【完結】まちカドまぞく/陽夏木ミカン攻略RTA (兼六園)
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おま○け
ハミ出せ!まちカドまぞく ~かえシャミ編~



単なるおまけ的番外編なので(ほんへとはなんの関係も)ないです。くっそ短いです。

オラッ!かえシャミ!プレイヤー兄貴特効!うおっ急にすげえ吐血……死ぬのかな?



 

 ある時楓の部屋に遊びに来ていたシャミ子は、突然テレビのCMを見て動きを止める。

 視線の先で流れているのは祭りの際に着る浴衣のレンタルを告知する旨のCMだった。

 

 そう言えば、と楓はシャミ子がリコの幻術で化かした浴衣を着て商店街を歩いていたのを思い出す。目──もしくは感覚が特殊なのか、楓にはリコの幻術が効かなかったのだ。

 

 そのせいでリコから力を借り、()()()()()()()()()伊達眼鏡を使う羽目になっている。

 

 思い返せば、シャミ子と──桃とミカンも同じように葉っぱ一枚で商店街を歩き回っていたのかと思考する。楓はあれから、一度も浴衣の話題を出していなかった。

 

 シャミ子の隣に座ってぼんやりとドラマの再放送が流れているテレビを眺める楓の体に、細い紐のようなものが絡まってきた。

 

「……シャミ子?」

「かえで、くん」

 

 右隣にいるシャミ子と楓の背中を回って、左腕に尻尾が絡み付いている。

 

「かえでくん」

 

 頬が紅潮し、楓を見上げて瞳が潤む。震えた唇から、愛らしくも鈴のような声が漏れた。

 

「──リコさんに着付けてもらった浴衣が葉っぱだったんです」

 

「……ん?」

 

「洗って返した浴衣が葉っぱだったんです。私、あのお祭りでずっと葉っぱ一枚で歩いてたんですよ!?」

 

「……なるほど」

 

「これじゃほんとに露出まぞくじゃないですか! 葉っぱ一枚って、私はリンゴは食べませんよ!」

 

 浴衣のCMで思い出したのだろう、鼻を鳴らして静かに泣いている。気がつけば足の間にすっぽりと収まっていたシャミ子の背中を叩いて慰める楓は、片手で伊達眼鏡のフレームを突いた。

 

 ──ここで幻術が効かない体質の話をしたら、嫌われるどころか殺されるかもしれないと考えるのも仕方がないのだろう。

 

 誤魔化すように背中から畳に倒れ、シャミ子を自分の体に乗せて横たわらせる。それでも尚、あまりの軽さに楓は内心で戦慄した。

 

「なあ、シャミ子」

 

「……なんですか?」

 

 胸元に顔を(うず)めているシャミ子は楓の言葉に反応してそちらを向く。眠そうにとろけた顔をして、まぶたを細めて楓を見ていた。

 

 

 ──黙っていようとした罪悪感からか、楓の言葉は不思議とすらすら出てくる。

 

 リコの幻術を見破れること。シャミ子の浴衣が葉っぱに見えていたこと。伊達眼鏡に幻術対策の力が込められていること。

 

 全てを話した時、仰向けの楓の上に乗るシャミ子はあっけらかんとした顔で言った。

 

「楓くん、私の裸なら見慣れてますよね? まぞくに覚醒する前から、看病の時に何度か汗を拭いてもらったの覚えてますよ」

 

 なんなら着替えを手伝ってくれたこともあるじゃないですかー、と言ってクスクス笑う。気にしていないというよりは、照れを誤魔化している。

 

「……ねぇ、楓くん」

 

 紅潮した頬の赤みが増し、うつ伏せで楓と向き合うシャミ子の背中の上で尻尾が怪しく揺らめいている。今まで見たことのない顔に、楓は動けない。

 

「本当に申し訳ないと思っているなら、私と……私、と──」

 

 尻尾が激しく動き回る。

 良心の呵責に胸を痛めるかのようにモゴモゴ呻くと、気の抜けた声で言った。

 

「…………お、お昼寝しましょう」

「──まあ、いいけど」

 

 腹から降りて、楓の横に寝転がるシャミ子。角で頭を痛めないように楓が腕を横に伸ばすと、それを枕に使って楓と向き合う。

 

「えへへへ……」

「楽しそうだね」

 

 自身の胸元で両手を合わせ、楓に体を更に寄せる。シャミ子の背中に片手を回すと、楓は優しく抱き寄せた。

 

「ぁぅ」

「シャミ子は暖かいね。子供体温かな?」

「──ひとこと多いです」

 

 ぐり、と角が二の腕に刺さった。

 

 ごめんごめんと謝る楓が背中をさすると、シャミ子は楓の胸に耳を当てる。

 トクトクと心音が一定のリズムを刻んで、奇妙な安心感を生む。

 

 気付けばシャミ子の意識は暗闇に落ちていた。夢を見ることは無かったが、不思議とそれを怖いとは思わなかった。

 自分を包み込む大きな何かが、背中や頭を優しく撫でていたからである。

 

 

 

 

「…………んが」

 

 パチ、と楓の目が覚める。

 辺りは真っ暗で、日が完全に落ちていた。

 

 腕の重みと気配からしてまだシャミ子は寝ているのだろう。

 起こさないように腕だけを伸ばしてちゃぶ台に置いていた携帯を慎重に手に取ると、楓は時間を確認して驚愕する。

 

「────22時……!?」

 

 昼寝をしたのは13時だった筈だと考えて、ぼんやりとした頭が冷めて行く。

 

「……晩飯……いや吉田家に連絡……! シャミ子、ちょっ、起きてシャミ子!」

 

「んにゃ……タワー……パンケーキ」

 

「夢で食べるな! 今度連れてってあげるから起きなさい!」

 

 

 吉田家や桃たちから連絡が来ていない事に違和感を覚えながら、楓はシャミ子を揺すって必死に起こそうとしていた。

 





ほんへ(RTA)とはなんの関係もないんだからミカン姉貴以外といちゃついたっていいだろお前恋愛ゲームだぞ。


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ハミ出せ!まちカドまぞく ~企業戦略(バレンタイン)編~


ギリギリ14日なので初投稿です。



 

 2月14日のお昼時、自室で寛いでいた楓は玄関のドアをノックする音に気が付いた。

 

「はいはい、どなた?」

「おはかえ~」

 

「……『おはシャミ』にバリエーションを持たせなくていいから。それで、どうした」

 

 扉の前に立っていたのは杏里だった。

 制服ではないラフな格好で、ショルダーバッグを提げている。

 

「まあおはようって時間でもないけど。

 それに、『どうした』って……楓は今日がなんの日か覚えてないの?」

 

「2月14日はにぼしの日だろ」

「…………あげないよ」

「冗談だ」

 

 とぼけた様子で杏里を部屋に招く楓は電気ケトルに水を入れる。レモンティーのパックを棚から出しながら、横目で畳に座って傍らにバッグを置く杏里を見ていた。

 

「──ん、なぁに?」

 

「いや、なんでもない。ああそうだ、このあとミカンも来るぞ」

 

「……なんで?」

 

 トーンが下がった杏里の声を合図にケトルの水が沸く。カップにパックを入れてお湯を注ぎ、レモンティーが完成したのを待ってパックを捨てる。

 

「渡したいものがあるって言ってたからなぁ。杏里と同じ理由じゃないか?」

 

「……ふ~~~ん」

 

 面白くない話を聞かされているような声色で聞き流す杏里。渡された湯気の立つレモンティーを一口飲んで、ちらりとバッグを見た。

 

 それから数分もしない内にドアがノックされた。楓が出ると、橙の髪を揺らす少女──ミカンが手に箱を持って現れる。

 

「こんにちは、楓くん。誰か来てるの?」

「杏里が遊びに来たんだよ。ほら入って」

 

 ミカンを招き入れると、レモンティーをちびちびと飲んでいる杏里とミカンの視線がかち合う。

 

「杏里も同じ理由で来たの?」

「……ん。そうだと思うけど」

 

 余分に作っていたレモンティーをミカンに渡すと、喜んだ様子で飲む。楓の部屋のちゃぶ台を囲んで三人で座り、一息つくと杏里がバッグから荷物を取り出した。

 

「はい、本命チョコ」

「……え゛っ!?」

「杏里の毎年の冗談だよ」

 

 可愛らしくラッピングされた箱を楓に渡して愉快そうに笑う杏里に、ミカンは激しく動揺する。

 

「……えっへっへ、騙されちゃった? そもそも楓以外に男友達なんて居ないからね~、必然的に渡す相手が楓だけなんだよ」

 

「人前でもこの冗談を言うんだから勘弁してくれ、勘違いされたら杏里も嫌だろう?」

 

「────はぁ」

 

 受け取った楓にそう返されて、露骨に膨れっ面を見せる。冗談混じりに本音を言っていたが──と言うことだろうとミカンは察した。

 

 そして、思い付いたようにイタズラっ子のような顔をして杏里と同じように箱を渡して言う。

 

「じゃあ、はい。私も本命チョコあげる」

 

「……あのなぁ」

 

 呆れつつも、貰えること自体は嬉しいのだろう。楓は二つの箱を受け取って、お礼を言いながらその口角を緩める。

 

「ありがとう。両方とも開けていい?」

 

「いいとも~。というか食べてもらわないと作った甲斐がないじゃんよ」

 

「二つも食べたら血圧上がらないかしら」

 

 半分ずつ食べるよ、と言って楓はそれぞれの箱を手早く開ける。

 杏里の方はドライフルーツに溶かしたチョコをかけたもので、ミカンの物はスライスしたオレンジに同じようにチョコを掛けたものだった。

 

「……あらら」

「なんだか被っちゃったわね」

「大分違うと思うが」

 

 ドライフルーツのチョコをつまんで口に放り込む。果物の甘さがあるからか、チョコレートは苦味が強い物を使っているようだった。

 

「うん、旨い」

「毎年同じ感想言うよね」

「君も同じ口上で渡してくるでしょ」

「そりゃそうだ」

 

 軽口を言い合い、杏里の不機嫌な態度は無くなる。些細な事とはいえ、横でホッとしているミカンが自分のバレンタインチョコを勧めた。

 

「このチョコ料理が何か知ってる?」

「柑橘類関連の料理で俺に質問とは……オランジェットだろ?」

「……なにそれ?」

 

 聞き覚えの無いお菓子の名前に首を傾げる杏里。楓がミカンに言ってから更に続ける。

 

「砂糖漬けのオレンジの皮とかスライスしたものにチョコレートをかけた料理だよ。確かフランス発祥だったかな」

 

 楓は一枚を指でつまむと、一口で食べる。

 

 ドライフルーツチョコとは逆に、オレンジの苦味に対してチョコレートは甘いものを使っているらしい。旨そうに食べる楓を見て、杏里の好奇心が湧いた。

 

「オランジェットねぇ~」

「食べたいの?」

「食べてみたいけど……それ楓のだし」

 

 ふうん。と言って、少し考えてからミカンに問う。

 

「ミカン、杏里にも分けていい?」

 

「楓くんがいいなら私からは何も言わないわよ。でも折角だし、私もドライフルーツのチョコを一つもらっていいかしら?」

 

「あ、うん。どうぞ……」

 

 楓が貰ったチョコを一つずつ交換して、杏里とミカンはそれぞれを同時に食べる。未知の甘味に、二人は表情をふにゃりと和らげた。

 

 ──杏里がミカンに対して何らかの理由から、何かに対して嫉妬を抱くことがあることは楓でも理解していた。それでもこうして仲好さげに顔を合わせているのなら、喜ばしい限りだろう。

 

 

 ふと、そういえばと思い出す。

 

 

「シャミ子と桃って今何してるの?」

「二人で商店街に遊びに行ってるわよ」

「あの二人ならデートじゃないの」

 

 バレンタインだしなぁと納得するも、楓の脳裏には、嫌な予感が渦巻いていた。

 

「桃はバレンタインとか興味なさそうだけど、シャミ子は大丈夫なのか……?」

 

 

 

 ──夕方になり、ミカンが自室に帰った。杏里を家に送り届けてから楓がばんだ荘に帰ってくると、露骨な態度で怒っているシャミ子と鉢合わせる。

 

「……シャミ子、桃と出掛けてたんじゃ?」

「あ、楓くん! 聞いてください!」

 

 尻尾が不機嫌なときの猫のように揺らめいている。湯気が出ていそうな程に顔を怒りで赤くしながら楓に詰め寄ってきた。

 

「桃が商店街のバレンタインセールで売っていたチョコを見ながら『バレンタインなんて所詮はお菓子企業の販売戦略でしょ? わざわざ板チョコを溶かして型に固めるなんて効率悪くない?』とか言ってきたんですよ!?」

 

「……あー、うーん。酷い話だな」

 

「あんまりな言い方だったので、思わず一人で帰ってきたんです」

 

「まあ、それは桃が悪いよ」

 

 

 ──『絶対言うと思った』とは、口が裂けても言えない。苦い思いをする者も居るのだから、バレンタインとは趣があるな──と、楓は自分の部屋でシャミ子を胡座をかいた足の間に入れて慰めながら、内心でそんな事を考えていた。

 

「……ミカンと杏里から貰ったチョコ、よかったら食べるか?」

 

 こくりと無言で頷くシャミ子の口に、つまんだチョコを放り込む。

 桃のロマンの無さに対する苛立ちと、酷い態度のまま帰って来た事への後悔から、楓に甘えるようにもたれ掛かる。

 

「明日、ちゃんと桃に謝れる?」

「……はい」

「桃だって言い方が悪かったって思ってるはずだし、許してあげような」

 

 またも頷くシャミ子。楓は小さく笑ってから、再度口にチョコを入れる。

 

 顎の下に頭がある低身長と背中を向けて座るせいで顔は見えないが、纏う空気からもう機嫌が悪くなることは無いだろうと考えた。

 

「──あ、そうでした。楓くん、これを受け取ってください」

 

「珍しいな。シャミ子が手作りなんて」

 

「今までは金銭的にもそんな余裕がありませんでしたから。なのでこれが初バレンタインです」

 

 傍らの鞄から、シャミ子は初めてやったのだろうぐちゃぐちゃのラッピングがされた箱を取り出す。

 

「ありがとう、嬉しいよ」

「……本当は桃の分もあるんですよ」

「なら、後で渡しに行ったら?」

「──そうですね。でも今は、もう少しこのままでいいですか?」

 

 貰った箱をちゃぶ台に置いて、横向きに座り直したシャミ子を抱き締める。

 

 くすぐったそうにしながらも、シャミ子は楓の胸元に頬擦りする。角がめり込んで痛そうにするが、楓はいつものように我慢していた。

 





短くてもいいだろお前番外編だぞ


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ハミ出せ!まちカドまぞく ~企業戦略(ホワイトデー)編Ⅱ~


皆さんはチョコをお返しする彼女とか……いらっしゃらないんですか?

私に居るわけ無いだろ(先手必勝)



 

「──あとは冷やすだけ、と」

 

 型に流し込んだチョコレートを冷蔵庫に入れて、楓は一息ついてからエプロンを脱ぐ。3月14日のホワイトデー当日になって調理をしているのは、単純に前日まで忘れていたからである。

 

「こっちも焼き上がる頃か……」

 

 和室の台所に置かれたオーブンというややシュールな光景は、人によっては笑ってしまうだろう。来客を待ちながらの料理は嫌いではない──と思いながら、楓の目は携帯の画面に向く。

 

『そろそろ着くよ~』というメッセージを一瞥して、それからチンとオーブンのタイマーが0を知らせる音を鳴らす。

 ミトンを着けた手で中身を取り出すのとチャイムが鳴るのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

 取り出した物をまな板の上にトレーごと置き、ミトンを外してドアを開ける。

 視線の先には、見慣れた顔を寒さからほんのりと赤くした少女──杏里が居た。

 

「お待たせ、うぅ……さむっ」

「外は冷えてるみたいだな」

 

「お邪魔しま~す」

「暖房入れたから…………ん?」

 

 自分の手を揉みながら楓の部屋に入る杏里に続いて、さも当然であるかのように黒い髪を伸ばした少女までもが入ってきた。

 

「……小倉」

「なにかなぁ?」

「なんで居るの」

 

 小倉が振り返り、疑問符を浮かべる。居ちゃダメ? と聞いて、楓の答えを待った。

 すると、先に部屋に入った杏里が楓の代わりに答える。

 

「あー、なんか荷物片手にうろちょろしてたから捕まえてきたんだよ。外寒いし」

 

「荷物?」

 

「バレンタインの時にすっかり忘れてたから、さっき買ってきたんだよぉ」

 

 手に持っている赤い小さな紙袋からは、微かにカカオの香りが漏れていた。

 変なところで律儀だな、と小声で言った楓は小倉を招き入れて扉を閉める。

 

「あれ、ミカンとウガルルちゃんは居ないんだ」

 

「この前、隣町の柑橘類スイーツ食べ放題の割引チケットを当てたからあげたんだよ。人数が二人までだったからウガルルと行かせた」

 

「……楓は行かなくてよかったの?」

 

「ホワイトデーだったのを昨日思い出したんだから仕方ないだろう。お陰で朝から体がチョコレート臭くなってる気がする」

 

 ちゃぶ台を中心に座り胸元をパタパタと手で扇ぐ楓に、座ったまま近付いてきた杏里が顔を寄せると鼻を鳴らす。

 

「えー、ほんとにぃ?」

「わざわざ嗅ぐな」

「……うわ、ほんとにチョコの匂いする」

 

 横目で小倉を見れば、何が楽しいのか二人を見てにこにこと笑っている。

 楓が杏里の額をピンと指で叩いてやめさせると、立ち上がって台所に向かう。

 

「今年は何作ったの?」

 

「ガトーショコラと生チョコ。生チョコは冷やしてるから少し待ってて」

 

「楓くん料理上手だねぇ」

 

 出来立ての湯気が立っているガトーショコラに包丁を向けて、思い出したように二人を見た。

 

「朝に作って冷蔵庫で冷やしてる方と、さっき出来た温かい方。どっち食べたい?」

 

「じゃあ出来立てのやつ~」

「私は冷たい方がいいかなぁ」

「ん。了解」

 

 冷蔵庫から出したガトーショコラも含めて人数分を切り分ける。その過程で、楓は人数分で分けられるかを数えていた。

 

「シャミ子と良ちゃんと清子さんと、ヨシュアさんとリリスさんに供える分。

 あとは桃……ミカン……ウガルル……リコと店長。これなら十分足りるな」

 

「楓~まだー?」

「はいはい」

 

 小皿に移したガトーショコラを三人分ちゃぶ台に置いて、残りを冷蔵庫に入れてから電気ケトルに水を注ぐ。数分で沸いたお湯でレモンティーを作ると、カップを出して中に淹れた。

 

「はい、ガトーショコラとレモンティー。淹れたばかりで熱いから気を付けなよ」

 

「おお、相変わらず凄いクオリティ」

 

 フォークを崩した一部に突き刺して持ち上げる。一口で食べると、チョコレートの苦味と甘味の他にオレンジの爽やかな味わいが口腔に広がった。

 

「……ん、これオレンジ入ってる?」

 

「そうだ。刻んだオレンジの砂糖漬けと、絞った果汁を混ぜてある」

 

 杏里と同じく一口食べた小倉もまた静かに咀嚼して飲み込んでから言う。

 

「意外と合うねぇ。私これ好きかも」

「去年はなに作ってくれたんだっけ」

「柑橘類のみのフルーツケーキ」

「あぁ~、あれも美味しかったなあ」

 

 じゃあ今度作るよ、と約束して楓も自作のガトーショコラを食べ進める。

 思っていたより上手く出来ていて、内心で満足する。なんとなく一口食べてからレモンティーを含み、口の中で混ぜてみた。

 

 ──予想通りに合う。

 次はレモンを刻んでみるか、と計画し、数分かけて食べきった。

 

「楓、もう一切れ食べていい?」

「生チョコもあるんだから程々にした方がいいぞ。自分で作っておいてあれだが、その……な」

 

 口ごもる楓を見て、杏里は数日後に上級生とのテニスの練習試合があることを思い出した。運動しているとはいえ、一度にチョコレートを食べすぎればどうなることか。

 

「──ぐぬぬ……楓の料理は旨いからなぁ~! 太るんだよな~!」

 

「大変だねぇ」

「他人事だな小倉!」

「私は少食だから~」

 

 レモンティーを呷って一息つく小倉を見て唸る杏里。毎年似たような悩みを抱えるそんな杏里を見て、楓は小声で笑みをこぼす。

 

 それから少しして、生チョコが固まるのを待つ間なにをしようかと思考を巡らせていた楓の耳に、再度インターホンの音が届いた。

 

