がっこうぐらし!称号「自宅警備員」獲得ルート(完結) (島国住み)
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72時間の壁
帰る家を守れないようじゃ帰宅部失格


(連載形式は)初投稿です。


 

帰宅部から自宅警備員へのキャリアアップの道を突き進む意識高いRTA(風実況動画)はーじまーるよー。

前回の単発動画(動画とは言ってない)で無事称号「帰宅部」RTAを完走しました。

でも、ひとっ走りした後のコーヒー牛乳を堪能した後ふと思いました。

 

「あれ?まだ続けられるんじゃね?」

 

そうです。計測終了は自宅のドアを閉めた後なのでゲーム自体は続いています。Life goes on…

せっかく完走したのにもったいないと思いましてこのデータを使ってまた称号獲得RTAをしようと思います!!

今回狙うのは…「自宅警備員」!!

取得条件は「自宅を拠点とし14日間非感染状態を維持する」です。

条件の関係上RTAの形式は取れませんので実況風動画としてやっていこうかなと思います。

14日間生き残ればノーマルエンド「生存者」を迎えることもできるのでちょうどいいです。

ただ、このルートで行くのは初めてなのでチャートもないですし何が起こるかわかりません。主要キャラとの接触なしにどこまで生き残れるのか不安ではありますが自宅警備員への「就職」のために頑張ります。

 

じゃあ、早速やっていきましょうか

 

自宅のドアを閉めたとこからでしたね。しらせ号が電柱に激突した音でかれらがやってきているでしょうから外には出られません。まず初めにするべきことは…うーん…

あっそうだ(唐突)妹さんがいた。ステータスを確認しておきましょう。

名前は…青木 咲良(さくら)ですか。関係性は妹ですね。中学三年生で市内にある公立中学校に通っているらしいです。

肝心のステータスは…なんか、モブって感じだなぁ(辛辣)

知力が平均より上ですがそれ以外は汎用キャラのステータスのままです。

スキルは…お!「勉強家」ですか!これはなかなかいいスキルを持っていますね。

「勉強家」は「知力」が関係する技能の習得速度を上げ、必要な技能ポイントを若干軽減します。技能の中には本が必要になるものがあり、大体取得に時間がかかります。このデメリットを軽減できるスキルなので中々有能です。

ただ、持ちスキルはこれだけですか…まぁでも「知力」が高いのと「勉強家」のスキルはいいシナジーを発揮できるのでりーさんのような後方支援型として期待できますね。

正気度もモブ仕様。りーさんのほうがまだましだな!

主人公(飛真)との好感度は…1!?1しかないの…(困惑)。

好感度は0~10まであって高ければ高いほど仲がいいということなのですが、低いですねぇ。親族なので最低でも5はあるのじゃないかと思っていましたがそんなことないようですね。中三なんて生意気盛りですから(決めつけ)兄に対しても知育玩具についてくる申し訳程度のガムくらいにしか見ていないのでしょう。

ちょっとショックですがさすがに家族ですので同居を拒否されることはないでしょう。…協力体制の構築には時間がかかりそうですが。

愛情度は0ですね。安心しました。愛情度は他RTAで活躍なされているクズ運持ちのガバ走者兄貴によると、男女の仲を表す値で上昇すると恋仲になったりするらしいです。今回は兄妹なので関係ないステータスです。関係あったら怖いわ。

 

妹は家にいたようなので他の家族について尋ねてみましょうか

 

「お父さんとお母さんは仕事でいないよ。……それより外どうなっているの?テレビもやってないしネットも繋がらないし…確かめようと思ったらアンタ自転車でぶつかろうとしてくるし…マジ怖かったんだけど?」

 

4人家族で共働きかぁ…両親は生きてないだろうな…。というより「アンタ」呼ばわりですか。ぶつかりそうになったの根に持ってるし。今満身創痍(HP一桁)だからちょっとは心配もしてほしかったなぁ。

とりあえず謝って外はやばいことを伝えましょうか

 

「…次から気を付けてよね。ヤバいってどうヤバいの?自転車なんか血?みたいので汚れてたし臭かったし。昼寝していたら悲鳴とか爆発音で目が覚めて…さすがに今回は塾休講だよなぁ…」

 

あ、これあれだ。まだ事の重大さを理解していないタイプだ。おめでたいやつめ。今回に限らず塾ずっと休講だよ!やったね!(暗黒微笑)

というか受験生だったんだね。だからステータスとスキルあんな感じだったのかぁ。納得。

本当のこと言っても信じてくれなさそうだけど正直に言う以外ないよなぁ

 

案の定ハァ?って顔してます。閉まっているカーテンを開けてやりたい衝動にかられますが我慢我慢。知らないなら知らないほうがいいです。

自宅って結構籠城向きの建物なんですよね。玄関・勝手口は鍵さえ閉めればかれらの襲撃にある程度耐えられます。正直一階部分の窓さえきっちり保護しておけば基本安全です。あとは音を立てないように配慮して暮らせばめったに襲撃されません。ですからやり方次第では恐ろしい現実を知らずにクリアなんてことも不可能ではないです。でも今回はそのつもりはないので妹さんもこの現実をいつかは知ることになりそうですね。

 

…って言ってるそばからカーテンを開けようとしてますね。確かに日が傾いてきていて室内が薄暗いですからね。止める理由は(ないです)。現実を知ってもらったほうが協力してくれそうですから(ゲス顔)。

 

ちらっと見ただけでもさっきのしらせ号激突事件のせいでかれらがうようよいますね。自分たちの存在がバレたらまずいです。すぐに窓を補強できるものを探してこなきゃ…ってあぶないっ!!

 

妹があまりのショックに後ずさりして地面に置いてあった雑誌に足を滑らせ転びそうになりましたが近くにいたおかげでギリギリ体を支えることができました。音を立てたら一環の終わりですからマジ危なかったです…

 

妹は立ち上がれずそのままヘナヘナと床に倒れてしまいました。正気度が自分より減ってる…荒治療すぎたな…

おい、大丈夫か?

 

「なにアレ…マジ意味わかんない…ゾンビ?撮影?襲われたら…死ぬの?ゲンジツ?まってまって意味わかんない意味わかんない意味わかんない……」

 

うそ。(狂気)もう始まってる!

この症状はおそらく多弁症ですかね……ヒステリーよりはマシですが症状が治まるまでは自発的に動けないのでかなり危険な状況です。知力が高かったから普通の人より早く現実に気づいてしまったのか…お客様の中に精神分析持ちの方はいませんか!(TRPG脳)

 

このままだと外にいるかれらに気づかれるので二階に運びます。

よいしょっと。重っ!あ、いや軽っ!軽いです!!めちゃくちゃ軽い!ててて天使のは~ねっ♪(ヤケクソ)  「筋力」もっと上げなきゃなぁ…

とりあえず妹の部屋のベッドに寝かせておきますか。一時的な狂気なのでしばらくしたら治るでしょう。

 

ついでにベランダから外の様子をみてみますか。

うわぁ。思った以上にいる。玄関周辺にも数体確認できます。ざっと周りを見ても生存者は見当たりませんね。かれらが跋扈する世界になってしまいました。このまま何の対策も講じないままだと家に侵入され自宅警備員の道は閉ざされてしまいます。こんなご時世になったらハローワークも機能してないでしょうし再就職は厳しそうですね。この家を何としても守らねば(固い決意)。

 

ただいま飛真君HPが相変わらず真っ赤ですが動くしかないですね。なに、当たらなければどうということはない。最低でもしなければいけないことは、一階の窓すべてに雨戸をすることです。

雨戸はガラスに比べて耐久がかなりあります。この家は比較的新しそうなので耐久には期待できそうです。でも雨戸にはデメリットがあります。それは開閉時に音が鳴ってしまうのとかれらが雨戸をたたいた時にも音がしてしまうことです。ある程度は防げても音で寄ってきたらいつか突破されるので陽動をする必要があります。

自分がかれらを引き付けて妹に雨戸を閉めてもらおうかと思ったのですが……まだ治ってないですね。回復を待っている余裕は残念ながらない。自分でどうにかするしかないですね。

 

防犯ブザーのような音の出る装置がどこかにあればいいんですけど…妹の部屋を物色するわけにもいかないし…自分の部屋に何かないか?

目覚まし時計がありました。しかもベルのうるさいやつ!

落とした時に壊れないようにクッションでくるんで目覚ましをセットして道路に投げ込みましょう。きっと音につられて集まってくるはず……

 

ジジジジジジジジジジジ……

 

クッションのせいで音は控えめですがちゃんとなってます。……かれらが集まってきてますね。今がチャンス! 急いで雨戸を閉じに行きます。

 

雨戸をゆっくり閉めれば音も小さいので目覚ましが鳴ってさえいれば気づかれることは少ないでしょう。この隙に一階全部の雨戸を閉めたいですね。

 

かれらが入ってきそうな一階の窓はリビングにある道路側と側面の一つずつと横の和室に一つですね。

まずは横の和室からいきますか。ここから庭に出ることができます。確認してみると……かれらはいませんね。ゆっくり雨戸を閉めます。それにしても小さい庭だなぁ。でも園芸用品を入れているとおぼしき小さな物置があります。あとで中を見てみましょう。

無事閉めおわりました。まだ目覚ましの音が聞こえます。さっさと次に行きますか。

 

次は側面ですね。でもここは隣家が見えるだけであんまりかれらが入ってくる余地はなさそうです。でも一応安全のため閉めておきます。案の定敵影はなし。そーっとそーっと……はい!閉まりました!

 

最後、道路側。ここが一番危険ですね。ここを閉めない限り我が家に安寧は訪れません。かすかに目覚ましの耳障りな音がします。カーテンを開けるのが怖いですがやるしかないです。

サッー(カーテンさん迫真の演技)……目覚ましに群がってますね。さぁ魔法が解けないうちに…って一人こっち向いてるのがいる。あっ目が合った。目と目が合う瞬間好き(えさ)だと気づいた♪~

こっちくんな!!ガラスはやばいガラスはやばい耐久が妹のガラスのハートよりもろいガラスじゃ一匹でも突破されるには十分すぎる……殺るしかねぇ!

幸いにも近くにダイエット用の1kg鉄アレイがありました。それで殴りましょう!

窓を開けて間合いを、詰めて、殴る!よし、頭にクリーンヒット!倒れました。

いまのうちに雨戸を閉めましょう。ゆっくりゆっくり…あれ?目覚ましの霊圧が消えた…?あっ(察し)かれらにもみくちゃにされて壊れてしまいました。……ということは?

あああああああああああミツカッタ!来る来る来る!本日の営業は終了いたしましたぁ、またのお越しをお待ちしておりまぁぁす!!(営業スマイル)

くそっ、あいつらここを24時間営業だと思ってやがる…もう音がどうこうとか言ってる場合じゃないです!早く閉めて自らがバリケードとなって侵攻を阻止しなければ!

 

ガラガラガラ……

 

閉め切ると同時にかれらがこちらに入ろうと雨戸をたたきます。

 

ガンガンガンガン……

 

この音でもっと寄ってくるだろうしなぁ…ヤバイどうしようどうしよう耐えきれる未来が見えない飛真の体力が一桁のせいでスタミナの回復が遅く雨戸も鉄壁ではありません。

スタミナ切れ雨戸突破かれら化エンドが見える見える……

 

ガンガンガンガン……

 

主人は留守です!返せるお金も…ここにはないです!だから今回は帰って、帰ってください!お願いします!(クズ男の妻並感)

ああ~^スタミナがゴリゴリ減るんじゃぁ~^

うう…やっぱ主要キャラがいなきゃ生き残れないのか…自分一人だけなら生き残れそうだけど、モブは死ぬ運命なのか…

 

ガンガンガンガン……

 

もうスタミナが切れそうです。思い付きでこの自宅警備員ルートを始めてみましたがダメみたいですね(諦観)

次はちゃんとチャート組んで(激うまギャグ)挑戦したいです。

今回は失敗ですね。また次の動画で会いましょう。さよなら!

 

タッタッタッタッ……

 

あ!妹が降りてきた。治ったようですね。様子を見に来たのでしょう。

もしかしたら助けてくれるかもしれない!まだ、まだ死にたくないぃ!!

 

助けてぇ!!やつらを、やつらを追い出して!頼む!このままじゃ……

 

察したようです。しかし追い出せと言われてもどうすればいいのかわからないですよね

……ははっ。せめて妹だけでも逃げるように言っといたほうが良かったですね。

 

?冷蔵庫に走って……肉!?そうか肉かその手があったか!!すぐ腐るしそもそも食べる気にならないから本来肉は捨てアイテムです。でもかれらを引き付けるにはあれ以上のものはない!!頭いい!惚れそう……

 

急いで二階に上がってます。ここからでも二階からドスドス音が聞こえて急いでるのが分かります。

 

べちょ!

 

多分肉が落ちた音ですね。……みるみるうちに感じる抵抗が減っていきます。……侵攻はやみました。全員肉に夢中のようです。……助かったぁ!!生きてる生きてる!

 

ただ、体力、スタミナがもう底をついてます。休まないと……ん?なんか画面が揺れて…

 

あ、気絶した。酷使しすぎましたね。

 

キャラロストは脱しましたが気絶しちゃうしまだ家にある物資について何も把握してないし雨戸の耐久ボロボロだし妹と仲悪いし……ちゃんと生き残れるのか?

 

 

───────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。時計を見たらまだ塾までだいぶ時間がある。どうして起きたのだろうと思ったけど、理由はすぐに分かった。

 

外がうるさい。パトカーと消防車のサイレンがけたたましく鳴るなか、悲鳴も聞こえる気がする。何かあったのかな?

 

ちらと窓を見る。ここからじゃほかの家の屋根ぐらいしか見えないけどそう遠くないところから黒煙が上がっているのが見えた。

 

「火事?」

 

常識的に考えて火事が妥当だけどなんだかそれ以上の何かが起こっている気がした。嫌な予感がする。

まだ寝れたのに起きてしまってイライラする。ぼーっとしながら気晴らしに今日の夕飯のことを考える。

そういえば今日は和牛のサイコロステーキだってあいつが言ってたっけ。なんでもふるさと納税で和牛が手に入ったらしい。楽しみだ。

とりあえず起きてテレビを見ようと下に降りる。こんなに大規模なら報道されているだろう。

テレビをつける。そこに映っているのは砂嵐。冷静にほかのチャンネルをつける。砂嵐。おかしい。しらみつぶしにチャンネルを変える。砂嵐。砂嵐。砂嵐…

 

どうなってるの?嫌な予感はますます強くなる。

 

「そうだ!スマホ!」

 

テレビがだめでもスマホがある。インターネットを使えば何かしらの情報が得られるはずだ。うん?ブラウザが開けない。よく見たら圏外になってる。いよいよおかしい。全国規模で「何か」が起こっているに違いない。

何が起こっているのだろう?大規模な自然災害?クーデター?もしかして戦争?

どれもしっくりこない。現実味がまるで感じられない。じゃあ一体なんだ?

 

外に出てみよう。何かわかるかもしれない。

 

道路に出た。さっきより音がひどい。何かがぶつかる音やサイレン。そして悲鳴がどこからか、でもはっきりと聞こえる。見渡してみても一見変化は感じられない。でもいつもの閑静な住宅街といった雰囲気はまるで感じられず不穏な空気に満ちていた。

 

そんな中、動くものが見えた。

 

自転車だ。こっちにすごいスピードでやってくる。……アイツだ。私の兄。なんであんなに急いでるんだ?しかもかごにモップを横にさしてるし自転車がどす黒い血のようなもので汚れている。

全くスピードを緩めない。このままじゃ危ないと思っても異様な姿に驚いて動けない。

 

ガッシャーーン!!

 

しらせ号(アイツが自転車につけてる名前。自転車に名前を付けるってなんかキモイ)は私の横をかすめ電柱に激突した。

 

あまりにもびっくりして唖然としていたがアイツは私の手を取ってすぐさま家に入った。家に入った後のアイツは()()()()()()()()()()()満足げで清々しい顔をしていたが急に真面目な顔になって私に話しかけてきた。

 

「他のみんなは無事か!?」

 

?何を急に。無事も何も家にいたのは私だけだけど?それよりぶつかりそうになったのに謝ろうとしないのがムカつく。

 

一応謝られたが何かほかのことが気になっていて謝罪に誠意が感じられない。……まぁいいや。それよりやっぱり外は危険らしい。しかし具体的なことが何もわからない。塾どうしよう?

 

塾について言ったら顔色が変わった。アイツ曰く外はゾンビパニックらしい。今の音のせいで「かれら」が寄ってきてるだろうから絶対に家にいろと。……からかってるのか?そんなことあるわけない。……本当はそうかもしれないと思った。フィクションのゾンビもののシーンと今の状況は酷似している。でもやっぱりそうじゃないと思いたかった。だから私は自分の目で確認するべくカーテンを開けた。

 

……!!

 

わが目を疑った。しらせ号の周りに群がっているのは、間違いなく人間ではなかった。…ゾンビだ。かれらの群がり方がリットン調査団のあの写真に似ていると思った私はもうその時点で壊れていたのだろう。

 

「なにアレ…マジ意味わかんない…ゾンビ?撮影?襲われたら…死ぬの?ゲンジツ?まってまって意味わかんない意味わかんない意味わかんない……」

 

言葉が止まらない。思考を整理するために話しているのかそうしなければ精神が耐えられないから話しているのか自分でもわからない。頭がぐちゃぐちゃになっている。頭が真っ白になり真っ黒になる。理解しようと脳が動く一方理解しまいと脳が抵抗する。整理がつかない意味わかんない意味わかんない意味わかんない意味わかんない……

 

意識の片隅で私が二階に運ばれているのを感じる。でもなんだかふわふわしていて他人事みたいだ。「重っ」と聞こえた気がするが気のせいだろう。横になっても脳は混迷を極めている。衝撃的なかれらの姿が脳裏に浮かびそのたびに脳が理解しようしまいと内乱が起こる。深呼吸を意識的にする。何度も何度も。少しずつだが落ち着いてきた。どうやら脳は遂に現実を認めたらしい。でもどこからか目覚ましの音が聞こえる。幻聴だろうか?

 

そんな矢先、一階から嫌な音がした。

 

ガンガンガンガン……

 

音の原因は何となく察した。かれらが家に入ろうとしている!怖い怖い怖い怖い……それでも様子を見ようと思った。この家を失ったらおしまいだ。どうやら人間は恐怖を感じていても身の危険が迫っていればそれを押し殺せるらしい。震えながらも、階段を下っていく。

 

アイツが雨戸を閉めてくれたらしい。でも道路側の窓からかれらが入ろうとしている。アイツはそれを止めようと必死に抑えていた。雨戸は原型を失い始め、今にも突破されそうだ……

私の姿を見てアイツが叫んだ

 

「咲良!頼む!やつらを追い出してくれ!このままだと……ウッ…」

 

雨戸もそうだがアイツも限界そうだ。危機感がひしひしと自分を包む一方、久しぶりに咲良と呼ばれたなと場違いにも思った。そういやお互いに「おい」とか「ねぇ」とかで呼び合うようになったな。いつからそうなったんだろう?

……また自分は現実逃避をしようとしている!アイツは現実と戦っているのにこんなことを考えてる場合か!

何かあるはずだ……私たちよりかれらにとって魅力的な何かが……かれらは私たちを食べるために襲っているはず…それなら何か別の食べ物で釣れるはず…

ここまで考えて和牛を思い出した。夕飯になるはずだったやつ。あれならかれらを引き付けられる!!

 

冷蔵庫まで走って中を見る。あった!思ったより大きい。それをもって急いで二階に走る。ベランダに出て肉を放り投げる。

 

べちょ!

 

お願い…気づいて……。

 

効果はてきめんだった。まず音で気づき、「それ」を目にしたとたんすぐに寄ってきた

 

群がるかれらを見て本当に世界は変わってしまったと感じた。しばらく呆けたようにその光景を見ていたがハッとして一階に戻った。本当に助かったのだろうか?

 

ひしゃげた雨戸。間一髪で我が家は持ちこたえた。そしてアイツが倒れていた。駆け寄ってみると傷だらけだった。そういえばアイツは私を避けるために電柱に激突してた。その傷を押してこの雨戸を守ったのか。それなのに私は高慢ちきに振舞って……

 

自分の薄情さに苦笑いしながら私は手当をするための救急セットを探し始めた……

 

 




年末年始って暇なようで意外と忙しいですよね。

妹は艦これの「瑞鶴」を意識したつもりですが、うーん・・・一人称視点は難しいですね……

連載形式で完走できるか不安ですが頑張っていきたいです!


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不安な夜、上がる太陽

年の瀬が近いので初投稿です。


気絶した飛真くんがやっと起きました。

ソファに寝かされていますね。なんか絆創膏とかも貼ってあるし毛布も掛けてありました。妹が手当てしてくれたのでしょうか?

そのおかげかHPはだいぶ回復しています。ありがたい。後でお礼言わなきゃ

 

しかし今何時?暗いからもう夜なのはわかりますがそれ以上のことがわからない。

かれらが寄ってくるから明かりをつけるわけにもいかないしなぁ……

 

なかなか目が慣れてくれない。月明りほどの明るさもないからこの家はしっかり雨戸が閉じきられているようですね。

ということは明かりをつけても大丈夫そうですね。ちょっとぐらいつけてもバレへんやろ……

 

というか暗くてスイッチがどこにあるかすらわからないのだが……

 

「う~ん・・・あ、起きたの?」

 

うわっ!びっくりしたぁ 妹もこの部屋にいたようです。

 

「ケガ大丈夫?一応軽く手当はしたけど…」

 

だいぶ良くなったよ。手当てしてくれてありがとう

 

「・・・ん。それより暗いでしょ?いま明かりつけるね」

 

ああ^~文明の光^~   

ランタンの明かりで一応周りが見えるようになりました。もう停電しちゃってるんだな。

忘れてた。時間確認しなきゃ……10時半ぐらい。結構寝ちゃってたんだなぁ

 

インフラの安否確認!水道、よし!ガス、ダメ!電気、ダメ!

知 っ て た 

確か水道は近日中にはダメになってしまうから使うなら今のうちですね。

インフラがやられるのは当然だよなぁ?←学校籠城ルートしかやってなかったのでガスまで使えないことに動揺している

というかこんな異常事態でも最低限のインフラが整っているあの学校(巡ヶ丘学院)がおかしいんだよなぁ……

健康で文化的な最低限度の生活はこの自宅警備員ルートでは難しいですね

「がっこうぐらし!」と銘打っているだけに学校以外となると生存がやはり大変になってしまいますね。……世知辛い

国は憲法二十五条を守れ!!違憲だ!訴えてやる!国会議事堂前でシュプレヒコールをしてやる!!

・・・被告人(日本国)が存続しているかもわからないのにこんなこと言ってたらなんか虚しいですね。気持ちを切り替えねば。

とりあえず水道は使えるうちに使っておきますか。

とはいってもさっきウォーターサーバーを発見して補充の天然水ボトル(12リットル)一本も発見したので実は飲料水的にはまだ余裕があります。

それでも生活用水として水の確保は絶対なので浴槽に水を限界まで張ります。おもに食器を洗うのとトイレ用に使います。

ガスが使えないのでシャワーとかは無理ですね……2,3日なら問題ないですけど、それ以上となると体を洗えないことに対する不快感から正気度が無視できないレベルで減り始めます。特に女子はその減少量が多いのでちょっとヤバいですね…何か対策を立てねば。

トイレに関しても水道がダメになっても少しの間は水を流して持ちこたえられますが、いつか逆流が起こるのである段階から簡易トイレに切り替えないといけないですし……

 

……自宅で籠城って悪手じゃね?

だめだだめだだめだそういったことを考えてはいけない。そこに(称号)があるから走るんだよォ!

 

気を取り直して次は食糧関係を見ていきましょうか。

 

なんだかテーブルにお菓子やらなんやらが積みあがってるな…

 

「あ、それはね。家にある食べものを把握したかったから一か所にまとめたの。でも冷蔵庫の中はまだ見てないよ。確認しようと思ったんだけど私もウトウトしちゃって……」

 

有能!これで確認の手間が省けましたね。ここにあるのは比較的保存がきくやつなので腐る心配はないですね。量は…持って一週間ぐらいかなぁ

 

冷蔵庫チェックしますか。えーーと、中身は普通ですね。まだ腐ったものもなさそうですね。

とはいえ牛乳とかはもうやめたほうがよさそうですね。ここで腹を壊したらヤバいです。

確かに食料は大切ですがそれ以上に健康な状態でいることが今は重要ですから。

冷蔵庫は…アイスは解けていますが見た感じそれだけで冷凍食品とかは平気そうです。

冷気もかすかに残ってるのでまだいけるか…?聞いてみよう

 

「うーーん……わかんない。でも冷凍保存を前提に作られたものだから腐りやすいんじゃない?」

 

確かに。じゃあもったいないですが腐ってる(かもしれない)食品は捨てちゃいますか。「かもしれない」運転が大切だって教習所のビデオで習ったしね!

「直感」が髙ければ匂いとかでかなりの精度でジャッジができるのですが今の二人では判断できないですからね。あきらめましょう。

 

あとは……カセットコンロとかはあるかな?

台所の棚の中にありました。ガスも2本ありますね。これがあれば料理ができる!

 

飛真は「料理上手」持ちですからね

帰宅部RTAしてる時は何の役にも立ちませんでしたが今回は有効活用しましょう。

 

よく見たら空腹ゲージがかなり減っていますね。なんか作るか!

・・・とは言え今ある食材じゃ野菜炒めwithウィンナーぐらいが関の山ですけどね。調味料は揃っているから一応料理らしくはなりますが。

音が怖いので二階に移動して作りますか。妹も腹減ってるでしょうから食べるか聞いてみますか。

 

「・・・今そんな食べる気分じゃない。少しお菓子とかつまんでたから大丈夫。」

 

さいですか。まぁ気を取り直して作りましょう。

 

   ~クッキングタイム~

 

はい、完成~。とりあえず冷蔵庫にあった食べられそうなのをぶち込んだので見た目がちょっとアレですね。量はかなりあります。食べきれるかな?

味についてはご安心を。スキル「料理上手」のおかげで普通の人が作るより美味しく作れちゃうんです!

さっそく食べましょう。いただきます。

まぁ可もなく不可もなくって感じの味ですね。見境なく食材を入れた割には均衡がとれてます。ちゃんと正気度も回復してますし空腹ゲージもいっぱいになりそうです。

 

……あれ、妹がやってきた。

 

「・・・やっぱ食べる。」

 

人が食べているの見ると食べたくなっちゃいますよね。まだ残っていますし大丈夫です。

 

「ナニコレ?・・・野菜炒め??」

 

そんなにひどい見た目してる?でも味はちゃんと保証するから(おいしいとは言ってない)

 

「……まぁ食べられないことは、ない。」

 

食べてはくれているので良かったです。……ちょうど作った分二人で食べきりましたね。

 

「「ごちそうさま。」」

 

食器を片付けたら、もう寝ますか。

夜は確かにかれらが少なくて探索するにはもってこいなのですが住宅街だとそうもいかないんですよ。夜は家に帰る時間なので逆に多かったりします。深夜でも家を閉め切られてればあぶれたかれらが徘徊しているので安全ともいえないです。第一我々は光源の確保が必要でそれにかれらは寄ってくるので元々危険はあります。安全な拠点あっての探索なのである程度体裁を整えてから探索に臨みましょう。じゃあ寝るわ。

 

「あ、うん。おやすみ。……私も寝るか。」

 

二階の自分のベッドで寝ます。おやすみ……

 

 

 

おはようございます!

今は…9時ですね。休日の起床時間としては早いんじゃないですかね(夜型)

妹は…寝てる。なんか怖い顔してるから悪夢でも見ているのかな?

前日いろいろあって疲れてるでしょうから寝かせておきましょう。

 

良く寝たので体調は万全です。今日は動くので朝食を取りましょう。

朝食は食パンですね。パンもすぐ腐ってしまうから優先して食べねば。ジャムは…保存に優れているとはいえそれは密閉状態での話だからなぁ。捨てる安定かな…

おっと、パチンとやるとジャムとマーガリンが出るやつがある!賞味期限は平気だったのでそっちを使いましょう。この家はバイオハザードを想定していた…?(陰謀論の萌芽)

焼いてなくてもちゃんとおいしいです。そのまま食べさえしなければ基本「料理上手」は発動するので今回も回復量が大きくなりました。さすがにガバガバでは?

 

奇跡的に水道が生きてるので歯も磨いちゃいましょう。髭も剃っておきますか。こうやって日常を想起させる行動をとれば正気度がちょっとだけ回復します。

 

さて……家を補強しますか。道路側の雨戸にバリケードを設置したいです。

とは言っても家にあるものだけじゃバリケードは作り切れませんから今日は遠征しないといけません。

とりあえずソファとラックをバリケードに使いますか。本当は物置と化した冷蔵庫とか大物家電を使いたいのですが「筋力」が足りないです…

足りねぇ…物資が全然足りねぇ…ないものは外から調達すればいい…

というわけで外出します。多分結構な頻度で外出すると思います。きっと出張が多い自宅警備員なんだよ(適当)

まぁこんなんでも自宅が「拠点」でありさえすれば称号は取れます。(問題は)ないです。

 

その前に庭にあった小さな物置を見ておきたいですね。武器も調達しなきゃですし、しらせ号の代わりも探さねば。

 

というかどうやって出よう?一階は閉め切ったし本当は二階からはしごで出入りしたいのですが……

 

「・・・おはよう。」

 

あ、妹が起きてきましたね。ご飯はどうするの?

 

「あ・・・いいや。」

 

何か食べたほうがいいと思うのだが。自分が作ったほうがおいしくできるから作って進ぜようぞ?

 

「今食欲ない。」

 

こころなしか顔色が悪いなぁ。やっぱ起こしたほうがよかったかな?そういや今好感度いくつだ?……3かぁ。上がりましたね。食事効果があったのでしょう。

 

二階からかれらがいないか見てほしいのですが…いいですか?

 

「え?何のために?」

 

庭の物置を確認してそのあと物資を探しに行きたいんだ。

 

「危なくない?でも確かに…雨戸あのままじゃヤバいよね…」

 

分かってくれたみたいです。あと妹の自転車を使ってもいいか聞いてみましょう。

 

「いいけど、汚さないでよ?」

 

目が鋭い。チャントキレイニツカイマスヨ。

 

「ほんとに?まぁいいや、見てくるね」

 

とてててててて・・・・

 

「家の敷地にはいなかった。でも道路には・・・」

 

それならOK。玄関から…そーーっと。

 

外に出ました。視界にかれらがいますが気づいてはいないようですね。素早く庭に回って確認しましょう。

 

中には…工具類と園芸用品がありますね。工具類は家に持ち帰りましょう。そして金属製のスコップは護身用に持っときましょう。あとは木製の子供用バットがありますね。昔使ってそのまましまってあるみたいな感じですかね。これも持っときましょう。

 

今回行こうと思っているのは町はずれの園芸用品店です。ここからは少し離れていますがかれらの密集地とは反対の方向にあるので昼間でも行けなくはないです。そう、自転車ならね。

持ってけるものは限られてるのでそこらへんは取捨選択していきます。

とりあえず、

・補強用の資材

・二階から出入りする用のはしご

・しらせ号の後継種

・汗拭きシートといった清潔さに関わる日用品

は持ってこないといけませんね。結構多い……

途中かれらをやっつけてステータス上げれば余裕余裕!(楽観)

 

工具類を置いて空のリュックに水筒を入れてバットをかごに、スコップを持ったら準備完了!

自転車にまたがって、いってきまーす。

 

「・・・いってらっしゃい」

 

 

 

───────────────────────────────────

 

 

救急箱は…あった。絆創膏の前に消毒しなきゃ…

 

手間取ったが何とかできた。最近ケガをしたこともけがの手当てをしたこともなかったな。これからはこんな機会が増えるのだろうか・・・はぁ…

 

さすがにこのまま寝かせておくわけにもいかないしソファに移すか。

 

「重っ」

 

思わず言ってしまった。仕方ないじゃない。本当に重いのだから!と誰に聞かせるわけでもなく言い訳をしながらなんとかソファに寝かせた。

寒そうだから毛布を掛けよう。

 

「ふぅ」

 

とりあえずアイツの手当てはこれぐらいで十分だろう。ひと段落したらドッと疲れが来た。休んでもいられない。こんな時(ゾンビパニック)にはしなければいけないことがたくさんあるはずだ。でも何をすればいい??

分からない。こんな事態教科書には載ってないし自治体の災害マニュアルはおろかペンタゴンでも想定されてないだろう。

 

うーーーん。食料とかの把握は必要だよね?リソースの正確な把握なくして今後の対策はできないだろう。あってるよね?

 

暗いから電気をつけよう。・・・うん?つかない、停電?

そうだ。もうインフラは使えない。こんなことになったら当たり前のことなのに今まで考えてなかった。インフラが使えない生活なんて考えられない…生きていけるのかぁ…

幸いにもランタンと懐中電灯があった。いろんな所から食料をかき集める。

テーブルいっぱいに食料が集まる。多そうにも見えるけど2人で分け合うことを考えると心もとない。

いきなり変わった現実に体と頭がついていかない。少し休憩。お菓子でも食べて気分を落ち着かせよう・・・

 

 

 

ガサッ

物音に反応して一気に覚醒する。・・・どうやら寝てしまっていたようだ。

アイツが起きたんだ。電気がつかないこととか説明しなきゃ

 

「ケガの手当てしてくれたの?ありがとう。」

 

感謝されることだとは思ってなかったから面食らった。なんだかこそばゆい。兄から感謝されたことなんていつぶりだろう?

 

アイツはすぐに今おかれている状況を理解したみたいだ。水道、ガスの確認。風呂に水をためたりしていた。

 

ガスコンロを引っ張り出してきて何か作るつもりらしい。お前もどうかと聞かれたが断った。おなかはすいているのだが、食べる気になれない。

 

これからのことを考える。水、食料はまだあるが、それだけだ。家はいつまで安全かわからないし風呂にも入れない。親だって安否がわからない。助けは来てくれるのだろうか?インフラやメディアがやられているから小規模なものではないことは明らかだが、この異常事態は世界的なものなのか?文明は?日常は帰ってくるの?

・・・考えがどんどん飛躍する。これからどうしていくか考えなきゃいけないのに…

美味しそうな匂いがした。思わずおなかが鳴ってしまった

 

「……///」

 

おなかもそう言ってるし食べようかな。

なんかすごいのが出来上がってた。腐りやすいものを今のうちの消費するっていうのはわかるけど、見た目が……。こんなものにつられてやってきたなんて考えたら恥ずかしい。

羞恥心を隠すように料理?を受け取って食べる。ええい!ままよ!

 

「……まぁ食べられないことは、ない。」

 

思ったより美味しい。あんな混とんとした具材群からここまで秩序をもたらしたのだからやはり私の兄は料理が上手い。塾がある日は共働きの両親に代わって兄が料理を作っているからなぁ。最近は塾が多かったから平日はほぼ毎日だったっけ。うん。何とか完食。

 

「「ごちそうさま。」」

 

食べたら眠くなった。兄もそうらしい。今日はもう寝よう。

 

夢を見た。

私はいつも通り夕飯を食べて塾に向かった。

講義を受けている。いつもの退屈な日常。

にわかに外が騒がしくなる。講師が注意をしようと外にでる。数秒後、悲鳴。

かれらが教室に入ってくる。出口は一つしかないしみんなパニックで収集がつかない。

一人また一人と喰われていく……

私は何もできず教室の隅で震えていた。かれらが私を見つけた。この教室で人間は今や私だけ。

こないで。こないでこないでこないで!!

 

 

跳ね起きる。太陽は今日も平常運行だ。10時か…学校なんてあるわけないし別にいいか。

悪夢のせいでよく寝たはずなのに気分が悪い。

起きるともう兄は活動していた。雨戸にソファやらなんやらがバリケードとして使われてた。兄が食事を勧めてきたが、断った。何も食べる気にもなれない。

 

二階の窓からかれらがいないか確認してほしいと言われた。聞けば足りない資材を取りに行くために外に出ようとしているらしい。ついでに私の自転車も借りたいと。

そうしなければいけないのは理解できる。でもどうしてそんなに早く現実を受け入れて行動に移せるのか。……わからない。

 

二階から見た景色はもう日常を映してはいなかった。ぱっと見は昨日とあまり変化はないでもよく見ればまだくすぶっている煙や異様な街の活気のなさが伝わってくる。

家の敷地にはかれらはいなかったが道路には数体いた。兄に報告しなきゃ

 

本当に兄は行く気らしい。かれらが跋扈する世界へ足を踏み入れることに恐怖はないのだろうか?私は怖くて行けない。無事を祈ることしかできない。

 

「・・・いってらっしゃい」

 

明るい声で兄を送り出すことはできなかった。ましてや危険だから行ってほしくないなんて……言えるわけ、ない。

 




レポートを無視して書くssは最高だな!!(現実逃避)

来年頑張ろうみたいな考えが頭の中を牛耳っててなかなかやる気が起きませんね。


関係ない話なんですが今何時?と聞かれてノリノリで「そうね~だいたいね~♪」と答えたら、真顔で今の時代そこは「いちだいじー♪」だからね?あとネタ分からない人にそれやると嫌がられるだけだからやめたほうがいいよ?って言われてショックでした。
ジェネレーションギャップを感じる……時代についていけない……


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イマドキ自宅警備員は外に出たりもする

ポケモンを買ったので初投稿です。


やってまいりました。外です。やっぱりかれらはいますね。

この自転車は妹から借りたやつなので「突進」してかれらを蹴散らしながら目的地は馳せ参ずことはできません。……汚したらめっちゃ怒られそうで怖い。

ですのでよけながら行くことになります。

住宅街は死角が多く、端のほうを走っているとふいにやってきたかれらにぶつかってしまう(いっけなーい遅刻遅刻)危険があるので真ん中を走りましょう。

こんな白昼堂々の移動は危険ではありますが、ある程度の速さを出していればかれらに追いつかれることはまずないのでうまく立ち回ってさえいれば大丈夫です。自転車万歳!

機動力かなーやっぱ(例の構文)。馬の登場が戦争を一変させたってよく言われてるしね。中世は馬を操る遊牧民の時代だったが、ゾンビがはびこる時代では自転車を乗り回す自宅警備員が天下を征する!自宅警備員とは?(概念の再定義)

 

くだらないこと言ってるうちに大きめの道路に出ました。開けているのでさらにかれらを避けやすくなりました。車もいませんしもうここまでくればこっちのもんです。

とはいえ乗り捨てられた車が邪魔ですね……。大抵は路肩に止まっているから道路の真ん中を走っていれば大丈夫なんですけど、たまに事故してそのままの車たちがあってスイスイとは行けませんね。破片とか飛び散っていてパンクしたらどうしよう……

 

あ、自転車屋見っけ!見た感じ荒らされた風でもなさそうですし商品は普通に使えそうです!パンクに強い自転車とかを99カ年租借したいものですが……

自転車で自転車を運搬とかできないだろうから今回は無理ですね。またいつか徒歩で取りに行きましょう。トホホ・・・

でもせっかく見つけましたし冷やかしに行きますか。ウィーン(自動ドアを手動でこじ開ける音)

A few のかれらがいますネ!destroy しちゃいまショー!(似非米国人風)

実は飛真君、戦闘経験ほとんどないです。今まで速度重視で「突進」こそすれ明確な殺意をもって攻撃はしなかったですからね(不可抗力は除く)。

経験値を全然稼げてないのでぼちぼちやっていかないとまずいです。生きていくうえで必要なスキルがまだまだあるはずですから。

木製バットを持ってきてるのでそれで殴りましょう。狭い店内じゃ横振りはできないので縦振りで確実に頭をつぶしましょう。

わざと見つかって・・・ドスン!

一対一なら負けません。あ、正気度ガリっと減った。はじめてだもんね。しょうがないよ(聖母の笑み)。

 

全員倒しました。これぐらいならまぁお茶の子さいさいです。(飛真君)はその限りじゃなさそうですが…。すぐなれますよ……

 

レベルも上がりました。

早速強化しましょう。「自転車Lv3」を取ります。このスキルは自転車移動時のスピードアップと消費スタミナのさらなる軽減。さらに「片手運転」、「立ち漕ぎ」がアンロックされます。

「片手運転」はその名の通り片手で運転ができます。あいた手で武器を持ってもいいし、ながらスマホしてもいいです。咎める人などこの世界に残っちゃいません!ただ速度とかに制限が出てしまうのでそんなに使える機能ではないです。

もう一個の「立ち漕ぎ」これは重宝します。立ち漕ぎ状態になると主に2つのことができます。1つはスタミナの消費量を増やす代わりに急加速と最高速度増加を可能にする「爆速」。2つ目は自転車が錆びていない(=音を立てる原因が自転車自身にはない)ときに速度とスタミナを犠牲にして無音で移動できる「隠密移動」。

特に2つ目はめちゃ使えます。かれらが多い場所でもやり過ごすことが可能です。もし見つかっても「爆速」で強行突破もできます。

スタミナが重要なステータスになっているのでこれからは「持久力」中心で上げていこうと思ってます。

 

店内が安全になったのでいろいろ見てみましょう。

自転車……ノ、ノーパンタイヤ??違った。ノーパンクタイヤでした。へぇー、こんなのもあるんだ。空気じゃなくてウレタンやら何やらが注入されているらしいですな。

パンクは絶対に避けなくてはならない事態ですので新調するときはこのタイヤを使いましょう。

 

プロテクターとか拝借しようかな。……なんか初めてのローラースケートの時みたいな過保護な防護体制ですが行動に制約がかからない範囲で装備してるので移動に全く問題はないです。

使うかもしれないからLEDライトももらっていこう。

・・・寄り道はこれぐらいにして目的地を急ぎますか。

 

ここら辺の道はTHE地方の幹線道路って感じで道路の周りにちらほら店がありますね。お店は主に飲食店ですが、さっきドラッグストアとリサイクルショップを見つけました。次探索するときついでにのぞきに行きましょう。

 

見えてきました。園芸用品店です。町はずれにあるだけに駐車場が広いですね。そしてかれらも比較的少ない。

 

駐車場は視界が良好なので少しかれらを狩ってレベル上げをしますか。

・・・の前にこのままじゃ返り血で服が汚れてしまうので先に養蜂場用の防護服を探しに行きましょう。なかったらカッパとかでもいいです。

 

あった…。プロ用ではないので蜂からの攻撃には十分ではなさそうですが返り血を受け止めるには十分です。すげぇな。やっぱ郊外型は品ぞろえがちげぇや…。

 

ゴム手袋でグリップ力を上げてひたすら倒していきます。傍目から見れば完全に犯罪者です。木製のバットの耐久もいつまであるかわからないのでほどほどでやめますか。

 

……結構倒しました。白かった防護服は今や真っ黒い血で染まっています。臭いのでそのせいで正気度がじわじわ減ってます。さっさと脱いじゃいましょう。

 

おかげでレベルアップです。今回は「持久力」と「筋力」を上げましょうか。前衛になれそうなのが自分しかいないのでやはりこういったステータスを上げて前で戦えるようにしないといけないですね。(自宅警備員としてこのスタンスは如何なものか)

 

やっと入店です。ここでも自動ドアを手動でこじ開けます。

中は確かに商品が散らかってはいますが移動には問題がない程度なのでそのままずんずん進んじゃいましょう。自転車はドアの前でお留守番です。

かれらがうろついてますね。さすがに無視するわけにはいかないです。多少の汚れは覚悟の上で排除しましょう。

オラッ!お客様がお通りだぞ!どけどけどけぇ!!

あ、バット折れた。

 

・・・今日はこれぐらいにしてやるよ。覚えてろよ!!

逃げます。武器がないんじゃ探索はできません。どっかで武器を見つけなきゃ…

 

!(ピコーン)ここは園芸用品店…それなら「アレ」があるはず…

 

ありました!スコップです!

耐久性に優れ、かれらを屠るのに十分な火力そして持ち運べないことはない重量!

比較的入手しやすいことを含めてがっこうぐらし最強の武器です。(個人の感想です。)

単純な火力で優れていたり遠距離攻撃ができる武器もありますが、やはりスコップが一番です。一つ能力がとびぬけた武器より安定したステータスを持っている武器のほうが普段使いとして役立ちます。

ある程度スコップを使っていると「スコップマスター」というスキルが取れるようになるのですが、それによって使えるようになる「薙ぎ払い」がとにかく強いです。これなら囲まれてもかれらを蹴散らせます。

くるみちゃんが愛用しているのもうなずけます。

 

もう一度入店してかれらを排除しながら目的のブツを探します。立ち止まると囲まれる危険があるのであくまで動き回りながら、です。

この頃になるとかれらを倒すことに対して正気度が減少しにくくなってきますね。こうやって人は「日常」を形成していくんだなぁ・・・

 

はしごコーナーにたどり着きました。

そんなに立ち止まってられないのでさっさと決めます。

…縄梯子!君に決めた!

運べる容量に限りがあるのでこういったコンパクトなものでないといけないんです。かれらが登ってくるなんてありえないでしょうけど、はしごをしまうこともできるので精神的にも安心できます。

 

やっぱ重いな…一旦外に出て荷物を置きましょう。

なんとかかごに収まりました。持って行けそうですね。次は補強用の資材を探しますか。

 

窓のコーナーにやってきました。一応取り付けるだけの面格子がおいてありましたが小さい窓用だからつかえません。

となると自分たちで作るとなりますが、アルミで作るとして窓のサイズに材料を切って下穴あけてタッピングビスで止めて……。そのために電動ドリルとポンチが必要だしあとC型チャンネルも必要だな……。あとはあとはあとは……DIYの域超えてね?

こういったことのリアル知識が全くないのでよくはわかりませんがすげー大変だってことはわかります。

TOKIOならできそうですが新米自宅警備員の飛真君では無理です。

材料も今回だけではとてもじゃないけど運べる量じゃないですしね。

木材を打ち付けようとも思ったけどこちらも運送量の関係でいったん保留です。

ですので今回は窓に関しては防犯シートをもらってくるにとどめておきます。

気休めですが分厚さをウリにしている商品を持っていきますか。

 

……というわけで窓のほうは次の機会にしましょう。

でもこれだけだと偶然侵入された時でも突破されそうなので他の策を取りたいと思います。

家と道路の間に隙間があるのでそこに障害を設置しまくって侵攻を遅延させているうちに飛真君が退治していく……といった方法です。

家の三方は一般的な塀で囲まれているのでとりあえずは道路側のことを考えておけばオーケーです。

当分はノルマンディー上陸作戦で使われていたことで有名なチェコの針鼠に似たものを作っていこうかなと思っています。

こういったものを作るのには「知力」が重要になってくるのですが知力に秀でた妹が幸いにもいるので頑張ってもらいます。(他力本願)

 

・・・というわけで木材を持っていきます。木であれば家にある工具で簡単な加工ができるのでとりあえずはこれにします。

 

持っていける木材を自転車のそばに持っていって、ドッコラー!(激さむモノマネ)。

……ごほん、次は防犯コーナーに行きますか

お目当ては防犯ブザー。効果が高いのは原作で確認済みなのでたくさん持っていきます。

有刺鉄線も売られていました。こんなのも売られてるんだ……。きっとこの辺治安悪かったのでしょうね。これも持って行って妹に鉄条網に加工してもらいましょう。(丸投げ)

 

これ以上は大きなものは運べないので帰り支度を始めましょう。

 

この園芸用品店の隣にスポーツ用品店があるのでそこで昼飯と汗拭きシートとかを拝借しに行きましょう。

昼飯はゼリーです。人の目を気にせず全種類の味を楽しめますね!うれしい!(白目)

と思ったらタピオカ味は売り切れています。全種類制覇したかった……

在庫とかあるかな?在庫倉庫とか行けば掘り出し物があるかもしれませんね。今日はもう持てないので次回になってしまいますが…

汗拭きシートはスポーツ用の高いやつをもらっていきましょう。髪に使うスプレータイプもあったのでこれも持っていきますか。

 

そろそろ帰らないといけないですね。夕方になると住宅街はかれらが増えてしまうので太陽が南中を過ぎた頃にここを出ないとピークにぶつかってしまいます。

 

おっと、「おみやげ」をもって……帰りましょう。

なお今回の買い物はすべてリボ払いで行ったのでお金の心配はありません。(全然大丈夫じゃない)

 

ぐえーー重い。スタミナがゴリゴリ減りますね。自転車スキルを取ってこれですから無振りだと出征は無理ですね。取って良かった自転車技能!

 

つ き ま し た 。

 

時間はもう4時です。ぎりぎりです。住宅街で「隠密移動」をするつもりでいたのでスタミナ温存のために休み休み移動していたらこんな時間になってしまいました。

 

妹にドアを開けてもらいましょう。上からじゃないとはしごをかけられませんですからね。

おーい、咲良!帰ったぞー。ドンドンドンドン ガチャ

えっ開けんの早

 

「おかえりなさい!」

 

すげぇホッとした顔してる…

かれらではないかと疑っていたのなら、すぐに開けずにもう少し確認をしてから開ければそんな開けた後人間だと安心する必要もないのでは?

とりあえずはしごをかけてもらいましょう。

 

「え?何?はしご?・・・そういうことね。分かったわ」

 

持ってきたはいいけど実際はしごで登れなかったら意味ないですから試しに登ってみないとね。

 

「これでいいの?大丈夫だとは思うけど…」

 

掛かりましたね。早速登ってみましょう。

・・・問題なく登り切れました。これからはこれで外に出るようにしましょう。

でも大きな荷物があるときは安全を確かめてから玄関から入るようにしますか。

 

「外の様子はどうだったの?私たちのほかに生存者とかいた?」

 

確かに気になるよな。レベル上げのためにかれらを屠っていたことは伏せて、あったことを話します。

 

「……ここからも人間が生きた気配がしなかった。でもラジオからは音楽が流れていたからもしかしてって思ってたけど…やっぱり…」

 

あ、ラジオかぁ。もう音楽流れてるんだ。イベント放送(駅からのSOS)とは別に超低確率でクラッシック以外の放送があるらしいと風のうわさで聞いたことがあるのでラジオの確認も必要ですね。

心なしか顔が赤くなりましたね。やはりショックだったのかな。絶望的な状況だと突き付けられたのだから無理もありませんね。

正気度が今減少したと思われますが、大丈夫です。ちゃんとリカバリーは考えています。

はい、おみやげ。花とか好きだったよね?(超適当)

 

「!!これは…デイジー?……そう、だよね。まだ私たちは生きてるもんね。しょげてなんかいられないよね…。ありがとう、大切にするね。」

 

花とか何かを育てていると精神安定上いいんです。それを帰る前に思い出して近くにあった花を適当にもらってきたんですがどうやら成功みたいですね。……やけに感動してるけど本当に花好きだったんですかね?

 

ともあれ無事帰宅できました。飛真君はもうへとへとなので今日は体を汗拭きシートできれいにしたら夕飯をたべてすぐに寝ましょう。なんだかんだ言って睡眠が一番疲労回復に効果があるんです。

 

汗を拭いて服を着替えてすっきりしました。さて、夕飯を作りますか。荷物が多くて今回は食材を調達できませんでしたがちゃんと家にストックがあります。ガスコンロを使ってラーメンを作りましょう。具はせいぜい海苔を添えるのが限界ですがそこは「料理上手」、ちゃんとおいしく作ります。(なおカップラーメンでは「料理上手」は発動しません。でもカップラーメンを鍋で調理すればスキルが発動します。そんなんでいいのか?)

 

美味しそうな匂いにつられて妹がやってきました。朝食べてなかったしおなかすいていたんでしょうね。

 

完成~!うまそう。

 

2人とも無言でラーメンをすすっています。友人と談笑しながら食べるらーめんもいいけど純粋に味を楽しむらーめんも最高ですよね。

 

「……ふぅ。」

 

美味しい料理を完食した時についため息が出ちゃうのめっちゃわかる。満足そうで何よりです。

 

さて夕飯も終わりましたしおとなしく寝ますか。今日持ってきた材料を使ってどんなものを作ってほしいかは明日妹に伝えます。どうせ明日も外出しますからその間に作ってもらいます。

明日は道中で見つけた自転車屋に行ってしらせ号の後継種を手に入れるとしますか!まだまだ必要なものはたくさんあるので当分はなんちゃって自宅警備員ですね。新人は足で稼げ!

 

「あれ、もう寝ちゃうの?」

 

確かにまだ8時にもなってませんですからね。でも今日は疲れちゃったから寝るわ。明日もいろいろやることあるし。

 

「・・・そうだね。何にもしないのはダメだよね。じゃあ、おやすみ。」

 

ん?なんか顔色が曇った気がするけど…まぁいいや正気度は足りているはずだから大丈夫でしょ。

 

それでは、おやすみなさい……

 

 

────────────────────────────────

 

 

行ってしまった。ドアを開けた時にできた隙間からかれらがチラっと見えた。本当に大丈夫なのか?

 

・・・ともあれ家にいるのは私一人だ。自分も家を守る努力をしなくちゃいけない。しかし何をすればいいのかわからない。

 

真っ先に思いついたのは雨戸の補修。でも補修用の材料がない。あのサイズの雨戸にあった補修材を自転車で輸送できるかも甚だ疑問だ。

 

思いついたことは大抵この家じゃできないことで、それを改善するために兄は出かけて行った。

志向を変えてかれらについて考えてみることにした。

平和だったころ(アウトブレイク前)あったゾンビ物のフィクションの設定の通り血液感染のウイルスが原因でかれら化してしまうのだろうか?となると弱点というか唯一の撃退方法は脳の破壊になるの?

発生源はどこなのだろう?どこかの秘密研究所みたいなのが感染源としてありそうだけど、人里離れたところにありそうだしどうして何の前触れもなく町中がかれらだらけになったのか説明がつかない。同時発生的なのかな?でも何のために?意図してやったのか「事故」なのか……

 

うぅ…頭が痛い。気が滅入る。一人だと思考が堂々巡りしてしまうからダメだ。結構寝たはずなのに眠たい。まるで脳がこの現実に居たくないと言ってるみたいだ。

 

手回しラジオをもってベッドに横たわる。ラジオからなら何かわかるかもしれない。

 

少しずつつまみを調節して砂嵐に耳を傾ける。いくら回せど相も変わらず砂嵐。本当に自分たちしか生き残ってないの?そんなはずはない、私たちのような一般市民でも生き残っているんだ。探せば誰か誰かいるはず……

 

随分とつまみと格闘していた。寂しさに押しつぶされて涙目で祈るようにつまみを回していたその時チューニングが突然合った。

 

おん、がく……?

 

クラッシックが流れていた。何かメッセージが流れるはずだと思って注意深く聞いていたが、ずっと音楽が流れているだけだった。

でも音楽は勝手に流れない。「誰か」がこれを放送しているのだ。生存者は、いる!!

 

もしかしたら兄も生存者を見つけるかもしれない。

安心したからかいつの間にか眠りに落ちていた…

 

起きたのは2時前ぐらいだ。この電波時計は今は誤差が少ないだろうがもう電波は送られてこないだろうからどんどん狂っていくんだなと思ったら少し暗い気持ちになった。

 

兄はいつ帰ってくるのだろうか?昼頃帰ってくると言っていたからそろそろだろうか。

無性に兄の無事が気になって玄関で待っていることにした。ほかにすることも思いつかないし…

 

3時を過ぎた。遅い。もしかしてかれらにやられて……

頭を振って思いつきかけたことを否定する。そんなわけない!

こんなことが起きる前は一人で生きていけるって思ってたけど無理だ。自分ひとりじゃ何もできないし、ヒタヒタと忍び寄る不安を消す方法を私は知らない。

 

4時。日が傾き始めて私の顔に暗い影を作った。不安と恐怖が錨となって私を玄関に張り付かせている。お願い、帰ってきて…

 

突然ノックの音が響く。兄が私を呼ぶ声を聞く前にドアを開けた。

 

「おかえりなさい!」

 

兄は多少面食らった顔をしていたが私は兄が無事だったうれしさでそんなことは気にならなかった。

 

縄梯子を持ってきたらしい。これで出入りを行えば多少は安全になるだろうとのことだった。

 

はしごをかけたら早速兄は登って降りて安全性を確認してた。どうやら満足したみたい。

 

外はどうなっていたか聞いてみた。望みは薄いがもしかしたら…

 

……やっぱり外に生存者はいなかったらしい。よく見たら兄の顔色が悪い。そして私の自転車はきれいだったが彼が持っていたスコップについていた黒い血…。飄々と外に出たようでもかれらを排除しながらの物資調達は私が思った以上につらいのだろう。疲れているのに質問攻めにしてしまったのをいまさらながら恥じた。

 

勝手に羞恥で顔を赤らめていた私に兄は思いがけないプレゼントをくれた。

これは多分デイジーだ。花言葉はえっと……

!!こんな時でも「希望」を忘れちゃいけないってことなの?確かに兄の言う通りだ。疲れて帰ってきた兄に気遣われてちょっと泣きそうになった。だからお礼を言った後自分の部屋に逃げるように戻った。

 

ぼーっともらったデイジーを眺めていたらおいしそうな匂いがしてきた。ここで初めて今日は何も口にしていなかったことに気づく。自覚した瞬間恐ろしいほど空腹感を感じた。

ゆらゆらと匂いがする方向へ歩き、完成したらーめんに貪りついた。おいしい。生き返るような心地がした。ちゃんと食べてなかったからあんなにマイナスなことばっかり考えちゃったのかなと思った。

 

「……ふぅ。」

 

完食。こんな単純なことで幸せを感じるなんてつくづく私は現金なやつだ。でも、明日から元気に生きていけそうな気がした。

心地いい気怠さに身を任せていたら兄がせっせと寝る準備をしていることに気づいた。

あれ、もう寝ちゃうの?

 

「今日は疲れちゃって。それに明日も外に出て物資を調達しないといけないから。」

 

一気に気持ちが曇ったのが自分でも分かった。明日も一人でいることの心細さを経験しないといけないのか。食事にではなく()()()()()()()()()()()()()()ことに幸せを感じていたことに、いまさらながら気づいた。

 

行ってほしくない

 

私を一人にしないで

 

「・・・そうだね。何にもしないのはダメだよね。じゃあ、おやすみ。」

 

兄の言っていることは正しい。家では家ですることがある。自分にそう言い聞かせて私は言葉を絞り出した……

 




書こうと思ったイメージを言葉にするのに予想以上に時間と文字数がかかってものを書く大変さを深く感じております。



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思いはすれ違い人々は出会う

令和元年最後の日なので初投稿です。


今日もいい天気!おはようございます。

 

早く寝たおかげで体力もスタミナもばっちり回復してます。

 

朝ごはんはどうしましょうかね……シリアルがあるのでそれを食べましょうかね。

「料理上手」を発動させたいのでちょっとひと手間かけます。シリアルとミックスナッツを砕いて小麦粉と砂糖、水をそれぞれ少量加えてオーブン代わりにフライパンで焼きます。

ミルクチョコで油分を足してハチミツをかけていただきます。

ソーラークッカーがあればガスを消費しなくても料理が作れるようになるのかな…

 

「おはよう……」

 

妹が起きてきましたね。少し顔色が悪い気がします。

思ったより正気度が低いな……兄も昨日のレベル上げ(元人間の殺害)で正気度がゴリッと減ってますし2人ともちゃんとケアしないとまずいですね。

ともあれ一緒にご飯を食べましょう。

 

ご飯を食べている間に今日のことを相談しますか。

相談といってもやることとやってほしいことはもう決まっているんですけどね。

飛真君は二代目しらせ号(新しい自転車)を手に入れて……どうしよう。何も考えてないじゃないか!(O型)

外に出れば用事は勝手にできますよ。道路沿いの店を見て回りますか…

とりあえず妹には昨日持ってきた資材を使ってチェコの針鼠と鉄条網を作ってもらいたいです。

不器用な兄に代わって工作頼む!お願い!

 

「……えっとチェコ?ハリネズミ?鉄条網はわかったけど作ったことはおろかまじまじと見たことすらないし…。自分で作ったほうがいいんじゃない?」

 

もっともな意見だけど、自分じゃ「知力」が足りないから頼んでるんですよ……

でもしょうがないです。ない頭を振り絞って説明します。

 

~力説中~

 

「どういうものかはわかったけど、それの何たるかを知ったところで作れるようにはなれないよ」

 

嗚呼、なんという正論!ゲーム上では「知識」と十分な「知力」があれば作れるようにはなるのですけど…。

うーん、どう説得しよう。メタ知識を教えるわけにはいかないし…。

 

「一緒に作ればいいじゃん。別に今日も外に行く必要はないんじゃない?今日明日なら今家にあるもので何とかなるし、外は危ないからできるだけ家にいた方がいいよ…。」

 

まぁそうなるな。

なんか妹の目が切実だし言うとおりにしますか。だが私は外出をあきらめたわけではない!

 

食事を終えて早速二人で作業を始めます。とはいえ作るのは妹で飛真君は「てだすけ」してるだけなんですけど…。

 

木材の加工は材料と工具さえあれば特別なスキルは必要ありません。

それ以外の素材となるとスキルが必要になってくるので、その際は「勉強家」の妹に頑張ってもらいます。(クズ兄)

 

「できた…けど、本当にこれでいいのかな…」

 

完成!ですけどアイテムの横に(試)と書いてありますね。

これは十分な知識がない状態で見様見真似で作った際に付くマークです。

アイテムの性能は大幅に落ちてしまいますが完成は完成です。

「設計図」のような正確な情報があればこのマークをすぐに取り除くことができるのですが…この町に設計図があるとは思えないので試行回数の暴力で品質の向上を図ります。

それに工作をすることで経験値が手に入るので一石二鳥です。

()()()()()()は可能であることを妹に知ってもらいます。そしてめちゃくちゃ褒めて自信を持ってもらいます。

 

「なんとかは、なったね…。あと褒めすぎ。これぐらいなら誰でもできるって」

 

軽くあしらわれましたが満更でもなさそうです。

作ってる時も割とノリノリで作業してましたしやっぱりこういうの得意なんでしょうね。

早速設置したいけどかれらに襲われそうで怖いなぁ…。昨日買った(借りた)防犯ブザーを試してみようかな。

 

妹にはこの調子で作ってもらって自分は敷地の安全確保のためかれらを始末しに行きますか

家近くの路地の塀の上に防犯ブザーを置いて常時なっている状態にしたら離れてたまったところを殺っちゃいますか。

いざ実行するとなると緊張してくるな…。とぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!!(ストッパーを外す音)

 

ピヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨ・・・・・・

 

音うるさっ!こんなに音デカいの…(困惑)

おかげで不審者(かれら)がこちらに向かってきてます。現行犯逮捕志願者が多くて困っちゃいますがみんな防犯ブザーに夢中なので安心して背後が取れます。

ぬぅ…音が大きすぎて遠くのかれらまでひきつけちゃってます。これじゃキリがないのでもう防犯ブザーを壊しちゃいましょう。

再び静寂が訪れてかれらが寄ってくることはなくなりました。

効き目が強すぎるな…これを使うのは本当にヤバいときだけにしときましょう…

 

おかげでレベルアップしましたし周辺のかれらはあらかた片付けることができました。

 

スキルポイントを使って「鈍感」を取りたいと思います。「鈍感」は減少する正気度の量を減らすことができるスキルです。バットステータスみたいな名前ですが「直感」はちゃんと機能するのでデメリットはないです。

ちなみに「知力」が高すぎるとこのスキルは取れません。妹はもしかしたら取得できないかもしれませんね。

 

早速作ったものを設置しますか。

…全然量が足りないですね。材料も足りないしやっぱ外に出て物資調達をするしかないですね。

 

一旦家に戻ります。

 

「・・・血がついてる。今作ったのを置くだけならあんなことしなくてもいいのに…」

 

うわ。ジト目された…

俺は今後のことも考えてだなぁ……とはいえ妹が言ってることも正しいです。音もうるさかったですし素直に反省します。

 

何となく気まずいのでさっさと外出しますか。まだ午前中なので外に出ても帰ってくる時間は十分にあります。

自転車を手に入れるまでは徒歩ですがスコップがあればなんとかなるでしょう。

ご機嫌を取るために夕飯も少し考えないといけないですね。

 

「えっ?外に出るの?今ので周りは安全になったんじゃないの?なら外に出なくたっていいじゃん。一緒にこれ、作ってよ」

 

すぐ戻る。すぐ戻るから!

家にいても「知力」が足りないからあんまり貢献できないんです。

分業。そう、分業だよ!

 

「すぐ戻ってね・・・心配だから」

 

そりゃもちろん。

基本昨日の道をたどるだけなので道を覚えた分早く行動できます。

 

というわけでイクゾー

 

 

スコップのおかげで今のところ無傷で自転車屋の前まで来ました。

店内には…かれらはいませんね。入店します。

昨日見つけたノーパンクタイヤ仕様のママチャリにします。

チラっと見えた値札は見なかったことにしましょう。

マウンテンバイクのほうがいいと思ってたのですけど、後ろに荷物を積めなくなってしまうのでママチャリになりました。

それにかごと荷物を縛るひもをおまけとして装備して…

新生しらせ号 爆☆誕!

これで突進し放題です!やったね!

自転車保険に追加で加入すれば訴訟の際も安心です!どんどん轢いちゃいましょう!

 

Fooooooooo~!

たまらねぇぜ。やっぱ自転車は、最高やな!

この感動を誰かと分かち合いたいなぁ…そうだ!

高校までいって校庭で暴走族みたいにチリンチリン鳴らしながら走ろう!

威力偵察ってやつです。(違う)

学園生活部の面々と今まで一度も面識がないのはさすがにヤバい。自宅警備員なので入部するわけにはいかないんですが、お互いに存在を認識しあうのは悪いことじゃないはずです。何かあったとき協力しやすくなりますからね。

 

着きました。ここがあの女たちのハウスね…

さすがに学校周辺はかれらの量が多いですね。これだとおいそれと外出はできませんね…

(校門)おっ、開いてんじゃーん!

懐かしの母校。窓ガラスはことごとく割れていて襲撃の激しさを物語っています。

校庭にもかれらがいるので全然目立てません。

音を出すしかないですね。 ドンドンパフパフ オォン!オォン!(マフラーの音)

うわぁ、かれらが寄ってくる!なんか自分が番長で後ろに子分たち(アンデット)を引き連れているみたいな感じになってます。先頭がママチャリってなんか残念だな……

 

「おーーーい!!」

 

ん?なんか声が……屋上から?

あれは…くるみちゃんですかね?

よかったぁ生きてた!てっきり全滅してるんじゃないかと……(速攻で帰宅して彼女たちを見捨てた屑)

続々と屋上に集まってますね……ゆきちゃんとりーさん、そしてめぐねぇですかね?

全員で4人ですか。あっ(察し)。……まぁ主人公がいない中トイレまで捜索しきれないよね…

 

「こっちにこーーい!!食料も!電気も!あるよぉーーー!!」

 

行きたい(迫真)

しかし、しかし帰る場所があるから行けないのだ…

それにホラ、昼の学校に入るなんて自殺行為ですしね(震え声)

手を振り返しておくにとどめておきましょう

再见(またな)!! 一路顺风(道中ご無事で)!!

 

・・・買い物しましょうか。

ドラッグストアが近くにあったのでそこによりましょう。ウイーン(自動ドアを手動で開ける音)

ここは処方箋も受け付けているところなのでいろんな薬がありますね。

店内にもかれらがいますね…医療関係者もかれらになってしまった現状を見てしまうと薬なんて感染の前じゃ何の意味もないと思っちゃいますね。

でも日用品はかなり使えます。

液体歯磨き剤とドライシャンプーそして携帯トイレを持っていきましょう。

さっきの学校訪問でかなりしらせ号が汚れたのでウエットティッシュできれいにします。

昼飯用にカロリー〇イトのメープル味を持っていきましょうか。やっぱメープル味が一番ですよね!チョコ味を選ぶやつとか頭おかしいですよ!(パン・メープル主義の台頭)

 

次は園芸用品店に行って調理器具と木材を調達しに行きますか

危なげなく到着。荷物もまだ軽いのでスイスイ行けます。

ここで追加の木材、ガスコンロのガスを補充します。

今回は積載量も増えているので窓に打ち付ける用の木材を運びきれることが可能になりました。それに伴って電動ドリルを持っていきます。販売時点で半分バッテリーが入ってるものがあるのでそれをもらっていきます。

夕飯はカレーにしようと思ってるのでパウチになってるカレールウと飯盒、アウトドア用のコンロもゲッチュします。

あ、同じコーナーに折り畳み型ソーラークッカーがあります!これももらっちゃお。

最近はポケモンで毎秒カレー作ってますからちょっとチャレンジして飯盒でお米を炊いてみようと思います。

成功すれば「料理上手」も相まってかなりの正気度回復が見込めます。

 

さすがにもう持てません。帰るとしますか……

 

 

────────────────────────────────

 

 

兄が早々に寝てしまい私も寝ることにした。

だがなかなか眠れない。心の隙間に不安が入り込んできて心が落ち着いてくれない。

 

・・・それでも私はいつのまにか眠ったらしい。甘い匂いで目が覚めた。

今日も晴れ。それは()()()()()()()だということを意味している。はぁ……

 

兄が作った朝食を食べていたら、自分が外出している間にチェコなんちゃらと鉄条網を作ってくれと頼まれた。

作れないと言ったら一生懸命どういうものか説明してくれた。

説明を聞いている間、これは兄を引き留めることに使えるかもしれないと考えていた。

 

「一緒に作ればいいじゃん。別に今日も外に行く必要はないんじゃない?今日明日なら今家にあるもので何とかなるし、外は危ないからできるだけ家にいた方がいいよ…。」

 

兄は折れた。私は思うようにことが運んで内心したり顔だった。本心がバレてなければいいのだが・・・

 

作ってみると意外と楽しい。ああでもないこうでもないと言い合いながら作っていくのは文化祭の出し物を皆で仕上げていくみたいで楽しかった。

結構ノリノリで作業してたと思う。尤もそれは横に話し相手がいたからではあるが。

 

完成したのはひどく不格好なものだったが兄は大げさに私を褒めた。

 

「俺の要領を得ないあんな説明でここまでのものを作れるなんてやっぱり咲良はすごい」と。

 

私はそんなことないと答えたが、言われて嬉しかった。兄に褒められたのはいつぶりだろう?そもそも最近誰からも褒められてなかったと思う。模試の点数も成績も伸び悩んでたし…

 

戻れない過去のことを思い出しながら早速次を作ろうとしていたら、耳障りな音が鼓膜を揺らした。

慌ててベランダに出た。たしか兄が作ったものを置きに外に出たはず…

 

かれらが一つ所に集まっていた。その中心に音源があるらしい。

兄は背中を向けているかれらを一体一体スコップで屠っていた。

 

軽いショックを感じた。あまりにも兄が必死なのだ。もちろんこんな状況で必死になるのは当然だ。でも何か変なのだ。

こんなこと(アウトブレイク)が起きてからあまりにも積極的に動きすぎている。特に家を守ろうとしている意識が強いと感じる。まるで()()()()()()()()と心に決めているみたいだ。

どうしてそんなに必死なの?もしかして私のせい?私が弱くて頼りないから?

・・・兄を安心させるためにも私も頑張らなくちゃ。でもあんなに危ないことをやってる兄も心配だ。もし彼が感染しちゃったら私はどうやって生きればいいの?

 

「・・・血がついてる。今作ったのを置くだけならあんなことしなくてもいいのに…」

 

思わず非難めいた口調になってしまった。一人で何でもしょい込もうとしないでよ。困難は分割せよって言うじゃない。私も、私も頑張るから……

 

思いは伝わらなかった。私の意に反し、兄はそそくさと外出の準備を始めた。

引き留めようとしたがダメだった。顔色が悪いのに目はギラギラしてる。大丈夫だからそうしているわけではない。無理をしているのだ。たくさん寝たから体力は回復しているだろうが精神はそうではない。疲弊している。

それを指摘しても彼は否定するだろう。・・・兄の行動を変える力を私は持ってない。

 

「すぐ戻ってね・・・心配だから」

 

兄がお世辞抜きで褒めるようなものを作ってぎゃふんと言わせてやろう。そうすれば兄も無理をしなくなるはずだ……

寂しさをグッとこらえて作業に集中するように自分に言い聞かせた・・・

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

「どうしたんだめぐねぇ?たそがれちゃって。」

 

あたしは外の空気でも吸おうと屋上に出た。そしたらめぐねぇが外をぼーっと見てた。

 

「いえ、ちょっと…あと私はめぐねぇじゃありません!」

 

「はいはい。それで?どうしたの?」

 

「はいは一回です!……さっき音がしたでしょう?それでもしかしたら生存者がいるかもしれないと思って…」

 

ああ。確かに少し前に住宅街からかすかに電子音がした。りーさんは防犯ブザーの音だと言ってたっけ。

この町は死んでしまったから音がすると遠くからでも聞こえてしまうのだ。防犯ブザーが何かの自然現象やかれらによって鳴ったとは考えづらい。

これは、人間…つまり()()()がかれらをおびき寄せるために使ったとめぐねぇとりーさんは結論付けた。

それを聞いてゆきは早速「助けに行こう!」なんて言ってた。

でもあたしたちはやっと3階を制圧できたばっかりだ。バリケードも簡易的なもので助けに行ける余裕は今はないとりーさんが諭し、みんなも同意した。

 

「生存者はいてもおかしくはないけど、ここから見える位置にはいないと思うぜー?」

 

音は大きくはなかった。住宅街はこみごみとしていて人を見つけるのは難しそうだ。

そう思いながらちらと校庭を眺める。

まだかれらがうろついてる。こんな日々はいつまで続くのだろう?いつかグラウンドを全力で走れるようになる日は来るのだろうか?

 

…ん?なんか今日はかれらが陣形を作っているみたいだなぁ。先頭は……!?

 

「お、おい!めぐねぇ!あれ!」

 

「だからめぐねぇじゃ……え!?あれは…」

 

「「生存者だ!!」」

 

そこにはママチャリに乗った男子がいた。スコップを持っていてのらりくらりとかれらを避けながら校庭をさっそうと駈けていた。

めぐねぇは弾かれたように屋上を出てみんなを呼びに行った。

あたしは彼の姿に釘付けになった。今までどこで生きてたんだろう。それに…自転車をまるで自分の足のように使っている。もし物資調達に来ていたとすれば、他にも生存者が…!!

 

「おーーーい!!」

 

この位置なら声が聞こえるはず。

みんなも屋上に上がってきた。

 

「うそ・・・本当に、いたんだ…」

 

「こっちにこーーい!!食料も!電気も!あるよぉーーー!!」

 

ゆきの呼びかけに反応したのか一瞬スピードが緩んだ。

でも手をこちらに振り返した後、一気にスピードを上げかれらの群れを蹴散らしながら校庭から出てしまった。

 

「・・・行っちゃったね。」

 

「もしかしたらここのことをほかの生存者に伝えに行ったのかもしれないわ」

 

こちらのことは彼にも伝わっただろう。今回は「入部」してくれなかったが、他にも生存者がいた事実は私たちにとって嬉しいニュースだった。

生きていればまた会えるかもしれない。

 

今日の太陽はいつもより明るく感じた。

 




何とか年内に間に合いました。

1月はリアルのほうが多忙で更新は難しそうです。2月から頑張るので許して…



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今夜は無礼講

今回は外出しません。会話が中心です。
なので初投稿です。


今家に帰ろうとしているのですが…荷物が重いせいであんまり速度が出ませんねぇ

早く帰るつもりでしたがこのままだと昨日と同じぐらいの時間になりそうですね。

妹に怒られそう…まぁでも学校に生存者がいたことを伝えれば機嫌もなおりそうですね。

自分たち以外に生存者がいるというのを知ってるだけで精神的にかなりラクになれますからね。

 

着きました。

 

いやー今日も疲れました。スタミナがもう危険域です。

木材は外に置いておいてそれ以外だけ家に持って帰りましょう。

ただいまー(小声)

 

「・・・おかえりなさい」

 

元気ないなー。もっと、げんき、出せよ!!米喰え、米!

ということで今晩は飯盒でご飯を作ってカレーにしたいと思います。

 

その前に今日学園生活部(生存者)がいたことを伝えますか。

 

「!・・・そうなんだ。高校に…それで?どんな感じだった?」

 

元気そうだったな。向こうは電気も通ってるらしいぞ。でも学校というだけあってかれらが多くてお互いに存在を認識しあうことしかできなかった。現段階ではお互いに()()が山積してて協力体制は構築できそうにないかな……

 

「・・・そう。よかったね」

 

あ、あれ?反応が薄い……

…気を取り直して、飯だ!飯!

別にどこでも作れますがやっぱキッチンで作りますか。

ん?あれは…

 

「失敗作。全然上手く作れなかった。やっぱり私……」

 

あ。二階に行っちゃった。

残されたのは失敗作二つと作りかけか…

失敗続きで自信を無くしちゃったのかな…ただ単に出目が悪くて失敗しちゃっただけなのに…

あとでフォローせねば。でも今はカレー作りに集中しましょう。おいしいご飯は人を幸せにしてくれる!

早速準備に取り掛かりましょう。量は…4合でも大丈夫かな?2人とも若いですしこれぐらい余裕のよっちゃんですよね。というか4合用の飯盒だからこの量しか作れん。

時間がかかりますが火加減を見てないといけないので離れることはできないです。

やっぱ火っていいよなぁ(唐突)

ゆらゆら揺れててこう、心が空っぽになるというか。それでいて何かを考えさせるような妖しさもある。人類が火を使い始めたのは実利的な面からじゃなくてただただ()()()()()からなんじゃないかと思ってしまいますよね。

くっだらない火に関する所感を述べている間にぐつぐつしてきましたね。重しをしいて圧力を加えましょう。

 

そろそろ、かな?火を止めるタイミングが分からないですね。とりあえずこれでOKってことにして蒸らしておきましょう

その間レトルトカレーを湯煎しましょう。火を眺めている間にやっとけばよかった…

 

ともあれどちらも準備万端です。

いつもはひとりでに夕飯を食べにやってくるのですが、しょうがない。妹を呼びに行きますか。

ごはんですよ。(佃煮)

 

「・・・いらない」

 

マジ?2人分作っちゃったから食べてくれよ頼むよ~

 

「役立たずな私のことなんてほっといてよ!」

 

…思った以上に凹んでる。どうしよう。こういうのは時間が解決してくれるのかなぁ…

しかしご飯だけでも食べてもらいたい。うーむ…

 

兵糧攻めでいきますか。目の前でほかほかの料理を食べられちゃ意地も通しきれまい。

早速ご飯をよそって、カレーをかけて…ああ!うまそう!

テーマパークに来たみたいだ。テンション上がるなぁ~↑

そこ、座っていいか?

 

「・・・」

 

沈黙は肯定とみなす(黙秘権の喪失)。

それでは、いただきまーす!!

正気度がモリモリ回復してる。成功ですね!

 

ぐぅ~~

 

この音はなんですかねぇ~(ゲス顔)

……食べる?

 

「・・・うん」

 

計画通り。豊臣秀吉より兵糧攻め上手いかも!(井の中の蛙)

おこげの部分を惜しみなく使ってあげます。こんなん絶対に美味しいにきまってんじゃん。

はい、どうぞ。

 

「・・・おいしい」

 

そうじゃろ?何たって「料理上手」持ちですから。

それにしても妹の目が赤い。泣くほど失敗が悔しかったのかな?

食事をとって一旦は落ち着いてくれたみたいです。

しかし慰めると言ってもどうすればいいんだ?対人系のスキルを全くとってないのでこういうとき困ってしまいますね。

えーーっと……その、あの(コミュ障)

どうしてご飯を食べないなんて言ったんだい?

 

「・・・私、自分ひとりじゃ何もできなかった。すごいものを作ってやろうとして頑張ったけど、失敗した。二回も…。こんな世界になって食料だってままならないのに、私はただのごくつぶしだ……こんな奴、ご飯を食べる権利なんかない。

このカレー、私の機嫌を直すためにわざわざ外で道具を持ってきて作ってくれたんだよね?

私のために無理をされるのが嫌なの。もっと自分の事を考えて…私の生存に責任を負う必要はないの…こんな役立たずのことなんてほっといてよ…」

 

これは…「役割の不在」ですね。何もなせない状態が続くと正気度が減少し情緒が不安定になりやすくなります。真面目な子がこの症状になりやすいです。使える/使えないのモノサシでしか自分を見れなくなってなったんですね。

正直、危険な状態です。なぜ今まで気づけなかったんだ……

自尊感情はこんな殺伐とした環境だからこそ必要です。自分のいのちに「価値」の概念を導入した時点で半分かれらと一緒です。

 

・・・無理なんかしてない。それに咲良は役立たずなんかじゃない。

 

「嘘ッ!無理してる!そんな憔悴した顔で資材調達してご飯作って死んだように寝てどうしてそれが無理じゃないの?

昔から私はそうだった!何をやっても平々凡々で!勉強だけは!勉強だけはと思って一生懸命勉強したけど!!こんな世界じゃ、何の、役にも、立たない……

……最近は塾に行くからって当然のようにご飯を作らせてたよね。両親は仕事が忙しいから私の世話はいつも、いつも……

感謝なんかしてなかった。勉強で忙しいからそうしてもらって当然とさえ思ってたわ。

こうなる前から私は無理をさせてた。こうなってからも……

・・・こんな人間が生き残っちゃったのがおかしいんだ。私なんてさっさと地獄に落ちちゃえばよかったんだ……」

 

そんな過去が…スキルとかステータスってランダムとかじゃなくてそうなった背景とかがちゃんとあったんですね。

逆に興奮させてしまいました。マジでどうしよう。地雷が見えない…

 

そんなこと言うな。失敗してもまた作ればいい。・・・今日木材を持ってきたんだ。明日、気持ちを切り替えて作り直そう。

 

「・・・なんでそんなに家にこだわるの?高校で生存者を見つけたんでしょ?しかも電気があるならここよりいい場所のはず。ねぇ。私がいるからこの家から出れないんでしょ?そうなんでしょ?私のことなんていいから役立たずはほっといていいから向こうに行きなよ。きっと歓迎してくれるはずだよもう外に出なくていいんだよこんなやつ(お荷物)の世話しなくていいんだよ清々するよねそうだよねもう苦しまなくていいんだよよかったね

……カレー美味しかったよ。今までありがとう。」

 

ヤバいヤバいヤバいどうしようどうしようどうしよう。ライダー助けて!

さっきから墓穴を掘りまくってる。僕何か変なことしちゃいました?(永久戦犯)

正気度と好感度はここまで危険な状況を発生させるほど低くはなかった…今までこんな状況になったことがないので本当にどうすればいいのかわからない。

家にこだわるのは縛りの関係ですね。家が拠点じゃなきゃ称号が獲得できないんです…

しかし真実を伝えるわけにはいきません。

希望が見えない…

あああああどうすりゃいいんだぁぁぁぁ…

 

あ、ヤベ。コマンドミスった。今間違えて選んだ選択肢は…「頭を撫でて慰める」ゥ!?

うわぁ…最悪。自分が妹だったら気持ち悪さで鳥肌がゾワワァって立ちますよ。

一番重要な時にこんなミスするなんて…やけになってボタンをガチャガチャしてはいけない(一敗目)。

もう吹っ切れましょう!既に状況は最悪。最悪の最悪を見に行こうじゃありませんか!

慰めの言葉を畳みかけましょう。

 

・・・必死になって家に帰ってきたとき()()()()()()()やっと帰ってきた(無事完走できた)って。妹が、家族が生きていて本当に良かったと思った。

あんなこと(アウトブレイク)が起こったとき家にかれらが襲ってきたよな。あのとき咲良の機転がなかったら俺はいなかった。ボロボロになった俺の看病もしてくれた。

だからちゃんと役に立ってる。……もしそうでなくても見捨てるつもりはないよ。自分は自分がそうしたいから(称号の獲得条件)この家にいるんだ。おせっかいは今後も焼かせてもらいます。・・・貸し借りなんて気にしなくていいんだよ、家族なんだから。

 

ハイ嘘は言ってなーーい!!

まぁ使える使えないなんて話はそもそもナンセンスですからね。

しかしクサイ台詞だなぁ……対人スキルなしじゃこれが限界です。

ど、どうだ?スリザリンは嫌だ!スリザリンは嫌だ!

 

「口下手なくせに、口下手なくせに……うっ…だから言ってるのよ…私のための無理をしないでって…ぐすっ…こんなの…慰めようと思って言ったって…バレバレよ…ずずっ…ひぐっ……」

 

な…泣いてしまわれた…(脂汗)

しかもバレてる。万事休すか?

 

「・・・このまま、もう少し泣いてていい?」

 

めちゃくちゃ首を縦に振ります。

嗚咽が聞こえます。

妹は泣くままに任せて頭を撫で続けましょう。毒を食らわば、です!

 

小一時間ぐらいこうしてたでしょうか。泣きやみましたね。

 

「もう大丈夫。ありがとう。」

 

グリフィンドォォォール!!

落ち着いてくれてよかったぁ。一時はてっきりどうしようかと。

 

「取り乱してごめんなさい。…もう、あんなこと言ったりしない。ご飯の後片付けは私がやるね。」

 

長い一日だったぁ。疲労困憊なのでもう寝ちゃいますか。後片付けは妹がやってくれてますし。

 

「もう寝るの?…今日は大変だったからね。私のせいで…あ、いや、こんなこと言っちゃダメだよね。うん。じゃあ、おやすみなさい・・・・・・()()()()()

 

 

 

 

─────────────────────────────

 

 

 

 

眼前には前衛的な芸術作品が2つ。私が作った自信作(失敗作)だ。

意気込んでやった結果がこれ。七転び八起きっていうけれど私の心を折るには二回転ぶだけで十分だった。

それでも惰性で作業を続けていたがもう何もかもどうでもよくなってやめてしまった。

うつろな目をしてベッドに倒れこむ。もう寝てしまいたい気分なのに眠気は全くやってこない。

こんな醜態を兄に見られたくない。でも早く帰ってきてほしい。

どっちが本心なのだろうか?どちらも本心だと思った。ただ一つ明らかなのは()()()()()()ということだ。

これで兄は私に愛想が尽きるだろう。見捨てられるかもしれない。寧ろそのほうがいい。色々なことがどうでもよくなってしまった。

弱肉強食の世界で私は弱すぎた。それだけの話だ。今まで運が良かっただけで本来生きるに値しない人間なのだ。

 

兄が帰ってきた。相変わらず疲れた顔をしている。でもなんだか機嫌がよさそう。…こっちの気も知らないで。

高校に生存者がいたらしい。暗く立ち込めた雲から一筋の光が漏れた気分だ。私はにわかに元気を取り戻して矢継ぎ早に質問を重ねた。

 

「元気そうだったな。向こうは電気も通ってるらしいぞ。でも学校というだけあってかれらが多くてお互いに存在を認識しあうことしかできなかった。現段階ではお互いに()()が山積してて協力体制は構築できそうにないかな……」

 

()()って私のことだよね?光は厚い雲に隠れ、黒く陰鬱な雲が私の心を覆った。

・・・私がいなければすぐにでも向こうに行きたいみたいな口調だ。ねぇそうなんでしょ?ねぇ?(いささか被害妄想が過ぎると感じるが、実際私はそうとらえた。自信のなさと見捨てられるかもしれない不安が正常な判断能力を奪っていたことに当時の私は気づけなかった。)

 

兄は私が喜んでないことに動揺したがすぐに気を取り直して下に降りて行った。

あの失敗作が鎮座している一階へ、だ。

 

「失敗作。全然上手く作れなかった。やっぱり私……」

 

役立たずだ。

兄の反応を見ずに二階に戻る。

アレを見てなんて言われるか不安だった。慰めてくれるだろうか?それとも…それとも…

 

ご飯だと伝えに来た。私はいらないといったのだが折角だから食べてくれとうるさい。

 

「役立たずな私のことなんてほっといてよ!」

 

イライラしてて思わず強い口調になったが、これでよかったんだ。今度こそ兄は失望したはずだ。

 

・・・兄は卑怯にも兵糧攻めを仕掛けてきた。お昼を食べていなかったのでこの攻撃は非常に強力だ。

 

ぐぅ~~

 

体は正直…というより健康だ。おいしそうなカレーの香りに、開城勧告に私の胃が返事をしてしまった。

降伏した以上要求は飲まなければいけない。したり顔の兄からカレーを受け取り、食べる。

…おいしい

まるで炊き立てのご飯…そういえば兄が帰ってきたときに飯盒を持ってたっけ。

また私のために無理をしてる。彼なりの励ましなのだろう。……でも今の私にはその優しさは毒だった。

 

どうして夕飯を拒否したのか聞いてきた。

正直に、話す。話している間自分が一層みじめに感じられて。どんどん私の心はやさぐれていった。

 

「・・・無理なんかしてない。それに咲良は役立たずなんかじゃない。」

 

嘘だ!そんな安易な慰めなんていらない!

 

「そんなこと言うな。失敗してもまた作ればいい。・・・今日木材を持ってきたんだ。明日、気持ちを切り替えて作り直そう。」

 

うるさいうるさい!嫌なら嫌って言えばいいじゃない!お前なんて役立たずだって!早く、早く、そう言ってよぉ………

 

冷静な自分がどこかにいて、言いすぎだあんたの言ってることはただの逆ギレだと諭している。でもブレーキが利かなくなった自動車のように感情が堰を切って止まらない。

あべこべだ。赦してほしい。慰めてほしい。でも、そうしようとする彼を私は厳しく糾弾するのだ。

ただただ激情に流されるまま言葉を発する。それでも本心だけは口から出ない。

お願い。気づいて……気づいて……

 

突然抱き寄せられ、頭を撫でられた。

あまりに急な出来事だったので一瞬体が固まった。

 

「・・・必死になって家に帰ってきたときホッとしたんだ。やっと帰ってきたって。妹が、家族が生きていて本当に良かったと思った。

あんなことが起こったとき家にかれらが襲ってきたよな。あのとき咲良の機転がなかったら俺はいなかった。ボロボロになった俺の看病もしてくれた。

だからちゃんと役に立ってる。……もしそうでなくても見捨てるつもりはないよ。自分は自分がそうしたいからこの家にいるんだ。おせっかいは今後も焼かせてもらいます。・・・貸し借りなんて気にしなくていいんだよ、家族なんだから。」

 

兄は一気にこう言った後、黙った。

 

私は泣いてしまった。嬉しかった。急に撫でられて確かにギョッとしたがすぐに慣れた。

荒み切った私の心に兄の優しさがしみ込んで気持ちが落ち着いていった。

懐かしい兄の匂いを感じながらたくさん泣いた。一時間ぐらいはそうしていたと思う。

 

激情の波が去って気持ちがすっきりした。兄のおかげだ。

あんなに泣いて喚いてせめてもの罪滅ぼしに夕飯の後片付けを買って出た。

後片付けをしている間ある考えを思いついた。何年ぶりだろう?きっとびっくりするだろうなぁ…ふふっ。

 

二階に戻るともう寝る支度をしてた。たくさん迷惑をかけちゃったから疲れちゃったよね。

 

「もう寝るの?…今日は大変だったからね。私のせいで…あ、いや、こんなこと言っちゃダメだよね。うん。じゃあ、おやすみなさい・・・・・・()()()()()

 

いつからかそう言わなくなってた。小さい頃はあんなに慕ってたのにいつの間にか疎ましく思うようになってた。

・・・だけどこれからはこう呼ばせてほしい。そう、これは感謝…ううん。親愛の証。

 

・・・いいよね?()()()()()

 




会話難しい……書きたいことを形に中々できなくてもどかしいです。もっと練習が必要ですね。

本来1月は忙しいのですがどうしてもこのシーンだけは書き終えたかったので頑張って書きました。
テスト?レポート?知らない子ですね……

次回の投稿は2月下旬を予定してます。


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生存者たち
2人きりの家族


原作が完結しましたね。いつもよりボリュームがあってびっくりしました。


……おはようございますぅ

昨日は色々あって疲れましたが十分に睡眠時間を確保したので体力はばっちり回復していますね。

寝る前に妹に何か言われたような気がするんだが……何だったんだろう?

ボタン連打してたからろくに会話を読めてなかった……

まぁいいや。とりあえず妹の機嫌は直ってよかったよかった。

 

今日もやることはたくさんありますし、朝ごはんを作りますか。

作るとは言っても、さすがにこの時期に腐ってないものは元々保存性に気を使った食料品だけなので大したものはもう作れませんね。

 

ありゃ、缶詰とか加工されたものしか残ってないな。もう調理の余地ないかもしれないなぁ

料理上手のスキルを発動させたかったけど今回はあきらめようかな……

 

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 

朝ごはん作ろうと思ったんだけど材料がなくて……ってお、おにいちゃん??え?ナンデ?ナンデオニイチャン??

 

「鳩が豆鉄砲を食らったような顔してどうしたの?私何か変なこと言った?」

 

……そうだ!ログ!ログを見れば何かわかるかも!

   

        (ログ確認中)

 

寝る直前にお兄ちゃんって言ってますね。……いやでも何で急に呼び方が変わったんだ?

そういえば初日あたりにあったアンタ呼ばわりとかもいつの間にかなくなってるし…好感度が上がったのかな?確認してみますか

 

おお……8だ…

なんだよ結構上がってるじゃねぇか…(某団長並感)

やっぱ昨日のカレーかな。よっぽどおいしかったんだろうなぁ

…ん?なんか全体的にステータスも上がってないか?

レベルアップはしてないけどステータスは一回り成長してるし、正気度も危険域を脱してる…

さすがにこれはカレーのおかげではないよな…

よくわかんないけど、ステータスアップは嬉しいからヨシ!

 

いつまでも戸棚で唸ってるわけにもいかないからさっさと朝ごはん食べちゃいますか。

今日はシェフ特製カロリー〇イトです!

正気度に余裕ができたから無理して料理しなくてもよくなったのは大きいですね。

 

「「いただきます」」

 

食べてる間に今後の方針でも考えますか

今日でアウトブレイクから4日目。これからのことで一番心配なのが7日目にある雨の日イベントです。学校籠城ルートなら避けては通れない道ですが、今回の自宅警備員ルートでは果たして雨の日の襲来があるのかは分かりません。ないに越したことはないけど、もしあったら現時点ではとても防ぎきれません。ですのですることは相も変わらず家の要塞化です。あと人手も欲しいですね。2人でさばききれるか不安。……ショッピングモールに行きますか。優秀な人材(みーくん)を確保せねば。もたもたしてると学園生活部に取られちゃいますからね。あーでも昨日あんなことあったからなぁ…今日は家にいて明日行くか。

というわけでとりあえず今日はおうちで要塞化への注力をします。

 

「あの、お兄ちゃん。昨日はごめんね。色々上手くいかなくてお兄ちゃんに八つ当たりしちゃった……でも、もう大丈夫。()()()()()ちゃんとするね。一緒に家を守ろうね。」

 

この決意に満ちた目…そして過去を乗り越えたことを匂わせる発言……もしや覚醒イベント?

これならステータスが上がったのも説明がつく。覚醒イベントは主要キャラにしかないと思ってたけどそんなことなかったですね。雨降って地固まったってことかな?

 

ご飯も食べ終わってさぁ早速作業だ!…と思ったんですけど何をすればいいのかわからん。ここんとこずっと外に出ずっぱりでしたからねぇ。

ずっと手持ち無沙汰なのはアレなので昨日持ってきたソーラークッカーでも使ってみようかな…

 

「今日も外に行くの?」

 

ちょうどいいや。妹に頼んで家のこと色々教えてもらいますか。

 

「あ、家にいるの!?でも私、教えてって言われても教えられることなんてないよ…」

 

そんなこと言わずに頼みますよ。一人でやるより二人でやった方が早いでしょ?

 

「わかったけど…期待しないでね?」

 

ほいきた。じゃあ始めますか。

 

何となく自分は木材の加工担当、妹は組み立て担当みたいになっておもったより順調ですね。

…組み立て方を教えてもらったのに、知力不足とコマンドミスで失敗しまくって妹に苦い顔されたのは内緒です。適材適所ですよ。うん。

結構なペースで作っているのでいつの間にか(試)のマークが取れてますね。これからは本来の性能で針鼠を作れるようになりますね。…尤もさらに高品質のものを作るなら金属加工技術や設計図が必要になってきますが。

時間は何時ぐらいだろう…もうお昼ですね。集中してて気づかなかったな…

お腹がすいてきてるのでそろそろお昼にしますか。

 

昼食は朝と変わらずカロリー〇イトです。これだけだと味気ないので「あるもの」を用意してます。

 

「まだ食べ終わってないのにお兄ちゃんどこ行くの?」

 

まぁ見てなって……見た感じはできてそうだな……よし!

 

ジャジャーーン! 焼 き リ ン ゴ ~ ! (裏声)

 

ちゃんと「料理上手」も載ってるのでおいしいハズ。

小さく切ったから火もちゃんと通ってますね。

お!正気度が回復した。これは成功ですね。

 

「おいしい!……でもこれバター使ってるよね?大丈夫なの?」

 

バターに関してはとても悩みましたね。腐ってないか何度も確認しました。海外では常温保存が普通らしいのでまぁ大丈夫だろうと思って使いました。焼けばウイルスとか何とかなるでしょ(無知)

わかった。次からは怪しいものに関してはお伺いを立ててから使うからジト目はやめてくれ。

……別に嫌だったら食べなくてもいいんだよ?

 

「いや食べるけど。ちょっと不安になっただけ」

 

あ、それ自分の分……解せない。おいしかったってことかな?

これで調理した扱いになるからソーラークッカー便利ですね。今後も使っていきたい。

 

「それにしてもいっぱい作ったね。木材の残りも少なくなっちゃった。」

 

たしかに材料がもう心もとないですね。窓に板を張ろうなんて考えてたけどこれじゃ道路側の窓の分しかないなぁ。

 

「明日あたりにでも取ってこないといけないね……」

 

せやなぁ。やることいっぱいだ……

飛真君には出来上がったものを庭に置く作業をしてもらいますか。この時間なら警戒してればかれらに襲われることもないでしょう。

 

作った量が多いだけに往復が大変。いちいち二階に登ってはしご降りなくてもいいとは思うのですがドア開けると万が一の時が怖いですからね……

こればっかりはしょうがないか。

自分が家と外とを行ったり来たりしてる間、妹は有刺鉄線をせっせと鉄条網に変えてますね。普通に手際がいいな。

 

「あ、お兄ちゃん。これできたから外に持ってってほしいな。」

 

ほんとだ。一セット鉄条網ができてる。早速持っていこう。

 

こうやって見ると結構様になってきたな。襲撃されても持ちこたえられそう(こなみ)

とは言えまだまだですね。トラップ自体の数がまだ足りてませんし、できれば地形を凸凹にしたいし……

明日ゴルフボールを持ってきて地面に転がせば割とどうにかなるかな?

……こうしちゃいられない。窓に板を張ってもらおう。

板を張る作業はどうしても音が出てしまうので見張り役と張る役と二人必要になってしまうんですよね。

日が傾いてきて、もうほぼ夕方ですからこれが終わったら今日の作業は終わりにしましょう。

妹も了承してくれたので自分もスコップ持って待機しましょう。

 

カンカンカンカンカン……

 

やっぱ音するなぁ。思ったほど大きな音ではなかったけど。

音がする以上、どうしてもかれらはやってきてしまいます。幸い数は多くないので各個撃破していきましょう。

 

……板を張ってる音が止まりましたね。

一対一ではもうかれらには負けません。危なげなく今日の作業は終了……あ、もう一体来た。

音は止まったのに変だな。まぁいいや、サクッとやっちゃいますか。

 

 

ん?なんか飛真君スコップを振るのを躊躇してる?一体どうしたんだ??

このかれら、詳細情報があるな……えーーっと、【肉親・母親】!?

あぁ……かれら化しちゃったか。おそらく職場からここまで歩いて帰宅したんでしょうね。帰巣本能ってやつか?

もちろん肉親の成れの果てを目撃して正気度は下がります。そして、たとえかれら化してるとは言え肉親を殺せば……正気度が逝きます。

想定してなかった……どうしよう。

おびき出して家からはなれたところまで誘導しても、結局帰巣本能で家を目指すのでただの引き延ばしにしかなりません。……妹が見てないうちにやるしかないか。

 

「お兄ちゃーん。終わったから戻ってきていいよー!」

 

げ。

 

「そ、それ……お母さん?」

 

ああああああ気づいちゃった……

することは変わらない。やるしかない。しかし……まずいな。やっと正気度が安全域に入ったと思った矢先にこれだよ。正気度を下げるランダムイベント多すぎじゃないか?

 

逡巡してる間に家のすぐそばまでやってきてしまった。

うぅ……最悪の状況だけど…ごめん!

 

グサッ

 

「………………っ」

正気度ゴリッと減ったなぁ…妹も昨日と同じぐらいの水準まで正気度下がってるし…

夕日がまぶしいですね。どす黒い血で汚れたスコップが夕日に洗われて鈍く光ってるのが何とも美しいですね(現実逃避)

 

「お墓……作ろ?」

 

おっそうだな。庭に行って墓を作りますか……

 

浅い穴を掘ってそこに()()()()()()()を埋めて盛り土をしただけの簡素なものですが完成しました。もう日は暮れかけていて薄暗くなっているのでこれ以上は苦しいですね。

妹は無言で手を合わせた後ふらふらと家に帰っていきましたね。

自分も手を合わせて家に戻りましょう。

 

正直そんな気分ではないですけど夕食を作りますか。食べないとデバフがかかってしまうから何も食べないわけにはいかない。

いちおう用意した夕食(少なめ)を一緒に食べているのですが……雰囲気が完全にお通夜ムードですね。

 

「……お父さんは職場がもっと都会のほうだった。今まで救援や目ぼしいラジオ放送がないことを考えると……お父さんも、もう……」

 

確かに父親の生存は絶望的ですね。生き残っていたとしても、ここに戻ってくるよりも職場のほうで籠城していた方が安全でしょうから再会は無理そうですね……

 

それから会話はなくそのまま妹はもそもそと寝る支度をして勝手に自分の部屋に行ってしまいました。

まぁ無理はないですね。こちらも寝るしかないですね。どちらにせよ明日はショッピングセンターに行かないといけない。早く寝て少しでも正気度を回復したいところです。

 

今回はしんみりしてしまいましたが、おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………ん?画面がすこし揺れた?…気のせいだとは思うけど、一回起きてみるか。

 

「あ、いや、起こすつもりはなかったんだけど……」

 

何だ妹か。どうしたんだ?

 

「その、なんか眠れなくて……お兄ちゃんはどうなんだろうって思って確認しようとすこし揺らしたら起こしちゃって……ごめんなさい。」

 

おそろしく微妙な画面の揺れ……オレでなきゃ見逃しちゃうね。起こすにはあまりにも揺れがささやかだったので、ほんとに起こすつもりはなかったようですね。

まぁ、それなら軽く声をかけてみるとかでもよかったんじゃない?とは思いますけどね。

 

兄がかれら化した母親を殺したのをその目で見たのですから。そりゃショッキングで目が覚めちゃいますよね。

自分も起きちゃったので妹に星でも眺めようと誘いますか。町に明かりが全くないおかげで夜空は星たちの独壇場となってます。ぼーっと星を眺めていれば眠気もやってくるでしょう。

 

「家族、私たち二人だけになっちゃったね。」

 

父親の安否はまだわからないけどな。状況から考えてもう生きてはなさそうですが。

でもそう考えるとやっぱ悲しいですね。近い人の死を見てしまうとどうしても自分の死を意識してしまって……

 

「お兄ちゃんは大丈夫なの…?その、今日のこと…」

 

正直大丈夫じゃない。もう一回大きな正気度喪失イベントが起こったら確実に幻覚が見えるようになる。でもダメみたいですねぇ……とは言えませんから…

(まだ)大丈夫だよ。

 

「…………そっか。」

 

かれこれ小一時間ぐらい星を眺めてましたね。

なんか星をみてるのも退屈になってきたなぁ…まだ自分の部屋に帰らない妹には申し訳ないが自分はもう眠いので先に寝かせてもらおう。

 

「……あ、お兄ちゃんもう寝るの?そ、それなら……その、あの……」

 

 

「えっと……きょ、今日は一緒に寝ていい?」

 

は?

 

「あっいや違うの!お兄ちゃん今日色々あって心配で!……なんかお兄ちゃん顔色も悪いし!」

 

……ああ!そういうことか!好感度が高い人と夜一緒に寝る(字義通り)と隣に人がいる安心感からか正気度が普段よりも多く回復します。

基本的に同性同士にのみ適用される正気度回復法だと思ってたんですが兄妹だから大丈夫なんですね。

正気度の低下を察知してそれを緩和する行動をしてくれたってことですね。ありがてぇ

拒む理由はありません。

 

「!じゃ、じゃあ失礼します……」

 

妹がベッドに入ってきたのは良いんだが……すごい妹がガチガチに固まってる…もしかしなくても無理してるよなぁ…

そんな無理しなくても……いちおう一人で寝てても正気度は回復するし。

 

「む、無理なんかしてないよ……?」

 

ほんとぉ?(方法的懐疑)

ま、嫌なら勝手に出てくでしょう。割と夜もいい時間ですし普通に寝ます。

 

 

……なんかすすり泣く声がしますが彼女のために気づかないふりをしますか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────────────

 

 

今日は目覚めが良かった。気持ちがすっきりしてる。

大きく伸びをした後一階に降りる。

 

もうお兄ちゃんは起きていて戸棚を開けながら何やら唸っていた。

どうしたのか聞いたらなんかきょとんとした顔をされた。私何か変なこと言ったのかな?

 

今日お兄ちゃんは家にいて作業を手伝ってくれるらしい。正直教えられるか不安だけど、私は昨日までの私とは違う。頑張ろう!

 

お兄ちゃんはあんまり手先が器用じゃないっぽい。うまくできなかったから、並行作業ではなく流れ作業で作ることにした。そうすると思った以上のスピードで作業が進んだ。たくさん作ったからおぼろげながら要領もつかんできた。いいかんじ。

 

昼食のカロリー〇イトの味に飽きかけてた頃にお兄ちゃんがソーラークッカーで密かに作ってた焼きリンゴを持ってきた。

とってもおいしかった。疲れてたから甘いものが体にしみた。使われてたバターについて疑問に思い質問したら、思った以上にお兄ちゃんが慌てたからつい意地悪をしてしまった。

 

その後の作業も順調で、その日は忙しくも楽しい一日になるはずだった……

 

私はお兄ちゃんに頼まれて板を張っていた。お兄ちゃんのほうは外に出て音に反応したかれらをやっつけている。

板を張り終えて少ししてもお兄ちゃんが帰ってこない。

もしかして終わったことに気づかなかったのかな?呼んでこよう。

 

外に出るとお兄ちゃんは一体のかれらと対峙してた。一向に倒そうとせず間合いを取るためにじわじわと後退してる。なんか変だ。

 

「そ、それ……お母さん?」

 

よく見るとそれはお母さん()()()()()だった。帰ってきたんだ。あんな姿になっても家に帰ってくるなんて……もしかしたらかれらは生前の記憶の一部を保持してるのかもしれない。

覚悟はしていた。状況から判断して両親はもう生きてはいないのだろうと結論付けていた。でも、こうやって真実を突きつけられると悲しみが、信じたくない気持ちが私を支配する。

 

そして。

 

グサッ

 

「………………っ」

 

私のお母さんはお兄ちゃんの手によって殺された。

……母はすでに死んでしまっていた。だからお兄ちゃんは人殺しにはならないし、こうしないと死ぬのは私たちだ。理性は正論を並べ立て私を諭す。

 

きっと私の顔色は悪くなっているだろう。でも兄はその私よりひどい顔をしている。

黒い血が滴るスコップを持ったまま動かなくなったお兄ちゃんに声をかけてお墓を作ってから、日々のルーチンとして半ば惰性で出された夕食を食べるまで私たちは一度も話さなかった。

ぽっかりと心に穴が開いた感覚がする。なんだか疲れた。さっさと寝よう。食後フラーっと立ち上がり寝る支度をしたらすぐにベッドに入った。「ごちそうさま」を言ってないとかを気にする心の余裕は私にはなかった。

 

疲労感があるのに全然寝れない。かれらになってしまった母親のおぞましい姿、苦痛に満ち満ちたお兄ちゃんの顔。そして家族が死んだということ。これらのことを心のどこかに格納しようとしても収納場所が見つからない。一つ一つが大きすぎる。

それ以上に死への恐怖が私を包んだ。死ぬのが怖い。お兄ちゃんが死んでしまったらどうしよう。そのとき私は家族だったもの(お兄ちゃん)を殺せるのだろうか?

