Fate/Iron-Blooded Orphans《完結》 (アグニ会幹部)
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Servant Status
ステータス情報


サーヴァントのステータス情報です。
登場し次第、追加します。


セイバー

 

プロフィール

真名:アグニカ・カイエル

性別:男性

出典:鉄血のオルフェンズ

地域:世界

属性:秩序・善

カテゴリ:人

好きな物:仲間、平和

苦手な物:クソ不味い合成コーヒー

天敵:モビルアーマー

マスター:衛宮士郎

 

 

概要

「ガンダム・バエル」を駆り、モビルアーマーを殺しまくって厄祭戦を終わらせた英雄。

戦場では常に冷静で、油断も躊躇いも無い。

たった二本の剣であらゆる天使を斬り倒したその戦闘能力は、鉄血世界最高と目されている。

戦闘時はバエルの装甲を鎧のように纏うが、剣のみを持って戦う場合も多い。

敏捷性に優れており、特にリミッターを解除した際は、目にも写らない速さを発揮する。

なお、マスターが未熟な魔術師である為、本来よりもステータスの大半が一ランク下がっている。

彼と彼の乗機たるバエルは、彼の死後も祭り上げられ続けており、彼の存在はマクギリス・ファリドに大きな影響を与えた。

マスターである衛宮士郎に対しては、理想という点で親近感を抱いているが、その危うさも感じ取っている。

 

 

ステータス

筋力:C      魔力:D

耐久:B      幸運:B

敏捷:A      宝具:A+

 

 

保有スキル

対魔力:C

セイバーのクラススキル。

Cランクでは、詠唱が二節以下の魔術を無効化可能。大魔術、儀礼呪法のような、大掛かりな魔術は防げない。

 

騎乗:A+

セイバーのクラススキル。

乗り物を乗りこなす能力で、「乗り物」という概念に対して発揮されるスキルであり、生物、非生物を問わない。A+ランクなら、竜種以外の幻想種まで乗りこなせる。

 

カリスマ:B

軍団を指揮する、天性にして稀有な才能。

Bランクは、一国を治めるに充分な程度。

 

無窮の武練:A

一つの時代で無双を誇るまでに到達した、武芸の手練。アグニカは剣技に於いて、この領域に到達している。

 

戦闘続行:A+

往生際の悪さ。致命傷を負ったとしても、しばらくは戦闘可能。

 

阿頼耶識:A

「阿頼耶識システム」の施術を受けた者のみが保有する、特殊能力。戦闘時の反応速度、戦闘能力が向上する。

純正の阿頼耶識を三度施術しており、かなりの高ランクとなっている。

 

悪魔との契約:EX

「ガンダム・フレーム」のパイロットのみが持つ特殊能力。機体のリミッターを解除し、戦闘能力を最大限引き出す。

代償が大きく、発動後はマトモに動けなくなるだけでなく、何度も発動すると消滅する。

アグニカはガンダム・フレームのパイロットの中でも史上最強であり、ランクは測定不能なほどの高レベルにまで到達している。

 

 

宝具

厄祭の英雄(アブソリュート・カラミティ)

ランク:A+

種別:対城宝具

レンジ:1~50

最大捕捉:500人

厄祭を斬り裂く、絶対的な希望の一閃。

黄金の剣に魔力を纏わせ、斬撃の範囲、威力を拡張する。効果はシンプルだが、それ故に汎用性が高く、扱いやすい。

また、消費魔力が少なく、連発可能。

 

 

 

 

ランサー

 

プロフィール

真名:ガエリオ・ボードウィン

性別:男性

出典:鉄血のオルフェンズ

地域:地球

属性:中立・善

カテゴリ:人

好きな物:家族

苦手な物:人体改造

天敵:三日月・オーガス

マスター:言峰綺礼

 

 

概要

ギャラルホルンを統べるセブンスターズの第三席「ボードウィン家」の出身。

普段は飄々としているが、正義感が強く、甘さとさえ言える優しさを持つ。

戦闘では「ガンダム・キマリスヴィダール」の装甲を鎧のように纏い、高速機動と突撃槍による一撃離脱戦法を得意とする。 

マスターである言峰綺礼については、あまり良い印象を持っていない。

 

 

ステータス

筋力:B      魔力:D

耐久:B      幸運:A

敏捷:A      宝具:B

 

 

保有スキル

対魔力:D

ランサーのクラススキル。

Dランクは、一工程(シングルアクション)以下による魔術行使を無効化する。魔力避けのアミュレット程度の効果しか期待出来ない。

 

騎乗:A

乗り物を乗りこなす能力。

「乗り物」という概念に対して発揮されるスキルであり、生物、非生物を問わない。

神獣を除く全ての獣、乗り物を自在に操れる。

 

戦闘続行:A

生還する能力。生前、一度生死の境をさまよいながらも戦場へと帰還している為、ランクは高い。

 

悪魔との契約:E-

「ガンダム・フレーム」のパイロットのみが持つ特殊能力。機体のリミッターを解除し、戦闘能力を最大限引き出す。

代償が大きく、発動後はマトモに動けなくなるだけでなく、何度も発動すると消滅する。

ガエリオは「阿頼耶識TYPE-E」を介しており、ランクは最低に留まっている。

 

 

宝具

TYPE-E(オンスロート・アイン)

ランク:B

種別:対人宝具

レンジ:―

最大捕捉:1人

「ガンダム・キマリスヴィダール」の制御系に組み込まれている、アイン・ダルトンの脳をベースとした補助システム。

阿頼耶識の戦闘能力を擬似的に再現した物で、ガエリオが敵を設定した上で起動すると、システムがガエリオの身体を強制的に操作する。

この宝具を使用するコトで、戦闘能力を飛躍的に高めると共に、阿頼耶識のデメリットを克服出来る。

ただし、宝具の発動回数には制限が有り、一度の現界につき三回までとなる。

 

 

 

 

アーチャー

 

プロフィール

真名:ラスタル・エリオン

性別:男性

出典:鉄血のオルフェンズ

地域:地球、月

属性:中立・中庸

カテゴリ:人

好きな物:肉

苦手な物:無能な働き者

天敵:マクギリス・ファリド

マスター:遠坂凛

 

 

概要

ギャラルホルンを統べるセブンスターズの第四席「エリオン家」の出身にして、最大戦力たる「アリアンロッド艦隊」の司令。

豪快さと大胆さを併せ持つ実力主義者であり、戦略家としてだけでなく、政治家としても優れた能力を有している。

戦闘時は、ダインスレイヴ隊を召喚しての、遠距離からの制圧射撃を行うコトがほとんど。

なお、接近された場合は自身で迎撃するが、本人の戦闘能力はさほど高くない。

マスターである遠坂凛のコトは、優れた能力と確かな判断力を持つ、と高く評価している。

 

 

ステータス

筋力:D      魔力:D

耐久:E      幸運:A

敏捷:C      宝具:A

 

 

保有スキル

対魔力:C

アーチャーのクラススキル。

Cランクでは、詠唱が二節以下の魔術を無効化可能。大魔術、儀礼呪法のような、大掛かりな魔術は防げない。

 

単独行動:B

アーチャーのクラススキル。

魔力供給無しでも、長時間現界し続ける能力。

Bランクなら、マスター不在の状態でも二日は現界可能となる。

 

カリスマ:C

軍団を指揮する、天性にして稀有な才能。

 

軍略:A

一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場に於ける、戦術的直感力。自らの対軍宝具の行使、相手の対軍宝具への対処に補正がかかる。

 

戦略:A

外交や兵站などを大局的に捉え、戦う前に勝利を決する力。

 

 

宝具

月外縁軌道統制統合艦隊(アリアンロッド)

ランク:A

種別:対軍宝具

レンジ:1~70

最大捕捉:500人

生前にラスタルが指揮した艦隊の戦力を、自由に召喚する宝具。

真名解放によりその全てを同時に召喚するが、真名解放をせずともある程度は召喚出来る。

なお、イオク・クジャンだけは召喚しない、とラスタルは決めている模様。

 

 

 

 

ライダー

 

プロフィール

真名:カルタ・イシュー

性別:女性

出典:鉄血のオルフェンズ

地域:地球

属性:秩序・善

カテゴリ:人

好きな物:金髪の美青年

苦手な物:ルールを守らない者

天敵:三日月・オーガス

マスター:間桐慎二

 

概要

ギャラルホルンを統べるセブンスターズの第一席「イシュー家」の出身にして、地球外縁軌道統制統合艦隊の司令。

高潔で誇り高く、負けず嫌いの性格。

司令官、パイロットとしては未熟だが、才能が無い訳では無く、特に親衛隊である部下からの人望は極めて厚い。

戦闘では「グレイズリッター(カルタ機)」の装甲を纏い、剣を用いて戦う。

マスターである間桐慎二に関しては、下劣かつ非道な言動が目に余るとしている。

 

 

ステータス

筋力:D      魔力:E

耐久:D      幸運:C

敏捷:C      宝具:A

 

 

保有スキル

対魔力:D

ライダーのクラススキル。

Dランクは、一工程(シングルアクション)以下による魔術行使を無効化する。魔力避けのアミュレット程度の効果しか期待出来ない。

 

騎乗:A

ライダーのクラススキル。

乗り物を乗りこなす能力。

「乗り物」という概念に対して発揮されるスキルであり、生物、非生物を問わない。

神獣を除く全ての獣、乗り物を自在に操れる。

 

カリスマ:C

軍団を指揮する、天性にして稀有な才能。

 

軍略:C

一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場に於ける、戦術的直感力。自らの対軍宝具の行使、相手の対軍宝具への対処に補正がかかる。

 

 

宝具

地球外縁軌道統制統合艦隊

ランク:A

種別:結界宝具

レンジ:0~30

最大捕捉:100人

生前にカルタが率いた親衛隊を召喚し、掛け声と共に結界を展開する宝具。

主に防御結界を展開し、あらゆる攻撃に対する絶対的な防御を可能としている。

掛け声が揃っていないと、宝具効果が僅かに減少する。

また、あらかじめ結界の基点を設置しておいた場合は、結界内の自軍のステータスをカルタの任意で向上させるコトが出来る。

 

 

 

 

キャスター

 

プロフィール

真名:オルガ・イツカ

性別:男性

出典:鉄血のオルフェンズ

地域:火星

属性:混沌・中庸

カテゴリ:人

好きな物:鉄華団

苦手な物:恋愛

天敵:ラスタル・エリオン

マスター:間桐臓硯

 

 

概要

鉄華団の団長。

真面目で義理堅く、高いカリスマ性とリーダーシップを備えており、団員からの信頼は厚い。

特に、三日月・オーガスとは絶大な信頼を置き合っている。

筋を通すよう常に心がけているが、仲間の命を大切にし過ぎるあまり、弱みとなるコトも。

「自分達の本当の居場所」へ向かうコトを夢見ており、そこを目指して止まるコト無く進み続けている。

戦闘時は「獅電(オルガ機)」の装甲を纏って戦うが、本人の戦闘能力はそう高くない為、仲間の盾となるコトが多い。

マスターの間桐臓硯には、最悪の印象を持つ。

 

 

ステータス

筋力:C      魔力:B

耐久:E      幸運:C

敏捷:C      宝具:A

 

 

保有スキル

陣地作成:B

キャスターのクラススキル。

魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる能力。

 

道具作成:D

キャスターのクラススキル。

魔力を帯びた器具を作成する。

 

カリスマ:D

軍団を指揮する、天性にして稀有な才能。

 

騎乗:B

乗り物を乗りこなす能力。

「乗り物」という概念に対して発揮されるスキルであり、生物、非生物を問わない。

 

阿頼耶識:E

「阿頼耶識システム」の施術を受けた者のみが保有する、特殊能力。戦闘時の反応速度、戦闘能力が向上する。

オルガは劣化した阿頼耶識を一度施術したのみである為、ランクは最低に留まっている。

 

 

宝具

鉄華団

ランク:A

種別:対軍宝具

レンジ:1~50

最大捕捉:100人

生前にオルガが団長を勤めた組織「鉄華団」の団員を召喚する宝具。

真名解放によりその全てを同時に召喚するが、真名解放をせずともある程度は召喚出来る。

オルガはこの宝具を用い、陣地を作成する。

 

希望の華(止まるんじゃねぇぞ)

ランク:A

種別:対人宝具

レンジ:―

最大捕捉:1人

攻撃を受けて死亡した際、蘇生する。

回数に制限は無く、基本的に魔力が尽きない限りは蘇生し続けるコトが可能(魔力の消費量はかなり少ない)

ただし、普段の耐久力が下がるだけでなく、あらゆる飛び道具を吸い寄せてしまうというデメリットを持っている。

 

 

 

 

アサシン

 

プロフィール

真名:三日月・オーガス

性別:男性

出典:鉄血のオルフェンズ

地域:火星

属性:混沌・悪

カテゴリ:人

好きな物:火星ヤシ

苦手な物:未知の物事

天敵:なし

マスター:間桐臓硯

 

 

概要

鉄華団の遊撃隊長。

大らかで仲間想いな性格だが、仲間に害を及ぼす者には一切の容赦をしない冷徹さと、シビアな思考回路も持っている。

団長であるオルガには全幅の信頼を置き、オルガの為ならば自分の命すら厭わない。

戦闘の際は「ガンダム・バルバトスルプスレクス」の装甲を身に纏い、近接戦を行う。

アサシンのクラスでありながらステータスは軒並み高く、正面戦闘で三騎士のサーヴァントとも渡り合えるほどに戦闘能力は高い。

マスターの間桐臓硯に対しては高い殺意を抱いており、隙を見て殺そうと考えているほど。

 

 

ステータス

筋力:B      魔力:E

耐久:A      幸運:D

敏捷:A      宝具:C+

 

 

保有スキル

気配遮断:C

アサシンのクラススキル。

自身の気配を消す能力。攻撃態勢に移ると、ランクが大きく下がってしまう。

 

戦闘続行:A

往生際の悪さ。瀕死の重傷を負っても、しばらくは戦闘を継続出来る。

 

騎乗:A

乗り物を乗りこなす能力。

「乗り物」という概念に対して発揮されるスキルであり、生物、非生物を問わない。

神獣を除く全ての獣、乗り物を自在に操れる。

 

阿頼耶識:C

「阿頼耶識システム」の施術を受けた者のみが保有する、特殊能力。戦闘時の反応速度、戦闘能力が向上する。

三日月は三度も施術しているが、全て劣化した阿頼耶識であった為、このランクに留まっている。

 

悪魔との契約:A

「ガンダム・フレーム」のパイロットのみが持つ特殊能力。機体のリミッターを解除し、戦闘能力を最大限引き出す。

代償が大きく、発動後はマトモに動けなくなるだけでなく、何度も発動すると消滅する。

生前に三度もリミッターを解除している三日月のランクは、かなり高くなっている。

 

 

宝具

暁の居場所(ウルブス・オーバードライブ)

ランク:C+

種別:対人宝具

レンジ:0~2

最大捕捉:1人

リミッターを解除し、持ち得る力の全てを用いて敵を破壊する攻撃宝具。

複数を対象とするコトは出来ない為に隙が出来るだけでなく、自身へのダメージも大きい、両刃の剣とも言える宝具である。

また、この宝具を発動した際には「狂化」がかけられる。

よって、オルガには出来うる限り使用は避けるよう言われているらしい。

 

 

 

 

バーサーカー

 

プロフィール

真名:マクギリス・ファリド

性別:男性

出典:鉄血のオルフェンズ

地域:地球

属性:混沌・狂

カテゴリ:人

好きな物:全てをねじ伏せる力

苦手な物:友情、愛情、信頼

天敵:ガエリオ・ボードウィン

マスター:イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

 

 

概要

ギャラルホルンを統べるセブンスターズの第二席「ファリド家」の当主。

カルタの死後は、地球外縁軌道統制統合艦隊の司令官も勤めた。

明晰な頭脳と冷静な判断力、鋭い洞察力を持っており、パイロットとしても非常に優秀。

娼館で生まれた出自から、純粋な「力」を欲しており、怒りに身を焦がす激情家としての面も持ち合わせている。

戦闘時は「グリムゲルデ」、もしくは「ガンダム・バエル」の力で戦う。

彼がバーサーカーとして召喚されたのは、厄祭戦を終わらせた圧倒的な「力」であるバエルとアグニカに対し、狂信的な憧憬を寄せている為である。

マスターのイリヤには、若干アルミリアの姿を重ねている節が有り、絶対的に保護すべき存在として仕えている。

 

 

ステータス

筋力:B      魔力:C

耐久:B      幸運:C

敏捷:A      宝具:A+

 

 

保有スキル

狂化:C

バーサーカーのクラススキル。

理性を失う代わりに能力値が上昇する能力。

 

騎乗:A

乗り物を乗りこなす能力。

「乗り物」という概念に対して発揮されるスキルであり、生物、非生物を問わない。

神獣を除く全ての獣、乗り物を自在に操れる。

 

カリスマ:D

軍団を指揮する、天性にして稀有な才能。

 

阿頼耶識:C

「阿頼耶識システム」の施術を受けた者のみが保有する、特殊能力。戦闘時の反応速度、戦闘能力が向上する。

マクギリスは純正の阿頼耶識を施術している。

 

悪魔との契約:E

「ガンダム・フレーム」のパイロットのみが持つ特殊能力。機体のリミッターを解除し、戦闘能力を最大限引き出す。

代償が大きく、発動後はマトモに動けなくなるだけでなく、何度も発動すると消滅する。

生前に一度も発動させていない為、ランクが低くなっている。

 

 

宝具

友情と絆の剣(エクス・ガエリオ)

ランク:A+

種別:対城宝具

レンジ:1~50

最大捕捉:500人

魔力の全てを注ぎ込んで放つ、黄金の一閃。

生前に否定し続けた友情を認め、共闘した時のみ放つコトが出来る。使用条件が厳しい分、その力は如何なる敵をも打ち倒す。

 

 

 

 

セイバーオルタ

 

プロフィール

真名:アグニカ・カイエル

性別:男性

出典:鉄血のオルフェンズ

地域:世界

属性:秩序・悪

カテゴリ:人

好きな物:破壊、殺戮

苦手な物:平和

天敵:人間

マスター:間桐桜

 

 

概要

聖杯の泥に霊基を汚染され、反転した英雄。

反転前とは一転し、平和を嫌って破壊と殺戮を良しとする。

自分を裏切った世界に対する強い怒りを抱いており、暴走に近い状態である為、剣技の正確性やカリスマは大きく損なわれている。

実質的に大聖杯と直結した状態であり、膨大な魔力をロクに制御もせず撒き散らす様は、まさしく「災厄」と呼ぶに相応しい。

膨大な魔力を得たコトで「魔力放出」のスキルを獲得している為、力により押し潰すような戦闘スタイルに変化している。

戦闘時は「ガンダム・バエル」の装甲を身に纏うが、黒と赤という禍々しい色へと変貌してしまっており、剣も金から赤になった。

マスターである黒化した桜には憐れみを抱いているが、壊れっぷりを面白がってもいて、このまま更に壊れてしまえば良いと思っている。

 

 

ステータス

筋力:A      魔力:A

耐久:A+      幸運:D

敏捷:A+      宝具:A+

 

 

保有スキル

対魔力:B

セイバーのクラススキル。

Bランクでは、詠唱が三節以下の魔術を無効化可能。大魔術、儀礼呪法のような、大掛かりな魔術を以てしても、傷付けるのは難しい。

 

騎乗:A

セイバーのクラススキル。

乗り物を乗りこなす能力で、「乗り物」という概念に対して発揮されるスキルであり、生物、非生物を問わない。怒りで暴走した状態の為、若干ランクダウンしている。

 

カリスマ:E

軍団を指揮する、天性にして稀有な才能。

恐怖、暴力で従える為、志気は下がる。

 

魔力放出:B

武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出するコトで、能力を向上させる。

黒化し大聖杯と繋がったコトで、このスキルを体得した。

 

戦闘続行:A+

往生際の悪さ。致命傷を負ったとしても、しばらくは戦闘可能。

 

阿頼耶識:A

「阿頼耶識システム」の施術を受けた者のみが保有する、特殊能力。戦闘時の反応速度、戦闘能力が向上する。

純正の阿頼耶識を三度施術しており、かなりの高ランクとなっている。

 

悪魔との契約:EX

「ガンダム・フレーム」のパイロットのみが持つ特殊能力。機体のリミッターを解除し、戦闘能力を最大限引き出す。

代償が大きく、発動後はマトモに動けなくなるだけでなく、何度も発動すると消滅する。

アグニカはガンダム・フレームのパイロットの中でも史上最強であり、ランクは測定不能なほどの高レベルにまで到達している。

 

 

宝具

絶対の終焉(ベルゼビュート・カラミティ)

ランク:A+

種別:対城宝具

レンジ:1~50

最大捕捉:500人

厄祭を振り巻く、絶対的な絶望の一閃。

紅蓮の剣に魔力を纏わせ、斬撃の範囲、威力を拡張する。効果はシンプルだが、それ故に汎用性が高く、扱いやすい。

無尽蔵の魔力を得たコトで、反転前よりも火力が上昇した状態で連発出来る。



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Ⅰ.presage flower
#01 鉄と血と召喚


このページを開いて頂き、ありがとうございます。

これは異世界オルガを書いてみたくなった結果、ノリで書き始めたモノです。
SN×鉄血は無かった…ハズ。多分。
ルートは色々鑑みた結果、Heaven's Feelになりました。

更新は一週間以上開けないくらいを目指します。


「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

 祖には我が大師、シュバインオーグ」

 

 西暦2004年、冬木市。

 日本の地方都市の一つであるこの街で、今一つの闘争が幕を開けようとしていた。

 

 聖杯戦争。

 

 七人の魔術師(マスター)により七騎の英霊(サーヴァント)が召喚され、覇を競い合う殺し合い。その勝者には、あらゆる願いを叶える万能の願望機――「聖杯」が与えられる。

 

「降り立つ風には壁を。

 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 英霊とは、過去現在未来の英雄が死後に祭り上げられた存在だ。彼らは聖杯戦争において七つのクラスに当てはめられ、現界する。

 

 剣士の英霊、セイバー。

 槍兵の英霊、ランサー。

 弓兵の英霊、アーチャー。

 騎乗兵の英霊、ライダー。

 魔術師の英霊、キャスター。

 暗殺者の英霊、アサシン。

 狂戦士の英霊、バーサーカー。

 

 現在、セイバーとアーチャー以外のサーヴァントは召喚済みである。

 そして今、一人の魔術師が英霊召喚の儀式を行っている。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。

 Anfang(セット)―――」

 

 彼女の名は、遠坂凛。

 普段は穂群原学園の高校生だが、その実、代々冬木の地を管理する遠坂家の五代目当主である。

 

「――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 遠坂邸の地下室、その床に描かれた魔法陣の上で、彼女は詠唱を行っている。彼女が聖杯戦争に参加するコトは定められた運命であり、彼女もまたそれを当然としていた。

 

「誓いを此処に。

 我は常世全ての善と成る者、我は常世全ての悪を敷く者」

 

 魔法陣が、強い輝きを放ち始める。

 狭い地下室の中に魔力が吹き荒れる。

 

 残された二枠の内、彼女が狙うはセイバー。

 これまで行われた四度の聖杯戦争において、いずれも最終局面に残っている「最優」とされるサーヴァントだ。

 特定の英霊を喚び寄せる「触媒」を用意するコトは叶わなかったが――自分の実力でなら、触媒無しでも最優のサーヴァントを引き当てられると彼女は自負していた。実際、召喚を行っているのは彼女の魔力が最も高まる午前二時。まさしく万全の状態と言える。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ―――天秤の守り手よ!」

 

 魔法陣の輝きが最高に達し、彼女の視界を光が覆い尽くす―――

 

 

 ―――しかし、運命は一つの悪戯をした。

 

 

 本来有るハズの「縁」は断ち切られ、聖杯は全く別の縁を繋いだ。

 そしてそれこそが、この聖杯戦争の運命を大きく変え、歪ませるコトとなる。

 

 

 大仰な軍服が、凛の前ではためいた。

 凛の前に現れたのは、剣どころか武器一つ持っていない、軍服に身を固めた大男だった。

 

「―――ほう」

 

 灰色の髪、太い眉、立派な髭。

 紺色の礼服の上に、緑を基調として金の装飾を施された軍服を羽織っている。

 男はどこからどう見ても、過去の英雄とは思えない出で立ちをしていた。それどころか、現代に近しい雰囲気を感じさせている。

 

「……貴方、何者?

 セイバー、って感じじゃなさそうだけど」

 

 凛は困惑しながらも、男に問う。

 何であれ、召喚の儀式を経て現れた以上、男はサーヴァントだ。マスターである凛との経路(パス)も繋がっており、凛の魔力は目の前の男へと供給されている。凛の右手の甲には、マスターが持つサーヴァントへの絶対命令権たる「令呪」も刻まれている。

 その問いに対し、男は自らのクラスと真名を名乗った。

 

「私はアーチャー。

 ――ラスタル・エリオンだ」

 

 

   ◇

 

 

 ラスタル・エリオン。

 凛には聞き覚えの無い名前だったが、それは至極当然のコトであった。

 

 彼は、未来より召喚された英霊だったのだ。

 

「正確には、この世界と違う並行世界、と呼ぶべき世界からだが――何にせよ、私がこの時代から見て未来を生きた者であるコトは確かだ」

 

 英霊の座に時間の概念は無い。

 縁さえあれば、未来に誕生する英霊が召喚されるコト自体はあり得る話だ。

 

「まあ、戦って勝てるなら支障は無いか」

 

 と、凛は判断した。

 本当はセイバーが良かったが、今更言っても仕方が無い。どんなサーヴァントだろうと、聖杯戦争に勝てればそれで良いのである。

 

「勿論、君の勝利の為なら全力を尽くそう。ひとまず、後ろから刺される心配は無さそうで何よりだよ」

「しないわよそんなコト。マスターとサーヴァントでいがみ合ったって、不利益以外の何にもならないもの。

 とにかく、私と貴方はこの戦いではパートナーよ。私は貴方を信用するわ。よろしく」

「――賢明なマスターで、こちらとしてもやりやすい。短い間かも知れんが、よろしく頼む。

 全てを真っ向から迎え撃ち、叩き潰してやろう」

 

 凛が差し出した手を、ラスタルは力強く握り返した。

 

 

   ◇

 

 

 翌日、夜。

 凛は穂群原学園の校舎の屋上に立っていた。

 

『どうだ? マスター』

 

 霊体化しているラスタルが、凛に問う。

 

「間違いなく、結界が張られているわ」

 

 その基点の一つたる魔法陣を叩いて、凛はそう断言した。二、三日前から学校に張られていた結界に凛は気付いていたが、サーヴァントを召喚するまでは静観していたのである。

 人間とサーヴァントでは戦闘力に天地以上の差が有るので、マトモに戦ったら基本的に勝ち目は無い。サーヴァントに対抗出来るのはサーヴァントだけだ。

 

「魂喰いの結界みたいね。大方、魔力の少ないマスターがサーヴァントを維持、強化する為に張ったんじゃないかしら」

 

 完成はしていないらしいが、発動すれば校内にいる人間全てから魔力を吸い上げられる。

 

『確かに、我々サーヴァントは人間の魂によっても魔力を回復出来る。マスターの負担も軽減される、非常に合理的な策ではあるが』

「――嫌な言い方ね、二度としないで」

 

 露骨に嫌悪感を見せる凛に対し、ラスタルは即座に否定の意見を述べる。

 

『無論、私に魂食いをする気は無い。魔力は充分足りているし、犠牲を一般人に出す事態など有ってはならない』

「そ。…じゃあ消しましょうか。一ヶ所消したくらいじゃ根本的な解決にはならないだろうけど、完成までの時間稼ぎくらいには―――」

 

 

「おっと、そうはさせられないな」

 

 

 突如として降ってきた声に、凛は身体を強ばらせた。ラスタルの声ではない――もっと若い、男の声。

 凛が周囲を見回すと、その主は容易く発見された。

 

 給水塔の上。

 紫と黒、白の三色を基調とする装甲を身体に纏わせた、一人の男が立っている。

 紫の髪と瞳を持ち、顔の整った美丈夫だが――その顔には、大きな傷が刻まれていた。

 

「――結界(これ)、貴方の仕業?」

 

 凛の問い掛けに、サーヴァントと思しき男は頭を横に振った。

 

「俺にそんなコトは出来ない。だが、昔馴染みが張った奴だからな。目の前で壊されるのは、流石に目覚めが悪い」

「ほう、昔馴染みとは」

 

 凛の隣で、ラスタルが実体化し――紫髪の男を見上げると、こう言い放った。

 

 

「君まで喚ばれているとは思わなかったよ、ガエリオ・ボードウィン。

 いや―――槍兵(ランサー)

 

 

 ガエリオは薄い笑みを浮かべ、右手にドリルランスを実体化させた。かつては乗機であったガンダム・キマリスヴィダールの装甲を鎧のように纏う姿は、まさしく騎士である。

 

「マスター、指示を」

「――手助けはしないわ、アーチャー。

 貴方の力、此処で見せて!」

 

 対するラスタルは、右手を上げる。

 すると、その背後からは次々と―――モビルスーツ部隊が現れた。

 

 それもただのMS部隊ではない。

 禁忌の兵器「ダインスレイヴ」を装備した、ラスタル・エリオンがアーチャーとして喚ばれた要因とも言える部隊だ。MSのスケールは一メートル程度にまで小さくなっているが、その脅威は変わらない。

 

「承知した。

 ――ダインスレイヴ隊、放て!」

 

 特殊弾頭が一斉に放たれ、ガエリオを襲う。

 ランサーが飛び退き、攻撃を受けた給水塔は粉砕。校庭へと降りていくガエリオを狙い、第二波第三波とダインスレイヴが絶え間なく放たれる。

 

「く…!」

 

 それを全て回避しながら、ガエリオは距離を詰める算段を立てるべく思考を巡らせる。

 ラスタル本体の戦闘能力は、恐らくそれほど高くない。槍の射程に詰めてしまえば、一突きで殺すコトも不可能ではないハズだ。しかし、無数に飛んでくるダインスレイヴを潜り抜けるのは至難の技だと言わざるを得ない。

 

「逃がさんよ」

 

 ラスタルは飛び回るガエリオを追って凛と共に校庭は降り、ダインスレイヴ隊による制圧射撃を続ける。

 かつては共にマクギリス・ファリドに立ち向かった仲だが、この聖杯戦争においては敵同士だ。同胞だった男が相手でも、容赦はしない。

 

「ッ、そこだ!」

 

 ガエリオがダインスレイヴを構え、撃ち返した。ダインスレイヴ同士が空中で接触し、弾き合った弾頭の内の一本が、ラスタルの側に突き刺さる。

 

「…ッ!」

「はあっ!」

 

 ガエリオが全速力で距離を詰め、ドリルランスを突き出す。一瞬の隙を突いてダインスレイヴ隊の射撃をかいくぐり、ガエリオはようやくラスタルを槍の射程圏内に捉えた。

 

(取った…!)

 

 しかし、そう簡単には行かない。

 

「ふっ!」

「何…!?」

 

 ラスタルが振った大剣に、ドリルランスは弾かれた。それによって僅かにガエリオが体勢を崩した所で、ダインスレイヴが雨の如く降り注ぐ。

 ガエリオは全速後退し、辛くもこれを回避。ドリルランスを構え直して、その穂先をラスタルに突きつける。

 

「剣が出るとは聞いてないぞ」

「剣が出ないと言った覚えはないが」

 

 笑みを浮かべたまま、ラスタルは減らず口を返す。なお、剣は既に霊体化されてラスタルの手には無い。

 負けじと追撃を開始すべく、ガエリオが腰を低くした時。

 

「―――誰だ!」

 

 校舎の方に、生徒の姿が見えた。

 

「生徒…!? まだ学校に残ってたの!?」

「そうらしいな」

 

 凛とラスタルがそう言い合う間に、ガエリオは逃げた生徒を追うべく校舎へと向かった。

 

「ランサーは!?」

「先程の人影を追った。――あの男の本意ではないだろうが、目撃者を消しに行ったようだ」

「――ッ、追うわよアーチャー!」

 

 そうして、ランサーを追って校舎に入った二人が、追われていた生徒を発見した時には。

 

 生徒は心臓を潰され、廊下の血溜まりに横たわっていた。

 

「――アーチャー、ランサーを追って。マスターの顔くらい見なきゃ、割が合わない」

「…了解した」

 

 ラスタルは霊体化し、既に霊体化して立ち去ったであろうガエリオの追跡を開始した。

 残された凛は、死に行く生徒に歩み寄る。

 

「ゴメンね…看取るくらいはしてあげるから」

 

 そう零した後、凛は生徒の顔を確認し――

 

 

「―――ウソ、何でアンタが」

 

 

 目を見開き、声を震わせてそう呟いた。

 

 何故。巻き込まれた不幸で哀れな被害者が、よりにもよってコイツなのか。

 コイツがここで死んだら、()()()は―――

 

「…まだ、手は有る――」

 

 凛はスカートのポケットから、一つのペンダントを取り出した。

 赤い宝石が特徴の、死んだ父親の形見と言えるペンダント。膨大な魔力が蓄積された、いざと言う時の為に取っておくべき切り札。

 

 けれど――目の前に倒れている奴を助けるには、もうこれを使うしかない。

 

「…しょうがないか」

 

 凛は迷いを断ち切り、宝石に込められた魔力を使って、自身が使える最高の治癒魔術を発動させた―――

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 暗い夜。

 帰路の途中で、その人は私の前に現れた。

 

 長い坂の上に立つ人は、金髪のショートヘアに、蛇みたいな赤い瞳をしている。モデルみたいにスタイルが良くて、凄くカッコいい。俗に言えば、イケメンな外国人さんだ。

 

 すると、その人は――歯を見せて、笑った。

 

 それだけで、一気にその人が怖く見えるようになった。俯いた私に、金髪の青年はゆっくりと歩み寄って来る。足を止める気配は無い。

 私の横を通り抜ける時――その人の声が、私の耳朶を震わせた。

 

 

「今のうちに死んでおけよ、娘。

 馴染んでしまえば―――()()()()()()()()()()()()

 

 

 怖くて悍ましいのに、嫌でも耳に入り、脳に残る声と言葉だった。

 思わず振り返ったけれど、そこにその人の姿はどこにも見当たらない。住宅街の無人の坂道は、無機質な街灯で照らされるだけ。

 

 私はまた、歩き出す。

 あの家に帰る為に。蟲の音が鳴り響く、あの家に向かって。

 

 

   ―interlude out―




次回「崩れる日常」
明日更新予定。


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#02 崩れる日常

今回は士郎のセイバー召喚前の話。
原作だと二日有りますが、面倒だったので(オイ)一日に集約しました。


   ―interlude―

 

 

「子供の頃、正義の味方に――憧れてた」

 

 いつか。

 月が綺麗な夜、縁側に座ったじいさん――衛宮切嗣は、ふと思い出したようにそう呟いた。

 子供だった俺は、切嗣のその言い方が引っかかり、尋ねた。

 

「何だよ。憧れてた、って――諦めたのかよ?」

「うん、残念ながらね。

 ヒーローは期間限定で、大人になると、名乗るのが難しくなるんだ。そんなコト、もっと早くに気付けば良かった。

 それに――誰かの味方をすると言うコトは、誰かの味方をしないコトなんだ」

 

 少しだけ寂しそうに、切嗣はそう答えた。

 この頃、切嗣は海外に出かけなくなり、一日中家で過ごすようになった。それが死を悟ってのものなのだと、俺は気付いていたのかいなかったのか。

 切嗣の答えに対し、俺はぶっきらぼうに返していた。

 

「そうか、ならしょうがないな」

「そうだね――本当に、しょうがない」

 

 自嘲めいた笑みを浮かべる切嗣。

 俺はその笑みを見て、一つの決断をした。

 

 

「じゃあさ――俺が代わりになってやるよ」

 

 

 切嗣が息を呑む。

 無邪気に言ったそれは――いつの間にか、衛宮士郎の全てになっていた。一種、呪いとさえ言えるほどに。

 

「じいさんは大人だからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。

 任せろって、じいさんの夢は――」

 

 ――俺がちゃんと、形にしてやるから。

 そこまで言うより前に、切嗣は心底安心したような――ある種の救われたような、穏やかな笑みを浮かべて。

 

「――ああ、安心した」

 

 ゆっくり、その目蓋を下ろし――二度と、それを開けるコトは無かった。

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

 街が燃えている。

 視界が赤く染まり、息が苦しくなる。

 業火の中を一人、俺は頼りなく、前へと歩き続けた。

 

 一体、幾つの声を無視しただろう。

 どれだけの人を見捨てて、どれくらい歩いただろう。

 

 空にはポッカリ空いた黒い穴と――漏れ出す泥のようなモノ。

 

 何てコトのない、いつも夢で見る光景だ。昔は見る度に泣いていたが、この十年で有る意味見慣れてしまった。

 夢の最後は、いつでもこの光景だ。

 思い出に浸るコトを許さない、いつも通りの終着駅がここである。業火の中を歩いて進む幼い俺を、俺は他人事のように眺める。

 

 十年前、冬木で起こった大火災。

 俺はそのただ中にいて、切嗣に助けられた。

 

 一歩前へ進もうとしたが、何かに袖を引っ張られて止まる。

 振り返ると、そこには――およそ炎には似つかわしくない、白銀の少女が立っていた。

 

「早く喚び出さないと、死んじゃうよ?

 ―――お兄ちゃん」

 

 赤い双眸に魅せられる。吸い込まれるような少女の瞳に――俺は、何故狂気を見た心持ちになったのだろう?

 

 

   ◇

 

 

「先輩? 起きてますか?」

 

 声をかけられる。綺麗で透き通った、ここ一年で聞き慣れ、耳に馴染む声。

 寝ぼけた頭を少し覚醒させ、目蓋をゆっくり開きながら、俺は後輩の少女の名をボンヤリと口にする。

 

「さ、くら…?」

「はい。おはようございます、先輩」

 

 紫の美しい髪を耳にかけながら、桜はいつも通りの挨拶をしてくれる。土蔵に差し込む朝日の光が、少女の柔らかな笑みを照らし出す。

 

「悪い…朝飯の支度、任せちまったな」

 

 昨夜は土蔵で鍛錬とガラクタ弄りをしていたのだが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。土蔵は普段締め切られているので冷たい風が吹き込むコトこそ無いが、二月の頭という時期に毛布の一枚も無しで寝るのはまずい。風邪を引かなかったのは僥倖だ。

 

「気にしないで下さい。私が好きでしているコトですから」

「今からでも何か手伝えるコト、有るか?」

「いえ、先輩に手伝って頂くほどのコトは有りません。もうほぼ出来ていますから」

 

 微笑みながら、桜はそうのたまった。

 …この後輩の少女は、最近朝飯の準備が終わってから俺を起こしに来る。まだまだ台所の支配権を譲り渡すつもりは無いので、一緒に朝飯を作る為にもキッチリ起きなければ。

 

「先輩はお着替えをなさった方が良いかと。朝ご飯の準備は私がやっておきますから」

「ああ、まだ作業服のまんまだった。じゃあ、お言葉に甘えようかな」

「はい」

 

 一旦桜と別れ、俺は部屋に戻って制服に着替える。それから居間に行くと、机の上には朝飯が完璧に配膳完了されていた。…見事だ、桜。

 

「おはよう、藤ねえ」

「ハイ、オハヨー」

 

 居間には桜の他、机の前で新聞を広げて読みふけっている藤ねえこと藤村大河がいる。――いつになく真剣に新聞を読んでいるが、この虎は何を企んでいるのやら。とりあえず居間を見渡す限り、怪しい所は無いが。

 

「いただきます」

 

 まずはとろろご飯を手に取る。醤油をかけるべく、自分用の醤油さしに手を伸ばすが。

 

「ありゃ、俺の醤油が切れてるな…。藤ねえ、醤油さし貸してくれ」

「イイヨー」

 

 珍しく、朝飯が始まっても新聞を読み続けている藤ねえは、若干の棒読みで了承した。

 ――やはり怪しい。あの藤ねえが食欲以外のモノを優先しているなど、明らかなりし異常事態だ。一体何をしでかすつもりなのか。

 

 しかし、ここは藤ねえの企みを暴くコトよりも、飯の方が優先である。

 俺は藤ねえ用の醤油さしを取り、とろろご飯に醤油をかける。

 

 だが!

 この時の俺は、新聞の向こう側で藤ねえが浮かべていた、不敵な笑みに気付かなかったのである!

 

 醤油を適量注いだとろろご飯を、口に運んだその時。

 

 

「ごはああああッ!?」

 

 

 俺の舌は、有り得ない味に驚愕したッ!

 想定していた醤油の味とは異なる、この絶望的にとろろとマッチしていない味は――!

 

「先輩ッ!?」

「こ、これソースじゃないかソース! しかもオイスター!!」

「フッ、ハハハハハハ!!! どうだ思い知ったか士郎ーッ!!!」

 

 下手人は当然こやつ、穂群原学園に名高き「冬木の虎」、もとい藤村大河ッ!

 

「昨日の内にソースと醤油のラベルを取り替えておいたのだー! 見事に引っかかってくれやがったわね士郎! ざまーみやがれ!!」

「アンタ、今年で二十●歳のくせに何やってんだ!?」

「ホーッホッホッホ、負け犬の遠吠えが聞こえるのう。だがしかし、これは正当な報いという奴なのだよ少年! 甘んじて受け入れたまえ!

 ところで私、昨日からこんなコトを企んでいたおかげで、早めにいってテストの採点しなきゃヤバいのである!」

 

 俺を一杯食わせて満足したらしいこのタイガーは、急に現実的なコトを言い出して眼前に並べられた朝飯を四十秒程度でシュバババと片付け、速やかに原付に乗って学校へと走り去って行きやがりましたとさ。

 

「…先輩、昨日藤村先生に何かしたんですか?」

 

 それから俺と桜は朝飯を食べ終わり(ソースのかかったとろろご飯も完食した。食べ物は粗末にしてはならないのである)、桜は皿の片付け、俺は机の拭き掃除をしていた。その途中、桜は俺にそう聞いてくる。

 藤ねえがあのような凶行に及んだ理由については、俺も心当たりが無い訳ではなかった。

 

「あー…間違えて渾名で呼んじまった」

「それじゃあ先輩が悪いです。藤村先生、先輩にだけは渾名を呼ばれるの嫌がるんですから」

 

 冬木の虎だのタイガーだの、本人も虎柄の服とか着てるくせに、俺に言われると怒ってあの手この手の報復を敢行してくる。なんでさ。

 

『深山町で起きた殺人事件については、未だ警察が犯人を捜索中です。続きまして、新都で発生したガス漏れについて――』

 

 ふと、テレビでやっているニュースの音声が耳に入って来た。殺人事件だのガス漏れだの、あまり良い話題ではないが。

 

「新都でガス漏れか…最近何かと物騒だな」

 

 殺人事件の影響で、現在放課後の部活動は生徒会の判断で中止になっている。ガス漏れの方も、意識不明者が何人か出ているようだ。

 

「大丈夫です! ガスの元栓は片付けの後と出かける前、二回チェックしてますから!」

「――桜、そういう問題じゃないと思うぞ…?」

 

 天然的発言をする桜にそれはかとないツッコミをしつつも、俺たちは出発準備を整えた。桜は弓道部の朝練で早めに出かけるが、俺も生徒会の手伝いで今日は早めの出勤だ。

 

「じゃあ行こうか、桜」

「はい」

 

 念入りに戸締まりをし、桜と談笑しながら歩いて学校へ向かう。

 

「なあ桜。何も毎日家に来るコト無いんだぞ? 桜には桜の生活が有るんだから――」

「そんなコト有りませんよ。…私、趣味はお料理と弓だけですから。

 ちなみに将来の夢は先輩の味を越えるコトで、もうすぐ射程圏内だったりします」

「ハハ、本当に?」

「はい。それに私――」

 

 俺の前を歩いていた桜は立ち止まり、振り返って満面の笑みを見せる。

 

「先輩のお家じゃないと、ご飯――美味しく頂けなくなっちゃったんですから」

 

 その綺麗な笑顔に、思わずこっちも破顔してしまう。…見とれてはいない。決して。友人の妹だからなうん。

 

「ほら、急がないと朝練間に合わないぞ」

 

 しばらく歩いて、学校の校門に辿り着く。放課後部活が中止になったコトで、朝練をやる部活は多いらしい。朝のHRまでかなり時間が有ると言うのに、生徒の大半が来ているようだ。

 …校門を跨いだ時、違和感が有った気もするのだが。

 

「じゃあ、朝練頑張れよ桜」

 

 左手を上げて、弓道場に向かう桜を見送る。しかし、桜は何かに気付いたように、俺の方に近付いて来て――俺の左手を両手で掴み、その甲を見つめだした。

 

「さ、桜?」

「―――あ、いえごめんなさい…あの、この痣はどうしたんですか?」

「え?」

 

 桜に問われて、自分の左手の甲を見る。…確かに、赤みがかった痣のようなモノが有る。

 

「本当だ…ガラクタ弄ってる時にどっかぶつけたりしたかな? まあ、痛みも無いし大丈夫だろ」

 

 実際、桜に言われるまで気付かなかった訳だし。気付かないくらいの痣なんて、放っておいてもすぐ治るだろう。

 

「――先輩。今日、出来るだけ早く家に帰ってもらえませんか?」

「…? まあ、良いけど…」

 

 バイトも入ってないし、生徒会の手伝いもそうかからないハズだ。夕飯までには、余裕を持って帰れるだろう。

 

「お願いします。美味しいご飯、作って待ってますから。――それでは、失礼します」

 

 桜は一礼して、弓道場の方へ歩いて行った。俺が首を傾げていると、隣に生徒会長であり友人でもある柳洞一成が現れた。

 

「おはよう、衛宮」

「ああ、おはよう一成」

 

 それから一成と二人で校舎に入り、階段を登って行く。すると、馴染みの有る背中を目にした。

 

「おはよう、慎二」

 

 それは桜の兄、間桐慎二のモノだ。

 

「やあ衛宮。今日もまた、つまらないお節介? 物好きだねぇ、どーも」

 

 振り向きもせず、ぶっきらぼうに返してくる慎二。隣の一成は「何だ貴様その態度は」とでも言いたげだが、慎二はこういう奴なのだ。むしろ、これこそが慎二の味と言えるだろう。

 

「暇だからな。慎二も何か有ったら頼って良いぞ。弦の張りとか弓の直し、苦手だったろ」

「――衛宮はさ。もう、弓道部には戻らないんだろ?」

 

 慎二は階段の吹き抜けで立ち止まり、下にいる俺にそう言ってくる。

 確かに俺は一年の終わりに弓道部を抜けて、それ以降は部長の美綴綾子にしつこく誘われても断っている。まあ普段の勉強もバイトも有るし、ちょうど良かったのだ。

 

「余計なコトに首突っ込まない方が、自分の為だと思うけど?」

 

 その言葉は、慎二には珍しい――割と本気の忠告だと感じられた。

 

 

   ◇

 

 

 放課後。

 生徒は速やかに帰宅せよ、といった校内放送が流れる中、俺は夕焼けに染まった廊下を一人で歩いていた。

 

「よう衛宮。何やってんのさ?」

 

 もう帰ろうと思った時、慎二に声をかけられた。珍しく、取り巻きの女の子がいない。

 

「――あんまり美綴を困らせるなよ」

「…何それ? 部外者に言われたくないんですけど」

 

 その後、慎二は歯を見せて笑みを浮かべた。

 

「ああそうだ。僕も一つ、お願いをしていいかい?」

「何だ?」

「下らない弓道部の、下らない後片付けさ! ハッハハハハハ!」

 

 高らかに笑いながら、慎二が近付いて来る。

 

「…それ、お前の仕事じゃないのか?」

「僕は色々やるコトが有って忙しいわけ。暇なんだろ? なら手伝ってくれよ、衛宮」

 

 慎二は手を伸ばし、俺の右肩を叩く。

 …桜との約束が有るが、まあ弓道部の後片付けなんてそう時間のかかるコトでもない。請け負おう。

 

「ああ、構わないよ」

「…あっそ。じゃあせいぜい、善人気取ってれば?」

 

 慎二は何故か不機嫌になったらしく、俺の隣を通り過ぎて去っていった。

 さて、手早く終わらせて帰ろう――と、したのだが。

 

「…ちょっとやり過ぎたかなぁ」

 

 俺が後片付けを終わらせたのは、すっかり日が落ちた後だった。時間は八時をとうに過ぎており、学校には教師すら残っていない。

 初めは軽く済ませるつもりだったのだが、やり始めたら細かな部分まで気になってしまい、どうせならと徹底的にやってしまった。広い弓道場の床を全て水拭きし、立てかけられた弓の弦を全てメンテナンスし、畳の敷かれた休憩室まで埃一つ残さず掃除した。

 

「――帰ろう」

 

 ため息を吐き、家に帰るコトにした。こんな時間になってしまえば、桜も自宅へ帰った後だろう。悪いコトをしてしまった。

 

 その時。

 轟音が、学校中に響き渡った。

 

「ッ!!」

 

 風圧が弓道場にも襲いかかる。

 校庭の方からだ。音は一度でなく、何度も響いている。

 

「な――何だ…!?」

 

 何か、ただならぬコトが起こっている。

 俺は弓道場を出て、校庭に向かう。土煙が発生しており、閃光が雨の如く降り注いでいる。

 

 戦っているのだ。

 人ならざる何かが、殺し合いをしている。

 

「――誰だ!」

 

 気付かれた――逃げなければ。

 脇目もふらず逃げ出し、校舎に飛び込む。

 逃げろ。とにかく、奴を撒くんだ。

 校舎の中なら、地理的優位はこちらに有るハズだ―――

 

「があッ!」

 

 吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた。

 気管を血が逆流し、口から吐き出される。全身に痛みが走り、力が抜けていく。貫かれた胸部から血が吹き出し、床に血溜まりが出来ていき――俺は、その中に倒れ込んだ。

 

「――すまない」

 

 視界が霞む。思考が出来なくなっていく。

 薄れ行く意識の中で、俺は―――赤い、何かの光を目にした。




描写出来ませんでしたが、桜を間桐邸まで送った後の臓硯との遭遇は、起こっている体でお願いします。
ノリで書くとこういうコト有るよね(反省)


次回「運命の夜」


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#03 運命の夜

最早、実家のような安心感すら感じるサブタイ。

没タイトルは「プロミスト・サイン」。
原作(ゲーム版)でVSランサー戦のタイトルになってたモノなんですが、ここはやっぱ…ねえ?


「――良かったのか?」

 

 自分のサーヴァントに問われて、凛はため息を吐きながら答える。

 

「良くはないわよ、切り札を使っちゃった訳だし。でも――あのまま見捨てるよりは良いわ。心の贅肉だって、分かってるけどね」

 

 自虐的な笑みを浮かべる凛に対し、問いを投げたラスタルは笑いながら返す。

 

「確かに、合理的とは言えぬ判断だ」

「うるさいわね、分かってるわよそんなコト」

「だが、君はきっとそれで良いのだろう。割に合わなくとも、自分の気持ちを優先するのは悪いコトではない」

 

 私には出来ぬ選択だ、とラスタルは言った。

 

「…アーチャー?」

「いや――ところで凛。ランサーがあの少年を殺したのは、口封じの為なのだろう?」

「ええ」

 

 神秘の隠匿は、魔術師にとっての大原則だ。

 ――もっとも、最近はメディアの発達により、難しくなってきているのだが。時計塔、現代魔術科の君主(ロード)がそれを問題視しているとの話は、極東の田舎者である凛も聞いたコトが有った。機械に疎く、ギリギリ固定電話が使えるくらいの凛はあまり理解していないが。

 

「少年は君が生かした。記憶についての処置もしていない。

 ――ランサーが少年の生存を知れば、再び消しに行くのではないかね?」

 

 ラスタルのその言葉を聞いて――凛は、思わず青ざめていた。

 

「ッ、行くわよアーチャー! せっかくお父様の形見まで使って助けたのに、死なれちゃたまらないわ!!」

(ツメはまだまだ甘い、か)

 

 脳内ではそんなコトを思いながら、駆け出した凛を追って、ラスタルも歩を進め始めた。

 

 

   ◇

 

 

 家に帰り、一息つこうとした瞬間――さっきの男に、襲われた。馬上槍を持ち、全身に鎧…と言うよりも装甲を纏った、紫髪の男。

 

「お前に恨みは無いんだが、令呪で命令されてるコトだ。俺は従うしかない、諦めてくれ」

 

 バツが悪そうに、槍を持った男は言う。

 さっき、俺はコイツに殺された。しかし、何故かは分からないが誰かに助けられ、今此処にいる。大人しく殺されてやる訳にはいかない。

 

 居間に落ちていた、丸められたポスターに強化魔術をかけ、ギリギリで重い槍を捌きながら中庭に出た。

 

「が…!」

 

 しかし、男は俺の何倍も強い。

 次元の違う強さを持つ男に蹴られ、土蔵にまで吹き飛ばされた。五メートルは飛んだ。柱に打ち付けた背中が鈍痛を発する。

 起き上がろうとする俺の眼前に、男は槍の穂先をもたげる。穂先は丸くなっており、貫くというより抉り潰す形をしているようだ。

 

「ここまでだ」

 

 男が槍を引き、俺に向かって突き出す。

 再び「死」が迫る。一秒後、俺は心臓を抉られ、床に倒れるのだろう。

 

 ふざけてる。

 そんな簡単に死ぬなんて、馬鹿げてる。

 俺は切嗣と約束した。絶対に「正義の味方」にならなければならない。

 

 

 こんなところで、殺されてなるものか――!

 

 

「…何!?」

 

 男が驚愕の声を上げる。

 俺の左側、土蔵の床から光が発され、爆風が吹き荒れる。蒼きマントが舞い上がり、黄金の剣が煌めく。

 

「七騎目の、サーヴァントだと――!?」

 

 閃光が走る。

 それは、現れた七騎目のサーヴァントが槍の男に向けて振った、黄金の剣が残した軌跡だ。

 

「ぬあッ!?」

 

 漆黒の槍と黄金の剣が接触する。

 火花が散り、重厚な金属音が鳴り響き――槍の男は、勢いに負けて土蔵の外へと弾き飛ばされた。

 

「―――サーヴァント、セイバー。

 召喚に応じ、参上した」

 

 突如として現れたのは、一人の男だ。

 獄炎が如き赤い髪に、満月のように蒼く深い瞳。軍服らしき服の上に蒼いマントを肩に掛けて、その手には黄金の剣が握られている。

 

「問おう―――」

 

 土蔵に白い月光が差し込み、男はそれを背にする。尻餅をついた俺を見下ろし、赤髪の男は言葉を紡ぎ出す。

 

 

「お前が、俺のマスターか?」

 

 

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

「嘆かわしい」

 

 嘆息する老人。無数の蟲の中に立つ彼は、街中にバラまいた蟲の一匹が観測した光景を目にし、しわがれた声を漏らした。

 

「あまりにも未熟。あまりにも不出来な召喚よ。

 役者は揃ったものの、役者の質も舞台の精度も足りてはおらぬ。此度の聖杯戦争は、我らが目指した大儀式にはほど遠い」

 

 いとも容易く、老人はそう吐き捨てた。

 しかしその声音には、幻滅したかのような調子も折り混ざっている。

 

「だが、始まってしまったモノを取り止めるコトは出来ん。杯に水が満ちたのなら、誰が飲み干さねばならぬ。魔術師は英霊を喚び、英霊は契約者を必要とする。この儀式に巻き取られたならば、何人であれ殺し合うが定め。

 ――要は、最後に一人残れば良いのだ」

 

 老人のいる地下室の壁から、天井から蟲が湧く。壁も床も無数の蟲で埋め尽くされた、異様なりし空間は、完全に老人の支配下に有る。

 そしてその中に立つ、

 

「幸い、教会の監督役はあの男だ。この歪な聖杯戦争を、上手く取り持つであろう。

 教会は不可侵地帯、手は出せぬが――さて、あの小僧は…」

 

 眼前の少女を眺め――老魔術師は歯を見せ、さぞ痛快と言わんばかりに嗤った。

 

 

「福音を齎すに足る、聖者か否か―――」

 

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

 サーヴァント、セイバーと名乗った赤髪の男は、俺に問いを投げたまま無言で立っている。恐らくは俺に答えを求めているのだろうが、俺は唖然としたまま見上げるコトしか出来ない。

 

「マス、ター…?」

「――成る程、そういうコトか」

 

 呆ける俺を見て、セイバーは何かを察したらしい。俺から視線を外し、中庭に押し戻された槍の男に注意を向けた。

 

「これから俺の剣はお前と共に有り、お前の運命は俺と共に有る。――此処に、契約は完了した」

 

 体勢を低くし、セイバーは床を踏み込んで槍の男に突撃した。槍の男がこれを迎撃すると同時に、セイバーは後ろに跳び、距離を取る。

 

(あの剣は間違い無く「バエル・ソード」だ。この男、まさか―――)

「どうしたランサー? 止まっていては、キマリスの面目丸潰れだぞ。動き続けろよ、ボードウィン」

「…何故、俺の名を知っている?」

 

 ランサー、と呼ばれた紫髪の男は、セイバーに尋ねる。対するセイバーは、黄金の剣の切っ先をランサーに突きつけながら言う。

 

「やはりそうか。その装備、その色はキマリスの物だ」

「――厄祭戦時、使われた装備だとは聞き及んでいたが。だが、そうすると貴方の真名にも察しが付く」

「ほう? 面白い、述べてみろ」

 

 真名、とは…本名のコトだろうか。

 剣使い(セイバー)だの槍使い(ランサー)だの、随分安直な名前だとは思っていたが。

 

「このキマリスの装備を知っている以上、貴方は厄祭戦を知っている人間だ。そして、その剣は『ガンダム・バエル』が持っていた」

「…結論は?」

 

 ランサーは息を吐いて、僅かに震える声でセイバーの真名を口にした。

 

 

「――アグニカ・カイエル。それが貴方の名だ」

 

 

 …誰、それ?

 俺はそう思ったが、セイバーは薄い笑みを浮かべている。どうやら、当たりらしい。

 

「ではどうする、ボードウィンの末裔」

「…俺は今、マスターに『七騎のサーヴァント全てと戦い、相手を倒さず生還しろ』との令呪をかけられている。見逃してくれると助かる」

「――構わん、好きにしろ。お前の先祖には世話になったしな」

 

 ランサーは塀に跳び乗り、そのまま街へと去って行った。セイバーも剣を納め、俺の方に近付いてくる。

 

「えっと…」

「怪我は無いか、マスター」

「…お前、何なんだ」

 

 とにかく、目の前にいる男についての情報が足りていなさすぎる。説明してもらわないと。

 

「俺はセイバーのサーヴァントだ――と言っても分からないんだったか」

 

 申し訳無いと思いつつ、首を縦に振る。

 すると、セイバーは説明を始めてくれた。

 

「サーヴァント、ってのは使い魔のコトだ。魔術師なら、使い魔が何かは分かるだろう?」

「あ、ああ…魔術師が使役する…」

「そう、それだ。英霊を使い魔としたモノがサーヴァント。マスターは、英霊を召喚して使役する魔術師。その証が、お前の左手に有る『令呪』」

 

 自分の左手の甲を見る。

 確かにそこには、赤い刻印が刻まれている。

 

「三回だけサーヴァントに命令を強制出来る魔力リソースであり、お前が聖杯戦争の参加者である証明だ。それを使い切るとマスターではなくなり、サーヴァントとの契約も切れる。使いどころを見誤るなよ」

 

 また、分からない単語が出て来た。

 聖杯戦争? 一体何のコトなんだ?

 

「その名の通り、聖杯を取り合う戦争よ」

「え――って、うわあ!?」

 

 セイバーじゃない声を聞き、顔を上げると――敷地内に、見知らぬ赤い服の少女が入って来ているではないか。その隣には、セイバーと同じデザインの軍服を肩から掛けた大男もいる。

 

「セイバー、何で言ってくれないんだ!?」

「敵意を持って侵入して来た、という訳ではなさそうだったからな。…マスターが気付いていない、とは思わなかった。言うべきだったか」

 

 いや待て、見知らぬ少女ではない。

 少なくとも、俺は彼女をよく知っている。

 

「お前…遠坂!?」

 

 二年一組の、遠坂凛。

 学園のマドンナとも言える、俺が密かに憧れている存在だ。…何でこんな所に。

 

「こんばんは、衛宮くん」

 

 挨拶と共に、遠坂は微笑んだ。

 

 

   ◇

 

 

 聖杯戦争に巻き込まれた衛宮士郎に、凛が説明をしている間、セイバー…アグニカ・カイエルとアーチャー…ラスタル・エリオンは屋根の上に立っていた。目的は見張りだ。

 ふと、ラスタルが口を開いた。

 

「――お前が、あのアグニカ・カイエルか」

「ああ」

 

 アグニカは端的に答える。

 心の中では「ランサーとの会話を聞かれていたか」と思ったが、アグニカの場合、真名がバレた所で不都合が起きるコトは無いだろう。

 

「『ガンダム・バエル』を駆り、モビルアーマーを殺し尽くし、厄祭戦を終結に導いた英雄。伝説を聞いてはいたが、本当に会えるとは。セブンスターズの末裔としては光栄だ」

「――お前の時代に、どんな形で語られているかは知らんが…俺は英雄、なんて大層な奴ではないぞ。エリオンの末裔」

「…お気づきだったとは」

「見た感じの印象から勘で言ったんだが、当たっていたか」

 

 ラスタルは厄祭戦から三百年後の末裔だ。

 医療技術の発達で寿命も延びている為、初代セブンスターズからの世代交代はそこまで多くない。少なくとも、面影が残っている程度には初代の血は濃い。

 しかし、ラスタルはアグニカの言葉の中で、一つ引っかかりを感じた。

 

「…英雄ではない、とはどういう? 貴方は紛れもなく、MAの脅威から人類を救っているハズだ」

「まあ、それはそうなんだが――」

「セイバー、アーチャー」

 

 バツが悪そうにアグニカが頭をかき、ラスタルが首を傾げていた時、二人は庭に出て来た凛に声をかけられた。

 

「どうした、凛」

「これから衛宮くんを教会に連れて行くわ。二人も霊体化して付いて来なさい」

「と、遠坂? 勝手にそんなコト…」

「アンタに足りてないのは知識よ。この私が助けてあげたのに、野垂れ死なれたらたまらないわ」

 

 士郎はアグニカに視線を向けるが、凛の言葉にはアグニカも頷いた為、反対出来るコトではないと諦めた。

 かくして、士郎は凛に引きずられて教会へと足を運ぶコトになった。




【速報】セイバーはアグニカ・カイエル

原作で名前しか出てないだろうって?
いや、それはそうなんですけど…鉄血世界最強の男ですからね、そりゃねじ込みますよ(謎理論)
キャラ付けはオリジナルなんでご注意下さい。




次回「オルター・エゴ」
水曜日更新予定。


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#04 オルター・エゴ

今回初登場するバーサーカーは、ちょっと意外だと思います。


 冬木市は、大きく分けて二つの区画により成り立っている。

 一つは深山町。穂群原学園や衛宮邸、遠坂の住む遠坂邸、慎二と桜の住む間桐邸などが有る、古くから冬木に有る町だ。

 もう一つは新都。高度経済成長期に建設された街で、ビルが建ち並ぶ他、電車や高速道路なども通っている。現在では、こちらが冬木の中心と言えるだろう。

 深山町と新都は冬木市の中心を流れる未遠川を跨いで存在しており、未遠川には六百メートルにもなる赤いアーチ橋「冬木大橋」が掛けられている。深山町側の川沿いには公園が有り、新都の真ん中には中央公園が有る。

 

 そして、住宅街となっている丘の上には、墓地に隣接する立派な教会が建っている。

 この冬木教会こそ、遠坂が俺を連れて向かった場所だった。もっとも、俺はあまり来たコトが無かったが。

 

 教会の鉄格子で出来た門を開き、俺と遠坂は教会の敷地内に足を踏み入れる。俺のセイバーと遠坂のアーチャーは、霊体化しつつも外で見張りを担当する。

 

「貴方みたいなへっぽこ魔術師が、どうしてマスターに選ばれたかは分からないけれど――」

 

 へ、へっぽこ…と抗議の念を込めて呟いてみたが、遠坂は歯牙にもかけてくれなかった。

 

「とにかくここにいる神父に、聖杯戦争の説明を受けなさい」

「神父…?」

「そ。いけ好かないエセ神父だけどね」

 

 俺と遠坂は教会の前に建てられたマリア像の横を通り、木製の重苦しい扉の前に立つ。その並々ならぬ雰囲気に身じろいだ俺を尻目に、遠坂は扉を押し開く。

 重々しい音を立てながら、扉が開かれると。

 

「再三の呼び出しに応じぬと思えば、変わった客を連れて来たな」

 

 渋く低い、特徴的な声が礼拝堂に響く。

 礼拝堂の奥に有る巨大な十字架の正面に、一人の神父が立っている。シャンデリアに光は灯されておらず、神前に立つ蝋燭の光とステンドグラスから差し込む月の光が、その男を不気味に照らし出す。

 

「…成る程。彼が七人目と言う訳か、凛」

「ええ、そうよ。セイバーのマスターになった、衛宮士郎」

「―――ほう。衛宮…フフ、そうか」

 

 口元を歪め、神父は笑う。それだけで、俺は感づいた――コイツは、信用しちゃいけない奴だと。

 そんな俺の思考を知ってか知らずか、神父は俺を見据えて口上を紡ぐ。

 

「ようこそ冬木教会へ。私は言峰綺礼。

 この教会を預かっている者にして、聖杯戦争の監督役を仰せつかってもいる」

 

 監督役…? と首を傾げる俺に、遠坂が注釈を入れてくれる。

 

「聖堂教会が派遣した、聖杯戦争の監視役よ。読んで字の通り、中立の立場で聖杯戦争を監督するのが仕事。聖杯戦争で発生した事象や、損壊した物とかを片付ける事後処理もしてるわ」

「聖堂教会が…?」

「ええ。――まさか、聖堂教会を知らないなんて言わないわよね」

 

 流石の俺でも、それくらいの知識は有る。

 魔術師が基本的に「魔術協会」に属するのに対して、異端の駆除などを行う聖職者は「聖堂教会」に属する。魔術協会と聖堂教会は対立する組織であるが、唯一「神秘の隠匿をするべきである」という点においてのみ、両者の意見は一致している。だから「聖杯戦争」という魔術儀式に、聖堂教会も協力しているのだろう。

 

「極東の魔術儀式とは言え、聖杯なんて聖遺物が絡んでいる訳だしね。冬木の聖杯は魔術師によって造られたモノだけど、聖杯と銘打たれる以上、管理は聖堂教会に委ねられる。

 儀式の監視と神秘の隠匿が、この聖杯戦争における聖堂教会の役割よ」

「そういうコトだ。儀式の期間中、冬木の全土は戦場となるが――この教会のみ、中立の不可侵地帯とされている。

 サーヴァントを失って敗退したならば、この教会へ来るといい。儀式が終了するまでの間、身柄の安全は聖堂教会が保証しよう」

 

 この時、俺は「負けても絶対来てやらない」と心に決めた。

 

「して凛。敵であるハズの彼を連れて来た理由は何だ?」

「このド素人に、聖杯戦争ってのが何たるか、叩き込んでやりなさい」

「ほほう。では衛宮士郎、君はセイバーのマスターで間違い無いかね?」

 

 言峰は俺に問いかける。

 …と、言われても。

 

「――確かに、俺はセイバーに助けられた。けど、マスターってのがちゃんとした魔術師がなるモノなら、選び直した方が良い」

「マスターを選び直す、か。――成る程、これは重傷だな」

「でしょ?」

 

 鼻で笑われ、俺はあからさまに機嫌を悪くする。俺の病状を把握したらしい言峰は、一から懇切丁寧に説明すべく、口を開いた。

 

「そもそも、マスターとは選び直すようなモノではない。マスターは聖杯が選ぶモノだ。聖堂教会にも魔術協会にも、その任命権は無い。

 自らを使用するに足る者を七人選び出し、相争わせ、聖杯はその勝者の願いを聞き届ける。

 ――とは言え、これまでの四度の戦いで、聖杯がその役目を果たしたコトは一度も無いがね」

 

 ――今、この神父は何と言ったのか。

 

「四度――? 四回も、こんなバカげた戦いをやってるってのか!?」

「そうだ。第一次聖杯戦争は1800年代――それから二百年、四度にも渡って聖杯戦争は行われて来た。この冬木の地に、大きな被害を齎しながらな。

 十年前に行われた第四次聖杯戦争は、その最たるモノだった。結果として、一つの不幸な事故が起きた。災害、と呼べる規模のな」

 

 …十年前の、災害?

 それは、まさか―――

 

「そんな、それは―――!」

「お前も良く知っているだろう。いや、この街に住む者であれば誰でも知っているか。

 死傷者五百余名、焼け落ちた建物は実に百三十四棟。未だ原因不明とされる、あの火災こそが――聖杯戦争の爪痕だ」

 

 脳裏に、あの光景が蘇る。

 俺は吐き気を催し、口を押さえて床に崩れ落ちた。慌てて俺の背中をさすってくれながら、遠坂は言峰を睨み付ける。

 

「綺礼! 私はルールを説明しろって言ったの、傷を開けとは言ってない!」

「いや…大丈夫だ、遠坂。

 ――言峰。その聖杯ってのは、本物なのか」

「前回、一時的に聖杯を手にした男はいた。しかし、その男は聖杯を放棄し、願いは叶えられなかった」

 

 冷淡に述べていた言峰の口振りが、その時だけ僅かに変化した。俺はそれが引っかかり、言峰にカマをかけてみる。

 

「…まるで、見て来たような口振りだな」

 

 俺の暗なる追及に対し、言峰は。

 

 

「―――見たとも。

 私は前回の聖杯戦争で、聖杯を争った身だ」

 

 

 薄い笑みを浮かべながら、平然と言った。

 自分が、かつてマスターであったと。

 

「ちょ、それホント!?」

 

 遠坂が狼狽する。

 どうやら、これは遠坂すら知らなかった情報のようだ。

 

「一時的に戦いはした、だが判断を間違えた。

 結果として私は――()()()()()()()()()()()()

「それって、どういう…!?」

「私が言えるのはここまでだ。

 して、衛宮士郎。ここまで聞いて、なお君は聖杯戦争に関心を持たぬのかね?」

 

 遠坂の追及をはぐらかしつつ、言峰は俺に問いかける。

 ――こんなコトを聞かされて、放っておけるハズが無い。きっと、俺がそう考えるコトを言峰は知っている。腹立たしい限りだ。

 

「――どうやら、せっかちな客が来ているらしい。あまり長々と悩むコトを薦めはせん」

 

 言峰のその言葉を受けて、遠坂が入り口へと走っていく。遠坂は扉を開き、外の様子を確認しているらしい。

 

「セイバーとアーチャーが、実体化してる…?

 衛宮くん!」

 

 催促する遠坂の声を背中に受けながら、俺は立ち上がって言峰を見据えた。言峰は薄笑いを浮かべたまま、俺に選択を迫る。

 

「時間が無いぞ。決断を聞こう」

 

 …そんなの、もう決まってる。

 他の六人のマスターが誰なのか、俺には分からない。言峰は知っているだろうが、聞いても教えてはくれないだろう。聖杯が遠坂の手に渡るなら安心だが、そんな保証は無い。他の五人が、聖杯を己が欲望の為に悪用するとも限らない。

 

「十年前の災害の原因が、聖杯戦争だって言うんなら…俺は―――」

 

 ――なら、俺が聖杯戦争の勝者となり、聖杯を手に入れるしか無い。

 

 この街を守る為には、それが一番確実だ。

 もう二度と、あんな不幸を繰り返させてはならない。二人目、三人目の俺を生み出さない為にも。

 

「―――戦う。マスターとして、戦う!」

 

 そう叫び、踵を返した。

 扉を開けて待つ遠坂の方へ、走り出す。

 

 

「――喜べ少年。

 君の願いは、ようやく叶う」

 

 

 背中に、言峰の声が突き刺さる。

 俺の、願いとは――

 

 

「正義の味方には、倒すべき――『悪』が必要だ」

 

 

 

   ◇

 

 

 士郎と凛は、教会の敷地内から出た。

 鉄格子の正門の前には、二人のサーヴァントであるセイバーとアーチャーが実体化し、二人を庇うように立っている。

 

「お話は終わった?」

 

 二人のサーヴァントが見据えるは、銀の少女である。

 

「こんばんは、お兄ちゃん。

 私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

 コートの裾をつまんで優雅に一礼した、雪のような白銀の髪を持つ少女――イリヤスフィールは、およそ見た目に似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべて、右手を横へと振る。

 複数の針金が巻き付けられた鉄格子が動き、教会の門が重々しく閉じられた。イリヤは、士郎と凛の退路を絶ったのだ。

 

「じゃあ、殺すね?

 やっちゃえ、バーサーカー」

 

 いつの間にか、イリヤの隣には一騎のサーヴァント――バーサーカーが立っていた。

 

「―――」

 

 長身の男だ。全身には赤く流麗な装甲が纏われ、両腕に装備されるシールドの裏側には、黄金の剣が隠されている。顔は装甲によって完全に隠され、相貌を確認するコトは出来ない。

 

「…グリムゲルデか。何者だ?」

 

 対するセイバー…アグニカ・カイエルは、右手に黄金の剣を構えて警戒する。

 すると、それから数秒経ってバーサーカーが動いた。身体を仰け反らせ、たっぷりと息を吸い込んで―――

 

 

「アグニカァァァッ!!!」

 

 

 ――吼えた。アグニカの名を。

 街中の眠れる民草達が、目を覚ましかねないほどのボリュームで。完全なる近所迷惑だ。

 

「…は?」

 

 名を呼ばれた当人は、思いっきり困惑を露わにした。一方、その隣に立つアーチャー…ラスタル・エリオンは、バーサーカーの正体を看破したらしく。

 

「――愚かな…」

 

 と、頭を押さえて吐き捨てていた。

 かたやバーサーカーは背中のスラスターを全開にし、アグニカとラスタルに突撃を敢行。シールドの裏に格納されていたヴァルキュリア・ブレードを展開し、アグニカに斬りかかる。

 

「アグニカ! アグニカ! アグニカァ!!」

「うおおおああああ、何だ貴様は!!?」

 

 困惑と共に恐怖を感じながらも、アグニカはバーサーカーの剣をしっかり迎撃した。バーサーカーはアグニカと一度叫ぶごとに一度、剣を振り下ろす。有る意味、猛攻と言える。

 引き気味で後退りながらも、右手のバエル・ソード一本で、アグニカはバーサーカーをいなす。見知らぬ男が自分の名前を叫びながら斬りかかって来る、という異様な状況に直面しながらも、アグニカの剣技が乱れるコトは無い。

 

「ダインスレイヴ隊、放てッ!」

 

 ラスタルが召喚したダインスレイヴ隊が、バーサーカーに向けて禁忌の弩弓を撃ち放つ。バーサーカーは後ろに飛んでダインスレイヴを難なく回避し、着地して切っ先をラスタルに突きつけた。

 

「邪魔をするな、ラスタル・エリオン!」

「貴様はどこまでも愚かな男だ、マクギリス・ファリド。死してなお、理想に縋ろうとはな」

「今は俺とアグニカの逢瀬の時だ! 貴様如きに構っているほど俺は暇じゃない!

