「なぁ...私さ...学校...行ってみようと思う...」
蝉時雨が街に響き渡る蒸し暑い真夏の夜のことだった。鮮やかな金髪を月明かりで輝かせた少女が共に縁側に座る青年に何処か真剣な表情で話しかける。
「そっか...え?...有咲...学校行くの?高校入って一回も行ってないのに?」
「そ、そうだよ...なんかさ、今日おもしれー奴が家に来たんだよ、アホみたいにキラキラとかドキドキとか言ってたんだ...」
「おっおう...なんか凄い奴だな...」
青年が少し引き気味に答える。
「喋ってて抵抗が無かったんだ...」
「...そっか...」
少女――市ヶ谷有咲は数年前、交通事故で両親を無くした。
それ以降、有咲は自分の殻に籠もり、面識の有る数少ない人間――目の前に座っている幼馴染みの青年と彼女の祖母以外とコミュニケーションをとらなくなってしまった。
そんな今まで赤の他人と会話する事の無かった彼女が抵抗を見せなかった。
その事実に青年は驚いたのか眼を見開く。
「それでさ...そいつバンドやってるらしくてさ、さそわれたんだ」
「バンドに?」
「おう、私がピアノやったこと有るって言ったら、今キーボードが居ないから一緒にやろう!、って無駄に高いテンションで誘われた」
「その子凄い子だな...取り敢えず、そのことを切っ掛けに学校行ってみたくなったと」
「それでさ...学校行くとさ...今みたいに一緒に居る時間減るじゃん...だからさ...学校行ったらご褒美で抱きしめてくんね...?」
有咲が青年に羞恥で顔を赤く染めながら上目遣いで言う。
その姿をみて青年は少し顔を赤らめつつも有咲の事をいじり始める。
「ほうほう、それってつまり有咲は俺のことが...」
「べ、別に好きとかそういうのじゃねーぞ!」
「じゃあなんで抱きしめて欲しいの?」
「うっ...そ、それは...も、もういいだろ!」
「わかったよ、教えてくれるまで抱きしめないから」
「うぅ...」
すこしやり過ぎたか?まぁいつも通りだしいっか。青年はそんな事を思いつつ一連のやりとりを楽しんでいた。有咲は羞恥やら何やらが混ざった様な顔をして俯いたままだった。
「ゴメンゴメン。ちゃんとやるよ」
「そ、そっか、ならいいんだ」
青年が謝ると、まだ顔は赤いままだが、有咲は謝罪を受け入れた。
「それじゃ、夏休み終わりから頑張れよ、有咲」
「おう、がんばるよ」
有咲が屈託の無い笑みを浮かべる。
青年は、そんな決意を固めた幼馴染みの背中を押す。
その行為が良い方向へと進むのかどうかは、今の二人には想像が出来ない。
まさに神のみぞ知る事と言ったところだろうか。
ただ、この日、この時間が、有咲の人生においての最大の転換点であった事は確かな事だった。
どうでした?
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青年への通知
この小説は基本1話1000文字程度になっています。
それでは今回もどうぞお楽しみください。
「さて...有咲は上手くやってるかな...」
気温は少しづつ下がり始めるも、未だ残る暑さに湿気が混じり、少し外に居るだけで多少の不快感を覚える九月一日。
夏休みが終わり、夏も後半戦に入ったこの日、有咲は半年の高校人生初となる学校への登校を行った。
朝、決意を固めた少女の背中を、鳴り止むことの知らない蝉時雨を聞きながら見送った青年は自宅マンションのベランダで落下防止用の柵に寄りかかりながら眼下に広がる街並みを眺めて居た。
「にしても、コレどうしたもんか...」
青年の手には、一枚の紙が握られていた。
「確かに、教育実習は必要単位だけど...よりによってこの高校かよ...」
青年が紙を太陽に掲げ、光に透かす様に見る。
その顔は、何処か信じられないモノを見るような顔だった。
彼が持っていた紙に書かれて居たのは、教育実習へ行く際の必要書類。
氏名、性別、所属学部、連絡先等一見何の変哲も無い身分証明の類いの書類に見える、実際唯の書類だ、彼もそのことを理解している、ただ一つ理解が及ばなかったのはその書類に書かれて居る実習先とその期間だった。
実習期間:九月十日~九月二十四日
実習先:花咲川女子学園
たった二行で終わる簡潔な文、しかし青年にとっては自分の納める分野外の論文より理解に難航する内容だった。
(ここって確か、有咲が今日から登校する学校だよな...)
