.N.G内部にガリィを手引きした者がいる、翼はその事を自分の胸の内に仕舞って指揮を続けた。

 

 

 

 

『苦戦してるようね、ガリィ』

「アンタも見てたでしょ。元々不確定要素の多い奴だから気にするだけ無駄だって」

 

いつかは奪い返されるとは思っていたけど、まさかリアクターの計算を自力で解くとまで思っていなかった。あのクソ上司が手元に置きたがる理由が分かる、アレは放置しておくには少しリスクが大き過ぎる。

 

リアクターを落としている間は暇だからアタシの新しいマスターと話しながら衛星内部を見回ってみたけど、どうもこの施設は新しいマスターがずっと管理していたようで人が立ち入る予定は無かったようだ。

 

「ねぇ、今のマスターは誰なの?」

『答える義理は無い』

「いやいや、アタシのマスターのマスターなんだからあるってば。ねぇ、教えてよぉー」

『黙って仕事をしなさい』

 

教える気は無し、もしかしたらマスターも自分より上の人間を知らないのかもしれない。

 

突然現れてテスラ財団を復活させ、パヴァリア光明結社とも組んだとなると錬金術師寄りの人間だとは思うけど、これだけの事をしでかしながら姿を隠すなんてラスボスの風上にも置けない。

 

アタシの『マスター』ですらちゃんと現場に出て装者にボコボコにされてまでチフォージュシャトーを起動するって仕事をこなしたのに、随分も引きこもり気質なボスも居たもんだ。

 

『何故マスターに拘るのですか?』

「ん?そりゃあアタシは人形、操る人が居なければ動けませんもの」

『与えられなければ動けないなんてオートスコアラーの名前は飾りですか?だから貴女達は破壊される様に設計されるんです』

「キャハハハ!それはごもっとも、アタシ達は所詮は使い捨て人形で今はたまたまゴミ箱から拾い上げられただけ。完璧を求められたアンタとは確かに違うでしょうね」

 

アタシ達はオートスコアラーは呪われた旋律を刻む為にイグナイトモードのシンフォギアには勝てない様に設計されていた。より多くの、より長い年月の想い出さえあれば勝てたかもしれないが『マスター』はアタシ達を糸で操るだけで命題の答えは自分の手で掴み取ろうとしていた。

 

それは理由さえ忘れて復讐に燃えた少女に残された最後の記憶、『世界を識る』という命題の答えを知ろうとする少女の哀れな想いがそうさせたんだろう。

そして、その想いは奇跡を前にしてその身と共に燃え尽きた。

 

『それに比べて私は貴女を造った人間とは違い優秀です、その思考回路も後々改善してあげます』

「……そりゃどうも」

 

新しいマスターは随分と自分のお頭に自信があるようだから適当に返事をしながら中央区画に戻って来ると、着実に次のリアクターの射出の準備がされていた。残り半数を切ったとはいえ、40は優に超えていて既に40時間連続でシンフォギアを纏って疲弊している装者もいつかは押し切れるだろう。

 

戦争で戦況を変えられるとはいえ一機数千万ドルとするタイタンを本当にこの個数分作るつもりだったのか、それとも『こうなる事も』予想していたのかは分からないけどそろそろ潮時ね。

 

『ガリィ、聞こえる?』

「あれま、今度はそっちから掛けてくるなんてガリィちゃん嬉しいかも!」

『装者だと!?一体何処から侵入された!?』

『いつまでも私達の上を飛べると思ったら大間違いよ』

 

完璧なんて言う割にはセキュリティをアッサリと突破したアリアが衛星内の空間投影ディスプレイにその顔を映し、マスターは慌てて追い出そうとしてるみたいだけどクソ真面目の彼奴が呑気にビデオ通話してくる時点でアリアの術中に嵌っているに違いない。

 

「でも、ちょぉっと遅かったんじゃない?」

『リアクターは全部落としてるし、次は撃たせない』

「そうは言っても、もう次が装填されてんのよねぇー」

『やめなさいガリィ!』

 

折角だから次のリアクターをアリアに見せてやろうと衛星内部のカメラを引っこ抜き、今まさに準備を終えて射出寸前のリアクターがよく見える様に映してあげた。

 

『静香』

『目標捕捉、Die Aufgabe ist leicht. Schiess(あの白い鳩を撃て)ッ!』

 

ファラのソードブレイカーと同じ哲学兵装、『魔弾の射手』によって放たれた弾丸は何千キロと離れているこの宇宙ステーションでもその甲高い発砲音が響き渡った。

 

そして射出寸前のリアクターの目の前に錬成陣が現れた瞬間、必ず命中する弾丸によってリアクターの中心部が撃ち抜かれ、エネルギーを制御できなくなったリアクターが震え出した。まともに爆発を喰らえば氷に包まれても一溜まりもないから衛星の壁を斬り破り、地球に向かって跳躍してから氷に包まれた。

 

数秒後、溜め込まれていたリアクターが一斉に爆発した強烈な爆風によって私を包んだ氷は一気に地表に向かって叩き落とされた。

氷の表面が圧縮熱で凄まじい勢いで表面を溶かされていくからすぐさま氷の表面を水の元素で包み込み、何とか氷の崩壊を防いだけどこのままじゃ墜落地点の調整が出来ないし、タイミングを見計らって解くしかないわね。

 

『ガリィ、墜落地点を伝えるわ』

「やっと?遅いんだけど」

『サウジアラビアの砂漠よ』

「さいっあく……関節に砂入っちゃうじゃない」

 

落ち始めて何分経ったか、やっと彼奴から連絡が入ると今度は砂漠に墜落予定だそうだ。ホント、役に立つ女って辛いわね。

 

『それと』

「今度は何よ」

『ティナが既にそこに居る』

 

彼奴からその言葉を聞いた瞬間、水の元素が砕け散る音が聞こえたから咄嗟に防御体勢を取ると緑色の電撃を纏った蹴りが私の腕に触れ、その勢いのまま蹴り落とされると砂漠の上に叩き落とされて砂丘を転がった。

 

転がりながらもすぐに起き上がると既にシンフォギアを纏ってLiNKERを複数投与したアリアが上段蹴りをかましてきたからそれを受け止め、地下水を探り当ててアリアの足元から水柱を吹き上がらせると瞬時に距離を取ってアタシと対峙した。

 

この為に移動用ポッドを取っておいたって訳、ホントいけ好かない奴ね。

 

「聞いていたよりも大した事ないわね」

「あらあら、勝てないから口で勝とうだなんて千年早いんじゃない?」

「ガリィ=トゥーマン、貴女を破壊するわ」

「やれるもんなら、やってみな!」

 

水が殆どない砂漠だから優位に立てていると思ったのかアリアは砂埃を巻き上がらせながら距離を詰めてきた。アタシが氷の壁を築くとそれを壊す為に蹴りを放ってきたけど、その隙に吹き上げている水を使って氷柱を放つと少しずつ距離を取りながらも氷柱は蹴り壊されていった。

 

そこへ間髪入れずに腕に氷剣を纏って足を断ち斬ろうと私から距離を詰めたけれど、私の顔に影が重なったから咄嗟に身を引いた。引いた瞬間、空から降ってきた無数の剣が砂の上に突き立てられ、シンフォギアを纏った女が姿を表すとアリアの横に並んだ。

 

戦う時は纏めているその黒い髪に似合わない『白の天羽々斬』、装者候補生とは名ばかりにその実力は全盛期の風鳴翼と大して変わらない人殺しの怪物『百合根 律』。

 

イヤラシイ采配してんわね、ヤになっちゃう。

 

「ようやくアンタも出てきたって訳」

「避けられた、思ってたよりも勘は良いみたい」

「大丈夫、私達なら十分勝てるわ」

「そりゃ随分余裕なこって」

 

二対一、これで勝算は五分になったくらいだけど長期戦は若干不利かもしれない。天羽々斬が居るからには短期戦、とはいえ此奴ら相手にシンフォギアを使う訳にもいかないしっ!?

 

「考え事してんのに攻撃してくんな!」

「知りません、私は私の役目を果たすのみ」

「このバケモンが…!」

「人形には言われたくない」

 

人間じゃ到底ありえないスピードで剣を振るう百合根の剣撃を何とか避けてはいるけれど、袈裟斬りを避けたかと思えばすぐに刀を逆手に持ち替えて斬り上げ、生粋の人殺しの剣は避けられた後のリカバリーも早くて嫌になる。

 

なーにが『ガリィなら凌げる』よ、頑張ればの話じゃない。アタシを無理矢理やる気にさせよーだなってそうはいかないんだから。

 

「取った」

「んな訳あるかバァァカ!」

「っ、ティナ!」

 

受け身なのは性に合わないから半歩遅れて下がってやると当然のように首を飛ばそうと百合根は踏み込んだけど、その足元が泥濘みになっているのが見えてなかったようで足を取られ、その隙を埋めるべくすぐさまアリアが飛び出してきた。

 

けどその攻撃をいなしながら百合根も気にしてみたけど、アリアの連撃に斬り込むタイミングが無いのか傍観していて、確かに彼奴の言う通りコレならアタシ一人でも十分勝てるかもしれない。

 

今の装者候補生は軒並み素養は高い、けどお互い『未熟の割には力がある』所為で連携がまるでなってない。隙を埋め合えば連携だと言い張るなら出来てるかもしれないけど、アタシから言わせればそんなのはただの共闘。

 

二対一ってならまだしも二人対一人なら負ける要素も無い、やっぱりガリィちゃんって強い。

 

「ほらほら、もっと打ち込みなさいな」

「クッ、言われなくてもね!」

「ほい足払い〜」

「キャッ!?」

「はいストップ、分かり易すぎよ」

 

軽い挑発をすると攻めあぐねていたアリアが脚のブースターを使った全力の上段蹴りを放とうとしたから軸足を氷の槍で叩くと見事に転んで砂の上を転がっていき、ここぞとばかりに詰め寄ってきた百合根に矛先を向けると間合いに入る前にその足を止めた。

 

ちょっと弱過ぎんでしょ、足元を狙う卑怯な敵なんて五万と居るのにこんなんじゃ情けない死に方するわよ。

 

『ガリィも戦闘なら随分とやるようですね』

 

二人に睨まれながらここからどう運ぶべきか考えていると突然上空から声が聞こえる同時に光弾が二人に襲いかかり、二人共避けはしたがアタシに加えて新手も来たとあって気を引き締めているようだ。

 

「チッ、見てたんならさっさと来て下さいよ」

『貴女が衛星を落としたから一応警戒していただけです』

「アレ落としたのイチイバルの装者候補生だっての。アタシじゃないし」

『必中の弾丸を放つ装者が居るくらい覚えておきなさい』

「ハイハイ以後気をつけまーす」

 

新しいマスターがねちっこく嫌味を言ってくるからテキトーに遇らうと、光化学迷彩を解いたマスターが地上に降りてきたけどその姿を見たアリアは目を丸くしていた。

 

「ロボット……AIがテスラ財団の幹部なの?」

『如何にも。リインカネーションの更なる境地、死なない事を前提とし何人でも何十人にも増える事が出来る私がリアクターの管理人。名前は特に付けられていませんが、便宜上「ウラノス」とでもお呼び下さい』

 

人工衛星を操っていたテスラ財団のAI、ウラノスは衛星に積んであったロボットの身体に自身のデータを移してきたようで紳士のような礼をしているけれど、剥き出しになっている配線とか一つ目とか不気味ったらありゃしない。

 

けどその胸にはリアクターが三つ付いていて、リアクターの制御に自信があるマスターが暴走させるとは思えないから単純に考えてもタイタンの三倍の出力。これならすぐにやられるって事もないでしょうし、アタシはやりやすい方を相手にしますか。

 

「マスターはアッチをお願いしますね。私は宣言通り彼奴から」

『仕方ありません、その提案に乗りましょう』

「そんじゃあお先に!」

『っ、泥を掛けないで貰えますか』

 

これで二対二、ようやくまともな勝負になるから濡れた砂を凍らせてアリアの方へ滑り降りながら両腕の氷剣で斬り込み、アリアも大振りを減らしてとにかく此方の手数を減らそうと的確に氷剣を狙ってきた。

 

その足元から水柱を立ち昇らせてもすぐに距離を取ったから追うように水柱を立てていき、アリアには避けられたけど周囲の砂は水を吸って瞬く間に泥へと変わって私に有利な戦場に変わっていくと、アリアはすぐには距離を詰めずに周囲を見渡した。

 

すぐ側ではマスターと百合根が戦っているけど互角、どちらかと言えば百合根の方が押しているようにも見えるがまだマスターが本気を出してるとも思えない。

呑気に二人の様子を見て怪訝そうな表情を浮かべて隙を見せてるから氷の槍を投げ付けると、それは蹴り一つで砕け散ったけれど私の方を見たアリアがインカムを押さえて誰かに連絡を取り始めた。

 

「ほらほら、そんな事してたらどんどん不利になるわよ!」

『邪魔をするなガリィ!』

「割り込んで来たのはマスターなんだから文句言わないで下さいよー」

 

たとえ砂漠だろうが水さえあれば私の能力は応用力が増し、私の氷もより強力な効果を発揮する様になる。

 

更に私に有利な戦場に変える為に周囲に十本の水柱を立ち昇らせると、緩やかな坂を描いていた砂丘も水を含んだ自重によって崩れ落ち始め、次第に周囲は高低差が少なく濡れ固まった泥の平地へと姿を変えていった。

 

そしてようやく『分かってくれた』のか、アリアは何とも面倒臭そうな顔をしながらも通信を終えると今度は向こうから仕掛けてきた。当然迎え撃とうと構えたけど、今度は蹴りじゃなくて手が伸びてきたから無防備でいてやるとその手は私の胸倉を掴んで顔を引き寄せてきた。

 

「準備したけど、もうちょっと分かりやすくしなさいよ…!」

「アンタが自力で気付かなきゃバレるっての。もっと頭使いなさいよ」

「全く、少しは上司らしくしなさい…よッ!」

「ヅァッ!?」

『何を手こずっているのですか?先程は二人相手でもいなしていたのに』

「うっさいわね鉄クズ!アンタは黙ってなさい!」

 

ここまでお膳立てしてあと少しの美味い所を一緒の手柄にしてやろうってのに、クソ真面目は手を離すと同時に顔面を蹴り飛ばしてきやがった。

すぐに立ち上がるとクソ真面目は如何にも『手を貸しました』と言わんばかりの顔をしていて、鉄クズの側に蹴り飛ばしたのを手伝ったと言い張るのならこっちにだって考えはある。

 

『ガリィ、貴女は何方の味方をしているのですか』

 

けど、まずはコッチを仕留める事を優先させるべきね。ガリィちゃんの唯一の怒りのスイッチを踏み躙った鉄クズはここでスクラップに変えてやらなきゃ。

 

そろそろ鉄クズの仲間ごっこも飽きてきたから足元に巨大な錬成陣を敷くと鉄クズはすぐに空中に飛んで氷漬けを回避しようとしたけど、残念ながら目的は氷漬けじゃない。

 

地下水の流れを変える事で地下で描かれた巨大な錬成陣は直径200mを優に超える巨大なドームを高速で形成し始め、地表から少し飛べば効かないと侮っていた鉄クズはすぐに脱出しようとしたけどドームの蓋はそれを待たずして完全に締め切られた。

 

鉄クズも何とか逃げようとリアクターから光線を出して破壊を試みているけど、誰がこのドームを作ったのかもう忘れてしまったみたいだ。

 

「キャハハハ、このアタシが何分準備に掛けたと思ってんのよ!そんなチャチな攻撃で壊せるわけないでしょ!」

『……いいでしょう、同じ機械のよしみで勧誘しましたが気が変わりました』

 

光線程度の攻撃ではビクともしないアタシの氷壁を前に逃走を諦めたフリをしている鉄クズは振り返ってアタシ達を見下ろし、アリアも未だ事態の急展開に付いて来れていない百合根を連れてアタシの背中に隠れてきた。

 

「結局、ガリィはどっちの味方なんですか?」

「一応私達、そうでしょガリィ」

「まぁそんなとこよ、あの飛行機に乗る前から大体こんな手筈になってたのよ。そしたらアンタ等が衛星落とすのが遅いの何の、わざわざリアクターの位置教えなきゃ落とせないってのは酷くない?」

「前を向きなさいガリィ、お望みの準備はしたんだからそろそろ本気で戦って貰うわよ」

 

察しの悪いガキンチョの為にわざわざ私の完璧な潜入を説明してやってんのにクソ真面目が急かしてきて、仕方ないから鉄クズと向かい合うと鉄クズはいつでも殺せるからか不意打ちも無しに待っていた。

 

それも自分が完璧だと思ってるが故の慢心、たかが機械の癖に笑っちゃうわね。

 

『貴女のようなガラクタに何が出来る?この壁も貴女を壊せば崩れ去るのでしょう?』

「ええ勿論。ただ、テメーは絶対此処で破壊するけど」

『やれるものならやってみるといい、性能の差をその身に刻んでやる』

「アンタ等は此処で大人しく見てなさい。あっ、ガリィちゃんのお着替えは見ちゃやーよっ?」

「分かったから早くしなさい!」

 

性能は向こうに分があるのは分かっているけど、こっちには向こうにはない『刻まれた旋律』がある。癪だけど、アタシの『マスター』を愚弄した鉄クズはスクラップにしてあげないと。

 

早速奥の手を披露する為胸の中央を指で押すとアウフヴァッヘン波形を遮断する格納シェルが開き、その中に収納されていたシンフォギアのペンダントが射出されたからそれを手で掴み取ると、空である筈の胸の奥から止め処なく力が溢れてきた。

 

急かす人はやーね。アンタもそう思うでしょ、アガートラームちゃん?

 

『アガートラームだと!?何故貴女がそれを持っている!?』

「あれ?その情報は貰ってなかったんだ?ならアンタも使い捨てみたい!アリア、やっちゃって!」

「撃ってください」

 

アタシがアガートラームの装者だと知らされていなかった鉄クズは自分のデータを電波で飛ばして何処かで自己複製しようとしてたみたいだけど、アタシの意図を汲んだアリアの指示と同時にドームを包み込む程の妨害電波が宇宙にある人工衛星から降り注いだ。

 

上空から見れば真円を描くように砂漠を濡らすのには苦労したけど、その甲斐もあってデータ送信を完全に妨害出来ているようで表情の変わらない鉄クズも焦っているのがよく分かる。

 

さっすが各国が雁首揃えて作った人工衛星、揃いも揃って妨害電波が撃てるなんて科学ってステキ!それじゃあアタシはその科学も霞む程の錬金術を見せてあげなきゃね!

 

Caliy meorias airget-lamh tron(枯れた聖杯を満たす呪い)

 

聖詠に応えたアガートラームが光の粒子となってアタシの身体に包み込み、降り注ぐ鉄クズの光弾もアタシのアームドギアが勝手に元素の壁で築いて防ぎ切り、次第に鎧が形成されていくと胸の奥から歌が聞こえてきた。

 

あのポンコツ装者に刻み込まれた旋律がもたらしたアタシと奇跡の適合、『マスター』が奇跡を殺すと言っていたのに適合者になっていた時は笑ってしまった。奇跡を殺す為に生まれた私達が奇跡を纏えるようになるなんて、こんな皮肉が有るものなのか。

 

神に心底嫌われているアタシ達が復活した理由、それが分かるまではアタシ達は『マスター』の命令も無しに負けてその尊厳を堕とす事も『マスター』を愚弄する者を許す事も決してありえない。

『氷腕・アガートラーム』はその為に彼奴から受け継いだ力なんだから。

 

「《氷のように 冷たく沈んだ過去を》!」

『戯言を、人の猿真似で何ができる!』

 

三つのリアクターでその能力が底上げされている鉄クズはタイタンとは思えない程の速度でアタシに飛び蹴りをかましたけど、その蹴りはアガートラームの障壁と水の元素を織り交ぜた『絶対防御』によって完全に受け止められて、ドーム内には衝撃音が鳴り響き鉄クズの足は衝撃に耐え切れずひしゃげていた。

 

ざーんねん、これ壊せるの立花響だけだから!

 

『何ィ!?』

「《砕く力今 それがココロにあるのなら》!」

 

『確実に貫ける』、自身のステータスに絶対の自信を持っていた鉄クズは回避行動は考えていなかったようで、障壁を鉄クズに向かって蹴り壊すと砕け散った障壁の破片は次々と鉄クズの身体に突き刺さり、また猿の一つ覚えで飛び上がってアタシと距離を置いた。

 

だけどここはアタシが用意したフィールド、このドーム全域がアタシの攻撃範囲なのは当然。アタシが指を鳴らせばドームの外殻から鉄クズに向かって氷柱が無数に撃ち出され、鉄クズに反撃のチャンスなんか与える訳がない。

 

一方的に攻撃して一方的に嬲り殺す、それが出来ない二流装者達に用なんて無いのよ!

 

「完全に押してる……これがガリィの本気なの?」

「普段よりも錬金術の出がかなり早い。多分ガリィのアームドギアは錬金じゃないかな』」

 

惜しい、正確にはこのカラダそのものがアームドギア。決して満ちる事のない聖杯(アタシ)を傷付ける事はこのシンフォギアが許さないのよ!

 

「《サダメも過去もナゲキもキオクもアイも》!」

『小賢しい!既に廃れた錬金術如きに私が壊せると思うな!』

 

私に一切近付けずに防戦一方の鉄クズは周囲に光線をばら撒いて氷柱を飛ばしていた錬成陣を破壊すると、胸の三つのリアクターが蒼い閃光を放ち始めた。小賢しくも目眩しかと思ったけど、これまで傷付けていた鉄クズの身体が瞬く間に修復されるのを見ると流石のアタシも驚いた。

 

決めた、アイツの破壊はやーめた!

 

自動修復されるんじゃ壊すのも面倒だし、何よりもあの機能はアタシも欲しい。絶対防御を解いて今度はアタシから攻めてあげようと跳ぶと、鉄クズは迎え撃とうと光線を撃ってるけどその全ては絶対防御によって防ぎ切られた。

 

「《全部込めた奇跡(ウタ) 唄いあげてェッ!?」

『驕ったな、ガリィ!』

「ガリィ!?」

 

だけどエネルギーを手に収束させた鉄クズの手刀は絶対防御までも斬り裂いて私の身体を両断し、地上で見ていたアリアの悲痛の叫び声が聞こえてきた。心配してくれるのはありがたいんだけど、

 

「《アタシが今を生きる》!」

 

こんなのに騙されてるんじゃアタシには勝てっこないわよ!

 

両断された私の分身がただの水の塊となって鉄クズを被さるとその身体を水浸しにし、鉄クズは既に背後を取られていることに気付いて振り返ったけれどアタシの右腕は既に氷で包まれている。

 

「《意味を(ココ)に刻んで》ッ!」

 

《シュネーレクイエム》

 

アタシはアガートラームと錬金術によって生み出された圧倒的な質量を持つ巨大な氷腕で鉄クズを殴り、その勢いのまま地面に叩きつけると氷の錬成陣をその身体に刻まれた鉄クズは泥の中に半身を埋めたまま瞬く間に凍り付いていった。

 

どんなに立ち上がろうと力を込めてもドーム内の泥は鉄クズの身体と共に完全に凍り付く事で数十tという重りと化し、どんなに光線で破壊しようとしても『マスター』への忠誠を具現化させた氷を壊す事も出来やしない。

アタシは『あの子』の為に奇跡を纏ってるんだ。所詮科学で生み出されただけの機械に負けるわけがないのに、本気で勝てると思ってただなんて哀れな事だ。

 

アタシも凍り付いた地上に降りると腕も自由に触れない程身体が埋もれている鉄クズは凍り付いた顔をアタシに向け、アタシもその目の前でしゃがんで目線を合わせてあげた。ちょっとアタシの方が高いけど、泥の中に入るのなんて嫌だから仕方ない。

 

「ロクな経験値も無いのにいきなり実戦に出るからそうなんのよ」

『卑怯者が!』

「卑怯で結構ケッコーコケコッコーってね。アタシの性根が腐ってるのは今に始まった事じゃないし。でもね」

 

機械に相手を卑怯だと感じる思考回路があるとは思えない、どうせ人間の学習をさせてより人間的思考が出来るように育てられていたんだろう。

 

そんなツクリモノの感情しか持たない鉄クズの頭を掴み、無理やりその無感情な顔をアタシに向けさせた。

 

「『マスター』を愚弄されて黙ってられる程、アタシは心まで腐らせたつもりはないのよ。主人に利用されていただけのアンタには分かんないでしょうけどね」

 

いつか死ぬ身と分かっていても名前を付けて、服を与えてくれて、役目を果たさせてくれた『マスター』に対する感情が分からない鉄クズといつまでも話していても仕方がない。たとえそれが愚かだと分かっていても付き従ってしまうどうしようもない感情を此奴は知らないのだから。

 

さっさと帰る為に鉄クズの単眼を叩き割り、他の回路は凍り付いているのにエネルギー回路だけは今もリアクターをフル稼働させているからか蒸気を上げて分かりやすく自己主張をしていた。

遠慮なくそのエネルギー回路を手掴みで引き千切り、剥き出しの配線からエネルギーを吸収し始めると鉄クズは暴れようとしたけどその抵抗も虚しくエネルギーは私の中へと蓄えられていった。

 

『やめなさいガリィ!』

「ヤメナサイガリィ、アンタに指図される筋合いが無いっつーの」

 

エネルギーを絞れるだけ絞り切った鉄クズは自慢のリアクターも残り一つを残して機能が停止し、私の中に溜め込まれた余剰分のエネルギーは全て錬金術に回してドーム内に吹雪を吹き荒れさせると、鉄クズは自身の回路まで凍り付かせない為か全身から発熱を始めた。

 

でもそのエネルギーも既に底は見えている、きっと数時間後には完全に機能が停止して回路も凍り付き再起不能になる事も理解しているに違いない。

 

「アンタは此処で『死ぬ』のよ。残りの命を精々楽しんで下さいねっ」

 

湿っぽいのは嫌だから出来る限り精一杯の笑顔を見せてから別れの挨拶をすると迫り来る死に恐怖を学習したのか、鉄クズは何か言ってるようだけど吹雪く轟音で掻き消されて聞こえやしない。

ドームの中は少しずつ気温が下がっていき装者達も寒そうにしているから二人を連れてドームに穴を開け、灼熱の砂漠に出てから鉄クズの叫び声が響いているドームを再び締め切ると辺りはまた静けさを取り戻していた。

 

「やっと終わったぁ、ガリィもうくたくたです」

「S.O.N.Gにも初めから連絡していればこんなに大事にならずに済んだのよ」

「裏切りではなく潜入、そういう事なら司令達も力を貸してくれた筈です」

 

これでようやくアタシの任務は完了だからシンフォギアは解除したけど、二人は暑いのが嫌なのか未だにシンフォギアを纏っていて見てるこっちが暑苦しい。

 

だけど今はその方が私にとっても都合が良いか。

 

「アリア、ちょっとこっち来て」

「今度は何ィッ!?」

「ティナ!?ガりっ!?」

 

アタシの分かりやすい誘導に対して蹴りで返してきたアリアがのこのこ歩いて来たらその顔面を殴り飛ばし、アリアは砂丘を転がり落ちていくと百合根は刀を構えたけど、その足場を水で流してやると百合根も仲良く丘を転がっていった。

 

これで蹴った分は帳消し、こんなもんで許して貰えるんだから感謝して欲しいくらいよ。

 

「それじゃあアタシ先に帰るから!アンタ等も早く帰れるといいわね!」

「待ちなさいガリィ!?」

「えー!?きこえなーい!?」

 

丘の下で二人がアタシと戦うべく構えているけど、アタシはテレポートジェムを取り出して叩き割ると足元に錬成陣が現れ、二人が何か言ってるようだけど生憎轟音で耳がおかしくなったのか聞こえやしない。

 

聞こえないからエルフナインに修理して貰う為に一足先に帰ると去り際に何か叫んでたように聞こえたけど、きっと私に労いの言葉を掛けてくれていたに違いない。

 

ガリィったら相変わらず人気者ね!

 

 

 

 

 

ガリィからは『全部破壊が可能な地点に落としていた』という報告を聞き、静香が魔弾を撃てるように座標を教えた事やウラノスを破壊した事を考えて元より潜入するのが目的だったのは間違いはないだろう。

 

ガリィ自身も『指示に従っただけ』の一点張りなのも無駄な手間を嫌うガリィの性格を考慮しても嘘ではないだろう。つまり、

 

「今回の作戦はどういう事だ、立花本部長」

『どうもこうも、ガリィを国連の装者にする事を認めたのは風鳴司令よ』

 

今回のガリィの潜入は国連側の独断。協力すると言いながらS.O.N.Gすらも騙して一時的にS.O.N.Gのシステムを乗っ取るなんて前代未聞の事態だ。

 

アリアの言う通り今回は上手くいったがそれとこれとは話が違う。先代がシンフォギアの利権に拘ってなし得なかった協力関係を、私達が築き上げてきた信頼関係を立花本部長自らが水の泡に変えようとしたんだ。

たとえかつて肩を並べた装者であっても、今戦っている装者達に無為な危険を及ぼそうというのならば防人たる私にはそれを阻止する義務がある。

 

「何故私にも連絡も無しに被害が出る可能性のある作戦を決行したのかと聞いている」

『その質問に答える義務はないわ』

「つまり協力関係を打ち切りたいという訳だな」

「ふ、二人共落ち着くデスよ!?」

「響先輩にも何か考えがある筈!」

 

当然だ、私も立花が人の命を弄ぶようなことをするとは毛程にも思っていない。だが我々を信じているのであれば万が一の事を考えて私には言っておくべきだったのには変わりない。

 

あの子達は装者候補生でありながら命を懸けて戦っているんだ、それを大人である私達の都合で命の危険に晒すわけにはいかない。

 

『暫くはガリィも其方に預ける。私達が居なくても何か進展があるのなら対応は其方に任せるわ』

「私には言えない事なのか?」

『………ティナの事、よろしくお願いします』

 

誰よりも人を大切にする立花がそうまでして守ろうとしている情報、その答えは教えてはくれなかったが立花はアリアを私達に託すと共に通信を切った。

 

今回の件でその異能を発揮したアリアを託すという事は私達を信用していない訳ではない。そうなればやはりS.O.N.G内部の情報が断片的に漏れている事を警戒しているのかもしれない。

しかし、分析官から工作員まで素性は完全に把握しているし常に持ち歩かせている端末は音声を自動で聞き取ってその内容を分析している。だから不穏な動きがあれば既に誰が内通者か分かっている筈だ。

 

だが、装者候補生の中でアリアだけは本人が肌身離さず持っているタブレットがあるから端末を持たせてはいない。それが何を意味するのか、確かめなければならないだろう。

 

「アリアは今どこにいる?」

「今は専用機でインドの上空です」

「そうか………今後はアリアにも端末を持たせるように手配するんだ。それとアリアには密偵として緒川を付ける、勘繰られないように注意しろ」

「分かりました」

 

取り越し苦労であってくれよ、アリア。

 



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「装者候補生選抜試験」

ここでようやくアリアの容姿を出します


レジ袋を両手に持ち、風鳴司令に言われた通り資料室に来てみると資料室の主は今日も椅子に座って本を読んでいた。腰程に伸ばした綺麗な金髪を変わった形の髪留めでポニーテールにして纏め、遠くからでも分かるくらい整った横顔はあの時と変わらず落ち着いた大人そのもので私の憧れでもある。

 

歩きながらレジ袋が擦れる音を立てても探し人はまだ本を読んでいて、私がテーブルの上に中身の入ったレジ袋を置くとようやく本から顔を上げ、そして私に気付いて琥珀色の瞳を向けると落ち着きを払った微笑みを浮かべた。

 

「あら、静香じゃない。今日は非番でしょ?」

「私の家はこのビルなので。アリアさんこそ、今日も読書ですか?」

「此処なら誰も来ないでしょ」

「そうやってまた一人になって、友達できませんよ」

「ぐっ、言うようになったわね……」

 

一人で読書をしていたアリアさんの隣に座り、ちゃんと人付き合いをするように助言をすると胸を押さえてるけど、そう言いながらもアリアさんが誰かを嫌いになっている所は一度も見た事がない。

 

どんなに悔しい思いをしても、どんなに辛くてもアリアさんは自分で全部解決しようと頑張っていた。きっと私と同じで人付き合いが苦手なタイプ、真面目過ぎるほど真面目な性格が人との距離を保とうしているに違いない。

 

そんな凄く強くて優しいアリアさんと初めて出会った時の約束を守る為、レジ袋の中に入っていたスーパーで一番高かった弁当を取り出してからアリアさんに差し出した。

 

「あの時のお返しです」

「ああ、気にしなくていいのに」

「駄目です、約束は守る為にあるんですから」

 

弁当を差し出されてすぐに約束を思い出したアリアさんは本を閉じてから懐かしそうに笑っていて、私もようやく約束を果たせて心残りが一つ消えていった。

 

 

 

 

 

百合根さん、私、そして聖遺物を強盗に使っていて捕まったけれど偶然ザババとの適性があった譜吹姉妹は元々S.O.N.Gから直接勧誘された装者候補生。それに対してアリアさんは特別枠として装者候補生選抜試験に参加する事になっていた。

 

既に装者候補生である私達が試験を受ける必要は無かったけれど、試験を受ける50人の中に私達よりも才能のある人が居ればその席を交代するという話を聞き、テストに参加する人を全員不合格にするつもりで私達も参加を志願した。

 

その時は今程関係も良くなかったしお互いの事もよく知らなかったけど利害の一致で協力し、風鳴司令達も何故か参加に関しては何も言わなかったから参加者として私達は列に混ざっていた。

 

「よく集まってくれた。君達はS.O.N.Gに装者として入隊するべく此処に来てくれたんだろう。だが装者になれるのはこの中の数人だけ、それ以外の者は立ち去って貰う事になる。今の内に分析官への志望に変えたい者が居るなら名乗り出て欲しい。分析官とはいえその席は多くはない、能力が拮抗している君達の場合は早い者勝ちにせざるを得ないからな」

 

今にも雨が降りそうな曇天の中、参加者が集められた大きなスタジアムで全員の前に立って話している司令は普段とは違って突き放すような言い方をしていて、恐らく意志の弱い人の選定をその時からしていたんだろう。

 

だけど良くも悪くも自信を持っている人だけが志願して参加しているこの場では動く人は居らず、司令も一安心した様に口の端を緩ませていたがすぐに引き締めていた。

 

「それではこれより選抜試験を始める!まずは基礎体力テストとして10km走、各員位置に付け!」

 

話を終えると早速マラソンの準備をさせられた参加者達は良い所を見せる為にスタートラインの前の方へと出ていき、私達四人は押し出される様に最後尾に追いやられた。

 

たかだか数メートルの差を気にするつもりもないし、海未さんに至ってはわざと一番後ろまで下がって楽しそうに笑っていた。

 

「体力勝負なら私が一番だもんね〜。おチビちゃん肩車してあげようか?」

「遠慮します。自分で走った方が早いので」

「でも海未は早いよ〜、私でも勝てないし〜」

「喋ってると号令を聞き流すよ」

 

訓練にまるで参加しない譜吹姉妹だけれど、司令が緊急訓練を行う際には決して遅れを取らない辺りこの二人の根底にある才能は眼を見張る物がある。それを補うかのように素行の悪さも目立つけれど、その時はそういう人達なんだと私は特に気にはしていなかった。

 

けど、前の方へと詰めていく人の流れに逆らって一人だけ私達の方へと歩いて来た。私達が既に候補生である事を知られたくないからすぐに黙ったけど、その人は特に気にする事なく私達とすれ違うと海未さんまで抜いて最後尾に着いた。

 

「おっ、自信満々だね〜」

 

自分よりも後ろに下がったその人に海未さんは絡もうとしたけど、その人はそれを一瞥するだけで相手にせず、海未は詰まらなさそうにしていたけど司令が笛を構えると真剣な表情に変えた。

 

そして司令が吹いた笛の音がスタジアムに響き渡ると参加者は一斉に走り出し、私達はその後を追う様にスタートを切ったけど、海未さんは早速全速力で集団を追い抜いて先頭に躍り出た。

 

体力に自信があるとはいえ最初から遊ぶだなんて海未さんらしいと呆れていると、最後尾の人も凄まじい速さで私達の横を走り過ぎて行った。

既に最初のトラックのカーブに差し掛かっていた海未さんに並ぶとそのまま追い抜いてしまい、私達も唖然としているとその人はまた海未さんを横目で見てからペースを落とした。

 

「あれじゃあ体力保たなそうだね〜」

「そうだね、緊張してるのは分かるけど海未ちゃんのペースに乗るのは得策じゃない」

 

一位を奪われた海未さんは逆上して再び抜き返すと後ろを向いてから舌を出して挑発していて、その人は挑発に乗ることは無かったけれど海未さんが前を向くと再びペースを上げて海未の前へと出た。

 

一見冷静かと思えば一位に拘るなんて馬鹿な人だ、最初はそう思っていたけどそんな調子が5km程続くと参加者のペースが次第に落ちていく中で二人は未だに一位争いを続けていた。

 

そして、疲れが出始めている私達に追い打ちをかける様に大粒の雨が降り始め、服が雨で濡れて重くなり足場も悪くなると余計に体力を持っていかれていく。『急な逆境にも対応し得る体力と精神力』、わざわざ雨になる時間帯を選んだのだからそんな事だろうと思っていたから体力を温存していた私は少しずつ前へと出始めた。

 

他の二人も先に前へと走り出したけれど一位争いの二人は未だに後続を引き離して走り続けていた。

 

「この、こんなちびっ子に負けてられないわよ……!」

「そうですか。大きい人は大変ですね」

 

スタートラインの先頭に立っていた人が私に抜かれて何か言っていたようだけど、走りながら頭を使うのは体力の無駄だから適当に答えて集団を抜けて前に出ると、既に百合根さん空さんに続いて私が上位五位の中に入っていた。

 

そして一位は海未さんだったけれどその無尽蔵な体力はそれを追いかける人にペースを乱された事によって削り取られていて、それが初めから狙いだったのだと気付くのは容易だった。

 

「ハァ……ハァ…このぉ、嫌なヤツ…!」

 

暫定一位を取るのではなく、最終的な一位を取る事を選んだその人は一位候補の海未さんのペースを乱す事で体力を使わせていたんだろう。それも並みの体力で叶う話ではないけれど、その人は残り一周になってからラストスパートを掛けて海未さんを追い抜き、海未さんもそれに必死に喰らい付こうとしていた。

 

だけどそのまま順位が変わることはなく、一位はその人になって二位の海未さんがそのままゴールするとその場に倒れ込んでしまい、私達もゴールしてから海未さんをトラックから引き摺り出すとその人は雨に打たれながらその様子を見詰めていた。

 

「貴女達、候補生なのね」

「……うん、違うよ」

「それなら隠してた方がいいわ。厄介になるわ」

 

その人は私達が既に候補生である事に気付いたのにも関わらずそれを気に留めず、律さんの返答に対してそう言い残すと司令達が待つテントの方へと歩き出していった。

負けるとは思っていなかった海未さんは悔しそうに睨んでいたけど、私達はその人の異様さには気付いていた。

 

海未さんと体力勝負をしたのにまるで息を切らしていない。安泰だと思っていた私達の座を脅かす人が居る事を知った私達はその人だけは脅威だと認識していた。

 

全員がゴールするとスタジアムから場所を移してテーブルが並んだホールへ向かうと、今度は知力テストとして数学や化学、様々な国の歴史等のテストを始まった。様々な聖遺物を扱うことになる私達が出典を知らない訳にはいかない、だから多少は勉強していたお陰で特に躓く事なく解答を進めていった。

 

けど、隣で解いている人のペースが異様に早いから怪しまれない様に目だけを向けると、その人は目に映った問題を片っ端から解いていてまるで答えを知っていたかの様にペンが止まることが無かった。

 

『緊急招集!参加者は全員トラックに集合!』

 

どうやってそんな速度で解いているのか分からないでいると突然放送が入り、大雨が降っている外に出るように指示された。他の参加者達も次は良いところを見せようと慌ててホールから出て行き、その人もそれに付いて行ったからその解答用紙を覗くと殆どの問題に解答が埋められていた。

 

そして私が見る限りでは全て正解だから驚いていると背後からバインダーで頭を叩かれ、気配がしなかった背後を振り返ると其処には風鳴司令が立っていた。

 

「人の答えを見るんじゃない」

「でも問題は全部違う、違いますか?」

「モラルの話をしている、早く行くんだ」

 

どうせ問題が同じな訳がないから解答用紙を見ていたけど、そもそも見るなと言われると従わざるを得ないから最後にその人の名前を覗いてトラックの方へ走り出した。

 

その人の名前はアリア・カバルティーナ、後に通常の参加者とは違って自らS.O.N.Gに連絡を取ってテストに参加したと知った私達はアリアさんの才能に驚かされるばかりだった。

 

 

 

 

 

「あの後何で海未さんに一位を譲ったんですか?」

「私の体力は十二分に見せたから争う理由が無かったもの」

 

知力テストの後に再び雨の中でマラソンをさせられ、その後また知力テストを受けた想い出を話していると、あの頃とは違ってアリアさんも楽しそうにその時の話してくれた。

 

一番の才能を発揮していたアリアさんには驚かされてばかりだった初日だったけど、アリアさん自身も司令達に実力を見せる為に色々工夫をしていたと聞くと真面目な人だと感じざるを得ない。

 

クソ真面目、本人がそれを認めるだけはある。

 

『ん〜?シズシズと真面目ちゃんじゃん〜』

『ホントだ〜』

 

私達が昔話に花を咲かせているとと居住スペースから離れているのに意外な声が聞こえ、扉の方を向くと扉の陰からハンバーガーショップの袋を携えた譜吹姉妹が顔を出していた。

 

何かを探してるかのように辺りを見回してから部屋に入って来て私達の向かい側に座り、袋の中から買って来た物を取り出し始めた。

 

「何で倉庫の方から歩いて来たんですか?」

「今日学校サボちゃってるから司令に追われててね〜」

「此処なら普段来ないから探されないかな〜って」

「司令呼ぶわね」

「そんな悪いお口にはこれをあげよ〜」

 

またこの二人は学校をサボったのかと呆れたアリアさんが司令を呼ぼうと先日支給された端末を操作したけど、すかさず袋の中からストローが刺さった紙カップを差し出されるとアリアさんの手が止まった。

 

「………中身は?」

「バニラシェイク、好きでしょ〜」

「………今回だけよ」

 

アリアさんの数少ない好物、バニラアイスをシャーベット状にした飲み物を海未さんが差し出すと、屈託のない笑みを浮かべた海未さんから顔を背けながらもアリアさんはそれを受け取って口に運んでいた。

 

昔ならそんな物で許したりはしなかっただろうけど、好きな物で釣られて許してあげたりするようになったのはアリアさんがそれだけ心を許している証に違いない。

 

「シズシズにはハンバーガーをあげよ〜」

「ありがとうございます、空さん」

「それにしても何で真面目ちゃんだけ弁当持ってるの〜?」

「選抜テストの時のお礼を返したんです」

 

空さんからハンバーガーを受け取りながらアリアさんが弁当を持ってる理由を説明すると、二人は暫くお互いの顔を見つめ合ってから『ああ〜!』と声を合わせていた。

 

 

 

 

体力テストと知力テストの反復を3回くらい繰り返した後は各自自室にて休養になった。30時間殆ど飲まず食わずで逃走した経験がある私と海未でも疲れたくらいだ、他の参加者達じゃ耐えられるわけもなく初日は静かな夜を過ごした。

 

そして次の日の朝、食堂での朝食後に世間様には見せ辛い訓練所がある地下へと連れて行かれ、射撃場からあらゆるシチュエーションを再現出来る広大なトレーニングルームにやって来ると他の参加者は感嘆のため息を吐いていた。

 

「いつ如何なる時も装者はペンダントを手放すことはない。しかし、隠密を要する任務もある以上は本人達の戦闘技能も当然要求される。君達には半数に分かれてもらい、チーム制の勝ち抜き模擬戦闘を行って貰う。両チーム一名ずつ選出し、負けた方は交代して勝った者はそのまま次も戦い、最後の一人が負けるまで戦って貰う」

「は〜い、しつも〜ん」

「何だ?」

「それって一人で全員倒しちゃってもいいんですか〜?」

「当然構わない。その後に控える者達の実力を測れないのは残念だが、その代わりに候補生を選出するには丁度いいデータになる」

 

海未の質問に対して風鳴司令も煽るような説明をすると、参加者達もチームで勝つ以外に自分が勝ち続けるという目的を植え付けられて俄然やる気を出したみたいだった。

 

けど海未の狙いは知能テストで途轍もない結果を出していたアリア一人、模擬戦闘で勝てば前日の失態は取り返せると思っていたんだろう。そして、

 

「何でこの人と一緒のチームなの〜!?」

 

当然海未の狙いを分かっていた司令は海未と私を別チームにして、海未とアリアを同じチームにすると海未は大声で叫んでいたけど司令はそれに聞く耳を持たず、候補生達はトレーニングルームへと入っていった。

 

その中で私がやる気満々だった海未の背中をさすって宥めていると、他の参加者に紛れつつアリアが私達の横に並んできた。

 

「私と一緒で何か問題があるの?」

「別に……キミに勝ちたかっただけだし…」

「そう、なら良いわ。姉妹相手になっても手を抜かないでもらえるなら私は構わない」

「よく姉妹って分かったね〜」

「見てれば分かるわよ」

 

私と海未は髪色は銀色と水色で違うし、目の色や肌の色だって全然違うのに『姉妹』だと呼んだアリアはそう言って自身のチームの方へと合流し、海未もモヤモヤした様子ではあったけど一旦私達は分かれて自分のチームに合流した。

 

「それじゃあ最初は誰が良い?立候補者が居るならその人達が優先的に出ていいよ」

「それじゃあ私が出るわ」

「あっ、ちょっと!?」

 

流石は装者候補生の纏め役である律と言った所か、お互いがライバルであるけれど同じチームとして勝つ為にリーダーシップを発揮して纏め上げていた。けど体力テストで6位だった如何にも強気な参加者、確か「ローリー」という名前の参加者が他の立候補者を差し置いて部屋の中央へと歩いていった。

 

律もそれには肩を竦めながらも出てしまったものは仕方ないから一番手は託すと、準備されていた近距離武器の中からローリーはゴム製のナイフを選ぶと対戦相手と対峙した。

すると言うだけあったようでローリーは難無く最初の対戦相手を制し、続けて複数人倒し続けるとこっちの手柄が減ると分かっていても歓声が上がっていた。

 

「大した事ないわね。このままじゃ本当に全員倒しちゃうわよ」

『私がやります』

 

ローリーの挑発に相手チームも唸っていると最初の難関である静香が名乗りを上げ、ローリーはまだ小学生で身長にもかなりの差がある静香を見て鼻で笑っていた。

 

けど静香はそんな煽りは気にも留めずにナイフと拳銃を選んでからローリーの対峙し、司令の合図と共に二人は同時に動き出したけれどローリーの動きはすぐに止まった。

 

「すばしっこいわね!」

「遅いですね」

 

体躯こそ確かに年齢通りの小学生だけど、中身は私達でも敵わない程成熟してる静香にとって小さな身体はメリットの方が多い。武器だって両手に持ってるからといっても結局はその使い手の技量が低ければ意味が無い。

 

ローリーのナイフの動きは小柄な静香に当てる為にその動きが制限されているのに対し、静香はローリーのナイフを片手で捌きながら足りないリーチを補う為にペイント弾を撃っていて、ローリーも時折向けられる銃口を逸らす事に精一杯でその攻め手は完全に封じ込められていた。

 

「嫌な相手だね〜」

「賢い子だから小さな体を最大限活かしてくるのは当然だよ」

 

ローリーは自身の間合いの内側に潜り込んだ静香を抑える為に静香の手を掴んだけれど、静香は目にも留まらぬ速さでローリーの腕を振り解きつつローリーの膝を崩し、背後に回って腕を捻り上げながら拳銃の銃口を頭に突き付けて『バンッ』と声を上げた。

 

ローリーに連戦させていたのも静香なりにデータを集めて、その癖や間合いを読みながら仲間の士気が落ち過ぎない頃合いを見てトドメを刺しにきたんだろう。

これはこっちも気を抜けばあっという間に人が減らされてしまう。

 

静香が勝つとは思っていなかったのか相手チームは湧いていて、ローリーも心底悔しそうに戻って来ると次の参加者が前に出たけれどローリー程の善戦をする事もなく瞬く間に此方も人数を減らされてしまった。

 

恐らく全員運動は出来るのだろうけど、実戦形式の訓練ばかりしている実戦派の静香には敵うわけもない。それなら私か律が出るしかないけど、律が出ると本当に全員倒してしまう可能性もあるのを考えると答えは一つだった。

 

「次は私がやる〜」

「頑張ってくださいね」

「任せろ〜」

 

そろそろ小さな悪魔を倒しておかないと負けムードが濃くなりそうだから順番を抜いて私が前に出ると、他の参加者達もそれには何も言わずに私の背中を見つめているのが分かった。

 

ダガーを複数本とナイフを持って静香と対峙し、静香は私と海未の素性を知っているからか明らかにこれまでの相手と違って警戒していて、司令の合図と共に銃口を向けてきた。

 

けど銃口なんて腐る程向けられてきたからそんな脅しには乗らずリーチを生かして銃口をナイフで弾いて射線を逸らしつつ、静香のナイフの間合いには入らない距離を保ち続けた。

 

「やっぱり空さんの方が厄介でしたか」

「何の事かな〜?」

「猫被りだと、言ってるんです!」

 

お互い有効打を防いでいると静香が私の気を逸らそうと話し掛けると同時に大きく後ろに跳び下がったけど、静香に残された攻め手が拳銃しかないのは当然分かっていたから息を合わせるように前に詰めた。

 

動きを読まれたから銃口を下げようとしている静香にナイフを投げて牽制すると、静香はそれを冷静に銃身で叩き落として対処した。

 

そして私のリーチが短くなったから静香は再び銃口を向けたけど、武器を構えずに静香の間合いの内側まで一気に詰めると流石に驚いたんだろう。

慌ててナイフを振ってきたけどそれを左手で受け止め、拳銃もスライドの上から手で抑え込み、何方かを離せば武器を奪われて負ける静香は力尽くで奪われまいと武器を持つ手に力を込めていた。

 

「さぁ、どうしようかな〜?」

「にらめっこでもして勝ち負けを決めますか?」

 

静香は私からアクションを起こさせようと挑発を仕掛けてきたけど、私も伊達に強盗なんてやってた訳じゃない。手先の器用さなら今だってアリアに負けてないんだから、拳銃に頼っている静香にはハナから負けるつもりなんてなかった。

 

「それもいいけどぉ………勝たせて貰うわ」

 

拳銃のスライドを押し込み、ストッパーに指を掛けながら引き抜く。たったそれだけで拳銃なんて撃てなくなってしまうんだから頼り過ぎるのは良くない。

 

静香が力強く握ってきた拳銃のスライドに手を置いていた私が片手だけで拳銃を瞬く間に分解していくと、静香はそれに目を丸くしていたけどすぐに拳銃の残骸をその場に捨てた。

そしてナイフを持つ手を変えようとしたからその小さな身体を蹴り飛ばすと軽々と壁際まで飛んで壁に叩きつけられ、私もありったけのダガーを全力で投げて静香の服の上から壁に突き立てていった。

 

まさかゴム製のダガーが壁に突き刺さるとは思っていなかったのか一瞬だけれど静香をその場に拘束でき、すぐさまダガーを壁から引き抜いて交戦しようとしたけれど、

 

「バンッ」

 

バラバラになっていた拳銃の部品を組み直した私が静香の眉間に銃口を突きつけると、静香は投げようとしていたダガーを下ろして降参した。

 

私達のチームからは歓声が上がったけど静香もかなりの人数を倒したから咎めるような言葉も無く、今度は私が有象無象を倒していくと残る相手チームは二人となった。

 

「え〜?空とやりたくな〜い。そっちが先にやってよ〜」

「私が負ければ結局貴方がやるのよ」

 

残された海未は私が相手になると戦う気が起きないからと駄々をこねていて、私としても海未と戦うのは練習とはいえ気が乗らない。

 

「りっちゃん任せていい〜?」

「はい、構いませんよ」

「司令〜、体調悪いから棄権しま〜す」

 

海未に勝てるレベルの子は律くらいだから私が棄権を申し出ると司令も眉を顰めたけど、残された律が頷いたからチームの元に帰ると変な顔を迎えられたけど気にするだけ無駄だ。

 

対戦相手が私じゃなくなると海未が出て来たけど有象無象相手に海未が負けるわけがなく、あっという間にこっちは残る一人まで削られたけど残されたのが律だからか海未もかなり緊張している様子だった。

 

「絶対負けないんだから…!」

「よろしくお願いします」

 

やる気満々でナイフを手に持っている海未に対して、律は律儀に礼をしてからゴム刀を構えて司令の笛を待っていた。

 

そして笛が鳴った瞬間、数回の風切り音の後に手に持っていたナイフを切断された海未がマットの上に崩れ落ちていて、もう少し善戦すると思っていたのか完全にノビていてる海未にアリアも驚いているようだった。

 

「次の方、どうぞ」

 

私達の中で最も前線向き、しかも私達とは違ってそういう事に一番慣れてる律が相手になったアリアは武器を複数選んでから律と対峙した。

 

 

 

 

 

「海未さんアッサリ負けましたよね」

「仕方ないでしょ〜!りっちゃん強いんだもん!」

「アリアさんは引き分けでしたよ」

「攻め手も無くなってたからアレは私の負けよ」

「でもりっちゃんも刀折れちゃったしね〜」

 

もう2年位前になる選抜テストの思い出話をしているとやっぱり律とアリアの真剣勝負の話になり、ロクな事をしてこなかった私から見ても二人の勝負は堅気の人間同士の戦いに見えなかった。

 

律は特殊な家系だから実戦経験は豊富だっただろうけどアリアは知っている限りでは一般家庭の育ち、護身術でカポエラを習っていたのは知っているけどナイフや拳銃の扱い方は完全に独学の筈。それが生粋の人殺しに通用するんだからその素養の高さは計り知れない。

 

ゴム刀でゴムナイフを斬り刻む律も、その剣撃を捌き切れるアリアも人並み外れた強さなのには変わりない。

 

「実際あれ以降戦った事あるの〜?」

「本気では無いわね。私も国連の本部で働いてたし、偶に会う時も忙しかったから」

「それもそっか〜」

 

律は偶に任務に連れて行かれることもあったし、アリアは元より本部長の秘書として各地を飛び回っていたからおいそれとは会えないんだしある意味当然か。

 

「それに何処かの誰かさん達に虐められてたから律の前でシンフォギアを使いたくなかったもの」

「何の話ですか?」

「この二人に『やめた方がいいんじゃないの〜』って言われてたのよ」

「あ、あれは私達なりの優しさっていうか〜!?」

「適合率低かったら灰になるって聞いてたんだもん〜!?仕方ないでしょ〜!?」

 

また二人の真剣勝負を見てみたいものだと考えてるといきなりアリアが私達の痛い所を突くから咄嗟に弁解したけど、その場に居なかった静香は初めて聞く話に目を鋭くして私達を睨んできた。

 

確かに私達はアリアがどのシンフォギアも纏えないから辞めた方がいいとは言ったけど、それは何も意地悪で言ってた訳じゃない。候補生の私達は絶唱を放って死んだ天羽奏の話を聞かされているのだから無理してシンフォギアを纏えばロクな事にならないのは分かっていたんだ。

 

それでも私達を超える成績を残したアリアを利用する手は有ったけど、あの時静香の前に立ってくれた人に死なれると目覚めが悪いからちょっと意地悪な言い方をして生きて貰った方が良いと思っていただけだ。

 

「司令に報告します」

「分かった、謝るから!謝るから司令だけは勘弁して〜!」

「別に悪い事をしたつもりが無いなら謝らなくていいのよ?」

「真面目ちゃんも意地悪言わないでよ〜!」

「ふふっ、冗談よ。今は気にしてないから静香も止めてあげて」

 

あの時からすっかりアリアに懐いている静香が端末で司令に連絡しようとしたから私達も謝り倒すと、アリアは可笑しそうに笑いながら静香に通報を止めさせ、静香も私達を半目で睨みながらも端末を下ろしてくれた。

 

「ホント、シズシズは真面目ちゃんの事好きだよね〜」

「見てて妬けちゃうな〜」

「わ、私はアリアさんの事を尊敬してるだけです」

「面と向かって言われると気恥ずかしいわね」

 

海未も下手に刺激するよりは静香の機嫌を取りに行く戦法にしたのか、分かりきっている事を海未が突いていくと珍しく静香も頰を赤らめていて、それを聞かされるアリアも気恥ずかしそうにしている。

 

よしよし、私達だって悪気があって言ってた訳じゃないんだしこのまま二人の仲を深めつつ有耶無耶してしまおう。それにあの後律にも滅茶苦茶怒られ

 

『またティナの悪口を言ったのかなー?』

「いひゃひゃひゃひゃ!?」

「いっへはいへは〜!?」

 

二人が仲睦まじくしているのを私達も率先して応援していると、誰も居ない筈の背後から今一番聴きたくない声が聞こえると共に頰を抓られた。

完全な意識外からの攻撃にすぐに抓ってくるその腕をタップしたけど、抓っている本人はまた私達が意地悪な事を言ったと勘違いしていてすぐには手を放してはくれなかった。

 

「今日は早いのね」

「何処かの猫二人がサボるから探しに来たの。ほら、今日はどんな悪い事を言ったのかなー?」

「いっへはへん〜!?」

「今日は別に何も言われてないわよ」

「あれ、そうなの?それじゃあ今日の所は離してあげなきゃね」

 

無実の私達の頰を抓っていた律がそう言って手を離すとバッグを下ろしてから海未の隣の椅子に座り、私達のテーブルを見ると食べ物だらけだから律も弁当箱を取り出していた。

 

律は物腰も柔らかで普段の様子からはとても争い事を好むタイプには見えないけど、普段から隙を見せないその生き方からも律の異常な強さが表れている。

生粋の人殺し、律が初対面の私達に隠そうとしなかったその経歴が今の律を作り上げたのなら一体どれだけの相手を屠ってきたのか聞くのも怖い位だ。

 

「それにしても、こうして装者候補生が揃うっていうのも久し振りね」

「それもそうですね、普段は誰かしら欠けているものですけど」

「主に遊びに出掛けているそこの二人だけどね」

「たまの休みくらいのんびりしたいの〜」

 

アリアが言うように装者候補生がこうして一堂に顔を揃えるのは確かに久し振りな気がする。でも昔とは違ってお互い心を許しているのが分かるのか穏やかな雰囲気が流れていて、こうした空間は慣れないけど居心地は悪くない。

 

気兼ね無く笑っていられる仲間というのも、悪くない。

 

「あんまり年寄りみたいな事考えてると老けるよー」

「ふ、老けないわよ!」

「あっ、素が出た」

「私とキャラ被るからしっかりしなさい」

「う、うるさいな〜!別にキャラ被ってないでしょ〜!」

 

海未以外にも心を許せるようになったかと思えば突然人を年寄り呼ばわりされ、果てにはキャラが被ると言われる始末。やっぱり海未以外に心を許すのは難しい、大体普通に喋ったくらいでアリアとキャラが被ったりしないわよ。

 

喋り方は確かにちょっと似てるけど、私には愛嬌があるもの。アリアみたいに他を寄せ付けない厳格な態度を見せたりしないからちゃんとキャラは立ってるわよ。

 

「私は真面目以外無いんだから取らないでよ」

「いやいや、ティナにはまだあるでしょ。大事なキャラが」

「無いでしょ」

「ほら、正義感が強かったり人一倍仲間想いなところとか。しずちゃんは覚えてるかなー、選抜試験の時の事」

「勿論、私達も丁度その話をしていたんです」

「そうなの?」

 

自分の事をクソ真面目だと揶揄するアリアだけど律の言う通り、私達はアリアがそれだけではない事は知っている。

 

自分が正しいと思った事は絶対に曲げなかったり、出会って間もない仲間を信じて背中を預けたり、アリアは自己評価がやけに低いだけで決して薄情な人間じゃない。

 

それは選抜テストの最終日にアリア自身に教えられた事だ。

 

 

 

 

正直に言えば、私はティナの事が少し苦手だった。

 

風鳴家の影として生まれた私は戦う事では負ける訳にはいかなかった。なのに訓練なんてした事がない筈のティナが平然と私に喰らい付いてきて、あらゆる知識も豊富だなんて狡いとも思っていた。

でもそれを表面に出して参加者達の雰囲気を悪くしたくはなかったから普通に喋る位の関係は保ちつつ、出し抜かれないように細心の注意を払っていた。

 

そんな中で進んでいくテストは大体ではあるけど私達装者候補生がそのまま合格になる雰囲気はあった。けど私達の関係に気付く人もチラホラと湧き始めていて、特にローリーと呼ばれていた人は私達が既に装者候補生である事に気付くとそれに反発する仲間と徒党まで組み始めていた。

 

そして、事件が起きてしまった。

 

「っ!?」

「あらごめんなさい、小さくて見えなかったわ」

 

朝食の時間、全員が集まる食堂でシズちゃんが皿の乗ったトレイを持って歩いているとローリーがわざとらしくシズちゃんにぶつかり、シズちゃんが押し倒されるとトレイごと皿の中身が床に散らばった。

 

倒されたシズちゃんはローリーを睨んでいたけど、小さいからかローリーはそれを鼻で笑って一蹴していた。

 

「いいわね、既に装者候補生の貴女は気楽で。私達とは違うって思ってるんでしょ」

「風鳴司令は公平に判断してるし、内容も勝ち負けがはっきり分かるテストばかり。それでも負けてると思うのならそれは実際に負けてるだけ」

「チビの癖に言うわね」

 

ローリーは私達が助けに来るのを待っていたんだろう。そうすれば私達の関係が完全に証明されて他の参加者達からも変な疑いを持たれてしまう。隊としての行動を求められるテストもある中、そんな状態ではマトモに連携が取れるかも怪しい。

 

だから、動けなかった。人一倍努力しているシズちゃんが馬鹿にされているのは私だって許せなかった、でもシズちゃんも私達が来れば厄介になる事は分かっていた筈。だから私達はそれを近くのテーブルから傍観するしかなかった。

 

でも、そんな中で倒れているシズちゃんに手を伸ばす人が居た。

 

「大丈夫?」

「は、はい……」

「私、お腹空いてないからあげるわ」

「………ありがとうございます、この御恩はいつか必ず」

 

シズちゃんに手を伸ばしたのは他でもないティナだった。

 

人の壁を割って入ってきたティナはシズちゃんを起き上がらせると自分が持っていたトレイを手渡していて、代わりにローリーと対峙すると私達を差し置いてトップの成績を誇るティナに対してローリーはたじろいでいた。

 

これまで誰かと接する訳でもなく、淡々と試験をクリアしてきた本物の天才。ローリーもティナに手を出しても勝ち目がないからしずちゃんに的を掛けたんだろうけど、揉め事に首を突っ込んでくるとは思っていなかったみたいだ。

 

「な、何よ」

「自分より小さい子なら文句を言えて、私には言えないの?」

「貴女には関係無いでしょ…!」

「関係大有りよ。あの子は間違いなく装者になる、そして多くの命を救う英雄になれる。そんな子を貴女の粗末な自尊心の為に傷付けるわけにはいかない」

「貴女、黙って聞いてればァッ!?」

 

いつでも希薄で変わった人だと思ってた。

 

散々な言われようなローリーが反論しようとしたその時、ティナがローリーの胸倉を掴んで顔を突き合わせるとその表情は怒りを露わにしていた。

 

「あの子の努力が理解出来ない貴女に、あの子が背負っている痛みが分からない貴女に装者になる資格はないッ!」

 

今でも二度は聞いた事がないティナの怒声が食堂に響き、騒ぎを聞きつけた翼さんがやって来るとティナはローリーから手を離し、ローリーの乱れた服を正してから食堂から出て行った。

翼さんも今のがティナの声だとは思ってなかったのか私に視線を合わせてきて、私が頷くと少し驚いたものの嬉しそうに微笑んでいたのを未でも覚えている。

 

その時から私はティナの事が好きになった。

 

 

 

「ティナ格好良かったなー」

「うんうん、私も惚れちゃいそうだったよ〜」

「う、煩いわね。間違った事は言ってないでしょ」

 

シズちゃんがティナを尊敬するようになったのも大勢に囲まれても自分を曲げないその在り方がシズちゃんを刺激したんだろう。

 

大立ち回りをした時の事を掘り返されてティナは恥ずかしそうにしてるけど、あの言葉こそが風鳴司令が全部のシンフォギアとの適合を測らせてでもティナを装者にしようとした理由でもある。

結果が芳しくなくてもティナは諦めなかった、だからLiNKERを盗んだ時もそれで結果が出るならと立花本部長も止めなかったんだろう。

 

「アリアさんには感謝してます。あの時私が反撃をしてればきっとテストは中断されてました」

「別にいいわよ、困ってたらお互い様よ」

「そう言えるところがアリアさんの凄い所です」

「いつになくデレデレ〜」

「これがシズシズ誑しの本領か〜」

「誰が誑しよ」

 

四人が楽しげに話しているのを眺めていると不意に扉の方から人気を感じ、視線だけを向けると微かにだけどガリィのスカートの端が靡いているのが見えた。

 

大方翼さんに空達を探すように言われたものの、隠れもせずに声を大きくして話してるから素直に報告するのが馬鹿らしくなっているのだろう。

オートスコアラーという信用に値しない素性、錬金術という神の力の一端を持ってしても対抗出来ない森羅万象に干渉する卑劣な技術、そして何よりあの歪んだ性格。

 

早めに手を打っておかないと後々障害になりかねない。エルフナインは然程脅威にはならないが、ザババからの寵愛を受けながら錬金術に手を染めた愚か者達も

 

「律、どうかしたの?」

「へ?ううん、何でもないよ」

「ボーッとしてたわよ」

「大丈夫大丈夫」

 

ガリィが居るのに気を取られ過ぎていたのか、ティナが声を掛けてきたら何でもないと答えたけどそろそろ空達は逃した方がいいかもしれない。

 

「りっちゃんもお疲れだね〜」

「誰の所為かな、誰の」

「きっとテスラ財団の奴等だ!悪い奴らめ、とっちめないね空!」

「そうだね海未、私達も任務は頑張ってるもんね!」

「勉学が学生の本分です」

「私達高校生は遊びで忙しいの〜。まだ義務教育だなんて嫌だね〜」

「空さんがその喋り方はイタイですよ」

「そういう事言わないの!」

 

………

 

「今度はどうしたの律?」

「ううん、何でもない。ティナが来てくれて良かったなーって思ってただけ」

「あ〜、今度はりっちゃんを誑かしてる〜」

「わ、私は何もしてないわよ!?」

 

それぞれ目的も夢も違う、けどこうして机を囲んで笑い合えるようになってきたのを今は喜ぶべきだろう。きっと私達は先代の装者達のように固い絆に結ばれた仲間になれる、それを邪魔をするなんて無粋な事はやめておこう。

 

その後、当然司令がやって来て私達は全員で叱られたけど、今は装者候補生という肩書きに甘えて遊んだって問題はないだろう。

 

私達は戦士じゃない、人々を救う為に歌う歌女なのだから。

 



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「心休み」

「うっひょぉぉぉぉ!!」

 

人の首が跳ね飛ばされて血飛沫が舞うと海未はそれに合わせて感嘆とした声を上げた。

 

勿論それは映画の中の話。突然自分が居たスタジアムが崩れるのを未来予知した主人公とその周囲の人間が生き延びたが、死神が生き残った人間を一人残らず惨殺するというシリーズ物のスプラッター映画だ。

 

海未のアームドギアがチェーンソーなのは止まらない強い意志の表れでもあり、こういう映画の見過ぎというのもあるだろう。私は別にこんなの怖いとは思わないし、所詮映画の中の話だからコメディー程度に観賞している。

 

だけど、

 

「非現実的ね、何億分の1の確率よ」

 

今日は変わった同席者も居る。

 

 

 

 

時間を遡って朝の9時頃、土曜の朝から風鳴司令に呼び出された海未と私は大体察しが付いていたから通学用バッグを持って司令室に向かうと、椅子に座っていた司令は私達が顔を見せるや否や手を差し出してきた。

 

何処で知ったのか、『リディアンでのテスト結果を出せ』と言っているのはすぐに理解したからお互いにテスト結果を纏めた用紙を差し出し、司令がそれを眺めるとため息を吐いた。

 

「勉強は一応してるみたいだな」

「だって分かんない事をそのままにしてたらモヤモヤするし〜」

「どんな知識でもいつかは役に立つし〜」

 

司令は私達が無学だと思っていたみたいだけど、私達は独学なだけであって勉強をしない訳じゃない。馬鹿が騙される世の中なんだから知識は多くないと馬鹿を見る、それは普段遊んでばかりの海未ですら同じ考えなのだから高校のテスト程度なら90点以上は確実に取れる。

 

今回も悪い点数でもないから司令は怒るに怒れず、代わりにまた深いため息を吐くと私達の顔を見上げてきた。

 

「テストの点は悪くない、だがそれなら何故授業を受けない?お前達なら学校に馴染めないなんて話もないだろう?」

「う〜ん?これまで学校に行った事なかったし、授業を受けても面白くないからかな〜?」

「空も同じか?」

「私は海未と一緒に居たいしね〜」

「「ね〜」」

 

別に学校という場所は嫌いではない、ただ自由気ままな生活をしてきた私達には合わないから海未と一緒にサボっているだけ。

 

面白くない以上の理由が無いから海未と一緒に居たいという説明で誤魔化すと風鳴司令は難しそうな表情をしていて、私達としては学校を退学にして貰っても良いくらいだけどそれだと司令の面子も潰れてしまうから難しい話なんだろう。

 

「学校は楽しくないか?」

「微妙かな〜?」

「あんまり話し掛けられたりもしないしね〜」

「恐らく二人の間に入るのを躊躇っているんだろうな。転校してきてから何かと欠席が多く、来てもすぐにサボるなら話し難いのも頷ける。だがそういう理由があるなら叱っても効果が無いのも頷ける」

 

私達が勉強が嫌いと言わなかったからか司令は意外にも真剣に私達が学校に通えるようにする為に考え始め、てっきり初手から怒鳴られるものだと思っていたから拍子抜けだ。

 

「怒らないの〜?」

「勉強嫌いを盾にしたら怒ったが、やるべき事はしていて学校の楽しみ方が分からないのなら学校に行きたくないのも当然だろう。ただ、たった一度の人生なのだからその青春を楽しませるのも大人の役目だからな。何かしら手を打つべきだろう?」

「……ふ〜ん」

 

私達の保護者でもある風鳴司令には何かと迷惑を掛けているけど、それでもこうして私達の事を考えていてくれるのは素直に嬉しい事だ。学校に関しては未だに慣れないけど大人に甘え過ぎるのも気が引ける。

 

「ま〜、楽しみ方を見つけるのも楽しもうかな〜」

「そうだね〜、留年とか嫌だし〜」

「そうしてくれ」

「用事ってこれだけですか〜?」

 

風鳴司令に迷惑を掛け過ぎるのも気が引けるからもう少し学校に慣れるように努力をする事を検討しつつ、用事が終わったか訊ねるとどうやら私達のテストの話は前置きだったのか司令は少し戸惑ったような表情を浮かべた。

 

「いや、実は二人にしか頼めない事があってな」

「何か盗むの〜?」

「そういう事じゃないんだが……どうも私の手に余ってな」

 

司令にそこまで言わせるものが何か分からない私達はお互いの顔を見合わせながら首を傾げた。

 

 

 

 

 

「いる〜?」

「背が高いから見えると思うんだけどね〜?」

 

司令に重大任務を任された私達は町に出る用の私服に着替えて待ち合わせ場所である繁華街の時計塔へ向かうと、何も聞かされていない筈だから律儀に時計塔の真下で待っている筈の待ち人の姿が見えなかった。

 

司令からの命令を無視するとは思えないけど、もしかしたら人混みを避けた場所にいるのかしら?