 ようやくだ、ようやくアグニカと出会えた! 幾多の世界を巡ってなお、出会えなかったアグニカに出会った! 何たる歓喜、何たる僥倖、何たる宿命か!! 今確信した、俺はこの日の為に生まれてきたのだと!!!」

 

 バーサーカー…マクギリス・ファリドは、宿敵であるハズのラスタルをガン無視どころか如き呼ばわりして、アグニカに向かって突っ込んで行く。

 憧れ続けたアグニカと出会い、どうやらテンションがおかしくなっているようだ。――これこそ、バーサーカーたる所以と言えるが。伊達にどこぞの鉄華団団長から「アグニカバエル馬鹿」と称されていない。

 

「何言ってんだ、って来んな! 怖いわ!!」

 

 マクギリスが剣を交差した状態から繰り出した斬撃を、アグニカは一撃の下に叩き落とす。すかさず左手に握った剣を突き出し、マクギリスの頭部を覆った装甲を弾き飛ばした。

 

「ご、ッ!?」

「ふっ!」

 

 アグニカは続けて、猛烈な蹴りをマクギリスの腹にブチ込む。マクギリスは後方へと吹き飛ばされ、何度か地面と接触しながらグルグル回転し、街灯に思い切りぶつかった。

 

「がはァッ…!」

 

 盛大に吐血し、マクギリスは倒れる。

 一切の情け容赦無く、若干の魔力放出まで乗せられた渾身の蹴りだったので、内臓は幾つか潰れているだろう。

 

「何遊んでるのよ、バーサーカー! さっさとアイツらを殺しなさい!」

「――フッ。フフフフフ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 マスターであるイリヤの命令を受けながら、マクギリスは高らかに、心底楽しそうに笑い始めた。頭と口から血を流し、頭部装甲は吹き飛ばされたというのに――マクギリスは、笑っている。

 

「流石だ!! 素晴らしいッ!!!

 これが、これこそがアグニカ・カイエルの力か!! 嗚呼! なんて素晴らしいんだ!!

 まさしく英雄の力、正しく厄祭戦を終わらせた圧倒的な武力!! あのモビルアーマーを殺し尽くした戦力!! 何という理不尽、何という不条理、何という不合理な強さか!!

 本当に素晴らしい、アグニカ・カイエルはこうでなくては!!! これほどの強さを持って初めて、英雄になり得る!!! 厄祭戦の英雄は、こうでなくてはならないのだ!!!

 俺を救った力!!! 俺が憧れた力!!! 俺の目指した力!!!

 その力を一目見るばかりでなく、まさか剣まで交えられるとは!!! あのアグニカ・カイエルと凌ぎを削り、命を懸けて戦える日が来ようとは!!!

 これ以上の幸福がこの世に有ろうか!!? これ以上の至福がこの世に有ろうか!!?

 いや無いッ!!!!

 最高だ!!!!!

 

 金髪を振り乱し、翠の瞳を見開いて、マクギリスはまくし立てる。その狂気を前に、誰一人として言葉を発するコトが出来ない。

 

「さあ!!!! もっと俺と戦おう、アグニカ・カイエル!!!!!」

 

 そう言って、再びアグニカに突撃をかけようとしたマクギリスの襟を、イリヤががっしりと掴んだ。それからイリヤは踵を返し、マクギリスを引きずりながら歩き出す。

 

「帰るわよ、バーサーカー」

「待ってくれマスター!! ここからだ、ここからが最高にアグニカなんだ!!!

 このどうしようもない暴力を眼前とした絶望のただ中でなおも立ち上がり己が限界を超えて正面から立ち向かっていくその徹底抗戦絶対殺戮の姿勢こそまさにアグニカ・カイエルの生き様そのものといえる態度なんだ俺はそれをこの身で体現しアグニカそのものとなr」

「ハイハイまた今度ね」

 

 マクギリスは良く噛まないな、と思わざるを得ないほどの早口でまくし立てるが、イリヤはぶっきらぼうな一言でその抗議を封印した。

 そして、士郎達が立つ方向へ振り向き。

 

「何か冷めちゃったし、今日は帰るわ。

 じゃあね、お兄ちゃん。また遊びましょ?」

 

 そう言い残し、なおも何か言い続けるマクギリスを連れて去って行った。

 残された士郎達は、ひとまず安堵の溜め息を吐く。…戦力的には勝っていたと思うのだが、精神的な疲れが四人を襲っていた。

 

「―――助かった」

 

 最も被害を受けたと言えるアグニカは、心の底からそう吐き出した。同時に、あの限界オタクを止めてくれたイリヤへの好感度が爆上がりしていたりもする。

 

「…すみません、アグニカ。あの男、昔からあんな感じでしたので。バーサーカーとして喚ばれたコトで、より悪化したようです」

 

 ラスタルがこれまた、心底からギャラルホルンの祖へ謝罪する。これほど本気で謝ったのはいつ以来か、とラスタルは自問自答した。

 

「――何だアイツは」

「マクギリス・ファリド。貴方を信奉するあまり、三百年ぶりにガンダム・バエルを起動して革命を起こし、失敗して戦死した男です。

 力に固執し、愚かな最期を迎えました」

「…バエルに乗ったのか、アレが」

 

 アグニカにアレ呼ばわりされているが、最早仕方の無いコトかも知れない。あまりにも初対面のインパクトが強すぎ、印象は最悪だ。

 

「はい。――どうやら『覚醒』はしなかったようですが」

「…そりゃそうだ」

 

 バエルはそう簡単に力を貸してはくれないからな、とアグニカは述べ、もう一度溜め息をつく。挙げ句の果てに、こんなコトまで言ってしまった。

 

「――まだモビルアーマーの方がマシだ」




以下、釈明。
バーサーカーは三日月と迷った(というかミカの方がらしい)んですが、ミカは違うポジションにした方が展開的に良いかなと思ったので、マッキーになりました。
完全に推しを眼前にしたガチオタと化してるので、バーサーカーでオッケー(暴論)
ちなみに、普段イリヤに対しては紳士的な態度を貫いております。少しの段差でも有れば先に下りて手を差し伸べるし、何ならチョコレートもあげる。




次回「マキリの末」
今週の土曜日に更新します。
それ以降は毎週水曜日、土曜日更新にする予定。


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#05 マキリの末

今回はライダーが登場。
まあ、一話でガエリオがちょろっと言ってましたけど。


   ―interlude―

 

 

 言峰は、祭壇に置かれた燭台に立つ消えた蝋燭に、火を灯し直す。

 月光にのみ照らし出された礼拝堂に、僅かな光が戻って行く。灯されたばかりの炎が、少しの風によって小刻みに揺れる。それをしばし眺めて、言峰は目を伏せた。

 

「あれから十年か。

 予想より早く始まったな――言峰」

 

 声が響く。 王気(オーラ)に満ち、一言で場を支配せしめる、荘厳にして傲岸不遜な玉音。

 それを発したのは、礼拝堂に幾つも設置されている長椅子の内の一つに腰掛けた、金髪の青年である。蛇を思わせる赤い瞳は、妖しげな光を宿している。

 

「前回の戦いは、結果が出ぬ内に終わった戦いだ。異例の早さでの仕切り直しは、聖杯の意志だと考えるべきだろうな」

 

 言峰の言葉を聞き、青年はくつくつと笑う。

 

「聖杯に意志が有る、と? 単に杯が満ちただけであろうよ」

「――そうか。…そうだな。聖杯自体は、単なる無機物に過ぎぬモノだ」

「しかしだ言峰。此度の聖杯戦争、些かの異常が見られるな?」

 

 笑いながら言う青年に対し、言峰は疑問符を浮かべる。そして、それを問いかけた。

 

「何がだ? 『英雄王』ギルガメッシュ」

「面子の話だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いや――()()()()()()()()()()()、とすら言えるな」

 

 金髪の青年――前回の聖杯戦争でアーチャーとして召喚され、それから現世に留まり続けている「英雄王」ギルガメッシュは、長椅子にふんぞり返りながらそう述べた。

 

「――ランサーは、未来の英霊だったか」

「未来ではない。()()()()()()()()()()()()。並行世界ですらない」

「架空? 本来なら存在しないモノだと?」

 

 全能の眼を持つ王は、さぞ愉快だと言わんばかりに口元を緩め、言峰の言葉を肯定する。

 

「然り。この世界のモノでない架空の存在、正確には英霊ですらない。在るハズが無く、有り得もしないモノだ。

 何故か喚ばれたかは知らん。運命の悪戯、と言う他に有るまいて」

「…儀式への影響は無いのか?」

「無い。架空とは言えサーヴァントとして召喚され、存在しているのだからな」

 

 サーヴァントは、撃破されれば聖杯にくべられ、五騎が敗退するか、一定期間が経過した時点で聖杯は起動する。これまでの聖杯戦争と全く変わらない。

 

「しかし当然、格などは(オレ)のような正当な英霊に及ぶべくも無い。少なくともこの世界に於いては、誰の記憶にも、記録にも残らない存在だ」

 

 英霊としての格と戦闘能力が一致する、とは一概には言えないが、少なくともギルガメッシュはその両方において別格の英霊だ。別世界の架空の存在など、取るに足らないと言える。

 

「だが――架空であるとは言え、奴らは己が意志を持って現界した。奴らが奴らの世界で如何にして生き、この世界でどう絡み合うか。それを裁定するのも、この(オレ)の役目よ」

 

 ギルガメッシュは、史上稀に見る冷酷にして無慈悲の暴君である。

 されど、彼は人類の裁定者だ。手前勝手な物差しで、私情すら交えながら裁定を下す。しかし、如何なる時もブレるコトの無い全知なりし王が下す裁定は、並ぶモノが無いほど正しく、確信を突いたモノでもあるのだ。

 

「飛び入りの役者、継ぎ接ぎの舞台。あまりに不始末だが――なればこそ、(オレ)という観客を楽しませてくれるやも知れぬ」

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

 遠坂と分かれ、俺は帰路についていた。セイバーも霊体化して、付いて来ているようだ。

 冬木大橋を渡り、川辺の公園に入るべく、階段を降りる。この公園を横切ると、近道になるからである。どうやら、あまり知られてはいないらしいが。

 

「…?」

 

 公園に降りた途端、違和感を感じた。何かが反響するような、常と違っているような感覚。

 しかし、それは気のせいではないらしい。

 

「――マスター」

「セイバー?」

 

 セイバーが実体化した。何事か尋ねると、セイバーはこう答える。

 

「この公園には、結界が張られている。人払いの結界だ。…近くに、サーヴァントの気配が有る」

「――遠坂じゃないのか?」

「アーチャーの気配ではないし、ランサーやバーサーカーとも異なる、全く別の気配だ。一日の間に三騎ものサーヴァントに出会うとは、運が良いのか悪いのか」

 

 肩をすくめつつ、セイバーは無言になり、目で問うてくる。――どうする? と。

 

「行こう。姿くらいは見ておかないと」

 

 公園に出て、周囲を警戒しながら進む。

 あちこちには球場に有るような照明塔が立っている為、夜とはいえ視界は充分だ。

 

「近いぞ、気を付けろ」

 

 セイバーが注意を促してくれた時、植え込みの反対側から声がした。

 

「この愚図が! 何度言えば分かるんだよ!」

 

 男の怒声。何やら揉めているようだ。

 しかし、その声には聞き覚えが有った。

 

「アレは…慎二――!?」

「…あの男は知り合いか? ワカメみたいな髪型だが」

 

 植え込みの側にしゃがんで、気付かれないように視線を上げる。やはり、叫んでいるのは慎二だ。

 …てかセイバー、ワカメって酷いな。

 

「さっさと喰えよ! そいつの魂を喰え、ライダー!

 お前はサーヴァントで、お前のマスターは僕なんだぞ!? お前はただ、僕の言う通りにしてれば良いんだよ!」

「だとしても! イシュー家の名にかけて、私はそのような下劣な非道を決してしない! 家の名に掛けても、この少女の魂を喰らうコトなど絶対に出来ない!!」

 

 隣にしゃがんだセイバーがほう、と呟くのが分かった。笑みを浮かべて、顎に手を当てている。

 

「…セイバー、気になるコトが有るのか?」

「いや何、聞き覚えの有る名が聞こえたというだけだ。…イシューか。成る程成る程」

 

 何やら満足げに頷くセイバー。

 よく分からないが、とりあえずどうするか。

 

「――ライダー、と言ってたか? あのサーヴァント、人間を一人抱えているぞ」

「え? …って、美綴!?」

 

 ライダーのサーヴァントが横抱きに抱えているのは、同級生にして弓道部の部長である、美綴綾子だった。気を失っているらしい。

 魂を喰え、と慎二が言ってたのは――まさか、美綴の魂を喰えとライダーに命令していたというのか。それをライダーが拒否したコトが、慎二の癪に触ったと。

 

「チッ――!」

「マスター? って、オイ!」

「慎二!」

 

 立ち上がり、植え込みを踏み越えて慎二の名を叫ぶ。…何をやってるんだ、お前は!

 

「――へえ。誰かと思えば、衛宮じゃないか」

「美綴を離せ!」

「おっと、そうは行かないなぁ。我らが弓道部部長には、ちょっと手伝ってもらおうと思ってた所なのさ」

 

 いつもの笑みを浮かべて、いけしゃあしゃあと慎二はのたまう。しかし、俺の後ろに立ったセイバーを見た瞬間、慎二は歯を見せて笑みを深めた。

 

「それ、お前のサーヴァント?

 ッハハ、ハハハハハハハハハハハハ!」

「―――」

 

 セイバーは無言、かつ無表情のまま、俺の前に進み出た。その蒼き瞳に、慎二はどう映っているのか。

 

「紹介するよ。コイツが、僕のサーヴァント。

 …そうだ、戦わせてみようぜ衛宮。僕はサーヴァント同士の戦いを見たかったんだよ」

「――慎二、お前。何でマスターに…?」

「間桐は由緒有る、旧い魔術師の家系でね。聖杯戦争においちゃあ、『御三家』とまで呼ばれてたんだぜ? まあ、お前みたいな素人に知られたくはなかったけど。

 その長男である僕が――」

 

 慎二は懐から、赤い装丁の本を取り出した。本は紫色の淀んだ光を放ち、一気に開かれて頁がパラパラと捲れる。

 

 

「―――聖杯戦争に参加するのは、当然だろ?」

 

 

 謳うようにそう述べて嗤う慎二。

 その傍らでは、慎二のサーヴァントであるライダーが武装し、剣を構えた。

 

「慎二!」

「相変わらずノリが悪いなァ! もう分かってるんだろ!? ――この遊びは、ちょっと本気の遊びだったってコトをさァ!!」

 

 ライダーは両手で剣を握り、セイバーに切っ先を向けた。対するセイバーも、右手に黄金の剣を召喚する。構えは自然体で、剣はぶら下げたままだ。

 

「やれ、ライダー!!!」

「――カルタ・イシュー、参る!」

 

 背中のバーニアを全開にし、ライダーはセイバーに向かって突撃をかけて来る。セイバーは「何の機体か知らんが…」と呟きながらも。

 

「よッ!」

 

 ライダーが間合いに入った瞬間、下げていた黄金の剣を神速で振り上げ――ライダーの剣を、天高く弾き飛ばした。

 

「な…!?」

 

 白銀の剣が宙を舞う中、ライダーは呆気に取られ、セイバーの前に大きな隙を晒した。そして、そんな俺ですら見て取れた隙を、セイバーが見逃すハズも無い。

 セイバーは左手を後方へと振りかぶり、ライダーの腹部に拳を叩き込んだ。

 

「がッ…ァ!」

 

 骨が軋み、へし折れる音が聞こえた。ライダーは吐血し、海老のように身体を仰け反らせ、四肢を前方へ突き出した体勢のまま、思い切り後方へと吹き飛ばされる。

 慎二の横を音速でかっきり、二十メートルも後ろの照明塔を支える柱に激突させられたライダーは、その場で崩れ落とさせられた。

 

 

「―――はァ?」

 

 

 爽快に叫んだ表情のまま、慎二は固まっている。…自分のサーヴァントが、一瞬で撃退され無力化させられたのだ。放心するのも無理は無いだろう。

 

「…ええっと――」

 

 実際、俺もセイバーの強さには驚いている。

 召喚されてからと言うもの、ランサー、バーサーカー、そしてライダーの三騎ものサーヴァントと立て続けに交戦しているが――その全てで、セイバーは圧倒的な強さを見せた。これが「最優」と称される、セイバーのサーヴァントが持つ力なのか。

 

「速さは悪くないが、単調だな。ああいう力押しの戦法が通用するのは、モビルアーマーに対してだけだ。覚えておくと良い、イシューの末裔」

 

 セイバーは、ライダーに評価を下した。

 モビルアーマーだのイシューだのは良く分からないが、どうやらセイバーはライダーと何かしらの関係が有るらしい。ランサーといいアーチャーといいバーサーカーといい、知り合いが多過ぎるのでは。

 

 その時――宙を舞ったライダーの剣が突き立つと共に、ライダーが衝突した照明塔が倒れた。轟音が響き、照明は幾つか割れ、乱雑な光を不規則に撒き散らし始める。

 

「マスター。今の内にあの少女を」

「――そうだ、美綴!」

 

 セイバーに言われて、俺は美綴に駆け寄る。

 一方、一瞬でやられたライダーに、慎二は無言のまま歩み寄った。そして、紫光を宿した本を翳す。

 

「オイ。誰がやられて良い、なんて言った?

 立て」

 

 本が強い光を放ち、ライダーに雷のような魔力が走る。内臓が粗方潰され、背骨まで折れるような重い腹パンを食らったライダーには立ち上がるコトなど到底出来ず、声を上げてもがき苦しむコトしか出来ない。

 慎二は激昂し、更に叫ぶ。

 

「立て、立てよ! クッソ…! これじゃあ、僕の方が弱いみたいじゃないかァッ!!」

 

 すると、慎二の持っていた本から放たれていた光が消え――本は、紫色の炎に捲かれて燃えだした。驚いた慎二は本を取り落としたが、すぐに消火すべく叩き出す。

 

「クソ、消えろ! 消えろ! 消え―――」

 

 しかし、慎二の抵抗も虚しく、本は炭と化してしまった。四つん這いになった慎二は表情を歪め、悲痛な声を絞り出している。

 その傍らで、ライダーが消える。――消滅した、のだろうか?

 

 

「――お前には荷が勝ちすぎたな、慎二」

 

 

 暗闇から声がした。水気が全く無く、しわがれた声――それでいて、背筋が凍るような感覚。

 その声の主を視認したらしい慎二は、目に見えて怯え始めた。

 

「あ、あ…あ――!」

「これで間桐は敗退じゃ。残念至極」

「お…お、お爺様!!」

 

 現れたのは、腰が曲がりきっており、木製の杖を突く一人の老人。

 和服に身を包んでおり、髪の毛は一本も生えていない。見た目、声からしてかなりの老齢のようだ。――慎二に「お爺様」と呼ばれたコトから、恐らくは慎二の祖父にあたる人物。

 

「ま、待って――待ってくれよ! 僕が、僕が間桐の魔術師なんだ…僕がァ!!」

「無能は何処までも無能よな」

 

 慎二は、老人に必死にすがりつく。

 だが、当の老人は慎二をたった一言で切り捨てた。

 

「間桐――マキリの血筋は地に落ちた。

 ()()()()何一つ、期待してはおらぬ」

 

 そう吐き捨てた老人は、その全身が無数の蟲となり、夜の闇へと消えて行く。

 だが、俺にはその異常な光景よりも、得体の知れない老人の言葉の方が気にかかった。

 

「待て、待ってくれ! まさか桜も、こんなコトをやらされているのか!?」

「――ッ!」

 

 這い蹲る慎二から、息を呑む音がした。慎二はゆっくりと起き上がり、言い放った。

 

「何で、アイツの名前が出て来るんだよ…! 僕がいるのに…!

 あんな愚図が、魔術なんて知るもんか!! 間桐の教えは、僕だけのモノだったんだ!!」

 

 そう叫ぶ慎二に、いつもの余裕に満ちた様子は全く無い。俺には、それが悲痛な訴えにも見えた。

 消沈した慎二は、トボトボと夜の闇へと消えて行く。しかし、なおもその瞳には濁った光が宿されていた。

 

「――美綴は…!?」

「外傷は無い、気を失っているだけだろう。

 とは言え、彼女は聖杯戦争の被害者だ。ならば、監督役に頼るのが正道になる」

 

 セイバーがそう言う。…正直、あの神父には会いたくないのだが――美綴の為にも、ここは頼るしかないだろうか。

 

「………戻るコトになるけど」

「了解した。彼女は俺が運ぼう」

 

 生身の俺よりもサーヴァントであるセイバーの方が、体力は多いし揺れずに済むだろう。妥当な判断だ。

 

「――連れて行こう」

 

 そうして、俺とセイバーは元来た道を引き返すコトになるのであった。




年内の更新はこれで最後です。
皆様、良いお年をお迎え下さいますよう。
次回更新は水曜日、元日となる予定。


次回「ディザスター」


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#06 ディザスター

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

第三章公開まで、今日で88日。
年末特番で新PVも公開され、私めは夜な夜な発狂する不審者と化しながら年を越しました(やべーやつ)
すごく楽しみ。とても楽しみ。メチャクチャ楽しみ。


 冬木教会に戻って来て、扉を開ける。

 礼拝堂に有る祭壇の前には、数時間前と変わらず言峰が立っていた。

 

「…どうした、衛宮士郎。数時間足らずで戻って来るとは」

「聖杯戦争に巻き込まれた奴を連れて来た。怪我はしてないけど、気を失ってる。保護してほしい」

「良かろう。貸したまえ」

 

 言峰が歩み寄ってくる。そして、セイバーから美綴の身体を預かった。

 

「奥の部屋に寝かせておき、気が付き次第家に帰そう。――だが、衛宮士郎。本来、教会の敷地内にサーヴァントを入れるのはルール違反だ。今回は不問とするが、以降は罰則を貸す」

「――分かった」

 

 言峰が礼拝堂の奥の扉、その向こうへと消えていく。…礼拝堂には俺達だけになったかと思いきや、長椅子に誰かが座っている。

 金髪の男だ。蛇のような赤い瞳から、舐め回すか如き無遠慮な視線をこちらに向けていた。

 

「――面白い。良くないモノに魅入られているな、贋作者(フェイカー)

「…え?」

 

 そう言うと、金髪の男は俺から視線を外し、セイバーに向ける。セイバーは真顔のままその視線を迎え撃ったが、男は鼻で笑って長椅子から立ち上がった。

 そして、戻って来た言峰と入れ替わる形で、男は礼拝堂から立ち去った。同時に隣のセイバーが霊体化し、視界から消える。

 

「――じゃあ、俺はこれで」

「衛宮士郎。お前は、衛宮切嗣と言う名に聞き覚えは有るかね?」

 

 帰ろうとした俺に、言峰は聞き捨てならないコトを問うて来た。

 

「切嗣は、俺の親父だけど…お前、何で切嗣を知ってる?」

「当然、知っているとも。衛宮切嗣は、前回の聖杯戦争で――()()()()()()()()

「―――え?」

 

 切嗣が、聖杯戦争の勝者になった?

 と言うコトは…!?

 

「切嗣は、マスターだったのか!?」

「そうとも。奴はアインツベルンのマスターとして、前回の聖杯戦争に参加していた。

 衛宮切嗣は、一言で言えば殺し屋だった。魔術師専門の暗殺を生業とする、『魔術師殺し』でね。まさに血も涙も無いと言う奴だ。勝利の為ならばあらゆる手段を是とし、命乞いをする相手でも容赦無く抹殺した。爆殺、射殺、謀殺――実に合理的な方法で、奴は聖杯戦争を勝ち上がった」

 

 脳裏に、切嗣のコトが思い出される。

 大火災の中で俺を助けてくれて、病院に引き取りに来た時「僕は魔法使いなんだ」と言い、それからずっと育ててくれた。だらしなくて頼りなかったけど、暖かかった。よく海外に出かけていたらしいコトも覚えている。

 俺の知る切嗣と、言峰が述べた切嗣は全く異なっていた。だけど、言峰が嘘を言っているとも思えない。

 

「だが―――衛宮切嗣は、聖杯を裏切った。

 最後の一人となり、その手に願望機を得たにも関わらず、それを拒んだ。最後には、己がサーヴァントに聖杯を破壊させた」

 

 切嗣が、聖杯を破壊した。

 四度目の聖杯戦争でも願いは叶えられず、今に至ると言う訳か。

 

「…言峰。親父は何で、聖杯を壊したんだ?」

「―――さてな。敗者に過ぎぬ私には、知る由も無いコトだ」

 

 言峰は踵を回らせ、教会の奥へと引っ込んでいった。一人残された俺も、教会を後にする。

 

『聖杯を破壊した、か』

 

 念話でセイバーが呟いた。姿こそ見えていないが、側にいるのだろう。

 

「…俺の知っている切嗣なら、困ってる人を放っておくハズが無い。きっと何か理由が有る」

 

 足を止める。それを、セイバーは怪訝に思ったらしい。「ん?」と言ったようだ。

 

「遅くなっちまったけど――セイバー。

 俺と一緒に戦ってほしい。これ以上、誰かを不幸にしたくないんだ。…頼りなくて、不甲斐ないマスターだけどな」

 

 すると、俺の前にセイバーが実体化した。

 口元には、笑みが浮かべられている。

 

「契約は既に成されている。俺はお前の剣となり、共に戦う。きっと、それが運命だ」

 

 セイバーが差し出した手を、俺はしっかりと握り返した。俺よりも大きくて、力強く逞しい手だ。

 

「良ければ俺のコト、士郎って呼んでくれ」

「…分かった。こちらこそよろしく頼むぞ、士郎」

 

 

   ◇

 

 

 翌日。

 少々機嫌が悪い状態で学校に行き、階段を昇っていると、遠坂に遭遇した。

 

「あ、遠坂」

「『あ』なんて失礼ね」

 

 なんて良いタイミングで現れるんだ。

 昨日のやり取りで、遠坂が学校で猫を被っているのが分かって軽くショックだったが、今の俺には遠坂が救いの女神であるかのように見えている。

 

「ちょうど良かった、相談に乗ってくれ!」

 

 それから昼休みになって、俺と遠坂は屋上で待ち合わせていた。本題の前に、ひとまず俺は遠坂に昨日起きたコトを報告する。

 

「そう――慎二がマスターで、綾子が巻き込まれて、ライダーが消えた…と」

 

 言峰から切嗣について聞いたコトは、遠坂には関係無いので伏せた。遠坂は頷いて、俺に問いかけてくる。

 

「それで? まさか、これで終わりじゃないでしょ?」

「…慎二には妹がいるんだ。桜、って言うんだけど」

「―――その子が、どうしたの?」

「桜を、巻き込んじまうかも知れない。慎二の奴、まだ諦めてないみたいだった」

 

 これが本題の相談だ。

 桜は今日、頬に痣を付けていた――慎二に殴られたからだろう。「桜は魔術を知らない」と慎二は言っていたが、今後、慎二が桜を聖杯戦争に巻き込まないという保証は無い。

 それに、慎二がお爺様と呼んでいた老人――間桐臓硯の「お前には何一つ期待しておらぬ」という発言も気にかかる。慎二には期待していないと吐き捨てていたが、桜にはどうなのか。

 

「――なら、貴方の所で保護すれば良いと思うけど」

 

 少々考えた後、遠坂はそう提案した。

 しかし、心なしか…その表情には陰りが見られるような――?

 

「桜が、貴方にとって大切な人だ、って言うのならね」

 

 

   ◇

 

 

 夕方。

 帰り道に深山商店街に寄り、様々な生活用品を買い込んで家に戻った。

 

「お帰りなさい、先輩」

「士郎、お帰りー」

 

 居間には、先に帰宅していたらしい桜と藤ねえがいた。「ただいま」と返しつつ、机の上にタオルやら何やらの入った紙袋を大量に置く。

 

「…先輩。これは?」

「ああ――藤ねえ。これからしばらく、桜を家に泊めようと思うんだが」

「え…ええっ!?」

 

 桜は驚いている一方、藤ねえは案外冷静に「どうしてよ?」と聞いてきた。「一つ屋根の下にうら若き男女が二人とはけしからん!」とか言って、暴れ出すかと思っていたのだが。

 

「最近、何かと物騒だろ? 夜に一人で出歩くのは危険だし、俺や藤ねえがいつも送っていけるとは限らないし」

「あの…良いんですか?」

 

 紙袋を覗き込みながら、桜は上目遣いでそう聞いてくる。…泊まらせないと、桜が危ない。多少、無理にでも押し切らないと。

 

「良い、って言うか何と言うか…そうしてくれると助かる。桜を危険な目には合わせられないからな」

「うむ! 桜ちゃんのお家には、私が責任を持って連絡するから安心して!」

 

 藤ねえも賛成してくれる。非常に頼もしい。

 

「…じゃあ、お言葉に甘えます」

 

 それを受けて、桜も了承してくれた。ひとまず一安心と言うべきか。

 

「部屋は――離れの洋室を使ってくれ」

「はい、ありがとうございます」

 

 桜は紙袋を一気に持ち上げ、離れに向かう。俺も手伝おうと、桜の後ろを追ったが。

 

 

 突如として、桜が倒れた。

 

 

「桜!」

 

 倒れ込んだ桜を抱き上げる。身体が熱く、汗をかいていて、顔も赤みがかっている。風邪にでもかかったのかも知れない。

 

「どうしたのー? って、桜ちゃん!?」

「とにかく部屋に運ぼう。ベッドに寝かせるから、藤ねえは桜を着替えさせてくれ。汗をかいてる」

「う、うん!」

 

 桜の着替えを取りに行った藤ねえを尻目に、桜を横抱きにして部屋に運ぶ。その間、この一年ほどで女の子らしくなった桜の身体には、意識を向けないようにして。

 

 

   ◇

 

 

 深夜。桜が目を覚ました。

 付き添いをしていた俺を見て、桜は微笑んでくれる。買ってきた毛布が役立って良かった。

 

「先輩…」

「早速役に立ったな。それじゃあ――」

 

 席を立とうとした俺の袖を、桜がちょんと掴んで来た。俺は笑って、椅子に座り直す。

 

「もうちょいここにいる。後三十分は監視してるから、大人しくしてろ」

「――先輩。先輩はどうして、私を守ってくれるんですか? 私が、心配だからですか?」

 

 俺は桜の手を握り返し、答える。

 

「…ああ、桜が心配だ。だから、ここにいてくれると助かる」

「………あの――よろしくお願いします、先輩」

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 柳洞寺。

 冬木市深山町に有る円蔵山の頂上に建てられた由緒正しき寺であり、二、三十人の僧侶が住み込みで修行をしている場所である。

 また、魔術的にはこの冬木における、最大の霊脈地でもあった。円蔵山の地下に在る大空洞には、大聖杯が置かれているほどだ。

 

「…オルガ、どう?」

「ああ、防衛網の構築は大体済んだ」

 

 そして、此処には現在、二騎のサーヴァントが陣取って結界を築き上げている。この二人は正門の前に立っていた。

 

 キャスター、オルガ・イツカ。

 アサシン、三日月・オーガス。

 

 彼らはこの柳洞寺を拠り所として、これまで聖杯戦争を傍観して来た。

 

「俺の宝具で鉄華団の奴らを召喚して、見張りに付けさせた。結界も完璧に作動してる」

 

 現在こそ柳洞寺に拠点を置いているオルガだが、最初に彼を召喚したのは時計塔の魔術師、アトラム・ガリアスタだった。

 だが、アトラムは狙った英霊が召喚されず、オルガが知名度補正ゼロで大火力の攻撃宝具を持っていないと知った途端、マスター権を放棄して時計塔への帰還の途に付いてしまったのである。

 

 マスターがいないはぐれサーヴァントとなったオルガは、路頭に迷った。

 サーヴァントは聖杯が喚び寄せるモノだが、マスターからの魔力供給が無ければ現界を続けられない。しばらく彷徨った後、オルガは遂に道端で倒れ込んだ。

 そして、まさに消滅しようとしていた時。

 

『行き倒れか?』

 

 オルガは、穂群原学園の教師である葛木宗一郎に発見され、柳洞寺に連れ込まれたコトで一命を取り留めた。

 柳洞寺は冬木一の霊脈であり、円蔵山の地下大空洞には大聖杯が在る。それにより、オルガは消滅の危機をひとまず回避出来たのだった。

 

 命の恩人である葛木への義理を立てるコトを心に決めつつ、オルガは柳洞寺を拠点として、防衛結界の構築に乗り出した。

 鉄華団のメンバーを召喚出来る宝具を応用して、三日月・オーガスをアサシンのサーヴァントとして召喚。更に防衛網を構築し、柳洞寺を完璧な拠点として確立したのである。

 

「マスターになる、とまで言ってくれた先生の為にも、勝とうじゃねぇか」

「うん。勿論だ、オルガ。いつも通り、邪魔する奴は全部潰す」

 

 二人は拳を合わせる。しかし、その時。

 

 

阿々々々々(カカカカカ)

 

 

 悪辣な老人の笑い声が、響き渡った。

 オルガと三日月は周囲を見回すが、声の主は見つからない。配置してある防衛隊からも、何の連絡も無い。

 

『意気だけは良いが、青いのう若造共』

「警戒班、状況は!?」

 

 オルガは通信機を耳に当てて叫ぶが、警戒にあたっていた団員達からは「異常無し」の報告しか得られない。しかし、三日月は何かに気付いて境内へ向かって走り出した。

 

「オルガ、中からだ!」

「何だと…!?」

 

 三日月を追って、オルガも境内に入る。

 すると、そこでは―――

 

「…先、生――!?」

 

 

 葛木宗一郎が、血溜まりの中に倒れていた。

 

 

「いやはや、脆いのう。魔術師ですらない男がマスターとは、笑わせてくれるモノよ」

「お前…!」

 

 三日月は葛木の傍らに立つ老人、間桐臓硯に飛びかかるべく、体勢を低くする。だが、臓硯は全く動じず、言葉を紡ぐ。

 

「焦るな若造。この男はまだ、生きておる」

「…ッ!」

 

 その言葉で、三日月は動けなくなった。

 臓硯はほくそ笑み、続ける。

 

「こやつの体内には、儂の操る蟲が埋め込まれておる。それにより、辛くも命を繋いでおる状態じゃ。

 当然、蟲の使い手である儂が死ねば、こやつを延命させておる蟲も死ぬ。儂を殺すコトは、こやつを殺すコトと同義だと心得よ」

 

 歯を見せて笑いながら、臓硯はそう宣う。

 サーヴァントであるオルガと三日月にとっては、臓硯を殺すコトはさして難しくない。如何に臓硯が五百年の時を生きる怪物であるとは言え、近頃は衰えたコトも有り、サーヴァントの戦闘力には及ぶべくも無い。臓硯が実際に死ぬか、というのはさておき。

 

 ――しかし、二人には臓硯を殺せない。

 

 恩を忘れず、筋を通すコトを重視する二人の性格まで見抜いた上で――臓硯は葛木宗一郎という男を敢えて殺さず、人質に取ったのだ。

 

「これは取引よ。お前達の行動如何では、こやつを解放してやらんコトもない」

「――何が、望みだ?」

「簡単なコトだ」

 

 続けて、臓硯はその条件を提示する。

 

 

「儂のサーヴァントとなれ。

 儂の手足として戦い、儂に聖杯を齎したならば――その時こそ、この男を解放してやろう」

 

 

 思わず、オルガは唇を噛んだ。

 だが、臓硯は逡巡の時間を与えるほど優しくはない。

 

「さあ――決断せい、青二才。

 くれぐれも、儂の気が変わらぬ内にな」

 

 命の恩人を見捨てるコトなど出来ない。それでは筋が通らないし、そもそも恩を仇で返すような暴虐など出来るハズがない。命の恩人を救うには、どうするべきか。

 

「…オルガ、どうする?」

「ミカ、お前は――」

「俺はオルガの決定に従う」

 

 三日月が、オルガに視線を向ける。決断を迫られたオルガだが、答えなどとうに決まっている。いや、とっくに決められている。臓硯によって。

 

 オルガが選ぶべき選択肢など、実際には一つしか用意されていないのだ―――

 

 

   ―interlude out―




どんなに悪いコトしても全く違和感の欠片も生まれない臓硯マジ愉悦部最高顧問。許すまじ。
さあ、皆様ご一緒に――

「くたばれクソジジイ!!!」




次回「花の唄」


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#07 花の唄

タイトルは勿論、劇場版第一章の主題歌から。
好き。とても好き。メチャクチャ好き。
やはり梶浦さん×Aimerさんは最強。


 柳洞寺で、意識不明者が多数確認された。

 そう聞きつけた俺は、柳洞寺に住む友人、柳洞一成の見舞いの為、病院を訪れていた。

 

「――遠坂?」

 

 見舞いを終え、一成がいた病室を出ると、廊下には遠坂がいた。遠坂はくいっと顎を動かし、無言で歩き出す。付いて来い、というコトだろう。

 遠坂と共に病院の屋上に出て、設置されたベンチに腰掛ける。晴れているコトも有り、屋上のほぼ全面にシーツが干されている。

 

「昨夜、柳洞寺に行ったの。

 結論から言うと、柳洞寺を拠点としていたのはキャスターだったわ」

「…だった?」

「ええ。私が行った時、キャスターはいなくなってた。キャスター自身は消えてないみたいだけど、結界は綺麗サッパリ。境内には、魔力を奪われて昏睡した人達だけが残されてたわ」

 

 せっかく張った結界を、片付けた?

 キャスター自身は消えていないのに?

 

「そ。おかしな話だけど、事実キャスターはそうしてる。何でかは分からないけどね。

 それと――葛木先生だけは、行方を眩ませているみたい。庭に血溜まりが出来てて、その血からは葛木先生のDNAが検出されたらしいんだけど…死体は見つかってない。

 私もその血溜まりを見たけど、間違い無く致死量の出血だったわ。見つからないのは不自然よ」

「…キャスターが、何かしたのか?」

「それは分からないわ。キャスターの英霊が、自分を現世に留まらせるだけの人形としてマスターを操るコトは有るかも知れないけど、それなら怪我をさせる必要は無い。殺したんだとしても、死体は隠したのに血がそのまま、なんて有り得ない。

 葛木先生がキャスターのマスターだったか、もしくは何かを見てしまって消されたのか。現場を見ても、謎は解明出来なかった」

 

 何かが起き、キャスターが柳洞寺から手を引いたコトは間違い無い。葛木先生がそれにどう関わってるかは不明だが。

 

「衛宮くん。一つ提案なんだけど」

「?」

 

 遠坂が立ち上がり、座ったままの俺の前に立つ。

 

「私と共闘しない?」

「共闘…?」

「ええ。今朝、新都で昏睡事件が起きたのは知ってるわよね?」

 

 それは知っている。

 ニュースでは「ガス漏れによる昏睡事件」と報道されていたが――

 

「…一成達と同じで、魔力を吸われて昏睡したって言うのか?」

「ええ。昨日までも昏睡事件は起きてたけど、私はそれがキャスターの仕業だと思ってたの。柳洞寺が有る円蔵山は冬木一の霊脈で、冬木のどことでも繋がってる。それを使って、魔力を吸い上げてたんじゃないかって」

 

 だが、キャスターは昨夜、柳洞寺から引き上げた。にも関わらず、今朝も昏睡事件は発生している。

 

「昏睡事件は、キャスターの仕業じゃなかったってコトか?」

 

 俺の言葉に遠坂は頷きつつ、もう一つの可能性を述べる。

 

「もしくは、昨夜までの昏睡事件はキャスターが起こしてたけど、今朝の昏睡事件はそうじゃないか。何にせよ、キャスター以外の誰かが、街の人から魔力を吸い上げてるコトは間違い無いわ。冬木の管理者(セカンドオーナー)として、これ以上街の人に被害を出す訳には行かない。それに、前回とは様子が違って来ているみたいだしね。

 とにかく、今この街で何が起きているのか。一体誰がやっているのか――それが分かるまで、無駄な戦いは避けたいのよ。衛宮くんはそんなコトやってないでしょうし、セイバーもそういうタイプじゃなさそうだし。裏切ったりもしないだろうから、パートナーとしても信用出来そうだもの」

「…休戦協定、兼可能な限りの協力か」

 

 こちらとしても、遠坂の申し出は有り難い。

 セイバーはともかく、俺は三流以下の魔術師だ。遠坂とマトモに戦ったら勝ち目は無い。

 

(セイバーはどう思う?)

(休戦条件的にも彼女の性格的にも、協定終了即不意打ちでサヨウナラにはならないだろう。デメリットよりメリットの方が大きい、どころかデメリットはほぼ無しと言える。こちらに取ってもあちらに取っても、な。

 俺としては受けない選択は無いと思うが、最終決定は士郎に任せる)

 

 念話でセイバーに確認するが、セイバーも共闘に賛成している。最終決定権は俺に渡してくれているが、俺としても受けない理由は無いと思う。

 敵が減るだけでなく、二騎のサーヴァントが共闘出来るなら単純に有利になる。前に出るセイバーと、後方支援のアーチャー。戦闘スタイル的にも、共闘に向いているだろうし。

 

「分かった。共闘しよう、遠坂」

 

 右手を差し出すと、遠坂も握り返してくる。

 

「それじゃ、よろしくね士郎。

 早速だけど――今夜、出られる?」

 

 

   ◇

 

 

 病院から帰ると、桜が回復していた。

 

 とは言え、まだ夕方。それも冬だ。

 夕飯を作るにはまだ早い時間だったので、土蔵でガラクタを弄っていると――来訪者を知らせるチャイムが鳴った気がした。桜が出ているんだろうなと推測しつつ、一応家長として出るべきだと思って、玄関に足を運ぶと。

 

 パシン、と。

 何かを叩くような音がした。

 

「…!?」

 

 玄関に急ぎ足で出ると、そこには慎二と――頬をぶたれ、倒れ込んだ桜がいた。桜の頬は赤く腫れている。

 

「―――慎二、お前…ッ!」

 

 目の前が真っ赤に染まった。

 ズカズカと、慎二に向かって歩き出す。

 

「何だよ衛宮。僕は桜の兄貴だ。帰って来ない妹を迎えに来て、何が悪いのさ」

 

 慎二の言葉など知ったコトじゃない。その胸ぐらを掴み、ドアに慎二を叩き付ける。

 

「ぐ…!」

「妹を殴る兄貴がいるか!!」

 

 それから口を慎二の耳元に寄せ、桜に聞こえないようにして言う。

 

「美綴を巻き込んだお前に、桜は任せられない」

「…ああ、そう言うコトね。

 昨日の今日で手を出しちまって――まだヤり足りないから手放したくないのか」

「ッ、慎二!!!」

 

 慎二の頭突きが、俺の額に直撃する。

 俺は思わず後ずさり、痛む額に右手を当てるが――今回ばかりは、慎二が許せない。

 

「――慎二…!」

「へえ。良いねその顔。

 やろうぜ、この前の続きだ!」

 

 上等だ。やってや――

 

「兄さんやめて!!」

 

 ――俺の怒りは、桜の悲痛な懇願によって一瞬収まった。桜の方を見ると、桜は俯きながら泣きそうな声で言う。

 

「何でも言うコトを聞きます…だから、先輩の前ではやめて下さい…!」

「…桜」

 

 慎二の方も、桜の言葉でやる気を失ったらしい。舌打ちの後、桜に言い放つ。

 

「――桜。その言葉、絶対に忘れるなよ」

 

 そして、慎二は衛宮邸を後にした。

 慎二が去り、ドアが閉められた後、桜は俺に言う。

 

「…先輩、ごめんなさい」

「――桜が、謝るコトじゃない」

 

 これで一層、桜を家に帰せなくなってしまった。俺は拳を握りしめ、残った怒りを噛み潰した――

 

 

   ◇

 

 

 夜。

 遠坂が指定した時刻までにはまだ時間が有るので、土蔵で壊れていたストーブの修理をしていると。

 

「先輩。いますか?」

 

 閉じられた扉の向こう側から、桜の声が聞こえて来た。俺は立ち上がり、扉を開けると――

 

「…桜、その格好は――」

 

 桜は、白いワンピースに身を包んで、扉の前に立っていた。

 純白のワンピースは、桜の綺麗な身体のラインが見えている。白いサンダルも相まって、清楚なイメージを与えてくれた。…勿論、白いワンピースとサンダルでなくても、桜は清楚で綺麗なのだが。

 

「あの――少し、お話よろしいですか?」

「――ああ、うん。じゃあ、どうぞ」

「はい、失礼します」

 

 外は冬の風が吹き付けるので、かなり冷えて寒い。俺は桜を土蔵へ招き入れつつ、直したストーブに火を入れる。

 

「さっきは、兄さんがすみませんでした」

「――だから、桜の気にするコトじゃないって」

 

 謝る桜に対し、そう言う。実際、掴み合いになったのは俺と慎二の問題だし、それ以前に桜には何の非も無いのだから。

 そして、俺と桜はストーブの前に隣り合って座った。

 

「…暖かい。これ、直ったんですね」

「ああ。随分、時間かかっちまったけどな」

 

 それなりに古い物でも有るので、このストーブは直ったり壊れたりを繰り返している。今回は一度分解(バラ)して組み立て直したので、いつもより更に時間がかかった。

 

「――先輩。覚えてますか?」

 

 桜の突然の問い。何を、と返すと。

 

「ずっと昔の話です。私がまだ、先輩を知らなかった頃の話」

 

 それから桜は、ストーブの火を眺めながら、ポツポツと話し始めた。ゆっくりと、ビデオテープを回すかのように、思い出しながら。

 

「真っ赤な夕焼けだったんです。教室も廊下もみんな真っ赤で――綺麗だけど、寂しかった。

 そんな中、校庭で一人、走り高跳びをしている人がいたんです」

 

 うっすらと笑みを浮かべて、桜は続ける。どうやら、大切な記憶であるらしかった。

 

「その頃、私は良くない子でした。跳び続けるその人を見て、失敗しちゃえ――って、ずっと思ってました。でも」

 

 そいつは、跳ぶのを諦めなかった。

 何度失敗しても、挑戦し続けていた――と、桜は回想する。

 

「結局、何回やってもその人は跳べなくて。最後には『自分じゃ跳べない』って納得して、片付けをして帰っちゃいました」

「あー…桜? それって――」

 

 思い出した。それってもしかして…。

 

「はい。今、私の隣にいる上級生さんでした。その頃から、先輩のコトは知ってたんですよ」

 

 流し目で桜が見てくるので、何だかいたたまれなくなって、とりあえず頬を掻いてみる。確かに、そうやって色んなコトをとりあえずやってた時期は有ったけど――

 

「そ、そうか…それは、初耳」

 

 ――まさか、桜に見られてたとは。

 桜は嬉しそうに笑っているが、こっちとしてはかなり恥ずかしい。

 

「…あの。聞きにくいコトを、聞いてしまって良いですか?」

「? 桜なら、別に構わないぞ」

「ありがとうございます。

 ――前に聞いたコトが有るんですけど。先輩はここに引き取られた、養子だって…」

 

 …別に、隠してるコトじゃなかった。

 あんまり言うコトが無いから、知ってる人は少ないが。

 

「ああ」

「…何か、辛いコトとか有りましたか?」

 

 何故、桜はそんなコトを聞くんだろうか。

 疑問に思ったが、桜は真剣だ。

 

「そりゃ、最初は。でも、俺の場合、周りの人達がみんな頼りなかったからなぁ」

 

 切嗣は放っておくと三食ファストフードになるくらい家事はまるっきりで、藤ねえは最早言わずもがなである。

 

「家事もやって、そうこうしてる内に今になった感じかな。――でも、俺が正義の味方になりたいのは、切嗣に憧れたからなんだ」

 

 私生活はだらしなかったけど、切嗣は優しかった。俺が正義の味方を目指しているのも、切嗣がそういう人だったからである。

 

「――きっと、周りの人達が優しかったんですね」

「…桜?」

 

 桜は膝を抱えて、俯いてしまった。

 それとほぼ同時に、ストーブの火が弱まり、フッと消えた。

 

「あれ、おかしいな…?」

 

 スイッチを動かすが、カチッと火花の散る音が立つだけで、火が付かない。しばらくスイッチを弄っていたが、暗闇の中で桜が呟いた。

 

「――先輩。もう一つ、聞いて良いですか?」

「…ああ」

 

 桜は一拍置いて、意を決したように――でも、震えるような声でこう言った。

 

 

「もし――私が悪い人になったら、許せませんか?」

 

 

 さっきと同じく、何故そう聞くかは分からない。けど、答えは決まっている。

 俺が正義の味方を目指していて、桜が悪い人になるのなら――

 

「ああ。桜が悪いコトをしたら怒る。誰よりも叱る」

「――良かった…」

 

 桜が俺に、視線を向けた。

 

 

「先輩になら、良いです」

 

 

 そうして浮かべた笑みは、暗闇の中でもはっきりと見える。それはすごく、綺麗で――

 

「もう寝ますね。おやすみなさい、先輩」

 

 桜が立ち上がり、礼をして土蔵を出て行く。

 綺麗で――儚い笑顔に見とれていた俺は、出て行く桜を見ているコトしか出来なかった。




内容的にはほぼ原作通りでしたね(オイ)
今後の為に必要な描写なので許して下さい。

※アサシンが代わってないので、ランサーVSアサシン戦はカットです。




次回「ウォーバランス・ランダマイザー」


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#08 ウォーバランス・ランダマイザー

今回は久々に戦闘回です。
史上最長タイトルですが、これはゲーム版のなので仕方無いのであります。


 深夜。

 空には暗雲がかかり、街には大粒の雨が降りしきっている。

 

 衛宮士郎は冬木大橋を渡り、新都の中央公園を訪れていた。十年前、大災害で焦土となった場所に有る中央公園はとにかく広い。明らかに無駄なスペースである気はするが、誰も此処に何か建てようなどと言ったりはしていない。

 そんな広い公園の中にいても、街の方からは救急車やパトカーのサイレンが聞こえて来る。また、昏睡した人が出たのである。

 

「遠坂」

「歩きながら話をして。

 私達、見られているからそのつもりでね」

 

 士郎が中央公園に来たのは、遠坂凛に言われてのコトだ。合流して、士郎は凛の言葉を受けて周りを何となく見回しながら、二人は中央公園の広場へと出た。

 

「――アレは貴方の仕業で良いのかしら?

 間桐の御老公」

阿々々々々(カカカカカ)

 

 凛が呼びかけると、公園にしわがれた老人の笑い声が響き渡った。それと同時に、公園内に散らばっていた蟲が集結し、人の形を成していく。

 やがて、蟲は老人の姿を現した。

 

「流石は遠坂の娘――優秀優秀」

 

 間桐臓硯。

 間桐慎二と間桐桜の祖父にして、「始まりの御三家」と言われる三人の魔術師、その一人。

 

「臓硯…間桐は敗退したんじゃないのか!?」

阿々々(カカカ)。儂自身が負けた、とは一言も言っていなかったぞ?」

 

 臓硯の嘲笑と共に、その背後の森から閃光が走り――

 

「フッ!」

 

 実体化したセイバー…アグニカ・カイエルの剣によって、その閃光が打ち落とされた。何かが飛んできたようだ。

 アグニカに打ち落とされた物は地面に突き刺さり、轟音と爆煙を撒き散らす。

 

「アーチャー…!」

 

 凛の声で、アーチャー…ラスタル・エリオンも実体化する。アグニカとラスタルは士郎と凛の前に並び立ち、飛んできた物を確認する。

 

「この弾頭、まさか――」

「…はい。間違い無く、ダインスレイヴです」

 

 ラスタルが、そう断言した。

 地面には、爪楊枝のような形状をした鉄か何かで出来た弾頭が突き刺さっており、クレーターを作っていた。

 

「アーチャー、狙撃手を狙えるか?」

「無論」

 

 ラスタルは狙撃部隊を召喚し、光が発された場所に向けてダインスレイヴを放つ。先ほど撃たれた弾頭と同じ物だが、二十は下らない量が森へと突き進む。

 

「オルガ!」

「おう!」

 

 茂みから、一人の男――いや、サーヴァントが飛び出して来た。

 すると、森の奥を狙って放たれた弾頭は空中で下がり、男に向かって一直線へ突き進み――その全てが直撃し、爆発が発生した。

 

「うおあああああ!!」

 

 男の断末魔が響く。

 先程、一撃で地面にクレーターを作った攻撃が二十以上も突き刺されば、どれだけ守りを固めていても無事で済むハズが無い。

 

「やった!」

 

 凛がガッツポーズするが、アグニカとラスタルは警戒を続けている。

 大雨が降っているコトも有ってか、煙がたちまち晴れて行くが――

 

「…ったく、出番が早ぇよ」

 

 男は無傷で、そこに立っていた。

 

「そんな、効いてない!?」

「いや―――とにかく斬り込んでみるか」

 

 アグニカが体勢を低くし、全力で地面を蹴った。一瞬で凄まじい速度に加速して、アグニカは黄金の剣を振りかぶり。

 

「なっ!?」

 

 通り過ぎざまに、男を袈裟斬りにした。

 前髪が特徴的な銀髪の男は、派手に血を吹いてその場に倒れ込む。

 

「よっしゃ、今度こそ致命傷よ!」

「ああ…そう、だよな」

 

 流石に、アレでは生きていない。

 左肩から心臓、右腰まで完全に斬り裂かれている。完璧な致命傷だし、絶対に死ねる量の出血だ。

 

「いや――」

 

 しかし、アグニカは剣を男に向ける。

 雨で濡れていながらも、アグニカは冷や汗をかいていた。

 

 男が起き上がった。

 白い角張った装甲を身に纏い、パルチザンと呼ばれる槍を構え、アグニカに振り下ろす。

 

「――生きている…!」

 

 アグニカはそれを受けずにかわし、士郎達がいる方へと五歩ほど後退する。

 

 キャスター。真名をオルガ・イツカ。

 彼が持つ宝具は、かつての仲間を召喚する「鉄華団」の他に、もう一つ有った。

 

 

 希望の華(止まるんじゃねぇぞ)

 

 

 攻撃を受けて死亡した際、自らを蘇生する概念的宝具である。蘇生回数は無制限。

 また、代わりに銃弾や矢など、飛び道具を引き寄せる性質をオルガに与える。攻撃を吸い寄せるコトで、味方の盾ともなり得るのだ。

 

「何回生き返るか知らないが――」

 

 アグニカはオルガの攻撃を剣で受け、剣を振り抜くコトでパルチザンを彼方の方向へと誘導すると共に、手首を返してオルガの首を斬り飛ばす。

 

「――死ぬまで殺すだけだ」

 

 オルガが倒れ込む。その時、アグニカの正面の森から、もう一騎のサーヴァントが飛び出して来る。

 

「これ以上はやらせない」

 

 身の丈を遥かに凌ぐほどのメイスを振りかぶったそのサーヴァントは、アグニカにそれを振り下ろす。アグニカは流れるような剣捌きで向かって来たメイスを逸らし、懐に踏み込もうとしたが、股下から飛んで来たテイルブレードを弾き返して後方へジャンプし、距離を取る。

 それと同時に、ラスタルが放ったダインスレイヴがオルガに直撃し、爆発にもう一騎――アサシン、三日月・オーガスも飲み込まれた。

 

「――オルガ、大丈夫?」

「攻撃が早えなアイツら…」

「良いじゃん、死なないんだから」

「死んで生き返ってるだけだぞミカ…痛みは有るんだから、あんまり酷使しないでくれよ」

 

 煙が晴れると、そこにはやはり無傷のオルガと三日月がいる。思わず、アグニカは小さく舌打ちした。

 

「何だアレ、ちょっと面倒臭いぞ」

「何かと言われると、かつてのギャラルホルンの逆賊だとしか…。特にガンダム・フレームの方は、火星に埋まっていたモビルアーマーをほぼ単騎で破壊しています」

「ほう――何? MAだと?」

 

 聞き返したアグニカに、ラスタルは頷く。

 アグニカはそれから数秒、何かしらの考えを巡らせたようだったが――すぐに、相対する敵に向き直った。

 

「――成る程…あのテイルブレードは戦利品、って訳か。バルバトスが装備しているのは妙だと思ったが、そういうコトだとはな」

 

 面白い、と言わんばかりに笑うアグニカ。その笑みを見て、ラスタルは恐れを抱いた。

 

(強敵を前にし、笑うとは…厄祭戦では、これが普通だと言うのか?)

「もう一人の方は?」

「反抗組織のリーダーだった男です。――何故死なないのかは分かりませんが」

 

 死後の伝説か何かが宝具として昇華されたタイプだな、とアグニカは推測を立てる。その上で、これからの立ち回りを考えるコトとした。

 

「さてと、どうするか…」

 

 まずはあの二騎のサーヴァントを何とかせねばならないが、森に潜む狙撃手と臓硯にも気を配らねばならない。

 

「オルガ・イツカ――キャスターの方は、何度殺せば死ぬかが分かりません。まずは三日月・オーガス――アサシンから攻略すべきかと愚考しますが」

「賛成だ。…だが、射撃がキャスターに吸われる以上、お前の攻撃はアテにならないコトになるのか?」

「そのようです」

 

 オルガとラスタルの相性は悪い。攻撃が無効化されるにも等しい分、最悪とすら言える。…とは言え、何度でも蘇る奴と相性が良い奴の方が少ないだろうが。それこそ、不死殺しの特性を持つ宝具でも使わなければ、オルガを消滅させるコトは出来ないのだから。

 しかし、それはオルガについての話だ。三日月の方は、一度殺せば消滅させられる。

 

「――お前とキャスターの間に、アサシンを誘導すれば良いな。よし、そうしよう」

「成る程…それならば、攻撃は届く」

「じゃあそういうコトで。撃つタイミングは任せる。射線に俺がいたとしても、好機ならば躊躇い無く撃て。気を配る必要は無い」

「…御意」

 

 アグニカは背中にスラスターウィングを展開し、オルガと三日月に向かって突撃をかける。三日月がアグニカにメイスを突き出し、アグニカはこれを剣で叩いて飛び上がり、回避。空中で回転して三日月に剣を届かせようとするも、またもやテイルブレードが襲いかかる。

 

「おっと!」

 

 右手の剣でテイルブレードを弾き返し、左手に剣を実体化させ、回転と共に三日月の肩に打ち込む。三日月が横に飛んだコトで腕を切断するコトが出来ず、剣は円形の肩部装甲を滑るのみに留まる。

 すかさずテイルブレードとメイスで空中のアグニカに攻撃をかける三日月だったが、アグニカはメイスの側面を蹴って飛び跳ねる。

 

「放てッ!」

 

 その時、ラスタルの命令でダインスレイヴがオルガに直撃し、煙が舞い上がってオルガ、三日月、アグニカを覆い尽くす。

 

「ナイスアシストだ、エリオン!」

 

 煙の中、アグニカは左手の剣で三日月の右手を打ってメイスを取りこぼさせ、右手の剣で三日月の頭部に剣を打ち込む。角が折れ、三日月が怯むと同時に、三日月の横腹を思い切り蹴りつけて、オルガの方へと吹き飛ばす。

 

「やれ!」

 

 再びダインスレイヴが降り注ぎ、オルガへと向かう。しかし、オルガとラスタルの間には、三日月が滑り込まさせられていた。

 

「ぐ…ああッ!」

「ミカァッ!」

 

 着弾、その後即座に爆発。

 きしくも三日月の死因とすら言えるダインスレイヴを受けたコトで、三日月はかなりのダメージを負ってしまった。

 この隙に、アグニカは後退する。

 

「三日月! 団長! クソ、やらせねぇッ!」

 

 すると、森の中に潜んでいた狙撃手――ガンダム・フラウロスが現れた。

 

「ほう、狙撃手はフラウロスだったか。…何だあのド派手な色は」

「このシノ様の、流星号をナメんなァ!」

 

 フラウロスは背中に付いた二本のダインスレイヴを、アグニカに向けて放つ。

 

「よっと」

 

 だが、アグニカは飛来する二本の弾頭の内、一本の側面を叩いて軌道変更させる。すると、軌道を変えられた弾頭がもう一本の弾頭に当たり、それぞれメチャクチャに回転しながら、あらぬ方向へと逸れて行った。

 

「何だァ!?」

 

 フラウロスが目を剥き、アグニカが迫る。

 その絶技の前では、ただ真っ直ぐ飛ぶだけのダインスレイヴなどあまりにも無力である。

 

「俺達は大丈夫だ、戻れシノ!」

「でもよ―――」

 

 その時。

 

 

 

 世界が、暗黒に包まれた。

 

 

 

「…まさか、有り得ん――!」

 

 戦闘を見守っていた臓硯が、目に見えて狼狽える。士郎達も、臓硯の視線の先を見る。

 そこには―――

 

 

 在ってはならない、ナニカが在った。

 

 

 黒い影。

 細くのっぺりとした影が幾重にも折り重なったかのような、異様極まりない存在。

 

 街灯の光に照らされながら、一切の影が出来ない――いや、それ自体が影なのだから、光が生まれないと言うべきか。絵画の上から全く別の紙を貼り付けたかのように、あまりにも世界にマッチしていない。完全に別のモノとしか表現出来ない、ナニカだ。

 

「遠坂、アレは――何だ…!?」

 

 士郎が問いかけるが、凛にすら分からない。だが、サーヴァント達は一つの確信を抱いていた。――抱かされていた、とも言えるか。

 

 

 勝てない。どうにも出来ない。

 サーヴァントである限り、絶対にアレには勝てない――!

 

 

「何だか知らねえが!」

「ッ、ダメだシノ!」

 

 勇敢にも――いや、無謀にもフラウロスが黒い影に近付く。すると、黒い影は触手をフラウロスに巻き付け、巻き取り。

 

 フラウロスを、飲み込んだ。

 

「うぎゃあああああああああああ―――」

 

 断末魔が途絶える。フラウロスは黒い影に吸い込まれ、分解され、完全に消滅したのだ。

 

「…虚数、空間――?」

 

 消えそうな声で、凛はそう呟いた。

 一方、臓硯は狼狽するばかりである。

 

「有り得ん――ッ!?」

 

 そんな臓硯の首が、黄金の剣によって断ち切られる。注目が黒い影に集まった隙をつき、アグニカがやったのだ。

 しかし、臓硯の首と胴体は蟲へと戻り、あちこちへと四散していく。

 

『有り得ん…有り得んわ…!』

「チッ」

 

 アグニカは舌打ちしつつ、影に意識を向け直す。すると、影はその下から、黒いモノをズッと伸ばし――

 

「遠坂!」

「えっ…?」

 

 凛に、黒いモノが向かう。そして、黒いモノが凛に触れる直前、士郎が凛を突き飛ばし――

 

 黒いモノを、踏みつけた。

 

「が、ッ―――!?」

 

 

 死ね。

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

 

 

「―――、―――!」

「士郎!」

 

 士郎が倒れ込む。

 オルガと三日月は即座に撤退し、アグニカと凛、ラスタルは倒れた士郎に駆け寄る。

 

 ふと、アグニカが視線を戻すと。

 黒い影は消え去っており、何事も無かったかのように、世界には雨音だけが響いていた。

 

 

   ◇

 

 

 結局、士郎は何とも無かった。

 本体に触れた訳でもないので、(おこり)を移された程度で済んだようだ。…それでも、士郎はかなり衰弱、疲弊していたが。

 

「――衛宮くん、大丈夫?」

「…あ、ああ――」

 

 しかし、これではっきりしたコトが有る。

 ラスタルに続き、アグニカが確信したコトを述べた。

 

「今、街で人々から魔力を吸い上げているのは――」

「――ああ。間違い無く、あの『影』だな」

 

 あの影が一体何なのかは、分からないが。

 臓硯がかなり狼狽えていたコトから、恐らくはあの臓硯すら想定していなかった何かが、この聖杯戦争で起きている。

 

 間桐臓硯と、黒い影。

 士郎と凛の陣営は、この二つを追わねばならないらしい―――




オルガの宝具チート過ぎて草バエル。
基本的にはマスターが死ぬか、魔力が尽きるかしない限り何度でも蘇生出来るという、何だかんだ最後まで生き残って聖杯を手に入れられそうなサーヴァントです。
性格も問題無し。やだ、強すぎない…?




次回「衝撃のマーボー」


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#09 衝撃のマーボー

タイトルがフザケてますが(なお原作通り)、それ以外は真面目な回。
最初はとある英雄の話から。


   ―interlude―

 

 

 英雄は戦った。

 人類が滅亡の縁に立たされた時代で、圧倒的な力を持つ、殺戮の天使と戦った。たった二本の、黄金の剣を以て。

 

 そして、英雄は天使を討ち倒した。

 多大な犠牲を払いながらも、英雄は人類を、世界を救ったのである。

 

 英雄は巨大な世界的組織を作り上げ、その力の象徴として君臨した。英雄が駆った悪魔は祭り上げられ、祭壇に御神体が如く祀られた。

 

 

 しかし、ある日―――英雄は、裏切られた。

 

 

 裏切ったのはかねてよりの仲間。

 英雄が最も信頼を置いていた七人に裏切られて、英雄は非業の死を遂げるコトになった。

 

「――すまない」

「これからの世界に、お前のような絶対的個人は必要無いんだ」

 

 それが、英雄が最期に耳にした言葉だった。

 

 ――分かっていた。

 実際の所、英雄は七人の不穏な動きを察していたし、そういう選択を取るんだろうと言うコトは何となく分かっていた。

 その上で黙認していたハズだった。

 もう、何も失いたくなかったから――英雄には、仲間を信じるしかなかったのだ。

 

 厄祭の戦争が終わってから、世界は武力を放棄した。英雄が打ち立てた組織だけが公に認められた、最大にして唯一の武力組織となった。

 天使を滅するだけの個人の強さではなく、組織としての強さが重視される世界になった。その組織が強くあるからこそ、世界は安定して平穏を享受出来るようになったのだ。

 

 その組織のリーダーが、個人の力によりのし上がった英雄であるコトは、新たな火種にもなりかねない。

 群集の力を重視する組織が個人の力により運営されているなど、矛盾極まりない。実際、英雄となった男自身も、ある程度組織が安定したら権力を移譲するつもりでいた。

 

 だが、それは遅すぎた。気の長い話だった。

 組織が出来てから発生した不利益や失敗。それらの責任を全て押し付けられる形で、英雄は組織から排斥された。――暗殺によって。

 

 英雄の力は組織の権威、求心力にも繋がっていた。だが、それらは祭壇に祀られている、英雄が乗った機体が代弁してくれる。

 この時点で、組織の運営において、生きた英雄の存在は利にならなくなっていたのだ。それどころか、百害有って一利無し。組織内で最大の権力を持つ分、邪魔でしかない。

 

(ああ―――)

 

 薄れ行く意識の中で、英雄は思った。

 

 自分は一体何だったのか。

 一体、何の為に戦ったのかと。

 

 大義の為に、彼は全てを捨ててきた。

 肉親の命を切り捨て、友人の屍を踏み台として、愛した人すら犠牲とした。その果てに大義を果たし、世界に平穏を取り戻させた。

 そして、その結末が――仲間による、裏切り。

 

 

(―――俺は、どうしてこうなった?)

 

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

 影との遭遇から一夜。

 俺は決して軽くない足取りで、深山商店街を歩いていた。

 

 紅洲宴歳館、泰山。

 

 遠坂に呼び出されて、現在そこへ向かっている最中である。それはそれは、足取りも重くなると言うモノだ。

 さて、この泰山と言う所は、つまるところ中華料理屋だ。静かな住宅街の中にこじんまりと建っていて、女性の店主は背が低く若作りであるコトで密かに有名だったりもする。

 では何故、俺の足取りがこんなに重くなっているかというと、肝心の料理に理由が有る。

 

 辛い。

 とにかく辛い。

 舌を千本の針で刺されている感覚になる。

 

 勿論、店主の腕が悪い訳ではなく、むしろ良いとさえ言える。ハマる人はハマるらしいが、旨味を見出すまでには凄まじい辛味と格闘しなければならない。

 なので、俺はあの店に苦手意識を持っているのである。――切嗣は好きだったようだが。

 

 万が一店主がメニュー表を差し出して来たなら、被害を抑えるべく天津飯などを頼んで、難を逃れなければならない。麻婆豆腐など頼んだ暁には、それはもう大変なコトになる。

 

「………此処だな」

 

 件の店に着いた。扉の上にはデカデカと「泰山」の二文字が刻まれた看板が据え置かれている。

 とりあえず深呼吸し、扉に手をかける。どうして中華料理屋に行くのにここまでの覚悟を決めねばならないのかと思うが、ここはそう言う店なので仕方ない。今頃、遠坂もこの店を待ち合わせ場所にしたのを後悔してる頃だろう。

 遂に覚悟を決め、扉を開けると―――

 

 

「フゥーッ、フゥーッ…ハフホフッフッハッンッンッホフッ――ん?

 来たか衛宮。ハフゥーッ…時間がンッあったのでなホファーッ先に食事を進めてェハッいた」

 

 

 ―――なんか、神父がマーボー食ってる。

 

 全身に滲む汗と、沸き立つ熱気(湯気)。こちらに視線を向けつつも、レンゲを持つ手は動き続け、その口に赤い赤いそれはもう赤い麻婆豆腐を運び続けている。

 まさしく一心不乱に、手が止まった時が私の死ぬ時だと言わんばかりの勢いで、紅蓮のマーボーを食しているのだ。

 

 まさか、美味いのか。

 あのラー油と唐辛子を百年くらい煮込んで合体事故の挙げ句、「オレ外道マーボー今後トモヨロシク」みたいな料理が美味いと言うのか。

 

「どホッうした、立ってファフッいては話フハッが出来んだフゥーッろう。座っフッたらンッどうだ」

 

 いや、喋る時くらい手止めろよ。どんだけ必死なんだこの神父。

 …とにかく、麻婆を食べ続けている神父、言峰綺礼の前の席に座る。しかし、早い。もう後一口か二口くらいだ。

 

 その時、ふと言峰の動きが止まった。

 

「―――」

「………」

 

 視線が合う。

 言峰は神妙な面持ちで、重々しく口を開き、一言。

 

 

「―――食うか?」

 

 

「食うか―――!」

 

 俺は力の限り即答した。

 言峰は息を吐き、残った一口を片付けてしまった。…もしかして、俺の答えにガッカリしたんだろうか?

 

「…何だよ、話って」

 

 言峰が此処にいると言うコトは、俺を呼び出したのは言峰なのだろう。遠坂はただの仲介だったらしい。…いるのは言峰だ、なんて遠坂は一言も言ってなかったけど。

 

「衛宮士郎。昨夜(ゆうべ)()()()()?」

「…!?」

「いや何、私なりに今回の聖杯戦争を見ていてな。柳洞寺の件については、凛から報告を受けている」

 

 柳洞寺の件、と言うのは、キャスターが撤収したコトと、葛木先生が消えたコトだろう。

 

「…間桐臓硯と戦闘になった。

 キャスターと、アサシンを連れていた」

「――ほう? あの御老人が動いていたか。とうに老衰したと思っていたが、未だ現役とはな」

 

 心底からの嫌悪感を滲ませながら、言峰は臓硯についてそう吐き捨てた。

 どうやら、言峰は臓硯を良く思っていないようだ。…良く思っている奴の方が少ないだろうが。

 

「キャスターとアサシン。間違い無いな?」

「…多分。消去法的にそうなる、と思う」

 

 俺と契約しているのがセイバーで、遠坂がアーチャー。ランサーではないし、ライダーは慎二、イリヤスフィールがバーサーカー。

 これで五騎になるので、残った二騎はキャスターとアサシンだ。

 

「結託し、柳洞寺に結界を張っていたキャスターとアサシンを従えていたとはな。全く、どんな外法を用いたのか」

「…サーヴァント二騎との契約なんて、出来るのか?」

「通常なら、間違い無く不可能だ。どんなに優秀な魔術師だろうと、魔力が枯渇して干からびるのが関の山だ。

 ――故に外法、と言った。何らかのルール違反をしたか、それとも何かしらの魔力源を確保したか。何であれ、ロクな方法ではなかろう」

 

 魂喰いでもさせているのかも知れない、とも言峰は言った。確たる事実までは掴めていないようだが。

 

「…昏睡事件に関わりが有るのか?」

「さてな。現状、昏睡事件と臓硯が関わっているかは分からん。別の原因も考えられる。

 ――お前が昨夜見たモノは、間桐臓硯とキャスター、アサシンのみではあるまい?」

 

 あの、黒い影。

 セイバーとアーチャーは、昏睡事件があの影の仕業だと推測していた。

 

「――だとすると、やはり怪しい」

「…何がだよ?」

「衛宮士郎。監督役として、お前に一つ依頼をしたい。――柳洞寺を調べてみろ」

 

 柳洞寺。

 確かに現在、冬木の中で最も怪しい場所だ。

 

「私が目を付ける理由は二つ。

 まず一つ、間桐臓硯がキャスター達を柳洞寺から引き上げさせたコトだ」

「それ…遠坂も言ってたぞ」

「ほう、凛も同意見だったか」

 

 柳洞寺が有る円蔵山は冬木一の霊脈で、キャスターのサーヴァントが結界を構築するにはこれ以上無い立地と言える。わざわざ立ち退かせる理由は無いハズなのだ。

 

「自分の優位を自分で捨てるようなコトだ。臓硯がそうさせたなら、必ず理由が有る。せっかく手中に有る冬木一の霊脈を失うという損失よりも、臓硯が重視している何かがな」

 

 間桐臓硯は第一次聖杯戦争の際、儀式の成立に立ち会った魔術師だ、と言峰は言う。サーヴァントを縛る「令呪」も、臓硯が作り上げたモノだと。

 聖杯戦争について誰よりも詳しい、何百年と生き長らえている化け物。それが間桐臓硯という男である。

 

「もう一つは、これだ」

 

 言峰は懐から真ん中から折り畳まれた紙を取り出し、こちらに投げてくる。開いて中を見ると、そこには一つのデータが書かれていた。

 

「…意識不明者、三十人も――!?」

「場所は深山南四丁目、柳洞寺。新都で発生している昏睡事件と同種のモノだと、私は睨んでいる。

 ――このまま放っておけば、この街は無人になる。監督役としても神職の身としても、これ以上一般市民に被害が及ぶ事態は避けたい」

 

 柳洞寺で起きた昏睡事件の被害者は、新都よりも重傷だったという。これがエスカレートすれば、死者すら出るかも知れない。

 

「柳洞寺を調査すれば、何かしらの情報が得られるだろう。それを報告してほしい。

 無論、協力への返礼はする。監督役として、出来うる限りの優遇措置を約束しよう」

「…何で、俺にそんなコトを頼むんだ?」

 

 優遇措置云々はどうでも良いが、それなら遠坂に頼めば良いハズだ。

 

「個人的な感傷…いや、同情と言えるか。

 同じように、明確な望みを持たず、救いを求めぬ者としてのよしみだよ」

 

 ――それは、どういう…

 

 

「アイ! 麻婆豆腐、お待たせアルー!!」

 

 

 俺が言峰を問いただすべく口を開きかけた瞬間、店主が元気よく机に麻婆豆腐を置いた。それから続けて二皿。

 …間違い無い。この男、初めからおかわりを頼んでいたのだ――!

