ナニカサレタアメリカをゆく (ダルマ)
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始まりは、だまして悪いが

──人は、過ちを繰り返す。(身体は闘争を求める)

 

 小さないざこざが、やがて大きな軋轢となり、破綻を迎える。

 

 相容れない二つの主義が、互いを正義と信じ、人々を先導する。

 

 多くの血が流れ、多くの悲劇が生まれても、それでも先導者たちは、振り上げた拳を収める事はなかった。

 

 

 やがて、先導者たちは、禁忌の領域へと足を踏み入れる。

 

 破壊を齎す悪魔の兵器、全てを灰燼に帰すその兵器の名は、核兵器。

 

 

 最初の一発が爆破すれば、後はたがが外れたかのように核の応酬が始まり。

 やがて世界は、核の炎に包まれた。

 

 光と炎が収まり、次に訪れたのは、黒い雨。

 死をもたらす、絶望の雨だ。

 

 やがて、雨も収まり、そして訪れたのは、静寂と終末の足音であった。

 

 

 

 何もかもが黒く焼き尽くされた世界、迎える緩やかなる死。

 

 死を告げる黒い鳥が見つめる世界の中で、僅かに生き残った人々は、狂ったように争い続けた。

 

 何故なら。

 

 

──人は、過ちを繰り返す。(身体は闘争を求める)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホントウニ、モウシワケナイ……」

 

 

 事実は小説より奇なり。

 そんなことわざがあったが、まさか、そのことわざ通りの出来事を体験するとは露程も思っていなかった。

 

 で、具体的にはどんな出来事を体験する羽目になったのかと言えば。

 有り体に言って、今目の前で謝罪している"神様"と名乗る人物に間違って殺された、というものだ。

 因みに死因は、神様曰く隕石が後頭部を直撃したかららしい。

 

 そういえば、意識をなくす直前、凄い音と何かが後頭部に当たった感覚はあったが、それがどうやら隕石だったらしい。

 イヤホンして音楽を聴いて歩いてたから、あまり注意していなかったけど。

 

 ま、よくある天ぷら、じゃなかったテンプレ的な事なのだが。

 そんな事は一旦置いておくとして、今、俺は物凄く気になる事がある。

 それは、目の前の神様と名乗る人物についてだ。

 

「レイヴン、オワビトシテ、テンセイ、サセテアゲヨウ」

 

 言葉は片言、目は瞳孔が開いているし顔色もどう見てもよろしくない。

 乱れた髪に継ぎ接ぎだらけの薄い布切れの衣服。

 あと、足元は白い靄がかかっていてよく分からないが、何やらチューブらしきものが衣服の下から伸びている。

 

 やべぇよこれ、絶対神様じゃないでしょこの人。

 いや、仮に神様だったとしても、これ絶対『ナニカサレタ』でしょ。

 俺の事、レイヴンなんて呼んでるし。

 

 因みにナニカサレタとは、俺も大好きな戦闘メカアクションゲーム、アーマードコアの旧作リメイク版に登場する、とあるレイヴンの恐ろしく悲痛な声の事を指す俗称だ。

 なお、リメイク元の旧作版では、同一人物となるレイヴンが、とても同一人物とは思えない程のさわやかボイスな好青年である事も、このネタの効力を上げる要因の一つである。

 

 また、レイヴンとは、アーマードコアシリーズにおいて、主人公を含めアーマードコアと呼ばれる機動兵器の搭乗者を指す名称だ。

 一部のシリーズではリンクスやミグラント等と、別の名称が登場するが。

 それでも、アーマードコア=レイヴンという認識は今でも色濃く残っている。

 

「テンセイサキトトクテンハコチラデキメテオイタ、サァ、レイヴン、ワタシヲ、ザンゲノクルシミカラ、カイホウ、シテクレ」

 

 刹那、俺の前の前に半透明のスクリーンが出現する、所謂ホログラフィックスクリーンだ。

 非科学的な神様という存在の割に、妙に科学的だなと思いつつも、目の前のホログラフィックスクリーンに現れた文章に目を通す。

 そこには、『このミッションを受諾しますか?』と、受けるか否かの選択肢が書かれていた。

 

 どんな世界に転生させられるのか、どんな特典が与えられたのか、詳しい事は全く分からないが。

 しかし、あの神様に注文しようものなら、地獄に叩き落とされそうな気がする。

 

 それに、何が出るのか開けてみるまで分からない、って言うのも、福袋的な楽しみがあってそれはそれでいい気がする。

 

 という訳で、俺は受諾の表示をタップする。

 

「アリガトウ、コレデワタシモ……、カイホウ……、サレル」

 

 刹那、突如足元を浮遊感が襲ったかと思えば。

 次の瞬間には、俺は白い靄で開いた事すら気付かなかった穴に落下していた。

 

 突然の事にパニックになり雄たけびを挙げながら、俺は、漆黒の奈落へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 いつの間にか意識を手放し、再び意識を取り戻した時、最初に感じたのは臀部を伝って感じる揺れであった。

 そして、人々の話し声や車輪の回る音など、雑音が耳に入ってくる。

 更には、うっすら感じる日の光。

 

 どうやら、外にいるらしい。

 

 ゆっくりと閉じていた瞼を開き、周囲の状況を確認してみる。

 

「……え?」

 

 そして、周囲の光景を目にし、俺は間抜けに声を漏らす。

 

 周囲に広がるのは、枯れた草木や廃墟と化した住宅等が点在する、まさに荒廃した大地。

 かつて幹線道路として利用されていたであろう、長年保守点検されず、ひび割れたアスファルトの上を、俺、そして手枷をされた見知らぬ複数の人々を乗せた牛車が進む。

 その周囲を、前世の日本じゃ一般にはなかなかお目にかかれない様々な形状の、銃器と呼ばれる物をその手にした統一感のない装いの者達が、まるで牛車を守るかのように歩いている。

 

 そして、空を見上げれば、そこには淀んだ空が広がっていた。

 

 

 さてここで、落ち着いて今現在、俺が置かれている状況と、この状況から推測できる俺が転生した世界について再確認していこう。

 

 先ず、俺は他の人々と共に牛車に載せられ、何処かに連れていかれている途中である。

 同乗しているのは、年齢も性別もバラバラの人々だが、皆一様にその表情は暗い。 

 また、その身に纏っているのも、薄っぺらい布製の、擦り切れ継ぎ接ぎだらけの衣服のみで、靴も履かずに素足だ。

 

 そんな同乗者とは対照的なのが、牛車の周辺を歩く人々。

 

 多分遊戯銃ではなく、本物の銃器を手にした人々は、継ぎ接ぎだらけの衣服の者、頑丈そうな防弾着を着込んだ者、手作り感満載の自家製アーマーを身に着けた者等。

 まるで統一感のない装いだ。

 だが、これだけは共通していた、皆一様に、時折俺達に向けて、鋭い眼光を飛ばしてくる。

 

 

 そして最後に、現状から推測する事の出来る、転生したこの世界の正体についてだが。

 おそらくこの世界は、俺が以前プレイした事のあるゲーム、Fallout(フォールアウト)の世界と思われる。

 同ゲームはパラレルワールドのレトロフューチャーなアメリカを舞台としたロールプレイングゲームで、世界中にファンも多い大人気シリーズのゲームだ。

 

 そんなゲームの世界に転生したと確信するに至ったその根拠となるのが、俺達の乗った荷台を引っ張る牛だ。

 

 同ゲームの舞台となるアメリカは、核戦争の影響で戦前の社会は崩壊し、ウェイストランドと呼ばれる無法の大地と化している。

 また、核戦争の影響で、ウェイストランドの生態系も戦前の世界とは異なる進化を辿っており。

 その内の一種が、"バラモン"と呼ばれる核戦争の影響で変異した牛だ。

 頭が二つ存在する同種は、ウェイストランドの各地に生息し、そのおとなしい性格から、ウェイストランドの生物において数少ない家畜として飼育されている生物でもある。

 

 

 バラモンの存在に、周囲の荒れ果てた風景、更には世紀末世界の如く装いの者達。

 これらから俺は、ここがフォールアウトの世界と導き出した訳だが。

 今現在、どのシリーズの時系列なのかまでは判断できなかった。

 