 今のところ来客の予定は無い。二人を見るが、杏里も小倉も首を横に振った。

 

「……はい、どちら様?」

「──こんにちは。お兄」

「良ちゃん。どうしたの?」

 

 扉を開けると、シャミ子の妹である良子が視界に飛び込んできた。

 

 3月にもなっていまだに寒さが残る外に長く居たのか、吐息が白んでいる。

 

「お姉が桃さんとお出掛けしてて、おかあさんも居ないからやることがないの。

 借りた本も全部読んじゃった。もしお兄がいいなら、一緒に居てもいい?」

 

「外は寒いだろうに……ごめんね、気付かなくて。暖房効いてるから入りな」

 

 労るように優しく髪を撫で、それから冷えきった手を引いて部屋に招く。暖房で暖かい部屋に通され、良子はふぅと息をついた。居間に行くと、先客の二人と目が合う。

 

「おっ、良子ちゃんも来たんだ」

「こんにちは~良子ちゃん」

 

「……杏里さん。小倉さんまで……」

 

 よりにもよって、と内心で愚痴を吐く。嫌いなわけではない。しかし、面白くもない。

 

「いやー悪いね、大好きなお兄ちゃんと二人きりじゃなくて」

 

「別に気にしません」

「ふぅ~ん?」

 

 露骨にむすっとした顔をしたのは反抗のつもりか。しかし高校生なだけあって、小学生の良子が向ける態度はまだまだ可愛いものである。

 

「……小倉さんはどうして居るの?」

 

「二人揃って似たような事を聞くよねぇ。先月のバレンタインに何も渡せなかったから、今日渡そうと思ったんだよぉ」

 

「──あっ」

 

 小倉の言葉に良子はハッとする。

 そういえばと思い、自分が何も用意していないことに気付いた。

 

「……ごめんなさい、お兄。良は何も持ってきてない……」

 

「気にしなくていいよ」

 

 楓はそう言って、ガトーショコラとレモンティーを置く。目の前に置かれたそれぞれに対して、良子は分かりやすく瞳を輝かせた。

 

 いつぞやにフードコートでうどんを食べた時のシャミ子と面影が似ていて、杏里と目を合わせた楓は二人で口角を緩める。

 

 さりげなくすぐ横を定位置にした良子が出されたガトーショコラを食べているのを尻目に、楓が懐から出した携帯の画面を見ていた。

 

「どしたの?」

 

「ん。いやなに、ミカンとウガルルが帰ってくるのに合わせて駅まで迎えにいこうかと思っててな。その旨のメッセージを飛ばしたんだよ」

 

「そっか。返事は?」

「こっちの駅に近付いたら連絡するとさ」

 

 楓は画面を閉じてちゃぶ台に置く。時間を見て、頃合いかと呟いて冷蔵庫に向かった

 

 ほどよく固まっている四角形の生チョコを幾つか皿に移して、ちゃぶ台の真ん中に置いた。

 ホワイトチョコを使った白いそれは、指でつまむとわずかに柔らかい。

 

「わぁ……美味しそう……!」

「ホワイトデーだから白いチョコって安直」

「杏里は要らないのな」

「要ります要ります!」

「杏里ちゃん必死だねぇ」

 

 楓が手を伸ばして先ず一つ取る。毒味とばかりに口に放り込んで、柔らかいそれを舌の上で転がして溶かして飲み込んだ。

 

「……うん。普通に旨い」

「へぇ~、じゃあ楓~」

「ん?」

 

 ずいっと身を乗り出して、杏里は口を開ける。

 

「なんだよ」

「『あーん』昔はよくやってくれたじゃん」

「最後にやったの小学6年の時でしょうが」

 

 呆れた顔をしながらも、楓は生チョコをつまんで口許に持って行く。杏里の舌にそっと置いた瞬間、指を生チョコごと食べられる。

 

「……おい」

「んー、んーん~んー」

「指を離せ」

「……んぁい」

 

 楓は溶けたチョコと混ざった指を舐められていた。杏里は満足したように指を離し、垂れたチョコを舐め取ってから言う。

 

「美味しかったよ」

「どっちが~?」

「えぇ~……内緒」

 

 ティッシュで指を拭う楓の横にいる良子が、一連の行動を見終わると、控えめな動きで袖を引いた。楓が良子の方を向くと先程の杏里のように小さな口を開けて待っている。

 

「……はい」

「んっ」

 

 諦めた様子で生チョコをつまんで良子の口にいれる。杏里に対抗するかのように、良子もまた楓の指に食らい付いた。

 

 一瞬歯が立てられたが、気にするほど痛くはない。指の腹や爪を舌先で弄る動きを感じ取り、何が楽しいのかと楓は内心で疑問に思う。

 

 子供の口には男の指は大きいのだろう、息のしづらさから良子は口から指を離した。

 溶けた生チョコが口の端から垂れており、顔を赤くした良子の雰囲気も相まってなんとも妖艶な気配を放っている。

 

「……良子ちゃんって小学生だよね?」

「流石はシャミ子ちゃんの妹だねぇ~」

 

 再度指を拭いた楓に口許を拭われた良子は、自分の行動を思い返して顔を覆った。

 

「良は……なんてはしたない事を……」

「もしかして遠回しに私のことディスった?」

 

 

 

 ──良子の落ち込んだ気分は楓に頭を撫でられることで回復した。特等席だと言わんばかりに膝の上を占領し、どこか誇らしげな顔をしている。

 

「──」

「どうしたの? 楓くん」

 

「……いや、あの流れなら小倉もやりたがるのかと思ってな」

 

「私はいいよぉ、そういうキャラじゃないし」

「キャラ……まあ、確かに」

 

 なんと言えばいいのか、楓の目に映る小倉は、性格からして男に迫るタイプではない。

 仮に手を出そうというのなら、もっと直接的な方法を取るだろう。

 

 ──ふと、楓は小倉からチョコを貰っていたことを思い出した。

 

「そういえばすっかり忘れていたな。小倉のチョコ、今食べてもいいか?」

 

「その為に買ったんだから食べちゃってねぇ」

「……じゃあ、早速一つ」

 

 ちゃぶ台の下に置いていた紙袋から無地の黒い箱を取り出す。開けるとふんわりとしたカカオの匂いが部屋に漂い、中にはココアパウダーがまぶされたトリュフチョコが入っていた。

 

「なるほど……美味しそうだな」

 

「男の人に渡すものを探してるって店員さんに言ったら、物凄い興奮しながらおすすめされたんだよぉ。つい勢いで買っちゃった」

 

「その言い方だとそりゃそうなるよ」

「……この匂い……」

 

 くつくつと笑う杏里の裏で、良子の敏感な鼻がチョコに紛れた異臭を嗅ぎ取る。

 しかし、既に楓はトリュフチョコを口に放り込んでいた。

 

「ねえ小倉、このチョコってなんか入ってたりすんの?」

 

「えっと……たしか洋酒入りって言ってたよぉ。だから良子ちゃんは食べないでねぇ」

 

「……あー、それちょっとマズイ」

「──えっ?」

 

 杏里の言葉に小倉がすっとんきょうな声を出す。嫌な予感と共に楓を見ると──

 

「──結構旨いぃぃぃ…………」

 

 最後まで言い切れずに、そのまま畳に仰向けで倒れた。膝から降りた良子が心配して打ち付けたかもしれない頭を持ち上げる。

 

「お兄!? ……大丈夫?」

「へーきへーき、そいつ寝てるだけだよ」

「……どういうことなのかなぁ」

 

 知らなかったとはいえ、とんでもないことをしてしまったのかと小倉は珍しくオロオロしている。杏里は良子に代わって楓の頭の下に自分の膝を差し込んでから、頬を指で押しながら答えた。

 

「楓は昔っからこういうお菓子とかに異様に弱くてね、最悪甘酒でもこうなる」

 

「……起きるの?」

「まあ、四時間は寝るかな」

 

「さっき陽夏木さんとウガルルちゃんを迎えに行くって言ってたけど、そろそろ連絡来るんじゃない? 起こす方法は無いのぉ?」

 

 トリュフチョコを容器に仕舞いながら小倉が言う。杏里の手でぐねぐねと歪む頬を見てなにやら羨ましそうな顔をする良子が、楓の携帯を見た。

 

「あ、メール届いてる」

「そっかー、じゃあ起こさないとなぁ。

 ……もうちょいこのままじゃ駄目?」

「駄目です。起こしてください」

 

 ちえー。と言って、杏里は穏やかな寝息を立てる楓の顔を見下ろしながら大きな声を出す。

 

「……楓! 遅刻するぞー!」

「────っ、ぉっ!?」

 

 杏里の声に反応した楓は勢いよく飛び起きる。呻き声を上げながら、ふらふらとした足取りでゆっくりと立ち上がった。

 

「……ぅ、ぉ……ぉお?」

 

「水飲みなよ。あとミカンからメール来てるから迎えに行かないと」

 

「…………んぉ……」

 

 大丈夫なのか──という言葉が、杏里と小倉、良子の三人の間で一致した。

 台所で水を一杯飲み干し、玄関近くのコートハンガーから厚手のコートを手に取り羽織る。

 最後にマフラーを首に巻いて、携帯をポケットに入れた。

 

「……じゃあ、行ってくる」

 

「楓くん、ごめんねぇ。今度は普通のチョコを買ってくるからこれは私が食べるよ」

 

「怒ってないから気にするな」

 

 申し訳なさそうにする小倉にそう言って、頬の近くの髪を一房手のひらに乗せて指で撫でる。そのまま頬も一撫でしてから、楓は外に出た。

 

 楓を見送った小倉は、杏里に向き直って口を開く。

 

「楓くんって寝ててもあれで起きるの?」

 

「そうだね。『遅刻するぞ!』か、シャミ……じゃなくて『優子が倒れた!』で起きるよ。

 でも後者をふざけて言うと本気で怒られるからやめた方がいい」

 

「それは誰でもそうなると思うよ……」

 

 

 

 ──吐息が白く、手先が冷える。

 

 マフラーに口許を埋めて、楓は足早に駅まで歩いていた。駅前に近付くと、切符売り場の側にある柱に、二人の少女が寄り掛かっている。

 

「ミカン、ウガルル」

「──楓くん。少し遅刻よ?」

「ごめん」

 

 自分に非のある楓が素直に謝り、ミカンは冗談よと笑って胸元を指で突いた。

 

「ほんの数分前に着いたばかりだもの。別に怒ってないわよ」

 

「食べ放題はどうだった」

「美味しかったわ。今度は三人で行きましょ」

「そうだな──ウガルル?」

 

 談笑している二人の間にウガルルが割り込み、楓のコートの中に無言で潜り込む。

 

「寒いの嫌いダ」

「ああ、なるほど」

「早く帰ろウ」

「わかったよ」

 

 コートから引っ張り出したウガルルと手を繋いで、ミカンと並んで帰路を歩く。そんな三人の視界に──白色が広がった。

 

「あら、雪なんて珍しい」

「……3月に雪とはな」

「んが……おウ?」

 

 ひらひらと落ちてくる雪を見て、楓とミカンは笑みを浮かべる。ウガルルはすんすんと鼻を鳴らして、そんな鼻に一粒雪が落ちた。

 

「……冷たイ」

「ふふ、そうね」

 

 ミカンはスカートに付いた雪を払ってそう言った。冬用の黒タイツで足を覆った姿は、年頃の少女らしい愛らしさがある。

 

「──食べ放題店から帰って来た相手に言うことかはわからないが……ホワイトデーのチョコがあるけど食べる?」

 

「……楓くん。甘いものは別腹なのよ」

「オレは幾らでもイケるゾ!」

「さいですか」

 

 喋りながら歩いていると、途中からミカンが楓の腕に自分の腕を絡ませる。

 雪が降る寒空の下、少女たちと少年は──互いの熱を求めるように手を繋いで指を絡めた。

 

 ──後日、体重計を前にした少女の悲鳴が木霊するのは別の話である。



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小倉エンド/屋根裏の少女にご用心


【速報】小倉しおん、可愛い。



「────えっ、今なんて?」

 

 楓の眼前で分厚い本を読んでいた少女が、聞こえなかったとでも言いたげなとぼけた表情でそう返してくる。埃が舞う屋根裏に訪れた楓は、少女──小倉しおんに言い直す。

 

「だから、屋根裏で暮らすのをやめたらどうだ? って言っているんだが」

 

「あー、出ていけってことかな」

「なぜそうなる」

 

 鼻根の辺りを指で押さえてため息をつく。呼吸した際に埃を吸い込み、数回咳をした。

 

「──これでわかるだろう、ここは空気が悪いし埃も舞ってる。

 女の子が部屋として使っていい場所じゃないし…………いや、そもそも誰もここを使っていいとは言ってない」

 

「そうだっけ?」

「そうですが?」

 

 しらばっくれる態度に、楓のため息は尽きない。何か考えるそぶりを見せた小倉は、ポンと手を叩いて笑った。

 

「うん、わかった! そこまで言うなら、屋根裏で暮らすのはやめるよぉ」

 

「健康の為にもそうしてくれ」

 

 やっと話が通じたと内心そう思い、屋根裏から出て行く。にこにこと笑みを崩さない小倉が眼鏡の奥でコールタールのような瞳を楓に向けていたのは、当然わかるわけもなかった。

 

 その後は普通の生活を過ごして、風呂から出たら戸締まりをして布団に入る。しかし、眠りが深い故に気づけなかったのだ。

 ガチャガチャとドアノブを弄る音が深夜に鳴り響いていた事を。

 

 

 

 ──朝、不意に人の気配を感じた楓の意識が浮上する。まぶたを開けてぼやけた視界のまま周囲を探ろうとした瞬間、バチリと眼鏡越しの瞳と視線が交わった。

 

「おはよう、楓くん。ご飯出来てるよぉ」

 

「────ッ!?」

 

 濁った目で楓を見ている小倉が眼前に居た。ほぼ反射的に、逃げるように被っていた布団を巻き込みながら小倉から離れる。

 

 生物としての危機感としか言いようがない心拍数の上昇を深呼吸で落ち着けると、楓はようやく小倉に対して口を開いた。

 

「……なんでここにいるんだ?」

「屋根裏から引っ越したんだよぉ」

「理由じゃなくて方法を聞いてるんだけど」

 

 ああ! と言って、小倉は懐から1つの鍵を取り出す。それは楓が鞄に入れているこの部屋の鍵と同じ形状をしていた。

 

「合鍵作ったんだぁ」

「──なんで?」

 

「だってほら、楓くんは屋根裏以外で暮らせって言ったでしょ? 

 でもここに居た方がいろんな事が知られるし、緊急時にすぐ駆け付けられる

 かといってシャミ子ちゃんの部屋は家族がいるし、千代田さんは断りそうで、陽夏木さんの部屋はウガルルちゃんが居るんだもの」

 

「……だから俺の部屋にしたと」

「そうなんだよぉ」

「……なるほど」

 

 寝起きの混乱も相まって、楓の頭はろくに動いていなかった。

 この件は後で話そうと思い布団を畳んで顔を洗いに行くと、戻ってくる頃にはちゃぶ台に料理が並んでいる。

 

「冷蔵庫の中身使っちゃったけど、あるもので作れそうなのを作ったからねぇ」

 

「小倉って料理出来たんだな」

 

「伊達に成績上位じゃないからねぇ。なんでか倫理で満点取れないけど」

 

「なんでだろうね」

 

 倫理観のある奴は勝手に合鍵を作らないし夜中に忍び込まないし人の寝顔を起きるまで見続けたりはしないだろう。そもそも最後の1つに限っては何が愉しいのかと楓は疑問に思う。

 

「まあ、この部屋を使うのは別に構わないぞ。一人で使うには広いし」

「うん。これから少しずつ荷物を移すねぇ」

 

 普段通りの笑顔が今になって恐ろしくなってくる。ひとまず朝食をと思い、楓は畳に座ると箸を片手に味噌汁を啜った。

 

「…………うまい」

 

 

 

 ──楓の生活に小倉が加わってから数日、学校に登校した楓は自分の席に座って幼馴染みの杏里と話していた。視界の端ではシャミ子とミカンがAクラスからやって来た桃と話している。

 

「──まあそういうわけで、今は小倉と暮らしてるんだよ」

 

「大丈夫か? 寝てる間に足の指をでたらめに入れ替えられたりしてない?」

 

「毎朝確認してる」

「そりゃよかった」

 

 ふざけた口調だが、心配自体は本気でしている。杏里は小倉を友人と思ってはいるが──その性格と内面を把握しきれていないというところから、いまだに警戒心を解けないでいた。

 

 頭がよくて成績優秀、運動神経の無さを除けば大変普通の優等生なのだろう。尤も、悪魔や黒魔術に対する興味が常人のそれを遥かに超えている部分さえ無ければの話だ。

 

 

 アレさえなければなぁ。という感想は、実際に同棲している楓の心からの言葉だった。

 深くため息をついた直後、不意に廊下から視線を感じた楓はその方向を見る。

 

 ──小倉が教室のドアに半身を隠してこちらを見ていた。跳ねるように体を震わせた楓の目線に沿って同じ方向を見た杏里もまた、ぎょっとした様子で一歩引く。

 

「お、小倉……」

「やっと気付いたの~?」

「……いつからそこに?」

「10分くらい前からかなぁ」

 

 さらっと恐ろしいことを言い放つ小倉を見て口角が痙攣している楓。周りを目だけで見ると、他の生徒が露骨に顔を逸らした。

 

 小倉が変人奇人の類いだということをその場の全員が理解していた。ふと、杏里はそんな小倉が手に小さい荷物を持っているのに気が付く。

 

「ねぇ小倉、それはなに?」

 

「ああ、これ? 楓くんのお弁当だよぉ、朝渡そうとしたけど忘れてたんだぁ」

 

「……ありがとう」

 

 バンダナで包まれた弁当箱を受け取り自分の鞄に入れると、小倉はわかりやすくにっこりと笑う。そんなお手本のような笑顔を見て、杏里は静かに天井を仰いだ。

 

「折角だ、お昼は一緒に食べないか」

「……うーん、やめておこうかなぁ」

 

 背後に一瞬目線を向けてそう言う。

 自分がどういう視線を向けられているかを理解しているのだ。

 小倉は別に楓を困らせたいわけではない。部屋の件でも、楓に出ていけと言われたとしたらその日のうちに出て行っただろう。

 

 寧ろ──。

 

「そうか。小倉が作ってくれたんだから、一緒に食べたかったんだけどな」

「は────、あー。そっかぁ……」

 

 基本的に楓の言葉に裏は無い。そのせいで楓と同棲してからずっと、小倉は言葉通りの誉め言葉を浴びせられてきていた。

 

 ──小倉が楓を困らせているのではなく、楓が小倉を困らせていたのである。

 

「…………じゃあ、晩御飯は私が作るよぉ。何系がいい?」

 

「うーん、今日は中華の気分。麻婆豆腐とか作れる?」

 

「いいよぉ」

 

 ほんとに同棲してるんだ……と呟いた杏里は、小倉──を見ている楓の顔を見る。

 

 困ったように眉を歪めて微笑む小倉を前にした楓の顔はどこか赤い。杏里の見間違えでなければ、楓は小倉の困り顔に見惚れていた。

 

「……マジかぁ」

 

 

 

 ──小倉がCクラスに帰ってすぐ、楓が自分の机に腰かけている杏里に言った。

 

「小倉って、俺より早起きなんだよね」

「楓より早いってやべーな」

 

「……料理もよく作ってくれてて頭が上がらないんだけど、あいつ、俺が起きるまでずーっと真横で顔を覗いてくるんだよなぁ」

 

「なんかあったら通報した方がいいぞ」

「まだ問題は起きてないから……」

 

 変な方向に変わりつつある幼馴染みに、杏里はただため息をつくことしか出来なかった。

 

「……ぶっちゃけさあ、楓って小倉のこと好きでしょ」

 

「──え」

「は?」

 

 何を言っているんだとでも言いたそうな顔をして机の上の杏里を見上げる。「何を言っているんだ」は杏里のセリフだろう。

 

「そもそも、嫌いな奴と暮らそうとは思わないじゃん。しかも相手は小倉だよ?」

 

「まあ確かにそうかもしれないが……『だから好き』ってのは早計じゃない?」

 

 楓にさっきの見惚れてた顔を見せてやりたい、と思うのは妥当であった。笑った顔より困った顔に魅力を感じるのは、好きだから以外にどんな理由があるというのか。

 

「……こういうのは自分で気付くべきか。

 はぁ~~~あの楓がよりによって小倉にかぁ~。ま、骨は拾ったげるからね」

 

「なんて言い草なのだよ……」

 

