IS 一夏も自分も嫌い (ヌタ夫)
しおりを挟む

プロローグ

IS 一夏も自分も嫌い

 

 プロローグ

 

 

 

 織斑一夏が嫌いになったのは中学の時だ。

 

 確か、同じクラスになって隣の席に座ってたのが一夏だった。

 

「よろしくな」

 

 そう言ってきた。隣の席だったから織斑と話すことも多かった。教科書を忘れた時には見せたり、見せてもらったり。

 

 そんなこんなで付き合っているうちに、あいつの小学校の時からの友達である五反田弾、凰鈴音の仲良しグループとも遊ぶようになり、互いに名前で呼ぶようになった。

 

 ん? ただの友達で全然嫌っていないじゃないかって?

 

 大丈夫だ。もうすぐ嫌いになるから少し黙ってろ。

 

 それで……つるんでいるうちに鈴。あ、鈴音のことな。

 

 俺はあいつのことが好きになってたんだ。

 

 最初は、異性だから性の芽生えで暴走気味になった自分の過剰反応とかだと思ってた。

 

 けれど、そういったもの以外、一緒にいると落ち着くとか、可愛いと思うようになって、本当に好きなんだと理解したんだ。

 

 告白しよう。

 

 人生初めての一大決心である。

 

 決めてからはどこでどういう風に告白しようかと躍起になって考えはじめた。

 

 今になってみると、四六時中考えていたせいで鈴に対して変な態度とっていたから多分バレてたんじゃないかと思う。

 

 まぁ、それはさておき、俺はとうとう告白を決行した。

 

 呼び出す場所は無難に在り来りな校舎裏。告白のセリフはただ単純に「好きです。付き合ってください」。

 

 なんとも俺らしい普通極まりない無難でシンプルで在り来りな単純なやり方だ。

 

 下駄箱へ投入した手紙で鈴を校舎裏へ呼び出すことに成功した俺は「なんか用?」と聞いてきた鈴へ深呼吸をして早鐘を打ち鳴らす心臓を落ち着けて言い放った。

 

「好きです。付き合ってくださあい!」

 

 そう言って深く礼を鈴へした。

 

 声が裏返っていたものの言い切った俺はある種の達成感を感じていた。

 

「え、えーと……ご、ごめん」

 

 その言葉に俺の心は床へ叩きつけられた花瓶のように砕けた。

 

「あたし、一夏のことが好きなんだ。だから……ごめん!」

 

 バツが悪そうな鈴の言葉に俺は納得した。

 

 思い返せば鈴は一夏にアプローチをしていた。全員で遊んでいる時もそうだった。あの唐変木に効果があったかは確認できていないが。

 

 納得する一方で俺は一夏がいなければと思った。いなければ俺は鈴と付き合えたかもしれない。

 

 俺の告白が失敗したのは一夏、あいつのせいだ!!

 

 そう思ったとき、俺は一夏も自分も嫌いになった。

 

 違うだろ。一夏がいたから鈴と会えたんだし、鈴があいつのことが好きだったのは多分小学校からだフラレたは自分が魅力的じゃなかったからだ。

 

 一夏が悪いわけじゃない。

 

 そうだ。それなのに俺はフラレた原因を一夏に転嫁しようとした。

 

 くそ、最低だ。

 

「ごめん、本当にごめん」

 

 涙ぐみながら鈴は何度も何度も謝っていた。

 

「あー、大丈夫だって。別に気にしてないから」

 

 嘘だ。勝手に自滅しただけの自分に、罪悪感を感じて謝ってくる鈴が居た堪れなくて、そのまま謝られていると自分が惨めになるから、終わらせるためについた嘘。

 

「そうだ、俺も協力するよ!」

 

 フラレたくせにいい格好つけようとする。また、自分が嫌いになる。

 

 言葉を重ねるたびに俺は俺自身に蔑まれていく。そしてどんどん惨めになっていった。

 

 

 

 

 

 月日を重ねるごとに俺の中の惨めさはどんどん大きくなっていった。

 

 そして、一年前。鈴が中国に帰ると、度々そのことを思い出した。

 

 表面上では一夏とは普通に接していたが、中ではどんどん嫌いになっていた。それに伴い、そうやってネチネチと前のことで一夏を憎む自分がどんどん嫌いになり、自分がどんどん惨めになっていった。

 

 俺はだんだんと一夏たちとは距離を置くようになり、たまに顔を合わせたら話をするぐらい。遊びに行くのも別の仲間と行くようになった。進学先も一夏とは別の学校を受験した。

 

 合格。

 

 晴れて合格だ。これで一夏と、惨めさとはお別れだ。

 

 けれど、俺はまだまだ惨めにならなきゃいけないらしい。

 

 一夏を嫌い、自分を嫌い、惨めになる日々を、ここIS学園で。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話 自己嫌悪は突然

 

 第一話 

 

 

 

 彼の今年に起こった四大不幸。

 

 一つ目は事故。志望校に合格して学校に報告して家に帰る途中、最寄駅構内の階段を踏み外し全治一週間の怪我を負い入院。

 

 出席日数は足りるので卒業には支障はなかった。彼は痛い思いをしたけど公然と学校を休めたからラッキーと思っていた。

 

 二つ目は医療ミス。彼は医者か、看護師か、誰のせいかわからないが、投薬をミスされて死の淵を彷徨った。

 

 人間だから間違いは起こすだろうが、勘弁して欲しい。治療用ナノマシンの処方ミスは最悪死に至る。彼は、拒否反応で発熱し、体は余計に痛くなり「死にそう」の意味を自分の体をもって理解した。

 

 三つ目、悪夢。退院後、学校へ行くと検査と称してISに接触。見事合格。

 

 彼はあれはおかしいと疑っていた。男がIS動かせられはずがない。あれはきっと策略だ。いや、策略であってくれ。策略であって欲しかった。女性の特権であるISを動かしたら一般人である自分には対処できないことが起きる可能性もある。将来の選択肢は広がっただろうが、彼の夢は平々凡々の生活。しかし、こうなってはこの先に人並みの生活という最高の将来を求めることはできなくなった。

 

 四つ目は今までで一番の不幸。訃報。悲報。

 

 ISを動かせたため、保護と監視(観察)のため織斑一夏と一緒の学校、IS学園へ通うことになった。なお、拒否権はなく強制であるため不可避である。

 

 

 

 

(あー……テンション駄々落ちだ……)

 

 人工島にあるIS学園へと向かうモノレールに揺られながら、隣に座る人間から気を逸らすために色々と考えていた彼はこれまでの経緯を思い出してしまい、更に気が沈んだ。

 

「すっげぇ!!おい、優介!海だ!海の上走ってるぜ!!」

 

「あぁ、すごいな。本当に。」

 

(うっせぇんだよ。いちいち、叫ぶな。話しかけてくんじゃねぇ。俺に寄るな。近づくな)

 

 彼、蕪城優介は表面上は普通にしているが、昨日から「うっせぇ」などと彼は心で唱えている。1年前に徐々に距離が空けて付き合っていたため隣に座る少年、織斑一夏を心で罵倒する回数は少なくなっていたが、 一夏から駅に集合して一緒に行こうという連絡が来た際に30回。駅で会った時に10回。改札を通り構内に行くまでに2回。電車の中で17回。乗り換えの時に4回。モノレールに乗ってから今までに7回。昨日からのトータルで今までに70回ほど心で罵声を浴びせている。

 

 はっきりと言ってやりたいと思っていた。

 

 お前は友達じゃない。俺はお前と話したくない。顔を見たくもない。お前は俺の勇気を何度も踏みにじってきた悪魔だ。お前が居ると俺は惨めになる。お前が俺を傷つける。今すぐ消えろ。そして二度と現れるな。

 

 しかし、言えなかった。自分の本音を吐露して一夏だけでなく、周囲の人間も自分から離れてしまうのが怖い。それはいつも。だから、いつも本音を隠して、相手と話す。一つの事を成すために周囲の目を気にする臆病な性質。彼はその弱さを疎ましく感じていた。日頃から変えたいと願っている自分自身の弱い心。強制的に入学が決められたIS学園に行く理由も自分や親族に対する周囲の目を考えて決めたものだった。ダメだと分かりつつも、自分が行くと決めた学校以外に断固として行かないとダメ元の宣言すらできなかった。いつも彼はこの弱い心のせいで後悔してきた。

 

「なぁ、優介……気分でも悪いのか?」

 

「えっ、いや、大丈夫だけど。なんで?」

 

「いやぁ、なんだか口数が少ないような気がしてさ」

 

「そうか?」

 

(そりゃ、お前のせいだよ)

 

 彼は1年と半年前に告白した相手に一夏が好きだと言われてフラれたことを根に持っていた。今も告白した相手のことが好きかというと、そうでもない。普通の友達として好きというレベルであるため、優介の中に愛憎はない。

 しかし、その当時はたまらなく好きだった。フラれても彼女が意中の相手に告白させるのを手伝えば、もしかしたら自分を好きになってくれるのではないかという淡い期待をして、色々と手伝った。それがいけなかった。期待は消えて行き、代わりに鈴に思いを向けられる羨ましさと、ありもしない幻想の期待にすがっていた自分の惨めさ。そして、その対象、原因である一夏を憎く思うようになった。抱くのは間違いだとわかりつつも。

 

(しかも俺の努力を無駄に……くそっ。違うだろ)

 

 受験のために勉強し、やっとのことで第一志望に合格した。なのに消えた。IS学園に入学させるために、すべての合格先を消された。あとが無い状況にしてIS学園に入学させるために。今までの時間を、努力をもみ消された。その原因は一夏、織斑一夏が受験会場を間違え、ISを動かしたせいにほかならない。

 

 しかし、強制的に入学させられたのは自分だけでなく、一夏も同じ。就職率の高い藍越学園を受験しようとして、2年の後半からどこが就職率が高く、高校のサポートがしっかりしているか調べて、勉強して、模試受けて、凹んで。また勉強してやっと合格判定を貰った事。IS学園へ強制されて入学させられたこと。たまに会った時や五反田弾と会った時に疎ましく思いつつも聞いていた。自分も同じように苦労し、努力した。

 

 だからこそ、わかる、悔しいと。だが、心に残った恨みが、間違った解釈をさせてしまう。

 

(いつまでも引きずって……最低だ)

 

 ネチネチといつまでも引きずる癖と周囲を恐れて本音を言えない心。

 

(変わりたいな……いや、変わらなきゃいけないよな)

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 休み時間に自己嫌悪

第二話

 

 

(この状況はなんとかならないのか)

 

 一夏は一限目のIS基礎理論を終えたあとの休み時間、周りからの視線にどうしたものかと考えていた。

 

 廊下には二年と三年の生徒が教室の出入り口から一夏と優介を興味津々に見つめている。教室内の女子もいくつかのグループが遠巻きにふたりを見ている。しかし、尻込みしつつ誰かに先を越されるのが嫌なグループと話しかけようとする行動派のグループが睨み合い、絶妙な拮抗状態を作り出して話しかけてこようとしない。

 かと言って、近くの誰かに視線を合わせると目を逸らす。話しかけてくるのを待っているのだろうが、どうにも話し掛けにくい。

 

(だけど、優介がいてくれるからまだマシだな)

 

 一夏の後ろの席には中学入学時から顔なじみの蕪城優介がいる。偶然彼もISが使えることが判明しIS学園へ入学することとなった。しかも同じクラスに。中学三年になってからは、別のクラスになった事や受験勉強などの影響もありあまり合わなくなっていたが、一夏にとってはそれだけで心が救われた。もし、完全女子高のIS学園へ一人で入学することになっていたら今のこの段階で心が折れていたかもしれない。

 

 後ろの席にいる優介を見ると、そこにはいつも通りの三白眼で、不機嫌な時の自身の姉と同じように眉間に皺を寄せて仏頂面をして携帯をいじっていた。

 

(やっぱ優介もこの空気は居心地良くないのか)

 

 一夏は優介が仏頂面していたのを自分と同じでクラスの雰囲気が居心地が悪いからだと考え、仲間がいてくれたことに胸をなで下ろす。

 

「なにか用か、一夏?」

 

「いや、なんか久しぶりだな。こうやって話すの」

 

「そうだな。前はクラスも違ったし、受験があったから遊ばなくなってたからな」

 

「そうだ。今度、弾も誘って久しぶりに一緒に遊びに行かないか」

 

「あぁ、時間があったら一緒に行きたいな。ん?」

 

 話していると優介が不意に一夏の左後ろを見た。見ると、そこには釣り目で肩下まである黒髪を白いリボンでポニーテールにしている鋭い印象の少女が立っていた。

 

「箒?」

 

「……」

 

 名前で呼ばれたことに対する驚きからなのか、はたまた名前で呼ばれるのが嫌だったのか、黒髪ポニーテールの少女、かつての幼馴染、篠ノ之箒は一夏のことを睨んだ。実際は名前を覚えてもらっていたことに顔がほころびそうになり、我慢をしただけなのだが。

 

「知り合いか?」

 

「ああ、幼馴染だよ。箒って言うんだ」

 

「篠ノ之箒という、以後よろしく頼む。か、かぶ……らぎだったか?」

 

「はい、蕪城優介と言います。こちらこそよろしく」

 

 箒は優介の名前を覚えていなかった事を謝り、彼に一夏と話をしたいと告げた。

 

「自分は構いません」

 

 そう言って、再び携帯を取り出していじり始めた優介に一夏は簡単に謝り、箒と共に廊下へと向かう。出入口に陣取っていた他学年、他クラスの生徒は二人から逃げるように廊下の方方に散って行った。

 

せっかく、話をしに廊下に出て来たというのに箒は俯いたり目を泳がせ「え~」だの「その~」というばかりで話そうとしない。

 

(あ、そうか。久しぶりだか何を話そうか考えてるんだな)

 

 気を使って話題を探しているから会話に間が空くのだろうと一夏は考え、話しやすいようにこっちから話題を振ることにした。

 

「そういえば、去年の剣道の全国大会優勝したんだってな。おめでとう」

 

 箒が去年剣道の大会で優勝した事を思い出し賞賛と感嘆の念を込めた言葉を伝える。

 

「な、何故知っている」

 

「新聞の記事で読んだんだよ」

 

「なんで新聞なんてとっているのだ?!」

 

「え?!」

 

(新聞をとるのがそんなにおかしなことか?)

 

 一夏は不思議に思いながら箒を見ると、目が合うと更に顔を赤くして俯いてしまう。

 

「それにしても、六年ぶりだけどすぐに箒だってわかったぞ」

 

 一夏がそう言って自分の頭を指差すと、箒は自身のポニーテールのことだと気付き、赤い顔のまま髪をいじりだした。

 

「か、髪型が一緒だというだけでよく覚えていたな……」

 

「忘れないだろ、幼馴染なんだから」

 

 一夏にとっては幼馴染というだけで箒は大切な存在である。幼馴染の箒だからこそ忘れなかったのだが、彼女は「幼馴染だから」という言葉を聞いた瞬間、まるで何度もセリフを間違えた役者に映画監督が向けるような目を一夏に向けて睨む。

 

(……何か俺まずいことでも言ったか?)

 

 箒が睨んだ本当の意味を一夏は当然察せず、空気が悪くなった時にタイミングよく鳴ったチャイムに救われたと思いつつ、箒と共に教室へと戻る。その頃には何故睨まれたのかなど、忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(一夏の野郎、話しかけんなよ)

 

 取り出した携帯をいじりつつ、今しがた再会した幼馴染に連れられて教室の外へ出た一夏へ優介は心の中で悪態をつく。休み時間はこの視線の針の筵を携帯をいじってやり過ごそうとしていたら、一夏は後ろを向いてきた。さらに注目され、理不尽だが、優介は一夏が向けた顔をぶん殴りたく思った。

 

 しかし、入学初日に謂れのない暴力を生徒に、ましてや二人だけのISを動かせる男の片割れをボクシングミットのように殴るのは、下手をすれば退学。いや、解剖標本として新たな人生を歩むことになりかねない。優介は然るべき時に誰もが納得するような理由で殴りつけようと考え、自分の理不尽な感情を抑え、そんな理不尽な感情を抱いたことに自己嫌悪した。

 

 そして、適当に話をしていると一夏の近くにまで来て、まごまごとしている娘、箒と目があった。自分の知り合いではないので、一夏の知り合いかも知れないと思っていたら案の定、彼女は一夏の知り合い、幼馴染だった。

 

(あの娘には感謝だな。一夏を廊下へ連れて行ってくれたし)

 

「ちょっと宜しくて?」

 

 これから箒が困っていた時はクラスメイトとして極力協力しようと、心に決めつつ、ニュースサイトで面白そうなニュースがないか携帯をいじっていると隣から声をかけられる。

 

(うぇ、絶対めんどくさい奴じゃないですか)

 

 携帯から目を離さずしてわかる。声音から見下している感じがわかり、返事をしたくないと思った。しかし、この手の娘は無視したら、無地のシャツについたカレーとコーヒー、トマトケチャップのシミぐらいしつこい。

 

(どうせ、「男の癖に―」とか「これだから男は―」みたいな鬱憤を俺にぶちまけてストレス発散したいんだろうな)

 

 一夏ならばきっと反発するだろうが、優介にはそんなことをする度胸は無い。あったとしても、やれば世界中とまではいかないだろうが、学園内多くの生徒に反感を持たれてしまう。反感だけならばいいが、女子のいじめは陰険である。上履き隠しに、教科書隠し、ノート隠し、机隠し、椅子隠し、神隠し。これらが起こるかも知れないと思うと優介はぞっとした。できるだけ下手に出て、波風立てないようにしていた方が無難である。

 

(いや、万人がそういう人じゃないだろう)

 

 実際、自分が好きだった娘は乱暴な物言いはしたが、差別して見下す事はしなかった。

 

「ちょっと! 聞いていますの?!」

 

「え、あ、はい。なんでしょうか?」

 

 もしかしたら、今話しかけてきている娘も話し方はきついが、根は優しい人かも知れない。優介は自分が否定的な考えをしていたことに反省し、ほんの少し期待して、携帯から目を離し、彼女に顔を向ける。

 

「まあ! なんですの、その物言いは! 私に話しかけられるだけでも光栄なのですから―」

 

(だと思いましたよ。期待なんて抱くものじゃないな)

 

 案の定、優介が考えていたとおり高飛車な娘であった。一割の期待は、金属バットにフルスイングでノックされた花瓶のように砕けた。

 

「聞いてますの?!」

 

 僅かにロールしている柔らかそうな、くすみのない金髪。ややつり上がった透明度の高い青い瞳の彼女は肌の白さから一目で日本人でないとわかった。おそらく、欧米からの入学者であろう。

 

「あ、すみません。ぼーとしてました」

 

 続けて「綺麗ですね」や「あなたに見惚れていました」など言えば、少しはマシになるのではないかと優介は考えた。が、今しがた期待して砕かれたことを思い出して可能性を除去した。「キモいですわ!」と「自意識過剰乙ですわ!」、「そんな糞のようなセリフ吐いている暇あったら首吊れですわ!」など更にトラウマを自身へ植え付ける言葉が自分へ飛んでくるに違いない。一瞬でも同じ失敗をしそうになった自分に自己嫌悪する。

 

「まったく! ISを操れる男というから多少は知性があるのかと期待していましたのに、これほど愚鈍とは……私が間違っていましたわ」

 

「すみません」

 

「さっきからすみません、すみませんと言ってますが情けないと―」

 

(愚鈍でも、饂飩でいいから早くどっかいけよ)

 

 彼女が一言一言、言葉を発するたびに優介の心が傷つき始める。惨めになる。普通に道を歩いて落とし穴に落ちたように彼の気が塞ぐ。

 

「……ここまで言われて、反論もしませんの?」

 

 本当は反論したい。お前に言われる筋合いはないよと言いたい。しかし、言えば彼女だけでなくクラス中。いや、脚色された噂を信じた学園中の女子から、侮蔑と暴力に溢れた日々をプレゼントされることになる。そもそも、自分がもっとうまく言葉を交わせていれば目の前の彼女の気分を害すことはなかったかもしれない。

 

「い、いや、俺が情けないのは事実で、す、し……」

 

 悔しさと悲しさと恐怖がごちゃまぜになり、言葉が詰まり気味になる。

 

「あら、少しは自覚はありますの。多少は分をわきまえてますのね」

 

 彼女がさらに言葉を続けようと口を開いた瞬間、天から救いの音。授業開始を知らせるチャイムが鳴った。

 

「もう時間ですわね。いいですか、ISを動かせるからといって調子に乗らないでくださいね」

 

 そう言うと、彼女は自分の席へと戻っていった。優介は心底ほっとした。これで、一夏が前の席へ座るとしても、彼女の嫌味を一時的にしろ聞かなくて良いのだから。

 

「席に付け。授業を始めるぞ」 

 

 先生が授業の開始を告げると、遅れて教室へ一夏が入ってきた。どうやら箒は一夏より先に教室に戻ったらしい。

 

「遅いぞ織斑」

 

 そう言うと彼の姉である千冬、織斑先生が出席簿で一夏の頭を叩く。

 

「……ご指導ありがとうございます」

 

 よほど痛かったらしく、一夏が叩かれた部分を押さえつつ、席へ着く。

 

(良い気味だ。……くそ……)

 

 優介は一夏が叩かれたのを心で嘲笑う一方で、そうやって金髪の彼女に休み時間罵られた鬱憤を晴らしていることに嫌悪する。

 

(だいたい、本音言えるように変わるんじゃなかったのかよ、俺は……)

 

 金髪の彼女に本音を言ったとしても状況を悪化させただけだったろう。しかし、それでも優介の心は晴れたかもしれない。

 

「では皆さん。教科書2ページを開いてください」

 

 副担任の山田先生が授業を始める。

 

(畜生、俺のクズ野郎……)

 

 晴れない心で自分を罵り、優介は教科書を開いて予習した授業を受ける。彼は自分で自分の傷をえぐる。

 

 彼の心の中で本当に蠢き、螺旋を描く感情に気付かないまま。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 浅ましい自分に自己嫌悪

(まさか一夏め……)

 

 IS学園一年一組担任。織斑一夏の姉ある織斑千冬。副担任である山田真耶の授業を補佐、指導するのが彼女の役割。しかし、今は教室の端で弟に疑惑の眼差しを向けていた。

 

 一夏は先程から5冊ある教科書のいずれかをパラパラと捲っては真耶の授業を聞き、周囲の生徒の様子を頻りに覗っている。その様子から授業の内容が理解できていないのは火を見るよりも明らかであった。

 

(読んでいる……とは信じたいが……)

 

ISの教育は学校によって差がある。そのため、授業を理解できないことがないように入学者の知識レベルを一定にするために入学前には参考書が送られる。初の男子学生二名も例外ではない。読み覚えれば最低限度の基本は覚えられ、授業に取り残されることはない。

 

 に、あるにも関わらず、授業に追いつけていないところを見ると、一夏は覚えきれていないのか、読み終えていないのか。それとも読んですらいないのか。一応真面目の部類に入るであろう自分の弟が読んでいないとは思いたくない千冬であったが、その様子はそれを完全に否定できるものではなかった。

 

「織斑くん、何かわからないところがありますか?」

 

 一夏が周りの女子の様子を覗っていたのと、千冬の視線が彼の方へと向いていたのに気付いたのか、真耶が問いかける。

 

「あ、え、えっと……」

 

 一夏が手元の教科書に視線を落とす。その様子を真耶は彼が遠慮しているものだと思い、自分は教師だからなんでも訊いてくれていいと胸を張って言う。

 

「先生!」

 

「はい、織斑くん!」

 

「ほとんど全部わかりません」

 

「え……ぜ、全部ですか……?」

 

 一夏の爆弾発言は真耶を呆気にとらせ、千冬は恥ずかしさで本来、顔を赤くするために上った血が顔を通り越して頭まで到達させた。

 

 真耶は生徒たちの様子に気を配り、授業を進めてきた。説明不足な点がいくつかはあったが、調べればわかるような些細な物。千冬が及第点以上を付ける内容であった。普通のIS学園の生徒であれば理解できる。なのでまさか、一夏が全てわからないと言うとは予想しないであろう。

 

「み、みなさんの中で現段階で授業が理解出来ていないという人はどれぐらいいますか?」

 

 その言葉で手を上げる者は一人もいなかった。それは一夏の後の席に座る優介も例外ではない。

 

「え!優介も?!」

 

 振り返り、どれぐらいの人間が手を上げているのか確認した一夏は誰も手を挙げていない事に愕然とする。そして、優介までもが手を挙げていないことに気がついた一夏はまるで、成績最下位だった同級生がなんも努力もせずに名門難関私立学校に合格したのを見たときのような目で、優介を見る。

 

「う、嘘だろ?!」

 

「一応、予習はしたからわかる」

 

一夏の言い方にムッとしたのか、優介は額に皺を寄せてノートを一夏に見せた。彼が見せたノートを一夏はページ捲り確認する。

 

(嘘ではなさそうだな)

 

 千冬の見た限り、優介は真耶が注意点として教えた部分を予習したノートに書き込んだり、訂正している。授業態度も一夏を除く周りの生徒と同じで問題は無い。おそらくほかの生徒同様予習もしているだろう。他の生徒と同じようなものだ。普通だ。今、尋常でないのはページを捲るごとに顔色が悪くなっていく一夏だけである。千冬は優介が普通に理解していた事に安心した一方、一夏がそんな普通のこともしていない事に情けなさを感じた。

 

「……」

 

 一夏は読み終えたのか、そっと優介のノートを閉じるとそれを返した。

 

「いいのか?! わからないところがあるんならあるって言わないと、最初で躓いたままだと絶対、後から後悔することになるぞ!」

 

 そう言って一夏は優介を肩を掴み前後にガクガクと揺さぶり始めた。 

 

「……理解できないところはある」  

 

「ほ、本当か?!」

 

 精神的な揺さぶりよりも物理的な揺さぶりに脳が揺さぶられ、耐えかねた優介。その吐いた言葉に一夏は歓喜した。

 

「蕪城くん、どこがわからなかったの?」

 

「えっと、……ISがえっと……PIC?で慣性を制御して―」

 

 未だに頭がクラクラ、目がチカチカする様子の優介は真耶の不安そうな声でゆっくりと自分の疑問点を上げる。

 

「あ、それは次のページの脚注1に書いてある『オートの場合は機体にかかる慣性エネルギーを設定された出力でブレーキを―』って部分の通りー」

 

(なるほど、あの部分は説明が省かれていたからな)

 

 優介と真耶のやり取りに耳を澄ませている千冬。よくある授業での光景。なんとも普通であり、安心する。 

 

「……ぴーあいしー?、え?……」

 

 ただし、自分の弟がポカーンと口を開け唖然とし、全く理解していない様子を見ると、千冬はこれから先が不安になった。

 

「PICに関わらず、全てマニュアル操作だと出力が変化できるんですか?」

 

「はい。ただ、マニュアルでの操作は制御に慣れてからにしてくださいね。失敗して怪我するかもしれませんから」

 

「はい、分かりました。ありがとうございます」

 

 ピサの斜塔のように傾き始めていた真耶の自信は優介の質問に答えることで、元通りまっすぐになった。そして、優介がわからない部分があると告げた時、顔色が元に戻った一夏であったが、真耶と優介の会話で再び悪くなった。

 

「な、なんでわかるんだよ? 優介」

 

「事前学習」

 

 再び動揺し始めた一夏に優介は呆気からんと言い放つ。 

 

「そうだけどさ、教科書読んでも単語はわからないしチンプンカンプンだったろ?」

 

「学校から貰った参考書にだいたい書いてあったろ」

 

 教科書を開き、優介にその中のびっしり印字された文章を指差す一夏に対し、優介は机の下に置いてある自分の通学カバンから電話帳と遜色ないほどの厚さの本を一冊取り出して、一夏の目の前に突き出した。

 

「え?……学校からもらった参考書?」

 

 電話帳サイズの参考書をわざわざ通学カバンに入れて持ってきたのかという疑問もあるが、優介が取り出した参考書に対し一夏は首を傾げる。それに対して優介は怪訝そうな顔になった。

 

「学校からこの本もらってないのか? 分厚いから直ぐに目に付いたろう」

 

「……あ……」

 

 その一言でクラスメイトは千冬の弟が、優介は眼前にいる今にも殴ってやりたい同級生が。千冬は自分の手のかかる弟、一夏が参考書に何かしでかしたことを悟った。 

 

「……織斑、入学前に送られてきた教科書類は届いているな」

 

 何をしでかしたのか、はっきりとさせるために千冬は一夏に問い詰める。

 

「……はい……」

 

「なら、その中に事前学習用の参考書が入っていたな」

 

「は、入ってました」

 

 千冬は万が一、配送ミスがあったときのことを考えていたが、そんなことはなかったようだ。

 

「では、その参考書は読んだか?」

 

 千冬の問いに一夏は口を閉ざした。

 

「……すみません!古い電話帳と間違えて捨てました」

 

「必読と書いてあったろうが」

 

 意を決した様子で閉ざしていた口を開き、頭を下げた一夏。その頭へ間髪入れず、千冬は持っていた出席簿の背で殴りつけた。

 

「あとで再発行してやる。一週間で覚えろ」

 

「いや、あの量を一週間でやるのは……」

 

 一夏が言葉を続ける前に千冬は教師として生徒の学力を向上させるために、姉として弟の不出来を治すために、まるで圧倒的暴力で世紀末の世界を統一する覇王がするような威圧にまみれた睨みを彼へ放った。

 

「……はい。やります」

 

 睨みを効かせられた一夏は「無理です」とは言えなかった。

 

 千冬は、自分の威圧感から観念して返事をした一夏にため息をついた。一夏はISについて理解していない。何故ここまで厳しくされるのかも。それは彼だけでなく、ただ、憧れで入学した他の生徒にも言える事。

 

「いいか! ISの機動力、攻撃力、防御力、制圧力はIS登場以前の兵器を凌駕する。そして、様々な点で今までの兵器と異なる。そんな強大な兵器をよく知らずに使用すれば大小に関わらず、必ず事故が起こる。それを予防するための基礎知識と訓練、規則だ。事故が起きた時に覚えてなかった、理解していなかったは通用しない。いいか、必ず覚えて守れ」

 

 今教えておかねばならないと思い教壇に立ち、言い終わると一番伝えなければならない相手、一夏を見るとふてくされた表情をしていた。

 

「……貴様、自分は望んでここにいるわけではないと思っているな」

 

 千冬は一夏に向けたつもりだったが、その言葉には一夏だけでなく後ろの優介も反応した。一夏はなんでわかったんだという感じで。優介は眉間に皺を寄せて不機嫌そうに。

 

「望む、望まざるに関わらず人は集団の中で生きなければならない。それを放棄するなら人間を辞めろ」

 

 一夏は何かの決心を付けたかのように表情が強く引き締まったのに対し、優介の顔へ余計に皺が刻まれる。千冬はなぜ優介が不機嫌になったかはわからなかったが、予習をしてきた事などから自分の弟よりは現実を見えている為、さほど対した理由ではないと思い、話を終わりにして真耶に授業の再開を促した。

 

 その後、真耶と一夏の放課後特別授業が決まった時に見せた彼女の妄想癖に千冬は頭を痛めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、優介。ISの勉強見てくれないか?」

 

 椅子の背もたれを前にするように座り後ろに向かって手を合わせて一夏は、机の中から次の授業で使う教科書とノートを用意する優介に頼み込む。

 

「うーん、勉強見てくれって言われても……俺も勉強中で詳しくないからなぁ」

 

(けっ、死んでもテメェと勉強するかよ)

 

 一夏の不勉強加減がクラス中に露呈し、千冬が喝を入れISの危険性と熟知する事の必要性をクラスに論じた。優介はそれをみんな当たり前だと思いつつ聞いていた。だが、その後に千冬が言った「自分は望んでここにいるわけではないと思っているな」という言葉が少し頭にきた。それは強制入学をさせられたが、どうしようもない現実を受け入れこの場所で頑張ろうとしている心情を知りもせず、自分を蔑んでいるように聞こえたからである。続いて放たれた「望む、望まざるに関わらず人は集団の中で生きなければならない。それを放棄するなら人間を辞めろ」という言葉も自分の心情を無視し、見下している印象を受けた。それらが自分ではなく、一夏のみに向けて投げかけられた言葉であることに気が付かず、優介はそれから悶々としながら授業を受け、今もそれは続いている。

 

「というか、山田先生と放課後に特別授業するって約束してたろ。それで事足りるだろ」

 

「約束はしたけどさ、流石に頼りっぱなしは迷惑だろ」

 

「そりゃそうだけど……」

 

(俺には迷惑をかけてもいいってか……このクソ野郎)

 

 先ほどの授業で一夏が入学直前事前学習用参考書を電話帳と間違え捨ていた事実が発覚し、千冬から再発行したものを一週間で覚えるように命じられた。身から出た錆とは言え、いささか可哀想だと真耶が助け舟として放課後特別授業を申し出た。一夏は喜んでこれを承諾した。

 

 それに、優介は心底イラついた。

 

 授業の最中、一夏に何故、教科書の内容を理解できるのか聞かれた時に優介は参考書を使った事前学習のおかげだと言った。

 

 しかし、本当は卒業式後に政府の人間に拉致され、国が保有するISの訓練施設へ連行されたおかげである。解剖と実験以外の身体調査、ISについての基礎知識と簡単な訓練を受けさせられた。まるで、以前優介がニュースの特集で見た大手警備企業の新入社員研修合宿のようであった。

 

 いや、国が選別した元IS操縦者のトレーナーとほか数名との訓練であったが、度々施設を利用しに来た訓練生や代表候補生らしき人に笑われたり、野次を飛ばせられたり、訓練で度々格の違いを見せつけられ事を踏まえると、優介が受けた研修の方がは精神的苦痛は大きいだろう。

 

 解放されたのはIS学園入学一週間前。それから両親が政府に保護されて優介一人だけになった家での生活をした一週間。その間、一夏は参考書を捨て勉強せず、遊びほうけていたのだ。それで今頃になって焦って山田先生に甘えて教えてもらおうとしている。それに加え優介にも迷惑をかけようとしている。

 

(……って、違うだろ)

 

 確かに一夏は参考書を捨てたが、それは電話帳と間違えて。故意ではない。優介が強制合宿で扱かれている間、一夏が遊びほうけていたのかと言うとそれは違う。いろいろ新生活に向けて準備をしていて忙しかったはずだ。

 

 優介は自分勝手な妄想で一夏が楽をしていると思った。卑しい自分。最低な自分。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

 そうして一夏への返答に困りつつ、自分をさらに嫌いになった優介と一夏の二人へ誰かが声をかけた。

 

「へ?」

 

「あ、こんにちわ」

 

(ほわあぁ?!このお嬢様風金髪ロールがなんで来た?! さっきの休み時間にも来ただろ! なんなの?!)

