Letztes Weihnachten (Towelie)
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Rotkäppchen

Alsfeld, Deutschland

この時期、街はクリスマスマーケットで一日中彩られていて、これが目的でこの地に訪れる者も居るほどだった。
そんなお祭りムード漂う町の中において、中心地に立つ一軒の家屋。そこには母子が二人で住んでいた。
そこに住む可愛らしい一人娘は、お婆さんが作ってくれたベルベットの赤い頭巾を気に入り、常に赤い頭巾を身に着けていたので、いつの日からか”赤ずきんちゃん”と界隈でも呼ばれるようになった。
常に急がしくしている母親に代わって、赤ずきんは頼みごとを良く手伝っていた。
先日、郊外に住むお婆さんが病気で寝込んでいるとの一報を受けたので、様子見舞いに行って欲しいとのことだった。

赤ずきんは二つ返事で了解し、葡萄酒と Stollen(シュトレン)をバスケットに入れて、お婆さんの家のある森林へ白い息を吐きながらも駆け出していった。

山道に入る途中で街の大人に行先を聞かれた赤ずきんは、お見舞いの旨を伝えると、オオカミが出るから注意したほうが良いとの助言を受けた。
それに手を振って了解の合図を出して先へ急ぐ。
可愛らしい容姿からは想像とは裏腹に、頭の回転も速く、動きも俊敏で更に要領も得ているので、住人からの信頼はそれなりにあった。

街からお婆さんの小屋までは、正味30分ほどの道のりであった。山道とはいえ走って行けばもう少し時間を短縮できそうだが、あえて急ぐようなことはしなかった。
なるべくこの一人の時間を大切にしようと、赤ずきんは走り出しこそ勢いがあったが、街から離れるにつれて、ゆっくりと辺りを見渡しつつ山道を楽しみながら歩いていた。

木々はすっかり冬の様相を呈しており、雪こそ積もっていないが針葉樹が音もなく立ち並ぶ静寂な森は肌寒さを感じるほどだった。

冬の肌寒い林道を一人淡々と歩いていく。流石に寒さを感じるが気分は高揚していた。針葉樹の緑の森は幻想的でリリカルに溢れていた。
そしてお使いの際に立ち寄る丘に辿り着くと、何時もの様に丘から街を見下ろしてみる。

──空の青さと街並みのコントラストが視界一杯に広がって浮遊感さえも感じさせた。

今日は朝から晴天だったので、クリスマスマーケットの町の煌びやかさがここからでもハッキリと見えていた。
冷たくも爽やかな風が体を吹き付ける。ここまでくれば大丈夫のはず。何時ものように赤い頭巾を下ろしてみる。
柔らかそうな栗色の髪とルビーを思わせる輝いた瞳を持つ少女だった。

赤ずきんの本名は当然あるのだが、誰もその名で呼ぶものは居なかった。以前はそうではなかったのだがいつの間にか少女=赤ずきんで通っていた。
実の母親さえ赤ずきんと呼ぶ始末である。
(でも、だからって家の中でも頭巾を被らなくてもいいと思うんだけど……)

まあ、そんなことを今更気にしても仕方がない、そう割りきり、少女は再び赤い頭巾を被り直して、丘を後にした。

山道から林道に入り、幾分歩きやすくなった。周りの針葉樹林から清々しい青い臭いがしてくる。赤ずきんは思わず立ち止まって深呼吸をしてみた。肺に新鮮な空気が満たされて、目が覚めたようにクリアな気分になった。

ふと、ある木を見てみると、何かと視線があう。

針葉樹の林の中で、一際高い木の幹に隠れるように何かがいるように見えた。少し距離があるので何なのかはまだ良く分からない。
ただ、2つの赤い光が木々の間から覗いているように光っていた。

──もしかして!
赤ずきんは両手でバスケットを胸の前で抱え持ち、咄嗟に身を守る体勢をとった。
このところ近隣ではオオカミの目撃の報が相次いでいた。そのせいで狩人が山狩りを行っているようだが未だ発見には至らず、思ったように戦果は上がっていなかった。

そんな中、少女が単独でオオカミと 遭遇(エンカウント)する。

冬場とはいえ滅多に遭うことはないだろうと少し楽観視していた。
オオカミが出るかもしれない森を女の子一人で行かせる母親、赤ずきんは()()()()()だと半ば諦めかけているが、いざトラブルに見舞われると恨みと怒りのようなものが沸き起こってしまう。

だが、そんな想い引き摺っていても現実は変わらない。
赤ずきんは冷静に現状を把握して、オオカミと思しきモノに対し正面を向き合ったまま、一歩ずつ後ずさりをしていた。
恐怖で逃げ出したくなるが、獣に対して後ろを見せて逃げるのは悪手だった。それはこの辺に住んでいるものなら子供でも常識レベルの決まり事だった。

赤ずきんは更にじりじりと後ずさるが、対象はこちらを見つめているだけで、その場から動こうとしなかった。
何かがおかしい気がする。
野生動物との遭遇回数は少なからずあるのだが、明らかにそれとは何かが違っていた。
何より特有の獣の臭いがしなかったし、目線を合わせても目に獣特有の野性味を感じられなかった。
まるで作り物で出来た目に見えた。

(──だとしたら!)
得体のしれない物への好奇心に駆られたのか、赤ずきんは十分逃走可能な距離まで離した間合いを自ら詰めてしまっていた。
作り物の目を持つ者の正体が知りたかった。
赤ずきんが近づいていくと対象は狼狽えたように、木の陰に身を隠そうと縮こまっていくように見えた。
さらに対象に近づく赤ずきん、相手は木にしがみつくように隠れる。
太い針葉樹の木を挟んで両者は睨みあう形になった。
だがその立場は逆転していて、赤ずきんが対象を追い詰めていた。

肌寒い北風が木々の葉をざわざわ、と擦れさせる。
二つの対象も細かく身震いした。

……暫くすると木の影からオオカミ──の様な格好をした人間の少女が姿を現した。

頭にはオオカミを模した被り物をして、体にはオオカミの体毛を模した服の様なものを身に着けていたが肌の露出が多く、服というより水着に近い格好となっていた。両手と両足にはオオカミの足を模したものを付けていたが肩や太ももは露出したままになっている。
真冬の森を歩くにはあまりにも無謀な服装だった。

値踏みするように、その姿をじろじろと観察していた赤ずきんだったが、ため息を一つ、つくと開口一番、当たり前のことを敢えて尋ねた。

「……寒く、ないの?」

赤ずきんと、オオカミの様な少女との衝撃的かつ運命的な出会いだった。








冬の森の奥でオオカミ?の様な少女と出会う。Volkslied(民謡)でも聞いたことのないシチュエーションにすっかり思考が停止していた。

 

そもそも、この娘は何なのだろうか?

オオカミに育てられた少女……にはとても見えない。明らかに作り物のオオカミで毛皮ですらなさそうだし、頭に被っているのも剥製のオオカミの頭部ではなさそうだ。

それでも適当な作りではなそうで何かの糸を編んで作られている感じがした。ちゃんとシッポまで編んで再現されていた。

 

少女の容姿は美しく、長い黒髪を二つに束ねていて発育も良く健康そうに見える。どことなく品の良い清楚な感じがしていた。

女性を象徴する部位も赤ずきんよりも発達しているようだった。

 

知らずのうちに赤ずきんは食い入るようにオオカミの少女を眺めてしまっていた。

少女と目が合うと、何処か恥ずかしそうにしていたが、やがてしっかりと目を向き合って微笑んでくれた。

こちらに興味があるようにも見えたので再びコンタクトを取ろうとしたのだが……。

 

「……くしゅん!」

 

突然、オオカミ少女はくしゃみをしていた。

……やはりその恰好は今の時期には無理があったのだろう。

 

その様子にすっかり緊張が解れてしまって、赤ずきんは思わず、くすくすと笑いだしてしまった。

オオカミ少女は恥ずかしくなったのか、顔を赤くして俯いてしまっている。

くしゃみをしたことよりも、そもそも自分の格好が恥ずかしくはないのだろうか?

 

流石に笑ってしまったのは悪いと思い、慌てて近寄って声を掛けた。

「ご、ごめん。でもその恰好だと寒いでしょ、大丈夫?」

 

「うん。やっぱり寒いね……。これだと」

顔を覗き込むと目があった。当然、獣の瞳ではなく美しく澄んだ真鍮のような瞳をしていた。

一瞬で心が奪われるほどに綺麗だった。

 

「とりあえず、はい、どうぞ」

赤ずきんはオオカミ少女にハンカチを手渡した。

犬の刺繍が施された可愛らしいデザインで、この少女に渡すものではうってつけだった。

それを手に取るとこちらに一礼した後、遠慮することなく、鼻をずびずびとかみはじめた。

 

「ありがとう。これ洗って返すね」

……ハンカチはすっかり鼻水まみれになってしまっていた。

 

「あはは、お構いなく……」

ハンカチのことはさておき、赤ずきんはどうしても気になっていることがあった。それを少女に問いかける。

 

「なんでそんな恰好で森に居るの?まさか、ハロウィーンの続きってわけでもないだろうし」

赤ずきんの質問に対してきょとんとした表情を見せるオオカミのような服装の少女。こういう質問がくるのを想定していなかったのだろうか。

 

「えっとね、オオカミが出てくるか見張ってたの。この辺りの森で、目撃されてるみたいだから、木の陰に隠れて見張ってたんだ。そこにあなたが通りかかったんだよ」

オオカミ少女は口に手、というか肉球?を当ててはにかみ気味に答えてくれた。

 

どうやら誤解をしていたようだった。この少女は自分とさほど年は離れていないように見える上に、少しほわっとしているが、恐らく狩人なのだろう。そう考えるとオオカミの格好をしているのも納得がいく。武器は持っていないように見えるが、罠か何かを仕掛けていたのかもしれない。

 

「ごめんなさい!狩りの邪魔をしちゃって。わたし離れているからオオカミ退治、頑張ってください!」

赤ずきんはオオカミの格好をした狩人?に謝罪をして、その場から離れようとした。

街の安全を確保してくれる狩人には最大限の敬意を払いたい。街に住む人なら誰しもがそう思っていたのだが──。

 

「うん?わたし狩人さんじゃないよ~」

申し訳なさそうに間延びした返事を返される。

 

「えっ?じゃあ何をしているの」

すっかり狩人と誤解していたので少し恥ずかしかった。

 

「ここでオオカミが来るのを待ってたんだ。知ってる?オオカミってね、家畜は襲ったりするけど人間は襲わないんだよ。でもそれが本当がどうか確かめたいじゃない。だから、ここで待ってみることにしたの、そうしたら……」

 

「わたしが通りがかったってこと、だね。うん? じゃあ、もし本物のオオカミと遭遇してたら助けてくれ……ないよね。そもそも狩人じゃないみたいだしね」

 

「大丈夫。その為の、この衣装だよ。オオカミさんもきっと仲間だと思って心を開いてくれるよ」

何故かオオカミ少女は自信満々に答えるが、仲間というにはかなり無理な格好に見える。でも敢えて赤ずきんは指摘しなかった。

 

「そ、そうかなあ、ちょっと難しいんじゃないかなぁ? もしかして他に理由があったりして、例えばオオカミと友達になりたい──とか」

ちょっとどころではない無謀な行為だったが、あえてそれ以上は追及しなかった。

だがそれだけでは理由が弱い気がして赤ずきんは少しメルヘンチックな考えを口にしてみた。

 

──動物と友達になりたい。

少女なら一度は夢見た行為かもしれない。赤ずきんも実は試したことはあるのだが栗鼠やキツネと心を通わせることなど当然出来るわけもなく、その辺にいる野良犬にすら懐かれたことすらなかった。

(動物好きなんだけどなぁ……なんだろう?ふぇろもん?が足りないのかなぁ)

赤ずきんは思わず自分の手の臭いを嗅いでみたが特に何も匂ってはこなかった。

人前で変な仕草を見せてしまったと、慌てて取り繕ってみたが、オオカミの少女はこちらを見ては居らず何故か俯いてしまっていた。

 

オオカミ少女はそれ何処ではなく、うっ、と狼狽えてしまっていた。

実は友達のとの間で最近トラブルがあったばかりで、現在ぼっち進行中だった。

 

そこでこの場所で一人、孤独にチャンスを待ち続けていたのだ。

 

オオカミに襲われている人がいれば、それを助けて友達になれる切っ掛けがあるかもしれない(出来れば女の子がいいなぁ)

それがダメでも、もしかしたらオオカミと友達になれるかもしれない(ちょっと怖いけど懐いてくれれば可愛いかも)

一応、それなりに考えぬいた作戦?だった。

 

だがオオカミが現れる前に赤いずきんの少女に発見されてしまったので計画は頓挫してしまったわけだが。

(これはこれで良かったかもしれない。出来れば友達になってほしいけど……)

思わず赤ずきんの少女を物欲しそうな目で見つめてしまっていた。

 

その視線を感じとったのか少し照れながらも頭巾を下ろして素顔を見せてくれた。

リボンをあしらったカチューシャを付けている栗色のショートヘアの少女だった。

 

「わたし”(リン)”よろしくね、えっと、オオカミちゃん?」

燐は握手を求める為、手を差し出した。

 

「あ。名前”赤ずきんちゃん”だと思ってたよ。でもオオカミちゃんじゃないよ。ええっとね……」

突然何を思ったのか、オオカミ少女が抱きついてきた。予想だにしなかったことに燐は戸惑いを見せてしまう。

(えっ!何、どういうこと?)

 

しっかりと胸から抱き合う形になる二人の少女。抱きしめられて分かったが、オオカミの衣装は思ってたよりも柔らかくて暖かかった。そして赤ずきんの耳元にか細い声が吐息交じりに聞こえてくる。

(ホタル)……です。よろしく、お願いします……」

声が震えているのは寒さの為だろうか。

何にせよ、少女が名乗ってくれたので良かったのだが、少し過剰とも言える挨拶行為だった。

 

「……あのー? まだこうしてなきゃダメ?」

互いに自己紹介したので、燐はすぐに離れてくれるかと思っていたのだが、寒さの為か蛍はなかなか離れてはくれなかった。

 

「後、もうちょっとだから。こうしてて欲しい、な」

蛍は何故か時間を気にしていた。長い事ハグしていると何かあるのだろうか?

少なくとも少し変な気分になってしまうのは意識しているからだろうか。

 

──暫くの後、ようやく蛍は離れてくれた。

真正面からの突然のハグだったので今でも胸がどきどきと高鳴ってしまっている。

 

「なんかね、4分間ハグし合うと愛情が高まるんだって。少しは愛情感じられたかなぁ?」

恐らく他意は無いのだろうが、初対面の少女に対して愛情はまだ早い気がした。

 

「あー。うん……ごめん。でも暖かったよ」

燐は素直な感想を漏らしていた。

 

「そうだったんだ、ごめんね、変な事して。でも、わたしは愛情感じちゃったな。燐ってやさしい子だよね」

 

「えっ、そうかなぁ?自分ではそんな感じないけど」

困った表情で笑い返す。

でもこの少女に名前で呼んでもらえるのは何故か嬉しかった。

 

「それでね、良かったから友達になってほしいんだ。良いかなあ?」

長い髪をくるくると弄りながら蛍が恥ずかしそうに言ってきた。

困ったときにする癖、なのかもしれない。

 

「うん。もちろんだよ。むしろわたしのほうから友達になって欲しいっておもってたよ」

街に友達は多い燐だったが、この蛍からは何か違うものを感じていた。

何かのシンパシーを感じているかもしれない。

「本当?ありがとう、燐」

 

「こちらこそありがとう……蛍、ちゃん。よろしくね!」

 

「うん!」

再び蛍が抱きついてくる。やっぱり寒いのかなと燐は思ったので、今度はしっかりと抱きしめることにした。

でも何か変な影響を受けて実践しているのかも、と思い少し不憫にも感じていた。

 

寒空の下、少女たちは再び抱き合った。

吐く息は白く、風冷たく感じてはいたが心と心が触れ合って暖かかった。

偶然の出会いだったが何か運命的なものも感じていた。

 

 

……

燐は蛍と抱き合って時間を忘れるぐらい心地よかったのだが、何かが引っかかっていた。

(何か、大事な用が、あった気が……あっ!)

 

「そういえばわたし、お婆さんの家に見舞いに行く途中だった!」

急にばっ、と燐が離れたので蛍は驚いてしまった。そして少し寂しい気分にもなっていた。

 

「ご、ごめんね蛍ちゃん。また今度遊ぼうねっ。じゃあね、道中気を付けてね!」

申し訳なさそうに燐は言うと、素早く身を翻して森の奥深くに続く林道を足早に駆けていってしまった。

 

返事を返す間もなく燐は立ち去っていってしまった。

もう後姿も見えないほど足早に……。

友達になったばかりの少女の温もりが、まだ胸や手に残っている。

蛍はさっきまで抱き合っていた空間をもう一度抱いてみたが、冷たい風が通り抜けるだけだった。

 

途端に寒さが蛍の体に突き刺さり、思わず身震いした。ついさっきまであんなに暖かく、良い臭いに包まれていたのに、今は酷く冷たさを間近に感じることになった。

なんとなく鼻を利かせてみるが、燐のほのかな残り香すら残ってはいなかった。

 

さっきまで木の裏で一人で待っていることが出来たのに、何故か今はもう出来そうにない。

むしろよく出来たものだと今更に思えてしまった。

(もし燐が通りかからなかったら、わたし今頃……)

考えるだけでも恐ろしい程だった。無茶を通りこして無謀な行為だった。

 

それよりも今は、もう一度あの赤ずきんの少女──燐に会いたい。

会ってお礼を言いたいし、それにもっとお喋りしたり色々と親しくなりたい。

そう思うと居てもたっても居られず燐の姿を追って駆け出していた。

ただ、もう一度会いたい。その一心で蛍は見えない背中を追う。

 

しかし赤ずきんの少女はかなり足が速そうに見えた。少なくとも蛍が追い付けるレベルではない。

それに自身も野山を走るのには慣れておらず、スタミナも人並み以下しかなかった。

走るたびに息がきれてきて苦しくなる。

オオカミの格好をしていても中身は普通の少女なのだ。

とてもじゃないけどオオカミにはなりきれなかった。

 

「はぁ、はぁ、はあああぁ……」

とうとう蛍は息がきれて立ち止まってしまった。ちょうど分かれ道にあった木に手を着いて、しばし息を整えるために休んだ。

 

さて……あの娘はどちらの道を行ったのだろうか?既に姿は見えなくなっているし、これといって何の痕跡も残っていなかった。

 

「ふぅ……こんなときオオカミならどうするだろう? やっぱり臭いを嗅いでみるしかないのかな……」

蛍は先ほどと同じように臭いを嗅ぐ仕草をとってみる。しかし冬の澄んだ空気の臭いしかしなかった。

 

ううむ、と蛍は考え込んでしまう。

二者択一なので運が良ければ燐に会えるかもしれない。だが間違っていたら?

冬の森の奥深くで道に迷ってしまう危険性もはらんでいた。

今ならまだ引き返すことも出来る……臆病風に吹かれそうな心をなんとか立て直して、もう一度考えてみた。

 

(本気度が足りないのかもしれない。もっと本気でオオカミになりきって燐の香りを探さなきゃ。もう一度会いたいよ燐……)

 

今度は四つん這いになって地面の臭いを嗅いでみた。

遠目で見ればオオカミと間違うものがいるかもしれない。それぐらい蛍は必死になって臭いを辿った…………。

 

「あっ、この臭いかな、多分……」

蛍はかすかに甘い香りを嗅いだような気がしていた。

それはバスケットに入れてあったシュトレンの香りかもしれないし、まったく別の臭いかもしれない。そもそも気のせいの可能性の方が高いのだが。

ともかく臭いがあったと思われる方向の林道を蛍は走った。四つん這いのままで──は流石に恥ずかしいし、走りづらかったので人間らしく2本足で駆けた。

蛍が頼りにしてるのは臭いでも勘でもなく燐への想いだけだった。

 

………

しばらく走ってみたが、燐どころか何とも合う事すら叶わなかった。

 

気付けば、けもの道となっていて、森の奥深くまで入ってしまったらしい。

周りの木々は塔のように高く、空の見える範囲も狭いものとなっていた。

戻りたくとも今となっては帰り道の方向すら分からない。

 

それになんとなく森というか草木の感じが何時もとまったく違うように感じられる。見た目には変わらないように見えるが……性質が違うのだろうか。

蛍は焦燥感に駆られて途方にくれてしまっていたが、もはやどうしようもない。

やはり道が間違っていたのだろうか?