 ニヤニヤと厭らしく愉快そうな顔で笑う杏里が楓の頭を雑にぐしゃぐしゃと撫で回す。

 

 とりあえずは応援しておこう。と考えて、そこで思考を止める。いややっぱ小倉はどうなんだ、とも考えそうになったからだ。

 

 

 

 ──放課後に麻婆豆腐の材料を買いに行った小倉は、帰り道の最中でばんだ荘の隣人ことシャミ子と偶然出くわした。

 

「あ、シャミ子ちゃん」

 

「こんにちは、小倉さん。小倉さんも買い物ですか?」

 

「そうなんだよぉ、楓くんが麻婆豆腐食べたいって言うから材料を買ってたんだぁ」

 

「へぇ~! 小倉さんって料理もするんですね!」

 

 そうだねぇ、と言って荷物片手に眼鏡のズレを直す。スーパーのビニール袋の中には豆腐やひき肉を筆頭に本格的な材料が入っている。

 

「私だけなら栄養さえ取れればいいって感じだったけど、楓くんも居るからね~」

 

「楓くんも幸せ者ですねぇ」

「えっ、そうかなぁ」

「へ?」

「え?」

 

 あっけらかんとした態度で当然のように否定した小倉に、シャミ子は間抜けな声色で返した。

 

「私が変人なのは私もよくわかってるからねぇ~。むしろ、楓くんは迷惑してると思ってたし、さっさと部屋から出ていけって言われるとも思ってたんだよねぇ……」

 

「楓くんはそんなこと絶対言いませんよ?」

 

「今ならシャミ子ちゃんのその信頼感がよくわかるなぁ。私も結構楓くんに助けられてるもの」

 

 まずちゃんとした場所に研究資料と実験道具が置けるようになったのは大きい。更には衣食住が安定していて屋根裏と比べたら寒さも凌げる。

 

 男にどう思われようが関係ない性格をしている小倉からすれば、別段着替えを見られようが同じ風呂を使おうがどうだっていい。

 

 

 そう思っていたが、ただ、最近は──。

 

「……でも実際に楓くんに出ていけって言われたら、どうなるんだろう」

 

「なにか言いました?」

「……なんでもないよ~」

 

 

 ──もし楓に嫌われたら、と考えると胸が痛むようになった。それが何故なのかを理解できるほど、小倉に色恋への興味は無い。

 

 ──小倉に自覚が無いだけで、彼女は楓をかなり気に入っている。杏里が楓に言っていた『嫌いな奴と暮らそうとは思わない』という言葉は、月並みだが真理と言えるだろう。

 

「────はぁ」

 

 小さく頭を振って思考を切り替える。幸いこの日は金曜日だった。いつものように研究に没頭しよう、そう考えてシャミ子と同じ帰路を歩く。

 

 楓のためにと、わざわざ麻婆豆腐の素などではなく細かな材料を買って帰っている行動そのものが答えになっていることには、まだ気付かない。

 

 

 

 

 ──麻婆豆腐の調理もつつがなく終わり、食事を済ませた楓と小倉はそれぞれが風呂に入ってから自由に部屋を使っている。

 

 部屋の隅に出来た小倉の研究スペースで本人がフラスコを磨いているのを見ながら、楓はぼんやりと考えを纏めていた。

 

 

 小倉はいつも金曜の夜から日曜の夜までを自分の研究や千代田桜が残したメモの解読の時間にしている。しかし、必ずと言っていいほど朝になるまでそれを行っているのだ。

 

 健康に悪いし徹夜のまま朝食を作るのは危ないと言っているのだが、小倉自身もその言葉を聞いていながらやめる気配がない。

 

 加えて寒さにも弱いらしい。

 これは獣寄りのウガルルもそうだから、さほど気にはならない。

 

 

 ついでに頭を使うからか糖分を好み、よく飴を舐めている。

 怪しげな実験している時の表情は意外と凛としていて、そのくせ寝顔は年相応に穏やかで────と、そこまで考えた楓は顔を覆う。

 

 なるほど、と合点が行く。

 

 気付けばいつも小倉の事を考えていた。

 

 小倉に恐ろしさを感じながらも、嫌だと思ったことは無く、今となっては小倉の存在が生活の一部になっている。

 

 お手本のような笑顔も、時折見せる困り顔も、知識を披露するときのはしゃいだ姿も、その全てが可愛らしく愛おしい。

 

 

 ──自覚した途端、感情が溢れてくる。このまま勢いで想いを伝えたらどうなるのか、とも考えて、その思考は一瞬で冷えきった。

 

 小倉はきっとその手の話は興味がないだろう。同棲を許可したのはそのためかと思われたり、言われたらどうしよう、と。

 

 ぐるぐると思考が巡り、やがて楓はお茶を飲み干してから立ち上がる。

 

「……小倉、俺はもう寝るよ」

「ん、わかったよ~。明かりも手元のやつを点けるねぇ」

 

 布団を敷いて床に就く。すぐ横の壁側には小倉用の予備の敷布団が畳まれており、反対にはちゃぶ台を跨いで小倉の研究スペースがあった。

 

 そこから届く暖色の明かりと小倉の気配が心地よく、楓はすぐに意識を沈ませる。

 

 

 

 楓が寝入り穏やかな寝息を立ててから数時間。研究に一区切りつけて眼鏡を外し、腕を伸ばして首を鳴らす小倉は数分ほど虚空を見上げてボーッとしている。

 

 眼鏡をかけ直した小倉が不意に立ち上がり、ミシミシと畳を鳴らしながら楓のもとに近付く。そして枕元に座ると、ただじっと楓の寝顔を覗き込んでいた。

 

「──君は私といて幸せなの?」

 

 消え入りそうな小さい声に、楓が反応するわけがなかった。

 

「──なんで私を受け入れたの?」

 

 その声は震えていた。

 

「──嫌わないで」

 

 布団からはみ出ていた手をそっと握る。

 

「────嫌わないで」

 

 眠りながら反射的に小倉の手を握り返す楓に、小倉はビクリと肩を震わせる。

 

 そこに居たのは、ただの、特別な人に嫌われることを恐れる少女だった。

 

 

 

 

 ──朝陽がカーテンの隙間から入ってきて、楓の目が覚める。味噌と焼き鮭の香りがして完全に意識が覚醒した。起き上がった楓の元に、小倉が近づいてくる。

 

「おはよう、楓くん」

「ああ、おはよう。

 また徹夜で朝飯を作ったのか?」

 

「……ちょっと行き詰まっててねぇ」

 

「そうか、ありがとう。

 俺も君の研究や桜さんのメモの解読を手伝えたらいいんだがな」

 

 気にしないでいいよぉ~と言いながら、小倉は楓が起きたばかりのまだ畳まれていない布団に潜り込み肩まで毛布を被る。

 

「……おい」

「自分の布団出しても寒いんだもん、気にしないでいいから朝ごはん食べてねぇ」

 

 ──俺が気にするんだよ……という言葉が小倉の耳に入る頃には、小倉はすさまじい速度で眠りに就いていた。それだけ疲れていたのだろう。

 

 ()()()()()()()()()穏やかな顔で眠る小倉に、楓は何も言えなかった。

 

「まったく、眼鏡をかけたまま寝るなよな」

 

 小倉の眼鏡をそっと取り、間違って踏んだりしないように頭の上に折り畳んで置いておく。横を向いて眠る小倉は、あまりにも無防備で──。

 

「……君は、俺といて幸せなのか?」

 

 優しく髪を掻き分け、目元から耳の裏に引っ掻ける。

 

「屋根裏に戻ったっていいんだぞ」

 

 そうは言っても、楓は小倉に戻ってほしいとは思っていないだろう。

 

「だけど、俺のところに居てくれたら……それはすごく、嬉しいんだよ」

 

 返事は返ってこない。それでも、楓は現状に充分満足していた。ここから進展するのは、色々なことが落ち着いてからで構わない。

 

 小倉の耳元に顔を近付けて、囁くように心からの想いを言葉少なに伝えた。

 

 

「──いつもありがとう、しおん」

 

 

 言い終えた楓は、立ち上がって顔を洗いに行く。完全に眠っていると思っていた小倉に言いたいことを言うだけ言って満足したが故に、最後まで気付くことはなかった。

 

 ──小倉の顔が、耳まで真っ赤に染まっていたことに。むず痒そうにまぶたの裏で瞳が右往左往していたことに。

 




タイトルの元ネタは森のキノコにご用心。

半世紀ぶりに1から100まで普通の小説書くのはチカレタ……やっぱRTAパートって神ですわよ。


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小倉エンドⅡ/悪魔の子守唄


一生目覚めなさそう(KONAMI)


 ──朝になり夢から意識が覚醒する頃、楓は誰かの視線を感じるようになった。

 犯人がわかっているからこそ、ほぼ毎日のように観察されてはどうにも落ち着かない。

 

「しおん……んー、ぅうん?」

 

 寝起きの気だるさからまぶたを閉じたまま気配のする方に体を向けて腕を伸ばす。ぽす、と布に手が当たり、その下にある肌に行く。

 

「……なんか、かたい。なにこれ」

「そこは私の太ももかなぁ」

「そうですか……わかりました……」

 

 さわさわと寝ぼけたまま擦り続ける楓の髪を、しおんはお返しとばかりにそっと撫でる。

 五分かそこらで完全に起きた楓が上体を起こし、枕元の伊達眼鏡を付けて言った。

 

「おはよう。しおん」

「……ふふ。おはよう、楓くん」

 

 ──寝起きでふにゃふにゃした楓の顔を間近で見るのが、いつからかしおんの楽しみの一つになっていることを、しおん本人ですら気付いていなかった。少女はまだ、青年への感情の答えを出せていないでいる。

 

 

 

 ──ちゃぶ台に向かい合って、朝食を取る。

 いつもの光景だが、だからこそ、楓はやや不機嫌であった。

 

()()、徹夜で作業していたな」

「う~ん、そうだねぇ」

「俺だってそう何度も言いたくないが……徹夜は健康に悪いって話はしたよな?」

「とは言っても、私はそんなに寝なくても問題ないから、その分を研究や解読に使う方がよっぽど効率的なんだよねぇ~」

 

 朝食にトーストを焼いていたしおんは、バターを塗り、ザクザクと音を立てて噛み千切る。

 特に悪びれた様子はないが、そもそも、しおんの夜更かしと徹夜を心配しているのは楓だけであり、眼前の少女が夜更かしを原因とした体調不良なんかに陥った事は今までで一度も無い。

 

 考えすぎだ、と言えばそこまでだろう。しかし『今までは大丈夫だったから』というのは、心配しない理由にはならないのだ。

 トーストが無くなった皿を片付け、食後のココアを作る。パウダーをホットミルクで溶くと、楓がしおんの分をちゃぶ台に置いた。

 

「──まあ、いつか君の体調が崩れたとしても、それはしおんの責任だからな。それを自業自得と言うんだ。わかるな?」

「…………うん」

 

 若干棘のある言い方をしてしまい、それからすぐにココアを飲み干してため息をつく。

 

「……ごめん、今のは嫌な言い方だった」

 

 出されたココアのマグカップを見て、ちらりと楓を見上げる。申し訳なさそうに口の端を歪めると、しおんは湯気に息を吹き掛けた。

 

 

 

 ──昼休憩の時間に、机を挟んで楓の前の席に杏里が座っていた。しおんに対してどこかよそよそしい楓を見て、杏里は昼食を機に人が減った頃を見計らって声を掛けたのだ。

 

「────と言うわけだ」

「ははぁん。そりゃ小倉が悪いよ」

 

 楓の机に肘を突いている杏里がそう言いながら置かれたパックのジュースのストローを咥えて、行儀が悪いぞと窘められる。

 

「それは……どうだろうな。別に誰が悪いという話ではないんだと思うが」

「そんなに心配なら、もうちょっと本気で怒った方がいいんじゃない?」

 

 弁当の厚焼き玉子を箸で持ち上げる楓は、そう言われると何も言い返せない。

 

「本気でと言われても、どうしろと?」

「いやいや、なにも怒鳴れって言ってるわけじゃないからね。

 ──楓、もしかして小倉に『早く寝ろよ~』とか言ってそれで終わってるでしょ」

「……む、む」

 

 図星だった。

 

「本当に心配ならさー、ちゃんと顔合わせて、近くで話すべきだと思うわけ。

 あ、厚焼き玉子ちょーだい」

 

「……はしたないぞ」

 

 箸でつまんだままの厚焼き玉子を持ってかれながらも、楓は思考する。確かに、口だけで行動を起こさなかった事も問題か、と。

 腕を組んで考え込む楓を楽しそうに観察している杏里は、肘を突いている方とは逆の腕を伸ばして楓の眉間のシワを指で押した。

 

「そう難しく考えなくてもいいと思うぞ~」

「それは……まあ、そうなんだが……」

 

 妙に渋る楓を見て、杏里はなんとなく、ただ怒っていたり心配しているから小倉を気にかけているのではないのではと察する。

 

「楓。もしかして、だけど──」

「──楓く~ん」

「……うぉっ!?」

 

 突如として後ろから声が聞こえてくる。肩を震わせた楓が振り返ると、深淵のような暗闇が広がる瞳と視線が交わった。

 

「しお──お、小倉」

「おーっす小倉。今ちょうど小倉の話をしてたんだよねー」

「……杏里?」

「おっとうっかり」

 

 ぺろ、と舌を出していたずらっぽく笑う。

 ふぅん……と言って楓の肩に手を置くと、小倉が小さな声で囁く。

 

「千代田さんが呼んでたよぉ?」

「……そうか。なら、行ってくるよ」

「ふーん。いってらー」

 

 ひらひらと手を振る杏里を一瞥してから、弁当箱を纏めて鞄に入れて席を立つ。

 入れ替わりで楓の席に座った小倉が、杏里と顔を合わせて声を上げた。

 

「杏里ちゃん、折り入って相談があるんだ~」

 

教室(ここ)は懺悔室じゃないんだけど……?」

 

 そうは言いつつ、頼られて悪い気はしない。杏里は座り直して、小倉の言葉を待つ。

 

「実は楓くんに嫌われたかもしれないんだぁ」

「いやそれは無いでしょ」

 

 一言二言、軽いジャブ程度の会話で、勘のいい杏里は一瞬で理解した。

 ──ああこれが両片思いって奴かぁ、と。

 

「嫌われたって考えるなら、原因が自分で、何が理由かも分かってるんだよね?」

 

「……そうだねぇ。正直に言うと、私は寝なくても長時間集中出来たりするから、よく徹夜で作業してるんだけど──楓くんがそれをあまりよく思ってなくて……」

 

「昔っから健康には気を遣うタイプだからな~。言っても聞かずに何日も徹夜してたら……そりゃあそうなるよ」

 

 両手の五指全ての先端を合わせて、人差し指から順にくるくる回す脳トレのような動きをしている小倉は、会話の片手間でそれを行えるだけの集中力が確かにあるのだろう。

 

「……ふぅ~~~ん?」

「な、なにかなぁ……?」

「うんにゃ。小倉って前までは、人に嫌われるのも気にしないって顔してたからさ。

 楓に嫌われたかも~って相談するようなタイプではなかったじゃん」

 

 杏里からすれば、小倉は変人の類いだろう。シャミ子こと吉田優子がまぞくに覚醒する前からの付き合いではあるが──ぶっちゃけ人を人とも思わなそうな顔をしていたのは確かだった。

 

 それが今では、一人の青年に嫌われることを恐れた少女の顔をしている。

 いい変化かなぁ、と考えて、杏里は幼馴染みと友人の恋路を応援することにした。

 

 

 

 ──夜、23時を回った辺りで布団を広げた楓は、作業に没頭するしおんを見ていた。

 やはり言っても聞かないんだな、と考えてから、杏里の言葉を思い出す。

 

『本当に心配ならさー、ちゃんと顔合わせて、近くで話すべきだと思うわけ』

 

 ──ふぅ、と小さく息を吐き出して、専用のスペースに座って机にかじりつくしおんに近付く。灰がかったパジャマに髪を下ろして、ゆったりとしながら本を捲るしおんは、楓の足音に気付いて顔を上げると小首を傾げる。

 

「……楓くん」

「しおん、ちょっと来て」

「えっ? …………えっ?」

 

 片手を掴んで立つよう促す楓に従い、しおんは立ち上がる。そのまま引かれて布団の上まで来ると、今度は座るよう目配せされた。

 

「──ど、どうしたのぉ?」

「……こうして、真っ正面から、きちんと話せばよかったんだよね」

 

 数回深呼吸して、まるで告白するかのような真剣な表情を作ると、楓は目の前に座るしおんの両手を握り、顔を合わせて言う。

 

「──これからは、俺と一緒に寝よう。

 君の健康のためだなんだと言い訳してたけど──本当は、本当は……ただ、しおんに……隣に居て欲しいだけなんだ」

 

「……楓くん……」

 

 ふと、静寂が部屋を包む。

 まぶたを閉じて思案するしおんは、きゅっ、と楓の手を優しく握り返すと──

 

「……うん、いいよぉ」

 

 そう言って、表情を綻ばせた。

 

 ──明かりを消して、薄暗い部屋の中に、二つの呼吸音だけが小さく響いている。

 

 布団の間の隙間を埋めて、しおんは楓の被る掛け布団の中に手を伸ばしてそっと握る。

 なんだかんだで、二人が並んで眠るのはこれが初めてであった。

 

「ねえ、楓くん。さっきのアレって、告白──という事でいいのかなぁ?」

「……俺はそのつもりで言ったよ」

「──そっかぁ」

 

 楓の手を握るしおんの手に力が入る。

 弱々しいそれの体温が増した気がして、照れているのだと悟った。

 

「……そっちに、行ってもいい?」

「──いいよ、おいで、しおん」

 

 逡巡した楓は、若干勢い任せに行動していた。布団を片手で捲り、端に寄ってしおんを受け入れる体勢に入る。

 ──二人分の体温が一つに混ざるような感覚。自然な動きでしおんに腕枕をする楓は、割れ物に触れるように優しく抱き締めた。

 

「ひ、ぅ」

「……しおん」

「は、はい」

「暗闇が怖いって言ったら、笑う?」

「──ううん。その気持ちは、わかるよ」

 

 そう言うや否や、布団を頭まで被って擬似的な暗闇を作る。熱が混ざって、匂いが混ざって、腕の中のしおんが楓を抱き締め返す。

 

「でも、大丈夫だよぉ。私が、楓くんと一緒にどこまでも──どこまでも、溶けて……蕩けて、堕ちてあげるからね」

 

「……ありがとう」

 

「~~~♪」

 

 布団の中という暗闇に、しおんの鼻唄が染み渡る。猛烈な眠気にうとうとと船を漕ぐ楓は、ものの数秒で眠りに落ちる。

 逆に自分の胸元に楓の頭が来るように体の向きを変えたしおんは──暗闇の中で尚漆黒に輝く瞳を楓へと向けて言った。

 

「私の身と心は、貴方のモノ。

 ──未来永劫…………ね?」

 

 その胸に掻き抱き、足を絡め、強く抱き締める。誰にも渡さないという、確かで強い、醜くもどこか綺麗な所有権を主張するように。

 楓は夢を見ることもないまま、朝まで深い眠りに就いていた。しおんの言葉はその耳には届いていなかったが、それを幸と呼ぶか不幸と呼ぶかは、神のみぞ知る。




楓くんと二人きりの時は地の文でもしおんと呼び、学校のシーンでは小倉と呼ぶ。
こうすることで、楓くんの小倉への名前呼びの特別感を演出しているんですね(微ガトンコイン)


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小倉エンドⅢ/インドア派の納涼方

水着ミカンが出ないので小倉編の続き書きます
ガチャが悪いのと暑さでダウンしてたから今回も短いです。


 休日の昼、手持ち無沙汰で何となしにテレビを眺めていた楓は、夏の季節特有の海がどう、プールがどうといったCMを目にする。

 ふと、ちらりと横に座るしおんを見て、それから視線を合わせることなく言われた。

 

「──着ないよぉ?」

「まだなにも言ってないよ」

「流石に分かるよぉ。そもそもの話になるけど、キミは私が海で泳ぐ姿を想像できる?」

 

 少し考え、ないな。と首を振る。

 

「そっかぁ。着ないのかぁ」

「着て欲しかったのぉ?」

「うん」

「即答するんだ……」

 

 えぇ~……と困惑した様子で呟くしおんを余所に、楓はがくりとテンションを下げる。

 着ないのかぁ……と言いながら、そのまま台所へと消えていった。少しして水が流れる音がしたため、皿を洗い始めたのだろう。

 

「悪いことしちゃったかなぁ」

 

 ほんの僅かに罪悪感はあるが、それでもやはり、プールや海に興味なんて無いのだから仕方がない。他の子に頼めばいいのに、とすら考える。シャミ子や杏里なら、楓のためなら水着姿の一つや二つ喜んで見せるだろうに、とも思う。

 

『好きな子の水着姿が見たいだけ』という男のいじらしい感情は、恋愛感情に鈍い少女には理解されない──とはいっても、しおんが楓を気に入っている事実は変わらない。

 そのため、なんとなく、手元の携帯で画像検索をするのも吝かではなかった。

 

 

 

 

 

「楓ってそういう感情あったんだ」

「俺を仙人か何かと勘違いしてないか」

 

 学校の昼休みに、いつものように杏里と会話を交わす楓は伊達眼鏡の奥からじとっとした目線を向ける。教室を冷やすクーラーがあっても尚暑さで溶けている者が何人かおり、楓と杏里もまた暑さに辟易していた。

 

「まあ、ある意味仙人っぽいよね。霞を()んで生きてそうな雰囲気してるじゃん」

「さっき食べてた弁当が霞に見えるのか? あとでアイス奢ってやらんぞ」

「ごめんて」

 

 からからと笑う杏里だが、はぁ~と感慨深いため息が漏れる。『こいつらめんどくさ……』という感情がこもっていることは伝わっていないらしく、楓は首をかしげた。

 

「確かに小倉ってインドア派だろうしねぇ。本人が拒否したならもう望み薄じゃない?」

「だよなぁ」

 

 机に突っ伏す楓の雰囲気があまりにも同情を誘う悲哀さを醸し出しており、杏里は苦笑を溢してから肘をつきながら顔を近づけると、そっと頬を擦り寄せて耳元で囁く。

 

「ね、私の水着なら見てもいいけど」

「……しおんの方がいい」

「こ……こいつ……っ!」

 

 わがまま言える立場かー! とぐしゃぐしゃに髪を掻き乱す。がるるる……と威嚇するように唸る杏里は、ふと、視界の端から小倉がこちらを見てるのに気付いた。

 

「──うん?」

 

 ──教室と廊下の間に隠れるようにして、その瞳を普段以上に虚無に染めながら。

 

────(だめだよぉ……?)