 

『ね?お願い、名刺だけでも!おっ、それ新しい携帯?僕見た事ないなー』

 

道行く人々を掻き分けながらその周囲を見回していると、普段から時計塔の近くで読モの勧誘をしている見知った声の主がスーツを着ている女性に声を掛けている背中が見えた。

 

携帯を取り出されても諦めないのはいいけど、周りから見ればただのナンパにしか見えないし携帯を取り出されたのなら引き際だろう。待ち人も見えないし、まずはそっちを片付けよう。

 

「だーれだ?」

「うぉっ!?この声、海未ちゃんだな!」

「せいか〜い」

『海未?こんな所で何してるの?』

「へ?マジメちゃん?」

 

男の背後から海未が目隠しをすると男は驚いたもののすぐに海未に気付いたようだけど、声を掛けられていた女性の方も海未の名前を呼んでいて、女性の顔を改めて確認すると声をかけられていたのは非番なのに相変わらずスーツを着ているアリアだった。

 

スーツ以外普段着を持っていないと言わんばかりにスーツに拘っているアリアに声を掛けるなんて、相変わらず見る目はあるみたいだけど声を掛ける相手が悉く装者だなんてこの人も運が無いわね。

 

「え?何々?海未ちゃんの知り合い?」

「う〜ん、同級生?だったよね?」

「学年は一緒よ」

「え、君学生なの!?滅茶苦茶スーツ似合ってたからてっきり大人だと思ってたよ!君なら読モと言わずに女優としても…!」

「しつこい男の人は嫌われちゃうぞ〜」

「アタタ!?分かった分かった!?」

 

一見ならまず学生と思われないアリアが私達と同い年と聞くとスカウトマンも声をうわずらせながら勧誘を続けようとしたけど、海未が膝を崩してから無理矢理地面に跪かせて目を押さえ付けると流石に懲りたようで名刺を懐に仕舞った。

 

周りからも随分と目立ってるみたいだし、少し場所を移した方がいいわね。

 

「私達用事があるからまたね〜」

「良い子にしてたら一回位は撮らせてあげようかな〜」

「ホント!?それじゃあ楽しみにしてるよ!その時は是非この子もね!」

「私は絶対に嫌よ」

「それじゃあさらばだ〜」

 

アリアにも目配せをしてから海未が手を離すと共に私達も人混みの中に姿を隠した。スカウトマンもすぐに立ち上がって周りを見回したけれど、無理に探すつもりはないみたいだし諦めてくれたようだ。

 

取り敢えずは騒ぎも起こさず撒けたから一安心していたけど、アリアがあの手の対応に戸惑うなんて少し意外だ。欧州ならナンパの一度や二度は経験してると思ってたけど、休みの日にもスーツを着てるのなら声を掛けられる事も無かったのかもしれない。

 

「あんな人と普段連んでるの?」

「違う違う、あの人は友達だよ〜」

「モデルになって〜、って言うから名刺だけ貰って何度か顔を合わせたくらいだよ〜」

「誤解を生む行動は慎むべきよ」

「大丈夫大丈夫、そこら辺は私達の方が詳しいから〜」

 

伊達に街で遊び歩いてないから声を掛けられたのもさっきのスカウトマンが初めてではないし、そんな連中よりも遥かに厄介な相手と連んできた私達が今更安い口車に乗せられる筈もない。それはアリアも分かっているようで私達を一瞥してから納得したように息を吐いた。

 

取り敢えず駅前のカフェに入ってから椅子に座って一息吐くと、揃って外国人である私達が物珍しいのか周囲からの視線は感じるけど学校と比べればまだ気にもならないわね。

 

「それで?何で貴女達が此処にいるのかしら?学校はどうしたの?」

「今日は司令から休んでいいって言われたの〜」

「それよりも大事な頼み事があるって言われたの〜」

「頼み事?二人に?確認するわよ?」

「そんなに疑っても嘘じゃないよ〜」

 

普段から学校をサボってばかりだから随分と信頼は無いようだけど司令の名前を出して嘘を吐いた事はないし、疑られて痛い腹もないから好きなようにさせるとアリアは端末を取り出した。

 

けど少しの逡巡の後にその頼み事が何か分かったのか、小さく溜息を吐いて端末を仕舞った。

 

「よりにもよって貴女達を選ぶとはね……」

「ベストチョイスだよ〜」

 

一応学生の私達とは違って学校に通っていないアリアが資料室に引き篭もって本ばかり読んでいるから『一緒に遊びに行ってやってくれないか』、私達が司令からそう頼まれて来ているのを察したようだ。

 

アリアの超人的な知識量は普段の読書から得た物だろうし司令もそれが悪いとは言わなかったけど、余りにも子供らしく遊ばないのは大人からしてみれば不安になるんだろう。

アリアも見守られてる側の人間なんだし、偶には違った一面を見せて安心させるべきだ。

 

「普段着で任務に行けと言われた段階で気付くべきだったわね…」

「え、それ普段着なの?」

「外に出歩く服なんてスーツしか持ってないわよ。遊びに出掛けるようなタイプじゃない事くらい分かるでしょ」

 

アリアが呆れてため息混じりにスーツしか持っていないという衝撃発言をするとS.O.N.Gの制服すら着るのを嫌がる海未は信じられないといった表情を浮かべている。

何となく予想はしてたけどこれ程までとは、私達に言えた口じゃないけどアリアも大概人付き合い下手ね。

 

「マジメちゃん絶対可愛くなるのに勿体ないよ〜」

「可愛くなる必要が無いわ」

「目標が男だったら誘惑出来るし〜」

「その役は貴女達か律との方が適任でしょ。私が上手く男をさそヒャッ!?」

「このナイスおっぱいがあれば余裕余裕〜」

 

損な役回りが来るかどうかは別として、アリアの凶器的なまでの豊胸を海未が腕を伸ばして揉みしだくとアリアも小さな悲鳴を上げた。

 

クリスさんに負けるとも劣らないその豊胸を海未が遠慮なく揉みしだく光景は艶美的な雰囲気は無くとも刺激は強く、店内からの視線が熱くなった気がするから海未の手を下げさせると、顔を赤くしたアリアも両腕で胸を隠しながら身体を反らしていた。

 

「バカじゃないの…!?」

「よきおっぱいであった〜」

「ま〜、折角の休みなんだし一緒に遊ぼうよ〜」

「……はぁ、司令に言われたなら仕方ないわね」

「「いぇ〜い」」

 

こうして私達とアリアの休日が始まった。

 

 

 

「で、何でレンタルビデオ屋の前なの〜?」

「時間がある日に来るつもりだったからよ」

「見たい映画でもあるの〜?」

「……そんな所よ」

 

アリアにどんな趣味があるのか分からないし、私達が連れ回すと一緒に居る意味がないから無難にショッピングモールでアリアに店選びを任せると、今日のゲストはオシャレやデザートには目もくれず向かった先はレンタルビデオ屋だった。

 

普段から読者ばかりしてるし映画鑑賞もアリアらしい趣味と言えばそうだけど、ホント外に出る事に興味が無いみたいね。これは確かに司令が心配になるのも理解できる、いくら本人が一番望んだ道とはいえこれだとS.O.N.G内でも孤立しかねない。

 

そういうのは一番仲が良い律に任せてるつもりだったけど、私も少しは気にしようと考えているとアリアが店内に入って行ったから私達も付いて行った。

 

「マジメちゃんはいつもどんな映画見るの〜?」

「サスペンス系よ」

 

新作のDVDが並ぶ棚を目的も無く眺めながら早速海未がアリアの好みを聞くと最早何の意外性のカケラもない答えが返ってきて、海未も面白くなさそうにため息を吐いていた。

 

「普通だな〜」

「そういう海未はアニメ映画とかでしょ?」

「チッチッチ、そういうのも好きだけど私はもっと大人な趣味なんだよね〜」

 

自分の趣味を普通だと言われてムッと眉を顰めたアリアが語彙を強めて海未の好みを当てようとしたけど、良くも悪くも子供が見るべきじゃない好みをしてる海未は得意げな表情をしながら指を振った。

 

それがまた負けず嫌いのアリアを刺激したようだけど、海未が子供のフリをしてワザと惚けながら焚き付けているのに気付いてないじゃまだまだね。

 

「海未に一番似合わない言葉ね」

「それじゃあ三人で好きな映画を一本ずつ借りて、それでマジメちゃんのお家で観賞会しよ〜!」

「嫌よ」

「賛成〜」

「はい決定〜!それじゃあ20分後レジ前集合ね〜!」

 

上手くアリアを口車に乗せてアリアの部屋で観賞会をする所まで漕ぎ着け、「多数決で勝てる訳ないでしょ」なんて声が聞こえた気はするけど気にせず私達は散開して各々好きなジャンルの棚に向かった。

 

私も海未と分かれてからホラー映画の棚にやって来ると、相変わらず名作ばかりが手前に並んでいるから今日は趣向を変えて邦画が並ぶ棚に足を進めた。

 

海未が選ぶ強烈なスプラッター映画を見続けてきたからホラー映画が一番趣に合っているけど、数ある名作はもう軒並み見てしまったから偶には邦画の方から探すのもいいかもしれないわね。

 

「コレは面白そうね」

「空決めた〜?」

「決めた〜……って、またそれ〜?」

「今度は橋が落ちるんだって!」

 

私がケースからDVDを抜き取っていると反対側の棚で選んでいた海未が駆け寄ってくると私に見せてきたけど、また同じシリーズのスプラッター映画を選んだようだ。

 

どうして残虐なシーンがある映画ばかりを見るのか、悪いとは思わないけどそういう子に育てたつもりはないのに不思議でならない。

 

「マジメちゃんはもう決めたかな〜?」

「どうだろ〜?探してみる〜?」

「そうだね〜」

 

レジで合流の予定だったけど折角私達が揃った事だし、アリアとも合流しようとアリアが興味を持ってそうなアクションやサスペンスの陳列棚付近を探してみたけどその姿はなかった。

 

他にもドラマや恋愛映画の棚を探してみたけどその姿は無く、まさかアニメかと思って覗いてみたけどその姿はなく、残された場所に気付いてしまった私と海未の足はまだ探していない禁断のエリアを前に止まってしまった。

 

「まさかマジメちゃんがムッツリスケベ……!?」

「意外すぎる…!?」

「でも私達と一緒に見るってレベル高過ぎない…!?」

「そういうプレイはまだ早過ぎるわよ…!?」

 

アリアがまさか同年代の女子と一緒にエッチなDVDを観賞する高尚な性癖の持ち主とは知らなかったけど、流石の私達もそれに混ぜられても反応に困ってしまう。

 

大体そういうのは大人になってからと決まっているし、海未の教育にも悪い。どうしても言われたならせめて私だけで…!

 

『そんなの一緒に見る気なら帰るわよ』

 

オトナ専用の暖簾を前に私達がどうしたものか慌てていると何故かアリアの声が後ろから聞こえてきて、振り返ると其処には既にDVDを袋に入れた状態のアリアが腕を組んで私達を睨んでいた。

 

「え、あ、もう選んだの〜?」

「借りたいのは決まってるって言ったでしょ。二人を待ってたのに来ないから探しに来たのよ」

「な〜んだ、てっきりマジメちゃんがこの中に居るのかと思ってた〜」

「居る訳ないでしょ、早く借りて来なさい」

「「は〜い」」

 

呆れたアリアももう借りてるみたいだし私達も急いでレジに向かって精算を済ませ、店から出ると待っていたアリアは本当に服や食べ物に興味が無いのかそのままモールの外へと歩き出してしまった。

 

「マジメちゃんホントに服屋さんとか行かないの〜?」

「映画が三本もあるのよ、余計な時間を使ってたら夜遅くになるわ」

「もぉ、せっかちなんだから〜」

 

アリアらしい効率的な考えだけどちゃんと映画三本には付き合ってくれるみたいだし、今日の所は欲張らずに映画を一緒に見るまでとしよう。

 

そうと決まればアリアの部屋があるS.O.N.G本部に帰ろうと繁華街の駐車場に向かおうと歩き出すと、何故かアリアは私達とは真逆の駅の方へと足を向けていて、お互い振り返ると私達は首を傾げたけどアリアも怪訝そうな表情を浮かべていた。

 

「帰るんでしょ?」

「うん?」

「駅はこっちよ」

「私達バイクだよ〜?」

「バイク?免許は?」

 

あー、そういう事か。

 

ルールを守るアリアは至極当然な事を私達に問い質してきて、確かに無免許の私達はお互いに顔を見つめ合ってからどうするかを決めてからS.O.N.Gの隊員である証のバッヂを取り出した。

 

「ちょっと本部で大事な仕事があるの思い出したから先帰るね〜!」

「仕事が待ってるぞ〜!」

「あ、待ちなさい!」

 

国連とはまた別の、だけど日本に属している訳でもないS.O.N.Gという組織はその存在意義と役割、そして功績が特殊な為に警察機関は基本的に見て見ぬ振りをしてくれる。

 

当然スピード違反しようが無免許だろうがバッヂ一つで解放されるからアリアに安心していいと伝えてから走り出し、アリアが追い掛けてきたけどマラソンならまだしも逃走という分類に置いて私達の右に出る人はいない。

 

ショッピングモール内であっという間にアリアを撒いてから駐車場に停めた自分達のバイクを回収した。

 

「マジメちゃん怒るかな〜?」

「どうだろ〜?今日は司令も味方してくれるんじゃないかな〜?」

「………あ、私ちょっと用事思い出したから先出るね〜」

「えっ、海未!?」

 

ヘルメットを被りながらアリアの機嫌をどう取るか考えていると、海未は何か思いついたのかいきなりアクセルを吹かすと全速力で走り出してしまった。

 

私も追い掛けようとしたけど海未は精算所まで突き抜けてしまい、周囲の目がある中で料金未払いは後々面倒だから海未の分まで精算しながらバッヂを見せると、警備員は理解してくれたけれど海未は完全に見失ってしまった。

 

電話して出る訳もないし、仕方ないからアリアより先に着いて司令を味方に付ける為に本部へバイクを走らせることにした。

 

 

 

 

「二人には私がキツく言っておいたからアリアはもう休むんだ、気を張り続けても疲れるだけだぞ」

「……分かりました、心配を掛けてすみません」

「いいんだ、気にするな。お前達も余計な規則違反はするんじゃないぞ」

「「は〜い」」

 

先に帰ってきた私達が報告を受けた司令に怒られた事を知らないアリアはお説教の2ラウンド目を要求したけど、司令もそれは一応受け流してからアリアにもちゃんと休むように言うと、渋々ながらアリアもそれに頷いてから私達は解放となって司令室から出た。

 

すると早速アリアは私達の前に立ち塞がるとキッと目を鋭くして睨みつけてきた。

 

「司令が許しているから良いものの、S.O.N.Gの信用を貶めるような事をするなら次は私が怒るわよ。大体貴女達は」

「す〜ぐ顰めっ面するんだから〜」

「ちょ、触らないで!?」

 

何処までも真面目なアリアがまた小言を言おうとしたけれど、海未が皺の寄ったアリアの眉を指でほぐすと意表を突かれたアリアは言葉を途切れさせて後ろに身を引いた。

 

「今日はお休み、そういう話は明日にしよ〜?」

「……全く、調子が狂うわね」

 

海未に邪魔されたからアリアは小言を続けようとしたけど、本当にアリアの事を心配している海未の表情を見て言葉を詰まらせていた。

 

文字通り無邪気な海未からも心配されていて、自分だけが小言を言うのはバツが悪いと感じたのか「明日必ず話の続きをするわよ」と付け足してから私達の前を歩き出した。

 

アリアの部屋は静香と同じようにS.O.N.G本部内に設けられていて、他の装者や私達みたいにマンションや寮に住む選択肢もあったけれど緊急時に対応する為に本部に住むのを選んでいる。

自分で言うだけあって確かにクソ真面目だけど、アリアもどうしてそこまで誰かの為に装者であろうとするのだろう?

 

立花本部長曰く『誰かを守る為に』装者になったらしいけど、どうして誰かを守りたいって思うようになったかまで聞いたことがない。

目的には必ず理由があるものだけどアリア自身が装者になる前の話を積極的にしないし、他の面子もロクな過去が無いから無闇に詮索しないのが暗黙の了解な面もある。

 

「空もシワが寄ってるぞ〜」

「あたっ!?」

「今日は折角マジメちゃんと遊ぶんだから難しい話は無し、でしょ〜?」

「分かってるよ〜」

 

積極的に他人の過去を漁るのは気が引けるからどうしたものか考えていると海未に勘付かれて私も眉間を指で突かれしまい、アリアも横目で確認してきたから考えるのは一人の時にでもするとしよう。

 

そうしてエレベーターに乗ってビルの7階まで上がってからアリアの部屋の前まで来ると、私達に見えないように身体で隠しながらタッチパネルを操作すると鍵が開く音がした。

 

「パスワード知ってるから隠さなくていいよ〜」

「何で知ってるのよ……ほら、入りなさい」

「「お邪魔しま〜す」」

 

海未の発言にアリアも呆れながら部屋の扉を開けたから私達も部屋に入った。

 

すると意外にも普通にキッチンにエプロンがあったりやリビングにソファがあったりと部屋らしい部屋をしていて、部屋も何個かあるみたいで囚人部屋みたいな殺風景な部屋を想像していたから少し意外だ。

 

「思ってたりよりキレイ〜」

「そうだね〜」

「荷物はその辺に置いてソファに座ってなさい」

「「は〜い」」

「部屋を漁ったら怒るわよ」

「「は〜い」」

 

家主のアリアがキッチンでグラスの準備を始めたから私達も借りたDVDが入った袋とお菓子やジュースの袋を机の上に置き、一人で座るには大き過ぎるソファに腰掛けて部屋を見回すとやっぱりアリアの部屋にしてはやけに調度品が揃ってる。

 

効率を第一に考えるアリアが遊ぶ可能性を考えて多人数用のソファを買ったりするだろうか?それにネットレンタルが普及してるこの時代にわざわざDVDを借りるなんてアリアらしくない。

 

「マジメちゃん彼氏居るの〜?」

「居るわけないでしょ」

「でもマジメちゃんの部屋っぽくないな〜」

「部屋はS.O.N.Gが用意したものよ。私はそれを使ってるだけ。ほら、私が借りたモノから観るわよ」

 

同じ疑問を抱いていた海未が訊ねるとアリアもそれ程興味も無さそうに答えていて、人数分のグラスをテーブルに置いてからアリアが借りたDVDの中からケースを取り出して上映会が始まった

 

 

 

「あー、楽しかった〜!」

「今回は生き残ると思ったけどね〜」

「死神のやり方は合理的とは程遠いわね、無理矢理運命を終わらせる力があるなら纏めてやればいいじゃない」

「それじゃあ面白くないよ〜」

「悪趣味ね」

 

アリアが借りたサスペンス映画は流石アリアが選んだだけはあって最後の最後まで犯人が分からず、真犯人が分かっても捕まえられない展開には私も一杯食わされた気持ちになった。

 

そして次に観た海未が選んだシリーズ物のパニック映画は序盤から人の身体が吹き飛んだり、車に押し潰されたりと怒涛の展開である意味期待を裏切らない展開だった。

ただ、ソファの真ん中に座っている所為で両サイドからの対称的な反応に挟まれてしまい、海未が興奮の余りに抱き付いてきた左腕が関節をキメている事に早く気付いてくれると嬉しい。

 

「そう言って〜、マジメちゃん怖かったんじゃないの〜?」

「別に、子供騙しのドッキリばかりじゃない」

「ホントかな〜、空見てた〜?」

「映画見てて分からなかったな〜。取り敢えず私のも観よっか〜」

 

珍しくムキになっているアリアを苛めるのも可哀想だからはぐらかしながら次は私が借りたDVDを再生する為に立ち上がり、デッキの中にDVDを入れているとアリアが一人で借りたレンタルビデオ屋の袋が視界に入った。

 

取り敢えずは私の借りたモノから観る為にまたソファに座るとホラー映画の予告が流れ始め、横目で右隣を見てるとアリアは画面から目が離せないのか私が見ているのに気付いてないようだ。

 

「ふわぁぁ……私ちょっとトイレ〜……」

「えっ、ああ、廊下を出て左よ」

「は〜い……」

 

ホラー映画に強い耐性がある海未が詰まらなさそうに欠伸をしながらトイレに行く為に立ち上がり、アリアもらしくない投げやりな対応でトイレの場所を教えていて海未が違う部屋に入ろうとしないか確認すらしようとしない。

 

「………何よ?」

「別に〜?」

「言っておくけどホラぁっ!?」

 

らしくないアリアが見ているとようやく私の視線に気付いたのか怪訝そうな表情をして何か言おうとしてたみたいだけど、予告でいきなり幽霊が現れるとアリアはお尻が浮く程ビックリしていた。

 

その後謎の弁解を捲し立てられたけど海未が戻って来るとまた黙って映画を観賞し始め、変な所での意地の張り方に可笑しく思いながらも私も始まった映画に意識を向けた。

 

映画はよく出来たジャパニーズホラーで、海外のように大きな音で脅かすのではなくて静けさの中にある本質的な恐怖を刺激する良作だった。中でも携帯という誰でも持っている物を題材に使うのは恐怖をより身近に感じる良いファクターになっている。

 

だけど海未はそういうのがお気に召さなかったようで一時間ほど経つとすっかり寝てしまっていて、右手は右手でアリアに万力に挟まれてるみたいに掴まれていて少し痛む。

 

「ねぇ、アリア」

「何?」

「ホラーは苦手?」

「……別に、こんなの現実的じゃないもの」

「なら少し弱めてもらえない?」

 

画面から目が離せないでいるアリアに少し手を握る強さを弱めるように進言すると、アリアは握っているつもりはなかったのか自分の手を確認すると即座に手を離して口を開こうとした。

 

けど何を言ってもこの状況から挽回できるとは思えなかったようで観念したように肩を落としていた。

 

「ええ……ホラーは苦手よ」

「なら言えば良かったじゃない」

「言ったらからかうじゃない」

「私達はそんな事しないわよ。あの時は本当にアリアの身を案じてただけ、言い方は悪かったかもしれないけどね」

 

遂にホラーが苦手なのを認めたアリアは頰を赤らめて私達にからかわれるのが嫌だったみたいだけど、私達は別に人の嫌がることを楽しむ悪趣味ではない。

 

シンフォギアの適性テストでの事もあるからアリアが弱みを見せたくなかったのは分かるけど、もう少し私達を信用してもいいのに。

 

「………怖いのよ、一人だとどうしようもないモノが」

「そんなの怖くていいじゃない。アリアが完璧超人を演じる必要は無いわよ」

「私は……強くなきゃいけない。人を守る為にも、自分の正義を貫く為にも」

 

強くないといけない、そう言うアリアの横顔はこれまで見たことないくらいに焦燥感に煽られたような鬼気迫っている様子で、自分の膝の上で握っている拳がその意思の固さと譲れないナニかがあるのを語っていた。

 

ただの一般人、多分アリアはその括りには入らない人生を送ってきたんだろう。私達みたいに犯罪に手を染めていたとは思えないけど、

 

「私は英雄にならなきゃいけないの」

 

この様子じゃ私達よりもその根は深いかもしれない。

 

とても茶化せる雰囲気ではないから言葉を選んでいるとアリア自身も語り過ぎたと感じたのか、口の端を緩めると強張っていた表情を和らげた。

 

「けど、それと貴女達を信用しないのは確かに違うわね。謝るわ」

「謝らなくてもいいわよ。でも、」

 

今は多くの事は出来ない、アリアに関して知っていることが少ないし、何よりも何がアリアの琴線に触れるか分からないから下手を打つ事は避けたい。

 

アリアの事は一番仲が良い律に任しておきたかったけど、もう少しだけ踏み込むつもりで握られているアリアの拳に手を被せた。私からそういう事をするのが意外だったのか少し動揺しているようだったけど、次第に拳を握る力が少しずつ緩められて手を開くと私の手を握ってきた。

 

「少しは頼りなさいよ、『ティナ』」

「……そうね、ちゃんと学校に行けば考えてあげるわ」

 

それからはその話は打ち切ってまた映画を観ていたけど、ティナは私の手をギュッと握り締めながらも遂にエンディングのスタッフロールが流れ始めると一息吐いていた。

 

声を上げないけど怖がっているのが態度に出るティナは随分とお疲れのようで顔を落としていて、私がリモコンでDVDを止めるとティナは立ち上がってDVDを取り出していた。

 

「もう一つの方も見るの?」

「……流石に目敏いわね」

「誰でも気付くわよ」

 

ティナが借りたレンタルビデオ店の袋の中には少し厚みがあったし、DVDを入れる時に中身も確認したけどその中には確かにケースが二つあった。

 

特別漁った訳でもないから不可抗力だったと反論するとティナはケースを手に取ってからDVDを取り出したけど、DVDを入れる前に突然振り返ると何故だか耳まで赤くしていた。

 

「笑わない?」

「コメディー映画じゃなければ」

「……皆には内緒よ」

 

そう前置きしてから顔を真っ赤にしているティナはDVDを入れた。

 

 

 

 

「今回のも評判通りだったわ」

 

意外、それ以外の言葉で表すのは難しい内容だったけどティナはその映画を凄く楽しそうに観ていて、多分サスペンス映画はカモフラージュとして借りていたんだろう。

 

だけどティナが恥ずかしそうにする理由も一応理解した上で一つ聞きたい事がある。

 

「コレってティナのガングニールもかなり影響受けてるわよね?」

「………響さんもアクション映画で修行したって言ってたもの。その一環よ」

「別に悪いなんて言ってないから拗ねないの。ただ一緒に見ようとしてくれたのが嬉しかったから」

 

シンフォギアは装者の心象によってその形を決める。

 

私が鎖に縛られる事を拒んだから鎖鎌になったように、海未が誰にも止められない強い感情を持っているからチェーンソーになったように、ティナにとっては信じる正義の形が映画の主人公達のように普遍的なヒーローだから脚部特化の姿になっている。

 

それが事実ならそれだけティナは自分の心を形作る部分を共有してくれたのだから馬鹿にするという選択肢はあり得ない。それに映画を観て目を輝かせていたティナの可愛らしさを周知させるのは少し勿体無い。

 

「今度は映画館で観ましょうか。丁度今年の映画もやってるでしょ?」

「……考えておくわ」

「考えるんじゃなくて来るのよ。ほら、海未起きて」

「むぅ……終わったぁ…?」

 

今日は私も楽しませて貰ったし、カーテンの外もかなり薄暗くなってきたから今日の所はお暇しようと私の膝に頭を置いてる海未を起こすと、海未は目を擦りながら身体を起き上がらせた。

 

次の約束を確実な物にする為にも海未からのプレゼントは受け取って貰わないと。

 

「ほら、帰る前に渡す物があるんでしょ?」

「……ああ!忘れる所だった〜!」

 

私とは別行動をしていた海未が慌ただしく起き上がるとテーブルの隣に置かれていた紙袋を手に取って徐ろにティナに突き出した。

 

ティナも突然の事に手に取って中身を確認すると目を丸くしていた。

 

「服ね……でもサイズ分からないでしょ?」

「大丈夫!全員の服のサイズくらい覚えてるしおっぱいは実寸したから!」

「実寸って、あんな……いや、今日は止めておくわ。ありがとう、海未」

 

海未からの思わぬプレゼントにティナは計測の仕方に一言言おうとしたけど、その開いていた口は閉じられると代わりに今日一番の穏やか笑みを浮かべた。

 

滅多に見せないティナの表情に海未も嬉しそうに笑っていて、これだけで今日一日を一緒に過ごした甲斐はあっただろう。

 

「ねぇねぇ、早速着てみてよ〜!」

「そうだそうだ〜!」

「ちょ、押さないで!?着るから、あっち向いてなさいって!?」

 

 

 

 

 

 

「おはようござ、います」

「あら、今日は早いわね静香」

「今日は学校が休みなので……それよりその格好は?」

「変かしら?」

「いえ、凄く似合ってると思いますけどスーツ以外を着ているのが新鮮で」

「……『友達』がね、私の為に見繕ってくれたの」

「友達ですか!?どんな人ですか!?」

「ふふっ、内緒よ」



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「砕かれた天羽々斬」

日本の防人として常に政府中枢にてその席を保持してきた風鳴家、その本家守護を任される緒川家。今日までで風鳴の手によって防がれた争いや国家の分裂は数知れない。

 

だが、風鳴家には家系図にすら載っていない真なる影が居た。防人という肩書きも無く、本家守護という名誉も無く、ただ風鳴の栄盛の為だけに影として生き死んでいく者達がいた。

しかし次期風鳴当主が掲げた『風鳴家の透明性の確保』という方針に真なる影は風鳴に無用な手間を掛けさせる事は悪とし、自らの家系を闇に消すべく一族を粛清した。

 

『キミが、律だな』

『……風鳴家当主、風鳴翼殿とお見受けする。何か御用で?』

『もういい、止めるんだ』

『これは我が家系の宿命、いずれはこうなる運命だった』

 

降りしきる雨音だけが響く真夜中、微かな蝋燭の炎に照らされた少女の背後に立っている翼は少女の名を呼ぶと少女もそれが風鳴の現当主であると認識した。

 

少女の周りには数知れない死体が倒れ伏していて、中には幼い子供も居たが誰もが迷いの無い一太刀で絶命しているのが見て取れた。

風鳴の為に鍛え上げられた剣が自らの家族を、一族を潰えさせる為に振るわれた事に翼は苦痛の表情を浮かべたがそれが少女の救いにはならない事は理解している。

 

『遥か先の時代、戦に巻き込まれた百合根家が風鳴によって護られた過去は知っている。百合根家はその恩を忘れず、この時代まで風鳴の為に影から尽くしてくれていた。だがもう時代は違うんだ、百合根家が血を流す必要はない』

『恩?最早これは呪い、戦い方を知らなかった百合根に引き際など有りません。ただ風鳴の為に咲き、風鳴の為に散っていく。私の剣を受けた者にはその呪いが降り掛かったに過ぎない」

『その最後の一人になるつもりか』

『………皮肉なものですね。自分達が可憐に咲き誇る花を支えているつもりが、結局は多くの根の内の一本でしかないのに必要とされていると勘違いするなんて』

 

血に濡れた白鞘を持った少女は翼に背を向けたまま一族の愚かさに乾いた笑いを浮かべ、残された最後の百合根の血を断つ為にその刃を首に添えた。

 

『この世とはかくも儚きものです。家族を殺し、一族を殺し、最後には自分まで殺すなんて私は何の為に生まれてきたのでしょうか?』

 

風鳴を守る為に鍛えた剣が斬ったモノに自らの宿命を嘆きながら、その最後が風鳴の当主に見守られている事だけをせめてもの救いとしてその手に力を込めた。

 

だがその刃が少女の首を断つ事はなく、どれだけ力を込めようと刃が動かない代わりに首の後ろから血の温もりを感じた。そして右手から血を流している翼の両腕が背後から回されると少女の身体を強く抱き締めた。

 

『もうよせ、これ以上必要の無い犠牲を出さないでくれ』

『……私は剣しか知らぬ身、今更表舞台で何を踊れと?』

『お前にこれを託す、きっとその答えを教えてくれる筈だ』

 

翼がS.O.N.Gの司令官となった事で空いた天羽々斬の装者の席、それを最初の装者候補生として少女の首にペンダントを掛けた。少女はペンダントから聞こえる声に応えるように握り締め、それが新たな使命であると受け止めると頷いた。

 

『御心のままに、当主殿』

『当主としてではない、風鳴翼としてお前を後進に選んだ』

『……分かりました、翼さん』

 

 

 

 

テスラ財団のリアクター製造の任を担っていたAIであるウラノスをガリィが破壊してから二週間が過ぎた。

あれ以降テスラ財団の動向は掴めていないが少なくとも新たなタイタンが戦場に現れたという話は聞かず、私達装者候補生も本部待機を解かれて日常へと帰って来た。

 

任務で席を外す事は多いけれどクラスメイトにも恵まれて私が委員長なんて大役を任されてはいるけど、任された以上はその仕事をこなしながら今は提出する資料の山を持って廊下を歩いている。

幼い頃から殺人術を叩き込まれてきた私が学校に通うだなんて夢にも思わなかったけど、通ってみれば同年代達に囲まれるのは心が落ち着くものだ。

 

「あっ、私も半分持つよ!」

「多識さん、この位私だけでも」

「いいのいいの!委員長には私もいい思いさせて貰ってるから!」

 

職員室へと資料を運んでいると後ろからクラスメイトで新聞部の多識さんが駆け寄ってくると資料の山を半分手に持ち、手伝わなくても大丈夫だと言ってもコロコロと笑いながら私と並んで歩き出した。

 

人の好意を無為に断る訳にはいかないけど、これを盾にまた私の特集を組みたいと言い出しかねないから多識さんは油断できない。

 

「写真なら撮らせてあげないよ」

「え〜?減るもんじゃないじゃん〜」

「駄目なものは駄目です」

「ちぇ、まぁいいや。これ職員室まで運べばいい?」

「うん」

 

前もって写真は断ると多識さんも露骨に残念そうな顔を浮かべながらも運ぶのは手伝ってくれるようだし、その身のこなしの柔軟さは眼を見張るものがある。

それを先生からの説教を回避する以外にも活かしてくれれば私も怒ったりしなくて済むのに。

 

「この間は何処に行ってたの?」

「内緒、お家の用事だから」

「いいなー。綺麗で頭も良くて、しかも花道の総本家の跡取り娘だなんて大和撫子変身セットじゃん」

「そんなセットはありません」

 

多識さんの軽口に付き合っていると、多識さんは何故か職員室に行くには遠回りな人気の少ない階段へと迂回を始めた。

 

「……少し前にこの学園にシンフォギア装者が居たって噂、知ってる?」

 

一応付いて行きながら私が先に階段を下りていると、多識さんは突然足を止めてそんな事を言い出した。

 

私が想像してる話と多識さんが話そうとしている内容は出来れば違って欲しいけど、私に直接言うって事は結構自信があるのかな?

 

「……立花さんの事?」

「立花響、雪音クリス、風鳴翼、暁切歌、月読調。私が調べた限りではその五人、もしかしたらもう少し居るかもね」

「それで?それを私に言っても何も出てこないよ?」

「委員長、変な事に首突っ込んでない?委員長が休む日に必ず休む二人もいるし、無免許でバイクを乗り回してるのも知ってるんだよ?」

 

あの二人はそんな事も……全く、目立つ真似をすればいつか足が付くとは思ってたけどまさか同級生に見つかるだなんて。

 

まだ確信ではないものの他にも幾つか証拠を持ってるのか多識さんは私を見下ろしながら返答を待っていて、まさか事を荒げる訳にはいかないから資料を片手で持ち上げながら大人しくペンダントを胸元から取り出した。

 

一応地の利は譲ってあげたけど、こうも無防備な女の子相手でも警戒してしまうなんて自分が情けない。

 

「そうだよ、私は多識さんの想像通りシンフォギア装者だよ」

「や、やっぱり…!」

「で、それを今度の新聞に書くの?」

「か、書かないよ!ただ委員長を調べてたら偶々線が繋がったっていうか、好奇心で…」

「もぉ、多識さんらしいなー」

 

好奇心、多識さんらしい理由だから私も可笑しくてつい笑ってしまうと、私が怒っていないと受け取られたのか顔を強張らせていた多識さんも笑みを零していた。

 

だから私が一息も吐かぬ間に距離を詰めて顔を突き合わせると、気を抜いていた多識さんは退く事も出来ずに表情を凍らせた。わざわざ人気の少ない所を選んでくれたんだ、少しくらい怖がらせておいた方がいいよね。

 

「もし私が装者だって周囲にバレたら真っ先に疑うからね」

「え、あ、いわ、言わないよ……!」

「これは遊びじゃないの、貴女は余計な事に首を突っ込んだ。引き際を知らない好奇心は破滅を呼ぶ、覚えておいて」

「う、うん……」

「貴女には監視を付ける。それは貴女を見張る為でもあるし、守る為でもある。納得はしなくてもいいから理解して」

 

世界の危機に関わる事だから情報漏洩を防ぐ為に監視が付く事を説明すると、普段は優しそうな私に話しただけでそこまで大事になるとは思ってなかったのか、半ば半泣きになりながら何度も頷いてくれた。

 

シンフォギアが世間に周知された最終決戦の後、シンフォギアが兵器になり得ると批判もあったがそれはその後の実績から少しずつ無くなっていった。S.O.N.Gの活躍も当然あったけど、それ以上大きな要因となっていたのが立花さんだった。

 

高校卒業と共に国連直属となった立花さんは私生活の殆どを救命活動に捧げる事で欧州での知名度を上げ、シンフォギアが誰かを守る為に使われている事をアピールした。結果的にその名声が現在の私達の任務遂行にも役立っていて、緊急事態だと分かれば現地の人の協力を仰ぐのも以前と比べて容易になっているみたいだ。

 

多識さんがこうして簡単に口を割ったのも装者に荒事を好む性格の人間が居る訳がないと確信していたのだろう。それは間違いではないけど、機密である事には変わりがないのだからもう少し慎重になるべきだったかな。

 

「もう、それじゃあ持って行こ」

「う、うん!」

 

少し怖がらせてしまったからまた笑顔を見せて足を進めると、多識さんも表情を明るくしてから後ろを付いて来た。

 

それからは職員室まで荷物を運んだから多識さんにはお礼を言い、分けていた資料を受け取り担任の机に資料を運んだ。

 

「持ってきましたよ」

「あら、ありがとう」

「いえいえ、それじゃあ私も帰りますね」

「あっ、百合根さんにお客さんが来てるの」

「へっ?私に?」

「応接室に居るから行って貰える?」

「はぁ、私をお呼びなら」

 

資料を運ぶ以外には学校でする事が無いから帰ろうとすると担任に呼び止められ、何事かと思えば私にお客さんだなんて。装者とはいえ学校ではただの生徒なのに誰なんだろう?

 

お客さんについては予想が付かないから誰かと考えながら職員室に隣接した応接室の前まで行き、扉をノックすると聞き覚えのある声で『入っていいわよ』と聞こえてきた。

確かに珍しいお客さんだと呆れながらも扉を開けて入ると、応接室のソファに座っていたのはこの学校では留学している事になっているスーツ姿のティナが座っていたのだ。

 

確かに留学した生徒が帰ってきて誰かを呼んでいるなら教師達も気を利かせてくれるだろうけど、用事があるなら端末で連絡してくれればいいのに。

 

「ティナが学校に来るなんて珍しいね。それにスーツだなんて、教師と間違えられたんじゃない?」

「ええ、新任と間違えられたわ」

「可愛い服持ってるんだから着て来たらいいのに」

「今日はそういう気分じゃなかっただけよ」

 

長い金髪を変わった形の髪留めでポニーテールにしていて、身長も高いティナがスーツを着て校舎を歩いていればまず間違いなく未成年には見えない。只でさえ立ち振る舞いが大人っぽいのにスーツ以外着ようとしないんだから間違えられても仕方がない。

 

私も向かい合うようにソファに座ったけど、今日は何の用事なんだろ?

 

「それで?今日はどうしたの?」

「別に大した事じゃないわ」

「そう言って大した事じゃなかった事ある?」

「……緒川さんに尾行されてるわ」

「ほら、そういう事言い出す」

 

大事には大抵首を突っ込むティナが今度は何をしたのかと思えば緒川さんに尾行されていると言い出し、ティナ自作のタブレットを渡されて表示されている画像を見たけど、街中の鏡を何枚か経由して撮影したのか尾行をしている緒川さんを映していた。

 

そしてついこの間支給されたばかりのS.O.N.Gの端末をバラバラに分解した残骸が入った袋を取り出し、盗聴もされていたと言いたいのだろう。盗聴だけなら私もされてるだろうけど、緒川さんまで付いてるならティナが疑われているのはまず間違いない。

 

「何したの?」

「何もしてないわよ」

「それなら私も尾行される筈だよ。そんなに気にした事ないけど、多分尾行はされた事無いよ」

「そう、それじゃあやっぱり私だけなのね。探られて痛い腹はないけど、こう付いて来られたらやり辛いのだけど」

 

ティナの事だから悪い事をしてるとは思えないけど、司令達が無意味にそんな事をするとも思えないから何かしら疑われる余地があったから念の為といったところだろう。

 

確かにティナは生まれこそ一般家庭なのに超人的な知識量と卓越した戦闘センスを有している。入隊時に素性は洗いざらい調べられているとはいえ、改竄ができない訳じゃないから身内から可能性を潰しておきたかったのかな?

 

となると、

 

「ティナがテスラ財団のボスと思われてるのかもね」

「どう考えたって無理でしょ。ニコラ・テスラと戦ってた時点で私達11歳よ」

「でもテスラ財団にも若いエンジニアも居たし」

「裕福でもなかった私が世界中駆けずり回って悪徳科学者を搔き集めるなんて現実的じゃないわね。ビデオ通話だけであの連中が動くとも思えないし」

「そこら辺も含めて可能性を潰してるんだよ。頼れるティナがもしも敵だった時が一番脅威になるから」

「どの口が言ってるのかしら?」

「この口です」

 

皆に頼られてるティナにはもう少し愛想良く振舞って信用を得て欲しいと遠回しに伝えると、ティナも棘を出してきたから指で口角を上げながら適当にいなすと呆れたように笑ってくれた。

 

私に相談してくれたということはそれなりに深刻に捉えるべきか悩んでいたみたいだけど、私の答えが『普段通りでいい』と分かってくれたようでやっとソファに身体を預けて一息付いた。

 

「私が敵だった時に相手になる律がその様子なら大丈夫そうね」

「そんな時が来ればちゃんと懲らしめてあげるよ」

「まるで私には当然勝てるような言い方ね」

「だって勝てるもん」

「その自信が羨ましいわ」

「伊達に鍛えてないからね」

 

かつては風鳴の為だけに振るわれた私の剣が今はこうして誰かと肩を並べて人を助ける力になっている。私のこれまでの行いに罪があるかは私の判断する所ではないし、あったとしても私がこれからやる事に変わりはない。

 

「でもね、私が一番強くてもいざという時はティナの方が頼りにされるの。それはティナが誰よりも努力をして、誰よりも優しいから心の底から信じてるんだよ」

「私は別に律みたいに特別じゃないわよ」

「ティナはティナだよ、誰も私とは比べてない。だから私が悪者になったらティナがちゃんと止めてね?」

「……善処するわ」

「お願いします」

 

案外ネガティブな所があるティナを励ましていると先生達も留学している生徒と委員長が仲良くしているのが気になったのか、様子を伺いに来たから頃合いを見て私達も下校する事にした。

 

 

 

 

 

『律さん、違和感はありませんか?』

「はい」

「ハァ……ハァ…りっちゃんの鬼ぃ〜!」

「ハァ…ッ……死ぬかと思ったぁ〜!」

 

ティナと一緒に本部に帰ると普段は研究室に篭っているエルフナインさんに声を掛けられ、完全聖遺物『エクスカリバー』のシンフォギアの最終調整が終わったから試運転をして欲しいと頼まれた。

 

丁度司令から逃げてる二人も居たから首根っこを掴んでトレーニングに付き合って貰ったけど、纏ってみた感覚だけで言えばエクスカリバーの性能は現行のシンフォギアを遥かに凌ぐものだ。

 

普段纏っている天羽々斬は翼さんから受け継いだものだし、シンフォギアは戦う為だけにあるものではないから一概には言えないけど、私以外に纏える人間が居ないなら私が使う事にはなるのだろう。

 

「大体りっちゃんだけ『何個も』シンフォギア使えるの狡い〜!」

「仕方ないでしょ、そういう体質なんだから」

「鎌は折れるわ、斬り殺されそうになるわ、もう最悪〜」

「かなり加減してたつもりだけど、二人共真面目に訓練しないもんね」

「「ムッカ〜!」」

 

私が天羽々斬を纏う事になり、最初の装者候補生としてシンフォギアとの適性検査を行うと過去に前例の無い事が起きた。現在存在する全てのシンフォギアとの極めて高い適合、かつてマリアさんがガングニールとアガートラームを纏っていた様に私は全てのシンフォギアを纏えるという事が判明したのだ。

 

身体検査等も行ったけどその原因は分からず、どのシンフォギアも不具合無く纏えた事からそういった気質だったという話で終わったけど、まさか完全聖遺物とも適合できるとは正直思っていなかった。

 

「今日はそこで反省するように」

「鬼ぃ〜!」

「悪魔ぁ〜!」

「鬼でも悪魔でも結構です」

 

白金のエクスカリバーを解除すると普段の蒼いペンダントに姿を変え、床に倒れて動けない二人を置いてトレーニングルームから出て汗を流す為にシャワールームに入った。

汗でベタついたトレーニングウェアを脱いでからシャワーを浴び、纏わり付いていた汗は流れていったがエクスカリバーを纏っていた時の違和感は拭えずにいた。

 

エクスカリバーは間違いなく強い、適合者であればそれが素人であろうとも勝利をもたらすに違いない。けどエクスカリバーを握っていると意識が遠のく瞬間が幾度かあった。

その瞬間だけ加減が効かなくなって咄嗟に峰打ちに切り替えて事なきを得ているけど、それがいつまで保つのか分からないし、エクスカリバーを握っていなくてもティナ達にもボーッとしていると言われる事が多くなった。

 

念の為に口実を付けてメディカルチェックを受けても心身共に異常は見られない。ようやく日常に慣れてきている証拠だと翼さんは笑ってくれていたけど、それがもしも実戦で起きたら命取りになる。

 

何処までいっても私は半端な刃、自分すらも制御しきれないなんて間抜けな話だ。こんな私がこんな力を持ってしまっていいものなんだろうか。

 

「ちょっと休もうかな……」

 

シャワーに打たれながらもう少し自分を見つめ直す時間を置こう、そう考えているとまた違和感を感じた。

 

私はシャワーを浴びていた、なのにいつの間にかロッカールームに水浸しのまま立っていて手には端末まで持っているのにその間の記憶がまるで無い。一体私に何が起きているんだ?

 

自分の事なのに自分でも何が起きているのか分からず困惑していると強烈な殺気を遥かに頭上から感じた。ペンダントを持って駆け出そうとしたその時、地下まで大きく揺れる程の衝撃と爆発音が上層から響いてきてアラームが鳴り始めた。

 

『地下9階独房にて爆発、侵入者です!』

「侵入者!?そんな所までどうやって!?」

『職員は直ちに避難、装者は現場に………!?ノイズ発生!本部周辺に大量の電子ノイズが発生しています!市民の避難を開始します!』

 

地下9階にはティナと切歌さん達が捕まえたテスラ財団の幹部二人が収容されていた。そして本部周辺には電子ノイズ。明らかにテスラ財団による攻撃だけど、幹部も軒並み捕まっている現状でこれ以上誰が攻撃を仕掛けて来れるんだ?

 

シャツだけ羽織ってロッカールームから駆け出していると手に持っていた端末に通信が入り、送信者の名前を見ると相手はティナだった。

 

「ティナ、大丈夫!?」

『その様子なら律も無事ね。私と静香は外の電子ノイズを片付けてるけど数が多過ぎる。電子ノイズの発生装置も今探してもらってるけど見つからない。だとすると考えられるのは』

「電子ノイズを発生させられるタイタンの進化系。恐らくそれが首謀者だね」

『ええ。切歌さん達は市民の救助に向かったけど、其方は律に任せていい?』

「うん!任せて!」

『……信じてるわよ、律』

 

最後にそう呟くように付け足したティナは通信を切り、ティナからの信頼を裏切らない為にも私はエレベーターの扉を開けてそこから鉄骨伝いを飛び伝って9階へと急行した。

 

上では既に交戦しているのか激しい金属音が鳴り響いていて、9階の扉に飛び付いて扉を手でこじ開けると廊下では海未と空が再びタイタンを身に纏った幹部達と戦っていた。

 

「りっちゃん何処から来てるの〜!?」

「でもナイスタイミング〜!」

「話が違うじゃない!」

「黙って手を動かせ!」

 

テスラ財団の幹部であるシャルロットとジェームズ。それぞれが再びタイタンを身に纏っていて、胸にある二つのリアクターから見ても最新型のタイタンである事には間違いない。

 

ティナは緒川さんに追跡されていたし私も長い時間一緒に居たからあんな物を開発してる時間はない、そして二人の背後にある地上から地下へと向かう大穴から考えて答えは一つ。

 

テスラ財団にはまだタイタンを開発できる人間が残っていて、ティナの無実は証明された。

 

「りっちゃん見てないでヘルプ〜!」

「その二人をトレーニングルームに叩き落として!」

「了解〜!」

 

シャルロット達を此処よりも地下にあるトレーニングルームまで誘導するように二人に頼むと、シャルロットに切り掛かっていた海未がチェーンソーを引いてシャルロットの体勢を大きく崩すとジェームズの方へと蹴り飛ばした。

 

まだ最新型に不慣れ且つ狭い通路ではお互い躱す事もできずに二人がぶつかり合うと空が二人を鎖で締め上げ、大穴へと飛び落りると二人も引き摺られるように地下へと落ちていった。

 

「りっちゃんおいで〜!」

「お願い!」

「お任せ〜!」

 

私も後を追うように駆け出し、海未に抱き抱えて貰いながらトレーニングルームまで一気に飛び降りると、先に着いて鎖を解かれた空が宙に浮かぶ二人と睨み合っていた。

 

「有難いわね、広ければ戦いやすくなるのはどっちだったかしら?」

「ボスがようやく俺達に姿を見せてくれたんだ、それなりに成果は見せなきゃな」

 

やはり幹部である二人よりも上、未だ創始者が分からずじまいだったテスラ財団のトップが姿を現したのか。それなら二人に拘っている暇はない、更に地下へと続いている大穴の先にいる創始者を止めて電子ノイズを大元から消さないと。

 

「シズちゃん居れば此処ごと吹っ飛ばして貰ったのにな〜」

「そしたらトレーニングしなくていいもんね〜」

「二人共、よく聞いて」

「ホイホイ、どうしたの〜?」

「あの二人は私一人でやる、二人はティナ達の方に行って」

「いやいや!?それは………本気で言ってるの?」

 

今から私だけが大穴の先に行って大将首を取る、若しくは二人に行ってもらうという選択肢もある。でも空達には悪いけどあの二人に勝つには空達だと時間がかかるし、タイタンやリアクターを作れる相手を空達だけで倒せる可能性はとても少ない。

 

それなら私が目の前のシャルロット達を素早く倒し、大穴の先にいる相手も私が倒す方が被害は最小限で済む。普通なら無茶苦茶な指示だというのは分かってる、空も私が本気で言っているのか確認してくる程だけど私は至って本気だ。

 

ティナ達が戦った時の実戦データを見た限りこの二人くらいなら私だけでも十分勝てる、それなら二人にはティナの加勢に行って貰う方が救える命が多い筈だ。

 

「《floreas Amenohabakiri tron(天上に裂き誇れ、無垢なる刃よ)》」

 

胸に浮かぶ聖詠を唱えるとペンダントとシャツは光の粒子となり、私の身体を包み込むと私の胸の奥からは力が止め処なく湧き上がってきた。

 

我が使命の為に鍛え上げられた刃が血で呪われていたとしても、一度咲いたからには散るまで咲き誇ってみせる。誰かの名誉の為に地に隠れるのではない、皆を幸せにする百合の花になると決めたんだ!

 

私の身を包んでいた光の粒子を腕を振るって切り裂き、私の中にある不安ごと断ち切ると私の覚悟の証である『純白の天羽々斬』がその姿を見せた。

左手には私の第一の刃である長刀が発現し、翼さんの様にその身全てが剣とは謂えないけど、私の『天剣・天羽々斬』に斬れない物は存在しない。

 

「行って二人共!此処でテスラ財団は完全に潰す為に!」

「……オッケ〜!後は任せた〜!」

「必要なら呼びなさいよ!」

 

二人が背を向けられるように私が一歩前に踏み出すと、後ろからは私を信じてくれた二人が大穴の方へと跳んで出て行く音が聞こえてきた。

 

その様子を見て三人がかりで相手をすると思っていたシャルロット達は可笑しそうに笑っていたけど、私はそれに耳を貸さずに刀を構えた。

 

「随分と舐められたものね、たかが一人で私達を同時に相手出来るとでも?」

「降伏するなら今の内だよ。3秒数えるから武器を下ろしなさい。降伏しないなら死ぬ覚悟があるとみなし、命を取る」

「遂には三秒待ってくれるみたいだ。ならこっちが三秒でころ」

「3ッ!」

 

私が猶予を与えたのに呑気に話しているジェームズに向けて刀を振い、剣先から空間が歪んで見えざる刃『一分咲き 日蝕ガオ』が放うとジェームズの片腕ごとそのタイタンの片翼を斬り裂いた。

 

一瞬の出来事にジェームズはまだ自分の腕が落ちた事を認識しておらず、地面が割れる程足に力を込めて一気に跳んで距離を詰め、刀が斬馬刀へと姿を変えるとジェームズに全力で振り下ろして地面に叩き落とした。

 

「2ッ!」

「ヅァッ!?」

「何なのこいつ!?本当に候補生!?」

 

斬馬刀を再び刀に戻してジェームズの腹に突き立てて動きを封じると、その様子を見ていたシャルロットが大穴へ逃げ出そうとしたから腰に下げた小太刀を大穴に投げてその縁に突き立てた。

 

そしてシャルロットがその横を通り過ぎようとした瞬間、動体センサー式『三分咲き 鳳仙落花』が起動してシャルロットの頭上から無数の刃が降り注ぐと翼で身を包んだシャルロットが地に落ちた。

 

「物理法則を何だと思っているんだ!?」

「1」

「このッ!」

 

地面に落とされたシャルロットに私がゆっくり近付くと両肩の砲塔にエネルギーが充填され、私目掛けて火を噴くとその砲弾は確かに私の身体が『あった』場所を擦り抜け、その光景を目撃したシャルロットは目を丸くして疑っていた。

 

その様子に賢いシャルロットは私のアームドギアが刃だけではなく、このシンフォギアそのものがアームドギアの性質を持っているとすぐに理解した様だ。

 

「貴様ッ……!?」

「貴女達程度じゃ私の歌を引き出せないようね」

 

きっとシャルロットはこう考えているのだろう。本来の位相からズレる事で現実の世界からの攻撃から身を隠し、攻撃する時のみ現界する『ノイズ』の様だと。

 

これがノイズの位相差障壁を無力化するシンフォギアの調律機能を利用し、私への攻撃と防御を不能にし、影に生きてきた私に与えられたアームドギア『位相差障壁』。同じシンフォギアでない限り攻撃が通らないこの鎧を前には、どんなに高性能な武器を持っていようと全くの無意味となる。

 

別の位相に身を置いて安全圏から距離を詰めて刀を振るい、シャルロットの首元を刃が貫いている途中でその刃を止めると、少しでも動けば私が元の位相に戻って自分の首を貫かれると悟ったシャルロットは動きを止めた。

 

「命は取らない、けど行動不能になってもらう」

「歌も歌わないで何が装者よッ!」

「了承と捉えるわ」

「ッグ!?」

 

攻撃も防御も出来ないとあっては戦闘中でも軽口を叩くと調書にあったシャルロットは相変わらずだったから、現実世界に現界して峰打ちを首元に叩き込むとシャルロットは苦痛の表情を浮かべながらその場に倒れ伏した。

 

これで此処は終わり、早く先に進まないと。

 

「翼さん、聞こえますか?」

『ああ、其方はどうだ!?』

「終わりました。ジェームズが負傷しているので直ちに救護班をお願いします」

『流石だな、律。其方にすぐに救護は』

 

 

 

 

「律!」

 

風鳴司令からシャルロット・ディルバルス達を倒した律との通信が突然切れたと報告を受け、援護に駆けつけてくれた海未達と入れ替わりで私が律が戦っていたトレーニングルームに入るとその惨状に思わずを口を塞いだ。

 

シャルロット・ディルバルスとジェームズ・ボーキマンの身体はズタズタに斬り裂かれて部屋全体が血塗れになり、ホラーが苦手とはいえ実際に臓物が撒き散らされていては真っ先に感じるのは恐怖どころか狂気だ。

 

律が好き好んでこんな事をするとは思えない、きっと反抗されたから仕方なくしたのだと自分に言い聞かせながら痕跡を探していると、血の足跡が大穴の奥へと向かっているの見つけた。

状況から考えて律に間違いないから意を決して私も大穴に飛び込むと、地上から真っ直ぐに空けられた大穴は最深部にある聖遺物の保管庫まで到達していた。

 

「司令、聞こえますか?」

 

普段人が出入りする場所ではないから明かりのスイッチが外にある保管庫は薄暗く、周囲に目を凝らしながら司令にも連絡を取ろうとしてみたけど妨害されているのか繋がる事はなかった。

 

一応警戒しながら足跡を追って先に進んでいくと、どうやら保管されている聖遺物には興味が無いのか物色している形跡もなく、律の足跡も迷いなく奥へと進んで行っていた。

そしてその足跡は部屋の奥にある誰も入る事が許されていない扉の先に向かっていて、相手の目的は始めからその部屋にある聖遺物だったのだろう。

 

封印された開かずの部屋。其処には響さん達の最終決戦で生み出された常世の法則から脱した神殿やシンフォギアのカケラが多く納められていると聞いている。

其れ等を悪用されれば再びパンドラの匣が開くかもしれない、そう懸念した司令達が国連にも秘密で隠し通してきた物を何故外部の人間が知ることが出来たのか。

 

やはり裏切り者がいる、そう確信しながら扉を開けると其処は白く巨大な空間が広がっていて、柱も無いのにこれ程までに巨大な空間を維持出来ているのはこの空間自体も錬金術やその類のもので捻じ曲げられているのかもしれない。

 

そして、その部屋の中央にはボロボロのタイタンを纏った銀髪の男とエクスカリバーのシンフォギアを纏った律が立っていた。

 

「律!」

「ティナ、終わったよ。テスラ財団はこれで壊滅、人々が苦しめられる時代は終わる」

「何故だ……何故貴女が…!?」

 

私も律の側に駆け寄ると銀髪の男は手酷くやられているのか私を無視して律を憎らしげに睨んでいて、律もその黄金の剣を下ろしてはいるものの勝利の哲学に護られた律には一矢報いる事すら不可能だろう。

 

改めて男の顔を確認し、一体何処の科学者なのかと記憶の中で探っていくと少し違和感を感じた。

 

「貴方は………何者?私の記憶には貴女の様な科学者は居ない。なのに何故タイタンを作れたの?」

「私は教え導かれた者だ……全ては神の啓示に従ってきた………真なる平和をもたらす為に多くの血も流した……だがその悲願は確かに達成出来るというのに何故貴女が…!?」

「…て律、知り合い?」

「知らないよ、苦し紛れの命乞いじゃないかな?」

 

私が話しかけても銀髪の男は真面目に答えるつもりがないのか、それとも真面目に答えてその支離滅裂な回答なのか分からないけど命乞いに耳を貸す気質じゃない律には何を言っても無駄だろう。

 

もしも無名の科学者が操られているだけだとしたら、第二波があるかもしれない。ここまでの損害を出してまでこの部屋を狙った理由を問い質し、目的を聞き出さないと。

 

「貴方は私達の監視下に置く。その命乞いも何かしら役に立つかもしれないから、言い足りないなら司令達の前で言うことね」

「『何故私をお救いになられないのですか』!?」

「話は司令しっ

 

これ以上は時間の無駄だから銀髪の男を拘束しようとした足を踏み出した瞬間、後ろから強い衝撃が伝わり背中から胸に掛けて何かが貫くような違和感を感じた。

 

自分の胸元を見下ろすと其処には血に濡れた黄金の剣が背後から突き刺されていて、心臓が高鳴ろうとする度に激痛と激しい目眩が襲い掛かってくる。

 

思考が働かない、シンフォギアも維持出来ずに解除されると再び背中から強く押されて黄金の剣が抜けると貫かれた心臓から血が噴き出しながら私は倒れ伏し、自分の意識が暗く静かな場所へ沈んでいくのを感じた。

 

力が入らない、霞む視界の端には黄金の剣を持った誰かが私の側に近寄って来ると再び剣先が上がり、

 

「り……つ…」

 

黄金の剣は再び私の胸を貫き、其処で私の意識は途絶えた。

 



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「神様がくれた贈り物」

 

 

「…ねぇ!今度ティナも連れて皆でお買い物行こ〜?」

「………」

「ティナはぜ〜んぜん自分の服持ってないからさ、皆で選んであげよ〜!シズシズも行くでしょ〜?」

「今その話をする気にはなりません」

「っ、なら空は行くよね〜?」

「海未、静かにして」

「ごめん……」

 

敵の幹部、そしてテスラ財団の創始者であった名も無き銀髪の男は律の手によって葬り去られた。世代を超えたテスラ財団との戦いも完全に終止符を打たれたが、装者候補生の面々の表情は決して明るくはなかった。

 

S.O.N.Gの最下層にある開かずの間から出てきた律に抱き抱えられてきたアリアは胸を幾度と無く鋭利な刃物で突き刺されていた。翼達はすぐにアリアを緊急治療室へ運び、装者候補生達もアリアの手術が終わるのを手術室の外で待っていた。

その間、海未が何とか場の空気を保たせようと話を振ったけれど、他の面々は海未程気を強く保つ事が出来ず、海未も自分だけが話しているのに耐え切れず口を噤んだ。

 

装者候補生達は皆アリアを慕っていた。誰よりも規律に厳しく付き合いも悪いがそれはアリアが人付き合いに慣れていないだけで、誰よりも優しくまっすぐな気持ちを持っているアリアの事を嫌いになる者は居なかった。

 

「皆ごめん……私がもっとしっかりしてれば…」

「りっちゃんは悪くないよ〜!?私達なんて戦えもしなかったし……」

「律の選択も、ティナの選択も間違いじゃなかった。あの場で出来る精一杯の事はした、それ以上は賭けだった。テスラ財団を潰せただけまだ白星よ」

「潰せたらアリアさんが死んでもいいって言うんですか!」

 

自分の非力さを恨んでいる律を慰めようと海未も声を掛けていたけれど、空の布を掛けないその言葉に静香が反応して掴みかかろうとし、海未がそれに割って入ったものの静香が止まる事はなかった。

 

「ちょっとシズシズ落ち着いて〜!?空も言い方考えてよ〜!」

「言い方を変えても一緒よ、最初から分が悪過ぎる賭けだった。相手にはこっちの情報が筒抜けなのに私達は相手の名前すら知らないのよ?また逃げられる可能性だってあった、それを律が止めてくれただけでもラッキーよ」

「それでも私達が一緒に居れば…!」

「居ても足手まといになっただけよ!ティナが負けたなら私達で勝てる相手じゃなかった!律が居なかったら、律じゃなかったら、その場に居たのが私達だったらもっと犠牲は多かった!そのくらい分かるでしょッ!」

 

重要機密である筈の保管庫の存在さえも知っていたテスラ財団を相手に善戦した律とアリア。その二人と他の装者候補生の間にある実力の差を理解している空の荒げた言葉に静香の動きが止まり、次第に力が弱まると海未も抑える手を離したけれどその心中は同じだった。

 

静香には必中の哲学兵装『魔弾の射手』が、空と海未にはザババの加護を受けた強力なユニゾンがある。

だが律とアリアとガリィの純粋な戦闘能力はそれらを含めても三人を上回っていて、それが並大抵の事では超えられない壁だというのは三人共理解していた。

 

何とか場を収めた海未も椅子に腰掛け、天井を仰ぐと大きく息を吐いた。

 

「ハァ…………なんだろ、初めてすっごく悔しいって感じるな〜」

「そうね……私達は誰にも負けないって思ってたけど、仲間も守れないんじゃそう感じるわね」

 

高い適合率で初めから装者候補生だったから、恵まれない環境だったけれど恵まれた才能を持ち合わせていたから。

これまでも逆境に打ち勝ってきた自分達は強いと感じていた三人も、初めて何かを犠牲に勝利した事で『装者になる』という意味を理解した。

 

自分達が強ければそれに対抗しようとする相手もより強い者達が現れる。聖遺物に護られたシンフォギアといえど、無敵ではないのだと思い知らされた三人は自分の無力さに手を握り締めていた。

 

何時間待っていたのか、四人はアリアの回復を祈りながら部屋の外で待っていると手術中のランプが消え、部屋の扉が開くと数時間に及ぶ大手術を終えた医者に四人はすぐさま詰め寄った。

 

「先生、アリアさんの容体は!?」

「ティナ生きてる〜!?」

「お、落ち着いて。アリアさんは取り敢えずは生きてる、またいつ発作が起きるかは分からないけど傷の縫合は出来たよ」

 

四人に詰め寄られた医者も言葉を詰まらせながらも一先ずの治療を無事終えた事を告げると、四人はその場に崩れ落ちながらも溜め込んでいた胸の息を吐き出しながら安堵した。

その様子に医者も四人がずっと側にいたのを察し、自分も屈んで四人に視線を合わせた。

 

「正直、私にも何故生きているのかは分からない。心臓だけは傷付かずにいてくれたのが奇跡だった。君達が何と戦っているかまで聞き及んでいないけど、神様は君達の事を見ていてくれたみたいだね」

「良かった……良かったよそらぁぁぁ!」

「そうね……本当に良かった…!」

「後は医療カプセルでの集中治療になるから、君達も今日は帰りなさい。司令達には私から連絡しておいてあげるから」

「そうですね……ほら、邪魔にならないように帰るよ」

 

海未が泣きじゃくり空も安心して涙を浮かべているのを律が立ち上がらせながら二人を連れて行き、医者も立ち去ろうとしたけれど其処にまだ一人残っている事に気付くと足を止めた。

 

アリアが生きている事に心底安堵しながらも、それでは説明が付かない事があると気づいた静香は残っていた。

 

「お聞きしたい事が」

「何かな?」

「アリアさん、心臓には傷が無かったのですか?」

「ああ、胸を刃物で貫かれていたみたいだけど何故だか傷は無かったんだ。どういった風に戦っているのか私には分からないから一概に言えないけど、彼女は運が良かったとしか」

「………分かりました。この事は司令達以外には内密でお願いします。緊急時の特別権限を持つ装者候補生として貴方に命令します」

「え、ああ、了解したよ」

 

自分が伝え聞かされていた内容では『心臓を複数回突き刺され、絶望的な状態』だったアリアが心臓が無傷で生きているという事に静香は疑問を抱いていた。

 

その頃、アリアの無事を知らされた翼達も胸を撫で下ろしていたが、直ぐにS.O.N.G内部に潜んでいる内通者に関しての話に戻した。

 

「翼さん、あれが本当に創始者だと思う?」

「恐らくだが間違いないだろう。現に奴が着ていたタイタンの性能は格段に上がっていた、テスラ財団の技術力が如何に高くとも世間にタイタンを造れる程の技術力を持つ科学者はそうはいない。今回の銀髪の男も顔認証で検索しても出てこない程だ、余程情報漏洩には気を配っていたみたいだな」

「じゃあテスラ財団はようやく壊滅デスか?」

「恐らくは、そしてそれよりも厄介な事が起きた」

「最深部の開かずの間、アレ知ってんのアタシ等とガキ共くらいだろ?」

『正確には当時の職員、装者、今の装者候補生よ。現在S.O.N.Gに残っている職員でそれを知り得たのは極僅か、つまり』

「装者の内、誰かがまだアレの続きをやる気って事か」

 

今回の件で裏切り者の絞り込みがより正確になったが、それ故に誰が裏切り者でも翼達にとって大きな痛手となるのは必至だった。

長年共に戦ってきた仲間、そしてその後を継ぐ者達の中の誰かが敵と内通して触れてはならない領域に触れようとしたのは翼にとってもかなりの衝撃だった。

 

あの領域を軽んじていないのであれば、それはつまり再びパンドラの匣を開けようとしている事に他ならない。

響と未来が人生を賭して閉じたその匣を開く事だけは避けなければならない。翼はあの日固く決心していた、それがどのような結末を生むとしても。

 

「正直に言う、私はお前達を一欠片も疑っていない。立花、お前もだ」

『でも、あの子達も違うと思うんです』

「ああ、私もそう思う」

「それじゃあ誰なんだよ?」

「……フィーネ?」

「んな馬鹿な!?フィーネはもう眠っただろ!今更起きてどんちゃん騒ぎする訳がない!」

 

クリスのその意見は最もだった、最終決戦にてパンドラの匣を閉じると共にリインカーネーションを終えたフィーネが再び現れるのは理に適っていない。だがフィーネと同じ類のモノなら或いは、翼がそう考えているとそこまでの会話を聞いていた切歌は画面越しの響と向かい合った。

 

「響先輩、言っちゃっていいデスか?」

『うん、切歌ちゃんなら言うと思ってたよ』

「何を?」

「翼さん、ごめんなさいデス!」

 

響からの許可を貰った切歌は翼に向かって頭を下げると、突然の事に翼も目を丸くしていた。

 

「な、何だ?」

「アタシ、全員の個人データを調べ上げちゃったデス!」

「なっ!?マジかよ!?何処まで!?」

「クリス先輩の秘密のお話相手まで!」

「ふざけんな!?お前の指図か!」

『ごめんねクリスちゃん、でも必要だったの』

「立花は相手が並々ならぬ相手だと早々に気付いていたのか」

『確証は無かったです。ただ、そうであった時に後手に回るのだけは避けたくて」』

 

クリスの赤裸々な個人情報まで切歌が調べ上げている事に翼もそれがどれだけ危険な手か理解し、それでも響と切歌が全員の為に内密に行動していたのだと納得すると、S.O.N.Gの司令としてではなく仲間としてそれに感謝していた。

 

「雪音の赤裸々な情報は置いておき、何か掴めたか?」

『二つ程。一つはティナちゃんの絶対的な潔白。通信データを監視され、緒川さんの尾行もある中でタイタンを造る事を指示できるとは思えません』

「納得、二つ目は?」

『ティナちゃんは今回とはまた別で監視対象にすべきだという事です』

 

これまでの盗聴や監視からアリアがテスラ財団と繋がっている可能性はゼロに等しいという結論に翼も肩を下ろしていたが、響が再び監視すべきだと伝えると怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「何故だ?」

『ティナちゃんの容体は絶望的だったと。ですが奇跡的に心臓だけは無傷で助かった』

「ああ、原因は分からないがそうだ」

『私は奇跡だけを信じる訳にはいきません。ティナちゃんは何かしらの力で守られた、その可能性がある限りは監視すべきだと思います』

「…言いたい事は分かるけど、らしくねーな」

『これでも甘く見てる方だよ』

 

かつては奇跡を纏っていた響が奇跡だけでは済ませられないと言う姿は全員にとって少しだけ寂しくもあり、それが大人になるという事なんだと理解していた。

 

魔女が奇跡を掛けたのなら響達にはその魔女と魔法を徹底的に調べ上げ、人間に悪影響が無いか調べないといけない。それが子供達に装者という重責を担って貰っている大人の役目なのだから。

 

「そうだな………アリアには悪いがもう少し続けるとしよう。だが今後は本人にも伝えた上で協力してもらう、これ以上アリアに不快な想いをさせる訳にもいくまい」

「そうデスよ、ティナは賢いから自分で原因を見つけちゃうかもデス!」

『分かりました、私も立場上何処まで手伝えるかは分からないけど出来る限りはします』

「んじゃ、話はこんくらいにするか?」

『あ、待って。もう一つ大切な話があるの、多分そっちが本題になるかな』

 

全員がアリアの回復を待つと共に回復すれば助かった原因を調べるという方向に話を纏め、クリスが会議を終わらせようとしたがそれを響が遮った。

 

そして再び険しい表情を見せると、本部長としての話そうとしているのが分かった四人は口を閉じた。

 

『アリアのメディカルチェックを此方で確認していた時、百合根の状態も目に通したのだけど彼女はいつからあの状態なの?』

「あの状態?たまにボーッとする事?」

『ええ、私が知る限りではあの子はストレスに負けるタイプの子じゃない。自己管理も出来ていて無理だと分かればそれを伝えられる子だと判断し、だから暴走が許されないエクスカリバーの装者にも選んだ。なのに今は自覚症状まで出ている』

「それは私が百合根の過去から日常に慣れてきたのだと判断して、少し時間を置けば次第に回復するものだと」

『あまりこういう事は言いたくないのだけど風鳴司令、貴女は甘過ぎる。貴女は決断を下す時、その子の感情を推し量ってから決断している。それがどれだけ危険な事か分かっていないとは言わない、だけど危険な事を日和見で居られては困る』

「申し訳ない……」

『私達はフィーネに乗り移られた櫻井女史を知っている。彼女は自分の意識の裏からフィーネに操られ、次第に自我が消えていった。フィーネは確かに眠ったかもしれないけど、それがフィーネにしか出来ない所業とは限らないのよ』

 

律の状態に懸念を抱き、かつてのフィーネと状況が似ている事からそれに目を向けた響は翼に厳しい言葉を掛けたが、百合根という風鳴によって狂わされた家系である事が翼の判断を鈍らせていたのは確かだった。

 

かつてフィーネは特機二課でシンフォギア開発の第一人者絶大な信頼を得て、クリスという上部だけの仲間で特機二課を振り回し、その間にも着々とカ・ディン・ギルの建造を進めていた。

それが今回当てはめられるとすれば、最初の装者候補生、最後まで誰かの操り人形であったテスラ財団、そして彼女が手にしている勝利の哲学を有した完全聖遺物。

 

その考えに至ると現状がどれほど危ういのか理解出来ない者はいなかった。

 

『あの子ではない、あの子の中に居るかもしれない存在に先手を打たれる訳にはいかない。未来をそっちに向かわせてるから律と会わせなさい。未来なら相手の穢れを感知できる、律の中に二人いればきっと分かる筈よ』

「りょ、了解デス!」

『風鳴司令は律の側に付いていなさい。きっと彼女も自分がコントロール出来ていない不安で一杯の筈。そこに突け込まれれば第二の人物に完全に乗っ取られてしまうかもしれない』

「分かった、此方も動きがあり次第逐一報告する」

『この戦いは私達の代で必ず終わらせる、あの子達は必ず守り通すわ』

 

災害対策本部長として、そして立花響として跡を継ぐ後輩達を守り通すという意思は全員が共有し、お互いに行動を開始した。

 

 

 

 

『ママ』

『あら可愛いティナ、もう言葉を覚えたのね』

 

子供の頃、私は何かを覚えるのが得意だった。

 

一度見たなら大抵の事なら覚えていられたから、私の父親は私が生まれてからすぐに離婚し、ママ一人で育ててくれているのを理解していた。

 

 

『ママ、出来たよ』

『あら、ティナ……もうここまで出来るのね』

 

子供の頃、私は勉強が得意だった。

 

書いている文言を理解出来ないということはなく、得た知識の中からならどんな問題でも答えを導き出せた。

 

 

『ママ、私行きたくない』

『お母さん、この子は間違いなく逸材です。是非うちのクラブに、悪い金額ではありませんよ』

『………この子に任せます』

 

子供の頃、私はスポーツが得意だった。

 

小学生ではあったけど陸上と水泳で上級生との体格差を物ともせずに一位を取り、沢山のスポーツクラブから勧誘が来ていた。でも私はママと一緒に暮らしたかったからその道を全て断った。

 

 

『ごめんなさい……』

『いえ、ですが……』

『ティナ、賢い貴方なら此処が何処か分かるわね?私を恨んでくれて構わない、情けない母親でごめんなさい』

『……さようなら』

 

子供の頃、私は孤児院に入れられた。

 

あの人は何から何まで一人でこなす私が自分の手に負えず、更には黒髪の父と赤毛のあの人から生まれた私が金髪だった事で大きく揉めた事で疲弊していたのだろう。その気持ちは理解できていた、だから私が孤児院に預けられたのはそこまで驚きはなかった。

 

ただ、私が愛されていなかった事には驚いた。

 

 

『「今回は全員助けられたので良かったです。タバコのポイ捨てでこれ程大きな山火事になるとは思ってなかったと思いますが、皆さんも十分気を付けて下さい」』

『「ありがとうございます。国連所属装者、立花響さんでした」』

『ティナ、また見ているの?』

『…………』

『装者、あの事件の子達も大きくなったわね』

 

子供の頃、私は立花響に憧れていた。

 

最終決戦で全世界にシンフォギア装者の存在が知られてから立花響はその象徴とも言うべき存在になり、人命救助で世界中に赴き世界中から「英雄」という称賛の声を浴びていた。

 

正義を纏い、人々を助ける立花響が私には眩しく思えた。

 

 

『ティナ、本当に行くんだね?』

『手紙を出します。お元気で』

『いつでも帰っておいで、此処はティナのお家だよ』

『……私は振り返らない、必ずチャンスを掴み取ってみせます』

 

確実に装者の座を狙える年齢になってから、私はS.O.N.Gと連絡を取った。

 

S.O.N.Gとリディアンの関係性を暴き、S.O.N.Gから装者候補生のテストを受けてみないかとの打診を受けた私は二つ返事でそれを了承した。

世界中から何十人と候補を集められて、その中からたった数人しか選ばれない狭き門ではあったけど私は誰にも負けない自信があった。

 

過去を全て捨てた私に誰も追い付ける筈がない、正義を纏うのは私だと心に誓っていた。

 

 

『アリアさん、観戦いいかな?』

『………』

『失礼しまーす』

 

ガングニールの装者候補生になってから、私は焦っていた。

 

エルフナイン女史が管理していたLiNKERを盗み出し、過去のデータから危険ではあるが効果が認められていた3本同時摂取をする事で適合率を無理矢理上げ、無事に適性検査をパスした。

 

けどその所為で国連所属になる事まで決まってしまい、国連ではLiNKERを補充できないからガングニールの聖詠を自力で引き出す訓練を死にものぐるいでやっていた。そこへ顔を出してきたのは風鳴司令の懐刀、歴代最高の適合率を誇る『百合根 律』だった。

 

ノイズの位相差障壁をアームドギアとして扱うという対人において無敵を誇るその適合率が、隠しもしない経歴から分かる踏んできた場数から得た経験値が、同じ装者候補生でも手も足も出ないその強さが私は羨ましかった。

 

『もう遅いよ、明日にしたら?』

『……』

『アリアさん、明日からスイスだって言ってくれれば良かったのに』

『……別に興味なんてないでしょ』

『あるよ、LiNKERを盗んだ事は報告しないといけないし』

 

ノイズと生身で戦うシミュレーションをしながら話半分には聞いていたけど、観戦と言いながらも強化プラスチック製の刀を持っていた百合根律の言葉で攻撃の手が止まり、身体にノイズの槍が突き刺さってシミュレーションが中止されたけど私は百合根律の方を向き直った。

 

『……』

『アリアさんがやったのは重大な規則違反。本当なら牢屋行きだよ』

『……』

『海未とか空は素性がアレだから分かるけどアリアさんも………ううん、多分二人よりも私に似てる』

 

何を言いたいのかは大体分かったから手に持っていた拳銃を百合根律に向けて引金を引き、百合根律も私がそうする事を予測していたのかすぐに詰め寄って容赦無く私の首を狙って刀を振るってきた。

 

適性テストでも一度だけ手合わせをした事があったけれど、その殺し合いは止める人間もそれを指示する人間も居らず、私達だけの戦いは互いに一歩も譲らなかった。

 

『アリアさん、焦り過ぎだよ。今のアリアさんは昔の私と一緒、使命感と自分の感情が入り混じってて自分でも制御し切れてない』

『……』

『もっと自分の歌を、ガングニールの歌を聞いて。アリアさんが歌わなきゃ誰がアリアさんの歌を歌うの?』

 

何でも出来る超人の話なんて聞く気は無かった。私の道を邪魔をするのなら何としてでも排除する、その気持ちで一杯だった私に百合根律は刀を交えながら語り掛けてきて、その余裕が尚更私の嫉妬心に火を付けた。

 

全てを失ってでも手に入れた私の全力を簡単にいなして、私が欲しい物を何もかも持っている百合根律に私の気持ちを分かった風にいられるのが気に食わず、百合根律を蹴り飛ばしてからペンダントを握り締めた。

 

『っ……どうして聖詠が浮かばないの…!』

『それは自分を信じてないからだよ!』

『うるさい!』

『下ばっかり向いてないで前を向いて!アリアさんはアリアさんなんだよ!』

『うるさいうるさいうるさいッ!貴女に私の何が分かるッ!』

『思い出して!何でシンフォギアを纏いたいのか、何で装者になりたいのか!』

 

百合根律に焚き付けられて私の感情が爆発し、思いの丈を弾丸に込めてぶつけようとしたけど百合根律はそれを全て叩き斬り、もう一度思い出すようにと語り掛けてきた。

 

子供の頃どうして立花響に憧れたのか、どうして装者になりたいのか。

 

百合根律の言葉が私の心の中で響き、そして何故私が装者になりたいのかを見つめ直すと胸の奥から微かながらに光を感じた。それは私が手を伸ばし続けてきた希望の光、私が生きていく為に掴み取らなきゃいけない光。

 

私は、

 

『《belcanty wagner Gungnir tron(光を追い、闇を纏う亡霊)》』

 

英雄になりたかった。

 

 

 

 

懐かしい夢から目覚めると私はガングニールを纏って立っていた。

 

何かを蹴り飛ばしたような足の感覚、周囲の電気配線が千切れショートし音がそこら中から聞こえ、立っているすぐ側には集中治療室のカプセルが叩き斬られていたりと、新しい情報ばかりが頭の中に入ってきて処理が追い付かない。

 

そして本部中に最大警戒レベルの警報が鳴り響く中、エクスカリバーのシンフォギアを纏った律が私の前に立っていて、律も自分の手に握られている聖剣と周りの状況に理解が追いついていないのか目を丸くしていた。

 

「私何を……」

「律、落ち着いて」

「まさか、私がティナを……!?」

「律!」

「っ、ティナ………良かった、無事で」

 