正直に言ってしまえば嫌では無い。むしろ有咲が学校でどの様な生活をしているかを知れるチャンスで喜ぶべき内容だった。
ただ彼は。
「一人で女子校で実習とかキツすぎだろ...」
今をときめく女子高生達の巣窟へ単身飛び込むのが嫌なだけだった。
女性経験皆無の男子大学生には、教師陣を除き、年下の異性しか存在しない空間に行くという事に躊躇いが無い訳が無い。
大抵の男性は少しは喜ぶのだろうが、青年にはそんな物は無く抵抗感だけがその心の内に存在していた。
青年は何処か諦めたかのように長い溜息をつく。
「...まぁ行かないと行けないからな...」
そんなことを言って居ても、その顔には何処か納得出来て居ないような表情が浮かんでいる。
そのまま青年は、この現実から逃げるように目の前の街並みに意識を飛ばした。
再び現実に戻ってきた頃には、空には茜色のカーテンが降り始め、夕焼けの陽光が痛いほど反射し、街灯がつき始める街並みが瞳に映っていた。
時間だけがただ、無情に、今の青年の姿を楽しむ様に過ぎていった。
いかがでしたか?
この話は一応24程度で完結させようと思っています。
それでは次回もお楽しみに。
ちなみに私は教育実習等の規則については全く知りません。
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ホームルームの事件
それではどうぞ。
朝、が終わった後の少しの休み時間。
その時間友人と話をする人が多いが、一応は授業の準備をする為の時間である。
けれども、その教室ではホームルーム中に起きた出来事が発端となり、教室内が異様な興奮に包まれていた。
「先生!市ヶ谷さんとどんな関係なんですか!」
ホームルーム
「先生ってもしかして年下好き?」
「今日お昼どうですか!」
「いや、皆さんちょっと落ち着きませんか?な、有咲もなんか言ってくれ」
「ちょ、そこで私に振るか!?」
一人の女子生徒がホームルーム内で教育自習生が教室に入ってきた瞬間に呟いてしまった言葉。
何で、お兄がいるんだよ...
本来なら、誰も気に留めないような程小さな声量で放たれた一言。しかしその声ははっきりと教室内に響き、その中に居た全員の耳に入っていった。
其処からは早かった、何せ其処に居るのは若干三名を除き、噂話や色恋沙汰に敏感な花の女子高生達。普通の共学校なら此処までの事にはならなかったであろう。だが此処は女子校、普段異性との関わり合いが無く恋に餓えた
その中で降って湧いた、今まで不登校であった女子生徒とイケメンとまでは行かないが顔立ちの整った教育実習生が親密な関係で有る事を簡単に類推出来る様な一言。
その一言に反応しない生徒が居ない筈が無かった。
その先に繰り広げられるのは
今、この教室で繰り広げられるこの光景はある種必然的なモノなのだろう。
そんな中、当事者である青年は口を開いた。
「あの、どんな事考えてるか解らない事も無いけどあり...市ヶ谷さんとはただの幼馴染みだからね」
「でも、お兄って」
「そりゃ、五歳は離れてるからね。市ヶ谷さんは兄弟が居ないから頻繁に遊んでいればその呼び方になるのも自然なんじゃないかな?」
「「「そうかな...?」」」
「取り敢えず。皆が考えて居るような事は全然無いよ」
「じゃあ、抱きしめるのもしてないの?」
「それは...」
「「「「「それは?」」」」」
一瞬口籠もってしまう。だが、流石に此処で事実を話したら大変なことになるな。と青年は否定することを決め、話し始めた。だがその言葉は途中で途切れてしまう。
「もう良いでしょう皆さん、先生少し話したいことがあるので着いてきて貰っても良いですか」
有咲が普段の砕けた口調を知っている青年から見ると本当に本人なのか疑ってしまう程、丁寧で穏やかな何処か貴族令嬢を彷彿させる口調で会話に割り込み、青年の腕を掴み教室から出て行ったからだ。
その光景を見た生徒は、黄色い悲鳴を上げ始める。
教室から出た二人を追いかけるモノは誰一人として居なかった。
いまだ、妄想を膨らませる生徒達に間には此処は見守ろうという雰囲気が漂っていた。
