戦姫戦狼シンフォギア (イチゴ侍)
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プロローグ
アタシの終わり、俺の始まり
この主人公である不破さんはみんなの知る不破さんであるようでないので、また別の不破さんだと思ってください!
少女の歌には、血が流れている。
そう誰かが呟いたのを思い出した。
女が戦いの場に出る。男である彼らはただその場を見ているだけ……。
そんなの我慢なるものではなかった。
だが、
『あれが……特異災害対策機動部二課保有のFG式回天特機装束────"シンフォギア"』
軽々と兵器を破壊していく"槍"と"剣"を携えた二人の少女を目の当たりにした彼は、これで人類が救われるという希望。
そして「たった二人の少女に、今まで信じて振るってきた力を否定された」という絶望。
その両方を突きつけられた気がした。
天羽奏、風鳴翼。
良くも悪くも彼────不破諌の人生を変え、そして────。
-戦姫戦狼シンフォギア-
都内某所にて、
「ふぁぁ……」
「おい、だらしないぞ」
ここはスタジオの控え室。アーティスト達がメイクや着替えを済ませる場所。
そこにいるのは、大人気アーティストの天羽奏。のはずなのだが、テーブルに足を乗せ無防備に欠伸をするガサツな女の子の姿だった。
けど、言えば治す素直な子でもある。
「なんだよ固いこと言うなーって不破っち」
「その不名誉な呼び方やめろ」
「えー? 可愛いじゃん不破っち。なー、翼?」
「えっ!?」
よほど油断していたのだろう。ゆっくりとお茶を啜っていた翼は、含んだものを吹き出しかけていた。
そして口元を拭いてから一言、
「う、うん……いいと思う」
そう言うとすぐさま顔を背けてしまう翼。
「……な、なぁ? 俺って翼に嫌われてるのか?」
「……うーん、まぁ不破っち顔だけはいいけどすぐ怒鳴るからなー。そりゃあ翼も怖がるか〜あっはは!」
今がライブ前じゃなければ乱闘沙汰にする所だった。と思う不破だった。
「……誰のせいで怒鳴ってんのか分かってんのか。あと顔だけは、は余計だ!」
「顔は良いしなぁ〜、……うん、ちょいタイプだしあたしが付き合ってやろうか?」
「……ガキに興味はねぇよ」
こういうと決まって不破は足を踏まれる。
不破の足にじわじわと痛みが広がった。
「……ってぇーな」
「ガキ扱いすんな。たった二つの違いじゃねえか」
「俺からすればガキだよお前は」
「んだとこらぁ!」
「やるかァ?」
「ちょ、ちょっと……二人とも」
翼の制止も聞かずに、奏と距離を縮め喧嘩腰で近づいていく。
……と、その時、携帯の着信音が鳴った。
「はい、不破d……」
『遅いっ!』
突然の怒号に不破は勿論、近くにいた奏、翼共に驚いていた。
『開始までもう間もなくだぞッ! いつまで道草食ってんだ』
「す、すいません! すぐ行きます!」
そう言うと不破は、現隊長からの電話を切った。
後ろから小さな声で「怒られてやんの」などと言ってるがそれは全て、不破の耳に筒抜けだった。
不破はすぐさま、控え室の扉を開けに足を動かした。
「仕事頑張れよー!」
「お前もな! ……っと、忘れてた」
一旦立ちどまり、足を翼の方に向け進む。
翼の前に立つと、警戒されてるのか顔を下に向け、なかなか顔を合わせてくれない。
「……まぁ、その……なんだ。いっつも俺と奏を止めようとしてくれてありがとな。ライブ……楽しんでこい」
無意識にも翼の頭を撫でていた自分に心底驚いている不破。隣で見ていた奏もありえないものを見るかのような目で見ていた。
初めて会った時から警戒されっぱなしだった不破だが、奏の後をちょこちょこ付いていく翼を見ているうちに、不破の中でどこか妹の様な存在になっていた。
