機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ パニッシュメント (枝豆人)
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#1 汚れた艦と悪魔の子 上

どうも、枝豆人と申します。
鉄血のオルフェンズのメカデザインやら空気やらが好きで気が付いたらこんな小説を書いていました。
うまく空気が再現できたらいいなとか思いながら書いています。
いやなんだコレおかしいぞとか思われるでしょうが後からバラしていくスタイルなので、考察を是非してもらえれば。

それではどぞ。


 モビルスーツは今や貴重な存在だ。

 ギャラルホルンが運用するグレイズのような機体こそあれど、この地球から遠く離れた火星航路ではそれを見ることも滅多に無く、大抵はモビルワーカーがその座を担っている。

 整備も簡単で、小回りもよく利く。維持費も安いし、その気になれば買い替えることも難しくない。ジャンク屋が運用する機体として、モビルワーカーはどのような面から見てもモビルスーツに勝っているのだ。

 そのようなことを有線通信でベルグに言われる。装甲板の破片に電磁ラックを装着しながらインカムに言い返した。

「言いたいことは分かってんだよ、どうせアルコーンを買い替えろって言うんだろ」

 ヘッドホンの先から小さなため息が聞こえる。数秒の間を空けてベルグが言う。

「そーだ。そんなボロ機体、お前の爺さんの頃から使ってるじゃないか。もうモビルワーカーも高くはないんだから、ローンを組めば俺たちの金でも十分に余裕ができるんだよ。それにアルコーンの整備代でいくらかかってると思ってるんだ、俺たちの収入の五分の一だぞ、お前」

「理屈は分かるけどよ、親父はこれをずっと使えって言ってたんだぜ。じゃあそうしなきゃ不味いだろ」

「もう壊れてるようなもんだ、先月だって左足の関節の装甲を丸ごとゲイレールのそれに交換したじゃないか」

 ベルグの言うことは正しい。このアルコーンはもう純正パーツを頭と胴、腰にしか残していない。パーツの塗装を剥いだ経験から元は黒色の機体だったと思えるが、今は作業用に交換したパーツも含めて全身をオレンジで塗りたくっている。中身ですら破損していたために数年前、独学で改造した民用機ベースのOSに交換して無理やり動かしていた。

 それでも運用する理由は、父が遺したアルコーンを動かし続けろ、ということの一言にしか無い。

 アルコーンの背部に設置されたレールラックに装甲板を接着させ、機体を振ってしっかりと固定されたことを確認する。以前これを確認しなかったせいで良質なエイハブ・リアクターを一つ見失ったことがあった。

 よし、と呟きレバーを倒すとゆっくりと機体が加速する。同時にベルグに有線通信ケーブルを巻き取るよう指示した。

 こうしてオンボロのモビルスーツを駆りながら生計を立てる、というのが俺たちの日常で、世界だ。

 流れては消えてゆくデブリを眺めながらこれはいくらで売れるだろうか、いい値が付いたらまたガルべリア・コロニーの繁華街に繰り出してみようか、と考える。機体の横で緩やかなカーブを描きながら伸びるケーブルが伸びる先に俺たちの家が、放棄された工作艦を改造した家があった。

 

 

 カタパルトを逆向きに進み、格納庫に侵入する。本来の格納装置は大破しているので常識外れなこの方法で着艦するしか無い。ガラクタが転がる格納庫の中に無造作にアルコーンを降ろすと、大きな振動と共に軋んだ船体から砂埃が湧き出てきた。

 機体から這い上がり、胴を蹴ってエアロックを目指す。本来酸素で満たされているはずの格納庫には必要の無い装置だったが、ジャンクを再利用して何とか動かせるようにしている。巨大な円を開けば無機質なパイプが並ぶ狭い部屋。いくつかの操作を経て酸素を注入し、ノーマルスーツを脱ぐ。メーターを眺めながら小窓から外を伺えば、いやに広い格納庫にたった一機で鎮座するオレンジ色のMSが見えた。

 よく見てみれば珍妙な機体だ。グレイズ・フレームとは明らかに違う構造をしているが、どの整備業者に回してもフレーム部分の詳細は分からない、と言っていた。

 曰く、なんらかのフレームにかなりの改造が施されており、とても元の姿を判別することはできないらしい。おそらく既に生産が停止された機体なのだろう。そうでなければ原型すら分からないフレームなど辻褄が合わない。

 ゴーグルをしたような、赤色のカメラアイはどこから来たのだろうか。

 

 

 艦内を進んでみればこの船がどれだけ老朽化しているのかもよく分かる。最後に整備したのは何年前だっただろう。

 ブリッジで自分を待っていたベルグはそれに答えることも無く装甲板の詳細を尋ねた。良く考えれば金回りの話で頭を痛めていたベルグにこの話題を吹っ掛けたのは間違いだったかもしれない。少しの申し訳なさが頭をよぎった。

「あー、多分戦艦の外装だ。現役のスキップジャック級じゃないが、割と大きいほうだと思うから鑑定してくれれば分かるはずだぜ」

「まあ、酸素代くらいにはなるか」

「多分」

 身を傾け、先端が結ばれた青い長髪をぶら下げたベルグは未だに不機嫌な顔を変えずこちらを見据えていた。ここまで機嫌を悪くした事例は無かった。今度こそアルコーンを封印する時が来たのかもしれない。