全員がこの二人の間に割って入る事は不可能と感じたのも有るが、それ以上に二人が何か事を起こせば更に話のネタが増えるからだ。
やはりそこに居たのは花の女子高生では無く、獲物を泳がせ喰い時になるのを待つ計算高い狩人で有った。
一方、普段と違う有咲に困惑しながらも連れて行かれた青年は、何故この場所に連れて行かれたのかが理解できて居なかった。
白を基調としたベットや椅子に机、壁に配置された棚には色とりどりのラベルが付けられた薬品群。
其処は青年が学生時代、よくお世話になった場所で行ったことの無い生徒の方が少ないであろう場所。
そう、保健室だった。
いかがでしたか?
それでは次回もお楽しみに!
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保健室の一時
それではどうぞ!
カーテンで仕切られた空間、窓から入り込む光はその大半を遮られその内側は仄かに薄暗くなっている。床面積の殆どを使用している白いベットは綺麗に整えられていた形跡が有るが、今はその上で抱き合う青年少女によって少し崩れてしまっている。
青年の吐息が少女の耳を優しく撫でる。そのたび、少女は何処か擽ったそうに青年に抱かれたその小さな身体を震わせる。互いに顔を朱色に染めており、その行為に対する羞恥を感じさせる。
「なぁ...有咲...もう良いか...?」
「ん...まだだめだ...」
青年は何処か困ったような表情を浮かべつつ、抱きしめる力を緩める。そのことを感じ取ったのか少女――有咲は抱きしめる力を強める。強めたせいか相手の心臓の鼓動が一拍一拍より鮮明に互いに伝わってくる。
そして青年は耐えていた。自分の腕の中に居る有咲のその体格に合わぬ豊満な胸の感触に。いくら幼馴染みとは言え、青年は女性経験皆無の年頃の男子大学生。今、この狭い空間で正面から異性を抱きしめているという状況は理性を揺るがすには十分過ぎるモノだった。だが青年は耐える。今此処で自分の理性を手放してしまうと目の前の少女を失ってしまう可能性があるからだ。いくら可能性と言っても青年にとっては失う事が怖かった。
そんな青年の苦悩を知ってか知らずか有咲は更に抱きつく力を強める。
「有咲...此処でこうしてるのは俺個人としては別に良いけどさ...大丈夫なの?授業とか」
「別に大丈夫だ...どうせホームルームが終わったら保健室登校だったしな」
どうやってこの状況を抜けるか...。彼は考え始めた。
考え始めて直ぐに気になる事が出てきた。青年は、何故今の状況になったのかを知らない。ただ有咲に連れられベットの上までされ、抱きしめろ、と一言言われただけだった。
「なぁ...どうしてこうしようって思ったんだ?」
「......からだよ...」
「ゴメン聞こえなかった、もう一回頼む」
「お兄が何処か行っちゃいそうだったからだよ!」
絶叫と呼べるようなモノでは無いが、先ほどと比べものにならないほど大きなその声は、何処か可視化出来ない恐怖に直面したような声だった。
動けなくなる。今、目の前の少女の持つ感情。
理論的、理性的にみて青年には理解が出来なかった、だが感情的、本能的にその感情が理解できてしまう。
その理解しているのに理解できない矛盾が青年の思考を鈍らせていく。
その言語化の出来ない感情が青年の心を蝕む様にを染め上げていく。
気付けば彼は有咲の身体を強く抱きしめていた。
有咲はその事に気付いたのか更に抱きしめる力を強める。
腹部と胸部が圧迫され呼吸が困難になってくる。だがそれは二人にとってさほど重要な事では無かった。
今は唯、目の前の相手求めて居たかったのだ。
そのまま、外界とは流れの違う二人だけの時間が過ぎていく。
だがその時間も長くは続かなかった。
カーテンを開く小気味の良い音と共に二人は現実に戻される。
二人が音の発生源に眼を向けると其処に居たのは。
「な...なにやってるの有咲...」
少し頬を紅潮させた、黄土色のリボンが特徴的な少女だった。
どう...でした?
