先輩は後輩を見捨てない (クローン・イレイザー)
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1時間目

・秦野康平
私立巡ヶ丘学院高校の三年生。ホラー系が好みであり、グロ耐性が極端に高い。俗にいう天才肌であり、一度学んだことや見たこと、体験したことは大体覚えてしまう。しかし本人はそんな才能に少し辟易している模様。
クラスメイトとの仲は意外と良好である。
後輩のことは必ず名字+後輩で呼ぶ。
残念な所は少しカッコつけのところ。



リバーシティ・トロン。この町で最大とも言えるショッピングモールであり、多くの人たちが飲食やショッピング、ゲーセンや映画館等で各々の楽しみを見つけていた。

それは勿論俺や後輩たちも例外じゃない。

放課後、俺は後輩二人に誘われてこのリバーシティ・トロンへと遊びに来ていた。

 

「くぁ……」

「秦野先輩、可愛い後輩たちとのデートの最中に欠伸は感心しないですよー?」

「圭、デートじゃなくて遊びに来ただけじゃない。でも確かに圭の言い分に同意します」

「あー、わりぃ。最近買ったホラゲが結構面白くてさ、ちと寝不足気味なんだよ。察せ後輩たち」

「もう!秦野先輩ってやるゲームそういうやつばっかだよね!やるならもうちょっと平和なやつやろうよ。ほら、崩壊した東京をチワワで生きるやつとか!」

「祠堂後輩、お前正気か?それとも俺を退屈で殺そうとしてんのか?ええ?」

「えー?なんでそうなるんですか!面白いと思うのに。ねぇ美紀もそう思うよね」

「……あれはないと思う」

「ええー!?」

 

同じ高校の後輩たちに誘われて付き合ってるのは良いものの、きゃいきゃいと仲睦まじくじゃれる後輩たちに付き合うのは予想以上に体力を使うもんなんだなと俺は学習した。

二時間弱しか寝てない寝不足の状態で後輩たちの誘いに乗るもんじゃないと学習したなら、今度からはやんわりとでも断ればいい。

 

「にしても、やっぱり秦野先輩寝不足だったんですね」

「なに?」

「秦野先輩は今日は一段と眠そうでしたし、多少体もフラついてましたよ。そんな姿を見れば寝不足だと分かりますよ」

「ほう…ならそんな寝不足な先輩を連れまわそうとした覚悟に報いを入れるべきか」

「あ、私は秦野先輩を誘おうとはしませんでしたよ?でも圭が秦野先輩も一緒に!って。ちなみに私はちゃんと止めましたから」

「ちょっ!?美紀!?」

「祠堂後輩、覚悟はいいな?」

「待って!待って先輩!悪気は全然なくって!先輩が一緒なら美紀も───「天誅!」いったぁ!」

 

直樹後輩の告げ口に祠堂後輩が食い下がるものの、そんな言い訳を俺は聞くつもりもなく脳天へとチョップをかましてやった。

まぁ本当に嫌なら初めからキッパリ断ってたし、祠堂後輩に悪気がなかったことも理解している上での天誅なので威力は軽めだ。俺にも非はあるからな。

そういえばさっき祠堂後輩がなんか言いかけてたな。直樹後輩がなんとか。しかもその時に直樹後輩が動揺していたのを俺は見逃してないぞ。

 

「で、直樹後輩がなんだって?」

「うぅ、それは美紀が───」

「あ、先輩。あっちに10countの9巻が売ってますよ」

「なに!?しまった!今日が発売日だったか!悪いな後輩たち、ちょっと離れるぞ!」

 

直樹後輩の指差した先に〈イチオシ!〉とポップが張られたコーナーがあり、そこには俺が愛読しているホラー漫画〈10count〉の最新巻である9巻が堂々と置かれていた。

すっかり発売日を忘れていた俺はその場に後輩たちを残して書店コーナーへと突撃したのだった。

 

 

 

▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽

 

 

「美紀ったら、そんな露骨に話そらさなくてもいいんじゃない?」

「べ、別にそんなのじゃないけど……」

 

 

秦野先輩が書店コーナーに向かっていくのを見送っていると圭がニヤニヤと笑いながら意地の悪い質問をしてきたので、そっと眼を背けながら顔を隠す。

それでも圭は楽しそうに私を弄ることを止めそうにない。

 

「隠さなくてもバレバレだよ?だって美紀の視線が秦野先輩の姿追ってるの分かりやすいしー」

「もう!そんなことない!変なこと言わないでよ!」

「ありゃりゃ、顔真っ赤になっちゃってるよー?」

「圭!」

「うひゃあ!美紀が怒った!」

 

圭は本当にいじわるだ。秦野先輩の姿を追ってしまっているなんて、私だってきちんと理解してる。でも仕方ないじゃない。自然と視線が先輩を追ってしまうんだもの。先輩の姿に引き寄せられてしまってるんだ。

先輩と一緒にいるととても楽しい。勿論圭と一緒でも楽しいけど、先輩といる時は暖かさも感じるのだ。

 

ゲームにハマって夜更かしして眠そうにしてる姿も、先輩たちと一緒になってはしゃいでる姿も、勉強を教えてくれる時の真面目な姿も、秦野先輩の何もかもを追ってしまうんだ。隣に居たいと思ってしまうんだ。

 

それがどんな気持ちかなんて、そんなの分かりきってる。これはきっと────

 