律が取り乱しそうになっていたから喝を入れて取り敢えずは抑えられたけど、お互いに状況が理解し合えていない現状で出来ることは少ない。だが、私の傷が完全に癒えている事と私を貫いたのがあの聖剣である事は間違いない。

 

可能性はとても低い、けど私は可能性よりも律を信じている。律は誰かを傷付けるような人じゃない、凄く優しい心を持った私の親友だ。

 

「律、落ち着いて聞いて」

「うん…」

「今からLiNKERと絶唱を使って神殺しを引き出してから律を蹴る。多分、気を失う位痛いと思う」

「………ティナ、信じていいんだよね?」

 

LiNKERで適合率を底上げし、更に絶唱まで加えれば私のガングニールでも響さんのように神殺しを宿す『かも』しれない。当然それは響さんだから出来た事なのかもしれない、でも今必要なのは人間以外を問答無用で殺す力を宿しているという可能性があればいい。

 

私の意図がちゃんと律にも伝わったみたいで、エクスカリバーを持った手を下げると完全に無防備な状態を晒してくれた。

 

私もLiNKERを三本摂取する事で限界まで適合率を上げると灰色の装甲が緑白色の電撃を纏う緑色へと変わり、更に絶唱まで歌い上げるとフォニックゲインが急激に昂まり、シンフォギアが悲鳴を上げる程のフォニックゲインが脚のブースターに込められているのを感じる。

 

「私を信じて天羽々斬を渡して。必ず助けてみせるから」

「……」

「その……へいきへっちゃら、だから」

「……ぷっ、響さんの真似?モノマネ苦手なんだね」

「う、うるさい!舌噛んでも知らないわよ!」

「はいはい、待ってるからね」

 

律が深刻そうな表情するから私なりに励ましてみたのに笑われてしまい、顔が燃え上がりそうだから早く済まそうと急かすと、律も少し表情を和らげてから天羽々斬のペンダントを投げ渡してから目を瞑った。

 

お互い殺し合ったことがあるから人が死なない加減くらい把握している。でも律じゃない何者かが居るとすれば『殺されるかもしれない』可能性を前にして表に出てこない訳がない。

 

ペンダントを胸元に仕舞いながら律の側まで歩み寄り、軽くリズムを刻みながら全身の力を抜きつつステップを踏み、身体のリズムと今にも弾けんばかりのフォニックゲインの波長の波が合うのを待った。

 

「必ず、助けるから」

 

そしてリズムとフォニックゲインの波長が完全に重なった瞬間、右足のブースターの放出口を反転させて稲妻のような轟音と共にフォニックゲインを放出してその場で縦回転しながら力の全てを込めた踵落としを律の肩に叩き付けた。

 

律の身体は一瞬で床を突き抜けていき、神殺しが発現したかは確認する事が出来なかったけど私も律が突き抜けていった床を飛び降りた。

少しの浮遊感を感じながら落下していると最下層で床が崩れるのは止まっていて、終着地点で着地すると其処は白くて異常な広さを持つ封印された開かずの間。

 

私達が暴れるには都合のいい空間だ。

 

「貴方、何者なの?」

 

着地の衝撃を緩和した分の排熱を行い、絶唱によるバックファイアで全身の軋みを感じながら立ち上がり、私に背を向けて瓦礫に向かって歩いている『金髪の女』の背に声を掛けた。

 

積まれた神殿の瓦礫の山をその指先で撫でながら歩き回っているその女の足が止まり、振り返るとそれは律の顔立ちではあるが目が鋭くなり律とは明らかに別人だった。

私の方へ向き直った女は何も言わずに手に持ったエクスカリバーを剣先を下げて構えると、目にも留まらぬ速さで私との距離を詰めてから容赦無く斬り上げてきて、それを避けると今度は連続で聖剣を振るってきた。

 

背後だったり、眠っている時だったり、何かと不意打ちばかりしてくるから戦うのが苦手なのかと思ったけど割と強いわね。でも律の剣捌きを前にしたらこんなモノ屁でもない。

 

「どうして私を狙うのか、聞く理由もなくなったわね」

「………」

 

装者を殺すのが目的なら他の四人を殺すチャンスは幾らでもあった。けどそうはせず私だけは確実に狙おうとした事を考え、私ではなくガングニールを狙ったのだと考えれば自ずと答えは見えた。

 

「貴方、『神殺し』を殺すのが目的ね」

「っ!」

『アリアさん、伏せて!』

 

私を殺すだけじゃない、響さんを含めた全ての神殺しを殺す事が目的である事を看破すると黙々と斬っていた女の手が一瞬鈍った。そして、わざわざ天井の穴から見下ろせる位置から動かずに避けていた甲斐もあり、静香の声と共に空から小型ミサイルが降り注いできた。

 

女は後方に大きく飛びながら剣撃の風圧でミサイルを落としていったが、頼れる私の仲間達が揃うと今度は容易には詰めて来ず様子見に徹していた。

 

「いきなり絶唱が聞こえるからビックリしたよ〜」

「ティナは無事みたいだけど〜」

「あれは、律さんですか?」

「違うと断言出来るわ。アレは人じゃない」

 

既にシンフォギアを纏っている静香達は思い思いに喋っているけど、視線の先にいる律に似たナニカに対して警戒していて、静香がアレが律なのか確認してきたけどさっきの剣捌きで確信を持てた。

 

アレは律の身体を奪った別の何か、それも人間よりも数段高位の存在に違いない。かつてカ・ディンギルによってバラルの呪詛を破壊しようとしたフィーネか、それとも他の誰かなのか。

 

「って事は、八つ裂きだね〜!うひょ〜、ゴールドラッシュは私が貰っちゃうもんね〜!」

「ちょ、りっちゃんまで八つ裂きになっちゃうよ〜」

『姦しいな、人間。喋らなければ戦えないのか?』

 

海未がチェーンソーを唸らせながら攻撃のチャンスを伺っていると律とは別の声がその口から発せられ、海未も女の動向を見極める為に黙ると女は自分の腕をジロジロと見つめて品定めをしているようだ。

 

『この身体、やはり悪くないな。依代になるだけはある』

「人の身体に乗り移って品定めなんて趣味が悪いわね、名前くらい名乗ったらどうなの?」

『貴様等に名乗る理由はない。邪魔立てするなら寵愛を受けた貴様等でも容赦しない』

「寵愛?誰からの?」

 

喋り出したから名前くらい吐くかと思えばまだ名無しの権兵衛を貫くつもりのようで、寵愛という単語に引っかかった静香が聞き返すと女は眉を顰めて怒りを露わにした。

 

咄嗟に先手を打つ為に駆け出し、女は静香を狙って動き出したけど私に向き直って剣を振るったから右足でそれを蹴り返した瞬間、黄金の剣が煌めくと剣の腹を叩いた筈の足の装甲が一撃で砕け散った。

LiNKERが切れるような時間じゃないから耐久力が落ちた訳じゃない、ならエクスカリバーの『持ち主を勝利させる』という哲学が私の装甲を問答無用で砕いたのだろう。

 

やはり一撃でも喰らえば致命傷になる。それを確認できたから今度は避けることに集中して連撃を躱し、側面から鎖に繋がれた空の鎌が女の首を狙うと容易に鎌は叩き落とされはしたが、その隙に左脚で蹴り飛ばすと女は防御が間に合わず少し後退さった。

 

やっぱり戦い慣れているという感じはしない、けど違和感を感じる。

 

「う〜ん、4対1は卑怯かな〜?」

「卑怯も何もないです、相手は民間人を狙った卑怯者です」

「それもそっか〜、投降するなら今の内だよ〜」

『……嘆かわしいな、これが神の聖なる遺物を使って得たチカラか』

 

攻撃は確実に入った、けど女はそれに顔色一つ変えずに鎧を叩く程度でダメージが入っているようには思えない。ガングニールの電撃にも怯んでいないし、何より私が最初に与えた渾身の踵落としがまるで効いている様子がない。

 

『この程度とは、やはり神の力を模倣した玩具でしかないか』

「それじゃあオモチャかどうか、私の全開で試してあげる!」

 

何かがおかしいと思考を巡らせていると破壊力が足りないと勘違いした海未が私よりも前に跳び出し、チェーンソーを巨大化させて振り下ろすと女もそれを剣を横にして防いだ。

 

チェーンソーの回転数が上がるにつれて火花を巻き散らしながら女の足元にヒビが入れ、破壊力は私の蹴りよりも段違いかもしれない。

 

「海未、離れなさいッ!」

 

だが、それを片手で受け止めている女は明らかに異常だ。

 

私が駆け出す前に再び黄金の剣が煌めくと火花を散らしていたチェーンソーの切断刃がチェーンごと斬り裂かれ、海未も咄嗟に千切れたチェーンを女に向けて射出して距離を取ろうとしたけれど、至近距離だったというのに女はそれを斬り落としていた。

 

黄金の剣の間合いまで詰められた海未がチェーンソーを盾にしようとしたけど、それすらも完全に斬り裂くと海未の左腕を剣が掠めた。

 

止めを入れられる前に静香が手榴弾を投げて海未を爆発に巻き込んで後方に吹き飛ばし、二人の間に装甲を再展開した私が割り込んで追撃を抑えたけれど、女は咳き込むだけでまるで眼中にないようだ。

 

「ッゥ……あれぇ…私の装甲硬いよね…?」

「あの剣、律の時より強くなってる」

『当然だろう、貴様等と私ではこの剣の所有者としての格が違う。振るえば勝利する?私が振るわずとも自ら振るわれる事を望むのがこの剣に与えられた神命だろう』

 

律が纏うエクスカリバーと戦った事がある二人があの女が纏うエクスカリバーの哲学がより強固なモノになっていると言うんだ。

恐らく間違いではないけどそうなるとこの女は剣の所有者であるアーサー王となるけど、あの口振る舞いで同じ人間である事は考えにくい。

 

考え難い、けど認めざるを得ない。

 

「貴方、天使ね」

 

これまでの女の口振りや私達への反応からが 今相手にしているのが神に仕える天使である結論を出すと今まで私達を小馬鹿にしていた態度が変わり、海未達は何を言ってるんだと言わんばかりに目を丸くしていた。

 

「い、いやいや、天使なんていないよ〜」

「うちの可愛い天使ちゃんなら此処に居るけどさ〜」

「茶化さないで下さい。アリアさん、本当にそう思っているんですか?」

「ええ。私も信じてなかったけど、神が存在して天使が存在しない道理はない。完全聖遺物を人以上に操れる存在が居るとすればそれは人より高位の存在だけよ」

 

響さんが多くの神を殺したように人よりも高位の存在はこの世に溢れている。それ等は超常的な力で人々を守っていたり、私欲の為に呪いを振り撒いていたりと様々らしいが天使が存在したという話はこれまで聞いた事がなかった。

 

だけど、人間に出せる最高の適合率を誇る律よりも完全聖遺物を操れるような存在が居る以上は認めないといけない。私達がこれから戦う相手はこれまで戦ってきた何よりも強い。

相手が高位の存在だと知って静香達も武器を構えたけど女は私の方だけを見ていて、何か考えているのか攻撃してくる素振りは見せていない。

 

『アリア、と言ったな』

「ええ、名無しの権兵衛さん」

『……まぁいい。ようやく貴様等の責任者達の用意が出来たようだ、回線を繋いだらどうだ?』

「アリアさん、司令達からです」

 

電波も自由に遮断出来る、この空間の中じゃ錬金術でのテレポートも期待は出来なさそうね。

 

「繋いでいいわ」

『アリアか!?何が起きたんだ!?全員無事か!?』

「テスラ財団の創始者を影で操っていた存在は律の中に隠れていました。それも天使という存在である事は間違いありません。エクスカリバーを奪われ、海未が負傷しました」

 

天使の方から風鳴司令達と連絡を取るように指示してきたから言われた通り回線を繋ぎ、風鳴司令が開口一番に全員の安否と状況を確認してきたから簡潔に伝えると風鳴司令からは返事は無かった。

 

それは想定外だから言葉が出ないのか、それとも想定内のことが混じっているから言葉を選んだのか、大方後者だというのは風鳴司令の態度から感じ取れる。

 

「知っていたのですか?律が乗っ取られている事を」

『いや、その可能性はあった事を把握していただけだ』

「そうですか………それでは天使、貴女の目的は?何故人々を巻き込んでまで神殺しを殺そうとするの?」

 

律の件に関しては私でも把握出来てなかったし、寧ろ司令達の方が動いてくれていただろうから私も悔やむのは後にして、剣を下ろしている天使と向かい合った。

 

最初は無言だったのに喋り出したんだ、何かしら考えがあって動いているに違いないのだから手を取り合う道があるならそれが一番だろう。

 

『愚問だな、神に仕える者が神を殺した者に罰を与えるのは当然だろう』

「それならタイタンで戦場をかき回し、人々を電子ノイズで苦しめずとも直接私達と接触する方法なんていくらでもあったでしょう」

『私は貴様等を見定め、その結果に応じてこの剣を振るうか決める為に神の信者に私の叡智を与えただけだ。そこから先は人間同士が太古からあいも変わらず勝手に殺し合っているに過ぎん』

「与えただけ?その無責任な行動でどれだけの人が苦しんだと……!」

「静香、やめなさい」

 

慈悲深い神様に仕えている割には天使は随分と薄情なようで異端技術の結晶とも言うべきタイタンを作れるだけの叡智を与えるだけ与え、それによって生み出された結果には我関せずとは。

 

両親を紛争で無くした静香がそんな理由でタイタンが造られたと知ると怒りを露わにし火薬箱に手を入れたけど、天使がその言葉に反応したから静香を手で制した。

 

『無責任?貴様等の自業自得の行いに何故我々が責任を持たねばならない!神から限りない寵愛を受けてきた貴様等の為に何故我々だけが尽くさねばならない!貴様等はいつもそうだ、そうやって何かを与えられる事を弱者の特権として至極当然のように振る舞う!それが与える者にとってどれほど長い期間を掛けて手にした物でも浅ましく手を伸ばしてくる!』

「誰も欲しいなんて言ってないわ」

『救いを求めただろう!慈悲深い神はその祈りに応え、聖遺物を与えることで争いが収まることを願った!その結果が何だ、その聖遺物で新たに争いを起こして剰え神を殺すとは何事だッ!何故貴様等は何も学ばない、何故そこまで愚かなのだッ!』

 

激昂している天使の話を聞いている限り、この天使は響さん達の時代からずっと戦いを見ていたようで、シンフォギア延いては多くの戦争で利用されてきた聖遺物の在り方に随分と怒りを感じているらしい。

 

人の祈りや呪いによって産み出される聖遺物もあるにはあるが、その多くは神や天使から与えられた物がその大半を占める聖遺物。それを神からの寵愛と受け止めるのなら確かに天使の言う通り、人間はその寵愛を土足で踏みにじるような事を何度も繰り返してきた。

 

これからもきっと繰り返そうとするだろう、だけどそれを止める為に私達装者が居るんだ。

 

「貴女の言う事は理解したわ。けど貴女に言われなくても私達は自分達で解決できる。己が信仰心の為に多くの人を巻き添えにした貴女には何の正義もない、ただの自己満足よ」

『聖遺物の破片を弄った程度の玩具で図に乗る愚か者に聖遺物を扱う資格など無い!私が全ての聖遺物を回収し、再びパンドラを開いてこの星をゼロに、神が真に愛されていた時代まで引き戻す!』

「やらせる訳ないでしょ。永劫を生きる貴女に今を生きる私達の運命を決めさせたりなんてしない。愛が欲しいなら掴み取ってみせればいい」

『塔を作ってまで神に縋ろうとした分際で、私に愛を語るか愚か者ッ!』

 

パンドラを再び開こうとしている時点で交渉の余地は無いと判断した私は低下してきた適合率を上げる為にLiNKERを打ち、静香達も臨戦態勢に入ると天使は黄金の剣を振り上げた。

 

そして一撃で決めるつもりなのか黄金の剣はこれまでよりも強く煌き、風を巻き起こしながらこれまで片手で振っていた剣を両手で強く握り締めた。

負傷した海未を抱えながらじゃ衝撃の射程外に出るのは難しい、此処で何とか天使の気を引き続けるしかないわね。

 

『塵と帰れ、愚か者共が』

「気に入らない人間を皆殺す、それが天使のやり方ですか」

『先に始めたのはそっちだ、私は神の為に戦う戦士としての役割を果たすまで』

「同じ考えじゃなきゃ殺すって、随分と野蛮だね〜」

『貴様等と話していても最早得られる物はないか、後悔は先にしておくべきだったな』

 

これ以上は引き延ばせないか、海未が完全には回復してないけど仕方ない。

 

「お喋りはここまでよ、やられた分はきっちりやり返すわ」

『ならばやってみろ、おろかっ!?』

 

これ以上の時間稼ぎは効果が無さそうだから此方から話を打ち切ると天使は振り上げた黄金の剣を振り下ろそうとした。

 

だけどその瞬間、天使の背後から鋭く凍らせた氷剣が胸を貫くと血が噴き出し、天使は唖然とした表情で背後に顔を向けたけれど其処には誰も映っていなかった。

だが、突然空間が球状に歪んでシャボン玉のように破裂すると、其処には最後の装者候補が完全に隙を突いた事に口の端を歪めめ笑いながら立っていた。

 

「ごめんなさいね、アタシ話長いの苦手なの」

『ッ!』

「あら怖い、怒っちゃやーよ」

 

私達とは普段から別行動をしていて突入のタイミングが違うと分かっていたからその性根の悪さを期待していたけど、一体いつから居たのかは知らないが期待通りに不意打ちをしてくれたガリィは天使の反撃も易々と躱すと私達の元まで退いてきた。

 

普通なら致命傷だというのに天使はよろめいているだけだが、少なくとも痛みは感じるようで隙を突いたガリィを恨めしそうに睨み付けていた。

 

『天使の名を騙る人形が…!』

「成る程、だからやけにアタシに対して態度が悪かったって訳。気が短いと損するわよ」

「ガリィ、貴女はシンフォギアを使わなくていいわ」

「ハァ?あんなもん喰らったら弾け飛んじゃうじゃない」

「あの鎧を突き抜けたのはガリィの攻撃だけよ。聖遺物からの攻撃に何かしらの耐性があるなら今はガリィの錬金術が頼りになる。避けるくらいできるでしょ?」

 

私達の攻撃に対しては無防備と言っていいほど防御が手薄だった、なのにガリィの氷剣は背後からとはいえその鎧を貫いていたから何かしら理由があるに違いない。

 

ならそれが理解できるまではガリィには身を粉にして貰おうと煽ると、私から吹っ掛けてくるとは思ってなかったのか目を丸くしていたけどすぐに意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「へぇー、それじゃあ精々ガリィちゃんの足を引っ張らないことね」

「暁さん達が待機せざるを得ない現状、効果的な攻撃を与えられるのはガリィだけ。全員の攻撃を織り交ぜながら突破口を開くわよ」

「オッケ〜」

「分かりました」

「少しは動けそうだから避けるだけなら任せて〜」

 

まだ装者候補という肩書きが付いている私達だけど、今此処で天使を止められるのは少なくとも私達しか居ない。なら肩書きなんて捨てて私達は人類の為に、律の為に必ず勝ってみせる。

 

『だがこれで玩具が揃った……まずはその玩具から破壊するッ!』

 

私達の世界は、私達で守ってみせる。

 



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「絶唱・セイキロス」

「装者候補、交戦開始!」

 

私達の時代を見てきた天使による世界のリセット、恐らくその目的の為に動き始めたのが最終決戦後だから今日まで準備に時間が掛かっていたのだろう。

 

信者に自身の叡智であるオーバーテクノロジーを渡し、テスラ財団を創らせる事で私達の目を掻い潜りながら依代を探し、律という環境も才能も揃った逸材に乗り移った。

 

そしてエクスカリバーという実戦向きの完全聖遺物を手にする為にテスラ財団を利用し、こうして自身の手に納めた。天使は決してこちらの戦力を軽んじてはいない、現に開かずの間への侵入を完全に塞いでいるのは錬金術を学んだ暁達や天敵になり得る立花の介入を恐れている証拠だ。

 

「見てるしかねぇのはこんなにも落ち着かねぇのかよ…!」

「いつ電子ノイズを発生させるかも分からない以上、暁達をずっと近くに待機させておく訳にはいかない。あの子達を信じるんだ」

「大丈夫デスよ!ティナ達はめちゃんこ強いデスから!」

「目の前が見えていなかった頃とは違う、皆成長してる」

 

暁達の言う通り、あの子達には私達が積み上げてきた装者としてのノウハウがあったお陰で効果的な訓練や的確なアドバイスを与えられた。

 

時には人として、時には先輩として接してきた私達から受け継がれた物は確かにあの子達の中で生きている。装者としての歴は浅くとも同時期の私達と比べれば精神的にも実力的にも数段強い。

 

あの子達ならきっとやれる筈だ。

 

『風鳴司令、やはり電子ノイズ発生装置が街中に仕掛けられている。私も向かうけれど突入するなら入れ替わるタイミングを図る必要があるわ』

「此方からの通信は再び遮断された。下手に飛び込めば全員閉じ込められてから電子ノイズを放たれる事になる」

『時空を歪めているあの空間ならパンドラを開くことは出来ない。けど私や未来の力を使って空間を破壊したらそれこそ元も子もないから待機するしかないわね』

「天井ぶち抜いちゃってるけど大丈夫なんデスか?」

「あの空間自体、小日向に協力して貰って作った哲学兵装としての役割がある。あの空間自体を破壊する程の威力じゃない限り、その哲学が折れる事もないから大丈夫だ。逆に立花や小日向の力では一撃で破壊しかねない以上、待機が無難だろう」

 

立花が命懸けで戦い、小日向が人生を懸けて閉じたパンドラを再び開く事は決して許してはならない。守らなければいけなかった二人に重役を担わせた以上、これ以上二人に負担を掛けることは防人としても友としても許せない。

 

天羽々斬のペンダントはアリアが回収している、いざとなれば私だけでも乗り込む事も視野に入れておくべきだろう。

 

「ガリィも居るんだ、十分勝機はある」

『けど、油断は出来ない。相手にとっての勝利条件は複数ある、ティナ達にそれが伝えられない以上それを踏む可能性もある』

「だがエクスドライブでもない限り神殺しは発現しないんだろ?」

『そうだけど……』

 

立花はアリアに何か不安要素があるのか、言葉を濁らせながら眉を潜めていた。

 

 

 

 

「《覚悟を纏い 正義を吼えろ》!」

『姦しい、歌なぞ聞き飽きた!』

「やらせない!」

 

直接的なダメージは与えられないとはいえ、こっちの手数を減らせばそれだけ強力な一撃を振るわせるチャンスを与えてしまうから私達は積極的に攻撃を仕掛け、戦い慣れていない天使の視線をガリィから離させるように注力した。

 

5対1という圧倒的な数の差があるとはいえ、シンフォギアでの攻撃が効かないとなるとガリィ頼りになるのは天使にも気付かれている。現に私達への攻撃の殆どは振り払うだけでその視線は常に攻撃の機会を伺うガリィを追っていた。

 

「ったく、もうちょっと引きつけなさいよ!」

「やってるよ〜!」

「だからヘッポコ装者はヤなのよ!」

 

空の鎖が天使を縛り付けると鎖を伝って炎が天使の身体を焼いたけれど、黄金の剣が煌めくと鎖は一瞬で斬り裂かれてしまい、痺れを切らしたガリィが直接攻撃を仕掛けたけれどガリィの攻撃に対しては防御をしている事から錬金術が有効的なのは確かだろう。

 

シンフォギア、延いては聖遺物による攻撃が無力化されているのならただのシンフォギアには勝ち目は無い。けど、同じ哲学兵装なら或いは……

 

「静香、魔弾を使いなさい。持ってきてるんでしょ?」

「一度使えば対策を取られます、6発しか撃てないのにいいんですか?」

「天使は魔弾の射手の存在を知ってる。どの道今はそれしか手が無いわ」

「分かりました」

 

攻撃の手が一つしかないのは戦術的にも芳しくないから静香の切札を早速使う事にし、静香が蒼いイヤリングを着けると天使の視線が此方に向き、ガリィを無視して私達に斬り掛かってきた。

 

わざわざ狙ってきたという事は哲学兵装も効く、少しずつだけど天使の力とエクスカリバーの力が読めてきたわね。

 

「貴女のその鎧、シンフォギアの攻撃は無効化できても錬金術や哲学兵装といった世界の根源や理を武器にした攻撃までは防げないようね。それに貴方がエクスカリバーで戦っているのではなく、エクスカリバーが『貴方の身体を使って戦っている』。シンフォギア相手なら無敵でも弱点があるなら倒しようはある」

 

天使本人の力量は精々私と五分、なのに全員の攻撃を捌けているのはエクスカリバーが持ち主を勝たせる為にその身体を操っているのなら異様な強さにも説明が付く。

 

『ふん、今更それが分かってなんだ?魔弾の射手は私には通用しない』

「それはどうかしらね?」

 

天使の攻撃は私が引きつけながら静香の準備を進めさせ、背後で空間が捻じ曲がり音が吸い込まれるような気配を感じたからローキックを叩き込んで距離を取り直した。

 

そして背後から空間を斬り裂く甲高い音が響き渡り、その弾丸は私に命中する前に天使の背後から錬成陣と共に現れ、天使はそれを察知して避けたけれど魔弾の射手は狙った場所に必ず命中する哲学兵装。

 

避けられた弾丸は再び転移して天使の背後を狙い続けると、避けた際のデータは今まで取った事が無いからか随分と対処に手間取っている様子だ。

 

『小賢しい!』

「それっ」

 

魔弾を避け切れないと判断したのか、エクスカリバーで振り向きざまに斬ろうとしたがガリィが錬成陣の前に氷壁を築くと弾丸は再び転移して斬撃を躱し、再転移した先で天使の背中に命中した。

 

威力そのものはアームドギアと変わらないから天使は蹌踉めく程度だったけれど、ガリィがその隙に攻勢に出ると傷を庇ってかその動きは鈍くなっていた。

 

『くっ、人形風情が!?』

「アンタってさ、何回殺せば死ぬの?」

『我々は自然と同一であるが故に死ぬ事なぞ決してあり得ない!』

「あっそ、それじゃあ試しにもっかい死んでみて」

 

エクスカリバーでその手に纏った氷剣が砕かれても何度でも作り直し、足元から氷の槍を突き出したり水の元素の壁を築いたりとガリィの攻勢が止まる事はなく、元素の壁をガリィごと斬り裂いたけれどガリィの身体は水へと変わり、再び背後から天使の胸を貫いた。

 

そして今度はそれだけでは攻撃の手を止めず、足元から幾つもの氷の槍を突き出して天使の身体の腱や身体の筋を徹底的に貫き、エクスカリバーを握った腕も貫く事でその動きを封じ込めた。

 

天使も抗おうと力を込めているようだけど離れている私達でも感じる程の冷気によって固められた氷はそう易々とは壊れず、戻って来たガリィも本当に死なない事に驚いているようだ。

 

「ありゃ真性の化物ね」

「うへ〜、痛そ〜」

「アレでも死なないなんて、どうすれば」

「首でも跳ねとく?くっ付きそうだけど」

「駄目に決まってるでしょ。司令達に私達の戦いが見えてるなら戦況が有利なのは伝わっている筈。見えてないなら海未には此処から出る事に専念して貰うだけよ」

「え〜?ようやく傷が治ってきたのに〜」

 

まだ決着は付いてないけど十分勝機は見えたから、後は司令達の指示を仰ぐ為に負傷した海未をこの空間から出す算段を立てていると、天使の手からエクスカリバーが零れ落ちて床に突き刺さった。

 

何かしらの攻撃かと身構えたけれど所有者の手を離れたエクスカリバーは効果を発揮しないのか煌めく事はなかった。だが串刺しになっている天使は可笑しそうに笑い始め、油断するにはまだ早そうだ。

 

『貴様等の仲間の身体だというのに随分な仕打ちだな』

「どうせ回復してんじゃん」

『痛みや感覚は共有していると言ったらどうする?』

「な、なんだって〜」

「それはまずいよ〜」

 

天使がこの後に及んで下らない戯言を言い出すから海未達も巫山戯て返していて、たとえそれが真実であろうと私達がやる事は変わらない。

 

「律ならその位の痛みは耐えるわ。それ以上律の覚悟を貶すなら指示を受ける前に殺すわよ」

『ふっ、最早天使を殺す事に罪悪感すら覚えないか。貴様等の装者を長く見てきたが、どうやら末路は他の者達と一緒か。結局貴様等も自らを驕り、特別になったと逆上せあがった』

「自己紹介かしら?貴女はこの世界にはもう必要ない、神話の時代は終わったのよ」

『そうか………ならば見せてやろう。貴様等が決して辿り着く事がない神代の力をッ!』

 

天使がそう叫んだ瞬間、天使の背中からはその身体を包み込む程大きく美しい純白の翼が現れた。思わず見惚れてしまう程穢れのないその翼は身体を縛っていた氷の槍を一羽搏きで砕き、その身を包み込むと眩い光を放ち始めた。

 

強烈な光に怯みながらもガリィが氷柱を飛ばしたけれど氷柱は突き刺さる事なくその身体を擦り抜けていき、それが意味する事を理解した静香が魔弾を再び放ったけれど、魔弾を込めたライフルからは錬成陣が現れる事がなくただの弾丸が天使の身体を擦り抜けるだけだった。

 

「っ、海未退きなさい!アレは響さんじゃないと倒せない!」

『今更逃すと思うか』

「キャッ!?」

 

ここまでの力を隠し持っていると思わず天使が本気を出していない内に海未をこの場から退かせ、私達だけでこの場を抑えようとしたけど天使は身を包んでいた翼を大きくはためかせると、明らかに翼から起こり得る威力を遥かに超えた突風が私達を吹き飛ばした。

 

そしてその突風は私達のシンフォギアにヒビを入れ、床に叩きつけられるとそのまま砕け散り、床に散らばった私達のペンダントには亀裂が走っていた。

シンフォギアによる攻撃を無力化しするだけではなく位相障壁を纏い、更には周囲の現実性まで歪めて哲学すら無力化。

 

『私の名を訊ねていたな。ならば答えてやろう』

 

無理矢理シンフォギアを引き剥がされ、その激痛と精神への負担は大きく私達が立ち上がれずにいると、天使はエクスカリバーを引き抜き翼を羽ばたかせて宙に浮かび、その剣先を天へ向けると私達への怒りを表すかのように叫んだ。

 

『我が名はアニエル!神の栄光を、その寵愛を守る者!神に叛し愚者に鉄槌を与えん!』

 

 

 

 

 

これまで名を伏せていた天使がその威光とも呼べる翼と共にアニエルという名を告げると、街中で電子ノイズが発生し始めたが為に暁達をその討伐に向かわせたが状況は一転して不利となった。

 

アリア達も油断はしていなかった、だがこれ程までの力を隠していたのは人間が神を崇拝する為の最後のチャンスを与えているつもりだったのだろう。

 

「立花!あの空間は放棄だ、すぐに救援に向かうぞ!」

『本部長と呼びなさい。それにあの空間を放棄すれば再びパンドラが開かれる事になる』

「その為に5人を犠牲にできるものか!私だけでも再び塞いでみせる!」

『自分を驕るのもいい加減にしなさい風鳴司令!貴女は司令官、貴女が居なくなれば誰が指揮を執るの。目先の感情だけじゃなく大局を見なさい、それが貴女の役目でしょう』

 

5人がこのまま殺されていくのを見過ごす訳にはいかないから私が出る事を進言したけれど、立花は依然として救援を送る事を拒んで私を咎めてきた。

 

人の業を叶えるパンドラが開いて太古の時代まで時間を巻き戻そうとすればその膨大なエネルギーがパンドラに蓄えられて、再び開かれた時にはこの宇宙を消し飛ばすだけの破壊力を持った爆弾と化すだらう。

 

前回は中に閉じ込めてあった罪や呪いを吐き出すだけで時間の巻き戻しをさせなかったから爆発する事はないだろうが、虚空となっている今のパンドラに吸い込まれれば奇跡でも起きない限り戻っては来れない。

 

立花のような奇跡が今回も起こるとは限らないんだ。

 

「……立花には今でも勝算があると思っているのか?」

『私は私が見てきたあの子達を信じているから、私達に出来る事でサポートする事こそがあの子達に報いる方法だと思ってる。無事では済まないかもしれない、けどあの子達が前だけを向けるようにするのが私達大人の役目よ』

「………」

『信じてあげて下さい、あの子達にとって今が正念場なんです』

「……分かった。私達に出来る事をしよう」

『電子ノイズは国連で対処する、風鳴司令は其方に集中しなさい』

「了解した。全員聞いていたな、此方から通信が送れないか全てのパターンを試すんだ!聖遺物を使ってもいい、コンタクトを取る手段を見つけるぞ!」

「「了解!」」

 

普段なら越権行為だと言い争っていただろうが立花の厚意に甘え、私達は大量に保管された聖遺物を使ってでも装者候補生達を援護する事に専念するよう指示を出すと、全員が自分の役割を理解して各々が自分で考えて行動を始めた。

 

私にはエルフナインの様な豊富な知識も、雪音の様に柔軟に対応する判断力も、暁達のような発想力もない。だが私には無いモノは此処にいる全員が補ってくれる。司令官として私に求められるのはただ一つ、誰にも後悔が残らない様に指示を出す事だ。

 

これが最良ではなくとも装者候補生達がまだ立ち上がってくれる事を今は祈るしかない。

 

 

 

 

 

 

状況は余りにも絶望的だ。

 

あの翼から起こる突風はシンフォギアを問答無用で一撃で破壊する、だけど位相差障壁を使われている以上シンフォギアじゃないと攻撃を加える事も出来ない。

 

なんとも理に適った無敵、滅茶苦茶な攻撃力まであるなんて律よりもタチが悪い。

 

『どうした、もう終いか?さっきまでの威勢は何処へ行った?』

「っぅ……言いたい放題言いやがってぇ…!」

「でも無理矢理剥がされた所為で全然力入らないわよ……」

「聖詠が歌えないなんて……!」

 

私以外の三人は適合率が高いからかシンフォギアを引き剥がされた事での負荷が大きく、立ち上がる力も削り取られたみたいだ。幸い私は適合率をLiNKERで誤魔化しているだけだからまだ力は残っているし、シンフォギアを纏っていなかったガリィも仲間とは思えないくらいの睨みを利かせている。

 

私とガリィはまだ戦える、けど突破口がまるで見出せない。ガリィの特殊な機巧で位相差障壁をどうにか出来るならまだしも、そんな話は聞いた事もないしあるならもっと余裕を見せている筈だ。

 

範囲攻撃の突風を躱しながらシンフォギアの調律を使いつつ、シンフォギア以外による攻撃を与えるなんて答えを見出せる気がしない。

 

『そこの人形はいつまで壊れたフリをするつもりだ』

「っぶね!?アタシだけ特別扱いし過ぎじゃない!?」

 

私がまだ戦える事を隠して倒れているとアニエルは剣を振り被ってから事切れていたガリィ目掛けて投げ付け、ガリィもすぐに起き上がってそれを回避すると剣は床に突き刺さった。

 

だけどアニエルが手を翳すと剣は独りでに動き始めて宙へ浮かび、ガリィが奪い取ろうと握ってもそれを振り切ってアニエルの元へ戻るとその周囲を漂っていた。

 

『自慢の錬金術を使ったらどうだ?』

「ちっ、そんなやっすい挑発に乗る訳ないでしょ」

『そうか、なら踊らせてやる』

 

ガリィも打つ手がないのか攻撃できずにいるとアニエルの周囲を漂っていた剣が次は私にその剣先を向き、私も回避しようとしたけれどそれよりも早く剣が放たれた。

 

せめて負傷範囲を減らそうと跳び上がろうとしたその時、私が動くよりも先にガリィが身を呈して私の前に跳び出してくると、その胸を剣で貫かれながらも剣の進行方向を変えて後ろに吹き飛んでいった。

 

「ガリィ!?」

「くっそ、全然動かないじゃない。守るんじゃなァッ、人の身体雑に扱うな!」

 

オートスコアラーであるガリィが剣に貫かれても死ぬことはないとはいえ、機械仕掛けである以上黄金の剣によって全身に亀裂が入ったガリィは剣が突き刺さったまま動かなくなり、剣を振るって乱雑に身体から剣を抜かれても口を動かすだけで顔色一つ変えなかった。

 

けどこれで状況は更に悪化した。動けるのは最早私だけ、シンフォギアを纏うのもやっとの私にどうやってこんな怪物と戦えって言うのよ……!

 

「ちょっとクソ真面目、いつまで寝そべってんのよ!」

「私だけでどうしろって…!」

「動けんのアンタしかいなんだからやれって言ってんのよ!」

『その命を持って罪を償え、神殺し』

「来るわよ、さっさと避けろ!」

 

再びアニエルの手元に戻ったエクスカリバーの剣先が私に向き、何とか立ち上がったものの絶望的な戦力差を前に力が湧かず、その剣が放たれても身動き出来ず私は目を強く瞑って目の前の現実から目を逸らした。

 

私が生きるのを諦めた瞬間、私の足元で強烈な衝撃が起きて私の身体は吹き飛ばされ、少しの浮遊感の後に身体を地面に叩きつけられた。

 

けど剣で貫かれたような痛みが無く、目を開くとエクスカリバーは私を貫くことはなく私が立っていた足元に突き刺さっていて、何が起きたのかと支えながら身体を起こすとアニエルは苦痛に表情を歪め頭を押さえていた。

 

『私に抗うか…!』

「律……?」

 

アニエルの瞳は黒く染まり私に向けられていて、私が起き上がった事に一瞬笑ってみせるとその瞳は閉じられ、その目は再び蒼く染まった。

 

アニエルの中にいる律はまだ諦めてない、まだ私がアニエルを倒せると信じてチャンスを残してくれたのに私が諦めてどうするんだ。自分を信じろと教えてくれた律を救えずに何が装者だ。

 

律が背中を押してくれていると思えばまだ力が湧いてくる……

 

『依代として言う事を聞いていればいいものの邪魔立てをするとは、余程貴様等は消え去りたいようだな!』

 

まだ勇気が湧いてくるッ!

 

地面に突き刺さったままのエクスカリバーが宙に浮かぶと立ち上がった私にトドメを刺そうと迫ってきたけれど、胸に仕舞っていた律のペンダントが光を放つと私の手の内には長刀が姿を現した。

 

私も長刀を強く握り締め、エクスカリバーを上へ弾き飛ばすと剣は勢い良く天井に突き刺さり、部屋全体が大きく揺れた。

 

勝利の哲学によって長刀は崩れ去ってしまったけれど、律の覚悟のお陰で勝利への道が見出せた。その覚悟を受け取ると心の奥底から歌が聞こえ、床に散らばっていた皆のペンダント達が微かに光を放ち始めた。

 

『人間風情に天羽々斬が応えただと?』

喪失までのカウントダウン(Balwisyall nescell gungnir tron)》」

「それは立花本部長の」

光を追い、闇を纏う亡霊(belcanty wagner Gungnir tron)

「ティナの聖詠も…?」

天上に裂き誇れ、無垢なる刃よ(floreas Amenohabakiri tron)

『まだ遊び足りないか!』

灰色の世界を音色で燃え上がらせよう(enjerr Ichaival tron)

「危ないッ!」

 

胸の奥から聞こえてくる歌に心を預け、私はただのその想いに応えようと歌い上げているとエクスカリバーが私目掛けて放たれたけれど、ペンダントから光の粒子となったガングニールが槍を形成するとそれを弾き返して私を守ってくれた。

 

聴こえる……私を信じてくれている皆の歌が私にも伝わってくる…

 

奏で響いた歌は孤独に散る(belcanty wagner Gungnir tron)

『一人の歌に全ての聖遺物が反応しているだと?』

枯れた聖杯を満たす呪い(Caliy meorias airget-lamh tron)

「人のパクんないでよ」

キミの為に真実の偽りを歌おう(seas deed igalima tron)

「ティナと一緒に歌ってるみたい……」

罪を洗い流す激流(seas deed igalima tron)

「すっごく温かい……」

少女の歌には、血が流れている(Emustolronzen seikilos el tron)

 

絶える事のないアニエルの猛攻にシンフォギア達は何度も折られたけれど私の歌を遮らぬように守ってくれている。

 

何人もの、何十人もの、何百人もの歌が私の中から聞こえてくる。皆が私の歌に想いを乗せ、皆が私の心に力を分けてくれている。

 

皆を信じて、私は最後まで歌い上げるんだ。

 

「《Gatrandis babel ziggurat edenal》」

 

光の粒子達が私を中心に渦巻く中、私は目を閉じて胸の奥から聞こえてくる命の歌を歌っているとその歌に込められていた記憶と想いが脳裏を過ぎった。

 

「《Emustolronzen fine el baral zizzl》」

 

彼等は皆と分かり合っていた、戦いを起こさずとも人々は分かり合えると信じていた。

 

「《Gatrandis babel ziggurat edenal》」

 

そんな彼等は塔を作り神とも分かり合おうとし、率先して皆を率いていた巫女を皆が信じていた。

 

「《Emustolronzen fine el zizzl》」

 

たとえ彼女が神に恋い焦がれるあまりに皆を裏切っても、皆はそれを責めはしなかった。だが分かり合う手段を無くして彼女も居なくなり、残された彼等はその手段を見付けるには余りにも短い人生を越える為この歌に全てを託した。

 

昔は皆が優しかった。きっとアニエルはこの時代を知っているから世界を巻き戻そうとしているのかもしれない。だけど一度過ぎ去ったものは戻してはいけない、それは生きとし生きる者達が歩んできた人生への冒涜に過ぎない。

 

たとえ後悔や間違いだらけの人生でも、私達は前に進まなきゃいけないんだ。

 

『何故幾度と無く蘇る!?既に20は折ったというのに!?』

 

私を包み込む光の奔流に手を伸ばすと其処にいつもあった私のアームドギアが形を成し、それをこの手で掴み取り光の奔流を薙ぎ払うと粒子達は霧散し、想いの全てを込めた私のシンフォギアから音楽が響き始めた。

 

今なら言える。響さんから受け継ぎ、もう何の後ろめたさのない私だけの唯一無二の無双の一振り。

 

「これが、『祈槍・ガングニール』だァァァッ!」

 

これまで灰色だったガングニールがその姿を翡色に変え、全身の鎧も私の戦闘スタイルに合わせて四肢にブースターを追加してより機動力を上げ、そして、

 

「翼が生えたッ!?」

「嘘ッ!?エクスドライブなの!?」

 

響さんから受け継いでいたマフラーが無くなり代わりに私の背中には機械仕掛けのエネルギー翼が新たに生え、私の咆哮に応じるように翼を広げ大きくはためかせた。

 

 

 

 

「アリアさんの適合率、フォニックゲイン共に上昇!このままならエクスドライブに匹敵します!」

「おい、あれはエクスドライブなのか!?歌ってんの一人だぞ!?」

「僕は違うと思います。エクスドライブの翼はシンフォギアの封印を解く事で発現するものですが、アリアさんの場合はシンフォギアそのものが新たな形に変化しています」

『どちらかというと、リビルドね』

 

未だ装者候補生達との連絡が繋がらないでいる司令室の画面にアリアの新たなガングニールの姿が映し出されると、機械の翼の生えたその姿にクリスはエクスドライブを想像したけれどエルフナインはそれを否定し、響もその仮定を前提にそれがリビルドであると補足した。

 

翼達も経験をした事があるシンフォギアのリビルド、より装者達の戦い方や使い方に適応したシンフォギアの進化とも云えるそれがアリアに発現した。その仮説は現状有力ではあったがクリスはその仮説の問題点に気付いていた。

 

「どっちにしたってティナのフォニックゲインが爆上がりしなきゃ出来ないだろ!?それじゃあ順番が逆じゃねぇか!」

「これは……装者候補生達のフォニックゲインも僅かながらに上昇、更にアリアさんの翼から共鳴反応!これがフォニックゲインの上昇の原因と思われます!」

「絶唱によるフォニックゲインを共鳴増幅させ、エクスドライブに近しい力に手に入れる。チ・フォージュ・シャトーの構造を知っているアリアさんなら無意識的に効率良くフォニックゲインを高める手段として使ってもおかしくありません」

 

誰よりも知識のあるアリアだからこそ、誰よりも努力をしてきたアリアだからこそ自らの力を最大限引き上げる方法を模索し、今こうしてガングニールがその気持ちに応えた。

 

どちらにしても翼にとって残された希望はアリアだけだった。LiNKERでの適合率の上昇を遥かに超えている事は今だけは些事と捉え、アリアの戦いを見守った。

 

「《覚悟を纏い 正義を示せ(踏み締め)》!」

『まだ折れないか紛い物が!』

 

翼の生えたアリアが宙に舞うアニエルへ攻勢に出るとアニエルは再び翼を一羽搏きさせ、アリアはそれを正面から貰い受けシンフォギアに亀裂が入ったがその眼は怯む事なくアニエルを捉えていた。

 

アリアの拳が届く圏内まで近付くとアニエルも迎え撃つべくエクスカリバーで背後から突き刺そうとしたが、アリアも二度同じ手を喰らう事はなく両足のブースターを展開して高速の回し蹴りでエクスカリバーを蹴り返した。

 

エクスカリバーの勝利の哲学も煌めいたものの、アリアの装甲を砕く事はなくその勢いのままアニエルの首筋に蹴りを叩き込み地面に落とした。

 

自分の身体とは思えない軽さにアリア自身が驚いていたが、アニエルもアリアのシンフォギアが破壊できないことに驚愕していて、距離を詰めてくるアリアに対して遠距離攻撃では対処できないとエクスカリバーを手元に戻した。

 

「《華が咲き散る世に 百合が凛と裂く》!」

『アームドギアが姿を変えただと!?』

 

拳や蹴りなら剣の方が圧倒的に有利に立ち回れるとアニエルが振り上げたが、アリアが律の想いを歌うと両腕のブースターが粒子となり、その手の内で長刀として姿を変えると真正面から鍔迫り合いとなった。

 

エクスカリバーがどれだけ煌めこうとも長刀はヒビが入るだけで砕ける事がなく、律の剣筋を一番理解しているアリアの猛攻に元より戦闘を得意としないアニエルは防戦一方となった。

 

これまで見てきたシンフォギアとは別物、アニエルの脳裏には響のシンフォギアが浮かんでいたが格で言えばアリアの纏う物はシンフォギアの域を出てはいなかった。ただ、シンフォギアの製作者の意図した使い方を熟知している、これまでとは装者とはシンフォギアへの理解度が違っていると感じた。

 

「《un・deux・troisのリズム 涙を超えて(ぶっ飛ばせ)》!」

『猪口才な…!』

 

アニエルの身体を操り戦っているエクスカリバーは辛うじて攻撃を防ぎ切っていて、このままでは攻め切れないとアリアが後方に下がると共に長刀が火薬庫へと姿を変え、その中から大量のミサイルを掴み取って放り投げるとアニエルの周囲に着弾し砂埃を巻き上げた。

 

目眩しに付き合うものかとアニエルは再び舞い飛び、突風で砂埃ごとアリアを吹き飛ばそうとしたが、砂埃の中から現れたのは水の元素とアガートラームのシールドを掛け合わせた絶対防御を構えているアリアの姿だった。

 

「《聖杯に満たせ 少女の キオク(想い出)》」

「錬金術まで真似んのかよ」

「今のティナならいける!」

「押し切れ〜!」

『貴様等は黙っていろ!』

 

アニエルの攻撃をものともしないアリアの姿に装者候補生達も勇気を貰っていたが、その声を鬱陶しく感じたアニエルはエクスカリバーを振り下ろし、その衝撃波で装者候補生達は吹き飛ばされるとアリアの心に更なる火が着いた。

 

地面に打ち付けられ呻いている装者候補生達にトドメを刺そうとしたアニエルに向けてブースターを点火し、一瞬で距離を詰めると飛び蹴りでアニエルの身体を遥か先の壁に叩き付けた。

 

そしてその身体を優に超える程の巨大なチェーンソーを振り下ろし、エクスカリバーを盾にして紙一重で防いでいるアニエルを再び地面に足を着けさせた。

 

「《海と空で紡ぎ合い》!」

 

私の仲間には手を出させない!

 

「《絶対の絆 此処に示せ》ェェェェッ!」

 

私の友達には、指一本触れさせてなるものかッ!

 

琴線を断ち切られたアリアが大鎌を構え、ブースターによる高速回転で体を縦に回転させながら鎌を振り上げると、アニエルの左腕が弾き飛んで血が噴き出した。

 

けれどアニエルは壁際での攻防だけは避ける為に自分の位置を変える事に意識を向け、アリアの背後に回る様に立ち回った。

だが既にアリアの手の中には既に鎌はなく、代わりに両腕に再びブースターが装着されるとアニエルが飛び上がる前にその顔に拳を叩き込んだ。

 

「《絶対諦めないんだ 夢が吼えるんだ》!」

『ぐっ!?人間風情ガァッ!?』

 

アニエルが持つエクスカリバーの防御速度、それを上回る速さでアリアの拳がアニエルを捉え続けるとアニエルは宙に羽ばたく事も出来ず、アリアに少しでも加勢しようと装者候補達は互いに支え合って起き上がった。

 

歌う事で力になれる、それが彼女達が手にした奇跡ならば必ずシンフォギアはアリアに力を貸してくれると信じていた。

 

「《この正義 この奇跡》!」

「「《奏で》!」」

「「《歌え》!」」

「「「「「《響き合え》ッ!」」」」」

 

五人の装者候補生が歌う新たな風の歌はアリアのガングニールに更なる力を与え、アリアが放つ蹴りから殺気を感じたアニエルは瞬時にしゃがんで回避行動を取ると、千切れ落ちた羽がその蹴りに触れた瞬間消滅したのをアニエルは見逃さなかった。

 

ありと凡ゆるもの超常を殺す神殺し、その力の一端がアリアの蹴りにも発現した事に驚愕すると共にそれを好機と捉えた。

 

「《全霊込めて歌え そして紡ぐんだ》!」

 

アリアの攻撃に触れる事は神聖な存在であるアニエルにとっては致命傷となる。

 

「《奇跡 夢の為に 決意を纏って》!」

 

一転して回避に専念し始めたアニエルを捉えるべくアリアは足のブースターにフォッニックゲインを集中させ、大きく飛び上がるとその足には槍の様に鋭い外骨格が現れ、外骨格に搭載されたブースターが一斉に点火すると回避する間もない速度でアニエルに迫った。

 

「《激唱旋律 掲げよう》!」

「ティナ?」

 

神殺しを構えたアリアに対してアニエルは律に身体を任せると髪は黒に戻り、状況が把握できていない律を目の前にしたアリアは攻撃を逸らすべく両腕のブースターを点火してその軌道をずらして外骨格は地面へと深々と突き刺さった。

 

その瞬間、神殺しによって部屋全体に掛けられていた哲学が全て消失し、白く巨大だった空間が現実通りの倉庫大の大きさに戻った。

 

そして律の身体には再びアニエルが宿り、その手に握られている時空神殿の残骸を見たアリアはアーマーパージで無理矢理シンフォギアを解除したが、亀裂の入っていたペンダント達は床に打ち付けられるとそのまま砕け散り、その中の聖遺物のカケラさえも剥き出しとなった。

 

『アハハハハッ!よくやってくれた、後はパンドラの中で朽ち果てろッ!』

 

神殺しによる封印の解除、アニエルの真の狙いは狙った形ではなかったがアリアの手によって成され、パンドラの匣が再び開かれるとパンドラの機能であるどの世界とも繋がる事のない零の中へとアリアは吸い込まれていった。

 

かつて災厄を封じる手段としてパンドラの零で飲み込んでいたが、その全ての災厄を消し去られ空となったパンドラに現行の世界線の先を全て飲み込ませ、強制的に時間を逆行させるべくアニエルは空と飛び立った。

 



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「Be the One」

 

目の前で何が起きたのか理解出来なかった。

 

間違いなくティナは優勢だった。

 

誰よりも努力を積み重ねてきたティナだからこそシンフォギアはアニエルを倒せるだけの力を、律を取り戻せるだけの力を与えてくれていた。

 

これまでのティナの努力は確かに報われる筈だった。

 

「世界中で電磁波に異常発生!航空機に壊滅的な被害が出ています!」

「財団から通達!宇宙全体の速度が低下、このままでは宇宙の活動が停止するとの事!」

「世界各地で電子ノイズが発生!暁さん達とオートスコアラーだけじゃ対処し切れません!」

「アニエルは気にするな!とにかく多くの命を救うんだ!」

 

なのに、ティナは空を飛ぶアニエルが開いたパンドラの零に吸い込まれて消えてしまった。

 

吸い込まれる前にティナがパージした私達のシンフォギアは高度な修復が必要な程に破壊されてしまい、戦えなくなった私達なんて眼中に無かったのかアニエルが飛び立っていった。

暫くしてから武装した司令官達が助けに来てくれたけど、司令室に戻ってきて待ち受けていた惨状に私達は呆然とモニターを眺めるしかなかった。

 

私達は頼るだけでティナを、受け入れてくれた世界を守れなかった。

 

「……お前達が気に病む事はない。お前達は精一杯頑張った、それは私も見ていた。後は私達に任せるんだ」

「どうするんですか……」

「私と立花で止める。暁達がノイズ達を相手にしている以上私達が出るしかない、だからS.O.N.Gの防衛はお前達に任せる」

「任せるって……シンフォギアも無いのに…」

 

最早なす術もなくて座り込んでいる私達の様子を見て風鳴司令が声を掛けてくれたが、私達の所為ではないと言われてもこの状況をどうにかできるとは思えず、私達の口から既に弱音しか出てこなかった。

 

いつもなら大声で叱責してくる筈だったけれど、風鳴司令はそんな私達を見て少しだけ可笑しそうに笑い、座り込んでいる私達の前にしゃがむと普段では見た事がない少しだけ弱気な表情を見せていた。

 

「私だって怖いさ。でも、怖いからと言って何もしなければ怖いままだ。私は怖いままでいる方が怖いと思う」

「でも……」

「私の恩人の言葉を借りるが、『生きるのを諦めるな』。今は弱くたって構わない、だが自分にだけは負けるんじゃないぞ」

 

そう言って風鳴司令は私達の頭を優しく撫で、また世界中で起き続けている二次災害を食い止めつつ、アニエルの動向を監視している。

 

私も風鳴司令の様に強くいられたら、そう思っても弱い自分が情けなくて、またアニエルの前に立っても何も出来ないと思うと怖くてただ手を握り締める事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

何も無い暗い空間に私は居る。

 

居るという言葉も正しいか分からない、この場所では音が響く事もなければ何処かに落ちていくような感覚も上っていくような感覚も無い。ただ此処に存在する、そういう感覚だ。

 

ペンダントを触ってみると無理をさせたガングニールのペンダントは砕け散っていて、聖詠すら湧いてこないから恐らく修復が必要な程に破損してしまっているんだろう。

 

残された仲間達は無事なのか、アニエルを誰かが止めてくれているのだろうか、そんな考えすらも無駄であるとこの空間は残酷に突き付けてきて、無駄な思考はするだけ無駄だから私は空間に身を投げ出した。

 

「お腹、空いたなぁ」

 

私のシンフォギアは身体を激しく動かすから消費カロリーも相応で、任務前は出来るだけ沢山食事を多く摂るようにしているのだけど、こんな空間で食べ物なんて望めないから死ぬなら餓死が一番現実的だろう。

どうせなら戦いの中で死んでいき、英雄として語り継がれたかったけど、アニエルの相手をするなら響さんだろうから私の死はその功績の陰に消えていくんだろう。

 

悔しい、死ぬほど悔しいけど私には初めから無理だったんだ。どうせ誰にも愛されっこない。私はいつだって独りで居なきゃいけないんだ。

 

「私が諦めるなんてヤキが回ったものね」

 

諦めるなんて言葉、私の中にあるとは思ってなかったけどまさかこんな場所で見つける事になるなんて。

 

ホント、私の人生はロクでもな『ぬぁぁぁぁぁぁッ!?どこまで行くのォォォ!?』ッァ!?

 

英雄になる為に諦めず努力をしてきた私が遂に諦めてしまったその時、正面から突然少女の声が聞こえてくるとほぼ同時に私と女の子は派手に激突し、完全な不意打ちを鳩尾を喰らった私の身体は思わずくの字に曲がってしまった。

 

「っぅ……大丈夫ですか?」

「あたた……って、ここってパンドラの中?」

「パンドラを知っているの?」

「何か柔らかい物にぶつかった気がするけど、何だったんだろ?」

 

暗闇の中で私にぶつかってきた少女に声を掛けると、その口からパンドラの名前が出てきたから何を知っているのか訊ねたが、正面から聞こえてくる少女の声はまるで私の声が聞こえていないかの様に独り言を話し始めた。

 

試しに声のする方に手を伸ばしてみると指先が何やら表面が滑らかで柔らかい物に触れ、少女の『ひゃっ!?』と驚き身を引く動作を感じたから恐らく認知できているのは私からだけなのかもしれない。

 

次元も時空も歪んだこの空間、もしかしたらこの少女は別の時間からこの空間に入ったのかしら?だとすればこの子は過去か未来、何方かから来たのかもしれない。

 

「だ、誰か居るの?」

「この状況、どうしようかしら?」

「……居ないなら、私は行くね」

「ッ!?」

 

一応コミュニケーションを取る方法を探そうと考えを巡らせていると少女は当然のようにこの中から出ると言い出し、咄嗟に手を伸ばすと今度は小さいけれど力強い手を握る事ができた。

 

少女も何処かに行こうとする足を止め、掴んだ手からは振り返る様な仕草を感じた。

 

「この感じ……もしかして君も」

「どうすれば此処から出られるの!?あぁ、このまま伝わらないんだったわね、でもどうすれば…!?」

「良かった、私が信じられる人が見つかって」

 

声を伝える方法がなく焦る私とは違って少女の声は落ち着いていて、安堵した様なため息を聞こえてくると少女は私の手を両手で包み込んできた。

 

その温かさに包まれると私の焦燥感も少しずつ収まっていったけど、その代わりに努力をする事で誤魔化してきた自分自身の弱い心が浮き彫りとなっていた。

 

努力をすれば私の存在が認められる、努力をすれば私だって英雄になれる、努力をすれば誰にも殺されたりなんてしない。装者になるという意味は誰かの悪意によって殺される可能性もあるという事は分かっていた。

死ぬのなんて嫌だ、私はまだ生きていたい。もっとやってみたい事も、行ってみたい場所もあるのに道半ばで終わるなんて嫌だ。

 

でも私だけの力ではもうどうしようもない、ただ涙を流す事しか出来ない私は一体どうすればいいの。

 

「私はどうしたらいいの……もうガングニールも応えてくれない………何の力も無いのに…」

「………」

「お願い……私を助けて…」

 

天才だからとこれまで何度も持て囃されてきた。

 

天才だから何でもできるって。

天才だから教えなくてもできるって。

天才だから一人でも大丈夫だって。

 

そうじゃないのに、教えて貰えないから努力をしてきたのに、ただ誰かに褒めて欲しいから頑張っていたのに、ただ誰かと一緒に居たかっただけなのに、それが才能の一言で残酷にも片付けられてしまう。

 

だから才能だけでは生きていけない世界に、シンフォギア装者という誰かに必要とされる世界に、誰かに愛される存在になりたかったのに。

 

「分かるよ。君の気持ちも」

「聞こえてるの……?」

「シンフォギアを使えるって事は凄く優秀な人なんだと思うし、そういう人以外が纏う世界にするつもりもない。でもそれだけで強くなれるかって言われてもそんな訳ないもんね」

 

声は聞こえてない、けどこの人は私と繋いでいる手から感じた私の弱い心を読み取ったんだ。

 

何度も何度も皆と繋いできたこの手で。

 

「私もこの力に目覚めた時はやっと誰かに必要とされるんだって思ったよ。人助けをしてればもう誰にも嫌われないって。でも物事はそんなに簡単じゃなかった、結果的にこんな場所に閉じ込められちゃったしね」

 

経歴は知っていた、だから私はこの人が羨ましかった。私だって聖遺物と融合していたらもっと誰かの役に立てたのにと何度も思った、私ならもっと上手くやれると何度も考えた。

 

でも、この人も私と同じだったんだ。

 

「怖かったよ。私が信じた正義は何度も否定されたし、私自身も何度も死にかけた。でも、私の大切な友達が背中を押してくれた。『勝たなくてもいい、でも負けないで』って。私達は言葉だけじゃ足りないから歌を歌う、歌って自分達の心を曝け出すことで少しでも相手との心の距離を近付けるんだよ」

 

特に考えた事がなかった私達が歌う意味。シンフォギアを使う為だけじゃない、この人は自分の心を曝け出す為に、心の内を歌う事で相手との距離を縮めようとしていたんだ。

敵うわけがない、私とは心持ちが違う。

 

英雄になろうとしなかったこの人だから英雄になれたんだ。

 

此処から出る為の答えが分かってしまった以上、この人を此処に引き止めない為に私は手を離し、その人から後ろに遠ざかった。

世界を救う為に私が出来る最後の選択をして闇の中に消え去ろうとしたその瞬間、私が見えてるかのように私の腕を強く掴まれると思いっきり引っ張られ、勢いに負けて前のめりになっていると今度は強く正面から抱き締められた。

 

「ちょっ!?」

「《Gatrandis babel ziggurat edenal》」

 

そして私を抱き締めたまま絶唱を歌い始めるとその胸の奥から感じた事がない程のフォニックゲインとこの人の温かさが私にも流れ込んできて、それが心地良くて私も突き放すのを忘れて歌を聞き入っていた。

 

自分の命を捧げる歌の筈なのにこの人はそれを歌いこなしている、きっと私も知らない場所でも何度も歌ってきたんだろう。望まない戦いでも何度もこの温かい手で手を取り合って、何度もこの温かい歌で平和を望んだんだろう。

 

私が目指した英雄がこの人で本当に良かった。今も昔も変わらないこの人と出会えた事に感謝していると、歌い終えたこの人が私の涙を拭ってくれるとその指先で私の胸を押さえてきた。

 

「貴方の胸の中にある歌を信じてあげて。その歌はきっと君の力になってくれる」

「胸の歌……」

「生きるのを諦めないでね、『後輩』ちゃん!」

「……はいッ!」

 

私の事をずっと前から知っていた私の英雄は私から手を離し、もう二度と会えない若かりし英雄が去っていくのは寂しかったけれど私も自分で此処から抜け出さなきゃいけないんだ。

 

私も進むべき道を見つけようとすると、遠くから歌が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「………魔弾なら届くと思いますか?」

 

戦う事以外碌に知らないから何の役にも立てない空達がずっと司令室でうずくまっていると、突然静香がボソリとそんな事を言い出した。

 

「無理よ……アレは座標が分からないと撃ち込めないし」

「ですよね……」

「……じゃあ何でティナは入れたの〜?」

「そりゃ、アニエルがあの穴に入れたからでしょ」

「ならあの穴が出口になるんじゃないの〜?」

「そんなの分かっても……」

 

海未が指差したアニエルの背後にある球体状の虚空の座標が出口だとして、それが内側から感知出来ているのなら今頃アリアは出てきている。

 

思い付きではどうにもならない、静香はまた顔を俯かせて腕の中に顔を埋めた。けれど出口という単語が引っかかり思考を回し始めると、空も翼達がパンドラへの対応に無駄が無い事に気づいた。

 

「風鳴司令、前回パンドラが開いたときはどうやって閉めたんですか?」

「以前は立花本部長が閉じ込められたが、本部長が出てくる同時に破壊したがどうかしたか?」

「立花本部長はどうやって出てきたんですか?」

『あの空間は神や呪いといった形を持たないモノを封じ込める匣よ。本来生物が認知できる空間じゃないから人間にはその出口を見つける事は出来ない。だから私は一時的にガングニールと再融合して完全聖遺物となって、歌の聞こえる方から脱出したわ』

「歌……?」

『みんなが歌ってくれたから私は出られたわ。たとえ前が見えなくても仲間の歌が聞こえればそこに向かって走り続ければいいもの。当然でしょ?』

 

暗闇の中でも歌を頼りに走り続けた、シンフォギアが破壊されて無力になったと打ち拉がれていた装者候補生達に響が掛けたその言葉は三人に再び火を灯すには十分だった。

 

アニエルと直接戦う事はできなくてもまだ歌う事はできる、装者として基本であり命を繋ぐ歌ならパンドラの中に居るアリアまで届く力になるんだ。

まだ戦えると立ち上がった三人はすぐさま司令室から駆けていき、その様子を見た翼もホッと息をついた。

 

「良かったのか?ペンダントの破損具合から一回でも攻撃を受ければ一ヶ月は使えないぞ」

『どの道この局面を乗り切れなければ意味が無いし、此処で必ず終わらせるから問題無いわ』

「アリアが出て来られると確信があるのか?」

『私だって馬鹿じゃない、勝算もなく突っ込ませたりしない。アリアは必ずパンドラから抜け出すわ』

 

シンフォギアの破損状態から考えてもあと一撃でも受ければ聖遺物を包む最後の外装も壊れ、エルフナインが直すまでの期間をどうするのかと翼が訊ねても響は一切躊躇うことなく決着を付けると断言した。

 

人類を救い続けてきた英雄の力強い言葉に司令室の雰囲気も明るくなり、『それとまた敬語が抜けてるわよ』と茶化すように言葉を続けると翼達の間には笑みすら浮かんでいた。

絶望の中でも煌めく響の心の強さが大人達にも伝わっていき、今尚広がり続ける災厄を前にしても諦めるという考えは誰一人として過ぎらなかった。

 

『アニエルはあの子達が対応する、私達は少しでも多くの命を救うわ。それが大人の役目よ』

「勿論、分かっているさ」

『よろしい、貴女がS.O.N.Gの司令官で良かったわ風鳴司令』

「私もだ、立花本部長」

「アタシも混ぜろよなセンパイ!」

『そうデスよ!』

『私達だって頑張ってる』

 

お互いに部下を持つようになり、役目を果たす為の立場があり衝突する事も少なくないが、世界を救ってきた先代装者達は変わらない確かな絆で結ばれている。

 

今回は後輩達が初めて脅威に立ち向かうように先代装者達も今回が初の試みばかり。何処まで接すればいいのか、何処まで守ってあげればいいのか、分からない事ばかりだったけれど装者候補生達もそれに応えてくれた。

 

装者候補生なら必ずやり遂げる、次は自分達がそれを支える番なのだと理解していた。

 

 

 

 

燃えていく。我々が愛していた世界が、我々が愛していた筈の人類が燃えていく。

 

私の眼下に広がる人間達の世界はパンドラが開かれただけでその殆どが機能を麻痺し、火が上がり悲鳴が聞こえる様は地獄のようだが、それを望んだのは人間自身だ。

 

幾度と無く警告してきたのに都合の良い時だけ神を頼り、都合が悪くなれば神を貶めてきた人類に多くの天使が呆れ果て、その役目を放棄して姿を消した。

父と呼べる神から何を言われる訳でもなく、ただ神が愛した子等を守る為だけに存在する同士である天使達はこれ以上の屈辱に耐えられなかったのだ。

 

それでも私だけは耐えた、神が人類を愛すのには必ず意味があると。私という存在が役に立つ日がいつか来ると。ずっとずっと待ち続けた。

 

なのに人間は何も応えてくれなかった、ならば神が私に与えた役目とは人間を守る事ではなかったという事だ。この世界をやり直してまた皆が手を取り、愛し合う世界を取り戻す事だったのだ。

 

『有象無象が、まだその玩具を纏うか』

 

パンドラによる世界線の消失。

 

以前のように匣が完全であれば容易かったけれど、憎き神殺しがパンドラを一度破壊してしまったから予想以上に時間が掛かり、世界線を吸い込み切れる容量に拡がるまで待っていると眼下のビルの屋上に再び愚者が集まっていた。

 

効かぬと分かっている攻撃、耐えられぬと分かっている耐久性を理解せずに聖遺物を酷使して玩具を纏うとは。益々持って度し難い。

 

「お前なんかに興味ないもんね〜!」

「んでアタシまで……」

「ここで消えれば全部終わりですよ?」

「……チッ、駄目だったらアレごと本部長に消させるわよ」

「ティナに任せておけば大丈夫だって〜」

 

二度と這い上がれぬようもう一度吹き飛ばそうと翼を拡げたけれど、愚者達の会話通りなら愚者を消せば神殺しが現れる。今パンドラが破壊されれば今度こそ開く事が出来なくなるから今は時を待つ事に徹しよう。

 

遊びに付き合うつもりはないから意識を再び周辺の警戒に向けると、足元からは装者達の命の歌が聞こえてきた。絶唱、確かそんな名だったか。

私には歌なぞ届かぬというのに愚者達は声を合わせ、心を共鳴させてその歌を私に向けて歌っていた。

 

昔ならば私もその歌に耳を傾けたかもしれない、だが我々の期待を裏切ってきたのは人間達だ。今更そんな歌を聞かされたところで天使も神も聞き届けたりしない。

 

「《Emustolronzen fine el baral zizzl》」

「《Gatrandis babel ziggurat edenal》」

「《Emustolronzen fine el zizzl》」

 

今更神への愛を歌った所で、私は聞き入れない。

 

愚者達が歌い上げた絶唱は自らの力に耐え切れず玩具の装甲を砕き、力の全てを失った愚者達はその場に座り込んでいた。

 

やはり私が相手をするまでもなく自滅した。何も変わらない、人類の発展の為に窯を与えてやったあの頃から何も進歩していない。手塩にかけて育てた人間の愚かさには哀れみすら覚え、最早何の期待もせぬよう別の位相で時が来るのを待とう。

 

別の位相に移り音すら届かぬ高みから哀れんでいると、反動で喀血し息も絶え絶えの愚者達が私を見上げると何故か笑みをこぼしていた。

まるで何かしらの勝機を掴んだかのように。

 

「イチイバル、行って!」

「シュルシャガナもゴ〜!」

「力を貸して、イガリマ!」

「絶対返しなさいよ!アガートラーム!」

 

何を見詰めているのか眺めていると愚者達の視線は私ではなく背後のパンドラに向いている事に気付き振り返ると、パンドラは未だに巨大になりつつあったがその一点から光が溢れていた。

 

その光からは私に限りなく近い力を感じ、装者達が己を包んでいた最後の装束さえも力に変えてパンドラの中に打ち込むとその光と力が更に輝きを増し、パンドラが溢れかえらんばかりの光を抑える為に現界してパンドラを一度閉じる事に専念した。

 

此処で破壊されれば全ての計画が泡沫に消える、私が授かった叡智さえ投げ売った私の闘いの意味が無くなってしまう。許されるものか、誰にも邪魔をさせてなるものか。

 

私の持てる力を全てパンドラの収束に向けているというのに、パンドラの中から溢れ出る光は私の力なぞ物ともせず輝き続け、限界を超えたパンドラは次第に亀裂が入りこのままでは砕け散ってしまう。そんな力が奴には残されていなかった筈なのに。

 

『ふざけるな……貴様の何処にこんな力が残っていた!?神殺しは砕いた、だというのに何故こんな力がお前から溢れ出す!?貴様は一体何を纏ったというのだ!』

 

 

最早パンドラは耐えきれない、決して満たされる事がない時空の穴であるパンドラさえも埋め尽くす程の光に剣先を向け、私に残された感情の全てを込めて叫んだ。

 

パンドラ内部から閉じ込めた筈の愚者の雄叫びが聞こえ、虹色の極光がパンドラを斬り裂くと私が手に持っていた時空神殿のカケラは砂に変わり、あまりの眩さに目が眩んだけれど私は決して目を逸らさなかった。

 

 

 

 

『シ・ン・フォ・ギィィッ――ヴウゥワアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』

 

 

 

 

パンドラの中央から現れたソレは己が力を見せつけるように『六対の翼』を広げ、パンドラが引き寄せていた黒雲を極彩色の輝きで掻き消すと、天からは祝福を受けているかのように光が差していた。

 

その翼は今はもう見る事が出来ない熾天使のように美しく、その光の暖かさは懐かしくも感じる。

 

だがソレを背負う人間の歌が聞こえてくると天使にとって踏み込む事すら禁忌である彼の方をあろう事か模造した事実を思い出し、これまでに感じた事がない底知れぬ怒りが湧き上がってきた。

 

『まだ身の程を弁えぬか愚か者が……!』

「《響け 生命の絶唱》」

 

偽物の六対の翼を背負った程度で私を見下ろす愚者に怒りの丈を全て込めた聖剣で斬り掛かり、愚者が槍を構えたけれど、勝利の哲学は私の怒りを受けてか聖槍であろうとその輝きで断ち斬った。

 

愚者のアームドギアが何であろうが知った事か、この愚か者が地に堕ちるまでその全てを断ち斬ってその存在を否定してやる!

 

『貴様の歌も、命も、人生も、貴様が積み重ねた物は私が全て否定する!貴様一人の人生が私の一生に敵うと思うなッ!』

「《彼方 羽ばたいて》」

『貴様の歌は、聞き飽きたッ!』

 

槍も、剣も、弓も、鋸も、鎌も、盾も、愚者が持ち得る武器の悉くを砕いて聖剣の間合いに入り、私が背負っている全ての天使の想いを剣に乗せると聖剣は我が願いを聞き届けて極光を放った。

 

勝利の因果が聖剣に収束し、たとえ何が起きようとこの一太刀で私が勝利を勝ち取るとこは必然となった。人類が巻き戻しを拒むというのなら私が全てを破壊して零にするまでだ!