それでは次回もお楽しみに!
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行方
あらゆる出来事は何時だって唐突にやってくる。
交通事故にあった人が事故を事前に予期できないのと同じように。
だから今のこの状況も必然では無く、偶然なのだろう。
だが、その偶然は青年にとって一歩間違えれば破滅を招く物だった。
「な...なにやってるの有咲...」
生徒と教師の禁断の関係。
その言葉の響きは甘美で、夢見る者全てを想像の世界へと誘う。
しかし此処は現実。
その関係性の先に待っているのは、余りに残酷で社会的な破滅のみだ。
「......」
青年にとって唯一の頼みの綱である有咲は、顔を真っ赤に染め上げ機能を停止している。
目の前には事情を知らないであろう女子生徒、隣には目の前の生徒の同級生で美少女と言っても差し支えの無い容姿をした幼馴染み、そして自分の教師という立場。其処から導き出される答えは一つしかなかった。
(これ...詰みだよな...)
詰み。
その言葉が冷静になり始めた思考を支配していく。
そんな青年を置き去りに少女達は話を進め始めた。
「...さ、沙綾、こ、コレは...」
「...う、うん」
「...わ、私から頼んだことなんだ!」
目の前の沙綾と呼ばれた女子生徒が驚いたのか眼を見開く。
そんな沙綾の表情を確認しつつ、有咲は話を続けた。
「私は昔、事故で親を無くしたんだ、その時孤独に苛まれるだけだった私の隣に居てくれたのがお兄...コイツなんだ」
「有咲...」
「それでさ...それから、お兄が誰かと仲良くしてると何処かに行っちゃうんじゃ無いかって、私の所から消えちゃうんじゃ無いかって不安になってこういうことお願いする様になったんだよ...だ、だからよ...お、お兄は何も悪くねぇんだ...」
「有咲...お前...」
青年は改めて気付かされた、目の前の少女の心の傷に。
今までの自分の何気ない他人付き合いが、有咲の傷を抉り、増やし、修復不可能なまでに破壊していた。青年と触れ合わなければ自らの心の平穏を維持できなくなってしまう程に
。
その傷はけして癒えることの無い不治の傷。例え癒えたとしてもその傷跡は、有咲の心を縛り、蝕み、孤独へと堕としていく。
「そっか...有咲...この事は内緒にしておくね...先生、有咲の事頼みます」
「あぁ...解ったよ」
沙綾はそう言い保健室から立ち去って行った。
出て行くと同時に有咲が青年の腹へと抱きついてくる。何時もなら応じるような青年も今は応じる事をしなかった。
(あの眼...)