 実はフォールアウトシリーズは、作品ごとに時代や場所がバラバラなのだ。

 ま、アメリカは大きいからね、仕方ないね。

 

 それは兎に角、俺の転生したこの世界が、どの作品の時系列にあるのかは重要な事だ。

 何故なら、俺はオープンワールドアクションRPGとして日本でも初めて発売されたフォールアウト3以降しか、プレイした事がないからだ。

 もしそれ以前のシミュレーション風味の1や2の時系列だったら、ストーリーなんて全く分からないから、どう立ち回ればいいか判断できずに困る。

 

 あ、でも、神様から貰った特典とやらで、細かいこと気にせずこの世界を生きていけるかもしれないな。

 

 

 

 とここで、俺は思い出したように、神様が授けてくださった特典を確認しようとした。

 

「あれ?」

 

 だがそこで、俺はある違和感に気付くことになる。

 それは、腕にフォールアウトシリーズの顔の一つである、万能携帯型デバイスのピップボーイでも装着していないかと、俺自身の腕を確認した時だった。

 

 目にしたのは、人生三十年に渡って様々なものを掴んでは離してきた大人の腕ではなかった。

 随分と華奢で小さな、まるで子供のような腕だった。

 

 因みに、ピップボーイは装着しておらず、代わりに同乗者同様に手枷がかけられていた。

 

「……あれ?」

 

 そしてふと気が付く。

 そういえば、幾分声の方も高いような気がする。

 

 急に胸騒ぎがして、俺の今の姿を確認せずにはいられなくなり、姿を確認できるものがないかと周囲を見渡してみる。

 

 すると、急に落ち着きなく辺りを見まわし始めた俺に気付いたのか、対面に座っていた同乗者男性が、俺に声をかけてきた。

 

「どうした、坊や?」

 

 そして、男性は確かに、俺の事を"坊や"と呼んだ。

 

「あ、あの! 俺、やっぱり子供に見えますか!?」

 

「? 何を言ってるんだ? 君はどう見たって、十歳ぐらいの子供だろ?」

 

 俺の言葉に困惑する男性。

 その反応は、俺をだます気もからかう気も毛頭ない、純粋な反応であった。

 それは即ち、今の俺の姿が、人生を三十年も生きてきたアラサーではなく、十歳程の子供であるという事実を意味していた。

 

「……まぁ、困惑しておかしなことを口走るのも無理はないか。どうせ俺達は、これから奴隷商人に商品として売られっちまうんだからな」

 

「……え?」

 

 どうやら男性は何か勘違いしている様だが。

 今はそんな事よりも、男性の言った言葉が気になる。

 

 奴隷商人。

 その単語を聞いて、俺は思い出した。

 フォールアウトの世界では、奴隷業、即ち人身売買が行われている事を。

 

 前世じゃ人権がどうたらこうたらと、人身売買は完全悪として認識され、大っぴらには行われず、時折海外のニュースや教科書の中でしか見た事のない、遠い世界での出来事でしかなかった。

 だが、社会が崩壊し、同時に司法も崩壊したこのフォールアウトの世界では、人身売買も復活。

 人身売買を生業とする奴隷商人なる商人たちが、ウェイストランド各地で活動している。

 もはやウェイストランドでは身近で当たり前な出来事なのだ。

 

「な!?」

 

 そして、そんな奴隷商人が取り扱う奴隷には、とある印がつけられる。

 それが、制御用首輪と呼ばれる、小型爆弾付きの首輪だ。

 

 もし奴隷が脱走を試みれば、直ぐに起爆ボタンを押せばいい。

 そうすれば、あっという間に首なし奴隷の死体の完成だ。

 

 そんな奴隷自身にとって恐怖の首輪。

 

 それを、今、俺自身も、首に装着させられていた事を、手でなぞって確認した。

 

「嘘だろ!? なんだよこれ!!? おい冗談だろ!! ネクストにもカラードにも登録してないのに、"首輪付き"ってか! 冗談じゃねぇよ!!」

 

 今更ながら、冷静に状況を考えれば俺だけ自由の身という訳もなく。

 同乗者の方々と同様に、俺もまた、奴隷の一人であると遅まきながらに気付く俺。

 

 スタート開始が奴隷スタートって、それフォールアウトシリーズのスタートじゃないよ。

 どちらかと言えば、フォールアウト3以降の開発元である会社が開発している、剣と魔法の世界を題材にしたゲームシリーズに近いよ。

 

 え? もしかしてここってウェイストランドじゃなくて、タムリエル?

 

「な訳ねぇよなぁぁ!」

 

「五月蠅いぞ! 黙れこのガキ!!」

 

「っ!?」

 

 自由の利きにくい、手枷の施された両手で頭を抱えながら叫ぶと。

 刹那、牛車を護衛していた、おそらく奴隷商人の一人に、思い切り後頭部を殴られる。

 

 前世で三十年生きてきたが、本気で殴られた事なんて数える程しかない。

 それも、大人になってからは全くないと言っていい。

 

 そんな、久しく味わう事の無かった、他人に本気で殴られたその痛みは、物理的な痛み以上に精神的ダメージを俺に負わせた。

 

「何でだよ、何でなんだよ、神様……」

 

「ふん、奴隷如きが神を口にするか。所詮、お前ら奴隷に神などいない!!」

 

 俺を殴った奴隷商人が、吐き捨てる様な台詞を吐いて、もう一度俺を殴った。

 

 

 殴られた痛みよりも、期待していた人生の再スタートとは真逆のようなスタートへの絶望感から、俺は項垂れる。

 死と隣り合わせなんて生ぬるい世界、影も形も見当たらない特典、絶望しか見えない未来。

 

 本当に、奴隷商人の言った通りなのか。

 やっぱり、あれは神様ではなかったのだろうか。

 

 考えれば考える程、気持ちがどんどん深い闇の底へと沈んでいく。

 

 

 やがて、脳が沈むことに耐えきれなくなり、意識を自発的にシャットダウンする直前。

 俺は、とある台詞の一節を思い出した。

 

 

 ──だまして悪いが。



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Escape!

「おい、何時まで寝てる!! さっさと起きろ!!」

 

 いつの間にか意識を失っていた俺。

 再び意識を取り戻した刹那、感じたのは、再びの後頭部の痛みだった。

 

 どうやら、また後頭部を殴られたようだ。

 

「っぅ……」

 

「さっさと降りろ! このガキ!!」

 

 痛みが消えるまで待つ暇も与えられず、俺は、奴隷商人にどやされながら荷台を降りる。

 降りた先にあったのは、廃墟と化した住宅街の傍に佇む、フェンスに囲まれた巨大な敷地に建てられた工場らしき施設であった。

 

 製造現場と思しき建物に、敷地内には、製造した品物を保管しておくのに使用していたであろう倉庫も見える。

 しかし、現在では、ここは本来とは異なる用途で奴隷商人たちが使用しているようだ。

 

「立ち止まるな! さっさと前の奴に続いて歩け!!」

 

 再びの怒鳴り声に、止まっていた俺の体も動き出す。

 

 それにしても、目線が低い。

 荷台で座っていた時はあまり気にならなかったが、こうして歩いていると、嫌でも今の俺の体が、前世とは違うと思い知らされる。

 何処を見るにしても、視線を上げないと全体像が見え辛い。

 

 こうして、慣れない十歳位の子供の目線に苦労しつつも、俺は前を歩く他の奴隷の後をついていく。

 冷たい地面の冷気と、小石などの感覚が素足から伝わるが、そんな違和感もしみじみと感じていられる程、今心に余裕はなかった。

 

「よーし、お前たち、ここに入るんだ!」

 

 敷地を程なく歩いて、足を踏み入れたのは敷地内のある倉庫の一つであった。

 本来は品物が置かれたいた筈の倉庫内は、奴隷商人たちが改造したのか、幾つもの牢屋が設けられており。

 既に、先人の奴隷達が、牢屋内から新入りの俺達の事を見ている。

 

 どうやら、この倉庫は奴隷の収容施設として利用しているようだ。

 

「よし、次!」

 

 一人、また一人と、奴隷が牢屋に入れられていく。

 