 諦めてベルグの機嫌を直そうと、モビルワーカーの相場を尋ねようとした時だった。

 普段は寝静まっているブリッジのレーダーに赤い点が映し出される。前方から迫るそれは丁度家の真正面を突っ切るような軌道で動いているらしい。

 ベルグに分析を頼もうと振り向けば、すでにヘッドホンを片手に機器と睨みあう彼の姿があった。数秒の後、顔の向きを変えずに呟く。

「NOA-0144、艦名ユルグ。小型輸送艦。救難信号を発しながら地球方面に向かって進んでる」

「救難信号か。あらかたアリアドネから外れた訳アリ艦だろうな」

「ああ」

 地球方面に向かっている以上、大型の資源衛星などが存在しないこの航路では目的が地球にあることは明白だった。しかし、それならばギャラルホルンが設置した航宙補助システムであるアリアドネを頼りながら行くのが普通だ。

 こんなデブリ帯を進むということは、何らかの理由で表に出ることのできない事情を抱えていることが多い。その多くは海賊やら違法行為やらが絡んでくる。

 ただ妙だったのは、この場で救難信号を発しているということだった。基本的に他の船が航行することのないこの宙域で救難信号を発したところで望みはなく、第一この宙域を進むなら何船かで船団を組み行くのが常識だ。

 まるでこの宙域を理解していないような行動が腑に落ちない。

「とりあえずアルコーンで出る。有線通信をオンにしたままで行くから何か情報が入ったらまた教えてくれ」

 分かった、と答えたベルグの姿勢が変わることはない。よく言えば集中するタイプだが、本当に意思疎通ができているのか怪しくなる。

 そんなことを考えながら今度は正しい向きでカタパルトから飛び出した。

 

 

 予測軌道の上で待機しながら古ぼけた通信機をチェックする。まともな通信をするのは数か月ぶりだ。

 通信範囲内に輸送艦が入ったことを確認してからスイッチを倒し、回線を開く。

「えー、あー。こちら民間ジャンク回収業者、貴艦からの救難信号を確認した。貴艦の識別コードと艦名はNOA-0144、ユルグで間違いないか」

 数秒してノイズにまみれた応答が返ってくる。まだ若い、女性の声だ。

「こちら、NOA-0144。救難信号を確かに発信した。貴機の前方10㎞の地点で艦を停止させ、接触してもらいたい」

 少し考えて通信を有線に一旦切り替えた。ベルグに判断を仰ぐと、念のため武装解除を求めてから乗船するべきだ、と言ってくる。

 通信を無線に切り替え、ユルグの艦長らしき人物に返答する。

「こちら業者。武装解除とこちらの武装の許可を確認次第乗船する。よろしいか」

「了解した」

 冷たい印象。感情を可能な限り殺したような声がヘッドホンの先から返ってくる。

 目の先には確かに灰色の輸送船が向かってくるのが見える。見ただけでは何かトラブルが起こったとも思えない、海賊の類にしては嫌に小奇麗な船だ。

「こちらNOA-0144。現在時速3kmで航行中。対空砲以下の火器類の解除を行った。接触されたし」

 通信と同時に輸送艦の甲板に設置された対空砲の砲身が真上を向く。敵対意思は無いと見ても良いようだ。

 ユルグに通信を入れ、アルコーンをゆっくりと近づける。どうやらMSを運用する設計は為されていないらしく、格納庫のようなものも見当たらない。

 仕方なく甲板のやや広い部分にアルコーンを着陸させる。スラスターの火を窄めながら降りてみれば、この船が如何に小さいかがよく分かった。

 前方をブリッジ、後方を貨物室が占めているこの船に対空砲以外の武装は無いらしく、その貨物室もMS一機がちょうど収まるくらいか、と思うほどの小ささだった。これほどの小型感が単艦で航行することは自ら襲ってくれと言わんばかりの行動であり、何かしらのフリゲートやら巡洋艦のような護衛艦を付けるのが当然だ。

 この船の謎が深まる中、脇に差した拳銃が動くことを確認してから慎重に外へと出る。艦上に降り立つとブリッジの真上あたりに小さなハッチを見つけた。近づいてみればA-3の刻印がある。

「NOA-0144へ、着艦に成功した。A-3と書かれたハッチがある、そこからの侵入を許可してもらいたい」

 返答は即座に返ってきた。

「許可できない、そこから70m後方にあるB-1ハッチから侵入せよ」

「何故」

「駄目だ、B-1ハッチを使用せよ」

 理由も伝えられない理不尽さに苛立ちを感じたが、ここは相手の船だ。従わなければ何が起きるとも限らない。

 しぶしぶB-1ハッチに向かうと、丁度目視したあたりでハッチの蓋が開いた。

 たどたどしい動きで出てくる一人の人物。ノーマルスーツはだいぶ小さく、甲板に立った状態でも頭頂部がよく見える。

「えーと、あんたがここの乗組員なのか?」

「はい。艦長代理を務めるエルマ・アリシャです」

 声は凛とし、背も伸ばしているが、ヘルメットの奥に見える濃い色をした顔はまだ幼い印象を与える。

「十…十八歳か」年齢を問うたつもりだったが、既に彼女は踵を返し船内に戻ろうとしていた。

「そこまで年増ではありませんが」足を止めたエルマが振り向いて平然と言う。

 ハッチに飛び込むエルマを見ながら、自分の常識を疑いながら話さなければならないのか、と一人嘆いた。

 

 