 

 先ほどの休み時間に優介を言葉の限り罵倒し女尊男卑の優越感に浸った欧米系入学生の娘。高飛車で女尊男卑の現代社会に染まりきった今時女子。優介が苦手とし、一夏が絶対に対立するという厄介な化学反応を起こす性質を持った物質、今時女子。優介の自己嫌悪を一気に吹き飛ばした彼女は一夏から返事がないことに不満を感じ目を吊り上げて不満を顕にした。

 

「聞いてますの?お返事は?」

 

「あ、ああ。聞いてるけど……どういう要件だ?」

 

「まあ!なんなのですの。私に話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度をとるのが常識でしょう?」

 

「…………」

 

 金髪ロール今時女子が優介にしたのと同じように一夏へ高圧的な態度を取る。

 

「そちらの方は分をわきまえていたと言うのに……」

 

「ん? 優介の知り合いか?」

 

「い、いや……その、えーっと……」

 

(こっちに話を振るんじゃねぇ一夏!)

 

 金髪ロールが分をわきまえていた方として優介を指したので、一夏は彼の知り合いだと思った。それに対し、優介は係わり合いになりたくない一心と、実際名前は知らなかったこともあり、彼女から目を背け、言いにくそうにする。

 

「……あなた、わたくしを知らなかったのですの? このセシリア・オルコットを? イギリスの国家代表候補生であり、入試主席であるわたくしを?」

 

 既に釣り上がっていた目を細め、冷たい口調でお嬢様風金髪ロール、セシリア・オルコットは優介に問いかけた。

 

「え、ええっと……纏っているオーラが凄かったので、すごい人なんだろうとは思いましたが……」

 

(んなこと知るかよ)

 

「ふーん……そうですの……」

 

 腰が低い態度であった為、自分を当然知っているものと思っていたセシリアはなんとも微妙そうな表情で優介を見た。

 

「あ、質問良いか?」

 

 優介とセシリアの間に流れる空気を察したのか。それとも空気を読まなかったのか。一夏がセシリアに話しかけた。

 

「ふん。下々の要求に応えるのは貴族として当然の務めですわ。よろしくってよ」

 

「代表候補生って何?」

 

(こいつ、今すぐ窓から飛び降りてくれないかな……)

 

 その発言にセシリアと優介、三人の会話へ聞き耳を立てていた周りのクラスメイトが唖然とした。

 

「あ、あ、あなた本気でおっしゃってますの?!」

 

「オ、オルコットさん、落ち着い―」

 

「おう、知らん」

 

(火に油注いでるんじゃねぇ!)

 

 驚きのあまり取り乱し、一夏に詰め寄ろうとするセシリアをクラス内の空気が悪くなるのを止めようと、優介が二人の間に入る事でなだめようとするも、一夏が空気を読まずに代表候補生について知らないと話す。

 

「信じられません。信じられませんわ。極東の島国とはいえ、ここまでとは……」

 

「で、代表候補生って何?」

 

「国家代表IS操縦者の候補生のことだ一夏。かなりの適性の高さと才能がないと成れないエリートだぞ」

 

(単語から想像したらわかるだろうが、この馬鹿一夏が!)

 

 優介が間に入った事で少しだけ冷静さを取り戻したセシリアであるが、また一夏が不用意な質問をすれば怒りが再発する。そう考えた優介はセシリアを持ち上げるようにエリートという言葉を一際強調して言って、機嫌をとる。

 

「そうですわ。そんな数少ないエリートの私とクラスを共に出来るだけでも奇跡、幸運なのですわ。この現実をもう少し理解していただけるかしら?」

 

 願いが通じたようでセシリアは今にも笑いだしそうな程にご満悦な表情となり、優介はほっと一息付いた。

 

「そうか、それはラッキーだ」

 

 どうでもいいといった感じで自分の前髪をいじりつつ、一夏は嫌味にしか聞こえない言い方で言う。どうやら彼は火に油ではなくガソリンを注ぐのが趣味らしい。

 

「あ、あなた馬鹿にしてますの?」

 

「オルコットさん、すみません。お、おい一夏。そういう態度は失礼だぞ」

 

(この○○○野郎。さっさとお前が謝れ)

 

 馬鹿にされ他と感じ、顔を真っ赤にしたセシリアが今にも怒りを爆発させてしまいそうになる。優介は一先ず代わりに謝り、一夏本人にも謝るように促す。さらに、一夏に心の中で倫理的に表示してはいけないような表現で罵倒する。

 

「けど、そいつが幸運だって言ったんだろう」

 

 しかし、一夏は彼女の傲慢な態度に虫の意心が悪いようで一向に謝ろうとしない。

 

「な、なんですって?!」

 

「って?!オルコットさん落ち着いて」

 

 優介をどかして一夏に詰め寄ろうとする彼女を優介は必死に止める。

 

「あなた、なんなんですの?! さっきから!」

 

「えっ、俺?!」

 

 優介は一夏に心の中で悪態をつくことも忘れ、必死に止めに入った自分へ怒りの矛先が向いたことに驚く。

 

「一体どっちの味方ですの?」

 

「い、いや、どっちの味方って……ただ、俺は二人が喧嘩しないようにとしてるだけで……」

 

 クラスの空気が悪くならないようにとやっていた。

 

 ただそれだけだったはずなのにどうして、自分がこんな目にあうのか。真っ当な理由で普通のことをしているだけなのに。

 

 いや、本当にそうだろうか。理由はそれだけだろうか。

 

 後の学校生活を考えると同じ男性操縦者である一夏が何か揉め事を起こせば、一夏だけでなく同じ男性操縦者として一括りにされている自分への風当たりが強くなる。いや、一夏はあのルックスと性格から絶対に安全だ。ましてや、千冬がいる。そうなると危険に晒されるのは優介である。なんの後ろ盾もない一般人ならばと、憂さ晴らしの対象になるのは目に見えている。

 

 全ては自分のためだけにしたこと。自己中心的な理由。

 

「つまり、どっちつかずということですわね。まるで、風見鶏ですわね!」

 

「おい! そういう言い方無いだろ?!」

 

「あら、失礼。風見鶏よりも人の顔色を伺う卑怯なコウモリと言えばよろしかったですわね」

 

「な?!この―」

 

「一夏、落ち着けって」

 

 セシリアの優介に対する罵倒に我慢できなくなった一夏が立ち上がり彼女に詰め寄ろうとするのを優介が肩を掴み押しとどめる。

 

(……俺……)

 

 二人の言い合いはチャイムが鳴るまで続いた。

 

 優介は結局は自分の保身のためだけに浅ましい行動をした自分を憎む。

 

 もし、自分が本当にクラスや二人のことを思って行動していればこんなことにはならなかったのではないかと。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 クラス代表決めで自己嫌悪

第四話 

 

「この時間は実践で使用する各種装備の特性を解説する」

 

 この言葉を聞いた瞬間、休み時間に勃発した一夏VSセシリアの口論による飛び火と激しい自己嫌悪によって、精神を大根おろしのように削られた優介は天にも登る気分になった。

 

 銃器、鈍器、刃物、仕込み武器、ブースター、スラスター、追加装甲、ハイパーセンサー、システムなど様々な装備についての授業である。優介はIS自体には興味はない。試合はニュースのIS情報や、新聞のIS面というスポーツ面から派生したページで結果を知るぐらい。実際の試合を見たのはテレビで子供の頃に一、二度あるぐらい。当時、カメラワークがつまらず、眠りこけていた。

 

 だけれど、武器については違う。小学校の時に見せてもらった父親のビデオデータのコレクションと中学からやり始めた『武装化核』というシリーズの傭兵メカアクションゲームの影響で武器にハマり、今では月刊誌でミニチュアがついてくる図鑑を定期購読するほどに興味を持っていた。人では扱うことが難しい形状、大きさ、重さでもISなら使える。そのため、まるでリアルやスーパーに関わらずロボットアニメに出てくるようなデザインの物が使用されているISの装備は優介には夢のようなデザインであった。ただし、教科書の装備関係の箇所は既に幾度となく端から端までを完全に読み終えるほど装備は好きではあるが、ISの外見は国防用の全身装甲しか好きではない。

 

 さりとて、この授業は癒しであり心のオアシスであった。拉致されて受けさせられた合宿中では、元から容姿が良い講師だったが、彼女が女神に見えたほどである。

 

 二時間目とは違い千冬が教壇に立つ。真耶はというと教室の端におり、持参したノートを開きいつでもメモを取れるように準備をしていた。この様子から優介は千冬の授業が生徒だけでなく、教師も参考にする質の高い授業なのだと理解し、期待はより一層高まり、千冬の姿が拉致合宿講師よりも三倍美しくみえる。

 

「では―」

 

 千冬がそう言って教科書を片手に空中投影式の黒板型ディスプレイへ向く。

 

「ああ、その前に再来週に行われるクラス対抗戦へ出る代表を決めよう」

 

「クラス代表?」

 

(おい、ふざけんなクソアマ!今は授業の時間だろ!そんなもん放課後のHRでいいだろうが!)

 

 千冬の発言により、彼女は優介の中では女神から、人にいちゃもんをつける迷惑ババアと同然になった。前の席に座る疑問符を上げた一夏を蹴り飛ばして千冬へ詰め寄り、床に倒れた一夏を踏みつけつつ教卓を叩いて授業をするように抗議したい優介であったが、自分にはそんな度胸はないのは百も承知である。そもそも、そんなことをすれば、これから始まる装備の授業を受けられなくなってしまう。優介はいつも通り黙っていることにした。

 

 それに放課後のHRで決める時間がないから今やっているのだろう。さらに自分自身へそう言い聞かせ、優介はおとなしく授業が開始されるのを待つことにした。

 

「クラス代表とはそのままの意味だ。まぁ、クラス委員長みたいなものだ。対抗戦だけでなく、生徒会の会議への出席などをしてもらう」

 

 優介が千冬に対して心の中で暴言を吐いていたことなど露知らず、彼女は話を続けていく。

 

「それと、代表の任期は一年。対抗戦は実力の推移を測るために年に二回ある。今の時点では大した差はないが、今後の努力次第で変わっていく。一応、優勝すれば特典もあるので慎重に決めろ」

 

(特典とか、そんなもんいらねぇから!さっさと授業始めろ!)

 

 優介の堪忍袋は丈夫で、表情には表さないものの、苛立ちから優介が貧乏ゆすりをし始める。

 

「あの、特典ってなんですか?」

 

 特典という言葉に興味を惹かれたクラスメイトの誰かが千冬へその内容が何かを問う。

 

「確か……学食デザートの半年フリーパス……だったか」

 

 千冬が優勝クラスへの特典を思い出し、特典の内容をを告げると、クラスの半数以上が活気づいた。

 

(授業マダー、つうか質問とかスルーしろ)

 

 しかし、そんな興奮したクラスメイトたちのことは関係なく、優介は授業の開始を望み一層、心の中で暴言を吐く。逸る気持ちから貧乏ゆすりが加速し、前の席に座っている一夏が小さな地震でも来たのかと錯覚したが、優介には関係なく、知る由もない。

 

「自薦他薦は問わない。好きに候補を上げろ」

 

 千冬の言葉にクラス内の騒ぎが小さくなる。あるものは周囲の者と誰を推すか相談し、あるものは黙って周りの様子を覗っている。そして、一分も経たぬうちに手が上がり始めた。

 

「はい、織斑くんがいいと思います」

 

「はぁ?」

 

「私も織斑くんがいいと思います」

 

「はぁ?!」

 

 その時、手を挙げた者が次々と一夏を推薦する。一夏はまさか自分が推薦されるなど考えていなかったようで、次々と推薦されていくことに驚きの声を上げる。

 

(あれ? なんかこの流れはヤバ気でねえか?)

 

 そして、優介はこの状況に危機感を感じ、冷や汗を流し始めた。

 

 自分が推薦されていない事について優介は気にしていなかった。パッとしない自分と『織斑』というネームバリュー、その場のノリ、外見と性格の良さを持つ一夏を比べた場合、一夏が推薦されるだろうと予測はしていた。それに優介はクラス代表などという面倒くさそうなことはしたくなかったので、一夏に票が集まるのはむしろありがたかった。ありがたすぎて、お礼に一夏へ顔面パンチを当社比50%増量で一発、消費税込で贈りたいほどである。

 

 けれど、一夏の推薦を快く思わない人がこのクラス、一年一組にはいる。それを思い出した時、優介は貧乏ゆすりが止まり、体の熱が一気に引いた。そして一夏は優介の貧乏ゆすりが止まった事で地震が治まったと勘違いした。

 

(や、やばいって)

 

 その快く思わない人、セシリア・オルコットの方をこっそりと伺うと、席で目を閉じて腕を組み一見大人しそうにしているが、眉をピクピクとさせて今にも声を荒らげて立ち上がりそうな様子であった。

 

(このままではまずい)

 

「はい。セシリア・オルコットさんを推薦します」

 

 どうしたものかと悩んだ挙句、優介は椅子から立ち上がり手を挙げて、甚だ嫌ではあるが素直に彼女を推薦することにした。流石に、一人でも彼女を推薦するものがいれば、フリーパスという欲に目がくらんだ何人かが釣れられて推薦し、彼女がクラス代表になるだろうと優介は考えていた。しかし、推薦した後にクラスの大半が既に一夏を支持していることに気がつき手遅れだったと後悔した。

 

この推薦にクラスが静寂に包まれ、一夏とセシリアだけでなく、先ほどのセシリアの優介に対する罵倒を聞いていたクラス中が驚愕した。

 

「ほぉ、蕪城はオルコットを推薦するか……なぜだ?」

 

 周りから「え、蕪城くん?なんで?」や「もしかしてセシリアさんのこと……?!」、「なら、蕪城クンってもしかしてドM?」など、優介の趣味趣向について否定したい根も葉もない無責任な会話が聞こえる中、教壇にいた千冬が他の娘には聞かなかった推薦理由をたずねた。

 

「えっと、先ほど彼女と話した時に入試主席と聞きましたので……一夏よりは優勝の可能性は高いと思い推薦した次第です」

 

(なんで俺には聞くんだよ?)

 

 千冬が一夏を推薦した女子には聞かなかった推薦理由を尋ねてきたことに優介は困惑したが、自分の弟には何か光るものがあると信じていたり、贔屓していたりするのかもしれないと考えて、そこについては深く考えず、適当に思いついた犬が歩けば雪崩で棒が襲って来るぐらい、忍殺者が忍者を見つければ慈悲なく殺すぐらいに当たり前の理由を述べる。

 

「……お前はクラスを優勝させたいのか?」

 

「ま、まぁ……」

 

「なぜだ?」

 

(なんで、どんどん掘り下げて聞いてくるんだよ! バラエティーでもトーク番組でもねーんだぞ!)

 

 セシリアが学年主席かどうか、彼女の実力をよく知っているのは今日会ったばかりの自分やその他のクラスメイトよりも教師である千冬の方がよく知っているはず。だからセシリアについてはそれ以上追求しなかった千冬だが、代わりになぜ優勝したいのかを聞いてきた。

 

「えっと……できることなら自分のクラスが優勝してくれる方がやっぱりいいですし……あとはデザートの半年フリーパスですかね……」

 

「ほぉ……フリーパスが欲しいのか?」

 

(んなわけあるか) 

 

 しどろもどろになりつつ、適当に口から苦し紛れの言葉と嘘を吐く。優介は甘い物にそこまで興味があるわけではない。食べるには食べるが、たまに食べるぐらいでいい。千冬に言った理由で本当の部分は自分のクラスが優勝してくれると嬉しいというところだけだ。流石に嘘をついてまでセシリアを推薦し続けるのは千冬とセシリアへ失礼である。けれど、もう後には引けないと思っていた優介は、周りの状況を確認せず推薦したことに対する後悔し、真剣に考えて一夏を推薦していたクラスメイトへの罪悪感を感じつつ言葉を続けた。

 

「あ、甘党なんです、俺……」

 

 どうせここには知り合いは少ない。更なる罪悪感を感じつつも、嘘の理由をより尤もらしくしようと嘘を重ねた。前の席の人間の存在を忘れて。

 

「えっ?! お前甘い物あんまり食わないんじゃ……」

 

(コイツの口を縫い合わせておけばよかった!)

 

 失敗した。自爆である。自滅である。花瓶に水が入っているか、花瓶を逆さにして覗き込んだぐらいにバカバカしい墓穴を掘った。

 

「結構ですわ!!」

 

 嘘をバラした一夏に対して嫌悪感を覚える一方、嘘をついた自分が悪いのに一夏へ責任転嫁して考えている自分を疎ましく優介が思っていると、教室後方部分で一人の生徒、お嬢様風金髪ロール、セシリアが叫び、勢いよく立ち上がった。

 

「あなたのような、下賤で低俗な嘘つき男の推薦など願い下げですわ!!」

 

「え、えっと……ごめんなさい」

 

 セシリアの方向を向き、深く頭を下げる優介であったが、頭の中では彼女について愚痴っていた。誰が下賤で低俗だ。自分はお前が逆上して一夏と口論になるのが嫌だから、クラスの空気が悪くなるのが嫌だから嫌々推薦したんだ。お前が原因なのに、なんで自分が言われなければならないんだ。優介はセシリアの言葉をひどく理不尽に感じ、口を開けば優介を傷つける彼女を憎いと感じた。

 

 しかし、その反面で場の空気を読んだつもりになって、よく考えもせず嘘をついた事を悔やんだ。

 

 セシリアは本当に優介がクラス代表に相応しいと思って推薦してくれたと思い、きっと嬉しかったのではないのだろうか。実は海外から一人で見知らぬ地にあるIS学園へ来て、不安と寂しさがあったのではないか。高飛車な態度であったが、心では不安に彼女は埋もれていたのかもしれない。そこに自分を照らしてくれる光が差し込んでくれば誰でも希望を持つ。けれど、優介が差し込んだのは偽りの光。安価で安っぽい光。きっと同情に思えたのかもしれない、侮辱に思えたのかもしれない。激昂するなという方が無茶だ。

 

(そんなつもりじゃなかったのに……)

 

 いや、自分が授業を早く受けたいという欲求を抑えきれずに招いた結果だ。これがその結果だ。空気を読んでいたつもりで、相手の心情など理解せずにでまかせを並べて、相手を傷つけ怒らせた。

 

(やっちまった……畜生……)

 

「だいたい、技術面や文化面でも後進的な国の卑しい生まれでわたくしを推薦しようなどおこがましいですわ! こんな国で暮らしていかなければならないこと自体耐え難い苦痛ですのに―」

 

「いいかげんにしろよ!」

 

 セシリアが、優介と日本を侮辱したことで一夏の堪忍袋は切れ、休み時間と同じように二人の口論が再び勃発した。優介はこの場の収集をなんとかつけようと口を開こうとした。が、今自分が行った人の気持ちを理解せずに、空気を読んだように行動して招いた結果を思い出し、言葉が出なかった。悪化させるだけかもしれない。

 

 優介は口を閉ざし、唯々自分の勘違いと情けなさを恨みつつ、セシリアと一夏の争いを聞いているしかなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 変わるきっかけ

今回、主人公が自己嫌悪しないのは一夏がいない場面だからなだけです。いれば自己嫌悪します。安心してください。


第五話

 

「あなたのような、下賤で低俗な嘘つき男の推薦など願い下げですわ!!」

 

「え、えっと……ごめんなさい」

 

(ここまで言われて、どうして言い返さないの!)

 

 教壇の前に座る一夏の後ろ、優介が自分の方へ向いて頭を下げるのをセシリアは腹立たしく思っていた。

 

 彼女は女性最上主義者ではない。確かに女性は男性よりも優秀だと考えている。だが、自分が亡き親から相続した会社では性別に関係なく能力を優先しているし、社会も実力主義であるべきだとも考えている。

 

 けれど、一夏と優介がISを動かせる男という理由だけで、何も努力せず、何の実力も持たない彼らが努力した者達をあざ笑うかのように狭き門のIS学園へ入学したことが許せない。特に彼、優介は弱々しい態度と自信の無いおどおどした雰囲気がセシリアの記憶に残っている父親と似ており、より苛立ちを覚えさせていた。彼女の母は厳格ではあったが、優しかった。当時の男性優位社会の中、いくつもの会社も経営し、母としても女性としても大成した彼女はセシリアの尊敬すべき、目指すべき憧れの人であった。けれど、それに引き換え父は入婿だったということもあり家の中では常に家族の、特に母の顔色を伺うような弱々しい人であった。そんな姿を見てきたこともあり、また母親との比較からセシリアは父親を、ひいては男を自然と下にみるようになっていた。

 

「だいたい、技術面や文化面でも後進的な国の卑しい生まれでわたくしを推薦しようなどおこがましいですわ! こんな国で暮らしていかなければならないこと自体耐え難い苦痛ですのに―」

 

「いいかげんにしろよ!」

 

 優介だけではなく彼らの祖国である日本を蔑むセシリアにとうとう一夏がキレた。

 

(そうですわ、顔色を伺うのではなく、自分の思いを言い返せばいいのに)

 

 荒々しいものの、反論してきた一夏にセシリアは自分の理想を見て、彼に対しては評価を上げた。

 

(なのに、あなたはどうして、そんな風に黙っていますの!)

 

 けれど、反論した一夏とは違い、何かを言い出そうとして口を閉ざし黙ってしまった優介に対してセシリアは評価を下げ、さらに苛立ちを募らせた。

 

 その姿に亡き父を重ねつつ。

 

 セシリアは一度、母へ尋ねたことがある。なぜ、あんな情けない男と結婚したのか。情けない男とは結婚したくないという思考による疑問、傲慢による発言。

 

 その時、彼女は自分の頬を初めて母に叩かれた。そして、母は凄まじい形相でセシリアを叱った。自分の父親をそういう風に言ってはいけないと。続けて母は目元に涙を溜めつつ語った。自分の思い。初めて父に出会った頃の事。両親へ紹介した時に反対された事。それから父が両親に認められ入婿として結婚できるようになった事。娘、セシリアが生まれた時の事。最近、父が自信を失い、失敗し続けている事。それを励まそうとしてうまくいかない母の事。そして、すれ違ってしまっている事。それは初めてセシリアが見る弱い母の姿であった。それからセシリアは母のそんな姿を見ないために、父親を卑下しないよう努めた。けれど、父親への不満は払拭されなかった。母を不安にさせ、泣かせた原因である父が許せなかった。

 

 ある時、父に言ってしまった。どうして、母と釣り合いの取れるように努力しないのか、どうして、もっと自信を持って発言できないのかと聞いた。顔色を覗っているばかりの父でも激高すれば本音を言ってくれるのではないのかと思い。

 

 けれど、彼女の父は弱々しく笑い、いつものように情けない姿で謝った。そんな父をセシリアは目的を忘れ、激しい怒りを感じ、普段の上品さとはかけ離れた荒々しい言葉で罵った。けれど何も言い返そうとしない態度に、本心ではまだ父を軽蔑していたセシリアは何故あなたが父親なのか、こんなあなたが母と未だに一緒にいるのか、あなたは母にふさわしくないと、父親に言ってしまった。「あなたなんて父親じゃない、居なくていい」と。それを聞いて彼女の父はただ「すまない」としか言わなかった。

 

 セシリアはその言葉に怒りよりも絶望を感じた。激高して母を愛していると言って欲しかった。結果が実らないが、努力しているんだと反論して欲しかった。入婿の父親としてではなく、ただひとりの男性として母を愛しているのか聞きたかった。それを聞いて母を安心させたかった。なのに、父は語ろうとしなかった。

 

 それから、両親は三年前、越境鉄道の横転事故に巻き込まれて亡くなった。父は二度と母への思いを語ることはなく、母は二度と父の思いを聞くことなく。

 

 セシリアは恨んだ父を。あの時、母への思いを教えてくれれば、母へ思いを伝えていれば、もしかすれば違う未来があったかもしれないと。もしかすれば、家族全員で幸せな家庭を築けたかもしれないと。

 

「決闘ですわ!」

 

 彼ら、一夏と優介は亡き父ではないし、何の恨みもない。けれど、男でISを操縦できるというだけで、努力した者を撥ね退け入学したことと、父親と共通部分を持っている言うだけで許せない。

 

 特に蕪城優介。一時間目が終わった頃の休み時間では情けないのを自覚し悔しそうにしていた事から父とは少し違うのかもとセシリアは考えていた。だが、今の彼は生きていた頃の父と瓜二つの態度で情けない姿で謝った。

 

(許せないですわ……許せませんわ!)

 

 彼女は理解している、これは八つ当たりだと。

 

 セシリアはわかっている。こんなことをしても、どうにもならないことを。

 

 けれど、彼女は母への思いを語らなかった父を許せない。他者を蹴落として入学した男を許せない。特に自分の期待を裏切り、父に似ている優介を許せない。

 

 かくして、IS学園一年一組のクラス代表の選出はセシリアの八つ当たりによって、模擬戦で決めることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(勝てるわけがないだろう……クソっ)

 

 放課後、優介は三時間目に起こったクラス代表決めでの事を思い出しつつ職員室へと向かっていた。

 

 クラス代表は模擬戦の勝敗で決める。

 

 発端はセシリアの決闘発言であった。一夏へクラス代表の推薦が集中した事と、優介の要らぬ気遣いによる彼女への推薦。これらが彼女の神経を逆撫でた為、怒りが頂点に達しテレビや映画、物語で良く見る貴族の高貴なタイマン勝負、決闘を優介と一夏は申し込まれた。三人のうち勝率が良かった者が勝者となりクラス代表となる。セシリアの勝手な発言であったが、一夏が了承。場の空気に飲まれた優介も嫌々了承し、担任である千冬がその条件を許可したので、正式なクラス代表決定模擬戦となった。

 

(あれは確かに俺がきっかけで起きたようなことだから、責任あるのはわかるが……推薦されてなかった俺も模擬戦に参戦するのは無茶苦茶だろ)

 

 優介はこの事態を引き起こした責任の一端は自分にあると考えていたため、渋々了承した。が、よくよく考えてみれば自分はクラス代表に推薦されていなかった。今更ながら決闘を受けたことを後悔した。二つ返事で直ぐに了承した一夏が恨めしい。彼が「受けて立つ」などと、早押しクイズめいたスピードで間抜けな回答をしなければ、クラスの空気は優介に決闘を受けることを望む空気にはならなかったはずだ。

 

(だいたい、ド級素人やド素人が代表候補生と戦うとか、結果わかるだろ)

 

 拉致されて受けさせられた合宿で優介はそれを嫌というほど体に覚え込まされた。IS訓練での試合ではIS搭乗者への、特に生身が露出している部分への攻撃を戸惑っていたこともあり、ISだけでなく心も体もゴミに出す前のボロ雑巾のようになるまでボコボコのボロボロにされた。最終日には、訓練と矯正によりIS搭乗者に対しての攻撃はできるようになっていたが、ISの動かし方が素人の優介は相変わらずギッタンギッタンのメッタンメッタンのケッチョンケッチョンにされるだけであった。

 

 それほどまでに国家代表候補生は強い。ちょっと、ISについて学んだ程度の人間では決して勝つことはできない。いや、一夏はまだ良い。専用機を用意されるのだからそこそこは戦えるだろう。けれど、流石にコアの都合が付かなかったらしく学園訓練機で対戦する優介はきっと原型を留めない程にボコボコにされるのは確実だ。

 

 そんなことを考えているといつの間にか職員室前の廊下へと着いていた。 

 

 初めてで校舎の中はうろ覚えなのによく着いたなと自分に驚きつつ、優介は扉の前に立とうとして、やはりこのまま職員室へ行ったら千冬へ棄権することを伝えようかと考え、足を止めた。

 

(けど、ここで逃げたら気まずくなるだろうし、今までと同じままだ。変わるためには……やるしかないよな)

 

 なぜ、実力差が大きく、結果が見えている試合を千冬がわざわざさせるのかは理解できなかったが、だからと言って今棄権すれば一夏やセシリア、ひいてはクラス中から白い目で見られる。それに自分は変わると決めたはずだ。例え、無駄とわかっていることでも折角の機会だから精々自分なりに悪あがきをしてみよう。どうせ負けるとわかっているなら訓練かなにかだと思えばいい。

 

 そして、今の自分から変わるのだ。

 

 優介はそう考えると、胸の中にあった決闘を勝手に受けた一夏に抱いていた怒りを振り払い、さっきまでクラス代表決め模擬戦に思っていたネガティブな考えを忘れて扉の前へと立った。

 

「失礼します」

 

 昨今でも目新しい自動扉が圧縮空気の抜ける音と共に開く。職員室内に足を踏み入れると雑務に追われている教員達からまるで水族館で初めてシーラカンスを目の当たりにしたような好奇の目を向けられた。優介は踵を返して職員室から立ち去りたい衝動にかられたが、ここは堪え、早く視線から解放されるために目的の人物、千冬を探す。けれど職員室を見渡してもいない。近くの席に座っていた教師に聞くと、どうやら所用で学園から出かけたらしい。

 

(がーんだな。出鼻をくじかれたな)

 

 まるで、出先での食事が唯一楽しみな輸入雑貨を扱うどこかの個人商人染みた感想を思い浮かべながら、どうしたものかと考える優介に教師は一年一組の事だったら副担任の山田先生が居るからそちらに話をしてはどうかと言って、彼女がいる席を指差す。優介はその指を綺麗だなと思いつつ、その指し示す方を見ると、並べられた教職員用のデスクの一つに手元の書類を見て唸っている小動物のようなオーラを醸し出す真耶を見つけた。教えてくれた教師にお礼を言うと彼女の元へと向かった。

 

「山田先生、お疲れ様です」

 

「か、蕪城くん。ど、どうかしましたか?」

 

 書類を見ていた真耶へと声をかけると少し驚いたように手元の書類を彼女は隠した。

 

「はい、訓練機を借りたいのですが、どうすればいいでしょうか?」

 

 慌てた様子の真耶に優介は疑問を持ったが、きっと機密書類でも見ている時に自分が来てしまったから慌てているのだろうと思い、彼女に申し訳ないと思いつつ話を始めた。

 

「ああ、それなら総合事務受付に行って書類をもらってください。必要事項を記入した物を提出して学園から許可が降りれば借りることができますよ」

 

「許可ってどれぐらいで降りるものなんですか?」

 

「普通なら許可が下りるまでに1日から3日程度掛かりますけど、学園の上層部から蕪城君には優遇して訓練機を貸し出すよう通達が来ているから貸出申請した次の日には借りられると思いますよ」

 

(ならすぐにでも、申請してきたほうがいいか)

 

 優介は借りられるのならば借りたかったと不満を抱いたが、申請した次の日に借りられるように優遇措置を取ってくれた学園へ感謝した。

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

「あ、あ、あの待ってください」

 

 実は申請方法は学生手帳に記されている事を真耶に教えられ、恥ずかしさを誤魔化すためにすぐさま総合事務受付へと向かおうとする優介を真耶は引き止めた。それはまるで魔王へ宣戦布告した勇者のような意を決した様子であった。

 

「あ、あのね、きゅ、急遽、織斑君と蕪城君の入寮が決まったんだけど……」

 

(ああ、そういえば政府の人が言ってたな)

 

