風鳴訃堂が“美少女”になって護国のために頑張るお話 (焼きめし)
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プロローグ

何となく思いついて書いてみた。


「俄に信じられん。まさか、あの人が危篤状態に陥るとは」

 

 特異災害対策機動部二課の司令官、風鳴弦十郎は緊急の呼び出しに困惑していた。

 彼は幾度となく修羅場を体験している屈強な肉体と精神を持つ強者である。

 彼ほどの男が動揺する事態がこの深夜の病院で起こっているのである。

 

「私とて信じられんよ。しかし、鬼だと思っていた我々の父もまた人の子だったというわけだ……」

 

 弦十郎の言葉に返事をするのは風鳴八紘――内閣情報官として、日本の安全保障を影から支える政府の要人である。

 そう、緊急事態とは彼らの父親である風鳴訃堂が危篤状態にあるという状況である。

 

 風鳴一族の長である彼は御年100歳を超えており、表舞台から姿を消してはいるものの、国防に関する大きな影響力は未だに残しており、ある種の化物として畏怖される存在であった。

 

「それで病室は――? いや、聞く必要などないな。明らかに警備体制が違う……」

 

 弦十郎は厳戒な警備が敷かれている要人専用のVIPルームと呼ばれる病室を見て、自分の父親はそこに居るに違いないと悟った。

 

「私だ……。話は聞いている。で、現在の容態は?」

 

 八紘は風鳴訃堂の側近を見つけて、彼に声をかけた。

 彼は訃堂の身の回りの世話を主に任されていた。

 

「――い、命には別状はありません。危険な状態は抜けました……。し、しかし……、無事とは言えないかもしれません」

 

 側近の男は困ったような表情を見せながら訃堂の容態について話をする。

 このような言い回しに、八紘と弦十郎は眉をひそめる。

 

「妙なことを言う。まさか、どこかに麻痺が残ったとか……」

 

「いえ、五体満足で先ほど食事を終えております」

 

 八紘は訃堂のどこかに後遺症が残ったのかと質問したが、どうやらそうではないらしい。

 それどころか、食事まで済ませたというではないか。

 

「食事をしただとっ……! 俺は危篤だと連絡を受けたのだぞ!」

 

「危ない状態だったのは事実です。しかし、容態が安定して直ぐに旺盛な食欲を見せてまして」

 

 食事という言葉に反応した弦十郎だったが、側近の男は危篤状態は本当だったと言い張ったので、この矛盾に二人は首をひねる。

 

「オムライス、お待たせしました!」

 

「「お、オムライス?」」

 

 さらに別の側近の者がオムライスの乗った皿を持ってきたので、訃堂の息子である二人は口を揃えて料理名を復唱してしまった。

 

「御所望でしたので……」

 

「わからん……。何がなんだかさっぱりだ。中に入っても問題ないのだな?」

 

 とにかく、状況を知るためには訃堂の様子を見る他はない。八紘は中に入っても大丈夫なのかどうか確認をした。

 

「問題はありません。しかし、覚悟をしてください……。まず、見た目がかなり変わっております。そして……、どうやら記憶を失っており、さらに人格が別人のように変化しています」

 

「記憶喪失だとっ……!? それは厄介だな……」

 

「確かに深刻な状態には違いないようだ。しかし、なぜ見た目まで……」

 

 側近の男の言葉に弦十郎と八紘は戦慄して、新たな疑問が沸々と湧いた。

 記憶喪失に人格の変容さらには見た目の変化……。これはどういうことなのか……。

 

「とにかく入るぞ」

 

 二人は覚悟を決めて、側近の男と共に病室へと入る。

 するとどうだろう? 中には自分の父親と思しき老人の姿はない。

 

 その代わりにベッドに横たわっていたのは、空色の髪をした美少女だった。

 容姿は八紘の娘である翼によく似ているが、彼女よりも少しだけあどけなさが残る。

 しかし、その幼い顔に不似合いなほど発育した体は男たちを魅了するには十分だろう。

 

 

「あー! 八紘に弦十郎だー。来てくれたんだね」

 

 少女は八紘と弦十郎の名前を呼んで、笑顔で手招きをする。

 そのはち切れんばかりの屈託のない笑顔は何一つ邪気のない純粋そのものの表情であった。

 

「「――っ!?」」

 

 八紘と弦十郎は不可思議で理解不能な光景に絶句する。

 自分たちは病室を間違えたのか、それとも……。

 彼らは揃って側近の男の“見た目がかなり変わった”という言葉を思い出していた。

 そして、変わりすぎるにも程があると心の中で同時にツッコミを入れていたのだ。

 

「どしたの? 二人とも……。鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してるじゃん」

 

 そんな大の男二人を可愛らしく首を傾げて、覗き込む少女。

 彼女はポカンと口をあけている二人を不思議そうな顔をして眺めていた。

 

「や、八紘兄貴……、俺は夢でも見てるのか?」

 

「見た目が変わっているという次元ではないな……。これは……」

 

 弦十郎と八紘はどうにか現実を受け入れようとするが、常識が邪魔をして未だにそれが出来ずにいる。

 

「失礼を承知で質問させて頂きたい。記憶喪失だと伺いましたが、ご自身の名前は記憶にありますか……?」

 

 先に少女と会話をする決心をしたのは八紘である。彼はまさかと思いつつも彼女に名前を尋ねた。

 

「えっ? あたしの名前? ええーっと、多分なんだけど、風鳴訃堂よ。なんか男みたいだし、古臭い名前で変でしょ? 覚えてたのは、あたしの名前とあなた達二人の顔と名前だけなんだよね〜。あっ! あと、それと訳が分からないことが何個か頭の中に残ってるわ」

 

 少女は平然とした顔をして自らを風鳴訃堂だと称する。

 風鳴訃堂は100歳を超える老人で、性別はもちろん男である。何故にこのような状況が起こったのか?

 

「やはり、この少女が風鳴訃堂なのか……!? 何があった!? 説明してもらうぞ!」

 

 八紘は側近の男に詰め寄り説明を求めた。当たり前だ。自分の父親が変わり果てた姿になったのだから。

 

「そ、それが訃堂様はここ数年……、錬金術師と懇意にされておりまして……。完全な肉体とやらに興味を持たれたのです」

 

 側近の男は話した。訃堂はとある錬金術師と名乗る者と親しくしており、その錬金術師が話していた“完全な肉体”というものに興味を持ったと……。

 

「錬金術師? そして、完全な肉体……?」

 

 弦十郎は不可解な言葉を聞き、その言葉を復唱する。

 

「完全な肉体とは、錬金術の奥義で形成される悠久の生をもつ身体ということです……」

 

「では、お、親父は自らの体をその完全な肉体というものに変化させようとしたのか……」

 

「左様でございます」

 

 側近の男によれば訃堂は自らの肉体を完全な物に変化させる錬金術の奥義によって体を変質させたのだそうだ。

 

「しかし、どう見ても女性に見えるが……」

 

「生物学的により完全な身体構造なのが女性の身体なのだとか……。そして精神がより新しい身体に馴染むように擬似的な人格を脳に植え付け、自らの記憶を消去されました」

 

「ぎ、擬似的な人格……? なるほど、それで人が変わったように……」

 

 さらに訃堂はより完全になるために女性の体に性転換して、その体に馴染むような擬似的な人格を脳に植え付けて別人に生まれ変わったと側近の男は説明する。

 その説明を聞いて八紘と弦十郎は一応は現在の状況を理解した。

 

「訃堂様はお二人に遺言を残しております。護国の為に翼様に家督を継がせようと考えていたが、彼女が鬼になるまでには時間がかかりすぎる。それ故、自分が完全な生命体となり再び護国の為の鬼として戦うと……。その準備は既に終えているので、お二人は訃堂様の意志を尊重して迅速に行動をするように、と……。例えば、特異災害である“ノイズ”……、それに対抗する手段も自ら手に入れたと仰っておりました」

 

 訃堂は護国の鬼と形容される国粋主義者である。

 国家基盤が守ることが出来れば、多少の犠牲は厭わないという苛烈な思想を持ち、それを実践してきた。

 

 その彼が自らの後継者として八紘の娘である風鳴翼を指名していたが、彼女が一人前になるまで待つことが我慢出来なくなり、自分自身を改造することを選んだとのことだ。

 

 そして、新たな護国の鬼となった自分自身を国防の為に使うように、と遺言を残して自らを息子である二人に託したという話らしい。

 

「護国の鬼……、か。しかし……、そう表現するには余りにも……」

 

「そうだな。何かの計算外が起こったとしか思えん。少なくとも風鳴訃堂の意志とは別の方向に進んだとしか……」

 

 だが、息子である二人は目の前にいる少女を見て確信したことがある。

 この娘は訃堂の望んだ護国の鬼ではない。

 その証拠に彼女には自分たちの知る、ある種の物の怪のようなおどろおどろしい父親の影は微塵も残っていなかった。

 

 恐らく、変化する過程で何か想定外の事態が起こり、それが人格などに影響したのだろう。

 

「ねぇ、二人とも。難しい話をしてるとこ悪いんだけどさ。どっちがあたしのパパなの? だってそうでしょう? 同じ姓であたしが名前を覚えてて、年齢的に考えてもそうとしか考えられないもの」

 

「「…………」」

 

 自分の父親だった少女からの思わぬ質問に、二人の男は再び絶句した。

 

「八紘兄貴……、俺は現場の人間だ。こういう事はやはり、兄貴が……」

 

「弦、私はお前と違って普通の人間だ。自分の父親が少女になった時、どのような対応をすれば良いのかなど分かるか……」

 

 そして、二人はこの厄介極まりない状況をどうにか互いに押し付け合えないものかと思案した。

 風鳴訃堂に対する畏怖が彼らから正常な判断力を奪っていたのだ。

 

「あたしは八紘の方だと睨んでるんだよね〜。だってさ、弦十郎は何だか独身臭いし」

 

 訃堂だった少女は悪戯っぽい笑みを浮かべて、上目遣いで八紘と弦十郎を見つめる。

 彼女のことを全く知らない男がこのような仕草を目の当たりにすると、たちまちの内に彼女の虜になるだろう。

 

「――ぐっ……、一から説明するしか無さそうだな……。単刀直入に言いますと、俺たちは二人ともあなたの息子です」

 

 そんな彼女に対して、意を決して自分たちと彼女の関係を告げる。

 

「はぁ? あ、あたしがあなたのママってこと!? (うっそ)だぁ〜。まさか、弦十郎ってそういう趣味を持ってんの? バブみに飢えてるっていうか〜」

 

 しかし、少女は弦十郎の言うことを微塵も信じない。

 それも無理はない。彼女の見た目の年齢はどう考えても彼らよりも二回りは下である。彼女には記憶がないのだから、彼らの親であるような荒唐無稽など信じられるはずがないのだ。

 

「ば、バブ……? ――い、いや、あなたは母親ではない。俺たちの父親だ……」

 

「父親……? いやいや、あり得ないっしょ! えっ? あたしって2児の父親のニューハーフなの!? というか、あたしって年齢幾つ?」

 

 さらに追い打ちをかけるように事実が少女に告げられる。

 彼女は言われたことが分からなくなって混乱していた。

 

「落ち着いてください。最初から私が説明します。まず、あなたはこの国の――」

 

 これでは埒があかないと、八紘は順を追って説明を開始した。

 風鳴訃堂という人物がどのような人物なのかということから始まって、現在に至る過程まで……。

 

「――というわけです。つまり、あなたは国防の為に自らの身体を変化させて記憶を失い、新しい人格を植え付けられた……。ご理解出来ましたでしょうか?」

 

「全っ然わかんない。あたしがこのお爺さんだったなんて、悪い夢だと思いたいわ……」

 

 八紘の説明を聞き、風鳴訃堂の写真を見た少女は首を横に振って泣きそうな顔をする。

 どうやら現実が受け入れられないみたいである。

 

「どうする? 八紘兄貴、鎌倉に戻したところでどうなるか分かったものじゃないぞ」

 

「うーむ。とりあえず、お前のところで預かるか?」

 

 そんな少女を見つめながら弦十郎と八紘は話し合いを開始して、八紘は弦十郎が司令官を務める特異災害対策機動部二課に身を置かせることを提案した。

 

「お、俺の!? しかし……、親父はイチイバルの一件で……」

 

 風鳴訃堂は特異災害対策機動部二課の初代の司令官だったが、聖遺物であるイチイバルの紛失の責任を取らされて引退に追い込まれた過去がある。

 弦十郎はその一件を気にしていた。

 

「関係あるまい。誰もあの姿から風鳴訃堂を連想することはないだろう。それに――今は戦力が少しでも欲しいのではないか? その消えた錬金術師とやらによれば、特異災害“ノイズ”に対抗出来る手段があるみたいではないか……。弦……」

 

 八紘は誰も彼女を訃堂だと連想しないと口にして、“ノイズ”に対抗する戦力の必要性を彼に説く。

 

「ぜ、前線で戦わせるのか? そもそも、シンフォギア以外で“ノイズ”と戦うなど本当に出来るかどうか分からんのだぞ。もしものことがあれば……」

 

 弦十郎は訃堂だった少女を前線に立たせることに難色を示し、“ノイズ”に対抗する手段があることに対しても懐疑的であった。

 

「風鳴訃堂という男が何の確信も無しにこのような事をして、遺言など残すはずが無かろう。特異災害“ノイズ”には十中八九対抗出来るはずだ」

 

 しかし八紘は力説する。訃堂は何の確証もなく自らを改造したりしないと。

 必ず“ノイズ”に対抗出来る手段を手に入れているはずだと……。

 

「“ノイズ”ってアレのこと? 人を炭素に変えちゃう、化物みたいなやつだっけ?」

 

 そんな二人の会話を聞いていた少女は“ノイズ”について言及をしてきた。

 どうやら“ノイズ”については記憶にあるらしい。

 

「“ノイズ”のことは覚えておられるのですね?」

 

「弦十郎も八紘も、タメ口でいいよ。堅苦しいのは苦手でさー。ええーっと、“ノイズ”だっけ? 何か頭の中に残ってた。コレを使って護国の鬼となり敵を打ち消せってね」

 

 少女は胸の谷間からネックレスのような物を取り出して“ノイズ”への対抗手段だと話した。

 

「これは“ギアペンダント”……? いや少し違うか……」

 

 彼女の持っているネックレスはシンフォギアを纏う為に必要なアクセサリーと形状は似ているが、若干異なっていた。

 

「“ファウストローブ”って言うらしいよ。未完成品だから、身体能力は上がらないけど、炭素分解を防御して、“ノイズ”の実体を捉えることが出来るんだって。()()()天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)の欠片の力を使ってるとか何とか……」

 

 少女は持っているネックレスを“ファウストローブ”だと説明した。

 どうやら、聖遺物の力を纏うという点では同じタイプのアイテムらしい。

 

天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)……、草薙の剣か……。風鳴の家宝である群蜘蛛(ムラクモ)とは違うのか? いや、そんなことはどうでもいい。この“ファウストローブ”とやらが“ノイズ”を倒す力を……」

 

 弦十郎は少女の説明を聞いて、興味深そうに“ファウストローブ”を見つめる。

 

「決まりだな。弦……。お前が面倒を見ろ。その子はもはや我々の父親とも言えぬ存在だ。だからこそ、親父は遺言を残した。ならば、我々はそれに従う他にあるまい」

 

 八紘は少女は訃堂ではあるが、別人として扱った方が良いと話した。

 そして、訃堂が国防の為に彼女を使って欲しいと望んでいるのなら、それに従うべきとも……。

 

「――ふぅ……。それ以外に方法はないか……。それで翼の負担が減らせるのなら……、と割り切って考えよう」

 

 弦十郎も諦めたような顔をして、彼女を新たな戦力として割り切る方向にすることにした。

 

「ふーん、あたしは弦十郎に付いて行けばいいのね。――そうだ、一つだけお願いがあるんだけど……、いいかしら?」

 

 その会話を聞いていた少女は弦十郎に付いていくことを理解して、その上で願い事があると口にする。

 

「ん? なんだ? 言ってみてくれ」

 

「いや、訃堂って名前って、全然可愛くないからさ。あたしらしい、可愛い名前を欲しいなぁって、思っちゃったりして。えへへ」

 

 彼女の言葉に弦十郎が返事をすると、少女は新しい名前が欲しいと望んだ。

 照れくさそうにハニカミながら……。

 

「可愛い名前……、だとっ!? 八紘兄貴、バトンタッチだ。俺が厄介事を預かるのだから、それくらいは頼む」

 

 思わぬ無茶振りをされた弦十郎は困り果てた表情をして、八紘に助けを求める。

 

「わ、私が親父の新しい名前を……? くっ……、そうだな……。――風鳴美羽(みう)というのはどうだ?」

 

 八紘も言葉を詰まらせたが、少しだけ沈黙した後に、彼女に美羽(みう)という名前を提案した。

 

美羽(みう)かぁ……。まぁ訃堂よか、マシね。いいわよ。それで……。じゃあ、あたしは今日から風鳴美羽ってことで! よろしく! 弦十郎! あっ、オムライス包んどいて!」

 

 風鳴美羽という名前を貰った風鳴訃堂だった少女はニコリと微笑んで、弦十郎の腕に抱きつく。

 その天真爛漫な少女の姿からはあの護国の鬼として恐れられていた父親の面影は全く残っていなかった。

 

「うおっ! ううむ……、もう親父だと考えないようにしよう……。そうしないと、精神が保たん……」

 

