名もなき墓標への鎮魂歌 (社畜のきなこ餅)
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名もなき墓標への鎮魂歌

本来の歴史であれば居ない筈の人物が手を貸し、導き、時に共に笑い引っ掻き回した末に。
その命を散らした時、遺されたモノは果たして何を想うのだろうか?


 

 

 鬱蒼とした人の手が明らかに入っていない森の奥。

 その中の、木漏れ日が多く差し込む空間にひっそりと立つ石碑が存在した。

 石碑は規則正しく切り出された事を示すように直方体にてその威容を周囲へと知らしめており……。

 

 石碑には、日本語でその中に眠る人物の名が刻み込まれていた。

 そう、ソレは墓標であった。

 

 墓標に使われている石材は、比較的新しい事からこの墓標は建てられてからそれほど長い年月が経っていない事を示すと同時に。

 森の中を飛び交う鳥や動物によるものか、あちこちに汚れがこびりついている事から頻繁に人が来ている様子も窺い知ることは出来ない。

 

 今も、頬袋に種子を詰め込んだ栗鼠がお気に入りの食事スペースである墓標の上に登っており、その上で我が物顔で頬袋から種子を取り出しせっせと齧っては胃袋へと詰め込んでいたのだが……。

 この日は、鳥や獣の声に風に草木が靡く音しか聞こえてこないこの空間に、一人分の足音が近づいてきていた。

 

 墓標の上でくつろいでいた栗鼠は、普段と違う状況に警戒を強めて墓標から飛び降りて森の奥へと駆け出していき。

 鳥達もまた、音を立てて枝から飛び立っていく。

 

 

「最近来れてなかったんだけども、荒れ放題だよなぁ。やっぱり」

 

 

 茂みをかき分けてその空間へ踏み入ってきたのは、一人の青年であった。

 かつては腕白だったであろう少年の面影を残す、茶髪の青年は墓標の前まで歩を進めると、手に提げていた弔花入りのバケツと背負っていた大きなリュックを地面へと下ろす。

 そして……パン、と柏手を打つように両手を合わせると瞑目して頭を下げ、口の中で何かを呟いてから。リュックから取り出した新聞紙にバケツに入れていた弔花を広げておくと。

 空になったバケツに、リュックから取り出したペットボトルから水を注ぎ入れ、同様に取り出したタオルをバケツの中に付けてから取り出して水を絞る。

 

 

「本当ごめんなおっさん、ぶちょ……リアス達の仕事の手伝いが忙しくてさ、中々これなかったんだ」

 

 

 袖をまくり、口元に懐かしむような笑みを浮かべながら青年は近況を報告しながら……青年は力強く丁寧に墓標にこびりついた汚れをふき取っていく。

 無論、一回で綺麗にしきれるわけもなく、時折バケツにタオルをつけて水洗いしてはタオルの水気を絞って、何度も何度も繰り返して綺麗にしていく。

 

 

「なぁ聞いてくれよおっさん、匙の奴とうとう会長を口説き落としたんだぜ? その後、会長の眷属全員に告白されてテンパってたけどさ」

 

 

 アレはすげぇ笑ったなぁ、その後全力で殴り合いする羽目になったけど。などと愉快そうに墓標へと語りかけながら青年は掃除を続ける。

 

 

「おっさんが気にかけてたヴァーリの奴も、何のかんの言って落ち着き始めたんだぜ。この前なんてアザゼルのおっさんと肩を組み合いながら、屋台で飲んだくれてたしな」

 

 

 おっさんからしたら信じられねーだろ?と、旧知の家族に語り掛けるかのように青年は近況を報告していく。

 やがて、汚れがこびりついていた墓標は元の綺麗な姿を取り戻し、青年は満足そうにうなずくと枯れ果てて原形もとどめていない花だったものを花台から取り外すと、持ってきた新鮮な弔花を花台へ差し込み。

 ペットボトルの中の綺麗な水を花台へと注ぎ入れていく。

 

 

「それに、さ。俺だってすげー感謝してる、おっさんが俺におっぱいのすばらしさを教えてくれたんだもんな」

 

 

 だらしない鼻の下を伸ばしたニヤケ面を青年は浮かべ、自らの手も綺麗な水で洗いながらでへへ。と声を漏らして笑い……。

 すぐに、真顔へと戻る。

 

 

「……おっさん。おっさんはさ……赤龍帝の力の影響で、俺が暴れ回ったりするのを先手を打って防ぐ為に。性欲へ行動を傾けるようにしてくれてたんだって、八坂さんから聞いたんだ」

 

 

 まるで、そこに目的の人物がいるかのように、縋りつくように墓標へと青年は両手をかける。

 

 

「八坂さんが、言ってた。もしも何も手を打ってなかったら、力が暴走して俺が父さんと母さんを殺してしまってたかもしれない。って……」

 

 

 無論そうなる前に誰かが止めていたかもしれない、とも青年へその事を教えてくれた九尾の美女はその時言葉を続けていた、しかし。

 幾多の闘いを乗り越え、歴代の赤龍帝達との交流も深めた今ならば、そうなっていた可能性が非常に高かったと青年はその時気付いた。

 