「わりぃ、待たせたな。って、どうした直樹後輩?顔が赤いぞ」

「な、なんでもない!気にしないでください!」

「ふふふ、セーンパイ♪次は洋服見に行きましょう!私と美紀の服選んでくださいよー♪」

「圭!?」

「えぇー……俺にファッションセンスは皆無だぞ。頼るだけ無駄だっての」

「まぁまぁそう言わずに!ほら行きますよ!」

「おい!?俺は行くとは言ってないぞ!ええい押すな!」

 

圭は先輩の背中を押しながら私にウィンクを送り、どんどん先に進んでいく。

私は圭の思い付きにため息を溢しながらも、内心ドキドキしながら二人の後をついていく。

 

(でも、圭……圭は自覚しているの?圭も秦野先輩を見てることに……)

 

少し、ほんの少しだけ暗い感情が頭を出し始めたその時だった。

モール内に響く悲鳴が聞こえてきたのだ。

それは間違いなく、ありきたりな日常の終わりを知らせる鐘の音だった。

 

 

 

 

 

 

 




・最近買ったホラゲ
秦野が三日前に買ったホラーゲーム。ビデオカメラを片手に数々の曰く付き廃墟を探索していくゲームであり、一人称視点から見える廃墟や風景がやけに生々しいことで有名になる───予定だった。

・崩壊した東京をチワワで生きる
数年前に発売されたサバイバルゲーム。自然災害によって崩壊した東京を舞台に野生動物たちが明日を生き延びる為に頑張る。初期で使える動物がチワワしかおらず、しかも攻撃力も耐久力も最底辺であるにも関わらず容赦なくライオンをぶつけてくるマゾゲー。何故か祠堂後輩が気に入っているが、直樹後輩からは不評。

・10count
秦野が愛読しているパニックホラー漫画。巻が進むことに主要キャラが亡くなっていく事から、ファンの間で10巻で最終巻ではないかと囁かれている。


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2時間目

・直樹美紀
中学の頃に図書室で居眠りをしていた秦野に注意したことがあり、そこから知り合った。
何度注意しても図書室で眠りこける秦野に対して躍起になって喧嘩をしたことがあり、二人仲良く図書委員に叱られた経歴を持つ。それ以来何かとだらしない秦野に世話を焼き続けてきた結果、秦野の事が気になり始めてしまった。
昔に秦野がガーターベルト好きという噂を聞き、物は試しと着用している。


モール内に響いた尋常じゃない悲鳴に、俺達だけじゃなく周りの客達も何事かと辺りを見回す。

 

「な、なに?」

「少し見てくる。直樹後輩と祠堂後輩はここで待ってろ」

「あっ!先輩!」

 

先に事情を確認したのだろう客達が大慌てで逃げていく波を押し退けて元凶を確認する。

どうやら元凶は外にあるらしい。窓際で口を抑えてうずくまってる女性を尻目に外を眺めると、そこには凄絶な光景が広がっていた。

 

「はは……なんだこりゃ。何かの撮影、って訳じゃないよな」

 

人が人を食っている。それも遠目からでも分かるくらいにかぶり付いている。

流石にホラゲによるグロ耐性を獲得している俺でもちょっとクるものがあるが、まだマシだろう。

これが直樹後輩や祠堂後輩ならば……いや、あぁ見えて直樹後輩ならば案外耐えられるかもしれん。案外グロ耐性付いてたなあいつ。

 

「なにはともあれ、ここから逃げる事に越したことはないが……」

 

ふと周りを見回すが、既にちらほらとしか人は残っておらず、彼らも逃げ遅れた分類だろう。

となると俺らは出遅れてしまった訳だ。

 

「「先輩!!」」

「……む?直樹後輩に祠堂後輩か。丁度良い所に──」

「せ、先輩!ひ、人が!血だらけで!エレベーターもダメで……!!」

「なに?少し落ち着け祠堂後輩。直樹後輩、詳しく聞こう」

「そ、それが……」

 

青ざめた様子で合流した直樹後輩と祠堂後輩を落ち着け話を聞いてみれば、よもや既に上の方でも地獄が始まっているらしい。

その情報を頭の中で噛み砕く。

 

エレベーターで変死だと?この手のものは噛まれたり引っ掻かれたりしたら感染するというのがベタだが。

ならば外から入ったアレが人知れず紛れていて、そこから始まったという説は……ないな。

もしそうだとしても、誰も気付かないままでいられる筈はない。

 

もう一度外のアレを観察する。

動きはゆっくりで単調、視覚や聴覚が機能してるかは現段階では不明。掴んで噛みつく動作はあるものの、引っ掻く等の動きがあるかも不明。

知能があるようにも見えない。どちらかと言えば本能で動いているような様子だ。

筋力は高いらしく大の大人でも振り払えていない。

恐らく捕まれればほぼ即死コースだろう。

 

パッと見ただけで分かるのはこれくらいか。

うむ、この情報だけでも気付かれずに紛れ込んだとかは無理だな。そもそも本能で動いているならば紛れる前に襲ってくるだろう。

結論。空気感染等も視野に入れるべし。

 

「よし。取り敢えず上に逃げるか」

「う、上ですか?」

「おう。話は動きながらしようか」

 