 

「――ふむ」

 

 言峰がレンゲを握り、麻婆豆腐をすくう。白いレンゲが、あっと言う間に真っ赤に染まってしまっている。

 

「………」

「―――」

 

 視線が合う。

 言峰は神妙な面持ちで、重々しく口を開き、一言。

 

 

「―――食うのか?」

 

 

「食べない」

 

 

 再び、力強く返答した。

 言峰がまた麻婆豆腐にがっつき始めたコトから、用件は全て終了したのだろう。

 

 俺は席を立ち、振り返らず店を後にした。

 

 

   ◇

 

 

 深山商店街の近くに有る公園のベンチに座り込み、自販機で買った温かい缶コーヒーを一気に飲み干す。

 鈍色のヴェールに覆われた空からは、ちらほらと雪が落ちて来ていた。

 

「――降ってきたわね」

 

 遠坂の声。背中合わせのような形で、机を挟んで離れて座っているようだ。

 

「私は臓硯を追う。間桐邸に行くわ」

「…俺は」

 

 言峰に頼まれたコトも有るが、それ以上に。

 

「あの影を追おうと思う。アレは放ってはおけない。街の人に被害が出てる」

「そ。――なら、休戦協定は継続ってコトで。

 私もあの影は見過ごせない。…けど、絶対に無理はしないで」

 

 影の姿と、見せられたモノが頭をよぎり、俺は思わずコーヒーの缶を握り締めた。

 

「アレが何なのか、分かるまでは」

「…ああ」

 

 遠坂の足音が聞こえ出すと共に、俺もベンチから立ち上がる。空き缶をゴミ箱に投げ込み、遠坂と分かれた。

 

 

   ◇

 

 

 同日、深夜。

 雪が降り積もる中、俺とセイバーは柳洞寺を訪れていた。警察が張った「侵入禁止」のテープを乗り越え、境内へと入る。

 

「…良かったのか、士郎? あの神父を信用して」

 

 無人であるコトを確認した後、実体化したセイバーが、そう聞いてきた。

 

「――信用しちゃいけない奴だ、ってコトは俺にも分かる。けど、柳洞寺を調べる必要が有るのは事実だし」

 

 言峰に言われようが言われなかろうが、俺は柳洞寺に調べを入れていただろう。

 

「信用してはならない、というのは同意見だが――確かに、この場所を調べる必要性は有る。あの神父が監督役である以上、この際ゴマを擦っておくのも有効な手か」

 

 言峰にゴマを擦る…何か、デメリットしか無さそうな気がするのは何故だろうか。

 監督役を懐柔するのは、聖杯戦争で優位に立つ手の一つ、のハズである。その機会を向こうからくれたのは、かなりチャンスなのだが――純粋に嫌だ。

 

 本堂の正面階段を上り、広縁に出る。

 セイバーは警戒を強め、右手に剣を握った。

 

「――なあ、セイバー」

 

 この時、ふと――今朝に見た、夢のコトを思い出した。

 世界を救ったものの、最期は仲間に裏切られて死んだ、独りの英雄の夢を。

 

「何だ?」

「その…言いたくないなら、それで良いんだけどさ。セイバーって、みんなを救った英雄なんだよな?」

 

 セイバーは、少し驚いたようだった。

 彼は未来の英雄なので、俺にそんなコトを言われるとは思ってなかったのだろう。

 

「…まあ、そうなるな」

 

 俺の質問を、セイバーは肯定した。…少しの逡巡が含まれていたようだが。

 

「――セイバーは、後悔してるのか?」

 

 セイバーは、何かの危機から人類を救った英雄であるらしい。それはまさしく、俺の目指す「正義の味方」だろう。

 しかし、セイバーは一番信頼していた仲間に裏切られ、暗殺された。夢を見た限り、セイバーは最期の最後で、疑問、あるいは後悔を抱いたようだった。

 

 それを、聞いてみたくなったのだ。

 不躾であるコトは分かっているが、セイバーは「正義の味方」になった英雄だと思うから。

 

「後悔、とは違うな。『ああすれば良かった』『こうしていれば』とか、そういうコトを思った訳じゃない。俺は俺の人生に納得している。辛い時の方が多かったが、それはもう仕方が無いし、誰しもがそうだった。善悪を問わず、そういう時代だったからな。

 俺が生きた時代に有ったのは、弱肉強食より酷い絶対的な天使(ルール)だった。『強ければ殺し、弱ければ殺される』――それが唯一絶対の理だっただけだ」

 

 死を与えるか、与えられるか。

 そんな極端な時代に現れ、世紀末を終わらせたのがセイバー――アグニカ・カイエルという、最新の英雄だった。

 

「士郎。お前は、正義の味方を目指してるんだったか?」

「あ、ああ…セイバー、何で知ってるんだ?」

 

 唐突に言われて、思わず聞き返す。

 セイバーに言った記憶は無いが、何故。

 

「お前の所に通ってる女の子――桜、だったか? その子に言ってただろう。趣味が悪いと分かりつつ、聞き耳を立ててしまった。すまない」

 

 …アレ、見られてたのか。

 セイバーは霊体化した状態で、近くにいたのかも知れない。まあ、セイバーに聞かれて困るようなコトは言ってなかったと思うんだが。

 

「別に良いけど――それが何なんだ?」

「ケチを付けるとか、そういうワケじゃないんだが…一応、俺も似たような生き方をしたタイプの人間なんでな。持論を言っておこう、と思っただけだ。軽く聞き流してくれ」

 

 セイバーはそうやって前置きし、言う。

 

「正義の味方、と一言で言うが――いや、結論から言おう。突き詰めると、それは取捨選択に行き着く。多くの人を助けるというコトは、少しの人を見捨てるというコトになる」

 

 …セイバーの言葉は、奇しくも切嗣の言葉と全く同じだった。あの月下の夜の、切嗣の声が脳裏によぎる。

 

 ――良いかい士郎。

 誰かを救うと言うコトは、誰かの味方をしないコトなんだ。

 

「例えば俺は、何十億という人を救う為に、俺に近しい人を見捨てた。そうしてなお、救えたのは人類総人口の約四分の三だけだった」

 

 近親者や仲間、愛する人すらも。

 それらを全て切り捨てて、踏み台にして――そこまでして、四分の一を取りこぼした。

 

「戦争が終わり、その後の世界体制が作り上げられて行く中で、俺は暗殺によって死ぬワケだが――まあ、それはどうでもいいとして」

 

 あまりに残酷で厳しい現実を、セイバーは一息で切り捨ててみせた。切り捨ててしまった。

 

「士郎。お前が本気で『正義の味方』を目指すのなら、いつかそういう取捨選択をする時が来るだろう。

 人類総人口――今は六十億人だったか? 見知らぬ六十億の人と、身近な人。お前が大切だと思う人を秤にかけ、どちらかを選ばねばならない時が訪れる。遅かれ早かれ、必ずな」

 

 そう、セイバーは断言した。

 俺の脳裏には、真っ先に一人の後輩の顔が浮かんだ。あの土蔵の中で、俺に問いを投げてきた、美しく綺麗だった彼女。

 

 ――もし、万が一にでも。

 桜と全人類。どちらかしか生かせられない場合、どちらを生かすかと問われたら?

 

「どちらを選ぶかはお前次第だ。お前の選択がどちらになるかは俺には分からないし、結局は他人でしかない俺が、お前の選択に口を出す権利は無い。

 ――だから、これは個人的な感想だが…」

 

 一息吐いた後、セイバーは雪の降る空を見上げながら、言葉の続きを発した。

 

「大切な人を切り捨てるのは、なかなか――いや、かなり堪えるぞ。それが惚れた女だったなら、尚更だ。

 絶対に守る、と誓ったなら。何よりも守りたいと、心の底からそう願うなら。誓ってしまった、願ってしまったなら…その選択は、お前の人生の全てを決定する選択になるだろう」

 

 目を細めて、セイバーはそう告げた。その言葉は受けて、俺はもしもの状況を思い描く。有るハズが無いし、有るとも思いたくないが。

 

 桜と全人類、片方しか救えないとしたら。

 俺は――俺は、どうするだろうか?

 

「そういう時は、お前が死ぬ時――お前自身が納得出来そうな方を選べ。きっとどちらも正解で、どちらも間違いだ。正解の無い選択だ。

 少なくとも、俺は俺の選択に納得している。願望は有るが、それは俺の生き方を変えるようなモノじゃない」

 

 …そうか。

 サーヴァントだって、聖杯に願いたいコトが有るから召喚されて、戦っているのか。

 

「…セイバーの願いって、な―――」

「――士郎ッ!!」

 

 その時、セイバーが叫んだ。

 何事かと思って振り向くと、そこには。

 

 

 武装したアサシンが、立っていた。

 

 

「うわっ!?」

 

 セイバーに突き飛ばされ、俺は本堂の中へと転がり込んだ。

 俺とアサシンの間に割り込んだセイバーは、アサシンが振るった巨大なメイスを剣で受け止める。アサシンによって障子が閉められ、セイバーとアサシンの影しか見えなくなる。

 

「士郎、お前はここにいろ!」

 

 アサシンの背中から、尻尾のような武器が伸びたようだ。セイバーは両手に剣を構え、アサシンと打ち合い始める。俺から、アサシンを引き離しにかかったらしい。

 

阿々々々々(カカカカカ)

 

 御堂の中に、忌まわしい笑い声が響く。四方から無数の蟲が集積し、その声の主を形作る。

 現れたその老人を、俺は睨み付けた。

 

「飛んで火に入るとは、まさにお主よの」

「――間桐、臓硯…!」




いよいよ第一章が終わりに近づいております。
というか、次回が第一章の最終話です。




次回「厄祭の英雄」


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#10 厄祭の英雄

第一章、ラストです。
意外と早いようなそうでもないような…。


 アサシン――三日月・オーガスは、案外アッサリと逃亡に移った。戦場を士郎がいる本堂から引き離したかったセイバー――アグニカ・カイエルとしては、思惑通りである。

 

「よっ!」

 

 全身に「ガンダム・バエル」の装甲を纏ったアグニカは、三日月との距離を詰め、斬撃を繰り出す。三日月は飛び上がるコトで二連撃を回避し、そのまま更に本堂から離れ、奥へと移動していく。

 

「来い」

「上等だ」

 

 それをアグニカは追う。やがて本堂から離れた御堂の外縁に着地した三日月に対して、アグニカは上空から三日月の前へと回り込む。

 

「!?」

「ふっ!」

 

 突如眼前に現れた(ように三日月には見えた)アグニカが振り下ろした二本の剣を、三日月は巨大なメイスで受け止める。しかし、剣撃の重さにより、三日月はメイスを押し戻され、アグニカの前で腹に隙を見せるコトになった。

 そして、当然ながらアグニカはそれを逃さない。アグニカは右足で三日月の腹を蹴り、後方へと跳ね飛ばした。

 

「ぐ…!」

 

 蹴り飛ばされた三日月は、欄干に背中から叩き付けられた。全身に装甲を纏っている以上、大したダメージにはなっていないが、文字通り一蹴された形だ。

 

(素の戦闘力は、向こうが上か…)

 

 冷静に、三日月はそう判断した。

 例えバルバトスの力を全て引き出しても、目の前の男には届かない。三日月にはそう確信出来てしまったし、そう確信させるほどに、両者の戦闘力には差が有る。

 三日月は彼が生きた時代において最強のパイロットと言えるが、アグニカとは生きた時代のハードさが桁違いだ。たかだかモビルアーマーを一機殺した程度の三日月では、数え切れぬほどのモビルアーマーを斬り伏せてきたアグニカには及ばない。

 

 厄祭戦の英雄――アグニカ・カイエルは、それほどまでに絶対的な「力」を有している。

 

 三日月でさえ、厄祭戦時代においては、一般的なガンダムのパイロットと同等以下の実力でしかない。そんな時代に「最強」だったアグニカは、強さの次元が違う。モビルアーマーを超える、本物の化け物だ。

 

「ここまでだ。俺のマスターがピンチなモノでな――大人しく倒されろ、バルバトス」

 

 右手の剣の切っ先を三日月に向けて、アグニカはそう言い放った。

 だが。今回に関して言えば、正面から直接アグニカを倒す必要は無い。

 

「いや――倒されるのはアンタだよ」

 

 三日月は、そう言い返した。

 それを聞いた瞬間、アグニカは怖気立って、反射的に空へと飛び上がる。

 

 

 直後。

 黒い影の触手が、外縁の床下から伸びた。

 

 

「コイツは――!?」

 

 アグニカの足下で、柳洞池の水面が膨らみ、開き――無数の「影」が、アグニカに向かって凄まじい速度で伸びて来る。

 

「クソが…ッ!」

 

 たちまち四方を囲まれたアグニカは、絶望を味わいながらも、二本の黄金の剣で全周囲に斬撃を放ち、まとわり付く影を一度は弾き返す。

 しかし、アグニカが神速で放つ連続斬撃を以てしても、影を完全にシャットアウトするコトは出来なかった。

 

「チ…!!」

 

 アグニカの足に影の触手が巻き付き、滞空するアグニカを引きずり降ろす。外縁の床に叩き付けられたアグニカの全身に、影が次々と巻き付き、霊基を蝕んで行く。

 

「ッ、がああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 激痛がアグニカを苛む。

 サーヴァントには抗いようが無く、宿す呪いによって霊基を汚染し、能力を貶める。それが「影」である。

 

 まさしく天敵。

 どんなに戦闘能力が高かろうと、関係無い。

 サーヴァントである限り、絶対に影には勝てないのだ。

 

「貴様…初めから、これが狙いか――!」

 

 アサシンのクラススキル「気配遮断」を用いている三日月は、アグニカよりも影に狙われにくい。アグニカはまんまと誘い込まれてしまった、という訳だ。

 伸ばしたテイルブレードを背後で機動させ、三日月はアグニカに言い放った。

 

「――悪いけど、アンタはここで死ぬ」

 

 影に捕らわれた今、アグニカの戦闘能力は著しく減少している。それこそ、そこらを漂う悪霊と大差が無いほどに。

 全身から訴えられ続ける激痛に耐えながら、アグニカは三日月を見据えた。

 

 

   ◇

 

 

 本堂では、もう一つの戦いが行われていた。

 セイバーのマスターである衛宮士郎と、間桐臓硯。そして、そのサーヴァントであるキャスター…オルガ・イツカの戦いだ。

 

「うおおおおお!!」

 

 本堂の壁にかけてあった木刀に強化魔術を施した士郎は、それでオルガに立ち向かう。

 しかし、オルガが振ったパルチザンに呆気なく弾かれ、オルガの蹴りに吹き飛ばされる。

 

阿々々々々(カカカカカ)。そんな棒切れでは、儂一人が相手でも勝てぬぞ?」

 

 臓硯が嘲笑する。対して士郎は左手を握り、刻まれた三画の令呪を掲げた。

 令呪が輝き、絶対命令権が公使される。用途は単純明快――サーヴァントの、強制転移。

 

「セイバーッ!!!」

 

 

   ◇

 

 

「うおおおおおおおあああああああッ!!!」

 

 影に捕らわれたアグニカが、叫ぶ。

 溜め込まれていた魔力が一気に解放され、その全てが二本の黄金の剣へと集束されていく。

 

「――ッ!」

 

 三日月は目を見開き、危機感を抱いたままテイルブレードをアグニカの心臓に向けて放つ。

 対するアグニカは、影にまとわり付かれながらも、魔力を纏って黄金に輝く左手の剣を掲げ―――

 

 

「『厄祭の英雄(アブソリュート・カラミティ)』ッ!!!」

 

 

 その宝具を、全力で三日月に撃ち込んだ。

 魔力を剣に纏わせ、射程と威力を増大させる単純な宝具――しかし、それ故にその力は絶対的に、厄祭戦の英雄を象徴する。

 

「!!!」

 

 放たれた黄金の光は、伸ばされたテイルブレードは愚か、三日月本体をも飲み込み――剣の先に有った御堂の外縁を、還付無きまでに粉砕した。

 

「が、ああ…ッ!!」

 

 直撃こそ辛うじて避けた三日月だったが、纏っていた装甲の全てを剥ぎ取られ、ほぼ裸の状態で何十メートルも後ろに有ったハズの壁に叩き付けられた。

 戦闘続行は不可能と判断した三日月は、霊体化しての撤退にまで追い込まれてしまった。

 

 アサシンは撃退した。

 そして、剣はまだ後一本、残っている。

 

 アグニカは身体の向きを変え、残った右手の剣を逆手に持ち替える。そして、思い切り後方へと身体を逸らし、投擲姿勢を取った。

 

「うらァッ!!!」

 

 魔力が籠もりまくった残りの一本を、アグニカは全力で(なげう)った。

 アグニカが狙ったのはただの一ヶ所――士郎がいる本堂に立つ、臓硯とオルガの間の空間。剣は障害物を悉く貫き、その一点に向かう。

 

「ぬうッ…!」

「うおああああああ!!」

 

 命中。

 狙い通り、臓硯とオルガのちょうど間に突き刺さった剣は、爆発を引き起こした。衝撃波と膨大な魔力が本堂の中を荒れ狂い、障子の全てが内側から吹き飛ばされる。

 

「うわああッ!」

 

 士郎は、近くの柱にしがみついて耐える。

 オルガは本堂の外へと放り出され、死体となって庭をしばらく転がった後、生き返って撤退した。

 

『おのれ、セイバー…! ――だが、まあ良い。目的は達成されたからのう。阿々々々々(カカカカカ)…!!』

 

 臓硯は身体を構成する蟲の大半を死滅させられ、負け惜しみを吐きながら去って行った。

 

「ッ…セイバー!?」

 

 臓硯とオルガを一掃した一撃の余波に何とか耐えた士郎は、剣が飛んで来た方角に視線を向ける。アグニカの攻撃で障害物が一掃されたので、距離こそあるものの、士郎はアグニカの姿を視認出来た。

 

 

 全身に影が巻き付いており、魔力を出し切ったコトで呪いに冒されきった、凄惨な姿を。

 

 

「――セイ、バー…?」

 

 一目見て、士郎は理解してしまった。

 もう手遅れだ、と。セイバーは、もう――

 

 

「…すまない、士郎―――」

 

 

 アグニカがよろめく。

 やがて背後に倒れ、アグニカは影のひしめく池へと落ちた。

 

「セイバー!!!」

 

 上がった水しぶきも、すぐに収まった。

 士郎の右手からは、赤い刻印がフッと消滅してしまった。

 

「―――セイバー…」

 

 令呪の消滅。

 それは、サーヴァントを失ったコト。マスターではなくなったコトを意味している。

 士郎は呆然とし、床に膝を付いてしまった。

 

 

 そして――眼前に、黄金の剣が突き刺さっているコトに気が付いた。

 

 

   ◇

 

 

「フザケてんじゃないわよ!」

 

 遠坂凛は、憤りのままに拳を床へと叩き付けた。

 その背後には、アーチャー…ラスタル・エリオンが、眉を(ひそ)めて立っている。清濁を併せ呑む彼も、その光景を見て忌避感を抱かざるを得なかった。

 

 凛とラスタルがいるのは、間桐邸の地下室。

 無数の蟲がひしめき合う――「修練場」だ。

 

「『修練場』?

 これが、こんなモノが…!?」

 

 理解出来ないモノだった。

 こんな場所で、身体を蟲に明け渡すコトが、間桐の教えだと言うのか。そんなモノの何が教えだ。何が修練だ。ただの拷問、苦痛でしかない。

 

 なら、あの子は―――?

 

 

   ◇

 

 

 冬木市郊外、アインツベルン城。

 そのバルコニーから、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは街を眺めていた。

 

「鳶がいるわね」

「――鳶、でございますか?」

「ピーヒョロロー」

 

 イリヤの呟きに、側で控えていたメイドの二人、セラとリーゼリットが反応する。鳶の鳴き声を真似したリズの方は、セラに肘で小突かれているが。

 

「…セラ、車を用意しておきなさい。

 明日からは、私も街に出るわ」

 

 イリヤは右手を前に伸ばし、拳を握る。

 そして、こう宣言する。

 

「誰だか知らないけれど――それは、アインツベルンのモノよ」

 

 

   ◇

 

 

 血が広がる。

 路地裏に連れ込まれた女性が、蟲に食い尽くされ、地面に転がった。

 

 これが間桐臓硯の限界である。

 人の血肉により、自身を繋ぎ止める。昔は数年に一度で済んでいたコトを、今は一、二ヶ月に一度行わなければ延命出来なくなった。

 吸血鬼まがいのコトをしているせいで、日の下を歩くコトも出来ない。

 

 他人の命を奪い、僅かな時を生き長らえる。

 五百年の時を生きる、蟲の化け物。それが、間桐臓硯――マキリ・ゾォルケンと言う男だ。

 

「――軽蔑してくれて構わぬ」

 

 その醜悪な姿を、キャスターとアサシン。

 オルガ・イツカと三日月・オーガスは、冷徹な瞳で眺めていた。

 

 

   ◇

 

 

 雪が降りしきる中、俺は家へと戻って来た。

 既に積もり始めており、足場が悪い。肩からかける、セイバーの剣が重くのしかかる。

 

「――俺は、マスターじゃなくなったんだな」

 

 俺にこの剣は使えない。分かっている。

 それでも、あのまま残しておくコトは出来なかった。…流石に剥き出しで持ち帰るのはまずいので、柳洞寺に有った竹刀袋を拝借したが。

 

 家の門が見える。

 …その前に、傘を差した少女が立っている。

 

「…桜」

 

 ワンピースの上に桃色のダウンジャケットを着た、桜だった。桜は俺を見るなり、目尻に涙を浮かべて、傘を取り落とした。

 

「――先、輩…どこ、行ってたんですか」

「…ごめん。ごめん」

 

 謝るコトしか出来なかった。

 桜の足下に多くの足跡が有るコトから、ずっと待っていてくれたのだろう。桜の体調は良くないのに、こんなに心配させて――先輩失格だ。

 

「―――ただいま、桜」

「…はい。お帰りなさい、先輩」

 

 桜は笑顔を浮かべて、答えてくれた。

 肩にかけた竹刀袋の紐を握り締めながらも、俺は桜に向かって歩き出す。

 

 ――なあ、切嗣。

 何をすれば、正義の味方になれるんだ?

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 落ちていく。沈んでいく。

 浮遊感を感じつつ、目を開ける。

 

(――何処だ、ここは)

 

 俺は「影」に捕らわれ、退場した。

 マスターだった衛宮士郎との繋がりが切れているコトは、もう察している。ならば、俺は消滅し、聖杯の元へと還ったハズなのだ。

 

 周囲を見渡すと、深海のような深い蒼が広がっている。しかし――眼前には、白い円のような光が有った。

 

(…聖杯、か?)

 

 見たコトは無かったが、サーヴァントとしての直感で理解した。

 アレが自分を喚び出したのだと。自分が魔力へ還り、あの中に貯蔵されると言うコトを。

 

(万能の願望機――もしそうなら、俺の願いも叶うのか?)

 

 ごく在り来たりの願いだ。珍しくもない。

 だが――誰しもが、一度は願うようなコトだ。

 

「――会いたい」

 

 戦いの中で、死んでいった人達に。

 …自分が、その中で見捨てた人達に。

 

 自業自得なのは分かっている。

 見捨てたのは俺だ。人類を救う為に、一人でも多くの人を助ける為に犠牲とした。士郎に言った通り、その決断に後悔は無いし、正しいモノだったとも思っている。

 

 ――それでも。浅ましく、無駄なコトでも。

 俺はもう一度、アイツに―――

 

 

『本当に?』

 

 

 ――何?

 

『本当に、そう思うのか?』

 

 声――誰のだ?

 何を、言っているんだ?

 

『お前は、本当に後悔していないのか?

 本当に、間違っていないと言えるのか?』

 

 ――後悔はしていない。間違ってもいない。

 今更、後悔出来るモノか。今になって「間違っていました」などと言えるモノか。

 

 俺の選択の為に、アイツらは犠牲になった。

 

 後悔してしまえば、その死は無駄になる。間違っていたとしたら、ただの無駄死にだ。

 

『――それは違うな。

 お前は後悔していないんじゃない』

 

 …何だと?

 

『お前は、()()()()()()()()()()

 後悔したら折れるから。戦えなくなるから。後悔しているのに、後悔していないコトにしている』

 

 ――やめろ。

 

『自分を慰めているだけだ。後悔しているコトを後悔していないコトにして、間違っているコトを間違っていないコトにして。

 仕方が無かったんだと。アイツらを犠牲にした自分は悪くないんだと――』

「やめろ!」

 

 やめろ。そんなハズは無い。

 アイツらの死は無駄じゃない。アイツらの死は、そんな風に言われて良いモノじゃない。

 

『アイツらは、お前が殺した。救えたのに見捨てたんだ。人類の為、より多くの人を救う為だなんて詭弁を吐いて。お前は結局、自分を正当化したいだけだ。

 何故お前は「会いたい」と願う? お前は納得して、正しくアイツらを殺したんだろう? だったら語るコトなんて無いハズだ。会ってどうするつもりだ? 赦しでも乞うつもりか? そうやって赦されて、楽になりたいのか?』

 

 …違う。違う、そんなハズは――

 

『お前も分かっているだろう。

 アイツらの死は無駄だった。お前の戦いは無意味だった。それはお前が救ったとかいう、人類自身が証明している。人類が戦い続けているコトこそがその証。お前が救った人類は、他ならぬ人類によって殺されている。三百年経っても、何一つ進化していなかった。

 救う価値など無い。存在する意味など無い。この世で最も愚かな生き物だ』

 

 …そんなんじゃない。

 俺はそんなモノだと思って、戦った訳じゃ――

 

『憎め。呪え。怒れ。

 世界を憎め。人類に怒れ。運命を呪え。英雄は人類を救った、人類は英雄を救わなかった。人類は人類を救わないし、救えない。どうしようもない愚物、不要なゴミクズだ」

 

 

「だから、終わらせてやろう」

 

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

 

 

for lost butterfly




今回で第一章「presage flower」は終了となります。
大体三分の一が終わった感じ。多分。
ちょこちょこ原作と違って来てますが、今後どうなって行くか――今後もご覧頂ければ嬉しいです。




次章「lost butterfly」
次回「イノセント・マーダー」


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Ⅱ.lost butterfly
#11 イノセント・マーダー


今回から第二章です。
タイトル出て来る所で流れる梶浦節全開のBGM好き。
「you have to choose your future」って言う名前の。


 夜が明けた。

 外には雪が積もっており、寒さが肌に突き刺さる。吐く息は白く、空は憎らしいほど青く澄み切っている。

 

 玄関で靴を履き、靴紐を堅く締める。肩にはセイバーの剣が入った袋をかけ、立ち上がる。

 俺の後ろに立つ桜は、俺の背に視線を向けているようだ。昨夜、俺の帰りを待っていてくれた桜。俺が危険なコトをしていると察しているだろうし、桜がそれを望んでいないコトも分かっている。

 

 それでも、やらなければならない。

 セイバーがいなくとも、俺のやるコトは変わらない。

 

「じゃあ、行ってくる。桜は休んでろ」

「――先輩…」

 

 そう、まだ終わっていない。

 俺の戦うべき相手は、まだこの街にいる―――

 

 

   ◇

 

 

 深山商店街の側に有る公園。

 そこに立てられた街の地図を睨みながら、考える。

 

 新都。

 中央公園。

 柳洞寺。

 

 これまで「影」がいた三ヶ所。地図で見たところで、共通点らしきコトは見当たらない。一体何が目的なのか――いや、そもそも意志が有るかも分からない。

 

 間桐臓硯との関わりも不明だ。

 中央公園で、臓硯は「影」を見て大きく狼狽えていた。しかし、柳洞寺での戦いでは、セイバーが影に捕らわれた傍らで、アサシンやキャスターは自由だった。影について、何かしら臓硯が知っているコトは間違い無いだろう。

 使役している――あるいは、ただ利用しているだけなのか。

 

「――遠坂にも聞いてみないと」

 

 俺一人で考えていてもどうにもならない。

 遠坂なら何か分かるコトが有るかもしれないし、昨夜間桐邸へ調べに行った遠坂が、何かを掴んだとも分からない。

 

「ぶっ」

 

 その時。顔の左側に、雪が飛んで来た。

 雪を払いつつそちらの方向に顔を向けると、もう一発飛んで来る。今度は正面から直撃だ。

 

「っ…」

 

 雪を払って、恐る恐る目を開ける。

 すると、そこには。

 

「うんしょ、うんしょ――あ。

 生きてたんだね、お兄ちゃん!」

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 バーサーカーのマスターである冬の娘が、人懐っこい満面の笑顔を浮かべて立っていた。

 

 

「―――」

 

 公園のベンチに座り、机越しにイリヤスフィールへ視線を向ける。小さな雪だるまを幾つも作って机に並べていたイリヤスフィールは、上目遣いで聞いてくる。

 

「――名前、教えて?」

「え?」

「お兄ちゃんの名前」

「…ああ――俺は士郎。衛宮士郎」

 

 いきなりの問いに拍子抜けして、思わず素直に答えてしまう。一方のイリヤスフィールは、名前を聞くや否や、嬉しそうにステップを踏みながら近付いてくる。

 

「エミヤシロ…うん、シロウは、シロウね!」

 

 くるくると回って俺が座るベンチの右前へと移動したイリヤスフィールは、イタズラっ子みたいな表情になり――

 

「たーっ!」

 

 勢い良く、俺に飛びかかって来た。

 俺の上に乗ったイリヤスフィールは、じゃれるように足をパタパタを動かして、はしゃいでいる。

 

「ちょ――敵同士だろ、イリヤスフィール!」

「イリヤで良いよー! マスターが戦って良いのは夜だけなんだよ! 私はシロウとお話に来たの!」

「は、話?」

 

 何とかイリヤを引き剥がし、隣に座らせる。

 それからイリヤは、年相応の笑顔で、本当に色々なコトを話してくれた。

 

「じゃあ、イリヤは森の城に住んでるのか?」

「そう。今日もセラの目を盗んで、シロウに会いに来てあげたんだから。コーエイに思いなさい!」

 

 ふんす、と胸を張るイリヤは、何とも可愛らしい。とても、バーサーカーのマスターとは思えない様子だ。

 

「今だって、殺しちゃうコトも出来るんだから。セイバーのいないシロウなんて、あっという間なんだからね」

 

 …訂正。

 目を細めて妖艶に笑うイリヤを見ると、やはりマスターだと思える。

 

「――じゃあ、もう一つ聞いて良いか?

 衛宮切嗣、って名前に覚えは」

「知らない」

 

 一応、と思って聞いたその問いを、イリヤは瞬時に否定した。俺が言い終わるより早い。

 そして、イリヤは立ち上がり、公園の出口に向かって歩き出した。

 

「――知らない。そんな奴、知らない。

 私、帰る」

「え、ちょっと…イリヤ!」

 

 側に置いていたカバンを持ち上げ、公園の外に出て行ったイリヤを追う。

 公園の外に出て見回すが、イリヤの姿はとっくに消えていた。

 

「――何だったんだ?」

 

 イリヤの機嫌は悪くなかったハズだ。それでも、切嗣の名を聞いた瞬間、途端に不機嫌になったようだった。…何か、有るのかな?

 

「衛宮くん?」

 

 次に聞こえて来た声は、イリヤのモノではなかった。振り向くと、赤い服を着たツインテールの少女が、そこに立っている。

 

「…遠坂」

「ちょうど良かったわ。衛宮くん、付いて来てちょうだい」

 

 有無を言わさず、遠坂は微笑んだ。

 

 

   ◇

 

 

 俺が連れて来られたのは、遠坂邸――遠坂の自宅だった。遠坂の部屋に通された俺は、遠坂がお茶を淹れに行っている間、落ち着かなさを感じながら、部屋を見回した。

 すると、写真が一つ立てられているコトに気が付いた。写っているのは、恐らく小学生の頃の遠坂凛。

 

「――これって」

 

 だが、俺はその写真の中で、一ヶ所気になる所が有った。

 それは、遠坂が付けているリボン。今付けているリボンと違うコトが分かるが、それにはどことなく既視感が感じられて――

 

「お待たせ、衛宮くん」

「あ、ああ」

 

 遠坂が茶器を手に戻って来たコトで、俺の思考は打ち切られた。…もうすぐ思い出せたかも知れない。それくらい見慣れたリボンだった。

 遠坂は紅茶の入ったティーカップを、ソーサーに乗せて出して来る。緑茶が根付いた衛宮邸では有り得ない、実に優雅な光景だ。

 

「で、衛宮くん。セイバーはどうしたの?」

 

 つられて優雅に紅茶を嗜んでいた(嗜んでる感を出していた)俺は、遠坂の質問で紅茶を吹き出しかけた。

 聞かれるとは思っていたが、いきなりズバッとド直球ストレートで聞かれるとは予想外だ。

 

「――セイバーは…」

 

 ソーサーにカップを置き、答えようとしたのだが――どうにも、言いよどんでしまった。同盟相手である遠坂には言わなければならないと分かってはいるが、それでもなかなか口に出来ない。

 しばらく無言だった俺を見て、遠坂は重々しく口を開いた。

 

「…ゴメンね、衛宮くん。そう――まさか、あのセイバーが」

 

 察してくれたらしく、遠坂は若干「そんなハズ無い」と言いたげな口調で、そう呟いた。

 俺だって、本当は信じたくない。けれど、手の甲から消えた令呪が、それを立証している。

 

「何が有ったの?」

「柳洞寺に行って…臓硯、アサシン、キャスターと戦闘になった。俺とセイバーはアサシンに分断させられて、セイバーはアサシンと戦った後――『影』に捕まって、そのまま消えた」

「…アーチャーは『サーヴァントの天敵』って言ってたけど――セイバーでも、あの『影』には抗えなかったのね…」

 

 セイバーは、間違いなく最強のサーヴァントだった。そのセイバーすら、影からは逃れられなかった。

 でも、残った物は有る。

 

「遠坂。これを見てくれ」

 

 竹刀袋からセイバーの剣を取り出し、遠坂に見せる。遠坂は驚いた様子だったが、次に床を指差した。「そこに置け」という意味なのだろう。

 

「よ、いしょっ…!」

 

 両手で持ち上げて、床に投げるように置く。

 セイバーの剣は重く、俺は両手じゃないと扱えない。こんな物を片手で軽々と振り回していた辺り、流石はサーヴァントというべきか。

 

「これ、どうして?」

「ああ――セイバーは『影』に捕まった状態でこれを投げて、臓硯とキャスターに襲われてた俺を助けてくれたんだ」

 

 あの攻撃が無ければ、俺はキャスターに殺されていただろう。最期の最後まで、セイバーは俺を助けてくれたのだ。

 

「それでセイバーが消えて、この剣は残った」

「ああ。置いて帰るのは嫌だったから、持ち帰って来たんだ」

 

 遠坂はそれを聞いて、顎に手を当てて考え始めた。――この剣に、何か有るのだろうか。

 

「衛宮くん。この剣、セイバーが持ってたのよね? 貴方がセイバーを召喚する時、触媒として使ったとかじゃなくて」

「触媒、って何だ?」

「…その様子からして、これはセイバーの持ち物か。召喚される時、一緒に持って来たってコトなのね」

 

 遠坂が剣を睨む中、アーチャーがその側で実体化した。思わず身構えた俺を一瞥してからアーチャーはしゃがみ、セイバーの剣に触れる。

 

「――間違い無いぞ、凛。この剣はセイバーの持ち物だ」

「アーチャー? どうしてそう言えるの?」

「この剣の素材は、高硬度レアアロイと特殊超硬合金。どちらもこの時代に存在しない物だ」

 

 アーチャー曰く、現代に存在するどんな物よりも硬い素材らしい。この時代の技術では造れない物なら、未来の英霊であるセイバーの物と言って良いだろう。

 

「それが、どうしたんだ?」

「普通なら、召喚されたサーヴァントの持ち物は、そのサーヴァントが消えた時点で一緒に消えるハズなの。セイバーが消えたなら、セイバーの剣も消えないとおかしい」

 

 ――それはつまり、逆に言うなら。

 

 

「セイバーは、まだ消えていない。

 貴方との契約が切れただけで、セイバーの現界は続いてる」

 

 

 どんな状態かは分からないけれど、と遠坂は付け足した。…黒い影に捕らわれた以上、マトモな状態ではないだろうとも。だが、俺にとっては、そんなコトは些末なコトだ。

 

 セイバーが生きている。

 それが分かっただけでも、充分だ。

 

「せっかくだ。その剣は使えば良い」

「え?」

「セイバーの持ち物なら、サーヴァントにも有効な武器になる。それに、その剣の性能は折り紙付きだ。上手く使えば、鋼鉄すら紙のように斬れるし、よほどのコトが無い限りは折れん」

 

 アーチャーがそう言ってくる。

 確かに、使えるならサーヴァント相手に一杯食わせられるかも知れない。

 

「――さて、それじゃ作戦会議しましょ」

「…遠坂。俺はマスターじゃなくなった。役に立てるか分かんないぞ」

「衛宮くんに、聖杯戦争を降りる気は無いんでしょ?」

「当たり前だ」

 

 街の人に被害が出ている以上、あの影を捨て置くコトなんて出来ない。

 

「目的は同じなんだし、協力した方が出来るコトは増えるわ。それに――いや、何でもないわ」

「――?」

「とにかく! そっちの方が、私に都合が良いってコトよ。衛宮くんが嫌なら、解消しても構わないけど」

「…ありがとう、遠坂」

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 私は、電車の座席に座っていた。

 横に止まっている電車には、あの人達の姿。電車は出発し、私とあの人達を引き離す。

 

 私は、離れて行く中で追う。

 追い付けないのは分かっている。私が乗っている電車と、あの人達が乗っている電車は違うからだ。絶対に追い付けるハズがない。

 

 追いかける内に転んだ私の前には、翅を失った蝶が地を這っていて。

 その向こうには、たくさんの蟲がひしめいている。

 

 そして、蟲は私を呑み込んだ。

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

 目が覚める。悪い夢を見ていたらしい。

 何てコトも無い。いつものコトだ。

 

「…夕飯の仕度、しなきゃ」

 

 窓から差し込む光は赤く、空は茜色に染まっている。そろそろ準備をしないと、ご飯の時間に間に合わない。

 ベッドから出て、居間に向かうべく部屋の扉を開ける。

 体調は良くなった。夕飯の準備をしても、先輩に怒られるコトは無いだろう。

 

 その時、インターホンが鳴った。

 

 お客さんだろうか。今、この家には私以外誰もいないので、私が出なければならない。

 居間を一旦通り過ぎて玄関へ向かい、ドアを開けると―――

 

 

   ◇

 

 

「早く言いなさいよ、桜が熱出してるって!」

「遠坂が口を挟ませなかったんだろ!?」

 

 遠坂と共に、急いで家に帰って来た。

 桜が熱を出して寝込んでいたコトを知るや否や、遠坂が鬼気迫る表情で「桜の容態を見せなさい」と言ったからだ。

 

「ただいまー」

 

 玄関のドアを開ける。

 ――三十秒ほど経っても、誰も出て来ない。

 

「桜、寝てるのか?」

 

 靴を脱いで家に上がり、居間を見る。誰もいないから、桜は多分寝ているのだろう。

 すると――固定電話が鳴り出した。

 

「はい、衛宮ですけど」

 

 受話器を取り、お決まりの言葉を言う。すると、その向こうから聞こえて来たのは。

 

『やぁ衛宮』

「…慎二か?」

『そうだよ。早速で悪いんだけど、桜は僕が預かったから』

 

 ――何だと?

 慎二の奴、今何て言った?

 

『人質みたいで気が引けるんだけどさぁ…ちょっとこれから、学校の図書館に来なよ。勿論、お前一人だけで。サーヴァントなんて連れて来るなよ』

「――ッ!!!」

 

 受話器を叩き付け、駆け出す。

 靴をしっかり履くのももどかしく、遠坂の横を通り過ぎて学校へと走る。

 

「衛宮くん!? あー、もうッ!!」




…以上、大体劇場版通りでした。
もうちょっとイリヤのシーン増やしとくべきだったかもしれない…?

ラスタルがバエル・ソードを触って素材を鑑定するシーンについて、少しばかり補足をば。
何故そんなエミヤ(士郎)っぽいコトが出来てるかと言うと、宝具「月外縁軌道統制統合艦隊(アリアンロッド)」の効果が発揮されているからです。
触れた時に「アリアンロッドの技術班が持つ解析技術だけを召喚した」感じ。さてはチートだな?




次回「桜の真実」


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#12 桜の真実

【祝】マキオン、PS4に移植決定
これはバエルでひたすら格闘振り続けるチンパンプレイするしかねぇ(今年は申年)

こんな前書きですが、今回の内容は真面目です。
この二人の絡みは珍しいのでは…?


 衛宮士郎は、学校の図書館に入る。

 奥に進むと、そこには間桐慎二と間桐桜、ライダー…カルタ・イシューが立っていた。

 

「よお衛宮。随分早いお出ましじゃないか」

「桜を放せ!」

 

 士郎は慎二に向けて、そう叫ぶ。無駄話をする気など微塵も無かったし、桜を人質に取られた士郎には、そんな心の余裕など無い。

 対して慎二は「焦るなよ」などと言いつつ、左腕で桜を抑えたまま、右手でナイフを取り出し――桜の首筋に当てがった。

 

「慎二!!」

「ライダーの相手をしろ。無事で済んだら、桜を放してやっても良い」

 

 慎二の横に無表情で立つカルタは、以前戦った時のような武装はしていない。軍服を着た状態で、右手に白銀の剣だけを持っている。

 

「先輩、逃げて下さい…!」

「何、安心しろよ桜。衛宮を殺したりはしないさ。――ただちょっと、痛い目を見てもらわないとね」

 

 その時、士郎はとあるコトに気が付いた。

 桜の左耳に、イヤリングのような物が付いている。ガラス製で、中に緑色の液体か何かが入っているようだ。

 

(慎二に付けさせられたのか?)

「やれ、ライダー」

 

 士郎がそんなコトを考えている間に、ライダーは跳躍し――一瞬で、士郎の左横にまで迫っていた。

 

「――がっ!?」

 

 カルタに横から蹴り飛ばされ、士郎は本棚に叩き付けられる。士郎は背負っていたセイバーの剣…「バエル・ソード」を袋から取り出して構えつつ、カルタから逃げる。

 だが、身体能力でサーヴァントに叶うハズも無く――瞬時に回り込んだカルタが、士郎に向かって剣を上段から振り下ろす。

 

「ぐ…!」

 

 それを、士郎は剣の側面で何とか受けた。

 カルタは続いて剣撃を繰り出し、俺は後退しつつ剣で防ぎ続ける。反撃を狙いたい士郎だったが、当然そんな隙をカルタは与えない。

 

「ふっ!」

 

 終いにはカルタが剣を振り上げ、黄金の剣は弾かれて士郎の手を抜け、宙を舞う。

 いくら剣が優秀でも、使っているのが俺では意味を為さない。技術なら、士郎よりも剣道五段たる藤村大河の方が優れているくらいだ。

 

 カルタは丸腰になった士郎の腹を蹴り、士郎が本棚の間を通り抜け、床に転がさせられる。

 宙を舞っていたバエル・ソードは、士郎の右側に降って来て、床へと突き刺さった。

 

「良いぞ、その調子だライダー!」

 

 カルタは慎二の方へ視線を向け、士郎がセイバーの剣を握り直すより早く、士郎の胸ぐらを掴んで持ち上げた。

 

「そのまま殺しちゃえよ!!」

 

 機嫌が良くなった慎二はナイフを振り回し、カルタにそう命令した。桜はそれを聞いて顔を青ざめ、慎二に懇願する。

 

「兄さん、やめ――」

 

 カルタが、剣で士郎の腹を打つ。そのまま士郎は宙へと打ち上げられ、慎二と桜の上にまで到達する。

 

「ッ――!」

「ハ、ハハハハハ!!」

 

 桜が目を背け、慎二は笑う。

 ――だが、慎二の時代はここまでだった。

 

「ハハハハ――えっ?」

 

 士郎が、空中で身体を回し、拳を握り――そのまま、慎二の所へと落下した。

 轟音が響き、置かれていた机と椅子が舞う。

 

「先、輩…!?」

「もう大丈夫だ、桜」

 

 解放された桜の側で、士郎はそう言う。

 士郎は落下と同時に、慎二を殴りつけたのである。その勢いで慎二は盛大に吹き飛ばされ、右手に持っていたナイフを取りこぼした。床に落ちたナイフを、士郎は足で自分の後ろへと滑らせる。

 

「ぐ、う…な、んで――!?」

 

 慎二はフラつきながらも立ち上がり、カルタに目を向けた。カルタは白銀の剣を床に突き刺し、柄の上に両手を置いて、僅かに笑みを浮かべている。

 続いて慎二は、士郎に視線を移した。

 

「何でだよ…!? 剣で腹を斬られてただろうが! 何で無事でいられるんだよ!」

 

 慎二の疑問に対し、士郎は無言で制服の裾を捲り上げる。すると、裾の中から一冊の本が出て、床に落ちた。

 

 その表紙には、緑色に輝く光の線が、幾つも走っていた。

 

 士郎が使える数少ない魔術の一つ、強化魔術の光だ。これが有ったからこそ、士郎はカルタの剣撃に腹を裂かれず済んだのである。

 

「――魔術…?」

 

 それを見た慎二は、顔を歪め――激情のままに拳を握り、士郎へ向かって駆け出した。

 

「ううああああああああああ!!!」

 

 対する士郎も、右の拳を握って振りかぶり。

 

「うおおッ!」

 

 慎二の拳をかわし、頬に拳を叩き付けた。士郎の全力の殴打によって慎二は吹き飛ばされ、バランスを崩して床へ倒れ込む。

 

「ヅ、ぐ――ライダー!」

 

 慎二は殴られた頬を押さえつつ、偽臣の書を取り出して叫んだ。

 

「コイツを殺せえええええッ!!」

 

 偽臣の書が紫の光を放ち、輝く。その命令通り、カルタが剣を構えて床を蹴った――瞬間。

 

 

 窓ガラスが、砕け散った。

 

 

 割れた窓から、二人が図書館に入って来る。

 遠坂凛とアーチャー…ラスタル・エリオン。ラスタルは図書館へ入るとすぐ、右手を掲げ――ダインスレイヴ隊を多数、召喚した。

 

「がああッ!」

 

 ダインスレイヴが放たれ、直撃を受けたカルタは呆気なく吹き飛ばされる。

 そして、ダインスレイヴの余波を受けた本棚と同じように、血を流しながら倒れた。

 

 

「―――はァ?」

 

 

 呆気に取られた慎二は、間抜け面でそう吐き出すしか出来なかった。

 一方、凛は服のホコリを払い、内部の様子を確認する。役目を終えたダインスレイヴ隊を引っ込めながら、ラスタルはその傍らに立つ。

 

「…遠坂? 何、で――」

「私と衛宮くんは、共闘関係を結んでるの。今日も一日、一緒にいたってだけのコトよ。

 ――慎二。桜を巻き込んだ以上、貴方は完全に、私を敵に回したのよ」

 

 目を見開き、凛は慎二を睨み付けた。慎二はその言葉を聞き、怒りに身を震わせる。

 

「桜――桜、桜、桜、桜桜桜桜ァァッ!!

 こんな奴どうでも良いだろ!! マスターになったのは僕なんだぞ!!」

 

 ヒステリックに叫び、慎二は再び偽臣の書を倒れたカルタに向ける。

 

「立て、立ってコイツらを殺せ!!」

「ッ、ぐうう…!」

 

 カルタに紫の閃光が走り、限界を迎えている身体に鞭を打つ。…それはまさしく、あの夜の焼き直し。全く同じ過ちだった。

 

「――ダメ、やめて…」

 

 しかし、この前とは面々が違う。

 セイバーがいなくなり、桜と凛とラスタルが増えた。

 

「…桜?」

「ダメ、ライダー…これ以上は――!」

 

 俯き、桜が叫んだ。

 すると、慎二が持っていた偽臣の書から、紫の炎が吹き出る。

 

「あ、ああ――あああああああ…!」

 

 炎に捲かれて、偽臣の書は跡形も無く燃え尽きた。それと同時に、カルタが動いた。

 

 一瞬で、桜の下へと移動した。

 それと同時に、魔力が吹き荒れる。カルタが全身に負っていた傷は完治し、魔力が全身に満たされて行っているコトは、三流魔術師である士郎にも分かった。

 

「…これが、ライダー――!?」

 

 凛が驚愕のまま――僅かに恐怖も滲ませて、そう口にした。そう言わずにはいられないほど、先程までとは明らかに違っている。

 

「ハ、良いぞライダー…! そのまま全員始末しろ!」

「――貴様の命令は聞けない」

「はァ!? お前、誰にモノを言ってると――」

「貴様のような下衆は、断じて私のマスターではない!」

 

 慎二の命令を、カルタはそう切り捨てた。

 一般人を巻き込み、自分の妹を人質にした慎二を、誇り高きイシュー家の人間であるカルタが許すハズもなかった。マスターではなくなった以上、慎二の命令にカルタが従う道理など、どこにも無い。

 

「――そうよね…」

「遠坂…?」

 

 そのやり取りを見た凛は、納得したように呟いた。そして、冷徹に言い放つ。

 

「間桐――マキリの血はもう廃れて、魔術回路を持つ人間は排出されなくなった。

 私は臓硯がライダーを召喚して、慎二に預けてるのかと思ってた。…けど、話はもっと簡単だった」

 

 冷徹を装うその声音は、僅かに震えていた。

 簡単であってほしくはなかった、と――そう述べるように。

 

 

「間桐家で、最もマスターに相応しい人間。

 それは当代の魔術師である、貴女だものね――桜」

 

 

 桜がビクリ、と震えたようだった。

 そして、俯いたまま何も言おうとしない。

 

「桜が、マスター…!?」

 

 凛と桜の間に立つ士郎は、唖然としてそう反芻した。

 

「令呪の譲渡――『間桐慎二の指示に従う』って令呪か」

「…オイ。どこ見てるんだよ」

 

 慎二の声など意にも介さず、凛は続ける。

 

「それを『偽臣の書』として慎二に渡している間、桜はマスターとしての権限を失い、ただの魔術師になる。令呪を作り出したマキリだからこそ、そんな裏技が可能だったんでしょうね」

「オイ! こっちを見ろよ!!」

 

 慎二が悲鳴に近い叫びを上げる。その声で、ようやく凛と士郎は慎二に視線を向けた。

 

「まだ終わっちゃいない! もう一度だ桜! もう一度、僕に支配権を譲れ!!」

「―――」

 

 右手を突き出して叫ぶ慎二に対し、桜は俯いたまま答えない。それが、更に慎二の神経を逆撫でる。

 

「何今更良い子ぶってんだよ!!!」

「慎二。令呪を三画使い切れば、ライダーは自由になる。偽臣の書を作った所で、すぐに焼き果たされて終わりでしょうね」

 

 凛は感情の宿らない声で、残酷な事実を言い渡す。

 

 

「借り物の令呪で借り物のサーヴァントを操っていた貴方は、初めから――マスターなんかじゃなかったのよ」

 

 

 目を見開いて、慎二は視線を彷徨わせる。

 やがて、士郎と目が合ったが。

 

「――慎二…」

 

 士郎は、一種の憐れみを宿した目で、慎二を見据えていた。…それが、慎二の中の何かを壊した。

 

「――分かってた。分かってた。分かってた、分かってた! こんなの初めから務まりっこないって分かってたさ!!」 

 

 慎二は声にならない悲鳴を上げて――桜を睨むように見る。

 

「――だから、お前がやれよ。

 僕の代わりにアイツらを殺せ、桜!」

 

 慎二にとって、桜は忠実な人形だ。

 逆らわず、ただ言うコトを聞くだけの。

 

「…いいえ、兄さん。もうやめましょう!」

 

 ――なのに、何で。

 こんな時だけ、コイツは逆らうのか。

 

「兄さんは約束を破りました。先輩は殺さないって言ったのに、あんな命令…! だから、もう――」

「――じゃあいいよ」

 

 慎二はゴミを見るような視線を桜に向け、右手に小さなガラスの容器を持った。高さ三センチほどの、桜の耳元に付けられたイヤリングと同じ物。

 

 

「死んじゃえよ、お前」

 

 

 それを、慎二は割った。

 連動して、桜の耳元のイヤリングも割れる。中に入っていた緑色の液体が飛び散り、桜にかかる。

 

「え?」

 

 

 その時。

 桜は、何かを崩された。

 

 

「―――あ、ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 桜が膝から崩れ落ち、胸をかきむしる。その様子は、誰がどう見ても異常だった。

 場の注目が桜に集まる中、慎二は無言で図書館から退室していく。

 

「桜!」

「いや…先輩、見ないで――!」

 

 身体が火照っている。

 近寄ろうとした士郎だったが、その身体がグイッと後ろに引かれた。

 

「ッ!」

 

 士郎を後ろへと投げ飛ばしたのは、それまで静観に徹していたラスタルだった。

 

 直後、突如として空間から針が飛び出した。

 

 ラスタルはそれを、喚び出した大剣で防ぐ。火花が散り、ウニのように棘を伸ばしたそれが消える。

 

「アーチャー…!?」

「――制御出来てないみたいね…!」

 

 針は桜の魔術によるモノだ。

 感覚が暴走し、意識が朦朧としている桜は、自分が何をしているのか分かっていない。針は桜の周囲からランダムに現れ、その棘を四方へと伸ばしている。

 

「ここから離れろ! 下手に魔力を与えれば、癖になる――戻せなくなるぞ…!」

 

 何とも珍しく、焦りを滲ませてラスタルが叫ぶ。しかし、そうさせる訳には行かない者がいる。

 

「はぁッ!」

「!」

 

 全身を武装して飛び上がったカルタが、ナイトブレードをラスタルの頭上から振り下ろす。ラスタルはその一撃を、先程と同じく大剣で受ける。

 

「退け、イシュー公! あのマスターは暴走している! すぐに止めなければ、彼女は――」

「魔力を失って自滅する、でしょう!?」

 

 連撃を繰り出し、カルタはラスタルを押し返す。ラスタルは僅かに後ろへ跳び、突撃を掛けて来たカルタの剣に対し、踏み込んで大剣で斬り結ぶ。

 

「分かっているのなら――」

「失うより多くの魔力を摂取させれば、彼女は延命出来る!」

「――ただの一時凌ぎだ! 今はそれで済んだとしても、先は無い! その次はどうする!? 一般人から魔力を吸い上げさせるつもりか!?

 それが、セブンスターズ第一席たる『イシュー家』の誇り高き在り方だと! イシュー家の者が仕えるに相応しい主だと!

 貴様はそう言うのか、カルタ・イシュー!」

 

 カルタは歯噛みする。

 わざわざラスタルに言われずとも、彼女にもそんなコトは分かっている。カルタには、桜を抜本的に救うコトは出来ない。せいぜいが一時凌ぎの、先の無い延命処置をさせるだけ。

 

「――ならば、マスターが自滅する様を黙って眺めていろとでも!?」

 

 カルタが振った剣が、大剣を持ったラスタルの巨躯を弾き飛ばす。学校に張られていた結界が発動し、世界が変わる。

 

「ぬうッ…!」

「これ、結界――!?」

 

 凛が目を見開く。当然、結界が張られているコトは知っていた。起点の一つを消すコトもしていたのだ。

 だが、眼前に立つカルタの纏う気迫は、先程までとは段違いになっている。

 

「ッ…!」

 

 桜の針をかわしつつ、ラスタルはたたらを踏みながらカルタの剣を辛くも弾く。

 結界が発動されたコトで、カルタのステータスは大きく上昇した。あくまでも弓兵(アーチャー)であり、近接戦闘を不得手とするラスタルには、もはやカルタを御しきれない。

 

「ダインスレイヴ隊…!」

 

 ならば、と部隊を召喚したラスタルは、ダインスレイヴを放たせる。しかし、カルタはそれを食らってなお、ビクともしなかった。

 

「…何!?」

「お忘れか、エリオン公。此処が、誰の領域(ソラ)か」

「――貴様の仕業か、ライダー…!」

 

 カルタはほくそ笑み、剣を振るってラスタルを更に後退させる。基本スタイルであるダインスレイヴ隊による攻撃が通用せず、ラスタルは思わず冷や汗を垂らす。

 

「やめて――もうやめて、ライダー…!

 私、こんなコトがしたくて、貴女を喚んだんじゃない!」

 

 カルタの背後で、朦朧とする意識の中、桜が悲痛な叫びを上げる。魔力を制御出来ず、今もなお蠢く針として垂れ流していながら。

 その言葉を受けたカルタは、血が出るほどに唇を噛み締め――

 

「――その命令は、承諾出来ない」

 

 桜の命令を、拒絶した。

 例え一時凌ぎでも。己が信条を曲げ、家の名に傷を付けるコトになろうとも――カルタ・イシューは、間桐桜の犠牲を容認出来ない。

 

 カルタは、ナイトブレードを床に突き刺し――己が宝具の名を、口にした。

 

 

「我ら、地球外縁軌道統制統合艦隊!」

 

 

 その口上の後、カルタの背後には、八機のグレイズリッターが顕現する。

 其は、カルタ・イシューが率いし親衛隊。

 地球の外縁軌道を統制、統合する防衛艦隊の中でも、カルタが直轄した精鋭中の精鋭達。

 

 

『面壁九年、堅牢堅固!』

 

 

 ギャラルホルンに於ける、地球最後の砦。

 それが今、たった一人の少女を守る為、この世に現れる。

 

「右から二番目、遅れてる!」

「申し訳有りません!」

 

 …若干、締まらない形ではあったが。

 

「イシュー家の、親衛隊か…!」

「行くぞ、エリオン公! 私は桜を救う! 邪魔立てすると言うのなら、我が艦隊は月外縁軌道統制統合艦隊(アリアンロッド)にも屈しはしない!!」

 

 カルタを含めた全機が剣を構え、ラスタルに向かって突撃を掛ける。

 艦隊戦力の召喚を封じられたラスタルは、これを大剣で止めるコトしか出来ず、派手に吹き飛ばされてしまった。

 

「ぐ…!」

「エリオン公のマスターを捕らえなさい!」

 

 カルタの命令で、グレイズリッターの内の一機が凛の両腕を押さえ、身体を浮かせて拘束する。桜に魔力を吸い上げさせるつもりだろう。

 

 だが、その時。

 凛の眼前で空間が歪み――針が伸び始めた。

 

「ウソ――」

「遠坂ッ!」

 

 まだ拘束されていなかった士郎が駆け出し、グレイズリッターもろとも遠坂を跳ね飛ばす。

 それから半秒も経たず、針が四方へと伸び――士郎の身体を、貫いた。

 

「が、あ…ッ!」

 

 血が吹き出し、士郎が崩れ落ちる。

 そして、その光景は桜の目にも入り――

 

 

「いやああああああああああああああ!!!」

 

 

 桜の周囲、三ヶ所から針が飛び出す。

 針は、自らを生み出した桜の身体を貫いた。桜が針に持ち上げられるように浮き、血が床に滴り落ちていく。

 

「桜!!」

 

 カルタの絶叫が響き渡る。

 そして、倒れ行く士郎もまた、激痛によって意識を失った―――




次回「まもるべきもの」


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#13 まもるべきもの

最近、超電磁砲(レールガン)Tのおかげで、とある熱が再燃しました。
とあるには可愛い子がいっぱいですよね!
黒子と御坂妹と食蜂さんをすこれ。

以上、どうでもいい近況報告。
ちなみに内容はドシリアスである…。


 目が覚める。

 飛び起きると、そこは暗い教会だった。

 

「痛ッ…」

 

 腹部に痛みを感じ、反射的に押さえる。服は血に塗れており、めくると包帯が巻かれているコトが分かった。

 続いて周りを見回すと、遠坂が目に入った。

 

「気が付いた?」

「あ、ああ――遠坂、これは」

「ライダーと教会に連れて来たのよ。大怪我をした桜も一緒にね」

 

 遠坂曰く、言峰は治癒魔術に長けているらしい。言峰の師匠であった遠坂の父親も、その腕には太鼓判を押していたとか。

 すると、礼拝堂の奥の扉が開き――そこから、言峰綺礼が現れた。

 

「――ようやく目が覚めたか。今、間桐桜の治療が終わった所だ」

「…桜――桜は無事なのか!?」

「安定してはいないが、一命は取り留めた」

 

 詰め寄った俺に対し、落ち着いて言峰はそう言った。すると、今度は遠坂が言峰を問い詰める。

 

「ちょっと待って――アンタ、魔術刻印はどうしたのよ!?」

 

 魔術刻印。

 魔術師が代々受け継ぐ、知識の結晶。外付けの魔術回路とも呼べる、魔術師にとっては命より大切なモノだ。

 

「――間桐桜の治療に、全て使わざるを得なかった」

 

 言峰は何の感傷も滲ませず、アッサリとそう述べてしまった。使い切り、無くなったと。

 それを聞いて、遠坂は頭を抱えてしまった。

 

「全部って…」

「それで、その治療した結果だが」

 

 続けて言峰は、淡々と桜の治療結果を語って行く。――それは、あまりにも信じがたく、受け入れがたいコトだったが。

 

「『刻印蟲』…? 何だよ、それは」

「生きた魔術回路と思えば良い。刻印蟲は一度喰らいつけば、身体の隅々まで浸透し、ひたすらに精を貪り尽くす。

 肌をその粘液で刺し、濡らし――快楽中枢を高揚、崩壊させるコトで飢えを満たす」

 

 …そんなの、マトモでいられるハズが――

 

「つまり、この蟲に(たか)られた女は、心と身体。その両方を完全に犯され、破壊される。間桐桜もまた―――」

「やめろ!!」

 

 ウソだ。そんなコト有るハズ無い。

 桜がずっと、そんな目に遭わされて来た来たなんて。

 

「手術は成功したんだろ!?」

「措置は一時的なモノに過ぎん。刻印蟲を身体から除去するコトは出来なかった」

「何で――」

「十一年分だぞ? 無理に引き抜けば、身体の方が保たん。

 十一年前に施術していたならば、まだ何とでもなったが――それだけの年数を掛けて定着した刻印蟲は、最早身体の一部だ。それを取り除くと言うコトは、神経を全て引き抜くコトに等しい。どうなるか、分からん訳でもなかろう」

 

 魔術刻印を全て使ってまで治療して、出来たコトは容態を安定させるコトだけだったと。

 言峰は、そう言ったのだ。

 

「間桐桜を救いたいのであれば、それこそ聖杯に頼るしかあるまい」

 

 ――聖杯。

 ここに来て、またそれか。

 

「――そう」

 

 遠坂が呟き、立ち上がった。

 そして、桜が寝ているらしい部屋へ向かって歩み出す。

 

「…遠坂?」

「冬木の管理者として、処分を下すわ」

 

 処分、って…何だ?

 それって、つまり――

 

 

「処分――()()()()()()()()()()?」

 

 

 その時。

 言峰が、とんだ爆弾を落として来た。

 

「――い、妹…?」

 

 誰が、誰の――?

 

「…遠坂には、魔術の素養を持った子供が二人いたの。でも、魔術は一子相伝。私が遠坂の魔術を継いだ。

 もう一人の子供だった桜は、既に血が途絶えていた間桐――マキリの後継者として、養子に引き取られた」

「それじゃ、遠坂と桜は…」

「私と桜は、実の姉妹よ。――一度もそう、呼び合ったコトは無いけどね」

 

 実の姉妹。遠坂が姉で、桜が妹。

 全然分からなかった。二人とも、髪の色も目の色も違っているから、気付けるハズもなかったが。

 

「…待て。それじゃ尚更、桜を殺させる訳には――」

 

 振り向いた遠坂の顔を見て、俺は言葉を詰まらせた。

 

「――遠坂、お前」

「あの子をこのまま放っておいたら、また同じコトが起こる。今度は見知らぬ人に、見境無しに。私は冬木の管理者(セカンドオーナー)。そんな魔術師を捨て置く訳には行かない」

 

 …分かる。分かってしまった。

 遠坂だって、本当は桜を殺したくない。

 呼び合ったコトが無くとも、血の繋がった姉妹――両親が他界している遠坂にとっては、唯一の肉親なのだ。

 けれど、話はそんなレベルのコトじゃない。

 

 今、桜を殺さなければならない。

 一般人に犠牲を出さない為に。桜が、人殺しの化け物になってしまう前に。

 

 遠坂が誰よりも辛い。

 桜の姉としての感情と、冬木の管理者としての義務。二つに板挟みにされ、平然としていられる訳は無い。

 大人びているとは言え、遠坂も俺と同じ年なのだ。そんな少女に課せられた選択としては、あまりにも重すぎる。――それでも、彼女は自らの義務を優先しているのだ。感情に蓋をし、噛み砕いてでも。

 

「だから私は―――あの子を殺すわ」

 

 そんな遠坂を、俺は止められなかった。

 遠坂は礼拝堂の奥へ進み、桜が寝かされている部屋の扉を、ゆっくりと開ける。

 

「…桜?」

 

 遠坂は、そこで動きを止めた。

 何事かと思い、遠坂の背中越しに部屋の中を覗く。

 

 部屋の中に、桜はいなかった。

 ただ、窓が開け放たれているだけ。

 

「ああ、言ったコトは無かったか。ウチはこう見えて安普請でね。この部屋には、礼拝堂の会話が筒抜けになっているのだ。

 大方、お前達が間桐桜を殺すだの何だのと物騒な会話をしていたから、たまらず逃げ出したのだろう」

 

 愕然とする俺達の背中に向けて、言峰はいけしゃあしゃあとそう述べやがった。

 

「な…!?」

「許せ。構造的欠陥、と言う奴だ」

「ッ、ウソ付けこのインチキ神父! それ、絶対ワザとでしょう!?」

 

 遠坂の言う通りだ。間違い無く、言峰はそれが分かっていながら、敢えて桜をこの部屋に寝かせたのだろう。

 盛大に舌打ちして毒を吐いた遠坂は、礼拝堂の入口へと走って行く。扉を乱暴に開け、そのまま走り去って行った。

 

「――桜」

 

 俺は部屋の中へと踏み入り、開け放たれた窓から外を眺める。――すると、窓の真下に何かが落ちているコトを発見した。

 窓から飛び降り、それを拾う。

 

 桜が持っていた、衛宮邸と間桐邸の鍵。

 

 衛宮邸の鍵は、以前俺が渡した物だ。

 俺がまだ一年生だった頃、バイトで怪我をして片腕が使えなくなったコトが有った。そんな時、家の手伝いをしに来てくれたのが、桜だった。――初めて会った時、桜はまだ中学生だったか。

 最初は友人の妹に手伝いをさせる訳には行かないと思って断ったのだが、大人しい年下の少女は、意外にも頑固だった。来なくて良いと言っていたのに、毎日手伝いに来てくれた。

 

 そんな少女に、俺は根負けした。

 そして、家の鍵を渡したのだ。

 

『桜には負けた。だから、これをやる』

 

 差し出した時、桜は顔を横に振った。

 だが、こればかりは根負けしてやらないと思って、少々無理矢理だったが押し付けた。

 

『大事な人から、大切な物を貰ったのは――これで、二度目です』

 

 受け取った鍵を胸に抱いて、桜は満面の笑みを浮かべながら、そう言ってくれた。あの花が開くような笑顔は、俺が初めて見た、桜の笑顔だったように思う。

 

 その鍵がここに落ちている、というコトは。

 桜は、何もかも諦めてしまったのかも知れない。

 

「桜――!」

 

 フザケるな。桜が苦しむ必要なんて無い。

 あの笑顔を見てから、俺は誓った。桜は大切な家族だと。絶対に、守ってみせると。

 

「衛宮士郎」

 

 走り出そうとした俺に、窓の向こうの言峰が声をかけて来る。それを、俺はじれったく感じた。

 

「何だよ、長話はゴメンだぞ…!」

「まあそう言うな。先程、一つ言い忘れたコトが有る。間桐桜に関わるコトだ」

 

 急ぎたがっている俺の気持ちを察したのか、言峰は一言で、核心を口にした。

 

「端的に言えば――間桐桜は、もう永くない。

 保って数日の命だ。刻印蟲が身体を蝕み、魔力を吸い上げ続ける限り、あの女は魔力を求めて他者の命を喰らう。己が機能を保つ為、何十何百という数の命を喰らい、それでも耐えきれずに自滅する。先の無い女だ。どうしようもなく、救いようの無い女だ」

 

 それを聞き、鍵を強く握りしめる。

 そして、言峰綺礼は問いを投げかけて来た。

 

 

「さあ少年、どうするかね?

 それでもお前は、間桐桜の手を取るのか?」

 

 

 その問いに、俺は――即答出来なかった。

 半ば逃げ出すように、教会を後にした。

 

 

   ◇

 

 

「――お前らしくも無い。一体どういう風の吹き回しだ、言峰。何故、ああまでしてあの女を生き長らえさせた?」

 

 走り去る士郎を見届けた言峰の背中に、黄金の王が声をかける。

 いつ現れたのか、部屋の入口では、ギルガメッシュが壁に背を預けていた。

 

「これは私の愉悦だ。間桐桜が生き延びれば、衛宮士郎も遠坂凛も苦しむだろう」

 

 振り向かず、雨が落ちて来る空を見上げながら、言峰は答えた。その答えを、ギルガメッシュは鼻で笑い飛ばす。

 

「ハッ。(オレ)の目には、とてもそれだけには見えなかったがな。いつもの鉄面皮はどうした?」

 

 ギルガメッシュは、言外にこう言っていた。

 ――感傷に浸るなぞ、お前らしくも無い。

 

「そうだな――ああ、そうだとも。お前の言う通り、個人的な感傷だ」

「死に行く女と、その手を掴む偽物。全く以て三流の見世物だが…何か、覚えでも有るのか?

 ―――()()

 

 言峰の脳裏に、一つの光景がチラつく。

 

 十何年も前のコト。

 全く下らない、消え行くだけの女の姿。ボロボロの包帯を巻いた、醜く見窄らしく――どこまでも白く、美しい女。

 四十年と生きていない言峰にとっても、最早遠い昔のコトだ。

 

 されど、その姿は今もなお、言峰の脳裏に深く深く刻まれている。

 

 取るに足らぬコトのハズだ。

 少なくとも、言峰のような異常者――生まれながらの欠陥品にとっては。

 だが、言峰はどうしても、それを忘れられない。忘れるコトが、出来ないのだ。

 

「―――」

 

 王の問いに、言峰は答えなかった。

 しかし、ギルガメッシュは常と異なり、それを「不敬」として咎めるコトをしなかった。

 

 

   ◇

 

 

 新都の丘、教会の側に有る公園。

 そこへ入り、士郎は白い息を吐き出して、一人の少女の姿を求める。

 

 時間は無い。

 遠坂凛が彼女を見つければ、その場で手を下すだろう。時間が経てば経つほどリスクは高まり、躊躇も生まれるから。

 士郎は何としても、凛より先に間桐桜を見つけなければならない。

 

 だが。

 見つけたとして、桜をどうする?

 

 膝に両手を置いて俯く士郎の背に、冬の冷たい雨が際限なく降り積もる。やがて、士郎は公園のベンチに座り込んでしまった。

 

 桜は死ぬ。

 言峰はそう言い、士郎に問うた。

 

 それでもお前は、間桐桜の手を取るのかと。

 

 

「桜を見つけて、俺は――」

 

 士郎はあの場で、答えを出せなかった。

 

 衛宮士郎は、正義の味方を目指している。

 なりたいのではない。絶対にならなければならない。その為には、悪い奴を殺さなければならない。

 人を襲い、傷付け、命を奪うならば――間桐桜は、衛宮士郎が倒すべき「悪」だ。

 

 それでも、士郎は桜を救いたい。

 守りたいと、そう願ってしまった。

 

「シロウ?」

 

 その時。

 俯く士郎の下に、冬の娘が現れた。

 

「イリヤ…?」

 

 バーサーカーのマスター。

 夜である今、彼女はそう在るハズだった。

 

「…夜は、戦うんじゃないのか?」

「シロウは、もうマスターじゃないもの。私はなーんでも知ってるんだから!」

 

 雨の中、イリヤは軽い足取りで、俯いたシロウに近づいて来る。

 

「ライダーのマスターが倒れて、残りは三人。シロウはライダーのマスターを助けたいけど、見つけられないのよね」

「――うるさい!」

 

 伸ばされたイリヤの手を、士郎は拒絶した。イリヤは驚きつつ、もう一度手を伸ばそうとはしなかった。

 

「…ッ」

 

 反射的にやってしまった士郎は、歯噛みしてそっぽを向いた。

 

 

 そんな士郎の頭に、イリヤは手を乗せた。

 

 

「――シロウ、泣きそう」

 

 幼い子を宥めるように、イリヤは士郎の頭を撫でる。それからしばらくして、イリヤは悲しげに口を開いた。

 

「…今朝の話。キリツグのコト、本当は知ってた。私が生まれた目的は、聖杯戦争に勝つコトだけど――(イリヤ)の目的は、キリツグとシロウを殺すコトだったから」

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、衛宮切嗣とアイリスフィール・フォン・アインツベルンの間に生まれた娘だ。

 人間と人造人間(ホムンクルス)の混ざり物である彼女は、究極最強のマスターとして生み出された、アインツベルンの最高傑作。生まれてからずっと、この聖杯戦争の為に調整を繰り返されて来た。

 

 彼女は衛宮切嗣を憎んでいる。

 

 アインツベルンを裏切り、聖杯を持ち帰らなかった切嗣を。ただの一度たりとも迎えに来なかった、父親のコトを。

 娘のイリヤより、見知らぬ誰かを優先した偽善者を――「正義の味方」を、恨んでいる。

 

「でも――」

 

 切嗣に養子がいると知り、そいつも「正義の味方」を目指していると知った時、イリヤはそいつも一緒に殺してやろうと誓った。

 だけど、士郎が切嗣と違う選択をするなら。

 

「シロウが大切な人を守りたいって言うなら、私は――シロウの味方だよ」

 

 もし士郎が、見知らぬ誰かでなく、大切な誰かを守ると言うのなら。

 

「好きな人のコトを守るのは、当たり前のコトでしょ?