 

『エクスカリバァァァァッ!』

 

聖剣の名を天に示しその神威を発揮すると次元が歪み、愚者のありとあらゆる行動が世界によって否定され、死への道のみを残した。

 

極光が愚者に振り下ろされ哲学が煌めいた瞬間、愚者の腕が空間を超えてその先から握り取った物で聖剣の一撃を防ごうとしたがもう遅い。貴様の敗北は覆らない。

 

聖剣の煌めきがその手に握られた石のような剣に触れると石剣はあろう事か聖剣を受け止め、石剣に入った亀裂から放たれる煌めきに極光が掻き消されると私は目の前の出来事を疑わずにいられなかった。

 

「その剣も、見飽きたわッ!」

 

愚者が手にしている石剣の表面が剥がれ、その下から新たな『エクスカリバー』がその姿を現し驚愕していると、愚者の剣撃に私の勝利の哲学を弾き返されて鍔迫り合いになってしまった。

 

私が手にしていた聖剣と愚者が手にしていた聖剣、完全に同格であるお互いの勝利の哲学が反発し合い、お互いの哲学が折れると対消滅と共に強烈な爆発が起き、目紛しい視界の反転と姿勢制御が効かない私の身体は幾つもの建造物を突き抜けながら地表へと叩き付けられた。

 

全身を襲う痛みは凄まじく、自分の手に握られていた柄も砂となってこの世から消え去ってしまぅた。これで私に残された駒はこの身体と電子ノイズのみ。せめてもの情けで痛みを伴わないやり方を選んでやっていたというのに。

 

『そんなに苦痛を味わいたいか愚か者がァァァァッ!』

 

身体に纏わり付く邪魔な瓦礫を翼で吹き飛ばし、撹乱の為に用意していた電子ノイズ発生装置を全て最大稼働させてその目的を殺戮へ変え、この街にも千を超える電子ノイズが発生させた。

 

もうやめだ、何もかも壊すべきだった。やり直しなんて神は求めていない、神が愛したモノは神の尖兵である私が全てを壊すべきだったんだ。

空を見上げると愚者はその翼を他の愚者達に分け与えて紛い物の天使が増えたがノイズの方に向かい、あくまでも私に刃向かうのは一人というわけか。

 

「《「だから笑って」》」

 

愚者は歌い出すと同時に翼を羽ばたかせ距離を詰め、それを羽根を撃ち出して叩き落とそうとしたが、翼は確かに減っている筈なのに愚者はその悉くを避け、その勢いのまま蹴りを放ってきたから回避したが足のバンカーが打ち込むと勢いを殺さずに詰め寄ってきた。

 

突風を起こしても愚者の装甲は砕ける事がなく、愚者の蹴りを避けながら光弾を叩き付けているというのにその勢いはまるで衰えない。

 

『何故貴様はそうも立ち上がるのだ!?何度も砕いているというのに、何度も挫いているというのに何故立ち上がれる!?』

「私は、正義を吼え叫ぶこの歌が私のアームドギアだッ!何も変えようとしなかった貴女に私は負けられないのよッ!」

『変わろうとしなかったのは貴様達人間だろうがッ!私が何度手を差し伸べたかも知らぬ愚者が知った口を利くなッ!』

 

一対の翼しかない愚者の蹴戟には神殺しが発現しておらず、多少打ち込まれようとも私がずっと握り締めてきた拳をその顔に叩き込んだ。

 

『乳臭いその口で綺麗事をほざこうが貴様にはそれを全うする力はない!所詮は理想を語るだけの偽善者と何も変わらない!』

「ええ無いわよ!だから何よッ!」

『グッ!?』

「私一人の力なんて貴女に比べれば大した事ないわ!それでも皆と力を合わせれば世界を救える、私はそれが可能だって事は知ってる!」

 

たとえ戦いに優れていないといえ神の尖兵である私の拳を顔で受け止めるばかりか、その眼光は益々鋭さを増して拳を押し返してくる。

 

「絶対負けない、諦めた貴女だけには負けられない!」

『このっ、馬鹿力がァ…!』

「私は馬鹿じゃない、クソ真面目よッ!」

「しまっ、ヅゥ!?」

 

力は拮抗しているというのに愚者の気迫は凄まじく、一瞬の隙に身を退かれ私の力が空回りするとその場で縦回転する踵落としをモロに受けて地上に落ちてしまった。

 

すぐに立ち上がって体勢を立て直したものの愚者の追撃はこの身体を持ってしても捌き切れず、地上での戦いに慣れている愚者を相手するのは分が悪い。

それは分かっているけれど、此奴から逃げるような無様な姿を晒す事は天使としての誇りが許さなかった。

 

これ以上の負傷は避ける為、自分を巻き込む覚悟で羽根を舞い飛ばし旋風を巻き起こすと、無差別に斬り裂く羽根は私の肌も裂いたが愚者の攻撃の手も止み、愚者が髪を纏めていた髪飾りも地面に落ちた。

 

長く纏められていた髪が解け、腰の丈はある長く宝石のような金髪と琥珀色の瞳。その姿をしている巫女を当然私は知っていた。

 

『また貴様か、フィーネェェェッ!』

 

奴の魂は感じないが見間違う訳がない、恐れ多くも神に恋い焦がれバベルの塔を建てようとしていた先時代の巫女がこんな形で私の前に姿を現したのだ。

 

羽根を一枚もぎ取り、それを剣のように引き伸ばして斬り掛かるとフィーネは腕の装甲で受け止めたけれど、私達天使の運命を変えたこの女だけは此処で始末しなければならない。

 

『貴様の身勝手な行いが我々を殺したのだ!貴様だけは絶対に殺す、同士の仇は私が討ってやる!』

「っ、勝手にフィーネ扱いされるなんてこっちもまっぴらごめんよ……!」

『ならば貴様は誰だと言うのだ!フィーネではないというのなら、誰が再び神域を犯そうというのだ!』

「私の名前はアリア・カヴァルティーナ、16歳!9月11日生まれのAB型!身長168cm、BWHは89-59-82!体重は……今日はかなり動いてるから希望的観測で2kgは減ってる筈!趣味は特にないし、好きな物も特に無い!それから、交際歴は無いけどナンパならされた事あるわ!」

 

何を言い出すのかと思えばこの女は戦いながら自分の個人情報をベラベラと喋り出し、何かの陽動かと疑ったけれどこの女は顔色一つ変えずに攻撃を繰り返していて、本気で私に自分の事を伝えている気なのだろう。

 

クソ真面目、そんなふざけた座右の銘なだけはある。

 

「私は響さんほど優しくない、貴女を地に堕とす!」

『ほざくかクソ真面目!パンドラが無くとも、聖剣が無くとも、電子ノイズが無くとも私にはまだこの翼がある!貴様一人搔き消せずして天使を名乗るつもりなぞ毛頭無い!』

 

最後の天使として、最後の神の代行者として目の前に立つ女が翼を持つ事を否定する為にもう一度旋風を巻き起こして距離を置いた。

 

自分の神格の全てを天使の証である翼に集約して全開放する《奇跡》でこの列島を全て吹き飛ばす。私もただで済まないがたとえ神殺しといえど私を貫かなければ意味など無い。

 

私の身体を翼で覆い神格を集中させると人の身に入っていても私の翼は本来の蒼の輝きを取り戻し、次第に巨大になっていくと女も空に跳び上がるとその翼を広げてエネルギーをその足の装甲に集中させて私の翼ごと貫くつもりなのだろう。

 

一瞬の静寂が私達の中を流れ、私の羽根が抜け落ちて地面で結晶のように砕けた音を皮切りに私達は同時に動いた。

 

「《誰よりも熱く 誰より強く 抱き締めるよ》!」

『力天使アニエルが天に在わす神に告げる!我が奇跡よ、此処に神威を示せ!』

 

力の全てを放つ為翼を開こうとすると女はそれを妨げるように歌と共に私の翼を蹴り抑えた。

 

だが所詮女が背負うのは偽物の翼、私に敵うはずがない。

 

『アリアさん、私の翼も受け取って!』

『もっかいやっちゃえ〜!』

『私達の分まで貫いて!』

『アンタが負けたら承知しないわよ!』

 

私が更に力を込めて押し切ろうとしたその時、電子ノイズを相手していた筈の愚者達の翼が再び女の背に集い、六対の翼を背負うとその出力は爆発的に増加した。

 

『念話』を私にまで流すだと……道理でフィーネらしくない。フィーネが求めた力を貴様達は……いや、アリアは手に入れていたというのか。

 

私の叡智すらも打ち破った装者達に背中を押されたアリアの蹴りは次第に私の翼をヒビを入れていき、私も引くわけにはいかないから咆哮を上げた。

 

『私の 正義()は、絶対に負けないッ!』

 

《Be The One》

 

アリアの六対の翼が更なる輝きを放ち、足のブースターからは極彩色のエネルギーを噴き出しながら私の翼を蹴り砕き、その神々しいまでの輝きにかつての同士の姿が重なった。

最後の一人になってしまったけれど、最後に懐かしい物を見れただけ少しはやり甲斐がある使命だったのかもしれない。

 

その圧倒的な光に包まれながら、私の意識は途絶えていった。

 

 

 

 

 

 

詳細な報告を挙げればキリのないアニエルとの決戦、その被害は世界各地にも及び被害者も大勢居るがその甲斐もあってかパンドラは完全に破壊され、封印の間にあった時空神殿の瓦礫も全て砂と化していたらしい。

 

私自身、あの時は無我夢中で変な事を口走ってしまっていたけどアレが私にとって心の距離を縮める為に必要だった行為なのかもしれない。そういう事にしておく。

 

何はともあれ、無事に全員生きて帰って来れた訳だけど、

 

『ティナ、クビよ』

 

私は国連所属の装者候補生をクビとなった。

 

クビと言ってもS.O.N.G所属に戻るだけなのだけど、響さんの悪戯心によって私のメンタルが一瞬ズタボロになったのは忘れていない。

 

ガングニール及び他の四人のシンフォギアは完全な修復まで時間が必要だから修復に合わせて私も一旦S.O.N.Gに戻るというのが上の判断らしい。天羽々斬だけは唯一壊れずに済んでいて、私が使えない事もないという事が新たな検査で判明したけど、天羽々斬は私が持つべき剣ではない。

 

『何故私は生きている……』

『神殺しは使わなかった、それだけよ』

 

律の身体に入っていたアニエルも三日経ってからようやく目を開き、何故生きているのかと疑問に思っているようだけど私はアニエルを殺したくて戦っていた訳じゃない。

 

パンドラ、エクスカリバー、電子ノイズ発生装置を全て破壊してアニエルの翼も砕いたのだから殺す理由が無くなった。それだけの事だったけどアニエルはそれに随分と不服そうな表情をしていた。

 

『生き恥を晒せというのか……』

『そうよ。貴女には罪を償わせる、簡単に死なれたら困るわ』

『…………』

 

アニエルを殺すことは出来た、けどそれではアニエルとやっている事が変わらない。最も忌むべきは可能性を否定して虐げる事、アニエルだって最初から人類の滅亡を願っていた訳じゃないのだからチャンスは与えるべきだ。

 

私の真意が届いたのか否か、アニエルは再び目を閉じると律の髪の色は黒へと戻っていき、律の意識が戻って以来アニエルが表に出てきた事はない。

 

「それにしても急に帰ってくるからビックリしたわ」

「先方の学校が被害を受けたので、卒業まではまた此方でお世話になります」

「そんなに堅苦しく言わなくてもいいのよ。この学校は貴女の母校なんだから」

「……そうですね」

 

S.O.N.Gとしての役割は勿論だけど学生の本分は勉強だ。

 

5教科は特に問題は無いけど私は人付き合いが苦手なのは分かっているし、学校とはそういった事を学ぶ場所でもある。だから2週間の休校が明けてから私もリディアンに編入させてもらう事にした。

 

担任の先生に案内されて教室に入ると殆ど一年振りになるクラスメイトとの再会は嬉しくもあり緊張してけど、見慣れた律が手を振ってくれているお陰で何とか固くならずに済みそうだ。

 

「それじゃあアリアさん、自己紹介からお願いね」

「はい。私の名前はアリア・カヴァルティーナ、留学を終えたので今日からはまたクラスメイトとしてよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

アリアの一時的な全てのシンフォギアとの適合、六枚の翼、特有の絶唱、そして無差別の念話。

 

それらは翼の頭を悩ませていて、響とエルフナインが直接会って話し合う場を設けたのはそれだけ事の重大さを示していた。

 

「アリアさんの絶唱は明らかに異質です。絶唱は本来シンフォギアのリミッターを解除するパスワード、歌詞を変えても何の効果は無い筈なのにアリアさんは無尽蔵のフォニックゲインを手にしました」

「立花が私達の力を一つに纏めた事は多々あるが、アリアのは六つのシンフォギアを同時にエクスドライブまで昇華させた。奇跡というには少し話が飛び過ぎているな」

「念話、ティナが意識して発現させた訳じゃないなら統一言語を意図せず手にした事になる。凄く危ないし、その力はフィーネさんでも一人では手に出来なかった力」

 

アニエルが口にしたフィーネの名がアリアを指しているにしても、フィーネの終わりを知っている三人はアリアがフィーネである可能性は否定出来ていた。

 

だからこそ、アリアが歌った世界最古の歌と称される『セイキロスの墓碑銘』の聖詠が問題となっていた。

 

「25年前、まだフォニックゲインという単語は桜井女史しか知らなかった頃、アメリカで展示されていた『セイキロスの墓碑銘』が強力なエネルギー反応を示した事はデータが残っていました。ですが、後の検査では何の異常も確認されませんでした」

「25年前ならアリアが生まれる数年前だ。アリアの行動記録が正しいのなら、生後もセイキロスの墓碑銘と接触した可能性は低い」

「ならその時居た筈だよ、ティナちゃんのお母さんが」

 

アリアが母親に捨てられた事は三人は知っていた、その理由もアリアの異様な才覚に親としての役目を果たす事が出来ないと思っての事。

 

親とて人である事は三人も理解していた。アリアがLiNKERと適合できた理由がそこにあるのなら、LiNKERはアリアの刺激すべきではない部分を刺激している事になる事も。

 

「正直、アリアさんの過去はあまり探るべきではないと思います。アリアさんの正義の心は確かに僕達を守る為に歌っている、けどその芯にあるのはアリアさんが幼い頃に失った愛への深い渇望。触れるべきではないアリアさんのトラウマでもあります」

「LiNKERの副作用が無いこととセイキロスが関係が無いとは到底思えない」

「ティナちゃんはシンフォギアと適合出来なかったんじゃない。『産まれた時から既に』適合した完全聖遺物を心の中に持ってたから反発し合ってた」

「………『歌』の形をした完全聖遺物。墓碑銘自体はセイキロスが妻に贈った歌とされてますが、その歌のメロディがフィーネの遺伝子を目覚めさせたというのなら」

「フィーネと同じ時代を生きた者がアリアの中にも居る可能性がある」

 

クリスが全力を尽くして撃ち放った攻撃を無意識の内にLiNKERを追加で投与して回避した事、まだ起き上がれる状態ではなかったのにアニエルの不意打ちを回避した事。

 

アリアが生死を彷徨った場面で悉く救ってきた存在がアリアの中に居る、害を成すつもりではないというのは察していたけれどソレがアリアにどう影響するかは未知数。

計り知れない愛への渇望、フィーネと同じ時代を生きた人物が遺した歌の完全聖遺物、そしてフィーネが求めた統一言語であり言葉を必要としない完全な念話。

 

それらが導き出す答えは新たな動乱の火種となる。

 

「ティナちゃんが第二のフィーネになる可能性は極めて高い。ティナちゃんを傷付けない為にも、皆で見守りましょう」

 

新たなフィーネが覚醒しないよう、三人は互いに協力することを誓った。

 




一部終わり

ようやく普通に話が進められる


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The First
「Vitalization」


 

 

力天使アリエルが引き起こしたパンドラ事変から二ヶ月、世界各地で起きた重力異常や電波障害による世界の混乱は収束の兆しを見せ始めた。

 

世界中に被害をもたらしたパンドラ事変はS.O.N.Gの活躍によりその最終目標は防がれたものの、世界で最も名の知れた災厄が最後にもたらしたのは新たな戦いの火種だった。

 

「デルタ1、異常無し」

『了解、引き続き肝試しを続けよ』

「くたばれ、オーバー」

 

容量が許す限りたとえ時間や空間であろうと、神や災厄という形無きモノであろうとも捕らえるパンドラの匣が引き起こした重力異常は世界中で確認された。

 

しかし、重量異常が確認されなかった地点が世界各地に点在し、そこがかつて文明が栄えていた遺跡が残る土地であることに気付いた組織はS.O.N.G以外にも多数存在した。

その一つであるアメリカ合衆国はマヤ文明が残したチチェンイッツァの遺跡もその一つであると分かるや否や、メキシコへの関税を1年免除する代わりに遺跡の調査に乗り出した。

 

そこから分かった情報は集められた考古学者達を驚愕させ、『マヤのカレンダー』がただ日付を知る為の物でも予言をする物でもないと判明するとその周囲一帯は海兵隊による検問が敷かれた。

 

「クッソ、いつから俺等は陸兵隊になったんだ?」

「黙って歩け」

「こんな森の中から今更何が出んだよ、もう3週間だぞ」

「上の考えなんて知るか。俺等は学者さん達を守るのが役目だ」

「何から守んだよ?ノイズなら頭数足りねぇぞ」

「そりゃあっ、止まれッ!」

 

遺跡周辺の警備をしているデルタチームが愚痴を零しながら歩いていると、デルタ2の赤外線ゴーグル越しに人間の足が見え、すぐさま銃口を向けた。

 

銃口に怯えるように後ずさってからその足は止まったがデルタ1がその小さな足の正体に気付くと、すぐに隣で銃を構えるデルタ2の銃口を手で下げた。

 

「馬鹿、子供だ!」

「こんな夜中にこんな場所で子供がいるわけないだろ!」

「目ん玉ガラス玉か!非戦闘員だ、銃を下ろせ!」

「構えてろ!装者の可能性がある!」

「ペンダントを持っていないだろ!一般人だ!」

 

デルタチームが森の巡回警備の為に唯一整備された道で遭遇したのはボロボロのぬいぐるみを抱えた小さな少女だった。

 

デルタ1の指示に対してデルタ2は遺跡調査の障害として説明されていたS.O.N.G所属の装者の可能性を疑ったが、かつて装者との共同作戦に参加していたデルタ1は俯いている少女がペンダントを下げていない事は既に確認していた。

 

「司令部、問題が発生した。一般市民に見つかった」

『《招待》は可能か?』

「相手は子供、可能だ」

『なら目隠しをしてから連れて来い。明日の朝になったら町で下ろす』

「了解。聞いてただろ、銃を下ろせ」

「ちっ、あのイヤリングはなんだ?あんなのガキが着けてるもんか?」

「俺が知るか、ペンダントじゃないなら気にする価値も無い」

 

司令部からの指示には従うしかないデルタ2も銃を下ろすと他の隊員達も渋々銃を下ろしたが、デルタ2はまだ十代前半であろう少女が耳に着けているイヤリングが気になったが、公開されている情報の中にはイヤリング型のシンフォギアは開発されているというデータは無かった。

 

国連とS.O.N.Gの協定により現在開発中の試作品は全て情報が公開されている為、もしもS.O.N.Gがそんな物を隠し持っていれば合衆国相手に余計な騒動の起爆剤になりかねない物を実戦に投入する訳がない。

 

装者を相手する可能性がある為に調べられる情報は全て頭に叩き込んでいるデルタ1は少女を怯えさせない為に銃を背に担ぎ、少女に近付いて膝を下ろすと俯いていた少女の顔が暗闇の中でも鮮明に確認できた。

 

少女は服装こそ見窄らしいが肩まで伸ばしている髪とサイドテールは枝毛の一つもない手入れされていて、暗闇の中でも赤外線ゴーグル越しにデルタ1の瞳を覗く意志の強い瞳を、そして少女と共に作戦に出た事があるデルタ1はその顔をよく知っていた。

 

『転職したのですか?』

「おま……!?

 

デルタ1が他の隊員達に交戦開始を指示しようとした瞬間、少女はボロボロのぬいぐるみの腕を引きちぎるとその中に仕込まれていたフラッシュバンのピンが抜け、地面に放ると同時に辺りに閃光と響音を撒き散らした。

 

赤外線ゴーグル越しに強烈な光を受けて交戦能力を失ったデルタチームの脇を少女が駆け抜けていくと、遺跡周辺の警報が森中に鳴り響き照明が遺跡全体を照らした。

全体が警戒態勢に入る前にシンフォギアで突破口を開く予定だった少女は本来の手筈と違う事に気付き、電気工作を行う筈だった別働隊に無線を繋げた。

 

「どうなってるんですか?」

『大丈夫大丈夫〜。さっきの人達ならどうせ意味無かったよ〜』

『タイミングはちゃんと測ってるから〜』

「全く、計画通りに動いて下さい」

 

シンフォギアでの突入は余計な人的被害と証拠隠滅に繋がる為に限界まで生身での潜入。既に潜入している別働隊からシンフォギアを受け取ってから制圧する作戦だったが、想定以上に練度の高い特殊部隊を警備に就かせていた為に別働隊はシンフォギアを使っての制圧は現実的ではないと独断で作戦を変更していた。

 

少女は別働隊に呆れながら検問所を超えて遺跡内部に入ると銃を構えた海兵隊達が既に少女の姿を捉えていて、銃声がけたたましく鳴り始めると少女も目標のデータの回収は諦めて海兵隊の注意を引き付けるに専念した。

 

小柄な身体を駆使して死線を潜りながら遺跡内を駆け巡っている少女を狙おうと弾丸が襲えど、確実に狙いが定められるタイミングには必ず射線を切る障害物があり、少女も2秒以上射線を確保できないように作戦考案の段階で緊急用の逃走ルートは構築していた。

 

だが遺跡の中央にあるピラミッドの形に違和感を覚え、注意が逸れていると突然目の前に壁が現れて思わず立ち止まった。

否、其処には『無い筈の古代建築物』が建っていて事前の情報とは違う為に少女の足が止まり、すぐにルートを変えようとしたものの、その背中に銃口を突き付けられると手を挙げて降伏の意を示してから振り返った。

 

顔をマスクとサングラスで隠した海兵隊二人が少女に銃口を向けながら司令部に報告していて、少女はため息を吐いて海兵隊に連れられながら遺跡の様子を眺めていると、やはり少女の記憶と現在の遺跡は細部が異なっていた。

 

そうして少女は海兵隊達が集まる遺跡内の広場に連れて来られ、遺跡調査のリーダーの考古学者の前に突き出されると、考古学者は顔見知りの少女を迎え入れるように手を叩いていた。

 

「おぉ!これはこれは、静香君じゃあないか!?こんな所まで観光かい!?」

「ジョーンズ教授、やはり貴方ですか」

「君と私の仲なのに教授なんて固いじゃあないか!気軽におじ様と呼びたまえ!君の為に私の助手の席は開けているよ!」

 

アメリカを代表する考古学者『スティーヴン・ジョーンズ』が少女の名前を口にすると、静香も教授からの熱烈なラブコールにうんざりした様に肩を落としていた。

 

かつて聖遺物を研究する際に静香がジョーンズ教授の世話になってから妙に好かれ、ジョーンズ教授の分野であり危険やロマンがある聖遺物関連の研究となればもしやと脳裏を過っていたが、静香のその勘は寸分の狂いもなく的中していた。

 

「ジョーンズ教授、貴方の行いは国際特別災害項目7条『全世界に被害が及び得る人為的災害』に抵触している為、貴方を一時拘束する」

「何故だ!?これは天使とかいう輩が引き起こした現象だ!?私は関係ない筈だぞ!?」

「こんな熱帯雨林の中でこれだけの設備なのに発電機の一つもない。そして、電源が繋がれたコードの先は全て遺跡の内部へと向かっている。ここの電源は全てこの遺跡が賄っているのでは?」

「見たか!?あれが私が唯一助手にしたいと思う彼女の聡明さだ!君の言う通り、この遺跡にはまだ多くの謎が残されている!君になら是非協力を仰ごうじゃないか!」

「投降を拒否する、そう受け取って構いませんね?」

「ああ、勿論だ!S.O.N.Gなんかに君を置いておくには惜しい!私と共に熱く語り合おうじゃないか!其処の二人もよくやってくれた、皆も持ち場へ戻りたまえ!」

 

海兵隊に囲まれていても決して気後れせず対等に話そうとする静香の豪胆さにジョーンズ教授は益々気に入り、話が噛み合わず肩を落とす静香を捕まえた二人に手渡すように手を差し出したが、二人は静香の腕を掴んだまま差し出そうとはしなかった。

 

すると異変に気付いたデルタ1がすぐに銃口を向け、他の隊員達も臨戦態勢に入ったが二人はそれに動じる様子も無く、マスクを外して海兵隊には似つかわしくない端正で惚けた表情のまま静香を見下ろした。

 

『シズシズ、ああいう人がタイプなの〜?』

『年上趣味か〜』

 

静香を捕らえていた二人が装者『譜吹 空』と『譜吹 海未』であると判断した瞬間、デルタ1が引金を引こうとしたがそれよりも早く少女達がスイッチを押すと遺跡全域にも達する範囲で仕掛けていた電磁パルス発生装置が起動し、照明がショートした遺跡周辺は暗闇へと変わった。

 

誤射を避ける為に発砲はしなかったものの、デルタ1もすぐに赤外線ゴーグルに切り替えて銃口を構えた瞬間、違和感を覚えた。銃を構えた割にはあまりにも軽く、これまで訓練で何百時間と銃を扱ってきたからこそ銃の重さが『半分も無い』事に瞬時に気付いた。

 

そして少女達の前方の空間に向けられている他の隊員のレーザーポインタの光線が歪んでいる事に気付き、自身の拳銃も向けてその空間に光線を向けると其処には目視では確認が出来ない人型の存在が立っていた。

 

『データは回収できたよ。後は教授を連行するだけかな』

 

別の隊が照明を回復させてからデルタ1が状況を確認すると、海兵隊が構えていた銃身はいつのまにか全て両断されていて、その足元にはその残骸が転がっていた。

 

そして、少女達の前にいる空間の歪みが少しずつ収まっていくと其処に現れたのは『白の天羽々斬』のシンフォギアを纏った装者『百合根 律』。歌わずとも並外れた適合率でシンフォギアを纏う隠密行動特化の装者、そしてその穏やかな笑みの裏に隠れた本性を知るデルタ1にとっては両手を挙げるしかない最悪の相手だった。

 

「クソッ、アレの相手は止めだ」

「はぁ?上から何言われるか分かんねぇぞ」

「見ただろ?ノイズと同じ位相差障壁でコソコソできる奴だ、次落ちるのは俺かお前の首だ」

「み、認めないぞ!まだ私の研究は終わってない!責務を果たさないか!」

「おい!コッチは言われた通りに働いてただけだ!文句ないだろ!」

「ありませんよ。私達も用事があるのは上に居る方達とそこの教授ですので。他の皆さんも、銃を下ろして貰えませんか?」

 

必要の無い争いを好まない律はまだ銃を構えている海兵隊に笑い掛けながら投降を促すと、司令部からの指示が無くなった時点で現場で判断するしかないと結論付けて壊れた銃を地面に投げ捨てた。

 

その様子に慌てた教授はデルタ1の無線を奪い取り、見つかる筈のない司令部に連絡を入れたけれど応答はなく、その代わりと言わんばかりに遺跡を大きな影が覆った。装者達が空を見上げると、その視線の先には本来は光化学迷彩により隠している筈の空中母艦『ドナルド』がその姿を現した。

 

ジョーンズは珍しく上層部がやる気になったと喜んだの束の間、その搭乗口は厚い氷に覆われていて指揮官達を乗せた空中母艦は無線への回答もないまま北へと進んでいくと教授も既に占拠されているのだと察した。

 

「まだ何かありますか?」

「ぐぬぬ……ちょっと待て!今探す!」

「はい。皆さんは早く撤収準備を」

「ここは閉鎖だ〜!お家に帰るぞ〜!」

 

まだ諦め切れないジョーンズ教授が何か手はないかと研究を纏めた手記を捲っていき、その間に海兵隊に撤収の号令を出すと圧倒的な戦力差がある装者には逆らえない海兵隊達もその指示に素直に従い始めた。

 

引き際の見極めている海兵隊達が次々に荷物をトラックを乗せていく中、ジョーンズ教授は遺跡内部で見つけた新たに見つかった碑文をメモを見つけ、最早それしか手が無いと決断するとその文章を読み上げた。

 

「『復活の日は來れり 太陽に手を伸ばす巫女よ 我等が太陽を掴む日は來れり』ッ!」

 

ジョーンズ教授が藁にもすがる思いで大声で碑文の解読結果を読み上げ、何かのキーワードかと警戒した律はアームドギアを構えて不意打ちに備えた。

しかし、その言葉は何に反応する訳でもなく虚しく森の中で霧散し、何かが起きるかと構えていた律も周囲を見渡して変化が無いことを確認してからシンフォギアを解除した。

 

自らの心血を注いだ研究成果が没収される事にジョーンズ教授は項垂れ、その手から手記がこぼれ落ちた。

 

「何を起こすつもりだったんですか?」

「分からない……ただ新たに見つかった碑文だったから何かあるかと…」

 

律がジョーンズ教授に手錠を掛けて連行していき、回収のヘリが来るまで待機するしかない静香は落ちた手記を拾い上げるとページを捲っていった。

 

「ここの文章ですか?」

「ああ、そうだよ……」

「これ、太陽じゃなくて『光』じゃないですか?太陽なら線が入っている筈ですし、こんなに欠けてる筈がありません」

「それだとまた別の文字だよ。でも何か神を象徴する言葉の筈なんだが」

 

かつては荒療治専門であったS.O.N.Gも装者候補生が選抜されるようになってからは皆が装者に見合った相応の知識を持つようになり、分からない事があれば突き詰める性格の静香とジョーンズ教授はまだ任務中であるにも関わらず議論を白熱させていき、他の三人も呆れながらそれを横で眺めていた。

 

仲良し二人の世間話はいつ終わるのか、回収のヘリはいつ来るのか、お腹が空いたから帰りたいとそれぞれ考えながら海未は地面に腰を下ろしてから寝転がると、雲一つない夜空の頂点からはかつての爪痕を残した月が照らしていた。

 

バラルの呪詛を解除する為の造られた古代兵器カ・ディン・ギル、先代の装者達の活躍によって月を掠めるだけに収まったが、最早かつての姿を覚えている人間の方が少ないくらいだろう。

 

二人が星や彗星と議論を白熱させていく中、海未は何気なく夜空を見つめているとふと思い付いた言葉を口にした。

 

「それ『月』じゃないかな〜?」

「月は他に文字があります」

「いや、漢字みたいに違う文字でも同じ意味みたいな」

「だけど欠けている事に説明が付きません」

「ほら、欠けてるじゃん」

 

思い付きで喋る海未に静香も一度は呆れたものの、マヤのカレンダーの配置が変わっている事や新たな碑文が現れた事を考えていくと、月に刻み込まれていたバラルの呪詛が静香の脳裏に引っ掛かった。

 

月に手を伸ばす巫女、その言葉が意味するもう一つの呼び名を知っている静香はその言葉のまま、もう一度碑文を読み直した。

 

「『復活の日は來れり フィーネよ 我等が月を掴む日は來れり』」

 

直後、森全体から遺跡に向かって緑白色のエネルギーが収束し、ピラミッドから天に向かってエネルギー波が立ち昇るとその余波で照明が全て割れ、遺跡内に居た人間が吹き飛ばされると大地は解読された碑文に応えるように脈動を始めた。

 

大地は地震のように震え、森中から動物達が逃げ出す悲鳴が聞こえ、体勢を立て直した装者達はすぐに聖詠を唱えて臨戦態勢を取った。まるで昼間の様に周囲を照らすエネルギー波は天高く照射され、遺跡の内部からかつて滅びた人類殺戮兵器が再び姿を現すと装者達はその姿に愕然とした。

 

「の、ノイズ!?」

「アルカノイズじゃないよ!?」

「本部に連絡がつかない!海兵隊は今すぐ撤収してください!」

 

ソロモンの杖と共に完全に消滅した筈のオリジナルのノイズ、その姿を再び確認すると同時に本部からの指示を待たずに装者達は一斉に交戦を開始し、譜吹姉妹が海兵隊の撤収の援護に回ると静香はジョーンズ教授を抱えて後方へと退がっていった。

 

だが消えた筈のノイズを前にし、長年の研究がようやく実を結んだジョーンズ教授は恐怖すると共に歓喜した。

 

「やはり私の研究は間違っていなかった!ここは第二のカ・ディン・ギル!この遺跡に蓄えられていたエネルギーは全てこの日に月を穿つ為のエネルギーだったんだ!」

「第二のカ・ディン・ギル?此処にもフィーネが居たという事ですか?」

「いいや違う!あの文章は二つの意味があったんだ!一つは今日この日月を穿ち、そしてもう一つは巫女達の復活だ!」

 

ジョーンズ教授が興奮しながら話す間にも大地の脈動は少しずつ早くなっていき、天を衝くエネルギー波がこのまま破壊力を増してから月に直撃すればルナアタックの再現は不可避。月が再び穿たれれば次こそは粉々に砕け散り、その影響は地球全土に及ぶ事になる。

 

けれど遺跡内部から溢れ出てくるノイズ達の処理に手間取っていると北の空から再び空中母艦が現れ、そこから水色の光を纏った少女が聖詠と共に降り落ちた。

そしてシンフォギアを纏った少女は空から遺跡を囲うように光線を放ち、着地と共に錬成陣を起動して巨大な氷の壁を築き上げるとノイズ達は位相差障壁を無効化する氷壁に阻まれて襲撃が収まり、やむを得ず交戦していた海兵隊はすぐに撤収を再開した。

 

「ガリィナイス〜!」

「タイミング完璧〜!」

「チッ、何が起きてんのよ!」

 

『水色のアガートラーム』を纏うオートスコアラー、『ガリィ=トゥーマン』が心底不機嫌そうに状況を確認しながら未だエネルギー波を放ち続けているピラミッドを睨み付けていて、静香も合流すると装者候補生達は一人を残してその場に集結していた。

 

「第二のカ・ディン・ギル、これも月を穿つ為の古代兵器のようです」

「ハァ!?んなもん誰が起動したっていうのよ!?」

「……すみません、軽率でした」

「ったく、アンタの所為でアタシ等ヒーローから一気に悪者じゃない」

「しずちゃんは悪くないよ。それよりもガリィの氷で止めれない?」

「やれたらとっくの昔に試してるっての。威力が強過ぎて錬金術どころかアタシの身体でも近付けない。やるならあのレーザーと真っ向勝負して押し返すしかないんじゃない?」

「そんな無茶できるわけ……」

 

シンフォギアを纏っていても近づく事さえ出来ないカ・ディン・ギルのレーザーに為す術がない状況でそんな命懸けの無茶苦茶な作戦は無謀以外の何物でもない。だが、律達はそんな作戦でもそれしかないなら迷わずその選択肢を選ぶ最後の装者候補生の姿が見えない事に気付いた。

 

そして次々に空中母艦から搭乗員がパラシュートで降りていく中、誰もいない筈の空中母艦がレーザーに沿うように空高く飛んでいくのを見て誰が操縦しているのか一瞬で理解した。

 

「ティナの馬鹿!死ぬ気なの!?」

『垂直にレーザーを受ければこの母艦なら5秒耐えれる、後は死ぬ気で押し返すわ』

「絶唱使ったって無理に決まってるでしょ!?」

「せめて私達も連れてってよ〜!」

『定員オーバーよ』

「勝算はちゃんとあるんですか!?」

『必ず成功させるわ。ガリィはこっちに来て手伝いなさい、封印解除(デウスドライブ)を試すわよ』

「上司はアタシだっつの」

 

装者候補生達の呼び掛けに応えながら最後の装者候補生は作戦変更の余地無しとして、ガリィを呼び寄せてから空中母艦の限界高度であるオゾン層まで突入した。

 

そして大気で減衰する事なく月を穿たんとするレーザーの中へと飛び込んでいき、始めこそレーザーを散らしたものの一瞬で空中母艦はレーザーに飲み込まれ跡形もなく消え去った。

 

レーザーは月の周囲を浮かぶ瓦礫を少しずつ掠めて月本体へと迫っていて、装者候補生達が固唾を呑んで祈る中、星のような高さでレーザーが突然弾けるとその黄緑と水色に輝く二対の巨大な翼が開かれた。

そして其処から聞こえる二人の歌声はたとえ距離が離れていようと伝わる念話によって地上にいる者達へと響いた。

 

『《輝け 魂ごと全部》!』

『《翔け 天に届くほど》!』

「ティナ!」

 

たとえ絶望的な状況でも決して諦めない、その強い想いを胸に秘めた『翡翠色のガングニール』の装者候補生『アリア・カヴァルティーナ』の歌声が響き渡ると、アリアのアームドギアである歌声に他のシンフォギアも歌い出すかのように共鳴し始めた。

 

そして装者候補生達がシンフォギアを解除するとその光はアリアの元へと集まっていき、ガリィに錬成させた巨大な氷の拳でレーザーを押し返していたアリアの中へと吸い込まれていくと、ガリィもアガートラームをアリアに託してからその場から転移した。

 

一人で歌っているんじゃない、私達全員の想いを乗せた歌が吠え叫んでいるんだッ!

 

Emustolronzen seikilos tron (少女の歌には、血が流れている)!」

 

ガリィによる錬金術の補助が無くなると瞬く間に氷の拳にも亀裂が入り、端から砕け始めたけれどそれに臆する事なくアリアが胸の中にあるもう一つの聖詠を歌い上げた。

するとアリアの聖詠に応えた完全聖遺物『セイキロス』が背中から更に四対の翼をはためかせ、その氷の拳を補強するかのように六色の装甲で展開されるとその推進力は更に爆発的に増した。

 

月をも穿つエネルギー波を押し返すその様はアリアの愚直なまでの真っ直ぐさを体現し、そして決して諦めない心の様にその勢いは次第に増していき、レーザーは六対の翼を持つ奇跡を前に四方へと引き裂かれていった。

 

「『過去を全て重ねて』!」

「「『今を全て束ねて』!」」

「『未来を全て乗せて』!」

「『煌めきを放て』ェェェェ!」

 

限定解除(エクスドライブ)の更なる先。

 

同時に纏った六つのシンフォギアに各部位を担当させる事で擬似的に一つのシンフォギアとし、限定解除に必要なプロセスを並列処理する事でシンフォギア本来の力を得る新たな決戦機能。六対の翼をその背に宿した封印解除(デウスドライブ)を完全に使い熟しているアリアはエネルギー波を完全に引き裂き、咆哮と共に神殿へその拳を叩きつけた。

 

カ・ディン・ギルの最大出力さえも押し返した拳の威力は凄まじく、粉々に砕け散った神殿を中心に地面が大きく割れるとその衝撃波に装者達も吹き飛ばされたが、アリアが封印解除(デウスドライブ)を解除すると装者達を守るように再びシンフォギアをその身を包んでから地面に叩き付けられた。

 

「痛たた……うひゃあ〜、これ報告書で済むの?」

「国際問題だね〜」

「アタシ知ーらない」

 

自身を覆う瓦礫を押し除けながら装者達が瓦礫の中から這い上がると、メキシコが誇る世界遺産の惨状にまた報告書が厚くなると肩を落としているが、アリアは世界を救った拳の感触を確かめるように手を強く握り締めた。

 

「任務完了。これより帰投します」

 

 

 

 

「ティナー!いっけー!」

 

クラスメイトの一条さんが上げてくれたトスに合わせ、私も音が鳴るくらい床を踏み締め、相手がブロックできない打点まで高く跳んだ。

 

そして全力のスパイクを相手コートに叩き落とすとボールは狙い通りサイドライン上に落ち、二年生の球技大会で優勝点を決めると二階から応援してくれていたクラスメイト達からは黄色い歓声が沸き、一緒にプレイしていた人達は一斉に抱きついてきた。

 

「やったー!アリアさんのお陰で勝てたよー!」

「皆で頑張ったからよ、私一人の成果じゃないわ」

「アリアさんが確実に決めてくれるお陰で私達も動きやすかったもん!」

 

私に抱き付いてくる皆は一様に私を褒めてくれるけど、幾らスパイクを決めれようがレシーブとトスは一人では絶対に出来ないのだからこの優勝は皆で勝ち取ったものだ。

 

相手コートからは『く゛や゛し゛い゛〜!』と床で駄々をこねている海未の声が聞こえ、負けん気が強い空がそれを引っ張ってコートの外に出しながら悔しそうに私の方を見ているけど、二人のコンビネーションだけで勝てる程バレーボールは甘くなかったという事だ。

 

優勝したクラスの表彰式は一日の最後だし、エキシビジョンマッチであるバレー部一軍との試合は午後だから一旦休憩にし、体育館から出ると二階で応援していた律がタオルを手渡してくれた。

 

「お疲れ様ティナ、大活躍だったね」

「皆のお陰よ」

「空と海未も珍しくやる気だったけど、ティナが率いるチームにはまだ届きそうにないね」

「お灸を据えられて何よりね」

 

私達が立ち話をしているとコートの片付けが終わって2年生によるバスケットボールの準備が始まり、いつまでも入口付近に居ると邪魔になるから階段から二階に上がってコートを一望できる席に座った。

 

先日のメキシコの一件で派手に遺跡を破壊してしまったから罰としてシンフォギアを没収され、報告書も書かされる羽目になってしまったけど、事後処理は全て終わってからはこうして学校に登校する事ができている。

 

一年生の時はスイスに留学していて進級のテストだけは受けていたから同年の子達と一緒のクラスになり、外国人でしかも帰国子女ともあって質問攻めにされたりと大変ではあったけど、こうして同じコートで同じ競技をできるくらいには交友も深められているから受け入れてくれた環境には感謝しかない。

 

「良かった」

「何が?」

「ティナが楽しそうに学校に通えてるみたいで良かった」

「……風鳴司令みたいな事を言うのね。S.O.N.Gの隊員でも学生なら学業が本分でしょ」

「そう言ってスイスで学校に通わず引き篭もってたのはティナでしょ?」

 

スイスに居た頃は歴とした国連の職員だったから学業は本分ではなかった、なんて言ったところで顔を覗き込んできてる律にはそれが嘘だと分かるだろうし、現に私の顔を見て可笑しそうに笑ってるから言うだけ損だ。

 

律の言う通り、人付き合いが絶望的に苦手な私はこれまで同世代の子達と一緒に過ごすという経験が無かったからなるべく避ける様にしていた。ずっと本部に引きこもって勉強、仕事、訓練の毎日。直属の上司であった響さんに学校へ通う事を勧められても仕事を盾に断ったくらいだ。

 

全てが異質な私を受け入れてくれる環境、そんな場所は無いと思ってたから避けていたのだけど、そんな考えを変えてくれたのは他でもない律達だ。

 

「学校は楽しいわ。勉強も大勢で学べばそれだけ違う考えがあるし、競うにしても殺伐としてないから」

「剣道が競技に選ばれてたら殺伐とやったんだけどねー」

「人の話を茶化さないの」

 

こうして気楽に話してくれる律も、異質な私を全力で負かそうとしてくる空達も、私と目が合って手を振ってくれている同級生達も、私にとっては初めて私を受け入れてくれた大切な居場所だ。

 

こんなにも大切な居場所を守る為なら私は何度だって、誰とだって戦ってみせる。たとえそれが私にとって最悪の道だとしても、この居場所を無くす位なっぶ

 

「にゃにかしりゃ?」

「また難しい事考えてたでしょ」

「っ、律はアニエルが居なくなってから随分お気楽になったのね」

「ずっと気を張ってても疲れるだけだよ。私はオンオフはしっかり出来るタイプだから」

 

考え事をしていると律に頬を突かれて遮られてしまい、手を下させてから皮肉を言っても臨機応変の効くメンタルの強さを評価されている律にはまるで効果がない。

 

世界を滅ぼそうとしたアニエルがまだ律の中に居る筈なのに『今は害が無いから気にしない』と割り切れるからこそ、エクスカリバーという振るう先を見極める必要があった完全聖遺物も任される事になっていたんだろう。

 

人の身には過ぎた力である完全聖遺物、それを生まれ持ったからには正義の為に役立てられるようにならないと。

 

「ほら、ティナに興味がある先輩の試合が始まるよ」

「大和さんよ」

「あれ、もしかして私お邪魔?」

「言ってなさい。ただ応援して欲しいって言われただけよ」

「もー、ティナったら照れなくていいんだよ?」

「叩き落とすわよ」

 

 

 

 

 

 

『それじゃあカ・ディン・ギルは世界各地に存在してるのね?』

「そう考える方がいいだろう。だが碑文を読まなければ恐らくは起動しない筈だ」

『分かった、その点は徹底して周知させる。ジョーンズ教授が協力的で助かるわ』

「あんな内容のコメントされた後で手伝わなきゃ何処の誰に殺されるか分かったもんじゃあないからな」

 

メキシコでの一件の後、世界遺産を破壊したお咎めとしてアリアに装者代表として現地取材に応えさせたが、アリアは取材に対して『世界各地にある遺跡が今回と同じ規模の事故を起こす可能性がある。各政府が事態の把握と対応に追われているから民間人は近寄らないで欲しい』と無断で機密情報を公開した。

 

結果としてそのニュースは全世界でも放映され、各国が極秘でエネルギーを利用しようとする目論見はアリアの一声によって潰えた。

その罰も含めてアリアに報告書を書かせているが、本人にとっては報告書を書く事なんて当たり前と思っているから何の罰にもなってない。これが海未か空だったら多少の効果もあっただろうに。

 

『……フィーネ、確かにその言葉に反応したのね?』

「ああ。聞いた事はなかったが静香君がその言葉を口にしたはあの有様だ。勿論、私は凡その見当は着いているがね。フィーネとはずばり…!」

『ジョーンズ教授、暫く貴方には私達に協力して貰う。勿論今回は快く引き受けてくれるわね?』

「此処なら静香君とも語らい合えるから寧ろ歓迎しよう!初めから私もS.O.N.Gに入ってれば良かったんだ!」

『あくまで協力よ。今回のルナアタックはフィーネと関係のある者達が計画した数千年越しのモノ、月が欠けることもフィーネが失敗する事も予知していたのなら他にも何かを遺してるかもしれないわ』

 

国連本部が設置されているスイスからモニター越しで我々と会議をしている国連特別災害対策本部本部長、『立花 響』はやはりフィーネという単語が出てきた事が気に掛かっているようだ。

 

先史時代にアヌンナキに恋をしたフィーネだったがアヌンナキはバラルの呪詛で対話の道さえ閉ざした。その時からフィーネが単独行動を始めたのなら第二のカ・ディン・ギルを造ったのは当時存在した他の巫女達という事になる。

 

フィーネの様に聖遺物を利用した再装填可能な砲台は造れなくとも、数千年太陽のエネルギーを集めて月を穿つに足りる砲台を複数造り上げたのだからフィーネ同様に危険な存在である事に変わりはない。

そして碑文に書いてあった事が本当ならフィーネが復活するというのだから、我々が先手を打って行動して今回の様な事件を阻止しなければ世論が黙っていない。

 

それにフィーネの復活という言葉には我々にも心当たりがある。それが今回の件と無関係であると分かるまでは我々の動きを悟られる訳にはいかない。

 

此処からはジョーンズ教授に聞かせる訳にはいかないから退出願い、改めて立花本部長と向き合うと好奇心の塊であるジョーンズ教授には立花本部長も頭を抱えているようだ。

 

『今回は米国も正規の手続きを踏んでの研究だから国連も何も言わない、というのが建前で其々が同じ事をしてたから有耶無耶にするつもりよ』

「そうなるだろうな。それで、別件の方は?」

『セイキロスに関しては少し調べたけど、やはり元になった墓碑からは何の反応も無かったわ。恐らくセイキロスは推測通り歌の形をした完全聖遺物、それが今はアリアの中に封じ込められるわ』

「やはりか…」

 

アニエルの一件でアリアが覚醒させた完全聖遺物『セイキロスの墓碑銘』。世界で最初の音楽とも呼ばれている聖遺物はアリアがまだ産まれる前に母親がセイキロスを覚醒させたが能力を発揮せず、そのままアリアにその歌へと移ったと判明しているがその能力は未だ測り切れていない。

 

違う世界に干渉して完全聖遺物を呼び出す、シンフォギアの負荷を一時的に無くす点から他の聖遺物に干渉する力があるとは分かっているが、そんな逸話がセイキロスに残っていない以上は誰かがその力を歌に込めたと考えるしかない。

 

そんな事ができるとしたら音楽という概念を生み出されてた時代の者達だが、それがこのタイミングで復活すると聞いて関係無いだなんて言い切れる訳もない。

 

『エクスの先だから封印解除(デウスドライブ)、アリアにしては随分洒落た名前を付けたものね』

「デウスドライブを此方でも解析してみましたが、やはりアニエルの時とメキシコの時とでは解除している封印が少し違います。以前は共鳴により増幅されたフォニックゲインによって限界まで解除してますが、メキシコでは各シンフォギアが対応している箇所だけを解除し、余計な負荷を避ける事で稼働時間を伸ばそうとする明確な意図が感じられます」

「たった二度の使用でそこまで扱い熟すか。最早単なる才能で済ますには行き過ぎてるな」

『セイキロスは此方でも研究は進める。だけどその身に宿しているアリアはその何倍もの速さで理解を深める筈。決してアリアから目を離さないで』

「分かっている」

 

両親に見捨てられた事を幼い頃から理解していたアリアはシンフォギア装者として最も重要な感情に飢えていて、それがLiNKERとの極めて高い適合をもたらしているのだろう。

 

何が起きても正義を全うしようとする姿勢も装者としてはこの上ない才覚ではあるが、その正義感とS.O.N.Gのやり方とでは若干の相違がある以上、アリアが想定外の行動に出る可能性は否めない。

現にインタビューでの命令無視、装者がメディアでの発言でもたらす影響をアリアが理解していない訳がない。

 

世界中に警告のつもりでわざと情報を流した、S.O.N.Gのやり方では手温いと感じて独断で動いたのは間違いない。

 

『ティナちゃんも私達が守るべき子供ですから、皆で見守りましょう』

「そうだな。私達が側にいる間はアリアも自棄にはならないだろう」

『はい。それではまた何か分かったら連絡して』

「分かった」

 

何かと仕事の多い立花もセイキロスを調べる為にすぐ側で見守ってきたアリアを私達に託したんだ、その期待を裏切らない為にも私達は出来る限りのことをしてあげなければ。

 

立花との通信を切り、椅子に背を預けると隣で聞いていた静香は何か気になる事があるのか腕を組んだまま思案顔を浮かべていた。

 

「どうした?」

「アリアさんにご両親が居ないのは薄々感じていました。けどどうしてS.O.N.Gに入隊する必要があったのか気になって」

「テレビに出ていた立花に憧れて、そう聞いた事はあるが真意は他にあるだろうな。その辺りは私よりも静香達が支えてやってくれ」

 

感情の昂りに反応するシンフォギアにとって普段抑圧している感情をLiNKERで爆発させているアリアは理想的な装者だ。

 

だがそんな些末な理由でアリアを暴走の危険に晒しながら戦わせるつもりは毛頭無い。少しでもその危険性を無くせるよう静香にも協力を願うとアリアを慕っている静香も大きく頷いてくれた。

 

そうして話をしていれば廊下からは学校から帰ってきたアリア達の声が聞こえ、セイキロスに関するデータを画面上から消すと同時に扉が開いた。

 

「たっだいま〜!」

「ああ、お帰り。球技大会は楽しかったか?」

「レギュラー共を私達で叩きのめしたよ〜!」

「二人ともクラスが違うから駄目って言ってるのに聞かなくて」

「そう言いながら律も本気だったじゃない」

「スポーツでも負けたくはないからね」

 

世界から見捨てられたと一度は諦めていたこの四人がこうして学校が楽しいと言ってくれているんだ。任務では口を煩くしなくてはいけないが、それ以上に保護者として四人が学校生活を楽しんでくれているのは喜ばしい事だ。

 

「アリアさんはクラスの人とも仲良くしてますか?律さんばかりと話していませんか?」

「だ、大丈夫よ。ちゃんと他の子達とも話してるから」

「アリアさんは一年丸々居なかったんですから、普段の仕事は私に任せてしっかり学校に通って下さいね」

「分かってるから、ほら此処で話してたら仕事の邪魔よ」

「ヒュ〜、真面目ちゃんのシズシズ誑しめ〜」

「うるさい」

 

年下の静香に学校での生活を心配されて顔を赤くしているアリアも、それを囲う全員も私からすれば我が子同然のように可愛い子達だ。装者である以上穏やかにとは言えないが、せめてお互いが助け合い支え合えるような存在になってくれると信じている。

 

五人は土産話をしながら司令室から出ていったが、歩きながら顔だけを振り返らせたアリアの視線は私の手元にある資料に向けられ、私がそれを絶対に見えないように背に隠して見送ると私と視線が合ったが自動扉がそれを遮ってくれた。

 

もう勘付いてる、自分の身体の事なのだからそれも当然か。

 

「今は静香や他の子達にメンタルケアは任せるしかないか」

「学校に通う前よりもずっと安定していますし、それが良いかと」

「このままセイキロスも無事に引き剥がせるといいんですけどね」

 

藤堯の言う通り、今のまま終わればきっと誰も傷付く事なくアリアを守る事ができる。セイキロスも人から引き剥がしてしまえば形がない以上、霧散して消えるしか道もない筈だ。

 

だが魂にまで固定化された聖遺物は聖獣鏡ですら引き剥がせないのは既に立花が試している。たった二度の融合でそれなのに、産まれてからずっとその力の一端を引き出していたアリアとセイキロスは引き剥がせるモノなのか。

 

立花の時は叔父様も同じ気持ちだったのだろうか、人の命を預かるというのはいつになっても慣れないモノだ。

 

 

 

 

エジプト、ギザのピラミッド内部。

 

三つのコールドスリープ用ピラミッドがカ・ディン・ギルの起動を検知してコールドスリープを解除し、眠っていた十代半ばの少女が目を覚ますと先に起きていた二人はため息を吐いた。

 

『やっと起きたか』

『ふわぁぁぁ………フィーネの寝坊助めぇぇ…マジ眠い』

『姉さんが最後、早く起きて』

『ふいふい……状況は?』

『やはり聖鎧はコールドスリープに耐えられなかったようだ。復旧には少し時間が掛かる』

『うぇ……バレたらあの人ブチギレんでしょ…』

 

現代までコールドスリープによる影響で主人より授かった聖鎧が起動できない状況に少女は苦虫を噛み潰したような顔をしたが、生まれ持った特異な力は健在している事を確認すると吹っ切れたようにはにかんだ。

 

『まぁいいや!そんじゃあおっぱじめようか!』

『ああ、フィーネが再び目覚めた今こそ我々が彼女の助けとなる時だ』

『人類の統合、永遠の世界平和を果そう』

 

三人のかつての主人が望んだ全なる者による人類の統合、そして恩人であるフィーネに加勢する為に永い眠りに付いていた三人は目的を再確認し、遥か東方で生体反応と共に感知したセイキロスの元へと転移した。



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「また逢う日まで」

『返事はいつでもいいから、いつかお願いね』

 

とんでもないモノを貰ってしまった。

 

メキシコでの一件が後処理を含めて片付き、普通の学校生活を楽しんでいると球技大会の練習の時から何かとお世話になっている大和先輩に屋上へ呼び出され、断る理由も無いから屋上へ向かうと何を言われる訳でもなく手紙を手渡されてしまった。

 

可愛い封筒に入っているしさて中身は何やら、なんて能天気になれたら良かったけど世間に疎い私でもこういったモノが何なのかは知ってる。だから生まれて初めての事に対応に困っていると大和先輩は『そんな顔初めて見た』と可笑しそうに笑ってから屋上から去っていった。

 

「一体どうしたら……」

 

これまで幾度となくナンパはされた事はあるけど、こうした形での交際の申し込みは初めてだからベンチに座って手紙を読んでいくと、大和先輩の想いの丈がそこには綴られていた。

 

手紙とはいえ好意を相手に伝え、それも同性の相手ならば尚更勇気のいる行動の筈。私にはまだそういった経験は無いけど人付き合いが下手な私からすれば尊敬すらできる。

 

手紙を読み進めていくと大和先輩が私の事を心から好いてくれているというのがよく分かり、胸の中がポカポカしてくる様な感覚すら感じる。手紙を読み終えて胸に詰まった熱い息を空に向かって吐き出し、白い息が霧散していってからようやくどうしたらいいのかを思考が回り始めた。

 

率直に言えば、駄目だ。装者の家族は弱点になり得るから監視が行われる。今の装者候補生には全員家族が居ないから行われていないだけで、私に恋人が出来てしまえば身分を隠しながら守らなければならない。

それが現実問題として不可能だというのは響さんの過去から考えてもハッキリしている事だ。そして装者の家族に手を出す輩がその後にどんな手を使うかなんて考えるまでも無い。

 

あの人を守る為にも断るのがS.O.N.Gの職員としての役目だろう。

 

「……どうしようかしら」

 

でも、守りながら交際するという選択も私なら出来るかもしれない。

 

最近風鳴司令達が私に隠して研究しているセイキロスという名の完全聖遺物、私の中にある歌がセイキロスというのも予想が付くけどセイキロスは私にとてつもない力を与えてくれる。

 

シンフォギアを六つ同時起動し各部位に対応させ、並列処理することでシンフォギアとしての限界を引き出す【| 封印解除(デウスドライブ)】。人間に耐えられる筈のないそのフィードバックをセイキロスが掻き消してくれるお陰で私は今も生きている。

 

それにアニエルとの戦いで無意識的に呼び出したもう一振りのエクスカリバーがいつでも呼び出せるようになれば、きっと関係を結びながら影から守るというのも出来る筈だ。

 

今の私なら、きっと……

 

「少し、返事は待とう」

 

『返事は待ってくれるみたいだから少し私だけで考えてみよう』、暫くは今の関係でいるのがベストだと考えが纏まり、本部に帰ろうとしたがふと背後に人の気配を感じた。

 

扉が開く音は聞こえなかった、なら遠距離からの移動ができる相手だろうけど不意打ちをしないという事は対話を望んでいるのか。

荒事になっても絶対に落とさないように手紙をポケットに仕舞い、立ち上がってから振り返るとそこには現代には似つかわしくない先時代的な装いを纏った三人が立っていた。

 

一人は背の高い30代前半と思わしき銀髪の男性、真ん中に立っている同年程の紅髪の女、そしてその少し後ろに立っている同じ髪色で静香と同じくらいの女の子。凡そ武器となる物は持っていないみたいだけど、錬金術師同様油断ならない。

 

「うぃっす、フィーネ!相変わらず黄昏てるなんて笑っちゃうよ!」

「………何か用かしら?」

「迎えに来た」

「要らないわ」

「そう言わずに付いて来てくれ。我々もフィーネの様にカ・ディン・ギルを造った、君を頼っていただけ昔の私達じゃないんだ」

 

この三人が第二のカ・ディン・ギルを、しかもアニエルに続いてこの三人も私をフィーネと勘違いしているようだけどそんなに私とフィーネは似てるのかしら?

 

取り敢えず交戦するつもりは無いようだから三人を見定めていると一番短気そうな紅い短髪女は痺れを切らしたのか、近付いて来て私の腕を掴んできたから当然振り払うと露骨に苛立ちを見せた。

 

「まだアタシ等が役立たずだって言いたいの?」

「……ええ、そうよ。あんなゴミを造って私が納得すると?」

「ガワが違うだけで破壊力は一級品だし、聖遺物使わずにアレなんだから問題ないっしょ」

「大アリよ。貴方達は今や古い人間、こっちの事情も知らないのによく顔を出せたわね」

「相変わらず言うねぇ…」

 

此処でやり合う気はないけどフィーネが戦う場所を気にするとは思えないから強気に出ると、女も顔を突き合わせてきたが少女がその手を引き、今にも手を出しきそうな短気な女もその手は振り払おうとしなかった。

 

このタイミングで三人揃ってフィーネに会いに来た、復活というのはフィーネの事ではなくこの三人の事だったのね。

 

「姉さん、出直そう」

「此処はどうやら学び舎みたいだ。私達が傷付けていい場所ではない」

「……チッ、折角そのお高く止まったその鼻っ面へし折ってやれると思ったのに」

「フィーネ、君の言う通り一旦出直してから現代を学んでくる。その後もう一度話を聞いて貰えるかな?」

「ええ。その時までに呼び名も考えて来ることね」

「コミュケーションの一環か、そうしよう。助言感謝するよ」

 

女が少女に手を引かれて退がっていくとやけに聞き分けがいい銀髪の男はそう言い残すと、三人はその場から錬成陣を出す事もなく忽然と姿を消した。

 

錬金術とはまた違う手法、ロストテクノロジーによるモノならセイキロスを宿している私にも使えるかもしれない。幸い私の事をフィーネと勘違いさせたまま帰らせる事ができた、次会った時には確実に確保して目的を聞き出すとしよう。

 

またやる事が増えたから早く本部に帰ろうとしたその時、『りんり〜ん、りんり〜ん。海未ちゃんからだよ〜』と誰かに聞かれたらまず勘違いされる端末の呼び出し音が鳴り、一応周囲を確認したけど誰も居なくて胸を撫で下ろしてから通話ボタンを押した。

 

海未が勝手に着信音に設定しただけだから変えてもいいけど、変えたら変えたで煩そうだからそのままにしてるだけで愛着とかは余りない。

 

「もしもし?」

『あっ、真面目ちゃん大丈夫〜?』

「ええ、今から帰る所よ」

『じゃなくて〜、何か変な気配がした気がしたから〜』

 

相変わらず鋭い、本能剥き出しの海未は人の気配を察するのが得意だから異様な雰囲気は感じ取っていたか。

 

何処に居るのか手摺りに近寄って学校を見渡してみると、校門の前でオフロードバイクに跨りながら電話を掛けている人を見付け、その人が私に気付いてヘルメットを取ると其処に居たのはやはり海未だった。

 

この距離でも正確に探知できるだなんて海未もなんだかんだでとても優秀な装者だ。普段の素行の悪ささえなければ今からでも正式な装者になる事だってあり得るだろう。色んな意味でありえないけど。

 

『真面目ちゃんどうかした〜?』

「別に、何でもないわ」

『もしかしてラブレター貰ったとか〜?』

「っん」

『え!?当たった!?嘘嘘、誰から!?』

「知らない、私も帰るからそこで待ってなさい」

『送ってあげるからちゃんと教えてよ〜!?』

 

変な所でも勘がいいから思わず声が漏れてしまうと、海未が驚きの余りにバイクを倒しているのが此処からでも見えた。

 

誰からなんて絶対に教えるつもりはないから校門で合流しても口に鉄壁を築いて海未からの追及を無視し、本部に着いてからも聞いてくるから『この事を誰にも言わない』と約束させると海未も渋々ながら承諾してくれた。

約束さえすれば海未も口は固いだろうから信用するけど、他の人達にも勘繰られないように気を付けておかないといけないわね。

 

隙あらば尻尾を掴もうとする海未をはぐらかしつつ司令室に入ってから司令達に声を掛けると、先に帰っていた律と静香も居たが珍しく暁さんや月読さんもその場に混ざっていた。

 

錬金術で転移が出来るから普段は世界各地で活動している二人がこうして一度に本部に帰ってくるのは珍しい。各地にあるカ・ディン・ギルと思わしき遺跡の調査報告を確認しているみたいだし、何か進展があったのかもしれない。

 

「海未か、丁度いいタイミングで帰って来たな」

「おっ、もしかしてご指名〜?諭吉さん100人から考えてあげる〜」

「ああ。雪音と海未はイギリスに飛んでもらう」

「おっぱいさんも〜?私一人でも行けるよ〜?」

「今回は装者候補生の育成の一環だ。すぐに鉄火場に変えるお前達にもその頭脳を活かしてもらう」

「う〜ん……だってさ、マジメちゃん!」

「行くのは貴女よ」

 

装者候補生という立場上、人命救助か戦闘任務のどちらでもない限りは極力学校に通う事を義務付けられているが、S.O.N.Gとは本来各地の国家機関との連携を前提に活動している特殊な機関。

海未みたいにアームドギアなんかで雑に採掘していい遺跡はこの世に一つ足りとも無いのだからこの機に一般常識を学ばせるつもりなのだろう。

 

海未が駄々を捏ねているのを司令は無視して淡々とイギリスでの活動内容を伝え始め、私が聞いていても仕方ないから一旦鞄を部屋に置いて来ようとしたその時、司令の机の上に一枚の封筒が置いてある事に気付いた。

 

S.O.N.Gや国連が連絡に使うような無地の白封筒ではなく、城が描かれている柄有り封筒で細かい住所や切手が貼ってある事から個人宛の物に違いない。

この中でイタリアに直接由縁があるのは私だけ、きっと院長が私の事を気にして送って来たんだろう。

連絡先も伝えず出たというのにS.O.N.Gに送ってくるだなんて、司令達も私に気を遣って施設の監視をしていたんだろうか。

 

「あれ〜?司令それ誰のっ

 

司令が一人でいるときに受け取ろう、そう思っていると司令の話を話半分に聞いていた海未が手紙に気付き、司令も咄嗟に隠そうとしたけど海未はその手よりも先に手紙を握った。

 

すぐさま私が海未に足払いをかけ、手紙を持っている左腕を後ろで捻り上げながら床に叩き伏せて手紙を取り返したけど、司令室で激しい物音を立ててしまったから会議をしていた人達は静まり返って私達の方を見て唖然としていた。

 

少しやり過ぎかもしれないけど、私の手紙だけは誰にも読ませる訳にはいかないんだ。

 

「どこまで見たの?」

「どこって、手に取っただけだよ〜!?」

「英語で住所が書かれてるでしょ。覚えたの?」

「知らないよ〜!?司令助けて〜!?」

「放してやるんだアリア、私が無造作に置いていたのが悪かった」

「……人の手紙を勝手に見るのは礼に欠けるわ、覚えておきなさい」

 

何処まで情報を見られたかカマを掛けながら海未に尋問したけど嘘が本当か何も見てないと言い、風鳴司令も止めはしないものの放すように言われたから海未の上から退いた。

 

「いたたっ……」と蹌踉めきながら海未も立ち上がると此方を見ていた人達も元の作業に戻り、私も海未の乱れた服装を直してあげると少しは反省したのか海未もしょんぼりとした様子だ。

 

「ごめん……」

「謝ればいいのよ。それでは私はこれで」

「ああ、しっかり休むんだぞ」

 

今回はしっかり反省しているから海未の事は許してあげてから司令室から退出し、廊下を歩きながら改めて差出人を確認するとやっぱり院長から送られてきた手紙だった。

S.O.N.Gに入隊する為に施設を出てからはお金を送るだけで連絡は取っていなかったけど、司令達は院長の事を知っているから手紙も開けずに検閲しないでくれたのだろう。

 

エレベーターを待ちながら中の手紙を読んでいくと、一枚目には私の事を気にしていたり、渡しているお金で子供達が不自由なく過ごせていたりと近況が書かれていた。施設に居た頃は勉強と身体作りで忙しかったからあまり構ってあげられなかったけど、こうして役に立てているのなら幸いだ。

 

封筒の中には子供達の写真も入っていて、ロクに仲良くもできなかった私にも笑顔を向けてくれていて見ているだけで元気が貰える。いつか暇が出来たら会いに行こう、そう思いながら一枚目の手紙を封筒に仕舞ってから二枚目の手紙に目を通した。

 

 

 

 

「海未め……約束を破るとはいい度胸ね」

 

クラスで保険委員をやっているから球技大会での活動を纏める全体会議に参加させられ、先に帰っている海未にバイクで迎えに来るよう頼んだのに、幾ら待っても来ないから結局タクシーで帰る羽目になってしまった。

 

当然S.O.N.Gの経費で払ったけど無駄遣いには変わりはないし、そもそも私との約束を破るだなんて初めての事だ。来れないなら来れないなりに連絡をするようにお説教しないといけないわね。

 

今日は優しく接してあげないと心に固く誓いながらエレベーターに乗り、泣きそうなら少しは優しくしてあげようと妥協案を考えているとあっという間に司令室がある階で止まった。

 

「オヤツ抜きくらいでいいかァッ!?

 

そして扉が開くと同時にエレベーターから出ようとした瞬間、エレベーター前で屈んでいた所為で見えなかった人で足が躓いてしまい、体勢が崩れるとその人諸共倒れそうになってしまった。

 

咄嗟に腕を伸ばして屈んでいた人を押し潰さないよう片手で受け身をとったものの、勢いを殺せず廊下を転がると鞄からは教科書や文房具が廊下に散乱してしまい、あまりの厄日に倒れたまま深いため息が出た。

 

ホント、今日はとことんツイてない日ね……

 

「んも〜、そんな所で屈まな……ティナ?」

 

S.O.N.G内でいざこざを起こしたくはないから軽く注意しようと振り返ると、そこで蹲っていたのは学校でもよく目立つ金髪と変わった形の髪留めをしているティナだったけど何か様子がおかしい。

 

いつもなら自分で避けるだろうし、避ける事は出来なくともすぐに立ち上がる筈なのに私とぶつかって尻餅を着いたまま其処を動こうとはしていなかった。そんなのほほんとした所を見た事がないし、

 

こんなにボロボロと泣いている姿なんて見たことがなかった。

 

「ティナ、大丈夫?」

 

姿勢を崩したままずっと泣いているティナに声を掛けてもまるで反応が無く、変な悪戯かと思って周りを見ても誰も居ないから本当に泣いているのだろうけど、こんな姿のティナを想像すらした事がない。

 

調子が悪いなんて話も聞いてないし、誰かに嫌な事をされたなら立ち向かうタイプのティナが分け目もふらず嗚咽を漏らしながら泣いているなんて余程の事だ。

 

何をしてあげればいいのか色々考えたけど、ティナの弱い背中から海未が夜泣きしていた頃を思い出すと自然と体が動いた。

 

「ほら、どうしたの?」

 

ティナを後ろから抱き締めてあげると震えているティナは私の腕を掴んできたけれど、引き剥がそうとしてる訳じゃなくて何かに縋ろうとしているのかギュッと強く握られ、私も強く抱き締め返すと少しだけ震えが弱まった。

 

ティナの手には手紙が握られているけど、これが原因かしら?詳しい文字までは見えないけど文字列から見て英語ではなさそうね。封筒に書かれている城は確か……デルモンテ城だったっけ?