 

また、無謀な事をしてしまった……。後悔に苛まれながらも再び木の下で休んでいると、木隠れに煙突の様なものが見えた。

 

──まさかと思ったが、藁にも縋る気持ちでその方角へと足を進める。するとそこには──。

 

森を切り開いた平原にレンガ造りの小さめの小屋が建っていた。

 

パッと見は可愛らしいキノコの様な外観をしていて、少し年季があるような苔も見えていた。

屋根は赤く、煙突も見える。どうやらコレが葉陰から見えたらしい。

テラスの様なものもあり、近くには小さい畑と井戸もあった。

玄関ドアは少し小ぶりだが鮮やかな空色をしていた。夏の青空のように澄み切った青いドアだった。

 

森の奥深くにこんな建物があったことに驚いてしばし見とれていた蛍だったが、気を取り直してとりあえずその青いドアをノックしてみる。

 

コン、コン。

乾いた木の音色を響かせるが……中から誰かが出てくることはなかった。

もう一度ノックをして暫く待つが……やはり誰も出てはこなかった。

 

蛍は考え込んでしまった。

恐らくここが燐の言うお婆さんの家の筈なのだが、何故誰も出てはこないのだろう?

お婆さんが留守だとしても先に行った燐が居るはずである。蛍よりも先に着いている筈なのにどうして?

 

考えても答えは出ないので、試しにドアを軽く押してみた……すると音を立ててドアが開いてゆく。鍵は掛かっていなかったようだ。

 

蛍は少し逡巡したが、このまま突っ立ってても埒が明かないので意を決して中に入ってみることにした。

「お邪魔します……」

か細い蛍のささやき声は家の中に響いて、そして吸い込まれるように消えていった……。

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




再び宣伝小説を書いてみたが──やっぱり無謀な企画……。
もう少し早めに取り掛かってれば良かったけど腰が重くてねぇー。

赤ずきんと青い空のカミュのコラボは結構前から頭の中では考えていました。ただ赤ずきんといっても童話の方ではなく少女漫画のアニメ版の方でしたが。
燐、サトくん、蛍ちゃん。が向こうの主役3人と妙に被るんですよねー。まさか元ネタでは……ないはずです。
でも3人のパーソナルイメージ?も割と被っていて、愛、勇気、希望。これも青カミュの3人と一致しているような……気がする──かも。
こじつけが強いかもしれないですが。

さて次の話なんですがとにかく時間がないので、クリスマス過ぎてしまってもなんとか完結させたいなあ。それではー。




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Alchemist

深い、深い森の奥、赤い頭巾の少女が一人、大きな岩の前に立っていた。
手には不釣り合いな巨大なハンマー。豪華な装飾が施してある特注品だった。
それを両手で持って狙いを定める。

「いっせーのっ!」
勢いを付けて少女は岩の塊にハンマーを振り下ろした。

ガグォォォン!!!

石を砕くような音と、爆発音が同時に発生して、森の木々をざわつかせた。
辺りは爆炎に包まれるが、飛び火などはしていない。

赤い頭巾を被った少女はしゃがみこみ、周辺の物質をを採取しはじめた。

「ふぅ、こんなものかなぁ」

採取した物をリュックに詰める。
先ほど使ったハンマーを片手に、うんしょっと、と背負って立ち上がった。
さっきの爆発のせいで、服が大分汚れてしまっていたが、今はどうすることも出来ない。
赤ずきんの少女は嘆息していた。

赤ずきんは少し前にお婆さんの家に着いていたのだが、用があるからと行ってお婆さんは単独で何処かへ行ってしまった。
病気や寝たきりというのは所謂、暗号の様なもので、お婆さんがそう事づけをしたときは、赤ずきんを呼び出して色々と秘密の雑用をさせていたのだ。

それで今回も、留守の間に幾つか必要なものを、森から採取して欲しいと、赤ずきんに頼んでいたのだ。

「まったく、相変わらず人使いが荒いよね。か弱い女の子にこんな重労働させるなんて」
ぶつくさ言いながらも赤ずきん──燐は採取した物を背負って小屋への帰り道を歩く。
でも、実はそれ程嫌気は感じて無かった。自身の勉強になることだし、何より自分で決めたことだったから。


「うーん、部屋の中は結構広い、ね」
一方、オオカミの格好をした少女──蛍は不思議な小屋の中に居た。

外観より広く感じる。
それは最低限の家具しか置いていないせいかもしれない。
入って直ぐの部屋は、ちょっとしたタンスや収納箱が数点あるだけで、後はベッドとキッチンがあるだけだった。
隣の部屋はもう少し広いが、テーブルとソファしか置いていなかった。
だが、その中において、あまり見たことのない巨大な窯が、存在感を誇示する様に部屋の端の台座に鎮座していた。

「何に使うんだろうこれ……料理じゃなさそうだけど」
蛍は指先でちょん、と窯に触れてみる。熱いとも冷たいとも感じなかった。
窯には火に掛けてあって、なにやら怪しげな色の液体が時折泡を立てていた。
何か独特の臭いがするし、これ以上弄らない方が良い気がしていた。

(さて、どうしようかな?)
取り立ててすることのない蛍は、なんとなくベッドに腰かけて思案していた。
部屋の持ち主が帰ってくるまでここで待ってみるべきだろうか。
それとも、赤ずきんの少女を探しに行った方がいいのだろうか。

赤ずきん──燐はどうしたのだろう?

まさか本物のオオカミと遭遇してしまったのではないだろうか。
それならここに居ないのも納得がいく。
……でも、それでも燐なら大丈夫な気がする。なんとなくそう思った。
初対面の少女なのに何故そこまで信頼できるのだろうか?

色々考えているうちに疲労感がようやくきたのか、蛍は眠気を感じて、少しベッドで横になることにした。
(ごめん、なさい。少しだけ、休ませて……すぐに、起きる、から……)
何時しか蛍は、すぅ、すぅ、と寝息を立てていた……。






こん、こん。

誰かが扉をノックする音が聞こえる……だれ、だろう……。

 

こん、こん、こん。

またノックの音、めんどーだよ……誰か出て……。

 

ぎいぃぃ。

木の板が軋む音がする。恐らく玄関扉が開いたのだろう。

外からの光が、扉を開けた人物のシルエットを木の床に伸ばした。

 

「あれ?まだ帰ってないのかな」

誰かの声がする。可愛らしい声、弾む様な女の子の声がする。

聞き覚えがあるような、気がした。

 

わたし、何、してたんだっけ……寝て、たんだっけ。

薄く目を開けてみる、が瞼が重くて目が開いていかない。

 

(誰か来ちゃった、みたい?……燐、かな? それとも……?)

流石にまずいと思ったのだが、目も意識も体も動いてはくれなかった。

(ごめん、なさ、い……わた、し……)

謝罪の言葉を口にしようとしたが、眠気には抗えなかった。

蛍は少しの罪悪感があったが、再び眠りの中に落ちていった……。

 

……あれ、やっぱり寝ちゃってたんだ。

結局、蛍は二度寝していたようだった。どれぐらい寝ていたのだろうか。

体には何時の間にか毛布が掛けてあった。誰かが、掛けてくれたみたい?

 

そして覚醒すると、すぐ近くに、暖かい体温と柔らかい呼吸が当たっているのを背中越しに感じとった。

蛍は体をゆっくりと捻って、それと向かう合う体勢をとった。

 

そこには──全裸の少女が寝ていたのだった。

 

その光景に蛍は一瞬、思考が停止してしまうが、その少女は良く見るとあの赤い頭巾の少女だった。頭巾をしていなくとも間違いようがなかった。

だって、それ程までに蛍の中で強く印象に残っていた少女なのだから。

 

幸せそうな寝息を立てる少女に蛍は安堵するが、裸をまじまじと見るのは流石に悪いと思い、少し目線を逸らしつつ、少女の頭に触れてみた。

綿毛の様に柔らかい髪で、絹の様にさらさらと指に流れてゆく。

 

(ふふっ、まるで天使みたい)

蛍は少女の頭を優しく撫でる。

無防備に裸体を晒して眠る少女を見て、蛍は誇張でもなんでもなくそう感じていた。

 

「う、うーん……もう、朝?」

蛍は恍惚の表情で頭を撫で続けていると、反応してしまったようで、不意に少女の目覚めの声が届く。蛍は慌てて頭から手を離した。

 

「ごめん、起こしちゃった?」

 

「ううん、大丈夫だよ。おはよう蛍ちゃん」

起き抜けなのににっこりと爽やかな笑顔で名前を呼んで挨拶してくれる。

蛍は少女が名前を憶えててくれたこと、ただそれだけで、とても幸せな気持ちになった。

 

「うん……おはよう。燐」

だから蛍もにっこりと微笑み、名前を呼んで挨拶を返した。

この幸福感を少しでも燐に伝えたかった。

 

朝の挨拶をするには既に遅い時刻だったが、これが二人の初めての朝の挨拶だった。

 

「それにしても、どうして裸なの?」

一つの毛布を二人で分け合いながら、まだ横になったままで話を続ける。

 

「んー、外で作業してたら汚れちゃったんだよね。そのまま寝たらベッド汚しちゃうと思って……脱いじゃったよぅ」

 

「そ、そうなんだ……」

だからって裸にならなくてもと蛍は思ったが、口には出さなかった。

 

「それにしても蛍ちゃんの着てる毛皮って柔らかくて暖かいよねぇ。裸だと余計に分かるよ」

燐が裸のまま蛍に抱きついて、胸の部分に顔を埋めて頬ずりしてきた。

突然のスキンシップに蛍は声を出すことも出来ずに膠着してしまっていた。

 

「わたしオオカミ蛍ちゃんに食べられちゃうかも~」

燐が上目使いで蛍を見つめてくる。

それだけで蛍の顔は赤くなった。

 

「わ、わ、わたしは、食べたりしないよ」

蛍は表情を悟られないよう、少し強めの声で否定する。

 

「じゃあ、わたしが食べちゃおうかな~。ふふふ。覚悟してね、オオカミちゃん」

燐が悪戯をする目つきになったことは、流石の蛍でも理解出来てしまっていた。

ベッドから逃げようとした蛍の足を燐が両手で掴む。

 

「オオカミちゃんの足、細くてキズ一つなくて綺麗だね」

燐は蛍の無防備な太ももを撫でまわす。

恥ずかしくなった蛍は、燐の手を払おうと、手を伸ばすが、今度は手を掴まれてしまった。

 

「オオカミちゃんの手は華奢だけど、指は雪のように白くて細い、ね」

オオカミの前足を模したグローブを外されて手をギュッと握られる。

「あっ」

蛍は思わず声が出てしまっていた。

そういえば燐とちゃんと生で手を繋ぎ合ったのは今が初めてだった。

指先から燐の手の暖かさが伝わって、こそばゆい。でも嫌いじゃなかった。

手を繋ぎ合ったまま見つめ合う二人。

 

「くすっ、オオカミちゃんの瞳、大きくて綺麗だね。穢れてなくて吸い込まれそうだよ」

瞳の奥まで見透かされていた。すこし恥ずかしかったので蛍も燐の瞳の奥まで見つめ返していみる。

 

「燐だって、すごく綺麗だよ。瞳の奥で星が瞬いているみたい……」

蛍は顔を真っ赤に染めながら、素直な感想を口にしていた。

他の人の瞳の奥までちゃんと見たことはないけれど、燐の瞳なら戸惑う事なく奥まで見つめられる。いつまでも見ていられそうだった。

 

「ありがとう、蛍ちゃん。あ、そういえば」

繋いでいた手を解いた燐は、再び蛍を抱きしめた。

手は首に回されお互いの頬が密着する。

 

「オオカミちゃんの耳、小さくて綺麗な形してるよね……」

燐は耳元でじっとりとささやく。その声に蛍はぞくっと身を震わせた。

 

「……耳、敏感なの?」

燐は耳元にふうっと優しく息を吹きかけてみる。

「ううっ、ダメ……だよぉ」

蛍は、びくっと反応してしまっていた。

 

「ごめんね、オオカミちゃん。つい可愛くて」

燐は謝罪ついでに耳たぶにそっと可憐な口を当てる。

「はううぅ、燐、もう許して……」

あまりの刺激に蛍はつい許しを請いてしまっていた。

 

燐はちょっとやりすぎちゃったか、と謝罪を込めて蛍の頭を優しく撫でた。

蛍の頭部はオオカミの被り物で覆われているのだが……それでも蛍は少し嬉しかった。

 

燐は耳から離れて真正面から蛍を見つめていた。吐息が重なる距離まで顔が近づく。

「オオカミちゃんの唇も、綺麗な色してるよね……それに小さくて可愛い」

燐の指が無造作に蛍の唇をなぞる。だがその行為に不快感はなく、むしろ快楽を覚えるほどだった。

(すごく気持ちいいよ、燐。でも、わたしだけ色々してもらっちゃってる……燐にも何かしてあげたい)

 

「あっ、蛍ちゃんっ!だめ、汚いからっ」

蛍は自身の唇に添えられた燐の指をぺろぺろと舐めていた。

燐にも気持ちよくなってもらいたいとの想いが、蛍を無意識に動かしていた。

 

「汚くなんかないよ。燐の指、少ししょっぱいけど、燐の味がして……ちゅうっ」

指を舐めるだけでなく、口に入れてしゃぶったり、吸ってみたり、と蛍は一心不乱に燐の指を嘗め回して奉仕していた。

ぴちゃ、ぴちゃ、と指を舐める水音と、燐の押し殺した息遣いが小屋の中に響き渡っていた。

 

「くうん、はぁ、はぁ……」

燐は蛍にされるがままになって嬌声を押し殺していた。

指を舐められることに快感を得ていたのではなく、蛍という可憐で無垢な少女にこんな淫猥なことをされているという背徳感に興奮していたのだ。

 

「ん…………はぁ」

蛍は人差し指を存分に嘗め回した後、今度は中指を口に入れた。

慈しむように丹念に舐めてくれる。

「あ、あっ、蛍ちゃん」

蛍の小さな舌で指を絡めとられるだけで、燐の体がびくびくと反応して声が出てしまっていた。

 

「わたし、も蛍ちゃんにして、あげるね……むちゅっ」

燐の口の中に蛍の指が2本入っていく。

暖かい燐の口と舌に指が包まれる。蛍は指先が性感帯になったように身もだえしてしまった。

 

二人の少女はベッドの上で見つめ合ったままで、お互いの指を舐め合った。

小屋の中は少女達の指を舐める水音と淫猥な息遣いだけが反響していた。

 

……

………

 

「あら?お邪魔だったかしら?」

少女達の蜜月の空間に、柔らかい女性の声が部屋の中に響き渡った。

 

「ひゃう!」 「ふえっ!」

二人同時に奇妙な声を上げて驚いてしまっていた。

行為に夢中になり過ぎて、他の人の気配にまったく気づいていなかった。

 

蛍は恐る恐る顔を窺ってみる。そこには黒髪の大人の女性が立っていた。

この辺りではあまり見たことのない変わった形状の衣服を纏っている。

美しい黒髪はとても長く、床にまで届きそうなほどだった。

蛍は初対面の女性だったが、燐は良く知っている人物だったのか、その女性に対し、愛想笑いを浮かべていた。

 

「燐。この工房(アトリエ)は女の子を連れ込んで楽しむ場所じゃないのよ」

静かな小屋の中に女性の声が響く。怒鳴っているわけではない、むしろ詩の調べのように聞きほれそうになる穏やかな声色。

 

「ご、ごめんなさいっ!」

慌てて謝る燐。その様子から母親というより教師と生徒の関係に見えた。

「仕方ないわね……もう少し留守にしておくから、それまで楽しんでなさい」

入ってきたばかりの女性は、二人に気を利かせたつもりなのか、再び出て行こうとするので、流石に燐が呼び止める。

 

「あの! 大丈夫ですから、そういうのじゃないです。ね、ねぇ蛍ちゃん?」

「えっ!あ、うん。そーゆーのとは違うと思います……多分」

 

突然話を振られて蛍はビックリしたが、とりあえず燐に話を合わせておくことにした。

(でもそーゆーのってどういうことなのだろう?)

蛍も燐もこの手の知識には疎かった。

 

「そう?だったら良いのだけれど。もしまだやり足りたいようなら、今度はわたしも混ぜてもらうわね」

その女性は頬に両手を寄せて少しはにかみ気味に話す。

 

「あ、ええっ……!?」

本気なのかどうかは分からないが、その言葉に燐も蛍もすっかり気持ちが覚めてしまい、これ以上いちゃつく気にはなれなかった。

 

「それで、えっと……燐。こちらの方は?」

気を取り直して蛍が、気にしていることを燐に尋ねる。

 

「あ、うーん。なんと説明すればいいかなぁ」

正体を言ってしまって良いのか燐は逡巡した。特に問題はないと思うのだが本人の手前、確認を取る必要がある気がしていた。

その本人と目が合うと、こちらの意図を理解してくれたようで頷き返してくれた。

 

「わたしは……燐の、お婆さんよ」

長い黒髪の女性は、表情を変えることなく淡々とした口調で名乗った。

 

(流石にそれはないよー!)