「よし、お前で最後だ、早く入れ!」

 

 そして、列の最後尾である俺の番がやって来る。

 ここで隙をついて逃げ出しても、首の爆弾か、或いは外の奴隷商人たちが持つ銃で撃ち殺されるだけだ。

 

 ここは、おとなしく従う以外に選択肢はない。

 

 鉄格子の向こう側へと足を踏み入れかけた、刹那。

 突然、倉庫の外から、音が聞こえてくる。

 

 それは明らかに、銃声であった。

 

 

 

 そして、次の瞬間。

 甲高い音と共に、倉庫の出入り口から、何かが倉庫内に飛び込んできた。

 

 一瞬目にしたそれは、火を噴く、細長い筒状の物であった。

 

「……え?」

 

 次の瞬間、倉庫内の壁に直撃したそれは、耳を劈かんばかりの音と、目を覆いたくなる光、そして、衝撃波を生み出した。

 

「うぐ!」

 

 衝撃波に耐え切れず、俺は固い床に体を打ち付ける。

 痛みで一瞬、また意識を手放しそうになったが、何とか寸での所で意識を保つと、打ち付けた痛みの残る体を起こす。

 

「あ……」

 

 そして俺は、一瞬にして変わり果てた倉庫内の様子を目の当たりにする。

 倉庫の壁に出来た、見事なまでの大穴。そこから外に向けて立ち上る黒煙。

 更には、その周囲で燃え盛る炎に、衝撃波で飛び散った壁材などが当たって、悲鳴と共にのたうち回る牢屋内の奴隷達。

 

 そこに広がっていたのは、まさに地獄絵図。

 

 そんな景色を一変させたあの細長い筒状の物。

 もしかしたらあれは、ロケットランチャーのような兵器の弾頭だったのではないか。

 

 惨状を目にした俺の脳が、冷静さを保つ為にそんな分析を行っていると。

 

「何をしてる、さ、こっちだ!」

 

 突然、誰かが俺に手を掴んで引っ張った。

 突然の事に反応し切れず、なすがままに引っ張られる俺。

 

 引っ張る力からして大人だろうが、奴隷商人ではないようだ。

 何故なら、俺を牢屋に入れようとしていた奴隷商人は、先ほどの爆発で飛び散った壁材が頭を直撃し、無残な姿で床に倒れていたからだ。

 

「君も走れ、早く!」

 

 と、俺の腕を引っ張る人物から、走る様にと指示が飛ぶ。

 そこでようやく、俺は腕を引っ張る人物の顔を確かめようとしたが、やはり目線が低く、俺の方に顔を向けていない事もあって、性別が男性とは分かったが、そのご尊顔は拝めなかった。

 ただ、その服装は、俺と同じなので、おそらく奴隷だ。

 

「いいか、合図したらあそこの建物の影まで走るぞ! ……よし、今だ!!」

 

 腕を引っ張られながら、俺は、助けてくれた奴隷男性と共に倉庫を出ると、言われるがままに敷地内を走った。

 敷地内では、至る所で銃声と爆発音が聞こえる。

 それに、そんな戦闘音に交じって、頭のネジが外れたかのような叫び声なども聞こえてくる。

 

「はぁはぁ……よし。とりあえず、安全のようだ」

 

 そんな音から逃れる様に、俺と奴隷男性は、とりあえず安全な建物の影に身を隠した。

 

「大丈夫か? 怪我はしてないか? 坊や?」

 

「あ……、貴方は」

 

 走って疲れた体を休めるべく、隣に座り込んだ奴隷男性の顔を確認して、ようやく気が付いた。

 男性は、荷台で俺の対面に座っていたあの男性だったからだ。

 

「荷台でご一緒だった方ですよね!」

 

「あぁ、そうだ。俺はラスティン、よろしくな。所で坊やの名前は?」

 

 何やら縁のあった奴隷仲間の男性、ラスティン。

 彼から俺の名前を聞かれて、どう答えるか一瞬悩む。

 

 前世の名前を名乗るべきか、それとも、新しい名前を名乗るべきか。

 そもそもここはウェイストランドだから、やっぱり欧米風の名前を名乗るべきか、いや、日系の名前もゲーム内には出てたから、別に前世の名前でも問題ないか。

 

 と、あれこれ悩んでいると、ラスティンが口火を切る。

 

「あ、もし名前がないのなら、無理に名乗らなくてもいい。名無しの子供なんて、別に珍しくもないしな」

 

 どうやら、何か勘違いをしているようだ。

 しかし、名無しの子供は珍しくないか。

 

 社会が崩壊し、個籍の管理なんてものも一緒に崩壊したので、子供に名前を付けずに育てる事に何の違和感もないのだろう。

 いやそもそも、教育システムも崩壊してるから識字率とかも酷い事になっていてそうだな。

 

 ゲームでは、進行上そのような事はないが、今はゲームではなく現実だからな。

 

 しかし、名無しというのもまた面倒だな。

 あ、そうだ。丁度いい名前があるじゃないか。

 

「名前なら、あるよ」

 

「何だ、あるのか。どんな名前だ?」

 

 そこで俺は、ふと思いついた名前を口にする。

 

「レイヴン。俺の名前はレイヴン」

 

「レイヴン、か。……成程、その黒い髪と瞳にぴったりのいい名だ」

 

 名前を褒められて、はにかむ俺。

 にしても、どうやら十歳の俺は、前世同様に黒髪で黒目のようだ。

 

 まだ鏡でちゃんと確認していないが、ラスティンの反応を鑑みるに、所謂日系アメリカ人の血筋なのだろう。

 

 因みに、レイヴンの由来は、アーマードコアシリーズからだ。

 決してティラノサウルス型メカ生命体のパイロットが由来ではないのであしからず。

 

「さて、お互い自己紹介が終わった所で、もう一度聞くが。レイヴン、怪我はしてないか?」

 

「いや、何処も痛くない」

 

「そうか、ならよかった。……よし、それじゃ、この不便な手枷と首輪を外そうじゃないか」

 

「え? でもどうやって?」

 

「こいつさ」

 

 そう言うとラスティンは、自身のポケットから何かを取り出した。

 それは、鍵束であった。

 

 おそらく、倉庫から逃げる際に、死んだ奴隷商人から拝借したのだろう。

 

「この束の中のどれかで外せるはずだ、ちょっと待ってな」

 

 そして、鍵束の鍵を一つ一つ手枷の鍵穴に入れては、組み合わさるかどうかを確かめ。

 

「ビンゴ!」

 

 やがて、俺の手枷が外れ、俺の両手は自由となる。

 

「よし、それじゃ俺のも頼む」

 

「うん」

 

 そして、ラスティンの手枷も外すと、次は恐怖の首輪の解除だ。

 それも程なくして、互いに解除すると、俺達は晴れて自由の身となった。

 

「よし、これで俺達も自由の身だが。……本当に喜ぶのは、この地獄を脱出してからだな」

 

 そう、確かに不自由な手枷と首輪からは解放されたが、これで終わりではない。

 まだ俺達は、地獄の只中に居座り続けている。

 

「絶好のタイミングでレイダーどもがこの奴隷商人の拠点に奇襲を仕掛けてくれたのはよかったが。……こう激しく撃ち合ってるとな」

 

 建物の影から敷地内の様子を窺うラスティン。

 俺も、そんな彼の脇から、同じく様子を窺う。

 

 そこで目にしたのは、奴隷商人と、まさにヒャッハーな掛け声が似合う風貌の者達が撃ち合っている戦場。

 

 レイダー。

 世紀末な世界観の作品にはお馴染みのならず者達だ。

 

「よし、遠回りして出口に向かうぞ。レイヴン、俺の後に続け、離れるんじゃないぞ」

 

「分かった」

 

 撃ち合いの流れ弾に当たらない様に、俺達は敷地の出入り口を目指して移動を始める。

 建物の影から影へ、奴隷商人とレイダーに見つからない様に、俺達は少しづつ出入り口に近づいていく。

 

 

 

 そして、敷地の出入り口まであと少しの所まで迫った時の事。

 不意に、ラスティンが何かを拾うと、それを俺に手渡してきた。

 