去り際に沙綾が見せた眼。
自らの欲望を、感情を切り捨てた末に、全ての物に価値を見いだせなくなってしまった者の眼。
その瞳は虚ろで過去の青年を映しているかの様だった。
それでは次回もお楽しみに
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過去
ちょっとシリアスかも知れません。
青年と沙綾は似ていた。
自らの欲望、感情を切り捨て蓋をし、他者の為に尽くす。
ただ一つ違っていたのはそれに至る経緯だった。
沙綾の場合、母親が倒れた時、自らその道を選んだ。
青年の場合、生まれた時からそうするように育てられてきた。
この違いは似ている二人の本質を大きく分ける物だった。
さて、彼の半生を語ることにしよう。
――― ――― ―――
――― ――― ―――
21年前の冬、首都東京の片隅で一人の子が生まれた。
3129グラムの平均的な体重でこの世に産み落とされた男の子は、何も知らず育つ新芽のようにすくすくと育っていった。
自らの成長に関わる水が汚染されていることにも気付かずに。
小学校に入った頃、少年は親に連れ出されとある少女と出会う事となる。
その少女の住む家は広く、英国の貴族屋敷を彷彿とさせる豪邸だった。
週末になるとその家に連れて行かれ、金髪を風に靡かせた少女とその豪邸の庭園とでも言うような庭で遊んでいた。
「ねぇ...大人になったらさ結婚しようよ!」
「僕がゆめちゃんと?うん!いいよ!」
快晴の空の下、気の木陰でそう無邪気に約束を交わし合う位には二人の仲はよくなっていた。
だがそんな日々も長く続かなかった。
ある日少年が少女と些細なことで喧嘩をしてしまった夜のことだった。
「お前はッ!どうして親に協力する事が出来ないッ!」
「...やめ...て...お父さん...おかあ...さん、たす、けて」
「いや、あなたが悪いのよ。せっかくの私たちのチャンスを潰して...あんなに親の役に立てって言ってきたのに」
その日を境に少年は少女と逢う事を禁じられ、実に三年間を狂気と暴力の世界で過ごす事となった。
殴られ、蹴られ、首を絞められ。
其処に人権と呼ばれる物は存在しておらず、食事にありつけない日などざらに有った。
だが少年はそれを受け入れて居た。
全ての原因は自分にある、自分は親の為に動かなければいけない。
そう親に言われ続けた事が少年の思考を他へ向かわせる事を妨げていた。
そして少年は親に教育された通りの人間に変化していた。
自らの欲望、感情に蓋をし
親に言われたとおりに生活し、社交の場では愛想を振りまく。
自分に蓋をし続けた少年という歯車は在りし日の記憶を忘れてしまう程摩耗していった。
操り人形として過ごした少年を元の世界の戻したのは、二つの知らせだった。
親の事故死。
あの金髪を靡かせた少女の死。
少年は涙を流した。
親の死に涙を流したのでは無い。少女――ゆめという存在の死に涙したのだ。
彼女を離れてから仲良くなった年下の少女達に慰められてしまう程慟哭した。
なぜ思い出せなかったのか。何故逢いに行かなかったのか。
少年の中に湧き出したのは自らを責め、恨む、自己嫌悪にも似た感情だった。
その時の少年は全ての物に価値を見いだせなくなっていた。
其処からの人生は駆け抜けるように過ぎていった。
祖母に引き取られ、無事とまでは行かないが小中高を卒業し、大学に入り今、実習生として花咲川女子学園ここに居る。
親の支配から解き放たれた世界で過ごしていった青年に残ったのは自らの内に湧き出し広がっていった虚無感だけだった。
今の青年はこうして少年時代を過ごしていった。
いかがでしたでしょうか?