燐は声にこそ出さなかったが表情で女性に訴えかけていた。

 

「ええっ! でも、いくら何でも……お婆さんって感じじゃない、ですよね?」

蛍は女性と燐の両方を見比べて困惑してしまう。

(お母さんなら、なんとか分かる気は、するけど)

それぐらい若々しく綺麗な女性だった。

 

「ごほん!」

流石に埒が明かないと思い、燐は大げさに咳払いをして、おかしくなった流れを変えることにした。

 

「えー、蛍ちゃん。この人はオオモト様と言って、それなりに有名な()()()()だったのです!」

ベッドから抜け出した燐がその女性──オオモト様の横に立ち、称え挙げるように紹介した。

……本人は全裸のままで。

 

「れ、錬金術師さま?す、凄いなー。わたし初めてみるよ……」

蛍はいたく感心したが、目線は横に立つ全裸の燐に向けていた。

(どうしよう、言った方がいいのかな? オオモト様?は、燐の格好になんとも思わないのかな)

 

「これでも、一応、現役なのだけどね」

オオモト様は自身の補足をした。

掴みどころがなさそうな感じがしたが、プライドの様なものはあるらしい。

 

「確かあなたは蛍……だったかしら? 山のお城に住んでいるのよね?」

燐も知らない情報を話すオオモト様。

その横で燐は、まさか蛍と顔見知りであったとは、驚いてしまっていた。

 

「あ、はい。わたしの事ご存じなんですか?」

対して蛍はそれほど驚きはなかった。

 

「ええ、あなたの着ているその衣装。わたしが以前、依頼を受けて作ったものなのよ」

蛍が着ているオオカミの衣装の、頭部を指差して答える。

 

「そうだったんですか……。通りで変わった衣装だと思っていたんだけど、錬金術師さまが作ったのなら納得です。でもこれって何の為に作られたものだったんですか?」

仮装衣装にしてはしっかりとした作りだったので、着ている蛍も疑問には感じていたのだ。

 

「オオカミと仲良くする為よ」

オオモト様は、まさかと思った疑問をあっさりと解消した。

 

…………

 

「や、やっぱり、その使い方で良かったんですね。わたし、てっきり……」

蛍は割と嬉しかった。無謀とは思っていたが、自分の使い方で間違いはなかったのだ。

でも正直な所、もうちょっと利己的な答えがあると思っていたのは言えなかった……。

 

──

───

 

「蛍ちゃん、すごーい!お城に住むお姫様だったんだねー!」

燐はこれまでの話の流れをばっさりと切って、蛍の元に駆け寄り、手を取ってはしゃいでいた。

 

「あ、う、うん。ごめんね。別に言わなくてもいいことだと思って……それに、別にお姫様ってわけじゃないよ」

燐の急な行動に、蛍は困った顔でぎこちなく微笑む。

 

燐が自分の近くに寄って来たので、蛍はウィンクをして、未だに服を着てないことを知らせようとしたが、蛍の素性について興味津々の燐には、その意図は届かなかった。

 

「あ、そっか。じゃあ、お嬢様かぁ。なんかわたしと全然違う感じだったから、道理で」

燐は腕を組んでうんうんと一人で納得する。

「ねぇねぇ、お城の暮らしってどんな感じ?わたし憧れちゃうなぁ。きっと毎日高級な料理を食べて、優雅に暮らしてるんだろうなあ。いいなあ~」

 

「え、えっと……」

燐が食い気味に蛍に密着して質問攻めをしてくる。

他の人の前で裸であることを気にしない無垢な燐に、蛍は逆に恥ずかしくなって顔を赤くしてしまう。

 

「燐」

完全に蚊帳の外にあったオオモト様が、ため息交じりの声を掛ける。

怒った感じではないようだが──。

「いい加減服を着た方がいいわ。お客様が困っているわよ」

燐は言われて自分の体を見る。そこには生まれたままの自分の姿があった。

 

「──きゃぁ! 本当だ! わたし何時の間にか裸だったよー!」

自分で脱いでおきながら燐は今更のように恥ずかしがった。

「なんで直ぐに教えてくれなかったの~!」

慌てて、もぞもぞと服を着る燐。

指摘があるまで気づかなったのもおかしいが、何故か微笑ましい光景だった。

 

「それだけ燐の裸が可愛かったからよ。ねえ?蛍」

「えっ!う、うん。とっても可愛かったよ、燐」

 

突然、オオモト様に話を振られてどきっとしたが、蛍もオオモト様と同じ意見だった。

オオモト様と蛍は初対面だが、割と気さくな印象をもっていた。

 

「それって……別に褒めてないよね」

燐は恥ずかしいのか赤い頭巾をすっぽりと被って表情を隠した。

その拗ねた様な仕草も可愛らしい。

 

「……とりあえず燐。お腹が空いたわ。年寄りの楽しみは食事だけなのよ」

空腹感を露わにするオオモト様。表情があまり変わらないのでイマイチ深刻さが伝わらない。

それにまだお婆さん設定を引き摺っていた。

 

「だーかーら、お菓子と葡萄酒を、ってあれ?」

燐は家から持ってきたバスケットを指差すが、中には何も入ってはいなかった。

もう一度戻ってきたときにも、中身は入ったままだったのに。

 

「ごめんなさい。これじゃ腹八分目にも満たないの」

オオモト様はワインを飲みながら、もぐもぐとシュトレンを一本丸ごと頬張っていた。

「全部食べちゃったの!? わたしも食べようと思ってたのに」

燐はすっかり忘れていたのだが、オオモト様は甘いもの、特にお菓子には目がないのだった。

 

だからって全部食べなくてもいいでしょー。

折角作ってきたシュトレンを全部食べられてしまって、燐は落胆していた。

 

「そういえば、わたしもお腹空いてきたかも……」

オオモト様の食欲に当てられたのか、蛍も空腹感を思い出していた。

今日は森を走り回ったので何時もより、カロリーの消費が激しかったのだ。

 

「仕方ないわね、燐。錬金術でなにか作ってあげなさい」

オオモト様はもごもごと口を忙しなく動かしながら、燐に指示を出してきた。

あまり宜しくない大人の在り様だった。

 

「ええっ!わたしがやるんですか!?」

急な展開に、燐は一瞬理解が追いつかなかった。

 

「そうよ。あなたも錬金術師の卵なんだから、これぐらい出来るはずよ」

「でも……錬金術っていうか、これって普通に料理です、よね?」

 

「料理も錬金術も基本は同じよ。期待しているわね」

オオモト様はワインを片手に高みの見物を決め込むつもりだった。

実際、呼ばれたときは、燐が家事全般を担当していたので、いつもの事と言えばいつもの事なのだが。

 

「……燐も錬金術師、なの?」

蛍がおずおずと訊ねてきた。

 

「うーん、まだ見習いってとこなんだけどね。ここに来るときに少しづつ教えてもらってるの」

「へぇ~、凄いね。なんか感動しちゃったよ」

燐の意外な一面に、言葉以上に感動していた。

自分と同世代だと思ってた少女が、実は錬金術を習っていたとは思いもよらなかった。

 

「でも今回は料理だしなぁ。さてさて、何、作ろうかなぁ……Eintopf(ソーセージのスープ)でも作ってみようか」

アイントプフはスープ料理で、ソーセージや野菜を煮込んで作る、家庭での定番料理だった。

燐は実家でも作ることがあったので、割と得意料理だった、

 

「燐。わたしに手伝えること、ない?」

「ありがとう蛍ちゃん。じゃあ野菜の下ごしらえって、お願いできる?」

燐は手伝ってくれる気持ちに応える為に、つい勢いで蛍に頼んでしまっていた。

自分の軽率さに少し後悔してしまった。

 

「うん、いいよ。任せて」

蛍は野菜袋からジャガイモを取り出してキッチンナイフで器用に皮を剥いていく。

蛍の違った一面にすっかり感心してしまっていた。

 

「どうしたの、燐?」

視線に気づいて蛍は照れたような表情で燐に向き直る

 

「ごめんー。蛍ちゃんはお嬢様みたいだから、こういうのはしないのかなーって、勝手に思っちゃってたから」

「あ、そういうことね。あの、わたし、ね……」

蛍はジャガイモの皮を剥きながら、ぽつぽつと話し始める。

 

「わたし、小さい頃にお母さんを亡くしちゃったから、身の回りの世話は殆ど執事やメイドさんにやってもらってたの。でもこれじゃ後々困るかなって思って、最低限の事は自分でやれるように、こっそり練習してたんだ」

 

「そうだったんだ……ごめんね。変な事聞いちゃって」

燐は自身の軽率さを顧みて、蛍に謝罪する。

 

「ううん、そんなことないよ。むしろ聞いてもらって嬉しい。燐に話したら少し楽になったよ。それに練習したことも役に立ったし」

ジャガイモの皮を剥き終えた蛍がにっこりと微笑んだ。

悲壮感を感じさせない透明な笑みだった。

その微笑みを見て燐は少し泣きそうになってしまった。ちょうど玉ねぎを切っていたからではないと思う、多分。

 

まずは鍋にバターを入れて、そこに切った野菜を投入し、しばらく炒めます。そこに更にレンズ豆を加えて炒めていきます。

 

蛍が鍋を炒めている間、燐は……錬金術用の窯の前にいた。

 

神経を集中させつつ何かを窯の中に一つづつ入れていく。

何が起きるのだろう。蛍は固唾を飲んで成り行きを見守った。

窯の中に光が溢れて何かがおきようとしている。

蛍は瞬きすることも、鍋を炒めることも忘れて、燐と光り輝く窯を凝視し続けた。

 

(これが、これが錬金術なの? 燐……)

 

──そして。

 

「じゃーん!バッチリ上手くいったねっ!」

朗らかな燐の声が、先ほどまでの神秘性のあった様相をすべて吹き飛ばしていた。

 

「えっ?何か、出来たの?」

蛍には何が起こったか理解出来なかったので、当事者の燐に成果を聞いてみる。

 

「ほら、コレが、出来たんだよ」

燐が出来たものを蛍の掌に落とす。

コロッとした小さな四角形の塊が掌に乗った。

 

「なぁに、これ?」

指でつまんでみると、割と柔らかく簡単に崩れそうに思えた。

 

「これはスープだよ、スープを固めたもの。上手く調合できて良かったー。コレをこうやってお鍋に入れるとね、良い味が出るんだよー」

燐は出来栄えに満足がいったのか、胸を張って自信満々に説明する。

そして、その出来上がったものを、躊躇することなく、炒めていた鍋に投入した。

 

「そ、そうなんだ。凄いね……どんな味になるのかな」

にわかには信じかたかったが、誇らしげに言う燐を見ていると、不思議と何でも信じられそうになる。

 

「後は、レシピ通りに作っていこう」

水と香辛料、ジャガイモを加えて煮込んでいきます。そしてソーセージを加えてさらに煮込んでいくと──アイントプフが出来上がりました。

 

「最後にこれを掛ければ完成だね」

出来上がったスープをお皿に盛りつけてると、仕上げばかりに燐が一皿づつ何かを振りかけていった。キラキラとした粉がスープの上に落ちて煌びやかなアクセントとなっていく。

 

「燐。何をかけてるの?」

 

「ふふーん、これはなんと、金だよ。金の粉。なんでも東洋の方じゃ金を食べるんだって! 美容と健康に良いらしいよ」

燐は聞きかじりの知識を惜しげもなく披露してくれた。ちなみにこれも錬金術で作ったものらしい。

燐が楽しく喋ってくれるだけで、蛍もつられて楽しくなってしまう。

 

 

小ぢんまりとしたテーブルに人数分のスープとライ麦パン、サラダが並ぶ。

これで少し遅い、 Mittagessen(ランチ)の時間となった。

 

一応、オオモト様も食器を置くのを手伝ってくれていた。

 

「さて、蛍ちゃん、お味はどう?」

燐がスープを飲む蛍の顔を、自信無さげに覗き込んで聞いてきた。

 

「悪くないわね。欲を言えばもう少し具材が多い方が味にコクが出るわ」

蛍が答えるよりも早く、オオモト様が味の感想を呟く。

 

「んもー、オオモト様には聞いてないですっ。蛍ちゃんはお嬢様でいつも美味しいのを食べてるはずだから、舌に合わないかもしれないでしょ」

最初に蛍ちゃんから感想を聞きたかったのに、と燐は少し拗ねて抗議した。

 

「お嬢様は余計だよ、燐。でもこれ美味しいよ。今まで食べたどんな料理より美味しい、かもしれないよ」

「本当!?無理して言ってない?」

ぱぁっと燐の顔が明るくなる。だがまだ半信半疑なところもあった。

 

「うん。お世辞は言ってないよ。それに料理の味だけじゃなくて、みんなで一緒に作って、一緒に食べるから美味しいと思うの」

蛍は燐にとびっきりの笑顔を向けた。

 

燐と一生懸命作ったので美味しくないわけがないとは思ってはいたが、錬金術で作ったものを加えたのが、更に美味しくなったのだろう。蛍はそう理解した。

 

「そっか、そうだよね。ありがとう蛍ちゃん」

燐はようやくほっとしたのか、胸を撫で下ろして、自分のお皿に盛りつけられた食事を口にする。やっぱり味に間違いはなかったようで、その顔を見れば一目瞭然だった。

 

「そうね、赤ずきんとオオカミが初めての共同作業で作ったんですもの。余計に美味しくなるわね」

何やら意味ありげな事を口にするオオモト様。何か意図があるのか。それともワインの飲み過ぎだろうか?

 

「オオモト様は意味不明な事言ってないで、後片付けぐらい手伝ってください」

「うふふ。どっちが先生だか分からないね」

二人のやり取りを見て蛍はくすくすと笑ってしまう。

 

「今日の燐は当たりが強いわね。昨晩はあんなに可愛い声を挙げていたのに……」

オオモト様は空になったワインの瓶を見つめて悲しそうに呟いてみせた。

 

「り、燐……やっぱり二人って……」

蛍はもしやと思っていたことが的中したことに驚愕する。

やっぱり燐とオオモト様はその、夜の授業も教え合っていたのだろうか……。

二人の邪な想像して、蛍は顔が真っ赤になっていた。

 

「んもー。どうしてそう出任せゆーかなー。昨日は来てないし、今まで一緒に寝たこともないでしょー」

燐が呆れたようにツッコミを入れた。

 

「本当、かなぁ?」

「もー。蛍ちゃんまでー」

 

楽しい。本当に楽しい笑い声が小屋の外まで漏れていた。

外は既に夕刻になろうとしていて、気温が氷点下近くまで下がっていたが、部屋の中はいつまでも暖かった。

 

あのとき、後を追っていって良かった。蛍は感嘆する。

一時の出会いがこんな素敵な偶然を生むなんて。あの時は考えも及ばなかったから。

 

またここに遊びに来よう。灰色だった日常に新しい火が灯った。

 

燐と蛍はすっかり薄暗くなった林道を、手を繋ぎ合って最初に出会った所まで戻った。

更に寒さが増していたがが、胃の中も心も暖かったので気にならなかった。

そして、お互いに手を振り合って、それぞれの方向へ別れた。

 

燐とわたし。赤ずきんとオオカミ。二人は決して交わらないのかな。

どんなに好意を寄せていても、結局最後は……。

 

「蛍ちゃーん! Happy Holidays!」

振り返って大きく手を振る燐の姿。手渡されたランプの燈火よりも光に満ち溢れている。

 

だから、わたしもその光に向かって手を振った。

 

「Happy Holidays! 燐!!」

これまで出したことのない大声で──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっぱり、イヴどころかクリスマス当日にも間に合わなかったなあー。
しかも後1話あるんですけど……どうしよーかなー。
とりあえず今回の話でも一応〆られるような形をとっておきました。
1話分はなんとか都合を付けて、頑張って今年中に終わりにしておきたいなあー。

さて今回は童話というより某ゲームの設定をお借りしました。
最近やった、ライザのアトリエ要素をそこそこ使っております。この話の冒頭で燐が使っているのは、同ゲームのアイテム、ハンマー+フラムロッドで出来るフラムハンマーをイメージして出しています。
更にこの話のオオモト様はライザの某キャラの要素を多く含ませていて、かなりのキャラ崩壊となっておりますことをご了承ください。

さてー、なんとか続きいけるかなー。

それではーーHappy Holidays!!








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Geschenke

街の中心地をコールドムーンが照らし出す。
まだ夜更けには遠い時刻、クリスマスマーケットでは人々が夜と寒さを存分に楽しんでいた。
その喧噪の中心地から少し離れた川沿いの場所に、少女は居た。

そこは小さな公園のような場所であり、人々がくつろげるベンチと、イルミネーションに彩られた大きなモミの木が立ててあった。
少女は寒空のもと、一人、木の下で立ちつくしていた。

少女はサンタクロースの様な出で立ちをしていたが、楽しそうにしている様子はなく、ただ不安げな表情で立っているだけった。
その傍らには巨大な袋もあり、子供たちへのプレゼントが入っているのか、中はぱんぱんに膨らんでいる。

「はぁ……」
少女は思わず、ため息を深くついた。
吐く息は雪のように白く、冬の儚さを思わせた。
両手には手袋を着用しているが、それでも手がかじかんでいくようなので、両手を握り合わせて祈るように寒さに耐えぬく。
凍てつくような寒さが足の先から頭の頂点まで徐々に浸透していくようで身震いする。
これでは雪が降るのもそう遠くはないだろう。

じっとしていても余計に寒くなるだけなのだが、冷えと不安でこれ以上動けなかった。

「はっ、はっ、はっ、はっ」
大通りの暗闇から何かの音が近づいてきていた。
遠目からでもハッキリと見える白い息を弾ませながら、誰かが走っているようだった。
呼吸は一定のリズムで安定していて、走り慣れているように感じた。

その人影が少女の前を通り過ぎようとしている。
寒さに震えながらも、少女はそれを目で追っていた。

──その時、不意にモミの木に飾られたイルミネーションの明かりが北風に揺れて、偶然にも前を通り抜ける人影の姿を鮮明に照らし出した。
闇夜を走るのは少女だった。それはまさしく……。

「──燐!!」
少女はつい咄嗟に周りを気にすることもなく大きな声を上げていた。
だって今、一番会いたい人が目の前に現れてくれたのだから……。

「……? 蛍ちゃん!!」
立ち止まってこちらを振り向く、燐もまたサンタの様な衣装に身を包んで、大きな白い袋を肩に担いでいた。
頭にはやっぱり赤い頭巾を被っていたのだが、白と赤のサンタ風の仕様になっていた。

燐が振り返った先には、同じようにサンタの衣装を身に纏った蛍が立っていた。
大きな瞳は細かに揺れていて、鼻を赤くしたままで。

「燐──!」
不意に蛍が抱きついてきたので、燐は驚いてバランスを崩しそうになる。
咄嗟に腰に力を入れ、重心を安定させて蛍を抱き留めた。

「っと、蛍ちゃん、どうしてここにいるの? 今日はもう帰ったとばかり思ってたのに」

あの工房からの帰り、林道の分かれ道でお互いに手を振って今日は別れたはずだった。
そんな蛍がここにいるだけでも疑問なのに、なぜ自分と同じようにサンタの格好をしているのだろう。

「どうしたの、蛍ちゃん。こんな寒い夜に泣いてると涙まで凍り付いちゃうよ」
出来る限りの優しい口調で燐は語りかける。
燐の胸の中で、目を赤くして泣きじゃくる蛍を見ていると、とても愛おしくなった。
燐は蛍の頭を優しく撫でてあげた。
柔らかく美しい黒髪を梳くように、丁寧に撫でる。

抱き合った二人の姿を、青白い月とイルミネーションが照らし出しだす。
重なり合った長い影を石畳に伸びた。

「うっく……り、燐。わたし、心細かった、よぉ……」
蛍は燐の背中に手を回して、その胸に縋りつく。
燐の体温、声色、そして鼓動、すべてが柔らかく伝わってくる。
外は寒い夜なのに、燐の温もりは暖炉の前にいるかのように心地よい暖かさだった。
蛍の欲しいものを全て濃縮してぎゅっと集めたように心が満たされていく。

「大丈夫、蛍ちゃん? そんなんじゃわたし、何時までも傍にいてあげたくなっちゃうよ」
燐は瞳を閉じて、少し呆れた口調で言うが、悪気のようなものは一切無く、優しさしか含まれていなかった。

その言葉の通り、ずっと傍に居て欲しい。ずっと何時までも燐とこうしていたい。
蛍はその秘めた想いを思わず言い出しそうになり、寸前のところで口を噤んだ。

暫く抱き合っていた二人だが、やがてゆっくりと離れる。

「……もう大丈夫だよ。燐に会えただけで元気でちゃった。ありがと」
ちょっと照れた表情の蛍。その瞳にはもう不安の色は感じなかった。

「それなら良かったよ。それにしてもどうしてそんな恰好でこんな場所に?」
蛍が落ち着いたみたいなので、燐は改めて聞いてみることにした。

「子供たちのお菓子を配るボランティアに参加してみたの。まだ募集してたみたいだから急きょ参加してみたんだ」
(ホントは燐にまた会えるかもしれないってこと、だけど)
本音は口にしなかった。

「なるほどねー。じゃあ偶然会えたってことかぁ」
「本当に、すごい偶然だね」
燐の住む街は割と大規模なので、この場所で少女達が再び出会えたのは、まったくの偶然としか考えられなかった。

「でも結構大変だよねこれ。こんなに重労働とは知らなかったよ……」
学校や教会等を回ってプレゼントを渡すだけなのだが、十数か所回る必要がある上に、渡す数も多く、華やかな衣装とは裏腹にかなりの肉体労働となっていた。

「そうだよねー。わたしも同じお手伝いをしているけど、結構忙しくて。ごめん、蛍ちゃんのヘルプできなさそうかも……」
燐も同じ奉仕活動に参加していた。
割と幼いころから手伝わされていたので、既に恒例の年中行事となっていた。

「ううん、もう大丈夫だよ。燐に元気もらったって言ったでしょ。わたしが自分で受けた仕事なんだから、最後まできっちりやるよ」

蛍は燐から受けた優しさを他の子にも分け与えようと思っていた。だから辛くてもこれは自分一人でやらねばならぬことだと、蛍はこの仕事の意味を見出すことができた。

「分かった。じゃあ終わったらここで待ち合わせしよ。来るまでずっと待ってるから」
蛍の表情に決意の色を見たのか、燐はもうこれ以上は心配しなかった。

「うん、わたしが先でも待ってるね。あ、でも燐の方が直ぐに終わりそうかな?」
それは仕事の量ではなく単純に要領のことを差していた。

出会ったばかりの二人だったが、燐は以外にもしっかりしていると、蛍は薄々感じていた。
お互いの年齢を聞いたら偶然にも同い年だったので、余計にビックリしてしまった。
”深窓の令嬢”と”働き者の街の少女”その差は蛍が考えている以上に大きいものだった。

「そんなことないんじゃないかな? あ、ごめんね蛍ちゃん、わたしそろそろ行くね」
燐は荷物を担いで自分の仕事に戻ることにした。蛍を背にして目的地へと急ぐ。

ここで結構時間を使ってしまったので遅れを取り戻さないと。でもとても素敵で有意義な時間を過ごすことが出来た。
(わたしも蛍ちゃんに元気貰っちゃったね)

燐は途中で立ち止まってこちらに降り返ると、元気よく笑顔で手を振ってくれた。
「頑張って~蛍ちゃん。蛍ちゃんなら絶対大丈夫だよー!」

燐には助けられてばかりだ、と蛍は少し恥ずかしくなる。

──でも。

「うん! 燐も頑張ってねー!!」

だからわたしも笑顔で手を振り返した。
口角をしっかりと上げて出来る限りの笑みを作った。
燐の姿が見えなくなるまでずっと……。

大きなモミの木の下で、また蛍は一人取り残された。
だが先ほどまでと違って、心がとても暖かくなってるし、体も驚くほど軽く感じる。
両手を水平に広げ、ぶんぶんと振って気合を入れなおしてみた。
これなら子供たちの前で堂々とサンタになることも出来そうだ。

正直まだ不安はあるけれど、これ以上燐に頼りっぱなしにもなりたくない。
出来れば燐とは友達以上の関係になりたい。
そんなことを思ったのは初めてだった。この想いをとても大切にしたい。
だから今、頑張ってみよう。

蛍も荷物を抱えて走り出す。冷たい風が顔に当たって痛みを感じるが気にすることなく走った。
カップルや家族連れの人々とすれ違うが、少しも気負うことなく通り過ぎる。

──終わったら燐と何しよう?
 