「ここから先は遮蔽物も少ない、だから護身用だ。使い方は分かるか?」

 

 手渡してきたのは、手作り感満載だが、正真正銘命を奪う為の道具。

 『パイプピストル』という名の拳銃だった。

 

 当然、前世で本物どころか遊戯銃すら使った事のない俺に、パイプピストルの使い方など分かる筈もなく。

 俺が首を横に振ると、ラスティンは簡単な説明を始めた。

 

「そんなに難しくはない。戦前の精巧な拳銃と違って、弾が入っていれば、後は狙って引き金を引けば撃てる」

 

 分かり易い説明。

 それもそうだろう、この木材を切り取ってフレームにして、そこに廃材を再利用した銃身やグリップ、極めつけはどう見てもただのネジにしか見えないトリガー。

 これに安全装置なんて装置が備わっているとは、とても思えない。

 

「よし、それじゃいくぞ」

 

 こうして、パイプピストルを手に入れ、再び移動を開始した、その矢先。

 

「ぐ!?」

 

「!」

 

 角を曲がろうとしたラスティンが、突然脇腹を押さえて膝をついた。

 何が起こったのかと思った刹那、今度は誰かがラスティンを蹴り上げる。

 

「ぎゃはは!! ここにも美味そうな生肉ちゃんがいるじゃねぇか!」

 

 相変わらず脇腹を押さえて起き上がれないラスティンを他所に、角から姿を現したのは、一人のレイダーだった。

 モヒカンヘアーのレイダー像を体現した風貌のレイダーは、下した笑いと共に、動けないラスティンへ更に蹴りを入れる。

 

 よく見れば、ラスティンの押さえた脇腹からは、血がにじみ出ている。

 

「お? なんだぁ? こっちにも活きの良さそうな肉がいるじゃねぇか!」

 

「っ!」

 

 刹那、レイダーは俺の存在にも気づき、堪らず舌なめずりする。

 

「に、逃げろ!」

 

「あ? おい、テメェは黙ってろ!」

 

 ラスティンの声に、俺は急いで逃げ出そうとするが。

 何故だろう、足が、動かない。

 

 初めて対面するレイダーの気迫に恐怖して、足が麻痺したのか、自分の足なのに全く言う事を聞かない。

 

「ひひひっ! 怖いか!? だがそれもじきになくなる。テメェは死肉の塊さぁ!!!」

 

「に、にげろ……」

 

 逃げようと思っても、足が全く動かない。

 まるで、蛇に睨まれた蛙になった気分だ。

 

「ん? テメェ、いいもん持ってるじゃねぇか? 逃げないって事は、そいつで俺様と勝負する気か?」

 

 刹那、レイダーが俺の手にしていたパイプピストルを目にするや、挑発的な台詞を吐く。

 だが、その声には何処か余裕が感じられる。

 

 おそらく、分かっているんだろう。

 俺が怯えて何もできないと。

 

「いいぜ、こいよ! 撃ってみな!!」

 

 それを裏付けるかのように、レイダーは余裕たっぷりに自身の心臓の辺りを指で示すと、両手を広げて撃ってみろと言わんばかりだ。

 だが、俺は撃てなかった。

 そんな度胸、今の俺には微塵もなかった。

 

「ハハハハッ!! やっぱテメェみたいなガキにゃ、銃を撃つ度胸もねぇか!! ヒィヒャハハハハ!!!」

 

 レイダーに馬鹿にされようと、やっぱり銃口を向ける度胸は湧いてこない。

 

「だったら、さっさと死ねよ!! 死肉になっちまいな!!」

 

「っ!?」

 

「な、にゃろう!! 何しやがる!!?」

 

「レイヴン! 今の内に逃げろ!!」

 

 レイダーが手にしたパイプピストルの銃口を俺に向けた刹那。

 撃たれて動けない筈のラスティンが、パイプピストルを持つレイダーの手に飛び掛かると、力を振り絞り、銃口を明後日の方へと向ける。

 

「この野郎!! 死にぞこないは大人しく地面に寝てやがれ!!」

 

「早く逃げろ! レイヴン!!」

 

「離せ! 死にぞこないが!!」

 

「早く! 逃げろ!!」

 

 痛みを堪えて、俺の為に身を挺しているラスティン。

 知り合って間もない俺の為に、そこまでする彼の姿を目にして、俺の中で、何かが変わった。

 

 刹那、手にしたパイプピストルを両手でしっかりと構えると、その銃口をレイダーに向ける。

 そして、ネジのようなトリガーに指をかけると、後は、それを引くだけだ。

 

「おい! このクソレイダー!!」

 

「あぁ!? 何だクソガ……」

 

 俺の声に反応して顔を向けた刹那、俺は、躊躇わずトリガーを引いた。

 

 途端、耳を劈く発砲音と共に、両手を通じて発砲の反動が全身を駆け巡る。

 銃ってこんなに反動があるのか……。

 

 発砲の反動で尻餅をつきそうになるも、寸での所で踏ん張る。

 

 そして、俺はふと、撃った弾丸の行方を追った。

 

 そして目にしたのは、先ほどまであれ程威勢よく動いていたレイダーが、まるで糸の切れた人形の如く地面に倒れていた姿であった。

 よく見ると、レイダーの額からは真っ赤な血が流れ出ていた。

 

「はは、まさか頭に一発で決めるなんて、やるなぁ、レイヴ……ン」

 

「ラスティン!」

 

 とりあえずレイダーを倒せたことに安堵したのも束の間。

 俺は急いでレイダーの死体の近くに座り込んだラスティンのもとへと駆け寄ると、彼に肩を貸すべく手を差し出す。

 

「ラスティン! しっかりして! 今肩を貸すから……」

 

「レイヴン、そんな事よりも、よく聞け!」

 

 だが、ラスティンは俺の差し出した手を振り払うと、真剣な面持ちで俺に語り掛ける。

 

「俺はもう駄目だ、ちょっと、無茶し過ぎたらしい」

 

「そんな! そんな事……」

 

「だからよく聞け! いいかレイヴン、ここから敷地の出入り口まで一直線だ。俺はここから、こいつでお前を援護する。だから、お前は走って出入り口を抜けるんだ! いいな!」

 

 先ほど倒したレイダーのパイプピストルで、俺の脱出を援護するというラスティン。

 だがそれは……。

 

「そんな駄目だ! ラスティンも一緒に!」

 

「俺が一緒じゃ足手まといだ! 二人とも助かる確率は低くなる! だが、お前だけなら助かる確率は大幅に高い! だから、お前だけでも生き延びろ!!」

 

「でも、でも」

 

「レイヴン、お前はまだまだ若い。だから、これから何度でもやり直せる。何にだってなれる……。だから、お前は生きろ!! 生きなきゃならねぇんだ!」

 

 気づけば、俺の目からは大粒の涙がボロボロと零れ落ちていた。

 

「さぁ、早く行け! 他のレイダーや奴隷商人たちが俺達の事に気付く前に!」

 

 そして、俺は涙を拭って頷くと、敷地の出入り口を見据え。

 やがて、走り出す。

 

 振り返らない、振り返りたくない。

 

 銃声や、レイダーや奴隷商人達の声が耳に入るが、俺はそれらを気にすることなく、一心不乱に走り続ける。

 

 やがて、敷地の出入り口を抜け、敷地の外に出ても、俺は振り返らず走り続けた。

 

「そうだ、走れ、お前は走り続けろ……。止まるんじゃ、ないぞ……」

 

 刹那、銃声に乗ってラスティンの声が聞こえた気がした。

 

 

 俺は走り続けた、荒れ果てた大地を当てもなく。

 

 銃声が遠くなっても、振り返る事無く、走り続けた。

 

 

 

 振り返る事無く、ただ前を向いて。



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決意

「……あれ?」

 

 気が付くと、俺は知らない天井を見ていた。

 ボケとかそんな事ではなく、本当に知らない、天井材などなく金属製のパイプの骨組みが剥き出しな天井。

 

 おかしいな、俺は確か、天井なんてない屋外を走っていた筈なんだが。

 

「……?」

 

 とりあえず、視線を動かして天井以外の周囲の様子を確認する。

 すると、木箱や工具、それに作業台等々、目にしたのは、まるでガレージ内部のような光景であった。

 

 そして、ふと俺の寝ているベッド脇のベッドサイドテーブルに目をやると、そこには俺が持っていたパイプピストルが置かれていた。

 

「誰かが助けてくれた、のか?」

 

 状況から推測するに、少なくとも奴隷商人やレイダーに捕まったのではないようだ。

 もし、どちらかに捕まったとすれば、こんな手厚いもてなしは受けない筈だ。

 

 となると、一体何処の誰が?