だからか、今回のライブは頑張って欲しいと思ったのだ。
「……なーるほどねぇ〜」
「……って、あ、こ、これは……その」
「……」
奏の言葉でやっと体が思考に追いついたのか、翼の頭から手を離した。
翼の反応は下を向いていて表情は分かりもしない。
「と、とにかくお前ら緊張で音外すなよ!」
「おう! 任せとけっ。もし外しても笑って誤魔化してやる」
「おいおい……それでも大人気アーティストかよ」
「あはは……────なぁ、不破っち」
いよいよ向かう、という時に今度は、奏に止められる。
「ん? なんだよ」
「声が枯れるくらい歌うからさ……ドームの外まで届くくらい響かせてやるから、あたしの歌……聴いてくれよ」
いつものように茶化す様な雰囲気ではなかった。まっすぐに不破を見つめる奏の瞳は、どこまでも透き通っていて、純粋に気持ちを伝える強い意志を感じる。
「ああ、お前の、お前達の……ツヴァイウィングの唱を聴いてやる。俺がお前らを守ってやるんだ! 安心して楽しんでこいッ! 」
「おう!」
「……ありがとう」
しっかりと翼からも返事を貰い、不破はようやく控え室を出た。
不破が去った控え室で奏が血を吐くとも知らず……。
***
「……始まったか」
会場内のボルテージが上がったと同時に、曲が始まった。
ツヴァイウィングの代表曲である"逆光のフリューゲル"。
サビに入ると共に、会場の天井が開き変化する様は外からでも見えた。
「なんだー? そんなに彼女が心配か?」
「か……っ!? 彼女じゃないですよ……」
「お? そうなのか、」
不審な人物が来ないか見張っている言わば警備員として持ち場で見張っていた。そこに来たのは同業者の先輩だ。
不破たちは特異災害──ノイズに対抗するために集められた特異災害対策機動部一課に属している。その仕事とは、ほとんどがノイズが暴れまくった現場の後処理や住民の避難などが主である。
しかし、今回の任務は会場の警備。わざわざ部隊を総動員する必要などないはずなのだ。
「あーあ、俺もツヴァイウィングのライブ見たかったな……」
「そう言えばファンって言ってましたね」
「そうなんだよ……しっかしお前は良いよなーなんたってあの天羽奏や風鳴翼と普通に話せるんだからよぉ」
「ま、まぁ……」
不破があの二人と接点が持てたのはほとんど奇跡に近いものだった。
ただ不破が道に迷っていた奏に声をかけ、案内したそれだけの事。
その当時は奏がアーティストだということを知らなかった不破は、特に気にもせず普通に接していた結果、今となっては軽く冗談の言い合える仲になれたのだ。
「よし、さっさと任務に戻りますかね。帰って娘に、父さんはツヴァイウィングを守ったんだぞって自慢してやらな」
「娘さんがいたんですか」
「ああ、まだ幼稚園入ったばっかだけどな」
「てか、奥さんいたんすね」
失言だったか……。と思ったが後の祭り。
「おおん? それはどーいう意味だこのやろ!」
「い、いたいいたいいたい! すいませんすいませんってほんと!」
ロックをかけられ危うく倒れる所だったが、何とか開放された。
強靭に鍛え抜かれた先輩の筋肉は不破の息を止めるのには十分すぎる凶器だった。
「ふーすっきりした。お前もどっちか嫁さんにするなら早く決めちまえよー」
そう言い残し持ち場へと戻る先輩。
「だーかーら! 違う!」
その反論も虚しく、先輩には届かず空気と共に流れていった。
会場では今ようやく1曲目が終わった頃だ。
『まだまだ行くぞぉ!』
奏の一声に会場の熱気はさらに急上昇。この調子ならば自分たちの出番は無いだろう。
そう不破は思った。
いや────全員がそう思っていた。
────きゃあああああ!