蛍はそれを想像して楽しくなったのか、普段人前でやりもしないステップを軽く踏みながら、子供たちの待つ教会へと駆けていった……。







先ほどまで青い月が煌々と照らしていたのだが、何時の間にか雲が瞬く間に広がっていた。

灰色の雲が月を覆い隠し、鉛色の空模様となっていた。

雪の予感を感じさせる空の下、少女は足早に路地を駆けて抜けて行った。

 

「はあっ、はあっ」

白い息を作りながらもサンタ姿の少女は石畳の上を駆けた。

友達と待ち合わせているあの場所まで……息つく暇もなく足を動かす。

 

燐は、待っていてくれるだろうか……少し不安がよぎったがそれ以上は考えなかった。

 

あのモミの木の前で立っている人影があった。こちらに気づくと大きく手を振って合図を送ってくれている。

「蛍ちゃーん。こっち、こっち!」

自分の名を呼び掛けてくれている少女。それに目掛けて、蛍は最後の勢いをつけて駆け出した。

 

「燐──!」

蛍は思わず、がばっと抱きついてしまっていた。この喜びを体全部で燐に表現したかったのだ。

自分のことを友達が待っていてくれる喜び、それは何物にも代え難かった。

 

燐は蛍がそうくるかもと、それなりに覚悟を決めていたのか、今度は一切よろけることなく抱き止められた。

 

「良かった、燐、ちゃんと待っててくれたんだね。ごめん、随分待ったでしょ? もう帰っちゃったかと思ってたから気が気じゃなかったよ」

 

燐の温もりに包まれたことで、蛍はようやく安心することが出来た。

 

「そんなことないよ、わたしも今来たばっかりだから……お帰りなさい、蛍ちゃん」

二人は暫く抱擁してお互いを労った。

先ほどよりさらに気温が下がっていたが、二人の心はそれ以上に暖かかった。

 

少女達は手を取り合って、モミの木の近くにあるベンチに並んで腰を掛けた。

寒空の下で、すっかり冷えたベンチとなっていたが、二人で座ると何故か冷たさもあまり気にならなかった。

 

「それよりはい、これ。頑張った蛍ちゃんにプレゼント」

燐が赤と緑の包装紙にくるまれた、とても小さな箱を蛍に手渡してきた。

 

掌に収まるほどのサイズの箱だが、大きさは問題ではない。

燐から貰ったことが何より嬉しいのだ。蛍は両手で箱を包み込んで胸元でぎゅっと抱きしめた。愛しさが零れ落ちそうだったから。

 

「わぁ! ありがとう燐。わたしも燐にプレゼントがあるんだよ」

蛍はそのお返しにと、リボンをあしらった紙製の金の袋を、燐に贈った。

 

まさか蛍からプレゼントを貰うとは思わなかったので、燐は驚いたように一瞬、目を丸くしてしまった。

だが、すぐに気が付いて蛍に微笑み返した。

 

「ありがとう蛍ちゃん、すごく嬉しい! ね、ね。今、開けちゃってもいい?」

「うん、いいよ。わたしも燐からのプレゼント開けちゃうね」

 

嬉しさで気持ちが高まった燐と蛍、二人はほぼ同時にリボンを解いていた。

そこにはそれぞれの想いが詰まったプレゼントが入っていた。

 

「わあ~、マフラー、だね。すっごく可愛い!」

蛍から貰った紙包みを開くと、中には恐らく手編みであるだろう、マフラーが綺麗に畳まれていた。

燐は嬉しくなり、思わずマフラーに頬を寄せていた。

手縫いのマフラーからは蛍の甘い香りが残っていて、胸いっぱいに満たされていく。

燐はその甘い香りに蕩けそうになっていた。

 

「これは、燐寸(マッチ)、なのかな?」

燐から受け取った小さな包みの中は、変わった模様のマッチ箱が一つ入っているだけだった。

箱をスライドさせてみると、色とりどりの少し変わったマッチ棒が整然と入っていた。

中のマッチ棒を一本取ってみる。大きさは既製品と一緒だが、芯棒まで色が塗ってあった。

 

「蛍ちゃんって編み物上手だね。これいつ頃作ったものなの?」

 

燐は何気なく尋ねてみたが、その質問を受けて蛍はビクッ、と体を雷に打たれた様にこう着していまっていた。

 

そして、悲しい瞳で燐を見つめていた……が。

 

「ごめんね。燐……」

 

「えっ!? 急にどうしたの蛍ちゃん?」

 

突然、蛍に謝られて燐はビックリしてしまう。マフラーに寄せていた顔を蛍に戻して、その真意を図るべく、じっと見つめ返した。

その視線を受けた蛍は、燐から視線を外して、躊躇いがちにぽつぽつと話はじめた。

 

「そのマフラーね。本当は別の子に渡すために編んでたんだ。でも途中までで止めてたの。だから……ごめん燐」

以前まで仲良かった女の子に渡そうと蛍が編んでいたマフラーなのだが、喧嘩別れのような形になってしまってからは、ずっと引き出しの奥にしまっておいたのだ。

 

何だそういうことか、と燐はそっと胸を撫で下ろす。

 

「でも、蛍ちゃんは最後まで仕上げてくれたんだね。ありがとう」

マフラーには解けている箇所はなく、キチンと細部まで仕上がっていた。

 

「うん。あの後、急いで仕上ちゃったからちょっと微妙な出来かも。もし、気に入らなかったら好きに処分していいから」

 

蛍は自分の家──城館に戻ってから、引き出しの隅に置いていたマフラーを急いで仕上げてから街に来たのだ。大切な人に特別なプレゼントを贈りたくて。

 

「捨てるなんてとんでもないよ! このマフラーには蛍ちゃんの想いが詰まってて、すごく暖かい……その人の分も一緒にわたしが大切にするからね」

 

燐はマフラーを首に巻いてみる。

蛍の繊細な気持ちの一端に触れた気がして、たまらなく愛おしくなる。

作った経緯とかはさほど気にしていない。蛍から送られたものならなんでも嬉しかった。

燐はそれだけ”蛍”という今日知り合ったばかりの少女に、強く惹かれていた。

 

「そういえばこれ、ちょっと長いよね。蛍ちゃんも一緒に入ろう。すっごく暖かいよ」

マフラーは一人で使うにしては少し長めに出来ていた。急場だったので、途中からの採寸まで考えなかったのかもしれない。

そこで燐は、一旦マフラーを解いて、蛍と二人、一緒にマフラーを巻きつけた。

 

「本当……燐と一緒だからかな、すごく暖かいね……」

 

「うんうん。蛍ちゃんの体温を感じられて、ぽかぽかになっちゃうよ」

二人の少女が1本のマフラーで結ばれて、お互いの鼓動を身近に感じる。

友達同士にしては仲が良すぎる行為だったが、二人ともこの場では特に意識はしなかった。

 

「そういえば、燐。このマッチって何かあるの? あ、もしかして」

蛍は先ほど貰ったマッチ箱を掌に乗せて燐に尋ねる。

燐はその質問に待ってましたとばかり、少々大げさに身振り手振りで説明してみせた。

 

「うん! そう、これはただのマッチじゃなくて、”錬金術”で作った特別なマッチなんだよ!」

 

「やっぱり……じゃあ普通のマッチと違うものなんだね」

女の子へのプレゼントにマッチはちょっと変わってると思ったけれど、やっぱりそういうことなんだ。

そういえば燐は錬金術師見習いだったよね。

錬金術って色々なものが作れるんだ……蛍は燐の器用さが少し羨ましくなった。

 

「蛍ちゃん、試しに擦ってみて。多分、爆発とかはしないと思うから」

 

「うん、分かった。それじゃあ……いくよ」

爆発と聞いて、少し緊張しながらも、蛍はマッチ箱の側面でマッチ棒を擦る。しゅっと火花が散って、小さい火が小さい棒の先端に灯った。儚げに見える炎だがしっかりと熱を持っていた。

 

蛍はその赤い燈火の中に、陽炎の様な何かを見たような気がした。

眼を凝らしてそれを更に見つめると、火の奥に何かが居る様子が見えて、蛍は思わず口に手を当てて驚愕した。

 

あれは──燐、と自分、そしてオオモト様の姿だった。

それは3人の食事の風景で、今日の少し前の光景がそこに再現されていた。

さすがに音は出ていないようだが、ちゃんと動いているようにも見える。

蛍は瞬きを忘れるほどに見入っていた。

 

「うん、上手くいってるみたいだね」

何時の間にか燐も蛍と一緒にマッチの火を間近で見つめていた。

お互いの頬が密着する程、近づいていたのだがまったく目に入らなかった。

それだけこの不思議な光景に蛍は魅入られていたのだ。

 

「燐……これって、どうなってるの?」

マッチを持つ蛍の手が小刻みに震えていた。寒さからではなく、”奇跡”を目の当たりにした驚きが手の震えを止まらせなかった。

 

「これはね。マッチの火を灯すと、自分の心が覗けちゃうものなんだ。原理は……良く分からないけど、適当に調合していったら偶然出来ちゃったんだよね」

 

「わたしも試しに擦ってみたんだけどなんか上手くいかなくてねー。だからこれはレシピ変化させた改良品ってわけ。調合の精度を上げてみたんだ」

 

燐はネタを解説したが、蛍には正直何を言っているのかイマイチ理解出来なかった。

だが、この錬金術のマッチを擦ることで、人の心の内が見えることだけは辛うじて分かった。

 

「だから……午後の3人の会食が火の中に見えたってこと?」

蛍は小首を傾げた。

 

「そういうこと、それにマッチの色で、其々違った情景が見えるみたいなんだ」

 

「今、蛍ちゃんが擦ったこの赤のマッチは過去の出来事が見える。こっちの黄色のマッチは現在の出来事が。そしてこの青のマッチはなんと、この先の運命──未来……が見えるかもしれない掘り出し物だよ! 更に、今ならもう一個オマケがついて、お買い得だよ、お客さんっ!」

 

燐は箱から一本ずつ色の違うマッチを取り出して、丁寧に解説した。

だが、その胡散くさい様子は、さながら他国から来た怪しい行商人の様相だった。

 

(って、いうか、これはわたしが燐から貰ったものだよね……それとも、燐はこういう商売もしてるのかな?)

突然の流暢なセールストークに、蛍の思考は別の方向にいきそうになっていた。

 

「えっと、過去と未来は何となく分かるけど、現在ってどういうこと?」

蛍は燐の台所事情が少々気になったが、特に言及はせずにマッチの疑問だけ聞いてみた。

 

「あー、正確には今、自分が欲しいものとか好きなものが分かるって感じなのかなぁ? まだ全然検証が足りてないんだよね~」

先ほどのセールストークとは裏腹に、燐の答えはぎこちなかった。

 

「え、凄いねそれ! じゃあ今、何が欲しいとか、食べたいものとかが分かっちゃうってことだよね」

蛍はその効果をかなり前向きにとらえていた。

自分の心の内を見られるのは恥ずかしいけど、嘘や誤解を招くことはなくなるかもしれない。

かなり画期的な発明だと蛍は感心しきりだった。

 

「まあ、ね。でも見られたくないことも見えちゃうのは、なんか問題あるのかも? それにまだ良く分からないけど、無意識なことでも関係なく見えちゃうみたいなんだよね」

燐は腕を組んで頷きながら言った。ちょっと哲学者っぽい仕草だった。

 

「そっか。でも、裁判とかそういうので役に立ちそうじゃない? 嘘は分かっちゃうみたいだし」

 

「ううーん、実はね、蛍ちゃん。あんまり錬金術は人に見せないほうが良いみたいなんだよねぇ。なんか、強すぎる力は人の欲望を膨れ上げさせるとかなんとか……って、オオモト様にも最初に言われちゃったし」

燐は複雑な表情で錬金術師になるに至っての、決まり事を語った。

 

「そうだよね。こんなに便利なのがあったら、みんな欲しがっちゃうしね」

 

蛍はこの燐の作ったこの奇妙なマッチをいたく気に入っていた。

これがあれば裁判や(まつりごと)も公平になるだろうし、燐やオオモト様のような錬金術師も世間からもっと評価されるだろうと思っていた。

 

──だが、それは浅はかな考えなのかもしれない。

 

強すぎる力は幸せだけを呼ぶだけではないし。

それに好きという気持ちだけでなく嫌いという気持ちも分かってしまう。

それは新たな火種を呼びかねない。

知らなくていいことも知ってしまう、それは結局、()()()()()()と言うものではないだろうか。

 

蛍はちょっと憂鬱な面持ちでマッチ箱を見つめていた。

 

「そういえば、オオモト様って、昔から錬金術師なんだよね? あの人も錬金術で作ったものを人に見せたりしたのかな?」

暗い考えが過ぎってしまったので、蛍はなるべく言葉を選んで話を変えてみた。

 

蛍が昼間着ていたオオカミの衣装は、オオモト様が手掛けたものらしいが、錬金術で作ったものだとは全然知らなかった。

だとしたらこれ以外にも、オオモト様は何かを作ったりしたのだろうか。

 

「オオモト様って、あまり昔の事話してくれないんだよね。前はどこかの国の偉い錬金術師だったらしいんだけど、何か怪我をしたらしくって、それを理由に辞めちゃったみたい」

 

ぱっと見分かり辛いが、オオモト様は以前に怪我をしていたらしい。

そんな様子は微塵も見えなかったが、燐に嘘を言ってるわけでもなさそうだ、多分。

それにもし、その事が真実なら、今の燐は……。

 

「え、それじゃあ今、錬金術をやってるのって──」

 

「そう、わたしが一人でやっているよ。オオモト様は手を怪我してるからって、全部わたしにやらせてるの。一応、たまに指示はしてくれるんだけどね……人使い荒いけど」

 

燐にしてみれば一人前に見てもらってるという訳でもなく、単にサボりたいだけじゃないかとすら思ってはいた。

しかし、それだとしてもお互いの利害は一致していたので、特に不満はなかった。

 

錬金術を自分の力にする。それが今の燐の目標だった。

そうすれば()()()()ではなく”燐”として見てもらえるだろうと思っていた。

なかなか人前には出せる能力ではないけれど、いざという時の切り札的に、モノにしておきたかったのだ。

 

「そっか、だからあの時も、燐が一人でやってたんだね」

 

昼下がりの工房での事を蛍は思い出していた。

あの時、燐は一人で大きな窯の前に立ち、錬金術を披露してくれたのだ。あれはとても衝撃的で、今でも脳裏に焼き付いている。

だからこそ、赤いマッチの炎の中に、その時の情景が映し出されたのかもしれない。

 

「そーゆーこと。それより蛍ちゃん、他の色も試してみてよ。次は何が見えるのか、すっごく興味津々、なんだよね」

 

自分のことよりこの不思議なマッチで蛍の心の中を覗く方が、今の燐は気になって仕方ないようだ。

何時の間にか、危ない実験に付き合ってる感じになってるが、燐と一緒ならどんな事にもつきあっていこうと蛍は思っていた。

 

「それじゃあ、今度は……青い、マッチにする、ね」

 

一瞬、蛍は迷いを見せた。黄色いマッチから擦るのがなんとなく正しい気はしたのだが、今の心の内を燐に見られてしまうのは、さすがに恥ずかしかった。

 

たとえ、想い人が目の前に居たとしても……。

 

蛍は、えいっ、と一気に青い頭薬のマッチを擦った。

恥ずかしさを隠すかのように、少し大振りにマッチを擦りきってみる。

 

一瞬の閃光の後、青い澄んだ炎が闇夜にぱっ、と咲いて、とても美しい光が舞った。

その青白い炎の奥の空間を、二人は真剣な眼差しで凝視する……。

 

……

 

…………蛍の瞳には青い火の揺らめきしか映らなかった。

 

燐も同じ反応なのか、炎を恐れることなく瞳を近づけていく。

いくら瞬きを繰り返しても、青と白の火の奥には何のイメージも映りこまなかった。

 

「やっぱりダメか~。前に作った時も青色のマッチには何も見えなかったんだよね~。多分、未来を知るって、すごく高度なことなんだろうね」

 

燐が頬を掻いて弁明する。以前と変わらない結果にがっかりしていた。

 

蛍は燐の期待に応えられず、落ち込んでいたが、燐の発言で少し気持ちが楽になった。

 

「そうだったんだ……でも、何も見えなくてよかったかも、よ?」

 

「そう、かも、ね……うー、ごめんね蛍ちゃん。まだまだ改良の余地あり、だね!」

燐は蛍の助言に救われた気がしたので、これ以上結論を急がず前向きに考えること決めた。

 

「ううん。気にしてないよ。じゃあ次は黄色のマッチでやってみようよ。この黄色のマッチは燐が、一人の時でもちゃんと見えたんだよね?」

 

「えっとぉ、一応……見るには見えたんだけど、ね……」

 

歯切れの悪い回答をする燐。蛍は聞いちゃ不味かったことかと思い、後悔していた。

 

「あ、ごめんね。大丈夫だよ蛍ちゃん、気にしないで……ええーっと、それじゃあ最後の黄色やっちゃってみてください!」

 

蛍が心配しているのが分かったのか、燐は無理に声を張り上げて蛍を囃し立てる。

 

「燐……」

 

燐が無理をして、はしゃいでいるのが分かったので、あえてこれ以上何も聞かないことにした。

 

「それじゃあ、いきます、燐。ちゃんと見ててね」

 

燐を元気づけようと、蛍は黄色いマッチを手に取った、後はそれをマッチ箱の側面で擦るだけ、ただそれだけなのに……。

 

振り上げた手がとても重かった。

蛍はかつてないほどの緊張感に際悩まされていた。

 

(わたし怖いんだ。自分の”今”を燐に見られるのを怖がってる……)

 

自分で自分の内を曝け出すこと、それは誰もがしたいことで、誰もしたくないことだった。

 

燐を想っているのは間違いない。だがそれが見えるとは限らないのだ。

違うものがみえるかもしれないし、燐が言った”無意識”の部分が出てしまう事だってある。

そう考えると今、頭の中で何を考えていいか分からなくなる。

 

蛍はワザとマッチを落とそうかとさえ考えるほどに臆病になっていた。

過去や未来よりも、今を知ることがこんなに怖いなんて。

 

蛍はどちらかと言えばおとなしい子なので、何を考えてるのか分からないと言われたこともあった。

本人にしてみれば特に(やま)しい考えを持っているわけでは無いのだが、他人からはそうは見えないことに蛍は不思議に思っていた。

 

陰鬱な考えに押しつぶされそうになったとき、マッチを持つ右手に暖かいものが触れて、思わず振り返った。

 

「……燐!」

燐の手がやさしく蛍の手の上に添えられて、後ろから抱きすくめられていた。

 