 

病気になったわけではないのに体が震える。怖い。寝ることができずに一人でこうやっていると頭がおかしくなってしまうと思った。

 

「……お兄ちゃんは、大丈夫かな」

 

誰に聞かせるわけでもなくつぶやく。恐怖につぶされそうだったからお兄ちゃんのところに行こうとしたわけだが、そのことを悟られたくなかった。

 

お兄ちゃんは寝てた。さすがに起こすのは気が引ける。でも起きてちょっとでもいいから話をしたい。アンビバレントの中で私は体をちょっとゆすってみるという妥協案を採択した。これで起きなかったらあきらめよう。

 

お兄ちゃんはすぐに起きた。思ったより早く起きてちょっとびっくりしちゃったけど、お兄ちゃんは別に訝しんではいないようだった。

眠れないことを伝えると、星を眺めてれば勝手に眠くなるからそうしようって言ってくれた。

 

星を見る。暗いせいでとてもきれいだ。私たちはとんでもない目に遭ってるというのに星は相変わらずささやかに、でも図々しく光ってそこにあったことを証明し続けている。

ゆっくりとだが気持ちが落ち着いてきた。

お兄ちゃんに大丈夫か聞いたら大丈夫だと言っていた。そんなことないと思ったけど黙っておいた。怖いって思うのは私だけなの?

 

一時間ぐらい星を眺めていたらお兄ちゃんがもう寝ると言い出した。

たしかにもう寝るべき時間だけど私はまだお兄ちゃんのそばを離れたくなかった。

まって…もう少し、もう少しだけでいいから……

 

「えっと……きょ、今日は一緒に寝ていい?」

 

思わず言ってしまった。言った後発言の大胆さに顔が真っ赤になる。

一瞬気まずい間ができた。必死に理由を考える。

 

「あっいや違うの!お兄ちゃん今日色々あって心配で!……なんかお兄ちゃん顔色も悪いし!」

 

今度は言い訳の下手さに顔が真っ赤になった。こんな暗い中顔色なんてわかるわけないでしょ!私のバカ!

 

……お兄ちゃんはなぜか妙に納得して了承してくれた。意外と言ってみるもんだな

 

許可が得られたのは良いのだが、いざ入ってみると緊張でガチガチになってしまった。顔も耳まで真っ赤だからろくにお兄ちゃんの方も向けない……

 

お兄ちゃんに無理しなくていいと言われたが、無理をしてここにいていい権利を獲得したんだ。離れるつもりはない。

 

緊張が解けてお兄ちゃんの方を向けるようになった時にはもうお兄ちゃんは寝息を立てていた。表情を伺おうとジィーっと顔を眺めてたけど急に恥ずかしくなってやめた。

安心したからか今まで抑えてきた涙があふれてきた。

やだ、昨日もう迷惑をかけないって誓ったのに……

 

それでも涙は流れてくる。二人分の温もりと匂いの中、ゆっくりと悲しみを涙で流していった……

 




1ヶ月何も書いてないと今までの流れとかをド忘れしちゃって思った以上に時間がかかりますね。
いちおう前回言ってた2月下旬には間に合ったからよかった……


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統計開始以来最高の有効求人倍率

「どうしてこうなった」感は正直、あります。(先手謝罪)


「……て。…きて。お兄ちゃん、朝だよ。起きて!」

 

う~~ん。あさぁ?まだ眠い。自分のペースで起こさせてくれぇ~

 

「……1限遅刻するよ。」

 

ガバッ!

 

「…おはよう。もう10時過ぎてるよ。」

 

……初めて誰かに起こされた気がする。今までは飛真君が勝手に起きるのに任せてたんでこれはこれで新鮮ですね。

それにしても10時過ぎですか。相当疲弊してたんですね。体力のほうは満タンだけど正気度はさすがにまだ心配な水準ですね……とは言っても昨日よりはだいぶマシです。

1限遅刻という単語に思わず反応してしまったのは屈辱だなぁ。こりゃもう反射ですね。妹なんかニヤニヤしてるし。くそぉ、してやられた……

 

気を取り直して起きますか。今日はショッピングモールに行こうと思ってるのでグズグズしてもいられない。

 

あ、朝ごはんが用意されてる。クッキー☆と……コーヒーもある。しかし何で組み合わせがもずくスープなんだ?

絶対コーヒーと合わないだろ……

 

「お兄ちゃんもずくスープ好きでしょ?」

 

あ、そうだったの?(他人事)。好物を作ってくれたってことですね。優しさがしみるぅ……

ホントだ。正気度が多く回復した。率先して正気度を回復する行動をとってくれるからすごくありがたい。

クッキー☆をコーヒーで浸して食べるとおいしくなるなら……もずくスープはどうだ?

……意外といけるっぽいです。飛真君的にはこれはこれでアリなのか…(困惑)

妹もえぇ……って顔で見てきてるのでおとなしくスープ単体で飲みます。

 

腹ごなしも済んだのでショッピングモール出征に向けて準備しますか。

キャラクター的には物資の調達が目的でしょうが本命はみーくんの救出です。

正直妹と二人で何とかなりそうな気はするんですけど……やはりランダムイベントが怖い。何かあったとき二人だと共倒れになりかねないから、できればもう一人欲しい。そうなると……みーくんしかいないんですよね。

圭ちゃんはラジオ放送でフラグが立たないと救出に行けませんし。それなしで探そうとなるとみーくんから捜索を依頼される形でしか彼女の存在を知る術はありません。

駅なんてメタ知識がなきゃ行こうと思わないからね。しょうがないね。

問題はいつ行くか。探索()()なら昼。たしかにかれらは多いけど行き帰りは自転車(しらせ号)に乗ってればまず切り抜けられる。上に行けば行くほどかれらは少なくなるから速攻で上がればなんとかなる。真っ暗じゃない分探索もしやすい。

でも救出となるとかれらが多すぎて昼は危険。救出最優先で行動すれば視界が悪くなることを差っ引いても夜のほうが安全ではある。ただ夜だと帰り路が危ない。暗いからスピードが出せず折角の機動力を生かせない。

 

……思った以上に厳しくないか?あきらめて物資調達に徹したほうが良いかも。

雨の日による襲撃イベントはないものと信じておとなしく探索に徹しますか……

となると何を持って帰るかですね。せっかくショッピングモールに行くんですからそこにしかないものを持って帰りたい。

妹にも聞いてみますか。

 

「今欲しいもの?うーん……食べ物とか生きていくのに最低限必要なのはまだあるからパッとは出てこないけど……」

 

欲がない。それじゃショッピングモールに行く意義もなくなってくるな……

 

「え?向こうに行くの?それなら……下…あ、えっと、ふ、服とか?あ、あと……漫画とか…?」

 

急に俗っぽくなった。たしかに娯楽は必要だよなぁ。何で顔が赤くなってるんだろ?娯楽が欲しいっていうのは恥ずかしいことじゃないと思うけど……

 

「真面目な話だとアウトドア用品と技術書かな。簡易浄水器とかソーラーパネルがあればこれから生活するうえできっと役立つし、木のバリケードだとまだ不安だから金属も加工できるようになりたいし……藁よりは木、木よりはレンガじゃない?」

 

……たしかに。自分は二週間生き残ることしか考えてなかったけどその後も生きるつもりなら持続可能な設備が必要になってくるよな。

……学園生活部はすでにもっと優れた設備を有しているんですけどね(遠い目)。

そもそもゾンビがうじゃうじゃいるのに家にとどまろうとする時点であまりいい対処法じゃないですからね。称号の為とはいえ、悲しくなってくる……

 

持って帰るものは決まったので後は行くだけですね。できれば夕方になる前に帰ってきたいな。夕方は外にいるかれらが多くて危ない。

大抵のものは向こうでそろうから軽装で大丈夫でしょ。

ま、ちゃちゃっと行ってさっさと帰ってきますか。

 

「行ってらっしゃい。……服とかは忘れていいからね。」

 

ああ。目的の物を取ってくるのはいいが───

別に、ソレを持ってきてしまっても構わんのだろう?

というわけで、イクゾー!(効果音)

 

道中は特に難もなく着きましたね。さすがに日中なのでかれらの数は多いのですが「隠密移動」のおかげで気づかれることなく進めます。まぁスタミナ消費が激しいんでやりすぎはダメですけど。

こうも路面状況が悪いと車より断然自転車ですね。車なら優に半日はかかりそうな距離もチャリならすぐです。

 

いざ入店。一階の窓ガラスはどこも割れてるのでどこからでも入れます。

ということはつまり……

 

アァァァァァァァァァァァ……

 

かれらがうじゃうじゃいるってことです。

さっさと上に行きましょう。

お目当ての物がほとんど上の階にあるのは不幸中の幸いです。

 

昼でも店内は薄暗いから懐中電灯が必要です。

でも上に行く前にケミカルライトを回収しましょう。

音だと誘導するつもりがなかったかれらまで寄ってくるので光による誘導は意外と重宝します。

アウトブレイク発生当時、イベントが開催されていたらしく分かりやすい場所に置いてあります。適当に鷲掴みしたらさっさとずらかります。

 

3階には防犯ブザーと服があります。……とは言ってもどんな服がいいのか分かりませんね。

高い服を持ってけばいいか。高いってことはイケてる商品ってことでしょ?(名声価格)

防犯ブザーもいくつか持っていきましょう。切羽詰まったときはこの爆音が危機を助けてくれるでしょう。

……なんか「不審者に屈しない!棒で叩かれても壊れない大音量ブザー『タフネス・ヒデ』新発売!」ってやけに目立つPOPがあるな。その割には売れ残ってるけど。

耐久性は大切ですからね。ちょっと不安ですけどこれも持っていきますか。

 

4階は紳士服売り場です。

返り血とかで服はすぐダメになっちゃうのでここで補充しちゃいたいですね。下着とかも洗うより使い捨て感覚で使ったほうが衛生的。

服に一度しか袖を通さないとか貴族かな?水はできるだけ節約したいから許して。

 

5階……バリケードがあります。

そうです。この先の一室にみーくんがいます。そして元生存者(かれら)たちもこのフロアにいます。

数は多少前後しますが10体以上はいます。

5階はほかのフロアと比べて少し小さいので割と危険です。暗いから背後にも気をつけなきゃいけないし。

正直行きたくはないのですが欲しい物の大半はそこにあるんですよね。

有用な物資が多いからこそ生存者たちはここを拠点にしてたのでしょうね。

どうせ5階に用があるならみーくんもついでに助けたいですけどね。一人だとちょっと怖いなぁ…

もたもたしてもいられませんし、バリケードよじ登りますか。

 

 

 

「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

!?

 

上?いや下から聞こえた!

一旦開けた場所に戻ろう!

ここからだと詳しくはわかりませんが……あれは、学園生活部?

彼女たちもモールに来てたんですね。ただ……ヤバいですね。一階のかれらが続々集まってきてる。

めぐねぇが抱いてるのは太郎丸かな?太郎丸を見かけて救出しようとしたら失敗した……といったところですかね?

ピアノの上にみんな何とか逃げてますがこのままじゃ……数分も持ちませんね。

 

助けなきゃ!!(使命感)

 

ここからじゃ遠すぎるので階を降りつつ近づきます。エスカレーターの手すりに乗って滑ります。オラオラオラァ!どけぇ!

 

2階で、かつ彼女たちが良く見える位置に来ました。そこでなんだかんだ使ってなかった(忘れてた)スキルポイントを使って「投擲Lv.1」を取ります。

まだLv.1ですが別にかれらに物を当てるわけではないのでこれで大丈夫です。要はあのピアノの近くに投げられればいいのです。

 

おおおおおおーーーーーーーいっっ!!!

 

あ、ゆきちゃんが気づきました。さすがに直感が高い。

みんな飛真君の存在を認識しました。これなら。

 

今から助けに行く!耳をふさいで!逃げる準備をして!!

 

さっき手に入れた防犯ブザーを贅沢に数個使います。

一個だけでも爆音なら!数個一気に至近距離で使えば……

 

アアアアアアアァァァァァイッタイイッタアアアアィィィィ!!!

 

凄い音。にしてもこのメロディーじゃ不気味すぎて絶対売れないだろ。不審者もあまりのおぞましさに逃げそうではあるけど……

 

かれらはその場であまりのうるささにうずくまってます。この隙に!

 

学園生活部の面々も爆音に顔をしかめながらもその場を離れようと走ってます。

外にはめぐねぇ’s car がありそうだけど、外のかれらを引き付けちゃってるから危険だな…

やっぱ上しかない!階段に先導してできるだけ上に登ってもらいます。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………」

 

なんとか4階まで駆け上がりました。絶体絶命の危機は回避しました。

みんなぜぇぜぇ言ってます。飛真君もスタミナが切れそうでした。先頭に立って先導とつゆ払いしたり、最後尾に回って遅れている人(りーさん、めぐねぇ)の手助けをしたりと八面六臂の活躍をしてましたからね。

疲れたぁ。守りながら移動するのってこんなに大変なのか……

いつの間にかブザーの音は止まってますね。音が大きい分電池の消費が激しいのでしょうね。

 

「はぁ……はぁ…。あの、ありがとう、ございます。なんとお礼を言ったらいいか……」

 

さすがはめぐねぇ。まだ呼吸は整ってないけど真っ先にお礼を言ってくれました。

 

「わりぃ、助かった。えーーっと、おま……君はこの前校庭で自転車漕いでた人だよな?」

 

いかにも。我こそは……

 

              ~自己紹介タイーム~

 

「……へぇ。妹さんと二人で今まで過ごしてたんですね。」

 

「インフラはどうなってますか?もう水道とかも断水しちゃってると思うのですけど……」

 

「ねーねー! 学園生活部に入部しない?」

 

「わんっ!」

 

「やっぱりスコップっていいよな!強いし扱いやすいし!」

 

いっぺんに話されると困る。それに……

 

ガサッ

 

!!

 

ここも安全というわけじゃないですからね。

 

「……話は後だな」

 

「……そうね。」

 

ここまで生き残ってきただけあって切り替えが早い。

そしてくるみちゃんがめちゃ強い。今一振りで2キルしてたよな?

 

5階普通に制圧できそう(こなみ)

みーくんが立てこもってる部屋に行けば一応安全ですしこの人数なら5階にいるかれらの殲滅も可能かもしれないです。

ちょっと聞いてみよう。

 

「バリケード……もしかしたら生存者が!」

 

「え!?生存者?なら早く上行こうよ!」

 

行く方向で決まったみたいですね。

 

まず自分とくるみちゃんがバリケードをよじ登り安全を確認する。

周囲の安全を確保したらみんなを移動させて、各々が探索と状況の確認、敵を排除する役割を分担し確実に進んでいく……

 

もうみーくんの部屋の前についてしまった。なんという連係プレー……やっぱ人が多いっていいな。

 

「ん? ここ開かないな……ここにいるのか?」

 

ドンドンドン

 

「おーいっ! 助けにきたよー!」

 

ドサドサドサッ、ガチャ

 

「…………! 人だ! え、えっと私直樹美紀って言います。ほかの人たちとこの階に逃げてきたんですけど」

 

……かなり慌ただしく説明してますね。救出されて興奮しているのでしょうか?みんなちょっと面食らってます。

かいつまんで話すと友人とショッピングモールに来ていた時にアウトブレイクが発生して、恐慌状態になりながらもなんとかこの5階に他の生存者と逃げることができた。でも数日前に生存者の一人が感染し共同体は崩壊。友人の圭とここにこもっていたのだが、その圭は昨日、待つだけの日々に早々に見切りをつけここを去ったのだそうだ。

あああ昨日ショッピングモールに行っていればW救助できたのにぃ!!

 

ごほん。とにかく救出できてよかったです。わりと早い段階で助けに行ったので正気度もまだ高いですね。

……まぁ助けたところでどうせみーくんは学園生活部に入部しちゃうんでしょうけど。

最低限の保証すら危うい零細企業と福利厚生がしっかりして同僚が全員美人の優良企業、どっちがいいか?と聞かれたら絶対後者ですよね。

合同就職説明会を開いた時点で負けなんですよね。内定辞退の旨(機会があれば改めて)を急に言われるよりはマシか……

 

この幸せムードを壊さないように帰りましょう。

 

「皆さんの拠点は高校なんですよね…?」

 

「そーだよー!」

 

「しかしもう暗いな……今日帰れるのか?」

 

え、もう夜だったの?

ヤバい……みんなを助けることに必死になりすぎて帰る時間のことすっかり忘れてたぁ!

 

「そうですねぇ……道路がああも荒れている中夜道を走るのは危険だから難しいですね……」

 

「あ、じゃあ 今日はここに泊っていきますか? 皆さんを一日泊める分の物資ならまだここにありますよ?」

 

「え!? お泊り会? やったーー! すごい楽しそう! やろうやろう!」

 

「もう!丈槍さん! はしゃいじゃいけません! ……それならお言葉に甘えてもよろしいですか?」

 

「甘えるも何もそもそもここは私の部屋じゃありませんから。遠慮なんていりませんよ?」

 

やべ。これ泊まる流れだ。そおっとそおっと……

 

「飛真君はどうしますか?」

 

ビクッ さすがに聞かれるよな……

おうちに帰ります(鋼の意思)

 

「えーっ! 帰っちゃうのー? 一緒にお泊り会しようよー!」

 

「たしかに妹さんのことは心配でしょうけど、この時間に一人で帰るのは危険すぎると思います!」

 

帰ります(鉄の意志)

 

「あの、ホントに遠慮しなくていいんですよ?お互いに情報を交換することも大切だと思いますし……」

 

「今日は動き回って相当疲れたと思うから無理しないでここで休んでいった方がいいと思うぜ?」

 

帰ります(銅の意思)

 

「助けていただいたのにまだ何も私は返せていません。……何か貴方にお返しをしてからでは、ご迷惑ですか?」

 

「わんっ! わんっ!」

 

泊まります(KETUIMELTDOWN)

 

言っちゃったよ。民主主義に則った文明的な決断!

ドキドキ☆お泊り会!……じゃないよどうすんだよコレ。

あなたは余っ程意思のない方ですね(嘲笑)

最初は社交辞令だと思ったのですが……どうやら本当に引き留めようとしてると感じて…断るのが申し訳なくなって…その、ナオキです。(言い訳)

夜が危ないのと疲労がたまってるのは事実だから多少はね?

 

称号的には()()()()()です。拠点である家から1日以内であれば外にいてもセーフなので、朝一で帰れば「自宅警備員」の称号へのフラグはまだ立ったままです。

 

自宅警備員が外泊していいのか甚だ疑問ですがこれも働き方改革の一環ですかね。縛りにはいまのところ抵触してないのでいいんじゃないですかね?(適当)

 

家で待ってる妹には本っ当に申し訳ないですが今日は家には帰りません。……こういう時通信手段がないと不便ですね。

償いとしてできるだけ有用なものを持って帰りたいです…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

「ゆきっ! こっちだ! 手を出せ!」

 

「うっ、うん!」

 

周りには大量のかれら。退路は塞がれ、徐々にかれらの手が私たちに近づく。

グランドピアノ(安全地帯)に私たち学園生活部はなんとか移動できたが、かれらの包囲を破る手立てはなく孤立し、飲み込まれようとしていた。

 

あぁ……私が、私が()()を許可していなければこんなことにはならなかったのに……

 

 

 

 

事の発端は丈槍さんの発言だった。

 

「どうしたんだ?ゆき。 なんか変なカオしてんぞ?」

 

「ふっふっふー。くるみちゃん。私、いいこと思いちゃった!」

 

「?」

 

()()!いこっ!」

 

始めこの()()に対してみんなの反応はあまり芳しくなかった。……私もどちらかといえば反対だった。

私たちは3階こそ制圧したがまだ2階は制圧できていない。まだまだ学校の守りを固めることで精いっぱいなのが現状だ。

しかも物資の備蓄はまだあった。2階を制圧すれば購買部を安全に利用できるようになるのでわざわざ遠くに行く必要はないというのが全体の意見だった。

 

でも私は最終的には賛成に回った。

その提案は現実的ではないと諭そうとしたところ

 

「えー? でもショッピングモールにはまだ私たちみたいにまだ生きてる人たちがいるかもしれないじゃん! 助けに行けば正義のヒーローになれるよ!」

 

生存者。丈槍さんは私たちなら助けられるといった。この言葉に私は勇気づけられた。数日前、校庭を自転車で駆けていたあの男子生徒をみかけたように生き残っているのは私たちだけではない。みんなが力を合わせればもしかしたら……

 

それに……緊急避難マニュアルのこともある。今はまだ誰にも明かしていないが時期がきたらみんなに知らせなければならない。地下にあるという医薬品。安全に取りに行くためにはもっと人手が必要かもしれない。そこから治療法の糸口も見つかるかも……

 

私の車を使い、ショッピングモールに()()をすることになった。

思った以上に道が荒れ果て時間がかかってしまったがそれでも無事にショッピングモールにたどり着いた。

 

車を停めて割れたガラスが散乱するエントランスから室内に入った。みんなきちんと準備して万全の状態のはずだった。

 

丈槍さんが犬を見つけそちらに駆けていこうとしたのを私は止めることができず、それから……それから……

 

 

 

 

 

「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

若狭さんの悲鳴で我に返る

見るとかれらが若狭さんの足首をつかんでる。

 

なんとか振り払うことができたが私たちはもう限界だ。数分も持たないだろう。

 

私たちは助けに来たのに……助けて……助けて……

 

誰かっ…………!

 

 

「おおおおおおーーーーーーーいっっ!!!」

 

!!

 

「あ、あれ!」

 

丈槍さんが指さした方向には声の主、こないだ見た男子生徒がいた。

 

「今から助けに行く!耳をふさいで!逃げる準備をして!!」

 

言うや否や何かを私たちの近くに投げた。

すると

 

アアアアアアアァァァァァイッタイイッタアアアアィィィィ!!!

 

形容しがたい冒涜的な電子音が爆音となって耳に突き刺さる。

 

かれらは音の大きさに耐えられずうずくまっている。

チャンスだ。

 

お互いに目配せをして急いでピアノから離れる。

それと同時に男子生徒がこっちにやってきて上の階へと先導してくれた。

 

 

 

 

四階まで登ってやっとひと段落着いた。男子生徒は遅れがちな私をサポートしたりしてくれた。

呼吸はまだ整っていなかったがお礼を言った。

感謝してもし足りないぐらいだ。ピンチを救ってくれた。いわばヒーローだ。しかしどこから来たのだろうか?このショッピングモールで暮らしているのだろうか?

 

みんなが落ち着いてきたところで彼は自己紹介をした。

 

名前は青木飛真、巡ヶ丘学院高等学校の二年生だと名乗った。あの惨事(アウトブレイク)を学校で迎え、急いで帰宅した後妹と協力して今まで暮らしていたそうだ。今回はショッピングモールに物資調達に来ていたところだったと言う。

私は2年生の担当ではなかったから彼のことは知らなかったが、彼は私のことを知っていたらしい。

 

私たちも自己紹介をした。ただやはり彼のことは気になる。みんなも彼のことが気になるらしく質問攻めにされていた。

 

かれらが現れたことによって質問タイムは中断された。

周囲の安全が確認された時、彼は上の階にバリケードがはってあったと切り出した。

 

バリケード……その内側にまだ人間がいるかもしれない!

 

「え!?生存者?なら早く上行こうよ!」

 

丈槍さんの一声で今後の方針が決まった。

 

そこからは早かった。

恵飛須沢さんと飛真君のスコップコンビが先にバリケードを超え、安全を確認したのちに次々に他のメンバーを下ろしていった。

人数が増えたおかげで進むスピードが上がりあっという間に生存者、直樹美紀さんを助けることができた。

 

生存者を助けることができて私たちは喜んでいたが一つミスを犯していた。

もう日が暮れてしまっていたのだ。

 

そもそも着いた時間が遅かったうえ、思いがけないアクシデントが起こったせいで帰る予定の時間を過ぎてしまったのだ。

 

でも直樹さんの提案でここに一泊することになった。学園生活部みんなはこの提案に賛成した。丈槍さんなんかは「お泊り会だー!」なんて大はしゃぎしてる。

 

飛真君は……

 

え?帰っちゃうの?

まだまだ聞きたいこと話したいことがいっぱいあるし外は危険だ。

できれば今日は一緒に泊まって欲しい。

 

ここにいる全員が彼を引き留めようとした。みんな同じ気持ちなのだろう。

彼も初めは「帰ります」の一点張りだったけど、だんだん声に勢いがなくなってきた。

 

「助けていただいたのにまだ何も私は返せていません。……何か貴方にお返しをしてからでは、ご迷惑ですか?」

 

ついに彼は折れた。不承不承といった様子で泊まりますと答えた。

 

押しに弱いタイプの子なのかしら。ふふっ、それなら……

彼の動きは今まで生き残ってきただけにとても頼りがいがあった。恵飛須沢さんだけに戦闘を任せておくわけにもいかない。男の人の力は今の学園生活部にとって非常に魅力的だ。

学園生活部顧問としてこの逸材を見逃すわけにはいかない。飛真君と()()()()彼の妹を確保(スカウト)しなければ!

 

家より私たちの高校のほうが設備的に優れているでしょう。そして分散しているよりみんなでまとまって生活したほうが生存率は上がる。彼にとっても悪い話じゃないハズです!

うふふっ。でもまずは説得しないといけませんね。焦らなくてもまだ恩返し(入部勧告)をする時間はあります。

 

待ってて下さいね、飛真君(私のヒーロー)

 




登場人物が増えると……大変ですね。

「がっこうぐらし!」のタグがついている以上学園生活部のことも書かねば!と思い彼女たちを出したら……こうなりました。

風呂敷を広げすぎた感はありますが……まぁ、頑張ります(白目)

自宅警備員でも外泊しますよね?ライブの地方公演とかで……


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学園生活部よさらば!わが代表決然帰宅する!

タ イ ト ル 詐 欺 っ て 知 っ て る ?


……まぁ、泊まることになりました。

決まった以上はそれに合わせて行動するしかないですね。

 

まずやりたいのは5階の探索ですね。アウトドア用品店や書店などのテナントはこの5階にあります。

くるみちゃんを探索に誘ってみよう。ゴリ…彼女が参加してくれれば安全に行動できます。

 

「え?探索に? ……いいぜ。」

 

勝ったな。(慢心)

 

ケミカルライトによる誘導と2人の密な連携があれば特に危ないところはなくかれらを屠ることができます。

1対2の状況を常に作っておけば負けることは(ないです。)

 

「……それにしてもどうしてここの生存者たちはかれらになっちゃったんだろうな?バリケードはかなり強固にできてた。生存者同士はうまく連携が取れてたはずなんだけどなぁ…。」

 

もしかしたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を決めていなかったのかもしれませんね。

 

「……そうだな。考えたくないことだけど、重要なことだよな……」

 

なんかしんみりとした雰囲気になって二人とも最低限の会話で黙々とかれらを倒していきます。

そのかいあってか5階のかれらはあらかた始末できましたね。

……討ち漏らしがいると思うので安心はできませんが。

 

「……まぁこんなとこだな。」

 

これで物を物色する余裕ができましたね。

早速アウトドア用品店に行きますか。

 

「ちょっとりーさんたち連れてくるから待っててもらってもいいか?」

 

みんなで探したほうがいいですよね。待ってますか。

 

 

 

「……くるみは疲れちゃったらしいから休むそうよ。私たちだけになっちゃったけどいいかしら?」

 

「……迷惑はかけません。私も、戦えますから。」

 

疲れてたなら仕方ないな。くるみちゃんの代わりにめぐねぇが来ましたね。めぐねぇがどこから持ってきたのか金属バットで武装してますけど……似合ってない。

粗方かれらは片付けたのでりーさんとめぐねぇと飛真君の三人でも問題はなさそうですね。

 

やっぱりショッピングモールだけあって品ぞろえが豊富ですね!

アウトドア用品だけじゃなくて防災用品もあってめちゃ助かる。

 

電気を使用しない携帯浄水器を人数分と……あ! ソーラーで充電できるバッテリーもあるな。これも使えそう!

 

「あの」

 

ドライシャンプーとかアルコール消毒液も必要だしそろそろトイレの問題も考えなくちゃいけないな……

 

「あの!」

 

あ、ハイ。なんでしょうりーさん。品定めに熱中しすぎて聞こえてなかった……

 

「今晩何がいいですか?ここにある器具と材料なら何か作れると思って……」

 

何がいいって言われてもなぁ…。

とりあえずお米だけ炊いてあとはそこら辺にある缶詰を贅沢に使ってそれをおかずにする……とか?

 

「え?そんなのでいいんですか?」

 

蟹の缶詰とか高くて非常時でもなんかもったいなく感じて食べなかったら、結局賞味期限切れで泣く泣く捨てる……みたいな経験を何回かしてるから今度は逆に高い缶詰ばっか使った缶詰パーティーをしたい。

食べたいものが思いつかなかったからいっそ全部食べちゃえって感じです。

 

「缶詰パーティー……ゆきが好きそうなネーミングですね。じゃあそれにします。」

 

保存食もいろんな種類があってみてて楽しい。いくつか持っていきましょう。おみやげは多ければ多いほどいいでしょう。

ここはまぁこんなところですかね。ここじゃなくても消耗品の多くは郊外の園芸用品店でも調達が可能ですからね。

 

次は本屋です。技術書は……DIYのハウツー本で大丈夫ですかね。まさか工業製品を作り出そうとしてるわけではあるまいし……

ん?「ディアゴス〇ィーニ、お庭で再現!週刊東部戦線」??再現しなくていいから(良心)

なんでこんなものがDIYコーナーにあるんだ?とりあえず読んでみよ。

……テーマはイカれてるけど、資料はしっかりしてるな。

必要な部分だけもらっていこう。全部だと多すぎて持ってけない…

あとは「自己防衛のススメ~家庭用要塞で終末に備える~」っていうDIY?本も使えそうだから持っていこう。

 

「どんな本を持っていかれるんですか?」

 

あ、めぐねぇ。あの二つの本はヤバめの本なのでDIYについての無難なハウツー本を見せます。

 

「それはやっぱり家を守るために、ですか?」

 

正確には妹に頼まれてですけど目的としてはその通りですね。

 

「そう、ですか…………」

 

そうだ。めぐねぇ国語教師だしおすすめの漫画を聞こう。妹が今何を読みたいと思っているか分かりませんから。意見が聞きたい。

 

あn「えっと」

 

「あ…………先にどうぞ」

 

被った。譲られたけどこっちは大した話題じゃないしなぁ…

まぁ譲られた以上話しますか。

 

「おすすめの漫画、ですか……… 私じゃなくて若狭さんのほうが年齢が近いですし適任かもしれませんね。」

 

確かにそうだな。じゃありーさんに聞いてみますか。

 

「…………」

 

というかりーさんどこだ?…………あ、いた。

おーい。

 

「! はっはい!」

 

なんか焦ってる。どうしたんだろう?

とりあえず聞いてみるか

 

「最近人気なのはこれですかね……あと個人的に好きなのはこっちで……」

 

ほうほう。じゃあそれを持っていこう。

 

……大体集まりましたね。もうこれ以上持てないので帰りましょう。

 

 

ふー帰ってきたー。疲れた。

当初の物資調達の目標は達成されたので後は帰るだけですね。……泊まると言った以上帰るのは翌朝になるんですけどね。

 

「すごい荷物ですね。こんなに持ってけるんですか?」

 

みーくんは心配がってますけど大丈夫です。自転車を使えばね。

 

「ふーん。 そういえば学園生活部の皆さんはどうやってここまで来たんですか?」

 

「私たちは車で来たの。」

 

「へーそうなんですか。」

 

「軽だけど(交通違反を罰する機関はもう機能してないから)みんな載せられるわ。……飛真君も荷物を私の車にしまっちゃっていいのよ?」

 

本当ですか! やったー! もっと持って帰れる!(社畜脳)

 

そうこうしてるうちにご飯が炊けたみたいですね。様々な高級缶詰に炊きたてのご飯。

ああ~^心がぴょんぴょんするんじゃ~^

 

「マグロ、蟹、のどぐろにお肉……すごい!は、早く食べよ!」

 

「ゆき、落ち着け。ご飯は逃げないぞ?」

 

「くるみの言う通りです。今からご飯よそうから待ってなさい。」

 

「はーい」

 

「ふふふっ。丈槍さんがはしゃぐ気持ちはわかります。私も楽しみです!」

 

「太郎丸のためにちゃんと犬用のツナも用意してますよ!」

 

「わんっ!」

 

犬に名前つけたのか……俺がいない時に……

自分に命名権がなかったのは少しショックですが、よく考えたら一堂に会して決めるものでもないのでまぁいいか。

 

「あ、この子太郎丸って名前になりました。……ほら、太郎丸。今からご飯だからおとなしくしててね。」

 

みーくんになついてますね。ご飯終わったらモフモフしに行こ。

そうこうしてるうちに人数分ご飯が用意されました。……というわけで早速

 

いただきまーす!

 

おお!正気度が回復してる!

高級食材を使ってるということもあるけど……さてはりーさん、「料理上手」を持ってるな?(名推理)

 

「ね?美味しいでしょ? りーさんは料理がとっても上手なんだよ! エッヘン!」

 

「……なんでゆきが偉そうにしてるんだ?」

 

「上手だなんて……私はお米を炊いただけだし……」

 

「でも、ほんとに上手に炊けてますよ? 私がやったら黒焦げにしちゃいそう……」

 

「めぐねぇならやりかねないな……」

 

「そ、そんなぁ! 私だって気を付ければ……」

 

「確かにめぐねぇおっちょこちょいだからね」

 

「もう! 丈槍さんまで! あと私はめぐねぇじゃないです! これからみなさんは先輩になるんですからちゃんとした呼び方で私を呼んで下さい!」

 

ん? 先輩?

 

「あ、そういえば飛真君には言ってなかったですね。 私、学園生活部に仮入部することになったんです」

 

「よろしくね、みーくん!」

 

「うわっ、ちょっと先輩ご飯中に抱きついてこないでください!」

 

ああ~^  ……おっといけない。 理性を取り戻さなければ。

億が一にも自分についてきてくれるとは思ってなかったんでショックはないです。

……おっと、目から汗が。 花粉かな?(すっとぼけ)

 

学園生活部の部員同士はとっても仲がよさそうでいいですね。賑やかにご飯を食べるのがかなり久しぶりなのでやっぱどうしても羨ましいなぁと思ってしまう。

俺も混ぜてくれよぉ(百合の間に入ろうとする人類の敵)

 

まぁでも、学園生活部の側からすればみーくんが加わったから戦力的な面も改善しましたし……これでよかったんですよ。

これからも学園生活部とは協力関係でいたい…………ん? なんだ? みんなこっちをじっと見ているのだが……

 

「…………飛真君は、このあとどうするつもりですか?」

 

どうって……ご飯終わったら早めに寝て、日の出と同じぐらいの時刻になったら家に帰りたいですね

 

なんかまずいこと言っちゃったのかな……急に静かになったぞ……

 

「これは()()なんですが……学園生活部に仮入部してみませんか?」

 

か、仮入部? いやいや、そんなことしてたら称号を貰えなくn「私もそれに賛成です!」

 

りーさんまで!? 

 

「さっき()()使()()()()の物を探してましたよね。 ……使えなくなってしまったインフラの役割を代替出来そうな物を。 私たちの高校には電気もありますし、簡易的ですが浄水機能もあります。

……家でも生活はできるかもしれません。でも、私たちの高校(学園生活部)に来た方が絶対いいです!」

 

「若狭さんの言う通りです。 温水シャワーもありますし、まだ学校に物資も残ってます。

妹さんと一緒に来てもまだまだ備蓄には余裕があります。 ()()()()()()()あなた(救世主)の入部を心待ちにしてます

……学園生活部はいい所です。 顧問の私が保証します。」

 

ちょちょちょっと待って。

()()()()()()()? いつの間にか外堀が埋められてた……

自分も勧誘される側にいることを忘れてた。そもそも「がっこうぐらし」ですからね。

入部を勧められることなんて明示的に明らかだったハズだったのに……うかつだった。

 

どうしよう。いや、どうしようも何も断る以外選択肢はないんですけど……どう断ろう?

割と正論だし理詰めだと普通に負けそう。

とりあえずはぐらかすか……

 

シャワーですか…………えっと、もしかして僕臭いますか?

 

「へ? ……あ、いや、違います! そういう意味で言ったんじゃなくて……」

 

揚げ足とると良心が痛むな…… でもあたふたしてるめぐねぇが可愛いからOKです!

学校籠城ルートを何回もやってるんでわかるんですが、別に学校は学校で結構大変ですからね。 地上の楽園なんて無かったんや……

 

「と、と、とにかく! これからは家ではなく私たちと一緒に学校で過ごしてほしいんです。

今日助けてもらってとても感謝しているんです。今度は私があなたを助けたいんです!」

 

あれぇ?雲行きが怪しいぞぉ(白目)

い、いや。さっき全員と言っていたが熱心なのはめぐねぇとりーさんだけ……

まだ大丈夫だ。他のメンバーが「どちらかといえば賛成」ぐらいならなんとか体裁を保ったうえで断れる!

 

「あたしは今日みんなを守れなかった。 あたしはもっと強くならなくちゃいけない。

……あたしたちを助けた時の手際、すごくよかった。 あたしもそんな風に助けられるんじゃなくて助ける側になりたいんだ。 ……それに、スコップ仲間ができるのは嬉しいしな。」

 

「みんなで一緒に過ごしたほうがわくわくしていいよー! 飛真くんの妹ってどんな子だろう? 楽しみだなー」

 

「何日かここで過ごしたから分かるんですけど、二人きりでかれらに怯えながら過ごすのはとてもつらいと思います。 先輩たちはいい人ばっかりですし私も同じ部活に同級生がいるのは嬉しいです。」

 

これは……詰みですね。

もう飛真君の加入が既定路線になってる。

本来ならもう入部の流れでしょうが……

 

しかし、

 

私には「だが断る」をすることができる!!

動かしてるのは私ですからねぇ(ゲス顔)

不自然ありまくりですが、ここで折れたらこの実況の意味がなくなるので謹んでお断り申し上げます。

 

「えっ」

 

 

 

 

 

「ど……どうして、ですか?」

 

理由。いや正直行きたいですよ。でも自宅警備員ですから。もう学生には戻れないんです。

……とは言えないですし。

まぁここは共同生活を送る上で異性がいたらいろいろ大変でしょ?みたいな感じでお茶を濁しますか。

 

テキトーに流してその後もう疲れたから寝る!って言えば切り抜けられるでs「そんなこと私たち気にしません!」

 

アッハイ。

みんなちょっと怖いよ……

 

「嫌なら嫌ってハッキリ言ってください……」

 

いや、そういう意味ではなくてですね…

マズイ。りーさんがマイナス思考モードに移行してしまった。

 

そういや正気度とかまだチェックしてなかったな。どれどれ……

あ、割とみんな正気度はあるな……りーさんとめぐねぇを除いて、ですけど。

ピンチのところを助けたせいか好感度が上がってる。基本的にこれは喜ぶべきことなんですけど……誘いを断らなきゃいけない今は逆に足かせですね。

 

ともかく今はやんわりと、やんわーりと断らないとりーさんが自分を否定されたと解釈してしまってメンタルが逝くので強硬策はやめましょう。

 

「急にこんなこと言って迷惑、でしたよね…… 私がもっと、もっとしっかりしていれば……」

 

あああああめぐねぇまで!

 

待って。いや、違うんです!僕もほんとは入部したいんですけど、妹が……そう、妹が!賛成してくれるかわからなくて……

 

「え?妹さんが?」

 

最近やっとこの世界に慣れてきたばっかりで、そんな中でまた新しい環境になってしまうのは妹にとってつらいんじゃないかなと……

 

「じゃ、じゃあ飛真くんは入部したいって思っているんですか?」

 

…………………………ハイ。

 

嘘をつきました。いや嘘ではないけど、嘘ではないけど!縛りなかったら普通に入部してたよ!

……どうしよう。借金を借金で返すみたいなことになっちゃったぞ

妹を理由に使ってしまった……すまない。

判断を妹に投げただけで何の解決にもなってない。

これで妹が入部したら……リセットですかね。

 

……いやでもさぁ! しょうがないじゃん!(突然の逆ギレ)

ここでキッパリ断るなんてできない。自分以外全員が結託して入部して?ってグイグイ来たらさ……断れなくないですか? めぐねぇとりーさん(豆腐メンタル)がいる以上強気にも出れないんです!

 

みんながあからさまに安堵の表情を浮かべてるのがメンタルに来る。

あー太郎丸ー モフモフさせろー

 

でもお前もそっち側なんだろ? くそっ、モフモフの刑だー(ヤケクソ)

 

……もう寝よ。なんか疲れたわ。

 

「あ、もう寝ちゃうんですか? じゃあちょっと待ってください。 寝袋の準備をしてきます。」

 

「えーもう寝ちゃうのー? お話ししようよー」

 

「もう!丈槍さん? 飛真君は疲れてるんです! …………それに、()()()()()()()()()()()今日じゃなくてもお話しする時間はいっぱいありますよね、飛真君?」

 

……ソウデスネ。

 

「そうだよね! じゃあ、おやすみ!」

 

罪悪感が凄い。いやでも自分が蒔いた種だしなぁ

泊まるなんて言わなければ熱烈な歓迎(ヘッドハンティング)を受けることもなかったのに……

ああ、明日が不安だ。しかしもうどうしようもない

とにかく今は寝て今日の疲労を取らないとな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

安全な休める場所にたどり着いて私は緊張の糸が切れて座り込んだ。

 

さっき飛真君が探索をしたいと言ってくるみを誘って()に出た。

 

私たちを助けて、そのあと探索に出かけるなんてすごい体力だ。……というよりすごい意志の強さだ。彼の顔には隠し切れない疲れの色が滲んでいた。それでも危険な外に出るというのだから()()に突き動かされているんじゃないかと思ってしまう。

 

まだ少し足が震えている。

常に死と隣り合わせであることは十分に覚悟しているつもりだった。でもあの時にそんな覚悟など簡単に吹き飛ぶんだと悟った。

 

恐怖。

 

私たちがグランドピアノに逃げた時。死の匂いが濃厚に漂っていた。「もう終わりだ」と思ったら恐怖に体を支配された。

 

助けて

 

かれらに足をつかまれた時。恐怖を感じるのではなく恐怖に()()()。怖いとかそれどころじゃない。心がただただ助かることを、生き残りたいと叫んだ。

本来この願いは叶うはずはなかった。助かる見込みなんて、なかった。

 

でも今私はこうやって生きている。助けられてからここに泊まると決まるまでのことはコマ送りのように過ぎていってあまり現実感が感じられなかった。

 

()()()()飛真君がショッピングモールに物資調達に来ていたから私は助かった。

 

運命

 

パッとこの言葉が頭に出てきて、すぐに打ち消す。いやいや運が良かっただけよ。

でも……こんな偶然めったにない。物事に運命と書かれたラベルを張ることに今まで抵抗があった。だけどたまたまによって私は助かった。

これに名前を付けるなら、やっぱり…………

 

そんなことを漠然と考えているとめぐねぇが一つ咳ばらいをしてこう切り出した。

 

「……コホン。 皆、ちょっといいですか?」

 

「?」

 

「直樹さんと()()()の今後の進路についてです」

 

「私……と?」

 

「飛真君?」

 

確かに。助かって安心してばかりもいられない。これからのことも考えないと。

美紀さんは学園生活部に入部すると思うけど……飛真君は妹さんもいるし家に帰っちゃうんじゃないかしら?

名残惜しくて今日引き留めちゃったけど、明日からはもう会えなくなると思うと寂しい。

 

話し合いの末、美紀さんは学園生活部に仮入部することになった。

 

早速ゆきは先輩風を吹かせ、「みーくん」というあだなで呼び始めた。

「みーくん」はそんなゆきに困惑しているけど嫌ではないみたい。

 

新しい仲間が増えるのは嬉しい。

よし! 私も仲間が増えたから家計簿の見直しを頑張らなくちゃ!

 

「……それで、飛真くんの進路というのは?」

 

「……私は、飛真君と彼の妹さんもぜひ入部してほしいと思っています。みなさんはどうですか?」

 

そうか! みんな一緒に暮らせばいいんだわ!

学校のほうが設備が充実してる。断る理由はないはず!

それに、彼がいると心強い。 

学園生活部が一気に賑やかになりそうでワクワクする。

 

皆もそう思ったのかめぐねぇの()()に反対したものは誰一人いなかった。

 

そんな折にくるみが戻ってきた。

 

「おーい、りーさん。 粗方片付けたから探索できそうだけど来るか?」

 

「あ、私も行きます。」

 

「めぐねぇも?」

 

「はい。 恵飛須沢さんは疲れてると思うので休んでいてください。 ……………丈槍さん。 さっきの()()を恵飛須沢さんにしてくれますか?」

 

「はーい! くるみちゃん、こっち来て?」

 

「え? でも私まだ動けr…「ほらこっちこっち!」 「ちょちょっと引っ張んなって!」

 

これでくるみが納得すれば提案は()()になる。……だって彼には断る理由はないんですもの。

どう考えても私(たち)と一緒にいる方がいいんですから。

 

探索の最中彼は()()()()()()()を必死で探していた。

でも学校に行けばそれを持っていく必要はなくなる。

()は危ない。外に出る頻度は減らすべきだ。

それは彼もわかってるはず……なら、取るべき選択肢は一つに収斂されるはずだわ!

 

考え事に夢中になっていて彼に声をかけられたときにすぐに反応できなかった。

聞けば妹に渡す漫画を探しているのだそうだ。

 

私のおすすめを言うと彼はホッとした顔になった。 「これで安心して家に帰れるな……」

と聞こえた気がした。

 

…………まだ最適解に気づいてないだけだわ。

ちゃんと教えればきっとわかってくれるはず。

 

でもまずはご飯ね。 歓迎会も兼ねて盛大にやらないといけないわ!

 

 

不安だったけど、美味しくご飯を炊けて良かった。

缶詰もバリエーション豊かで飽きない。

 

美味しいご飯に、賑やかな食卓。最近感じてなかったあたたかな確かな幸せ。

今まで辛かった。不安と恐怖にみんなずっと戦ってた。

これからもそれは変わらないだろう。でも、これからはみーくんも彼も入部して確実に良くなっていく! 彼もおいしそうにご飯をほおばってる。

彼のおかげで今まで見えなかった希望が見えてきた。

…………やっぱりこれは運命なんだわ! 彼が私を助けてくれて、この惨状から生き残って、それで…

 

ついにめぐねぇが切り出した。

 

「これは()()なんですが……学園生活部に仮入部してみませんか?」

 

私もすかさず加勢した。みんなもそれに倣った。

 

彼は始め冗談だと思ったのか、めぐねぇをからかったけどすぐに真剣だと感じ取り悩みだした。

 

悩む必要なんてない。飛真君は頷くだけでよかった。

 

それなのに。

 

肯んじなかった。

どうして。わからないわからないわからない

 

みんな理由を聞きたがった。 

そして彼は言った「共同生活を送る上で異性がいたらみなさんが生活しづらいだろうと思って……」と

 

苦虫を噛み潰したような顔で。

 

そうか。嫌だったんだね。私たちはそんなこと気にしない。もしそう思ってたら入部しようと誘ったりしない。

でも……彼は嫌だったのね。 

ばかみたい。勝手に舞い上がって。

 

「嫌なら嫌ってハッキリ言ってください……」

 

責めるつもりはないけどどうしても裏切られた気持ちになって口調が強くなっちゃう。

 

本来彼は物資調達に来ていた。そしてたまたま私たちを助けた(目的のついで)……

心がサッと暗くなる。

いや、そんなはずはない。だって、だってこれは()()……

なんで? なんで私から逃げようとするの? ワタシノコトガキライダカラ?

 

「い、嫌とかじゃなくて! 僕もほんとは入部したいんですけど、その、妹が……賛成してくれるかわからなくて……」

 

妹? ああ、そういえば彼には妹さんがいたんだっけ。

 

「じ、じゃあ飛真くんは入部したいって思っているんですか?」

 

めぐねぇが恐る恐るといった様子で確認する。

 

「…………………………ハイ。」

 

やっぱり! ほんとは学校に来たかったんだわ!

そうよね。妹を置いていくわけにはいかない。妹さんの意思を抜きにして決めちゃうのは良くないわ!

でも妹さんも学校に来たいと思ってるはず。一時はどうなるかと思ったけど……無事に()()が終わってよかった!

 

彼は疲れたのでもう寝るそうだ。

 

ゆきも言っていたけど私ももっと話したかった。

でも、別に今日じゃなくても……うふっ。

自然と笑みがこぼれる。

 

遠足は大成功だ。

 




書いては消して、書いては消してを繰り返して……まぁその、こうなっちゃいました。

登場人物が増えると一気に難しくなりますね。そして一人一人の輪郭がぼやけてく。
「キャラ崩壊」タグを追加しなきゃ…(義務感)

次回家に帰ると思います。妹の決断次第でこの実況はおじゃんになるので、次回が最終回ってこともあるかもしれませんねぇ……



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二等分の口先

とてもつらい


あ、画面が一瞬明るくなった。 日が出てきたのかな。

飛真君を起こしますか。オラッ起きろ!(ボタンガチャガチャ)

 

問題なく起きました。昨日の夜いろいろあったとはいえ、寝た時刻はそこまで遅くないので体力は全快してます。

早く家に帰らなきゃ……

 

とは言っても隠密系の技能を持ってないですし、「探さないでください」の置手紙を残して去る……なんてことは無理です。

昨日言質は取られたけど、まぁ何とかなります。多分。

 

みんなは……もう起きてる。早起きだな……

 

「あ、飛真くんおはよ~」

 

ゆきちゃんだ。なんか持ってるな……それは、ポラロイドカメラ?

 

「そう! 昨日寝る前にトイレに行こうと思って()に出たら見つけたんだー。 バッチリ取れてるでしょ?」

 

ホントだ。でも自分の寝顔の写真見せられても反応に困る……

 

「ベストショットはこれ! くるみちゃんの寝顔! ほら見て! よだれ!」

 

「あっ、ゆき! いつのまに!」

 

「丈 槍 さ ん ? 悪用するようなら没収しますよ? 部活の活動を記録するために使うって約束しましたよね?」

 

「はーい。 もうしませーん。」

 

ゆきちゃん絶対反省してないゾ。

……何はともあれ帰る支度しますか。 すぐに帰れるようにしないと

 

「ご飯できました。 といっても長期保存用のパンとコーンスープだけですけど……」

 

それくらいならすぐに食べれそう。

 

「あ、ちょっと待ってください。 食べる前に……活動記録のために写真撮っておきましょう。」

 

その集合写真にもちろん自分も含まれるよな……

気乗りはしないけど、拒否するのも変だから参加するしかないな。

 

「みんな笑顔でー。 はい、チーズ!」

 

なぜ自分が真ん中に据えられているのか分からない。

そしてフレーム内に収まるためとはいえ、距離が近い。

 

「どれどれ……上手に撮れてます!」

 

魂が取られた(迷信)。

写真撮影も終わったんで、チャチャっと食べてしまいましょう。

 

朝食RTAは飛真君の大勝利です。 スープにパンを浸すことにより2分ほどタイムを短縮できました。

サァ荷造りだ荷造りだ

 

「そんなに急がなくても……出発までもう少しありますよ?」

 

気づかれました。ここからが正念場です。

隠れて帰れないなら全員に()()()()()()()()を認めてもらうまでです。

 

先に家に帰ってようと思って……

 

みんな日曜の朝みたいな穏やかな顔だったのに、自分が家に帰ろうとしていると知るや否や目の色が変わった……

 

「そ、それは本当ですか!」

 

めぐねぇの顔に ゆ る し ま せ ん って書いてある。

待って。話せばわかるから!

 

恐らく学園生活部は飛真君を車に乗せて家に行って妹に入部(飛び級)を勧める……と

という流れを考えていると思います。

まずこのプランで合っているか聞いてみます。

 

「そうですね。そうしようと思ってます。 わかっててどうして一人で行こうとしてるんです?」

 

よかった。合ってた。

でもこのプランには少々問題があるんです。

住宅街の道路状況が車にとって厳しすぎる。そもそも道幅が狭いのに所々ブロック塀が壊れてますし、そこかしこに事故の生々しい跡があります。

自転車ならまだしも車じゃ時間だけがかかって危険なだけです。

車は頑丈そうに見えますけど窓ガラスとか弱い部分が多くて、機動力を発揮できないんじゃただの鉄の棺桶です。

ここを責めます。

自分が単独で家に帰って妹を説得するから、学園生活部の面々は先に学校に帰って夕方あたりに校庭で落ち合おう と代案をだすんです。

 

でもここで「やっぱ同行する」と言われたらもう詰みなんですけど……

幸い昨日かなり好感度を稼ぎましたので信用されているハズ。自分は入部したい旨を()()()()()()()以上疑われる理由はない!

学園生活部からしたら飛真君はすでに部員に等しいですからね!

どうだ……お願い。 受け入れてくれ…………

 

 

「確かにその通りですね……じゃあ夕方、会いましょう。絶対ですよ?」

 

おお!みんな納得してる!

勝ったな。家帰ってくる。

 

こうなりゃもうこっちのもんです。向こうは飛真君の家の正確な位置を現時点では知らないんですから。

こっそり尾行しようとしても自転車スキルの差と土地勘を利用して簡単に巻けます。

 

夕方落ち合うとさっき言いましたが、もちろん行きません。

待ち合わせの時間を過ぎて訝しがるでしょう。しかしもうその頃にはもう夜です。

様子を見に行くのは明日にしようと思うはず。

明日はアウトブレイク発生から七日目です。

…………ということは、そうです! 雨の日イベントがあります!

学校にやってくるかれらの対処で精いっぱいでその日はこちらに行く暇はないです。

 

なので一度帰ってしまえば学園生活部の面々とはどんなに短くても明後日までは会わずに済みます。

この猶予は、妹に学校に行きたくないと言ってくれるように根回しする時間としては十分すぎるほどです。

予想としては雨の日イベントを耐えきった学校の再補強と、そろそろ始まる圭ちゃんのラジオSOSイベントでてんてこ舞いでやってくるのはもっと遅くなると思います。

ガバ乱数が重なって校内放送に気づけなかったら全滅もあり得るのでやってこない可能性だってあります。

 

来たら来たで適当な理由をこじつけて立ち退きを拒否すればいいだけです。

制限時間付きの籠城ですからこっちに分があります。今の好感度なら多少は待ってくれるはずです。

そんなことをしてる間に14日たって晴れて称号を獲得……っていう寸法です。

 

心変わりされると嫌なので40秒で支度します。

のんびりしてると通勤ラッシュにぶち当たるからかれらが少ないうちに行きたいのもある。

 

……もう帰る支度はできました。あとは戦利品がパンパンに入ったリュックを背負うだけ……

 

「……その荷物、いらないんじゃないですか? ()()()()()()()()()()()()()()()最低限の物だけでいいと思いますよ?」

 

りーさん痛い所をついてくる……

も、もしもの時のために……この先何が起きても対応できるように……

 

「……そうですか。」

 

大丈夫……かな? 一応は納得したっぽいのでセーフ!

帰ろう帰ろう。

 

「あ、飛真君。 行く前に少し、お時間いいですか?」

 

? まぁ少しなら。

 

 

「これ、妹さんに。 ……昨日の缶詰です。」

 

これを手土産に説得してくれということか……さすが顧問! ラッピングもしてある。 女子力の波動を感じる……

よし、忘れ物なし! 

 

()()()()!」

 

またねー(さよなら)

ふー。なんとか一人で帰るのを許されましたね。

 

昨日停めた位置に……ちゃんとしらせ号はありますね。

壊れてもない……はい、行けます!

スタコラサッサー

 

早朝だけあってかれらの数はまばらですね。

……一応尾行されてないか確認するか。

 

大丈夫そうですね。これで安心して家に帰れる。

 

家が見えました!

実に一日ぶりの我が家ですが、見た感じ特に変化はないですね。

 

心配なのは妹の正気度です。 こんな生きるか死ぬかの世界で何の連絡もなく同居人が一晩帰ってこなかったら……

相当精神がすり減ります。

もちろん無事を確認すれば正気度は多少回復しますけど、今回の一件(出張の無断延長)で減った分はペイできません。

帰らなかったことについては自分が全面的に悪いので責任を持って正気度回復にまい進する所存です。

 

荷物が重いからはしごがギシギシ言って怖い……

 

やっと登り切ったぁ

無事ベランダに到着できたので帰宅は成功です!

 

とりあえず自分の部屋に入りますか…………あ。

妹だ。 しかしなんで飛真君のベッドの上にいるんだ?

 

「お、お兄ちゃんっ!!」

 

抱きつかれた。 ……勢いが強すぎて今ちょっとダメージ入った。

 

「ぐすっ……私、ずっとずっと待ってた……なのに、なのにいつまでも帰ってきて、くれないから……もう、お兄ちゃんには会えないんだって思って……」

 

目が腫れてて真っ赤に充血してる……顔も青白いし……

本当に申し訳ないことをしてしまった。

 

「おかえり、なさい…… 無事で、無事で本当によかった……」

 

ただいま。

とりあえず荷物を置きたい……

 

「すごい荷物……あっ。 私が欲しいって言ったものが中々見つからなかったから遅くなっちゃったの……?ごめんなさい。わがまま言って……そのせいでお兄ちゃんが危険な目に……」

 

ま、まぁ……そういうわけでもないけど……

正直に言うしかないよな……

 

「そういうわけでもない……? いったい何があったの?」

 

学園生活部を助けたこと、ショッピングモールに残っていた生存者を彼女たちと協力して助けたこと。予想外のことに時間を取られて夜になってしまったため泊まる流れになったことを伝えます。

 

「いろんなことがあったんだね……あれ? 学園生活部って前言ってた高校にいた生存者たちのことだよね? どうしてショッピングモールに……?」

 

ああ、それはね……

 

「それよりも!」

 

ハイ。

 

「泊まるって……まさかその学園なんちゃらっていう人たちと一緒に、じゃないよね?」

 

そのまさかです……

 

「………へー。 私が心が張り裂けそうな思いで帰ってくるのを待ってた時に、お兄ちゃんは同じ学校の女子たちと一緒に泊まって鼻の下を伸ばしてたんだー。 ヨカッタネー」

 

冷や汗が止まらん。

客観的に見ればそうなるのか…こうやって言われると非常時だったとは言えトンデモないことをしてたんだなぁ……

そんなことない!と言いたいところだけど状況がすべてを物語ってるからな……首を垂れるしかない。

 

「…………………なんてね。 顔が真っ青になってわかりやすいなぁ……どうせ助けてもらった恩返しがしたいとか何とか言われて引き留められたんでしょ? 

これについて妹として何も思わないわけじゃないけど……でも、お兄ちゃんはちゃんと帰ってきてくれた。……私は、お兄ちゃんを()()()()()()。」

 

正直2、3発殴られても仕方ないと思ってたけど……寛容だった。

 

「でも! 今度からはちゃんと時間通り帰ってきてね! 待ってる間、生きた心地がしなかった……私、もう嫌だよ……一人ぼっちの夜なんて……」

 

それはもう。絶対に残業しません!

 

落ち着いてきたので肝心の入部の話に入るか。

ここで妹が賛成派になってしまうとそれ則ち詰みだからできるだけネガティブに伝えなくては……

 

「え!? お兄ちゃん高校で暮らさないかって誘われたの? ……それで?

場の雰囲気に流されて一旦は入部するって言ったけど、これまで通り家で過ごすことにしたんだ……ふーん。」

 

『悪い人たちじゃないんだけどー』とか『学校は設備は充実してるけどかれらが多くてちょっとねー』とか奥様方の井戸端会議みたいなことを言いまくってネガティブキャンペーンを開催します。 これなら妹も行く気がなくなるハズ……

僕は入部をやめようと思ってるんだけど、咲良はどうする?

 

「私は……お兄ちゃんが行かないなら行かない……話を聞く限りそんなにいい所じゃなさそうだしね。」

 

よかったぁーー!

これで安泰だ! 一時は本気で再走を考えたけど……もう大丈夫ですね。(にっこり)

 

「荷物の中身見ていい? 何を持ってきたのか気になる。」

 

どうぞどうぞ。

時間がかかった分戦利品の質には自信がある。

 

妹が検品してる間自分は服を着替えたりしますか。

自分の部屋には今妹がいるから一階にいこう。

 

 

 

 

ふー。さっぱりしたぁ!

家はやっぱり落ち着く。帰ってきてよかった!

そろそろ妹は確認が終わったかな? 二階に戻るか。

 

ん? 部屋の雰囲気が冷え切ってる。 ……なんで?

 

「お兄ちゃん。 ……お兄ちゃんは入部するつもりはないんだよね?」

 

うん。そうだよ。

 

「学園生活部の人たちとは何にもなかったんだよね?」

 

うん。……さっきからどうしたんだ? 

 

「じゃあ……じゃあ、これは、何?」

 

それはめぐねぇがくれた女子力高い粗品……ん? 朝食の時に撮った写真? なんでそんなところに入ってるんだ!?

 

「お兄ちゃん楽しそうだね笑ってる。こんなぎゅうぎゅうにくっついて仲がいいんだねでもいくらフレームが狭いからってこんなにくっつく必要ないんじゃない?まだ出会って少ししかたってないのにこんなに近いのはダメだと思うよくないうんよくないよお兄ちゃん真ん中にいてすっかり人気者だねみんなにちやほやされてたんだねよかったね羨ましいなー それに、」

 

ペラッ

 

写真の裏?

 

  ────〇月×日 初めて撮った()()()()での記念撮影。

           ちゃんと撮れるか不安だったけどきれいに撮れた。

           みんなの笑顔が眩しい。 

           これからも誰一人欠けることなく思い出を撮っていきたい。

 

 

 

……その笑顔、ひきつってないですか?

 

()()()()って……あと、こんな大事な写真を部員でも何でもない人(お兄ちゃん)が持ってるのはおかしい。

お兄ちゃん。どうして? どうして嘘、ついたの?

…………私、()()()()()()

 

自分が一人で帰ることを許されたのは()()を持たされてたからなのか!

保険のつもりだったのかな……信用されてると思ったのに……

 

そんなことより……口先じゃもう誤魔化しきれない所まで来てしまった。

あらゆる手を尽くして信用を取り戻すしか、ない。

 




計画性のなさが露見してしまった……見切り発車はよくない(箴言)

家には帰ってこれましたが……

次回は妹視点オンリーでいこうと思ってます。



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紐帯は強く、脆く

技術的限界


「行ってらっしゃい。……服とかは忘れていいからね。」

 

お兄ちゃんはショッピングモールに出かけて行った。そして私はお留守番。

最近はいつもこのパターンだ。

私も買いたい物があったからショッピングモールに行きたかったけど家を空けておくことに不安があったし、第一私は外に慣れてない。

 

はぁ……私も一緒に行きたかったなぁ…

 

一人になって5分もたたないうちにこんなことを考え出す。一人は寂しい。

できればいつも一緒に居たいけど……そんなこと言ったらワガママになっちゃうから言えない。

夕方には帰ってくるらしいからそれまでの辛抱だ。

 

気持ちを切り替えて洗濯をする。洗濯機はもう使えないから手洗いで洗う。

ずっと家にいるから上着とかはいいとして直接肌に触れる下着だけでも洗いたい。

水だって余裕はない。だから洗うのは私の分だけ。

そもそもお兄ちゃんは洗濯物を出さない。……返り血とかで汚れてるから捨てたほうが良いと思っているのだろう。もったいない。

 

……ふぅ。 洗って、脱水して、干す。昔の人が当たり前にやっていたことでも文明の利器におんぶにだっこだった私にはとても大変だ。

 

一息ついてから昨日からやっていた作業を再開する。

一度やり始めると集中して時間はあっという間に過ぎる。空腹を感じて時計を見たら3時あたりを指していた。

熱中しすぎた。ご飯食べなくちゃ

 

遅い昼食を取りながらお兄ちゃんのことを考える。

ちゃんとショッピングモールについたかな?欲しいものは手に入ったかな?

……晩御飯は何かな?

一人で食べるご飯はなんだか()()()()()()()()()()()()()食べている感じがして嫌だ。お昼を食べてる時に晩御飯のことを考えるのは食い意地が張ってるようで恥ずかしいけど、お兄ちゃんと一緒に夕食を食べるのは私の数少ない楽しみの一つなのだから仕方がない。

 

ご飯が終わって作業に戻ったけどあんまり捗らなかった。

そろそろ夕方だ。もうすぐお兄ちゃんが帰ってくると思うとそわそわして気が散ってしまう。

そういえばまだ洗濯物を取り込んでないことに気づいて急いでベランダに出る。

 

まだ日は出てるし下着を干していても誰も見ていないのだからそんなに慌てて取り込まなくていいのだけど、お兄ちゃんの目が気になる。

家族なんだから気にしなくっていいのに。でもなんか気になってしまうのだ。見られるのがイヤというより恥ずかしい。

昔は嫌悪感のほうが強かったのに……

 

そんなことを考えながらベランダでぼーっとしてたらみるみるうちに日は傾いて夕方になった。

 

そろそろかな?

 

折よくベランダにいるんだ。ここから帰ってくるのを待ってよう。

 

 

……おかしい。

もう日は完全に暮れて外は暗くなっている。でもまだお兄ちゃんは帰ってきてない。

肌寒くなってきたから部屋に戻って帰りを待つ。

大丈夫まだ夜じゃない。すぐに、すぐにお兄ちゃんは帰ってくるはずだ。

 

………夜になった。

でも帰ってこない。外は真っ暗だから明かりがあるとすぐにわかる。外をくまなく探してみたけど光源は一向に見つからない。

部屋の明かりだけが弱々しく「私はここにいるよ」と告げている。

 

外を見て、落胆して、また外を見て……

このサイクルは段々早くなっていく。でも結果は変わらない。

 

もう「帰りが遅れた」では済まない時間だ。

日が暮れてから一時間あたりまではお兄ちゃんが帰ってきたら、帰りが遅いことで小一時間ぐちぐち言ってやろうかしらなんて思ってたけどもうそんなことはどうでもいい。

とにかく、とにかく早く帰ってきて欲しい。

 

()()起きたんだ。町のほうは思った以上にかれらの数が多くて先に進めなかったのかもしれない。ショッピングモール内は死角が多くて不意打ちを食らってしまったのかもしれない。

アクシデントならいくらでも考えられる。……でも、アクシデントがあっても無事だったら遅くとも今くらいの時間には家に帰ってきているはずだ。

 

()()()()()()()()()()? 

お兄ちゃんは生きていれば絶対私のもとに帰ってきてくれる。

私たちにはここ()しかないんだから。

それでも帰ってこないってことは……………つまり……………

 

……ちがうちがうちがうちがう。

考えるだけでも耐えられない。そんなの、受け入れられない。

 

でも

 

私の冷静な部分は空気を読まずに妥当な推測(兄の死)を認めさせようと躍起になっている。

実際お兄ちゃんは今ここにいない。どんなに遅くても日が暮れる前には必ず帰ってきて来ていたのに、だ。

通信手段がない以上、安否は直接会うことでしか確認できない。

かれらが跋扈するこの世界で約束の時間に来ないことが何を意味しているのか。

 

……そんなことない!お兄ちゃんは生きてる!

死体を、かれらになってしまったお兄ちゃんをこの目で見るまでは信じない!

 

………………もしそうなってもお兄ちゃんはきっとここに戻ってきてくれる。私が帰りを待ってるって知ってるからね。

そうすれば…また、また一緒に……

 

 

ハッとする。いったい私はなんてことを考えているのだろう。

かれらが自我を持ってるはずない。たとえそれがお兄ちゃんでも私をみて攻撃を躊躇してはくれないだろう。

 

生きなくちゃ。

たとえ一人ぼっちになっても命ある限り死には抗わないと。

 

………でも私はお兄ちゃんが帰ってこない世界で正気でいられるだろうか。

いつ帰ってくるかわからない。毎日毎日ずっと精神をすり減らしながら待つのだ。

自信がない。というより無理だ。

何を拠り所にして生きていけばいいの?私にはもうお兄ちゃんしかいないのに。

生きるために生きるなんてできない。

それなら私は一体どうすれば?

 

かれらは本当に死んでいるのだろうか?魂は?どこに行っちゃうの?

分からないことだらけだ。

けど、()()()()()()()()()()()()()()少なくとも一緒にいられるはず。

 

……どんなに時間がかかってもお兄ちゃんはここに戻ってくる。

その時にもし、お兄ちゃんがかれらになってたら………私もそうなればいい。

私は、美味しいかな?…味とかはもうわからないかも。食べ応えは……もう少し太ってた方が良かったかな。

もう、離れなくていいんだ。

 

それまでは生きていよう。

行き違いがあったらダメだし、……最期くらい自分の納得のいく形で終わらせたい。

 

そう結論付けたとたん涙があふれてきた。

私はお兄ちゃんが死んだことを前提に考えてる。

いやだよ。まだやりたいことがいっぱいある。

それは一人じゃできない。かれらになったらできない。

でも、でも、もうお兄ちゃんは……

 

思考がぐちゃぐちゃになっているのは自分でもわかる。支離滅裂だ。

正真正銘の孤独を前に私はまともじゃいられなくなってる。

今までは待っていればよかった。待っていれば当たり前のように帰ってきてくれた。

何もかもめちゃくちゃになったのに、お兄ちゃんだけはいつもと変わらず粛々となすべきことをしてた。

……日常が壊れておかしくなりそうだった私をお兄ちゃんは救ってくれた。

こんな世界になってからも()()があった。私はお兄ちゃんと一緒に暮らして()()を取り戻していった。

このままこの生活が続けばいいのにって変かもしれないけど思ってた。

死と隣り合わせだけど幸せを感じる出来事だってある。

二人で、そうやって、思い出を積み重ねていくんだって……

 

空腹を感じてたはずなのになにも食べたくない。寝る時間が近づいてきてるけど眠気もやってこない。

泣く機械になったみたいだ。いくら泣いても寂しさは一向に埋まらない。

 

寒い寒い寒い。寒いよお兄ちゃん……

 

私が本当に寒さを感じているのか分からない。でも体がガタガタする。

なにかに包まれたい。安心したい。人肌が、お兄ちゃんが、欲しい……

 

ふらふらとお兄ちゃんがいつも寝ているベッドに向かう。

あそこが、あそこが一番お兄ちゃんに近い……

 

ぎゅっと布団に密着して丸くなる。

そうしているうちに布団はあったかくなって懐かしい匂いが私を包む。

この匂いもどんどん薄くなっていっちゃうんだ……

そうやってだんだん世界はお兄ちゃんを忘れていく……私を置き去りにして。

 

お兄ちゃんの布団の中でもたくさん泣いた。

それでも少しウトウトしていたらしい。気が付いたら日が出ていた。

 

……結局帰ってこなかった。鳥たちが鳴き声を出し合って一日の始まりを伝えている。

ずっと泣いていたらダメだ。なにかしなくちゃ

とりあえず、とりあえず……何をすればいいの?

何をしたってお兄ちゃんは戻ってこない。それなら何をしたって意味ないじゃないか。

 

動く気にならないし寝る気にもならないから、明るさを増す窓をうつろな目で眺めてた。

 

どれぐらい眺めていただろう。もうすっかり外は明るい。

さすがになにか食べようかなと思って自分の足元に目線を移そうとした矢先、

 

 

 

お兄ちゃんが、いた。

 

なんで僕のベッドの上にいるの?って顔してる。でもそんなの関係ない。

 

「お、お兄ちゃんっ!!」

 

思いっきり抱きついた。心臓の鼓動、温もり、匂い……お兄ちゃんだ!生きてる!お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん……

 

「おかえり、なさい…… 無事で、無事で本当によかった……」

 

帰ってきた!うれしい!うれし涙が出そうだったけどグッとこらえる。

いろいろ聞きたいことがあるんだ。泣いてるヒマはない。

 

お兄ちゃんは昨日あったことを話してくれた。

学園生活部の救出、生存者の保護、()()()()()()()()ショッピングモールに泊まったこと……

 

喜びであふれていた心の中に黒い水が垂れていく。

あんなに私はお兄ちゃんの帰りを待ってたのに。どうして? 

優先順位は帰宅()が一番に決まってるじゃない!人助けは仕方がないとしてなんで泊まる必要があるの?

……そういえばさっきお兄ちゃんから他の匂いがした。

外の匂いだと思って特に気にしてなかったけどもしかして……

 

「泊まるって……まさかその学園なんちゃらっていう人たちと一緒に、じゃないよね?」

 

凄く申し訳なさそうな顔してる。…………え?嘘だよね?

 

───そのまさかです……

 

「………へー。 私が心が張り裂けそうな思いで帰ってくるのを待ってた時に、お兄ちゃんは同じ学校の女子たちと一緒に泊まって鼻の下を伸ばしてたんだー。 ヨカッタネー」

 

なんとかここまで表現を抑えた。褒めてほしいぐらいだ。

過包装なくらいオブラートに包んだつもりだったけど、お兄ちゃんは気の毒なくらい顔を真っ青にして次の言葉を待っている。

 

「…………………なんてね。 顔が真っ青になってわかりやすいなぁ……どうせ助けてもらった恩返しがしたいとか何とか言われて引き留められたんでしょ? 

これについて妹として何も思わないわけじゃないけど……でも、お兄ちゃんはちゃんと帰ってきてくれた。……私は、お兄ちゃんを()()()()()()。」

 

何とも思わないわけじゃない……なんてレベルじゃない。はらわたが煮えくり返りそうだ。

お兄ちゃんは私じゃなくて、学園生活部を選んだのだ。きっと断れない事情があったのだと思う。自分も学園生活部の立場だったら引き留めていただろう。

でもどんな理由があっても約束を破ったのに変わりがない。

本当に寂しかった。涙が止まらなかった。それなのに……ひどいよ。

 

……私は一体誰に対して怒っているのだろう?

この怒りは正当なものだと思ってるけどどうして私はお兄ちゃんが帰ってきたことを素直に喜べないのだろう?

 

私の心の中によくわからない()()があるのを感じながらも、お兄ちゃんにもう二度と遅れたりしないように頼んだ。

お兄ちゃんも絶対にしないと言ってくれた。

 

とにかく帰ってきてくれた。それだけで十分だ。激情の波が収まってきて私は冷静を取り戻しつつあった。

お兄ちゃんもそれを察したのか真面目な顔になって話し出した。

 

……話によるとお兄ちゃんは学園生活部に入部を誘われたらしい。

やっぱり。泊ってくれとお兄ちゃんに無理強いしたのはこの話をするためだろう。

ショッピングモールで助けた生存者も抱き込んで断れない雰囲気を作り出されて、お兄ちゃんは入部を受け入れてしまった。

でも私のことが気がかりで家にとどまろうと思ってるようだ。

 

学園生活部は全員女子で力に不安があった。しかもお兄ちゃんは彼女たちをヒーローの如く助けてしまっている。……お兄ちゃんを欲しくなってしまうのはしょうがない。

それでも、だ。ちょっと強引すぎない?

お兄ちゃんの話しぶりから困惑が伝わってくる。よほど勧誘が激しかったらしい。

 

私はどうしたいか聞いてきた。もちろん行きたくないと答えた。

あわよくばお兄ちゃんを自分のモノにしようとしている人たちにお兄ちゃんは渡さない。

 

きっと勧誘のとき「学校のほうが設備がいい」とか言われただろうけどそれは建前だ。

本当は純粋にお兄ちゃんを自分(たち)のモノにしたいだけだ。

彼女たちは一人ぼっちじゃないけど不十分な戦力、死の匂いの濃い世界での生活で常に不安を感じていたはずだ。

そんな中で絶望的な状況に陥る。そこをお兄ちゃんに助けられる。

救世主のように映るだろう。……私にはわかる。絶望から引き揚げられたとき何を思うか。

 

この人と離れたくないと思うのだ。

 

普通はここまで飛躍した感情は抱かないと思う。でも、私は知っているのだ(知ってしまった)

 

……なにはともあれお兄ちゃんは家にいることを選んだ。あなたたち(学園生活部)じゃない。私たちは家族なんだから当然だ。一緒に居たいと思うことは何も変なことじゃないし、そうあるべきなのだ。

 

お兄ちゃんもほっとした顔をしてる。私と同じ気持ちなんだ。

そうだ!荷物の中身を見せてもらおう。

 

荷物はぎっしり詰まっていた。

中にはこれから役立ちそうなものがたくさん入っていて、これから生活は厳しくなっていくだろうけどまだまだやっていけそうだなと思えた。

服と……漫画も入ってる!

でも服はテキトーに選んだことがバレバレのひどい組み合わせだった。

漫画は妙に私の読みたいドンピシャをついている。服のセンスのなさから考えてお兄ちゃんが選んだとは考えにくい……となるとあの人たちか。

悔しいけどチョイスは完璧だからなんとか溜飲を下げる。

 

そういえばあの人たちはなんでお兄ちゃんを帰らせたんだろう?

私の読みが間違ってたのかな? お兄ちゃん一度入部するって言っちゃってたから信用されてるのかな?

まぁどっちでもいいや。私たちにはもう関係ない。

 

なんだこれ?

ラッピングされてる?これだけ他の物とは毛色がちがうな。

開けてみると缶詰が入ってた。高級な缶詰ばかりだからこうやって分かるようにしたのかな。

 

……ん?なんか落ちた。

写真? どうしてこんなものg……

 

 

うそ。

 

 

ありえない。

 

 

目を疑う光景が映し出されていた。

呼吸が荒くなる。目と頭との連絡が突然途切れたみたいだ。

私は確かにその写真を見ているのに、それが何を意味しているのか分からなくなる。

 

苦しくなる胸を手で押さえて深呼吸を意識する。

そうやってやっと私はその写真と対峙できるようになった。

 

写っているのはお兄ちゃんと高校生くらいに見える女子たち。十中八九この人たちが学園生活部だろう。……地味にみんな美人なのが本当に本当に気に食わない。

()()()お兄ちゃんが真ん中に据えられている。ナンデダロウ?

全員が写るようにくっつき合っている。……くっつきすぎだ。みんなで寄り添い合えば収まるはずなのに、どうしてお互いが触れ合うまで密着してるの!

活発そうな子2名は特に恥ずかしがることなく元気に笑顔を見せている。でも他の女たちは少しだけ頬に朱が差している。笑うというよりはにかんでる。

……恥ずかしいんだったら!お兄ちゃんに触らないでよ!いやらしい!

 

はぁはぁはぁ…………叫びたいのを我慢してるから怒りが体にこもって非常に良くない。

少し冷静になろう。

 

まぁ、百万歩譲ってここまでの狼藉を容認したとしよう。仲の良い友達同士のスキンシップに無理やりカテゴライズできるかもしれない。

 

でも!裏に書かれた文面はどう説明するの!?

()()()()。そう、書かれていた。

もうお兄ちゃんは部員扱いだ。……しかしこれなら真ん中にいた理由が分かる。

本日の主役、さしずめ()()()()()といったところだろうか。

お兄ちゃんは苦笑いしてる。この待遇に困惑してるといった所かな?でも嫌そうにはしていない。

……ばっちり鼻の下は伸びてるし。なんとか取り繕うとしてるけど、私にはバレバレだ。

 

日付けは今日。つまり出発する前なのだろう。

……お兄ちゃんは書いてあるように部員の一人にしか見えない。

 

なら、どうして一人で戻ってきたのだろう?

どうして家で過ごすつもりだと嘘をついたの?

私を学園生活部に勧誘するわけでもないし。勧誘するならもう部員になったって言ったほうが良いと思うけど。

私だってお兄ちゃんに誘われれば一緒に行くのに。

お兄ちゃんと一緒に居れるのが一番だ。……邪魔な人たち(学園生活部)と共同生活になるのは嫌だけど。まぁしょうがない。その時はそのときだ。

 

そんなに私が家に固執してるように見えたのかしら?

 

 

………………いや違う。きっとお兄ちゃんは()()()()学園生活部に入ろうと思ってたんだ!!

家からどうしても持っていきたい物(私じゃなかったの?)があったんだ。それで家に戻った。

それで私が寝ている隙にでも学校に行ってしまおうって考えているに違いない!

 

………………真意を聞かなくちゃ。

きっとこの写真は()()()()混入してしまった物だ。

だからお兄ちゃんは隠しおおせてると思ってるはずだ。すぐに逃げ出すとは考えにくい。

まだ問いただすチャンスはある。

 

……この荷物、私のために持ってきてくれたんじゃなかったんだ。

これやるから勝手に一人で生きていろよっていう置き土産のつもりで持ってきたんだ。

 

 

 

そんな時ちょうどお兄ちゃんが戻ってきた。なんにもしらないカオして。

 

「お兄ちゃん。 ……お兄ちゃんは入部するつもりはないんだよね?」

「学園生活部の人たちとは何にもなかったんだよね?」

 

くどいけど前提を確認する。予想通りの回答。

急に前提を疑いだしたのだからちょっとは察するんじゃないかと思ってたけど、全然だめだった。

きょとんとしてる。私が騙されていると信じ切っているのだろうか?

 

それなら……

 

「じゃあ……じゃあ、これは、何?」

 

あの写真を見せる。

……反応が鈍い。びっくりしてるけど、それだけだ。

この期に及んでまだ逃げおおせられると思ってるの?

 

……お兄ちゃんはこれを見せられて『しまった!』とすら思ってくれないの?

私のことなんて、もう、どうだっていいんだ……

 

「…………私、()()()()()()

 

ここまで言ってやっとお兄ちゃんは事の次第をつかめたらしい。困惑が狼狽に変わり目に緊迫さが宿った。

 

昨日味わった底なしの孤独を思い出す。

もうあんなのは嫌だ。……自分が死ぬことを切望している状態を生きているとは言わないだろう。あの時私は死んでたんだ。

私はお兄ちゃんなしじゃ生きられないしお兄ちゃんだってそのはずだ。私たちは家族なんだから。それなのにそれなのにお兄ちゃんは……

 

私はお兄ちゃんのことをこんなにも想っているのにどうして逃げようとするんだろう?

分からない。わからないよお兄ちゃん。

……向こうで何かあったんだよね?そうだよねお兄ちゃんが私から逃げようとするはずないもの家族を置いていこうなんて絶対考えないよ

 

あ、そういえばお兄ちゃんまだ帰ってきてから手すら洗ってないわ。この世界で病気にかかっちゃったら大変。()()()()を落とさなくちゃ……

家に入る前に引っ付き虫は取っておかないと、ね?

だからお兄ちゃんはおかしくなっちゃたんだ……

 

あの夜にあったことを清算しなくちゃ。

お兄ちゃんはまだよくわかってないだけ。

私の気持ちを懇切丁寧に説明してあげればもう二度と……ふふっ。

 

 

……血の紐帯は何よりも、誰よりも深いんだから。

 




本当はもう少し先まで書きたかったのですが、いやーきついっす(正気度)
今までで一番難航しました。

夜ってどうしても思考がマイナス方面に傾くらしいです。ゾンビワールドで連れが突然いなくなり一人夜を越さなくてはならなくなったら……あな恐ろしや。

またひと悶着ありそうですね。どうなっちゃうのでしょう?
……私にもわからん。






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雪解けと泥濘

軟弱系主人公死すべし、慈悲はない。


思わずポーズ画面にしましたが……やべぇよやべぇよ。

 

目のハイライト消えてるし。

初めてこのゲームやったときに正気度管理が全くできてなくてりーさんがそんな目になってたっけ(しみじみ)

 

つまり……今対応を誤ったら発狂もありえるということです。

 

このルート始めた理由の一つに学校ルートでの正気度管理が大変だったからというのがあるのですが、自宅警備員でもこれがミソになってくるんですね。はぁ……

でも、この状況になったのは自分の判断ミスのせいだから愚痴る権利はないか。

 

どうにかして落ち着いてもらわないといけないわけですが……勝算は、あります!

これに関しては単純に妹が誤解してるだけなのでそうではないことを教えてあげればいいんです。

嘘をつく必要はないですからボロだって出ません。

話せばわかる。幸い時間もあるし根気強くやれば絶対信用してくれる。

 

不信感を抱かれている以上うかつには動けないですね……

まずは妹の出方をうかがってみますか

 

一応の方針は決まったのでポーズ解除ぉ!

 

 

「……お兄ちゃんはこれからどうするつもりだったの?正直に話して。」

 

正直に家にとどまるつもりだったと答えます。

 

「嘘つかないでよ!私を置いてくつもりだったんでしょそうなんでしょ!?こんな写真があるのに、信用できるわけないじゃない!」

 

ああ写真!まずあの爆弾をどうにかしないとな……

あれは無理やり撮らされたんだよ!

 

「……真ん中に写ってて無理やり? 確かによく見れば困ったような顔してるけど距離感に戸惑っただけでしょ? 『嫌々ながら』は無理やりに入らないわ!」

 

ぐふっ。正論に殴られた。

写真が強敵すぎる。早々にボロを出してしまった…… 

……写真がある限り自分の潔癖は証明できないのでは?

状況と物的の両輪がそろってるからどこまでも疑えてしまう。止まらない。自分はストッパーになるような証拠を持ってない

 

あれ、詰み?

 

……いやいやいやいや。 と、とりあえずポーズ!ポーズ入れよう!

自分に学校に行く意思がないんだからご指摘には当たらない。

なんと言われようが家にはいるわけだから行動から理解してもらうしかないかな……

 

それだと時間がかかりすぎる。やっぱ言葉だ。誠意を見せるんだ。誠意? 誠意ってなんだ?(茫然自失)

土下座は……家から逃げるつもりだったと認めるようなものだからダメだな。本来以上に罪を背負うことになる。

あの夜にあったことをもっと詳細に、正直に話すしかない。

……となるとみーくんとゆきちゃんの百合百合を思わずスクショしたことも話さなきゃいけないのか?

りーさんと漫画選んでる時なんとなく青春を感じたことも?

まぁ、これらはメタ視点からの話だから関係ないとして……

 

飛真君から見てどんな夜だったかだよな。 ちょっとログ見てみよう。

 

 

…………ほとんどの場面で学園生活部に追従するような選択肢とってる(絶望)

自分はやっぱり王道を征く、煮え切らない態度→圧力→承諾の優柔不断サイクルですかね。

こいつ本当に自宅警備員なのか?(特大ブーメラン)

こんなこと正直に話したら火に油だな……

でも、信用を得たいなら包み隠さず話すしかないよな。

 

よし!全部話す! あとは野となれ山となれだ!

 

ポーズを解除して……

 

……わかった。全部。全部話す。

 

「! ……話して。 やっぱり何か隠してたんだ……」

 

隠してたというより()()()()()()だけなので特にやましいことは(ないです)。

ただ、薄志弱行ぶりが露見するからすごい恥ずかしい

 

     ~少年恥さらし中~

 

「泊まるって言っちゃったのは…………そこで強く出てほしかったけど、ひとまず置いといて……入部を誘われて一度断った時に若狭さん?と顧問の佐倉先生が酷く落胆してて不憫だったからつい承諾しちゃった、って……」

 

ハイ。

 

「しかも私を理由にして予防線を張ったつもり?完全に向こうの思惑通りじゃない。 なんでお兄ちゃんが折れる必要があったの?無理を押し付けてるのは向こうなのにどうして………お兄ちゃんは入部したくなかったんでしょ?」

 

ソウデス(正座)

 

「騙して家に戻るわけだから感づかれたくなくて写真を断らなかったのね……どうせもう一緒に暮らさないんだしバシッと帰るって宣言すればよかったのに……コソコソする意味が分からないよ……」

 

ゴメンナサイ(正座+足が痺れる)

 

「はぁ……結局はお兄ちゃんがあの人たち(学園生活部)に中途半端に同情してどっちつかずなこと言うからこんなややこしいことになったのね……」

 

カエスコトバモゴザイマセン(最終奥義DO☆GE☆ZA)

 

「怒って、疑心暗鬼になって損した……全部お兄ちゃんの優柔不断のせいじゃん。裏切られたと思ってズタズタにされた私の気持ちが分かる?」

 

……ホントウニモウシワケゴザイマセンデシタァ!

 

「わかったわ。全部正直に話してくれたから信じるよ。……またあの人たち来るんでしょ?

その時はちゃんと断ってよ?」

 

こんどははっきりと断ります。

 

……なんとか、なったな。

ハイライト君も戻ってきた。お前の帰りを待ってたんだよ!

代わりにジト目で飛真君見られてるけどそれだけのことをしたからなぁ……

結局土下座もしちゃったし。

長男の面目は丸つぶれになったが信用はしてくれたぞ。

 

「本当にもう……お兄ちゃんには()()()()()()ダメなんだから。」

 

ついにここまで言われてしまった……

あの夜のガバムーブを正しく反省して次の走りに生かさないとな(ポジティブ)

 

「なんか安心したらお腹すいちゃった。……お昼にはちょっと遅いけどご飯にしよ?」

 

帰ってきたのは朝だけど色々あったからな……もう昼過ぎなのか。

機嫌が治ってよかった。お昼にしますか。

 

家の食材状況をまずは確認しますか。

なんか昨日出発する前からほとんど減ってないな……

 

「夜とか朝とかろくに食べてないから……そのせいだよ」

 

えぇ……

急にラマダーンを始めたのか?

……そんなこと言ってないでできるだけ早く栄養のあるものを作らないと。

 

よく見たらパンがまだ残ってるな……明日雨で湿度上がるし今日食べないとヤバいな。消費期限的にもギリギリだろうし。

今回缶詰をいっぱい持ってきたからツナサンドにでもしようっと。

コンロを使えば「料理上手」も乗るしこれでいくか。

 

できました。

ピザ用チーズとカレー粉を入れたので見た目も匂いもとっても美味しそうです。

 

いただきます!

 

「美味しい!」

 

空腹は最高のスープですからね。

 

ってあれ?な、泣いてる!?

玉ねぎは入ってないし……美味しくなかったか??

 

「ううん……違うの。こうやって二人でご飯を食べて、うっ……本当にお兄ちゃんが帰って、来たんだなって改めて思ったら……ぐすっ……嬉しくて、涙が……」

 

ああああああ!(自責の念)

 

「気にしないで……ホラ、早く食べないと、ご飯、冷めちゃうでしょ…?」

 

……これからはできるだけ外出の回数を減らさないとな。

うん。足を洗って自宅警備業に専念しないと。

 

しんみりしちゃいましたが昼食は完食してくれました。

 

食事も終わりましたしそろそろ動き出しますか。

日はもう傾いちゃってますけど、ソーラーをベランダにおいてっと……

さっき下に降りた時に鉄条網がいくつかできてたからそれを庭に設置しますか。

 

「あ、私も手伝う。」

 

それなら二人で一緒にやりますか。

 

トラップも数が増えてきてかれらを足止めできそうなレベルまで来たな。

数体ぐらいだったら問題なく遅延させられそうです。

ここにゴルフボールを追加すれば……量が全然足りないな。

足場を悪くすればするほどかれらは勝手に転んでくれますからこれからは段差もつくっていきたい。

 

「ふわぁ……動いたら眠くなっちゃったな。やっぱ昨日ほとんど寝れなかったからなぁ…」

 

昨日寝ないで待ってたってことだよな……

罪悪感がすごい。

そろそろ夕方ですし今日はここらへんで終わりにして夕飯作って寝よ。

こっちもこっちで精神的に疲れた。

 

ご飯の前に大半の荷物が飛真君の部屋に散らばったままになってるからそこをまずは整理しよう。

缶詰類が充実してホクホクです。

缶詰ってすごい発明だよなぁ。缶切りの発明が遅かったのは謎だけど

今晩は早ゆでパスタァ君にでもしますか。

水を使うから敬遠してたけど早ゆでならそこまで水を使わないからセーフ。

純粋に今麺類を食べたいという完全に私情で決めたけど美味しければ何でもいいんですよ。

缶詰に入ったカットトマトがあるから味付けも心配ないですね。

 

完成しました。

昼は量が少なめでしたのでその分量を多くしました。

食べないと無視できないレベルのデバフがかかってしまうのでお腹いっぱいになってもらいたい。

 

 

作った後になって作りすぎたかなって思ったけど全部食べてくれてよかった……

ゆっくり食べたからもうすっかり夜だ。

 

「後片付けは私がやるからお兄ちゃんは先に寝てていいよ。 ……私も後から行くから。」

 

それならお言葉に甘えて。寝巻に着替えて寝ちゃいましょう。

 

……今日は学園生活部来なかったですね。よかったー!

()()()()とはいえ向こうの約束を破って家に帰ってきたことになりますから、この段階で凸られると厳しかった。

夕方あたりにはもう空が曇ってましたからね。明日は雨です。

今頃向こうはどうなってるんでしょうかね?

自分がやってこないことにパニックになってなければいいんですけど……

めぐねえとかはなんとなく察してそうだったからそんなことにはならないか。

あの爆弾(写真)のせいで今日は大変だったからな……

 

な に は と も あ れ ! 誤解が解けてよかったです。

明日も襲撃がなければ穏やかに過ごせそうです。

 

 

 

 

それでは、おやすみなs「もう、お兄ちゃんたら……服をこんなところに脱ぎっぱなしにして……」

 

ありゃ?なんで妹が飛真君の部屋に入ってきたんだ?

 

「お兄ちゃん、もう寝ちゃったかな……」

 

と言いながら当然のように布団に入ってきたんだが……

枕まで持参してるし。

 

「むぅ……ちょっと狭い。でも、くっついちゃえば問題ないよね?」

 

なんでそんな無理してまで入ってくるんですか(正論)

さすがに起きる。

 

「あ、お兄ちゃん。 ごめん、起こしちゃった?」

 

それは別にいいんだけど……なんで飛真君のベッドに?

 

「?」

 

???

え、何。当然の帰結なの?

一緒に寝ることによる正気度回復を目的とした行動をとったってこと、ですかね……?

妹的にはお腹すいたからご飯を食べるみたいな当たり前の正気度回復法なんでしょうけど……一声ぐらいかけるものなんじゃないのかなぁ? どうも釈然としない。

まぁ、びっくりはしましたけど断る必要もないのでこのまま寝ちゃいます。

 

「…変なお兄ちゃん。 それよりもっと奥にいってくれないと窮屈だよ……」

 

そりゃシングルサイズのベッドだからねぇ……

奥にいけば多少は寝やすくなるかな。

 

「ん。 じゃあ、おやすみ、お兄ちゃん……」

 

せっかく奥にいったのになんで腕に絡みついてくるのサ!

奥にいった意味ほぼないじゃん……

 

飛真君寝づらそう……普段ならすぐに(眠りに)落ちろ!……落ちたなってなるけど今回はそうはなりませんね。

普通、NPCは主人公には迷惑をかけない方法で正気度を回復するのですが……いったい何のために腕を絡ませたんだ??

そんなことをしなくたって問題なく正気度回復の恩恵は受けられるのに……ただ単に飛真君が寝づらくなるだけだと思うんですケド。

 

んにゃぴ……(NPCの挙動)よくわかんないっす……

 

あ、やっと寝た。

……今度こそおやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────── 

 

 

 

 

 

 

お兄ちゃんはしばらく固まってた。

……言い訳でも考えてるのかな?

そんなことしたって無駄だわ。誤った考えに正統性を与えることはできない。

例え欺瞞で補強したとしても正義(紐帯)に勝てるはずない。

 

「……お兄ちゃんはこれからどうするつもりだったの?正直に話して。」

 

まずはあの人たちがお兄ちゃんに何を吹き込んだか確かめないと。

お兄ちゃんはちょっと流されやすい所があるからそこを突かれたに違いないわ!

こんな時だからこそ、家族は一緒にいなくちゃいけないのに……

 

私は正直に話してほしかったのに『家にとどまるつもりだ』なんて……

あんな写真があるのにそんな見え透いた嘘を……

怒らないから正直に話して? とは言えない。もう怒っちゃってるから。

お願いだよお兄ちゃん……本当のことを話してよ……

 

写真は無理やり撮らされたらしい。そんなところだとは思ってた。

嫌だったのは本当だと思うけど、だいぶ誇張してる。

部の集合写真に()()()()()()入っているのが問題なのだ。

心境とかじゃない。気持ちじゃなくて態度で示してほしいの。

 

お兄ちゃんは苦しそうな顔をして口を噤んでしまった。

 

私だってお兄ちゃんを信じたい。

でも、あんなにべったりとくっついてる写真を見たら……

写真なんか手を使ってお兄ちゃんを所属意識で雁字搦めにしようとした輩なんだ。絶対何かある。

そう思って当然でしょう?

 

───わかった。全部。全部話す。

 

「! ……話して。 やっぱり何か隠してたんだ……」

 

これであの夜のことが分かる。あの人たちの汚い魂胆もこれで明らかに……

 

あれ?

 

なんだか……

 

思ってたのと違う……

 

……お兄ちゃんは()()を話してくれた。

本当はただ単にお兄ちゃんが優柔不断のきりきり舞いをしてただけだった。

あまりのあっけなさに一々私は事実確認をしてしまう。

その度にお兄ちゃんは体を小さくして謝罪の言葉を絞り出す。

遂には土下座までしてた。何もそこまでしなくても……

 

いや、土下座は必要だ。お兄ちゃんは誠意を見せたいのかどうでもいい細かいことまで話していた。

『鮪の缶詰が正直微妙で鯖の味噌煮のほうがよかった』とかはどうでもいいのだけど……『顧問の佐倉先生(写真には写ってなかった。きっとおばちゃんの先生に違いないわ)が天然が入っててかわいかった』とか聞き捨てならないエピソードもいくつかあった。

ど う し て 滞 在 を 楽 し ん で る の よ !

今回だけは土下座に免じて許してあげるけどね。

 

お兄ちゃんがあの人たちに期待させるようなことを言うから向こうもその気になっちゃったのね……

もっとも、向こうもお兄ちゃんを自分たちのモノにする気は当然あったのだろうけど俄然やる気にさせたのはお兄ちゃんの態度だ。

しかも理由が『不憫だったから』とか『場のいい雰囲気を崩したくなかった』とか……命の恩人として迎えられてるのに、どうしてお兄ちゃんが必死になって空気を読んでるんだか……

 

「本当にもう……お兄ちゃんには()()()()()()ダメなんだから。」

 

お兄ちゃんは警戒心が足りてない。目の前のことに精いっぱいで自分の事に目を向けられていない。

気を簡単に許すからそうやって連れていかれそうになるのよ……

これからは私がちゃんとついていないといけないわ。

外は危ない。お兄ちゃんを悪い虫から守ってあげないと。

これまでは守られっぱなしだったけど、私も頑張らなくちゃ!

 

不安が消えたらずっと忘れてた空腹が戻ってきた。

 

お兄ちゃんが何か作ろうとキッチンに向かったけど……昨日とほとんど食料が減ってないことを不審に思ったみたい。

夕飯と朝食を食べてなかったことを伝えると驚いた顔をして急いでご飯を準備してくれた。

別に急かすつもりで言ったわけではないのだけど……そう思われたら嫌だな。

 

美味しい食事。そして今日は一人じゃない。お兄ちゃんがいる。

 

いただきますと一緒に言う人がいるだけでご飯は全然違う。

 

いつもの日常が戻ってきた。

お兄ちゃんは()()()()()戻ってきたんだと思うと涙が出てきた。

今回は場の状況に流されただけで……お兄ちゃんは私のことを一番に想ってくれているはずだわ!

こうやって帰ってきてくれたのがその証左だ。

大事な人を信じられなくなって、疑って……それはすごく辛いことで、知らない間にここまで追い詰められていたのだろう。

私の早とちりだったとわかって肩の力が抜けるほど安心した。

昨日のことで私たちは絶対に離れちゃいけないんだってわかった。

……この幸せを守るためなら、私、何だってできるわ。

 

ご飯はそんなに量がなかったけど嬉しさでお腹がいっぱいでむしろこれくらいがちょうどよかった。

 

食後はお兄ちゃんの手伝いをした。

一緒に過ごせるのが嬉しくて時間がすぐに過ぎる

 

あっというまに夕方だ。

軽く動いたら眠くなっちゃった。昨日全然寝てないからなぁ……

 

ちょっとウトウトしてたらいい匂いがしてきてご飯の時間になった。

 

今晩はパスタだ。

眠気のせいで食べるペースが遅くなったけどお兄ちゃんは私のペースに合わせてくれた。

 

 

眠いのをこらえて後片付けをする。

作ってもらって私は食べるだけというのは申し訳ない。

 

……さてと。私も寝よ。

寝る支度して、枕を持って……っと。準備完了!

 

「もう、お兄ちゃんたら……服をこんなところに脱ぎっぱなしにして……」

 

せっかく荷物は整理してあるのに。詰めが甘い…

まぁ、私が片付けてあげればいいか。

 

お兄ちゃんは真ん中で寝てる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。気が利かないなぁ……

布団の中に入ったら案の定狭い。 

くっつかないとはみ出ちゃうじゃない……

 

布団から出ないくっつき方を模索してたらお兄ちゃんを起こしてしまった。

寝ぼけて、なんで僕のベッドにいるの?なんて言ってる。

 

その後もなかなか夢うつつから抜け出せないらしく不思議そうな顔で私を見てた。

 

私が奥に行くように言ってやっと状況を飲み込めたみたい。

起こしちゃったのは申し訳ないけど、お兄ちゃんが私の分のスペースを作ってくれなかったのがいけないんだからね?

 

奥に行ったところでやはりちょっと狭い。……私は狭くても全然いいんだけど。

仕返しじゃないけど、腕を絡める。

本物のお兄ちゃんがすぐ横にいる。腕の温もりと質量がそのことを教えてくれる。

 

確かにお兄ちゃんのことは信用してるけど念のため。こうすればお兄ちゃんはどこにもいかない(行けない)それにお兄ちゃんも昨日私と離れ離れになって寂しかったよね私も寂しかったのお兄ちゃんのいない布団は匂いだけで虚しかったのそのとき私横にお兄ちゃんがいてくれたらどんなに安心できただろうって思ってお兄ちゃんもそうだよね私が恋しくて恋しくてしょうがなかったよねあんな知らない女たちに囲まれて怖かったよねでももう大丈夫だよ私が守ってあげるからね帰ってきてくれてありがとう私一番大切なものが何かわかった気がするのこれまで何も考えず右に倣えで生きてきたけどやっと見つけたわどうしてこんなに近くにあったのに気が付かなかったんだろう不思議だよねお兄ちゃんはどう思ってるんだろう大丈夫だよねふらっとどっかに行ったりしないよね信じていいんだよねもう一人ぼっちは嫌だよお兄ちゃんも私と離れるのは嫌だよねそうだよね家族だもんねこれからはずっと一緒だよもう約束破ったらダメだよもし破ったら……

 

……………………………

 

二人分の体温を吸った布団はあったかくて、前日の寝不足も手伝って私はすぐに眠りに落ちた。

 




「書ける」と思って書き始めたら意外と筆が進まないってことある……ありません?

いやーそれにしても誤解が解けて安心しました。
妹も普段通りの状態に戻ってよかったよかった!

危機は脱したと言っても過言ではないのではないでしょうか?


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行為より認識


 

 

あ、飛真君起きましたね。

 

外は……ちゃんと雨ですね。

太陽が出てないせいで起きる時間がいつもより遅いです。

 

妹はまだ寝てます。

昨日あんまり寝てなかったって言ってましたからまぁしょうがないですね。

ベッドから出るためには妹を避ける必要があるのですが……腕をつかまれてる以上起こさずに抜け出すのは難しそうです。

 

別に急いではないけど外の様子は確認したい。

雨に良い印象はないですからね。学校とは状況が違うから雨宿りに家にかれらが押し寄せてくるなんてことはなさそうですけど、確認はしたい。

 

起こすのは忍びないからなんとか腕を抜いてベッドから出ますか。

 

ゆっくりゆっくり……

 

これすごい神経使うな。電流イライラ棒感がある。

卓越したボタン捌きを見せる時が来たか(フラグ)

 

もう、ちょっと……

 

ガシッ!

 

バカな!悟られた!

寝てる、よな……

 

「すう…………すう………………」

 

なんて反応速度だ。ぎっちりつかまれちゃったのでもう一人で起きるのは無理です。

()()()()()()()と言われてるみたいでちょっと怖い。

 

……まぁ夢と連動してこんな反応をしただけなんでしょうけど。

夢と寝てる時の環境ってけっこうリンクしてますからね。

暑かったり寒い日に寝相が悪くて布団がはだけちゃった日とかかなりの確率で悪夢を見てしまいます。

 

しょうがない。起きる時間なのは間違いないので起こしちゃいますか。

 

おっはー!!(死語)

 

「ん~~~???………………すぅ………………」

 

一応反応はしてくれたけど起きてはくれなかったな……

体を揺らせばさすがに起きるか。朝だぞ。起きろ!

 

「う~~ん………………あさぁ??……まだ暗いじゃん……日が出てきてから、起きる………………」

 

今日は一日中雨なんですけど……ずっと寝てるつもりなのか?

腕を離すか起きるかしてくれ……

 

「わかったよ……起きますよ………………ふわぁ………………」

 

やっと起きた。それにより飛真君の腕も解放されました。

まずは外の確認ですね。ドキドキ。

 

………………平気そうですね。

かれらの姿は確認できません。どっか別の場所(学校)で雨宿りしているのでしょうね。

むしろ晴れてる日より安全かもしれない。

 

雨降ってるから外出はしないとして……襲撃もないし、急いでやらなければならないこともない……

やることと言ったらトイレの流し水として使えるから雨水を貯める容器を外に置いておく、ぐらいか?

本当にそれぐらいしか思いつかない。

 

「お兄ちゃん。今日どうする?…………雨降ってるけど外に行ったりとか、する?」

 

外にかれらがいないからって外出は論外。

物資の調達先に雨宿りをしてるかれらがひしめき合ってますから危険極まりない。

もしするなら明日以降ですね。

今日は家でのんびりするよりないかなぁ……

 

「そうだよね!雨降ってるもんね!」

 

なんで嬉しそうなんだ?雨派なのかな……

 

まずは、ありったけの容器をベランダに置きますか。

 

 

……はい。今日の作業終わり! 平定! Love & Peace!

 

文字通り朝飯前ですね。学校とはえらい違いだぜ。ヒャッホウ!

 

あとは徒然なるまま過ごすだけ。やっと自宅警備員らしい暮らしができる……(感動)

そう考えたら朝食も手抜きでいい気がしてきたな……

 

というわけで朝食はカップスープと缶詰パン。以上!

昨日使ったチーズの残りをカップスープに投入すれば……料理したことになり「料理上手」が発動します。

さすがにガバガバすぎでは……そんなの()()()()にもならないでしょうに。

 

毎日何かしらあって本職の自宅警備がおろそかになってたからな……

やっと、やっと腰を据えて本職を全うできるんやなって……

自宅警備できなさ過ぎてアイデンティティクライシス一歩手前だったからなぁ

このゲームで雨に感謝することになるとは思わなかった。

 

恵みの雨に、乾杯!!

 

「えっ……か、かんぱい?」

 

少し興奮しすぎた。妹の目が点になってる。

『自宅警備員って称号簡単に取得できそうだな』なんて理由で始めたのに、ずっと綱渡り状態が続いていて見切り発車で始めたことを後悔しましたけど……

妹とも和解しましたし学園生活部とも距離を置くことに成功したし……もう大丈夫ですね!

うん。あとは省エネ運転で一週間耐えるのみ!

ここにきて初めて完走の希望が見えていやなんかもう……感無量です。

 

慢心はダメなのはよくわかってますけど……今日くらいは全力で職務を全う(ぐうたら三昧)しますか。

 

「なんかお兄ちゃん機嫌いいね……どうしたの?」

 

まあね。家でのんびりサイコー!!

やっと訪れた平穏に飛真君もにっこりですよ

 

「私も……くつろげて嬉しい、です……」

 

唐突な敬語。乾杯のくだりでヤバいやつ認定されたかも。

同居人に不信感を抱かれるのはマズい。少し行動を慎まないとな……

 

ご飯は終わったけど……このあと何すればいいんだ?

するべきことが特にないからな……

暇だ。

 

とりあえず自分の部屋に戻ろう。

まさか天井の穴の数を真剣に数える日が来るとは……

えーっと、1、1、1……そもそも穴がないじゃん。

 

「……食べてすぐ寝たら豚になっちゃうよ?」

 

しれっと部屋に入ってきて第一声がそれだとさすがに凹む。

いままで忙しかったから急に暇になったとき何をすればいいのかわからないんだよ(社畜)

 

妹は……昨日持ってきた技術書を持ってる。なんて真面目なんだ!

申し訳なくなってきた。でも飛真君の知力じゃ理解できないだろうしなぁ

寝たいけど眠気がやってこない。

 

ベッドに横になったままただ時が過ぎるのを待つしかない。忙しいのも嫌だけど暇すぎるのも嫌だな……

ラジオでも聞いてるか。クラシック君が常時放送中だと思うのでこれでリラックス、しよう!

元々弛緩しきってるのにリラックスも何もないと思いますが……要は気分ですよ気分。

 

 

相変わらず目は瞑ってますけど寝てはないですね。

 

妹がこっちをチラチラ見てます。

なんだろう?