悲鳴とともに爆発音が響いた。不破は即座に会場の状況を確認するべく上空を飛行中のヘリに連絡を取った。
「おい! 何が起きた!」
中には奏や翼がいる。不破は居てもたってもいれず、通信相手が先輩であろうがなかろうが構わずに問いただす。
『会場中央ステージが突然爆発! 会場内は混乱状態で────あ、あああ……!』
「おい……おい!」
そこで通信が途絶えた。
────同時に上空で何かが爆発した。
そして誰かが叫んだ。
「ノイズだァァァァァ!」
*
────なんだこれは。
「はやくどけてくれッ!」
「いやだっ……死にたくない……死にたくない!」
────俺は何を見ている。
「子どもがっ! 子どもだけでもっ!」
「邪魔だッ! 俺を助けろッ!」
────ここはライブ会場だ。
「ああああ────ッ!」
「いやああ────ぁ……」
────なんで人が……
不破は絶句しながらも助かる命を無駄にしないために、出口に向かって必死に声を上げた。
「不破……」
「隊長! このままだと避難が追いつかない! 指示を……」
「無理だ……」
「は?」
「終わりだ」
不破には隊長の言った言葉が理解できなかった。自分たちの今やるべきことは人命の救助、避難誘導のはず。それを無理、終わりと片付けたこの男に不破は激怒した。
「……あんたそれでも隊長か……」
「……」
「それでも隊長かよッ! お前はッ!」
「……」
「ああ、わかったよ。もういい。俺が……一つでも多くの命を救ってやる」
その場に崩れ落ちるものを放って、不破は事前に聞かされていた会場内に通じる通路を通って中に入っていった。
そこは先程まで輝いていた景色とは打って変わって、ノイズで溢れかえった会場内だった。
舞い散る炭。
これはノイズの炭素分解で舞った炭だ。
────♪
会場中央で聴こえるのは歌。
それは人に希望を与えるものに在らず、雑音を駆逐する歌。
一振りの槍を構え次々とノイズを消し去る奏。
そして剣を携え、一筋の一閃の如くノイズを殲滅していく翼。
瞬く間に消えていくノイズを後目に、不破はノイズから逃げ惑う客たちを少しずつ誘導した。
「向こうに非常出口がある! 集団で固まらず落ち着いて向かってくれ!」
集団で動けばそれだけノイズに勘づかれる危険性が隣合っている。
ノイズの予測不可能な行動に注意を払い、次々と観客を逃がしていく。が、それでも全員を助けられるわけではなかった。
周りが見えずに他人を押しのけるが、ノイズに見つかり炭へと変えられていく人々。
不破は、ただ見ていることしか出来なかった。
────自分に力さえあれば。
爪がくい込むほど拳を握り、血がじんわりと浮き出てくる。
不破は、自分の無力さを痛感した。それでも自分には自分にしか出来ないことがあると、強く鼓舞し、人名の救助に全力をかけた。
『不破!』
「その声……!」
通信機から聞こえたのは、騒動の前に語り合った先輩だった。
『今、会場内から出てきた観客達を保護している! お前が中から支援してるんだろ? やるじゃねぇか!』
「……それでも、見捨てた命も数知れない」
『後ろは振り向くな、前だけ見ろ! 今のお前に救えるものを探せ!』
「……ッ! はい!」
そこで通信は途絶えた。不破は辺りを見渡し、逃げ遅れた人がいないか必死に探した。
が、その同時刻、ノイズを圧倒していた片翼の槍に限界が訪れた。
そこに不破は、違和感を感じた。
「(おかしい……数分前の動きとはキレが段違いだ)」
いつも見てきた天羽奏の力を全く感じない。
決して奏が弱いのでは無く、ましてや槍が弱いわけでもない。根本的に奏の槍との適合率が低下しているのだ。
息の揃わないデュオほど迫力の無いものは無い。その現象が、今まさに起きている。
そして彼女が何かを庇っていることに気がついた。
瓦礫に囲まれ、不破の位置からでは視認出来ない死角に、誰かがいる。
「ッ! クソが……」