「蛍ちゃん、一緒にやろう。わたしも今の自分を見てみたいから」

燐が目の前で微笑む。暗い心を照らす様に、まっすぐで揺らぎのない瞳で。

 

だから蛍はもう怖がらなかった──。

 

「燐……。うん、じゃあ二人一緒に……ね?」

 

燐の微笑みに蛍は頷き返した。迷いのない瞳を輝かせて。

 

「それじゃ、いくよ!」

「うん!」

 

「「eins twei ドラーーイ!!」」

 

燐と蛍の声が重なり合って見事なハーモニーを紡ぎ出された。

 

その掛け声に合わせて二人は黄色いマッチをマッチ箱に当てて擦る。

 

しゅーっ、と乾いた音がすると同時に黄色い炎が、細いマッチの先に燃え上がる。

今まで擦ったどのマッチ棒よりも光り輝く、熱い焔だった。

 

その黄色い光の中を少女達は覗き込む。髪の毛が燃え移るのではないのかと近く接近していたが、二人ともそんなことは気にも留めなかった。

 

──黄色い炎の奥深くに、見えるのは……。

 

「なにも……」

「見えない、ね……?」

 

二人は顔を見合わせる。

黄色いマッチの炎は二人の少女に何も見せてはくれなかったようで、ただ鮮やかな黄色の炎を少女達の手の先で揺らめかせるだけであった。

 

蛍は思わずため息を深くついた。それは安堵からくるため息だった。

燐もつられてため息をついていた。

二人の吐いた白い息が寒さを間近に感じさせた。急に寒気が増したように感じてしまった。

 

燐が不意に空を見上げると、上空から粉雪がひらひらと降ってきていた。

何時の間にかモミの木の葉も、うっすらと白く染まっていた。

 

「これも……」

 

「うん?」

「これも、失敗だったのかな?」

 

蛍が何気なく呟く。悪気はないがどうしても気になって燐に尋ねていた。

 

「んー、かもしれないねぇ。前に試したときは確かに見えたんだけどなあ」

 

燐が頭を巡らせる。

前に一人で試したときは、黄色いマッチの火の中に確かに見えたものがあったのだ。

優しい顔の母親と、今は家から居なくなってしまった父親が戻ってきて、今はもう無理な、家族3人で楽しく談笑している姿が、炎の先に見えていた、のに……。

 

燐はその時の事を思い出して、少し切ない表情で瞼を閉じていた。

 

蛍は心の内を見透かされなかったことに安堵したが、拍子抜けというか、何故か残念な気持ちもあった。

(自分の本心を燐に知ってもらいたかったのかな。わたし欲しがりなんだ……)

 

「ね、ねえ、燐、もう一度やってみよう? まだマッチはいっぱい残ってるよ」

蛍がマッチ箱を手に持ってしゃかしゃかと振るった。音からするとまだ十分にマッチは残っているようだった。

何故か元気がなく黙ってしまった燐を、何とか励ましてあげたかった。

 

「……うん、製作者が落ち込んでちゃダメだよね。こうなったらあるだけやってみよう」

燐は目を擦って、蛍の提案に賛成する。

今は余計な事を考えずに蛍と一緒にいることを楽しもうと思った。

 

……雪は音も立てずにやんわりと降り続いていた。

初めは粉雪だったのに、今は灰雪となって新雪を街に積もらせていた。

 

そんな雪の中でも少女達はマッチの火を付けることだけを、憑りつかれたように没頭していた。

 

「…………」

「うむむむ……」

 

「なかなか、上手くいかない、ね」

 

あれから色々試してみたが、赤いマッチは相変わらず、過去の出来事を見ることが出来るが、割と直近のことばかりで、とりわけ燐と蛍が出会った前後位までしか見れなかった。

 

青いマッチと黄色のマッチは何度やっても何も映し出すことはなく、ただカラフルな炎を見せるだけの大道芸と化していた。

 

実際、通りがかった小さな子供たちが見て、大うけしてくれていた。

 

結局マッチは殆ど使い切ってしまっていた。後は、擦り終わった軸を入れた箱だけが、掌に残っているだけだった。

 

辺りの景色はすっかり雪に覆われていて、燐のサンタを模した頭巾と蛍の帽子にも雪が積もり始めていた。

モミの木も雪がさっきよりも降り積もっていて、雪の重みのせいでイルミネーションも幾つか消えてしまっているようだ。

 

「ねぇ、燐は雪って、好き?」

蛍が掌の上のマッチ箱に視線を落としながら、唐突に質問してきた。

でも燐は特に驚くことはなかった。

 

「わたしは結構好きだなあ。雪が降ってくるとテンション上がっちゃうよ」

 

でも、降り過ぎると除雪しないといけないから大変だけどね。と燐は付け加える。

 

「そうなんだ、なんか燐らしいね。わたしも雪はすきだよ。こうやって雪が降ってくるのをずっと見ていられるよ」

 

蛍は落ちてきた雪を掌に乗せて微笑んだ。

その横顔は雪のように白くて、透明に見えた。

 

「……もしこのまま雪がずっと降り続いたら、わたし達の世界はどうなっちゃうのかな?」

 

蛍は燐の方を向いて、大胆な事をさらっと口にした。

その発言の意図は分からない。

 

「それは……さすがに大変なことになっちゃうよね、色々と」

燐は困った顔で蛍に微笑み返した。

 

「だよね。ごめん、変な事言っちゃって」

 

しんしんと雪は降り続いている。

このまま朝まで降り続いていたら、この辺りだけでも結構な積雪になるだろうと予測できた。

 

「そろそろ帰ろうか。蛍ちゃんの家の人たちも心配するだろうし」

 

燐が蛍の手を引いて立ち上がろうとするが、蛍は燐の顔を切なそうに見上げるだけで動こうとしなかった。

 

「大丈夫? 蛍ちゃん。寒くて動けない?」

 

「あ、ううん、そうじゃなくて、もう少し燐とここに居たいんだ。だめかな?」

 

「……ううん。いいよ、大丈夫」

燐は蛍の隣に座り直す。二人は改めて顔を見合わせると笑い合った。

 

「ねえ、燐……青いマッチの火の中に何も見えないのは何となく分かる気がするんだ。だって、未来は偶然の積み重ねで出来るものだから、人の先を見ることはとても難しいことだと思うの」

 

蛍は舞い落ちる雪を見ながら、自身の見解を語りだした。

螺旋を描いて落ちてゆく雪の結晶。美しくも儚い情景だった。

 

「でね、黄色いマッチはきっと……ね。今は見る必要がないってことなんじゃないかな?」

 

「え、それって?」

 

燐が首を傾げて疑問を口にする。

 

「だってわたし、今、燐と一緒にいるだけで幸せなんだもん。これ以上何も見たいものはないよ」

蛍は燐の手を取ってぎゅっと優しく握りしめた。お互いに手袋越しなのに何故か暖かく柔らかかった。

二人の気持ちが伝わっているようで、目を合わせると同時に微笑みあった。

 

「そうか。そうかもね……わたしも蛍ちゃんと一緒の今、とても幸せだよ」

 

今日出会ったばかりの二人なのに、まるで十年来の親友のような奇妙な結びつきを感じていた。

二人の心の在り様が同じなのかもしれない。

運命とかそういうのではなく、偶然が結びつけた少女の出会いだった。

 

 

「……燐。このままここでずっと雪を見ていようか? 燐が一緒ならわたしは何時までもここに居てもいいよ」

 

「それも、いいかな。でも……」

 

燐は蛍の顔を覗き込んだ。防寒対策もしないでここに居続けることはさすがに危険すぎる。

蛍はその燐の意図を察したように微笑み返した。

 

「大丈夫だよ、燐。わたしは燐さえ居てくれれば、どうなっても後悔しないよ」

 

「蛍ちゃん……うん、わたしも綺麗な風景を綺麗な蛍ちゃんとずっと眺めていたい」

 

星さえも消えて、降り続く雪は、空も街も白く覆い隠していた。

青い月明かりも今は白い影に隠れ、雪景色に変化した町並みを、淡く照らすだけに留まっていた。

二人の居る場所は白く冷たい街並みへと変化していた。

 

それでも二人ともベンチから動くことはせずに、ただただ空から降る雪を見上げていた。

 

黒い空から延々と降りそそぐ白い雪。

それは燐と蛍、二人の少女を美しく、そして切なく彩るアクセントとなっていた。

 

 

────

──

 

 

 

 




      ──明けましておめでとうございます──

クリスマスの話を年明けまで引っ張るやつはさすがに居ないやろ──だが、ここにいるのだった……。

年末年始は妙に忙しかったし、書いても書いても終わらないしで、結局分割することにしちゃいました……。
前の作品も終盤まで書いてから、分けちゃったし計画性無し無しなのは性分みたいです。

そんなわけで一応4話目があります。
大体出来てはいるけれど、推敲次第によってはまた期間空いちゃうかもしれません。
ちなみに今回の3話はマッチ売りの少女が元ネタとなっておりますが、一応4話目にも引っ張りますのでネタの詳細は割愛しておきます。

それでは良いお年を──ではなくて、本年もよろしくお願いします。



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Feuerwerk

燐と蛍は無言のまま、肩を寄せ合って雪を眺めていた。

少女達の帽子や肩、並んで座っているベンチも、舞い落ちる雪で覆われていて、周りの風景と同じように白く、溶け込むように染まっていく……。

「……燐、わたしね。ちょっと寂しい、かも……」

瞳を潤ませながら、蛍が上目遣いで見つめてくる。

その瞳の奥が何を訴えかけているのか、燐は瞬時に理解出来ていた。
でも、それに応えられるだけの気持ちの余裕が、今の燐にはまだ足りていない気がしていたので……。

……その代わり。

「──あ、燐!?」

蛍にぎゅっと抱きついた燐は、少し体重を掛けた。
そのままベンチに倒れこむかたちで横になった。
マフラーに繋がれたまま重なり合う二人の少女、額が触れ合うぐらいに顔が接近しても、お互いを見つめ合うだけでそれ以上何もしようとはしなかった。

「蛍ちゃん……耳、寒いんでしょ? 痛いぐらいに真っ赤だよ……可愛そう……暖かくしてあげる」

さっきから蛍の耳は寒さで赤くなっていた、冷たい風と雪にむき出しのまま晒されていたので、痛々しいほどに赤く腫れ上っていたのだ。
そんな蛍の横顔をみるたびに、その赤い耳がちらちらと視界に入ってしまい、燐はずっと気になっていたのだ。

「……うん、燐にだったら……いいよ……」

燐はおもむろに手袋を外して蛍の髪を優しくかきあげる。
小さく可憐な蛍の耳が露わになった、その小さな耳元に燐は愛おしそうに唇を近づける。
燐の可愛らしい呼吸音が耳に響いて、とてもこそばゆい。

「蛍ちゃん、手、握ろ。そうすればくすぐったくっても我慢できるよ」

「うん……」

蛍も手袋を外して生身の手を寒空に晒す、でも燐が直ぐに握ってくれた。
それはむしろ手袋に包まれるよりも、温もりが直に伝わって一層暖かく感じるものだった。

「はぁーっっ……」

燐は蛍の耳に暖かい吐息を出来るだけ優しく吹きかけた。
熱を持った吐息に燐の可愛らしい声が重なって、耳元から溶かされそうになる。

オオモト様の工房でされたときには、ただくすぐったかっただけなのに、今は寒さのせいなのか、余計に敏感になっているのかもしれない。

耳から春が舞い込んできそうになっていた。

「蛍ちゃん……お耳食べちゃうよ……ちゅっ……」

燐は蛍の耳の外側を口に入れて、くちゅくちゅ、と甘噛みした。
未知の感覚に蛍は慌てて片手で口を抑えて、くぐもった声をあげる。

「ん、蛍ちゃんの耳、美味しい、ね……」

燐が何かを言っているが、蛍には何を言っているか判断出来なかった。
耳のすぐ近くで言っているのに、刺激が強すぎて頭に入ってこない。
代わりに燐の手を強く握りしめる。

「り、ん、燐! あっ、好きだよぉ、燐……」

あまりの刺激の強さに、つい意味もなく告白をしてしまう蛍。
突然の告白に耳をしゃぶっていた燐も、ぴくっと反応してしまうが、それの告白に応える様に、舌を大きく動かして、耳を更に奥まで嘗め回してあげた。

その度に蛍の腰がびく、びく、と跳ねあがり、声にならない嬌声を上げていた。

燐はその行為を無我夢中に続けていた。
蛍を暖めてあげるよりも、蛍の可愛い反応を引き出したかった。

耳への艶めかしい責めに蛍は目を瞑って堪える。
瞳には薄らと涙が浮かんでいたのだが、これは痛みからではなく快楽からの反応だった。

「大丈夫蛍ちゃん? ごめんね。でも、これでこっちの耳は暖かくなったみたいだね」

何時の間にか燐の耳なめは終わっていたらしい。
長いようで短い、蜜月の時間だった、

燐はハンカチで蛍の耳を丁寧に拭き取ってあげた。
手で触ってみても、耳が赤く熱を帯びているのが分かる。

「うん……ありがと、燐……」

蛍は目に涙を溜めて、ほっと溜息をついた。
強い刺激のせいで、何か変な事を口走った気がしたが、多分気のせいだったのだろう。

きっと心の中の声だね。
蛍はそう結論付けた。

(でも……もし、そうじゃなかったら恥ずかしくって消えちゃいたい、かも)

耳だけでなく頬まで真っ赤になっていた。

「えっと、どうする? 反対の耳もやって……みる?」

燐は蛍の反応を伺う様に、耳元で優しくささやいた。
その気遣った声に、考え込んでいた蛍の思考は解けてなくなりそうになる。

「お、お願い、します……」

蛍は素直に従って、首を少し捻って反対の耳を燐がやりやすい角度にしてあげた。
またあの快楽を期待しているのか、耳が脈を打つように、ぴくぴくと反応してしまう。

その様子に燐は、くすりと柔らかく微笑んだ。
そして先ほどと同じ様に、反対の耳にも熱い吐息をため息交じりに吹きかける。
それだけで蛍は可愛らしい声で小さく喘いでいた。

「くすっ、蛍ちゃんはやっぱり、可愛いね。()()()()蛍ちゃんのこと、大好きだよ……」

そう耳元で囁くと、耳の外側に舌を這わせて甘噛みをする。
その言葉にどきっとした蛍だったが、燐の暖かい唇に耳が包まれると、それまでの思考が何処かにいってしまったように思考が白くなる。

こちらの耳の方がより感じやすいのか、耳への過剰な刺激で思考が全く定まらなかった。

「あ、あう、り、りん……燐っ」

蛍は声にならない声を懸命に紡いで、耳への快楽に酔った。

外でこんなことをされているのはすごく恥ずかしいのに、嫌悪感は全くないのが不思議だった。
普段の蛍なら決してやらせはしないだろう、たとえ強制されたとしても。
でも、燐にはすべて許してしまっている、それに疑問を感じることなく、無防備で。

大好きな人に耳を()()()()とされることがこんなに暖かくて気持ちいいなんて夢にも思わなかった。

ずっとこの快楽に浸っていたい、誰に見られててもいい、何を言われてもいい、燐とずっとこうしていたい……燐になら何をされたって……。

幸いにもこの間、人通りはなかった。
雪の降る中、燐が耳を舐める音と、それに悶える蛍の艶めかしい声は、静かな夜では僅かに周囲に漏れていた。
それが蛍の羞恥心をより感じさせてしまい、余計に嬌声が出てしまう。
快楽は耳から脳に達してしまったのか、雪が頬に落ちても冷たさをまるで感じなかった。
やがて蛍の脳裏は白く、雪の様にゆっくりと落ちていった……。

「……どう、かな。少しは暖かくなった?」

少し意識を失っていたのだろうか、気が付くと燐が顔を覗き込んでいる。

こちらの耳も、何時の間にか拭き取られていたようで、自分で触ってみてもすでに湿り気はなく、燃えるよう熱くなっているのを感じた。

「うん……燐のおかげですごく暖かくなっちゃった……ありがとう。大好きだよ、燐」

蛍は暖かい幸福感からか、自然にまた告白をしていた。

「それはもう、さっきも聞いたよ。蛍ちゃんが……耳を舐められるのが好きなんだ、ってことを、ね」

自分に向けた告白であることは分かってはいたが、あまりにも恥ずかしかったので、ここは誤魔化すことにした。

燐はまだ涙目の蛍の頬を両手で包み込んだ。
頬も十分に暖まっていて、マシュマロの様に柔らかい。

「燐ってば、そうじゃないのに……燐って結構意地悪だよね。あの時だってわたしのことベッドでいっぱい苛めてたし……」

蛍は頬に寄せてくれた燐の両手を優しく解いて、手をぎゅっと握り合わせた。
あの時のように互いの視線が重なり合う、蛍は期待で胸が張り裂けそうだった。

「蛍ちゃん、人聞きの悪い事言わないでよ~。あれは蛍ちゃんが可愛いからついやっちゃっただけで、今だって可愛い蛍ちゃんが寒そうにしてるから、暖めてみただけだよ~」

「そうかなぁ? まあ燐にされたことだから気にしないんだけどね。でも……わたしたち、出会ったばかりなのに、こんなことしてるのって、おかしいかな?」

「そんなことは、ないと思うけど……蛍ちゃんが可愛すぎる問題があるのかも……」

燐が眉根を寄せて苦笑いする。

「燐がえっちすぎる問題なんじゃない?」

蛍もつられたように苦笑いで返した。

「うーん」

「ううーん」

二人とも一緒に首を傾げて考え込んでしまっている。
割とどうでもいい問題を真剣に考える少女たち。

それでも二人は手を離すこともなく、お互いの気持ちが寒さに負けないようにより強く握り合っていた。




「あ、えーっと、すっかり忘れてたんだけど、まだマッチって残ってるよね。残しててもなんだし全部いっぺんに使っちゃおっか?」

 

燐が突然思い出したようにマッチ箱を開けて中を確認してみせた。

全て使い切ったと思っていたのだが、まだ使えそうなものが中に数本残っていた。

 

「え、う、うん。燐に任せるよ……そういえば、一度に複数のマッチを擦ったことないよね。大丈夫なの、燐」

 

燐が急にマッチの話に戻ったので、蛍は少し戸惑い気味に答えた。

 

「ま、まあ何とかなるでしょ、多分……あ、蛍ちゃんにあげたものだから、蛍ちゃんがやってみる?」

 

「ううん、燐のが扱い上手そうだし、燐がやってみて」

 

自分には難しそうだったので、ここは製作者の燐に任せることにした。

 

「うん、分かった。じゃーいくよ、ええいっ!」

 

燐は残ったマッチを全て手に取って箱に狙いをつける。

謎の緊張感に包まれる中、燐は手を大きく振りかぶって、勢いよくマッチを擦った。

 

ずしゅしゅゅゅ──!

 

と、今まで聞いたことがない何かの叫び声にも似た音が、静かな雪の夜に響きわたる。

手にしたそれぞれのマッチに一気に火が灯り、3色の火が複数、同時に燃えていた。

 

しかし、勢いをつけすぎたせいなのか、燐は思わず手からマッチを離してしまう──。

 

「あっ!」

 

思わず燐は手を出してしまっていた。

慌てていたので、火のついたマッチを拾おうとしてしまったのだ。

 

──だがマッチは何故か全て燐の手をすり抜けて、雪の地面へと……。

落ちてはこなかった。

 

色とりどりのマッチ棒は火をつけたまま重なり合って、空高く急上昇したのだ。

 

そして──。

 

ぱぁん!!