不安がる二人を誘導しながら空気感染の考えを伝え、皆で口をハンカチで押さえながら非常階段へと向かう。

さっきのエレベーターの話とかを聞くに、逃げられない個室に入るのは躊躇われる。かといってこのままこの場所にいても餌になるだけだ。

もちろん沢山の客が逃げていった下の階はほぼ全滅と言っても良いだろう。移動する前に大量のアレらが入り込んで来てたのは確認済みだ。

 

「そこまで見てたんですか!」

「そりゃね。逃げるにしても戦うにしてもまずは観察からだろ?まぁまだ逃げる一択だが」

「はっ!はっ!先輩は落ち着き過ぎじゃないですか…!」

「これでも驚いてるほうだぞ。まだ現実味を感じてないだけかもな」

 

そう、驚いてはいる。遠目からとは言え人が食われている瞬間を見たのは間違い無いし、逃げている最中でも時折見かけて正直どうかしてるとも思う。

だがそれ以上に────

そうやって思考の海に落ちそうになった瞬間だった。

 

「む……!」

「わっ!」

「停電!?」

 

バチンという音が聞こえたと思いきや、店内が一気に暗くなる。時間としては大体夕方頃な為にそこまで暗いという訳ではないが、生憎と現在の位置では夕日の明かりが入らないので視界が悪い。

 

「痛っ!」

「美紀!」

「直樹後輩!大丈夫か!」

 

足下が見えづらかったのだろう。直樹後輩が通路に伸びていたコードに足をとられ転んでしまった。

すぐに祠堂後輩が駆けつけ、俺も辺りを警戒する。

幸いにも怪我はしていないようだが、祠堂後輩の助けで立ち上がっても足が震えてしまっている。精神的に体力も追い詰められてきているようだ。

 

このままではすぐに限界が来る。直樹後輩にも、祠堂後輩にも。

ならばこれ以上の移動はリスクが高いか。残念ながら安置すら把握出来ていない状況下で限界近い二人を上まで誘導するのは難しい。

 

「ふむ……直樹後輩、祠堂後輩。ここに隠れてろ」

「隠れてろって、先輩は?先輩も隠れないと……!」

「流石にその狭い空間に後輩二人と俺一人じゃ狭すぎる。なに、少しだけ連中と鬼ごっこでもしてくるさ。これでも小さい頃は鬼ごっこは無敗だ」

「だ、駄目です!危険過ぎます!」

「大丈夫だって。それより俺が声をかけるまでは何が来ても絶対音を立てるなよ?あいつらは多分音に敏感だ。直樹後輩が動けない今、襲われたら全滅だと思え。他の生存者だとしても油断するな。この状況じゃ生きてる奴だって簡単に信用出来ないからな。危なくなったら何をしても逃げろよ」

「わ、分かりました……。先輩、絶対無事に戻ってきて下さい」

「先輩が戻ってくるまで、美紀と一緒に待ってますから」

「おう。直樹後輩を任せたぞ祠堂後輩。じゃ、行ってくるわ」

 

後輩二人を試着室へと押し込んで素早くカーテンを閉めると、辺りを見回して現状を再確認する。

洋服屋のコーナーな為に視界はやや不良、物陰からの不意打ちに注意するべし。

なるべくこのコーナーから奴らを引き離しつつ、避難場所を探して安全を確保する。その為には得物が必要だ。

はてさて、丁度いい物は何かあったかな……?

 

 

 

 

 

──────

────

──

 

 

 

 

 

「……ねぇ、美紀。秦野先輩大丈夫かな…」

「……わかんない。けど先輩は出来ない事は言わないから…」

 

先輩が離れてからどれだけ時間が経ったのか。

今は美紀と一緒に試着室の中で肩を寄せあって出来るだけ小声で話している。

先輩が彼らは音に敏感だって言ってたから、携帯もサイレントマナーに切り替えて美紀を奥に私が手前に座っていざという時に美紀を守れるように意識を試着室の外に向けながらだ。

幸いとは言いたくないけど、先輩が音を立てながら移動してたみたいだから近くに彼らの気配が無いこと。

だから先輩が戻ってくるまでは二人で息を殺して耐え忍ぶのだ。

 

でも、万が一にでも先輩が襲われてたら?

先輩が彼らの仲間になってしまったらと考えると、ぶるりと体が震えた。

 

何時でも冷静で、でもちょっと抜けてる所があるけど頼りになる先輩は美紀や私にとって大切な人だ。

先輩がそうなってしまったら私も、何より美紀が正常でいられる訳がない。

 

「……圭。手、握っててもいい?」

「……うん、いいよ。ほら」

 

美紀の震える左手を右手で握る。人肌を感じる事でさっきよりは心が落ち着いてきたのか、私も美紀も震えは収まっていた。今はこの熱がとってもありがたかった。

 

チラリと携帯で時間を確認すれば、先輩が行ってから15分は経った。むしろまだ15分しか経過してないのに精神の消耗が早い。音を立てないように意識するのがこんなにも大変だとは思わなかった。

 

先輩……まだかな……大丈夫かな……。

 

そうやって静かに耳を澄ませていると、静寂を破るようにドタドタと複数の足音が聞こえてきた。

彼らが鳴らすような音じゃない気がする。先輩が言ってた生き残ってた人たちかもしれない。

咄嗟に声を出そうと思ったけど、何とか思いとどまる。

 