危険を顧みず、走り出す不破。
ノイズの大半は翼に群がり、奏に集中砲火を浴びせている。奏の負担を和らげるためにも、と駆ける不破だった。
が、その往く道を空を飛行していたノイズの突撃が塞いだ。
「邪魔すんじゃねぇ……!」
攻撃を間一髪で避けた不破。
しかし攻撃はそれだけで終わることは無い。次々と降ってくるノイズの嵐を避けるため、瓦礫を次々と盾に使い進み続ける。
だが、そこで盾代わりの瓦礫が無くなった。
「マジ……かよ」
丸裸となった不破。ジリジリと近づくノイズ達を前に足掻くための策を必死に探る。が、この現状はあまりにも絶望的だった。
逃げる際に負っていた傷が体を蝕み、その場から動けない。
「ここまで……か」
不破には諦めることしか出来なかった。自分に出来たのはせいぜい観客の避難だけだ。それ以上を望んだところで自分には力が無い。無力である現実を全身で感じとった不破は、静かにその目を閉じた────。
────Gatrandis babel ziggurat edenal
────Emustolronzen fine el baral zizzl
悲しい唄が聴こえた。
傷を負った戦姫は、槍を掲げ、そのフレーズを口にする。
"絶唱"
それは一瞬にして会場全体を覆い、ノイズを塵一つ残すこと無く殲滅した。
全てを諦めた不破が次に目を開けた時、そこには何も無かった。
鳴り渡る雑音も無く、人々の逃げ惑う声も無い。だが、不破にはしっかりと聞こえた。
「────奏ッ! 奏……ッ!」
泣き叫ぶ翼の声に導かれ、ボロボロの足を無理やり動かし傍に寄る。
するとそこには、焦点の合わない目を開け、血を流す奏の姿があった。
「……奏」
不破が一声かけると、翼が反応した。
「不破さん……奏が、奏が……ッ!」
「……」
「お願い……」
その続きを聞かなくても不破には伝わっていた。翼はただ一言"奏を助けて"そう言いたいのだということを。
だけど翼にも、そして不破にも分かっていた。
奏はもう長くないことを。
「────どこだ……翼、不破……っち────まっくらで、お前らの顔も……見えやしない……」
「奏……!」
「────悪いな……もう一緒に歌えないみたいだ……」
「どうして……どうしてそんなことを言うの……奏はいじわるだ」
「────だったら翼は、弱虫で、泣き虫だ……」
「それでもかまわないっ! ……だから、ずっと一緒に歌ってほしいッ!」
必死に縋る翼。だが、奏の限界はもうすぐそこまで来ていた。
「奏、お前……このまま行く気か」
「……」
「……なぁ、なんか言えよ。お前らしくねぇだろ」
「……」
最後まで自分らしくあろうと不破は気丈に振舞う。ほんの少しして、奏が口を開いた。
「────約束……してくれねぇか」
「……ッ! ああ! なんでもいえ! なんだって約束してやるッ!」
「────じゃあ、さ……」
***
そしていくつもの月日が経った。
「隊長! 周辺住民の避難は既に完了しています!」
「できるだけ市街地からノイズを引き離せ!」
数台の戦車と共にノイズの軍勢に立ち向かう彼らは、特異災害対策機動部一課の軍隊だ。
しかし、ノイズの性質上、戦車の砲弾などは無意味に等しく、ノイズはその体質を自在に変えることで、物理的干渉を可能にすることも不可能にすることもできる。それゆえ、通常の兵器では時間稼ぎにもならない。
今も数十発の砲弾が大型ノイズを捉えて撃たれるが、その体をすり抜け爆発した。
「やはり……通常兵器では無理なのかッ!」
「────さっさと部隊を下がらせろッ」
『バレット!』
『オーソライズ』
突如として鳴り渡る電子音。
その正体を電子音は高らかに宣言する。
『Kamen Rider.Kamen Rider.』
"変身ッ"
『ショットライズ』
『シューティングウルフ!』
月覗く夜に鳴り渡る狼の遠吠え。
それは無力ゆえか?