 ――私、知ってるんだから!」

 

 その「大切な誰か」が、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンでないとしても。

 頼りない背中を押してやるのが、姉であるイリヤの仕事だろう。

 

「――俺は…!」

 

 士郎は立ち上がった。

 ――その眼にはもう、迷いなど無かった。




全く以て原作通りじゃねぇか…フヘッ…。
次回も多分そうなる。サーヴァントはちょっと出せそうですけど。

公園での士郎とイリヤのやり取り好き。
HFを見て「もうロリコンでイリヤ」から「イリヤお姉ちゃん…」にシフトしたお兄ちゃん達は、一体何人いるのだろうか…?




次回「レイン」


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#14 レイン

今回は最初のシーンで、視点がコロコロ変わっています。
一貫してないのは大変申し訳無いんですけど、何とかして頂きたく…(丸投げ)
桜視点でお送りする予定だったんですが、士郎の心中での独白は絶対に入れねばならないと思ったのでこんな感じに。


 暗い空。降りしきる雨。

 吐く息は白く、凍える身体を抱える。

 

「――もう、本当に帰る場所…全部、無くなっちゃったな」

 

 間桐桜には、もう行く場所など無かった。

 家には怖いコトしか無い。大好きな先輩は、自分が傷付けてしまった。どんな顔をして会えば良いのか分からないし、そもそも会わせる顔なんて無い。

 

「桜」

 

 

 それなのに、何故――この人は、来てくれるんだろうか。

 

 

「―――先、輩」

 

 桜の下に、士郎がやってきた。

 突っ立った桜に歩み寄りながら、士郎は何もなかったかのように、こう言った。

 

「帰ろう、桜。風邪、治りきってないだろ?」

 

 嗚呼。この人は、何て優しいんだろう。

 甘えてしまいそうになった自分を抑えて、桜は――

 

「…帰れません。今更、どこへ帰れるって言うんですか」

 

 ――ハッキリと、士郎を拒絶した。

 

「さっきの薬――毒でも何でもない、ただ感覚を敏感にするだけの薬です。私はそれだけで自分が分からなくなって、先輩を傷付けました」

「傷付いてない。あんなの、俺は平気だ」

 

 しかし、士郎は歩みを止めない。

 一歩一歩、着実に桜に近付いて行く。

 

「ッ…私は間桐の魔術師で、それをずっと隠してました!」

 

 桜は訴える。自分がどれだけ汚くて、狡い人間なのかを。

 そうやって、士郎を引き離す為に。

 

「俺も、マスターになったコトを桜に言ってなかった」

 

 しかし、士郎は進み続ける。

 

「私が先輩の所に行ってたのも、お爺さまに逆らうのが怖くてです! 先輩を手伝うって言って、ずっと騙して来ました!」

 

 桜は叫ぶ。己が悪事を。

 自分に言い聞かせるように。

 

 私には、先輩の下にいる資格なんて無い。だから、先輩を帰らせなきゃいけない。

 

 まるで悲鳴みたいな声だな、と桜はヒトゴトのように思う。きっと今、私は酷い顔をしているんだろう――けど、構わない。

 それで、先輩が止まってくれるなら。

 先輩がこのまま帰ってくれるなら、どんなに嫌われても良い。…良いんだ。

 

 それでも、士郎は足は止めない。

 桜が苦しんでいて、桜を助けたいから。

 

「いつも思ってました。

 ――私は先輩の側にいていい人間じゃない。だからこんなのは今日限りにして、明日からは知らない人のフリをしようって。

 廊下で出会ってもすれ違うだけで、放課後も見知らぬ人みたいに知らんぷりして、ちゃんと一人で家に帰って…今までのコトは忘れようって」

 

 桜の頬に、一筋の涙が伝った。

 紫色の瞳が揺れ、感情と共に吐き出される。

 

「でも、出来なかった!

 死のう、って手首にナイフを当てた時よりも怖くて…先輩が遠くなってしまうのが怖くて、周りはみんな怖いコトだらけで…!

 もう一歩も動けなくなって――どうして良いか分からなかった!!」

 

 泣きながら、絶叫する桜。

 その姿を見て、本当に――士郎の心は、完全に決まった。

 

 俺が守りたいもの。

 俺にとって、大切なもの。

 それをこれ以上、泣かせたくないのなら。

 誰も桜を責めず、桜が自分で自分を責め続けるしかないのなら。

 

 俺が手を引いて、ちゃんと日の当たる場所に連れて行って――

 

 

「――俺が桜の代わりに、桜を赦し続ける」

 

 

 潤む目を見開いた桜に、士郎は笑いかけた。

 

「もう泣くな。桜が悪い奴だってコトは、もう分かったから」

 

 ――ダメだ。この人は、私を捨ててくれない。

 誰よりも優しくて、純粋な人だから。――だからこそ、私みたいに汚れた女が、側にいちゃいけないんだ。

 

「私はいつ、さっきみたいに取り乱すか分かりません。今度はきっと、取り返しの付かないコトをします。そんな私が、どこに帰れって言うんですか!」

 

 突き放すように言う桜へ――士郎は、いつか渡した鍵を見せ付けた。

 

「―――!」

「ここが、桜の家だ」

 

 赦してくれる。この人なら。

 このままじゃ、また甘えてしまう。

 

 そんなの、ダメだ。絶対に離れないと。

 どんなに嫌われて、軽蔑されても。絶対に。

 

 

「先輩――私、処女じゃないんですよ?」

 

 

 何としてでも、先輩を拒絶しなきゃ。

 私はきっと、また流されてしまう。

 

「初体験なんて、とっくに終わってるんです。それからもずっと、よく分からないモノに身体を触られて来ました。

 そんな私が、先輩の所にいる資格なんて――」

 

 桜が、その先の言葉を口にするコトは無かった。

 言葉の途中で、迷い無く士郎が駆け出し――

 

 

 ―――桜を、抱き留めたからだ。

 

 

「俺が守る。この先、何が有っても。桜自身が桜を赦せなくても。

 ――俺が、桜を守るよ」

 

 涙が溢れ出す。身体が熱い。

 ダメだって、分かってるのに――

 

 

「――俺は、桜だけの正義の味方になる」

 

 

 ――どうしてこの人は、こんなに。

 私なんかの為に、ここまで言ってくれるんだろう。

 

「ダメ、です先輩…それじゃきっと、先輩を傷付ける――傷付ける、のに…」

 

 傷付ける前に、離れなきゃならない。

 そう思ってるのに、身体は言うコトを聞いてくれない。さっきまで寒かったのに、今はこんなにも暖かい。

 

「――帰ろう、桜」

 

 鍵と共に、手が握られる。

 すごく大きな手。無骨だけど逞しくて、何よりも暖かかった。

 

 

   ◇

 

 

「――良かったのか、マスター。みすみす見逃しても。彼女は…」

「言うまでもないわよ、バーサーカー。――私はシロウの味方で、お姉ちゃんだもの」

 

 手を繋いで帰路についた二人の背中を、イリヤとバーサーカー…マクギリス・ファリドは見送った。

 覗き見なんて悪趣味なコトは、淑女(レディ)のするコトではないと思ったが――イリヤはどうしても、士郎が上手くやるか心配になったのだ。結果として、全く心配無かったのであるが。

 

「――バーサーカー、帰りましょ。今日はもう、ランサーのマスターもゾォルケンも動かないだろうし」

 

 雪の少女は軽快に回り、士郎に背を向けた。そのままステップを踏み、迎えの車に向かって歩き出す。その足取りは、とても軽い。

 

「―――」

 

 誰もいなくなった公園を一瞥して、マクギリスはイリヤを追って歩き出し、霊体化した。

 

 

   ◇

 

 

 公園を出て、坂道を下りて行く。

 士郎と桜は決して、手を放そうとはしない。

 

 そんな二人の前に、遠坂凛が立ち塞がった。

 

「――桜」

 

 凛は桜を見据える。

 なお、凛の背後に立っているアーチャー…ラスタル・エリオンには、何かをする気は無いようだ。ただ無言で腕を組み、士郎と桜を見据えるだけである。

 

「…姉さ――遠坂、先輩」

 

 一瞬口を滑らせた桜だったが、すぐに言い直してしまう。そして、士郎の手を引き、桜は前へと歩き出す。

 

 凛は動かない。

 士郎と桜は、凛の横を通り過ぎ――そのまま、去って行った。

 

「――アレが、あの二人の選択か」

 

 ラスタルの呟きを受けて、凛は息を吐いた。

 

「…立場、無いわね」

「いや――お前は、お前の義務と責任を果たそうとしただけだ。何も恥じるコトではない」

 

 合理で動くラスタルとしては、士郎と桜の選択は肯定し難いモノだ。

 ――一方で、否定もしないのだが。

 

「この選択に於いて、正誤は問題ではなく、善悪も存在しない。唯一有るのは、悔いるか悔いぬかと言う事後評価のみ」

 

 士郎が、桜に救いを差し伸べたコト。

 桜が、差し出された手を取ったコト。

 凛が、むざむざ二人を見逃したコト。

 

「正しかったか、誤りであったか。

 全ては、終わってからしか判断出来ない」

 

 凛と桜。

 姉と妹は、すれ違ったままだ。

 

 

   ◇

 

 

「疲れたろ? ゆっくり休め」

 

 衛宮邸に戻って来て、桜を部屋まで送り届ける。桜は風邪を引いていたのだから、早くゆっくり休んでもらわないと。

 

「はい――あの…いえ」

 

 ドアを閉めようとしたのだが、桜が俯いて、何かを言おうとした。しばし怪訝な表情で見つめてしまったが、察するコトは出来た。

 

「…魔力が足りないのか。

 俺でも何か、力になれれば良いんだけど」

「は、はい。その、私…私を―――」

 

 桜はそこで、言葉を飲み込んだようだった。

 

「い、いえ! 血を、少し分けて頂ければ大丈夫です」

 

 …一体、何を言おうとしたのだろうか。

 とにかく、血をあげれば良いらしい。俺は人差し指を軽く噛み切って、血が滲み出たコトを確認して、桜に差し出す。

 

 眼前に差し出された指を、桜は咥える。

 滴る血を労るように舌で舐めとり、傷口に吸い付いて来る。

 

「………」

 

 ――落ち着け。これは一種の治療だ。

 心を平静に保て、俺。断じて不純な行為ではない。桜の為に必要なコトなんだ。

 

 それからしばらく(実際は数秒だったのかもしれないが、俺には長く思えた)経ち、桜は俺の指から口を放す。

 唇に零れた唾液を、桜は舌で舐めとる。イヤに艶めかしく見えた。

 

「え、えっと…良いのか?」

 

 顔を僅かに火照らせた桜は、無言で頷いた。妙にいたたまれなくなって、俺は「おやすみ」と一言言い残し、ドアを閉めてしまった。

 それからそそくさと、自分の部屋へと戻る。

 

「士郎、だったかしら」

 

 廊下を歩いていると、背中から声をかけられた。名を呼ばれて振り向くと、そこには。

 

「――ライダー?」

 

 桜のサーヴァントである、ライダーが立っていた。

 

「一つ、お前に聞きたいコトが有るわ」

「…何だ?」

 

 攻撃して来る気配は無いが、ライダーの瞳は真剣だ。赤い眼は真っ直ぐに、俺の目を射抜いて来る。

 

「桜にとっての幸福は、お前が側にいると言うコトよ。彼女にはそれ以上の、望むべき幸せなど無い。

 ――私は、桜を死なせたくない。私は、桜の笑顔を守ると誓った」

 

 それは、俺だって全く同じだ。

 俺は桜を守りたくて、桜の手を取った。――桜に残された時間は短いと、知っていながら。

 

 

「衛宮士郎。お前は本当に、桜の味方か?

 例え、これから先に――()()()()()()()()()

 

 

 

   ◇

 

 

 翌日の朝。

 士郎と桜は、いつも通りに朝食を取る。

 

 ただ、一つ違うのは――二人の前に、机を挟んでライダーが座っているコトだ。

 

「――私は、食事を必要としないのだけれど…」

「そう言うな。人数が多い方が楽しいだろ?」

「そうよライダー。遠慮なんて、しなくて良いんだからね?」

 

 士郎と桜に言われて、ライダーは箸を取り、厚焼き玉子を口に運ぶ。二人が思わず目を見張るほど、完璧な箸使いだ。

 

「――今後の方針だけど。

 俺は桜を勝たせて、聖杯を使ってもらう」

 

 かける願いはただ一つ。

 桜の体内から、刻印蟲を完全に除去するコトである。

 

「けど、桜は家から出ない方が良いと思う。臓硯と直接会うのは危険だからな」

 

 桜に刻印蟲を埋め込んだのは、間桐臓硯だ。

 直接会ってしまえば、何をされるか分からないし、どう唆して来るか知れたモノではない。

 

「それは私も同意見だわ。けど――お前はどうやって、あの老人を倒すのかしら?」

 

 臓硯はキャスターとアサシン、二騎ものサーヴァントを従えている。ライダーだけでは、この二人を相手にするコトは出来ない。

 

「他のマスターと、協力すべきだと思う」

 

 だが、凛とアーチャーの陣営には期待出来ない。昨夜あのように分かれた以上、士郎と凛の協力関係は瓦解したと等しい。

 となると、残る陣営は限られて来る。

 

「イリヤの――バーサーカー…?」

 

 後はランサーとバーサーカーのみ。

 ランサー陣営は、マスターが未だ不明の為、交渉のしようが無い。なれば、残るのはバーサーカー…イリヤだけだ。

 信頼に足るし、可能性は充分有る。

 

 これしか無い。

 士郎は、そう直感した。

 

 

「――大丈夫でしょうか」

 

 朝食を食べ終わり、士郎と桜は玄関にいた。

 士郎はこれから、イリヤと交渉する為、郊外のアインツベルン城へ向かう。以前イリヤから話を聞いていた為、場所も分かる。

 不安げな桜に向けて、士郎は笑顔を見せる。

 

「ああ、多分。それじゃあ、桜は家から出ないようにな」

 

 そう言い残し、士郎は玄関から出て行った。

 残された桜の側に、ライダーが立つ。

 

「――後悔しているの?」

「…後悔なんて、今更出来ないでしょ。

 ライダー、貴女は先輩と一緒に行って。もし危なくなったら、先輩を連れて帰って来て」

 

 ライダーは頷きつつ、桜に忠告する。

 

「桜。私はあの老人より、教会の神父をこそ警戒すべきだと思うのだが――」

「――ええ。私も、本当はそう思うわ」

 

 それを受け止めつつ――

 

「でも、大丈夫よ」

 

 ――桜は、顔を歪めて。

 

 

「だってあの人――()()()()()()()()()

 

 

 さも当然のように、そう口にした。

 対するライダーは何も言わず、霊体化して桜の前から消え去った。

 

「――はぁ…」

 

 一人になった桜は、壁に手をつき、床へと倒れ込んだ。

 

 身体が熱い。

 熱を帯びた身体は、ただひたすらに、快楽を求めている。抑えは効かない。

 桜はただ、それを自分で慰めるコトしか出来なかった。

 

 

   ◇

 

 

 夕日の入る洗面所で、手を濡らしていたモノを洗い流しながら、桜は思う。

 自分の手を取ってくれた、あの人のコトを。

 

 あの人はまた、危険な場所へ行って。

 私はまた、それを見送って。ただ、あの人の待っているコトしか出来ない。

 きっとこれからも、あの人は危険な目に遭って、傷付いてしまう。

 

 

「――そうだ。外に出さなければ良いんだ」

 

 

 ふと。

 名案を思い付いて、彼女は嗤った。

 

「外に出られないくらいの大きな怪我をしちゃえば、危険な目に遭うコトも無いよね」

 

 それだ。何て良いんだろう。

 初めからそうしてしまえば良かっ――

 

「――あれ? 私、何を考えて…」

 

 貼り付けたような、不気味な笑みを浮かべたまま、桜は自分の部屋に戻って行く。

 

 

 夕日の中に、影を残して。




終わり方ァ! 不穏ッ!!
…どうしてもここで切るしかなかったんです、許して下さい何でもしませんから。
この後は壮大な戦闘シーンなので、その回のド初っ端に自慰の後始末シーン入れるよりは…ねぇ?




次回「パワー・ゲーム」


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#15 パワー・ゲーム

第三章公開まで後57日、八週間となりましたね。
たのしみ(語彙力)

タイトルから察される通り、今回から第二章最大の見せ場です。なので(必然)、今回は相当気合い入れて書いたつもりでいます。
劇場版のBGMを流しながらノリノリで。
具体的には「he goes, she goes」と「the outbreak of war」、「she rules the battlefield」ですハイ。


 夜になって、俺はようやくアインツベルン城へ到着した。明らかに迷いそうな森に入り、城を目指す。

 ほぼほぼ人間の手が入っていないようで、草木は好き勝手に生えている。雪や雨が続いたからか足場も悪く、落ち葉も降り積もっているので、すぐに滑りそうになる。

 

「こりゃ、難儀だな…」

 

 思わずボヤく。とにかく背負う剣だけは無くさないようにしないと、と思いつつ歩いていると――鈴の音がした。

 

「アレは…」

 

 針金で作られたらしき鳥が、羽ばたきながら俺の下へとやってきた。それを一目見て、どうやらイリヤが送って来たようだと分かった。

 そして、鳥は森の奥へと羽ばたいて行く。

 

「――付いて来い、ってコトか」

 

 道案内をしてくれるようだ。知らない森というだけでなく、夜だという問題もあるので、これは非常にありがたい。

 イリヤ側としても、俺の来訪を受け入れてくれている――交渉の余地が有るからこそ、こんな鳥をよこしたのだろうし。

 

 羽ばたくごとに鈴の音を響かせる、針金の鳥に導かれるまま、俺は森を進む。

 しかし――その鳥は、突如として消えた。

 

「アレ? 消えたな…」

 

 周囲を見回すと、鳥の翼らしきモノが木の幹の陰に見えた。そして、それに近付くと――

 

 ――鳥を食い落とした蟲が、這い出て来た。

 

「うわっ!」

 

 口を開いて襲って来た蟲を、すんでのところでかわす。蟲はカサカサと地を這い、森の奥へと消えて行った。

 

「こ、れって――!」

 

 間違い無い。あの蟲は――!

 

 

   ◇

 

 

 アインツベルン城、外壁の正門。

 そこには雪のように白い冬の娘と、彼女に仕える金髪の狂戦士が立っていた。

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと、バーサーカー…マクギリス・ファリド。

 

 

 相対するは、腰が曲がりきった矮躯の老人。

 その側には二騎の英霊――銀髪の男と、既に武装した小柄の少年が控える。

 

 間桐臓硯とキャスター…オルガ・イツカ、アサシン…三日月・オーガス。

 

 

 アインツベルンと間桐――マキリ。

 聖杯戦争始まりの「御三家」にして、五度に渡って聖杯を争って来た仇敵同士。戦争の勃発は、まさしく必定にして目前である。

 

「――貴方、正面から戦う気が無いわね。そんなに、自分の命が大事?」

 

 煽るようなイリヤの言葉に、臓硯は答える。

 

「ああ、大事だとも。

 我が望みは不老不死――見よ、この肉体を」

 

 臓硯は手を広げ、腐りきった身体を少女に見せ付ける。身体の一部が崩れ、蟲としての姿に戻った。

 

「刻一刻と腐り、腐臭を放ち、蓄えた知識を失って行く。その痛み、生きながら腐り行く苦しみが、お主に分かるか?」

 

 身体が崩れ、哀れな蟲へと還っていく。

 間桐臓硯が選んだ延命、その果てがこの有り様だ。実に醜く、汚らしく、見るに耐えない。

 

「死が恐ろしくない人間などおらぬ。如何なる真理、如何なる境地へ辿り着こうとも、自己の消滅…世界の終焉を克服するコトは出来ん。

 他の人間を犠牲とするコトで、我が望みが叶うと言うなら――」

 

 四方八方の森から、蟲が臓硯の下に集まる。崩れた身体が蟲によって補完され、臓硯はヒトとしてのカタチを取り戻して行く。

 

「――世界中の人間を一人一人、殺して回っておるわ」

 

 醜悪に嗤いながら、臓硯はのたまう。

 生にしがみつく、哀れな怪物。彼は自らが生きる為ならば、全人類を犠牲にするコトなど厭わない。

 

 ――何故、不老不死を願ったのか。

 その理由すら、忘れ去ったというのに。

 

 

「――呆れたわ。そこまで見失ってしまったの、マキリ」

 

 目を見開き、イリヤ――アインツベルンの女は諭すかのように語る。

 

「思い出しなさい。

 私達の悲願――奇跡に至ろうとした切望は、何処から来たモノなのか」

 

 糾弾する言葉。

 それは、「イリヤ」の言葉ではなかった。

 

「私達は何の為に、人であるコトに拘り、人であるままに――人ならざる地点へ、到達しようとしていたのか」

 

 アインツベルンの言葉を、マキリは不愉快極まる、と言うように一蹴する。

 

「フン――人形風情がよくも言った。先祖(ユスティーツァ)の真似事も刷り込み済み、と言うワケか」

 

 五百年の時を生きる怪物は、その時――怒りにも似た感情を、声音に乗せた。

 臓硯が指を鳴らすと、控えていた二騎のサーヴァントは、それぞれ姿を消して行く。

 

 

「戯れは此処までじゃ。

 ――アインツベルンの聖杯、この間桐臓硯(マキリ・ゾォルケン)が貰い受ける」

 

 

 邪悪な嗤いを残し、臓硯は蟲へと戻って、森の中へと四散して行く。蟲の怪物を、アインツベルンは冷徹極まる眼で見送った。

 

 

 ――森の中央で、影が花開く。

 

 

 無数の影が集積した中から、一騎のサーヴァントが姿を現す。

 

 現れたのは、一人の男だ。

 氷雪が如き白い髪に、獄炎のように赤く深い瞳。漆黒と深紅の装甲を全身に纏い、その右手には紅蓮の剣が握られている。

 

「――ッ!!」

 

 無言で控えていたマクギリスだったが、その気配を感知するや否や「ガンダム・バエル」の装甲で武装し、イリヤを抱えて飛び上がった。

 

 

 直後。

 世界を塗り潰すが如き赤色の光が、城の外壁と正門を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

 

「うわあッ!」

 

 かなり離れた所からイリヤと臓硯のやり取りを見ていた士郎も、その余波だけで吹き飛ばされる。

 

 比較しようの無い、圧倒的な出力。

 魔力により増大した斬撃は、築かれた石壁を蹴散らし、大地を溶解させ、森林を焼き尽くした。まさしく、絶対的な終焉の一撃である。

 

「――遠坂!?」

 

 なお、士郎は大怪我を免れた。

 遠坂凛が魔術で、士郎もろとも攻撃の余波を防いだのである。

 

「まさか、衛宮くんが同じコト考えてたなんてね」

 

 何故、彼女がここにいるか。

 それは勿論、彼女も臓硯に対抗する為、イリヤとの同盟を結びに来たのである。

 

「…そんな――」

 

 一方、狙われたイリヤも直撃を避けた。

 咄嗟の判断で、マクギリスがイリヤを抱えて空へと飛び上がっていたからだ。これが無ければ、今頃は灰も残さず消えていただろう。

 

 イリヤは高台から、焦土と化した場所の中央に立つ、そのサーヴァントを目にし――流石に、驚愕を覚えた。

 

「――マスター、あのサーヴァントは」

「ええ――何で、此処にいるのかしらね」

 

 そして、その驚愕は、士郎と凛も同じだ。

 

「…ウソ、でしょ――!?」

 

 凛がそう呟き、士郎は衝撃のあまり、言葉を発するコトが出来なくなっている。

 影から現れた漆黒のサーヴァントは――士郎のよく知るサーヴァントだった。

 

 

 セイバー。

 アグニカ・カイエル。

 

 

 消えたハズの士郎のサーヴァントが、爆心地の中央に堂々と立っていた。

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 ――かつて、英雄がいた。

 

 英雄は尽力した。

 人類の未来の為に、己が大切にしていたモノの全てを捨てて、人類を救った。

 

 けれど――人類は、英雄を救わなかった。

 

 人類は戦い続けた。

 何百年、何千年経とうと変わらなかった。

 英雄が救った人類は、人類の手で殺され続けた。

 世界にたった一人になったりしない限り、人類は人類を殺し続ける。戦い続ける。

 救いようがなく、決して救えない。そうするだけの価値も無い。

 

 だったら、もう――

 

 

「世界を。人類を。運命を。

 ――全て、何もかも。ブチ殺してブチ壊して、俺が終わらせてやる」

 

 

 ――人類なんて、この世には要らないだろう。

 

「ハッ。ハハ、ハハハハハ――ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 厄祭の英雄は死んだ。

 此処に在るのは、絶対の終焉のみ。

 

 そして、それは――彼が滅ぼした殺戮の天使(モビルアーマー)による行いと、全く同じモノでもあった。

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

「――マスター。安全な所へ待避してくれ」

 

 マクギリスはイリヤを下ろし、両手に黄金の双剣を握る。爆心地に立つアグニカを、上から見下ろしながら。

 

「ダメ、バーサーカー…! アイツにやられたら、戻って来れなくなる!」

「…そうだろうな。俺では、アグニカ・カイエルに敵わない。あの御方は、この世で最強の英雄だ。俺が憧れた『力』の全てを得た者だ」

 

 以前とは全く違う。

 マクギリスは冷静さを失わず、暴走するアグニカを見据える。

 

「だが当然、ただでやられるつもりは無い。キミが逃げる為に必要な時間くらいは、稼いでみせよう」

 

 どの道、アグニカからは逃れられない。

 影に捕捉されている以上、万が一にでもアグニカから逃げ延びたとして、取り込まれるのがオチだ。

 結局死ぬのなら――守るべきマスターだけでも、逃がさねばならない。

 

「行け、マスター!」

 

 スラスターを全開にし、マクギリスは全速でアグニカに突撃した。

 

「バーサーカー!」

 

 身体の前で黄金の剣を交差させ、距離を詰めるマクギリス。対するアグニカは、剣に鮮血のような色の濃密な魔力を纏わせ――

 

「死ね」

 

 マクギリスに向けて、振り下ろした。

 魔力が暴発し、再び爆発。マクギリスとアグニカの姿を、煙と光が覆い尽くす。

 

 

阿々々々々(カカカカカ)――どうやら、勝負は見えてきたようじゃの。

 後は任せるぞ。アインツベルンの娘、むざむざ逃すなよ?」

 

 己が二騎のサーヴァントにそう言い残し、臓硯はアインツベルンの森から姿を消した。

 オルガと三日月は目配せし、動き出した。

 

 

「きゃあッ!?」

「させん――!」

 

 イリヤは、凛から命令を受けたアーチャー…ラスタル・エリオンが回収した。

 立て続けの爆発が起こる中、ラスタルは戦場から少し離れた場所へ移動している士郎と凛の下へ、イリヤを連れて戻った。

 

「アーチャー…!」

「全く――間に合って何よりと言った所か」

 

 ラスタルはイリヤを地面へ下ろし、戦場へと視線を向ける。爆発は収まったが、まだ戦闘は継続しているようだ。

 

「――貴様ッ!」

「!」

 

 その時、ラスタルは大剣を構え――イリヤを奪いに来た三日月を、迎撃した。

 

「邪魔」

「悪いが、彼女を奪わせる訳には行かん」

 

 スキル「気配遮断」を使いつつ、森の中へと姿を消した三日月を、ラスタルは追撃する。

 

「――そこか!」

「ッ、うぐあッ!」

 

 三日月が襲った直後に襲って来たオルガは、ライダー…カルタ・イシューが迎え撃つ。武装したカルタは剣により、オルガを斬り捨てる。

 

「ライダー、そいつは死なない!」

「何? ――く!」

 

 しかし、すぐに立ち上がったオルガは、パルチザンをカルタに振った。カルタはそれを剣で受け止めて、オルガを押し返すコトで、イリヤ達三人からの引き離しを図る。

 実際にオルガは押し返され、三日月とラスタルが入っていった方向とは反対側の森へ、姿をくらました。

 

「逃がすものか…!」

 

 カルタもそれを追い、森へと消えていく。

 その場に残ったのは士郎、凛、イリヤの三人となった。

 

「――バーサーカー」

 

 イリヤはやはり、自分を逃がす為に囮となったマクギリスが気にかかるらしい。――だが、マクギリスの犠牲を無駄にせぬ為にも、ここは逃走しなければならない。

 

「イリヤ、行こう。ここはバーサーカーを信じて、逃げるんだ」

「――シロウ…」

 

 イリヤの手を取り、士郎は言う。

 やがて三人は、爆心地から離れるように駆け出した。

 

 

   ◇

 

 

 爆煙の中から、バエルの装甲を装備したマクギリスが飛び上がる。

 

「ぐ…っ!」

 

 黄金の剣で魔力攻撃を一瞬防ぎ、後方へ思い切り飛ぶコトで、辛くも回避に成功した。突撃をかけた時は「近距離まで詰められれば…」とも思ったが、マクギリスは即座にその考えを改める。

 

 不可能だ。

 近距離になど寄ってしまえば、それこそ一撃で霊核を斬り裂かれる。

 

「――バエルか。成る程、エリオンの末裔が言っていたコトが事実だったとはな」

 

 漆黒の剣士は、マクギリスの姿を見て頷く。

 なお、現れてから今の今まで、アグニカは一歩たりとも動いていない。その事実に、マクギリスは畏敬――いや、もはや恐怖を抱いた。

 

「貴様。ファリドの末裔だったか?」

「――養子ですが」

 

 マクギリスは真剣に答える。

 以前遭遇した際はバーサーカーらしく叫びまくっていたマクギリスだが、このアグニカ・カイエルを前に狂化などすれば、それこそ格好の的だ。

 常ならばナノラミネートアーマーの防御力によって、ある程度攻撃を受けても問題無いが、今回は話が違う。一撃でも食らえば、その先の選択肢には死しか残されていない。

 

「革命の為にバエルに乗った、と聞いたが――貴様は、何を成そうとした? どんな世界を創ろうとしていた?」

 

 アグニカが、マクギリスに答えを求める。

 普段のマクギリスなら狂喜乱舞しているが、流石にそんな余裕は無い。今隙を見せれば、どうなるか分かったモノではない。

 

「――己が力のみが、全てを決定する世界。かつての厄祭戦のように、力の在るモノが全てを手に入れる世界を」

「何故に?」

「この世で唯一確実なモノ――それが『自分の力』だ。思想も席次も関係無く、力を持つモノが正当に評価される世界でこそ、人類は正しく存在出来る」

 

 それこそが、怒りに身を焦がしながら生きてきたマクギリス・ファリドという男の理想。自分の力のみを頼りに生きて来た男が、権力闘争の中で見いだした答えである。

 マクギリスの言葉を聞き届けたアグニカは――鼻で笑った。

 

「…!?」

 

 自らの理想を一笑に伏されたマクギリスは、思わず身構えた。

 

「そこまで息巻いてバエルに乗って、無様に敗北したワケか。成る程、そりゃあバエルもテメェを認めないだろうなァ」

「――何?」

「テメェは二つ、思い至ってないんだよ。

 思想も席次も関係無く、って言ったか? その言葉自体、テメェが誰よりも思想や席次に囚われてるから出るんだろうが」

 

 堕ちたアグニカが先程鼻で笑ったのは、嘲りを込めてのコトだと。マクギリスはその時、そう理解した。

 

「そんでもう一つ――人類に正しさなど存在しない。人類が存在しているコト自体、間違ってんだよ」

「――では何故、貴方は人類の未来の為に戦ったのだ!?」

 

 問い返さずにはいられなかった。

 アグニカは人類を救った、最新にして最強の英雄だ。少なくとも、マクギリスにとっては道を示し、この世の真理を教えてくれた存在。

 歪みきった姿になり果てたとは言え――その本人から、そんな言葉が出るなど。

 

「ああ、戦ったよ。それだけが、俺の生まれた意味だったからな。その為に、何もかもを犠牲にしたさ。友情も愛情も、自分自身も捧げて、使命を全うした。

 全く――間抜けにも程がある。人類に救う価値は無かった。テメェのような三百年後の奴らを見れば、それもよく分かるってモンだ。人類はあの時、この世から消え去っておけば良かったんだよ。モビルアーマーとかいう、テメェ自身の功罪によってな」

 

 モビルアーマー。

 兵器の無人化、その極致。人類によって生み出され、人類を滅ぼしかけた殺戮の天使。

 火星で戦ったモビルアーマー「ハシュマル」の姿が、マクギリスの脳によぎった。

 

「さて――下らん時間だったな。

 テメェの信じる『力』とやらで、せいぜい足掻いて無駄に死ね」

 

 アグニカが紅蓮の剣を持ち上げると、真紅の魔力が剣を覆う。

 

 膨大な魔力によるゴリ押し。

 通常状態のアグニカには決して有り得ない、技を捨て去った力技が、セイバーオルタの蹂躙手段だ。

 

「うおおッ!!」

 

 マクギリスが、アグニカに突撃する。

 二本の黄金の剣と、魔力に覆われた紅蓮の剣が衝突。一瞬の拮抗すら起こせずにマクギリスは吹き飛ばされ、魔力で拡張させられた斬撃が森を焼き払う。

 

「ぐうう…!」

 

 スラスターを全力で吹かせても、吹き飛ばされた勢いは殺しきれず、マクギリスは焦土と化した燃え盛る地面を転がる。

 そんなマクギリスに対し、再び魔力を乗せた紅蓮の剣を振り上げ、アグニカは無慈悲にそれを振り下ろす―――

 

「――!」

 

 ――直前。

 一条の閃光が、アグニカ目掛けて飛来した。

 

 アグニカは標的を変え、背後から飛んできたそれ――ダインスレイヴの弾頭を迎撃する。光は撃ち落とされ、魔力が地面を穿ち、煙を撒き散らす。

 

「うおおおお!!」

 

 巻き上がった煙の中へ、森の外から飛んできたらしい一騎のサーヴァントが突っ込む。剣と槍の交錯によって火花が散り、衝撃と発生した爆風で煙が四散する。

 

「フン」

 

 その巨大なランスを以て行われた突撃を一切動じぬどころか、一歩も動かずに受け止めたアグニカは、そのサーヴァントを横側に向けて弾き飛ばした。

 そいつは空中で回転して体勢を立て直し、マクギリスの側に着地する。

 

「無事か――マクギリス」

 

 マクギリスは、その目を見開いた。

 思わぬ救援に訪れたサーヴァントに、マクギリスは見覚えが有る。

 

 ――いや、見覚えなんてレベルではない。

 他の誰よりも、マクギリスはその男のコトを知っている。

 

 

「――ガエリオ・ボードウィン…!」

 

 

 ランサーのサーヴァント。

 「ガンダム・キマリスヴィダール」の装甲を纏ったガエリオ・ボードウィンが、苛烈極まる戦場へと乱入した。




戦場に君臨する、堕ちた厄祭戦の英雄。
本能のままに振るわれる圧倒的な暴力を前にして、対立し別離した二人が再び、その背を預け合う――



次回「絶対の終焉」


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#16 絶対の終焉

気合いを入れた回その二。
劇場版で超絶神作画だった部分なので、負けじと頑張った――つもりです。アインツベルン城の敷地を惜しみなく使った大決戦、お楽しみあれ。

ちなみに、作業時のBGMは前回同様、劇場版第二章の奴でした。
「come on, make your move」
「He comes back again and again」
「what else, we can do?」
「despair and hope」
の順番で。特に二番目。


 森の中を、縦横無尽に駆け巡るアサシン…三日月・オーガス。

 それに対し、アーチャー…ラスタル・エリオンはダインスレイヴによってあらゆる木を薙ぎ倒しながら、遠距離制圧攻撃を仕掛ける。

 

「チ――ジュリエッタ!」

 

 ラスタルは腹心の部下であるジュリエッタ・ジュリスの操る「レギンレイズ・ジュリア」を召喚し、三日月に差し向ける。

 ダインスレイヴによる射撃を継続しつつ、ラスタル自身も大剣を持って距離を詰める。

 

「ラスタル様の為に! はあっ!」

「お前、邪魔だな…!」

 

 苛立ちを隠しもせず、三日月は突き出されたレギンレイズ・ジュリアの剣をメイスで防ぐ。続いて後ろへ跳んでダインスレイヴをかわした三日月だったが、そこへジュリアが追撃をかける。

 

「今一度、私が討ち取る!」

「やれるモノか…!」

 

 

 その時――影の触手が、ラスタルを襲った。

 

 

「ッ、ぐ…!」

 

 ジャンプしてかわそうとしたラスタルだったが、サーヴァントである以上、黒い「影」には抗えない。

 横腹に、影の触手が掠った。

 

「ラスタル様! …がッ!!」

 

 ジュリアが注意をラスタルに向けた隙を突いて、三日月が放ったテイルブレードが、ジュリアを彼方へと弾き飛ばした。

 霊基を汚されて膝を付くラスタルに、三日月は無情に言い放つ。

 

「俺達の邪魔をする奴は、全員潰す」

「ッ…!」

 

 サーヴァントは、影の呪層界に逆らえない。聖杯の呪いに侵された今のラスタルは、既に森に満ちる怨霊と大差が無くなっている。

 「気配遮断」によって影の影響を受けにくくなっている三日月を、ラスタルは睨み付けた。

 

 

   ◇

 

 

 ランサー…ガエリオ・ボードウィン。

 バーサーカー…マクギリス・ファリド。

 そして、セイバーオルタ…アグニカ・カイエル。

 

 更地となり果てた森の中で、三騎のサーヴァントが一同に会した。

 

「…どういうつもりだ、ガエリオ」

「マスターの命令だ。キャスター、アサシンの陣営と戦えと」

 

 今回の聖杯戦争で、ガエリオとマクギリスが出会うのは、初めてではない。「全てのサーヴァントと戦い、相手を倒さず生還しろ」との令呪をかけられたガエリオは、ラスタルやアグニカが召喚される前に、マクギリスと交戦している。

 ――こうして並び立つのは、生前を含めてもかなり久々となるが。

 

「今はあのセイバーが先決だ。手早く片付け、決着を付けるぞ」

「――勝てると思うのか?」

 

 ドリルランスを構えるガエリオに対し、ようやく立ち上がったマクギリスはそう聞いた。

 

 戦力差は歴然だ。

 例えガエリオとマクギリスが二人がかりで立ち向かったとしても、倒しうる敵ではない。アグニカ・カイエルの力は、それほどまでに絶対的なのである。

 

 それは、ガエリオも理解している。

 だがそれ故に――ガエリオは、笑った。

 

 

「勝てるさ。お前とならな」

 

 

 ガエリオの答えには、何の根拠も無い。

 しかし――マクギリスは、その答えだけで全て納得した。

 

「――そうだな」

 

 ガエリオ・ボードウィンは、こういう男だ。

 物事を楽観視する、ツメの甘いお坊ちゃん。けれど、それこそがガエリオの良さだと、マクギリスは知っている。

 

「行くぞ、ガエリオ」

「ああ、マクギリス」

 

 今再び、二人はその爪先を揃えた。

 敵は堕ちた厄祭戦の英雄。人類滅亡を望む、絶対的な終焉。

 

 ――上等だ。相手に取って不足は無い。

 

 対する漆黒の剣士は、右手にのみ握る紅蓮の剣を持ち上げ、二人に突きつける。それを合図に、ガエリオとマクギリスは動いた。

 ガエリオはドリルランス、マクギリスはバエル・ソードを構え、正面からアグニカに突撃を開始した。

 

「ぬあっ!」

 

 まず突き出されたのは、ガエリオの槍。アグニカは剣で槍を叩き落とし、続くマクギリスの剣も防ぐ。二人をまとめて蹴り飛ばし、剣に魔力を纏わせて追撃をかける。

 

「ッ…!」

 

 ガエリオが二枚の盾を前方へ構え、アグニカの魔力を伴う斬撃を受け止める。盾は二枚ともが木っ端微塵に粉砕し、拡散した魔力が周囲の悉くを焼き尽くす。

 しかし、その瞬間――ガエリオは、己が宝具を起動させた。

 

「アイン!!」

 

 左膝のドリルニーが回転しながらせり出し、アグニカの胸部を下から攻める。すぐには貫通出来なかったが、胸部装甲から火花が散る。

 流石にまずいと思ったか、アグニカは後ろに少し跳んで距離を取り、剣を振り上げてガエリオを両断しようとする――が、そのアグニカの後ろにはマクギリスが回り込んでいた。

 黄金の剣による下からの連撃で、アグニカは空へと打ち上げられた。

 

「ほう――」

 

 宙を舞いながらも、アグニカはガエリオとマクギリスを観察する。すると、ガエリオの左目が赤く輝いているコトに気が付いた。

 

 TYPE-E(オンスロート・アイン)――「阿頼耶識TYPE-E」を発動させ、戦闘能力を引き出すガエリオの宝具だ。

 

 ガエリオが跳び上がり、アグニカに槍を振り下ろして来る。アグニカは剣に魔力を纏わせ、その槍を迎撃。ガエリオが魔力にまかれ、彼方へと吹き飛ばされる。

 

「うああッ!!」

「ふっ!」

 

 間髪入れず、マクギリスが追撃する。

 空中で全身のバーニアを吹かせ、回転したコトでマクギリスの剣を避けたアグニカは、その背中を足で蹴り飛ばし、マクギリスを地面に叩き落とす。

 

「がはッ…!」

 

 アグニカは剣から赤い魔力を迸らせながら、そのマクギリスに向けて落下し、剣を振り下ろす。マクギリスはすんでのところで横に跳んでそれをかわすが、魔力はアインツベルン城の壁を打ち壊し、粉砕させる。

 煙と共に石材が吹き荒れる中、マクギリスは剣を横薙ぎに振って、塔の方へとアグニカを弾き飛ばす。アグニカはスラスターを吹かせ、塔の上部に向かって飛び上がるが、そこにはガエリオが待ち構えていた。

 

「るああああッ!!」

 

 槍を突き出し、ガエリオは飛んできたアグニカを打ち落とす。そのまま自身も飛び降り、アグニカを塔に打ち付けるように槍を突く。押さえつけられたアグニカは背を塔に埋もれさせ、塔が半ばから崩壊していく。

 やがて地面に達した時、ガエリオは右膝のドリルニーでアグニカの頭部を狙い、一気に勝負を決めようとしたが――アグニカの剣が魔力によって伸び、塔もろともガエリオを飲み込んだ。

 

「そこだ…!」

 

 魔力を放出した直後、一瞬の隙を突くようにして、マクギリスは剣をアグニカに突き出す。しかしアグニカは――剣を手放した。

 

「何…!?」

 

 マクギリスに背中を向けて体勢を低くしたアグニカは、突っ込んできたマクギリスが突き出した右腕と胸ぐらを掴み、ブン投げた。まさかの背負い投げに意表を突かれ、マクギリスは背中から地面へと叩き付けられる。

 

「じゃあな」

 

 一旦放した紅蓮の剣を持ち直し、魔力を纏わせてマクギリスに振り下ろす。マクギリスは急いで身体を回転させ、本当にギリギリで直撃を回避。アグニカの魔力を帯びた剣撃は、地面を割るだけに終わる。

 起き上がったマクギリスは、二本の剣を交差させ、「×」の軌道を描くような斬撃を放つ。それをアグニカが剣で受け止めた時、マクギリスはスラスターを全開にし、アグニカを押し出し始める。

 

「うおおおおおおおお!!」

 

 壁へ突っ込んだ。アグニカの背中が壁に打ち付けられるが、マクギリスは勢いを緩めない。やがて壁が粉砕し、その向こうへと進む。

 その時、アグニカの剣が魔力を刀身に宿す。アグニカは回転するコトで地面とマクギリスの間に入り込み、剣を振り切って魔力を解放。マクギリスは魔力に呑まれながら、天高く舞い上がる。

 

「アイン、後一撃だけ頼む…!!」

 

 所々ヘコんだ槍を構え、炎に身を焼かれながら、ガエリオはアグニカに向かって吶喊をかける。アグニカはマクギリスを追撃する為に飛び上がったので、その軌道を読んでガエリオも飛び上がり、槍を突き出す。

 空中でアグニカは槍を難なくかわし、剣で槍を弾く。ガエリオの手から槍が零れ落ち、彼方へとすっ飛んで行く。アグニカの左手がガエリオの顔を掴み、アインツベルン城の屋上に有る中庭へ向けて、ブン投げた。

 

「が、ぐあッ!」

「ぐうっ…!」

 

 中庭に叩き付けられ、ガエリオは床を転がった挙げ句、中庭を囲む壁に衝突した。同じ頃、空高く打ち上げられていたマクギリスが、ガエリオの側へと落下して来た。

 そんな二人から十メートル程度離れた所へ、未だに傷一つ付いていないアグニカが、逆噴射まで吹かせながら美しく着地する。

 

「――終わりか?」

 

 無傷のアグニカに対して、ガエリオとマクギリスはもうボロボロだ。二人はとっくの昔に、限界を超えている。

 ガエリオは「TYPE-E」をもう使えず、上半身の装甲が剥がれ落ちた。残された武装は左足のドリルニーと、左腰に差した太刀。

 マクギリスは全身の装甲を失い、バエル・ソードも片方がへし折れた。使える武装は、バエル・ソードが一本だけだ。

 

「――立てるか、ガエリオ」

「がはッ…! クソ――」

 

 フラつきながら、二人は立ち上がる。どちらも血を吐き、身体のあちこちが燃え、焼け焦げている。

 

 ――これほどまでとは思わなかった。

 まさか、ここまでの差が有るとは。

 

「マクギリス――何か、逆転の一手は…」

「――有るには有る。俺の宝具だ」

 

 発動条件は厳しいが、今ならば撃てる――と、マクギリスは告げた。

 それを聞きながら、ガエリオは腰の太刀を抜いて構え、マクギリスに問い返す。

 

「よし…俺は、どうすれば良い?」

「この宝具は一発限りだ、二発目は無い。どの道、そんな時間はくれないだろうからな。

 剣で防がれてはならない。確実に、霊核を狙って撃ち込まなければ、アグニカ・カイエルを撃破するには至らない」

 

 心臓部に位置する、サーヴァントの霊核。一部の例外を除けば、此処を砕かれたサーヴァントは間違いなく消滅する。

 如何にアグニカ・カイエルと言えども、霊核を破壊されれば消えるしか無い。アグニカに、蘇生したと言った類の逸話は無いのだから。

 

「撃つには時間がかかる。時間を稼ぎ、出来れば隙を作ってくれ」

「…ああ。任せろ」

 

 太刀を構えて、ガエリオはアグニカに最後の戦いを仕掛ける。

 一方、マクギリスは黄金の剣を掲げた。黄金の剣に魔力が集まり、剣が黄金の光を放ち、輝き出す。

 

 ――マクギリス・ファリドの宝具。

 それは、絶対に一人では発動出来ない。

 

「うああああああ!!」

 

 ガエリオの太刀と、アグニカの紅蓮の剣が交錯する。激しい斬り合いが始まり、幾度と無く激突する二人の剣が、火花を散らす。その間にも、マクギリスが持つ黄金の剣は、魔力を集束させていく。

 

 やがて――ガエリオの太刀が、半ばからへし折れた。

 

「まだ…!!」

 

 左足のドリルニーが、アグニカの右腕に接触する。高速回転するドリルは、魔力により頑強さを増している装甲を破り、その奥まで間違い無く突き刺さった。

 

「これは――」

「マクギリスッ!!!」

 

 ガエリオの奮戦の果てにアグニカが見せた隙を、マクギリスは見逃さない。

 掲げていた黄金の剣を、マクギリスは真名解放と共に振り下ろす――!

 

 

「『友情と絆の剣(エクス・ガエリオ)』―――!!!」

 

 

 黄金の光が、アグニカ・カイエルに襲いかかり――その身体を、呑み込んで行く。

 

 其は、友情によって放たれる一撃。

 

 生前に否定し続けた友情を認め、友との共闘を果たした時にのみ発動可能となる、何者をも討ち果たす黄金の輝きである。

 A+ランクの対城宝具であり、本来なら個人に向けて放つような代物ではないが――相手は堕ちた英雄、災厄を齎す化け物だ。

 まさしく、友情と絆を以て討ち倒すに相応しい厄祭と言えよう―――

 

 

 

 

「『絶対の終焉(ベルゼビュート・カラミティ)』」

 

 

 

 

 ――その時。

 黄金の友情は、漆黒の絶望に塗り潰された。

 

 

「そんな――」

 

 ガエリオ・ボードウィンと、

 

「――馬鹿な」

 

 マクギリス・ファリド。

 

 

「「有り得ない」」

 

 

 彼らは、終焉の時を迎えた―――

 

 

 

   ◇

 

 

 漆黒の光が、世界を引き裂いた。

 それはやがて地面へと達し、溶解させ――凄絶な暗黒の爆発を、引き起こす。

 

 莫大な魔力が光の柱となり、天を貫く。

 衝撃波と爆風が吹き荒れ、森を揺るがした。

 

 やがて、それらが収まった時。

 

 

 ランサー…ガエリオ・ボードウィンと、バーサーカー…マクギリス・ファリドは、この世から消滅していた。

 

 

 勝者は一人。

 最後の戦場となったアインツベルン城の中庭には、漆黒の剣士が立っている。

 

「――最後の一撃は、なかなかだった」

 

 セイバーオルタ…アグニカ・カイエルは、既に消え去った二人に対し、そう評した。あらゆる人間を否定する彼にしては、破格の評価と言えるだろう。

 

 アグニカは飛び上がり、最初に現れた場所へと着地する。

 彼は今回、バーサーカーの撃破以外の役目を請け負っていない。何だかんだでランサーも一緒に撃破したが、これ以上の仕事は彼の役目ではない。

 

「士郎――お前は、俺を止めに来ないのか」

 

 やがて、その足下から「影」の触手が現れ――アグニカを、完全に覆い隠した。

 

 

   ◇

 

 

 城の方角で、巨大な爆発が起きた。

 爆心地から離れるように逃げていた士郎と凛、イリヤの下にも、その爆音が届いた。

 

「――バーサーカー」

 

 マスターであるイリヤは、自身のサーヴァントが消滅したコトを感じ取った。そして、そんなイリヤの様子から、士郎と凛も察する。

 

「…あの、黒いセイバーね」

 

 凛の言葉に、士郎も頷く。先程の爆発は、間違い無くセイバーによるモノだろう。

 恐らくは、宝具攻撃。その直撃を受けて、バーサーカーは消えたのだ。…何故か見かけたランサーも、多分一緒に。

 

「行こう。――バーサーカーが、命懸けで時間を稼いでくれたんだ」

 

 イリヤの手を引き、士郎は走り出す。

 犠牲を無駄には出来ない。何としても逃げなければ――

 

「――衛宮くん!」

 

 ――瞬間。

 士郎の真後ろに、アサシン…三日月・オーガスが現れた。

 

「お前、邪魔」

 

 テイルブレードが、士郎に迫る。

 三日月が受けた命令は「アインツベルンの娘を捕らえる」コトだ。それ以外は邪魔者でしかない。

 

「はあっ!」

 

 何者かが、テイルブレードを弾く。

 三日月は舌打ちし、自身に迫る剣――レギンレイズ・ジュリアが突き出す剣を、メイスで防いだ。

 

「チ、しつこいな…」

「よくも、ラスタル様を!」

「知らないよ」

 

 大質量でジュリアを跳ね飛ばし、三日月はなおも士郎を追おうとする。だがそこへ、ダインスレイヴによる攻撃が降り注いだ。

 

「――ッ」

 

 回避行動に出た三日月だったが、胴体に一撃を食らい、吹き飛ばされる。

 

「せいッ!」

「うおああッ!」

 

 大きく後退した三日月の下に、ライダー…カルタ・イシューによって押し返されたキャスター…オルガ・イツカが転がって来た。そんなオルガを受け止めつつ、三日月は周囲を改めて見回す。

 

「――オルガ」

「ああ…こりゃ、キツいな」

 

 アーチャー…ラスタル・エリオンは霊基を汚染されて弱体化しているが、カルタはまだまだ元気である。

 

 加えて――何やら、ヤバい雰囲気だ。

 

 結論として、三日月とオルガは霊体化し、姿をくらませた。ラスタルはジュリアを戻して、カルタは構えていた剣を下ろす。

 

「…お疲れ様、アーチャー」

「いや、これからだ凛」

 

 横腹を押さえながら、ラスタルがそう言った直後――森の奥で、無数の「影」の触手が暴れ始めた。

 

「アレは――!」

()()()()()()()()()()()()

 

 影は、士郎達の下へと迫って来ている。

 二騎ものサーヴァントを取り込み、随分とご機嫌なようだ。

 

「行くわよ、急いでここから―――」

 

 そう言って、凛が走り出そうとした時。

 

「ッ…凛ッ!」

「遠さ――」

 

 

 凛の真横に、影が現れた。

 

 

「…!?」

 

 影が触手を伸ばし、凛は吹き飛ばされる。

 地面に突き飛ばされた後、起き上がった凛は――

 

 

 ――影に貫かれた、カルタを見た。

 

 

「ぐっ…!!」

「な、何で――ライダーッ!?」

 

 カルタは投げ出され、地面を転がる。影の触手に貫かれた箇所から、全身に呪いが広がって行く。

 

「…ライダー、どうして私を――」

 

 倒れたカルタに対して、凛が問いかける。

 カルタに課せられた命令は「士郎が危なくなったら連れ帰る」コトであり、凛を助ける理由は無い。にも関わらず、カルタは凛を庇い、現界を続けられなくなる程の深手を負った。

 その行動に至った理由が、凛には分からなかった。

 

「――貴女は、桜の姉だ。貴女が死ねば、桜が哀しむ。私は、桜の笑顔を守ると決めている」

「…私は、桜を殺そうとしたのよ?」

「だとしても――貴女は桜の、唯一血が繋がった家族だ」

 

 凛とカルタが話している間にも、影はゆっくりと凛の方へと近付いて行く。

 

「貴様――がっ!?」

 

 ラスタルが叫んだ直後、影が伸ばした触手に胴体を穿たれた。先程受けた霊基汚染も有り、その場でラスタルは倒れ込んでしまった。

 

「アーチャー!!」

「――逃げろ。コイツが、私を消化している内にな…!」

 

 影はラスタルの身体を引き寄せ、呑み込む。ラスタルの身体はたちまち分解され、影に取り込まれて行く。

 

 ――アーチャーのサーヴァント。

 ラスタル・エリオンもまた、影によってその役割を終えた。

 

 

「アーチャーッ!!!」

 

 

 凛が絶叫する。

 ラスタルを消し、なおも佇む影は――()()()()

 

「ライダー…!」

「私のコトは良い――行きなさい!」

 

 影が膨らみ、魔力が集束して行く。

 遠からず放出され、周囲を一掃するだろう。

 

「魔力が集まってる、このままじゃ――!」

「ッ―――」

「走れ、遠坂!!」

 

 士郎の叫び声を聞いて、凛は影に背を向け、走り始めた。

 カルタは最後の抵抗と言わんばかりに、フラつきながら立ち上がって、影が伸ばして来た触手を剣で弾くが――間髪入れずに飛来した触手に、身体を貫かれる。

 

「がぁあッ…!」

 

 霊核を砕かれ、カルタは吐血する。影に触れられた時点で消滅は確定していたが、ここまでやられては最早一刻の猶予も無い。

 

 だが―――まだ、消える訳には行かない。

 

 眼前で膨張を続ける影が魔力を放出すれば、士郎達はそれに呑み込まれる。それはダメだ。それでは、桜との約束を果たせない。

 身体を二本もの影に貫かれた状態で、カルタは両足で地面を踏みしめ、剣を地面へ突き立てる。

 

「――我、ら…」

 

 言葉を一つ話す度に、血が喉から口に逆流して、息が詰まる。身体は薄くなり、今にもカルタは消滅しようとしている。

 それでも、カルタは言葉を発する。

 

「地球、外縁…軌道――」

 

 影に集まっていた魔力は最高潮に達し、溢れ出すのも時間の問題となっている。それはまるで、空気を限界まで注入された風船のようだ。

 だが、それと同時に、カルタの魔力も最高に達しようとしていた。

 

「――統制、統合艦隊ッ!」

 

 

 影が、破裂した。

 

 限界まで膨らんだ風船に針を刺したかのように、影は魔力を放った。木々をなぎ倒し、影の魔力がカルタと、その背後で逃亡する士郎達に迫る。

 

 

 その時――親衛隊が、カルタの隣に並んだ。

 

 

『面壁九年、堅牢堅固!!!』

 

 今度こそ完璧に、八人の声が揃う。

 最高の防御結界が、カルタと親衛隊の前方へと展開される。

 

 地球外縁軌道統制統合艦隊。

 カルタが生前率いた、最後に地球を守るギャラルホルン屈指の艦隊が、影が放出した魔力を迎え撃つ。

 

「――おのれ…!」

 

 結界が、影の魔力に侵される。

 どんなに防御力を誇ろうと、所詮サーヴァントの力では、影に対抗出来ない。結界が黒く染まり、どんどん押されて行く。

 

「がああッ!!」

 

 やがて、カルタと親衛隊は完全に押し返された挙げ句、魔力の奔流に呑み込まれる。

 手足を吹き飛ばされ、影に引き寄せられる間――カルタは、無傷で逃げていく士郎達の姿を見た。

 

(――これで良い)

 

 笑みを浮かべながら、カルタ・イシュー…ライダーのサーヴァントは、影の中に取り込まれた――




第二章最大の見せ場、終了。
サーヴァント七騎(ギル除く)の内、四騎が一気に消滅する異常事態。原作と違って全然取り込めてなかった影さんの殺意が高すぎる…。

ガエリオ&マクギリスVS黒化アグニカは劇場版さながらに移動しまくってて、文だと伝わりきらないと思ったので、図解を付けておきます。

【挿絵表示】


また、宝具開帳につき、黒化アグニカのステータスを追加しました。




次回「クラック」


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#17 クラック

遂に第三章主題歌「春はゆく」のMV(short ver.)が公開されまして、歌詞が「I beg you」以上に桜過ぎて泣きました。
「花の唄」の時も「I beg you」の時も「これを超える桜の歌は無いだろ」と思ったのに、二連続で天高く飛び越えて来ましたね…ホント梶浦さん&Aimerさん恐ろしい。

いつの間にか折り返してます(一章が十話だったので全三十話予定)
しばらく戦闘無いかと思いますが、私的「ここすき」ポイントが続きますね。すき。


 アインツベルン城での戦いが終わり、士郎は凛とイリヤを連れて、桜の待つ衛宮邸へと戻って来た。

 

 今回の会戦で、戦況は大きく変わった。

 ランサー、アーチャー、ライダー、バーサーカー。四騎ものサーヴァントが、影に呑み込まれて消滅させられたのである。

 

 そして――セイバーは黒化し、敵となった。

 

「…遠坂。セイバーに、何が起きたんだ?」

 

 土蔵で、士郎は凛に聞く。

 凛は神妙な面持ちで、それに答えた。

 

「多分、影に触れたコトで反転したのよ」

「反転?」

「そ。アレは間違い無く悪性に属するモノだから、その影響を受けて性質が変化したんでしょうね」

 

 見た目が変わったのもそのせいよ、と凛は言う。

 とはいえ、反転(オルタ)になってどれだけ歪もうと、本質的に変わるわけではない。特に今回のセイバーは、反転前のコトもキッチリ覚えていると考えて良いだろう。

 

「――ところで遠坂。俺をここに連れ込んだのは、どうしてだ?」

「私達は、サーヴァントを無くしたわ。私のアーチャー、イリヤのバーサーカー…桜のライダーもね。衛宮くんのセイバーに至っては、敵になった。

 でも、私達は間桐臓硯と戦って、勝たなきゃいけない。キャスターとアサシン、二騎のサーヴァントを従えてる臓硯とね」

 

 言うまでもなく、サーヴァントの力は人間を遥かに上回る。今臓硯と戦えば、全員まとめて一蹴されるのがオチだろう。

 

「だから、戦力は少しでも多い方が良い。貴方みたいなへっぽこ魔術師でも、鍛えれば少しはマシになるでしょ」

「…つまり、俺に魔術を教えてくれる、ってコトか」

 

 凛は頷いた。それは、士郎にとってもありがたい。

 

「早速始めましょ。とりあえず、使える魔術を一つ使ってみて」

「分かった」

 

 士郎は木刀を手に取り、深呼吸をして集中力を高める。

 

解析(トレース)開始(オン)

 

 神経に楔を打ち込まれるかのような感覚。魔力を通し、魔術回路を創造する。

 

 基本骨子、想定。

 構成材質、解明――補強。

 

「…よし。今回は上手く行った」

 

 士郎の強化魔術の成功率は、かなり低い。

 ランサーと戦う時や臓硯との戦闘、ライダーとの戦いで立て続けに成功したので、コツが分かって来たのかも知れない。

 

「――貴女、バカじゃないの?」

 

 しかし、凛は一言でそう切り捨てた。その声音には、若干の怒りすら宿っている。

 

「な、何がだよ遠坂」

「何がって、何もかもよ! 貴方、まさかずっとそんなコトやってたの!?」

「あ、ああ…ここ五年くらいは」

 

 士郎の答えを聞いて、凛は大きな大きな、それはもう大きな溜め息を吐いた。そして、説教するかのような声で言う。

 

「良い!? 魔術回路ってのは、一回開いちゃえばずっと使えるのよ! なのに何で、毎回新しく作ろうとしてるワケ!? 背骨を毎回入れ替えてるようなモンじゃない!」

 

 極めつけに、もう一度溜め息を吐く。流石に士郎もムッとしたが、凛は有無を言わさず命令する。

 

「予定変更! まずは貴方の魔術回路を開かせるわよ! ホラ、さっさと服を脱ぎなさい!」

「なんでさ!?」

 

 身体を庇うように両腕を胸の前で交差させた士郎に、凛は青筋を浮かべて続ける。

 

「直接肌に触れた方が効率が良いのよ! 脱がないってんなら脱がせるわよ!」

「ぎゃーっ!」

「変な声出すな!」

 

 それから、士郎の背中に凛は右手を当て、調整を始めた。

 

「――ありがとう、遠坂」

「…な、何よ急に。協力関係を結んだんだし、当然でしょ?」

「―――」

 

 土蔵の中の声を聞きながら、桜は土蔵に近づいていく。自分が行って出来るコトなんて無いと分かっているが、士郎が凛と二人きりになっているコトが気にかかったのだ。

 

「…それ、少し違う。貴方がどうかは知らないけど、私は貴方のコト、随分前から知ってたんだから」

「――え?」

 

 扉の前で、桜は立ち止まった。

 ――今の凛の言葉に、既視感を覚えたからだ。

 

「四年前くらいかな。貴方、校庭で走り高跳びやってたコトが有るでしょ」

 

 ――それは。

 

「出来るハズも無いのに延々と跳んでたバカを、やっぱりバカみたいに眺めてた。私、自分には出来ないって判断すると、すっぱり手を引くタチなの。根本的に冷たいのよ」

 

 私の、私だけの――

 

「でもまあ、魔術師ですし? 私の人生、そんなモンかなーって諦めかけてた所に、全く正反対のバカを見せつけられてさ。結構ショックだったのよね」

 

 やめて。

 それは私だけの、先輩との思い出なの。

 何の取り柄も無い私が、唯一姉さんに勝ててる、大切な思い出なのに――

 

「――取らないで」

 

 自分の身体を抱いて、桜はうずくまった。

 土蔵の中には聞こえていないだろう、本当に小さな声で、桜は乞う。

 

「その思い出まで、取らないで―――」

 

 

   ◇

 

 

 ひとまず遠坂との鍛錬が終わり、部屋に戻って来た。

 魔術回路のスイッチは出来たし、これからは使えそうな魔術は教えてもらわないといけない。黒化前のセイバーが残していった剣の使い道も、イリヤも交えて考えなければ。

 

「――先輩、いますか?」

「…桜?」

 

 部屋の隅に置かれた剣を睨みながらで考えていると、部屋の襖の向こうから、声をかけられた。桜だ。

 

「どうし――ああ、魔力が足りないのか?

 入って待っててくれ」

 

 そう言ってから、俺は襖の反対側にある窓の方を向き、その下に置かれた机の引き出しを開ける。

 以前は指を噛み切ったが、アレはどうにもいかがわしいコトをしてる気分になるので良くない。どうせなら一瞬で終わらせたい。

 

「えっと…カッター、どこやったっけ?」

 

 引き出しを漁るが、見当たらない。どこかに移動させただろうか。それとも、以前使ってから戻していなかったか――

 

「――先輩」

 

 その時――桜に、背中から抱きしめられた。

 

「…さ、桜?」

 

 振り向こうにも振り向けない。

 背中に当たる…当てられているのかも感触に動揺し、固まってしまった。

 

「先輩はどうして、こんな私を庇ってくれるんですか?」

 

 どうして――そんなの、決まってる。

 

「俺が、桜にいてほしかったんだ。俺には桜が必要で、離れるなんて考えられなかった」

「…それは、家族としてですか?

 それとも――一人の女の子として、ですか?」

 

 …分かってた。聖杯戦争が始まる前、ずっと前から意識してたのに、気づかないフリをしてただけだ。

 でも、それももう出来ない。出来なくなってしまったし、してはいけないだろう。

 

 

「ああ――俺は、桜が好きだ」

 

 

 桜が数日で死ぬ、と言われた時。

 どうするのか、と言峰に問われた時。

 

 そうなった時――どうやっても、自分を誤魔化せなくなった時にようやく、俺はその気持ちに向き合えた。

 

「――なら、抱いてください」

「さく――ら!?」

 

 驚いて、思わず振り向いてしまった俺は――今度こそ、本当に呆然と固まってしまった。

 

 桜はワンピースを脱いでいて。

 下着姿になって、綺麗な肌を晒していた。

 

「先輩――私、先輩のお部屋に来ただけで、こうなんです。あの時、姉さんが先輩を連れて行ってしまっただけで。私だけの思い出が、私だけのモノじゃなくなって、本当に怖くなって…」

 

 土蔵での会話を聞かれてたのか、などと考える余裕は無かった。好きな女の子の下着姿を目の前にして、俺の思考は完全に停止していた。

 

「おかしいですよね――こんな、汚らわしく…」

「――違う」

 

 思わず、口が動いた。

 それだけは絶対に違う。否定しなければならないと、ほぼ反射的に言った。

 

「汚らわしくなんかない。桜は綺麗だ」

 

 右手を、桜の頬へと伸ばす。

 桜は微笑んで、頬を染めながら呼んでくる。

 

「せん、ぱい――」

 

 我慢なんか、出来るハズも無かった。

 顔を寄せ、桜の柔らかい唇を、自らの唇で塞ぐ。一度は離れたが、より深く求めて、もう一度口付けした。

 その甘美で、艶やかな時間。

 

 

 窓から差し込む月光に照らされた桜の影が、ノイズで歪んだ。

 

 

「――桜…」

 

 俺はそれを振り払うように、より強く桜の身体を抱きしめる。そしてそのまま、桜を布団へと押し倒した――

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 空が朝焼けに染まり、世界に光が差し込み始めた頃。

 

「祝福しよう」

 

 礼拝堂の扉を開き、朝日に照らされたマリア像を見上げて、教会の主――言峰綺礼はそう言った。仏頂面をたたえるその口元は、僅かに吊り上げられている。

 

「――祝福? 何をだ、言峰」

 

 言峰の背中に、玉音がかけられる。

 礼拝堂の長椅子にふんぞり返った金髪の青年――「英雄王」ギルガメッシュは、苛立ちか不機嫌さかを滲ませて、神父に問う。

 

「生まれつつある、もう一つの聖杯。

 それは『この世全ての悪』という、人々に生み出されながらも、人々に望まれなかった何者かを孕んでいる」

 

 ギルガメッシュに背を向けたまま、言峰は淡々と述べる。

 

 彼は求道者にして破綻者だ。

 彼がいつから破綻しているかと問えば、それはもう生まれた瞬間から壊れていたとしか答えようが無い。

 彼は常なる者が幸福と感じるコトを、幸福と感じるコトが出来なかった。彼が幸福とするのは人の悲痛であり、人の辛苦である。

 外道と言うのは簡単だが、そのように生まれたモノなのだから、彼自身にもどうするコトは出来ない。ただ、そういうモノだと言うだけでしかない。

 

 だが、それ故に――彼は、生まれ落ちるモノ。

 誕生するモノを祝福する。

 

 それが善であるか悪であるか。それは、生まれ落ちてからしか問うコトが出来ない。

 誕生せしめるモノが、悪であると目に見えて分かっていたとしても――未だ生まれ出でぬモノに、罪科を問うコトは不可能なのである。

 

「善悪の所在――答えを出すのではなく、答えを生み落とせるモノが誕生するとしたら、どうなる?」

 

 対する古代バビロニアの王は、蛇のような赤眼を以て、言峰を傍目にする。

 英雄王たる彼にとって、全ては自らが裁定するコトであり、されるべきコトである。今現在誕生しているかいないかなど、未来を見通す眼を持つ王にとっては、取るに足らない些事だ。

 彼はただ、己がマスターの行く末と、この聖杯戦争の顛末を見届け、裁定するのみ。

 

「答えは近い。仮にこの問いが神を冒涜すると言うのなら―――」

 

 言峰はマリア像に背を向け、ギルガメッシュを見据えて、宣言した。

 

 その行いが悪であろうとも。

 彼は、その信念を曲げるコトを決してしない。絶対にだ。

 

 

「神前に於いて、全霊を賭け――我が主さえ問い殺そう」

 

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

 翌日、昼。

 台所は、来訪者によって占拠されていた。

 

「世話になるんだから、昼食くらいは作らせてもらうわ」

 

 怪しげで赤い、具体的には中華系の調味料をドサッと持ち込んで、遠坂凛はそう宣言した。

 いや、昼食を作ってくれるのは別にいいし、中華に不満は無いが――この前ヤバい中華飯店に行って、ヤバい料理をヤバい勢いで食しているヤバい神父と遭遇したばっかりなコトも有って、ちょっと気が気でない。

 

 普段朝食の台所支配権を争っている桜に視線を向けると、ちょうど目が合った。

 

「「………」」

 

 互いに昨日のコトを思い出し、気まずくなって二人揃って目を逸らす。うう、目の前に座っているイリヤの視線が心なしか痛い。

 沈黙に耐えられなくなったらしい桜が立ち上がり、拳を握って言う。

 

「――わ、私…遠坂先輩のお手伝いして来ますね!」

「あ、桜。ちょっと待ってくれ」

「はい?」

 

 せっかくだ。桜を援護するついでに、遠坂に一泡吹かせてやろう。

 

「うーん…」

 

 顎に右手を当てて、食材を見つめながら思案する遠坂。何を作るか考えているようだ。

 そんな遠坂の横に進み出て、桜はチラリと横目で遠坂を観察。そして、意を決したように声を発する。

 

「ね、姉さん! このお野菜、洗っておきますね!」

「ええ、お願いする―――わ?」

 

 遠坂、停止。

 それから間を置いて、遠坂は桜の方を向く。顔が真っ赤で、口も開いている。普段の優等生ぶり、学園のマドンナがウソのような顔だ。

 

「…やっぱり、おかしいですか? 姉さん」

「お…お、おかしくは――ない、んじゃないかしら…桜」

 

 言葉を絞り出しながら、頬を抓る遠坂。どうにも緩んで仕方が無いらしい。

 

「はは」

 

 並んで料理を始めた二人を見て、俺も思わず破顔する。

 まだまだぎこちないが、本当の姉妹なんだ。すぐに慣れるだろう。

 

 ちなみに、二人が緊張しまくって失敗を繰り返した料理は、それはもうチグハグでメチャクチャなモンだった。米は炊き忘れるし、調味料の量も完全に間違えてるし、盛り付けもかなりグチャっとしていた。

 しかし、二人とも幸せそうだったので、全て良しとしよう。

 

「全く、不器用ね二人とも」

 

 明らかに唐辛子を入れすぎている辣子鶏(ラーズーチー)を食べて舌を出しながら、イリヤはそう言う。俺はその言葉に頷きつつ、料理は全てありがたく頂いた。

 

 

 昼食が終わった。

 遠坂とイリヤは「話が有る」とのコトで居間を去り、俺と桜が後片付けを請け負った。

 

「先輩、その…ありがとう、ございました」

「え?」

 

 桜の唐突な感謝に、間抜けな声が出た。…礼を言われるようなコトは、やってなかったと思うんだが。

 

「姉さんって呼べて、本当に嬉しかったです」

「これまで、呼んだコトは無かったのか?」

「はい。私も姉さんも、事実として姉妹だって知っていただけで、交流はほとんど有りませんでしたから」

 

 家の取り決めとかも有るのだろう。

 両親が早い内に死んでしまったらしい遠坂はともかく、特に桜は厳しいと想像出来る。

 

「それに、私の魔術を知られたら、きっと嫌われる」

「…? 嫌われる、ってどうして」

「間桐の魔術は、初めから『他人から奪う』コトに限定した魔術なんです。ただ奪うだけで、他人に還元する教えが無い」

 

 …安易に頷けないコトだ。

 どんな教えを受けて来たかも知らない。

 

「――桜は、間桐の魔術が嫌いなのか?」

「確かに、教えは厳しかったですけど――厳しさで言えば、先輩には敵いません」

 

 ――俺の鍛錬の方が厳しい、ってコトか?

 あんな基本から間違っていた鍛錬が?

 

「…先輩が夜にどんな修練をしているか、見ちゃったコトが有るんです。先輩の鍛錬は、危険なモノでした。まるで自分で、自分の喉を貫いているようでした」

 

 …それは、まあ。

 遠坂にも「フザケてんのアンタ」みたいに言われたからなあ。

 

「何度も止めなくちゃ、って思ってました。でも先輩は、それを誰に強制されるのでもなく、一人きりで頑なに守って来た。

 ――きっと私たちの中で、先輩が一番強い。魔術師としての強さとかじゃなくて、心の在り方が純粋だからです」

 

 すると、桜は少し、哀しげに微笑んだ。

 

 

「出会った時から、分かってたんですよ?