 

「もう……大丈夫…」

「本当に?」

「ごめんなさい……」

「いいのよ、友達なんだから」

 

何か掴める情報がないか探しているとティナも少しは気を持ち直せたのか立ち上がろうとしたから支えてあげ、何とか泣き止もうと目を擦っていたからハンカチで拭いてあげるとされるがままになっていた。

 

いつもの様子が嘘の様に素直、もしかしたらこっちがティナにとっての素なのかもしれないわね。ティナの家庭環境は知らないけどこんなに賢かったなら甘えるのも苦手だったのかもしれないし、我慢する事も早い内に覚えてしまって言い出せない事も多かったのかもしれない。

 

誰よりも賢くて強くても、ティナだって人の子なんだから泣きたくなる日もあるんだろう。余計な詮索は藪蛇ね。

 

「今日はもう休んでなさい。泣いて疲れたでしょ?」

「………」

「ほら、上がった上がった」

 

エレベーターの扉を開けてからティナを半ば強引に押し込み、ティナの自室のある階のボタンを押すと閉まり際に「ありがとう」と小さく笑ってくれたからきっと大丈夫だろう。

 

伊達に海未の姉をやってないからお姉ちゃんスキルには私も自信がある。あの様子なら明日にはいつも通りのティナに戻っているだろう。

 

散らばった道具類をバッグに詰め込んでから気を持ち直して司令室に向かうと、海未が司令に何かを猛抗議してるけど司令は淡々と書類を読み上げていて、律と静香も反応のあった遺跡について分析官と話し合っているみたいだ。

 

誰もティナの事は知らない、なら黙ってた方がいいわよね。

 

「空、丁度良かった。お前は暁とイタリア行きだ」

「うぇ〜、何で〜?」

「何でじゃない、遺跡調査と装者としての振る舞いを暁を見て学んでくるんだ」

「イタリアかぁ……イタリアねぇ………そういえばあの城もイタリアだったっけ〜?」

「あっ、それティナが持ってた封筒の事でしょ〜!?」

 

流石は海未、イタリアと聞いただけでパッと意思疎通ができるなんて愛しの妹はやはり違う。怒るなんて可哀想な事ができるわけがない。

 

イタリア行きなんて真平ごめんだから切歌さんに任せて私達はさっさと部屋に戻るとしよう。

 

「こら、話の途中だぞ」

「空ってイタリア語読めたよね〜?」

「ちょっとなら読めるよ〜」

「えっと、orfa……io…あと何だったけな〜?」

「『orfanotrofio』、そう書いてあったの?」

「そうそう!さっすが空、頼りになる〜!何て意味なの〜?」

「確か小学校って意味じゃなかったけ〜?あっ、イタリアにはちゃんと行くから日程は後で教えてね〜」

「全く、ちゃんと用意しておくんだぞ」

 

海未には取り敢えず適当な答えを教えて司令にもアピールをすると、特に勘ぐろうとしてこなかったから適当な事を言っていると流されたんだろう。

 

まさか司令達がティナの素性を知らない訳がないし、S.O.N.Gに入る前の事なんて言い触らす事でもないのは分かる。でもその住所から送られてきた手紙を読んでティナが泣いていたのなら話はもっと複雑かもしれない。

 

丁度良いタイミングでのイタリア出張だ、仕事は切歌さんに任せて私は少し別行動をしてみよう。

 

 

 

 

「フォルテ姉さん、これ見て」

「うぉっ!?ラルゴ、ガキンチョ共が演算機作ってるじゃん!?」

「この時代の者達も皆学び、進化してきたんだ。最早我々だけが特別ではないんだ」

「なーんだ、折角ドルチェの独壇場だと思ってたのに」

「こんなへっぽこ機械には負けない、でも欲しい」

「貢物とか貰ってたアタシ達が今や文無しとは、時代の流れは怖いね〜」

 

先時代から蘇った三人の巫女と神官、アリアの事をフィーネと勘違いしながらもその指示通りに世界の情勢を知る為に各国を旅していたが、三人を待ち受けていたのは予想を遥かに超える人類の発展だった。

 

かつては神から与えられる叡智の結晶であった演算機が各家庭に普及、選ばれし者の証であった首飾りがファッションアイテムとなり、果てには古代には無かった小型の通信機まで。

優秀な個から全てが分け与えられた時代とは違い、群として一人一人が機能した事が文明を大きく発展させたというのは三人も認めざるを得なかった。

 

しかし、家電量販店を巡っていた三人の前にあるテレビが映し出している映像は古代から変わらぬ光景だった。

 

「こんだけ発展してもやってんのは結局人殺し、笑っちゃうよ」

「信仰の違いだけじゃない、領土や資源を求めてイチャモン付けてる」

「彼女達の働きもこれでは報われないな」

 

中東で止まぬ紛争、それに便乗する諸外国の利権を求めた代理戦争は文明によって発展しても時代を超えても変わらず、変わっているのはそれぞれ建前は『平和の為』と公言しているくらい。

 

真に平和の為に戦っている現代の巫女達の活躍を知り、少しは期待をしていた三人は最早それが人類の限界なのだと悟っていた。

 

「アタシは何だっていいよ、フィーネさえ揃えばアタシ等が終わらせるんだし」

「でも、フィーネ怒ってた」

「突然の訪問だったからね。彼女の立場を理解する為、そして我々が現代社会で生きていく為にもまずは社会勉強はするべきだ」

 

三人にとってフィーネは一度裏切った相手、しかしその裏切りを予見していた三人にとってはそれはそれ程重大な事ではなかった。

 

神に最も寄り添った巫女として常に皆の前に立ち続けたフィーネが初めて恋し、そして初めて自分の為に叡智を使った事を咎める事をフィーネに恩のある三人には出来る筈もなかった。

 

フィーネの想いは長い月日の中でも叶う事はなかった、だからこそ三人はフィーネと共に世界の調和という目的がフィーネにとっても有益であると伝える為、全ての同士達によって施された一度切りのコールドスリープを果たした。

 

「で、誰かちゃんとした戸籍あるの?」

 

だが、フォルテの疑問に対して二人は答える事ができず、蘇って早々立ちはだかった大きな壁に三人はテレビを前で項垂れた。

 

新たな地に住み着くのにも前住所が必要な時代、選ばれし力はあれど住所が無く身寄りもない三人にとっては現代での身分証明は困難を極めていた。

 

「マジでどうすんの?路銭ならまたアタシが稼いでもいいけど、三人の生活は流石にずっとは賄えないし」

「取り敢えず、現代社会で必要そうな物を此処で探そう。その金額と用途を纏めて三人で相談しようか」

「うぃーす」

 

家電量販店で散開した三人はそれぞれ目に映る現代の神器に目を輝かせていたが、ドルチェは他に目移りする事なくパソコン置き場へ戻ってくると新型のノートパソコンを前に感動していた。

 

神の叡智を持ってしても終に叶う事がなかった演算機の持ち運びを後世で可能にしたという人類の進歩に感激しながらパソコンを眺めていたが、その値段が目に映ると肩を落とした。

 

姉のフォルテが得意の舞踊で路銭を稼いだお陰で三人共服を買い揃える事は出来たが、服の値段から考えるにそう易々と買える代物ではない。パンフレットを見るにかなりの有用性はあるが元手が足りないのではどうする事もできない。

 

『ん〜、君これ欲しいの〜?』

 

いつかの目標として頭に記憶して立ち去ろうとしたその時、突然ドルチェの後ろから目線を合わせる様に屈んだ女性が隣に並ぶと独特な間の伸びた話し方でドルチェに話し掛けた。

 

近付かれる気配を感じなかったのに間合いを詰められていた事にドルチェは敵対勢力の可能性を考えたが、周囲を警戒している女性がドルチェと同じパンフレットを手に取るとペラペラと捲り始めた。

 

「おっ、お目が高いね〜」

「誰?」

「私?私は通りすがりのお姉ちゃんだよ〜」

「名前」

「ん〜、シャフライ=ラスモーニャフっていうの。長いでしょ〜」

「長いですね」

「だよね〜」

 

ドルチェの質問に対して女性は警戒心を見せる事なく名前を名乗り、ドルチェも不用意な事は避けようと気を落ち着かせると独特な雰囲気を纏った女性はパンフレットを棚に戻し、近くを通った店員を手招きで呼び寄せた。

 

「はいお客様」

「このパソコン買うよ〜、はいカード」

「か、かしこまりました!少々お待ちを」

 

まだ未成年に見える女性から使用上限無しのカードを手渡され、説明だけで終わるつもりだった店員も気前のいい女性の気分が変わらぬように素早くレジへと駆け出して行った。

 

不思議な人だが邪魔をしては悪いとドルチェはパンフレットを戻して立ち去ろうとしたけれど、女性は立ち去ろうとするドルチェの手を握って立ち止まらせた。そしてドルチェの手にもう一度パンフレットを手渡すと、ドルチェは女性の行動の真意が読めず首を傾げた。

 

「あの」

「一足早いサンタさんからプレゼント〜」

「いいのですか?」

「うん、またね〜」

 

女性はたった今買ったパソコンをドルチェに譲ると言い出し、ドルチェも理由無しに施しを受けるのは気が引けたが女性は気にした様子もなく笑顔を見せてその場から立ち去って行った。

 

女性と話してからパソコンの入った箱を持ってきた店員も不思議そうにドルチェに手渡してまた店内を徘徊し始め、一人残されたドルチェは取り敢えず起きた出来事を自分の中で整理した。

 

まさかまさかの民からの貢物、フォルテ姉さんとそう変わらない風貌だったけどあの年で人への善意で身を割けるだなんて殊勝な心持ちだ。

 

「おっ、やっと見つけた。ドルチェは小っこいから見つけんの苦労……何その箱?」

「姉さん、この世界はまだ信じるに値しますよ」

 

人類の統一の際には彼女は間違いなく相応の立場に就く事だろう。

 



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「君が泣かない世界に」

アリアの強い正義感とLiNKERの話

キャラがすれ違い曇れば曇るほど晴れた時は綺麗だって古事記にも書かれてる。


あの子は来てくれるだろうか。

 

昔の私はあの子に何もしてあげられなかった、それどころかあの子の親である事を恐れてあの子を見てあげられなかった。

誰から見ても将来は歴史に名を残す逸材、お金を出してでもあの子を教え子にしたいという誘いを幾度と無く受け、あの子はその全てを断った。

 

他にやりたい事があるのか聞いても『無い』。

何か欲しい物があるのか聞いても『無い』。

何かして欲しい事があるのか聞いても『無い』。

 

何でもできてしまうのに何もしようとしないあの子が分からなくて怖かった。周りからも何故才能があるのに何もさせてあげないのかと言われ、『何かさせてあげないと』と思ってもあの子はそれを受け入れてはくれなかった。

 

不貞なんて考えた事もないのに生まれてきた髪も目も色の違う娘、周囲からの奇異の目に耐えきれず私が選んだのはあの子を一人にしてあげる事だった。私という枷が無くなればきっと一人でやりたい事を見つける筈、そう信じて私はあの子を児童養護施設に預けた。

 

「お客様、ご注文は?」

「もう一人来るの、それからでもいいかしら?」

「畏まりました」

 

あの子はきっと私の事なんて覚えてはいない。私もあの子に関わらないように施設の院長に近況だけは教えて貰う生活を過ごしていると、偶然リビングで点いていたテレビのニュース番組に映った映像に目を疑った。

 

メキシコの遺跡で起きた怪事件を解決したシンフォギア装者としてインタビューを受けていた子があの子だったのだ。顔にモザイクが掛かっていても見間違うわけがない。綺麗な金髪に琥珀色の瞳、そして特別な力を使って人々を救う装者になれる子なんてあの子しかいない。

 

院長に事の次第を聞いても答えられないとばかり、だから直接会えないかと手紙を渡すように頼んだのだけどそれも届いてるかどうかは分からない。それでもあの子に会いたかった、あの子がようやくやりたい事が見つかったのなら私も直接会って応援したいと思ってしまった。

 

今日この日、あの子にとっては特別な日に会えないか打診すると一ヶ月が経ってようやく返事が返ってきた。するとあの子は私と会う事を約束してくれて、場所は公園のつもりだったけどあの子が手紙で公園の隣にあるカフェを指定してきたから当然其方に合わせた。

 

インタビューでのあの子はすっかり背も伸びて大人らしい子になっていた、きっと好きな子とかも居て楽しい生活を送っているに

 

『シャルロッテ・カヴァルティーナさんですね?』

 

あの子との再会を待ちわびていると私の向かいの席の椅子を引いて座った子は私の名前を呼んだが、その顔を見ても見覚えはなく肩ほどの銀髪のショートヘアには心当たりもなかった。

 

「貴女は?」

「クラウディア・カンターレ、アリアの同僚です」

 

 

 

折角の日曜日、普段なら騒がしくしている譜吹姉妹が研修に出ていると司令室も随分と静かなものだ。

 

朝起きてから司令室に来てみると既に譜吹姉妹は装者と一緒に欧州へ派遣され、アリアさんも有給を取っていて何処かは行ってしまい、行き先を誰にも伝えていないから数日は帰って来ないだろう。何かあればアリアさんならきっとすぐに帰ってくるだろうし、三人が留守の間は私と律さんで対応してこそ一人前だ。

 

なのだけど、肝心な律さんはオペレーターの席に座って頬杖を突きながら世界中の衛星の映像を眺めていて、オフとはいえだらしがない。

 

「うーん、ティナ見つからないなー」

「何してるんですか?」

「衛星使って世界中見て回ってるけど、ティナが全然見つからないの」

「GPSも切ってますし、ペンダントもアウフヴァッヘン波形を遮断するケースに入れてるみたいだから何処にいるかなんて分かりませんよ」

「だからこその衛星だよ。あっ、ライオンが欠伸してる」

「それで見つかる頃には帰ってきてますよ」

 

出動が無くても待機してないといけない最低人員に数えられてる律さんは衛星を使って遊んでるけど、アリアさんの事が気になるというのは本心なんだと思う。

 

これまで一度たりとも有給なんて使わなかったアリアさんが突然行き先も告げずに何処かに行くだなんて、余程の用事が入ったんだろう。最近はクラスメイトの人とも上手く付き合えてるみたいだし、帰って来てからも楽しそうに学校の事を話してくれるから変な事は考えていないと思う。

 

だけど司令達が考えてる通り、アリアさんの中にあるセイキロスは無茶を通り越して無理を通してしまう。あの力があればきっとこれまでアリアさんが諦めていた道も開けてしまう、それがどんな道でもきっと押し通れるくらいに。

 

「心配しなくていいよ、しずちゃん。ティナはちゃんと帰ってくるから」

「……だといいですが」

「私が帰って来れたんだよ?ティナなら大丈夫大丈夫」

 

私が真面目に心配してると律さんも心配しなくていいと言ってくれるけど、天使の一件の後でもケロっとしている律さんと違ってアリアさんはナイーヴな面があるから、誰かが見ていないと無理をするに決まってる。

 

アリアさんを信頼してるからこそ誰かが側で支えていないといけないんだ、私達は一人で戦ってる訳じゃないんだから。

 

時間を持て余していた私も開発も最終段階に入った私専用の哲学兵装『魔弾の射手』の進捗状況を確認していて暫くしていたその時、司令室内に災害発生を報せるアラームが鳴りモニターに発信源が表示されると日本国内の湾岸が映し出された。

すぐにオペレーター達が現地との連絡を始め、私と律さんもすぐに現場へ急行できるよう扉の前で待機した。

 

「船ですか!?」

「いや、海底トンネルで爆発が起きたようだ!装者は現場に急行するんだ!」

「「了解!」」

 

司令からの指示を受けた私達もすぐに司令室から出て切歌さん達のお蔭で完成した『転移室』に入った。

 

日本各地で災害が起きた際に迅速に対処できるよう開発された最先端技術と錬金術の結晶、壁に備え付けられたタッチパネルで場所を選択する事でそこに対応した錬成陣が部屋の中央に現れ、其処を踏むだけでその場所に飛ばされる画期的なシステムだ。

帰りが徒歩になるという点とマーキングは人力で行う必要がある所為で海外は主要都市しかマーキングできていない点は欠点になるが、それを補い上回る利便性があるから1秒を争う今回こそ使い所だろう。

 

現場に一番近い福岡の消防センターをマークした錬成陣を選択し、私達が足を踏み入れると身体は一瞬で消防センターの屋上へと飛ばされ、一瞬遅れて意識も付いてくると思わずふらついたけど作戦行動に支障はなさそうだ。

 

「《enjerr Ichaival tron(灰色の世界を音色で燃え上がらせよう)》」

「《floreas Amenohabakiri tron(天上に裂き誇れ、無垢なる刃よ)》」

 

現場まで数キロ、時間は少しでも惜しいから消防センターから飛び降りながら聖詠を歌い上げると全身を光の粒子が包み、胸の底から歌が込み上げてくるとそれと同時に力も湧いてくる。

 

歌で世界を救う為に手にしたイチイバルの力、顔も覚えていない私の両親を殺した破壊兵器だって使い方を考えれば人を救えるんだ。

 

シンフォギアの装着が完了し、両腰に付いているアームドギアの箱型火薬庫から小型のドローンを大量に掴んでから空中に投げた。

地上に落ちる前にドローンを足場にして着地して次に飛び移る瞬間、ドローンを爆発させる事で跳躍力を更に向上させて二人で繁華街のビルの隙間を高速で駆けていき、海が近づいてくると現場の方角から黒煙が上がっているのが確認できた。

 

「しずちゃんミサイル出して!」

「はい!」

 

ドローンでの加速有りとはいえ跳躍では遅いから火薬庫から新たに小型ミサイルを数本取り出し、空に放り投げるとそれを律さんがアームドギアを変質化させたピアノ線で縛りあげ、私も律さんに掴まった瞬間ロケットを点火させると強力な推進力を得た私達は空を勢い良く飛んで行った。

 

そして目的地上空に着いたらミサイルを上方へ軌道修正させ、水平軸への慣性を殺してから地面に跳び降りると、現場で作業していた消防士や警察官はこれまでの到着予定時間を大幅に短縮出来ているから驚いているようだが今は説明している時間はない。

 

「状況は?」

「と、トンネルの中央で玉突き事故が起きて車が炎上し爆発したようです。怪我人も多く、場所が場所なので救助が困難な状況です」

「そうですか。対岸も同じ様子ですか?」

「はい。我々は何をすれば?」

「私達は要救護者を探してきます。皆さんは出来る限り安全な場所から避難誘導と怪我人の手当も。それと野次馬も近過ぎます、離してください」

「了解しました!」

 

端的に必要な情報を聞き出し、必要最低限の指示を出すと現場の人達もそれに従ってくれたから私達は黒煙で視界の悪いトンネル内へと駆け出していった。

 

黒煙が充満する中で被害を免れた人達が命辛々に横を通り過ぎて行き、怪我人は未だ見えないから車の上を跳び歩いていくと次第に腕を抑えている人や足を引きずっている人が増えてきた。

 

「まだ怪我人はいますか!」

「あっ、あっち!」

「ありがとうございます!」

 

下り坂になっているトンネルの奥へと進んでくると段々すれ違う人が少なくなっていき、下り坂が終わり事故現場が見えてくると、玉突き事故を起こして炎上している車達の中央には今は見たくなかったタンカーが両車線に跨って止まっていた。

 

運転席に取り残されているタンカーの運転手も外傷は少なくその中で気を失って取り残されているのが見え、タンカーが爆発したら私達でも一溜りもないから上の判断を待っていられない。

 

「律さん、後どの位人が残ってるか確認お願いします」

「了解、タンカーの人は任せたよ」

「はい」

 

障害物を気にせずすり抜けられるアームドギア『位相差障壁』を持っている律さんに残る怪我人の確認を任せ、私はまずは一番危険な場所にいるタンカーの運転手の方へ向かうと周囲は怪我人以外にも亡くなっている人も少なくはなく、此処から連れ出してあげれないのは申し訳ないけど今は生きている人達が優先だ。

 

なんとかタンカーまで辿り着けたからドアを引き剥がして脈を測るとやはりまだ生きていて、私が担ぎ上げると律さんが隣で姿を現したけど表情は芳しくなかった。

 

「タンカーの向こうに10人、けど殆どの人が起きなかった。こっちは7人で意識はあるけどドアが開かなくて動けなかっただけの人が多かった。タンカーの限界まで時間も残ってないし、選ぶしかないよ」

「司令聞こえてますか?」

『ああ。何方の方がより多く助けられる、直感でいいから教えてくれ』

「私は7人の方かと。逃げられるように車体は切り刻んで私達が補助しながら走れば間に合います」

『分かった。その通り動いてくれ』

 

司令から律さんの判断を採用するように伝えられると律さんも素早く行動に移り、悔しいけど現実は変えられないから私も天井に杭状の爆弾を撃ち込んでから車から逃げ出せた人達の後を追って走っていると、背後でガソリンが気化したのか更に爆発が起きた。

 

その爆風で車の破片が飛んできたけれど律さんが壁に仕掛けていた動体センサーが作動し、短剣を雨のように降り注がせる『鳳仙落花』が自動で発動し破片は地面に撃ち落とされた。

 

だが安心したのも束の間、火の手は更に強まりタンカーの周囲は既に火の海と化していた。

 

「律さん、交代して下さい」

「……了解、すぐ戻るよ」

 

このままではタンカーに火が点いてシンフォギアを纏っている私達は大丈夫でも助け出した人達は熱と煙で死んでしまう。

 

助けられる命と見込んで選択した7人の命は譲れないから運転手は律さんに任せ、私は出口までの登り坂の手前で振り返ってから火薬箱の中からクリスさんの見様見真似で作ったリフレクターを取り出した。

 

クリスさんは銃器という形でエネルギーの扱いに長けていたからリフレクターという応用を効かせられた、対して私はエネルギーを爆発させる物理攻撃でしかないからあれ程綺麗には出来ないし出力も足りない。

 

出力を上げるなら薪をくべるしかない。

 

「《Gatrandis babel ziggurat edenal》

 《Emustolronzen fine el baral zizzl》

 《Gatrandis babel ziggurat edenal》

 《Emustolronzen fine el zizzl》」

 

実戦では初めて単独での絶唱を歌い切り、堰を切ったようにフォニックゲインが私の制御を無視して増大を始めると私が手に持っていたリフレクターが煌き始め、空中に放るとスタンドグラスのように薄い結晶体へと姿を変えてトンネル内を分断した。

 

そして錬金術の障壁まで混ぜ込むと結晶体は黄金色に輝き出し、これだけのフォニックゲインを生み出してもまだ吸い尽くそうとしてくる。一人での絶唱は身体に毒だと分かっていたけど、全身を貪られる様なブックファイアと口の中に感じる血の味は確かに心地良いものではない。

 

タンカーに火が点けば爆風で両方の入口が吹き飛んでしまう、対岸はカバーのしようがないし此方が塞いだからその勢いの分だけ対岸が危険に晒される。

装者の攻撃で崩落というのは体面上悪いから念の為のつもりだったけど、7人の命には変えられない。

 

せめてタンカーの爆発は回避する為にタンカーの真上に仕掛けていた杭状の爆弾を起爆すると、本来は岩盤を砕くような爆弾で前方に威力を集中させているから厚いトンネルの外壁も簡単に打ち砕き、爆発で出来た大穴からは滝のように凄まじい勢いでトンネル内に水が入り込み始めた。

 

それなりに離れているのにものの数秒で足元まで水が上がってくると障壁が防いでくれたけど、次第に水嵩が増してそれに応じで水の圧力も増してきた。

時折流されてきた車が障壁にぶつかると一瞬ヒビが入ったけれどすぐに修復され、リフレクターの性質を理解した私は障壁に手を付いてフォニックゲインの供給を怠らないように身構えた。

 

自動修復、イチイバルらしい能力ではあるけどフォニックゲインの供給が止まると恐らくは割れてしまう。けど律さん達は坂を半分も登れていないし、これ以上は私だけじゃ保ちそうにもない。

 

『しずちゃん大丈夫?』

「私は気にしないでください。自分で何とかします」

 

だけど此処で弱音を吐いちゃダメだ。私は雪音先輩からイチイバルを引き継いだんだ、雪音先輩なら絶対に弱音なんて吐いたりしない。力が足りないならもっと歌えばいい、命は燃やすためにあるんだから。

 

「《Gatrandis babel ziggurat edenaッ、ゲホっゲホっ!?」

 

絶唱の重ねがけで更にフォニックゲインの制限を外そうとすると歌うだけでも肺に激痛が走り、頬に生温い液体が伝ったけどその程度歌わない理由にはならない。

 

早く歌い切るんだ。私にはアリアさんみたいに特別な力も、律さんみたいに類稀なセンスも、譜吹姉妹みたいな強力なユニゾンも、ガリィみたいな圧倒的な経験値もない。もっと強くならないと、もっともっと出力を上げて皆を守らないと!

 

『おっ、生き急いでんねー』

『姉さん、早く手当てしてあげて』

 

全身が爆発しそうなくらい悲鳴上げても二回目の絶唱を歌い切ろうとしたその時、後ろから突然知らない人の声が聞こえると背後から抱き締められ、代わりに私と大差ない位の女の子が障壁に手を当てた。

 

どうやって此処に来たのか、そこを考える余裕なんてないけど生身で触れていいものではないから早く振り解こうとしても私を抱き締めている人の力はとても生身とは思えず、顔を見上げると灼髪のショートヘアの女の人は私の額に手を当てて緑白色の光を放ち始めた。

 

すると次第に思考能力が障害が出るほどの痛みが引いていき、女の人の手が少しずつ下がってくるとそれに従って触れている箇所の痛みも取れていった。

障壁に触れている女の子も触れている箇所から私が作った障壁を再構築を始め、取り敢えず混ぜ込んでいただけの錬金術とエネルギーの障壁を完全に固定化してみせた。

 

「完成、これで割れない」

「貴女達は……」

「んー、人を助けるのが目的の古代人ってところかな?」

 

 

 

 

「あの状況で7名も助け出したんだ、最善を尽くした結果だろう」

 

海底トンネルでの救助活動を終えて本部に帰還してから活動報告を翼さんに提出すると、しずちゃんがメディカルチェックで居ないからか率直に本心を語ってくれた。

 

あの状況では私だけだったら七人も救い出せるかは怪しかった。しずちゃんが爆発を阻止していなかったら私達でも危うかったし、水を止めてくれていなかったら何人かは間に合わず溺れ死んでいただろう。

全員を救い出せなかった事をしずちゃんは気にするかもしれないけど、これが現実的な救助活動の限界なのだから翼さんの言う通り十分誇っていい成果だろう。

 

「それで、その三人は帰ったのか」

「はい。自ら先史時代の古代人と名乗り、トンネルを出てからは少し話した程度で去って行きました」

「先史時代の古代人、無関係と考えるのは流石に無いな」

「フィーネと同じ先史時代の巫女達、一人は男性でしたが恐らくは同等の力を持っているかと」

 

しずちゃんが二回目の絶唱を使おうとした時、突然しずちゃんの後ろに現れた二人の巫女とトンネルの反対に現れた男はトンネル内に飲み込もうとする水を止めれるだけの障壁を張った。

 

そして一人は絶唱のバックファイアでダメージを負っていたしずちゃんの身体を触れるだけで治し、メディカルチェックの進捗を見るに極度の疲労以外は問題もなさそうだ。

 

短時間での二度の絶唱は今の所誰も試したことはない。というよりも、試すまでもなく身体が保たないのはしずちゃんも分かっていた筈だ。それでも命を救う為に自分の命を使おうとした。

七人の命としずちゃんの命、それを冷静に判断できてない時点で私も気付くべきだった。

 

「フィーネと同等なら確かに徒党を組まれると厄介だな」

「私はフィーネを見たことがないので分かりませんが、話している様子はそこまで不審には感じませんでした。ただ、此処に連れてくるのは危険だったのでそのまま帰しました」

 

『アンタ達がシンフォギア装者って奴ね。面白いもん着てるなー、ちょっとアタシに見せてよ』

『寄らないでください』

『おっと、物騒なもん向けないでよ』

 

トンネル内から生存者を運び出すと消防隊の人達がすぐに後を請け負ってくれたからしずちゃんを助けに行こうとすると、二度も絶唱を歌おうとしたのにトンネルから自力で戻ってきたしずちゃんの隣にはさっきまでトンネルに居なかった正体不明の二人が立っていた。

 

今回の事故を引き起こした犯人かと思って剣を構えると背の高い方は両手を挙げたけど、錬金術師なら手を使わなくても攻撃できるから警戒しているとしずちゃんが私が構えていた剣先の前に立って首を横に振った。

 

『この人達は私を助けてくれました。古代人、そう名乗ったのでまず間違いなくメキシコの件で目覚めた人達です』

『おっ、チビちゃん賢いね』

『しずちゃんが洗脳されている可能性もある。今のしずちゃんの言葉を鵜呑みにはできない』

『……そうですか。それじゃあ後でまた…はなしを…

『しずちゃん!?』

 

私が見てない所でしずちゃんに何かされている可能性を捨てれなかったから剣を下ろさずにいると、しずちゃんは少し寂しそうな表情を浮かべた。

 

するとすぐに糸が切れたように倒れそうになったからすぐに抱き留め、同時にしずちゃんに触ろうとしていた女に剣先を向け直すと女は呆れたように手を下ろした。

 

『自分の仲間よりコッチの心配とは、笑っちゃうよ。ドルチェ、ラルゴ、早く帰ろ』

『うん。貰ったパソコンの説明書を読む』

『ドルチェは真面目だな、感心感心』

 

早くもスポンサーを見つけたのか、身寄りもない筈の古代人が私への興味無くしてそんな事言いながらその場から忽然と消え去った。

錬金術以外の転移手段があるとは思っていなかったから私も詳しい話を聞け出せなかったけど、しずちゃんの状態の方が最優先だと考えて切歌さんに連絡してから本部に帰ってきた。

 

話を通しても交戦の意思は感じなかったから恐らくは本当にシンフォギアを見に来たのだろうけど、ああも簡単に立ち去られては現状では決め手に欠けてしまう。

 

「戦って勝てそうか?」

「………司令がそう望むなら」

 

相手にその気があるなら打つ手は思い付くけど、翼さんに戦う場面を考えていると見透かされしまい、笑われると気恥ずかしくなって顔を背けた。

 

「確かにカ・ディン・ギルを造ったのならば危険な存在である事には変わりない。だがフィーネと同じ目的ならばそれは既に終わった事だ。バラルの呪詛は完全に破壊し、フィーネの魂も宿願を叶え輪廻から解き放たれた事を伝えれば共存の道もあるだろう。現に静香は身体を癒され、脳波にも異常は見られない」

「そうですけど……」

「それにS.O.N.Gは戦う為の組織ではない。世界の調和を守り、正義と信念を貫き通す組織だ。本拠地を置く日本、世界中で活動する為に必要な名前を与えた国連、双方からの圧力も我々は成果で捻じ伏せてきた。今後私達の跡を継いでいく百合根にもそこを理解して欲しい」

 

S.O.N.Gは翼さんや立花本部長達の命懸けの努力と汗で世界中からの信頼を集めた組織で、矛盾しない平等な信念があるからこそどの地域においても相応の対応をして貰える。

 

これが私みたいに戦いを前提に考えている人間ではいずれ不和が起きる、それを翼さんは危惧しているし私に普通の幸せを手に入れる機会として教えようとしているんだろう。

 

「翼さんなら味方が操られている可能性がある時、剣を向けますか?」

「静香に向けたのか」

「凄く寂しそう顔をしてました。私が疑う理由は分かってくれてる筈だけど、あの表情はそう何度も見たくはないので」

「そうか。だが私でも剣を向けただろう、それが装者としての責務だ。個人の感情を優先する訳にはいかないからな」

「……そうですよね」

「だが、その後ちゃんと謝罪もする。背中を預ける友に剣を向けたのだ、それが人としての礼儀というものだろう?必要な事だったからと言っても、それは礼を欠いていい理屈にはならない」

 

これまで特に必要としてなかった人とのコミュニケーション能力の欠如がこんな形で出てくるとは、上手く溶け込めてる気はしてたけどどうやら甘かったみたいだ。

 

人を斬って謝るだなんてした事がないから確かにその考えはなかった。お互い役目を果たしただけなのだから気にしないと思ってたけど、しずちゃんも意外と職務に感情を持ち込むタイプだったようだ。

 

「百合根にもいつか剣に迷いが現れる日が来るだろう。その時にどうしたいと思うのか、どう道を斬り開くかで百合根も自分の在り方を見つけられるだろう」

「剣に迷いなんて出ませんよ。今回の件は私が鞘走っただけのこと。障害は斬って捨てるだけ、それが私の在り方です」

「そういう所も昔からすれば大きく変わった所だ。今はそれでもいい、だが大事な時に見誤るなよ」

 

幼い頃から風鳴家の障害になり得る存在を片っ端から闇に葬ってきた私が今更躊躇う事なんて有り得ない。そう言っているのに翼さんは朗らかに笑うとどうも調子を崩され、特段他の用事もないから司令室から退出すると丁度しずちゃんと鉢合わせた。

 

「さっきはごめんね」と翼さんに言われた事を早速実践するとしずちゃんも特に気にした様子もなく「あの状況なら仕方ありません」と横を通って行き、一安心した私も自室に戻っていった。

 

 

 

「アリアの同僚の……アリアがお世話になっています」

「いえ、ご存知かと思いますがアリアはかつてない程の逸材ですので私も助けられています」

 

アリアと同い年くらいの印象を受ける少女から発せられる言葉はそのどれもが公務員の様とでも言うべきか、行儀の良い言葉ばかりでシャルロッテも困惑しながらも言葉を返すとクラウディアは話を続けた。

 

「貴女を見つけるのに随分と時間が掛かりました。髪の色も目の色も違う、背丈も一回り貴女の方が小さいので代理の方かと」

「いえ、仕方がありませんよ。私自身、あの子とは似ても似つかないと感じているので」

「アリアは養子なのですか?」

「信じては貰えないでしょうが正真正銘私の娘です。父も茶髪なのにあの子は綺麗な金色の髪をしていて、それが元で別れました」

「それは、大変だったでしょう」

「ですが、そんな中でもあの子は強く生きてくれていたのが幸いでした。きっと自分の置かれた環境を理解していたのに文句の一つも言わず、私を気遣ってくれていた」

 

誰よりも頭の良いあの子は誰よりも私に優しかった。家族からの信頼すらも失った私にはあの子しか居なかった。

だけど、あの子を育てられる程私は頭も良くないし身体も強くはない。あの子が本当の意味でやりたい事を見つける為には私が手放すしかなかったんだ。

 

アリアと生活についてはシャルロッテも院長に話をした事がなく、クラウディアも初めて知る話を興味ありげに聞いていて、シャルロッテが答えられる事は全て答えるとクラウディアはメモを取るわけでもなくシャルロッテの目を見つめていた。

 

そしてシャルロッテが知っているアリアの過去を伝え終わるとクラウディアは何を言うわけでもなく窓の外に視線を向け、シャルロッテも釣られて視線を向けると其処には元々約束をしていた公園のベンチで座るアリアの姿が見えた。

 

「アリアは私が此処に来ている事を知りません。今日は私の独断で来ました」

「アリアの話を聞きに来たのではないのですか?」

「ええ。私は貴女にアリアと会う資格があるかを確認しに来ました」

 

アリアに会う資格、そう告げられたシャルロッテは胸の奥まで氷柱で突き刺されるような寒気と恐怖を感じた。

 

アリアは国連が管理している組織の重要な存在、今まで関わっていなかったのにこのタイミングで声を掛けた事がどう捉えられたのか。アリアの生みの親といえどシャルロッテは母親としての資格ならとうに無くなっていると思っていたからだった。

 

「施設に預けた事情は先程の話で理解しました。女手一つでアリアを育てるというのは当時の家庭環境では金銭的にも大変だったでしょう。ですが、それは今と何か変わっているのですか?見る限り、まだ独り身のようですが」

「……何が言いたいんですか?」

「貴女がアリアがS.O.N.Gにいると知ったのは恐らくあのインタビューでしょう。S.O.N.Gは立花響の活躍によって公になった国際組織、給料も決して安くはありません。貴女は」

「もしそれ以上言ったらたとえアリアの同僚だとしても叩きます」

 

だがクラウディアがその言葉を言い切る前に、シャルロッテは声を震わせ込み上げてきた怒りを理性で抑えつけながらクラウディアを睨みつけ、クラウディアはその様子を見て言い出そうとしていた言葉を飲み込んだ。

 

決して良い母ではなかった、けど自分で遠ざけた娘に生活費の打診をする程落ちぶれてはいない。アリアを手放した事をどんなに貶されようとも受け止めるつもりだったけど、その想いまで踏みにじるようなら話す事なんて一つもない。

 

シャルロッテに残っている母親としての自覚が侮辱とも取れる発言を遮り、クラウディアもその様子に少し安心してから頭を下げた。

 

「アリアの母親である事、そして今の態度から私の発言が無礼であった事はお詫びします。ですがそうでなかった場合、貴女が罪悪感からアリアとの再会を望んでいるのなら私は貴女を止めるしかない」

「何故ですか?」

「『英雄にならないといけない』、アリアは以前私にそう言いました。最初はその強い正義感から言葉かと思っていましたが、最近のアリアを見ていると根本から違う事に気づきました」

「違う?」

「『誰かに愛されたい』、その想いが今のアリアの原動力になっていると私は考えています」

 

S.O.N.Gに入って人助けをしているアリアを誇りに思っていたシャルロッテがその言葉を聞いた瞬間、シャルロッテの思考は止まってしまった。

 

「アリアは父に見捨てられ、貴女だけが頼りだった。誰よりも賢いアリアは貴女にだけは迷惑をかけまいと余計な習い事は避け、貴女を支えようとしたけど結果として貴女はアリアを手放した。今は多少感情を表に出す事もありますが、アリアも相応に甘えたい時期に甘えられる相手を失い、自分の感情にも疎くなってしまったんでしょう。私も同じ頃に両親を失い妹と二人で生きてきたので、支えがないと人は歪んでしまうと理解しているつもりです」

「………」

「アリアは自分の想いの正体にも気づかぬまま誰かに必要とされたくて、誰かに愛されたかった。無償でなくともその身で出来る事なら何だってしようとした。そして、貴女も知っての通り私達の小さい頃は皆に愛されるヒーロー、まごう事なき英雄が毎日のようにテレビに映っていました」

 

世界の崩壊を救い、欧州の救助活動で活躍する立花響がテレビに映らない日は無かった。アリアの目には命を救う尊さよりもいつも誰かに囲まれているその姿が羨ましくて仕方が無かった。

 

その歪んだ感情を植え付けたのが自分自身だと理解したシャルロッテは顔を落としたが、クラウディアはそのまま言葉を続けた。

 

「誰かに愛されたい、そんな小さな願いを叶える為にアリアは誰かを救う英雄になりたいと願い、そして自分でも分からない内に手段が目的へとすり変わっていった。愛されたいという自分でも分からない強い感情を抑えつける為に誰かを助け続ける、アリアの異常なまでの正義感はそこが所以でしょう」

「……私に、どうしろと?」

「アリアは貴女から手紙を受け取り、場所を憚らず泣いていました。きっとアリアは今でも貴女に愛されたいと願っているし、当然貴女もアリアを愛している筈です。ですが今のアリアが誰かに愛されたいという欲求を無くせば、S.O.N.Gからも抜けて貴女との生活を望むでしょう。今まで手にした地位も名誉も投げ捨て、失った貴女との時だけを願うでしょう」

「………」

「貴女に、その覚悟がありますか?」

 

アリアが独りで生きてきた時間が、アリアが愛を望んでいた時間が生み出した業とも呼ぶべき強い感情を受け止められるのか。

世界でも数人しかいない装者になってまで誰かに愛されようとした娘の想いをたったと1人で受け止められるのか。

自分を捨てたと理解していた相手からの手紙ですら涙を流して喜ぶ娘を抱き留める資格があるのか、シャルロッテは想いを巡らせると涙を零し出した。

 

愛しているのに、愛していると伝える事が何よりも娘の人生を妨げると知ったシャルロッテは返す言葉が見つからなかった。

シャルロッテが苦悩する様子を見つめるクラウディアもその姿を見て、心の奥底では『羨ましい』と思ってしまっている自分を戒め、制服のポケットから名刺を取り出すとシャルロッテの前に差し出した。

 

「アリアの近況が知りたいのであれば、私が個人的にお伝えします。アリアもいつかは装者を辞める日が来る、その時に貴女がずっと見守っていたと知れば穏やかな気持ちで再会もできると思います」

「はい…っ…」

「帰る場所があるアリアの事は何があろうと全力で守ります。それがアリアへの贖罪であり、今を諦めて貰った貴女への償いです」

 

両親から捨てられたクラウディアが新たな家族と決めた名前、『譜吹 空』と書かれた名刺を置いてから席から立ち去るとシャルロッテは外で待つ娘を見つめ、そして今できる最大の愛情表現としてその場から後を追うように去っていった。

 

 

 

「うぇ〜ん!司令がぶった〜!」

「大うつけ者共!二人して視察から抜け出すとは何事だ!」

 

イギリスとイタリアに視察で向かっていた二人が視察を終えて揃って帰ってくると、視察期間中に抜け出した事を報告された司令はいつも通り二人を怒鳴り散らしていて、懲りない二人は正座をさせられながら泣き言を言っているがそれ等を無視して私達は報告書を眺めていた。

 

「やっぱりカ・ディン・ギルはそこら中にあるみたいだね」

「起動コードさえ入力しなければ大丈夫とはいえ、いつ古代人達が使うかと分からないのでやはり中核は破壊すべきですね」

「お二人の言う通り、充填型のカ・ディン・ギルは一発限りとはいえ世界中にあると同時起動された際の対処は困難を極めるので破壊すべきです」

「また世界遺産ぶっ壊すんデスか。響さんが書く報告書が増えまくりデスよ」

「世界の平和の為、仕方ない。ちょっとは手伝おう」

 

切歌さん達が調査した結果、新たなカ・ディン・ギルはそれぞれ似通っているものの細部は異なり、製造年代も成分分析から資料が残っている通りらしく、幾つかは時間が足りず発射する為のエネルギーまでは賄えていないらしい。

 

確実に月を壊すにしても少しおざなり、というよりも月を壊すつもりが無いようにも感じる。壊す以上に何かを示そうとしてカ・ディン・ギルを造る事自体が目的だったとしたら?

 

『んぁー、そっち片付けといてー。ミカちゃんはゴミ捨てよろしくー』

「ガリィ、掃除しながら会議に参加しないで」

『あのね、アタシ忙しいの。アンタらとは違って家の掃除もやらなきゃいけないし、バカ飼い主の送り迎えまであんの。アンタらがしっかりしてたらアタシはこんなに忙しなく働かなくていいの。ったく、こんな話受けるんじゃなかった』

 

普段はかつてアガートラームの装者であったマリア・カデンツァヴナ・イヴの従者を務めているガリィが生活音を鳴らしながら会議に参加してるけど、本来その素性故にS.O.N.Gの切札でもあるガリィが会議に参加してる事自体異例ではある。

 

人の身では危険な作戦もガリィなら容易にこなせるから便利ではあるけど、本人にまるでやる気がないから何処まで頼れるのかは未だ疑問が残る。

 

「ちゃんと手柄取ってきたのに〜!」

「手柄?また何か壊してきたのか!?」

「古代人のパソコンに発信器付けたの〜!」

 

カ・ディン・ギルを壊すとして何処から壊すのが手っ取り早いかを模索していると、私達の後ろで怒られている海未さんが涙声でそう叫んだ。

 

一瞬聞き間違いかと思って振り返ると司令も目を丸くしていて、聞き間違いではないのだろうけどどうやって古代人とコンタクトを取ったんだ?

 

「本当か?」

「本当だよ〜!何か凄っごい変な雰囲気がしてて〜、一応付けとこ〜って思ってたら、しずちゃん達が会った古代人がパソコン持ってたなら多分合ってる筈でしょ〜!」

「な、何でそれを早く言わない?」

「言う前に司令が怒った〜!」

「す、すまない。悪かったな」

 

その凄い変な雰囲気というのが偶然合っていたのなら、その違和感の正体が分かれば探知できるかもしれない。根っからの野生児の海未さんならではの功績だ。

 

「その違和感とは?」

「えっと〜、グルグルしてる感じ?」

「どういう意味ですか?」

「何で言えばいいかな〜?その、普段は大人しいのに、あの子に近付いているとグルグルってしたの」

「……共鳴?」

「それかも〜!」

 

海未さんが天然ボケをかまさない内に詰め寄って聞き出そうとすると余りにも抽象的な例えに戸惑ったけど、律さんがそこから答えを引き出すと海未さんもそれに納得した様に頷いていた。

 

古代人にペンダントが反応している?探知機能なんて付いてはいないけれど、長い時間の中で人々のフォニックゲインに変化があったのならば原初の者達の力は確かに聖遺物を用いたシンフォギアに共鳴するのかもしれない。

 

その答えを元にエルフナインさんも私達が出会った時のデータを分析し始め、思わぬ成果を挙げていた海未さんは得意げに立ち上がると空さんもそれに乗じて立とうとしたが司令に頭を手で抑えられていた。

 

「海未は自分なりの行動だと分かった。空は何か弁明はあるか?」

「ありませ〜ん」

「私には言えない事をしていたんだな?」

「知りませ〜ん」

「全く、お前達が意味も無くそういう事をしないというのは分かってる。だが過度な単独行動は組織の分裂を招く。個である前に群である事も忘れるな、いいな?」

「「は〜い」」

「エルフナインの分析が終わり次第、捜索にあたる。全員今から待機しているように」

 

古代人を見つけ出す手段が見つかった事で此方から手が打てるようになり、待機命令を出された私達は司令室から出ようとすると「静香は残れる」と言われ、律さん達とは別れると司令は少し不安げな表情を見せていた。

 

何となくだけど理由も察する事ができた。

 

「アリアが休んでからもう4日だが、まだ一度も連絡が来ない。申し訳ないが、静香にはそっちを頼みたい」

「構いませんが、行方が分からないので何処から探せば?」

「ローマのスペイン広場だ。そこで人と会うと聞いている」

「知っていたんですね」

「アリアは詮索を嫌うからな。聞かれるよりも最低限言っておく方がいいと思ったんだろう」

「分かりました。それじゃあ切歌さんと行ってきます」

「頼んだぞ」

 

アリアさんが連絡も無し、そして休みを勝手に延ばしているのは司令も気掛かりなのか私に頼んできたから私も了承した。

 

切歌さんに頼んでローマに飛んで貰うとイタリアは雨季に入っているから大粒の雨が降り注いでいて、持ってきていた傘を差してから切歌さんと夜のローマを歩き出したけど、正直私が選ばれた理由はきっと喜べるモノじゃないから内心複雑だった。

 

アリアさんは何があろうと規則を守るし、守れないのならそれを事前に言う位の常識も当然持ち合わせている。なのにこんな事になるなんて余程の事だ。司令は何かに巻き込まれたのではなく『そこから動いていない』、そう予想してその場合の最適解として年下の私を行かせた。

 

少なくともアリアさんは私に弱みを見せたりしないから、何が起こっていても帰ってくるだけの気力は湧くと判断したんだろう。

 

「うぅ、寒くないデスか?」

「もう11月ですよ。何で半ズボンなんですか?」

「お洒落デスよ。チャチャっと連れて帰るデスよ」

「分かってます。早く見つけましょう」

 

もう11月だというのに薄着の切歌さんが寒そうにするから早く見つけようと足を急ぎ、スペイン広場に着いたから公園の中を見回してみると私達はすぐにアリアさんを見つける事ができた。

けど、暗い雰囲気にならないように会話をしようとしていた切歌さんも絶句して言葉を途切れさせ、私もアリアさんの様子に心情を察したから切歌さんにはその場で待って貰った。

 

雨が降り頻る中、たった一人でベンチに座って俯いているアリアさんの側に寄り、傘を閉じてからその隣に腰掛けるとずぶ濡れのアリアさんは少しだけ顔を動かして私を横目で一瞥するとまた視線を落とした。

 

「風邪をひきますよ」

「……そうね」

「……きっと、何か用事が出来たんです。アリアさんは悪くありません」

「……そうね」

「まだ残りますか?お供しますよ?」

「………………帰るわ」

 

恐らく四日間何も飲まず食わずで此処で座って待っていたアリアさんは長い逡巡の後、私の方をしっかりと見て微笑んでいたけど張り付いている笑顔の痛々しさに私の方が涙を溢してしまった。

 

ずっと逢いたかった人と逢えると信じたアリアさんの喜びも、裏切られた悲しみもその笑顔からは見て取れない。だけどいつも笑顔の奥に悲しみを隠してきたんだとしたら、アリアさんにとって今は隠せない程に動揺しているんだ。

 

誰よりも優しいアリアさんが報われない事なんてあってはいけない。だから私がその手をしっかり掴んで歩き出すとアリアさんは弱々しい足取りで歩いてくれた。

 

誰と会おうとしたかなんて私は興味がない。でもアリアさんがこれだけ真摯に待っていたのに現れもしないだなんて、そんな人にアリアさんが振り回される必要はない。たとえどんな過去があろうとアリアさんは私達の家族、今更過去を振り返る必要なんてない。

 

「今度授業参観があるんです。アリアさんが良ければ来て貰えませんか?」

「……駄目よ、私は保護者じゃないもの」

「でも家族です。親じゃないとダメなんて書いてませんでした」

「……そうね、時間が空いていれば」

 

何があろうと私がアリアさんを守るんだ。アリアさんが帰る場所は私達が居る場所なのだから。



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「私ト云ウ音響キ ソノ先二」

絶対に譲れないカップリングが此処にある


 

私は甘かった。

 

捨てたと思っていた過去が目の前にやって来るとついその幻想に手を伸ばしてしまい、周りの人達に多大な迷惑をかけてしまった。

 

『残り20秒』

 

私一人でのセイキロスの連続稼働時間はたったの30秒、それ以上は私が制御し切れないから使わないようにしているけど、他の装者からシンフォギアを受け取れば時間を上乗せすることができる。

 

私の中にある歌の形をした完全聖遺物『セイキロス』がどういった経緯でこの身に宿ったのかなのかは分からないけれど、私に覚えがないという事は私が生まれる前にあの人が持っていたか、生まれる前の私に宿ったのかもしれない。

 

でも力の出所なんて大した興味も無い。あの人が私に一人で生きられるようにくれた力なら私はそれを使い熟せるようになるまで。

 

『残り15秒』

 

セイキロスの加護によって全身から溢れ出るフォニックゲインを足のプロテクターに回し、かつて響さん達が別次元にて葬ったネフリィムの完全体へ飛び蹴りを叩き込むと巨体のネフィリムは大きく蹌踉めき、プロテクター内部のギアが回転しながら蒼い電光を放つとその巨体を貫いてその背後に回った。

 

だがネフィリムはその場で再生を始めたから身体を翻し、息の根が止まるまで連続で飛び蹴りを繰り出してその身体を貫いていくと次第に再生が間に合わなくなっていき、最後に心臓を貫くとその身体は再生が止まり自壊を始めた。

 

『残り10秒』

「タイマーストップ」

 

ネフィリムはキャロル=マールス=ディーンハイムの翠色の獅子機やアダムといった人間のような意思を持つ兵器とは違い、目的を果たす為だけに動く昆虫に近しい行動原理だからサンドバッグ代わりには丁度いい。

 

セイキロスの稼働時間は全く伸びないけど、その使い方は少しずつ慣れてきて討伐タイムも縮んできてるから実戦で使っても然程問題はないだろう。余りある破壊力で周囲に影響が出るかもしれないけど、仕方がない犠牲もあるのが世の常だ。

 

全てを救うなんてのは所詮は夢物語でしかないのだから。

 

「履歴削除」

『お疲れ様でした』

 

シンフォギアを解除してから腕時計を確認すると短針は既に7時を回っていて、かれこれ3時間通しで続けていたみたいだ。S.O.N.G本部のトレーニングルームも錬金術、そしてテスラ財団の科学力を応用して決戦級のトレーニングも可能になってからは実戦とほぼ変わらない負荷を掛けることができる。

 

久し振りに疲れるまで身体を酷使したからシャワールームで汗を流し、制服に着替えてからS.O.N.Gの職員に学校まで車で送ってもらうと登校している生徒達は皆普通の生活を謳歌していて、その生活を守っているのだと思うと少しは役に立てているのだと実感できる。

 

でもまだ足りない、もっと成果を上げないと響さんには追いつけない。あの古代人達が私をフィーネと勘違いしているのを利用すればより多くの危険分子を排除できる筈。セイキロスの本当の使い方だって知ってるかもしれない。

 

セイキロスを際限なく永遠に纏い続ける方法だって知ってるかもしれない。

 

「………っ、止めてください」

「えっ?」

 

この世界を守る為に今すべきことを考えていると通り過ぎていく道を歩く人達の中にその姿が見えて思わず車を止めるように頼み、職員は半ば急ブレーキ気味に止まってくれた。

 

後ろではあわや追突しかけた車がクラクションを鳴らしているけど、ナンバープレートが外交官用の物と気付くや否やすぐに追い越していき、「あとは歩きます」と言ってから私も車から降りると職員もその場を去っていった。

突然のことで周囲の目を引いてしまったけど、車から降りたのが私だと気付いたその人は可愛らしい笑顔を咲かせてから駆け寄ってきた。

 

「今の車アリアちゃん家の!?」

「あれは、両親のです。大使館で働いているのでついでに送り迎えもして貰ってます」

「へぇー!あんな高そうなの乗ってる人初めて見たよ!」

 

3年A組、バスケ部主将『大和 奏』。

 

球技大会の練習をしていた時に私をバスケ部にスカウトしてきたのが最初の出会いで、練習の時や一人で食堂に居る時に声を掛けてくれる優しい先輩。

スポーツマンらしくショートヘアにヘアバンドしていて私よりも頭一つ分は小さいが、僅かな喜びを全身で表すその爛漫さは年上に失礼だが愛らしさも感じる。

 

そして私にあの手紙をくれた張本人でもあるから返事を考えないといけないのだけど、大和さんはそんな事を気にする素振りも見せずに振る舞ってくれるから私としても凄く接しやすい人だ。

 

それからは他愛の話をしながら一緒に登校し、下駄箱で別れてから教室に向かうとその途中ですれ違う多くの人は私に挨拶をしてくれる。私のような異質な存在も群衆の中では望まぬ主張が薄まって群でいられるのは心地良いし、何より不必要な反感を買う数も少なくて済む。

 

「はい、真田さん。此処答えられる?」

「うぇぇ……アリアさん分かる?」

「北里渋三郎」

「えっと、北里渋三郎です!」

「正解です。次はアリアさんに聞かなくても答えられるように予習をしてくるように」

「かしこまです!」

 

これまで競い合う為の道具でしかなかった知識と身体がクラスメイトとの友好を深めるのに役立っているんだ、静香の言う通りもっと早くに交流をしていれば私も少しは友人がいたかもしれない。

 

けど過去を振り返った所で反省しか出来ない、大切なのはこれからなんだ。やっと自分で何かを手に入れられるようになったんだから、次はそれを守れる位には強くならないと。

いつもと変わらない午前の授業が終わり、昼休みに入ると気が抜けた生徒達は各々仲の良い人達が集まって昼食を摂る中、私は食堂の端にある定位置に定食とデザートを乗せたトレイを持って来ると既に大和さんが先に来て座っていた。

 

「アリアちゃん遅いよー!」

「すみません、今日も早いですね」

「一番乗りだったよ!」

 

以前は空や海未に誘われた時は一緒に食べる位で一人でのんびりしていたが、大和さんが気に掛けてくれるようになってからはいつも同じテーブルを囲んで食べるようになった。

いつでも一番早く食堂に来て、私を待ってくれている大和さんの気遣いを無碍には出来ないし、私自身この何でもない普通の時間が居心地が良く感じている。

 

「アリアちゃんのお陰で今日のテストも完璧だったよ!」

「そうですか、お手伝いできてよかったです」

「でも何でアリアちゃん三年の範囲まで分かるの?スイスってやっぱり勉強も進んでる感じ?」

「そうでもないですよ。元々勉強が得意で進めてたらそこまで勉強していただけです」

「ひゃあ……偉いなぁ。私なんてバスケ以外てんでダメだから補修ばっかりだよ」

「でも大学からの推薦を貰ったと聞いてますよ」

「ダメダメ、バスケじゃ食べていけないからちゃんと勉強しなきゃ」

「夢を追う人生も悪くないと思いますよ?」

「大きな夢を追うだけの人生よりも、小さくても願いを叶える人生を送るのが私の哲学。カッコいいでしょ?」

「ええ、とても」

 

どんなに私よりも小さく見えても人生の先輩でもある大和さんはちゃんと自分の事を考えて、しっかりとした人生設計の元でも生きている。無謀な夢だけを追ってきた私とは正反対、自分の為の努力を怠らない大和さんならきっと多くの願いを叶えていく事だろう。

 

そんな人がどうして。

 

「どうして私にあの手紙を?」

「ぶっ!?」

 

あの手紙の事を尋ねるとうどんを食べていた大和さんの口から麺が飛び出し、大和さんもすぐに飲み込んだけどその口元が汚れてしまったからすぐに手持ちのハンカチで大和さんの口を拭った。

 

「す、すみません……」

「大丈夫。いきなりぶっ込んでくるから致命傷で済んだよ」

「あまりこういう会話は得意じゃないので……」

「アリアちゃん、向こうでは彼氏とか居なかったの?」

「興味が無かったのと、忙しくて考える暇もなくて」

「そっか。そうだねぇ……最初はそんなつもりはなかったんだけど、話してると『一緒に居てあげたいなぁ』って思ったの」

 

どうして私を選んだのかという質問に『一緒に居てあげたい』と答えた大和さんの目はとても優しくて、変な意図はなく言葉のままに受け取ると言葉を続けた。

 

「バレーボールをしてる時も、皆と話してる時も、何でかアリアちゃんが凄く焦ってる様な気がしたの。何でも上手にこなしてるのにそれを怖がってるみたいだった」

「そうでしたか」

「弟が居るからさ、そんなビクビクしてるの見てるとほっとけないよ。それで気にしてたらいつのまにか好きになっちゃってたかな」

 

どんなに上手く隠しているつもりでもそれに気付く人はいる、そしてそれを大和さんは気にしてくれていたからこうして一緒に居てくれたという事か。

 

自分の心の内を照れ臭そうにしながらも明かしてくれたんだ、私もそれに応えるべきだろう。

 

「私も貴女を好きになりたい」

「………」

「大和さん?」

「あっ、ごめん。心臓止まってた。もう一回言って」

「私も貴女を好きになりたい。でも今の私には沢山の障害がある、それが片付くまでは答えを待って貰えませんか?」

「待つ!いつまでだって待つよ!」

「良かった。必ず障害を全部取り除きます、その時に良い返事ができるようこれからもこうして一緒に居て貰えますか?」

「勿論、大丈夫!おはようからさよならまでお供するよ!」

「良かった。それじゃあ冷める前に食べましょう」

 

私が今伝えられる想いを伝えると大和さんは尻尾があればブンブンと振り回さんばかりに喜んでくれていて、その様子に私の胸の中も温かくなったから多分これが人を好きなるという感情なんだろう。

 

昼休みが終わる前に食堂で別れてから午後の授業も受け、1日の授業が終わると勉強から解放された生徒達は一斉に部活動や家路に着いたりする中、私は校門前で進学室から呼び出されている大和さんを待った。

 

空に一緒に帰るかと誘われたけど今日は約束をしているから断ってから待っていると、色んな大学のパンフレットを持った大和さんが走ってやって来るや否や「ごめん!遅くなっちゃった!」と謝ってきたけど、気にしていないから一緒に歩き出した。

 

「それは?」

「私が推薦を貰える大学!」

「沢山ありますね」

「まぁ、バスケだけが取り柄だったからね。滅茶苦茶頑張ったし、褒めて貰えるのは嬉しいんだけどプロなら私レベルなんてごまんと居る。そんな中に飛び込んでも無謀だよ」

「意外と守りが固いんですね」

「バスケと一緒、攻める時と守る時を見極めなきゃ。今は全力で守る時だよ」

 

そう言いながらも大和さんは少し寂しそうな表情をしていて、本心とは違うというのは分かる。出来ることならその道で生きていたい、でも将来の全てを賭けても大成出来るなんて保証の無い道だ。

 

弟が居るらしいから迷惑の掛からない道を選びたいというのも本心なんだろう。私には何の助言もできないけど、せめてその道を支えることはできる。

 

「それなら今から一緒に勉強しますか?高校の勉強なら間違えずに教えられますよ」

「ホント!?持つべきは秀才の後輩だね!」

「それじゃあ駅前の

 

勉強なら私にも補助できるから手助けをしようと言い出したその時、私のポケットに入っている端末が非常事態で緊急招集を知らせるブザーが鳴り響いた。

 

その音で緩んでいた心が一気に引き締められたけど、隣に立つ人を見ると心に迷いが生まれてしまった。この人だけには心配を掛けてはいけない、絶対に守らなきゃいけない人なんだ。

 

「どうしたの?電話に出なくて大丈夫?」

「………すみません、急用が出来たので明日でもいいですか?」

「うん、大丈夫だけど」

 

出来る限りの笑顔を見せて勉強会を明日にずらして貰っていると、一台のバイクが車線や信号を無視して一直線に私の隣で止まると大和さんは驚いた様子で私の陰に隠れ、バイクを運転している空はアイガードを外してから早く乗るように言ってきた。

 

けど、私は先に後ろに向き直ってから大和さんの手を両手で掴むと大和さんは目を丸くしていた。

 

「やっぱり、今日勉強会しましょう」

「えっ?でも」

「駅前のハンバーガー店で待っててください。必ず行きます」

 

必ず行く、そう約束してから手を離して空の後ろに乗ると空は本部へとバイクを走らせていった。

 

私は必ず大和さんの元に戻ってくる。自分が大切にしたいと思えている今の日常も、その日常を守る為の力も私は手放すつもりはないのだから。

 

 

 

確か、あのバイクに乗ってた子はアリアちゃんと同学年の譜吹空って子だ。

 

手芸部で妹の海未ちゃんと一緒に学校で派閥を作って遊んでいる不思議な子達で、あまり人と話さないアリアちゃんとも仲が良いのは知っていた。けど私が知ってる空ちゃんはあんなにハキハキ喋るタイプじゃないのだけど、急いでいたからなりふり構ってられなかったのかな?

 

バイクだって通学で使っちゃダメな筈なのに普通に乗ってたし、信号とか完全に無視してたけどアレ大丈夫なのかな?

 

「電話……したら迷惑かな」

 

球技大会で優勝した時にノリに任せて聞いたアリアちゃんの電話番号を携帯電話に打ち込み、後はボタンを押すだけで発信する所までいったけど結局押さずにテーブルの上でひっくり返した。

忙しそうにしていたから今掛けてもきっと迷惑だ、必ず来てくれるって言ってたから多分大丈夫だ。

 

イヤホンで音楽を聞きながら解けない問題を前に現実逃避をしてみたけど、やっぱり私は頭を使うのは得意じゃない。やってみて駄目そうなら次の道を、他に道がないなら次の手を。そうやって最善の道を選ぶのが得意だったから私はバスケでも不動のフォワードでいられた。

 

もう間違えたくない、小さい頃からずっとそう考えてきたのが評価されたって嬉しくも何ともない。

 

「……駄目、今は勉強に集中しなきゃ」

 

大して良くない頭を使って考えても駄目だ、今は志望の大学に受かる為に頑張らなきゃ。既に出遅れてるんだから努力で取り返さなきゃ。

 

アリアちゃんを頼ってばかりではいたくないから参考書と教科書を見ながら一つずつ問題を解いていき、店員に睨まれないように適度に注文もしながら勉強をしていると時計を見る度に短針が動いていき、机に向かう時間が遂には初の3時間の大台に突入した。

 

一旦休憩しようとイヤホンを取って周りを見回すと他のお客さんは1人も居らず、違和感も感じるけど9時を越しているから平日ならこんなものかとため息を吐いた。

数学も分かってくると結構楽しいから使った頭を冷やそうと思って一階のフロントに降り、注文しようとレジの前に立つと初めて違和感の正体に気付いた。

 

いつもなら忙しそうに働いている店員は一人も居らず、振り返って外を見てみると車もそこら中に止められたまま信号は赤色で点滅していた。

 

これまでも何度も見てきた光景、思い出したくない状況に慌てて携帯電話を取りにニ階に上がって携帯電話の画面を確認すると、アラームを切っていた避難指示のメールとお父さんから心配するメッセージが幾つも入っていた。

 

「やっちゃった…ごめんお父さん……!」

 

すぐに返信はしたけど返事はなく、とにかく目立たない場所に隠れようと考えていると遠くから爆発音が聞こえてきた。

 

あの赤い色のお姉さんか、はたまた有名な立花響さんか。あんな滅茶苦茶な戦いに巻き込まれるのは二度とゴメンだから私はトイレに逃げ込み、個室に入ってから音楽を聴いて無理矢理平静を装うとしたけど手の震えが止まらない。

何とか無事に終わるように祈っていたけど、私の願いをいつだって神様は聞いてくれないからこの建物が大きく揺れる程の爆発音が響き、足元にも破片が飛び散ってくると思わず悲鳴を上げてしまった。

 

どうして私ばかり、どうしてこんなに呪われているんだと自分を恨みたくなる程の凶運を嘆いていると近くでは金属音が鳴り響いているが、その中に人の声も聞こえてくると隠れる以外の選択肢が脳裏を過ぎった。

 

そうだ、また助けて貰おう。S.O.N.Gの人ならきっと助けてくれる筈、きっと私の事も命懸けで助けてくれる筈だ。S.O.N.Gの任務なんて知らない、私は私が助かる事を優先しなきゃ。

 

「助けて…此処で戦わないで…!」

 

急いで個室から飛び出るとトイレの出入り口は粉々に吹き飛び足元にはガラスが飛び散っていて、怪我をしないように足場を選んでトレイから出ると、突然大きな物体が外から飛んでくると目の前の椅子や机を薙ぎ倒しながら壁にぶつかった。

 

その衝撃で私も腰を抜かし、その物体はシンフォギアを纏った人だったけど憎らしそうにしているその横顔に私は唖然とした。

 

『いったぁ……ぜぇぇったい許さないか…ら…』

 

水色の鎧を身に纏っていたのは腰の高さくらいまである長い水色の髪を機械みたいな髪留めで首元で止めている譜吹海未ちゃんで、いつもと変わらない喋り方で誰かと喋っていたけど横で尻餅を着いている私と目が合うと数秒見つめ合ってしまった。

 

そして暫くしてから海未ちゃんは私の前で跪いて口元で人差し指を立てると「しー、だよ〜」と小声で言い、私も頷くと近付いてきた海未ちゃんは持っていたチェーンソーを手放して私を抱き抱えると割れた窓から外へと飛び出した。

 

「いやぁ、危なかったね〜。駄目だよ〜、ちゃんと避難しなきゃ。『ごめん、ちょっと抑えてて〜』」

 

たった一跳びで反対側の建物に移り、何度体験しても人とは思えない力だと感じていると、海未ちゃんは誰かと通信を始めようとしたけど遠くのビルで何かが煌めいた。

 

凄くマズい気がしたから海未ちゃんの腕を叩いて知らせると、海未ちゃんもそれに気付いてすぐにその場から跳ぶと私達が経っていた場所は飛んできた光によって爆発し、またビルから煌めいたけど今度は向こうで水色の光が現れると光は飛んで来なくなった。

 

「先輩ナイス〜」

「海未ちゃん、だよね?」

「正解〜。だけどごめんね〜、今ちょっと忙しいんだよね〜」

『海未ヘルプ〜!?』

「ちょっと忙しくて行けな〜い!白色ちゃんよろしィッ、ガリィパ〜ス!?」

 

海未ちゃんは私を抱えたまま戦場から離れていこうとしたその時、さっきまで戦っていた場所から鎖が飛んでくると海未ちゃんの足に絡まり、咄嗟に私を空中に投げ出すと海未ちゃんは引き戻されるように建物に叩きつけられていた。

 

けど普通の人間は10mくらいから落とされて生きられる訳ないから早く誰か助けてと祈ると今度は私の隣に水色の光が現れ、そこから腕だけが出てきたかと思えば同じくシンフォギアを纏った肌の白い女の子が中から現れて地面に着地してくれた。

 

「ちっ、アンタ何で此処に居んのよ?」

「ワタっ!?」

「ったく、あの馬鹿が攻撃するから……アンタ走れる?」

「ちょっとなら…」

「そう、じゃあ全力で走んなさい。アレはアタシ等にしか興味が無いからアンタなんか無視される筈」

「た、助けてくれないの?」

「はぁ?助けてんでしょうが。助かりたいならさっさと行きなさいな」

 

女の子は私を地面に落とすや否や、面倒臭そうに舌打ちをしたり走れるかどうかを聞いてきたり、挙げ句の果てには邪魔そうに追い払われたりと装者とは思えない態度で私を追い返そうとしてきた。

 

でも文句を言える立場じゃないし、私も命は惜しいからすぐに立ち上がって走り出すと女の子はまた何処かに消えてしまい、何が何だか分からず道路を走り続けると遠くからあの時みたいに歌が聞こえてきた。

 

歌って人を助けるシンフォギア装者、その歌をまたこんな近くで聞くことになるなんて。昔とは違ってノイズが居ないからいいけど、あんな人も装者になれるだなんて意外だ。

 

『お姉さん、誰?』

「きゃあ!?」

『ごめんなさい、驚かせた』

 

とにかく逃げようと走っていると突然車の影から女の子の声が聞こえて跳ねるように驚き尻餅をついた。灼髪の女の子は特に気にした様子もなく近付いてきたけど、その手に持っている武器が目に入らないほど私の目は節穴ではない。

 

ボウガン、小さな女の子に不釣り合いな大きさの武器を地面に引き摺っているけど、アスファルトの方が削れてるなんてどう考えてもおかしい。だけど女の子からは敵意は感じられず、何故だか胸がポカポカするような感じまでした。

 

「お姉さん逃げそびれたの?」

「う、うん……」

「ごめんね。此処は危ないから逃してあげる」

 

そして女の子の手が私の頭に触れようとした瞬間、女の子は何も無い筈の後ろから胸を剣で突き刺され、その剣先は私の目の前で止まったけどその血が私に掛かると思考能力がノイズが走り、次第に私は意識を手放した。

 

 

 

いつもと変わらない荒れた街を歩き回る夢、夢と分かっていてもどうやってもこれ以上深くも眠れないし何かを見つけることもできない夢。

でも、今日は少しだけ違っているのに気付いた。ただ歩き回っているだけなのは一緒だけど、何処からか歌が聞こえる。とても穏やかで子守唄のような、優しい歌。

 

歌の聞こえる方へ走っていくと少しずつ景色が白くなっていき、

 

『気がつきましたか?』

 

パッと目が覚めるとそこは知らない白い天井だった。

 

数秒間何が起きたのか頭の中を整理してから勢いよく起き上がると、隣には白衣を着た金髪のお姉さんが座っていて、ニコニコと笑っていたけど笑い事じゃ済まないことが起きているんだ。

 

「此処はどこですか!?装者は!?あの女の子は!?」

「全て順を追って説明します。付いて来てください」

 

装者が命懸けで戦っているのにどうしてこんなに穏やかなんだと思ったけど、付いて来るように言われて何が何だかといった感じだけど靴を履いて付いていくと、部屋の外の雰囲気からしてS.O.N.Gの本部というのは分かった。

 

昔とは少し雰囲気が違うけど、相変わらず近未来的な装いなのは変わらない。

 

「大和奏さん、秘密保護の決まりは知っていますね?」

「はい……といっても前の事はあまり詳しくは覚えてないですけど」

「今回貴女は少し深い部分まで関わったので、手っ取り早く話せる部分は話して詮索されないようにしようかと」

「はぁ……」

「題して、『S.O.N.G本部見学ツアー予行練習編』です!ガイドはこのエルフナイン、此処の専属研究員です!」

「はぁ……」

 

妙にテンションの高いエルフナインさんに連れられてS.O.N.Gの中を歩いていくと実験室だったり、会議室だったりと色々な部屋を説明されながら廻って行った。

時折カンペも見てるから『練習台にされてるんだな』ってのは感じたけど、エルフナインさんも楽しそうに説明しているから野暮な事は言わないようにした。

 

「そして此処がS.O.N.Gの司令室になります!」

「おお、凄い部屋……」

『ん?どうしたエルフナイン、何故その子を連れてるんだ?』

 

部屋の奥にある大画面には装者達が戦っていた道路が映され、その手前には沢山の人達が空中に浮かぶディスプレイを前に仕事をしていて、ここまで色々見てきたけど此処が一番SF映画っぽい。

 

まさに近未来的な施設に思わず声が出ると、部屋を見下ろせる位置に立っていた女の人が振り返って不思議そうな顔をしていた。だけどその顔には私も見覚えがあり、若い頃とは違って髪を切ってはいるが見間違うわけもない。

 

「か、風鳴翼!?本物!?」

「本物だが……指を差すのは感心しないな」

「ご、ごめんなさい!?でも本物、しかもS.O.N.Gのお偉いさん!?」

「翼さんがとっても頼れる今のS.O.N.Gの司令官です」

「やっぱりあの時の人は見間違いじゃなかったんだ!」

「あの時?」

「9年前、テスラ財団の時です」

 

思い出したくもない9年前の災害、そう聞いた風鳴翼は合点がいった様子で頷き、近付いてくると私の頭を撫でてくれた。

 

「そうか、めげずに頑張ったんだな。偉いぞ」

「その……あの時は本当にありがとうございました」

「人を助けるのがS.O.N.Gの役目だ。気にしなくていい」

『そうだよカナちゃん!私達は人を守る立派な仕事をしてるだからね〜!』

 

あのスーパー歌手の風鳴翼に撫でられるという超絶ファンサービスにテンションが上がっていると後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。すぐに振り返ると其処にはS.O.N.Gの制服を着た海未ちゃんが腕を組んで立っていたのだ。

 

シンフォギアを纏ってたし当然S.O.N.Gに所属しているのだろうけど、呆れた様子の風鳴翼が近付くと今度は拳を振り上げてから海未ちゃんの頭を思いっきり叩いて鈍い音を立てた。

 

「いったぁぁぁ!?何で叩くの〜!?」

「出て来るなと言っただろ!」

「でも顔見られちゃってるからいいじゃん!?」

「見られていようがいまいが、S.O.N.Gの隊員と一般市民の接触は厳禁だと言っているだろ!」

「司令のケチ〜!」

「ケチもヘチマもあるものか!」

 

昔テレビで見ていた風鳴翼は変わった喋り方をする歌ってバラエティのできる歌手というイメージだったけど、こうしてお偉いさんになっている姿を見るとその喋り方にも納得がいく。

 

どんな経緯かは知らないけど歌う事に関しては風鳴翼の右に出る者は居ないから、きっとそんな感じの理由でS.O.N.Gに居るんだろう。

 

「まぁまぁ、海未さんにはお願いする事もありますし、一緒に聞いてもらいましょう」

「全く、エルフナインは甘過ぎるぞ」

「僕が厳しくしなくても風鳴司令が居ますから」

「あの……」

「すみません、置いてけぼりにしちゃって。今回の件ですが当然ですが内密に、そして貴女は敵に顔を見られたので護衛として海未さんを付けます」

「えぇ!?何でっ、分かったから叩くのは無し〜!?」

 

三人の話を側から聞かされているだけだった私から声を掛けると、エルフナインさんも思い出したように話を戻すと私の護衛として海未ちゃんを付けると言われ、それは何となく分かるけど府に落ちなかった。

 

「見られたら良くない相手だったんですか?小さな女の子でしたし、私を助けようとしてくれてた気がするんですけど……」

「今日君が偶然目撃したのは我々にとっても未知の相手だ。何を目的にしているか分からない間は君を守る、危害が及ばないと分かればすぐに手を引こう」

「そゆこと〜。まぁ仲良くしようね〜」

「そうですか……その、変な事を聞くかもですけど、あの女の子は無事なんですか?」

「……ああ、生きているだろう。だからこそ君を守らなくてはいけない。目撃者を消そうとする相手なら」

「それは無いと思います」

 

私は海未ちゃん達みたいに戦える訳じゃないから守って貰えるのは嬉しいけど、あの女の子が私を殺そうとしてくるとはとても思えなかったから反論すると風鳴翼は少し意外そうに眉を上げていた。

 

そして腕を組むと私の意見を頭から否定せずに聞こうとしてくれたから私も思い付く限りの言葉を続けた。

 

「本当に殺すつもりならあの場で出来たと思うんです。私逃げてるだけだったし、最初に会った時も私がすっ転んでたから当てれただろうし……それに人を驚かせて謝るような子が人を殺そうとするなんて思えません」

「そうか……貴重な意見だ、参考にしよう。だがそれでも君を守る為の護衛は必要だ。海未もこんなではあるが腕は立つし、君の事を助けようと努力したのは知っているだろう?いざとなれば全力で君を助けてくれる」

「こんなで〜す」

 

風鳴翼の拳にこめかみをグリグリされている海未ちゃんが本当に助けてくれるのかはさておき、あの女の子の事を話すときに風鳴翼が苦虫を潰すような表情をしていたのが気になる。

 

あまり踏み込んだ事を聞いても答えてはくれないだろうし、私の周りにいる事になるのなら約束だけはして貰おう。

 

「その、友達といる時だけは2人きりにして貰えませんか?」

「友達?構わないが名前と顔を教えて貰えるか?」

「携帯の待ち受けになってるんですけど……あっ、変な意味じゃないですよ!?」

「特に気にしてないが……」

「その、リディアンの2年a組のアリア・カヴァルティーナちゃんです」

 

念の為に釘を打ってから携帯の待ち受けにしているアリアちゃんがスパイクを打つ瞬間のベストショット写真を三人に見せると、三人が三人とも目を見開いて驚いていてお互いの顔を見合うとエルフナインさんは何処かへと走り去って行った。

 

確かにアリアちゃんは超が付く美人だし、新聞部の部長に頼み倒して撮って貰った秘蔵の写真ではあるけどそんなに驚かれるものなのかな?

 

「……聞いてなかったな。あの場に居たのは偶然なのか?」

「はい……アリアちゃんと待ち合わせをしてたんですけどあんな事になっちゃって。海未ちゃんもお姉ちゃんは大丈夫?」

「空の事!?大丈夫大丈夫、ピンピンしてるよ〜!?」

「海未、空がそろそろ心配するだろう?いつも遊び歩いてるとはいえ、警報が鳴った日くらいは早く帰って安心させてやるんだ」

「は〜い、それじゃあ明日からよろしく〜」

 

海未ちゃんと風鳴翼が捲し立てるように話を進めて海未ちゃんも何処かへ行くと私と司令が残る事になり、何を聞けばいいのか戸惑っているといつの間にか背後に立っていた黒髪のスーツを着た女の人に「家まで送る」と言われた。

 

そのまま流れるように車に詰め込まれると、警報明けの静かな街へと走り出したけど運転をしているこの人も見た事がある、あの時は私と変わらないくらいの身長だったけど背も伸びて大人びている。

 

「大きくなった」

「へ?」

「あの時の子でしょ?司令も驚いてたけど、貴女もツイてない」

「ホント、運が悪いんですよね……」

「海未の事なら心配しなくていい。私の後任として仕事はちゃんと出来るし、同じ歳の時の私よりも強い。必要なら私を呼んでも構わない」

 

隣で運転をしながら話し掛けてくるこの人は確かヨーヨーで戦っていて、その人が世代交代をして海未ちゃんにシンフォギアを渡したって事なのかな?