────否、強さの証明である。
『The elevation increases as the bullet is fired.』
続けるかどうか分からないのです笑
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序章
カレと出会い、そして語り合う
不破諌はこの国が心底嫌いだった。
二年前のツヴァイウィングのライブで部隊の一員として彼らは多くの人間を救う功績を残した。しかし、世間では彼らの無能さが人々を殺したと報道され、疎外されていた。
その発端となったのがどこから流れたのか定かではないが、
彼らには救う意思が無かった。
目の前の恐怖に恐れ逃げた。
などと心無き言葉で溢れかえっていた。
それでも、そんなことは無いと訴え続ける者たちもいた。それこそが彼らがあの場で救った数少ない人々。
彼らは何度も何度も世間に自分たちを助けてくれたのは彼らだとそう言い続けた。すると今度は、そんな彼らに白羽の矢が立った。
あいつらは他人を利用して生き残った人殺しだ。
声を揃えて民衆はそう言い放った。これに滑車をかけたのは、国による被害者の優遇への不満。家族を失った遺族の恨み、それらが主だった。
被害者には何の罪もない。彼らは奇跡的に生き残った。それだけなのに、それを良しとしない民衆。それこそが罪に問われるべきだろう。
あの日起こった惨劇を目の前で見てもいない者たちが知ったように語る。それが何よりも許せなかった。
「あんな奴らをこれから救わなきゃ行けねぇなんて⋯⋯胸糞悪いぜ。お前もそう思わないか? 奏」
不破は一つの墓標の前にいた。あの日、死んでいった数ある死者の一人——天羽奏の墓だ。そこには名前など掘っていなく、奏の墓だと決定づける目印はない。
「あれから仕事失うわ、住むとこ無くなるわで大変だったんだぞ」
どこからか漏れた情報により、不破は住んでいた場所を特定され毎日のように嫌がらせを受けた。それが一軒家ならば多少は我慢はできたが、アパート暮らしともなるとご近所へまで迷惑が掛かる。それを嫌った不破はすぐさま家を出て、路頭に迷うこととなった。
「だからこそあいつには感謝してんだ。垓の奴にはさ」
天津垓。素性は定かではないが、ある条件付きで不破に住居を提供し、給料として金銭面でも世話を焼いてくれている。研究者だということしか不破は知らない。後は永遠の二十四歳らしい。
「変な研究とか得体の知れないもの作ったりしてるが、贅沢言ってられるほど俺も余裕ねぇからな」
垓とは何度も会う間柄だが、未だに不破は彼を信用していない。
「こうも信用できないってことは、もしかしたら前世かどっかで犬猿の仲だったのかもしれねぇな」
心の奥底で何かを企んでいそうな垓とは常に仕事上の仲として接している。ある一定の線を引いてるため、垓も不破に対して無理難題を与えることも無い。ビジネスパートナーというやつだ。
「——まぁ、ともかく俺の方は上手くやってる。翼も歌手として大活躍してるらしいしな」
奏無き後、ツヴァイウィングは解散し翼はソロ歌手として活動を続けていた。その一方でシンフォギア装者として影ながらノイズから人々を守っていた。もちろんその事実は国家機密として一部の人間しか知らない。
「俺の立場上あいつを見守ってやれねぇから、代わりにお前が見守ってやってくれよ」
不破は静かに両手を合わせ願った。生者が死者に何かを頼むのは些か変ではあるが、奏ならどうなろうと気合で何とかするんじゃないかと不破は心のどこかで思っていた。
「——さて、俺はそろそろ仕事に戻る。これからしばらくは来ることが難しくなるかもしれねぇから」
しばらくの別れだと最後に言い残し、不破はその場を去る。
「それじゃあな——奏」
去り際に一陣の風が不破の背中を押した。
メッセージとも取れるその現象に、不破はしばらく忘れていた笑みを少しばかり浮かべたのだった。
◇
墓地を後にした不破は、夕暮れ時の公園の木によじ登っていた。
「おじさん! もうちょっとだよ!」
「がんばれー!」
「誰がおじさんだ!」