 

と、大きな破裂音を出して空中で四散してしまったのだ。

 

その音と同時に冬の夜空に、マッチの色と同じ、色とりどりの大輪の花が、幾つも咲き乱れていた。

光で出来た花が、雪降る夜空に煌びやかに打ちあがった。

 

その不思議としか言えない光景を、燐と蛍は呆然と見上げていた。

 

火の花の光が様々な色に変化して、白い街並みと少女達を彩っていく。

その最中、何かが光の奥に見えた気がしたが、二人ともそれを口に出すことはしなかった。

何か起きたのかは全く分からないが、とにかく綺麗な光景をただ呆然と見つめているだけだった。

 

たった数秒の出来事なのに、その光景は瞼の裏に焼きついたように何時までも残っていた……。

 

 

「……なんか、すごく綺麗だったね」

 

「うん……そうだね」

 

二人は惚けたような声色で話す。

まるで同時に夢から覚めたように現実感がなかった。

 

「今のも……錬金術なの?」

 

燐の腕に体を預けたままの蛍が、囁くようにつぶやく。

 

「んー、こんなことになるとはさすがに予想出来なかったなー。自分で作ったものだけど、全然理解出来ないよ~。火薬とか混ぜてないんだけどなぁ……」

 

燐は困ったようにぽりぽりと頬をかいた。

 

あんな特性をつけた覚えはないのだが、想定外の変化が出たということだろうか。

それだけ錬金術は奥が深い、という事だろうか。

また未熟な燐にはそんな単純な結論をしか出なかった。

 

「ねぇ……燐」

 

「うん?」

 

「やっぱり帰ろうか? このままじゃ二人とも凍りついちゃうかも」

 

燐の腕を取ったままの蛍がベンチから立ち上がろうとする。

その瞳は先ほどまでとは違って、生きることに希望と楽しみを持っている瞳だった。

 

「そうだね、氷漬けになっちゃうのは、まだまだ早いよね」

 

蛍に引かれて燐も立ち上がる。

燐の瞳に蛍の姿が移り込んだ、その眼差しの奥は蛍に対する愛情で満ち溢れていた。

 

「それに……ちょっと大事(おおごと)になっちゃったかも……」

 

燐はひそひそと蛍に話しかけた。

 

少し前までは誰も通り掛からなかったのに、あの爆発音があってからは人が徐々に集まりつつあった。

 

人々は口々にあの爆発について論議を交わしているようで。

クリスマスの演出で華やかだったと言う人もいれば、誰かが大砲を撃ったとか、紛争の狼煙だとか穏やかではない意見も出ていた。

 

だが、ここに居る少女二人の仕業だと思うものは、誰一人としていないようだった。

 

燐と蛍は目を合わせて小さく頷き合うと、少し腰を低くして忍び足で後ずさる。

二人は人ごみに紛れながら、この場をひっそりと後にした。

 

────

 

少女達は手を取り合って、喧騒から離れた人気のない通りまで来ていた。

ここまで来れば安心だろう、二人は大きなため息をついた。

 

落ち着いて辺りを見回すと、暗闇でもハッキリ見えるほどに白く染まった街並みに変わっていた。

どの家の屋根にも雪が高く積もっていて、先ほどまで駆けていた石畳も、白い雪ですべて覆い隠されていた。

 

雪に覆われた道に足をとられないように、二人はしっかりと手を握り合わせて、慎重に歩を進める。

歩くたびにぎゅっ、ぎゅっ、と新雪を踏みしめる感触が靴から足に伝わってきて、何だか小気味よかった。

 

蛍は不意に立ち止まり、何かを探すように周囲を見渡した。

中世の頃から変わっていない町並みは、塗料で染めたように白く、美しかった。

 

そして、今、思いついたことを燐にそっと提案した。

 

「あのね、またオオモト様の所に行くっていうのはどうかな? あそこなら朝まで居ても寒くなさそうだし、オオモト様も一人で寂しいかも……」

 

今日はまだ燐と一緒にいたかったし、家に帰る理由も蛍には特になかった。

 

「あぁ、それはいいね。ついでに何か美味しいものも買って、オオモト様と一緒にクリスマスパーティーしちゃおっか」

 

蛍の提案に燐は手を叩いて、笑顔で同意した。

 

「でも夜の森ってやっぱり危ないかな? 雪だって結構、積もっちゃってるだろうし」

 

蛍の住んでいる城館は山の中腹にあるのだが、人が切り開いた歩きやすい林道に面していた。

対してオオモト様の居る工房は、道なき道を進んだその先の、森の奥に建っているのだ。

真冬の夜に訪れるには、いくら道を知っていても些か危険な感じは否めなかった。

 

「明かりを照らすものは持ってるけど……それだけじゃ、ね」

 

燐はホオズキの実の形に似た、ランプのようなものを何時の間にか手に持っていた。

今もその明かりが雪道を淡く照らしている。

何の原理で光っているのかは分からないが、多分、これも錬金術で作ったものだろう。

 

「このまま行ったら遭難する可能性だってあるのかも」

 

「そう、かもね……」

 

「どうする、蛍ちゃん。それでも行ってみる?」

 

燐は蛍の瞳をじっと見つめて返事を待っている。

これは脅しでもなんでもなく、分かりやすい危険な行為だった、だからこそ燐は蛍の反応を待ってくれているのだ。

 

それが分かるだけに蛍は逡巡する。

 

(そこまで危険を冒してでも行ったほうがいいのかな? でも……燐ともう少し一緒に居たい、それに、もしわたしが怖気づいてたら、燐は帰ることを促すよね、多分……)

 

蛍は不安な気持ちを胸の内に留めて、燐の目をまっすぐに見て答えを返す。

 

「大丈夫、燐と一緒ならきっと平気だよ。わたしが保証する。それに……」

 

それに、もし燐と遭難することになっても蛍には後悔の念はないと言い切れた。

だって大好きな人と共に最後を迎えられるなんて、人として一番良い形での迎え方ではないのだろうか。

 

綺麗な白い雪の下で燐と二人一緒に……蛍は少し病んだ妄想に浸っていた。

 

「それに、わたしが錬金術師だから、ってことでしょ? だったら期待に応えないとね!」

 

蛍の想いとは違って、燐は錬金術師としての自分が頼られていると思っていた。

錬金術は実はそれほど万能ではないのだけれど、蛍を守る為なら何でもする覚悟は、言われるまでもなく出来ていた。

 

「まあ、そういうこと、かな?」

 

蛍は眉を寄せて、困った顔で苦笑した。

自分の考えと違っていたので、少し気まずい思いがあったのだが、燐が納得してくれたのならそれでも良かった。

 

「うん、蛍ちゃんは絶対、わたしが守るからね」

 

燐がぎゅっと手を握っていてくれる。その手の暖かさと決意だけで蛍には十分だった。

 

「ありがとう。それじゃあ、行こうよ」

 

蛍もまた燐の手を強く握り返す。雪の寒さにも負けない少女の暖かい絆があった。

 

燐と蛍はまず、夜中でもまだ煌々と明かりを照らすクリスマスマーケットへと足を運んだ。

 

 

───

───────

 

 

こん、こん。

 

軽くノックをする音が、静かな山奥に木霊した。

雪の降る夜、音も立てることなく降り続いている真っ白な雪。

短時間の間にかなりの降雪があったのか、積雪の重みで小屋の屋根が軋んで音を立てている。

 

暖炉にくべた薪がぱきっ、と乾いた音を室内に響かせた。

 

山奥の工房。そこに女性は一人で居た。

美しい黒髪の女性はその長い髪を、床上ぎりぎりまで垂らしながら椅子に腰かけている。

誰かを待っているわけでもなく、ただ一人、暖炉の前で椅子にもたれ掛かかり、安らかな寝息を立てていた。

 

こん、こん。

 

もう一度ノックの音。

その音で女性は、はっと覚醒した。

どうやら何時の間にか暖炉に当りつつも、寝入っていたらしい。

 

ノックの音に気付いて、返事をしようとしたのだが、ドアの前でひそひそと声がしていた。

聞き覚えのあるような少女の声が二人? 何やら小声で話をしているようだった。

 

(燐、もう寝ちゃってるんじゃない?)

 

(かもね。暇さえあればすぐ寝ちゃってるんだよね)

 

(え、そうなの?)

 

(食べてるときぐらいしか起きてないからね。仕方ないよ)

 

本人がすっかり寝てると思い込んでいるのか、酷い言われ方をしていた。

 

(もうちょっと強めに叩かないと起きないかもねぇ)

 

(えっ、でも怒られないかな?)

 

(大丈夫、大丈夫。わたし、いっつも結構強くドア叩いてるから)

 

(そ、そうなんだ……)

 

最近ドアの立て付けが悪くなっていたのはこのせいだったのかもしれない。

長い髪の女性、オオモト様はドアの前で深くため息をついていた。

 

このままだといずれドアが壊されるのも時間の問題だと思い、その前に青いドアを、オオモト様は自ら開けてみることにした。

 

そこには……今まさに、大きな袋でドアを叩く、というか壊す勢いで振りかぶっている燐の姿と、それを止めようとする蛍の姿があった。

 

「あっ!」

 

「わわっ!」

 

二人はほぼ同時に声を上げて驚いていた。

中でも燐は、勢い余って転びそうになっていたが、すんでの所でこらえることが出来た。

 

突然出てきたオオモト様の姿を見た二人は頷き合って合図する。

予定とちょっと違うが打ち合わせで決めて置いたポジションに二人はついた。

そして、手に持っていた何かを空に放り投げて、燐と蛍は声を合わせて叫んだ。

 

「「──せーの、Happy holidays!! オオモト様!!」」

 

燐も蛍も自分がそれなりに可愛いと思っているポーズをそれぞれ取ってみせた。

 

少女二人による、突然のパフォーマンス劇が工房の玄関先で繰り広げられていた。

頭上からは、先ほど投げた煌びやかな紙吹雪が、きらきらと反射しながら雪と共に舞い降りてきて、さながらイベントショーの様相だった。

 

オオモト様が先に出てしまったことに驚いて、タイミングを外しそうになったのだが、なんとか上手くポーズを決めることが出来た。

体中に雪を纏った格好だったのだが……先の経験が役に立ったようだ。

 

……

 

燐と蛍はここに来る前に、クリスマスマーケット前でサンタのアトラクションの様なものを、成り行きで披露していたのだ。

二人とも全くその気はなかったのだが、周囲の大人に囃し立てられて、何故かやらなくてはいけない状況になっていたのだ。

 

特に蛍は大人のこういう場が苦手だったので、嫌悪感を示していたのだが、そんな蛍を見て、燐は優しく手を差し伸べてくれていた。

 

「蛍ちゃん、折角だから一緒にやってみようよ。二人一緒だからきっと楽しいよ」

 

その言葉は蛍の心にこれまでと違う、新しい好奇心をくれていた。

それは自分の意思で壇上に上がる勇気をもたらしていた、もちろん燐と二人で。

 

燐と蛍はボランティアの時と同じ要領で観衆の前で、歌ったり、踊ったりしてみせた。

二人の演劇は、以外にも周囲の大喝采を浴びることになったうえに、チップまで頂いたのだから何が起こるか分からないものである。

 

観客が皆、酒で酔っていたせいなのかもしれないが……。

 

考えてもみたら、年頃の少女が、丈の短いサンタの格好で、二人仲良く夜の街を歩いていたのだ。

何か間違いがあってもおかしくはない状況だったのだが、蛍も燐もその自覚はまだなかった。

 

 

「……こんばんは。こんな夜更けに燐と蛍は何をしにきたの?」

 

二人のパフォーマンスを見ても一切反応することなく、オオモト様は淡々と話している。

予想の範囲内のことだったが、急に寒さが増してくるように感じるのはなぜだろうか。

興奮で火照っていた心と体が一気に芯まで冷え切ってしまうようだった。

 

「い、いやあ、オオモト様、()()()()()かなあと思ってぇ、遊びにきちゃいました」

 

燐は慌てふためいた拍子に、自分でも良く分からない言葉を口にしていた。

 

「ご、ごめんなさい、やっぱり、うるさかったですか?」

 

隣で蛍が謝っていた。

これでも一応、練習しておいたのだが、そもそも真夜中にやるようなことじゃないし、オオモト様には到底受けないだろうとは思っていた。

 

「二人とも家で家族と過ごさないの?」

 

オオモト様の疑問は割と一般的なものだった。

この冬の時期は、家族そろって聖なる日を楽しむのがこの地域での一般的な慣習であった。

 

「家に居るより、本当に好きな人達と過ごす方がいいかなーって思ってね」

 

「わたしも燐と同じです」

 

蛍も燐も同じ心持ちだった。

二人は意思を確認するように、顔を見合わせてにっこりと微笑み返す。

眠気も疲労も感じることはなく、少女達はまだまだ元気いっぱいだった。

 

「ようするに、朝まで騒げる場所が欲しかったのね」

 

オオモト様は頬に手を当てて少女達の気持ちを察してくれた。

 

「ま、まあざっくり言っちゃうとそういうことかな。食べるものもいっぱい持ってきたから、中に入れてもらえるとありがたいかなーって……」

 

「……だめ、ですか?」

 

燐も蛍も心細そうな瞳を向けてオオモト様の返事を待った。

 

「……ここに立っていても寒いだけよ。二人共早くお上がりなさい」

 

オオモト様はため息をまたつくと、二人に被っていた雪を払って歓迎してくれた。

その言葉に燐と蛍は顔を綻ばせるのだった。

 

部屋の中は暖炉を焚いているためとても暖かく、銀世界の外とはまさに別世界の様相を呈していた。

 

「それで、可愛いサンタさんは何のプレゼントを持ってきてくれたのかしら?」

 

「あ、はい、ええっと……」

 

蛍は二人で抱え持ってきた大きな袋から、様々な料理やケーキを取り出した。

それはクリスマスマーケットの屋台で仕入れてきたものだった。

 

「あら、ありがとう、いいプレゼントね。燐、ちょっといいかしら?」

 

「なんですかオオモト様?」

 

燐は持ってきたホオズキ型のライトをテーブルに置きオオモト様に尋ねる。

何となく嫌な予感はしていたが、一応聞いてみることにした。

 

「二人とも体が冷え切っているでしょう、だから暖かいスープを作って欲しいの」

 

「えー、でもわたし達、今さっき雪の中を歩いてきたばっかりなんですけどぉ?」

 

「あなたの作るスープはとても美味しいわ。だからお願いするわね」

 

オオモト様は燐の言い分を聞き流して、持ってきた屋台料理を物色し始めていた。

心なしかオオモト様の黒い瞳の奥が輝いているように見える。

どんな人でも食欲には勝てないということだろうか……?

 

これ以上言っても無駄だと悟った燐は、渋々スープの支度をし始めた。

 

「燐、わたしもなにか……」

 

蛍も燐を手伝おうと椅子から立ち上がろうとしたのだが、オオモト様が蛍の手をやんわりと取って止めていた。

 

初めてオオモト様と直に触れ合うことが出来たが、その手は意外にも暖かく、絹の布の様なふんわりとした肌触りをしていた。

 

「大丈夫よ、燐に任せておけば良いわ。それより先に食べてしまいましょう」

 

「えっ、でも……」

 

「ねっ?」

 

珍しくオオモト様が笑顔で微笑んでいた。

その慈しむような笑顔に、蛍はそれ以上問答を続ける気にはならず、オオモト様に折れることにした。

 

「あ、はい……ごめんね燐、先に食べちゃってるね」

 

蛍は小声で燐に謝罪する。

その声に応えるように、燐はこちらを振り返ることなくレードルを弱々しく振って諦めたような合図を送っていた。

 

燐が一人でスープを作っている間、蛍とオオモト様は、いそいそと料理を盛り付ける。

改めてみると、結構な料理がテーブル狭しと並んでいた。

 

「それじゃ、いただきましょう」

 

「い、いただき、ます……」

 

オオモト様は食欲旺盛な素振りを隠そうともせずに、燐を待つこともなく、食事の前の祈りを捧げている。

蛍は少し戸惑いつつも、両手を組んで食事の前の祈りを捧げる……。

だがその瞳は一人で頑張る燐の背中を見続けていた……。

 

「えーん、なんでわたしだけこんな目に~」

 

一人、料理を仕込んでいる燐のお腹の虫が空腹と孤独を訴えるように、ぐぎゅるー、と切なく鳴いていた。

 

「あら、結構な量の料理を持ってきたのね。お金は大丈夫だったの?」

 

「はい、なんか、お金いっぱい貰っちゃいましたし、無償で頂いたものもあるんです」

 

蛍は燐と二人でやったあのステージの事を思い返していた。

あの時の自分はどうかしていたと思う。観客の熱気が凄かったからか、それとも期待されていたから?

いや、そうではなく燐が一緒にいてくれたことが大きかったんだと嘆息する。

 

燐が一緒にやろうと手を引いてくれたからやれたんだ。だから好奇の目を気にすることもなく二人で楽しめたんだと、つくづく思った。

 

(燐と一緒だと何でも出来ちゃいそうな気がしちゃうよ。燐がいれば何でも……)

 

近くで料理を作っている燐に、想いを馳せる。

それを感じ取ったのか否か、突然、燐がくちゅんと、小さなくしゃみをした。

この想いが燐に伝わったのだろうか?

 

だったら、とっても嬉しいな。蛍は心の中で微笑んだ。

 

「楽しかったのね?」

 

不意の問いかけに、蛍は慌ててオオモト様の方に向き直る。

 

「え、あ……はいっ」

 

「ふふ、良かったわね。ねえ蛍、燐のことは好きかしら?」

 

オオモト様は話題を変えて、一番聞きたかったことを尋ねてくる。

 

「えっ……」

 

あまりに唐突な質問に、蛍は面食らったように固まってしまっていた。

 

「もう、ちょっと、何言ってるんですかオオモト様! 蛍ちゃんに変なこと聞かないでください!」

 

燐が勢いよくキッチンから飛び出してきて、顔を真っ赤にして抗議してきた。

まだスープは完成していないが、さすがにこれは黙って聞いてはいられない内容だった。

 

「ふふっ、燐、照れることはないのよ」

 

突然の燐の乱入にもオオモト様は動じることなく、ワインを片手にチーズを食べていた。

 

「照れるとかそーゆー問題じゃ、もうちょっと捻った質問にしてください! ほら、蛍ちゃん困ってるじゃない……って、蛍ちゃんどうしたの!?」

 

蛍は二人のやり取りを微笑みながら見ていたが、目には涙を流していた。

燐は慌ててポケットからハンカチ取り出して、蛍に握らせた。

 

「あ……ごめんね、ありがとう燐。ごめん……そうじゃないの、なんか凄く楽しくて幸せだなって思ってたら、なんか、泣いちゃってたみたい……」

 

涙を拭う蛍の姿に燐は何故か、どきっとして目が離せなかった。

蛍の健気な仕草に心を鷲づかみにされたようで膠着してしまっていた。

 

「もー、蛍ちゃんビックリさせないでよ~」

 

燐は軽口を叩くが、内心はひどく動揺していた。

 

「そうよ。泣くほど燐が嫌いなのかと思って驚いてしまっていたわ」

 

オオモト様は、ローストした鳥の足を頬張りながらしれっと話していた。

驚くとは一体、何なのだろうか。

 

「まったく……オオモト様は変なこと聞いてないで黙って食べていてください! ごめん蛍ちゃん。もう少しでスープ出来上がるから。あとちょっとだけ待っててね」

 

燐は呆れ気味にオオモト様を嗜めると、即座に蛍を気遣って、ウィンクした。

燐の細やかな気遣いがすごく嬉しかった。

 

「あ、ううん。わたしこそごめんね。あ、その……燐のことは勿論、大好きだから……ね」

 

「あはは、あ、ありがと……わ、わたしも、蛍ちゃんのこと好き、だよ。大好き」

 

燐は恥ずかしさのあまり、即座にキッチンへと引き返してしまった。

 

ベンチでの時も告白を受けていたが、恥ずかしくてつい誤魔化してしまっていた。

だが、同時にその事をとても後悔していた。

 

(蛍ちゃんが一生懸命告白してくれたのに、わたしはどうして逃げちゃうんだろう……)

 

燐は愛され方が分からなかった。

両親の愛を受けて育ってきたはずなのだが、今はもう微塵も感じられない、父も母も自分の事だけを優先するようになってしまった。

だから燐は誰も愛さない、誰からも愛を求めない、”赤ずきん”となりきる時にそう決めていたのだが……。

 

蛍と出会ってからは、ほんの少し世界が変わったように見えた。

まだ知り合って一日も経っていないのに何故かそれを実感できる。

 

十年、いや百年に一度現れるかどうかの親友と出会えたのだ。

 

だから蛍の気持ちを受けて、なんとか告白をすることが出来た。

恥ずかしかったけど、すごく嬉しい。

胸の奥が甘く切ない感情に満たされる、これは恋、なの、かな?