それでは次回もお楽しみに
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邂逅の屋上
会いますよ。
保健室での一件から三日が過ぎた九月十三日の昼休み。
未だ、湿気と熱で蒸し暑く、過ごしにくいが、確かに夏の気配は少しずつ失せ始め、昼夜問わず鳴き続ける蝉の音も日に日に弱々しくなってきたこの日。
「何でこうなった?」
青年が周りを見れば其処には自分を起点に輪を作る様に昼食を摂っている生徒達。その奥には住宅街が快晴の空に照らされて輝く様に建っていた。
屋上。その中心で青年は生徒達に囲まれ昼食を摂っていた。
ここ最近はバンドメンバーと仲良くなり始めたのか、三日前の様な事を有咲が求めてくる頻度も減っていき、時間に余裕が出来始めた瞬間群がってきた生徒《狩人》達に青年は捕まり抵抗しようにも抵抗できず、最終的に出来たことは白旗を挙げることのみだった。
「先生!先生ってお付き合いしてる人居るんですか?」
「居たら良かったんですけどね...」
「と言うことは先生って」
「フリーですよ、フリーどころか今までお付き合いもした事ありません」
青年が今までの女性経験が皆無であることを伝えると途端に生徒達がざわめき出す。
どうやら、彼に女性経験が無いことを知り、自分でもチャンスがあるのでは?、と思い始めたようだ。
そんな彼女達の眼は恐ろしく鋭く、虎視眈々と獲物を狙う肉食獣の様だった。
青年はそんな
思わぬ助け船。そう思い青年はドアの方向へと眼を向ける。
「皆で屋上ピクニック、楽しそうね!」
其処には何の汚れも知らぬような笑みを浮かべながら、快晴の下、日の光が反射した煌びやかな金髪を少し湿っぽい夏の風に靡かせている少女がいた。
「...ゆ...め...」
青年の意識が靄が掛かったの様に不明瞭になって行く。
彼の目の前に現れた少女は余りにも似すぎていた。
その日の光が反射し眼が痛くなってしまうほど煌びやかなその金髪も。
何の汚れも知らない。見ている人を笑顔にさせてしまう様なその幼さを残した顔も。
全てがあの少女――ゆめに似ていた。
「ゆめ?誰の事かしら?」
誰にも聞こえないような声で呟いてしまった青年の一言を少女は聞き取ったのか、笑顔で青年に近づいてくる。
その一歩一歩は軽い足取りだが青年にとっては死へのカウントダウンの様に思えた。
少女は何事も無いかのように耳に顔を近づけ呟く。
「その名前を知っているって事は先生があの彼なのね」
その狂気に満ちたようにも歓喜に満ちたようにも聞こえる甘い声が青年の思考を掻き乱し、支配していく。
「ずっと会いたかったわ」
その一言は青年の乱れきった意識を彼方へと飛ばすには十分すぎる物だった。
はい、次回は未定です。
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再開の保健室ーー始まりの鐘の音
投稿遅れました
窓から射し込む茜色の光が白を基調とした室内を染め上げ、平凡な日常の空間が何処か神秘性を感じさせられる様な空間へと変わって行く午後六時。
青年は保健室の窓際に配置された白い簡易ベットで目を覚ました。
「こんな所で会うとは思わなかったな...」
青年はつい数時間前に自分が意識を飛ばす原因となった少女を思い出していた。
その少女は青年が心に牢記した、今は亡き
ゆめはもうこの世に居ないと知っていても、もう会えないと理解していても、彼女がそこに居るのではと錯覚してしまう程に。
弦巻ゆめという少女に目の前に現れた少女は限りなく似ていた。
時計が時を刻む音が部屋に鳴り響く。いくら時が過ぎたところで何かが変わるわけでもない。
その音は、失った時間は二度と戻ってこない事をただただ無情に告げてくる様だった。
スライド式のドアが開かれる時特有の何かを転がす様な音と共に最近生で聞くことの無くなった聞き慣れた声が青年の耳に入ってくる。
「久しぶりね。大丈夫?兄さん...」
有咲よりも明るく、ゆめや彼女とは少し違った何処か上品な雰囲気を漂わせたプラチナブロンドの髪を窓から射し込む夕焼けに照らした私服の少女がそこには居た。
「ほんと久しぶり。白鷺さん」
「白鷺さんって...」
彼が少し他人行儀に返答すると、少女は何処か不機嫌そうに呆れた様に答えてくる。
「そりゃね...最後に会ったの何年前だよ...」
「あら、何時も見てるでしょ?それに貴女と私の仲じゃ無い」
「はぁ...確かにそうだな...千聖」
青年が寝ているベットに少女――千聖は座り、肩を青年に預けてくる。
どの行動は自然な物でさもこうすることが当然であるとでも言っているかの様だった。
「くっつくのは良いけど...他人に見られたらどうするんだよ...」
「別に、どうもしないわよ。これが当たり前なのだから」
千聖は特に何も気に止めることが無いのか更に体を預けてくる。
同世代の少女と比較したら十分軽いその重さが――と言っても比べる対象など居ないが、確かな重みとなって青年の体に掛かる。
「......それに。彼女に諦めがつく様にね...」
「まった千聖。それってどういう意...」
千聖が不意に放った言葉を一瞬理解出来ずに居た青年がどうにか理解が追いつき、やっと発した言葉は最後まで続く事はなかった。
「お兄...何で千聖先輩と居るんだよ...」
「先生...」
青年にとって一番この状況を見せたくなかった人物――市ヶ谷有咲によって。
いかがでしたか?