先輩が言ってた「生存者を簡単に信じるな」という忠告を思い出した。

先輩の忠告の意味はまだよく分かってないけど、先輩が私たちの身を案じて言ってくれた事には間違いない。

なら、私たちが一番信じるべきは先輩だ。

 

「……圭」

「……美紀」

 

どんどんと近付いてくる音に二人で息を殺して身を縮め、嵐が過ぎ去るのを待つ。

少しでも情報を得るために、会話にも耳を立てる。

 

『…生存者はいないか。とりあえず男女で別れて何着か下着や衣服を回収しよう。どこから襲われるかわからないから、あまり時間はかけないで動こう』

『『『了解』』』

 

この人たちはどうやら衣服を集めに来たみたい。

集団で協力して動いてる事から、もしかしたら安全な場所を確保して生活するために物資を集めてるのかな。

話し声からして男女四人?男性と女性が各々二人ずつかも。

 

『そういえば、さっきの人大丈夫かな?一人で行動してたし、あいつらに襲われかけてたよね…』

『本人が大丈夫だって言ってたし、一人で行動した方がバレにくいってのも納得出来るけどな……こんな状況でそんな判断出せるのはやべぇだろ』

『みんな集め終わったか?じゃあ一旦拠点に戻ろう。周りの警戒は怠らないように』

 

え……一人で行動って、もしかして先輩のこと?襲われかけてたってなに?先輩は無事なの?先輩はどうなったの?

 

「……圭。大丈夫。先輩なら大丈夫」

「……」

 

 

先輩の事が気になるけど、今の私たちじゃ何も出来ることはない。震えを抑えるように美紀と繋いだ手にギュッと力を入れ、そっと息を殺して先輩を待つだけ。

…先輩、早く帰ってきてください。

 

 

 

──────

────

──

 

 

 

 

ここリバーシティ・トロンはデカいショッピングモールだけあり大体の日用品は揃っており、その他にもアウトドア用品や工具、はたまたスポーツ用品と取り扱っている品が多彩だ。

だからこそ町の人はこぞってリバーシティ・トロンで買い物をしていく。要するに人の集まりが凄い。

 

人混みが嫌いな俺にとっては新発売の本を買うためだけに訪れる場所だが、直樹後輩や祠堂後輩に連れていかれる事も多いため館内の把握は出来ている。まさかそれがこんな最悪なタイミングで役に立つことになるとは思わなかった。

 

先に確保しとくべきは医療品と食べ物。次点で武器と衣服と言いたいが…

 

2人と別れる時に棚からひったくったリュックを背に素早く移動する。あちこちで不快な音が聞こえる中、時々こちらを狙ってくるヤツに蹴りを食らわせて吹き飛ばし倒れているヤツの片足を踏み砕いておく。流石に片足で立ち上がってくることはあるまい。

本当はトドメを刺しておくべきなんだろうが、これよりも後輩たちの方が優先だ。

 

「てか、蹴り心地が気持ち悪い。やっぱり武器も必要だなこれ」

 

先程遭遇した生存者たちに2人が見つかっていない事を祈りつつ、目標ついでに新しい靴を手に入れる為に移動を再開した。

…今後の事を考えると非常に憂鬱だな。

 

 

 

 

 




・リバーシティトロンの生存者
この作品では原作よりも早く生存者たちが協力して物資を回収し始めている。本来ならば2人は彼らに発見され助けられるはずだったが、秦野の言葉に従い必死に気配を消した事で発見されることはなかった。

・秦野の身体能力
小さい頃から才能を遺憾無く発揮していた秦野に面白がった両親が様々な習い事をさせたおかげで、身体能力や思考力が飛躍的に上昇した。肉弾戦でヤツらに余裕で勝てる程だが、充分な睡眠をとっていないと本人のやる気が下がり集中力もダダ下がりする欠点がある。


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3時間目

・祠堂圭
美紀の親友であり、元気いっぱいな明るい女の子。
美紀がある時から秦野に関しての愚痴をこぼし始めた時に秦野の事を知り、美紀を悪い男から引き離そうと気合いを入れて接触。
しかし実際に話してみたら意外と気が合う事が分かり仲良くなった。美紀の視線が秦野を追っている事に気付いてからは美紀の本心にも勘づいたが見守っている。
…もっとも、本人も例外ではない。


あれからどれだけ経ったのだろう。携帯で時間を確認する気力も湧かない。

圭と2人で試着室に隠れてから先輩の帰りを待つも、まだ先輩が戻ってくる気配はない。

最悪の状況が先程から頭に思い浮かんでは無理やりそれを振り払う。先輩は普段からだらしないけど、やる時は平気な顔でやる人だ。運動神経だってかなり高いということはよく知っている。

 

「美紀…先輩、遅いね」

「うん。だけど先輩なら大丈夫。いつもみたいに何食わぬ顔で帰ってくるよ」

 

 

停電してからもう既に外も暗くなってきており、もしかしたらこのまま夜を超えなければならない可能性も考えなくちゃいけないかもしれない。

こういう時にするべき事を先輩から聞いた事があったけど、何があったっけ…

 

「…美紀、何か聞こえない?」

「え…」

 

圭の言葉を受けて耳をすませば、コツコツと静かに歩いて来る音が確かに聞こえた。

しっかりとした足取りのような音にも聞こえるが、彼らの可能性も捨てきれない。先輩じゃなくて先程の生存者のものかもしれないし、迂闊なことは出来ない。しかもその足音はまっすぐ私たちがいる試着室へと向かってきている。

迫る得体の知れない恐怖に耐えながら近くにあったハンガーを手に取った。いざと言う時はハンガーで殴ってでも怯ませて圭と逃げる。

 

(先輩……!助けて……!)