 

「よぉ、気が付いたか」

 

 と考えていると、タイミングよく、俺を助けてくれたのであろう人物が扉を開けて姿を現した。

 レザーアーマーを着込みサングラスをかけた、金髪オールバックの若い男性だ。

 

「気分はどうだ坊主?」

 

「あの……、おじ、お兄さんが助けてくれたんですか?」

 

「ははは! 開口一番お世辞が言えるぐらいは元気か! 結構、結構!!」

 

 すると男性は、近くの椅子を引っ張って、俺の寝ているベッドの脇に置き直す。

 そして、男性はその椅子に腰を下ろすと、腰を据えて俺と話し始めた。

 

「ま、色々聞きたい事はあるだろうが、先ずは水を飲め、喉乾いているだろ? 話は水を飲んでからでも遅くはない」

 

 そう言って男性は俺に缶を手渡す。

 受け取った缶には、ドリンクとウォーターの英単語が描かれている。

 これもしかして、きれいな水なのか。

 となると、この世界はフォールアウト4の時系列に近いのか? パイプピストルも存在していたし。

 いやでも、一部のアイテムだけで時系列を判断するのはまだ時期尚早な気もする……。

 

「何だ? 子供が遠慮すんな。心配しなくても、お前に分け与えてやれる程、こちとら余裕は持ってるさ」

 

 缶を手にしてまじまじと見つめて考え事をしていた俺。

 それを男性は、遠慮していると勘違いして声をかけてくる。

 

 とりあえず、これ以上変に怪しまれる前に、ご厚意に甘えるとしよう。

 

 フルオープンエンド式の缶のプルトップを開けて、中に入っている透明な液体を口へと流し込む。

 ただの水、前世では当たり前に飲めて気にも留めない存在だった水。

 だが、この世界で飲んだ水は、前世のそれよりも格段に美味しく、心に染みる味がした。

 

「ははは、そうだそうだ、子供は我慢せずにそうやって甘えてりゃいいんだよ。ほれ、腹も減ってるか? ガムドロップとポテトチップス、遠慮なく食えよ」

 

 更に男性は、取り出したガムドロップとポテトチップスを、ベッドの上に置いていく。

 そこまで俺に尽くしてくれるなんて、一体何者なのだろう。

 

 きれいな水の入った缶の中身をほぼ飲み干した俺は、男性の正体を探るべく質問を投げかける。

 

「あの、お兄さん」

 

「ん? 何だ?」

 

「お兄さんは、一体、何者なの?」

 

「お兄さんは子供を助ける正義のヒーロー!! ……と言いたい所だが、違う。っと、そんな目で見ないでくれ、決して奴隷商人とかじゃねぇぞ!」

 

「じゃ、一体何者なの?」

 

「ただのお節介な"傭兵"さ」

 

「傭兵?」

 

「そ。っと言っても、ドンパチするだけじゃなくて、探し物を探したり壊れた物を修理したり。要は何でも屋だな」

 

「その何でも屋さんのお兄さんが、どうして俺を助けてくれたの?」

 

「そりゃお節介だからさ。風化した道端に倒れてる子供を放ってはおけない性分なんだよ」

 

 そう言って、男性はサングラスを外すと、にこやかな笑みを俺に見せた。

 俺は、そんな男性の笑みに見とれた。

 いや、正確に言えば、男性の左右で異なる瞳に見とれたのだ。

 

 赤い瞳と青い瞳、所謂オッドアイに。

 

「ま、でも、正直に言うと。最初は自殺志願者かと思った、なんせこのウェイストランドに、そんな薄っぺらい布切れの衣服とパイプピストル一挺で出歩いてるんだからな。でも、違った。……お前さん、奴隷だろ?」

 

「!?」

 

「その反応は当たりだな。ま、これでも仕事柄色んな奴の事を見てきたからな、お兄さん、分かっちゃうんだな~これが!!」

 

 そして、どうだと言わんばかりに胸を張る男性。

 少々軽口なきらいはあるが、その洞察力は確かなようだ。

 

「しかし、奴隷のくせに奴隷の証である"首輪"を付けていない事や、持っていたパイプピストルの事を鑑みるに……。奴隷商人を殺して逃げてきか?」

 

 殺してなんていない!

 と言葉にしようとして、言葉を出せなかった。

 

 確かに奴隷商人は殺してはいないが、代わりにレイダーを殺した、それは事実だ。

 

 俺が狙って、殺そうと殺意をもって、トリガーを引いて、殺した。

 

 ゲームじゃ、ただの敵で、殺しても何も感じなかった。

 そして、実際に俺がこの手で殺した時も、思い返せば、ラスティンを助けたい一心で、それ以外は何も感じてはいなかった。

 

 けど、今になって思い返せば、俺は人を殺した。

 勿論、殺さなきゃ殺されてた。でも、俺はレイダーを殺した。

 

 トリガーを引く前まで、あんなに生き生きと威勢の良かったものが、次の瞬間には全く動かず地面に倒れていた。

 頭から、真っ赤な血を流して。

 

 それだけじゃない。

 あの場所には、奴隷や奴隷商人、それにレイダーの死体が一杯あって、血が至る所に飛び散ってて……。

 

 あぁ、なんだって今頃になって色んな感情がこみ上げてくるんだ。

 

「っ! かは!! か!!」

 

 くそ、気持ち悪い。

 苦しい、しんどい、思い出したくないのに、どんどん思い返してしまう。

 

「かは!! ごほ!! ごほ!!」

 

「悪い、辛い事、思い出させちまって……」

 

 吐き気などを催す俺に、男性は優しく声をかけると、俺を優しく抱きしめてくる。

 

「辛いよな、人を殺すのって。例え相手が悪人でもな……」

 

 気付けば、彼の抱きしめる腕を掴んで、目から大粒の涙を流していた。

 

 

 

 

「……で、泣いて吐き出して、少しは落ち着いたか?」

 

「はい。……すいません、汚してしまって」

 

「いいって、いいって、子供がそんな事まで気にすんな」

 

 あれから暫くして、色々と吐き出したら少しスッキリして気持ちも落ち着いた。

 

「にしてもお前、随分と大人びてるな」

 

 そりゃ外見は子供でも中身はおっさんですから、なんて素直に言える筈もなく。

 適当に愛想笑いで誤魔化す。

 

「あ、そういえば、まだお前の名前、聞いてなかった。名前は何て言うんだ?」

 

「レイヴン、です」

 

「いい名前だな。それじゃ、俺も自己紹介しねぇとな。俺の名前はクライン、レオス・クラインだ」

 

 ……え?