 優介は拉致合宿最終日に政府関係者らしき人から入寮が決まっていると知らされていた。事前に知らされていたことなので別段驚かなかった。けれど、続きを言い淀む真耶に優介は首をかしげた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「え、えっと……ご、ごめんなさい!!」

 

 何が原因で言い淀んでいるか見当がつかなかったので、なるべく優しく声をかけた優介に対して真耶は何故か涙目になりながら大声で謝り、職員室の空気を凍りつかせ、優介の背筋を冷え上がらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 入寮

短いですし、話は大して進みません。閑話みたいな物だと思ってください。


「え、えっと……」

 

(怒ってるかな、怒ってるよね多分……)

 

 一年一組副担任、山田真耶は大声で謝り、職員室の空気を凍りつかせ、優介の背筋を冷え上がらせた後、とある部屋を優介とともに訪れ、部屋を見回す優介が言葉を失っているのをケージの隅で怯えているハムスターめいた様子で怖がっていた。

 

「も、元は予備の二人部屋だったんですけど、倉庫がいっぱいになったので物置として使ってたんです。これでも整理して使えるようにしたんですが……ごめんなさい、こんなところしか用意できなくて」

 

 一年生寮の二階の一番奥。非常口と荷物運搬用の大型エレベーターの近くにあるルームプレートのない扉の部屋。ここは苦肉の策で作り出した元物置の一人部屋。優介へ割り振った寮の部屋である。

 

 通常の間取りは入ってすぐ左に靴とコート類をしまうためのクローゼットがあり、その隣には洗面所とシャワールームへと続くドア。入って右側には冷蔵庫とクッキングヒーター等が備わった壁付タイプのシステムキッチン。奥へと向かうと一世代前のPCが備え付けられた壁付タイプの勉強机、クローゼットとベッドがあるリビング。奥には景色を一望できるベランダが備わっている。備え付きの家具はオーダーメイド品。冷暖房完備。高級ビジネスホテルと遜色ない設備が揃っている。

 

 一方、この部屋は間取りこそ同じだが、本来、ベランダ側のベッドがあるべき場所には、学園へ卒業生の置き土産という名のガラクタがわんさと入ったダンボール達が陣取っており、部屋の三分の一を占拠。入ってくる日光はそれらのダンボールに阻まれて、通常の部屋の三分の二程度。クローゼットは卒業生が置いていった金字で誠と書かれた浅葱色のダンダラ模様のハンガークローゼット。勉強机は流石になかったので発注しようと考えたが、予算と入寮までの日程の都合上頼むことができず、急遽ホームセンターで購入したセール品の収納ラック付きデスクとOAチェア。システムキッチンは壊れていたクッキングヒーターを撤去して調理室に余っていたカセットコンロを代わりに置いている。そして、ベッドは緊急用の折りたたみ式ベッドが置かれている。その他の家具も統一性のない卒業生の置き土産で、唯一通常の部屋と同じなのは洗面所とシャワールーム、冷暖房が完備されている点だけである。まるで、ディスカウントストアにとりあえず設けてある家具売り場の一角のようである。

 

(自分たちで用意しておいてなんですが……流石に、ひどすぎですよね)

 

 PCだけはなんとか他の部屋と同じものを用意したが、それ以外はあり合わせで間に合わせたため、統一性もなく、調和も取れていない酷い組み合わせだった。学校側としては卒業生の置き土産で予算をなるべく使わずに用意できたので助かったが、優介にとってみればたまったものではないだろう。真耶は教師として彼に罪悪感を感じていた。本来であれば、他の生徒と同じ設備の二人部屋で一夏と住まわせる筈だった事を考えると殊更である。

 

 安全を考慮して急遽決められた男子学生の入寮。一時的な策として無理やり部屋割りを変更してなんとか受け入れ態勢を作ったのだが、ある問題が発生した。

 

 中国から急に転入生来ることになったのだ。

 

 なんとか部屋割りを工夫して、二人部屋を1つ捻出。なんとか一夏と優介両名をその部屋に住まわせる事で受け入れが可能となった矢先に来た連絡。今の状態ではすべての部屋の定員はいっぱいで中国からの転入生が溢れてしまう。けれど、もし彼女を優先して部屋割りを決めると、男子学生が片方溢れ、入寮させることができない。男子一名ならば、女子と相部屋にさせれば受け入れることは可能だが、真耶は教師として流石に女子と相部屋させる訳にはいかないと考えていた。政府の担当へその事を相談すると「そんな事は私の管轄外だ」と言って聞く耳を持たず、それどころか必ず両方入寮させるよう釘を刺されてしまった。真耶は悩んだ挙句、一年生寮寮長千冬と相談し、片方だけは女子との相部屋。もう片方を物置で受け入れることにしたのだ。

 

 協議の結果。女子と相部屋になったのは織斑一夏。彼の幼馴染、篠ノ之箒と一緒の部屋にするという事になった。仕方ないとは言え、真耶は男女が同じ部屋で生活しては問題が起こる可能性があるのでさせたくはなかったが、入寮による安全と、政府からのプレッシャー、一夏の鈍感さと去勢されているのではないかと思える程の無欲さを千冬が保証した為、この部屋割で決定した。

 

(うう、怖いです)

 

 正直なところ、真耶は優介を苦手に思っていた。たまに見せる弱気な所は自分と似ているため共感を覚えたが、教室で一夏と共にいる時でも、不機嫌そうな雰囲気を醸し出しているのと、無口で三白眼で表情のあまりないのに苦手意識を覚えていた。

 

 そんなことを考えていると、部屋の中を一通り見終えた優介が真耶へ声をかけた。

 

「ここは一人部屋で、俺だけなんですよね?」

 

「は、はい……」

 

 普段と変わらぬ表情で言う優介ではあるが、どこか鬼気迫るような雰囲気がある。やはり二人部屋、友達である一夏と同室が良かったのだろうか。真耶は謝罪の気持ちよりも彼への恐怖から恐る恐る、か細い声で答えた。

 

「よしっ」

 

「え?」

 

 真耶は優介が怒鳴るのではないかと思い、身構えていた。けれど、聞こえたのは、ぼそっと優介が発した嬉しそうなつぶやき。なぜ、彼は割り振られた部屋はこんな見窄らし部屋だったのに嬉しそうにしているのか。真耶は安堵すると共に困惑した。彼は真耶へ辛辣の言葉をマシンガンのように浴びせ、水飲み鳥のように頭を何度でも下げさせて謝罪をさせることもできるのに、何故しないのか。

 

「あ……いや、そのありがとうございます」

 

 そんな真耶に気付いたのか、はたまた、つぶやきを誤魔化すためか、優介は真耶に慌てて感謝の言葉を述べた。

 

「え?」

 

「えっと、ほら、男の、自分へ部屋を用意してくれたので……」

 

(もしかして、ちゃんとした部屋を用意してもらえると思ってなかったとか?)

 

 真耶の問いに彼はしどろもどろに理由を言う。どうやら、男と言う理由でもっと見窄らしい場所を提供されると思っていたようだ。

 

 真耶は代表候補生時代に、女性優遇措置に関する女尊男卑を特集したニュースを観たのを思い出した。それは女性優遇制度によってもたらされた社会への利益を大部分で語っていたが、最後に意味もなく迫害されている男性がいるとまとめていた。まさに自分はそれに直面していると感じた。真耶は彼を不憫に想った。彼は男ではあるが、教師である真耶から見れば周りと同じ生徒である。男女の区別はつけ、それぞれに配慮するべきだと考えるが、差別するべきとは思わない。けれど、社会には自分とは違う考え方の人間がいる。きっと彼はそういった人たちの悪意を受けたことがあるのだろう。

 

「い、いえ、私は先生ですから、当然ですよ」

 

 真耶は同情から湧きかける涙をぐっと堪えて、当たり前の事だと言うと優介は頭を下げて「ありがとうございます」とただ一言返してきた。

 

「では先生は職員室に戻ります。荷物はそこにあるから今日はゆっくり休んでね」

 

 そう言って部屋を出ると、かつて少女時代にビデオで世界名作劇場と言う感動物語アニメを見た時と同じように真耶の目に涙が溢れる。この部屋を用意されたら普通は文句の一つでも言いたくなるのが普通だ。けれど、彼は文句など言わず、むしろ部屋を準備してくれた事を感謝していた。今まで辛い目にあってきたはずなのに。

 

(だからあんな無口で無表情な子に……)

 

 きっと、周りに波風立たせないように、おとなしくするしかない環境だったのだろう。それでも健気に生きてきたのだろう。そう思うと余計に涙が溢れてくる。

 

(せめて、この学園にいる時だけでも……)

 

 真耶は優介を取り巻く環境を持ち前の重い妄想力で過大解釈し、盛大に勘違いを起こしながら、IS学園にいる間は彼が楽しい学園生活を過ごせるように自分が努めようと決心した。

 

 この後、職員室へ泣き腫らした目の真耶が戻ったのを、ちょうど自宅から入寮する弟のために荷物を見繕って来た千冬が見て、彼女が優介を寮の部屋まで案内していたことを聞き、部屋の事で真耶を責め立てて泣かしたに違いないと、青筋立てて彼の元へ千冬が行こうとするのを真耶を含めた職員室にいた教師総出で止め、真相を聞いた千冬以下教師陣が彼女の妄想癖に呆れ、真耶は千冬に軽めの出席簿アタックを受ける事となった。

 

 

 

 

 

 

 

「っしゃー!!!」

 

 優介は真耶が出て行った後に感極まって雄叫びをあげた。理由は簡単明瞭、一夏と同室でなかったからだ。同じ学校で同じクラスで話すだけでも優介にはかなりの苦痛である。その上、同じ部屋であったなら優介は発狂し、トチ狂いもはや周りの目を気にすることなく、一夏のライフに対して直接的なアタックを敢行してしまっただろう。

 

 けれど、ここならば安心できる。一夏と彼の同性とは言え過剰すぎるスキンシップから身を守る事ができる。

 

(ここには奴の足の小指の爪、髪の毛1μmたりと入れさせねぇ)

 

 この元物置のを一夏シェルターとした優介は自室の所在を明かさない事と、例え一夏がゾンビや宇宙人、殺人鬼に追われてここへ逃げてきて懇願したとしても入室を許可しない事を固く胸に誓った。

 

(そうだ、携帯充電しておこう)

 

 優介はいわゆる三面記事と呼ばれるニュース確認が趣味な為、学校でも暇があればちょくちょく携帯でネットを開いていた。流石に授業中はやっていないが、ネット接続によってバッテリーが早く消耗する。一応、携帯充電用のケーブルと大容量モバイルバッテリーは持っているが、自室にいるのだからわざわざモバイルバッテリーからする事もあるまいと思い、荷物の中から充電器を取り出してコンセントへ差込み、携帯の充電を開始した。

 

(……いつもの充電開始の音が鳴らないな)

 

 いつもならば充電を開始すれば設定している電子音がすぐに鳴るはずであるが、何時まで経っても鳴らない。不思議に思った優介は試しにモバイルバッテリーへ接続してみると、こちらはすぐに充電開始音がなった。一瞬、本体の異常を疑ったが、どうやら杞憂であったようだ。充電器自体が壊れているのかと思い、別のコンセントでも試すがウンともスンとも言わない。

 

(おいおい、マジかよ)

 

 昨日まで使えた充電器が使えなくなっている。優介は新しい充電器を買うまで部屋での充電はモバイルバッテリー用の充電ケーブルを使ってPCからするしか無いと諦め、予想していなかった出費に頭を痛める。

 

 早速、PCを立ち上げてUSBポートから充電をしようと電源を入れるが、何時まで経っても電源がはいる様子がなかった。

 

(ん?……まさか!)

 

 この時、優介は理解した。コンセントへ指しても充電しない充電器。電源を入れても立ち上がらないPC。もしかすると、この部屋は電気が来ていないのではないかと。部屋の明かりをつけようとスイッチを押すと、案の定、明かりは点かなかった。他の明かりもつけようと試みたものの、どれもこれも点くことはなかった。優介はこれは嫌がらせかと思ったが、真耶がするようには思えなかったため、真耶を疑った自分を自己嫌悪しつつ、寮から彼女が戻ると言っていた本校舎の職員室へ行くことにした。

 

 

 ちなみに職員室に着いた優介は真耶が教師陣に囲まれた千冬に出席簿アタックをかまされるのを見た。その後、真耶に「蕪城君のせいですよ!」と怒られた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 First time Tinas

今回も閑話です。出てくるのはあの子です。
5/1:ティナ・ハミルトンの容姿を変更しました。


 ここは一年生寮、十階にある食堂。まるで、おしゃれなレストランのようなモダンな内装をしたここには、夕食時には少し早い時間にもあるに関わらず、夕食を食べに生徒が現れ始めていた。

 

 その中を劇場マナーのショートムービーで出演する頭がビデオカメラの映画盗撮者のように、優介は入口から食堂内を覗き込んだ。彼は、即刻に心臓へアイアンクローを咬ましてやりたい相手、一夏がいないか警戒していた。真耶の話で一夏も今日入寮した事を知った優介は、自室への通電処理をしてもらった後、総合事務受付へ行ってIS貸出申請書類を記入し提出すると、夕食時に一夏に出会ってしまわないように早めの夕食を取りに来ていた。もし出逢ったのならば、一夏は一緒に食事を取ろうとするだろう。いや、取るだろう。彼は食事はみんなで一緒に食べた方が美味しくなるという小学生並みの、純粋すぎる感性の持ち主だ。悪徳金融業者の借金取りの如く、嫌がっても空気を読まずに近くに座り込んでくる。 そうなれば、一夏が嫌いな優介にとってみれば最悪である。食事中にストレスによる胃潰瘍が発症し、食べ終わる頃にはスプリンクラーの様に吐血し始めることになるだろう。

 

(よしっ! 一夏はいない!)

 

 幸い、一夏はまだ来ていないようで、早めに夕食をとりに行くと言う自分の判断を優介は正解だったと喜び、券売機へと向かった。

 

 IS学園の食堂は食券制である。これは本校舎でも寮でも同じ。先進技術の塊とも言えるIS学園にとって唯一のローテクとも言える。 IS学園での食事は基本、昼食以外は有料メニューを除き、無料で提供される。朝食はビュッフェ形式、いわゆる朝食バイキング。昼は売店で買うもよし、食堂で食べるもよし、事前に学園内の生協で材料を購入して弁当を作り持参するのもいい。夜は無料の日替わりメニュー三種類の他、有料メニューから選べる。

 

 優介は券売機の上空に投影されているメニューを見て券売機上部にあるA、B、Cと書かれた三つのボタンのうち、Aのボタンを押すと、ボタンが点灯し購入可能状態となった。優介が券売機の貨幣と硬貨投入口の下にある、駅の券売機にある非接触型カードリーダーと同じ物に学生証をかざすと、「Aセット」と書かれた券が取出し口から印刷されて出てきた。

 

 無料メニューを購入するときには必ず学生証が必要である。これは、券売機への支払いの変わりである一方、生徒が過度なダイエットによる絶食などを行わないように記録、監視する為である。その為、朝食バイキングの時は食堂に入る時に、夕食の有料メニューでは代金を投入した後に学生証をかざす必要がある。昼食に関しては食堂、売店は機械を設置すれば、購入時に学生証による記録ができるが、弁当を持参する生徒の把握が難しかったのでこれは必要なくなっている。

 

「すみませーん。Aセット、ご飯でください」

 

 出てきた食券を持って、厨房とフロアを隔てるようにある受け取りカウンターにいた調理員へと渡した。

 

(……甘やかし過ぎじゃねえかと思ったけど、普通の寮なら飯はタダだろうし、有料メニューがある点を除けば普通なのか?)

 

 優介が学園の食事に色々と思案している内に料理が出来上がり、カウンター上に置かれた。その匂いに食欲をそそられた優介は思わず、鼻をひくつかせる。

 

 Aセットはミックスフライのライスセット。脇にトマトとレモン、タルタルソースが添えられ、千切りキャベツの小山に寄りかかるようにエビフライと白身魚フライ、コロッケ、そしてなんと小振りながらも丸々のホタテフライまでもが置かれている。主食は多国籍の生徒が集まるIS学園らしく数種類の主食のセットから選べ、優介はライスを頼んだ。ライスセットと言っていたからファミレスのように、平皿に盛られたご飯を彼はイメージしていたが、ご飯は茶碗に盛られている。傍らには大根の味噌汁と確実に着色料が使われている黄色い沢庵が乗った小皿。これらがトレイに乗せられている。後々優介は知るが、カウンターで「ライス」と言えば、ファミレスで出てくるようなライスとスープのセット。「ご飯」と言えば、和食レストランで出てくるようなご飯と味噌汁、漬物のセットが提供される。

 

 一夏が食堂に入ってきても見つかり難そうな手近な席に座り、手を合わせ「いただきます」と言うと、優介はすぐさま箸を取り、エビフライにかぶりついた。

 

(うんまい!)

 

 小麦色をしたパン粉の衣がサクッと、海老の身がプリっとしており、ファミレスやスーパーの惣菜のそれとは雲泥の差があった。添えられていたレモンとタルタルソース、卓上に置いてあったソースを駆使して、どんどんと食べ進めていく。あっという間に食器は空になった。腹と心は満ち満ち、幸福であった。

 

「ごちそうさまです」

 

 食べ終えた優介は食器を返却口へ返すと、一夏が来る前にさっさと部屋へと戻ろうと食堂の出入口へ向かった。

 

「あ」

 

「あら」

 

 そこで優介は不幸と出くわしてしまった。食堂から出たきた所でお嬢様風金髪ロールな不幸こと、セシリアと優介はばったりと会ったのだ。 

 

(ナ、ナゼイルンディスカ!!)

 

 優介は驚き、ベルトで変身する特撮シリーズの、滑舌が悪いことに定評がありトランプをモチーフにしたある作品の主人公のような訳の分からない叫びを心の中で上げた。

 

「邪魔ですわ。さっさと、御退きなさい」

 

「す、すみません……」

 

 クラス代表決めの時と変わらぬ態度と睨みで制服姿のセシリアは優介に命令した。優に4人は通れる食堂の入口。自分を避けたり、すれ違うようにして通ればいいのに、なぜ自分が退かなければならないのかと思う優介であったが、触らぬ神に祟りなし。もう、教室の時のような惨めな思いはしたくないし、譲り合いは大切とも考えた彼は、彼女を怒らせないように大人しく従った。

 

 しかし、セシリアは彼女が望んだ通り優介が脇にどいたにも関わらず、足を進めようとしなかった。それどころか、整った綺麗な顔が歪むほど彼を睨みつけた。芳香剤級だった不機嫌オーラが、優介が退いた瞬間にラフレシア級の不機嫌オーラに変化し、醸し出され、優介はこれは地雷を踏んでしまったと後悔した。

 

「……なんですの」 

 

 キッと目の鋭さを更にキツくしたセシリア。優介には、彼女が言葉遣いと容姿だけがお嬢様なチンピラにしか見えなくなった。もちろん、目の前の彼女は中身もお嬢様だろう。けれど、優介にはそう見えるほど恐怖が沸き起こったのだ。

 

「なんで、自分が悪くもないのに謝りますの?!」

 

(は? わけがわからん……)

 

 優介は混乱した。セシリアを傷つけるつもりなど毛頭なかった。ただ自分へ被害が出ないように彼女の言うことを聞いて脇へズレた。その筈なのに、なぜ自分は怒られているのだろうか。そこまで考えて優介は言い掛かりだと気が付いた。言い掛かりに理由はいらない。相手は縮こまり涙を流す自分を見たいだけだ。ここは堂々としなければ、これからは一夏だけでなく、彼女にも蔑まれるようになる。優介はそう考えて彼女の目を睨んだ。

 

「何か言いたそうですわね?」

 

 優介がセシリアを睨むと、彼女はそれに対して睨み返した。

 

(なんか……悲しんでる気がするな)

 

「……すみませんでした……」

 

 優介は言い返せなかった。昼間の事もあり、萎縮した事もあったが、どことなく、睨みつけてきたセシリアの目の奥に悲しみが見えたような気がして、言い返す言葉と意思が頭の中から消えてしまった。

 謝っておこう。もしかすれば、彼女の怒りに触れ、悲しませてしまったのかも知れない。情けないと思いつつ、謝罪の言葉をセシリアに述べた。

 

「だから、どうしてそう―!……あー!もういいですわ!!」

 

 けれど、優介の詫び入れでセシリアは癇癪を起こし、思いっきり床を踏んだ。何かを言いかけようとしたが、優介に見切りをつけたのか、最早無駄だといった感じにそっぽを向き、食堂へと立ち去っていった。

 

「すみませんでした……」

 

 きっと、優介の謝罪の仕方や態度が気に食わなかったのだろう。セシリアに対する誠意が足りなかったのではないかと思う優介であった。けれど、その反面、それは自分に土下座でもしろと言う事だと思うと憤り俯いた。

 

 そんな中、周囲の会話が耳に入ってきた。「かわいそう」や「流石に酷いわ」、「やり過ぎじゃない?」など優介を同情した物や「いい気味よ」に「ざまあwww」などと誹謗した物がごちゃ混ぜになって悠介へと届く。

 

(くそ……なんで……気持ちよく飯食った後に、こんな……)

 

 優介はそんな周りの囁きから逃げるようにその場を後にした。

 

 自室へと向かい寮の廊下を歩きながら、うなだれつつ自己嫌悪しつつ、惨めさを噛み締めていた。変わろうと思ったのに、クラス代表決定模擬戦をきっかけにして今度こそ変わろうと決めたのに、自分は何一つも変われていない、変わろうとしていない。これではただ大口叩いているのと同じだ。今の自分は何も昔と変わっていない。それどころか、悪化している。一夏の存在だけでなく、セシリアの存在が自分を惨めにすると考えている。なんと愚かな事か。なんと惨めな事か。自分の程度の低さを棚に上げて、表では相手にいい顔を見せて、裏では相手を蔑んでいる汚く、卑しく、見窄らしい。

 

(くそっ!くそっ!くそっ!)

 

 考えたくない。見たくもない。聞きたくもない。思わず、目を閉ざし、手で耳を塞ぐ。こんな見窄らしい自分なんて嫌いだ。近くには誰もいないはずなのに、耳を塞いだ筈なのに自分を蔑む周りの声と自分の声が聞こえる。目を閉じた筈なのに自分を蔑む周りの者と自分の姿が見える。

 

 さっさと自室に逃げ込もう。あそこなら誰もいない。音楽を聴いたり、ニュースでも見ていれば、こんなのから逃げれる。そう思った優介は目を開けて歩みを早め、エレベーターを待つか、脇の階段を使ってさっさと二階の自室に戻ろうと、廊下の中頃にあるエレベーターホールへと向かった。

 

「きゃっ!」

 

「あっ!」

 

 廊下から曲がりエレベーターホールへ着いた時、優介は誰かと、朝に食パンを咥えてぶつかるというテンプレ的な恋愛漫画のフラグかと言うぐらい、綺麗にぶつかった。優介は踏みとどまったが、相手は尻餅を付き、学園内の生協からの買い物帰りだったのか、両手に持っていたビニール袋を落とした。

 

「ごめんなさい!大丈夫ですか?!」

 

 優介は慌てて目の前で座り込んでいる相手へ手を差し出した。ネービーブルーのスウェットパーカーにミントグリーンの短パンというラフな出で立ちの彼女は、先程優介に言いがかりをつけたセシリアと同じ金髪碧眼。セシリアと違い、根元がくすんだ髪は少しウェーブがかかっており、一夏の幼馴染、箒よりは短いものの、茶色のリボンで同じポニーテールに纏めてある。  

 

「大丈夫だよ。こっちこそ、ごめんね」

 

 優介の差し出した手を掴み、彼女は引き起こされるとまだ痛むのか打ち付けた部分を摩る。

 

「いやいや、今のはこっちの不注意でした。本当にすみません」

 

 そういって、優介は彼女の落とした限界まで詰め込まれたビニール袋を両方拾い上げた。

 

(なんだ……ポテトチップス?こんなに?)

 

 拾い上げた時に見えた中身はインスタントコーヒーやポテトチップスやポテトチップス、ポテトチップス、ポテトチップス、ポテトチップス。とにかく、両方ともポテトチップスが中身の九割を占めていた。驚きと呆れで言葉を失う優介であったが、さっさと渡して部屋に帰ろうと彼女に手渡そうとする。

 

しかし、彼女は余程、強く打ったのか、痛そうにまだ尻を摩っていた。

「……これ、良ければ運びましょうか」

 

「え、いいの? ありがとう」

 

 自分がぶつかったせいで怪我をしたのに、このまま手渡して部屋に帰るのは後味が悪い。お詫びの意味合いも込めて優介は彼女の部屋まで持っていくことにした。

 

「さぁ、どうぞ」

 

 彼女の部屋は、ほんの三十メートル先で優介はわざわざ自分が持って行く必要はなかったなと思い、少しだけ後悔した。

 

「お、お邪魔します……」

 

 ドア前でポテトチップスを引き渡しても良かったが、ドア前で渡すと彼女が扉を開けなくなるのと、普通の部屋と自分の部屋との違いを一応見ておきたいと思った優介は、彼女に招き入れられるまま部屋へと入った。

 

(おおう、俺の部屋とはえらい違いだ)

 

 優介は部屋の見窄らしさを再確認した。そして、収まりかけていた優介の中の自分への嫌悪が再び湧き上がってきた。

 

「じゃあ、自分、明日の準備があるので帰ります」

 

「え?!」

 

 そう言って、荷物をシステムキッチンの調理台の上へ置くと、彼女を無視して優介は帰ろうとしてドアへと向かう。

 

「待って、蕪城君!」

 

 ドアノブに手をかけて出ようとした時、優介は部屋の持ち主である彼女に呼び止められた。名乗った覚えは無かったが、きっと、一夏以外の男子学生として彼女は自分の名前を覚えていたのだろう。優介は彼女の方へ振り返った。

 

「はい。えーっと……」

 

「あ、自己紹介まだだったね。私の名前はティナ・ハミルトン。ティナって呼んで」

 

「では……ティナ……さん、なんですか?」

 

「ありがとう。荷物運んでくれて」

 

 再び湧き始めた自己嫌悪と蔑みから早く逃げ出したい。逃げられる筈が無いのはわかっているが、とにかく一人になりたいと考えていた優介にはさっさとこんな会話は終わらせたがったが、自分が怪我をさせた手前、ティナを無下にはできない。

 

「そんな。あれは自分がぶつかったのが悪かったんですから、お礼なんて言わないでください」

 

 とにかくさっさと会話を切り上げて、部屋に戻ろう。ティナには悪いと思いつつ、優介は会話を切り上げるためにティナの感謝の言葉を聞き、返答した。

 

「けど、あたしも少しぼーっとしてたし……」

 

「いやいや、あれは自分の不注意ですよ」

 

「違うよあれは―」

 

「だから、あれは俺が悪いの!」

 

 この後、小一時間程、ティナと優介の押し問答は続き、互いに悪かったということで、互いに名前で呼び合い、タメ口で話すという事で互いに許す事になった。そして、この押し問答があったおかげか、優介が部屋に帰る頃に優介の頭の中には自分に対する嫌悪と蔑みは消えおり、優介は少しだけティナへ感謝した。

 

 

 

 




そういえば、コメントで日常系の主人公はハッピーエンドが少ないので、ぜひ幸せにして欲しいと書かれてました。
大まかに決めてある今後の展開ではこの作品は浦沢直樹の漫画っぽく終わるかもしれません。

5/1:最新刊にティナの立ち絵があったので髪型を変更しました。なんだろう、あのティナはラブライブのあの人や、若返ったスコールさんの様にしか見えるのは自分だけでしょうか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 初訓練で

久しぶりの更新です。

ギャグ回にしようとしたのに……どうしてこうなった。


第八話

 

 

 優介は放課後、解放されているアリーナにて借りてきたIS、ラファール・リヴァイヴで自主訓練を行っていた。昨日のうちに貸出申請を行い、授業が終わると同時にアリーナへ行き、昼休み中に総合事務受付でもらった許可証を提示して機体を借りて練習をすぐに開始した。放課後になって間もないためか、アリーナが貸切状態である。

 

(よし、なんとか、いい感じに動けるな)

 

 優介は、ラファール・リヴァイヴの基本操作は拉致合宿において、基本動作訓練を行わされたおかげで覚えていた。が、それだけでクラス代表決めみ挑むのは格闘ゲームでチュートリアルが終わった段階でオンライン対戦に挑むのと同じぐらい無謀な事だと、自分が合宿の時にボコボコにされたのを思い、出来うる限り対策としてISの操縦を練習していた。

 

 教科書と一般閲覧用学園データベースにある動画をラファール・リヴァイヴを通して観ながら、一通りの操作と動きを練習し終えて、射撃訓練をしようと地上に降りた。学園の貸出用装備のアサルトライフル、レッドバレットを呼出し、手元へ投影されたコンソールを操作してアリーナの管理システムへ射撃訓練設備を要請すると、ホログラムを利用したターゲットがアリーナの壁側へ出現、限定的にシールドバリアが左右に壁のように出現して簡易射撃場が出来上がった。早速レッドバレットを合宿で教え込まれた通りに構えた時、彼の中で不幸の代名詞が付いたIS学園に来てから発生した一夏以外の優介を貶める原因である高飛車お嬢様風金髪ロール、セシリアがアリーナの地上出入り口から優介の元へ歩いて来るのが目に入った。

 

(なんで、よりによって時間がかち合うんだよ……) 

 

 一見すると競泳水着に見えてしまいそうな青いISスーツを着ているところを見ると、彼女も優介と同じく自主練習をしに来た事は容易に想像がついた。

 

(今日は運がいいと思ったのに……)

 

 昨日はIS学園登校初日は事前に一夏から連絡があった為、隙を見せるたびにケツに蹴りを入れたくなるのを我慢しながら一緒に登校するという苦行をさせられ、休み時間中は尻込みした女子が一夏に話しかけなかった所為で一夏が話しかけてくることになり、その度に一夏の開いた口に右ストレートをぶち込みたくなるのを我慢しながら過ごす羽目になり、一夏の安請け合いに巻き込まれてセシリアとクラス代表をかけて模擬戦をする事になり、放課後には優介が自室への通電を頼みに職員室へ行った時に副担任の真耶に涙目で怒られて謂れのない罪悪感を感じさせられ、夕食には噛み締めたミックスフライという幸せをセシリア・オルコットという不幸が踏み躙って来るという優介にとって散々な不運のオンパレードであった。

 

 一方、それに比べると今日という日は彼にとって幸福である。

 

 去年から受験勉強のリフレッシュと体力作りのために始めた早朝ジョギング。すっかり習慣付いたそれを優介は誰にも知り合いに会わず、穏やかな心でジョギングを堪能できた。朝食には一夏やセシリアと言った彼を惨めにする元凶達に遭遇せず、静かで救われている朝食を楽しめた。学校ではいちいち一夏が休み時間の度に話しかけてきて、思わずその口に拳をぶち込んで黙らせたくなったが、他の女子クラスメイトが一夏に話しかけていたので優介は心救われた。昼休みは、まるで花の香りに釣られる蝶のように一夏の下に来た箒を出汁にして一夏との食事を回避した。一般的には、ぼっち高校生の日常だろうが、優介にとって一夏との交流が最小になれば幸福といえるのである。

 

(ちくしょう、人生楽ありゃ苦もあるか……)

 

「あら……ここで何をしていますの」

 

 どこかの日本中を行脚し世直しをする先の副将軍の主題歌のワンフレーズみたいな事を考えつつ苦い顔をする優介に、セシリアは若干の怒気を孕んだ声で問う。

 

「じ、自主練習です……」

 

 昨日のことがトラウマになっているのか、彼女の声に萎縮した優介であったが、チューブの一番最後に残っている歯磨き粉を押し出すようになんとか言葉を絞り出した。 

 

「あら、負けた時に地面へ這いつくばる練習ですの? 殊勝な心がけですわね」

 

 そう言って、アリーナの中心の方へ歩いて行こうとする。

 

「違うっての……」

 

 一夏ほどではないが、彼女に対して鬱憤が溜まっていた優介はぼそっと、彼女の背中へ否定の言葉を呟いた。

 

「なにかおっしゃいまして?」

 

 その瞬間、不意にセシリアが優介へ振り向いた。その顔は微量ながら苦虫を噛んだような顔をしており、優介のつぶやきがセシリアへ届いていた可能性を感じさせた。

 

「負けない為のれ、練習なんですが……」

 

 怒りが残っていたこともあり、途中までは面と向かっていったものの、途中から俯き、ここまで彼女に対して苦手意識を持っていたのかと自分自身驚く程、言葉が途切れ途切れになる。そして、つい言ってしまった本心の言葉が、彼女への反抗と取られ、怒り狂って昨日と同じように自分に当たるのではないかと気が付いた。

 

(や、やばいぞ)

 

 セシリアがきっと怒っているだろうと予想しつつ、彼女の方をちらっと見ると驚くことに若干しおらしくなっていた。 

 

「そうでしたの……ま、無駄な時間と徒労を消費するだけだと思いますが、頑張ってください」

 

(あれ? 今日は昨日よりも大人しい?)