 

あの時助けてくれた人達も今では戦わなくなって、代わりに同い年の子達が戦っているだなんて非日常としか言いようがない。シンフォギアなんてどんな人生を歩めば関係してくるのか、一般人の私には知りようもない事だ。

 

「お名前は?」

「『緒川調』、仕事場では月読調の方が通ってる」

「結婚されてるんですね」

「だから最近まで離れてて今は復帰の最中。それで奏ちゃんは?」

「私?」

「好きな子居るの?」

 

大人しそうに見えて意外といきなりぶっ込んでくる人だな。けど今日は色々あり過ぎてもう驚かないぞ。

 

「居ますよ」

「そう、その子の事は大切にしてあげてね」

「勿論です、って言っても付き合ってないんですけどね。一方的に好きって言っただけで返事も貰えてないし」

「それでも大切にしてあげて」

「……あの、皆さんアリアちゃんの事知ってるんですか?何だかアリアちゃんの話になると皆驚いてるっていうか」

「あの子はS.O.N.Gもマークしてる世界有数の成績優秀者。卒業後にS.O.N.Gへ引き抜きしたいから今から目を付けてる。そんな子と関係のある子が偶然襲撃に巻き込まれて、偶然前にもS.O.N.Gに助けられた事があるだなんて確率はかなり低い。けど本当に偶然なのは分かってるから皆驚いてる」

 

月読さんの説明はこれまでの人達よりも筋道が通っていて、確かに全て偶然起きた出来事なのだから風鳴翼がビックリするのも無理はないし、アリアちゃんは凄く頭が良いからS.O.N.Gにだって余裕で入れてしまいそうだ。

 

しょっちゅう学校を抜け出している海未ちゃんだって成績だけはかなり良いって噂だし、S.O.N.Gってやっぱり頭が良くないと務まらない仕事なんだろう。一生安泰だろうし私も入れるものなら入ってみたいけど、私みたいな馬鹿は相手にもされないだろうなぁ。

 

高給取りでしかも福利厚生がしっかりしてるS.O.N.Gに私も勤めてみたいなんて考えていると外の景色は見慣れたものになり、「はい、着いた」と何故か私の家を知っている月読さんは家の前で車を止めた。

 

「ありがとうございます」

「何かあったらいつでも本部に来ていいよ。これ見せたら通れるから」

 

そう言って調さんに携帯電話みたいな端末を渡されたけど、この端末には見覚えがある。アリアちゃんもこの端末を持ってたからきっとS.O.N.Gから既に声が掛かっていて、だからこの端末に電話が掛かってきて驚いてたんだ。

 

……あれ?なら迎えに来た空ちゃんもこの端末を持ってる筈だよね?でもそれだと風鳴翼の言い方が何だか不自然な気が……

 

「あの、アリアちゃんって今日本部に呼ばれたんですか?」

「どうだろう、忙しくて気付かなかったけど居たかもしれない。それがどうかした?」

「いえ、ただアリアちゃんが無事ならそれで」

「大丈夫、皆の日常を守るのが私達の役目。だから貴女は安心して日常生活に戻っていい」

「そう、ですね。送ってくれてありがとうございます」

「それじゃあお休み」

 

助けて貰ったり、本部を案内して貰ったり、今日だけで沢山の事をしてもらったから改めて頭を下げてお礼を言うと月読さんは淡く微笑んでから車を走らせていった。

 

今日は色々あって疲れたから休もうとアパートの二階にある家の鍵を開けると、家で待っていたお父さんはすぐに駆け寄ってきて怪我が無いか聞いてきたけど「大丈夫」と答え、居間に入ってから待ってくれていた二人にも挨拶をした。

 

「お母さん、紡、ただいま」

 

二人が眠る仏壇の前に座り、手を合わせてから写真の中で笑っている二人にも無事に帰って来れた事を報告してから今日の晩ご飯は支度を始めた。

 

仕事で忙しいお父さんに代わって家事は私の領分、9年前のノイズ災害で二人を失った私達は2人が居なくても残った私達だけで生きてきた。だから私は何度襲われたって生き延びる、生き延びる為なら何だってする。

 

二人が生きられなかった分は私達で取り戻すんだ。

 

 

 

 

「アリア・カヴァルティーナ。お前には黙秘権がある、答えたくない事があるのなら答えなくていい。ただし、それが審問会での印象を悪くする事も忘れるなよ」

「分かってます。今回は私の判断ミスです」

「判断ミス?ハンッ、話も聞かずに開幕蹴り飛ばすのが判断とは恐れ入るな」

 

私の両手を縛っていた拘束具を外したクリスさんは椅子に座って大柄な態度を取りながら尋問の常套句を述べ、私も今回のミスの原因を伝えたけどクリスさんには鼻で笑われてしまった。

 

私達がS.O.N.Gに召集されてから装者候補生が全員司令室に集まると、部屋の画面にはかつて響さん達が破壊したカ・ディン・ギル周辺にフォニックゲインの共鳴反応が示されていて、初めて此方から古代人に接触する機会が得られたのだと理解した。

 

『相手は古代人とはいえ現代の技術にも長けているだろう。決して油断せず、此方から手を出すような事はするんじゃないぞ。可能ならば対話での解決を進めるんだ』

『対話?相手は月を破壊しようと

『フィーネがまだこの世に存在していると誤解していたからだ。その誤解を解き、相手の出方次第で我々も対応を決める』

『何故相手を生かす必要が?』

『ティナに賛成です。過去から蘇ったのであればそれは異端の技術、死者の蘇生なんてこの世界に広めるだけでも脅威になる存在です。後手を取れば不利になるのは此方です』

『これは命令だ、従うんだ』

『……了解、善処します』

 

古代人の存在は百害あって一利無し、今更その技術を得た所で人類にとって過ぎた力になる事は目に見えているけれど、司令に命令と言われれば実働隊の私達はその命令に絶対だ。

 

念には念を込めたガリィも含めた全員での出動はヘリでの輸送で始まり、S.O.N.Gの前身たる特機二課本部は今や廃墟として崩れた瓦礫等は端に寄せるだけで対した整備もされていないように見えた。

監視カメラは起動しているが反応が無かったという事は乗っ取られているか、もしくは地下に隠れているのか。何方にせよ対話での解決を求められている以上は不用意な戦闘は避けるべきだった。

 

だけど面が割れていてフィーネと思われている私が古代人と戦い、万が一逃すとその対話の道も完全に閉ざされてしまう。S.O.N.Gとしては失敗しても私という切り札だけは残しておきたかった。

 

『ねぇティナ、何でバイクのヘルメット被ってるの?』

『顔を見られたら面倒だからよ』

『え〜、なら私も被ってくればよかった〜』

『そういうの早く言ってよ〜』

『アホくさ、チャチャっと片付け早く帰りましょうよ』

 

対策として空のバイクのヘルメットを被って顔を隠しながら任務を遂行する事にし、ヘリから降りて荒れた跡地を離れないように歩いているとまだ新しい足跡を幾つか見つける事ができた。

 

その足跡はカ・ディン・ギルの残骸が撤去されて出来ている大穴に続いていて、私達は通信が途切れる可能性も考慮してガリィと静香を地上に残して地下へと跳び降りていった。

 

「そこまでは通信で聞いてたよ。それで、何で話も聞かずに蹴っ飛ばした?」

「相手に対話の意思が無かったからです」

「アタシが他の奴から聞いた話じゃ、お前フィーネって呼ばれたらしいな」

「向こうが勝手にそう呼んでいるだけです」

「何でその時点でアタシや司令に言わなかった?」

「黙秘します」 

 

特機二課の本部の中は既に電力供給がストップされているから薄暗く、持ってきていた懐中電灯で足元を照らしながら歩いているとやはり整備はされていないが誰かが頻繁に通っている形跡があり、その足跡は時折曲がったりしながらも殆どが旧司令室へと伸びていた。

 

特に罠の類も無かったから難無く旧司令室前にたどり着き、その時点であの三人には明確な交戦の意思は無かったように感じていた。

 

でもそんな事はどうでもよかった。

 

「黙秘か、不利になるって分かってんのか?」

「構いません。私の考えはS.O.N.Gの意向にそぐわない、その考えをそのまま伝えるよりも心証は良い筈です」

「お前、何言ってんのか分かってんのか?」

「理解してます」

 

旧司令室の扉を手で開けると其処は現司令室とさほど変わらない造りの空間が広がっていた。

 

古代人は分析官達が座る椅子や机を退かした代わりに自分達で調達した発動機が動かしていて、生活に必要な明かりや家電の電力を賄っている三人組が呑気に部屋の中央でテーブルを囲みトランプで遊んでいた。

 

その姿に全員呆気に取られているようだったけど連中は初めから私達に気付いていて、敢えて逃げなかったのだと察すると律も剣先を三人に向けた。

 

『また会ったね』

『うぃーす、あの子元気?』

『お陰様で。逃げなかったんだね』

『アタシ等何も悪い事してないしねー。はい上がりー!』

『姉さんばかりジョーカー引いてズルイ』

『アタシの運は折り紙付きよ。そっちも混ざる?』

『遠慮するよ。それよりも貴女達に幾つか聞きたい事がある』

『まぁそう遠慮しなくていいって。ほら其方のヘルメットちゃんも』

『敵の交戦の意思を確認、交戦マニュアルに基づき応戦する』

『えっ!?ティナッ!?』

 

そう言って灼髪の姉の方、フォルテが立ち上がった瞬間それを臨戦態勢と判断した私はその場で足と腰のスラスターで高速で接近しながらフォルテに飛び蹴りをすると、油断していたフォルテはそのまま部屋の壁へと叩きつけられた。

 

他の二人もすぐに何かをしようと動き、それを封じる為に回転蹴りで二人纏めて蹴り飛ばそうとしたが、壁に叩きつけられたフォルテは鎖の様な物を伸ばして私の足に絡めると力任せに引っ張って私との距離を詰めてきた。

 

『お返しだッ!』

『ッゥ!?』

 

何とか空中で体勢を変えたもののフォルテの蹴りを防ぐので精一杯で今度は私が反対側の壁に叩きつけられそうになったけど、機械仕掛けのエネルギー翼を開いてそれを防ぎ体制を立て直した。

 

相手からの応戦もあったから今度は全力で開放しようとすると背後から空に羽交い締めにされ、海未も私達の間に立つと戦闘の邪魔をしてきた。

 

『ストップ〜!?怒られちゃうって!?』

『ウチの子がごめんね〜!?悪気はないの〜!?』

『あん?喧嘩ふっかけてきたのそっちっしょ?買ってやってもいいんだけど?』

『フォルテ、止めるんだ。彼女達にも守るべき立場があるんだ、尊重しよう』

『すぐに頭に血が上るのが姉さんの悪い癖』

『アタシが最初に蹴られたのに……ったく、ならヘルメット取ってちゃんと謝んなさいよ』

 

司令からの指示を守ろうと空達は何とか私を収めようとし、フォルテも怒りを剥き出しにしながらも二人に宥められて手に持っていた鎖を消失させると私に指を差して謝罪を求めてきた。

 

『ティナ、命令には従おう。今は司令達に合わせないと』

『………そうね、ヘルメットを取ればいいのね』

 

私と同意見だった律も今は司令達を無視してまで相手をする時じゃないと諭してきたけど、先にヘルメットを取れと言ったのは相手だ。私はあくまでも友好の証としてその通りにしてあげるだけ。

 

空も私が一時的に交戦の意思を無くしたと分かると話してくれたから三人にもよく顔が見えるよう階段の側に立ち、ヘルメットを脱いでからその場に落とすと私の顔を見た三人は目の色を変えたのが分かった。

 

そしてフォルテはその顔色も怒りに染め、再び鎖を召喚すると勢いよく回し始め、敵に明確な交戦意思が現れると律は困惑しながらもすぐに剣を構えた。

 

『ほら、これが望みなんでしょ?フォルテ』

『フィーネ、どういうつもりだ!』

『どうもこうも、初めからこのつもりよ』

『どうしてそんなに一人で無茶するの!?』

『ラルゴ、ドルチェ……悪いけどフィーネはアタシがぶっ潰すッ!』

 

「で、そのまま交戦。被害は街にまで広がり、危うく一般人を一人巻き込む所だった」

「申し訳ありません」

「それをアタシに謝ってもしゃーねーだろ。アタシはお前から事実を聞いて上に報告するだけだ。ただな、どうも歩に落ちないのはお前が交戦を急いだ理由だ。いつもなら冷静なお前が初めから戦う事しか考えてなかった、何でなんだ?」

 

旧特機二課本部内でケリを着けられず飛び出してしまったから街全体に警報を鳴らし、フォルテ達の相手をしたが三人はそれぞれ現代の武器を持っていたけれどその性質は大きく異なっていた。

 

無限に伸びて確実に狙った相手を捕らえる鎖、矢にしては破壊力が異常なボウガン、そして海未のチェーンソーですら傷が付かなかったライオットシールド。

何かしらの哲学兵装によってその概念を補強されていたのかもしれないけど、近代武器に付与するなんて話は初めて聞いた。

 

それに静香の『魔弾の射手』ですら長い年月を掛けて開発しているのに、現代に蘇ってものの数日で哲学を武器に付与するだなんて理屈が通っていない。異端技術といえばそれまでだが、それ以上に相手は何かをまだ隠している。

 

「黙秘します」

「黙秘って、感情剥き出しだったってのは分かってんだ。それ以外の書き方は無いんだ、理由くらい教えてくれたっていいだろ?」

「………」

「お前が変わったのはイタリアに行ってからだ。アタシはあまり本部に居られないから悪いけど何も分かっちゃやれねぇし、お前もそんな奴を頼りにはしたくないだろ。だから『アタシには言いたくない理由』がある、そう捉えていいんだな?」

「………」

 

私の事情聴取なのだから戦闘に関する事だけ答えを用意していたけど、クリスさんは戦闘に関しては殆ど質問をしてこないで私が戦いを選んだ理由だけを尋ねてきて、クリスさんも今回の件を不問にするつもりなのは理解できた。

 

別にクリスさんだから答えたくないという話ではない、ただ受け入れて貰えないのは分かっているから答えるだけ無駄なんだ。

 

私が煮え切らない回答しかしないからクリスさんも手詰まりといった様子で椅子にもたれかかっていると持っていた端末に連絡が入り、それを読んだクリスさんはマジックミラー越しにそれを伝えた人を見ると随分と驚いている様子だった。

 

「どうかしましたか?」

「大和奏、その名前に聞き覚えあんだろ?」

「っ……私の、先輩です。ですがそれは個人的な

「今回の件で巻き込まれたの、ソイツだ」

 

再び姿を消したフォルテ達の行方でも掴めたのか、そう考えているとクリスさんから知る筈のない大和さんの名前が出てきて、何故そんな事を聞かれるのかと思っていると今回の件に巻き込まれたと聞くと思わず立ち上がってしまった。

 

「怪我は!?無事ですか!?」

「ああ、もう調が家に帰した」

「保護はどうするんですか!?もしフォルテ達の顔を見てたら…!」

「お前、此奴と会う約束をしてたんだってな」

「それは今回の件とはァッ!?」

 

大和さんを巻き込むつもりなんて微塵も無かった。警報だって鳴らしたのだから一般市民は全員避難している筈だったし、ましてやあの場所にまで戦闘区域が伸びたのは戦いの流れであってあの三人の意思があったとは到底思えない。

 

それでもあの三人に顔を覚えられたのなら口封じをされる可能性があるから保護体勢について訊ねようとしたその時、クリスが机越しに私の胸ぐらを掴んでくると無理矢理顔を引き寄せられその怒りに満ちた顔が視界一杯にまで広がった。

 

「テメーの無責任なやり方の所為でテメーの大切な人を無くしそうになったらその態度か。いい身分だな、人の命を選べるなんて」

「選ぶなんてつもりは……」

「何で彼奴があの場に居たか教えてやる。彼奴は電子ノイズの災害で母親と弟が死んで、トラウマになったアラーム音を切ってたからだよ。その時小さかった彼奴を助け出したのはこのアタシだッ!」

 

ノイズ災害で母親と弟を失った。

家族に迷惑を掛けたくないと言っていた大和さんの言葉の意味が分かると自分の所為で取り返しのつかない事態になり掛けていたと気付き、膝に力が入らずまた椅子に座るとクリスさんも手を離してくれた。

 

だけどこれまでのどんな言葉よりも私が巻き込んだのが大和さんだったという事実に胸が痛み、その様子はクリスさんから見ても情けなく見えたのか哀れむような視線を向けられていた。

 

「ティナ、少しの間休んだらどうだ?今回の件はアタシ等が上手く言いくるめてやるから、少し整理をつけてこい。もし胸ん中の想いがS.O.N.Gと合わないってなら辞めたっていい、お前が頑張ってたのは全員知ってるから無理にアタシ等に合わせようとすんな」

「………」

「彼奴等の誤解を解くのも、共存の道があるならそれを探すのもS.O.N.Gの役目。アタシ等は殺し合いをする組織じゃない、言葉じゃ伝わらない想いを歌でぶつける組織だ。上手くいかない日だってあるけど、上手くいく日だってある。確かな結果を望むお前からしたらアタシ等が日和見してるって思われてもしょうがねー」

 

S.O.N.Gをやめる、その選択肢も提案してきたクリスさんが本心からそれを望んでいるとは思わない。でも私がS.O.N.Gの装者である事と私の中にある想いが相反している所為で心まで蝕まれているのには気付いているんだろう。

 

歌う事で世界を救う、世界を救う為に歌う。似ているようでまるで違うこの二つの主張が私の中に渦巻いていて、私は日々それを制御できなくなっている。頭では理解してるつもりでも感情が先に出てきてしまう、そんな子供みたいな人間にシンフォギアは過ぎた力だ。

今私が考えるべきなのはあの三人と戦う事じゃない、自分が望んだ未来をS.O.N.Gで叶えられるかどうかなのかもしれない。

 

今の私が持つべきではないペンダントを外してクリスさんに手渡すとクリスさんもそれを受け取ってくれて、私に心配をかけまいと普段の笑みを溢した。

 

「心配すんな!オメーが居なくてもアタシ等は上手くやる、チビ達が彼奴等に負けたら勝てるまで特訓させてやるよ!」

「ごめんなさい、迷惑を掛けて……」

「何言ってんだよ、S.O.N.Gをやめたって此処はお前の家だ。相談したくなったら誰でもいいから声かけろよ。頼りねぇのもいるが、アタシは頼れる姉さんだからな」

 

そう言ってクリスさんはグシグシと私の頭を雑に撫でてから部屋から出て行き、一人残された私はどうしようかと天井を仰いだけど答えなんて簡単には出てこない。

 

律みたいに自分と組織の一員である事を切り替えられたら、大和さんみたいに自分の気持ちと現実を切り替えられたら、クリスさんみたいに自分の意志を貫けたら、半端者でしかない私はただ悩む事しかできない。

 

私が私らしく在れる道は一体何処にあるんだろう。




おがしらをすこれ


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始まりの歌

セイキロスの正体と敵の正体、やっとアヌンナキが出てくる


命令の逸脱、既に古代人と接触していたのに報告しなかった事、一度に多くの違反を犯したティナがS.O.N.Gとしての活動を休止してから一週間が経った。

 

『極度のストレス状態による判断能力の欠如』、原因もメキシコで遺跡を破壊してしまった所為にして、前日に有給を取っていた事も加味されて自己管理をしようとしていたティナの素質を問う人はそこまで多くはなかった。

 

実際ティナは自分だけで何とかしようと頑張ったんだと思う。けど一般市民を巻き込んだ事やイタリアで起きた事が余程響いたのかシンフォギアを返す事に抵抗はしなかったらしい。

 

「……ねさん」

 

長い休みを取ることになったティナは毎日ちゃんと学校に来てはいるけど私や空達とはあまり関わろうとせず、クラスの皆と話したり巻き込まれた大和さんと行動を共にしたりと学校生活を楽しそうにしている。

 

きっとティナに足りなかったのはそういった普通である幸せ、これまで血の滲む努力をしてきたティナからしたらこの生活に馴染むのに身体が付いていけてなかったのかもしれない。

それならその変化を見抜けなかった私達のミスでもある。今後どうなるかは分からないけど、少なくともティナが居ないから作戦に失敗したなんて聞いたら余計にティナが責任を感じてしまうから

 

「百合根さん!」

「は、はい!?」

「いつまで窓の外を見てるのですか?」

「ご、ごめんなさい……」

「体調が悪いなら保健室に行きなさい、いいわね」

「はい」

 

授業中に考えに耽り過ぎていた所為で注意されてしまったが、ティナは私が怒られた事にも興味を示さずボーッとしていて授業なんて聞く気は更々無いらしい。

いつだってクソ真面目を自称していたティナがそんな状態になるなんて、私と似た者同士と思っていたけどティナも人の子である事には変わりないみたいだ。

 

そうしていると授業も終わり今日は食堂で食べようと移動しようとすると、さっきまで心此処にあらずだったティナが活き活きとした様子で教室から出て行く後ろ姿が見えた。

 

急いでティナを追い掛けてみるとやっぱりいつもと変わらず食堂に向かっていて、何かあるのかと少し距離を置いてその様子を伺っていると、給仕のおばさんから定食を受け取ったティナは近くの空いている席には目もくれず食堂の端の方へと歩いて行っていた。

 

私もそれを追いかけようとするといきなり私の腕が引っ張られて、危うくうどんを溢しそうになったが私の腕を掴んでいる海未はそんな事を気にも留めず、近くの席に私を座らせると逃げられないように詰め寄ってきた。

 

相変わらず何を考えているのかよく分からない雰囲気を纏っているけど、海未は何かと勘が良いし気も回るから何かあるのかもしれない。

 

「これ以上はバレるから駄目だよ〜」

「バレるって、別に悪い事してる訳じゃないのに」

「ああいうのを邪魔したら馬に蹴られて死んじゃうよ〜」

「何が?」

「ほら、彼処もう一人座ってるでしょ〜」

 

私がティナを追いかけていたから海未は私を止めたみたいだけど、視線だけ向けるよう指示されたから仕方なく合わせると、一番端の席に座ったティナと同じテーブルには海未の護衛対象でもある大和さんが座っていて、二人は楽しそうに話しているのが見て分かる。

 

ただ、だから何だと言うんだろう?

 

「りっちゃんの反応を見るに〜、『それが何?』って感じでしょ〜」

「怒るよ、空」

「だって本当でしょ〜」

 

相変わらず普段は間の伸びた話し方をしている空が海未の分の弁当を持ってきて対面に座ったけど、本性を知ってる私からしたら茶化されているようにしか感じず、本題を聞かせて欲しいと急かした。

 

「多分ね〜、真面目ちゃんあの子の事好きなんじゃないかな〜」

「……海未ちゃんに聞いたのが馬鹿だった」

「ちょ、もうちょっと聞いてよ〜!?」

 

海未は何か知ってそうだから話を聞いたのに下らない戯言だったから話を切り上げようとするとまた腕を引っ張られ、無理に引き剥がすのも悪いからもう一度席に座ってあげたけど正直そんな話信じられるわけがない。

 

私達S.O.N.G職員にとって身内は急所になる。それを敵に知られれば只でさえ厄介な事になるのに、今回は敵に顔まで見られている相手にティナが偶然好意を抱き、偶然ティナが暗黙の了解を無視するなんて確率を考えるだけで馬鹿らしくなる。

 

「そりゃ、りっちゃんの言う事も分かるし、私も違うと思ってたけど真面目ちゃんがあの人と話してる時滅茶苦茶楽しそうだもん」

「ティナが心を許した、それだけでしょ。それがどうして恋愛感情になるの?」

「あの人の内面とか、可愛い所とかが好きになったんじゃないかな〜」

「ふーん」

「凄い興味の失いようだねぇ……」

 

聞くのも馬鹿らしいから冷める前にうどんを食べ始めたけど、海未の言っているのは『ティナが後先を考えずに感情的に動いてる』という事だ。

これまでのティナの言動から一番かけ離れた理屈を聞かされても聞き流してしまうのは当然だ。

 

ただ私が真剣に聞くが無くなったのが分かったのか、空は普段のネコ被りをやめると私を睨んできた。

 

「律、真面目に聞く気がないなら首突っ込まないで」

「……じゃあ聞くけど、ティナがあの人を好きになってる証拠は?」

「あの人が巻き込まれたと聞いたティナはかなり慌てていて、それ聞いてから大人しくシンフォギアを返還したみたいよ」

「自分の所為で知人が一人死にそうになったらそうもなるでしょ」

「あの人の護衛に暁さんまで指名したのよ」

「つまりティナは論理的に考えられなくなってる、そういう事でしょ。結論は同じだよ」 

「人を好きになるのは理屈じゃないもの、当然よ」

 

空が柄にもなく結構可愛い事を言うから笑ってあげたけど、ティナが本当にあの人を好きになったならS.O.N.Gを辞めるのが最善の選択だと分かってる筈だ。

 

一時の気の迷いとはいえ、決断力のあるティナなら後で後悔する事になったとしてもその位やる筈だ。空達は都合良くティナらしくない面と人であるという弱さを掛け合わせた都合の良い状態を考えてるに過ぎない。

そこにティナらしさなんて欠片もない、空想の産物だ。

 

「律にとっては作戦第一でいつでも冷静で物事を数字で考えるのがティナかもしれないけど、それは昔のティナの話よ。今のティナは後先考えずに突っ込む事を覚えてる、やり方は下手だけどティナにとってはその生き方が素直になれるって気付いたんでしょ」

「………」

「睨んだって同じよ。ティナは律とは違うのよ」

 

ティナと私が違う、私が言うのも何だけどティナと私は結構似てると思ってたのにこうも真っ向から否定されると流石の私も気付かない内に不機嫌になってたみたいだ。

 

「ははっ、その言い方だと私だけが人でなしみたいだね」

「そうは思ってないわ。ただティナがあの人の事を特別視してる事も、ティナが変わってきてるのも本当の事。無理に元のティナに戻そうとするのがティナの為になるとは思えない」

「……分かった、私よりも人を見る目がある空を信じるよ」

「それは良かった」

「でも、もしティナがあの人と特別な関係だと確信したら私は司令に報告する。それが私達の義務だし、半端な道は閉ざしてあげるのも友達としての役目だよ」

「……そうね、半端な覚悟では装者は務まらないものね」

 

私達がいがみ合っても何にもならないから妥協点を提示すると空はそれに納得してくれて、海未も渋々であるけど頷いてくれたからその話を切り上げて昼食を摂る事にした。

 

空達が言う通り本当にティナが大和さんに好意を抱いているのなら友達としては応援するべきかもしれないけど、私はティナの友達である前にS.O.N.G職員だ。与えられた職務を全うする事よりも私情を優先する事なんてできない。

 

ティナや空がそれを理解してくれていたらいいのだけど、空も冗談を言ってる様子じゃなかったし分かってくれてる筈だ。

 

 

 

 

「其処は一番大きな数と小さな数で計算し、そこから少しずつ数字を大きくしてYの値が小さくなればまだ下げようがあります」

「そっか!一々総当たりするよりも全然速いじゃん!」

「はい」

 

大和さんの受験勉強をお手伝いする為にお家にまでお呼ばれされ、大和さんの部屋で数学の勉強を教えているけど大和さんは基礎知識が乏しいだけで飲み込んだ後の応用力は決して悪くない。

志望校の偏差値からしても今から頑張っていれば問題無く合格できるラインに立っている。それを教えると気が抜けてしまうかもしれないから言わないけど本人が思ってるよりは深刻ではなさそうだ。

 

大和さんが分からなかったり手間取っている点を考え方を教える事で自分で解決できるように促していると、今日の範囲である二次関数も最後の問題まで辿り着き、今日のノルマはしっかり終えたからよしとしよう。

 

「ぐぬぬ……yが無くなったら今度はDか…」

「やり方はそこまで変わりません。一つずつ必要な数字を見つけてください」

「あいあい……」

 

こうやって真剣に悩む人に勉強を教えるのは初めてだけど、真面目に取り組んでくれるから私もより分かりやすく教えようと努力したくもなる。

 

S.O.N.Gでは皆がこの位出来て当たり前、それぞれ特殊なスキルを持っているから集められているような隊員達よりも気が楽でいい。

 

「あっ、判別式使えば楽じゃん!」

「そうです。数学は答えの求め方さえ知っていれば小学生でもこの問題は解けます。公式を暗記して使う事に慣れればどんな問題にも対処できる筈です」

「それじゃあここは二乗で……ルートが出てきたぁぁ…」

「ふふっ、出てきてもやる事は同じですよ」

「これまではやられてきたけど今日は違うからなぁ…!」

 

苦手な勉強でも楽しそうにしている大和さんを見ているだけで私も楽しくなってしまう。

変に口を出さず大和さんの奮闘を見守っているとしっかりと判別式を使い熟し、苦手なルートの計算も感覚に任せず理屈で考えるように徹したお陰で躓かず、答えを導き出して私に見せてくると勿論正解だから赤丸を付けると大和さんは大きく項垂れながら背中から倒れた。

 

「やぁっと理解出来たぁぁ…」

「あとは忘れないように毎日同じ問題でもいいので使い、たまに違う問題で感覚を鈍らせないようにしましょう」

「同じ問題でいいの?」

「公式で解ける問題に時間を割き過ぎると勿体ないので、進めながら復習する程度で大丈夫です。答えを暗記してしまえばそれまでですが」

「無理無理、これ以上頭に入んないから」

「なら毎日やりましょう」

 

不正なんてしない大和さんを信じての勉強法だからより効率良く進める段取りを組もうと端末で日程を組み直していると、不意にスカートの端を引っ張られたからそっちに視線を向けると大和さんが私の方を見ていた。

 

私の注意を引こうとしたのか、可愛らしいその仕草に私も端末を置いてから手を握ると、大和さんは私の手の感触を確かめるように何度も握り返してきた。

 

「どうしました?」

「ううん、何でもないよ」

「楽しいですか?」

「うん、楽しい」

 

こそばゆい感覚につい照れ臭く感じてしまうけど、勉強を頑張った大和さんがそれで機嫌を良くしてくれるのなら私もなされるがままになろう。

 

何度も握ってくるから私も握り返すという何がある訳ではないけどずっと続いて欲しい時間を過ごしていると、先に口を開いたのは大和さんだった。

 

「最近何かあった?」

「どうしてですか?」

「何だか元気そうだから、良いことあったのかなーって」

「……良い事かは分かりませんが、幾つか出来事があってその所為だと思います」

「それってさ、この間の事故の話?」

「ええ、それもその一つです」

 

関係各所の全ての責任者に怒られた古代人達への先制攻撃は何故私の首が飛ばなかったのか不思議なくらいで、クリスさんが相当苦労して説得してくれたのだと思うと申し訳ないという気持ちしかない。

 

あの時は「とにかく早く終わらせよう」、「私が考えたってどうせ意味が無」、「言葉で解決した試しがない」、そんな考えばかりが脳裏を過ぎって思考を放棄していた。

今考えれば確かに私はどうかしていた、それを自分で理解できるようになっただけマシかもしれない。

 

「その、言っちゃいけない事聞くかもしれないけどいい?」

「どうぞ」

「アリアちゃんってさ、もしかして装者だったりする?」

 

勘、というよりも状況証拠がこれだけ揃っていればその結論に至るのも無理はない。司令達の即興の嘘と私の行動が噛み合っていない所から考えていけば、私や空も装者だと考える方が自然だ。

 

「ええ、そうですよ」

「そっか……アリアちゃんって本当に凄い人だったんだね」

 

最早隠す必要もないから正直に答えると大和さんはまた手を強く握り締めてきて、私もそれに応えると少しだけ嬉しそうに笑みを零しているがその裏にある想いは決して軽くはなかった。

 

9年前のノイズ災害、テスラ財団という存在を初めて先代装者達が認知する事となった惨劇は想像を絶する被害をもたらした。

 

ニコラ・テスラの復活を目論んだ財団には多くの科学者が居たがその多くは『錬金術師に出来て我々に出来ない事はない』という身勝手極まりない目的で動いていて、装置一つで範囲内に電磁ノイズを生み出せる最悪の機械で世界各地に同時にノイズをばら撒くというテロ行為を行った。

 

時代がどれだけ進んでも真面にノイズの相手をできるのは装者だけ。装者が対応し切れず生存者が居なくなった場所はミサイルで付近一帯を爆破して装置を破壊するという最悪の手段で解決させた。

 

それから響さんが居ないS.O.N.Gは幾多の苦戦を強いられながらも幹部を軒並み捕縛し、復活したニコラ・テスラを切歌さんが倒し、そして財団を陰から操っていたアニエルを私達が倒したから財団は完全に消滅したけど、その被害者や残された家族が消える訳じゃない。

 

奥の部屋にある大和さんのお母さんと弟さんの遺影がそれを物語っていた。

 

「アリアちゃんが凄く頑張って装者になったって思うと、私もこのくらい頑張らなきゃって思っちゃうよ」

「そんな……私はただ素質があったから…」

「でもこんなに覚え方が簡単なのはティナちゃんが実際にそうやって覚えたからでしょ?私も後輩に教える立場だったから分かるよ」

 

寝転がっていた大和さんは起き上がると握っていた手を両手で包み込み、私の教え方が経験則から学んだものと見抜かれると私の努力も褒めてくれた。

 

ノイズ災害で母と弟を亡くし、父との二人暮らしでバスケットボールの推薦でリディアンに入学して勉強も頑張って、家事洗濯も忙しい父に代わって一人でこなす。ただ英雄になりたかった私なんかとは違って真っ当な努力をしてきた人にそんな事を言われるとは思わなかった。

 

「私は……頑張ったと胸を張って良いんでしょうか…」

「うん!アリアちゃんは凄く頑張ってる、私が保証するよ!」

 

誰もが才能の一言で済ませてきた私の努力を認めてくれる人、私がずっと求めていた人は大和さんだったのかもしれない。ずっと側に居てくれて、努力も認めてくれて、私という存在を真正面から受け止めてくれる人をずっとずっと求めていたんだ。

 

ずっとずっと欲しくて、ずっとずっと我慢していて、ずっとずっと探していた人はこの人だったんだ。

 

これまで一人で我慢してきた感情が溢れてくると胸の内と目頭がどんどん熱くなってきて、大和さんが戸惑っているのも分かっているけど私は大和さんを無理矢理抱き寄せてその胸に顔を埋めて声にもならない嗚咽を漏らした。

 

「えぇっと、その、どうしたら良いのかなぁ…」

 

殻に籠もって必要が無いと切り捨てていた感情が爆発するとどうしようもなく腕に抱いている人が愛おしくて、このフカフカする感触も匂いも全てが私の胸の中を満たしてくれるような幸福感が襲ってきた。

 

でも胸の中を掻き回される程の幸福感すらも今は心地良くて胸の鼓動が瞬く間に上がっていき、閉じていても目の前が真っ白になっていく。

 

『アリアちゃんって意外と子どもっぽいのかなぁ……』

「っ、ごめんなさい!」

「へっ!?何が!?」

「その、人に甘えた事が無かったから……子供っぽいですよね…」

「ひゃっ、バレちゃった!?いいよいいよ気にしなくて!私の方がお姉さんなんだから全然甘えていいよ!」

 

子供っぽいと嫌われると思ってすぐに離れて頭を下げて謝罪すると、大和さんも大袈裟なリアクションをしながら気にしていないと言ってくれて、顔色を窺っても嘘ではなさそうだし手も広げてくれていた。

 

今度は不意打ちではないから少し恥ずかしかったけど、私はその誘いにそのまま乗ってもう一度大和さんを抱き締めると今度は大和さんも抱き返してくれて、私を背中を優しく摩ってくれた。

いつかを思い出すような温かさに気は緩み、心を曝け出して今という時間を過ごす事に専念するとまた大和さんの囁くような声が聞こえてきた。

 

『これってやっぱり脈アリって事なのかな』

「……答えはもうすぐ出せると思います」

「またバレた!?」

 

あの手紙の回答はもうすぐ出来そうだと自分の中でも踏ん切りが着くとまた大和さんは狼狽ていたけど不意に扉のチャイム音が部屋に鳴り、お互い現実に引き戻されてすぐに離れて着崩れた制服を直しながら大和さんは扉の方へと駆け寄って行った。

 

何をしてるんだ私は、大和さんは今から凄く大事な時なんだ。あと二ヶ月もしない内に試験なのだから今は遊んでいる時間なんてない、まだ大和さんが苦手にしている分野はあるのだから試験を乗り切るまでは駄目だ。

 

しっかりやるべき事をしてから、お互いに気持ちを整理してから答えは出すべきだ。

 

『えっと、どちら様ですか?』

『あっ、フィーネに用事があるんだけど』

 

私にはまだやらないといけない事がある、そんな事を考えていると玄関でやり取りしている声が聞こえてきたけどその声には聞き覚えがあり、声と顔が合致すると一気に心拍数が上がった。

 

何故此処が分かったのか、そんな事考えても仕方ないからすぐに玄関まで駆け寄ってフォルテと話している大和さんを背中に隠すと、私の慌てた様子にフォルテとその後ろに控えている他の二人も目を丸くしていた。

 

「何よ、そんな慌てちゃって」

「何の用よ!」

「ほら、姉さんの所為で怒ってる」

「だから直接行くのはよそうと言ったじゃないか」

「はいはい私が悪ぅござんした。んでさ、フィーネちょっと顔貸してくんない?別にシンフォギア持ってないアンタとやろうなんて思ってないからさ」

 

この三人の言うことなんて信用出来ない、けど今此処で暴れられたら大和さんの大切な物を沢山壊す事になる。罠だとしてもこれ以上巻き込むよりは何倍もマシだ。

 

「分かった。ごめんなさい、今日はもう帰ります」

「う、うん……」

「さよなら、お姉さん」

「バイバイ…」

 

今日は戻って来れなさそうだから大和さんに別れを言ってから三人に合わせて道を歩いているけど、三人とも身なりは既に現代の物に変わっていてパッと見は殆ど現代人と変わらない。

 

だけどそれぞれが身につけている鎖のブレスレット、弓のペンダント、盾の指輪からして聖遺物じゃないにしろそれが依代になって武器を召喚していた可能性だってある。

恐らく市販品だろうし破壊した所で大したダメージにはならないと見ていいだろう。

 

なるべく大和さんの家からは遠ざかるように歩いて場所を移しながら三人を警戒しているけど、本当に私を殺すのが目的ではないのかいっこうに動きを見せる様子はなかったが先に切り出してきたのはフォルテだった。

 

「でさ、アンタ本当にフィーネ?」

「急に何の事よ?」

「色々調べたんだけどさ、どうも誰かがパンドラを開いた時に閉じ込められてたアヌンナキと災厄とかも全部出てきてんだよね。そもそも何でパンドラにアヌンナキが閉じ込められてたかは知らないけどエンキ様ももう居ないみたいだし、ウチの御主人と刺し違えたか勝って消滅したにしろエンキ様が居ない世界でフィーネが生きる意味って無くねって思ってさ」

 

アヌンナキ、エンキ、データベースにはそんな単語は載っていなかったから消された歴史の一部という事か。これ以上は三人と話を合わせるのは無理がある

隠す必要はもう無くなったから頃合いだろう。

 

「フィーネは何者なの?」

「ほーら見ろ!やっぱりフィーネじゃなかった!」

「つまり初めから人違いだったのか。それは申し訳ない事をした」

「言ってくれれば良かったのに」

「名前も知らない、素性も怪しい、生まれは古代、信用する方がどうかしてるわ」

「んまぁ、それもそっか。じゃあフィーネがどうなったかは知ってんの?」

「フィーネは神の消滅を見届けて輪廻転生を終えた、それしか知らないわ。でも満足したって事はそのエンキと呼ばれる存在とも会えたんじゃないかしら」

 

初めから早とちりをしていたと知った三人は口々に謝罪の言葉を述べているが、フォルテはフィーネの最後を聞いてきたから私の知ってる限りの情報を出すと寂しそうな表情を見せてから「そっか」と呟いた。

 

その表情からは嘘は感じられず、月の破壊ではなく本当にフィーネの手伝いが目的だった。司令等の読みは間違っていなかったという訳か、益々私の立場が危うくなるわね。

 

「じゃあ御二方どうすんよ?この子に手伝って貰う?」

「私は無理に誘うのは反対だ。そもそも彼女は装者だ、今を守る者達に言っても理解は得られないだろう」

「ラルゴに賛成。無理させるのは私達のやり方じゃない」

「そんじゃあ頼んでOKならいいって事でしょ?」

「何を手伝わせる気よ?」

 

フィーネの手伝いという目標を失い、大人しくするのかと思えば何かを企んでいるようだけどそれに私も含めようとしていて、何かと訊ねてるとフォルテは活き活きとした笑顔で

 

『アンタ、新しいフィーネになってよ』

 

そう頼んできた。

 

開いた口が塞がらない、そんな体験は初めてでちょっと何を言っているのか分からず言葉を整理した。

 

「えっと、フィーネになれってどういう意味なの?」

「フィーネがアタシ等の前から居なくなる前、アヌンナキが居ない世界で文明の発展を加速させる為に諦めた偉大な者による統治。全なる者による個の統一がアタシ等の一番の目的なの」

「私に独裁政治でもしろって事?馬鹿じゃないの?」

「そう、今は独裁政治は悪とされてる。けど考えてみて、各々を尊重し過ぎた結果は己の為に互いに潰し合う世界になった」

「それが人間の生まれ持った欠陥よ。誰も真にお互いを思いやる事なんてできない、だから大勢を救う多数決の世界になった。昔は独裁でも良かったかもしれないけど、今はもう不可能よ」

「いや、それを立て直す為に我々を布石を打ち、君はそれを目覚めさせた」

 

ただのS.O.N.Gの隊員である私に独裁政治をしろなんて馬鹿げた事を言うから拘束する気にもならず、民主主義が今の世界を保つ最善の策だと説こうとしたけどラルゴは布石を打ち、それを私が目覚めさせたと言われると考えを改めた。

 

私の中にあるセイキロス、布石とはそれの事だろうけど何故この三人は私がセイキロスを宿していると知っているんだ?まだ三人の前では見せていないのに。

 

「私達の実力はフィーネには遠く及ばない。だがフィーネが生み出した歌という概念に着目し、歌に聖遺物の力を移植させる事に成功させたんだ」

「それがセイキロス、けど何の聖遺物を移植したのよ?フォニックゲインと適合率を高められる歌の聖遺物だなんて、そんなシンフォギアにとって都合のいい聖遺物が昔からあったの?」

「それは聖遺物の機能じゃなくてアタシ等にとっても有難い誤算だったって訳よ。本来想定してなかった応用だけど、それを上手く使い熟せてるんなら皆も喜んでんでしょ」

「セイキロスの本当の力は貴方も知ってる筈」

「……聖遺物を別次元から取り出す力でしょ」

「そう。完全聖遺物『ギャラルホルン』の世界線移動能力をセイキロスに込めたの。でも歌という手段はあっても能力を込めるには膨大なストレージが必要だった。それこそ膨大な量の情報に無理なく適応できる柔軟な記憶媒体が」

 

伝説上の笛であるギャラルホルンの力がセイキロスに込められていると言われ、それ程のデータを積み込む為に使われた記憶媒体というのは思い付く限りでは一つしかない。

 

「アリア、アンタの胸と歌にはセイキロスを産み出す為に命を賭した500人分の神官と巫女の魂が宿ってんのよ」

「貴女はセイキロスに、フィーネを慕う500人の採決によってその力を使う事を許された」

「私達は君の命ずるまま動こう、それがフィーネとセイキロスを守る我々『バベルの使徒』の役目だ」

 

セイキロスはフォニックゲインや適合率をただ高めていたんじゃない。この歌の中に居る別の魂が音叉の様に共鳴し合い、魂の集合体でもあるセイキロス自体のアウフヴァッヘン波形が常に変化しているから使い方を知らなかった私の適合率は平均を大きく下回っていたんだ。

けど私は胸の中にあるセイキロスの存在に気付き、アウフヴァッヘン波形の調律の仕方を土壇場で理解したから目の前にあるエクスカリバーも別次元から探し当てることができた。

 

三人の話を聞くには人目を憚るから場所を監視の目が及ばない場所に移ってから詳細を聞くと、三人が人類の滅亡ではなく救済を望んでいてその理由も明かしてくれた。

無論、三人の話を全て信じる程愚かではないけれど三人は今のS.O.N.Gの欠点を次々に言い当てていき、そしてそれに不満を持つ私だからこそセイキロスに選ばれたのだと告げられた。

 

けど、今はS.O.N.Gの隊員で多くの人のお陰でここまで私はやれたんだ。私が勝手気まま動けばそれだけ周囲に迷惑も掛かるし、S.O.N.Gとの両立は出来ない内容だから断ると「どうせすぐに気も変わるから待ってるよ」と強要される事もなくフォルテは引き下がった。

 

「私なんて頼らなくても貴女達だけでやればいいじゃない」

「それでもいいけどさ、皆の魂使ってセイキロスを作った上にフィーネ以外が覚醒させちゃった責任もあるしね」

「貴女が嫌ならもう関わらない」

「これはあくまでもフィーネではなく君個人への頼みなんだ。我々は君の意思を尊重するよ」

 

私の命令通り動く配下、S.O.N.Gでいえば風鳴司令のような立場に勝手になってしまったけど、今の所はそんな気はないし三人の真意を見抜けていない可能性もある以上は下手に動かしたくもない。

 

とはいえ、先日とは違って話の通じる相手をいきなり独房生活にさせておくのも反感を買うかもしれない。私が監視できるよう手配はするか。

 

「……貴方達が世界を壊したい訳ではないのは分かったわ。だから私も貴方達に住処を与える、私の使える限りの権限で隠蔽もするから暫くは其処で大人しくしてなさい」

「しゃっ!野宿は疲れたからマジ有難い!」

「ただ、不穏な動きを見せたり私が貴方達を悪だと判断した場合、私は知ってる情報全てをS.O.N.Gに渡して貴方達の目論見を妨害する」

「君に悪だと思われないよう善処しよう。ボランティアでもしていればいいかな?」

「目立たないのであれば好きにしてなさい。それと装者とも接触しない様に」

「大丈夫、事前に探知できる」

 

全員私が提示した規律を守るつもりはある、これじゃあ本当に司令とやっている事が変わらない。ルールを守らなさそうな部下を持つというのはこうして実感してみると気苦労の絶えない立場だ。

 

「んで?アタシ等の家は何処?」

「アレよ」

 

フォルテは早速自分達の隠れ家を案内するように急かしてきたから、三人の話次第では如何とでもなるように選んだこの場所の中央にある建物を私が指差すと、フォルテ達の視線は其方にある建物を見て三人が三人とも顔を顰めた。

 

だけど彼処は監視カメラもなければ動体センサーは私の権限で解除できて、しかも市中へのアクセスも良い物件だから簡単には見つからない隠れ家だ。文句があるならまた野宿させるしかない。

 

「不満かしら?」

「……あれシャワーある?」

「貴方達の時代にシャワーなんてあったかしら?」

「此奴やっぱフィーネだよ」

「同感だ」

「電気があるだけマシ……」

「何か入り用があれば言いなさい。私に出来る限りは調達するわ」

「シャワー」

「それじゃあお休み」

 

話は終わったから今日は解散という事で私はその場から立ち去ると三人の哀愁のある背中が見えたけど、何かをやりたければそれなりに信用を高める必要があるのはいつの時代もそうだ。

 

三人の慈善活動の成果次第ではシャワーの設置も考えようとも思っているとS.O.N.Gの端末からアラームが鳴り、画面を見ると律からの電話だった。

普段なら用件はメールで済ますのに珍しいと思いながらも電話に応答すると、第一声が「まずい事になった。ティナも来て」だったから私もタクシーを使って本部まで帰り、司令室に入ると司令室の中は物々しい雰囲気になっていた。

 

「どうしたの?」

「う〜ん……真面目ちゃんが休んでた時に起きたトンネルでの爆発事故なんだけどね〜」

「ドライブレコーダーが見つかっちゃったんだけど、それと一緒に面倒な映像も出てきちゃったんだよね〜」

「面倒な映像?」

 

珍しく海未と空も苦い顔をしているから余程の事かと思って聞くとあの日起きたトンネル事故と聞き、報告書だけは読んでいたけどドライブレコーダーが見つかったなんて話はなかったから現場の処理が進んだ事で発見されたんだろう。

 

私にも見せる為にも風鳴司令が再生ボタンを押すと部屋の画面には周りが火の海になっている車内部から外に向けられたカメラの映像が流れ始めた。

画面中央にはガソリンを積んでいるであろうトレーラーが道を塞ぐように止まっていて、画面の端にはその車の持ち主と思われる人の手も映っている。

 

するとトレーラーの運転席で倒れている運転手が動くのが見えたけど、その次に現れたのは運転手を助けようとトレーラーを飛び越えたイチイバルを纏った静香の姿だった。

 

静香はドアをこじ開けて運転手を背負うと突然何も無いところで誰かと会話をし始めたけど、恐らくは殆どの人が気を失っていて助けられる見込みがないと確認していた律だろう。

二人の会話が終わると静香はトンネルの壁を破壊する為に指向性の爆弾を天井に撃ち込み、そして時間が進むとそれが爆発して水が滝のように流れ込んでくると火も鎮火されて爆発の危険性は殆ど無くなった。

 

ただ、車中が水の中に沈んで少しずつ浸水していく中、車内にいた人の手が少しだけ動くと何が起きているのかを察することができた。『S.O.N.Gの隊員が負傷者を見殺しにした』、マスコミが好きそうなネタだろう。

 

「この映像を漏らしたのは誰ですか?」

「この事故の原因究明に関わっていた助教授だ。もう身柄も拘束したが、既にSNSで拡散されて『装者が要救助者を見捨てた』と話題になっている」

「実際に流れてる映像にはしずちゃんにモザイクが掛かってるから安心したけど、本当に厄介な事をされたよ」

「静香は……謹慎中ですか?」

「ああ、と言っても自室で休んで貰っている。この行動はあの場では最善の選択だ。立花本部長もこの件に関しての会見では静香の擁護、そして助教授の無責任な発言を言及すると言ってくれている」

 

幾ら同世代の子等と違って大人びていても謂れのない誹謗中傷は堪えるだろうから司令達の動きも当然だろう。そもそも私達の活動している場はただでさえ危険な場所、シンフォギアがあれど静香は無理を承知で二度の絶唱をしてまで救える命を救おうとしたんだ。

 

この人には申し訳ないが無理をして救命活動に失敗していれば被害はこれだけでは済んでいない。

 

「理解は得られそうですか?」

「どうだろうな。モザイクがあるとはいえ、静香の背丈は分かる。こんなに幼い子供を隊員にしている事にも非難が殺到している」

「それじゃあ自分等が助けに行けばいいのにね〜」

「海未」

「だってしずしずだって滅茶苦茶頑張ったのに怒られてるんだよ〜!?何にも知らないから言ってるだけじゃん!」

「静香の努力は分かっている。ただ何も知らされていない世間の目が悪意のある証拠を見せられたらこうなるのも無理はない。本部長なら世間からの信頼もある。今回の活動の件も特例として詳細を公開し、静香の判断が間違っていなかった事とシンフォギアが万能の道具ではないと理解してもらう他あるまい」

 

響さん達が世間の目を向けられるようになってから度々こういった無関心の人達による誹謗は少なくない。ただ今回は映像というタチの悪い代物があったから余計に世間の目を引いてしまったのだろう。

 

これがもしも全員助けられていたら、もしもこの映像を完全にコントロールして揉み消せていれば静香が傷付くような事はなかった。けど可能性の話をした所で起きてしまった現実は何も変わらない。

 

風鳴司令からは当面現地協力が得られ難いという注意を受けてから私達は解散し、私はその足で静香の部屋へと向かうと廊下には静香の通学バックが乱雑に落ちていて、随分と荒れているのは間違いない。

 

静香に教えられた部屋のパスコード『1225』、静香の誕生日でもあるその数字を扉のパネルに打ち込むと鍵が解除され、部屋の中に入ると静香は靴も脱がないまま部屋の中に入っていて、居間には居なかったから寝室を見てみると静香はベッドの上で蹲ったまま動かなかった。

 

「静香」

「私が悪いんです。私が助けなかったから」

「あの状況では不可能よ。最悪静香も死んでたわ」

「じゃあ何で誰もそれを理解してくれないんですか?」

「私達が理解してるわ。自信を持ちなさい」

 

いつだって強気で歳の差なんて気にもしない静香が自分を否定するような事を言うから隣に座って頭を撫でてあげると、静香は何も言わずに抱き付いてきたから私も何も言わずにそれを受け止めた。

 

つい1時間前くらいにはこの立場が逆だったから分かるけど、どうしようもなく辛い時にこうして接してあげられる人がいればきっと良くなる。今の私がそうだったように、弱い所も私とそっくりで私よりも強い静香なら私よりも早く立ち直るに違いない。

 

「シンフォギアは万能じゃない。風鳴司令だって救えなかった命はある、響さんだって命を選ばなきゃいけない場面があった。静香はその時に適切な判断ができて、救える命を確実に救った。静香の行いはその行動を理解できる人なら必ず評価するわ」

「……あの助教授どうなるんですか」

「さぁ、少なくとも装者を特定しかねない映像を世間に流したのは重罪よ。軽くても20年の禁固じゃないかしら?」

「私の顔も見られてます。禁固ではなく刑務所です」

「それは静香の発言次第、やり返したいならルールに従って徹底的にやりなさい」

「………私はやるべき事をやります。今回は特別徹底的にやるだけです」

 

目を腫らしている静香が顔を上げたけどもうその顔はいつもと変わらない強気な表情をしていて、上手く焚き付けられたみたいだからまた頭を撫でると、自慢のサイドテールが乱れるのを嫌がる素振りも見せていて十分元気そうだ。

 

私なんて不調になってから数日、しかも周囲にも迷惑をかけてようやく本調子になったというのに本当に強い子だ。

 

「アリアさんも元気そうで良かったです」

「私も話を聞いてくれる人が出来たから、その人と話してると気分が落ち着くの」

「っ、それはもしかして想い人ですか?」

「どうかしら。ただ、その人のお陰で私は私がやるべき事が出来た。また調子が悪くなったらその人と会う事にするわ」

「頑張ってください、応援してます。なんなら戦術的アドバイスも」

「されても困るわよ」

 

静香の人心掌握術を絡めた恋愛作法を聞き流しつつも、静香がすぐに元気になってくれたのが嬉しい自分が居て正直安心している。

 

あのままずっと引き摺ってしまうかと思っていたけど、私の周りにはまだ私を心配してくれる人がいるんだ。フォルテ達の誘いは悪くないけど、今はまだ急を要するほど人々は腐っていないから三人が困らない程度に生活の補助をして今回は終わりにしよう。

 

それが誰も傷付かずに終われる選択、誰の涙も流れず笑顔で過ごせる道なんだ。




次回、二部を書くときに一番最初に考えたシーン


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「FINAL COMMANDER」

一番最後のセリフを一番書きたかった。


 

リディアン初等音楽院、S.O.N.Gの前身である特機二課が適合率の高い少女を効率的に集める為に作った学校はシンフォギアが公になった今ではほぼその機能が停止し、妙に機材が揃っているという事で幼い子等が音楽の道を目指す際の登竜門となっている。

 

海外から入学する生徒も少なくない中、その中でも一際異彩を放っている静香が所屬するクラスは今日授業参観日になっていた。

 

「それじゃあこの問題が分かる人?」

「はい」

「えーとっ、出来れば静香さん以外にも分かる人がいれば…」

「はい」

「……それじゃあ静香さん、答えられかな?」

 

二年生の時に転入してきた静香を当時から担任として見てきた冴島薫は静香が同年どころか同世代でも抜きん出た才覚があり、小学生の授業など教えるまでもないというのは当然分かっている。

だが学校とは社会性や社交性、大勢の中で生きていく術を学ぶ場でもあるから普段から感情が希薄な少女にはまだ教えられる事があると思っていた。

 

だが今日に限っては普段手を挙げない静香が全ての質問で挙手し、そして答えを言うだけではなくその理由や起源まで解説しようとするから冴島も主導権を握られないよう何とか授業を切り盛りしていた。

 

「次の問題はクロスワードになっていますので、ご家族の皆さんも一緒になって考えてみてください。答えが分かった方は挙手をお願いします」

 

冴島が徹夜で考えた音楽に絡めたクロスワードを生徒達に配って周り、手を叩いて同時に解き始めさせるとクラスの中央に座っていてよく目立つ静香が早速手を挙げた。

 

だが今回のクロスワードには絶対の自信がある冴島は静香の隣までやって来て回答を見て、同世代どころか自分と同じくらいじゃないかと項垂れながら回答に丸を付けた。

 

「静香さんは本当に勉強できるのね。先生自信無くしちゃう」

「偶々分かっただけです」

「私徹夜して考えたのに……えっと、静香さんのお姉さんですか?」

『はい。アリアと申します』

 

静香の複雑な家庭環境や保護者が有名な歌手である事も考慮して今までの授業参観ではこうした交流の場は遠慮していたが、今回の出席確認では静香は高校生の姉が来ると回答していた。

姉がいるというのも初耳であったが静香について話す機会が欲しかった冴島も心待ちにしていたが、この姉が居て静香が居るというのは一目見て理解した。

 

高校生だというのに自前のブランド物のスーツを持っていて、ただでさえ背も高いのに凛とした顔立ちは静香の親にしては若過ぎるにしても高校生にも見えない。そして姓すら違うのだから保護者同様『訳有り』の人物であると分かった。

 

「いつも静香がお世話になってます」

「いいえ、静香さんは本当に勉強熱心ですので教えるのにも力が入ります。今日はちょっと張り切っているみたいですけど」

「普段の静香はどういった様子なのですか?」

「や、やめて下さいアリアさん。これがいつも通りですから」

「普段は発表とかはあまりしないのですが、今日はお姉さんが来ているからか凄く頑張っていますよ」

「先生もやめてください…!」

 

他の生徒達がクロスワードを解いている間にアリアと冴島は学校での静香の様子について話し合い、何とか二人の話を遮ろうと静香も抵抗したが静香の話をしているとアリアが朗らかに笑っていて、周囲の環境が特殊な静香にとっては良い姉なのだと確信した。

 

他の生徒達も答えが分かって手を挙げ始め、会話を中断した冴島はまた全員の様子を見回りながら拗ねた静香を宥めるアリアを眺めていると、姉というよりも親友のような距離の近さを感じ、不思議な関係だと思いながら授業を進めた。

 

それからも静香はアリアの前で良い格好をしようと問題に対して挙手を続け、どんな問題でも間違いなく答える静香は良くも悪くも悪目立ちをしていた。だが冴島は敢えてそれを黙認し、授業の最後に保護者も交えて校歌の合唱をする為生徒達も立ち上がると冴島が伴奏を始めた。

生徒達の元気のある歌声、保護者達の戸惑いのある歌声、その中で部屋の中央で歌う二人の歌声はハッキリと教室内を響き渡り、その歌声を初めて聞く保護者達が目を丸くして驚いているのを横目で見てから冴島は伴奏に意識を向けた。

 

音程が合っている事や声の強弱ではない。静香の歌声には何処までも透き通るような純粋な歌への想いが込められていて、聞く人に愉しげに踊るような静香の感情が伝わっている。

そしてその隣にいるアリアの歌声はこの場で歌う全員を包み込むような温かさがあり、静香と手を繋ぎ歌える事への幸せが不思議と伝わり周囲の人達もそれに呼応するように合わせ始めた。

 

それぞれの個性が現れた即興の楽団による合唱が終わると自然に二人に向けての拍手が起き、拍手を浴びる二人は何が何だかといった様子だが静香が下世話な目で見られる事はないだろう。

授業も無事に終わり、生徒達が帰り始める中で冴島がアリアを呼び止め「少しよろしいですか」と尋ねるとアリアも快諾し、場所を応接室に移してから静香を廊下で待たせると二人は面談を始めた。

 

「アリアさんは歌がお上手ですね」

「さっきのは私達だけが褒められるようなものでは」

「やはり装者というのはそういった方達が集められるのですね」

 

面談を始めて二言目で装者について言及されアリアも警戒したが、「風鳴翼さんから聞いてますよ」と付け足されると胸を撫で下ろしたものの冴島も直ぐ近くに装者が二人も居るという事実に驚きしかなかった。

 

かつてノイズに襲われていた所を翼に救われ、縁があったのか翼が仕組んだのか分からずともリディアンでの教師生活が始まるや否や、装者である静香を託された冴島にとっては装者というのが並の子ではないと分かっていた。

 

だからこそアリアも装者と見抜き、下手に話を隠されるのを前持って防いだがアリアの心証は芳しくなかった。

 

「確証があってもなるべく隠すようにしてください」

「すみません。ただ私も保護者としての静香さんの身内の方とお話ししたかったので」

「………分かりました。静香の事で何か?」

「大した事ではないのですが、静香さんはやはり周りの子とはどうしても違うのでお家での様子を聞かせて貰えたらなと」

 

何か静香の不調を感じたのかとアリアも心して聞いたが、冴島は装者ではなく一人の子供としての静香の様子をアリアに尋ね、深い意味があるのかと一瞬考えたものの冴島の様子からそうではないと察したアリアは表情を和らげた。

 

高校生で装者になれる天才に感情論が通じるのか、冴島もそれを危惧したがアリアの変わりようを見て意識を改めた。

 

「楽しそうですよ。年上ばかりの環境ですけど、静香も気が強いですから」

「学校ではあまり友達を作ったりしようとはせず、本を読むか次の授業の準備ばかりで少し心配で。勿論それが悪いという事でもないのですが、小学校は初めて社会性を学ぶ場でもあるので」

「静香はちゃんと分かってます。現に同年の子を見下したりもしないし、威張ろうともしていない。あの子は友達を作るという事に慣れていないだけ、すぐに仲の良い子もできます」

 

静香の事を話すアリアは何処に出しても恥ずかしくない姉の様に振る舞っていて、「ちゃんと見てくれている人は居るんだ」と冴島も心の内でホッとした。

アリアも微かに聞こえたその声に「静香の事はみんな妹の様に可愛がってますよ」と応えると冴島は声が漏れたかと口を塞ぐ素振りを見せた。

 

するとずっと外で待たされていた静香が扉を開けて顔を覗かせて中の様子を伺い、冴島も予定に無かった面談だったから「詳しい話は別の日に」という事で打ち切り、アリアは静香が学校では一人の少女で居られるよう冴島に深く頭を下げてから応接室から出た。

 

よく出来た姉だと冴島も感心している中、学校から出たアリアは仏頂面をしながら隣を歩く静香の機嫌を取ろうと紅茶のペットボトルを渡したが、静香はそれを黙って受け取るだけで機嫌を直そうとはしなかった。

 

「私はちっちゃな子供じゃありません」

「分かってるわよ。ちょっと老婆心が出ただけじゃない」

「大体、私よりもティナさんの方が社交性を学ぶべきです。特別仲の良い方ができたのは私も嬉しいですけど、それでは律さんから相手が変わっただけですよ」

「そ、それも分かってるわよ。ちゃんとしてるから静香も仲の良い子を作るのよ」

「私は自然に仲良くなった子と友好を深めるので大丈夫です」

「ズルイわよ…」

 

静香も人の事を言えない筈なのに自分は出来ると断言してアリアの反論をきっぱり跳ね除け、アリアは納得がいかないと思いながらも一緒に歩いたが静香の機嫌が少し直っているのを見て一息ついた。

 

世間で広まり続けるトンネル爆発事故での判断に対するバッシングついては立花本部長が開いた会見で『あの場で出来る最善の対応だ』とフォローし、無責任に責め立てる世間に対しても苦言を呈した。

世間の信頼の厚い立花本部長の言葉、そして公開された現場の状況からも全員を救う選択を取れる状況ではなかったという考えも広まりだし、過激な意見は一先ずは息を潜めた。

 

心無い言葉に傷付いていた静香が引き摺っていないのなら身近な年上として見守り続けよう。そう考えているとアリアは不意に背後から視線を感じ、振り返ったけれど背後には誰もいなかった。

 

静香を見てもアリアの様子を不思議そうに見つめるだけだったが、「先に帰ってなさい」と告げてからアリアは静香と別れて街の方へと歩き出した。人が行き交う街中をアテも無く探して回していると、探し人である三人が優雅にカフェテラスでコーヒーを飲んでいる所を見つけるとフォルテが手を振った。

 

「おっす、しけた顔してて笑っちゃうね」

「誰かさん達の所為でね。何か用なの?」

「今日、面倒な事が起きるから事前に知らせておこうと思って」

「今この状況の事かしら?」

「もっと面倒。真面に相手したら装者はかなりの痛手を負う」

 

人目につかない所で過ごすように指示した三人が当たり前の様に街を出歩いているからアリアも呆れたが、ドルチェの忠告が冗談にしては具体的な内容だったからアリアも席に着いた。

 

「どういう事?」

「今日、東京スカイタワーで爆破事件が起きる。犯人はテスラ財団に協力していたパヴァリア残党の一人とその一味」

「へぇ、それを事前に止めればいいのかしら?」

「下手に警備を敷けば目標が変わって、次の犯行の予測が難しくなってしまう」

「そう、それで強い相手なの?」

「んにゃ、雑魚だよ。残党も下っ端だしアンタなら片手で倒せる」

 

単純に相手の戦闘能力が高いのかと聞くとフォルテがそうではないと言い、片手で倒せるとまで言わせるのならそういう意味での面倒や痛手ではない。

 

社会的地位の喪失や装者への批判。力無き民衆が振るう無力の武器が引き起こす出来事という結論に至るまではそれ程時間は掛からなかった。

 

「人数は?」

「分からない、私の予知は正確ではあるが自由に視れる訳じゃない。視れる先も時間もバラバラ、だから今回の件も視たのはつい昨日の話だ」

「そう、もし当たっていたら貴方達の言うことを全面的に信じてあげる」

「それとそろそろ何方に付くかも考えておきなよ。アタシ等は別にS.O.N.Gとやり合うつもりはないけど、アリアの願いはアタシ達じゃないと叶えられないのは確かだよ」

「それは私の未来も見えたって事かしら?」

「うん、死ぬってさ」

「人間はいつか死ぬからその予知は当たるでしょうね」

 

予知の内容を聞かれると未来が変わるからか真面目に応えるつもりはないようだから話を打ち切り、アリアが立ち去ろうとするとフォルテは「あの子、静香ちゃんだっけ?」と何の気も無しに背中からその言葉で突き刺さし、アリアの足が止まった。

 

「……本当なの?」

「次は死ぬ気で無理する。アンタ等S.O.N.Gじゃ止められないよ」

 

冗談ならこの場で叩き伏せる意志を見せながら振り返ると、フォルテはそれを気にした様子もなく手をひらひらと振っていて、言いたい事はあったが此処で事を構えてもシンフォギアが無い今はやるだけ無駄だからそのまま無視して帰路に着いた。

けれど思い当たる節が多いその心中は決して穏やかとは言い難く、事前に食い止める手立てが無いか考えを巡らせても翼をどう説得するのかという段階で手が詰まり、今のS.O.N.Gのやり方に対する焦燥感は一段と高まった。

 

S.O.N.Gは決して先手を打てる組織ではない。確証を得てから正式な手続きによる認可を取ってからようやく身動きが取れる国連公認の組織。存在が秘匿とされていた時代ならば多少は無茶も出来たかもしれないが、今は当たって砕けられる程小さな組織では無くなってしまった。

S.O.N.Gは今や人を助ける為の力を制限する枷になってしまっている。そして世間はその力に甘え、守られて当たり前だと勘違いしている。

 

誰かが変えなければいけない。絶対的な地位を手にして対抗馬も居ないまま気が抜けているS.O.N.Gを、守られる事を当たり前の権利だと勘違いしている民衆の意識を。

 

救われるべき命を救い、悪を徹底的に滅し、皆が正しき理念を基に生きる理想の世界に。

 

「アリアさん」

「っ、静香……」

「司令には報告しませんから、少し話しませんか?」

 

フォルテ達からの勧誘にアリアが再び心を揺らがせながら街を歩いていると下ろしていた視線の先に静香が現れ、三人と会っていた事を内緒にすると言い出して全て見られていたと悟ったアリアは黙ってその後に付いて行った。

 

静香の向かった行き先はかつてキャロル=マールス=ディーンハイムが吹き飛ばした旧東京都庁を中心に出来た平和公園。

何の因果かと思いながらアリア達はベンチに座ると静香の様子を伺ったが怒りよりも悲哀が滲み出ていて、アリアに道を踏み外して欲しくない一心で静香はアリアの右手を両手で強く握り締めた。

 

「一人で無茶したら嫌ですよ、アリアさん」

「しないわよ。私が一人で頑張った所で結果は見えてる」

「そう言って一人でセイキロスを使い熟そうとして、古代人達とも密会して、私がアリアさんの言葉を信じ切れると思いますか?」

「………心配掛けるわね」

「アリアさんはいつも誰かの為に無茶して、自分の事なんて考えようともしない。そんな生き方をしていたらいつか壊れますよ」

「分かって

「分かってないッ!」

 

心の内を悟られないよう静香の言う事を聞き流していたが静香がそれに我慢できずアリアの声を遮るように大声を上げ、周囲の視線を引いた。

初めて見ると静香の感情的な姿にアリアは目を丸くしているが、静香は目の前から消えて無くなってしまいそうな恩人を離すまいとまた強く手を握り、溢れる涙を拭う事も忘れて思いの丈をぶつけた。

 

「アリアさんが私の事を家族と呼んでくれて嬉しかった!ずっと一人だと思っていた私にも家族だと思ってくれている人が居てくれて凄く嬉しかった!なのに……なのにどうしてアリアさんは遠くに行こうとするんですか!どうして側に居てくれないんですか!」

「……」

「私は周りからどう思われたって構いません、言いたいなら好きに言わせればいい!けど、これ以上家族に遠くへ行って欲しくないんです!アリアさんにはずっと側に居て欲しいんです!」

 

これまで静香が一度足りとも望まなかった『家族』という存在、もはや血縁のある者が居ない静香にとっては形だけでも家族と呼んでくれたアリアには尊敬と共に親愛を感じていた。

 

似た者同士で姉のように振る舞ってくれるアリアだからこそ弱みを曝け出し、誰にも言えなかった我儘をアリアにぶつけるとアリアも隣に座っている頼れる仲間とはもう家族なのだと気付き、小さな家族を泣かせてしまう自分の不甲斐なさに呆れてしまっていた。

 

ありのままの自分の想いを伝えてアリアから返答を待つ静香にアリアも少しでも応えようと、これまで一度も打ち明けた事がない一人の少女としてアリア自身の想いを告げることにした。

 

「私はね、S.O.N.Gの皆がいるこの世界が大好きなの。皆が幸せになってくれるのが私の幸せだし、私が頑張れば誰かが笑って過ごせるなら私はどれだけでも頑張れる」

「ならどうして悩む必要があるんですか…?」

「……S.O.N.Gは優し過ぎる。このままじゃ誰かが傷付くけど、私はそんな所を見たくない。誰かが理想の正義を成そうと事を起こせば、国連もS.O.N.Gの存在感が無くならないようその権限を強くするわ」

 

S.O.N.Gを立て直す為にも、S.O.N.Gに甘える世界の意識を変える為にも、そして家族が笑って過ごせる世界にする為にも誰かがいつかやらなければいけなかった。S.O.N.Gと同じ目的を持ち、強硬な手段を取れる対抗組織の設立を。

 

アリアの口振りから不穏な意志を感じた静香はアリアに顔を突き合わせたが、アリアは変わらず穏やかな笑みを浮かべるだけだった。

 

「そんな事アリアさんがする必要なんてない!」

「誰かがやらなきゃいけないのよ」

「それがアリアさんである必要なんて…!」

「無くす物が少ない私なら適任よ」

 

話を聞いているけれどまるで意志を揺らがせる事ができずに焦る静香とアリアは優しく額を触れ合わせ、その小さくとも優しい温もりを感じると自然と静香の意志が伝わってきた。

遠くに行って欲しくない、ずっと側にいて欲しい、そんな幼い願いが渦巻く心の中心にあるのは『誰にも傷付いて欲しくない』という静香の優しさを象徴する想いだった。

 

過激派に狙われているのが静香じゃなかったら表沙汰にできない強引な手で残党達を黙らせたかもしれない。けれど静香がそう願うようにアリアも静香の事を愛しているからこそ少しでもその痛みを少なく済ませたいと思った。

 

『私も愛してるわ。これからもずっと』、アリアの心に反応したセイキロスがフォニックゲインの共鳴反応を起こし静香の心の中へと伝えると、念話の存在を知っている静香は驚いたように顔を離したけれど、その視線の先にはアリアが構えていた端末の画面が向けられていた。

 

装者が敵対勢力に寝返った際の対抗手段としてエルフナインが開発した脳に刺激を送ることで見る者を昏倒、少なくともシンフォギアを纏えなくする『映像型アンチLiNKER』を正面から見詰めた静香は映像に目が釘付けになり、思考能力を全て映像の処理に使わされるとやがて事切れたように気を失った。

 

「さようなら、静香」

 

自分を愛してくれている家族を害意から守る為、

誰かに愛されている罪なき人々を脅威から守る為、

未来を生きる全ての人達の平穏と安寧を守る為、

 

人類を纏め上げる全なる者になる覚悟を決めたアリアは横たわる静香の手元に発信済みの端末を置いてその場から立ち去った。

 

 

 

 

頭が痛む……一体いつ寝ていたんだ…

 

初めて感じる程の脳の痛みに額に手を当てながらベッドから起き上がると隣に座っているエルフナインは静香を寝かそうとしたが、静香はLiNKERの影響が強く残っていて頭の中に響く音が煩くてその声が上手く聞き取れない。

 

そもそも何で私は医務室に……今日は確か…アレ……そう、授業参観……

 

「…りに…ないで…!」

「アリアさん…」

 

アリアさんの心の中が見えたんだ。

 

私達は間違ってた、アリアさんはあの日からずっと泣いてたんだ。

 

誰かに助けて欲しくて、誰かに愛されたくて、誰かに止めて欲しくて。

 

エルフナインの制止を振り切って医務室から出て司令室を目指すと足取りも不安定で真っ直ぐ歩けず壁に寄り掛かったけど、一刻でも早くアリアを抱き締めようと足を進めた。

 

あの正義感の裏に隠していた孤独を間違った埋め方をしてしまう。『全人類の救済』なんて馬鹿げたやり方でその孤独を埋められる筈がない。きっと古代人に弱みを突かれてしまっただけなんだ。

 

何とか司令室前まで辿り着き扉が開くと司令室はディスプレイに映る惨状を前に騒然としていて、静香に気付いた翼が引き止めようとしたけど静香はすぐに転移室へと駆け出した。

 

「違う……アリアさんじゃない…あんなのアリアさんのやり方じゃない…!」

 

転移室に転がり込むように入ってパネルを操作して即座に東京スカイタワー前に転移すると、東京スカイタワー周辺には人集りと緊急隊員達が大勢集まっていて、その視線の先は夜空を赤く染める程の炎を噴いている展望台に向けられていた。

 

なりふり構っていられない静香はすぐにシンフォギアを纏い、ドローンに掴まり一気に展望台まで上がってからその中に飛び込むと着地の衝撃だけで全身が軋み、装甲に亀裂が入ったけれど静香の意識は既に視線の先にあるアリアに向けられた。

 

「『ティナ』さんッ!」

 

黒煙を立ち昇らせスプリンクラーでも消えない程の大火の中には多くの死体が転がっていたが、そのどれもが爆発ではなく胸に大きな穴が開いていたり切り裂かれていたりと他殺されていて、その血溜まりに立っている三人の前にはアリアが立っていた。

 

静香が呼び掛けると三人は振り返ったけど、ティナは目の前で腰を抜かしながらも携帯のカメラを向けている女を見下ろしていた。

 

「そ、それが貴方達S.O.N.Gのやり方なんでしょ!?邪魔な相手は殺して事故で死んだ事にするんでしょ!?」

「アタシ等がS.O.N.G?聞いてて笑っちゃうんだけどどうすんの?思ってたより早く来たし」

「そ、そこの貴方!この人殺しを捕まえなさいよ!」

「どうする?見せしめ?」

「やめて下さい!その三人の言っている事はまやかしです!そんな夢幻を叶える力なんて人間が持ってる訳がありません!ティナさんならこんな事をしなくても必ず側にいてくれる人が居ます!」

 

静香はカメラを向けている女に見覚えがあり、その女はトンネル事故の際に静香の責任を追求した助教授だった。調査によって人知を超えた力を使うを良しとしないシンフォギア否定論者の過激派であると発覚し、世論が変わった事に逆上し装者を誘き寄せてその正体を暴こうとしていたのだ。

 

アリアさんは今日この事件が起きると知っていたから私の為に無理をしたんだ。私の所為で…!

 

『煩いわね。装者?S.O.N.G?寝言は寝て言ってなさい』

 

炎で建物が燃えていく轟音の中でもアリアの声は静香の頭の中にまで響いてきた。

これまでは【|限定解除(エクスドライブ)】か【|封印解除(デウスドライブ)】の際にしか出来なかった念話の精度が急激に跳ね上がっている事に驚いていると、振り返ったアリアと入れ替わる様に女の前に立ったドルチェは手に持っていたボウガンで女の頭を撃ち抜いた。

 

その衝撃波は凄まじく遠くに立っている私にも伝わり、すぐ側に立っていたアリアさんの髪留めが床に落ち、腰の辺りまである長い金髪が下され水滴を滴らせながら静香の方を見つめていた。

 

その綺麗な琥珀色の瞳からは何の感情も感じ取れない、ただただ空虚な瞳が私を見つめていた。

 

「………バベルの使徒及びアリア・カヴァルティーナ!貴方達は国際特異災害項目七条『全世界に被害が及び得る人為的災害』に抵触した為、S.O.N.Gの名の下で拘束する!」

 

最早止めるには武力行使しかないと愛している筈の家族に両腰の火薬庫から覗かせている迫撃砲を向けたけれど、アリアはそれに興味も示そうともしなかった。

 

どうしてそんな目をしてまで世界の為に生きようとするですか……どうして私の想いが貴女に伝わらないんですか…!