 どうだカッコイイ名前だろうと言わんばかりの表情を浮かべる目の前の男性。

 

 カッコイイ云々は兎も角、俺は、その名前を知っていた。

 

 アーマードコアシリーズの内の一作、アーマードコア2に登場するレイヴンの一人で、ナインブレイカーの称号を持つ強敵としてプレイヤーの前に立ちはだかる、それがレオス・クライン。

 設定では、強化人間としての施術を受けたため、実年齢は齢九十と言われるが、肉体年齢は四十代を維持しているとされる。

 

 しかし、目の前のレオス・クラインと名乗った男性は、四十代どころか二十代半ばに見える。

 

 だがそもそも、目の前のレオス・クラインは、アーマードコア2に登場するレオス・クラインとは、おそらく似て非なる別人じゃないだろうか。

 何故なら、性格や喋り方など、アーマードコア2に登場したレオス・クラインと比べると、目の前のレオス・クラインは全く異なるからだ。

 それに、大前提として、フォールアウトの世界にアーマードコアと呼ばれる機動兵器は存在しない。

 多分、この世界でも。

 

「クラインさん、ですね。覚えました」

 

 ま、何れにしても、俺を助けてくれた命の恩人の名前だ、しっかり心に刻んでおこう。

 

「それと、改めて、助けていただいて、ありがとうございます」

 

「おいおい、よせよ、子供がそんなかしこまるなよ」

 

「でも、命の恩人ですから」

 

 と、クラインに改めてお礼を述べた所で、俺の腹部から腹の虫の鳴き声が聞こえてくる。

 

「ははは! やっぱり体は正直だな! ほら、遠慮せずに食えよ」

 

 腹の虫を収めるべく、俺は、クラインが用意してくれたガムドロップとポテトチップスを食べるのであった。

 

 

 

 

 ガムドロップとポテトチップスを食べて腹の虫も収まり、満足感から再び睡魔が襲ってもう一度眠りにつき。

 そして再び目を覚ますと、ガレージの窓の向うは既に暗闇が支配していた。

 どうやら、少しだけと思っていた筈が、かなり眠っていたようだ。

 

「よぉ、レイヴン、丁度いい時に起きたな。ほれ、晩飯だ」

 

 上半身を起こすと同時に、先ほど同様、扉を開けてクラインが姿を現す。

 その手に、湯気の立った料理が乗ったトレーを持って。

 

「さっき作ったばかりだから出来立てだぞ。さ、冷めないうちに食え食え」

 

 渡されたトレーに乗っていた夕食の献立は。

 ソールズベリーステーキに即席ポテト、野菜スープにデザートのフルーツにきれいな水。

 

 それは、荒廃し明日をも知れない世界で出てくるには、あまりに豪勢な夕食であった。

 

「え、えぇ!? こ、こんな沢山、いいの!?」

 

「だから、言ったろ。お前一人面倒見るぐらいの余裕はあるんだ、遠慮せずに食え食え」

 

 食糧事情に余裕のないフォールアウトの世界において、他人にこれだけの食事を分け与えるのは相当な事だ。

 それを、さも軽々しくやってのけるクライン。

 その名に違わぬ凄い人だ。

 

 一方、それに甘んじるしかできない今の俺。

 若干悔しさも感じるが、でも、肉体は十歳だし、クラインの様にこの世界を生きていく技術や知識も、特にない。

 原作ゲームの知識も、今のままじゃ特に役立ちそうにない。

 神様からの特典も、もう当てにできない。

 

 本当に、今のままじゃ、ただのウェイストランド人と同等、いやそれ以下だ。

 

「どうだ、美味いか?」

 

「うん」

 

「そうか、そうか、そりゃよかった!」

 

 白い歯を見せて笑みを浮かべながら見守るクライン。

 それを他所に、俺は、夕食を食べながら考える。今後の生き方を。

 

 そして、綺麗に夕食を食べ終えると。

 俺は、考えた末に導き出した答えの為、クラインに声をかけた。

 

「あの、クライン!」

 

「ん? 何だ?」

 

「あの、突然こんなこと言うのは迷惑かもしれないけど……」

 

「おいおい、男なら、まどろっこしい前置きなんて置かずにスパッと本題をぶつけてこい!」

 

「あ、うん。それじゃ。……クライン、俺を、弟子にしてください!」

 

 頭を下げ、クラインに弟子入りをお願いする俺。

 これが、俺がこの世界で今後生き抜くにはどうすべきか、考えた末の答えだった。

 

 これも何かの縁。

 知識や経験のあるクラインに弟子入りして、彼からこの世界で生きていく為の知識と経験を学ぶ。

 それが、俺の答えだ。

 

「……」

 

「あ、あの、クライン?」

 

 しかし、クラインからの返事が返ってこず。

 堪らず頭を上げてみると、そこには、腕を組んで悩むクラインの姿があった。

 

「やっぱり、駄目、かな」

 

「いや、待て! ちょっと待てよ!!」

 

 やはり、突然頼んで弟子にしてくれるなんて都合よくはいかないかと思ったが。

 どうやら、脈がない訳ではないようだ。

 

「いや、でもな……。うーん、しかしなぁ。むむむ」

 

 その後しばらく、腕を組みながらガレージ内を歩き回りながら悩むクラインから答えが返ってくるのを待っていると。

 やがて、答えが出たのか、腕を解くと、俺の顔を真っ直ぐ見つめながら口を開いた。

 

「本気、なんだな?」

 

「はい」

 

「……だろうな、目を見れば分かる」

 

「あの、それじゃ……」

 

「弟子なんて持った事ないから、ちゃんと教えられるかどうか分からないが、それでもいいなら、いいぞ」

 

「ありがとうございます!!」

 

 こうして俺は、この世界を生きていく為の第一歩を踏み出したのであった。

 

 

 

 

 そして、翌日から、クラインから生きる術を吸収する日々が始まった。

 

 俺が介抱されていたガレージは、何とレッドロケット・トラックストップのガレージであった。

 クライン曰く、ここは彼がウェイストランド各地に設けたセーフハウスの一つなのだそうだ。

 

 この場所に暫く滞在している間に、俺は、まず基本的な所から教わり始めた。

 その基本とは、銃などの取り扱いだ。

 

 法も、その番人たる警察もいないウェイストランドで生きていくには、自衛する手段は必須。

 先ずは、肉体が子供の俺でも扱いやすい拳銃やナイフ等の扱いからだ。

 始めたばかりの頃は筋肉痛などに苦しめられたが、それも慣れてくるとだんだんとなくなってくる。

 取り扱う際に、余計な筋肉などを使わなくなってきたからだろう。

 

 その他にも、前世でもそうだが、やはり長生きするには体が資本。

 体づくりに必要なトレーニングも欠かさず行っていく。

 これも、やはり始めたばかりの頃は、朝起きた時の節々の痛みに苦しんだ。

 

 勿論、戦闘面で役立つ教えばかりを教えてもらっている訳ではない。

 この世界、このウェイストランド社会を生きていく為のご指導も賜わる。

 

 ゲーム同様、ウェイストランドでは戦前の貨幣システムが崩壊し、戦前の紙幣がケツを拭く紙にもなりゃしない世の中。

 そこで戦前の紙幣の代わりに通貨として流通しているのが、ビンの王冠、そうキャップだ。

 ただし、どうやらこの世界の貨幣システムはゲームとは少しばかり異なり。

 主流は物々交換で、キャップは補助として使われているらしい。

 どのように使われているのかと言えば、人によって価値観が異なる為公平性が損なわれる物々交換、その際の隔たりを埋める為に使われているそうだ。

 

 ま、確かに。

 ゲームでは千とか万の単位で取引しても何ら違和感がなかったが、現実でそれだけの数のキャップで取引するのは、流石に大変だ。

 そもそも、システム上の仕様とは言え、そんな数のキャップが流通しているという事は、それだけ空きビンが存在する事を意味し。

 つまり、ゲームのウェイストランドは空きビンで埋め尽くされている事になるのだ。

 ゲームの戦前世界は、まさかのヌカ・コーラジャンキーだらけだった!?