 艦内は暗く、悪臭が漂っていた。

 先頭を進むエルマは何かを話すこともなく、ただ前だけを見て歩き続けている。何か自分が話しかけても相槌を打つだけで何も応えない。

 そしてその虚ろな時間が五分ほど続いたころ、対話を諦めた自分に対し、彼女は唐突に話しかけてきた。

「臭いますよ」

 そう言いながら角を曲がる。

 目にそれが見えた瞬間、なぜこの船がここまでの悪臭に満ちていたのか、理解した。

 それは死体だった。しかも、一体ではなく、十数体の死体が廊下を埋め尽くしている。

 反射的に腰の拳銃を引き出し、狙いを定める。目の前にいた少女は今や自分の目に恐しさを上書きして写った。

 腕が震える。

 死体を見たことは少なくなかった。MSの中で細菌に侵されることもなく放置されたパイロットたちをジャンクの中から見つけた事は何度かあった。青白い人形のような肌も、光を失った目も見慣れていた。

 しかし、目の前にあったのは嗅覚を蹂躙する腐臭とともにある死体だった。波のような実感が自分の中を駆け巡り、脳を揺らす。

 それ以上に恐ろしかったのは目の前の少女だった。その黒い髪を揺らす少女が何故、このような異様な光景を前に何一つ動かさない、凍ったような表情を保っているのか。

恐怖の一言で表しきれない、半ば狂気が入り混じったような感情。

 気が付けば息は切れ切れになり、銃を握る手が汗で蒸れている。やっとの思いで振り絞った言葉が弱弱しく漏れ出る。

「これは   何だ?」

「死体です。この船の乗組員でした」

 やはり少女は平然としている。

「誰が  殺った?」

「私が2人、他の17人は仲間が殺しました」

 間。そうか、と呟いた声は自分のものとは思えないほどしっかりした声だった。動悸は収まり、次第に腕の緊張は解け、楽になるのが感じ取れる。

 そうして緩んだ腕をもう一度伸ばす。確実に、相手を仕留められるように。

「どうして殺した?」

 少女は息を吐いた。小さく、嘆息とも取れないほどの小ささ。

「私達から彼らは多くの物を奪いました。金であれ仲間であれ尊厳であれ人としての生命であれそうやって奪われたものが彼らを殺して戻ることなどないと分かっているからこそ私は彼らを討つように仲間たちに言いました。航海の途中で護衛機と護衛艦を墜としました。混乱した彼らを撃ち殺し続けました。そうして死んだ彼らのもとに二度と戻らないと私は言いました。そうやって私たちは」

 暴力的な言葉の流れをぶつける少女は流れを止め、息を大きく吸った。血と腐肉の匂いがする空気を、吸った。

「クーデターを起こしています」

 同じような間が開いた。随分と説明的であったが、機械的、とも取れる。しかし、そこには彼女が抱えているないまぜになった感情もあり、完全なロボットとも言い切れない。

 いや、むしろこの言葉を叫んだということを鑑みれば人間的だろう。

 俺は何をするべきだ、と言うと、彼女はA-3と書かれた壁を通り過ぎ歩き始める。それに付いて行くと道の中でぽつりぽつりとこの船の真実を話し始めた。

 火星の鉱山都市から出たこの輸送船の乗組員のおよそ六割がヒューマンデブリの少年少女であったということ。

 その前から予定していたクーデターが航海途中に行われたこと。

戦闘により反乱軍の残りは30人程度であること。

 そして、本来は雇い主であるアフリカンユニオンと敵対するSAUのコロニーに向かう積りだったが、想定よりも推進剤が少なくここで立ち往生するところだったということを話した。

「待ってくれ、身一つでSAUに亡命するのか。何も無ければヒューマンデブリとしての扱いから逃れることは出来ないだろう」

「SAUのコロニーに逃げる、というだけです。雇い口なら探せばあるはずです」

 どうやら先の先まで見通された計画ではないらしい。ただこのまま殺人犯として通報するのも良心が咎める。

 溜息を付き、己の覚悟を決めた。

「とりあえず、燃料は可能な限り手配しよう。ベルグに相談しなけりゃいけないかもしれないが、ガルべリア・コロニーまでは持たせられるはずだ。それでお前らはとっととここから離脱する。俺たちが関わったことは内密にする、ということさえ呑んでくれればそれでいい」

「ありがとうございます」エルマが感謝したことが意外に思える。彼女の何を知った、と言うわけでもないのにそういった感想が漏れてくることが個人的には不思議だった。

「とりあえず、俺のアルコーンに乗ってくれ。ユルグとの相談も対面じゃなきゃ説得力がない。この船を空けられる程度の人員はいるだろう?」

「構いません、それで交渉ができるなら」

「決まりだな」

 そう言うとエルマの表情が少し綻んだ。年相応の表情をすることもあるのだな、と感心する。未だに暗い廊下を歩きながら彼女に尋ねた質問は少しずつだが返ってきた。どれほど強い芯を彼女は持っているのだろう、と考えながらハッチへと戻る。

「そう言えば、他の乗組員はどこにいるんだ」

「何人かのチームに分かれて動いています。機関室のチームやブリッジのチームに分かれていますが、欠員は他に役割を分担させています。私も艦長代理兼通信手です」

「へえ」

「通路の裏に潜んであなたを監視しているチームもいます」

「…へえ」

 

 

 アルコーンに乗り込み有線通信でベルグに事情を話すと、彼はあっさりと自分の提案を呑み込んだ。

「金回りで頭を痛めてなかったか、お前」

「ああ、アルコーンに関してはお前の親父さんの話だからな、死んだ人間を恨んでも意味がない。ただ、これはお前が背負い込んだお前の話だ。いくらでも借金をさせられるから俺は金の心配をしなくていいのさ」