 

脳裏に浮かぶ先輩の姿にギュッと目を閉じてから、覚悟を決めてハンガーを構えると同時に無造作にカーテンが開かれた。

思いっきり振りかざそうとした瞬間、ずっと求めていた姿が私と圭の目の前にあった。

 

「悪い、遅くなった。2人とも無事だな」

 

この場に似つかわしくない笑顔で私たちを迎えに来てくれた先輩は返り血なのか制服に血を付けながらも怪我なく戻ってきてくれたのが見ても分かる。その瞬間私と圭は血で制服が汚れる事も構わず飛びつくように先輩へと抱きついた。

 

「先輩!本当に無事で良かった…!」

「もうどれだけ心配したと思ってるんですか!先輩のバカ!」

「えっそんなに?ちょっ!ごめんごめん!俺が悪かったから泣かないでくれ!」

 

長く感じられた恐怖感や不安は私も圭も先輩に抱きついた時にはすっかり晴れていた。まだ最悪の状況は始まったばかりだけど、この時ばかりは先輩の体温に安心感を抱いていたのは間違いなかった。

 

「よし、あんまりここにいてもヤツらが更に寄ってくるだけだしさっさと移動するぞ。後輩らがわんわん泣いてくれよったおかげで集まってくるだろうしな」

「「うっ、すみません…」」

「気にすんな。それより早く合流するぞ」

「合流…?」

 

首を傾げる圭に先輩はニヤリと笑うと上に向かって指を立てた。

合流と言えばそれは1つしかない。私たちが何とかやり過ごしたあのグループ。

 

「あぁ。生存者グループとな」

 

先輩は得意気にそう言った。

 

 

 

▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽

 

 

 

直樹後輩と祠堂後輩を連れて最上階へと向かう。そこが現在の安全地帯であり、目的地でもある。事前に話は通しておいたし問題は無いだろう。

 

「お、来たな。待ってたよ」

「遅くなってすいません。これで全員ですよ竜巳さん」

 

最上階に作られたバリケードの前で人当たりの良い顔で待ち構えていた人物は高山竜巳さん。このリバーシティトロンの生存者たちのリーダーだ。彼はこの異常事態にいち早く順応し、生存者たちを集めて協力体勢を築いた動けるタイプの人だった。

後輩たちにはあぁ言ったものの、結局ここを拠点とするならば彼の率いるグループと干渉することは避けられない。ならばさっさと個人で接触し話をつけておく事が必要だった。その話し合いをしていた為に後輩たちを迎えに行くのが遅くなってしまった。

 

「初めまして。俺の名前は高山竜巳。いつの間にか流れでグループのリーダーをしてる者だよ。皆リーダーって呼んでるし、気軽にリーダーって呼んでくれ」

「わ、私は祠堂圭です。よろしくお願いします、リーダーさん」

「…直樹美紀です。よろしくお願いします」

「よろしくね。2人の話は少しだけ秦野君から聞いてるよ。とにかくこれ以上ここで話すのもなんだし、中に入ってくれ」

 

竜巳さんの後に続いて俺たちもバリケードの中へと入っていく途中、直樹後輩が俺の隣に来て小声でこの状況の説明を求めてきたので、サラッと内容を教えてやればため息を吐かれた。

 

「はぁ…そんな大事なことを一人でやらないでください。私や圭にも頼って欲しかったです」

「んー、話しても良かったが…いや、悪かった。今度からは相談してみよう」

「お願いします。私は先輩に頼ってばかりは嫌なので」

「はいはい。そんじゃその時は頼むわ」

 

膨れっ面な後輩の様子に少し笑ってやれば、顔を少し赤くしながらそっぽを向かれた。まぁそっぽを向いた瞬間を狙ってか祠堂後輩が直樹後輩の頬を突っついていたが。今はキャイキャイと仲良く喧嘩している。

 

「ふふ、面白い後輩たちだね?秦野君」

「えぇ。楽しませてもらってますよ」

 

後輩たちの喧嘩を楽しみながら声をかけてきた竜巳さんに返事を返しつつ、今後の事を思考する。

俺にとっての最優先は後輩たちの無事。次点で俺の無事。この2つは必ず優先させる。だから使えるものは全部使わせてもらおう。

 

(どうせ仮初の秩序なんて長くは続かないのがオチだからな)

 

 

 

▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽

 

 

 

バリケード内で他の生存者たちと会うと、幸いな事に皆俺たちの合流を喜んで受け入れてくれた。最悪の場合は直樹後輩と祠堂後輩の2人が皆と馴染めるように手回しするつもりだったが杞憂だったようだ。

 

「ほらほら、疲れたでしょ?座って座って」

「よかったなぁ。ほんとによかった」

「今日の探索はここまでにします。皆お疲れ様!」

「あの…何がどうしてこうなったんでしょう」

 

皆からの労いの言葉を受けながらも直樹後輩が尋ねると、竜巳さんは「うーん…」と頭を抱えると周りに呼びかけてみるものの。

 