 この人はきっと――何も裏切らない人なんだなって」

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

「うあああああああああ!!!」

 

 本を掴み、投げ飛ばす。椅子が倒れ、掛けられた絵が床に叩き付けられる。

 

「お前が! 取ったんだぞ!! 衛宮あああああああああああああああ!!!」

 

 間桐邸に有る、桜の部屋。

 そこで間桐慎二は、荒れに荒れていた。

 

 マスターではなくなった。全て否定された。

 従順だった妹にも逆らわれ、ちっとも帰って来やがらない。あらゆるコトが、彼の神経を逆撫でていた。

 

「ッ―――」

 

 慎二はズボンのポケットから、一つの小さな瓶を取り出す。手のひらに収まるサイズの瓶には、魔術回路を持つ人間に反応して光る液体が入っている。

 魔術の素養が有れば、それは輝く。

 だが、魔術回路の無い慎二が持った所で、寸分たりとも光りはしない。

 

「何で、何も――起きないんだよ!!!」

 

 こんな、こんな無様が。惨めなコトが有ってたまるものか。

 間桐慎二は全てを手に入れて来た。

 学業は常にトップの成績を収めている。学校では間違い無く一番モテているし、弓道部の副部長になったのは、弓の腕が非常に優れているからだ。

 

 それでも、魔術回路が――魔術の才能が無いと言うだけで、間桐臓硯は間桐慎二を認めなかった。それは父親である間桐鶴野も同じだった。

 昔は当然のように、自分が間桐の後継者なのだと思っていた。後からやってきた反抗しない愚図な妹に対しても、常に優越感を持って接していたし、自分の方が優れていると思い込んでいた。臓硯も鶴野も、慎二にそう言っていた。

 

 しかしある時、地下の修練場を見た。

 

 自分の知らないコトを、桜は知っていた。

 自分の持たないモノを、桜は持っていた。

 

 それからは、臓硯も鶴野も、慎二を気に留めなくなった。ぞんざいな扱いになった。

 所詮は落ちこぼれ。当然、魔術を使えない魔術師の跡取りなど不要だ。

 

 優れていたのは桜であって、慎二ではない。

 

 桜が聖杯戦争で戦えないと言って、マスター権を得られた時は気分が良かった。やはり間桐の後継者に相応しいのは自分だと、自分の優秀さを臓硯に見せつけられると息巻いた。

 

 だが、それがこのザマだ。

 

 見下していた衛宮士郎は魔術師で、認めていた数少ない人間の遠坂凛には見向きもされず、人形のような妹は逆らった挙げ句、帰って来なくなった。

 

「ハ――ハハハハ、ハハハハハハハハハハハ」

 

 渇いた笑いが、慎二の口から零れた。

 間桐桜は、まだ帰って来ない。

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

 夜。

 ニュースでは、新都での殺人事件が報道されていた。

 

「ホラここ、雑草が黒く変色してる」

 

 事件が有ったのは中央公園。

 現場の様子が映されたテレビ画面を指差しながら、凛は士郎に言う。

 

「…臓硯がやらせたのか?」

「どうかしら――あの臓硯が、こんな証拠を残すとは思えないけど…」

 

 ――というコトは、あの「影」の仕業か。

 やはり臓硯も、影を御しきれている訳ではないのかもしれない。

 

 テレビの前で唸る士郎と凛を傍目に見て、桜は煮物を口に運び、咀嚼する。

 しかし――

 

 

(――あれ? 味がしないな)

 

 

 味覚が消えたかのような感覚を、桜は味わった。

 それから桜は、三人に味について聞いたが、三人とも疑問は持っていなかった。首を傾げながらも、桜は無味の夕食を胃に入れた。

 

 

   ◇

 

 

 深夜。

 士郎の胸板に頭を乗せて、桜は考えていた。

 

 分かってる。おかしいのは自分だ。

 自分はだんだん、壊れ始めているんだと。

 

(暖かい)

 

 身体は暖かく、安心する。

 感覚は消えていない。まだ残っている。

 

 

(今が、ずっと続けば良いのに―――)

 

 

 桜はそう思いながら、睡魔に身を委ねた――

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 空に暗闇が落ちた。

 星も月も輝かぬ、真なる暗黒の世界で、松明の光のみが、白亜の壁をボンヤリと照らし出している。

 

 冬木教会、礼拝堂の奥。

 中庭を囲む廊下を、黄金の王は歩んでいた。

 

「――どこへ行くつもりだ? 『英雄王』ギルガメッシュ」

 

 王の前に、教会の主たる神父が立つ。背丈だけで言えば、神父は王よりも大柄だ。

 しかし――その身より放たれる威厳は、比べモノにならない。

 

「裁定の時だ。これまでは容認していたが、此度に至っては看過しかねる」

「…マキリの聖杯を殺す、と?」

 

 漆黒を宿す神父の瞳を、王は真紅の蛇眼で睨み返す。神父の言葉を訂正する気は無いらしかった。

 

「アレはまだ誕生していない。生まれ落ちておらぬモノに、罪科を問うと言うのか?」

「裁定は(オレ)が手づから、下すべくして下すべきモノだ」

 

 この世の全てを掌中に納めた王――それがギルガメッシュと言う英霊だ。

 人類最古の英雄王にして、人類の裁定者。

 例え堕落し無駄を増やしすぎていても、それを間引くのはギルガメッシュでなければならない。ギルガメッシュは、自分以外の者が人を殺めるコトを良しとしない。あくまでも、裁くのはギルガメッシュなのである。

 

「しかし、アレがここまで完成するとはな。惜しいと言えば惜しいのだが――最早、見るに見かねるわ」

「ほう? 英雄王ともあろう男が、慈悲をかけるとはな。どう言う風の吹き回しだ?」

「人が人を屠らば、つまらぬ罪罰で迷おう。その手の苦しみは愉しくもない」

 

 ギルガメッシュは、再び歩み出す。言峰の横を通り過ぎ、その先へと向かう。礼拝堂を抜けて、外へと出る為に。

 

「お前はお前で、やはり英霊だな。生の苦より救う為に、死を遣う。お前の望みは死か?」

「当然だ。現代の世は、無意味で無価値なモノばかりだからな。一掃するコトこそが正義であり――終わらせてやるコトだけが、情けと言うモノだろうよ」

 

 問いこそしたが、言峰にもギルガメッシュを止める気は無い。止めようにも止められるモノでもない。

 英雄王の決定は絶対だ。例えマスターであろうとも、ギルガメッシュの妨げとなるならば、その先には死しか有り得ない。

 

「――せいぜい注意するが良い、英雄王」

 

 振り向かず、ギルガメッシュが去ったと分かっていながら、言峰はこう口にする。

 

「無価値なモノこそあれ、無意味なモノなど無い。お前に敗北を与えるとするなら、それはその一点のみだろう」

 

 神父の声が、王に届くコトは無かった。

 預言者の神託が如き男の言葉は、無人の教会で孤独に反芻した。

 

 

   ―interlude out―




劇場版準拠ではありますが、大分私なりに補完しております。
今回はギルと神父の幕間が多め。
まあ、次回は問題のあのシーンなんで、布石というコトで…赤色タグさんに頑張って貰わねば…(白目)




次回「悪夢


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#18 悪夢

 飼育箱の夢を見ている。

 悪い夢だ。最近ずっと、毎晩のように見ている、わるいゆめ。

 

 ひたひたと散歩する。

 

 でも、怖いワケじゃない。

 何回も見たから、もう慣れた。

 

 ゆらゆらの頭は空っぽで、きちきちした目的なんてうわのそら。

 

 多くのモノを引きずって、彼女は歩く。

 彼女の通った跡は、真っ赤に染まっている。

 

 ぶるぶると震えてゴーゴー。

 

 彼女の食事は、他と少し違っている。

 けれど、彼女は何も変わらない。やり方が違うだけだ。それだけしか違わない。

 

 くすくすと笑ってゴーゴー。

 

 楽しそうに、彼女は歩く。

 わたしも楽しくなってくる。

 

 からからの手足は紙風船みたいに、ころころ地面を転がっていく。

 

 あの子についていく。

 くるくる回って、輪になって。

 

 ふわふわ飛ぶのは、きちんと大人になってから。

 

 川を渡ろう。街へと行こう。

 あそこにはいっぱい、楽しいものがある。

 

 ごうごう。

 ごうごう。

 ごうごう。

 

「オ―――よ。あの――、かわ――くね?」

「――ジ? ホ――だ、―――裸足だ――」

「何――てる――? おっ、――いじゃん」

 

 きいきい誰かが寄ってくる。

 ぞろぞろ人が寄ってくる。

 

「どこ行―――。遊――ぜ?」

「待――よ。―――と休憩して――ね――?」

 

 からからからと、笑い声。

 蠱惑した覚えはありません。

 

「              」

「              」

「              」

 

 きんきんうるさく響くので、

 

 飼育箱の夢を見る。

 そうして、虫をつぶした。

 

 くうくうお腹がなりました。

 

 最初は散らかしてしまっていた。

 けど、これも慣れた。ゆっくりと、時間をかけて噛み砕く。呑み込んで、唇を舐める。

 

 タリナイ。タリナイ。タリナイ。

 

 でも、彼女はまだ満足してない。

 わたしもまだ、この夢から覚めたくない。

 

 この夢はたのしい。

 足りなくて、楽しいから。

 もうちょっと、ゆめを見ていても―――

 

 

「精が出るな。今夜に限って、いつもの倍か」

 

 

 ―――怖いものに、出会った。

 

 怖い。殺される。逃げなくちゃ。

 知っている。あのひとは、わたしに死ねと言ってきた、黄金のサーヴァントだ。

 

「だからあの時、死んでおけと言ったのだ」

 

 きらきら、綺麗で――腕が無くなった。

 

「――え?」

 

 音がする。後ろからだ。何かが刺さる音。

 ピカッとひかって、あの子の腕を切断した。いっぱい血が出て、とっても痛い。

 何でだろう。

 

 何で、わたしの腕も無くなってるんだろう?

 

 

「猶予は終わりだ。――せめてもの慈悲と知れ」

 

 たくさん光る。全身がいたくなる。

 痛い。痛い。いたい。いたい。イタイ――

 

 夢が覚めない。

 

 あの子と一緒に倒れる。感覚が無くなって、息が詰まって、動けない。ずっと鉄の味だ。

 

「あ、れ―――?」

 

 おかしいな。

 先輩、わたしおかしいです。

 

 こんなに痛くて苦しいのに。

 

 

 わたし、夢から出られないんです―――

 

 

 

   ◇

 

 

 とある路地裏で、少女が倒れる。

 彼女の左腕は千切れ飛び、その全身は宝具によって貫かれていた。

 

「あ、れ―――?」

 

 終わりだ。今しがた、採決は下された。

 背後に展開した「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」の門を閉じながら、ギルガメッシュは血溜まりの少女を瞥する。

 

「いや、だ…死にたく、ない」

 

 少女が身じろぎする。動くハズのない身体を動かそうとしているが、動けるハズもない。

 

「――何?」

 

 死にたくない。

 死にたくない。

 死にたくない。

 

「まだ息が有るのか――生き汚いな、娘」

 

 ただその一心で、彼女は動こうとする。

 そんな彼女に、裁定者たる王は、ゆっくりと歩み寄って行く。

 

「今、死んだら…先輩は、姉さんに――」

 

 嫌だ。彼女は、それだけが嫌だった。

 自分より相応しい人がいると思って、諦めかけていた想いは、彼によって繋がれた。

 

 彼女に元々、生への執着など無かった。

 けれど、今は違う。彼女は死にたくない。

 

 

 彼はもう、わたしのものになったのだから。

 

 

 誰にも渡さない。渡したくない。

 渡させるわけにはいかない。

 彼はわたしのものだ。わたしだけの――

 

「中身だけでなく、身体まで変わりかけていたとはな」

 

 断頭。

 少女の背丈を遥かに超える長剣(ハルペー)が、少女の頭と身体を分離(わか)った。

 

「ここまでだ。(オレ)の手を煩わせるな」

 

 痙攣も収まり、彼女は動かなくなった。

 当然だ。首を跳ねられて、即死しない者などいない。それを行ったのが不死殺しの宝具であれば、尚更である。

 

 ギルガメッシュは少女が事切れたコトを確認し、去ろうとした――が。

 

「――ん?」

 

 身体のバランスが、唐突に崩れた。

 

 真っ直ぐ立っていられず、ギルガメッシュは前方へと倒れる。

 

「―――!」

 

 しかし、地に手を付けるコトは無かった。

 

 英雄王たる彼の矜持は、彼を地に蹲らせるコトを赦さなかった。地に手が付く直前に、ギルガメッシュはバランスを取り戻す。

 倒れた身体をゆっくりと戻し――ギルガメッシュは、自らの足下に目を向けた。

 

 

 王の左足が、膝下から無くなっていた。

 

 

 傷口から血が滴り、地を赤く染める。

 続いて後ろに視線を向けると、そこには千切れた左足が有り――地面に落ちた黒い影に、呑み込まれていた。

 

「――(オレ)を跪かせようとは…!」

 

 少女に視線を戻し、ギルガメッシュは叫ぶ。

 足を奪われた雪辱など些細なコトだ。

 

 雑種如きが、(オレ)の手を地に付けさせようとした。

 

 自ら進んで平伏し、天に仰ぎ見るべき「英雄王」ギルガメッシュを、跪かせようとした。

 何よりも断罪すべき不敬だ。

 

「―――あ、あ…」

 

 英雄王の怒りを知るコト無く。

 その足を奪ったソレが、黒い影に覆われる。

 

 そして――断たれた少女の左腕が飛び出し、地を叩いた。

 

 ノイズが走り、引っ張られるように少女が立ち上がる。血に染まった少女は、虚ろな瞳でギルガメッシュを見る。

 対するギルガメッシュは驚嘆すると共に、本当に少し、ほんの僅かに――恐怖を抱いた。

 

「――、おのれッ!!」

 

 激昂し、ギルガメッシュは門を展開する。

 王の背後が黄金に波打ち、二十にも達するほどの輝きが生まれ――その全てから、一斉に宝具が撃ち放たれる。

 放たれたのは揃いも揃って、蔵の中でも最上級の武具。たった一人、しかも生身の少女に対するには明らかに行き過ぎの火力。サーヴァント相手でも、彼がこれほどの数の門を開くコトは珍しい。

 

 だが――撃たれた宝具の全ては、少女の前に伸びた黒い影に呑み込まれた。

 

 黄金の宝具は黒い魔力に冒され、少女の背後で荒れ狂い、壁や地面を飛び跳ねて、火花が散らされる。

 漆黒に汚された宝剣が街灯の柱に直撃し、街灯が地面に叩き付けられた。ライトのガラスが割れ、血に濡れた少女を足下から照らし出す。

 

「ッ――ほう…」

 

 少女の背後の壁に、その「影」が映される。

 それを見上げながら、バビロニアの英雄王は――感嘆の声を漏らした。

 

 

「貴様…よもや、そこまで―――」

 

 

 全能であるが故に、王は全てを悟ったのだ。

 彼女の成長は、ギルガメッシュの予測を遥かに上回っていた。如何に「英雄王」ギルガメッシュと言えども、所詮は聖杯によって喚ばれた使い魔(サーヴァント)に過ぎない。

 

 聖杯に喚ばれたモノである以上、聖杯に敵う道理は無い。

 

 サーヴァントでしかない自分では、サーヴァントを喚び出した聖杯――正確には、それと繋がり誕生を控えたもう一つの聖杯――を、どうにか出来るハズなど無かったのだ。最早、ギルガメッシュに収拾出来るモノではない。

 この少女(せいはい)に刃を届かせうる者は、サーヴァントではない――今を生きる人間のみである。

 

 ギルガメッシュに向けて、影が伸びる。

 そして、それがギルガメッシュの身体を貫く―――直前。

 

 

 ギルガメッシュの身体が、突き飛ばされた。

 

 

「何だと――!?」

 

 玉体は、少女から離れて行く。ギルガメッシュが影から逃れたコトを認識すると共に、王のサファイアが如く赤い瞳は、一つの光景を視界に入れていた。

 

 

 キャスターが、影に貫かれる光景を。

 

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 夜の帳に包まれた街を見下ろしながら、キャスター――オルガ・イツカは思案していた。その隣にはアサシン――三日月・オーガスと、マスターの間桐臓硯がいる。

 

(…このままで良いのか?)

 

 オルガと三日月は今、間桐臓硯のサーヴァントとして戦っている。

 間桐臓硯は、悪辣な怪物だ。五百年を生きる妄執の化身にして、ノブリス・ゴルドン以上の外道と言える。オルガは臓硯にしてやられ、自分を救ってくれた恩人である葛木宗一郎を人質に取られた。彼を解放してもらう為に、オルガは臓硯に従っているのだ。

 

 現状、良いように使われているだけ。

 それは、あの頃から全く変わっていないのではないか?

 

 マルバ・アーケイら、CGSの大人達に従っていた、あの頃と。

 

 CGS時代、クズな大人の支配から脱却し、オルガ・イツカ――鉄華団は、自由の為に戦って来た。いつか辿り着く「本当の居場所」を目指して進み続けて、死ぬ時すらも進み続けた。

 ただ進み続けるだけで。止まらない限り道は続くと思って、死んだ後も様々な世界を渡り歩き、進み続けてきた。鉄のような絆を信じ、その生き方こそが決して散らない華だと信じて。

 

 だが――今はどうだ?

 振り出しに戻った。良いように使われ、利用されている。

 

 マルバ・アーケイに。

 マクマード・バリストンに。

 ノブリス・ゴルドンに。

 蒔苗東護ノ介に。

 ガラン・モッサに。

 マクギリス・ファリドに。

 ラスタル・エリオンに。

 

 鉄華団は振り回され、最後には瓦解した。

 無論、振り回されて良かったと思ったコトも有る。クーデリア・藍那・バーンスタインには振り回されて良かったが――大半は、良くない方向にしか働かなかった。

 

(――分かってる。このままじゃダメだ)

 

 臓硯をのさばらせてはならない。あんな怪物が「万能の願望機」とかいうモノを手に入れた所で、ロクなコトは起きないだろう。

 

 反撃の一手を打たねばならない。

 筋を通すべき相手は葛木宗一郎であって、間桐臓硯ではないのだ。勝利後、臓硯が大人しく葛木宗一郎を解放するのかも分からない。

 

 その時――オルガの目に、一人の男が映った。

 

 黄金の髪に、紅蓮の瞳。

 その威圧感、重圧は黒化したセイバー――アグニカ・カイエルすら上回っている。

 

「…アイツは、誰だ?」

 

 オルガが思わず呟いた言葉に、知識を持つ臓硯は返答した。

 

「前回の聖杯戦争で召喚され、受肉して現世に留まっておったサーヴァントじゃな。真名は――ギルガメッシュと言ったか。マスターは教会の神父だ」

 

 真名を聞いた所で、ギルガメッシュと言う英雄はオルガの知る所ではない。

 だが、その男がただ者でないコトは分かる。オルガの側で、三日月も目を見開いていた。

 

「人類最古の英雄王――この世全ての財を手中に納め、あらゆる宝具の原典を有する者。傲岸不遜にして、慢心の塊のような男じゃが、実力は本物よ」

 

 その言葉通り、ギルガメッシュは圧倒的な力を見せた。一見して「勝てない」と感じさせられ、オルガと三日月は思わず身震いする。

 

(コイツなら――)

 

 勝てる。ギルガメッシュの前では、臓硯など羽虫でしかない。蚊を潰すかの如く、ギルガメッシュは臓硯を潰せるだろう。

 

 しかし――ギルガメッシュは、影に片足を呑まれた。

 

「やはりか。奴とてサーヴァント、アレには敵うまいて」

 

 臓硯がそう言う中、オルガは心中で焦りを感じていた。まずい、と。

 

(――このジジイをどうしようも出来なくなっちまう…!)

 

 せっかく見つけた可能性だった。

 今残されたサーヴァントは、オルガと三日月にアグニカ・カイエル、そしてあのギルガメッシュ。間桐の陣営と対立するサーヴァントは、ギルガメッシュだけだ。

 

 助けなければならない。

 ギルガメッシュがこのまま「影」に食われたなら、本当に間桐臓硯が勝者となってしまう。

 

 臓硯を殺した場合、宗一郎の命が危うくなるだろう。しかし、ギルガメッシュのマスターが教会の神父だと言うなら、治療の見込みが有るかも知れない。

 ただの楽観的推測だ。これで本当に筋を通せるかは分からない。

 

 だが――このまま従っていても、いずれ自分達は聖杯にくべられる。宗一郎の安否は、それこそ不老不死になった臓硯に託されてしまう。

 

「ッ――!」

 

 オルガは走り出した。

 この役目は、三日月には託せない。いくら「気配遮断」のスキルが有っても、影に近寄り過ぎれば呑まれる。

 

(それはダメだ。俺よりも、ミカが残った方が良い)

 

 それに、オルガには蘇生宝具が有る。

 もしかしたら、影にやられても生き残れるかも知れない。

 

「オルガ!?」

 

 三日月が走り出すと、臓硯は手をかざす。

 

「止まれ」

 

 一言で、臓硯が絶対命令を下す。三日月はそれで動けなくなったが、オルガは違った。

 

「止まるんじゃねぇぞ…!」

 

 そう言いながら、オルガは自らのこめかみに銃を突き付け、引き金を躊躇い無く引く。

 

「ほう――?」

 

 一瞬死ぬコトで、命令はその対象を失った。オルガのみ、令呪の軛から逃れたのである。

 

「オルガ!!」

 

 三日月の声を後目に、オルガは路地裏に飛び降りて行った。

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

「があッ…!」

 

 少女とギルガメッシュの間に割って入り、ギルガメッシュを突き飛ばしたのは、キャスターのサーヴァント――オルガ・イツカだった。

 影に貫かれ、オルガは派手に吐血。横の壁に叩き付けられて、崩れ落ちた。

 

「貴様、(オレ)を下がらせるなど――!」

「ぐ、ッ…行け!」

 

 オルガはモビルワーカーを一機召喚し、ギルガメッシュを路地裏から押し出す。片足を失って機動力が鈍ったギルガメッシュは、向かって来るMWから逃れられず、されるがままだ。

 それからオルガは、影によって貫かれた傷を押さえて、再び血を吐いた。

 

「クソ、何でだ…()()()()()()()――!」

 

 影に貫かれたのは、左胸と腹。間違い無く致命傷であり、本来ならば宝具が発動し、希望の華が咲いて治癒され、蘇生するハズなのだ。

 

 なのに、宝具が働かない。

 いや、働いていても効果を発揮していないのか。やはり、あの「影」にはサーヴァントの何もかもが通用しない。

 

「…足りない」

 

 眼前の少女が、虚ろに呟いた。

 オルガはそれを聞いて怖気立ち、現在召喚可能な鉄華団の戦力、全てを召喚する。

 

「やっちまえ…!」

『うおおああああッ!!』

 

 何十機ものMW、モビルスーツが少女へと銃撃する。ガンダム・グシオンリベイクフルシティを始めとしたMS隊は近接武装を構え、少女に向かって一斉に振り下ろす。団員達の声は、最早悲鳴に近いモノだ。

 

 しかし――少女には、弾の一発すら届いていない。

 

 

「あーむっ」

 

 

 少女は口をガバッと開け、閉じる。

 もぐもぐと噛み、いつもより多くの魂を咀嚼し、消化していく。そう大して、時間は掛からなかった。

 

 

 それで、全てが終わった。

 

 

 キャスターのサーヴァントは、この世から消え去った。彼が死に際に召喚した鉄華団も、その全てが影に取り込まれた。

 

 タリナイ。

 

「――こんなんじゃ、足りない」

 

 英雄王の足とサーヴァント一騎を取り込み、なおも満ち足りない。空腹は、飢餓は満たされない。まだ、いっぱい食べなくちゃ。

 

 もっと、もっと欲しい。

 

 暗闇に立つ少女――間桐桜の足下から、影が広がって行く。街が黒く染まり、あらゆる命を吸収して行く。

 人も動物も魚も。

 何もかもが吸われ、黒い影が世界を覆う―――

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 夜の街に、サイレンが鳴り響く。

 暗黒に染まった暴食を眺めて、間桐臓硯は杖で一度、地面を突いた。

 

「ふむ――加減を知らぬのも困りモノだな。良かれと思って放逐してきたが、これはそろそろ刈り取らねばならぬかのう」

 

 阿々(カカ)、と老人は嗤う。

 そして、その横には――絶対的な命令により四肢を縛られ、動こうにも動けなくなっている一騎のサーヴァント。

 

「オル、ガ…!」

「しかし、これは一体どういうコトだ? 独断にしては些か、度が過ぎておるようだが?」

 

 令呪により縛られているのはアサシン――三日月・オーガスだ。五百年を生きる怪物は、淡々と己がサーヴァントを糾弾する。

 三日月とオルガは、生前からの親友だ。その絆は兄弟のように堅い。キャスターの独断専行を、アサシンが知らぬハズは無い――と言うのが、臓硯の見解だった。

 

「――分から、ない…!」

 

 だが三日月は、先ほどから「分からない」としか言わない。この問いも一度目ではないが、三日月の答えは全く変わらない。

 

「儂に逆らうと言うコトは、あの男の命を投げ出すと言うコトに等しい。それは貴様も分かっておるであろう。

 己が筋を通したいのであれば、真実を述べるが良い。令呪で無理矢理喋らせても構わぬのだぞ?」

「――分からない…」

 

 脅しをかけても、三日月の答えは変わらなかった。それを受けて、臓硯は自らの推測を改めた。

 

 知っているのに述べない、のではなく。

 アサシンは、キャスターが行動するコトを本当に知らなかったのではないか、と。

 

 事実として、この推測は当たっていた。

 オルガは三日月に、己が考えを述べてはいなかった。

 

 何故か。

 述べたとしたら、三日月は間違い無く自分がやろうとするからだ。

 

 三日月の優先事項において、オルガの命は自身の命よりも重い。三日月はオルガの命令であれば、何の躊躇いも無く己が命を投げ出す。

 それはダメだ。

 

(オルガ…どうして)

 

 オルガはあの「影」の恐ろしさを重々承知していたし、蘇生宝具が通用するとの確信は持っていなかった。それでも、自分の方がまだ命を無駄にしない可能性は有ると考えたのだ。

 だから、オルガは三日月に伝えないまま、作戦を実行した。そしてそれは成功し、ギルガメッシュは現状「影」から逃れた。

 

「まあ良い。戦力は減ったが、今更あの小僧どもにどうにか出来るコトではない。――あの魔力タンクも要らぬモノとなったな」

 

 臓硯は俯く三日月から視線を外し、暗闇に呑まれた街を一望しながら。

 

「――そうさな。桜の幕引きはあやつにこそ相応しかろう。予想外の成長ではあったが、アレをあそこまで保たせてくれたのだ。

 なれば、息の音を止める喜びくらいは譲ってやらねばなるまいて」

 

 悪辣に、そう一人ごちた。

 嗜虐と愉悦を込めて放たれたそれは、少年と少女を大いに弄ばんとするモノだ。

 

「人の世に疎まれ、憎まれ、呪われ続けた哀れな肉にとっての安息。唯一の味方に否定された時、健気にも世界を恨まずにいた肉がどうするか―――全く、見物と言うべきよな」

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

 襖が乱暴に開けられた音で、俺は目を覚ました。飛び起きると、襖を開けた人間――遠坂が目に入った。

 

「士郎、すぐ居間に来て!」

 

 そう言って、遠坂は居間へと走って行った。

 桜が隣にいないコトに気が付き、俺は服を速やかに着て居間へと向かう。

 居間には遠坂とイリヤがいて、テレビでは衝撃的なニュースが流れていた。

 

 新都で、百人近い人が行方不明となった。

 

 現場は血が残っている箇所も有り、全く不明瞭な事件。警察にも「知人がいなくなった」などと言った声が多数寄せられており、不明者数はこれから増える可能性が高いと。

 

「遠坂、これは――」

「ええ――間違い無いわね」

 

 教会の事後処理、隠蔽が追いついていない。

 そして、あまりにも被害が出過ぎている。――「影」の暴食だろう、と遠坂は言った。

 

 その時、玄関でガタン、と言う音がした。

 居間を出て玄関に向かい、ドアを開けると、そこには―――

 

 

 ――桜が、血まみれで倒れていた。

 

 

「ッ、桜!?」

「――待ってて、治療の道具を持って来る!」

 

 遠坂が家の中へと走って行き、俺は血に染まった桜に近寄り、その身体を抱きかかえる。

 

「…!?」

 

 その時、得体の知れない悪寒を感じた。

 

 全身が総毛立ち、冷や汗が頬を伝う。しかし目は、桜の向こう側――桜の影へと向かっていた。

 

 気付くな。やめろ。

 

 本能が叫ぶ。しかし、俺は目を背けるコトが出来ない。そして、確かに見てしまった。

 

 

 似ているだなんて、考えるな―――

 

 

 桜の影はノイズがかかって、歪んでいた。




【朗報】ギルガメッシュ、生き残る

正直言うと、最後の最後までギルを残すか残さないかで迷いました。
ただ、色々鑑みた結果、ギルがいないと今後の展開がガン詰みするのでこういう感じに。
オルガが命懸けで作ったのは、突破口です。




次回「ミザリー」


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#19 ミザリー

第三章の公開日が近づいて来て、ドキドキが高まって来た今日この頃。
なか卯は特典が第二弾になってから行きます。
書き下ろしのドレス姿の桜の奴が欲しいので…。


 夜が明けた。

 痛いほど白い光が台所の窓から差し込み、居間を淡く照らしている。

 

「――桜は?」

「生きてるわ」

 

 空気は重かった。居間に集った面々は、重々しく言葉を交わす。

 

「でも、酷い状態よ。あの子、外見だけ綺麗に繋げてあるだけで、中身がズタズタなの」

 

 血だらけになって帰って来た桜を、夜通し治療していた凛は、少しやつれた顔で言った。

 

「誰にやられたかは知らないけど――確実に一度死んでるわ」

 

 一回殺されて、それでも生きている。

 およそ人間の成せるコトではない。それほどまでに、間桐桜の様子は最悪だった。

 

「…ッ」

「―――」

 

 士郎は歯噛みし、イリヤは表情を変えずに凛と士郎に視線を向けている。

 とりあえず桜の容体を二人に伝えた凛は、廊下へ向かって歩き出す。

 

「一刻も早く、臓硯を倒すわ。その為に、やれるコトをやりましょう」

 

 廊下に出る直前で、凛は足を止め――

 

「衛宮くん。あの『影』と臓硯が、全くの別物なのだとしたら――貴方は、どうするの?」

 

 それだけを、言い残した。

 

「クソ―――」

 

 どう、するのだろうか。

 とにかく現状として、あの影について最も詳しいのは臓硯だし、関わりが有るのも臓硯だけだろう。

 しばらく頭を抱えていたが、やがて士郎は力無く立ち上がり、凛を追って居間を後にした。

 

 

   ◇

 

 

 目を開くと、そこは見慣れた天井だった。衛宮邸の、いつも使っている客間。先輩が用意してくれた、間桐桜の居場所。

 けれど、今日はそれ以外に、違うモノが映った。

 

「おはよう。まだ自分は残っている? 桜」

 

 銀髪赤眼の冬の少女――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが、ベッドに横たわる自分の顔を見下ろしていた。

 

「――セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、バーサーカー…昨日はキャスターを取り込んだようね。順調そうで何よりだわ」

 

 感情の乗らない声で、イリヤは言う。

 間桐桜(まがいもの)とは違う、本当にかく在るべくして造られた小聖杯(イリヤ)は、泥にまみれた女に問う。

 

「桜。これから自分がどうなるか、分かる?」

「――知りません。どうなるんですか、私」

 

 そして、アインツベルンの聖杯は――本来なら己が辿るハズだった運命を、マキリの聖杯に告げた。

 

 

「死ぬわ。絶対に助からない」

 

 

 一言。あまりにも呆気ない、当然のコトだ。

 サーヴァントの魂を貯蔵する小聖杯は、消滅し聖杯にくべられたサーヴァントが増えれば増えるほど、人間としての機能を失って行く。最後には大聖杯を降誕させ、小聖杯自身は死ぬ。

 

 既に六騎。

 まだ消化されず、霊基が残っているセイバーを除いても五騎。

 

 万能の願望機としての機能を得て、聖杯を降誕させるには充分な数だ。

 

「―――」

 

 桜が目を見開き、イリヤは無言のまま、冷徹な瞳で桜を見下ろしているだけ。沈黙が二人の間に降りる。

 

 その時――玄関が、バーンと音を立てて開かれた。

 

「たっだいまー! ちょっとだけ帰って来れた――って、士郎ー? いないのー?」

 

 藤村大河。

 この衛宮邸、もう一人の住人だ。

 

「あれー? かくれんぼしてるのかな?」

 

 無人の居間には興味を失って、誰かの姿を求めて大河はせわしなく衛宮邸の中を駆け回る。

 そして――桜が寝る客間に辿り着いた。

 

「全くもう、士郎はどこ行っちゃったんだろうなー。桜ちゃんがタイヘンな時に!」

 

 体調が優れない、と桜が説明すると、大河は桜の付き添いを開始した。

 先ほどまで部屋にいたイリヤは、自分が見つかると話がややこしいだろうと思い、部屋の外から聞き耳を立てている。

 

「――先生、ごめんなさい」

「ん? いいのいいの、桜ちゃんが謝るコトじゃないわよ。謝るべきは士郎ね!」

 

 全くけしからん、と大河は拳を握ってジャブをする。陽気な大河に対し、桜は弱々しく(かぶり)を振った。

 

「…先輩は、私を守るって言ってくれたんです。ここが桜の家だ、って」

「――おお…」

 

 頬を染めて驚く大河。

 一方、桜は俯いてしまう。それがダメなんです、と言うかのように。

 

「でも、ごめんなさい――私のせいで、先輩の夢を壊しちゃう…!」

 

 悲痛な声で言って、桜は膝を抱える。

 そんな桜に、大河は。

 

 

「―――どうして?」

 

 

 優しく落ち着いた声で、問いかけた。

 如何に衛宮邸の住人でも、大河は聖杯戦争には無関係の、ただの一般人だ。士郎と桜に何が有ったのかなど、彼女の知る所ではない。

 

 それでも――桜が苦しんでいるコトは分かる。

 

 教師として。姉として。年長者として。

 話を聞かなければ、と大河は感じた。

 

「それは――私が、悪い人だから…」

「士郎は、悪いコトはダメだって、ちゃんと叱れる子だよ? 桜ちゃんも、悪い所は直したい、って思ってるんだよね?」

 

 泣きたくなるような優しい声に、桜は僅かに頷いた。それを受けて、大河も頷き返す。

 

「だったら大丈夫。士郎は桜ちゃんを助けてくれるよ。何たって、正義の味方だもん」

「――でもそれは、みんな平等に…」

 

 すると、大河は顔を横に振り、その言葉を否定した。

 

「士郎が目指してるのが切嗣さんなら、やっぱり大切な人がいてもいいのよ。

 切嗣さんだって、えこひいきしいだったんだから」

 

 切嗣。その名を聞いて、聞き耳を立てていたイリヤは目を見開いた。

 

「士郎を引き取って、この屋敷に住むようになってからも、切嗣さんは毎月のように海外に出かけていたの。それこそ、身体が動かなくなって――亡くなっちゃう、直前まで」

 

 知らない。イリヤは、そのコトを知らない。

 一回たりとも来てないと思っていた。アハト翁は「あやつはお前を捨てた」としか言わなかった。イリヤはその言葉を信じて、自分が痛い思いをしてるのに来てくれなかった切嗣を憎んで、切嗣と士郎を殺す為にやってきた。

 

 でも――それは違った。

 来てくれていたのだ。何度も、何度も。

 

「きっと、どうしても会いたい人がいたのね」

 

 聖杯を持ち帰らなかった切嗣に対し、城の門戸が開かれなかった。だから会えなかった。

 

「――私も、着いて行こうとしたんだけどね。はぐらかされて、置いて行かれちゃった」

 

 少し切なげに、大河は笑って――桜の頭を、自分の両腕で覆った。そのまま抱き寄せて、優しく撫でる。

 

「だから、桜ちゃんは――士郎の側にいてあげてね」

 

 暖かい、とは感じなかった。

 そんな能力は、もう彼女の身体に残っていない。人としての機能を失い始めた彼女には。

 

 それでも桜は、とめどなく涙を流した。

 感覚が消えかけている手で、優しい人にしがみついて、泣き続けた。

 

 

   ◇

 

 

 壁に手をついて、黄金のサーヴァントはフラフラと歩いていた。

 

「おのれ――」

 

 「英雄王」ギルガメッシュ。

 影に敗れた彼はキャスターの犠牲により奇跡的に生き延び、片足のみで歩いている。深山町の住宅街、その裏道を。

 

「この(オレ)に、こんな屈辱を…!」

 

 傷こそ塞いで血は止めたが、それが限界。

 思った以上に魔力を根こそぎ持って行かれ、消耗していた。マスターからの魔力供給を必要としないほど高ランクの「単独行動」スキルを保有しているとは言え、保有魔力が限りなくゼロに近くなれば、現界を留めるので精一杯だ。

 

 無様を晒し、雑種に救われた。

 

 有り得ぬ失態である。英雄王たる者、常に泰然と構えて然るべきだ。

 だが――生き延びた以上、ただ座して消滅を待つコトなどしない。それこそ本当に負け犬の所業、逃げに転じた臆病者のするコトだ。このまま負けっぱなしでいるなど、英雄王としてのプライドが許さない。

 

「――このままでは済まさぬぞ」

 

 しかし、直接対峙して敵う相手ではない。

 例え「乖離剣エア」の一撃を以てしても、一時的に押し返すのが限度だろう。大聖杯に直接撃つならば、また話も違うだろうが。

 

 それからしばらく、日の入らない路地裏を行くと――とある邸宅の前に出た。

 

「ほう――これは、時臣めの(やしき)ではないか」

 

 遠坂邸。

 実に十年前になる第四次聖杯戦争の折、ギルガメッシュを召喚したマスター、遠坂時臣が拠点としていた場所だ。

 

 ちょうど良い。

 遠坂邸は冬木に於いて、円蔵山に次いで優秀な霊脈地でもある。それ故に、第二次聖杯戦争では大聖杯の降霊地にすらなったと言う。ここでなら、充分に魔力を回復させられるだろう。

 

 開かれていた鉄格子の門から堂々と敷地内に入り、本館に向かう。そして、扉を開けて正面から入る。

 中には灯りが点いており――

 

「げえっ!? 何よアンタ!」

 

 大量の本を抱えた赤い服の少女が、扉の正面に在る階段の上から、ギルガメッシュを見下ろしていた。

 

「騒々しいぞ娘。この(オレ)を見下ろすとは、なかなか良い度胸ではないか」

「人ん家に勝手に入って来たくせに、随分と偉そうねコイツ…って、アンタ――足はどうしたのよ!?」

 

 抱えていた本を置いて、現在の邸の主――遠坂凛が、階段を下ってギルガメッシュに近寄って来る。ギルガメッシュは彼女の質問に答えず、一方的に宣言する。

 

「しばらく此処を借りるぞ。(オレ)は今、少々傷を負っているのでな。早急に回復させねばならん」

「ちょっと待ちなさい」

「何?」

 

 重傷の身とは言え、王の宣告を凛は遮った。機嫌を損ねたギルガメッシュは、凛を睨み付ける。

 

(オレ)が使ってやると言っているのだ。今すぐ献上するが筋で有ろう」

「まあ、使わせるのは構わないわよ。最近は、いないコトの方が多いしね。でもその前に、私の質問に答えなさいよ」

 

 あくまで自分のペースで話を進めようとする凛。対するギルガメッシュは、最早苛立ちを通り越して、逆に一目置き始めていた。

 キッチリ階段を降りてきているし、邸を好きに使うコト自体に異を唱える気は無いらしい。時臣はつまらない男だったが、娘の方はなかなかの逸材かも知れない。

 

「不敬もここまで来ると清々しいな貴様。良かろう、答えてやろうではないか。下らぬ質問なぞするなよ?」

「アンタ、サーヴァントなの?」

 

 凛は初っ端から、確信に迫る質問を投げた。

 

「当然だ、(オレ)を誰と心得るか」

「成る程――影にやられて、消えかけてるってコトか。魔力もごっそり無くなってるっぽいし」

 

 現在、凛の頭には疑問符が浮かんでいた。

 既に七騎のサーヴァントを、凛は確認している。となると、このサーヴァントは八騎目のサーヴァントになるのではないか。他のサーヴァントと違い、彼は機械的な鎧を纏って戦うタイプでもなさそうだ。

 

「アンタ――私と契約する気は有る?」

「雑種如きが、英雄王たる(オレ)を縛ろうと言うのか?」

 

 英雄王、と聞いて、凛は僅かに息を呑んだ。やはりこのサーヴァントは、他の七騎とは大きく違っている。

 そして――凛の覚えが正しいなら、眼前のサーヴァントは間違い無く、最強の英霊である。臓硯は愚か、聖杯と繋がって黒化したセイバーすら、凌ぎ得るだろう。

 

「何で八騎目なんてのがいるかは知らないけど――そんな状態じゃ戦闘どころか、現界もままならないでしょ? 私と契約して経路(パス)を繋げば、少しはマシになるんじゃない?」

「――(オレ)に魔力を貢ぐ、と?」

「まあ、そうなるかしらね。アンタもあの影を倒したいんでしょ? 目的も一致してるわ」

 

 ギルガメッシュは少し考える。

 

 確かに、この娘の判断は正しい。娘としては戦力を欲しているのだろうし、ギルガメッシュとしても魔力供給が有れば、こんな所でちまちま回復する必要は無い。充分、利用価値は有るだろう。

 契約は切ろうと思えばいつでも切れるし、令呪の命令も同様だ。利害が一致する限り、協力する体制を取るのも良い。言峰の行く末も見届けたいが、同じ陣営ではなく、敢えて端から見るのも一興か。

 

 後は――この娘が、英雄王を楽しませられるかどうかだ。

 

「娘。貴様が聖杯にかける願いは何だ?」

 

 聖杯が正しく願望機であるとしたら、貴様はどんな願いを託す? と、ギルガメッシュは付け加える。そう問われた凛は、首を傾げて答えた。

 

「願い? そんなの無いわよ?」

「…何?」

 

 凛は嘘を吐いていない。ギルガメッシュにはそれが分かり――なればこそ、困惑した。

 彼女の父である時臣は「根源への到達」という願いを持っていた。下らぬ願いだが、あんなつまらぬ男にすら願望は有った。しかし、凛には願いなど無いらしい。

 

「普通の魔術師なら『根源へ到達する為』とか言うんでしょうけど、そんなの自分でやれば良いし」

「――では、貴様は何の為に戦う?」

「冬木の管理者(セカンドオーナー)として、この土地の異常は見過ごせないってのも有るけど――一番は、そこに戦いが有るからよ。私は勝つ為に戦うの」

 

 さも当然のように、凛はそう言った。

 その答えを聞き届けたギルガメッシュは――

 

「フ、フフハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 ――高らかに、爆笑した。

 挙げ句の果てにバランスを崩して、倒れかけている始末だ。片足が祟っている。

 

「な、何よ! 悪い!?

 って、そういうアンタはどうなのよ!? どうせ世界征服ーとか、そんなベタな望みなんでしょ!?」

 

 笑われたのが気に食わず、凛はギルガメッシュに突っかかる。ギルガメッシュはしばらく笑っていたが、やがて答えた。

 

「ハハハハハ――戯けめ。何故そんなコトを願う必要が有る。この世界は余さず(オレ)の庭だ。この世のモノは全て(オレ)のモノ。世界の全てなど、とうの昔に背負っておるわ」

 

 ギルガメッシュの言葉に、今度は凛が頭を抱えた。

 

「呆れた…アンタ、本当に唯我独尊を絵に描いたみたいな奴ね。世界が自分のモノって所は同意するけど、アンタはぶっ飛んでるわ」

「…待て貴様。今、同意したか?」

「ええ。世界なんて自分のモノじゃない」

 

 雑種に有り得ざる凛の言に、またもギルガメッシュは問いを投げさせられた。

 何だこの娘は。本当にあの時臣の娘か?

 

「世界ってのは要するに、自分を中心とした価値観でしょ? そんなの、生まれた時から私のモノよ」

「――フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 今度こそ、ギルガメッシュは抱腹絶倒した。

 遂に床に手をつき、拳で床を叩いて笑い転げている。凛は顔を赤くしているが、ギルガメッシュは笑い過ぎて冥界に逝きかねない状態に陥っており、とてもじゃないがそんな光景は見えていない。

 

 この娘、面白い。面白すぎる。

 まさかここまで面白い奴を世に出すとは、やるではないか時臣め――と、若干時臣の評価まで上がっている始末だ。

 

 それから実に五分以上も笑い続け、そろそろ凛が恥じらいを通り越して怒りを感じ始めていると、ようやく笑いが収まったギルガメッシュは立ち上がった。

 

「気に入った。貴様を(オレ)のマスターと認めよう」

「――じゃあ、始めるわよ」

 

 腑に落ちない凛だったが、とても良い笑顔のギルガメッシュを前に、契約の詠唱を始める。

 

「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 されば我が命運、汝の剣に預けよう――!」

「サーヴァント、アーチャー。『英雄王』ギルガメッシュの名に於いて誓おう。汝の魔力を我が血肉と為す。

 遠坂凛――新たなるマスターよ」

 

 二人の間で経路(パス)が繋がり、潤沢なる魔力がギルガメッシュに注ぎ込まれる。失われていた左足が再構築され、それでも有り余る魔力によって黄金の鎧が編まれ、全身を覆う。

 

 「英雄王」ギルガメッシュ。

 最強のサーヴァントたる頽廃の王が今、完全に復活した。

 

 

   ◇

 

 

 大河が帰り、桜が眠りに落ちた頃。

 衛宮邸に、遠坂凛が帰宅した。

 

「お帰り、リン。どこに行ってたの?」

「ちょっと、家に本を取りにね。士郎の鍛錬に関わって、気になるコトが有ったの」

 

 本を大量に抱えた凛を、イリヤが出迎えた。…しかし、凛の後ろには、イリヤの見知らぬ男が立っている。

 

「ほう、ここが貴様の拠点か。見窄らしいな」

 

 金髪の青年が、赤い眼を左右させている。

 ギルガメッシュはイリヤを見て、眼を細めてまじまじと無遠慮な視線を向ける。

 

「ホムンクルスと人間の混ざり物か。これはまた、随分と酔狂なモノを造ったな」

「…何よこの失礼な奴。リンってば、男の趣味悪いわね」

「そんなんじゃないわよ。コイツは切り札なんだから」

 

 ふうん、とイリヤはギルガメッシュを見据える。眼前にいるのがサーヴァントであるというコトに、聖杯となるハズだった少女は気付いているようだ。

 

「八騎目のサーヴァント――こんなの、どこから拾って来たの?」

「私だって分からないわよ。コイツが勝手に遠坂邸(ウチ)に入って来たんだから。とりあえず契約したけど――アンタ、本当に役に立つんでしょうね?」

「貴様、さては(オレ)をナメているな?」

 

 とにかく、と凛は本を置きながら言って。

 

「セイバーはコイツが何とかしてくれる、ってコトで、もう一回作戦を考えましょ」

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 燃え盛る街の中を歩いている。

 この十年で見慣れて久しい、衛宮士郎の最初の記憶。黒い太陽が輝く空に、赤く染まる大地――何ら変わらない、いつも通りの夢。

 

 

 ――裏切るのか。

 

 

 声がした。自分の声。

 自分の理想が、俺にそう問うて来る。

 

 

 ――かつての自分を、裏切るのか。

 

 

 獄炎の中、聖杯の穴の真下に、一人の少女が立っている。あの夜、守ると誓った少女。

 そして、そんな彼女に近づいていく者が、一人いた。

 

 分かる。アレは、エミヤシロウだ。

 「正義の味方」になった、俺自身の姿。

 

「よせ――」

 

 呼びかける。声は届かない。

 白い髪、くすんだ銀の瞳、茶に染まった肌。

 理想の成れの果て、辿り着くべき所に辿り着いた、エミヤシロウ。

 

「やめろ――」

 

 彼は一本の剣を携えて、少女の側に立つ。

 これから彼が何をするか――そんなの、分かりきっている。

 

「やめろ!」

 

 剣が振り上げられる。当然だ。

 少女は、多くの人を殺している。エミヤシロウは少女を殺すコトで、これから犠牲になるであろう、まだ見ぬ人々の命を救うのだ。

 

 十の為に一を殺す。

 

 それが「正義の味方」の、在るべき姿だ。その「一」が例え自分の大切なモノであろうと、理想の礎にする。人々に害を及ぼすなら、消し去るのが道理だ。

 

 理想を見せつけられている。

 衛宮士郎の理想。頑なに信じ、守り続けて来たモノ。必ずならねばならないモノ。

 

「やめろ――!!」

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

 飛び起きた。汗が全身から吹き出している。

 息が荒くなり、肺が突き刺されたかのように痛い。

 

「違う――そんな、ハズは…」

 

 それでも、そう呟く。呟かずにはいられなかった。

 そんな理想が、選択が有ってたまるものか。たまらない。

 

 桜を殺す、なんて―――

 

 

「衛宮士郎、ってアンタ?」

 

 頭を抱えたその時――襖の向こうから、声をかけられた。少し高い、幼さが残る男の声だ。

 衛宮邸の結界は反応していない。だが、安心出来る声ではない。味方でもない。

 

 ――その声は、アサシンのモノなのだから。

 

「マスターが、話をしたいって」

「――ッ」

 

 間桐臓硯が、俺を呼び出している。

 俺は他の住人に気付かれないよう、こっそりと衛宮邸を抜け出し――間桐邸へ、歩を進め始めた。




ギルはマスターを必要としないんですが、個人的に凛とのコンビが見たかったのでこうなりました。
反省はしているが、後悔はしていない。

某菌糸類曰く、とても相性が良い二人。
CCCとかでも分かりますし、何よりも分かりやすいのがイシュタルとイシュタ凛での、ギルの対応の差。
FGOのバビロニアとFakeを見比べると、凛要素が入っただけでどれだけマシになるか分かる(弓ギルと術ギルという違いも有るので、一概に言えないのがアレですが)




次回「I beg you」


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#20 I beg you

第三章の最新キービジュアルが格好良すぎて、私めは無事に死亡致しました。
やっぱり社長絵は最高やなって…いとエモし。

ちなみに今回は、完全に原作通りなんだ。
すまない、本当にすまない(CV:諏訪部順一)


 深夜の間桐邸には一切の光が無く、暗黒の帳によって、完全に隠されていた。

 重々しい鉄格子の扉をこじ開け、アサシンの赴くままに間桐邸へと踏み入り、奥へ奥へと進んで行く。居間や応接間、書斎なども通り過ぎて、更なる奥へと向かっている。

 

 やがて、植物園へと続くドアの前へと案内された。

 

 アサシンは霊体化し、消える。案内はここまでらしい。――恐らく、この植物園の中に、間桐臓硯がいる。

 

「―――」

 

 錆びたドアを開け、植物園の中に入る。

 その植物園は、これまた見事なモノだった。円形の天井はステンドグラスのようにも見え、植物は綺麗に整理されながらもところどころ乱雑に生え、青白く輝く蝶が無数に飛び回っている。否が応でも間桐邸の歴史を感じさせるが、その空気は詰まるように絡み付く。

 

 そして――中心には、間桐臓硯が立っていた。

 

「ほう――思ったより早い到着だな、衛宮の小倅(こせがれ)

「臓硯、俺から言うコトは一つだ。――今すぐ、桜を解放しろ」

 

 臓硯と話すコトなど、俺にはそれだけしか無い。臓硯がいる限り、桜に安息は無く、桜は苦しみ続ける。

 

「解放か――そうとも言えるかの。とは言え、儂には叶わぬコトだ。

 桜は既に、聖杯として機能しておる。この場で儂が刻印蟲を取り除いた所で、アレが自滅するコトに変わりは無い」

 

 ――聖杯? 聖杯だと? 桜が?

 

「お前、桜に何を――!」

「聖杯を手に入れ、己が望みを叶える為の手段じゃよ。

 全ては我らマキリの悲願。真の不老不死たる魂の物質化(ヘヴンズ・フィール)の為、十年前の戦いの折に手に入れた聖杯の欠片を、儂は桜の身体に埋め込んだ」

 

 つまりそれで、桜は聖杯としての機能を獲得させられた、と言うコトか。

 

「――じゃあ、桜の刻印蟲は」

「聖杯を触媒にして生み出し、増殖させたモノよ。肉体は魂を受け入れる為の小聖杯となり、儀式が果たされた時、門となって大聖杯への道を繋げる触媒として機能するようになる。

 アインツベルンが作り上げた聖杯の真似事じゃな。まあ、儂にはアインツベルンほどの錬金術(ぎじゅつ)が無い故、八割方自己流となってしまったがのう」

 

 …アインツベルンの真似事、なんて大したコトではないだろう。

 臓硯は完成された聖杯の欠片を拾った上で、全く無関係の桜に与えただけだ。自分が聖杯を造れないからと言って、真似ようなどと。

 

「本気でやったワケではない。あくまでも実験的なコトに過ぎん。本来――儂の見立てによれば、桜は何十年という歳月を経て、ゆっくりと聖杯に近い存在へと変わるハズじゃった。

 魂を収める(せいはい)としての機能を持つとは言え、あくまで人間として生き、天寿を全うするように施されていた。マキリの杯の完成、その第一歩にするつもりでしかなかった」

 

 桜が、第一歩。

 踏み台でしかないと、臓硯はそう言った。

 

「桜はその為に、遠坂から間桐へ寄越された娘だ。マキリの悲願達成の為、礎となるも必定。遠坂もそれは承知のハズ。

 元よりこの地の聖杯戦争は、その(いち)に至る為の儀式よ。その為にアインツベルン、遠坂、マキリ――『御三家』は手を結んだ。今となっては儂だけが、無様に生き続けておる。間桐の後継者達によって、遥か先になるであろう悲願達成の為にな」

 

 臓硯の言うコトは、魔術師として特段珍しいコトではない。

 元々、魔術師とはそう言う生き物だ。何世代も先の後継者が悲願を達成するコトと信じ、何百年単位で魔術刻印を後継へと託して行く。

 

「だが――全く、運命とは皮肉なモノよ。本来ならば『適応しない聖杯』でしかなかったハズの桜は、ここに来て驚くほど成長した。

 いやはや、儂も老いた…よもや、桜があそこまでの資質を持っていようとは。六騎ものサーヴァントを取り込んでなお自滅せず、間桐桜としての自我を残したまま、今なお生き長らえておる」

 

 口元を吊り上げて、臓硯は心の底からの歓喜を滲ませながら、こう言った。

 

「――アレこそ、まさしく聖杯。儂では作り上げられぬと諦めておった、アインツベルンの聖杯そのものよ」

 

 歯を食いしばる。

 もうダメだ――こんなクソジジイの言い分を、これ以上聞いていられる気がしない。

 

「フザケんな、何が聖杯だ! 何が悲願達成の為だ! 人間を犠牲にするようなモノを、偉そうに聖杯だなんて――」

「聖杯だとも。

 そもそもアインツベルンからして、聖杯のベースは人間だ。お主が匿っておるイリヤスフィールこそ、此度のアインツベルンの聖杯。

 桜がサーヴァントを取り込んでいなければ、今頃その魂はイリヤスフィールに収められておった。――彼女の自我は消え去り、万能の願望機としてその定めを果たしていたであろう」

 

 イリヤが聖杯。桜だけでなく、イリヤも。

 目眩がしたが、そんなコトは意にも介さず、臓硯は本題に入った。あちらとしても、長々と話をするつもりはハナから無いらしい。

 

「衛宮士郎。今日呼び立てたのは、頼みが有ってな。

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その時――俺の頭は、一瞬真っ白になった。

 

「影、って…アレは、アンタの仲間だろ!?」

 

 思わず素直に聞き返す。

 そのハズだ。これまで臓硯は「影」とサーヴァントを連携させ、聖杯戦争を戦って来た。そして、今なお圧倒的優位に立っている。

 

「仲間――アレと意思疎通など出来るモノか。昨夜からは宥めるコトすら出来なくなった。最早、儂にはあの影をどうするコトも出来ん」

 

 監視用の蟲も全部呑まれおった、と臓硯は言った。士郎の中で、焦燥が広がって行く。

 

 ――「影」と臓硯は、全く別だったのか?

 じゃあ、桜はどうすれば。

 

「嗚呼、その前に――お主には、あの『影』が何であるか教えねばならなかった」

 

 そう、それだ。

 アレは一体何なんだ。臓硯とは、どういう繋がりが有るんだ?

 

「うむ――言ってしまえば、アレは()()()()()だ。

 聖杯(holy chalice)は願いを叶える万能の釜と言われておるが、我らの目指した聖杯(holy grail)は違う。アレもまた手段に過ぎぬ」

 

 聖杯の、中身――?

 

「我らが目指したモノは、完成された聖杯を以て、外へと通ずる『(もん)』を開くコト。完成した聖杯とは即ち、あらゆる願いが叶う場所と、この世界を繋げる門なのだ」

 

 あらゆる魔術師が目指している「根源」のようなモノ、なのだろうか。

 

「聖杯と言う門から溢れ出た意志。それが、あの『影』よ。

 本来の聖杯(イリヤスフィール)ならば、あのような不始末はしでかさん。模造品(さくら)は聖杯としての成長こそしたが、きちんと門を閉じられぬらしい」

 

 臓硯は語りかけるように、影の正体について述べる。

 

 

「気付いていたであろう?

 アレと桜が、似ているコトに」

 

 

 …分かっていた。とっくの昔から分かっていたのに否定して、見てみぬフリをしていただけだ。

 あの「影」が無意識の中のモノだろうと、その功罪は全て、桜と結ばれているのだ。無意識だからこそ、とすら言える。

 

「アレは、意思を持った聖杯だ。故にこそ、自らを完成させる為、魂を糧とするべく命を取り込み続ける。被害は際限無く拡大するだろう。

 止める方法は一つだけだ。――『影』自体を殺すコトは出来ずとも、それを溢れさせておる『門』を殺すコトは出来る」

 

 …まさか、それは。

 

「儂や遠坂の娘では感づかれる。サーヴァントでは、ただのエサだ。だからこそ、儂はお主をこうして呼びつけたのじゃよ。

 十年をかけて育て上げられ、意思を持って動く間桐の聖杯を殺せるのは――」

「やめろ!!」

 

 やめろ。やめてくれ。

 もう、桜をこれ以上は…。

 

「ただそこに在るだけの人形が、愛しい男の手で終わるのだ。――さぞ本望であろう」

 

 そんな、ハズが無い。

 そんな。そんなコトが…。

 

「桜を救いたいのであれば、聖杯戦争の期限切れまで耐えるコトだ。大聖杯の完成…門を開くコトの出来る時期(タイミング)は、そう長くない。過去の例から行けば、後四日ほどか。

 ――どうじゃ? 桜は保つと思うか?」

「――保つ。保つに決まってる…!」

 

 桜の意識ははっきりしている。

 四日くらい、保たせられるに決まってる――!

 

「ふむ――だが、他の人間はそうは行かん。昨夜の暴食で今は腹が満たされておるかも知れんが、明日になれば、また(アレ)は動く。

 …後何日で、この街の人間が『完食』されるかな?」

 

 意地悪げに嗤って、臓硯は述べ立てる。

 その言葉の全てに踊らされ、思考がマトモに働かない。

 

「――もう時間は無い。桜の意識が消えれば、これまで無意識を借り受けて来た『聖杯』が浮上する。そうなれば、止めるコトなど本当に出来なくなる。

 十年前の災害が、再現されよう」

 

 …冬木大災害。

 何百人もの人が死んだ、聖杯戦争の爪痕。

 俺にとっての、始まりの光景。最初の地獄。

 

「判っておるであろう」

 

 そして、臓硯は両手を広げて。

 

「万人の為に悪を討つ。

 お主が衛宮切嗣を継ぐのなら――」

 

 杖を突き付けて来て、俺にとっての「理想」を語った。

 

 

「――()()()()()()()()()()

 

 

 

   ◇

 

 

 朝の目覚めは憂鬱だった。

 とにかく日課として、士郎は桜の部屋の戸を叩き、中へと入る。

 

「おはよう、桜」

 

 桜は既に目覚めており、ベッドの上で身体を起こしていた。士郎を見るや、花が綻ぶような笑顔を向ける。

 

「はい。おはようございます、先輩」

 

 それからの時間は、実にのんびりと、ゆっくりと過ぎて行った。その平穏な一日は、士郎にとって何年もの時が過ぎているように感じられた。

 桜とたくさん話した。

 イリヤと一緒に商店街へ行き、彼女が幼い時に聞いた歌を聞かせてもらった。

 

「桜。この戦いが終わったら、何かしたいコト――有るか?」

 

 夕方。赤く染まった部屋で、士郎は桜にそう言った。

 あまりに都合の良い、未来の話。士郎も、そんな日が来ないコトは分かっている。

 

「うーん…」

 

 ベッドに寝そべる桜は、少し考え込んで。

 

「…何か、思い付かないです。先輩と一緒にいられれば、それで良いかなって」

 

 本当にささやかな、何でもない幸せ。

 ただ、それだけを願った。

 

「――桜。この戦いが終わったら、どこかへ遊びに行こう。どこへ行きたい?」

 

 士郎の唐突な提案に、桜は困惑したらしかった。しばらく目を泳がせて、隠れるように口元までシーツを持ってきて。

 

「じゃあ、お花見とか…したいです」

 

 これまた、些細な願いを口にした。

 士郎は優しく笑って、桜に右手の小指を差し出した。

 

「よし、約束だ」

 

 桜は弱々しく、けれど確かに、士郎の指に自分の指を絡めた。

 

 

 凍らせた心で、暖かな幻想をする。

 いつか冬が過ぎて、春になったら――一緒に、櫻を見に行こう。

 

 

   ◇

 

 

 決断の夜。

 みんなが寝静まった頃を見計らって、俺は布団から抜け出した。

 

 台所に入り、包丁を持ち出す。

 桜と一緒に料理をして、遠坂と桜が並んで料理をしていた台所。桜にとって、大切な場所。

 普段、俺と桜が使う包丁は今夜、桜の命を絶つ為の凶器となる。月明かりに照らされた包丁は、青白い無機質な輝きを放っていた。

 

 音を立てないよう、桜が使っている客間に足を踏み入れる。桜は眼を閉じ、規則的な寝息を立てて眠っている。

 桜の側に立ち、包丁をゆっくり持ち上げる。

 

 たった一回。ほんの一瞬。

 この包丁を振り下ろせば、桜は死ぬ。

 

 やらなければならない。

 でなければ、多くの人が死ぬ。

 俺が切嗣に――「正義の味方」になるなら、この手を振り下ろし、桜の心臓を貫くべきだ。

 

 

 なのに何で――俺は、泣いているのか。

 

 

『先輩』

 

 桜の声が、頭の中にリフレインする。

 いつも優しく、可愛らしい笑顔で俺を呼んでくれた彼女。俺が好きな桜。

 

「――うっ、ああ…あああ…!」

 

 嗚咽が漏れる。涙が止まらない。

 嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だ――桜を殺したくない。無くしたくない。いなくなってほしくない。ずっと、ずっと側にいてほしい。桜がいなくなるなんて考えられない。

 

『間桐、桜です』

 

 あの時、来てくれた桜。

 

『大切な人から、大事な物を貰ったのは――これで、二度目です』

 

 あの時初めて、笑ってくれた桜。

 

『お花見とか、したいです』

 

 初めて、自分の望みを言ってくれた桜。

 これからもいてほしい。笑ってほしい。色々なコトを言ってほしい。わがままも。

 

 この手を振り下ろせば、もう出来ない。

 包丁を振り下ろすなんて、とても簡単なコトなのに、それがどうしても出来ない。

 

 

『俺は、桜だけの正義の味方になる』

 

 

 分かっていた。決まっていた。

 あの時、桜を抱きしめた時から、俺の心は決まっていた。あの瞬間、俺は俺の人生を否定した。自分を騙し続けると誓った。

 

 例え、他の何を無くすコトになろうとも。

 俺は桜を無くさない。無くさせない。

 

 絶対に桜を守る。

 (いち)の為に、全部(じゅう)を犠牲にするんだとしても。

 

 

 ――裏切るのか?

 

 

 俺の理想が、そう聞いてくる。

 衛宮士郎という人間の原点。あの大火災を、衛宮士郎はエミヤシロウを裏切るのかと。

 

 

「ああ――裏切るとも」

 

 

 もう、こんな包丁(モノ)を振り下ろす必要は無い。

 俺は桜の側から離れ、また物音を立てないよう、部屋を後にする。そして、部屋から出ようとした時。

 

「先輩。――どうして、殺さないんですか?」

 

 暗闇の中で、桜はそう聞いた。

 

「桜――」

 

 桜の身体は震えている。その瞳は曇って、今にも泣き出しそうに揺れている。

 

 俺が殺しに来た、からではなく。

 俺に殺させようとしてしまった――そのコトを悔いて、謝罪するかのように。

 

「お願いします。私、自分じゃ怖くて出来ませんから。

 ――先輩になら、良いです」

 

 その言葉は、あの日――あの土蔵で、桜が言った言葉だった。

 ようやく、その言葉の意味を理解出来た。思えばあの時から、桜は自分の運命を悟っていたのかも知れない。

 

 桜は恐怖を隠し切れていない。

 きっと、今すぐにでも逃げ出したいだろう。

 

「―――桜」

 

 何で、最初に気付かなかった。

 桜の決意を。眠ったふりで、俺を生かそうとしてくれていた、桜の覚悟に。

 

「先輩の選択は、きっと正しいです。だって、悪いのは私なんですから。私はもう、いつまで自分でいられるか分かりません」

 

 桜は震えながら、独白を続ける。

 

「…私、おかしな夢を見るんです。怖くて、いつも血まみれで、でもそれが楽しいって思えて――全部、悪い夢だった。

 そこだと、わたしは悪いひとなんですよ。みんなから何もかもを奪って、笑ってるんです。それが怖くて、ずっと助けてって言ってたのに、誰も助けてくれなかった。

 だから、みんなが殺されるのは仕方ない。助けないから助けられないんだって、見てみぬふりをして来ました」

 

 でも――そういう夢を望んでいたのは、他ならない自分だと。

 

「臆病で、汚くて、ズルくて…嫌いで、恨むコトしか出来ない。楽しいなんて思った私が悪かった。私が全部、悪かったんです。あんな夢を見る私なんて、最初からいちゃいけなかった。

 きっと、私はアレしか分からなくなる。先輩のコトも分からなくなって、みんなを殺して回る悪者になるんです」

 

 だから、と。

 私が悪いわたしになる前に、終わらせてくれと。

 それで私は救われる、なんて――

 

「――あ」

 

 包丁を投げ捨てて、桜を抱き留めた。

 震えて冷たい、彼女の身体。背中を掻き毟るかのように、ありったけの力で、桜を受け止める。

 

 死ぬのは怖いのに。

 本当は死にたくなんてないのに。

 殺してくれ、と乞うた桜は、恐怖に強張った身体を緩めて。

 

「ダメ、です――それじゃ、先輩を傷付け…」

「傷なら付いてる。これからのコトじゃない、今までにだ。今まで、桜を守れなかった」

 

 桜の頬から、涙が溢れる。

 俺の背に手を回して、桜は泣き始めた。

 

「俺が守る。俺がちゃんと、桜を守る」

 

 雨の夜で、俺はそう誓った。

 桜の味方になる、と。もう後悔なんて無い。

 俺が謝り、乞うべき相手がいるとしたら、それは一人だけだ。

 

 

 桜、赦してくれるか?

 俺が、俺を裏切るコトを―――




第二章も残り一話を残すのみになりました。
終わったら第三章に入るんですけど…劇場版のネタバレが有るという大問題ががが




次回「ラストピース」


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#21 ラストピース

今回で第二章「lost butterfly」は最後です。
ちょっと短めですが、どうぞ。


 私が寝るのを見届けて、彼は部屋を去った。

 寝たふりをしたまま、それを見届けた。

 

 もう、寝るワケには行かない。

 寝たらあの夢を見る。後一度でも眠ったら、本当におかしくなってしまう気がする。

 先輩は自分を捨ててまで、弱くてズルくて汚れた私を信じてくれた。また人を殺したら、もうまっすぐに向き合えなくなる。

 

 もう戻らないほど、彼の心は壊れた。

 私が、壊してしまった。

 

 お爺さまを、止めなくちゃ。

 私が、私でなくなる前に。

 

 

 ――先輩、ありがとうございました。

 

 彼からは、たくさんのモノ。

 挙げればキリがないほど、いっぱい貰った。

 

 ――姉さん、ありがとうございました。

 

 とっくに諦めていたのに、もう一度そう呼べた。

 本当に、本当に嬉しかった。

 

 ――藤村先生、ありがとうございました。

 

 姉のような人だった。

 惜しむらくは、約束を守れないコトか。

 

 

 衛宮邸の鍵を、机の上に置いた。

 そして、衛宮邸を後にするべく、玄関から出ると――

 

「どうするつもりだ、娘」

 

 黄金のサーヴァントが、立っていた。

 無遠慮な視線を、こちらに向けている。

 

「貴様如きがあの羽虫の下へ戻ったとして、何が出来る?」

 

 言外に出来ない、と言っている。

 そうかも知れない。私が、お爺さまに敵うなんて思えない。

 

「…刺し違えてでも――」

「死ぬしか無いと分かっていながら、哀れに生へしがみつくコトしか出来ないような貴様が、誰かと刺し違えるだと? 成る程、あの贋作者(フェイカー)から、随分と勇気を貰ったらしい」

 

 …このサーヴァントは、何が言いたいのか。

 私を止めたいのだろうか? それとも、ただからかいたいだけなのか。

 

「貴様が行くのは勝手だ。好きにするが良い。(オレ)が貴様を止める義理も無いからな」

 

 だが、と黄金のサーヴァントは言って。

 

 

「ここを離れるというコトは、貴様を守ると言った男を裏切るというコトだ。ゆめ忘れるな」

 

 

 

   ◇

 

 

 士郎は、六時にピッタリ起床する。

 桜が眠ったコトを見届けて、部屋に戻ったのはかなり遅かったと言うのに、身体に染み付いた習慣は侮れない。

 そして、今日も桜の部屋へと向かう。

 

「おはよう、桜」

 

 いつも通りの挨拶をしながら、士郎が部屋に入ると――

 

「――桜?」

 

 

 部屋に、桜の姿は無く。

 机の上には、衛宮邸の鍵だけが残っていた。

 

 

「あの娘ならば、もうおらぬぞ」

 

 士郎の背後から、男の声がする。

 凛が連れて来た黄金のサーヴァント――「英雄王」ギルガメッシュだ。

 

「もう、いないって――?」

「決まっておろう。アレは己が主の下へ戻って行ったのだ。あの羽虫の所へな」

 

 羽虫、って――それは、まさか。

 間桐邸に、帰ったと言うコトか――!?

 

「お前、なんで止めなかった!?」

「何故(オレ)がアレを止めねばならん? アレは(オレ)の慈悲を無碍とし、貴様の想いも裏切って、自ら羽虫めと刺し違える道を選んだというだけよ。

 全く愚かだが、それがアレ自身の選択だ」

 

 ギルガメッシュの言葉を聞き終えるよりも早く、士郎は桜の部屋を飛び出した。玄関へと向かい、靴を急いで履いて、走って家から出る。

 向かうべきはただ一ヶ所――間桐邸。

 

「――さて、運命はどう転ぶか。

 間に合うとも思えんが、せいぜい足掻いて見せろよ? 雑種」

 

 残されたギルガメッシュは、口元を吊り上げながら、そう一人ごちた。

 

 

   ◇

 

 

 桜は数日ぶりに、間桐邸の自室へと帰って来た。

 着ていた防寒具を脱ぎ、椅子に掛ける。白いワンピースのみになり、桜は改めて決意する。

 

 お爺さまを止める。

 刺し違えるコトになろうとも、絶対に。

 

 その時――部屋の扉を開けて、何者かが入って来た。桜は驚いて身を震えさせ、恐る恐る扉の方を見る。

 

「――よう、裏切り者。随分遅いお帰りじゃないか」

 

 間桐慎二。

 義兄が、そこには立っていた。

 

「…兄、さん」

「ちょっと持ってみろよ」

 

 感情を宿さない声で言って、慎二はポケットから出した物を桜へ投げ渡す。桜は身構えて、投げられた物をキャッチしながらも、強く目を瞑った。

 

「危ないモンじゃない」

 

 慎二の言葉で、桜は恐る恐る目を開け、握った拳を開く。

 言葉通り、そこには五センチほどの小さな瓶が有り――中に入った液体が、淡くとも確かな緑色の光を放っていた。

 

「――綺麗…」

 

 その光を見て、桜は率直な感想を呟く。

 そして、慎二にその由来を問う。

 

「これ、兄さんが作ったんですか?」

「…ああ」

「凄い…凄いです、兄さん――私には、こんなの作れません」

 

 心から感嘆を漏らす桜。

 一方、慎二はそれを見て――渇いた笑いを浮かべた。

 

「――桜は凄いなぁ。いつか、遠坂も超えられるんじゃないか?」

 

 え? と、顔を上げた桜の頬を――慎二は、殴りつけた。鈍い音がして、桜の手から零れた小瓶が床に落ちて転がる。

 桜は唖然としながら、自分の頬を叩いた慎二に視線を向けた。

 

「生意気だよ――僕の人形のクセに」

 

 それは最早、兄ではない。

 仮面は剥がれ落ち、醜悪な本性がさらけ出されている。

 

 慎二が桜の肩を押すと、桜は抵抗も無く、後ろのベッドへと倒れた。

 呆然と脱力して倒れたままの桜に、慎二がのしかかる。

 

 ああ――私、また間違えたんだ。

 だから酷いコトされるんだ。

 

 初めてではないし、さほど珍しいコトでもない。慎二は桜を慰み物としている。

 いつものコトだ。

 

 大丈夫。

 いつもみたいに、少し我慢するだけ。

 

 我慢して。我慢して。

 我慢して我慢して我慢して――

 

『桜』

 

 ――桜の脳裏に、優しい彼の声が響いた。

 その瞬間、いつものコトであるハズのその行為が、ものすごく嫌になって。

 

 桜は、慎二の手をはねのけていた。

 

「――は?」

「嫌です――私はもう、先輩のモノです!」

 

 その反抗は、慎二の癪に障った。

 自分の人形が。衛宮のせいで、逆らった。

 

「ッ――随分、手懐けられたモンだな!」

 

 力強くで押し倒し、白いワンピースを引き裂く。腕力で桜が慎二に勝てる訳もなく、桜は泣き叫びながらも、服を破られて肌を晒させられて行く。

 

「嫌ァッ!!」

 

 桜は逃げようとするも、慎二に上に乗られている以上、不可能だった。そして、その反抗が更に慎二の神経を逆撫でる。

 

 ずっと前から思っていた。

 ずっと前から、恨んでいたんだ。

 

 

 ――私の周りに有る世界は、どうしてこんなにも、私を嫌っているんだろう。

 

 

「ハハ…ああ、衛宮にも教えてやらないとな。今までお前が、どれくらい僕にすがりついて来て――」

 

 慎二が耳元で囁いた言葉に、桜は潤んだ目を見開く。怯えるように息を呑んだ桜を見下ろして、慎二は更に叫ぶ。

 

「どれくらい汚らしく、交わったかってコトをさァッ!!!」

 

 

 

 こんな人――いなければいいのに。

 

 

 桜の中で、何かが壊れた。

 いや――何かが嵌まった、と言うべきか。

 

 突如として飛び出した「影」の手が、笑っている慎二の喉笛を正確、かつ無慈悲に引き裂いた。

 

「ハ―――」

 

 血飛沫が飛ぶ。

 事切れた慎二の身体が、桜へ倒れ込んだ。

 

「―――え?」

 

 しばらく桜は、何が起こったか分からなかった。

 けれど、赤く染まって行く自身と、急速に温度を失って行く慎二を見て――ようやく、事実を認識した。

 

「兄、さん――?」

 

 桜は確かに思った。

 慎二なんて、いなければいいと。

 そしてその通りに、慎二はいなくなった。

 

 

 殺した。

 

 

 無意識下でやっていた今までとは違う。

 桜が桜の意思で「影」を動かし、慎二を殺したのだ。

 

阿々(カカ)

 

 暗黒の蟲蔵で、老人が哄笑する。

 灰色の日に照らされていた桜の部屋が、床下から広がって来た黒い影によって塗り潰されて行く。

 

「あ…ああ、あ―――」

 

 桜の影から、黒い人形が現れる。

 のっぺりとしたそれは幾つも現れ、慎二の死体の上で輪になって踊り出す。輪に入り損ねた人形は、他の人形によって跳ね飛ばされた。

 

「――あは。あはは、あははは」

 

 楽しい。たのしい。タノシイ。

 くすくすと笑う。からからと笑う。

 

 壊れた。壊れていた。

 初めから、間桐桜は壊れていた。

 十一年前のあの日から。ずっと。ずっと。

 

 殺していたのは自分だ。幾多の夜に見た夢。

 あの(たのし)かった夢は、全部わたしがやったコトだ。わたしが全部殺した。

 可笑しいですね――なんて、簡単なんだろう。

 

 部屋は暗黒に覆われた。

 やがて赤い光に、桜は照らされる。

 

 人形の一体が桜の肩にまで上って来て、天井を指し示す。

 見上げると、そこには――影が有り、花が開くかのようにゆっくりと、桜に向かって降りて来ていた。

 

「桜―――!!!」

 

 間桐邸へと駆けながら叫ぶ士郎の声は、桜には届かない。

 

 

 やがて桜は、影に覆い尽くされた。

 

 

 桜を中心に、魔力が吹き荒れる。

 踊っていた黒い人形達が吹き飛ばされ、床に叩き落とされた人形が、何かを崇め讃えるかのように両手を上げる。

 人形が見上げる先には――

 

 

 ――影を纏った、間桐桜がいた。

 

 

 全身で影を覆われた彼女は、ワンピースを着ているかのようだ。紫だった髪は白く染まり、眼は血のように赤く淀んでいる。

 

 マキリの杯は、遂に完成を遂げた。

 

 大聖杯と直結し、その呪われた泥を浴びて。影を受け入れ、同化し変わり果てた彼女は。

 

「あはははははは。はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは――!!!」

 

 口元を歪めて、笑っていた。

 

 

 

 

 あわれみを下さい

 堕ちた小鳥にそっと触れるような

 かなしみを下さい

 

 

 そんな風に懇願する必要なんて、もう無い。

 わたしは誰よりも強くなった。

 今この世界で、わたしがいちばん強い。

 

 

 ねえ 輪になって踊りましょう

 目障りな有象無象は全て

 たべてしまいましょ

 スパイスは堪え難いくらいがいいわ

 

 

 今までの苦しみがウソのよう。

 身体も心も軽い。タノシイ。タノシイ。

 

 

 lie, lie, it's a lie, not a lie,

 もう辛い

 散々傷ついて

 やさしいせかいに

 誰だって行きたいわ

 

 

 もう無力じゃない。もう弱い私はいない。

 全能感と歓喜に満たされて、彼女は艶めかしく、影に染まった肢体を震わせる。

 

 

 ひとつに溶けてしまいましょ

 憎しみも愛情もむしゃむしゃと

 頬張ってしまいましょ

 

 

 混沌の 甘い甘い壺の中で―――

 

 

 

 

 

 

for spring song




次章「spring song」
次回「フィナーレ・リプレイ」


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Ⅲ. spring song
#22 フィナーレ・リプレイ


このまま続けるかはとても迷ったんですが、モチベが有る内に走りきる方向で行きたいと思います。
戦いってのは、ノリの良い方が勝つんだよ!