 どうやら人の弱みに付け込んで金を分捕るつもりらしい。理論的にはまったく問題ないからタチが悪いが、提案してしまった以上しょうがない。

 3ヵ月は目にできないであろうガルべリア・コロニーの繁華街が走馬灯のように頭の中を駆け巡る中、アルコーンを発進させる。

 後ろを振り返り、目視できない後方に目をやりながら背部の仮設コックピットにいるエルマに呼びかけた。

「居心地が悪いかもしれないが許してくれよ、本来サブアーム用の作業室みたいなもんだ」

「いえ、特に問題はありません」

 彼女は冷静な心持ちを既に取り戻したようだ。鉄骨だらけでろくに防御策もとっていない、剥き出しのコックピットに座らせるのは気が引けたが、自分のコックピットはあまりにも狭く、小柄なエルマでも入りきらないと感じたための苦肉の策を取って今に到る。

 ジャンクを運ぶ時以上の慎重さでレバーを操作していた時、有線通信が入る。ベルグはモニター越しにでも分かるような、青冷めた表情をしていた。

「なんだその顔は」

「…不味い」

「なんだ、何が不味いんだ」

「11時の方向、輸送船の後方からフレック・グレイズが3機」

 追撃。エルマは既に護衛艦と護衛機を墜としたと言っていた。もしそれをアフリカンユニオンに知られていれば、必然的に来るであろうものだ。

 そしてフレック・グレイズ。ギャラルホルンの現用機であるグレイズの廉価輸出用であり、四大経済圏を始めとした様々な組織に使用されている機体。それがここに来る理由など、輸送艦の追撃以外にとることは到底出来ない。

 咄嗟にエルマに叫ぶ。

「おい!あの輸送艦の戦闘能力はどれくらい残ってるんだ!」

 不意を突かれて一瞬呆然としたようだが、すぐに答えが返ってくる。

「た、対空砲の残りが300発」

「それだけか!」

「今期待できるのはそれだけです!」

 MS3機を相手にすることなど出来ない、しかし推進剤が無い以上撤退も不可能。

 助けようにもこのアルコーンには武装が搭載されていない。家に戻ればライフルを持ち出すことが出来るが、往復すれば最低でも15分は必要だ。

 多く見積もっても奴らが輸送艦を沈めるには10分。間に合わない。

 どうやっても、輸送艦は沈む。

 頭を抱え、無力を呪いながらレーダーに目をやる。三機の編隊が迫ってくることがよく分かった。

 格闘戦まで仕掛けてやろうか、と思った時、作業用コックピットからの通信が入る。エルマだった。

「…見捨てて下さい」振り絞られ、苦しみに満ちた声が聞こえる。

 彼女はきっと、自分が生き残り使命を果たすことを優先したのだろう。この場で全員が死ぬよりも自分一人だけ生き残れば微かな希望に望みを託すことが出来る。合理的かつ有効な案だ。

 だからこそ、マイクの先の変わり果てた臆病者に怒鳴りつける。

「考えろ!どうやればもっと多くが生き残るかってことだけ考えろ!お前らはそうやってあの船の大人たちを殺して、ここまで来たんだろうが!なんで今になって諦めるんだ、逃げてるんだ!無力なのは重々承知なんだよ、だからって逃げていい理由にはならないんじゃねえのか!」

「見捨てていい人間なんか居ないんだよ!」

 自分でも分かっている。

 これは結局、ただ威勢がいいだけの愚か者の言葉でしかない。

 自分がアフリカンユニオンと事を構えるメリットなど無ければ、理由もない。

 ただそれでも。

 立ち上がる力を半ば狂気のような力に纏い、周囲の恐怖をものともせず進む少女がそこで斃れる事が、あまりにも、苦しい。

 自分はもう、二度目の過ちを犯してはならない人間だ。

 戦うべき、愚者だ。

 

 

 通信回線を開く。

「ベルグ、作業用コックピットを有線通信ケーブルに沿わせて降ろす。戦闘空域からは離脱させられるはずだ、うまく船のアームを使って受け止めてくれ」

「お前は」ベルグの心配に端的に答える。

「死ぬ」

 沈黙が流れるが、決めたことだ。作業用コックピットを分離して、ケーブルに接続する。

 やがてベルグは自分の目を、真っ直ぐ見据えて言った。

「生きろ」

 こういうことを言ってくれる友がいて、良かったと思う。そう言うとベルグはアホみたいなことを言うな、と笑った。

 コックピットを降ろし、一世一代の大勝負を仕掛けようとしたその時だった。

 視認できるほど近づいたフレック・グレイズに気を取られていたために、それに気が付かなかった自分は最初、それを事故か何かかと思った。

 しかしそうではないらしい。輸送艦の後部のパーツが剥がれた後に出てきたのは大量のパーツにまみれた一機のモビルスーツだった。

 破壊されたのか、隻腕となっているがその腕には巨大な砲身を持つ銃のようなものを抱えている。白地に紺のストライプ、そして頭部にはよく目立つVの字のアンテナ。

 自分も、アルコーンも、輸送艦も。心なしかフレック・グレイズも動きを止めているように見える。

 デブリの中、その姿を現したモビルスーツは確かに見覚えがあった。

 闇市場を渡り歩いているものもあれば、ギャラルホルンが封印しているものもある、300年前の悪魔達。

 しかしそれらは一様に、頭部に共通点を持っていた。即ち、二本のアンテナと二つのメインカメラ。

 目の前に出現したそのモビルスーツも、その共通点を有している。

 悪魔の名で呼ばれたそれらは、総称してこの名前で呼ばれた。

 