 そんな美羽の様子を見て弦十郎はたじろぎながらも彼女を自分の父親だと思うことを止めようと決意する。

 この日から風鳴美羽の波乱の物語がスタートした――。

 

 




次回からは訃堂改め美羽視点でスタート。
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護国の鬼、女の子になる

ここからは美羽視点でストーリーが展開します。


 あたしには記憶がない。気付いたとき、あたしは病室のベッドの上で体中に器具を取り付けられて寝かされていた。

 

 何か大きな病気になっていたのかと、考えたけれど、どうやら違うみたい。

 唯一、頭の中に残っている人物……、風鳴八紘と風鳴弦十郎……。

 結構イケてるオジサン二人の話によれば、あたしは風鳴訃堂っていう100歳を超えたお爺ちゃんなんだって。

 そして、オジサンたちはあたしの息子らしい。

 

 嘘みたいな話でしょ? オジサンたちは真面目な顔をしていたけどあたしは信じられなかった。

 だって、鏡の中のあたしの姿はどう見たって可愛い女の子だし、とても男だったなんて信じられない。

 

 でも、あたしの首にかけられていたこの不思議なネックレスから感じるのは――国の為に力を尽くせという暗くて低い男の人の声――。

 その声は確かに聞き覚えがあって、お年寄りの声にも聞こえ……、そして何故かあたしは有無を言わずに、その声に従わなくてはならないという気分にさせられる……。

 

 頭に残っている僅かな記憶によれば、あたしには“ノイズ”とかいう化物と戦う力があるみたい。

 このネックレスはそのための武器らしい。

 

 面倒なことになりそうだなーって思っていたら、赤い髪のツンツン頭の弦十郎オジサンが自分と一緒に来いと言ってきて、あたしはどうすることも出来ないからそれに従うことにした。

 

 だけどあたしはその前に、どうしても現状に納得出来ないから、せめて名前だけでも女の子らしい名前にしてほしいと二人にお願いする。

 

 そして今日から、あたしの名前は――。

 

「紹介しよう、風鳴美羽だ」

 

「「…………」」

 

 弦十郎に連れて来られたのはアニメのスーパーヒーローでも居そうな施設。特殊災害対策機動部二課という組織らしい。

 そして、弦十郎はそこで1番偉いのだとか。もっとびっくりなのはこの組織を立ち上げて初代司令官だったのがあたしなんだってさ。

 

 司令室とやらに集められた人たちは、弦十郎からあたしが紹介されると黙ってジィーっとあたしのことを観察していた。

 

「う、嘘でしょ!? 弦十郎くんって子供が居たの!?」

 

 そんな中、髪を後ろに束ねている白衣でメガネをかけた女性が驚いたような声を出す。

 どうやら、あたしのことを弦十郎の娘だと勘違いしたみたいだ。まぁ、無理もないわね……。

 

 この人は櫻井了子って名前ですんごい研究者なんだって。“ノイズ”に対抗する唯一の手段である“シンフォギア”とかいう兵器を開発したんだそうだ。

 

「了子くん、勘違いしないでくれ。俺は独り身だ。この子は……、俺の妹だ。腹違いだがな……」

 

 弦十郎はあたしのことを自分の妹だと説明する。

 さすがに自分の記憶を失った父親だという荒唐無稽は話せないらしく、一部の者を除いてあたしの正体は風鳴訃堂の隠し子として通すらしい。

 そして、訃堂自身は絶対安静の状態で長期療養中としてしばらく様子を見ることにしたようだ。

 

 しばらくって、あたしの記憶が戻るまでなのかな? それって、お爺ちゃんだった時の記憶が全部戻るってことでしょ? 

 何それ? 怖いんだけど……。

 

「「い、妹!?」」

 

 何人かが“妹”という言葉に驚いて声を出す。そりゃ、弦十郎とあたしじゃ見た目で言えば親子くらいは年齢が離れてるから無理もない。

 

「――まぁ、あり得なくもないか……」

 

「そうね。ない話じゃないわね。びっくりだけど……」

 

 しかし、この組織の人たちは妙に落ち着いているのか、すぐにあたしが弦十郎の妹であることを受け入れる。

 そ、そんなに簡単に受け入れられるものかしら? あたしはまだ何も受け入れられていないのに……。

 

「年齢は16歳、翼よりも1つ下だ。仲良くしてやってくれ……」

 

 弦十郎はあたしの年齢を16歳ということにした。つまり学年で言うと高校1年生くらいだ。

 翼って子の1つ下ってことは彼女は17歳ってことか。

 弦十郎の言う翼はすぐに誰のことかわかった。青髪であたしと似た顔をしている若い女性が目の前に居たからだ。

 

「あはっ! なんだ、若い子もいるじゃない。よろしくね。翼ちゃん!」

 

 あたしは翼に近付いて、出来るだけ愛想良く笑いながら翼に手を差し出した。

 

「――あ、ああ。よろしく」

 

 しかし、翼はというと差し出した手を握ろうとはしてくれない。

 ええーっ!? 普通は手を握る流れでしょ。手がプラプラしてんだけど。

 

「なあに? 暗い子ねぇ。ほら、笑って笑って」

 

 あたしは翼のほっぺたを両手でむにっとして、笑顔を作ろうとした。

 うん、やっぱり可愛いじゃない。あたしに似て!

 

「にゃ、にゃにをする!」

 

 翼はむにっとされたのが気に入らなかったのか、あたしを突き飛ばそうと手を伸ばす。

 あらあら、怒らせちゃったみたいね……。あたしは翼の腕を躱してそのまま後ろに回り込んだ。

 

「――っ!? い、いつの間に……? 私が背後を取られた?」

「もぉ、乱暴じゃない。駄目だぞ、女の子が簡単に暴力を振るったら」

 

 あたしは翼を背後から抱きしめながら、彼女に注意をする。

 すぐに手を出すなんて冗談が通じない子なのかしら?

 

「今の身のこなし……。司令……、この子は一体……」

 

 すると黒スーツを着た茶髪のイケメンくんがあたしの動きを見て、弦十郎に何者なのか尋ねる。

 いや、あたしもびっくりしたわ。アホみたいにスムーズに体が動くんだもん。

 やだ、あたしったらスーパーマンになっちゃったの? いや、スーパーウーマンかな?

 

 で、弦十郎に質問して知ったんだけど、イケメンくんは緒川慎二って名前の二課のエージェントなんだって。

 忍術とか使う凄い人らしい。今の時代に忍者っているんだね〜。今度デートに誘ってみようっと。

 

「美羽は“ノイズ”に対抗するために秘密裏に訓練を受けていた。“ファウストローブ”という、錬金術とやらを用いて開発された特殊な武装により、彼女は“ノイズ”を倒すことが出来るとのことだ」

 

 それを受けて弦十郎はあたしについての説明をする。

 ていうか、マジであたしにそんな化物と戦う力があるんだろうか? 正直言って不安しか無いんだけど……。

 

「へぇ、私以外にそんな物を作れる人が居たんだ……。この櫻井了子の開発したシンフォギアとどちらが優秀なのか楽しみね」

 

 了子は不敵に笑い、舐めるような視線をあたしに送った。

 楽しみにしてもらえて嬉しいんだけど、あたしはキチンと期待に応えられるのだろうか?

 

「これからは翼と美羽が連携して……」

 

「わ、私は一人で十分です……! 仲間など、剣を鈍らせるだけですから……、必要ありません!」

 

 弦十郎の言葉に翼は反発する。仲間なんて必要ないと……。何それ? ロンリーウルフってやつ?

 

「およ、翼ちゃんって、そういうクール系なタイプってわけ? もう、そんなに怖い顔しないで。あたしは友達が居ないから、翼ちゃんとお友達になりたいなっ!」

 

 あたしは翼と何とか上手く付き合おうと考えて、彼女と友人なろうと提案する。

 自分には友人はいない。居たのかもしれないけど、おそらくヨボヨボのお爺だろうし……。

 だから、彼女の友達になりたいという言葉は本音だった。

 

「友達……!? 私には必要ない! それに、私が友と呼ぶのは――ただ一人だけだ……! いつまで、そうしてるつもり? 離して!」

 

 しかし、翼はご機嫌斜めみたいであたしを振り解いて、どこかに行ってしまった。

 どうやら、コミュニケーションの取り方を失敗したみたいね。怒られちゃったわ……。

 

「あらら、ねぇ弦ちゃん。あの子大丈夫なの? なーんか、闇が深そうよ……」

 

 でも、あの感じはあたしが悪いだけじゃない。多分、翼は大きな闇を抱えている。

 

「げ、弦ちゃんって……」

 

 青いスーツを着た男性が苦笑いしながら、弦十郎の顔を見る。

 彼は藤尭朔也って名前のオペレーター。なんか、難しい計算とかするのが仕事なんだって。

 

「美羽、その弦ちゃんというのは止めてくれ……」

 

 すると、弦十郎は困った顔をして頭を掻きながら、“弦ちゃん”という呼び方を止めるように言ってくる。

 

「えーっ! 弦ちゃんってさ。見かけが少しばかり厳ついじゃない。こうやって、呼び名だけでも可愛くしてあげたんだけどな。それとも弦兄様とかの方が良かったりする?」

 

「――いや、弦ちゃんでいい……。やれやれ……」

 

 しかし、あたしが別の呼び方を提案すると弦十郎は諦めたような顔をして“弦ちゃん”呼びにオッケーを出した。

 

「ぷっ……、さすがの司令も可愛い妹さんには敵わないみたいね……」

 

 そんなやり取りを見ていて吹き出してしまっている青いスーツを着た女性。

 彼女は友里あおいという名前で藤尭と同じくオペレーターなのだそうだ。彼女が淹れてくれたコーヒーは美味しかった。

 

「司令の困った顔久しぶりに見たな」

 

 藤尭も楽しそうな顔をして弦十郎の表情を眺めていた。

 

「ごほん! 俺の呼び方など、どうでもいい。そんなことより、翼の心には大きな傷があるんだ……」

 

「大きな傷……?」

 

 弦十郎の呼び方の話が一段落付いたあと、彼は翼の心には大きな傷があると話す。

 心の傷ってことは……、トラウマを抱えているってことかしら?

 

「君も知っておく必要があるかもしれないな。翼は――」

 

 そして、弦十郎は翼の身の上話を始めた。

 彼女はシンフォギアの適合者とやらで、長い間“ノイズ”と戦っていること。

 その戦いの中で友人となり、パートナーとなった天羽奏という少女が亡くなったことを……。

 

 翼と奏はツヴァイウィングというボーカルユニットを組んで活動をしていたらしい。

 そして二人のライブ中に“ノイズ”が襲撃をして奏は亡くなった。

 それ以来、翼は心を閉ざして一振りの剣になることに徹しているのだそうだ……。

 

 

「ぐすん……、翼ぢゃん……、な゛んでげなげだど……、ぐすっ……」

 

「おやおや、随分と涙もろいのですね。美羽さんは」

 

 あたしは盛大に泣いてしまった。そして、緒川はそんなあたしにハンカチを渡してくれた。

 やはりこの人は紳士だなぁ……。

 

「だっで、酷い話じゃない……。あたしだったら、そんな事があったら戦うなんて出来ないわ……」

 

 あたしが涙を拭いていると、けたたましいアラームの音が部屋中で鳴り響いた。

 何が起きたって言うのよ……!?

 

「司令! “ノイズ”の反応が多数! こ、これは! この一年で最大規模です」

 

「くっ……、まだ“ファウストローブ”の試運転すらしていないのに! 美羽! 出られるか!?」

 

 どうやら“ノイズ”が出現したみたいで、弦十郎はあたしに戦えるかどうか質問をする。

 そんなの是非もないでしょう。まったく、あたしの人生これからどうなるか分からないけど、これだけは決まった。

 

「もちろんよ……! あたしが翼を一人にはさせない! “ノイズ”と戦うわ……!」

 

 翼に孤独を感じさせない。彼女の隣に立って今日から戦おう。

 あたしは“ファウストローブ”のネックレスを握りしめて、そう誓った。

 そうせねばならないと本能がそれを感じたからだ――。

 

 

 そして、あたしと翼はヘリコプターに乗せられて、現場へと向かう――。

 

「来なくて良かったのよ……」

 

「もう、翼ちゃんったらつれないんだから」

 

 翼からあたしへの印象は最悪みたいで、目も合わせてくれない。

 仕方ないか。馴れ馴れしくしすぎちゃったし……。

 

「Imyuteus amenohabakiri tron……」

 

 翼が“聖詠”という歌を歌って、シンフォギアを纏う。なんでも、“フォニックゲイン”という歌の力が聖遺物とやらの力を呼び覚まして、シンフォギアが発動するらしい。

 そして、それが出来る人間が“適合者”と呼ばれる。奏が居ない今、翼はただ一人のシンフォギアの“適合者”だ。

 

「へぇ、すごーい。そうやって変身するんだ。おっし、あたしも……!」

 

 あたしは首にかけているネックレスに意識を集中させる。

 

 そして――。

 

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」

 

 両手を合わせて九字を切ると、ネックレスは赤く発光して、気が付くとあたしは侍の着物みたいな衣装を身につけていた。

 色も黒くて地味だし、腰に刀が付いているけど……。はっきり言って可愛くない……。

 

「――それが、ファウストローブ……。しかし、実戦の経験が無いと司令より聞いているわ。お願いだから離れてなさい」

 

「ええーっ! あたしは翼ちゃんの隣が良いんだけどな。――って、ちょっと! 待ちなさい!」

 

 翼は相変わらず冷たい感じで、あたしを一瞥すると、さっさとヘリコプターから飛び降りてしまう。

 あたしは慌てて彼女を追って飛び降りた。

 あれ? こんな高いところからパラシュートも付けなくてダイブして大丈夫なのかしら?

 

 そんなことを考えていたけど、自分の身体能力は思った以上に人間離れしているみたいで、何事もなく着地に成功する。

 

 目の前には様々な形とサイズの“ノイズ”の群れがいた。

 

「うわぁ……。なんか、“ノイズ”って生で見ると気持ち悪い……」

 

 あたしは若干“ノイズ”の形状に引いていたが、戦う意志みたいなものはファウストローブを身に着けてからというもの妙に向上しており、気付いたら刀を抜いて構えていた。

 

 なんだろう。血が騒ぐというか……。刀が“ノイズ”を斬りたがっているというか……。

 あたしの身体は自然と“ノイズ”に向かっていた――。

 

「本当に、邪魔だから。素人が戦場に来ても怪我するだけよ。いや、怪我じゃ済まないかも……」

 

「――えっ? 何? なんか言った?」

 

 翼が何か話しかけてきていたが、よく聞こえない。

 血が沸騰するくらい熱くなり、あたしは刀を目の前のナメクジみたいな“ノイズ”に振り下ろした。

 するとどうだろう。“ノイズ”はあっけなく黒い炭になり砕け散る。なによ……、随分と簡単じゃない……。

 あたしは、本能の赴くままに刀を振るい――“ノイズ”を駆逐していく。

 一度、刀を振れば一体、二度振れば二体――ならば……!!

 

「絶技――“百鬼八光”ッ!」

 

 秒間に100回剣を振り、剣圧を八方向に同時に飛ばす技をあたしは使ってみた。

 こんなこと出来るなんて、さっきまで知らなかったけど――。

 

「――っ!? なんてスピード……!? ファウストローブとは、シンフォギア以上の出力があるとでも言うの?」

 

果敢無(はかな)いわね……。刀を振れば何もかも塵芥に消えてしまう……」

 

 “ノイズ”は思った以上に脆い。あたしが刀を少しばかり力を入れて振れば、その剣圧でビルくらいの大きさの“ノイズ”も一刀両断されていた。

 体が勝手に動く。どのように刀を扱えばいいのか大昔から知っていたように――。

 

「――そして、まるで数十年間、研磨を重ねた剣豪のように熟練された技……! あ、あなたは一体……!?」

 

 100体以上の“ノイズ”を葬ったあたしは翼の前に立つ。

 彼女は口を開けて驚愕した表情をしている。

 こりゃあ、ドン引きさせちゃったみたいね……。何とかしなきゃ……。

 

「あたしはあなたのパートナーよ。ほら、改めて、よろしく。翼ちゃん」

 

 あたしはもう一度ニコリと笑顔を作って、翼に手を差し出した――。

 

 しかし、彼女は相変わらず手を握ってはくれない――。

 やっぱり、そんなに簡単には仲良くなれないみたいだ……。

 

『果敢無き(かな)――真の防人たる者に情などは不要の産物也――』

 

「――っ!? 何!? 今の声!?」

「……?」

 

 低く威圧的な声があたしの脳細胞を刺激する。しかし、翼は何も気付いていない……。空耳ってこと?

 

 しかし、“防人”という言葉はずしりと重く――あたしに何かを強制させようとする力が働いている様だった。

 

 あたしはこのとき何も知らない。自分という存在が彼女にとってどんな存在なのか……。

 

 ただ、この日からしばらくの間……、少しずつ彼女に歩み寄る。それだけに尽力する日々が続いた――。

 翼を何かから護らねば――あたしの本能がそう働いていた――。

 いや、それすらもあたしの知らない()()()の指示かもしれない……。




美羽のファウストローブはBLEACHの死装束みたいなイメージでお願いします。
感想とかあればお気軽に一文字でも構いませんのでどうぞ!