そんな訳で、今回から第三章「spring song」です。
劇場版HF第三章の範囲になりますので、少なからずネタバレが有ります。
くれぐれもご注意を払われますと共に、ネタバレNGの方は自衛して頂きますよう、お願い申し上げます。


なお、今こうして警告致しましたので、以降は「ネタバレじゃねーかフザケんな」などの苦情(クレーム)は一切受け付けません。
こちらもご了承下さいませ。


 息を切らしながらも、士郎は間桐邸へと到着した。ずっと全力疾走していた為、もう肺は限界に近い。

 しかし、息を整える時間も惜しく、士郎は桜の部屋へと飛び込んだ。

 

「桜…!」

 

 部屋の中に、桜の姿は無かった。

 ただベッドの上に、ここで何が起きたかを物語るモノが残されていた。

 

「――慎二?」

 

 赤く染まったベッドに、うつ伏せになって間桐慎二の遺体が転がっている。

 

 それを見た瞬間、士郎は――桜がやったのだろうと、直感的に理解してしまった。

 

 慎二だったモノを仰向けにすると、喉笛を引き裂かれて殺されているコトが分かった。その目は見開かれたままであり、一瞬で殺されたのだろうと言うコトも。

 友人の死を痛ましく思い、士郎は慎二の目を伏せさせる。そして、慎二の遺体をベッドの上に、優しく丁寧に寝かせた。

 

『来たか、衛宮の小倅。しかし、些か遅かったようじゃの』

 

 その時――部屋に、間桐臓硯の声が響いた。

 声だけで姿は見えないが、士郎は嫌悪感を隠すコトも無く、臓硯に向かって叫ぶ。

 

「臓硯――テメェ、桜に何を…!」

『何もしておらぬよ。見ての通り、不肖の孫が妹から返り討ちに逢っただけだ。騒ぎ立てるほどのコトでも有るまい。

 いや――不肖の孫、と呼ぶにはもったいないかの。全く使えぬ欠陥品であったが、最期の最後にだけは、己が役目を果たしてくれたわ』

 

 臓硯は嗤う。如何にも満足そうだ。

 

『桜をその気にさせるコトだけは、儂には出来なんだ。悲しいが、儂はちとアレに嫌われすぎてしまったからのう。

 己が影を受け入れさせる為に、桜にはこの世に絶望してもらう必要が有ったからな。あやつの堰を壊せるのはお主か慎二、そのどちらかしか無かった』

 

 士郎は怒りのまま、歯を食いしばった。

 

「テメェ…!」

『いやはや、あそこまで桜が我慢強く育つとは思わなんだ。自分から崩れぬ以上、誰かに崩してもらう他に無い。

 欲を言えば、お主に桜を裏切ってほしかったのじゃがな。それならば、あのような半端な覚醒でなく、完全に影そのものへと変わり果てたであろうに』

 

 ――つまり、それは。

 あの時、桜を殺そうとしていたなら。

 包丁を振り下ろしていたなら、桜はそうなっていたと。

 

『だがまあ、ここまで至れば最早時間の問題。慎二の死で、アレはようやく己が罪を受け入れた。後は放っておけば、本能のままに人を食らい、その暴食故に自滅するであろう。

 儂の仕事はその後と言うコトにな――』

 

 士郎は、全力で壁を殴りつけた。

 凛によって開かれたばかりの魔術回路を全力で駆動させ、ありったけの魔力が籠めた一撃。それで、部屋の中にいた蟲どもが全て、潰れて死に絶えた。

 

阿々(カカ)、怖い怖い。これではすぐに、声すら届かなくなってしまうのう』

「黙れクソジジイ!! さっさと出て来い、八つ裂きにしてやる…!!!」

『残念ながら、そうは行かんな。マキリ五百年の宿願に、ようやく手が届いたのだ。ここで殺される訳にも行かぬし、ここでお主を殺すほどの恩知らずでもない』

 

 臓硯はいけしゃあしゃあと述べたてる。

 その言葉の全てが、士郎を苛立たせている。

 

「恩だと――!?」

『そうだ。お主は桜をああまで育ててくれた。よくぞあの娘に、他者を欲する感情を教え込んでくれたものよ。儂はお主が思う以上に、お主に感謝しておる。お主がいなければ、此度の儀は成功しなかったであろうからな。

 故に、儂はお主を殺さぬ。お主には、見事成長したアレの姿を、しかと見てもらわねばならぬかのう…!』

 

 怒りに身体を震わせる士郎を更に煽り立てるのは、部屋に響く臓硯の哄笑。

 

『最早、誰にも止めるコトは出来ぬ。自らの意思で人を殺した以上、アレのブレーキは完全に壊れた。

 アインツベルンの聖杯――あの人形が持つ、門に至る鍵を奪う。さすれば、それで終わりよ。

 マキリ五百年の悲願。第三法(ヘヴンズ・フィール)の再現が、遂に果たされるのみ!』

 

 アインツベルンの聖杯。

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンを奪う――臓硯は、確かにそう言った。

 

「―――ッ!」

 

 気付いた瞬間、士郎は走り出した。

 この場にいない臓硯など、今は相手にしても仕方が無い。一刻も早く、衛宮邸に戻らなければ――!

 

『そうだ、せいぜい急ぐが良い衛宮士郎!

 既に桜は黒化しておる。イリヤスフィールを捕らえたならば、容赦無く飲み下すだろうよ――!』

 

 

   ◇

 

 

 早朝、衛宮邸の庭で、起きて着替えたばかりのイリヤは空を見上げていた。起きた直後には晴れていたハズなのに、今は鈍色の雲が空を埋め尽くしている。

 

「――もう、起動が始まってるのね」

 

 イリヤは誰に聞かせるでもなく、呟いた。

 

 既に「門」は開かれた。本来その役目を果たすハズのアインツベルンの聖杯にではなく、マキリの聖杯によって。

 不完全な聖杯が起動したコトで、中に棲まうモノが漏れ出て来た。その結果があの「影」であり、それはアインツベルンの聖杯にはどうするコトも出来ない。間桐臓硯は、同じモノを開いたつもりで、違うモノを開いたのだから。

 

 そんなイリヤの背後には、一人の少女が迫っていた。

 

 少女は表情を隠したまま、イリヤに手を伸ばし――

 

「お帰り、桜。何処へ行ってたの?」

 

 それは、凛の一声によって阻止された。

 桜は俯いたまま、凛を睨み付ける。凛は左手を構えて、淡々と桜に言う。

 

「イリヤから離れなさい。撃つわよ」

 

 イリヤは桜から離れ、対峙する姉妹を端から見るように、中庭の端へと歩いて行く。

 桜は嫌悪感を隠すコトも無く、凛に告げる。

 

「――本当に嫌な人ですね、姉さんは」

「あら。アンタの方がよっぽどよ? アンタはアンタを守るって言った奴を、最後まで信じてやらなかった。救いようの無い大バカだわ」

 

 その言葉で――桜は、口元を歪めた。

 

「心配しないで下さい、姉さん。私は強くなったんです。これからは私が、先輩を守ってあげるんですから」

 

 桜の全身に、赤い刺青のような模様が走る。

 その足元の影が、曇りの日には有り得ないほど、真っ黒に染まっている。

 

「…!?」

 

 それを見て、凛はほんの半歩ほど、後退してしまった。

 

 

 ――その焦りこそが、間桐桜の背を押す、最後の一手となるとは気付かずに。

 

 

「あら。どうしたんですか、姉さん。もしかして――わたしに怯えているんですか?」

 

 凛が己が失態に気付き、舌打ちする。

 しかし、もう遅い。何もかも手遅れだ。

 

「…そう。もう部屋で大人しくしてるつもりは無いってコト」

「ええ。姉さんの言うコトなんて聞きません」

 

 桜の足元から、影の触手が無数に伸びた。やがて桜は影に覆い尽くされ、円形に集束した影が、花が咲くかのように一気に開かれる。

 

 

「――だって。わたしの方が、強いもの」

 

 

 白い髪。赤い瞳。黒い影のドレス。

 ――マキリの杯が、姿を見せた。

 

「桜、アンタ――!」

「…そう。そこまで同化したのね、サクラ」

 

 凛が狼狽し、イリヤは眼を細める。

 同時に、イリヤは実感した――聖杯としての機能は、桜が自分を遥かに上回っていると。

 

「来なさい、セイバー」

 

 桜が指を鳴らすと、地面に広がった影がせり上がり、黒化したセイバーが姿を見せた。桜と同じく、白い髪と赤い瞳、黒き鎧を纏った、変わり果てた姿を晒す。

 

「アインツベルンの聖杯を捕らえなさい。

 要るのは心臓だけだから、他は無くても構わないわ」

「―――」

 

 セイバーは無言のまま、イリヤの下へと歩み出す。一方、凛は懐から宝石を取り出し、セイバーと桜に向けて投げつけるが――

 

「ッ!」

 

 セイバーの対魔力により、凛の宝石魔術はその全てが無力化させられた。

 

「その程度でどうにかしようだなんて、姉さんは随分と可愛らしいですね――ホント、不愉快だわ」

 

 桜が手をかざすと、無数の影が超速で伸び、凛へと襲いかかる。凛の動態視力を遥かに凌ぐ速度で迫る、その触手は。

 

 飛来した黄金の魔力弾により、全てが撃ち落とされた。

 

 魔力弾の全ては影が吸収したとは言え、攻撃を阻まれた桜は、思わず魔力弾が飛んで来た方向を見上げる。そこには――

 

「それ見たコトか。ものの見事に踊らされて帰って来るとは、期待通り過ぎてつまらぬぞ娘」

 

 自身の背後にバビロンの門を展開した黄金の王、ギルガメッシュが立っていた。

 

 彼は衛宮邸の塀の上に君臨し、蛇のような眼で桜を見下ろしている。十ほど展開された波打つ門からは、黄金の魔杖がその穂先を見せており、そこから魔力弾を放ったのだろうと桜は予測した。

 

「全く――この(オレ)が、よもや魔術師の真似事をする羽目になるとは。だが致し方あるまい、我が財を呑まれてはたまったモノではないからな」

 

 先日、既に最上級の武具を何本も呑まれているギルガメッシュは、慢心を多少捨て去って桜を見下す。桜はそれで、気分を害したらしい。

 

「――勝てもしないクセに、偉そうですね」

「当然だ。(オレ)を誰と心得るか、雑種。しかしまあ――よくぞそこまで完成した。その点に於いては誉めてやろう。哀れなモノよ」

 

 笑いながらそう宣ったギルガメッシュに、桜は無数の影を伸ばす。ギルガメッシュは魔力弾を放ちつつ、防ぎ切れないコトを悟って跳び上がり、影を回避した。

 

「うっとうしい――セイバー」

 

 桜に呼ばれ、セイバー…アグニカ・カイエルは指を鳴らした。すると、足下を覆い尽くす影から、突如として――桃色の光が、吹き出した。

 

「ほう――」

 

 ギルガメッシュは自身の前に盾を幾つか展開し、その光…ビームを防ぐ。弾かれたビームは四散し、ギルガメッシュの背後の壁を粉砕し、溶解させていく。

 

 続いて、影から白い巨躯が現れた。

 尻尾のようにワイヤーブレードを振り回し、三本の鋭い爪が地に噛みつき、二本の腕によって、その胴体と翼が影から持ち上げられる。

 

 

 モビルアーマー、ハシュマル。

 

 

 厄祭戦で人類が戦った、無人兵器の一機。それは、他ならぬアグニカ・カイエルの手によって、冬木の地に姿を現した。先ほどのビーム攻撃も、この白き天使が行ったモノである。

 

「面白い――厄祭の英雄とやらめ。期待はしていなかったが、存外に興じさせるではないか」

 

 翼を堂々と広げた、五メートルほどの殺戮の天使を見上げながら、ギルガメッシュは笑う。一方、凛などは理解が追い付かず、叫ぶばかりだ。

 

「な、何よアレ――!」

「あら。よそ見はダメですよ?」

 

 凛の意識が完全にハシュマルへ向いた瞬間――桜が伸ばした影が、凛の身体を貫いた。

 

「が…!?」

 

 腹を貫かれて吐血する。桜は身体を震わせ、恍惚として舌で唇を舐め回す。

 

「うふふ…ああ、魔術師から魔力を吸うのは初めてですね。全然足りないけど――とっても、とってもおいしいですよ」

「さ、くら――アン、タ…!」

「さようなら、姉さん。貴女はもう要らない」

 

 続く二本の影が、凛の右胸と左肩を貫く。

 ショックで意識を失った凛を、桜は適当に放り投げた。

 

「悪いな。これも命令だ」

「――!」

 

 巨大な天使を見上げていたイリヤの背後に、黒い剣士が回り込み――首元に手刀を入れ、昏睡させた。倒れ込んだイリヤの身体を、アグニカは左手で受け止める。

 

「桜―――!!」

 

 その時、息を切らした士郎が、衛宮邸へと帰還した。場を見回した士郎は、状況を把握しきれず、思考を停止させてしまう。

 

 黒化した桜。

 気絶したイリヤを横抱きにするセイバー。

 血まみれで倒れた遠坂。

 巨大な天使のような、得体の知れない怪物。

 それを前に笑うギルガメッシュ。

 中庭を埋め尽くす黒い影。

 

 まさしく混沌(カオス)としか言いようの無い状況であり、混乱するのも無理は無い。

 

「先輩――見てください。私、こんなに強くなったんですよ」

 

 顔を歪めて嗤う、黒い桜。それを見て、士郎の思考は戻った。すぐにまた、グチャグチャにかき乱されたが。

 

『桜よ。アインツベルンの礼装、天の(ドレス)は此処には無いようじゃ。在るとすれば、森の城だろうな』

「――はい、お爺さま」

 

 臓硯の声がした。

 それを受けて桜は踵を返し、影に覆われて消えて行く。出現していた巨大な天使も、同様に影へと姿を消して行く。

 

「――桜…!」

 

 桜に向かって駆け出そうとした士郎の前に、アグニカが立つ。左手でイリヤを抱えたまま、右手に持った紅蓮の剣の切っ先を、士郎の喉元へと突き付けた。

 

「退け、士郎。お前がこれ以上邪魔立てするのなら、俺はお前を斬らねばならなくなる」

「…どいてくれセイバー、俺は桜を――」

「退けと言っている。

 ――俺の剣は、あらゆる敵を斬り裂いてきた。故に、物理的な物も概念的なモノも、この剣の前ではサビとなるしか無い。そうはなりたくないのなら、ここは退いておけ。死んでは、何を為すコトも出来なくなるぞ」

 

 アグニカがそう言う間に、桜は影の中へと消えていて、中庭に広がっていた影も中心に集まっている。アグニカは剣を納め、イリヤと共に影へと沈んで行った。

 

「クソ―――!」

 

 嵐が過ぎ去ったところで、士郎は地面を殴りつける。結局、何も守れなかった。何も、出来なかったのだ。

 

「…遠坂? 遠坂!」

 

 ふと気付き、士郎は凛に駆け寄る。

 意識が無い上、出血が酷すぎる。このままでは、本当に死んでしまうだろう。

 

「しっかりしろ、遠坂!!」

 

 士郎は上着を脱いで凛の傷口に当てるが、服はみるみるうちに赤く染まっていく。血が止まる気配は無い。しかし、士郎ではこれ以上、どうするコトも出来ない。

 

「――雑種、言峰に連絡しろ」

「…!」

 

 ギルガメッシュの言葉を受けて、士郎は冬木教会に電話した後、とにかく出来るだけの止血措置をする。連絡して十分も経たぬ間に、言峰は衛宮邸に到着した。

 

 

   ◇

 

 

 数時間にも及ぶ言峰の治療により、凛は一命を取り留めた。士郎とギルガメッシュのいる居間に、治療を終えた言峰が入って来る。

 

「…遠坂は」

「無事だ、案ずるコトは無い。とは言え、未だに意識不明だ。目覚めたとしても、しばらくは絶対安静――戦闘など以ての外だな」

 

 胴体に穴が二つも空き、左腕などは千切れかけるほどの大怪我。魔術刻印が汚染されるコト無く無事だったのは、せめてもの救いか――と、言峰は述べた。

 

「して衛宮士郎。お前はどうするつもりだ?」

「イリヤを取り戻しに行く。これ以上、臓硯の好きにさせてたまるか」

 

 聞かれるまでも無いコトだった。

 竹刀袋に入った黄金の剣を握り締めて、士郎はそう即答した。

 

「取り戻す、か――アレは所詮、此度の聖杯戦争の為に造られただけの人形だ。生き残ったとしても、そう長くは保つまい」

「そんなの関係有るモンか。俺の自己満足だとか言われても知らない。俺はイリヤを、助けたいから助けるだけだ」

 

 ギルガメッシュの言葉を受けても、士郎の意志は一ミリもブレない。続けて黄金の王は、士郎に問う。

 

「では、あの聖杯となった小娘はどうする?」

 

 今度は、一瞬、言葉に詰まった。

 どうするかと言えば、助けるしか無いが――どうやって。一体どうすれば良いのかが、分からないのだ。

 しかし、そんなコトは関係無いと考えるのをひとまずやめ、士郎は答えた。

 

「桜も助ける。絶対に連れ戻してやる」

 

 当たり前だ。好きな子を助けるのに、理由など必要無い。

 

「何処へ行く気だ、衛宮士郎」

「アインツベルンの城だ。多分あそこに、桜もイリヤも臓硯もいる」

 

 それを聞き、ふむ――と、言峰は頷き。

 

「イリヤスフィールを攫われたと言うなら、私も静観は出来んな。お前一人では、荷が重いコトでもあろう」

「――は?」

「ほう?」

 

 その言葉に士郎は耳を疑い、ギルガメッシュも反応した。…言峰は今、士郎に手を貸すと言ったのだ。

 

「不服か?」

「…いや、不服どころかありがたいけど――何でだよ?」

「相手は最大勢力。イリヤスフィールを救出する為には、協力出来る限り協力すべきだろう。例えその相手が、お前であろうとな」

 

 士郎と言峰の利害は一致している。

 疑問符を浮かべつつ、士郎は「勝手にしろ」とぶっきらぼうに返した。馴れ合うつもりは、士郎にも言峰にも無い。

 

「教会に車が有る、乗せてやろう。持つべき物は持て」

「あ、ああ」

 

 持つべき物、と言われても、士郎の手元に有る中で臓硯や桜に対抗出来そうな武器はセイバーの剣しか無い。今も持っているので、出発はすぐにでも出来る。

 

「どういうつもりだ、言峰」

「何――私としても、あの老人には少しばかり因縁が有るのでね」

 

 ギルガメッシュの問いに、言峰はそれだけを返した。ギルガメッシュは目を細めたが、今は悠長に会話している暇など無い。

 

「――行こう」

「良し」

 

 そして、士郎と言峰、ギルガメッシュの三人は衛宮邸を後にした。




原作でも士郎と言峰のコンビはなかなかの絵面だったんですが、ギルガメッシュが増えて更におかしなコトに。
絶対に相容れないラスボスと協力するの好き。




次回「サクスィード・フロム・ディープ」


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#23 サクスィード・フロム・ディープ

3月2日は間桐桜ちゃんの誕生日なので、盛大な祝福をしなければならない!(気が早い人)
とりあえず、ufotableが出した桜ちゃん誕生祭の絵が尊くて死にました。
桜とライダーの組み合わせはとても良いぞ。

というか、第三章の公開舞台挨拶は厳しい感じですよね…厳しくない?
そもそも公開日はそのままなのか…(ドラえもんを見ながら)


 士郎は教会で言峰が運転する車に乗り込み、郊外の城へと続く道を駆ける。日は既に沈み、世界は再び暗黒に包まれた。

 車は黒く、運転席と助手席が一つずつ、後部座席が三つと比較的大きめの車だ。後ろのボンネットには、言峰が武器を乗せまくった。

 運転席に言峰、助手席に士郎、後部座席にギルガメッシュ。後部座席は赤い布に覆われており、ザ・成金と言った服を着た黄金の王が、そこにふんぞり返っている。

 

「――言峰。お前、桜が聖杯だって気付いてたのか?」

 

 ふと思ったコトを、士郎は言峰に聞く。

 言峰は前方へ視線を向けたまま、答える。

 

「勿論。あの娘の身体を開いて、その中を見たのだからな。間桐桜に聖杯の欠片が埋め込まれており、間桐臓硯の調整で、黒き聖杯になりつつあるコトは分かっていた」

「…だったら、何で言わなかった!?」

「心外だな。私は忠告したぞ――救いようの無い女だ、とな。そしてその上で、どうするかとお前に問うたハズだ」

 

 言峰の言葉は、確かに事実だ。

 きっと今も、士郎以上に桜の容体について知っているのだろう。

 

「――何で、桜を助けた? お前にそんな義理は無いだろう」

「お前と同じように、私も間桐桜を死なせたくなかったと言うだけだ。アレが内包する、新しい命をな。――人間はいつか死ぬ。死ぬのが間桐桜、一人だけだったならば、私もああまで手を尽くしはしなかっただろう」

 

 つまり、それは。

 あの「影」を生かす為に、桜を生かしたと――そう、士郎は受け取った。

 

「傷を負い、息絶える――それは自然の摂理だ。だが、誕生しうるモノ、生まれようとするモノを殺すコトなど出来ん。

 お前は間桐桜を救う為、彼女を保護した。私は間桐桜が孕んだ闇を救う為、彼女を救った。互いに目的は違えど、間桐桜には生きていてもらわねばならなかった。その結論に、何か不満が有るとでも?」

 

 言峰の言う通り、士郎に不満は無い。

 結果的に、言峰は桜を助けたのだから。

 

「言峰――あの影について、何を知ってる?」

「まあ、私なりの考えならば有る。お前はどうだ? アレは一体、何だと思う?」

「…臓硯は、聖杯の中身だと言っていた。聖杯の中に有るモノが、桜と言う不完全な聖杯から漏れ出てるって」

 

 それを聞いて、言峰は多少驚きを見せた。

 

「臓硯に直接聞いたのか?

 ――成る程。確かに、あの老人の考えそうなコトだが…それで、お前は奴の言葉を全て信用したと?」

「あんな奴、信用出来る訳無いだろ」

「ああ。だが、少なくとも嘘は無いだろうな」

 

 と、言峰は述べた。

 そして、間髪入れずに続ける。

 

「同時に、真実を語ってもいない。

 聖杯に満ちる力は無色。人の願いと言う目的が無ければ、その力を発揮するコトは無い。それが勝手に人を襲っているなど、随分とおかしなコトだ」

 

 ――確かに、言峰の言う通りだ。

 ではどうして、聖杯から漏れたモノが、人を襲ったりしているのか。

 

「では何故、と言いたげな顔だが――答えは至極簡単だ。()()()()()()()()()()()()()()()()

「ッ、それこそおかしい! 聖杯の力が無色なら、目的を持ったモノなんて――」

「いいや。アレは確かに、聖杯に潜んでいる」

 

 そう、言峰は確信を持って断言した。

 

「十年前、私と衛宮切嗣が聖杯を懸けて戦ったコトは言ったな。少なくともその時点で、聖杯は汚染されていた。無色であるハズの聖杯の力は、あらゆる解釈を以て人を殺す『渦』となっていたのだ」

 

 第四次聖杯戦争――その最後の舞台は、現在は新都の中央公園となっている場所に有った、冬木市民会館だった。そこで衛宮切嗣と言峰綺礼は戦い、共に聖杯の泥を浴びた。

 結果として、衛宮切嗣は自らのサーヴァントであったセイバーに聖杯を破壊させ、大聖杯からは「この世全ての悪」が漏れ出した。その果てが()()、冬木大災害である。

 

「じゃあ、あの黒い穴は」

「そう、アレが聖杯の『(あな)』だ」

 

 例えるなら、水に一滴の絵の具を垂らすようなモノだ。穢れ無き最高純度の魂をくべる器であるハズの聖杯は、無色であったが故に、たった一粒の毒により汚染された。

 

「アインツベルンは三度目の戦いで、喚んではならぬモノを喚んでしまった。聖杯が汚染されたのは、その不純物の為だ。

 『人を殺す』コトに特化した呪いの渦、人間の悪性を具現化した混ざり気の無い魔――それが影の本体だ。もっとも、まだ誕生してはいない。未だに間桐桜がいなければこの世に影すら落とせない、出産予定児に過ぎぬがな」

 

 聖杯の中身(アンリマユ)は漏れているのではなく、間桐桜に浸透するコトで、この世に生まれ落ちようとしている。

 故に、あの「影」は聖杯の中身ではない。

 アレは「間桐桜」そのもの――力の継承が済んだ時こそ、間桐桜自身があの影に変貌する。

 

「アインツベルンの聖杯ならば、こんな事態は起こっていない。聖杯の中身が呪いに満ち満ちていようと、それに適合するだけの依り代ではないからな。

 マキリの聖杯――あの呪いに適合する依り代でなければ、ああしてカタチを得るコトも無かっただろう。呪いは間桐桜と言う最適の依り代を得て、その身体を蝕み始めている」

 

 誕生を控え、生まれ出ようとするモノを止めるコトは出来ない――そう、言峰は言った。

 善悪は発生した後、決められるモノだ。有りもしないモノを否定するコトは出来ない。それは、犯罪者の子は必ず犯罪者だと、決めつけるコトに同じだ。

 

「…アレは、もう人を殺してる――だったら、それは悪なんじゃないのか?」

「無論、アレは罪も罰も与えられるべき存在だろう。だが、それは誕生してからの話だ。孵らざるモノ、未だ世に無いが故に罪科を問われぬモノを排斥するコトは出来ん。明確な悪の定義など、この世には存在しない」

 

 人を殺す、と言うコトは悪だとされる。

 だが、戦争へ出た兵士が敵兵を殺したとしても、その兵士が殺人罪を問われるコトは無い。それどころか、自国では「英雄」として扱われるだろう。

 このように、立場の違い、状況の違いで、善悪はいとも容易くひっくり返る。故にこそ、人の善悪の定義に価値は存在しない。善悪とはあくまで、主観的な判断に過ぎないのだ。

 

「だが――それでも、この世に『悪』が在るのなら。生まれ出ようとするモノを止めるコトこそが、絶対の『悪』ではないか?」

 

 それが、言峰綺礼と言う男の考えだ。

 コイツとは絶対に相容れない、と改めて士郎は実感した。

 

「衛宮士郎。お前は間桐桜を助ける、と言ったが――お前はそれで良いのか?」

「…? 何がだよ?」

「間桐桜が聖杯でなくなったとしても、あの娘が人を殺した事実に変わりは無い。何せ、実の姉すら殺そうとしたのだからな。

 その罪人を――お前は擁護すると?」

 

 士郎はその問いを前に、凍結した。

 

「耐えられぬのはお前だけではない。間桐桜自身、多くの人間を殺した自分を容認出来るとは思えんがな。罪を犯し、償えないまま生き続けるコトほど、辛いコトも無かろう。

 ならば、一思いに死なせてやった方が、幸せなのではないか?」

 

 それが無意識のコトだったとしても、加害者は必ず罰せられねばならない。桜を法で裁くコトは出来ないが、奪われた者がいる以上、奪った者がのうのうと生きるコトなど赦されない。

 それに――このまま桜が聖杯になるのなら、今まで以上に多くの人命が失われる。ならば、殺してやるコトの方が、双方にとっての救いになるのではないか。

 

「ッ―――」

 

 士郎は、せり上がって来た胃液を飲み下し、自身の常識、理想を斬り伏せて。

 

「―――けど、それは償いじゃない」

 

 その言葉を。

 言峰は、何を思いながら聞いたのか。

 

「…ならば、止めはせん。せいぜい、背負いたいだけ罪業を背負ってみせるが良い。

 何であれ、間桐桜を救うにせよ救わないにせよ、間桐臓硯だけは殺さねばならない。奴は間桐桜の精神が消滅した後、空になった肉体へ乗り移る腹積もりだろう。アレの本体は、人体に寄生する蟲だからな。そして奴の本体は、間桐桜のどこかに隠れている。乗っ取りも易い」

 

 聖杯への願いは「不老不死」だが、既に臓硯は独力で半分実現しているようなモノだ。何せ執念で、五百年もの時を生きてきた怪物――そこらの近代の英霊より、前の時代を生きている。

 臓硯の魂を現世に留めている、手のひらほどの本体を桜の体内から探し出して殺すか――魂そのものを浄化するかしなければ、臓硯を滅ぼすコトは出来ない。

 

 やるコトは決まっている。

 

 イリヤを奪還する。間桐臓硯を殺す。桜によって現れる聖杯を制御し、間桐桜の身体に住まう蟲と影を聖杯の力で殺す。

 

「取り返しのつかぬ罪を背負い込み、その生を全うするか。結局人間は、そんな視点からしか物事を考えるコトが出来ん。だから『死んでおけ』と言ったのだがな」

 

 言峰に代わり、静聴していたギルガメッシュが口を開いた。

 王にして裁定者たる彼にとって、人間を間引くコトは当然のコトだが、当の人間にとってはそうではない。それをギルガメッシュは、心から哀れんでいる。

 

「助かったとしても、アレは己が罪の意識に押し潰されるだろう。言峰の言う通り、アレではもう死なせてやるコトだけが救いとなる。もう一つの聖杯として目覚めた今、アレの意識が消え去る時も近い。

 今一度問おう。――それでも貴様は、アレを生かすと言うのか?」

「…そうだ。桜が桜を赦せないって言うなら、俺が桜を赦す。桜が背負わなきゃいけない罪なら、俺も一緒に背負う。そう誓ったんだ」

 

 もう迷わない。

 間桐桜を絶対に救うと、士郎は決めている。

 

「――では、(オレ)が一つ、貴様に助言をしてやろう。貴様は贋作者(フェイカー)…いや、最早偽物(フェイク)ではないか。

 とにかく、貴様は真似る者に過ぎん。あらゆるモノを複製し、悉くを模倣する。(オレ)からすれば不愉快だが、その投影こそが、貴様に唯一為せる業だ。ゆめ心得ておくが良い」

 

 ギルガメッシュがそう言うのとほぼ同時に、言峰はブレーキをかけた。

 

「さて――着いたぞ」

 

 車が止まり、三人はそれぞれ外へ出る。

 言峰は車のボンネットを開け、士郎へとある武器を投げ渡した。

 

「これって…?」

「黒鍵と言う、聖堂教会の霊装だ。元々は異端を狩る為の物でな。サーヴァントに対しても、一定の効果が期待出来るだろう。だが――可能な限り、それを使う機会が無いようにしろ」

 

 赤い柄に、魔力で精製された刀身。柄は完全に片手用だと言うのに、長さ的にはセイバーの剣より少し短いぐらいなので、全体のバランスは少し悪い。

 投擲にも使える、と言峰は付け加えた。むしろそちらの方が本来の用途だ、とも。

 

「車は此処に置いておき、鍵はお前に預ける。例え一人で戻って来たとしても、これで戻れ」

「待て、俺は運転なんて出来ないぞ?」

「やり方くらいは知っているだろう。徒歩で逃げるよりは、幾分マシだと思うがな」

 

 問答無用で、言峰は士郎に鍵を投げる。

 無免許で良いのか、とも思ったが、命の危機にそんなコトは言っていられない。山道で他の車と出会うコトも無いだろうし、街に入る前に降りれば良い。

 

「行くぞ、衛宮士郎。時間が無い」

「――ああ」

 

 そして、三人は敵地へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 アインツベルン城内、大広間。

 正面玄関から入ってすぐ、赤い絨毯の敷かれた階段が中心に置かれたそこは、客人を出迎えるべく荘厳に仕上げられている。

 

 しかし、今はもう見る影も無い。

 中心に立つ間桐桜が、悶え苦しむと共に蠢かせる「影」によって、大広間はメチャクチャに荒らされている。置かれた調度品は全て粉々にされ、階段や二階渡り廊下は崩落し、シャンデリアは落下し砕けた。影は秩序無く暴れ回り、触れた物全てを破壊する。

 

「あ、ああ――!」

 

 間桐桜は、ずっと苦しみに支配されている。

 「影」との一体化を目前とし、なおも桜は自我を失わぬよう抵抗している。その結果だ。

 

 元々、この世界に有ってはならないモノ。

 

 魚が陸上に出るのと同じだ。そこでは呼吸すらままならない。世界の全てが、間桐桜という異物を拒絶している。己が肉体すら、今の彼女にとっては煩わしい。

 

「―――」

 

 影に犯された少女は、懸命にも抵抗する。その様を、側に立つ黒き剣士は、何の感情も抱かずに眺めているだけ。

 壊れっぷりはなかなかだと期待したが、いざとなれば、間桐桜は完全に壊れきらない。もう壊れるしか無いと言うのに、哀れで健気な少女は、必死の抵抗を続けている。

 

(全く、つまらんな。壊れてしまえば、楽になれると言うのに)

 

 ただ、剣士はそう思うだけ。

 一方で、彼女をそうなるよう唆した怪物は、さぞやご機嫌である。

 

「そろそろ頃合かのう」

 

 間桐臓硯は、二階から暴れ苦しむ桜を見下ろしている。その側には、アサシンのサーヴァント――三日月・オーガスが立っていた。

 

「全く――とっととセイバーを解かしてしまえば良いモノを。単に度胸が無いだけか、小娘なりの浅知恵か。儂に対する牽制なぞ無駄、儂には敵わぬと理解しておるハズじゃがな」

 

 サーヴァントを現界させておく為に、間桐桜という小聖杯は、大聖杯から魔力を引き出さねばならない。だが、大聖杯からは魔力と共に、呪いも流れ込んで来る。

 彼女はサーヴァントを生かしておく限り、自ら変貌を速めるコトになっている。臓硯が手を下すまでもなく、直に変わり果てるだろう。

 

「嗚呼、全くお前は素晴らしいぞ桜。ただの実験作のつもりじゃったが、よもや儂に『不老不死』を授けてくれようとは――!」

 

 臓硯は、桜へ愛情を注いでいる。

 自分が求め続けてやまないモノを、間桐桜は与えてくれるのだ。これを愛さずして、一体何を愛せと言うのか。

 

 桜がどれだけ抵抗しようと、無駄なコトだ。

 間桐臓硯は、十一年前から間桐桜の優位に立ち続けている。桜がどれだけの力を持ち、最優のサーヴァントを従え、未だに理性を残そうとも、全く意味は無い。

 

 ――この老人は目を閉じ、目を覚ますだけで、間桐桜を完全に殺すコトが出来る。

 

 彼は歪んでいる。人が生きるにはあまりに長すぎる時を生き、人が味わうにはあまりに苦しいコトを、自らの身に課してきたが故だ。

 結果、彼は腐敗し、忘却し、狂い、歪み、爛れてしまった。

 

「ホホ、苦しいか桜? だが耐えよ、お前であらば耐えられよう。十一年もの間、何の為に愛する孫娘を壺毒に晒して来たと思う? 何千という責め苦、何万という蟲に身体を弄ばせ、蹂躙させたのは何の為だと思う?

 全てはこの為だ。世界に否定されるから何だと言うのだ! 儂はお前をそのように育て上げた! そのように鍛え上げたのよ――!」

 

 影に蝕まれる桜の、声にもならぬ絶叫は、確かに臓硯の耳に届いている。そして、臓硯はその命乞いに、満面の笑みで頷く。

 

 臓硯にとって、間桐桜の精神などどうでも良い。影を受け入れるコトで苦痛から逃れた桜では、聖杯から溢れ出る呪いを受け止めるコトは出来ない。そんなコト、臓硯は初めから百も承知している。

 必要なのはただ、聖杯に潜む怨念と一体化した肉体のみ。完全なる聖杯、万能の願望機として完成したそれで、臓硯は死を克服するのだ。

 

「天の門を開くは、アインツベルンの聖杯の役目。正装を整えるまで、好きにさせておくしか無いのはちと業腹じゃが――今更、刃向かいもすまいて」

 

 聖杯の完成はマキリだけでなく、アインツベルンにとっての悲願でもある。それが間近に迫っており、自らの力が必要とあらば、イリヤスフィールが臓硯に逆らう理由は無い。

 

 

 その時――正面玄関が、吹き飛んだ。

 

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

 扉が周囲の壁ごと粉砕され、煙が大広間に充満する。その煙幕を破って、幾多もの黄金の魔力弾が、桜へと飛来した。

 

「―――」

 

 桜へ向かって直進するそれを、黒化せしセイバー――アグニカ・カイエルは、一本のみ握る紅蓮の剣を以て、その全てを両断せしめた。

 魔力弾が拡散し、影に吸われて消え去る。

 

「ほう――招かれざる客が来たか。よもや、自ら死地に飛び込んで来るとはのう。

 アサシン、奴の相手はお前に任せる。宝具を使ってでも、確実に仕留めるのだ」

 

 臓硯は嗤いながら、蟲へと還って飛び立ち、大広間から姿を消す。

 痛みに悶えていた桜は、それを受けて顔を上げ――黄金の王を、その視界に収めた。

 

 「英雄王」ギルガメッシュ。

 黄金の鎧を纏った最強のサーヴァントが、腕を組んで堂々と立っていた。顎を突き出し、見下す姿勢が取った彼の周囲には、魔杖の先端を見せる黄金の門が多数展開されている。

 

「――貴様」

 

 剣の切っ先を突きつけ、アグニカはギルガメッシュを睨み付ける。対する英雄王は、見下したまま言う。

 

「どうした雑種? さっさとあの、モビルアーマーとやらを出すが良い。アレとなら、少しばかり戯れてやっても構わんが」

 

 アグニカは口を閉ざしたままだ。

 その背後では、桜が口を歪め、嗤う。

 

「――来てくれたんですね、先輩。

 あの神父さんも一緒だなんて…バカなひと」

 

 桜にとって、ギルガメッシュは歯牙にかける必要の無い存在だ。サーヴァントである以上、桜に敵うハズも無いのだから。

 そして、その不敬はギルガメッシュを激昂させる。

 

「フン――そんなに死にたいか、小娘!」

 

 ギルガメッシュの背後に見て取れる魔杖が、黄金の魔力を解放する。桜に襲いかかるその攻撃を――アグニカの前に出た三日月が、巨大なメイスで弾き飛ばした。

 

「主を失った番犬風情が、この(オレ)に刃向かおうとはな――ハッ」

 

 体勢を低くし、無言で自らを睨む三日月を、ギルガメッシュは鼻で笑い飛ばす。

 

「虫ケラ如きに良いように扱われているだけの貴様に用など無いわ。そこな人形にも劣る悪魔モドキが、(オレ)の視界に入るなぞ不愉快極まる。疾くゴミとなり、(オレ)の前から消え去るのが道理であろう」

 

 門から見えていた魔杖が消え、代わりに宝剣宝槍宝斧が露わとなる。本来の「英雄王」たるギルガメッシュの戦闘法――黄金の光を纏う二十もの宝具を眼前とし、三日月は。

 

「―――」

 

 無言のまま、巨大メイスを持ち上げて腰を下げた。その眼は真っ直ぐに、ギルガメッシュを捉えている。

 

「無駄と分からず、無駄に足掻こうとはな――戯けめ」

 

 なおも嘲るギルガメッシュに、三日月(バルバトス)は突撃を仕掛けた――




次回「Don't let her die」


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#24 Don't let her die

遂に三月、第三章公開まで一ヶ月を切りましたね。
てか一週目の来場者特典ン! 絵は素晴らしい美しい好きの極みだけど、二種繋げて完全体なのにランダムなのやめてェ!
一日目に最低二回は見なきゃならなくなったじゃないか!(歓喜)

今回は非常に珍しい(にわか)英語タイトル。
訳は「彼女を死なせるな」になる…ハズ。多分(オイ)


 轟音が響く。

 手筈通り、ギルガメッシュが正面から殴り込んだコトで、戦闘が始まったようだ。

 

 作戦は至ってシンプルだ。ギルガメッシュが正面で敵の注意を引きつけている間に、士郎と言峰は裏手から侵入し、イリヤを奪還して速やかに逃走する。たったそれだけである。

 

『ほう、この(オレ)を囮にしようとはな。これはまた大きく出たではないか、言峰』

『お前ほどの男が殴り込んで来たなら、間違い無く奴らの意識はお前に向く。それだけで、私達は格段に動きやすくなるのだ。

 それに――陽動の過程で一騎や二騎殺してしまったとしても、事故と言うモノだろう?』

 

 などと、劣勢であるハズの二人が笑いながら言っているのを見て、士郎は「コイツらと共闘出来てて本当に良かった」と心から思った。

 

「さて」

 

 作戦を提案した張本人たる言峰は、城の壁に近付き、取り付いた。てっきり裏口でもあるモノだと期待していた士郎は、それを見て固まってしまう。

 

「どうした衛宮士郎。さっさとしろ」

「え、いや――裏口とかは」

「そんなモノを悠長に探し、行儀良く入るなど自殺行為だ。ここはアインツベルンの城だぞ? どんな罠が仕掛けられているか知れたモノではない。少しでも手は尽くさねばな」

 

 フリークライミングを開始した言峰は、早くはないものの安定感抜群だ。壁の僅かな取っ掛かりに足を掛け手を添え、確実に登って行く。

 

「急げ、衛宮士郎。足場が分からないのなら、見て真似ろ。それと、武器は置いていけ。背負ったままでは安定を欠く。帰る時に回収すれば良い」

「クソ、本気か…!」

 

 悪態を吐きつつ、士郎は言峰の動きを完璧に模倣(トレース)して、後に続く。言峰は三階まで登った所で、窓に手を添える。

 そして――一発殴り、窓をブチ破った。

 

「行くぞ」

 

 言峰は窓から飛び込み、士郎もそれに習って三階へと転がり込む。入った所は部屋の中だ。すると、その時。

 

「シロウ――?」

 

 銀の少女の声が、士郎の耳朶を打った。

 士郎は眼前に見えたイリヤの手を、迷わずに取る。そうして、さっき入って来たばかりの窓に向かって歩き出す。

 

「帰ろう、イリヤ」

「――どうして」

「俺がそうしたいからだ。言っとくけど、無理にでも連れて帰るからな」

 

 手を引かれるイリヤは、唖然としてされるがままだ。傍らの言峰は薄ら笑いを浮かべ――黒鍵の一本を左手で引き抜き、部屋の奥へと投げた。抜剣から投擲まで半秒ほどの、まさしく早業だった。

 投げられた黒鍵は、壁に掛けられた絵の上に突き刺さり――一匹の蟲を、貫き殺していた。

 

「アレは…!」

「やはりそうか。出て来たらどうだ、臓硯」

阿々々々々(カカカカカ)

 

 忌々しい哄笑が響く。閉ざされた部屋の扉の隙間から、無数の蟲が這い出てくる。やがてそれは一ヶ所に纏まり、老人の身体と為す。

 

「久しいな、教会の狗。こうして会うのは十年振りか――ん? 自らの本性を充分に肥え太らせておると思うたが、そうでもないようだな」

「――衛宮士郎。外へ跳べ」

「跳べ、ってお前…!?」

「逃げるぞ」

 

 言峰はそう言って臓硯に黒鍵を投げつけると同時に反転し、イリヤスフィールを抱え、窓から躊躇無く跳び出した。士郎は頭を抱えつつ、咄嗟の思い付きで脚に強化魔術を施し、同じように外へと跳んだ。

 そうして三人は、全力で逃走を開始した。

 

「ホホ、逃げるか若造ども。しかし、無駄無駄――逃れられはせんよ」

 

 臓硯が杖で床を突くと、城の敷地内に禍々しい機械の駆動音が鳴り響いた。

 黒化したセイバー――アグニカ・カイエルが自身の記憶を元に聖杯の魔力で実体化させたモビルアーマー「ハシュマル」が、逃走者を追うべく出撃したのである。

 

「この音は…!?」

「恐らく、ギルガメッシュが戦いたがっていた『天使』だな。全く――あんな機械如きが、天使の名を名乗ろうとは」

 

 百メートルを七秒台、しかもイリヤを抱えながら走る言峰は、そう吐き捨てる。神父の身としては、MAの存在が気に食わないようだ。

 三人を捕捉したハシュマルは、頭部ビーム砲を展開して撃ち放つ。ビームは森を焼き払いながら、三人の左横を掠めた。

 

「うわっ!?」

「チ――」

 

 続いて、漆黒の子機「プルーマ」が多数出撃し、三人に向けて襲いかかる。体長は八十センチほどと小さいが、その数は最早、数えるコトすらバカバカしい。

 このままでは逃げ切れない、と言峰が判断を下した瞬間、プルーマは一気に言峰へと飛びかかって来た。

 

「言峰!」

「舌を噛むなよ…!」

「えっ――きゃああっ!!」

 

 直後、言峰はイリヤを前方へと放り投げる。そして踵を返し、片方に三本ずつ、両手で六本の黒鍵を構え――五体のプルーマを、ものの一瞬で打ち落として見せた。

 

「イリヤ!」

「きゃっ…!」

 

 なお、放り投げられたイリヤは士郎が回収した。ギリギリの所で抱き留めて、ゴロゴロと落ち葉で覆われた地面を転がる。

 

「言峰、お前――!」

「そのままイリヤスフィールと共に行け。臓硯は私が引き受けよう」

 

 士郎とイリヤに背を向けたまま、言峰はそう言い放つ。言峰に掛ける言葉を、士郎は持たない。

 言峰に背を向け、イリヤを抱えて再び士郎が走り出した、その瞬間――

 

 

「衛宮士郎。助けた者が女ならば殺すな。

 ――目の前で死なれるのは、なかなかに堪えるぞ」

 

 

 言峰綺礼は、自嘲めいた言葉を口にした。

 後ろ髪を引かれる気持ちになったが、士郎は振り向かない。ただひたすら、追っ手からの逃走を続けるのみだ。

 

「―――奴は、向こうへ行ったか」

 

 ハシュマルは、走って逃げる士郎と、士郎に抱えられたイリヤを捕捉し追跡する。

 当然だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。人を殺す天使だろうと、元々死んでいる言峰には関係の無い話だ。

 

『…ほほう。足を止めるとはらしくもないな、綺礼。お主ならば、衛宮の小倅を撒き餌にしてでも逃げ切るものと思うたが。自ら囮になるとは全く以てらしからぬ善行――まさか、情に絆されたとでも言うつもりか?』

 

 言峰の眼前に、蟲の大群が現れる。

 そこから響く悪辣な声に、言峰は嫌悪を僅かに滲ませつつも、淡々と返す。

 

「衛宮士郎を助けたつもりは無い。単に、お前に用が有っただけだ。どの道、私も衛宮士郎も森からは出られんだろうからな。

 ならば――死ぬ前に、己が目的の為に手を打つのは当然だろう?」

『む…? では、イリヤスフィールはどうでも良いと言うのか?』

「衛宮士郎があの娘を助けようと助けまいと、最早私には関係の無いコトだ」

 

 言峰は人差し指と中指、中指と薬指、薬指と小指の間に一本ずつ黒鍵を挟んで持っている。扇状に展開して持ったそれの内、右手を言峰は持ち上げて、臓硯たる蟲の群れに突きつけた。

 

「私のすべきコトは、イリヤスフィールをお前に渡さぬコトか――ここで、お前を殺しておくコトのどちらかだ」

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 俺は、何の為に戦ったのか。

 答えは決まっている。オルガの為だ。

 一緒に「本当の居場所」に辿り着くコトを夢見て、俺は戦った。

 

 だけど――最期の最後で気付いた。

 

 俺たちは辿り着いていた。

 「鉄華団」という、本当の居場所に。

 

 でも、俺たちの戦いは終わらなかった。

 止まらない限り、道は続く。オルガと、何故かチョコレートの人とも一緒に進み続けた。

 色んな世界を巡って、色んな奴と戦った。多くの新しい仲間、信頼出来る友と出会えた。本当に楽しい旅だった。

 

 なのに、今は違う。

 

 オルガは死んだ。

 オルガは殺されても死ななくなって、それを当たり前だと思ってた。時々銃撃が当たったのは悪いと思ってるけど、それでもオルガは何度でも立ち上がって、一緒に戦ってくれてたのに――いつまで経っても、オルガは蘇らない。

 いつの間にか、オルガの命を軽く見るようになっていたのかも知れない。オルガを死なせないように戦っていたのに、いつしかそれを忘れてしまっていた。

 

 オルガはもう戻らない。

 助けてくれた人に、恩も返せない。

 そのまま、恩人を陥れたジジイに良いように使われて、何故かオルガが命を張って助けた男と戦っている。

 

 ねえオルガ、教えてくれ。

 

 どうすれば良い?

 俺はどうすれば、恩を返せる?

 どうすれば、筋を通すコトが出来る?

 

 どうして、オルガはあんなコトをしたの?

 教えてくれ、オルガ。オルガ・イツカ―――

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

 アインツベルン城で、暴力が舞う。

 「ガンダム・バルバトスルプスレクス」の装備を身に着けたアサシン――三日月・オーガスが、ギルガメッシュと苛烈な戦闘を繰り広げているのである。

 

「…どうした、悪魔とやら。その程度か?」

 

 いや、戦闘ではない。制圧だ。

 「英雄王」ギルガメッシュによる一方的な制圧、蹂躙行動に過ぎない。

 

 「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」――人類全ての財の原典が納められた宝物庫の門を展開し、宝具を射出するギルガメッシュに対し、三日月は手も足も出せていない。雨霰が如く降り注ぐ宝剣宝槍の数々を、ガンダム・フレーム特有の機動力でかわすコトしか出来ず、反撃の糸口を掴めていなかった。

 最初は鎧を纏っていたギルガメッシュだったが、今となっては武装を解き、城の屋根の上に座って適当に宝具を射出しているだけである。やがて欠伸でもして、そのまま寝始めそうな勢いだ。それほどまでに、三日月とギルガメッシュには圧倒的な力の差が有る。

 

(何とか、攻め込まないと…!)

 

 ガンダム・フレームの機動力なら、上手くやれば一足飛びに距離を詰めるコトが出来る。慢心のあまり鎧を着ていない今なら、巨大メイスによる一撃で潰すコトすら可能だろう。

 だが、間髪入れず射出される宝具の雨を、如何にしてかいくぐるかが問題である。

 

「…あの天使めは言峰達の方へ行ったか。せっかくこの(オレ)が直々に相手をしてやっても良いと思ったと言うのに、全く気の利かぬ機械よな。所詮は人殺ししか能の無いガラクタと言う訳か」

 

 遂にギルガメッシュは、三日月の方を見てすらいない。自らの意志で動いていない三日月に対して、軽蔑しか抱いていないが故だろう。

 

「犬との戯れも些か飽きた。そろそろ切り上げるとするか」

 

 そんなコトを呟きながら、気怠げに立ち上がろうとしたギルガメッシュに対し――三日月は、全速で飛びかかって突撃をかけた。

 

「ほう」

 

 ここでようやく三日月に意識を戻したギルガメッシュは、突撃して来る三日月を狙って、十本近い宝具を撃ち放った。

 蔵の中で最上級という訳ではないが、それでも「英雄王」ギルガメッシュの宝物庫に納められる宝具だ。並みの宝具とは一線を画す神秘を宿している。

 

「行け…!」

 

 一斉に襲い来る十本の宝具を前に、三日月は背中のテイルブレードを駆動させ――その全てを弾き、進むべき道を拓いた。

 

「何…?」

 

 己が攻撃を雑種如きに防がれ、ギルガメッシュは眉を顰めた。

 障害を排除した三日月はそのまま上昇し、巨大メイスを右手に構えてギルガメッシュの頭上へと舞い上がり、大質量を勢いのままに振り下ろそうとする――が。

 

(オレ)を見下ろすとは――不敬な!」

 

 怒りを見せたギルガメッシュは、振り下ろされたメイスが自身に届くより早く、三日月の直上に宝物庫の門を展開した。その数は六門にもなっている。

 

「ッ、が…!」

 

 今度は、テイルブレードによる防御が間に合わない。門から立て続けに放たれた六本の宝剣が、三日月の背に突き刺さる。そのまま三日月は撃ち落とされ、地面へと叩きつけられた。

 しかし――テイルブレード自体は、射出されて自由に動いている。テイルブレードが蠢き、三日月自身が地面に落ちるのとほぼ同時に、ギルガメッシュへ背後から襲いかかる。

 

「小賢しい」

 

 だが、それすらもギルガメッシュは見抜いている。

 全く動じるコト無く、自身の背後に展開した門からせり出させた剣で、テイルブレードを弾き返させた。

 

「まだ、まだ――!」

 

 なおも、三日月は止まらない。

 六本もの宝剣をマトモに受け、それでもなお三日月は立ち上がる。ガンダム・フレーム特有のタフさ、戦闘継続能力と言えるその光景を前にして、流石のギルガメッシュも目を細めた。

 そして、三日月は地面を蹴り、再び屋根上のギルガメッシュに向かって吶喊する――!

 

「成る程、耐久には目を見張るモノが有るか。その生き汚さは賞賛に値するが――」

 

 ギルガメッシュは立ち上がり、自身の周囲に展開していた門の全てを消滅させた。三日月はそれを妙だと思いつつも、好機と捉えて加速する。

 

「この一撃には、果たして耐えられるか?」

 

 後一秒もせずに自身を攻撃範囲内に捉えるだろう三日月を見下ろしながら、ギルガメッシュは足下に一つだけ門を展開し――

 

 

 異形の「剣」を、喚び出した。

 

 

 それは、回転しながら現世に現れた。

 赤い光を放つ円筒が三つ連なる刀身に、黄金の柄が乗っている。それぞれの円筒は「天界」「地上」「冥府」を表し、その全てを以て「宇宙」を体現せしめる、原初の神造兵装。あらゆる武器の原典にして、その頂点たる対界宝具。

 

「起きよ、エア。本来ならお前の手を煩わせはせんが、此度は特別に『原初の世界』を見せてやるコトとしよう」

 

 

 

 乖離剣エア。

 

 

 あまりに旧いが故に名を持たぬそれを、ギルガメッシュはそう呼んでいる。確かに「真実(すべて)を識るもの」たるかの剣には、メソポタミアの智神の名こそ相応しいだろう。

 

「―――!」

 

 その剣を視界に入れた瞬間、三日月はこれから起こるコトを悟った。悟ってしまった。

 思考によるモノではない。本能が――いや、それすら飛び越えている。遺伝子が、無意識の内に察してしまっていたのだ。

 

(死ぬ。アレには、勝てない――)

 

 

 直後。

 世界を斬り裂く赤い暴風が、吹き荒れた―――




次回「Over Road」


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#25 Over Road

公式ラジオ「もし、わたしがラジオをやったら、許せませんか? Ⅲ」が本格的に始まり、とても癒されている今日この頃。

というか、今日は鉄血的には「ガンダム・マルコシアス」の発売日だったんですが、諸事情で買えなくて泣いております。
いつか必ず手に入れます。
それで言うと「ガンダム・キマリス」や「ガンダム・アスタロトオリジン」、「ガンダム・ダンタリオン」とかの厄祭戦時代のガンダム・フレームを揃えたい。


 刀身たる円筒の回転が停止し、ギルガメッシュは掲げていた乖離剣を下ろす。

 エアによる空間切断――真名解放を行わずとも、その攻撃は圧倒的だ。吹き荒れた赤き暴風は、直撃せずとも城の屋根に敷かれたスレートを吹き飛ばし、範囲内にいた三日月を塵のように一蹴せしめた。

 

「――う、あ…」

 

 纏っていた装甲のほぼ全てを剥ぎ取られた三日月は、エアが深々と傷付けた地面に転がっている。暴風の直撃を受けたレアアロイ製の巨大メイスは粉砕し、衝撃に強いハズのナノラミネートアーマーも砕け散った。今、三日月に残された武器は、背中のテイルブレードのみだ。

 血反吐を吐きながら、地に転がる三日月はギルガメッシュを見上げた。

 

「フン…つまらぬぞ、雑種。それなりに興が乗ったが故に見せてやったが、これでは何の楽しみも無い」

 

 ギルガメッシュが無感動にそう言い捨てて、三日月を見下ろした、その時――

 

「ま、だ…」

 

 横たわる三日月の身体が、僅かに動いた。

 それを見て、ギルガメッシュはほんの少し、その双眸を細める。

 

「まだ――止まれない」

 

 全身に出来た傷から血を吹き出させながら、三日月はゆっくりと立ち上がる。首の骨も折れているらしく、頭から血を流しながらも、目を見開いてギルガメッシュを睨み付けた。

 

「ほう。エアの直撃を受けて立つとは、存外に粘るではないか」

 

 そう評した後、ギルガメッシュが右手を上げると、その周囲に黄金の門が展開される。八門ほど開かれたバビロンの門からは、何かしらの原典たる宝具が、その姿を見せた。

 三日月はその黄金の輝きを目にしながらも、テイルブレードを文字通り尻尾のように蠢かせながら、唇に滲む血を舌で舐め取る。

 

 

「『暁の居場所(ウルブズ・オーバードライブ)』―――!」

 

 

 その宝具の名を、口にした瞬間。

 三日月の眼が、鮮血が如き赤の光を走らせ始めた。両脚が地面にめり込み、両手を地面に付いた状態で、テイルブレードが直上を舞う。

 彼の姿は、人よりも獣に近かった。

 

 リミッターの解除による、悪魔(ガンダム)の力の完全解放。

 それが、三日月・オーガスの宝具である。

 

「ウオオアアア――!!」

 

 地面を思い切り蹴り、獣が飛び出した。

 テイルブレードが先ほどまでとは比べ物にならないほどの速度で飛び、ギルガメッシュの喉元を貫くべく滑空する。

 

「――フン」

 

 それを、ギルガメッシュは放った宝具で容易く撃ち落とす。撃ち出された宝具は更に空中で方向を転換し、三日月本人へと向かう。

 

「ウガアアアッ!」

 

 眼前に迫った宝具に三日月は噛み付き、自身の後ろへと放り出す。二本の宝具が三日月の右肩と右胸に突き刺さり、出た血が宙を舞う。

 しかし、屋根上のギルガメッシュに向かって飛び上がった三日月の速度は、落ちるコトを知らなかった。霊核さえ砕かれねば良い、と言わんばかりに、三日月はどんどん距離を詰める。

 

「獣畜生が、(オレ)の宝物を汚すとは――!」

 

 青筋を浮かべたギルガメッシュは、宝物庫の門を追加で展開し、そこから次々と宝具を三日月に向けて撃ち放つ。二十を越すそれらを、三日月は霊核への決定的損傷だけを避けながら、確実に凌いで行く。他のどんな箇所を宝具が穿とうと、お構いなしに三日月は飛ぶ。

 ついさっき弾かれたテイルブレードが再びギルガメッシュに迫るが、ギルガメッシュは放った宝具でブレードと本体を繋ぐワイヤーを切断せしめる。これで、武装はほぼ全て失われた。

 

「さあ――いよいよ後が無くなったな、雑種!」

 

 嗤うギルガメッシュに対し、三日月は歯を見せて笑った。

 

 充分だ。

 奴がテイルブレードに気を取られている隙を突いて、射程圏内に捉えてやったのだから。

 

 三日月の左手に、太刀が握られる。

 右手はさっき右肩に宝具を食らったせいで、使い物にならなくなっているが――この太刀さえ有れば、ギルガメッシュの首を飛ばすには充分だと言えよう。

 

「届け―――!」

 

 満を持して、三日月は太刀を振った。

 懐に入ってからの、完璧完全な一撃だ。間違い無く敵の首を捉えた、と三日月は確信した。

 

(勝った…!)

 

 終わった。

 ――ギルガメッシュが油断をしていたなら、あるいは決着が付いていたのかも知れない。

 

 現在のギルガメッシュは違う。

 「影」に脚を呑まれてからと言うもの、一度たりともギルガメッシュは油断していない。あの影に近い場所で戦っている今、慢心をギルガメッシュはほぼ捨て去っている。

 

「甘いわ」

 

 三日月の振った太刀は、ギルガメッシュの前方に横向きで展開された門からせり出した宝剣に、弾かれてしまった。

 

「――ッ!?」

 

 狼狽した三日月の周囲に、二十近い「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」が開かれた。開かれた門から、宝具が多数現れる。

 

 

 そして――それらの宝具が射出され、宙に浮いていた三日月の身体を貫いた。

 

 

 続いて頭上から降り注いだ宝具は、三日月共々地面に突き刺さり、大爆発を引き起こす。爆煙が舞い上がり、小柄な三日月の姿を、完全に覆い隠した。

 

「ここまでだ」

 

 ギルガメッシュは宝物庫から「ヴァジュラ」を喚び出し、煙の発生源へ向けて放った。それは一秒と経たず着弾し、再び巨大な爆発が発生して、煙がその場を覆い尽くして行く。

 

 

 煙が晴れた時――そこには動かなくなって久しい、ズタズタに引き裂かれた三日月の身体が残されていただけだった。

 

 

「――ッ!」

 

 三日月が倒れた直後、ギルガメッシュは自らが立っていた屋根から飛び退く。その半秒後に黒い「影」の触手が、屋根を下から突き破って現れた。

 宝物庫内に納められた宝具の効果で、宙に浮き上がったギルガメッシュは、少し離れた地点に着地する。

 

「ほう――世界に拒絶され、さぞ苦しいであろうに、わざわざ出て来ようとはな」

 

 ギルガメッシュは顎を引き、影を支配する者――マキリの杯と化した、間桐桜を睨みつけるように見据える。

 黒化したセイバー…アグニカ・カイエルを侍らせた桜は、口元を歪めて邪悪に嗤った。倒れたアサシンの死体が「影」に覆われ、マキリの杯へと還って行く。

 

「そこまで変わり果てて、まだ喰らうか。自ら壊れてまで苦を投げ出したと言うのに、変わらずに破滅の道を歩み続け、苦しみ続けようとは――つくづく、あの時死んでおけば良かったモノを」

「あら。わたしは後悔なんてしてませんよ? だって、こうなってからわたし、すごくタノシイんです。アナタも食べてあげましょうか?」

 

 目を見開きながらそう宣う壊れた女を、ギルガメッシュは鼻で笑い飛ばす。

 

「ハッ。(オレ)を取り込もうとは、身の程知らずもここまで来れば笑いモノよな。聖杯と化した身でありながら、頭はアインツベルンの小娘に劣るらしい」

「…身の程知らずはアナタでしょう。サーヴァントのクセに、私に勝てるとでも思ってるんですか? ――いやなひと」

 

 アグニカが動き、ギルガメッシュに向かって突撃する。そしてそれすらも超える速度で、影の触手が、ギルガメッシュへと一直線に突き進む。

 明確な「死」を目前として、英雄王は。

 

 

「一掃せよ、エア」

 

 

 右手に握られていた乖離剣エアを掲げて、赤い暴風を撒き散らした。

 

「!!」

 

 世界を斬り裂く剣の一撃を前にしては、流石のアグニカも一転して後退し、回避に徹した。影は勇敢にも突き進んだが、暴風に触れた瞬間ズタズタに切断され、千切れて弾け飛ぶ。

 

「ッ――!」

 

 サーヴァントに絶対優位であるハズのマキリの杯さえ、赤い暴風に怯んで二歩ほど後退。暴風が収まる頃には、既にギルガメッシュはその場から去って久しかった。

 

「――まあいいわ。もうあのひとじゃ、わたしには勝てないもの」

 

 そう吐き捨てて、桜はアグニカと共に、再び森へと歩み出した。

 

 

   ◇

 

 

 森の中を、天使が舞う。

 聖杯の泥の魔力から誕生したにも関わらず、その翼は白く美しい。

 

 モビルアーマー、ハシュマル。

 

 アグニカ・カイエルが自らの記憶と、乗機たる「ガンダム・バエル」の記録データから魔力で編み上げた、殺戮と破壊の天使。

 全てのMAを根絶するコトを目的として戦い、厄祭戦における英雄と言われたアグニカ・カイエルがMAを召喚するなど、支離滅裂も良い所だが――聖杯の泥は、それほどまでに彼の英雄の在り方を変容させたのである。

 

『       ――!』

 

 鳴き声のようにも聞こえる駆動音を響かせ、ハシュマルが頭部ビーム砲を撃ち放つ。桃色の熱線が森を引き裂き、逃走する士郎とイリヤに迫る。

 

「うわあッ!」

「きゃ…!」

 

 イリヤを抱えたまま、士郎は思い切り跳ぶ。ビームが士郎の間近を掠め、焼けた地面が煙となって舞い上がり、士郎は石を全身に浴びた。

 

「クソ…!」

「もう良い、シロウ…私を置いて、逃げて!」

「バカ、そんなワケに行くか…!」

 

 ハシュマルが…いや、MAが実行する命令はただ一つ――人類の抹殺だ。

 攻撃のやり方からして、恐らくハシュマルにはイリヤを捕らえる気が無い。士郎もろともに殺すつもりだ。臓硯の意志とは明らかに違う、完全な暴走状態になっている。

 

 逃げられない。

 このままじゃ殺される。

 

 そう士郎は分かっているが、打開策が思い当たる訳でもない。ギルガメッシュが間に合ってくれるかは分からないし、そもそもあのサーヴァントが素直に助けてくれるかどうか。

 かと言って、あんな怪物を相手に士郎が出来るコトなど無いも等しい。だが、何かアクションを起こさなければ、このままイリヤと共に嬲り殺しにされるだけだ。

 

(考えろ…俺に出来るコトは何だ…!?)

 

 走りながら、士郎は人生で最も速く、頭を回転させる。せめてイリヤだけでも、逃がす方法は無いのか…!?

 

 

『貴様は真似る者に過ぎん。あらゆるモノを複製し、悉くを模倣する。その投影こそが、貴様に唯一為せる業だ』

 

 

 ふと、その時――ギルガメッシュの言葉が、士郎の脳内を反芻した。

 聞いた時、意味は分からなかった。

 だが、あの英雄王がわざわざそう言ったのだから、何かしらの意図が有るとしか思えない。

 

(真似る、模倣、複製、業――)

 

 キーワードを拾い上げて、思考回路を全速で巡らせる。猶予は無い。ハシュマルは再び、ビーム砲の発射態勢に入っている。

 

(――『投影』…!?)

 

 その二文字を思い出した時、士郎はその言葉の意味を理解した。

 投影――「投影魔術(グラデーション・エア)」は、士郎が使える数少ない魔術の一つである。実際、強化より前に、士郎は投影魔術を習得している。

 

「シロウ…?」

 

 怪訝な表情で、イリヤが士郎を見上げる。

 そこで士郎は足を止め、イリヤを降ろした。

 

「シロウ?」

「――イリヤは逃げてくれ」

 

 そう言い放って、士郎は背負っていた竹刀袋を左手に持ち、そこから黄金の剣を抜く。

 柳洞寺でアグニカが投げ、士郎の窮地を救った「ガンダム・バエル」の剣。「バエル・ソード」と呼称される、幾多のMAを斬り捨てて来た、ある意味ではMAにとっての弱点とも言える物だ。

 

「まさか、それで戦うの…!?」

「ああ――何とか、やってみる。けど、成功するとも思えない。だから逃げてくれ」

 

 しかし、剣を右手に握った士郎の服の裾を、同じようにイリヤが握る。士郎が怒鳴ってでも行かせようと思ったのを見透かしたように、イリヤは毅然とこう口にした。

 

「私もシロウと一緒にいる。連れて帰るつもりなら、最後まで責任持って連れて帰りなさい」

「…イリヤ」

 

 微笑を浮かべたイリヤに、士郎は微笑み返した。そして、剣を両手で構え、士郎は迫り来るハシュマルを見据える。

 投影魔術を行うには、幾つかの手順を踏まねばならない。

 

 創造理念の鑑定。

 基本骨子の想定。

 製作技術の模倣。

 憑依経験の共感。

 蓄積年月の再現。

 

 以上の全てを解析し、模倣し、複製してこその、真に迫る投影である。

 幸い、元となる現物は手元に在る。

 アグニカ・カイエルの剣を再現するには、もう一本を投影するだけで良い。

 

「――投影(トレース)開始(オン)

 

 ここ数日で開かれたばかりの魔術回路に、魔力が通される。士郎の身体から、触れる剣に緑色の回路の光が通って行く。

 

「…ヅ、あああああ!!」

 

 いきなり全開で魔力が通された身体が、悲鳴を上げる。士郎は左手を横に突き出し、更に段階を踏んで行く。

 

 やがて――左手に、剣が象られる。

 

 魔力によってバエルの、アグニカの剣が形作られる。明確な実体が形成され、士郎はそれを力強く掴み取った。

 

『       ――!!』

 

 ハシュマルが吼え、ワイヤーブレードを士郎に向けて全速で突き出す。――感じたのだ。眼前に現れた、アグニカ・カイエルと言う名の、絶対の死を。

 特殊超硬合金で打たれたワイヤーにより操作されるレアアロイ製のブレードは、確実に士郎の息の根を止めるべく、その喉元へと迷い無く突き進む。

 

「憑依経験、共感終了――」

 

 対する士郎は双剣を構え、全身に魔力を通して、アグニカ・カイエルの技をも複製する。

 衛宮士郎の投影魔術の特異性は、投影された武具の本来の担い手の経験、記憶ごと解析し、丸ごと複製してしまう点にこそ有る。人の身である士郎には身体能力――この場合は「ガンダム・バエル」が持つ圧倒的な機動性――までは再現不可能だが、こと技術に於いて、衛宮士郎(フェイカー)は完全なる投影を実現させる。

 

 さあ、悉くを凌駕しろ。

 この(みち)を越え、前へと進め――!