 

「お兄ちゃん……もしかして暇なの?」

 

如何にも。

 

「それなら……昨日の漫画が私の部屋にあるからそれ読んでもいいよ。」

 

そういやそうだった。読みます読みます。

漫画というか娯楽は主に正気度を回復してくれる効果があります。時間を消費して回復する感じですかね。

学校ルートでは基本やることいっぱいなので娯楽は時間を使う関係上あまり使うことはないんですけど……今回はむしろ良いですね。

 

 

 

 

いや~面白かった!!(こなみ)

その証拠に飛真君の正気度が回復してます。漫画はアイテム扱いだから内容を読むことはできないんですよね……本当に面白かったかは知らん。

 

「んん~~~っ!! ちょうどこっちもキリがいい所まで終わったよ」

 

ご苦労様です。

それなら二人でできるゲームでもして遊ぶか。

 

「そうだね。お兄ちゃんは何がいい?」

 

えーっと……ほうほう。オセロ、将棋、チェス、トランプができるんだ。

将棋とチェスに関してはコマの動かし方しか知らないからな……

まずオセロをやろうかな。

 

「……いいよ。」

 

 

 

五戦して一勝四敗。普通だな!

角を取ろうと思ったら内側を食い散らかされ、角を捨てたら案の定後半アウトレンジから盤面をひっくり返され……

ダメみたいですね。

 

「え、もうやめちゃうの?……じゃあさ次は将棋しようよ!」

 

別にいいけど……お強いんでしょう??

 

「私ルールぐらいしか知らない……むしろ教えて欲しいくらいだよ」

 

お。それなら土俵は同じってことだな。

これはいけるかもしれない。兄としてここはバシッと勝たねば。

 

 

■■■

 

 

「……ちょちょちょ絶対カード切れてないよ! 偏りすぎだって! よってこのゲームは無効!」

 

カード運ってね…実をいうとそんなに試合を左右しないんですよ。

 

「そんなわけないでしょ! ……納得いかない。 もう一回!ね、もう一回!」

 

 

  ■■■

 

 

めちゃくちゃ遊んだな……

色々試してみてどれも飛真君が負け気味だったんですけど、スピードがちょうど勝率五分五分くらいでそっからはずっとトランプやってたって感じですかね……

 

もう相当暗くなってて文字が見づらいです。

そろそろお開きにした方が良いですね。

 

「夢中になってて気づかなかったけど……私たちお昼食べてないね。」

 

確かに。外に出てないからお腹が減らなかったのもあるけどエンジョイしすぎたな……

夕飯にはちと早いけどもう作っちゃおうかな。

 

サバの水煮缶と無洗米で炊き込みご飯にでもしよう。

飯盒でぱぱぱっと炊いて……終わり!

ガスのストックがなくなったから次出かけるとき手に入れないとな……

インスタント味噌汁を添えれば完成。

 

あったかいうちに食べましょう

 

いただきます

 

雨まだ降ってるなぁ

そういや高校のほうはどうなったのかな?

昼頃雨音とは別にスピーカーの声が聞こえたような気がするのだけど……うーん……

 

「何考えてるの? お箸が止まってるよ。」

 

妹にも聞いてみるか。

 

「スピーカー? ……私は気づかなかったなぁ。 気のせいじゃない?」

 

となると……学園生活部は下校の放送フラグを踏めずに全滅した可能性が微レ存…?

あれに気づけなかったら撃退は一層厳しいものになるから全然あり得る。

自分がいれば助かったかもしれないと思うと悪いことをした気分になっちゃうな……

 

「ん? ……お兄ちゃん、もしかしてあの人たちのこと考えてるの? スピーカーって、高校のことだよね?」

 

えっ、うん。

 

「…………」

 

急にムスッとし始めたぞ。なんでだ? 不機嫌になる要素ないと思うのだが。

地雷は見えないから地雷っていうんだなぁ(みつお)

 

「ごちそーさま。 お兄ちゃんもそんなくだらないこと考えてないで早く食べちゃってよ。」

 

二兎を追うことができない以上、向こうを救うことはできないからなぁ……

割り切るしかないな。すべては称号の御為に!

 

今回も妹が後片付けをやってくれるらしい。やったぜ。

いつもなら寝るんですけど、さすがに寝るには早い。

そういやベランダの反対側が高校だから……廊下側の窓をよく見てれば明かりで安否確認できるんじゃないか?

 

窓が狭いし他の家が邪魔だな……いやでも上手いこと視点変更を駆使すればなんとか、見えるか…?

 

「どうしたのお兄ちゃん? 星が見たいならベランダからのほうが良いと思うよ。……もっとも今日は雨で見れないだろうけど」

 

おっ、そうだな。

ぱっと見分からなかったです。見通しが効く屋根上にでも上がらないと確認は難しそうです。

……これやっぱ自分が()()()ってことになるのかな?未必の故意?

いや違うな。助けたことはその人の全生涯に責任を持つって意味じゃないからな。うん。

明かりが見えると思ったのになぁ…

 

「明かり?………………ふーん……」

 

なんか察したな。怖い。なにも悪いことしてないのに、悪いことをしていたのがバレたみたいな気分になる。

 

「それよりさ! 続き、しよ?」

 

ああそうだった。現時点では飛真君が勝ち越してます。このまま維持するぞ!

 

 

 

「ふー勝った勝った。 今日はよく寝れそうだわ」

 

どうして。依然として勝ち越していたのに。『神経衰弱もやろうよ』って言われて承諾して、それから、それから……

相手の得意なフィールドでの勝負を許したのがすべての敗因か……

 

後味は悪いがいい感じに時間はつぶせた。

今日はなんにもないすばらしい一日だった。こんな日がずっと続いて欲しいです。

家族といると無駄に肩肘張らずに穏やかに過ごせていいですね。

オフトォンが呼んでいる!そろそろ寝よう。

 

ここは自分の部屋なので普通にベッドに平行移動すればいいんですけど……

妹はどうするんだろう?また昨日みたいな状況になるのか?

こうなんか()()してたって思われるのは嫌なので妹の分のスペースは開けません。

向こうもまさか毎日一緒に寝るつもりじゃないでしょうからね。

 

「ちょっと、もっと奥いってよ。」

 

今日もなんですね……

まぁ、昨日窮屈に感じて寝づらかったと言えばあきらめてくれるでしょ

 

「負けて不貞腐れてるの? しょうがないなぁ……」

 

お。分かってくれたか。不貞腐れているわけではないですが……

理由はともあれどいてくれるならヨシ!

 

「私が壁側にいきますよ。 そうすれば狭く()()()ことはないでしょ?」

 

あーもうめちゃくちゃだよ。そこまで固執せんでもいいでしょ……

正気度回復以外の目的があるんじゃないかと思わず疑ってしまう。

でも、こうなったら致し方ない。スペースを割譲するか……

 

「今日は楽しかったね。………………これからも、また……」

 

なんかまだ話したそうにしてるけど、飛真君眠そうなんで寝ちゃいます。

 

おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

お兄ちゃんに起こされた。

夢を見てた気がするのだけど……どんな夢だったけ?

……まぁいいや。途中嫌な場面があった気がするからもしかしたら悪夢だったのかも。

思い出さないのが吉だ。

正直まだ眠い。

お兄ちゃんも眠いのかぼーっと外を見てる。薄暗さと音で分かってはいたけどやっぱり雨が降っていた。

 

お兄ちゃんが外に行くとか言い出さないかと不安だったけど今日は一日中家にいるらしい。

外にかれらの姿がない。雨が苦手なのかもしれない。

穏やかな一日が過ごせそうな予感に思わずほころんでしまう。

 

お兄ちゃんも嬉しそう。

私よりもずっとずっと喜んでいて、朝食の準備もそこそこにいきなり『乾杯!!』とか言い出してびっくりした。

まるで久しぶりに休みの日が取れた時のお父さんみたいだ。

それにしても喜び方が異常だ。なにかあるのかな?

 

聞いてみるとお兄ちゃんは家でのんびりできるのが嬉しくてたまらないらしい。

何の作為も感じさせない心からの笑顔がそれが本心であることを物語っている。

家でのんびりって、つまり………………

そんなに()()一緒にいれるのが、嬉しい、のかな……?

 

「私も……くつろげて嬉しい、です……」

 

まぁ分かってた。分かってたことだけど!

家族の時間は他の何よりも優越される。そのことに私たちは昨日やっと気づいたんだもんね!

でもこうストレートに表現されると、ね……

思わず敬語になっちゃった。

これは不意打ちをしたお兄ちゃんが悪い。だから私は突然の敬語の理由を話したりはしない。

『やっちゃったか?』とお兄ちゃんの顔が言っている。多少の後悔と狼狽が薄膜を張りながらも真顔に戻っていく。

私もわざとよそよそしい顔を作る。

 

お兄ちゃんはやけに慇懃な態度で食事を終わらせて二階に上がっていった。

敬語に触発されているのが可笑しい。

 

 

さて、ご飯も終わったし昨日もらった本でも読もうかな。

家をどんどん強固にしないとこれから先が不安だ。

 

お兄ちゃんは早速寝てた。のんびりって……まるっきり休日のお父さんと同じ行動じゃない!

休みは嬉しいけどすることがなくて手持ち無沙汰になってる様子も同じだ。

 

もう、しょうがないなぁ

 

「それなら……昨日の漫画が私の部屋にあるからそれ読んでもいいよ。」

 

思えばお兄ちゃん外に出かけてばっかだったからなぁ……

これからは退屈しないようにしないといけないかな。

 

本は今まで触れたことがない分野だったから難しかった。一日ですべてを理解するのは無理だと判断してちょうどいい所で切り上げることにした。

 

 

ひと段落着いて伸びをしてる頃にお兄ちゃんは漫画を読み終えたらしい。

何かゲームでもしないかと誘われた。断る理由はない。

 

色々なゲームをして遊んだ。

日常が粉々に崩れ去ってすぐのころはこんな風にゲームをして笑える日が来るなんて夢にも思ってなかった。

まさに夢のような時間。でもこれは夢じゃない。

荒廃した世界の真っただ中で私たちは確かに、確乎たる幸せを感じている。

こんな時間がずっと続いてくれればいいな……

そう望んでも永遠などはなく、幸せは脆いことは周知の事実だ。

だからこそ私は、私たちは……………

 

お互い夢中になりすぎて夕方になるのを気づかなかった。

我に返ってから初めて空腹を感じた。

 

少し早い夕飯を食べながらもお兄ちゃんはなにやら上の空だった。

どうしたんだろう?

 

昼頃スピーカーの音が聞こえたらしくそのことを考えていたらしい。でも私は聞いた覚えがない。

 

「ん? ……お兄ちゃん、もしかしてあの人たちのこと考えてるの? スピーカーって、高校のことだよね?」

 

お兄ちゃんは頷いた。

 

「…………」

 

どうして高校のことを、関係ない他人(学園生活部)のことを考えてるの?家族の団欒の時にどうして?もうどうだっていいじゃない。

それとも……まだ未練があるの?

 

心が急激に冷めていく。

昼間の幸せがセピア色になっていくように錯覚してしまう。

 

食事のあと少し不機嫌になってしまったことを反省した。お兄ちゃんは優しいからついついあの人たちの身を案じちゃっただけ。未練なんてあるわけがない。

 

それなのに

 

お兄ちゃんは窓を眺めていた。

雨が降ってるのだから星は見えないのに。しかもベランダではなく廊下側の窓をわざわざ。

明かりを探してたなんて言ってた。

始めは意味が分からなかったけど明かりという単語で察しがついた。

 

お兄ちゃんにはまだ未練があるんだ。

廊下側は高校の方角だ。狭い窓を角度を変えてそれはもう一生懸命に眺めてた。

隠しもせずあの人たちへの関心を、伴わなかったことの後悔を発露してた。

 

まだお兄ちゃんの中にあの人たちがプレゼンス(駐留)してるんだ。

即刻出て行ってもらわないと。私たちの幸せにあなたたちは要らないの。むしろ害ですらある。

 

「それよりさ! 続き、しよ?」

 

いけないいけない。さっき反省したばっかじゃない。お兄ちゃんはちゃんとここにいる。体も心も、ね?

疑心暗鬼になる必要はない。

まだ寝るには時間がある。遊べば気も晴れるはず。

 

勝ちを重ねていたら寝る時間になってしまった。本当はもっとやりたいけど……明日やればいいよね。

寝る前にお兄ちゃんに意地悪された。ちょっと勝ちすぎちゃったかな?

窮屈だとぶー垂れてたから壁際に移動した。私は狭いのは結構平気だ。狭いほうが落ち着く。

というか狭いのはお兄ちゃんが真ん中にいるからじゃない!お互いに協調すれば狭くはないことは今までの経験でわかってる。

 

「今日は楽しかったね。………………これからも、また……」

 

言いかけて、やめる。お兄ちゃんは話し相手にはなってくれないらしい。やっぱスネてる。

 

これからも、またこうやって思い出をたくさんたくさん作ってあいつらとの思い出を追い出そうね!

これから私たちの穏やかで幸せな日々が始まるんだ。

 

雨上がりの空はきっと綺麗だ。

 




今回は劇的なことは何一つ起こらず日常回といったところですかね。

日常というか、平穏な日々を書くことがこんなにも大変なことなのかと思いました。

これで残りは一週間になります。ここまで長かった……
あと半分! この調子なら余裕ですね!


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一週間経過
揺れる水面


雨上がりの朝って何かを決意するには一番いいシチュだと思うんですよ(早口)


今日は……晴れ!

 

「おはよ……」

 

妹も飛真君とほとんど同じタイミングで起きてくれました。

ここ一週間の生活の中でリズムみたいなのが形成されつつあるように感じる。

 

鳥のさえずりが戻ってきて気持ちのいい朝です。

まぁ、道路のほうに目を向ければ()()してるかれらがちらほらいるんですけどね……

 

雨は結果的に我々を守ってくれたけど、かれらを無力化してくれたわけではないですからね。

雨で腐敗がさらに進んで弱体化するとかないかな?いや腐っても動いてるわけだから期待できないか。

 

ベランダに置いておいた容器に雨水が溢れんばかりにたまってます。

さすがに飲料としては使えませんがトイレ・洗濯用であれば水質的に問題はない……ハズ。

ぱっと見では一週間くらいなら耐えられそうです。

ダメそうだったらその時考えよう。

 

まずはご飯ですね。

 

……今思ったんだけど、飛真君は昨日の激務(休息)で正気度がかなり回復して特に問題のない域にまで達してるから「料理上手」を無理して発動しなくてもよいのでは?

 

もうズボラ飯でいいよね

ぶっちゃけガスがないから調理ができない。

備蓄状況を確認してなかったからこんなことになるんだよなぁ

 

ですので乾パンとチョコ!以上!

質素オブ質素ですけどこの組み合わせおいしいんですよね。

 

「ねぇお兄ちゃん。ベランダの雨水さ、あのままじゃ良くないと思うよ。」

 

そうだよ。(便乗)

外におきっぱはゴミが入ってしまうな。浴槽に水を移すか。

 

「そこまでするほど量はないから……何か、ポリタンクみたいなのに移し替える方が良いんじゃない?」

 

そうだよ。(イエスマン)

ごもっとも。ただ、家にはないから取りにいかないとな……

 

「水の確保は大切だよね……今回の集め方は場当たり的で効率的とは言えなかった。もっと雨を集めるためには……雨樋を利用した雨水タンク? 昨日はあんなに降ってたのに気づけなかった。もったいない…… でも雨水タンクなんてどこにあるのかな……他の方法もあるかも………ブツブツ……」

 

なんだなんだ?

自分の世界に入ってしまわれた……

調達すべきものを頭の中でリストアップしてたから全然話についていけないゾ……

 

「ねぇ。 お兄ちゃんはどう思う?」

 

ウトウトしてたら先生に指されたみたいな感じだ。どう答えたらいいか全くわからん。

えっと……パ、パードゥン??

 

「もう! 真剣な話してたのに! ……水の確保。 私は雨水タンクを設置したほうが良いと思ったんだけど、どう?」

 

なるほど。完全に理解した。

ベランダだけじゃなくて雨樋からも雨水を集れば確保できる水の量は増えるし、いいんじゃない?

そんなことしなくても一週間は持ちそうだけど……

 

というか妹はずっとここで暮らすつもりなのか。自宅警備員のお前が何言ってんだって感じですけど……

まぁ自分はいわば契約社員ですからね。家の存続より己の称号に気持ちがいってしまうのはしょうがないです。

 

然様(さよう)せい然様せい(四代目将軍)

 

「なんか投げやり……まぁいいや。 そうと決まれば早速設置したいんだけど……雨水タンクがどこにあるか知ってる?」

 

DIYの域に収まるのであればいいんですけど、もしそうじゃないならめんどくさいな……

終わり(称号)が見えちゃってるからなんかやる気でないなぁ

 

ありそうなのは……いつだか行った園芸用品店ですかね。

あそこならガスの替えもありますしちょうどいいかも

 

「あの郊外にある? たしかにありそう。」

 

今日はそこに行く感じですかね。

やっぱ毎日ぐーたらはできないか……無念。

 

ウォーターサーバーの水も少ないから飲料水も補充しないとな。

必要なもののほとんどが水関連だな。サバイバルは結局水に行きついてしまうのか。

 

スコップとリュックもって……出発するかぁ。

 

「…………私も行く。」

 

ファッ!?

危ないから行かないほうがいいって。プレイヤーだから外に出ても大丈夫なわけで……NPCはマズイ。

 

「二人で行ったほうが多くの物をもっていけるでしょ? ……それに、」

 

それに?

 

「……ホ、ホラ! トラップに使う資材とか私が選んだ方が良いでしょ! 私が作るわけだし、本に書いてあることも試してみたいし……だから!」

 

わ、わかった。()()()()よくわかった。

でも実際危険すぎる。

学園生活部はそれぞれに得意分野があって元々の生存力はかなりある。仲は良く、しっかり協力できる体制は整っている。

それでも飛真君に助けられるまで追い詰められたのだから……

正直、自分ひとりのことで精いっぱいで助けられそうもない。

やはりこれまで通り飛真君一人で……

 

「……危険なのは私でもわかる。でも、いつまでもお兄ちゃんに頼りっぱなしなのは嫌なの。 お荷物にはならないわ。ねぇ、お願い。私を外に連れてって……」

 

危険を承知で?つまり理性的に判断した結果ってことか。

いやしかしなぁ……

危ないところへは行ってほしくないからダメですね。

家にいた方が絶対に良い。留守番も仕事の一つだよ。

 

「そうやって子ども扱いして! ……………わかったわ。私、髪切る!」

 

え?髪?何のために髪を切るのかわからないのだが。

断髪イベント? このタイミングで?

 

「守られてばっかだった私との決別。それに髪が長いとやつらに髪を掴まれる可能性が高くなるでしょ? 衛生的でもあるし。」

 

なるほど。

 

「一週間たっても外からの救援の兆しが全くないことから察するにこの現象は地域や国規模じゃなくて世界規模のものだと思うの。私たちを引き上げてくれるヘリ(文明)はたぶんもう……。」

 

妹は飛真君以外の人と会ってませんからね。少々悲観的に現状を認識するのは仕方ないか。

実際絶望的な状況ですしね。

 

「今まで私はずっとここで耐えていれば外の状況は好転するはずだって信じてた。でもその考えは甘かった。私は待つんじゃなくて()()()()覚悟を持たないといけない。……外を知らずしてこの世界を生きていくことはできない。だから、だから……」

 

………………わかった。一緒に行こう。

にしてもすごい覚悟だな。()()()()()()の為にそこまで考えていてくれたのか。いつのまに逞しくなって……(ホロリ)

自分には二週間の期限があるけどそれは自分だけの期限だからなぁ……覚悟決まってなきゃこんな世界を生きていけないか。

 

「早速髪を切りたいから手伝って欲しいんだけど……いい?」

 

それは構いませんけど……ガチガチの素人が髪切っていいのか。

絶対ひどい髪形になるのと思うんだが。

って言ってる間にどっかから持ってきた散髪マントを装備してるし。

風呂場の椅子にちょこんと座ってもう準備万端じゃないか。

 

「巧拙なんて気にしないよ。一思いにバシッと! お願いします!」

 

今更引き返せないし……

ええい!ままよ!

 

 ■■■

 

「今までずっとあったものがなくなって不思議な気分。……お兄ちゃん。どう? へ、変じゃないかな?」

 

急にグラフィックが変わったわけだから少し違和感はあるけど、変だとは思わないなぁ

むしろ似合ってるのでは?

 

「本当!?……良かった。」

 

この称号獲得ルートを走ってる間初めてのことずくしだったけど、このイベントは本当に予想外だな……

万全を期すために攻略サイトをいったん確認しよ。

 

 

 

……えーっと、一応あった。 

けど……なんか覚醒イベントの一つの派生バージョンとだけでしか認識されてないな。

 

『覚醒イベントの一環として髪を切るよう頼む、もしくは自分で髪を短くすることが確認されている。

これによってグラフィックが変わるがステータスへの変化は特にない。』か……

 

そのキャラ的には結構デカいイベントだと思うんだけど……ステータスは変わらないらしいし厳密な発生条件もわかってないからそんな重要じゃないんだな。

……ま、いっか。

覚醒イベントは経験済みでステータス自体はそこで底上げされてますし。

本当にグラフィックが変わるだけなの?とは思いますけどね……

 

それよりどう妹を護衛するかだ。

妹の分のチャリはあるけどもちろん自転車スキルは取ってないから危険地帯を「隠密移動」で抜けることはできないし……

いざという時の武器はどうしよう。

 

武器の調達は園芸用品店まで待たないといけないな。

あそこなら十分実用に耐えうる品がそろってる。

なら……道中はできるだけかれらと遭遇しないようにして、いざという時は機動力で突っ切る感じだな。

逃げの一手しかない。

 

「お兄ちゃん!準備できたよ。行こう!」

 

ヘルメット、プロテクター、そして……フライパン?

なかなかシュール。気合が入ってるのは分かるけど少しズレてる気がする。

地底大陸……ハラペコザウルス……うっ頭が……

 

武器が何もないよりはマシかな?

グズグズしてると昼になっちゃうから出発しますか。

しらせ号が待ってます。

 

住宅地は視界が悪いから慎重に一体一体処理して幹線道路に入ったらスピードを上げていこうと思います。

 

「……わかったわ。」

 

フライパンをぎゅっと握ってるところ悪いけどたぶんそれを使う機会はないと思う。

むしろ使う状況になったらヤバい。

 

あー責任重大。

気合入れて、イクゾー!(例のメロディー)

 

 

妹がつかず離れずの位置にいるおかげで危なげなく住宅街を抜けられましたね。

ただ、途中何体か妹の目の前でかれらをやっつけちゃったからなぁ……正気度は大丈夫だろうか?

 

大丈夫そうですね。むしろ予想より正気度が高い。昨日の安静が効いたのかな

何気に好感度が最大値になってるし。いつ上がったんだ?

ついていくって言ったのは好感度が関係してるのかもしれないな……

 

おっと、ぼーっとしてちゃダメだ。

先を急がないと。

 

 

着きましたね。

良かったぁ~無事着いたぁ~

 

「ふぅ……行くだけで疲れちゃった。」

 

慣れますよ(光のない目)

飛真君みたいに「隠密移動」を駆使すればスタミナ消費が凄いから精神的疲労を意識する暇さえなくなりますよ??

まずは妹の武器を探さないとな。

 

「そうだよね。お兄ちゃんが戦ってるところをみて思ったけど、フライパンじゃ何の役にも立ちそうにない……」

 

やっぱりスコップか?いやナタとかのほうが良いか?もし殺傷をためらうようなら刺股も選択肢に入ってくるな……

 

 

「スコップは私の力じゃ扱えなさそうだから……バールとかがいいのかな?」

 

バールか……対ゾンビとしてベタな武器だけどちょっとリーチに不安があるな。

でも基本的にかれらから逃げるように立ち回るから、それを阻害しない携帯性といざという時の攻撃力を備えているとも考えられるか。

それでいこう。

 

バールが売ってそうなところは前回来た時に把握してるから注意しながらそこを目指そう。

 

そうそうここ。()()()()()()

……店員絶対置くコーナー間違えてるよ。防犯(物理)しちゃってるじゃん。

本来の用途で使うことが想定されていないのか……

 

妹は六角バールを選んだみたいですね。

いやに物々しいのにしたな……素振りしてる姿にちょっと恐怖を感じる。

 

刺股もありますね。これも持っていきましょう。

開けたところにいったん出て、試し討ちをしましょうか(マジキチスマイル)

本当のことを言うといざという時にちゃんと動けるように()()経験をしてほしい。

初回は正気度もゴリっと逝くからコントロール下で行ったほうが安全。

 

飛真君は刺股係になってもらって妹がとどめを刺す……といった感じで行きたい。

 

「分かった。……頑張る」

 

かれらを一人おびき寄せて……刺股で足止め!

それでもなお飛真君のほうに向かってくる隙に……

 

ゴキュ!

 

うへぇ、嫌な音。容赦なく頭を狙ったな。これは逝っただろ。

 

「や、やった……キャッ!」

 

まだ動いてる!クソッ!

 

刺股を足のほうにずらして思いっきり押す!

こけたところをスコップで!

 

グサッ!

 

頭部と胴体の今生の別れ。やっと倒せた……

絶対倒したと思ったのに。力が入り切れてなかったのかな?

 

「あ、ありがとう……」

 

妹の顔が真っ青だ……

これはちとマズったな。正気度は……あれ?意外と平気だ。

 

「もう一回。……お願い。 次は確実に殺って見せる」

 

……真剣な目。伊達に覚悟キマってないな。

正直こんな好戦的だとは思わなかった。

そんな本気にならなくても。どうせクリアまで()()()()()()()()のだからさ……

 

学園生活部と合流したほうが絶対楽なのに自分の縛りのせいで……

ここまで必死だと罪悪感を感じる。

もうちょっと肩の力を緩めてくれないとこっちもなんか接しづらいなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

ちょうど目を覚ました時、お兄ちゃんも起きたみたい。

 

気持ちのいい朝だ。水たまりが朝日を反射してキラキラしてる。

ベランダに置いた容器にもたっぷり雨水が入ってる。

これまで生活してきて水の大切さを痛いほど感じた。これで数日分だろうか?節約すればもっと持つかもしれない。

次いつ雨が降ってくれるかわからない。水の確保を怠っていたのは結構重大なミスかも。

 

なんだか今日もお兄ちゃんはのんびりしてる。

ごはんもなんだか手抜きだ。

 

水のこともあんまり真剣に考えてないみたい。

確かに昨日の雨で水はとりあえず大丈夫だけど……()()()()()()()()()()()ことを考慮するともっと安定的に水を手に入れる方法を見つけないと。

 

結局貯水タンクがいいのではないかという話になった。……私が一人で決めたようなものだけど。

なんだか気乗りしない風だったけどお兄ちゃんは早速行くつもりらしい。

 

……お兄ちゃんはいつもそうだ。十分な説明もないまますぐ行動に移す。まるで私を置いていくみたいに。

少し前の私だったら例え行ってほしくなくても「いってらっしゃい」と言って家で待っているだろう。

でも素直に帰りを待つには一人の夜の記憶は生々しく、鮮明だった。

嫌だ。あの時だってそうやってお兄ちゃんは……

 

「…………私も行く。」

 

思わずそう言っていた。

お兄ちゃんはポカンとした後、慌てて私を家に引き留めようとした。

 

気持ちばかりが先立ち上手くお兄ちゃんを説得できない。

お兄ちゃんがどこかへ行ってしまう気がして離れたくないとは言えない。本当はそうなんだけど、そうじゃなくて……そうじゃなくて……

 

『留守番も仕事の一つだよ』

 

「そうやって子ども扱いして! ……………わかったわ。私、髪切る!」

 

だんだん自分の思っていたことが言葉になってきた。そう、私は一人前になりたいんだ。

 

今までの私は通常の災害と同じスタンスを取っていた。助けはいつかは来る。それまでいかに生きるか……

その前提に立っているなら私がお兄ちゃんの庇護を受けるのはある程度合理的だった。

動かないのが仕事。最大の目的は延命だった。安全を確保し、待つ。お兄ちゃんには物資調達という大変な役割を押し付ける形になってしまったけど私が行くよりは適任だった。

 

でも、その()()が来ないとなると話は変わってくる。私たちの生活が持続可能である必要が出てくる。家だって然るべき避難施設への繋ぎではなく生活の場所へとその性質が変化する。

もちろん、私がやるべきことも……

 

()()()

この世界を拒絶するのではなく順応しないといけない。

お兄ちゃんがそうしていたように私も外に出なくちゃ

もう一方的に守られる存在ではいられなくなったんだ。お互いに助け合えるようになってやっと私はお兄ちゃんのそばにいていいような気がする。

 

私がもっと強くなれば一緒に買い物だってできるようになるし、何よりお兄ちゃんの負担が減る。

自分の足で歩けるようになれないとお兄ちゃんの歩調に合わせることも、間違った方向に進むのを止めることもできない。

力が、必要なのだ。

私はお兄ちゃんとずっと一緒に暮らすんだ。そのささやかな幸せを侵害する物事を排除できる力が……

 

 

お兄ちゃんは渋々といった様子で同行を許可してくれた。

 

行く前に髪を切って欲しいと頼んだ。

くしで髪をとかした後、躊躇してるお兄ちゃんに思いっきりやってくれと頼む。

ジョキジョキとあまり愉快ではない音が後ろから聞こえる。

 

ずっと私は長い髪と共に生きてきたからそれを失うのに抵抗はある。自分でも気に入っていたからなおさら。

それでもお兄ちゃんに切って欲しかった。

私は本気なんだ。……私は大切な髪を()()()()()の為に切るんだよ?

まだこういった形でしか気持ちを示せないけど、これからはちゃんと行動で表現したいな。

 

切り終わった後の私はまるで私じゃないみたいだった。

頭が軽く感じる。実際は切った髪の重さはあっても数百グラム程度しかないだろうけど、見た目が変わるのだから気持ちの変化は大きい。

お兄ちゃんが似合ってると言ってくれたのは意外だった。

別におしゃれのために切ったわけではないのだけど……でもそう言われると勝手に声のトーンが上がってしまうのだから我ながら単純だなと思ってしまう。

 

出発の準備はいつもお兄ちゃんが行くときにしている格好をまねした。スコップは持ってなかったからフライパンを武器として持つことにした。

『フライパンは強い』ってどこかで聞いたような気がする。

 

そして、出発。

 

いつも通っていた道は10年放置されたのではと思うほど荒れていた。

自転車で正解だったと強く思う。

お兄ちゃんはこの環境に完全に順応してた。

適切な誘導と間合い。かれらを排除すべきか無視して迂回すべきかを瞬時に判断してた。スコップは冷徹にかれらの急所を突き刺す。

それに、お兄ちゃんの乗ってる自転車から全く音がしない。そんなことってあり得るの?ドラえもんみたいに実は三ミリ浮いてるんじゃないかと疑ってしまう。

お兄ちゃんに聞いたら『自転車をずっと漕いでたらなんか無音で行動できるようになった』だって。なにそれこわい。

 

お兄ちゃんのエスコートのおかげで目的地に無事着けた。

気持ちがいったん緩んだらどっと疲れが来た。片道でこの疲労。肉体よりも精神が先にやられそうだ。

お兄ちゃんはまだ余裕そう。

 

まず私の武器を探すことになった。

お兄ちゃんと同じスコップにしようと思ったけど、私じゃ扱えないからバールにした。

試しに素振りしてみる。……重い。上手く使いこなせるか不安だけど、それ以上にこの重さに安心を感じた。

 

実際にかれらを倒せるか試すことにした。お兄ちゃんが足止めをして私がとどめをさす。

 

広い駐車場に出る。嫌でも鼓動が早くなる。お守りのようにバールを強く握りながらタイミングを待つ。

かれらはお兄ちゃんの刺股に足止めされて私の方を向いていない。チャンスだ!

ためらってなんかいられない。狙うは頭。一発で決める!

 

ゴキュ!

 

今まで聞いたことのないおぞましい音とともにかれらは大きくのけぞる。

 

倒せた!

……と思うのもつかの間、倒したはずのかれらが私の手を掴む。

掴んだ手の力の強さ。うつろな目には何も映っていなかった。あるのは私を食べようとする本能のみ。かれらは虚空に向かって口を開く。その口はそのままの勢いで私に近づいて……

 

突然かれらが視界から消える。

えっと思った時には

 

グサッ!

 

すべてが、終わっていた。

 

お兄ちゃんがかれらを転ばせてとどめを刺したんだ。少しして理解が追い付いた。

助かった……

 

お兄ちゃんがいなかったら私は死んでいた。お兄ちゃんは心配して私のもとに駆け寄ってきた。

正直全然大丈夫じゃない。死がこんなにも近くにあったのは初めてだ。心臓がバクバク鳴っている。まるで生きていることをアピールしてるみたいに。

 

でも、

 

「もう一回。……お願い。 次は確実に殺って見せる」

 

逃げてはダメだ。今回は力がうまく入ってなかった。次こそは、次こそは……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ丈槍さん、直樹さん。行ってきます。」

 

「いってらっしゃーい!」

 

「あの、本当に行くんですか?」

 

「めぐねえが見つけた住所はそんなに遠くなかった。そんな心配しなくてもすぐに帰ってくるって。」

 

「約束していたおとといに来なかったことに加えて、昨日の雨……きっと何かあったんです!様子を見に行かないと!」

 

「悠里先輩の気持ちはわかりますけど……やっぱり今日は復旧に専念して明日行くとかのほうが……」

 

「大丈夫ですよ、直樹さん。ちょっと彼を()()()行くだけです。」

 

そう。迎えに行くだけ。

部員が活動に参加していない。これは顧問として見過ごせません。

私と恵飛須沢さんの二人で様子を見に行くつもりでしたが、若狭さんもついてきてくれるようです。

 

昨日は思い出したくもないくらい大変な一日でした。

雨やどりに来たのか学校にかれらが溢れバリケードは次々に突破され絶体絶命まで追い込まれました。若狭さんが校内放送を思いつかなかったら全員助からなかったでしょう。

結果だけ見れば感染者は一人も出なかった。でも次大丈夫な保証はどこにもない。

『彼がいてくれれば……』と思ったのは私だけではないはずです。

 

みんな口には出していませんが疲労と落胆がどんよりとたまっています。おとといの明るい雰囲気はもう曇ってしまいました。

先生も少し、少しだけ、疲れてしまいました……

 

約束を故意に破ったのか、どうしてもいけない理由があったのか、それとも……

なぜ来てくれなかったかは会ってみないと分かりません。

 

でも、彼が私たちを騙すはずがありません!きっと何かあったんだわ!

 

今度は私たちが助けます。だって私たちは部員同士なんですから助け合わないと、ね?()()()

 




書こう書こうと思っていたら4月になってしまっていた。
アイデア不足ぅ……ですかね……

なんか学園生活部がアップを始めたようですがどこに行くのでしょう?

4月からリアルが忙しくなるはずだったのですが……流行り病のせいで比較的暇ですね。(だからと言って投稿ペースが速くなるわけではない)


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家庭訪問の日程プリントって配られたっけ?

政府が自宅警備を推奨する今日この頃。
……作者はこうなることを予期して自宅警備員ルートの実況を選んでいた?(陰謀論)


ゴキュ!!

 

「はぁ…はぁ…これで、五体目……」

 

あ、あのぉ~ もう、よろしいでしょうか?

試し討ちのつもりだったのだが……

これじゃまるで撲殺体験ワークショップだよ……

 

五体目となるとかなり手馴れてくるな。

一発で仕留めてるし。

しかも今回に至っては一人で誘導して一人でとどめをさしてる。

水たまりに石を投げて、音に反応した所をドスン!いや~見事。

 

とは言え疲労の色が出てるな……

そろそろ終わりにした方がいいんじゃないか?

 

「うん。……お兄ちゃん!私、一人でできたよ!」

 

わぁ、いい笑顔。

そのどす黒い血が滴る物々しいバールさえなかったら額縁に収めておきたいくらいだよ!

……大変だ。妹が殺戮に目覚めてしまわれた。

武器の中にはたくさん使ってると「○○マスター」ってスキルが取得できるものがあるんですけど、妹はそれを取れそうな勢いですね。怖い。

 

でもステータスを見ると……やっぱり正気度減ってる。

予想よりは削れてないとはいえ、殺し慣れていないのに自発的にかれらを屠っていったらそりゃ精神には負担になりますよ。

獲得したポイントを筋力に振ったみたいですね。……もしかしてくるみちゃん(ゴリラ)枠を狙ってる?

確かに枠は空いてるけど、間に合ってます(良心)

 

まぁバールの使用感を確認するのはこれくらいにして、目的のブツを探しに行きましょう。

このままかれらと戯れてたら日が暮れてしまう。

 

まずは本日のメイン。貯水タンクから探しますか。

当座の一週間を生きるだけなら貯水タンクは無用の長物なんですけどね……

正直、持っていきたくないけど妹たっての希望ですしまぁしょうがない。

 

どこら辺にあるんだろう?でかい容器があるコーナーは確か……

 

店内じゃなくて外にあったな。そうそうここ。

野菜の苗とかが売ってある所の横だ。

 

「こうやって実物を見ると、思ったより大きいね……」

 

自転車で運ぶことを考えると150リットルくらいが限界かな?

付属品も持っていかないといけないからこれだけで自転車のスペースが埋まりそう。

二人で来てよかった……

 

「これは私が持ってくね。これは大きいだけできっと重くなっ……」

 

……重いんでしょ?無理しないで。飛真君が持ってくから。

 

「……うん。ありがと。」

 

うわ……重い。帰り大丈夫かな。これじゃスピード出ないな……

あとは細々とした物だけのはずだからそれは妹に運んでもらうしかないな。

 

後ほかにはガスボンベ、飲料用の水、追加の食糧、ゴルフボール……

必要な物っていうのはいくらでも出てくるからなぁ

取捨選択が必要になってくるな。

 

店内にあるだろうから入店しないとな。ウィーン(オーストリアの首都)

 

ここまで調達するものが多いとどうしても他の買い物客(かれら)と出くわしちゃうからなぁ……気を付けないと。

 

そんなこと言ってる間にもう出会ってしまいました。

一体だけだから普通にスルーで……

 

「私、ちょっと殺ってくる!」

 

あっ、おい待てぃ(江戸っ子)

狭い店内は分が悪い。

戦闘を回避できるときはできるだけ回避しなきゃ。

基本的に戦闘はリスクでしかないからこちらに有利な条件がそろっている時か、どうしても避けられない時しかしたくない。

 

「ご、ごめん……そうだよね。戦うために来たんじゃないよね……」

 

熱意はよくわかるのだが……武器を持ったから気が大きくなっちゃったのかな?

「勉強家」のスキルのせいかも。

 

水は2リットル×6本の箱買いかな。

これだけでも相当キツイな……

そういや家に設置するトラップの材料もないんだっけか。

でも今回は持ってけないなぁ……

 

「そうだね。大人しくしていればかれらは家に寄ってこないってわかったし、それは次の機会でも大丈夫そうだね。」

 

また出かける用事ができちゃったな……トホホ……

 

「ホントは金属にもチャレンジしたかったんだけどな……」

 

マジすか。なんて意識が高いんだ……

同僚間の温度差があると職場がちょっと居づらくなっちゃうんだよなぁ。

そんな頑張らなくてもええんやで。二週間なんてあっという間よ。

でもせっかくやる気になってるのに冷や水を浴びせるようなことをいうのもなんだかなぁ……

 

食料にはまだ余裕があるけど、さすがに毎日缶詰だと飽きるからなぁ……

保存がきく野菜をいくつかとっていこうかな。

イモ類と根菜はわりと保つからちょくちょく料理に入れるといいかも。

 

……とか言ってる間にカゴがいっぱいになったな。

これ以上は妹が運べなさそうだからこれくらいにするか。

 

「水と食料……これだけ見てるとただの買い物みたいだね。」

 

たしかに。生きてる限り必需品は世界がどうなろうが変わらないからな

……ゴルフボールは場違いだけどね。

 

「まぁそうだね。でも、お父さんに頼まれて買ったって思えば自然じゃない?」

 

自然、ねぇ……

本来学園生活部に入ってればこの買い物自体しなくていいことだからなぁ

妹にとってこれは自然な生活の一部だと認識しているのだろうけど……

やっぱ無理、させてるよなぁ

 

あー、日が結構傾いてるな。

早いとこ荷物を乗せて家に帰らないと。

 

「よいしょ……ペダルが重い……」

 

こっちも重い。スピードを出すのは難しそうだな。

途中止まれないから厳しかったらいくつか持とうか?

 

「大丈夫。これくらい、どうってこと、ない……」

 

本当に大丈夫だろうか……?

妹自身が平気だと言っているのだからそれを信じるか。

 

 ■■■

 

 

あ~~やっと家が見えた~~!

重いから早く移動できないし、それによってかれらを大げさに避けないといけないし……

だいぶ時間かかっちゃったな。

もう日が暮れかけて足元がおぼつかないよ……

 

「帰ってきた……」

 

飛真君でさえ相当疲労が来てるから妹はなおさらだろうな。

ここまで妹が頑張るとは思わなかった。これからは見方を改めないといけないな。

 

妹は疲れてるだろうから先に上がらせて、自分は今日使うものだけ家に持ってくか。

あとは外に置いておいて詳しいことは明日やろう。

 

「ん。 じゃあ先に上がってるね……」

 

ここまで疲れてるとはしご登るのも一苦労だな。

 

登り切って……あ~~~帰ってきたぁ~~~

ぬわああああん疲れたもおおおおん!(残業帰り並感)

自宅警備員にとって外出はやっぱキツイなぁ……

 

 

ん?どうしたんだ?そんなところで突っ立って?

 

「お兄ちゃん。……なんか変な感じしない?」

 

変な感じ?いや。全然しないけど。

 

「うまく言えないんだけど……行く前とちょっと違うというか……違和感、というより()()()がするというか……」

 

よくわかんないけど、暗いからとりあえず明かりつけるか。

 

明るくなって部屋が鮮明に見えるようになったけど……別に変ったところh……あれ?

机の上に……手紙?

 

「手紙? え、私、書いた覚えない……」

 

と、なると……

 

………………………………物資調達に行ってる間に誰か来た?

 

「勝手に上がり込んだってこと? 怖い……」

 

誰が来たのかは大体予想がつく。

差出人の名は……

 

  学園生活部顧問 佐倉 慈

 

だよなぁ。学園生活部が留守の間に来たのか。

にしても早い。確かに最短で今日だとは予想してたが……正直明日、明後日になると思ってた。

 

「ね、ねぇ。まさかまだ居たりしないよね……」

 

確認するか。

 

 

全部の部屋見たけど学園生活部員はいなかったですね。

荒らされた形跡も、何かを盗られた形跡もなし!

察するに様子を見に来て、留守だったから飛真君が帰ってくるのを待ってたけど、日が暮れそうになったから帰った……ってとこかな。

もし帰るのが早かったら鉢合わせてたってことか。危なかったぁ。

妹が留守番してたら初顔合わせということにもなったのか。

つくづく運が良かった。

もし妹が学園生活部と遭遇してたら絶対学校に行こうって言いだしただろうし……

 

妹ちょっと怖がりすぎじゃないか?さっきからくっついて歩きづらいぞ。

 

「だ、だって……知らない人がさっきまで居た……なんて怖いじゃん……」

 

妹にとっては知らない人(ストレンジャー)だろうけど……

別に何か盗られてたワケじゃないだろ?あの人たちは危ない人達じゃないから心配しなくて大丈夫だよ

 

「でも無断で人の家に()()するなんて異常だよ。」

 

向こうにとっちゃ部員が一人行方不明みたいなもんですからねぇ

心配で家に上がり込んでくるのは仕方ないと思うけどね……非常時だから。

めぐねえなら飛真君の家の住所を突き止められますし。

歩いていこうと思えば行ける距離だしなぁ……

 

「!………………もしかしてお兄ちゃん、あの人たちと自由に家を出入りできるくらい仲良くなってたんじゃ……!」

 

いやいやいやいや。さすがにそこまでは仲良くないよ。実際に会ったのショッピングモールでだけだし。

 

来た意図とかはこの手紙を見れば分かるハズ。

読んでみよう。

 

『飛真君へ

 

 ()()に来たのですが不在だったため置手紙を残します。

本当は昨日にでもそちらの方へ向かいたかったのですが……学校はかれらの襲撃を受けてしまい対処に追われたため行くことができませんでした。ごめんなさい。

  

 飛真君の方でも()()アクシデントが起きて来ることができなかったんですよね?

安否確認のために少し家を捜させてもらいました。無事だとわかって安心しました!

びっくりさせましたよね。でも、心配で心配でたまらなかったのです。許してください。

 

 私たちの方も全員無事です。みんな飛真君が()()()()()のを心待ちにしています。部員全員が揃うのが楽しみです!

 

 後日、また来ます。それまでの辛抱です。お互い頑張りましょう!

 

                  学園生活部顧問 佐倉 慈

 

  P.S.

 学校には貯水施設と簡単な浄水機能があります。ですので、ベランダに容器を並べて水を集める……なんてことはしなくて大丈夫ですよ?

 ……次はすれ違いをしたくないので家にいて欲しいです。』

 

なるほどね。案の定、飛真君がいつまで経っても来ないから様子を見に来たってことか。

今回は幸運でニアミスできたけど次回は無理ですね。

また家に来るらしいし、家に居ろって言われてしまった。

 

でも、至って普通の内容ですね。怒ってなさそうでよかった。

やっぱ国語教師なだけあって字が綺麗だな。

 

ちゃんと家に上がり込んだ謝罪もしてるし、これで妹の不信感も少しは取れるだろうな。

どちらにせよ学園生活部とは一回話し合いをすることになるだろうから余計な疑念は払拭しておかないとな。

 

「それまでの辛抱って……まるでここが酷い所みたいな言い方。」

 

それは……まぁ言葉の綾じゃない?

向こうからすればここは()()が必要な場所に見えてしまうのは仕方ないよ。

 

「言葉尻を捕らえるのは一旦置いておくとして……お兄ちゃん完全に部員扱いだね。」

 

思った以上に部員扱いされてた。『そういやアイツ来なかったねー』ぐらいの影の薄さでいたかった……

部員になった覚えはないんだけどなぁ(すっとぼけ)

 

「部員じゃない人の()()に来てくれるなんて優しい人たちだね……そう思わない?お兄ちゃん?」

 

ハイ。ソウデスネ。

なんか妹から不穏なオーラが出てる気がするのですが……気のせいですかね。(震え声)

 

「……まぁいいや。 それよりお腹すいちゃった。とりあえずご飯にしようよ」

 

ホッ……

気のせいだった。

()()ってのがいつだかさっぱりだけど今日はもう二人ともヘトヘトだからね。

ご飯食べて寝て、細かいことは明日考えるか。

 

食べる時間がなくて昼飯をとってないから……今晩は量を多めにしよう。

今日は疲れたからレトルトカレーとご飯パック!

これだけじゃ物足りないだろうからふかし芋とゆでた人参を追加しようかな。

 

まず人参を茹でる。その残り湯でレトルトカレーを湯煎する。

……温めるのが目的なんだからそれに使うお湯なんてなんだっていいだろの精神ですね。

妹はこういうことにうるさそうだけど、自分は全く気にしないタイプだからヨシ!水は貴重なんでね。

 

あとはふかし芋とご飯パックを戻しますか。

これで全部そろったんで……合☆体!

 

ゴロゴロやさいカレーの完成!

この名称から連想されるオーガニックさを取り除き、代わりにズボラさを取り入れた一品ですね。

 

ご飯できたぞー!

 

「……はーい」

 

なんだか元気がないなぁ……

 

「「いただきまーす。」」

 

あー美味しい。火がないとほんとに調理の幅が狭まるからこれからはガスボンベの在庫に気を付けないとな。

 

「今日は本当に疲れた。外に行くってあんなに大変なんだね。」

 

今回は特別持ってくものが多かったからなぁ。いつもはここまできつくはないかな。

 

「明日は絶対筋肉痛になってるよ……」

 

あれだけ積極的に動いていれば筋肉痛は避けられないね。

こうやって外出は成功裡に終わったわけだし、妹を連れて行ってよかったな。

 

「ごちそうさま…………ふわぁ……眠い……」

 

眠いならもう寝ちゃえば?

夕飯の片付けは飛真君のほうでやっちゃうから。

 

「え、でも……いちばん疲れてるのはお兄ちゃんだし……やっぱり私が……」

 

元気なさそうだし早く寝たほうが良いよ。体力回復手段としてはなんだかんだ言って睡眠が一番効率がいいのだから。

レトルト中心だから後片付け簡単だし。

 

「わかった…………………………ねぇ、お兄ちゃん。」

 

何?

 

「私、迷惑じゃないよね?」

 

迷惑?急にどうしたんだ?

別に迷惑だと思ったことはないけど……

 

「…………そうだよね。えっと、じゃあ……おやすみなさい」

 

行っちゃった。

一体何だったんだ?

 

 

……にしても、今日はいろいろあったなぁ

考えなくちゃいけないことも増えたけど、とりあえず今日は寝よう。飛真君も疲れてるし、操作してるこっちも外出とかで精神使ってるから疲れた。

 

パパっと寝る支度して、終わり!

 

……やっぱ飛真君のベッドで妹が寝てる。

別にいいんですけどね。ちゃんとスペース空けてくれてるし別にいいんですけどね。

ぐちぐち言ってても意味ないからもう寝るか……

 

おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴキュ!!

 

感覚でわかった。これは、()()()

倒れたまま動かない。これで五体目だ。

 

やっとフェータルな一撃を安定して打てるようになった。

なんか力が強くなった気がする。こんなすぐに筋力が上がるわけないからそんな気がするだけなんだろうけど。

それでも一人でかれらを始末できるようになった。今回は誘導も一人でやった。

 

お兄ちゃんがそろそろやめた方が良いって言ったから切り上げることにした。

私も息が上がっていたから丁度よかった。

 

「うん。……お兄ちゃん!私、一人でできたよ!」

 

これでお兄ちゃんの負担が減るはず。

私だって頑張ればこれくらいできちゃうんだから!

そう思うと嬉しくて笑顔になる。

 

どす黒い血で濡れそぼったバールを水たまりで綺麗にしてから資材調達に向かった。

 

貯水タンクは実物を見ると予想以上に大きかった。

ここに雨水を貯めるのだから大容量のほうがたしかにいいんだけど……それだと運べない。

私たちが持ってくと決めたタンクも大きいし、重かった。

結局それはお兄ちゃんが運ぶことになった。

 

あとは細々とした物を店内で探すだけ。

でも、店内にも当然かれらがいる。これじゃ買い物に集中できない。

よし!私がやっつけてやる!

 

……と思ったけど、お兄ちゃんに止められた。

狭い所ではこちらが不利だし、何より戦闘はできるだけ避けるべきだって言われてしまった。

そうだ。本来の目的は物資調達。それなのに、かれらを少し倒したぐらいで調子に乗って……

お兄ちゃんに迷惑をかけちゃった。

まだ私は外の世界での振る舞い方をよく理解してない。自分から率先して何かをする段階に入ってないのだ。

反省しないと。

 

私が大人しくなってからの買い物は順調に進んだ。

こうやって見るとお兄ちゃんと普通に買い物に来たみたいだ。

 

でも周りの景色を見れば、そんな朧げな幸せの予感はたちまち現実と符合しなくなる。

微かに聞こえるかれらの呻き声と無造作に物が置かれた陳列棚。

……これを現実と受け入れるにはもう少し時間がかかるかも。

 

物資調達だからもちろん家に物を持ち帰らないといけない。

これが一番大変だった。

行きとペダルの重さが全く違う。

もうヘトヘトなのに周りの注意もしないといけない。

お兄ちゃんが今まで普通にしていたことがいかに大変なことだったか身に染みて感じる。

 

 

それでもなんとか家に着いた。

お兄ちゃんが先に戻っていいって言ったからお言葉に甘えて早々に梯子を登る。

 

やったーー!! 家に帰ってきt…………………………

 

 

愛しの我が家。でも、私は違和感を以って家に迎えられた。

もう暗くてディテールはわからないけどお兄ちゃんの部屋に違和感を喚起させる物はない。気のせい?

それでもやっぱり()()違う……………

 

後からやってきたお兄ちゃんに聞いてみたけど特に何も感じないらしい。

私だけってことは気のせい、ってことだよね……

腑に落ちないなぁ……あの違和感、いや、異物感は本物だった。

 

明かりをつけて詳しく見ていくと……

果たしてそこには手紙が!

 

私は書いていない。もちろんお兄ちゃんも。

つまり……

 

寒気と鳥肌が同時に襲ってきた。この家は私たちのサンクチュアリ(聖域)だ。そこに知らない人がさっきまでいた。

怖い怖い怖い……………………

 

もしかしたらまだ居るかもしれない。お兄ちゃんと確認をした結果……誰もいなかった。

 

家を見回っている間ずっと私はお兄ちゃんの腕を掴んで絶対に離れないように歩いた。

ちょっとうっとおしそうにしてたけど……しょうがないじゃない。

家ですら安全性が疑われている以上、私の信頼はその腕にすべて収斂される。

お兄ちゃんにとっては手紙の差出人は知り合い(もしかしたら昵懇の間柄かも!)でも、私にとっては全くの()()だ。

…………………………もうちょっと私を見てよ。

 

肝心の手紙の内容は『どうして来なかったの?……とにかく無事で何よりです。後で迎えに来ますから 逃 げ な い で ね ?』みたいな感じだった。

 

丁寧な字と心配のヴェールで隠したってムダ。私にはちゃーんと分かるんだから。

お兄ちゃんも心なしか顔が青くなってるけど本当にわかっているのだろうか?

 

つい小言をいくつか言っちゃったけどその反応からお兄ちゃんはあんまり危機感を感じていないと思った。

 

『部員になった覚えはないんだけどなぁ』なんて言っちゃって……はぁ……

追伸を見ればいかに高飛車なのかが分かる。ここでの生活を完全に否定してその上で座して待てと言っているのだ。

教育者にありがちな押し付けがましさ……職業を詐称しているわけではなさそう。

こんなこと言うとお兄ちゃんに愚痴っぽいと思われるから言わないけど。

 

状況が逼迫しているのにお兄ちゃんは鷹揚に構えているから呆れて怒りもしぼんじゃった。

今日はもうヘトヘトでお腹もペコペコ。だから怒る気力もなかった。お兄ちゃんも同じだろうからご飯を作ってもらおう。

この問題は私が考えないとね。

 

お兄ちゃんがご飯を作りに行って、手紙と一対一になった。

 

……その手紙にはお兄ちゃんのこと()()書かれてなかった。

私もいるのは知ってるはず。それでも一切言及しなかったのはどうして?

意図的なのか、それとも単純にお兄ちゃんのことで頭がいっぱいだったか。

彼女たちの間に、お兄ちゃんが部員であることに異論はないのだろう。

外堀は既に埋め立てられ、チャーター機とレッドカーペットまで用意されているようなものだ。

めんどくさくなりそう。向こうも簡単に折れてくれないだろなぁ……

会ってみたら意外といい人だったり?……いやいや。その可能性は限りなく低いんだから期待するだけ損だね。

……でもそうだったらいいな。

 

ま、それはその時になれば分かるだろうから夕飯になる前に着替えちゃお。

あぁ……血と汗でけっこう汚れちゃってる。これも捨てなきゃ……

 

 

私の机に……メモ?お兄ちゃんからかな?

 

………………………

 

………………

 

…………

 

 

 

ご飯は美味しい。お兄ちゃんも心なしか上機嫌だ。

申し分ない穏やかな夜なんだけど……()()()()で言ってたことが気になる。

絶対にそんなことないって思ってるけど、今日私、お兄ちゃんの足ばかり引っ張っているし……

もしかしたら……

確かめなくちゃ。そうしないと不安で私は眠れないと思う。

 

緊張したせいかついあくびが出ちゃった。とっさに眠いせいにしたら、お兄ちゃんが気を利かせて先に寝ていいよって言ってくれた。

でも素直に喜べない。もしお兄ちゃんが無理をしていたとしたら……

 

「わかった…………………………ねぇ、お兄ちゃん。」

 

手に汗がにじむ。つっかえそうになりながらも、言う。

 

「私、()()じゃないよね?」

 

『迷惑? 別に迷惑だと思ったことはないけど……』

 

「…………そうだよね。えっと、じゃあ……おやすみなさい」

 

変に詮索されたくないからすぐにおやすみを言った。

……やっぱり()()()()はただの言いがかりだったんだ!

 

飛真君(お兄ちゃん)あなた()のせいで学校に行けず()()してる』なんて……

あんなの等閑視しちゃえばよかったのに。せっかく着替えたのに変な汗かいちゃったよ。

 

メモの字は綺麗だったけど、お兄ちゃんの机にあった置手紙の字とは違った。

……少なくともその人は私をよく思ってないらしい。

 

お兄ちゃんは考えているようで考えてない所があるから()()()()()と思わせる時があるのだ。

そのせいで私もメモを見て焦ったし、きっとこの人も同じく()()()したのだろう。かわいそうに。

 

 

あれ?

寝ようと思ってベッドを見たら枕がない。

探したら枕が私の部屋になぜか戻ってた。

 

そういえばあのメモに『距離が近すぎる』とも書いてあったな。

……家族なんだから近くにいるのは当たり前じゃない。

一体何が言いたいのだろう?

 

…………………………今日は疲れた。寝よう。

 

何かを考えるには今の私はあまりにも疲れすぎてる。

 




親に渡すの忘れがちなプリント第一位は授業参観の日程のプリントだと思うんですよね。

飛真家へのアポなし家庭訪問は失敗したようですが……また来るらしいですね。

妹は批判的思考力が逞しいですね(白目)。
学園生活部と会った時ケンカが起こらなければいいんですけど……


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ウチとソト

stay home してたら5月になっていた件について


おはようございます。

 

太陽の位置から察するに結構寝てしまったようです。

でも、おかげで疲労はバッチリ回復してます。

 

妹は……まだ寝てますね。

 

昨日は気にならなかったけど、こうやって明るい中見るとこの部屋散らかってるな……

持ってきた物をそのままドサッと置いただけだからさすがに整理しないと。

 

とは言っても、昨日物資調達したおかげで今日はあんまりすることないですね。

のんびりできそう。

 

まずはベッドから出よう。それをしないと何も始まらない。

 

……動いたら妹起こしちゃうよな。

寝てるとこ悪いけど、朝もいい時間だからいっそ起こしてしまおう。

 

「……お兄ちゃんおはよう。」

 

まだ寝ぼけまなこですね。

じきに目は覚めてくるだろうから飛真君は朝食を作りに行っちゃいます。

 

「いてててて………………………」

 

急に痛がりだしたぞ。寝違えたの?

 

「筋肉痛。………………痛い。こんなに痛いと動けない。動きたくない。」

 

動きたくないって……妹のほうが自宅警備員の素質あるんじゃないか?

お望みとあらばここに朝食を持ってくるけど……

 

「大丈夫大丈夫。動こうと思えばっ!……いちおう、動けるから。………………すごく痛いけど。」

 

本当に痛そうだな……

慣れないスキーを一日中した次の日みたいな状態なんだろうなぁ

動けるけど動きたくないって気持ちはよくわかる。自分は毎日そんな感じですからね。

 

朝ごはんどうしよう。なんも思いつかん。

昨日正気度減っただろうから多少はメニューを考えないとダメだからな……

 

……咲良は朝、何がいい?

 

「別になんでもいいけど……しいて言うならミネストローネ、かな?」

 

それならインスタントであったな。缶詰パンと合わせれば十分か。

早速準備しよ。

まぁ、準備と言ってもお湯沸かすだけですけど。

 

もうできた。早い。さすがインスタント。

妹はああ言ってたけど、二階に食事を持っていこう。

 

「言ってくれれば下に降りたのに……」

 

せっかく持ってきたんだし、ここで食べようよ。

 

「うん……いただきます。」

 

食べてる間に今日することを整理するか。

部屋の整理と貯水タンクを設置して……それくらいか。

 

ご飯終わったな。後回しにする前に貯水タンクを設置しますか。

 

あれ?

というか昨日ベランダに貯めた水、移してないような……

 

「あっ」

 

はいガバ。二人して忘れるとかさてはゾンビパニック初心者だな?

ポリタンクは昨日持ってきたから早急に移し替えよう。

 

「昨日いろいろありすぎてすっかり忘れてた……水が大事って言ったの私なのに……」

 

これに関しては……二人とも悪いですね。

まぁ昨日帰ってきたらめっちゃ疲れてたし腹減ってたし暗かったしあの手紙のこともあったし……(言い訳)

 

20Lのやつが何個かいっぱいになりました。

ありったけベランダに並べたかいがありました。

 

さて、片付いたので貯水タンクに取り掛かろう。

飛真君が下で設置作業して妹がベランダからかれらがやってこないか監視する感じでやろうかな。

 

「分かった。……作業しようにも私今日まともに動けそうもないし」

 

多分飛真君も筋肉痛あると思うけど、ステータスには変化が表れてないので無視!

働くぞ働くぞ働くぞ働くぞ……

 

途中何度もかれらが職場体験に来たけど事前に妹が教えてくれるから難なく処理できたな

作業の方も特に躓くことなく済んだし。

 

外におきっぱだった昨日の戦利品の残りを回収しておうちに戻ろう。

 

「お疲れ様。お昼にしようよ。」

 

もうそんな時間か。

あとは部屋を整理するだけだしのんびりできるな。

 

昼にするにはちょっと時間が遅いからおやつぐらいの感覚でいいかも。

 

「じゃあ、お茶にしましょ。私、淹れてくるわ。」

 

飛真君疲れてるからお言葉に甘えようかな。

紅茶とクッキー☆で優雅なご↑ご↓

たまらねぇぜ。

 

これに音楽があったら最高だな!

……ラジオでやってるかな?

 

「えっと……周波数どれだったけ……え?」

 

『た……助けて……』

 

オイオイオイオイ。

これって圭ちゃんのSOSじゃないか!

声の調子からしてすごい消耗してるな。これは助けに行くべきか?

 

「…………………………」

 

あ。切っちゃった。

 

「冷めちゃうから早く飲みましょ?」

 

え、うん。

正直放課後ティータイムって気分じゃないんだが。

称号獲得が危うくなるような行動はとりたくないけど、消え入りそうな声で助けを呼ぶ声を聞いたら……

チャリで二けつすれば帰ってこれるか?駅はかれらが多いから防犯ブザーは絶対いるな。

学園生活部がもしかしたら救出に向かってるかもしれないから協力すればあるいは……

 

「……助けに行こう、なんて思ってないよね?」

 

…………………………お、お、思ってないよ?

 

「ダメ。絶対にダメ。」

 

いや行くなんて言ってないじゃん!手を!手を放して!痛いから!

あとその感情のこもってない目もやめて!

 

「今の私たちに人助けする余裕はない。なぜune autre personne(他人)のために死のリスクを負わなきゃいけないの?」

 

実際一人で行くのは無謀だからその通りなんだけど……

いやでもそうだよな。あきらめるしかないよな。

 

「……お兄ちゃんは別にあの人を()()()()わけじゃないんだよ?ミイラ取りがミイラになってしまうから止めてるの。これは当然の判断で、お兄ちゃんはそのことで気に病まなくていいんだよ?」

 

怖いと思ったら急に優しくなる。これもうわけわかんねぇな。

慰めてくれるのは嬉しいんですけどね。

なんか最近の妹はドライになった気がする。冷徹というか人を信用してないというか……

 

「そんなことないよ。そんな風に思われてるなんて心外だなー」

 

手を握られたんだが。なぜ?

 

「ほら。私の手、あったかいでしょ?だから心もあったかいの!」

 

それ逆だったような……

それはそうと、こう手を握られてると紅茶が飲めないデス。

 

「あ、ごめん」

 

……手は放してくれたんだけど、距離感は近いままだからなんか飲みづらい。

さっきまでは妹が椅子に座って、飛真君がベッドに腰掛けてたからある程度離れてたんだけど……今はすごい近いな。

 

「その、大事な話があるんだけど……」

 

え?何?

 

「昨日の手紙のこと」

 

ああ、そういえば。

 

「そういえばって………それでお兄ちゃんはどうするの?」

 

どうするも何も断るしかないでしょ。称号がかかってますからね。

ゆくゆくは合流したいとは思ってるけどそれはクリア後の話だから実現できませんし。

上手い言い訳を考えておかないとなぁ

 

「……お兄ちゃんもっと優柔不断だと思ってた。」

 

優柔不断だとしてもここは譲れませんよ。

あと数日なら家でも十分安全に暮らせますしわざわざ行く理由もないですしね。

 

「それならどうにか穏便に帰ってもらう方法を考えないと」

 

穏便かぁ……

本当は入部したかったんだけどやっぱやめます、てへぺろ☆……とか?

 

()()()()()()()()()()??」

 

な~んてn……な、なんか無表情になってますけど……どうされました?

 

「本当は?私といるのは嫌々なの?怒らないから、ねぇ怒らないから本当のこと言ってよどっちなの?ねぇ?ねぇ?」

 

……じょ冗談だよ!本気にしないでよやだなぁ~!

妹にはたくさん助けてもらってますからね。なんで嫌いになる必要があるんですか(正論)

私はおうち(称号)ファーストで走らせてもらってますからね!

自宅警備員以外、ありえない!

 

「…………もう!変なこと言わないでよ!冗談でも限度があるでしょ!」

 

ごめんなさい。お詫びして訂正いたします。

 

……あああメチャクチャ怖かったぁ

今のは完全に飛真君の失言でしたけどこんなに場の雰囲気が変わるほどだとは思わなかった。

なんでも正直に言ってはいけない(戒め)

なんか最近こんなことが多い気がする。確実に地雷が存在するんだよな。

 

「あの人たちにそんなこと言っちゃ絶対にダメだからね?ご機嫌を取ってたら増長させるだけなんだから。はっきりと拒絶しないと」

 

ソウデスヨネ。ハイ。

 

なんか当たり強いな。もしかして地雷って学園生活部?

ネガティブキャンペーンしすぎたかな。

これいざエンカウントした時にケンカになってしまうかも。

円満にあきらめてもらうには、まず妹の学園生活部に対するマイナスイメージを緩和しないとな。

 

そりゃ小言の一つや二つは言われるかもしれないけど、悪い人たちじゃないんだから向こうも事情を話せばわかってくれるよ。

 

「……話せばわかる相手だとは思わないけど。お兄ちゃん、もっと危機感持ってよ。」

 

心配しすぎだよ。取って食われるわけでもあるまいし。

 

「あの人たちはお兄ちゃんが家に残ると全く考えてない。全部思い通りになると思ってる。だからその勘違いを断ち切ってあげないといけないの。」

 

やっぱ言葉に棘があるなぁ

 

()()()()くらいは言わないと引いてくれないと思うよ?……お兄ちゃんは優しすぎるんだよ。……まぁ、その時には私がついていてあげるから大丈夫だよ。」

 

へ、へー。それなら安心だな(?)

 

妹式の断り方はなんか攻撃的で名案とは思えないな。

……今の妹の前では言えないけど、数日後に合流する確約をつけておけば穏便に済むと思うんだけどなぁ

自分は二週間自宅警備することしか考えてないけど、妹からしてみればこれからも生活する前提で行動しているわけだから設備の整った学校のほうが良いと思うのだけど。

悪者みたいに言ってるけど学園生活部の人たちは()()いい人達だし。

生活するなら断然、学校なのは事実だからなぁ……

お互いに対する無知が悲しい誤解を生んでしまっている。

もう少し妹が学園生活部への警戒感を和らげてくれたら提案してみるか。

 

この話はここら辺で終わりにしよう。……もう地雷は踏みたくない。

 

「お兄ちゃん、お代わりいる?」

 

あ。いただきます。

 

……休憩のつもりだったけど妙に精神を使ったな。

話はひと段落したけど妹は相変わらず飛真君の横にぴったりくっついてるしなんか落ち着かないんだよなぁ

これ飲み終わったら早速部屋を片付けますか。

 

「え?もうちょっとゆっくりしてようよ。今日はもう特にすることないじゃん」

 

確かに急ぎのことはないけど妹のそばにいると地雷を踏みそうで怖いんですよ

部屋の片付けを理由に離れます

 

「私より部屋の掃除の方が大事なんだ……」

 

別にそうは言ってないんですけどね

 

アイテムを分類して収納しないと必要な時どこに置いたかわからなくなるからアイテム整理は意外と大事なんですよね。

普段なら物をなくしてもまた買えばいいやってなるけどこの世界じゃそうもいきませんですからね。

リアルでは絶賛汚部屋でもここでは整頓された部屋を目指します。

 

思ったより時間かかりましたが綺麗になりました。

今回は持ってきた物の量が多かったからその分時間がかかってしまいましたね。

もう夕方です。そろそろご飯の支度をしなくちゃ

 

「私もご飯の支度手伝う!」

 

凝った料理を作るつもりないから大丈夫だよ

 

「でも今日私、何もしなかったし……お兄ちゃんの為に何かしたいの。ダメ?」

 

そこまで言うなら飯盒でご飯作ってもらおうかな。飛真君は牛丼の缶詰を開けることに専念するから火の番ヨロシク!

 

「わかった。……ってお兄ちゃん楽しすぎでしょ。私飯盒自信ないからお兄ちゃんもそばにいてよ」

 

そうなると手伝うというより一緒に飯盒が炊けるのを眺める会になってしまうのだが……

 

「♪」

 

楽しそうだしいいか。飯盒に劇的な変化が訪れるわけではないから面白い眺めだとは思わないけど妹にとっては新鮮なのかな。

飯盒で炊くとキャンプ感がしてワクワクしてたけど何回も炊いてるうちにそんな気持ちも薄れちゃったなぁ

 

無事炊けました。分量もちゃんと守ったので硬さも問題ないです。

牛丼がこんなご時世に食べれるなんて幸せだなぁ

一つ難点を挙げるとすれば値段が高いことですが今は値段なんて関係ないですからね。缶詰だから賞味期限は長いのでいうことなしです。

 

でも妹は牛丼にしないで鶏そぼろの缶詰を選んだみたいです。

種類がいっぱいあるおかげで全然飽きないですね。気分で食べる味を変える余裕があるのはかなりありがたい。

 

「私のもあげるからさ、お兄ちゃんの牛丼ちょっと食べていい?」

 

いいよ。

 

「じゃあ、ハイ。」

 

え?お皿を交換するんじゃないの?スプーンを差し出されても……

 

「食べないの?」

 

いや食べるけど……これって俗にいう『あーん』じゃん。

まぁ……向こうは気にしてないみたいだしこっちも気にしなくていいか

 

■■■

 

「その牛丼も美味しかったね」

 

そうだね。どっちの缶詰も当たりだったな。

夕飯も終わったし寝る支度しますか。

 

「今日はどっちが奥側で寝る?」

 

……わかっちゃいたけど、一緒に寝るのは既定路線なんですか。

なんか最近、というか今日は特に飛真君に対して距離が近いよなぁ

 

「……お兄ちゃんも距離が近いとかそういうこと言うんだ」

 

()

 

「こ、言葉の綾だよ。それで、どっちにするの?」

 

どっちでもいいんだけど……

奥側にしようかな。

 

「じゃあ私着替えて来るね」

 

飛真君のほうもさっさと着替えて寝ちゃいましょう。

今日は誰かが訪問してきたり外に出たわけではないのでとても穏やかな一日でした。

……本当に平穏無事かと言われたらそうでもないんですけど。

学園生活部は圭ちゃんの救出に行ったんでしょうね。妹が思った以上に彼女たちに対して敵愾心を抱いていたので今日鉢合わせるとヤバかったかもしれませんね。

 

あとはおとなしく過ごすだけなのですが学園生活部との問題がまだ解決してないですし、妹もなんか未だに自分には理解しかねる行動をとってたりしますし……

圭ちゃんの救援ラジオの件とかチャンネルを変えるくらいの気軽さでラジオを切ってたので唖然としちゃいましたよ。

リアリストの側面は確かに持ってたけど、まさかあれほどまで冷徹だとは思わなかったですね。

一緒に寝るとかもそうです。最初は正気度回復の為だと思ってましたけど最近じゃ習慣みたいになってるのが良くわからない。

 

……ここだけの話、ちょっと妹が怖いんですよね。

急に雰囲気が変わったりとかするから会話してて神経を使うというかなんというか……

 

「もうお兄ちゃん寝ちゃったかな?」

 

ギクッ!

急に現れたからビックリしたぁ……

まぁここだけの話はこっちの世界の話(メタ発言)なので飛真君は普通に寝てるんですけど、なんか後ろめたいな。

やっぱ唯一の同居人の悪口を言うのは良くないですよね。

 

「…………………………」

 

妹も寝たみたいですね

 

何もないわりに今日は疲れたな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────

 

 

お兄ちゃんに起こされた時には既に太陽は高い位置にあった。

昨日あんなに動いたからまぁしょうがないかな。学校もないしたっぷり睡眠が取れるのは嬉しい。

疲労は取れてる。けど……

 

ああ、やっぱり。

動こうとすると激痛がする。

筋肉痛になるだろうなぁとは思ってたから別に驚かないけど痛いものは痛い。

 

大げさに言ったからお兄ちゃんを過剰に心配させてしまった。

そのせいか大丈夫っていったのにご飯を持ってきてくれた。

 

朝食が終わって一息ついていたら、お兄ちゃんが昨日の水をまだ容器に移し替えてないことに気が付いた。

すっかり忘れてた。容器を取りに昨日出かけたのに二人して目的を忘れちゃうなんて……

手紙の事とかあったからしょうがないか。

 

そうだ。手紙。

昨日は二人とも疲れててうやむやになっちゃってたけど、お兄ちゃんはどうするつもりなんだろう?

断るだろうとは思うけどあんなに熱心に書かれていたんだ、もしかしたら……

 

心中穏やかじゃない。

お兄ちゃんに頼まれてベランダからかれらがやってこないか監視してる時も落ち着かなかった。

あの人達の押しの強さにお兄ちゃんの決意が揺らいじゃったらどうしよう。

 

……ちゃんと話し合わないとダメだよね。

 

外の作業が終わってからお兄ちゃんをお茶に誘った。

もちろん労いの意味もあるけど、話し合うための口実でもある。

 

ちょっと前まではのんびりお茶ができるなんて夢にも思わなかったけど、今ではこうする余裕がある。

こんな穏やかな毎日が続けばいいなぁ……

 

そんな甘い考えはラジオによってかき消された。

何の気なしにつけたラジオから予想だにしていない声が聞こえた。

 

女の人の、助けを求める声。

 

私たちの町の駅にいるらしい。

助けに行こうと思えば行ける距離だ。……ということは

 

やっぱり。お兄ちゃんが急にソワソワしだした。

 

耳障りなラジオを消してもお兄ちゃんは落ち着かないみたい。

なんてタイミングの悪い。興ざめた。

 

「……助けに行こう、なんて思ってないよね?」

 

そんなことないと口では言ってるけど目が泳いでる。

()()人助けをしようと思ってるんだ。

そんなことしたってロクなことにならないのに。

 

思いとどまってくれたけど、なんか哀しそうな顔をしてる。

お兄ちゃんは優しいから助けに行くのを当然のことだと思っているせいで罪の意識を感じてるんだ。

駅はどう考えても危険な場所だ。そんな場所に赤の他人を助けに行くなんて無理。

優しさが他の人に向かってるのが気に食わない。

私とお兄ちゃんがこうやって生活できてるだけで十分じゃない。そんな些事(救援要請)に拘泥してないでもっと私を見て欲しいな……

 

……おっと。本題を忘れてた。昨日の手紙のことについて話をしないと。

 

また()()()を発揮して煮え切らない態度をとるものだと思ってたけど、あきらめてもらうしかないってキッパリ言った。

そうそう家に迎えに来る甲斐甲斐しさに騙されちゃいけない。不当な契約なんだからクーリングオフしちゃえばいいのよ!

お兄ちゃんはちゃんと分かってた!そう、思ってたのに。

 

()()()()()()()()()()??」

 

お兄ちゃんもこれが失言だとすぐに気づいたらしく顔に『しまった!』って書いてある。

失言だったら大問題だ。本当はそう思ってたってことなんだから。

疑念はあっという間に私の心の中に展開して強固な陣営を作ってしまった。

それは冗談なの?本音?どっち?

 

……どうやらお兄ちゃんなりの()便()だったらしい。

相手を持ち上げようって寸法だ。お兄ちゃんは甘い。そんなことをしたら相手は付け上がってくるに決まってる。

お兄ちゃんは断ることを後ろめたく感じているせいでそんな風に弱腰になっちゃうんだ。そんな断り方じゃあの人達の粘着は止みそうもない。

お兄ちゃんの為に私が心を鬼にして断らないとダメね!

 

でもこれで安心だ。

懸念事項が消えてやっと心の底からティータイムを楽しめる。

邪魔も入らない。何かをする予定もない。

 

お兄ちゃんとお話をしながら優雅な午後を過ごせると思ってたのに、お兄ちゃんはおもむろに立ち上がると部屋の片付けを始めてしまった。

そんなこと今じゃなくてもいいのに。

事務的な話が終わったらすぐにこうやって私から離れる。頼まれもしないのに人を助けようとするくせに、私が頼まないかぎりそばにいてくれないなんておかしい。

第一、 お兄ちゃんは働きすぎなんだ。もっと私に時間を使ってくれてもいいじゃない。

 

いいこと思いついた。私も料理を手伝えばいいんだ。

私はまだ子供だと思われてるからお兄ちゃんは仕事を一人でしようとして時間がなくなってしまう。

私が手伝えばお兄ちゃんもきっと喜んでくれる!

 

お兄ちゃんはあんまり乗り気じゃなかったけどなんとか説得した。

飯盒で米を炊くだけだから手伝いはいらないけど、それなら横に私がいても平気なはずだ。

炊飯器とちがって飯盒は少し手間が増えるけど米が炊きあがってく様子が伝わってきて楽しい。

 

お兄ちゃんがついていてくれたおかげで無事にお米が炊けた。その後、お兄ちゃんは牛丼を、私は鶏そぼろの缶詰を開けて食べた。

 

隣の芝生は青く見えるもので私はお兄ちゃんが食べている牛丼が妙においしそうに見えてしまう。

食べ合いっこを提案したら、乗ってくれた。お兄ちゃんも同じ思いだったらしい。

 

比べてみると、牛丼も美味しかったけどやっぱ鶏そぼろが一番かな。

スプーンを差し出されたその時はよだれがいっぱい出たけど、いざ食べてみると想定内の美味しさだった。やはり鶏そぼろをチョイスした私の選択眼は正しかった。

 

ご飯も終わってあとは寝るだけって時にお兄ちゃんが『最近やけに咲良の距離が近い』って愚痴っぽく言ってきた。

 

「……お兄ちゃんも距離が近いとかそういうこと言うんだ」

 

ショックでついそう言ってしまった。

お兄ちゃんはあのメモのことを知らない。あれは的外れな讒言だったはず。

……でも現にお兄ちゃんの口からその言葉が出た。

 

それからの私の動きは動揺を上手く隠せていたと思う。

そばにいたらボロを出してしまいそうだったから着替えるために離れたのだ。

 

「もうお兄ちゃん寝ちゃったかな?」

 

あんなことを言われたから中に入るのをちょっとためらう。

でも何の反応もないのでそのまま入った。

 

「…………………………」

 

普段ならすぐ寝付くはずなのに中々眠れない。

どうして急にあんなこと言ったんだろう?

私の感覚ではお兄ちゃんとの距離はむしろ遠いくらいなのになんで?

本当はもっと甘えたいけど我慢してる。これでも()()()()()()の?

たしかに昔と比べたら距離は近くなったけど、それは環境が違うからだ。

昔はお互いに無関心でもやっていけてたけど今はお互いに気にかけあう必要がある。こういう時こそ家族は一緒に居るべきなのだ。

それにお兄ちゃんは優しいし頼りになる反面、そのせいで余計なものまで引っ付けて帰ってくるから目を離すなんてできないじゃない。

だから私情を挟まなくても私が傍にいるのは当然。

ラスコー洞窟にもそう描かれている……のは冗談だけどお兄ちゃんにとってもこれは自明の理なのだ。

それなのにどうして……

 

遠慮しちゃってるのかな?私が妹だから甘えちゃいけないと思って気丈に振舞ってるだけなのかも。

それとも……

 

結論は出ない。

 

というかたった一言のためにこんなに悩むなんてバカバカしい。そんなことは分かっている。でも答えが欲しい。安心したい。

いつからお兄ちゃんの一挙手一投足が気になるようになったのだろう。

 

……眠れないのはお兄ちゃんのせいなんだからね!

怒りを込めてお兄ちゃんの背中をちょっと押す。

反応はない。ぐっすり寝てる。

 

はぁ……1周回って目がさえてきちゃったよ……

 

 

 




時間はあるがアイデアがない
アイデアはあるが時間がない

このままだと虚偽表示で訴えられそうなのでタグを少しだけ追加しました。
確かにこのような要素があるのは否定しないがそれがメインというわけでは決してありません(被告人陳述)



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乱世に於ける一女学生の遺せる独善的訪問の概括

申し訳程度のがっこうぐらし!要素


「ここ……ですかね?」

 

「表札に『青木』って書いてありますからそうだと思います。」

 

「……見た目から察するにここで間違いなさそうだな」

 

飛真君の家は住宅街の一角にあった。

一階は完全に封鎖されてベランダへ伸びる梯子がぶら下がっている。きっと二階から出入りするようにしているのだろう。

かれらの侵攻を抑えるために地面には様々な障害物が設置してあった。

まるで私たちを拒絶しているみたい……

 

……そんなわけないじゃない。やむにやまれぬ事情があって来れないだけ。私たちがこうやって迎えに来るのをきっと待ってるはずだわ!

 

梯子を登ってベランダに降り立つと雨水がいっぱい入った容器が目についた。

 

「おっとっと。危うく蹴っちゃうところだったぜ」

 

「……どうして水をためているのでしょう?」

 

めぐねえの声は微かに震えていた。

合流するつもりならこの家には長居しない。だから水をためる必要はないはず。つまり……

いや、まだそうと決まったわけじゃない。この家の中に彼はいるはずなのだから彼に聞けばいいのだ。

 

「おじゃましま~す。お迎えに来ました~。……あれ?」

 

「留守?おーい!迎えにきたぞー!」

 

部屋という部屋全部確認したけど誰もいなかった。でもさっきまで人がいた雰囲気はする。

 

「飛真君どこにいっちゃったんだろう……」

 

「……そういえば、外に自転車あったかしら?」

 

「もしかして、行き違いになってる?」

 

くるみが言ったように行き違いになっているだけなのかも。

……でも、もしそうならどうして水をためる必要があるの?

洗い場にある二人分の食器、読みかけの漫画が散らばった部屋。生活感にあふれていることがそうではないことを物語っている。

となると考えられるのは物資調達だ。さっきテーブルにカードリッジが空の状態のガスコンロがあった。インスタント食品はまだ残ってたけど、ウォーターサーバーの水が残りわずかしかなかった。そういった必需品を調達しに()()()()とすればこの濃い生活感にも説明がつく。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

一度そう思うともう止まらない。

そういえばあの時急に一人で帰るって言いだして荷物も全部持って帰っちゃった。住宅街だから車で行くのは危ないというのが理由だったけど……今思えば方便だったのかも。でもどうして?裏切られる理由がわからないわ。学校のほうが生活しやすいのは在学生の飛真君ならすぐわかるはず。なにが嫌だったのだろう?いや、違う。別の要因があるはずだわ。

……()()()()()()家にとどまらなくてはいけなかった原因があるはず。

 

「…………しばらく、ここで待ってましょう。」

 

めぐねえもそう感じたらしい。

行くときの明るい表情がウソみたいに沈鬱な顔になってる。

まだ決まったわけじゃないけど、私たちは騙されていた可能性が高い。

 

「え?でもゆき達にはすぐ帰るって言っちゃったし……」

 

「きっとすぐに帰ってきますよ。だから少し待つだけです」

 

「まぁ、ちょっとくらいなら大丈夫か」

 

くるみはすぐにも帰りたそうにしてたけどめぐねえが説き伏せた。

すこし遅れることより飛真君の無事をこの目で確認する方が大事に決まってるじゃない。

 

待つとは言ってもこんなこと想定してなかったから暇だ。

めぐねえがベランダに出て外を見ているから私は特に何もしなくていいし……

手持ち無沙汰になって辺りを見渡す。

トランプでも持っていけばよかったわ。暇つぶしになるものでもあればいいのだけど……

 

「なんだりーさん、男の部屋がそんなに興味深いのか?」

 

「へ?い、いや……別にそういうわけじゃ……」

 

くるみがいたずらっぽい笑みを湛えながらからかってきた。

本当にそんなつもりなかったのに指摘されてなぜか赤面してしまう。

そういえばここは飛真君の部屋だったわ。急に緊張してきた。

くるみは勝手知ったるといった顔でベッドに腰掛けてる。

こういう時に自然体にふるまえるくるみが羨ましい。

 

「ん?枕が二つ?なんか一流ホテルみたいだな……」

 

枕が二つ?……それってもしかして。

横の部屋に行って確認する。この部屋にもベッドが置いてある。インテリアから察するに飛真君の妹の部屋で間違いないだろう。

 

やっぱり。

ここに枕はない。……つまりあの狭いベッドで二人寄り添って眠っていた、ということになる

 

たまたま今日だけなのだろうか?それとも毎日……

いや頻度とかの問題じゃない。姉妹とかならまだわかる。私も妹に頼まれたら添い寝すると思う。でも、いくら仲が良い兄妹でも一緒に寝たりはしないはずだ。

狭いベッドで二人がひしめき合って寝る理由が見当たらない。寝具は人数分ある。お互いを温め合うほど寒いわけでもない……

 

……まぁ、そういうこともある、ってことかな?

 

私たちと一緒に生活するようになるわけだし兄妹どうしの仲は良いほうが円滑に暮らせるわよね、うん。

 

なんかモヤモヤするけどそう思うことにしよう。考えすぎてはいけない、そんな気がした。

 

枕のないベッドから目をそらすと、横にあったゴミ箱に気づいた。小さな何の変哲もないゴミ箱だ。その中にはビリビリになった紙が入っていた。

もちろん人の家のゴミをあさる趣味はない。飛真君の部屋の生活感に比べてよそよそしさを感じる部屋の中、そこだけ感情が残っている気がしたのだ。

紙だと思ったら写真のようだ。写真をビリビリにして捨てるなんて何かあったのだろうか?

 

え?

 

私たちの、写真?

 

それは活動記録の為に撮った記念写真()()()。私たちの部分だけがご丁寧に破られていて飛真君が写っている所は無傷だった。

なんでこの写真がここにあるの?……いや、それは大した問題じゃない。

問題はどうして破られた状態で捨てられていたのか、だ。

 

場所から考えてこれをしたのは飛真君の妹だ。彼女からすれば兄が急に一日いなくなったのだ。帰ってきた飛馬君に対して無事を安心する気持ちより怒りの気持ちが先立ってしまい、()()()写真を破ってしまったのだろうか?

でも突発的な行動の結果と考えるには破り方が丁寧だ。

 

……私たちのことが気に食わなくて破ったってこと?

破り方から考えればこれが一番しっくりくるけど、となるとどうして私たちが嫌われているのかがわからない。

そういえば妹が賛成してくれるかわからないって飛馬君言ってたっけ。一人で帰った理由も妹さんが理由だった。

飛馬君は了承してくれたけど、だからと言って私たちは妹さんに学校に来ることを強制することはできない。

だから飛馬君が説得に行く……説得といっても飛馬君が学校に来ることは()()()()()()のだから報告といったほうが正しいかも。

 

でも飛馬君が約束の時間に来なかったのとこの写真の惨状を考えれば二人の間で意見が割れてしまったことは容易に想像できる。

 

飛真君の提案に反対する理由なんてない。このような状況なのだから設備の整った場所で協力し合って生活するのが一番に決まっているのに……

きっと妹さんは精神的に不安定なんだわ。これは氷山の一角で飛真君は妹さんのヒステリーに悩まされてるのかもしれない。

常に死の危険が迫っている中正気を保つのは確かに大変だけど八つ当たりをされてる飛真君がかわいそうだ。

まるでヒーローの如く私たちを助けてくれた飛真君だったけど彼にもこんな悩みがあったのね……

 

やっぱりあれは運命だったのね!あの時出会ってなければ私たちは生きていなかったし、飛真君も妹さんとの生活に遅かれ早かれ参ってしまっただろう。

 

「若狭さんどうしました?」

 

考え事に夢中になっていてめぐねえが来たのに気が付かなかった。

 

「実は……」

 

めぐねえには話しておいた方が良いかもしれない。

枕と写真のことを話した。私が予想した妹さんの人物像も一緒に言った。一筋縄ではいかない相手かもしれないのだ。疑念を共有しないと。

 

「素性の分からない人と突然一緒に暮らすとなると困惑してしまうと思って、その写真は飛真君に託したんです。飛真君が脅されて言っているわけではないと信じてもらうためでもあったんですが……」

 

「あ、写真を渡したのは先生だったんですね」

 

「ええ。完全に裏目にでてしまったようですけど……」

 

しょんぼりしてしまってめぐねえが小さく見える。慰めようとした矢先

 

「……まさか……いえ、そんなことあり得ないわ……」

 

「どうしたんですか?」

 

「いや……なんでもないの。それよりも、彼女には心のケアが必要かもしれないわね……絶対にあの二人を学校に連れて行かなきゃいけないわ。一人きりは危険だけど二人だけというのも危険なの。閉鎖的な環境だと一度関係性が確立したらそれを変えるのは難しい。止める者もいないからエスカレートする傾向もある。私が、私が救ってあげなくちゃ……」

 

何かに気づいたようだったけどはぐらかされた。なんだろう?エスカレートって何が?

よくわからないけどそれがシリアスな問題であることはめぐねえの表情から分かる。

 

「若狭さん。このことは他の部員には内緒にしましょう」

 

「え?」

 

「みんなにこのことを伝えたら妹さんの心証が悪くなってしまいます。飛真君もまだ写真については気づいてないはずです。私たちが黙っていれば不和も起きません。」

 

「は、はい。そうですね。」

 

いつになく真剣な表情だ。思わずうなずいてしまった。部内の平穏を優先したのだろうけど私は納得できなかった。あんなひどいことをする人とは仲良くなれそうもない。

 

 

「二人とも向こうの部屋で何してたんだよー」

 

くるみは漫画を読んでくつろいでいた。さっきから静かだったのはそのせいか。

 

「何か遊べるものがないか探してたんです」

 

めぐねえが流れるように嘘をついた。どうやら有言実行するつもりらしい。

 

「新しい漫画とかあった?」

 

「いえ、特にこれと言ったものはなかったです」

 

「なーんだ。残念。トランプぐらいあると思うんだけどな」

 

「じゃあ私が一階を捜して来るわ」

 

「りーさん。まぁ待て。私に心当たりがあーる」

 

くるみはなぜかニヤニヤしてる。良からぬことを思いついたのだろう

 

「それは……ベッドの下だ!」

 

「「ベッドの下?」」

 

()()()()()はベッドの下にあると相場が決まっているのだよワトソン君」

 

相場ってどこの?よくわからないがくるみは得意げだ。なにか根拠があるのだろうか?

 

「はいはい迷推理、迷推理。お見事ですねー」

 

「む。信用してないな?それなら今から証明して見せよう」

 

そういうと本当にベッドの下に手を伸ばしだした。あんまり綺麗なところじゃないからやめた方が良いと思うのだけど……

 

「ちょ、ちょっと恵飛須沢さん。男性の部屋でそれは……」

 

「めぐねえは詳しいねぇ……」

 

「ち、ち、ち、違います!詳しくなんかないです!ただ私は親しき中にも礼儀ありということをですねぇ……」

 

「大丈夫大丈夫。あんなの都市伝説だから、見つかりっこないって」

 

話が見えないけど、どうやら『大事な物を隠すならベッドの下!』といった風潮があるらしい。大切な物なら金庫とかにしまっておくべきじゃないのかしら?

 

「お。なんか箱がある」

 

「恵飛須沢さん!!いけません!!」

 

めぐねえは何故か顔が真っ赤だ。

 

「よいしょっと」

 

出てきたのは四角い収納ケースだった。これが、大事な物?とてもそんな風には見えないけど。

埃もかぶってて大事にされている感じはしない。

 

「じゃあ早速あけr「ダメです。」

 

開けようとするくるみの手をめぐねえが抑えた。

 

「人には誰だってプライバシーがあります。それを侵害してはいけません」

 

「ちえっ……わかったよ」

 

「分かればいいんです」

 

確かに人の家の収納をあれこれ開けるのは不躾だ。くるみもこれであきらめ……

 

「……と思わせて!」

 

「あっ」

 

……なかった。

 

箱の中にはカードがいっぱい詰まってた。

たしか『投☆資☆王~キャピタリズムモンスターズ~』とか言ったっけ。昔からある有名なカードゲームだ。コンビニとかでもカードが売ってたような気がする。

それにしてもすごい量のカード……集めるのにどれくらいかかったんだろう

 

「な?何ともなかっただろ?」

 

「それでもダメです!早く閉まってください!……全くもう!」

 

「あっ、ちょっちょ……」

 

重さを確かめようと箱を持ち上げたくるみに対してめぐねえはそれを阻止しようと手を伸ばした。

虚を突かれたくるみは思わず力を緩めてしまって……

 

ドシャ!

 

中身をぶちまけてしまった。

 

「「「あっ」」」

 

本来ならすぐにでもカードを拾わないといけないのだが、私たちは皆一様に固まってしあった。

箱の中身はカードだけではなかったのだ。中身をひっくり返してしまったことにより()()()()()()()が私たちの前に現れた。

 

それは本、いや雑誌だった。カラーで、肌色が多くて、隠れて然るべきところが隠れていない女性が写った……雑誌だった。

今私たちが見えるのはその一冊だけでその下にはまだ何冊かあったけど誰も表紙や中身を確認しようとしない。

 

永久の沈黙を破ったのはくるみだった。

 

「その……ほんとにあるとは思わなくて…………スマン!!」

 

そういうことか。()()()()()()はよくベッドの下に隠されているっていうお約束があってそれでくるみはあんなにニヤニヤしてたのか。

私たちじゃなくて飛真君に謝るべきだと思う。

 

「……と、とりあえず元通りにしましょ?」

 

「そう、ですね……」

 

見た目は何事もなかったのように元通りになったけど、くるみはひたすら気まずそうにしてめぐねえは素知らぬふりをしようと頑張ってるけど顔が真っ赤だから全く隠せてない。

きっと私も顔が赤くなってると思う。

事故でとはいえ人が最も隠したいと思っている一辺を見てしまったのだ。意味もなく心臓がドキドキして頭も真っ白。どう振舞えばいいのか皆目見当もつかない。

 

誰もしゃべらないと閑静な住宅地は本当に鳥のさえずりくらいしか聞こえない。

 

気まずい。

 

この状況を作った本人をにらみつけても申し訳なさそうな顔をするだけでこの気まずさが消えるわけではない。

 

……私は、ちゃんと理解してる。学校でも習った。健康な若い男性なのだからしょうがないことなのだ。それを持っていることに何ら不思議な点はないし寧ろ当然なのだ。うん。

先生からすればまだまだ子供かもしれないけど、高校生なんだから身体的にはもう大人だ。

 

ゆっくりゆっくり現実を飲み込む。これは事故なのだから次会った時変な顔をしないように気を付けないと。

 

めぐねえはさっきまで顔が真っ赤だったけど今度は心なしか顔色が悪い。めぐねえは結構顔に出るタイプだからよくわかる。

そんなショッキングだったのかな?でも考えてみれば当たり前のことだからそこまで深刻にとらえなくてもいいと思う。

私が言うのもなんだけどめぐねえはこういったことに耐性がなさすぎるんじゃないかな……

 

「あ。オセロあるじゃん!……でも三人じゃ遊べないなぁ」

 

気まずさに耐えかねたくるみはこの部屋を物色してた。ついにゲームを見つけたらしいが確かにオセロだとみんなで遊べない。

 

「対戦表が入ってる。どれどれ……妹が勝ち越してるな。『お兄ちゃんは角を取ろうとする気持ちが強すぎる』なんて書かれちゃってる……あの二人結構仲いいんだな。」

 

忘れていた違和感を思い出した。そう、あの二人は一緒に寝るくらい仲がいい。でも兄の学校への誘いはヒステリックに拒絶した。そこがよくわからなかったんだ。

めぐねえは思いついたらしいけど……

 

「そうですね。あの二人は仲がいいんですね。本当にそれだけならいいんですけど……」

 

なんだか含みのある物言いだ。めぐねえには何が見えているのだろう?

 

…………………………

 

……………………

 

……まさか。

 

鳥肌が立って寒気もする。考えるだけでもおぞましい。

普段なら絶対に思いつかないし、思いついたとしてもそんなことはあり得ないと一蹴するだろう。でも今回は違った。

絶対にくっつかない点と点がつながった。

 

ゾンビが現実の脅威として存在する世界に以前の常識は役に立たない。なにが起こってもおかしくない。それは人間関係でも同じかもしれない。

その一方で変わらないものもある。死体が動くようになっても私たちはお腹がすくし、夜になると眠くなる。生理的欲求は普遍だ。

 

昔の常識から見ればただの仲良しの兄妹なのかもしれない。でも()()()()()()()()()()()()()

仲良しの範疇を超えて執着しているとしたら説明がつく。片時も離れたくないなら一緒に寝てもおかしくないし、私たちの存在も邪魔に見えてしまうだろう。

十分に常軌を逸している考えだと思うけど一番納得できる。

 

そしてそれが行きつく先は…………………………

 

「なんか二人とも顔色が悪いぞ。どうしたんだ?」

 

「いえ、なんでもないです」

 

「なんでもないわ」

 

「そういう割にはやっぱ顔色が悪いけどな……さっきからずっと黙ったままだし。そろそろ帰ろうぜ。ゆき達も心配してるだろうしさ。」

 

気が付けば日が傾いてきてる。まだ明るいうちに帰った方がいいのは分かる。でも()()が晴れるまでは……

 

「もう少し待ちましょう。飛真君はきっとすぐここにやってくるはずです」

 

「でもよー、もう結構待ったぜ?元々そんなに長居するつもりはなかったんだから別日でもいいじゃん?」

 

「そう、ですね。でしたら置手紙を残しておきましょう。」

 

これ以上遅くなったら学校にいるゆき達が心配して探しにくるかもしれない。私たちには戻らないといけない場所がある。めぐねえの判断に従うしかない。

 

……私もみんなもこんな殺伐とした世界に放り込まれて疲れているんだ。あんなことを思いつくんだから私も十分狂ってる。くるみがあんなエッ……成人向けの本を見つけるから発想が暴走しちゃったじゃない!

杞憂に決まってる。今日は会えなかったけど、次はきっと()()()()()会えるはずだ。

 

でも妹さんには一言忠告しておかないとね。頼れる人が飛真君しかいないとしてもべったりしすぎだ。家族ならもっと節度をもって接するべきだわ。しかも写真を破るなんていくらなんでもひどい。性格の悪い人と家族だからという理由で一緒に居ないといけない飛真君がかわいそう。現にあなたのワガママのせいで飛真君は私たちの元に来れていないじゃない。

 

「そろそろ行こうってめぐねえが言ってたぞ……何書いてんだ?」

 

「ちょっとね。私からも伝言。今行く」

 

風通しを良くしないと飛真君まで腐ってしまうわ。

 




くるみちゃんは色々なことに理解がありそうだなぁ、、、閃いた!……ということで書いた次第です。割と思い付きです。

次は時間を進めていきたいとは思ってる。思ってはいるんですがねぇ……


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ほう・れん・そう

課題は一匹見たら三十匹は確実にいると思え

2020/8/29追記
これ以降、飛真君含めキャラの発言は「」を付けて区別していこうと思います。
表現方法が若干変わってしまいます。ご了承ください。


お、目が覚めた。

 

時間を確認したいけどこの位置からじゃ分からないな

起き……あれ?起きれないぞ?目は覚めてるのになぁ……

 

そういや飛真君壁側で寝たんだっけ。妹が起きてくれないと動こうにも動けないのか。

だからこんな狭い所で寝るべきじゃないんだよ……

 

「ホラ。起きて起きて!」

 

「…………………………ん~~?」

 

「…………………………すぅすぅ……」

 

えぇ……(困惑)

飛真君とほぼ同時刻に寝たんだから睡眠時間は十分でしょ

惰眠を貪っていらっしゃる。規定時間以上寝てもメリットは何もないんですけど。

 

「動けないから早く起きて!」

 

「もう朝なの…………?」

 

「そうだよ(早朝)」

 

「…………………………わかったよ、起きるよ……」

 

やっと動ける。時間は……別に遅くも早くもない。

寝た時刻から逆算しても睡眠時間は十分だなぁ

 

「悪い夢でも見たのか?」

 

「……そうじゃ、ないけど……なんか寝付けなくて……」

 

「やっぱり狭いからじゃないのか?そろそろ別々で寝たほうが……」

 

「……寝苦しいとは、一言も言ってないじゃない」

 

飛真君は確実に寝苦しいって思ってますけどね。快速並みの速さで眠りに落ちてたのに最近じゃ鈍行ですから。

心なしか不機嫌に見えるな……

 

まぁぐっすり寝てた中起こされて機嫌が悪いんだろうな。熟睡のさなか起こされれば仏でさえ顔をしかめるはず。

とりあえずご飯にしよう。なんか食べれば気持ちも落ち着くはず

 

ご飯の支度といっても朝は本当に軽く保存食を食べて終わりですけどね。

消費期限との戦いはもう終わったのであとは賞味期限が短いものから順次食べていく感じですね。

正気度がかなり安定しているから回復ソースを料理に求めずとも規則正しい生活さえしていれば大丈夫。

食糧、水の備蓄は称号獲得までは足りそうです。

 

「お兄ちゃん、今日は何もないよね?」

 

「そうだね」

 

外に出てスコップマスターに向けて経験値稼ぎをしたいけど、これは用事のうちに入らないよな……

先日の雨の日は何事も起こらなかったけど、次の雨の日もそうだとは限らない。その日を耐えればクリアになるわけだから絶対()()()()はずなんだよな。今度こそかれらが来るかもしれない。そんなときにやっぱ頼りになるのがスコップマスター

お前がくるみちゃんになるんだよぉ!!

 

強力な分、必要なポイントが多いしスコップを使ってかれらを一定数処理しないと取得条件を満たせないからなぁ……

ちょくちょく外に出ていたとはいえそれくらいの外出じゃ数は稼げないんですよ

学校ルートだったらしんがりを務めていればこれくらいの時期には取れたりするけど、この縛りじゃ意図的に外に繰り出さないとダメか……

 

「じゃあ私寝るね……ふわぁ……お昼になったら起こして……ねむ……」

 

食っちゃ寝。マジか。完全にこの世界に順応してるッ……!

動くとお腹が減るし、大人しくするっていうのは実際合理的ではある。

本当に寝不足だったんだな。無理に起こす必要はなかったかも。いや、起こさないと飛真君起きれなかったし……

 

妹と一緒に近所の掃除(かれらの処理)したかったけどまぁしょうがない。一人でやりますか

一人でやるなら路地は危ないからしらせ号に乗って広い道路に出ないとな。

あと返り血対策に使い捨て前提のカッパとかも必要だな。

 

行く前に妹に一声かけて……ってもう寝てる。

当然のように飛真君のベッドで寝てるんですけど……寝ぼけて入っちゃったのかな?(希望的観測)

 

……すぐに帰ってくるつもりだし、この調子じゃ結構な時間寝てそうだから別に何も言わずに出かけてもいいか

外に行くとか言うとまたガミガミ言われそうだし。

 

水と軽食を一応持って……イクゾー!

 

気兼ねなく自転車を繰れるのは楽しいですね!

あっという間に道路に着いちゃった。早速殺っちゃいましょう!

見晴らしがいい所なら周りにさえ気を付けていれば各個撃破は余裕です

返り血を浴びないようにカッパを着てるからある程度派手に動いても大丈夫!