 

 しおらしくなっていたセシリアは優介が幻影を見たのかと思うほどにすぐいつもの調子に戻り、嫌味を言うとアリーナの中央へ向かった。優介は彼女の昨日との差異に疑問を抱いた。昼間の授業時間帯ではまったく、目も合わせず、言葉も交わしていなかったからなのか、昨日に比べて優介への叱責が和らいでいる。むしろ、言葉の最後には「頑張ってください」と言っていた。昨日までの印象からたとえ嫌味でも彼女は「頑張ってください」などという言葉を使うようには思えなかった優介は聞き間違いや彼女が間違った日本語の使い方をしているのではないかと疑う。

 

(まぁ、昨日みたいに難癖つけられて、ごちゃごちゃ言われるよりは良いか……)

 

 昨日吐かれた言葉に比べれば穏やかな方だとして、精神的な自己防衛のために優介はこれ以上、自分へ負の感情を思い起こさせるセシリアについて考えるのをやめて射撃訓練に集中する事にした。

 

 レッドバレットを構え、試射する。ISの射撃補助のおかげで弾はターゲットのど真ん中へと命中する。そうやって何回か射撃を繰り返し、ターゲットが動くように設定したり、複数個が同時に出現するようにしたり、いろいろ設定を変更しながら、ISの設定の方も射撃補正をオフにしたり様々な方法を取りながら練習を続ける。

 

(銃もいい感じだこれなら……)

 

 結構な時間射撃訓練をしていた優介はラファールのモニターに映っているターゲットの中心部への的中率を見ると、全体を通して平均96.3%。自分の命中精度がなかなかに良い成績だったので、この調子ならば一夏はおろかセシリアにも勝てるのではないかと驕った考えが浮かんだが、その考えは直ぐに消え去った。

 

(けど、ボコボコにされたしなぁ……)

 

 思い出すのは拉致合宿での模擬試合。特に最終日に行った国産量産機、打鉄を装備した代表候補生との対戦。訓練生と射撃の訓練をさせられた後に、比較的良い成績だったので実戦での射撃精度を計ると言われた。射撃成績が良かったのと、相手の露出部分へのケガの心配をしつつも攻撃ができるようになった頃であったので、もしかしたら勝てるんじゃないのかと若干天狗になりつつ優介は試合に臨んだ。しかし、結果は惨敗。35戦0勝35敗。去り際に相手、大人しそうなセミロングの髪をしたメガネ娘から「……ぜんぜん、ダメ……」と面と言われたのもあり、優介はついさっきの自分を殴ってやりたいと後悔した。

 

 驕る平家は久しからず。井の中の蛙大海を知らず。歴史やことわざが語るように、自分の実力を過大評価しても良い事はない。特にクラス代表決めで戦う一夏とセシリアは専用機で来る。日本の代表候補生は量産機で、優介を粉砕し、優介の精神も玉砕し、周りにいたギャラリーから大喝采を浴びていた。専用機を使ってくる二人はかなり手ごわい筈だ。目標を高く持つ方が向上心が高くなり上達するのも早いとどこかで聞いたのを思い出した優介は気を引き締め、より一層精進する事を心に決めて再び射撃訓練を始めようとした。

 

「調子はいかがでして?」

 

 後ろ声をかけられ、振り向くとアリーナ中央で練習していたはずのセシリアが専用IS、ブルー・ティアーズを纏い、地上にいる優介を空中から見下ろしていた。ISは青を基調としたカラーリング。一つ目を思わせるような円が中央についたハイパーセンサー。IS特有の搭乗者とは少しアンバランスな脚部位。肩の横に浮かぶフィン状のパーツが付いた非固定浮遊部位と腰部アーマーはまるで気高い騎士を思い起こさせるものであった。

 

「ほどほどです」

 

(なんでわざわざ来るんだよ、あっちで自主トレしてろよ……)

 

 上にいる彼女に軽く会釈しながら優介は今の調子を答えつつ、毎回某龍のように生きる任侠と夜の町が題材になっているゲームシリーズに出てくる雑魚キャラのチンピラの様に突っかかってくる彼女にうんざりしつつ、一刻も早くここから離れて別のところで練習するように願った。

 

 けれど、優介の願い虚しく、セシリアは優介のもとへと降り立つ。

 

「あら、見栄を張っていますの? ISどころか、射撃の訓練をした事もなさそうなあなたでは良くてターゲットの端にまぐれ当たりするぐらいでしょうに」

 

 優介が射撃訓練に集中していた頃、セシリアはアリーナ中央で訓練を行っていた。セシリアは彼が射撃訓練を行っていたのは知ってはいたが、ついこの間まで一般人だった彼が、銃の携帯が許されていない日本で射撃訓練をした事はないだろうと考え、その実力は良くて初心者レベルだろうと考えていた。

 

 そうと知らない優介は最初は代表候補生から見て自分の射撃精度はどの程度のものなのか聞き出そうとするつもりであったが、完全に先程の訓練風景を見た上でわざわざ馬鹿にしに来たと思い、溜まっていた彼女への鬱憤もあって、余計にイラついた。

 

(っけ、勝手に言ってろよ、このクソアマ……)

 

 セシリアの言葉に応えるのも嫌になり、優介は彼女を無視して射撃訓練を始めた。

 

「ちょっと、聞いてますの? もう!」

 

 射撃訓練を始めた優介の脇に移動して、無反応な彼へ抗議の声を上げるセシリアであったが、ターゲットを射抜き始めると甚だ憤慨とばかりに声を上げる。そして、邪魔になると思ったのか後ろに下がり、優介の射撃訓練を見始めた。

 

 

 

 

 

 

 優介がセシリアに見られつつ射撃訓練を開始してから10分前後が経過。

 

(っしゃおら!!)

 

 訓練が終わり優介は先程よりも良い数字がたたき出せた事に満足し、どうだと言わんばかりにセシリアがいるであろう後方へ振り向き見る。優介の期待通りセシリアは驚きに目を見開きながら顔が引きつらせている。

 

「どうですか、自分の腕前は?」

 

(スッゲー顔wwwwww)

 

 平然とした顔でセシリアに感想を求める優介であったが、内面では見たこともない彼女のひきつった顔を笑ってストレスを発散する。セシリアはそんな優介の心の中を知ってか知らずか、顔を引きつらせたまま顔を赤くしている。

 

「ぜ、前言撤回しますわ。なかなかやりますわね」

 

「え、あ、ありがとうございます……」

 

(あれ? 怒鳴らないのか?)

 

 顔を赤くしたまま口を開いたものだから、てっきり再び自分へ怒鳴ってストレスを発散するかと身構えた優介であったが、彼女の口から出てきたのは素直な賞賛の声で困惑する。昨日、自分へ散々当たり散らしたセシリアがなぜかと。

 

「ですが、今の好成績は地上、二次元での事!いわば、児戯で良い点を得たのと同じ!自慢するには早いですわ!」

 

(あ、好成績なんだ、ちょっと嬉しい。けどムカつくな)

 

 怒らないセシリアに困惑し、何か悪いものでも食べて脳の構造が変化したのかと非現実的な原因を考えていた優介に、セシリアが熱の篭った弁舌で子供でも負け惜しみだと解るようなセリフを言う。優介は好成績だと言われたことに若干喜び、自分の射撃訓練が児戯だと言われた事に若干の苛立ちを覚えた。好成績だと言われた喜びよりも、後から言われた児戯と言われたことに対する不快さから文句を言おうとした優介であったが、また余計な事を言ってまるで一夏のようにトラブルを招くのは愚かだと静かに深呼吸をして心を落ち着かせた。

 

(なんだか最近短気だな、俺……)

 

 打てば響く鐘の様にすぐさま不満や侮辱に対して苛立ちを起こしやすくなったのはきっと一夏のせいだと考えるも、それは責任転嫁に過ぎないと、俯いてうじうじと自己嫌悪をしていると、やけにセシリアが静かだと気が付く。

 

 どこかに行ったのかと、一分の期待を胸に顔を上げて彼女がいた方を見ると、残念ながらそこには、まだ彼女がいた。顎に指を当てて何かを考えながらコンソールを操作していた。そのコンソール画面がアリーナ管理システムへのアクセス画面だと優介が気が付くと同時にセシリアが「これでいいですわ」と呟き、コンソールを後ろに隠しつつ優介へ目を向けた。優介が目が合い反射的に目を背ける。

 

「本当の、本物のISでの射撃訓練とはこれですわ!!」

 

 そう言って、高く手を挙げて指を鳴らす。それに合わせて後ろ手で自身の体の後ろに隠したコンソールを操作すると、優介がアリーナへ要請したホログラムのターゲットなどの射撃訓練設備は消えてアリーナ上空に新たなターゲットが出現した。

 

「……え、えっと、わ、わぁーすごいなぁ……」

 

「ふふん」

 

(間を空けすぎだよオルコット)

 

 セシリアは決まったと言わんばかりにご満悦な表情で髪をかきあげる。様になっている見事なまでに彼女にふさわしい美しい仕草である。きっと彼女の中ではかっこよさ満点の演出をしたつもりなのだろう。けれど、優介は素直に感動することはできなかった。先ほどの負け惜しみから直ぐに今のような行動をセシリアがとっていたなら優介も素直に感嘆しただろうが、いかんせん間が空きすぎである。とりあえず彼女の期待したであろう言葉を述べると彼女はさらに機嫌を良くしたようで顔を微笑みからドヤ顔へと変えた。

 

「ISにおいての真の射撃訓練とはこれ!三次元射撃訓練ですわ!これをやってこ―」

 

「わかりました、やります」

 

 優介は三次元での射撃訓練こそがISでの射撃訓練だと言うのは納得したので、セシリアが長々と説明と彼への嫌味を言う前にさっさと始めてしまえと彼女の言葉を遮り、彼女の返答を待たずに現れた射撃訓練設備のスタート位置に飛ぶ。

 

「…………」

 

「あ、えっと、その、すみません」

 

 そして、きっと用意していたセリフを言えなくなった為にセシリアが拗ねたのを見て、その表情を結構可愛いと思いつつ、空気を読まなかったことに罪悪感を覚えて優介は謝った。

 

 

 

 

 

 

(まだ命中率は良いようですが、何時までもつか……)

 

 セシリアは頭上で自分が用意した三次元射撃訓練で優介が四苦八苦しつつターゲットを射るのを眺めていた。

 

 体をなまらせないようにISの訓練にアリーナへ来ると、クラス代表決めで戦うことになった対戦相手の一人である優介が学園の練習機であるラファール・リヴァイヴに搭乗し彼女に先んじて訓練をしていた。射撃訓練をしようとしていたのか、アサルトライフルを構えている優介にセシリアは彼が努力しているのを知って少し嬉しく思った。父親と重ね合わせた彼が努力をしているならば、自分の父も母に釣り合うために努力していたのではないかと、優介の努力する姿が父の母に対する愛の証明になると思い。

 

 しかし、セシリアはすべての物事を楽観的に見るほど子供ではない。

 

 自分の父と優介は同じではない。彼が努力しているからといって父が愛を持って母の為に努力していたとはならない。それに優介の訓練は彼の周りへのアピールかもしれないと思ったのである。そう思うとセシリアは腹が立った。それは訓練が優介の努力をしていると言うアピール、建前上努力をしていると周りに見せるための物であったとすれば、優介は本気でISについて学ぶ気はないということになり、ひいては父が母の為に努力をしていなかったという証明になるような気がしたからである。

 

(そんなのは断じて許せませんわ!)

 

 関係はないと分かりつつも亡き母が望んでいた父の愛も検証するつもりで、真意を探るために優介の元へ歩いて行った。セシリアが話しかけると彼はまるでセシリアの父親を連想させるように萎縮した。その姿に苛立ち、結局体面だけ取り繕うだけの情けない男だと感じ、辛辣な言葉を浴びせてその場を後にしようとした。

 

「違うっての……」

 

 その時、立ち去ろうとするセシリアの耳に今までの声音とは違う優介の声が届いた。

 

「負けない為のれ、練習なんですが……」

 

 また、自身の努力をアピールするのかと怒りがこみ上げてきたセシリアであったが、優介の目が途中俯くまでの間までまっすぐこちらを見据えていた時、その目が嘘を言っているようには見えなかった。

 

(もしかして、本当に努力を……いえ、そんな……)

 

 セシリアはなんの努力もせずに入学した男である彼がそんなことをする筈がないと考えつつも、彼が本当に努力しようとここに来たのでないかと考えた。貶しているのか、応援しているのか分からない言葉を彼へ贈り、訓練をするために離れたが、訓練中もそのことを考えてしまいどうにも集中できなかった。とりあえず最低限のをやり、気分転換と自分の中で渦巻く考えを解消できればと思い射撃訓練をする彼のもとへ降り立った。

 

 それから、彼の実力を知り、彼への対抗心からその結果にいちゃもんをつけて、自分の作った特別射撃訓練メニューをやる様に仕向けて、今に至る。

 

(本当に頑張ってますわね……)

 

 姿勢制御と移動がうまくいかず、おかしな動きで四苦八苦しつつも360°にランダムに出現するターゲットに対処する優介の姿をセシリアは滑稽だと思いつつ、彼の真剣さを感じていた。そして、その真剣さに昨日の優介に行なった仕打ちを思い出す。

 

(ちょっと……いろいろ言いすぎましたわね。謝るべきなんでしょうね……けど……)

 

 昨日は勝手な理由で彼にあたってしまった。これは謝らなくてはダメだとセシリアが反省するが、父親と同じ情けないところやISを操縦できるという理由だけで入学したことがどうにも許せず、彼に行った身勝手な悪しき行いを謝りたいと思う一方、あんな男なんかに謝ってはいけないと思う気持ちが葛藤する。

 

「うわ、う、うわ!ちょ、どいて!」

 

「……へ?」

 

 謝るべきか、謝らないべきか思い悩むセシリアの耳に優介の叫び声が近づいてくる。はっとして彼女が見ると機体制御に失敗したのか、自分の方に吹っ飛んでくる彼がいた。

 

 セシリアは咄嗟に右に避けようとするが、優介も避けようとしたのであろう。同時に同じ方向に移動する。このままではぶつかると再び左に移動するが、同じことを考えたらしく優介も同じ方向に移動。再び回避行動を取る時間はなく、セシリアと優介はぶつかり、衝突したビリヤードのように弾けて地上へ墜落した。

 

「ご、ごめんなさい!せ、制御がきかなくなったんです!本当にごめんなさい!」

 

「制御がきかなくなったって、あの程度の射撃訓練でどんな無茶な動かし方してますの!!」

 

 セシリアは先程までの葛藤を忘れ、起き上がると直ぐに優介のもとに詰め寄った。二人は地面に追突したものの、ISに備わっている搭乗者防護機能のおかげで無事であったが、一つ間違えば大怪我につながっていたと説教を土下座で謝る優介にし始める。そして、なぜ制御ができなくなったのか問い詰め、思い当たる節が多すぎて混乱する優介からラファールの活動記録を見せるように怒鳴り、それを見るとセシリアはさらに怒鳴った。

 

「なんですの、この動きは?!なんでここで加速しますの?!」

 

 セオリーを無視した無茶苦茶な動き。三次元での射撃訓練を初めてするド素人の動きだと、叱責する。

 

「す、すみません……」

 

「……まぁ、三次元射撃をさせたのは私ですから……責任は私にもありますわ……」

 

 ひとしきり怒鳴った後、冷静になったセシリアは若干涙ぐんだような声で土下座したまま謝り続ける優介を見て情けないと思った。彼の情けなさはもはや見るに耐えず、何も言わずにこのまま放っておいて帰ってしまおうかと考えたが、三次元射撃訓練をするように彼に言ったのは、ほかならぬ自分。責任の一端は自分にもあると罪悪感を感じたセシリアはその事を優介に伝えると少し躊躇して小さく「申し訳ありませんでしたわ」と呟く。

 

「……いいですこと、三次元射撃では―」

 

 そのまま涙をこらえているものの未だに土下座したままの優介に顔を上げさせて、罪悪感からの罪滅しなのか、同情からの施しなのか、セシリア自身わからないまま、優介に三次元射撃においてのコツを教え始める。

 

(なんで私はこんなことを……)

 

 なぜ、自分はこんな情けない男に敵に塩を送るような真似をしているのか。自分の理想に近い一夏ならばまだしも、理想とかけ離れている優介へなぜ教えているのか。セシリアはそんなことを自問自答しつつ、優介をそれから16時のアリーナ使用終了時間が差し迫るまで指導した。

 

 その甲斐あってか、優介は三次元射撃でしっかりと姿勢制御をできるようになり、移動も効率よくできるようになった。射撃精度と命中率も地上での射撃と遜色ないほどになった。理由もわからずに教えたセシリアであったが、彼が自分のおかげでここまで良い結果を残せたと思うと、例え優介が自分の理想とはイギリスとハワイほどかけ離れた存在であったとしても嬉しく感じていた。そして、この短時間にそれらをこなした優介に対して驚きつつ賞賛の念を感じた。

 

「あ、あのう……」

 

「なんですの?」

 

「あ、ありがとうございました」

 

「こ、言葉だけは受け取っておきますわ」

 

 優介からの感謝されたことに、素直に嬉しく感じてはいたものの、情けない優介の所為で訓練時間がすっかりなくなってしまったので少々ぶっきらぼうに答える。

 

「も、もしよかったら……練習がかぶった時だけでいいので……いろいろ教えてくれませんか?」

 

 嫌いな、理想とは程遠い、情けない優介からの要望。普段の自分ならば間髪入れずに断るだろうとセシリアは思ったが、なぜだかその言葉に理由もなく、気分が高揚した。

 

「ま、まあ、あなただけでは危なっかしいですし、それに私はあなたよりも格上の代表候補生ですしね……暇なときでしたら、やってあげないこともないですわよ」

 

 そして、気が付いた時には了承していた。セシリアの了承の言葉に不安で染まっていた優介の顔が一気に明るくなる。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「お、男であるあなたに言われても全然嬉しくないですわ!!」 

 

 深々とお辞儀し、本当に嬉しそうな声で感謝の意を伝える彼に文句を言いつつも、彼女は満更でもない表情で立ち去る。

 

 その心に父親や優介たちに対する怒りはなく、ただただ優介に言われた感謝の言葉を嬉しく思っていた。

 

 まるで、セシリアの母が父を初めて好意を抱いた日と同じように。




なんだか、しばらく書いてなかった為でしょうか。文章が安定しません。こんな駄文になってしまい申し訳ありません。
どうか、どうか、平に、平にご容赦を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 ティナの狙い

 世はまさにデュエル新時代。

 究極の進化を遂げたデュエル。質量を持ったソリッドビジョンと女性にしか扱えない新型D-ホイール『IS』を駆り、乙女達はアクションデュエルで人々を魅了した。

 ISで空を舞い、デュエルでそれぞれの名誉と国の誇りをかけて戦う彼女達を人々は『一夏ラバーズ』と呼んだ。

 ※嘘です。呼びません。いや、呼ぶか?ご覧になっている二次小説はISです。ふざけてごめんなさい。


第九話

 

 

 IS学園三日目。昼休みの食堂。

 

 ティナ・ハミルトンは昼食を食べに来ていた。カウンターで注文したハンバーガーセットを受け取った時には席が埋まり始めており、奥の席の方へ行くと、あるテーブル席の前で無表情ながらも迷惑そうにしているある少年を見つけた。

 

(あれは……ユースケ?)

 

 一昨日、学園敷地内にある生協のスーパーマーケットで初めて見る日本のポテトチップスに興奮して「ヒャッハー!新鮮なポテトチップスだー!!」と狂喜しながら片っ端から買い漁り、テンションが上がっている状態で部屋に戻ったらすぐに食べてみようと急ぎ足で寮に戻ったティナとエレベータホールでぶつかった世界で二人目のISに乗ることができる男、蕪城優介。彼がテーブル席に座る二人の内、片方から声をかけられている。

 

(声をかけているのは……あ、織斑くんじゃん。ラッキー!)

 

 ティナは優介に声をかけているのが一夏だとわかると自分の幸運を喜んだ。初日に偶然知り合った優介を通じ、ブリュンヒルデの弟でありISを動かせる男の一人目である一夏と知り合おうと考えていたティナは少しづつ優介と距離を縮めてから折をみて一夏と接点を持とうと考えていた。しかし、考えていたよりも早くその機会が巡ってきた。

 

(ここから親密な関係になれば、アメリカのIS委員会に一目置かれるのは間違いなしね)

 

 ティナは、アメリカのIS委員会が一夏の存在を大きくと考えているという、旅立ちの日までティナのIS学園入学に反対していたはずの無表情で無口で頑固な軍で働く父が何故か教えてくれた情報のおかげで知っていた。恋人と言わずとも、友人として親密な関係を築けばアメリカIS委員会に一目置かれて代表候補生の仲間入りを果たせる。もちろん、努力して勘や技術を磨く事は必須事項だということは彼女はわかっている。けれど、目の前に自分のチャンスを大きくする可能性があれば掴んでおきたいとティナは考え、優介の方へと向かい声をかけた。

 

「ハーイ!ユースケ!」

 

「あ……」

 

「お、優介の知り合いか?」

 

 一夏にも聞こえ、なおかつ好印象を与えるために元気よく優介に声をかけると、一夏が反応する。

 

(イエスッ!)

 

 期待通りに一夏が自分へ興味を示したのにティナが内心喜んでいると、一夏の右隣に座っているポニーテールの日本人女子から日本刀染みた鋭い視線を向けられた。

 

(あれ?もしかしてガールフレンドいたの?)

 

 使用回数が極めて少ない女の勘から、ティナはポニーテールの彼女が放った視線に嫉妬を感じ取った。滲み出る一夏に近付かないよう脅迫する威圧感に、彼女を恋人か、またはそれに近い関係者だと判断し、ティナは恋愛に興味を抱いていたこともあり、計画を変更せざる得なくなった事を残念に思った。

 

 けれど、アメリカIS委員会に名前を売る為に一夏に近づこうとしていたティナは彼に恋愛感情を抱いておらず未練もない。恋愛はしてみたいが、ドロドロとしたいざこざが起きる前に判明してよかったと、未練なくあっさりと、恋人候補として一夏と関係構築する計画を棄却し、直ぐ様友人として関係構築する計画へシフトする。

 

「あ、ああ。えっと―」

 

「織斑くん、初めまして。私、二組のティナ・ハミルトン。よろしくね!」

 

 ティナを紹介しようとした優介の言葉を遮り、元祖炭酸系エナジードリンクのごとく、元気ハツラツといった感じに自己紹介をすると、さらに印象を強く残そうと握手を求め、右手を差し出した。

 

「ああ、よろしく!」

 

 テーブル越しにティナが差し出した手を一夏は持っていた箸を置き握り、微笑みかける。ティナはその微笑みに一瞬心臓がときめいたが、その隣にいた一夏の恋人らしきポニーテールの日本人女子がキッと一夏とティナを睨みつけた顔、ジュニアハイスクールの時に読んだ日本文化の本で見た般若のお面めいた恐ろしい顔に、そんなトキメキは微粒子すら残さず消し飛んだ。

 

「痛っ! 何するんだよ箒」

 

「ふんっ!」

 

 すると、一夏はいきなり声を上げてティナの手を離し、彼の足をさすり始めた。ティナは箒と呼ばれた彼女が他の女に色目を使った事に対する罰を一夏にしたのだと気が付くと、先ほどの睨みつけてきた彼女の顔を思い出し、軽率なスキンシップは控えようと決めた。

 

「一夏、さっきも言ったけど、俺は別の席で食うから……」

 

「えー、なんでだよ? 久しぶりに一緒に食べようぜ。席も空いてるしさ」

 

 ティナと一夏の会話が箒のヤキモチによって寸断された時、ずっと黙っていた優介が別の席で昼食を取る考えを述べる。しかし、一夏は駄々を捏ね、空いている席を指差して優介を招く。優介は表情を変えず、ただ悩んでいるように唸た。

 

(あれ? 困ってる?……なんで?)

 

 無表情な父親の表情を読み取ることに慣れている為、優介がさっさとこの場から離れたいという困り顔をしていることがティナにはわかったが、なぜ困っているのかがわからなかった。

 

 そして、サンアドレアスに住む従兄弟から教えられた場の雰囲気を的確に察する日本人必須のニンジャスキル『空気を読む』を思い出した。

 

 ティナが優介に声をかけた時、既に一夏のガールフレンド、箒の表情は既に険しく、不機嫌であった。そこから推察されるのは恋人とのランチを邪魔されたくないと言う独占欲。少しでも二人っきりで過ごしたいという一途な思いである。優介は一夏と二人っきりになりたいという箒の気持ちを汲んで、空気を読んで、この場から離れようとした。しかし、一夏はそんなん箒の乙女心を察せず、一緒にランチをしたいと優介を誘った。『空気を読む』という行動が重要とされる現代日本社会ではそれを阻害する行動は甚だ迷惑である。だから優介は困った顔をしていたのだとティナは推理した。

 

(なら、ここは優介を助けたほうがいいかな?)

 

 優介の『空気を読む』手伝いをすることで彼と箒に好印象を与えることが、後々本格的に一夏と知り合う時に役に立つのではないかと思ったティナは、早速優介を援護することにした。

 

「あ! そうだ、ユースケに話があるんだけど、いい?」

 

「え?」

 

 優介には言葉の意図がわからなかったらしく、疑問の声を上げて考え込む。ティナは『空気を読む』のを手伝う意思を伝えるべく、優介の目をティナが「気付け、気付け」と、まるで呪詛でも書けるように見る。

 

「あ、あぁ……」

 

 すると、頬を紅潮させた優介は赤らめた顔をティナから背け、気恥ずかしそうに小さめの声で了承した。

 

「よかった。じゃあ、あっちでランチ食べながら話しましょう」

 

 優介が顔を赤くしたのを気にも止めず、自分の『空気を読む』意思に気が付いてのだとティナは思い込んだ。

 

「え、なんだそうなのか……」

 

 別の席へ行こうとする二人に一夏は残念そうな表情を浮かべる。

 

「す、すまん一夏……」

 

「じゃあ、またね。織斑くん。ガールフレンドとのランチ楽しんでね」

 

「……な、ななな、ガガガ、ガール、ガールフレンド?!」

 

 まるでレベル合わせの効果を持つモンスターの名前のような叫びを上げながら狼狽する箒をよそに、優介とティナはさらに奥の方の空いている席へ向かい、10mほど離れたところで空いている席を見つけた。

 

「助かった、ありがとうティナ」

 

「どういたしまして。ガールフレンドがいるんだから織斑くんも察して二人っきりで食べてくれればいいのにね」

 

 料理の乗ったトレイをテーブルの上へ置きつつ礼を述べ、椅子に座る優介。ティナは彼から感謝の言葉を受けると、一夏の気の利かなさに愚痴を漏らす。

 

「……あ、あぁ……」

 

 ティナの愚痴に相槌を打った優介は少し考えてから、何かに気がついたような顔になった。

 

「そっちか……」

 

(あれ?理由違った?)

 

 ぼそっと呟いた優介の言葉に自分が考え違いをしているのかと疑ったティナは、食堂に来た時に既に迷惑そうな表情をしていたのを思い出した。てっきり、邪魔者なく二人っきりで昼食を摂りたいと言う一夏のガールフレンドからの圧力から、空気を読んで立ち去ろうとしていたの優介を一夏が引き止めたから早くその場を立ち去りたいという思いから、迷惑そうな顔をしていたと思っていた。しかし、一夏の右側に座っていた娘、箒がガールフレンドだと気が付いていなかったことを考えると、別の理由で辟易していたと言うことになる。何が原因か。そう考えると一つの可能性にぶち当たった。

 

「ねぇ、ユースケ?」

 

「ん? なんだ?」

 

 幸せそうな顔をして味噌汁をすすっていた優介が名前を呼ばれて彼女を見る。

 

「織斑くんの事苦手なの?」

 

「……ソ、ソンナコトハナイ……」

 

(あ、この表情は苦手だって顔だ)

 

 彼女がそう問いかけると、優介は驚いたのか、目を見開いた。瞳が盤上で跳ね返りまくるピンボールかと思うほど、挙動不審に動きまくる。

 

「まぁ、色々あるよね」

 

「ご、ごめん」

 

「別に謝らなくていいよ」

 

 きっとなにか理由があるのだろうと、深くは詮索せずにティナはハンバーガーにかぶりついた。パティに挟まれたジューシーなビーフハンバーグと溶けたチーズ、シャッキリとしたレタスとピクルス、みじん切りの玉ねぎがケチャップとマスタードと口の中で合わさり、旨さを作り出す。

 

(作戦失敗ね。まさか、優介が織斑くんの事苦手だったなんて……)

 

 時折フライドポテトをつまみながら、目の前でご飯を頬張る優介を見ながら小さく溜息をつく。苦手な相手を好き好む人は少ないだろう。きっと優介もそうだ。一夏と交友関係を持てる確率が減ったことに、こんなことならば先程は『空気を読む』手伝いなどせず、空気を読まずに、優介の心情も理解せずに一緒に食事を摂ればよかったとティナは後悔した。

 

「あ、あのさぁ、ティナ……」

 

「ん?」

 

「あ、いや、そのぉ……これ、気になるの?」

 

 優介を恨めしく思いながら、食事を摂っていると、優介がカラッと上がった茶色い衣がついた肉片のようなものを箸で挟んで持ち上げた。向かい合っているので勘違いしたのだろうと思い、ティナは違うと言おうとしたが、優介が箸で持ち上げた物の正体が気になってしまい、身を乗り出して見てしまった。

 

「え、なにそれ?」

 

「ト、トンカツだよ。豚のロース肉をパン粉をつけて揚げた料理」

 

「トンカツって言うんだ」

 

 顔を赤らめて、照れ気味に料理の説明をする優介の目線が、時折自分の顔よりも胸部へ向けられていることになど気がつかないティナはアメリカでは一度も見たことがないそれを観察する。

 

「良ければ食べるか?」

 

「えっ! いいの?!」

 

 優介はどうぞと言って黒茶色のソースがかかったトンカツの一切れをさらに置く。ティナはサラダを食べるためについてきたフォークを指して、トンカツへかぶりつく。

 

「なにこれ!超美味しい!!」

 

 パンの香りがする衣が閉じ込めていた、胡椒で下味をつけられた豚肉の旨さが噛むと口の中に解放される。日本食など味が薄くて少ないだけのダイエットメニューだと思っていたティナは動画投稿サイトに投稿されている日本食を食べて旨いと叫んでいる人の気持ちが初めてわかった。

 

(今日はよしとしましょ。織斑くんの事は地道に頑張ろう)

 

 トンカツの旨さからか、元々ポジティブな思考をしていたからか、また明日から一夏との関係構築に励もうと、ティナは前向きな考えになり、あまりの旨さに優介の皿からトンカツを取り始めた。

 

「おい!ちょっと待て!残り全部食うな!!」

 

「大丈夫! この千切り野菜は残しておいてあげるから!」

 

「残すのキャベツだけかよ!」

 

 この日、ティナの好物リストとオススメ日本料理リストにトンカツが加わったのは言うまでなく、優介の昼食がトンカツ二切れと千切りキャベツとその他をおかずに食べると言う可哀想な食卓となったのも言うまでもなかった。

 

 

 




今回もまた短いし話が進まなかった。最近、頭がごちゃごちゃで集中できない。投稿したにマイページを開くのがすごく怖いです。だが、これからもよろしくお願いします。

 前書きでふざけてすみません。反省してます。後悔はしてません(キリっ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 代表決めVSセシリア

遅れました。戦闘描写は苦手です。特に空中での立体な軌道を表現するのが難しいです。



第十話 

 

 

 クラス代表決め模擬戦当日。

 

 朝のLHRで発表された対戦順はセシリアと一夏が行った後にセシリアと優介。その後、優介と一夏の具合をみて二人の対戦を行うスケジュールであった。二人ともISが扱えると判明してからまだ半年も経っていない。トレーニングをしていたとしても、現役選手や代表候補生のような本格的なトレーニングではなく、試合自体も初となるとスタミナと集中力がどこまで持つかわからない。そのため、一夏と優介に連戦をさせるのは危険だと、千冬が判断したためである。

 

 日中の授業中、優介は一夏の後でセシリアと戦うと知ってからというもの、勝つ自信が無いのと負けた時に衆人観衆から一夏と比較され罵詈雑言を浴びせられるかもしれないという不安でずっと心臓がバクバクと脈打っていた。

 

 頼んで順番を変えてもらおうか、それとも仮病を使って逃げてしまおうかと何度思ったが、どうせ二人しかいないISを動かせる男として一夏と比較されるのは必然の事項なのだから逃げても、不安になってもしょうがない。それに対戦相手であるが、イギリス代表候補生のセシリアが練習に付き合ってくれたのだ。拉致合宿の時よりは強くなっているはずだ、簡単には負けないはずだと、優介は無理やり割り切り、納得させて落ち着かせた。