 

 口パクでそう言われ、杏里は体を硬直させる。楓の後ろから見ているが故にその行動は楓からは見えていない。ひぇ……という声が、杏里の口から空気のように漏れ出ていた。

 

 

 

 

 ──数日後、休日の昼から買い物に行っていた楓は、額から玉の汗を流して息を切らしていた。冷蔵庫から薄めたスポーツドリンクを取り出して呷ると、机の上に中身が取り出された梱包の残骸を見付けて拾い上げる。

 

「なんだ、これ。衣類……?」

 

 しおんが買ったのか、と呟いて、件の本人を探す。すると、浴室の方から自分を呼ぶしおんの声が聞こえてきた。

 

「……楓くぅん」

「しおん、風呂にいるのか?」

 

 浴室とを隔てる扉を開いて風呂場に向かうと、風呂場の扉を開け放ったままのしおんが湯船に浸かっていた。ひんやりとした空気からして、水風呂なのだろうと考える。

 

「──どうしたんだ、その格好」

「これはねぇ……買ったんだよぉ。楓くん見たがってたでしょぉ?」

 

 タオルを何枚か用意して、湯船からだらりと伸ばした手にファスナー付きのプラスチックバッグに入れた携帯を握り、電子書籍を読むしおん。髪を纏めてバレッタで留めており、ビキニタイプの黒い水着を身に付けていた。

 

「海には行きたくないし、プールで泳ぐ気もないけど、水風呂に入るときに着れば楓くんも見られるかなぁって思ったんだよぉ」

「そうか。わざわざ俺のために……ありがとう、しおん。嬉しいよ」

「……えへ」

 

 真っ直ぐの感謝はむず痒く、水風呂に入りながらも顔が熱い。プラスチックバッグ入りの携帯で口許を隠しながらしおんは続ける。

 

「あのねぇ、楓くんが私の水着を見たいって言ったとき、最初は『杏里ちゃんとかシャミ子ちゃんの水着でも見せてもらえばいいのに』って思ってたんだけど……」

 

 そこで一度区切って、携帯を浮かべた桶の中に置くと、タオルで手を拭ってから浴室の椅子に座る楓の頬へとそっと手を伸ばす。

 頬に触れ、眼鏡の縁を指でさすり、髪を指先で分けるように撫でる。

 

「なんとなく、嫌だったんだぁ」

「……そっか。ねえ、しおん」

「なぁに?」

「──すごく綺麗だよ」

「────ぁぇ?」

 

 お返しのように頬に触れ、真っ直ぐに瞳を覗き込むようにしてそんな事を言う。

 触れられている頬が熱い。まるで茹だるような熱さが頭を支配する。しおんは、こんな感情を知らない。知るはずがない。

 

「……ぁ、う……」

 

「ああそうだ、今日の晩御飯は、冷や飯と出汁で冷やし茶漬けにでもしようか」

 

「……うん」

 

 頬を紅潮させるしおんは冷やすように首まで水風呂に浸かる。浸かっても尚、胸の奥が熱い。不快じゃないが、未知の感覚。

 楓の期待に応えたくて、他人に目線を奪われるのが嫌で、身と心を捧げるがごとき奉仕のような感情とはまた違う。

 

 しおんはそれから少しして、ようやく、自分の感情に気が付いた。

 

「──そっかぁ」

 

 智慧を持ち、知識を持ち、教える者としていつしか上下を作っていた自分が──初めて対等に隣を歩みたいと思える相手が楓だった。とっくの昔にこの想いがあったのかもしれないが、無意識に蓋をしていたのは、自覚するのが怖かったからか。

 

「……楓くん」

 

 ──こうして、小倉しおんはこの日、生まれて初めて男の子に恋をする。

 どこか心地よくも思う胸の熱が収まるまで、少女は湯船から出られなかった。




しおんちゃんが恋をするまでの楓くんに対する感情は『崇拝する相手に魂を捧げるのが至上の喜びになるやべー信者のアレ』みたいな感じだったので何気にちょっと危なかったりする。


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桃エンド/こうして桃色は暖かさを知った

今回登場するヒロインはちよももっ。ハンサムなマスクと、均整のとれた筋肉
まだ15歳のこの少女は、無償の善意に耐える事が出来るのでしょうか?それではご覧下さい。



『楓、あのさ──』

 

 それは一ヶ月前、眠れなくて夜空を見ようと楓が外に出たときの言葉。

 雲ひとつ無い、月明かりが照らす下で──桃はすがるように言った。

 

『──私のそばに、居てほしい』

 

 その言葉を告白と受け取るには、桃の感情はあまりにも独占的であった。

 ──しかし楓もまた、確かに今助けを求めている桃を放っておくことなど出来ない。

 真夜中の丑三つ時、楓は返事の代わりとばかりに──桃の体を静かに抱き寄せた。

 

 

 

 

 ──ばんだ荘の敷地を箒で払って掃除している楓は、一区切りして箒を仕舞うと左の手首を右手で揉んでいた。それを見かけたミカンが、心配した様子で近づいてくる。

 

「楓くん、どうかしたの?」

「ああいや、手首がちょっとね」

「えっ? ……うわっ、なにこれ手形……!?」

 

 楓の手首には細い指が絡み付いたような跡が出来ている。かなり強く握ったのか、くっきりとわかりやすく浮き出ていた。

 

「桃が俺の部屋を使うようになってから、ずっと俺の手首を握ったまま寝るようになってさ。夜中に起きても動けないんだよね」

 

「えぇ……」

 

 呆れた顔をして顔を片手で覆うミカンに、楓も小さくため息を漏らして快晴を仰ぐ。

 

「正直、楓くんが桃と付き合うことになったって報告してきたのは夢かなにかだと思ったわ。

 あのダウナー系でガサツで面倒くさがりの桃が、よりによって楓くんとだなんて……って」

 

「言い過ぎでは」

「楓くんはいいの? 桃って生活力低いのに」

 

 楓は知ってます……と諦めたような顔で言う。朝からフルマラソンをするのに早起きなのは構わないのだが、桃は料理が出来ないし、なんなら洗濯も出来ない。

 

 出来合いの料理ばかり食べているのに何故あの体型を維持できているのか。

 

「まあ、アレでも可愛いところはあるんだよ。寝顔とか、猫好きなところとか」

 

「ピンポイントね……」

 

 そうして話していると、二人の後ろの出入口から一人が入ってくる。

 振り返るとそこにいたのは──灰色のパーカーにジーンズとラフな格好をした桃だった。

 

「……二人で何話してるの」

「えっ? いやぁ、単なる……世間話?」

「ふーん」

 

 じとっとした目付きでミカンを見た桃は、ふて腐れた顔を隠そうともせず楓の腕を引いて部屋に入って行く。ミカンはそれを見て苦笑をこぼした。

 

「別に取ったりしないのに」

 

 千代田桜が居なくなってから何に対してもドライになりつつあった桃が、特定の何かに執着しているのを見るのは初めてだった。

 

「──そりゃ、好きな人が他の女と話してたら面白くないわよね~」

 

 そう呟いて、ミカンは一人で部屋に戻った。前よりも少女らしい顔をするようになった友人の顔を思い出して、口角を緩めながら。

 

 

 

 ──炊飯器に研いだ米を入れて数分、炊き上がるまでの時間を二人で過ごす楓と桃は、畳んだ布団に背中を預けてゆったりと座っていた。

 

「……ねえ」

「ん~?」

「これ、何が楽しいの?」

 

 伸ばした足の間に収まる桃の腹に手を置いて、楓は静かにまさぐるように動かす。

 

 楓の手が左の脇腹に近付くと、桃の体がビクリと震えて反応する。

 

「っ、なんで、古傷を触りたがるのかな。シャミ子じゃないんだからさ……」

 

「これが意外と癖になる」

「楓は変態さんなのかな?」

 

 違いますー。と言って否定しつつも、楓の指はするりと服の下に入り込む。

 

 指の先が古傷に触れて、若干ざらついた感触が伝わってくる。小さく吐息を漏らして身じろぎする桃はくすぐったそうにしているが、やめさせようとはしない。

 

「古傷を触るくらいじゃあ別に変態でもないと思うんだけどね」

 

「この前寝ぼけながら腕の古傷に延々とキスしてきたのは違うの?」

 

「…………はい」

「はいじゃなくてさ」

 

 楓が触るのをやめた隙に、桃は楓と向き合うように座る姿勢を反転する。

 自分のものではないTシャツからは玉のような肌が見える。しかし、色白の肌とは裏腹に──歪な古傷が所々に残っていた。

 

「──このまま寝ていい?」

「このあと晩御飯なんですが」

「炊けたら起こして」

 

 胸元に顔を埋めてまぶたを閉じる桃。

 体を左右に揺らして邪魔をするも、桃はやがて穏やかに寝息を立て始める。

 

「……まったく」

 

 安心しきった幼子のような顔で寝られては、さしもの楓も口を出せなかった。

 

 

 

 ──それから暫くして、炊飯器が炊き上がる合図の音を出す。軽く仮眠したからか、再度体を揺らしたときの桃はすんなりと起きた。

 

「今日のご飯なに?」

「サバの味噌煮」

「おー」

「米はどれくらい食べる?」

「普通くらい」

 

 淡々と準備を終わらせて向かい合って座る二人は、テレビのニュース番組を聞き流しながら食事を進める。楓は手首の跡を見て、間を置いてから切り出した。

 

「桃」

「ん」

 

「──どうして俺の手首を握りながら寝るんだ? お陰で夜中に起きても動けないんだが」

 

「……さあ?」

「『さあ』じゃなくてさ」

 

 桃はとぼけた様子で味噌煮を口に放り込む。答えるつもりが無いのか、楓と目を合わせず食べ終えるまで無言を貫いていた。

 

「じゃあ、お風呂入るから」

「……わかった」

 

 食器を流しに置いて、桃はそのまま着替えを取り出して浴室に向かう。扉に手を伸ばした桃は、ふと振り返っていたずらっぽく楓に言った。

 

「一緒に入る?」

「今日はいい」

「……ふーん」

 

 一瞬まぶたを細めるが、桃はさっさと浴室に入って行く。見送った楓が食べ終えた自分の皿を流しに置くと、今まで黙りを決め込んでいたメタトロンが膝に乗り込んで鳴き声を出す。

 

「時は来た」

「来てるかなぁ」

「時、来てるぞ」

「……そうか」

 

 数分程顎を撫でられゴロゴロと鳴くメタトロンの重さを感じながら、楓は決意する。

 

「──もう少し、踏み込んでみるか」

 

「なにに?」

 

「うぉっ!?」

 

 座ったまま跳ねるように驚く楓が振り返ると、肩にタオルを乗せて髪に水気を滴らせる桃が立っていた。硬直していた楓は、呆れたようにため息をついてタンスからバスタオルを取り出す。

 

「出るの早……じゃなくて、ちゃんと髪の毛乾かしなよ……」

 

「…………拭いて」

「──しかたないなぁ」

 

 気を遣ったのか、膝から離れたメタトロンに代わって楓の目の前に背中を向けて桃が座る。

 肌から湯気が立ち上る桃の髪にバスタオルを被せて慎重に拭うと、猫背気味にうつ向いた桃が小さい声で楓に言った。

 

「今日は、普通に寝るから」

「……ん?」

「手、握らないで寝る」

「……そうか」

 

 消え入りそうな声は、楓に桃を心配させる。幼子のような──という比喩は、あながち間違いではないのかもしれない。

 

 

 

 ──夜中の肌寒さが、楓の眠気を覚ました。

 夜に言っていた通りに、桃は楓を背中から包むようにせず、手首を掴むことなく楓の横で体を丸めて眠っている。

 

 尿意の解消の為にトイレに向かう楓は、桃を起こさないようにそっと布団から出る。

 二分か三分か、手を洗ってから戻ってきた楓は自分の布団の上に座り込む人影を見た。

 

 間違いなくその人影は桃なのだが、明らかに雰囲気が違っていた。

 そしてなにより──。

 

「……なんで闇堕ちしてるの」

「──楓」

 

 桃はいつぞやの黒い衣装に身を包み、暗い表情で楓を見上げていた。

 

「体に異常は?」

「……特に無い」

 

「シャミ子……は夜中だし迷惑か、小倉ならまだ起きてるかな?」

 

「小倉だけはやめて。私がこうなったの、弁当の件よりしょうもないから」

 

 楓は側に座って頬に手を伸ばす。

 猫のようにその手に頬擦りする桃は、自分の手を重ねて温もりを確かめる。

 

「……俺を離さないで眠っていたことと、なにか関係があるんだよね?」

「──うん」

 

 少なからず魔力を消費するからか、桃の額に汗が滲む。

 

「……私は、ずっと誰かに甘えたかった。姉とのほんの数年の関わりで、人に触れて眠ることの温もりが忘れられなかったんだよ」

 

 ぽつぽつと話始め、視線が下を向く。

 

「シャミ子と出会って、楓とも知り合って、どんどんこの感情が大きくなっていって──抑えられなくなってたのかも。

 

 だから、私の側に居てくれるなら誰でもよかった。あの場に楓が居たから、楓を選んだだけ。きっとミカンでもシャミ子でも、同じ事を言ったと思う」

 

「誰でもよかったんだ」

「……うん。初めは、そうだった」

「──初めは?」

 

 顔を上げた桃は、楓の肩を押して布団に倒す。そのまま肩を掴んで押し留める桃に抵抗しようとするが、闇堕ちして力加減が効かない状態での抵抗は無意味だと悟った。

 

「気付いたら、純粋に君を好きになってた。離れたくなかった。

 ──離したくなかった」

 

 楓の頬に水滴が落ちる。

 それは、桃の涙だった。

 

「……不器用な子だな、桃は」

「──えっ?」

 

 力が緩んだ一瞬の内に、楓は桃を抱き締めながら横向きに寝転がった。ミニスカートの足の間に膝が割り込み、胸元に桃の顔が埋まる。

 

「手を離したからって、俺は君から離れたりなんかしないよ」

 

 背中に手が回り、ぐっと桃を自分の方に寄せる。桃の頭の上から楓の声が届き、部屋に静かに木霊した。

 

 

「──俺のそばに、居てほしい」

 

「──うん。うん……っ」

 

 

 桃の手が楓の背中に回る。自分から更に楓に近寄り、足を絡めて顔を埋める。

 闇堕ちしてぐちゃぐちゃになっていた感情が整理され、心がすっと軽くなる。

 

 ──桃が一方的に楓を押さえつける必要なんて無かった。ただ、二人を繋ぎ止める熱さえあればそれでよかったのだ。

 

 

 後ろから拘束するのではなく、向き合って、抱き合って、互いの熱を確かめ合う。

 

 ──それだけでよかったのだ。

 

 

「…………あたたかいね」

 

 ──眠気まなこで、舌っ足らずの声色で、少女は染み入るようにそう言う。肌寒い秋の夜、こうして桃色は暖かさを知った。

 




なんだってテメェはそう更新頻度に対して根性がねぇんだ!(ヒゲクマ)
オラッ!毎秒投稿しろ豚野郎!(自虐)


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桃エンドⅡ/こももももものうち

突貫工事なので初投稿です。あと作中のくだりは一部オリジナル設定です。



 早朝。休日ということもあってか、珍しく楓は()()()朝を知らせるアラームの音がしないのをいいことに眠っていた。

 

 しかし、抱き枕のように強く抱き締め、相手の胸元に顔を埋めて眠っている楓は文字通りの爽やかな桃のような香りに違和感を覚える。

 

「──桃?」

 

 ──なんとなく、普段の桃とは違う匂いだと思った。そんな些細な違和感に気付いて、楓は抱き締めていた相手の正体を見ようとして起き上がり、布団を捲った先の()()を視界に納める。

 

「……えっ」

「……おはよ」

 

 ころりと寝転がり、眠そうな顔で楓を見上げているのは、良子に近い背丈をした桃色の少女だった。眠気が残る頭の中が混乱で埋め尽くされている楓の服を引っ張りながら少女は言う。

 

「……もう少し寝よ?」

「桃が、小さくなってる……」

「なに言ってるの?」

 

 疑問符を浮かべる少女に裾を引かれる楓は、携帯で時間を確認する。休日なら昼まで寝ても罰は当たらないだろうと思い、少女と共に横になろうとして──扉の開閉音を耳にした。

 

「ただいま……楓、その子誰」

「──桃? えっ、じゃあこの子誰?」

「いや、私も知らないんだけど」

「…………ねむい」

 

 朝からフルマラソンすなわち朝フルを終わらせて帰って来た桃は、自分の恋人が小さい自分と同じ布団で寝ようとしている場面に出くわす。

 

 何が起きているのかわからない。

 しかしそれと同時に、確かに桃の心に薄暗い感情が灯った気がした。

 

 

 

「これは一体どういうことなんですか?」

「俺も同じ事を聞きたいよ」

 

 緊急事態と称して、楓と桃はいつものメンバーに連絡して呼び出した。布団を畳んでスペースを確保した楓の部屋の居間に、シャミ子とミカン、小倉が集まっている。

 

 楓の胡座をかいた足の隙間にすっぽりと収まる少女──小さい桃は、眠いのか畳の目を見ながらボーッとしている。

 

「──それで小倉、何か分かったことはある? 私も何がなんだかさっぱりなんだけど」

 

「うーん……流石に過去の千代田さんが未来に来たとか、偽物とかまぞくが化けてるとかは無いんだろうけどねぇ……」

 

 小倉が持ってきていた本を二人で読み進めて情報を探る。

 その傍ら、桃は横目でちらりと楓たちを見た。小さい自分が楓に寄り掛かり、時折その頭を撫でられている。異様なほどに──その光景にムカついている自分が居た。

 

「っ────」

 

「というか、もう直接聞いたらいいんじゃない? アレを見れば敵対してないのはわかるわよ」

 

「小さい桃は前に夢で見ましたが、やっぱり当時からあの格好だったんですね!」

 

「……じゃあ聞いてくるよ、あとシャミ子はその事について後でお話しするから」

 

 やぶ蛇! と震えるシャミ子を余所に、桃は楓の元に向かう。

 背中を楓に預けて力を抜いている小さい自分に視線を合わせるように屈むと、単刀直入に聞く。

 

「君は誰なのかな」

「……私? 私は千代田桃だよ」

「は?」

「短気すぎるぞ桃」

 

 頬をひくつかせて眉を潜めた桃から小さい桃を庇うように座ったまま距離を取る。

 一連の会話を聞いていた小倉が、不意に思い付いたように横から割り込み質問を変えた。

 

「じゃあもう一つ聞くんだけど~、小さい千代田さんは座椅子のお兄さんが誰で、君とどんな関係性なのか説明できるかなぁ?」

 