 

~~~~~~~~~♪

 

お掃除楽しい(潔癖症)

 

なんか最近家にいても息が詰まるっていうか……家族との距離感って言えばいいんですかね……噛み合ってない感じがして……別に嫌われてるわけではないと思うんですけど……正直、外にいた方が気楽なんですよ……(1X歳、警備職)

 

軽い愚痴のはずだったのにちょっと深刻な感じになってしまった

実際、悠々自適の自宅警備員ライフを期待してた部分はある。

妹が協力的なのは良いんだけどちょっと近い気がするんですよね。急に怒り出したりするし。

家にずっといるのは良くないですよね。少しは外に出て気分転換しないと(自粛生活で得た教訓)

殺戮ショーを見てても正気度が減るだけだし。一人の時間が欲しいとかそういうことは全く考えてないデス。はい。

 

そんなこと言ってる間に規定量までもうすぐですね。筋力ゴリラにはなれなくても技巧派オランウータンにはなれる……!

でも、もう周りに獲物がいないな……そろそろ潮時かな。妹に昼になったら起こせって言われてるし今戻れば昼には全然間に合うな。

 

ブロロロロロロロロロロロロ……

 

ん?なんか聞こえた……?気のせい?

 

……あ。車が走ってる……

新しい生存者かも!まだ生きてる人いたんだ!

 

今日は運がいいな。……とはいっても生存者と会ってどうするんだって話ですよね。

ヘンに接触するとまた学園生活部みたいにズルズルいきそう……

そっとしときますか。車を持ってるなら助けは必要なさそうですしおすし

 

ブロロロロロロ……!

 

こっちに来てる。気づかれたか。こっちから見えるってことは向こうからも見えて当然か。

友好的な村人だといいんですけど果たして……

 

あれは、ミニクーパー?

まっすぐ向かってくるぞ……これってもしかしなくても……

 

「飛真君!」

 

てゅわあああ!忘れてたああああ!

完全に油断してた…………やべぇよ、やべぇよ……

車がこんな状況で走ってる時点でフラグビンビンだったじゃん。やっぱたるんでるなぁ………

 

めぐねえ、飛真君が血みどろじゃなかったら抱きつかんばかりの勢いでしたね。

 

「無事だったんですね!でもどうしてこんなところに?……とにかく()()()()()()!さぁ!車に乗ってください!」

 

いやまって。テンション高っ……

帰る場所は我が家なんで、それはむりむりかたつむりですね。

 

「いや、それはちょっと……まず家に帰らなくちゃ……」

 

「……あ。そうですよね。ごめんなさい……」

 

シュンとしてるめぐねえかわいい。

みんなぞろぞろ降りてきたぞ……あ、乗ってるのはめぐねえとりーさん、それとみーくんか。全員じゃないんだ……

 

「あの。飛真君はこんなところで何をしてるんですか……?」

 

みーくんが不審な目でこっちを見てくる。おじさん怪しい人じゃないよ?(with血みどろのカッパ+スコップ)

 

「ちょっとした運動です。」キリッ

 

「……そうですか」

 

「他の人たちは?」

 

「昨日、直樹さんの友人の祠堂さんを救出したんです。やっぱり()()()()()()()()状態だったのでとても大変だったんです。それでまだ疲れが取れていない方々は留守番することになったんです」

 

ヘーソンナンデスカー

ナチュラルに飛真君がいなかったことを詰ってる。それにしてもすごいな。駅はかれらが非常に多くて厄介なんだけど……

フィジカルモンスター(くるみちゃん)のおかげなんだろうな。圭ちゃんも加入して学園生活部は盤石の体制ですね。飛真君はいなくても全然やってけそうですね。

 

「それなら皆さんはどうしてここに……?」

 

きっと疲れてるはず。連日車で外に出る理由はないと思うんだが

 

「飛真君のお迎えに行こうと……でも、外で会えるなんて……ひょっとして私たちが来るのが待ちきれなかったんですか?」

 

「別にそういうわけでは……」

 

「ふふふっ。冗談ですよ。……ちょっと待っててくださいね。武器を取ってきますから……」

 

デスヨネー。手紙にちゃんと『迎えに来ますから』って書いてあったし

ヤバい。このまま家に凸る気だ。住宅地は狭いから車は通るのが難しいからな。どこかで徒歩に切り替えるとなると、この辺の広い道路が候補地になるのか。

そう考えるとここでかれら狩りをしたのは悪手だったなぁ……なまじ家から近いから……

 

……いや。これはむしろチャンスかもしれない。ここで学校行きを数日延期することができたら学園生活部は妹とエンカウントせずにすむ。強硬派の妹と会うと話がこじれそうだからここでケリをつければ安泰が約束される。

 

適当に理由をでっちあげればきっと信じてくれるハズ。

まずは家に行こうとするのを止めないと

 

「動いてたから疲れちゃって……少し休憩してからでもいいですか?」

 

「そうですね。周りは安全そうですし……ちょっと休憩してから行きますか」

 

「あ、じゃあ私かれらが来ないか見張ってます」

 

許された。みーくんが見張りしてくれるので安心ですね。もう用は済んだし返り血対策のカッパは脱いじゃいますか。結構汚れてるから再利用は難しいかな……

 

「すごい汗ですよ!そのままにしてたらカゼひいちゃいます!えっと……タオルタオル……」

 

晴れてる中カッパ着て運動してれば汗もかいちゃうか。でもそんな大げさな……

水分補給さえしていれば問題はないはず。

 

「ちょっと小さいですけど、タオルハンカチなので大丈夫だと思います。どうぞ使ってください!」

 

「いや、そんな……悪いですよ……」

 

「私は一応持ってただけで使わないので大丈夫です。だから飛真君が持っててください」

 

そこまで言われたら受け取るしかないっすね

女子力が高い。きっとポケットティッシュと絆創膏も持ってるんだろうなぁ(偏見)

くれる、というか学校に戻ったら洗濯するから飛真君が持ってても構わないってことですね。

こんな中、学校に行かないなんて言うと思うと胃が痛くなってしまう……

でもまぁ言わなきゃダメだしな。

 

「わざわざ来てもらってこんなこと言うのは大変心苦しいんですけど、その……実は、僕()()学校に行けないんです。だからここでおわかr「どうしてですか?」

 

空気がっ……重いっ……!

めぐねえスマイルが消えた……スマイルください(懇願)

りーさんも『信じられない』って顔してるし……

 

「まだ父の安否が不明で。帰ってくる可能性があるからあと少し家で待ってようってことになって……」

 

「置手紙を置いていけば大丈夫です。行ったことがない人でも学校なら比較的近いですし、目立つのですぐに来れるはずです」

 

安全な場所(学校)にいた方が飛真君のお父さんも安心できるはずです」

 

やっぱこれじゃ理由として弱いよな……

二人して速攻で反論するからなんか怖い。他に理由……でっちあげればないこともないが……

よし!ここは『妹は病弱作戦』でいくしかないな!(今考えた)

学園生活部の面々は妹と会ったことがないのでこれがホラだと気づかないはず。バレさえしなければ嘘は真実の仮面を付け続けられるッ……

学校に行けない理由としてこれが最も妥当かつ信ぴょう性があると思う。

 

「それに、昔から妹は体があまり丈夫じゃなくて……だから今も寝込んでて……先日薬を取ってきたんできっと数日もしたら治ると思います。でもそれまでは安静にしてあげたいんです。そのことを連絡しようにも通信手段がありませんからどうしようもなくって……すいません。」

 

どうだ?それっぽいのでは?

今も妹は寝込んでるのはウソじゃない。ウソをつくときには真実をすこし混ぜたほうが良いってじっちゃんが言ってた。

 

「そう、だったのね……」

 

「それなら確かにしょうがないですね……」

 

お。効果てきめん。ええぞ!ええぞ!

 

「事情は分かりました。何か困ってることはありませんか?私たちにもお手伝いできることがあるかもしれません」

 

「大丈夫です。自分ひとりでなんとかなります。」

 

「そうですか。……でも今日はどうして外に?さっきは運動だって行ってましたけど、事情を聞けば家にいた方が良いような気がします……」

 

「えっと、それは……」

 

お前の作戦ガバガバじゃねぇか(呆れ)

不意を突かれて上手い言い訳が思いつかないゾ……

 

「妹さんと何かあったんですか?」

 

「……別に何も」

 

「本当ですか?本当に妹さんとは()()()()んですか?」

 

なんや。疑り深いな。まぁ、傍から見たら誤解されそうなことは少しあるけど実際何もおきてないしセーフ!

 

「……たまたま今日は外に出たい気分だっただけです。妹とケンカしたとかそういうのじゃないです」

 

「目が泳いでますよ?……本当は妹さんにべったりされてちょっと迷惑に思っているんですよね?」

 

なぜ分かるんだ?女の勘ってやつ?それとも直感が高いと人の心を読めるようになるのか?

 

「距離感に辟易して外の空気を吸いに来たってことですよね?」

 

「いや、あの、その……」

 

「一人で背負わないでください。私たちも妹さんが()()してくれるように説得しますから」

 

「若狭さんの言う通りです。ずっとべったりされてたら飛真君のほうまで参ってしまいますよ」

 

あれれ~おかしいぞ~

状況がむしろ悪化してる~どうしてだろ~?

このまま袂を分かつ流れだったジャン!このままじゃウソがばれてしまう!

 

「ここまで移動できればあとは車で学校に行けます。みんなで協力すればきっと大丈夫ですよ。ね?」

 

ね?って言いながら手を掴むのはよくない。家に行く気満々じゃん。

(手を振りほどく勇気は)ないです。

 

「そろそろ行きましょうよ。今のところかれらは見当たりませんけどいつ現れるかわかりませ……って何してるんですか」

 

みーくんが戻ってきた。先生が生徒の手をがっちりホールドしてるのを見たらそりゃ目が点になるよな。

そうだ!理性的なみーくんなら事情を話せばわかってくれるはず……!あの二人ちょっと変だよ……

 

かくかくしかじか

 

「……なるほど。それなら私たちはここで別れた方がよさそうですね」

 

おお!わかってくれた!これで勝つる!

 

「飛真君一人で妹さんの面倒を見るのは大変です。学校の方が環境もいいですし、一緒に来てもらったほうがいいんじゃないかしら?」

 

「体調が悪い人を学校に移動させるのは車で移動できるとしてもリスクが高いです。体調が万全になってから来てもらったほうが安全です」

 

「でも……」

 

「元々私は今日の外出には賛成じゃなかったんです。みんな疲れているのに先生がどうしてもって言うので……飛真君の安否をこの目で確かめられただけで十分じゃないですか。私たちの力だけで圭を救出できました。上手くかれらを誘導できれば私たちでも対処可能なんです。だから合流を急がなくても平気だと思います」

 

ええぞ!ええぞ!

思わぬ援軍ですね。これで形勢はひっくり返る!圭だけに。

 

「……そうですね。確かに病人を保護しながら学校に運ぶのは現実的じゃないです。残念ですが別行動になるしかないですね……」

 

「…………」

 

どうやら助かったみたいです。

一時はどうなることかと思いましたよ……

 

「妹の体調が回復したら絶対に学校に行きますから。じゃあ、また……」

 

「あ。最後にちょっと」

 

「……?」

 

「もし何かあったら迷わず学校に来てください。まだ探索できていませんが、学校には地下に非常避難区域があるらしくて、そこには抗生物質まであるらしいです」

 

()()()も、あると書かれていました……」

 

「それって………」

 

「詳しい話はここでは無理ですが、あの学校は明らかにこの事態を想定してました。……分からないこと、考えなくちゃいけないことがまだまだたくさんあります。私たちも飛真君の力が必要なんです。だから……()()()()()

 

「………わかり、ました。」

 

めっちゃ戦力として期待されてんじゃん。ここまであてにされると罪悪感が……

いやでも当然か。()()()()()()()なんだから、主人公(プレイヤー)が学校にいないと困るよな。

でもごめんなさい。これも称号の為なんです……

 

■■■

 

すぐに帰るつもりだったのに学園生活部につかまっちゃったせいで遅くなってしまった……

もうお天道様が真上にきてるよ……早く帰らなきゃ

 

家に着いたけど、なんか戻るのが怖いな。

妹がまだ寝てれば何食わぬ顔で帰れるのだが……果たして?

 

「ただいまー」(小声)

 

音がしないってことはまだ寝てるんだな。セーフ!!

それじゃ起こしにかかりますか。

 

「おーい。もう昼だぞー起きろー」

 

あれ?いないぞ。確か飛真君のベッドで寝てたはずじゃ……?

自分のベッドに移ったのかな。

 

 

 

 

……………どこにも妹の姿がないんだが。

一階も二階もくまなく探したし声もかけた。でも誰もいない。

 

妹の自転車はあった。

外には……ってあり得る可能性は外しかないよな。

 

多分自分で目が覚めて、飛真君がいないことに気づいたから外に探しに行ったんだ。

絶対そうだ。

 

置手紙の一つでも残しておくべきだった……いや、そもそも無断で外に出るべきじゃなかった。

自分のガバで家族を死なせることになってしまう………

どう言い訳しよう。ありのままを伝えるべき?それとも……

いやいやそんなこと言ってる場合じゃない!

 

とにかく、探さないと!!

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

「本当に行くのか?」

 

「昨日みたいに救出に行くわけではありません。今日は車も使うのですぐ帰ってこれます」

 

「でもよー、めぐねえも疲れてるんじゃない?ゆきなんて疲れすぎてまだ寝てるぞ………別に明日とかでもいいんじゃないか?」

 

「……そういうわけにはいきません」

 

「?………まぁいいや。とにかく、気を付けてなー」

 

「はい。行ってきます」

 

本当は昨日にでも行きたかったのだけど………急用が入って行けなかったわ。飛真君がいない中、私たちだけで救出ができるか不安だったけど………何とかなって良かった。

でも、それには運の要素が大きかった。

私たちがかれらの対処の仕方を心得ていた上、駅はかれらの数が多い一方で開けていて誘導さえしっかりできれば不意打ちの危険は少ない。

祠堂さんは疲労困憊といった様子だったけど、私たちの指示をよく理解して行動してくれたおかげでスムーズに撤退できた。

 

そう、イレギュラーが起きなかった。それだけだった。

 

かれらを避けることはできても立ち向かう力が私たちにはない。大人は私しかいない。部員の命を守るのは私の責任だ。なのに………

 

私はこんなことになる前にあのマニュアルを貰っていた。真っ先に気づいてみんなを助けるべきだったのに、できなかった。

皆を指導しなきゃいけない立場なのにみんなに支えられっぱなしだ。学校にある非常避難区域についてだって自分ひとりじゃ方針を決められなかった。

 

………いけない。またこうやってマイナスに考えちゃう。私は、私にできることをするだけ。

 

部員が()()()()()のだから助けに行く。これは顧問として当然の行いだわ。

飛真君はのっぴきならない事情で学校に来れずにいる。その事情というのは……たぶん、いや絶対妹が関係している。

家庭訪問した時に分かったのは飛真君の身が危ないということだ。私たちの写真を破るなんて気が狂ってるわ。不安定な人間は時としてめちゃくちゃな方法でバランスを保とうとする。危ないわ。

なぜ妹がこんなに会ってもいない私たちに対して敵愾心を抱いてるのか分からない。

……いや。推測はできる。きっと自分の()()を取られたくないんだわ。

 

外の人間に対して警戒するのは当然のことで、それについては何も非難するつもりはない。でもこの反応は明らかに過剰、アレルギーじみてるわ。

それに距離が近すぎるのも問題ね。一緒に寝るなんて、ありとあらゆる情状酌量の余地を勘定に入れても看過できるものではないわ!

飛真君は私を待ってる。このままだと第三者が存在しない狭い家で飛真君は押しつぶされてしまう……

 

「先生!前見て!前!」

 

「へっ?」

 

ふと我に返ると乗り捨てられた車が道をふさいでいた。

あわててブレーキを踏む。

 

キキーッ!

 

「先生………大丈夫ですか?やっぱり疲れがたまってるんじゃ………」

 

「平気です。ちょっと反応が遅れてしまっただけです」

 

「それが命取りになってしまうんです。悠里先p……りーさんも疲れた顔をしてます。今の私たちは万全じゃないです。今からでも引き返しましょうよ」

 

「……困ってる人を見捨てるわけにはいきません」

 

「それはそう、ですけど………」

 

直樹さんの言っていることはたしかにもっともだ。でも日を重ねるごとに不安が増してしまう。飛真君と直接会ったのはもう5日も前だ。状況からして今も家にいるのは確実だけど百聞は一見に如かず、だ。

今日の命すら危うい世界で、5日というのはあまりにも長すぎる。

早く迎えに行ってあげなきゃ……

 

「め、めぐねえ!あれ!!」

 

「私はめぐねえじゃなくて……え!?」

 

若狭さんは私のことを『先生』と呼んでくれていたのになんで急にと訝しむ暇もなく予想だにしていなかった人の姿が見えた。

 

飛真君だ!!

 

見間違いじゃない。あのスコップは私たちを助けてくれた時に持っていたものだ。

 

飛真君はなぜかカッパを着ていた。そのカッパには返り血がべっとりついている。

ちょっとした運動だと言ってたけど本当かな?

そんなカジュアルな理由で外に出れるほど今は安全じゃないと思うのだけど………

 

すぐにでも家に行きたかったけど飛真君の申し出で少し休むことになった。

直樹さんが見張りを買って出てくれたので当分は安全なはず。

 

カッパが返り血対策だっていうのは分かったけど、こんな日が出てる中蒸れやすいカッパを着て動くから汗がすごいわ……

このままじゃカゼをひいちゃうと思ってタオルハンカチ渡したのになんか恐縮してなかなか受け取ってくれない。

むぅ……私たちは同じ部活の仲間なのにどうしてそんなに他人行儀なのかしら?

なんかできるだけ貸しを作りたくないと思ってるようにも感じる。

 

でもすぐに理由は分かった。彼は()()()()()()()()()と言ったのだ。

 

「どうしてですか?」

 

意味が分からない。私たちを拒む理由なんてないはずだ。だって飛真君は部員だから。でも合流するって言ったのにずっと来てくれなかった。家に行ってもいなくてやっとやっと会えたのにどうしてそんなことを言うのだろう?

ありえない言葉にどう反応すればいいのか分からない。いや、真っ先に自分の中から表れた感情に困惑したというべきだろうか。私は、自分の中に芽生えている黒い感情を意識せずにはいられなかった。

怒り?憎しみ?いったいこれはなんなのだろう?

屋上に避難したあの日から感情はどんどん薄れていくばかりだった。感覚は鋭くなっても感情が豊かではこの世界は生きづらい。不器用な私でも少しずつ鈍感になるように順応してきた。

そんな中で心に浮上してきた()()はあまりにも生々しくて、そして、抑え難かった。

 

それでもまだ冷静だったのは、元々私が血の気が多くない性格だったからだと思う。

 

飛真君の話では妹さんが病弱でその看病で今は手が離せないとのことだった。

………そんなことあの時は一言もしゃべってなかったのに。

でも、もしそうならしょうがないなと思った。確かに家族が病気がちなら生活の拠点を移すのには勇気がいるだろう。

先ほどの激情も急速に萎んでいった。

 

あれ?

 

「……でも今日はどうして外に?さっきは運動だって行ってましたけど、事情を聞けば家にいた方が良いような気がします……」

 

なんかヘンだ。普通よっぽどのことがない限り外には出ない。病人がいるなら猶更だ。

 

 

もしかして……?

 

ちょっと問い詰めてみる。するとすぐに()()()()の反応が返ってきた。

やっぱり。妹だ。妹が飛真君を苦しめていたんだわ!!

 

さっきの違和感はこれだったんだ。何かを隠しているような気がしたのだ。

 

今まで事情を隠していたのは彼なりの優しさだったのだろうけど、実際参ってるのだろう。でなければ特に用もなく外に出たりなんかしないわ!

困っているのだから助けてあげないと(独り占めなんて許せないわ)。みんなで生活したほうが一人あたりの負担は減る。看病もきっと楽になるはずだわ!

 

今度は先生が助けてあげますからね?ふふふ………

()()()()はやく障害を取り除いてあげないと………

 

「そろそろ行きましょうよ。今のところかれらは見当たりませんけどいつ現れるかわかりませ……って何してるんですか」

 

直樹さんが戻ってきた。

気が付いたら私は飛真君の手を握っていた。いけない、つい熱が入っちゃったわ。

 

飛真君は直樹さんにも事情を話し始めた。心なしかさっきよりも必死に見える。

 

「……なるほど。それなら私たちはここで別れた方がよさそうですね」

 

え?

そんなのダメだわ。

 

………でも直樹さんの言っていることは理にかなっていた。

飛真君を()()()()ことばかり考えて現実的なことをすっかり失念してしまっていた。

車では路地に入れない。家から路地までを安全に護送できる確信が全くない。やはり妹さんの体調の回復を待つしかない。

彼の為に何もしてあげられないのが歯がゆい。私はまた、役立たずだ。

 

「詳しい話はここでは無理ですが、あの学校は明らかにこの事態を想定してました。……分からないこと、考えなくちゃいけないことがまだまだたくさんあります。私たちも飛真君の力が必要なんです。だから……()()()()()

 

結局私は待つことしかできないのかしら……

学園生活部の顧問として今学校に残っている部員たちのことも考えなくちゃいけない。そのことを考慮すれば飛真君を信じて待つしかない。

 

でも、()()()()()()()()()()今頃は……

 

彼に別れの挨拶をするとき、私はちゃんと笑えていただろうか……?

 




オンラインは楽だと思っていた時期が、私にもありました……
わずかな時間を見つけて書いた(別の作品に浮気したとは言ってない)のでパッチワーク感が否めないです。

次回の予定は……ナオキです……

余裕が出るとすぐ油断する走者の鑑


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つかず離れず 上

悔い改めて♡


自転車は家にあるからきっと遠くには行ってないはず。せいぜい住宅街のどこかにいるはずだ。

でも住宅街って一口でいっても道が入り組んでいるし視界が悪いから探すにはすこぶる悪い場所だ……

 

妹がもし飛真君を探しているのだとしたら候補地が多すぎて探しきれない。どんどん遠くに行ってる可能性がある。だからどうにかしてこれ以上遠くに行かないようにしないと

 

家から少し離れたところで防犯ブザーを鳴らしっぱなしにする。閑静な住宅街なら絶対にブザーの音が聞こえる。そうすれば妹なら飛真君が家の周辺にいることが察せるはず。音の方向に向かうってことが分かるだけでも随分と探す範囲が減る。

ただ、この方法だとかれらも引き付けることになって非常にリスクが高いな……

 

………でもこれしかない。目印もなく探すことのほうがよっぽど危ない。

 

ピピピピピピピピピピピピピピピッ…………!!

 

これだけうるさければ気づいてくれるはずだ……急いで捜索活動に移ろう……!

防犯ブザーを中心に大きな円を描くように回っていれば必ずどっかで鉢合わせられるはず。

 

やっぱかれらが寄ってきてるな……

こっちは突進で単体であれば蹴散らせるけど……悪手だったか?

 

……!

あそこに倒れてるゾンビ、明らかに()()()()()………

ご丁寧に頭部を鈍器で一撃だ。これは妹が殺ったに違いない……

よく見たらポツポツと血痕が向こうに伸びてるな……たぶんバールについた血を拭わなかったんだろうな。

これを追っていけばきっと間に合う!

 

 

血痕はだんだん音のほうに向かってるな……

 

 

……あ!いた!!

なんかフラフラしてる。急ごう!!

 

「咲良!!」

 

「………………………!!」

 

やばい大声出しちゃった。

あああああやっぱ一匹こっちに気づいた!妹に向かって一直線に迫ってきてやがる!妹は放心して全く反応できてない……

向こうのほうが近い!間に合わない!いや、「立ち漕ぎ」を使えば、いけるか……?

 

くそっ、間に合えっ……!

 

ドンッ!!!

 

なんとか突進でかれらを吹き飛ばせた………

でも、何体かがこっちに気づいて寄ってきてる……早く逃げないと……

 

「……お、お兄ちゃん……」

 

妹は……顔が真っ青だ。足もガタガタしてる。恐慌状態に陥ってるな……

これじゃ自力では歩けなさそうだ。

でもママチャリでよかった。荷台があるから二人乗りができる

荷台に乗せて……

 

「しっかりつかまって!」

 

うおっ……ペダルが重い……

スタミナの消費量がマッハですね。これ家まで間にあうか……?

 

妹がしっかりつかまってくれたおかげで急加速で何とか逃げ切れることができました。

防犯ブザーとは逆方向から家に向かえば多少速度落としても大丈夫かな……

 

■■■

 

……なんとか家に帰ってきましたぁ

 

「……うっ……うっ……ぐすっ……」

 

帰ってきたはいいんですがずっと妹がこんな調子で。

泣いてしまう理由は分かる。起きたら誰もいなかったんだもんな……

全面的に自分が悪いからどう釈明すればいいのか皆目見当もつかないゾ……

 

「どこに……どこにいってたのよっ……」

 

「ちょっと外に……」

 

「そんなのわかってるよ!だって、家じゅう探してもお兄ちゃんいなかったもん!……置手紙もなかったんだよ?そんなに急いでたの?でも外に用事なんてないでしょ?ねぇ、どこに行ってたの?まさかコンビニなんて言わないでしょうね?」

 

「道路まで……」

 

「道路?なんで?」

 

「その、体がなまると良くないと思ってちょっと()()を……」

 

「え?……まさか、それだけのために何も言わず、勝手に外に出たの……?」

 

「……………………。」

 

「……信じらんない」

 

あ、妹のハイライトが消えた。

我ながらクソみたいな理由だな……

家にいるのがなんか嫌になって外に出たっていうのがホントの理由ですけどね(小声)

そんなこと言ったらもっとこじれるからこんな毒にしかならない理由を使うしかなかったんや……

どっちがより毒性が薄いかって話ですね。ははは……

 

「私の気持ちは考えてくれなかったの?……起きた時に絶対いるはずの人がいないんだよ?昔の世界だったら別になんてことはないけど、今は……!」

 

「軽率でした。ハイ。」

 

「そんな言葉で済ませられるわけないでしょ!!」

 

うわっ、抱きつかれた!しかも頭がみぞおちに入って痛い……

 

「怖かった。怖かった怖かったこわかったっ!!お兄ちゃんはいつもそう!残された人が何を思うかなんてこれっぽっちも考えてないんだ!どうして何も言ってくれなかったの?私は、家族なのに……!心配するに決まってるじゃない!探しに行くに、決まってるじゃない…………ぐすっ……」

 

ああああああああまた同じ轍を踏んでしまった!

ショッピングモールの時も無断宿泊して妹を泣かせてたじゃん……

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。経験からも学べなかった自分は一体……?

何でもします。本当に何でもしますから許し亭許して(334代目)

 

「ごめん。」

 

「今度こそ本当に愛想をつかされたんだと思って絶望してたらアイス買ってくるみたいなノリで外に出てただけなんて……私は、喜べばいいの?怒ればいいの?泣けばいいの?わかんないよわかんないよっ!」

 

「ごめん。」

 

クソ兄貴じゃん(直球)

言い訳をさせていただくと、プレイにある程度慣れたら結構外に出ても平気なんですよ。ましてや自分ひとりなら自分の身だけ気にしていればいいし。

NPCの立場に立って考えてなかったですね。外っていうのは本来危険極まりない世界で、何も告げずに飛び出すなんて自殺行為ですからね。これに関しては擁護の余地が残されてないので叱られて当然ですね……

 

「……でもちゃんと戻ってきてくれたんだね。衝動的に外に出ちゃった私を探し出してもくれたし。これで分かったでしょ?何も言わず外に出るのがどんなに恐ろしいことなのか。お兄ちゃんは()()をしたんだよ?」

 

「ごめん。」

 

家に妹がいないってわかった時メチャクチャ焦ったからなぁ

確かに心臓が縮む思いをする。正論すぎてなんも言い返せない……

 

「さっきからごめんごめんばっかり。私は謝って欲しいんじゃなくて、二度とこんなことをしないって誓ってほしいの。これはマナーというか、それ以前の問題だから」

 

「二度と勝手に外に出たりしません。破ったら針を千本飲むのもやぶさかではない。」

 

「……絶対だよ?今は昔とは違うんだから。」

 

「はい」

 

「そういえばお兄ちゃん結構外にいたと思うんだけど何してたの?本当に運動だけ?もしかして……」

 

ヤバ。なんか勘づかれそう。

何とか許してはくれたんですけど、まだ妹のハイライトさんがお戻りになってないんですよね……

抱きつかれて至近距離の状態で光を失った目をこちらに向けられると……ヤバい(汎用性が高い言葉)

妙な迫力があって……まぁ何が言いたいかって言うと、ここで下手なことをすると一瞬で妹の正気度がポシャるってことです。

慈悲で垂らされた蜘蛛の糸を離すわけにはいかない……!ここは()()を見せるぞ!

 

「な、なんか今日はスコップの調子が良くて……それで夢中になっちゃったんだ……」

 

「ふーん……。確かにちょっとお兄ちゃん汗臭いもんね……」スンスン

 

「そ、そうなんだよ!たくさん動いて汗かいちゃってね……」

 

「なーんだ。よかった。最初はてっきり()()()()()のところに行ったのかと思って気が気じゃなかったの……」

 

えっなんか口悪っ……気のせいだよねそうだよねそうに違いない。

……まぁしかし自分の判断は正しかったですね。

これは持論なんですが、誠意っていうのは『正直に話す』ってことじゃなくて、『相手の望むことを言ってあげる』ってことだと思うんスよね。(浮気男並感)

今ここで正直に学園生活部と会ったなんて言ったらどうなったかは、ガバの多い自分でもわかりますよ。鎮火しかけている所にガソリンをかける道理はありません。

 

学園生活部問題は解決しましたからね。もう彼女たちはここにはやってきません。ですので『あの時ぶりですねっ!』なんてことになってバレるなんてことは絶対にありません。

この縛りプレイが終わるまでバレる要素はゼロ。これで丸く収まるのなら言わない方が良いですよね?

人それぞれの真実があっていいんです。これが多文化共生社会、ダイバーシティですよ!(生気のない目)

 

とはいえこのまま外出の話題が続いたらいつボロがでるか分からん。話をそらさないと。

 

「ケガとかはしてないか?もしなにかあったら一大事だ。」

 

「ケガ?たぶんないと思うけど………でも、不安だからさ……」

 

「?」

 

「ちょっとお兄ちゃん見てくれない?」

 

「へ?」

 

「へ?じゃなくて、早くしてよ」

 

ケガの有無なんて自分で分かるでしょうに……

しかしそう言われた以上見るしかないな。

妹は既にボディチェックのポーズをしてるからまさか嫌とは言えないし

 

目視で大丈夫だよな……

飛真君は直感低いから見たところで何も分からんと思うけど。

 

「なんかお兄ちゃん目つきがやらしい……」

 

ただいまー!(唐突) 冤罪冤罪冤罪ー!

変人だからできたこと。

……そりゃ知らず知らずのうちに噛まれてたら危ないから念入りに見るでしょ

こんなこと言われて涙が出、出ますよ……

 

「気のせいだろ。……あ、返り血がついてる」

 

「え、ヤダ……お兄ちゃん、取って!」

 

「それくらい自分でやってよ」

 

「そーだよねー、だってお兄ちゃん私のことやらしい目で見てるんだもんねー」

 

ニヤニヤしてる。

あーこれはからかわれてますね。間違いない。

急にケガしてないか確認しろって言ってきたのはこれが目的だったんですね。

ガバに次ぐガバで飛真君の威厳はだだ下がりですからね。このままでは年長者としての地位が揺らいでしまう……

ここは兄として威厳を見せねば。妹にからかわれたままではイカン!

 

「わかったよ。拭いてやるから、ちょっと待ってろ」

 

除菌用ウエットティッシュはどこに置いたっけ……あった。

あんなことを言われて動揺すると思ったら大間違いだぞ。むしろ積極的に妹のいちゃもんに応じることで出鼻をくじく。完璧な作戦だ。

ナメられたら終わりなんですよ(不良の発想)

 

「はい。右腕出して」

 

「うん。……ちょっとそんなにゴシゴシしないでよ」

 

「じゃあこれくらい?」

 

「今度はなんかくすぐったいよ。……お兄ちゃん、わざとやってるでしょ?」

 

「さぁ?……はい、右腕終わり。次は足だな」

 

「今度はちゃんとやってよね」

 

「はいはい。」

 

バールに付いた血を拭かないまま歩いてたせいで足に結構血がついてるんだよな……

お互い気が動転してたから気が付かなかったけど、もっと早く気付くべきだったな。

こういう時にカッパの偉大さを感じる

 

「んもぅ!くすぐったいよ!……もうちょっと強くこすってよ!」

 

「これで皮膚に傷を作ったらヤバいだろ?だから慎重にやらなきゃ」

 

「それはそう、だけどっ……」

 

さては飛真君に頼んだことを後悔してるな?

しかしもう遅い。どれくらいの強さが一番くすぐったいかを把握した飛真君に死角はない!

兄を愚弄したことを後悔するがいい!フハハハハハ!

 

「もう少しだから、我慢しろ」

 

「…………………………」

 

「……ハイ、終わりっ!…………咲良?どうした?」

 

「な、な、なんでもない。……ちょ、ちょっと私バールをきれいにしてくるね!」

 

ありゃ。行っちゃった。

なんか顔が赤かったな。怒っちゃったのか?

少しからかいすぎたかもしれない。まぁでも妹に意趣返しできたのでヨシ!

 

ちょっと外に出ただけのつもりだったけど色々あったせいでもう昼過ぎか。

なんかこう、何かを始めるのは遅いし寝るには早すぎるんだよなぁ……

 

うーん……仕込みに時間がかかる料理でも作ろうかな?

今日は妹にさんざん迷惑をかけちゃいましたからね。

最近食事を簡単に済ましてたからたまには時間をかけるのもいいかもしれない。

 

でもよく考えたら調理器具と素材がかなり限られてるから時間をかけたところで工夫の余地が少ないんだよね……

レンズ豆があるからそれとコンソメで味付けしたスープみたいなのは作れるとして、メインをどうしよう?

サバ缶カレーとかでいいか。迷ったらカレー。間違いはない

米炊くの結構時間かかるから意外とできたころにはちょうどいい時間になってるかもしれないな。

 

こんな時にコンロが一つしかないと不便ですね……

並行して作れないから待ち時間がどうしても生じてしまう。

 

乾燥食品と根菜は長持ちするとして生鮮食品もうお目にかかるのは無理ですね。

カレーの味をまろやかにしたいから牛乳を使いたい……

欧州の方じゃロングライフ牛乳が普及してるらしいからまだ良さそうですけど、ここじゃ探してもないだろうしなぁ……

 

さすがにレンズ豆だけだと味気ないので切り干し大根を入れてケチャップを少量加えます。水筒に入れて保存しておきましょう。

トマト缶としょうがをちょっと入れればカレーとサバがどうにか調和してくれるだろ(適当)

 

こんな感じかな。二人とも昼食べてないから量としてもちょうどいいと思う。

気が付いたらもう夕方だし。炊飯器ってほんと偉大な発明だったんだな……

 

「ご飯できたぞー」

 

「はーい」

 

おっきたきた

別に怒ってなさそうですね。

 

「ちょっと早かったか?」

 

「ううん。昼ごはん食べてないから私お腹ペコペコ。早く食べよ?」

 

「そうだな。いただきまーす」

 

食べてみた感じは……良さそうですね。

材料が足りてなかったから大丈夫か不安ではありましたが、何とかなりました

 

そういや妹の正気度はどうなってるかな?

あれ?意外と高いですね。

その割には情緒が不安定な気も……

()()()()()平気だってことですかね?何をすればどれくらい減るのか把握できてないから、あんまり数値を信用できないですね。

 

「……さっきから私の顔じっと見てどうしたの?」

 

「いや。なんでもない」

 

ま、考えてもムダですかね。

正気度低空飛行を極めているりーさんと比べたらかなり安心できる。

乱高下されるのも厄介ではあるんですケドね。

 

「「ごちそうさま」」

 

いやー食った食った。

今日はパパパッと後片付けをして終わり!閉廷!

 

でも寝る前にちゃんと汗をかいてしまった体をきれいにしないとな。それと着替え

毎日やってることですが今日は特に念入りに行わないと清潔さが損なわれてしまう

衛生とか清潔さはおろそかにしてると結構いろいろなことにデバフが付くんですよね……フキフキ

あ゛あ゛~シャワー浴びてぇ~~

しかしこれも称号までの辛抱。

俺、今週生き残ったら熱々のシャワー浴びるんだ

 

「お兄ちゃ……あっ、ご、ごめん!」

 

「なに?」

 

……慌てすぎでは?

まぁ、どういった要件なのかは何となく察しがつくが一応ね

 

「そ、そろそろ寝ようと思って……」

 

知 っ て た 。

でも今回は自分の部屋で寝てもらいたい

飛真君がやっぱ寝づらそうですし、こっちとしても飛真君が完全に寝付くまで画面から離れられないんですよね。

さっさと寝てくれた方がありがたいんですよ。いつ寝付くか分からないのにずっと真っ暗な画面を見てるのは……いやーきついっす。

妹はなんか朝トゲがある感じだったけど、今は大人しそうなのでいけるか?

 

「今日は別々で寝たほうが良いんじゃない?」

 

「……え?なんで?」

 

「深い理由はないけど。でもやっぱ一緒に寝るのは()()()?」

 

「う、うん。そうだね。じゃあ……おやすみなさい……」

 

意外とあっさり。言ってみるもんやな!

なーんだ。簡単じゃないか。これで睡眠の質は保たれた!

 

今日は予想してなかった出来事が多くて疲れましたね。

それでは、おやすみなさい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あれ?飛真君全然眠りに落ちてくれないんだが。

もしかして二人で寝ることに順応しちゃった?

一人で寝るの久しぶりですからね……これはこれで寝づらいのか

 

ああもう!寝てくれ!もう真っ暗な画面を見るのは嫌じゃ!

 

もうマジ無理……星でも見よ……

なんか夜空がやけに手が込んでてすごいきれいなんですよ

街の明かりがないだけでこんなに夜空は変わるんですね。

 

「あれ、お兄ちゃん起きてるの?」

 

「え?うん。なんか目が冴えちゃって」

 

なぁんかこの流れ見たことあるんだよなぁ……

寝付けないけど明かりは節約したいしそうなると星見るしかないんですよね。

選択肢が狭まっている以上似たムーブをしてしまう。

 

「……寝付けないの?」

 

「……うん」

 

やっぱりなぁ……

お互いあのスタイルに慣れちゃったんだな。それはそれでどうなの?って思いますけど………

 

「あ、あのね………私、一人で暗い所にいると、()()()のことを思い出しちゃって怖いの。だから……その、一緒に寝ちゃダメ、かな?」

 

「それなら仕方ないな」

 

ダメとは言えないですよね。だって枕持ってるんですもん。既定路線じゃないですかやだー

結局昨日と一緒か。なんかもうこれが日常と化してきたのヤバいな

いやでも害もないし飛真君も慣れてきたっぽいし別にいいか。不都合が生じたらその時考えよう

しょうがない。寝ますか。

 

「やっぱりこっちの方がしっくりくるね」

 

「……………………。」

 

「寝ちゃったのかな………?」

 

落ちた………落ちたな(安堵)

少し前まではあんなに寝にくそうにしてたくせに。

こうもすぐに眠りに落ちるとなんか複雑ですね。

 

まぁ、とにかく寝てくれたんで結果オーライです。 

 




このまま妹パートに行くと文字数が多くなってしまうので次回に分けることにしました。
ですのでもう少し、もう少しだけお待ちください(早く書き上がるとは言ってない)



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つかず離れず 下

上巻と下巻だけ買って中巻を買い忘れるなんてことはあってはならない(2敗)


 

 

「………きて!起きて!」

 

なにか、聞こえる。

私を起こそうとしてるのは分かる。でもとにかく眠くてすぐに意識をまどろみの中に沈める

 

しかしお兄ちゃんはしつこかった。観念して起きる。

思った以上に外が明るく思わず顔をしかめる。全然寝た気がしない。

 

お兄ちゃんが眠そうな私を見て、悪夢を見たのかと聞いてきたけど私が眠いのは悪夢を見たからじゃない

………もとはと言えばあのメモのせいだ。いたずらに私の心をかき乱してホントに悪趣味だわ。そのせいで色々考えちゃって寝付くのに時間がかかった。

 

「やっぱり狭いからじゃないのか?そろそろ別々で寝たほうが……」

 

「……寝苦しいとは、一言も言ってないじゃない」

 

お兄ちゃんまでそんなこと言う。むしろちょっと窮屈なほうがいいのに

大の字で寝れる広さがあってもただただ物寂しいだけだわ

 

寝ぼけてあんまり頭が回ってないままご飯を食べたら眠気の第二波が来た。

食べたら眠くなる。これは自然なこと。

二度寝は至高。これも自明なこと。

経験上この猛烈な眠気は1時間くらい続いて、そこを超えれば眠気は引いてくれるってことは知ってるけど別に我慢する必要はない。

お兄ちゃんも今日は特に何もないって言ってるし。うん。二度寝しよ!

 

お昼になったら起こしてって言ったらなんか呆れたような目で見られた。

だって眠いんだもん。私はズボラじゃない。自然の法則に従ったまでだわ

 

さっきは窮屈な方が良いって思ったけどお兄ちゃんがいないとやっぱり広くスペースを使える。

これはこれでいい。微かな罪悪感が私をすこしハイな気分にさせてくれる。

 

「んーー!」

 

ベッドに横になって思いっきり体を伸ばした後、息を吐きながら体を弛緩させる。

夜の分の汗を吸ったせいか布団はすこし湿っぽい。でもそんなの気にならない。

 

明日にでも布団干さないとねなんて考えながら上機嫌で眠りについた

 

 

■■■

 

 

自然と目が覚めた。あれほど眠かったのに眠気はすっかりなくなった。

何時くらいだろう?

お兄ちゃんが起こしにこなかったってことは実はあんまり寝てなかったのかも。

 

起きぬけに部屋を見渡したけどお兄ちゃんは見当たらなかった。てっきりこの部屋にいると思ったのに

昼ごはんでも作ってるのかもしれない。私は寝てただけだから昼はいらないけど。

………あれ?一階にもいない。

それにさっきから私が立てる音以外何も聞こえない。

 

もしかしてお兄ちゃんも寝てるのかな?となると私の部屋かな。恥ずかしいから私のベッドで寝て欲しくないんだけど………

というか何で私は自分のベッドで寝なかったんだろう。さも当然のようにお兄ちゃんのベッドに潜ったのは冷静に考えたら変だ。最近ずっとあそこで寝てるせいかな

………まぁ寝ぼけてたんだろうな

深く考えないようにした。それよりもお兄ちゃんがどこにいるのか気になる。

ここにもいない。外で何か作業してるのかな?

 

………いない。

だんだん焦ってくる。家は狭い。だから普通はもう見つかってる。意図的に隠れでもしない限り………

 

家をくまなく探してもお兄ちゃんは見つからない。おかしい。

ここにいないとなると考えられるのは………

 

「外………?」

 

でも何のために?

置手紙すらない。そもそも外に出るとはとても危険な行為だ。気軽に行ける場所じゃない。

 

何処に行ったのかも目的も帰る目処も何もわからない。

分からないことだらけだったけど、眠気が消えた頭は状況を理解することだけは早かった。

 

私は、ひとりぼっちになったのだ。何の前触れもなく。

 

酷く現実感がない。ありえない、というか全く想定していなかった事態を前に戸惑いすら湧かずただ茫然としていた。

空の紙パックのように世界が空っぽに感じた。見た目は何も変わらない。でも肝心の中身がない

 

しばらく何も考えられなかったけど、ふと我に返る。

 

探さないと。

 

でもどこを?目的も分からないのに捜索場所を絞れるの?

生活必需品は足りてる。不足してて調達に行くなら絶対私に声をかける

だからお店に行ったわけではない

これ以外に外に出る理由はないと思うんだけど………

 

『迎えに来たのですが不在だったため置手紙を残します』

 

悪寒。唐突にこのフレーズが頭に浮かぶ。これは、きっと、たまたまなんかじゃない。

………………もしかして

 

鳥肌が立つ。考えたくない。でも疑念は確信にまで急速に膨らんで、固まった。

 

あの女たちの元に行ったんじゃ………

 

迎えに来るなんて言ってたけど、お兄ちゃんはあいつらに一刻も早く会いたかったから私が寝てる隙を見て()()()()()

そう考えればしっくりくる。それ以外にないように思える。

 

空っぽになった紙パックに怒りと憎しみ、そして悲しさが満たされ、溢れ出す。

フワッとした感覚になる。自分が今、立っていて足に重力がかかっていることを急に意識する。感覚は研ぎ澄まされているのにひどく気怠い。

私は怒っている。猛烈に怒ってる。一方でそのことを冷静に受け止めている自分がいる。

裏切られた絶望が私を飲み込む前に行動しないと。自分の激情に身を任せるのが唯一の、解決策だ。

 

問いたださないと。問いたださないと問いたださないと

何が一番大切なのか、それから逃げたことを()()()()()()償わせないと

たまたま助けただけの女どもに誑かされて妹を捨てるなんて許されていいはずがないお兄ちゃんは私と一緒に居るべきなんだそれが分からないなんてお兄ちゃんはわからず屋だでもいいわ教えてあげるからそのためには連れて帰らないとね

 

高校だ。あそこに行ったに違いない。

安否が不安だわ。助けに行かないと(お兄ちゃんは絶対に渡さないわ)

 

バールを握りしめ、住宅街を歩く。

不思議な感覚だ。外をあんなに恐れていたくせに今は何ともない。

 

アアアアアァッ…………

 

………!ゾンビだ。そういえばこの世界はゾンビが跋扈してるんだっけか。意識の上でそのことを忘れていたことに驚く。

私は隠れていなかったからすぐに見つかり、かれらは私ににじり寄ってきた。

 

「邪魔ッ!!」

 

ガツン!!!

 

()()があると着くのが遅くなるじゃない!邪魔しないでよ!

感情の乗った一撃は頭を正鵠に打ち抜いた。

とどめを刺そうともう一度振りかぶって気づく。

一撃で、殺していた。

拍子抜けしてしばし立ち止まる。なぁんだ、簡単じゃない。

………あ。自転車使えばすぐ学校に行けたのに。すっかり忘れてたわ。

まぁいいわ。なんか色々めんどくさくなっちゃった。学校に行けばすべて解決するんだからこのまま行っちゃいましょ

 

歩き出そうとしたその時。

 

ピピピピピピピピピピピピピ………

 

遠くから電子音が聞こえた。防犯ブザー?

どう考えても自然な音ではない。人為的なものだ。

方角は……家の方だな。………ん?

 

防犯ブザーはかれらを引き付ける、もしくは釘付けにするために用いる。

でもそれはこの世界での話。本来の目的は……

 

自分の存在を知らせるため。

 

音によって存在を知らせ、助けを呼ぶのだ。

本当はお兄ちゃんは学校になど行ってなくて、私がいないことに気づいて慌てて狼煙代わりに防犯ブザーを使ったとしたら。

 

ありえる。

 

もちろんそうじゃない可能性はある。でもそんなことはどうだってよかった。お兄ちゃんが私を裏切ったって考えるのはあまりにも、辛かった。そんなこと本当は考えたくない。

別の可能性が提示されたなら私はそれに縋る。あの女たちとニコニコしてるお兄ちゃんを想像するのはもう嫌だ。

お兄ちゃんを疑いたくないし学校に行ってほしくないし私だけを見ていてほしい。

最悪の事態なんて杞憂なのが一番だ。

 

音の鳴る方へフラフラと向かう。傍から見ればかれらと全く同じ行動だ。

 

お兄ちゃん、どこにいるの?

 

早く、私を見つけてよ。

 

怖いよ。

 

 

 

 

「咲良!!」

 

声が聞こえた。待ち望んでいた、私を呼ぶ、声が。

振り向くとお兄ちゃんが自転車に乗ってこちらに向かっていた。

良かった。助かった……

 

私との距離は近くなっても、自転車のスピードはどんどん増す。

そんなに私に会いたかったのかな?ふふふ……

 

にしても速い。なんか世界がこんなことになったあの日(アウトブレイク)もお兄ちゃんはこんなにスビート出して私に激突しそうになったっけ。

 

ドン!!

 

お兄ちゃんは()()を吹き飛ばしちょうど私の横に止まった。

それは、かれらだった。

全く気付かなかった。安心しきっていた。

 

ここは外だ。命の保証はどこにもない。

アドレナリンが麻痺させていた恐怖が滝のように流れ込んでくる。

なんで私はあんなに勇み足で外に出れたのだろう?私は、お兄ちゃんが傍にいないと自分の命一つ守れないのに。

視界にかれらが見える。恐怖で足がすくむ。動けない。バールを持つ手が、震える。

 

「……お、お兄ちゃん……」

 

自分でも情けないくらいか細い声で、怯え切った目で訴える。

 

助けて。

 

言われるまでもなくといった様子でブルブル震えてる私を荷台に無理やり乗せて

 

「しっかりつかまって!」

 

そう言うと同時にもう自転車は動き始めていた。

振り落とされたら助からない。だから私は必死になってお兄ちゃんに縋りついた。

 

 

目をぎゅっと瞑って揺られるに任せていたら家に着いた。

どうやら私はあまり遠くには行ってなかったらしい。あの時の私がもう少し冷静で自転車を使っていたら戻って来れなかったかもしれない。

 

夢見心地で梯子を登って家の中にたどり着くと張りつめていたものが一気に緩んだ。

 

帰ってきた。

 

もちろんお兄ちゃんもいる。元通りだ。

安心したからなのか今頃悲しくなったからなのか自分でもよくわからない。でも涙が、止まらなかった。

あまりにも劇的だった。感情がやっと追いついてきたせいなのかもしれない。

 

ひとしきり泣いたら少し落ち着いた。

まだ涙は止まってないけどお兄ちゃんには聞きたいことがいっぱいある。

 

まずは()()()()外に出たのかだ。

どうしても責める口調になってしまう。冷静になんかなれるわけがない。

 

お兄ちゃんの返答はなんだか歯切れが悪い。でも、ついに観念したように

 

「その、体がなまると良くないと思ってちょっと運動を……」

 

そう、言った。

最初は冗談か何かだと思った。けど、いたずらがバレて戦々恐々としてる子供のような顔で何も言わないことから本当のことを言ったのだと悟った

 

信じられない

 

そんな理由で………

本当に、杞憂だった。待っていればお兄ちゃんは帰ってきたのだろう。

骨折り損のくたびれ儲けだったってこと?

あの絶望も?怒りも?殺意も?ぜんぶぜんぶ私の一人芝居だったっていうの?

 

「軽率でした。ハイ」

 

お兄ちゃんは反省してるみたいだ。でもなんか謝罪が型通りで私の気持ちにちっとも寄り添ってないように感じる。

 

もう我慢できない!

思いっきりお兄ちゃんに抱きつく。勢いがありすぎたのかお兄ちゃんは痛みで一瞬体を固くしたけど構うもんか!

 

思いの丈をそのまま言う。気持ちを吐き出せば吐き出すほど沸騰しそうな頭は落ち着きを取り戻していった。

 

お兄ちゃんはもう二度と勝手に外に出ないと約束してくれた。このころには私もだいぶ冷静になって落ち着いて話せるようになってた。

外で長居しちゃったのは運動に夢中になったから、らしい。

何度聞いても呆れた理由だ。汗までかいてほんとにバカ。

 

良かった。あの女たちは無関係だったのね。私が寝てた時間を使えば落ち合うくらいはできたはずだから少し疑っちゃった

でも本当かしら?計画的な行動ではなかったって証明できるものは何もない。考えようによっては………

 

そんなことを考えてたらケガしてないか心配された。

すっかり忘れてた。帰ってきてから自分の体のことを全く気にかけてなかったことに気づく。

記憶を辿っても今現在の感覚からしても何か傷を負ったことはなさそう。

………いいこと思いついた

 

「ちょっとお兄ちゃん見てくれない?」

 

お兄ちゃんが勝手なことしたからこんなことになったんだ。結果的には二人とも無事だったけど危険極まりないことをしでかしたんだ。

ちょっといじわるしたってバチは当たらないはず

 

お兄ちゃんはあまり乗り気ではなさそうだったけどちゃんと言った通りにしてくれた。

ふふふ……かかったわね!

 

「なんかお兄ちゃん目つきがやらしい……」

 

「気のせいだろ」

 

む。軽くいなされた。

もっと動揺すると思ったのに………

私が負けたみたいで嫌だ。

もう少しドギマギしたっていいじゃない。

 

でも()()()お兄ちゃんのご厚意で私に付いた返り血をふき取ってくれるらしい。

不承不承といった様子の顔が見れて愉快愉快。

私は肌弱いんだから絹のごとく扱ってよね!ふふっ!

 

最初はゴシゴシされてちょっと痛かったけど、途中からは程よい強度で………ってくすぐったい!

絶対わざとだ。口ではそんなことないって言ってるけど口の端が歪んでいるのを私は見逃してないわよ!

でもそれを指摘するのは癪だから黙る。音を上げたらお兄ちゃんの思うつぼだ。

 

腕までは耐えられたけど足は無理だった

我慢できそうもないので早々に白旗を上げる。

でもお兄ちゃんは慎重にやってるだけだって取り合わない。

これじゃお兄ちゃんの完勝だ。悔しい……(お兄ちゃんには勝てなかったよ……)

 

に、にしてもくすぐったい。でも笑いそうになるのをぐっとこらえる。

笑ったらおしまいだ。絶対勝ち誇った顔で私を煽ってくる。

それだけは阻止しなくては!

 

……?

あ、あれ?くすぐったいというより………

なんかヘンな感じだ。もっとしてほしいようなやめてほしいような………

 

「……ハイ、終わりっ!…………咲良?どうした?」

 

あんなに終わりを切望してたのにくすぐり地獄が終わったことにすぐに気づけなかった。

なんでだろう。恥ずかしくてお兄ちゃんの顔が見れない

 

「な、な、なんでもない。……ちょ、ちょっと私バールをきれいにしてくるね!」

 

そうそうそうそう武器の手入れは大事。すぐに汚れを取らないと後が大変だ。しかも手入れにはどうしても水が必要になる。ヘンなことに心を奪われてたら水の浪費に繋がってしまう。集中!集中!集中!

意識を、五感を無理やり外に向ける。無心で汚れを落としていく。

()()()()が何だったかなんて考えてはいけない思い出そうとしてはいけないだってだって今は貴重な水を使ってるんだから。目の前の大切なことに専心しないと!

 

執拗なまでにバールの汚れを落としたから新品………とはいかなくても見違えるようにきれいになった

はぁはぁはぁ………これで、後始末は完了かな。

 

きっと気のせい。そうに決まってる。

どうやら結構な時間熱中してたらしい。太陽が傾いてきている。

 

部屋に戻って何をするでもなくぼーっとする。

さすがに眠気はもうない。

手持ち無沙汰のままは良くないからお兄ちゃんがショッピングモールに行ったときに持ってきた技術本を読むことにする

中にはふざけたタイトルの本もあったけどお兄ちゃんなりに吟味したのか意外と中身はしっかりしてる。

昔の世界じゃ知識は力だーなんて言われてたけど、知識を持っていたって材料と器具がないと何一つ創造できないなぁ……

その知識だってちょっと本をかじった程度だし何もかもが足りない。

外出は必要最低限にしたいけど色々なことを考慮に入れるとどうしても必要になっちゃうわね……

この先どうなっちゃうんだろう?明るい展望が見えない。

文字通り未曾有の事態にちっぽけな人間はどこまで対応できるのか。

はぁ。一人でいると暗いことばっかり考えちゃうわ。

 

「ご飯できたぞー」

 

ちょっとナイーブになってたからちょうど良かったわ。

辛気臭いことを考えても仕方ないもんね!

 

お昼を食べていなかったこともあってご飯はとっても美味しかった。

まぁ、空腹という最高のスープがなくてもお兄ちゃんの料理はおいしいけど。

 

ご飯も食べ終わってさぁ寝るぞという雰囲気になった。

もう日は暮れてるけどいつもと比べたら早い。電気が使えなくなってから早寝は続いているけど早起きできているかは……微妙。

ね、寝る子は育つって言うし?今回はちゃんと早起きもするつもりだからセーフよセーフ

 

実際ごはんを食べたら眠くなってきた。もうそういう風にリズムが出来上がってるのだからそれに逆らうのは良くない。

今日はどっち側で寝るか聞かなくちゃ

 

「お兄ちゃ……あっ、ご、ごめん!」

 

着替え中だった。慌てて後ろを向く

でも、暗くてよく見えなかったな……

いや別に残念だったとかそういうことじゃなくてただただ純然たる事実をですね……

……私は一体誰に言い訳してるのかしら?

 

「今日は別々で寝たほうが良いんじゃない?」

 

へ?

なんでそんなこと言うんだろう。朝のことを引きずってるのかな?

それなら別に私は気にしないのに………

 

「深い理由はないけど。でもやっぱ一緒に寝るのは()()()?」

 

()

はっとする。こんな世界にもう世間なんてものはない。人が、いないのだ。

でも、やっぱり、変なのかな……

たしかにゾンビがフィクションの世界にとどまっていた頃は兄妹で一緒に寝るなんて考えもしなかった。実行しようものなら後ろ指だって指されるかもしれない。まず両親は止めに入るだろう。

そういう意味では今私たちがしていたことは変、なのだ。

何も考えてなかった。世間とか外聞とか。私はとうに社会性を喪失していたのかも……

 

「う、うん。そうだね。じゃあ……おやすみなさい……」

 

これは、()()()()()()だったのだ。

私があまりにも自然に振舞っていたから言い出せなかったのかもしれない。

これからは一人で寝なくちゃ

 

何日かぶりの私のベッドはなんだかよそよそしく見えた。

かつては毎日ここで寝ていたのに数日寝なかっただけで随分と受ける印象が違う。

 

ボフッ

 

………………。

ちょっと埃っぽい。部屋の換気すらしてなかったからなぁ

とにかく、寝ないと。目をつむる。

 

 

 

 

 

 

………………寝れない。

正確には眠い。眠いけどそれ以上に、怖い。

この部屋には私しかいない。一人だ。

夜は一番無防備だ。こんなに夜が心細いものだったなんて知らなかった。

………いや、知ってた。あの日、お兄ちゃんは帰ってきてくれなかった。

私はこの世界に一人取り残されたショックで気が狂わんばかりだった。

 

このままじゃダメ。無造作に転がっていたクッションを抱き枕にする。

昔から寝れない時はこうやって抱き枕の力を使ってなんとか寝ていた。

子供っぽいけど安心できて実際効果があるのだ。

 

………あれ?全然効かない。

第一、 クッションはあったかくないし、お兄ちゃんのにおいもしない。

これじゃ何も安心できないわ

 

やっぱりお兄ちゃんがいないと私寝れない。

だって、だって、怖いんだもん。

いつ死ぬかもわかんない世界に放り込まれてこれまで通り枕を高くして眠ることなんてできない。他の人の体温。私が一人じゃないって気づかせてくれるのはそれだけだ。

それに、起きたらまたお兄ちゃんがいなくなってる気がして……

 

……世間から見れば確かにおかしいことなのかもしれない。でも私たちを縛る世間はもう存在しないし、今と昔は状況があまりにも異なっている。改訂すべきなのは私ではなく、常識の方だ。

もうこれはどうしようもないことなのだ。また寝不足になってしまう。

自分に言い聞かせる。

 

必要もないのに目をこすってお兄ちゃんの部屋に行く

お兄ちゃんはもう寝てるんだから謎の眠いアピールなんか意味ないのに……

 

「あれ、お兄ちゃん起きてるの?」

 

どうやらお兄ちゃん()寝れないらしい。

私と一緒だ。これなら……

 

許してくれた。

やった!お言葉に甘えて早速お兄ちゃんのベッドに収まる。

恐怖がウソのように消える。これなら眠れそうだ。

 

お兄ちゃんは目が冴えたなんて言ってたくせにすぐに寝息を立てていた。

本当に眠れなかったの?もしかしたらお兄ちゃんも私がいなくて不安だったのかも。

 

声をかけても反応してくれない。本格的に寝ちゃったっぽい

………………。

私は、こうしないと寝れないからお兄ちゃんと一緒に寝ている。つまり不可抗力だ。仕方のないこと、妥協の産物。

安眠の観点からそうしてるだけ。それ以上でも以下でもない。

 

……だから、私の胸が妖しく高鳴るのも、部屋が暑く感じるのも、ぜんぶぜんぶ、気のせいだ。

 




R-15タグをつけたのはゾンビが登場する以上、スプラッタ表現がどうしてもあるためなんですよね。
(それ以外の意図は)ないです。ホントです。嘘じゃないです。



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10日経過
足を洗い、手を染める


絶対締め切りなんかに負けたりしない!



期末レポートには勝てなかったよ……


 

おはようございます。朝です。

 

「……おはよう」

 

今日はちゃんと妹も起きてくれました。

起こすの結構めんどくさいので助かる

 

「ふわぁ……今日も晴れか」

 

それも今日を入れてあと三日ですね。

称号まであと四日もあるのか。

正確には雨の日は午後あたりまで耐えてればいいんですけど、それでも長いですよね……

 

「今日は布団とか干そうよ。天気予報がないから明日がどんな天気すらわからないし。今のうちにさ」

 

「そうだな」

 

布団か。気が付かなかった。

どうしてもそういったフレーバー的な要素は捨象しちゃうんですよね。

 

「あとさ、洗濯もしないと。血がついちゃったのはしょうがないにしてもまだ使える服は洗濯しないと持ってる服がなくなっちゃう」

 

「でも水は貴重だからな……」

 

「だからこそ今まで洗濯物を貯めてたんじゃない。服の調達のために外に出る機会が増えるのは良くないよ」

 

「雨水って平気なのか?」

 

「いやいや。お風呂に貯めてた元水道水が残ってるでしょ?さすがにもう飲めないけど洗濯のすすぎには使えるはずよ。……日にちたってるから少し不安は残るけど」

 

なるほど。トイレ用水以上飲料水未満の水を使うってことですね

向こう(高校)なら簡易浄水器と電気があるから水質とか気にしなくていいんですけどね。

おうちに帰りたい……ってここが我が家じゃん……

 

「ポリタンクにいつの間にか移し替えられてたやつね」

 

「そ。とにかく水は貴重だからね」

 

これは純粋に疑問なんですけど、どうして妹はこの家にとどまる前提なんですかね?

「快適」あると人が言ってたら、そこを目指しちゃうのが人の性だと思うのですが。妹を引き留めるために学校のネガティブキャンペーンはしましたけど、それでもここよりは住みやすいのは隠せないですからね……

洗濯もそうですが結構不便なんですよね。二週間ならいざ知らずそれ以上となると……んにゃぴ……よく分かんないっす(生存)

自分は称号の為にかなり非合理的なことをしてるから妹の心変わりが怖いですね。自分のエゴに付き合わせている気がしてなんか申し訳ないです。

 

「やることも決まったし、ご飯にしよ?」

 

「うん、そうだね」

 

ご飯と言っても(レパートリーは)ないです。

缶詰のパンと……玉ねぎが残ってるのでコンソメスープが作れるくらいですかね

本当はウインナーとか入れたいんですけど、あれは冷蔵保存が原則なのでもう使えません

ウインナー保存食なんですけどね。でも市販のやつは塩漬けも大してなされてないし燻製されてないのも多いので常温だとすぐにヘタレるですよ。

ガチガチに保存したいなら塩抜きしないと食べれないくらいに塩漬けしないといけませんし、美味しさを重視すると保存性がね……

 

それでも三食乾パンよりはましですね。

食にありつけることに感謝を!

 

 

「……ごちそうさま。さて、ご飯も終わったし早速動かないと」

 

飛真君も穴でも掘って最終日に備えますか。

目指すは堀障子ですね。ワッフルワッフル!

実際14日目にかれらが来るかは分かりませんけど、やっといて損はないですよね。

ぶっちゃけ暇だからそれしかすることないっていうのは内緒。

2週間だけならとりあえず水と食料さえあればなんとかなりますからね。

 

~あまりにも絵面が地味なためカット~

 

……えーとですね、まぁ作業場所の、えー家の前で穴掘ってたんですけども、ただ今の時刻は1時(推定)を回りました。

ちょっと作業に夢中になったんですけどもね。かれこれまぁ2,3時間くらい、えー掘ったんですけども堀障子は全く再現できませんでした。ザクッ。

 

予想以上に進度が悪いのは別にいいんですよ。暇を持て余してやってるだけなので。

ただこれ、経験値が入らないんですよ……

こういう単純作業ってツボに入ると集中しちゃうんで気づかなかったんですけど経験値入ってなかったです。

なんでや!経験値少しは入ってるやろ!って思って確認したら獲得した経験値はかれらを狩った時のやつでした。

作業中、たまにかれらがこっちにやってくるんですよね。それをやっつけた分しか経験値入ってなかった……

 

穴掘り損のくたびれ儲けじゃん。

こんなことしていられるか!俺は帰るぞ!!

 

「お兄ちゃ~ん」

 

「どうした?」

 

「そろそろ休憩しない?」

 

「ちょうどそうしようと思ってたんだ。今行く」

 

グッドタイミングですね。

スタミナのことを考えても一息入れるべき頃合いです。

 

「紅茶と……あと下の戸棚からお菓子も持ってきたの」

 

もう準備できてるのか。やけに用意周到だな。

手をきれいにして早速いただきましょう

 

「家事って大変だね。布団干すくらいどうってことないけど、洗濯は一着ずつ汚れを落としてすすいで……ってやるから時間もかかるし体力も使うから疲れちゃった」

 

「それなら僕も洗濯を手伝っておけばよかったな」

 

「え?……ううん。大丈夫大丈夫。私一人でもなんとかなるわ」

 

午後に飲む紅茶は美味しいなぁ

久しぶりにお菓子を食べたから正気度もついでに回復したし

体動かしてたからか紅茶を飲むペースが速いな。もう飲み干しちゃった

 

「もう飲んじゃったの?じゃあコップ頂戴。……はい、おかわり」

 

おかわりを注いでくれた。やさしい。

ティーバッグじゃなくて普通の紅茶なんですね。意外だな。

妹の機嫌がいいっぽいですね。なんか薄く笑顔だし。なんかあったのかな?

 

「でもお兄ちゃんってものぐさなとこ昔と変わってないよね。洗濯物がティッシュまみれになった時、いっつもお兄ちゃんがポケットティッシュ入れたまんま洗濯に出したせいだったじゃない。一回それで私のお気に入りの服がダメになって『弁償しろ!!』ってお兄ちゃんの部屋に怒鳴り込みに行ったことがあったっけ。懐かしいな」

 

「急にどうしたんだ?」

 

「ちょっと思い出しちゃっただけ。洗う側からすればポケットの中身は空にしてて欲しいよねって話。まぁ手洗いなら一つ一つポケットを確認する余裕はあるけど」

 

……?

ポケット?

何か引っかかるな……なんだっけ。なんか入れてたっけ?

 

「それでさ」

 

「お兄ちゃんが昨日履いてたズボンのポケットに入ってたんだけど」

 

「これ、なぁに?」

 

何の変哲もないハンカチだな………………あっ(察し)

待て待て待て待てそれはまずい

それって昨日めぐねえがくれたやつだ……

『証拠は何もない』キリッって言ってたくせにバリバリ証拠あんじゃん……

昨日学園生活部には会ったことを言ってないですからね。隠してたことがバレたら……ヤバいわよ!

 

……いやぁ昨日色々あったじゃないですか。外で学園生活部と会ったことだってすごい偶然ですし妹が家にいなかったのなんかマジで焦りましたからね。

昨日起こったことが多すぎてハンカチのことすっかり忘れてた……

借りた物を返さないんじゃなくて借りた事実すら忘れてるタイプの人間なんです……(二敗、うち一回は大げんかに発展)

 

でもこれはすべてを知ってる飛真君側からすれば真相に迫るヤバいブツですけど、傍からみればただのハンカチですからね。

妹もいつになく上機嫌ですし感づかれる前に話を逸らせば何とかなるかも。

 

「……ハンカチだな」

 

「うん、そうだね。ハンカチだね。でもこれ女物の柄だよね。縁にレースがあしらわれててすごいガーリーだね。……今はしわくちゃになってるから可愛さ半減だけど。お兄ちゃん良いセンスしてるね」

 

良い趣味してはりますなぁ(京言葉)

もしかしなくてもこれ、バレてるな。

しかし未だに笑顔は絶やさない。あくまでも何気ない雑談の体を取っている。怖い。

 

「もちろん私のじゃないよ。しかも嫌な汗のにおいがするからずっと前に使ったわけでもないよね。昨日お兄ちゃん汗かいてたしその時使ったんだよね?でも不思議なのは微かに柔軟剤のにおいがするんだよね。私の家で使ってるのとは別の種類のやつが。そもそも普段から何度も同じハンカチを使ってればどうしてもニオイが染みついちゃって一日経ったら柔軟剤の香りなんて霧散するものなのに変だよね。お兄ちゃんって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったんだね。知らなかったなぁ………………どうしたの?顔、真っ青だよ?」

 

もうだめだぁおしまいだぁ

完全勝利する未来が見えない。どう切り出す?初手謝罪?昨日言い忘れた体でいく?

……いや、冷静に考えてみたらそんな大したことじゃないな。書かな……言わなかったのは確かにこちらが悪いんですけど、実際これで家の平穏は守られたわけですしそこをしっかり説明すれば納得してくれるはず。

十分な説明責任を果たせなかったのは誠に遺憾である。しかし再発防止にまい進する所存である故、許してちょんまげ

 

「あ、あのな。実は、昨日()()()()()()ことがあるんだ……」

 

「言わなかった?()()()()の間違いじゃないの?……まぁいいや。それで、このハンカチは一体どのような経緯を経てお兄ちゃんのポケットに収まったの?」

 

「それはですね……外に出て、そろそろ帰ろうかなって時に偶然あの人たちと会ったんだ。その時自分は汗だくだったから……それでハンカチを頂いたんだ」

 

「どうして昨日言わなかったの?大事な話だよね?ほとんどの人間がいない中で誰かと会ったっていうのは些事だから省略したのかな?……それともそれが真の目的だったから?」

 

「ちがう!本当に偶然だったんだ!」

 

「……意図的に言わなかったのは否定しないんだ」

 

「……っ」

 

「でもね、私もお兄ちゃんに言ってなかったことがあるの。もっとも、言う必要もないどうでもいいことだから言わなかっただけだけど。昨日お兄ちゃんを探しに行ったときにかれらと遭遇したの。それで邪魔だったからやっつけたんだけど……そしたら一撃で倒せたんだよ!そりゃ一撃で仕留めたのはこれが初めてじゃないけど……いわば実戦でちゃんと処理できたの!私は非力だけど、それでも感情をこめて殴れば……なんとかなるんだね」

 

「そ、そうか。よかったな」

 

なんかバール持ってるんですけど。どっから持ってきたんですかねぇ……

しかも猫を撫でるみたいに布でバールをきれいにしてるし。生命の危機を感じる

これ返答次第では一撃が飛真君に向かって放たれるのでは……?

飛真君の正気度がジワジワ減ってるんですよ。極度の緊張状況に置かれると正気度は減っていくんですけど……それですかね?

でもこれ周りかれらだらけで絶体絶命とかじゃないと適用されないんですけど、なぜ今それが発動してるんですかね?(すっとぼけ)

 

「で、『頂いた』って言うくらいだからこれの持ち主は()()先生だよね。何か話をしたんじゃないの?」

 

「このまま学校に連れてかれそうな勢いだったけど……断って家に帰ってきたんだ。本当にそれだけなんだ。心配するようなことは何一つ起きてない」

 

「……そのせいで私はお兄ちゃんを探しに行く羽目になったんだけどね」

 

「そ、それは……あっ!でも僕が頼んで、もう家に来ないようにしてもらったんだよ。これでもう安心だよ。黙ってたのは……謝るよ。けど咲良を騙そうと思ってしたことじゃないんだ。時期を見て言うつもりだったし、もう学園生活部の人たちとは会わないだろうから自分の中では終わった話だったんだ」

 

これがすべてですね。

(この縛りプレイ中は)もう学園生活部の人たちとは会わないつもりっていうのが本音ですけどね。

邪悪な心からした行動ではないということを分かって欲しい

 

「………………」

 

いけるか……?

頼む、分かってくれ……

 

 

 

「………………嘘つき」

 

「嘘なんかついてない!信じてk「勝手に家に上がり込んで気味悪い置手紙を残してく人がそんなすぐにあきらめるなんて考えられない。それにお兄ちゃんも学校に行きたいんでしょ?そうに決まってるそういえば夜も起きて窓を見てたやっぱり逃げ出す機会をうかがってたんだ……いいわ。あくまでも綱引きをしようっていうのなら……断ち切ってやるわだってお兄ちゃんは私のなんだもん奪われるくらいならいっそ、いっそ……」

 

ちょっとなに言ってるかわかんない。

綱引き?何言ってんだ?話の脈略がないし意味不明だ。

なんかヤバい雰囲気だな……

 

「お、おい。どうしたんだ……?」

 

「待っててねお兄ちゃん。ちょっと痛いかもしれないけど……」フラッ

 

ちょっ……こっち来た!バール!バール危ないから離して!

やばい(やばい)。どう考えてもマトモじゃない。

ポーズ!とりあえずポーズだ!

 

ああ!妹の正気度が、0になってる……

今までなんだかんだ言って耐えてきたのに。もはやこれまでか。

ハイライト君はもうとっくのとうになくなってたけど、ついに目の焦点まで合わなくなっちゃったからなぁ……

 

攻略Wikiに頼ろう。もうこうなったら先人の知恵を当てにするしかない。

えっと……お!『ケース別発狂対策』。これだ!

りーさん、めぐねえ、ゆきちゃん、プレイキャラ……ってこれ主要キャラしか対策載ってないじゃん……

お、お客様の中に『訳の分からないことを呟きながら鈍器を握りしめて近づいてくる妹』の対処法を知ってる方はいらっしゃいませんかっ!!

 

『発狂対策 汎用戦術』か……今回のケースが果たして汎用に入るのか甚だ疑問だけど他に参考になりそうなのはこれしかないしなぁ……

どれどれ……「まず、発狂は基本的に予兆が現れるものであり、正気度管理を適切に行えば回避可能なバットイベントである」……知ってるわそんなもん!そうなった時の対処法を知りたいんだよ!

 

 

一通り読んだ感じ、どうやらまだ希望はあるみたいですね。

親しい人の死とか不可逆なものが原因となった発狂は落ち着くまで時間がかかるらしいんですけど、今回の場合はそうじゃないので行動次第ではすぐに立ち直れるらしいです。

何よりも大事なのは相手を落ち着かせることらしいです。

あと、危険だからといって狂気に陥った人間から距離を取っていると大抵の場合ロクなことにならないとも書いてあったな。回復が遅れるし突拍子もない行動をとる可能性が高まる。

自制心を失ってるんだからそれはその通りだな……

 

で、肝心の方法なんですけど……好感度が高い人が()()()()なだめにかかるのが一番早いそうです。交渉系技能があるとなお良し!とのこと。

錯乱してるので話の内容とかはあんまり重要じゃなくて、相手に対する態度が鍵を握ってるらしいです。

もちろんこれは発狂の原因が自分ではない場合です。

 

というか自らが直接の原因になるとは想定されてないんですよ。原因は外からやってくるので。

最後の藁が自分だったとかではなく100%飛真君の落ち度ですからね。

一応自業自得のケースも書いてありましたけど……『浮気発覚』とか『痴情の縺れ』みたいに自宅警備員ルートには全く縁がないのばっかりでしたね。しかも大抵の場合修復不可能でリセット推奨とか書いてありましたね。おお怖。

今回の件は想定外らしく体系だった対処法はありませんでした。

 

でも不思議なのがこんなことになってるのに好感度はマックスの10のままなんですよね。

ただ単にまだ反映されてないだけかもしれませんけど……

ともあれこのチャンスを逃すわけにはいかない!

 

というわけで、ポーズ解除!

 

まずはこちらから近づきましょう。逃げたら逆効果です。

立って話すのもなんですしベッドの縁にでも座ってもらいます。

 

「と、とりあえず座ろうよ。な?」

 

返事を待たずに手を抑えて座らせちゃいます。凶器が怖いので。

 

「自分はどこにも行くつもりはないし、もとよりここで暮らすつもりなんだ。こっそり家を出ていくわけないだろ?落ち着いて考えればこれが誤解だってすぐ分かるはずだよ」

 

こういう時は相手の目をじっと見るべきだって書いてありました。

虚ろな妹の目を見てると、その濁った黒に引き込まれてしまいそうで正直見ていたくはありませんが我慢するしかありませんね

 

「決意が揺らいだから黙ってたんでしょ?そうだそうに違いない私が目の上のたんこぶだから出し抜く機会をうかがってるんだそもそもなんで家で暮らすことを決めたの?惰性でしょ?理由も目的も最初からなかったんでしょ?だから今頃になって後悔してコソコソ動いてるんだ……」

 

ダメだ。言葉はまるで無力ですね。

非常にリスキーだけど、かくなる上は……

好感度はマックスの10。それならきっと、きっといけるはず……

 

「あっ、ちょっ……」

 

「不安になることは何もない。大丈夫、大丈夫だから……」

 

めぐねえホールドと呼ばれてる技です(今名前つけた)。

りーさんとかゆきちゃんは一度発狂すると本当に面倒なのに加えて、二人とも割と簡単に正気度0になっちゃうんですよ。でも、上手くめぐねえを正気度が高い状態にしてると部員の心のケアをしてくれたりするんですよね。その時使われるのがこれです。

要は優しく抱擁するってことです。めぐねえが持ってる素質もあるんでしょうけど、かなり効果が高いんですよね。だから学校籠城ルートではめぐねえの正気度管理が重要なんですよ。

 

お互いに信頼していれば効果があるって書いてありました。好感度=信頼関係とすれば……?

信頼関係がぶっ壊れたから今こんなことになってるとは思うのですが、好感度自体は高止まりしてるのでヨシ!

もちろん飛真君はめぐねえじゃないんで鬼が出るか蛇が出るかわかりませんけど試してみる価値はある!

 

「きゅ、急に何よ。こんなことで誤魔化そうとしたって……」

 

「自分にとって家は一番、一番大切な所なんだ。他の場所に移ろうなんて思ったことは一度もない。だから学園生活部に会ったことは大したことじゃないと思って言わなかったんだ。でも、自分の勝手な判断が咲良を不安にさせてしまったのかもしれない。本当に、本当に誤解なんだ。信じてくれ……」

 

「なんで家にそんなにこだわるの?変じゃん。そのくせ一日家を空けたり、ふらっと外出してみたり。私のことも家のことも何にも考えてないじゃん。怪しい怪しい怪しい……」

 

……ひらめいてしまった。

妹はアウトブレイクから日が浅かった時に「役割の不在」で悩んで正気度ゴリゴリ減らしてましたからね。自分の立ち位置には人一倍敏感なんでしょう。

飛真君が意図的に情報を隠したからではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から情緒不安定になったのでは?

補助線を思いついた時みたいな気分だ。テンション上がるなぁ~(震え声)

それなら自ずとかけるべき言葉もわかってくるぞ……

 

「実は、家じゃなくて……その、咲良が大事なんだ。たまたま助けた人たち(学園生活部)よりな。学校なんかに行ったらずっと一緒に居れなくなっちゃうだろ?……でもこんなこと恥ずかしくて面と向かって言えないから今まで胸の内に隠してたんだ……」

 

これが正答や!

本心かどうかなんて関係ないです。飛真君の命がかかってるので文字通り必死です。許してください何でもしますから!(嘘をつかないとは言ってない)

もう折り返し地点はとっくに過ぎて後半戦です。こんな道半ばで死ねるか!

普通にこの発言と今までの行動が全く言行一致してないですからね。でまかせもいいとこです。

 

「……本当?ほんとに、私が、一番、大事なの?」

 

「もちろん。大事に()()()るよ」

 

 

 

「……………………えっと、その、私、お兄ちゃんがそんな風に私のこと()()()くれていたなんて知らなくて……取り乱しちゃった。ごめんなさい。」

 

……これは、危機は回避されたってことで、いいんだよな?

正気度も一部が戻ってきたし。心なしか声色も柔らかい。

 

あぁぁぁぁぁぁぁ……疲れたぁ!!

コントローラーが汗でびちょびちょですよ。乗り切った、このビッグウェーブを……!

そうなればもうめぐねえホールドする理由はない。すぐに離れよう。

疲れた。今はとにかく一人になりたい……

 

「……ダメ!まだ、信用したわけじゃ、ないんだから……」

 

せ、背中にバールの硬い感触ッ……

無理だ。動けない。動いたら、死ぬ……

何で!?もう疑う要素ないでしょ!?

 

「………………」

 

しかも何も言わないし。ど、どういうことだってばよ……?

こっからじゃ妹の表情が窺えないから判断しかねるし。耐えるしかないな。

……見てくださいよ飛真君の目。虚空を見てますよ。

妹の正気度が回復した分を埋めるかの如く飛真君は正気度が減っています。

飛真君に無理をさせすぎたな。本当に申し訳ない。

 

「グゥー」

 

「ほ、ほら。もう夕飯の準備しなきゃ。な?」

 

「……うん」

 

やっと顔が見れた。ハイライト君久しぶり~雰囲気変わったね。少し痩せた?

お腹鳴ったの聞かれたせいか顔はちょっと赤いですけどそれ以外はいつもの妹ですね。安心。

……でも色々あったとはいえ、まだ夕方なんだけどな。おなか空くの早いな。

 

「何か食べたい物ある?」

 

「うーん……あ、肉!肉がいい!」

 

肉かぁ……まだ缶詰あったかな?

多分あるだろうから米を炊けば大丈夫か

こっちとしても大して労力がかからないのでありがたいですね

 

「じゃあ、作ってくるから……」

 

やっと一人になれた。

炊けるのを待ってる時間もなんだか幸せなものに感じてしまいますね。

ぼーっとしてないで缶詰探すか……前に鶏そぼろとかは食べちゃったからあるのは……獣肉?

物産展とかで珍しいから買ったはいいけど、その特殊性ゆえに食べる機会を失っていたって感じですかね。高かったり珍しかったりする缶詰ってもったいなく感じてつい食べるのを後回しにしちゃうんですよ。

妹の言う肉は魚の肉じゃないはずだからこれにするしかないな

 

 

 

ご飯が炊けたな。こうなってくると勝手にお腹が空いてくる。

お昼を食べれる状態じゃなかったからな……腹減るのが早いのは仕方ないか

 

「できた?」

 

「うん。ただ肉の方が……獣肉しかなくて」

 

「どれどれ……猪と、エゾシカ?どんな味なんだろう?楽しみだな」

 

抵抗感はないようですね。それなら食べちゃいましょう

……あ。美味しい。

猪がおいしいのは知ってたけど、エゾシカもなかなか……

 

「美味しいけどさ、なんか味濃くない?もっと素材の味を……」

 

「缶詰だからな。ちょっと濃いかもしれないな」

 

 

 

 

夕飯はつつがなく終わりましたね。良かった。

今日は無難に一日が過ぎる予定だったのに、そうはいきませんでしたね。

寝よう。寝て少しでも正気度を回復するんだ!

今の水準だと幻聴とかが聞こえてもおかしくないんですよね……

こっちも疲れました。そろそろゲームを中断したい。

 

もう寝る支度はルーティンになってるのでパパっと済みます。

ベッドがとてつもない引力を持ってる……飛真君もやっぱ疲れてるのか

これはすぐ寝れる。もう画面が暗転しかけてる!早い。

 

「……もう、勝手に寝ないでよ」

 

ああ! あとちょっとの とこだったのに!

おかげで目が覚めちゃったじゃん。

いやまぁ当然来るだろうとは思ってましたけど。飛真君が寝た後に来てほしかった

 

「まぁ別にいいんだけどねっ」ぎゅっ

 

……………飛真君の腕を抱き枕か何かと勘違いしていないだろうか?

これは、その……非常に、ダメです。

節度……そう、節度!いくら仲が良くても距離感って大切ですよね(色々当たってるから!)

起きたってことは操作できるってことですから寝がえりを打ってもらいます。

 

「あっ……」

 

「………………。」

 

「わざとだ。今絶対わざと私を避けようとした。ねぇそうでしょ?ねぇねぇねぇ……?」

 

ひぇぇぇぇぇぇぇぇ………

なんでこんなちょっとしたことでハイライト君が退社しちゃうんですかねぇ…?

画面暗いから実際どうなのかは分からないけど、オーラがもう、禍々しい。

君子危うきに近づかず、されど妹には逆らえず。大人しく従いましょう……

 

「い、いや。ちょっとびっくりしちゃっただけなんだ……」

 

「なーんだ。そうだったのね。じゃあ、おやすみ。お兄ちゃん」

 

結局こうなるのか。一緒に寝ると正気度が回復するって今まで思ってましたけど、ここにきて懐疑的になりましたね。

回復できてる?うーん、減ってはないけど増えてもないんだよなぁ……

 

今日は危機的な状況に対処するためにずっと交感神経が出ずっぱりだったよね。だから自律神経を整えるためにリラックスして副交感神経を優位に持ってかないといけない。うん。

……いいかい?左腕には何もない。誰もいないんだ。リラックスしてる状態でまぶたが重い。外界からの刺激は一切ないときた。そんなときにすることは一つだよね?

そう、睡眠。

寝よう!寝てくれ。寝てください(切実な願い)。煩悩の数を数えてたらいつの間にか寝てるはずだから。寝ろ!

 

「すぅ……すぅ……」

 

近い。寝息が近い!

一生懸命飛真君に念話を試みてるのにこれじゃ意味ないよ……

もう何をしても無駄だ。ほっとこう。

 

 

 

 

 

どうしよう。このままじゃ『不適切なコンテンツ』になっちゃう。Switchの民に動画を届けられなくなってしまう……

いや。画面は暗いから絵面はセーフだ。放送コードには引っかからないハズ。

ここまでやってきたのに運営に動画を削除されるのは嫌だぞ…… 

 




時間に余裕ができたのでさぁ書くぞとなったんですけど、中々筆が進まなくて。
パソコンの前にずっといるのに一文字も埋まってない虚無虚無タイムを量産してました。

書いては消してを繰り返して何とか形にはなったんですが……
修羅場書けない。難しいぃぃぃぃぃ!(発狂)
今の自分の力では無理でした。

冗長になったので妹パートは次回になります。
飛真君のクズ男化が止まらない。一体誰のせいなんだ!!


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羈絆

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ひとりでに目が覚める。

今日はお兄ちゃんに起こされなかった。

安心して寝れたからというのもあるけど、きっと精神的に疲れていたのだと思う。

 

最近は毎日晴れだ。どんよりした曇りよりは好きだけどそろそろ雨もほしい。

そんなことを思ってるうちに明日にでも雨になるかもしれない。そう考えるとこの晴れを有効活用しなきゃという気分になる。

 

まずは布団を干さなきゃね。寝てしまえば気にならないが、やっぱり湿ってきてる。

人は寝てる間にかなりの量の水分を放出してるって聞いたことがあるし、それが二人分となればなおさらだろう。

「お日様の匂い」は一体何の匂いなんだろう?ダニの死骸だとか言われてるけど私は信じてない。新品の布団でも干せばお日様の匂いがするからきっと別の何かの匂いなんだろうな。

じめっとした布団はどことなく不潔な気がするから定期的に干さないとね。

 

あとは洗濯ね。まとめてやろうなんて思ってたらいつの間にかたまっちゃった。

お兄ちゃんも最近は外出を控えてるから洗うより捨てたほうがいいようなひどい汚れ方をした服が減った。もともと私はあまり外に出ないから着た服はほとんど洗濯物になる。

手洗いは初めてじゃないから要領はわかってる。でも、前回とは量が違う。気合を入れて取り組まないといけないかも。

 

お兄ちゃんが作った軽い朝食をとってから行動を開始する。

布団を干すのは別に大変じゃないからすぐ終わった。ベランダに余裕があったから私の部屋の布団もついでに干した。

 

にしてもいい天気だ。ほんとうならどの家もベランダに洗濯物が干してあるはずだけど……

人が消えた町は何も動かないし何も聞こえない。気まぐれに聞こえる鳥のさえずりくらいしか自分たち以外の生物を感じる機会がない。

取り込み忘れた洗濯物が風にあおられて心細げに揺れている光景はあるべきものが欠けている気がして気味が悪かった。

本当に空っぽだ。ひしめき合うように家が立ち並んでいるくせに誰一人ここにはいないのだ。

 

……外を見てるとかえって気が滅入っちゃう。

お兄ちゃんはなんか穴を掘ってた。集中しているのか無心で同じ作業を繰り返してる。

私も外を漫然と眺めてる場合ではない。さっさと洗濯を始めちゃいましょ

 

洗濯は私の服から始める。量が多いからね。

洗濯表示は特に見ないでじゃんじゃん洗ってまとめてすすぐ。

基本的に何度も着てた服を着るようにしてたから大丈夫なはず。洗濯機でオッケーなら手洗いがダメなはずない……と思う。

覚悟してたけどすすぎで結構な量の水を使う。ケチケチして洗剤が残っていたら体に悪いしこればっかりはしょうがないか。

 

さぁ次はお兄ちゃんの服だ。といっても私のよりは量が少ないからそんなに大変じゃないはず。

洗い始めようとして気づく。ズボンとかシャツとかは抵抗なく洗えるけど……し、下着は……

どうしよう。考えてなかった。洗濯するって言っちゃった以上、やらなきゃいけないよね……

そう!これは仕事だもん。こういう分担になってるからそうするだけであってそれ以上でも以下でもない。

だいたいお兄ちゃんの下着一つで大げさだ。意識しすぎなんだ。他の洗濯物と何も変わらないじゃない。お兄ちゃんも誰が洗おうが気にしないはずだ。

頭ではわかっているのだけど、いざ洗おうとパンツに手を伸ばすと何か悪いことをしてる気がして顔を真っ赤にしてひったくるように取った後、他の洗濯物も洗剤液にねじ込んで一心不乱に洗った

 

ジャブジャブジャブ……

 

なんとか、なったわ。こんなことにドギマギするなんてホントに私どうしちゃったんだろ……

洗濯に慣れてないからだ。きっとそう。男物を洗ったことないからちょっと動揺しちゃっただけに決まってるわ

 

さぁ後は昨日着た服だけね。

よく見るとズボンのポケットが膨らんでた。今回は手洗いだから特に問題はないけどちゃんと中の物は出してほしかったな。

出てきたのはハンカチだった

 

…?これ、どう見てもお兄ちゃんのやつじゃないな。

 

何の変哲もないタオルハンカチ。でもレースがあしらわれていたり節々から女性らしさが伝わってくる。私のではない。持っていたらお気に入りのハンカチになっていたはずだ。それくらいセンスがいいハンカチだった。

 

お兄ちゃんのズボンのポケットに女物のハンカチが入っているのはなんだか気に食わない。誰のだろう?というか、いつのものなの?

世界がこんな風になる前に何かの拍子でお兄ちゃんのポケットにこれが収まったのかな?お兄ちゃんの性格ならありえる。ハンカチの存在すら忘れててズボンに入ったまま今日この日を迎えたとしても不思議じゃない。

あ。でも使った形跡がある。昨日汗かいたとか言ってたしこれで拭いたのかな?

 

においをかいでみる。怖いもの見たさじゃないけど絶対に臭いと分かっているのについにおいをかいでしまうことがある。なんでなんだろう。

 

案の定汗臭い。……あれ?柔軟剤の、香り……?

自分の家で使っていたものとは違う。これはこのハンカチの持ち主が自分の家の人間ではないことを示している。

それよりも!どうしてまだ微かに柔軟剤の香りが残っているのか、これが問題だ。

明らかにおかしい。ポケットに入れたままだったのならとっくに香りは霧散している。()()洗濯したものではないとこんな風には残らないはずだ。

現時点で生き残っている人間は知ってる限りでは両手で足りる人数しかいない。正確なことはまだ分からないけど、持ち主とハンカチがお兄ちゃんの手に渡った時期はだいたい見当がつく。

 

学園生活部(あいつら)だ。時期は昨日のお兄ちゃんの無断外出。その時に違いない。

昨日、お兄ちゃんはあいつらに会ったなんて一言も言ってくれなかった。

 

……いや、隠してたんだ。

そうとしか考えられない。たしかに空白の時間があった。だから何があったのか昨日ちゃんと聞いたのに。

一人で夜を過ごしたあの日、私は悟ったんだ。それまでは別々で行動してた。私たちは確かに用心深くなったけど、行動の本質的な部分は何も変わってなかった。でもそれじゃダメだって。お互いのことは一つ残らず知っておかないといけないだってはぐれた時に連絡を取る手段がないし一緒に暮らすんだから隠し事はご法度に決まってる。

 

あいつらに会ってからお兄ちゃんはおかしくなった。お兄ちゃんは私だけを見てたのによそ見をするようになった。まぁ家にまで押しかけてくるくらいだから無視するのは難しいかもしれないけど……

私を選んだんじゃないの?あの時あいつらの口車にほだされていたら学校に行こうと私を説得しようとしたはずだ。

だから家にいようって言ってくれて嬉しかった。家族と一緒に居るのが一番だ。お兄ちゃんは流されやすい性格だけど、ちゃんと大切なことは分かってるんだって。

私を探し出してくれた時も、もちろん私が外に出たのはお兄ちゃんのせいだ。でも私をちゃんと見つけてくれた。あの時のお兄ちゃんの目には安堵と焦燥と、そして何より、私以外何も映ってなかった。

 

なのに

 

会ったなら会ったと言えばいい。()()()()()()がなければそうできるはずだ。

嘘だったんだ。今までのことぜんぶぜんぶぜんぶ!

向こうはお兄ちゃんをしつこく追い求めるしお兄ちゃんも関係を断ち切ろうとしない。

一方的に押しかけられて困ってるという態度をとっていたけど、その実お兄ちゃんはまんざらでもなかったのかもしれない。

 

……いけない。結論を急ぎすぎてる。まずはお兄ちゃんから()()を聞かなきゃ

まだ、わからない。杞憂の可能性だって十分あるんだから

 

残りの洗濯物を洗った後すすぎをしてバスタオルを使って水分を吸い取っていく。

服の扱いが手荒になってる気がするけど気のせいだ。私はまだ冷静だ。

 

洗濯物を干すためにベランダに出るとまだお兄ちゃんは穴を掘ってた。重大な秘密がバレたことなど思いもしてないのだろう。

さてと、お兄ちゃんが話しやすいようにお茶とお菓子を準備しなくちゃ

コンロの使い方はわかる。難なくお湯を沸かすことができた。

お菓子も戸棚にまだ残ってるのを知ってる。

おっと、忘れてた。いざという時の為に()()も準備しないとね。

 

 

準備は整ったわ。あとは……

 

「お兄ちゃ~ん」

 

「どうした?」

 

「そろそろ休憩しない?」

 

「ちょうどそうしようと思ってたんだ。今行く」

 

ちょうど疲れていたのか顔をほころばせてる。私も気配を悟られないように努めて明るい声を出した。

一息ついてから、切り出す。でもいきなり聞くのはよくない。まずは周囲を旋回するように……

 

察しがいい人ならとっくに言わんとしてることが分かるはずなのに、お兄ちゃんの表情に変化がない。

気づかないのならしょうがない。

 

「お兄ちゃんが昨日履いてたズボンのポケットに入ってたんだけど」

 

「これ、なぁに?」

 

効果はてきめん

一瞬ポカンとしてハッとしたかと思うと、みるみる顔が青ざめていく。お手本のような顔色の変化だ。

お兄ちゃんのこういう分かりやすい所は好きだけど、いただけないのが本人は仏頂面を貫けていると信じ切ってるところだ。

 

「……ハンカチだな」

 

だからこんなことを言う。まだ隠しおおせる余地があると思ってるんだ。

イラっときたから嫌味ったらしく言ってあげるとさすがに置かれた状況を理解したらしい

 

「あ、あのな。実は、昨日言わなかったことがあるんだ……」

 

「言わなかった?隠してたの間違いじゃないの?……まぁいいや。それで、このハンカチは一体どのような経緯を経てお兄ちゃんのポケットに収まったの?」

 

そうだ。聞きたいことはそこだ。返答次第では……

 

「それはですね……外に出て、そろそろ帰ろうかなって時に偶然あの人たちと会ったんだ。その時自分は汗だくだったから……それでハンカチを頂いたんだ」

 

やっぱり会ってた。口調から判断するにハンカチの持ち主は先生のようだ。お兄ちゃんに変なものを渡さないで欲しい。

お兄ちゃんもお兄ちゃんだ。()()なんて言葉を使って責任を軽減しようとしてる。でも必死な様子から偶然なのは本当らしい。

……信用できない。嘘をついてるかもしれない。まだ隠してることがあるはずだ。言いにくいことなのかな?話しやすい雰囲気(バールの最終点検)を作ってあげないと。

 

「このまま学校に連れてかれそうな勢いだったけど……断って家に帰ってきたんだ。本当にそれだけなんだ。心配するようなことは何一つ起きてない」

 

「僕が頼んで、もう家に来ないようにしてもらったんだよ。これでもう安心だよ。黙ってたのは……謝るよ。けど咲良を騙そうと思ってしたことじゃないんだ。時期を見て言うつもりだったし、もう学園生活部の人たちとは会わないだろうから自分の中では終わった話だったんだ」

 

 

「………………」

 

さっきから言葉がするする私を通り抜けていく。お兄ちゃんの必死の弁明に反比例するかのように疑念は深くなっていく

庇おうとしてる。どうしてあいつらの肩を持とうとするのだろう?

お兄ちゃんが、どんどん私から離れていってしまう。そんなのだめお兄ちゃんが心を開いていいのは家族の私だけ外は良くないものがいっぱいある現に危ない観念に囚われてるこうやって私たちを引き離そうとしてるんだそうに違いない止めないと止めないと止めない今毒に侵されてないのは私だけ私が助けてあげないと……

 

「勝手に家に上がり込んで気味悪い置手紙を残してく人がそんなすぐにあきらめるなんて考えられない。それにお兄ちゃんも学校に行きたいんでしょ?そうに決まってるそういえば夜も起きて窓を見てたやっぱり逃げ出す機会をうかがってたんだ……いいわ。あくまでも綱引きをしようっていうのなら……断ち切ってやるわだってお兄ちゃんは私のなんだもん奪われるくらいならいっそ、いっそ……」

 

なんだか視界がふわふわしてる。同時に頭も上手く働いていないように感じるのに口は動く。体の間の連絡が唐突に取れなくなってそれぞれの器官が勝手に動いてる一方で強烈な感情だけが奇妙な一体感を以って私を統率してる

 

「待っててねお兄ちゃん。ちょっと痛いかもしれないけど……」

 

今は危急存亡の秋なんだ。家族がバラバラになっちゃう。お兄ちゃんはそのことに気づいてないばかりかそれに協力さえしている。これは私に対する重大な裏切りなんだからお兄ちゃんはある程度痛い目に遭ってもしょうがないよね?

私だってお兄ちゃんに鈍器を振りかざすのは心苦しい。こんなことしなくたって私の気持ちを信じてくれるって信じてたんだから。でもこれは必要な処置だったってきっと分かってくれるはず。

当分の間は動けなくなるとは思うけど、その間は身の回りのことは全部私がやってあげるし、足りないものは私が調達するから。そして傷が完治する頃にはお兄ちゃんは完全に私の………………うふふふふふふふっ、なんて完璧な計画なの!これが怪我の功名ってやつかしら?

これでずぅーっと一緒に居れるね、お兄ちゃん………

 

これからの幸せな生活に思いを馳せていたせいか動きが緩慢になってしまった。

お兄ちゃんは私を無理やり座らせると私の目を見て何やら言っている。

………なにを言ってるんだろう?そして私はどう答えたのかな?

モヤがかかったかのようにすべてのものがあやふやだ。確かなのはただ一つ。私たちの絆は生まれたその日から永遠が担保されていたということ。

 

「不安になることは何もない。大丈夫、大丈夫だから……」

 

突然。何か意味のある言葉が飛び出る前に私はお兄ちゃんに包まれていた。

お兄ちゃんの体温が、心臓の鼓動が私の中にある何かを少しずつ溶かしている気がする。

 

「きゅ、急に何よ。こんなことで誤魔化そうとしたって……」

 

そうだ。これはお兄ちゃんなりの作戦に違いない。気持ちをしっかり持たないと。一周回って冷静になれた。これは、あまりにも、できすぎている。

欲しかったものが向こうからやってくるなんておかしいわ。

 

「自分にとって家は一番、一番大切な所なんだ。他の場所に移ろうなんて思ったことは一度もない。だから学園生活部に会ったことは大したことじゃないと思って言わなかったんだ。でも、自分の勝手な判断が咲良を不安にさせてしまったのかもしれない。本当に、本当に誤解なんだ。信じてくれ……」

 

ほらやっぱり。()が一番大事なんて変じゃない。そりゃ家にはわ、私がいるけど……

抱擁の強さに危うく騙されるところだったわ。お兄ちゃんの言葉にはどこか逃げ道がある。

私をなだめるための方便に違いない。私が安心しきった後、行動を起こすつもりになんだ……

 

「実は、家じゃなくて……その、咲良が大事なんだ。たまたま助けた人たちよりな。学校なんかに行ったらずっと一緒に居れなくなっちゃうだろ?……でもこんなこと恥ずかしくて面と向かって言えないから今まで胸の内に隠してたんだ……」

 

息が、止まった。イチバン。私が、私が、お兄ちゃんの、一番……

何もかもがひっくり返ってしまった。ついさっきまで私の中を巣食っていた不信と何か破壊的な情動は朝日を浴びたキョンシーのように燃え尽きてしまった。

 

「……本当?ほんとに、私が、一番、大事なの?」

 

疑ってるわけじゃない。ただただもう一度聞きたい。

空虚な言い訳はもうお腹いっぱいでも甘いものは別腹だ。

『騙されるな!』と私の中で警戒のランプが確かに光っているのだが、そこに目を向ける者は誰もいない。

 

「もちろん。大事に()()()るよ」

 

「……………………えっと、その、私、お兄ちゃんがそんな風に私のこと想ってくれていたなんて知らなくて……取り乱しちゃった。ごめんなさい。」

 

やっとそれだけ言えた。それどころではない。お兄ちゃんがさっき言ったことをリフレインすることで忙しいのだ。

ましてや今私はお兄ちゃんの胸の中。なんかもう、ドロドロに溶けてしまいそう……

でもお兄ちゃんは仕事は終わったとばかりに離れようとしてる。くっついてるのだから気配で分かる。

 

「……ダメ!まだ、信用したわけじゃ、ないんだから……」

 

もっと、もっともっともっと強く抱きしめて欲しい。それに、今私はだらしなくにやけきっててとてもお兄ちゃんに顔見せできる顔ではない

お兄ちゃんは動かない。一応いうことは聞いてくれたが私の意図は汲んでくれないらしい。むぅ。

 

それにしても、学校に行くと私を独り占めできなくなっちゃうから家にとどまってたなんて……

お兄ちゃんがそんなに独占欲が強いヒトだったなんて知らなかったわ。そーゆーひとは嫌われちゃうんだよ?お兄ちゃん?……ふふふっ

巷にはそういう()()()男性の対処マニュアルまであるんだから。私、お兄ちゃんのことがこわくなっちゃったわ。

あーこわいこわい。こわいからずっと一緒にいなきゃいけないよね。

 

お互いに密着してるもんだから周りの空気が湿ってきてる。二人分の熱であっためられた空気にはお兄ちゃんの匂いもしていて嗅いでるとなんだか……

あっやば。よだれ出てきちゃった……

 

「グゥー」

 

……お腹も鳴っちゃった

ご飯の準備を理由にお兄ちゃんは下に降りてしまった

でも何で今お腹が鳴ったんだろう?空気読んでほしかった

確かにお腹空いてる。なんだか無性に肉が食べたい気分だ。

 

けほっけほっ

 

……?

そういえばまだ洗濯物と布団を取り込んでなかった。急いで取り込まなくちゃ

洗濯物を畳むとすることがなくなった。暇だと考えてしまうのは、夕飯のこと。

夕飯のことを考えたら余計腹が減ってきたわ……

本でも読んで気を紛らわせようっと

 

 

 

「できた?」

 

我慢できなくなって下に降りたらちょうど準備ができたらしい

聞けば今日は獣肉らしい。食べたことないから楽しみだ。

 

実際食べてみると予想してた臭みはなくて美味しかった。

でも味付けが濃すぎる。加工されきったものじゃなくて、もっとレアで頂きたかったな

生肉!って感じのものが良いんだけどそんな贅沢はもうできないか。

少し前までは缶詰の肉でも十分すぎるほど満足できてたのになんだか数日でグルメになってしまった。あるもので満足しないと。

……あと言わなかったけど量も少なく感じた。量自体はいつもと差はなかった。今日は特別お腹が空いていたのかも。

 

ご飯を食べたからもう寝る流れになった。

いつも通り着替えて、体をキレイにして……

……私、臭ってないかな?

今の時代はシャワーの代替手段はたくさんある。髪だってドライシャンプーを使って清潔に保つことができる。

でも代替は代替だ。限界があるのかもしれない。

今まではとりあえず清潔を保っていればいいと思ってたけど……

人と寝てるんだからもっと気を遣ったほうがいいかも。念入りに、念入りに……

 

けほっけほっ

 

……まただ。風邪かな?

いや、鼻水もでてないし喉は全くの正常だ。

熱を測ってみても平熱よりむしろ低いくらいだった。部屋が埃っぽいのかも。換気もしておけばよかった。

 

「……もう、勝手に寝ないでよ」

 

いつもより寝る支度に時間がかかったせいかお兄ちゃんは寝てしまっていた。

ちょっと淡白なんじゃない?

 

「まぁ別にいいんだけどねっ」

 

きっとあんなこと言った手前、恥ずかしくなってそそくさと寝てしまおうって魂胆なんだろう。ちゃっかり私の分のスペースを空けてるあたりにお兄ちゃんの本心が透けて見える

お望み通り横に寝るけど、それじゃなんか物足りなくて腕を拝借する。

抱き枕みたいにふっくらしてないけど、あったかくて弾力もある。にへへ……

本丸に突撃したい気持ちはある。でも、まだ恥ずかしい。

それまでは腕でガマンガマン……

 

「あっ……」

 

寝がえりを打たれた。お兄ちゃんはまだ起きてるはずだ。だってこんなに近くにいるんですもの。寝たふりなんてすぐにわかるわ。さっきまで動向を見定めるかのように微動だにしなかったのに急に寝がえりを打つなんて不自然だ。

背中が拒絶を表している気がした。昼間は向こうから抱きついてきたくせに私がちょっとぎゅっとしただけで距離を置こうとするなんて……

 

「わざとだ。今絶対わざと私を避けようとした。ねぇそうでしょ?ねぇねぇねぇ……?」

 

朝令暮改だ。こんなに変わり身が早いってことはあいつらにだっていい顔をしてるかもしれないお兄ちゃんには『一番』が複数存在してるかもやっぱり念を入れて片足だけでも……

 

「い、いや。ちょっとびっくりしちゃっただけなんだ……」

 

「なーんだ。そうだったのね。じゃあ、おやすみ。お兄ちゃん」

 

気のせいだった。寝かけてる時に急に私がやってきたわけだからそりゃビックリするか。

いけないいけない。疑う癖がついちゃった。もう安心して大丈夫なのに。

 

そうだ。鳥が逃げてしまうから羽を折るなんてナンセンスだ。そんなことをする人はどうかしてる。でも私はお兄ちゃんのせいとはいえ、実際にそれをしようとしてしまった。反省しないと。もっといい方法があるのに気づけなかった。鳥は鳥かごに入れておけばいいんだわ!

今以上に危ない時代はない。外には捕食者がいっぱい。生き残った人同士でも生存競争にさらされる。だから大事なものは常に手元に置いて盗まれないようにしないとね!

お互いに鍵を掛けあえば絶対に出てこれない。お兄ちゃんだってそれを望んでる。

 

もう我慢しなくても、いいんだ。

 

お兄ちゃんの腕を抱き枕に、私はぐっすりと眠った。

 




冷静になると筆が止まってしまうので少しお酒の力も借りました。

前までは一日分をこれくらいの分量で書けていたのに最近じゃ妹パートだけで一話分になってしまってますね。それだけ一日一日が濃くなったってことですかね(好意的な解釈)。
冗長になってなければ良いのですが……


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頭から、離れなくて 上

ストーリーの進行上、前回のコメントに返信できてませんでした。申し訳ございません。


 

……なんか画面が揺れてるな。なんだ?とりあえず起きるか

 

「あ。おはよう。もう朝だよー」

 

起こされたのか……

確かに朝なんですけど、まだ寝ていたい。

昨日()()()飛真君の寝つきが悪かったので十分な睡眠時間を確保できていません。

 

「イデデデデデデ……」

 

「ちょっ……どうしたの!?」

 

「いや、ちょっと寝違えただけ……」

 

誰かに寝てる間じゅう腕を占領されてたせいで腕を動かそうとすると激痛が走るんですけど。

心配そうな顔してるとこ悪いが原因はアナタですからね?

外に出るわけじゃないから別にいいですけど。

デメリットしかないのだが。

なぜだ!添い寝は正気度の重要な回復ソースじゃなかったのか!?

寝不足だけでも解消したい。我、二度寝に突入ス!

 

「せっかく起こしたのに寝ないでよ!起きてー」ユサユサ

 

「今日も特に何もないんだから寝かせてよ……」

 

「朝 ご は ん ! お腹空いたから作ってよー早く早くー」

 

「勝手に食べてていいからほっといてくれ」

 

「……お兄ちゃんと一緒に食べたいの」

 

折れてくれなさそうなので起きますか。

寝る機会はまだたくさんある。

 

とはいってもさっさと作ってしまいたいのでラーメンにしたいと思います!

今までいろいろ保存食を食べてきましたけど、インスタントラーメンは最近食べてないですよね?

保存性、入手難易度、調理の手軽さ、満足度の高さ、アレンジがしやすく『料理上手』が乗りやすい……インスタントラーメンは多くの利点を持っています。難点を挙げるとすれば栄養が偏るくらいですかね。

便利すぎるが故に今まで取っておいたのです。もう称号獲得まであと少しなので解禁します。

 

朝からラーメンはちょっと重いかもしれませんが、若者に胃もたれの概念はありません!(暴論)

醤油ラーメンに乾燥わかめとゴマでさっぱり作れば平気平気!

大抵の場合一人一袋だと足りないから……合計4袋茹でれば十分かな。

妹もお腹が空いて飛真君を起こすくらいだから2人分でも余裕で食べれるでしょ。

ただ、火力と鍋の関係で一度に全部作れないのが残念ですね。

 

「………………」

 