「ガンダム」と。

 



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#2 汚れた船と悪魔の子 下

どうも、枝豆人と申します。
ネカフェの悦びを知ってしまいましたが私は元気です。
年末の忙しさの中何とか書き上げましたが、来週は絶望的なので期待はしないでください。はい。(もしかしたらお茶を濁す何かを投稿するかもしれませんが)
そんなわけで二話です。どぞ。


 母艦を出て十数分、長距離行動を目的としていないフレック・グレイズの燃料漕が四分の一を切ったところでレーダーが艦影を捉えた。

 エイハブ・ウェーブは確かに依頼元からのデータ通り、NOA-0144の識別番号を示している。

 一旦機体を止め、デブリの一つに着陸させて様子を伺う。追従してきた二機も同時に停止した。エドワードの機体は柔らかに止まったが、アルガスの機体は急激に止まった為に機体が振られている。

 通信回線の先ではGに襲われたアルガスが息を吐きだした後、シートに身を寄り掛けた。

「いつも言っているだろう、急激なGを掛けすぎると戦闘中にいつ気を失うか分からん。普段から丁寧に動け」

「しっかし隊長、ああもゆっくり動いてちゃ的にしかなりませんぜ」

 アルガスはマニュピレーターをエドワードの機体に向け、彼を揶揄する。伸ばした腕に描かれたラインは4.彼の撃墜数だった。

「慎重さも必要だ。とにかくミッションを始めるぞ、目標は敵輸送艦の撃沈。付近にMSが一機いるがこいつにはアルガスが対応しろ。俺とエドワードは二人で後方から援護だ」

 そこまで言うと、おずおずとした口調でエドワードが聞いてきた。

「あの、乗組員は」

 心配性と言うか臆病と言うか、エドワードらしい質問だった。

 アルガスが鼻で笑う。

「皆殺しに決まってんだろ、なあ隊長」

「…クライアントの命令はあくまで救出の必要無し、で留まっている。それ以上の事を俺たちがやる必要は無い」

 今回の案件を依頼してきたベルグダッド・マテリアルは船員の反乱と説明していたが、それにしては不自然だ、と思った。少なくともアフリカンユニオンの部隊を動かすほどの案件とは思えない。

 だが、それも考える必要は無いのだろう。

 結局駒にしかなれない俺たちだ。

 自嘲しながら、作戦を開始する、と言った声がどこか浮いたような気がした。

 

 

 まず飛び出したのはアルガスの機体だった。

 いつもの様に、ライフルを数発撃っただけでマウントし、ホークを取り出している。また接近戦で仕留めるようだ。

 単純な動きしかできない相手に対しても十分に危険な行動だ。本来なら避けるべきだがどうやらこれが彼の性に合っているらしい。

 だがその行動は一体止まらざるを得なくなる。

 アルガスが珍しく叫ぶ。

「隊長、輸送艦の外壁が!」

 その様子は遠く離れたこの場所からでも観測できた。内部からこじ開けられるようにしてはがれたそれから大量の破片が飛び散る。

 内部の積荷だろうか、とも思ったがそれよりも巨大な積荷が姿を現す。

 純白の表面に紺色のストライプを備えるそのモビルスーツには左腕が無かった。戦闘で失ったのだろうか、表面が荒れている。

 レーダーに新たな反応として加えられたそれのエイハブ・ウェーブを解析して出てきた名前に戦慄する。

「ガンダム・オリアス…?」

「隊長、こいつを先に仕留めます!」

「まッ、待て!そいつは並みのモビルスーツで敵う相手では――」

 言い終わらないうちにレーダーの上の二つの反応が素早く近づいた。手前はデルグのフレック・グレイズ。奥がオリアスだが、圧倒的にオリアスの方が早い。

 接近戦なら勝ち目は全く無い。300年前の代物とはいえ、二基のエイハブ・リアクターが生み出す力は想像を絶する。

「エドワード!ライフルで牽制しながら突っ込むぞ、デルグに当てないように気を付けろ!」

 そう言いながら機体を飛ばす。

 だが。

 その瞬間。

 確かに目で見ていたはずのアルガスの機体が巨大な炎に包まれ、吹き飛ばされた。

 

 何が起きた?

 

 理解する間もなく、アルガスの機体が廃艦に衝突し砂埃を上げる。

 その向こうに妖しく光る碧い二つの目。

 埃が晴れてもなお、それは巨大な砲身を持った何かをこちらに構え、静止していた。

 

                    /

 