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護国の鬼、アイドルになる

美羽を可愛く書こうと努力する度にあのじーさんの顔が邪魔をする。



「ねぇねぇ、翼ちゃん。こんな所に呼び出してどうしたの? まさか、愛の告白とか?」

 

 “ノイズ”と戦ったあと、メディカルチェックを受けて、あたしは翼に訓練室って場所に連れてこられた。

 ちょっとは歩み寄ってくれるのかしら?

 

「武人として、一戦手合わせ願いたい」

 

 あたしは翼から訓練用の模造刀を渡されて、戦いたいと言われた。

 いやいや、なんで決闘の申し込みをしてんのよ。そういうのが最近の若い子の流行りなの?

 

「えーっ、やだー」

 

「子供みたいな言い方をしないでくれる?」

 

 あたしが拒否すると翼は眉をひそめて不機嫌そうな声を出す。

 普通に拒否するところだと思うけどなぁ。タイマン張るってうら若き女子高生のすることじゃない。あたしは爺さんらしいけど、嫌なもんは嫌だ。

 

「そもそも、なんで、あたしが翼ちゃんと戦わなきゃいけないの?」

 

 あたしは本当に理屈がわからなかったので、翼が戦いを挑む理由を尋ねた。

 気に食わない奴は締めるみたいな、そんな感じ?

 

「その軽い性格はともかく、お前の剣技は私が追い求めていたものに近い。鋭く研ぎ澄まされた無駄のない動きから成る必殺の一撃……。お前と戦えば、何か掴めそうなんだ」

 

 翼は生真面目に自分が強くなるためにあたしと戦いたいと言ってきた。

 確かに訃堂って奴は剣術の達人だったみたいで、刀を手にした瞬間に体の中に残っていた剣術や体捌きの記憶が蘇り、理屈から戦闘の勘みたいなものまで全て体に刻まれた。

 

 だから、あたしはさっきの戦いでまったく覚えのなかった剣技みたいなものが使えたのだ……。

 

 翼はそんなあたしの剣術を体感してみたいのか。これは使えるかもしれないわね。

 

「そっかぁ。そういうことね。うーん……。じゃあさ、手合わせしてみてあたしが勝ったら、1日遊びに付き合ってよ」

 

「――遊びに? なんで、私がそんなこと!?」

 

 あたしは自分と戦う代わりに遊びに付き合えという条件を聞くと、露骨に嫌な顔をした。

 そんなに嫌がられるとショックなんだけど……。

 

「だってさ。あたしに時間を割いて翼ちゃんのやりたい事に付き合えっていうんでしょ? イーブンだと思うけどなぁ」

 

「そ、それはそうだが……。わかった。私が勝てば付き合わなくて良いのだな?」

 

 しかし、あたしが自分の理屈を述べると思ったより素直な翼はあっさりとそれを飲み込んだ。

 彼女は勝つ気みたいだけど、そうはいかないぞ。

 

「それでいいわよ。早く始めましょう」

 

 あたしは模造刀を下段に構えながら、翼と戦うことを了承する。

 やっぱり、臨戦態勢になると血液が熱くなるような感覚になるなぁ……。

 

「――空気が変わった? やはり、剣豪の気配が……。私よりも年下なのに……。くっ、恐れてどうする! いざ、推して参る!!」

 

 翼は少しだけたじろいだが、首を横に振って突き技を放ってきた。

 えっ? 完璧に殺る気満々じゃん。

 

「わおっ、いきなり喉元から来るなんて。模造刀とはいえ、危ないじゃん。あたしが死んじゃったらどうすんのさ」

 

 あたしは翼の刀の軌道を観察しながら、彼女の鋭い突きを躱す。

 全部、急所を狙ってる……。これ、避けなきゃヤバイやつじゃない。

 

「あ、当たらない! これだけ、打っても一度も……! まるで風と戦っているみたいだ……!」

 

 バカ! 避けなきゃ痛いじゃ済まないでしょう。寸止めすることも忘れてるし……。

 もしかして、この子は天然なの? 仕方ない……。早めに終わらせましょう。

 

果敢無(はかな)いわね……。奥義――“一鬼刀閃(いっきとうせん)”!」

 

 あたしは翼の突きを掻い潜り――刀の切っ先を翼の眉間に突きつける。

 

「――っ!? あっ……!?」

 

 彼女はまったく反応出来なかったみたいで、目の前に刀の切っ先がいきなり出てきた事に驚いて尻もちを付いてしまった。

 やばっ……、ちょっと刺激が強かったか……。

 

「はい。あたしの勝ち」

 

 あたしは刀を鞘にしまって、翼に手を貸そうとする。

 まぁ、シカトされるんだけど……。

 

 

「はぁ……、はぁ……。――今の気迫は……、弦十郎叔父様にも勝るにも劣らない……。あ、あなたは一体……、何者なの!?」

 

 翼は弦十郎と同じくらいの気迫を感じたと言った。弦十郎って強いのかな?

 そして、あたしが何者なのか問いかける。それは言っちゃダメなんだよね……。

 

「さっきも言ったけど、あなたのパートナーよ」

 

「そんなことは聞いてない! どうやって訓練すればそこまで強くなれるのかと聞いている!」

 

 あたしが彼女のパートナーだと告げると、彼女はどうやって強くなったのか質問する。

 彼女は力に飢えているのね……。

 

「――分からないわ」

 

「ふざけているのか?」

 

「あたし、記憶が無いのよ。昨日までの……。気が付いた時は病院でさ。だから、どうしてこんな力を持っているのか分かんないの」

 

 あたしは翼に自分の記憶が無いことを説明した。

 これくらいは隠し通せることじゃないし、言ってしまってもいいだろう。要するに爺さんってことを黙ってればいいんでしょ?

 

「き、記憶がない? 記憶喪失ってこと?」

 

「そうみたい。だから、あたしには翼ちゃん以外にお友達が居ないのよ」

 

 記憶喪失という言葉を聞いて、翼はちょっとだけ気の毒そうな顔する。

 やっぱり、根は優しい子なのね。情が深いから親友が亡くなって深く悲しんでいるんだわ……。

 

「そうか……。――って、私はあなたの友達になった覚えはない!」

 

 しかし、意外と冷静に人の言葉を聞いているみたいで、ドサクサ紛れに友達と言ったら、そこはキッチリと否定してきた。

 

「ちっ……。でも、少しだけ距離が近付いたきがするなぁ。だってさ、翼ちゃんはあたしのこと()()って言わなくなったもん」

 

「うっ……、それは……。悔しいが、あなたの剣の腕の方が上だから……、敬意を持って……。別にあなたと馴れ合おうとは、思ってないわ」

 

 翼があたしの呼び方を変えたことを指摘すると、彼女は剣の実力だけは認めると言ってくれた。

 とりあえず、剣術が上手くて良かった。

 

「なーんだ。残念。じゃあさ、教えてあげようか? 剣術……。強くなりたいんでしょう?」

 

「あ、あなたに剣術を? 良いのか?」

 

 あたしが彼女に剣術を教えると言うと、彼女は満更でも無さそうな表情を見せる。その辺はプライドとかはないのだろうなー。やっぱり素直な子ね……。

 

「もちろんよ。あたしは翼ちゃんのパートナーなんだから。ずっと一緒に居るつもり」

 

「それじゃあ、今から……」

 

 あたしが剣術の指南をすることを了承すると

翼は少しだけ嬉しそうな顔をする。思ったより表情は豊かみたいね……。

 

「あっ、でもぉ……。あたしが勝ったら遊びに付き合ってくれるんだっけ?」

 

「うっ……、そうだったな」

 

 あたしは約束の遊びに付き合うという話を持ち出すと、彼女はバツの悪い顔をして、がっかりしていた。

 

「冗談よ。翼のやりたい事をやりましょう。遊びは、あなたが気が向いたときに付き合ってくれれば良いわ。あたしはあなたの側に居られればそれでいい」

 

「美羽……」

 

 まぁ、それは冗談なんだけど……。別に彼女の側に居ることが目的で条件を出したのだから、それが剣術の稽古でも問題ない。

 

 それにしても、翼があたしを――。

 

「あはっ……、初めて名前で呼んでくれたわね。ありがとう」

 

「そ、そんなに嬉しいものなのか?」

 

 あたしが彼女に名前を呼ばれて喜んでいると、彼女はそれを不思議そうな顔をして、驚く。

 

「そりゃあ嬉しいわよ。また一歩、翼のお友達に近付いた。あたしは友達が居なくて孤独だけど、あなたも孤独の中にいるから、いつか一緒に飛び上がりたいなぁ」

 

「――っ!? 奏の事を……、聞いたのか……」

 

 あたしが孤独という言葉を口にすると彼女はあたしが天羽奏の話を聞いたことを察した。

 そういうのは鋭いのね……。

 

「まあね。あたしには大切な人が居ないから、あなたの気持ちは分かんない。でも、あなたの寂しかったり、悲しかったり、辛かったり……、そんな感情を少しだけでも楽にしてあげたい。あたしじゃ、あなたの失った人の代わりになれない事はわかっているけど」

 

「そうだ。誰も奏の代わりになどなれない」

 

 死者の代わりなど誰も出来ない。だから命というのは尊いのだ。

 翼はそれが分かっているからこそ、かけがえのない人を失った悲しみに打ちひしがれている。

 

 彼女の顔はどんなときも悲しみに満ちていた。

 

「ええ……、そうね。でも、あなたは前に進まなきゃいけない。ほら、稽古つけてあげる。思う存分、打ってきなさい」

 

 あたしは湿っぽい話にしてしまったことを悔みながら、翼にかかってくるように促した。

 ならば、彼女が抱えている闇を少しでも忘れられるように何かに没頭させるしかない。

 

「――嗚呼! もちろんだ! いくぞ!」

 

 翼は刀を掴んで突進してきた。朗らかな顔付きになって……。

 

「脇閉めて、腰引いて、ほら、足元が隙だらけだから……」

 

 あたしは鞘で翼の体を突きながら、ダメ出しをする。

 そして、足下の守りが疎かだったので、脚払いをかけて転ばせた。

 

「うっ……、まだまだ!」

 

 しかし、翼はその程度ではまったくめげないで、すぐに立ち上がり再びあたしに向かってきた。

 そして、しばらくの間――向かってきては倒すを延々と繰り返した――。

 

 

「はぁ……、はぁ……、割と容赦がないな……」

 

「あら、手心を加えて欲しかったの?」

  

 翼は息を切らせながら稽古がキツかったと溢したので、あたしは手加減した方が良かったかどうか尋ねる。

 

「ふっ……、いや、これでいい。礼を言う」

 

 翼は厳しい方が良いと言って、僅かに口角を上げてお礼を言ってきた。

 良かった。結構、コテンパンにしちゃったから怒られると思っていたわ。

 それにしても――。

 

「あっ! 翼ちゃんが笑った。やっぱり可愛い〜。あたしに似て!」

 

「笑ってなどいない! き、気のせいだ……!」

 

 あたしが翼が笑ったことを指摘すると彼女は顔を真っ赤にして気のせいとか言ってくる。

 いやいや、そんなはずないから……。

 

「わかった、わかった。じゃあご飯食べ行こっか? それくらいは付き合ってくれるでしょ?」

 

「むぅ、それくらいなら……」

 

 翼は笑顔は否定してきたけど、ご飯をあたしと一緒に食べようという提案は受け入れてくれた。

 

「やった。じゃあ行こうっ! あたし、オムライス食べたいな」

 

「――っと、ふぅ……、美羽は強引だな……」

 

 あたしが彼女の手を無理やり掴んで走り出すと、彼女は溜息をついたが振り払うことはしなかった――。

 これって一歩前進かな? このまま翼と友達になれればいいけど――。

 

 それからもあたしは割と強引に翼と一緒に居ようとした。

 稽古をつけて、ご飯を一緒に食べて、歌のイベントみたいなのに付いていったりした。

 緒川って翼のマネージャーやっていたんだ……。

 

 ちなみにあたしは弦十郎と一緒に住んでいる。彼の家は割と大きめの和風の家でびっくりした。

 もう少ししたらリディアン音楽院とかいう学校に転入生として入れさせてくれるんだそうだ。

 これは、16歳の少女が真っ昼間に司令室に居ると世間体が悪いかららしい。世間体とか考えるのね……。まぁ、学校とか面白そうだし、楽しみにしてよっと。

 

 

 それから、日にちが経って転入が間近に迫ったとき……。あたしは弦十郎と緒川にブリーフィングルームとやらに呼び出された……。そして、そこには翼も居た……。

 

「実は美羽さんにお願いがあるんです。それは――」

 

 緒川から話を聞いたあたしは目を輝かせてしまう。

 

「えっ? あたしがアイドル? 翼と組んで? うわぁ〜、楽しそう!」

 

 緒川の話とはあたしを翼と組ませてツインボーカルユニットとしてデビューさせるという話であった。

 

「はい! 以前、美羽さんが翼さんのレコーディングの現場にいらっしゃった時に、もの凄い反響でして。翼さんのルックスに似た謎の美少女ということで……。僕としても美羽さんって、アイドル向きの性格をされていると思うんですよ。歌もこの前、聴かせて貰いましたがお上手でしたし」

 

 緒川はいつもの3倍くらい楽しそうな顔をしながら、あたしのデビューについて力説する。

 ええーっと、彼って本職がエージェントの方なのよね?

 

「ちょっと! 緒川さん!」

「緒川、美羽をアイドルっていうのは……!」

 

 しかし、弦十郎も翼もあたしがデビューすることを嫌がった。

 弦十郎は多分、自分の父親がアイドルになるなんて耐えられないみたいな理由なんだろうなー。

 

「まぁまぁ、聞いてください。この時代、やはりソロ活動よりもユニットとしての活動の方がプロモーションの影響力が段違いなんです。美羽さんは見栄えも良いですし、きっと翼さんの夢の手助けにもなるはずです!」

 

 しかし、緒川は折れない。これは翼の為になると確信していると言って譲らない。

 こりゃ、絶対にマネージャーを本職だと考えているわ……。

 

「しかし、ツインボーカルユニットを組むということは……。その、ツヴァイウィングを……」

 

「それはダメよ。あたしは別の名前でやりたいわ。翼とやるんだったら……」

 

 あたしは翼がツヴァイウィングの名前を出したので、その名前で活動することを嫌がった。

 だってそれは翼の――。

 

「えっ?」

 

「あたしは翼の心の中の奏さんを大事にしたい。だから、彼女の代わりみたいになるのは嫌だな」

 

 翼が意外そうな顔をしていたので、あたしは自分の思っていることを話す。

 あたしはあたしとして、彼女を支えられるような人間になりたい。

 

「美羽……、あなた……。いいえ、やっぱり私はツヴァイウィングの名前を使いたい。今度はあなたと一緒に……。きっと奏もその方が喜ぶはず……」

 

 翼は奏の想いも共に受け継いで、あたしと一緒に新しいツヴァイウィングとして活動したいと口にした。

 

「そうですか。ははっ……、やっぱり美羽さんは翼さんのパートナーにピッタリかもしれません。それでは、新生ツヴァイウィングのデビューの準備はお任せください」

 

 それを聞いた緒川はあたしのデビューの準備を進めると張り切る。それはもう、ウキウキしながら……。

 あたしは翼がツヴァイウィングの名前を一緒に使いたいと言ってくれて、ちょっと嬉しかった。

 弦十郎は最後まで渋い顔をしたが、本当のことを言うわけにもいかずに最終的には止めることを諦めた。

 

 その後、あたしは翼の妹という設定でデビューが決まる。新生ツヴァイウィングの一員として――。

 

 




おそらくはこの世界で最高齢のアイドルが登場。
風鳴訃堂、メジャーデビュー決定。
弦十郎は緒川にくらいは話しておくべきでした。
感想とか貰えると嬉しいっす。


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護国の鬼、女子高生になる

アイドルデビューを果たした護国の鬼をご覧ください。
脳内でジジイを思い浮かべるのは自由です。


《私、風鳴美羽――16歳。アイドルやってま〜す。

 趣味は読書と料理で、好きな食べ物はふわふわのオムライス。

 お姉ちゃんの翼ちゃんが大好きでーす。歌はもちろんですけど、これから色々な事にお姉ちゃんと一緒に挑戦しようと思ってまーす。

 よろしくお願いします(さり気なく胸を強調しながら)》

 

 あたしのデビューの準備は凄まじい勢いで進んでいる。今、あたしは可愛い衣装を身に着けて行ったプロモーションムービーの撮影を終えたところだ。

 

「いやぁ、美羽さん。素晴らしいです! この調子でいきましょう!」

 

 緒川は満面の笑みで拍手してくれて、映像の確認作業を開始する。

 やっぱり、本職はマネージャーなんじゃないだろうか? この人は――。

 

「あ、あのう。緒川さん……? 気のせいかもしれませんが、以前のツヴァイウィングと少し毛色が違うような……。この衣装も前とかなり違いますし……」

 

 翼は新しく生まれ変わったツヴァイウィングの雰囲気が前と違うことに戸惑っているみたいだ。

 

 確かにあたしが見せてもらった映像のツヴァイウィングは妖精みたいなファンタスティックなドレスみたいな衣装だったけど、今回の衣装は何か制服っぽい感じ。

 まぁ制服にしては露出度が高いんだけど、おヘソ丸見えだし……。

 

「はい! 日々、アーティストの業界は流行りが変化していってますから、その時代に合わせるのは当然です。それに、今度のツヴァイウィングは奏さんの代わりではなく、新しく美羽さんが加入といった形にしたいので、これまでの雰囲気を一新しようと思いまして……。心配されなくても大丈夫です。曲のイメージなどは、初代からの雰囲気をそのまま残しますから!」

 

 しかし、緒川は翼の声に対して熱のこもった言葉で返事をする。

 その迫力は有無を言わせない感じで、反論など出来るはずがない。

 

「は、はぁ……。わかりました……。あの冷静沈着な緒川さんがこんなにイキイキするなんて……」

 

 さすがの翼もこれ以上何かを言うことを諦める。

 ポカンとした表情を彼女が見せるのも珍しい。

 

「慎ちゃーん。どーだった? あたしのプロモーションの映像」

 

「ええ! 今確認しましたが、映像の方もバッチリでした! それでは次はジャケットの写真撮影に行きましょう!」

 

 緒川は上機嫌そうに笑いながら、次の現場にあたしたちを案内した。

 こうして、あたしと翼の新生ツヴァイウィングの1作目のシングルはトントン拍子に作成されて、レコーディングを終えてすぐに発売される。

 

 発売と同時に話題となったこのシングルは記録的なヒットとなり、あたしはたちまちの内に有名人になってしまった。

 そして、CDが売れれば売れるほど、弦十郎の表情は複雑になっていったのだった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

「ねぇ、弦ちゃん」

 

「…………」

 

 あたしは弦十郎に話しかけるが、彼は難しい顔をしてパソコンと向かい合っているので、あたしの声にまったく気付かない。

 

「ねぇ、弦ちゃんってばぁ!」

 

「うぉっ! なんだ、一体!? 大声を出して……」

 

 あたしが彼の耳元で大声を出すと彼は少しだけ飛び跳ねて、あたしの顔を見る。

 やっと、気が付いた……。もう、エッチなサイトでも見ていたのかしら?