 

元気な燐が見せる繊細な乙女の恥じらいは、蛍をとても愛おしく、そして狂おしくさせるほどに健気だった。

 

それは恋の始まりに似た、微かな胸の高鳴りを蛍は感じずにはいられなかった……。

 

 

 

 

 





はい、結局またも終わりませんでした。計画性ないのは何時ものことですね……すみません。

今回は、四、五話連続投稿で完結させる予定ですが、もし間に合わなかったら……もうちょっとだけ続くぞい、という逃げる気まんまんの方向性となっております。

前回、終わりは見えたとドヤってましたが、全くの気のせいだったようです……。

あれからかなり加筆していまい、余計ごちゃごちゃになってしまったかも、このままだと一ヶ月コースになってしまう……いやもうなってるかな?

だから今のうちにちょっと──書いてみます。

この四話は、一応、マッチ売りの少女の話の続きになるのかな? 
なんか冬の花火が書きたかっただけで、後は全然関係ない話になっちゃったなあ。
予定では工房にもう一度行って終わりにするつもりだったのに……そこからが無駄に長いなあ。
前回の小説の時もそうなんですが、どうしてこうなるんでしょう? 
まったく不思議ですね──自分の事ながら……。

さてさて、予定を大幅にオーバーしてますが、何とかそれなりな形にしたいと思っております。

それではでは。





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Sternschnuppe



「オオモト様! わたし燐とオオモト様に知り合えて本当に良かったです。 こんなに素敵な出会いが待っているなんて思いませんでした!」

蛍はやや興奮気味に喋っていた。
この満たされた幸福感を、なんとか燐とオオモト様に伝えておきたかったのだ。

「ふふっ、わたしもよ、あなた達二人を見てると全く退屈しないわ。燐も蛍もとても可愛らしい、このまま二人を箱の中に閉じ込めておきたいぐらいよ」

オオモト様はフォークでソーセージを突き刺しながらも、柔和な瞳を蛍に向けていた。
そのままもぐもぐとウサギの様にソーセージを平らげる様子は荘厳な容姿とのギャップがとても大きく、何故か少女の様に見えた。

「お待たせー、スープできたよ。はい、蛍ちゃんの分、いっぱい食べてね」

燐がお鍋を抱えてテーブルまで持ってきてくれた。レードルで掬うと、蛍の器になみなみとスープを注いだ。香しい薫りが立ち上って食欲を刺激する。

燐はまだ恥ずかしいのか、蛍と目線を合わせることが出来なかった。

そんな燐の顔を下から覗きこんで、微笑む蛍。屈託のない瞳を一心に向けている。

「そうだ、燐、錬金術でまた作ってみて欲しいな。すごく綺麗だったからもう一度見てみたいなって。折角だしオオモト様にも見てもらおうよ」

「ええ~! あれは失敗作だよ~」

蛍はあの錬金術のマッチの事を言っているのだろう。
その事を急に言われて動揺したのか、蛍と目線を合わせてしまっていた。
あどけない微笑みを返す蛍、燐も照れたように頬を染めながら、今できる精いっぱいの微笑みを返した。

「あら、燐。また変なものを作ったのね」

オオモト様の口調から、燐は日ごろから色々なものを作っているのが想像できる。
実際燐は、レシピを片っ端から試してみては、とりあえず作ってみるの繰り返しをして研鑽してきたのだ。

そのせいで工房の中には燐が作ったもので溢れている。
中には用途不明のガラクタもあったりして整理が追い付いていなかった。

「変じゃないですよ。すごく大きくて……凄かったんです! ちょっと音が大きくてビックリしちゃうけど……見たらきっと感動すると思います!」

蛍は燐に代わってあの時の、冬の夜空に大輪を咲かせた火の花を褒め称えた。
燐は失敗作と言っていたけど蛍には、あれこそがあの道具の本当の役割だと思っていた。

蛍の言葉を受けて、オオモト様は少し驚いた様子を見せた。
考え込むように瞼を閉じ、眉を寄せてしばし無言となるオオモト様。
そして理解できたように瞳を開くと、神妙な声色で燐と蛍に話しかけた。

「……あなた達……そういう道具を使うのはまだ早いわ。ちゃんと生身で愛しあってこそ、真の愛は育まれるのよ。道具を頼ってみるのはそれからでも遅くないわ」

オオモト様は何か別の物と取り違えているようだった。
その奇妙な違和感に、燐と蛍は思わず顔を見合わせて小声で話し込んだ。

「……燐、オオモト様、何のことを言ってるんだろう?」

「……全然、分かんないよ……っていうか分かっちゃいけない気がする……」

何となくだけど如何わしいことではないかと燐は察知した。
だからこれ以上詮索する事は危険な香りがした。

「いい機会だし、淑女の嗜みとして()()()()()()を教えてもいいわね。夜はまだ長いから……」

オオモト様は既にワインを空にしていた、少々ペースが速い気がする。
燐は所詮酔っ払いの戯言かと決めつけてこの件は、ほおっておくことにした。

「蛍ちゃん、料理冷めちゃうから食べちゃおう」

「うん、そうだね……あっ! やっぱり燐の作るスープって美味しいね。わたしすごく好きだよ」

「ありがとう。わたしも、蛍ちゃんが美味しそうに食べてるのを見るの好きだなー。ほら、こっちのケーキも美味しいよ、食べてみて」

燐と蛍はテーブルを挟んで幸せそうに微笑んで食事を楽しんだ。
二人の笑顔は食卓に鮮やかな色どりを添えて、まるで天界の宴の様を思わせるほどだった。

「ふふっ、今日の最高の料理は燐と蛍ね。二人の 熱気(らぶらぶ)で深酔いしそうね」

オオモト様は、ほおっておかれたことを気にしていないようで、燐と蛍のいちゃつきっぷりを肴に、ワインを新しく開けていた。

グラスに注がれるワインの芳醇な香りが殺風景な工房に広がって、パーティーの始まりを告げていた。

その部屋には、サンタの格好をした二人の少女と、長い髪の美しい女性がいた。
森の奥の秘密の小屋で開かれている小さなクリスマスパーティーは、絢爛豪華なものとは程遠い、ささやかなパーティーだった。
それでも三人は十分満足しているように見えた。

それぞれが楽しく自由で素敵な一夜を満喫している。

一夜限りの幸せかもしれない。
それでも今ここいるだけでお互いの愛を共有できている。
それだけは確かなことだった。

その饗宴は梟さえも寝てしまいそうな未明まで、誰一人飽きることなく続いていったのだった……。





──

─────

 

 

「燐、どう?」

 

燐と蛍は、木々の騒めきさえも寝静まっている暗い夜の森に出ていた。

先ほどまで降り続いていた雪は、今やすっかり止んでいて、青い月と瞬く星達が顔を覗かせている。

真っ暗な森の中で静寂と、か細い水音だけが辺りを包んでいた。

 

さすがに寒いのか、蛍は震え声となっていた。

 

オオモト様は既にベッドの上で穏やかな寝息を立てている。

……そこまで二人で運んだのは割と一苦労ではあったのだが。

 

「うん……これなら、何とか入れそうだよ」

 

燐が雪を何度も入れて温度を調節していた。

白い雪が湯気の立つ水の中で溶けて、淡く透明な液体と混ざり合って無くなってゆく。

 

燐は何も身に着けていなかった。

寒空の下、身震いしながらも、裸の姿で外にいたのだ。

それは蛍も同様で、二つに結わいている髪の毛を解いて美しい長髪を星降る夜空に晒していた。

誰も居ない夜の森でも恥じらいがあるようで、手で体を覆う様にして秘所を隠している。

 

二人は生まれたままの姿で、寒さに震えながら、周りを雪に囲まれた湯気が立ち込める泉へと足を入れようとしていた。

 

「本当? それじゃ、お、お邪魔します……あ、熱っ!」

 

蛍は湯気の立つ透き通った泉に恐る恐る爪先を浸してみる……が、まだ温度が下がっていなかったのか、予想以上の熱さにこれ以上は入れそうになかった。

 

「大丈夫蛍ちゃん? この辺からなら……まだちょっとまし、かな? ここなら何とか大丈夫そうだよ。こっちから入ってみて」

 

燐は蛍の両手を引いて、自分が入っている場所へと湯船から誘導した。

また熱い思いをするのではないかと蛍は気が気でなかったのだが、極寒に近い気温で裸でいるよりはマシと、意を決してまた泉に足を浸してみた。

 

「……んっ、あ、ほんと、だね。まだ少し熱いけど、これぐらいなら大丈夫みたい」

 

何とか熱い泉の中に下半身を沈めることが出来た。

冷え切った体に暖かさが馴染んできて、蛍は肩まで浸かることができた、これでようやく落ちつくことができたみたいだ。

 

「それなら良かった……うーん、芯まで温まるね~」

 

蛍の落ち着いた様子に燐は安堵のため息をついた。

このまま入らずに工房に逃げ帰られてしまうのではないかと思っていたのだ。

 

「うん……それにしても凄いよね錬金術って、こういった温泉も作れちゃうなんて」

 

燐と蛍は工房の裏手にある露天風呂にきていた。

周りは一面の銀世界だったが、温泉の地熱は冷めきっておらず、普段は高温で水で温度調整をしないと入れないのだが、この時期はその辺の雪で代用出来るので手間が少なかった。

 

「ふっふっふ~、蛍ちゃん、これはただの温泉じゃなくて”テンプルドラゴンの泉(りゅうせんじのゆ)”っていう伝説の温泉なんだよ! その昔、竜が傷を癒すためにこの泉を使ったとか、なんとか、かんとか……まあ、実はオオモト様が作ったものなんだけどね。最初からあったし」

 

「へぇ……」

 

突然燐が、仰々しい名前で解説してきたので、蛍はてっきり燐が作ったとばかり思っていたのだが、どうやらオオモト様が作ったものに勝手にストーリーをつけて呼んでいるだけのようだった。

蛍は何とも返事をし難く、苦笑することしか出来なかった。

 

「でも全然使われてなかったんだよねー。勿体無かったから、何とか使えるように改良してみたんだ~。あ、名前はその時、わたしがつけたんだよ~。格好いいでしょ?」

 

湯船の中でガッツポーズを取ってみせる燐。

燐が今まで見せてくれた錬金術の中でも、これが一番の自信作のようだ。

 

あのネーミングセンスにも割と自信があるようだった……。

 

「ホント燐は凄いね。何でも出来るんじゃない?」

 

「そうでもないよ。出来ないことなんて、いーっぱいあるし、逆にやっちゃいけないことだってあると思う。だから、錬金術は基本、秘密なんだろうね……」

 

燐は温泉水を両手で掬って話し続ける。

普通の水とは違う、とろとろとした温泉水は燐の掌の中で、真上の月をゆらゆらと映していた。

 

「……蛍ちゃん。ごめんだけど、この工房の事は秘密にしてもらえるかな? ここでの事が知られちゃうとオオモト様も、わたしも、色々困ることになっちゃうし……」

 

「うん……分かってるよ。燐やオオモト様の事は絶対誰にも言わない。約束するよ」

 

秘密を共有することで、蛍はやっと燐の友達になれたんだと実感出来することが出来た。

それにこんな素敵な秘密、誰にだって教える気なんてない、この場所は既に、蛍にとっても特別な意味を持つ場所となっていたのだ。

 

(燐とオオモト様の秘密にわたしが加わってもいいんだ……なんか正式に仲間と認められたみたいで、すごく嬉しい……)

 

「蛍ちゃんどうしたの?」

 

「あ、ううん、何でもないよ。その、温泉、すごく気持ちいいなって」

 

蛍は慌てて意識を戻して、ぎこちない笑顔を燐に向ける。

その様子に燐は首を傾げるが、特に気にはしなかった。

 

「そういえば、この温泉って飲んでも平気なんだよ。むしろ飲泉は健康に良いぐらい」

 

「え、そうなんだ?」

 

こうやって入ることすら、まだ躊躇してしまうのに、これを飲用するなんて……燐が言うのなら間違いないとは思うのだが、蛍にはまだちょっと見当がつかなかった。

 

「うん。温泉ってね、入ってよし、飲んでよし、料理に使ってよし、と良い事づくめなんだよ。ほんと、自然の力って凄いよね」

 

「うん……そう、だね」

 

錬金術という特異な力を持っている燐が自然の力を絶賛することに少し違和感があったが、燐が楽しそうに語るので、つられて微笑んでいた。

 

「あ、ごめんね蛍ちゃん、結構ウザいでしょわたし。なんか、蛍ちゃんと一緒にいると色んなこと喋りたくなっちゃうんだ……蛍ちゃんにもっと自分を知ってもらいたいのかもね」

 

「ううん、そんなことないよ。燐の話ってすごく面白いし、いつまでも聞いていられるよ。それよりわたしこそごめんね、話す話題が少ないから、わたしといると退屈しちゃってるんでしょ?」

 

「全然そんな事ないよ。蛍ちゃんと一緒の時間ってすごく大切な事の様に思えるんだ。なんか、幸せ、感じちゃうんだよね。やっぱり好き、なのかもね……」

 

「燐……」

 

燐と蛍は裸のままで見つめ合っていた。

湯船で頬は上気していて、寒暖差の為か、体からは白い湯気が立ち上っていて少女の裸体を薄いヴェールが覆っている様に思わせた。

 

「……綺麗、だね」

 

「うん、空気が澄んでるからかな。月も星もはっきりと綺麗に見えるよね」

 

蛍は雪の大地にぽっかりと浮かんでいる真円の月を、湯船から身を乗り出して仰ぎ見た。

今にも落ちてきそうなほどな青い月と、宝石の様な星々が黒い夜空を瞬かせていた。

 

「そうじゃなくて、蛍ちゃん、すごく綺麗だよ。まるで女神さまみたい」

 

「え? 燐……変な事、言わないでよ、恥ずかしいから……」

 

燐の視線を受けて蛍は思わず手で隠してしまう。

その恥じらいの表情も月に映えて、より美しく蛍の豊満な肢体を浮かび上がらせた。

 

「あはは、ごめんね、だって本当に綺麗なんだもん。わたし好きになっちゃいそう」

 

燐は思ったままの感想を蛍に告白をしていた。

その忌憚のない燐の瞳の奥を見た蛍は、真っ直ぐに見つめ返した。

 

「わたしは自分の体、本当はあまり好きじゃないんだけど、燐が好きって言ってくれるなら……すごく嬉しいな。でも燐だってすごく可愛いよ、わたし好きだよ」

 

「くすっ、蛍ちゃん、なんか生々しいなあ。でもちょっと照れちゃうよ」

 

二人はお互いの体をまざまざと見つめ合っていた。

恥ずかしかったけど二人共隠そうとはせずに、ありのままの姿を白銀の野に晒していた。

 

「うふふ、蛍、ちゃーん」

 

燐は今までと少し違った笑顔を向けて蛍にゆっくり近づいてきていた。

そして……おもむろに首に手を回して抱きついてくる。

突然の出来事に蛍は目を丸くして困惑してしまっていた。

 

「り、燐?」

 

蛍は燐の名を一言発するだけで精いっぱいだった。

胸や太ももが直に密着して、お互いの柔らかい感触が全身から伝わってくるようで、何だかむず痒い。

 

「蛍ちゃんて……案外したたかなのかな?」

 

「えっ? それってどういう……やっ」

 

燐は蛍の耳たぶを咥えて舌先でしゃぶるように転がした。

外気に晒されていてすっかり冷えている耳にまた暖かい触感に包まれる。

蛍は背筋から湧き上がってくる快楽に震えてしまっていた。

 

「蛍ちゃん、本当はすごく頭良いんでしょ? でもわざと分からないふりしてるんだよね、ちょっと意地悪だよ、ね。ちゅうっ」

 

燐は啄むように蛍の耳に吸い付いて、何度も耳を吸い上げる。

その度に蛍の体は震えて、可愛らしい喘ぎ声を何度も宙にあげていた。

声は湯気と共に冬の空に掻き消えては、また上がってきていた。

 

「あっ、あ……ち、違うよ、わたしそんなんじゃ……はうっ、し、信じて……燐……」

 

燐の激しい耳舐めに息も絶え絶えになってしまう。

その行為は燐から責められているように感じてしまい、蛍は涙目になりながら弁明する。

 

「ん……それでも、わたしはいいよ。わたしは蛍ちゃんと今、こうしているだけで……ちゅっ、幸せだから……」

 

蛍への責めがさらに大胆になる。

燐は舌を窄めて耳の穴を穿るようにして、耳の奥のぎりぎりまで差し入れようと試みる。

 

蛍は耳が塞がれるぞわぞわとした感覚に脳髄まで痺れたように激しく悶えた。

 

「り、燐、わたしはそんな、あうっ、やあっ! み、耳が……ううっ、燐。ぐすっ、わたし、わたし、ほんとに好きだから! やっ、あ、ああっ、り、ん!」

 

蛍は森の中の温泉で嬌声を響かせてしまっていた。

街のときは違ってもの静かな夜の闇に、少女の艶めかしい声が木霊となって森に反響して、恥ずかしい声が自分の耳へ返ってくる。

 

オオモト様は既に酔いつぶれて寝てしまっていたが、起きてしまうのではないかと思えるほどに艶のある声を蛍は響かせていた。

だがそんなことに構う余裕もなく、蛍は無意識に燐の髪を手でくしゃくしゃにしながら、喘ぎ続けていた。

 

耳の奥深くまで舌が届くと、蛍の体はびく、びく、と痙攣するように何度も震えた。

あまりの刺激に蛍の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。

その様子を見た燐は、ようやく我に返ったようで、蛍の耳から慌てて舌を離していた。

 

「わ、ごめんごめん! 蛍ちゃんごめんね! もうしないから泣かないで、ね、ね?」

 

「ぐすん、燐……わたし燐の事が本当に好きなのに、燐はわたしのこと、嫌いなの? また友達に嫌われたくないよ……」

 

蛍は髪を振り乱して泣きじゃくる。

マフラーを渡したときに吹っ切れたと思っていたが、蛍はまだ前の友達の事を気にしていたのだ。

 

その取り乱す様子を目の当たりにした燐は、蛍に対して途方もない罪悪感を覚えてしまっていた。

燐は戸惑いながらも、蛍の手を壊れ物を扱う様に優しく、そして固く握りしめた。

 

「そうじゃなくて、本当にごめん! ごめんね……わたし、人から本当に好かれたことがなかったから、その、蛍ちゃんの気持ちを確かめてみたかったんだ……ごめんね蛍ちゃん。好きだよ、わたしだって本当に大好き、だから……」

 

燐はぎゅっと蛍を抱きしめた、さっきよりも少し強く、そして優しく。

慈しむように手を背中に回して抱きしめ合うと、お互いの鼓動が聞こえてくる。

それだけで他に何も聞こえないほどに、二人はお互いの存在を感じ合えた。

 

「燐……わたしだって大好きだよ……ありがとう。もう気にしていないから。でも、わたしもごめんね。前の友達に嫌われちゃったこと、まだ引きずってるみたいだった……」

 

「蛍ちゃん……立ってると寒いから肩まで浸かろ」

 

「うん」

 

二人は抱き合った体を離して再び湯船の中に体を沈めた。

暖かい水の中で、二人の手が弄るように指を絡めて繋ぎ合った。

 

「えっと、ね。わたし燐に色んなこと喋っちゃうね。燐がビックリしちゃうぐらいいっぱい喋っちゃうかもよ。だってわたし……燐が想像してるよりもずっと重い女なんだから。出来たら、引かないでいてほしいなって……」

 

「大丈夫だよ蛍ちゃん。わたしだって、これでも結構、重く考えちゃう方なんだよ」

 

「そっか、じゃあ似た物同士、だね」

 

「うんうん」

 

二人は曇りのない瞳で頷き合う。

最初からお互いの心の内は分かっていたのかもしれない。

 

「くすっ、ねぇ、燐。今日は一緒のベッドで寝たいな。燐とまだ喋り足りたいし、燐のこともっともっと知りたいんだ」

 

「うん、いいよ……蛍ちゃん、わたしも蛍ちゃんと喋り明かしたいなぁ」

 

「燐……今日は寝かせないよ」

 

蛍はちょっと意地悪な口調で燐に語り掛ける。

 