 でも、ゲームとは言え、例えそうだったとしても違和感をあまり感じないあたり、流石はアメリカだな。

 

 

 勿論、それだけじゃない。

 生きていく上で避けては通れぬ、そう、食事だ。

 

 何時だって、戦前の食料が食べられる訳ではない。

 そこで、ウェイストランドの動植物の採取や解体方法等の知識も教えてもらった。

 

 あ、因みに、クラインはあの"腹の中で捻れて動き回る"と比喩される程、公式設定でも不味いと認定されたモールラットの肉が美味しいと称して俺に薦めてきたが。

 俺は真顔で答えました。

 

 私は遠慮しておきます、と。



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出会いと別れ

 クラインとの生活も、気が付けば早いもので、一年近くが経過していた。

 その間に俺は、兎に角この地獄を体現したかのような世界を生き残る術を数多く身に着けた。

 クライン曰く、俺は筋がいいらしく、本人も教え甲斐があると話していた。

 

 武器の取り扱い、武器がない場合の対処法、格闘術、トラップの作成に設置。

 他にも交渉術やピッキング、ハッキングに自炊等々。

 

 それから、特にクラインから口を酸っぱくして教えられたのは、女性との接し方だった。

 曰く、女性というものは"女神"であり、この絶望に満ちた世界で唯一の"希望"だそうな。

 

 確かに、後世に種を残すという意味合いならば、その通りだ。

 前世よりも方向性は兎も角、科学技術が進歩しているこの世界においても、結局子供を産めるのは女性だけなのだから。

 

 という事で、クライン直伝のLady Killerを授かるのであった。

 

 

 

 そうそう、この一年間の生活の間で、この世界のゲーム時系列が特定できるであろう情報を幾つか耳にすることが出来た。

 その一つが、今から三年ほど前の出来事。

 ザ・ピットと呼ばれるレイダーが支配する町を、ブラザーフッド・オブ・スティール、通称B.O.S.と呼ばれる一団が攻撃を加え壊滅させた出来事だ。

 この出来事は『天罰』と呼ばれ、口づてに広がっているようだ。

 

 さて、この出来事、ゲーム本編では直接描かれていないが、物語のバックボーンの一つとして、ゲーム内で語られ。

 また、この出来事の後日談のようなダウンロードコンテンツも存在している、その名も『The Pitt』

 

 そして、ここからが重要なのだが。

 俺の前世の記憶が正しければ、前世でこの出来事の起こった年代が、公式か非公式かは忘れたが、西暦二二五五年と何処かで見た事がある。

 兎に角、この記憶が正しく、かつこの世界での実際の出来事もそれに準じているのであれば。

 現在は、三年後の西暦二二五八年という事になる。

 

 そして、この西暦二二五八年、実はフォールアウトシリーズのとあるナンバリングタイトルのゲーム本編開始の年代として設定されている。

 

 それが、フォールアウト3。

 

 たしか上記の天罰関連と共に、この年の七月十三日に、フォールアウト3の主人公。

 即ち人類種の天敵、或いは守護天使。

 プレイヤーの数だけ答えがある、そう、Vault101のアイツが生まれる日だ。

 

 

 しかしまさか、時系列的にはフォールアウト3に準ずることになるとは。

 時代的には約三十年後のフォールアウト4にも登場するアイテムなども存在から勘違いしそうになったが、ま、設定的には三十年前からあっても不自然ではないか。

 

 それにしても、フォールアウト3かぁ……。

 前世で俺がフォールアウトシリーズを知り、そしてハマった切っ掛けのゲーム。

 一応ゲームをプレイ等して知り得た知識は役に立つが、果たして、実際に役立つのだろうか?

 

 

 と言うのも、ここからは再び、今現在の俺の生活環境についての話になるのだが。

 実は、俺とクラインが生活しているのは、フォールアウト3の舞台となっているキャピタル・ウェイストランド。

 かつてワシントンD.C.と呼ばれていた場所から、南西へ約七三一キロも離れた、旧サウスカロライナ州はノースチャールストンと呼ばれた町で生活している。

 

 戦前ならば、飛行機などで移動も楽だっただろうが。

 長距離の移動手段が壊滅している現状では、専ら移動手段は自らの足となる。

 しかも、道中も戦前の様に安心安全等ではない。

 少し歩けば、危険はそこかしこに転がっているのだ、そんな中で約七三一キロも歩く、それも、子供の足で。

 

 とてもではないが、今すぐ関われそうにはない。

 

 しかし、何れ成熟して大人へと成長した暁には、是非とも、フォールアウト3本編の出来事などをこの目で確かめてみたいものだ。

 十年後でもゲームではチュートリアル中で、オープンワールドとして楽しめる西暦二二七七年まで時間がるから、色々と見て回れる筈。

 あ、でも、干渉し過ぎてゲーム本編と異なる環境を作り出すのも不味いか?

 しかし不干渉と言うのも難しいしな。

 でも、まだ時間はあるし、追々考えていけばいいか。

 

 

 なんて俺の暢気な考えに対して、事態は、俺の予想以上の速さで流れていく事になる。

 

 

 

 

「え? 移動?」

 

「あぁ、そうだ。急で悪いんだが、急いで支度してくれ。少し遠出になる」

 

「うん、分かった」

 

 それは、ある日の事だった。

 いつも別のセーフハウスに移動する際は、数日前から予定を発表していたのに、何故かこの時は当日に告げられた。

 

 寝間着から、急いでクラインお手製の子供用レザーアーマーに着替え、必要な物を詰め込んだバックパックを背負うと。

 俺は、クラインと共にセーフハウスを後にした。

 

 そしてやって来たのは、機能しなくなって久しいヨットハーバーであった。

 

「そういえばレイヴン、船は初めてだったな! 船は陸地と違って波などで安定しないと気があるから、気分が悪くなったら、構わず母なる海に返すといい!」

 

 クラインに連れられヨットハーバーの一角に係留されていた漁船に乗り込む。

 見た目は、他のヨットなどの艦艇と同じく汚れや錆などが目立つも、どうやらクラインが使用できるように修理したのか、エンジンはまだまだ現役とばかりに力強く唸りを挙げた。

 

「あの、クライン、何処に行くの?」

 

「まぁ、着いてからのお楽しみだ」

 

 意味深な笑みを浮かべるクラインを他所に、俺達を乗せた漁船はクラインの操縦でヨットハーバーを後にすると。

 程なく、北大西洋へと進出した。

 

 前世と同じ、何処までも広がる海。

 波の音、海風の香り、それはもはや、前世の記憶の中の海と何ら変わりない。

 陸はあんなにも変わり果てたというのに、海は、まるでここだけが時が止まったかのように、変わる事のない姿をしていた。

 

 あれ?

 一瞬地平線の向こうに鯨のような生物の背びれらしきものが見えた気がするんだけど、気のせいだろうか。

 でも、よく考えれば、鯨ってあんなにも尻尾、長かったっけ?

 いや、きっとマグロ食ってるからだろ、うん。

 

 

 

 さて、こうしてまさかの世紀末クルーズを楽しみながら、船旅を続けること約二十四時間。

 途中、一夜を過ごす為に適当な港に係留し、俺達を乗せた漁船は、やがて何処かの湾へと進入し、そのまま大きな川の上流を目指して上り始めた。

 

 川辺には、廃墟と化した住宅地や、壊れかけた橋などが目に付く。

 そんな川辺の様子を眺めていると、やがて、クラインが何かを見つけたのか、操縦室から前方を見て見ろと声を飛ばした。

 

 クラインの声に従い、艦尾から艦首へと向かった俺が目にしたのは。

 川辺の一角に設けられた戦前の施設、今は海水が流入しているがおそらく元は乾ドックだろう。にその巨体を晒している光景。

 前世でも見た事のある、航空機運用の為艦上構造物の少ないその外見は、紛れもなく航空母艦、空母である。

 

 そして、フォールアウトで空母と言えば、もはや導き出される答えは一つしかない。

 そう、フォールアウト3内で街の一つとして登場する、元空母を改造して作られた科学者たちの街。その名を、リベットシティ。

 二十一世紀のスタイリッシュな空母には見られない、何処か野暮ったさが見られるその外観は、間違いなくリベットシティそのものであった。

 

「く、クライン、あれって!?」

 

「おう、俺が知る限り、この辺りで一番デカくて、一番安全な街、リベットシティだ」

 

 クラインの口から語られた答え合わせに、俺は、間抜けに口をあんぐりとさせるのであった。

 まさか、こうも早くフォールアウト3本編に絡む場所に訪れる事になるは想像もしていなかったからだ。

 

 それから程なくして、俺達を乗せた漁船は近くの川辺に接舷し係留させると、そこから徒歩でリベットシティへと向かう。

 それ程離れた距離を歩いたわけでもないが、クラインからは、警戒を怠るなと下船時に注意された。

 ゲームでも、このリベットシティに隣接したワシントンD.C.エリアは屈指の激戦区として知られており。

 それはこの世界でも変わらず、リベットシティに入り込むまでの間、何度遠くから銃声と爆発音を聞いた事か。

 

「久しぶりだな、クライン。元気だったか!?」

 

「あぁ、おかげさまでな」

 