 

「どお? あたしの制服姿、可愛い?」

 

 リディアン音楽院の制服を着て、クルリと一回転して見せて、弦十郎にあたしの制服姿の感想を聞く。

 

「どうしても、感想を言わなきゃダメか?」

 

 弦十郎は色んな感情を圧し殺したような表情であたしの制服姿を見て、そんなことを言う。

 

「そうね。慎ちゃんが用意してくれた衣装を見たときと同じ顔してるし、あんま気に入ってないのかなーってのは何となく伝わってる」

 

 弦十郎は緒川が発注したあたしと翼の衣装を見たときも同じ表情(かお)していた。

 多分、あまりいい気持ちではないのだろう。あたしが弦十郎の父親の爺さんだから……。

 

「なら、勘弁してくれ。美羽と翼がユニットを組んでCDを出したことがバレて、俺が兄貴にどれだけ説教されたか……。あの滅多に感情を表に出さない兄貴があれだけ――。はぁ……」

 

 弦十郎はあたしがアイドルデビューすることについて、なぜ止めさせなかったのかとかなり責められたらしい。

 そっか、八紘もそんなに嫌だったんだ。翼が寂しくないようにしようと思ったんだけど……。

 あっ! それじゃあ、あれも――。

 

「えっ? 八っくんの携帯にあたしの制服姿の写メ送ったのもまずかった?」

 

 あたしは制服姿を自撮りした写メを八紘の携帯に送ったことを思い出した。

 

「だはぁっ!? ――ぐっ、兄貴からの着信が20件だとぉっ!?」

 

 弦十郎は慌てて自分の携帯を確認すると、八紘からの着信が相当数入っていたらしい。

 もしかして八紘にかなりストレスを与えちゃってる?

 

「ていうか、これくらいでそんな反応してたら、将来結婚とかしたらどうなるの?」

 

 あたしは自分が結婚とか言ったら彼らはどんな反応をするのか気になって、それを弦十郎に質問する。

 

「――結婚? き、君は結婚がしたいのか?」

 

「うん。結婚もしたいし、子供も産みたい」

 

 弦十郎が驚いた顔をしていたので、あたしは自分の願望を正直に伝えた。

 やっぱり、ダメかな……?

 

「こ、子供まで……、ふぅ……。――この子は親父じゃない、この子は親父じゃない……。そ、そうだな。良い人が現れるといいな……」

 

 弦十郎は何か念仏のようなことを唱えて、あたしの願いを尊重してくれた。

 彼はいい人だと思う。心が広くて優しい……。

 

「むぅ、顔引きつってる。無理しなくてもいいわよ」

 

「すまん。どうしても俺の親父、風鳴訃堂の影がチラついてな」

 

 多分だけど、弦十郎や八紘にとって訃堂はただの父親じゃないんだろう。

 それは何となく分かる。だって、この力はちょっと普通じゃないし。お爺さんがこんな姿になるって発想を持つ自体どうかしてるし……。

 

「そっか。ごめんね、はしゃいじゃって。転入初日から遅刻するわけにはいかないから、もう寝るね。おやすみなさい」

 

「あ、ああ。おやすみ」

 

 あたしは弦十郎に先に寝ると伝えて、自分の部屋に行って眠った。明日は学校か……。楽しみだなぁ。

 

 

 そして、翌日――。

 

「風鳴美羽です。変な時期に転入しましたが、仲良くしてあげてください! よろしくお願いしまーす!」

 

 あたしはリディアン音楽院の高等部の1年生に転入した。翼は同じ学校の2年生だ。

 少しだけ緊張したけれど、友達もいっぱい作りたいから愛想良く挨拶をする。

 

「すごーい。風鳴美羽が転入してくるなんて」

「やっぱり、お姉さんと同じ学校にしたかったから?」

「CD買ったよー。サインしてー」

 

 おおーっ! アイドルデビューしたことがこんなにも役に立つなんて。あたしって、結構注目されてるじゃん。

 わー、CD買ってくれてありがとう!

 あたしは、さっそくクラスメイトと仲良くなれた。

 

 特に綾野小路、五代由貴、鏑木乙女の仲良し3人組とは直ぐに打ち解けて、学年が上がる頃にはかなり親しくなっていた――。

 

「これが学生生活なのね……! 楽しいじゃない!」

 

 記憶喪失になって学校とかそういうのは概念でしか知らなかったけど、体験するとめちゃめちゃ楽しくて、あたしは幸せだった。

 ずっとこんな生活なら良いんだけど……。

 

「翼ちゃーん。一緒にご飯食べよう!」

 

 お昼になって、あたしは直ぐに翼の教室にダッシュする。

 あまりに早く走り過ぎて、先生に怒られちゃったけど……。

 

「美羽……、わざわざこっちの教室に来なくても……」

 

 翼はあたしが教室まで来たことに驚いて目を丸くしていた。

 ありゃ、押し付けがましかったかな?

 

「あら、先約があったのかしら?」

 

「そ、そういうことではないが……」

 

 あたしが先約があったのか質問すると、翼は特に誰かと食べる約束はしていないと答える。

 あー、良かった。これが無駄になるところだった――。

 

「あたし、翼ちゃんに弁当を作ってきたんだ。ほら」

 

 最近、料理に凝っていて、美味しいものを自分で作れるように頑張っている。

 弦十郎も最初は訝しい顔をしていたが、今は普通にあたしの手料理を食べている。

 

「私に弁当? こ、これ、美羽が作ったのか?」

 

「そうよ。結構上手に出来てると思うんだけどな。食べてくれる?」

 

 翼は弁当を感心したような顔で観察していたので、あたしは彼女に食べてほしいと希望を伝えた。

 

「あ、ああ。せっかくだし、頂くわ……」

 

「どお? 美味しい?」

 

 翼は弁当のおかずを箸で摘んで、口に運んだので、あたしは彼女に感想を尋ねる。

 

「――おいしい」

 

 彼女は何かを考え込むような顔をして、つぶやくように答えた。

 えっと、その表情はどんな表情?

 

「じゃあ、何でそんな顔してるのよ?」

 

「ああ、それは――私などにこんなに温かい食事を作ってくれるなんて……、と不思議に思ってな」

 

 あたしが翼に変な表情の理由を聞くと、彼女は弁当が温かいとか言い出す。

 何を言っているのか、わからない……。

 

「冷めてるわよ。弁当なんだから」

 

「いや、温かいよ。この弁当は……」

 

「変な翼ちゃん」

 

「そうだな。私は最近変なのかもしれん……」

 

 翼は自分が変わったと感じていて、それに戸惑っているみたいな事を話し出した。

 あたしは翼との距離が縮んで嬉しかったけど、彼女は悲しみが消えて風化してしまうことを恐れているみたいだ。

 

 大事な人を亡くした彼女の悲しみは計り知れないし、その人への気持ちを強く持つことは尊いと思う。

 しかし、それに縛られて一歩を踏み出せないなんて、救いがないじゃないか。あたしは時間がかかっても彼女を引っ張り上げたいと思っていた。

 

 何も知らなかったから――。あたしにはそんな権利が無いことも――。

 

 学校生活にも慣れてきたある日、あたしは深夜にどうしてもラーメンが食べたくなって、少し離れた美味しいラーメン屋までカロリー消費がてら走って行った。

 100キロくらい走ったらラーメン一杯くらいノーカンでしょ?

 

 ふぅ、もう少しで着くはずだけど……。ん? 何かしら? 爆発音みたいなのが聞こえたけど……。

 

 あたしは音のする方に足を向けると、大きな自然公園の中で金髪の小さな女の子が何者かに追いかけられている。

 

「はぁ……、はぁ……。くっ……、ここまでか……。まさか、このオレが自分の作った人形に……。いつも通りの力さえ使えれば――」

 

「憐れなマスターよ。せめて派手に死んでもらおうか」

 

 金髪のオレっ娘に襲いかかるのは、手にコインを携えて、それを飛ばそうとしている人形のような人……。ていうか、人形そのもの?

 

 で、その人形が金髪の女の子にコインを物凄い勢いで飛ばしたの。

 

 これって何かの撮影ってわけでもないし、やだ、大変じゃない。

 

「危ないっ!」

 

 あたしはスピードを上げて金髪の女の子を抱えて、コインから彼女を助けた。

 コインは大爆発を起こして、公園の遊具は粉々に砕け散る。

 あのコインは爆弾か何かなの? 物騒な物を持ってるわね……。

 

「大丈夫? 怪我はない?」

 

「――っ!? お、お前は……? どうやってオレを抱えて……?」

 

 少女は自分が助けられたことが不思議でならないようだ。

 まぁ、普通ならあたしたちが粉々になっちゃうわよね。

 

「ほう。私のコインを避けるとは、地味にやるらしい。しかし、我らのマスターを庇っても何の得にもならんぞ」

 

 変なポーズを取っている人形はあたしにこの場を引くように促す。

 マスターと呼ばれている金髪の少女を庇うのとあたしごと殺すとでも言いたいのだろう。

 

「――あら、分かんないわよ。こーんなに小さくて可愛い子を苛めるなんて、あたしが許さないんだから」

 

 あたしは警察に通報しようと思ったけど、携帯を忘れたので、とりあえず一戦交えて考えようと思った。

 “ノイズ”じゃないし、“ファウストローブ”は要らないだろう。

 

「無駄だ! オレの作成した自動人形(オートスコアラー)は人間如きが敵う相手じゃない。お前は関係ないんだから、さっさとこの場を去れ!」

 

 あたしが拳を構えると、金髪の少女は自分が作った“おーとすこあらー”というものにあたしが勝てるはずないから逃げろと言ってくる。

 この子がアレを“作った”? それって、本当だったらエライことよ。

 だって、あんなの兵器だもん。それに普通に喋る人形ってだけでも現実離れしている。

 

「子供置いて逃げるなんて出来るわけないでしょ。ちょっと待ってなさい」

 

 あたしはそんな言葉を聞いて下がるつもりは一切なくって、臨戦態勢を整えた。

 そして――。

 

「悪いが私は加減をするつもりは――。――ぶっ……!」

果敢無(はかな)いわね……。隙だらけよ。人形ッ……!」

 

 人形との間合いを一瞬で詰めて、あたしは拳を人形の腹に向けて繰り出す。

 何かブツブツ呟いていた人形は数百メートルほど吹き飛んで、大木に激突して倒れた。

 

「ま、まさか。人間がレイアを吹き飛ばすとは――! お、お前は何者だ!?」

 

 その光景を見ていた金髪の少女は目を見開いてあたしが誰なのか質問してきた。

 いや、それを答えると面倒なことになりそうなんだけどな……。

 

「通りすがりの女子高生でーす」

 

「絶対に嘘だ!」

 

 あたしはニコリと笑って誤魔化そうとしたが、少女はジト目であたしを見つめて全く信用しようとしなかった。

 

 これがあたしと錬金術師キャロル・マールス・ディーンハイムとの出会い。

 いやー、この日から色々あって大変だったんだよね――。

 




次回、護国の鬼、幼女を連れて帰る。
通報案件勃発!?
感想とか貰えたら嬉しいなー。


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護国の鬼、幼女を連れて帰る

チートだらけの運動会。そんな話。


「で、あれは何なの? あんなのに追いかけられるって、どういう事情よ」

 

 あたしは金髪の少女が変な人形に追いかけられていた理由を尋ねた。

 この子が普通じゃないのは何となくわかるけど、理由は知っておきたい。

 

「そんなことを聞く暇があったら、とっとと此処を離れるんだな。オレの自動人形(オートスコアラー)はあの程度で動かなくなりはしない」

 

 金髪の少女はあたしの質問には答えず、ここから離れろと言ってくる。

 あら、本当だ。あのレイアとかいう人形、立ち上がっちゃった。ちょっと優しくしすぎたかしら?

 

「くっ……、派手にやられたな。いいだろう。ここからは貴女を敵と認識して戦おう」

 

 レイアは再び変な構えを取って、あたしに鋭い視線を送った。

 何よ、殺る気満々じゃない。じゃあ、どうしようかなぁ――。

 

「はぁ……、面倒ね。――よっと」

 

 あたしは少女を抱きかかえる。よく見ると、この子って小さくて可愛いわね……。

 

「な、何をする。離せ、馬鹿!」

 

 少女は足をバタバタさせて抜け出そうとする。もう、危ないから止めなさいって。

 

「逃げる気か? そうはさせん!」

 

 レイアはまるで踊っているような動きでコインを幾つも投げながら、格闘戦を仕掛けてくる。

 ふーん。逃がすつもりはないみたいね……。

 

「あはっ、何それ? ダンスかな? 面白ーい! ――でも、それじゃ遅すぎるわ……」

 

「――がはっ!!」

 

 あたしはコインを掻い潜って、彼女の蹴りを躱し、腹を蹴り上げて、浮き上がったところに更に顔面に回し蹴り加えて吹き飛ばす。

 

 レイアはさっき以上に遠くまで飛ばされて、見えなくなってしまった。これくらいやったら、流石にすぐにはこっちまで来ないだろう。

 

「ふぅ、これで後は警察が来る前に逃げちゃおっと。見つかると弦ちゃんにも迷惑掛かりそうだし……」

 

 これだけ派手に暴れたら、流石に誰かが通報しているかもしれない。

 面倒な事になる前に遠くに行ってしまったほうが良いだろう。

 

 そう思ったとき、空中から何者かの視線を感じる。

 

「圧巻だね。今の動きは……。勝てないだろう。レイアじゃ、彼女には……」

 

「驚きました。キャロルの自動人形(オートスコアラー)をあんな風に蹴り飛ばすなんて……。ボクも知りたいです。あなたが何者なのか」

 

 白いスーツに白い帽子を被った長髪のイケメンと、腕の中の金髪の少女と瓜二つの容姿をした女の子が空中に浮いて、あたしたちを見下ろしていた。

 ちょっと、今度は空飛ぶ人間? 絶対に普通の人じゃないでしょ。

 

「アダム・ヴァイスハウプト! そして、貴様も来たのか……、エルフナイン! オレの力を奪っておいて得意気な顔するな!」

 

 どうやら、男の方はアダム、少女の方はエルフナインという名前らしい。

 腕の中の少女は特にエルフナインに強い敵愾心を持っているみたいだ。

 

「キャロル。ごめんなさい。でも、ボクには君の計画を見逃すことは出来ません。世界の為にはこうするしか……」

 

 金髪の少女はキャロルという名前らしく、エルフナインは彼女と何かしらの因縁があるような感じだ。

 しかし、この二人からはただならぬ気配をビリビリ感じるわ。これは本気で逃げた方が良いかもしれない……。

 

「黙れ! 洗脳され操り人形になったお前の言葉など聞きたくない! アダム、貴様らの目的は何だ!? 何故、オレを消そうとする!」

 

 キャロルはエルフナインが洗脳されていると言い放ち、アダムに自分を殺そうとする理由を尋ねる。話が全く見えないわ……。

 

「別にないんだけどね。僕には君をやっつける理由は。ただ、邪魔みたいなんだ。君の存在が()()()には」

 

 キャロルはどうやら誰かの邪魔になって殺されそうになっているらしい。

 とにかく、この子はとんでもないヤツに狙われているって事だけは確かね……。

 

()()()()()……、あまり時間はかけられないです。既にキャロルは無力化されていますから、無理に殺さなくても」

 

 エルフナインはアダムを()()()()()と呼び、時間がないと言っている。

 これは彼女らが撤退する可能性も――。

 

「元よりかけるつもりはないよ。僕は時間を……。済ませば良いのさ。全部消し飛ばして。幸い誰も居ないからね。深夜の公園には」

 

 あたしがそう思ったとき、アダムは巨大な炎の塊みたいな物を魔法のように右手から発生させた。

 あんな事できるって、やっぱりとんでもない連中じゃないの。

 

 ――ていうか、何であの人は衣服が燃えて全裸になっているのに平然としているの?