 

「その名はもう捨てたわ」

「お願い……やめて…!」

「私の名は『フィーネ』!」

「ティナさん!こっちに来てッ!」

 

再び巫女と神官の導き手となった金髪琥珀目で永遠の刹那に存在し続けてきた先史文明期の巫女。

 

その魂は既にリインカーネーションを終えて居なくとも、セイキロスを産まれる前から保持していたが為にフィーネの器として身体だけが覚醒していたアリアは新たに受け継いだその名を叫んだ。

 

「終わりの名を継ぐ者だッ!」

 

 




二部は2期から4期を詰め込んだオードブル

残り7話くらい全部戦闘する、筈。

アリアがフィーネの器として覚醒したもののフィーネの魂は無い抜け殻というのは一部の頃からちゃんと考えてました。えらい


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誰かのためのヒカリ

聖杯戦争に感化された訳じゃなく、単純に有名どころを出したいだけなのです……


 

『静香が既に戦闘中だ、急いで向かってくれ!』

「了解!ここで降りるよ!」

「りょ〜かい!」

「分かってるわよ!」

 

まだ夜も更けていない都心の東京スカイタワーで起きた爆破事件は犯行と共にライブ中継がネットで配信され、その主犯はトンネルでの爆破事故でしずちゃんを異様に責めていたシンフォギア否定派のリーダー格でもあった助教授だった。

 

何者かの協力によってS.O.N.Gの独房から逃げ出した助教授とその仲間は最早正気を失ったかと言わんばかりに陰謀論を説き、世界中からの称賛を浴びようとしていたがその前に突如として現れたのは古代人である三人とティナだった。

 

古代人は瞬く間に助教授の仲間を殺し、その助教授もドルチェと呼ばれる少女に殺されたみたいだけど、助教授の携帯が壊れる前に聞こえたティナの口上は輸送車で聞いていた私達の度肝を抜いた。

 

「最優先でティナを止める!他の三人は後回し!」

「そんな分かりきってる事言ってないで行くわよ!」

「ちょ、空待ってよ〜!?」

 

輸送車では遅いからシンフォギアを纏ってビルの屋上を伝っていき、装者の到着に合わせて規制が入り人気の無くなったスカイタワー前までやって来ると空は鎖を柱を足場に跳び上がっていった。

 

空も何かを焦っているし、しずちゃんもアンチLiNKERを使われて適合率がかなり下げられていた。ティナが本気で戦う気だったならそんなまどろっこしい手は使わない筈だけど、しずちゃんが無理をすればかなり危険な状況には変わりない。

 

どうかティナの派手な潜入であって欲しい、そう願いながら柱を跳び移りながら展望台まで到達すると、その僅かながらの願いも叶う事はなかった。

 

きっとがむしゃらに戦ったんだろう。そこら中に爆発痕や穴が開いていて戦争でも起きたのかという惨状が広がっていたけれど、肝心のしずちゃんは壁に叩きつけられたのか亀裂の入った壁の前で血を流しながら倒れてシンフォギアも解除されていた。

 

今にも崩れ落ちそうな炎の中には古代人達が立っていたけど、そんな有象無象なんてどうだっていい。

 

「ティナ、本気なの?」

「くどいな、お前達はそればかりか」

「……そっか」

「りっちゃんダメだって〜!?早く退こうよ〜!」

「海未、彼奴らぶっ殺すわよ!」

「ええ!?」

 

相変わらずスーツ姿のティナが本当にS.O.N.Gを抜けて古代人側に着くのか聞いてみたけど、どうやら私達の話はもう聞く気がない様で我慢の限界を超えた空が鎌を構えて斬り込むと、フォルテ達もティナを守ろうと動き出した。

 

前回はティナに気を取られてあまり構っていられなかったけど、今日はすこぶる機嫌が悪い。鞘から長刀を抜き、最初からドルチェの首を狙って一閃を振るうと前回の鎖から変わって矛先が鋸の様に鋭利な槍を携えたフォルテが割って入ってくるとそれを防いだ。

 

すぐに刃を返しながら振り上げて腕を落とそうとしたけれど、すぐに手を離して片手で槍を振り下ろしてきたから位相を変えてその槍を避けた。私に触れる事は出来なくとも槍が叩き付けられた床は粉々に爆ぜていて、威力だけなら一級品だろう。

 

「っと、何今の避け方!?絶対あたぁ!?喋ってんでしょ!?」

「その間抜け面のまま殺してあげるよ」

「此奴ッ、笑わせてくれんじゃん!フィーネ、使っていいっしょ!?」

「好きにしなさい」

「よし来た!これが避けられるもんなら、避けてみな!」

 

何かを使うつもりなのかフォルテがティナに許可を求めて承諾されると私の間合いの中だという槍を引き、突き構えをとったから私も再び位相を変えて後の先を取れるようにその動きを注視した。

 

「りっちゃん避けてぇッ!」

 

ラルゴの相手をしていた海未が叫ぶと同時にフォルテは狙いを定める訳でもなく私に向けて突きを放つと、槍の穂先から無数の紅い稲妻が走り私の視界を埋め尽くしてきたけど、一瞬身を退いていたお陰で私に触れそうな何筋かは叩き落とせた。

 

位相を変えていたにも関わらずシンフォギアの装甲をかすめた稲妻は背後にあった壁を完全に突き崩し、瓦礫になる前に塵と化しているのを見るに退いてなかったらかなり危なかった。

フォルテも初見ならほぼ必中であろう隠し技がまさか避けられると思っていなかったのか、大きく距離を取るとティナの横に並び空達も一旦距離を取って再び硬直状態に入った。

 

「よく分かったね」

「凄いでしょ〜、ちゃんと見てから戦わないと怪我しちゃうよ」

「『ゲイボルグ』の完全聖遺物、何でそんなの手に入れてるのよ」

「場所を知ってたか、それともエクスカリバーみたいに呼び寄せたか」

「私が思うに真面目ちゃんかな〜」

「海未ちゃんの意見を採用、それじゃあ他の二人の武器もこの世界には現存してない聖遺物かもしれないね」

 

ラルゴとやり合ってたのに武器の特徴や剣の距離で突きを放つ絶対の自信の表れ、突けば30の突きに分裂するというケルト神話に出てくる『ゲイボルグ』だと判断したから海未は声を掛けてくれたんだろう。

 

海未の機転の回り方はこういった時にこそ役に立つ、ゲイボルグと分かってしまえば私だけで対処できるから後は残る二人の武器もこの世界には存在しない完全聖遺物の可能性はかなり高い。データが無いから初見なら戦い慣れてなくても勝てる見込みがある、ティナならやりそうな手だ。

 

逆に言えば、そういった武器を使わないと先手を取れないフォルテ以外は戦いに不慣れと考えてもいい。

 

「戦力分析は終わったようね」

「ティナ、私はティナを斬りたくない。大人しく投降して、そうすれば罪はその三人に背負わせられる」

「笑わせる」

「面白いこと言ったつもりはないけどね」

「百合根の名が泣くわね」

 

ティナが全く面白くない冗談を言うから腰に下げていた短刀を顔目掛けて投げると、フォルテが槍で弾いて天井に突き刺さった。

 

それで終わったと思ったのか得意げにしたけれど、すぐに短刀の柄にある動体センサーが起動すると『二分咲き 鳳仙落花』が発動してティナ達の上から短刀が降り注いだけど、ティナがフォルテから槍を奪い取ってその全てを叩き落とされてしまった。

 

フォルテ同様人の限界を超えた動き、シンフォギア無しでもあの動きが出来るなら多少斬っても致命傷にはならないか。

 

「りっちゃん、しずちゃん連れて退こうよ〜」

「今ふざけてる場合じゃないの」

「でも司令達も帰ってこいって言ってるし〜、空も何か言ってよ〜」

「此処で退いたら次のチャンスがあるかも分からない。此処で確実に仕留める」

「もぉ……怒られても知らないからね〜」

 

海未はティナと戦うのには乗り気ではないようだけど、いつかぶつかる日が来るのなら今日此処で決着をつけてしまった方が話が速い。

 

司令の声も夢中になっていて聞こえなかった、首三つ揃えて差し出せば事も収まるだろう。

 

「今回の件、大和さんは知ってるの?」

「………」

「悲しむだろうね、ティナがこんな事をするなんて。いや、寧ろ大和さんもその三人の手先かもしれない」

「っ!」

「偶然三人と出会して、偶然ティナと仲良くなって、偶然過去にもS.O.N.Gに助けられたことがある?私なら信じないし、上の人達も信じないだろうね。三ヶ月くらい勾留したら吐くんじゃないかな?」

 

どんなにフィーネの様に振る舞ったって中身はティナだ。大和さんを大切に思っているティナは受験勉強をしている大和さんを今から三ヶ月勾留するという意味を理解し、怒りに任せて突っ込んできたから私も腕の一本を落とすつもりで踏み込んだ。

 

そしてお互いに間合いに入ろうとした瞬間、窓の外から銃声が聞こえると私とティナの身体が身動きできなくなった。

即座に地面を踏み締めて無理やり『影縫い』を解いて砕け散っている窓の外に目を向けると、外では大きな凧に乗った調さんが私達に向けて銃を構えていた。

 

緒川さんから忍びの極意を受け取った調さんとはやりたくないから剣先を下げるとティナも構えを解き、調さんが燃え盛る展望台の中に入ってくると見た事もない怒気を感じたけど、その怒りを何にぶつける訳でもなく私達の間を遮ってティナの方を向いた。

 

「ティナ……いや、フィーネ。今はお互いの為、退いて欲しい。大和奏の身柄の安全は私達が保証する」

「………」

「学校にも登校したいならしていいし、S.O.N.Gからは絶対に手を出さない。情報統制もしっかりする、誰もフィーネの正体には気付かせない。そっちの三人も住処が欲しいなら私達が与える」

「マジで!?シャワーある!?」

「結構よ、私達はS.O.N.Gからの援助を受けない」

「そう。ならせめて何処で活動をするのか、連絡はして欲しい。協力出来るのなら私達も可能な限りはする」

 

S.O.N.Gを抜けたティナに対して月読さんはこれまでと変わらない保護を約束するとティナの端末まで差し出し、反論したかったけどこれ以上の戦闘はスカイタワーを完全に破壊しかねないし、何より月読さんの一存ではなくS.O.N.Gの意向なら従わない訳にはいかない。

 

空もそれは分かっている様で憎しげに睨みつつもしずちゃんを背負うと先に窓から飛び降りていき、ティナは迷った末に端末を受け取ると何も言わずに背を向けた。

 

「ごめんね、ティナ。私達がしっかりしてなくて」

「………」

「帰って来てなんて簡単には言えないけど、困った時は頼って欲しい。私達はティナの」

「家族なんて必要ない。正義を成す為なら私は誰とだって対峙する。たとえS.O.N.Gであろうと邪魔立てするなら例外じゃない」

「そうならない事を祈ってる」

「………帰るわよ」

「うぅ……また冷たい水で水浴びかぁ…」

 

月読さんは優しい言葉を掛けているけれど、対するティナは背を向けたままS.O.N.Gと対立する方針は変えようとせず、フォルテがティナの手を掴むと一緒に何処かへと消えてしまった。

 

此処も早く消火しないといけないし、エルフナインさんが戦闘データからドルチェ達の聖遺物の特定にっ

 

調さんもこの高さから下りるのは手間だろうから私が抱えて降りようと手を差し出すと、調さんは私の手を握るよりも先に近付いてきて敵意を感じさせない動きで私の頬を叩いて乾いた音を立てた。

 

「ッゥ…」

「ちょ、しらしらもまずいって〜!?」

「私が叩いたから司令には殴られない、感謝して欲しいくらい」

 

見た事も無い怒気をその静かな口調から発している調さんはそのまま窓の外へ飛び降り、海未が心配そうに手を握ってきたから気にしなくていいと笑ってから私達もその場を後にした。

ティナが完全に道を違えたのにS.O.N.Gがそれを後押しするだなんて、翼さんが何を考えているのかは私に人の心を望んだあの時から変わらずよく分からない。

 

人としての優しさなんて求められても怪物の私が応えられる訳もないのに。

 

地上で待機していた装甲車に乗り込んだ私達はそのままS.O.N.G本部へと帰って来ると暁さんが出迎えてくれたけど、調さんと同じように随分と怒っているようで何も言わずに私達を先導するとそのまま司令室へと入った。

 

自分のデスクの前で立っている翼さんは私達の方は見ようとはせず、「ありがとう」と一言告げると暁さんは司令室から出て行き扉が閉まった。全員忙しなく分析や情報統制に奮闘している中で翼さんが私達の方を見ようともしないのは海未も流石に居心地が悪いようだ。

 

「まず最初に言っておくが、静香はかなり危険な状態だ。あの環境で意識を失っていたんだ、身体の小さい静香なら尚更酷な状況だっただろう」

「申し訳ありません。判断を見誤りました」

「ごめんなさい……」

「そして静香の適合率が急激に落ちている。アンチLiNKERの効果が切れた今もだ」

 

多分ティナの裏切りがティナを心から信頼して尊敬していたしずちゃんには堪えたんだろう。それに一人であの三人を相手したんだ、無理もない話だ。

 

「次に海未が特定したゲイボルグだが、アウフヴァッヘン波形から考えても間違いなく本物だ。それにガングニールの波形とも特徴が似ている、全く同じとは言えないが恐らく『ガングニール』という括りから引き出せる聖遺物だったのかもしれない」

「ん〜?でもウチにあるのってロンギヌスが元じゃなかった〜?」

「そうだ。元々ドイツで管理されていて先の大戦での文書が焼け落ち、日本が保管するようになった際にはガングニールという名にすり替わっていた。つまり我々のガングニールは名ばかりの別物、アリアは本物を呼び寄せている」

 

セイキロスが完全聖遺物を何処からか呼び出すという報告はアニエルの中に居た私も聞いていた。けどエクスカリバーや目の前にある物に限った物だと思っていたし、それほど便利な物をティナがこれまで使わなかったというのも怪しい話だ。

 

「ある程度縁のある聖遺物を呼び出した。ガングニールがゲイボルグの原点と言われている点から観れば辻褄は合いますが、私達にラルゴのように盾を持った装者なんて……」

「1人居た、私も会ったことはないがアガートラームを盾のアームドギアとして扱えたらしい」

「概ね合っていれば呼び出せる。かなり厄介ですね」

「呼び出す度に精度が向上しているとも取れる。元は目の前にあったエクスカリバーを呼び出す程度だったのが、古代人達と出会ってからこうも容易く呼び出せるようになったのはあの三人の影響というのはほぼ間違いないだろう」

 

ティナが生まれる前からその身に宿していた歌の形をした完全聖遺物セイキロス、それを生み出した先史時代の生き残りが偶然ティナを見つけられたとは思えない。私達が存在を確認する前にティナは接触してたみたいだし、相手にはセイキロスを探知する方法がある。

 

なら見つけ出すのはそう難しい話じゃなさそうだ。

 

「エルフナインが詳しい分析をして、何か新しい情報があれば伝える。それでは次の話だ」

 

翼さんはそう言ってようやく私達の振り返ると隣に立っていた海未は怯える様に私の背に隠れ、仕方ないから海未の前に立ってあげると分かりやすいくらい怒りが爆発しそうになっている翼さんは私を見下ろしてきた。

 

「海未」

「は、は〜い?」

「海未は初めから交戦しようとはせず、静香を連れて退避しようとしていたな。何故だ」

「しずちゃん以外生きてる人居そうになかったし〜、居たらマジメちゃんが助けてると思ったからぁ……な〜んて、えへへへ…へへ………やっぱ怒る?」

「いや、海未の判断は正しい。そもそもあの爆破事件は助教授が引き起こしたものだ。アリア達は確かに犯行集団を殺しはしたが、まだ爆弾を所持している可能性を考えれば妥当な判断だ。私達と相対するとは言えど、一度も敵対するとは応えていない相手に事を構える愚か者にシンフォギアを託した覚えは微塵も無い」

 

今回の怒りの矛先は感情に任せて特攻したしずちゃんと命令を無視し続けた私と空。旧本部の時も私達から攻撃して今回もとなれば相手からしてみれば敵以外の何者でもない。

私も空も古代人は敵だと判断するに足りる確証があったから戦ったのだけど、翼さんはそれでは納得してくれなかったらしい。

 

「何か言いた気だな」

「相手は先史時代に生きた人間です、今の世界の常識を知らなければ当たり前のように空間を移動する。本当にあの連中が人助けをするなら私達よりも遥かに優れた技術を持った三人はすぐに企業からの援助を受けられる。そうなれば民衆の支持は相手に移り、私達は無駄金使いの税金泥棒と呼ばれる。勝ち目のないレースをするよりも対抗馬を消した方がっ

「司令怒んないで〜!?りっちゃんには私からきつ〜く言っとくから!?ね!?ほらりっちゃん駄目でたたたぁぁ!?りっちゃん痛い〜!?」

「もう、邪魔しないで。司令と話してる最中なんだから暇なら他所に

 

翼さんと話している最中なのに海未がふざけて私の口を塞いで勝手に終わらせようとするから塞いでいる手を捻り上げ、司令室の外に追い出そうとすると後ろから翼さんが捻り上げている私の腕を掴まれた。

 

それなりに痛む強さで握り締められ、「手を離すんだ」と有無を言わせない怒気を滲ませた声で指示されたから言われた通り手を離し、海未に「行くんだ」と言うと海未も迷った素振りを見せた後に駆け足で何処かへと去っていった。

 

「何故海未を傷付ける?」

「海未ちゃんのお遊びに付き合ってる暇がないからです」

「遊んでいるように見えたか?私には律を守ろうとしているように見えたが」

「有事でもないのに守られる必要は有りません」

 

翼さんは私に人の心を理解して、感情的な面を出して欲しいんだろう。百合根の名を持つ私に対する想いは私も理解できるし、少なくとも最後の一人の私には人として生きて欲しいから厳しくされているのも分かってる。

 

けど、そんな事を求められた所で『人でなし』の私には無理な話だ。

 

「翼さんも気付いてる筈です。私が歌を歌わなくても戦えるのではなく、歌えないけど戦えるだけというのは」

「………」

「皆の様に心の中から歌が湧いてこないし、湧いてこなくても適合率で誤魔化しが効いてるだけです。翼さんには申し訳ありませんが、人の心を理解できる装者になって欲しいなら他を当たってください」

「私は律に自分らしく生きて欲しいんだ。お前はアリアを友だと言っていただろう、なのにどうして簡単に剣が振れる?」

「ティナは……私と同じ『人でなし』と思ってたから、仲間意識があっただけです。でも空も言ってましたが、私とティナは違う。私はティナの様に自分の道を選べないし、選ぶつもりもない。それが翼さんが求めている私らしさ、友人の一人二人斬った所で今更後悔しません」

 

翼さんは私が百合根の血を根絶やしにしようとした理由を分かってない。人を斬って後悔するような心を持っていたら百合根の役目を果たすことなんて到底できなかった。

 

たかだか2.3年経った所で私の本性が変わる筈もない。

 

「天羽々斬が不釣り合いだと言うのならお返しします。私は貴方が望むような人間にはなれませんので」

 

装者である事に固執するつもりはないから私の腕を掴んだままの翼さんの手を解き、代わりに天羽々斬のペンダントを握り締めて貰ってから頭を下げて司令室から退出した。

 

後は翼さんがS.O.N.Gの司令官として私を辞めさせるのか、それとも割り切って次の装者候補生が見つかるまでの繋ぎの隊員として使うのか。何方にしろ決めるのは翼さんだから私はただ答えを待つのみ。

 

隊員としての道を選ばれたらその時はもう一度ティナと対峙して、私が為すべき事を為すまでだ。

 

 

 

確か子供が178人と付き添いが30人、乗務員は9人。うーん、これで全員!

 

高度700m上空。ヨーロッパ中の賢い子供達を集めてオーストラリアで自然保護に関する有難い講演を聞くという旅行プランは飛行機の自動操縦の気まぐれで紛争地域の上空を飛んでしまい、迎撃ミサイルで片方の翼が折れてエンジンも止まってしまう事故が起きてしまった。

 

S.O.N.Gにはすぐに出動命令が出され、謹慎処分中の空とりっちゃん、そして未だに目を覚さないしずしず以外。つまり私とガリィだけでの任務はテレポートで座標を指定してから飛行機の翼にしがみつけたものの、あまり考えずに来たから残りは全部アドリブでやるしかなかった。

 

結果としてキリちゃんに少し手伝って貰い、飛行機を下から支えるように巨大な竜巻の形をした氷の塔がペルシャ湾に出来上がっていた。氷の塔からは氷で作った滑り台で乗っていた人達が陸へと降ろしていき、全員が救助されたのを確認した添乗員の後に続いて私達も滑り台を降りると上空700mから降りるのは中々スリルがあって面白い。

 

楽しい滑り台を滑り終わってイランの領土へ降り立つと普段はあまり協力的ではないイラン軍が出迎えていて、先に話を付けてくれていた『フォルちゃん』達のお陰で余計ないざこざが起きずに済んだ。

 

「いやぁ、フォルちゃん助かったよ〜!ありがとうね〜!」

「いいっていいって。ほら、あっちの姉ちゃんにもお礼を言いな」

「S.O.N.Gのお姉さん、ありがとうございます!」

「良い子だね〜!何とこのお姉ちゃんは何処からともなく飴ちゃんが出せるんだよ〜」

「はぁ!?んでアタシがそんな事を……ちょ、分かったからあっち行ってなさいって!」

 

飛行機を止めることは出来たもののイランは領土に降りようとしたら撃墜するとか言い出すし、かといって一人一人船に下ろしてたら途方もない時間が掛かるところをフォルちゃん達がイラン側に現れると途端に協力的になってくれたから私達も大助かりだ。

 

イランが気前よく帰りの飛行機も用意してくれたから子供達もそれに乗ってお家へ帰って行き、フォルちゃん達とそれを見送ってから別れて私達も本部へ帰投した。

 

りっちゃんと空が謹慎になって以来、フォルちゃん達は私達の行く先々に現れては少し強硬ではあるけど問題を解決していて、S.O.N.Gとは違って顔出しOKだからその知名度もすぐに上がって連日ニュースのトップを飾ってる。

 

『バベルの使徒』、そう名乗っている三人は世界中での平和活動と救助活動を目的とした慈善団体として売り出し、S.O.N.Gとの協力関係を隠さない方針には国連の上の方も頭を悩ましているらしい。

下手に存在を隠さないから隠蔽も難しいし、かと言って表立って対立したら世間からの目も厳しい。

真面目ちゃんらしい真っ向勝負には恐れ入る。

 

まっ、私達は仕事が楽になるからラッキーだし、フォルちゃん達も話せば分かってくれるからこのまま仲良くいられるのならそれが一番だ。

 

「ん〜、美味し〜!ほら空も、あ〜ん!」

「んっ……」

「美味しい?」

「おいし…」

「良かった〜!」

 

日常に帰って来るとずっと働き詰めだったから司令も休暇を認めてくれた。久し振りに空と二人でスイーツ店へ足を運ぶと平日の昼間は流石に人も少なく、お店の中は私と空だけだったから隣で食べさせてあげていると空も美味しそうに食べてくれた。

 

謹慎になってから…ううん、それよりももっと前から空は少し疲れている様に感じてた。空は凄く優しいから色んな事に気を回してくれるし、私の事も構ってくれるから疲れてるんだと思ってたけど、どうもこの様子は違うみたいだから妹の出番という訳だ。

 

「何かあった?」

「ううん、気にしないで」

「気にするよ〜。だって大好きなお姉ちゃんが悩んでるんだよ?海未ちゃんって実は司令から褒められるくらい頼りになるんだよ〜?」

「……何でもないの」

「そっか〜。ん〜、最近しずちゃんのお世話ずっとしてるし〜、真面目ちゃんのお部屋も掃除してるし〜、あの時ヤケに三人を倒そうとしてたな〜」

「……………」

「空は失敗すると取り返そうとするし〜、何か失敗したからヤケになったなら真面目ちゃんがS.O.N.Gを抜けちゃった事かな〜?ん〜、でも何でそれを空が責任を感じてるのかな〜?」

「海未には敵わないわね……」

「おっ、喋る気になった〜?」

「もう殆ど正解よ、ティナがS.O.N.Gを抜けたのは私の所為なの」

 

それからは空が皆には内緒で真面目ちゃんのお母さんに会いに行って、真面目ちゃんと会うのを止めたと話してくれたから合点が入った。

折角数年振りにお母さんに逢えると喜んでいた真面目ちゃんとお母さんを引き離してしまって、それがS.O.N.Gを抜けてしまう引鉄になってしまったと思ってるんだ。

 

空が正直に話してくれたから頭を撫でてあげると空は苦しそうな表情をしていて、ここまで話が拗れてしまうとら思ってもいなかったんだろう。

 

「静香もティナに家族と呼ばれて喜んでた、それなのに私が勝手な事をしたから……!」

「誰も空の事を責めたりしないよ〜」

「その方が嫌なのよ!折角海未が笑っていられる場所が出来たのに、私がそれを台無しにしてたんじゃ意味が無いじゃない!」

「空、し〜」

 

私の幸せをずっと考えてくれて、皆の幸せをずっと考えてくれて、皆のお姉ちゃんでいようとしてくれていた空がやっと私の前で弱さを曝け出して泣き始め、少し声のボリュームを落としてから目一杯抱き締めてあげた。

 

いつも夜が怖くて泣いていた私に空がしてくれた様に震える体を抱き締め、空が思いっきり泣いても私がギュッと受け止めてあげた。

 

「空ばっかりに心配掛けてごめんね〜。でも大丈夫、誰も空を責めたりしないよ〜」

「っ……海未…私どうしたら…っ!」

「真面目ちゃんもすっごく悩んで、悩んで悩んでS.O.N.Gを抜けたと思うの。だから、真面目ちゃんの事は空の責任じゃないし〜、真面目ちゃんも私達のことを嫌いになんてなってないと思うよ〜」

「でも……静香に顔向けできない…」

「私からちゃ〜んと言っておくから、ね?ほら良い子良い子〜」

 

空はしずしずが傷付いてしまった事を凄く気に病んでるみたいだから、しずしずには私から事情を説明してあげる事にすると空は私の胸に顔を埋め、私もおっきな甘えん坊をしっかり抱き留めた。

 

これで空が責任を感じなくなればいいけど、暫くは見ててあげないと危なっかしいな〜。ナインちゃん辺りに頼んで暫く様子を見てて貰おうかな〜。

 

「ほ〜ら、元気になったら甘い物が食べたくなるでしょ?もう一口ど〜ぞ」

「……ありがとう、海未。本当に良い妹を持ったわ」

「それはお互い様、でしょ〜?」

 

とっても優しくて頼り甲斐のあるお姉ちゃんでも偶にはこういう時だってある、そんな時はいつもお世話になってる妹がしっかりフォローしてあげなきゃいけない。

それが私達譜吹姉妹の生き方、生涯を懸けて証明していく命題なんだから。

 

少しは元気を取り戻した空を餌付けていると私の端末が鳴り、見たくないけど恐る恐る画面を見るとやっぱり召集が掛かっていた。動ける人数が少ない今は真面目に働くしかないからため息を吐きつつ立ち上がった。

 

「空も帰る〜?」

「ええ、一人で居ても仕方ないし」

「それじゃあ帰りは空の運転で帰ろっかな〜」

「仕方ないわね」

 

お代を払ってから空にバイクのキーを渡し、後部座席に座って急かすと空も呆れながらもヘルメットを被ってからバイクに跨ってエンジンを吹かすと、いつもより少し速度が速いから飛ばされないようしっかり後ろから抱き締めた。

 

今日も空は招集で呼ばれなかったのはまだ司令達が空が独断で戦い始めると警戒しての事だろうし、空もそれは分かってくれてると思うから気にしてないといいけど。

 

 

 

「シュルシャガナとアガートラーム、火災現場に到着。同時にバベルの使徒のドルチェの到着を確認」

「早いな、先史時代の空間転移とはいえこうも便利なものなのか?」

「恐らく何かしらの位置情報と紐付けして飛んでいるのだと思いますが、情報が少な過ぎて何とも……」

「ドルチェの聖遺物を分析、やはりアレは現存する聖遺物とパターンが一致する物はありません。ただ、アウフヴァッフェン波形を検知できるという事は」

「ただ使ってる訳じゃなく、適合しているという事か」

「その可能性は高いかと」

 

櫻井女史、そしてフィーネが残したシンフォギアという異端技術に関わるエネルギーパターンの一致。装者が先史時代に於ける巫女の代わりならばあの者達は全員巫女や神官という事か。

 

だがフィーネはそういった者達を裏切り、バラルの呪詛を破壊してでもエンキとの再会を願った。なのにあの三人はそれでもフィーネを慕い、アリアにその代わりまでやらせている。それにセイキロスが歌の聖遺物なのも偶然とは思えないが、フィーネがシンフォギアやフォニックゲインという観点に最初から目を付けていたとも思えない。

 

世界各地に点在する製造年がバラバラのカ・ディン・ギルはバベルの使徒が長い期間歴史の陰で建造していたのなら、その過程でフィーネの狙いに気付いて歌の形を選んだ。

フィーネならばセイキロスの意図に気付いて必ず覚醒させ、再び自分達を導いてくれると信じて。

 

だが、実際には櫻井女史が研究者として大成する前に母親のお腹の中にいたアリアにセイキロスは受け継がれ、アニエルを倒す際に覚醒した事でようやく三人も目を覚ました。

 

「セイキロスは自分達に適合する完全聖遺物を呼び出す為に用意した。この予想をどう思うエルフナイン」

「あり得ますね。如何に形を保っていても適合しなければ使い熟せない、特にシンフォギアも無しなら尚更です。かつて巫女だったのなら神からの寵愛を受けた者達が集まっていてもおかしくはありません」

「しかしセイキロスは高い共鳴反応を示しています。その目的が一つだけとは考え難いかと」

「そうだな。それならばペンダントや指輪でも良かった筈だ。けれど歌を選んだ。シンフォギアや聖遺物のように真価は発揮出来ずとも、万人が共通の力を生み出せる手段を」

「聖遺物は適合率が低くても多少なりともフォニックゲインを発します。歌の形をした聖遺物であるセイキロスなら一度歌えば数多く人達のフォニックゲインに共鳴するでしょうね」 

 

共鳴、私達もS.O.N.Gを抜けた立花を探す為にレイラインを利用して絶唱する事で地球規模で共鳴反応を探知するという手を使った。それを所構わず自由に行えるという事はセイキロスは全てを見渡す目にもなり得るわけか。

 

完全聖遺物の供給、人類の監視、不穏な言葉が並び始めたな。アリアがそれに気付いていない訳もないし、それを目的に動いているのなら早急に手を打たなければ身動きが取れなくなってしまう。

 

「バベルの使徒は本当に平和の為に活動している様に見えますが、執拗にフィーネに拘った理由が未だ見えないのが怖いですね」

「エネルギーが充填されたカ・ディン・ギルは全て監視しているが、その何処にも出没したという情報はない。本来セイキロスを目覚めさせる筈だったフィーネへのメッセージという線は固いだろうな」

「アリアさんが三人を纏めている事を考えても不穏な動きがあればアリアさん自身が対応する筈、我々よりも対応や判断が早いのはアリアさんが指示しているからと考えれば納得もいきます」

「アリアだからこそ相応の信頼も出来る、やり辛い相手だ」

 

力に振り回されて闇に堕ちるという心配がない相手がこうも取り扱い辛いとは、アリアはS.O.N.Gから手が出せないような対抗組織が生まれる事も懸念していたんだろう。

 

アリアは本気で私達よりも人を助ける組織としてS.O.N.Gと対立する気だ。それだけならまだ共存の道はある、だが古代人達はわざわざ何千年もの時を超えてただ人助けの為だけにここまで大事を起こす必要があったのか?

人助けをしたいならフィーネは関係なかった筈だ。何故フィーネに拘った?聖遺物とは関係無しに人に触れるだけで静香を治癒したあの力は一体何だったんだ?

 

フィーネとあの三人の関係性、三人が隠している素性が掴めずにいては私達も強硬な手段を取る訳にはいかない。だが万が一があればそれぞれ抱えた問題に直面して不安定な装者候補生ではなく私達が出る必要もあるだろう。

 

「ん、イガリマの反応?場所はこの街です、映像を写します」

「イガリマだと?」

 

海未達とドルチェが協力して救助活動を行っている中、突然市街でのイガリマの反応を捉えた藤堯が画面に映像を映すと、イガリマを纏った空がS.O.N.G本部が立つこの街のビルの上に立っているのが分かった。

 

空は周囲を見渡しながら時折端末で何かを確認するとビルを跳び移っていき、悪戯でイガリマを纏っている訳では無さそうだがそうでないなら何をしているんだ?

 

「端末の画面を出せるか?」

「少々お待ちを」

 

空が何を確認しているのか端末の画面を此方でも反映させて画面に表示させると、都心の地図を広げて立ち寄ったビルにマーカーを付けて回っているみたいだ。その範囲は数キロに及び、点々と跳び移ってはマーカーを追加していき、この調子でいけば大きな円を描くようにマークが置かれていくだろう。

 

空と海未は許可を求めても通りそうにない時は事後報告で済ませる悪癖がある。気付かれないわけもない今回もそれなのだろうが、一体何をしてるんだ?

 

「このまま円を作ったら中心は何処だ?」

「えっと、旧都庁がある平和公園です」

「彼処か。その割には始めた頃の点は旧都庁から右往左往しながら遠ざかってるな」

「ですが今は大きく円を描いて……止まった」

 

大きな円を描くように移動していた空は突然立ち止まり、現在地をマークしてから地図の範囲を広げると西へ顔を向けた。そのまま西に行けば旧都庁に着くが、マークをしてから旧都庁に気付いたなら何かの場所を調べていたことになる。

 

「『空、帰って来るんだ』」

 

何かまた無茶をする前に帰還するように指示をすると、当然見られている事を分かっていた空は周囲を見回してから私達が見ている監視カメラを見つけると、苦しみに表情を歪めたまま深く頭を下げた。

 

『ごめんなさい、私もS.O.N.Gを抜けます』

「『馬鹿を言うな』」

『私の所為でティナがS.O.N.Gを抜けました。必ず私が連れ戻します』

「『頼む、一人で無理をするな。空が抜ければ海未はどうする?』」

『海未なら一人でも大丈夫です。私よりもずっと賢くて、優しい子ですから』

 

頭を上げた空は今にも泣きそうな顔を見せてからヘッドギアを外すと手から零し、真っ直ぐに旧都庁へと向かい始めた。

 

確証はないが海未と同じように装者が感覚的に古代人を追えるのなら空は古代人を追えなくなる境界線を探り、そこから弧を描く事で中心点を導き出したんだ。

 

「旧都庁にバベルの使徒がいる!至急非常回線を暁に繋ぐんだ!」

『ちょっ、今質疑中デスよ…!』

「空がバベルの使徒と旧都庁で交戦する気だ!止めてくれ!」

『ッ、リョーカイです!チョッチ失礼!』

 

オーストラリアで行われている世界自然会議にS.O.N.G代表として送っている暁に無理を言って呼び戻し、転移するポイントとして旧都庁は登録されていたからすぐに反応を確認出来たけれど空の反応は止まる事はなく、このままでは街中で暁が戦闘することになる。

 

シンフォギアの相手ならダウルダヴラを使わざるを得ないが、未だ加減が出来ない暁のファウストローブを街の中心で使う訳にはいかない。

 

「百合根は何処だ!?」

「今は学校です!端末も置いて行っているようです!」

「……エルフナイン、暫く任せる。他の者達は海未達の援護を続けるんだ!」

「えっ!?僕ですか!?」

 

暁と月読がシンフォギアを使えない以上、私の手の内にある天羽々斬が現状一番自由が効く。司令塔が動けば指揮が乱れるのは重々承知しているが、今ここで空まで失えばいよいよ装者候補生の存在意義まで危ぶまれる。

 

才に恵まれながらもそれを活かせていなかった者達に未来と安寧の場を与える為に作った装者候補生制度。だが装者候補生達は自らが大切だと思っている者達の為に自分一人で全ての責任を負おうとしている。

 

あの子達を守るのが私の役目だというのに、互いの為に刃を向け合う姿を座して待つことなぞ出来よう筈もない。今一度、私に力を貸してくれ天羽々斬。

 

 

 

「外が騒がしいねー、ラルゴ見てきてよ」

「そう言って手を進める気だろう」

「しないってば、フィーネもそう思うでしょー?」

 

ガキンチョ達が作ったボードゲーム、チェスというのでラルゴと遊んでると家の外ではイガリマとよく分からないのが戦い始め、アタシの駒の尽くを奪ったラルゴに様子見して来るように頼んでも頑として動こうとはしなかった。

 

この家に越してきたフィーネはドルチェからカ・ディン・ギルの設計図を見せて貰ってからはそれとにらめっこばかりだし、アタシ等はフィーネの言う通りに動くつもりではあるけど指示も無いんじゃ張り合いもない。

 

「そら、チェックだ」

「このぉ……」

 

ラルゴもさっさとトドメを刺せばいいものをいたぶってくるからどう盤面をひっくり返そうか思案していると、元の持ち主の趣味なのか全面銀で出来た壁の向こうで聞き覚えのある旋律の歌が聞こえてきた。

 

それと同時にイガリマの反応がより強くなり一瞬その神威が放たれると銀の外壁が爆発で吹き飛び、戦っていたであろう女の人が吹っ飛んできたからすぐに机を蹴り倒して女の人を空中で受け止めて着地した。

 

「イタタ……生身相手に絶唱とかやり過ぎデスよ。って!?マジで居たデス!?」

「正義の味方、フォルテさんだよ。で、あっちが空だっけ?」

 

私達の神通力とは少し違う、変わった力を使っていた女の人は私達が隠れていたのを知らなかったのか驚いてるみたいだけど、イガリマを構えている空は私達を見つけられて良かったと安堵してる様にも見える。

 

手抜きしてたらイガリマだと一撃で殺される。フィーネもかなりタチの悪い聖遺物を使おうとしたもんだ。でも絶唱ってのは装者にかなり負荷を掛けるみたいだし、現に空も立ってるのがやっとって感じだ。あれじゃアタシどころかラルゴも倒せやしない。

 

「何か言っても聞かなそうだけどさ、一応フィーネもアンタ等と事を構えたくはないって言ってんの。聞き分けないしつこい女は嫌われるよ」

「何千年も粘着してるのはそっちでしょ」

「フィーネはアタシ等にとっては恩人、その夢の手伝いくらいしたってバチは当たんないでしょ」

「そう、ならその夢はS.O.N.Gとティナで叶える。貴方達には此処で消えて貰う」

「やっていいんでしょ?」

 

フィーネはS.O.N.Gに戻るつもりなんてないのに空はやる気満々みたいだし、アタシも黙ってやられてあげるほど優しくはないからフィーネに許可を求めると、無言の了承が返ってきたからゲイボルグを現界させて構えた。

 

そして空が歌い出すと同時に伸びる鎖で牽制を仕掛けてきたからゲイボルグの穂先でそれを絡め取り、空の動きを制限しようとしたけど鎖は囮だったのか一気に間合いを詰めてきた。あくまでその手に持ったイガリマでアタシの魂を刈り殺すのが目的なのだろう。

 

穂先に絡めた鎖をしならせ、その足を絡め取ろうとすると空が跳び上がったからそれに合わせて私から距離を詰めて槍を力強く振り下ろした。その一閃は小さな鎌で受け止められたけれど、無理矢理足を着けられた空の足元の床に亀裂が入りシンフォギアでは受け止めきれなかったのか膝まで着いた。

その隙に更に詰め寄って蹴りで放つと防御はされたものの、空は床の上を転がっていき距離を離すことは出来た。

 

「もう分かったっしょ、アンタじゃ勝てないって。アタシ弱いもん虐めとか趣味じゃないんだよね」

「ハァ…ハァ……」

「アンタさ、フィーネが何でアンタ等から離れたか分かってんの?アンタ等がいつまで経っても惚気てて、だーれも本気で世界平和を目指してなんかいなかったからでしょ?だってそんなのは夢物語、S.O.N.Gじゃ実現不可能だってアンタ等が一番分かってたんだから」

 

女の人が身体を酷使した所為で吐血している空の側に駆け寄り、最早戦える状態じゃないだろうし血を吐いて頭も冷めただろうから口で分かりやすく言ってあげると、その目は未だに私を睨み付けていた。

 

弱いもん虐めは好きじゃないけど聞き分けのない子もあまり好きじゃない、幾らフィーネの古巣とはいえあまり障害になるようなら排除する必要があるか。

 

「次アンタが攻撃してきたらアタシはフィーネとか関係無しで殺す。もう邪魔しないで、分かった?」

「空、もう帰るデスよ。みんな心配してるデス」

『姉さん、どういう状況?』

『ドルチェ、次イガリマが動いたら撃って』

『了解、フィーネは了承済み?』

『さぁね、嫌なら止めるでしょ』

 

どうやら山火事の救助活動が終わったドルチェが遠くから此方を捕捉してるみたいだし、空の動き次第では矢で射抜くように頼むと快く引き受けてくれた。

 

流石私の妹、心が通じ合うってのは手っ取り早くて助かるよ。

 

「ほら、見逃してあげるから帰った帰った」

「連れて帰らなきゃ行けないのよ……!」

「帰れって言ってんの、最終通告だかんね」

「ティナのお母さんと約束したのよッ!」

『撃って』

 

感情が表に出過ぎて話を聞く気が無いみたいだからドルチェに狙い撃つように頼むと、崩れた壁から見える遥か遠くのビルの頂上で引き絞られた矢が煌めき、女の人が後ろに目でも付いてんのかってくらいに目敏く反応したけどもう遅い。

 

雷鳴と共に矢が放たれると女の人は人智の壁を築いたけれどそんな柔な盾で防げるようなら神話にはならない。フィーネには悪いけど昔馴染み二人は全人類の調和の礎になってもらう。

 

まさに目にも留まらぬ速さの雷矢が二人を射抜くかんとしたその時、崩れた壁を隠す様に空から巨大な壁が降り落ちてきて地鳴りと共に家が大きく揺れ、壁の外に築かれた壁は紅く溶け落ちながらも神の雷矢を受け止めてみせた。

 

ラルゴの盾ではないからS.O.N.G側の誰かなのは間違いないけど、あの一撃を受け止められるとコッチの最大火力が通じない事になる。

予想外の隠し玉がやってきたみたいだからゲイボルグを構え直していると壁を伝って外から入ってきた新しい装者からは祭囃子のような音楽が聞こえてきた。だけどアタシでも計り切れない圧、そして天羽々斬と何かもう一つ混じったような違和感を感じるがそれだけで空とは別格なのが伝わって来る。

 

「アンタ何者?」

「S.O.N.Gの司令官、風鳴翼だ」

「今度は司令官自らとは。それでどうすんの?全面的にやり合うの?」

「いや、S.O.N.Gの隊員が多大な迷惑を掛けた事への詫びを言いに来た。すまなかった」

「………いいよ、今回までは許したげる。けど、また他の誰かが来たら容赦しない」

「しかと心得た。帰るぞ大馬鹿者」

 

S.O.N.Gの司令官がわざわざ出張って来るとは思ってなかったのか、空はさっきとは打って変わって大人しく二人に連れて帰られていき、風鳴翼がいなくなると巨大な壁は自然と消滅したから胸を撫で下ろした。

 

現代にアヌンナキに見劣りしないの実力者がいたとは知らなかったけど、アタシ等とは事を構える気は無いみたいだから暫くは様子見でいいか。空も去り際にフィーネの方を見ていたけどフィーネは気にした様子もなくまだ設計図を見ていて、未練は大して無いようだし心配は要らないか。

 

「姉さん、さっきのは?」

「S.O.N.Gの司令官だってさ。あんな壁作れるとかヤバ過ぎんでしょ」

「あれは壁じゃない」

「じゃあ何なの?」

「この建物と変わらない位の巨大な剣だった」

「うっそ……アレはちょっと相手したくないなぁ…」

 

空や律が大した事なかったから甘く見てたけど、あんなのがもう何人か居るとなるとフィーネにはもう少し気張って貰わないと困る事になりそうだ。

 

「フィーネ、聞いてんの?」

「……何か言ったかしら?」

「喋るのめんどいならアンタもアタシ等と念話してよ。その為のセイキロスなんだから練習しとかないと」

「気が向いたらするわ」

「向いたらって……まぁいいや」

 

設計図を読んでるフリして何か考え込んでいるフィーネもそろそろ前に出張ってくれればいいのに、まだメディアへの顔出しNGを貫いてるお陰で私とラルゴはそっちの対応までやらされてるんだ。

 

カ・ディン・ギルなんてフィーネと会えた今となってはただの飾り物なのに何を撃とうとしてんだか。

 

「次会ったらホントにやるから覚悟しといてよ」

 

昔からフィーネは私達の前で本心を語ろうとはしなかったし、エンキ様もエンキ様でフィーネを特別扱いしてたから同じアヌンナキから人類諸共見限られてしまったんだ。

 

私達が仕えていた方だけは人類の衰退といずれ来るであろう困難に立ち向かうべく人類の統合、全なる者の統治を目指していたけれどエンキ様と一緒に私達の前から居なくなってしまった。

 

アヌンナキを失い、フィーネを失い、仕えるべき主人を失った私達は同志達の命を懸けてセイキロスを作り出した。全ては人類全ての平和と平穏の為、誰一人として蔑まれる事もなければ虐げられる事もない理想の世界の創世の為。

 

「アンタには新しいアヌンナキになって貰うんだからしっかりしてよね」

「……」

 

聞いてんだが聞いてないんだかよく分かんないけど、S.O.N.Gの相手も出来ないようならセイキロスも適合しなかった筈だし、暫くはフィーネの言う通り気が向くまで待ってあげるとしよう。

 

 




次回、渾身のオリ歌パート。
装者候補生達の強化の為に羞恥心を捨てて書き殴りました。


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「英雄故事」

装者候補生制度が凍結し、心身共に傷付いた装者候補生の中で活動可能なのは海未一人となった。

翼は望まない争いからは身を退いていた海未を起点に状況を打開しようとするが、フィーネになる事を選んだアリアの選択を邪魔する事も望まない海未は修行を抜け出した。
だが、そんな海未を頼る者が現れると海未は決意した。

自分の姉と決めた命題を果たす為に、自分の愛する家族を守る為に、刀身を失った剣を掴む事を。



 

「はぁ……」

 

溜息なんて吐いたのは久方ぶりだが今回の一連の出来事に不甲斐なさを痛感し、司令室から少し離れた休憩室のベンチに座ってから肩を落とした。

 

『装者候補生制度を凍結する』。わざわざ立花本部長がS.O.N.Gにやって来ると、S.O.N.Gが装者候補生を制御し切れず度重なる違反を犯した事で国連の印象さえも悪くした為、装者候補生全員を対象にした罰則を与えられた。

 

当然反論はした。だがバベルの使徒との交戦は常に此方から仕掛けた事についての追及には嘘を吐く訳にはいかないからありのまま答え、全員の適性を疑われる形で一方的に話を打ち切られ再開の目処は立ちそうにもない。

 

あの子達の適性は疑う余地もなく完璧だ。皆お互いを心配しているが為に一人で無茶をしようとして空回りしてしまっただけ。成長すれば同年の頃の私達よりもずっと多くの命を救える子達だが、短期間で余りにも印象を悪くしたのは痛かった。

 

「はぁ……」

 

そもそも私が司令官というのは荷が重いのかもしれない。叔父様が国連本部での勤務になってから後継者として仮にも風鳴の名を持つ私が選ばれたが、私自身指揮する立場に向いている性格ではないと分かっている。

 

情に流されやすいし、あの子達なりの覚悟を見せられると無茶を通そうとしてしまう。S.O.N.Gの司令官ならば叔父様の様に常に状況と装者の状態を把握して最善手を模索し、引き際を見極める確かな判断能力が求められる。

 

それが私にあるかと言われれば、無いと答える他ない。

 

あの子達は同じ年頃の私達よりも環境も整い、勉学にも長けているから私の指示が間違っていれば当然違和感や不満を覚える。それが積もった結果がアリアのS.O.N.G脱退、そしてあの子達が支え合えるようにしていたからそれぞれのやり方で責任を取ろうとした。

 

まだ自分達が歩むべき道を決められずにいるあの子達には何の罪もない、全ては導いてやれない私の不徳の至りなのだから。

 

『お隣失礼しまーす』

「ほんぶ、立花……」

 

私の席をくれてやれば国連も納得するだろうが何が起きるかは火を見るより明らか、どうにか事を収拾する手はないか考えているとさっきまで私を悩ませていた張本人である立花が休憩室までやって来ると、わざわざ私の隣に座って缶コーヒーを手渡してきた。

 

立花も装者候補生制度の成立の際には助力をして貰った。今となってはそれもパンドラ内で見たガングニールの後継者を探す為だったのだろうが、それでもいつかは必要な制度だとは分かってくれていた。

 

それを国連の本部長として今回否定しなければならなかったんだ、私以上に公私を分けて判断を下さねばならない立場にいるのは立花の方だ。

 

「空ちゃんと静香ちゃんは大丈夫ですか?」

「二人とも心身共にダメージが大きい。間も無く目は覚めるだろうが、シンフォギアを纏える精神状態ではないだろう」

「そうですか……あの子達も皆一人で頑張っちゃうタイプですもんね。そういう面では今の所海未ちゃんが一番安定してますよね。マイペースというよりも落ち着いてて判断も的確ですし」

「海未は元来優れた判断能力を持った子だ。アリアや律の陰に隠れて日頃はそれを己の好き好みにしか発揮してなかったが、今回の一連の騒動では自分まで負の連鎖に陥ってはいけないと自制してくれていたんだろう。空と剣を交えたバベルの使徒に対して今も変わらず協力的な態度を保っているからな」

「流石は翼さんが選んだ子ですね」

「……その子達が今は自分の置かれた状況に苦しんでいる。S.O.N.Gでは人を助けられない、自分の心を信じたくない、家族を失いたくない、遠くへ行かせたくない。私が少しでも気を回してあげられていればこの状況だって

「翼さん」

 

私がもっと目を掛けてあげていれば、そんな考えばかりが脳裏を過ぎっていると立花に呼ばれて我に返ると立花はそんな私にも優しい笑みを向けていて、あの頃から変わらない温もりが伝わってきた。

 

「翼さんの所為でもないですよ。いつかは皆が立ち向かうべき壁の前に同時にぶつかっただけ。私達がしなきゃいけないのはその壁を避ける道を探す事じゃありませんよ」

「だが……何と声を掛けてあげればいい?その場しのぎの口八丁ではあの子達にまた余計な気を遣わせてしまう」

「私達は背中を押してあげるんですよ。声なんて掛けなくてもあの子達が自分の信じた道を歩ける様に、自分が信じたい気持ちに向き合える様に背中を押し続けるんです」

「それではあの子達の道は別れてしまう。特にアリアは既に引き返す事が困難な場所に立っている。あの子がS.O.N.Gのやり方に満足していない以上、いずれ同じ事が繰り返される」

「今のやり方もティナちゃんの本意ではない筈です。セイキロスを持ってしても世界を平和になんて出来ない、それを一番理解しているのはその力を宿したティナちゃんですよ」

 

人々の心に共鳴し、完全聖遺物を呼び出すセイキロスでも世界平和は遠く険しい道のり。アリアがそれを本気で成就させるつもりならばバベルの使徒すら利用するというのは分かる。

 

だがそうなると尚更S.O.N.Gはあの子の理想には遠い、人々が決めた決まり事の範囲でしか動けない組織にアリアが今更戻ってきたいと思わせる事なんて出来るだろうか。

 

「空ちゃんの話の通り、ティナちゃんがお母さんに会えなくて泣いていたのなら、あの子は今でもずっとお母さんの事が大好きな筈です。皆の事も、この世界の事も、大好きだからこそ強い自分が守らなきゃいけないっていう使命感があるんだと思います。自分が傷付く事になったとしても誰よりも強いから我慢する、皆その想いがあるからこそ無茶するんですよ」

「…………」

「守らなきゃいけない相手に負ければ、焦ってる気持ちも少しは収まるんじゃないですか?」

「…………叔父様に似てきたな、立花」

「私の師匠ですから」

 

立花が何を言いたいのか理解した私はその強引ながらも効果のありそうな手段を提案され、褒め言葉代わりの賞賛を贈ると立花も照れ臭そうに笑った。

 

あの子達は誰よりも賢くて、誰よりも強くあろうとするから一人で困難に立ち向かおうとする。そんな中で唯一海未だけは常日頃から空を頼っていたからこそ協力するという点で今回強みを出してきた。

それが今回海未が見出してくれた光明ならば、それを掴まない手はない。海未には少し辛い立ち位置に立ってもらう事になるが友人の為ならば協力してくれるだろう。

 

「だが空と静香はまだしも、アリアと律はかなり手強い。現に今までも空と協力しても二人に対しては全敗だ。律は自分の不調には流されないから隙を突くのも困難だろう」

「ふっふっふ、お忘れみたいですね翼さん」

「何がだ?」

「私達装者は六人も居るんですよ?師匠になりうる存在が5人も居れば効果も5倍、組み合わせれば5の階乗です!」

 

一抹の不安は残るが、折角の立花の気遣いだ。これまでじっくり休んでいた海未には私達が教えられる全てを叩き込むしかあるまい。

 

 

 

「ねむ……ねむ…」

 

鬼司令達は何を血迷ったのか私を超人にしようと全員が全員違うメニューでの特訓を始まってから3日目、ナインちゃんのIDカードを無期限で借りる事でようやくS.O.N.G本部からの脱出に成功した。

 

筋トレ、精神統一、映画鑑賞、模擬戦、忍術修行、私を殺す気で鍛えようとしてきた5人から何とか逃げ仰せて久し振りに娑婆へ出て来れたけど、空も居ないのに遊びに行ったってしょうがない。

 

仕方なく一人で学校に向かったけど幾つかセンサーを越えるのに邪魔だった鞄も置いてきたから朝から担任に怒られ、特訓で疲れて眠っていたら怒られての散々な目に遭い、ようやくお昼ご飯だというのに味を感じる余裕もなかった。

 

「どうしよっかなぁ……」

 

司令達も人間の装者候補生でまともに機能してるのが私だけだから私に何とかして欲しいってのは分かるけど、私は別に真面目じゃないし皆みたいに世界がどうとか愛情がうんたらとか、そういうヒーローみたいなテーマが似合うタイプの人間でもない。

 

皆が仲良くできて、頑張ってお金を稼いで、ついでに人助けをして、ちょっと普通じゃなくても皆が笑っていられる日常がずっと続いて欲しいと思ってただけだ。

 

そもそも私のシュルシャガナは空のイガリマと二つで一つ、私だけで戦う想定はハナからしてないのにやれと言われても土台無理な話だ。

まぁ、そんなだから皆が辛い時に私を頼ってくれなかったのかな?

 

「海未ちゃん、ちょっといい?」

 

お昼ご飯も食べ終わったから屋上のベンチで一眠りしようと目を閉じていると日差しが遮られ、渋々目を開けると私の前に立っていたのは真面目ちゃんの事が大好きな先輩のカナちゃんだった。

 

一応私の護衛対象でもあるけど、フォルちゃん達が狙う訳ないし狙われても真面目ちゃんが許さないだろうから今まで通り距離を置いていたけど何かあったのかな?

 

「ん〜……どうかした〜?」

「眠たくないなら少し話せないかなって思って」 

「いいよ〜、どっこいしょ」

「し、下着見えてるって!?」

「気にしない気にしない〜」

 

ベンチから起き上がって私の隣を空けてあげるとカナちゃんも座り、言い辛い事なのか言葉に詰まりながらも話を切り出してきた。

 

「その、アリアちゃん大丈夫?最近学校に来てないし、空ちゃんも急に来なくなったけど何かあったの?」

「空は絶賛入院中で〜、真面目ちゃんは残念ながら連絡は付かないけど元気にしてるよ〜」

「入院と連絡がつかないってどういう事!?」

「ん〜、バベルの使徒って最近有名だよね〜」

「うん……テレビでもよく見るけど」

「アレのリーダーが真面目ちゃんなの、凄いよね〜」

 

隠したってどうせS.O.N.Gまで聞きに来るだろうし、ずっと心配に思うよりもどういった状況か教えてあげれば多少落ち着くかなと思ったけど、ズイズイッと顔を近付けてきたから逆効果だったかも。

 

「アリアちゃんS.O.N.G抜けたの!?」

「声はなるべく小さめで、ね?」

「で、でもアリアちゃんは頑張ってS.O.N.Gに入ったって言ってたのに何で…!」

「S.O.N.Gじゃ出来ないことをしたかったんだって〜。だからS.O.N.Gと近い学校にも顔が出し辛いのかも」

「使徒の人達とはやっぱり仲良くないの?」

「う〜ん、個人的には仲良くしたいんだけど他の子達が中々ね〜」

 

かなちゃんが気になってる事について何も隠さずに教えてあげると、思いの外機密事項をボロボロ喋るからか一旦質問責めも収まった。

 

大好きな人が居なくなって焦る気持ちは凄く分かるから待ってあげていると少しは気持ちの整理もできたのか、深く呼吸をしてから今度はしっかりと私の目を見てくれた。

 

「その、教えもらったのにこう言ったら悪いけど、私に教えても良かったの?」

「怒られちゃうだろうけど、教えなかったら無茶しそうだからね〜」

「っ……アリアちゃん、やっぱり元気じゃなかったんだ」

「私達も気に掛けてたつもりなんだけど〜、ずっと辛かったんだろうね〜」

 

私が怒られてカナちゃんが無茶しないのなら結局は私の為にもなるし、真面目ちゃんがこれ以上悩む必要が無いようにせめてカナちゃんだけはしっかり守っててあげたいから教えてたんだけど、やっぱりカナちゃんは私達が知らない所で真面目ちゃんを支えようとしてくれていたんだ。

 

ほんわかしてるけどハキハキしてて、芯もしっかりしてそうなS.O.N.Gには居ないタイプ。空も私以外の前ではお姉ちゃんっぽくしようとしないから、余計にマジメちゃんにはその性格が合ってたのかもしれない。

 

「真面目ちゃんからお返事は貰ったの〜?」

「ッ!?何でその事を!?」

「真面目ちゃんが珍しくボロを出したからね〜、真面目ちゃんが真剣に悩むならカナちゃんしか居ないかな〜って」

「……悩んでくれてたの?」

「すっごくね。でも、自分の幸せよりも優先したかった事があるのかも」

 

S.O.N.Gの隊員の殆どは恋人なんて居ない、居たらそれこそ守らなきゃいけない人が増えてしまうから自分で自制するか隊員同士で付き合うかの二択。

 

そんな中で真面目ちゃんは付き合うかどうかで真剣に悩んだんだ、その気持ちは本物だろうし誰が反対しても私は応援した。けど真面目ちゃんは自分が幸せになる事よりも、世界を守りたいという正義感が上回ってしまったんだ。

それを「そんなの駄目だ」なんて偉そうに言えないし、真面目ちゃんが真剣だからこそ私も使徒の三人とは仲良くしたいと思ってる。

 

でも、真面目ちゃんの事をずっと待っていたカナちゃんを泣かせてまで選んだ道が本当に真面目ちゃんの為になってるのか、誰かが聞きに行かなきゃいけないってのも分かる。

 

「大丈夫、真面目ちゃんには私から言いに行くから心配しないで」

「っ…ごめんねっ……!」

「ほら、いい子いい子〜」

 

私には真面目ちゃんの代わりはできないし、カナちゃんの代わりもできないけど、私には私にしか出来ないことがある。皆には出来なかった『今の気持ちを聞きに行く』役目は私がやらなきゃいけないんだ。

 

私からの気持ちを込めたメモをカナちゃんに渡してからすぐに学校を出て本部へと帰ると、私が学校に居たからか連絡もしてこなかった司令に頭を下げて謝った。けど司令は私が抜け出した事に関しては何一つ怒らず、「修行をする理由は見つかったか?」とだけ聞いてきた。

 

正義の味方だったり世界の平和だったりの為に戦うのはらしくないけど、真面目ちゃんのことを待ってる人の為なら私も多少の無理は我慢できる。

 

「私をも〜っと強くしてください!皆が無茶しなくなるくらい、皆が私を頼ってくれるくらい、皆が手を取ってくれるくらい、もっとも〜っと!」

 

私がバベルの使徒と戦う理由を見つけられた事に司令は口の端を緩めたけど、すぐに顔を引き締めると大きく頷いた。

 

「分かった。譜吹海未、現時点を持って装者候補生の全ての過程を終え、シュルシャガナの正式装者に任命する。その行動の全責任は私が負う、装者候補生達がその背中を追えるよう強くなるんだ」

「りょ〜かい!」

 

しらしらが色々あってずっとお休みしてたから空きになってたシュルシャガナの正式装者の席。

 

私がちゃんとするまでお預けだと言われてたけど、装者候補生制度が凍結されても活動する為に引き継ぎを前倒しにしてから私は装者になる事を選び、私もずっと訓練室で待たせていた切ちゃんの元へ走った。

 

「おっ、帰ってきたデスね」

「切ちゃん、全力でお願いね〜!」

「当たり前デス。久し振りにイガリマも戻って来た事ですし、ティナと律にもやった事がない本気の手合わせしてあげるデスよ。後で泣いても知らないデスからね?」

「《 skarius shui shagna tron(罪を洗い流す激流)》」

 

最初は空が安心して居られる場所を作り、私とパパとママが背負った罪を濯ぐ為に纏ったシュルシャガナ。けど今は空の為だけじゃない。お金では買えないモノを見つけるという命題、その新しい答えを私達はS.O.N.Gで手に入れたんだ。

 

私はS.O.N.Gで出会った『家族』を守る、たとえどんな壁だって家族の為なら乗り越えてみせる。

 

誰にも止められない、誰にも邪魔させない、全ての障害を取り除く私のアームドギアであるチェーンソーが装着と同時にエンジン全開で唸り声を上げ、切ちゃんも滅多に使わないイガリマとダウルダヴラのダブルコントラクトを見せてくれた。

 

魂ごと葬り去る事さえできる力を前にしても今の私は引く訳にはいかない。皆のお手本になれるように今は私が頑張る時なんだ!

 

「10秒凌ぎ切ったらアタシの太鼓判をあげてもいいデスよ!どっからでも掛かって

「頭吹っ飛ばしてやるんだから〜!」

「だぶぁっ!?いきなり殺す気デスか!?」

 

 

 

 

「ちょ、ドルチェちょい待ち!」

「待たない」

「あっ、このっ、ってもぉ!?このゲームドルチェに勝てっこないじゃん!」

「うぃん」

 

空の襲撃から1週間が経ち、師走の月に入ると廃城となったチフォージュシャトー内には飾り付けもされたクリスマスツリーが置かれ、偶の余暇を過ごすバベルの使徒の三人はテレビゲームで盛り上がっていた。

 

かつては神の叡智だった演算機、その担い手となっていたドルチェはラルゴとフォルテを圧倒すると、自分の妹ながら一切の加減をせず勝利のガッツポーズをする妹を横にフォルテは項垂れた。

 

「はぁ……フィーネもやらなーい?」

「好きにしてなさい」

「んな事言って、アンタこっちに来てからずっとカ・ディン・ギルの設計図と睨めっこじゃん。アタシ等はそんなの使う気ないって」

「私に従う、そう言った筈よ」

「無条件なんて言った覚えもないけどね。アタシ等と同じ、世界平和の樹立を目指すなら手伝ってあげるって言ったでしょ」

 

バベルの使徒が目指す世界平和。全なる者による人類の調和こそが人類に残された最後の道だと信じ、指示に従う三人にアリアも相応の信頼は置いている。だがその調和から乱した者に対して慈悲を与えないその思想の根の深さは窺い知れていた。

 

フィーネと同じ巫女ならば付き従うアヌンナキという上位者が居た筈なのに何故フィーネに固執したのか。たとえ手を組んでいてもアリアにはその理由を明かさない三人にアリアも計画を明かすつもりは毛頭なかった。

 

「アンタ、ホント昔から変わんないね。自分一人だけフラフラどっか行って、アタシ等はせっせこ頑張ってんのにさ」

「フォルテ、止めるんだ。彼女は昔のフィーネではない、そんな事を話しても無意味だろう」

「此奴も一緒だって言ってんのよ。アタシ等にはなーんにも教えずに考え事ばっか。そんなんじゃ人の上には立てないと思うけどね」

「好きに言ってなさい」

「ッ、アンタのそういう所が嫌いだって言ってんのよ!アタシ等には目もくれない癖に、何でアタシ達と一緒に来たんだよ!」

「姉さん!」

 

フォルテ達がまだその名を持っていなかった先史時代、神に選ばれた者と云えど一人では生きていける世ではなかった。

 

早くに両親を病で失い、妹との二人だけで各地を転々として命を繋ぐ毎日。神に捧ぐ舞踊も神に与えられた演算能力も己が生きる為に使うしかなかったある日、それを背信だと咎める集団に何の所以もない太陽神の怒りを鎮める贄として二人は捕らえられた。

 

才能を与えられてもそれを活かすことも、人並みの幸せも得られず、人々の無理解から話し合う事すら出来ず、か弱かった二人は成す術もなくその祭壇に縛り付けられた。

 

そして腹から腸を引き摺り出そうと司祭が短刀を振り下ろしたその時、突然祭壇の隣に現れた女は司祭を二人から引き剥がし、司祭が女に短刀を振り下ろしたものの紫色の障壁が女を守ると短刀は粉々に砕け散った。

 

『な、何者だ!?儀式を妨げるとはなんたる狼藉か!』

『貴方に名乗る名はない。だが、あの方々が目を掛けた子等をこんな遊びに付き合わせる気は無いわ』

『っ、その不埒者を捕らえろ!』

 

女は指一つ手を出さず、だが二人が囚われそうになると必ず守り、司祭達が持ち得る全ての武器が破壊されて諦めるとその女は二人を連れて別の場所へと転移した。

 

其処には二人が見たこともない巨大な結晶が立ち並び、子供から大人まで多種多様な人種の集団が生活をしていた。

 

『此処は?』

『アヌンナキに仕える運命の者達が集まる場、私もその一人よ』

『アヌンナキ?神様じゃないの?』

『今はそう理解しておきさない。貴方達は気難しい方に仕える事になる、礼を欠かぬよう此処で皆と共に学びなさい』

『その、アンタの名前は?』

『私は----よ。何か用があるなら呼びなさい』

 

不確の未来視を生まれ持ったラルゴも同様に理を乱す魔女だと追われていた所をフィーネに救われ、三人は同じアヌンナキの元でその高度な技術を学び、そして人類の平和の為に何が必要かを識っていった。

 

偉大な指導者の元で学んだ三人は瞬く間にその頭角を現し、巫女達の中でも上位の身分へと昇格したものの、フィーネは三人を助けてからは関わりを持とうとはしなかった。

 

フィーネが慕うアヌンナキと三人の指導者であるアヌンナキは同じ平和を願いながらも意見が対立し、強硬な姿勢を取る三人の指導者は立場が危うくなると三人を自らの神殿へと招いた。

 

『恐らく我とエンキは道を違えるであろう』

『そんな……私達はどうすれば?もう多くのアヌンナキがこの星から

『喚くな。我とてエンキ一人に遅れを取る事はないが気がかりがある、貴様達は我が居なくとも真に人間が幸福な生涯を送れる世を作れ」

『……御身の意志のままに』

『全なる一による人類の統合、愚かな人類が平和を望むならそれ以外に道などない。我が僕ならば必ず成し遂げよ』

『はい、シェム・ハ様』

 

その後エンキとシェム・ハが道を違え、月にバラルの呪詛が刻まれると巫女達はお互いに通じ合えていた統一言語を失い、フィーネもすぐに巫女達の前から消えると混乱が起きた。

 

誰もがフィーネとエンキの仲は分かっていた。だからこそ民を平等に慈しむシェム・ハは特別階級になりかねないフィーネを疎み、エンキは強硬な手を使うシェム・ハと対立していたが、フィーネを含む巫女達は争いの元凶がフィーネであるとは当時は知る由もなかった。

 

故にフィーネはエンキとの再会を望んで月を穿たんとし、三人はラルゴの未来視によって知ったフィーネの計画の破綻という未来を救う為、巫女達の中で意志のある者を集めてフィーネの援助の為に数千年の時を掛けて現代までその想いを繋いできた。

 

人々の心を繋ぐ事ができるセイキロス、人類の調和の先にある新たな統一言語ならばフィーネの願いも叶えられる。フィーネに救われた巫女達はそう信じていたが、結果は別のフィーネに仕えることになり、そして再び三人を突き放そうとするアリアにフォルテの怒りは限界を迎えていた。

 

「アンタ何がしたいのよ!本当に人類の為に戦うのか、またごっこ遊びしに戻んのか、ハッキリしてよ!」

「ごっこ遊び、面白い言い方ね」

「幾らフィーネだからって…!」

「二人とも落ち着くんだ!客人が来ているぞ!」

 

たとえS.O.N.Gを抜けた身でもS.O.N.Gをコケにされて苛立ちを見せたアリアとフォルテが睨み合うとラルゴが二人に静止をかけ、招待のない客人に目を向けると部屋の扉の前に立っていたのはシュルシャガナを纏った海未だった。

 

先日の出動では遂にガリィ一人になっていたからやる気を失ったかとアリアは思っていたが、海未の雰囲気から感じる闘気がこれまでとは違うというのは感じ取れた。

 

「お邪魔だった?」

「気にしないで。何か用?」

「用って言えば用かな〜」

「んなの後にしてよ」

「そこを何とかお願いできないかな〜?」

「ちっ、何よ?」

 

フォルテの威圧する様な睨みに対しても海未は普段と変わらない柔らかな笑みを浮かべたまま、

 

「フォルちゃん、私と戦ってくれない?」

 

そう言い放った。

 

「……アンタは話が分かる奴だと思ってたんだけどね」

「あ〜!?別に使徒の三人と喧嘩しようって訳じゃないよ!?ただ、其処に居るフィーネとお話したいって言っても駄目でしょ?」

「ええ、当然」

「だから、私が勝てたら少しだけお話しさせて。そうしたら私も帰るし、また一緒に人助けをしようよ」

「アタシは良いわよ、ただしアタシは殺す気でやる。フィーネも邪魔されたら次は殺していいって言ってたからね」

「……そっか〜、じゃあ二人は危ないから離れてて〜」

 

フォルテの明確な殺意に対して海未は怯みはしなかったものの、友達だと思っていた相手から怒りに満ちた声を掛けられて眉をひそめたがドルチェ達には笑顔を見せて退くように言った。本当にフォルテと戦いに来ただけというのを理解したドルチェは変わった人だと思いながらも、同時に愚かだと感じていた。

 

聖遺物を扱えるから戦闘力が高いドルチェとラルゴと違い、フォルテは生粋の武闘派で装者候補生が数人がかりでも遅れを取らなかったのに今更一人で何をしようというのか。パソコンを貰った借りがあるとはいえ、姉の機嫌を優先したドルチェは2人を止める事はなく、睨み合う二人を遮る物は全て退かされた。

 

「いつでもどうぞ」

「オッケ〜、それじゃあ全力で行くよ〜!」

 

ゲイボルグを顕現させて構えたフォルテは先手を海未に譲ると海未は一呼吸置き、両手で構えたチェーンソーをフル回転させると同時に心の歌を周囲に響き渡らせた。

 

「《エンジン全開 覚悟しな》!」

 

海未が歌い出しと同時に回転するチェーンソーの刃を地面に喰い込ませると地面を這うように高速移動し、前回戦った時とは違う戦術にフォルテは一瞬動揺したものの、近付いてきた海未に槍を突き出すと海未は突きの下を掻い潜って穂先を蹴り上げた。

 

早々に決着が付く、そう考えていたアリアも海未の動きの変わり様に驚いていて、何故一人で戦う事を許されたのか気付くのにはそう掛からなかった。

海未のチェーンソーの動きは小回りの効く空との連携を前提に敵武装の破壊を目的とした大振りが基本だった。それが今ではチェーンソーという武器の特徴を理解し、格闘術を織り混ぜる事で僅かな隙さえも潰している。

 

その動きでは空が攻撃を差し込む隙はない、つまりザババのユニゾンに頼らない海未自身の力を引き出す為の戦い方を海未が受け入れたという事だ。フォルテが押されている事よりも海未がそんな戦い方を受け入れた事の方が余程衝撃だった。

 

「《ハートをくり抜く衝動 感じさせてやる》!」

「耳元でうっさいなぁ!」

「っとと、《他の誰もが敵でも 知るもんか》!」

 

想像以上に小回りの効いた海未の立ち回りに更に苛立ちを覚え、槍で薙ぎ払おうとすると海未のチェーンソーが小型のチェーンソー二本に分裂し、槍を挟み込むように受け止めて火花を散らすとフォルテは慌てて海未を蹴り飛ばして距離を置いた。

 

アームドギアの変形、律の剣やクリスの銃のようにアームドギアは装者が望む形に変わるがその形には当然意味がある。譜吹姉妹の道を邪魔する何もかもを破壊していた海未のチェーンソーが変わり、一人でも戦えるようになったのは海未が周囲に甘えるだけの戦い方では護れないモノがあったから。

 

「《邪魔をするなら私と踊ろう》!」

 

チェーンソーの回転刃により触れるだけでも高火力、その軌道も片方のチェーンソーで地面を抉る事で急激に体勢を変えて複雑化し、間合いを詰められ過ぎると見切りやすい槍の欠点を突いた手数を稼ぐ戦い方にフォルテは苦戦を強いられていた。

 

だが、当然フォルテも打つ手は残していた。

 

「そんなに歌いたきゃ口だけ残してやんよ!」

「《八裂きっ、キャァッ!?

 

完全聖遺物ゲイボルグの神威を発揮して超至近距離でも突きを放つと穂先から30にも及ぶ稲妻が海未を襲い、咄嗟に巨大な丸鋸に変形させ盾のように構えて防ごうとしたものの、必中の稲妻はその防御を貫通して海未の身体を貫いた。

 

その苦痛に歪む表情を見ていて拳を握っているのはアリアだけではなく、S.O.N.G本部の司令室に集められ中央画面を見ている他の装者候補生も同様だった。

 

「何考えてるんですか!?海未一人で勝てる訳がないでしょ!?」

「あの三人は情けはかけてくれません!本当に殺されますよ!」

「………」

 

深い傷から目覚めた静香と空、そしてシンフォギアを手放した律。それぞれフォルテとの戦闘経験があるからこそ海未では勝てないと翼に抗議したが、翼は腕を組んだまま撤退の指示は出さず、三人は救出に向かおうとしてもシンフォギアを持たない状態で行っては邪魔になるだけというのは当然理解していた。

 

「お前達が家族を、親友を取り戻す為に早る気持ちは察そう。だがその軽率な行動が仲間に負担を掛け、安易な判断が仲間を危機に晒した。私達の立場なぞ気にする必要はないが、海未はお前達の代わりに本当は戦いたくないフォルテと戦う事を決心したんだ。そこまでされて尚、まだ恥を晒すか?」

「っ、だからといって海未が死ぬくらいなら幾らでも恥をかきます!海未は私の大事な

「その家族を残して一人死地に向かったうつけは誰だ!」

 

子供達の背中を押す、その立場に徹することを決めた翼はS.O.N.Gの立場よりも自分達の行いの責任を全て海未が背負っているのだと分からせ、悔しさと同時に言い返せない三人は海未が戦っている映像を見るしかなかった。

 

身体を稲妻が貫き、シンフォギアの防御機構が身体の損傷を防いだものの負荷は大きく膝を付き、咳き込みながら血を吐くと周囲に響く心の歌にはノイズが走り始めた。

 

「《過去はッゥ…殺しても蘇る」

「アンタ等が居るとフィーネが駄々こねんの。だからさっぱり忘れられるようアンタから殺してあげる!」

「ゾンビみたいだね》ェッ!?」

 

再びゲイボルグの突きが放たれ、身体が言うことを聞かない海未は床にチェーンソーを突き立てて無理矢理身体を移動させたものの、移動の反動を殺し切れず手からアームドギアを零した海未は床の上を転がった。

 

この数日、何度も床の上に倒れ込んできた海未は最早反射的に立ち上がり、身体の損傷具合が眼で分かるフォルテはまだ立ち上がってくることに驚いたが心の歌は既に響いておらず瀕死の状態には変わらなかった。

 

「もう其処に立ってなって。痛くしないから」

「私ね……『ティナ』の事全然怒ってないよ」

「あん?」

「だってティナが自分で決めた事だもん……私は応援したい…」

 

誰もがアリアの奪還を望んでいた中、最初からそうなる事を望んでいなかった海未は二人の戦いを見ているアリアにその想いを伝え続けた。

 

「世界平和だって……ティナならきっと出来るよ…」

「………」

「泣き落とし?くだんない」

「でもね…」

 

海未の言葉をアリアの情に訴えてかけているのだと判断したフォルテは直ぐにその口を塞ごうと距離を詰め、心臓を目掛けて突きを放った。だが海未は瀕死の身でも自分から一歩距離を詰めて無数の突きが放たれる前に手で穂先を掴み取った。

 

突然な事に動揺したフォルテが槍を動かそうとしても微動だにせず、次第に海未のシンフォギアが黒く染まっていく現象を目にしてアリアは目を見開いていた。

 

「此奴ッ!?急に何なの!?」

「皆泣いてたよ……ティナが何の相談もしなかったから………皆自分の所為だって…」

「姉さん離れて!シンフォギアの様子がおかしい、自爆かも!」

「往生際の悪い奴ね!」

 

演算機の扱いに長けたドルチェがシンフォギアの封印が閉じられフォニックゲインの流れが急激に変わっている事に気付き、全員を巻き込んだ自爆と判断するとフォルテはすぐに槍を手放して距離を置いた。

 

だがシンフォギアには自爆機能なんて付いていない。絶唱でさえも歌わなければ使えない事を知っているアリアは瀕死になろうと未だ真っ直ぐ見詰めてくる海未から目を逸らすことができなかった。

 

「ティナが何したって怒んないし……応援するけどね…」

「もう消えなって!」

 

フォルテはドルチェが持つ神の雷矢が込められたボウガンを受け取り照準を海未に向け、躊躇いなく引き金を引くと空気を引き裂く凄まじい轟音を立てて放たれた雷矢は海未を襲った。

 

けれど、いつも側にいる空の為に心の奥底に眠らせていた過去の記憶、そしてアリアへの怒りが心の歌に重く深い音を増やすと右腕全体が黒く染まり、槍を投げ捨ててから雷矢を正面から受け止めて握り潰すとフォルテ達は唖然としていた。

 

「私の家族を泣かせた事だけは、それだけは絶対に許せないのッ!」

 

海未はアリアの行動が齎した家族の涙だけは許せないと吠え上げて胸のペンダントに手を添えると、フォルテもすぐに次弾を装填し、今度は質よりも量で攻めようと引金を引き続けて雷矢を乱射した。

 

だが、海未はそれを眼中にも入れずにペンダントの両翼を押し込んで今は無きドヴェルグ=ダインの遺産を用いる事で機能していた決戦ブースターの名を叫んだ。

 

「『イグナイトモジュール』、抜剣ッ!」

 

 

 

 

 

『切ちゃんは倒せそう?』

『無理だよぉ……シンフォギアが全然保たないしぃ…』

『シンフォギアが強化されれば勝てる?』 

『そりゃぁ……多分…』

 

結局、切ちゃんとの勝負は勝負にさえならなかった。

 

イガリマとダウルダヴラのダブルコントラクトはフォニックゲインの増強による錬金術の連発だけでも厄介なのに、切ちゃんは遠慮なく太陽錬成まで使ってくるんだ。

 

切ちゃんも本気ではないにしろビー玉サイズの球体に触れるだけでシンフォギア諸共吹っ飛ぶんだから戦いにもならない。

 

それをずっと見ていたしらしらは私が更衣室で着替えていると話し掛けてきて、強化する方法があるような口振りだけど、一番現実的なリビルドでさえ簡単に出来るものじゃない。

 

『イグナイトモジュールって知ってる?』

『暴走状態に意図的に引き起こして、コントロールする奴でしょ?でも肝心なダインスレイヴが無いし〜』

『無くても出来るよ』

『どうやって?』

『ダインスレイヴは心の奥底にある闇を解き放つ。前はその呪いを利用して暴走状態を引き出してたけど、制御機構自体はシンフォギアに備えられてる。つまり』

『自分で暴走状態になって、その状態を保ちながら理性も保つって事?』

『そう』

 

その理屈なら確かにイグナイトモジュールは使えるかもしれない。けど暴走状態になる程の不安定な感情のままシンフォギアの制御なんて出来るわけがない。

 

ダインスレイヴで無理矢理心の闇を引き出すからそれを制御する心が大事だったのに、これじゃあ一人二役でしかも同時に舞台に立ってるようなもんだ。そんなの滑稽以外の何者でもない。

 

『暴走するか不発になるかがオチだよ……』

『試す価値はある。それに海未なら制御できる』

『何でそんな事言い切れるのぉ……?』

『普段からしてるから』

『そんな事してないよぉ……』

『……海未は自分の家族を殺した時の事、思い出せる?』

 

もっと現実的に強くなる方法はないかと考えようとしたその時、しらしらからとんでもない言葉が飛んできて、何かを考える前に私はしらしらの胸倉を掴んでロッカーに叩きつけてた。

 

『違う……!私はパパとママを殺してなんか…!』

『エルフナインが空から聞いた話を無理矢理聞き出した。海未が引き金を引いたって』

『違うッ!私は殺してないッ!私じゃない!絶対に私じゃない!』

『いつもその事を思い出して泣いていて、空が泣き止むまでずっと側にいた。だから海未はその事を忘れようと必死に心の奥底に埋めようとした。その記憶よりも怖いモノで蓋をしようとした。だから怖い映画ばかりを見て、自分の記憶を書き換えようとした』

『違う違う違う違う違うッ!私は殺してなんかないッ!』

 

それ以上聞きたくなかった。

 

それ以上聞いてたらまた泣いてしまう、また空に迷惑を掛けてしまう。しらしらの口を黙らせようと無我夢中で拳を振るい、防げた筈のしらしらは避ける事もせずにロッカーごと倒れて激しい音が室内に響いた。

 

すると途端に目の前の現実に引き戻され、しらしらの口が切れて血が出して倒れているのに気付くと涙が溢れてきて膝から崩れ落ちた。

 

しらしらを殴ったって何も変わらないのに、悪いのはいつも私だったのに、泣き止まなきゃいけないのは私なのに暴力で解決しようとした自分が嫌で泣きじゃくると、しらしらは殴られたというのに私を抱き締めてくれた。

 

『誰も海未を責めてない。海未は自分で何とかしようと頑張って、それが今までずっと出来てた。だから海未なら出来ると思うの』

『嫌だよ……思い出したくないよ…!』

『たとえ思い出して暴走しても、誰かを傷付ける前に私が必ず止めてまた抱き締める。何度だって海未は悪戯好きだけど素直で優しくて誰かの為に頑張れる子だって思い出させてあげる。だからそんな自分を信じて、海未は絶対に家族を傷付けるような子じゃない』

 

絶対に思い出したくないあの日の記憶。でもパパとママが目の前で居なくなったあの日の恐怖が、今の私にとって大事な家族を守る為の力になるかもしれない。 

 

『ホントに私に出来ると思うの…?ホントに私ならみんなを助けられるの…?』

 

優しかったパパとママなら、私の事を何て言うのかな。

 

『一番心が強い海未にしか出来ないと思ってる』

 

私に頑張れって言ってくれるのかな?