「バチがあたったんだよ。みんないい気になって…地獄があふれたんだよぉ…」

「ばあさん、やめなさい」

 

こんな感じで誰も状況を把握出来てはいない。無論こんな状況を把握出来る人間なんてそうそういないだろうから仕方ない。

直樹後輩はロザリオを握って震えるお婆さんを一見しつつ、周りを見渡していた。それはまるで俺が普段からやっている観察のようなものだった。あれ、もしかして俺の癖でも移ったかもしれない。

 

「あー、まぁこんな具合だよ。それと悪いけど2人ともあとで身体検査させてくれるかな。ご存知かと思うけどあれは噛まれると感染するんだ」

「そう、ですね…圭も良いよね?」

「うん」

「ありがとう。後は…秦野君、君にもあとで聞きたいことがある」

「えぇ、そうでしょうね。こちらも時間を頂きたいと思ってました」

 

竜巳さんに返事を返せば、何故か不安そうにこちらを見つめる2人に大丈夫だと笑ってやればコクリと頷いた。

事実あとから竜巳さんと話すのは今後の事とこの状況の整理だ。別に取って食われる訳では無い。

 

「よし!じゃあ皆布団を敷いて寝る準備をしよう!明日からは引き続き物資の調達と内装の調整だ。俺たちで住みやすい環境を作ろう!」

「「「おー!」」」

 

こうして竜巳さんの号令の元テキパキと動き始めた彼らを尻目に俺と竜巳さんは皆とは離れた場所へと腰を移した。

彼の雰囲気は先程とは違い真剣なものになっており、この状況を深刻に受け止めているのだとよくわかる。

 

「さて。それじゃ俺たちも寝る前に話をしておこう。まずは秦野君。君が知っていることを教えて欲しい」

「そうですね。俺と直樹後輩、祠堂後輩はこの状況が起こるまではのんびりショッピングと洒落込んでいましたが、途中から悲鳴が聞こえてきて外を確認したら人が人を食う状態になっていましたね」

「ふむ。俺も大体同じだね。まぁ俺の場合は館内で既に襲われている人たちを目撃したってところかな。その後は食われた人もヤツらと同じになってしまった」

「確かに竜巳さんが言っていた接触による感染…いわば噛まれたら感染するという映画でもベターなものは確実だと思います。そこに加えて俺は空気感染も視野に入れていました」

「空気感染だって?」

 

俺の予測に竜巳さんは驚くも、考え込むように顎に手を当てて唸り始めた。

 

「どうしてそう思ったんだい?」

「理由はいくつか思いつきますが、ひとつは感染力の速さです。後輩たちが避難の為にエレベーターに向かったら、中では既に人喰いが発生していたようです。前提としてもしヤツらが紛れ込んでいたとしてもその異常性に気付かないはずが無い。乗ろうとした時点でもっと騒ぎは大きくなっていたでしょう」

「なるほど…でも、それはエレベーターに乗り込む前に誰かがヤツらに怪我を負わされた可能性もあるんじゃないか?」

「そうですね。その可能性もあるとは考えています。なにせあの時俺たちがいたのは3階。エレベーターは1階から上がってきたので、怪我を負った感染者がエレベーター内部でパンデミックを起こしたのかも知れません。ですが……」

 

腰を上げて窓の近くに寄り、暗くなった外を眺める。時期的にそこまで暗くなる訳では無いのでぼんやりと外の様子が伺えるが、そこには人の形をした、しかし人ならざる者たちがエサを求めて跋扈していた。

 

「仮に初めに感染した人が接触感染だったとして、ここまで爆発的な速度で感染するものでしょうか。警察の制圧によって被害は出てもここまで酷くなる事は無いと思っています。竜巳さんはどう思いますか?」

「俺は……うーん、さっぱり分からん」

「……まぁこれはあくまで俺の推測に過ぎません。俺としても見落としがあるとは思いますし、もしかしたら俺たちはとんでもない勘違いをしている可能性もありますからね」

「それはどういう……?」

「さぁ?なにせまだ悪夢は始まったばかりです。今の段階じゃ何を言っても目の前で起きた事象以外はただの推測でしかないってことです。とにかくありとあらゆる感染リスクを考慮しておくことに越したことは無いと考えますが、どうです?」

「それには同意するよ。明日からは除菌水とかも探しておこう」

「それがいいですね。それでは俺たちも寝ましょう。実は寝不足で体が気怠いんですよね」

「ぷ、はは!そうか!じゃあさっさと寝るしかないな」

 

積もる話を一旦保留とし、皆と合流する。宛てがわれた布団に包まりながら最後の思考に落ちる。

空気感染もあるとしたら、今俺たちが感染していない理由はなんだ?化け物となったヤツらと俺たちになんの違いがあったんだ?