 飛び出したガンダムが吹き飛ばしたフレック・グレイズは頭部と胸上部を黒焦げにした状態で漂っている。

 唖然としているとガンダムはその長い獲物からコンテナのようなものをパージする。どうやらカートリッジの類らしい。

 弾倉で無い、と言う事だけは分かった。先程の攻撃は確実に射撃ではない。

 あれほどの短時間に集中して火力を放つ武器は銃砲では無い。また、その光景もまるで炎を吐き出すようなものだった。

 怪しんでいるとレーダーがもう二機の影を捉える。今度は遠距離で仕掛けるらしい、デブリの影を渡りながらライフルを放っている。

 ガンダムは獲物を輸送船の中に放り投げると吹き飛ばされたフレック・グレイズの腕からライフルを剥ぎ取り、バーニアを吹かせて飛んで行った。

 慌ててそれの背からホークを取り、後を追う。ガンダムと言えども二対一は分が悪い。

 デブリを蹴りながら飛んでいると通信が入る。ベルグだ。

「どうした、こっちは燃料の節約で忙しんだがっ」

「あの機体のエイハブ・ウェーブの解析が出来た、でもなんであんな機体がいるんだ…」

「俺が知るか、大方ガンダム・フレームを売り飛ばそうって魂胆だろう!」

 暫くの間の後、驚いたような声が聞こえてくる。

「よく分かったな」

「あのアンテナは特徴的だからなっ、名前は!」

「ASW-G-59、ガンダム・オリアスだ、オリアス」

 オリアス。

 そう呼ばれた機体は今もアルコーンの遥か前を飛んでいる。ライフルの弾丸をものともしない装甲は流石ガンダム、と言ったところか。

 瞬間、オリアスが廃船を踏み台にして大きく跳躍した。ライフルを乱射しながら上を取ったオリアスに気を取られ、二機の銃口が上を向く。

 今だ。

 すかさずデブリを投げ飛ばし、隊長機と思しき朱色の頭のフレック・グレイズにぶつける。

 衝撃で半回転する隊長機。

 片方がこちらに気付きライフルを構え直す。

 もう遅い。

 コックピットに衝撃。

 うまく成功したようで、今は体当たりを食らわせた片方を押さえつけながら飛んでいるらしい。目の前にはフレック・グレイズのベージュが広がっている。

 ここまで密着すれば隊長機も味方に当てる危険性を理解するはずだ。

 さらに機体を加速させる。

 おんぼろの機体が揺れる。

 十秒もしないうちに、その瞬間は来た。

 周りが突然暗くなる。

 もちろん予測していたことだ、反射的に後ろに飛ぶ。

 二度目のより強い衝撃。砂埃で包まれたデブリの表面からゆっくりと抜け出すと猛スピードでデブリに激突したフレック・グレイズは動きを止めてうなだれていた。

「動きそうにないな」

 装甲は滅茶苦茶に曲がり、巨大な頭は衝撃で潰れてその大きさを半分ほどにしている。

 念の為、と手に持っていたホークを頭に突き刺してカメラを破壊する。

 完全に動きを止めたことを確認してオリアスと隊長機がやりあっているだろう場所へと戻った。

 

 

 通信が入る。

「ベルグか、一機仕留め――」

「それどころじゃない!」

「あ、一体何だ?」

「オリアスが突破された!フレック・グレイズが輸送艦に突っ込んでくる!」

「っ!」

 しまった、技量が高いであろう隊長機には突っ込む前に迎撃される可能性があると踏んでいたが、完全に裏目に出た。

 レーダーを拡大すると輸送艦に近づく二機の影。近い方が隊長機で、もう一つがオリアスだろう。加速はオリアスの方が早いが、既に輸送艦は射程範囲内に入っているに違いない。

 どれくらい持つか、が勝負だ。

 最悪自分が間に合わなくてもオリアスのパワーなら格闘戦で制圧できるだろう、自分はその援護で事足りるはず。

 そう思いながらデブリの隙間を縫って飛ぶ。最早燃料を気にしている余裕など無い。

 あっという間に四隅へと流れる塵々。もう少しで見えるか。

 

 衝撃。

 

 爆発と共に機体が回転する。

 モニターは脚部が破損したことを示していた。

 先ほどの体当たりで損傷したらしい。

 いやそんなことよりも。

 アルコーンのスピードが一気に落ちた。

「…クソっ」

 揺れが続く機体は段々とデブリに激突し、遂にその動きを止める。

 鈍い音と共に墜落したそれは各所から火花を放ち、もはや動くことが不可能に近いことを明確に表していた。

 無言でコックピットから出ると自分の目でも何とか輸送船を見ることが出来た。

 宇宙の塵の中で一層輝くそれ。

 炎に包まれ、沈む輸送船。

 未だにライフルを撃ち続けるフレック・グレイズと取っ組み合うオリアス。

 

 たった一人、誰にも聞こえない罵声を吐きながらアルコーンを蹴った。

 

 

「レーナン、来てくれ」

 格納庫に入ってきたノーマルスーツ姿のベルグが言う。

 あの後。

 結局輸送艦の乗組員は全員死んだ。

 脱出用ランチも軒並み破壊されていたらしく、脱出しようとした船員たちは忽ち炎に包まれたと聞いている。

 オリアスに救助された俺とアルコーンは無様な姿を晒しながら家へと帰ってきた。

 奥を覗いてみればオリアスが格納庫の片隅にいる。

 結局、何も変わらなかった。

 自分の無力をここまで痛感し、呪った日は無い。

「だとしてもこれで終わりじゃないだろう、現にエルマとオリアスのパイロットは生き残っているんだ、それをどうにかしなきゃ俺たちは本当に価値の無い人間になるぞ」

「…」

 価値の無い人間。

 ふと一人の男の顔がよぎる。

 出来れば思い出したくない、それでも忘れてはいけない人間の顔。

 恨むべき男。

 

 そうだ。

 ここで彼女らを見捨てれば本当に俺は価値の無い人間になる。

 あの男と同じ道だけは踏まない。そう決めたのだ。

 だから動いた。戦った。

 いや、まだ戦いは終わっていない。

 まだやらなければいけない事がある。

 振り返り、ベルグに彼女らの場所を尋ねた。

 

 