「あはは、お手柔らかにお願いします……」

 

それを受けて燐は恭しく敬語で返してみせる。

 

「うーん、手加減出来るかな? さっきのお返しで燐のこといっぱい苛めちゃうかも?」

 

「ふ、ふーん、わたしは耳で感じたりしないもんね~。だから大丈夫だもん!」

 

燐は少し胸を逸らして謎の強がりを見せた。

その仕草がなんとも可愛らしく、蛍はつい悪戯してみたい気持ちになっていた。

 

「えー、本当かな? それじゃあ、ん。ふーっ……」

 

蛍は自分がされたときと同じ様に、燐の耳元に息を吹きかけてみた。

出来るだけ優しく、燐に想いを伝えるように長く息を吹いてみる。

 

「あ。んっ……ほ、ほら大丈夫でしょ?」

 

燐は体をぴくぴくとさせながら耳への吐息に耐えてみせた。

明らかにやせ我慢にしか見えなくて、蛍はつい噴き出してしまっていた。

 

「燐ってば、変なとこで意地張っちゃうんだ、可愛い。これは苛めがいがありそうだね」

 

蛍の目が怪しく光る、以外にもそっちの気もあるのかもしれない。

燐は少し唾を呑んだ。

 

「もう、蛍ちゃんってばえっちだよね~」

 

「あはははっ。燐のほうがえっちだよ~」

 

ふたりして裸のまま笑い合った。

体はお湯に浸かっているので冷えを感じることはないが、それ以上に心が熱くて汗ばむほどに顔が上気していた。

 

「あれ? 燐。見て、流れ星!」

 

「ほんとだぁ! わたし初めてみたかも!」

 

笑い合う二人の頭上を一筋の流れ星が一瞬の間に通り抜けていった。

それは燐と蛍に向けたクリスマスプレゼントだったのかもしれない、都合が良い考え方だが、今はそれが自然な答えのような感じがしていた。

 

「ねえ、燐、流れ星を見るとねその人の──」

 

「え、そうなの? 蛍ちゃん物知りだね。わたしはね……」

 

燐と蛍の会話は雪で白く染まった森と、冬の星座で散りばめられた真っ暗な空に溶るように染みわたっていった。

 

裸のままで囀るように語り合う少女達。

それは寒さすら忘れたように続いている。

この分だと二人共風邪を引いてしまうかもしれないが、それでも良かった。

だって二人がまた一緒に居られる口実が出来るから。

 

二人がもらった最高のプレゼント、それはお互いが欲しかったものとは違うのかもしれない。

でもそれでも良かったんだ、だって今が一番幸せだから。

 

だからそれだけで……。

 

そう、それだけでわたしは幸せだよ、蛍ちゃん……。

 

 

 

…………

 

……

 

「燐」

 

蛍が不意に燐の手を取った。

突然の事に少し驚いて、燐は眠るように閉じていた瞼を開く。

そこには、満天の星空に負けないほどに瞳を輝かせている蛍の姿があった。

 

「ねぇ、燐。踊ろうか?」

 

蛍が悪戯っぽく微笑む。

その微笑みはやけに透明に見えた。

 

「今、ここで? さすがにヤバくない?」

 

燐は困ったような笑顔を向ける。

二人は暖かい温泉に浸ってはいるのだが、よく考えると、裸のままで雪深い夜の森にいるのだ。

ヤバイなんてレベルではない気がするのだが。

 

「そう……じゃあ、そこで見ててね」

 

蛍はニコッと微笑みかけた。

燐は蛍が一体何をするのかまるで理解できていなかった。

 

蛍は燐の手を離すと温泉から出て、裸のままで雪の草原に足を踏み入れた。

 

「蛍ちゃん!?」

 

燐はすかさず蛍の手を掴もうと腕を伸ばしたのだが、すんでのところで空を切った。

 

蛍はそのまま白い草原を駆けだして踊るようにステップを踏んでみせた。

 

その光景はあまりにも美しく、裸体に水滴を纏わせながら蛍は軽やかに舞っていた。

まるで、雪の妖精がワルツを踊っているような、非現実感を思わせた。

 

暫く状況を忘れたように、燐はその可憐な蛍の姿に見入っていた……。

 

「燐もおいでよ! 踊ると暖かくなるよ!」

 

蛍は精一杯の声を張って燐に呼びかけた。

冷たい空気が肺に満たされて少し息苦しくなるが、気に留める様子はみせなかった。

 

(蛍ちゃん……もしかしてわたしの為に?)

 

燐は先ほどの流れ星を見た時に、何故か涙を流していた。

これは感動したわけではなく、多分、悲しかったんだ。

 

幸せなのに悲しい。一見矛盾してるようだが、朝になればまた何時もの生活に戻ると思うと、わけもなく悲しかった。

 

でも今の燐には蛍がいてくれる。

自分を励ますために健気に気を遣ってくれる蛍が。

それだけで灰色な生活も楽しくなるはず、きっとそうだよ!

燐は涙を拳で拭って蛍の元に駆け寄ろうとして、温泉から出たのだが──。

 

──え。

 

蛍の足が雪で滑っていた。

バランスを失った蛍の体は反動で一瞬、投げ出されるように宙を舞っていた。

その様子は燐の目にはスローモーションの様にやけに遅く感じられた。

 

「蛍ちゃん!!」

 

そのまま体を雪の大地に叩きつけられる……はずだったが……何時の間にか燐がしっかりと支えてくれていた。

一瞬の出来事だった、まるでこうなることが分っていたかの様に、燐の体が反応していたのだ。

それは自分でも不思議なぐらいの咄嗟の判断だった。

 

「あ、燐……これも錬金術?」

 

蛍は何事もなかったように、あどけなく微笑んだ。

それは天使の様に無垢な微笑み。

 

その無垢な微笑みに燐は深くため息をついた。

 

「もう、違うよ。壊れやすいプレゼントを受け止めただけ」

 

「プレゼント? わたしの事?」

 

蛍は目を丸くしながら自分の事を指差した。

 

「そう、蛍ちゃんはわたしがもらった大切なプレゼント。だからずっと守ってあげたい」

 

燐の瞳に迷いの色はなかった。

蛍がいれば他になにもいらない、流れ星にもそう願う事が今なら出来そう。

 

「そっか、じゃあわたしは燐のこと貰ってあげるね」

 

蛍は手に首を回して燐に抱きついた。

二人の柔らかい体が絡みつくように抱きしめ合う。

 

「じゃあ二人共プレゼントってこと?」

 

「そういうこと」

 

燐と蛍は頬を摺り寄せて笑い合った。

二人共、泣き笑いのような表情で肩を震わせながら。

お互いの気持ちが頬から熱をもって伝わってくるようだった。

 

「くしゅん!」

 

蛍が突然目の前でくしゃみをしたので、燐は一瞬顔をしかめた。

 

「やっぱり寒いんでしょ? ねえ部屋に戻ろう? 暖かいスープまた作ってあげるから」

 

「うん、燐のスープ好きだよ。燐の事大好きだよ……」

 

「わたしも……蛍ちゃんの事大好きだよ」

 

見つめあう燐と蛍。

何度目だろうこうして瞳を見つめ合うのは、まだ出会ったばかりなのにまるで。

 

──昔からの恋人同士みたい。

 

 

…………

……

 

その後、少女達は逃げるように工房へと舞い戻った。

そしてベッドの上でスープを啜りながら、有言通り、朝まで眠ることなく語り明かした。

二人の目は真っ赤になってクマも出来ていたが、幸いにも風邪は引いていないようだった。

 

そして──朝が来ていた。

 

いつもと変わらない朝だけど、いつもとはちょっと違った朝だった。

それは本当に大切なものが見つかった朝だったから。

 

「おはよう、蛍ちゃん」

 

「ん、おはよう……燐……」

 

まだ寝ぼけ眼の大好きな親友が一緒にいてくれる。

 

それこそが最高の幸せだった。

 

 

 

…………

 

……

 

 

 

 






やっと、やぁっと終わりました……なんかもう辛かった……年を跨いでまで書くことになるとは流石に思わなかったです。

でもまあ書いてるときは色々忘れて没頭出来るので良かったりなんですけどね。

さてさて、ここからは各話の解説的なことを書いてみたりします。

☆第一話。
赤ずきん燐とオオカミ少女蛍ちゃん、お婆さん役のオオモト様は最初から決まっておりましたねー。
ついでに狩人役も作ろうと考えていたのですが結局三人での話となりました。
出したとしてもチョイ役でしたけどねぇ……。

実は名前の事でちょっと悩んでいたときもありました。
一応ドイツを舞台にしていたので、カタカナで呼んだ方が世界観的に良いのかと思っていたのです。
ですが……、リン、ホタル、だとなんか別人の青い目のイメージしか湧いてこなかったので、ここは原作通り無難に、燐と蛍(ちゃん)として設定しておくことにしました。
個人的にこれでやっぱり良かったと思っております。

本当はこの話で赤ずきんネタは終わりにするつもりだったのに、無駄に長くなってしまったので次の話にも持ち越すことに……。

☆第二話。
Q: 何で燐は裸のままなの?
A: なんか可愛いから、ではなくてペロー童話の要素を無理やり取り入れた為です。

ペロー童話版の赤ずきんは、お婆さんに化けたオオカミの男? と裸の赤ずきんがベットに入って終わるという、ちょっとバッドでアダルティーな終わり方になっているようです。
そんな訳で、燐は理不尽にも裸にしてベッドの上で蛍といちゃいちゃさせておきました……蛍の方が理不尽な目に合ってるかもしれないですが……。

ライザのアトリエ要素は、二話目にして早くもネタに困ったので、最近やったゲームとして話に取り入れてみました。
本当は戦闘シーンも入れようかと構想していたのですが結局止めて、謎の料理シーンにしてしまいました。
戦闘と言っても、燐が外で採取をしてる最中に()()()に襲われた蛍が、フルートでぶん殴って返り討ちにすると言う、イミフなものを予定してた位なんですが……。

ちなみに。
燐=ライザ。
蛍=クラウディア。
オオモト様=アンペル。
の配役となっております。
これは二話だけの設定にしたつもりでしたけど、結果、全話このキャラ設定に則しちゃってるカンジは否めないです。

特にオオモト様は終始キャラ崩壊でした……個人的に便利だなーオオモト様は。

ついでにラスボスを倒した時、偶然にもこの三人のパーティーでした。
個人的に相性が良かったんでしょうか?

☆第三話。
本来最終話の予定で、マッチ売りの少女とサンタクロースを絡めてみたのですがー、なんか変なことになっちゃったぞ、という話になってますー。
特にサンタの件はかなり悩んでしまって、このネタ自体止めようかと思うほどでした。
それと言うのも、どうやらドイツ圏ではサンタ以外にもプレゼントを配る人物?が居るようでして、宗派の違い?というか会派の違いから来てるようなので、にわか知識では扱いきれそうになかったからです。
結局二人共サンタの格好にしましたが、燐と蛍でそれぞれ違う会派の──とか少し考えてみたりしましたが、なんか面倒な事になりそうなので止めておきました。

マッチ売りの少女は、燐が担当予定でした。
奇しくもマッチの原料の”燐”と燐の名前が一緒だったし、赤ずきんとマッチ売りの少女は外見上の共通点が多いので違和感なさそうと思っていたのですが、ある理由によりマッチのみとしました、理由は後述します。

☆第四話。
これで終わりって言ったやーん。でも無理でした……だって遅筆なんだもん……。

実はマッチ売りの少女と同じようなラストシーンにする予定もありましたが、青い空のカミュの燐と蛍でそれをやってしまうと……ねぇ?
色々、シャレで済まない気がしていたのでやっぱり却下しました。
ちなみにマッチ売りの少女の話って、私はてっきりクリスマスの話だと勝手に思い込んでいたのですが、実は大晦日の夜の話だったんですねー。
いやあ、無知にも程がありますわー。

前述での解説でマッチ売りの少女は燐がやる予定と書きましたが、まさかとは思うのですが原作の燐の元ネタの一つではないです、よね?
流石に考えすぎかと思っているのですが……少し、気になってしまいました。

☆第五話。
四話と同じく作る予定の無かった話です。
うーん、長いよねえー、まさか適当に考えた温泉ネタがこんなに長くなってしまうとは……。
でもここでも文化圏の違いの様なものがありまして、入浴して体を癒すのは日本だけの文化のようですねー。最近は海外の方も日本式入浴が知られてきたようで肩まで浸かったりするようです。
ドイツでは主に飲泉とか医療用に使われることが多いみたいです、知らないことって多いなあー。
後は、例の龍○寺の湯ネタをぶっこんでみました。書いてる途中で突然思いついたんですけど、思わぬ形で温泉ネタと被らせることが出来て割と満足かも。
そういえばまだ今年は行ってないなーちょっと遠いけどまた行きたいぞー。

流れ星は実はマッチ売りの少女から拾ったものです。
でも不吉を意味するものではなく、ここでは幸運を呼ぶものという解釈にしております。


さてさて、今回も拙作でした。
短編であっさり終わらせるつもりだったのに予想以上に長く難航してしまって、相変わらずの無計画に辟易しております。
でも書いてるときは苦しくても楽しいものなんですよねー。だからって年末にやらなくてもねぇー。
でも、なんとか終わらせて一安心です。
次回作は……青い空のカミュ発売一周年記念とかで書いてみたいですねー。それまでは何も書かない……かな? 気が向いたら何か書くかもです。

今回の艦これイベント小説は書かないかなー。結局時間なくて最終海域は、乙でイベ終えちゃったしね。

えっと、もしここまで読んでくださる方が居たら、有難うございます。
基本、独りよがりなので今度は読み手の方を意識するように書いてみることをチャレンジしてみます。



さてさて、ここからは今更、今更なんですが、2019年を振り返ってみようかと思ってます……。
本当は去年の内に終わらせて書きたかったけど、今更言ってもしょうがないので今、この場でやってしまいます。
時事ネタとかではなく主にゲーム関連で書いてみます。
まずは……。

☆青い空のカミュ。

神ゲー(カミュゲー)です。(前回に続いて2回目)
なんでこんなに楽しくて切ないんだろう。そして何で飽きないんだろうか。
何回やったってエンディングは変わらないのにやってしまうんだよね。ヤバいですよー。
一応、平成時代に発売されたんですけど、平成最後の怪物として私的に崇められている作品となっております。
もし、もしも、自分の小説を見て”空のカミュ”を知ったという稀有な人がいましたらば、是非とも体験版をプレイしてみてください。PC版オンリーかつ、18禁という条件をクリアできる方限定なのですが、自分の作品よりもずーーっと楽しめると思います。(これも前回に続いて2回目の宣伝)
もし次回作があったら嬉しいですけど少し複雑な思いもあるかもですね……でもあるに越したことはないので、どんな形にせよファンとして喜びたいと思ってます。
2020年も青カミュ、まだまだ楽しんでおります!

☆ライザのアトリエ。

それ程期待していませんでしたが、結構楽しんじゃいました。
ただ序盤がねー、お使いやらされゲーと化してるのはあまり良くない感じがしますねー。
クラウディアが仲間として使えるまでをチュートリアル、ストーリクリアしてからが本番と捉えると良いのかもしれません。
後、ジャンプの制約多すぎで殆ど役に立ってないことと、戦闘は慣れていても面倒と感じてしまう所がちょっと気になりますですねー。
それとちょっとメインシナリオがあっさり目かなぁ?
キャラの掘り下げが一番上手くいってるのがメインキャラでなく、サブキャラのボオスな所もねえー、この作品も次回作を見据えているんでしょうか?
でも最後まで楽しくのめり込んでやれましたので次作も期待したいです。


さてここからはちょっぴりアレな事を書いてみたり……。


★バトルガールハイスクール。

実はスマホデビューからやっていたゲームの一つでした。
私が初めてやったころは確定ガチャも武器ガチャもなく、星4カードも全然出なかったのですが何故かそれでも楽しかったです。無料で石も結構配ってましたしねー。
当時はここまでサービス旺盛なゲームはあまり見なかった気がします。
その後キャラカードは10連で星4確定になったり、作るのが大変だった武器はガチャが実装され、これも10連だと星5武器確定と更にゲームが楽しくなったんですけどね……。
その後色々なのが実装されました。新キャラ、マイルーム、レイド戦、変身、等々、どんどん容量は増えてゲームも重くなっていきます。まあそれはスマホゲーじゃ当たり前なんですけどね。
そしてアニメ化……これはあまり良くなかったかなぁ? 結局視聴することは無かったです。
そのあとは、あんまり良くない感じになっちゃったかな? まあ運営会社に色々ありましたからね。
私は今からちょうど一年前位に自主的に辞めてしまいました。それでも機会があれば復帰しようかと思っていたのですが、その前に2019年の夏でサービス終了してしまいましたね……。
しかもその終了理由が……まあ噂レベルだと思ってます。
でも楽しかった時期もあったので良しです。長い間お疲れさまでした。

★ハッカドール。

実はこれもスマホデビューのときからお世話になっていたアプリです。
サブカル情報を漁るのには割とよいアプリでした。
ですが、何年か経つとあからさまに記事に紛れるように広告が表示されていたり、それを消すためにプレミアムが出来たりと、なんだかちょっと……って感じになりました。
そして後から公式で発表があったんですが2018年がハッカドール勝負の年だったんですねー。
確かにVTuberとか色々? やっている気がしたんですけど正直興味はなかったです。
そしてこれも2019年夏にサービス終了、かなり人気があったアプリだと思うのですが、既定の売り上げに届かなかったんですね……ちょっと勿体無かったカンジもします。
こちらのアプリも長い間お疲れさまでした。

さて2019年は年号が令和に変わったこと以外にも様々な事がありましたねー。特に、凄惨な事件や、自然災害が目立った年でありましたねー。
しかも何故か”青い空のカミュ”が発売された後の事柄が多いんですけど……何か因果関係があるのでしょうか?

来年……っていうか既に今年、2020年はオリンピックイヤーですが、その他にも色々な事象があると思います。出来れば楽しく健康に過ごしたいですねー。

それでは長々と拙文、失礼しました。

それではまた──。















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───

──うーん、今回は青カミュネタバレ考察はしないつもりだったんですが、ちょっとだけやってみたいと思ってます。

以下ネタバレ関連となりますので、もし”青い空のカミュ”未プレイの方が居りましたらここから下は見ない方が楽しめると思います。
















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えーと、前作のあとがきで小平口駅のモデルについて幾つか候補があると書いていたと思います。
その一つは、恐らく浜松市の天竜川沿いにある秘境駅、 小和田(こわだ)駅ではないかと思っています。
理由としましては、小平口駅および町の設定と一部、一致している部分があって、3つの県の県境に近い場所にあること、過去に集落があったがダムによって水没してしまったこと、そして何年か前までは近くに民家が1件だけ残っていて、そこには()()()()()()()住んでいたこと等……。
それを踏まえまして、小和田駅が小平口駅、町のモデルになってるのではと推測してみました。
なんか名前も似てますしね。

ちなみに、駅舎が違うことやロータリー等はないのですが、それらは別の駅がモデルになってるのではと思っております。

以上の情報から、あのあとの続きを考察してみますと……。


小平口ダムが決壊して小平口町は水没してしまった。
だが三間坂家だけは山の中腹にあったので唯一、被害を間逃れることが出来た。

誰も待って居ない家、誰も乗降しない駅、それでも蛍は一人、電車に揺られながら燐が乗ってくるのを待ち続けた……。
いつまでも、いつまでも。


と、言った解釈になってしまいますかねぇ? これは辻褄はあってる……のかな?
 
個人的にはあまり出したくない感じの結論だったかなーと思ってます。
ただ、これが答えだと言いたいうわけではなく、あくまで()()()()()()だと思ってもらえれば幸いです。

それに私個人としましては、燐は必ず戻ってくると思います。
どんな結果が待っていようと燐は蛍の元に戻ってくる、だってそれこそが燐が求めていた幸せなのだから。

だからこそ今回の自分の話でも二人はやはりいちゃいちゃさせてっていうか、耳舐めばっかり
させてたなあ……まあASMR好きだからしょうがないね。

さて、話が大幅に横道に逸れましたが、今回はこれで失礼します。


此処まで読んでくれて本当に有難う御座いました!!












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