めっちゃ見てるんですけど。そうとう腹減ってんだな。

とりあえず2袋分は作れたからそれを半分に分けてしまおうか。

 

「……なんか少なくない?」

 

「これからおかわりは作るから。とりあえず食べようぜ」

 

「うん。いただきまーす」

 

安定のおいしさ。はじめのうちは熱くて食べれないが、冷めるのを待っていたら麺がふやけてしまう。猫舌は常にこの問題に悩まされる。

 

さてと、おかわり分を作るか。ものの数分でできてしまうなんてやはりインスタントラーメンは便利すぎる。

だからついつい夜食にしちゃうんですけどね……

 

「はい。おかわり」

 

「ありがと。やっぱりラーメンはおいしいね」

 

「そうだね」

 

なんか妹の食べっぷりからするともう一袋くらい追加しないといけないかもしれないな

飛真君的には二人分食べたので十分なんですけどね。

作っちゃうか。一バック五袋入りだったからちょうどいいし。

 

「これで最後な」

 

「あれ、お兄ちゃんはもういいの?」

 

「二袋分食べれば十分だよ」

 

「えっ……私、もう二人分食べてたの……?」

 

「朝から食欲すごいな」

 

「今日はちゃんと起きれたし体の調子が良いのかも。あはは……」

 

意外にも健啖家だった。暮らしにも慣れて本来の食欲が戻ってきたってことかな?

まさか食料が足りなくなるなんてことはないと思うがもう一度備蓄をチェックしといたほうが良いかもな……

 

 

 

うおっ……じゃがいもに芽が出てる。前使ったやつとは別の種類のやつだな。こっちの方が古いから家で元々保存してたやつなんだろうな。

ソーラークッカーもあるしおやつ代わりにふかし芋なんていいかもな。あいにくバターはないけど塩でも十分美味しく食べれる!

さっそく下ごしらえをしないとな。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。昨日穴掘ってたじゃん?」

 

「え?うん」

 

「思ったんだけどさ、溝を作って足止めしたいなら側溝の蓋を開けておけば良くない?大股で歩いてるゾンビなんて今までいなかったし普通に引っかかると思うよ?」

 

「……それだ」

 

ああ!なんで気づかなかったんだ!地形を利用するのは基本中の基本だったのに……

ふかし芋の準備が整ったら早速取り掛かろう

 

「イテッ」

 

あちゃ~

よそ見に加えて左腕の痛みでじゃがいもを上手く固定できなかったせいで手を切っちゃった。

幸い表面をかすっただけだから傷は浅いが……

 

「お、お兄ちゃん大丈夫!?待っててね。すぐに救急箱を……あぁ……血が出てる……」

 

「血………………」

 

「どうした?」

 

「……あっ、救急箱ね!うん。すぐに持ってくるから!」

 

一瞬フリーズしてたけど、処理が重なって重くなったのかな?

かれらのどす黒い血ばっか見てたからこうやって新鮮な血を見るとやっぱ鮮やかな色してるなぁ~

 

「まずは消毒ね。ちょっとしみるかもしれないけど……」

 

消毒して、絆創膏貼って終わり!平定!remedy&health!

 

「ごめんね。包丁を使ってる時に話しかけたら危なかったよね……」

 

「単純に手が滑っただけだから咲良のせいじゃないよ。それより、これが終わったらさっき言ってた側溝の蓋の取り外しをしたいから手伝ってくれない?」

 

「うん。じゃあ、先に外出てるね」

 

……昼寝が遠のいちゃったな。まだ昼じゃないから朝寝か。

むしろ作業が終わったころがお昼寝日和なんじゃないか?

黒アルミホイルをしまった場所を忘れて少し探したくらいでソーラークッカーふかし芋計画は順調に進み、後は計画の結実を待つのみです。

ソーラークッカー設置の為に外に出るんでそのまま作業に移れますね。

 

「はい、お兄ちゃん。軍手」

 

「ありがと。……全部力ずくで持ち上げる感じ?」

 

「あの網目になってる……グレーチングだっけ?あれさえとっちゃえば後はお兄ちゃんの力で一つ一つ外せるんじゃない?蓋のサイズも小ぶりだし」

 

たぶん側溝の蓋を簡単に外す便利アイテムもあるんでしょうけど、町内会の倉庫とかホームセンター、あとは自治体が管理してたりで取りに行くのはめんどくさそうですね……

実際、成人男性の力があれば不可能ではなさそうです(腰が痛くならないとは言ってない)

 

「やり方は分かったけど肝心の蓋はどうやって取るんだ?確かに一枚目を取れば片方のスペースは開くけどもう片方の手を入れる幅がないからどうしようもないぞ」

 

「……そのためにバールがあるんじゃない」

 

そうじゃん。バールってゾンビに致命傷を負わせたり本音を引き出すための小道具として使われたりするのは本来の使い方じゃないんですね。目から鱗です。

妹がバールを使ってスペースを作ってくれるならやっていけそうです。

グレーチングは網目が粗いおかげで手を差し込む余地がありますし目処が立ちました。

側溝の蓋が古いタイプでよかった。細長いコンクリートの塊みたいなやつだったら道具がないと無理だったし、スリット側溝だったら手出しすらできなかった。

 

妹が監視役になってくれてるのでこっちは作業に集中できます。

たまにかれらがやってきたりするんですけど、気が付いた時には妹のバールによってゾンビの頭がかち割られた後だったりします。頼もしいですね(ひきつった笑み)

 

「お兄ちゃんばっかりに力仕事させちゃってごめんね。私も力が強ければ手伝えるんだけど……」

 

一発でかれらを撲殺できるならもはや非力とはいえないような気が……

 

「試しに一回やってみる?意外とできるかもよ?」

 

「えぇー……じゃあ、一回試してみるね……んしょっと……」

 

「どうだ?」

 

「……………………………やっぱ私には重すぎるよ」

 

まぁ筋力値から察するに厳しいとは思ってた。

残りも飛真君にやってもらいますか。

 

 

~~単調なため8.10倍速~~

 

 

「あ~~~終わったぁ~~~~」

 

「お疲れ様。……引き揚げる前にさ、一回効果を試してみない?」

 

「効果?」

 

「うん。お兄ちゃんは家側の方で待ってて」

 

カンカンカンカン………………

 

効果って実際にかれらがこの穴に引っかかるかってことか。

にしても前までは一人で外に出るなんて考えられなかった妹がこうやって誘導を買って出るようになるなんて……成長したなぁ

成長なのか、順応なのか分からないですけど……

 

「来た来た来た……私もこっち側に移ってっと……」

 

ズルッ 

 

お。引っかかった。こけるっていうより、ハマって動けないって感じだな。

足を引きずるようにして動いてるから足を上げられず前に進めないのか。

無理に進もうとするから上体が地面に激突してるし。これなら……

 

グサッ!!

 

楽勝ですね。

 

「思ったより効果あるね……集団でさえ来なければこれで防げるね」

 

「そうだな。これでこの家は安泰だな」

 

「お兄ちゃん、疲れたでしょ?後のことは全部私がやるから先に休んでてよ」

 

それならお言葉に甘えましょうか。マジで疲れてる。

不安だった雨の日対策もこれで一応完成ですかね。空堀を手に入れたから防御力が格段に上がりました。

 

「芋もついでに持ってきたよ。あったかいうちに食べよ?」

 

「「いただきまーす」」

 

作業した後の食事は……最高やな!労働の悦びに目覚めてしまいそう

なんか妹、箸が進んでいませんね……

 

「あ。やっぱ朝多かったのか?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

 

「味?」

 

「味……うん。そうだね。味、かな……」

 

バターがないからな。大正義じゃがバターにできなかったのは誠に残念です。

そういいつつも全部食べてるからお腹自体はすいてたのか?まぁ動いてたからな。

 

食べたら眠くなってきた……

予定通り昼寝すっか。

 

「寝るの?じゃあ先ほどの労をねぎらって……マッサージしてあげようかな」

 

お。いいなそれ。

疲労が早く回復するし正気度にもプラスの影響がある。

向こうから提案してくれるなんてありがたいですね。

 

「じゃあお願いしまーす。あ゛~疲れた~」ゴロン

 

「ふふふ……なんかオジサンみたい……よいしょっと、まずは肩からいくね」

 

結構力入れてるな。いい感じだ。

画面がぼやけてきてる。もう眠いんだな

 

「力加減どうかな?これくらいでいい?」

 

「うん。ちょうどいいよ。……眠くなってきたな」

 

「疲れてるんだから寝ちゃっていいよ。朝も無理やり起こしちゃったし」

 

なんか久しぶりに心の底からリラックスして眠れる気がする

精神状態が落ち着いてさえいれば妹はこんなに穏やかなんだけどなぁ……

この機嫌の良さがずっと続いてくれますように……

 

「ぐぅ……ぐぅ……」

 

「………………」

 

 

■■■

 

 

ボンッ!

 

え?何?爆発!?

何が起こってるんだ?とにかく目を覚まさないと!

 

……?跳ね起きてみたはいいものの、別に寝る前と変化はないな。

もちろん爆発の形跡は一切なし。気のせいか?

 

「あ、い、い、いや……ち、違うの!そそそそそそ……そういう意味じゃなくて、あの、その……」シュー

 

……どうやら爆心地は妹みたいですね。

顔真っ赤だしなんか水蒸気出てるし。

寝てる間になんかあったのかな?聞いてみないとわかんないよな

というか妹が爆発するってなんだ……?まるで訳が分からんぞ!

 

「違うって……何が?それに顔真っ赤だぞ。大丈夫か?」

 

「ひぁ……だだだ大丈夫!大丈夫だから!とにかく、誤解だから!」ダッ

 

えぇ……(困惑)

結局なんだったんだ?逃げられたし。

飛真君に原因があるのだろうか?でも彼、ただ寝てただけだしなぁ……

 

もう日が傾いてきてるな。思った以上に寝てたんだな。

マッサージのおかげか体が軽く感じる。

というか昼にこんなに寝たら夜の睡眠に影響があるんじゃ……ま、いっか。

夕飯……うーん。そこまで腹減ってないんだよな。でも妹は爆発するし説明もろくにしてくれなかったし……なんか凝った料理でも作って機嫌(?)を取った方がいいのだろうか……

妹は……自分の部屋にいたのか。夕飯のことを聞いておかないとな

 

「な、なぁ咲良……お腹、減ってるか?」

 

「うん……空いてる……」

 

距離を感じるなぁ

昨日とは態度が完全に逆なんだよな。

 

「じゃあ作るから……」

 

米炊くことを考えたらそろそろ準備しとかないといけないですね。

今日は朝、昼と食べてるから夜はもう軽くていいですよね。

シンガポールライスにしようかな。一皿で済むし、何よりおいしい。

鶏肉はないのでシーチキンで代用します。鶏がらスープの素を使えばきっと雰囲気は出るはず。

ちゃんと玉ねぎを切って、調味料を総動員した特製だれも用意したので間違いなくおいしいです。

このにおい!たまらん!においにつられてやってくるんじゃないかな……?

 

……さすがに二階までは届かないのか。しょうがない。呼ぶか。

 

「おーい。できたぞー」

 

「………………はーい」

 

ちゃんと来てくれたけど、どことなく他人行儀に感じるなぁ

うつむいちゃって意図的に飛真君の顔を見ないようにしてるし。と思ったらチラチラ見定めるような視線を送ってくるし……なんで警戒する必要があるんですか(正論)

確認できる範囲でパラメータに変化はないからなおのこと不思議だ。

まぁいいや。それよりも冷めないうちに食べることが先決だ。

 

「料理上手」もバッチリ乗ってますね。正気度の回復量がいつもより多いですから今回の料理は大成功です。

 

「どうだ?おいしいだろ?味付けは目分量だったけど上手くいったみたいだ」

 

「………………」

 

「あ、あれ?合わなかった?」

 

「………ううん。おいしいよ、お兄ちゃん」

 

よかったぁ

なんといっても大成功ですからね。まずいなんてありえないです。

飛真君は味わって食べてますけど、妹は無心でバクバク食べてます。

 

「それでさっきの爆h「ごちそうさまでした」

 

……逃げられた。

そこまでして隠したいこととなると逆に気になるぞ。

隠し事は良くないと詰った本人が隠し事をするとは何事だ!

いやまぁ怒ってないですけど。言行一致なんて普通無理ですから。他人にそれを期待するのは酷ってもんです。

 

まだ食事の途中ですがちょっと妹を追いかけてみます。心なしか声にも元気がありませんでしたからね。

 

「別に逃げることないだろ。責めてるわけじゃないんだから」

 

「そうじゃ……ゲホッ……なくて、ちょっと調子が……ゲホッゲホッ……悪かったから……」

 

ちょちょちょちょ……咳してんじゃん!

咳って……え?待って待って待って。(深呼吸)

一度「がっこうぐらし!」をプレイしたことがある方なら分かるとは思うのですが、咳って()()時に表れる兆候の一つなんです。

……いやまだ分からない。風邪かもしれない。朝調子いいみたいなこと言ってたけど、一日で急に体調が崩れたってことか…?

 

「風邪か……?今日は別々に寝たほうがいいな。寒気とかはないか?」

 

「そういうのは……大丈夫。一晩寝れば、きっと治るから……ゲホッゲホッ……心配しないで」

 

「……そうか。それならちょっと早いけど、おやすみ。何かあったら遠慮なく起こしちゃっていいからな」

 

「……うん。おやすみ」

 

と、とりあえず様子見だ。

こちらもこちらで寝る支度をしないと。第一食事の途中だし。まずはなすべきことをして、それから今後のことを考えよう。

 

夜は明かりをつけるとかれらが寄ってくるから寝る一択なんだが、中途半端な時間に昼寝したせいで寝着くのに時間がかかりそうだな……

まぁいい。ひとまず横にだけなるか。

 

今までは寝付けないのを忌々しく見てましたが今回だけはありがたいです。今のうちにこれからの指針を決定しないと。

……とは言っても現状判断できる材料が少なすぎるからどうしても受動的な行動にならざるを得ないんだよな。

 

 

「お兄ちゃん。……起きてる?」

 

「起きてるよ」

 

「………………大事な話があるの」

 

「大事な話?どうしたんだ?改まって」

 

「その、驚かないで、聞いてね。わ、私ね……………………うっ…」

 

 

「うわああああああああああんっ!!!」

 

ガチ泣き。ガチナキナンデ??

抱きつかれるのは構わん。もう慣れた。でもガチ泣きの理由は教えて欲しい。

そうじゃなきゃどうすりゃいいのかまるで見当がつかない

 

「ちょ……一体どうしたんだよ!?何だ?私がどうしたって言うんだよ?」

 

「わっ……わたじぃ……かっ……かかかか、()()してるかも……しれない……ゲホッゲホッ…」

 

……………………。(無言のポーズ)

 

はい真っ黒―!!本人がそう言ってるんだから間違いない!

 

ごめんなさい。一旦、ここで動画を中断させてください。

感染カミングアウトのショックが……ちょっとヤバくて。心の準備ができ次第再開したいと思います。

 

……決断、しなくてはいけない時が来たようですね。

 




「一話分は絶対に一万字を超えない」という謎のこだわりのせいで上下に分けることになりました。(まだ妹パートを書ききれてないというのもありますが……)

最近筆の進みが悪くて涙が出、出ますよ……


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頭から、離れなくて 下

ぴ え ん


空腹を感じ、目が覚めた。

普段よりは少しだけ早いけどおおむねいつもと同じくらいの時間だ。

眠気もなくすっきりとした目覚めだ。でも起き抜けにもかかわらずお腹が減ってる

 

お兄ちゃんは横でまだ寝てるけど、少し考えてから起こすことにした。

別に早起きってわけじゃないんだから起こしたっていいはずだ。

 

まだ寝足りないのかゴネてたけどなんとか起きてくれた。

 

朝は久しぶりにラーメンだった!

腹ペコだったせいなのか単純に好物だったからなのか分からないけどたくさん食べれた。

……食べ過ぎた。普段の私なら3人分なんてとてもじゃないけど食べれない。

いつから大食いになったんだろう?特に運動もしてないから太っちゃう……

 

なにか、なにか運動になるようなことは……

昨日、お兄ちゃんは穴を掘ってた。あれなら運動になるかな?

でも……堀みたいな感じにしたいんだろうけど一人じゃ無理があるよなぁ

もっといい方法があるんじゃないかしら?

そんなことをぼんやり考えていたら閃いた。

 

家と道路の間にある側溝。あれを使えばいいんだわ!

 

元々溝はできてるんだから後は蓋を外すだけ。これなら今日中に済ませられる。

早速お兄ちゃんに伝えないとね。

 

このことを伝えた時、お兄ちゃんはジャガイモの芽を取ってた。

でも私はそんなことをお構いなしにさっき思いついたことを披歴してしまった。

 

お兄ちゃんは乗り気になった。でも……

 

「イテッ」

 

「お、お兄ちゃん大丈夫!?待っててね。すぐに救急箱を……あぁ……血が出てる……」

 

ケガをさせてしまった。

 

「血………………」

 

お兄ちゃんの指から真っ赤な血がにじみ出ている。生きた人間の新鮮な、血。

ゾンビの黒くてドロッとした血ではない。思わずハッとするくらい鮮やかな赤色をしている。

鮮血を見るのは久しぶりかもしれない。血ってこんなに綺麗で、美味しそう、だったんだ……

……たしか、唾液には殺菌作用があるんだよね。

そ、それなら、私が患部をなめとってあげれば…………

 

「どうした?」

 

「……あっ、救急箱ね!うん。すぐに持ってくるから!」

 

お兄ちゃんの声で我に返る。

な、なめるなんて……ダメに決まってるじゃない!

そもそも唾液の殺菌作用だって怪しいし、自分ではなくお兄ちゃんの傷口ならなおさら危ない。

脳裏にちらつく鮮やかな赤を無理やり振り払い救急箱を探す。

 

無心で応急手当をした。血の付いたガーゼもできるだけ見ないようにして捨てた。

お兄ちゃんのケガの原因は私だったのに許してくれた。

なんだか後ろめたくて私は先に外に出て支度を整えることにした。とはいっても軍手と武器を準備して場の安全を確保するだけだけど。

 

ゲホッゲホッ

 

昨日より咳が酷くなってる。でも相変わらず咳だけで喉とかは平気だ。

お兄ちゃんに聞かれたら心配されるかも。あんまり聞かれたくないな……

季節外れの花粉なのかもしれないし。大げさに捉えられたくない。

 

基本的に力仕事はお兄ちゃんがやって、補助的なことは私がやった。大変さでいったらお兄ちゃんの方が確実に大変だからつゆ払いもできるだけ私がするようにした。

 

「お兄ちゃんばっかりに力仕事させちゃってごめんね。私も力が強ければ手伝えるんだけど……」

 

私にはできないことがいっぱいあって、お兄ちゃんに頼らないと生きていけない。こうやってその現実を目の当たりにすると自分が情けなくなってくる。

 

「試しに一回やってみる?意外とできるかもよ?」

 

「えぇー……じゃあ、一回試してみるね……んしょっと……」

 

「どうだ?」

 

「……………………………やっぱ私には重すぎるよ」

 

……嘘。できないとハナからあきらめてたけど意外にもできそうだった。

でもそれはおかしい。私は女子の中でも力が弱い方だ。側溝の蓋は10キロの米袋を運ぶのでさえひぃひぃ言うような私が持ち上げられる重量じゃないはずだ。

仮に持ち上げられたとしてその作業を繰り返すことは無理だ。

()()力が強くなったとしか思えない。もしかしたらお兄ちゃんと同じくらいの筋力になっているのかも。この細い腕で。

私の身に説明がつかない何かがあるような気がして恐ろしくなった。

 

お兄ちゃんの頑張りのおかげで蓋は全部取り外せた。

効果を確かめたら、バッチリだった。これで安泰だってお兄ちゃんも笑ってた。

お兄ちゃんは先に休ませて私は後始末をした。

溝にはまった哀れなゾンビを取り除かないと溝が埋まってしまう。

触りたくないからお兄ちゃんのスコップを借りて掻き出す。

……お兄ちゃんを食べようったって、そうはいかないんだから。

 

お昼はいもだった。太陽で温められておいしそうだ。

お腹は空いてる。でも……

 

おいしくないな

 

味、なのだろうか?じゃがバターなら美味しく食べれたのかというとそうじゃない気がする。もっと根本的な……なんていうんだろう、なんか……もっと違うものが欲しいというか……

 

なんだか釈然としないままだったけどモソモソ食べてたらいつの間にか自分の分は終わってた。

お兄ちゃんは大きなあくびなんかして眠たそうだ。

重労働をしていたから疲れるのは当たり前か。

 

「寝るの?じゃあ先ほどの労をねぎらって……マッサージしてあげようかな」

 

自分なりの恩返しだ。朝腕が痛いなんて言ってたしね。

結果的に体に触れることになるけど、それは行為の性質上仕方のないこと。因果は逆転してない。

100%お兄ちゃんをいたわるという衷心から出たことで別の目的はない。本当だ。

 

お兄ちゃんはよほど疲れていたのか情けない声を出してうつ伏せになった後すぐ寝てしまった。

力加減はちょうどよかったみたい。

寝てしまったからフィードバックがかえってこない。不安になりつつも一定の強さで押していく。

 

………………。

 

今、目の前には無防備に寝ているお兄ちゃんがいる。安心しきっていて私がこうやってマッサージをしていても起きる素振りはない。

首、肩……そして背中。上半身は終わった。ついでに足。ツボとかはよくわからないから痛くならないように力を弱めてまんべんなくを心がけた。

脚がまだ残ってる。引き受けた以上、ここもちゃんとやっておかないとね……

他の部分に比べて脚は筋肉量が違う。他の場所では骨の感覚が常にあって、骨を傷めないように気を付ける必要があった。

この弾力。そこにまとまった量の肉があることを示している。大きな血管も走ってるし一番()()()()のはここじゃないかしら……ごくり。

最後に腕と手ね。脚と比べちゃうと骨ばってる感は否めない。でも指とかはそのまま口に含んでしまえる一口さが魅力的かも。とは言え骨ばっかりで実際はおいしくないし、食べづらいだけかもしれないわね……

 

一通り揉み終わり、我に返る。私、何考えてんだろ……?

いつの間にかお兄ちゃんの眠気が伝播してフワフワした状態でマッサージをしていた。

いもを食べた時は全然だったのに妙によだれが出る。まるで()()()()()()()()()()()()()みたいな体の反応だ。

マッサージは終わった。でも、もっと触っていたい。

あの確かな肉の感触を触覚だけじゃない、嗅覚で味覚で視覚で中に中に中に私の、私の中に………ゲホッゲホッ!

 

 

はぁはぁはぁ………………

 

呼吸が異様に荒い。咳のせいじゃない。じゃあ、じゃあ何のせい?

自分の事が怖くなってのけぞるようにお兄ちゃんから離れる。気を抜くと思考が変な方向へねじ曲がる。このままいくとお兄ちゃんに危害を加えそうな勢いだった。

 

「私、疲れてるのかな……」

 

マッサージが必要なのは私の方なのかも。今日はなんだかおかしい。やけにお腹が空くし、お兄ちゃんの血とか筋肉とかがやけに眩しく感じる……

……カラダに()()()()()という表現では生易しいかもしれない。これは、たぶん()()の方が適切かも。

 

……って、なにいってんの!お兄ちゃん(実の兄)にそ、そんな感情……抱くわけないじゃない!!嘘嘘嘘、ぜーんぶ、嘘!高熱の時に見る意味不明な夢と同じ。人肌の熱に浮かされてただけで私の見解では一切ないわ!!

 

本当に疲れてきちゃった。私も休もうかな。

お兄ちゃんは私のことなどいざ知らずスヤスヤ眠ってる。うらやましい。

でもただでさえ夜が早いのだ、この時間に寝てしまったら夜に差し支えてしまう。仕方なしに椅子に座ってぼんやりする。

暇だからなんとなく寝てるお兄ちゃんを見る。いつの間にか仰向けになってた。

そうしてるうちにうつらうつらしてきた。

 

量・味ともに太ももなのは間違いないだろうけど、少し食べづらいかもしれない。大きすぎて私の口には入りきらない。あとどうしても骨にぶち当たってしまうのもちょっとなぁ……。骨と肉は切っても切り離せないのは分かってるけど、加工された肉を食べてきたせいでとことん贅沢になってしまっている。

うーん。骨がなくて、肉と血がたっぷりある部位、どっかにないかなぁ………………

 

 

それって……。

 

ボンッ!

 

わ、私はなななななななんてモノを想像してるの!

この発想は私の許容限界を超えた。受け止められなかった分は大気中にとてつもない勢いで発散され、爆発が起きた。

ヤバい。お兄ちゃんが起きちゃった。どどどどどどうしよう。今思いついたことがお兄ちゃんにバレたら露骨に警戒されるようになるのは目に見えてる。下手したら追放される。

気まずさと恥ずかしさで顔なんて見れない。かと言って目線を下に向けようものなら……。

 

「あ、い、い、いや……ち、違うの!そそそそそそ……そういう意味じゃなくて、あの、その……」

 

「違うって……何が?それに顔真っ赤だぞ。大丈夫か?」

 

近づいてきた!今はダメだ。とにかく一人にならないと。

 

「ひぁ……だだだ大丈夫!大丈夫だから!とにかく、誤解だから!」

 

説明らしい説明を一切しないまま急いで自分の部屋に逃げた。

だって自分でもよくわかってないのだ。説明のしようがない。

 

「あ、あれは違う。本当の私じゃない。違う違う違う……」

 

こうやって独り言をつぶやかないと私が私じゃなくなりそうだった。さっきの私は明らかに異常だった。

半ば無意識で行われるとりとめのない考え。その大半はくだらないものだが、だからこそ真実が含まれていたりする。

だとしたら私はとんでもないヘンタ……ちょっと待って。

 

よく、考えないと。私がおかしなことを考えていた時、必ずお兄ちゃんの体と()()()()という衝動が結びついていた。

食事に関する言葉は()()()()()()で使われることがよくある。これは日本語特有じゃなくて古今東西どこでも見られる表現だから人類に普遍的な感性なんだと思う。

だから私はてっきりお兄ちゃん相手に頭がピンク色に染まっちゃったんだと思ってみっともないくらい狼狽してしまったのだけど、これが()()()()だったとしたら……?

 

清水寺の本堂に立って『今ここから落ちたらどうなるんだろう?』と思ったり、しんと静まった全校集会で『今ここで私がいきなり立ち上がり奇声をあげたらどうなっちゃうのかな?』と思ったりする。こういう時はだいたい暇な時だ。こうやってあり得ない状況のその後を想像して暇を糊塗するのだ。

その延長線で『ヒトはどんな味がするのだろう?』と考えることはあるかもしれない。不謹慎だとは思うけど、確かめようとしない限りそれは妄想の範疇に収まるだろう。

でもさっきのは好奇心とか純粋な疑問とか、そんなんじゃなかった。

自分を見失うくらい大きな()()がお兄ちゃんを強く、強く求めていた。

私の想像はあまりにも生々しく、実際にやりかねないほど強く惹かれた。

カニバリズムに親しみを持ったことは一度だってない。これはきっと何かの間違いだ。

 

単純に肉が食べたい気分だった時にたまたまお兄ちゃんのマッサージをしてたから願望と状況が無意識に混ざっちゃっただけ。肉を欲しているのはタンパク質と鉄分が不足しているからなのかもしれない。

栄養の面を改善すればこんなこと二度と思いつかないはずだ……

 

お兄ちゃんがおずおずといった様子で夕飯をどうするか聞いてきた。

お腹は空いてる。朝と昼を食べたのに、だ。

普段なら楽しみにするはずなのに今日は違う。どうしても返事が暗いものになってしまう。

 

ご飯ができたと呼ばれるまで私は自分のベッドで目を見開いたまま横になってた。

相変わらず咳が出る。

それに、なんだか無気力になっているというか、何事に対しても関心が持てなくなったというか……

昼に見た真っ赤な血と筋肉の感触だけが頭の中でぐわんぐわんと回り続ける。まるでそれ以外は何の価値も持たないかのように。

 

でも、のろのろと食事の席に着いた時私の心は少しだけ持ち上がった。

夕飯はおいしそうだった。お兄ちゃんの満足そうな顔からも料理が上手くいったことが窺える

 

しっかり食べて寝ればきっと何もかも元通りに……

 

……あれ?

 

「どうだ?おいしいだろ?味付けは目分量だったけど上手くいったみたいだ」

 

「………………」

 

「あ、あれ?合わなかった?」

 

「………ううん。おいしいよ、お兄ちゃん」

 

味、しない。

 

触感、分かる。嚥下、できる。でも味も匂いも全く感じない。

美味しくないという段階ではない。これはもはや()()()()()()()

私の味覚が狂ってるのは明らかだ。

味覚消失…?原因は何?ストレス?

 

………………もしかして。

 

今このことを悟られるわけにはいかない。

私には粘性の高い発泡スチロールとしか感じられなくなったシンガポールライスを適当に咀嚼し、飲み込む。

異物を体内に入れている感覚がして胃がざわつく。それでも吐き気を必死に耐えて食べきる。

 

お兄ちゃんは私の一連の不可解な行動を食事の席を借りて聞こうとしてたけど強引に打ち切って自分の部屋に引き上げる。

さっき思いついた()()という言葉をどう処理すればいいのか分からなくて不自然でもいいから一人になりたかった。

 

「別に逃げることないだろ。責めてるわけじゃないんだから」

 

「そうじゃ……ゲホッ……なくて、ちょっと調子が……ゲホッゲホッ……悪かったから……」

 

咳のこともバレてしまった。もう何もかもなげやりだ。深く考えるまでもなく私は、私はもう……

 

別々に寝ることになった。当然だ。私もすっかり調子が悪くなってる。朝とは大違いだ。

それに、()()してるし。

 

自分の身に起きた変化を総合的に見ると自ずと一つの方向性が見えてくる。

ゾンビだ。私は確実にゾンビ化してる。

食欲増進。人肉への強い興味。味覚消失。

……咳は、なんだろう?免疫が弱って風邪をひいてるのかも。

とにかくメンタリティーが完全にゾンビのそれなのだ。

 

血の気が引く──というか実際に体温が下がってる。意識してなかったけどゾンビはみんな体温が著しく低かった。代謝がほとんどないのだろう。

私も、確実にそうなってる。

 

この現実自体はビックリするくらい冷静に受け止められた。まだ人としての意識はあるから実感が薄いのかもしれない。

それよりも()()()()そうだったのかが気になる。何回か外に出た。その度に気を付けたつもりだったけど、防ぎきれなかったんだ。

思考に、行動に、いつから感染の影が差していたんだろう…?今日から?昨日から?それとも……

今までの私が信じられなくなる。私がしたことの何割かは私の意思に反して行われたものなのかもしれない。

お兄ちゃんに対するあの気持ちだってそうだ。私の本心じゃなくてゾンビ化の過程の一部だったとしたら……。抱きしめられたときに感じたフワッとした高揚感、あれも嘘だったっていうの?

 

……もはや、どれが本当でどれがまやかしなのかさっぱりわからない。こんなにめちゃくちゃな状態で私は人間性を失っていって人を喰らう化物に姿を変えていくのか。

 

いやだ。

 

せめて気持ちの整理を付けたい。それで人間としての意識があるうちに……

死ぬ、しかないのかな。

最終的にはそうするしかない。でもまだ、まだ時間が残ってるなら……

 

お兄ちゃんに会いたい

 

これは一人で片付けられる問題じゃない。だから結局話すしかないだろう。

同居人に対する義務みたいなものも感じるけどそうじゃなくてただただ会いたい

これは感染してるからかもしれない。それでもかまわない。()()そうしたいんだ。

ゾンビになるまえからバラバラになりそうな私を繋ぎとめてくれるのはお兄ちゃんしかいない。

どっちみち死ぬんだ。少しくらいのワガママは許されるはず。……甘えられるのも、これで最後なんだから。

 

「お兄ちゃん。……起きてる?」

 

「起きてるよ」

 

「………………大事な話があるの」

 

「大事な話?どうしたんだ?改まって」

 

「その、驚かないで、聞いてね。わ、私ね……………………うっ…」

 

打ち明ける段になって気づく。私が感染してるって気づいた時、お兄ちゃんはどう反応するだろう?受け入れて、くれるの?

私はもう化物だ。辛うじて意識を保っているけどそれさえ剥がれれば……町中で徘徊してるかれらと何も変わらない。

そんな奴が『一緒に居て欲しい』って言って頷いてくれる人が一体どれくらいいるだろう?

嫌な顔されたら……それくらいならまだいい。怯えられたりキッパリと拒絶されたら……

怖い。でも隠すことはできない。言いたくない言わなきゃいけない死にたくない死ななきゃいけない近づきたい近づいちゃいけない……

本音も建前も本心も本能もすべてがごっちゃになる。何を優先すればいいのか何が私を突き動かしてるのかもさっぱりわからない

 

「うわああああああああああんっ!!!」

 

わからない。何もかもわからない。助けて。助けてお兄ちゃん。

 

「ちょ……一体どうしたんだよ!?何だ?私がどうしたって言うんだよ?」

 

「わっ……わたじぃ……かっ……かかかか、()()してるかも……しれない……ゲホッゲホッ…」

 

最期だから好きだから食べたいから。もうなんだっていい。

離れたくない。それだけは疑いようのないほんとうだった。

 

ぐつぐつ煮える感情を制御する術を、私は知らない。

 




物語はやっと佳境を迎えますが、これからはリアルの方が忙しくなるので更新頻度は下がると思います。

人間、実際美味しいんでしょうかね?食べたいと思ったことがないので想像して書くのが大変でした。


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砂は落ちていく

今回、原作のネタバレが含まれます。ご注意ください。


……はい。お待たせしました。

ホットミルク飲んできたんで気持ちは落ち着きました。

 

決断、というか……これからどうするかですよね。

今回の目的は称号です。万全を以って挑まなくてはいけません。障害となるものは、少ないほうがいいのです。

 

というわけで……まぁ、助けますよね。

 

絶望して縋りついてきた妹を殺して手に入れた称号は眩しいか?って話です。

治療薬がちゃんとあるんですから、それを取りに行くのが通常の人の発想だと思います。

(RTAじゃないんで人間性を捨てる必要は)ないです。

冷酷な視点から判断しても助けるに軍配が上がります。家族、しかも今まで生きてた相手を見殺しにして減るSAN値は尋常じゃない量です。とてもじゃないけど精神が持ちません。落ち着かせる相手がいない状態での発狂は死と同義です。

妹とはもう一蓮托生なんです。片方が倒れたらもう片方も倒れる所にまで来ちゃったんです。人という字は……(使い古された格言)

 

今後の目標は決まったわけですが、手段……どうやって妹の感染を食い止めるかについては大きく二つ方法があります。

 

まずは朽那川の水。これは完全に原作知識です。この川の水を飲めば……あら不思議!感染を克服できちゃうんです!真相には幾重もの困難を跳ね除け、フラグたちを立ち上げ、高い「知力」もしくは「直感」を備えている必要があります。もちろん自宅警備員に転職した飛真君はこれを知りません。そもそも二週間じゃ普通真相にたどり着けないです。タイトル通りがっこうぐらし!してたら真相にはたどり着けません。基本的に二週目のあめのひを耐え抜き、無事ゲームをクリアした方でないと取っ掛かりにすらたどり着けないです。

 

次に学校の地下にある治療薬です。ゲームでの治療薬はマジで治ります。真相が解明するまではほぼ唯一の治療方法です。そしてこれ、()()しかないんですよ!マスターボールみたいですね。だからドラマが生まれるんですよ……(遠い目)。めぐねえが持ってる緊急避難マニュアルを読めばフラグが立ちます。

 

今回ですが、正攻法でいきます。早急に学校の治療薬を入手して妹のゾンビ化を防ごうと思います。

もちろん真相を知らなくても朽那川の水を飲めば治るんですが……メタすぎてなんか好きじゃないです。どう説明すればいいのか分かりませんし。

兄が持ってきた得体の知れない水を飲んだら治った→なぜ治し方を知ってるの?→ねぇねぇねぇねぇ?なんで?なんで?なんでなんでなんで?(疑心を加速させろ)(鮮血に染まるバール)(称号ください)(原作知識で差を付けろ)………………となるのは明白なんです。この妹ならやりかねん。

つまり不自然なんです。急がば回れ。セオリー通りいきましょう。

 

幸いにもめぐねえが外でばったり会った時治療薬の存在を飛真君に伝えてました。治療薬のありかを知ってればそこいくだろJK。

さらに学校の浄水された水にも感染を止める効果があるんです。飛真君もこれを飲んで空気感染予防ができます。……ぶっちゃけ妹とかなりの密度で過ごしてたんで飲まないとダメ。

難易度についても意外と平気です。地下の探索とあめのひが被ることが多くてそのせいで難しそうに思えるんですが、地下の探索自体は楽です。一人でも可能ですが学園生活部を頼ればおちゃのこさいさいです。彼女たちには貸しがあるので協力してくれるはずです。

今から行けば真夜中の探索になります。暗い、しかしかれらは少ない。あめのひは次の日なのでラッシュは心配しなくていい。

……行ける。飛真君、もうすぐスコップマスターが取れそうです。経験値もそのために貯めてました。レベルアップだって見込めます。一人ですら十分戦えるのにくるみちゃん(筋力ゴリラ)もいます。勝ち目しかねぇ……

 

あとは学校行きを認めてもらうだけです。さすがに今は妹の気持ちを推し量って胸の内に秘めておきますが。治療薬の存在を知らない妹にとって感染は則ち死ですからね。早く治せることを伝えたいがこれも急がば回れです。まずは落ち着いてもらわないと聞く耳を持ってくれません。

 

というわけで、ポーズ解除ォ!!

 

「………………どうして、そう思うんだ?」

 

「そ、それはね……食べ物の味がしなくなって……代わりに……お兄ちゃんがおいしそうに見えて……食べたく、なってきて……」

 

覚悟してましたが、感染は疑いようもないですね。

……つまり今妹からすれば、ケバブの塊に抱きついてるわけですね。ヤバくね?えっ離れなきゃヤバいそうじゃん飛真君ご馳走じゃん逃げろ逃げろ逃げろ(熱い手のひら返し)

 

「あ!あの……食べたいっていうのはへ、変な意味じゃなくて……文字通り、というか……あ、いや、もちろん食べないよ?まだ、理性、あるから……」

 

「う、うん。わかってるよ。わかってるワカッテル」

 

そこに配慮できる理性が残ってるなら離れて欲しい。ホント、生きた心地しないので……

絶体絶命なのは妹よりむしろ飛真君なのでは……?

 

「お互いにこの状況はマズいだろ?だから一旦離れようz「は、離れないで!」ギュゥゥゥゥゥゥ

 

は?(迫真)

 

「お願い。離れないで!……お兄ちゃんが私のことを本能的に避けようとしてしまうのは分かってる。だって私は……半分ゾンビだから。でも離れて欲しくないの。本当はお兄ちゃんが寝てる隙に置手紙を残してどっかに行くべきだった。でも、できなかった。これから確実に人間じゃなくなるくせに、感情も、未練も、あるの。外は怖い。私自身も怖い。すべてのものが私に牙を剥いてる気がして、飛び出ることも引きこもることもできなくて……でも、お兄ちゃんがそばにいてくれたら……ねぇ、一生の、一生のお願い!私がダメになるその時までこうしてて!引き際は……分かってる。自分は自分を制御できてる。だから、だから、最期まで()()()()()()()でいて……お願い……」

 

ああああああああ!!(勇気の抱擁)

これはもう、言われた通りにするしかないですね。

よかった。危険な状況にもかかわらず飛真君の正気度は減ってない。これは、心情的にコンセンサスが取れてるってことですよね?見てるこっちからすれば危なくてしょうがないですけど……

とはいえ妹の言う通りずっとこうしてたら助からないのでどっかで話を切り出さないといけないですね。

 

「うっ……ごめんね、ごめんね、お兄ちゃん……ゲホッゲホッ……」

 

早く落ち着いてもらうために頭も撫でます。怖がってる場合じゃない。

 

 

■■■

 

 

さっきまでは泣きじゃくってましたけど落ち着いてきましたね。落ち着いたというか、やけに静かになりました。なんか静かですねぇ……感情の波が一旦引いたんでしょうか?

 

「ねぇ、お兄ちゃん……何をしたら、感染、しちゃうのかな……?()()()()なら大丈夫、なのかな……?」

 

「えっ……交差感染だから……えっと……」

 

なんで線引きを確認する必要があるんですかねぇ……?ちなみに空気感染します。これは帰納で導き出せますが、知っている事例が少なすぎて二人とも気づけてないです。そうです。今の飛真君は感染予防の観点から言ったら完全にアウトです。だから学校で水を飲む必要があるんですね。

 

「そうだよね。血が、血がいけないんだよね……お互いの血が混じりさえしなければ……何をしたって……」

 

なんか不穏だぞ。譲歩というか現状ですら感染リスクは許容値を超えてるのにこれ以上を求められても受け入れられないぞ。

そもそも『どっからが浮気か』みたいな議論はたわいなく話す分は楽しいけど、こんな状況だともうなんか企んでるとしか思えない。

雲行きが怪しくなってきた。手遅れになる前に話を切り出さなくては

 

「なぁ、実はな。()()()かもしれないんだ」

 

「……え?なおせる?ど、どうやって?」

 

「薬が、あるんだ。僕の通ってた高校の地下にあるらしい。これはウワサじゃない。信ぴょう性はかなり高い」

 

「高校……ってことはアイツらがそう言ってたってことね」

 

うーんそこに食いつくか。自分を治せる薬より、そこが気になるか。

 

「そう。先生の話では高校に非常避難区域があったらしくて、そこに半ば秘匿された形で保管されているらしい。どうやら高校はこの未曽有のパンデミックを想定していた節があるって言ってた。……詳しいことは先生ですら把握できてないからこれから調べていくつもりだって」

 

「何それ……あの高校が一枚噛んでたってこと!?それじゃそこで働いてた()()もグルじゃない!」

 

「いや、先生は何も知らなかったんだ。もし何か情報を持ってるとしたら、もっと上の人間が……」

 

「なんで先生を擁護するの!?怪しい…というか真っ黒じゃない!何重にも罠をかけてたんだ。嘘の薬の話でお兄ちゃんを……」

 

「薬の話は本当だ。……もし効果がなかったら、その時はその時だ。僕はそれに賭けようと思う。どのような結末になろうとも最期は絶対にそばにいてやるから。このまま手をこまねいているのは嫌なんだ。もし万が一にも治る可能性があるならそのために動きたいんだ」

 

「……やっぱりお兄ちゃんは私を捨てるつもりなんだ。結託してたんだ。……薄情者、とは思わないよ。でも、私、正直になるって、決めたから……」

 

まーたこれだよ(深いため息)。全然話聞いてないじゃん。猜疑心強すぎぃ!

今ですね。二人は超至近距離です。さじ加減一つで互いのからだに影響を与えることができます。これは完全に妹を信用してこの距離を許してたのですが……一気に危険な状況になりました。はい。

本来なら隔離しなきゃいけない状況なんですよ!?これ以上何を譲歩すればいいんですか!?

……なんかイライラして来た

 

「どうしてそうなるんだ!なんで信用してくれないんだ!家族を見捨てるわけ、ないじゃないか!」

 

「わかってるよ」

 

「何も分かってない!このままだと、お前は、死ぬんだぞ!?治るんだったら藁にでも縋るに決まってるじゃないか!そんなに冷酷な人間に見えるか?バカにすんのも大概にしろよ!」

 

「わかってるよっ!!」

 

「お兄ちゃんがそんな人じゃないって分かってる。私を治そうと必死になってくれてるって分かってる。そんなのとっくに分かってるよ……でも、誰もいない時間に耐えられる自信がないの。……砂時計を眺めているみたいなの。私の部分がどんどん化物に移っていって、一人になると、落ちていく砂を否応なしに意識せざるを得なくなって。そうやって人知れずにゾンビになるって思ったら……寒気が、止まらなくて。寒いの。この悪寒を和らげてくれるのはお兄ちゃんしかいないの。だから、このままでいて?……ううん。このままじゃ寒いわ。もっと、砂時計が霞むくらい近くに……いいでしょ?」

 

……今、月がね、出てきたんです。明るくなったから妹の表情が窺えるようになったんですが……ゾッとするような笑顔でした。満面の笑み。

でも、涙が筋を作ってました。狂気がそうさせたんじゃないんです。これが、妹の決断なんですね。

一人で勝手に覚悟キメられても困る。もっと生に執着して?(懇願)

 

強硬手段というかもう行くしかないですよね。……位置関係的に妹がどいてくれないと外に出れないですけど。

 

「……どいてくれ。一秒でも惜しいんだ」

 

「嫌っ!私が私であるうちに、私が生きた証を刻み付けるの。そうすれば、お兄ちゃんは私を思い出してくれるでしょ?」

 

「だから!なんで死ぬ前提なんだ!治るんだよ!ただ待ってればいいんだ。()()()()()が信じられないのか?」

 

「違うの。信じてるとか信じてないとかそういうことじゃなくて…………あ。そうか。そうすればよかったんだ。私ってほんとバカ。ふふふ……」

 

「な、なんだよ?」

 

「………血。血を、ちょうだい?そうすれば、私は一人でも耐えられるから」

 

「えっ……それってもう末期なんじゃ……」

 

「私は冷静よ。いいから、早く!くれないなら勝手にもらっちゃうよ?ふふ……心臓、すごいドクドクいってる……」

 

脅しじゃん……こわっ

それをちらつかせるとか犯罪だろ……

見た目以上に症状は進行してるのか?血を飲ませろとか人間の発想じゃないだろ。とはいえ献血しないと食べられる(物理)のでおとなしく従います……

 

カッターの刃を消毒して……腕に当てて……

 

「イッ…テェェェェ……」

 

あぁ……出てるよ血……このゲーム、流血結構リアルだからな……気分悪くなってくるわ……

 

「……!じゃあ、早速……はむっ…れろっ……」

 

ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!な、舐められてる!

飛真君、正気度ゴリゴリ減ってますけどしょうがないですよね。生きた心地しないわ。

普通に傷口舐められたらアウトだし。限りなくアウトに近いアウトだろこれ。

 

「絶対噛むなよ……一瞬でもそんな素振りを見せたらさすがに容赦しないからな……」

 

「れろっ…んっ…ぺろぺろ…ぺろぺろ…」

 

無視ですか。そうですか。

しかも、もう血はあらかたなめとったのに名残惜しそうにめっちゃ舐めてくるんですけど……正気度が持たないからもうやめてくれ。

幸い理性はあったようで傷口にはノータッチでした。

 

「お、おい……もういいだろ……」

 

「……うん。ごちそうさま。私ね、臆病なの。だから、もし何らかの事情でお兄ちゃんがここにやって来れなくなったらって。その万が一が怖くて、怖くて。でももう大丈夫。こんなに美味しいものがお兄ちゃんの体から作られてるなんて……お兄ちゃんの血の味、覚えちゃった。ゾンビになってもこの記憶は強烈に残るはず。だってお兄ちゃんの血、すっっっごく美味しかったもの。忘れるはず、ないわ。えへへへへへ……私がゾンビになっても絶対にお兄ちゃんを見つけてあげるからね?これで、どう転がっても私はお兄ちゃんとずっと一緒に居られる……」

 

えぇ……(ドン引き)

SAN値余裕ないのに!飛真君、今ガチで後ずさったぞ。身内に恐怖するってよっぽどだぞ……

ゾンビの本能が混ざっちゃって行動原理がめちゃくちゃだよ。

 

ま、まぁ?これで妹の許可(マーキング)が済んだことですし、出発できます。

傷はそのままにしとくとまずいのでガーゼを当てて誤魔化します。

持ち物なんてたかが知れてます。相棒のスコップに、水を取ってくる用の水筒、持ち運び用の救急セットくらいです。

荷物は最小限にします。今回は神速を旨としますからね。

 

「よし、準備できた。……行ってくる」

 

「……できるだけ早く帰ってきてね。あ、でも、無理はしないでね。私も、なんとか自分を保っていられるように頑張るから……」

 

しらせ号に乗るのも久しぶりに感じる。

そういや夜外出するのは初めてだな。明かり消すと本当に真っ暗だ……

 

ここでプレイヤーチートを行います。

月が出ているとはいえ雲が多いせいで頼りになりません。よって明かりがないと視界が確保できませんが、明かりをつければかれらが寄ってきます。

でも……ミニマップで自分の現在地と道路の筋道が分かれば、真っ暗でも移動できちゃうんです!

今は無駄な交戦もスタミナ消費も避けたいですからね。学校に着くまでは真っ暗な道をひたすら進みます。

 

 ■■■

 

深夜ということもあってか、何事もなく学校に着きました。

明かりは全く見えないので学園生活部はもう寝てるようですね。

こんな夜に起こすのは気が引けますが、妹の命がかかってるのでね。起きてもらいます。

その前にまずは校内に入らないといけませんね。

 

自由で開放的な校風なんでしょうね。窓ガラスも正面玄関もオープンになってるので侵入自体は簡単です。

かれらも気軽に入れるってことなんですけどね……

夜は学校にいるかれらは少ないのですが、ゼロじゃないんですよね。特に一階は入りやすさが災いして夜でも結構な量がいます。

一人でも行けないことはないですがここは安全を取りましょう。ミイラ取りがミイラになったらつまらない。みんなで取りかかったほうが確実ですし結局早いです。

 

二階に続く階段にはバリケードが張ってますね。この時点で二階が制圧できてるなら二回目のあめの日も耐えられそうですね。この世界線の学園生活部は優秀ですね。

 

二階に着けばもう安心です。明かりをつけましょう。自らの存在を示さないと見回りのくるみちゃんに首を刎ねられます。彼女は肉体言語で会話してきますからね(偏見)。

死を呼ぶ鎌首(スコップ)が飛んで来ないように祈りながら三階を目指して進みます。

 

お。バリケードが見えてきた。三階はもうすぐだ。

 

「明かり……!だ、誰?まさか、ゾンビじゃないわよね……?」

 

この声はりーさんか。話が通じそうな人でよかった。首は繋がりました。

 

「僕だ。青木だ。こんな時間にごめn「飛真君!?」

 

「ちょっ……声、大きい」

 

「あっ……ご、ごめんなさい。まさか今会えるなんて思わなくて、つい……。夜に乗じてこっちに()()()()()()()ってことよね?」

 

「いや、ちょっと訳があって……」

 

「訳?……()()()()()妹さんが見当たらないけど……」

 

いざ会ってみるとどう切り出せばいいのか全く分からないな。

時間がないし、小細工とかは弄さずにズバッと要件を言ったほうがいいか。

 

「助けてくれ!妹が……妹が感染したんだ……」

 

「えっ……それは大変!と、とりあえずこっちに来てください。生徒会室にみんなが寝てます。みんなを起こして、これからのことを決めましょう。さ、手をこっちに」

 

「ありがとう。……よいしょっと」

 

三階です。

そういや初めて三階の地を踏みましたね。アウトブレイク発生と同時に学校を脱出しましたから。ゲーム開始からそろそろ二週間が経とうとしてる時にやっと学園生活部の本拠地に着きましたね。

 

「向こうで見回りをしてるくるみを呼んできます。ちょっと待っててください」

 

こっちの階段を選んで正解でしたね。どうやら運はこちらについてるみたいです。

 

「お、久しぶりだな。やっと部員が全員揃ったお祝いをしたいところだけど……妹が、大変なことになってるんだろ?」

 

「薬が、地下にあるって。先生が外で偶然会ったときに言ってた。だから、来たんだ」

 

「あのマニュアルのことね。とにかく一度部室に戻りましょう。……飛真君が来たことを皆に伝えたいから」

 

いよいよフルメンバーと対面か。自宅警備員するから関わらないだろうと思ってたけど、まさか最後に助けを求めることになるとはなぁ。

 

やはり学校の引力からは逃れられないのか……

 




忙しい忙しいと言いつつもなんだかんだ書いてたので、予想よりは早く投稿できました。

妹パートは当分お休みです。感染しちゃってるんでね。

(血をなめる行為はお行儀が悪いので良いこのみんなは)やめようね!


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助け合いの精神

ゾンビって何だ……?どうして死んでんのに動くんだよ……なんかご当地アイドルになってたりもするし……


 

部室までやってきました。通常プレイでは親の部屋より出入りする部屋です。

 

「みんな!大変!起きて!」

 

「う~ん……若狭さん?いったいどうしたんですか?」

 

「飛真君が!来たの!」

 

「「「「えっ!?」」」」

 

「えっと……こんな夜遅くにすみません。でもこれには訳があって……」

 

「飛真君?……誰?」

「ああ、圭はまだ会ったことなかったね。彼はね……」

「暗くてわかんない……明かり……明かり……」

「あ、明かりはちょっと待ってください!どうしましょう。私、パジャマだわ……」

「わんっ!わんっ!」

 

カオスだ……

まさかみんなが寝てる時刻にやってくるとは思わないよな。しかも圭ちゃんに至っては完全に面識がないし。

これは場が落ち着くのを待って自己紹介から始めたほうがいいか……?

 

 

~~皆さんが静かになるまで5分かかりました~~

 

 

「さっきは取り乱してしまってごめんなさい。突然でビックリしちゃって……でも、やっと来てくれたんですね。これで()()……あれ?妹さんは?」

 

「……今日は、助けてほしくて、来たんです」

 

「まさか……妹さんの容体が悪化したんですか!?確かにここには一般的な市販薬のストックがあります。保健室に行けばもっと……」

 

「違うんです。妹が、感染、したんです……」

 

水を打ったように静かになってしまった……

 

「……薬、ですね。分かりました。行きましょう!場所はもう頭の中に入ってます」

 

さすがめぐねえ!通常なら戸惑う判断を的確にさばいてみせるッ!そこにシビれる!憧れるゥ!

マジで決定が早くて助かる。惚れそう。

パジャマ姿で言ってるから勇ましさは半減ですけど(かわいい)。

 

「あたしも行くぜ」

 

「わ、私もっ!」

 

「あの」

 

「人数は少ないほうがいいです。なので私と恵飛須沢さん、そして飛真君の三人で行きましょう。そうすれば薬を入手次第、すぐ妹さんの元へ戻れるはずです」

 

「たしかに、そうですね……」

 

「あの!」

 

ん?みーくんがなんだかもの言いたげだな。もう出発する流れだったから正直茶々を入れては欲しくないのだが。

 

「その……飛真君は()()()()妹さんの感染を知ったんですか?」

 

「今までそんな素振りなんて全くなかったのに、今日になって急に『感染してるかも』って……知ったのは、夜だ。自暴自棄になりかけた妹をなだめて、それからすぐここに向かった」

 

「噛まれた、ってことですか?でも妹さんは寝込んでて外に出てなかったんですよね……?」

 

「実は、外でみんなとばったり会った日に妹は僕を探しに一回外に出てるんだ。でもその時は感染した様子はなかった。確認した限りではかすり傷もなかった。でも実際に感染した。原因があるとすればあの時しかない……」

 

「……私はゾンビ化までのタイムリミットは分かりません。それでも、もしあの日から感染してたとしたら、その、言いにくいんですけど……」

 

「まだ咲良は意識がある!見た目()特に変化してない!急げば、急げば大丈夫なんだ……!」

 

「みーくん?今はお話をしてる場合じゃないよ。そういうのはあとでにしようよ!」

 

そうだぞ(便乗)。やっぱゆきちゃんは先輩なんですね。組織にストッパーは必要ですけど今はその時じゃないはずです。

 

「……最後に一つだけ。その傷は()()つけられたものなんですか?まだ、新しいですよね?……血が、滲んでますから」

 

「傷……?あっ」

 

めぐねえが何かを察してしまったようです。慌ただしさのおかげで指摘されてなかったけど、この傷のせいで『妹はまだ過渡期にいるから助かる余地がある』っていう主張が弱くなっちゃうんだよなぁ……

 

「こ、これは……自分で、やったんだ」

 

嘘じゃないデス。実行犯は私ですから。計画犯はいません(大嘘)。

自傷癖があるって思われちゃいますけど、まさかホントの事言うわけにはいかないですからねぇ……もっとも、嘘だってすぐばれるでしょうけど。

 

「……妹さんのために、ですよね?」

 

何で分かんだよォ……

もし噛まれてたら飛真君はここにはたどり着けないし、となるとその結論にたどり着くのは自然ではありますけどね。みーくんが冷静なせいで「知力」にデバフがかかってない。本調子のみーくんを詭弁でどうこうするのは無理ですね。

 

「それ、ほんとなの……?」

 

「どうしてもって言われたから仕方なく……向こうから()()()()()。理性があったからそうやって頼むこともできたし、血だけで済んだ。そうだろ?」

 

さすがにこれがここに辿り着くための条件だったとは言えません。

 

「血をせがむなんて……まともじゃないわ……」

 

りーさんが顔真っ青になってしまった。風向きが悪くなってきたぞ……

『お前の妹もうゾンビなんじゃね?』って空気が醸成されつつある。

 

……みーくんが何を懸念してるか分かった。飛真君の正気を疑ってるんだ。

そもそも家族が感染してショックを受けてるのに、妹がドン引きムーブをかましたせいで飛真君の正気度は風前の灯です。

ぶっちゃけ過冷却の水というか、「こらえる」で1耐えたときというか、ほぼ正気じゃないです。薬という藁に一筋の光を見出すことでギリギリ正気を保ってる状態です。

ふとしたきっかけでマジで折れます。

空気感染を知らないってことは感染進度の早い交差感染で感染を考えてることになる。だとしたら、感染時期からみて今頃はもうゾンビになってておかしくないんですよ。そもそも妹がまだ人間かどうかが疑わしいのに、飛真君が発狂寸前ときた。

本当は、妹はもうゾンビになっちゃってて、それを見て発狂した飛真君が現状を受け入れられずこうやって()()()()()()()()()薬を求めてやってきた……という見方もできます。

蓋然性も高いです。みーくんはここら辺をハッキリさせたかったんでしょう。

 

酔ったやつの『酔ってない』と一緒で狂人の『狂ってない』も信ぴょう性ゼロだからなぁ……

自分の正気ってどうやって証明すりゃいいんだよ……

 

「それでも、私たちがやるべきことは一つです!飛真君を信じましょう!……助ける方法はそれしか、ないんですから!」

 

「そう、ですね……ごめんなさい。私、どうしても気になっちゃって……」

 

めぐねえが力技でまとめてくれた。惚れそう(二回目)。

説得に時間がかかると間に合うか分からなかったから本当にありがたい。

 

「よいしょ…っと。準備できました。あと、飛真君。これを」

 

これは……ケミカルライトですね。そういや急いでて持ってくるの忘れてた。ありがたい

めぐねえは金属バットで武装してるみたいですね。それを振り回してる様子が想像できない。各種誘導用の道具をポーチにしまってるから様にはなってますね。

 

「あたしはいつでも大丈夫だぜ」

 

くるみちゃんはいつものようにスコップですね。さすがに似合ってる。こうやって並んでるとやっぱ金属バットが浮いてるなぁ……

 

「それでは、いってきます」

 

「いってらっしゃーい!」

 

イクゾー!!

遂に出発です。

 

地下まで直行……といきたいところですが、安全なうちに水筒に水を補充したいと思います。

ここに来た裏目的がこれですからね。ここは抜かりなく済ませなくては

 

「どうした?のど渇いたのか?」

 

「……そんなところ。もう大丈夫。行こう」

 

無事採取できました。パッチェ冷えてます。

 

二階まではもうセーフゾーンなので一瞬です。問題はここからです

 

「こっちから降りましょう。私が行き先を指示するので飛真君、前衛をお願いできますか?」

 

「もちろんです」

 

「なら、あたしは後衛だな」

 

一階に戻ってきました。はやる気持ちを抑えて慎重に行きます。

廊下ならケミカルライトで戦闘は回避できますね。

 

「えっと、ここに入ってその後機械室に……む。鍵がかかってる。ちょっと待ててくださいね……」ゴソゴソ

 

鍵掛かってるのか……こりゃ中はゾンピパーティですかね。一階で籠城はいくら購買部倉庫があっても感染者が簡単に混ざるから厳しそうだな……

 

「開きました。行きましょう」

 

ごくり

 

「どうだ?」

 

「……結構な数がいる。あの、佐倉先生」

 

()()()()でいいわよ」

 

「あたしにはダメって言ってるのに……」

 

「……機械室、ですよね?学食及び購買部倉庫にいるやつらは僕がどうにかします。だから恵比須沢さんとめ、めぐねえは先に行って薬をお願いします」

 

「あたしもくるみでいいぜ。……確かにそれが早そうだが、どうする?」

 

「そうね……飛真君は大丈夫なの?」

 

「伊達に今まで生きてないです。これくらい、どうってことないです」

 

けっこう無理をします。三人ならともかく、一人でこの量はラッシュを髣髴とさせますね……

妹のためです。一肌も二肌も脱ぎましょう!(足ガクガク)

 

「頼みます。……恵飛須沢さん」

 

「おうよ。……頼んだぜ」

 

……行きましたね。

 

さぁ、こっちにはこっちの仕事があります。そのための分担です。

 

アアアアアアアアアアッッ……!!

 

とっさの判断でここに逃げた生徒・教師の成れ果てです。

今までは明かりを絞ってましたが、今はとにかく視界が欲しい。全開でいきます。

自分がなすべきことは全滅ではなく、時間稼ぎです。二人が後ろを気にせず薬の捜索に専念してもらうためにここにいます。

部屋の広さは教室より広いですが倉庫である関係上、身動きは取りづらいです。

止まっていたらすぐに食い散らかされます。引き付けて、動いて、殺します。

 

束になられるとマズイ。早速行動します!

 

グサッ!

 

まずは一体。勢いさえあれば現状でも十分()()ます

身動きの取りづらさは向こうも同じです。側面から襲われることはないので気を付けるべきは後ろです。

突出!突出!長方形の部屋なので縦深してできるだけこっちに引き寄せます。

 

グサッ!

 

正面での一対一は絶対に負けません。リーチ的にこっちに分があるから先手を打てます。飛真君の「筋力」は人並以上くらいにはあるので一発で仕留められます(くるみちゃんのほうが筋力値が高いのは内緒)

 

グサッ!

 

三体目。……ここで規定量に達しました。「スコップマスター」が取れます。

なんでこんな無謀とも見える突撃を敢行したのかと言うとこのためなんですよ。あとちょっとだったんで。

取得すれば通常の攻撃のダメージが増え、消費スタミナが減少します。

これがくるみちゃんの強さの秘訣です。デフォで持ってるっておかしいだろ……

さらに「薙ぎ払い」も使えるようになります。上手く使えば二体同時に首を刎ねることができます。高威力かつ範囲攻撃!なので囲まれた時に重宝します。これがあるとないとでは事故率に大きな差ができます。

コツコツ使わずに貯めてたポイントを全部使って……はい、取得!

 

ちとスタミナがきつかったけどこれで余裕ができました。

後ろには光と音につられてやってきたかれらが列をなしてるはずです。

棚を挟んで向こう側のスペースに移動して一体一体相手をしていきます。

十分縦深したので間合いを取るための余裕もあります。背中が壁にくっつくころには前には敵がいなくなってるはずです。

 

ザシュ!

 

お。音が違う。明らかに威力上がってるな

 

ザシュ!ザシュ!ザシュ!!

 

まだまだぁ!甘い当たりでも捌けちゃうのすごいな。これまでは安全を取るなら足狙い→首っていう二段階が必要だったけど一発でも安全に仕留められるな

 

ザシュ!ザシュ!ザシュ!グサッ!

 

はぁ…はぁ……

やべぇ、疲れてきた。いくらスタミナ消費が減るとはいえこれだけスコップを振るってれば疲れもたまるか。狙いも散漫になってきたし、何より力が入らない。

まずいな……数を減らせば自ずと立ち回りやすくなると思っていたが、数が予想以上で消耗が激しい。このままじゃジリ貧は必至だ……

 

そんなことお構いなしにかれらはこっちにやってくるからなぁ……間合いが足りない。後ろに一旦下がって……

 

アアアアッ!

 

後ろっ!?ヤベ、ノーマークだった!引き付けが足りなかったか!

ああ!南無三!

 

ドスッ!!

 

「大丈夫ですか!?」

 

め、めぐねえだ……金属バットで殺ったのか……助かった……

戻ってきたんですね。タイミングばっちりです

 

「あれ全部殺ったのか……すごいな」

 

「さすがに疲れました……薬は!?」

 

「あります。でもその前に、返り血が凄いです。拭かないと……」ゴソゴソ

 

オイオイ。あるんならさっさとよこせよ!(ゴブリン並感)

 

「そんなことより……」

 

「そんなことじゃないです!あなたが感染したらどうするんですか!もっと自分の事を気にかけてください!」

 

「めぐねえの言う通りだぜ。ここで一呼吸おいておかないと帰りが危ないぜ?……あたしが残党狩りをするからさ」

 

たしかにスタミナがもうないから自然回復を待つのが賢明だな……

血から感染したらこっちの身も危ないし、2人の言い分が正しいですね

幸いにもさっきの掃討でこの部屋はだいぶ安全になりました。

少しくらいゆっくりしてもバレへんやろ……

 

「ごめんなさい。周りが、見えてなかったです」

 

「いいのよ。そのための部活なんだから。助け合わないとね。……あぁ、顔にも血が……服もべったり……」フキフキ

 

「服は脱げば大丈夫です。羽織ってきたので」

 

まぁ下はパジャマなんですけどね。ある程度汚れることは覚悟してました。

……『自分でできます』って言うタイミング逃しちゃったな。

めぐねえに体を拭かれるのすっごい恥ずかしいんですけど。ウエットティッシュを持ってるなんて本当に用意が良いですね。

 

「はい。大分綺麗になりました。汚れた上着はここに置いていきましょう」

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして。それで、これが薬ね……試作品らしいから効果は、保証できないけど……鎮静薬もありましたのでそれも渡しておきます。」

 

治療薬? を手に入れた!

 

ん?確かに治療薬って書いてありますけど()が入ってますね。こんなのは初めてだな。どういうことだろ?

まぁ試作品やし。そんなもんか。

こいつには何度もお世話になってますからね。試作品でも効果はバッチリなのは分かってます。

 

「……!これが、薬……ありがとうございます!これで、これで妹は助かる……」

 

「………………。」

 

急にめぐねえが辺りを気にしだしたんだが……

くるみちゃんは向こうでヒャッハー!(汚物は消毒)してますね。切れ味のいい音がそれを物語っています。おかげでこっちは安全です。

 

「飛真君……」ギュッ

 

「へっ?」

 

〇※△★×!?!?(判読不能)

えっ……?佐倉、さん……?な、なにをしていらっしゃるのですの?

今飛真君は本家本元めぐねえホールドをされています。何を言ってるか分からねーとおもうが、(以下略

うらやま……じゃない、妹の命がかかってるんだ。こんなけしからん行為はいますぐやめるんだ!

 

「……少しだけお話をさせてください。今、あなたは相当無理をしています。分かってます。妹さんの、大事な家族のためですよね?その気持ちは、行動から痛いほどわかります。でも、傍から見ていると……とても、とても危なっかしいです。今にも泣きそうな顔なのに目だけは燃えんばかりに煌めいていて……」

 

「せ、先生……?」

 

「めぐねえでいいんですよ?……ひとりでしょい込まないでください。先生はあなたが心配です。このままだとあなたまで壊れてしまいます。これからも、何かあったら遠慮なく私を頼ってください。私を含め学園生活一同はあなたの帰りを待っています。あなたを必要としている人、あなたが助けを求めることができる人がここにはいます。だから、そんなに思いつめないでください。私は、いつだって飛真君、あなたの味方ですから……」

 

なるほど!わかったぞ!

飛真君の正気度がヤバヤバだってことを察してケアをしてくれたのか。

何体もゾンビの死体(重複表現)を築きましたからね。慣れてるとは言え正気度がそこで0を下回っちゃったんでしょう。そこでつかさずめぐねえがフォローを入れてくれたんですね。惚れそう(三回目)

めぐねえホールドは異性の場合、相当好感度が高くないと発動しないって記憶してましたけどいつ好感度稼いでたんでしょうかね?

それとも正気度がヤバければ誰彼構わず発動するんでしょうか?要検証ですね。

二人ともパジャマだから誤解を生みそうな絵面ではありますが……まぁ医療行為だしセーフ!セ、セーフだよな…?

 

何はともあれ発狂の危機は回避できました。

やわらか……オッホン!(厳粛な雰囲気)、ありがたいですね。

 

「あ、あの……ありがとう、ございます…」

 

「少しは落ち着きましたか?……ふふっ、顔に赤みが戻ってきましたね」

 

そうですね。飛真君は元気になりましたので爆速で帰れます!

 

「そろそろ行ったほうがいいんじゃ……って、なんか今抱き合ってなかったか?」

 

「そんなことないですよ、ね?飛馬君?」

 

「え、あ、ハイ」

 

「ま、何でもいいけどよ」

 

「もう大丈夫です。行けます。本当に今日はありがとうございます」

 

「オイオイ。お礼を言われることは何もしてないぜ?」

 

「そうです。私たちは当然のことをしたまでです」

 

入部します(突然の裏切り)。やっぱいい人達やなぁ……

入部するする詐欺をした人にここまで優しくしてくれるなんて……涙が出、でますよ……

今涙ぐんでいる暇はないです。薬を持ち帰りましょう!

 

自転車はちゃんと乗りやすい所に無断駐輪してあります。

ここは一階ですので自転車まではすぐです。じゃまする障害たちは威力の上がったスコップの餌食になってもらいます。

 

外が少し明るいですね。日の出が近いのかもしれないです。

ある程度視界があるのでスピード重視で音を立てていきます。とにかく最速を目指します

ここだけRTAですね……

 

~3.34倍速~

 

はい、到着!帰宅部RTAの時より早いっすね。必要はタイム短縮の母ですね。

 

なんか家がすごく久しぶりに感じるわ

感慨にふけってる場合じゃないですね。急ぎましょう。

 

「あったぞ!」

 

飛馬君の部屋には……いないか。てっきりそこにいるものだと思ってたけど。

妹の部屋かな?

 

「ホントにあったんだね……よかった……」

 

どうやらまだ人間みたいです。見た目は……すごく体調が悪そうです。目も充血しててもはや秒読みって感じです。

 

「大丈夫か?」

 

「うん、なんとか……お兄ちゃんの匂いが刺激的だったからこっちに移ったの。油断してると意識が飛んで……戻れなくなりそうだったから。今も衝動を押さえつけるのに、結構、精いっぱい……」

 

暗に臭いって言われてるぞ飛馬君。まぁヒトの匂いが自分の中のゾンビの部分を刺激して危ないってことでしょうけど。

早速薬を使いましょう。薬と言っても注射なので肉薄しないといけないのですが……

 

「これだ。痛いかもしれないが我慢してくれ」

 

「うん。お願い」

 

資格持ってないから注射をするのは違法行為なんですけどね。そんなこと言ってらんないので躊躇せず打ちます。

おりゃ!

 

「……打ったぞ。これで、大丈夫なはずだ。のど渇いただろ。これ飲みな」

 

念には念をです。学校で採取した水も感染に対して有効なので万全を期すために飲んでもらいます。

 

「え、うん。んく、んく…………もういいや。確かにのどは渇いてるけど、何か口に入れたらそれがトリガーになっちゃいそうで怖い」

 

ありゃ、あんまり飲んでくれませんでしたね。でも妹の懸念も理解できるし、注射はもう済んだので別に無理強いはしません。飛馬君の分も残してもらわないといけませんしね。

 

「これで治るんだよね。お兄ちゃんありが……あれ?」スンスン

 

「な、なんだ?」

 

匂いを嗅がないで!確かに注射は打ったけども!すぐに治るわけじゃないから!この行為こそトリガーになるんじゃないか……?

 

「お兄ちゃんの体から……メスの匂いがする。どうしてこんなに露骨にするの?おかしいよね?」

 

「えっ!?ど、どうしてだろ…?」

 

予想してなかったからしどろもどろになってしまった……

てか何で分かるの?警察犬?しかもメス、って……そんな言い方はないでしょ

 

「なんか嫌なにおいがすると思ったら……お兄ちゃんはとっても美味しそうなにおいがするからね。すぐわかるよ。で、()()向こうであったの?知りたいなぁ……?」

 

ヒェッ……

あれですね。きっともう何割かはゾンビになってて、鼻が利くようになったんでしょうね。

『美味しそうなにおい』なんて言っちゃってますし……なんで飛馬君だけ美味そうなのかは分からないですけど。めぐねえも人間じゃん。ゾンビにも好みがあるんでしょうかね?

もっとも、詰問されるようなことはしてないデス。

あ、あれは医療行為だし……そもそも向こうからしてきたし……実際あれなかったら発狂してたかもしれないし……(震え声)

 

「き、気のせいだろ……それよりさ!お互いずっと寝てなくて疲れてるだろ?僕もヘトヘトなんだ。後で話はいくらでもできるからさ、今は休むことを優先すべきだと思うんだ……」

 

「あっ……う、うん!そうだね!お兄ちゃん疲れてるよね。別に責めてるわけじゃないの。ちょっと気になっちゃって……本当は涙が出ちゃいそうなくらい嬉しいけど、上手く表現できなくて……涙も、出てこないし……」

 

「涙?」

 

「そう。注射も特に痛くなかったし……もう私、ゾンビに片足突っ込んでたんだと思う。におい、なんて言われても困っちゃうよね……ごめんなさい。それでも意識を保っていられたのは、お兄ちゃんがきっと来てくれるって信じてたから。……私、もう寝るね。安心したらどっと眠気がきちゃった。正直まだ助かったって実感がないんだ。だから、感謝、というかなんていうか……お礼?……と、とにかく!そういうのはお兄ちゃん言う通り、お互い休んでからで……」

 

「感謝されることは別に何も……とにかく間に合って良かったよ。僕も寝るよ。おやすみ」

 

「お兄ちゃん目のクマがひどいし、顔色もすごい悪いもんね……引き留めてごめんね。おやすみなさい……」

 

顔色が悪いのは図星つかれたからじゃないですかね……

穏便に済んだ。思ったよりも妹に理性があって良かった。

 

鎮静剤を使うまでもなかったですね。

感染が進行する感覚を味わいながらいつ戻ってくるか分からない人を待って一人で意識を保つのは相当きつかったと思います。スリップダメージで正気度が減り続けるようなもんですからね。妹が耐えてくれなかったら注射も打てなかったです。感謝しないといけないのはこっちの方ですね。

 

飛馬君のほうも限界が来てます。寝てないし動き回ったし心理的なプレッシャーもありましたからね。今までもったのはひとえに家族の絆の賜物でしょうね。……称号への執念とも言えますケド。まぁそれはこっちの話なので飛馬君には関係ないですね。

 

おっと。忘れないうちに水筒に入れた水を飲みましょう。……これで飛馬君の感染リスクはなくなりました。さすがに噛まれたらちょっとわかんないですけどね。

寝ます。寝れば、すべて、すべてが元通りです……!

クリアまではゲーム時間であと丸一日と数時間といった所です。

峠はすべて乗り切った。ゴールは、すぐそこです!!

 




キリのいい所が上手く見つかりませんでした。とりあえず今回はここまでです。
次回は飛馬君以外の視点を入れたいと思ってます。

最終回の波動を感じますね。何とは言えませんが、『次回あたり』でしょうかねぇ……


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その心臓は、羽根より重く

ごめんなさい(初手謝罪)


 

「う~~ん……」

 

起きましたね。

今は……西日がすごいですね。夕方近くまで寝てしまったようです。

泥のように眠りましたね。一睡もせずあんなに動いたんですからそりゃ当然か。

体力も回復してます。正気度も寝る前よりはだいぶマシになってます。メンタルが死んでる時はとりあえず寝るっていうのはローコストかつ効果が高いですからね。もっとも、原因が別にあるのなら効果は限定的なものになってしまいますが……

 

さてと、妹も治ってるだろうし様子を見に行くか。

 

「おにいちゃん?」

 

ちょうど来てくれましたね。ぱっと見は治ってそうですね。服がちょっとヨレヨレですけど。

 

「大丈夫か?後遺症とかは、ない?」

 

「こういしょう……?」

 

何かピンときてないようですね。大げさに首をかしげてる。そこまで大げさだとあざといの部類に入っちゃうと思うゾ。寝ぼけて頭が働いてないのかな?

 

「まぁ今はいいか。調子はどうだ?」

 

「んーっと……わかんない!」トテトテ

 

いやいや分かるでしょ。そしてなんでこっちに来るんだ?心なしか精神年齢が下がってるような……

 

「んーっ……」スリスリ

 

うわっ!めっちゃすり寄ってくるんだけど……ど、ドユコト??

 

「すんすん……すんすん……」

 

「な、何?に、臭うのか?」

 

「おにいちゃんのにおい……ふへへ……じゅる……えへ、えへへへへへへ……」

 

えぇ……(困惑)。キャラ変わりすぎでしょ。正直うっとおしいから離れてほしいんだけど。

 

「な、なぁ。ひとまずご飯にしようよ?僕の方はもう腹ペコだよ」

 

「おなかすいた。ごはん!ごはん!」

 

「そうそう。ご飯。何がいい?」

 

「おにいちゃん!」

 

「……冗談はやめてくれ」

 

「えへへ……おにいちゃん、すき……」ガバッ

 

うわっ!押し倒された!

 

「ちょちょちょ……」

 

「はぁはぁ……わたしの、わたしの、おにいちゃん……すき……だいすき……」

 

……今の押し倒す力、妹とは思えない強さだった。発言もおかしいし。第一、目がヤベェ。

目が充血して、加えて瞳孔が開ききってる。

しかもカーソルを妹に合わせても……情報が、表示されない。本当に妹なら、人間なら表示されてるはずなのに。

つまり……これは……

 

「だから、だからさ……ぐえっ!!!」

 

まだ治ってないってことだろ!!

 

スマン!蹴っちまった!でも早急に距離を取らないといけないんだ。あとで謝るから!

どうなってんだよ……なんで治ってないんだよ……

 

「治って、ない……」

 

「なおる?わたしはけんこうだよぉ……」フラッ

 

「知能は少し残ってるのか……?」

 

「うごいたらたべれないよ!だいすきっていったのに!うそつき!」

 

ダメみたいですね(知能)。話してる内容分かってないな……雰囲気で会話してるぞこれ。記憶もめちゃくちゃだし。

それじゃこっちもガバガバ理論で対抗するか。

 

「美味しいものは最後に取っとくだろ?僕のことが大好きなら食べるのは後でにしたほうがいいんじゃない……?」

 

「んー??だいすきだから、たべちゃだめ?だめ……だめ……?」

 

お!理性を取り戻しかけてる!

 

「そうだ。思い出せ。あのころを。人間なんて食べたくなかっただろ?」

 

「たべる……だめ……がまん、してた……。でも、そーしそうあいならがまん、いらない……おにいちゃん……ぐへへ…」

 

 

 

……ポ、ポーズいいっすか?(n回目)

 

静の呼吸!一の型!阿吽! すぅ~はぁ~すぅ~はぁ~

 

……なんとか落ち着きました。

完全に油断してた。想定だにしてなくて今でも信じられない。

でも現実として妹はまだ()()()()()

意思疎通も無理ですね。しゃべれるけど自分を律する能力を喪失してる。

ロジックがゾンビのそれですね。

でも、100%ゾンビかっていうとそうでもなさそうです。妹にカーソルを合わせても情報が()()()()()()()()っていうのがポイントですね。ゾンビならゾンビって出ますから。

どうやらまだ人間とゾンビの間を彷徨ってるみたいですね。ただ、限りなくゾンビに近いです。逃げ回っても回復は見込めないでしょう。

 

くそ。意味が分からない。薬はちゃんと打ったのに……こんなことは初めてだ。

 

もう!この夜を越えたらクリアだってのに!一体どーなってんの!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな!大変!起きて!」

 

突然。眠りに入ったばかりの私の耳に若狭さんの声が入ってきた。緊急事態が起こったに違いない。でも、まだ私はまどろみの中から抜け出せずにいた。

 

「う~ん……若狭さん?いったいどうしたんですか?」

 

「飛真君が!来たの!」

 

「「「「えっ!?」」」」

 

みんなが一斉に反応する。もちろん、私も。

目が一気に覚めた。霧が晴れたように明瞭になりつつある意識の中でまず考えに昇ったのは自分のだらしのない身なりのことだ。

ゆったりとした格好、つまりパジャマだ。やっと来てくれたというのにこの格好では恥ずかしい。

 

そうでなくとも部室の中は突然の出来事にてんやわんやだ。その騒がしさが逆に私を冷静にしてくれた。先生である私が倉皇としているわけにはいかないわ!

 

もちろん着替えるわけにもいかず、観念して明かりをつけた。祠堂さんは飛真君と面識がないから混乱を早く解く意味でもこの判断は正しかった。彼の顔が見えるようになったことで現状を落ち着いて確認することができた。

飛真君はやけに切羽詰まった顔をしている。夜間での移動で疲れてしまったのだろうか?

 

「さっきは取り乱してしまってごめんなさい。突然でビックリしちゃって……でも、やっと来てくれたんですね。これで全員……あれ?妹さんは?」

 

それが彼を家に引きとどめた元凶だったはず。

 

「……今日は、助けてほしくて、来たんです」

 

「まさか……妹さんの容体が悪化したんですか!?確かにここには一般的な市販薬のストックがあります。保健室に行けばもっと……」

 

「違うんです。妹が、感染、したんです……」

 

感染……?そんな……

飛真君がここに来た理由が分かった。確かに私は外で偶然会った時に治療薬があるらしいということを彼に言った。

薬が目的だったのね……

心のどこかに生じたささやかな、でもはっきりと感じる落胆を無理やり押し込める。今こそ助けてもらった借りを返すチャンスじゃない!先生としてここは率先して協力しないと!

 

「……薬、ですね。分かりました。行きましょう!場所はもう頭の中に入ってます」

 

元々調査に行く予定ではあった。だから場所も分かるし、障害になるであろう部屋の鍵も職員室で既に回収済みだ。本当は万全な状態で行きたかったけど、しょうがない。

 

地下へは私と恵飛須沢さん、そして飛真君の三人で行くことにした。あまり多くても帰って危険になってしまう。滞在時間は少ないだろうし少人数の方が都合がいいはずだ。

急がなくちゃいけないけど、最低限の準備は必要よね。ケミカルライトにそれと、それと……

 

「あの!」

 

直樹さんの声で我に返る。直樹さんはどうやら感染の経緯が知りたいらしい。言われてみればたしかに気になる。

話によると知ったのは今日の夜らしい。自己申告だから感染後すぐその事実を知ったわけではなさそう。……うん?

 

「噛まれた、ってことですか?でも妹さんは寝込んでて外に出てなかったんですよね……?」

 

閉じこもっていれば感染は防げるはずだ。もし噛まれたとしても、その傷は隠しおおせるものではないはず。なにか、なにか引っかかるのよね……

 

「実は、外でみんなとばったり会った日に妹は僕を探しに一回外に出てるんだ。でもその時は感染した様子はなかった。確認した限りではかすり傷もなかった。でも実際に感染した。原因があるとすればあの時しかない……」

 

「……私はゾンビ化までのタイムリミットは分かりません。それでも、もしあの日から感染してたとしたら、その、言いにくいんですけど……」

 

そこだわ!私の知る限りでは感染したら数時間、持っても半日ほどでゾンビになってしまう。一度入ってしまえば増殖のスピードは桁違いに早いということだろう。たとえ微量であっても体内に入れば発症までの期間はさほど変わらないはずだ。

直樹さんは()()()()()()()()()()()()()()を疑ってたのね。

 

飛真君のほうも疑われていることに気づいたらしい。そうではないことを伝えようとしているけど……どうしても一度芽生えた疑念を払しょくできない。

極めつけは飛真君の腕の傷だ。指摘されて目線をそこに移すと……

 

「傷……?あっ」

 

明らかに妹につけられた傷だ。襲われたってこと?

自分がやったという主張は直樹さんによって簡単に覆され、飛真君は観念したように本当のことを話し始めた。

 

「どうしてもって言われたから仕方なく……向こうから頼んだんだ。理性があったからそうやって頼むこともできたし、血だけで済んだ。そうだろ?」

 

血を欲しがる……普通の人間ならまずそんなことは頼まない。そう、()()なら。

きっとみんなの頭にはある懸念がもたげているはずだ。『もうゾンビなんじゃないか』、と。

もし彼が言ったことが事実だったとしても、なぜそれを許したのかと詰問したくなる。

漂流した人間に海水を飲ませるようなものだ。渇きは、思いとは裏腹に抑えがたいものになるはず。

ねだるのも、与えるのもどっちも間違ってる。

お互いを信頼してるから?仲がいいから?……この行為には、なにか薄暗いものを感じる。

 

月明りに照らされた昏い、昏い部屋で血を滴らせる兄とそれを吸う妹。

 

想起されたこのイメージに思わずゾッとした。私たちの奥底にある何かを逆撫されたかのように鳥肌が止まらない。

 

「それでも、私たちがやるべきことは一つです!飛真君を信じましょう!……助ける方法はそれしか、ないんですから!」

 

肌が粟立つ感覚そのままに、私はこう宣言していた。

上手くは言えない。でも、彼がまとっている濃密な空気は、どこか、腐臭がする。

その必死さも、献身も、美談では済まないような、額面通りに受け取ることを拒むような気配を内包させている。

それでも、やるしかない。話の信ぴょう性はこの際無視しよう。彼たっての望みなのだから。助けるしかない!

 

完全に割り切れたとは言えない頭を出発の準備でどうにか一つにまとめようとする。バリケードの外に出るのだ。気がそぞろになっていたら命に関わる。

 

「それでは、いってきます」

 

「いってらっしゃーい!」

 

すぐに出発すると思ったら。飛真君はなぜか水筒に水を入れている。持参してきたということはそうするつもりだったってことね。そんなに水状況が逼迫してるのかしら……?

 

長く、家に居すぎたのかも。

一人では孤独には耐えられない。それなら二人なら?

家族といえども二人の人間であることには変わりはない。孤独を回避できる最小単位は組織の最小単位でもある。編み上げブーツのように規則正しく交わっているだけなら問題は何もないけど、もし()()()()()()()()()()?第三者が存在しないのに、どうやってそれを正すというのだろう。

……多少強引でも二人を早くここに連れてくればよかったわ。

向こうで何が起こっていたのかまだ判断がつかないけど、学校に来ていればこんなことには……

 

「もう大丈夫。行こう」

 

声を聞いて初めて、私は考えごとをしていたことに気づく。

いけないわ。集中しないと。

 

気を取り直して、バリケードを越える。ここからは一階。危険な場所だ。

 

恵飛須沢さんと飛真君がいるおかげで目的の扉まではスムーズにたどり着けた。……鍵がかかってるわ。

鍵は既に回収済みだ。障害にはならない。でも……それは中にいるゾンビが保存されていることを意味している。これは厄介だ。

 

「どうだ?」

 

「……結構な数がいる。あの、佐倉先生」

 

「めぐねえでいいわよ」

 

今は自分の呼ばれ方について拘泥している場合じゃない。

……威厳というか立場上あだ名はあんまり好ましくないと思うけど、もうめぐねえでもいいかなって意志が傾きかけている自分がいることは否定できない。そっちの方が呼びやすいのは事実だし。

 

飛真君の提案で私たちが地下室に向かい、彼は退路を確保する役割を果たすことになった。

彼は余裕だと殊勝にも言い放ったけど、いかに飛真君がゾンビの処理に慣れていてもこの量は厳しいと素人ながら思った。つまり、彼が稼いでくれた時間は一秒でも無駄にできないということだ。ここまでして妹を助けたいという強い気持ちを感じた。

飛真君の負担は大きい。でもこれ以上の妙案は浮かばなかった。

私たちは()()()()()()()。この期待に結果を以って報いなければ。

 

「頼みます。……恵飛須沢さん」

 

「おうよ。……頼んだぜ」

 

私たちはそう言い残すと、機械室に急いだ。ここにも鍵がかかっていたけど、冷静に開錠できた。

そこにもゾンビが二体いた。部屋は狭い。避けることは……

 

「うおりゃっ!!」

 

と思った矢先、とんでもない早業で一体仕留めると

 

「あたしは後で行く!だからめぐねえは先に……!!」

 

「わかりました!」

 

私が先頭となり、地下室へ急ぐ。

始めこそ警戒していたが、どうやら倉庫にまではゾンビは来ていないようで、硬いコンクリートに反響する私の靴音のみが響いていた。

地下室に行くための電子ロックも解除できた。ここからは、存在すら秘匿されていた場所だ。

中は非常灯が若干の明かりを提供していた。太陽光での発電量と利用可能な量が一致してないと思っていたけど、ここで使われてたのね。ここに違いないわ。

 

一見しただけでも過剰ともいえる物資が蓄積されていた。完全に()()()()()()を予想していたとしか考えられない。

とはいえ一つ一つを検分している場合ではない。お目当てのものを早急に見つけないと!

 

医療品は……ここね。医療品と括っても段ボール何個分といった量だ。備えあれば……って備えすぎよ!!

でも必要なものは意外と早く見つかった。一個、バイオハザードのシンボルマークに緑の注射器が書かれている重々しい箱があった。どう考えてもこれだろう。

 

早速開ける。すると中には……

 

「うそ……い、一個しか、ないの……?」

 

あるにはある。試作品と書かれた一本が、緩衝材に包まれ鎮座していた。

治療薬はあった!これは、喜ぶべきことだ。はやく、はやく飛真君の元へ届けないと!!

 

「………………」

 

でも、動けない。

にわかに汗ばむ。暑いからではない。心臓が、早鐘を打つ。走ったからではない。

 

私は、今、選択を迫られてる。いや、()()()立場にいる。

 

私はてっきり治療薬は何個もあるものだと思っていた。それなら一個を渡しても惜しくはない。一本でも残れば複製の容易さは格段に上がるのではないかと勝手に考えていた。

……でも、唯一の治療手段が一回限りなら、話は別だ。

今こそ部員のみんなは感染せず、健康でいる。色々な危機を乗り越えて強くなった自信もある。だけど、不慮の事態は起こりかねない。これを渡せば、私たちが感染から回復する手立ては一切なくなる。

治療薬の重要さは私たちが予想していた以上だった。一個しかないのだから、当然おいそれとは使えない。()()()()()使うか。

 

冷静に、冷静に考えよう。()()()の目的は何か。生き残ること。理想は全員、でも、場合によっては……。もちろん全員が生き残るべく必死で生きてきた。これは今も、これからも変わらない。

でも、私たちもそうだが、人類それ自体が危機に瀕しているのだ。今私たちに起こっている現象がどれだけの規模で起こっているのは分からない。それでも推測するに最低でも国単位、ひょっとしたら世界中が未曾有の事態に見舞われているはずだ。生きたいというのは生物の本能だけど、それ以上に生きなくちゃいけない理由がある。人類とか、種とか、そういう昔なら意識しなかったことが私たちの表層に持ち上がってくる。

もし、もしも、そういった包括的な概念が、個人より優越したものだったとしたら……

 

使った以上は絶対に治ってもらわないといけない。そして、治す価値がある人に使わなければならない。

……選別が、必要になる。

 

客観的に、あくまでも客観的に見た時、飛真君の妹に治療薬を使うのは、()()()()()()()()

まず、治るかどうかが怪しい。話を聞いた限りだとゾンビ化がかなり進行しているようだ。もう遅いのかもしれない。一個しかない以上、感染した直後とか確実に治せる状況で使いたい。

それに、彼女は私たちのことをよく思ってないようだし。写真をビリビリに破られてたのを見た時はゾッとした。勝手に悋気を起こされて、飛真君がかわいそうだわ。彼は言葉には出してないし、思ってすらないだろうけど、妹の存在は彼にとって確実に負担になってる。

 

……今なら、誰にも、気づかれない。

車線変更のレバーは私が握っている。私の決断は、他の人にとっては運命なのだ。

 

「悪く、思わないでね………………」

 

震える手で治療薬と抗生物質のラベルを張り替える。

 

だ、だって、私たちは食料や物資を生産できないもの。生活必需品すら資源と化した。減る一方の資源を巡ってただでさえ減ってしまった人間が争っている場合ではない。ましてや砂漠の水より価値のあるものをドブに捨てるわけにはいかない。もっと大きな視点で見ないと。

そうよ!私情に流されてはいけないんだわ!学園生活部の顧問(黄色い潜水艦の艦長)として時には冷徹な決断も下さないといけない。全体の利益のために、余分なものをパージすることだって……

 

「そう、これは、これは、仕方のないこと……」

 

他の部員たちにルビコン川を渡らせるわけにはいかない。彼女はいわば部外者。助け合いの手は、そこまでは伸ばせない。見捨てたわけじゃない、手が回らなかっただけ(差別型トリアージ)だ。

誰だってそうするはず。私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない……

 

「あったか!?」

 

「……は、はい!ありました!戻りましょう!」

 

危なかった。モタモタしてたらラベルを張り替えていた所を見られていたかもしれない。

悟られたらまずい。嫌な汗がべったりと私を覆う中、元来た道を急ぐ。

ジワジワと湧き出てくる罪悪感を振り切るためにも、逡巡してた時間を取り戻すためにも急ぐことだけを考えた。

 

恵飛須沢さんが道中のつゆ払いをしてくれたおかげですぐに戻ってこれた。

機械室から出た時に目に入ったのは、挟み撃ちに遭い絶体絶命に陥っている飛真君だった。

 

助けなきゃ!!

 

そう思った瞬間にはもう体が動いていた。飛真君の背後を脅かすゾンビに対して何の躊躇いもなく、バットを振り落とした。

 

ドスッ!!

 

「大丈夫ですか!?」

 

()()()()の私もそんな顔をしていたのかもしれない。『助かった……』と顔に書いてあるのが分かった。

絶望で濁った彼の目に希望の帳が降りるのを見た時、私の中で何かが弾けた。

 

「あれ全部殺ったのか……すごいな」

 

「さすがに疲れました……薬は!?」

 

一体どれくらいのゾンビたちを無力化したのだろう、飛真君は血で濡れそぼっていた。

恵飛須沢さんもあまりの量に嘆息していた。彼ではなかったらしんがりは絶対に務まらなかっただろう。

その分消耗も激しいはず。返り血が付いたままなのも危険だわ。

 

「あります。でもその前に、返り血が凄いです。拭かないと……」

 

「そんなことより……」

 

「そんなことじゃないです!あなたが感染したらどうするんですか!もっと自分の事を気にかけてください!」

 

「めぐねえの言う通りだぜ。ここで一呼吸おいておかないと帰りが危ないぜ?……あたしが残党狩りをするからさ」

 

彼には薬しか目に入っていないようだった。私は()()()()()()()薬を持ってきたのに!

……それに、もう急ぐ必要はなくなったもの。このまま薬だけ渡してさよならなんてちょっと寂しいわ

 

恵飛須沢さんが周りの安全を確保してくれたので、少しだけゆっくりする余裕ができた。

血を拭いてあげる。戸惑いながらもされるがままにされてて、従順な子なんだなと改めて思う。

上着を脱いで、他の部分についた血を拭うとかなり雰囲気が変わった。見た目も態度もどこか殺伐としていたけど、少しだけ落ち着くことができたみたいだ。

 

今のうちに()を渡しておこう。鎮静薬はとっさの判断で持ってきた物だ。効くかどうかは分からないけど、これがあれば安全に対処できるはずだ。彼の腕なら大丈夫だろうけど、一応ね。

 

「……!これが、薬……ありがとうございます!これで、これで妹は助かる……」

 

「………………。」

 

どうやら信じてくれたみたいだ。今日初めて彼が笑っているのを見た。それはとても弱々しい笑顔だったけど、心底ホッとしている様子が伝わってくる。

 

あぁ……この子、私があげた薬が本物だと信じ切ってるんだわ……

 

そう思うと居ても立っても居られなくなり、思わず

 

「飛真君……」

 

抱きしめてしまった。

 

「……少しだけお話をさせてください。今、あなたは相当無理をしています。分かってます。妹さんの、大事な家族のためですよね?その気持ちは、行動から痛いほどわかります。でも、傍から見ていると……とても、とても危なっかしいです。今にも泣きそうな顔なのに目だけは燃えんばかりに煌めいていて……」

 

想定の埒外にあったようで、飛真君は私の行動に対して何のレスポンスも返せていない。ふふふ……

それでもやっと、

 

「せ、先生……?」

 

返事があった。そこには困惑の声色が多分に含まれていたけど、少なくとも嫌がってはいないみたい。

でも『先生』はいただけないわねぇ……あまりにも他人行儀だわ

せめて佐倉先生と呼んで欲しいところだけど、それだとあの女(咲良)と被っちゃうから……

 

「めぐねえでいいんですよ?……ひとりでしょい込まないでください。先生はあなたが心配です。このままだとあなたまで壊れてしまいます。これからも、何かあったら遠慮なく私を頼ってください。私を含め学園生活一同はあなたの帰りを待っています。あなたを必要としている人、あなたが助けを求めることができる人がここにはいます。だから、そんなに思いつめないでください。()()、いつだって飛真君、あなたの味方ですから……」

 

優しく、包み込む(絡め取る)ように囁く。

 

そう、何も心配することはないの。あとはなるようにしかならないわ。これは確かに不幸な(僥倖)出来事だ。でも、これは全体のためでもあり、何よりも、飛真君、あなたのための判断なの。あなたは私たちを助けてくれたし、今も妹を助けようと文字通り血みどろの努力をしています。とても優しくて、いい子だと思います。でも、これでは紺屋の白袴です。もっと自分のことを見るべきです。そして、あの女はそんなあなたの人の好さに付け込んで、献身や優しさを搾取しています!

そうよ!私は、ヤドリギのように寄生しているあの女から彼を解放してあげるんだわ!

 

……でも、飛真君からすれば家族を失ってしまうということになる。だからそれがいかに彼を案じた醇乎たる衷心から出たものであったとしても、妹思いの彼だから、その悲しみはきっと深いはず。

だから、だから私がいないといけないんだわ!彼の心にぽっかり空いてしまった空白を埋めてあげられるのは私しかいないもの。うふふふふふふふふふ……苦しみは一時的なものです。そういうのは後で、私が、全部、溶かしてあげますからね?

 

現在心を支配している感情が一体何なのかは言葉で表現できない。でも、感情一つ一つを細かく分解すれば、そのどれにも見知った感情が立ち現れるはずだ。

私に抱かれている青年の人間らしい体温が、心の底にあった何かを呼び覚ましてしまったみたい。

紆余曲折はあったけど、これで何の憂いもなく……

 

「あ、あの……ありがとう、ございます…」

 

「少しは落ち着きましたか?……ふふっ、顔に赤みが戻ってきましたね」

 

少し冷静になってしまったのだろう、向こうから離れてしまった。前に比べたら随分と血色がよくなってる。

でも、()()()()()赤くなってるのはどうしてかしらね?ふふふふっ……

 

「そろそろ行ったほうがいいんじゃ……って、なんか今抱き合ってなかったか?」

 

「そんなことないですよ、ね?飛真君?」

 

「え、あ、ハイ」

 

「ま、何でもいいけどよ」

 

誤解されたら困るわ。私はちょっと、彼を勇気づけた(取り置き予約)だけだもの。

 

「もう大丈夫です。行けます。本当に今日はありがとうございます」

 

「オイオイ。お礼を言われることは何もしてないぜ?」

 

「そうです。私たちは当然のことをしたまでです」

 

飛真君が助けてくれなかったら、私たちはショッピングモールでその生涯を終えていたことでしょう。部員たちを監督する立場にありながら、誰一人守れなかったことを悔やむことしかできなかったはずです。

なんてお礼を言ったらいいかわかりません。言葉では、返せるものでないのです。

 

これは、ほんの恩返しです。

 

私はもう同じ轍は踏みません。今度こそ、()()()()()()を守ってみせます!

もちろん、飛真君、あなたも大事な大事な部員の一人です。

 

「いっちまったな。めぐn……なんで笑ってるんだ……?」ゾワッ

 

「笑ってなんかないですよ?……さぁ、目的は果たせたんです、私たちも戻りましょう!」

 

「あ、あぁ……そうだな……」

 

たしかに私は笑ってたかもしれません。だって、誰しも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

まだ、借りを返しきれていません。私は、こういうことはキッチリしたいタイプなんです。

残りは、たっぷり利子をつけて返してあげますからね?

 

……完済するまでは、絶対に、はなしませんから。

 




めぐねえファンの皆さんごめんなさい。今回、優しさ控えめです。ゲズねえです。

いやぁ~書いてて心苦しかったですよぉ~(満面の笑み)


次こそはホントに大丈夫なので、ハイ。最終回までたどり着けると思います。


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ぬばたまの夜を越えれば

暴力的な表現が少しだけあります。お気を付けください


現状については把握できました。ずっとポーズをしてるわけにもいきません。どうするかを決めないといけませんね。

 

とは言え、やることは決まってます。ゾンビになりかけてる妹を人間側に引き込むんです。

まだ水筒の水は残ってます。それを全部飲ませることができれば、きっと治るはず。

暴れられると困るから鎮静剤も使いたいですね。

 

鎮静剤で効果が表れるまで大人しくしててもらう→どうにかして水を飲ませる、の流れですかね。

 

気絶させてる間に水を飲ませれば楽なんですけどね……意識がない人間に水を飲ませるのはご法度ですからね。最悪それで死ぬ。

 

基本的な流れはすらっと出てくるんですけど、問題はどうやって水を飲ませるかですよね。

水を飲めなんて言ったって聞いてくれないでしょ?それに指示を理解してくれるかも怪しい。鎮静剤が効くまでの間、大人しく待ってはくれないでしょうし……

 

うーむむむむ……し、縛る?

 

なんかもう、それしかないような気がするなぁ。縛り方も、縛る紐も心当たりがないけど。

いや普通に妹を縛るってどうなんだ?アブノーマル界でも相当高いレベルに入っちゃうよな……

絵面が完全にアウトでしょうね。け、消されないよね……?

 

もちろんスキルに「捕縄術」なんてものはありまs……あった。ナンデ?ナンデアルノ!?

使える状況限定的すぎじゃないですかね……ゾンビ相手じゃ危険すぎて使えないし。

対人戦を想定してたのかな?痒い所に手が届きますね。

でもですね。残念ながら「スコップマスター」にポイント全部振りしちゃったんで、取得できないです。ぴえん……

 

結束バンドとかは探せばありそうだしそれに頼るか?

手首と手足は別々に縛って……そうすれば跳ねまわることくらいしかできないはず。

……あぁ、すげぇ気が重い。やろうとしてることが完全に犯罪者だよ……おまわりさんこいつです!

 

不安しかないけど、これ以降は動かないとどうしようもないからなぁ……

よし!行きます!

 

ポーズ解除!!

 

「ねぇ……にげたらたべられないよぉ……」

 

……身動きが取れねぇ!!

紐になりそうなものを探そうものなら妹がこれ幸いとばかりに襲ってくるだろうし、かといって注意をそっちに向けてたら一向に捜索が進まない……

後ろにはもうベッドしかないから何とかして向こう側に行きたいな。別の部屋に行きさえすればドアがある程度の時間を稼いでくれるはず。

でも、狭い部屋じゃ迂回なんてできないし、筋力対抗で勝てるのか……?

 

いや、飛真君なめんなよ!ゾンビ化したって体重は変わらないんだ!勢いをつけてタックルすれば……

 

「うおおおおおおおお!!」

 

「えへへ……つかまえたぁ!」ガシッ

 

あんたはブラックホールか!?

驚きの吸引力!……ってそんなこと言ってる場合じゃねぇ!

 

「たっ、食べないでください……!」

 

とにかく、後ろに下がるんだ。そうすれば、そうすれば……

 

「ごちそう……ごちそう……おにいちゃん……」

 

今だっ!

 

ドタン!!

 

浮落!決まった!

この一瞬の隙に水筒かっさらって隣の部屋に駆け込みます。

 

飛真君の部屋のドアも閉めます。鍵はかけられませんが……

隣は妹の部屋ですね。こっちは内側から鍵が掛けられます。

一階に行くことも考えたんですけど、階段を上手く降りられずに妹がケガするかもしれないのでやめました。

 

ガチャ

 

げ。飛真君の部屋から出たみたいですね。しかも無理やりじゃなくてちゃんとドアノブを使って。如何せん妙に知能が残ってるせいで単純な足止めは意味をなさないですね……

 

でもまだこの部屋には来ていません!貴重な時間で縛る物を見つけださねば!

 

ガチャガチャガチャガチャ……

 

ひえっ……

同じ手は通用しません。鍵がかかってますからね!

結束バンド、結束バンド……

 

ドンドンドンドン!!

 

「おにいちゃーん?いるんでしょー!?」

 

ここにお兄ちゃんはいません。他を当たってください。(迫真)

急げ急げ、えっと、ここにはない、ここにも……

 

「………………」

 

あっ!なわとび!こいつを使えば……でも肝心の結束バンドがないな……

……?なんか静かになったな。あきらめたのか?

 

ドカン!!

 

「わたしたち、ずっといっしょだっていったよね?」

 

ドカン!!

 

「だから、ほかのやつにたべられるまえに、わたしが、わたしが……」

 

バキッ!!

 

「ぜんぶ、たべてあげる……」

 

結束バンドありました!

……と同時にタイムアウトですね。ドアをぶち破るダイナミックかつワイルドな方法で妹が侵入してきちゃいました。

一応逃げようと思えばベランダに出れますが……そんな余裕はなさそうですね。

なんとか道具は揃いました。もう、腹くくるしかないな。

 

まずは観念したふりをして隙を作ります。

 

「わかったよ。そういう、約束だったよな……」

 

「やくそく!やくそく!えへへへへへへへ……」

 

なんかもう、やっと獲物にありつけるもんだから理性の欠片すらなくなっちゃったよ。対話なんてもとより無理だったな

 

「ほら。逃げも隠れもしないからさ……」

 

「はぁはぁ……はぁはぁ……だいすき、おにいちゃん……」

 

ああ!マジで喰う気だ!大口開けて首筋にかぶりつこうとしています。

絶体絶命。でも、今こそが最大のチャンス!

 

「もがっ!!」

 

お通しのクッションです。たらふく喰いやがれ!

そして飛真君に覆いかぶさるような位置関係だったので、このまま素早く横にずれれば妹はうつ伏せ状態になります。

これで上半身はベッドにくぎ付けで足は床にあることになります。

 

頭を体重で押さえつけて後ろに両手を持っていきます

とにかく手だけは先に縛ります。結束バンドで……よし!縛れた!

 

「んーー!!んーー!!」

 

足をバタバタさせてますね。……どうしよ。とりあえず手の拘束を盤石にするために結束バンドをもう一個追加します。

 

そうだ!鎮静剤!もう打っちゃおう。

今気づいたんだけど、体制を立て直すには腰を上げないといけないわけでして。自分がすべきなのは左右と上の動きを抑制することで、その場でじたばたしてる分ならセーフです。

しかも食べようと思えば食べれる距離に獲物がいるから、あくまでも飛真君を狙いに来ます。

とはいえさすがに動かれたら鎮静剤は打てないですね。やっぱなわとびで足も拘束するしかないな。

 

「んんーー!!んんーー!!」

 

「ごめん、ごめんっ……!」

 

暴れんなよ……暴れんなよ……

うつ伏せ+クッションで相当息苦しいはずです。しばらくすればきっとなわとびチャンスが訪れるはずです……!

 

「んんっー!んんっー!」

 

随分と抵抗が弱まりました。御用だ!御用だ!

 

「………!?んー!!んー!!」

 

わっわっわっ……今まで以上に暴れ狂ってるんだが……

い、一応巻きつけました。これでまともに抵抗できないはずです。あとはもう鎮静剤を打つだけです。

 

ゆっくり……ゆっくり……打ちました!

 

落ち着くのを待ってる間にどうやって水を飲ませるかを考えますか。

きっと、というか絶対に飲んでくれませんからね

うとうとしている状態とは言え意識自体はありますから、無理やり飲ませるのはあまりにも危険です。普通に噛まれる。

だからどうしても()()()()飲んでもらう必要があるんです。

 

……血?

妹曰く、飛真君の血はめっちゃおいしいらしいですからね。水と混ぜれば飲んでくれるか……?

これまた変態チックですけど、背に腹は代えられません。

それによって有効成分が破壊されるなんてことはないよな……

他の案も思いつかないし、グズグズしてても状況は悪化するだけだしなぁ

 

あの治療薬はうまくいかなかったですけど、鎮静剤は効き目バッチリですね。

なんであれ効かなかったんだろ……?

いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。色々試してみる必要があるな

 

もうクッションは外しても大丈夫そうですね。気を付けて外します

うへぇ……唾液でクッションぐちゃぐちゃじゃん……

 

「……はぁ……はぁ……」

 

やっぱ息苦しかったんですね。罪悪感がすごい。

ダメ元で水筒の水を近づけます。

 

「んーー!!いや!それよりも! ほ ど い て よ ! ! 」

 

あああああっ!お客様!お客様!困ります!事が済み次第ほどくので!暴れないで!

鎮静剤打ってこんなに動くのか……

水はやっぱ飲んでくれないし、酸素が供給されるとめっちゃ動く。

……やっぱクッションします。

 

「んんー!!もがもが!!もがもが!!」

 

ちょっと何言ってるか分かんない(悪魔の所業)

 