 

「――黄金錬成!? だ、ダメです。あの女の人を巻き込みます。さすがに殺すのは……」

 

 その巨大な炎の玉を見たエルフナインはアダムにあたしを巻き込むから、攻撃を止めるように求める。

 

「殉じて貰うしかないのさ。僕らの理想のために。わかってくれるだろ? 優しいエルフナインくんなら」

 

「――はい」

 

 しかし、アダムの目が青く光ると、エルフナインの目もそれに呼応するように光り、彼女の体の周りに四つの魔法陣みたいな形の光の円が浮かび上がった。

 あの光の円も嫌な感じがするわね……。

 

「ちっ! ここまでか。残念だったな。人助けなどするから無駄死にするんだ」

 

 キャロルはあたしが彼女を助けようとしたから無駄死にすると毒づく。

 うーん。そういうこと言ってる割には悲しそうな声を出すわね。

 

「よく分からないけど、どういう状況なの?」

 

 キャロルは現状が理解出来ているみたいなので、あたしは彼女にこの状況を質問した。

 

「見てのとおりだ。黄金錬成と四大元素(アリストテレス)……。この辺り一帯は消し飛ぶだろう」

 

 キャロルはよくわからない技の名前を呟いて、この辺が消し飛ばされると説明する。そんな、大袈裟な……。

 

「黄金錬成? ありすとてれす? 何よ、それ……。――って、やばっ! あいつら、とんでもない化物じゃない!」

 

 あたしがキャロルの言葉を復唱していたら、アダムの炎の玉は更に巨大になり、エルフナインの周りからは炎とか水とか様々なエネルギーが充満されている様子が見えた。

 こりゃ、気を引き締めないと――。

 

「気付いたところでもう遅い……。――な、何をするつもりだ!?」

 

 あたしはキャロルを抱える腕の力を強くしつつ、しゃがみ込んだ。

 

「よーく掴まってなさい。キャロルちゃん。あたしは今からジャンプする……!」

 

 そして、アダムとエルフナインがこちらに向かって技を繰り出すのと同時にあたしは高く跳躍してこの場からエスケープする。

 うわぁ……、マジで自然公園が消し炭になっちゃってるじゃない……。これは、特異災害に認定されるかもしれないわ……。

 

「はぁ? ――ぐっ……!? 凄まじい跳躍力……!? お前、本当に人間か!? だが……!」

 

「――っ!? 思ったより範囲が広い……! でも……!」

 

 あたしたちは何とか直撃は免れたものの、爆風による衝撃まで完全に避けきることが出来ずにいた。

 あたしは頑丈だから大丈夫だけど……、このままだとキャロルが……。

 あたしは何とか彼女を衝撃から守ろうと、必死でキャロルを抱き締める。

 

「うぷっ……」

 

 キャロルを胸に強く抱きしめたまま、あたしは何とか爆風に耐えきることが出来て、安全な場所まで逃げ切ることが出来た。

 まったく、ラーメン食べ損ねちゃったじゃない。あとで、カップヌードルでも買って帰ろうかしら……。

 

「いやー、びっくりしたわ。キャロルちゃん、とんでもない奴らに狙われてるじゃない。あれ? キャロルちゃん?」

 

 あたしは胸の中のキャロルに話しかけるが、彼女はまったく返事をしない。

 まさか、あたしが衝撃を完全に殺すことが出来なかったとか? ちょっと、大丈夫?

 

「――ぶはぁっ! はぁ、はぁ……、こ、殺す気か!? 馬鹿力でオレの顔に胸を押しつけやがって!」

 

 あたしが顔を青くしていると、キャロルはあたしの胸の中で窒息するところだったと文句を言ってきた。

 あー、良かった。つい力が入っちゃったのよねー。

 

「ごめーん。キャロルちゃんを守らなきゃと思って、つい」

 

「オレを守る? 意味がわからん。見ず知らずの人間を助けても何も報われんぞ。それどころか、それで命を落としてバカを見る」

 

 キャロルは人を助けるという行為は意味がないみたいな事を口にした。

 それってつまり――。

 

「へぇ、キャロルちゃんはそういう人を知ってるんだ」

 

 あたしはキャロルが特定の誰かを連想しているような気がしてならなかった。

 さっきから、彼女は助けられるという行為に戸惑っているみたいだったからだ。

 

「――っ!? まぁ、助けてもらったことは礼を言っておいてやる。――お、おい。なぜ、また抱きかかえる?」

 

 キャロルはそれでも助けられた事にはお礼を言う。

 あたしは彼女をこのままにはしておけないと思ったので、この子を再び抱きかかえた。

 

「ついでに家においで。ほっとけないわよ。あんな連中に狙われてるって分かったら」

 

「馬鹿! 離せ! オレのことは放っておいてくれ!」

 

 再びジタバタしだしたキャロルを抱えたあたしは、来た道を急いで戻る。

 そして、弦十郎の家にキャロルを連れて帰った。

 弦十郎はボロボロの制服を着たあたしが小さな女の子を連れて帰ってきたので、何か言いたそうだったが、とりあえず何も聞かずに家の中に入れてくれた――。

 

 

「なるほど、爆発に関してはさっき連絡が入ってきた。原因が不明すぎるということで、俺たち二課が預かることになった。キャロルくん。その爆発を起こした錬金術師とは何者なんだ?」

 

 弦十郎はキャロルに爆発を起こしたアダムとエルフナインの正体について質問をする。

 それは、あたしも気になるところだ。

 

「パヴァリア光明結社という名前は知っているか?」

 

「うむ。詳しくは知らないが、欧州を中心にあらゆる陰謀の裏で暗躍する秘密組織だったか?」

 

 キャロルが出したパヴァリア光明結社という名前……。

 あたしはもちろん知らなかったが、弦十郎は聞き覚えがあるみたいだった。

 そんな漫画みたいな秘密組織があるんだー。

 

「さすがは特異災害対策機動部二課の司令官。それなりに知っているみたいだな。爆発を起こした者の一人であるアダムはパヴァリア光明結社の副統制局長。組織のナンバー2だ」

 

 キャロルはアダムがその結社のナンバー2だと説明する。

 へぇ、あの変なしゃべり方をするイケメンは組織のナンバー2だったんだ。人前で簡単に全裸になるような人なのに……。

 

「パヴァリア光明結社のナンバー2は錬金術師なのか?」

 

「いや、そもそもパヴァリアの構成員の多くが錬金術師だ。もっともアダムは規格外の錬金術師だが……」

 

 キャロルによると、そもそもパヴァリア光明結社の構成員はほとんど錬金術師らしい。

 

「もう一人はキャロルちゃんにそっくりな子だったけど、すんごい技を使っていたわよね」

 

 あたしは自然公園を破壊したもう一人の方、エルフナインについて尋ねた。彼女はどう考えてもキャロルと関係が深いに決まっている。

 

「あいつはエルフナイン――オレの複製躯体で廃棄予定の個体だった」

 

「複製躯体? ど、どういうことだ? 話が見えん」

 

 キャロルの聞き慣れない言葉にさすがの弦十郎も頭をひねる。複製――つまり、コピーってこと?

 

「ああ、オレはそうやって生き永らえていた。自らのクローンを作り、そこに記憶を複製転写することでな。そもそも、オレの目的は――」

 

 キャロルは「もうどうでも良くなったことだが」という台詞を前置きにして自分の半生を語った。

 

 彼女は大昔のヨーロッパの方で生まれて父親と仲良く暮らしていたのだそうだ。そして、その父親は疫病の薬を長年研究して完成させて村を1つ救ったのだという。

 

 しかし、そこで悲劇は起こった。キャロルの父親は疫病の患者を治したことがキッカケで異端者ということで処刑されてしまったらしい。

 

 そして、キャロルは父の遺言である「世界を知れ」という命題に立ち向かう為に、何百年も月日をかけて研究をして“世界の分解”をすれば、世界のすべてを知ることが出来るという結論に至った。 

 

 その何百年もの月日を生き長らえることが出来たのは彼女が自分のクローンに記憶を転写させるという方法を取ったからだ。

 

 エルフナインはそんなキャロルのクローンの中でも粗悪な存在だったので廃棄する予定の個体だったらしい。

 

「世界の分解だとぉっ!? まさか、そんなことを君が……。まぁいい。そのエルフナインとやらはそんな巨大な力を持っていたにも関わらず廃棄される予定だったのか?」

 

 弦十郎はキャロルの計画を取り敢えず置いておいて、エルフナインについて詳しい話を聞こうとした。確かにエルフナインから感じた力はもの凄かった。

 

「いや、ヤツの力は本来はオレの力だ。どうやってなのかはイマイチ把握してないのだが、ある日オレは力を奪われた。そして、その力がエルフナインの方に渡っていて、ヤツはパヴァリア光明結社の操り人形になっていた」

 

 キャロルはエルフナインの力は元々自分の力だったと説明をする。原因は分からないが、自分の力がある日奪われて、それがエルフナインの元に移ったのだそうだ。

 

「つまり、パヴァリア光明結社はキャロルちゃんの力を奪って、さらに消そうとしたっていうこと? そんなにキャロルちゃんのことが嫌いだったんだー」

 

「好き嫌いの問題か?」

 

 あたしがパヴァリア光明結社に嫌われたからキャロルが酷い目に遭ったと口にすると、弦十郎は呆れた顔をしてツッコんできた。もう、冗談が通じないんだから。

 

「連中が何を考えてるのかはわからん。しかし、何百年もかけたオレの計画は水泡に消えた。命を助けられたことには礼を言ったが、よく考えてみれば、オレには野垂れ死にするくらいしか残された道はない」

 

 キャロルは力を失って計画が遂行出来なくなり、自暴自棄になっているみたいだ。だから、赤の他人のあたしたちに全て話したのだろうけど……。

 

「ねぇ、弦ちゃん。この子、凄い錬金術師なんでしょう? それなら……」

 

「うむ。パヴァリア光明結社とやらがこの地で何かを成そうとしているこの状況。悪い予感がする……。そうだな……、キャロルくんさえ良ければ、ウチに来ないか?」

 

 あたしの体も錬金術師が絡んでいるし、大爆発を平然と起こすような錬金術師がこの国に潜んでいるというのは大問題だ。

 

 だからこそ、弦十郎は錬金術のプロとしてキャロルを特異災害対策機動部ニ課に勧誘する。あたしもそれが良いと思う……。

 

「はぁ? お前ら、オレの目的を聞いてよくそんなことが言えるな! この世界を壊そうとしていたんだぞ!」

 

 キャロルは自分を勧誘するあたしたちに対して信じられないというような顔をして大声をだした。

 

 一応、悪いことをしようとしていた自覚はあるのね……。

 

「でも、キャロルちゃんは何もしてないし。それにいい子そうに見えるし……」

 

 そう、キャロルはまだ何もしていない。それにあたしは彼女から優しさのような感情を感じ取っていた。

 

「君の父親が残した命題とやらが世界を分解することだとは、俺には俄に信じられん。君もそれは分かっているんじゃないか? 俺には君にやり場のない感情があり、そして力があったから、そういった事に手を染めようとしていたとしか思えない。どうだ? もう一度、君の父親が残した命題について考え直してみないか? 今度は俺も協力しよう。それが大人の努めだからな」

 

 そして、弦十郎はキャロルの父の命題について、もう一度、一緒に考えようと提案する。それが大人の努めらしい。

 

「くっ……! 二度とオレを子供扱いするな。もはや、オレには何もかもがどうでもいい。お前らがオレを利用したければ勝手にすればいい」

 

「んもう! そういう可愛くない言い方しなくても良いじゃない。あたしはキャロルちゃんとお友達になりたいだけだよ」

 

「――友達? ふん……、勝手にしろ……。とりあえず、寝床さえ貰えれば当分は文句を言わないでやる」

 

 キャロルはあたしたちの仲間になることを了承して、あたしの友達にもなってくれた。

 

 こうして彼女は錬金術という新しい概念を特異災害対策機動部二課に持ち込むこととなる。

 

 パヴァリア光明結社がキャロルを襲ったり、何か事件を起こしたりしないか警戒していたが、彼らはそれからというもの、怖いくらいに大人しかった。

 

 そのまま時は流れて、あたしは2年生になる――。

 

 そして、この日に出会ったのは――人助けが趣味だという素敵な後輩だった――。

 




キャロルとエルフナインの力の逆転ネタも短編で書いてみようと思っていたのですが、丁度いいからそれもこの話にぶち込んでみました。
パワーバランスの調整で敵サイドは原作よりも厄介になっています。
感想とか貰えると嬉しいです。ついでにちょっとでも面白かったらお気に入り登録も……。


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護国の鬼、グラビア撮影をする

100歳を超えたお爺アイドルがセクシーな水着で初のグラビア撮影に挑戦だ!
想像力が豊かなほど楽しめると思います。


《男の子は必見! Fカップアイドル✕グラビア! 風鳴美羽が大胆なセクシーショットを連発!?》

 

「――お、おい。緒川……、これはなんだ?」

  

 雑誌のグラビア写真を見ながら弦十郎は緒川に声を震わせてこの写真について尋ねる。

 えへへ、本当にこんなに大胆な写真を撮るなんて思わなかったわ。

 最近の水着って生地が少ないのね……。

 

「いやー、まさかヤングマ○ジンの表紙を飾れるとは思いませんでしたよ。美羽さんはNGが基本ないので営業が楽です!」

 

 緒川は得意気な顔であたしが有名な青年誌の表紙になったことを誇る。

 うーん。これがみんなに見られるのは少しだけ恥ずかしいかなー。

 

「もう、慎ちゃんに乗せられたからいっぱい写真を撮っちゃった。ほら、弦ちゃん。この水着なんてすっごくエッチじゃない?」

 

 あたしは弦十郎に特にセクシーに写っているグラビアをみせる。

 写真の中のあたしはいわゆる手ブラってやつで胸を隠して、ウィンクしている。

 うん。可愛く撮れてる。これで、全国の男子たちをメロメロにしちゃうんだから。

 

「がはっ……! な、なかなか結構なお点前で……。じゃなくて、だ。緒川、この雑誌は目に付くような場所に置かれたりするのか?」

 

 弦十郎はあたしの写真を見ると、何やら禍々しい物を見たみたいな表情をして、緒川にヤングマ○ジンが置いてある場所について質問をする。 

 そんなの決まってるじゃない……。

 

「何を仰っているんですか? 司令。全国の書店やコンビニで1番目立つところに置かれるに決まっているじゃないですか!」

 

 緒川は当たり前のように日本国内全土でこの雑誌が販売されていることを誇らしげに語る。

 それを聞いた弦十郎の顔色は良くなかった。

 

「そ、そうなのか? すまん、こういった物には疎くてな……。そうか、全国の書店コンビニで……。はぁ……」

 

 弦十郎はあたしが表紙の雑誌をもう一度チラッと見て、ため息をついた。

 あたしがこの姿になって、もう結構な時間が経つけど慣れてくれないものね。

 

「そーいや、慎ちゃん。なんか、撮影中にテレビの取材とかあったけどあれはなんだったっけ?」

 

 あたしはグラビア撮影中にテレビのカメラが回っていた事を思い出して、そのことを質問する。

 確か、何かの番組の撮影だった気がする……。

 

「ああ、それはですね。N○Kの報道番組で今どきのアイドルの仕事の現場みたいな特集がありまして、美羽さんのグラビア撮影のシーンが流れることになったんですよ。この放送で、さらに知名度アップ間違いなしです!」

 

 緒川はあたしが出演するテレビ番組の詳細を語ってくれる。

 そっか、N○Kとは珍しい。あたしの水着姿が全国に放送されるんだ。胸とか揺れて、ちょっと恥ずかしかったけど、何か嬉しいな。

 

「N○Kだとぉっ! 緒川、それはいつ放送されるんだ! 早く兄貴に連絡しないと! 何とか権力を利用して――」

 

 弦十郎は何か国家権力を利用してあたしの番組の放送を握りつぶそうと考えているみたいだ。いやいや、大袈裟だって……。

 

「ああ、ちょうど今ですね。テレビを付けてみますか?」

 

「い、今か!? 今なのか……、そうなのか……」

 

 緒川はちょうど今、その番組がやっていると口にしてテレビを付けた。

 弦十郎は愕然とした表情をしていた――。

 

『あはっ! この水着、ちょっと小さくないですか〜?』

 

 V字の水着を身に着けたあたしが、生地の少なさに対して戸惑いながら質問をしている。

 これは、カメラマンさんとやり取りしている映像だ。

 

『えっと、これが女豹のポーズなんですね』

 

 そして、色々とグラビアアイドルのポーズを教えてもらっている様子が流れる。

 弦十郎は既にこの世の終わりみたいな顔をしていた。

 

『イエイ! 今日も美羽は頑張ってまーす』

 

 最後にジャンプしてぷるんと胸を弾ませながらピースサインをするあたしの映像が流れて、あたしの出番は終わった。

 良いじゃん。これは確かに反響がありそうだ。

 

「…………緒川。八紘兄貴から連絡が入った。多分、長くなるだろうから、美羽と一緒に先に帰っていてくれ……」

 

 八紘から何かしらの連絡が入ってきたらしい弦十郎は緒川とあたしを先に帰した。

 もしかして、八紘もあたしの出ているテレビ番組を見たのだろうか? 明日から学年も変わり新学期ということで、あたしは緒川に送ってもらって家に戻った。

 

 

 そして、翌日の朝――。

 

 