不破が手を伸ばすその先、そこには木の枝に引っかかった風船があった。
仕事場へ向かうところで子供たちの泣き声がこだましていた。声をたどってみると、その正体は木の枝を見つめながらも泣きじゃくる二人組の女の子だった。
見てしまった以上、放っておくわけにもいかなくなった不破は、興味で釣られた自分を恨みながらも風船を取るために木によじ登ったのだ。
「⋯⋯くっっそ、あと少しが届かねぇ⋯⋯」
もうすぐそこまで来ているのにも関わらず、風船と自身の指先との距離は縮まない。もどかしさと自分の置かれている状況に羞恥を隠せない不破。小さな女の子たちに応援されながら木によじ登るその姿は傍から見れば笑いものだ。
「「がんばれー!」」
女の子たちの純粋な応援と偶に通りかかるサラリーマンの冷ややかな目に当てられ、不破は次第に考える事を放棄し、がむしゃらに手を伸ばし続けた。
「うぉぉおぉおお!」
微かに風船に繋げられた糸に触れた。だが一歩及ばず。
それでも、と手を伸ばし続ける。
あと少し⋯⋯もう少し⋯⋯。
「——木から降りられないおじさんってどこですか!!」
その瞬間、不破はしっかりと風船を取ったと同時に、地面へと落下した。
大きな声を上げた主はその様を見てしまい青ざめていた。
「——ごめんなさいっ! 私が声上げちゃったせいで⋯⋯」
「いってぇ⋯⋯」
咄嗟に受け身を取り、痛みを最小限に抑えた不破。
その傍に女の子が駆け寄る。
「あ、あの⋯⋯立てますか?」
「ほら、」
「えっ? これは⋯⋯」
「ちゃんと取ってやったぞ。もう手離すなよ」
不破は相手を見ずに近寄ってきた女の子に風船を差し出す。
だが、それは人違いであって、差し出された女の子はどうするべきか困っていた。
そして当の本人たちは、不破が落ちてしまった事に怯えて立ち竦んでいた。
あまりにも受け取ろうとしない女の子に痺れを切らした不破は、おもむろに立ちあがった。
「だぁぁ! さっさと受け取りやがれ誰のために取ってやった⋯⋯と⋯⋯」
そこで不破は気づいた。
「あ⋯⋯のぉー多分あの子たちじゃ⋯⋯?」
不破の勘違いを指摘するように、少し離れた所に立っている女の子二人に指をさした。
「⋯⋯お、おう」
自分が覚えている中で女の子が三人いた覚えはなかった。素性の知れない女の子に言われ、不破は間違いだったと気づくとすぐさま二人の元に近寄っていった。
「——ほら、風船取ってきてやったぞ」
「「⋯⋯。」」
返事が無い。一点をぼんやりと見つめ反応が無い二人にどうしたものかと困る不破。
だが、意外にも手を加えたのはもう一人の女の子だった。
「ほらほら! お兄さんならへいきへっちゃらだよっ!」
「「⋯⋯あっ」」
不破がかけた声よりも明るく元気な声に二人はやっと意識を戻した。
女の子は不破から風船を受け取ると、二人の前に差し出した。
「はい、お兄さんが取ってきてくれた風船」
「ありがとー」
「ありがとうございました!」
「よしよし、よくできました。お兄さんにもちゃんとお礼言うんだよ」
すると、二人は向き直ると不破に向けて同じくお礼をした。
面と向かってお礼を言われ慣れていない不破は若干、こっ恥ずかしくなると二人を冷たくあしらった。
「またねー」
「おじさんとおねえちゃんバイバイー」
「ばいばい~! 今度は手を放しちゃだめだからねー!」
「助かった」
聞こえるか聞こえないかの声量で呟いた不破。
しかし、その声は確かに女の子の耳に届いていた。
「お、お礼なんていいですよ! 第一、お礼を言われるようなことをした覚えがありません」
「バッチリ聞いてやがったか……」
「何かまずいことでもありました?」
「いいや、忘れてくれ」
願わくばお礼を言ったことも……と念じる不破。彼の性格上、素直に謝ることや、お礼をするという事とは無縁のものだった。
しかし、何故かこの女の子に対しては、無意識にも言わなければと口が働いた。
「てか、お前いつからここにいた?」
「お兄さんがあともうちょっとーって所からです!」
「あっ! あのでっけぇ声出してたのお前か!」