文字通り出血大サービスするしかないな。妹の机にカッターがあったのでそれを使うか。

いきます!

 

「いっ……てぇ……」

 

早速血が出てきました。深く入ったようでダメージがあります。

さらに悪いことに、状態異常「出血」状態になってます。

普通この程度の傷ではならないはずなんですけどね。この状態異常は確率で発生するので小さな傷でもなったりします。逆に言うと大けがを負っても「出血」しなかったりするんですよね。もちろん大けがの方が状態異常になる確率自体は高くなりますけど。

 

何はともあれ()は手に入りました。水筒に投入します。

 

前とは量が違うからなぁ……今回は「出血」もしてるし。

「出血」してると治療、もしくは自然治癒するまでジワジワとダメージを受けます。

「大出血」だと自然治癒しないのでそれよりはマシですね。

でも自然治癒まで待ってると血が足りなくて貧血になったりするんですよね。

身体的にはまだまだ許容できる範囲の出血であっても、精神的に参っちゃって失神したりします。今飛真君はメンタルが弱ってるのでそっちが怖いです。

縛ってるとは言え妹の意識はありますからね。こっちが意識を手放せば確実に喰われる。

 

ちょっと時間がかかりそうなので、少し細工をしましょう

 

ビトッ

 

「……!?ふー!ふぅー!!」

 

妹の目と鼻の先に血を滴らせておきました。目の前の血に夢中になってこっちへの関心が薄れるはずです

それにしても本当に血が好きなんだな。なんかこの血への偏愛がちゃんと治ってくれるのか不安になってくるわ……

 

もう水が真っ赤です。これくらいでいいでしょう。

あとは飲んでくれるかだな……

 

よし!ポーズ解除ならぬ、クッション解除!

 

「うがー!!もうがまんできない!なんでいじわるするの!」

 

首が180度曲がらないと飛真君を食べることはできません。血(水)でガマンしてもらいましょう。

 

「はいコレ」

 

「んん?…………ち、ちだ!!」

 

「僕を食べるのはこれを飲んd「ごくごくごくごくごく……」

 

ドン引きするレベルで飲んでるんですけど……

いやまぁ、そうしてくれて嬉しいんですけどね。うん。

 

「……ぷはぁ。なんかうすかったな……やっぱりにく、にく、おにいちゃん……」

 

まぁ次はそうなるよな。でもそんなことは織り込み済みです。飛真君には足がある。

自室に戻って鍵を掛けてしまえば余裕のよっちゃんですよ!

 

「よし。飲んだな……」

 

「ちょっとどこいくn……いてっ!」ドスン

 

そりゃ足縛られてるんだから転んじゃうよな。飛真君、動きます。

 

「あとは逃げるだけ……?」フラッ

 

な、なんだ?今画面が揺れたぞ……?

 

ドタン!!

 

あああああああああああああああああああああ!!!(絶叫)

ちょっ……今!?今失神すんの?タイミング悪すぎぃ!

 

ああ……画面が真っ暗だ。

いやまぁたしかに丸一日何も食べてなかったし正気度やばかったし出血してたし目的は達成されて油断するタイミングだったけど!条件は揃ってたけども!!

 

もうこっちからはどうすることもできません。回復を待つしかない。

無事を祈りましょう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちゃん!お兄ちゃん!!」

 

「た、食べないでくださいっ……!!…………ってあれ?生きてる?」

 

「うん」

 

「咲良は?」

 

「たぶん、()()()()()と思う。私、ゾンビっぽくないでしょ……?どう……?」

 

 

 

……か、勝ち申した!(勝利宣言)

治ってます!カーソル合わせると『妹』って出ます!!

 

「治ったんだな……良かった……ぐすっ……」

 

「あっちょっ……泣かないで!泣く前に、私を助けて!なんで私縛られてるの?これじゃ身動きがっ……取れないよ!」

 

「あ、ああ……それはな……色々あって……」

 

()()……?」ジー

 

治った喜びを分かち合いたいのになんでジト目対応なんだ?

……あっ(察し)

 

「い、いや、違うぞ!?暴れたもんだから仕方なく……な、何もしてないからな……?」

 

()()()……?()()()()()()……?私はこれをほどいてほしいだけで、申し開きは求めてないんだけどなぁ……?」

 

「た、単に説明責任があると思っただけで別に弁明とかそういう意味じゃ……」

 

「くすくす……はいはい、分かってますよー。ちょっとからかっただけなのに面白いなぁ」

 

「……もう充分元気だな。それなら僕の手助けなんていらないんじゃないか?」

 

「自力でほどけるなら、そもそも頼まないよ。ずっと這いつくばってるの辛いんですけど」

 

「ごめん。すぐほどくよ」

 

「ふー、自由!……私どれくらいの間意識失ってたの?」

 

もう明るくなってるってことは今日が最終日か。雨の音も聞こえる。ってことは……

 

「半日くらいかな。……どこまでは覚えてるんだ?」

 

「うーん……お兄ちゃんが薬を持ってきて、注射して……それから、それから……」

 

グゥー

 

「……腹、減ってるよな」

 

「一日以上何も口にしてないもん。とにかく何でもいいから食べたい気分」

 

「僕もだ。もう、カップラーメンでいいよな?」

 

「うん」

 

お互い結構ボロボロの状態です。飛真君は相変わらず貧血だし、妹は妹でウイルスとの戦いで消耗しています。

空腹ゲージがチラチラ見てきてうっとおしいです。何でもいいから食べちゃいましょう。

あと1,2時間もすればクリアです。食糧管理なんて気にする必要はありません!

 

こうも腹が減ってるとお湯が沸くのを待つのすらじれったいな……

 

「お腹ペコペコだからさ、もう食べちゃってていい?」

 

「いいよ。できたら持ってくから」

 

こっちも出来上がるのを待ってる間、少し食べちゃいますか。スナック菓子とかいつ食べるべきなのか分からなくて結局残っちゃってるんだよな……賞味期限も比較的長いし。

 

久々にこうやって自宅警備員してる気がする。この頃は大忙しだったからなぁ……

というか物資調達で割と外出てたし自宅警備員って言えないのでは……?

まぁ細かいことは良いんですよ。取得条件はしっかり満たせてるので。ずっと家にいたら守れるものも守れないってことですね(自戒)。

 

そんなこと言ってたらできましたね。

早速持ってきましょう

 

「できたぞ……って服着替えたの?」

 

「ずっと同じ服着てたからね。さすがに着替えないとダメでしょ?」

 

食べるのを待ってくれたみたいですね。

 

「いただきまーす!」

 

二人とも無言で食べてます。

空腹を満たすことが今は第一ですからね。

 

■■■

 

「あ~お腹いっぱい!ごちそうさま」

 

たくさん食べましたね。ちゃんと人間が食べるものを食べてたのが純粋に嬉しい。

 

外で降り続いてた雨も小雨になってきました。ということはつまり、もうすぐアウトブレイク発生から丸14日間生き抜いたことになります!

合図は雨が完全に止んで陽光が差し込んできたらです。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

 

「何?」

 

「ケガとか、してない?ドアを壊したのも私でしょ?記憶が、どうしても曖昧な所があって……」

 

客観的に見てそうとうヤバいことしてたし、記憶残ってたら社会的に終わってたかもしれない。水を無理やり飲ませたのだって妹からすれば意味不明だろうし。知らなくていいことってやっぱあるんです。

ただまぁ、記憶が曖昧っていうのもかわいそうだから()()()()だけなら言ってもいいかなぁ

 

「ケガはしてないけど……大変だったなぁ……」

 

「やっぱり、大暴れしちゃったの……?」

 

「まぁ、それもあるけど、妙に人間の部分が残ってたから治ったと思って油断しちゃったんだ。そこが一番危なかったな……」

 

「半分ゾンビって感じ?」

 

「うーん。どうなんだろうな。なんか、急に抱きついてきて僕の匂いを嗅いできたんだよ。おかしいなと思いながら何食べたいって聞いたらさ、『おにいちゃん!』とか言い出して」

 

「結構私、浸食されてたんだね……」

 

「怖かったのはそこからだよ。『おにいちゃん大好き……』なんて急に言うもんだからさ、ポカンとしてると万力みたいな力で押し倒してくるs「まままままま待って!」

 

「あ、あの……私、そんなこと言ってたの?その、大好きって……」

 

「うん。あと『私のおにいちゃん』とも言ってたっk「分かった!分かったから!この話はおしまい!」シュー

 

……爆発は、しなかったか。

前にあった原因不明の爆発を再現しようと思ったのだが……不発だったか。

でも羞恥で顔が燃料棒みたいになってますね。冷却水が必要になるレベルです。

いやー愉快愉快。さっきの仕返しです。

でも、どうしてあの時は爆発したんだろうな……?これ以上の恥ずかしさなんてちょっと想像できないぞ……

 

「そ、そんなことよりさ、この先のことだよ!どうしよう。確かに私は()()()()()けどさ、私たちを取り巻く状況は相変わらずだし……」

 

「……学校に行くしかないだろうな。あの人たち(学園生活部)には随分と助けてもらったし。あと行ってみると予想以上に自給のための設備が揃ってた。みんなと協力して生活すればきっと何とかなるよ」

 

もうクリアする直前だから言えるセリフですね。実際、学校に行くのがどう考えても一番いいわけですし。むしろ自分の都合で家に引き留めて悪かったって感じです。

 

「学校……でも、そうだね。私たちだけで生活するのも限界があるし、なにかアクシデントが起こったときに対処が難しくなっちゃうし。本当は……ううん。そんなこと言ってちゃダメよね。できるだけ早く支度して行かないとね」

 

思ったより乗り気ですね。それも当然か。「がっこうぐらし!」で自宅警備員しようなんて不自然もいいとこですから。やろうなんて思ったヤツの気が知れませんよ。

 

「……あ!お兄ちゃん、見て!虹が出てるよ!」

 

「ほんとだ!」

 

虹が見れるなんて珍しいですね。どうやらゲームクリアを祝福してくれるみたいですね。

いよいよクリア目前です。最後にいい景色が見れました!

 

「………………」

 

「よく見たらダブルレインボーだぞ!すげぇ……」

 

「お兄ちゃん」

 

「ん、何?」

 

チュッ

 

「………………へ!?」

 

「その……こういうことだから。これからもよろしくね、お兄ちゃん♪」

 

いや()()()()()()ってこういうことだよ?意味わかんないよ!?

説明しt……ああ、画面が暗転するぅ!!

 

 

………………えっと、ゲームクリアです。ちゃんとノーマルエンド「生存者」を迎えることができました。

 

肝心の称号「自宅警備員」は………………取れてます!!!!やったぁ!!

 

ああ……やっと、やっと終わるんやなって……(涙)

 

何となくで始めましたが、こうやってすべてが終わってみると達成感がすごいですね。

とにかくこれで目標は達成されました。完結まで持っていけて良かった……

 

完走した感想(定型表現)はですね。……思った以上に大変でした。まず始めたきっかけが「この称号簡単に取れるんじゃね?」だったので。家にいるだけでOKだなんて思ってた頃が懐かしいですよ。今思えばショッピングモールが転機でしたね。もちろん学園生活の面々は悪い人たちじゃないんですが、今回ばかりは厄介な要素でした。もう少し冷淡に振舞ってもよかったですね。でも彼女たちのおかげで妹は助かりましたし、世の中分かりませんね。NPCの挙動は未だによくわかってないのでまだまだやり込む余地はありますね(白目)

 

楽しかったです。判断ミスによる絶体絶命の危機が何回もありましたけど……サバイバルだし多少はね?正気度管理の大切さを伝えることができたと思います(反面教師)。

 

ガバに次ぐガバで見苦しい点もたくさんあったかと思いますが、それでも見てくれた兄貴姉貴の皆様、ありがとうございました!

 




……とまぁ、完結です。

ただちょっと待ってください。妹目線がまだですよね?一つにまとめてもよかったんですが、本文の方で〆の文に入ってるのに話がそのまま続くのはなんだかなぁと思って分けることにしました。

なのでもう一話分あることになります。多分きっとクリスマスまでには真の完結を迎えることになりますよ、ははは……


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It is akin to love

ヤンデレなんていなかったんや……


「う~~ん…………?」

 

あれ、ここは……?私は、私は……

 

一瞬ここがどこなのか分からなかった。頭がどうにか今と過去との接続を取り戻そうと躍起になっている中、私はただ茫然自失としているしかなかった。

 

そうだ、私はお兄ちゃんに()()()を打ってもらってそのまま寝ちゃったんだ……

 

やっと私というものを取り戻した。とはいえ、これは眠りにつく前の状況の話だ。あの時は真っ暗だったのに今は明るい。一体私はどれくらい寝ていたのかな……?

とりあえず起きよう

 

「えっ!?な、なにこれっ!?」

 

う、動けない……腕は後ろで縛られてて、足はなわとびがめちゃくちゃに絡まってる。

なんで私こんな風になっちゃってるの!?どんなにもがいても外せそうにない。そもそも妙に消耗していて体に力が入らない。

 

相変わらず動けないままだったけど、()()()()縛られたのかは周りの様子から察することができた。

ドアがぶち破られている。そのせいで木片がそこらじゅうに散らばってる。そしてその奥にはお兄ちゃんの姿。なぜかお兄ちゃんも倒れてる。

木片が私の部屋に向かって散らばってるってことは私の部屋に侵入した何物かがこれをしでかしたということになる。どう考えても私だ。反抗期ってレベルじゃない。本物の暴力がそこにはあったんだろうな……

 

でも、治療は成功したようだ。あの、自分とは相いれない、なのに狂おしいまでに強い人間の肉(お兄ちゃん)への渇望がきれいさっぱりなくなってる。濃霧の中にいるみたいな脳内も随分とクリアになった。

デジタル時計を確認したら私が治療薬を打たれてから丸一日以上経っていた。それだけの空白期間があれば()()起こっていたとしてもおかしくない。

 

記憶がないから何とも言えないけど、何かの拍子に半覚醒状態に私がなっちゃったんだろうな。向こうの部屋でお兄ちゃんを襲おうとした後、ここに逃げ込んだお兄ちゃんを追ってドアを破ってここに来た……

 

ま、まぁ……とにかく治ったんだ。その間に何があったかは後で聞くとして、今はお兄ちゃんを起こさないと。

 

木片を避けながら這いつくばって移動する。まるでイモムシになった気分。全然進まないし、節々が痛くなってくる。何も、こんなに縛らなくたっていいじゃない!

お兄ちゃんを責めるのは筋違いだとは分かっているけど、どうしても不満がふつふつと湧き上がってくる。

 

やっとお兄ちゃんの近くにこれた。なんか顔が白い。大丈夫なのかな……?

 

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!!」

 

「た、食べないでくださいっ……!!…………ってあれ?生きてる?」

 

「うん」

 

なんとも間抜けなやり取りだ。でも、顔色の割には元気で安心した。

私は治ったことが分かったとたんお兄ちゃんは泣きだしてしまった。

 

「あっちょっ……泣かないで!泣く前に、私を助けて!なんで私縛られてるの?これじゃ身動きがっ……取れないよ!」

 

「あ、ああ……それはな……色々あって……」

 

何か含みのある表現だ。これは追求しないといけないよねぇ……

 

()()……?」

 

「い、いや、違うぞ!?暴れたもんだから仕方なく……な、何もしてないからな……?」

 

……お兄ちゃんは自分でどんどん疑念の根を深くしてしまってる。別に私は何も疑ってないのに。もし()()あれば他ならぬ私自身が気づくのだから。

毅然と否定すればそれで済む話だと思うのだけど、やっぱり私を縛ったことに罪悪感を抱いてるのかな?

 

これ以上揚げ足を取ると拗ねられてしまいそうだから、ほどほどにして拘束を解いてもらった。

 

「ふー、自由!……私どれくらいの間意識失ってたの?」

 

私は半日ほど気を失っていたらしい。ということは丸一日の空白の間に暴れていた期間も当然存在するわけだ。でも、どうしてもその時のことが思い出せない。そうとう色々なことがあったはずなんだけど……

 

グゥー

 

先にお腹が音を上げちゃった。

 

お互い腹ペコなんだ。一度それを意識したら急激に何かを口にしたくなった。ここで頭に持ち上がってくるのが健全な食べ物ばかりで私はちょっと感動した。

 

カップラーメンを食べようということになったけど、私はそれすら待てずに

 

「お腹ペコペコだからさ、もう食べちゃってていい?」

 

と言ってしまった。

お兄ちゃんはいいよって言ってくれたけど、なんだか度外れたいやしんぼみたいに思えてきちゃって思いなおした。

それに、私は今服はヨレヨレだし身だしなみを整える必要がある。

 

食べようと思って持ってきた物は一旦置いて、着替える。ついでに体も拭いた。これだけで随分とさっぱりした気分になる。

 

そんなことをしてたらご飯の時間がやってきた。

2人でご飯を食べるのは久しぶりの気がした。昔はこれが普通だったのにね。

 

「いただきまーす!」

 

食べ物の匂いに触発されて2人とも黙々と食べ物を胃に入れる。

味覚もちゃんと戻ってる。

 

「あ~お腹いっぱい!ごちそうさま」

 

食べることに集中してたからあっという間に全部食べてしまった。食べた後に、これじゃ夕飯までお腹が減らないなぁと思ったけど後の祭りだ。

 

お腹が膨れたから他のことを考える余裕ができた。お兄ちゃんも随分と血色がよくなったように感じる。

やっぱり空白期間のことが知りたい。自分が何をしたのかあずかり知らない期間があるっていうのは予想以上に恐ろしいことだ。見たところ相当大暴れしたっぽいけど、私はこれっぽっちも覚えてないなんて……

 

聞いてみたら案の定大暴れしたようだ。でも知性は少し残っていたようでお兄ちゃんの名前を呼ぶくらいのことはできたらしい。たしかにこれは厄介だ。油断させるつもりでわざとしたわけではないだろうから簡単に気を許してしまいそう。

 

「結構私、浸食されてたんだね……」

 

「怖かったのはそこからだよ。『おにいちゃん大好き……』なんて急に言うもんだからさ、ポカンとしてると万力みたいな力で押し倒してくるs「まままままま待って!」

 

「あ、あの……私、そんなこと言ってたの?その、大好きって……」

 

「うん。あと『私のおにいちゃん』とも言ってたっk「分かった!分かったから!この話はおしまい!」

 

顔から火が出てしまいそう。こんなの心の中身を覗かれたようなものだ。ゾンビは本能に付き従って行動する理性なき生命体だから、そんな状態でしゃべれるってことは人間の頃に理性で覆い隠していた部分がすっかり現れちゃうってことじゃない!

どうしよう、バレちゃった。いやまぁ別に嘘じゃないからそれはそれでいいんだけど、面と向かってそんなこと、言ったことなかったしタイミングが最悪だしゾンビの時にこんなことを口走ったってことはつまりどういうことなのか(私の頭の中はピンク色ということ)をお兄ちゃんだって理解したはずだし自分だけなんてフェアじゃないしそれにそれにそれに……

 

「そ、そんなことよりさ、この先のことだよ!どうしよう。確かに私は生き返ったけどさ、私たちを取り巻く状況は相変わらずだし……」

 

多少強引でも話題を変える。私は今混乱しきっている。恥ずかしさの炎で焼け死んでしまいそうだ。下手にしゃべると絶対ぼろが出る。ちょっとでもいいから、クールダウンする時間が必要だ。

 

「……学校に行くしかないだろうな。あの人たちには随分と助けてもらったし。あと行ってみると予想以上に自給のための設備が揃ってた。みんなと協力して生活すればきっと何とかなるよ」

 

なんだか現実を突きつけられた気がしてぽわぽわしていた頭が急にシャキッとした。私は、彼女たちに助けられたのだ。きっと、というか絶対お兄ちゃんが頼み込んだからに決まってるけど、それでも私が助けられたのは事実だ。このことには感謝しなくちゃいけないし、学校に行くのが最適解だろうと思う。

 

「学校……でも、そうだね。私たちだけで生活するのも限界があるし、なにかアクシデントが起こったときに対処が難しくなっちゃうし。本当は……」

 

向こうには行きたくない。

お兄ちゃんが学校から戻ってきたときにメスの匂いがした。そのことは妙にちゃんと覚えてる。ゾンビ化が進行して鼻が利いている状態だったから感知できたんだと思うけど……にしてもあんなにしっかり匂うのはちょっとおかしい。そもそも、あの時は基準がゾンビだから人間の匂いはどんな人由来のものであろうと全部いい匂いになるはずだ。でも……それは、馥郁たる香りとはとてもじゃないけど言えない匂いだった。むしろなんだか嫌な臭いだった。なんて言えばいいんだろう、フェロモン?みたいな……

いかに学校がいい所であろうとも、どうしても不安が拭えない。お兄ちゃんはみんなのことを『いい人たち』と評してたけど、男の前で猫被ってただけってこともあり得るし……

 

「……ううん。そんなこと言ってちゃダメよね。できるだけ早く支度して行かないとね」

 

少し前の私だったらどうにかしてお兄ちゃんを引き留めようとしていただろう。だけど、今ならきちんと()()()()()()()()()()()()を考えることができる。

 

いつからなのかはわからない。そのことに気づいた時には既に感染していたから。それが感染したことによって作られた偽物の(食べちゃいたいくらい好きという)感情だったのか、それとも元々持っていたものだったのか、私は判別できなかった。でも、今なら分かる。私は治って感染の影響はなくなった。

もうお兄ちゃんを見ても食欲は湧かないのに、それでも見てしまうのはどうして?

これまでも十分近くで生活してきたのに、それでもまだそばにいたいのはどうして?

答えはもう私の中にある。

 

私は、お兄ちゃんのことが、好きなんだ。

 

「……あ!お兄ちゃん、見て!虹が出てるよ!」

 

「ほんとだ!」

 

「………………」

 

今思えば、私はお兄ちゃんにたくさんの迷惑をかけてきた。世界がゾンビでいっぱいになった。そのことを現実として受け入れることすら私には困難を極めることだった。ましてや生きる術を見つけていかないといけない。お兄ちゃんは、日常が壊れたショックに立ち直れずにいた私とは対照的だった。まるで()()()()()()()()()かのように立ち回って私を助けてくれた。

とにかく不安だった。自信がなかった。なんで生きてるのか分からなかった。

私以外にはお兄ちゃんしかいなくて。私一人じゃ生きていくことは不可能だった。あの夜、それを知った。兄妹だから。家族だから。私がお兄ちゃんなしじゃ生きられないように、お兄ちゃんも私なしじゃ生きられないようになってほしかったから。怖がりで寂しがり屋の私はお兄ちゃんを閉じ込めることを選んだ。

……単に自分の心に芽生えたものを信用できなくて、過剰に反応しただけとも言える。

 

「よく見たらダブルレインボーだぞ!すげぇ……」

 

お兄ちゃんは私の事なんかお構いなしに虹に見入ってる。もしかしたら、ゾンビだった私が口走ったことをうわ言程度にしか思ってないのかもしれない。こんなに能天気なのだからその可能性が高い。

それなら分かってもらうしかないよね?もう昔の私じゃないってことを鈍いお兄ちゃんにも理解できるようにしないとダメだよね?

 

「お兄ちゃん」

 

私はお兄ちゃんのことが好き。自信を持って言えることはそれだけで、それで十分だ。この先何があるかなんて誰にも分からない。でも私のこの気持ちが消えることはない。自分を見失うこともなくなるはずだ。だって、これ以上に確かなことなんてないんだから。

 

でも黙ったままだと伝わらないから、だから……

 

チュッ

 

「………………へ!?」

 

「その……こういうことだから。これからもよろしくね、お兄ちゃん♪」

 

これで分かってくれたかな?えへへ。

 

お兄ちゃんは石のように固まっていたけど、やがて私にしなだれかかってきた。

 

「えっちょっ……」

 

一を聞いて十を知るとはまさにこのことだ。普段のお兄ちゃんでは想像できない理解力を発揮している。でも飛びすぎだ。一の後には二があって、そのあとには……と段階を踏むべきだと思う。きゅ、急すぎてまだ、その、何の準備も……

 

「そ、そういうのはまだ……あれ?」

 

もしかして、気を失ってる?

 

……気を失ってた()()だった。ずっしりとした重みを感じながらベッドに移す。なんで突然意識が飛んだのだろう?それにしても満ち足りた表情をしてる。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()すがすがしさに溢れている。

このまま起きないままなんじゃないかと思ったけど、数分もしたらひとりでに目を覚ましてた。

 

「……ここは?」

 

「ここはお兄ちゃんの部屋だよ。さっき気を失ってたけど、大丈夫?」

 

「僕の部屋か。そうだ。ゾンビが現れて、学校から逃げて、それから……」

 

「ほんとうに大丈夫?」

 

お兄ちゃんの顔には新鮮な驚きが浮かんでいた。いまさら何を驚いてるんだろう?

 

「………………え?ああ、うん。ちょっと記憶があいまいになってただけ。多分疲れてるんだろうな。平気平気」

 

「今日いっぱいはここにいた方がよさそうね。ゆっくり休んでから明日にでm「ちょちょちょちょちょっと!!」

 

「?」

 

()()()()は一体、なんだよ……?」

 

「さっきの?……ああ。」

 

やっと私たちがキスしたことに思い至ったらしい。どうして今になって顔を真っ赤にして反応してるのかはよくわかんないけど。

 

「もう一回したいの?」

 

「ち が い ま す ! ! ……もういいよ。僕はもう昼寝するから。おやすみ!」

 

「じゃあ私も昼寝しよ」

 

「だからなんで一緒に寝ようと……いやまぁ別にいいか。これまではそうしてきたし。……なんで自分は()()()()()許可してたんだろう……?」

 

「変なお兄ちゃん。早く寝ようよ」

 

「はいはい。ひと眠りすれば記憶もはっきりするか……」

 

 

 

「………………」

 

「………………ふふっ」

 

心地よい眠気にまどろみながら自然と笑みがこぼれる。

ああ、私は今、幸せだ。

お兄ちゃんの匂いに包まれて、虹が煌めく陽光の下で昼寝をする。安心がどんどん瞼を重くさせる。

 

これからも、ずっと、ずっと一緒なんだから……

 

お兄ちゃんの立てる規則正しい寝息に誘われて、私もすぐに眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~取得実績一覧~

 

・帰宅部 

アウトブレイク後すぐにどこにも寄らずに帰宅する

 

・自宅警備員

自宅を拠点とし14日間非感染状態を維持する

 

・生存者

14日間生存する

 

・名もなきヒーロー

主要キャラ以外のNPCを救助する

 

・だが断る

学園生活部員の勧誘を断る

 

・スコップマスター

スキル「スコップマスター」を取得する

 

・なかよし!

1人以上のNPCの好感度を最大値にする

 

・私だけって言ったよね?

異性関係が原因でNPCが発狂する

 




これにて、完結です。気が付いたら20万字を超えてしまい自分でも驚いています。
飛馬君一人だけじゃ2週間とてもじゃないけど持たせられないから深い意味もなく妹を生やしましたけど、まさかこんなになるとはね。……ウソです最初から病ませる気満々でしたごめんなさいなんでもしますから!(何でもするとはry)
でも、書いてて予想以上に楽しくてつい盛っちゃったのは事実です。学校生活部を登場させた辺りからは完全にオリチャーでした。普通のめぐねえを書きたかったんですけどね。どこで間違えちゃったんだろう……?(すっとぼけ)

「思ったのと違う……」と感じた方もいるとは思いますが、個人的には結構いい経験ができました。一年かければこれくらいの分量書けるもんなんですね。

書いていて思ったのが自分があんまりヤンデレに詳しくなかったってことですね。テンプレみたいなのがいまいち蓄積できてなくて所々の描写で頭を悩ませました……
なので「ヤンデレと言えばコレ!」みたいなのがあったら教えていただけると嬉しいです。次書く時(もしあったらですが)の参考にしたいです。

とても長かったと思います。それでも最後まで読んでくださってありがとうございます!


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完結後の道楽
おまけ


忘れていたわけではないが、気が付いたらこんなに時が経ってしまっていた。
書き方をだいぶ変えました。上手くいってるといいのですが……


 

「ふぅ……着いた。ほら咲良、ここが高校だよ」

 

「ここにあの人たち(学園生活部)が……」

 

兄妹の前には広々とした運動場とその広さに見合った大きさの校舎がそびえていた。前日の雨が運動場の所々に水たまりを作り出している。太陽の光が反射して水たまりはキラキラと輝いている。だが、割れた窓ガラスや運動場をうろつくゾンビの姿は学校に抱く一般的な感慨を打ち砕くには十分だった。

これがホラー映画のセットだったらどんなに良かっただろう。咲良はこれまで何度も思ったことをまた思ってしまい、心の中でため息をつく。

 

「どうした?」

 

「ううん。何でもない」

 

「こうやって明るい所で見るとこの学校も結構ボロボロだな……。みんなは三階にいるはずだ。行こう」

 

 兄は今日も平常運行だ。咲良の方はというと、これからの共同生活を思うと胸が悪い意味で高鳴り昨日もろくに寝られなかった。今だって気乗りはしてない。

 この高校のことは在校生だった兄が格段に多くのことを知っている。道案内は兄に任せ、ただただついていくことだけに集中する。一階は腐臭が酷く、とてもではないが長く居れそうな所ではない。ゾンビも狭い廊下にちらほら見受けられ、その都度私たちの行軍は中断した。階段に差し掛かった時、思わず顔をしかめてしまった。死屍累々という言葉がピッタリだ。……ゾンビに対して適切かどうかは分からないが。机で作られたバリケードが血で汚れ、崩れ落ちた形で残されていた。倒れたゾンビ達から見てここで攻防戦があったみたいだ。

 

「……みんなが心配だ。急ごう」

 

「あ、お兄ちゃん、待って……!」

 

 兄は足が汚れるのも構わずズンズン進んでいってしまう。遅れずについていくために様々な彩度の赤で塗りたくられた階段を駆け上がることになってしまった。この靴、後で洗わないとなぁ……

 3階に行くための階段にもバリケードが張られていた。でもここはまだ形を保っている。血で滑りやすくなっているバリケードを協力して乗り越え、ついに3階の地を踏んだ。

 

「……誰もいないね」

 

「きっと生徒会室にいるんだよ。ほら、ここ。『学園生活部』って貼ってあるだろ?」

 

「あ、ホントだ」

 

コンコン

 

「えっ」

 

 ちょっと待って。咲良は狼狽した。

せ、せめて目配せくらいしてよ。もう知り合い同士になってるお兄ちゃんとは違って、初対面の私には心の準備というか、一呼吸が必要なんだけど。

 

「青木です。戻ってきました。入ってもいいで──」

 

ガラガラガラッ!

 

「よかった、無事だったのね!」

 

 勢いよく引き戸が開けられ中から若い女が喜色満面といった様子で飛び出してきた。咲良は昔見た写真を素早く思い浮かべる。

……こんな人写真の中にいたっけ? まっすぐにお兄ちゃんの方を向いてるから、ここからでは横顔しか確認できてないけど、写真には写ってなかった人であるのは確実だ。ということはこの人が佐倉慈先生か。綺麗な人だ。見た目からじゃ、勝手に私の家に上がり込んできた人間だとは思えないな。

 

「まずは飛真君が無事で安心だわ。それで、薬の方はどうだったかしら?」

 

「バッチリです! おかげで妹と一緒にここに来ることができました」

 

「それは残念……えっ?」

 

「ほら、咲良。こっちこっち」

 

 兄が手招きをした先へ目線を動かした慈は、咲良の姿を認めた瞬間、金縛りに遭ったかのように固まってしまった。信じられない、と顔が語っていた。幽霊を見るような目を投げかけられていることに気づくと、咲良はいささか慌てた。咲良は、会ったことのない慈をオバサン先生だと勝手に思い込んでいた。だが、実際はおっとりとした雰囲気を持つ、いかにも男子生徒ウケがよさそうな人だった。そんな先生がニコニコして兄を出迎えたことが面白くなく、初対面用につくった薄笑いのメッキがついつい剥がれてしまっていたのだ。

 

 咲良は凝視に対して初動こそ仏頂面を晒してしまったものの、すぐによそ行きの笑顔を取り戻し

 

「私、お兄ちゃ……飛真の妹の、青木咲良です。私を治す薬を探すのを手伝って頂いたと兄から聞いています。ありがとうございます」

 

しおらしく言ってのけた。

 

「そ、そう。とにかく、治って良かったわ。私は佐倉慈。この学園生活部の、顧問をしています。……さ、二人とも。みんなが待ってますから中に入りましょう」

 

 どうやら、咲良の表情の変化に先生は意識が回っていないようだ。ほとんど機械的と言ってもいいような口調で中に招き入れると、思案気に顔を曇らせて部室の端へ移動してしまった。そんな先生の代わりに、興味津々といった様子の()()たちが二人を押し込まんばかりに迫ってきた。

 

「初めまして! 私、丈槍由紀! で、こっちが太郎丸で──」

 

「ゆき。そんな急に自己紹介始めてもビックリさせるだけだろ。あ、私は恵飛須沢胡桃。くるみでいいぜ」

 

「結局先輩も自己紹介してるじゃないですか……」

 

関心の対象は新参者の咲良に集中していた。ここまで反響があるとは思っていなかった咲良はたじろいてしまい、助けを求めて兄の方に目を泳がせた。しかし、向こうは向こうで()()()()()のようだ。

 

「よかった……ずっと、ずっと心配してたんです。飛真君に限ってそんなことはあり得ないって思ってたんですけど、それでも、不安に、なっちゃって……」

 

「え、えっと……。ほ、ほら、僕はちゃんとここにいますから……」

 

 悠里──後に彼女はそう自己紹介した──は()が約束通り戻ってきたことに感極まって目に涙を貯めていた。今にも泣き始めてしまいそうな顔を前に、兄はどうすればいいのか全く分からない様子だ。どうにかなだめようとしているのだが、口をパクパクさせて頓珍漢なことを言うことしかできていなかった。

 あの涙目が演技だったとしたら、女優としての天賦の才があることになる。でも、もしあれが本心から出た涙だったとしたら……咲良に悪寒が走った。それはそれで嫌だ。

 

「みなさん、ちょっと勢いが強すぎます。二人が困ってるでしょう? ひとまず席に着いて落ち着きましょう」

 

 先生の一言によって場が落ち着いた。心なしか顔が青ざめているようにも感じられるが、口元には微笑を浮かべていかにも教師然とした態度だった。

 助かった……

 咲良はこの状況を切り抜けられてホッとすると同時にこれからの共同生活に言い知れぬ不安を覚えてしまうのだった……

 

 

 ■■■

 

 

コンコン

 

「飛真君。今、大丈夫ですか?」

 

「はい。大丈夫です」

 

ガラガラッ

 

「急にごめんなさいね。でも、咲良さんについてちょっと心配なことがあって……」

 

 慈は少し眉をひそめてこう言った。

 まだ()()()()()()は余韻として残っている。まさか、あの女が生きてるなんて……

 あれは、確かにただの抗生物質に過ぎなかった。助かるはずなどない。もし抗生物質が効くのであれば人類がここまで後退を強いられることはなかっただろう。それなのになぜ? 元々耐性を持っていたのか? ……理由は追々追求するとして、今必要なのは彼女をどう扱うか、だ。

 青木兄妹がやってきたのがちょうどお昼時だったこともあって、お祝い用にとっておいた缶詰を振舞った。その時にお互いに自己紹介ができた。

慈は咲良を注意深く観察した。しかし、その時の咲良の様子に変わった点はなかった。初対面の相手に囲まれて委縮気味ではあったが、それは仕方ないことだ。ゾンビでもなく、ましてや亡霊でもない。疑いようもなく、人間だった。

昼食後は作業が溜まっているため、自然と解散になった。雨が降った昨日は大規模なゾンビの襲撃に遭った。3階は何とか死守したが、本当に危ない所まで追い詰められた。まだまだ部員たちは話し足りない様子だったが、バリケードを早急に直さないといけない。兄妹は荷物を置くためにこの部屋が割り振られた。

 

「咲良について?」

 

 今、咲良はシャワーに入っている。日々の仕事の役割分担は夕飯の時にするとして、それまでは休んでもらうことにしたのだ。それで咲良は久方ぶりのシャワーを早速楽しもうと考えたのだろう。飛真と二人きりになる機会を窺っていた慈にとって、これは好都合だった。

何より、あの女が生きているのは()()()()()()()()()()ってことを知っているのは私だけなんだから。部員に降りかかるかもしれない危険に目を光らせるのは顧問として当然の責務だわ。私たちは飛真君と一緒に、()()まで抱え込んでしまった。それは不発弾かもしれない。でも、そんな危ない人と飛真君を近くに置いておくわけにはいかないわ。

 

「はい。今日、咲良さんの姿を見て安心しました。薬は効いたんですね。でも……」

 

「でも……?」

 

「昨日の咲良さんの様子を知りたいんです。()()()()薬が効いたとしたら昨日のうちに私たちの所へ来ることができたと思います。それなのに来たのが今日だったのが気になって……」

 

 つい責めるような口調になってしまった。慈は昨日のことを思い出す。前の時よりもゾンビの数が多く、落雷による停電のせいで放送を流すこともできなかった。一番来てほしかった時に、あなたは来てくれなかった……

 慈の口調に何かを察したのか、飛真は真面目な顔になった。

 

「えっと……咲良に薬を打った後、僕は疲労のあまり夕方まで寝てたんです。起きたら咲良がこっちにやってきて……襲ってきたんです」

 

「お、お、おっ……襲ってきたっ!?!?」

 

 突然の爆弾発言に慈は素っ頓狂な声を抑えることができなかった。実の兄に対して……なんて女なの。

 

「で、でも、僕はどこも噛まれてません! 大丈夫です」

 

「そ……そうだったのね、びっくりしたわ。それで?」

 

 できるだけ平然を装って応える。一瞬でも()()()をしてしまった恥ずかしさで真っ赤になってしまった顔に気づかれないか心配だ。

 

「それで、何とか押さえつけて、水を飲ませたんです。その後のことは僕が貧血で倒れちゃったので覚えてません。でも、起きたら咲良はいつもの咲良に戻ってました」

 

「紆余曲折があったのですね……貧血で倒れてしまうまで必死で看病したんですね」

 

「まぁ……そうですね……」

 

 飛真の言葉の歯切れが悪くなった。慈はそれを見逃さなかった。やっぱり。何かあったんだわ

 

「でも、飛真君を襲ってしまうくらい自分を失っていた咲良さんが大人しく水を飲んでくれたのでしょうか……?」

 

「実は……僕の血を混ぜたんです。そのおかげで咲良は水を飲んでくれたんですけど、僕の方が倒れちゃって」

 

「血、ですか……」

 

 慈はその話に違和感を覚えた。どうしてそこまで。

 

「あの時は必死だったんです。なんかどんな手段を使ってでも水を飲ませないといけないと思ってしまって。今となってはどうしてあんなに水を飲ませることに執着したのか分からないんですけど」

 

 飛真の話しぶりから困惑が伝わってきた。咄嗟の判断だったのだろう。過程が無意識下で処理されて結論だけが頭の中でパッと現れることは確かにある。閃きに似たそれが、緊急時に起きたとしても不思議ではない。

 

「つまり、薬はすぐに効いたわけではない、ってことですね……」

 

「はい。確かに効果が表れるまで時間がかかりました」

 

「もしかして!」

 

 血のおかげなんじゃないか。後に続くはずだった言葉を慈は何とか飲み込んだ。

 

「えっ?」

 

「何でもないわ。ちょっと思いついたことがあって」

 

 咲良が治るまでに彼女の体内に入ったものは三つ。抗生物質と水、そして兄の血だ。抗生物質と水は効いたとは考えられない。そんなありふれたもので治せないからこそ、今の現実があるのだから。残ったのは……血しかない。もちろん咲良が耐性を持っていたことは否定できない。でも、同様に彼の血がゾンビ化を食い止めた可能性も否定できない。

 飛真君の血……。慈は心の中でつぶやいた。試してみる価値はあるかもしれないわね。ふふっ、どんな味がするのかしら……。

 

「はぁ……」

 

「咲良さんが治った後はどうだったのですか? ()()()()()()はありませんでしたか?」

 

「はい、何も、なかったです……」

 

 慈は飛真の目が泳いだことに気づいた。追求しようとして、思い直す。もう材料は揃っている。こちらが知らなくても彼の方で疑念を膨らませる事実が存在していれば、十分だ。それにあまり時間もない。咲良がいつ戻ってくるかわからない。早く本題に入った方が良い。

 

「でも、心配していたことはどうやら本当かもしれないわね。残念だけど」

 

「ど、どういうことですか?」

 

 飛真の声が不安で震えた。慈はこの状況が自分に有利であることを自覚し、満を持して本題に入った。

 

「あの薬は完全なものではなかったかもしれないわ。試作品と書いてあったからその可能性はあったけど……」

 

「でも!」

 

 飛真はすぐさま反論した。

 

「ちゃんと咲良は治ってます。いつも通りの妹です。おかしなところなんてどこにも……」

 

「確かに()()不自然な所はありません。不安なのは、これからなんです。治るのに時間がかかったことが引っかかるんです。もちろん、治療に必要な目安の時間は分かりません。でも、薬が体内に入っていたのにも関わらず人間を襲った事実は軽く見ることはできません」

 

「そ、それは……その通りですけど」

 

「私が最も危惧してるのは……今は単に寛解してるだけ、という可能性です」

 

「完治はしてない、ってことですか……?」

 

「私は医学に明るくないので断言できるものは何もありません。他の皆さんも同様だと思います。だからこそ、慎重にならないといけないと思うのです」

 

 慈は冷静に飛真の反応を確認した。彼は妹の容体が手放しで喜べる状況ではないことを悟ったのか、苦しそうにこちらを見ている。

 その表情に慈は微かな満足を覚えながら、重ねて続ける

 

「そこで、お願いがあるんです。咲良さんのことで何かあったらすぐに私に伝えてほしいんです。例えば、感染後に急にするようになった行動とか、嗜好の変化とかです。もちろん、私たちも咲良さんを見守っていきますが……」

 

「そんな! まるで咲良を監視するみたいに!」

 

「いえいえ、違います。それは誤解です。飛真君はこのままいつも通り咲良さんと接してください。私は、この部活の顧問として万が一にも備えないといけないから、心苦しいですがこのようにお願いしているんです」

 

 そう、このまま。兄妹の仲が険悪だと周囲の雰囲気も殺伐としてしまいます。でも、仲が良すぎるのも……よくないわ。

 慈が急にしゅんとしたせいで飛真の方も言い過ぎたと感じたらしい

 

「あ、ごめんなさい。先生を責めるつもりはなかったんです」

 

「家族を疑いたくない飛真君の気持ちもわかります。なんだか告げ口をしているようで気が咎めるのでしょう?」

 

「はい。先生が言っていることは十分理解しているつもりです。でも……」

 

 つかさず慈は飛真の手を取った。彼を()()させるために。それに伴い一歩前に出たため二人の距離はとても近いものになった。

 

「ふふ……飛真君は優しい人なんですね。では、こう考えてみてください。困ったことや気づいたことを私に()()する。どうですか? これなら告げ口ではないでしょう?」

 

「確かに。それなら……」

 

「そうです。難しく考えないでください。私たちはもう仲間なんですから。もう、一人で考え込まなくてもいいんですよ……?」

 

 ほとんど囁くように慈は言った。そのため、次に続く飛真の言葉もまた、小さいものになった。飛真は距離を詰められてどぎまぎしているようだ。突然のことで、一歩下がって適切なパーソナルスペースを確保することも失念している様子だ。傍から見れば、それはまるで内緒話をしているかのような親密さを纏っていた。

 

「あ、あの……必要になったら相談したいと思い、ます……」

 

「必要になったら、って……もっと気軽に相談していいのよ? まだ遠慮がある気がするわ……そうだ! ()()をしている時はお互いの呼び方を変えるなんてどう? 『先生』だとやっぱり距離を感じてしまうし。例えば──」

 

ガラガラガラッ

 

「お兄ちゃ~ん。シャワー上がったよ……えっ!?」

 

 咲良が帰ってきた。この部屋には兄しかいないと思っていたのだろう。上機嫌だった声は慈の姿を認めると固いものに変わっていった。残ったのは血色のいい顔と濡れた髪だけだった。

 

「……お兄ちゃんに、何か用ですか?」

 

 どうやら咲良は言葉に感情を込めるのを忘れてしまったようだ。あまりにも無機質な声に室温が急に下がった気までする。

 私は飛真君の手を握ってしまっているし、それにこんなに近くにいる。()()()しまうのはしょうがないことよね。と、慈は他人事のように思う。

 

「ううん。大した用じゃないの。じゃ、飛真君。相談、待ってるからね?」

 

 咲良のほとんど敵意と言ってもいい鋭い視線を受けながらも、何事もなかったかのように部屋を後にする。

 本当は咲良さんに気づかれる前にすべてを話したかったのだけど。これであの子には警戒されてしまうわね……でも、飛真君に言いたかったことは言えたし、後は状況が私の方に傾くのを大人しく待つだけかしらね。桃栗三年柿八年、だけど今植えた不信の種が実をつけるのはそんなに長くかからないはずだわ。やっとこっちに来てくれたのだから、二人とは()()()暮らしていきたいわ。そのための努力は……欠かせないわよね?

 ドアのガラスに映った慈の横顔は、ひどく歪んで見えた。

 

 

■■■

 

 

慈が去った後の部屋には一組の兄妹が残った。二人の間には微妙な空気が漂っている。お互いに話しかけることもなければ、その場を動くこともしない。咲良が飛真に投げつける冷ややかな目線だけが意思を持ってこの空間を支配していた。

最悪だ。咲良は冷えていく体と心を自覚しながらもそう思わずにはいられなかった。何週間ぶりかのまともなシャワーはとても気持ち良かった。体にまとっていた薄い膜が取れたみたいですごくいい気分でこの部屋に戻ってきたというのに。そんな爽快な気分もお兄ちゃんのせいで台無しだ。私がいない間、先生と何があったのか。なぜ、弁明をしないのか。あの距離感の近さは一体何を表しているのか。すべてが、不愉快だ。

 このままでは埒が明かないと思ったのか、兄がついに切り出した。

 

「あのな、さっきのは……」

 

「洗ってよ」

 

「え?」

 

「手、洗ってよ。汚いから」

 

「……分かった。洗ってくるよ」

 

 兄はいくぶん顔を青くして部屋を出ていった。さっきはほんのり顔を赤らめていたくせに。咲良の虫の居所は悪いままだ。学校へ出発する前に考えていた懸念が早くも実現してしまった。

 あの(ひと)にとって、お兄ちゃんはただの部員ではないってことよね……

 

 そうこうしているうちに兄が帰ってきた。ハンカチの用意を忘れたのか、手は濡れている。

 

「さっきのはな、誤解なんだ」

 

「誤解って? 私が何を考えているのかわかるの? そしてそれがどうして誤解だってわかるの?」

 

「そ、それは……わからないけど。でも、大事な話があるって言うからその話を聞いていただけなんだ」

 

「大事な話、ねぇ……。で? その大事な話とやらは何だったの?」

 

「咲良のことで何かあったらいつでも相談に乗るって」

 

「……それだけ?」

 

「うん」

 

 咲良は兄の様子を窺った。いくぶん怯えの色が見えるが、嘘をついているようには見えない。()()()()と言うにしてはあまりにも月並みだ。

 きっと話の大筋はその通りだったのだろう。だとしたら。咲良は思う。何か背後に隠された意図があるはずだわ。単にお兄ちゃんの手前、『いい先生』を演出したいだけってことも考えられるけど……

 

「その話をするために、お兄ちゃんの手を掴む必要はあったのかな?」

 

「必要は、なかったと思うけど……多分僕を勇気づけたかったんだと思う」

 

「勇気づけるぅ……? 随分とやさしい先生なんだね」

 

「……そんな目で見ないでくれよ。僕と先生は話をしてただけなんだから」

 

 それなら確かめてみようかしら。咲良はドアの前で立っている兄の傍に行き、警察犬のように調()()をした。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

「………………」

 

 どうやら兄の言っていることは事実のようだ。兄以外のにおいは、本当に微かにしかしない。だが、その微かに捉えたにおいが問題だった。

 治療薬を持ってきてくれた時にお兄ちゃんが纏ってたにおいだ。ということは、先生が……

 

「私、感染してから鼻が良くなったみたいなの。治った今も、ね」

 

「感染してから……? それ以外には? それ以外には変なことはないか?」

 

 咲良の発言は兄に意図したものとは別の印象を与えたらしい。兄がいきなり活気づいたので咲良は思わず一歩下がってしまった

 

「いや、別に、何もないけど……あ。」

 

「どうした?」

 

 咲良は合点がいった。なるほど、急にお兄ちゃんが私のことを心配してくれたのはそういうわけだったのね

 

「そうやって私を心配するフリして、本当は先生に報告する内容をせかせか集めているだけなんでしょ? 先生に言われたことを早速実行して、お兄ちゃんは良い生徒だねー」

 

「違う! 僕も咲良のことが心配なんだ!」

 

「どうだか。いい子ちゃんになりたいだけなんじゃないの?」

 

「どうしてそんなに怒ってるんだ? 先生は咲良のことを心配して、僕の所に来てくれたんだぞ。僕たちは悪だくみをしてたわけでも、咲良抜きで何かをしようとしていたわけでもない。誤解だって言ってるじゃないか。いい加減機嫌を直してくれよ」

 

 咲良は言葉に詰まった。兄の言っていることは正しかった。確かにその通りだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()怒る理由などどこにもない。兄にはそう見えたのだろう。いや、そうでなくても怒る必要などない。しかし、この正論は咲良には兄の鈍感さを示す薪にしかならず、かえって怒りの炎が強くなる結果となった

 

「私は別に怒ってないし。お兄ちゃんの方にやましいことがあるからそう感じるだけなんじゃない?」

 

「はぁ……」

 

 兄は心底めんどくさそうにため息を吐いた。だが、咲良には不貞腐れているだけとしか映らなかった

 

「シャワー行ってくる。……もう少し冷静になってくれよ」

 

ガラガラガラ

 

 咲良は一瞥をくれただけで、兄を止めようともしなかった。

 

 

 

 一人きりになってから半時間ほど。静かになった部屋で言いつけ通り頭を冷やした咲良は情けない声を響かせる

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛~~~」

 

 椅子にだらしなく座り放心した様子でいたかと思えば、急に頭を抱えだした。

 やってしまった。咲良は今更ながら思う。さっきの私、めちゃくちゃめんどくさかった。あんな調子ならお兄ちゃんが呆れてしまうのも無理はない。小言の一つや二つ、どうして飲み込めなかったのか。でも、あんな状況だったんだから問い詰めたのはしょうがないよね?

 ……結局は、単なるやきもちだ。()()()()()()気がして……私は感情の赴くままお兄ちゃんを詰り、困らせてしまった。このまま私がヘソを曲げたままだといつまで経っても仲直りができない。謝らないとね。

 

「でも、ちょっと遅いなぁ……」

 

 念入りに体を洗っていると考えてもこれくらいの時間にはシャワーを上がっているはずだ。はやく謝りたいと気がせいている咲良は、しばし考えた後、兄を迎えに行くことにした。入れ違いになったとしても、すぐに戻るつもりだから平気だと踏んだのだ。

 果然、兄はシャワーを終えていた。しかし、兄の姿は予想外の場所にあった。生徒会室だ。たまたま扉が開いたままだったため気づくことができた。

 

「ごめんなさい。引き留めちゃって」

 

「いやいや、いいんですよ。それにしても、家計簿ですか……すごいですね」

 

「そんなに大層なものじゃないです。日記の代わりみたいなもので……」

 

「でも、こんなに細かく書いてあって……何が今どれくらいあるのかすぐわかりますし、日々の消費量から調達すべき物も把握できるようになってます。僕はこんなに緻密な家計簿、絶対に作れませんよ」

 

「そうですか? そんなことないと、思いますけど……」

 

 部屋にいるのは飛真と悠里だけのようだった。どうやら悠里は兄に用事があったらしい。

 それにしても、なぜお兄ちゃんはお世辞なんて言ってるんだろう。咲良は心がサッと暗くなっていくことを自覚しながらも、気持ちが煮えたぎっていくのを止めることができなかった。それに、悠里()()もまんざらでもない顔をして……。家計簿が何よ。用事が済んだら早くお兄ちゃんを開放してほしいんだけど。

 

 これ以上聞いていられないと思い、咲良は部屋に戻った。再び熱を持った頭が落ち着くまではまだ時間が必要そうだ。

 まぁ、呼びかけられたら無視するわけにもいかないよね。悠里先輩も本当にお兄ちゃんに用事があったんだろうし。それに、一日で何かが変わるわけじゃないし。まだお互いが丁寧語で話しているうちは何も心配いらないわ。大丈夫、あれは、ただの会話にすぎないはず……

 深呼吸をしてなんとか気持ちを落ち着かせる。つい最近まで飛真を独占できていた咲良にとって、兄が自分以外の人間と接触することは自らの特権が剥奪された気がするのだった。それゆえに、常識的な解釈を受け入れることは咲良にとって難しい作業だった。

 

「というか、お兄ちゃん以外全員女じゃん」

 

 咲良はハタと気づいた。この男女比はどう考えても危ない。下手すると一番争いが起こりやすい比率かも。そもそもマイノリティはそれ自体に危うさを秘めているというのに、男がポツンと一人だけっていうのは……

 

「ああ、なんか頭痛くなってきた……」

 

 とても不安だ。お兄ちゃんは学園生活部を救った恩人で、学園生活部はその恩人の妹を救う手助けをした。共同生活が長くなれば長くなるほど今まで培われた信頼の感情が別のものに変質するリスクが高まる。お兄ちゃんはこのことを分かってるのだろうか。

 それなら、私は……

 

ガラガラガラ

 

「ふ~、さっぱりした~」

 

 兄が戻ってきた。つい、遅かったねと言ってしまいそうになるがグッとこらえる。

 

「あ、お兄ちゃん。さっきは……ごめんなさい」

 

「もう気にしてないよ。それに、あれは僕も悪かったし……」

 

「そうだよ。お兄ちゃんのせいだよ」

 

「えっ?」

 

 咲良は先生がしていたように、手をつないだ。兄は驚きを隠そうとはしなかったが、手を離すつもりもないようだ。

 

「どう思う?」

 

「どうって……別に何とも」

 

「私は嫌だったよ」

 

「……ごめん」

 

「でも、もういいの。私、やきもちやきだって思われたくないから」

 

「つ、次からは気を付けるよ」

 

「そうしてね? じゃないと私、フキゲンになっちゃうから!」

 

 咲良はいたずらっぽい笑みを浮かべて、つないでいた手を指と指の間に滑り込ませる。

 

「今度は……どう思う?」

 

「……ちょっと恥ずかしい」

 

「私も」

 

 兄の行動にいちいち目くじらを立てていたらキリがない。そんなことをしていたら私はいつかお兄ちゃんまで憎んでしまうだろう。共同生活をする決断をした時点で覚悟していたことだった。でも、やっぱりお兄ちゃんが他の女の人と仲良くしてるのを見るとモヤモヤしてしまって、態度に出てしまう。

 

「他の(ひと)にこんなことしちゃダメだよ?」

 

「そんなの分かってるよ。絶対しない。約束する」

 

 だから言うのだ、『構って』と。察してくれなんて言わない。ただ正直になればいいんだ。お兄ちゃんはきっと、そんな私を受け入れてくれる。二人きりの時に何かを遠慮する必要なんてないんだから。これまでより一緒にいれる時間が少なくなるくらいじゃ私たちの関係は変わらない。いや、むしろそのことによってお互いのことを大切に感じるようになるはず。

 

「あ~! 目、逸らした……」

 

「そっちがじーっと見てくるからだよ……」

 

 希望に似た暖かな恋慕が、先ほどの重たくヒリヒリした不安の上を這った。その感情の落差から思慕の情が咲良の心の中に乱層雲のように広がった。それは内面にとどまらず目線という形で兄に伝えられた。まっすぐにこちらを見つめる瞳に込められた咲良の気持ちの強さに対して飛真は準備ができていなかった。

 

「………………」

 

「………………」

 

 二人は一言も発さない。お互い、もう後退はできなくなってしまった。もう進むことしかできない一人は顔を近づけ、もう一人は顎を上げて目を閉じた。

 

コンコン

 

「あの、ちょっといいですか?」

 

 悠里の声が聞こえた瞬間、兄妹は石にでもなったかのように固まった。咲良は頭が真っ白になり心臓がビクンと飛び跳ねた。

 先に動いたのは飛真だった。飛真は咲良と距離を取り何食わぬ顔を必死に繕いながら返事をした。

 

「……どうぞ」

 

ガラガラガラ

 

「すいません。今晩の献立について相談が……ってどうしたんですか? 二人とも顔が真っ赤ですよ?」

 

「い、い、いや別に何も。なぁ咲良?」

 

「う……うん! た、たぶんシャワーで血の巡りが良くなったせいだと思います」

 

「そうですか? その割にはやけに慌ててる──」

 

「夕飯作るの僕も手伝いますよ。暇だねってちょうど話してたところなんです」

 

「あ、私もやります。私だけ休んでるっていうのもなんか申し訳なくって……」

 

「じゃ、じゃあお願いしようかしら……。みんなバリケードの修復とかで忙しくて手伝ってくれる人が不足してるし……」

 

 兄妹の様子から何かしらを察知してもおかしくなかったが、それ以上に二人が手伝うことに前のめりだったために悠里は勘を利かせる余裕もなく、こう言うしかなかった。実際、この申し出はありがたかった。

 

「私、家計簿持ってきますね。うっかりして向こうに置いたままでした。何があるか知らないと献立を決められませんよね」

 

 悠里は小走りで部屋を出ていった。残った兄妹は顔を見合わせて、くすくす笑い出した。

 

「危なかったね」

 

「ああ。ビックリしすぎて、心臓止まるかと思った」

 

 さっきまでは不安でいっぱいだったけど。咲良は思った。他のみんなとも仲良くやっていけそうだ。だって、誰がどう手を尽くそうと私とお兄ちゃんとの()は絶対に途切れないんだから。そうだよね、お兄ちゃん?

 

「ねぇ、さっきの続き……」

 

 咲良の甘えた声に対して、兄はドアの方へ目を向けて自制を促した。微かだが廊下を走ってくる音がする。戻ってくるのがもうちょっと遅かったらよかったのに。つい、そう思ってしまう。

 飛真は咲良の方を向いた。そして──

 瞬間、兄の、匂いがした。

 

 




おまけって何書けばいいんだ? と迷走した結果です。
三人称単視点をチャレンジしてみたかったんですけど……めぐねえが良いキャラしてるんで書きたくなっちゃって、途中でシーンを挿入してしまいました。三人称がちゃんとできているか不安しかないです。
自分はただ、学園生活部の睦まじい日常を書きたかっただけなんです。ホントです。どうしてこんな風になってしまったんだ……


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メンヘラのりーさんに看病されて夜も眠れないオマケ

思いついてしまったので書きました。

時系列的にはおまけの数か月後です。いつもにも増してキャラ崩壊がすごいので読むときは注意してください……


「あの、今入って大丈夫?」

 

控えめなノックの音。そしてそれと同じくらい抑えられた音量で悠里はドア越しから飛真に声をかける。

 

「ええ、平気ですよ」

 

飛真の声は普段よりもしわがれている。だが、声のトーンはどことなく嬉しさが滲んでいた。

 

「じゃあ失礼して……あ、無理して起きなくてもいいのよ」

 

「無理はしてないです。声はまだちょっと変ですけど……ほら」

 

そう言って飛真は上半身だけ起き上がった状態で悠里に体温計を差し出した。

役割の関係で外に出ることの多い飛真は健康を崩すリスクがほかの人に比べて高い。というわけで悠里の提案で一日四回の体温測定と、一日二回の血圧測定を毎日することになっていた。随分と大げさだなと思ったが、健康の大切さを彼もよく承知していたので特に何の疑問も持たずに提案を受け入れたのだ。測定は一人でもできるのだが、測定器具は悠里が持っているため学校にいるときは必ず悠里が測定をした。だが今回ばかりは風邪がうつってしまう可能性があるため、飛真本人が測ることになったのだ。

ちなみに、飛真は自分の血圧、平熱を詳しく知らない。悠里曰く、『私が把握してるから大丈夫』だそうだ。

 

「熱は……平熱。でもまだ安静にしてないとダメよ。だるさはまだある? 食欲は? 汗かいてない? 何か苦しいこととかある? 水分はちゃんと──」

 

「大丈夫、大丈夫です。治ってます。ホントに大したことないんですから。まぁ、強いて言うならいい加減寝るのにも飽きてきたってことくらいですかね」

 

悠里の矢継ぎ早の質問に対し、飛真は笑って答える。その笑みは普段の彼と比べるといくぶん儚げであったが、やせ我慢にはとても見えない。

 

「そう? 元気になったなら、それは、いいことだと思うのだけど……」

 

悠里はなぜか不満げな、残念そうな顔を一瞬だけした。しかし、それは一瞬のことで、すぐに

 

「体調が戻ったみたいで良かったわ。もうお昼過ぎちゃってるけど、ご飯持ってきたの。食べれそう?」

 

病人を心配する真摯な顔に戻った。

 

「はい! 実はもうお腹ペコペコで。いいにおいがしてさっきから気になってたんです」

 

「本当はもっと早く持っていくつもりだったけど、準備に時間が掛かっちゃって。ごめんなさい。お腹空いてたよね……」

 

「いえいえ。ちょうど起きたところだったんで、むしろジャストタイミングです」

 

悠里は飛真の部屋に食事を乗せたトレーを持って来ていた。それは、湯気をもわもわと立てるできたてのおじやだった。味噌をベースに味付けがなされているようで、具材はねぎと鶏肉が少しだけ入っていた。

 

「これがスプーンね。それで、えっと……も、もし自分で食べるのが難しいようだったら私が食べさせ──」

 

「いただきまーす!」

 

「……熱いから気を付けて食べてね」

 

悠里から木のスプーンとおじやが載ったトレーを受け取るやいなや、飛真は早速食事に取り掛かった。図らずも、悠里がためらいがちに絞り出した()()()()()()を遮ることになったが、彼に悪気はない。実際彼は腹ペコで、食事はおいしそうだった。羞恥の為か、はたまた話を遮られた怒りの為か、悠里の顔は人知れず赤くなっていた。

 

「うまい! うまい! うまい!」

 

「………………」

 

飛真はどこかで聞いたことのあるセリフを口走りながらも、せわしなくスプーンを動かし続けた。

その間悠里は一言も発しなかった。じっと彼が食事をしている姿を凝視していた。彼が咀嚼し、嚥下しているのを認める度に悠里は薄く口元を歪める。それは客観的に見て異様な光景であった。だが、食事に夢中になっている飛真は場を包む雰囲気が変化したことにまったく気づかない。

 

「ごちそうさまでした!」

 

「……味、どうだった?」

 

「味ですか? 味付けが濃い目で、すごくおいしかったですよ」

 

「おじやって薄味だから少し工夫してみたの。上手くいってよかったわ」

 

()()()()()なのにこんなにしてもらってなんか申し訳ないで──」

 

「看病をするのは当然のことです!!!」

 

突然の大声に飛真は驚く。悠里はそんな飛真の驚きには目もくれず、そのまままくし立てる。

 

「大きな病気に繋がったら大変なんです。薬も、知識も、私たちには限界があります。私たちがどうにかできる範囲は昔と比べて大幅に狭くなってます。だから対処できるうちは全力で対策を打たないといけないんです。本当は、私が、飛真君の体調を管理してあげないといけないのに……」

 

当初の勢いは、手に乗った雪の結晶の如く急速に溶かされていった。表情はみるみるうちに暗くなり

 

「おとといの夜、血圧は正常の範囲内だった。でも、体温はほんの少しだけ平熱を超えてた。でもそれは夕食が遅くなって就寝前の測定との間隔が短くなってるからだって思って兆候を見つけられなかった。飛真君の健康の為に毎日毎日欠かさず記録を付けたのにいざというと時に役立てられなかった私ができることなんてこれくらいなのに」

 

まるで取り返しのつかないミスをしてしまったかのように小さく、早口で自らを詰った。

 

「い、いや僕が悪いんです。雨で濡れたのにろくに体を拭かなかったから風邪ひいちゃったんです。……でも! 先輩が昨日の朝真っ先に僕の異常に気付いてくれたおかげで丸一日寝るだけで治りました。いつも僕のことを気にかけてくれてありがとうございます」

 

あわてて飛真はフォローを入れる。確かにこの風邪は飛真の自業自得の部分が大きい。それなのに()()()()()()悠里は自分を責めてしまっていると飛真は判断した。これは、お世辞でもなんでもなく、純粋に感謝の念から発せられた。少し前まで風邪一つ引かなかったのは悠里先輩が僕の健康を慮ってくれたからだ、とそう解釈していた。

 

「え? 私の、おかげ……」

 

「そうです!」

 

飛真は大げさに頷く。厳密に言うと妹をはじめ部員全員が多かれ少なかれ彼の回復に貢献したのだが、そんなことはこの際どうでもいいことである。

 

「…………そうだ! 喉の調子を確かめてみようと思ってこれを持ってきたの。いけないいけない、忘れるところだったわ」

 

しばし俯き、飛真から言われた言葉をもごもごと反芻していた悠里だったが、パッと顔を上げた時にはすでにいつもの調子が戻っていた。

 

「これは? なんか見覚えはありますけど」

 

「舌圧子よ。保健室から取ってきたの」

 

「えっ!?」

 

今度は飛真が驚く番だった。

 

「保健室って、一階ですよね。今日行ったんですか!?」

 

「ええ。飛真君が風邪をひいてしまうまでこれの必要性に気づけなかったなんて、考えが足りなかったわ」

 

「あ、でも咲良とか由紀先輩とかと一緒に行ったんですね」

 

「いいえ。一人で行ったわ」

 

「そんな! 危ないじゃないですか!」

 

学校の内部とは言え、一階は外部から簡単に侵入できてしまうため未だに危険な場所である。特殊な場合を除いて複数人で行動するのが鉄則になっている。悠里の向こう見ずな行動は明らかに不可解だった

 

「みんな疲れていたみたいで、お昼寝をしてて。ちょっと物を取りに行くだけでみんなを起こすのは憚られるから一人で行ったの」

 

本来今日は外へ物資調達に行く予定だった。飛真が風邪をひいたことにより延期の話が出たのだが、一部の物資に()()()()があり不足分が予想以上に深刻であるから延期はできないという悠里の訴えが通り、胡桃達は現在学校の外にいる。悠里の作成する家計簿は正確であるためかなり信頼されていた。だが、いくら几帳面な人が丁寧に記入していたとしても、人である以上ミスはあり得る。

結果として学校には飛真、咲良、悠里、由紀がお留守番組として残っている。

 

「でも──」

 

他の人の心配をして自分を危険にさらすなんて本末転倒じゃないか。飛真は思った。

 

「私だって少しは戦えるので大丈夫です。さぁ! 口を開けてください」

 

いつの間にかペンライトも用意していて、準備万端だ。

 

「もう治ってるんで、わざわざそんなことしなくても……」

 

「ダメです。きちんと確認しないと!」

 

「わ、わかりました……んぁ……」

 

飛真は悠里の謎の強引さに負ける形で口を開けた。悠里から何か圧のようなものを感じて飛真は微かに恐怖感を抱いた。とても親切にしてもらっているのに、なぜだか身体が怯えているのだ。それらの違和感を無視するためにも彼はできるだけ口を大きく開けることに専心した。

 

「その、舌を出してもらわないと……そうそう。ええっと……」

 

ステンレスの冷たさが舌を覆う。それにも慣れた頃、今度は吐き気がひたひたと彼を襲う。

悠里が()()のためにじっと口内を見ているのが恥ずかしくて、飛真は思わず目をそらす。

 

「炎症は、ないみたいね。ごめんね、苦しかったよね……」

 

「いえ、全然、平気です」

 

この言葉を嘘にしないため、飛真はえづくのを必死でこらえる。

 

「やっぱり治ってるようね。でも今日は大事を取って夕飯は今みたいにこっちに持ってくるわ。今無理をしてしまうとせっかく治ったのにぶり返しちゃうからもう少しだけ我慢してね」

 

「わかりました……」

 

早速部屋から出ようと思っていたことを先回りして諫められた気がして飛真は若干面白くない。しかし、柔らかく微笑みながら正しいことを言われてしまい、反発する気にはなれない。

 

「でもちょっと残念ね」

 

「え?」

 

「もう治っちゃって。こんなこと言うと変だけど、看病って誰かの役に立っている気がして結構好きなの」

 

「はぁ……わかるような、わからないような……」

 

「ほら、私は物資調達とか外に出る活動では足手まといになるだけだし……私ができることなんて、本当に限られてるから……」

 

「そんなことないですよ。先輩の家計簿がなかったら今頃みんな路頭に迷ってますよ。先輩の作る料理美味しいし」

 

部活は適材適所で運用されている。やることは多く、人員は少ない。よって自ずと得意な分野の仕事が増える。飛真からすれば悠里は部活に多大な貢献をしていると思うのだが、本人はそう認識していないらしい。

 

「そう……? じゃあ夕飯も頑張って作っちゃおうかな。あ、そうそう。聞きたいことがあったの」

 

「なんですか?」

 

悠里は少しだけ照れて笑顔がむずむずしている。飛真も先ほどの恐怖など忘れてしまったようににこやかだ。

 

「さっきゴミ箱を()()した時に見つけたんだけど……」

 

この部屋には明るく優しい雰囲気が充満していた。それもそのはず飛真と咲良が入部してから約半年、衝突と呼べるような衝突は発生していない。共同生活はどうしても軋轢が生じてしまう。それでも諍いが起こらなかったのはお互いに干渉しすぎないように暗黙の配慮があったからなのかもしれない。病気になり寝るのが仕事になってしまった飛真はなんとなくそんなことを考えていたものだった。

 

「この缶詰、どうしたの? 昨日の夜、私が来たときにはなかったよね。ということはその間にこの缶詰は開けられたことになる。でもね、いちおう実数と帳簿上の個数を突き合わせても数は変わらなかった。みかんの缶詰はそんなに数が多いわけじゃないから間違いようがないわ。ねぇ、誰が、持ってきたのかな?」

 

……平穏が壊れるのはいつだって一瞬だ。

 

「え、えっと、それは──」

 

「あ! 分かった! 咲良ちゃんでしょ。私が把握できないってなると残るのは部員それぞれの私物くらいだからね。その中で学校に持っていくものを選ぶ時間があったのは飛真君たちしかいないもの。飛真君の持ち物は()()()()()()し、飛真君が私に隠して何かを持ってるなんてありえないもの。当たってるよね?」

 

「そう、です……」

 

「やっぱり! それで、昨夜、何があったの?」

 

飛真は悠里の目に見覚えがあった。表情自体は笑顔だ。でも、目がまったく笑ってない。だが、それはいつの光景だったのか、どうやって切り抜けたのかはぼやけてしまって分からない。まだ家にいた頃のような気がするが、そもそも世界がこんなことになってからこの学校に来るまでの記憶自体、靄がかかったように曖昧なので確信は全く持てなかった。しかし、本能の方はまだ覚えていたようで、デジャヴを感じる余裕もなく口が動いていた。

 

「実は、先輩が来た後に咲良が様子を見に来たんです」

 

「うん。それで?」

 

「その時に『とっておき』ってことでみかんの缶詰をくれたんです。みかん好きだし、お腹も少し空いてたんで一緒に食べたんです」

 

2人はコップとスプーンも一緒に持ってきてシロップまで堪能した。夜に隠れて食べるみかん。ここ最近は中々2人きりになれなかった兄妹は、このささやかな悪行を大いに愉しんだ。

 

「ふぅん……みんなには内緒で、そんなことしてたんだ……」

 

「そ、それは……ごめんなさい」

 

「別に謝ってほしいわけじゃないわ。そう、咲良ちゃんが、ね……」

 

「…………」

 

「知ってます? 寝る前に何かを食べるのは良くないんですよ? 睡眠に悪影響がでるの。それにみかんは風邪予防には有効かもしれないけど、風邪をひいている時はむしろ逆効果。喉が炎症を起こしているかもしれないのにクエン酸が多いものを食べさせるなんて最悪です。まったく何を考えているんだか」

 

「あの、咲良は僕を元気づけようと思って──」

 

表情はまったく変わらないまま口だけが小さく動く悠里を見て飛真は嵐の到来を肌で感じた。しかし、彼は妹をフォローせざるを得なかった。平坦な声で発せられる厳しい言葉は彼にとって辛いものだったのだ。

 

「元気づけようと妹が甲斐甲斐しく夜食をもってきてくれたの。へー、それは良かったですねっ!!!」

 

悠里はそうヒステリックに叫ぶと、手に持っていた空き缶を地面に叩きつけた。空き缶は悠里の金切り声と同じくらい耳障りな音を立てた。

 

「あんな女! 飛真君のことなんて何一つわかってないのに!!」

 

「飛真君のことを一番よくわかってるのはこの私! バイタルサインも、何を食べたのかも、いつ寝たのかも、何を捨てたかも! 知ってるのは、ほかの誰でもない、私!」

 

「ここにすべて書いてあるんですよ? ここに来たその日から、一日も欠かさずに。変化を見逃しちゃいけない、って思ったから……」

 

悠里の手には飛真が一度も見たことがないノートの姿があった。『Vol.3』とある。

 

「盗み食いなんて一度もなかったのに。……無理やりだったんですよね?」

 

「へ?」

 

「あの女に無理やり食べさせられたんですよね? だって、飛真君が管理の妨げになることなんてするはずがないもの」

 

飛真は恐慌から脱しつつあった。そのため目の前にいる悠里は彼が知っている悠里ではなくなっていることを悟ることができた。狂ってしまっている。ここで頷けば自分は助かることを本能的に察知したが、そんなことはできないことは分かりきっていた。

彼は毅然とすることを選んだ。逃げてしまうと悠里の様子が分からない。そちらの方が危険だと判断したのだ。

 

「違います! 言ってることメチャクチャですよ!? それにそのノート。さすがに、冗談、ですよね……?」

 

飛真は悠里が持っていたノートをひったくるように取り、パラパラとめくった。普段の彼ならこんな乱暴なことは絶対にしないのだが、この異常時に普段の行動規範など守れるはずがなかった。

悠里は全く抵抗しなかったのでそのノートは簡単に彼の手に落ちた。

 

「初めて飛真君に会った時、私たちはゾンビたちに囲まれてて、絶体絶命だったの。しかも私は足首をゾンビに掴まれて数秒後には喰われて殺されるところだった。そんなタイミングで()()()()人が居合わせて、私たち全員を助け出すなんてことはどう考えても偶然じゃない。運命。運命なの。私たちは会うべくして会った。だから私は飛真君の健康を管理しなくちゃいけないの。うっとおしい邪魔な女がついてきたけど私は我慢したわ。どんな形であれ、学校に来てくれたから。私も私なりの方法で飛真君を守ってたのに、わかってくれているはずだって、信じてたのに……」

 

悠里が呪文のように何やら呟いていたが、彼の耳には何一つ入ってこなかった。

彼はノートの内容に衝撃を受け放心状態に近かった。()()()と言っていたのは嘘でも冗談でもなかったようだ。何を食べたのか、いつ寝て起きたのか。これくらいなら何とも思わなかっただろう。しかし、そこには彼の尊厳に関わる部分についても克明に書かれていた。彼は頭が真っ白になり、綺麗な字でみっちりと書かれた自分のすべてをただただ眺めていた。

目頭が熱くなるのを感じる。しかし、それがいかなる感情によるものなのかすら、彼は把握できなかった。汗がノートに落ちる。すがすがしさからはかけ離れた汗が全身を覆う。

 

「今までもいくつか裏切り行為があったけど、私はずっと黙ってた。どれも軽いものだったし、あまりにも原理原則に縛られるとかえって健康を害してしまうから。寛大であろうと、してたのに。それなのに私の気持ちをあざ笑うかのように今回も……!」

 

悠里が一歩こちらに近づいたのを感じて、飛真はハッと我に返る。

予想以上にヤバい。彼の頭の中では赤色回転灯が灯っている。この後どうするかなんて考えてる場合じゃない。とにかく一刻も早くこの場から逃げなければ。

純粋な恐怖のみが、彼を突き動かしていた。

彼はベッドから起き上がろうとする。が、そこで彼は気づく。

 

「どうして逃げようとするの……? でも逃げられないよ? ふふふ……」

 

身体が、思うように動かない。まるでブリキ人形になったかのように一つ一つの動作が緩慢で、ぎこちない。さらに、身体が異様に熱い。いや、寒い。彼は自分の身体の状態をうまく形容できなかった。心臓が早鐘を打っているようにも、逆に止まったようにも思える。

声は出せるはず。そう思い立った彼は助けを呼ぼうと息を大きく吸う。

 

「助けっ……ッ!?!? んーーーーー!!!」

 

「静かにして。私たち、大事な話の最中じゃない」

 

悠里はいつから持っていたのか、タオルで飛真の口をふさいだ。自らの行為について何ら後ろめたいと思っていないような、自然な動きだった。

 

「足もバタバタしてる……やっぱり経口摂取だったから効き目が薄かったのかな?」

 

さも当然のように飛真は足を縛られた。それでもベッドから逃げようとする飛真に対して悠里は馬乗りになった。抵抗したのに身体に力が入らないせいで易々と相手の意のままになってしまう。膝に体重をかけられたので痛いと言ったらこの上ない。

最後に残った腕すら掴まれ、脱出は絶望的になった。

 

「苦しいかな……? 私も苦しいわ。本当はこんなことしたくないけど、飛真君ぜんぜんわかってくれないから。私の言ったことをきちんと守ってさえいればこんな事、しなくてもよかったのに」

 

苦しいと言っていたが、そう言う悠里の口元は裂けんばかりに綻んでいた。飛真が痛みに耐えかねてくぐもった呻き声を発するたびに、彼女の目は爛々と輝き、口からは熱い吐息が漏れた。

 

「ねぇ、私に誓って。『悠里先輩から許可された物以外は絶対に食べません』って。簡単よね? 誓ってほしいことはもっとあるけど、今回はこれだけにしてあげる。一気にすべてを矯正するのは大変でしょうし。…………特別に甘くしてあげてるのにどうして誓えないの? 悲しい。早く、早く、言ってよ……!」

 

言えるはずがない。信条や思想の問題ではない。物理的に、無理なのだ。そもそもタオルで口をふさがれているので言葉を紡げるはずがない。呼吸すら満足にできていない。それに、体重のかけ具合に強弱をつけて膝を責めるので、常に新鮮な痛みが供給される。指示通りにする余裕はない。

身体もすっかり痺れてしまい、舌が回る自信すらなくなってきている。

悠里はそんな飛真の表情を逃すまいと、彼の苦渋と恥辱がごった煮になった顔を食い入るようにうっとりと眺めた。垂れた前髪をかき上げることもしていない。

飛真はもう泣いてしまいたかったが、せめてもの意地でこらえた。

 

「……飛真君がこんなに強情だったなんて知らなかったわ。私の管理通りしていれば健やかに、幸せに過ごせるのに。私たち、あの時にはもう運命で繋がれちゃったの。もう何もなくなってしまったこの世界で幸福になれるたった一つの方法なのに。おしおきしないとダメだよね。説いて聞いてくれないなら、手を使って正しい方向に直さないといけないよねっ!」

 

飛真は首を絞められた。力はそう強いものではなかったが、タオルを詰められてる中でさらに気道が圧迫されたので息を吸うことは困難になった。

手が自由になったのでもがこうとしたものの、意志通りに動いてくれない。意識も朦朧となり、悠里の異様に血色のいい顔もかすんで見える。

死ぬかもしれないと思った時、ついに飛真の精神は折れた。抵抗しようという気概さえ消えた。今までせき止められていた涙が溢れ出す。

 

涙を見て、悠里はハッとして手を離した。

 

「反省して、くれたんだね。うれしい……」

 

悠里は飛真の目を覗き込む。漆黒の泉から涙がとめどなく漏れている。生気がなくなった目に自分が映るのを見て、悠里は目を細め満足げに微笑む。

 

「ちょっと痛くしすぎたかな……? 分かってくれれば、それでいいの。反省してくれたし、もう、外して大丈夫よね」

 

今まで口を塞いでいたタオルが取り除かれる。飛真はゲホゲホとせき込むが、身体の方の反応が鈍く息苦しさは中々解消されなかった

 

「うわぁ……すごいグチョグチョ……すごい苦しかったんだね…………」

 

悠里は先ほど取ったタオルを弄んで一人心地だ。飛真も呼吸が整い、逃げ出すチャンスが到来したように思える。身体の異常は好転しないが悪化もしていなかった。今なら、ベッドから派手に落ちて音で周囲に知らせることもできるかもしれない。

 

「もう、そんなに泣かないで。荒治療だったかもしれないけど、これは飛真君のことを想ってのことなの。悪いことは早めに直さないと習慣になっちゃうから。ふふふ、これからは私とのお約束をちゃんと守らないと駄目ですよ?」

 

「………………」

 

悠里は流れ落ちる涙を優しく拭ってあげた。そして耳元で囁いた。稚児に諭すような甘ったるい声が温い吐息と共に飛真の耳に入ってくる。

先ほど壊れてしまった飛真の精神は未だ修復途上にあり、ものを考える状態になかった。そのため悠里の所作を前に動くことができなかった。窒息寸前だった時との落差が飛真をかき乱し、今与えられている優しさが彼の心の亀裂に侵入した。

 

「すごい汗かいてるわ。薬のせいかしら。ふふふ。せっかく治りそうだったのに、このままじゃ冷えて風邪がひどくなっちゃうわ。……拭いてあげないと」

 

「………………」

 

飛真の着ていた上着はいつの間にかたくし上げられていた。そのまま悠里は飛真の上半身に手を這わせる。

しかし飛真はそれに対して抗議の言葉すら出さない。出せない。少し前まではなかった変化が彼を襲っていた。強烈な眠気。なぜこんなにも眠いのか。飛真は考えようとして、諦めた。

 

「眠くなってきたの? まぁ、そうよね。そろそろよね。足もほどいてあげないと寝づらいよね……」

 

「………………」

 

足の枷が取れ、ついに飛真は自由の身となった。

だが、飛真はもはや、離れゆく意識を引き留めることができなくなった。恐怖に代わって彼を支配した眠気に、飛真は膝を屈した。

 

「おやすみなさい。さて、と……」

 

床に落ちたノートを悠里は拾い上げる。真っ白なページを開き、ペンを取り出す。

 

「今までは邪魔があってできなかったけど、やっと……。今回の風邪だって、私の把握不足が原因だし。まだまだ足りない。そう、まだまだ……私は飛真君のすべてを知ってないといけないんだわ。管理をもっと完璧なものにしないと。そのためには……」

 

飛真は既に寝息を立てている。悠里が頬を撫でても起きる気配は全くない。

 

「私たちの間には隠し事はナシだよね。だから……隠さず全部、見せてね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

昼下がりの教室。揺れるのはカーテン。それと────。

 




始めはもっとネタっぽく書くつもりだったんですけどね。気が付いたら首を絞めてました。どうしてこうなった。自分が怖いです。飛真君を壊すつもりなんて全くなかったのに、話の流れで、つい……
これは一体何なんでしょう?メンヘラ?ヤンデレ?

Rー15の範疇には収まってるはずです。だって看病してるだけですし。


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妹「なんかお兄ちゃんだけゾンビに襲われてない気がする」上

おふざけで書きました。パラレルワールドとして見てください


 

「なんかお兄ちゃんだけゾンビに襲われてない気がする」

 

きっかけはある朝、みんなで朝ご飯を食べている時に妹が何気なく言ったこの一言から始まった。

 

「胡桃先輩はよくお兄ちゃんと外に出ますよね。そう思いませんか?」

 

「うーん……。言われてみれば、そうかも。飛真が自衛のためにスコップを振るっている所を最近はあんま見てないかな」

 

「お兄ちゃん自身はどう?」

 

そう言われ、最近外に行った時のことを思い出してみる。みんなで固まって動いているから自分ひとりが狙われているか否かは正直意識していなかった。でも、たしかに……

 

「昔よりもゾンビを御しやすくなったなとは思う。腕が上がったのかなとばかり思ってたけど、狙われなくなったからということも考えられるな……」

 

「だけど飛真君だけが襲われにくいってあるんですかね。もしそうだとしたら、条件があるはずですよね」

 

「その条件が分かれば私たちにも応用できるかもしれません」

 

比較的冷静な悠里先輩や直樹先輩まで妹の思い付きに同調しだした。

 

「今日はちょうど買い出しの日でしたよね。おもしろそ……オホン。本当だった場合非常に有益です。試してみる価値はありそうですね!」

 

めぐねえまでが乗り気になったために、今日は買い出し前に検証がなされることになった。

 

 

 

「もし何かあったらすぐに助けに行くからね。無理しちゃダメだよ」

 

「分かってる。スコップもあるし何とかなるよ」

 

会場は未だにゾンビが跋扈する一階になった。みんなは階段に待機して趨勢を見守る。

僕は愛用のスコップを携え、いつものように下へ降りた。違うところは単独行動であるということだけだ。

 

一人だと死角が気になる。いつも背後には必ず誰かがいて、前だけに集中することができた。それがないというだけでこんなにも心細いのか。

 

……いた。一匹。まだ距離はある。

後ろを振り返ると各々が独自のジェスチャーで指示を伝えようと躍起になっていて面白い。

恐らく止まれのサインだろう。ただ一人、妹だけは拳を何度も突き出し『行け』と主張してる。なんとも人使いが荒い。

 

多数決を採用し、待ちの姿勢を取る。向こうはまだこちらに気づいていないらしく、ふらふらと彷徨っている。

 

しかし、まったくこちらを気にかけない。これでは埒が明かないと感じたのでスコップでコツンと音を立てる。

瞬間、奴はこちらを振り向いた。

 

気づいた。後ろにゾンビがいないのは確認済みだ。一対一。今まで何度も奴らを屠ってきた。正面では絶対に負けない。

覚束ない足取りで、しかし確実にやって来る。スコップを握る手に力が入る。

 

ついに僕のレンジに入ってきた。もう襲い掛かってきてもおかしくない距離だ。

無意識に息を殺して冷や汗を浮かべる僕を尻目にゾンビは脇にそれ、僕の横を通り、そして……そのまま階段の方へ歩いて行った。

 

……やはり本当だ。見えなかったはずがない。人間が放つ臭気を感じなかったはずがない。ゾンビにとって僕は獲物でもなんでもなく、路肩の石ころに過ぎないようだ。

しかしどうして。僕はもしかしてゾンビなのだろうか。いやそんなはずはない。現に思考しているし代謝も──

 

「アアアアァアァァアアアアーー!!」

 

ゾンビの雄叫びと共にみんなの悲鳴。どうやら本当に襲われないのは僕だけのようだ。

僕には全く関心を払っていないため、すぐに倒すことができた。

 

「助かった……。ありがとう、お兄ちゃん」

 

「どういたしまして。しかし、僕だけ襲われないってのはどうやら本当のようだな」

 

自分も驚いているが、みんなの驚きも尋常ではないようだ。

 

「私も半信半疑だったけど、本当にその通りだったなんて……」

 

確信がない状態で『行け行け』サインを出してたのか。ちょっとひどくない?

 

「でもあの個体が特別だっただけかもしれません。飛真君、もう一回試してもらってもいいかしら?」

 

めぐねえの考えももっともだ。メンタルに悪いからあまりやりたくはないが、仕方ない。

 

「わかりました。やってみます」

 

 

 

 

何度も試してみて分かったことが二つある。

 

一つ目が確かに僕は襲われないということ。

二つ目が僕以外の人間は普通に襲われるということ。

 

以上の事実を踏まえて善後策を模索すべく早めの昼食兼会議が開催されることとなった。

 

「えー、アジテーター……じゃない、ファシリテーターを務めさせて頂きます、妹の咲良です。本日は急な開催であったにも関わらず多くの方のご列席を賜りまして感激至極の極みであります……クドクド」

 

急に茶番が始まった。なんなんだこれは。

妹の長口上が終わると謎の拍手が上品に響き、ますます混迷の度合いが深まる。

機嫌を良くした咲良はさらに続ける。

 

「先ほど判明した事実を踏まえますと、新たな可能性が開けます。つまり、ゾンビが人を襲う、この不文律が破られたのです。まさにパラダイムシフト。この停滞したゾンビアポカリプス時代に希望が、光芒が差し込まれたのです。しかし、手放しでは喜べません。なぜそうなったのか。条件の究明が不可欠です。再現性の確信を得られた時、我々の名は竹帛に著されることになるでしょう。何か思い当たることがある方はいらっしゃいますか?」

 

「あの、少し思いついたことがあって……」

 

「はい、悠里先輩。どうぞ!」

 

「私たちと飛真君との違い……最も明確なのは性別だと思います。男なら襲われない、という仮説は単純ではありますけど、考慮の余地はあるかなと。……そこで」

 

「そこで?」

 

「あの、少し言いにくくて……ちょっとこっちに」

 

悠里先輩は女子たちを集めて何やらこそこそと鳩首会談は始めだした。男は僕一人だけなのでつまりハブられたということだ。

 

「たしかにー!いいね!やろうよやろうよ!」

「私も賛成。でもウィッグとかどこにあるの?」

「何色のが似合うかなー」

「パンツでいく? それともスカートにしちゃう??」

 

なんの話? 関係ない話題で盛り上がられると疎外感がすごいんですが。

 

しばらくワイワイやってたけど結論が出たらしく、みんなが測量をするような目で僕を見てくる。

 

「お兄ちゃん」

 

「何?」

 

「女装して」

 

「はぁ?」

 

「お兄ちゃんは何もしなくていいよ。鏡の前で神妙にしてればいいの。あとは私たちがうまいことやるから」

 

「いやいやいやいや。なんで? どうしてそうなる?」

 

「だからね。お兄ちゃんが男だから襲われないと仮定して」

 

「うん」

 

「ゾンビたちはどうやって性別を判定しているのかって話になったの」

 

「うん」

 

「見た目で判断してるっていうのが一番妥当でしょ? それを確かめるためには女装しかないの」

 

「いや他にあるだろ」

 

女子が男装するとか。

 

「ないよ。もうみんなその気になっちゃったし。嫌だと感じるのは一瞬だけ。すぐに自己変革の妙に心奪われるはずよ」

 

「そもそも服とかないでしょ」

 

「それは私たちのを……と言いたいところだけど、サイズが合わないから難しそうだね」

 

「ほらね」

 

思い付きは所詮思い付き。物質というものが実現を阻むのはこの世界じゃ当然のことだ。

 

「大丈夫です。もし別の生存者が急に来てしまっても対応できるように、基本的な服はXSから3XLまで各種取り揃えています!」

 

ユニ○ロかな? なぜアパレル大手に匹敵する店舗在庫量を目指した。こんな異常事態に対応できちゃってるじゃん。リスみたいに色々ため込んでいた悠里先輩の勝利を認めるしかない。しかし、負けを認めたことは承諾を意味しているわけではない!

 

「嫌だと言ったら?」

 

「マネキンに意思能力なんて要らないの。さ、善は急げ!」

 

というわけで僕はマネキンになってしまった。

みんなが自分の周りをせわしなく立ち回る。

てんやわんやと服が飛び交ったが、長袖のブラウスとシフォンスカートで決まりのようだ。

絶っっっ対に似合わない自信がある。もし失敗した場合うまく逃げられないし。この仮説が間違っていた場合、僕は死ぬことが決まった。

 

「よし。服は決まりってことで。じゃあ、お兄ちゃん、脱いで」

 

「まさかとは思うけど……ここで?」

 

頷く一同。

 

「今着てる服を脱がないと着替えができないじゃない。それにお兄ちゃん、()()必要があるでしょ?」

 

「咲良ちゃんの言う通りだわ。やるからにはこだわらないと。すぐに終わるからガマンしてね?」

 

めぐねえまでそんなことを言う。口元は申し訳なさそうにすぼめているけど目は爛々としていてちょっと……いやだいぶ怖い。

 

このままだと追剥をされそうだったので自分から脱ぐことで羅生門を回避した。

胸のあたりにシリコンの何かが宛がわれ下着でそれが固定される。さらに追加と言わんばかりに何かがその隙間に詰め込まれる。

ペタペタと自分の身体が触られてむずかゆい。なんか必要以上に触られてる気がするけど、それは気のせいだろう。どちらにせよ僕は目を閉じてじっと終わるのを待っていたので何もわからない。

耳元で「どう? きつくない?」なんて聞かれるものだから自分を制御するのにかなり難儀した。

だが止まない雨はないように、煩悩への挑戦もじき終わった。

 

終わったというので目を開けてみると鏡には女の服を着た男が立っていた。3秒とて見ていられない姿だ。なんだか泣けてくる。

ちゃんと胸は膨らんでいた。服がそのカラクリを隠すことで見てくれに不自然さはない。これが昭和新山か。

 

それからメイクが始まった。色々なものを塗られ、付けられ、描かれた。だんだん見た目が変化していくことに恐怖を感じる。メイク前とは全然違う。

途中、妹が自分の色付きリップを使おうとした時に一瞬場の空気が凍った以外は特に何もおこらなかった。ああいうのはまれによくあるのだ。自分には発生要因が全く分からないのでどうしようもないのだが、生きた心地がしないのでやめてほしい。

 

完成した姿は、確かに遠目から見れば女性に見えるだろうなと思えるものだった。でも節々に隠せない違和感はある。ゾンビは目が悪いだろうからごまかせそうではあるけど。

 

「初めてだし、こんなものかな。たぶんきっとなんとかなると思うから、お兄ちゃん、頑張って!」

 

護身用にスコップの所持は許可された。もう僕を守ってくれるのはコイツだけだ。味方がいない気がして思わずスコップに話しかけてしまいそうになる。

またいつもの一階だ。スカートの違和感を歩くたびに感じながら進む。

 

いたいた。ふらふら歩いてる。二匹か……まぁしょうがない。

今回は音を立てる必要はなかった。僕、いや私の姿を認めるとゾンビはこちらにやってきた。

ちょっとずつ後ずさる。顔をあんまり見られたくないから横顔でチラチラと状況を確認する。

確実に自分を狙ってきてる。やっぱりさっきは男だったから襲われなかったのだろうか?

 

もう結果は出ただろう。そう思って引き返そうとした時とゾンビたちが襲ってくるのが同時だった。

不意を突かれた形となって、足が絡まり尻もちをついてしまった。慣れない服を着たからだ。

 

「くそぉ!」

 

一匹なら何とでもリカバリーできる。でも二匹は厳しい。死因:女装 なんて絶対嫌だ。

生存本能に突き動かされ、思わず声を上げた途端ゾンビたちの動きが止まった。

 

「クソ、マギラワシインダヨ」

 

「オトコカヨ。シネ」

 

「え? 今なんて? てかしゃべったよね今!?」

 

ゾンビたちはUターンしてしまった。僕が男だと知った瞬間、興味のすべてを失ったようだ。

意思疎通はできないけど、悪態はつけるってどうなってんだよ。なんかゾンビが死ねって言うと含蓄あるな。

 

釈然としないけど、結果は結果だ。報告しよう。

 

「あ、ありのまま……さっき起こったことを話すぜ!」

 

「見てたよ。悠里先輩の言った通りだったね。転んじゃった時はヒヤヒヤしたけど、さすがお兄ちゃんだね」

 

「いや僕は何もしてないんだけど。それより、聞いてくれ。ゾンビがしゃべったんだよ!」

 

「「「?」」」

 

「本当なんだ。僕が男だってわかった途端、僕に興味を失ったのは見えてただろ?」

 

「うん」

 

「その時、確かに『男かよ。死ね』って言ったんだ!」

 

「………………」

 

「………………」

 

沈黙が数秒間。

 

「飛真君。ごめんなさい。本当は女装とかしたくなかったんだよね。疲れたよね。後のことは私が全部やるから。ね? 今日はゆっくり休んでね」

 

「買い出しは明日行けば平気です。今日行かなかったからってすぐさま物資が欠乏するわけじゃありません。それよりも、メイクを落としましょう。ご飯はできたらお部屋に持っていくからもう何も心配しなくて大丈夫よ」

 

みんな急に優しくなった。絶対信じてないわコレ。

休んで正気を取り戻せと言わんばかりだ。正気だし、別に疲れてもないのだが。

 

メイク落としと着替えが総動員体制で始まった。

……メイク落としは自分じゃできないとして、なぜ着替えまで? 

 

疑問は疑問のまま、僕はいつもの姿に戻った。

でもこのまま休んでしまうと自分の言ったことが妄言だったということになってしまう。

それは嫌だ。

 

「やっぱり僕買い出し行ってきます。僕は襲われないって分かったんです。危険はないはずです。一回で持ってこれないなら何回か行けばいいだけだし、今日のうちに済ましておきましょうよ」

 

「今日は休んだ方が……ご要望があれば子守歌だって」

 

「結構です。さ、買い出しリストをください」

 

「私も行っていい?」

 

急に咲良がそう言いだした。今まで後ろの方で考え事をしていておとなしかったのに。

 

「一人で平気だって」

 

「違うの。私、お兄ちゃんに色々焚きつけて迷惑かけちゃったし。確かに今日見た限りでは襲われてなかったけど、例外があることは十分考えられるし。それに……」

 

「それに?」

 

「いや、なんでもない。とにかく、行きたいの」

 

うーん……。咲良は普通に狙われるしなぁ。だけどその表情にはどこか切実なものが含まれていて断るのは気が引ける。

結局兄妹二人で買い出しに行くことになった。

 

 




『男の人っていつもそうですよね……』のコラを見てなぜか思いついたので書きました。
あの一ページしか知らないので九割九分九厘間違ってますが続きます。


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妹「なんかお兄ちゃんだけゾンビに襲われてない気がする」下

もたもたしてたら元ネタの旬を過ぎてた


道中は自転車だからほとんど襲われる危険性はない。このスピードについていけるゾンビは存在しない。

行先は郊外の方にあるドラッグストアだ。多少遠回りでも広い道を使っていけば安全。何度も通ったいつもの道だ。

どの建物にも言えることだけど、ガラスというガラスは悉く割れてしまっているので店内にもゾンビはいる。さらに悪いことに売り場は一階しかないから数が少なくなることもない。

 

物資を探すときはどうしても注意が散漫になるし、早く動けない。危険な役目であるためそれは僕が引き受け、咲良は僕の身辺警護をすることになった。

 

やっぱり僕は襲われない。というより、興味を示さない。

咲良の方はというと……

 

「私だけ、か……」

 

店内にいたゾンビに気づかれてしまい、慎重に間合いを探っている最中だ。貞子を思わせるような恐ろしい形相をしている。

こう見ると随分と様になっている。拭っても拭いきれない血と諸々の腐敗した体液が愛用のバールを鈍く光らせている。

武器と共に過ごす時間があまりにも長いせいでもうなんの違和感も持たなくなっている。

 

こうなってしまうと長居はできない。そのまま手ぶらで帰っても大きな支障はないはずだ。

僕だけで行くことに咲良が不安を感じるのはよくわかる。でも、これで結論は出たはずだ。

明日、僕一人で行けばいい。これ以上危険を冒す必要はない。

 

「咲良、今日は帰るぞ」

 

「うん。わかった……」

 

咲良はそのままゾンビの方を向いたまま後退する。どうやら後ろにいる僕と合流するつもりらしい。

僕の横に一人分の間を空けて戻ってきた。依然として目線はゾンビの方を向き、難しそうな顔をしている。

 

「ねえ……あのゾンビ、お兄ちゃんの方を狙ってない?」

 

言われて気づく。咲良はあのゾンビに対して一定の距離を取っていた。それはいつ襲い掛かってきても対応できるようにするためだ。それでもヤツは今の今まで歩調を変えていない。

そしてヤツの正面には妹ではなく、僕がいる。

 

「みたいだな。やはり例外はあるのか……」

 

スコップを構える。来るなら来い。こっちはいつだって殺れるぞ。

 

「もしかしたら……」

 

咲良が何かを言いかけた。そして、突然しゃがんだかと思うと、バールを置いた。

 

「お兄ちゃんも構えないで。万が一のためにスコップは持ってていいけど、こっちの手は空けておいて」

 

緊張した、硬い声でそう指示した。

一体何をするつもりなのか見当がつかない。今はまだ距離があるからいいが、あまりにも無防備だ。

それでも妹はバールを手放した。外に出る時に手放すことは絶対にありえなかったのに、だ。

 

「危ないと思ったらすぐに止めるからな」

 

後ろに誰もいないことを確認して、言われた通りにする。妹が閃いた『何か』に賭けよう。

ずっとスコップを握っていた手が離れ、なんだかスース―する。

 

「うん……。じゃあ、びっくりしないでね……エイッ!」

 

急に手を握ってきたかと思うと、そのままの勢いで体重を預けてきた。

全く予想できなかった行為故に振りほどくことも叶わず、お互いの手はがっちり恋人つなぎで結合される次第となった。

 

「おい! 一体どういう──」

 

「いいからそのまま、そのまま……」

 

すると目の前のゾンビに明らかな変化が起こった。

その落ち窪んだ眼窩は僕たち兄妹を確実に捉えている。なのに、足を止めた。

睨み合いが数刻。やがて、

 

「リアジュウバクハシロ!」

 

去っていった。捨て台詞を残して。

 

「ふふふ、やっぱり思った通りだったわ」

 

さっきとは打って変わって声色は喜びに染まっている。『ふんす』という文字が浮かび上がってきそうな完璧なドヤ顔だ。

 

「全然分からないんだが」

 

「ゾンビがしゃべったって言ってたでしょ? それで、もし、それが本当だったら何を意味しているのだろうって思って、考えてみたの。ゾンビは女にしか興味がないのかなって最初は思った。でも、あのゾンビは女の人だったでしょ?」

 

「……異性を襲うってこと? それなら襲われた理由はわかるけど、なんでこうしてれば襲われないのかは分からないままだよ」

 

「どうしてお兄ちゃんが襲われてない気がしたのか、それはどんな場面だったか。今日分かったことだけじゃなくて今までの違和感も含めて考えると……私たちは外では基本二人以上で行動するよね? 外に出ればどっちの性別のゾンビにも出くわす。もちろん男女比が違うから男のゾンビが多く集まる。そのせいでお兄ちゃんは襲われにくくなる。お兄ちゃんは狙われない分、ゾンビを倒しやすくなる。だから皆から頼られて引っ張りだこになる」

 

相変わらず僕たちは恋人つなぎを続けている。さりげなく外そうとしているけど、そのたびにガッチリ掴まり直されて妹がそれを許してくれない。こんなに力を込めなくてもいいじゃないか。別に逃げたりしないって

 

「ゾンビは私たちを食べるために襲い掛かって来る。だけど選り好みをする。ゾンビは本能の生き物だけど、人間だって五十歩百歩だよ。異性を狙ってしまうのがゾンビではなくヒトの性のせいだとしたら、ヒトの理屈が通用すると思わない?」

 

「考えられなくはない、けど」

 

まだ釈然としない。僕の察しが悪いのだろうか?

 

「狙ったヒトを諦めるのは……もう相手がいた時だよね。相手がもういることを示そうとするのは見栄というよりも、きっと本能に近い行為なんだよ。現にこうやってシンボルは……理性が消えたゾンビたちに有効に働いてる」

 

「えっ、つまりそれってさ……僕たちが恋人同士に見えるからゾンビから襲われてないってこと?」

 

「そうなるね」

 

「いや、どう見たって兄妹……」

 

「ところが周りはそう思ってないらしいよ?」

 

それは手のつなぎ方に問題があるからだろう。

妹はこの状況を楽しんでいるようだ。襲われないというのは確かに嬉しい。本来なら警戒を解くことができない外でこうやって話をしていられるのは新鮮だ。

 

「どうせ言葉は分かってないだろうし、見た目だけで判断した結果なんだよ」

 

「……襲われないなら、理屈はなんでもいいか」

 

自分たち以外に人間は誰もいないと分かっていても、この格好は恥ずかしい。

 

「安全になったことだし、買い出しを再開しようよ。ね、()()()()()?」

 

「その言い方は──」

 

「なになに? じゃあ、何て呼べばいいの?」

 

この状況で『お兄ちゃん』と呼ばれるのは、なんか、違う気がする。

だからといってそれを上手く言葉にできるわけでもなく、依然として脳は混乱したままだ。

 

「何でもない。ほら、さっさと終わらせるぞ」

 

「はーい」

 

やはりと言うべきか、店内を移動しても襲われることが一切なくなった。

僕たちの存在を認めると一応寄ってくるけど、やがて怨嗟とも羨望ともつかぬ視線を残して去っていく。

だから作業は順調……ともいかなかった。

くっついて歩いてるから歩くのが予想以上に遅い。時間が掛かっても確実だからこっちのほうが断然いいんだけど……

恋人つなぎは解除されたから手は自由になった。だが、その代わりと言わんばかりに腕を組んでくる。急ごうとする僕の腕を引っ張って中々前に進めさせてくれない。

 

「なぁ、そんなにくっつかなくてもいいじゃないか。歩きづらいよ」

 

「ダメだよ。こうしないと、襲われちゃう」

 

「だけど、」

 

歩きづらいというのは確かに理由の一つなんだけど、それよりももっと重大な問題がある。

腕を組むということは、その、つまり……当たるのだ。

意識しないようにするとなぜか余計に意識してしまう。

横にいるのは妹だと何度も何度も諭したところで、感覚はただそのままを脳に伝える。

こんな当然の前提を確認しないといけない所まできていることを悟られてはいけない。もしバレたら、この世界最悪の変態としてバールフルスイングの刑に処されてしまう。

生存と名誉、僕を僕たらしめるすべてがかかっているのだ。そのせいもあってか、僕の声は深刻さを帯びていた。

 

「嫌なの……?」

 

「まさか。僕は全然構わないんだけど……」

 

探るような、首を縦に振ろうものならそのまま消えてしまいそうな声にハッとさせられ、何かを考える間もなくそう答えていた

 

「じゃあ別にいいじゃない」

 

ちょっとした演技をかまされたと気付いた時にはもう遅かった。

さっきまでの弱々しさは何処へやら、不敵な笑みをこちらを向けている。もちろん腕は組まれたまま、だ。

僕のことをチョロいと思ってる顔だ。完全にしてやられてしまい、兄としての威厳はストップ安だ。

もう降参だ。妹のペースに合わせよう……

 

 

 

蚊取り線香の如く効くこの()()()()によってゾンビはやってこないし、姿もまばらになるほどに少なくなった。

でも、必要なものは大体揃った頃咲良が急に立ち止まった。

 

「ん? お兄ちゃん、あれ……」

 

「まっすぐこっちに来てるな。効いてない、のか……?」

 

ゾンビは随分前からやってこない。というよりもう姿すらまばらだ。

だというのに一匹向かってくるやつがいる。生前は金髪であったのであろう髪は血やら何やらが混ざって午前三時の繁華街の裏路地のような色をしている。

 

「私にはお兄ちゃんがいるんですけど。……ちょっと殺ってくるね」

 

いつのまにかバールを持っている。昔よりも遥かに好戦的になっている気がしてお兄ちゃんは怖いです。

妹に任せちゃおうと思った矢先、名案が閃く。

要は親密さを演出すればいいわけだろ。だったら──

 

「まぁ待て。いいことを思いついた。そんな物騒な物はしまって、それよりこっち向いてよ」

 

「お兄ちゃんが殺るの? まぁ私はどっちでもいいけど──」

 

特に何の疑問もなく、妹はこちらを向いた。

思い付きの瞬間の、あの全能感がまだ残っているうちに僕は妹に抱きついた。

普段の自分なら絶対に考えられないことを無理やり実行に移したせいか、勢いが付きすぎてかなりワイルドなハグになってしまった。

 

「へ!? えっ!?!?」

 

「いいからそのまま、そのまま……」

 

戸惑う妹にさっき言われた言葉をそのまま囁く。

もうこうなってしまった以上貫徹するしかない。すでに腰に回っていた手に力を入れてお互いが密着するようにする。

当然僕だって平然とはしていられない。予想以上に僕たちの心臓は早く動き、漏れ出た体温は身体に浸透して熱を中へ中へと集め、鼻孔が捉えた匂いはちらちらと理性を焼いていく。

 

だから目の前にいるゾンビの動向に全神経を集中させる。ほぼ睨んでいるに等しい険しさでヤツを見る。

 

「お、おにいちゃ★※◇♪□~??」

 

妹が鳴き声みたいな変なことを言っているが全然聞き取れないし、抵抗も全くせず僕のされるがままになっているので、少なくとも許容範囲を超える行動ではないのだろうと判断した。どうせもうちょっとの辛抱だ。我慢してもらおう。

 

肝心のゾンビはというと……

 

「スエナガクシアワセニナ!!!」

 

見た目からは想像できないセリフを吐いた後、トボトボと帰っていった。きっと人間だった頃は良い奴だったのだろう。

時間にしては15秒もなかったと思う。すごく長く感じた。

 

危機は去ったからもう抱きついている必要はない。解除だ解除!

 

「ふー。ほら咲良、奴はもう行ったぞ」

 

「…………」

 

「咲良?」

 

「えっ? あ、うん。そうみたい、だね……」

 

なんだか様子が変だ。耳まで赤いし、ポカンとしている。

 

「怒ってる?」

 

「ううん。怒ってない、よ……」

 

やっぱりおかしい。まるで夢の中にでもいるようだ。いくら周りに危険がないからって、ここは外なのだからそのままにはしておけない。

 

「ほら、手。ぼーっとしてたらまたいつゾンビがやって来るか分からないぞ?」

 

「手? ああ、うん……」

 

さっきはさも当然の権利かのように手を掴んでいたのに、やけにおずおずとしているもんだから調子が狂ってしまう。