「誰が座椅子だ……」

「……お兄さんは秋野 楓でしょ?」

 

 それで、と続けて一息間を置いて答える。

 

「────(わたし)の恋人」

 

 そう言って、小さい桃は見上げて視界に映った楓の首に顔を近づけ、リップ音立てながら吸い付くようにキスをする。

 流し目で桃を見ると、まぶたを細めてキスを続けながら笑う。それは露骨な挑発だった。

 

「は──?」

「まぁ、大胆」

「ほぉー……!」

 

「……なるほどねぇ~」

 

 ビキ、と額に青筋を浮かべる桃を、ミカンとシャミ子が二人で羽交い締めにした。

 眼鏡の位置を直しながら、小倉は頭の中で情報を整理して呟く。

 

「うん、この小さい千代田さん……便宜上小桃(こもも)って呼ぶけど、小桃ちゃんは千代田さんの分身体だねぇ」

 

「つまり? ……小桃はそろそろやめて」

「やだ」

「やだじゃないが」

 

 首から顔を離そうとして、甘噛みまでしてきた小桃を引き剥がして座り直す。

 動けないように後ろから腕を回して身体をホールドし、楓は小倉に聞いた。

 

「なんで、その結論に至ったんだ?」

 

「それは小桃ちゃんの発言からだねぇ。仮に小桃ちゃんが見た目通りの……大体9歳くらいとしたら、その時楓くんには会ってないんだから楓くんにそこまで懐くのはおかしいんだよぉ。

 ──恋人だって断言までした点からも、考えられるのは一つ。小桃ちゃんは、千代田さんの募った欲望や願望という器に魔力が満ちて動いている分身体なんだねぇ」

 

 自信満々で知識と推理を披露する小倉は咳払いして更に続ける。

 

「闇堕ちとは違うから魔力を垂れ流してるわけじゃないし危険ではないけど、生まれた原因が原因だから……後の友好な関係の為にも問題は解決した方がいいんじゃないかなぁ?」

 

「……私の、何が原因だって言うの?」

 

「それは千代田さんにしかわからないし、なんとなく分かってるんじゃないかなぁ。尤も、普段から毎日のように楓くんとイチャイチャしてるのに何が不満なのかはわからないけどねぇ」

 

 不満は不満でも欲求不満なのかなぁ? とわざとらしい口調で締めた。子供の前だぞ……という楓の声には無視を決め込む。

 

「桃は楓くんと毎日毎日イチャイチャイチャイチャ、一体何が不満なんですか?」

 

「そうよー、この間なんか商店街で腕組んで歩いてたって杏里から聞いたし」

 

「見られてたのか……っ!」

 

 うぐ、と痛いところを突かれた声を出す桃を見て小桃はくすくす笑う。

 

「笑わないでくれるかなぁ……!?」

 

「ミカン、シャミ子。あんまりからかうんじゃないよ、杏里の視線なら俺は気付いてたけど」

 

「じゃあ言ってよ!?」

「だって──」

 

 楓は当時の桃とのデートを思い出す。

 皆が出払っているからと、二人きりの買い物をしていた時だった。

 

 腕を組んで歩く提案をした桃は、頬を赤くしながらも嬉しそうだったのだ。

 ──友人が見てるぞと言ってやめさせるには、あまりにもその顔が魅力的に映りすぎた。

 

「……まあそれはいいとして、具体的に俺は桃と小桃に何をすればいいんだ?」

 

「二人が望むことを、だよ~。何もかもを全て受け入れてあげてねぇ」

 

 大雑把だなと言い、顎を小桃の頭に乗せる。楓が密着してきて勝ち誇ったような視線を桃に向けて、またもや桃を煽っていた。

 

「……それじゃあ、あとはお若い三人に任せようねぇ。私たちはお邪魔だから~」

 

 その様子を見ていた小倉は棒読みで言う。ちら、とミカンたちを見て合図した。

 

「──! そ、そうだったわね。私もウガルルにご飯作らなきゃ~」

 

「えっ、えーっと……私はその……お父さんボックスを磨くので!」

 

 仕事が終わった職員かのように小倉たちは三人でぞろぞろと玄関に向かった。

 残された桃は楓と小桃の前に座って、無言で俯いている。すると、ひょっこりと顔を居間に覗かせてきたミカンが三人に小声で言った。

 

「ちゃんと防音の結界貼っておくのよ?」

「君は俺たちの母親かなにかか」

「オホホホホ」

 

 親友と友人の営みの邪魔はするまいと、それだけ言って部屋から出ていった。

 改めて三人で向き合い、楓は小桃に降りて貰ってから話す。

 

「桃は、何かしてほしいことがあったの?」

「……それは……」

「言いたくないなら、私が言おうか?」

「────」

 

 俯いて、口を開いて、閉じてから深呼吸する。

 

「……楓とこうやって過ごしてから、私は──どんどん欲深くなってる。

 楓が優しいから、その優しさに甘えて……もっと、もっと、って」

 

「──お兄さんに甘えたい。愛されたい。自分だけを見てほしい。

 ……離れないでほしい、って」

 

 桃と小桃に挟まれて、頭を肩に置かれて耳元で声を出される。ぞわぞわと背筋を寒気が走り、首筋にかいた汗を嗅ぐ鼻音がした。

 

「小倉に話し掛けられてるのを見て嫉妬して、杏里と話してるのを見て嫉妬した。皆に優しい楓を見てると、どうしても心配になるんだよ」

 

(わたし)を見て。私だけを見て。不安に押し潰されそうになってこんな小桃(わたし)を生み出した私を、離さないで」

 

 二人がかりだが、それでいて優しく楓を押し倒す。桃が左手を、小桃が右手を掴んで動けなくすると──二人は楓を見て少しずつ呼吸を荒くする。

 

「楓をぐちゃぐちゃにしたい」

「私をぐちゃぐちゃにして」

 

 左右から己の願望を、欲望を同時に吐露して行く。汗と一緒に、桃の香りが部屋に充満する。

 

「──桃」

 

 一言で、二人を纏めて呼ぶ。楓は優しく笑って、小さく呟いた。

 

「いいよ、おいで」

「っ──楓は、そうやって……!」

「お兄さん、お兄さんっ!」

 

 二人で半分ずつのし掛かり、馬乗りになって荒い呼吸を繰り返す。

 

「──私みたいな醜い奴を受け入れるなんて、楓はお人好しだったんだね」

 

「今更だね」

 

「……我慢出来ないけど、仕方ないよね。だって────」

 

 瞳を妖しく輝かせて、桃たちは楓に顔を近付けると熱い吐息を耳に吹き付けながら──

 

「──(おにいさん)が悪いんだよ」

 

 そう言って、首筋に歯を立てた。




R-18√に続きます。続きを期待する方はワッフルワッフルと書き込ん以下略(古のオタク)


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桃エンドⅢ/猫耳甘えたガール

 自室の居間に座ってテレビを見ている楓の背中にもたれ掛かる桃は、顎を肩に乗せて片手間に頭を撫でられていた。

 たしっ、たしっ、と畳を叩く音が静かに響き、頭頂部の三角錐がピクピクと揺れる。部屋に遊びに来ていた杏里が、傍らでお茶を啜ってから一息ついて口を開く。

 

「──そろそろツッコミ入れていい?」

「どうぞ」

「なんでちよももに猫耳が生えてんの」

 

 バリッ、とお茶請けの煎餅を齧りながら問う。杏里の視線の先にあったのは、楓に寄り掛かる桃の頭に生えた髪と同じ色の耳と、スカートの中から伸びている同色の尻尾だった。

 

 楓に撫でられて機嫌がいい桃は、それこそ猫のように喉を鳴らせそうなくらいにリラックスしている。呆れた面持ちで、杏里が聞いた。

 

「いつからこうなったのさ」

「わからない。朝起きた時には既に桃はこうなってたし、昨日の夜までは普通だった」

 

 後ろから抱きついて肩に顎を乗せ直す桃に無言でねだられ、撫でる動きを続ける。

 眠そうにぼんやりとしている桃は、杏里の言葉に気だるげに返す。

 

「別に困ってないし、大丈夫でしょ」

「いやまあ、今日は日曜だからね。明日の学校はどうするの?」

「…………あー」

 

 そういえば、と思い出す。

 人間の方の耳辺りをくすぐるように指先で撫でながらそんな事を考えていると、桃の吐息が首に当たった。横目でちらりと見ると眠たそうにまぶたを細めている。

 

「桃、もしかして眠いの?」

「……んー、んー。ん」

「あぁ~、猫って夜行性だしね」

 

 ふすふすと鼻を鳴らして楓の首筋を嗅ぐ桃は、落ち着いた様子でまぶたを閉じる。それから数分も経たずに穏やかな寝息が聞こえてきた。

 

「──ともあれ放っておくわけにもいかないし、小倉を呼んでまた調べてもらうか」

「小桃ちゃんの時みたいに欲求不満なだけなんじゃないの?」

「そうだとしても、なんで耳と尻尾が生えたのかの説明にはならないだろう」

 

 そう言って連絡を取ろうと携帯に手を伸ばした瞬間、ふと玄関のチャイムが鳴った。

 ビクッと体を震わせた楓と杏里は目を合わせ、動けない楓に代わって杏里が対応する。

 

 ドアノブを捻って開けた先に居たのは、連絡しようとした件の相手──小倉しおんその人だった。まるで話を聞いていたかのような手際のよさに、杏里は頬をひくつかせて反射的に後ずさる。

 

「……今呼ぼうと思ったんだけど」

「私の知識を必要としていそうな気がしたんだよぉ。不思議だよねぇ~」

 

 等と言いながら手元のバッグに小さいトランシーバーのようなモノとイヤホンを入れる様子を、杏里は見なかったことにした。誰だって命は惜しいのだから、仕方がないのだろう。

 

 

 

 ──あれよあれよといつものメンツが集まって、楓の膝に頭を乗せながら器用に体を丸めて眠っている桃を観察していた。

 

「うーん……異常なし、だねぇ。寧ろこれ以上ないってくらい健康かな~。

 前回の小桃ちゃんみたいに、千代田さんが満足すれば数日で消えると思うよぉ」

「そうか。それなら、一先ずは安心だな」

 

 猫の耳辺りの髪を撫でる楓が、眠りながら尻尾を揺らす桃を見下ろす。

 その隣で桃の猫耳を見て目を輝かせているシャミ子が呟いた。

 

「それにしても、あの桃がこんな可愛らしいものを装備するとは……写真に残したいですが、起こしてしまいますね」

「後で撮っておくから送るよ」

 

 やったー! と小声で喜ぶシャミ子を窘めつつ、勝手にティーポットを台所から持ってきてレモンティーを作って寛いでいる杏里と小倉、ミカンたちにも静かにするよう言っておく。

 

「桃がこの時間に寝てるのって、やっぱり猫が夜行性だからなのかしら。夜に眠れなくなってしまうとなると学校が大変になるわね」

 

「俺たちはクラスが違うからなぁ。頭はいいんだし、どうしても授業を受けられなさそうなら皆で復習すればいいんじゃないか?」

 

 それもそうね、と返したミカンは桃の髪と耳を撫でて表情を緩めている楓を横目で見やる。呆れたような、微笑ましいものを見るような顔で二人を見守っていた杏里と小倉が小声で言う。

 

「楓、完全にデレデレじゃん」

「デレデレしてるねぇ」

 

 うるさいと暗に無言で伝えた楓は、身動ぎする桃が起きるまで延々と撫で続けていた。

 

 

 

 ──翌日、桃は自分のクラスで自身に起きた異常を当然のように受け入れられていた。

 そもそもの話で、この町は魔法少女とまぞくの共存する町なのだ。リコやウガルルのような獣寄りのまぞくが居る時点で、桃に起こった問題はさほど問題にならないらしい。

 

「さっき休み時間にこっそり見に行きましたけど、桃のあの猫耳と尻尾にツッコミを入れる人は居ませんでしたね。順応性が高過ぎます」

 

「大騒ぎされるよりはよっぽどマシだろうけど、もう少し危機感を抱いてほしいよ」

 

 机の下に両手を伸ばし、顔を伏せてぐったりしている楓がシャミ子の言葉に気だるそうに返す。

 心配した様子で楓の前の席から椅子を借りたシャミ子は、両手でくしゃくしゃと髪を撫で回しながら聞いた。

 

「どうしたんですか?」

「夜中ずっと妙に元気な桃にもみくちゃにされてた。髪をぐしゃぐしゃにされるし腕は噛まれるし寝るまでずっと匂い嗅がれるし」

「……た、大変でしたね」

 

 労いの言葉を掛けるシャミ子が脳裏に部屋を走り回る猫の姿を想起して小さく笑い声を漏らす。楓には聞こえなかったのか、されるがままに頭を撫でられていた。

 

 突っ伏したままの楓からは見えないシャミ子の目線が、楓から上に移る。

 

「…………ぅえ゛っ!?」

 

 呻くような驚愕の声を上げ、ぎょっとした顔を原因に向ける。

 異変を感じた楓が顔を上げて振り返ろうとした瞬間に、後ろから腕が首に回ってきた。

 

「──桃?」

「ん」

「……ビックリするから気配を消して後ろに立たないでくれるか?」

「消した覚えは無いんだけど……」

 

 猫特有のそれなのか、全く接近に気付けなかった楓は後ろから抱き締めてきた桃の頭に手を置く。振り返られないせいで見えないが、尻尾が揺れているのだろう、後ろの机の上をパタパタと何かが左右する音だけが聞こえている。

 

「それで、教室ではどうだった?」

「特に何も。皆そこまで驚いてなかったけど、気になるのかちょくちょく話しかけられてた。あと、ものすごい眠い……」

「頑張って。帰ったら仮眠していいから」

 

 頬を楓の頭に擦り付けてうつらうつらと船を漕ぐ。相当眠いのか、徐々に楓に体重を預けてきた桃に体を揺することで抗議した。

 

「こら、寝ない。本当に猫みたいになってきてるぞ、おーきーろー」

「んーんーんー、わかったから……」

 

 眠たげに唸る桃は腕を上に伸ばして眠気を覚まそうとしていた。授業が始まるチャイムの音が鳴り、だるそうにしながらも桃は自分のクラスに戻っていった。

 

「大丈夫かなぁ」

「……まあ、大丈夫ですよ。たぶん」

 

 心配している楓は、桃の眠気が移ったのかあくびを漏らす。

 それを見たシャミ子がクスクスと笑い、痛くない程度に頬を引っ張られていた。

 

 

 

 ──夜、爛々とした瞳を輝かせる桃に腕を齧られながら、楓は布団の上で横になっていた。何が楽しいんだと聞こうとしたが、楓自身も意味もなく桃の古傷を触るのが好きなため何も言わない。

 

「なあ桃」

「……なに?」

「今回は何が不満だったんだ?」

「──わからない」

「えぇ……?」

 

 楓と向き直るように寝相を変えて、首筋に顔を埋める。三角錐の桃色の耳が眼前に来て、先端がピクピクと痙攣するように揺れた。

 

「今は、普通に満ち足りてるし、特に不満は無いから……なんでこうなったのかわからない。多分、何か忘れてるのかも」

 

「忘れてる……ねぇ」

 

 桃の背中に手を回し、お返しとばかりに髪に鼻を近づける。果物の桃の香りがふわりと漂い、服の中に手が伸びた。

 

「ん──楓、触り方がやらしい」

「散々匂いを嗅いだり噛んだりしてきた人の台詞がそれなのか」

 

 じわじわと背中の肌が熱を持ち始める。吐息が熱くなり、呼吸が深くなる。

 横になりながら足を絡めてくる桃と顔の距離が縮まり──不意にあることを思い出した楓が、あっ……と声を漏らして起き上がった。

 

 続きを期待していた桃が若干ムッとしながら続けて起きると、楓にしなだれ掛かり聞く。

 

「どうしたの?」

「思い出した。猫だよ。厳密には虎」

「…………うーん?」

「動物園にまた行こうって約束して、それからずっとすっぽかしてたんだよ」

 

 それはいつぞやの口約束。

 動物園で虎の赤子とのふれあいコーナーを逃した桃に言った言葉だった。楓はそのことを思い出して当時の話をし、桃はすとんと胸につっかえていた違和感が腑に落ちる。

 

「──ああ、そっか。

 そういえば、そうだったね。色々忙しくて……すっかり記憶から抜け落ちてた」

 

 ふ、と笑い、ぐりっと頭を胸に擦り付ける。そんな約束をしていたな、と思い出して、懐かしくて──長い付き合いになったのだと自覚して漏れた笑みを、見られたくなかった。

 

「……ね、楓」

「なに?」

「今度、デートしよっか」

「──そうだな。二人きりで、出掛けよう」

 

 胸元に顔を置く桃ごと背中から敷布団に倒れ込み、暗くなった室内に、くつくつと二人の小さな笑い声が木霊する。

 

 ──それから数日後にデートを挟んで、些細な問題はあったが、円満に事が進んで桃の耳と尻尾は綺麗さっぱり消えてなくなった。

 

 何だかんだと桃の猫耳が可愛くなかったわけでは決してない事もあり、少しだけ──ほんの少しだけ勿体ないなと思ったのだが、楓は終ぞそれを口にすることはなかった。




えげつないレベルのももかえ過剰供給でクラスメート胃もたれしてそう


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優子エンド/貴女の眷属(かぞく)になりたくて

ほんへから2年後の話です。


「──私は今、とても不機嫌です」

「さいですか」

 

 あぐらを掻いて座椅子に座る青年の脚の間に座り、少女は丈の長いスカートの下から伸びた尻尾の先端を畳に打ち付けてぺしんと音を立てる。

 

 ふわふわとした背中まである髪を青年の指で梳されながら、側頭部から生えている巻き角をグリグリと胸元に押し付けていた。

 

 ちゃぶ台を挟んだ対面で湯気の立つお茶を飲んでいる客人の少女は、一息ついてむすっとしている質問待ちの少女に問い掛ける。

 

「それで──シャミ子は何に怒ってるのさ。とっておいたおかず取られたの?」

 

「ちーがーいーまーす! 今日のお昼、楓くんとデートをしていたら()()兄妹と間違われたんですよ!」

 

 ぺしん、ぺしんと床を叩く。

 

「毎度の事に神経質なんじゃないか? 俺は気にしてないぞ?」

 

「気にしてくださいよ! ……もう」

 

 やや癖のある髪は意外にも指に絡まない。手櫛で梳されている動きに絆されそうになりながらも、シャミ子は照れた様子で続けた。

 

「一応楓くんは私の、かっ、か……れし、ですし。もう少し、気にしてほしい……です」

 

 猫じゃらしのように尻尾を畳の上で左右させ、指で楓の胸と腹の間をつつく。

 

「とは言っても、シャミ子小さいからなぁ」

「小さいよね。あれから2年経つけど、一センチも伸びてないんじゃない?」

 

 二人に言われ、うぐっ、と落ち込むシャミ子。ロングスカートと縦リブのニットというゆったりした大人しい格好をしてはいるが、いかんせん楓の恋人と名乗るには身長が足りなかった。

 

「まあでも、今より背が高いシャミ子もそれはそれで違和感あるよなぁ。充分可愛いんだから君は変わらないでくれ……」

 

「懇願するほどかな……」

 

 対面に座る桃が呆れているが、それでも可愛いと言われれば嬉しいのだろう、満足げな雰囲気でシャミ子は楓に甘えるようにすり寄る。

 

 足の間に収まり、体を擦り付ける様子は、桃の脳裏に猫を想起させる。シャミ子に猫耳──は角と被るか、等と考え頭を振った。

 

「楓の彼女として見られたいなら、もう背中にプラカードでも貼り付けとけば?」

 

「貴様なげやりにも程があるぞ」

「なんなら、一回やってみる?」

 

「私はともかく楓くんが変な目で見られるからやめましょう」

 

 背中に看板を張り付けて歩く自分を想像して、シャミ子は苦い顔をする。それから数分して、桃が不意に立ち上がった。

 

「どうした?」

「いや、そろそろ自室に帰ろうかなって。あとは恋人同士ゆっくりしてなよ」

 

 湯呑みのお茶を飲み干して、桃はそそくさと楓の部屋から出て行く。

 気を遣われた──と嫌でも察した楓は、シャミ子を強く抱き締めて頭に顎を置く。

 

「他人に兄妹だと思われても、俺がちゃんと君を彼女だと思っていればそれでいいんじゃないか? どうして、シャミ子は周りにもそう思われたいんだ?」

 

「……だって、デートの度に道行く人から『お兄ちゃんとお買い物? 偉いねー』とか言われるんですよ? どうにかして楓くんの彼女だと思われたいのは当然じゃないですか」

 