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扉と引き金
遅れてすみません。
ここから物語の主題へと進んでゆきます。
嗚呼...どうしてこうなってしまったうんだ...。
青年は今のこの状況を見て、教育実習にきてから何回目かも判らない現実逃避をしようとしていた。
青年の隣には、この状況に対して特に思う事は無く自分がここにいるのは当然かの様に肩を預け休んでいる少女がいて、目の前にはつい先日心の傷を知ってしまった少女。
「あら?どうしたのかしら有咲ちゃん?」
「...千聖先輩、どうしてそこにいるんですか?」
至極当然な疑問。だが、有咲にとっては人が悪かった。
有咲にとって青年は数少ない心を許している存在、言わば大切な人なのだ。
その大切な人に、知り合いとは言え異性が近づいている。有咲にとってそんな認識である今この状況。
「どうしてって...ここが私の居る所だからよ」
有咲の瞳から光が失せる。
その光なき瞳に移るのは、名状しがたい恐怖に晒され身動きの取れない青年。
修羅場。
青年にとって今のこの状況はそう判断せざるを得ない状況だった。
凍てつく雰囲気の中、青年と千聖は有咲と向かい合う。
「お兄、千聖先輩とどういう関係なの?」
千聖とは少し付き合いが長いだけの友人たよ。青年は少しの思案ののちそう伝えようとしたがその時にはもう遅かった。
「お兄さんとは初めてを捧げあった関係よ」
青年の言おうとした言葉は千聖の一言によって喉元で止まり、霧散していった。
「う、嘘だろお兄...嘘だよな...」
「いいえ、残念ながら本当よ有咲ちゃん...お兄さんの初めては私の物で私の初めてはお兄さんの物なの」
「い、いや...嘘だよね、千聖...」
「あら、忘れたなんて言わせないわよ、初めてなのにあんなに激しい夜だったんだから」
嘘だ、そんなことない。青年の中でそんな否定の言葉が湯水のように湧いてくる。
記憶が理性がそんな現実は無いと否定してくる。だが、感覚が本能が目の前の白鷺千聖という少女が言っていることは本当だと語りかけてくる。
「ほら、あの五年前のことを」
かつて、青年が自己防衛の為に無意識下で閉ざした記憶の扉が開かれ始める。
少しずつ見え始めた記憶が青年の心を深淵へと引き摺りこみ始める。
「何、冗談言ってるんですか千聖先輩...お兄、行くぞ...」
「ごめん...有咲...」
青年は一言の謝罪の後。保健室から逃げるように飛び出していった。
「嘘だよな...お兄がそんなこと...」
青年が居なくなった保健室に残ったのは。
窓から差し込む茜色の光に照らされながら。
絶望の淵に立たされ一押しでもしてしまえば自らの存在を保てなくなってしまうような
その光景を見ながら一人、昏い笑顔で笑っている
引き金はもう。引かれている。
どうでしたか?
作者はシリアスを書くのが苦手なので変な表現になってしまって居るかもしれませんがご了承ください。
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