 

 そして、優介が何度も何度も、授業中も休み時間中も、うじうじと同じ事を考えているとあっという間に放課後となった。

 

 現在、第一試合開始予定時刻。

 

 アリーナ内で待機しているブルー・ティアーズを展開したセシリア。ピットでハンガーに鎮座する学園の訓練機、ラファール・リヴァイヴの傍らで、既に半袖短パンののウェットスーツに似た深緑のISスーツを着て待機している優介。そして、幼馴染の箒と共に制服姿の一夏は待ちぼうけを食らっていた。

 

 全員、集合時間までに準備を済ませて指定されたピットへ来ていたが、一夏の専用機が到着予定時刻になっても来ず、試合開始予定時刻から既に10分が過ぎていた。

 

 優介は、自分の番はこの次だと緊張と不安を和らげようとしていたが、どうにも落ち着かずにいた。組み合わせた手の指が忙しなく動き、貧乏揺すりと合わさり、不規則なビートを刻む。ふと、既にアリーナ内で待機しているはずのセシリアが時間が遅れているので怒っているのではないかと別の不安に駆られた。心拍は大きくなり、まるで二乗されたのではないかというほど大きくなった不安を胸に、ウインドウを開き、アリーナ内の映像を見る。きっと今頃不機嫌な顔で待っているのではないかと空中に投影された映像を見る。

 

 すると、優介は今更ながらセシリアと自分の格の違いを思い知った。

 

 そこには想像していたものとは違い、アリーナ内をゆっくりと飛行し、準備体操をするように機体動作をチェックするセシリアの姿があった。

 

 試合開始時刻が遅れるという不測の事態が起きたにも関わらず、焦る様子も、苛立つ様子もなく、冷静に100%の実力を発揮できるように準備を行っている。「あれをやっておけば」、「これをやっておけば」など自分を不安にさせる要素を今までに積み重ねた努力で全て排除し、セシリアは自分を信じれるようにしている。優介はそんなセシリアの姿に不安を抱きつつも払拭しようとしなかった自分を恥じた。

 

(畜生……)

 

 自分は力を出し切るために自分自身でなにか準備をしただろうか。

 この日まで、優介は普段のトレーニングと放課後ラファール・リヴァイヴを学園から借りてする自主訓練をし、毛の先ほどの微々たるものであるが、実力はついた。しかし、それは一方的な願いでにも関わらず、訓練が重なった時にやってほしいと頼んだにも関わらず、毎日来てくれ優介の訓練を見てくれたセシリアのおかげ。自分が行ったのは通常のトレーニングぐらいである。自分自身では何も力を得ず、準備もしていない。

 

 他人に頼ってばかり。他力本願。優介は悔しく、自分自身を哀れに感じた。

 

『蕪城』

 

『な、なんですか? 織斑先生』

 

 そんな不安の上に悔しさがコーティングされ始めた優介へ、突如として開いた別のウインドウに投影された千冬が声をかけてきた。優介は自分が見ていたウインドウをとっさ閉じ、悔しさと不安で沈んだ顔を無理やり、普段通りの無表情に戻し返事をする。

 

『織斑の機体搬入が遅れている。先にオルコットと対戦しろ』

 

『わかりました』

 

 一夏の機体搬入が遅れている時点で予想はしていた優介は、慌てず返事をし、ハンガーで鎮座しているラファール・リヴァイヴへと乗り込んだ。各部の装甲が優介を拘束するかのように閉じ、起動音が唸る。簡単に各センサー、動力等のチェックを行い異常なしと判断すると、優介はカタパルト上の発進位置まで行く。

 

(……馬鹿じゃないのか……何もしてないのに……)

 

 どうせ自分ではセシリアに勝てるはずがない。棄権すべきだ。

 

 朝から続く不安と他人を当てにして何もしていなかった自分を疎んだ優介は勝負を悲観視した。思案せず、挑戦せず、ただひたすらいつもと同じ日常、安全な場所から一歩を踏み出そうとしない。不変。それは傷つかないという点では最良最善で最も簡単だ。けれど、変わりたい、良くなりたい、惨めさから決別したいと願っているのに、それを選択した自分は最低最下最悪で最も愚かだ。努力せず、実行せずに変われるはずがないのに、それを解っていながらしない。願望を抱き妄想する停止した思考。はっきり言えば、ゴミだ。いや、ゴミの中には素材をリサイクルで活用できるものがあることを考えると。自分はゴミ以下だと優介は考えた。一歩を踏み出さずにただ時が過ぎるのを待っている自分はなんの価値もない汚物だと。

 

(しょうがないだろ、怖いんだ……あんなのは嫌だ……)

 

 優介が思い出すのは今までで一番勇気を振り絞り、行った中学時代の告白。涙を浮かべた相手、鈴がほかに好きな人が、一夏が好きだからと断り、謝り続けてきた時の事。

 

 互いに傷つける結果になり、勝手に好きになり、勝手に盛り上がり、勝手に砕けた自分自身への嘲笑と哀れみ、怒りで深く心を抉り感じた絶望。きっとピットから出れば観客席にはまだうろ覚えなクラスメイト達や先輩、他クラスの人、教職員や政府関係者が待機しているはずだ。

 

 負ければきっと罵るに違いない。セシリアも唾を吐きかけて悪態をつくに違いない。惨めさを痛感するだけだ。

 

(……棄権しよう。そうすれば……)

 

 そうすれば無様な姿を晒して、罵詈雑言を受ける事は免れる。体調不良だと言い訳すれば良い。

 

(けど……それがしたいのか、俺は……)

 

 逃げれば、傷はつかないし、楽だ。

 

 だが、自分が望んでいるのは惨めさからの脱却と誇れる自分への変化。

 

 傷つかずに楽にできる方法があるのなら、それが一番だ。逃げ出す先に望みに繋がる道はあるなら、それも良い。けれど、優介にはそれんな方法は思いつかず、自分の望みにつながっているとも思えなかった。ならば、自分がこれから取ろうと考えていた行動、棄権し逃げるというのは根本的に異質な行動。それこそ、自分の未来を捨てるのと同じである。

 

(……いや、確証がないのにやってバカ見るだけだ……)

 

 再び鈴へ告白した時のことを思い出す。はっきりとした物は自分が鈴を好きだという感情だけで無謀な告白して泣きを見た。確信も無いのに挑戦するのは向う見ずな大呆けか、運の良い勇者みたいな奴だけだと、優介は諦めて、管制室へ開放回線を開く。

 

『お、織斑先生……』

 

『どうした、蕪城』

 

『あ、あの……』

 

 棄権します。

 

 その一言を言えば終わる。それだけの事なのに優介は声に出せない。希望を捨てたくない、今までの自分から変わりたいと願う、一夏と自分を嫌う自分から絶対に変わるんだと決意を持つ優介の一面が彼自身を止める。良いのか。逃げれば負けはしないが、周りは卑怯者と蔑むぞ。試合をせずに逃げても、逃げずに負けても、周りは自分を見下す。一夏にも蔑まれたままだぞ。だが、もしも、勝てばどうなる。勝てなくても、上手く立ち回われば、周りはどうする。今、足を一歩踏み出せば、自分を変えられるかも知れないぞ。希望というよりも黒く暗い邪推や想定が優介の欲望を刺激する。

 

(そうだ……逃げても、蔑まれるんだ。なら、少しでも夢ある方に進んだって、良いんじゃないのか……)

 

 それにどうせ、傷つくのなら自分が目指す夢へ至る道中で傷ついた方が格好もいいだろう。

 

 優介には勝機も勝ち筋もなかったが、欲望が刺激された事で良い意味で自暴自棄になり、僅かな蟻の額ほどの勝利と変化の可能性を夢見て、再び試合に挑むことにした。

 

『蕪城。どうかしたのか』

 

『あ、え、えっと、も、もう発進していいですか?』

 

『ああ、大丈夫だ』

 

『わかりました』

 

 優介はそう言うと、回線を閉じ、ゆっくりと息を吐き、覚悟を決めた。諦めからおざなりにやった発進準備をすぐに確認し整える。

 

『蕪城優介、出ます!』

 

 まるで宇宙戦艦から発進する人型機動兵器のパイロットのようなセリフに若干気恥ずかしさを覚えたが、憧れていたセリフでもあるため現実に言えた事へ満足感も感じながらピットから飛び立った。足の裏に地面を踏んでいるような安心感がなくなり、浮遊感を感じる。ブースターを吹かせてアリーナの中心部へ向かうと、優介の目にはハイパーセンサー越しにセシリアの姿が映った。

 

「あら?」

 

 優介がラファール・リヴァイヴを駆り、アリーナ中心付近の空中、試合開始位置へ行くと、既にウォーミングアップを済ませて開始位置で2m超の長大な特殊レーザーライフル、スターライトmkⅢを携え待機していたセシリアが疑問の声を上げた。

 

「一夏は機体がまだ来ないので、自分が先にやることになりました」

 

 優介が言葉を放つと同時にセシリアへ管制室より通信が来たらしく、二三言葉を交わすと「そうですか」と言ってすぐに納得する。

 

「まぁ、あなた方のどちらでも私の勝利で確定しているのですから、順番など関係ありませんわ」

 

 セシリアは優雅に髪をかきあげて皮肉を言う。優介は放課後の特訓に付き合ってもらっていたおかげか、それとも投げやりになったおかげか、ピットで待機していた時に比べリラックスしていた。

 

「チャンスをあげますわ」

 

「え、え?」

 

 試合開始の合図まで数分。優介の耳へ開放回線でセシリアの声が届く。セシリアが試合開始直前に通信をしてきた事に驚き、その意図がわからず優介は困惑した声を出す。

 

「私の実力はわかっているでしょう。痛い目を見た上に、負けて観衆に醜態を晒す前に諦めて棄権しなさい」

 

 馬鹿にしている様子はなく、セシリアからはある種の心配とある種の自信が感じられる。そして、何かを探っている、見定めているような、優介を試しているような雰囲気が彼女からにじみ出ていた。

 

「い、嫌です」

 

 優介が拒否し、棄権しない意思を伝えると、セシリアは標的を狙う鷹のような鋭い目つきで彼を睨んだ。けれど、彼女の睨みには怒りはなく、期待と不安がブレンドされた意思が見える。

 

「せ、せっかく努力して、そ、その、教えてもらったりし、したから……」

 

 セシリアの眼力にたじろぎ、しどろもどろに言葉を紡ぐ。そして、言い終わる前に深呼吸すると一拍おいて声を上げた。

 

「だ、だから、棄権はしない!……です……」

 

「そうですか。なら、折角のチャンスを不意にしたと後悔するといいですわ」

 

 セシリアは普通ならば憤慨して言う筈なのに、どこか嬉しそうな様子で答えた。優介はその様子を不思議に思ったが、管制室から『試合開始一分前です』と通信をもらうと、試合に集中しようとその疑問を頭から追いやる。

 

(……やるぞ!……)

 

 刻々と迫る試合開始まで、緊張で破裂しそうになる心臓を落ち着かせようと深呼吸する。鼓動に合わせて息を吸い、吐く。優介の頬を汗が伝い落ちる。

 

 そして、試合開始のブザーがアリーナへ鳴り響いた。

 

 セシリアがスターライトmkⅢを構えると同時にセーフティーを解除。優介も同時にアサルトライフル、レッドバレットを展開、セーフティーを解除し、構えた。

 

「な?!」

 

 先に狙いを付け、引き金を引いたのは優介であった。驚きの声を上げ、一拍のズレを生み出したセシリアへ優介のレッドバレットの銃口にマズルフラッシュが光りISの試合用金属弾が連続で発射。規則正しいテンポで飛んで行く銃弾達。しかし、セシリアは左にずれて銃弾を回避し、構えていたスターライトmkⅢのトリガーを引き、レーザーを放つ。ISより映し出された警告から優介は上昇し、回避しようとする。

 

「っ!」 

 

 だが、回避が間に合わず、右腹部に被弾。衝撃で体勢を崩し、軸がブレた回転をしながら後ろへ弾かれる。通常の銃弾よりも弾速が速いと予想していた優介であったが、実際に光学兵器を相手にするのは初めてである為、拉致合宿で対戦した実弾銃の弾速よりも少し速い程度で予想していた。だが、それは甘い考えだったと後悔した。被弾した右腹部は、装甲がなく、ISスーツを纏っているだけだったが、現状最強兵器と呼ばれるISの絶対防御によって外的損傷は皆無。だが、ISのHP、体力ともいうべきシールドエネルギーの値が絶対防御による消費も合わさり約10%削れていた。

 

(焦るな、俺。慌てず、落ち着いて……)

 

 被弾と腹から脇腹に残る感覚でパニックになりはじめる頭を、拉致合宿での時の事を思い出し、諭すように落ち着かせる。

 

 優介の拉致合宿中に行った模擬試合での敗北原因は実力不足、経験の甘さによる判断ミスや、未熟な機体制御技術など様々。その中のひとつにパニックがある。相手の攻撃に危機感が高まりすぎ、相手の回避や防御により焦りが生じやすく、拉致合宿ではその隙を幾度となく突かれた。

 

 体勢を立て直しつつ、スターライトmkⅢの弾速と威力を甘く見ていた自分に喝を入れ、油断せずに落ち着いてやれば大丈夫だと冷静になるよう自己暗示をかける。レーザーライフルからの射撃を牽制するためにレッドバレットをセシリアへ乱射する。

 

(落ち着け、落ち着け)

 

 セシリアが上昇し優介の銃撃から逃げると、優介は彼女を追った。セシリアへ追従するように飛びながら、攻撃によって興奮し、焦る自分へ別の人間を落ち着かせるように声をかけつつ、優介はレッドバレットを連射するが、セシリアは飛来する銃弾を左右に移動して回避し、追従する優介へ向けてレーザーを放った。

 

 光はまっすぐ飛ぶ。レーザーも同じ。ならば、セシリアのレーザーライフルがレーザーを照射し薙ぐ様に動かし続けないかぎり、銃口直線上から逃げれば大丈夫だと優介は考えた。たった一発で決め付けるのは軽率で、推測が外れる可能性が大きいと彼自身わかっている。だが、どうせ勝率は低く、勝ち筋もない戦いならば、負けるのであるのならば、やり方を試行錯誤してもいいだろうと軽い気持ちで彼は自身の憶測に従い行動した。

 

 セシリアが向けたスターライトmkⅢの銃口に閃光が灯った刹那、優介は射線と推測した銃口直線上から急旋回した。

 

 レーザーは空を切り、身を穿つことは無かった。

 

(避けられた?!)

 

 回避が成功するとは思っていなかった優介は思わず、回避したレーザーが観客席保護のために張られているアリーナバリアへ直撃し、蜂の巣模様が移ったアリーナバリアに掻き消され、紫電を撒き散らして霧散するを見て、冷や汗まみれになりながら、避けた自身に驚愕した。しかし、同時に注意力が散漫した優介はセシリアが自分を狙っていることに気が付かず、次のレーザー攻撃を背中へ受けてしまった。

 

「っうあ!!」

 

 衝撃とシールドエネルギーで相殺しきれなかった熱の余波を受けて、優介は前方へと吹き飛ぶ。集中していれば避けれたかもしれないレーザーを食らわせた自分の油断を悔やみつつ、優介はPICで機体の慣性を制御し空中で停止、反撃しようとレッドバレットでセシリアを狙った瞬間、スターライトmkⅢの銃口を向ける彼女を見た。すぐに狙うのをやめ、右へ加速すると、レーザーが通り抜け、余波の熱を感じた優介の肌から汗が噴出し、心臓の鼓動が早まった。

 

(落ち着け、回避重視で攻撃は二の次だ……)

 

 無理に攻撃しようとすれば隙ができる上、恐怖心が募り平静を保つのが難しい。回避を優先し、銃撃で牽制、相手の隙を伺い、ラファール・リヴァイヴに搭載してある小型ミサイルポッドやロケットランチャー、アサルトカノンなど高火力を叩き込もうと、よくよくありがちな攻撃の算段を立てた。そこから、どうすれば隙ができるか、どうやって作ろうかと考えつつ、レッドバレットを撃ち、セシリアが放ったレーザーを、すんでのところで冷や汗を掻きながら回避する。

 

「機体制御はコーチが良かったおかげか上々ですわね」

 

「え、あ、はい」

 

 突然、攻撃の手を休めたセシリアに優介はチャンスと思ったものの言葉を投げかけられ、戸惑い攻撃を忘れて返事をする。

 

「ではここからが本番ですわ。がんばりなさい」

 

 攻撃を幾度も避けた優介にセシリアはどこか喜んでいるように聞こえる声で叫んだ。優介はがんばれといわれ、気分が高揚しつつも、彼女の言葉に何かあると感じ取り緊張し、何が起きても対処ができるようにより一層、心を落ち着かせる。

 

「お行きなさい、ブルー・ティアーズ!」

 

 セシリアの声に呼応するが如く、ブルー・ティアーズの肩近くに浮かぶ非固定浮遊部位からフィン状のパーツが飛び立った。四枚のフィン状のパーツは投げナイフのように上下左右から空を裂きながら進み、優介を取り囲もうとする。

 

(なんだか知らないが、包囲されるのは不味い気がする!)

 

 本体から離れて独立飛行するパーツにろくな物は無いと感じ、突破してセシリアを攻撃しようとブースターの出力を上げ、加速。簡単に通れる保証は無いが、正面突破を敢行する。

 

 ブースターが唸り、機体のスピードが増しあっさりと、取り囲もうとしていたフィンパーツ達を置き去りにする。あれは何だったんだと優介は拍子抜けした。けれど、待ち時間や特殊な発動条件がある兵器だったのだろうと考え、セシリア正面の空間に出た優介はこの好機に攻撃を仕掛けなければと躍起になり、レッドバレットを収納し瞬時にアサルトカノン、ガルムを展開。更に加速しつつ、ガルムを構え突っ込んでいった。

 

 セシリアは現在、空中で棒立ちの状態。ガルムの爆破弾を浴びせれば一気にシールドエネルギーが消費され、試合の流れを掴めると優介はトリガーを引こうとした。

 

(棒立ち?) 

 

 だが、表情一つ変えず、悠然とした態度のままのセシリアに優介は背筋が寒くなり、嫌な予感がして、ブースター停止し逆噴射。と、同時に慣性制御装置、PICで機体を急停止させた。

 

 刹那、眼前の空間を三本の光線が通り抜けた。汗で既に湿っているISスーツに新たに噴き出た冷や汗が染み込む。停止せず、そのまま突っ込んでいたならば、きっと自分を穿っていた。光線の発射元であろう後方上空を見ると、そこには追い越したセシリアのフィンパーツが三枚整列していた。

 

(レーザービット!)

 

 昨今のリアル系ロボット代名詞となったV字のアンテナが額についているロボットアニメシリーズで最近、究極形となった機体の武装であるビット兵器。なぜ今まで気が付かなかったのかと、優介は自分を恥じて叱り付けると、整列しているビットが三機だけであと一機足りないことに気が付いた。はっとして、後方へ振り返ると、一機のビットがセシリア正面に浮き、先端の銃口から優介の眼前めがけてに閃光、レーザーを吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(蕪城君、チャンスなのに……)

 

 アリーナを映し出す複数のモニターが壁に整列した部屋で、管制とデータ収集の為にいる複数の教員たちと共に真耶はセシリアと優介の試合を記録していた。しかし、優介が攻撃のチャンスを上手く生かしきれていない事に焦りを感じていた。教師である自分が片方に肩入れしてするのは有るまじき事だと真耶はわかっていたが、早朝にランニングしたり、放課後に訓練機で訓練をしているなど努力していると聞くと、自分の代表候補生時代を思い出し、どうしても応援してしまう。

 

(あ、今なら!)

 

 フィン状のビット、自立機動兵器ブルー・ティアーズの攻撃を掻い潜った優介の移動先は、他のビットから離れた場所にいたビットの背後。先端の銃口を向けていない今、ブレードを展開し、加速して追い抜きざまに寸断すれば、攻撃の手を一つ潰す事になり、試合が楽になる。

 

(早く早く!)

 

 真耶は今ならば攻撃を与えられると回避先でレッドバレットを構え、セシリアを狙おうとする優介に真耶は心の中で急かした。ビットの攻撃を避けながら戦うのは優介にとって厳しい為、まずはビットを破壊。その後、セシリア本人をヒットアンドアウェイの要領ですぐに攻撃して、すぐに離脱すれば良い。まるでまだ幼い子供にお使いを頼んで影から見守る母親のような気分で心の中で叫ぶ。

 

「あぁー……」

 

 しかし、真耶の考えは届かず、優介はセシリアへ射撃した。セシリアは攻撃を難なくかわし、優介へ反撃にスターライトmkⅢのレーザーを放つ。優介が回避すると、すぐに他のビットの攻撃を向けられ、彼はその場を離脱した。真耶は思わず、落胆の声を上げる。

 

「仕方がないですよ。まだISでの試合は初めてでしょうし」

 

「そ、そうですよね……」

 

 近くで機体のデータをチェックをしていた教員が声をかけると真耶は思わず声に出してしまった事が気恥ずかしく、少し顔を赤くしながら返事をする。

 

「初めて?」

 

 次から声に出さないように気をつけようと真耶が心に誓っていると、一夏の機体が届き、機体受渡しと調整の立会いに行った筈の千冬がいつの間にか戻ってきて真耶と隣に座る教員の後ろに立っていた。

 

「……」

 

「どうかしましたか、織斑先生?」

 

 初期化と最適化が順調に進み、機体が一次移行する目処が立ったから管制室へと戻ってきたばかりだという千冬は簡単に試合の状況を真耶へ尋ねた。それから、6m幅の特大サイズ正面メインモニターに映る試合の様子をいぶかしげな様子で見つめる千冬に真耶は疑問の声を上げた。

 

 男である為、ISを動かすことも必要も無かった一夏と優介はIS学園に入学するまでは入学試験以外ではISに触れたことは無い。今回が公式での初試合となる。真耶は千冬が何故疑問を持ったのかわからなかった。

 

「いや……それにしては落ち着いているなと思ってな……」

 

 千冬に言われ、試合を見ていると普通ならば、機体の制御がうまくいかなかったり、対戦相手に押されて余裕が無くなるものだが、優介の表情に焦りは見受けられなかった。

 

「確かに……」

 

「言われてみればそうですね」

 

 初試合。しかも機体に乗り込み戦うISの試合は普通のスポーツでプロテクターやヘッドギアなどを装着するのとはわけが違う。ましてや、重火器や鈍器、刃物を使い戦闘行為を行うのだから試合での緊張感は月とすっぽんどころか、豆電球と太陽ぐらいの違いがある。どうして、優介は冷静なのか。

 

「あ、放課後に蕪城はオルコットさんと訓練してたみたいですから、そのおかげではないですか」

 

 なぜ優介は初試合で落ち着いているのか真耶は原因を考えていると、初日の放課後にIS貸出申請について聴きに来た事と、放課後に優介とセシリアが対戦相手でありながら訓練を共にしているという話を思い出した。きっと、その訓練で模擬戦を下に違いない。先ほど開放回線での二人の会話で「私の実力はわかっているでしょう」とセシリアも言っていたからそうに違いない。真耶は謎が解けた気がして、すっきりとした気分になった。

 

「訓練か……」

 

 だが千冬は、謎が解けてすっきりしたと感じている真耶とは違い、どこかまだ引っかかっている様子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(畜生!本体よりも、まずはあのビットを!)

 

 優介は自分を落ち着かせ冷静にする事を忘れ始め、焦り始めていた。四方八方、上下左右入れ替わり立ち代り飛び回るビットのレーザーをISのハイパーセンサーとセシリアに訓練で教え込まれた機体制御でたまに掠るものの、直撃は避け、かわし続けている。鬱陶しい。まるでレーザーの格子で囲まれた鳥かごに追いやられている気分であるが、優介は突破する手段が無く、ただ降り注ぐそれを避け続けるほか無かった。

 

(ど、どうする!)

 

 ビットを操作しているセシリアは優介を完全になめきっているのか、優介の方を見ながら空中で停止。移動するのは優介が向けた射撃や流れ弾を避ける程度である。隙を作り出すなら、奇襲をかけるなら油断している今しかない。けれど、優介には隙を作り出す策も奇襲をかける為の作戦もない。どうするべきか。ビットからのレーザーを避けながら考える。だが、ビットが鬱陶しく集中できない。焦ると同時にイラつき始めた優介はビットが居なければと憤慨する。

 

(くそ、破壊するしかないか)

 

 物が邪魔ならば退かせば良い。うるさければ音を遮断すれば良い。鬱陶しい武装なら壊して使えなくすれば良い。そんなごくごく当たり前なこと。すばやく動かせるように装甲の薄そうなフィン状ビットはレッドバレットや近接ブレードなどでも破壊は可能だ。しかし、攻撃能力を持ちつつ被弾率を下げるために設計されたそれは近接ブレードほどではないが、薄く表面積が小さい。

 

(俺は……当てられるのか……)

 

 優介は左から放たれたレーザーを背面跳びのように紙一重で避けると、レッドバレットを構えた。当てるのは難しい。当てても破壊できないかもしれない。自分では、この刹那の間に命中させられないだろう。けれど、やらなければ何もしないまま終わり、また惨めになるの嫌だと心で叫び、狙いを定める。

 

 すると、音が遠くなったかのように小さくなり、時間が遅滞したかのように世界がスローモーションのようにゆっくりと動く。

 

(何だ、これ?)

 

 まるでアメリカ西部開拓時代を題材にした洋ゲーメーカーが作ったガンマンアクションゲームで主人公のスキルを発動させた時のようになった現状に優介は混乱する。だが、そんなゲームみたいなことが起きるわけが無い。優介は興奮して一種のトランス状態に陥って幻覚を見ているのだと解釈し、なんにせよ結果的に狙いを定めやすくなったと、内心喜びながら、狙いを定めて引き金を引いた。雷管が破裂し、火薬が爆発。レッドバレットの銃口から硝煙と共に銃弾が発つ。狙ったビットは何かに弾かれたかのように後ろへ吹き飛び、火を上げて爆四散。同時に「なっ?!」とセシリアが驚きの声を上げる。

 

(やったか?!)

 

 まさか自分が当てたのか。自分自身へ疑惑を持った優介であったが、手に残る引き金を引いたときの感触と耳に残る残響、ISに映し出された『ブルー・ティアーズ1を撃破』の文章から自分がビットを撃破したんだという実感がふつふつと沸き始めた。

 

(いや、落ち着け……まぐれかもしれないんだ……)

 

 自分があんな一瞬で狙い通りに動き回るビットを打ち抜ける訳が無い。残ったビットの攻撃網を避けつつ、確認するような気持で手近なビットを狙う。先ほどのように世界がスローモーションのように遅くなることは無かったが、なぜか、飛び回りながら、動き回るビットを冷静に眼で捉えられる。優介はさっきのはやはり興奮状態で幻だったのだと納得し、捕らえたビットへ引き金を引いた。

 

(やった!?)

 

 狙ったビットはオートに切り替えられたレッドバレットから連続で発射された銃弾に当たり、外装が剥がれ、爆散した。優介はそこで本当に自分が当てたんだという事実を認識し、感無量の思いになり、思わず叫びたくなった。だが、背中にレーザーを浴び、シールドエネルギーと共にそんな気分は消える。そして、追い討ちをかけるようにどこからとも無く、優介目掛けてミサイルが飛んできた。既に逃げられる距離ではなく、回避できるはずも無く、優介は無残にミサイルを受けた。火と熱が爆発し、衝撃を体全体に受け、爆発と共に発生した煙を巻き込みながら吹き飛んでいく最中、優介はセシリアの腰部サイドについている円筒形のパーツが前へと向いているのを見た。そこからミサイルを発射したんだと気付き、そしてセシリアがこちらへスターライトmkⅢを向けているのが眼に入った。

 

(まずい!)

 

 ミサイルのダメージでシールドエネルギー残量は40%を切っている。最初にレーザーで受けたダメージは10%。装甲が無い部分に当たり絶対防御が発動した際の数値であるが、これを元に計算するとレーザーライフルの攻撃を四回受ければ、シールドエネルギーは尽きて負けになる。

 

 負けたくない。

 

 最初は負けても仕方が無いと模擬戦の感覚ではじめた筈なのに優介は負けたくないと考えていた。何故、そう思ったのか自分自身理解できなかったが、それを悠長に分析しているほど時間は無い。急上昇し、煙が散り散りに消える中、スターライトmkⅢの射線から逃げる。しかし、上昇中、後ろからレーザーを受け、更に右からもレーザーが飛んできてラファール・リヴァイヴの右腕部へ被弾する。右腕へ来た衝撃で思わずレッドバレットを取り落とす。被弾したスキンアーマー部分の装甲が剥がれ、内部から煙が噴き出し、剥き出しになった配線から漏電する中、追い討ちをかけるように、また位置を変え、右と左で挟み込むように二機のビットがレーザーを放つ。逃げねば。とうとう自身を落ち着かせるのを忘れ、反応の遅いPCで何度もクリックするように、慌てて加速を重複して指示する。一瞬、チャージするかのような何かを吸い込むような音がしたかと思うと、ブーストが発動。急激なGが体に掛かる。今日、今までした加速よりも早く速い。初速の時点で最高速度へ到達。レーザーを知らぬ間に回避した。何かが込上げてきそうな不快感を腹に感じながら、優介は残った惰性で加速したままのラファール・リヴァイヴの機体をPICで勢いを殺し、停止した。だが、反動を抑えきれず、優介の天と地、上下が逆になる。

 

(今のは?)

 

 優介は自分が上下逆さまで宙に浮いている事など気にせず、はるか前方にいるセシリアと同じようにおどいた表情をしていた。だが、両者共にすぐさまハッとして現実へ戻り、戦いを再開する。

 

(今の……もし、使えれば……)

 

 残り二機となったビットの攻撃をかわしながら、今の急激な加速を使えば、自分は勝てるんじゃないか。優介は先ほどから湧き上がってきていた負けたくないという思いに一筋の光が射したような気がした。どうやったか、もう一度できるのか自問自答する。そして、自分が重複して起動指示を出していたことに気が付いた。どういう原理化はわから無いが、ブースターを連続して二度起動させれば起こるかもしれない。

 

(やってみるか……)

 

 急停止しながら上下を戻し、自分を狙い追従してきたビットへ向かい、ブースターをすばやく二度起動し、片方のビット目掛けて飛ぶ。轟音と共に先ほど優介が体験した加速、瞬時加速が発動。ひそかに優介は成功した事に喜んだが、起動時の出力と機体の角度が悪かったのか、このままではビットの左側を通り、すれ違うだけになってしまう。そう考えている刹那、ビットがあと数瞬ですれ違うところまで行く。優介は急いで近接ブレードを展開し、意を決して通り抜けざまに切りつけた。ビットは両断され落ちていき爆発する。

 

(この勢いだ!)

 

 ビットが残り一機になった事に気分を良くした優介は急停止すると、すぐさま方向転換。最後のビットへ向かい瞬時加速を使い、飛んでいき、ブレードで破壊した。

 

 これなら勝てるかもしれない。

 

 ビットを失い、セシリアは主兵装ブルー・ティアーズを失った。自分には強力な加速があり、セシリアよりも手数が多い。これなら勝てる。優介はセシリアへ向かって、もう一丁収納されていたレッドバレットを展開し、突撃する。セシリアがスターライトmkⅢで放つレーザーを右に、左に、上下に避け、レッドバレットを撃ちながら突っ込む。

 

(畳み掛ける!)

 

 引き打ちしながら後退し始めたセシリアに対し、レッドバレットを収納し、ショットガンを展開。瞬時加速を行い、一気に距離を詰めて近距離からショットガンの連射を浴びせる。

 

 つもりだった。

 

 瞬時加速をしようとブースターを連続で起動したところ、突然ブザー音が鳴り、エネルギー不足を知らせるメッセージが開く。

 

「はぁ?!」

 

(何でだ?!)