 ブリッジにいた見慣れない少年がオリアスのパイロットだった。

 心境が似ているのかもしれない。入ってきたときには自分に背を向け、星の海をただ呆然と眺めていた。

 それに何かを言う事も無く、オペレーター席の椅子に座り腕を組んでいるエルマ。

 どうしようもなかった、と言ってしまえばそれまでだが、それで彼女らが納得する訳も無い。

 後から入ってきたベルグはああ、と一瞬躊躇ったが話し始める事にしたらしい。

「とりあえず、名前を教えてくれないか」

 健気な呼びかけに応じる事も無く少年はその姿勢を変えない。これを非難するのは酷という物だろう。

 代わりに応じたのはエルマだった。

「ケマル」

「ん?」

「ケマル。上の名前は分かりません。確か補充用のモビルスーツのパイロットとして船に乗り込んでいたはずです、船の中で何回か見ました。阿頼耶識の施術も行われていたと」

 言われて彼の背を見ると首の下に小さな突起があることが分かった。

 阿頼耶識。

 神経とモビルスーツを接続することによって圧倒的な操縦性を得られる代わりに、その手術の成功率は極端に低いというそれ。子供にしか行う事の出来ないそれは非人道的であるが、利点の為に多くの子供達が犠牲になっている、と聞いたことがある。

「ケマルか、うん」

 ベルグは重い雰囲気を押し退ける様にして言った。

「とにかく、今後を決めよう。正直に言って俺たちには君ら二人を抱えて四人で生活できるほどの稼ぎは無い。職と住とを探さなきゃいけないんだ」

 この船の酸素はあまり大人数が来ることを想定していないのでとにかく少ない。どうやっても四人で生活すればすぐに底をつく。

 そもそもこんな老朽艦はさっさと捨てるべきなのだが、今は思わぬ形でこの家を離れる事となった。

「どこか、頼れる方がいらっしゃるのですか」

 エルマが尋ねる。ただ自分は父母が死んだ身なのでどこかコネがある訳でもなく、力なく首を横に振ることしか出来ない。

「俺は無いんだが…、確かベルグの叔父が」

 首をやると、頭を掻きながら悩ましそうに言った。

「独立した商業会社の、まあ、それなりの地位にはいる」

 正直言って彼に頼るのは本当に嫌なのだが、背に腹を変える事は出来ない。

 ベルグはそれを知ってこそいないが、彼も彼の叔父に良い印象を持ってはいないようだ。

「ただ、協力してくれるかどうか」

「俺の所にお前を寄越したのもそうだろう、じゃあベルグを見捨てないんじゃないか」

 父とベルグの叔父はもともとこのジャンク屋の先代だった。父が死に、ベルグの叔父が件の会社に引っこ抜かれた後にジャンク屋を継いだ俺の下へ彼が寄越したのがベルグだ。

 どうにも父との縁で選んだらしく、本来は様々な職業を渡り歩くはずだったがベルグ自身がそれを拒んだために彼とその叔父の関係はあまりよろしく無いらしい。

「だと良いけどな」

 ベルグは彼の叔父に連絡を取り、どうにかコネで職を斡旋してくれないかと頼み込む、と言った。恐らくこれで職は解決するだろう。

 ただこの件に関しては選択肢が内容に思える。

「ガルべリア・コロニーに行くべきだな」

 意見は変わらないのか、ベルグはそれを肯定する。

 すると、いままで口を利かなかったケマルが振り向いた。

「ガルべリアって何ですか」

 唐突に呼びかけられて少し驚く。

「この宙域から少し離れた、アリアドネの手前にある商業コロニーだ。珍しく独立性があるコロニーでな、色んな業者がいるからよく世話になってるんだ」

 へえ、と言ったケマルの元にベルグが近づく。

「割と繁華街とかも大きいからな、住む所には困らない場所さ」

「良く行くんですか」

「ああ。俺はパーツを売ったりするのが専門だから月に一度か二度くらい行く」

 そのままガルべリア・コロニーについての会話を始めた二人。あちらの仲は不思議なほどに良好だった。どこか気が合うところがあるのだろうかもしれない。

 

 

 ライトを刺しこむと、内部の回路がまるごと焼けていることが分かった。

 これは全部交換しなきゃいけないかもしれないな、と思いながらアルコーンの膝の装甲を分解する。

 ベルグやエルマ、ケマルは既に眠っていたが、ここを出る前に出来るだけ自分の手でアルコーンを修理しておこう、と思って格納庫で作業していた。

 最初は簡単な修繕から始めたが、今では装甲の取り換え程度なら一人で行えてしまう。

 独りだった頃は自分で何もかもをしなければいけなかったので技術の習得も遅かったが、商売の事を任せられるベルグが来てからはかなり楽になったと思う。

 感謝しなきゃいけないなあ、と思っているとエアロックが開く。

 中から出てきたのはエルマだった。

「なんだ、寝てたんじゃなかったのか」

「目が覚めてしまったので。窓から格納庫の様子が見えて気になりました」

「居心地が悪いだろう、ブリッジで何か出そうか」

「大丈夫です…しかし、本当に古いですね」

 エルマはアルコーンを見上げながら言った。

「最近はもうガタが出始めた、交換じゃもう済まないかもな。フレック・グレイズのエイハブ・リアクターは二基確保できたから、それを売れば多少は良くなるかもしれない」

 そう返すと、エルマは意外そうな目をしてこちらを見ている。

「交換という選択肢は無いのですか」

「無い」

 言い切るとますます不思議そうにする。

「…なぜですか?」

 彼女の抱く疑問は前にベルグが話したことと変わらないだろう。これを維持する理由は傍から見ればさっぱり分からないはずだ。

 片手に持っていたスパナを置き、道具箱の上に座った。

「まあ、色々あったんだ」

「色々、ですか」

「追々話すさ、それまでに片づけなきゃいけない事が今の俺には多すぎる」

 例えばアルコーンだったり。

 例えば彼女らの先だったり。

 例えば職だったり。

 例えば許しがたい男の事だったり。

 とにかく、多い。

 そう言うとエルマは胸に手を当てる。

「私にも、あります」

「…」

「私も、彼らの仇を討たなければいけません」

 彼女はモビルスーツを操る訳ではない。

 圧倒的な権力がある訳でも無い。

 無論、財産も無い。

 それでも彼女の心は、きっと何かを成し遂げられるものなのだろう。

 決意は固く彼女を護っている。

 例え何があろうとも、と彼女は付け足した。

 格納庫の静寂に表れた小さな決意は何を成せるだろう。

 そう考えながら、そうだな、と呟いた。

 