 今まで生活していたノースチャールストン周辺が天国と勘違いしてしまいそうな程、殺伐としたワシントンD.C.エリアの片鱗に触れた俺を他所に。

 クラインは、水密扉を開けて足を踏み入れた先で俺達の到着を歓迎した街の自警団こと、リベットシティ・セキュリティの男性隊員と親しげに握手を交わしていた。

 なお、その身に纏っているのは、リベットシティ・セキュリティ仕様のヘビーコンバットアーマーであった。

 

 どうやら話を聞くに、クラインとは顔見知りのようだ。

 なお、ゲーム本編登場時とは時代が違うからか、その男性隊員は隊長のようだが、名前はハークネスではなく、デルバートと言うらしい。

 

「所で今日はどうした? 南での悠々自適な生活に飽きて、久々にこっち(キャピタル・ウェイストランド)に帰ってきたのか?」

 

「いや、今日来たのはジェームスの奴に用があってな」

 

「カーチス博士にか?」

 

「案内してくれるか」

 

「まぁ、いいが。……所で、そっちのガキは誰なんだ?」

 

「あぁ、こいつは俺の一番弟子さ」

 

 こうして、俺達はデルバート隊長に案内され、リベットシティ内を移動する。

 やはり空母と言う限られた空間の為、ゲーム内でも通路の狭さなどを感じていたが、現実となっても、やはり圧迫感がある。

 子供だからまだ誤って頭をぶつけるなんてことはないだろうが、大人になると……。

 

「ってぇ!!」

 

「ははは! 気を付けろよ」

 

 と、思った矢先に、クラインが頭をぶつけていた。

 

 こうして、途中クラインが頭をぶつけるというトラブルを経て。

 俺達は、リベットシティの居住区、本来は乗組員用の居室が並ぶ区画へと足を踏み入れた。

 

「この時間帯なら、まだ博士は部屋にいる筈だ」

 

 やがてデルバート隊長は、とある扉の前で足と止めると、扉をノックし始める。

 程なくすると、扉が開き、中から男性の声が聞こえてくる。

 

「おはようございます、カーチス博士」

 

「おはよう、デルバート隊長。しかし、どうしたんだ? こんな朝っぱらから」

 

「実は、カーチス博士にお客様で」

 

「私に客? こんな朝っぱらに? 一体誰だ?」

 

「それは、ご自身の目でお確かめを」

 

 と、デルバート隊長が一歩引いて、クラインの方へ扉の中の人物を誘導させると。

 出てきたのは、小奇麗な白衣を身に纏った金髪オールバックの三十代前後の男性であった。

 あれ、この男性、何処かで見たような気がする。

 

「よ、ジェームス、久しぶりだな!」

 

「クライン!? まさか、本当にクラインなのか!?」

 

「あぁ、本物だよ」

 

「久しぶりだな! クライン!!」

 

 ジェームスと呼ばれた男性は、クラインの姿を確認するや、再会を喜ぶハグを行う。

 そして、再会の喜びを分かち合うと、今度は握手で再び喜びを分かち合うのであった。

 

「クライン、どうしたんだ、急に?」

 

「実はジェームス、お前に直接会って話したい事があってな」

 

「そうか。なら、兎に角入ってくれ、さぁ」

 

「分かった。おい、レイヴン、入るぞ」

 

「あ、はい」

 

「ん? そういえばクライン、その子は?」

 

「ま、それも含めて話したいんだよ」

 

「それじゃ、俺はこれで失礼する」

 

 案内をしてくれたデルバート隊長と別れ。

 俺とクラインは、ジェームスと呼ばれたクラインの知り合いらしき男性の住む部屋へとお邪魔する。

 

 元は士官用に割り当てられていた居室なのか、必要な家具などが設けられた広々とした部屋。

 そんな部屋の中には、お腹の大きな一人の女性の姿があった。

 

「あら、お客様って、クラインの事だったのね!」

 

「よぉ、キャサリン、久しぶり。元気だったか?」

 

「えぇ、おかげさまで」

 

 ソファーに腰を下ろしていたのは、マタニティウェアを着込んだジェームスよりも一回り年上と思しき黒人女性。

 クラインはそんな彼女に近づくと、軽いハグを交わし、再会を祝福する。

 彼女の名前は、キャサリンと言うらしい。

 

 

 あれ? 男性がジェームスで、女性がキャサリン。

 どう見ても二人の関係性は夫婦で、そしてここはリベットシティ。

 更にこの世界はフォールアウトであるとくれば……。

 

 あ、思い出した。

 この二人、Vault101のアイツの両親じゃないか!

 どうしてド忘れしてたんだ俺。

 ジェームスと言えば、フォールアウト3の本編においても重要なキーパーソンの一人じゃないか。

 

「そうだレイヴン、ご挨拶しろ。こちら、俺の友人でリベットシティの偉大な科学者でもあるジェームス・カーチスと、その妻のキャサリン・カーチスだ」

 

「おいおい、偉大なは余計だろう」

 

「そうか?」

 

「はは、初めまして! れ、レイヴンです」

 

 これは何て運命の悪戯だ。

 まさかVault101のアイツの両親に、しかも二人とも存命の間に直接出会うなんて。

 確かキャサリンの方は、Vault101のアイツを出産した直後に命を引き取ったので、あの大きなお腹の中にはVault101のアイツがまさに出産の時を待っているのだろう。

 

 加えて、ゲームでは二人の苗字については設定されていなかった。

 だがこの世界では、カーチスという苗字を持っている。

 カーチス、その苗字は、アーマードコアシリーズにおいても登場する。黒い鳥の伝承を持つ一族の名として。

 

 と、色々考察しながら、二人に挨拶する俺。

 しかしながら、ゲーム本編の重要人物二人に直接出会えた緊張から、ガチガチな挨拶になってしまった。

 

「クライン、まさか話っていうのは、俺達に息子を紹介したくて?」

 

「おいおい! 勘違いしないでくれ、レイヴンは俺の子じゃない。弟子だよ、弟子」

 

「あら、可愛いお弟子さんね」

 

「で、話っていうのは、弟子の紹介か?」

 

「あぁ、それなんだが……。ジェームス、ちょっと向こうで話せないか?」

 

「……あぁ、分かった」

 

「キャサリン、悪いけど暫くレイヴンの相手をしててくれるか?」

 

「えぇ、いいわよ」

 

 こうして挨拶を終えると、クラインはジェームスを連れて部屋の端の方へと移動していく。

 どうやら、話と言うのは内密にしたいもののようだ。

 

 一方、俺は、何とか二人の話を盗み聞きできないかと耳を立てながら、キャサリンの大きなお腹に耳を当て、将来のVault101のアイツの胎動に耳を傾けていた。

 

「どう、分かる?」

 

「ん~」

 

 お、今、動いたぞ、音が聞こえた。

 ん? 何だ? 今何だか物凄い音が聞こえた様な。

 

「あの、キャサリンさん」

 

「なーに?」

 

「この子は男の子ですか、それとも女の子ですか?」

 

「女の子よ」

 

 性別を聞いて、俺はもう一度胎動に耳を傾ける。

 うん、凄い活発な音だ。

 

 文字で表示するのなら、ドヒャァッ! なんて表示だろうか。

 流石はVault101のアイツ、生まれる前から格が違うぜ。

 

 

 

 と、Vault101のアイツの胎動ばかりに意識を集中している場合ではない。

 クラインとジェームスの会話の方にも意識を向けなければ。

 

「それは、お前自身の贖罪のつもりか?」

 

「かも、な。だから、あいつを見つけた時、助けようと思ったのかもしれない」

 

「だったら最後まで……」

 

「──だが、あいつには──、が必要だ」

 

「それは、そうかも知れないが」

 

「頼む! これからのあいつの人生には、どうしても──、と思う!」

 

 だが、やはり距離がある為、正確な内容を聞き取る事はできない。

 

 やがて、話も終わったのか、程なくしてクラインとジェームスが俺達の方へと戻ってくる。

 そして、クラインもVault101のアイツの胎動を聞き楽しむと、暫く出産の時期に関する会話が続く。

 

「さて、レイヴン」

 

「ん?」

 

「突然だが、俺とはここでお別れだ。これからは、ジェームス達と生活していくんだぞ」

 

 と、突然何の脈絡もなく、クラインは俺との別れを告げるのであった。



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