 

 そこで優介は思い出した。ISには二つのエネルギーゲージが存在することを。一つはHPであるシールドエネルギーのゲージ。もう一つはEP、機体稼動の為のエネルギーゲージ。優介は最初のうちはシールドエネルギーもエネルギーゲージも確認していたが、瞬時加速を乱用し始めた時から確認を怠っていた。

 

「あああああ?!」

 

 瞬時加速が成功せず、ショットガンを構えたまま中途半端なスピードで突っ込んできた優介にセシリアは容赦なくスターライトmkⅢとミサイルの総攻撃を行った。

 

 ミサイルの爆炎にまみれ、レーザーの衝撃に打ち抜かれた優介とラファール・リヴァイヴは落ちて行く。そして、地面へと叩き付けられると試合終了のブザーが鳴り響いた

 

『勝者、セシリア オルコット』

 

(……あぁ……期待なんてするもんじゃなかったな……)

 

 地面で仰向けに倒れている優介の中にはただただ後悔しかなかった。冷静に挑もうと思って冷静になりきれなかったこと。教えられたことを自分が一つも生かしていないこと。自分は勝てるわけが無いとわかっていながら勝利の可能性を信じたこと。様々な後悔が渦を巻く。

 

(結局……惨めなままか……畜生……)

 

 変わろうとしたはずなのに、自分は何も変わらなかった。優介の目尻に涙が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヴァンガード始めました。遊戯王とは違いますが、とても楽しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 敗北の味

マーダード 魂の呼ぶ声やってたり、ヴァンガードやってたり、プロット考えてたりして遅くなりました。短いですが、どうかお許しを。


 

「大丈夫ですの?」

 

 セシリアに落とされ、心拍停止を知らせるブザー音のような試合結果の放送を聞いてから、負けが確定した時と同じ仰向けのままで優介は声をかけられた。後悔に沈み、目頭に溢れ出そうとするものと、痙攣するように喉と鼻へこみ上げてくるものを我慢していた優介が声のする方、倒れている自分の足のほうへ頭を持ち上げ見ると、ブルー・ティアーズを纏ったままセシリアがスターライトmkⅢを収納して中腰になって優介へへ右手を差し出してくる。

 

(無傷……)

 

 けれど、ほぼ無傷のままのブルー・ティアーズの装甲が目に入り、優介その手をとらず、込み上げてくる心の叫びを押しとどめ、自力で立ち上がった。

 

 いや、立ち上がらざるえなかった。

 

 いくらビットをすべて打ち落としたとはいえ、相手は無傷のまま。対して自分はどうだろう。右腕は装甲が取れてケーブルやギア、基盤など内部機関が露出し、元々学園の訓練機で多少なりと傷が付いていたとはいえ、みすぼらしい程に破損している。まるで大敗の証を象徴するような機体の破損は、ブルー・ティアーズの装甲と比べることで、優介自身が敗者の烙印を押されたかのような気分にさせる。

 

(悔しい)

 

 試合後半に沸き起こっていた負けたくないという気持がまだ残っていた優介の心に、それは彼の後悔の念を一層強くし、蔑まれ馬鹿にされたくないという気持と、負けたもののセシリアに少しでも良いところを見せたいという思いと合わさり、強がりを強要。更にセシリアが差し出した手が優しさではなく、敗者への哀れみと蔑みだと誤認させた。

 

「だ、大丈夫です……」

 

 立ち上がった後、汗と疲労に塗れた体の中から、あふれ出す悔し涙を優介は強がり乾いた喉から、嘘と強がりで構成された言葉をひねり出し、予備エネルギーを使いピットへと飛び立つ。

 

「あ、ちょっと―」

 

 ラファール・リヴァイヴの修理、調整をしなければ次の試合に間に合わないから急が無いといけないと言い訳して、セシリアの姿と声を認識できなかったかのように無視し、優介は彼女から逃走した。

 

(最悪だ……なんて最悪な野郎なんだ、俺……)

 

 男の矜持を守るためといえば聞こえは良い。強がり、やせ我慢といってもまだ良い。けれど、自分の今の行動は拗ねて、捻くれて、我を張っているだけ。とてもいい年した男がするような行動ではない。男を自称する最低な餓鬼の行動である。

 

 ピットへ向かい、ゆっくりと宙を進む中、優介の目から淵一杯まで注がれ表面張力で留まっていた水が揺れて決壊した時の如く、堪え切れずに漏れ出てきて目尻に溜まった涙が頬を流れていく。セシリアが放課後の時間を消費してまで訓練に付き合ってくれたにも関わらず、自分はそれに見合う実力を身につけられなかった。ただ彼女の時間を浪費させ、試合に負けて拗ねて強がって彼女の差し出した優しさに猜疑心を抱き、曲解して拒絶して恩を仇で返した。

 

(……情けない……)

 

 グラウンド上空へ迫り出しているカタパルトデッキへと降り、自己嫌悪しながらゆっくりと歩いて優介がピットへと進むと、試合前に優介が借りているラファール・リヴァイヴを収納していたハンガーの周りに数人の女性との集団が居た。立ち止まり、かしましく談話をする彼女達を観察する。学園指定の作業服や使い込まれたツナギを着ている者が混在し、かろうじて制服を着ている者のリボンが黄色や赤であることから二年と三年の先輩だとわかった。

 

(そういえば、試合後に機体チェックをして修理、整備、補充して次の試合をするんだった……)

 

 試合前に織斑先生から諸注意を受けた際、全員試合後は機体を上級生の整備課生徒に整備させてから二試合目を行うと説明していたのを思い出した。整備課の上級生とはいえ、生徒が整備させるのは優介は万が一の事故が起きる可能性を考えてしまい不安であったが、整備を担当する生徒は全員整備課の教師の折紙付きで腕は国や企業の現役整備員と遜色は無く、教師が指示、監修、最終チェックすると言っていたので、疑心暗鬼ながらもセシリアや一夏に倣って承知した。

 

「はいはい、みんな蕪城君が来たわよ!」

 

 ハンガー周りの集団が件の整備課上級生達なんだろうと思っていつつ、優介があのかしましい空間へ声をかけるのを躊躇っていると、どこかで聞いたような声が耳に届いた。優介だけでなく、その声は整備課生徒にも届いており、声の主である紺色のツナギを着てクリップボード片手にハンガーへ近づく教師に注目が集まった。

 

「さっさと掛かるわよ」

 

 その一言と共に、各人思い思いの体勢で談笑をしていた整備課上級生全員が整列し、教師がクリップボードを見ながら読み上げる、優介の訓練機の状況を読み上げる。そして、それを聞き入っていた生徒達に教師が作業の割り当て「整備開始」と叫ぶと、全員が声を合わせて返事し、一斉に動き始めた。

 

(さすがに上級生なだけはあるな…………)

 

「蕪城君、ハンガーにラファール・リヴァイヴをセットして」

 

「え、あ、はい」

 

 てきぱきと準備を進めていく彼女達の姿に感心しつつ、上級生に整備をさせると聞かされたときに彼女達の腕前を疑った自分を恥じて優介が自己嫌悪していると、不意に左下から声をかけられた。見ると紺色のツナギを来た教師が立っており、優介が乗っているラファール・リヴァイヴをハンガーへ誘導しようとしていた。慌てて返事をすると、周りにいる人に気を付けながら、慎重に

 

ハンガーへと歩みを進める。

 

「よ、よろしく、お願いします」

 

試合と同じほどではないが、神経を使い汗を更に掻きながらハンガーへラファール・リヴァイヴをセットした優介は、降りるとすぐに名前も知らぬ先輩達へ頭を深く下げた。先輩方は「あいよー」と軽い感じに返事をしたり、胸を張って「まかしておいて」と自信満々に言ったり様々な反応を見せたが、全員揃って慣れた手つきで整備を始めた。

 

「おお!こっちのジェネレータ激アツ!オーバーヒート寸前じゃん!」

 

「右腕は総とっかえだね」

 

「あ、私が同期調整の準備しとくよー」

 

「よろしくー」

 

 優介は彼女達が教師の折り紙つきだと言う事を理解した。ISの整備を一度も見たことは無いが、彼女達の姿はプロに近かった。まるでモータースポーツでのピットクルーの如き迅速さと正確さ、連携が取れている。優介は試合前に彼女達の腕を疑っていた自分を恥ずかしく思った。相手を見てもいないのに、生徒だからだと勝手に不安がり、その腕を疑った。そもそも、自分ではできない癖に他人を批判する権利は無い。なんと浅ましいことか。試合後にセシリアへとった自分の行動も合わさり、余計に自分を攻め立てる。

 

「すみません、ちょっとトイレ行ってきます」

 

 ここに居たら自分をもっとみすぼらしくしてしまう。優介はトイレに行くと尤もらしい理由で、その場を後にした。

 

「おー、了解ー」

 

「しっかり振っ―」

 

「言わせねーよ!」

 

 整備課先輩達の会話は優介に届いていたが、後ろから聞こえてくる怒号や苦笑、笑い声は空虚にしか響かなかった。

 

 

 

 

 

 アリーナ内に設置されているトイレのうち、男性用はピットから二ブロック先の来客用しかない。優介は道中、再びあふれ始めた涙と悔しさに顔を歪めながら小走りで歩いていた。きっと誰かが見たら無様に思うだろうと優介は考えていた。幸いなことに途中では誰にも会わなかった。誰かに無様に思われることは無かったと安堵すると同時に、アリーナに居る人間が全員一夏の試合を望んでその場で待機しているのではと思い自分が誰の気にも留められていないと考え悲しみが増した。

 

(畜生……)

 

 どうしてこうなってしまったのだろうか。自分は変わろうとした筈だ。変わる為に逃げ出したい心を押さえ込み、試合へと望んだ筈だった。しかし、その結果は何も変わらず、何も得ず、むしろ、余計に自分をみすぼらしくして、惨めになった。こんなことならば、最初から逃げ出しても同じだった。無謀に結果を望み、無駄な時間を消費しただけ。むしろ、損である。

 

(何、期待してんだよ……馬鹿野郎)

 

 現在の境遇への悲しみがあふれ始めると同時に甘い考えで期待して試合に臨んだ自分への怒りが優介の中でふつふつと煮えたぎり始める。ちょうど、来客用男性トイレへと着き、中へと駆け込むと、湧き上がってきた感情を宥める為に、すぐさま壁と一体化した洗面台の蛇口を非接触式センサーで水を連続供給のモードにすると、勢い良く流れ出てきた水を両手で掬い、顔を洗う。

 

(落ち着け、落ち着け)

 

 掬い上げた水をぶつける様にして顔を何度もすすぐ。

 

(初心者なんてこんなもんだ。うまくいけば調子に乗りもするさ)

 

 優介は自分を慰めるような言葉を反芻する。だが、まるで沸騰し始め湯の如く沸き始めた感情は冷静になろうと蓋をしようとした優介の意に反して、その蓋を押し上げ始めた。

 

 自分は初心者じゃないだろう。拉致合宿で訓練を受けて、知識と技術を叩き込まれ、何度も模擬戦で叩きのめされた。おまけに一週間にも満たなかったが、対戦相手であるセシリアからIS操作の手ほどきを受けた。どこが初心者だ。ここまでしておきながら、自分は初心者だから負けて当然だというのか。

 

(黙れ、黙れ、黙れ!!)

 

 内側から響き始める自分の慰めの声ではなく、蔑み現実を冷徹に見せつけようとする声を打ち消そうと、優介はより勢い良く顔をすすぎ始める。

 

 いや違う、自分は初心者だから負けたんじゃない。未熟だから負けたんじゃない。お前は敗者、根っからの敗者だから負けたんだ。負け犬になったんだ。負けろ事しかできない、勝つことなど不可能な生まれながらの弱者だから負けたんだ。

 

(違う違う違う!!)

 

 響く言葉を認めたくない自分の心がパニックになるのを落ち着けようと、打ち消そうと優介は蛇口から勢い良く出たままの水を頭から被る。短髪の頭部から跳ね返った水しぶきが洗面台を濡らし、周りの壁や床も濡らす。

 

 なら、何故、お前は織斑一夏を見ると、自分を惨めに思うんだ。それは自分が人間として劣っているからだろう。自分が負け犬で、勝利の可能性など持たない下劣な人間だからだろう。

 

(違う、俺は……俺は違う!)

 

 顔を上げ、頭の中へ響いてくる声を頭の奥へ押し戻そうとする風に手で顔を覆い響いてくる声から逃げ出そうと、歩こうとしたが、試合の疲れからか、精神が不安定になっているからか、弱弱しい足取りでしか動けず、よろめき壁に寄りかかる。

 

 違うなら、何故、お前が好きになった鈴は、お前に見向きもせず、一夏ばかりを追い続けていたんだ。それは自分が根っからの敗者で、魅力が無かったからだろう。負け犬だから一夏にも嫉妬したんだろう。

 

「黙れ!!」

 

 割り切ったはずのの初恋の相手への好意と、押し込めていた一夏への嫉妬心までもが沸き起こり始めた。優介は忘れようと、惨めな自分から変わるために忘れようとしていた思いまでもが自分を攻め立て始めた事で、混乱し、無理やり声を止めるために、後ろの壁へ頭を打ち付けた。

 

「黙れ!黙れ!黙れ!」

 

 頭から声を追い出そうと、本物かレプリカかわからない大理石の壁に優介は頭を打ち付ける。数度頭を打ち付け、最後に一層強く打ち付けたところでようやく声は止まり、その場にへたり込み、蛇口から勢い良く流れる水の音と荒々しい自分の呼吸が響くトイレ内で、髪と額から床へ滴り落ちる水をただ呆然と眺めていた。内と外の残響が優介を一層、虚しくする。

 

(畜生、畜生……なんで頑張ったのに……)

 

 模擬戦から逃げ出さないことが、希望。今の自分から変わるための第一歩になると信じてやった。頑張ればきっと報われ、胸を張って誇れる自分になれると信じていた筈だった。しかし結果は内の自分すらも蔑むような酷いもの。きっと、一夏やセシリア、箒、ティナ、クラスメイトも自分を蔑むに違いない。追い出した声で暗くなり空虚になっていた心が更に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 心が沈み、無気力になった優介は、そのままトイレに篭って逃げたかった。だが、無駄に残っていた自尊心が敗者の他に逃亡者というレッテルが張られるのを恐れたため、感情を押し殺し、何時も通りの無表情でピットへと戻ってきた。ラファール・リヴァイヴが収納されているハンガー近く、整備課先輩達の作業の邪魔にならないところに腰を下ろし、作業が終わるのを待つ。鬱々しい気分から大きくため息を吐きたくなる衝動に駆られるも、ため息をつけば周りから同情されるのを待っている哀れな奴だと思われるとその衝動を飲み込み、奥へと追いやる。

 

『勝者、セシリアオルコット』

 

 ピット内に勝利者を告げる放送が流れ、消沈していた優介は勝者の名前を耳にした時、安堵した。もし、一夏が自分が負けた相手に勝った場合、自分は男子学生の駄目な方としてレッテルを貼られ、周りから一層軽く見られ、蔑まれる。けれど、これでその心配はなくなった。

 

「えっ、早!」

 

「あ、あとちょっとなのに~」

 

「大丈夫だよ。織斑君の機体は各部チェックとエネルギー補給があるから、まだ時間あるよ」

 

 ラファール・リヴァイヴの整備の為に忙しなく動く生徒達。一夏とセシリアの試合が彼女達が想定していたよりも早く勝利宣言のアナウンスが流れ、試合が終わった事で焦り、より一層慌しくなる彼女達に整備課の教師が落ち着くように声をかける。

 

『蕪城』

 

「え、あ、はい、織斑先生。何ですか?」

 

 いきなりコンソールが立ち上がり、現れた千冬の顔に驚いた優介であったが、その様子は何時もどおり無表情であった為、出れも気付かなかった。

 

『クラス代表はお前と織斑に勝ったことでオルコットに決まった。本来なら時間も差し迫っていることでここで模擬戦は終了なんだが……』

 

「えっと、続行ですか?」

 

『ああ。政府と国際IS委員会からの指示で二人の実力を記録しておきたいということでな……』

 

「わ、わかりました……」

 

 優介は静かに恐怖心と怒りを抱いていた。この模擬戦はクラス代表を決めるためのものである。総当たり戦を予定していたが、一夏の機体搬入が遅れた事で順番が入れ替わり、優介とセシリアが模擬戦を先にし、セシリアが勝利。その後、一夏対セシリアの模擬戦が行われ、再びセシリアが勝利した。セシリアが既に二勝している為、共に一敗している一夏と自分が試合して、どちらが勝ってもセシリアがクラス代表になることは確定。一夏と優介の試合はやる必要の無い、無意味なものだ。

 

 優介は自分の中へ再び鬱々とした空気が満たされていく。また自分に試合をさせて、負けさせて惨めな思いをさせる気なのかと憤慨もし始める。

 

『体調は大丈夫か?』

 

「……だ、大丈夫です」

 

 そんな優介の様子を察したのか、千冬が声をかけてきた。事務的なようで少し心配するような気持が篭ったそれに、優介はここぞとばかりに鬱憤を爆発させこんな試合をするのは無駄だと返事をしたかったが、それは逃げたい自分を正当化しようとしているだけの愚かな行動で、そんなことをしても千冬を傷つけ、自分自身も傷付けるだけだと無理やり押し込めた。

 

『そうか……。では、お前と織斑の機体の整備、補給、点検が終わり次第試合を始める。準備が完了したらスタート位置で待機しろ』

 

「はい」

 

 空中へ投影されていたコンソールが消えると、自分の中から叱声が響いてくるのがわかった。

 

 またかっこつけているのか。無意味な行動だ。どうせ負けてみすぼらしくなるのに、いや、既に負けて十分にみすぼらしいのにまだかっこつけて、大人ぶるのか。見栄ばかりを気にする愚かな奴だと叫び始める。

 

「点検よーし!」

 

「がんばてね」

 

 整備が完了し、ハンガーのラファール・リヴァイヴに乗り込む際、先輩方から激励を受けた優介であったが、今の優介には自己嫌悪も相俟って自身を追い込む言葉にしか取れない。

 

「はい、ありがとうございます。頑張ります」

 

 ラファール・リヴァイヴを固定していた圧縮空気が抜ける音と共にハンガーの固定具が外れ、機体が解放される。優介はコンディションを確かめるためISに機体の状態を表示させ、確認すると完璧だった。

 

(すごい、あんな短時間で……)

 

 試合間の50分ほどで、破損箇所がすべて修理されており、優介は素直に感心する。そして、こんな整備を一生懸命やってくれた彼女達がそんな言葉を自分にかけるはずが無いと信じて感謝の言葉を返した。本日数度目の期待。期待することが自分にとってどれだけ愚かな行動か知っているにも拘らず、またやってしまった。

 

(こんなことだから、俺はいつまで経っても変わらないんだ……)

 

 意気消沈し、自分の学習能力の無さに嘆きながら優介はカタパルトへ移動し、管制室からの発進許可が下りるのを待つ。

 

(俺が負けるのに何で試合なんてさせるんだよ)

 

 自分は量産機だが、一夏は専用機。スペック差は熟練者であれば埋められるだろう。だが、先ほどのセシリアとの試合で自分ではそれを埋めることはできなかった。そんな自分が一夏に勝てる訳が無い。棄権してしまいたい。優介は一戦目前に考えて事と同じ事を考えるが、それはもうできない。千冬にも体調は大丈夫だと言っており、自分の学習能力の無さを嘆いたばかりでそんなことはできない。更に訓練機を完璧な状態にまで整備してくれた先輩方に申し訳が無い。

 

(けど……一生懸命やったって……畜生……)

 

 先ほどの試合を思い返し、悔しさが込み上げ、怒りまでもが込み上げてくる。だが、あれは努力が足りなかったからだと、まだ一生懸命さが足りなかったからだと無理やり押しとどめる。癇癪を起こしそうな自分の心を落ち着かせるために更に深呼吸していると管制室から発進許可がおりた。

 

(……畜生……)

 

 惨めな思いはしたくない。嫌なのに、どうして惨めになるような機会しか俺には訪れないんだ。優介は自分の境遇を呪いながらカタパルトを飛び立った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 代表決めVS一夏

あけましておめでとうございます。今年はなるべく投稿ペースを上げるために努力しようと思ったのですが、仕事が今までよりも忙しく、辛くなるので、今まで通りか、それよりも少し遅くなると思います。
けれど、よろしければ応援よろしくお願いいたします。


第十二話

 

 

 アリーナ中央付近。前の試合での破損など無かったかのように修理されたネイビーカラーのラファール・リヴァイヴへ搭乗し、優介は開始位置である空中に居た。背部ユニット上部から左右に伸びるマニピュレーターで接続された二対のカイトシールドの如き物理シールド。背部ユニット下部へ取り付けられた可変推進翼。大型ヘリのテイルパイロン部を思わせる脚部。まるでSFのローターの無い攻撃ヘリを感じさせる姿ISを纏う優介は、白式の整備と修理が終了するまでに、雑念を取り払おうと黙って考え込んでいた。しかし、結局は堂々巡りの自己嫌悪にしかなっていなかった。感じる惨めさと恐怖。今の自分が居る環境への怒りと憤り。それらが過剰なまでの自身への蔑みと変わり、優介自身を嫌悪させる。

 

(くそ!くそ!くそ!)

 

 必死に自分へ希望を持たせるためにポジティブな言葉を投げかける。だが、心の中ではすべては見栄を張るためだと投げかけた言葉を否定され、逆に蔑む声が反響する。見てくれだけを気にして周りにそう見えるようなアピールとパフォーマンスをしているだけの道化。いや、案山子だと。中身が空っぽで、何かを考え行動することもできない。手を出さなければ足を出すこともできない。やれることといえば、ただただそこに居るだけ。役目であるカラス避けの役目も満足にできない愚図。そんな愚図が努力をしたところでどうして報われる。どうして、そんな言葉をどうして信用できるのだろうか。

 

 やってみなければわからない。何とかなる。何かあれば、その時考えれば良い。勇気を出そう。

 

 そういった言葉が優介の頭に浮かぶ。だが、頭に浮かんだ言葉はどちらかと言えば、こういった言葉は一夏の専売特許。自分には似つかわしくない考えであり、不安と悔しさが溢れる今の優介には納得できるものではない。

 

(畜生、そんなんだから俺は駄目なんだ)

 

 再び同じ様なことを考え自身を否定すると言う堂々巡りの流れに自己嫌悪のスパイラルを紡ぎ、前試合の疲労からか、頭の働きが鈍くなり意識がぼやけていることも手伝って、無自覚に無駄に無意味な思考を重ねていく。

 

(くそ……畜生……)

 

 だんだんと周りの音が遠くなり、より意識がぼやけていく。原因を前の試合での疲労による眠気だと考え、働かない頭の状態ながらも、焦った。

 

 ISには安全上の観点から搭乗者を気絶させない機能、ブラックアウト防御が組み込まれている。これのおかげでIS操縦者は過度の衝撃やGを受けても気絶しない。ただし、ブラックアウト防御は作動しないケースが二つある。

 

 一つは搭乗者と機体のダメージが著しい場合。ダメージが著しい時、ISは不必要な機能をカットし、必要な機能へ機体エネルギーを振り分け、搭乗者と機体の回復を優先して行なう。この時の取捨選択で周囲の状況とエネルギー残量によってはブラックアウト機能は不必要と判断され作動しなくなる。

 

 もう一つは眠気。疲労と眠気から来るブラックアウトは搭乗者から発せられる脳波が睡眠時のものに切り替わるまでISには感知できない。ブラックアウト防御は搭乗者の意識がある時に発動することで気絶を防ぐ仕組みとなっている為、眠った際にISがブラックアウト防御を行なっても搭乗者の意識が即座に覚醒する事は無く、数秒のラグが発生する。

 

 ただし、こういったケースは稀であり、まず起こりえない。公式試合では過度な攻撃は減点や失格の対象になる為、普通はやらない。眠気も自己管理を徹底していれば眠気が襲ってくるなどありえない。もし、試合中に眠るような事があれば、それは末代までの恥となる。

 

 優介は眠気を払う為に首を振った。墜落してもシールドエネルギーがあれば、墜落した高度にもよるが、搭乗者防護機能と絶対防御で搭乗者は守られる。だが、確実に周りから嘲笑され、蔑まれ、見下される。それは嫌だと、優介は眠気を払う為に頭を左右に振った。だが、その効果は皆無。まるで自分の意識が体の奥へ引っ込み、余計に意識がぼやけ行く。そんな中、優介に何処からとも無く声が響いてきた。

 

 やってしまえ。

 

(やる?……何を?)

 

 やってしまえ。この響いてきた言葉が意味するものが何か。優介はわからなかった。いや、無意識にそれが意味するものに気が付いていた。だが、一般的常識や倫理、価値観がそれを拒否し、その答えを否定した。

 

 やるんだ、お前が望んでいることを。

 

(俺の望んでいること?何のことだ?)

 

 優介は響く声が望んでいる事をやれと言った瞬間、頭から氷水を被ったかのように体が緊張して強張り、心臓が他者に握り締められた様に締め付けられた。内心を見透かされている気分になり、震えながらも惚けて優介は誤魔化そうとする。自分はそんなことをしたいと思うような人間じゃない。そんなことをしては人として終わってしまう。それは絶対にいけないことだと自分に言い聞かせ、それの実行に賛同し始める自分の心の一部分を押さえ込もうとする。

 

 大丈夫だ。やってしまっても試合中の不幸な事故になる。大した問題ではない。

 

(そんな訳あるか!)

 

 暗い部分が吐いた甘言を優介は自身へ叱責することで掻き消そうとする。響く声が一歩を踏み出すように奨励する。だが、優介はその一歩を踏み出す事は今の環境を一変させる事であり、今までのすべてを破壊する一歩、破滅への一歩だと知っていた。

 

(そんなこと絶対にできるわけないだろ!)

 

 だが、しなければ、織斑一夏の影に居て、八つ当たりの標的にされ、比較されて蔑まれ、みすぼらしい一生を送ることになるになるぞ。それでいいのか。

 

 優介の心に暗く悪意に満ちたせせら笑う声が響く。今までに聞きたくも無く聞いてしまった陰口や嫌味、叱責、嘲笑が一気に記憶から噴出し、優介の頭や心を破裂させんが程に充満する。無表情で何考えているのかわからない。優しいだけしか取り柄が無い。一夏と居る目立たない方。影の薄い器用貧乏。今までに自分が傷ついた言葉ばかりが蘇る。優介は目を背け耳を塞ぎたかった。けれど、頭の中から溢れ出すイメージはそんな事をしても防げず、何故だか体が動かなかった。まるで体自体が存在していないかのように。そして、ある日の光景が映し出された。ツーサイドアップテールの少女が涙を流しながら何かをつぶやいている光景。嗚咽交じりに涙と共に言葉をこぼす。二度と優介は見たくも無い光景から逃げようと抵抗しようとした。だが、それは体が動かない現在の状況では無駄でしかなかった。

 

 ごめん。

 

 その瞬間、優介の世界にノイズが走り、昔の壊れたテレビ画面のような砂嵐の映像が一瞬映ると、破砕音と共に色が反転し、空間が澱んだ映像に変わる。居るのは先ほどと同じツーサイドアップテールの少女。けれど。その表情はほくそ笑んでおり、虫をどう虐めようかと考えている子供のように無邪気で悪辣。そんな彼女は口を開いた。

 

 何勘違いしてんの。キモイ。

 

 それから続けざまに言葉が発せられる。あんたと付き合うなんて無理。ごめん、あんたのこと嫌いなんだ。鏡見てから考えて言えよ。優介は、彼女があの時とは別の言葉を言っている事に気が付いていた。しかしながら、これらの言葉達が生き写しのような眼前の彼女から発せられている為、現実味を帯びている。

 

(違う!鈴はあの時こんな事を言っていない!)

 

 優介は否定する。過去と違う事実無根の映像を虚偽として拒絶する。これは自分自身の被害妄想だと言い聞かせるものの、今まで優介が覚えていた事柄がすべて嘘だったかのように信憑性が薄れていく。優介は必死に被害妄想を止めようとしていると、それに比例して更に知り合いの姿が浮かび、次々と優介を罵り始めた。やめろやめろと声を上げようとした彼であったが、まるで火口から流れ出てきた溶岩流の様な勢いで猛烈に迫って来たそれに彼はなす術が無かった。罵詈雑言の苦しみと痛みに飲まれ、優介は身を硬く閉ざした。

 

 おーい、優介。

 

早く苦しみから解放されたいと思いながら揉まれる優介は罵詈雑言の中の、とある声に気が付いた。思わず目を開けると、自分の周りを覆う黒い集団の奥に声の持ち主を見つけた。

 

(一夏……?!)

 

 集団を指揮するように奥の方から声を上げている彼は刹那、優介と目が合うと口角を吊り上げ、にたっとした笑いを向けてきた。まるで、優介の苦しむ姿を見てそれを楽しむかのような暗い笑った。

 

 あれは一夏ではない。優介はそれがわかっていた。それぐらいはわかっていた。普段、心の中で一夏が優介を貶めようとしているのではないかと疑ってはいたが、同時にそうではないとわかっていた。優介が自分を好きになれない理由が一夏の太陽の如き無垢な輝き。そんな輝く彼がそのような卑怯な、優介が嫌う自分自身の様な事をするはずが無いとわかっていた。

 

 いや、わかっているはずであった。

 

(くそ、畜生、この野郎!!)

 

 周りの人間、黒い影のようなシルエットがまるで引火したガソリンまみれの人形が全身を焼かれていくように揺らめき、黒い炎へと変化していく。周りを火の粉を煌かせながら、黒煙で煤を撒き散らし優介の心を汚す。沸き起こる熱で焼き苦しめ、怒りを燃やし憎しみを焼入れた。

 

(畜生!畜生!畜生!畜生!)

 

 一心不乱の叫び。表に出ることの無い優介の絶叫。泣き声のようであり、怒号のようである、それ。意識が再び薄れていく中、優介は叫び続けた。悔しさが爆発し発せられた声であったのか。それとも助けを求める救援サインであったのか。ごちゃ混ぜになり、まるで自分の感情すらもモザイクが掛かっているかのようにわからない。

 

 ただし、優介には理解した事が三つある。これから自分を動かすのは溜め込んだ負のの感情の爆発。炸裂した怒りの矛先はこれから来る試合相手の一夏に向かう事。そして、やっぱり自分は変わることができず、惨めな者でしかないと言う事であった。

 

 

 

 

 

 

 

「またせたな、優介」

 

 ピットから飛び立ち、アリーナ中央の待機位置へ飛んできた一夏はネイビーカラーのラファール・リヴァイヴを装着し空中で俯いた状態で待機している優介へ声を掛けた。セシリアとの試合前に一次移行を終えた白式。背後に一対の巨大翼型推進器、ウイングスラスター。踵に鉤爪の様なパーツが付いた脚部。打鉄に似た近接武器を扱い易くしたシンプルな腕。白をメインとし、青とアクセントとして一部に黄色が塗装された外装。白式を纏った一夏は、さながら翼の生えた剣士。そんな有翼剣士は胸の中に決意の炎を燃やしていた。

 

 一夏はセシリアとの試合で姉である千冬の名前を守ると宣言した。それは周囲や自身への決意表明であり、両親がおらず、兄弟二人で生きていくしかない中、姉として弟の一夏を守ってきてくれた千冬へこれからは守られるだけではなく、自分も家族を守っていく事を伝える意思表示であった。だが、それは叶わなかった。白式の唯一仕様の特殊能力【零落白夜】の特性を理解していなかった為にシールドエネルギーが切れた為である。【零落白夜】は近接ブレード、雪片弐型が展開し形成する光の刃によるバリアー無効化攻撃。相手のバリアーを切り裂き、搭乗者本体へ直接ダメージが入れ、ISにシールドエネルギーを大幅消費する搭乗者保護機能、絶対防御を発動させてあいてのシールドエネルギーを大幅に削るものである。ただし、【零落白夜】の発動にはシールドエネルギーが必要であり、その事実を知らなかった一夏は最後の一手として無意識に発動した【零落白夜】の発動時必要シールドエネルギー量が残っていたシールドエネルギーを上回っていた為、シールドエネルギーが0となり負けた。

 

(今度はあんな失敗はしない!)

 

 試合後のピットにて、白式の整備中に千冬から、その特性をアドバイスとして教えてもらった一夏は今回は【零落白夜】を使いこなそうと考えていた。それはセシリアの試合で無様な姿を見せてしまった千冬と幼馴染である箒へ良い姿を見せて汚名返上するのと合わせて、優介に全力でぶつかって勝ちたいからであった。優介とは特に因縁があるわけではないが、同じ学び舎で学ぶものとしてどちらが上か全力で挑みたい。一夏は無自覚ながらも、彼を好敵手として認識し始めていた。

 

(あれ、聞こえてないのか?)