 

「――身体は剣で出来ている(I am a bone of my sword.)!!」

 

 士郎の意志に関わりなく、双剣が、腕が自動的に動く。剣の担い手(アグニカ・カイエル)の経験、記憶がそうさせる。

 アグニカは、ハシュマルの――MAの動きを知っている。

 

 左手の剣が、ブレードを叩き落とした。

 落ちたブレードが地面に突き刺さると同時、士郎は全身で回転し――ブレードを動かすワイヤーを、右手の剣で切断していた。

 

「ううおおおおおおおおお――!!!」

 

 剣の赴くまま、士郎は走り出す。

 ハシュマルが口を開き、ビームを放つ。士郎にそれを避ける手立ては無い――だが、アグニカならば避けられる。

 左の剣を振り、ビームを斬り裂く。右の剣でハシュマルの左足を斬り落とし、胴体の下へと滑り込み、二本の剣で思い切り斬り上げる。立て続けに右足を切断し、ハシュマルが地に這い蹲った。

 

「――ッ、はあ…!」

 

 不完全な投影品であった左手の剣が割れ、魔力へと還って消滅する。同時に士郎の憑依経験も消え去り、士郎が思い切り息を吐くと共に、無理矢理魔力を通してアグニカの剣を再現した代償たる反動が襲いかかって来た。

 

「がっ…ぐ――!」

「シロウ!」

 

 全身から力が抜け、後ろに倒れ込む士郎を、イリヤが抱き留める。

 一方、両腕と尻尾をもがれてもなお、ハシュマルはまだ死んでいない。地に墜ちた天使は、その頭を上げて――ビーム砲を露わにした。

 

「!」

「ッ、シロ――」

 

 ビームが吐き出される、その直前。

 

 

 天から、黄金の宝具が無数に降り注いだ。

 

 

『       ――』

 

 その攻撃で、ハシュマルは完全に動きを停止させた。そして間髪入れず、天使は爆散する。

 士郎とイリヤが空を見上げると、そこには――黄金の王が、浮いていた。

 

「ギル、ガメッシュ…!」

「――何で飛んでるのよ?」

「フ、(オレ)に不可能は無い。――ホムンクルスの娘を奪還したならば、最早ここに用は無かろう。疾く去るぞ」

 

 地上に降り立ち、全身に反動が来ている士郎を見下ろしながら、ギルガメッシュはそう告げた。対して、イリヤに支えられる士郎は、こう聞き返す。

 

「…言峰、は」

「――奴はそう簡単にはくたばらん。余計な心配は無用だ」

 

 士郎に背を向け、ギルガメッシュは言う。

 悠々と歩み出したその背を追うように、士郎とイリヤも歩を進め始めた。




次回「聖者の死」


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#26 聖者の死

アニメの放送延期は哀しい…。
無理にやってクオリティ落ちるより、万全の状態でやってもらった方がありがたいコトではあるんですが。
ほぼ自社だけでやってるufotableは大丈夫だと思うんですが、ドラえもんみたく公開延期になったら私は泣く。


 森の中を、神父の黒衣が駆ける。

 それを追うは蟲の大群。神父が如何に黒鍵を投げ打とうとも、間桐臓硯が決定的なダメージを受けるコトは無い。

 

「チ――」

阿々々々々(カカカカカ)。さて綺礼よ、これで貴様の剣は、後何本だ?』

 

 舌打ちして走る言峰を、臓硯が嘲りながら追い詰めて行く。臓硯の身体を構成する無数の蟲の中で、臓硯の本体たる蟲は僅か一匹。その一匹も、恐らくはこの場にはいない。

 黒鍵でどれだけの蟲を殺そうとも、臓硯が痛痒を感じるコトは無い。牛の骨すら噛み砕く蟲に集られた言峰は、それを黒鍵で斬り捨てながら逃げ回っているが――それも、もう限界が近くなっている。

 

『よくも逃げるモノよ。阿々(カカ)、これは虎の子を出さねばならぬかな?』

 

 森の中の廃墟に辿り着いた言峰だったが、それを二メートルは有りそうな巨大な蟲が二匹、這って追って来る。言峰は黒鍵を三本ずつ二回投擲し、寄られるより速く蟲を仕留めた。

 しかし、それで全ての黒鍵を使い切った。

 

『ホホ、よくぞ此処まで逃げた。しかし、それももう終わりよな」

 

 蟲が集まり、臓硯の身体が構成されていく。

 

 ――その瞬間こそが、言峰の待ち望んだモノであった。

 

 言峰は殺人蟲から逃げながらも温存しておいた力を振り絞り、全力で地面を蹴り飛ばした。

 臓硯の周囲に飛んでいた蟲すら意に介さず、その頭を掴み取り、そのまま突き進んで廃墟の壁へと叩き付ける。

 

「ぬぅう…ッ!?」

私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒やす。我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない

 

 言峰の狙いは、ただその一つ。

 臓硯を殺すコトこそ、彼が残った理由だ。

 

「おのれ綺礼、貴様ァ…ッ!」

打ち砕かれよ。

 敗れた者、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え。

 休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる

 

 洗礼詠唱。

 魔術を否定する聖堂教会に於いて、ただ一つ習得するコトが赦されている奇蹟――主の教えの下で迷える魂を浄化し、還るべき「座」に送る簡易儀式である。

 

()阿々々々々(カカカカカ)…!

 そうか、儂を殺すか綺礼! だが無駄よ、そんなコトでは何も変わらぬ! それでお前の望みが叶うとでも思うておるのか――!」

装うなかれ。

 許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を

 

 淡々と、言峰は詠唱を続ける。

 これに対し、死を忌避するがあまり怪物となり果てたハズの臓硯は、自らに死を齎さんとしている男をなおも嘲り嗤う。

 

「全く、何とも救いようの無い男よ! ここに至って、未だに人並みの幸福とやらを求めておるとは! そのようなモノ、絶対に与えられないと理解したのではなかったか!」

 

 かつて代行者(エクスキューター)であった言峰は、魔を殺すスペシャリストである。魂の浄化は本来「死徒(アンデッド)」と呼ばれる吸血鬼に対するモノだが――人の血肉を食らって存命する臓硯も、似たようなモノと言えよう。

 

休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。

 永遠の命は、死の中でこそ与えられる。

 ―――許しはここに。受肉した私が誓う

「そう、お前には幸福など永遠に訪れぬ! 綺礼よ、お前は生まれながらの欠陥者に過ぎん! この世の道理に溶け込めぬまま、ただひたすらに静観者で在り続けるが良い…!」

 

 

―――『この魂に憐れみを(キリエ・エレイソン)

 

 

 臓硯の哄笑が、消えて行く。

 世に迷う魂を「無に還す」摂理の鍵は、大いなる慈悲を以て、五百年の時を生きた怪物の妄念を浄化したのである。

 

 間桐臓硯は、蟲を触媒として現世に干渉する霊体であった。故にその蟲を千切り、潰した所で効果は期待出来ない。

 殺す為には、蟲を跡形もなく、一匹残らず擦り潰すか――霊体そのものに攻撃する必要が有った。悪霊払いの代行者は、臓硯にとってまさしく「天敵」とすら言える存在だった。

 

 臓硯が己が願いを叶えるには、聖杯と化した間桐桜の身体さえ有ればコト足りる。

 臓硯が生きていては、聖杯の中で受胎した「呪い」が誕生するコトは無い。せっかく孵化を間近に控えた「この世全ての悪」でも、その窓口たる間桐桜が臓硯の操り人形となっては意味が無い。

 

 だからこそ、言峰は全力を懸け、臓硯を排したのである。

 全ては誕生を見届ける為、その生まれを祝福する為に必要だったコトだ。

 

 

『そう、お前には永遠に無い。

 お前は生まれながらにして、欠落しておる』

 

 

 臓硯の言葉が、言峰の脳裏に響く。言峰は廃墟の壁に身体を預け、明け始めた空を無感動に見上げた。

 そして――ふと、昔のコトを思い出した。

 

 

   ◇

 

 

 言峰はかつて、幸福を知ろうと努力した。

 生まれながらにして道徳が欠落していても、常識と信仰は持っていた。だからこそ、自らが幸福を幸福と感じられなかったコトに苦しんだのである。

 

 やがて成人した彼は、一人の女を妻とした。

 

 愛したからではない。ただの実験だ。

 人の身が感じる最大の幸福とは、妻を娶り、子を成し、暮らすコトだと彼は教えられた。無論それが全てではないが、そう夢想しない人間はいない。

 だから、自分もそれで幸福を感じられるかも知れないと、全く期待せずに女を娶った。

 

 女は病弱で、数年で死ぬと言われていた。

 どうやら生まれながらのモノらしく、その髪も肌も病的に白く、血の滲んだ包帯をあちこちに巻いていた。片目も閉ざされ、唯一開いたもう片方の瞳だけが、白ではない美しい黄金をしていた。

 

 どうしてその女を選んだのか。

 その女しか選べなかったのか。

 何はともあれ、二人は二年ほどを共にした。

 

 男は女を愛そうと努力し。

 女は男を愛そうとし、事実男を愛し、子をすら成した。

 

 女は幸せそうに笑った。それでも男は、その幸福を理解出来なかった。

 男からすれば聖女のようであったその女は、完璧だった。だがそれでも、男は女を愛せなかった。幸福を感じるコトが無かった。

 

 女が死の淵に瀕した時、男は失望と共に、別れを告げに行った。

 失望したのは女が死ぬからではなく、その女ですらも自分は愛せなかったのだという事実。

 会いに行ったのは悲しみからではない。実験に付き合わせたにも関わらず、結局自分には愛せなかったと告げる為だ。

 

『私は、お前を愛せなかった』

 

 感情の無い声でそう告げた男に、女は頭を振って、微笑みながらこう返した。

 

『いいえ、貴方は私を愛しています』

 

 そうして、女は自刃した。

 元より先の無い女だ。最期に分からせようとしたのかも知れない。

 

『だって貴方、泣いているもの』

 

 鮮血の海の中で、女はそう言って事切れた。

 あまりに細く、軽すぎる女の身体を抱きながら、男にはたった一つ、思ったコトが有った。

 

 

 どうせ死ぬのなら、私が手を下したかった。

 

 

 それで完璧に、諦めが付いた。

 自分は完全に壊れている。どうなるモノでもなく、初めからそのように生まれてしまった。

 

『私が殺したかった』

 

 女の死に対し、思ったコトはそれだけ。

 その事実に悲しんだのではなく、女の死を愉しめなかったコトを悲しんだ。

 その思いが、自らの歓喜によるものなのか。

 

 ―――愛したものだったからこそ、せめて自身の手で終わらせてやりたかったのか。

 

 答えは無い。有ったとしても、それは知るべきではないモノだと決めつけ、言峰は思考を常に止めていた。

 それは永遠に沈めるべきモノだ。女の死は無意味だった。彼女の献身すら、言峰の心根を帰るコトは出来なかった。そう在るべくして生まれたモノを、ねじ曲げるコトは叶わなかった。そうするには、彼女に遺されていた時間は、あまりに短すぎた。

 

 だが、例え女の死が無意味であろうとも。

 それを無価値にしてしまうコトだけを、男は嫌った。

 

 その為には、答えを出さないコト。

 答えを出すコトを止めるコトが、必要だったのである。

 

 

   ◇

 

 

「―――」

 

 ふと、その女の名を口にしようとして、言峰は止めた。無意味な行為だ。今はただ、先行する衛宮士郎を追い、この森を後にしなければならない。

 そう考え、言峰は再び歩き出そうとしたが。

 

 

「いいえ、どこにも行けない。

 だって――貴方はここで死ぬんだもの」

 

 

 少女の声が、その足を踏み出させなかった。

 いつからか言峰の側に、「影」を纏ったマキリの杯――間桐桜が、立っていたからだ。

 

「――完全に汚染されたな、間桐桜。精神まであの『呪い』に同調しなければ、そこまでの変貌は果たせん。自らが怪物だと、開き直ったというワケか」

「そうですよ、神父さん。けど、これは仕方のないコトなんです。もっとみんなが優しかったら、私だってもう少し我慢しました。

 わたし、この世界がきらいです」

 

 桜を捨てた遠坂。

 桜を虐め抜いたお爺さま。

 桜と違って、不自由無く生きる姉。

 桜が自分の物だと思っていた、哀れな義兄。

 桜の痛みを知ろうともしない、どこまでも平穏な街並み。

 

 全部。間桐桜は、嫌いだった。

 

「八つ当たりですけどね。

 今まで私を助けてくれなかった全てに、わたしを思い知らせてあげたら――どんな顔をするんだろう?」

 

 暗い笑みを浮かべる少女を、神父は冷徹に見据える。そう出来るだけの力を得た桜に対しても、言峰の態度は何一つ変わらない。

 

「随分と変わり果てたな」

「ええ、変わりました。わたしは今までの、弱かった間桐桜とは違うもの。

 みんなが今まで、私を苦しめて来た。だから今度は、わたしがみんなを苦しめてあげるんです。ただ耐えるだけの間桐桜(ワタシ)は消えました」

 

 その変わりようは、見た者に二重人格すら疑わせるモノだが――そんな()()など、言峰の前では児戯に等しい。

 

「――何を隠す必要が有る?

 お前は別人格などではない。泥に呑まれ、暴力に酔う今のお前もまた、間桐桜だ。人格が入れ替わったから間桐桜は悪くない、などと言い訳をする必要など有るまい」

「…何を――貴方が、貴方が私をこうしたのに! こうさせた、くせに!!」

 

 歯噛みし、憎悪をぶつけて来る桜。

 地面を影が覆い尽くし、触手が背後に揺らめく。今までとは比べ物にならない規模だ。

 

「ああ。私がお前を生かしたのは、アレのマスターを続けさせる為だった。そしてその期待通り、お前はアヴェンジャーを誕生させようとしている。――私では出来なかったコトを、お前は難なくやってのけた」

 

 そんな彼女に、言峰はそう言ってのけた。

 口元には、笑みすら浮かんでいる。

 

「難なく、なんかじゃない…! 私がどれだけ苦しかったか、今もどれだけ苦しいのか、知りもしないで――」

「知らぬし、知る必要も無い。小娘の恨み言を聞くほど酔狂でもないし、暇でもないからな」

 

 突き放した言峰の言葉に、桜は再び歯噛みし――俯き、口元を歪めた。

 

「フフ…ええ、そうですね。そんな簡単に同情なんてされてやらないわ。わたしはこれから、一方的に思い知らせてあげる立場なのよ。

 ―――こんな風に、ね?」

 

 その時。

 言峰は、膝から崩れ落ちた。

 

「ご、が――!?」

 

 口から血が吹き出る。息が詰まり、吸おうとするほどに鉄の味が広がって行く。

 身体が動かない。全身から力が抜け、意識すら霞んで来る。

 

「――これ、は…!?」

「フフ、どうですか? 直接、心臓を鷲掴みされた気分は。貴方はどうやったって、わたしから逃げられない――初めから、貴方の心臓はわたしの手の上だったんです」

 

 桜は右手を突き出し、その中に有るモノを弄ぶように、握ったり開いたりしている。

 

「ま、さか――貴様…!」

 

 掠れる意識の中で、言峰は自分がそうなった理由に辿り着いた。いや――思い出した、と言うべきか。

 

 言峰綺礼は、十年前に死んだ。

 第四次聖杯戦争最後の戦いで、衛宮切嗣に心臓を撃ち抜かれ、聖杯の泥の中に倒れた。

 

 しかし――ほぼ同時に聖杯に呑まれた「英雄王」ギルガメッシュは、汚染されるどころか泥を飲み下し、受肉して現世に帰還した。

 

 呪いはギルガメッシュに繋がれた魔力の経路(パス)を通して、言峰に流れ込み――失われた心臓が呪いの塊に代替され、言峰は蘇生した。

 アヴェンジャー――「この世全ての悪(アンリマユ)」から魔力を供給されるコトで、活動を続けていたのである。

 

「ええ。今、貴方を生かしていた仮初めの心臓(のろい)を潰してあげたんです。お望みなら、中身も全部潰してあげましょうか?」

 

 言峰はアンリマユと繋がっていた。

 だが、そのアンリマユが間桐桜と一体化した以上――言峰を生かしていたのは、間桐桜というコトになる。

 間桐桜がアンリマユとの一体化を成し遂げた時点で、言峰綺礼の命は間桐桜の匙加減一つになったのだ。

 

「――フ…よくも言う」

 

 言峰には分かっている。

 桜に言峰を生かして帰すつもりは毛頭無い。

 この場で言峰が桜の足下に蹲い、泣いて助けを請うたとしても、桜はただ笑って言峰を殺すだろう。

 

「さようなら。わたしを助けてくれたコトだけは感謝しますね、神父さん」

 

 ゴキリ、と音がした。

 言峰の身体がへし折れ、全身の関節が逆向きに折れ曲がる。首があらぬ方向へと回り、その骨が完全に粉砕された。

 

 ボロ雑巾のようになり、動かなくなった神父を、桜は「影」の触手で適当に放り捨てる。

 最早、あんなモノに用は無い。

 

「――これはまた、随分と容赦が無いな」

 

 邪魔なモノをどかしてご機嫌な少女に、黒い剣士が言葉を掛ける。泥に汚された英雄は、その光景をどのように受け取ったのか。

 桜が言い返すより早く、剣士は再び言葉を紡ぎ始めた。

 

「ハシュマルはやられた。士郎とイリヤスフィール…それと黄金のサーヴァントは、この森から去った」

「そう――まあいいわ。あの金ピカの人じゃ、もうわたしをどうにも出来ないもの」

 

 桜はそう断言する。

 一方、先ほどまんまと逃げられたアグニカは眉を顰めたが、深くは聞かずに続けた。

 

「士郎はどうする?

 アイツがあのまま大人しく、聖杯の完成を見ているハズも無いだろう?」

「―――殺すわ。わたしの邪魔をするならね」

 

 そう言いながら、桜はくすくすと嗤う。

 アグニカは鼻で笑って、それ以上言葉を発するコトも無く、彼女の影へと帰って行く。

 

(ここまで壊れたか。後少しと言った所だが――さて。小市民の我がマスターが、本当にそんなコトが出来るのやら。

 彼女を止めたいなら急げよ、士郎。後二日も経てば、間桐桜は精神まで変わりきるぞ?)




次回「タクティクス」


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#27 タクティクス

そろそろ第一章と第二章を見直さなければ。
地上波やAbemaTVとかでもやるから観ようね!(宣伝)


 夜が明け、太陽の光が街を照らし始めた頃。

 衛宮邸の前に、黒い車が停車した。

 

「着いたぞ雑種ども」

 

 車を運転していたギルガメッシュが、運転席を離れて外に降り立った。後部座席に座っていた士郎とイリヤも、合わせて外へ出る。

 

「――貴方、運転出来たのね。騎乗スキルも無いのに」

(オレ)は全能の王だぞ? この程度造作もないわ。――何故か、言峰は全く運転させてくれなかったがな」

 

 でしょうね、とイリヤは思う。

 全く信号を守らず「(オレ)道交法(ルール)だ」と言わんばかりに突き進むギルガメッシュを見れば、良識有る者なら運転させないだろう。ついでに言えばスピードもかなりのモノだった。

 夜明け前、かつ物騒なニュースばかりのせいか人が全くいなかったのが幸いした。でなければ、間違い無く事故が起きていただろう。

 

「…これ、完全に路上駐車だよな」

「家の目の前だし、良いんじゃない?」

「逆に問題な気もするな…」

 

 かと言って、「近隣の皆様のご迷惑となりますので車を敷地内に入れて頂きたく」などと言えるハズも無い。言ったら殺されかねない。

 とにかく、近隣住民の皆様には全てが終わったら平謝りするとして、三人は衛宮邸へと帰って来た。

 士郎はヘトヘトになっていたのでとりあえず床につき、イリヤもそこへ潜り込んだついでに眠ってしまった。特に士郎が目覚めたのは、既に日が落ちかけている時間帯だった。

 

「ふああ…」

 

 士郎は目をこすりながら、夕食を用意すべく居間へと入る。ほぼ丸一日寝てしまっていたコトもあり、腹はペコペコだ。

 

「おはよう、衛宮くん。よく眠れた?」

「ああ、おかげさま――で…」

 

 居間には、士郎の予想だにしない人物が座っていた。

 

「…って、遠坂!?」

「何よ、オバケでも見るような顔して」

 

 そこには、昏睡状態だったハズの遠坂凛が座しており、右手に持った湯飲みでお茶を啜っていた。

 

「いや…お前、しばらくは絶対安静だって」

「確かに、戦えはしなさそうだけどね。聖杯戦争も佳境だって時に、うかうかと寝ていられないわ」

 

 凛は左腕を吊っており、赤い服で隠れているものの、胴体は包帯でグルグル巻きにされているハズだ。激痛だって走っているだろうに、涼しげな顔をしているのは、遠坂家当主たるプライド故か。

 

「リンってば無理して。どうせ今も痛んで、全く動けないんでしょ?」

「――悔しいけど、イリヤの言う通りよ。こんな身体じゃ、足手まといになるだけでしょうね。でも」

 

 凛は湯飲みを机に置き、人差し指を立てて右手を前に突き出しながら言う。

 

「円蔵山の地下大空洞への入口は、冬木の管理者(セカンドオーナー)たる私しか知らない。イリヤだって分からないハズよ」

 

 イリヤは反論しない。

 第一次聖杯戦争の際、アインツベルンは遠坂に土地を提供してもらった立場だ。現状、この土地のコトは凛が最も詳しい。

 

「円蔵山って、柳洞寺の有る山だよな…地下大空洞?」

「そ。あの山の地下には大空洞が有って、冬木の大聖杯はそこに保管されてる。そして、桜と臓硯は恐らく、その大空洞にいる。そこで全てを終わらせるつもりなのよ」

 

 いよいよ、第五次聖杯戦争も大詰めだ。

 勢力は士郎達と臓硯に分かれ、サーヴァントの二騎のみが残った。遠からず、雌雄を決するコトとなるだろう。

 

「――奴らの願いが叶えられたならば、聖杯に宿る『この世全ての悪(アンリマユ)』が溢れ出す。今ならば、まだ逃げるコトも出来るが?」

 

 ギルガメッシュの最後の忠告を受けても、三人の意志は全く揺るがない。代表として、士郎が口を開いた。

 

「逃げない。俺は臓硯を殺して、桜を助ける。聖杯も好きにはさせない。

 ――約束したんだ、桜と。桜が悪いコトをしたら、俺が止める。俺は桜を守る。桜が桜を赦せないなら、俺が桜を赦し続ける」

 

 間桐桜は人を殺した。

 彼女に敵対する者も、全く無関係の者達も。そしてこれからも、多くを殺そうとしている。聖杯の――「この世全ての悪(アンリマユ)」の意志のままに。

 

 だから、士郎は桜を助ける。

 永遠の贖罪に付き合い、背負うべき罪と咎を共に背負い、ずっと守り、赦し続けるのだ。

 

「とにかく、桜を一回ひっぱたく。セイバーにだって、邪魔はさせない」

 

 そう、士郎は断言した。

 今更逃げたりなんてしないし、出来ない。

 衛宮士郎はまだ、間桐桜を救えていないのだから。

 

「――それが貴様の覚悟か。

 では、セイバーの相手はこの(オレ)が請け負ってやろう」

 

 と、傲慢なりし黄金の王には珍しく、自分からそう言い出した。

 

「…任せて、いいんだな」

「そうだと言っている。あの半端者に、真の英雄とはどういうモノか、しかと見せてやろうではないか」

 

 人類最古の英雄王として、あの最新の英雄とやらには見せつける必要が有る――と、ギルガメッシュは言った。

 何であれ、セイバーをギルガメッシュに任せられるならば、士郎は桜の相手に専念出来る。

 

「…本当は、私が桜と戦うべきなんだろうけどね。準備は結局間に合わなかったし、この怪我であの子の前に出ても、今度こそ殺されるだけか。

 ――衛宮くん。桜のコト、頼んだわよ」

 

 無念そうに、凛は士郎に託した。

 それから、彼女はイリヤに視線を向ける。

 

「イリヤはどうするの?」

「私も行くわ」

 

 曲がりなりとはいえ、アインツベルンの悲願たる第三魔法「天の杯(ヘヴンズ・フィール)」の成就は、間桐臓硯と桜の手で果たされんとしている。成ろうとも成らずとも、せめてその結末を見届けたいのだろう。

 

「じゃあ、大空洞の入口は地図に描いて衛宮くんに渡すわ。その間、夕食を作ってくれないかしら?」

 

 腹が減っては戦は出来ぬ。まず腹ごしらえをし、準備して臨まねばならない。これが、最後の決戦となるのだから。

 凛の命令を受け、士郎は速やかに和食一式を作り上げ、机にズラリと並べてみせた。

 

「ねえシロウ、一人分多くない?」

「え?」

 

 机に並べられたのは四人分。

 イリヤの言葉で、三人の注意はとある一人の王に集まった。

 

「――贋作者(フェイカー)。察するに(オレ)の分まで作ったらしいが、どういうつもりだ? この(オレ)に、このような質素な食事をしろと申すか?」

「ああ、いや…サーヴァントって飯食べるのかなって思いはしたけど、受肉してるなら要るかなと――思いまして」

 

 士郎を睨み付けるギルガメッシュ。

 一方、暫定として彼のマスターである凛は、プラプラと右手を振って。

 

「まあまあ。コイツの料理、なかなか…いや、かなりイケるわよ? とにかく、座るだけ座って食べてみなさい」

(オレ)に命令とは、相変わらず良い度胸だな貴様。…その甲斐性が、少しでも時臣に有れば良かったモノを」

「口に合わなかったら残してくれて良いし」

「当然だ、何故貴様に許しを乞わねばならん」

 

 今一度士郎にジト目を向けた後、ギルガメッシュは膝を降ろした。かくして、若干の確執を生みながらも、夕食が始まった。

 聖杯戦争前、桜と藤ねえとの三人だったのが随分変わったモンだ――と、士郎は嬉しいような悲しいような感覚を抱いた。

 

「シロウ、このスープ美味しいわ!」

「良かった。これは味噌汁って言う、日本の伝統にして最強の汁物だ」

「あー生き返る…一日中寝てるコトしか出来なくて、ロクなモン食べられなかった後だと一層しみじみ感じるわ…」

 

 ご満悦に息を吐く凛に、思わず士郎は軽口を叩いてみる。

 

「おばあちゃんみたいな顔だぞ遠坂」

「何か言った?」

「いえ」

 

 その結果、現れたのは満面の笑み。

 本能的な恐怖を抱いた士郎は、即座に発言を撤回するコトで難を逃れた。

 

「――これが庶民の喜びという奴なのか?」

「そうよ、この味を私は求めてたのよ」

 

 その茶番を見ながら、ギルガメッシュは見事な箸使いで焼鮭を口に運んでいる。特に罵倒が出ない辺り、及第点は貰えたと取るべきか。

 

「ところで、昨夜の戦いで戦況は変わった?」

「え? …ああ」

 

 唐突な凛の質問に対し、士郎が答える。

 まず見れば分かるが、目的であったイリヤの奪還には成功。その過程で、ギルガメッシュがアサシンを撃破。更に逃走時、士郎は投影魔術を使って、セイバーが顕現させた「モビルアーマー ハシュマル」を撃破。

 しかし、士郎と共に向かった言峰綺礼は、臓硯を引きつける為に単身残り――今なお、戻って来ていない。

 

「そう、綺礼が…。――借りを作りっぱなしになっちゃったか」

 

 意識が無かったとは言え、瀕死の凛を治療したのは言峰だった。兄弟子として後見人を務めてくれていたコトも有り、凛としては複雑な想いが有るのだろう。

 

「誕生とやらを見届けずして、奴がくたばるとは思えんが――いや、あの娘が『呪い』との一体化を果たしているとすれば、そもそも詰んでいたか」

「…どういうコト? 桜が聖杯の呪いと同化すれば、綺礼にとっては願ったり叶ったりなんじゃないの?」

「奴は十年前の戦いで死んでいる。心臓を撃ち抜かれたらしくてな。それから十年、奴は心臓を聖杯の呪いに代替されるコトで動いていた」

 

 初めて知る事実に、凛はひとまず驚愕し――それから、何かに気付いたらしかった。

 

「――それじゃ、綺礼がこの戦いを生き延びるコトは」

「無い。聖杯の降誕が成功しようが失敗しようが、言峰綺礼という男の運命はこの戦いで途絶える。(オレ)の眼にも、奴が生き延びる未来は見えなかった」

 

 だからこそ、自らが心より祝福出来る、聖杯の誕生を見届けようとした。最期だと分かっている所が有ったからこそだろう。

 

「――って、それより! 衛宮くん、投影を使ったってどういうコト!?」

「え? 文字通りだぞ? セイバーの剣を解析して、もう一本投影して、それであの…天使? と戦ったんだ」

 

 アグニカ・カイエル――「ガンダム・バエル」の剣は、幾多のモビルアーマーを殺した剣。ハシュマルにとっては、まさしく天敵と言えるモノだ。

 

「それで戦ったの? 二本の剣なんて、マトモに使えないでしょ」

「ああ。だからセイバーの技術を投影して、それで」

「技術を…投影した!?」

 

 何でそんなに驚くのか、士郎は分からなかったが、とにかく頷いた。凛は息を吐き、困った時はと言わんばかりにギルガメッシュを見る。

 

「説明してちょうだい」

「貴様、(オレ)を辞書か何かだと思っていないか?」

「ええ。全知全能の王なんでしょ?

 それとも、もしかして知らないのかしら?」

「戯け、知っておるに決まっていよう!

 こやつにとっての投影はそういうモノだ。それが『起源』だからな。一目見たモノを固有結界に記録し、投影によって引き出す。それには物だけでなく、技術も含まれる」

 

 不愉快だがな、とギルガメッシュは最後に付け加えた。あらゆる宝具の原典(オリジナル)を収集した彼にとって、模倣し複製する衛宮士郎の在り方は気に入らないモノだ。

 とは言え、そんな衛宮士郎だからこそ、ギルガメッシュに対抗出来たりもするのだが。

 

「『起源』に直結する魔術、か。それなら、例外でも不思議じゃないのかしら。

 ――で? その投影魔術で、貴方は桜に対抗するつもり? 今のあの子は聖杯そのもの、第三魔法(ヘヴンズ・フィール)すら実現するわ」

「遠坂。その、ヘヴンズ・フィールってのは何なんだ? 臓硯も『マキリ五百年の悲願』とか言ってたけど」

 

 その問いに答えたのは凛ではなく、士郎の隣で静観していたイリヤだった。

 

「端的に言うと――『魂の物質化』ね」

「魂の、物質化?」

「ええ。かつてユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンが到達し、失われた黄金の杯――第三の『魔法』」

 

 当然、魂に実体なんてモノは無い。

 魂は物質界より上に有る星幽界に属し、人間が認識する物質界へは、肉体を介して干渉している。魂だけなら滅びるコトは無いが、物質界で肉体を得ると、やがて死が定められる。

 

「第三魔法『天の杯(ヘヴンズ・フィール)』は、魂を物質化させるコトで、肉体に囚われない魂だけでの物質界への干渉を可能にさせる。肉体を得るコトで死を設定される魂が、肉体を得ないまま物質界で活動出来るようになる。

 それは即ち、不老不死の実現。魂は永久機関だから、第三魔法の使い手には魔力切れが起こらなくなったりもするけど」

 

 そもそも、魔術と魔法は別物だ。

 魔術が人間の科学で再現可能なモノであるのに対し、魔法はそれが出来ない。故に魔法は魔法として成立する。科学技術の発展で、大概の魔法は魔術へと墜ちた。

 

 しかし――今なお、世界には五つの魔法が存在している。

 

 はじめの一つは全てを変えた。

 つぎの二つは多くを認めた。

 受けて三つは未来を示した。

 繋ぐ四つは姿を隠した。

 そして終わりの五つ目は、とっくに意義(せき)を失っていた。

 

 何はともあれ、魔法とは魔術師達の最終目標たる到達点「根源の渦」から引き出された力の発現であり、魔術協会が魔法と認定している五つの中でも、第三魔法(ヘブンズ・フィール)は禁忌中の禁忌とされている。

 

「始まりの『御三家』の目的は、その第三魔法(ヘヴンズ・フィール)なのよ。

 聖杯を造り上げて、聖杯戦争のシステムを構築して、四人のマスターを招いて、七騎のサーヴァントを召喚して。魔術協会だけじゃなく、聖堂教会まで巻き込んで。――とんでもない大事よ。あのキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグまで、聖杯の敷設には立ち会っているくらいだもの。

 そこまでしてでも、叶えたい願いが有った」

「――成る程な」

 

 ギルガメッシュが頷く。

 流石の英雄王と言えども、現代の魔法については疎いようだ。実に興味深いと言わんばかりである。

 

「何であれ、今の桜はそれすら実現するでしょうね。魔力は無尽蔵で、人を殺す聖杯の泥と一体化した正真正銘の怪物なのよ。それに、剣と投影魔術で対抗出来るの?」

「…やれないコトは無いと思う。セイバーの言葉通りなら、セイバーの剣はあらゆるモノを斬り裂く。物理も概念も問わないらしい――魔法に通じるかは分からないけど、やってみる価値は有る」

「――あのね、通じなかったらどうするのよ?

 そもそも、魔力切れになったら終わりよ?」

 

 通じなかった場合は、どうしようも無い。

 だが、通じたとしても、無尽蔵の魔力を持つ桜と戦っては、士郎の魔力が持たない。

 

「じゃあ、私と経路(パス)を繋げば良いんじゃない?」

 

 と。さも簡単に、イリヤは言った。

 士郎は「そんなコト出来るのか?」と言ったが、凛は「名案ね」と頷いた。

 

「成る程…イリヤの魔力量なら、多少は持つ。イリヤの魔力と士郎の魔力、全部尽きるまでにケリを付ける短期決戦ね。

 本当なら私も繋ぎたい所だけど、私は桜に吸われてから、全然魔力が回復してないし」

 

 経路が増えると複雑になる上、繋いだとしても雀の涙程度の魔力しか送れない。凛は今回、本当に静観するしか出来なさそうだ。

 

「士郎がオッケーならそうしましょう」

「ああ、それで行こう。俺は桜で、ギルガメッシュにはセイバーを任せる」

 

 作戦は決定した。

 先に有るのは救済か、あるいは破滅か。

 

 ――今夜、全ての因縁が清算される。

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 そこは、祭壇であった。

 だが、華やかなモノでは決してない。

 

 地下に出来た大空洞の中で、赤い柱が突き立っている。黒き(もん)を支えるかのようなそれは、肉塊が押し潰されており、醜く蠢いている。赤く染まったその空間は、いるだけで息が詰まる。悪性に照らされ輝く空間は、常の者がいるべき所ではない。

 

 柳洞寺直下、円蔵山の地下大空洞。

 大聖杯が敷設されている、始まりの地。

 

 そこには、理性を失った黒き少女が立っている。

 虚ろな瞳を揺らすコトすらなく、瞬きすら忘れたマキリの聖杯。棒立ちになった間桐桜を見て、

 

阿々々々々(カカカカカ)。もうしばらくは保つと思うたが、呆気ない幕引きよのう』

 

 間桐臓硯は、さぞ嬉しそうにそう嗤った。闇に意識を呑まれた少女は、その嗤いにすら一切反応しない。

 サーヴァントを失い、身体としていた蟲のほぼ全ては死に絶えたが、臓硯はまだ滅びていない。臓硯の本体は、最も安全な場所にいる。如何に手足たる蟲を潰し尽くそうと、その本体を殺さない限り、この世から臓硯の魂が離れるコトは無いのである。

 

『いやはや、これでは仕方が無い。このままでは、あの化け物を制御する者がおらぬからな。

 ――非道と分かってはおるが、孫娘の身体を食らわねばなるまいて』

 

 その声は、少女の喉から発されていた。

 臓硯はくつくつと嗤い続けている――間桐桜の身体を使って。

 

『残念じゃ、いやはや本当に残念だぞ桜。聖杯を手に入れ、勝者となる栄光は、ここまでアレを育てたお主に譲ってやりたかったのじゃがなあ。

 恨むのならば、己を恨むが良い。お前の意識が保つ間に儀式が終わらなんだのは、イリヤスフィールを逃したお前の落ち度故な。さぞ無念であろうが、これも仕方の無いコトだ』

 

 一匹の蟲が、少女の首をすげ替えんとする。肌を這い上がっているのではない。

 

 その蟲は、少女自身の心臓から出発した。

 

 間桐臓硯の本体、魂が宿る蟲一匹。

 それは、間桐桜の心臓に潜んでいたのだ。この世に臓硯の腐魂を繋ぎ止めるは、間桐桜に寄生した擬似神経体。

 

『身体は変わりきっておらぬが、何、贅沢など言うまい。

 さらばだ桜。実験作の分際でよくぞ幾億の苦痛を耐え抜き、よくぞここまで儂を愉しませてくれた――!』

 

 心臓から首を上がっていく臓硯の本体が、今まさに桜の脳に食らいつく――

 

 

「その必要は有りません、お爺さま。わたしは大丈夫ですから」

 

 

 ――直前。

 間桐桜は、その意識を取り戻していた。

 

『ほう。とうに呑まれたと思うておったが、未だに踏み止まっておったか』

「そうですよ。――哀れなお爺さま」

 

 そして、桜は――自らの身体に、自らの指を突き刺した。

 

 

『何…が、ギィッ!?』

 

 そのまま桜は心臓から喉までを(まさぐ)り、一匹の蟲を体内から引きずり出した。どれだけ血が溢れようと、桜には最早どうでも良いコトだった。

 

『さ、桜――何をする…!?』

 

 臓硯はこの時初めて、桜に恐怖を抱いた。

 桜の擬似神経体となった臓硯の本体を引きずり出すなど、正気の沙汰ではない。特に心臓なら首にかけてなど、人体の急所だ。

 

 それを桜は涼しげに、笑みすら浮かべながら――いとも容易く、やってのけたのである。

 

「なあんだ。意外と小さいんですね」

 

 光の宿らない、赤くベタ塗りにされたような眼で、桜は自らの祖父である蟲を眺める。

 

 本来、臓硯が本体とする蟲は、指二本だけで摘まめてしまうような蟲ではない。桜の心臓に宿ろうとした際に、臓硯はそれに適した蟲へと依り代の姿を切り替えたのである。

 心臓に棲むからには、その大きさは心臓以下でなくてはならない――その奇怪な嗜好こそが、今こうして、臓硯をかつて無い窮地へと陥らせるコトとなった。

 

「あの神父さんには、感謝しないといけませんね。あの人がお爺さまを消していなかったら、本当にわたしは食べられていたでしょうし。

 ――最も、もう殺しちゃいましたけどね」

 

 今この時、桜は初めて臓硯に刃向かった。

 そして――臓硯は、完璧に詰まさせられた。

 

『ま、待て桜…違う! お前に取り付くのは最後の手段だ、お前の意識が有るというなら、お前に全て与える! 儂はただ、間桐の血統が栄えるのであれば、それで良いのだ! お前が勝者となり、全てを手に入れるのなら――』

「じゃあ、尚更ですね」

 

 と。自らの指に摘ままれ、無力に悶えるコトしか出来ない蟲を、桜は無感動に眺める。

 

「もうお爺さまは要りませんから。わたしだけでも門は開けられる」

『――待て、待つのだ! 待ってくれ桜…! 儂は、儂はこれまでお前のコトを想ってやって来たのだ! それを、恩を仇で返すなど…!!』

 

 臓硯の過ちは、ただ一つ。

 あまりにも、老人は少女を育て上げ過ぎた。

 

 ――孕まれた闇に気付かず、純粋なモノと見誤ったまま。

 

 

「さようなら、お爺さま。

 ――もう消えて頂いて結構です」

 

 

 プチリ、と。

 親指と人差し指の間に挟まれたそれを、桜はあまりにも容易く、潰してのけた。

 

「フ、ふふ。

 あハ、はははははははははははははははははははははははははははははははははは――!」

 

 

   ―interlude out―




次回「悲願の果て」


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#28 悲願の果て

今日から公式サイトにて「第二章 おさらいヘブンズフィール!」の掲載が始まった模様です。
密かな楽しみが復活して嬉しい…嬉しい…!

内容的には最終決戦開始。
いよいよ終わりが近づいて来た感じ。


 岩で隠された入口から、洞窟の中へと入る。

 今ここにいるのは、士郎とギルガメッシュの二人だけ。イリヤは何かしら準備が有るとのコトで、後から合流する手筈になっている。

 

 中は光ゴケのようなモノに照らされ、岩が緑色に淡く輝いている。あちこちから水の滴る音が聞こえ、鍾乳洞のようになっているらしい。

 しかし、その奥には、禍々しい気配がする。息が詰まり、吐き気すら覚える空気。

 

「――持って行け、雑種」

「え?」

 

 洞窟を進む間、ギルガメッシュは士郎にとある物を投げ渡した。それをキャッチして、士郎は無意識に解析(トレース)する。

 

「…これって」

「餞別だ。この(オレ)が下賜してやろうと言うのだ、ありがたく拝領せよ」

 

 士郎が受け取ったのは、片手で握れるサイズの、黄金の輪。あらゆる悪を祓う浄化宝具であるらしいそれは、白い光を淡く放っている。

 

「――分かった」

 

 しばらく進むと、開けた空間に出た。

 

 横幅は実に数百メートルにもなり、高さも十メートルを超えている。しかし、奥にはまだ道が続いているらしいコトから、ここが件の大聖杯が安置された場所ではないようだ。

 そして――

 

「来たか、士郎」

 

 その空間の中央には、漆黒の剣士が立ち塞がっている。

 

「――セイバー…!」

 

 セイバー、アグニカ・カイエル。

 泥で汚染され、反転したその姿は、以前と全く異なっている。炎のように赤かった髪は、氷のように白く染まり――凪いだ海のように青かった双眸は、血のように赤く変わった。肌には赤い刺青が走り、纏う「ガンダム・バエル」の白青の装甲は、赤と黒に塗り変わっている。

 

「間桐桜はこの先だ」

 

 変わり果てたアグニカは、しかし――あっさりと、士郎の道を開けた。

 

「…セイバー?」

「お前はあちらに用が有るのだろう? ならば俺が止める必要も無かろう。――せいぜい俺の剣でも使って、無駄に足掻いて来るが良い」

 

 士郎はギルガメッシュを一瞥してから、走り出す。アグニカの脇を通り抜けて、士郎は更に奥へと進んで行った。

 

「――本当は行かせてはならんのだろう? 何故あの雑種を通した?」

「確かに、マスターには『誰も通すな』と命令されたがな。…何にせよ、結果は変わらない。俺が殺そうとマスターが殺そうと、士郎が死ぬというのは同じだ。だったら、せめて殺させてやり、殺されさせてやるのが救いだろう」

 

 僅かに口元を吊り上げながら、アグニカはそう言った。そこに慈悲は無い。何にせよ、彼はこの世の人類が全て死んでくれるのなら、それで良いのだから。

 一方、黄金の鎧を纏ったギルガメッシュは鼻を鳴らし、自らの背後に「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」を展開させた。

 

「その割には、随分と手厚いコトだな? 非情にもなりきれず愉悦にも浸り切れぬとは、全く半端なモノだ」

 

 アグニカは無言のまま、両手に赤く変わったバエル・ソードを握る。門から数多の宝具をせり出させたギルガメッシュは、顎を突き出して宣言した。

 

「来るが良い、厄祭の英雄とやら。真の英雄とはどういうモノか、この(オレ)が手ずから教えてやろうではないか」

 

 アグニカが剣を振り、ギルガメッシュは武具を射出する。

 

 最古の英雄と最新の英雄。

 最後のサーヴァント同士の対決が、始まった―――

 

 

   ◇

 

 

 先へと向かった士郎は、しばらくして――大空洞の最奥へと、辿り着いた。

 

 天を突く肉の柱。赤い光に黒い太陽。

 濃密な魔力が蔓延する空間は、いるだけで息が詰まり、人心を恐怖させる。

 

 そして――その前には、暗黒の少女。

 

「桜――!」

 

 黒き聖杯と化した間桐桜は、ノコノコやってきた士郎を見下ろし、口元を歪めた。

 

「先輩――そう。来てしまったんですね。

 セイバーったら…わたしは一人も通すなって言ったのに」

 

 目元に影を落とし、くすくすと嗤う。

 士郎は周囲を見回し、間桐臓硯を警戒しているが――赤子をあやすかのように、桜は士郎に言った。

 

「お爺さまならもういません。目障りでかわいそうだったから、わたしが終わらせてあげたんです」

「――殺したのか」

「はい、プチッと潰してあげましたよ。

 あの人は、先輩を傷つけました。先輩を傷つけるのも、先輩を殺せるのも、わたしだけの特権なのに。だから殺したんですよ?」

 

 何でもないコトのように桜は言い、嗤う。

 士郎は背負っていた竹刀袋からセイバーの剣を取り出し、構える。

 

「…俺は言ったな、桜。覚えてるか?

 桜が悪いコトをしたら怒る」

「ええ、勿論覚えています。だからその剣で、わたしを殺すんでしょう? 全く、出来もしないくせに――」

「違う」

 

 くるくると身体を回しながら、桜が言った推測を、士郎はハッキリと否定した。桜は面食らったように、士郎を見る。

 士郎は剣の切っ先を持ち上げて桜に突き付けながら、頑としてこう言い放つ。

 

「俺は桜を助ける。この剣は桜を縛るもの、その全部を斬り裂く為の物だ。桜を殺す為のモノじゃない」

「――ふ、ふふふ…あははは、ははははははははははははははははははははははははは!!!」

 

 桜はひとしきり哄笑し、手をかざした。

 すると、桜の背後から巨大な影が現れる。のっぺりとした「影」の人形。彼女の虚数魔術により、聖杯の呪いがこの世に落としたモノ。

 

「ああおかしい。大好きですよ、先輩。アナタのそういう所が、わたしは大好きです。本当に愛しています、先輩。

 だから――お願いします。 どうか、ここで死んで下さい。

 例え先輩でも、わたしからこの力を奪うのは赦さない。わたしはやっと、やっと強くなったんです。姉さんより強くなって、これで先輩を独り占め出来るようになったんですから」

 

 世界すら食らい尽くさんとする少女の冷徹な声が、場を震わせる。聞く者全てを震撼させるような少女の声が――少年には、泣いているように聞こえた。

 

「――行くぞ、桜。歯を食いしばれ」

 

 黄金の剣を握る士郎に、桜の影が向かう。

 赤い光で染まった大空洞が、一転して暗黒に塗り潰される―――

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 地を蠢くモノが、一つ有った。

 人ではない。元々は人であったが、人としての面影など、最早この怪物には残っていない。

 

『お、おお…おおおおお――』

 

 死は目前だ。どうあっても助からない。

 それが思うコトはただ一つ。

 

 ――死にたくない。

 

 妄執と言うに相応しいその一念だけが、彼の魂をこの世界に繋ぎ止めていた。もっとも、その魂もとうに腐り果てているが。

 

 ――死にたくない。

 

 間桐臓硯は、ただそれだけを思ってこの世に留まっている。その執念だけで、彼は地を這い続けて、大空洞の入口付近にまで来た。

 …彼が求めてやまない聖杯とは全く逆の方角だが、彼には最早、聖杯が何処に有るかを知る為の眼すら無い。故に彼は、自らの進む先に聖杯が有ると途切れ行く意識の中で信じて、ここまで這いずって来たのである。

 

 死ぬのはイヤだ。死んでたまるモノか。

 このまま消え去るなど、出来るハズもない。

 

 五百年だ。

 

 五百年もの時を苦しみ、生き長らえた。その悲願の結晶たる聖杯が誕生する直前だと言うのに、どうして消えてやらねばならないのか。

 

 彼の生には、苦しみしか無かった。

 衰退の運命を定められたマキリの宿業。故郷たる冬の国を追われ、流れ着いた極東の地で、最後の後継者たる男は今、死に絶えようとしている。

 

 冬木がマキリに合わなかったのではない。

 マキリの限界は三百年。マキリの祖から三百年の探求は、ゾォルケンの代で衰退すると定められていた。

 その運命を知り、それを覆すべく抗った。間桐臓硯――マキリ・ゾォルケンの人生は、それが意義の全てだった。

 

 苦しんだ。苦しんだ。苦しんだ。

 死ぬ訳には行かない。求めた不老不死は、第三魔法「天の杯(ヘヴンズ・フィール)」は目前に有る。すぐそこに在るハズなのに、どうして届かぬのか―――

 

 

「―――そこまで変貌したか、マキリ」

 

 

 その時。

 鈴が鳴るような美しく尊い声が、執念の怪物にかけられた。

 

「な、に…?」

 

 臓硯は視線を上げた。

 いや、視界は失われている。ただの蟲の一匹に視線も何も無い。視覚情報を捉える器官は、もう臓硯には存在していない。

 

 

 だが、臓硯は確かにその姿を見た。

 

 

 アインツベルンの、黄金の聖女。

 大聖杯を築き上げる為、自ら生贄となった――天の杯であった、かつての同胞。

 

『ユス、ティーツァ―――』

 

 ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルン。

 始まりの聖女。今や聖杯そのものと化した、アインツベルンの最高傑作。第三法の具現。

 

「――問おう、我が仇敵よ。

 汝は何故、死にたくないと思ったのか」

 

 あの日と同じだ。

 在りし日の輝きは全く衰えていない。

 彼が焦がれていた女、そのままの姿だ。

 

『おお―――』

 

 懐かしく麗しい声での問いに、臓硯は苦しみを忘れた。妄執を忘れた。

 

 何故。

 何故。

 何故――?

 

 何故だろう。おかしいではないか。

 何故そこまで、死にたくないと思ったのか。

 何故、彼は死ぬわけには行かなかったのか。

 

 死してしまえば、生の苦しみから解放されると言うのに。あらゆる苦しみを抱いたまま、それでも生にしがみついたのは。

 

 

 ――一体、何の為だったのだろう?

 

 

『思い出しなさい。

 私達の悲願――奇跡に至ろうとした切望は何処から来たモノなのか』

 

 臓硯はふと、ユスティーツァの模造品たる少女の言葉を思い出した。取るに足らぬ真似事と一蹴したハズの。

 

『私達は何の為に、人であるコトに拘り、人の身であるままに――人ならざる地点へ、到達しようとしていたのか』

 

 ――そう。思い出す。思い出した。

 最初に、ただ崇高な目的が有ったのだ。

 

 万物をこの手にし、あらゆる真理を知り、誰にも届き得ない地点へと行く為に。

 肉体という有限を越え、魂という無限へと至る為に。

 人間という種――予め限界を定められ、脳髄という名の螺旋で回り続けるモノを、外へ解き放つ為に。

 

 

 あらゆる憎悪、あらゆる苦しみを全て癒やし―――その悉くを、消し去る為に。

 

 

 楽園など無いと知った。

 その悲嘆の後――この世に無いのならば。人の身では創るコトすら赦されぬのなら、それが赦される場所へ旅立とうと考えた。

 新しい世界を創るのではなく、自身を変えるコトで。人という命を、全く新しいモノに変えるのだと。

 

 見上げるばかりの、(ソラ)へ行く為に。

 その果てへ新しく生まれ変わり、何人たりとも想像出来ない地平――人間では思い描くコトの出来ない、真なる理想郷へと到達する為に。

 

 その為に、彼は聖杯を求めた。

 人の手に余る奇蹟を求め、それに至るまで消える訳には行かなかった。幾度と無く運命に打ちのめされ、何度もこの身では辿り着けぬと悟りながら、生きている限り諦めきれなかった。

 

 

 ―――ユメみたモノはただ一つ。

    この世、全ての悪の廃絶の為。

 

 

 叶わぬ理想に、その生命を賭したのである。

 

 ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンが、聖杯の礎となり。

 遠坂永人が、寿命を迎えて死んだ後も。

 

 ――マキリ・ゾォルケンは、ただ独りでこの世に残った。生にしがみついた。

 

 生きる限り、苦しみが続くと分かっていた。その苦しみが如何なるモノかを理解しながら、ゾォルケンは死ぬわけには行かなかった。

 自身の肉体を蟲に置き換え、人の血肉を食らい、取り込んで生きるような怪物になり果て。そうまでして、彼は運命に抗った。

 それが間桐臓硯の生き方であり、マキリ・ゾォルケンが出した答えではなかったのか。

 

 

 例え、その生の先に。

 報いが何一つとして、無かったとしても。

 

 

『――そうか。

 そうであったな、ユスティーツァよ』

 

 それを思い出し、理解した瞬間。

 ようやく、マキリ・ゾォルケンは己が運命を受け入れた。

 初めから、全て定められていたコトだ。

 ゾォルケンが何処で果てるとしても、マキリの旅はそこで終わり。所詮はその程度である。

 

 だが、それは永い苦痛の果てに待つ、惨めな終焉などでは断じてない。

 

 彼らの旅は今、始まったのだ。

 五百年がどうした。たかだか五百年程度の時間は、取るに足らない些末事だ。

 たったそれだけの年月で、どうして彼らの悲願に届き得ようか。

 

 彼らが望んだモノは遥か遠く、眩く、尊く――しかして、必ずや果たされるモノ。

 

 幾星霜の時。千の年月、万の年月の末に人間が手に入れる、人間という種の成長。たった五百の年月が、一体何だと言うのか。

 これから始まる彼らの旅は、遠き日に見たユメと共に、遥か彼方を回って行くモノである。

 

『だが無念よ。いやはや、後一歩だったのだがなぁ』

 

 と、魔術師は嘆息する。

 如何に崇高な目的があろうとも、彼は悪行を良しとし、他者の苦しみを食い物とした外道。彼は怪物として、怪物のまま死ぬ。

 

 最後の一人が、その生を終える。

 二百年もの間、奇蹟を巡る聖杯戦争を見守った彼は今、崩れて行く。

 

 そしてそれは――冬木の地に縛り付けられた、妄執の解放。

 五度に渡り再演された、奇蹟を描く為の戦い、その終焉と言えよう。

 

 

『五百余年―――ク。

 今思えば、瞬きほどの宿願であった』

 

 

 

   ―interlude out―




次回「Mighty Wind」


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#29 Mighty Wind

【重要】第三章公開まで一週間


今回は最終決戦その一、アグニカ・カイエルVSギルガメッシュ。
(設定的には)鉄血世界最強の英雄と、Apocrypha以外の全てのシリーズに登場している(実はアルトリアより登場作品は多い)、Fateの裏の顔たる人類最古の英雄王のガチバトルです。


 黄金の光が、空洞の中を照らし出している。

 「英雄王」ギルガメッシュが展開する宝具「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」の輝き――無数の宝具を世に顕し、彼の行く手を阻むモノの悉くを穿ち捨てる、圧倒的な蹂躙。この飽和攻撃の前では、並みの英雄などは疾く滅び去る他に無い。

 しかし、この絶死たる黄金の火線の中を飛翔する者が、ただ一騎ここにいる。

 

「―――!」

 

 漆黒の剣士は、一切の間髪も入れずに放たれる宝具の雨の中、その全てを回避し続ける。王の宝具は敵対者を打ち据えるコト無く、ただ大空洞の地を打ち砕いて終わるのみだ。

 

「ええい、小賢しい――!」

 

 王は舌打ちし、門を追加で展開する。

 始めは二十程度だった黄金の門は、既に五十にまで追加されており、攻撃も時を追う毎に増して行っている。

 

 一斉に撃ち出される、五十を超える宝具。

 一発一発が絶殺の破壊力を持つそれを、黒化せしセイバー――アグニカ・カイエルは、凌ぎ続けている。

 

「ッ…!」

 

 回避するだけのスペースが無くなり、いよいよアグニカは紅蓮の剣で立て続けに飛来する宝具を叩いて逸らす。

 これまで回避行動のみで凌いでいたが、そろそろ限界だ。そもそも物理的に、回避に足るだけの空間が確保されなくなったのだから。身体が水のように変幻自在である訳でもないアグニカには、最早回避する為の空間を、ギルガメッシュの攻撃の中に見いだせない。

 

 だから、剣で宝具を打ち落とし、道を作る。

 

 本来、剣で攻撃を防ぐのは、アグニカ・カイエルの戦闘スタイルとはいささか異なる。アグニカは「ガンダム・バエル」が持つ圧倒的な機動力を以て、敵の攻撃を全てかわし、接近して斬り捨てる戦法を基本とする。

 相手からすれば全く攻撃が当たらないばかりか、一瞬で距離を詰められて斬り殺されるという無理ゲー極まるモノであるハズだが――ことここに於いて、その戦法は通用しない。

 

 敵は「英雄王」ギルガメッシュ。

 人類最古にして、最強の一角とされる男。

 

 彼が織り成す射撃は、無数の宝具の原典を貯蔵するバビロンの宝物庫からの、敵を押し潰す飽和攻撃。その一撃一撃が必殺であるクセに、放たれる数はそれこそ無限大。

 それどころか、いざとなれば黒き聖杯すら一時的に跳ね返せる対界宝具すら繰り出される。

 

 まさしく、最強のサーヴァント。

 行動の全てが切り札でありながら、その奥には何者も決して比肩し得ぬ「究極の一」をすら備えている。

 彼の大きな隙へと繋がる慢心も、黒き聖杯に一度殺されかかったコトで消滅した。今のギルガメッシュは、相対した者と油断無く戦い、慢心を一切するコト無く、敵を打ち倒す。

 

「どうした? 随分と苦しくなって来ているようだな、半端者!」

 

 対してアグニカは、無窮の武練にまで達するほどの「技」――「究極の一」を、黒化するコトで失ってしまった。

 今のアグニカが取れる戦法はただ一つ。

 聖杯と直結するが故の魔力による、絶対的な火力差でのごり押しである。

 

「抜かせ――!」

 

 アグニカの両手に握られた紅蓮の剣が、黒い魔力を纏って赤く輝く。右に次いで左。時間差を以て繰り出された魔力による斬撃が、ギルガメッシュに迫る。

 だが――ギルガメッシュは、鼻で笑った。

 

「間抜け。そんな小手先でこの(オレ)を倒そうとは、思い上がるでないわ」

 

 赤い魔力は、二撃ともがギルガメッシュに触れた瞬間、霧散し後方へと逸れていった。砲撃は止まず、アグニカは縦横無尽に飛び回り、攻撃を避け続ける。

 

「チ――」

 

 理解出来る。これは「対魔力」だ。

 宝物庫の宝具により、自らの対魔力スキルを限りなく上昇させたギルガメッシュに、魔力の塊でしかない斬撃が通ずるハズも無い。

 

「全く、所詮はその程度か。

 最新の英雄とやらがどんなモノか、少しは期待していたが――結局は雑種、取るに足らぬ半端者よ。やはり人類は、時代と共に劣化して行くモノらしいな」

「…何?」

 

 ギルガメッシュの言葉に、宝具に追われるアグニカは眉を(ひそ)める。それに気付いてか気付かずか、ギルガメッシュは続ける。

 

「そうであろう? 人類は時を経て劣化する。この時代の酷薄さは、貴様も知る所だろう。

 あまりにも無駄な命が多すぎる。この(オレ)が王位に君臨していた頃の、全くの無駄の無い洗練された文明は、とうの昔に失われて久しい。存在する必要の無いモノなど、この世に在ってはならん。

 この時代は愉しいが、それ故に退屈だ」

 

 だったらどうする、とアグニカは言う。

 ギルガメッシュは歯を見せて不敵に笑い、当然のようにこう口にする。

 

「無駄なモノは一掃する。この(オレ)(オレ)自らの手で、サッパリさせてやろうと言うのだ。聖杯の業火に焼かれてなお残るモノは、運命がそう選んだモノだ。そうなってからの世界こそ、(オレ)が治めるに相応しい。

 生きるのはそれらだけで良い。――今の人間は、この世を生きるにはあまりに弱すぎる」

 

 アグニカは否定しない。

 これが黒化する以前のアグニカであったなら反論の一つもしたやも知れないが、生憎今、アグニカ・カイエルという英雄はその在り方を歪められている。人類の滅亡、世界の破壊を目的とする今のアグニカは、その言葉を聞いた所で何の感傷も抱かない。

 ただ。

 

「下らねぇな」

 

 一言で、ギルガメッシュの言葉を切り捨てるだけ。

 

「無駄なモノを一掃してぇなら、人類の全部をブチ殺しちまえば良い。何もかもブッ壊しちまえば、それだけ世界はヘイワになるってモンだろ。たかだか人類を支配しただけの王サマが、ナニ気取ってやがる?」

「――ほう。そうか貴様、そんなに死にたいか」

 

 青筋を額に浮かべて、ギルガメッシュは怒りを露わにする。一方、その宣告をアグニカは意にも介していない。

 

「ああ死にたいね。こちとら自分(テメェ)のコトが大嫌いなんでな。生きてるだけで吐き気がするよ」

 

 そう、嫌いだ。大嫌いだ。

 全く不甲斐ない自分が嫌いだ。

 何も守れなかった自分が嫌いだ。

 のうのうと存在している自分が嫌いだ。

 

「何が英雄だ。何が最強だ。()()()()()()()()()

 一人の女すら守れねぇような奴が、厄祭戦の救世主だと? 最新の英雄だと? ――寝言もいい加減にしてもらいたいモンだったよ」

 

 アグニカは、人類という種の存続、未来以外の何も守れなかった。

 大切な人は死んだ。仲間には殺された。

 彼の人生は全てが戦いであり、戦いだけが己の存在意義だった。戦いを最も毛嫌いしていたのは、他でもない彼自身だった。本当は戦いなんてしたくなくて、それでも戦った。戦わなければならなかった。

 

 幾多の仲間達の死を、愛していた人の死を意味の無いモノにしない為に。

 価値あるモノとして、未来に残す為に。

 

 自らの幸福を投げ捨て、人類の未来だけを願った。それがアグニカ・カイエルという最新の英雄――本当に守りたかったモノだけは守れなかった男の、哀れな生き様だ。

 

「戯け。貴様を生かす為に死んでいった者は、貴様を英雄だと――人類を救うコトが出来る者と信じて、貴様に道を託したのであろうが。

 その生き方を貴様自身が否定すれば、貴様は貴様の為に死んだ者すら否定するコトになる。貴様が英雄であるコトを、貴様自身が誇りとせずして何とするか」

 

 だからこそ、ギルガメッシュはアグニカ・カイエルを「半端者」と断じた。

 

 仲間が望むような英雄であるのなら、それを誇りとすれば良い。

 自らが英雄でないとするなら、仲間の死は全て無駄だったと諦めてしまえば良い。

 

 そのどちらにも付かない――付けないような甘っちょろい愚鈍なりし者を、半端者と呼ばずして何と呼ぼうか。

 

「生きる限り、人間は前へ進む。進まざるを得ない生き物であろう。過去に囚われ、一切の進歩を止めた貴様なぞ、英雄どころか生物ですらない。単に惨めなだけの、視界に入れるも不愉快な愚物に過ぎぬわ」

 

 確かに、大切なモノを失う痛みは耐え難い。

 ギルガメッシュとて朋友(とも)を失い、自らの国を放り出して六十年もの時を放浪した身だ。失う痛みは、それこそ苦しいほど理解出来る。

 だが、そこで歩みを止めた訳ではない。

 友がいなくなろうとも、そこで自らの生までも途絶える訳ではない。己が命を失わぬ限り、人生は死ぬまで続いて行くモノだ。

 

「自らを犠牲にする行為など、所詮は偽りだ」

 

 アグニカは、死ぬまでそう悟れなかった。

 理想を棄てる前の衛宮士郎(フェイカー)にすら劣る、筋金入りの偽善者である。

 

 

「―――()?」

 

 

 しかし――アグニカは、こう吐き捨てた。

 自らの生き方、存在を否定されたも等しいと言うのに。それが何だと、言ってのけた。

 

「俺の人生は偽りだった。全く無駄だった。

 ()()()()()()()()()()()()()? 俺がテメェを斬って、人類を殺し尽くして、世界をブッ壊すコトに何ら変わりは無ぇだろうが。グダグダ下らねぇコト言ってんじゃねぇぞ、化石人風情が。

 俺の生き方は俺のモンだ。テメェにああだこうだと口出しされる義理は無いし、口出しさせる気も無い。同情も助言も要らねぇんだよ」

 

 アグニカは揺るがない。

 ――本来であれば揺らいでいたかも知れないが、歪みきって開き直った今のアグニカは、ある意味では本来のアグニカよりも強い。

 

「雑種如きが、よくぞほざいた。

 良かろう。その啖呵を以て、不敬への免罪とする――疾く消え失せよ、半端者め」

 

 ギルガメッシュの背後に展開されていた門が閉じ、その手に「王律鍵バヴ=イル」が握られる。

 宝物庫のマスターキーとも呼べるそれからは、赤い水晶のような回路が無数に空へと繋がって放射状に広がって行き――やがて、一条の黄金の光を走らせ、赤き探索線はギルガメッシュの手元へと集積して行く。

 

 そして――王が、乖離剣エアを握った。

 

 三段に分かたれた、黒と赤い線の織り成す円筒のような形状をした歪な剣。否――「剣」という概念が生まれる前の時に生まれたそれは、正確には剣ですらない。

 世界を相手取る対界宝具。バビロニアの「英雄王」ギルガメッシュが持つ、最高最強最大の一撃にして、誇りとする「究極の一」。

 

「本来は貴様のような半端者如きに使うモノではないが――光栄に思えよ、雑種」

 

 円筒が回転し、赤い暴風を編み出す。

 世界を斬り裂く風。かつて混沌の世界を天と地に分け隔てた剣が、まさにその地獄を再現しようとしている。

 

「――来い」

 

 対するアグニカも、宝具でこれに応える。

 両手に握られた紅蓮の剣が、漆黒の魔力をそれぞれ身に纏う。極限にまで圧縮された魔力が空間を揺るがし、剣は歪んでいるようにすら見える。まさしく今、その発動準備が整った。

 そして――それは、ギルガメッシュも同じだ。

 

 

「死して拝せよ―――『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』!」

 

 

 赤い暴風が乖離剣の先端に集束し、ギルガメッシュが剣を振り下ろすと共に、その全てが解放される。

 大地が丸ごとめくれ上がるかのように割れ、絶対的にして究極の破壊が訪れる。世界そのものを切断する対界宝具、その奔流がアグニカを襲う。一度呑まれたが最後、塵すらも残さず粉々に消え去るだろう。

 

 

「『絶対の終焉(ベルゼビュート・カラミティ)』―――!!」

 

 

 アグニカが、己が宝具(きりふだ)の名を叫ぶ。

 両手の剣を同時に突き出し、漆黒の魔力が惜しみなく撃ち出される。全てを斬り裂き、あらゆるモノを灰燼と帰す終焉の一撃。

 

 

 赤き暴風と黒き斬撃が、激突した。

 

 

「――ッ!」

「フ」

 

 拮抗はわずか一瞬。

 アグニカの放った魔力はギルガメッシュの宝具によって破られ、見る見るうちに圧されて行く。アグニカが踏みしめる土が割れ、その頬には冷や汗が滲む。

 

 届かない。

 アグニカでは、ギルガメッシュに勝てない。

 

 分かっていた。最初に相対した瞬間から、そんなコトは理解していた。理解出来ていた。

 黒化していようがいなかろうが同じだ。

 小手先の技、魔力のゴリ押し程度では「英雄王」は揺るがない。正面から戦えば、間違い無く殺されるだけと確信していた。

 

 

 だが――大人しく殺されてやるつもりは無い。

 

 

 アグニカ・カイエルが、逆境に於ける英雄。彼の敵は常に格上であり、彼は常に自らの死を確信しながら戦っていた。

 

 だからこそ――この場この逆境こそが、アグニカ・カイエルが最も得意とする戦場だ。

 

 

「リミッター解除」

 

 アグニカの気配が変わる。

 全身に満ちる力の純度が増す。その威力が、それまでよりも上がった。

 

「何?」

 

 ギルガメッシュが怪訝な表情を浮かべる。

 宝具「天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)」による攻撃は続いている。後二秒も保たずにアグニカの斬撃は破られ、アグニカは世界と共に斬り裂かれ、粉々とされるハズだ。

 

(死を前に錯乱でもしたか?)

 

 ()()が、アグニカの切り札だとギルガメッシュは悟っている。しかし――今このタイミングで発動させた意味を、ギルガメッシュは理解出来ていない。

 そんなモノが有るなら、ギルガメッシュがエアを出すより前にやっておけば良かった。それなら「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」の射撃をかいくぐり、ギルガメッシュに剣を届かせるコトも可能だっただろう。自らの宝具が破られ、眼前に終わりが近付いているこの状況で、どうして。

 

(いや――よもや)

 

 ギルガメッシュは僅かに身構える。

 ここから攻撃をかわし、ギルガメッシュへの反撃を狙うつもりかも知れない。いや、恐らくはそうだ。そうするしか、アグニカに勝ち手は無い。そしてそれを、射撃により撃ち落とす。

 油断も慢心も不要。ただ、眼前の愚者を撃滅する――!

 

「良かろう――やってみせよ、最新の英雄! せいぜい(オレ)を興じさせ、その穢れた剣を(オレ)の身に届かせてみせるが良い!!」

 

 ガンダム・フレームの覚醒。

 秘められし悪魔の力を、己が身を贄とするコトで引き出す――人類が天使が勝つ為に必要とされた、禁忌の力。

 その極地へと達した英雄が、今駆ける――!

 

 

「行くぞ―――バエル!!」

 

 

 スラスターウィングを全開とし、アグニカが地を蹴る。目にも写らない速度まで、一瞬の内に加速せしめる。

 そして、ただ全速で――()()()()()()()()()()()()()()

 

「貴様、正気か!?」

 

 そう言ったのはギルガメッシュだ。

 有り得ない。ただの自殺行為だ。彼の最高の一撃、世界を斬り裂いた剣に挑むなど。

 

「自棄にでもなり、自ら死にに来るとは――所詮は半端者、偽りの信条に過ぎぬか」

 

 暴風に呑まれるアグニカ。

 その様を見て、ギルガメッシュは心底つまらなさそうに、そう漏らした瞬間――

 

 

 王の瞳は、暴風を突破して来た悪魔の姿を捉えた。

 

 

 

「――ッ、バカな…!!」

 

 アグニカは、もうほぼ武装していない。

 纏っていた「ガンダム・バエル」の装甲は、その全てが剥がれ落ちている。全身から血を流すばかりか、肉が所々で剥ぎ取られ、筋肉や骨が露出している。

 生きているコトが不自然であるほどの外傷。まさに満身創痍となったが、それでも――世界を斬り裂いた一撃を、確かに突破した。

 

「うおおおおおおおおおオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――!!!』

 

 アグニカが吼える。その声は、最早人間のモノではない。それほどまでに、アグニカは悪魔そのものと化していた。

 

「――ッ!?」

 

 この時、ギルガメッシュは初めておののき――がむしゃらに、乖離剣を回転させた。ギルガメッシュ自身への被害すら顧みず、暴風が放出され、二人の直近から荒れ狂う。

 

『ガアッ!』

 

 しかしアグニカは怯まず、左の剣を全力で振り下ろし、乖離剣を持つギルガメッシュの右腕を切断した。それでも排出された乖離剣の暴風が接触し、アグニカの左腕が千切れ飛ぶ。

 

 

 だが―――アグニカはこの瞬間、ギルガメッシュを己が射程圏内に収めてみせた。

 

 

 ギルガメッシュはその気迫に圧され、半歩ばかり後退り――それに気付き、激昂した。

 王たる自らを。天上天下に君臨し、その威を示してきた「英雄王」ギルガメッシュを――たかだか一匹の半端者が、後退らせたのである。

 

「おのれ、獣畜生が――!!」

 

 バビロンの門が、無数に開かれる。アグニカを取り囲むかのように開かれた門の数は、優に二百を超えている。

 全方位、三百六十度から、アグニカに向けて宝具が撃ち出された。その全てが必殺にして、宝物庫の中でも最上級の武具。逃げ場など一切無く、そもそも逃げる暇など無い。

 

 装甲(よろい)を無くしたアグニカの全身に、その悉くが突き刺さった。

 

 最上級の武具を一身に受けたアグニカは、ハリネズミのようにすら見える。間違い無く霊核まで達し、あらゆる身体の機能を瞬時に奪い去る攻撃。一瞬の後に、アグニカ・カイエルはこの世から退場し、聖杯へと還るだろう。

 

 それでも。

 漆黒の剣士は、止まらなかった。

 

 

『「厄祭の英雄(アブソリュート・カラミティ)』―――!!!」

 

 

 その叫びは果たして悪魔のモノか、それとも英雄のモノだったのか。

 何であれ、齎された結果――発生した、一つの事実が変わるモノではない。

 

 

 ギルガメッシュの身体が、アグニカ・カイエルによって両断された。

 

 

 これだけは、確かなコトである。

 最新の英雄が、最古の英雄王に届いた。

 

 アグニカが地に倒れ込み、突如として広がった泥に呑まれて行く。

 此処で、アグニカは消滅する。もう動くコトは無く、そもそも何故動けたかも定かでない。

 

「―――見事だ」

 

 最後の最後。

 ギルガメッシュが放ったその言葉は、果たしてアグニカの耳に届いたのだろうか。




次回「春はゆく」
最終話になります。後書きと同時投稿予定。


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#30(final) 春はゆく

第三章主題歌「春はゆく」は本日発売!
同じシングルに収録されている「marie」「Run Riot」「花の唄 end of spring ver.」もとても素晴らしいので是非(以上ダイマでした)

ちなみに、今回で最終回です。
後書きとの同時更新になっております。


 影が蠢く。堕ちし聖杯の赤い光で輝いていた大空洞が、漆黒により塗り潰される。

 

 無尽蔵の魔力を得た間桐桜の影。

 触れたが最後、肉体は瞬く間に溶かされ、悪意の満ちる聖杯へと吸収されるだろう。

 

 攻撃は止まず、一度でも触れればゲームオーバー。

 まさしくクソゲーと言える状況で、しかし。

 

投影、開始(トレース・オン)――!」

 

 衛宮士郎は未だ、その姿を保っていた。

 戦闘開始から既に五分。士郎は黄金の輝きを以て、黒い影人形を両断し続けている。余波は大空洞の壁を、空を砕いて揺るがす。

 

「ッ、どうして…!」

 

 桜の無尽蔵の魔力、聖杯の呪いに対し、士郎が持つは一対の剣。あらゆるモノを斬り裂く黄金の剣――セイバー、アグニカ・カイエルが操る「バエル・ソード」。

 彼はその剣と共に技量を「投影」し、イリヤから受け取り続けている魔力によって斬撃を放ち続け、影を押し返している。

 

「うおおおおおおおおおお!」

 

 一歩ずつ、しかし確実に、士郎は桜へと近付いている。当然、近付くたびに攻撃の手は増していくが――その全てを、黄金の剣が跳ね返す。

 一歩。また、一歩。

 士郎は駆け寄る。桜の所へ。

 

 士郎の瞳に映るのは、桜の姿だけ。

 そのどこまでも真っ直ぐな視線を浴びた、黒化し聖杯の呪いと一体化した桜は。

 

 

「どうして、どうしてですか!!」

 

 

 涙を溜めながら、絶叫した。

 そこにいるのは、絶大な力を手に入れた黒い聖杯、マキリの杯ではなく――ただ一人の少女だった。

 

「どうして、そこまでするんですか!?

 わたし、私は…わたしは、先輩を殺そうとしてます! それだけじゃない――今までいっぱい、たくさんの人を殺したんです! 色んな人を傷付けて来ました!

 私は悪い人で、先輩は『正義の味方』なんでしょう!? だったら、わたしを――私を、殺して下さい! それで、それなら先輩は理想(ユメ)を裏切らなくても済むハズです!!」

 

 士郎は進む。あの夜のように。

 そんな言葉では、足が止まるハズも無い。

 

「もうイヤなんです!! 生きるのは辛くて、苦しくて――私は死にたい、わたしは死ぬべきなんです!! なのに、どうして…!!?」

 

 影人形が一気に五体、士郎の前から起き上がる。何十メートルもある大空洞の天井にまで届きそうな、逃げ場など全く与えない絶対の死。

 それを――

 

 

「約束したからな」

 

 

 ――黄金の斬撃が、消し飛ばした。

 

「桜が悪いコトをしたなら、俺が桜を叱る。

 桜が自分を赦せないなら、俺が桜を赦す。

 みんなが桜を責めるなら、俺が桜を守る」

 

 投影で造られた剣が弾ける。

 それでも士郎は、影人形を突破した。

 

「いつか冬が過ぎて、春になったら――一緒に、櫻を見に行こうって」

 

 叶わぬ夢と分かっていながら、約束した。

 本当に小さな、桜のわがまま。それを絶対に叶えてやろうと、士郎は誓った。

 理想なんてもう必要無い。

 もうそんなモノが無くたって、衛宮士郎は生きていける。間桐桜という、たった一人の少女がいてくれるから。

 

 桜の為に、自分自身の望みの為に。

 衛宮士郎は、間桐桜だけを救うと誓った。

 

 例え、世界の何もかもを敵に回すコトになるのだとしても。

 独りぼっちだった女の子を、独りぼっちにしない為に。

 

 

 愛する少女を、最期まで守ってみせる。

 

 

「俺は桜が好きだ。だから俺は、桜を助ける。

 好きな子を助けるのは、当たり前のコトだからな」

 

 それはエゴかもしれない。

 だから何だ、それがどうした?