風船を取る直前、不破の耳には微かに女の子の声が聞こえていた。そしてその声に驚き、勢い余って残り数センチだった風船との距離を縮められたことを思い出した。
改めて振り返ってもやはり、女の子は礼を受け取るに値すると不破は認識する。
「そ、そんなに声大きかったですかね……」
不破の物言いに少しばかり納得の行かない女の子。
そこでふと、不破は思い出した。
「そう言えばお前、来る時に俺が降りられなくなってるとかなんとか言ってなかったか?」
「ああー! そうですよ! お兄さん達を見てたっぽい男の子が"おじさんが木に登って降りられなくなってるから助けて"って教えてくれたんですよ」
それで駆けつけたと女の子は語る。が、何一つとして事実とは異なるもので不破は眉間にしわが寄るのを隠せないでいた。
「誰がおじさんだ。俺はまだ二十代だぞ……あと木登りなんて余裕なんだよ……」
「あのー? だ、大丈夫ですか……?」
様子のおかしくなった不破に声をかけると、ハッと我に返り何でもないとぶっきらぼうな反応を返す。
「——っ」
しかし、また新たな痛みが不破を襲った。足からヒリヒリと焼ける痛みが流れている。
突如、顔をしかめた不破を女の子は気に掛けた。
「ほんとに大丈夫ですか!?」
「⋯⋯あぁ、足を擦りむいただけだ。こんなのなんてことねぇよ」
「だ、ダメですよ! 傷に菌が入ったら大変です!」
すると女の子は、絆創膏を取り出し貼ってあげると不破をベンチに誘導する。
何度も抵抗する不破だったが、頑なに諦めない女の子に押されて仕方なく従うことにした。
「自分で貼れるんだが⋯⋯」
「私にやらせてください!」
「償いのためにやってんならやめろよ。落ちたのはお前のせいじゃない」
「⋯⋯私、人助けが趣味なんですよ。だから償いとか、そういうのじゃないですよ」
きっぱりと言い切る女の子。
「人助けが趣味ね⋯⋯変わってるな」
「あはは⋯⋯親友にも言われるんですよ。それ」
すると、貼り終わったと女の子は、不破の足から離れる。
ピンクのウサギがプリントされた可愛らしいデザインの絆創膏が不破の両足に貼られていた。
「⋯⋯笑うなよ」
「——わ、笑いませんよ⋯⋯ぷっ」
あまりにも不破とうさぎの絆創膏がミスマッチなため、女の子は笑いを抑えるので必死だった。
「に⋯⋯似合ってますよ」
「うるせぇ」
見るからに年下の子にからかわれたのが恥ずかしくなり、不破はそっぽを向いた。
そんな姿が可愛いと感じた女の子はそっと不破の横に腰を下ろした。
「⋯⋯」
「⋯⋯なんだ?」
「何でもないですよ」
不破の方を見て笑みを浮かべるの女の子。不破は少し居心地が悪かった。
「お前なぁ⋯⋯」
「⋯⋯響」
「あ?」
「お前なんて名前じゃないです。私は立花響です!」
先程までとは打って変わってふくれっ面を見せる女の子——改め、響。
「で、立花——」
「響です」
「たち——」
「ひ・び・き!」
頑なに呼び方を変えない不破。頑なに名前呼びを強要する響。どちらも譲らない攻防を先に降りたのは、意外にも不破だった。
「だぁー分かった。響。これでいいか?」
「——はいっ!」
花咲くように笑う響。その笑顔に思わず釣られそうになるが、不破はこらえた。
「で、響」
「はい! なんですか?」
「——無理に笑ってて辛くねぇのか?」
「えっ?」
意外な不破の質問に、これまでの響の表情とは一変した顔を見せた。
「な、なにを言って⋯⋯⋯」
「さっきその鞄が見えた」
「——っ」
咄嗟に横に置いていた鞄を隠すように響は前かがみになる。
「その傷と落書き⋯⋯いじめか?」
「こ、これは私がちょっとドジっちゃって出来た⋯⋯」
「死ねなんて言葉がどうやってドジで書かれるんだよ」
「⋯⋯」
ついに返す言葉を失った響。その表情が示す感情は恐怖と絶望だった。
「今は中学生か?」
「⋯⋯はい」
「なら高校は別の地区に行くんだな」
「——ど、どうして⋯⋯」
「立花響」
不破は何度もこの名前を頭の中で復唱していた。そして思い出した。
「あの日、ライブ会場にいたな?」
「——っ!!」
あの日とはつまり、ツヴァイウィングのライブだ。そこに彼女——立花響は観客として来ていた。あのノイズ騒動の生き残り。