 

 やる気に溢れた一夏はふと、自分の声掛けに優介が反応していないことに気が付いた。俯いたままこちらを見ようともせず、空中の試合開始位置に浮いているだけである。

 

「おーい、優介」

 

 自分の声掛けに応答が無いことに不安を感じつつ、ただ単に聞こえていなかっただけかと思い一夏は再度優介へ声を掛ける。今度は顔を上げ、こちらに目を向けた。だが、一夏を一瞥すると目を閉じ再び俯いた。

 

(緊張してんのか? それとも……あ、落ち込んでるのか……)

 

 一瞬、見えた彼の目に死んだ魚のように光が無かった事が気になった一夏であったが、錯覚だろうと考え優介が返事をしない理由を考え始めた。そして、前のセシリアとの試合で負け自信喪失しているのだろうと言う結論に至った。中学から優介は自分のペースが乱されたり、失敗すると途端に自信を喪失する傾向にあった。普段通りの表情でわかり難いが、そういった時は今と同じように俯いている事が多かった。どうやら、本人曰く色々考え込んで余計に自信をなくして目を合わせられないから俯いてしまうらしい。

 

『二人とも準備は良いか?』

 

 優介が気兼ねなく全力でいけるようになにか、励ましや発破を掛ける言葉を一夏が考えていると、残念ながらすぐに千冬から最終確認が入り、言葉を掛ける事はできなかった。

 

「いつでも大丈夫です」

 

 優介は一夏が声を掛けたときとは違い、管制室からの通信には顔を上げて、何時も通りの三白眼の無表情ですぐに返答した。ただし、目の輝きは無い、どこか病んでいるような眼。どこか台詞を言わされているような声を出した優介に一夏は違和感を感じていた。

 

「ああ、こっちも大丈夫だ」

 

 違和感を感じていたものの、落ち込んでいるのではないかと心配していた優介が普通に答えたのを見て、一夏は違和感の事は忘れ、どこかほっとしていた。優介はセシリアと放課後に訓練をしている。クラスメイトが噂していたのを思い出し、一夏はもしかしたらメンタルも鍛えられて、もう自分が知っているほど落胆はしないのかも知れないと推測した。

 

(メンタル共に成長してるって事か。余計な心配だったな、こりゃあ)

 

 中学の時に助け合うことが多かった。IS学園に入学してからは中学三年の時に別のクラスになったのと受験勉強から付き合いが悪くなり、関係が薄れてしまったが、それでも友達として真っ先に助けようと、ある種の使命感から心配していた。だが、杞憂であった事に気が付いた一夏は優介が成長していないと思い込んだ自分を恥じ、反省する。それから、それならば自分も成長している事を見せつけようと気合を入れ直した。

 

『それでは、織斑一夏対蕪城優介の試合を開始します』

 

 その言葉を聴いた瞬間、一夏はまるで獲物を狙い猫科動物が体を屈め、狩る用意をする様に、雪片弐型を展開し、右手で柄を握り締め左手を添えて正眼に構えた。

 

(まずは先制して、こっちの間合いに持ち込み、ペースを掴む!)

 

 優介はセシリア戦では銃器による中距離射撃をメインに戦っていた。武装が近接ブレード、雪片弐型のみである一夏の白式では先にペースを掴まなければ勝利は難しい。ペースを握られる前に自分が得意とする間合い、接近戦へと持ち込み、その距離を絶対に死守し続け戦えば、優介の戦術は生かされないと考え、試合開始直後の突撃と速攻を一夏は画策。幸いなことに試合開始前の現在、優介は手ぶらの状態成功する見込みはある。だが、セシリア戦でレッドバレットを高速展開していたので、簡単にはいかないだろう。優介よりも数瞬でも早く動き出さなければならない。接近し銃の射程の内の内、優介の懐へ飛び込み【零落白夜】のよるバリアー無効化攻撃で絶対防御を発動させ、一気にシールドエネルギーを削れば自分に勝機はある。失敗したならしたでまた作戦を練ればいい。

 

 

 そして、集中力を研ぎ澄ませ、試合開始のブザー音が鳴り響くと、草むらから獲物へ襲い掛かる猫科猛獣の如く飛び出した。ブースターを一気に点火させ、【零落白夜】を発動した雪片弐型を構え突撃する。

 

 だが、一夏の右肩と胸の中間部分へ衝撃が走り、爆音と熱が爆ぜた。

 

(アサルトカノン?!)

 

 後転しながら後ろへ吹き飛ばされる刹那、一夏の眼はガルムを構えている優介を捉えた。FN P90と言うベルギーのサブマシンガンに類似した形状のアサルトカノン、ガルム。優介は一夏が雪片弐型を展開するよりも早く展開し、同時に撃ったのだ。

 

(嘘だろ)

 

 単純に考えれば、優介が高速展開と早撃ちを両方同時に一瞬でしたと言うことになる。展開はイメージし慣れていなければ呼出すのに時間が掛かる。先ほどの戦いではアサルトライフルのレッドバレットを初っ端で高速展開していた。なおかつ、試合中にメイン武器として多用していたので、一夏は優介が一番心象を描きやすいのはレッドバレットであると考え、彼の展開速度最速武装はレッドバレットだと踏み、そのほかの武装の展開は時間が掛かると推測していた。勿論、もしかすれば他に高速展開可能な武装があるかもしれないと危惧はしていたが、それが反動が高いアサルトカノンで、それで正確に銃撃するとは思ってはいなかった。

 

 一夏は空中で受身を取り優介のほうへ向き直ると同時に銃弾が飛んできた。思わず一夏は左腕で頭部と胴体を守るように翳す。連続で発射される銃弾が白式の正面装甲やISスーツのみの柔な部分、一夏本体の前面へ飛来する。一夏は弾雨から逃れようと上空へ急発進。優介は重機関銃、デザートフォックスを腰だめに構え、連射しながら一夏の方へと接近してくる。M60に類似した形のIS用重機関銃、デザートフォックス。円筒形弾倉を左右二つ連結したCマグ型の弾倉を装着したそれは銃口から次々に弾と硝煙を吐き出していく。一夏は上下左右に移動しながらデザートフォックスの銃撃を避けるが、銃弾の炸裂と内部機関の動作に伴う反動で制御が効き辛くなる筈の重機関銃を優介は表情も変えずに扱う。一夏が避けてもすぐに銃口を彼のほうへ向け、追従しながら銃弾を連射する。

 

(くそ!このままじゃジリ貧だ!)

 

 先ほどからの銃撃でシールドエネルギーが3割も削れ、今も減っている。このままの状態が続けば遅かれ早かれ、シールドエネルギーが尽きて負けしまう。

 

「一か八か!!」

 

 一夏は上空に向けて飛ぶのを止め、急降下。一気に高度を下げる。そして、地面まで6メートルと言うところまで行くと、そこから地面へ平行になるように飛びはじめた。機体の制御が思ったよりほど上手くいかず、計画していたよりも低い高度まで下がってしまった事に機体制御練習の必要性を感じつつ、一夏は優介を確認した。彼はデザートフォックスを構えながら一夏に習い、地面に対して平行になるように飛んでいる。一夏は優介が自分の思惑通り自分に追従してくるのを確認すると、蛇行運転する車のようにランダムに揺れながら、狙いを付けさせないように飛びはじめた。だんだんと優介のラファール・リヴァイヴとの距離が縮まっていく。デザートフォックスの大量の爆竹が破裂する様な発砲音と飛来した銃弾が掠め飛んでいく音が響く。一夏は飛びながら白式にヒットする弾丸が少なくなり、自分の作戦が少しは功を奏していると思う中、後を確認しつつタイミングを計っていた。自分が一か八かで立てた作戦はタイミングが重要。成功すればダメージを与えられ、なおかつ、こちらが有利な間合いとなる。だが、少しでも失敗すればペースはそのまま。いや、更なるへと追いやられる。そう考えた瞬間、プレッシャーが一夏へと掛かる。だが、一夏はそれをすぐさま振り払う。成功しなければ逆境のままなのだ。今はこの作戦を全力でやるしかないと雑念を振り払い、いや、感じたプレッシャーさえもスナイパーライフルのスコープの如くただ一点を狙う為に、自身の集中力を高める為に利用している。そして、自身がアリーナの壁まで残り30メートルを切った位置に到達した瞬間、一夏と優介の距離が絶好となり、急停止。そして、すぐさま上昇。追従していた優介が眼下を抜け、一夏の前方下方へと出た。

 

(貰った!!)

 

 優介のラファール・リヴァイヴが前に出ると一夏は白式のブースターを急点火。優介へ急接近し、後ろを取る。【零落白夜】を発動し、優介の背に向けて光の刀身を生やした雪片弐型を振り上げ、背部ユニットすらも切り裂くつもりで振るった。

 

「くそっ!」

 

 だが、雪片弐型の光る刃は寸前のところで空を切った。

 

 一夏は優介が自分の攻撃を躱したことに驚愕し、そして気付いた。ISの視界は前方を見ていても、そのままの視線で後方も確認できる。優介は一夏が急上昇した後、後方から仕掛けてくる事を予測していたのだと。故に一夏に追いつかれ雪片弐型の【零落白夜】に切り裂かれる寸前、紙一重のタイミングで避けられたのだ。

 

(くそ、もう一度突っ込むしか―?!)

 

 一夏が自分の読みの甘さを悔い、再度優介へ突撃する為に雪片弐型を構えた瞬間、一夏へ背を向け前方を飛ぶ形になった優介が、飛行状態のまま回転し前後を入れ替えた。自身が風を切る音を聞きながら一夏は彼の手にさっきまで持っていたデザートフォックスではなく連装ショットガン、レイン・オブ・サタディが構えられているのを確認した。二人の距離はレイン・オブ・サタディの有効射程圏内。白式のシールドエネルギーは【零落白夜】を発動させたせいもあり、既に残り4割弱。連射をまともに食らえばシールドエネルギー残量は3割から2割にまで落ち込む。下手をすれば、唯一の勝ち筋である【零落白夜】を発動させるシールドエネルギーがぎりぎりになり最悪セシリア戦の二の舞になる。

 

(ちくしょう!)

 

 優介の指が動き、レイン・オブ・サタディのトリガーへと掛かった。その時、優介が背中から何かにぶつかり。咄嗟に停止しようとした一夏であったが、加速していた事もあり一夏も優介へ体当たりをするように、同じくぶつかり共に機体の制御を失い地面へと落ちた。その時、優介のシールドエネルギーが一気に70パーセント消費され残りが30パーセントにまで減った。まだ発動していた【零落白夜】の刃が衝突の最中、ラファール・リヴァイヴへと当たったからだ。本来の刀として振るわれていれば優介のシールドエネルギーは一気に無くなり一夏は勝利できたが、【零落白夜】の刃に触れていた面積狭かった為、ラファール・リヴァイヴのシールドエネルギーを大きく消す事しかできなかった。一夏は偶然によるラファール・リヴァイヴシールドエネルギー消失の原因を理解してはいない。突然の対戦で優介に勝つ手段を講じるのと突然の壁への衝突の中で分析している暇などなく、一歩でも多く勝利に近づくことしか目にない。だが、一夏は地面へと落下する瞬間に受身を取ったものの、衝撃は通り、思わず顔を歪める。だが、その視界に転がってきた金属製の円筒を発見した。

 

(グレネードか?!)

 

 痛みの事はすぐに忘れ、すぐさま、起き上がり跳躍すると、倒れていた地面が爆ぜた。土煙交じりの爆風と共に飛んできた破片が装甲を掠れ火花を発生させ、一夏の露出した生身の部分にISが許容範囲内と判断した礫が傷を付ける。爆発の影響で吹き飛ばされるも、両腕をクロスさせるように身を守る事でシールドエネルギーの消費を抑えた。地面へ何とか着地した一夏は優介の姿を探そうとした瞬間、残っていた土煙を突き破り優介が出てきた。左肩を突き出すような形でラファール・リヴァイヴの背部ユニットから伸びるマニピュレーターに接続されている物理シールドを構え、突進してくる。一夏はこれを好機だと捉えた。右側へ飛び退くと好機と捉え優介の方へ向き直り、その無防備な背中へ斬りかかった。優介のシールドエネルギーは残り30パーセント。対する一夏のシールドエネルギーは40パーセント。遠距離攻撃の手段を持たない白式で勝つ為には少しでも隙を突いて攻撃を入れ、間合いを詰めなければ勝てない。射撃武器を持ち遠距離攻撃の手段が豊富な優介に勝つ為に一夏が考え付いた作戦は、試合開始時のものと何も変わらないものであった。彼自身それはわかっていたし、自分自身何も変わっていないじゃないかとあきれていた。だが、非常に自分らしいとも考えていた。一夏は性格上、あれやこれやと考えるのよりも一つのことを実直にやり抜く。これと決めたらそれをやり通す。

 

(決めたら最後までやり抜く!)

 

 雪片弐型を振り上げ、シールドエネルギー残量の都合上、この試合最後となる【零落白夜】を発動させようとした。

 

 だが、雪片弐型を振り上げ無防備となった一夏の腹部を何かで突かれた。

 

(何だ?!)

 

 後ろによろめきつつ一夏が見るとそこにはラファール・リヴァイヴの脚部。一夏が切りつけようとした瞬間、優介が後ろ蹴りを放ったのだ。そして、追い討ちを掛けるようによろめく一夏へ構えていたレッドバレットの銃床で一撃を加える。その衝撃に思わず後ろへ倒れかける。

 

(やべぇ……)

 

 どうやら絶対防御が発動したらしく、シールドエネルギーが30パーセントを切るまで減っていた。ぎりぎり【零落白夜】が発動できるラインの残量。発動すればだが、10パーセント以下の微々たるシールドエネルギーしか残らない。目の前にはレッドバレットを構え、今にもトリガーを引こうとする優介。試合が始まった時と同じ、死んだ魚のような光の無い目のままで一夏を狙う。

 

 ここで【零落白夜】を発動させ攻撃しても、もう間に合わない。自分が斬りかかるよりもレッドバレットによる射撃の方が速く自分へ到達する。そうすればシールドエネルギーが10パーセント以下の自分は負ける。逆に【零落白夜】を発動しなければ、【零落白夜】を発動できなくなるが、レッドバレットの攻撃は多少受けても敗北にはならない。現実的に考えれば発動させない方が利口だ。

 

(けど、これが俺のやり方だ!)

 

 だが、一夏は【零落白夜】を発動させた。倒れそうになっていたのを踏ん張り耐える。雪片弐型を持つ手へ更に力を入れ、ブースターを噴かせ、そして一夏は迷わず雪片弐型を横一文字に振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合冒頭より、優介は自分の体が自分のものでないような感覚にとらわれていた。まるで自分で考えている決めた行動をするよりも、条件反射で体が勝手に動いてしまい別の行動をとっているような感覚。まるで自分がラジコンにでもなったような感覚。体の動きに自分の考えが反映されない。いや、動くたびに自分が考え行動しているような気分になる。自分が一歩一歩一夏を追い詰めている、圧倒している気になりかける。だが、優介にはなんとなくこれは自分の行動ではないような気がした。そう思うと優介は情けなくなった。実際に自分が動いているにしろ、動かされているにしろ、一夏との試合をまるで他人事のように見る自分はさっきまで抱いていたはずの暗い感情も無く、ただ何も感じずに機械のパーツの如く動くだけ。いや、感情を出すことを躊躇している。余計なことを言って傷ついたり、傷付けた記憶がストッパーのように優介の感情が流れ出すのを押さえ、溜め込ませる。怖い。怖いから感情を出さない。それが安全、無難だから。だが、そうし続けているとまるで自分の色が抜けているような気がする。まるで水性塗料で描いた絵が水に浸され色が落ちていくように自分が無色透明になっていくような不安が生まれる。けれど、自分の感情や考えを出す事は怖いし危ない。ジレンマが生まれ、感情を出すべきか、このまま出さないべきか迷い、どうすればいいのかわからなくなる。

 

『けど、これが俺のやり方だ!』

 

 優介がジレンマに苛まれていると何処からとも無く、一夏の声が響いた。そして、光り輝く【零落白夜】の刃を構え、飛び出す。何故、【零落白夜】を発動させたのか。優介は知らないはずの白式の唯一仕様の特殊能力をなぜか知っていた。バリアーを切り裂く光の刃を雪片弐型から展開させ、絶対防御を発動させ、シールドエネルギーを削る強力な能力。だが、シールドエネルギーを糧に発動するため、現在、一夏のシールドエネルギーは一ケタ台。対するこちらは一撃でもまともに【零落白夜】の刃を受ければ敗北するシールドエネルギー量ではあるが、レッドバレットを構えいつでも迎撃できる状態。距離を考えてこちらの攻撃の方が先に届く。

 

(馬鹿だ)

 

 何故。理に合っていない。止め処なく驚愕と疑問があふれ出す。だが、同時に一夏らしいと思う自分が優介の中にいた。そして、小さい頃に祖父に言われた言葉を思い出した。

 

 感情は殺し続けなくても良い。ただ量をその時々で調整すれば良い。

 

 かつて、祖父に言われたことを思い出しながら、優介はレッドバレットの引き金を引いた。大切な祖父の言葉を思い出させ、その行動で大切なことをわからせてくれた一夏に勝ちを譲っても良いと思う感情が優介の中にはあった。けれど、それよりも強く、一夏に勝ちたいと言う感情があった。ただし、試合前に渦巻いていたようなドス黒い復讐心のような物ではなく、純粋な全力で戦い、自分の強さを証明したいと言う欲求。その欲求はこの瞬間、優介の中では何にもまして強い。優介は自分自身でトリガーを引いた。勝つために。

 

 

 

『勝者、織斑一夏』

 

 

 

 試合終了のブザーが響く中、一夏の荒い息が左後方から聞こえる。優介は手のなかにあるレッドバレットを見ると、ISに弾詰まりを知らせるメッセージが現れた。ISの武装が弾詰まりを引き起こすのはほぼ皆無に等しい。あったとしても0.001パーセント以下。偶然の勝利。弾詰まりがなければレッドバレットの射撃で優介の勝利となっていた。

 

(くそ……勝ちたかったな……)

 

 悔しさが溢れる。自己嫌悪する。優介は何時ものように自分が惨めに思えてきた。だが、優介の心は晴れていた。そして、何かに火が灯り始めた。

 

 




 少しだけでも主人公を前向きにしないと書いてるこっちが辛い。
 いろんな意味で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 とある企業にて EGF

ドーモ。ミナサン、作者です。色々とリアルで忙しくしていたりグータラしていたりして更新が滞りました。
しばらく書いていなかった所為でおかしな文章になっています。お許しください。

あと、話が短いのでストーリー進みません。はっきりいってこの話は読まなくても大丈夫です。

本当に申し訳ありません。

7/21 サブタイトルを「第十三話 動き出すもの」から「幕間 とある企業にて EGF」へ変更しまし、冒頭をカットしました。カットした部分は次話冒頭へ移します。
前書きと後書きの忍殺語の誤りとACVDキャラクター名を修正いたしました。
「ミナ=サン」→「ミナサン」
「すめやか」→「しめやか」
「ダウンダッチブル先生」→「ダウンギャンブル先生」


幕間 とある企業にて EGF

 

 

 

 壁とフロアが白い、その空間に配置されいるのは黒い重厚な色使いのモダンデザインインテリアの数々。幅40メートル、奥行き50メートルの巨大な間取りに見合った巨大な窓から日光が差し込む部屋。男はその窓から眼下を見ていた。

 

 オールバックに髪を固める整髪料の光沢がプラスされ見事に黄金色に輝くブロンドの髪。無精ひげの様に口ひげとあごひげが生えているが、決して不清潔感と不快感はない。モスグレーのスーツをきっちり着込み、マリーゴールドとマドンナブルーが組み合わさったストライプのネクタイを着けた彼は、厳かでありながら穏やかな矛盾した印象を持っている。

 

 彼が見下ろしている景色には片側三車線のまっすぐな道路とそれを挟むように左右に幾つもの巨大な工場、倉庫、ビルが立ち並んでいる。

道路の先は巨大な十字路。そこよりもまっすぐ進んだ先には数キロ以上の距離があるにも関わらず、彼が見ている窓からでも判るほど大きな町らしきものがあり、更に駅と滑走路がある。

 

 ここはアメリカ・バーモント州某所にある『EGグループ EGFアメリカ北部工業コンビナート』。『ナノからジャンボまで』がキャッチフレーズのアメリカを中心にグループ展開している企業エバン・グリーングループ、通称『EGグループ』。世界各国に工業コンビナートを有する国際企業である。そのコンビナート中心にある巨大なビル。まるでスペインのサクラダファミリアが近代的に改造、完成させられたかのような姿のそれはEGグループのグループ企業。エバン・グリーン・ファクトリー、通称『EGF』のアメリカ本社ビル。EGFとは環境産業用設備や水処理施設、ナノマシン、高精度作業機器などを製造し国際社会へ貢献しながら、戦闘機や戦車、銃火器、弾丸などの軍事産業や武器製造業まで行ない戦場へも貢献、『再生から破壊まで』と揶揄される程の巨大企業である。そんな企業の本社ビル最上階に灰色スーツのオールバックブロンド男はいる。彼は何かを待ちわびているかのように裾をめくり左手首の腕時計を見ると扉がノックされた。

 

「入ってくれ」

 

 オールバックの男はノックの主に聞こえるように了承すると自身の仕事机の前まで歩いていく。

 

「失礼します」

 

 ドアを開け、左手にロールされた紙を持ちながらひょろ長い白人青年が入ってきた。首からネックストラップでIDカードケースを提げ、まったく手入れをしていないのがわかるほどにボサボサな根元がすっかり黒ずんだブロンドヘアー。肩口まであるそれを六角形の雪結晶が刻印され中心にオニキスが埋め込まれたコンチョが着いているヘアゴムでまとめてある。水色のワイシャツにシルバーグレーのビジネスパンツという姿でワイシャツは肘あたりまで腕まくりをし第二ボタンまで開かれアンダーウェアーの黒のタンクトップが見える。

 

「何か用、兄貴。いや、クリス社長」

 

「とりあえず座れ、キース」

 

 ひょろ長の青年、EGF開発部主任設計士 キース・グリーンが頭を掻きながらオールバックの男、EGF社長クリス・グリーンが指した応接用の黒い本革ソファーへ腰掛けると応接用テーブルを挟んだ向かい、窓側の二つ並んでいる一人用ソファの片方へクリスも腰掛ける。

 

「望月君も来るから少し待ってくれ」

 

「なら先にこれ渡しておくわ」

 

 クリスが言うとキースは何の話か察し、同時に持っていたロール紙をクリスへ差し出した。

 

「これは?」

 

 クリスが受け取り、中身を見ているとキースは歩きながら壁際に設置された備え付けの棚に置かれた某コーヒーが有名なスイスに本社を置く雀の巣と言う意味の会社が販売しているコーヒーメーカーのところまで行く。普通であればクリスは社長として彼の行動を一喝しなければならないが、ここに今いるのはクリスとキースの二人のみ。実の兄弟ゆえに大目に見て、別段規律に厳しくする必要は無いと考え、その行動をとがめなかった。

 

「いやいや、待てよ兄貴じゃなくて、社長。その前にこれは何?」

 

 驚いた様子のキースが指差す方をクリスが見る。ワインレッドのコンパクトなカプセルタイプのコーヒーメーカー。その右には業務用のインサートカップとホルダー、マドラーが置かれ、インテリアにも見えるようなツリー状のホルダーにコーヒーチェーン店で出てくるガムシロップの容器が平たくなったような形のカプセルがトレイに整列している。

 

「何って、コーヒーメーカーだろ」

 

「いやいやいや、そうじゃなくて、そうじゃなくて、なんでカプセル式なんかなの?」

 

 そういって、カプセルの一つを摘み上げると上下のラベルを執拗に裏と表を返しながら読み、まるで不審物であるか如く慎重に見る。

 

「先週機械が壊れて新しいのを入れることにしたんだ。で、リース元の会社へ連絡を入れたら向こうの担当が向こうの担当が勧めてきたからな、秘書室の奴と一緒に取り替えた。いろんな味があってうまいぞ」

 

 リース会社の担当から薦められた事もあるが本当はクリス自身が使ってみたかっただけなのだが、職権乱用だとキースに言われると癪だと思い彼はあえて言わなかった。

 

「なんでこんなコストの高い無駄なことするかなぁ。単価も高いのに……」

 

 ぶつぶつ文句を垂れながらキースは摘んでいたカプセルを恐る恐ると言った感じでセットしてコーヒーを淹れる。

 

「嫌なら飲むな」

 

 キースが文句を延々と垂れ、クリスが気に入っているコーヒーメーカーを非難するので、彼はすぐさまキースのところまで行き、彼が苦心して淹れたコーヒーを取り上げた。

 

「ごめん!もう文句言わないから、カプセル超スゲェー!マジスゲェー!黙って飲むから返して!」 

 

 コーヒーがクリスに取り上げられると、キースは電光石火と言っても過言ではないほどにすばやく変わり身を果たし奪われたコーヒーを取り返し、おとなしくソファーへ座り、コーヒーを飲み始めた。 

 

 大人になって社会に出ても、ため息を吐きたくなるほど子供の頃から変わらない彼へ呆れると同時に懐かしさを感じリラックスしたクリスはキースがクリスの分を用意する気がなかったことに落胆した。

 

 クリスは複数種類があるカプセルから飲みたい物を選別しコーヒーも淹れるとキースへ持ってきた図面について尋ねた。キースは息抜きに図面を引いたボールペン大の250㎡の範囲にある通信機器、盗聴器、録音機器の機能を妨害するという超小型ジャミング装置だと説明する。悪用が効き、金の卵にもなりえるそれをキースは息抜きに設計したものだから好きにしていいと、まるで物置にあったガラクタをプレゼントするように言い放つ。異才と呼べるほど設計と製作に能力を局振りした弟の設計した物が予想通りに作動しなかった試しは無い。商品化すれば売り方によっては利益となる。

 

 クリスがキースの設計したものをどうするか思案していると、ドアがノックされた。

 

「遅れて申し訳ありません望月です。入ってもよろしいでしょうか?」

 

 入室を求める聞き覚えのある声に返事をするとドアが開けられる。フレームが細いスマートなメガネをかけたオールバックの黒髪。黒スーツに古びたピンクのネクタイをした青年が入ってきた。首から提げているIDカードケースには『USA第7研究所所属主任研究員 望月平助』と書かれたIDカードが入っている。アジア系特有の黄色い肌。切れ長な鋭く釣りあがった茶色い瞳をした目の彼は部屋の中に入ると、まるで猛禽類が獲物を探す時のようにクリスとキースを一瞥し、再度遅れたことを頭を下げて陳謝した。

 

「大丈夫だ、望月君。まぁ、掛けてくれ」

 

 クリスがキースの隣へ手を差し出し座るように促すと望月はソファーへ腰を下ろした。

 

「コーヒーはセルフな、ヘイスケ」

 

「大丈夫だよ」

 

 キースと平助は大学時代からの付き合いである為、クリスへ話すのと同じように平助へ話す。すると愛想笑いとも取れような微笑みを浮かべながら答える。

 

「さて、二人に来てもらったのは明日の会議前に我が社初となるIS開発計画の進み具合について尋ねようと思ったからだ」

 

 クリスは設計図を巻きなおし片付けると、二人の顔を見て試作機の開発状況を尋ねた。

 

「機体の基本構造は第一、第二世代の物を参考にしてラファール・リヴァイヴや打鉄よりも高性能で生産性の高い機体になるよう設計した。既に第7研究所の望月の所に試作を頼んでる」

 

「こちらは現在、機体のプロトタイプは90%まで出来ており、今日の午後には完成する見通しです。その後は調整と最終確認を残すのみになります」

 

 すぐさまキースがクリスの問いに答えると平助も続い報告を行ない、クリスが言っていた会議の日程までには試作機が完成すると告げる。

 

 彼らの報告は概ねクリスの望み通りといった進行状況であった。ソフトとハード製造はM&Aや引き抜きで得た技術者とメカニック。パッケージや拡張パーツ、互換パーツなどの商品開発によって得たデータ、経験、製造技術がEGFにはあった為直ぐにでも完成出来ると彼は踏んでいた。

 

「順調だな。やはり、君達ジーニアス世代へ頼んでよかった」

 

 ジーニアス世代。現在のIS研究と産業を担う人材でISの生みの親である篠ノ之束博士に及ばないながらも優秀な才能や技術を持つ者達が博士と同年代に数多くいた。そういった若者達の事をIS業界ではジーニアス世代と呼んでいた。IS発表時に十代であったのでその柔軟な思考でISの知識吸収したおかげだと言う者もいれば、ある秘密機関が作り上げた人工的な天才達だと言う者もいるそんな優秀な世代である彼らの内の二人がEGFにいる事をクリスはこの瞬間改めて幸福に思った。

 

「ただ、特殊武装の方は少し時間が掛かります」

 

 クリスが自分が定めた期限までに機体、EGF初のISが完成しそうだと知るとほっと胸をなでおろしたが、平助の言葉に不安が蘇る。第三世代の特徴であるイメージインターフェースの特殊装備に使う技術の実験は済んでいる。だが、それを応用し正式な装備を造るには運用テストが必要である。

 

「申し訳ありません、半端なものを完成品と呼びリリースしてEGFの名を傷つけたくないのです」

 

「そうか……しかたないな」

 

 どうにか早める事はできないかと平助へ尋ねようとしたクリスの先を取るように平助は真剣な面持ちで答える。これにはクリスも退かざる得なかった。

 

 オリジナル機体の開発は2年前汚職と横領で逮捕され解雇された前社長に替わり新社長として就任したクリスが立ち上げた企画。新社長として成果を上げなければいけない一方、今後の事を考えると第三世代機開発は必須であった。各国が第三世代型開発へ開発計画をシフトしている現在、ISスーツや作業機械などの関連商品とIS用武器や銃弾、IS内部のパーツとパッケージで儲けている会社の収益は黒字だが、それは現状各国が防衛用ISへ第二世代機を当用しているからであり、このまま第二世代機に沿った展望のままでは業績は悪化するのは確実である。欧州のイグニッションプランでは既にイタリア、ドイツ、イギリスの第三世代機が候補に上がっており、某国IS開発局は来年度にはデュノア社のライセンス生産の契約を打ち切り、現状あるラファールの数体を解体しコアーを第三世代機試作用に回す計画を立てているとの情報や噂が特派員や各支社から既に届いている。早目に開発計画をシフトしなければ、第二世代型に対応した商品だけではいずれは古き時代に残され、時代の荒波に飲みこまれることになる。現にISシェアNO.1と称された『SHOT』でさえ、第三世代機開発が滞り、下請けからお払い箱になりかけている。

 

 今までは開発効率とISの数を揃える事を優先し企業と政府の分担で機体開発を行い構造と開発ノウハウを共有していた。だが、それは政府直轄の研究所が解析、研究する為にこぞって民間企業を利用していただけであり、ソフトとハード開発のノウハウを吸収した今、既存のものに生えかけのカビ程度の毛を生やしたようなISしか生み出せなかった企業は国庫援助を打ち切られ経営難に陥り倒産の危機にある企業も出てきている。EGF社長としてのクリスにとって見れば分配される研究用コア枠が拡大され、簡単にM&Aと引き抜きで埋もれていた人材をEGFへ迎え入れる事ができたので濡れ手で粟どころか偶然二束三文で購入した土地に油田が眠っていたぐらいにぶったくりであったが。

 

 兎にも角にも第三世代量産機の互換パーツ製造やパッケージ、武装を開発して売るという方法もあるが、下請け他社IS依存からの脱却しなければ、未来はない。各国が独自にイメージインターフェースの特殊装備を研究している今、自分達も早目にデータを蓄積し、商品や武装へ反映させなければ、汚職や横領で腐敗しているとただでさえ低下している国に対しての企業イメージが更に低下してしまう。だが慌てては事を仕損じる。クリスは自分の守るべきものを思い出し、優秀な人材と資金があれば直ぐにでもできるとどこか甘く見て焦っていた自分へ気合を入れ、気を取り直し会議で発表する内容について二人と細かく打ち合わせをしはじめた。

 

「では、次の会議ではよろしく頼むぞ」

 

「あぁ、わかった」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 一通りの打ち合わせを終えたのはキースが来てから一時間経った頃であった。会議での連携を再度クリスが頼むと、キースと平助は二者二様の返事をして腰掛けていたソファーから立ち上がる。

 

「あ、望月君はもう少しいいかね」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「いや、実は操縦者の候補選定について特殊装備も考慮して決めたいので意見が欲しいんだ」

 

 そういって、仕事机へ戻ったクリスは左脇においてあるデスクチェストの一番下、三段目の大きな引き出しからファイルを取り出し、平助の元へ持ってきた。平助がそれを開くとまだ残っていたキースが横から覗き込む。

 

「なんで俺には聞かないんだよ」

 

 若干拗ねた様な声で平助が呼んでいるファイルを覗き見しているキースは抗議の声を上げる。

 

「では聞くが、お前はどんな操縦者ならお前の機体を操れると思う?」

 

「誰でもできるさ。じゃなきゃ、あの手のは意味無いだろ」

 

 キースの答えはクリスが予想していた通りの答えであった。キースはISをスポーツ用外骨格とは思っていない。それは間違っていない世間での一般的な意見である。だが、彼は特に他の者よりも、その意識が強く、兵器の原則である使うものを選ばずに安定した力を行使できる物という定義をISにも適応できるようにすべきだと考えている。そのものが持つ本質を捻じ曲げず、その通りに使うべきであると彼は思っているのだ。

 

「なら、いいだろう」

 

「ま、それもそうだな……」

 

 キースは一気に興味が失せた様子で立ち上がると軽く挨拶して彼はすぐさま社長室を後にした。キースが出て行くのも気にも留めず平助はファイルへ目を通す。すると平助はあるページを見て止まる。クリスが覗くとEGグループ役員の一人が推薦する蕪城優介のページであった。役員が二番目の男性操縦者として名が出ている彼を広告塔として使わない手はないと提案したので候補に加えたとクリスが教えると平助は溜息をついて首を横に振った。

 

「まあ、言いたい事もわからなくはないですが、2人目の男性操縦者の彼は現時点では論外です」

 