やりすぎちゃったかな……

でも、あとちょっとで悠里先輩から渡された『買い出しリスト』はすべて揃う。

なんだか気まずい。早く終わらせてしまおう。

 

「………………」

 

「………………」

 

おかしい。さっきから妹がずっと黙ったままだ。しかも僕の少し後ろからちょこちょこ付いてくる感じだから表情もよくわからない。それでいて気になって後ろを向いたら必ず目が合う。そして目線を逸らすのはいつも決まって妹の方だ。

分かっているのは繋いだ手が汗ばんでいるってことだけ。ずっとそうやっているのだから当然ではあるのだけど。

 

……なんか、デートコースを回り終えての帰り道で、()()()()のことを考えてしまい言葉少なになってる付き合いたてのカップルみたいだな。

 

いやいやいやいや。何を考えてるんだ僕は。慌てて考えを打ち消す。

全ッ然そんな風には見えない。うん。

そうだ。さっきまでは妹も僕も有効な対ゾンビ策を見つけてハイになってたんだ。それで腕を組んでみたりなんだりしちゃったけど、今頃冷静になって恥ずかしがってるんだ。そうに違いない。僕だって抱き着いてしまったことは反省してる。うんうんうん。

 

「…………?」

 

一人で勝手に頷く。

突然そんな奇行に走っているのだから、不思議がられているのが手を通して伝わってくる。

 

「……そ、そうそうこの石鹸。確かこれで必要な物は全部そろったはずだ」

 

誤魔化す。実際これで買い出しリストはコンプリートだ。元々すぐに終わる量だ。これだけ伸びたのは皮肉にもゾンビを回避できるようになったからと言える。

 

「時間かかっちゃったな。みんなも心配してるはずだし、早く帰ろう!」

 

わざと明るく、大きな声を出す。そうしないと、僕たちはずっと手を繋いだまま何処かへ行ってしまいそうな気がしたから。

自転車に乗って、学校に帰る頃には僕たちはちゃんと()()に戻れているはずだ。

 

「お兄ちゃん」

 

「なんだ?」

 

僕を呼ぶ声は妙に力がこもっていて、少し緊張する。

 

「今日のこと、みんなに教える?」

 

「大発見だからな。でも──」

 

まっすぐ僕を見る妹の目には言ってほしいことが書いてあった。

そうだ、伝えるには結果だけじゃなくて経緯まで話さないといけない。ディテールはぼかせるとしても、人に言うには少々都合が悪い。

 

「──秘密にしよっか」

 

「……うん」

 

気持ちが伝わったと感じたのか、こちらに体重を預けてきた。

あの時に感じた妹の身体の柔らかさが蘇る。

 

「帰ろうと思えばいつでも帰れるんだから、もうちょっとのんびりしていようよ」

 

「そうだね」

 

出発前に少し休むだけ。ただそれだけのこと。

言い訳を空に吐きながらも、僕たちは自然とお互いの手を探し合っていた。

 




流行りに乗るのって時間との勝負なんだなっておもいました(こなみ)


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あったかもしれない世界
早すぎた邂逅


【これ以降の投稿について】
今回投稿する『早すぎた邂逅』は、9日目、つまり『家庭訪問の日程プリントって配られたっけ?』の翌日として時系列を合わせています。

『ウチとソト』と時系列的には一緒です。なので『ウチとソト』と若干話が重複しています。

これまで続いていた話のifルートだと思ってください。

ですが、『乱世に於ける一女学生の遺せる独善的訪問の概括』は8日目の出来事なのでこっちのルートでも有効です。

ややこしいですよね。申し訳ないです。

でも、書いちゃった、からには、ネ……?





 

 

おはようございます。

 

それでは今日も元気にやっていきま……あれ、なんかダメージ受けてるぞ?

なんで一日の初めに見る景色が床なんですかねぇ……?

 

どうやらベッドから落ちてしまったようです。熟睡中の出来事だったようで、まだ画面がぐらついてます。

どっかを痛めたわけではなさそうです。ダメージはガッツリ受けましたけどね。ははは。

時間は……早朝といったところでしょうか。起きるか二度寝するか微妙な時間ですね。最低限の睡眠時間は取れてるので今起きてもデバフはかからないです。

 

「う~~~ん………」

 

大きな音が出ちゃったので妹も反応してますね。……ん?

 

ちょっと気になることがあるので布団を剥がしちゃいます。

……やっぱりな。見てください。横向きに寝てますね。飛真君側に寝返りを打ったのは間違いないです。そしてこの足! 飛真君が落ちたの妹に蹴られたからでしょ!

一人で寝る時でさえ寝返りを打ったらぎりぎりのサイズなのに、無理やり二人で寝たらまぁ、こうなるか。遠慮がちに縁の方で寝てしまったのも災いしましたね。

 

ダメージは受けるわ、寝不足一歩手前で起こされるわ、朝から散々です。

なのに妹はまだのうのうと寝ている。これは不公平だよなぁ?

今日から朝活を始めます! 理由はもちろんお分かりですね? あなたが熟睡している兄を蹴り落とし、安眠を破壊したからです! 起床の準備をしておいてください。時間になったら問答無用で起きてもらいます。今から起こされる楽しみにしておいて下さい! いいですね!

 

というわけで布団を没収します。これで起きるだろ。

 

「んん…………あれ?」

 

「おはよう。探してるのはこれか?」

 

「………………ふとんかえして。ねむい」

 

起きましたね(にっこり)

第一、布団は飛真君のものだし。ダメージを受けずに朝を迎えられただけありがたいと思え。

 

「いや返さない」

 

「今日何もないんだしもっと寝てても……あれ? お兄ちゃん、顔にアザがあるよ!?」

 

「あー、どうしてだと思う? ヒントは出来立てほやほや」

 

「……さっき何かが落ちる音聞いた気がする。もしかして、ベッドから落ちた?」

 

「その通り」

 

すごい微妙な顔してますね。何故こんな事になってしまったのか、思い当たるフシがあるんでしょうねぇ……

 

「……今は痛いの?」

 

「もう大丈夫。随分痛みは引いた」

 

「良かった。……その、じゃあ、起きるよ」

 

「あ、ちょっと待って」

 

「……何?」

 

「朝何がいい?」

 

「そうだなぁ……ミネストローネがいいかな。戸棚にインスタントのやつがあるはず」

 

「了解」

 

「……うん」

 

そそくさと自分の部屋の方に行きましたね。

なんとなーく気まずい感じではありますが、一日を始めていきましょう!

 

早起きしたからといって朝のルーティンは変わりません。自分の支度を済ませたら、ぼちぼち朝ご飯の準備を始めます。

凝ったものは作りたくないけど、「料理上手」は是非とも発動させたいですね。正気度は多くて困るものじゃないですから。飛真君は別にいいとして、妹の方がちょっと心配です。

一時期と比べたら見違えるほど回復してますが、まだ初期値を下回っています。

その初期値も高いわけじゃないんですよね。まぁ、りーさんとのがっこうぐらしで鍛えられた正気度管理術があれば余裕なんですけど(一敗)

 

献立考えるのめんどくさいし、好物の方が食事の効果が高い。

だから妹のリクエストを聞いておく必要があったんですね。

起き抜けの出来事はさっさと水に流して、仲良くしましょう!(腹いせに布団を強奪する人間の屑)

 

ミネストローネなら主食は缶詰パンですね。食事としてはこれで完成でいいんですけど、もう一押しということでジャガイモを茹でます。

ガスボンベも水も昨日持ってきたので残量に怯えずに作れます。でも茹で時間は減らしたいので一口サイズに切っておきます。切ったので「料理上手」が発動します。このガバガバ発動基準にいつも助けられてます。

ミネストローネに投入するつもりなので塩は入れません。日本人は塩分を摂りすぎているって、それ一番言われてるから。

 

ハイ完成です。と同時に妹が降りてきました。すごい眠そうな顔してます。

 

「「いただきます」」

 

お互い覇気のない声ですね。昨日二人とも大働きでしたからね。寝足りないのもあって既にお疲れムードです。

今日は外に行くつもりないですし、お昼寝しても問題なし!

むしろこれくらいテンションが低い方が自宅警備員の勤務姿勢として正しいかもしれないです。

 

二人がもさもさ食べてる間にやることを確認します。

まず思いつくのは昨日持ってきた荷物の整理ですね。外におきっぱの物がかなりあります。

あと貯水タンクも設置したいです。

……それくらいですかね。

 

「あの、お兄ちゃん」

 

「うん?」

 

「多分、ベッドから落ちたの私が蹴ったからだと思う。ごめんなさい」

 

「わざとじゃないんだろ? ならいいよ。でもこれからは自分のベッドで寝てくれないと。目覚ましとしては、あまりにも体への負担が大きすぎる」

 

正気度回復を期待してそのままにしてましたけど、一緒に寝るのは本当に精神がヤバい時以外やめた方がいいですね。元々無理がありましたし。貴重な体力回復手段である睡眠で体力削られたらたまったもんじゃない。正気度に関しては回復手段が色々あるので別にこだわらなくてもいいし。

 

「そうだよね……だって、迷惑、だもんね……」

 

やけに深刻に捉えるなぁ。

このままだと食卓の空気が胴体着陸しちゃうので話題を変えましょう。

 

「それで今日のことなんだけど、外の荷物回収したり、給水タンク設置したりで外で作業することになりそうなんだ」

 

「……うん」

 

「僕が作業してる間、ベランダから危険がないか見張っててくれないか?」

 

「わかった」

 

難しいですねぇ(会話苦手部)

ま、まぁ? やることないとそれはそれで精神すり減らしますからね。それを前もってケアしておいたんですよ。

兄を蹴り落としてしまったことをこんなにも気に病んでいるなら、それだけ心優しいひとだってことにもなりますしおすし。

 

ご飯も終わったのでぼちぼち動いていきましょう。まずは荷物の回収です。

後ろは妹に任せて下に降り……

 

「そういえば雨水」

 

「……置いたままだったね」

 

これは、ガバですね。ポリタンクはちゃんと昨日用意したのに詰めが甘い。

このままじゃベランダ通れないし、さっさと水を移し替えちゃいましょう。

 

持ってきた20Lのやつが数個ほどいっぱいになりました。

次の雨までこれで十分保つはずです。

 

これで荷物の積み込みができます。

朝のこの時間は通勤のタイミングになるからゾンビは多めですね。

ですけど一人監視役がいれば各個撃破余裕です。おとなしく経験値になってもらいましょう。

 

ふー、終わりました。

はしご何往復もしたんで疲れが蓄積してますね。後半はなんだか動きがもっさりしてました。

 

「一旦休憩しよう。ちょっと疲れた」

 

「そうだね。ふわぁ……」

 

「まだ眠いの?」

 

「うん。見張りって神経使うから。あと筋肉痛がすごくて」

 

筋肉痛か! 飛真君のもっさりムーブの原因はそれかもしれないですね。

動きなれていない妹ならなおさらでしょう。

外観た感じ、雨降りそうもないです。貯水タンクは後回しでもいいですね。

 

「じゃあ昼寝するか」

 

「え? いいの?」

 

「早起きしたんだし、昼寝してもバチは当たらないだろ」

 

「たしかにそうだね」

 

「咲良が起きたら貯水タンクを始めよう」

 

「え、お兄ちゃん寝ないの?」

 

「今はいいかな。あとで寝るよ」

 

今寝てもいいんですけど、ちょっとやりたいことがありまして。

ずばり、里芋の煮っころがしを作りたいと思います!

里芋は保存がかなり効きますからね。今までノータッチでしたが、この頃は献立に難儀してるんで使ってみようかなと。

最近やっとクリアまでの道筋が見えてきましたし、少々手間のかかる料理を作る余裕ができました。

煮っころがしなら家にあるものだけで作れます。早速一階に行って作りましょう。

 

里芋は皮むきがちょっと大変ですよね。手がかゆくなってきます。

飛真君にはそんなこと関係ないので休みなく切ってもらいますが。

煮汁の準備ができたら後は煮詰めていくだけです。

完成まではすることないんで、ぐつぐつしてる鍋をぼーっと眺めてます。

こういう何の変哲もない時間が大事なんですよねぇ。

学校にいたらこんな平穏は訪れませんよ。

やっぱ家最高! ビバ、自宅警備員!

 

「飛真君ー! いますかー?」

 

…………???

 

え。き、聞こえました? なんか聞こえるはずのない声が聞こえたんですけど??

この声は、りーさんですね。二階から聞こえました。

とりあえず行きましょう。もしかしたら、聞き間違えかもしれない。

 

「あ、飛真君、突然お邪魔してごめんなさい。これには訳があって……」

 

おいおいおいおいおい……

アイエエエエ!? センセイ!? センセイナンデ!?

他にはみーくんがいますね。

三人ともベランダに立ってます。そして妹が飛真君のベッドに腰かけてます。

飛真君が来て、妹が明らかにホッとした顔してます。

 

どういう状況? いつから居たんだ? マジでわからん。

迎えに来たのだとすればマズイですね。この場に妹がいますし、口裏を合わせられていない。

 

「昨日置手紙を置いていったんですけど、読みましたか?」

 

「ハイ。ヨミマシタ」

 

やっばーい。お迎えじゃん。妹含め全員の目線が飛真君に集まってます。

りーさんとめぐねえはなんか笑顔がちょっと怖いし、みーくんは何やら物言いたげな表情をしてます。

べべべ別に逃げたりしませんよぉ。

 

「手紙の通り迎えに来たんですけど……ちょっと助けてほしいことがあって」

 

「なんですか?」

 

「私の友達を救出してほしいんです」

 

みーくんの友達……この時期だと、圭ちゃんかな?

 

「わかりました。行きましょう。それで、他の方たちは?」

 

妹よ。そんな目で見ないでくれ。これは作戦なんだよ。

こういう時は考える間もなくレスポンスして勢いで状況を確定させた方がいい。

この速さに相手が驚くぐらいがちょうどいい……はず。

 

「えっと、来たのは私たち三人だけです」

 

「その友達はどこにいるかわかりますか?」

 

「はい。巡ヶ丘駅の北口にある、駅長室にいると言っていました。少し前に、ラジオで」

 

「ラジオ?」

 

やっぱり圭ちゃんだ。

 

「ゆきがラジオのチューニングをいじってたら、その放送を受信したの」

 

「放送ではショッピングモールにも一人いるって言ってて。これは多分私のことです。私がそこに居たことを知ってる人は圭しかいない。放送は今朝あった。今なら、まだ助けに行ける……!」

 

「でも学校を完全に開けておくことも怖くて、飛真君と先に合流することにしたんです」

 

なるほどね……完全に理解した。

つまり、学校の方はまだあめのひの襲撃から回復しきっていない。昨日もこの家にアポなし突撃してましたしね。修復に十分なリソースを向けられていない。そこに舞い込んだSOSイベント。

もちろん助けに行きたいが、戦力を全投入すると学校を失うリスクがある。そこで守護神くるみちゃんと大天使ゆきちゃんは学校に残して、戦闘力のある飛真君を回収したらそのまま救出に向かおう、ってことですね。

 

……これはむしろ好都合ですね。飛真君は行きます。断る理由はないですから。でも妹は連れていきません。

りーさんは完全に戦闘向きじゃないですし、他二人も自衛はできますが救出となると不安が残ります。ましてや妹はやっとバールを扱えるようになった新人ゾンビパニック民です。

人数が多ければいいってモンじゃないですからね。少数精鋭こそ至高。

家に妹がいれば当然帰る理由になります。

助けには行くが、流れでがっこうぐらしするつもりはありません。

すべては称号のためです。

 

「それなら急がないと。ここには車で来ましたか?」

 

「はい」

 

「なら僕は自転車で行きます。場所は分かるので先導します。装備は何を持ってきましたか?」

 

「えっと、防犯ブザーとケミカルライトです」

 

「僕も少し持ってきます。ちょっと待っててください。すぐに取ってきます」

 

急げ急げ。妹を連れていくべきかなんて話が出る前に出発してしまうのだ!

一応空の水筒を持っていきます。無事救出できたら学校に立ち寄ることになるでしょう。

どうせ行くなら学校の浄化水を採ってしまいましょう。こいつは空気感染を防いでくれるスグレモノ、いや必須のアイテムですから。

 

「準備できました。行きましょう!」

 

あまりの速さにお三方が固まってます。これならうやむやのまま行って帰ってこれるな。

さっさと梯子降りちゃいます!

と、その前に。忘れるとこだった。

 

「あ、咲良。下に煮っころがしあるから仕上げよろしく。竹串刺して難なく通るようになったら頃合いだから」

 

「へ? 煮っころがし? う、うん」

 

「家を頼むよ。いってきます」

 

ハイこれで帰宅確定。ここまで帰る気満々の態度を取っておけば、まさか無理やり学校に押し込めようなんて誰も思わないでしょう。

フラグを立てる者が、未来を創ってゆくのですよ。

 

結局飛真君が一番先に降りました。学園生活部の面々が降りてくるのを待ちましょう。

おっと、このカメラワークはひじょーにマズいですね(ニチャァ……)

制服ってゾンビサバイバル向けじゃないと思うの(正論)

この動画では紹介しませんが、主要キャラがこういう状況(梯子昇り降り)の時に上を眺めると、専用モーションを見ることができます。気になる方はCEROが高いバージョンを買って確かめよう!

好感度やその他パラメータによって反応と効果が変わるんですよ。凝ってますよね。

え? 何で知ってんのかって? そりゃまぁ……攻略WIKIにそう書いてたからデスヨ。

 

最後尾のりーさんがやっと降りてきました。この間一度も上を向かなかった飛真君を褒めてほしい。黄金の精神が試されていました。

 

「……車はこっちです。行きましょう!」

 

言われなくとも。もう自転車に跨ってます。

 

「お兄ちゃん! いってらっしゃい!」

 

なんか妹すごい元気ですね。今日一の笑顔ですよ。

ようわからんけど、嬉しそうならヨシ!

 

それでは、参りますか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付いたら私は、家の近くの幹線道路に立っていた。なぜか中学の体操着を着ている。

目線の先にはラフな格好のお兄ちゃんがいる。

私に何かを伝えようとしているけど、良く聞こえない。そんなに離れてないはずなのに。

 

「………………ろ!」

 

「へ? 何? 聞こえない!」

 

何度かそんな問答があった。ついにお兄ちゃんは諦めて、私の向いている方向へ走っていった。

どうしたんだろ。まるで何かから逃げてるみたい。そう思って何気なく後ろを向いた。

 

後ろには夥しい量のゾンビがこちらに向かって走っていた。どうして今まで気付かなかったの!

 

「あ、あれ? う、動けない……」

 

全力で走ろうとする。でも身体が蝋で固められたようにビクともしない。

このままじゃ食べられる!

足を動かそうと力む。

動け、動け、動け………………!!!

 

ドスン!!

 

……?

遠くの方で音がした。爆発?

 

いやそんなこと考えてる場合じゃない。ゾンビはすぐそこまで迫ってる。

逃げなきゃ!

 

足は一歩だけ踏み出せていた。でもその次が続かない。

それに、なんだか急に寒くなってきた。一体どうなっているのだろう。なんか変だ。

 

えっと、布団、布団…………布団?

 

「んん…………あれ?」

 

見慣れた部屋とお兄ちゃんを見て、私は夢の中にいたことを知る。

あまりいい夢ではなかったから夢から醒めてほっとすると同時に、強烈な眠気も感じる。

それもそのはずだ。いつも起きる時間よりだいぶ早い。

もう一度寝よう。でも、そのためには、お兄ちゃんが何故か持っている布団がどうしても必要だ。

 

「………………ふとんかえして。ねむい」

 

返してくれないみたい。

なぜこんな意地悪をするのか意味が分からない。別にふざけているわけでもなさそうだし。

真意を伺うためにお兄ちゃんの顔を見ていたら、アザがあることに気付いた。

 

それはついさっきできたらしい。

お兄ちゃんも私と一緒に寝てたはずだ。それなのにアザができてしまうとしたら、考えられる理由は……ベッドから落ちたくらいしかない。

 

そうなると、まだ生々しく記憶に残っている夢との関連が当然連想される。何かが落ちるような音を聞いたし、夢の中で私は走りだそうと必死だった。

 

たぶん……私が、お兄ちゃんを蹴ったんだ。

 

悪気はなかった。それはお兄ちゃんも分かってくれた。でも、狭いベッドで二人して寝ていなければこんなことは起こらなかった。

 

申し訳ない気持ちでいっぱいになって逃げるように私の部屋に行く。

私を無理やり起こす必要はなかったことは分かっているけど、顔に付いた痛そうなアザを見て、お兄ちゃんを責める気持ちはしぼんでしまった。

身だしなみを整えてる間も気持ちはまったく晴れてくれない。

 

『飛真君はあなたのせいで学校に行けず迷惑してる』

 

昨日のメモ書きを思い出す。

あの言葉通りになっちゃったな……

 

お兄ちゃんはいつも通り朝ご飯を用意してくれていた。献立を思いつけなかっただけかもしれないけど、私の希望を叶えてくれた。

 

朝のことを謝まらなくちゃなと思うせいで、あまり食事に集中できない。

お兄ちゃんの態度がいつも通りだからこそ、切り出し方が分からなくなる。

 

「あの、お兄ちゃん」

 

「うん?」

 

「多分、ベッドから落ちたの私が蹴ったからだと思う。ごめんなさい」

 

「わざとじゃないんだろ? ならいいよ。でもこれからは自分のベッドで寝てくれないと。目覚ましとしては、あまりにも体への負担が大きすぎる」

 

やっぱりお兄ちゃんは許してくれた。それなのに気持ちはむしろもっと落ち込んだ。

元々一緒に寝るのは無理があったんだ。今回のことは起こるべくして起こった。その通りだ。

あやふやだった部分がハッキリして、私は自分の落胆の深さを自覚させられた。

どうしてお兄ちゃんともう一緒に寝れないことがこんなにも悲しいのだろう?

昔はそんなの当たり前だったし、頼まれたって絶対しなかった。

でも、このチクチク痛む喪失感は本物で。私は、最近自分のことがよく分からない。

 

私がこんな調子だから、会話が弾むはずもなく朝ご飯は終わった。

今日はお兄ちゃんが外で作業して、私が外を監視することになった。お兄ちゃんの手伝いをしている間は、きっと気分は多少マシになると思う。

ベランダに出るために、窓に近づく。そこでレースカーテン越しに煌めく光を見た。

あっ、

 

「そういえば雨水」

 

「……置いたままだったね」

 

お兄ちゃんと顔を見合わせて、お互い苦笑する。昨日は疲れすぎて、たくさんのことを後回しにしていた。

仕事が増えてしまったけど、全然苦にはならない。神経は使うけど、あまり動かないから筋肉痛で全身が痛む中でも問題ない。

 

日が昇っていくにつれて、私も冷静になっていく。

そうだ、お兄ちゃんは別に私を嫌いになったわけじゃない。気に病むほどのことじゃないはずだ。そう考えられるようになった。

一方で、太陽は気温を徐々に上げていき、寝不足の私はその陽気にやられそうだった。

私がぼーっとしていたらお兄ちゃんが危険だ。だからお兄ちゃんが作業している間は集中できていたけど、ひと段落したら一気に眠気がやって来た。

 

そんな私を見て、お兄ちゃんはお昼寝を提案してきた。

もちろん私は賛成だ。貯水タンクはひと眠りしてから設置するということになった。

お兄ちゃんはまだ寝ないらしい。私は遠慮なくお昼寝をさせてもらおう。

 

二階には私一人だ。

お兄ちゃんの部屋は今ちょうど太陽が当たっていて、ポカポカと暖かい。布団もさぞぬくぬくだろう。

あんなことがあった後だ。私が寝るべきなのは、当然私のベッドだ。

だけど。いや、だからこそ、お兄ちゃんのベッドは今しか潜り込めない。

 

「あったかいし、ちょっとだけだから、いいよね……?」

 

言い訳を空に吐いて、私は数時間前までいた場所に還った。

やっぱり落ち着く。

もうここ以外じゃ寝れなくなっているんじゃないか、などと思っているうちに私は意識を手放していた。

 

 

 

 

 

ガラスをコンコンと叩く音、そしてガラガラと窓を開ける音。それらが意識の端に現れて、私は目を覚ました。あと誰かの呼びかける声みたいなのも聞こえた気がする。

 

「おにいちゃん……?」

 

まだまだ覚醒しきってない状態で声の先を見遣る。

 

「あっ………………はじめまして」

 

見たことのない女が、いた。正確には写真では見たことのある女二人と、全く知らない女一人だ。

その初めて見た女は、とりあえずといった様子でそう挨拶した。笑おうとしているらしいが、顔が引きつっている。

何人だろうと大した問題じゃない。私はこの異物の侵入によって一気に目が覚めた。

ベッドから上半身を上げただけの状態でいるのもなんだか間抜けだ。私はベッドから起き上がったけど、向こう側の椅子に座りなおすまでの間がイヤだったからベッドの縁に腰かけるに留めた。

ここでやっと、私はお兄ちゃんのベッドで寝ていたことを思い出す。

 

ヤバい。

がっつり見られた。

顔がみるみるうちに赤くなるのが、私にも分かる。

ここが私の部屋だと言い張るにはあまりにも無理がある。この人たちは一度この家に来ているはずだ。横の部屋が私の部屋だということは、一度見れば明らかだ。

昨日の手紙のことといい、枕が戻されていたことといい、私とお兄ちゃんの関係を快く思っていない人が少なくとも一人はいるのだ。今ここにいる三人が、そうではないことを祈るばかりだ。

そうでなくとも、これは恥ずかしい。なんでと聞かれてまともに答えられる自信がない。

頭を全力で回転させて、次善策と今の状況の把握を試みる。

 

「ええと……高校の方たち、ですか?」

 

まずはこの人たちがいったい誰なのか。それを確かめなくちゃ。

表情は三者三様だけど、三人とも名前と学年や身分を言ってくれた。それとあの写真の顔を脳内で照合する。

 

まず、写真にはいなかった人は佐倉慈と名乗った。お兄ちゃんが通っていた高校で国語教師をしていたという。今は学園生活部の顧問をしているらしい。

彼女が昨日の手紙の主か。国語教師なら、あの字の綺麗さにも納得がいく。

美人というよりは、かわいい系の人だ。若いけど、髪がウェーブしていて顔つきも私なんかよりずっと大人だ。ぴょこんと一房髪が跳ねているのも愛嬌があっていいと思う。

こんな人が担任だったらクラスの男子たちはきっと大喜びだろう。お兄ちゃんもその内の一人になってるはずだ。最悪。

 

他の二人はそれぞれ直樹美紀、若狭悠里と名乗った。二年と三年生らしい。お兄ちゃんは二年生だから知り合いだったかもしれない。

二人はあの写真でお兄ちゃんの近くに陣取っていた。しかもはにかんだ笑みをカメラに向けていた。要注意だ。

 

直樹さんはショートヘアーでクールな印象を受ける。三人の中では一番知的な感じがするのに、ガーターベルト付のストッキングという攻めた足元をしている。

普段からこれなのかな? ……まだ中学生の私には、わからないことだらけだ。

表情はニュートラルで、緊張しているようだけど、敵意も警戒心も見当たらない。

 

一方の若狭さんは、初めから穏やかではない雰囲気をしていた。

大人しそうだけど、こげ茶のストレートロングとツリ気味の大きな目は注目を集めるに十分な魅力がある。

……本当はもっと目線を集めてしまうものを彼女は持っているのだけど、癪だから言及したくない。

あのメモ書きの主は彼女かもしれない。私は彼女たちを救った青年の妹だっていうのに、敵を目測するような不愉快な目線を寄越すような人なんてそう多くないはずだ。

 

総じて言えるのは、みんな若くてかわいいということだ。こんな人たちとお兄ちゃんは一晩夜を共にしたと思うと、怒りが今更ながらふつふつと湧いてくる。

 

私も簡単な自己紹介をする。趣味だとか好きな食べ物とかは、もうこの世界ではどうでもいいことだ。

ああ、間が持たない。この場にお兄ちゃんがいたらどんなに良かっただろう。

 

そうだ、お兄ちゃんだ。

もう来てしまったものはしょうがない。あとは丁重にお引き取りを願うだけだ。

この人たちよりも早くお兄ちゃんと会って、釘を刺しておかなくちゃ。

 

「おに……兄がいた方がいいですよね。今呼んで───」

 

「飛真君ー! いますかー?」

 

げ。

私が呼びに行こうと腰を上げた途端、若狭さんが手をメガホンの形にしてよく通る声で呼びかけた。

先回りされたことで、二人きりで何かを伝えるチャンスはなくなった。

 

「お兄さんから聞いていると思いますが、私たちは学校を拠点に生活しているんです」

 

「はい、存じ……知ってます。それで、今日はどうしてここに?」

 

目上の人だけど、謙譲語を使うのもなんだかなと思って、丁寧語に変える。

白々しいけど、あえてとぼける。事情を呑み込めてないかのように眉根を寄せて困惑顔もしてみる。

 

「っと、その前に昨日のことを謝らせてください。()()の家に勝手に上がるのはいくら顧問でもダメだと分かってはいましたが、それ以上に心配で……。咲良さんには不快な思いをさせてしまったと思います。ごめんなさい」

 

「まぁ……はい……」

 

こんなこと謝られてもな。そう思ってつい生返事になる。

そもそも、私はお兄ちゃんが部員なんて認めてないけどね。この謝罪がすでに不快なのを先生は気づいてないのかな?

 

ここでやっと、お兄ちゃんは半信半疑といった様子で現れた。

 

「あ、飛真君、突然お邪魔してごめんなさい。これには訳があって……」

 

お兄ちゃんが来たら、先生はまるで私なんかいないかのようにお兄ちゃんに話しかけた。

注目は一瞬のうちにお兄ちゃんに移った。

三人からジロジロ見られるのは嫌だったからそこはホッとしているけど、こう露骨だとやはりいい気はしない。

 

「昨日置手紙を置いていったんですけど、読みましたか?」

 

「ハイ。ヨミマシタ」

 

やっぱりそうだよなぁ。

お兄ちゃんはこのストレートな確認にたじろいて返事がカタコトになっている。

しっかりしてよ。

 

「手紙の通り迎えに来たんですけど……ちょっと助けてほしいことがあって」

 

だけど、ここに来た目的は私の想像とはちょっとだけ違っていた。

迎えに来た……のもそうだけど、直樹さんの友人を助けてほしいそうだ。

お兄ちゃんはすぐに助けに行くことを決めた。この意思決定の速さには、私含め全員が驚いていたと思う。

きっとこの人たちを助けた時も、考えるより先に動いてたんだろうな。

 

「その友達はどこにいるかわかりますか?」

 

「それなら急がないと。ここには車で来ましたか?」

 

「なら僕は自転車で行きます。場所は分かるので先導します。装備は何を持ってきましたか?」

 

お兄ちゃんは矢継ぎ早に質問を繰り返して必要な情報を集めると、

 

「僕も少し持ってきます。ちょっと待っててください。すぐに取ってきます」

 

駆け足で装備を整えて、

 

「準備できました。行きましょう!」

 

出発を待つばかりとなった。

 

この間私は一切口をはさむことができなかった。学園生活部の人たちも、聞かれたことに答えるので精いっぱいで、何一つ能動的なことができていない。

本当に40秒で支度してしまった。いや実際はもっとかかったんだろうけど、それくらいの素早さだ。

ここまできて、やっと私は状況に追い付いた。

お兄ちゃんは人を助けに、家を出る。

……そして、私は、どうすればいいの?

 

今のお兄ちゃんの中に、私はいない。人助けという使命に、すべての関心が払われている。

それはきっと、とても素晴らしいことだ。特にこんな世界では、なおさら。

でもその先は? 首尾よくその人を助けて、それからどうするの?

私はどうなるの?

勝手に動き出した世界に取り残された気がして、私は縋るようにお兄ちゃんを見た。

 

「あ、咲良。下に煮っころがしあるから仕上げよろしく。竹串刺して難なく通るようになったら頃合いだから」

 

「へ? 煮っころがし? う、うん」

 

()()()()()。いってきます」

 

お兄ちゃんが考えていたことが、分かった。

なんでこんなに救出に前のめりなのか。これはもちろん時間が惜しいからでもある。

だけどそれだけじゃない。有無を言わせないためだ。

お兄ちゃんを回収してその友達を助ける。そのまま学校に行って学校での滞在を既成事実化する、という三人が考えていただろうプランにノーを突き付けたのだ。

 

私について全く言及してこなかったのは、私がここに残るのはお兄ちゃんにとって()()()()()だったからだ!

不安になることなんて一個もない。私はいつも通りお兄ちゃんの帰りを待っていればいい。

 

だって私は、お兄ちゃんの帰る理由だから。

 

お兄ちゃんが率先して降りたから他三人も出発するしかなくなってしまった。

 

「……兄は、突っ走る性格なんです。()()()()()()ですけど、兄をよろしくお願いします」

 

気持ちに大きな余裕ができた。だからつい、こんなことを言ってしまう。

 

直樹さんは軽くお辞儀をするとすぐにお兄ちゃんの後を追った。

残った二人はちょっと固まっていた。目論見が外れちゃったのだから無理もないか。

 

「……若狭さん、私たちも行きましょう。急がないと」

 

「……そう、ですね」

 

「では、咲良さん。また今度」

 

そう言って先生は降りていった。他にも色々言いたいことがあるのだろうけど、言葉を飲み込んだのはさすが年長者だと思う。

 

残ったのは非難がましい目を私に送る若狭さんだけになった。

 

「どうして、飛真君のベッドで寝ていたの?」

 

お兄ちゃんを呼んだ時とは全然違う、冷たい声だった。

どうしてと聞かれても困ってしまう。正直に答えたら、きっと若狭さんを怒らせちゃうから。

 

「日が当たって寝心地がいいからですよ。そうだ、あのメモは若狭さんが書いたんですか?」

 

「そうよ。あんなの、不健全だわ」

 

「ご忠告痛み入ります。でも、若狭さんは私たちの関係を誤解してますよ。私とお兄ちゃんは、ただ仲良く暮らしているだけです」

 

「仲良くと執着は違────」

 

「李下に冠を正さず、ですよね。これからは気を付けます。でも、勝手に詮索して妄想を募らせるのも、いけないことだと思いますよ?」

 

「……もう、いいわ」

 

そう言って話を断ち切ると、ムスッとしたまま梯子を降りていった。

 

きっと若狭さんは潔癖症なんだ。自分が持っている理解の枠組みを広げられないし、外れたものを認められないんだ。

私は若狭さんに何を言われても痛くも痒くもなかった。

だって、これは私が無理やり決めたことじゃない。お兄ちゃんが自分の意志で選んだのだから、若狭さんみたいな他人が掣肘できるはずない。

それにしても、お兄ちゃんはまた厄介な人に目をつけられてしまったなぁ……。

 

おっと、家に居る身としてお兄ちゃんに()()を言わないとね。

ベランダに行く。そして手をメガホンの形にして、

 

「お兄ちゃん! いってらっしゃい!」

 

大切な家族の無事を願った。

 

皆が見えなくなるまで見送って、部屋に引き返す。

私はお兄ちゃんに頼まれていたことをやらないといけない。

でないと、帰ってきたお兄ちゃんがお腹を空かせてしまう。

 

鍋の番をしている間も、自然と笑顔になる。

 

この煮っころがしは、きっと、私たちの幸せの味がするだろうな。

 

 

 

 

 

 





もう完結して久しいのにifルートを書こうと思ったのには訳があるんです。
終わってみて、9日目以降の展開がちょっと粗かったなぁとずっと心残りだったんですよ。

それで、「もし、圭ちゃん救出イベントで学園生活部が飛真君の協力を求めていたら……」という仮定を脳内で作ってみたらなんかいけそうだったんで文字にしてみようと思った次第です。

まだたった半日分しかできていませんが、気が向いたらまた続きを書きます。(安定の見切り発車)

書いたのを見返してみるとなんだかむず痒いですね。
ちょっとは成長しているといいのですけど……



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救出作戦 行き

感想が嬉しかったので続きました。


 

というわけで、まずはめぐねえの車の場所まで行きましょう。

 

このままズンズン進みます。止まるんじゃねえぞ……

ですが、勢いだけで救助に向かってるので、情報が足りてません。

具体的には要救助者の容態ですね。

飛真君はチャリに相棒のスコップ、各種アイテムの入ったポーチという軽騎兵スタイルです。対するみんなは車移動。(協調性)ないです。

みんなが車に乗り込んでしまってからじゃ話せない。ですが外で会話は慎むべきです。特に見通しの悪い路地では音を立てたくない。

 

しかーし! ワタクシ、このがっこうぐらし世界で数回も全員生存エンドを経験してますからね。

このSOSイベントのことも当然知ってます。

情報共有など、フヨウラ!

圭ちゃんの容態は救出が遅いほど深刻になります。みーくんとの仲違いから時間が経ってしまっているのであまり楽観視できません。

まず、足を怪我しているはずです。自力で安全な場所に行く能力は残念ながらありません。

今回はちゃんと車があるので、そこはケアできます。

圭ちゃんが精神面にタフであることは安心できる点です。

安全な場所を飛び出すくらいですからね。一人孤独に助けを待つというのは正気度をかなり削られます。限られた食糧、来るかわからない助け。そんな状況でも希望を捨てずにSOSを発信し続けられる所からも精神の強さが感じられます。飛真君の後ろをぴょこぴょこついてきているりーさんとは大違いですね。

 

心配なのは健康状態です。軽装で立てこもっているのでロクに食事が取れていないことがほとんどです。栄養失調状態であることも十分考えられます。

救出方法として、飛真君が現場に単騎突撃、圭ちゃんを荷台に乗せて急速離脱というのが一番確実で楽です。

ですが、これには圭ちゃん自身にある程度の力が残っていることが前提になってます。

容態が分からないんじゃ救出作戦が立てられないじゃんアゼルバイジャン。

でもご安心を。だいたいの健康状態はラジオの文言で推し量れます。

 

………………結局聞かなきゃダメじゃね?

 

イキってごめんなさい。そういうお年頃なんです。

今は移動に専念して、車に乗り込むタイミングで聞きましょう。

 

みなさん路地の危険性は十分認識しているようで、目配せや指さしでコミュニケーションを取ってますし、何も言わなくても周囲を警戒しています。

この辺は今まで生き残っているだけに、しっかりしてますね。

ただちょっと気になるのは、学園生活部のステータスがその割には控えめなことです。単純にレベルがあんまり高くないです。

あと正気度が低空飛行。友人の安否が不安なみーくんは分かるんですけど、なんで他二人も軒並み低いんですかね……

あめのひをくぐり抜けているはずなのに不思議ですねぇ。

ままええわ。そこは飛真君が補えばええ。

 

めぐねえが指さした先にミニクーパーがありますね。

どうせエンジン掛けたら音がするんですから話をしても誤差ですよ誤差。

 

「行く前に気になってることがあるんですけど」

 

「なんですか?」

 

「その友達の容態はわかりますか? それによって救出方法も変えないといけないんで……」

 

「足を怪我しているとラジオで言ってました。あと、食料はあるけど水が底をつきそうだとも。声の調子からまだ元気は残っているように感じました」

 

足の怪我は織り込み済みなので問題なし。健康状態もまだ大丈夫そうです。

これは運がいい方だと思います。

 

「なら……僕が駅長室に入って助け次第すぐに車に向かいます。みんなは防犯ブザーを周囲に散らしてゾンビたちの注意を外に逸らすようにお願いします」

 

頷く一同。

 

「道中は僕が先を進みます。ゾンビたちは極力無視しますけど、どうしても邪魔なものは倒します。止まりたくないので僕が明らかにピンチの時以外は車から降りずに進んでください」

 

「その、それだと飛真君の負担が重すぎる気がします。みんなで車に乗って移動するのはどうでしょうか……?」

 

「私もそう思います。今日はちゃんと武器を持ってきたので少しは戦えます!」

 

めぐねえとりーさんが飛真君を慮ってくれていますが、却下です。

確かにみんな武器を持っています。めぐねえとみーくんは金属バット。りーさんはナタ。

 

「その武器は、どれくらい使い慣れてますか?」

 

「あめの日に、3階のバリケードまで破壊されて……その時、これで戦いました。使ったのは、それくらいです」

 

そこなんですよね。

まったくの初めてではないにせよ、バリケードがある中での防衛的な武器使用のみしか経験がないのは不安の方が大きいです。

妹の時もそうでしたけど、安定的に武器を使うには訓練が必要です。覚悟をキメる意味でもね。

 

「武器が手になじんでいない状態で戦いを挑むのは危険すぎます。今行く場所にはバリケードも、逃げる安全な場所もありません。車に関しても、できるだけ早く助けに向かうためには露払いをする存在が必要になると思います」

 

「でも、」

 

「それに、自転車を置いていってしまったら家に帰る足を失ってしまいますから」

 

「……そ、そうですよね」

 

「ごめんなさい。深く考えず、こんなこと言っちゃって……」

 

なんか怒られた後みたいにしゅんとしてます。

正論で殴るのは、やめようね! さもないと空気がご覧の通りになります(n敗)

でもみんなの命が関わることだし、生きて帰ってこないと称号取れないからさ……

 

えっとぉ……とりあえず方針は決まったんで、駅に行きます。

外で話し合うのは危ないですから。

キツい印象を与えてしまったとしても、学校で暮らすわけじゃないですし、まぁ大丈夫でしょ(大汗)

啖呵切っちゃった以上、ちゃんと先導の役割は果たします。背中で語るのだ!

チャリは無音移動できますが、車は音を出すのでゾンビたちは目ざとく我々を見つけます。

しかも大きな通りを選んでも事故車が放置されているんで死角が多いです。スイスイとはいかないですね。

もうすぐ昼休みに当たる時間になります。そうなると駅前はゾンビでごった返します。

その前にさっさと救出したいです。

 

やっと目的地周辺です。

さすがに駅はゾンビが多いですね。露払いしている間にレベルアップしちゃいました。

ここは持久力に振ります。めっちゃ動くからスタミナ大事。

 

普段ならタクシーが止まってるような位置に車を止めてもらいまして……作戦開始です!

みんなが方々に防犯ブザーを投げ込みました。

これによってここ一帯はつんざくような電子音に包まれる事になります。

 

これが鳴りやむまでの間に圭ちゃんを車に連れ込みます(犯行予告)

音は注目を集めます。個体によってはうるさすぎてその場でうずくまります。今は防犯ブザーに引き寄せられますが、音が消えたら最後。関心の対象は一気に近くにいる我々に移ります。

時間が惜しいので「突進」を多用して道中の邪魔は無理やり取り除きます。パワー!

 

駅長室の手前まで来ました。既に爆音が鳴り響いてますからね。当然圭ちゃんは気づいているでしょう。

小さいですが窓があるのでそこから確認しましょう。

あ! いました! 目線が完全に合いました。

マイクに向かって何かを話してますね。きっと昼の放送をしている最中だったのでしょう。

どうせ扉には鍵がかかってますから、向こうから開くのを待ちましょう。

自転車に跨ってすぐに走り出せるようにします。

 

ガチャ!

 

「あ、あの、」

 

「放送を聞いた。時間がないんだ、乗って!」

 

「はいっ」

 

すぐに状況を察してくれました。反応はしっかりしてますし、顔色もそう悪くない。当初のプラン通りで大丈夫そうです。

 

「しっかり、掴まって!」

 

もう「突進」なんて粗い運転はできません。代わりに「爆速」を使って光の速さで車へ戻ります。

二人分の重さがあるのでスタミナの消費がマッハです。しかし狭い構内でのんびりするわけにはいきません。

 

「美紀!」

 

「圭!」

 

まだ防犯ブザーは鳴ってます。間に合ったぁ……

めぐねえが車のそばに陣取っているのでまずはそこに行きます。正直周りを見る余裕はない。

ただ音によるかく乱も完全ではないです。めぐねえの金属バットが血で汚れてます。近くには倒れているゾンビが。一勝負あったのでしょう。

集まってきた一部は目視で我々を見つけてこちらに来ています。素早く逃げましょう。

圭ちゃんは助手席に乗せます。他の人が戻ってこれるように後ろのドアを開け────

 

「いっ、嫌っ!!」

 

!?

りーさんだ!

ヤバい。そっちにもゾンビが来てたか。頭にナタが刺さってますけど、動いてます。

刺さりが甘かったのか。筋力値が足りないとこうなることがあります。

そしてりーさんはへたり込んでしまってる。さっきので正気度イッたのかもしれん。

 

向かうッ!

とにかくスピード重視です! スタミナは片道切符分しかない……背に腹は代えられない! 「爆速」!!

 

ドンッ!!

 

立ちはだかっているゾンビをぶっ飛ばしました。

 

「若狭先輩!」

 

「あ、頭、ちゃんと、狙った、のに……」

 

顔だけこっちに向けてますけど、ブルブルするだけで起き上がる気配がありません。

小刻みな呼吸、合ったり合わなかったりする焦点、真っ青な顔……

おめでとうございます! 元気な一時的狂気ですよ!(ヤケクソ)

 

こいつは極度の恐怖症ですね。それゆえ動けない状態です。

回復を待ってる余裕はない。飛真君のスタミナはない。掴む力もないから圭ちゃん方式の救出はできない。

 

あ、防犯ブザー止まった。そうなると向こうも危険です。帰らなければ。しかしスタミナがない!

……チャリは放棄します! スコップも! 

まずはチャリとスコップを放り投げて少しでもゾンビたちの注意をそらします。

時間を稼いだら、開いた両手を使ってりーさんを運びます! 

 

ガシャン!!

 

ここで出来たわずかな時間でスタミナの自然回復を狙います。

最低限回復したら、意を決してりーさんを抱え上げます!

あとは全力で車を目指すのみ。スタミナとの真剣勝負です。

なんかスタミナの減りが妹を運んだ時より早いですねぇ(失礼)

こんなことになるんだったら、もっと「筋力」上げときゃ良かった。

 

「急いでっ!」

 

めぐねえはもう運転席でスタンバってます。みーくんもドアを開けた状態で座って待ってます。

もう押し込むと言っていい感じの乱暴さで未だに絶賛発狂中のりーさんを車の中に入れます。

そして飛真君も滑り込む!

 

「いきますよっ!」

 

そして急発進。

……なんとか、難を逃れました。

飛真君のスタミナはスッカラカンで赤く点滅しています。ゼエゼエ言ってて見た目にも辛そうです。

圭ちゃんとみーくんが不安そうに飛真君を見てます。りーさんは回復待ちですね。しばらくすれば、脳内が現状に追い付くでしょう。

 

「あの、助けて頂いてありがとうございます。私、祠堂圭っていいます。学年は……」

 

飛真君の呼吸が落ち着くのを待って圭ちゃんが自己紹介を始めました。

まだ外なのでごく簡単なものですけどね。飛真君もこの流れに乗りましょう。

 

「学校は無事なんですね。安心しました」

 

「私たちとは別に二人、学校にいるわ。水は浄水施設があるし、電気は発電機と太陽光発電があるから今のところ賄えてます」

 

「私の学校って、そんなに設備整ってたんだ……」

 

「食料もまだ余裕があるはず。そうよね、若狭さん?」

 

「……ええ、まだ蓄えはあるわ」

 

なんかりーさん暗いっすねぇ……

一時的狂気から立ち直ったとはいえ、まだまだ正気度は低いです。

 

とはいえ車内でこれ以上おしゃべりに興じるわけにはいかないです。ここ外ですから。

めぐねえは運転に集中してないといけないですし、両側に座ってるみーくんと飛真君も目として周囲を警戒してないといけません。

 

「圭、休んでいていいよ。私がこっち側を見てるから安心して」

 

「ありがとう、美紀」

 

静かになる流れになったので、今聞こえるのはエンジン音くらいです。

それは全然いいんですけど、雰囲気が重いです。なんでぇ?

ここから学校まではまだあります。はやくおうちにかえりたいな……

 

「……ぐすっ」

 

へ? 泣いてる? だ、誰?

 

「ごめんなさい。私の、私のせいで……」

 

りーさんが泣いてます。そしてこっちを向いてます。

 

「えっと、どうしたんですか? 謝ることなんて何も……」

 

「私、何もできなかった。そればかりか、足を引っ張って。飛真君がいなかったら、私、死んでた。こんなことばっかり。勇み足で行って、みんなに迷惑をかけて、自分は、ずっとお荷物で……うっ……」

 

本格的に泣いちゃった……

なんだろう、救出された圭ちゃんより深刻そうなのやめてもらっていいですか?

一時的狂気によって引き起こされたヘマを悔いてさらに正気度が減る。

正気度が低いとこういう負のスパイラルが起こりやすくなります。今回は「役割の不在」も併発してるのでタチが悪いです。

でもまぁ……勝手に狂うくらいなら、こうやって表に出た方が百倍マシです。まだ取り返しがつきますからね。

しかしこんな狭い車内でめそめそしないでほしかった。みんないますし。そんでもって慰め役は飛真君ですからね。小生やだ!

ゆきちゃんがいれば上手く取り持ってくれたんでしょうけど……

 

「そんなことないですよ、若狭さんのおかげでみんな無事にここにいるんですし。疲れているから悲観的になっちゃうんですよ。若狭さんは休んでてください」

 

「…………」

 

お。やったか!?

 

「飛真君の方が絶対疲れてるのにっ、私だけ休むなんてできないっ!」

 

「「「 」」」

 

あああお客様! お客様! ここは車内です。他のお客様のご迷惑になりますので、感情の爆発はおやめください!

みんな絶句してます。私もめっちゃポーズしたいです。

ここでヒステりーさん来ちゃったかぁ……

えーーー、衆人環視の中、りーさんを宥めるという緊急ミッションがぶち上がってしまいましたぁ。

 

……おうちかえりたい(切なる想い)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「直樹さん、ここです」

 

「ここが、飛真君の家……」

 

私にとっては二回目の場所だ。昨日来たばかりなので記憶に新しい。

だからこそ前回との違いが目に付く。何かを入れるための大きな容器が隅に置かれている。

あれは、貯水タンクかな? 置かれているだけで、雨どいとは繋がっていない。

 

ここで暮らし続けるつもりだ。

 

わざわざこんなものを運んだという事実がそれを指し示している。

疑念が確信に変わって、悲しさと怒りがせり上がってくる。

 

嘘つき 嘘つき 嘘つき

 

梯子を登るには力が必要だ。ギシギシと梯子が揺れる中、私は力を込めるためにも心の中で飛真君を詰った。

 

ベランダに着くと、昨日あったたくさんの容器がなくなっていた。

そして二人分の靴が置いてある。

 

「今日はいるみたいですね。よかった」

 

先に登っていためぐねえがちょっと緊張した面持ちで言う。

そうなると飛真君だけではなく、妹にも会うことになる。

あの写真を破り捨てた妹だ。私も気が重い。

今日は時間がない。何としても飛真君()()()()来てもらわないといけない。言い争いはしたくない。

 

美紀さんが最後に登ってきて、私たちはついに窓をノックする。

 

「こんにちはー、学園生活部でーす」

 

めぐねえが呼びかけてみても反応はない。

中を覗こうにもレースのカーテンがそれを邪魔する。

 

「どうしましょう……」

 

「時間がないですし、開けてみます」

 

もうこの世界には泥棒なんて存在しない。

だから案の定鍵は開いていた。

 

ガラガラガラ……

 

めぐねえと一緒に、カーテンを手でどかして、頭だけ伸ばして部屋を覗く。

昨日より明らかに物が増えている。

そのことにモヤモヤしながら横を見るとベッドに膨らみがあった。

きっと飛真君がそこで寝ているのだろう。

まだ朝に分類される時間だけど、とっくに起きていていい時間だ。

こっち(学校)に来たら、この生活習慣は改めてもらわないとね。

 

「飛真君ー、起きてくださーい」

 

苦笑交じりにめぐねえがそう言うと、その膨らみはもぞもぞと動いた。

緩慢な動作で起き上がると、

 

「おにいちゃん……?」

 

無防備な声と、見知らぬ女がそこにいた。

髪はショートにしている。でも、美容師が下手だったのか不揃いに見える。

口元が飛真君にとても似ている。小さな鼻とぱっちりとした目はいかにも女の子といった感じだ。

高校生の私たちと比べて、若いというよりも幼いと言うのが正しいのかもしれない。飛真君の妹で間違いないだろう。

 

「あっ………………はじめまして」

 

めぐねえが辛うじて挨拶のセリフを口にしてくれたおかげで、私は妹が飛真君のベッドに居るという、最悪に近い状況を直視することができた。

残念なことに、昨日感じた恐ろしい予感はある程度当たっていたようだ。

 

なんでそこにいるの? あなたのベッドはあっちでしょ?

 

座りなおしたものの、ベッドから出ようとする気配はない。そこから離れたくないと言っているみたいだ。

意識的に口を噤む。ここで口論になってしまったら飛真君に迷惑がかかってしまう。

 

一応初対面なのでお互いに自己紹介をした。やっぱり妹だ。青木咲良と名乗った。

だいぶよそよそしくなってしまったのは仕方のないことだ。

見られてほしくない所を見られて恥ずかしいのだろう、顔が赤くなっている。その恥ずかしさを紛らわそうとしているのか、布団をくるくるといじっている。我が物顔で弄ぶそれは飛真君のもので、あなたのじゃない。

 

「おに……兄がいた方がいいですよね。今呼んで───」

 

きっと今日の訪問は寝耳に水だったはずだ。ここで咲良さんに飛真君と先に会う口実を与えてしまうと、口裏を合わせる時間ができてしまう。

それはダメだ。飛真君は学校に行きたいはずだ。言い含むチャンスを奪えばきっとこっちに来てくれる!

 

「飛真君ー! いますかー?」

 

これで大丈夫。

それにしても咲良さんは随分とふてぶてしい。事情は飛真君から聞いているのに『それで、どうしてここに?』なんて宣う。

めぐねえがわざわざ昨日のことを謝ってるのに、気のない返事だ。

まるで私たちを敵か何かだと思っているかのような態度だ。

 

そうこうしているうちに飛真君が上がってきた。

まず真っ先に気が付いたのは顔にアザがあることだ。そして薄っすらとクマができている。

様子を尋ねたい衝動に駆られるけど、今は我慢だ。学校に戻ってから聞けばいい。

 

めぐねえはさっきとは打って変わって明るくなった。直樹さんも目的の人が来て安心したみたいだ。

飛真君は突然の訪問にちょっと驚いているみたい。困惑しているようにも見えるのは気のせい、だよね?

 

「手紙の通り迎えに来たんですけど……ちょっと()()()()()()()()があって」

 

助けてほしいこと。この言葉を聞いたとたん、飛真君は積極的になった。

 

ラジオで誰かの救援メッセージが流れた時は本当にびっくりした。その人がどうやら直樹さんの友達らしいことが決定打になって、助けに行くことが決まった。

 

飛真君はびっくりすることも、逡巡することもなく、情報だけを矢継ぎ早に聞き出してあっという間に出発する体勢を整えてしまった。

私はその前のめりさに圧倒されて、何もできず、ただポカンと考え事をしていた。

 

……もし、ラジオの主が知らない人だったら私たちは助けに行かなかったかもしれない。

駅は危険な場所だ。そして、私たち自身も万全ではない。学校の修繕がまだまだ残っているし、そもそも部員が、揃っていない。

あの雨の日に彼がいてくれたら、もっと被害が少なかった。迎えに行く必要もなかった。救出の方針で意見が分かれてぎくしゃくすることも、なかった。

 

……やめよう。過ぎたことを責めてもどうしようもない。

 

今目の前にいる彼は、私たちにそうしてくれたように、()()()()()()()誰かを助けようとしている、ように見える。ひたむきな彼を見れば、小言など吹き飛ばされてしまう。

だけど一刻も早く、一刻も早くと急ぐその姿勢は、どこか暴力的だ。

 

「準備できました。行きましょう!」

 

助けに行くこと()()が決まって、事態は今まさに動き出そうとしていた。

飛真君は私たちの返事を待たずにズンズン梯子に向かっていった。

 

ちょっと待って

 

そんな言葉すら口から出る前に、

 

「あ、咲良。下に煮っころがしあるから仕上げよろしく。竹串刺して難なく通るようになったら頃合いだから」

 

「家を頼むよ。()()()()()()

 

降りていってしまった。

 

彼が残した言葉が、私の中で劇的な効果を及ぼすまで少し時間がかかった。

 

信じられなかった。

ありえない。

どうして?

 

しかしもう明らかだ。彼は、学校で暮らさずにすむ口実に飛びついた。露骨なくらい、必死に。

 

「……兄は、突っ走る性格なんです。しばらくの間ですけど、兄をよろしくお願いします」

 

混乱する脳内に、追い打ちがかかる。

咲良さんの口の端に残った笑みに怒りを覚えることも、まだできなかった。

何が彼をそうさせたのか、まだ整理できていない。目の前の女なのか、私なのか、それ以外の理由なのか。それとも、彼自身の気持ち……

 

「……若狭さん、私たちも行きましょう。急がないと」

 

めぐねえの声にハッとする。すでに直樹さんは降りていた。

でも、私はまだ動けなかった。どうしても聞きたいことがある。

 

「どうして、飛真君のベッドで寝ていたの?」

 

「日が当たって寝心地がいいからですよ。そうだ、あのメモは若狭さんが書いたんですか?」

 

機嫌の良さを隠そうともしない能天気な返事。そんなのは嘘に決まってる。本音が返ってくるなんて思った私の方が悪かった。

 

「そうよ。あんなの、不健全だわ」

 

「ご忠告痛み入ります。でも、若狭さんは私たちの関係を誤解してますよ。私とお兄ちゃんは、ただ仲良く暮らしているだけです」

 

よくもいけしゃあしゃあと。虫唾が走る。

 

「仲良くと執着は違────」

 

「李下に冠を正さず、ですよね。これからは気を付けます。でも、勝手に詮索して妄想を募らせるのも、いけないことだと思いますよ?」

 

「……もう、いいわ」

 

これ以上話しても無駄だ。彼女は、自分がやってることが異常だと気付いているのだろうか?

ペラペラと回る口に、塗りつぶしたように真っ黒な目。大きくぱっちりしている目だからこそ、そこにある狂気をはっきり映し出している。

私は怖くなった。飛真君はこんな女と一つ屋根の下で暮らすことを強いられているのか。

 

飛真君はやっぱり、学校にいるべきだ。私が、私が、ここから救い出してあげるんだ……!

 

気持ちを新たに、梯子を降りる。

 

「お兄ちゃん! いってらっしゃい!」

 

行動を始めた私たちの後ろから場違いな声が響く。ゾンビたちは音に反応する。こんなことをするのはご法度だ。

きっと私への当てこすりだろう。でも、これは飛真君の身にも危険が及ぶ行為だ。大切な家族の安全より、自身の感情を満足させる方を優先する。

これが、あの女の本質なのだろう。

 

色々考えたいことはあったけど、車までの細い路地は見通しが悪くて、とても考え事をしている余裕はない。

車に戻ってきてからも飛真君は考える時間を与えてくれない。救出者の容態を聞いたらまた一方的に作戦を決めた。それは飛真君のワンマンといっていいくらいの内容で、私たちを全然信用していないように感じて、少し悲しかった。それに、彼が担う役割が重すぎる。

めぐねえと一緒に反対してみたけど、色々な理由をつけて一蹴されてしまった。

 

駅に近づくにつれてゾンビは増えてきている。だけど、飛真君が前で頑張ってくれているので、私たちは一度も車から出ることなく目的地まで着けた。

自転車を自由に操り、行く手を阻む存在を処理していく彼は、この世界を何年も生きているかのように手馴れて見えた。

彼がいれば、きっと私たちはどんな困難にでも立ち向かえるだろうな。

 

……あの時、飛真君は()()()()()と言っていた。しかしその実、取った行動はその言葉とは裏腹のものばかりだ。

本心は何? 私たちのことが疎ましいなら、どうして今こうやって協力しているの? 

窓の外を睨んでも、答えは返ってこない。

 

私たちは車から降りて、武器と防犯ブザーを取る。ここは開けた場所で、どちらを向いてもゾンビがいる。

正直怖い。だけど、飛真君が救出に専念できるように私も頑張らないと!

 

彼が頷いたのを見て防犯ブザーを放る。爆音がここを支配すると同時に彼はものすごい勢いで構内に入っていった。

近くにいたゾンビはこの音に耐えられず動きを止め、遠くにいる者は吸い寄せられるようにこちらにやって来る。

時間が命だ。私は彼のことが気になってしまい、逸る思いで駅を見遣っていた。

 

一秒が何分にも思えた。そんな中でも飛真君が来たのを早いと思ったから、一分も経っていなかったのかもしれない。

人を乗せているというのに、行き以上に速い。こちらには目もくれず、車めがけて全力で漕いでいる。

 

その雄姿に私はちょっと見とれていた。だから迫ってきていたゾンビに気付くのが遅れてしまった。

振り向いた時にはもうゾンビが目の前にいた。

逃げるか、戦うか。逡巡する暇なんてない。私は短く息を詰めて、頭めがけて持っていたナタを振り下ろす。

 

グサッ!

 

私は、勝手に、スイカ割りみたいに身体が真っ二つになるんだと思っていた。だって思いっきり振りぬいたんだもん。そうなる、はずだった。

 

アアアアア……!!

 

でも、実際は、頭蓋骨に阻まれ、アイスにスプーンが添えられているように、ゾンビの頭にナタをトッピングしただけだった。

 

「いっ、嫌っ!!」

 

く、喰われる……

逃げないと逃げないと逃げないと

気持ちはもう車へ走り出しているのに、何故か手に地面の感覚が。

あまりにも、あまりにも甘い見通し。つい数秒前まで抱いていた子供みたいな見通しがガラガラと壊れて、私は、私は、尻もちをついた。

 

ゾンビはへたり込んでしまった私に食らいつこうと試みている。口は高い位置にあるから、今の私は食べづらいんだな、と頭は勝手に考える。

急いで後ずさって走れば逃げられるかもしれない。少なくとも、必死にそれをしないと。

でも、動けなかった。力が、完全に抜けていた。

 

助けて助けて助けて

 

その代わり、私を救ってくれる誰かを、願った。

 

ドンッ!!

 

大きな音と共に目の前のゾンビが消えた。

その変化を処理できずにいたら、

 

「若狭先輩!」

 

彼が、現れた。

 

「あ、頭、ちゃんと、狙った、のに……」

 

飛真君が来て、私が最初にしたことは、言い訳だった。

間抜けな、役立たずの、弱々しい私を少しでも隠したかった。もう遅いのに。

そんな私には目もくれず、彼は辺りを見回した。胸を押さえ、苦しそうだ。

 

助かった。安堵感がゆっくりと大きくなる。

そんな折、音が消えた。

 

音のない世界に来たみたいだった。私たちを守っていた電子音はもうどこにもない。

ややあって、私の耳は今まで聞こえなかった飛真君の荒い呼吸を捉えた。

私を助けるために、彼はどれだけ必死だったかを、やっと理解した。

 

飛真君の行動は早かった。息継ぎをすると、自転車をゾンビのいる側へ放り込んだ。スコップも。

大きな音がゾンビを引きつける。彼はそれをじっと見ながら呼吸を整えようとしている。

私はまだ動けなかった。動け動けと何度も脳が指令を出しても、身体は釘でも打たれたかのようにそのままだ。

 

へたり込んだままの私を彼は抱え上げた。地面の冷たさ、食い込む砂利の感覚がなくなり、ふわっと宙に浮いたかと思うと同時に、彼の腕の確かさが私を包んだ。

彼は歯を食いしばって、目は車をまっすぐに見つめている。絶対に私を救うという目的だけがその瞳に映っていた。

揺れる視界で頭がクラクラする時に、そんな飛真君の顔が目に飛び込んできて、私の中にある何かが弾けた。

同時に強烈な飢餓感が身体中を駆け巡る。離れたくない。

それを満たすために、やっと自由に動けるようになった手は、いつの間にか彼の首に回っていた。

 

「いきますよっ!」

 

めぐねえの声と、急加速による重力。この二つでやっと私は我に返り、車に乗っていたことを知る。隣で飛真君がそのまま死んでしまうんじゃないかと思うほどの激しさで呼吸を繰り返していた。

ゾンビも学園生活部も彼のことすらも意識の外で、さっきまであの浮遊感に全てを委ねていたことに愕然とする。

しばらくは放心状態だった。私の中で何かが決定的に変わってしまった。そして、それを自覚するほどに、私の晒した醜態はますます耐えられないものに思えていった。

 

飛真君が助け出した人の自己紹介も、それからの会話も遠くで聞いているみたいで現実感がなかった。私が上の空のままでいることをみんなは心配しつつ訝しんでいる。だから車内がどんよりとした雰囲気になっていることはよく分かっていた。

 

恥ずかしかった。私たちは飛真君に協力を要請するために彼の家を訪れて、私はそこで彼を助けるんだなんて思い上がりを抱いた。そしたらどうだろう。私は本来の目的である救出の役に立たないばかりでなく、助けられる側になってしまった。

私を助けるために彼は全てをなげうった。自転車もスコップも、ずっと行動を共にしてきた大事な携行品だったはずだ。

 

これが最初じゃない。もう二度目だ。こんなに助けられたのに、私は今も昔もお荷物で、何も返すことができない。

()()を確信するには、一回で充分だ。今回のは必要のない、ただただ彼を疲弊させ、危険に放り込んだ、私の失態だ。

 

助けてもらって、私はこうやって生きている。その命を無駄にはできない。差し当たって私がしなければいけないのは、飛真君に迷惑をかけないように大人しくしていることだ。

ちらと左右を見ると飛真君と美紀さんが窓の外を警戒している。

前を向いていても同じだ。めぐねえは真剣な表情で車を運転している。圭さんは休んでいいと言われていたけど、そんな気分にならないのかしきりに外を見ている

 

何もしていないのは私だけだ。めぐねえの車は小型車だから後部座席に3人も乗るとかなり窮屈だ。どうしてもお互いに触れ合うし、静かだから息遣いも聞こえる。

私は、邪魔だ。そのことを強く感じる。

飛真君は窓に身体を押し付けるように座ってこちらを見ようともしてくれないし、極力私と触れないようにしているみたいだ。

義務感から助けただけで、本当は私のことを疎ましく思ってるんじゃないか。

悪い想像は打ち消せないばかりか、どんどん拡大していく。

 

……私のことはもう用済みなんだ。あんなに献身的に助けてくれたのに。

自らが嵌り込んだ死の淵を自分以外の力だけで這い上がってしまった私の気持ちなんて、どうでもいいんだ。

 

彼を責めるのはお門違いだ。まだ私は飛真君にありがとうも言ってない。救出は成功したんだ。一人だけめそめそしているのはダメだ。

そんなことは分かってる。

だけど、だけど、だけど……

 

「ごめんなさい。私の、私のせいで……」

 

泣いてしまった。車の空気が変化したことを感じる。でもどうしようもない。もう自分から泣き止むことなんてできない。

気持ちを外に出せば楽になるのかもしれない。でも、こんなにも脆い自分をみんなに晒したことが恥ずかしくて私はむしろ、どんどん追い込まれた。

 

「えっと、どうしたんですか? 謝ることなんて何も……」

 

案の定飛真君は反応した。当然だ。これは、彼に向けて言ったのだから。

 

「私、何もできなかった。そればかりか、足を引っ張って。飛真君がいなかったら、私、死んでた。こんなことばっかり。勇み足で行って、みんなに迷惑をかけて、自分は、ずっとお荷物で……うっ……」

 

自責の念。これは嘘じゃない。でも、私はそこまで実直じゃない。本当に欲しいのは……

 

「そんなことないですよ、若狭さんのおかげでみんな無事にここにいるんですし。疲れているから悲観的になっちゃうんですよ。若狭さんは休んでてください」

 

来た! 待てを解かれてやっとご飯にありつける犬みたいに彼の言葉を貪るように聞いた。

優しい彼ならこう言ってくれると確信していた。震える声音には善良さがにじみ出ていた。

ゴクゴク言葉を飲み込んで、気づく。

 

満たされない。

 

海水を飲んでるみたいだ。渇きは強くなるばかり。どうして?

 

……そうか。帰る場所が私とは違うからだ。今はこんなに近くにいるのに、飛真君はあの女の元へ何も知らずに行ってしまうんだ。

だから彼の言葉は私の心を素通りするのか。

 

じゃあ、じゃあ誰がぽっかり空いた私の心を埋めてくれるの?

 

………………ほしい。

 

「飛真君の方が絶対疲れてるのにっ、私だけ休むなんてできないっ!」

 

慰めてほしい。宥めてほしい。構ってほしい。ずっと傍にいてほしい。そんなことないよって、怖かったよねって、無事でいてくれて良かったって、家には帰らないよって、言ってほしい。

もっともっともっと関心を、献身を、優しさを、私に注いでほしい。

 

飛真君が息を呑むのが分かる。きっと必死に私に掛ける言葉を探してるんだ。

 

……ああ、今の私って赤ちゃんみたい。泣き叫んで彼のすべてを手に入れようとしてる。

虚しいよ。悲しいよ。恥ずかしいよ。でも、でも、抑えられない。

 

 

私もう止められない。助けて、飛真君。

 

 

 




イベント入れすぎて時間が全然進まない!

タグを追加しました。予防的に。深い意味はなく。念のため。
容疑者は「書き分けられるかわかんねぇけど、書きたくなった」などと供述しており……


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救出作戦 帰り

はぁはぁはぁ……危うく失踪するところだった。


 

はい。まぁ、始めていきましょう。

 

兎にも角にもりーさんを宥めなくてはなりません。

しかし、どうしよう。自暴自棄になってるので脳死で慰めテンプレートを打ってると逆効果になってしまいます。

正気を失ってるわけではないんですよ。だからきちんとツボを付く必要があります。

ツボを正確に付ければ短時間で決着が付きますし、頓珍漢なことを言えばいつまでも続きます。

 

こうなった原因としては、「役割の不在」が大きいでしょうかね。妹もこれが理由で正気度をぶっ飛ばしてましたし。ここから攻めてみましょう。

あの時どうやって機嫌直したんだっけな……ええっと、抱き寄せて頭撫でてましたね。

 

ハイ却下。

 

そんなことをしたら(社会的に)死んでしまいます。ここには当事者以外に3人も証人がいます。満場一致で武器もない丸腰の状態で外に放り出されるのがオチです。

 

他にはなかったか……あ、その前に色々言って宥めてましたね。妹は結構手伝いとかしてくれてたんで、無理にひねり出した感がなくてホッとしたのを覚えてます。

今回の場合に当てはめてみますと……ダメみたいですね(貢献)

りーさん助けられてばっかじゃないですかやだー

学園生活部員からすれば、りーさんは家計簿作ったり裏方で活躍しているって言えるのでしょうけど、飛真君は幽霊部員ですからね。そんなこと知りません。

飛真君目線から見れば、りーさんは助けねばならないか弱き乙女です。活躍を強調したくても材料を持ち合わせていません。

 

うーん。想像以上に分が悪いぞ……

 

とりあえずなんか言わないと。間が空きすぎてなんかりーさんの無能を肯定しているみたいになってしまう。

 

「僕は大丈夫です。まだまだ動けます。だから、僕のことは心配しなくていいですよ」

 

「さっきまであんなに苦しそうだったのに、大丈夫なはずがない。代わって。私が、私が外を見ておくから……」

 

こんな狭い車内で席を入れ替えるのはめんどくさいので嫌っす。

第一、発狂空けかつ絶賛ヒステリー中の人が冷静に外を警戒できるとは思えない。

 

「い、いや、僕がやりますから。休むのも仕事というか、席を代わるのは無理がある──」

 

「無理?」

 

「あっ、その、そういう意味じゃなくて、現実的じゃないって意味です」

 

「どうして? そんなことない。私にだって……」

 

ただでさえ後部座席はぎゅうぎゅうなんですよ。窓に張り付いていないとりーさんと飛真君はどこかしら触れます。

そんな中、無理やり席を代ろうと迫ったらどうなるか。

カメラワークを工夫すればとんでもないシーンに見えます。位置関係が逆だったら完全に犯罪ですよ。

これは止めねばならない!(風紀委員)

 

「大丈夫です。大丈夫ですから!」

 

ここでりーさんの肩を抑えるのは、仕方ないね(レ)

 

「私には何も任せてくれないの? 役に、立ちたいだけなのに……」

 

「で、でも、今の若狭先輩はすごく体調が悪そうです。活躍できるときは学校に帰ってからでもあるはずです。だから今は休みましょうよ」

 

ポロポロ涙を流しててなんだか調子狂いますね。この調子だと水掛け論で終わっちゃいそうです。

まだまだこれ続くのぉ!? ハァ……(クソでかため息)

 

「でも飛真君、家に帰るんだよね? それだと私、何も返せないまま。だから、今しかないじゃない!」

 

「ぼ、僕は別に、見返りを求めて助けたわけじゃ……」

 

「二度も助けられたのに、私は何もできずに飛真君を苦しめるだけ。私なんて、助かるべきじゃな────」

 

おっとお? これは看過できませんね。

もうなんか相手するのめんどくさくなってきちゃったんで、飛真君にはちょっとキレてもらいましょう。

向こうのペースに飲まれてしまっているんで、糸口を見つけるためにも感情を出します。

好感度下がっても学校で暮らさないからヘーキヘーキ!

 

「助けるのに理由が必要なんですか!? さっきから返すとか役に立つとかそればっかりです。なんでそんな風にしか考えられないんですか!?」

 

「わ、私は、」

 

「僕は助けたいから助けたんです。先輩が危ないと思ったら、身体が勝手に……」

 

「…………」

 

「助かるべきじゃないとか言わないでください。僕は先輩が助かって心底ホッとしたんです」

 

「本当……?」

 

「当然じゃないですか。誰も死んでほしくないですよ」

 

「それは、その通り、だけど……」

 

目には目を。ヒステリーには怒号を。ひとまず上手くいったようです。

おかげで何となく的が見えてきました。

これは、成長欲求(Growth)人間関係の欲求(Relatedness)の二兎追うスタイルですね。どちらかというと人間関係の欲求の比重が重いと見た!

助けられるばかりは自分が居てはいけないみたいで嫌。だから成長したい。でも、今は何よりも肯定が欲しい……といったところでしょうか。

苦境をバネに変えられないタイプ、分かります。

人はパンのみにて生きるにあらず。一番の特効薬はめぐねえホールドです。でも、本人は運転中で手が離せない状況です。

ペラペラと出来あいの言葉と態度を繰り出すのは好きではありませんが、仕方ない。そうでもしなければこの状況を打開できそうもない。道義心で助けましたって言っても立ち直ってくれないでしょうね。

寄り添う感じで進めていきましょう。

 

「それに、先輩にはなんだか運命っぽいものを感じますから」

 

「え?」

 

「この前も間一髪でしたよね。先輩がピンチの時に、ちょうど助けられる位置に僕がいた。偶然と言えばそれまでですけど、それがなければ僕たちはこうやって話すこともできなかったと思うと、ものすごい偶然だなって」

 

「………………」

 

「明日の命も分からない世界に急に放り込まれて。そんな中で妹とどうやって暮らしていこうって、悩んだし、心細かったんです。だから先輩に会えて嬉しかった」

 

「私は何も」

 

「そんなことないです。さっきの取り乱した先輩を見て、僕と同じように、先輩もどうすればいいのか分からなくて、ずっと不安だったのかなって思ったんです」

 

「ごめんなさい。迷惑、だったよね……」

 

「そうじゃなくて、全然達観できてない所が安心できるんです。だって、みんなゾンビになっちゃいました。誰もこんなことを経験したことはない。それなのに少しの失敗が命に関わる。こんなの、耐えられないですよ」

 

さっきのヒステりーさんは息を潜めて、じっと飛真君の話を聞いてます。

目に涙をためて、今にも泣き出しそうです。

これは効いてますね。あともう一押し!

 

「ピンチだったら助けてって言えばいいし、辛かったら泣いていいんですよ。そのために僕たちは一緒にいるんですから。僕たちは奇跡的にあの災厄を生き抜いた()()です。仲間のためにできることがあったら、僕はそれをしたい。この世界で共に生きていきたいんです」

 

「一緒……? 運命……?」

 

「へ?」

 

なんや。急に眼がキラキラしだしたぞ。涙で濡れてるせいかな。

頑張って言葉を選びました。()()って言葉を使ったらそれを半ば認めることになりますからね。

あくまでも同じ被災者として、です。

阿る感じになったのはしょうがない。ヒステりーさんの対応してると正気度が微妙に削れていくから。

早く終わらせるために彼には軽薄になってもらいます。

 

「そっか、そうだったんだ……思い込みなんかじゃ、なかったのね……!」

 

「えっと」

 

「うっ……ごめんね、嬉しくて……涙が、勝手に……」

 

そのまま泣いちゃいました。本当はハンカチとかを渡すべきなんでしょうけど、持ち合わせがないです。

一応、場は収まったかな?

だからといってほっとくのもなんか薄情ですし、窓の外をチェックしながらチラチラりーさんの方も気に掛けます。

ほぼほぼくっついてるような距離感なのでどっちの方向いてるとか気配でわかっちゃうでしょうし、こういう配慮は大事です。たぶん。

 

愁嘆場があったせいで車内はすげー空気です。倍速でいいかな? いいよね。

本当は家の近くで降ろしてもらいたいんですけど、あんなこと言っといてそれはできないですね。

今の学園生活部は戦力に不安がありすぎるのでセーブスポットまで連れていかないとダメですね。

そもそも武器もチャリもない。学校で代替品を調達しないと帰宅すらままならない。

ちゃんと水筒は持ってきているのでガバにはなりません。

学校の浄化水を飲んでおいて感染予防するのはむしろ正しい動きかもしれない。

自宅警備員は身体が資本ですからね!

 

 

学校が見えてきました。倍速にすると、あっという間だぁ(げっそり)

相変わらずグラウンドにはゾンビがちらほらいます。

屋上には……くるみちゃんがいます。帰りを待っていたようですね。

 

「祠堂さん、もうすぐ学校です。階段は、登れそうですか?」

 

「ゆっくりなら、たぶん……」

 

「私がついていきます。飛真君は私のバットを使って後ろを守ってもらってもいいですか? 前は直樹さん、お願いします」

 

「「わかりました」」

 

「二階に恵飛須沢さんが来てくれることになってます。何とか一階をやり過ごしましょう!」

 

ゴr……彼女の助けがあれば楽勝ですね。

バットは慣れてないですが、役目を仰せつかった以上、弘法筆を選ばずということを見せつけてやりますか!

 

一階は外から入り放題なので長居してても一向に安全になりません。逃げるが勝ちです。

前にいるゾンビたちは音やケミカルライトで対処できますけど、こちらに気付いて迫って来るゾンビは倒さねばなりません。圭ちゃんに速度を合わせているので撒けない。

だから、飛真君は後ろを守る必要があったんですね。

 

役割を指定されず、武器もないりーさんは……飛真君のちょっと前をうろちょろしてます。

課題発見力を身に着けてほしいというめぐねえの願いでしょうね。たぶん。

またさっきのが再発したらたまったもんじゃないので、横を警戒するように伝えておきます。

 

幸い一体づつ処理できたので慣れない武器でも余裕でした。二階にいる間はくるみちゃんがいるおかげで何もせずに済みました。

ボロボロのバリケードを超えれば……セーフエリアだぁ!!

 

「みんなおかえり!」

 

「ただいま。ちゃんとお留守番してましたか?」

 

「してたよ!」

 

「どうですか?」

 

「ああ、ちゃんと大人しくしてたぜ。あたしが保証する」

 

「もー! なんで信用してないのー!」

 

賑やかになりましたね。ゆきちゃんの場を和ませる力は絶大です。

りーさんも笑ってるし、車内とはえらい違いだ。

これにて一件落着ですね。

長居はムヨウラ! ということで水筒に水を補給してさっさとずらかりましょう。

 

生徒会室からは一旦離れて手近の蛇口に行きます。

身に着けているポーチの中は水筒を除くとせいぜい携帯用の応急セットくらいしか入ってないです。

容量の半分以上を空の水筒が占めているのですから違和感がすごいです。

ツッコまれたら上手く答えられないのであまり見られたくはないですね。

 

トポポポポポ……

 

「飛真くん」

 

ヌッ! りーさんか。早速バレてしまいました。

 

「あっ……何ですか?」

 

()()()そろったことだしお昼にしようと思うんだけど、何か希望はある?」

 

え、お昼食べるの既定路線なの。たしかにお腹は空いてますね。

でも疲れているし早く帰りたい。うーむ……

 

「あ、無理に考えなくてもいいよ。たしか、アレルギーとかはなかったよね?」

 

「はい。だけど家に妹────」

 

「いけない! そういえば飛真くんは部員になってから初めてここに来たんだよね。飲み物を置いてる場所とか、わかんないよね。ちょっと待ってて。祠堂さんも呼んで、学校の案内するから!」

 

行っちゃった……

たしかに、水以外にも武器も持っておかないとダメだな。あわよくば自転車も。

別に今すぐ家に帰らないといけない訳ではないですしね。少しここで休憩してからでも大丈夫でしょ。

 

まずは水筒の中身を一杯にして、自らも水を飲みましょう。

はい! これで感染予防ができました!

空気感染は完封、噛まれてもだいぶ保ちます。理屈は知らん。

 

丁度良く圭ちゃんがみーくんに付き添われて来ましたね。

ゆきちゃんがつられて寄ってきて、それを諫めるためにめぐねえが……

いや、結局全員集合じゃん。

 

「みんなついて来ちゃって……」

 

「先輩として、私が案内する!」

 

「ゆき先輩変なこと教えないでくださいよ」

 

「教えないよ! えー、まずここが教室で……それでこっちも教室!」

 

「……やっぱり私が案内するわ」

 

セーフエリアは3階だけみたいで、案内自体はすぐ終わりました。

尤も、みんなこの学校で学生なり先生をしてたんですから大して説明することもありません。

耳よりの情報としては職員用の更衣室にシャワーがあることですね。

まるでこうなることを予期してたみたいだぁ(白目)

 

「えっ、この学校って3階にもシャワーあったんですか!?」

 

ここの学校の生徒でも知らない人多いでしょうね。案の定圭ちゃんも知らなかったようです。

 

「な。珍しいよな。おかげで大助かりしてるよ」

 

「二人ともシャワー入ったら? 私たちはその間にお昼の準備をしておくから」

 

「いいんですか!?」 

 

「もちろんよ。飛真くんも遠慮しなくていいのよ。()()なんだから」

 

もちろん入りたい。清潔さは病気のリスクを減らすだけでなく正気度も改善してくれます。

シャワーは貴重なので効果も高いです。

しかし、こうあからさまに()()と言われちゃうと肯んじにくい。

それに、勝手にシャワーなんか入ったら絶対妹が怒る。

ズルい! 私も学校行く! ってなりかねん。

妹だけで行ってこいともなりませんからね。喧嘩は必定。敗北は目前。抵抗しましょう。

 

「いや、でも、服が……」

 

「服なら購買部にあるわ。上から下まで全部揃ってるはず」

 

そうなんですよね。ここの購買部、コンビニ以上に品ぞろえいいです。

なんでなんでしょうねぇ?(すっとぼけ)

 

「あたし取ってくるよ」

 

「タオルはこっちに。シャンプーとかは何種類か置いてあるから合うのを使って……あ、男子の方はまだ何も置いてなかったわ」

 

「じゃあ、飛真くんはコレ使って」

 

「用意早っ。でもいいのか? りーさんがいつも使ってるやつじゃん。ショッピングモールに行った時わざわざ持ってきて、もう在庫ないんだろ?」

 

「なくなったら他のを使えばいいわ。それに、戻すのもめんどくさいし……」

 

ここまでされたら入るしかないですね。しょうがねぇなぁ~^^

皆さんのご厚意を無下にはできませんねぇ!

妹には返り血がすごくて仕方なく身体を洗ったと言っておきましょう。

服が変わったのも説明できます。

 

お言葉に甘えて入ることにします。

さすがに下着は自分で選びたいのでくるみちゃんについていって服を調達します。

 

後はもう、更衣室に入って、蛇口捻って、身体洗いまくりですよ。

いやー、一週間以上シャワー浴びてないですから。ここまでくるとなんかワクワクしてきますね。

正気度がみるみる回復してます。久しぶりだとこんな感じで回復幅が大きいです。

 

ふぅ、ビール! ビール!

冷えてるか~?(発狂リスク)

パパッと着替えて、終わり! 閉廷!

ここに居ても暇なだけなので生徒会室にでも行きますかぁ

 

「あっ、飛真くん。もう上がったの?」

 

りーさん!? ビックリした。開けたらすぐいるんだもん。

(ドアの前に立つのは)やめようね!

 

「まぁ、烏の行水なので。シャワーありがとうございます。さっぱりしてすごく気分がいいです」

 

「ふふっ、お礼なんかいいのよ。洗濯どうしようと思ったんだけど、上着とかは血で汚れちゃってるよね……」

 

「はい……不衛生なので洗わず捨てた方がいいと思います」

 

「もったいないけど、仕方ないわね。じゃあ、血とかで汚れてない衣類は洗っちゃうからそのままにしておいて」

 

血が全くついてない服なんて、パンツくらいしかないんですがそれは……

指摘はしません。面白そうなので。

 

「お昼はもうすぐできるから、ちょっと待ってて。部室にはみんな集まってるけど、騒がしいかも。空き教室に寝袋とか一式あるからそこで……」

 

「いや、()()()()の方に行きます。賑やかな方がいいです」

 

「じゃあ()()はこっち……ってさっき案内したばっかりだったね。私はこっちでお昼を作ってるわ。できたら声をかけるね」

 

はははははは……

表情はにこやかなままだけど、なーんか凄みがありますねぇ

部屋の呼び方なんてどうでもいいとおもうの(震え声)

 

生徒会室には圭ちゃん以外は全員揃ってますね。これだけいると、確かに狭いかも。

 

「あっ、戻ってきた! ねーねー、大富豪やろうよ!」

 

ゆきちゃんは相変わらず元気いっぱいですね。

もちろんやります。

 

「はい、新しい人が入ったから役割は一旦リセット!」

 

「ゆき先輩最初からそれを狙って……」

 

「ズルいぞ!」

 

「ふふふ……でもくるみちゃん。リセットになれば貧民から抜け出せるよ?」

 

「ゆきの提案を強く支持します」

 

「口調変わってる……。飛真君は平民スタートでいいじゃないですか」

 

「みーくんは大富豪だからそんなことが言えるんだよ!」

 

「私はどっちでもいいけど……」

 

いいですねえ、この賑やかさ

まさにがっこうぐらしって感じです。

 

これはミニゲームの「大富豪」ですね。学園生活部の面々との関係が一定以上だと誘われることがあります。

一緒に遊ぶとさらに仲良くなれますし、正気度にもプラスの影響があります。

遊んでばかりいたら学校の開放が進まないのでやりすぎは禁物ですが、一粒で二度おいしい良イベントです。

ちなみに、りーさんとみーくんは強いです。虎視眈々と一抜けを目指してきます。

めぐねえと圭ちゃんは普通。くるみちゃんは浮き沈みが激しいです。

ゆきちゃんは弱いです。配役が強くても何故か負けてます。

 

今回はりーさんがいないのでみーくんの独壇場でしょうね。

 

 

~資本主義学習中~

 

 

「みんなー、できたわよー」

 

お。できたみたいですね。

初めは安定して富豪の地位を守ってましたけど、途中で圭ちゃんが入ってきて大荒れの展開になりました。

人数が増えたのにゆきちゃんが革命を起こして、やっぱツキは持ってるなと思いました(こなみ)

 

放送室兼キッチンダイニングにぞろぞろ移動します。

 

「わっ、これ……パンケーキ!?」

 

「なんかリンゴの匂いもするぞ!」

 

「新しい料理に挑戦してみたの。上手くできてるといいけど……」

 

「もう、二人とも棒立ちにならないで。後ろが詰まってるわ」

 

見た目は本当にパンケーキです。でも、卵とか牛乳がないと作れないはず……

どうなってるんだ??

 

と、とにかく、食べてみましょう。

 

「「「いただきまーす!!!」」」

 

「おいしい!」

 

「もぐもぐ……おいひい……もぐもぐもぐもぐ」

 

「ちょっと! お行儀が悪いですよ!」

 

「そうだぞ……もぐもぐ……食べてるときは……もぐ……しゃべっちゃダメなんだぞ……もぐもぐ」

 

「恵飛須沢さんもです!」

 

本当に美味しいみたいです。みんな幸せそうな顔をして頬張っています。

これは料理上手ですね。

 

トランプ遊びをした後、おいしいお昼。……最高か?

 

「飛真くんは……? どう、おいしい?」

 

「はい。フォークが止まらないです。でもこれ、卵も牛乳も使ってないですよね。どうやってこんなにふんわりおいしく仕上げたんですか?」

 

「気に入ってくれてよかった。それはね、りんごジュースを使ったの」

 

「りんごジュース?」

 

「そう。だけど、それだけじゃふっくらしないからサラダ油を────」

 

ほえー。すんごく丁寧に教えてくれました。

ジュースでも缶入りなら保存効きますよね。完全に盲点でした。

りーさんの料理に関する知識とアレンジ力は本物ですね。とても勉強になります。

 

「ねぇねぇ、りーさん!」

 

「ん? 何?」

 

「飛真君とばっかり話しててずるいよ!」

 

「ゆきは大富豪で遊んだんでしょ。私はその間、料理してたんだから」

 

「ぶー、そうだけどさー」

 

料理の話に夢中で周り見えてなかったわ。もう食べ終わってるし。他の人も既に平らげてますね。

 

「そういえば、青木は()()()来たのか?」

 

遂に聞いちゃいましたか。

そりゃ家に来てなかったんだから疑問に思いますよね。

 

「……一人で来た。妹はまだ家にいるから、帰らないといけない」

 

「帰る……? あっ、ここで暮らしてたわけじゃなかったんですね」

 

圭ちゃんにはここらへんの事情は全く話してなかったですね。

それは仕方ないとして、なーんで空気の質量が急に増えるんですかねぇ

さっきまで超にこやかに話してたりーさんは、表情そのまま、目は笑ってないという非常に器用なことをしてます。怖いですね(震え)。

 

 

「えー! 一緒に来ればよかったのに」

 

「そうしたかったんだけど、妹はあんまり戦い慣れてないから。次は連れてくるよ」

 

まぁ次なんてないけどナ。

 

「ふふ、楽しみだわ」

 

「早く会ってみたいな」

 

「……ごちそうさまー。食べたら眠くなっちゃった。お昼寝しちゃおうかな」

 

「ゆきはホント自由だなー」

 

「食べ終わったら作業を始めますよ。今日中に二階を取り戻さないと。まずは歯を磨きましょうね」

 

「ぶー、分かったよー」

 

「私は何をすれば……」

 

「祠堂さんは足のこともありますし、休んでいてください」

 

各々散っていきました。飛真君は特に言及されませんでしたね。残ってるのは皿を洗っているりーさんだけです。

とは言え、さぁ食べたし帰るかーって訳にはいきませんよね。ごちそうになったし、何か手伝ってから帰りますか。

自分にできることといいますと……二階の開放ですかね。

外に比べれば安全な環境で経験値を稼げるのでうま味です。

 

武器は放送室のロッカーで調達します。

ありました。自在ぼうきです。

学校ではお馴染みの掃除道具ですよね。威力は全然ないですが、リーチはそれなりにあります。

 

「飛真くん、ほうきなんか持ってどうしたの?」

 

「これを使って下の手伝いに行こうかなと」

 

「え、さっきシャワー浴びたばっかりじゃない。汚れちゃう! それに、武器がほうきじゃ危ないわ」

 

たしかにほうきではトドメを刺すのは難しいです。でも、()()()くらいは十分できます。

 

「大丈夫です。みんなもいますし、無理をするつもりもないですから」

 

「もしかして、そのまま帰っちゃうの……?」

 

「そうですね、そうしようと思ってます」

 

長居する理由も特にないしな。

 

「…………そっか」

 

まぁいいや。さっさと手伝いに向かいましょう

 

まずは合流しますか。スコップなら単独でも十分動けますけど、今の飛真君には補助が必要です。

バリケードの見張り番をしてたゆきちゃんに聞いてみたところ、めぐねえとくるみちゃんが下に向かったそうです。予想通り。

 

ああ……いたいた。

スコップの子気味いい音ですぐ分かりますね。

俺も混ぜてくれよォ(スマイル)

 

「うわっ……って青木か。手伝ってくれるのか?」

 

教室はゾンビが数体転がってます。丁度倒し切ったのか。

 

「うん。先生は?」

 

「……そっち」

 

教室の端にいました。全然気づきませんでした。

窓から空を眺めてるみたいですね。

 

「どうしたんですか。顔色が悪いですよ」

 

「ああ、飛真君。あの時できたから、今もできると思ったけど……」

 

あの時?

圭ちゃんを救出した時ですかね。たしか、車に戻る前にめぐねえは一体ゾンビを仕留めてましたね。

 

「手が震えてしまって、結局、恵飛須沢さんの力を借りることに……」

 

くるみちゃんが異常なだけで、そんなもんですよ。

イベントで最序盤に覚醒するくるみちゃんと比べてたら精神もたへんで。

かくいう自分も、ゲームを始めたての頃はゴリラに勝てない勝てないと袖を濡らしていました。

 

「多分、武器の相性が悪いんですよ。交換しませんか?」

 

「えっ、いいけど……飛真君、ほうきじゃ心許ないというか」

 

金属バット、ゲットだぜ!!

返してと言われる前に袖を掴んでグイグイ進みます。

 

「まぁまぁ、次の教室に行きましょう。三人でかかれば余裕ですよ」

 

次の教室は……5、6体か。普通の引きですね。モンスターハウスを当てなければなんとかなります。

 

「先生はほうきを使ってゾンビをつついてください」

 

「でも……」

 

「お願いします」

 

「わ、わかったわ……えいっ!」

 

ほうきではほとんどダメージは入りません。しかし、相手の攻撃が当たらない距離から確実に一撃を食らわせることができます。その際生まれる一瞬の怯みを見逃さなければ……

 

ゴンッ!!

 

慣れない武器でもフルスイングで確殺できます。

 

「ありがとうございます。この調子でもう一体殺りましょう。えっと、恵飛須沢先輩は……」

 

「くるみでいいぜ」

 

「くるみ先輩はあっちをお願いします」

 

「あいよー」

 

あとは流れ作業です。めぐねえも始めの恐怖さえ消えればちゃんと動けます。

直接的に手を下しているわけじゃない分、気も楽でしょうしね。

 

「やった……!」

 

クリアできました。これくらいお茶の子さいさいです。

 

「先生のおかげです」

 

「……そんなこと、ないわ」

 

「先生は、生徒想いのいい人だと思います。でも、最初から最後まで全部一人でやろうとするのはよくないですよ。協力すれば、こんなに簡単なのに」

 

そうです。だから、強い武器を寄越すのです!

なんでほうきなんて貧弱な装備で駆けだしたかというと、はなっからバーター目的でした。

めぐねえには悪いですが、帰るためには必要なことなんです。

 

「ありがとう……」

 

えっ、泣いてる!?

さすがに魂胆バレバレだったか?

 

「あーっ! 先生泣かせたー!」

 

「違うの、恵飛須沢さん。嬉しかったの」

 

「分かってるよ。めぐねえもさ、いつまでも苗字にさん付けしてなくてもいいんじゃないの? 青木は最初から名前で呼んだのにってゆきがぶーぶー言ってたぞ」

 

「そうね、()()()さん。ずっと生徒は苗字で呼んでたから……ちょっと変な感じね」

 

なんか名前イベント来ましたね。

学園生活部同士の絆が深まるのいいゾ~これ。

バット奪って地固まるということですね。(違う)

 

この調子で他の教室も開放していきましょう!

同じことを繰り返すだけなので、倍速でいきます。

 

 

~~3倍速~~

 

 

「これで全部、ですね」

 

「ふぅ~、さすがに疲れるな」

 

「でも、二階は全部開放できました。二人とも、ありがとうございます」

 

バットのいいところは返り血が付きづらい所ですね。

随分振り回しましたけど、大して汚れてません。

これなら着替えなくてもよさそうです。やることはやりました。さっさと帰っちゃいましょう。

 

「ちょうどキリもいいですし、僕は帰りますね」

 

「あっ……じゃあみんなを呼んできますね」

 

「そんな大げさにしなくて大丈夫です」

 

「まぁ、またこっちに来るもんな」

 

ソウデスネ。行けたら行くわ。

おっと、ポーチ忘れてた。水を持っていくのがここに来た目的でしたね。危ない危ない。

 

「飛真くん、もう帰っちゃうの?」

 

「うわっ……って、りーさんか」

 

神出鬼没すぎるだろ! ウインカーでも出してほしいですよ。

めぐねえに至っては驚きすぎてビクンと跳ねました。かわいいですね。

二階はセーフエリアになったので現れてもおかしくはないですけど、タイミングが妙に良すぎる。

これはチラチラ見てましたね(確信)

 

「そのつもりです」

 

「じゃあ、これ……荷物。缶詰とか入れようと思ったけど、邪魔になるかもしれないからそのままにしておいたわ」

 

「帰るときに武器はそれのままでいいのか? あたしの相棒と交換でもいいぜ?」

 

めっちゃ魅力的な提案ですね。くるみちゃんが使ってるスコップは一点ものの専用アイテムとなってます。各種バフが盛られたまさに鬼に金棒のような一品です。くるみちゃんが使えばさらにバフが強化されます。やばい(やばい)。

他の人も使えます。でも、さすがに譲ってもらうのは遠慮しようかな。

 

「それは()()()先輩に悪いですよ。僕はこのバットがあれば、十分戦っていけます」

 

「それもそうか。さっきも使いこなしてたしな」

 

「いなくなるとなんだか淋しいわ。みんな待ってるから、早く戻ってきてね」

 

おっ? なんかめぐねえ攻めてますねぇ。

いつの間にか仲良くなったみたいです。共同作業したもんね! もうマブダチよ。

……いや違うな。釘を刺しただけか。

 

「…………」

 

りーさんはりーさんで微妙な顔してますね。真意が読めんぞ。

この二人はこちらの魂胆に感づいてる節がありますからね。引き伸ばされないうちに帰りましょう。

 

「じゃあ、また」

 

いつか会えるその日まで。

 

「おう。じゃあな」

 

「帰り道気を付けてね!」

 

「……いってらっしゃい」

 

いつ戻るかを聞かれなかったのは僥倖ですね。一名、ここが家だと思ってる人がいますが。これが信頼ってやつですよ。細かいことは気ニシナイ気ニシナイ。

あとはスタコラサッサです。

 

チャリがあればね、移動中も疾走感があって画的にもそれなりに映えるんですけどね。

徒歩だと泥臭いですね。遅い!

自転車を道中探しながらでもいいんですけど、最短距離で帰ります。

ちょうどこの時間は午前中の昼下がり。大抵の人は学校か職場にいるはずの時間ですから外を闊歩するゾンビは意外と少ないです。

この時間の内に帰らないとヤバいです。プレイヤースキルを過信してはいけない(数十敗)

 

危なっかしい割に進みは遅いので大人しく倍速にします。

 

 

~~5倍速~~

 

 

やっと家周辺です。避けることが難しいので会敵が何度もありましたね。

おかげで、もうちょっとでレベルアップできそうです。

ですけどもう疲れが見えてきています。即帰宅しましょう。

ぬわあああああん疲れたむん!(暗黒合体)

 

「…………!」

 

ベランダに妹がいますね。めっちゃ手をブンブン振ってます。ちょうど張ってたようですね。

 

梯子を登れば……帰宅!

 

「おかえりなさい」

 

「ただいま」

 

外から見た時はすごく嬉しそうだったのに、今はなんか平温ですね。

ニコニコはしてますけど。この顔、なぁんか見覚えあるんだよな……

 

「お兄ちゃん」

 

「なに?」

 

「なんで服が変わってるのか、なんで歩いて帰って来たのか、諸々まとめて説明してくれるんだよね?」

 

「」

 

あっ、詰問タイム始まっちゃった。人助けしてきたのに! 

 

なんだか今日は一日が長く感じられるよ……




まだゲーム内時間で1日経っていないという。
長くなってしまいました。

次は、次こそは、妹パートに入ります……!


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待ち人たち 上

これでやっと一日って、コト……!?


 

下手なことを言ったら余計機嫌を損ねちゃうよな。

何を言い、何を言わないか。この取捨選択は大事ですね。

 

「あったことを話すだけなのに、どうしてすぐに答えてくれないの?」

 

せっかちだなぁ

考えてる暇なんてなかった。りーさんの尊厳を守るために車内での出来事は隠して、それ以外はざっくばらんに話してしまいましょう。

 

かくかくしかじか

 

「……へぇ、大変だったんだね」

 

「さすがに疲れたね」

 

「ごめんね、疲れて帰ってきたのにいきなり質問攻めにして。心配、だったから」

 

「まぁ、帰るのが遅くなったのは事実だしな」

 

「でも、お昼食べちゃったんだね。待ってたのに」

 

「それは……」

 

「ううん、いいの。命の恩人だもんね。断る方が不自然だよ」

 

ふふふ。大いなる善行の前には、お昼をご馳走になることも許されるのですよ。

理解のある妹で良かったわぁ

 

「改めて……おかえりなさい!」

 

職質を無事通り抜けました。当たり前です。真面目に人助けしましたからね。

え? 大富豪? なんのことやら。

 

「何か作る?」

 

「へいき。お兄ちゃんは休んでてよ。時間も遅いし、乾パンとかで済ませようかな」

 

乾パンか。なら喉が渇くよな。

水チャンス到来! 早速浄化水で感染対策してもらいましょう。

 

「なら、水分も摂らないとな。ここに水筒があるから、飲んでいいよ」

 

「え。お兄ちゃんが飲んでたんじゃないの?」

 

「いや、結局飲まずじまいだった。口つけてないから」

 

「そうなの? じゃあ……」

 

ゴクゴク

 

「あっ、これ、りんごジュースだ! あの人たちから貰ったの?」

 

は? 

 

「ジュースなんて久しぶりだよ。美味しい!」

 

ゴクゴク

 

なんじゃそりゃ。バカ舌なんてレベルじゃないぞ。

味覚障害だったらヤバい。確かめないと。

 

「僕にも飲ませて」

 

「えっ……うん。いいよ」

 

ゴクゴク

 

「……本当だ」

 

表示は確かにりんごジュースです。正気度の回復度合いから見ても間違いないでしょう。

あ、ありのまま、今起こった事を話すぜ。

水筒に水を入れたはずなのに、りんごジュースに変わってた……

な、なにを言ってるか、分からねーと思うが(以下略)

 

バグか? しかし、水がりんごジュースに変わるなんて聞いたことないぞ。

 

「もしかして、お兄ちゃんも中身知らなかったの?」

 

「うん」

 

「あの人たちがサプライズで入れたってことかな?」

 

「……たぶん」

 

可能性があるとしたら、それしか考えられないですね。

純粋に驚かせたかったんでしょうかね。意図が謎です。

 

「勝手に人の水筒に飲み物を入れる神経が分からないわ。あーあ、美味しかったから、知らずにたくさん飲んじゃった。気持ち悪い」

 

「残りは僕が飲むよ」

 

「ダメだよ。こんな得体のしれないもの。捨てなきゃ」

 

「別に毒が入ってるわけじゃあるまいし」

 

「そういうことを言ってるんじゃない! お兄ちゃん、分からないの? 普通の人だったらこんなこと絶対しない。あの人たち、おかしいの」

 

「嫌なら飲まなきゃいいだけだろ。人のことをおかしいなんて、滅多なことを言うもんじゃない」

 

「おかしいよ。饗応の言葉なんて誰だって言える。お兄ちゃんは、それに騙されてるんだよ」

 

「悪意を持ってる人がいるようには思えない。……それに僕は、何か恨まれるようなことをした覚えはない」

 

「そうじゃないの。悪意があるかないかとかじゃなくて……」

 

「この話はもうやめよう。あの人たちを疑いたくないし、憶測で話しても埒が明かない」

 

「…………」

 

バグの可能性が微粒子レベルで残ってるから!

プレイヤーが置いたアイテムをNPCが勝手に使うってことはあります。

今回のことは、その延長でしょうかね。正直なんも分からん。

 

いや、ちょっと待て。学園生活部はヤバい人たちじゃない。みんな正気度(まだ)残ってるし。

ポーチを探ってみますか。

 

『りんごジュース入れてみました。これくらいしかできなくてごめんなさい』

 

あったあった。紙切れだ。お昼の時にそんな話しましたね。大方りーさんが謎のおちゃめ心を出したのでしょう。缶詰の代わりにってことですね。

わかんないですけど、好感度が高いってことじゃないですかね。

妹の言う通り、犯罪じみてるところは確かにありますが、これをしても許されるだろうという親密さがあれば、まぁ、いいんじゃないですかね。知らんけど。

少なくとも悪意からでた行為ではないでしょう。

実害がなければ正直なんでもオッケーです! 自宅警備するだけなんで。

 

「ほら、咲良。ちょっとしたいたずらだったみたいだぞ」

 

「いたずら、ねぇ……」

 

なんだその反抗的な目は!

こっちだって混乱してんだよ!

 

「それで、昼はどうするんだ?」

 

「もういい。夕飯まで待つ」

 

行っちゃいましたね。

 

さて、どうしたことか。

妹に学校の浄化水を飲んでもらうプランは崩壊してしまいました。

二度と行くつもりなかったのに、また行くことになりそうです。

ですけど、めんどくさいのでまずは様子見します。

まだ空気感染するか不明ですからね。妹にその傾向が表れてからでも遅くはないでしょう。

 

今日はさっさと夕飯作って寝ましょう。

妹は昼食べないらしいですし、いつもより早いほうがむしろいいでしょう。

 

今は夕方二歩手前くらいの時間帯です。これからご飯を炊いたりすることを考えれば、今から準備して早すぎるということはないです。

 

そういや里芋の煮っころがしを頼んでましたね。

コンロに置いたままです。冷蔵庫はないから仕方ないですけど。

どれどれ……見た目は問題なさそうです。食べる時に温め直しましょう。

 

飯盒の扱いもずいぶん慣れました。

今回は3合くらいでいいや。里芋もありますし。

 

それでおかずはどうするかなんですけど、野菜を摂りたいと思ってます。

新聞紙にくるんで保存してあった大根を使ってしまいましょう。

葉は切り落とされてるのでなんとか今日まで残せました。

二人で一本消費するのは重たいですが、冷蔵庫なんてないんで仕方ないです。

 

大根はとにかく千切りにしていきます。オラオラオラオラ!

 

「え、こんなに大根切ってどうするの?」

 

あ、いつの間にか妹が降りてきたみたいですね。

驚くのも無理ないです。

しかし、白米と調味料の力でどうにかします。

 

最近の食品は便利で、ツナとマヨネーズが既に混ざった商品が売られています。

未開封なので賞味期限は余裕です。

ツナマヨとご飯の相性は言わずもがな。そこに千切り大根とかつおぶし、ポン酢で味を調えます。

これだけでも大量の大根を消費できます。

残りはインスタント味噌汁に入れてしまえば大根を使いきれるはず。

 

コンロは一つしかありませんから、まだ完成には時間がかかります。

妹にも手伝ってもらいましょう。

 

「うん。そのために降りてきたし」

 

それなら話が早い。コンロを任せて、こっちは大根を切ることに専念します。

 

 ~カットシーンをカット(激サムギャグ)~

 

……はい。切りつくしました。「料理上手」持ちなので執拗なくらい細い千切りです。

 

「ご飯もできたよ」

 

ちょうどいいですね。

煮っころがしの温めなおしは妹に任せて、こっちは盛り付けをします。

 

分担が上手くいって随分早く完成してしまいました。まだ日が暮れていないや。

 

「はやく食べようよ! 私、お腹空いちゃった」

 

それなら、お湯を沸かすのは後回しにしましょう。

 

「「いただきまーす」」

 

「おいしい!」

 

そりゃ良かった。

よっぽど腹ペコだったんだな。バクバク食べてます。

 

こっちも残りの支度をしながら食べますか。

 

「里芋の煮っころがしもおいしいぞ」

 

「よかった。火加減がよくわからなくて不安だったの」

 

妹が弱火で10分なら強火で5分だろう、みたいな思考の人間でなくて良かったです。

 

「にしてもさ、なんでりんごジュースだったんだろうね」

 

またあの話をぶり返すのか。

いや待てよ。機嫌はよさそうです。純粋に疑問に思っているだけかも。

 

「昼に食べたパンケーキでりんごジュースが使われてたからじゃないかな」

 

「え、パンケーキ食べたの!?」

 

「うん。若狭さんが作ってくれたんだ。料理が上手でね、あのアイデアは思いつかなかったよ」

 

「へー。……若狭さんって、ストレートロングのかわいい人のこと?」

 

「そう、だね」

 

「……お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「今日のこと、もっと詳しく話してよ。あの時は急かしちゃってゆっくり聞けなかったからさ。気になるの」

 

「そうだなぁ、まずは────」

 

 ■■■

 

なんかめっちゃ事細かに聞いてくるな。結局一から十まで話しちまったぜ。

でもなんか、取り調べ受けてるみたいな気分になるな。妹は聞き役に徹していて別に重苦しいわけではないですけど。

言葉は濁しましたけど、りーさんがヒステりーさんになったことも言ってしまいました。

やっぱり、感情が関わるエピソードって話したくなるんですよねぇ。

 

いつの間にかご飯も食べ終わりました。味噌汁も飲んで、大根は無事全部消費できました。

 

「んーー! ご飯もたくさん食べたし、話もたくさん聞いてなんだか色々満腹!」

 

満足いただけたようで何よりや。

飛真君も満腹のようです。あとは寝るだけです。

疲労は確実に溜まってます。ぐっすり寝ないと明日に響く。

 

「元気だな」

 

「今日は外出してないから」

 

「僕はもう眠いよ」

 

「ふふふ。お兄ちゃん、今日は大活躍だったもんね。疲れてるでしょ、後片付けは私がやるよ」

 

「ありがとう」

 

「これくらい当然だよ」

 

なら、お言葉に甘えましょう。

寝る準備をパパパッとやって、終わり! 就寝! ラブ&ピース!

 