 楓は想像より切実な理由だったことを理解して口をつぐむ。そしてふと、気になったことを思い付いてシャミ子に声を掛けた。

 

「つまりシャミ子は大人として見られたいってことでいいんだよね?」

 

「そう……なるのでしょうか。ええ、まあ、恐らくそうですね。でも大人っぽさはどうすれば身に付くのですか?」

 

「いや知らないよ。そもそも俺たちは未成年だからね」

 

 誤魔化すようにシャミ子の髪をわしゃわしゃと掻き乱す。きゃあきゃあとはしゃぐシャミ子は、身をよじって左半身を楓に預けるように座り直した。

 

「……シャミ子」

「っ、んぅ、ん」

 

 しっとりと首筋に汗を滲ませるシャミ子を見て、楓は額に唇を落とした。

 目尻、頬、首筋と位置をずらして数回口を付けると、優しく髪を撫でてから続ける。

 

「ゆっくりでいいよ。まだこれからがあるんだから、ゆっくり大人になっていこう」

 

「……はい。

 ごめんなさい、私すこし焦ってました」

 

 静かに片手を繋ぎ、指を絡める。

 尻尾を腕に巻き付けて、先端で掠めるように楓の腕を撫でた。

 

「────」

 

 不意に腕を上げて、巻き付いた尻尾を改めてまじまじと見つめる楓。シャミ子は恥ずかしそうにしながらほどいて、絡めた指に力を入れる。

 

「な、なんですか突然」

 

「──結構前にシャミ子の尻尾は先端の方の感覚が鈍いって聞いたんだけど……」

 

「ええ、はい。冷たいとか熱いとか、触られたとかを感じるのに間がありますよ?」

 

 ふうん、と呟いて、楓は無言で尻尾の先をなぞる。一瞬の間が空いて、座ったままのシャミ子がわずかに腰を震わせた。

 

「っ……楓くん……!?」

「ごめん、気になって」

 

 流石のシャミ子でも、突然の行動にジトっとした目を向けた。そのまま目線を左右に動かし、ほぅ、と息を吐いて上目遣いで言う。

 

「……根元の方も、触ってみますか?」

「──あ、はい。ありがとう……?」

 

 ──がらりと、雰囲気が切り替わった。

 

 周りからは身長のせいで子供扱いをされているし、桃や楓もシャミ子を子供のように見ている。しかし、曲がりなりにも彼女はまぞくである。

 

 未熟な現時点ですら、本能的に人を魅了するだけの素質がある。汗と素の体臭が鼻をくすぐり、一挙一動は楓の目を釘付けにした。

 

 絡めていた手を離して、楓の手首を掴み、尻尾に沿ってロングスカートの中にその手を誘う。

 

「──いつか」

「……え?」

 

 楓に尻尾を触らせ、根元に近づかせながら、シャミ子は小さく言った。

 

「いつか、桜さんやおとーさんを解放できた時、私たちの間には……子供が居たりするのでしょうね。なんだか、自分のことなのに想像つきません」

 

「桜さんは別として、ダンボールから出てこられたヨシュアさん的には孫が出来てることになるんだけどね。大丈夫かな、驚きそうだけど」

 

 くつくつと笑い、楓の胸元に頭をおいて深く呼吸をする。畳と、洗剤と、男の体臭。しかし、シャミ子にとっては甘美な香りだった。

 

 手が半ばまで伸びて、尻尾の生暖かさが手のひらにじんわりと広がる。

 ちらりと窓のカーテンが閉まっているのを確認し、鍵を掛け忘れたのを思い出す。だがここで一度中断するという考えは無かった。

 

 いっそ見られてでも続けようとすら考え、シャミ子の頭頂部に顔を預けて、シャンプーとリンスと、何処と無く桜の花びらが混ざった匂いを鼻腔いっぱいに吸い込む。

 

「君と付き合うことになる前までは、いつか君を幸せにする人が現れるんだろうな──って考えていたんだよ。そこに、俺は居なかった」

 

「──はい」

 

 片腕で抱き締めて、力を入れて離さないと暗に伝える。それを言葉にするなら、独占欲か。

 

「でも、他でもない俺が君を幸せにしたいと考えたら、もうそれ以外の事は考えられなかった。シャミ子の隣には、俺が立っていたいと思ったんだ」

 

「……はい」

 

 自分を抱き締める腕に手を添えて、楓の言葉を待った。頭の上から降ってくる声が、シャミ子の耳に届いて染み込む。

 

「──君の眷属(かぞく)になりたい」

「──もう、私のかぞくじゃないですか」

 

 つうっ、と。指が尻尾の根元──尾てい骨の辺りに到達して、一際シャミ子の腰が跳ねた。先端とは真逆に、かなり敏感だったらしい。

 

「……いい話だったのに、台無しです。私を子供みたいに扱うくせに()()()()()()はしてくるんじゃないですか。えっちです」

 

「こんな男は、嫌い?」

「楓くんだから、許します」

 

 ふにゃりと笑い、シャミ子は楓の腕を掴むと手のひらを顔に持ってきて口を付ける。

 音を立てて数回繰り返すと、指の間から楓を見上げる。もう、きっと、彼女を子供扱いすることはしない──出来ないだろう。

 

 尻尾の付け根を指で撫でられ楽しそうに腰を震わせる少女は、まるで主人に甘える猫のようだと。楓はそう考えながら、蠱惑的な顔で自分を見てくるシャミ子の尻尾から手を離そうとし──

 

「……やめないで。やめちゃ、だめ」

 

 そう懇願してくるシャミ子の雰囲気に呑まれ、飲み込むのを忘れた唾液を飲み込む。そして楓は尻尾を掴む手に、きゅっと力を入れた。




シャミ子って未亡人感あるよね。
そうかな……そうかも……

R-18に続く。


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良子エンド/歳の差ノクターン


ほんへから3年後です。楓くんをロリコンに堕とすRTAはーじまーるよー。


 ──姉・吉田優子がまぞくとして日々精進していることは、良子にとって喜ばしい事だった。

 姉の成功を喜び、姉の配下の存在に喜び、いつしか兄のように慕っている隣人の青年と姉が結ばれるのだろうと、ぼんやりとしたビジョンを思い浮かべていた。

 

 そんな未来を考え、その通りになることは、良子にとって嬉しいことの筈だったのだ。

 

 しかし時間の流れとは残酷で、優子が努力をする度に、優子は良子の元から離れて行く。

 何時からか優子の活動拠点は配下の一人である千代田桃の実家に移り、ばんだ荘に帰ってくるのも週末の一日か二日程度。

 青年──楓は優子と結ばれることなく相も変わらずばんだ荘の下の階で生活している。

 

 良子は優子が帰ってこないことに寂しさを覚えていた。それでいて良子は、楓が優子と結ばれなかったことに、確かに安堵していた。

 その理由が淡い恋心からくる優子への嫉妬であることに気付いたのは、優子がまぞくとして覚醒したあの日から三年経過した頃だった。

 

 

 

 ──中学に上がってから暫く経った頃、良子は放課後の校門前に見慣れた青年が立っていることに気付いて表情を明るくした。

 

「お兄っ」

「良ちゃん」

 

 制服のスカートを揺らして、人目も憚らず懐に飛び付く。

 腹に顔を埋めるようにして抱き付いた良子の身長は、既に優子の背丈を超えていた。

 12歳の平均身長が約149cm前後なのだから、まぞくに覚醒したあの時から一切身長が伸びていない姉を追い抜くのも当然なのだろう。

 

「待っててくれたの?」

「うん。今日はどしゃ降りになるかもしれないってニュースで言ってたんだよ。

 良ちゃんが傘を持っていかなかったって清子さんから聞いたから、念のためね」

「あっ……忘れてた」

 

 空を見上げれば、辺りは灰色の雲で覆われていた。今にも雨が落ちてきそうで、うっかりしていた良子は頬を染めて顔を俯かせる。

 楓が良子の鞄を持ち、空いた手を繋ぐ。何歳になっても変わらない距離感が、心地よくもどこか物足りなかった。

 

「──寂しい?」

「えっ……?」

「シャミ子、忙しくてあんまり帰ってこられてないから、寂しいのかなって」

「……ううん。お兄が居るから平気」

 

 それは本音であり、嘘でもある。寂しいのは事実だが、良子は楓を独占できる現状を、罪悪感を覚えながらも満喫していた。

 楓の手を握る自分の手に力を込めて、離さないようにと強く掴む。二人を見下ろす曇天の中で、雷がゴロゴロと轟いている。

 

 

 ばんだ荘に戻るまでに幸い雨は降らなかったものの、部屋に入ってから一時間も経たずに小雨は大雨に、やがて強風を伴うどしゃ降りとなる。良子を部屋まで送ったはいいが、窓を叩く雨音と共に楓の心に不安が湧いていた。

 

「……清子さんが帰ってくるまで、一緒にいた方がよかったかな」

 

 このどしゃ降りではシャミ子たちも身動きは取れまい。買い物に出掛けた良子達の母・清子も心配である。リリスは川に流されているか桃の家に匿われているだろう。

 

「お茶でも淹れるか」

 

 考えすぎだと頭を振って台所に向かおうと立ち上がる楓の携帯が、ちゃぶ台の上で震える。相手を確認すると、商店街にある『喫茶店あすら』の固定電話からだった。

 

 

 

 ──宿題も復習も終えて、良子は暇を持て余していた。図書館から借りていた兵法書も返却したばかりで、テレビも大雨洪水警報を流すニュースしか映っていない。

 

 勤勉だろうと、必要以上に勉強はしない。過剰に知識を詰め込むのは却って効率が悪いからやめた方がいいと楓に言われて以降、良子は無理するのをやめた。ふるりと寒さから身震いして、台所でコーンポタージュの素が入った袋を開ける。

 

「……お兄、どうしてるかな」

 

 トウモロコシの甘さを味わいながらぼんやりとそんなことを呟く。

 すぐ真下に居るだろう兄貴分の事を思い浮かべて、はふ、と湯気を吹いた。

 

 大事な姉の大事な人。この三年で、良子の想いは変化していった。今ではふとした時に、楓のことが頭に浮かぶ。そんな楓が、仮に優子と結ばれたとして──自分が大切な二人は、自分を大切にしてくれるのだろうか? 

 

 想いは、考えは変化する。

 

 かつて大切だったものは、いずれ大切では無くなるかもしれない。一人で居ると、そんなネガティブな考えが過ってしまう。

 その考えを中断させた切っ掛けは、いつの間にか頬を伝って畳に落ちる涙であった。視界が潤んで歪み、ポロポロとダムが崩れたように大粒の涙が溢れて流れる。

 

「────あっ、つ、ぅ」

 

 涙と共に、楓の顔が、声が、匂いが想起される。想いが溢れる。

 テーブルの上のマグカップは中身が冷めきっており、良子の体は震え、楓への想いを自覚してしまって──畳を見下ろして俯く。

 

「……お兄」

 

 楓と姉が結ばれるのは──なんとなく、嫌だ。姉は大切だが、楓はあげたくない。良子は不意に立ち上がって、玄関に向かう。誰も邪魔をしない今でなくては駄目なのだ。思い立った今こそ、行動しなければならない。

 

 大雨降りしきる外に飛び出した良子は、楓の部屋をノックする。

 聞こえたかはわからないが、開かなかったらチャイムを鳴らそう。そう考えた良子の目の前で、一分もせずにその扉が開かれた。

 

 

 

 ──携帯の着信に出た楓の耳に届いたのは、喫茶店を経営している二人ではなく、良子達の母・吉田清子の声である。

 

『もしもし、楓くんですか?』

「はい。清子さん、どうしたんですか」

 

『実は帰り道で大雨に降られてしまいまして、喫茶店の店長さんたちのお店に避難させてもらっているんです。

 雨が止むまで外に出られなさそうなので、今日はこちらに泊まることになりそうなんですね。そちらは大丈夫ですか』

 

 実の母親のように心配してくれる清子に、楓は電話越しに表情を緩める。優子は桃宅にミカン達と一緒だろう。その後は他愛ない会話をして、最後に楓はこんなことを提案された。

 

『楓くん、もしよろしければ、良子の事を頼んでもいいでしょうか。

 あの子は聡明ですが、それでも幼い子供なんです。姉の成長を嬉しく思いながらも、そのせいで自分から離れて行くことに耐えられない』

 

「……ええ、そうでしょうね。良ちゃんは寂しそうにしていますから──俺でよろしければ、いつでも傍に寄り添いますよ」

 

 自分の手を強く握る良子の寂しげな表情を思い出し、楓は普段のようになんてことない言葉を返す。しかし、更に帰ってきたのは、清子の呆れたような声だった。

 

『…………あー、いえ、そういう意味ではなくてですね……まあ、今はまだその反応でいいのでしょうけど……』

「はい?」

『貴方は強敵ですねぇ。うちの夫みたい』

「……はぁ、そうですか……?」

 

 当然吉田家の父・ヨシュアが比較に出されて頭に疑問符が浮かぶ。

 そんな折、ふと通話の声とは違う──雨粒とは違う、小さく何かが叩かれた音がする。聞き間違えでなければ、それはノックの音だった。

 

「……すみません清子さん、急用が出来たのでお電話切らせてもらいますね」

『えっ──そうですか、わかりました』

「それでは。……あと、リコの無茶振りは聞かずに無視していいので」

 

 通話を切って、すぐさま玄関の扉を開ける。ざあざあと絶え間ない雨音が響くどしゃ降りの外に──傘も差さずに立っている良子が居た。

 

「──良ちゃん」

「────」

 

 雨音が良子の声を掻き消す。

 玄関の傍らに立て掛けていた傘を取り出して、その中に良子を入れる。

 

「良ちゃん、なんで傘も差さないで……いや、それより上がっていきな。お風呂沸かすから、湯船に入って────」

 

「お兄」

 

 楓の言葉を遮って良子が見上げながらそう言い、服の端を掴んでしゃがませるように裾を引く。無言ながらに意図を察した楓が濡れるのも構わず片膝を突いて、良子と視線を合わせ──両手で頬を挟まれ、そのまま口を合わせられた。

 

「んぐ、っ──!?」

 

 ガツ、と歯がぶつかる勢いのままに行われる口付けは、良子の心情をこれでもかと表現していた。段々慣れてきたのか、唇を食むような動きで楓の口と自分の口を合わせては目尻に涙を溜める。

 

「りょ、ちゃ──ちょっと待って。良ちゃん、落ち着こう。ね?」

 

「お兄、すき。お兄がすき。すきっ」

「…………本当に、一旦落ち着こう」

 

 どしゃ降りが幸いして、辺りには誰もいない。楓は良子を落ち着かせて、その手を引いて部屋に招く。頭からつま先までびしょ濡れの状態で畳の上を歩かせられないため、バスタオルを置いて道を作り、ついでにお湯を浴槽に張る。

 

「……お風呂入って、気分をさっぱりさせれば、さっきの事は勢いだけの間違いだったって理解できるよ」

 

「それはないよ。良はお兄が好きなんだもん、この想いは絶対間違いじゃない」

 

 そう断言する良子を浴室に押し込んで踵を返す。服を洗濯して乾かすまでの代わりに自身のTシャツを置いて、居間に座り込んで頭を抱えた。それと、良子の勢いが強いキスで前歯が痛む。

 

「──どうしろって言うんだ」

 

 

 

 ──数十分経過して、髪を乾かしたらしい良子が風呂から上がる。

 ブカブカのTシャツが膝までを覆い隠し、髪は下ろされていてホカホカと湯気が立っている。湯船に浸かって気分もさっぱりしたらしい。

 

「……それで、良ちゃんは──」

「うん。お兄が好きです」

「そうですか……」

 

 両手で顔を覆った隙間から、深いため息が漏れた。年齢差、一時の感情、勢い任せ──と、様々な理由が脳裏を過る。

 

「良ちゃん、はっきり言うんだけど、君が俺の事を好きだと言ってくれたのはとても嬉しいよ。でもね、君はまだ12歳なんだよ。

 恋に恋する年頃……って言えばいいのかな。どれだけ賢くても、君は、そういう部分には盲目なんだと思うんだ」

 

「そんなことっ──!」

 

 反論しようと口を開いた良子の唇に、楓の人差し指が押し当てられる。

 でも、と言って、楓は続けた。

 

「だからこそ、一つ賭けをしよう」

「…………賭け?」

 

「──もしも君が16歳になっても俺の事を好きでいてくれたら、俺も君の想いに本気で応えます。16は、良ちゃんが法的に結婚できる歳だけど、その頃の俺は22だからね。

 

 その時までに違う人に恋をするかもしれないし、俺への想いが一時の勢いだったと悟るかもしれない。今答えを出すべきではないんだよ」

 

 ギクリ、と良子は表情を強張らせる。なにせ確かに、この答えに至ったのは勢いに他ならなかったからだ。しかしその想いは本物である。だからこそ間に冷静になる余地を挟んだことで、良子は楓の言葉の正当性を理解していた。

 

「──ん、わかった。

 あと四年待てばいいんだよね、三年我慢できたんだもん、四年くらい待てるよ」

 

「……三年我慢?」

「そう。良はずっと前からお兄が好きだった。でもお姉と幸せになって欲しかったから、自分の気持ちには蓋をしてたの」

 

 ふにゃっと笑いながら、良子は膝立ちになって楓の顔を自分の胸元に抱き寄せる。

 ぎゅう──と柔らかくも力強く抱き締めて、その耳元に囁くように言った。

 

「良の気持ちが本物だったら、16歳になった時にお嫁さんにしてくれるんだよね。

 ……待てるよ。だってこの気持ちは、勢いのままに伝えたんだとしても、嘘じゃないから」

 

「そっか────ん……?」

 

 楓の顔に当たる良子の胸元と、支えようと腰に回した手の感触が違和感を訴えた。布の奥にある筈の別の布の感触が無かったのだ。

 

「……良ちゃん、下着は?」

「えっ、濡れてたから洗濯機に入れたけど」

「────そうかぁ」

 

 ちらり、と見上げる。

 自分を見下ろす良子は、愛しい兄への慈しむような眼差しを向けていた。

 ひとまず自分のお古の下着と肌着を貸そう。そう考えながら、楓は誤魔化すように立ち上がってから優しく良子の頭を撫でた。




大胆な裸彼シャツは淫魔の特権


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良子エンドⅡ/バースデー・プレゼント

22時30分から1時間で書き終えたので新記録です。ちょっとだけ……短いけど……バレへんか


 広い部屋に大人数で集まれるという理由から、楓の部屋で良子の誕生日を祝う事になって数時間。楓とミカン作のフルーツケーキを食べながら、当の本人である良子は楓の膝に収まっていた。

 

 良子を楓に任せて先に帰ったシャミ子と着いていった桃、仕事があるからと店に戻ったリコや杏里を見送り、今は3人が部屋にいる。

 

「お味はどうかな、良ちゃん」

「ん、凄く美味しいよ。わざわざ作ってくれてありがとう。お兄、ミカンさん」

「いいのよ、ふふ」

 

 ニコニコと笑みを浮かべるミカンは、良子からのお礼を受け取り、からかうような目線を楓に向けて目尻を緩める。

 

「なにかな」

「いいえ~? 随分と仲がいいみたいで、ちょっと怪しい~なんて考えてないわよ」

「疑ってるんじゃないか……」

 

 良子の座椅子代わりに使われている楓は複雑そうに眉をひそめる。件の良子は、ミカンをちらちらと見てはケーキを頬張りながらむすっとした表情を楓の足の間で作っていた。

 

「──あらあら」

「なんだ?」

「……よしっ、それじゃあ私もそろそろお(いとま)させてもらおうかしら」

「そうか、じゃあ玄関まで送るよ」

「ん。またね、良ちゃん」

「あっ……はい、また」

 

 席を立って上着を腕に持ち、()()()良子にウィンクをしたミカンは玄関まで歩く。

 楓の膝から降りた良子は、何かを察したように頷いて見送った。

 

 扉の閉まる音と鍵を掛ける音が聞こえ、戻ってきた楓が座った隣にストンと腰を下ろした良子は、伸ばした手で楓の手を掴む。

 

「良ちゃん?」

「……ん」

 

 指で手のひらを揉み、指を絡ませ、顔に持って行くと頬を擦り寄せる。

 猫のような甘え方に頬を緩めるが、その脳裏に以前言われた言葉を思い出す。

 

 

『お兄が好きです』

 

 

 あれから誕生日を迎え、良子は13歳。約束の16歳まであと3年だが、距離感が変わるわけでもなく、さりとて恥ずかしがるわけでもなく。

 

「お兄、おにい……」

 