 平助の意見は他所に邪魔されず実験データを取れるIS学園にいる世界中が注目している男性操縦者であるが、蕪城優介は二人目であり、話題性と見た目のインパクトに欠ける。そして、何より現時点での優介の操縦者としての力量が未知数であるため信頼性に欠け、EGFが望む結果を導き出そうとする意思や自負を持っているかも判らないとの事であった。

 

「だが、彼の実力や人柄は実際に見なくてはわからないだろう」

 

「はい、そのとおりです。なので、『現時点で』です。もしこれから才能を見せるのであれば候補に入れるのも手です」

 

 現時点では今後の活躍次第で採用を視野に入れて考える事が出来る程度だと締めくくった平助へクリスは今相応しいと推せるのはいるか聞くと平助はあるページを開いてクリスへ見せた。

 

 そこに金髪の少女の写真が貼られており横には『ティナ・ハミルトン』と書かれている。

 

「なぜ、この娘を?」

 

 クリスは何故ティナを選んだのか疑問に思った。IS学園所属の生徒が操縦者になればIS学園の特異性から稼動データを公開しなくて済むメリットがある。だが、それならばにファイルに載っているほかの生徒、実力がある3年や2年の生徒でも良いはずだ。彼女は学園入学前特別講習でそこそこの成績を残してはいるが、他の候補と比べると見劣りする。

 

「まぁ、稼動データを長く取れるというのもありますが、こういう経験の浅そうな娘の方が柔軟に使ってくれそうな気がするので」

 

「なるほど、いやぁ、参考になったよ。ありがとう」

 

「いえ。実際テストしてから決めた方が良いですよ。実際、今作っている特殊装備に相性なんてあまり関係ありませんから」 

 

 そういった後、平助はそそくさと帰って行った。

 

 社長室に静寂が戻る。使い捨てのコーヒーカップを片付けるとクリスは仕事机へと戻った。窓から見える夕日を背にデスクチェアへ座ると、机の上に置いてある写真立てを手に取る。そこには赤毛と金髪の女性と二人の子供にしがみつかれたクリスが写っていた。それを見てクリスは微笑むと直ぐに目を瞑り、まるで瞑想するかのようにゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐き深呼吸をすると、写真立てを元の場所へ置く。

 

「よし、やるか」

 

 そうつぶやくと、コンソールを使い通信を始めた。

 

 

 

 

 

 




ACVDの法界坊さん並に傷つきやすい性格なのであんまり刺激的な言葉を言われるとたぶんダウンギャンブル先生みたいにしめやかに爆四散してしまいます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 ちょっとした変化

短い上に読者の方々からはどこかの学校で合宿を行なう女生徒のバイオハザード的なゾンビパニック漫画のアニメOP並みの詐欺だといわれると思いますが、書きます。


あ、別にゾンビものになるとかそういうわけではないので安心してください。



第十三話 

 

 

 

「初試合の上、連戦して疲れただろう。今日は早く休め」

 

「ありがとうございました」

 

 管制室に来た優介へ千冬は学園側からの諸連絡を伝え、試合に対する評価を簡単に伝えると労いの言葉を掛けた。試合は総合的に良いと評価を下した。セシリア戦では第三世代兵器であるブルー・ティアーズに最初は翻弄されたものの、弾道型以外はすべて撃墜した点と瞬時加速を使って見せた点の二点を選評。エネルギー残量の把握を怠った点を批判。一夏戦では相手の虚を衝く攻撃などを評価したものの、一夏に奇襲を躱した後の反撃に気を取られ壁に衝突した事を批判し、状況確認を改善点と上げた。優介は無表情な彼に珍しく、若干感情を表情に出しながら、それを聞いていた。

 

(模擬戦で得るものがあったようだな)

 

 千冬は彼のその表情に安堵した。優介はクラス代表決めの際、自薦も他薦もされていない。それなのに、千冬がどさくさにまぎれてクラス代表決めの模擬戦へ含んだのには彼の性格を何とかできないかと考えたのと、彼を見極めようと思ったからである。優介のような弱弱しい態度ではIS学園での生活は負担にしかならない。IS学園では女尊男卑の考えに関しては何も提言していない。けれど、入学者は女尊男卑の世の中で育った少女達。生徒によって、その度合いは違い、まったく女尊男卑などを気にしていない者もいる。しかし、IS学園には女性差別の憂さを晴らすように女尊男卑を提唱する保護者を持つ生徒がいる。そういった生徒は大概常識であるように男を低く見ている。クラス代表決めのときに見せたような弱弱しい態度のままで優介がいれば、格好の鴨となる。一夏が千冬と言う後ろ盾を持っている分、なおさらである。そうなった場合、できることならば、責任の一端を負うものとして優介を助けたいと思っている。一夏もそう思うだろう。けれど、相手も馬鹿ではない自分や一夏がいない時を狙ってくるに違いない。最後に自分を守れるのは自分だけ。懇願しても、正義だと思い、その考えに縛られたものを止める手立ては抵抗しかない。あきらめずに抗い続けるしか道はない。模擬戦に参加させて、彼を変えるかどうかは博打だったが、良い結果となって千冬は内心ほっとしていた。

 

(だが……)

 

 一方である疑念が沸き起こった。優介は勝負には負けたが、操縦と射撃技術に於いてかなりの成果を残している。代表候補生のレベルまでは到達していないが、一夏や一般生徒よりも上の技術を身につけている。それが不可解であった。対戦相手であるセシリアと放課後の訓練を行なっていた事は優介とセシリアの試合中に管制室で真耶達から聞いてはいる。だが、一週間放課後に練習した程度ではできるものではないと感じていた。政府から日本IS委員会を通して渡された公式の記録では優介のIS搭乗記録は学園が行なった機体搭乗テストのみでIS稼動時間は長く見積もっても40分程度である。放課後と休日の訓練時間は記録に残っていた稼働時間で合計15時間程度。これでは足りない。一般生徒と比べれば多い方だが、第三世代型ISブルー・ティアーズを使う代表候補生であるセシリアへダメージを与えるには不十分だ。

 

(まぁ、ビット破壊に関しては運に助けられたのが大きいかもしれんが……問題は射撃と回避だ)

 

 ビットの破壊は優介が偶然的に瞬時加速を試合中に発見したおかげでセシリアの虚を突くことに成功。だが、それはビギナーズラックが引き起こしてくれた成功である。格闘ゲームで適当にコントローラーをガチャガチャいじっていたら超必殺が放たれたのと大差ない。それよりも千冬が疑問に思っているのはレーザー攻撃回避と序盤の撃ちあい。相手行動報告と射線予測はISがしてくれるが、それを元に実際に機体を動かして射撃を回避するとなると初心者の反射神経では間に合わない。

 

 

もしかすれば、一夏と同じ類の才能を元から持っていたのではないか。千冬は彼を疑っていた。普段の弱弱しい態度は演技でどこかの組織が送り込んできたスパイなのではないかと。

 

「失礼しました」

 

 だが、管制室の自動ドアから出て行く優介を千冬は何も言わずに見送った。

 

(今は保留にしておくべきか……)

 

 はっきりとした正体は彼女にはわからず、目的も見当がつかない。彼の物腰が自分が知っているそれとはまったく違う事もあり被害妄想と言う可能性も捨てきれず、IS学園でもあり担任を務めるクラスの生徒である事で躊躇した千冬は今は彼を観察することにした。そして、観察結果で彼がクロとなった時はどのような形になろうと自分が終わらせると誓った。

 

 その時、再び自動ドアが開き優介が姿を見せた。

 

「あの……すみません先生。ちょっとお願いがあるんですが、いいですか?」

 

「なんだ?言ってみろ」

 

 優介が再び姿を見せた事に面食らい、まさか自分の勘が当たっておりそれに気が付いた彼が戻ってきたのではないのかと疑いの目を向けた千冬であったが、この後に彼の口から出た言葉は珍しく感心するものであった。

 

 

 

 

 

 

 

(まったく!なんなのですの、あの態度は!)

 

 自室でシャワーを浴びたセシリアはバスローブ姿で洗面台で水分をタオルで拭き取った髪をトリートメントをつけながら未だに憤慨していた。

 

 原因は試合直後に見せた優介の態度である。

 

 試合において彼はブルー・ティアーズのレーザービット4機を撃破すると言う快進撃を見せたものの、最後はセシリアに負けた。この結果に関してセシリアは特に不満に思ってはいない。むしろ、彼が結果はどうであれ堂々と戦ったと言う事を喜ばしく感じていた。それは放課後に彼の練習に付き合った事で生まれた情によるところも大きいが、彼女が心の奥底で望んでいた弱弱しかった亡き父が亡き母の為に努力をしていた証拠の手がかりになるような気がしたからである。更には優介が試合開始直前に棄権を勧告したセシリアへ彼女に教えてもらったのだから無駄にしたくないという旨を言っていた事もそれに拍車をかけている。けれど、それも最後に優介が行なった行動で台無しになった。

 

(折角、私が手を差し出してあげたというのに。まったく失礼ですわ!)

 

 セシリアはドライヤーのスイッチを入れ髪へ満遍なく温風を当てていく。だが、彼女のドライヤーを操る手つきはやや乱暴であった。それは優介を思い返すたびにまるで石油のように、より強く怒りを燃え上がらせ、より乱暴になる。

 

 自身を押し殺し弱弱しい初日の彼に対して、試合前のセシリアの勧告を震える声でも跳ね返した彼。初めて放課後の訓練で機体操作がうまくいかずセシリアへ突っ込んできた彼と、スターライトmkⅢの攻撃を初弾は食らったものの避け続けた彼。セシリアに叱責され落ち込んだ彼の表情と射撃精度がセシリアの訓練のおかげで向上した時に見せた彼の嬉しそうな顔。セシリアのおかげで彼は若干の成長を遂げられた。

 

(感謝すらされど、あんなスポーツマンシップに反したあんな事される覚えはありませんわ!)

 

 そう思い、再び最後に彼女がフィールドで仰向けになっていた優介へまだまだ実力が付いていないながらも力行した彼の奮闘を賞賛して手を差し出した時を思い出す。一夏に比べて魅力の欠片も無い、唇を噛み締めて堪えている様に見えた情けない彼の顔。思い浮かべただけで苛立ちと怒りが募り出す筈だった。だが、思い出すと途端に彼女の中の怒りは勢いを弱めていき、ドライヤーの荒々しい動きも大人しくなっていく。

 

(いえ……さすがに少し虫が良すぎますわ)

 

 優介が何を思って唇を噛み締めていたのかセシリアには確答出来ない。試合に負けた悔しさからか、セシリアに対する恐怖からか、情けない彼自身への怒りからか。いくつもの候補が挙がり、どれもが彼へ堪えさせれ原因だと思える反面すべてが原因でないとも思えてしまう。しかし、セシリアは自分の言葉が、彼女が優介に浴びせた辛辣な言葉が要因でもあると気が付いていた。放課後での訓練において指導に当たった際に言葉が厳しいものだった事は仕方がないが、それ以外の場面でセシリアは亡き父への憂さ晴らしとして優介を利用していた。それは許されるものではないし、優介も簡単に許せるものでもないだろう。もし自分が優介の立場ならそんな相手にスポーツマンシップに則った行動を取れるだろうか。しなくはないが、かなりの抵抗があるはずだ。

 

(やはり謝ったほうが……)

 

 ドライヤーのスイッチを切るとコンセントから電源コードを抜き、彼女はリビングの自分の机へと持っていき仕舞うと、IS学園に用意されているベッドよりも数段グレードの高い材料と技術で造られた天蓋つきのベッドへ横になる。ルームメイトが使っているIS学園のベッドよりも一周り大きく、ルームメイトのパーソナルスペースを明らかに圧迫し物理的にルームメイトに優しくないそれは優しくセシリアをベッド内部のスプリングによる揺らしながら受け止めた。

 

 セシリアは正々堂々と戦った一夏には彼の祖国と友人を侮辱した謝罪を言っても良いが、優介に対してはあちらから謝ってくるべきなのではないかと考える。

 

(ですが、正々堂々と戦ってましたわ。それに原因は……)

 

 そもそもの原因は自分である。過去の幻影を彼と重ね合わせ八つ当たりで傷つけたのだ。けれど、それで謝っては自分が尊敬していた母を傷つけた父を、家族の幸せを作ろうとした母や自分の足かせとなった彼を肯定する事となる。もちろん、本心ではセシリアは家族であり、親であり、母が愛した人物である彼を許したい。けれど、弱弱しく何の努力もせず母の愛に答えようともしなかったと言う先入観が、かつてセシリアの母がつくった鍋に同化したのではないかと思えるほど焦げ付いたホットケーキになる筈だった黒い炭素物質のようにこびり付いており、どうしても許せなかった。母を傷つけた父を許せないけれど、母が愛した父を許したい。そんなジレンマを考えながらセシリアは横になって目を瞑った。そして、まるで優介が行なっている自己嫌悪のスパイラルのように思考はループし、再び優介が何故セシリアが差し出した手を取らなかった理由を考察した。

 

(きっと、悔しかったのですわね)

 

 当たり前の事だ。一生懸命に練習すればするほど勝った時は喜べる分、負けた時のショックも大きい。彼は体面を取り繕うだけで本当の努力をしない情けない男では無い、自主練習や放課後の練習以外にも体力作りや勉学に勤しむことができる男だとセシリアは放課後に付き合った練習から感じ取っていた。。それに試合で怯えながらも真剣な眼差しで言い放った意気込み、威勢良く戦って見せた。ただし、彼はそういった努力を出来る人間の様だが、精神的にはまだまだ未熟で弱い。そうなれば、負けた時に努力がすべて無駄になった様な気分になってしまうだろう。

 

 セシリア自身、そういった経験がある。まだ両親が健在な頃、まだジュニアスクールの二年生だったセシリアは貴族の嗜みとしてテニスを習っていた。セシリアの母はどうせやるのならば高みを目指すべきだとセシリアを子供の地域大会へと出場させた。セシリアは母からの期待に応えるべく優勝を目指し大会まで練習に勤しんだ。そして、コーチからお墨付きを貰い自信満々で大会へと出場した。

 

 だが、結果は準優勝であった。

 

 あれ程練習したのに。何がいけなかった。思い返しても問題点と改善点が見つけられぬ。明らかな自分のミスがあれば自分を叱責し、次は改善出来る。

 

 けれど、見つからない。

 

 そこまで努力したのに何故ダメだったのか。セシリアは悔しかった。試合を観に来てくれた尊敬する母に申し訳がなかった。思わず泣き始めてしまったセシリアを母は「良くやったわ」と優しく抱き締めてくれた。胸の中で鼻水と悔し涙を流すセシリアへ「貴方はもっと成長出来る。次は自分をもっと高めれば、きっと大丈夫」と頭を優しく撫でてくれた。

 

(あら?)

 

 その時、セシリアはこの言葉をどこかで聞いた覚えがあった。これよりも後、別の人から。

 

(誰から?)

 

 彼女はどうにも気になり、優介の事を忘れ記憶を探る。

 

 幼馴染の専属メイドのチェルシーが両親が亡くなった後にセシリアを励ますために言っていたのを思い出すが、セシリアはそれよりも早く、初めて悔しさを覚えたテニス大会の後に聞いた覚えがある。

 

(たしか、……テニス大会の夜…)

 

『情けない僕からの言葉が何の役に立つかわからないけど』

 

 母に慰められてた後、セシリアは泣くのをやめた。家へ帰り、チェルシーへ次は自分を高めて頑張ると言って、あとに誰かが彼女の寝室の前で言ってくれた言葉。

 

『大切な、僕を支えてくれた、僕が支えたいと思った人の言葉だけど』

 

『セシリア、君はもっと成長出来る。次は自分をもっと高めれば、きっと大丈夫だよ』

 

『だって、セシリアはあんなに素晴らしいお母さんの子供なんだから』

 

『僕も頑張るから』

 

『お母さんに愛されるように……』

 

 セシリアは思い出した。そして、後悔した。自分は父が母を愛していたと言う命題に応える解を持っていたのに、それを忘れて父を叱責していた事実に気が付いた。思い返せば父はセシリアと母を気にかける様に声をかけていてくれた。しかし、母は叱咤激励する意味とある種の彼に対する甘えから厳しい口調で接し、セシリアは情けない男の言葉など聞く価値はないと聞き流していた。

 

(そういえば、葬儀でも……)

 

 部下だった人達が言っていた事をセシリアは更に思い出す。社長として働く母を陰ながらフォローしたり、バックアップしていた。激しすぎる情熱は時に周りの人間を疲弊させる。セシリアの母の熱い理想に共感できず、幾度サボタージュやストライキを画策する者たちがいたと。しかし、そんな時は父が交渉と調整を行い未然に防いでいたと。会社と母の為に。

 

 忘れていた。いや、優介を見た時と同じ様にくだらない先入観のフィルター越しでしか父を見ていなかった。

 

 セシリアは両親の不仲を自分が改善できる立場にいながらしなかったのでは無いかと疑い、後悔した。

 

 全ては自分のせい。母親の口調の所為や父親の弱々しい態度の所為では無く、全ては自分のせいだったと思い込み、失意のまま母を逝かせてしまった事を後悔する。更にそれだけでなく、父親を弱々しい態度だけで母の為に何もし無い、弱い人間だと決め付けて怒鳴りつけた事を後悔した。

 

 出来ることなら今から二人に謝りたいセシリア出会ったが、既に謝罪相手はこの世におらず、謝る事が不可能な為、途方にくれる。

セシリアは激しい後悔から贖罪の為にはどうすればいいか考え、優介の事を思い出す。父親の代わりとして八つ当たりをした彼へも謝らなければなら無い。

 

 セシリアは目を開けると優介と一夏へ謝罪を行なう事を決めた。あんな非礼を働くような情けない男に謝る必要はないと囁く自分自身の傲慢さへいくら相手にも非があるとはいえ、優介の行なった行動程度の非礼は水に流してこそノブレス・オブリージュだと反論する。更に彼が望むのであれば再び訓練を共にして関係の改善を計り、更には日常生活を通して立派な一夏のような男になるように調教すればよいのだとセシリアは明らかに謝罪に無関係で余計な計画を考え傲慢さを立てこもり犯の居る建物にありったけの催涙弾をぶち込むようにして無理やり制圧する。セシリアは壁掛け時計で時刻を確認し、試合終了時刻から優介が現在居そうな場所を計算し始めた。そして、バスルームで今頃シャワーでも浴びているだろうと考え、この学園で唯一男子がシャワーを浴びれるのは自室以外にないと推考するとベッドから勢いよく立ち上がり、クローゼットへ向かい制服へ手をかける。一瞬、彼女の脳裏に私服で優介を尋ねた方が彼に無用な緊張を与え無くてすむのではないのかと考慮したが、逆に普段と違う姿をしていては変に警戒される可能性がある上、正装とも取れる制服の方が謝罪の念が伝わると却下。普段学園で見せる制服姿になる。

 

(まずは今までの非礼は謝るべきですわね)

 

すぐさま部屋の出口へ向かいドア付近で室内用のスリッパからローファーへ履き替えると、彼へどのように謝罪を述べるべきか考えながらドアノブに手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 そして、気が付いた。

 

 自分が彼の部屋がどこか知らない事に。

 

 

 

 

 




 
夏のコミックマーケット。まだいったことがないので一度入ってみたいなと考えていましたが、匂いと湿気と温度、混雑などの諸事情により行くのを断念いたしました。
本音としてはオリジナルでパワードスーツ物の小説書きたいなとプロット考えたいのと短い夏季休業で無駄な体力使わず家でゆっくりしていたいと言うのが理由なんですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 セシリアの謝罪 1

 なんか単調な蛇足的な駄文です。

 あと、主人公は今回も出ません。かわいそうに、ギャラ発生しないじゃないか。


第十四話

 

 

 

 

「あ~、腹減った~」

 

「だらしないぞ、武士は食わねど高楊枝だぞ一夏」

 

 食堂へ続く寮の廊下を一夏は箒と共に歩いていた。箒とは同室と言う事で入学してから毎日一緒に夕食を食べに行っている。この日は放課後にクラス代表を決める為の模擬戦があり一夏は普段よりも空腹であった。思わずそれを口に出してしまい箒に注意される。

 

「悪い。いつもより腹ペコで、つい」

 

 一夏は彼自身確かにみっともないと思ったのもあり、箒がわざわざ注意をしてくれた為、それを快く受け止める。

 

 取り留めのない話をしたり、模擬戦に関しての箒の小言などを聞いたりしていると食堂へと着いた。

 

(さてと、今日は何にするかな)

 

 一夏は券売機上空に投影されている夕食の日替わり無料メニューへ目を通し、ボタンに書かれた定番の有料メニューとも見比べる。唸りながら迷う。

 

(迷うなぁ。Bのホッケ定食も良いけど今日は腹減ってるから、がっつりとカツ丼とかも食べたいんだよなぁ)

 

 IS学園の食事はそこらのチェーン店や食堂よりも美味い為、まだ入学して一週間しか経っていない今、一夏にとってみればほとんどが未知の宝と同じであった。無料のメニューも日替わりで違った料理を楽しめる上、姉の稼ぎに支えられている織斑家の財政事情にとってはとても魅力的ではある。が、最初の一週間は昼食以外無料メニューしか食べて居なかった為、そろそろ欲を掻き未知なる味への探求を行いたいとも一夏は考えていた。

 

「一夏、何を長々と考えている。早くしないと後ろの者に迷惑―」

 

 そう言いながら券売機に記された料理の誘惑に唸り迷う一夏の後ろに他の寮生が並んでいる事を指し示すように視線を向けた箒であったが、何かに驚いたように途中で言葉を止めた。一夏が不思議に思い後ろを振り向くと、そこにはセシリアがいた。けれど、いつも教室で見る彼女とは違い、しおらしく俯いて何か考え込んでいる。模擬戦に二勝してクラス代表の座を見事手にした彼女は何時もよりも態度を高飛車にしそうなイメージがある分一夏にはより暗く感じた。同じことを考えているのか箒が『一体どうしたのか』と目で訴えかけ一夏が『判らん』と目で答え再びセシリアへ視線を戻した時、彼女と目が合った。

 

「あっ、え?!」

 

 セシリアはまるで一夏がいきなり現れたかのように驚くと、慌てて周りを確認する。そして、恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

(もしかして、食堂まで来て俺の後ろに並んだ事に気が付いてなかったのか?)

 

「えっと、こんばんは、織斑さん」

 

 セシリアは気を取り直すように小さく咳払いをすると、彼女が無意識にここまで来た事に気が付いている一夏へ挨拶をしてきた。

 

「あぁ、こ、こんばんは。オロコッ、オルコットさん」

 

 一夏は今まで何度かセシリアに日常的な挨拶をされた事はあったが、その時は一夏の反抗心を煽るような今時女子の高飛車な態度でクラス代表決定戦に向けた挑発といった様子であった。だが今はそんな様子はなく、何かたくらんでいるのではないかと思えるほど下手な態度で、一夏は思わず狼狽してセシリアの名前を噛んだ。

 

「そのう……今までの非礼の数々申し訳ありませんでした!」

 

「えっ?」

 

 某妻子を殺された復讐心から宿ったニンジャの力を使ってニンジャを倒す事を決意したニンジャを倒す者が主人公の小説にあるような挨拶を互いに済ませた事で、セシリアからアンブッシュ、いわゆる不意打ちを食らわせられるのではないかと警戒していた一夏。だが、意を決したように彼女の口から謝罪の言葉が発せられると、不意打ち以上に不意を突かれ驚く。一夏の傍らにいる箒もまるで鳩が豆鉄砲ではなく豆レールガンを食らったかのような顔で呆気に取られる。

 

「貴方の祖国である日本と友人である蕪城さんを侮辱した事、謝罪いたします。本当に申し訳ありませんでしたわ」

 

「い、いやもう気にしてないし、良いって。こっちだって悪かったし」

 

「いえ、そんな私の方が織斑さんや蕪城さんに対して悪い事を―」

 

(これは埒が明かないな。悪いって思っているのは判るけど……あ、そうだ)

 

 謝罪の言葉を紡ぎ出すセシリアに対して一夏は辟易し始める。彼女の謝罪は眼差しと声、態度から彼の心に届いており、一夏もセシリアに対して言った侮辱を謝罪させるほどであった。けれど、セシリアの気が済まないのか、彼女は外国人がイメージする日本人のように一心不乱に謝罪し一向にやめようとしない。過剰な謝罪であると思っていたのと女子に頭を下げさせたままにするのは嫌だった一夏はどうやめさせるべきか思案する。そして、ある作戦を思いついた。

 

「なら、名前で呼んでもいいか?」

 

 一夏の考えた作戦とは何の事は無い。ただセシリアの事を名前を呼ばせてもらう事であった。苗字で呼ぶのは堅苦しいと感じる一夏はお詫びとして名前を呼ばせて貰う事で、この件を有耶無耶にしようと画策していた。この時、箒が「なっ?!」と奇声を上げて驚愕の表情に染まり、一夏へ抗議の眼差しを向けたが、彼はまったく気付いていなかった。

 

「名前?……ファーストネームでお呼びすると言う事ですか?」

 

「あぁ。ほら、『昨日の敵は今日の友』って言うだろ。今までの事を水に流して友達として新たに始める意味も込めてさ。俺の事も一夏って呼んでくれていいからさ」

 

 セシリアの疑問に後もう一押しだと加えて自分の事を名前で呼んでも構わないと言う点を強調する。一夏に他意はない。片方が名前で呼ぶならば相手も名前で呼ぶのは常識だと思っていたので言っただけである。けれど、隣にいる抗議の目を彼へ向けていた箒は更にわなわなと驚愕し怒りを加え抗議の念を一層強くしてにらんだ。

 

「わかりました。それでは一夏さんこれからはどうぞセシリアとお呼びください」

 

「じゃあ、セシリアこれからよろしく」

 

「はい、一夏さん」

 

 締めくくりにセシリアへ手を差し出して握手をすると一夏はほっと胸をなでおろした。これでセシリアの謝罪地獄から解放され夕食を取れると。

 

(何とか納得してくれてよかった)

 

 夕食を一期一会の出会いかもしれないと直感的に日替わりのBホッケ定食へ決め食券を購入した一夏が箒の方を向くと彼女は明らかに不機嫌な様子でいた。

 

「ん、どうした箒?」

 

 実は箒が隣の一夏という名の唐変木へ抗議の眼差しを送るのは無意味だと思い出しセシリアへその矛先を向けた瞬間に了承の返事をされた事と二人とも彼女を意図せず蚊帳の外へ追いやったので箒はいじけてしまっていたのだが、一夏がその事を知るはずも無くただ疑問符を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだよ箒」

 

 箒は後ろから声を掛けてくる一夏を無視して食堂のカウンターへ食券を叩き置いた。苛立ちから無意識的に大きな音を立てる様な置き方を彼女はした。いや、無意識ではない。一夏へ自分の苛立ちを知って欲しくて箒は赤ん坊が親を求めて叫ぶかのように本能的にそうしてしまった。

 

「ご飯で頼む!」

 

(一夏の不埒者め……)

 

 カウンターの内にいる調理師へ主食のセレクトを伝える際八つ当たりするように叫んで伝えた事を後悔しつつ、先ほどの一夏に憤慨していた。一夏は隣に箒がいるにも関わらず、ずっとセシリアと話をし自分から互いに名前で呼び合うことを提案した。

 

 嫌だった。

 

 小学三年の頃、『オトコオンナ』と呼ばれ、一部の男子から虐められていた箒は一夏に助けてもらった事で彼へ初めて恋心を抱いた。小学生の漠然とした思考であったものの、このまま一夏と一緒に過したい、その隣に居たいと箒は願っていた。けれど、その願いは数ヶ月で終わりを告げる。世界を混乱に陥れた世界同時ハッキング事件が起きた。各国の防衛システムを何者かがハッキング。そして、ありとあらゆるミサイルを日本のとある都市、当時各国首脳が出席していた国際会議の会場へ発射した。第一波のミサイルは奇跡的にハッキングを逃れていた一部の迎撃システムによって破壊されたが、続く第二波のミサイルを迎撃準備が間に合わず不可能。攻撃の範囲は広く、首脳陣の退避は間に合わない程であった。各国トップ交替が一斉に行なわれると誰もが思ったその時、ある人型の飛行物体がミサイルをすべて迎撃した。この事件は後に『白騎士事件』と呼ばれ、飛び抜けすぎた性能を持っていた故に絵空事と言われた『IS』とまだ実績の少ないにも関わらず学会を『低能の集まり』と非難した故に認められなかった『篠ノ之束』の名を世界中に知らしめた。

 

この事件によりIS開発者である篠ノ之束の両親と束の妹である箒は日本政府から重要人物保護と言う名目で引越しを強制され、一夏と箒は離れ離れになった。そして、六年と言う歳月の後、箒は一夏と再開を果たし、転校したあの日まで自分がいた場所に再び戻ってきた。彼女は今まで離れていた分、その時間を埋める為に彼と過ごそうと考えていた。されど、箒の想い人である一夏は他の女ばかりを見ている。彼が色恋沙汰に無頓着無関心なのは昔からの事でおかげで隣が開いたままであった事に箒は嬉しく思ったが、いざそれが自分にも働くと不満しかない。どうして自分を見てくれないのか。何故自分だけを見ていてくれないのか。そんな不満が生まれる。

 

「なぁ、箒。どうしたんだよ?」

 

「自分の胸に聞いてみろ!」

 

箒の言葉に一夏が困り顔となる。それを目の端に捕らえた彼女に胸の中で何かが萎縮するような罪悪感が生まれる

 

(ちがう、私が言いたいのはこういう言葉じゃない!)

 

六年越しの恋心は嫉妬の炎で箒を狂わせる。自分の心に気付いて欲しい。自分が一夏に恋をしているから他の女と話していると羨ましくなり嫉妬して憤怒して意地悪しているのだと。一夏なら気が付いてくれると根拠のない希望を持っている所為で伝えたい気持とは違う言葉を叫んでしまう。

 

「篠ノ之さん、ちょっとよろしいですか」

 

 箒がジレンマに苛まれていると、カウンターへ食券が置いたセシリアが一夏の後ろから声を掛けてきた。むっつりとした表情のままで箒は若干の間を開けて「ああ」と答えた。

 

 箒は話をしたいとは思わなかったが、どうにも彼女が一夏へ好意を持っているのかが気になり求めに応じた。セシリアは一夏へ代わりに二人の料理を受け取っておいてくれないかと頼み彼が快諾すると、一夏から会話が聞き取れない食堂の出入り口脇までセシリアは箒を招いた。箒はセシリアの話よりも先に一夏についてどう思っているのか彼女へ尋ねようと口を開こうとしたが、中学時代に重要人物保護と言う名目で転校を繰り返された彼女は親しい友人を作ることは無く。また、クラスメイトとも親しく話す事も無かった。その為、どのように話せばいいのか迷ってしまった。

 

「あのような言い方は無いのではありませんの? 一夏さんがかわいそうですわ」

 

 箒が口を開くよりも先にセシリアが口を開くと、箒は彼女の言葉に今まで迷っていた事柄を忘れ、激昂した。

 

「貴様が言うか」

 

 静かに冷たく箒は思わず言い放ってしまった。一夏とクラスメイトである優介に対して横暴な言葉を幾度吐き掛けたセシリアに言われたくなく、言われる筋合いは無いと。

 

「そう、ですわね」

 

(しまった!またやってしまった……)

 

箒は後悔した。また自分の激情に身を任せた行動の所為で人を傷つけてしまったと。もうあんな事は二度としないと誓ったはずなのに。

 

「すまん」

 

「待って下さい」

 

 箒が後ろめたさからセシリアへ謝罪の言葉をつぶやくと立ち去ろうとするが、セシリアはそれを制止された。

 

「だからこそ……一夏さんへ伝えたい事があるのであれば篠ノ之さんにはきちんと伝えて欲しいと思いますの。悔いないために」

 

 うっすらと目を潤ませているセシリアの悲しそうに何かを省みている表情を見て箒は彼女が自分と同じで何か過去に過ちを犯しそれを悔やんでいるのだと理解した。そして、セシリアが同じ過ちを繰り返さない為に必死なのだと同情と共感を覚えた。

 

(そうだ。こういう時こそ同じ失敗をしない為に……)

 

 箒はゆっくりと深呼吸し頭を落ち着かせるとセシリアへ頭を下げた。

 

「すまん、頭に血が上っていたようだ。オルコット、迷惑をかけた」

 

「いえ、迷惑などとは思ってませんわ。あと、私の事はセシリアと呼んで下さって結構ですわ、篠ノ之さん」

 

「ならばセシリア、私のことも箒と呼んでくれ」

 

「おーい、二人とも料理きたぞ。と言うか一人で三人分運ぶの無理だ」

 

 二人はそう言葉を交わすとカウンターから一夏の声が飛んできた。

 

「ああ、すまん。今行く」

 

箒がそういってセシリアと共にカウンターへ来るのを一夏はどこかほっとした様子で見ていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。