                 /

 

「ああ、叔父さん」

「いや、うん。言いたい事は分かってるけど、こっちも少し事情があってね。相談をしたいんだ」

「…うん。職の目当てはあるんだろう?できるならその中で四人くらいを受け付けてくれている仕事があるといいんだ」

「ああ。ガルべリア・コロニーに移る予定だよ。今のところは」

「さあ、それは分からないよ。アフリカンユニオン地区には住まないと思うけど」

 

「そう、いや、ありがとう」

「まああっちにも職はあるだろうから、それでなんとかするよ」

「うん?」

 

「はあ、それは構わないけど。なんでそんな事を?」

「割がいいって、本当なら是非教えてほしいけど」

 

 

「傭兵企業?」



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#2.5 その行く先は

どうも、枝豆人と申します。
ギリギリセーフですかね、これ。
とりあえずお茶濁しです。もっと書ければよかったのですが変に長くてもアレなので。
幕間にしては説明っぽいような、よく分からないスタンスの2.5話です。どぞ。

よいお年を!


 ガルべリア・コロニーは火星と地球間の輸送において非常に重要な役割を果たしている。両星のほとんど中間にあるこのコロニーは大型の港湾拠点が揃っている為に物資の中継港としてよく栄えていた。

 その歴史を遡れば厄災戦以前にまで至るとされる古いコロニーだが、円筒状の基部の運動を阻害しないように建築物が増築され続けるおかげで今も栄華を保っている。

 その重要性は四大経済圏も熟知しているようで、かつてはこのコロニーを巡った抗争が何度も起こったらしい。それを制したギャラルホルンはこのコロニーを四面に分割。それぞれに領土を与える形でこのコロニーを持たせた。

 四つの港、四つの都市。経済圏ごとの融和も嫌悪も反映しながら成長し続ける歪なコロニーが、俺達の次の住処になる。

 そう言うと隣で雑誌を捲るベルグが後ろのエルマに目をやった。

「とりあえずあっちに着いたら叔父さんが紹介してくれた業者の所に行ってみよう、借りる予定の家も近いから終わったら新居訪問だ」

「あー、聞こえたか、ケマル」

 ランチから外を覗けば、ケマルの乗るオリアスが並行するように飛んでいる。結局脚部は動かなかったので、アリコーンを担ぎながら飛んで貰っている。

「聞こえました、はい…ただその企業って本当に大丈夫ですか」

 聞きづらかった質問をケマルがぶつけてくれたので助かった。いくらなんでもベルグにこれを聞くのは避けたい。

 ベルグがシートの隙間からパンフレットを取り出しながら言う。

「傭兵企業だろう、まあ叔父さんも叔父さんだからあんまり酷い所には突き出さないと思うけどね」

 それをこちらに突き出す。どうやらインカム越しにケマルに伝えろ、という事らしい。

「えーと、当社はSAU直属の傭兵業を行う会社です。主に戦地への派遣を行っておりますが、近年は直接戦闘に限らず支援や指揮などの業務も承っております。当社の起源はPD.114年に当時のSAUの首相補佐官であった―――」

「誰が説明文をそのまま読めと言ったんだ、掻い摘め」

「難しいんだよ、そういうの得意だろ」

「じゃ、インカム貸してくれ」

 投げやりな形で放り出したそれをベルグはいとも容易くやってのけた。

 SAUと関わりの深い傭兵派遣会社、というならそこまで怪しまなくても済みそうだが、戦闘はあまり得意ではない。

 実際、数日前の戦闘でも体当たりくらいしか出来ていなかった。

 それを見定めたのか、ベルグがケマルに言った。

「傭兵、とは書いてあるが戦うだけじゃないぞ。人員派遣も兼ねているらしいから最近はジャンク屋も多く入ってきているらしい」

「結局やることは変わらないと」そう呟く。

「レーナンの言ったとおりだ。希望さえ通ればまあ危ない目には合わないだろうな」

 するとオリアスの首がこちらを向く。

「別に僕は戦闘で食って行けるならそれでもいいですよ」

「…まああまり危険な目に遇わなきゃいいけれども」

 ベルグは少し躊躇したようだった。

 ケマルだってエルマとそう年は変わらない。それでも彼がそう言う自信があるのはひとえにガンダムがあってこそだ。

 ケマルはあくまで補充兵でしかなかったのでガンダムに乗ったのはあの時が初めてだったという。

 それでもあれほどの動きを実現できたのは阿頼耶識とガンダムの力が大きい。

 心配する以上に簡単にはくたばらないだろう、というほとんど確信に近い、強力な力をケマルは抱えながら話しているのだ。

 それは判断に困っても非難できない。

 答えは出ないまま、ガルべリア・コロニーの誘導路にランチは乗った。



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