 

 

 

『GAAAAA!』

「海未さんのフォニックゲインに急激な乱れ、このままでは暴走します!」

「制御機構が海未さんの感情の爆発を受け止め切れていません!」

 

心の奥底に沈めていたトラウマを自分で掘り起こした海未は全身を包み込むシンフォギアの形を保ち切れず、黒く液状化して人ならざる者の姿になりながら強烈な咆哮を上げた。

 

フォルテ達もあまりの絶叫に耳を塞いでいたが機械越しにも胸の奥にまで響く悲痛な叫び声、家族を失ったあの日の海未の悲しみを知っている空は耐え切れずイガリマを持つ切歌に詰め寄った。

 

「お願いします!イガリマを貸してください!」

「……駄目デス。今行って、何が出来るんデスか?」

「何も出来ないかもしれないけど!海未が泣いてるのに黙っていられません!」

「今の空に海未の為に何が出来るんですか?一人で突っ走って、大事な妹を置き去りしようとしたのは空自身デス。今の空に出来るのは海未が自分に負けないよう応援してあげる事くらいデスよ」

 

皆の為にアリアを連れ戻したかった、その想いは理解しながらもその為に海未の想いを犠牲にしようとした事を許せずにいる切歌はイガリマを纏う事を認めず、居てもたっても居られない空はすぐに分析官のヘッドフォンを奪った。

 

「海未、自分に負けないで!海未は強い子でしょ!」

『GAAAッ…!』

「お願い!私を許してくれなくてもいい!けど今だけは頑張って帰って来て!」

「っ、海未さんの波形の乱れが急激に下がっています!」

「制御機構、稼働確認!装甲が形成されています!」

「海未、頑張って!」

 

空の声が暴走する海未の心の中にも響き渡り、荒れる感情の大波に波紋となって広がると海未の心の中で再び音楽が鳴り始め、自分の闇と直面した海未は何度も心のエンジンを吹かそうと足掻いていた。

 

パパとママが死んでから何もかもが変わった、だけどずっと側にいてくれた家族が私の事を呼んでる。私の家族が泣いているのに私も泣いていたら誰がその涙を拭いてあげられるんだ。

 

『《怖くてもっ……泣いたってぇ…いいんだよ…頼ってね…》!』

「そうよ海未!自分を信じて歌って!」

 

私は皆に頼られる装者になるって決めたんだ!

 

「《私の鼓動で》!」

「私達の想いをティナに伝えてッ!」

 

私は家族を守るって決めたんだッ!

 

『《君を守るから》ァァァ!』

 

そして空の呼ぶ声と同時にスターターの紐を全力で引き上げると、これまで恐れ隠してきた心の闇さえも動力に変えた海未の心が猛烈な火を吹き、海未を覆っていた黒い液体を蒸発させるとその熱にフォルテ達も怯んだ。

 

そして心の闇が蒸発したその下から現れた海未の装甲は大部分が黒く染まっていて、皆が後から付いて来られるように道を切り拓くと決めた海未を後押しするように全身のありとあらゆる場所に駆動輪を模した機構が施されていた。

 

「ラルゴ、盾貸して!」

「《闇夜に煌めき 世界を照らせば 先へ進める!》」

 

ドルチェのボウガンだけでは討ち取れないと判断したフォルテはラルゴが持つどんな攻撃でさえも受け止める盾を奪い、二人から距離を取ると理性を取り戻した海未は巨大なチェーンソーを構えて斬り掛かった。

 

その攻撃を盾で受け止めるとその衝撃は床にまで伝わってひび割れたものの、皮七枚を引き裂かれて火花を散らしながらも伝承通り皮一枚でチェーンソーを受け止め、その脇からボウガンを構えた。

 

だがチェーンソーが受け止められた事を感知した関節の駆動輪が火花を散らしながら回転し、受け止めた盾ごと押し潰さんばかりの力を発揮するとフォルテは振り下ろされるがままに下の階へと叩き落とされた。

 

「ッゥ!?アイアスが折れてんじゃん!?」

「《一緒なら走れる 道があるから》!」

 

防いでいた筈のアイアスの盾もシュルシャガナの無限軌道の前に折れ、追いかけてきた海未の有無を言わせない絶対の破壊の前にフォルテは防戦一方になり、壁や床を斬りつけようとも一切気にも留めない海未の攻撃に次第に城全体にも亀裂が入り始めた。

 

「何をやった所でフィーネはアタシ等の味方だっての!」

「違う!ティナは皆の味方、フォルちゃん達だけの味方なんかになる訳ない!」

「んなの一緒でしょ!アンタ等のごっこ遊びに飽きたから、本気で世界を変えようとするアタシ等に付いた!何でそれが分かんないのよ!」

「ティナはごっこ遊びだなんて思ってない!憧れた人が歩いてきた道をそんな言い方するような子じゃない!」

 

これまでS.O.N.Gで命懸けで人命救助を行ってきたアリアの心を信じている海未はフォルテの言葉を真っ向から否定し、それが気に喰わないフォルテは避けるのをやめて一点集中の矢を放つと海未もそれを形を変えた丸鋸で軌道を逸らした。

 

だが逸らした後には目の前にいた筈のフォルテが忽然と姿を消していて、周囲を見回しても高速移動の類ではなく転移したのだと気付いた。S.O.N.G本部の分析官達も即座に解析して結果を伝えようとしたけれど、背後の壁向こうで空気の流れが変わった事を察知してチェーンソーに戻して振り下ろした。

 

その瞬間目の前の壁を塵にしながら紅い稲妻が海未に襲いかかり、幾本もの稲妻が身体を掠めて痛みが走りチェーンソーが受け止めている稲妻に身体を押されながらも、海未は自分の歌を歌う事をやめなかった。

 

「《朝日が煌めき 空を照らせば 笑顔もみせてね》!」

「世界の調和を認めないならS.O.N.Gは敵だ!アンタ等がその道を選んだ事を忘れんじゃないわよ!」

 

丸鋸で防いだ時は貫かれ、律が剣で叩き落とした時は触れることが出来たことから『凡ゆる防御行為を貫通する稲妻』だと理解した海未のチェーンソーの回転刃は少しずつ稲妻を削り取っていった。

 

たとえS.O.N.Gとバベルの使徒の道が違える結果になっても、私が間違ってるならしらしらが止めてくれる。私の背中を押してくれる大人達が止めてくれる。だから私は今出せる全てを力に変えるって決めたんだ!

 

「《君が笑う為なら 私も頑張るから》!」

 

そして稲妻を完全に削り切ったチェーンソーが地面を全力で叩くと、城に入っていた亀裂は下の旧都庁にも広がっていき、一つ目の稲妻を削り切った海未の前には、新たに無数の稲妻が迫っていた。

 

だか、海未も持てる全てのフォニックゲインをチェーンソーに振り分け、自分の足を軸に高速で回転し始めるとその回転に合わせてチェーンソーは次第に大きくなっていき、その刃は稲妻だけではなく遮るもの全てを削り斬る無限の刃と化した。

 

「《明日も笑っていてね》ェェェェッ!」

 

『stand by chainsaw』

 

城壁と稲妻、海未の邪魔をする全ての逆境を回天する刃が切り裂き、受け止めようとしたフォルテのゲイボルグさえも完全に折ると最早通用する攻撃と防御の手段はないと判断したフォルテはドルチェ達の元に戻った。

 

そして城が崩れる前にアリアも連れて行こうとしたけれど、フォルテが負けた際の約束を果たす為に動こうとしないアリアを睨みながら転移した。

 

海未の容赦ない攻撃を受け続けたチフォージュシャトー城が少しずつ崩れ始め、初めてのイグナイトモードに力を使い果たした海未は崩れた床を伝って下の階から這い上がって行くと、アリアは初めて椅子から立ち上がって海未を引っ張り上げると労うように海未に笑ってみせた。

 

「強くなったのね」

「ティナのお陰でね〜」

 

ボロボロになりながらも自分と話す為に誰も勝てなかったフォルテを降した海未にもっと言葉を掛けようとしたけれど、自分の始めた事に責任を持ち今回の件で自分がやるべき事を明確に見つけたアリアは笑みを収めた。

 

「それで、私に言いたい事って何かしら?」

「カナちゃんに会いに行って、ちゃんとティナの口から説明してあげて。凄く心配してたよ」

「その為だけに、フォルテと戦ったの?」

「ティナにとってカナちゃんは凄く大事な人だもん。今度カナちゃんを泣かせたら許さないからね〜」

「………ありがとう、海未」

「ティナも出来ればS.O.N.Gとは仲良くしてね〜」

 

奏の想いを伝える為に来た海未はそう言い残し、崩れた壁から下へ降りていくと城に残されたアリアはその想いを汲む為に海未が降りていく姿を見送った。

 

海未の想いも、フォルテの想いも分かってる。その上で何方が正しいかなんて私が決める事ではない。だけどフォルテは邪魔するモノを排除するという立場を見せた以上、私の願ってきた正義とは違う。

かつては統一言語を封じる為に使われた呪詛を反転させる、それが出来ればきっとこの世界は誰もが分かり合えて悲しみが生まれない世界になる。

 

「私が、もう一度バラルの呪詛を作ってみせる」

 

『絶対正義』という人類の果てなき夢の成就。

 

崩れゆく銀城から空に浮かぶ月を見上げ、為すべき事を見つけたアリアは拳を握り締めて己の宿命に立ち向かう事を決心した。

 




チェーンソー→回転する刃→回天する刃
そもそもシンフォギアはRN式回天特機装束だけど、そこから拾ってきました。時に自分の才能が恐ろしくなる……


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「Vitalization」

ダインスレイヴ無しでのイグナイト化に成功した海未によってフォルテは敗北し、他の装者候補生達は自分達もイグナイトモジュールを使おうとするが、装者になった海未によって禁止されてしまう。

己に足りない物は何か、本当に必要だった物は何か、改造執刀医がバラルの使徒のみに与えた聖鎧を前に二人の覚悟が試される。


 

『二人のアホ〜!』

 

今は無きドヴェルグ=ダインの遺産を用いずに達したイグナイトモードで海未はフォルテを倒し、ようやくティナに私達の思いを伝えられてから一夜明けたけど、海未も今回ばかりは中々許してはくれず私が起きた時には隣には居なかった。

 

 

 

ボロボロになりながらも本部に帰って来た海未を切歌さん達は勿論司令も労っていて、今回が命懸けで勝算も少なかった戦いの中で海未が自分に打ち勝ったのだから当然だ。

 

私達が勝手に戦っても勝てなかった相手を殺さずに倒し、ティナまで辿り着いたのは律にとっても衝撃だったのかいつの間にか居なくなっていて、海未は私達の前にやってくるといつもと変わらない笑顔を向けてくれた。

 

『怪我は大丈夫〜?』

『はい………ご迷惑を掛けてすみませんでした…』

『気にしない気にしない〜。空も元気そうだし、良かった良かった。でも駄目だよ〜、勝手に戦ったりしちゃ』

『今の海未には何も言い返せないわ、本当に強くなったわね』

『えへへ〜』

 

元々ザババのユニゾンを前提で訓練していたのに一人でもあんなに戦えて、歌も一緒に歌っている時と違ったから海未も心の底から一人でも強くなろうと努力したんだ。

 

それを褒められないような嫌な姉にはなりたくなかったし、静香も後ろめたさがあったから当然私達はそれを褒めた。

 

『凄く頑張ったのね』

『うんうん、めちゃんこ頑張ったよ〜』

『切歌さんに稽古を付けてもらったの?』

『そうだよ〜』

『戦い方は雪音先輩?』

『そうだけどぉ……』

『イグナイトってペンダントの羽根を押し込むと起動するの?』

『イグナイトモジュールはどうやったら使えますか?』

 

私達だって強くなりたい、その気持ちがちょっと前に出過ぎたのか私達が詰め寄ろうとするとそれを聞いていた海未は手をパンッと叩いた。何かと私達が目を丸くしていると海未は腕を組んでから『二人とも、正座』と言い出した。

 

何故そんな事を言い出すのよく分からないから私達もお互い目を合わせていると『正座ッ!』とフォルテと戦っていた時くらいの覇気で命令された。思わず私達は司令室で正座をさせられるとクリスさん達は可笑しそうに笑っていたけど、海未の表情は全然笑い事で済ませてくれる雰囲気ではなかった。

 

『まだ分かってないの?』

『何がですか?』

『またそうやって無理する為に強くなろうとしてる。私がそんな事して欲しくてフォルちゃんと戦ったと思ってるの?』

『そうは言ってもこのまま海未ばかりに負担を掛ける訳にはいかないじゃない。イグナイトだって……海未に使って欲しい力ではないし』

『っ、そりゃ私も使いたくないけどさ〜、皆が無茶するから私も仕方なく使っただけなんだよ〜?それを使い方は〜とか、どうすれば〜とか、そんな事聞かれて嬉しいと思う?』

 

珍しくお怒りモードの海未を前に私達も少し下手に出ると海未もすぐに怒りの矛先は下げてくれて、そこが攻め時だと思った私達は視線を配ってお互い海未を言いくるめる手に出た。

 

『それは分かってる。でも海未一人に無茶はさせられないわよ』

『私達も出来た方が絶対良い筈、私達も強くなればきっとアリアさんも考えを変えてくれる筈です』

『う〜ん……そうじゃないんだよなぁ…』

『それに私は海未のお姉ちゃんなのよ?海未に負けたままではいたくないわ』

『私も、海未さんに負けていられない』

『………結局、強くなりたいからイグナイトを使いたいんでしょ?』

『『当然』』

 

そこからは海未は普段の優しくておっとりした可愛い喋り方から一転して捲し立てるように私達を不慣れな罵倒で罵り、『絶対にイグナイトモジュールは使わせないから!あと私は装者で二人はただの職員だから敬語で話して!それに二人がシンフォギアを使うのも私が監督するし、変なことしたらすぐに手錠掛けて牢屋に入れてやるんだから!』と早口で言うと司令室から出て行ってしまった。

 

まさかそこまで怒らせてしまうとは思わず、司令達にどうしたらと目で訴えても『海未の言う通りだ。装者候補生制度が凍結された今、二人は分析官でもなければ機動隊員でもないS.O.N.Gに身を置くただの見習い同然。装者をこれ以上怒らせないよう精進するんだな』と投げ出されてしまった。

 

「うっす、空。サボって何やってたんだよ?」

「内緒〜」

「ウチもアンタ等みたいに好きに休みたいよ」

「好きで休んでる訳じゃないってば〜」

 

部屋に帰っても口も聞いてくれないし、寝る前の日課さえさせてくれない。今回ばかりは本気で怒らせてしまい、流石に申し訳なく思いながら私も学校に通うとクラスメイトの桐生直は暫く休んでいた私に心配をする声を掛けてくれた。

 

家の用事という事で海未が話を通してくれていたから私もそれに乗っかったけど、直が気にしているのがその海未が私と一緒に居ないからだろう。

 

「そんで?海未と喧嘩でもしたの?」

「そんなとこかな〜。私が悪い事だし、気にしなくていいよ〜」

「マジ?あれ結構ブチギレてね?」

「ちょっと機嫌が悪いだけだよ〜」

「だといいけど、アンタが悪いなら謝んなよ」

 

勘のいい直は普段と然程変わらない様子の海未を見て相当怒っているのに気付いてるみたいで、謝るように勧めてきたけど海未が怒る理由も分かってる。海未だって血の滲む努力と思い出しくないトラウマを乗り越えてようやく引き出せた力なんだ。それを初めから頼るなんて嫌な気になるのも分かってる。

 

ただ、幾ら謝っても許してくれなかったし、口も聞いてくれないんだから仲直りのしようもないから困ってるんだ。

 

「アンタ等でも喧嘩すんだね」

「こんなに怒らせたのは初めてだよ〜」

「アタシも妹と喧嘩ばっかだけど、プリンの一個でも持ってきゃ仲直りできるもんなんだけどな」

「いいね〜、仲睦まじくて〜」

「アンタも何か献上したら許してくれるって」

 

事情を知らない直は気さくに笑っていて私としては深く受け止められるよりは有難いけど、そんな事したら余計に怒らせそうだから胸の中に案として仕舞っておこう。

 

そうして久々の学校生活はあっという間に過ぎていき、放課後になると学校の前には私の行動を制限する為にわざわざ迎えの車が来て本部まで直行で連れ帰られ、私の信用は地に落ちているのだと実感させられた。

 

律は相変わらずS.O.N.Gに顔を出すつもりはないようだけど、私は海未に追い付くまではどんな特訓にだって耐えるつもりだった。つもりだったけど、

 

「あの、本気で竹刀でするつもりですか?」

「ああ、久し振りにシンフォギアを使ったみたが感覚が鈍っていたからな。練習がてら相手をしてやろう」

 

訓練室に連れて来られた私と静香の前に立っているのは珍しくジャージに袖を通した風鳴司令本人で、片手に竹刀を構えているが対する私達は当然シンフォギアを纏っている。

 

イガリマとダウルダヴラのダブルコントラクトを扱える切歌さん。仮にもイグナイトモードでしか倒せなかったガリィ。今は適合率が下がっていても元々は数十万のノイズを一人で相手ができたクリスさん。怪物揃いのS.O.N.Gの中でもそれを束ねる風鳴司令が格別に強いことは当然知っているけど、流石にシンフォギアで生身相手を痛め付けるのは気が引ける。

 

「爆発物控えめでね〜」

「分かってますよ」

「作戦会議は終わったか?それなら何処からでも打ってこい」

「………先手必勝!」

「あっ、卑怯ですよ!」

 

痛めつけるのは気が引けるから一撃で仕留めようと鎖を地面に打ち込んでから一気に距離を詰め、私の鎌と風鳴司令の背後から這い出て襲い掛かる寸胴の挟み撃ちを仕掛けた。静香に手柄はあげたくないから不意を突いての攻撃に司令は動こうとはせずそのまま私の間合いに入ったその瞬間、風鳴司令の姿が見えなくなった。

 

司令の背後から襲っていた筈の寸胴は粉々に砕かれていて、微かな風を肌で感じると同時にシンフォギアの装甲も全て砕け散り、バックファイアを喰らって膝を付くとようやく背後に風鳴司令が立っている事に気付いた。

 

「生身に後の先を合わせられた…!?」

「未だ頑冥不霊の域から出られないか。何故お前達よりも不真面目だった海未に二人が劣っているのか、それに気付けぬようなら装者には向かないな」

「ならこれも打ち落としてみたらどうですか!」

 

愚か者呼ばわりされ、しかも海未に劣っているとまで言われた静香は早速火薬箱に手を突っ込むと掴める限りの小型ミサイルを空中に放り、一斉に点火して風鳴司令へと迫った。

 

だけど風鳴司令が竹刀で横に一閃を振るうと一拍置いた後に風が吹き荒れ、ミサイルは尽くその軌道をズラされると風鳴司令ではなく私の方に数発飛んできたから思わず跳び退いた。

 

「危ないでしょ〜!?」

「す、すみません!」

「今のが一般市民なら死んでいるぞ」

「一般市民が居たら使いません!」

「そうか。仲間なら良いと思ったか」

「そういう訳じゃ…!」

「お前達は優秀だ。だがそれ故に仲間を蔑ろにし、巻き込んでも避けるだろうと安易な考えで行動に移す。私達の頃とは違い、お互いに実力を把握しているからこそ起きる弊害だな。だがそれがガリィがアリアと律を同時に手玉に取れた理由でもある」

 

以前テスラ財団に潜入したガリィとティナ達が砂漠で戦った時、ガリィは多く見積もっても律と同じくらいの戦闘力だと思っていたのにティナも纏めて相手をしても引けを取らなかった。

 

二対一じゃなくて二人対一人、私達の共闘はお互いの隙を潰し合うだけで真の意味でお互いの強みを活かし切れてはいない。そこを突け込まれる程私達も弱くはない筈なのに、風鳴司令の前ではこうも簡単に捻られるのなんて。

 

「アリアが連れ戻す、その甘さが命取りだ」

「煩いッ!私は家族を取り戻す、それを邪魔されるくらいなら…!」

「ところで、良いのか?」

「何がですか!」

「もう私の間合いだぞ」

 

心を揺さぶられ冷静さを欠いていた静香に歩いて近づいていた風鳴司令が竹刀を振り下ろすと、頭をコツンと叩くだけで静香の心ごと装甲を打ち砕いて静香に膝を着かせ、風鳴司令はそれに満足したように訓練室から出て行ってしまった。

 

初めから勝ち目なんて無かった。風鳴司令は私達がフォルテ達に負けてからまだ何も変わっていないと知らしめたかったのだろう。ティナを連れ戻したいという想いは静香と一緒なのに、私と静香の心が通じ合うわけがないからわざわざ同時に。

 

悔しい、でもそれ以上に何も出来なかった自分に腹が立つ。

 

「ほら、立てる?」

「一人で特訓します……」

「………分かった。気が済んだら戻って来るのよ」

 

静香に手を差し伸ばしても払い退けられ、一人で居たいのだろうからそのままにして私も訓練室から出ると、扉の向こうからは建物が揺れる程の爆発と一緒に静香の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。

 

けど、私にはそれを止める資格はない。今静香が苦しんでいるのは私の所為なのだから、それを止めるにはティナを連れ戻すしかないんだ。

 

 

 

私は一体何の為にシンフォギアを纏っているんだろう。

歌で世界を救う、かつて私を育ててくれた神父が教えてくれたその言葉を信じて私は戦ってきたのに、大切な人を失うと途端に歌に力が込められなくなった。

 

こんな事なら………こんな事になるのならいっそ…

 

「静香ちゃん?」

「……何?」

「次、体育だよ?」

 

あの日以来来てなかった学校に登校すると担任の冴島先生やクラスメイトは気に掛けてくれたけど、あまり話す気分ではなかったから二、三言話すだけで詮索を振り切り、授業中ずっと窓の外を見ているとクラスメイトの桐生真が既に算数の時間が終わっていると教えてくれた。

 

普段はあまり関わりのある子はではないけど、教えてくれたのに嫌な顔をするのは失礼だから体操着に着替えたけど、運動しようという気分には全くならない。

 

「家の人と喧嘩でもしたの?」

「……そんなとこ」

「ウチも一緒。今朝姉ちゃんと喧嘩したの」

「その割には元気そう」

「いつもの事だもん、気にしてたって仕方ないよ」

 

喧嘩するほど仲が良い、それを地で行ける人が羨ましい。こっちは殺し合いまでしたのに仲が良いどころかほぼ絶縁、しかも音信不通ときたものだ。

 

「静香ちゃんは喧嘩とかしなさそうだね」

「しない、したいとも思わない」

「じゃあ何で喧嘩したの?」

「……何も分ってなかったから」

「そっか、あるあるだねー」

 

結局、私はアリアさんの事を何も知らずに甘えていたから一人で苦しんでいたアリアさんを引き止められなかった。それをあるあるの一言で返されると少しムッとしてしまい、かと言って言い返すのは大人げないから教室から出ると真も後を追ってきた。

 

「ごめんごめん、でも良かったじゃん」

「どこが?」

「その人の事、一つ分かったじゃん!」

「その所為で不仲になったんじゃ意味がない」

「仲直りすればいいよ。きっと向こうだって謝りたいと思ってるでしょ」

「もういい、この話は終わり」

 

会う事だって叶わない相手とどうやって仲直りしろと言うんだ。何も知らないのにズカズカと心の中を踏み荒らされ更に気分が悪くなってしまった。

 

これ以上感情の揺れ幅で適合率を下げたくないからさっさと下駄箱に向かうと、まだ付き纏ってくる真に肩を掴まれ遂に堪忍袋の尾が爆発四散してそれを思い切り振り払った。

 

「アリアさんと真のお姉ちゃんは違うの!謝りたいと思っても謝れないのにそんな事言われても迷惑なの!もう放っておいて!」

「いや、その……」

「何!?」

 

私達は生きる希望を与えてくれた夢を叶える為に命懸けで人を救って、大切な仲間に命を預けて戦ってる。その絆は家族よりもずっと深くて、ずっと強い。だからこそその中でも家族と呼んでくれたアリアさんが去って行くのが信じられなかった。

 

こんなに残酷な世界でも一緒に笑い合っていた大切な仲間が、口数は少なくて生意気でいつでも省エネモードの私の事を家族と呼んでくれた人が、何の相談も無しに遠くに行くなんて信じたくなかった。

 

それを謝れば許してくれるなんて、普通に生きてれば家族と会える真とは生きてる世界が…!

 

「今日体育館だよ……?」

 

ぶつけたって仕方がない怒りを真にぶつけて八つ当たりしようとしたその時、目を丸くしている真に今日の体育は体育館での授業だと告げられた。

言葉の意味を理解するのに何拍か置き、ようやく授業中に担任がそう言っていたのを確かに思い出した。

 

周りの子達も喧嘩かと顔を覗かせていて先生達も集まり始め、勝手に勘違いしてたのが恥ずかしくて顔が燃え滾りそうなくらい熱くなったからすぐに真の手を引いて体育館へと向かうと、真は怒鳴られたというのに可笑しそうに笑っていた。

 

「今日の静香ちゃん面白いね!」

「私は面白くない!」

「でも、大声出して少しは気は晴れたんじゃない?」

「………」

「今日の体育は持久走だから今日くらい全力で走んなよ!嫌な事あったら汗を流す、それが鉄板だよ!」

「熱血ドラマじゃないんだから…」

 

結局、体育の時間は真に流されるまま持久走を全力で走り切ると自己ベストと同等のタイムを記録し、先生はぜひ地区マラソンに出ないかと誘ってくれたけど当然断ったものの、自分でもこの記録には驚いた。

 

最近はずっと身体が言うことを聞かない倦怠感みたいなのが付き纏っていたのに、真に煽られると負けたくないという気持ちがずっと背中を押していた。ある意味これも怒りの力の一端なのかもしれない。

 

だけど、海未さんが手にしたのは私が今抱え込んでいる苦しみよりも遥かに重いトラウマを超えた先に手にした力。命よりも大切な家族を手に掛けた記憶を掘り起こして、自己嫌悪しながらもその過去を受け入れる度量があったからこそ海未さんはイグナイトモードを使い熟せたんだ。

 

それなら私には多分使い熟せない、私は弱いから自分を恨んで暴走してしまうかもしれない。それは司令も言っていた周りを顧みない愚かな行為、試す事さえ愚かしい。

 

でも、だとしたらどうしたら私はもっと強くなれるの?大切な家族を取り戻す為に私は何をしたらいいと言うんだ。

 

「『んで、アタシの所に来たと?』」

 

私に出来る事なら全部やった。

 

面倒くさがりなあの海未さんがやったという修行は全部やっても答えを見つけられず、海未さんは月読さんから助言を得たという話は聞いていたから私も先代の装者に助言を求めた。

 

私が装者になっても夢は諦めないと言っていた雪音先輩は私を待っていたかのように訓練室でイチイバルでの訓練を行なっていた。そのスコアは及第点には少し届かないものの、犠牲者ゼロでしかも速度は決して悪くはないが、適合率低下による単純な火力不足がスコアに響いているようだ。

 

だけどその高い技能は今でも十分通用するから何か突破口は無いかと私から話を振ると、クリス先輩は汗一つ掻かず訓練を続けながら聞いてくれた。

 

「私はどうすれば海未さんのように強くなれますか?」

「『んなのアタシに聞かれてもっと、イグナイトは海未に使うなって言われてんだろ?』」

「イグナイト以外、例えばリビルドとか」

「『一人でか?ティナみたいな自分一人でフォニックゲインを高める手段がなきゃ無理だろ』」

「何でも構いません、何か手を知りませんか?」

「『一に実戦、二に実戦、三四も実戦、五に奇跡。アタシ等はお前が思ってる程真っ当なやり方で強くなっちゃいねぇんだ。死ぬ覚悟で闘って、フォニックゲインがこれでもかって位に高まって、ようやく新しい活路を見出してきた。それを便利な道具扱いされても教えられる事なんざねぇんだよっと!』」

 

先代装者達は私達が訓練を受けていた期間よりも短い期間で様々な敵と交戦し、時に命の瀬戸際まで追い詰められるようなギリギリの戦いを強いられてきた。

だからこそ火事場の底力の引き出せて、それを常態化させる術を覚えてきたというのは理解できる。

 

でも私達にはそんな都合良く敵なんていない。S.O.N.Gがこれまで活動してきたからこそ、そんな局面には早々出会わなくなったのに今以上に強くなるなんて一体どうすればいいんだ。

 

「………なら、私はこれ以上強くなれないんですか?」

「『さぁな?アタシは競争相手に塩送る馬鹿じゃねぇし』」

「っ、なら貴女に助言を求めた私が馬鹿でしたね。失礼します」

「『ちょっと待てって!』」

 

クリスさんは訓練室で訓練を続けるだけで特に助言も聞けそうにないから階上のモニタールームから出ようとしたその時、私が手を掛けようとしていた扉のタッチパネルが背後から撃ち抜かれた。

 

思わず振り返ると切歌さんでもなければ破壊不可能とされている訓練室の壁をクリスさんは立っていた場所から正確に撃ち抜いていて、しかもタッチパネルを『貫通もせず』に的確に内部基盤でその弾痕が残されていた。

 

適合率は下がってもクリスさんはこんな芸当を熟せてしまう。もしこのまま適合率が戻る事があればきっとイチイバルの装者に返り咲かれてしまうだろう。

 

「『アタシ以外に聞いても一緒だよ。お前に教えられる事はアタシ等には何もねぇ』」

「そんなの分からないじゃないですか!私は経験も浅いし、歳だって頭一つ若い!皆よりも伸び代だってきっと…!」

「『だから言ってんだろうが!アタシ等から教えられる事はもう全部叩き込んでんだよ!』」

 

どんなに背伸びをしても私は小さい、律さんや空さんと組み手をする時も力では絶対に勝てないから正攻法は通用しない。

だからこそ私にはまだ伸び代が残っていると言おうとしたけれど、クリスさんはそれを遮ったものの私の可能性を否定するのではなく自分達の指導が既に終わっていると叫んだ。

 

クリスさんがシンフォギアを解除した事で訓練が打ち切られて訓練室のVRが消えていき、クリスさんが訓練室から出たから言葉の真意を知りたいから私もその後を追いかけた。

 

クリスさんは訓練着のまま資料室に入っていき、私も後に続いて入るとクリスさんはS.O.N.Gの内部情報を束ねるシステムに端末から接続し、装者だけに与えられるパスコードを入力すると私達では知り得ない訓練項目を見せてくれた。

 

「これがアタシ等が実際に経験した内容から考案された装者候補生用のプログラムだ。何百とある訓練を全部やってんのはお前だけだ」

「でも海未さんの修行はやった事ありませんでした!」

「アレは空を頼ってたアイツを矯正する為に作った専用メニューだ。訓練の内容を理解してるお前がやった所で何の意味もねぇよ」

「じゃあ……それじゃあ私は…」

「お前は考えうる全ての状況に対処できる一番装者に近い候補生だ。お前に足りないのは訓練でもなけりゃ、イグナイトやリビルドのようなとっておきでもない。自分の心と向き合う覚悟だ」

 

ずっと真面目に訓練をこなして、その意味を理解して、実戦で活かしてきた。

 

それでもバベルの使徒に勝てなかったのだから強くなる手段を求めていたのに、クリスさんが示したのは既に私がS.O.N.Gの要求する水準を優に満たしているという指導の限界であり、それをこなしている筈の私が勝てなかった根本的な原因を突きつけてきた。

 

「お前にとっての家族って何だ?甘えたり甘えられたりするだけか?優しくしてくれりゃ満足か?」

「………」

「家族ってのはそんな生温いもんじゃねぇんだ。それこそあの馬鹿娘達はその繋がりを証明する為に人生を賭けてた。アタシも家族の夢を鼻で笑ってた時期もある。何でも許してやる、何でも聞いてやる、それは家族ってよりも

「もういいです、そんな事ならイチイバルも必要ありません」

 

クリスさんの綺麗事に付き合う為に来たわけじゃないし、そんな理由でイチイバルが私の力にならないのならもう頼るつもりもない。私の夢は世界を歌で救う事、広義的な意味で捉えればセイキロスを扱うアリアさんの仲間になればそれも叶えることができる。

 

私をこれ以上強くできないS.O.N.Gなんかに用はないから出て行こうとするとクリスさんに肩を掴まれ、無理矢理振り向かされるとクリスさんは拳を振り上げていたけれど私の表情を見ると拳が振るわれる事はなかった。

 

「良いですね?家族を語れるだけの思い出があって。楽しいですか?家族との繋がりなんてDNA以外何も残っていない私に家族の在り方を語って」

「………」

「ええそうですよ、私はアリアさんに依存してますよ!私を家族と呼んでくれたアリアさんが大好きですよ!それの何が悪いんですか!優しくしてくれた家族の側に居たいと思う事の何が悪いって言うんですかッ!」

 

甘えるだけじゃない?優しくされるだけじゃない?そんなの知ってるし、今更言われなくたって分かってる!

だから何なの!それだけじゃなくても、それだけの魅力があるから私は追い掛けているのに、どうしてそんな水を差すんだ!

 

家族の繋がりを語るのならせめて家族が一瞬でも一緒に居た記憶のある人に語ればいい。正論を語りたいのならそれを聞いて関係を改められる家族が居る人に語ればいい。

 

家族も居ない私にそんな綺麗事を聞く理由はない、今はただ私の家族の側に居たいだけなんだ。それがS.O.N.Gの道から外れるというのなら私は喜んで装者の適性なんて捨ててやる。

 

「S.O.N.Gが私の家族を否定するなら、私は私の家族を守ります。それが嫌なら今ここで殺せばいい」

「アタシから何言っても無駄か」

「ええ、無駄です」

「……じゃあ好きにしろ」

「今までお世話になりました。次会う時に武器を交わす事にならないといいですね」

 

もう必要のない端末を資料棚に置いてから部屋から出ると外で聞いていたのか海未さんが立っていたけど、私は頭を下げるだけで言葉を交わさずその横を通り抜けた。

 

今守るべき家族が居たから海未さんが強くなれたのなら、私だって家族を守る為に誰よりも強くなってみせる。

 

私だって自分の力で家族を守ってみせる。

 

 

 

 

S.O.N.Gを抜けた静香はその足で崩れ落ちた旧都庁に向かい、警察の警備網を潜り抜けて瓦礫の山に足を踏み入れるとそれを察知したアリアがバベルの使徒を向かわせると瞬時に静香の周りを囲んだ。

 

S.O.N.Gと敵対する事を決めたバベルの使徒は新たな完全聖遺物を手にしていたが、与えられた命令はフォルテの意思とは反していて、念話だけでは足りずその場で吠えたもののアリアが一方的に会話を打ち切るとフォルテは即座に新たなアジトへ戻った。

 

ドルチェに連れられて飛んだ静香はアリアの前に現れると、フォルテが怒鳴り散らしているのを横目にアリアは静香の方を見つめたがその目は決して優しい物ではなかった。

 

『何でこいつを守る必要があんのよ!』

『S.O.N.Gを抜けた、そうでしょ?』

『んなの知ったこっちゃないわよ!』

『S.O.N.Gとの敵対は認めたけど一般市民にまでその矛先を向けていいなんて言ったかしら?』

『アンタいい加減にしないと…!』

『ドルチェ、眠る場所を用意してあげなさい』

 

フォルテの追及を無視したアリアがドルチェに部屋の案内をさせ、去り際に『学校には行きなさい』と突き放すように言い放ち、後ろからフォルテの怒鳴り声が聞こえてくる中ドルチェは静香を案内した。

 

『貴女は怒らないんですか?』

『別に。姉さんはフィーネが心配だから怒ってるだけ。シンフォギアも持たない貴女には怒る価値なんてない』

『私はティナさんの助力になる為に来た。私ならきっと貴女達よりも役に立ちますから』

『フィーネが怒っている理由も分からない癖に』

 

同じ背丈の二人が並んで歩きながらいがみ合うと先にドルチェの言葉が静香の琴線に触れ、立ち止まってからドルチェを睨み付けるとドルチェはそれに対して呆れるような視線を向けた。

 

『幼稚な貴女のお粗末なプライドが何の役に立つの?』

『口だけ達者な貴女達とは違って私はティナさんの…!』

『フィーネの名を受け継いだ彼女が貴女に頼ることは決してあり得ない。自分を貫けなかった貴女の覚悟が私の覚悟に勝ることも決してあり得ない。だから興味無い』

 

他の二人より幼くもフィーネの為に同士達が想いを繋いでくれると信じて数千年の眠りに就いたドルチェは背格好だけで同世代だと判断する静香を嘲り、静香が寝泊りする部屋まで案内すると「お子様はちゃんと学校行きなよ」と言い残して転移した。

 

誰も私の気持ちを理解しようとしてくれない。子供扱いして大切な事は教えてくれないし、私の事を頼ろうともしてくれない。そんなの私が望んでる家族じゃない。

でも、きっとティナさんなら私が期待に応えれば分かってくれる筈だ。今はS.O.N.Gを抜けるなんて荒技で仲間になったから怒ってるだけで、私がちゃんと役に立てばきっと私の事を認めてくれる筈だ。

 

静香は自分が思い描く家族を想いながらベッドに身を投げ出し、募る不安を有耶無耶にしながらベッドで眠りに付いた。次の日になるとS.O.N.G本部に置いてきた筈の教科書やバッグまで用意されていて、静香を睨み付けるフォルテが学校の裏手まで送迎すると昨日までと変わらない一日が始まった。

 

授業の内容がを頭に入れる必要も無い静香はボーッと聞き流し、昼休みに入るとそんな様子を見ていたからか真が「放課後ウチの姉ちゃんと遊びに行こうよ」と言い出した。付き合う理由はないけれど、付き合わなかった時の方が面倒なのが容易に想像できた静香は仕方なく了承した。

 

そうして放課後になると真と静香は姉と待ち合わせているファミレスに向かい、真達が着くと道路の向かい側からは真の姉である直が手を振りながら駆け寄ってきた。

 

だが直が連れてきた同級生に静香が目を丸くしていると、静香と同じように気分転換として直に誘われた空は静香が付いて来ているのを見て眉を上げた。

 

「はぇー、すっごい美人さん。姉ちゃんの友達?」

「そう、顔は可愛いんだけど変わってんの」

「ありがとう〜。そっちのおチビちゃんも、よろしくね〜」

「……ええ、よろしく」

「あれま、随分と澄ました子だね。まぁいいや、今日はアタシと空が奢ったげるから好きな物頼んでいいからね」

「やったー!」

 

静香がバベルの使徒と合流した事を知っている空は事を構えるような真似はせずに知らないフリで通し、静香も同じ様に振る舞うと何も知らずに連れてきた二人は首を傾げながらファミレスの中へと入って行った。

 

四人は店の奥へと通されると各々頼みたい物を注文し、真と直がジュースを注ぎにドリンクバーに向かうとニコニコと笑っていた空は途端に冷めた表情に変わり、静香もそれを見てすぐに動けるように身構えた。

 

「S.O.N.Gを抜けた静香さんじゃない、フィーネの手伝いに行ったんじゃないの?」

「ティナさんに言われてこうしているだけ。必要があれば私も」

「呼ばれないわよ。フィーネは絶対に静香の手を借りたりしない」

「っ、そう言ってればいい。ティナさんは私を蔑ろになんてしませんから」

「しないでしょうね。だから頼られないのよ」

「要領を得ない話し方がお好きみたいですね。言いたい事があるならハッキリ言えばいいのに」

「あらそう?昨日フィーネが静香の為に頭を下げてから荷物を持っていく時に言ってたわよ。『静香は私の仲間ではない』って」

 

静香は驚愕した。

 

静香に睨まれても何処吹く風といった空が一言一句聞き間違えられぬように吐いた言葉はそのどれもが静香の想像から逸脱していて、言い返す言葉を準備していたのに喉に詰まったまま何度も思考を回した。

 

バベルの使徒とS.O.N.Gは現状敵対関係にあり、その統領とも言えるアリアが直接本部に出向き、ましてや装者候補生の私物を持って行く等、常軌を逸している。

 

「何で…!?」

「なーに話してんの?」

 

聞きたい事が山ほどある静香が一番気になった部分を問い質そうとしたが、話に夢中になって隣に立つまで気付かなかった真から声を掛けられると言葉を無理矢理区切った。

 

「別に何でも……」

「空はコーヒーでいいんでしょ?」

「ありがとう〜」

「真、静香ちゃんの分も何か注いで来なさい」

「え〜?何で?」

「えー、じゃない。行けって言ってるの」

「ちぇ、はいはーい」

 

空と二人きりにした途端に静香の様子がおかしくなった事に気付いた直は真をドリンクバーに行かせ、席に座りながら二人に話の続きをするように目配せをした。

 

だが装者達が何も知らない一般人の前で正体を明かすわけがないと察すると、真も自分の身の上を話そうと真が離れているのを確認してから口を開いた。

 

「私、空と海未が装者なの知ってるから」

「………う〜ん、何で?」

「私達、小さい頃装者に助けられた事があるの。真は小さかったから覚えてないだろうけど、空が付けてるペンダントと同じのを金髪の人が付けてたから」

「そっか〜。そういう時代なんだね〜」

 

数年前まではノイズ災害での生存者は厳重な監視体制が敷かれ、シンフォギアという最高機密を秘匿にする為に多くの人員が導入された。

 

しかし、先代の装者達に救われた人々は元の生活に戻れても何の理由で再度狙われるのか分からず、目撃者が狙われた際に再度接触を図るのが困難な人数に達した為に『特異災害被災者社会復帰支援機関』という名目の保護機関が設立された。

 

家族を亡くした事で所在を追うのが困難になる人物をS.O.N.Gや関連する機関の職や施設に入れ、纏めて保護管理するという合理性を求めた立花響が考案した機関であり、父を亡くした真や直が通うリディアンもその一つであった。

 

「別のクラスの装者も知ってるし、気兼ねなくどうぞ」

「……ティナさんが本部に来たというのは本当なんですか?」

「わざわざ事前に連絡までして静香の荷物を取りに来たわよ」

「なのに、私を仲間じゃないと?」

「ええ。静香をS.O.N.Gに戻す為なら多少手を貸すとまで言ってたわ」

 

静香がバベルの使徒のアジトにやって来てから数時間後、S.O.N.G内は突然送られてきたアリアからの連絡に騒然としていた。

 

『静香の荷物を取りに行くので用意しておいてください』、フィーネとしてではなくアリアとして送られてきたメッセージに翼も困惑しながらも静香の着替えや勉強道具等を用意して待っていると、アリアは転移を使う事なく正面から本部へと入った。

 

多くの警備兵に囲まれても気にする事もなく司令室までやって来ると、アリアが来ると聞いて装者候補生だけではなく装者達もその場に集まっていた。

 

『言われたものは用意した。他に必要な物はあるか?』

『いいえ。ありがとうございます』

『ティナは帰って来ないデスか?』

『私は私のやるべき事をやります。フォルテ達もその為に使います』

『私達は誰が相手でも倒す。でも静香はティナの側に居たいからS.O.N.Gから抜けた。静香にとってはティナの側に居させた方が幸せなのかもしれない』

『……私は本当の事を知ってる。私の為にそうしたって事も理解してるし、多分それは間違ってなかった。でも今の私は家族よりも世界平和を選んだフィーネ、静香の想いに応えられないし静香に同じ道を歩かせるつもりもない。静香が幸せになれる道はS.O.N.Gだけだと思ってる』

 

フィーネとして、アリアとして、家族として、静香とは同じ道を歩けないと応えたアリアの視線の先に居た空はその言葉に己の意志を決めた。

 

『あの三人には装者を襲っていいと許可を出した。本気でやらないと勝てないわよ』

『……望むところよ、ティナ』

『それじゃあ、今日はもう失礼します。律も早くしないと次はフォルテに殺されるわよ』

 

装者候補生達を焚きつけるように煽るアリアに対して律は視線を逸らしたが、真実を知っても尚フィーネとしての道を歩んでいると知った空はアリアの運命を変えた事への償いが最早何の意味も無く、前に進まなければアリアまで手が届かないと理解した。

 

そして、それには静香の協力も無ければそれさえ叶わないことも。

 

 

 

 

 

「ティナのお母さんとティナを会わせなかったのは私よ」

「はい?」

「ティナと会う約束をしていたお母さんを私が会うべきじゃないって引き離した。だからティナは今の道を歩く事を決めた」

「何で…?」

「ティナがS.O.N.Gを辞めてお母さんと暮らす事を願うと思ったから」

「何でそんな事をしたんですかッ!」

 

初めは何を言ってるのか理解できなかった。

 

そもそも私達はあの日から何日も一緒に居て、その事を話すタイミングなんて幾らでもあった。ティナさんが家族に裏切られたから傷付いているのを分かっていたけど、その原因は分からないから私が必死に側に居ようとしたのを知ってる筈なのに。

 

全部引き返せなくなってから今更そんな事を言われて怒号と共に空さんの胸倉を掴むと周囲を騒然としているけど、今の私はS.O.N.Gのルールも無ければバベルの使徒として身分を隠す必要もない。

 

たとえどんな手を使ってでも事実を引き出して、ティナさんの前に連れ出さなきゃいけないんだ。

 

「ティナが何でLiNKERと適合できたか知ってる?」

「それはセイキロスが胸の中にあったから…!」

「違うわ。ティナは家族からの愛に飢え過ぎていて、LiNKERの脳に対する負荷をかき消す程の効果があったからよ。ティナの正義感も愛情を欲するあまりの歪んだ目的思考だったの。本人がそれを認めたわ」

「嘘だ……そんなの嘘に決まってる!私はティナさんの側に居た!それならティナさんは遠くへなんて行ってない!」

「それだけティナが歪んでたのよ。私もこうなるなんて思ってもみなかった。私達が側に居れば、いつか家族と過ごせるように見守れば全て丸く収まると思ってた。けどティナはもう限界を超えてたの」

 

まるで抵抗しない空さんは私からの叱責にも飄々とした態度で応えているのが気に食わず、その顔に拳を振るってもされるがままで抵抗の一つもせずに私を慰めるような目で見ていた。

 

「ごめんなさい」

「謝る相手が違う!ティナさんに謝れ!」

「ティナは私のやった事を理解してくれてるわ。きっと私が一人で突っ込んだ時の感情の揺れが念話で読み取られたんだと思う」

「なら何で私に謝るんですか!」

「静香にとって一番大切な人を奪ったからよ。静香にとって誰よりも大切な家族を私が奪ってしまった。それが怖くてずっと私一人で何とかしないとって考えて、何度もそれが裏目に出た。ティナの幸せと静香の幸せ、そんな選択になるなんて思ってなかったの」

 

ティナさんの前に突き出してやる、そんな事ばかり考えていると空さんはティナさんを悲しませた事よりも私から家族を奪ったという事を悔やんでいて、その為に何度も無茶をしたと言われると握る拳が鈍った。

 

空さんにとっても家族は大切な存在だ。たった一人しか居ない家族、私にとってのティナさんの様に海未さんの事を大切に思ってる筈なのに、空さんはそれを投げ出してでも私の為にティナさんを取り戻そうとした。

 

謝る事で何も解決できないからティナさんを取り戻そうとしていたのが空さんにとっての償いだったんだ。でも、たとえそうだとしてもティナさんは帰って来ない。私はティナさんに遠くへ行って欲しくないだけなのにどうして皆分かってくれないんだ。

 

「ちょい待ち二人、真何処行った?」

「え?」

 

周囲から異様な目で見られていても止めなかった直さんが真の姿が見えないと立ち上がると、私達も店内を見渡したけどドリンクバーとその付近には居なかった。

 

嫌な予感がする、そう感じた私達はすぐに店の外に出ると車道を挟んだ先の歩道にはドルチェが立っていた。服装も現代の服ではなく古代の絹のような巫女服を装い、その手には海未さんが破壊した筈のボウガンが再び構えられていた。

 

『やっと気付いた』

「え、な、なにこれ!?」

「バベルの使徒は念話も使えるのね」

『当然、と言ってもこれはフィーネに与えられた本物。これまで身内でしか出来なかったから』

「真を何処に攫った!」

『煩い、店の看板の上に乗せてる』

 

一般人を巻き込むような事はしない筈のバベルの使徒がS.O.N.Gと関わりのある人間を狙う気かと思ったが、心底うんざりした様子のドルチェの言う通り、真は店の場所を示す背の高い看板の上に意識を失った状態で乗せられていた。

 

「アイツ何?今流行ってるやつ?」 

『私はバベルの使徒。そして、S.O.N.Gを壊滅させるアヌンナキの巫女!』

 

ドルチェは周囲から視線を気にすることもなくボウガンを曇天の空に向けると番われた矢は青白い電撃を纏い、私達に対して初めて怒りを向けるとその引き金を引き、雲の中へと残像を残す稲妻の如き速さで矢が放たれると空から一筋の雷がドルチェに落ちた。

 

突然の落雷に周囲一帯が停電に陥り、信号も消えると道路では人が入り乱れる混乱が起きたけれど、その張本人は纏っていた巫女服が銀色の鎧へと変化していて、ヘッドギアやアームドギアは無いが私達は直感的に理解できた。

 

「シンフォギア…!?」

『逆。アヌンナキだけが錬成できた聖鎧を貴女達みたいな半人前でも纏えるようにダウングレードさせたのがシンフォギア。そして私達は仕えていたアヌンナキ、『シェム・ハ』様に聖鎧を与えられた唯一の巫女。出力も限界値も全てがシンフォギアを凌駕してる。それよりも、そっちの小さい方』

「っ!?」

『何方に付くの?S.O.N.Gなら私は命を狙う。コッチだと言うならフィーネを悲しませたくないから生かしてあげる』

 

元々捨てた命だ、別に命を失う事を恐れてない。でも折角ティナさんの側に行けたのにそれを失う事も、私が戦わず空さんが殺される事も選べる訳がない。

 

ドルチェの言う通り、私はただ自分が嫌な事に我儘を言って周りに気を使わせる事で過ごしやすい環境を作っていただけだった。本当は空さんの様に後悔するかもしれない選択でも選ぶ強さがないといけないのに、私はそれを理解するどころか罵ってしまった。

 

そんな私に今更選べなんて言われても私の手の内には何も残ってないのに……

 

「静香、ティナが戻ってくる気がないって聞いて私は安心した」

「………」

「戻るかもしれない、そんな甘い考えを捨てられた。ティナはやると決めたら最後までやり通す、だから私はその先でティナが私達と手を取り合える道を作ってあげることにしたの」

「道を作る……」

「今は交わらない道だとしてもティナにとって最善の道を作ってあげればティナは必ず同じ道を歩いてくれる。だから私はティナの為にフィーネと戦う」

 

私達の元にティナさんを連れ戻そうとしていた筈の空さんが今は一切迷いのない顔でそう言いながら、ポケットの中から取り出した物を私に投げ渡してきた。

 

それは没収された筈のイチイバルのペンダントと哲学兵装『魔弾の射手』のイヤリング。私が捨てるといった装者としての才能を空さんは持って来てくれたんだ。今日ファミレスに呼ばれたのも偶然なんかじゃない、空さんは真と直さんが姉妹だと知っていて私とも関係があるから呼び出していたんだ。

 

「何で私と真の事を…?」

「担任の先生に聞いたのよ。ティナが遠くへ行ったから誰かがティナの代わりをしなきゃいけなかったしね。そしたら静香と真ちゃんが大声で喧嘩したって聞いてビックリしたわよ」

「あ、あれは喧嘩じゃありません!」

「でもお陰で静香の事が少し分かった。静香は相変わらず頑固で偏屈で融通が利かなくて、その癖メンタルも弱い」

「ボロボロに言ってくれますね…!」

「けど私が選んで後悔した選択も、ティナが進むと決めた道を認めることも、最後には立ち上がってくれるって信じられた。静香、ティナの為に『フィーネ』を倒すの手伝ってくれない?」

 

ティナさんとフィーネ、身体は同一人物だけどその向かう先は違う。ティナさんは家族との幸せを選びたかった、その道に帰る事だって出来たのにフィーネとして世界平和を願った。

 

フィーネの望む世界の在り方が正しいかなんて私には分からない。けど、それがティナさんが望む世界じゃないのなら私は家族の為に戦わなきゃいけない。フィーネという器を破壊してティナさんがティナさんとして生きられるように。

 

もう一度ティナさんが笑えるように。

 

『覚悟は決まった?』

「私はS.O.N.Gの隊員として、イチイバルの装者としてバベルの使徒を、フィーネを倒す!貴女達に世界を支配させたりなんてしない!」

『人類にとってそれが救済になるとしても?』

「人の生き方を強制する権利なんて誰にも無い!私達は自由に選択して、何度も後悔して、それでも前を向いて歩いていく!バベルの使徒達にその選択を奪わせたりしない!」

「貴女達の言う通り、フィーネの支配下に入れば悲しみは無くなるかもしれない。けどそんな人生に味気も無ければ面白味もない。悲しみを乗り越えるからこそ人は喜びを感じられるのよ」

 

私達が聖詠が歌える位まで適合率が戻り、今からでも戦えるようになると何故だかドルチェはそれを喜んでいる様に笑みを浮かべ、ボウガンを私達に向けた。

 

『選択して後悔する、それが人としての在り方。私も同意見』

「だとしても、私達は加減できない」

『それも同意見。私達はフィーネの為に生きると決めた、その覚悟を無駄にはしないッ!』

「《enjerr Ichaival tron(灰色の世界を音色で燃え上がらせよう)》!」

「《seas deed igalima tron(君の為に真実の偽りを唄おう)》!」

 

 

心の奥から浮かぶ聖詠を歌い、ペンダントが光の粒子へと変わると私達の想いが鎧を形作り、私達の覚悟がアームドギアを形成し終えると心の歌が周囲へと鳴り響いた。

 

装者が同じような鎧を着た相手と対峙していると一般市民は野次馬しようと建物の窓際に寄っていたが、ドルチェはそれに気にも留めず引き金を引くと背筋に寒気がしたから互いに反対へ回避行動を取った。

 

するとドルチェからボウガンから放たれたのは瞬きをしてなくても目で追うことが出来ない紅い稲妻。光に呑まれたと感じた次の瞬間には私は何処かのビルの中に突っ込んでいて、目に焼き付いた雷光を何度か瞬きをして治したものの、身体中に感じる痛みはそう何度も耐えられるものじゃない。

 

『今ので死んだ?』

 

私達はヘッドギアのお陰で助かったものの、逃げ惑う人達は聴覚をやられて平衡感覚を失ったのか足取りが覚束ず、此処から避難させるのは難しいだろう。

 

それにあの稲妻、直さんの目の前で二つに引き裂けてから回避した私達に直撃していた。恐らくドルチェの思うがままに動く軌道の読めない光速の矢、撃たせない事に集中しないと一方的にやられるだけだ。

 

『耳がダメになっても念話があれば会話できる。ほら、危ないから皆逃げて』

「《さぁ、私と踊りましょう》!」

『もっと煩くなる』

 

空さんの状態は確認出来なかったから私だけでも窓から飛び出して火薬庫から小型ミサイルを宙に放ると、私の方をじっと見ていたドルチェは既に私に照準を合わせていた。

 

咄嗟にミサイルを爆破させて爆風で私の軌道を無理矢理変えると次の瞬間にはまた稲妻が私の居た場所を貫き、目を閉じても残像が残る雷光と爆音が鳴り響きとてもじゃないが歌うどころじゃない。

 

ドルチェの戦闘力は聖遺物頼りなのは分かってるけどその戦闘力があまりにも高過ぎて近付く事もままならない。魔弾の射手を使うにも六発限りの制限があるのに有効打以外で使うなんて……

 

『私達相手に隠れても無駄』

 

ビルの影に隠れて次の手を考えていたが次の瞬間、視界が暗転してから身体の感覚が遠退き、視界が先に戻るとまた雷矢が直撃したのか建物を貫いてから車に身体を叩き付けられていた。

 

雷の矢、恐らくアレはドルチェでも扱えるように姿形を変えられた別の聖遺物。狙った場所に落とせる雷と聞いて思い浮かぶ伝説なんて一つしかない、けど形無い聖遺物をどうすれば違う世界から持ち出すことが出来るんだ?

いや、そこはこの際どうでもいい。大切なのは雷の攻略だ、私の未完成のリフレクターや土の元素の壁は容易に破られる。守る事が出来ないなら攻めるしかない、けどその攻め手も私だけじゃ弱い、せめて空さんの位置さえ掴めれば……

 

「『…こえますか!?』」

「エルフナインさん…?」

 

一人では勝てない相手に痛みで回らない頭で何とか策を考えていると、雷の影響なのかヘッドギアからは途切れながらもエルフナインさんの声が聞こえてきた。

 

「『よかっ…!現在こうせ……なのは確認してます!雷の影響で……ぎれて聞こえ…と思いますが、……さんの位置を転送…!』」

『余計な手出しは要らない』

 

S.O.N.Gも私達が交戦中である事は確認出来ていたのか、エルフナインさんが転送してくれた位置情報がヘッドギアの空間投影ディスプレイに表示された。私達の会話を探知したドルチェは黒雲に稲妻を撃ち込むと通信が途絶え、位置情報も更新されなくなったが現在位置が分かっただけ有難い。

 

最後の情報を頼りにドローンを複数台飛ばし、ドルチェの姿をディスプレイで確認しながら駆け出すと、空さんも同じく向かっていたから私のドローンを併走させてドルチェの様子を投影する事で情報の共有を行った。

 

すると空さんがヘッドギアを指差しながら開いた手を握る動作を始め、何を伝えようとしているのか考えてからヘッドギアの通信電波を作戦時に扱う広域通信から装者間での短距離通信に切り替えた。するとノイズが走っていた通信が鮮明になり、「聞こえたらニコニコ笑いなさい」と言われたから顰め面を見せると満足そうに笑っていた。

 

「『私達だけなら通信できるわね』」

「せめて海未さんが到着するまでの時間を稼がないと」

「『来ないわ。通信を断たれて切歌さん達も一切顔を見せないって事はこっちに来れない訳がある。多分ノイズをばら撒いてドルチェの戦いを邪魔されないようにしてる筈よ』」

「何故そんな事を?」

「『簡単よ。私達くらいなら戦いが不得意なドルチェだけでも勝てると思われたのよ、あの憎らしいフィーネにね』」

 

バベルの使徒達の行動からこの戦いがフィーネが仕組んだ盤面だと空さんが読むと、口では笑いながらもその目付きは過小評価を付けられたことに苛立っているのが見て取れる。

 

それがフィーネの思惑だからなのか、それとも私達をよく知るアリアさんだから苛ついているのか分からないけど、そんな評価で作られた道筋を黙って歩く私達じゃない。

 

「『ドルチェは必ず此処で捕らえる。あの高い鼻へし折ってやるわよ』」

「当然」

「『静香のタイミングに合わせるから、好きに攻めなさい。それじゃあ行くわよ!』」

 

接敵するまでに攻め手を確認し合い、一歩も動いていないドルチェの待つ通りに出たと同時に私達を射抜くように稲妻が放たれた。けれど余りにも精度が高い稲妻はスライディングをするだけで頭の上を通過していき、次弾が装填される前に小型ミサイルを掴めるだけ掴んで空に放ち、避けようともしないドルチェに命中して連続する爆発に飲み込まれていた。

 

まさかこんな安い手で終わる訳もないし現に手応えもまるで感じず、空からドルチェに向かって稲妻が落ちると爆煙は消し飛ばされて無傷のドルチェが再び引き金に手を掛けていた。

 

だけど、背後から空さんが巨大な鎌を振り下ろすと初めてその場から動いて鎌を避けた。

 

『ちょっとマシになった』

「それはどう、もッ!」

『その速度じゃ当たらない。当たってあげてもいいけど』

「言ってくれるわね!」

 

空さんもアームドギアの形を変えながら顔色一つ変えずに避けているドルチェに斬り込んでいき、その隙を埋めるように私もドローンでの自爆特攻を掛けてはみたものの、やはり私の攻撃は避けようともしない。

 

アヌンナキが遺した聖鎧、フィーネに与えられた完全聖遺物、そしてドルチェ自身の高い演算能力。その全部を凌駕するにはイグナイトモジュールを使うしか…!

 

今の自分を超える為、ペンダントの両翼に手を掛けてから使うか判断に迷っていたその時、自動車を背にしていたドルチェが突然ドローンを避けた。

その行動に気を取られてしまい、背後の自動車に逃げ遅れた一家が取り残されているのが見えた時には既に制動距離は過ぎていた。

 

「しまっ…!?」

 

間に合わない、標的に接近した事でドローンが爆発すると私は思わず目を背けてしまった。

 

「前を向きなさいッ!」

「空さん…!?」

 

一般市民を巻き込んでしまった現実から目を背けようとした私に空さんからの怒号が飛んできて顔を上げると、私が爆破した筈の車は無傷だったけれど、代わりに車の前に割って入っていた空さんの左腕が煙を上げて装甲もボロボロになっていた。

 

直後、私達は頭が割れそうになる轟音と共に雷矢に貫かれると道路に置き去りになった車に何度も叩きつけられた。

連続する負荷を超えた痛みに動けずにいると私よりもボロボロの筈の空さんはすぐに駆け寄って来て、手を引っ張って私を立ち上がらせるとまたドルチェと対峙した。

 

「静香がどれだけミスしようと必ず私がカバーする!下を向くのをやめて歌い続けなさい!」

「っ、向いてません!」

「ならよし!次はもっと攻めるわよ!」

 

私が諦めそうになっても、自分がボロボロになっても空さんから聞こえる歌は途切れる事はなく、傷付く程にその歌から伝わってくる覚悟が増していくのを感じる。

 

後悔も償いも纏めて燃やし尽くして立ち上がる覚悟はティナさんや海未さんだけが特別持っていた物じゃない。後悔したからこそ、償いたいという思いがあるからこそ前を向いて立ち向かう覚悟を持っていたから皆は強くなれたんだ。

 

私も強くなりたい。空さんみたいに、私の手を引っ張ってくれる人達みたいに誰かを守れるくらいに強くなりたい。

 

もっと強くなって、みんなが笑顔になれる世界を作りたいッ!

 

『何度やっても同じ事。貴方達の歌は私には届かない』

「なら聞かせてやるわよ!私達の歌を!」

 

私が強くなりたい理由をようやく心の奥から掬い上げると、イチイバルはそれに応えるようにイガリマと共鳴し始めて空さんと心が繋がると新しい歌が聞こえてきた。

 

何度も後悔して、そして立ち上がった私達の歌。とっておきなんてなくてもこの歌があれば十分だ!

 

「《変わらない日々を守りたい》!」

「《そんな想いばかり積もる度》!」

 

私と空さんが絆のユニゾンを歌い出し、私達に止めを刺そうとするドルチェが引き金を引くと紅色の雷撃が私達に迫った。

 

けれど私が張った金色のリフレクターが大きく湾曲しながらもその雷撃を受け止めると、普通のリフレクターなら簡単に破壊できる出力を出しているドルチェはそれに驚いているようだったけど何も難しい事はない。

 

シンフォギアには数字では語れない強みがある、それはクリスさんの切り札がイチイバルの再生能力を利用した様に聖遺物が力を貸してくれる事。

 

私のリフレクターは受け止ていた雷撃を張り詰めた弦の様にドルチェの方に放つと、ドルチェも障壁を張って防いだけれどその障壁さえも一撃で破壊されていた。

 

『へぇ、イチイバルを面白い使い方してる』

「《前へと進むのが怖くなっていた》!」

 

雷撃を跳ね返す術を手に入れた私はドルチェにドローンを大量に飛ばして足止めをしつつ距離を詰め、ドローンを見た目以上に頑丈なボウガンを振るって叩き落としているドルチェの首を空さんが狙うとドルチェも半歩下がった。

 

その足がドローンの残骸を踏んだ瞬間、ドルチェの聖鎧からフォニックゲインが供給されたドローンが爆発すると超至近距離の爆発には身体が耐えられないのか、ドルチェが吹き飛ぶと初めて地面に背を付けた。

 

その隙もミサイルで追撃しようとしたけれど倒れていた筈のドルチェの姿が一瞬で消えた。すると頭上から嫌な気配がした私がドーム状にリフレクターを張ると黒雲から幾つもの雷撃が落ちてきた。

 

「っ、《貴方の側に居たい》!」

「《ずっとずっと》!」

 

リフレクターは何とか受け止めてくれてはいるけれど、落雷を逸らすのが精一杯で周囲の音なんて聞こえやしない。だとしても、私達は歌う事は止めない。

 

それが私達装者の生きる道だから!

 

 

 

 

絆のユニゾン、確かに二人のフォニックゲインは急激に上昇して私の雷を跳ね返す程の輝きを見せた。

 

けれど、それでも私には届かない。私の演算能力でしかコントロールできない全能神の完全聖遺物『ゼウスの雷霆』、そして雷を矢として放つ為に渡された『ハラダヌの弓』の哲学兵装であるボウガン。

 

完全聖遺物ありきの力ではあるけど、それを使い熟せるのなら姉さんみたいに個人の戦闘能力に左右されることのない無類の力になる。

ビルの上から道路を見下ろすと、空から絶え間なく降り注ぐ雷を受け続けている静香のリフレクターは今も雷を逸らし続けている。だが私が何処にいるのか探す暇なんて無い筈。

装者を殺すのは気が引けるけど、これも姉さんの為。

 

ボウガンに再び雷を装填して限界まで溜め込んでから引き金を引くと、紅い稲妻は空気を裂く甲高い音と共にリフレクターを貫いて地面で炸裂して閃光を散らした。

雷矢を撃ち込んだ道路は酷く破損して周囲の車は余波を受けただけで炎上し黒煙が昇っている。

 

これでお仕舞い、後味の悪い勝ち方になったけど仕方ないだろう。

 

「《君を泣かせたくない》!」

「《ずっとずっと》!」

「何?」

 

勝負は決した、そう思って立ち去ろうとしたけど足下からまだ歌が聞こえてきた。

 

あの一撃をまともに喰らって生きていられる生物なんていない。跳ね返した様子もないという事は消失した?一体何処に?疑問は残るけれどフォニックゲインは確かに弱まってきている。リフレクターが割れた今、次で確実に仕留める。

 

地上から昇っている黒煙が視界を遮っているがシンフォギアの中にある聖遺物のお陰でその位置は把握出来ている。二人に照準を合わせもう一度雷を装填すると、不意に強いビル風が吹いた。

ビル風に煽られて黒煙は風と共に消えていき、地上の様子が鮮明になると私が照準を向けた先には静香しか居らず、静香も同じように手に持ったライフルの照準を私に向けていた。

 

「《我儘な》!」

「《泣き虫は》!」

「「《私だったのに》!」」

 

私よりも先に静香が先に引き金を引くとライフルの銃口に錬成陣が現れ、世界を引き裂くような甲高い銃声が鳴ると銃弾が撃ち出された。その弾丸も錬成陣に包まれるとその場から消え、背後に転移したの感じて全身を障壁で包み込むと弾丸は私を撃ち抜こうと様々な射線に転移し続けていた。

 

現実性を歪めた必中の弾丸、要するに狙った場所に当たるまで追い続ける哲学兵装だというのは理解した。けどイガリマの反応は未だ静香と同じ場所にあるのに空は何処に行った?

 

「此処からは私達の番よ!」

 

障壁に包まれたままでは雷矢も撃てないから二人の策を見破る方に意識を回していたその時、背後から声が聞こえ振り返るとシンフォギアを解除した空が静香の小さな火薬庫を私に向けて構えていた。

 

火薬庫の蓋が開く前に障壁を正面に集中させたけど、火薬庫の中からは私が撃ち出した雷矢がそのまま私に放たれ、障壁を傾斜をつけて上空へ弾いたものの衝撃で私も宙に弾き出されてしまった。

 

黒煙の中でシンフォギアを解除し、このビルをこの短時間で登り切ったのか。この土壇場でそんな無茶苦茶なやり方を選んで私を出し抜くなんて。

 

本当に、フィーネは面白い物を遺していった。

 

「空さん!」

 

空もビルの屋上から飛び降りると地上から投げられたイガリマのペンダントが私の横を通り過ぎ、空がそれを手にすると聖詠と共にシンフォギアを再び纏った。その手に持った鎖鎌からは魂殺しが発現していて、一度でも斬られたら私がこの舞台から降ろされてしまう。

 

腕の一二本なら良いけれどそれだけは許されない。私にはまだやらなきゃいけない事があるんだ、空中で自由に身動きできない今仕留めるしかない。

 

「《空を見上げていても》!」

「《涙を流したとしても》!」

 

ボウガンに雷を装填して空に向けたが背後から再び甲高い銃声が聞こえると弾丸はボウガンの弦を引き千切り、空が構えた鎌の切っ先が私の首元に触れた。

 

魂を刈られる直前で地上に転移すると最初に放たれた弾丸が背中に命中して姿勢を崩され、障壁を張りながら体勢を立て直すと既に空の鎖に巻かれた巨大な魚雷が遠心力を乗せた状態で振り下ろされていた。

周囲への被害を抑える為、魚雷が私に触れる前にその四方を障壁で囲んで爆風が上空へ向くように制御し、魚雷が爆発しても障壁が割れる程度で済んだ。

 

だが私の攻め手はボウガンを破壊されたせいでかなり狭められてしまった。ボウガン無しでの貫徹能力ではあのリフレクターは貫けないし、私の障壁も無敵ではない。

 

姉さんに見られてたら何を遊んでるんだと怒られるだろう。でも私は元よりシェム・ハ様とフィーネには限りない恩義があるから従ってるに過ぎない。自分の意思で決めて、自分の思うがままに戦うのはこんなにも気分が高揚するものなのか。

 

「面白い!もっと私に可能性を見せて!」

「《先に進む道はある》!」

 

不要なボウガンは放り捨てて装者達と真っ向から戦うと決めると、黒雲は私の機嫌を読み取ったかのように周囲に雷を落としているが、その尽くを避けて近付いてくる空に手に集約した雷を引き伸ばして槍のように投げた。

 

だが空が鞭のように振るった鎖に槍は叩き落とされ、鎖が帯電するとそのまま私を縛り上げるように絡まってきた。雷を扱う私にそれが効くわけもない、それが分からない二人でもないだろう。

 

ならば狙いは何だろう?聖鎧を砕くのが狙いか?それとも私の魂か?それとも別の何かか?

巫女だ祝福された少女だと持て囃され、望んでもいない演算能力を与えられて物事を俯瞰でしか見られなかった私に疑問を浮かべさせてくれる二人が次に何をするのか。

 

楽しくて仕方がない。

 

「《ずっとずっと先へ》!」

「《ずっとずっと前へ》!」

 

空の鎌が迫ってきたから少し後方に転移した瞬間、また甲高い銃声が鳴り響くと私の目の前に弾丸が現れた。咄嗟に障壁を張ると弾丸は転移したが何故か再出現せずに忽然と姿を消し、その隙を狙ってミサイルが迫ってきたから静香の背後に転移し直した。

 

心臓に移植された雷霆を全力で放出。私の考え得る限りの最高の一手を繰り出そうとしたその時、また私の眼前に弾丸が出現すると咄嗟に回避したものの距離を取られてしまった。

私の転移した眼前をマーキングした弾丸、私達の転移の性質を利用してそれを逆に利用した戦法で潰しに来たか。この短時間の実戦の中で哲学兵装の存在証明をより強固にして、より曖昧でもその効果を発揮できる様にしてる。

 

「その転移、相当不便な力みたい」

「君の考察を聞かせて貰う!」

「転移が本当に自由自在なら初めからビルの中を転移し続けて撃てば良かった筈。なのにビルの屋上や自分の背後、私達のすぐ側にしか転移しない。恐らくは視認している、もしくは私達のフォニックゲインの反響によって地形が確認できている局地にしか飛べない力。違う?」

「正解!」

 

細長い魚雷で殴り掛かってくる静香は私達の転移の制限を看破し、嘘偽りなく正解だと答えると静香は怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「随分楽しそう」

「楽しいから!でもそれだけじゃ負けてあげられない!私の雷はまだ消えていないのだから!」

 

転移をしても魔弾の回避をしなければいけない以上先手は取れない、そしてここまで大見得を切っておいて今更逃げ出すような選択もしたくない。

 

私も避けるばかりではなく全身から電撃を放出すると静香は錬金術の壁で防いだものの、『ゼウスの雷霆』は際限なく使える無限の力。ボウガンのように一点集中は出来なくともこの二人を倒すくらいなら余りある力だ。

 

だけど私と対峙している二人も次で決めるつもりなのか、互いに視線を交わすだけで意思疎通を図ると空は地面に鎖を打ち込んで静香が駆け出してきた。

 

「《私達が進む道は此処にある》!」

「《望む世界はこの先にある》!」

「その先に行きたいなら、私を倒してみなよッ!」

 

静香が何かをする前に地面に全力の雷を流し、地下を通る配管を通じて空へと墜ちる雷が幾本も立ち昇り、静香はシンフォギアでは決して耐えられない出力の雷の奔流の中へ飲み込まれた。

 

「「《だから》!」」

 

だが二人の歌は絶対的な力を前にしても鳴り止まなかった。

 

ゼウスの雷光にも劣らない輝きが奔流の中から溢れ出ると、同時に無傷の静香が新たに背負ったマントで奔流を引き裂いた。

 

新たにその姿を変えたシンフォギアは黄金の輝きを纏っているがそれだけではない。この時代ではロストテクノロジーである錬金術の極致『黄金錬成』をこの土壇場で完成させた静香が着地すると、その足元の割れた地面からは無数の鎖が地上に飛び出した。

 

ビルや地面を突き破りながら複雑に絡み合う鎖は次第に私が転移できる場所を制限していき、破壊しようと雷を落としても静香が触れる事で黄金に錬成し直された鎖が電流を分散する事で私の攻撃を無力化してみせた。

 

「《この手》!」

「《伸ばし》!」

 

複雑に絡み合った鎖の中で瞬く間に増殖するドローンを幾つも飛ばしつつ私にライフルを向ける静香、そして私の逃走経路を少しづつ狭めながら自分が通れる最短ルートを駆け抜けてくる空。

 

雷霆を封じられ、転移を封じられ、シェム・ハ様の聖鎧も私の味方をしてはくれない中で演算能力と障壁だけでこの逆境をどう切り抜ける?

 

「「《夢を掴んでみせるから》ッ!」」

 

《極刑・Sky gauge》

 

鎖の隙間を縫って逃げようにもドローンで逃走経路は塞がれ、空に鎌の間合いまで入り込まれ切っ先が首元に触れると甲高い銃声も3発鳴り響き、弾丸が私達の周囲を取り囲んだ。

 

空を退ければ弾丸が私を貫くだろう、下手にアジトへ転移しようものなら弾丸による追跡を可能にする。現状私がそんな事をすればフィーネへの迷惑だけならまだしも、姉さんにもかなり怒られてしまう。

私にはまだやる事がある、この二人が私に通用するくらいに強くなったのなら及第点だろう。

 

今の私に打てる反撃の術はないから聖鎧を解除して両手を上げて降参すると、空を覆っていた黒雲もしだいに散っていき綺麗な夕焼け空が広がっていった。

ようやく戦いが終わったのかと建物の影に隠れていた人達がそそくさと避難していく中、静香も歩み寄ってきたが二人とも納得がいかない様子だ。

 

「私の負け。おめでとう」

「どういうつもりかしら?」

「流石の私も頭を狙われて防ぐ手段を奪われている今は勝ち目がない。死ぬよりは生きてた方が楽しいから」

「……そう、なら聞きたい事が山ほど有るから本部に連行する」

 

聖鎧が無いと雷霆は私自身にも危険が及ぶ。騙し討ちをするつもりもないというのは分かってくれたようで、静香に私の腕を後ろで組まされると随分と大掛かりな手錠を掛けられた。

その瞬間感じた事もない脱力感が私の身体に襲い掛かり、思わず膝を着いてしまった。

 

だが一番厄介なのは私の中にある聖鎧と雷霆、念話さえも私の呼び掛けに応えなくなってしまった事だ。

 

「大丈夫?」

「この手錠、力の封印も出来るの?」

「教えない。質問するのはこっちだから」

「緒川さんが迎えに来てくれるみたいだから待つとしますか」

 

異能の力の完全封印なんて完全聖遺物を封印するのが精一杯の現代人が開発できる技術ではない。二人はそれ程大層な物だと思ってないみたいだけど、この手錠で私達三人が同時に捕まる事だけは絶対にあってはいけない。

 

やっぱり無理を言って私が最初に舞台に上がって良かった。S.O.N.Gと国連、そしてフィーネの思惑通りになる訳にはいかない。全ては姉さんの想いの成就の為に私は私の舞台で踊らせて貰うから、フィーネ。

 




次回、このシリーズでは初めてアイドル大統領が出ます。


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