接触感染の方は噛まれれば感染するのは確認した。後は噛まれる以外での怪我で感染するのかどうかも確かめておきたい。

だけども、それでもだ。

 

(明日もやることいっぱいだな……めんどくさい……)

 

今だけはどうか愚痴ることを許して欲しい。

 

 

 




・高山竜巳
リバーシティトロンの生存者たちをまとめ上げた人物。原作では美紀と圭を発見している人物であり、この作品ではネームドキャラと化した。明るくみんなを引っ張るリーダーに相応しい人物で、頭の回転も早い。
秦野が美紀や圭と合流する前に接触した際に、秦野の身体能力を目の当たりにし少し顔を引き攣らせていた。秦野と関わることでありとあらゆる感染リスクを考慮するようになり、原作よりも慎重になった。


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4時間目

・秦野の得物
赤樫の木刀:4階のスポーツ用品コーナーで発見。溢れ出る子供心に勝てなかった。意外と使い心地は良い。バットと悩んでいた。
ゲーターマチェット:2階のキャンプ用品コーナーで発見。バトニング等のサバイバルに使えるかもと回収した。なお武器として使用される頻度が圧倒的に多い。

・秦野のお気に入り
十徳ナイフ:2階のキャンプ用品コーナーで発見。使用出来るタイミングをこっそりと楽しみにしている。
折りたたみ式シャベル:2階のキャンプ用品コーナーで発見。凄いぞキャンプ用品コーナー。


その後の生活は予想に反して充実したものだった。

竜巳さんのリーダーシップが発揮され、どんどんと拡張されていく安全地帯と内装決めで次第に後輩たちも笑顔が増えてきたのは良い傾向だ。竜巳さんと話し合ったあの夜から彼にも思うところがあったのか、1回目の探索の時よりも慎重になっていたのは助かる。万が一でも探索組の誰かが怪我を負わされた場合感染している可能性は非常に高い。そうなれば必然的に排除するしか選択肢は無くなる。それは出来れば避けたいところではある。

 

こうして安全地帯の拡張と物資調達の生活から数日、今日もまた俺たちは無事に調達を終えバリケードの中へと戻ろうとしていた。

 

「よっ!今日もお疲れさん!何回見てもお前の身体能力にはビビるぜ」

「お疲れ様です健二さん。そちらこそ凄い活躍だったじゃないですか」

「はっは!昔から運動神経は良かったからな!ヤツらなんてこいつでちょちょいのちょいよ!」

「健二、あまり調子に乗ってヘマするなよ?秦野君やリーダーに迷惑掛かるんだからな」

「わーってるって!リーダーにも口酸っぱく言われてんだし、気をつけてるさ!」

「まったく…悪いね秦野君。コイツはあんまり相手にしなくて良いから」

「分かりました」

「ちょっ!そりゃないぜ!」

 

今こうしてイジられている彼、大塚健二さんは中々にガタイが良いパワーファイターみたいな人だ。得意げに金属バットを振るってヤツらを始末する姿は頼もしい。しかし少し調子に乗りやすい欠点があり、竜巳さんも俺もそこに不安を感じる時がある。

そしてそんな彼を諌めるのが河上悟さん。健二さんとは違い細身な人で力もそこまで大したことはなく、サポーター役といった人だ。どうやら2人は高校からの友人らしく、ここでたまたま遭遇しこの事件が発生し巻き込まれたとのことだ。

 

「そーいやよぉ秦野。お前いつも夜になるとヤツらを観察してるよな?なんか分かったか?」

「分かった事と気になる事がいくつか」

「へぇ…それって?」

 

健二さんの言う通り、俺はここ数日間でヤツらの動きを観察するべく外を眺めたり館内に彷徨くヤツらを調べてたのだが、気になる点が出てきたのだ。

 

「夜になるとヤツらの数が減っているんです。俺たちが排除した分じゃなくて、総数がですね」

「ん?ん??どういう事だ?」

「つまり朝や昼に比べて夜の方がヤツらの数が少ないってことかい?」

「そういうことです。ヤツらは何故か夜になるとどこかへ行ってしまうみたいです。理由は分かってませんが」

「そうだったのか…全然気付かなかったよ」

「俺も……」

 

驚いた表情をする彼らを余所に、俺の中では試してみたい事が沢山ある。まずはそれを実験し結果を確認するのを優先したい。その為にもこれは竜巳さんにも話しておかなくちゃいけない。

これでヤツらに関する何かしらの情報が得られればそれは大きなアドバンテージになる。

 

「竜巳さんにも話しておきたいんですが…」

「あー、リーダーなら別のところに引っ張られてるからなぁ。手の空いた時にでもいいんじゃねぇの?」

「そうですね。そうします」

「僕はリーダーの方を手伝って来るよ。健二、秦野君もまた後で」

「俺も少しだけ一眠りしてくるかな〜。またな秦野」

「はい、また後で」

 

2人と別れ自分の部屋へと戻る最中、直樹後輩と祠堂後輩にも相談しとかないとなぁとぼんやり考えながら歩く。

ちなみに何故か俺の部屋は後輩たちの部屋の隣である。最初は男性グループと女性グループで別れる筈だったのだが、後輩たちが手回しをしたのか俺だけ部屋が女性グループに寄ってしまった。正直滅茶苦茶気まずいから許して欲しい。幸いなのは俺の部屋は一番端の方で、後輩たちしか隣人が居ないことだな。

おもむろに時間を確認しようとポケットに手を突っ込んで携帯を取り出そうとするが、その手は空を切った。何度かポケットを漁るが全くない。

 

(…あぁ……教室に忘れたな……)

 

この数日間があまりにも忙しかったとはいえ、ここまで自分の持ち物にルーズになるとは思わなかった。もしかしたら俺も予想以上にこの状況に疲れてるのかもしれない……って!そんなことを言っている場合じゃない!

 

(ま、まずいぞ……携帯のフォルダの中にはあの写真が……!!)