 そして同時に、恩着せがましい事を何一つ言わず一緒にスケベな事を楽しんでいた人物にしっかりとお礼を言う機会はもう、永遠に失われてしまった事も。

 

 

「おっさん、なんで死んじまったんだよ……!」

 

 

 雨が降っていないのに……墓標の前の地面に一滴、二滴と水滴が零れ落ち、沁み込んでいく。

 青年の脳裏に蘇るのは、卒業して久しい駒王学園の胡散臭い教師として、幼少期から時を経て再会したあの瞬間の光景。

 そして、今も連絡を取り合ってる親友二人も交えて、こっそり秘蔵のスケベ本やエロビデオを……たまに外れを掴まされたりもしつつ、一緒に楽しんだ思い出が蘇っては消えていく。

 

 しかし、非日常の世界へと青年が足を踏み入れたあの日、その人物は滝のように涙を流しながら青年へと詫びた。詫びてくれた。

 お主のような子供が傷付き、そして苦難の道を歩む事を止められなくてすまない、と。

 

 

「俺、もっとおっさんに色々教えてほしかった……!戦い方とか、交渉のやり方とか、美味い酒の飲み方とか……!」

 

 

 青年の涙声が、静かな空間に響き渡り、その声に怯えた小鳥たちが枝から一斉に飛び立っていく。

 慟哭とも言える生年の言葉、しかし墓標は何も答えずただそこにあるだけであった。

 

 

「アレから、色々戦って、リアス達とも力を合わせて乗り切って!やっと皆、天使も悪魔も堕天使も妖怪も人間も笑い合って、前を向けるようになったのに!」

 

「なんで、俺達を庇って一番傷付いて、昔あった戦争で家族も仲間も亡くしたおっさんだけが……死ななきゃいけなかったんだよ!!」

 

 

 墓標に縋りついたまま青年は崩れ落ち、ただ嗚咽だけを漏らす。

 

 青年の脳裏に今も鮮明に蘇るのは……全員が限界を迎えた闘いの時、ダメ押しとばかりに嗾けられた敵の軍勢の前に傷だらけの恰好で立ち塞がり。

 一言だけ遺して、敵の軍前へと独りだけで立ち向かって……そのまま還らなかった墓標に眠る人物の姿。

 

 結果から言えば青年も、青年が愛する女性達も仲間も、一人を除いて全てが助かった。

 しかし、一人だけは二度と還ってこなかった。

 

 

『相棒……』

 

「……悪い、ドライグ。みっともない姿を、晒した」

 

『気にするな、俺にとっても……アイツは戦友だったからな』

 

 

 小さく、おっぱいドラゴンなどと呼ばれる原因になった事に関しては許す気もないがな……などと声を漏らしつつも、その声には慚愧の念が滲み出ている声が青年の右手の方から響く。

 声の主……青年と共にある、神滅具に宿る赤龍ドライグにとっても、墓標に眠る人物との交流は笑いあり涙あり、友情ありの奇妙な経験であった。

 しかし、決して悪い物ではなかったと、ドライグは自信を持って言えた。

 

 

『相棒、大事な報告があるのだろう。教えてやるといい』

 

「ずび……ああ、そうだな」

 

 

 目を赤くしながら、青年は鼻を啜ると佇まいを正し、墓標へと向き直る。

 

 

「おっさん、俺……今度子供が生まれるんだ、それも一人や二人じゃないんだぜ」

 

『まさか、全員に命中させるとは俺も思わなかったぞ……』

 

 

 へへ、と泣き笑いのような顔を浮かべながら、どこか誇らしげに青年は墓標へと語りかける。

 

 

「男の子が生まれたら、おっさんの名前から一字もらってもいいかな? リアス達からもオッケーは貰ってるんだ」

 

 

 墓標の前で手を合わせ、時折鼻を啜りながら青年は言葉を続ける。

 決して言葉は返る事のない祈り、しかし青年は真剣に心から祈り、墓標に眠る人物へと祈り語り掛ける。

 

 その後も青年は口を開くことなく、合掌したまま祈り続け……一やがてゆっくりとその目を開くと。

 掃除用具や枯れ果てた弔花などのゴミを拾い集め、まとめて手に持つと、どこか名残惜しそうに口を開く。

 

 

「今回は来るのが凄い遅くなっちまったけどさ、今度はなるべく早くくるからな。おっさん」

 

 

 そう呟くと、青年は墓標へと背を向けて来た道を戻り始め……。

 

 その時、一際強い風が吹き抜けると共に、不明瞭でありながらもはっきりとした誰かの声が青年の耳へと届いた。

 思わず青年は目を見開くと墓標へと振り返り……人懐こい笑みを浮かべる。

 

 

「……ああ、今度はリアス達や子供達をつれて、墓参りにくるよ。だから」

 

 

 待っててくれよな、と青年は口の中で言葉を紡ぎ今度こそ来た道を戻っていく。

 その足取りに、迷いも後悔も残ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 




墓の中身がどんな人物だったか、どんな力を持っていたのかは最早語る必要はない。
何故なら彼の物語は既に終わっているのだから。







連載TSオリ主モノが難産過ぎるので、気分転換に一本書き上げる暴挙。


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