 

「俺は桜を失いたくない。だから殺さない。

 俺が助けたいから助けるんだ」

 

 もう、失いはしない。

 無くすのはもうゴメンだ。

 

「せん、ぱ――」

 

 影が止まる。桜は顔を上げて、潤んだ瞳で士郎に手を伸ばそうとし――

 

「ッ、が…ああ、あああああああああああああ…!!」

 

 ――自らの身体を押さえ、苦しみ出した。

 彼女の背後に在る聖杯が、その禍々しい輝きを増す。黒い(もん)が広がり、肉の柱を覆う殻のようなモノに、ヒビが入る。

 

「桜――!?」

 

 その理由は、最後のサーヴァントに有る。

 セイバーオルタが敗北し、聖杯へと還った――七騎全ての魔力を捧げられた聖杯が、完全な願望機として完成した。

 

 間桐桜の意識は、もう消える。

 その圧迫に、彼女の自我が耐えるコトなど、出来ないのだから。

 

「あ、いや…イヤ、嫌、いやあッ!!

 わたしは、私はまだ消えたく…死にたく、ない――!!」

 

 生きたいと願うのは、初めてだった。

 士郎に出会って初めて、桜はそう思えるようになった。

 

 むしろ死にたいと、これまでずっと思っていた。生きていても苦しいだけで、怖いコトしか無いから。いっそ死んでしまえば楽だと分かっていて、それでも彼の優しさに甘えて、死ぬコトすらも怖くなった。

 死にたくても死ねなかった、その理由をようやく、彼女は理解した。

 

 自分を、こんな私を助けると彼は言った。

 彼を裏切りたくない。己が理想を裏切ってまで、そう言ってくれた彼の想いを裏切るコトなんて、絶対に出来ない。しちゃいけない。

 

「いや、イヤ――い…」

「クソ――!」

 

 士郎は全力で走って、桜に駆け寄る。

 だがその道を、無数の影の触手が阻む。

 

「桜あああああああッ!!!」

 

 それを士郎は、右手の剣で打ち払う。

 触手は弾かれるが、酷使された黄金の剣が折れ、失われる。丸腰になった士郎だったが、もう関係無い――彼女への道は、拓かれた。

 

「や――?」

 

 士郎はポケットに入れていた、ギルガメッシュから受け取った浄化宝具を取り出し、それを桜に翳す。

 光輪は桜に触れた瞬間、その光を極端に増し――桜が纏っていた影を、瞬く間に打ち祓った。

 

「――あ」

 

 倒れる桜の身体を、士郎は抱き留める。

 桜の髪色は紫に戻り、肌に走っていた赤い刺青のような模様も消え去り、瞳も紫に戻った。――聖杯の呪縛から、桜は解放されたのだ。

 

「せん、ぱい…?」

 

 思い切り、士郎は桜を抱きしめる。

 もうずっと離さない。絶対に、離してたまるものか。

 

「―――桜」

 

 久方振りに感じる、その暖かさに――桜は、涙を流して抱きしめ返す。

 永遠にも思えたその抱擁は、しかし。

 

「はいはい、抱き合うのはまた後にしなさい」

 

 大空洞に現れた白い聖女が手を合わせた音を合図に、終了した。

 見られた、と認識した途端に二人は恥ずかしくなり、素早く離れる。そんな二人を見て、冬の娘は微笑みつつも呆れるように溜め息を吐いた。なかなかの高等テクニックだ。

 

「…って、イリヤ?」

「それ以外の誰に見えるの?」

「いや、イリヤはイリヤだけど――その服は」

 

 士郎の問いに、イリヤはクルリと一度回って見せてから答える。

 

「ユスティーツァも着ていたアインツベルンの正装、天の(ドレス)よ。マキリはこれを探して、私を連れ去ったりしたんだからね?」

 

 得意げにイリヤは笑う。

 その屈託の無い笑顔に、思わず士郎も笑みが零れるが――今は、そんな悠長に笑えるような状況ではない。

 

「――聖杯が完成した。このままじゃ、中身が流れ出すわ」

「流れ出す、って…」

「簡単な話だ。十年前の火災が、世界規模で発生する。アレは人類を根こそぎ殺し尽くす絶対的な悪性、人類悪の一つだからな」

 

 完成した聖杯を讃える大空洞に、最後の一人が現れた。…その姿は、あまりに凄惨なモノであったが。

 

「ギルガメッシュ…!? お前、その怪我――」

「触れるな戯け。――追い詰めたハズの悪魔に、手酷く咬まれたわ」

 

 ギルガメッシュは、右腕を失うだけでなく、右肩から胴体を袈裟斬りにされており、血をとめどなく吹き出させている。霊核すら損傷させられた、間違い無い致命傷――だというのに、消える素振り一つ見せないのは、王としての矜持が成せる業か。

 そんな血みどろの王は、聖杯が開けた暗黒の(もん)を見上げる。すると、イリヤが聖杯に向かって歩み出した。

 

「イリヤ?」

「聖杯は、私が閉じるわ。それが聖杯戦争を始めた御三家(わたしたち)がやるべき、せめてもの後始末よ。シロウ達は逃げて」

「俺達は、って――イリヤは」

 

 背後からの士郎の問いに、イリヤは振り向かないまま、ただ聖杯を見上げて答える。

 

「私は行けない。私の存在理由は、聖杯戦争に勝って、聖杯で失われた第三魔法(ヘヴンズ・フィール)を取り戻すコトだった。…でも、聖杯は汚染されて、とてもそんな願いは叶えられない。それどころか、このままじゃ全人類が死んじゃうわ。

 だから、ここで終わらせなくちゃ。聖杯戦争も、アインツベルンの妄執も」

 

 影を退ける為に士郎が放った黄金の斬撃で、大空洞はかなり砕かれた。既に、崩壊すら始めている。そうでなくとも、(もん)を閉じるにはあの聖杯に触れねばならない。間違い無く、イリヤの命は無いだろう。

 

 それでも――この戦いは、ここで終わらせなければならない。

 

「ダメだ、イリヤ!」

「――シロウ。私、シロウに会えて嬉しかった。一緒に暮らせて、楽しかったよ。

 大丈夫、私はシロウのお姉ちゃんだもん。弟を守るなんて、トーゼンのコトなんだから」

 

 満面の笑顔を浮かべて、イリヤは更に進もうとした―――が。

 

「戯言を抜かすな」

 

 ギルガメッシュに後ろ襟を掴み上げられ、士郎の方へと無造作に放り投げられた。イリヤは「きゃっ!?」と声を上げつつ、驚いたようにギルガメッシュを見る。

 

「この世の財は全て(オレ)の物。偽物の鍵によって開かれた下らぬ物であろうとも、アレは(オレ)の所有物だ。(オレ)の宝の処遇は(オレ)が決定する。疾く去れ」

 

 呆気に取られた三人に、ギルガメッシュは鬱陶しそうに左手を振る。やがて士郎と桜、そしてイリヤは、外へと通ずる洞窟へと向かい、大空洞から立ち去って行った。

 ただ一人残ったギルガメッシュは、穢れきった奇蹟を無感動に眺める。

 

 曲がりなりにも、この聖杯は完成している。ギルガメッシュの目的である、現世の掃除にも大いに役立つだろう。ただ破壊するには、いささか惜しい物ではあるのだが――

 

(オレ)の許可も無く、偽物によって降ろされた聖杯など使っては、意味が無い。あくまで(オレ)が行うべきコトだ、羽虫(アレ)の恩恵に授かるなど以ての外よ」

 

 ――ただ「惜しい」だけであり、相応しい物では全く無い。

 

「だが、言峰への義理立ても有る」

 

 結局、言峰は此処に現れなかった。

 生きていればまず間違い無く現れる、とギルガメッシュは予測していた。よもや本当に、あの言峰が殺されていたとは。

 

「せっかくだ。誕生とやらは見届けてやろうではないか」

 

 乖離剣を左手に握り、ギルガメッシュは今まさに溢れ出さんとしている聖杯の中身を待つ。ギルガメッシュとてそう猶予は無かったが、聖杯はギルガメッシュがそう決めてから一分と経たずに、その中身たる泥を溢れ出させた。

 

 聖杯はこの瞬間、誕生した。

 

 この泥はたちまち外へと流れ出し、数多の人類を呑み込むのであろうが――黄金の王が此処にいる限り、そうはならない。

 

「―――」

 

 無言のまま、ギルガメッシュは乖離剣を天に向けて掲げた。

 その刀身が回転し、赤い暴風を生み出す。これより齎されんとしている破壊に気付いてか、聖杯の泥が速さを増し、津波のようにギルガメッシュへと襲いかかる。

 

「――『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』」

 

 だが当然、ギルガメッシュが宝具を解放する方が速かった。

 荒れ狂う暴風が、泥を一瞬で吹き飛ばし。

 

 

 大空洞(セカイ)もろとも、大聖杯を斬り裂いた―――

 

 

 

 

 

 

   ―Epilogue―

 

 

 目が覚める。

 視界は白い天井で、開け放たれた窓から吹き込む柔らかな風が、純白のカーテンを舞い上げている。その暖かさが、身に染みるようだと感じた。

 

「――やっと起きましたか、ヴィダール」

 

 目を擦らせる、目覚めたばかりの男――ガエリオ・ボードウィンは、横から不躾な声を掛けられる。その声の主は、軍服を纏う女――ジュリエッタ・ジュリスだ。

 

「よくもこんな時間まで寝ていましたね。今日はラスタル様が特別にいらっしゃるから、さっさと起きろと言ったハズです」

「あ、ああ――ラスタルは大忙しなんじゃないのか? 何で今更、俺なんかに」

「私には理解出来かねますが、見舞いをしたいと仰られたのはラスタル様です。何かしら考えがおありなのでしょう」

 

 さっさと寝癖を直して下さい、とジュリエッタは言う。しかしその直後、病室に大柄の男――ラスタル・エリオンが入室して来た。

 機械の補助を受けながら、ガエリオがベッドから身体を起こす一方、ジュリエッタは慌ててラスタルに敬礼する。

 

「敬礼は良い、ジュリエッタ。今日はただのプライベートだからな。たまの余暇に友人の様子を見に来たに過ぎん」

 

 ラスタルは見舞いの肉セットをジュリエッタに渡しつつ、ガエリオのベッドの近くに椅子を置き、そこに陣取った。

 プライベートという言葉通り、ラスタルの雰囲気は全く軽いモノだ。最近ヴィーンゴールヴで出て来るステーキの気合いが足りないだとか言う文句も有れば、職務上の愚痴も有る。他愛も無い会話であるが、その中で。

 

「最近、妙な夢を見てな」

「妙な夢?」

「ああ。どこか知らぬ地、知らぬ時代で戦う夢をな。最後には私は消えたが、なかなか興味深い夢だった」

「――お前もか、ラスタル」

 

 それから話を進めると、ガエリオの見た夢とラスタルの見た夢は、かなり似通っていた。

 

 二人は顔を見合わせ、首を傾げる。

 状況が理解出来ないジュリエッタは、二人の呆けた様子を見て困惑しつつも。

 

「まあ、悪夢とかではなかったなら、気にするコトも無いのでは? 運が良かったと思っておくだけでも」

「…まあ、確かにそうか」

「ここで考えても、答えが出るワケでも無いからな。――ところでジュリエッタ。そこの土産は私も食ったコトの無い肉でな。これより肉パを催す、肉を食って帰るぞ!」

「何と! では早速開けましょう!」

「俺が貰った物じゃなかったのか」

 

 

   ◇

 

 

「ん、んん…」

「オルガ」

 

 オルガ・イツカが、その瞳を開ける。

 ふと周りを見回すと、寝転がる自分の顔を、三日月・オーガスが覗き込んでいるコトが分かった。

 

「おう、ミカ」

「目覚めたか、オルガ団長」

 

 そして、三日月の近くにはマクギリス・ファリドが――

 

「准将!」

 

 ――いたので、とりあえずオルガはその顔を殴り抜いた。どこからともなく現れた石動・カミーチェが、吹き飛ばされたマクギリスの身体を受け止める。

 

「…で、ここはどこだ?」

「待てオルガ団長、まだ私はアグニカみを感じてバエっていないぞ。何故殴った?」

「どうせ殴るコトになるからだろうが」

 

 周囲を改めて見回すと、そこは――雪山らしかった。

 よくよく考えると寒い。雪山にいるには、少しばかり今のオルガ達の服は薄いのである。

 

「――いつもの感じか」

「そうみたいだね」

 

 何度もやれば、流石に慣れてきた。

 状況的にいつものアレだ。またどこかしらの異世界にやって来たらしい。何の世界かは分からないが。

 

「前はちょっと酷い目に遭ったが、今回は今回だ。気ィ引き締めて行くぞ、ミカ」

「うん」

「俺は非常に素晴らしい経験をしたがな!! ――とにかく、状況とどんな世界であるかを掴まねばなるまい」

 

 かくして、三人は歩み出した。

 前も後ろも分からないが、やるコトはいつも同じだ。

 

 ただ、進み続ける。

 止まらない限り、道は続いて行くのだから。

 

 

   ◇

 

 

 春が来た。

 夢にまで見た、待ち望んだ春が訪れた。

 

「先輩、どうですか?」

「こっちは出来た。桜は?」

「はい、私も大丈夫です」

 

 衛宮邸の厨房で、士郎と桜は弁当は詰め、蓋をする。バスケットに入れて、肘に掛けた。

 一際寒かった冬は過ぎ去り、すっかり暖かい春になった。上着をかけずに外へ出た士郎と桜は、先に支度を済ませて玄関前で待っていた凛とイリヤ、大河に合流する。

 

「あ、シロウ!」

「早く早く!」

「遅いわよ、二人とも。さっさと行かないと、座る場所無くなっちゃうんじゃない?」

「はは、すまん」

 

 笑いながら言った凛に、士郎も笑顔で返す。

 玄関から出て来て鍵を閉めた桜に、凛は気兼ねなく、微笑みを滲ませながら、こんな問いを投げる。

 

 

「桜。―――幸せ?」

 

 

 その時、桜の脳裏には、様々な記憶が駆け巡った。

 辛いコトも有った。かなしみも、痛みも抱え込んで―――その全てを受け止めて。少しずつだけど、受け入れられるようにもなって。

 柔らかな春の風が頬を叩き、桜の伸びた髪を靡かせる。遠くから運ばれて来た花の香りが、物憂げな桜の鼻腔を震わせる頃には、桜は自然とはにかんでいた。

 

 

「―――はい」

 

 

 満面の笑みで、桜は迷い無く答えた。

 凛とイリヤ、大河が歩み出す一方、士郎は何も言わず、桜の隣に立つ。――それは、さも当たり前のように、さり気なく。互いに目を合わせるコトも無く、手を取るでもなく。

 ただ同じ方向を向いて、全く同じタイミングで、二人は未来への一歩を踏み出した。

 

 

 ―――さあ、約束の櫻を見に行こう。

 

 

 

 

Fin




これにて終幕となります。
至らぬ点も有ったかと思いますが、楽しんで頂けたと仰られるならば、それ以上の喜びは有りません。
ここまでお付き合い頂いた皆様、本当にありがとうございました。

お暇が有れば、私がダラダラと胸中やら裏設定やら解説やら感想やらを書き散らした後書きもどうぞ。


※8/22追記
第三章公開を受け、エピローグを少し弄りました。


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Afterwards
後書き


こちら、書き終えた作者がやる振り返り(反省)タイムでございます。
読まなくても問題有りませんが、読むと裏設定とか、書いた奴が何を思いながら書いてたのかが分かったります。

※本編のネタバレ、及び劇場版HF三章のネタバレが多分に含まれます。特に第三章のネタバレ具合は本編以上かも知れませんので、くれぐれもご注意下さい。


改めまして、しがない人間です。

ストーリーはほぼ原作通りなので、振り返りもクソも無いかも知れませんが、好き勝手やった弁明をこちらに書き連ねたいと思う次第であります。

一部、感想返信や各話の前書き、後書きの内容と被る場合がございますが、何卒ご了承下さい。

 

 

まず、これを書こうと思った理由ですが――まあ書きたかったから書いただけですね(薄っぺら過ぎる)

本当にそれだけです。動機はそれが全てでありまして、実際書きたい通りに好き勝手やりました。許して下さい何でもしませんけど。

 

ある日異世界オルガを見ていたら、ふと「Fate系の異世界オルガって少ないな…せいぜい『Fate/Grand Orphans』と『オルカーニバル・ファンタズム』くらいか…?」と思いまして。

そこから色々考えた結果、「だったら原点たる『Fate/stay night』を舞台に異世界オルガ(?)書いてみよう」と決断し、コイツを書き始めた次第であります。

実際なってるかは考えませんが、気持ち的には異世界オルガを書いてるつもりでした(実際には単なるクロス物になった気もするし、まあそこはさしたる問題でもないんですが)

書きながら「これ『Fate/Zero』にしといた方が設定のすりあわせとか楽だったのでは」とか思いましたが、既に手遅れでしたね。その時にはもうかなり進めてしまっていたよ! ハハッ!!

まあ、私はFateシリーズの中でSNが一番好きなので良いんですが(ちなみに入口はZero)

 

しかし、SNを舞台とするとなると、問題となるのはルート選択です。

ご存知の通り、SNには大別して

「Fateルート(セイバールート)」

「Unlimited Blade Worksルート(凛ルート)」

「Heaven's Feelルート(桜ルート)」

の三つのルートが用意されております。

エンディングで分けるとUBWがGood EndとTrue End、HFがNormal EndとTrue Endに分岐しますので、実質五つのルートが有るとも言える。

どのルートを軸とするか、この選択によりストーリーの展開が決定されるので、非常に重要であると言えるでしょう。

え? 私が何にしたかって?

 

 

「Heaven's Feel」だよヒャッホホウ!!!

 

 

よりにもよって一番過酷なルートを選んだぜ。

原作では士郎が最も苦しみ、エンドによっては正しく選択肢を選んでも死んでしまうルートであります。

そんな私はHFルートが一番好きだったり。

賛否分かれるルートだとは思うんですが、今までの二ルートで散々見せてきた士郎の理想を根底から覆し、明かされなかった聖杯戦争の全てが明らかとなる。

後半の盛り上がりがヤバいコトも有り、初見時はやめ所さんを見失った挙げ句、終わるまで何時間もプレイし続けていた記憶がございます。

士郎が最も格好良いルートです(個人的意見)

 

だがしかし「一番過酷なルートにするとかコイツ性格悪いな」とか思った皆様、その結論はちょっと待ってほしいんだ。

確かに「私が好きだから」という理由も大きいですが、真面目にストーリー展開を考えてルート選択したとしても、結局HFが最適というコトになっていたと思うんだ我は。

 

まずFateルートは士郎とセイバーが愛し合わなきゃ成立しないので、セイバーが野郎になる時点で不成立(無理にやるとびぃえる時空爆誕しますからね)

UBWルートはアーチャーが英霊エミヤでなきゃダメなので、これも不可能。

となると、残るのはHFだけです。

笑いながらHF選んだ辺り、性格が悪いコトを否定は致しませんが。

 

――というか、SNは設定が緻密に絡まりまくって成立してるので、整合性取るのも一苦労になるんですよね…。

マジでZero選んどいた方が自由で楽だったんじゃ(ry

 

しかし、HFはTrue Endだとしてもかなり辛いルートです。

あの「ちょっと欠けてるくらいが良い」感じは凄く良いし、むしろああいう姿勢大好きなんですけど――せっかくやるなら、完全なハッピーエンドの方が後腐れ無くスッキリ終われる。

というコトで「二次創作だし可能性有っても良いよネ!」と、完全なハッピーエンドを目指してみました。

サーヴァント側は疑問残りますけど、マスター側はケチの付け所が無いハッピーエンドになったのではと自負しております。

 

HFのNormal End?

うん、あの切なさというか物悲しさはメチャクチャ好きで、とても美しい終わりだと思うんですけど、少なからず心は折られますよね。

六十時間プレイした果て、最終ルートのエンディングがアレだったら…ねぇ?

そういう意味では、True Endも用意されていて良かったと思います。

劇場版でNormal Endだったら、周囲が全く知らない人だったとしても号泣した挙げ句バスタオルをベショ濡れにするハメになるんでやめてくれ、けど見たいのでBD特典にしてくれ。

覚悟させて、なおかつ一人で見させてくれ。

 

とまあ、それはともかく。

そんな訳でルート決定した訳なんですが、続きましての問題はサーヴァントの決定。

一応異世界オルガを書くつもりで書いてたんですが、サーヴァントの面子に関しては何かよく分からん内になかなかカオスなコトに。

今作内での強さのバランスはともかく、Fateシリーズ全体を鑑みてのバランスはあんまり考えていません。多分FGOとかにそのまま投げ込んだら、強さバランスおかしくなる。

唯一残っているFateシリーズのサーヴァントとしてギルガメッシュがいるので、一瞬基準にしようかとも思ったんですけど――あんなデタラメな奴が基準になる訳が無かったのであった。

 

セイバー:アグニカ・カイエル

恐らく鉄血世界最強の男。

長くなりそうなので、詳しくは後述。

他の候補としては、マクギリスとかジュリエッタとかでした。

 

ランサー:ガエリオ・ボードウィン

まあそうだよね、みたいな感じ。

そもそも鉄血に槍使いがあまりいないという。

キマリス系除けば、もうグシオンとグレモリーくらいしか長物使ってる奴はいないのでは。

昭弘はオルガの宝具に含まれるし、残るグレモリー(のパイロット、デイラ・ナディラ)は出してもどうしようもないので、迷い無くガエリオに決定。

宝具は「阿頼耶識TYPE-E」でしたが、相手が悪かったコトもあってあまり目立たず…。

実質グレイズ・アインなので実質バーサーカー(謎理論)

 

アーチャー:ラスタル・エリオン

飛び道具使えばアーチャーなので(暴論)、ぶっちゃけ誰でも行けた枠。

ダインスレイヴが一番弓っぽいと思ったので、ラスタル様になりました。

宝具はアリアンロッド召喚。

イオク様とその親衛隊を召喚して、どっかの陣営を襲撃させるみたいな使い方させれば良かったかも知れない…。

ちなみに、ラスタル様が使ってた大剣は、エリオン家のガンダム・フレームが持ってた物っていう独自設定アリです(本編では言及しませんでしたし、どうでも良いんですが)

 

ライダー:カルタ・イシュー

何かに乗ればライダーなので、MS、MWはもとより、車や電車に乗った奴も適性アリになる、アーチャー以上に誰でもなれたクラス。

間桐陣営で桜に召喚されるというコトで、女性が良いかなと思ってカルタ様になりました。

メドゥーサとは性格が全然違うので、なかなか面白いコトになったと思います。

宝具は地球外縁軌道統制統合艦隊。

何故か物理的防御力を備えましたが、これはぶっちゃけ、影の魔力爆発を防がせる為に付けた設定でした。

右から二番目が遅れるのはいつものコト。

 

キャスター:オルガ・イツカ

一番困ったクラス。当然ながら鉄血世界に魔術師はいませんし、作家系もいない。

「異世界オルガでミカとか召喚してるし」と思い(召喚術と解釈)、ちょっと無理が有るかなと思いながらもオルガになりました。

恐らく宝具が最もチート。

ヘラクレスの「十二の試練(ゴッドハンド)」がかわいく見える、蘇生回数無制限。

何故か飛んでくる物を吸い込むオマケ付き。

鉄華団召喚も何気にヤバいので、勝てはせずとも最後まで生き残って、何だかんだ聖杯取れるタイプのサーヴァント。

 

アサシン:三日月・オーガス

ミカとマクギリスは、最後までクラスに悩んだ二人です。アサシン、バーサーカーどっちでも行けるなと思いまして…。

物語上の立ち位置を考え、結果としてミカがアサシン、バーサーカーがマッキーになった訳ですが。

宝具はリミッター解除。

アグニカは宝具になってないのに、三日月は宝具になってる理由については後述。

 

バーサーカー:マクギリス・ファリド

前述通り、三日月になってたかもしれない。

何故マッキーがバーサーカーなのかと言うと、異世界オルガでバエルとしか言ってないからですね。後、原作にも見られる「力」への狂信。

原作だけで考えるならアサシンがマッキー、バーサーカーがミカになるんですが…まあ一応異世界オルガ書くつもりで書いたのでオッケー。

三馬鹿は揃えたかったのでね…。

宝具はご存知の方はご存知のように、「Fate/Grand Orphans」リスペクトで行かせて頂いております。

原作では怒りの為に友情を否定し続けたマクギリスの宝具を、敢えて友情が無いと使えないモノにしてみました。

個人的にはかなりお気に入り。

今思うと、「アグニカリバー」でも良かった気がしないでもない。声的にも。

 

 

さて、では今作最大の問題点について。

セイバーはこの度、厄祭戦の英雄アグニカ・カイエルに担当してもらいました。

原作では名前のみの登場で、マクギリスが憧れ目指した「力」の象徴たる者――「ガンダム・バエル」を駆り厄祭戦を終わらせた、正真正銘の英雄でございます。

何故アグニカを出そうかと思ったのかと言うと――まあ、言ってしまえば私がアグニカバエル馬鹿だからですね。

一応アグニ会の幹部をやらして頂いておりますので、異世界オルガに新しい一歩を踏み出させるべく(?)アグニカを描いてみようと。

本編中での外見等の描写、性格などは全てオリジナルとなりますのでご注意下さい。

 

宝具は単純な斬撃拡張。汎用性が高い。

三日月と違ってリミッター解除が宝具化されてないのは、アグニカにとってはもう呼吸するのと同じくらいのノリなんで、わざわざ名前付けて宝具とするまでもないからです(かなりもったいつけましたけど)

名称は通常時、黒化時で変化させつつも、字数とリズム感は変わらないようにしました。

「アブソリュート(absolute)」は英語で「絶対的」となり、「カラミティ(calamity)」も英語で「厄災(鉄血的に書けば『厄祭』)」。

黒化時の「ベルゼビュート」は、カナンの最高神「バアル」が原形とされる悪魔「ベルゼビュート(ベルゼブブ)」から。

最近の奴だと、新約とあるのサミュエル=リデル=マクレガー=メイザースが使っていた魔術の「蠅の王(ベルゼビュート)」が思い浮かびますね。メイザース好き(安定の脱線)

 

彼がどんな戦いを経験したのかはほぼ書いていません(書いたのは、戦いの中で身近な人をたくさん亡くしたコトくらい)が、その結末はセブンスターズによる暗殺という形にしました。

これまでこういう解釈をやられた方はいるんですが、私としてはやったコト無い解釈だったので、ちょっと新鮮な気持ちでございました。

厄祭戦後、ギャラルホルンによる統治体制。そのギャラルホルンのトップがセブンスターズになる時点で、それを越える権力を有せるアグニカの存在は邪魔にしかなりませんので…まあ、ああいう結末もアリかなと。

権力の象徴として、名前だけ残しといた方が何かと都合が良いですからね。その方がギャラルホルンによる戦後体制は安定する。

それをアグニカは理解し(一応)納得しているんですが、影に取り込まれた後はその辺りも歪められています。

 

また、戦いの中で色んなモノを切り捨てたって独白が有りますが、この辺りはストーリーを振り返る際にというコトで。

 

知っての通り、HFはセイバーが敵として立ちはだかるルートです。

なので、これまで最強のサーヴァントとして士郎の下で戦っていたアグニカが、黒化し歪められてブッ壊れた挙げ句、敵対するコトに。

こういうアグニカは書いたコト無かったので、正直楽しかったです(原作通りとはいえ、展開はえげつない感じになってましたけど)

 

 

ここで原作とは全く違う終わりを迎えた王、ギルガメッシュについて少し。

こういう扱いにしたのは、メタ的な視点が強く――ぶっちゃけ、士郎側の戦力の増加と、桜と聖杯を切り離す方法を用意する為です。

パワー・ゲームの時にサーヴァント一斉処分と言われても仕方ないくらいのコトしたせいで、士郎側の戦力が足りなくなってしまったので、ギルガメッシュ王を雇用しました。

まあ、例え原作通りライダーが残っていたとしても、カルタ様じゃ絶対にアグニカには勝てないので…(無慈悲)

 

桜と聖杯を切り離すのは、原作だと士郎がキャスターの「破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)」を見て、それを投影して使ってたんですが――この作品だとキャスターが葛木メディアさんじゃないので、それが出来ない。

なので、ここは一つギルガメッシュ王に、良さげな物を出して頂きました。「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」マジ万能。

 

ちなみに、桜と聖杯を切り離す時に使われた、ギルガメッシュが士郎に渡した浄化宝具。

アレは公式設定ではなく、勝手に私めが捏造した設定ですので、ご注意下さい。

一応、ゾロアスター教の善神アフラ・マズダ(悪神アンリマユと対を成す神。まあ「この世全ての悪(アンリマユ)」と関係有るかは分かりませんが、そこはそれ)が背負う光輪を意識しました。

大きさはオースキャナーくらいです。

 

 

少し話が逸れましたが、ともかくこれで基幹ルートの決定とサーヴァントの決定が為されましたので、全ての下準備が完了した形に。

以降はストーリーをなぞりながら、様々に振り返りをして行きたいと思います。

 

各章タイトルは劇場版のサブタイをそのまま使用しており、ストーリー展開も劇場版準拠な面がかなり大きいです。

理由? ゲーム版通りやると、長くなりすぎるからですね。長いと面倒なんで(働け)

第三章「spring song」に関しては公開前の為、ショートカットや改変を交えつつも、ゲーム版を参考に進行していますが。

 

 

 

 

Ⅰ.presage flower

 

直訳すると「花の予兆」になりますね。

始まりの第一章に相応しいサブタイだと思います。流石きのこ、良いネーミングセンス。

2017年10月14日が早くも懐かしい。

 

 

第一話「鉄と血と召喚」

タイトルは鉄血一話の「鉄と血と」にFate要素の「召喚」を足した感じです。

内容的にはアーチャー(ラスタル様)の召喚と、ランサー(ガエリオ)VSラスタル様の戦闘。

原作通りではあるんですが、ちょっと印象も違って来てるかなと思います。

幕間ではギルと桜の会話(一方的)が有り、これも原作通りですね。ここはマジで慈悲なギル。

 

 

第二話「崩れる日常」

タイトルは、劇場版第一章を作る際に須藤監督が挙げたコンセプトである「日常の崩壊」を意識したモノになっています。

そのタイトル通り、士郎の日常が崩れていく。

原作では二、三日の間に起きた出来事なんですが、面倒だったので一日に集約しております(オイ)

結果、臓硯と士郎の初対面をさせられなくなるという。マジでミスじゃねぇのかコレ…。

士郎を刺したガエリオの「すまない」で終了。

ここはクー・フーリンとガエリオの性格の違いですかね。

 

 

第三話「運命の夜」

タイトルは原作通り。最早いつもの。

「プロミスト・サイン」にしようかとも思ったんですが、やはりここはコレしかねぇ。

セイバー(アグニカ)の召喚と、劇場版要素となる臓硯による聖杯戦争レクチャー。

BD特典のサントラを引っ張り出し、「the flower will bloom」を聴きながら書きました。

常なら言峰がやる説明を臓硯がするのは、HFならではと言うか、空気感の違いが出ていて良いですよね。

真名を見抜いた時点で撤退したガエリオは、マジで英断だったと思います。

アグニカとラスタルの会話で、アグニカが濁しめなのは後々明かされる「大切な人すら守れなかった俺が英雄な訳が無い」という想いから。

 

 

第四話「オルター・エゴ」

タイトルは原作通り。言峰との会話シーンでのサブタイだったモノです。

士郎が参戦を決めるシーンの「決意」と、その後のバーサーカー戦でサブタイだった「ディストレーション」も候補でした。

ここで言峰が言う「喜べ少年、君の願いはようやく叶う。正義の味方には、倒すべき『悪』が必要だ」ってセリフも有名ですね。どうやら、海外では言峰=「喜べ少年」らしい。

士郎の理想の本質を見抜いていて、個人的にも印象深いセリフ。皮肉ってもいるのかな?

 

バーサーカー(マクギリス)戦は、遂にアグニカと会えたマッキーが大暴走。

これはバーサーカーですね間違い無い。

引きずって帰るイリヤさん、お疲れ様です。

これによりアグニカの中でイリヤの株が上がりまくった為、二十二話でイリヤをアグニカはとても丁寧に扱っていたりします。黒化後も忘れなかった。

 

 

第五話「マキリの末」

これも原作通りのタイトル。…別に考えるの面倒だとか、そう言うのではないのよ?

最初の幕間は、劇場版第一章の没カット(絵コンテ集で確認可能)に、ギルガメッシュによる今回の聖杯戦争の面子についての御意見を含めて膨らませた形です。

当然のように確信(メタ視点)に迫ってますが、まあギルガメッシュだから仕方無いネ。

原作と違って、慎二とライダー(カルタ様)が対立してますが、カルタ様の性格上こうなるのも当然かなと。

その他は面子こそ代われど、原作通りの展開。

劇場版は新都の路地裏でしたが、今回はゲーム版と同じく冬木大橋下の公園での戦闘になっております。

変えた理由としましては、劇場版はライダーさん(メドゥーサ)の鎖を用いた立体的戦闘を見せる面で路地裏の狭い空間は効果的だったんですが、カルタ様はそんなコトしないので、意味が無いからです。

 

 

第六話「ディザスター」

タイトルは原作通り。鉄血世界の紀年法「Post.Disaster.」に通ずるモノが有りますね。

最後の幕間を除けば、展開は原作と変わらず。

言峰のシーンは、ZeroのBGMを聴きながら書いておりました。

幕間はオルガとミカが臓硯に出し抜かれ、その軍門に下らさせられるというシーンです。

どんだけ悪辣なコトやらせても違和感が全く無い臓硯、マジ愉悦部特別顧問。

ちなみに、葛木先生はあの直後に死にました(生かしておかねばならない理由は特に無いので)

 

何故こんな展開になったのかと言うと。

異世界オルガシリーズだとオルガ達は何者にも縛られるコト無く、自由に好き勝手やってる感じが有りますよね。

だからこその異世界オルガなのですが、今回は敢えて汚い大人に振り回される、原作と同じ立ち位置に戻してみようと思いまして。

そんな中で二人がどう動くか、というのが描かれたワケですが――まあ、それはこの後の十八話の振り返りで詳しく。

 

余談。

オルガを捨てて帰ろうとしたアトラム・ガリアスタさんは、契約を切った直後に臓硯に捕まって殺され、全身に蟲を埋め込まれて魔力タンクにされました。

流石の臓硯もサーヴァント二騎への魔力供給は不可能ですからね、仕方無いコトなのです(元々自分の生命維持にほとんどの魔力を使っていますし)

本編中では述べられてませんが、第十八話「悪夢」に、臓硯が「アレももう用済み」と言及するシーンが有ったりします。

 

もう一つ余談。

原作だと臓硯に令呪は出ていませんが、今作には臓硯が令呪を使うシーンが有ります。

本編中では説明出来ませんでしたが、裏技使って何とか令呪を手に入れ、それでオルガとミカを掌握してたってコトでお願いします。

臓硯は令呪を考案した張本人であり、それくらいの外法は可能と思われますので(臓硯おじいちゃんへの圧倒的信頼)

 

 

第七話「花の唄」

タイトルは勿論、劇場版第一章の主題歌「花の唄」より。

最初に聴いたのはPVだったと思うんですが、もうそのサビの歌詞で「神だコレ」と確信したのを覚えております。

そして案の定、神曲だった。完全に桜の曲で、桜推しの私は感涙極まりましたとも。

この回も大体原作通り。

土蔵のシーン好き(語彙力消滅)

なお、原作ではこの後ランサーVSアサシン戦が有りますが、本作ではアサシンが代わってないので発生しておりません。

 

 

第八話「ウォーバランス・ランダマイザー」

タイトルは原作そのまま。

ゲーム版だとこの戦いは麻婆の後に起こってるんですが、今回は劇場版準拠になってます。

違うのは面子で、アグニカ&ラスタルVS三日月&オルガとなっていますね。

因縁の対決とも言えますが、オルガの無限蘇生が光るコト光るコト。それに即「死ぬまで殺すだけ」という、脳筋かつ物騒な理論展開するアグニカも大概ですけど。マスター殺せば良いんじゃないかな、とマジレスしたくなる。

オルガの宝具でガンダム・フラウロス(in シノ)が召喚されてダインスレイヴによる援護射撃をしてますが、それを当然のように叩き落とすアグニカはおかしい(誉め言葉)

飛んできたモノを吸い込むオルガの特性に困惑こそしつつも、ミカを上手く誘導しつつ戦いを有利に進めるアグニカとラスタルの戦上手っぷりが見えますね。

 

そして、原作通りに「影」現る。

コイツを初めて見た時はマジで怖かった。

呑ませちゃってゴメンよシノ。

赤文字での「死ね」連呼はゲーム版準拠。

 

 

第九話「衝撃のマーボー」

恐ろしいコトに原作通りのタイトル。

ボイスが付くとかなり腹筋にクる。ジョージ最高だよジョージ。

しかしながら、開幕の幕間はドシリアス。

アグニカは実質オリキャラなので、こうして幕間を入れるコトでどういうキャラクターなのかというコトを補強したつもりでおります。

このアグニカについての解釈は前述通りなのですが、ここで後悔とかをちょっと見て取って頂けたなら幸いです。

麻婆神父のシーンは劇場版とゲーム版を足して二で割ったような感じにしています。

吐息は頑張って表現しました(努力の方向音痴)

 

ちなみに、神父は普段教会で清貧を保った生活をしているので、麻婆はたまのご馳走なのだとか。

士郎と話す為にご馳走を食う店に行く言峰のヒロイン力は、非常に高いと思いますね(真顔)

 

柳洞寺での士郎とアグニカの会話は、士郎の今後の運命を暗示するようなモノにしました。

実は似た者同士なこの二人(故意です)

黒化後に備えて、伏線となりそうな感情描写も入れております。

直後、臓硯の襲撃で今話は幕引き。

 

 

第十話「厄祭の英雄」

タイトルはアグニカのコト(宝具名とも被っていますが)です。

三日月VSアグニカは、実質的に鉄血世界の最強決定戦になってるかなと。

アグニカが圧してたんですが、影にまとわり付かれたコトでヤバくなり、宝具で三日月を退けつつ、士郎だけは助けて行きました。有能。

キッチリ助けて、なおかつ後々重要になる剣を残していくアグニカのファインプレー。

その後は原作通り進行し、第一章終了。

 

最後の幕間は黒化の伏線です。

聖杯の泥に触れて、かなり歪んでいますね。

この時アグニカと語ったモノは黒化したアグニカなのか、それとも「この世全ての悪(アンリマユ)」なのか――そこは皆様の判断に委ねるコトとします。

どちらに取っても成立するハズですので。

 

 

 

 

Ⅱ.lost butterfly

 

訳は「失われた蝶」とのこと。

この章タイトルに則りまして、地の文での表現に時々「蝶」を入れております。

セイバーオルタVSバーサーカー戦を劇場で見た時の衝撃と言ったらもう…。

瞬きする暇が無く、目が乾いて痛くなりました(実話)

 

 

第十一話「イノセント・マーダー」

原作通りのタイトル。内容もほぼ原作通り。

イリヤとのシーンはゲーム版だともうちょい前からちょくちょく差し込まれてるんですが、ここも劇場版準拠になっています。

内容が違うのは士郎と凛の作戦会議。

アグニカが残した剣についての会話が増えている他、かなり変わっていたり。

桜が見た蟲に襲われる夢は、かなり悪夢だと思うんですが、全く動じない辺りで既に壊れてる感じがして良いと思います。

劇場版オリジナルシーン。良い表現だぁ…(恍惚)

 

ところで、桜を連れ去った慎二は衛宮邸に電話してる訳ですけど、もしかして士郎が電話に出るまでかけ直し続けてたんですかね…?

「クソ、まだ帰ってないのかアイツ…せっかくこの僕が電話してやってるって言うのに、ノロマな奴だな」みたいなコトを毒づきながら?

だとしたらかわいいぞ慎二。一途かな?

 

 

第十二話「桜の真実」

ここも原作そのままのタイトル。

ライダーがカルタ様になったコトで、少し印象が変わっている回だと思います。

タイトル通り、桜の真実が明かされるだけでなく、慎二にとってもキーポイントとなる回になってますね(ufotable特典のanimation material 2には「間桐の後継者」というタイトルが付いており、これもタイトル候補でした)

 

慎二が桜に付けさせたイヤリングの中に入った薬品が云々の流れはPC版にはなく、Réalta Nuaで追加されたとのコト。

劇場版第一章を見て「慎二が作った薬品って何だ?」と、PC版勢が首を傾げてたのはなかなか面白かったですね。

魔力使わなければこういうコト出来る辺り、慎二の絶望もまた深かったんだろうなと。

最も欲しかった才能だけは無かった…。

 

ラスタル様とカルタ様の対決は、原作で全く絡みが無かったコトも有り、なかなか新鮮な気持ちになりました。

相変わらず遅れる右から二番目。

しかし、ダインスレイヴの直撃でビクともしてない辺り、カルタ様強すぎでは?

 

桜の魔術(個人的にはウニっぽいと思うアレ)は劇場版オリジナル要素で、文章での表現は難しそうだなーと思いつつも、そのまま使用。

凛を庇った士郎を誤って刺した後、桜は自傷に走る訳ですが――凛に一つだったのに、自分には三つ。辛い…辛くない?

俺は辛い耐えられない(猗窩座殿並感)

 

 

第十三話「まもるべきもの」

タイトルは原作通り。

話の進め方は前半が劇場版、後半がゲーム版準拠になっています。

言峰の「さあ少年、どうするかね?」というセリフは、劇場版のPVから取って来ました。

家の鍵をキーアイテムとしたのは劇場版要素だったと思うので、すごくグッジョブです。

劇場物販で売ってたので買いましたね。完璧に成功した衝動買い。使い道は不明ですが。

 

言峰とギルガメッシュの会話シーン自体はゲーム版に有りますが、内容はほぼオリジナルになっています。

当然ながら、ここの「綺礼」呼びはワザと。

言峰が思い出してるのは、分かる人には分かるあの人です。後々回想もされてますが。

ここでギルが無言なのは、ギルにも「大切なモノを失った経験」が有り、それを思い返している者には何も言わないだろう――という解釈で。

FGOバビロニアのED1「星が降るユメ」は、歌詞がギルとエルキドゥそのもので良いぞ。主に二番。是非Fullで聴いてほしい(唐突な布教)

 

公園でイリヤが士郎の背を押すシーンは、直後のレインで隠れがちですが、個人的にはメチャクチャ好きなシーンです。

最近は妹キャラになってますが、お姉ちゃんとしてのイリヤが見れる貴重にして尊いシーン。

劇場版だと士郎は立ってるんですが、身長差も鑑みて今回は座らせました。

頭を撫でるのエモい。笑って送り出すのもとても良い。イリヤお姉ちゃん…。

 

 

第十四話「レイン」

タイトルは原作通り。これ以外にどんなタイトルが有るというのか?

表記は「レイン」か「RAIN」か迷いましたが、結局カタカナになりました。

HFの中でも屈指の名シーン。

劇場版も二十万個の雨粒配置、寄りを動画でやる、スーパースローと戦闘シーン並みのリソースが割かれていましたね。ありがとう(土下座)

ここの士郎は本当にかっこいい。

「私、処女じゃないんですよ?」はPC版オンリーのセリフなんですが、よくぞ入れてくれた。

それを聞いてなお、迷い無く桜を抱きしめる士郎のかっこよさと来たらもう…ウッ(号泣)

その後の吸血で「まあそりゃ●●●は流石に」と思ったのに、こちらも見事に裏切りやがりました。よくぞ裏切った。

素晴らしい! 素晴らし過ぎるッ!!

 

翌朝の朝食シーンでは、カルタ様が見事な箸さばきを披露。

個人的な見解ですが、イシュー家は日本かぶれ(もしくはルーツが日本)だと思います。

 

士郎とライダーを見送った後の桜の自慰シーンは、どこまでがセーフなのかと思いました。

ギリギリセーフな所を攻めたつもりなんですが如何でしょうか(命知らずのデスゲーム)

夕方になって手を洗うシーンは、とってもリアルで生々しい。エロい。

セリフは劇場版から補完して、ゲーム版に近くなっております。

 

 

第十五話「パワー・ゲーム」

これは勿論、原作通りのタイトル。

恐らく本作の中では最大規模の戦いが、ここから二話に渡って展開しております。

開幕はアインツベルンとマキリの対峙から。

劇場版で「the outbreak of war」が流れた時のワクワク感ったらもう…堪らねえぜ!

姿こそ変われど、二百年来の仇敵が相対するシーン。まさしく因縁の対決。

サーヴァント的には三日月とオルガ、そしてマクギリス。何だかんだ並んで戦ってた三人が分かれてるのも、ちょっと新鮮な感覚ですね。

 

そして間髪入れず、黒化したアグニカが登場。

早々に余りある魔力を放出し、森と城を焼き払う暴挙を冒す。これには流石のマクギリスもシリアスモード不可避。

幕間でその歪みっぷりを描いてますけど、どんだけ歪まさせられたらこうなるんだ…。

本末転倒も良いところですが、まあ泥に汚された結果なんで是非も無し。

厄祭戦で人類を救った英雄が、敵として人類の滅亡を望む災厄に。原作並みの絶望だと思うんですが、どうでしょうかね?

 

イリヤを逃がして、マクギリスは勇敢にもアグニカに単身突撃。

三日月はラスタルが、オルガはカルタが戦うコトになり、この時点で既に六騎のサーヴァントが参戦したコトに。

この後ガエリオが飛び込むので、ギルガメッシュ以外のサーヴァントが一堂に会する魔境となり果てた訳でございます。

 

アグニカとマクギリスに会話パートが有りましたが、ここでアグニカの歪みっぷりを更にしつこく描写。

マクギリスとの力の差も見えてますが、ダインスレイヴを撃ってガエリオが参戦し、実は原作五話以降初となる共闘へ――といった所で締めくくられております。

カルタ様も混ぜようと思ったんですが、ガンダム・フレーム三機の死闘に一人だけグレイズ・フレームで投げ込むのは可哀想だったのでやめました。最終話越えてるガエリオとマクギリスには追い付けない、というのも有る。

 

 

第十六話「絶対の終焉」

タイトルは黒化アグニカの宝具名と同じで、第十話「厄祭の英雄」との対比になっています。

初っ端は三日月VSラスタル戦。

「影」の存在も有り、ラスタル様に三日月が一杯喰わせた形になっています。

有る意味、雪辱を果たしたとも言える。

 

そして、今話のメインとなるアグニカVSガエリオ&マクギリス。

劇場版でも激アツ超神作画戦闘シーンとなっていましたので、気合いを入れております。

勿論、執筆時のBGMは「He comes back again and again」。

一瞬タイトルにしようとも思いました。このBGMホント好き。大好き。神(語彙力消滅)

fiction junctionのライブで聴いた時の鳥肌と興奮はヤバかった。ありがとう梶浦さん。

原作で最期の最後まで対立したガエリオとマクギリスの共闘は、やりたかったコトでも有りますね。敵が鉄血世界最強の英雄アグニカ・カイエルと言うコトも有り、激アツシーンになったと自負しております。

劇場版リスペクトの下、アインツベルン城の敷地内を駆け回る大決戦。おかげで補足説明の為に図解を付けざるを得なくなった。

二対一なのに終始圧倒するアグニカの強さよ…正直、鉄血世界における最強キャラという肩書きが有るから許されてる感。このVSガエリオ&マクギリス戦だと、アグニカは一度たりとも二刀流してないって言う…。

アインツベルン城の中庭に行き着いた時点で、瀕死のマクギリスとガエリオに対して、アグニカは無傷。逆噴射して悠々と着地してる始末。

一撃必殺による逆転を狙い、マクギリスの友情宝具が放たれるものの――アグニカの漆黒の剣により、無慈悲に塗り潰されました。

 

勝たせてやれよ! 勝てる流れだったじゃん!

 

我ながら、勝てる流れを無慈悲に潰し過ぎてると思う今作であります。第二十五話「Over Road」での三日月VSギルとかもそうですが。

多分HFじゃなきゃ勝ててた。何の為に友情宝具乗せたんだコレェ(絶望)

 

この戦いの後、三日月とオルガを退けたラスタルとカルタだったものの、「影」により二人まとめて消滅。

カルタ様は最後に意地を見せてくれました。

地球外縁軌道統制統合艦隊、時々ネタにされるものの何だかんだかっこいいと思います。

しかしまあ、この回だけで四騎、サーヴァントの半分が消えたコトになります。

これは在庫処分と言われてもやむなし(白目)

カルタ様に関してはもうちょっと掘り下げてみたかった…。

 

原作と違うのは、士郎の腕が千切れなかった所ですね。――この違い、重要じゃね?

 

 

第十七話「クラック」

原作(Réalta Nua)通りのタイトル。PC版だと「心の重なり」だったかと。…割とストレートなタイトルですね、PC版。

この回はやはり、士郎と桜が互いに気持ちを伝え合い、身体を重ねるシーンが最重要かと(際どいどころか完全にアウトなので、行為中の二人の会話は全カット不可避でしたねちくせう)

桜が唯一凛に勝ると、自分だけのモノと思っていた記憶が、凛にも有った。このショックはデカい、あまりにデカすぎる。

桜は自分を卑下するので(仕方無いですけど)、唯一の遠い記憶を自分より眩しい姉さんに奪われて、先輩を取られない為にもうなりふり構ってられなくなった。うーんこの感情、辛い。

劇場で見た時は「エロい」の前に「美しい」という感想が浮かびました。

この頃には士郎も「影」の正体に気付き始め、でも「そんなハズ無い」と否定したい気持ちから、桜に溺れて行く。幸せなハズなのに悲しく切なくなる、そんなシーン。

 

翌日の凛と桜の料理シーンは、ゲーム版も取り入れて劇場版から膨らませる形にしました。

辣子鶏(ラーズーチー)は「衛宮さんちの今日のごはん」で、ロ凛が言峰に作ってあげてた中華料理です(ゲーム版だと麻婆豆腐だった)

 

ここは幕間多めの回になりました。

最後のギルが出て行く直前の会話は、ゲーム版で四日目に有ったシーンを参考に。

あそこはSNに珍しく、ギルの王としての在り方とかが見えて来るシーンだったので、出来るなら劇場版にも入れてほしかった所存…(なお尺)

 

 

第十八話「悪夢」

問題の回。タイトルは原作通り。

今回は文章だけなのでゲーム版に表現を寄せていますが、劇場版でメルヘンホラーにしたのはマジで素晴らし過ぎる。映像としてあのシーンを表現するにあたって、アレ以上の魅せ方は無いと思います。天才かな?

それまで疑問だった劇場版第二章の主題歌「I beg you」のCDジャケットが、まさかあのシーンの絵だったとは…怖っ。

ゲーム版だと、悪夢のシーンだけ「interlude」の文字が赤くなってて、ヒエッ…となります。

この回はゲーム版をリスペクトし、赤文字が大量発生しました。ハーメルンに文字色変えられる機能が有って、本当に良かったと思いましたね。有能。色タグさんお疲れ様でした。

ギルガメッシュのセリフはゲーム版と劇場版の合わせ技。「よもやそこまで」はゲーム版の不意打ちに遭った感じではなく、劇場版の静かに諦めるような感じにしました。劇場版見る前はギャグシーンだと思ってたのに(オイ)、何度見ても全然笑えなかった記憶が。

ここは何故か「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」の描写に気合いを入れ、全力で表現しています。何でだ。

 

ここでギルガメッシュを生存させるコトは決めてたんですが、実際に書くとなった時に「これで良いのか」と最後の最後まで悩みました。

最終的には「原作と違っても良いよね二次創作だもんね」と言うのと、ギルが残らないと先の展開がガン詰みするので、ああいう感じになりました。

オルガがここで消えるコトも構想通りだったんですが、オルガがギルガメッシュを助けるにあたって、幕間が入っています。

「このまま良いように使われてちゃダメだ」と思い、現状に抗うオルガは、原作のオルガに通ずる姿勢だと思います。

結果、最後まで臓硯の言いなりになってしまった三日月と、反逆の一手を打ったオルガの対比が出来上がりました。

原作でも最期には「もう辿り着いてた」とした三日月と、「辿り着く場所は要らない、ただ進み続ければ良い」としたオルガ。

二人の違いを、改めて打ち出せたかなと。

オルガが令呪をくぐり抜けたのは、令呪を考案した臓硯も想定外なオルガにしか出来ないやり方ですね…一旦死んで対象から外れるって、どうなっとるんや。

そんなチート極まるオルガの無限蘇生宝具も、桜の「影」には通じず。

チートには理不尽をぶつけんだよ! と言わんばかりの、この強引な突破方法。仕方無いじゃん…宝具がチート過ぎて、こうでもしないとオルガを退場させられねぇんだもん(どうして回数無制限にしたのか)

 

大虐殺の後の臓硯のシーンは、ゲーム版に有って劇場版に無かったシーン。

「ここに生贄がおる」とか、独特の言い回しが有って面白いので、是非見てほしい。言ってるコトは「士郎に桜を殺させよう」ですが。臓硯、ホンマお前な…。

ちなみに、士郎達が見てる臨時ニュースでアナウンサーが言ってる行方不明者数は、原作から若干増えております。

ギルガメッシュとかいう特大の餌を食い損ねましたからね、仕方無いね(白目)

 

 

第十九話「ミザリー」

タイトルは原作通り。桜とイリヤの会話シーンに付けられていました。

劇場版だと、朝の白い光が無機質に見えて、空恐ろしくなったりもしましたが。

この回で重要なのは、やはり藤ねえでしょう。

藤ねえは原作だとフェードアウトしてて、劇場版オリジナル要素なんですよね。ここで日常の象徴たる藤ねえをぶつけた挙げ句、藤村先生になるとかホント不意打ち涙腺爆撃。シリアスしてる藤ねえはマジで涙腺に来るんだよ…!

藤ねえは桜や士郎がどんな状況に置かれているかは知らないのに、傷付いた桜を優しく慰めてくれる。優しさが沁みる…これはまごうコト無き冬木の美人教師ですね。

イリヤの知らない切嗣を知ってる人でもあるので、イリヤにとっても藤ねえの話は転機になるという。

良いシーン過ぎる。マジでありがとう。

 

原作と違うのは、生き延びたギルが凛と出会って契約するシーン。

ギルは受肉してるんでぶっちゃけ契約なんて必要無いんですけど、個人的に凛と組ませてみたかったのでやってみました。

これでかなりステータス値が上がってたり。

 

そして、衛宮士郎は今再び、自らの理想と対峙する。裏切るのか、と問われる士郎。

臓硯による呼び出しを受け、士郎は間桐邸へ。

 

 

第二十話「I beg you」

語るまでもなく、タイトルは劇場版第二章主題歌「I beg you」から。訳すと「私はアナタに乞う」――まさしく桜、という言葉。

他の候補は「対峙」「美しいアリア」とかが有ったんですが、やはりここはこれが相応しいでしょう。

後、劇場版で臓硯と対峙するシーンに流れるBGM「can you save her?」が「I beg you」のメロディーを使った曲なのも理由の一つ。

舞台は劇場版通り、間桐邸内の植物園。

あんな所が間桐邸に有ったんですね(by 須藤監督)

「Fate/hollow ataraxia」の「天の逆月」をイメージしたらしい星光に包まれた場所で、青白く舞う蝶と静かに立つ臓硯。非常に美しく、それでいて慈悲無きシーン。

内容は劇場版に沿った順番で、ゲーム版に寄ったセリフを言っています。

臓硯は己が目的、聖杯の完成の為に士郎を焚き付けているだけなんですが、長寿からか言葉が物事の本質を的確に突いているのが酷い。

「お主が衛宮切嗣を継ぐのなら、間桐桜こそお主の敵だ」――気付きながらも士郎が目を逸らし続けた事実を、容赦なく眼前に突きつける。

「ただそこに在るだけの人形が、愛しき男の手で終わるのだ。さぞ本望であろう」ってセリフも、本当にその通り過ぎる。

辛いですが、非常に好きなシーンですね。

 

その翌日は、最後の穏やかな日々。

イリヤと商店街に行って「ローレライ」を歌う姉弟のシーンは書きたかったんですが、ドイツ語が打てないという問題のせいで泣く泣くカット。不甲斐なし。

このシーンでのイリヤも、かなり辛いコトを言っている。救いは無いんですか!?

そしてここで、士郎と桜は「櫻を見に行こう」と約束する。二人とも「そうなったら良いな」みたいな感じなのがまた辛い。

春はまだ遠い――。

 

夜はいよいよ、決断の時。

ゲーム版は部屋からナイフを持ち出していましたが、今回は劇場版に沿って台所から包丁を持ち出しました。

桜と共に料理をし、凛と桜が歩み寄った場所から、桜を殺す為の凶刃を持ち出す。さり気なく描写されてましたけど、とてつもなく重い。

桜の枕元に立った士郎は、包丁を振り上げるも――自分の感情を爆発させました。

これも「理想」を捨てたHFならではと言うか、生の感情をここまで剥き出しにする士郎はSN全編を通してもこことイリヤのラストシーンだけなのではないでしょうか。

結果、士郎は桜を殺せず、己が理想を裏切る。

そこから桜と話すシーンは、ゲーム版に有って劇場版に無かったシーンですね。

士郎の「桜、赦してくれるか。俺が、俺を裏切るコトを」という独白が、やった時から印象深く残っておりまして、どうしても使いたかったのです。

ここは桜が士郎に乞うたシーンでもあり、士郎が桜に乞うたシーンなのかとも思いまして、これもタイトルを「I beg you」にした理由です。

 

…この回は原作通りだったのに、長々と書いてしまいました。

かなり好きな所なんで許してつかあさい。

もうほぼ感想文になってますけど気にせず行きます、ハイ。

 

 

第二十一話「ラストピース」

問題の回その二。タイトルは原作通り。

衛宮邸を去る桜にギルが話しかけるのはオリジナルシーン。なかなか重要なコトを言ってるギルでした。

間桐邸に帰った桜は、慎二と出会う。

HF特有の所は、他ルートじゃ道化でしかない慎二が最後の最後、桜のハメてはならないピースをハメてしまう所でもありますね。

ここで桜は初めて自分の意志で人を殺し、自らの「影」を受け入れて「マキリの杯」となる。

桜が完全にブッ壊れる、原作通りながら気合いを入れて書いた回です。

最後は劇場版第二章主題歌「I beg you」の狂気的なフレーズ(誉め言葉)を並び立て、第二章を締めさせてもらいました。

桜を完璧に表す歌詞ですので、入れるコトによって強烈な幕引きとなればと思いまして。

ハーメルンが歌詞掲載OKになったので、一回くらいやってみようかなと思って(多分シンフォギア小説用の機能ですけど)

「I beg you」はマジで一番好きな曲。

第一章で「花の唄」を聴いた時、これを超える桜の歌は無いだろう――と思っていたのに、軽々と超えて行ったのが凄い。

これを書いてる時点だと、劇場版第三章主題歌「春はゆく」はPVでちょっと聴いたくらいなんですが、もう既に「I beg you」を超えていますね…梶浦さん&Aimerさん強い。強すぎる。

 

 

 

 

Ⅲ.spring song

 

一応訳すと「春の歌」。説明不要ッ!

春が来た。春が来た。春が来た。春が来た。

―――春が来た。

 

 

第二十二話「フィナーレ・リプレイ」

タイトルは原作通り。

早速始まる黒桜さんの大暴れ!

うーん清々しい(白目)

原作と違うのはギルガメッシュがいるコトと、ハシュマルが見事に登場したコトですね。

ギルがキャスギルっぽい戦いをしてるのは、書いてる時点でバビロニアのアニメが絶賛放送中だったからでもある。許して。

どさくさに紛れて凛が全身貫かれてますが、原作だとここまで酷くなかったんだよなぁ…。

まあ、アーチャー(エミヤ)の腕が無い以上、宝石剣の投影が出来ませんので、凛がいても仕方無いという理由が有りますので(無慈悲)

にしても死にかけてるんですよねぇ…やり過ぎですよ桜さん。

 

イリヤを攫われ、士郎は奪還を決意。

言峰と協力戦線を敷き、ギルガメッシュを交えた三人でアインツベルン城へ乗り込む。

原作じゃ絶対に有り得なさそうな組み合わせですね…。絵面を想像すると面白い。

 

 

第二十三話「サクスィード・フロム・ディープ」

こちらも原作通りのタイトル。

原作だと言峰がハイヤーを呼んでるんですが、今回は教会が持ってる車になってます。桜のコトとか聖杯のコトとか、一般人がいる場所じゃ話せませんからね。

車内での会話は、原作だと「ラストピース」の前に教会でやってるんですが、今回はこちらにズレました。後、森に入ってからの会話も一部こちらに入れています。

どちらも、言峰の思想が見えるシーンですね。

ギルが凄く丁寧に助言していたりもします。

今回ギルの士郎に対する態度がかなり柔らかい(当社比)ですが、ギルは士郎の理想を「偽物」「偽善者」と言って嫌悪してるので、それを捨てたHFでならそこまで厳しくならないのでは? という解釈が有ります。

実際どうか知りませんけど。私のような雑種には、ギルガメッシュ王の崇高なお考えを完全に理解するなど不可能ですので(開き直り)

 

桜が悶え苦しみ、臓硯がほくそ笑んでる所に我らが王がダイナミック入城して次回へ続く。

三日月VSギルガメッシュの戦いがスタート。

 

 

第二十四話「Don't let her die」

タイトルは珍しく自前です。直訳すると「彼女を死なせるな」になり、言峰のセリフを意識しています。

この「助けた者が女ならば殺すな。目の前で死なれるのは、なかなかに堪えるぞ」という言峰のセリフが、強く印象に残っていますね。

破綻者たる言峰の人間味というモノが、初めて見えると言うか。悪人じゃないんだな、ってのが分かりますね。

ハシュマルが言峰をスルーしたのは、言峰が既に死んでるからです。死体は狙わない。多分。

 

幕間は三日月の葛藤。

戦闘シーン(前半)は、ギルがエア抜いて終了。

アレ? 慢心どこ行った?

 

 

第二十五話「Over Road」

タイトルは原作の「over load」をもじったモノです。「LとRがどうした」って思われるかも知れませんが、原作の「over load」は訳すと「負荷を超えて」になるのに対し、「Over Road」は「道を越えて」になります。

原作みたく士郎は死にかけながら戦ってる訳じゃない(無論、命は懸けてますが)ので、劇場版第三章のキャッチコピー「この風を越えて、前へ」を少し意識しつつ、「道を越えて」となる「Over Road」にしました。

地の文にも「この(みち)を越えて、前へと進め――!」と書いていますしね。

 

三日月VSギルの戦闘シーンは、前述の通り三日月とオルガの対比であると共に、後のアグニカVSギルとの対比にもなっています。

ギルの三日月に対する評価がかなり辛辣になってますけど、結局三日月は臓硯に使われたまま出番が終わってしまったので、仕方ないかな… と言う感じです。

ギルは恐らく、自分から動けない人間(自分で考えるコトを放棄した人間)とかが大ッ嫌いなタイプだと思うので…。

アグニカとの対比は、ギルに最後の一撃が届くか否か。届かせたアグニカと、届かせられなかった三日月――という。

今回、三日月には辛い役回りを背負わせてしまい、大変申し訳無く思っています。ゴメンよ。

そして、その後現れた桜とアグニカを、ギルはエアで怯ませて逃走に成功しました。

エアはやっぱ強い。チート過ぎるぞこの王様。

 

士郎VSハシュマル――うーんこの絶望的対峙、と思いきや投影で切り抜けるコトに成功。

士郎にアグニカの剣を持たせたのは、全てこの為だったのさ!

バエルの剣とMAの相性が良いってのも有りますが、一瞬でバラバラに出来る辺り、アグニカの技がヤバいんだなと分かりますね。

原作だとバーサーカーが相手だったので、ここは大きな変更点と言えるかも?

 

 

第二十六話「聖者の死」

タイトルは原作の通りです。

この回は言峰の戦い。臓硯を洗礼詠唱で消し、かつての妻クラウディア・オルテンシアを思い出した後、桜に出会って殺されるまでの言峰が描かれています。

最後を除いては、大体原作通りの展開。

 

ここの言峰の回想も、また良いんですよ…。

愛していたかは分かりませんが、少なくとも大切に想っていたんだなと感じられる。

言峰綺礼というのがどういう男なのか、というのもHFでこそ描かれる要素。他ルートと違って参加者の一人という感じになるHFだからこそ、そう言った言峰の人間性が見えてくる。

最後までクラウディアの名前が出ないのもエモさが有りますね(普通に言っちゃってて本当にすまない)

 

原作と違うのは、完全に死んでしまった所。

原作だと、バーサーカーが消えたコトで桜が苦しんでいた隙に、言峰は逃走するんですが――今回はそういうコトも無く、見事に殺されております(ハシュマルは元々聖杯の魔力で顕現してるので、撃破されようと聖杯に溜められた魔力の総量は変わらない)

今作だと、桜さんの容赦の無さも増している気がする。

 

 

第二十七話「タクティクス」

タイトルは原作通り。

ギルなら運転くらい出来る(鋼の意志)

内容は言峰の行方と、第三魔法「天の杯(ヘヴンズ・フィール)」とは何かというモノ。

言峰の未来についてギルが「千里眼でも奴が生き延びる未来は見えなかった」と言っていますが、これは「Fate/hollow ataraxia」をご存知の方なら頷いて頂けるのではと思います。

言峰が第五次聖杯戦争を生き延びる可能性が全く無いからこそ、空席となった「監督役」という役に、カレン・オルテンシアが滑り込むコトが出来た――というのが有るので。

魔法についてはまあ、単純に設定書き並べてるだけなので割愛。

…しかし、型月の歴史ももうすぐ二十年になろうと言うのに、未だに第四魔法の情報が皆無過ぎる件(他の魔法も大概ですが)

「繋ぐ四つは姿を隠した」と「魔法使いの夜」で言われてはいますけど、いくら何でも隠し過ぎじゃないですかね…?

まほよ2はいつですか? 後、月姫リm(そげぶ

 

地の文で「流石の英雄王と言えども、現代の魔法については疎いようだ」と書いていますが、実際どうかは不明です。公式見解じゃないのでご注意下さい。

どうやらギルは「死徒」をあまり知らないらしい(これは公式設定)ので、こう書いてみるコトにしました。

現状、最も有名な魔法使いは死徒である「宝石翁」キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグなので、もしかしてギルは魔法もよく知らないのではないかと思いまして。

魔法に該当する術も、ギルが生きた時代と現在では全然違ってると思いますし…。

しかし、何気に「ギルは死徒をよく知らない」は重要設定な気もしますね。後に影響しそう。

 

幕間では、桜に臓硯がプチっとされています。

桜に力を与えすぎたのさ…完全に見誤った。

原作だと一緒にアサシンがやられてますが、今作はちょっと前に消えちゃってるので臓硯だけ潰されました。

高々と笑う桜さん怖い…怖くない?

 

 

第二十八話「悲願の果て」

タイトルは原作通りになっています。

最終決戦となり、士郎と桜、アグニカとギルガメッシュが相対する。

スッと士郎に宝具渡すギルの有情っぷり。

優しい…誰だテメェ!(不敬)

 

今話のメインは臓硯の死。

原作だとセイバーオルタVSライダー戦の後、全てが終わる直前に差し込まれているんですが、今回はちょっと早めました。

このシーンが有るからこそ、臓硯もただのクソジジイじゃなくなるというか。

勿論、臓硯が桜に対してやったコトは到底赦されるべきモノではないんですが、ゾォルケンもまた崇高な理想を持っていた人間だった。

何もかも忘れ去って久しく、でも最期の最後には思い出し、自らの終わりを受け入れた。

結局は報われなかった五百年の永劫。

ゾォルケンもまた、哀しく儚い運命(Fate)に抗った男だったコトが分かります。

ほぼ原作通りですが、ここもキッチリやろうと思ってこうなりました。

 

 

第二十九話「Mighty Wind」

タイトルは原作BGMから。これはバッドエンド38「スパークスライナーハイ」でしか流れない専用BGMなんですが、好きなので採用。

訳も「暴風」で、合ってるなと思いまして。

スパークスライナーハイは「一つの終わり」とすら言われる、バッドエンドに含めて良いのかは正直迷うエンドですね。

「HFの中のセイバールート」とか言われる。

ノーマルエンド諸共、BD特典に入れてほしい。

俺はufotable産の鶴翼三連が見たいんだ…!

 

内容はアグニカVSギルガメッシュの最終決戦。

人類最古の英雄王と最新の英雄によるレスバ(煽り合いとも言う)の後、宝具による決着。

終始ギルガメッシュ優位の戦いではあるんですが、最後の最後にたった一撃、アグニカの剣がギルに届きます。

何とかどちらの格も下げずに決着したい、と思ってああなりましたが、どうでしょうか?

ギルの台詞は全部真理突いてますので、アグニカは黒化してなきゃ、煽り返せてなかったと思います。

黒化したからこそ、捨て身のごり押しで一撃をブチ込めた感じ。黒化してなかったらただ負けただけだったかも、というパターン。

結末がどうなるかはともかく、全く違う戦いになっていたのではないでしょうか。

 

 

第三十話「春はゆく」

タイトルは、劇場版第三章主題歌「春はゆく」から。原作通りの「春に帰る」にしようかと思ってたんですが、七話「花の唄」、二十話「I beg you」と随所で主題歌からタイトルを持って来てたので、どうせなら合わせようというコトで。

今だから言えますが、主題歌のタイトルが発表された頃(2019年12月14日)、私はちょうど二十九話を執筆していました。

「三十話のタイトルどうしよう」と思っていた矢先のコトで、まるで合わせてくれたかのようなジャストタイミングに感激した記憶が有りますね。

 

士郎VS桜と大聖杯破壊、エピローグが内容。

桜との戦いは本音のぶつけ合い。

原作は凛VS桜になってるのでもうちょっと女同士の仁義無き戦いになってるんですが、それよりは桜が本音をさらけ出してるかなと。

影人形すら斬るバエル・ソードは強い。

ところで、浄化された後の桜は全裸なんですが――誰か突っ込めよ。

 

大聖杯破壊はギルガメッシュのお仕事。

今回はギルもかなり辛酸飲まさせられており、なおかつ自分の預かり知らぬ所で勝手に誕生した制御不能の欠陥品なので、破壊もやむなし…と言うコトで。

納得しといて下さいお願いします(懇願)

 

エピローグはラスタル&ガエリオ、オルガ&三日月&マクギリス、そして士郎達。

ラスタルとガエリオは本人からすると夢オチ。

肉エンド。なお、ラスタル様が肉云々言ったのは二期一話だけだという(驚愕の事実)

三馬鹿はまた新たな世界へ。どんな世界かはあんま関係無いので、ご想像にお任せします。

何とかカルタ様とアグニカを書きたかったんですが、出来ませんでした…すまない。

特にカルタ様は本当にすまない。

 

士郎達はイリヤ生存で終了。

原作はナス・ゴッドの「ちょっと欠けてるくらいがちょうど良い」の精神に基づいてイリヤはいなくなってしまっていたのですが、せっかくの二次創作なので、完全なハッピーエンドにしてみました。

なお、私は切ないEDも大好きです。ノーマルエンドとかまさにそれ。流石にアレは切なすぎて涙腺がヤバすぎるので、トゥルー派ではあるんですが。

 

イリヤの寿命? ハハッ何のコトやら。

――助けて橙子さん。やっぱね、困った時の傷んだ赤sy(たわけ

 

※ここから劇場版第三章公開後に追記

ラストシーンは、櫻(未来)に向けて二人が隣り合って歩み出す場面になりました。

劇場版鑑賞前は、士郎と桜が手を取って歩き出す形で終わらせてたんですが、敢えて手を取るでもなく目を合わせるでもなく、ただ当たり前のように同じ方向を見て共に歩み出す劇場版の最後があまりにもエモ過ぎたので、そっちに寄らせてみたり。

二章の「I beg you」でやったように、「春はゆく」の歌詞を入れようかなーとも思ったんですが、そこは「―――さあ、約束の櫻を見に行こう」→「Fin」の流れを尊重しようと思ったので自重しました。

劇場版の「春はゆく」は何度見ても涙腺ブチ壊されるので、困る困らないありがとう愛してる最高だよ。

なお、劇場版鑑賞前の文の一部はカットされ、現在は本編中に残っていないので、カットした部分は以下に添付しておきます。

『士郎は、籠を持っていない片方の手を差し出す。

 

「行こう、桜」

「―――はい。お願いします、先輩」

 

 桜は柔らかく、幸せそうに笑って、士郎の手を握り返した。なお、ニヤついて横目で見ている凛と、相変わらずのバカップルねー、と呆れるイリヤのコトは気にしないコトにする。

 握られた手を引いて、士郎は桜と共に歩き出す。凛とイリヤも、そんな二人に続く。』

※追記はここまで




以上で振り返りは終了です。
好き勝手にやりたいコトをやりました。
反省も後悔もしていない。断言してみせよう。

あー、三章が楽しみで仕方ない。
公開前に完結させてやりましたよ(ゲス顔)
そんな今日は主題歌「春はゆく」のCD発売日。やったあ神曲だあ!!(断言)
まあ、実際にFullを聴くのは劇場にする予定ですが。
二章を見た時、先に「I beg you」のFullを聴いてしまっていたコトをちょっぴり後悔しましたので…。
世界的に色々と難しい状況ではありますが、何とか特別上映を観に行きたいと思います。
皆様も(普段から)対策は万全にね!
未知ほど人間が恐れるべきモノは有りませんからね!

最後に、ここまでお読み下さった皆様、本当にありがとうございました。
またいつか、再び出会える日が訪れるコトを願いつつ、この度はこれで失礼させて頂きます。


 ―――さあ、今年も。
    約束の櫻を見に行こう。




A.D.2020 3/25

NToz




(A.D.2020 8/16追記)
二度も延期してしまいましたが、春になりました。
本作の前書きと後書きで散々後○日! とか言ってたのも有り、活動報告に第三章の感想を上げてみました。
読んだから何と言う訳でもないですが、よろしければ()()()()ご覧下さい。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=244451&uid=169600


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