 

そう、あの携帯の中には非常に珍しい直樹後輩の寝顔写真が収められている!!厳密に言えば撮ったのは俺ではなくて祠堂後輩なのだが、祠堂後輩がその写真を送ってきた時にからかってやろうと面白半分で写真を保存してそのままだったのだ!

もしもあんなものが万が一にも校内にいるかもしれない生存者に見つかれば終わりだ。その時点で俺は寝ている女の子の寝顔を盗撮した度し難い変態と言うレッテルを貼られる事は間違いない!

 

「くっ…回収されない事を祈るか…しかし勿体ない…」

「何が勿体ないんですか?先輩」

「んっ!?な、直樹後輩じゃないかどうしたんだこんなところで」

「こんなところって、私たちの部屋の前でボソボソ何か言ってたから聞いたんですけど」

「…いや、なに。今更ながら携帯を教室に忘れてきたことを思い出してな。それだけだよ」

「……本当ですか?」

 

至極冷静な俺の返答に直樹後輩はジトーっとした目を向けてくる。この目は確実に俺の言葉を疑っている目だ。

 

「なんでそこで疑う」

「いえ、先輩って結構無頓着というか、自分の物にもあまり執着しないタイプなのに携帯の事を気にしてたのが引っかかりました。もしかして大切な写真とか残ってます?」

 

ちょっ、なんか感が鋭いな直樹後輩!?こんなところでも察しの良さを発揮する必要はないぞ!て言うかそんなこと馬鹿正直にでも言ってみろ、絶対キレるぞ!

 

「まぁそんなもんだ。出来れば回収しておきたかったが、こんな状況だし諦めるさ」

「……そうですか」

「うむ。それと丁度いいタイミングだし、直樹後輩と祠堂後輩に相談があるだが……祠堂後輩はどうした?」

「圭なら柊菜さんに捕まりました。まぁ私も巻き込まれたんですけど逃げてきました」

「一体何をしてんだお前ら…」

「乙女の秘密です」

「さいですか。なら直樹後輩には先に話しておこう」

「分かりました。ではお話は先輩の部屋でお願いします」

「はいはい」

 

部屋に入って直樹後輩を椅子に座らせ、俺はベッドに腰掛けながらヤツらに関するこれまでの観察結果を共有することにした。

直樹後輩とはこうして情報共有を頻繁に交わしており、俺はバリケード外の状況を、直樹後輩からはバリケード内での人間関係等を話している。スパイみたいな事をさせて申し訳ないが、周囲の情報は常に把握しておきたいので今後ともよろしくお願いしたいものだ。特に人間関係なんてこんな状況で拗れてしまえば全滅もありえなくは無い。

 

「……とまぁ、皆仲良くまとまっています。今は何も心配は無いと思います」

「そうか、共有助かるわ。俺の方でもいくつか話しておきたい事がある」

 

直樹後輩にも健二さんたちに話した事を伝えると、直樹後輩は顎に手を当てて考え込む。恐らく彼女の中で憶測が飛び交っているのだろう。俺としてはひとつの仮定があるが、直樹後輩はどのように考えるだろうか。

 

「…先輩、もしかしてですけど…あれらは記憶にそって動いてる可能性がありますか?」

「やはり直樹後輩もそう思うか。ヤツらは音に敏感なのは間違いなく、視力も問題なく機能している。よくあるゾンビ映画でもこれらは確認出来るが、違うところは一日を通しての動きだ」

 

探索をこなしながら観察していたが、ヤツらがこのリバーシティトロンに群がって来るタイミングは大体昼から夕方が一番多い。しかも夕方からはチラホラと学生服を来たヤツも増えてくる。それではまるで俺たちと同じ、学校帰りにショッピングモールに寄ったみたいではないか。

そして夜になれば学生が消え始め、大人たちの姿がまばらになる。全員消える訳では無いが、明らかに1階にいる人数が減っているのだ。ちなみにこれは家電量販店コーナーで見つけたビデオカメラで録画した情報なので間違いない。

 

「もしこれが本当なら、ヤツらの大まかな動きは把握出来るようになるかもしれない。もっとも、成れ果てたヤツらが記憶にそって完璧に動いてるとは思えないけどな」

「それでも動きが分かるのは大きいですよ!皆にも早く共有しましょう!」

「待て待て。こういうのはまず竜巳さんに話してからだ。リーダーから伝えないと混乱しかねないからな」

 

珍しく興奮する後輩をなだめ、次に確かめていきたい事をあれやこれと相談していくうちに祠堂後輩も戻ってきて、「美紀と先輩だけ楽しそうにしてずるい!」と叫びながら突っ込んでくるお転婆娘に振り回されながら、今日もまた無事に生き延びた事を実感するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ…くそ…痒すぎる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秩序崩壊の足音が、楽しそうに笑う彼らに静かに忍び寄ってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




・大塚健二
この作品のオリジナルキャラ。ガタイがよく力が強い、絵に書いたパワーファイターみたいな人。元々は野球部だったのでバットの扱いは得意。秦野の身体能力に驚くもそれに追いつこうと奮起するところもある。調子に乗りやすい。

・河上悟
この作品のオリジナルキャラ。細身で力は強くない。探索ではライトやポータブルプレイヤーを用いてヤツらの気を引いたり逸らしたりしているサポーター役。健二とは高校からの友人で良いコンビになっている。


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