「うわぁ! やっぱり可愛いじゃない。ほら、笑って笑って! 写真撮るわよ!」

 

「撮らんでいい! なぜ、オレが学校などに通わなくてはならないんだ!?」

 

 あたしはリディアン音楽院の制服を着ているキャロルの写真を撮ろうと携帯のカメラ機能を起動させている。

 キャロルは照れているというか、学校に行くことさえ不満のようだ。

 そう、キャロル・マールス・ディーンハイムは今日からリディアン音楽院高等部の1年生として学校に入学する。

 

「だって、その方があたしや翼ちゃんが守りやすいんだもん。キャロルちゃんのこと。苦労したみたいよ。高等部に入れるの。どう見ても小学生だから」

 

 キャロルがパヴァリア光明結社に狙われていることは明らかだ。それならば、あたしや翼がいる学校に通わせた方が何かと都合が良いという結論に至ったのである。

 

「やかましい! 力さえ戻れば見かけくらい造作もなく変えられるのに……! いや、そもそも力があれば学校などに通わないか……」

 

 キャロルは何かを呟いて、それに対して自分でツッコんで自己完結していた。

 ちなみに彼女にはまだあたしが100歳を超えた老人だということは言ってない。

 

 弦十郎がトップシークレットに指定していることだけあって、それは軽々に明かせないのである。

 しかし、錬金術というものの存在は二課の技術チームに大きな影響を与えた。了子もキャロルの有能さに舌を巻いて、何故か対抗意識を燃やしている。

 キャロルは自分の力を何とか戻せないものかと、知識の提供の見返りとして自分の研究室を与えられてそこで研究をしている。彼女はそれで取り敢えず待遇には満足しているみたいだ。

 

「何はともあれ、キャロルちゃんも今日から女子高生よ! 友達出来ると良いわね」

 

 あたしはキャロルの両肩を抱いて、友達が沢山出来ることを願う。

 きっと色んな人と交流すれば、彼女の世界に対する見方が変わるはず。そうなれば、きっと彼女も――。

 

「友達? バカを言え……。そんなものオレには必要ない。それに、オレみたいなヤツに寄ってくるバカなど居ないだろう」

 

「あ、そう。じゃ、これはキャロルちゃんのお弁当だから。ほらタコさんウインナー好きでしょ?」

 

 友達なんて要らないし、出来ないと口にするキャロルにあたしは弁当を渡そうとする。

 拗らせてるわね。まぁ、彼女の数百年間を考えたらそんなに簡単じゃないか。

 

「……子供扱いするな! さっさと行くぞ……。友達なんて……、フン……」

 

「うふふ……」

 

 毒づきながら、きっちり弁当は受け取ってくれたキャロルを見て、あたしは彼女が愛しくて仕方なくなってしまった。

 これから、少しづつ変わっていけば、きっと友達も――。

 

 

 そんなことを思いながら、何日か一緒に登校していったある日のこと――。

 

 

「キャロルちゃ〜ん! おっはよーう!」

 

「止めろ! 立花! オレに気安く触るな! いつもどおり遅刻してろ!」

 

 黄色い髪の元気の良さそうな女の子がキャロルを背中からギュッと抱きしめながら挨拶をする。

 キャロルはその子を“立花”と呼んで、迷惑そうな顔をして、引き剥がそうとした。

 ていうか、この子はいつも遅刻してるんだ……。

 

「またまた〜。今日も可愛いね〜」

「止めてあげなよ、響。割と本気で怒ってるよ、キャロルは」

 

 その隣で黒髪の女の子が立花と呼ばれた女の子を諌める。確かにキャロルはこう見えて結構怒っている。

 

 あとで聞いたが、黄色い髪の女の子は“立花響”、黒髪の女の子は“小日向未来”という名前で、二人ともキャロルのクラスメイトなのだそうだ。

 二人は親友同士で入学式の日から響がやたらとキャロルに絡んでいるらしい。

 

「出来てるし……、友達……」

 

「お前の目は腐ってるのか!? これのどこが友達に見えるんだ!」

 

 あたしがキャロルにちゃんと友達が出来たと、感慨深く思っていると、キャロルは響のことを友達ではないと叫び声を上げる。

 いやいや、それだけ仲良さそうにしていたら立派な友達だって……。

 

 あたしがキャロルに話しかけた、その時である。

 響があたしに気が付いて口を大きく開く。

 

「あれ? 嘘っ!? えっ? えっ〜〜!! か、風鳴美羽さんだ!! き、キャロルちゃん。風鳴美羽さんと友達なの!?」

 

 響は興奮した様子であたしとキャロルの関係を尋ねた。

 あたしってアイドルだもんね〜。そりゃあ、芸能人が隣に居たら驚くか〜。

 

「違う! 断じてこの女とは友人などではない!」

 

 キャロルはあたしと友達だということを否定する。ええーっと、はっきり言われるとショックなんだけど……。

 

「キャロルちゃんとあたしは一緒に住んでるのよ。遠い親戚なの。えっと……」

 

「ひ、響です。立花響です! あ、あの、私、風鳴翼さんの大ファンでして、その」

 

 あたしがキャロルと一緒に住んでいることを響に伝えると、彼女は自己紹介をして翼の大ファンだと伝えてきた。

 

「なんだ〜。翼ちゃんのファンなの? 残念ね〜」

 

 はっきりあたしに翼のファンだという響が面白くて、ついあたしは意地悪な顔をしてしまう。

 

「普通に失礼じゃない? それって」

 

「ありゃ! いやいや、そうじゃないんです! 決してその、美羽さんのファンじゃないとかじゃなくて」

 

 そして、未来がそんな響の言動を失礼だと指摘すると、響は身振り手振りで焦った感じを全面に出していた。

 素直で可愛らしい子じゃない。あたしは響をこの時点で既に気に入っていた。

 キャロルとも仲良くしてくれているし……。

 

「ふふっ……。気にしてないから。翼ちゃんのこと応援してくれてありがとね」

 

「はい! 今日もCDを買いに行く予定なんです! 初回特典は絶対に逃せませんから!」

 

 あたしが翼のファンだと言う彼女にお礼を言うと、響は今日発売日のツヴァイウィングの新しいCDを買いに行くと伝えてきた。

 

「そっか。じゃあ、キャロルちゃんと友達になってくれたお礼に、CD買ってくれたら翼ちゃんからサイン貰ってきてあげよっか? そのCDにサインをするように頼んであげるわよ」

 

 そんな響にあたしは翼のサインを貰ってくると提案した。  

 翼もサインくらいはしてくれるだろう。

 

「ええーっ! い、良いんですか!?」

 

「良かったじゃない。翼さんに会うためにこの学校に来た甲斐があったね」

 

 すると響は喜び、そして未来は翼に会うためにこの学校に来たということを口にする。

 へぇ、筋金入りのファンね。それは……。

 

「ちょっと待て! お前は何を聞いていたんだ? オレはこいつと友達になどなってない! 余計なことをするな!」

 

「じゃっ! あとは1年生同士で仲良くしてね〜〜!」

 

「ちょっと待て! 美羽!」

 

 キャロルが早々と友人を作ったことに気を良くしたあたしは、彼女を響たちに任せて走って登校していった。

 

 立花響と小日向未来――これがこの二人との最初の出会いだった――。

 

 

 その日の夕方――。“ノイズ”の警報が発生する。

 あたしは弦十郎からの報告を受けて急いで現場に急行しようとした。

 

 よく分からないけど、聖遺物が起動すると発生するアウフヴァッヘン波形というものが現場で発生しており、その波形がガングニールという聖遺物から発生するものなのだそうだ。

 

 そのガングニールとはかつて翼のパートナーだった天羽奏が身に纏っていたシンフォギアに使われていた聖遺物らしい。

 つまり、現場にガングニールのシンフォギア装者が現れた可能性があるということだ。

 

 とにかく急ぎましょ。翼も向かっているらしいけど、あたしの方が現場に近い――。

 何? この気配……!? あたしは空の上からただならぬ気配を感じて上を向く。

 

「風鳴美羽さんですね……。お久しぶりです……」

 

「――あなたは、確かエルフナイン!?」

 

 気配の正体はエルフナインだった。まさか、またキャロルを狙って……。

 

「キャロルには手を出させないわ!」

 

「いえ、ボクの狙いはあなたですよ。美羽さん。あの日、ボクとアダムから逃げ切ったあなたを()()()()は危険視しています。キャロルはもはや無力ですから、それよりも問題はあなただと……。世界の調和のために――あなたを排除します」

 

 エルフナインはそう言い放つと、手のひらから魔法陣みたいなものを展開してビームみたいな物を放ってきた。

 

「――ちょっと、危ないじゃない! 制服が汚れちゃうのも嫌だし……。臨・兵――」

 

 あたしは素早く九字を切って、ファウストローブを身に纏う。

 そして、ジャンプしてビームを躱した。

 

「“ファウストローブ”ですか……。やはりあなたは――。ボクもあまり錬金術で想い出を消費するわけにはいきませんので……」

 

 エルフナインは何もない場所からいきなり竪琴のような物を出現させる。

 そして――。その竪琴を奏でると――。

 

「これがボクの“ファウストローブ”、“ダウルダヴラ”です。ごめんなさい。あなたには何の恨みもありませんが――」

 

 エルフナインは紫色の鎧のような物を身に着けて、それを“ファウストローブ”だと口にした。

 そして、右手の指から信じられないくらい硬い糸を猛スピードで飛ばしてくる。

 

 悲しそうな顔をしてるクセに、えげつない攻撃をするじゃない。

  

 あたしは迫りくる糸をフットワークを活かして避けながら、建物の上にジャンプして、そこからエルフナインめがけて跳躍した。

 

「この糸はこちらの手からも放つことが出来ます。空中では流石にあなたも避けられないでしょう」

 

 エルフナインは左手から今度はあたしに目掛けて糸を伸ばす。

 確かにこれは避けられそうにないわね……。

 

果敢無(はかな)いわね……。絶技――“百鬼八光”!!」

 

 あたしは秒間に百回の斬撃を繰り広げ、体に纏わりつこうとした糸を粉々に打ち砕いた。

 

「――っ!? 天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)ですか……。凄い切れ味です――。しかし、これであなたの力は観察することが出来ました。また会う日を楽しみにしています」

 

「はぁ? もう帰っちゃうんだ。早くない?」

 

 糸を切られたくらいで撤退を口にするエルフナインにあたしは違和感を感じる。

 この子はあたしを消すみたいな事を言っていたけど、もっと他に目的があったんじゃ……?

 

「“急いては事を仕損じる”と言いますから。日本は面白い言葉が多くて楽しいです。そう、錬金術的に……」

 

 エルフナインはそう言い残すと、瓶みたいなものを割って、そこに出来た魔法陣に吸い込まれるように消えてしまう。

 

 それを呆然と見ていたあたしだったが、“ノイズ”出現の現場に向っていたことを思い出して、急いでそちらに向かった――。

 まぁ、着いたときには翼が全部終わらせちゃってたんだけど……。翼はあたしと特訓するようになってからとても強くなった――。

 

 それよりも驚いたのは、あの立花響がシンフォギアを纏っていたことだ。

 いや、本当にびっくりしたわ……。かくして、この日からあたしと立花響は深く関わることになる――。

 

 




グラビア撮影の様子をもっと細かく描写しようとしたんですけど、爺さんの顔が浮かんで気持ち悪くなって断念。
女子高生で響たちのクラスメイトなキャロルは、ただそういうシチュエーションがやりたかっただけです。
感想とか何かしらがあれば嬉しいのデス。


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護国の鬼、イメージビデオを出す


タイトルは内容とほとんど関係ありません。先に謝罪をします。


 

 

「めんご、めんごー。ちょーっと、あたしのファンに絡まれちゃってさ。いやいや、有名人は辛いわ」

 

「聞いてるわ。交戦したって、ファンを撒くのに“ファウストローブ”まで使わないでしょ」

 

 あたしが遅れた理由を誤魔化そうとすると、翼はあたしが既に交戦した情報を得ていた。さすがに“ファウストローブ”の起動はアウフヴァッヘン波形で分かるから誤魔化せないか。

 

「ありゃ、バレちったか。ちょびっと強い子が相手でね。長く戦ってたらヤバかったかも」

 

「あなたが? そこまでの相手なの?」

 

 あたしが危ない相手だったと口にすると翼は少しだけ驚いた顔を見せる。まぁ、“ノイズ”には苦戦したことないからなぁ。

 

「あー、響ちゃんだー! 響ちゃんって、翼ちゃんの大ファンなんだって。ほら、こっちおいで」

 

「――ちょっと、美羽。私は――」

 

 あたしは翼の質問には答えずに、彼女の手を引いて響の元に向かった。まさか、ここで彼女に再会するとは思わなかった。

 

「つ、翼さんに続けて美羽さんまで。一体、何なんですか?」

 

「うーん。説明はめんどいから、他の人に聞いちゃって。とりあえず、翼ちゃん。あたし、響ちゃんと翼ちゃんのサインを貰って来る約束したから、ちゃちゃっと書いちゃってよ」

 

 現状を説明しようとすると二課の事とか色々と話さなきゃいけないので、響の質問はスルーして翼に響へのサインを書くように促す。

 

「美羽、今はそれどころじゃ……」

 

「あのう! つ、翼さんに助けてもらったのこれで2回目なんです!」

 

 翼がサインを拒否してあたしたちから背を向けようとすると、響が翼に2回助けられたと口にする。何やら意味深な感じじゃないの。

 

「2回目……?」

 

「へぇ、いきなり二人だけの秘密の関係があるってわけ? 教えなさいよー」

 

 あたしは当たり前だけど、気になったから響にどういうことなのか質問した。

 

「えへっ、それはですね。2年前に翼さんが――」

 

「話してるところ悪いけど、特異災害対策機動部二課にご同行願います」

 

「あら、手錠までしなくてもいいのに。容赦ないわね」

 

 しかし、響からどんな話なのか語られることはなく、翼は淡々と彼女を二課まで連行しようとする。

 

 手錠ってやり過ぎじゃないかしら。仕方ないんだろうけどさ。

 

 そして、あたしたちはリディアン音楽院の遥か地下にある特異災害対策機動部二課に響を連れて行った。彼女はあまりの急展開に困ったような笑みを浮かべていた。

 

 

「あっ!? キャロルちゃんだ! どうしてここに!?」

 

「おい、美羽……。なんで、立花がここに居るんだ……! 嫌な名前に歓迎とか書いてあるから、同姓同名を願っていたんだぞ!」

 

 特異災害対策機動部二課で響の歓迎会が開かれ、半分騙されて連れてこられたキャロルが口を尖らせながら響を指差す。響はクラスメイトを目にして少しだけ緊張が解れたみたいだ。

 

「あれ? 了子(ねぇ)に聞いてないんだ? この子、シンフォギアを纏ったらしいわよ」

 

「こいつがシンフォギアを? 冗談だろ? そうと言ってくれ……」  

 

 あたしがキャロルに響が連れてこられた理由を教えると、彼女は愕然とした表情でそんなことを言う。

 キャロルと響――二人の波長は合うと思ったんだけど……。

 

「しんふぉぎあ?」

 

「こらこら、美羽ちゃんもキャロルちゃんもネタバレ禁止。物には順序が有るんだから」

 

 響の頭に疑問符が浮かんだところで、了子が弦十郎と共にこちらにやって来る。

 まぁ、“シンフォギア”とか言われても分かんないわよね。あたしも未だによく分かんないし。

 

「ここに響くんの知り合いが多くて良かった。緊張も解れたところで改めて自己紹介だ。俺は風鳴弦十郎。ここの責任者をしている」

 

「デキる女と評判の櫻井了子よ。よろしくね」

 

「は、はい。よろしくお願いします」

 

 弦十郎と了子が自己紹介すると、響がペコリと頭を下げた。

 これから二人がいろいろと説明をするのだろう。

 

 

「おい、オレたちはこの辺で帰らせてもらうぞ。関係ないからな。行くぞ、美羽」

 

 するとキャロルがあたしと一緒に帰ろうと口にした。

 多分、彼女は面倒に巻き込まれそうだと察したのだろう。

 

「あら、キャロルちゃんには手伝ってもらうわよ〜。響ちゃんを脱がすの」

 

「えっ?」

「はぁ?」

 

 しかし、了子はキャロルが帰ろうとすることを許さない。おそらく響のメディカルチェックに付き合わせるつもりだろう。

 メディカルチェックなど了子だけで出来るはずなんだけど――おそらく暇つぶしでキャロルを誘ったのね。

 

「響ちゃんの体には興味あるけどさ。あたしは用事があるから――。キャロルちゃん、ガンバ!」

 

「お、おい! 美羽、お前ズルいぞ!」

 

 あたしがキャロルの肩を叩いて、先に帰ろうと足を踏み出す。放っとけない子がいるから……。

 

「ちょうどいいからクラスメイトと親睦を深めたら良いじゃない」

 

「へぇ、キャロルちゃんと響ちゃんクラスメイトなんだー。だったらお姉さんに任せなさい! 仲良しになれるように、一肌脱いであげるわよ!」

 

 あたしが去り際にキャロルが響とクラスメイトということを了子に伝えると、彼女は妙にハッスルして響とキャロルの仲を取り持つと意気込んだ。

 

 そして、あたしは翼の元に向かった。

 

「――翼、あなたどうしたの? さっきからずーっと変な感じよ」

 

「そうか? 特に変わりないと思うが」

 