そして、不破と同じくあの日から傷を負わされ続けている被害者だ。
「おそらく遺族やらクラスメイトから嫌がらせを受けている⋯⋯違うか?」
「⋯⋯。」
「悪い。思い出させちまった」
相当辛い過去だったことは、今の響の顔を見れば一目瞭然だった。
これまで必死に隠していこうとしてたもの掘り起こしてしまった事に罪悪感が募る。
「不破さんも⋯⋯やっぱり私たちは悪いって⋯⋯思い⋯⋯」
「んなわけあるか」
響の悲痛の問いをばっさりと切り捨てるように言い放つ不破。
不破の返事に下がったままだった響の頭が上がった。
「誰も悪くねぇよ。あの日俺も、お前も頑張った。生きてる俺たちには奇跡が付いていた。死んだ奴らには奇跡は付いて来なかった。それだけの差だ」
「奇跡⋯⋯」
「だって言うのに、ただ生き残ったからというだけで悪だと判定して寄ってたかって袋叩き。だからこそ俺はこの国が心底嫌いだ。多いほうが正義なんて風潮に反吐が出る」
溜まった鬱憤をさらけ出すように悪態をつく不破。
響はそれをただじっと聞いていた。
「⋯⋯私の学校にもあの日死んじゃった子がいたんです」
響は黙々と語り始めた。
その死んだ生徒はサッカー部のキャプテンで、将来を嘱望されていたが死んだ。だというのになぜ、取り立てて取り得のないと自負する響が生きているのか。死んだ生徒のファンだった女子生徒がきっかけで始まった響へのいじめ、それはついに全校生徒へと広まった。
学校に居場所を無くした響をさらに追い詰めたのは家への攻撃だった。帰ってくる頃には、玄関のドアいっぱいに張り付けられた張り紙。「死ね」「消えろ」「人殺し」「税金泥棒」「生きる価値無し」などと心無い言葉がいたる場所に書かれてた。
そして石を投げつけられガラスを割られることもあった。それは、明らかに響が帰ってきたところを見計らった犯行だった。
極めつけは、そんな環境に怖気づき会社に行くと言ったっきり帰ってこなくなった響の父の存在だ。
気がつけば響はその全てを不破に話していた。
「その親父さんとはまだ連絡ついてないのか?」
「はい⋯⋯でもあの人は私とお母さんとおばあちゃんを見捨てた。もう、いいです」
「⋯⋯」
中学生が経験するには壮絶な日々を聞き、不破はさらにこの国へのヘイトが高まった。また、ある存在にはそれ以上の憎悪が生み出されていた。
ノイズ⋯⋯。人を襲い自分もろとも消滅する特異災害。
「どいつもこいつも一部を除いて怒りの矛先が欲しいだけだ。自分の大切な者を殺したあいつらはその者と一緒に死んでいるからな」
「ノイズ⋯⋯」
だからといってそれを誰かに押し付けていいわけではない。尚更ノイズという悪質な存在が嫌になる。
「⋯⋯この街にいる限りそういう矛先は向き続ける。だが絶対に折れるな。弱音を吐いてもいい、泣いてもいい何をしようがとにかくこらえろ。それに⋯⋯偽りだろうが笑えるってことは一人は支えがいるんだろ?」
「はい、大切な私の親友が⋯⋯」
「ならそいつを大事にしろよ」
そう言うと不破は、長く話しすぎた、と立ち上がり去ろうとする。
「あっ⋯⋯」
見ず知らずの人間に、響は初めて自分の過去を話した。それを思い出すだけでも辛いものばかりだった。でもそれを聞いてもらう度に辛さが和らいでいくのを感じた。ずっと溜め込んでいた土砂が一気に崩れ落ちていく。
一言、ありがとう、と不破に伝えたい。そして響もまた立ち上がった。
「あの! ありがとうございました!」
「ただ話を聞いた。それだけだ」
礼を言われるほどの事をした覚えはない。どこかで聞いた台詞を口にする。
「それじゃな」
「あっ待ってください!」
「⋯⋯まだなんかあるか?」
「名前⋯⋯お兄さんの名前まだ聞いてません!」
「不破諌だ」
それだけ言うと不破は、今度こそその場を後にした。
「不破さん⋯⋯か」
その場に取り残された響は、教えてもらった名前を大切に呟き、帰路についた。
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