マジで今日は長かった。

体力的にも精神的にも疲れた。正気度と体力を見ればそれは明らかです。

こんな世界で心身ともに健康なんて無理なんじゃ……

 

でも寝れば回復します。睡眠は偉大だ。

 

まだ妹は後片付けの最中ですけど、おやすみを言っておきましょう

 

「えっ、お兄ちゃんもう寝るの!?」

 

「そのつもりだけど。何かあったっけ?」

 

「……何もないよ。そうだよね、うん。おやすみ、お兄ちゃん」

 

うっし寝るぞ!

 

……すごいな、ベッドに横になった瞬間寝たぞ。

最速記録を更新したかもしれない。

一人でベッド一台丸々使えるのも大きいのかもな。今まで寝ずらそうだったし。

 

なにはともあれ、本日はおしまい!

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

「んー、これくらいかな?」

 

お兄ちゃんの言いつけ通り、私は鍋とにらめっこして里芋の煮っころがしを作っていた。

何度も何度も竹串を刺したせいで里芋たちは穴だらけだ。

 

試しに一個だけ味見してみる。

 

おいしい。

 

我ながら上手くできたと思う。これなら、お兄ちゃんも喜んでくれるはずだ。

 

「はやく帰ってこないかなぁ」

 

せっかくなら、できたての内に食べてほしい。

 

でも、いつ帰ってくるか分からない。

連絡を取る手段はないから、私は待っていることしかできない。

 

……いや、そうではないかも。

SOSはラジオで流れていたとあの人たちは言ってた。

それなら、助かったことを伝える放送が流れるかもしれない。

 

することもないから、戯れにラジオをいじる。

 

しばらくしても、聞こえるのは砂嵐ばかり。

それもそうだ。どこにチューニングを合わせればいいのかも、いつ放送があるかも分からない。

引っかかるわけがない。

 

こんな不毛なことはやめよう。そう思った矢先、

 

『……で、……聞こえますか?』

 

「うそっ、繋がった!?」

 

砂嵐の中から少女の声がした。

 

『今、巡ヶ丘駅北口に……』

 

間違いない。救出対象は、この人だ。

なんだかとても奇妙な感覚だ。ラジオの向こう側には人がいる。こんな当たり前のことを意識したことはなかった。

 

『水が少ないので、もう長くは……あっ!』

 

希望が灯る音が、私にもはっきり聞こえた。

 

『たっ、助けに来てくれた! よかった……あきらめなくて……あの、私、もう大丈夫です! だから、放送、終わりますっ!』

 

お兄ちゃんだ。もう助けたんだ。

なんだか私まで誇らしい気持ちになる。

 

それなら帰ってくるまでそんなに時間はかからないはず。

こう考えてしまうとソワソワしてしまって何も手につかない。

 

仕方なく、私はベランダに出る。

日差しとそよ風が焦る私をたしなめてくれるはずだ。

 

辺りを見まわしてもゾンビの姿すらない。

人の息吹がない空っぽの街は不気味だ。

こんなに明るいのに、思わず震えてしまう。

見える範囲で、生きているのはきっと私だけだ。

 

ああ、外なんか見るんじゃなかった。淋しいだけだ。

 

部屋で本でも読んでいよう。

集中できているわけではないけど、それ以外にしたいこともするべきことも思いつかない。だらだらと技術書を読み進める。

 

 

 

「……遅いなぁ」

 

技術書は面白くなくて、キリのいい所で本を閉じてしまった。

それでも根気よく読んだと思う。

材料があれば、この本に書いてある通りのことができるはずだ。材料があれば。

でも、ホームセンターまでの道のりが安全という大前提が、今はない。

知識はついたけど、あんまり参考にはならなかったかなぁ

 

布団に寝転んでみる。

まだ全然眠くない。昼下がりの気だるさが充満しているだけ。

 

やっぱりベランダに出る。

そろそろ帰ってくるはずだ。

 

 

 

「はぁ」

 

影がどんどん東よりになっていく。それでもお兄ちゃんは帰ってこない。

このパターンには覚えがある。あの時だって、予感なんてなかった。

できるだけ何も考えないようにしても、隙間から灼けつくような孤独が染み出てくる。

 

 

「あっ、お兄ちゃん!」

 

お兄ちゃんの姿が見えて心底ホッとした。

たとえ出発時とは武器も乗り物も服も変わっていたとしてもお兄ちゃんはお兄ちゃ───

 

え?

 

なんで体操服着てバット持って歩いてるの?

 

救出に向かって、帰ってきただけじゃこんなことにはならないはず。

それ以外の何かがあったんだ。そこに絡んでいるのは、どう考えても学園生活部(あいつら)だ。

 

近くで見ると行きとの違いが際立つ。聞かずにはいられない。帰ってきた嬉しさと同じくらい、私は何かに怒っていた。

 

お兄ちゃんの話によると、駅に籠っていた人を無事救助できたのだけど、今度は若狭さんがピンチになったらしい。スコップと自転車は彼女を助けるために手放したみたい。

そして学校の安全な所まで彼女たちを連れていった。服が汚れていたからシャワーを浴びてお昼をご馳走になった後、少しゾンビたちの駆除を手伝ってから戻ってきた……

 

「……へぇ、大変だったんだね」

 

とりあえずそう言う。引っかかるところはいくつもあるけど、疲れているお兄ちゃんをこれ以上問い詰めるのはよくない。

お兄ちゃんは家に帰ってきたことを喜んでいる。そのことはリラックスした態度から明らかだ。

 

「改めて……おかえりなさい!」

 

私も帰ってきて嬉しい。細かいことにカリカリしたってしょうがない。生きて帰ってきたんだ。それで十分なはずだ。

 

だけど、お昼はどうしよう。一緒に食べるとばかり思っていたせいで、まだ何も食べてない。

すごく微妙な時間だ。今食べすぎると絶対夜が食べられなくなる。

 

ちょっとだけ食べようと思ったら、お兄ちゃんが水筒をくれた。

持っていったのはいいものの、使わなかったらしい。

 

飲んでみると……

 

「あっ、これ、りんごジュースだ! あの人たちから貰ったの?」

 

久しぶりのジュースはたまらなくおいしかった。

お兄ちゃんの分のことを忘れてゴクゴク飲んでしまう。

 

「僕にも飲ませて」

 

そうだ、お兄ちゃんはまだ飲んでないんだ。食い意地が張っている所を見られて恥ずかしい。

 

飲みたいというより、飲まなければならない、そんな表情で手をこちらに差し出してくる。

渡そうとして、ハッと気づく。

これって間接キスになるんじゃ……

 

お兄ちゃんは一向に気にしていない様子。

 

そ、そうだよね。家族なんだし、こんなこと、気にする方がヘンだよね。

 

それでもなんか恥ずかしくておずおずと水筒を渡した。

お兄ちゃんが水筒に口をつけ、喉が動く。

見つめていてはいけないような気がしてチラチラとその様子を盗み見る

 

「……本当だ」

 

お兄ちゃんの口から出たのは意外な言葉だった。少なくとも水筒の持ち主が発する言葉じゃない。

 

誰かの手が加わらなければりんごジュースが水筒に満たされることはない。

となると、考えられるのはあいつら(学園生活部)しかいない。

 

気持ち悪い。そして、怖い。こんなことをするなんて、異常だ。

 

私は嫌悪感を隠さなかった。それは当然の感情だと思ったから。

 

でもお兄ちゃんはどこ吹く風だ。

 

どうしてそんなに平然としているのか、わからない。

挙句の果てには私が残した分を飲むなんて言い出す。

 

その態度は投げやりにも思えるけど、そこにあの人たちに対する信頼があるのは明らかだ。

 

私が言い募っても、お兄ちゃんには響かない。

 

「ほら、咲良。ちょっとしたいたずらだったみたいだぞ」

 

ゴソゴソとポーチを探っていたお兄ちゃんは紙切れを見つけて、嬉しそうに見せてきた。

 

どうしてあいつらの肩を持つのよ。

疑惑が晴れて、お兄ちゃんは上機嫌になった。

 

そんなお兄ちゃんを見ていてもイライラするだけだから、私はさっさと部屋に引っ込んだ。

もうお昼を食べる気にはならない。

 

部屋に戻っても考えるのはさっきのことだ。

 

たしかに、悪意はないはずだ。

お兄ちゃんは人助けをしてみんなから感謝されている。お礼がしたいと思うのは自然な感情だろう。

 

でも、お兄ちゃんに何も言わず水筒の中身をジュースにするのはおかしい。

口に入るものなのだから、私物の度合いは他の物よりも高い。

 

それを、まるで自分の物かのように……

 

しかも、既に中身が入っていたのに、わざわざ()()()()()()()()()()()

なぜそこまでりんごジュースにこだわるのか意味がわからない。

 

紙切れを書いたのはおそらく若狭さんだろうな。こないだのメモと字が似てた。

 

それ以上に嫌なのは、お兄ちゃんがそれを許してるということ。

お昼を一緒に食べたり、シャワーを借りたり、順調に仲良くなってる。

何よ、どんな底意があるかも分からずホイホイあの人たちを信じちゃって。

知り合って間もないはずなのに、心を許しすぎだ。

 

あの人たちは、距離の詰め方が異常だ。

家に勝手に入ってきた件もそうだけど、お兄ちゃんの領域にズカズカ土足で踏み込んでくる。

 

その深度まで近づいていいのは、家族()だけ。そうでしょ、お兄ちゃん。

 

目線をどこに泳がせても呼びかけた相手はいない。

時間が経って機嫌も直ってきた。そろそろお兄ちゃんのところに行こうかな。

 

下に降りるとお兄ちゃんは夕飯の準備の真っ最中だった。

私は手伝いをする。

さっきまでは食欲がなかったのに、こうして食材の傍にいると空腹を思い出す。

キッチンから立ち上る調理の音は私を安心させてくれる。

二人の空間がこの音で満ちるのなら、話なんてしなくていい。

 

「はやく食べようよ! 私、お腹空いちゃった」

 

お腹が鳴ってしまった。聞こえなかったかな。

もうお米も炊けたし、もう食べていいはずだ。

 

待ちに待った夕飯はおいしかった。

里芋の煮っころがしも上手くいったみたい。

つきっきりで火加減を見ていたのに失敗していたらどうしようかと不安だったからお兄ちゃんの言葉を聞いて安心した。

 

リラックスしてたから、私は、頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出した。

 

「にしてもさ、なんでりんごジュースだったんだろうね」

 

この何気ない疑問は、より大きい疑惑を生んだ。

お昼がパンケーキだった。それはいい。若狭さんが作った。それもいい。お兄ちゃんも料理をよく作るし、話が盛り上がったのかもしれない。それも、いい。

だけど。

 

「へー。……若狭さんって、ストレートロングの()()()()人のこと?」

 

私はいたずらっぽくそう言ったのに、

 

「そう、だね」

 

お兄ちゃんは、目をちらと逸らして、控えめに、でもはっきりと肯定した。

ずらした目線の先に、お兄ちゃんはきっとあの女の姿を浮かべたはずだ。

 

……向こうで何があったのか、その全てが知りたい。

お兄ちゃんに、どれだけ毒が回っているのか、私は知らないといけない。

聞きたくない。きっとそれは私を傷つける。でも聞かずにはいられない。

 

「そうだなぁ、まずは────」

 

お兄ちゃんは、いつもの調子ですらすらとしゃべり始めた……

 

 

 

「んーー! ご飯もたくさん食べたし、話もたくさん聞いてなんだか色々満腹!」

 

私は残された明るさを精いっぱいかき集めてそう締めた。

ギシギシ鳴る心を悟られたくない。

後片付けを買って出て一人になる。お兄ちゃんが二階に行ったのを確認して、長いため息を吐く。 

 

やっぱり聞くんじゃなかった。こんな事になるのは分かっていたのに、私はさも興味ありげに続きを促した。だからお兄ちゃんは、道で思いがけず猫を見つけた時のように、事の次第を話した。

 

あの女(若狭さん)のことばかり。楽しげに。

 

もはや他のことはどうでもよかった。他の人はせいぜい黄色信号だ。赤信号とは大きな差がある。 

 

お兄ちゃんは最初、ただただ助けたい一心で若狭さんを助けたのだろう。

それは若狭さんにも伝わったはずだ。

その純粋な気持ちは、きっと、氷水から取り出したばかりのサイダーのような蠱惑的なのどごしだったことだろう。

あいつは、それを、ガブガブ飲み干したんだ。私の見ていない所で。

 

お兄ちゃんに身も心もサルベージしてもらって、何も思わないはずがない。

いきなりサバイバル生活に放り込まれたんだ、諸々のステップや思い出をすっ飛ばして壮大な妄想を拵えるには、もう十分すぎるほどだ。

 

頭に描いた勝手な地図に基づいて、あいつはお兄ちゃんを遇するだろう。

それをお兄ちゃんは無邪気に喜んでいる。 

あんなメチャクチャな距離感が許されていいわけがない。

いくら甲斐甲斐しくても、きれいな人でも、スタイルが良くても、ダメなものはダメなんだ。

 

考えれば考えるほど真っ黒でドロドロしたものが泡を立てながら湧きたってきて、吐いてしまいそうだ。

 

「片づけ、しなきゃ」

 

無心でできるその機械的な動作が、今の私にとっては薬になるはずだ。

 

そうだ、別の話をしよう。何かゲームをするのもいいな。

まだ夜になったばっかりだ。寝る時間にはまだ早い。

私たちは一緒に暮らしてるんだ。焦る必要なんて、これっぽっちもないはずだ。

 

階段を降りる足音が聞こえてくる。お兄ちゃんも同じこと考えてたのかな。

 

「僕もう寝るね。おやすみー」

 

「えっ、お兄ちゃんもう寝るの!?」

 

「そのつもりだけど。何かあったっけ?」

 

「……何もないよ。そうだよね、うん。おやすみ、お兄ちゃん」

 

徐々に遠ざかる足音が耳の奥で突き刺さる。

また私、一人になった。

物分かりがいいふりして、寝てほしくないって言えなかった。

なんで反射的に笑顔を作ってしまうんだろう。

鈍感なお兄ちゃんが、私にだけ鋭くなってくれるはずなんてないのに。

 

一人で起きていても何も楽しくない。私も寝るしかない。

のろのろ寝る支度をして、ベッドにもぐり込む。

目を閉じて、眠りの世界へ溶けていくのをじっと待つ。

 

「…………」

 

夜は明かりもなければ、音もない。本当に静かだ。

そのせいか、モヤモヤした感情は脳を闊達に駆け巡る。

全然寝れない。

 

「もしかしたら、お兄ちゃんも」

 

どうせ眠れないんだ。ちょっと様子をみても別にいいはずだ。

素足でペタペタと歩く音が大きく聞こえる。

そんなつもりは全くないのに、ルシアーナスを演じているような気分になる。 

 

明かりを絞ったランタンが部屋の断片を気まぐれに照らす。

お兄ちゃんは大の字になってすやすやと寝息を立てている。

一日中動き回って、よっぽど疲れてたんだろうな。

 

耳元に近づいた折、お兄ちゃんの身体からふわりといいにおいが漂った。シャワーを浴びた時に使ったシャンプーの香りだろう。本来女性が纏うであろう控えめなフローラルさは、男性が、ゾンビだらけの世界で身に纏うにはあまりにも場違いだ。

 

万人に好感を与えるために調合されたその香りが逆に気に食わない。

お兄ちゃんにこの臭いを摺り込んだ誰かさんは、うっとりとそれを嗅いだのだろう。

 

「…………おにいちゃん」

 

起きるはずもないし、起きてほしいなんて私のワガママが通るはずない。

でも、どうせ目を覚まさないなら、淋しさを少しだけ声にしても許されるよね。

 

「どうすれば、私だけを見てくれるように、なるのかな……?」

 

眠れずに火照る私の身体は、その答えを知っている。そんな気がした。 

 

 

 




文章におけるR15とR18の境界点ってどこなのかよくわからないですよね。
いや、別に他意とかは全くなくて、普通に、純粋に、そう思っただけです。


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待ち人たち 下

〇ンポを意識しました。


 

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん。……ここ、触って? 混ぜないと……」

 

「…………手で?」

 

「他に何があるの?」

 

「でもさ、普段は咲良が一人でしてたんでしょ。何も僕がやらなくても……」

 

「あ、相手がいなかったんだから当然でしょ! ほら早く! お兄ちゃんにしてほしいの!」

 

「分かった。やるよ」

 

「優しくね。お兄ちゃんが思っている以上には繊細なんだから」

 

「うんしょ……うゎあ」

 

「どう?」

 

「ヘンな感覚。なんかぬちょっとしてるし」

 

「恥ずかしいからそんな擬音使わないで」

 

「はいはい……お望み通りかき混ぜたし、オッケーだよな?」

 

「全然ダメだよ。奥まで入ってないじゃん。表面をなぞるだけじゃ何もしてないのと同じだよ」

 

「もっと突っ込めってこと!? それはちょっと……」

 

「なんで? ちゃんときれいだよ? お兄ちゃんのために準備して誰の手にも触れないように気を付けてきたのに別に誰かに頼んでも良かったのに私は一人でさみしく手入れしてずっと守ってきたのにこの時をずっと待ってたのに」

 

「分かった分かった! やる! やらせてください!」

 

「分かればよろしい」

 

「…………」

 

「はやくしてよ。この体勢けっこう疲れるの」

 

「……つまりさ、奥まで入ればいいってことだよな。じゃあコレを突き刺して代わりにするのも構わないよね」

 

「ち、ちょっと……それはまだ早いよ。物事には順序があるっていうか」

 

「でも結局コレ入れるんでしょ?」

 

「まぁ、そうだけど。そもそも、突き刺して代わりにするってどういうこと?」

 

「いや、刺して抜いてを繰り返せばいい感じに耕せるんじゃないかぁと思って」

 

「そそそ、そんなのダメに決まってるじゃない! なんですべてをすっ飛ばそうとするの? お行儀も悪いし、もっと時間をかけて、その……いじってからでもいいじゃん。手、とかでさ……」

 

「もう我慢できないんだ。入れるよ」

 

「話聞いてな……えっ、ちょっ」

 

 

……………………

 

………………

 

…………

 

……

 

 

「だから! そんなすぐにはできないの! ()()()()()!」

 

「えー、もうお腹すいたんだけど。残りのキュウリも突っ込んで終わりにしようよ。早く何か食べたい」

 

「なら、早速ぬかを混ぜないとね。それから野菜を入れて、終わり。そこまでやったら手を洗ってお昼にしようよ」

 

「なんでそんな手にこだわるの?」

 

「手についてる常在菌がぬか床に入っておいしくなるらしいよ。あと、奥まで入れないといけないのは、底の方まで空気を入れるため。お兄ちゃんが嫌そうにしているのを眺めるためでは決してないの。だから、早く。ね?」

 

「ちゃんと理由を言ってくれればちゃんとやるのに。……はい。混ぜましたよ」

 

「ありがとう。最近は乳酸菌がもう入ってるぬか床が売られててすごく便利。混ぜる必要もないし」

 

「えっ」

 

「さ、野菜入れちゃいましょ」

 

「今! 今なんて言った?」

 

「……さぁ? でも常在菌の話は本当だし」

 

「…………そうですか」

 

えー、変則的な始まり方になってしまいました。おはようございます!(激遅)

現在はですね、ご覧のとおり妹とぬか漬けを作っています。もうお昼です。

起きたのはもちろん朝なんですけど、何もない平穏な午前中だったので飛ばしました。

午前中のことは動画の右下の枠に倍速で流しときます。

妹は洗濯を、飛真君の方は道路に出てゾンビ狩りをしていただけでした。

 

なんでぬか漬け? って思いますよね。

ワイトもそう思います。話の流れでそうなったんです。

ぬか漬けは、ランダムイベントの一種ですね。通常プレイの時も遭遇したことがあります。

家庭菜園やお手製発酵食品など、定期的な作業が必要で完成に時間がかかるものを一緒にやろうと誘われることがあります。

今回は妹がおばあちゃんから教わってぬか漬けを作ったことがあるということで、妹主導で事が進みました。

この手のイベントは暇なときに発生しますし、ローリスクであることがほとんどなので基本的に乗っておくのが吉です。

 

「明日には食べられるようになってるはずだよ。楽しみだね」

 

「うん。待ち遠しいよ」

 

あと、こんな風に完成がちょっとした楽しみになります。

外は殺伐としてますからね。誰かとこうやって小さな楽しみを共有できるのはメンタル的にもプラスに働きます。

好感度を上げるきっかけにもなるイベントなので、場合によっては自分から持ち掛けるのもアリだと思ってます。

まぁ、妹との好感度はカンストしてるので関係ないですがね。好感度はいつの間にかマックスで張り付いてます。

ありがたいような怖いような……

 

とまぁ、ぬか漬けの作業は無事終わったのでお昼を食べてしまいましょう。

割と遅い時間ですが、普通に食べちゃいます。その分夜を少なめにしましょう。

 

パネトーネ種を使ったパンであればまだまだ腐りません。

そのまま食べることを想定されているんで、たいてい味がついてます。が、これにはちみつをかけて食べます。これが余裕ってやつですよ。

どちらもスーパーに行けば手に入るものなのでケチケチしません。

 

「賞味期限は一か月半先か……」

 

「どうした?」

 

「いや、今はこうやってパンを食べれてるけどさ、半年後とか一年後とかに食べるもの、残ってるのかなって……」

 

真っ当な懸念ですね。おいしくて長持ちの冷凍食品も設備の維持ができないなら形無しです。どんなに日持ちがする野菜でも年単位持たせるのは厳しいです。

となると保存に特化した限られた食品しか残りません。

自宅警備員の称号を取るためだけなら杞憂に過ぎないですけど、本当に生き続けようとなったら深刻な問題です。

家に籠っていたらじり貧の生活に体力か精神の限界がいつか来てしまいます。だからインフラの整ったがっこうでくらす必要があるんですね。(メガトン構文)

 

ちゃんと答えれば暗い話にしかなりません。だからはぐらかします。

 

「大丈夫だよ。その頃になったらゾンビ達はもう動けなくなってると思うよ」

 

「そうかなぁ」

 

「まぁ、一緒に工夫して暮らしてれば何とかなるよ。食べ物はまだあるんだし、今のうちに少しずつ考えていけば平気だって」

 

「……今から心配しててもしょうがないか」

 

「そうそう。今ははちみつが垂れないように気を付けないと」

 

「へ? あわわわわわ……」

 

あと数日の辛抱なんですから、先のことは考えずにいきましょう。

変に煮詰めて正気度を減らされると困ります。

 

さて、お昼を食べ終わりましたけど急いですることも特にないですね。

ふむ……では、攻めの昼寝といきましょうか。

なんか自宅警備員らしくなってきたぞぉ(偏見)

 

「お兄ちゃん、昼寝するにはちょっと時間が遅いと思うよ」

 

「そういう咲良だってあくびしてるじゃん」

 

「へへへ。まぁね。私も寝ちゃおうかな」

 

止める人もいないので寝ます!

ちょっとだけ、ちょっとだけだから。まどろむだけ。

 

 

 

~パワーナップは効率的な疲労回復方法です~

 

 

 

お、目が覚めましたね。

 

……あのぉ、なんで夕焼けが見えるんでしょうか。

寝すぎですね。生活習慣壊れちゃう。

 

妹はどうしてるんだろ。

まさかまだ寝てるとか……?

 

「すぅ……」

 

そのまさかでした。

もういっそこのまま寝かせておいた方がいいかもしれない。

夜中に起きて、全くやってこない眠気に絶望してもらいましょう!

 

そうと決まればクールに去るぜ……

 

とはいえ今の飛真君は、たっぷり寝て体力満タンです。

そして暇です。体力と暇を持て余した若い男が何をするかといったら、ひとつしかないですよね。

 

それはゾンビ狩りです。どんどん経験値を稼いで最強のサバイバルヒューマンになりましょう。

日が暮れるまで少しあります。それまでは外に繰り出して若さを発散しますか。

 

というわけで外にイクゾー

 

「どこに行くの?」

 

「」

 

「私も一緒に行くよ?」

 

「寝てたんじゃ……」

 

「今起きた」

 

あのですね。これはホラーゲームじゃないんですよ。

心臓の形成収縮率を試すのは、やめようね!

 

寝起きで髪を整えられてないのにバールはちゃんと持ってるじゃないですかやだー。

 

「ひ、暇だから、朝の続きをしようと思っただけだよ……」

 

「もう暗いから。だめ」

 

「わかってるよ。ははは……」

 

「暇ならゲームして遊ぼうよ。たっぷり昼寝して、お互い頭が冴えてるはずだよ」

 

はいやってまいりましたミニゲームタイムです。

がっこうにいた時は大人数だったので大富豪とかできましたけど、今は当然ながらサシでできるものしか選択できないです。

これね、正気度削れててイマジナリーフレンドを召喚していた場合は一人なのにオセロとかできたりするんですよ。面白いですよね(白目)

一回だけ、めぐねえを召喚したゆきちゃんとすべてを受け入れたくるみちゃんと主人公の三人で、人生ゲーム(定員4人)をやったことがあります。めぐねえの番が来るたびに正気を残した人間たちはゴリゴリ正気度を失っていました。

私自身がもう耐えられなくなってリタイアしましたね。はい。

 

そんな不吉な思い出話はどうでもいいですね。

エンジョイ、です!

 

今回はチェスをやってみましょうか。

お互いに定跡を知らないド素人の徒手空拳です。じっくり見られると恥ずかしいのでもろちん倍速です。

 

 

~クイーン強すぎで草~

 

 

何回かやってみましたけど、未だによくわからないですね(バカ)

初めこそビギナーズラックで勝てましたが、知力の差には抗えず負けが込んでます。

そしてこれ、すごい時間がかかりますね。もうライトがないと何も見えないです。

 

あくまでも遊びなので、適当にスナックをつまみながらのんびりやってました。

手番に時間制限を設けるべきでしたね。

 

「なんか、熱中しちゃったね」

 

「一回一回が長いからな。でも、結構楽しいな」

 

ひとりと二人の違いはここですよね。遊び相手がいるだけで随分とメンタル面の環境が改善されます。みーくんと圭ちゃんはきっと深く頷いてくれるはず。

 

すでにいつも寝ている時刻になってます。

プレイヤーの方が疲れました。眠気がなくてもベッドに横になってもらいます。

きょ、きょうはこれくらいにしといてやるよ(逃げ)

 

「それはそれとして、今日はもう寝よう」

 

「えー、私まだぜんぜん眠くないよ」

 

「朝起きれなくなるぞ」

 

「明日何もないんだし、いいじゃん」

 

「頭使いすぎて疲れた」

 

「もう……あ、ちょっと待ってて」

 

なんだ? 

 

「私のドライシャンプー使ってみてよ」

 

これは……臭ってるということですね。昨日シャワー浴びたのに。

痛む心を隠して大人しく受け取りましょう。

男は泣いちゃいけないんだぞ!(ジェンダーステレオタイプ)

 

だけど、こんなあからさまだと傷ついちゃいますよね。

ここはあえて()()ましょう。もうなにもこわくない。好感度マックスだし。

 

「でも使い方わからないな」

 

「いや、こないだしてたじゃん……あー、なるほどね。分かったよ。やるよ」

 

「話が早くて助かる」

 

攻略的なことを言うと、シャンプーをしてもらっているのはマッサージ扱いになります。

貨幣経済は崩壊してるので、信頼がないと基本的に誰もやってくれません。

その代わりといいますか、アイテムを消費しない体力の回復手段としては効率的な部類に入ります。今回はドライシャンプー使ってますけどね。

相互扶助だいじ。

 

「誤解してほしくないんだけど、別に臭いとかそういうのじゃないからね」

 

「じゃあなんで」

 

「……そのシャンプーの香りが気に食わなかったから」

 

その気持ちは分からなくもないです。りーさんからふわりと漂う甘い香り(決めつけ)はシャンプーに依るところが少なからずあるでしょう。

それが兄から漏れ出てるんですから、だいぶ違和感あるでしょうね。

 

「僕は結構好きな香りなんだけどな」

 

「…………誰かさんとおそろいだもんねー」

 

ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ!

 

「痛い痛い痛い」

 

なんか機嫌悪いですね。

誰かさんって、だだだ誰でしょうね(震え)

確かにシャンプー借りましたけど……どうしてそのことを知ってるんだ? 話してないぞ。

……たぶん当てずっぽうだろうな。うん。

このままでは頭皮が大ダメージを負ってしまう。りーさん係で鍛えた話術を生かして機嫌を直してもらいましょう。頭髪保全主義です。

 

「……でも、幸せだな」

 

「マゾなの?」

 

「違う違う。最近なんだかんだ忙しなかっただろ。一日中家でゆっくりできて良かったなって。こうやって咲良と一緒にいるのが一番落ち着くよ」

 

これは本心です。そもそも自宅警備員ですし、無難に日々が過ぎるのが一番です。

 

「ふーん。痒いところない?」

 

「ないよ。ありがとう」

 

「…………♪」

 

ほらね。機嫌が悪くなった原因は分からないけど、直し方は分かってきました。

信頼感をチラつかせるのですよ。好感度が高ければこれでごり押しできると気付きました。

 

「はい、シャンプー終わり。あとは自分でやってね」

 

「いやー、気持ちよかった。癖になりそうだよ。」

 

「……そんなに気持ちいいなら、今度お兄ちゃんにしてもらおうかな」

 

「なんなら今からでもいいぞ」

 

「きょ、今日はいいかな。おなかいっぱいだから……」

 

「そんなにお菓子食べてたっけ」

 

「こっちの話。じゃあね、お兄ちゃん。おやすみ!」

 

とととととっ

 

忙しないな。どうしたんだろ。

まぁいいや。妹のおかげで寝る支度はだいぶ整いました。

あとは飛真君に無理やり寝てもらうだけです。

 

横になってりゃ勝手に眠くなるだろ。

いやー今日は何もない素晴らしい一日でした。

がっこうぐらし要素がなければないほど称号がグッと近くなりますね。

 

画面が完全に暗くなるまで見守っているつもりですが、動画はここで一旦切ります。

 

それでは、いい朝を!

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

屋上のドアがぎいと音を立てて開く。

その音は私の心に似ていて、私の求めた静けさとは真逆だった。

 

「あ、先生。どうしたんですか?」

 

「悠里さん。いたんですね。ちょっと外の空気が吸いたくて。……家計簿書いてたの?」

 

「はい、外の景色を見ながらやろうかなと思って。先生と同じ、気分転換です。」

 

ちらりとフェンスの向こうを見てみる。

太陽はまだまだ高い位置にあり、雲が気まぐれに空を漂っている。

その下には押し黙った街並み。グラウンドにいる人影は、皆生ける屍だ。

少し強く吹く風はグラウンドの砂を巻き上げて、また色のないうねりに戻っていた。

 

平和と言えば平和な風景だけど、どこか荒涼としている。

家計簿をつけるには、風が邪魔だと感じる。

その不便を押して、味気ない外に目を配るのは、気分転換だけが目的とは考えにくい。

 

「今日はずいぶん熱心ね」

 

「新しい部員も増えましたし、アップデートしないと。それに、飛真くんのこともありますし」

 

「飛真君のこと?」

 

「はい。男の人だから必要な物も変わってくるし、食べる量だって私たちとは違うはずです。お部屋をどこにするかも決めてないし、当番も……あっ、買い出しのことも考えなきゃ。近くにあるお店だったら私も一緒に行けるはず……」

 

「えっと、悠里さん?」

 

やっぱり、()のことだ。私が屋上に行きたくなったのと同じ理由。

 

「まだまだ考えなきゃいけないことが多いですね。だけど、こうやって色々考えるのが楽しいんです」

 

その柔らかくゆるんだ口元は確かに楽しげだ。

水を差すようで罪悪感がちくちくするけど、せっかくの機会だ。今、切り出そう。

一人で考えるよりはいいかもしれない。

あの日私と一緒に彼の家を訪ねていった悠里さんなら、私が抱えている不安を分かってくれるはず。

 

「……飛真君は本当に学校に来る気があるのかしら。口ではああ言ってたけど、今日も来な────「来ますよ。絶対」

 

「私、約束したんです。約束を破るはず、ありませんから」

 

約束? そんなの聞いてないわ

 

「……そうだったんですね。でも、悠里さん、どうして私に約束のこと教えてくれなかったんですか? 飛真君、当然のように家に帰ってしまって……私だって不安だったんです」

 

「飛真くんの家は()()()です。それに、私は心配してないです。だって運命が……」

 

ずれた答えが返ってきて、私は少なからず混乱した。

運命って聞こえたような。でもそれは自分に言い聞かせているようにも見える。

疑問がどんどん増えていったせいで、スタスタと屋上を後にしようとする悠里さんに反応するのが遅れてしまった。

 

「悠里さん?」

 

「夕飯の支度してきます」

 

ギィィィィィ…………バタン!

 

普段はあんなに優しい悠里さんが、今はまるで氷のようだ。

原因は明らかだ。私が、彼のことを疑ったから。

 

なんだかやるせなくなって、ベンチによろよろと腰掛ける。

 

彼が、学校で暮らすことを避けようとしているように見えるのは私だけなのだろうか。

私たちはわざわざ彼の家に行ったんだ。外出が死と直結するこの世界で、二回も。

 

でも飛真君は来てくれなかった。

 

『どうして?』って言えばよかった。これは聞きづらいことだ。だからこそ、大人の私がしっかり尋ねないといけなかった。

実際に私がやったのは、勝手に察して、直接その話題に触れないように気を遣っただけ。

……私は、彼に嫌われるのが怖かった。こんな子供じみた理由で、追及をやめた。

 

それに、私にはまだ誰にも言えていないことがある。

職員用緊急避難マニュアルのことだ。

大事なことだからみんなが揃ったら言うと決めて数日が経った。

初めてあれを読んだ時のショックはまだ心に残っている。ゾンビの出現が天災であるはずがない。人が関与していたことは誰の目にも明らかだ。でも、それが、私の職場と関係してたなんて……

マニュアルには、地下に大量の物資と()()()があると記されていた。これは大きな希望だ。遠くまで行く危険を冒すことなく、必要なものを調達できるかもしれない。

だけど、マニュアルのことをみんなに伝えることは、同時に私が向こう側(災厄の元凶)に属していたことを明らかにすることにもなる。

知らなかった。私も被害者だ。部員の中に、私を糾弾する人はいないはずだ。

頭では分かっている。やましいことなんて一つもない。

でも、もし、私を受け入れてくれなかったら……

 

私は、みんなが揃わないことを言い訳にしてる。

嫌われるのが怖い。生徒からの評判を気にして、強いことを言えない小心さはこんな世界になってもちっとも変ってない。

彼なら絶対に私を肯定してくれる。そう思うからこそ、私は言い出せない。

 

ああ、せっかく飛真君がこっちに来たのに。私たちはチャンスを逃した。

 

あの家に初めて行った時から、嫌な予感はしていた。

昨日それが確信に変わった。

 

妹だ。彼がこっちに()()()()のは、毒蜘蛛の巣に身体を縛られてるからだ。

祠堂さんを助けに行く車の中で、私は密かに決意した。私は彼を救うんだ、と。

もしその決意が形となったなら、屋上でため息をつくこともなかっただろう。

 

救う……どうやって? 私は自分の命を守ることすらままならないのに。

実際はその逆だ。飛真君に助けられてばっかりだ。

祠堂さんを救い出し、悠里さんのパニックを宥め、二階を瞬く間に制圧した。

どれも彼が居なかったら何一つできなかった。

彼は、学園生活部に欠くべからざる一員だ。今はピースが一つ足りていない状態。だからみんな昨日より元気がなくて、しきりに窓を見てる。私もその一人だ。

 

悠里さんと私は、あの兄妹のことを()()()()()。妹はもちろんとして、当然のように家に帰ってしまった飛真君にだって、非があるのに。

悠里さんは彼を庇ってる。そうやっていい顔をして、自分だけ歓心に浴そうとしているに違いない。ずるい。

 

ずるいと言えば、昨日の車内でもそうだ。

あまつさえピンチの所を全身全霊で助けてもらったのに、飛真君にあんな懇ろに慰められて。私は車の運転でその場にいたのに蚊帳の外だった。いや、祠堂さんや美紀さんも私と同じだった。あれは、完全に二人の世界だった。

辛いのは悠里さんだけじゃない。私は顧問で、部員を導かないといけない立場だというのは分かっている。でも、だからこそ、私だって泣きたい。慰められたい。

ゾンビの対処の仕方なんて知らない、サバイバル術なんて教職課程になかった。なのに、私は大人だから、教師だからって理由で皆の命を背負わないといけない。

もう降りたい。何が正しいかなんて分からない。この世界において、私はただの運よく生き残った人だ。過去と今の大いなる断絶の前に、肩書なんて亡国の紙幣と同じだ。

 

「…………私にだって」

 

園芸用品が入ったロッカーを開ける。中にはほうきが入っている。飛真君がくれた、あのほうき。

私がゾンビを倒せずに落ち込んでいる時に、彼は励ましてくれただけでなく、部員たちとの距離が近くなるきっかけも作ってくれた。これは、妹も悠里さんも知らない、私だけの彼。

 

ほうきはゾンビをつついたせいで端は赤黒く汚れている。今日それを確認したのは何度目だろう。本当は早く捨てた方がいいけど、あの時触れたものを思い出したくて閉めたままにも、捨てることもできない。

 

こんなものを見ても何の慰めにもならない。この渇きは、本物にしか満たせない。

口を開けていても、欲しいものは手に入らない。

 

「飛真君も、こうやってロッカーに閉じ込められたらいいのに」

 

もう二度と開けない覚悟でロッカーを閉じる。

みんなのために、そして何より私自身のために、奪われた脾臓を取り戻さないと。

これは最優先事項だ。それで誰かと対立することになってもいい。

 

だって、私たちは学園生活部(がっこうぐらし)なんだから。

 




今回はテンポよく進めることを意識しましたが、思ったよりはスイスイいかなかったです。
むずかしい……むずかしい……


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水を求めて

もちおいしい! もちおいしい!


「……ちゃん、お兄ちゃん」

 

「……んー?」

 

「起きて。もう朝だよ」 

 

起こされました。時間は……いつもより少し早いくらいですかね。

昨日の昼寝のせいかあまり寝れなかったです。

そのせいか、飛真君はとても眠そうです。体力は回復してるのでそのまま起きます。

 

どうせ今日も家にいるだけだし、昼寝すれば……

 

「あれ、マスクしてるの?」

 

「うん……ちょっと、ゲホゲホ……体調が悪くて……」

 

あー、昼寝は返上ですね。

目にクマができていて顔色も悪いです。

寝不足と風邪気味なだけに見えますが、空気感染の疑いがあります。

 

「それはまずい。熱はある? 食欲は?」

 

「熱はさっき測ったけど平熱だった。食欲は……あんまりないかも」

 

疑いが増しましたね。空気感染はゾンビにどんどん近づいていきます。猶予はありますが、その兆候を見逃すと手遅れになります。

ゾンビに代謝はありません。よって体温はむしろ低くなっていきます。食欲減退もその一環です。

学校の水を飲ませて感染予防できなかったですからねぇ。

アウトブレイクからの日数から考えても空気感染したと診ていいでしょう。

これを放っておくと、だんだん食人衝動とか味覚喪失とかが現れてシャレにならなくなってきます。

知能が高いと自分の行く末に気が付いてセルフ発狂したりします。

 

でも大丈夫! ほかの病気と見分けがつかない今のうちなら全然何とかなります。

圭ちゃんを救出する際にちょっと言及しましたけど、ここでキーとなるのが学校の浄化水です。感染してしまっても、人としての意識が残っている内であれば治すことができます。

ここら辺のことはゾンビパニックの真相に関わる話なのでこれ以上は話しません。

気になる人は、原作を読もう!(ダイマ)

 

とにかく、学校に行って浄化水を調達して妹に飲ませる。

それが今日やらなければならないことです。

 

「わかった。風邪薬を取ってくるよ。自転車借りるぞ」

 

学校に行くなんて言えないですからね。理由を説明できない。とりあえず風邪薬ってことにしときます。

 

「え、もう行くの?」

 

「悪化しないうちに薬飲んで治さないと」

 

「それはそう、だけど……起きたばっかだよ。ご飯食べた後でも」

 

「戻ってきてから食べるよ。着替えるから、咲良は部屋で安静にしてて」

 

水筒を忘れずに持っていきましょう。それ以外のものはいつものポーチに入っています。

あとはバットを装備するだけです。一瞬で準備できちゃいましたね。

 

「じゃあ行ってくるからー」

 

「待って!」 

 

「すぐ戻ってくるから。休んでな」

 

「私平気だから。ゲホゲホ……確かに、咳はあるけど、平熱だし。薬なんてなくたって……」

 

急を要するので待ちません!

このまま押し問答してもめんどくさいのでさっさと行っちゃいましょう。

 

「外は危ないからさ、家に居てよ……」

 

腕を掴まれました。

しょうがない。油断を誘ってその隙に出ましょう。

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

何が大丈夫なのか不明ですが、できるだけ優しい声で言います。

妹の部屋に連れていって、雪の結晶を扱うように寝かせてあげましょう。掛け布団もかけてあげます。

なんかあわあわ言ってますが、されるがままですね。病人は大人しく寝てればいいんだよぉ

 

そしてベランダに出て怒涛の勢いで吊り梯子を下ります!

自転車の鍵はかけていないです。盗む人間がいないので。

そのままチャリにシュゥゥゥーッ! 超! エキサイティン!

 

ちょうど通勤通学の時間でゾンビは多いですがそんなことは関係ないです。

飛真君の自転車スキルがあれば余裕で撒けます。

 

 

 

ほら、もう学校です。

スタミナの消費を気にしなければこれくらい早くたどり着けます。

問題はこっからです。ゾンビたちが続々と登校しています。さすがに数が多すぎる。学園生活部の援護がないとセーフゾーンに行けないかも……

 

「飛真くーん!!」

 

 

あれは、りーさん!?

たまたま屋上にいたみたいです。よく見つけたな。

こいつは運がいい。

スムーズに事が運びそうです。 

向こう側の準備が揃うまで校庭のゾンビ達を始末しておきますか。

 

 

 

 

「ちょうど様子を見に行こうかって話し合っていたところなんです。()()()()()本当に良かったわ」

 

「そうですよ。みんな()()()()()のを心待ちにしてたんですから」

 

「ははは……」

 

ゴリ……くるみちゃんが1階まで迎えに来てくれたので危なげなく生徒会室に行けました。

それはいいんですけど、なんだこのホーム感は。

まるでこのまま学校で暮らすのを確信しているみたいじゃないか!

ここの浄化水に用があるだけなんて、口が裂けても言えないですね。

 

「あの、妹さんはどうされたんですか?」

 

「それが、高熱を出しちゃって……今日は薬をもらいに来たんです」

 

「…………そうだったんですね」

 

あれぇ、冷凍庫に迷い込んじゃったのかな?

飛真君の来訪を誰よりも喜んでいためぐねえからとんでもない冷気を感じるのですが。

 

「じゃあ保健室に行かないとな。でも、1階はゾンビがうじゃうじゃいたな。今行くのは得策じゃないかも」

 

「なら、朝ご飯を食べてから行きましょうよ。飛真くん、もうご飯は食べた?」

 

本当はすぐにでも薬を取りに行きたいのだけど……

登校のタイミングで探索をするのは危険だし、そもそも学園生活部の協力を取り付けないと1階で行動なんてとてもできません。

仕方ない、ロスにはなりますが朝食をいただきましょう。

 

「いえ、まだです」

 

「私もご飯たべたい! おなかすいた!」

 

「じゃあ作ってくるから、待っててね」

 

「僕も手伝いますよ」

 

少しでも早く朝食を準備できるようにしなければ。

これだけの人数になれば、準備もさぞ大変でしょう。

 

「本当!? お願いしちゃおうかな」

 

「…………」

 

という訳で放送室にやってまいりました。

りーさんと二人きりというのは、とてもドキドキするシチュエーションですね(白目)

 

「実は、朝はパンで軽く済ませようと思ってて。だから手伝ってもらうことはほとんどないの」

 

手伝いを申し出た時あんなに嬉しそうだったのに。必要なかったんかーい!

りーさんはせっせと食パンにハムを載せてトースターに入れています。

確かにそれだけなら1人で十分ですね。

電気使えるの羨ましいわ。

 

「今日は薬を持ったらすぐに行っちゃうの?」

 

「そのつもりです。だいぶ苦しそうだったんで、傍にいてあげないと」

 

「そっか。一緒に居られる時間は今しかないんだね。残念」

 

……これ反応しないほうがいいやつだよね。

生徒会室でみんなと遊んでいたい(切実)

 

「そうだ、飛真くんの部屋を作ったの。でも、教室を丸々1つ使えるっていっても広くてなんか寂しいよね。今までと同じようにみんな一緒の部屋で寝るのは、その、道徳的に良くないって。私は同じ部屋でいいと思ったんだけどね」

「その部屋にこの間の洗濯物が置いてあるから。最近は晴れが続いていて洗濯物がよく乾くの。たまには雨も降ってくれないと困るけど、やっぱり晴れているほうが気分がいいわ」

「食べ物はまだ購買部から調達できるけど、服の替えがなくなってきてて。特にくるみの分がね。戦いでよく返り血がついちゃうから。今度みんなで服を見に行こうね。私もずーっとこの制服で、さすがに飽きてきちゃった」

 

めっちゃしゃべるじゃん……

ご機嫌がよろしくて何よりです。はい。

 

「どうしたの飛真くん。借りてきた猫みたいになっちゃって。ここは()()()じゃないんだから、安心していいんだよ?」

 

「その、調理の手際が良くて、すごいなーって」

 

「調理なんて大げさだよ。片っ端からトーストしてるだけ……っと、ちょうど全部焼けたね。お皿をテーブルに持っていってもらっていい?」

 

「もちろんです」

 

この場から逃げられるなら、もうなんでもいいっすよ!

機嫌がいいならいいでなんか怖いですね。

早くみんなを呼んできましょう。

 

 

ふー、やっと朝食です。

すごく時間が長く感じました。

ハムトーストとバタークロワッサンです。

お湯も沸いているので、お茶も飲めます。

 

「やったー! ごはん! ごはん!」

 

「ゆき先輩興奮しすぎです」

 

さぁさぁ食べましょう。

上品かつ早く、パンをむしゃむしゃするのです。

 

「めぐねえ大丈夫か? さっきから全然食べてないぞ」

 

「ええ、大丈夫です……」

 

確かにめぐねえの様子がちょっと変ですね。妙に寡黙です。

 

「あの、皆さん、ちょっといいですか」

 

「どうしたの、めぐねえ」

 

「食事の最中にごめんなさい。でも、部員全員に伝えなくてはいけないことがあって。これを見てください」

 

なんだろ……冊子? あっ(察し)

 

 

 

_人人人人人人人人人_

> 職員用緊急避難 <  <待たせたな!

>  マニュアル  <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

 

 

 

今!? このタイミング!? いや確かに重要イベントだけれども!?

早く帰りたい日に残業が確定した瞬間みたいな気分になってます。

 

これは遅かれ早かれ踏むことになるイベントです。

このマニュアルは当然皆に大きな衝撃を与えます。きちんと信頼関係が醸成されていない場合、疑心暗鬼が募ることになり部としての統制が取れなくなります。

それだけに、タイミングが大事なのですが、よりによって今かぁ……

 

「ここには、()()()()()()()になった時の対応方法が書かれています」

 

「このような状況、って」

 

「……ゾンビが街じゅうを闊歩している状況、です」

 

「なんだよ、それ。想定されてたって事じゃねぇかよ!」

 

「くるみ先輩。落ち着いてください。こうなるまで、先生も僕たちと同じように何も知らなかったんですよね」

 

「そう……これを読んで私は、私は……」

 

「その、対応方法ってなんですか?」

 

「……この学校の地下が非常避難区域となっています。そこに、インフラと十分な生活用品、()()()があるそうです」

 

「「「…………」」」

 

俄かに信じられない事実ですからね。固まっちゃいますよね。

 

「……行ってみようよ! 地下探索たのしそう!」

 

「私も賛成です。遠くに行かずに物資調達ができるなら、そのほうがいいです」

 

「そうだな。利用できるものは利用しなきゃな」

 

まぁ、こうなるわな。

立ち直りが早いのは部員同士でしっかりとした信頼関係があるからですね。

よかったよかった。

しかしですね、当然今日行くことになるわけでして、飛真君もここに付き合うことになるわけです。

 

 

妹よ。すまない。帰るの、遅くなりそうだ。聡明だから、きっと身体の変化にも気づくだろう。必ず、必ず戻るから、それまで感染の恐怖から頑張って耐えてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

屋上に来たのは、何度目だろう。

昨日も含めるともう何十回も上がっているかもしれない。

 

景色なんてもう見飽きた。

彼が帰ってきているかもしれない。運命の確かさを証明したいがために、またここに来てしまった。

 

ついさっきまで、彼の元へ再び行くべきか話し合いがあった。

いや、話し合いですらなかったかもしれない。先生以外、誰も乗り気ではなかったのだから。

1人で行ってもいいけど、行き違いになることが怖い。

 

というかそもそも迎えに行く必要はない。家に立ち寄っているだけ。

帰る場所はこっちなんだから。そうに決まってる。

 

これまた何度至ったか分からない結論が頭を巡る。

 

目を向けた校庭も何度見たか分からない砂埃を────

 

 

飛真くんだ。

 

 

一瞬で分かった。緩慢なゾンビ達とは移動速度が明らかに違う。

 

「飛真くーん!!」

 

向こうも私の存在に気づいたみたいだ。さっきまでのうらぶれた気持ちがまるでなかったかのように消える。

急いでみんなに知らせなきゃ!

 

幸いみんなは部室に揃っていた。

私が窓を見るように言うと、歓喜の声が部屋にこだました。

くるみは早速スコップを持って彼を迎えに行った。

ほかの人たちも色めき立って2階のバリケードに殺到した。

姿が見えただけでこんなにみんなの態度が変わるなんて。私もその一人なんだけどね。

 

帰ってきた彼は戸惑ったような表情をしていた。

それはそうだ。飛真くんはただ戻るべき場所に戻ってきただけなのに。帰ってきて嬉しいのは分かるけど、待ち望んでいたお客さんみたいに遇されると飛真くんは困ってしまうはずだ。

 

「あの、妹さんはどうされたんですか?」

 

直樹さんが当然の問いを発する。次は連れてくると言っていたはずだ。

私からすればあの女がいないほうがむしろ嬉しいのだけれど。一緒に来なかったのには、相応の理由があるはず。

 

「それが、高熱を出しちゃって……今日は薬をもらいに来たんです」 

 

 

「…………そうだったんですね」

 

めぐねえがそう声を発するのに数秒あった。落胆が幕電のように光っている。

 

でも私は、その数秒で事情を()()して有頂天になった。

飛真くんは、私に会うために帰ってきたんだわ!

 

解熱剤が欲しいなら、学校ではなくドラッグストアに行ったほうがいい。

もっと専門的な薬が必要なら、薬局から拝借したほうがいい。

学校の保健室は市販の医療品しか置いてないし、危険な1階にある。

在学生である飛真くんがそのことを知らないはずがない。

なのにわざわざ学校に来た。

いつも的確な判断をする彼が、薬の調達先として保健室を選ぶとは思えない。

 

薬は、方便だ。

妹の体調が悪いのは本当だろう。

あの女は飛真くんが学校に帰ることを絶対に許さないはずだ。だから薬を取ってくると言い含めてここに来たに違いない。

 

これでハッキリした。

妹だから、家族だから仕方なく一緒にいるだけで、ファーストプライオリティは……私だ。

 

私だけにこにこしていたらおかしく思われるから努めて神妙な顔を作る。

保健室に行くのが単なる名目なのだから、すぐに薬を取りに行く必要はないはず。

まず朝食を食べようと提案したら、あっさりと受け入れた。さらに手伝いをするとまで言ってくれた。

ふふっ、ご飯も食べずにここに駆けつけてきたなんて……よっぽど私に会いたかったのね。

 

朝食はいつも軽いもので済ませている。私だけでも十分支度は間に合う。

でもせっかく二人きりになれるチャンスを逃す手はない。彼だってそう思っているはずだ。

 

「今日は薬を持ったらすぐに行っちゃうの?」

 

「そのつもりです。だいぶ苦しそうだったんで、傍にいてあげないと」

 

ここには私たちの他には誰もいない。建前を使う必要はないのよ。そういう意味だったのだけど、彼には伝わらなかったみたいだ。硬い言葉が返ってきた。

妹を騙すような形でここに帰ってきたのだから、罪悪感があるのかな。

優しい人だから、きっと家族を大事にしたい気持ちと自分の欲求(逢瀬)がせめぎ合っているんだ。

 

私は機嫌よく詰め込むようにたくさん話した。

あまりにも勢いがあったのか、彼は少し引いていた。私が尻尾をぶんぶん振っている犬みたいに見えて恥ずかしい。

 

食事が始まると、私は寂しくなってきた。

朝食が終わればもう引き留めることができなくなってしまう。彼の口実はあまり融通が効かない。

もっと一緒にいたい。

 

「あの、皆さん、ちょっといいですか」

 

めぐねえがそう切り出したのは、そんな時だった。

震えるめぐねえの手には、職員用緊急避難マニュアル、そう書かれた冊子があった。

避難マニュアルには似つかわしくない機密保持条項の後に、後に……

 

感染、確保、隔離……容赦のない言葉が踊っている。

頭が痛い。読みたくない、知りたくない。取り返しのつかない事が書いてある。それだけは分かる。

意味を読み取ろうと集中しないと文章に向き合えなかった。

 

くるみが声を荒げても、飛真くんが冷静だったおかげでこの冊子がもたらした衝撃は着実に弱まっていった。

このショックをみんなで共有できてよかった。横に彼がいなかったら、耐えられなかったかもしれない。

今までの私たちは生き延びることだけを考えていた。災害の真相なんて考える余裕も材料も、何もなかった。それがこんなに近くに、通っていた学校にあったなんて。

 

めぐねえはずっとこれを抱えてたんだ。いつ打ち明けるべきか迷いに迷ったに違いない。

でも、どうしてこのタイミングなのか。もっと早く言ってくれてもよかったのに。

 

「……この学校の地下が非常避難区域となっています。そこに、インフラと十分な生活用品、()()()があるそうです」

 

「「「…………」」」

 

……そっか、飛真くんがいるからか。

こんな大事なこと、部員が全員揃ってからじゃないと言えない。

これを聞いて、妹がいる家に戻るなんてできないだろう。

めぐねえは秘密で彼を縛ることにしたのね。

 

私にとっても願ってもない話だ。物資が眠っているのならそれは魅力的な話だし、何より飛真くんが出かけてしまう時間を延ばせる。

 

「私も賛成です。遠くに行かずに物資調達ができるなら、そのほうがいいです」

 

みんなやる気だ。めぐねえも安心したのか手の震えが止まっている。

 

事の成り行きを観念した表情で眺めている飛真くんに目配せをする。

これで、もっと一緒にいられるね。 

 

 

 




年末年始の間に書き上げようなんて思ってたらズルズル日が経ってしまいました。
がっこうぐらしである以上、職員用緊急避難マニュアルイベントは避けられませんよねー


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生徒指導

 

 

というわけで、地下シェルターに向かうことになったわけですが、これはこれでアリだと思っています。

保健室に行くのも、地下シェルターを目指すのも難易度は大して変わりません。どちらもゾンビ盛りだくさんの一階を通るわけですからね。

お目当ての、というか口実になっている風邪薬は地下シェルターの備蓄の中に入ってます。

向こうに何があるのか確認して、さっさと戻ってくれば大きなロスにはならないです。

べ、別に強がってるわけじゃないんだからね!

 

「まずは少人数で、調査に行きましょう。大人数だとかえって危険です」

 

「それもそうだな。なら、あたしと青木でちょっくら行ってくるか」

 

あ、飛真君確定なんすね。戦力から見て妥当なので異存はないですが……

 

「私も行きます。ここの教師として、行かなければなりません」

 

「じゃあ三人だな」

 

「いえ、くるみさんは一階での援護をお願いします。中には私と飛真君とで行きます」

 

え、一緒に行けばいいじゃんアゼルバイジャン。

 

「あたしも一緒に入ったほうが確実なんじゃないか?」

 

ワイトもそう思います。

 

「三人だと多いように感じるんです。向こうは避難区域と指定されているくらいですから、中に入ってしまえば安全なはずです。問題は戻る時です。そのまま力押しで二階に戻るのに不安があるので、くるみさんには戻ってくるときに階段側からの援護をお願いしたいんです」

 

うーん、言いたいことはわかりますね。

戦闘力のある二人が固まるのはそれはそれでリスクです。廊下は狭いですし、横の教室からゾンビが沸いてきます。力技で切り抜けるのは得策ではないですね。挟み撃ちするような形であれば襲う対象も分散して一階での移動がスムーズになるはずです。

 

「でもよ、中にまでゾンビが入っちまってるかもしれないぞ。それに、あたしも中を見てみたいし……」

 

「飛真君がいるので大丈夫です。ね?」

 

「アッハイ」

 

「今回はあくまでも調査です。居住性が良ければみんなで移る可能性もありますし、そうでなくても物資を運ぶために何度も足を運ぶことになります。中に入る機会はいくらでもありますよ」

 

「それでしたら私も協力します。防犯ブザーを使えば戦わずにゾンビを誘導できるはずです」

 

「私も手伝う!」

 

「ゆき先輩は危ないのでお留守番しててください」

 

「むぅ……」

 

いろいろ話し合いましたが、飛真君、めぐねえが突入組。くるみちゃん、みーくんがアシスト担当になりました。後の人は待機です。

全員が戦闘に向いている訳ではないですし、調査だけなら二人でも十分役割は果たせるはずです。

でもなんか腑に落ちないんですよねぇ。個人的にはくるみちゃんが傍にいてくれたほうが安心できる。めぐねえがやけに少人数にこだわるんですよ。

とはいえ、ちゃんと理屈は通ってるので特に反対はしませんでした。特別変な人選ではないですし。

そして、各々が支度をしている間に水筒に浄化水を入れちゃいました。こっちはもう準備万端ですからね。これくらいの時間は余裕で作れました。

これでいつでも帰れます。

 

ただ、心もとないのは武器ですね。手になじんだスコップを使えないのは悲しいです。

バットは一撃の威力が高く、飛真君の筋力なら頭蓋に一発当てればゾンビを熨せます。

一方で範囲攻撃は難しいです。対応スキルと怪力があればハリケーンの如く暴れまわれるんですけどね。さすがに筋力が足りないです。

めぐねえの武器も金属バットですね。みーくんから借りたんでしょうか。

 

「ふんっ、ふんっ!」

 

めぐねえがバットの素振りをしてます。気合入ってますね。

残念ながらへっぴり腰でぶれぶれのスイングです。

頑張ってる所も相まって可愛らしくはあるんですけど、見ていて不安になります。

……やっぱりスコップ欲しいですね。

くるみちゃんに貸してもらえるか聞いてみましょう。

 

「え、あたしのスコップ? いいぜ。交換しよう。めぐねえを頼むよ」

 

やったー!

くるみちゃんの持っているスコップは彼女の専用武器です。耐久も威力も通常のスコップに比べて強化されています。

彼女の相棒であり、想い人を屠った因縁のある武器でもあります。それだけ思い入れも強いのでよほど信頼されていないと貸してくれません。いやぁ、これは嬉しい。

これで安心して地下に行けます。

 

「みなさん、準備できましたか?」

 

頷く一同。

 

「では、行きましょう!」

 

まずはバリケードを超えて一階の様子を見ましょう。

 

どれどれ……うん。いっぱいいますね!

教室にいる分も合わせればその量はもっと増えます。

この量を捌くのは無理です。だから防犯ブザーが必要なんですね。

防犯ブザーはその大音量によって近くのゾンビ達を一時的に行動不能にします。

と同時に離れたゾンビを引き寄せます。

今回は後者の効果を狙って使います。

 

ピピピピピピピピピピピピ……

 

聞こえてきましたね。みーくんが校庭に防犯ブザーを投げ込んだようです。

 

ほら見てください。音につられて昇降口に押し寄せています。

押し合いへし合うことでさらに音が生まれ誘引効果を高めます。

さながら下校ラッシュです。

 

それでも数体はとどまったままです。

こいつらを片づけていきましょう。

 

「とりゃ!」

 

おお。これはすごい。簡単に首が飛びました。さすがくるみちゃんのスコップ。モノがちげぇや。

 

「調子はどう?」

 

「最高だよ」

 

「へへ。それはよかった」

 

そう言いつつくるみちゃんもゾンビの頭を叩き割ってます。ゴ、ゴリラ……(賞賛)

 

負ける気がせえへん。ずんずん行きましょう。

近づいてきたゾンビをスパスパ切り捨てて進めてしまいます。この切れ味もはや刀だろ。

 

もう学食まで来ちゃいました。ここまでは計画通りです。

もう援護は付きません。めぐねえと二人で何とかする必要があります。

 

学食にはまだゾンビが何体も残っています。

いちいち相手をしていたら時間がなくなってしまいます。

用があるのはその奥にある購買部倉庫です。ここを抜けた機械室に地下への入口があります。

 

なので、ここは……走ります!

 

めぐねえも慌てて駆け出しましたね。

先の様子を確認しなければならないので、付いてきていると信じて扉を開けます。

おっ、開いてんじゃーん(開錠)

倉庫ってだけあって日中でも薄暗いですね。

 

機械室にゾンビは……二体。見えている範囲で、ですが。視界が悪いのでここに長くは居たくないですね。

全然マシです。ここも部屋扱いなので運が悪いとモンスターハウスになったりします。

めぐねえも入ってきました。増援を防ぐために、食堂への扉に鍵を掛けます。

地下へのシャッターは閉まってますね。

 

「僕が引き付けます。めぐねえはロックの解除をお願いします」

 

「!……分かったわ」

 

ヤバい。急いでて思わずめぐねえって呼んじゃった。

なんか気まずいんで、早速突撃します! ヤァーッ!

 

こっちがリーチで勝っているのでサシで負けるはずがありません。

まずはめぐねえを入力端末のところまで連れていきます。

数秒間ちょっと背中を守るだけです。難しいことではないです。

 

「開きました!」

 

よし!

自動でゆっくり開くのを待っている暇はないので、最低限の空間をこじ開けて入ったらすぐ閉めます。

まずはめぐねえに入ってもらって……そして飛真君も滑り込みます。

 

ガンガンガンガンガン!

 

機械室にいた残りのゾンビ達がこちらに気づいて入ろうとしています。

シャッターは堅牢なので入られることはまず考えられないですが……

 

「帰り、どうしましょう……」

 

「諦めるのを待つしかないですね」

 

到達することを優先した以上、これは仕方ないですね。

ともあれ、内部に入れました。

 

「とても、暗いですね」

 

「どこかに明かりのスイッチがありそうですけど……あった」

 

これで光源は確保されました。スムーズに探索できます。

 

「すごい……こんなに沢山……」

 

プレイ中に何度も来た場所なのでいまさら驚きはしませんが、めぐねえにとっては驚愕でしょうね。

医療品の棚から風邪薬をもらっていきましょう。

一通り内部を見て回れば任務終了です。めぐねえが熱心に備蓄品をメモしているので特に何もすることがないです。

 

「これだけは、何かあった時のために持っていくほうがよさそうですね」

 

治療薬ですね。現時点で一つしか手に入らない激レアアイテムです。

試作品と書いてありますけどマジで治ります。

 

「そうですね」

 

「…………」

 

「…………」

 

え、何話せばいいんだろ(コミュ障)

遠くからシャッターを叩く音がするだけで、静かです。

改まって話すことなんてないぞ。早く帰りてー。

 

「そういえば、飛真君。さっき私のことめぐねえって」

 

「すいません。焦ってて……」

 

「いいのよ。みんなそう言ってるし。それに、()()だと他人行儀だなってずっと思ってたの。だからそう呼んでくれて嬉しいわ」

 

「でも、先生はやっぱり先生です」

 

「……私はもう先生じゃない。学園生活部の顧問ではあるけどね。これからはめぐねえでいいわよ」

 

ここで名前イベントかぁ。

でも人前でめぐねえって言うの恥ずかしい……恥ずかしくない?

ゆきちゃんとかが言うから可愛いのであって、野郎が呼ぶべきではない気がするんです。

 

「……」

 

「嫌なの?」

 

「そういうわけじゃないですけど」

 

「ふふっ、じゃあ二人の時だけにしましょう」

 

ナンデ?

 

「それにしても、まだ叩くのをやめてくれませんね……」

 

パチン

 

明かりが落ちました。というか、めぐねえが照明を消しました。ナンデ?(二回目)

 

「こっちが明るいからよ。こうしていれば離れるはずよ。さっ、座って待っていましょう」

 

いやいやシャッターは完全に降りてるんだから関係ないっしょ

 

「ねぇ、飛真君。どうして学校に来ないの?」

 

「来てるじゃないですか。現に今「そうじゃなくて、どうして家に帰っちゃうの?」

 

「それは、妹が高熱で苦しんでて……」

 

ついに来てしまった。詰問タイムです。暗くて表情はわからないです。

絶対おうち帰るマンなんでそりゃ疑惑は生まれますよね。

というか、二人にこだわったのはこの時のためだったんじゃ……

 

「ふうん……風邪薬の入手先なんていくらでもあるはずなのにね」

 

「それは……」

 

「言い訳なんてしなくていいのよ。ここには誰もいないんだから」

 

「信じてください。本当に妹が病気で……あと二日もあれば治るはずです。そうすれば妹とこっちに越してこれるはずです」

 

二日後があめのひです。ここを超えればクリアとなります。その後はなんだっていいです。いくらでも学校で暮らしますよ。

 

「責めるつもりはないの。だから、震えないで、ね?」

 

いや、震えてないっす。マジで震えてないので、手を握るのやめてください。

聞いてください。好感度9ですよ9。最大が10なのですからこれは相当高い数値です。

なのになぜこんなに恐怖を感じるのでしょう。

くるみちゃんとも同じ好感度なんですけど全然怖くないです。

学園生活部でりーさんとめぐねえだけ好感度高いのに行動に圧があるんですよね。なんでなんですかね。何か別のパラメータが作用してるのかな……

 

「今日のことは分かったわ。でも、ショッピングモールで会った後、家にとどまったのはどうしてなの?」

 

ここは言葉を信じて真実寄りのことを言っておきますか。下手な嘘はやめておいたほうがいいでしょう。 

 

「……話し合った結果、もう少し家に留まろうということになったんです。一応、僕も同意しました。無理強いはできないですし、妹を置いては行けません」

 

「私はずっと待ってました。みんなもです。飛真君はもう部員なんです。心配で心配で、様子も見に行きました。でも飛真君はぐらかしてばっかりですよね。何も言わずに家にこもって、学校に来てもすぐ帰る。みんなの前では言えなかったけど、私は裏切られたと思いました。飛真君の事情で勝手に判断して、こっちには相談も説明も、してくれないんですね」

 

ひぇ

行く行く詐欺してたのすごい根に持ってますね。

 

「ごめんなさい。そんなつもりは全く」

 

「妹さんをちゃんと説得したんですか? 飛真君が学校に行く意思を明確にすれば付いてきてくれるはずです」

 

「しました。でも……あ、音がやみましたよ! これで帰れます!」

 

やっと諦めてくれたみたいですね。タイミングがよかった。

ジワジワ正気度が減ってましたから。こんな暗がりの中詰問するの反則だろ。

さっさと(めぐねえから)逃げましょう!

 

「…………」

 

ガンガンガンガンガン!

 

!? 

おいおいおいおいおいおいおいおい……

何やってんだよめぐねえ! シャッター叩いたら、また寄ってくるじゃん!

 

「話は終わってないですよ。まだ帰っちゃダメです」

 

「」

 

「色々理由を付けて家に帰りたがってるようにどうしても見えてしまうんです。どうなんですか? ちゃんと、答えてください」

 

そうだよ(迫真)

でも、それを認めたらどうなるか。それは火を見るよりも明らかです。

絶対帰してくれません。

 

色々理屈考えても弾き返されるだけでしょう。分かりやすい理由にしときましょう。

妹には申し訳ないですが、どうせもう会わないし。

これも早く家に帰って感染を食い止めるためなんだ。許して亭許して。

後で埋め合わせはするんで(するとは言ってない)

 

「その、帰らないと妹が怒るんです。ショッピングモールの一件があってから神経質になってて。学校に行く話は、切り出し方が悪かったのかヘソを曲げられてしまいました。今日も早く帰らないと何を言われるか……」

 

「今日学校に来ることを妹さんには伝えてますか?」

 

「言ってない、です」

 

「ふぅん……お忍びで来たんだ。悪い人ですね」

 

また手を握ってきました。

暗いけどこれくらい近ければ表情が分かります。わ、笑ってやがる……

おまけに目のハイライトも消灯しております。

正気度はまだあるのにおかしいな。

 

「なら、これから言うことをよく聞いてください。家よりも学校の方が過ごしやすいのは明らかですよね。今回のことだって、学校で暮らしていればもっと迅速に薬を調達できたはずです。妹さんの家にこだわる気持ちは、非合理的です。ここに連れてきてください。みんないい人たちです。すぐになじめます。今日のところは病気ということなので仕方がないですが、もう妹さんを理由にするのはナシですよ」

 

「ワカリマシタ」

 

「だいいち、飛真君は妹さんに甘すぎるんです。ベタベタされるがままになって、そんなの不埒です。家族でも不必要に仲良くしてはいけません」

 

「……」

 

耐えろ、耐えるんだ。言いたいことを言ってスッキリすれば解放してくれるはず。

 

「それで、普段から妹さんは飛真君のベッドを使ってるんですか?」

 

追い打ちやめて(切実)

このキラー質問にどう答えればいいの…… 

 

「ま、まさか。あの日はたまたま」

 

「使っていたことは認めるんだ」

 

「言葉の綾です。それに、これはプライベートなことです。いくらせんせ……めぐねえでも詮索するのは失礼です」

 

「……口答えするんだ。いい子にしてないと、妹さんの元に行けないよ?」

 

ガンッ

 

うっひょ~~~~~(錯乱)

干渉マシマシな質問を聞いて抗議の声を出したら、めぐねえからの脅迫でシャッター蹴りをサービスしてもらいました。

俺のプレイング次第で強行突破する事だってできるんだぞって事で

脱出しま~~~~~す!

 

「今日の先生はなんかおかしいです。もういいです。僕一人で帰らせてもらいます」

 

シャッターの暗証番号は暗記しています。何回このゲームをやってると思うんだ。

 

ビーッ!

 

あれ? 手元が滑ったかも。電気をつけて再挑戦します。

 

ビーッ!

 

「暗証番号は変更済みです。番号は私しか知りませんよ」

 

オワタ。

失意のあまりその場にへたり込んでしまいました~!

 

「反抗期ですもんね。ふふ、震えちゃって可愛いですね。いいですよ、許してあげます」

 

「妹が精神的に不安定だった時に仕方なく一緒に寝たことはあります。でも、それだけです。ちゃんと答えました。お願いです。早く帰してください」

 

「そうですね、戻りましょうか。あまりにも遅いとみんなを心配させてしまいます。でも、今のは聞き捨てならないですね」

 

「当然ですけど一緒に寝るのを許すなんて絶対にいけません。きちんと断らなかった飛真君にも責任があります。恋人なら別かもしれませんが兄妹なんですから。踏み込んではいけない一線があります。飛真君はまだ未成年なんですよ。妹さんはもっと幼いです。子供だけで生活していると、適切な距離感が分からなくなってとても危ないです。これは妹さんに限った話ではなくて他の子についても言えます。部員同士で不和が起こるのは悲しいことです。だから、私以上に親密な人を作ってはいけません。健全な成長のためにまだ大人が必要な年齢なんです。だから私と一緒に仲良く暮らしましょう。ね?」

 

「返事は?」

 

「ハイ」

 

「ふふふ、素直でよろしい。……どうしたの、もじもじしちゃって」

 

「そ、そろそろ帰りましょうよ。先生の「先生じゃないでしょ?」

 

「……めぐねえの、言う通りにしますから」

 

よしよしされました。キモチイイナー

飛真君はあまりの嬉しさに正気度を溶かしています。このペースで正気度が失われると情緒不安定になっちゃうよ~

 

「そうですよ。飛真君は大事な大事な部員です。厳しいことも言ってしまいましたけど、これは全部飛真君のためを想ってのことなんですから。これからのことは、また()()()()で決めていきましょうね。さっ、戻りましょう!」

 

どういうつもりなのか分からないですけど、わざと耳元で囁いてきます。

そしてすごいベタベタ触ってきます。当然抵抗はできません。犠牲になるのは正気度です。

 

耐えに耐えたおかげで、やっと帰れる(吐血)

 

来た道を戻るだけですが、油断はできません。まだゾンビが残っているのは分かっていますからね。

今回もスピード重視で無視できるゾンビは無視していきます。

機械室と購買部倉庫を抜けてしまえばこっちのもんです。スコップを思う存分振り回せます。

 

廊下に出てこれました。やはりゾンビがうじゃうじゃいますね。走り抜けるのは無理そうです。が、廊下の先にはくるみちゃんがスタンバってくれてます。

ずっと待っててくれたんですね。涙出ちゃいますよ。

 

防犯ブザーを行く手に投げてゾンビ達を足止めします。

そして挟み撃ちをするように手際よく処理していきます。音につられる量よりもこちらの処理速度の方が上なので着実に進路を確保できます。

 

バリケードをくぐれば……調査終了です!

 

「おつかれ。なかなか戻ってこなくて心配したぞ」

 

「ごめんなさい。安全を確かめるのに、時間がかかってしまって」

 

しれっと嘘つくじゃん。大人って怖い。

 

「地下はどうでした?」

 

「マニュアルにある通り、大量の物資がありました。こちらがリストです。電気も通っていて、暮らすこともできそうです。湿気があるのは気になりましたけど……」

 

「こんなに沢山……まぁ、お肉もあるなんて」

 

「「え、肉!?」」

 

「二人とも落ち着いてください。今度取りに行きましょうね」

 

購買部倉庫と比べても、備蓄量は桁違いですからね。

盛り上がるのも頷けます。

 

「くるみ先輩、スコップありがとうございました。とても役に立ちました」

 

ちゃんと水で汚れを流して返しました。

そして義務の履行も終了しました。もう昼過ぎです。さっさと帰らせてもらいましょう。

 

「みんなでスポーツドリンクの粉とか役に立ちそうなものをまとめておきました。これ、使ってください」

 

りーさんから袋を受け取りました。

ありがたく受け取りましょう。

 

「ありがとうございます。妹が待っているんで、今日は帰ります。今度は妹を連れてきますね」

 

こう言っとけば引き留められはしないだろう。

まだ帰る雰囲気では全然ないですが、返事を待たずにバリケードをくぐります。

妹の容態が心配ですから、無理やり帰ります。ここは先手必勝です。

 

自分一人なら廊下でも駆け抜けられます。

目立つ場所に置いておいた自転車に飛び乗れば後は一目散に家を目指すだけです。

 

めぐねえのせいでだいぶ正気度が削れました。

でも、帰るの遅くなっちゃったんで妹は怒ってるでしょう。家でもまた正気度が減ってしまう可能性が高いです。ああ、気が重い。

あくまでもペダルは軽く、駆けるように家路につきます。ゾンビにつかまっちゃうんでね。

 

難なく帰宅です。

問題は妹の様態ですが果たして……

 

「ごめん遅くなった!」

 

「おか……ゲホッ、ゴホゴホッ……」

 

自分のベッドで大人しくしてたみたいですね。なぜか飛真君の枕を持っていますがそれは誤差でしょう。

マスクをしていてもわかる顔色の悪さです。目も充血してとろんとしています。咳もひどくて辛そうです。

 

「喋らなくていいよ。ご飯は何か食べた?」

 

フルフル

 

よかった。首を振って意思疎通はできるみたいです。

 

「食欲は、ある?」

 

「おにく、たべたい」

 

うーん。だいぶ感染は進行していますね。話し方がだいぶ緩慢ですし、肉を真っ先に所望するのは悪い傾向です。でも大丈夫。浄化水が治してくれます。もらったスポドリの粉を使いましょう。

 

「わかった。缶詰開けるよ。でもまずは水分補給をしないと」

 

「どこに、行ってたの?」

 

どうしよう。これ正直に言ったほうがいいか?

 

「色々探したんだけどゾンビが多くて。結局学校から薬とか諸々を持ってきたよ」

 

「...................だからおそかったんだ」

 

「ごめん」

 

「……」

 

「ほ、ほら、薬飲まなきゃ。これ水ね。今スポドリ作ったからこれも飲んで」

 

刺すような目線がとても怖いですが、飲んでくれました。

浄化水を飲ませるというノルマはあっさりと達成できましたね。

あとは治るのを待つだけです。明日の朝にはもう普段通りになっていることでしょう。

 

「もういい。まずい」

 

「粉の分量が悪かったかも。でも飲んでくれてよかったよ。すぐご飯用意するから待ってて」

 

 

肉ということでジビエ缶を用意しました。

あと、急いでお湯を沸かしてアルファ米でおじやを作ります。具は焼き鳥缶でいいでしょう。

もし、一口食べて嫌がるようなら深刻なステージにいることになります。人間が普段食べる物に興味を抱けないとしたら、食人衝動まであと一歩です。

 

「ほら、おじやだよ。食欲ないと思うけど抵抗力つけるために食べて」

 

……食べてはくれてますけど、肉の部分だけですね。ジビエ缶は完食してくれました。

まぁ、いいでしょう。最悪は避けられてます。残りは飛真君が食べることにします。もう夕方と言ってもいい時間です。自分用の分も作って夕飯ということにしちゃいましょう。

経過が不安なので当分は妹の部屋で様子を見ますけど、正気度を取り戻すためにさっさと寝ます。することもないので。

漫画とか時間を消費するアイテムを使えば一瞬で時が過ぎます。正気度も回復するのでまさにうってつけのアイテムです。

 

 

「ねえ、わたし、ほんとうになおるの?」

 

うわ、寝てたと思った。もう夜です。ライトがないと暗くて何も見えません。

まだガラガラ声で回復の兆しは見られないですね。でも悪化していないのは浄化水が効いてる証拠です。

しかし、これは感染してるんじゃないかって感付いてますね。実際は回復の途上にあるのですが、本人が自覚するまでにラグがあります。安心させなければ。

 

「ただの風邪なんだし、安静にしていれば絶対に治るよ」

 

「……うん」

 

「今日はもう疲れちゃって。僕は早く寝るよ。飲み物はここに置いておくから。何かあったら起こしていいからね」

 

効果も確認できましたし、今日はお暇しましょう。

もう解散解散! 長い一日だった……

 

「おにいちゃん」

 

「なんだ?」

 

「その、さみしいからさ、あの……」

 

「なに?」

 

「そばにいて、ほしいなって」

 

あれ、傍にいてあげるって選択肢が出てきませんね。めぐねえのせいかな。

誰かに精神的に支配されている状況だと、その誰かの意にそぐわない行動が自発的にできなくなる時があります。

DVを振るわれているのに抵抗することが怖くてできない、みたいな感じです。

めぐねえくんさぁ……(怒り)

メンタルよわよわ状態の飛真君には言いつけを破る力は残されていません。だから早く寝て正気度を回復させる必要があったんですね(激遅メガトン構文)

その結果……

 

「だめだ。そんなことしたら風邪が移っちゃうだろ。あと枕。返してくれないと寝れないよ」

 

こういう冷たい態度しかできません。

 

「……そうだよね。だめ、だよね」

 

「当たり前だ。じゃあ寝るから。おやすみ」

 

と、とにかく寝ましょう! 正気度が戻ればいくらでもリカバリーができます!

明日になれば何もかも元通り平穏な自宅警備員ライフになります!

というわけで、おやすみなさい……

 

 

 

 




めぐねえをまた壊してしまいました。悪気はないんです。つい手癖で……


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間違えた熱湯

 

 

おっ、おはようございます(真夜中)

 

普段なら絶対に起きない時間なのですが、飛真君にダメージが入ったため強制的に目が覚めてしまいました。

またベッドから落ちちゃったのかな。状況を確認しましょう。

 

暗くてほとんど何も見えません。が、オフトゥンの中に包まれたままなのはなんとなく分かります。となるとなぜダメージを負ったのかが謎です。明かりを付けましょうか。

 

うーん。部屋を見た感じ特に変化はないですね。何かが落ちてきたとかではなさそうです。ますます謎です。ここはアプローチを変えてみますか。傷の箇所は首元です。鏡で見てみましょう。

 

どれどれ……んっ!? これは、噛まれた跡!?

 

マジかよ。ゾンビ? なんで気づかなかった? てか無抵抗の状態でどうして一噛みで済んだんだ?

待て待て待て。冷静に考えましょう。窓は割れていません。縄梯子はちゃんと回収してますからここまで来れるはずはありません。

一階が突破されてここまでやってきた、ということなら考えられますけど音もなくここまで来れるなんて現実的ではありません。

むしろこれ、人間がやったと考えるほうが妥当です。となると可能性がある人間は、妹くらいしかいません。

 

だけどゾンビの仕業である場合が微粒子レベルで存在する以上、妹の安否確認と1階を含めた家の見回りは必要ですね。

コンコン

 

まずは妹の部屋です。反応はなし、そして静かです。入っちゃいましょう。

 

「入るぞー」

 

部屋の中は……変化なしです。窓は施錠されている徹底っぷりです。

肝心の妹も寝静まっています。狸寝入りしているだけかもしれませんが。とりあえず安心です。

 

これからは1部屋1部屋を巡っていきます。なるべく音を立てずに、きちんとバットで武装しましょう。明かりの使用も極力控えます。移動は詳細マップをたよりに暗闇の中行います。

 

 

~~自宅警備中~~

 

 

ええっとですね。結論から言うと異常はゼロです。侵入の形跡は全くありませんでした。白物家電バリケードも健在です。

つまりこの傷は内部犯によるものである可能性が非常に高いです。

寝てるとか関係ないっす。問い質さねばなりませんな!

 

再び妹の部屋です。さぁさぁ起きてもらいましょう。

 

「咲良、咲良、起きて」

 

「んん……何?」

 

割とあっさり起きましたね。怪しい。

 

「何じゃないよ。僕、首元を噛まれたんだ。ゾンビかと思って家じゅう探してみても痕跡はない。咲良がやったとしか思えない」

 

「...................うん、私だよ」

 

ほぅ、ずいぶんあっさりと認めるんだな。受け答えは昨夜に比べてだいぶはっきりしています。経過は良好です。ということは、ゾンビ化が進行した結果ではないでしょうね。もし本当に妹が人を噛むほどの感染末期だったら喋れないですし、今頃飛真君には感染の状態異常が付与されているはずです。浄化水といえども噛まれてしまったら抵抗力勝負になってしまいます。

 

「なんでそんなことを。起きちゃったじゃないか」

 

「……保険」

 

「ほけん? どういうこと?」

 

「お兄ちゃんは昨日すぐ帰ってくるって言ったのに全然帰ってこなかった。別に他の場所でもいいのにわざわざ学校に行った」

 

「待って。全然わかんないんだけど」

 

今度は紙を渡されました。

 

『高熱でうなされていると聞いて心配しました。早く良くなって学校に来れるようになることを願っています 悠里』

 

「これ、どこにあったの?」

 

「差し入れの中に紛れてたよ」

 

「全然知らなかった。で、これがどうしたの? 咲良の体調を気にしているだけだろ」

 

「お兄ちゃん嘘ついた。私熱なんてなかったのに」

 

「それは、まぁ、危機感を持ってもらうために盛ったかもしれないけど。聞きたいのはどうして僕は噛まれたのかなんだよ。悠里先輩は、今回の事と関係ないだろ」

 

「……お兄ちゃんが早く帰ってくれば、噛んだりなんかしなかった」

 

「まるで僕のせいみたいじゃないか……仕方ないだろ。学校の地下に行くことになったんだ。そこには大量の物資とゾンビ化をくい止める薬があるらしい、なんて言われたら断れないよ」

 

「本当?」

 

「うん。実際に見た。薬に関しては一つしかなかったし、効果があるのかも分からないけどね」

 

「...................」

 

「僕も混乱したよ。学校にそんなものがあるなんて、どう考えても異常だから。遅くなったのはちゃんと理由があるんだよ」

 

「学校がこの大災害を想定してたってことは、あの先生も関係者だったってことだよね?」

 

「違う。めぐね……先生はこうなってしまってから薬の事実を知ったんだ。地下の存在が記された書類は無断の開封を禁じてた」

 

「お兄ちゃんは、それを信じたんだね」

 

「そうだよ。悪いことをする人じゃ……」

 

ちょっと待て。悪いことしてたわ。めぐねえのせいで帰りが遅くなって正気度も黄色信号まで削れたんだよ。

 

「どうしたの? 震えて……」

 

「触るなっ!」

 

あっ、これトラウマになってる。

正気度を一定以上失った場合にトラウマを負う可能性があります。

こうなると、トラウマとなった状況に似た環境になった際に思わず防衛的な行動に出てしまいます。フラッシュバックが起こると正気度も減ってしまいます。

飛真君の反応から察するに、暗いところで誰かに触られるのが無理になってしまったようですね。叩き起こされたせいで正気度が回復しきってないので、過去と今が違うと受け止める余裕がないんですよね。

 

「あの、これは、違うの。様子が変だったから……」

 

「変なのはお前だろ! 寝てる人間を噛むなんて、狂ってる。ゾンビの真似事か? 薬を取りに行っただけなのにいちいちケチを付ける。意味が分からない。怖いよ」

 

「ごめんなさい。本当の理由、言うから。えっと、その、お兄ちゃんに構ってほし「理由なんてどうでもいいよ。昨日動き回って疲れて、眠いんだ。頼むからもう近づかないでくれ」

 

ガチャ

 

あー、飛真君自分の部屋に鍵かけちゃいましたね。

トラウマが蘇って一時的に錯乱状態に陥っています。プレイヤーにはどうすることもできません。すぐに収まりはしますが、正気度が残ってないですから謝りに行くのは難しそうです。余計話がこじれてしまいます。

 

ここはいったん寝ましょう。きちんと休息を取ってもらって、頭も冷やした上で妹と会いましょう。

だいじょうぶです。お互いの信頼関係は残っています。順を追って歩み寄ればほどける程度の問題です。

 

本当は、部屋の向こうから漏れ聞こえるすすり泣きの元へ舞い戻りたいけど、でも……

今はもう少しだけ、聞こえないふりをします。

余裕を取り戻した飛真君なら、きっと妹と和解できるから。 

 

 

 

 

 

いやぁ、さっきはお見苦しい所を見せてしまいました。

二度目のおはようございますですね。

ポーズするの忘れたままゆったりトイレに行ってたら飛真君起きてました。

いつから起きてるかはわかりませんが、部屋はだいぶ明るくなってます。途中起こされた影響か、正気度の回復はぼちぼちです。

このまま寝ててもしょうがない、起き上がりますかぁ。

 

あれ?

 

動かない。

 

フリーズ? 時間はしっかり過ぎています。力を込めてもダメです。まるで金縛りにでもあったようです。

正確には、ほんの少しは動けるけど可動域があまりにも制限されているせいでベッドから出ることはおろか体制を変えることもできない、ですね。

 

「…………」

 

このままじゃ知ってる天井を眺めているだけになってしまう。

これは動画としてあまりにも致命的。こんなバグは聞いたことがない。

一縷の望みをかけて妹を呼ぼうにも、部屋の鍵かけちゃいましたからねぇ。

どうしよう。

頭は少し動かせるようで、視点は変えられそうです。キョロキョロしておきますか。

 

「あ……おはよう」

 

え!? 部屋にいる!?

 

「どうして、ここに……」

 

「窓の鍵閉めてなかったでしょ。簡単に入れたよ」

 

「そういうことか。それよりも、助けてくれ。金縛りにあってるみたいで動けないんだ」

 

「...................本当に? 全力で起き上がろうとしてみてよ」

 

出そうと思えば(本気)

 

ぬぅぅぅぅぅぅぅ! 

 

ベッドがミシミシ言ってます。なんでベッドが悲鳴を上げるんだよ。おかしいな。

 

「はぁ、はぁ、やっぱダメだ。まるで、何かに縛られているみたいだ」

 

「そっか……はじめてだったけど、上手くいったんだね」

 

「もしかして……」

 

「バンザイの形はちょっと恥ずかしいよね。でもそれが一番確実だと思って。四隅の支柱に引っ掛けるには、ね」

「それにしても、家にあるもので何とかできて良かった。外にものを取りに行くなんて、もうおいそれとできないもんね。大丈夫? 痛くない? きつすぎたら言ってね」

 

「縛ったのか?」

 

「えへへへへへへへ、うん」

 

「」

 

「ごめんね。でも、お兄ちゃんがいけないんだよ……?」

 

ハイライトさんは実家に帰ってしまって……ない!? え?

素面で縛ってんの!?

更に不可思議なのは、しっかりよそ行きの服装に着替えていることです。

フリルが付いたブラウスに、サーキュラースカート。今まで一度もお目にかかったことのないコーディネートです。結構似合ってます。バールを握ってさえなければ、ですが。

まぁ、縛られたという事実の前ではどんなことも些末なことですがね。ははは……

 

プレイヤーが同意なく縛られる、というのは実は珍しいことじゃなくてぇ……

例えば、学園生活部の信頼を十分に得られないまま感染してしまうとか、条件さえそろえば起こりうることなんです。実際何度も縛られた事があります。

ただ、その時に共通してたのがプレイヤーを脅威とみなしたNPCによる行動ということです。好ましくない存在とみなされている以上、好感度は低いことが条件の一つになっています。

翻って今回は好感度マックス。さらに正気度も残っています。狂気の結果とも考えられないとなると、一体なぜ?

分からないなら聞いてみましょう。どうせ満足のいく答えは返ってこないだろうけど。

 

「なんでこんなことを」

 

「私ね、ゾンビかもしれないんだ。だからお兄ちゃんを噛んだの。そしたらお兄ちゃんが逃げようとするから、縛っちゃった」

 

なるほど。全然わからん。正気のはずなのにな。会話が噛みあわない。飛真君が錯乱時に言った言葉に傷ついたのだけは分かりました。とりあえず謝っておくか。

 

「そんなわけないだろ。こうやって会話できてるんだから咲良はゾンビなんかじゃない。そんな咲良に噛まれたって感染するわけがない。あの時は言い過ぎた。ごめん。謝るよ。だから……」

 

「そうだよね。お兄ちゃんは健康だよね。()()したもん」

 

「なら、縛る必要なんて、ないじゃないか」

 

「……………………」

 

「咲良? ねえ、ちゃんと話してくれよ。おーい、咲良ー?」

 

だんまりですか。さらに、椅子にでも座ったのか、こちらの視点からは姿が見れなくなってしまいました。

口まで塞がらなかったのは不幸中の幸いです。

敵意があってやったわけではなさそうです。本当に危害を加える気なら、喋ることすら禁じられてるでしょう。でも、それ故にどうすれば解いてくれるのかわかりません。生殺与奪の権を握られているわけですから下手なことをすればバールで確殺されます。

 

一応家にいるわけだし、このまま大人しくしていればクリアできるのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行っちゃった。家にいてほしいって言ったのに。

お兄ちゃんが触れた感触はまだ残っている。その優しさに、私は警戒すべきだった。でも、それ以上に嬉しくて。

朝起きた瞬間、体調の悪さを自覚した。次に考えたのは、お兄ちゃんが看病してくれるかもしれない、ということだった。

咳が酷くて、身体もだるい。熱はないから風邪の引き始めだろうな。これなら安静にしているだけで治りそうだ。

 

お兄ちゃんは私の体調を大げさに捉えた。風邪薬を取りに行くと言って聞かなかった。

ただの風邪でも、心細くなる。だからそばにいてほしかった。

病人であることにかこつけて、甘えようという皮算用はいとも簡単にご破算になった。

 

結局、お兄ちゃんがわざわざ誂えた布団の中で寝るしかない。すぐ帰るという言葉を信じて。

 

 

おかしいと感じ始めたのは日が傾きだしたあたりからだった。

 

眠くない……のは今まで寝てたからだとして、食欲がない……のも病気ならありがちなことだ。

咳は朝よりもっと酷くなった。気持ち悪くてマスクを何度も変えた。

頭がぼーっとして何も上手く物事を考えられない。

病状が悪化しているだけかもしれないけど、そうではない、次元の異なる何かが私の中で進行している気がしてならない。

 

何度計っても平熱を大きく下回る数字が表示される。

お兄ちゃんの枕を抱き枕代わりにしようと思った時点でだいぶおかしいし、そこに残った香りを嗅いだ途端よだれが溢れてくるのは異常としか言いようがない。

 

お兄ちゃんはまだ来ない。

もう遅いなんていう気力もなくて、ただただ早く戻ってきてほしい。

食欲も睡眠欲もなくなってきているけど、お兄ちゃんのことを考えている時だけ欲望らしきものが立ち現れる。

 

 

「ごめん遅くなった!」

 

来た!

 

おかえりって言いたかったけど、咳のせいで最後まで言えなかった。

とても現金なもので、お兄ちゃんが帰ってきたとたん眠っていた食欲が目を覚ました。

肉が食べたい。

 

え、肉?

私の欲望のはずなのに、その突拍子のなさに私が驚く。ついさっきまで水すら口に入れたくないって思ってたのに。そんな弱った胃に悪そうなものを……

 

「どこに、行ってたの?」

 

気になるというよりも私の持つ違和感を逸らすために尋ねた。

それでも学校に行っていたと知ってからは様々な思いが飛来した。

 

向こうにいる女たちの顔。妙に優しかった出発前のお兄ちゃん。遅い帰宅。

だめだ、断片だけで思考がまとまらない。

このむしゃくしゃをお兄ちゃんにかぶりつくことで晴らしたくなる。

 

私が静かなのを不機嫌と捉えたのか、恐ろしく献身的に世話をしてくれた。

スポーツドリンクを飲ませて、すぐにリクエスト通り肉の缶詰を用意して、おじやの準備もしてくれた。

 

スポーツドリンクはまずくてとても飲めたものではなかった。それでも水分補給は大事だと思っていくらかは無理やり飲み込んだ。

ジビエ缶はびっくりするくらい美味しかった。気が付いたら食べきっていた。物足りない。

その勢いでおじやを食べようとして気づく。

米の味がしない。いくら薄味でもまったく味がしないのはおかしい。肉は相変わらず美味しい。この落差は、何。

 

一方お兄ちゃんは自分用につくったおじやを美味しそうに食べていた。

本来はそのはずだ。肉だけ食べられるなんて、まるでゾンビ……

 

...................。

 

比喩じゃないかもしれない。笑い飛ばすには、あまりにも私は、疑わしい。

まとまらない思考を一生懸命繋ぎ合わせる。そういえば世界がこんなになった初日、肉でゾンビたちをおびき寄せたっけ。ゾンビをやっつけた時に浴びる返り血は、冷たいと形容してもいいくらいの温度だったな。

お兄ちゃんはまだ私の部屋にいて漫画を読んでいる。その様子を盗み見るだけでよだれが生成されていく。美味しそうだと、思ってしまう。

 

「ねえ、わたし、ほんとうになおるの?」

 

こんなこと聞いてもしょうがない。でも、私は聞かずにはいられなかった。

お兄ちゃんはこれをただの風邪だと思っている。だから、大丈夫としか答えてくれない。

 

正直に、言わないといけない。まだ疑惑であるうちに。まだ最期を決められるうちに。

 

決心は中々つかない。なんて説明すればいいのかも分からない。

そうこうしているうちにお兄ちゃんが寝ると言い出した。もうそんな時間だ。もう私は眠気が消えていて、暗くなると寝るということを忘れていた。

 

待って。

 

「おにいちゃん」

 

「なんだ?」

 

「その、さみしいからさ、あの……」

 

「なに?」

 

「そばにいて、ほしいなって」

 

 

本当はダメだけど、人肌が恋しかった。温めてほしかった。

お兄ちゃんに体温を分けてもらいながらなら、感染しているかもしれないことを言える気がした。

 

「だめだ。そんなことしたら風邪が移っちゃうだろ。あと枕。返してくれないと寝れないよ」

 

何を言われたのか、理解するのに数秒はかかった。私の体温よりも冷たい言葉は、鈍くなった私の頭をも容赦なく刺した。

 

「……そうだよね。だめ、だよね」

 

「当たり前だ。じゃあ寝るから。おやすみ」

 

ごめんなさいお兄ちゃんその枕私のよだれ付いちゃってるそうだよねゾンビになりかけてる妹の傍にいたいなんておもわないよね私がわがまますぎたんだよねでも私どうしたらいいんだろうお兄ちゃんと一緒に考えたいよ食べたいよひとりぼっちにしないでよ。

 

...................

 

……

 

一体どれくらいの時間が過ぎたんだろう。すべては相変わらずで、まだ理性はある。

じっとしていても眠れない。いや眠れないほうがいい。意識を失ったその時が、私の最期の気がする。

一向に冴えない頭を使って、これからどうすればいいのかをずっと考えていた。

 

まずは最悪のパターンから。私がゾンビになってしまう。そしたらお兄ちゃんは私を……殺す。死体がある家にはもういられない。学校に行く。

そんなのだめ向こうには私が斃れるのを舌なめずりして待っている奴がいるんだお兄ちゃんが他の女と仲良く共同生活を過ごすくらいだったら私がお兄ちゃんのすべてを味わい尽くす。

 

げほげほ……

 

いきなり感情的になったから治まりかけていた咳がぶり返してしまった。

もっと冷静にならないと。

 

食欲は相変わらずなかったけど、ベッドにずっといるのも飽きたからお兄ちゃんが学校から持ってきたものを漁る。飲み物が入っていれば、それを飲むつもりだった。

 

『高熱でうなされていると聞いて心配しました。早く良くなって学校に来れるようになることを願っています 悠里』

 

紙切れを見つけてしまった。

わざわざこんなメモを忍ばせてくるなんて、お兄ちゃんに優しい自分をアピールしたいとしか思えない。

……いや、高熱って書いてある。どうしてお兄ちゃんはこんな嘘をついたんだろう。

大げさに言ってあの女たちの歓心を買おうとしたの?

そもそも学校に行く必要はなかったはずだ。一般的な風邪薬なんて他の場所でも置いてある。

もしかして、薬を取りに行くことを方便に使ったんじゃ……

考えれば考えるほど嫌な想像は広がっていく。

 

思えば、学校の人間と接触するたびにお兄ちゃんは私に冷たくなっていった。

何も言わず朝帰りをして、一緒に寝ることも拒否して、当然のように遅く帰ってくるようになった。

目の前にいる私を見てくれなくなった。昔は泣いている私をそっと包んでくれたのに。

振り向いてほしい。そのためには……

 

息を殺してお兄ちゃんの部屋に入る。まるで私を誘うかのように、すぅすぅと寝息を立てている。

人間を前に理性を失わないことに安心しつつ、柔らかい首筋を撫でてうっとりとする。

 

まず私が感染しているのか、その大前提が分からない。

今が小康状態なのか、快方に向かっているのか、はたまたずっと勘違いをしていただけだったのか、教えてくれるのは時間だけだ。

 

それでは待てない。だから、お兄ちゃんの身体で試す。

 

舌の先で、恐る恐る頸部に触れる。ほんのりと塩味があるような気がする。

決心がつかなくて、というよりただただそうしたという理由で舌の筆を走らせてキャンパスに私の色を塗っていく。

 

「うーん……」

 

お兄ちゃんが寝返りを打ったことで、やっと私は我に返った。

いけないいけない。ちゃんとやらなきゃ。

 

気を取り直して、口を開ける。さっき舐めた場所が月光に照らされてぬらぬらとしている。そこめがけて、噛みつく。

 

遠慮が勝って歯を食い込ませることは全然できなかった。肉を食らうという衝動もほとんど感じなかった。正直、お兄ちゃんを噛んでいる今より、おっかなびっくり舌を這わせていた時のほうがよっぽど分別を失っていた。

 

感染なんかしてなかったんだ。私の勝手な勘違いに過ぎなかった。

 

満足いく結果を得て、すぐに私の部屋に舞い戻る。

お兄ちゃんは起きて、私を問い質すだろう。

私の気持ちを包み隠さず話せば、きっとお兄ちゃんは許してくれる。

 

しばらくすると、お兄ちゃんがやってきた。私は寝たふりをする。

一度目は特に追求することもなく部屋を出ていった。二度目にやってきた時は、声に確信が満ちていた。

 

「咲良、咲良、起きて」

 

大人しく起きる。隠し通せるものではないから、もったいぶらずに噛んだ事実を認める。当然理由を聞かれる。

眠りを妨げられたせいか、お兄ちゃんは不機嫌そうだ。そりゃそうだ。私も急に起こされたらぶっきらぼうになる。

 

なのに、

 

「お兄ちゃんは昨日すぐ帰ってくるって言ったのに全然帰ってこなかった。別に他の場所でもいいのにわざわざ学校に行った」

 

正直になるって決めたのに、恥ずかしくて

 

「お兄ちゃん嘘ついた。私熱なんてなかったのに」

「……お兄ちゃんが早く帰ってくれば、噛んだりなんかしなかった」

 

お兄ちゃんを責めた。

 

帰りが遅かったのにはちゃんと理由があった。なんとお兄ちゃんの学校がこの大災害に関わっていたのだ。あの先生が地下の存在を明かしたらしい。大量の物資と奇跡の治療薬を積んだ地下室は、まさにゾンビが蔓延る世界の箱舟だ。

先生は無関係だとお兄ちゃんは言っていたけど、眉唾物だ。単に巨大な組織の、末端にいたからセキュリティクリアランスが低かっただけだろう。

Need to Knowで情報が伏せられてただけだ。無辜の存在でなんか、あるはずがない。

お兄ちゃんは慌てて言い直したけど、私は先生のことをあだ名で言おうとしたのを聞き逃さなかった。私が病気に苦しんでる間、先生と懇ろになっていたなんて。真っ黒い怒りが頭を支配しそうになる。

 

「お兄ちゃんは、それ(あの女)を信じたんだね」

 

「そうだよ。悪いことをする人じゃ……」

 

目が泳いだかと思うと、急にお兄ちゃんが震えだした。

まるで何か嫌なことを思い出したかのように。

こういう時、私だったらどうしてほしいか。お兄ちゃんも同じことを望んでいると思って、手を伸ばした。

 

「触るなっ!」

「変なのはお前だろ! 寝てる人間を噛むなんて、狂ってる。ゾンビの真似事か? 薬を取りに行っただけなのにいちいちケチを付ける。意味が分からない。怖いよ」

 

この期に及んで、やっと私は悟った。

お兄ちゃんは、私のことが別に好きじゃないんだ。一緒にいたのは、ただ単に家族だったから。私が勝手に舞い上がって、私と変わらない熱量をお兄ちゃんも持っていると思い込んでいただけ。

今更素直になっても遅い。扉が閉まる音を聞いて、白昼夢が終わったことを知った。

 

そうだよね、寝込みを狙って噛みついてくるなんて気持ち悪いよね。女の人と会うたびに不機嫌に根掘り葉掘り聞いてくるなんてうっとおしいよね。ゾンビになっても一緒にいたくて首にマーキングをするなんて重すぎるよね。もうどうしようもないのに、涙ばっかり出てくるなんて未練がましいよね。

 

完全に愛想を尽かされたというのに、お兄ちゃんを想う気持ちはこれっぽっちも減ってくれない。

どうすればいいんだろう。私もう昔の妹になんか戻れない。

 

お兄ちゃんはきっと学校に行ってしまうだろう。向こうには治療薬がある。戻ってくるのを心待ちにしているかわいい女の子達(ハイエナども)もいる。家族の義理で連れていってくれるかもしれないけど、もうそこにいるのはただの兄と妹だ。

 

何度も涙を拭って、パジャマの袖は湿っている。そういえば、昨日から同じパジャマを着てる。着替えないと。

下着まで脱ぐとさすがに肌寒い。身体を拭くたびに冷たさで鳥肌が立つ。着る服の目算を付けずに全部脱いでしまったから裸で右往左往することに。こんな真夜中に一体何をやってるんだか。クローゼットの中には平和だったころの、よそ行きの服ばかりが残っている。

 

……あの人たちは制服を着てたな。高校生なんだから当然なのかもしれないけど。スカートなんかよりもっと動きやすい服装があるだろと思ったのを覚えている。

 

ずっとジャージみたいな恰好も飽きた。家から一歩も出ないなら、何を着たっていいよね。

 

寝静まった世界で、一人身だしなみを整えて服を選んでいるのは悲しくもあったし、楽しくもあった。

何度も鏡で姿を確認する自分を見て、なんでこんなことを急に始めたのか分かった。

見てほしいんだ。叶うならば、私だけを。

 

あとはベルトを締めるだけだ。そうすれば、このままデートに行ったって大丈夫だ。足りないのは腕を絡める相手だけ。

 

ベルト……

 

突然、この悲しい営みに意味をもたらす方法が降りてきた。

どこかへ行ってしまうなら、縛ってしまえばいい。

お兄ちゃんを繋ぎとめる術はそれしかない。もう嫌われちゃってるんだから。

 

でも、私は手錠を持っているわけじゃないし、部屋に鍵がかかっているし、縛ってる間にお兄ちゃんは起きてしまうだろう。

これは空想の類で、実現できるとは思えない。それでも動いてみることにした。お兄ちゃんを諦めることなんてできない。

 

特別な道具がなくても紐があれば縛ることはできる。一瞬だけハマって飽きた手芸で使っていた毛糸を持っていた。これでもいいし、麻縄もある。

ベランダを経由して窓を開けたらあっさりお兄ちゃんの部屋に入れた。ふふっ、やっぱりお兄ちゃんは不用心だ。悪い人に攫われないようにしっかり縛らないとね。

まるで何事もなかったかのように寝てる。小さな声で呼びかけてみても反応はない。

 

あとはもう決意だけ。取り返しのつかないことをしてしまったのだから、行きつくところまで行くだけだ。

まずは足を縛る。大の字に寝ていたからそれに合わせてベッドの支柱と足を結ぶ。片足をやってみて、お兄ちゃんの顔を伺う。

……よかった。まだ寝てる。もう片方の足も同じようにやる。結び方は無茶苦茶だけど取れさえしなければいい。

次は手だ。縛るためにはバンザイの格好になってもらわないといけない。私の手で位置を変えないとダメだ。

起きないように、そうっと、そうっと……

 

あ、目が合った。

うるんだ瞳が僅かな光を反射させる。

 

「こ、これは違うの! 寝込みを襲うつもりなんてこれっぽっちもなくて、その……」

 

「...................」

 

「...................?」

 

全く反応がない。もう一度顔色を確かめる。やっぱり目は空いてる。

 

「お兄ちゃん……?」

 

目を開けて寝てる? それとも様子を伺ってる?

と、とりあえず、行動を再開しよう。

 

馬乗りになって手を動かしてるのになんの反応も示さない。何も見ていない。ときたま瞬きをするだけ。戸惑っているうちにバンザイの格好になった。

 

「抵抗しないなら、私の好きなようにしちゃっていいってことだよね……? 同意の上、だよね……」

 

両腕を結んで、晴れてお兄ちゃんは四肢拘束状態になった。それなのに抗議の声も、非難のまなざしもない。

お兄ちゃんって実は縛られて喜ぶ変態だったのかな……。

 

あまりにも上手くいきすぎて戸惑ってしまう。不気味なくらいだ。

起きてたらさすがに何か言うだろう。ということは寝てたってことなのかな。いやでも瞬きしてたし。

 

ここに来てやっと眠くなってきた。お兄ちゃんがいつも使っている椅子に座って毛布をかけて、目をつむった。

 

 

 

ギシギシという音で、浅い眠りから覚めた。いつの間にか空は明るくなっている。

 

お兄ちゃんはおめでたいことに縛られたことに気づいていない。金縛りに遭ったと考えているみたいだ。全力を出しても抜け出せないみたい。……成功だ。

 

私の方からネタバラシをして、やっと置かれている状況を認識したらしい。

 

「ごめんね。でも、お兄ちゃんがいけないんだよ……?」

 

そうだ。あんなに派手に動いてもされるがままだったお兄ちゃんがいけないんだ。

理由を聞かれても答えようがない。これは結論であって、原因は過程の中で埋もれてしまった。

 

「私ね、ゾンビかもしれないんだ。だからお兄ちゃんを噛んだの。そしたらお兄ちゃんが逃げようとするから、縛っちゃった」

 

私の適当な答えにもお兄ちゃんは必死に応えた。

お兄ちゃんが健康なのは分かり切っている。健康な若い男の人は寝ているときに意思に関係なくおっきくなってしまうらしい。保健体育で習ったから知ってる。

 

「なら、縛る必要なんて、ないじゃないか」

 

「……………………」

 

「咲良? ねえ、ちゃんと話してくれよ。おーい、咲良ー?」

 

でも、これからどうしよう。縛れちゃった。本当はこんなことしたくない。無理やり自分の欲望を満たしたって虚しいだけなはずだ。

 

その紐を引きちぎってその先を見せてほしい。困惑しきったお兄ちゃんの声音にゾクゾクしている自分を感じながら、身勝手にそう思った。

 

 

 




えっちじゃないクリーンな拘束を目指します


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