 あたしは翼の響に対する態度について言及するが、翼はしらばっくれる。

 わかりやすい態度を取ってることに気付いてないのね……。

 

「奏さんのこと、思い出したんでしょう? 響ちゃんのガングニールは――」

 

「あれは奏の物だ! ――はっ!? み、美羽……、私は……」

 

 あたしが奏の名前を出すと翼は感情を顕にして初めて動揺を顔に出す。

 

「よしよし。素直な翼ちゃんは好きだゾ。良いじゃん。割り切れなくても。腹に抱えるよりも、吐き出しなさい」

 

 あたしは翼の肩を抱いて、頭を撫でながら自分の胸の内を話すように促した。

 ガングニールは翼にとって特別なのだ……。

 

「堪らなく嫌だったんだ。奏のギアを纏った立花を見たとき……。私の中の何かが消えてしまうみたいで……」

 

 翼は悲しそうに俯きながら自分の気持ちを吐露する。

 

「そりゃあそうよ。翼ちゃんがそれだけ大事に奏さんを想っていたんだもん。何も感じないわけないし。普通だから、そんなの」

 

 あたしは奏と面識はないけど、翼にとってどれだけ大きな存在だったかは分かっている。

 翼が自分を研ぎ澄ますことを怠らないのも彼女を失った事が大きく関係している……。

 

「美羽、私はどうすればいい? 立花がもし私たちと戦う道を選んだら……、私はそれを素直に受け止める自信がない」

 

 翼は響がガングニールのシンフォギア装者として仲間になる選択をしたとしても、それを受け入れられないかもしれないと悩んでいるみたいだ。

 

「そうね〜。嫌なら嫌って本音をぶつけても良いんじゃないかしら? 変に取り繕うよりも、やっぱり人間、お互いを知るにはぶつかり合ってこそでしょう?」

 

 あたしは翼に悩むよりもその気持ちを素直に伝える方が良いとアドバイスする。

 響だって翼のことを知らないだろうし、翼だって響のことを勿論知らない。

 まずは翼が先輩としてありのままの自分を曝け出した方が良いとあたしは考えたのだ。

 

「そうか……。確かに美羽ともぶつかり合って初めて軽率で頭が悪くて考えなしで動いているだけの馬鹿者ではないと分かった」

 

「えっと、泣いていいかしら?」

 

 あたしは翼から初対面のときに随分な印象を与えていたことを知って、ちょっと悲しかった。

 

「承知した……。それなら私は立花響に全力でぶつかる――」

 

「その意気よ、翼ちゃん! 頑張って!」

 

 あたしは翼にエールを送った。これで二人が少しでも仲良くなれれば良いんだけどなぁ。

 明日からあたしはイメージビデオの撮影で沖縄に1週間くらい行かなきゃいけないから、その前に翼に話せて良かった……。

 

 良かったで、思い出したけど、この前表紙になったヤ○マガが書店から謎の売り切れ続出で特別にもう一週表紙を飾れるようになった。

 ソロでの仕事も増えてきて嬉しい限りだわ。

 

 まぁ、あたしの私生活は絶好調だから、あとはやっぱり翼と響の問題よね。まぁ、翼が素直に感情を吐き出すと言っていたから前進することは間違いないでしょ。

 

 

 そして、沖縄での撮影が終わって帰ってきたその日――。

 

 

「美羽……、君は翼に変なアドバイスをしたそうだな?」

 

「へっ?」

 

 あたしは唐突に記憶にないことを弦十郎に問い詰められて、変な声が出る。変なアドバイスって何よ……。

 

「立花に翼がギアを向けた。出力最大でな……。残念ながら、弦十郎が止めに入ったから立花は無傷らしいが……。まったく、余計なことを……」

 

「おいおい……。キャロルくんは立花くんが嫌いなのか?」

 

 キャロルが残念そうな感じで響が翼にギアを向けられた話をすると、弦十郎はそれにツッコミを入れる。

 まさか、あたしの言葉を受け取って決闘を挑むとは――。

 

「肯定だ。あいつ、オレを見つけるといつも犬猫みたいに抱き締めやがって……」

 

 キャロルは露骨に子供扱いしてくる響に参っているみたいだ。

 

「それはいいとして、翼に戦えなんてアドバイスを何故?」

 

「いやいや、あたしは本音でぶつかり合えって言っただけよ。響ちゃん締めろなんて言うはずないじゃない」

 

 あたしは翼に物理的にぶつかれなんて言ったつもりはない。

 しかし、思い返してみれば口下手な翼が本音を言いあいをするなんてハードルが高いかもしれない。

 

「ふーむ。それを聞いて……、実際に戦ってその心を知ろうとしたか。翼らしいといえばらしいが……。――しかもその後、翼が響くんの頬に張り手をしてな……、正直言って雰囲気が悪い」

 

「へぇ、翼ちゃんが響ちゃんに平手を……」

 

 あたしは弦十郎の言葉を聞いて、翼の大きな怒りを感じ取った。

 

「あの頭が空っぽそうな女のことだ、翼の地雷を踏みに行ったに違いない。覚悟がないなら、ここで辞めたほうがヤツのためだろう」

 

「なんだかんだ言っても優しいんだー。キャロルちゃんは」

 

 あたしはキャロルの辞めたほうがいいという言葉に対して感想を述べる。

 

「もう一人頭が空の女が居たか。何をどう聞けばそうなる?」

 

「だって、響ちゃんが危険な目に遭わないように心配してるんでしょう?」

 

「――なっ!? おめでたい頭をしているな。オレが立花の心配などするはずがないだろ!」

 

 キャロルは素直ではないが内面は優しくて繊細な子だ。

 なんだかんだ言って素直に好意を寄せる響のことが気になっているのだろう。

 

「はいはい。じゃ、翼ちゃんにはもう一回あたしがちゃんと言い聞かせるから、心配しないで」

 

 そう言ってみたものの、翼ったらあたしの話も聞かなくなって、仕事の話を最低限にしかしてくれなくなった。

 これじゃ、会ったばかりに逆戻りじゃない……。

 

 

 それから、しばらくして――“ノイズ”が大量発生してあたしたち3人が出撃をした日……。

 あたしたちはあの子と会う。そして、あたしはあの人と再会する。

 

 

「ネフシュタンの鎧……!?」

 

「へぇ、あんたこの鎧の出自を知ってるんだ」

 

 翼は“ネフシュタンの鎧”という聖遺物を身に着けている女の子に対して警戒心を示す。

 “ネフシュタンの鎧”は翼と奏のライブ中に“ノイズ”の襲撃を受けた際に何者かに盗まれた物らしい。

 

「それにあなたはこの前の変態イケメン錬金術師!」

 

「光栄だね。覚えてもらえるなんて。君のような美しいお嬢さんに」

 

 独特の倒置法で話す男、パヴァリア光明結社のアダムが帽子を触りながらキザな笑いを浮かべる。

 

「おい! お前! あたしのアダムの悪口は許さねぇぞ!」

 

「待ちたまえ。分かってるだろ? 君の役目は」

 

 ネフシュタンの女の子が変態と口にしたあたしに怒りの視線を向けて殺気を放つと、アダムは手で彼女を制す。

 ふーん。あの女の子は変態イケメンに惚れてるわけね……。

 

 錬金術師たちの恐るべき計画が実行されようとしていることにあたしたちはまだ気が付いていなかった――。

 




アダム✕クリスみたいな構図は誰得なんだろう。
感想などお待ちしております。


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護国の鬼、CM出演をする


お久しぶりです。そして遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


 

「さて、見せてもらおうか。君の実力を」

 

「また、全裸にならないことだけ約束してくれる? 目のやり場に困ったのよ」

 

「て、てめェ! アダムの裸を見やがったのか! あたしだって――」

 

 あたしがアダムに全裸にならないように忠告すると、ネフシュタンの女は激怒しだした。

 なによ、好きな人の裸見られて怒ってるってわけ? こっちは見たくもないもん見せられたってのに。

 

「人聞きが悪いわね。あの人が勝手に――」

 

「許せねぇ! こいつでお前をぶっ倒す!」

 

「の、“ノイズ”が召喚された?」

 

「あの杖みたいなのが……」

 

 ネフシュタンの女が銀色の杖のような物から光を照射すると、そこから“ノイズ”が出現する。あたしと響はその様子に驚いた声を漏らした。

 

「あの、クソったれ女! 絶対に許せねぇ!」

 

「ダメだよ、クリス。任務を忘れては……。怒るのは結構だが。仕方ない子だね。君は……」

 

 ネフシュタンの女が興奮気味だったが、アダムに“クリス”と呼ばれて窘められる。任務って何をしに来たっていうの?

 

「――う、うん。わかった。ごめんなさい……」

 

 アダムに忠告されたクリスはしおらしくなり、彼に頭を下げて一歩下がった。見たところ、クリスはアダムには逆らえないみたいね……。

 

「翼、あの男はただ者じゃない。あたしが何とかするから……、あなたは……」

 

 あたしはアダムは翼の手に負えないと判断して彼とはあたしが戦うと口にする。これは“ノイズ”と戦うより面倒なことになりそうだ。

 

「ああ、“ノイズ”と“ネフシュタンの鎧”は私に任せろ!」

 

「あ、あの。美羽さん、翼さん、同じ人間が相手です。何とか話し合うことは……」

 

 臨戦態勢を整えるあたしと翼に対して響は話し合いで何とかならないかと提案する。優しい子なんだから……。それが出来たら1番良いわよね……。

 

「響ちゃん――」

「足手まといは下がっていろ……! 半端者には、この戦いは荷が重い……! 戦場で甘言は許さん!」

 

「ちょっと、翼ちゃん!」

 

 しかし翼は響のセリフを甘言だと切って捨てる。それは言いすぎでしょ。最近、余裕がないような気がするわ……。

 

「なんだ、ちったぁ話せるヤツがいるじゃねぇか」

 

「推して参る!」

 

 そして、翼はクリスの方に向かっていき、彼女と戦闘を始めた。まぁ、言葉でなんとかなりそうにはないか……。

 

「――行かせてもらうよ。僕もそろそろ……」

 

「確かに響ちゃんの言うとおり人間相手だと――萎えるわねっと!」

 

 アダムが何やら火球のようなものを作り出して飛ばそうとしてきたので、あたしは彼との間合いを急速に縮めて刀を振り下ろす。

 

「強烈だね。君の攻撃は――。頷けるよ。あの方が嫌がるのも」

 

 アダムがフワリと浮き上がり、あたしの斬撃を躱した。地面は剣圧によって地割れを起こしたが、彼は無傷だ。スピードも速いし、空が飛べるというのは面倒ね……。

 

「今日は消極的なのね。ていうか、何が目的なのよ!」

 

「救済さ。僕の目的は。創るんだよ。人々が争わない理想の世界を」

 

 あたしは全力でジャンプしながら、アダムに連撃を加えつつ彼に目的を問うた。彼は質問に対して理想郷を作ることが目的だと答える。

 ふーん。理想の世界ね……。

 

「あら、素敵! で、それがキャロルちゃんを殺そうとした理由なの!?」

 

「うーん。そうなんじゃないかな? 多分……。基本的に指示待ち人間なんだ。僕は。従っているのさ。あの方のご意向に」

 

「何よそれ、あなたには自分の意志ってもんが無いのかしら?」

 

「さあ、どうだろう。少なくともやりたいようにはしているよ。“作られた人格”の君よりは」

 

 アダムは“あの方”とかいう人の指示で動いているとしながらも、自分の意志はあると口にした。そして、あたしが“作られた人格”ということを何故か知っていた。

 

「――っ!? あなたはあたしの事を!?」

 

「調べさせてもらったまでさ。知っているからね。君と同じタイプの身体の持ち主を」

 

 アダムはあたしのことを調べていたらしい。さらに同じような身体を持つ人間も知っているみたいだ。やはり、あたしの身体はパヴァリア光明結社とやらが絡んでいたのか……。

 

 アダムとあたしの攻防は一進一退であった。身体能力はあたしの方が上だと思うが、彼は空を飛べる上に錬金術とやらはかなり強力で、なかなか上手く攻めさせてくれない。

 あー、焦れったいわ……。決定打を浴びせようとすると必ず空中高くにエスケープするし……。

 

「さて、果たさせてもらおうか。目的を」

 

「眩しい! 何をしたの!?」

 

 しばらく戦った後にアダムはあたしに対して強烈な光を浴びせる。特に身体に痛みは感じなかったが、目が眩んで何も見えなくなってしまった。

 

「クリス。掛かり過ぎだよ。時間がね……」

 

「分かってる! ちょうど、終わらせるところだ! くっ、体が急に動かなく……」

 

 アダムは翼に手こずるクリスに忠告をしていたみたいだ。

 あたしが薄目をあけて何とか状況を確認すると、響は粘着性のある糸を吐き出すノイズに拘束され、翼はクリスに追い詰められていたが、忍術である“影縫い”という技でクリスを動けなくしているみたいだった。

 

「美羽……、あとのことは頼んだ! 立花……、防人の覚悟をあなたに見せてあげる!」

 

「まさか、翼……。“絶唱”とかいうのを……! それって、確か――。早まらないで、あたしが全部倒すから!」

 

 あたしが目をようやく全開に出来たとき、翼は覚悟を決めた顔つきをしていた。

 彼女が何をしようとしているのか、私には察しがついた。彼女は“絶唱”というシンフォギア装者が命を燃やして歌うことで莫大なエネルギーを放出できる技を使おうとしている。

 天羽奏はそれを使って命を落としたと聞いていたので、あたしはそれだけは使わせないように今まで気を配っていた。

 

「行かせないよ! 君をここから先へ!」

 

 あたしは翼の方に急いで向かおうとしたが、アダムが立ちふさがる。

 

「退きなさい! 退けっつってるでしょうがぁぁぁぁ!」

 

「――がハッ」

 

 邪魔をしてくる彼が鬱陶しい。あたしは力任せに彼の腹を蹴飛ばす。体格からは考えられないくらい重く感じたが、彼は10メートルほど吹き飛ばされた。

 

「アダム! 畜生! てめぇは絶対に――」

 

「私を相手にしながら、他に気を取られるとは――」

 

 アダムが蹴飛ばされた光景を見たクリスはあたしに怒りの視線を送るが、その間に翼に間合いを詰められる。まずい、本当に絶唱を使うつもりだ……。

 

「つ、翼ちゃん! そんなことしなくても、あたしが! くっ、しつこい!」

 

 あたしが彼女を止めるために動き出すが、アダムは後ろから錬金術によって邪魔をしようとする。彼は嫌がらせが好きなのかしら? くそっ、間に合わない……。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl……」

 

 翼が絶唱を歌う。彼女から生み出される強烈なエネルギーはノイズを消し去り、クリスのネフシュタンの鎧に亀裂を走らせて彼女を吹き飛ばす。

 そして、翼は身体中の至るところから血を流して半死人のように力なく立っていた……。

 あたしと響はそんな翼の姿を見て、言葉を詰まらせる。

 

 

「おやおや、大変なことをしてるね。君の仲間は。良いのかい? 助けなくても」

 

「翼ちゃん! 早く病院に!」

 

 アダムの言葉にハッとしたあたしは翼に駆け寄った。まだ生きている。病院に行けば助かるかもしれない。

 

「あ、アダム……、あたしはまだ……」

 

「撤退しよう。クリス。大事なんだよ、君の身体の方が。任務なんかよりも、何よりも」

 

「それじゃ、アダムが責任を!?」

 

 アダムは倒れているクリスを抱き上げて優しく撤退しようとクリスに声をかけている。クリスはアダムが責任を取らされることが不満みたいだ。

 

「後で考えたらいいさ。言い訳なんかいくらでも」

 

「――あなたはいつだってあたしの為に……。くっ、次は必ず……」

 

 しかし、アダムは撤退を決めた。クリスはそんなアダムを力いっぱい抱き締めながら、涙目であたしを睨んできた。あたしは翼に害が及ばないように、その殺気に警戒したが、彼らそのまま何処かへと言ってしまった。

 

 

「美羽! つ、翼は……!」

 

「ごめん。弦ちゃん……、翼ちゃんを守れなかった……」

 

 そして、間もなく弦十郎と了子が乗った車が現れる。あたしは翼を守れなかったことを彼に謝り、彼らとともに病院に向かった。

 

 幸い、搬送された病院で翼の命に別状がないことを伝えられる。しかし、あたしも響も自分の不甲斐なさに気落ちしていた……。

 

 

 ◇ ◇

 

 

「パヴァリア光明結社の情報か? いや、私も調べることはしてみたが、なかなか尻尾を掴めていない」

 

 あたしは家に戻って八紘に電話した。盗聴などの対策がしてある超機密回線を使って。

 パヴァリア光明結社の動きが活発になってきたからだ。

 

「あら、さすがの八っくんもお手上げ? 連中はあたしの事もある程度は知ってたみたいよ」

 

「何?」

 

「そのうちバレるかもしれないってこと。あなたのパパがあたしってことが……」

 

 八紘は何も情報を掴めていなかったので、あたしは逆にこちらの情報が向こうに渡っていることを彼に伝えた。八紘はあたしの正体が漏洩することを恐れている。だから、この事態はあまり良いとは言えないだろう。

 

「――っ!? パヴァリア光明結社は私が必ず叩き潰そう。どんな手を使っても……」

 

 彼は思った以上に気合を入れる。その言葉からパヴァリア光明結社への明確な殺意が湧いていることが伝わってくる。

 

「いや〜ん。そんなに嫌なのぉ? あたしが八っくんのパパっていうのが」

 