 弄ばれている手から伝わる頬の熱。フルーツケーキに混じった少女の香り。

 マスクのように覆う楓の手の隙間から潤んだ眼差しで見上げてきて、一言。

 

「……プレゼントに、お兄が欲しい、って言ったら……怒る?」

「──いや、まあ……怒りはしないけど」

「だよね。お兄、誰にでも優しいし……」

「ちょっと言葉にトゲがあるよね良ちゃん」

 

 むすっとした顔をして、それからふっと小さく笑みを作り、楓に笑い掛ける。

 

「あと3年で良の告白に答えてくれるって、分かってるよ。……その前に手を出させて既成事実を作ろうとか思ってないから安心して」

 

「思ってたんだね……」

 

 呆れたような顔を向けて、楓は複雑そうに笑う。それから少し考え、楓はおもむろに良子の握る手を引くと、その手で髪を分けてから──額に軽く、一瞬だけ唇を付けた。

 

「──ぇ」

「いつも頑張ってる子にご褒美、という事で。これがプレゼントじゃ、嫌かな」

「ぁ……ううん。凄く、嬉しい……!」

 

 良子は楓の胸に顔をうずめるように飛び付き、両手を背中に回して確りと抱きつく。

 返すように抱き締めて、楓は良子の耳元に口を近づけて、囁くようにして言った。

 

「誕生日おめでとう、良子」

「──ありがとう。お兄」




まぞく6巻まで更新を止めると言ったが……スマン、ありゃウソだった(コロネ)


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ウガルルエンド/家族以上、恋人未満

 早朝、目を覚ました楓の視界に少女のふさふさとした髪が広がっていた。

 文字通り尻尾のような毛が一房、後頭部に流れて垂れている。

 

「……起きるか」

 

 何時からか実の親兄妹のように懐かれ、少女──ウガルルを自室に招いてから数週間。楓はウガルルが起きないように布団から出ると、顔を洗いに洗面台へと向かう。

 戻ってきてもまだ眠っている件の少女は、楓の枕を抱いて涎を垂らしながら小さく唸るようなイビキを掻いていた。

 

「……ぐるるるるる……」

「おーい、ウガルル、起きなさい」

「──んが、がう。うぅ?」

 

 ぱちりとまぶたを開けると、寝ぼけ眼のウガルルと目線が合う。何が楽しいのか、ふにゃりと頬を緩め、笑みを浮かべて楓を見る。

 

「ぐゥ、うるるる」

「朝ごはん作るから、布団畳んで、顔洗ってきて。出来るね?」

「……わかっタ、おはよウ」

「はい、おはよう」

 

 もぞもぞと起き上がり、あくびを漏らす。鋭い犬歯がちらりと見え、ウガルルは目元をこすりながら覚束ない足取りで洗面台に向かった。

 朝食も食べ終え登校の準備を終わらせた楓だったが、部屋を出てすぐの辺りでシャミ子達を待っていたとき、問題が起きる。

 

「…………ウーガールールー」

「ぐるるるるる」

 

 背中から首に腕を回して両足で腰にしがみつく、見方によってはおんぶにも見えるだろう体勢で、ウガルルは楓にしがみついていた。

 上の階から降りてきたシャミ子・桃・ミカンが楓達を見掛けて、苦笑を溢して駆け寄ってくる。

 

「楓くん、ウガルルさん……なにをしてるんですか? 新手の遊びでも?」

「全く違いますけど……?」

 

 困惑した表情のシャミ子にそう聞かれるが否定する。小さく唸り続けているウガルルを、ミカンが脇に手を回して引き剥がした。

 

「こーら、楓くんを困らせちゃ駄目よ」

「……がう」

「楓、ウガルルと何かあったの?」

 

 今度は桃にそう問われ、記憶を探って頭を振った。少なくとも楓から何かした覚えは無い。直後、するりとミカンの拘束から逃れたウガルルは再び楓に近付く。腰に腕を回し、腹に顔を埋めた。

 

「ウガルル、そろそろ学校に行かないといけないんだよ。離してくれる?」

「──やダ」

 

 楓を見上げたウガルルは、窘める言葉を明確に拒絶した。彼女がこうしたワガママを言ったことは今までで一度もなかったため、楓とミカン、シャミ子と桃はそれぞれが顔を見合わせて驚く。

 腕時計を確認して、楓は後頭部で揺れる尻尾のような髪を掬って撫でると言った。

 

「じゃあ、明日からの休みは部屋に居るから、今日だけ我慢してほしい」

「……んが」

「早めに帰るから、しっかり家を守っててね」

「──がう……行ってらっしゃイ」

 

 別れ際、最後に強く抱き締めてから離れる。ばんだ荘の敷地を出るまで、ウガルルは、じっと楓の背中を見続けていた。

 

 

 

 ──机を繋げて弁当を食べている楓たちは、朝のウガルルの行動を思い返していた。鮭フレークを混ぜたおにぎりを作っていた楓が、厚焼き玉子を杏里の唐揚げと交換する。

 

「それで、ウガルルちゃんが楓に甘えたんだって? それってなんか問題なの?」

「問題……というか、意味がわからん。普段から肉食わせろってワガママはよく言ってきたけど、あんなワガママは初めてなんだよ」

 

 甘えた甘えた、と言って厚焼き玉子を口に放り込む。そして、甘っ。と呟いた。

 

「というかウガルルの事ならミカンに聞けばいいじゃん、ママなんだし」

 

 横目でコンビニサラダにレモンドレッシングを掛けて混ぜているミカンを見ると、フォークでザクザクとレタスを刺しながら言い返してくる。

 

「だからママじゃねぇ言うとろーが。それがさっぱりわからないのよ、楓くんの所に居たがるくらい好かれてるのは分かるんだけどねぇ」

「はへー。パパなのか兄なのか、どっちなんだろうね。案外違ったり?」

「知らん。そもそもあの子は精神が幼すぎる。ミカンの中に10年居たからって『じゃあ10歳の子供として扱おう』とはならないだろ?」

「そうねぇ、あの子まだ複雑な計算とか漢字は覚えられないし……」

 

 ふう、と。同時にため息をつく。そんな二人を見て、杏里は夫婦か……と呟いた。

 視線に気付いたミカンが、サラダをフォークで刺して言う。

 

「サラダ要る?」

「いやぁ、胡麻ドレの方が好きかなあ」

「美味しいのに……」

「この柑橘舌め……」

 

 はっ──と息を呑んで楓を見る。そういえば、こいつも柑橘舌だった……と。

 ちらりと見やると、楓は弁当を食べ終え、食後のデザートとばかりにオレンジジュースとみかん大福を口に含んでいる。

 ──食べていないのに、杏里は口の中が酸っぱくなった気がした。

 

 

 

 

「……がーうー」

 

 ばんだ荘二階の手すりに座って、ウガルルはぼんやりと地面を眺めている。

 その体を楓の部屋にあったパーカーで包み、時折すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。

 

 ウガルルにとってミカンは自分の主人という感覚が強く、確かに居ない時間が多いと寂しく感じる。しかし、楓にも同じ感覚を覚えているかと言われれば、間違いなく否定できるだろう。

 何故楓が自分の近くに居ないだけでこうも不安になるのか、何故、他の女の匂いがするとモヤモヤと嫌な感情が湧いてくるのか。

 

 それを理解するには、あまりにも、ウガルルという少女の精神は幼すぎた。

 

「──あら、ウガルルさん?」

「……んが。……あ、ボスのママ」

「ボス……ああ、優子の事ですね」

 

 買い物帰りなのか、エコバッグを片手に階段を上がってきたシャミ子の母・吉田清子がウガルルと鉢合わせる。

 どことなく元気がない少女を見て、清子は一人の母親として放っておけなかった。

 

「荷物を置いてくるので、待っていてください。お外でちょっとお話しましょうか」

「……ン、わかっタ……」

 

 頭に疑問符を浮かべながらも頷く。

 パタパタと小走りする清子の背中を見送って、それから数分して戻ってくると、清子はウガルルが座る手すりに両手を置いた。

 

「それで、ウガルルさんは何を悩んでいるんですか? もしかして、楓くんのこと?」

「──がう」

 

 図星を突かれ、ぶかぶかの袖で口許を隠す。その様子が微笑ましく映り、清子は小さく笑みを浮かべた。優子たちを通じて目の前の少女の事はある程度知っているからこそ、その純粋な感情が、眩しく見えて仕方がない。

 

「ゆっくりでいいですよ。どんな悩みなのか、話してみてください」

「ウー……楓がいないト、寂しイ。あト、モヤモヤすル。ミカンのことも大好きだけド、楓から他の女の匂いがするのガ、なんかやダ」

 

 拙い言葉で、ポツポツと、ウガルルは胸の内をさらけ出す。清子は最後まで聞くと、淡い感情が渦巻いている事を察して暖かく笑う。

 

「あらあら……そうだったんですか」

「ボスのママはこれが何かわかるのカ?」

「ええ、ええ。それはもう簡単な話ですよ」

 

 パーカーの襟を直してあげながら、あっけらかんとした顔で清子は言う。

 

「ウガルルさんは、楓くんのことが好きなんですねぇ。その感情は、他の人に楓くんを取られたくない部分から来てるんですよ」

 

「好キ……好キ? オレはミカンも楓もボスもみんな好きだゾ?」

 

「難しいかもしれませんが、ウガルルさんの言う好きと、楓くんに対する好きは、似ているようで違うんですよ」

 

 頭から煙が吹き出そうな程に混乱しているウガルルに、分かりやすく説明し直すには──と考えて、清子は言い方を変える。

 

「好き、というのは、善くも悪くも独占欲なんですよ。相手を誰にも取られたくない。そう考えて考えて考えて、どうしようもなく相手の事を想ってしまう。それを、好きと言うんです」

 

 あくまで持論だが、しかしある種的は射ている考え。パーカーの袖に顔を埋めて、楓の匂いに包まれながらその言葉を反芻する。

 

「オレは……楓ヲ、取られたくなイ?」

「そう考えてみて、しっくり来ましたか?」

「がう。オレ、楓を……独占? したい……好キ? なんだと思ウ。……んが、ボスのママもそういうのあったのカ?」

 

 首を傾げて問うウガルル。

 ふと、清子は自分の夫の顔を思い出して──頬を緩める。幼心に、ウガルルもまた、言わんとしていることを察してがうと唸った。

 

「──んが、帰ってきタ」

「あら、もうそんな時間」

 

 ピクピクと耳を反応させて、ばんだ荘の外から聞こえてくる足音を聞き分ける。とん、と手すりから飛び降りて地面に着地して、敷地の外から見えてきた人影に飛び付いた。

 

「楓! お帰リ!」

「──ぐわーっ!」

 

 たたらを踏んで尻餅を突く楓に抱き付いて頬擦りするウガルル。

 それを見て微笑ましそうに笑うミカンたちと、興味深そうにメモを取る小倉とそれを見やる良子。それらを二階の通路の手すりにもたれ掛かりながら、清子が優しく見下ろしている。

 

「……ウガルルさんに恋はまだ早そうですねぇ」

 

 そう呟いて、静かに皆の元へと降りて行く。立ち上がって抱き上げる楓は、やや頬が紅潮したウガルルにこう返した。

 

「ん、ただいま」

「……がう。ぐるるる……」

 

 休日は一緒に──という約束を果たすべく、楓はウガルルを連れて部屋に帰った。

 恋を知るには幼すぎて、しかし兄妹と呼ぶには近すぎる。そんな不可思議な距離感の二人のその後を語るのは、また別の話。



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リコエンド/利己的な愛情

 ばんだ荘の一階の一室、高校時代から何年か過ぎたとある夜。高い酒瓶を抱えるようにしてちゃぶ台に突っ伏す狐のまぞく──リコが、楓の部屋で酔いながら愚痴を吐いていた。

 

「またマスターにフラれたぁ」

「この五年近くずっとそう言ってないか」

 

 リコの抱える酒瓶を取り上げてちゃぶ台の端に置きながらそんな事を言う。

 

「最早告白から拒否までが流れ作業になってるじゃないか。いい加減折り合いをつけたらどうなんだ? そもそも俺の部屋で酒を呑むな」

「……だぁってぇ」

 

 酔いから頬を紅潮させ、潤んだ目尻をとろりと緩める。()()()()()()()()()()()()のそんな無防備な顔に、楓は一瞬たじろぐ。

 

「晩酌に付き合ってくれるの楓はんくらいなんやもん……楓はんも呑んだらええのに」

「……酒は呑めないって言っただろう」

「えぇ~ほんまにぃ?」

「俺が成人してすぐに一杯付き合ったらそのまま倒れたのを覚えてないのか?」

「……あぁ、そうやなぁ」

 

 当時の事を思い返してくつくつと笑う。酒の入ったコップをちゃぶ台に置くと、リコはころりと畳の上に寝転んだ。

 

「……こら、リコ。そんな格好で寝るんじゃないよ、はしたないでしょ」

「やぁん、楓はんどこ見てるの?」

 

 片膝を立てて寝転がり、チャイナドレスのスリットから生足がこぼれる。わざとらしい動きをして楓に流し目を向けると、呆れた様子でリコにパーカーを投げ渡す。

 

「それでも被ってなさい」

「……あら、楓はんの服」

 

 肌掛けのように被せられたそれを手繰り寄せるリコを横目に、楓は廊下で電話を取る。

 数回のコール音のあとに繋がり、携帯の奥から理知的な男の声が聞こえてきた。

 

『おや、楓くん。どうしたのかな』

「店長、うちにリコが来てるので引き取ってくれませんか」

『ああ……居ないと思ったら、相変わらず何かあるとそちらに赴いてるんだからねぇ』

「毎回来られても困るんですがね」

『……本当に困るのかい?』

「──はい?」

 

 仕事先の店長──白澤にそんな風に返されて、楓は疑問を覚える。

 

『リコくんがなぜ頻繁にそちらに遊びにいくのかについては敢えて語らないけれどね、知ってるかい? リコくんはもう僕に()()()()()()()()()()んだよ』

 

「…………はい?」

 

『それどころか君が居ないときはことある毎に楓くんの事ばかりが話題に挙がる。店に居るときはいつも目で追っている。まさかとは思うけど、気づかなかったのかな?』

 

「えっ、いや、だって、リコは店長が好きで何年も告白してはフラれてて、やけ酒に付き合われてて…………えっ?」

 

『うーん……お互い重症だね』

 

 白澤の声が遠い。頭の中で疑問と困惑が渦巻き、ちらりと居間のリコを見やる。

 人の困惑を余所に、パーカーを抱き締めてごろごろと横になっている。尻尾が妖しく左右にゆらゆらと揺れていた。

 

『そこにリコくんが居るのなら、二人で話をして解決するといい。その疑問が解消されれば、きっといい結果になるだろう』

「……そう、ですか」

『青春したまえ若人よ、はっはっは』

「俺もう二十歳なんですけど……」

『僕からしたらまだまだ子供さ』

 

 それはそうだが、と思案して、楓は小さくため息をつく。それから一言二言交わしてから、携帯の通話を切って居間に戻った。

 

「リコ」

「……すぅ…………お?」

「吸うな」

 

 パーカーの匂いを嗅いでいたリコから奪い取ろうとするが、するりと避けられて着込まれる。余った袖で口許を隠して、くつくつ笑う。

 

「どないしたん、そんな顔して」

「…………店長から聞いたが、告白してはフラれてた件は嘘だったんだな」

「……あらぁ、聞いたん?」

「そもそも俺が店に居ないときの話だからと気にしなかったが、俺はこの数年で君の店長への告白を一度も見ていなかった。もっと早くに疑っておけばよかったよ」

 

 座り込み、渋い顔をして見てくる楓に、さしものリコも僅かばかりに気まずそうにする。

 

「なんでそんな嘘をついたんだ?」

「……だって楓はん、こうでも言わんと晩酌に付き合ってくれへんもん」

「は?」

「それにお酒呑むのがここに来る理由なら他の子こおへんし、独り占めできるやろ?」

「……なんで?」

 

 パーカーの背広を持ち上げる尻尾が揺れ、酒で酔っているのとは違う雰囲気で顔を赤くして、余った袖で隠しながらそう言う。

 楓はリコの事を想っていて、この時間を役得と思わなかった事はない。

 しかしそれにも、リコの好意が店長に向いているからこその諦めが混ざっていた。

 

「もう、少しは察してほしいの」

「……店長に告白しなくなった、っていうのは、何時からなんだ」

「楓はんが店で働くようになってからだから……四、五年? マスターに『僕を相手に延々伝わらない想いを募らせるのはやめて、自分を見てくれる相手を探しなさい』って言われたの」

 

 絶妙に似ていない声真似で白澤の意図を伝えられ、楓は目頭を押さえて唸るように呻く。

 

「──それが、俺?」

「せやで?」

「俺以外には、居なかった?」

「……うん」

「──自惚れているようだからあまり言いたくないんだけど、つまり、君は……」

 

 ──最後まで言うより早く、リコの尻尾が楓の腰に巻き付く。そして自分の方に引き寄せ、勢いのままにリコはわざと楓に押し倒される。

 

「……ようやく気付いたん? 遅いわぁ、気付いてくれるんずぅっと待っとったんよ?」

「──分かるわけないだろ……君に聞けというのか? 『最近店長に告白してないけど、もしかして俺のことが好きなのか?』って」

「それはそれで面白いの」

 

 いたずらっぽく笑いながら、寝そべるリコは楓の首に両腕を回してぐいっと抱き寄せると頬を押し付ける。楓の後ろに回された尻尾ははたはたと揺れて背中を叩いていた。

 

「……んふふ」

「っ──」

 

 リコの嬉しそうな顔が間近にあって、楓の心拍数が跳ね上がった。楓のリコへの感情は、何年も抑えられているものだったのだ。諦めてしまえばよかったのに、諦められなかった。

 それをもう、抑えなくていいのだと思うと、胸の奥で激情が渦巻いて仕方がない。

 

「……リコ」

 

 片手で自重を支え、片手でリコの頬に手を伸ばす。手の甲で触れ、それから指先でなぞり、手のひらで覆うように触る。

 リコにとっても、酒の残った火照る体に、緊張して冷えた手のひらが心地よい。

 

 夜の静かな空間にある照明で出来た、二人の影が重なっている。

 リコを見下ろす楓の目尻に、不意に滴が溜まり、ぽたりとリコの頬に落ちた。

 

「えっ!? ちょ、楓はんどないしたん? お腹痛いん? ウチお酒臭かった?」

「──五年前から、ずっと、君のことが好きだった。諦めようとしてたんだ」

 

 起き上がり、リコに袖で涙を拭われる楓は、その目を真っ直ぐ見据えて声を上げる。

 

「店長の事が好きなんだからとなにもしなかった俺も、甘かった。それでも──それでも、君に嘘をついてほしくなかった」

 

「……楓はん」

 

「好きだよ、リコ。ずっと好きだったし、今もこの気持ちは変わらない。

 だけど、騙す形でこの関係を続けたリコのことは、ちょっとだけ嫌いです」

 

「……うぅ」

 

 なので──と続けて、額をぴんと指で弾く。不意打ち気味のそれが僅かに痛み、キョトンとした顔でリコは楓を見る。

 

「それで許す。それから……最後に、君の気持ちを、君の言葉で聞きたい」

「ウチの?」

「うん。もしかして恥ずかしい?」

「……うー、んー……」

 

 ぴこぴこと耳を動かし、ぱたぱたと尻尾を振る。お互いの気持ちが向き合っていたとわかっても、面と向かっての告白というのは、冗談やからかい混じりだった白澤へのそれとは違う。

 

「……一回だけなの」

「わかった」

「聞き逃したからって言い直さないの」

「いいよ」

 

 楓のパーカーの裾をぎゅっと握り、それから、ふにゃりと表情を和らげる。

 

「──楓はん、好き」

「……俺もだよ」

 

 座ったまま、膝を突き合わせて、ぐいっと顔を寄せる。いたずら好きで人を困らせる、しかし、愛しくて仕方がないまぞくとの初めては、日本酒の味がした──らしい。




何時からか楓くんを好きになってたけど自分から言い出すのはプライドに関わるので逆に言われるのを待ってたリコくん(誘い受け)
vs
リコくんは店長が好きだからと自分の気持ちを伝えるのはやめようとしていたが日に日に気持ちが膨れ上がっていた楓くん(ヘタレ攻め)
vs
ダークライ(とばっちり)


なお、お互いへの感情は5年近く熟成されていたものとする。


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杏里エンド/日常風景

23日がまちカドまぞくRTA初投稿から一周年だったのでファイナルラスト初投稿です。

時間の流れ速くない?