「嫌とかそんな次元は既に超えている。私とて胃薬を手放して生活したいのだ」

 

 どうやら八紘は何があってもあたしの正体が漏洩することは阻止したいらしい。

 胃薬なんて飲んでいるんだ。あたしを心配して……。優しいのね……。

 

「翼ちゃん。絶対安静なんだって、意識が回復したらお見舞いに行ってあげなよ」

 

「その必要はない。私など居らんほうがマシだ」

 

 何故か八紘は娘である翼を突き放している。その理由は弦十郎に聞いても決して教えてもらえなかったが……。おそらく訃堂が何かしらこの件に絡んでいるのだろう。

 

「ふーん。――あとパヴァリアは響ちゃんを狙ってたみたい。これってさ、二課にスパイがいるってことと繋がらないかな?」

 

「確かにそれは考えられるな。弦も当然気付いてるだろうが」

 

 響の情報はトップシークレットである。というかシンフォギアの情報が大きな機密になっている。

 だから、敵がそれを知っているということは、誰かが漏らしたということになる。それは即ち、二課の中に内通者がいることを証明している。

 

「そんなわけだから、何か分かったら教えて」

 

「うむ。わかった」

 

「あと、今日からあたしがフルーチュエのCMに出るから、見てね♡ レオタードなんて初めて着ちゃった。可愛いのよぉ♡」

 

「ぶっ――! ごほっ、ごほっ……」

 

 あたしが最後に自分が出演しているCMの情報を八紘に話すと、彼はものすごく咳き込んでいた。めちゃめちゃ可愛いCMなんだけどなー。

 

 

 そして次の日の早朝――。

 

 

「たのもぉぉぉ!」

 

「なんだ、いきなり?」

「なぜ、こんな朝早くに立花が……。悪夢だ……」

 

「響ちゃん、おはよう! 覚悟を決めたのね!」

 

 響はあたしにもっと強くなりたいと懇願してきた。だから、あたしは今日の朝にここに来るように伝えた。弦十郎に特訓をつけてもらうように提案したのだ。

 

「私に戦い方を教えてください!」

 

「この俺が、君に?」

 

「はい!  美羽さんに武術の技を教えたのは弦十郎さんだって、聞きました。だから、私にも教えてほしいんです!」

 

 あたしは自分が強い理由を響に尋ねられたとき、つい面倒で弦十郎から習ったと言ってしまった。だから、響は弦十郎に素手での戦い方を習いたいと口にしているのだ。

 あたしは剣術の方が得意だし、弦十郎に任せた方が響には合ってるだろう。

 

「ふむ……。美羽、君はちゃんと伝えたのか?」

 

「えっ、何をかしら?」

 

「俺のやり方は厳しいってことだ。響くん、付いてこれるか?」

 

「はい!」

 

 弦十郎は響に稽古をつけることを承諾した。ちょっとでも強くなれるといいんだけど……。

 

「バカバカしい。立花、お前……、授業はどうするんだ?」

 

「お、お休みする……」

 

「ただでさえ、脳みそが足りてないお前が授業をサボったら確実に課題が山積みになるぞ。オレにはどうでもいいことだが……」

 

 弦十郎の元で特訓することとなった響に対して、キャロルは彼女の学校の心配をする。授業に出なかったら課題に押し潰されると。

 確かに、ノイズを倒すだけでもオーバーワーク気味なのに特訓までしちゃうと大変よね。

 

 というか、響に対して悪態はつくけど、なんだかんだ言って彼女のこと気にかけているのね。

 

「キャロルちゃん。私の心配をしてくれているの?」

 

「なんだかんだで、優しいのね。大丈夫。キャロルちゃんのノートってすっごく丁寧で解りやすいから、それをコピーしてもらえば何とかなるよ」

 

 あたしはキャロルが錬金術師としての性なのか、超几帳面に授業のノートを取っていることを知っている。板書だけでなく、先生の話していたことや、自分なりに要点をまとめてポイントを別のページに記入してたりする。

 

「はぁ? なぜ、オレがそこまでしてやらなきゃならんのだ!? 小日向に見せてもらえばいいだろうが」

 

「あはっ! ありがとう! キャロルちゃん!」

 

「知らん! お前など知らん! 美羽、さっさと支度しろ! 学校に行くぞ……」

 

 キャロルは響に手を握られると、顔を赤くしてそっぽを向き、あたしに学校に行くと声をかける。

 あたしとキャロルは準備をして学校に向かい、響は弦十郎と特訓を開始した。

 

 この日から響はシンフォギア装者として爆発的に成長することとなる――。

 そして、あたしたちは再び相対する。パヴァリア光明結社と……。

 完全聖遺物、“デュランダル”の護送を巡って――。

 





アダムとクリスを書いてたら、なんか更にやべー関係なってしまった。
無印編は原作の流れに沿いながら、ラストの方はかなり変わった感じになりそうです。
何かご意見やご感想があれば、非ログインでも書き込めますので、是非!


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護国の鬼、バラドルを目指す

 

 

「はぁー。朝からハード過ぎますよー」

 

「結構絞られたみたいね。大丈夫?」

 

「ううっ……、へいきへっちゃらです……」

 

「とても、そうは見えないけど……。弦ちゃん、加減してあげなよ」 

 

「頼んだぞ、明日のチャンピオン」

 

「駄目だこりゃ……」 

 

 早朝の特訓を終えて、魂の抜けかけた顔をしている響。しかし、この前、彼女と組手をしているとわかったんだけど、彼女は恐ろしく強くなっている。きっとギアを纏うとさらに強くなるわね――。

 

「はい、ご苦労様。」

 

「あはっ、すいません! ――んっ、ぷはっー」

 

 響は友里に渡されたドリンクを一気に飲み干す。相当喉が渇いていたのね……。

 

「あのー、自分でやると決めたのに申し訳ないのですが。何もうら若き女子高生とかに頼まなくてもノイズを戦える武器って他に無いんですか?  外国とか」

 

 響は散々ノイズと戦っておいて、今さらなことを言ってきた。それが可能ならあたしだって翼だって戦ってないんだなー。

 

「公式にはないな。日本だってシンフォギアやファウストローブは最重要機密事項として完全非公開だ」

 

 そう、あたしや翼の力は国家機密として守られている。特にあたしなんか素性がアレだから、八紘が目をギンギンにしてトップシークレットにしている。まぁ、それでも諸外国も死にものぐるいで調査はしているらしいけど。

 

「ええっー。私、あまり気にしないで結構派手にやらかしてるかも」

 

 響はそんな心配をしているけど、戦いなんだからあたしも翼も細かいこと気にしてない。

 

「情報封鎖も二課の仕事だから」

 

「だけど、時々無理を通すから――。今や我々のことをよく思ってない閣僚や省庁だらけだ。特異対策機動部二課を縮め、“特機部二(とっきぶつ)”って揶揄されてる」

 

「情報の秘匿は政府上層部の指示だってのにね。やりきれない……」

 

 友里と藤尭は国防のための無茶の責任まで押し付けられて不満のようだ。まったく、上は勝手よね。八紘に今度、何とかならないか聞いてみよっと。

 何とかしないと、高校卒業したらヌード写真集でも出しちゃうぞって。

 

「どっちにしろ、政府は特にシンフォギアを有利な外交カードにしようと目論んでいるみたいよ。EUや米国はいつも開展の機会を伺っているの。シンフォギアの開発は既知の系統とは全く異なるところから突然発生した、理論と技術によって成り立っているの。日本以外の他の国では到底真似出来ないから、欲しくて仕方がないのよ」

 

 あたしは諸外国の動きについて響に話した。

 

「おおっ、美羽さんが難しい話をしてる!」

 

「ちょっと、響ちゃんそれどーいう意味?」

 

「えへへっ……」

 

 響がちょっと失礼なことを言ってきたので、あたしは頬を膨らます。

 あたしって、そんなに頭が悪そうなのかしら?

 

「でも、美羽さんの着物みたいなあれって、シンフォギアと違うんですよね? ファウストローブでしたっけ?」

 

「あたしのファウストローブは情報不足過ぎてそれほど知られてないの。だから、大したカードにはならないみたいよ」

 

 大体、あたしがこんな事になっていることを知っている人間が少ない。ファウストローブは錬金術の中でもかなり高等な技術が使われているらしく、了子やキャロルですら完全に構造が理解できていない部分もある。

 

 だから、外交のカードにするにはリスクが高すぎるみたいだ。

 

「ふーん。そうなんだぁ。――あれ?  師匠、そういえば了子さんは?」

 

「永田町さ――」

 

 響は了子がいないことに疑問をもって弦十郎に所在を尋ねる。

 

「永田町?」

 

「政府のお偉いさんに呼び出されてね、本部の安全性、及び防衛システムについて関係閣僚に対して説明義務を果たしに行っている。 仕方のないことさ」

 

 響の疑問に弦十郎は了子が防衛システムの説明に向かったと教える。あの人はこういうことは全部把握してるから凄いわよねー。

 できる女って、マジで尊敬するわ。

 

「ホント、何もかもがややこしいんですねー」

 

「ルールをややこしくするのはいつも責任を取らずに立ち回りたい連中なんだが……。その点、広木防衛大臣は……。――ん? 了子くんの戻りが遅れているようだな……」

 

「そうね、確かに遅すぎるわ……。結構出て行って時間が経つもの」

 

 了子の戻りが遅いことを不審に思ったあたしたちのもとに、広木防衛大臣が何者かに殺害されたという報告が届いたのは、このあとすぐのことだった。

 

 

◆◇◆ 

 

 

「大変長らくおまたせしましたー!」

 

 了子はヘラヘラした表情で呑気そうな声を出しながら帰還した。

 

「了子くん!」

 

 そんな彼女の元に弦十郎が駆け寄る。弦十郎って、了子と良い仲だと思っているんだけど、中々進展しないのよね〜。

 

「何よ?  そんなにさみしくさせちゃった?」

 

「了子姉さん、それが大変なのよ〜。広木防衛大臣が殺害されたの」

 

「えぇっ?  本当?」

 

 あたしが了子に広木防衛大臣の殺害を伝えると、彼女はオーバーなリアクションをとる。

 そりゃ、驚くわよね……。

 

「複数の革命グループから犯行声明が出されている詳しいことは把握出来ていない。目下全力で捜査中だ」

 

「了子さん、連絡も取れないから皆心配してたんです!」

 

「え? あっ、ほらほら、これ。壊れてるみたいねー」

 

 弦十郎と響の言葉を聞いた彼女はゴソゴソとカバンを漁り、スマホが壊れていると言い放った。

 ありゃ、それは通信が繋がらなくて当然だったみたいね……。

 

「あははっ……」 

 

「でも心配してくれてありがとう」

 

 苦笑いする響に微笑みかける了子。彼女は何だか心配されて嬉しそうにしていた。

 

「そして、政府から受領した機密司令は無事よ。任務遂行こそ、広木防衛大臣の弔いだわ」

 

 アタッシュケースを置いて彼女は真剣な顔つきになった。

 

 いよいよ、あの任務を遂行するのか。翼がいないから、あたしが頑張らないとね。

 

 それから、程なくして、特異災害対策機動部二課は政府より任務を与えられた。

 

 完全聖遺物である、デュランダルという名の剣。これを永田町地下の特別電算室。通称記憶の遺跡まで移送する任務が我々二課に課せられたのだ。

 なぜなら、政府がノイズの発生が頻繁しているのは、我々の本部の地下にあるデュランダルを狙ったものだと結論づけたからである。

 

 そして、響とあたしは襲撃が来ることが予測されたので護衛として同行する仕事を預かった。

 

「あたたかいものをどうぞ」

 

 いつもの爽やかな笑顔で緒川が缶コーヒーを差し出してきた。

 

「ありがとう。慎ちゃん。ちょうどコーヒーが飲みたかったの」

 

「気が利かなくてすみません。ちょうど、美羽さんは自分でコーヒーを買ったところでしたか……」

 

「あたしは慎ちゃんが買ってくれたコーヒーが飲みたかったの。だから、これは――慎ちゃんにあげるわ」

 

 あたしは緒川と自分たちの持っているコーヒーを交換する。

 

「――翼さんですが、一番危険な状態から脱しました」

 

 笑顔で翼の容態が良くなったという知らせを緒川はあたしに伝えた。

 

「そう、良かったわ……。翼のこと、よろしく頼むわね」

 

 あたしは缶コーヒーに口をつけてから、緒川に翼のことを頼んだ。なんだかんだ言って、彼女が一番気を許しているのは彼だからだ。

 

「もう少ししたらお見舞いに行ってあげてください。翼さん、美羽さんのことを1番信頼しているみたいですから」

 

「慎ちゃんより……?」

 

「もちろんです。妹のような姉のような存在だと言ってました」

 

 そっか。翼がそこまであたしのことを……。

 なんか、嬉しいな。元気になったら、お祝いにケーキでも焼いてあげようかしら。

 

「それで、慎ちゃん。あなたが密かに翼をバラエティ番組に出演させてそのうち、マルチタレントにしようとしている計画は順調かしら?」

 

「なんで、それを美羽さんが知っているんです?」

 

「ふふっ、あたしは何でも知ってるの。秘密の連絡網があるんだから」

 

「驚きました。何重にもフェイクをしてバレないように進めてましたのに」

 

「あたしも一緒に出してよ〜。アイドルだらけの水泳大会」

 

「も、もちろんです。よろしくお願いします」

 

 しばらく緒川と雑談したあと、彼は響にも翼の容態を告げると言って、どこかに行ってしまった。

 

 そっか、翼もそろそろ戻ってくるのか……。

 

 

 

◆◇◆

 

 いよいよデュランダルの移送が始まった。 

 響は了子と同じ車両に乗ってデュランダルを護衛する。

 車より早く動けるあたしは外から身を隠しつつ、護衛にあたっている。

 

『防衛大臣殺害犯を検挙する名目で検問を配備! 記憶の遺跡まで一気に駆け抜ける!』

 

『名付けて、天下の往来独り占め作戦』

 

 弦十郎が作戦内容を話して、了子は格好いい作戦名をつける。

 

 了子の車を中心に護衛の車両が4両。了子の車の後部座席に、デュランダルを置いて出発する。

 上空からヘリコプターで弦十郎は指示を出す形をとっている。

 

 予想通りというか、予想以上の早さでノイズの襲撃は起こった。

 橋が壊されたり、マンホールから水が吹き出したりして、護衛の車は次々と離脱していった。しかし、やけにピンポイントで狙うわね。

 

『さっきから護衛車を的確に狙い撃ちされているのは、ノイズがデュランダルを損壊させないよう制御されていると思われる! 狙いがデュランダルなら、敢えて危険な地域に滑り込み攻め手を封じるって算段だ!』

 

 弦十郎はデュランダルがこちらにある以上、逆に危険なところに行けば攻撃の手が緩むと読んで指示を出した。それって、結構無茶じゃない?

 

『勝算は?』

 

『思いつきを数字で語れるものかよ! 美羽! そして、キャロルくん! ノイズを操っている者は見つかりそうか?』

 

「うーん。発生場所からいくつか割り出して潰してるわ。そこまで時間はかからないと思うけど……」

 

『オレの計算は絶対だ。あと数分で割り出せる』

 

 あたしとキャロルはタッグを組んでノイズを操っている者の捜索を任されていた。キャロルがオペレーターとして最速で予測されるポイントを演算をして、あたしが車以上のスピードでそれをしらみ潰しにしていく。いわゆるローラー作戦だ。

 

 そんな中、大きな爆発が起きて響たちは煙の中に姿を消して安否が一時確認できなくなる。

 

 今の響ならこれくらい大丈夫よね。信じてるわ。

 あたしとキャロルはノイズの発生源をさらに捜索することにした――。

 

 そのあとすぐに吉報が届いた。響は無事でシンフォギアを纏い戦いを始めたようだ。

 

 しかも、今までとは違う力強さでノイズを圧倒しているみたい。

 

「さて、キャロルちゃん。あたしたちも頑張るわよ。響ちゃんの頑張りを無駄にしないために!」

 

「立花のことはどうでもいいが、オレにもプライドがある。次のポイントは――」

 

 あたしはキャロルのナビゲーションに従って悪者を探し出した。

 

 そして、ついに――。

 

 

「こいつ――戦えるようになっているのか?」

 

「あら、高みの見物とはいい身分じゃない。その杖みたいなものがノイズを操るのね……。クリスちゃん、だったかしら」

 

 あたしは響を観察しているネフシュタンの鎧を装備したクリスの背後に立った。

 

「おっお前は、この前のクソッタレ女!? どうやってここを!」

 

 クリスは問答無用で杖ようなものからノイズを繰り出してきた。完全聖遺物の装備に、ノイズを操る力か少しは楽しませてくれるかしら……。

 

「――絶技……、“百鬼八光”ッ!」

 

「はぁ? な、何をしやがった? ノイズが一瞬で……」

 

 クリスはあたしが剣を抜いた瞬間にノイズたちが四散したのを見てあ然としている。

 今のが見えないのなら、勝負は決まったわね……。

 

「クソッ! クソッ! お前のせいでアダムは!! ――なっ! 消えた……!?」

 

「遅すぎるわ。アダムってやつに聞かなかったの? あたしってめちゃめちゃ強いんだから……」

 

「――っ!?」

 

 あたしはクリスちゃんの背後から喉元に刀を当てて優しく話しかけた。

 ふぅ、とりあえず、この子を捕まえればノイズの件はどうにかなりそうね――。

 



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