「……ん、んー」

 

 布団から覗かせた顔に刺さる肌寒さに、佐田杏里は目を覚ます。上半身を起こして体を伸ばし、関節を鳴らして寝ぼけ眼で隣を見る。

 

「……んふふふ」

 

 杏里が起きたことで共有している布団が捲られて、寒さから部屋の主である青年──楓が体を丸める。背中を見せるように体を横向きにした楓へと、杏里はしなだれ掛かりながら耳元で言う。

 

「かーえーでー。そろそろ起きろー」

 

 横っ腹に体を乗せて顔を耳元に近付けて囁くと、楓は身じろぎして重さを感じ取りながらまぶたを開く。数秒ぼーっとしてから、寝起きの掠れた声で杏里に言葉を返した。

 

「…………むり」

「休日だからって怠けるのはいかんぞー」

「…………ううん、うん。うん……」

 

 わかった、とでも言いたげな声だが、少しして楓の寝息が聞こえてくる。呆れたような顔をして、それから杏里は肩を揺すった。

 

「こらこら、寝るんじゃないの。……ほんっとに楓って冬に弱いよね~熊かなんか?」

「…………寒いのが苦手なんだよ」

「あー、『秋野楓』だけに?」

「…………寒いぞ、冬だけに」

「あっはっは。ほらほら起きて」

 

 楓がもぞもぞと布団のなかで蠢くと、数分してようやく起床した。敷布団の上で座り込み、おもむろに隣に座った杏里を抱き締める。

 

「……杏里は暖かいな」

「んん……えへっ、役得役得」

 

 温もりを求めて互いに抱き締め合い、片手間にタイマーで消えていた暖房を点け直して部屋が暖まるのを待つ。暫くして朝食を取り、テレビで天気予報を見ていると、座椅子に座る楓の膝の間に収まる杏里がもたれ掛かりながら問いかけた。

 

「そう言えば、今日は世間一般ではクリスマスなわけですが。私たちは何もしないの?」

「クリスマスだから何かしないといけないという訳ではあるまい。この時期の外は目がチカチカするから、あまり好きではないんだよね」

「まぁ……そうだけどさ」

 

 ぽす、と胸に頭を預けて杏里は口をつぐむ。彼女の悲哀漂う気配に罪悪感を覚えたのか、顎の下に来る頭に顔をうずめて楓が言い直す。

 

「──杏里の所の肉屋で鶏肉を買って、マルマでケーキでも買うか。今年は二人だけでクリスマスを楽しもう。……どうかな?」

「……楓はさー、そうやってさぁーっ」

 

 顔を上げた杏里が、体をよじって楓の首に腕を回す。座椅子を倒して寝転がった楓の上に乗ると、頬を擦り寄せて杏里はニコニコと笑う。

 

「ねっ、ねっ。早く買いに行こっ」

「んー、んんー。わかった、わかったから」

 

 猫だったらこれでもかと喉を鳴らしているだろう勢いで甘える杏里を、楓は苦笑を浮かべながら受け止める。外の寒さを想像し、内心でげんなりとしながら、楓は杏里と共に手早く着替えた。

 

 

 

 

 

「帰らないか」

「玄関出て5秒も経ってないぞー」

「宅配で済ませないか」

「あまりにも風情がないぞー」

 

 寒空の下に出た楓は、踵を返して部屋に戻ろうとする。しかし杏里に腕を組まれ、目的の店に向かわざるを得なくなった。

 白い吐息が空気に混じり、じんわりと杏里の腕から熱が伝わる。

 

「まっ、私も冬は好きじゃないかなぁ」

「……なんで?」

「ほら、寒いから脚出せないし」

 

 足を止めて、冬用のストッキングに覆われたその足の片方を蹴り上げる。黒い生地に包まれた足は、テニス部の活動で鍛えられ、筋肉もありながらすらりと細長い。

 

「これはこれで、俺はいいと思うぞ」

「素直だねぇ。……さあ、テンション上がったんなら早いところ買い物済ませちゃおうよ。鶏肉買っても調理に時間取られるし」

 

 ああ、と言って楓は歩く速さを上げる。

 

「……鶏肉買ってからケーキ買うより、ケーキを買った帰りに鶏肉を買う方がいいか」

「あっ……それもそうだね」

 

 買い物の順番を脳内で切り替え、足早にショッピングセンターマルマへと向かい、二人は小さなホールケーキを購入する。その帰りに杏里の親が経営している精肉店に向かうと、当然ではあるが、楓は店主こと杏里の母親と顔を合わせた。

 

「おっ、杏里と楓くん。なぁに~デートの帰り? 今日クリスマスだもんねえ、肉買うなら数量限定で丸焼き用の鶏肉あるよ?」

「畳み掛けてくるな……」

「お母さん、丸焼き用の鶏肉一つ」

「はいよー、娘割引は無いからね」

 

 杏里の母は、鶏肉を袋に詰めながら快活そうに笑う。楓が料金を支払いケーキの袋を握る手の反対で受け取ると、杏里の母が不意に問う。

 

「杏里が迷惑掛けてない?」

「いえいえ、迷惑ではないですよ」

「そう? ほら、杏里って結構独占欲強いし」

「本人の目の前で言うかね普通」

 

 呆れた顔で、杏里は母にじとっとした目を向ける。杏里の母はそれでも尚続けた。

 

「知ってる? 幼い頃から身近にいる異性って、恋愛感情抱きにくいのよ。こういう心理は、幼馴染も例外ではないらしいのよね」

「へぇ…………。ううん?」

「どしたの?」

 

 じっと杏里の顔を見て、不思議そうに首をかしげると、楓はあっけらかんとした顔で返す。

 

「──杏里のことは昔から好きだったし、俺に限っては例外なんでしょうね」

「ヴッ」

「……おぉう……今のは強いわ」

「はい?」

 

 ぎゅっと顔をしかめて杏里が呻く。杏里の母も、楓の言葉に悶える娘に同情していた。

 

「……まあいいわ。仲睦まじいならそれに越したことはないし、喧嘩するよりマシよ」

「喧嘩か……昔からしたこと無いよな?」

「無いねえ」

 

 顔を見合わせて思い返し、喧嘩した記憶が無いことを互いに確かめる。

 少しして時間を見ると、鶏肉の調理にちょうどいい時間帯になっていることを知った。

 

「おっと、そろそろ帰りますね」

「ん。悪いね時間取らせて」

「じゃあお母さん、今度の休みに一回帰ってくるから、帰るとき連絡いれるね」

「はいはい」

 

 手を振って二人を見送った杏里の母は、ショーケースに肘を突いて思案する。

 

「……あれ、楓くんのご両親って……こういう時も帰ってこないのかしら」

 

 

 

 

 

 ──鶏の丸焼きにケーキという小さくも豪華な食事を終えた二人は、夜道を歩いて商店街に向かう。クリスマス限定のツリーが爛々と輝き、楓と杏里以外にも家族やカップル、魔法少女とまぞく、狐とバクなどが集まっていた。

 

 眼鏡越しに電飾で飾られたクリスマスツリーを眺める楓の瞳を見上げる杏里は、どうしてか──不可思議な不安に駆られる。

 

「……ねえ、楓」

「なんだ?」

 

 きゅっ、と手を握り、出来る限り強く、強くその手を掴む。

 

「あっ……ごめん、なんか……なんだか、さ。楓が、どっか行っちゃう気がして」

「なんで恋人を置いてどこかに行かなきゃならないんだ……。まあでも、こう幸せが続くと不安感を覚えるものだよな。分かるよ」

 

 手をほどいて、握られていたその手を杏里の腰に回して自分の方にぐっと寄せる。

 

「どこにも行かないよ。

 大丈夫、俺は……杏里やシャミ子、桃にミカン、良ちゃんや清子さん、それにリコと店長の居るこの町角に、ずっと居るから」

「……うん。そっか」

 

 そう言い終えて、肩を寄せ合いツリーを見上げる。幼い頃からの隣人が恋人となり、きっと、この先何十年と隣を歩むのだろう。

 どこか老成した雰囲気の、どことなく枯れている青年は、いつまでもこの町で幼馴染や友人と共に歳を重ねて行くのだろう。

 

「ね、楓」

「うん?」

「今……幸せ?」

「──そうだな……」

 

 少し考える素振りを見せて、楓は目尻を緩めながら杏里を見ると言った。

 

「これ以上ないくらい、かな」

「──ぇへ、そっかぁ」

 

 楓の黒に紫と藍色が混ざった、星の無い宇宙のような瞳が杏里を映す。

 聖なる夜、二人は幸福を確かめ合った。どんなことがあっても揺らがないだろうという、小さくも確かな確信を得ながら。




ifエンドシリーズもここらで区切り、DLC『那由多誰何』の方も単行本6巻が出て5巻以降の情報が纏まるまでは更新を止めます。

まちカドまぞくRTAの走者増えろ……(遺言)


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桜エンド/それはあり得た物語

7巻が出ないので初投稿です


 ──カツ、カツ、と湿った石畳の上を歩く人影が二つ。古い遺跡の中を、松明を片手に、青年と女性が迷いなく歩いていた。

 

「いやぁ~君のお陰で探索が楽チンで良いねぇ。あ、楓くん、眼の負担は大丈夫?」

「──ええ、大丈夫で……桜さんストップ。()()を踏まないで」

「およっ?」

 

 おもむろに女性──千代田桜の肩を押さえた青年、秋野楓は足元を指差した。

 他のモノと同じような地面だが、楓の()は違うモノを捉えている。

 

「……もしかして()()?」

「どの遺跡や洞窟にもありますね、これ」

 

 松明とは別の手に取った登山用の杖を違和感を覚えた部分に押し込むと、二人の眼前をバシュッと音を立てて無数の矢が横切った。

 

「わお」

「……、…………。はい、罠の場所はわかりました。俺がマークした所を追従してください」

「ああ、もう()()んだ。──何回当たった?」

「一歩ずつ確かめたので……12回?」

 

 そう言いながら、楓は足で靴の踵を弄ると、地面の罠が無い部分に一歩ずつ跳ぶ。すると、着地した部分に足跡の形の目印が残る。

 最後の一歩で反対側に着地して、楓は振り返ると桜に声を投げ掛けた。

 

「桜さん、来てください」

「はーい。よっ、とっ……ほっ」

 

 桜もまた楓と同じようにして、マークされた部分を踏んで跳躍する。そして楓の隣に着地すると、満足げに額の汗をぬぐった。

 

「ふぃ~、到着っ」

「あとは……特に無いですね、前回は最奥に到着した瞬間に踏まなかったトラップ全部起動して大変なことになりましたが」

「あれすごかったよね」

 

 テーマパークもかくやと言わんばかりの大騒ぎを脳裏に思い返しつつ、楓と桜は奥に進む。

 最奥の行き止まりに到着すると、二人の眼前には、上に物が置かれた台座があった。

 

「今回のお宝はなーにっかなー」

「結界に使えると良いんですがね」

 

 手を擦り合わせて品定めする桜に楓が言う。持ち上げる、持ち上げてから少し待つ、持ってから帰る、といった行動で罠が作動しないかを()て、それから彼女に頷いた。

 

「……取っても大丈夫そうです」

「ん、ありがとね楓くん」

「いえ、シャミ子の為ですから」

 

 楓は伊達眼鏡を上にずらして、目頭を指で揉みながら答える。隣で台座から飾られている物──ハニワのような置物を拾い上げて、桜はそれをまじまじと観察してからバッグに仕舞った。

 

「なんだかリリスさんみたい」

「年代物の置物──ですが、魔力は感じませんね。今回もハズレでしょうか」

「みたいだねぇ、まあグシオンにでも売り付ければいいかな。ここには代わりに…………このたまさくらちゃん人形を置いていこうっ」

「いいんですかね……」

 

 どん、と台座に置物の代わりに猫の人形を置く桜は楓に振り返ると、笑いかけて言った。

 

「よし。じゃ、帰ろっか」

「はい」

 

 

 

 帰り道も罠に気を付けて、楓と桜は遺跡を出る。とある国の山奥にあった遺跡を攻略して帰路の飛行機に乗りながら、楓は横でアイマスクを着けて睡眠を取る桜を見た。

 

 幼馴染の友人──吉田優子の父が、千代田桜その人にわけあって封印されてから10年。

 魔族に覚醒した優子あらためシャミ子と、桜の妹・桃を経由して桜と知り合った楓は、自身の父の進言もあって、『眼』の修行も兼ねたアーティファクト探しを手伝うことにしていた。

 

「…………」

「んむ……ぁぅ」

 

 呑気に寝ている桜の頬を指で突くと、そんな呻き声を出して眉をひそめるが、少ししてまた寝息を立てる。なんだかんだと長い付き合いになっていた桜とは行動を共にすることが多く、仕事や探検が終わって町に戻れば同棲もしていたが。

 

「なんとも言えないな」

 

 桜との今のような関係が続いて以来、自分の中に友人以上の感情が湧いている自覚はあるが──これをただの仕事仲間と呼ぶには近すぎるし、愛と呼ぼうにも、違うのではという考えが過る。

 

 視線を窓の外に戻して、縁に肘を置いて手に頬を乗せると、楓は景色を眺める。

 ()()()()()とは違い、早い段階で『眼』の力が覚醒した楓は、本来起きる筈だった事態の殆どが起きなかった事の理由を知らない。

 

 

 

 千代田桃が暗くなった原因は無く、陽夏木ミカンの中のウガルルはとっくに受肉し、グシオンは死んでおらず、楓の両親は健在であり、町のまぞくは相も変わらず住人にスルーされている。

 

 ──これは、どこか遠くの世界線の、()()()()()()()()()()物語。

 

 

 

 

 

 ──せいいき桜ヶ丘の町に戻ってきた楓は、置物を売りに行った桜と離れて商店街を歩く。

 

 配達の冷蔵を手伝う雪女や、魚を買っている河童を横目に、端をズシズシと歩く巨大な燃える馬を乗りこなす首の無い騎士の会釈──頭は無いが──に返していると、八百屋で野菜と睨み合っている角と尻尾が生えた少女を見つけた。

 

「お、シャミ子」

「ん? ……あっ、楓くん」

「……楓? 帰ってきてたんだ」

「桃も居たのか。お買い物かい」

「うん」

 

 シャミ子が店前に並べられている野菜から楓に顔を移すと、朗らかな笑みを浮かべる。

 店内からひょこりと顔を覗かせた桃が、出てくるなりそう言われて表情を和らげた。

 

「おね…………姉は?」

「桜さんは遺跡で拾った物を売りに行ったよ。たぶん二束三文で買い叩かれてると思う」

「ふーん」

「そっちは……夕飯の買い出しかな」

 

 桃が腕に通して肩に提げているエコバッグを見て、楓は問い掛ける。こくりと頷いた桃の横に立つシャミ子が、呆れた表情で買い終えたらしい白菜をバッグに詰めながら言った。

 

「楓くん、いい加減、桃に他の好みを増やさせてくれませんか……」

「もしかしてまだうどんばっかり食べてるの?」

「それ以外も食べてるよ」

「そりゃ昼食は私のお弁当ですからね!」

「……休日は弁当じゃないし」

「筋トレ後のササミとプロテインはお昼ご飯とは呼ばないんですよ……!」

 

 尻尾でぺちんぺちんと桃の額を叩くシャミ子に言われて、桃はもみあげ辺りの髪を指で巻きながら言い訳をする。

 

「でもシャミ子のごはんはなんでも美味しいから……今日は違うのも食べたいな」

「……む、む……し、仕方ないですねぇ」

「また丸め込まれてる」

 

 苦笑を浮かべる楓はそのやり取りを見て、それからおもむろにシャミ子に声をかけた。

 

「──今回も、(マナ)の壺に納める代替品は見つからなかったよ。このままだと、ヨシュアさんを解放するのに10年は掛かりそうだ」

「楓くん……いえ、仕方ないですよ。おとーさんは封印されているけど家に居ることはわかっていますし、今すぐ解決しないといけないというわけでもありませんから」

 

 ──むしろ、無理はしていませんか? そう言ったシャミ子に、桃が言葉を続ける。

 

「というか、ヨシュアさんの封印は姉のやったことなんだから、楓が気負うのは違くない?」

「それはそうなんだが」

「そもそも、なんで完全部外者の楓が姉の仕事を手伝ってるんだっけ」

「…………う──ん? 元は父さんに『眼』の修行にもなるって言われてたんだけど……」

 

 言われてみれば、と楓は首を傾げる。

 

「確かに、国外の遺跡でアーティファクトを探したり、紛争地帯に介入して非殺傷魔法を撃つためのスポッターになったり、よく分からない魔法少女から鬼電されるのはおかしいとは思う」

「最後だけ変じゃありませんでした?」

「シャミ子、楓の話は全体的に変だったよ」

 

 噂をすれば、とばかりに早速と掛かってきた電話を片手間で拒否しつつ、楓はまあ……と言って困ったように口角を緩めて続けた。

 

「俺が好きでやってるだけだよ」

「…………へぇ~~~?」

「なんだい」

「いや、別に。楽しそうだなあって」

「嫌だったらここまでの長い付き合いにはならないと思うからねぇ…………ごめん電話来てるから先にばんだ荘に帰るね」

「あ、はい。お気をつけて~」

 

 はっはっは、と笑っていた楓は、何度目かの着信にため息をつきながら、シャミ子と桃から離れてようやく電話に出るのだった。

 

「…………はいもしもし。うん。わかったから、いい加減本人に直接言ってくれ」

 

 

 

 

 

 ──ばんだ荘一階の一室に帰宅した楓は、既に桜が帰ってきているのを、脱ぎ散らかされた靴と居間からの気配で察していた。

 

「ただいま戻りました……桜さん?」

「──あ~い、お帰り~楓く~~ん」

「…………なにやってるんですか」

 

 居間に顔を覗かせた楓は、テーブルに突っ伏しながら両手でパソコンのキーボードを叩いている桜の姿を見つけて、静かに困惑する。

 

「これねぇ、目と頭を休めながら作業できるから見た目に反して意外と楽なんだよっ」

「さいですか。あ、例の置物は幾らで売れたんですか? グシオン……今は偽名(おぐら)でしたっけ、あの人に売ったんでしょう?」

「うーん。あれねぇ、魔力は無いけど年代物ってことで、5万で売れたよ~」

「安い……」

 

 桜と父の古くからの知り合いである智慧のまぞく──小倉しおん(グシオン)は、今はシャミ子の魔力修行のために学生を騙って同級生を演じている。

 楓は、桜の『うわキッツ』という容赦の無い言葉に対して、『それはお互い様だよぉ……?』と返していたのを覚えていた。

 

「ああそうだ、そろそろあの()()()に連絡先教えてあげてくださいよ。毎日10回は電話が来るのめちゃくちゃ鬱陶しいんですけど」

「ごめん無理、なんか交換した日には死ぬほど電話かけてきそう」

「現にされてますからね」

 

 はぁ、と何度目かのため息をついて、楓はかぶりを振って切り換える。

 

「まあいいや。じゃあ、夕飯の準備をしますけど、お風呂に入りますか?」

「…………あとででいい」

「わかりました」

 

 眠気があるのか舌足らずの声で返答する桜を見て、楓は今までの経験から『これは寝るな』と判断して、献立を味噌汁からカレーに切り替えた。外国で手に入る謎の肉や謎の野菜をカレールーでまとめて煮込んでいた記憶を想起して、げんなりとした表情を浮かべながら。

 

 

 

 

 

 ──火を消して蓋をした楓が台所から戻ると、案の定桜は突っ伏した姿勢のまま眠っていた。

 

「……こりゃ食事は明日だな。俺の分だけよそってカレーもあのまま寝かせてしまおう」

 

 軽く肩を揺すっても無反応の桜を前にして、先に布団を出して広げてから、抱き上げた桜をそこに寝かせる。すると、桜が呻くように寝言を呟いているのを、楓の耳が拾い上げた。

 

「…………う──ん……あんこ、やくしょ……ほうこく書……結界の……点検も、しなきゃ……」

 

 多忙に追われてスケジュールが詰まっているがゆえに、桜は気軽に休むことはできない。国外での活動を含めた全てが、桜の仕事である。

 

「……んにゃ……かえでくぅん……ありがとねぇ」

「──いつもお疲れ様、桜さん」

 

 ──この町を作り、暗黒役所を作り、魔法少女として各地に向かいつつ、シャミ子の父親を助けるための代替品探しに奔走する。ぶっ通しで働き詰めでいて、疲れないはずがないのだ。

 

「俺に出来ることはそう無いけど……最強の魔法少女が、こうも無防備になるということは──信用されているってことでいいんだよな」

 

 髪留めやリボンをほどいて、櫛を通すようにそっと撫でながら楓は言う。

 

「…………ふむ。今がチャンス」

 

 完全に寝入っているのを確認すると、楓は腕を伸ばして手探りでテーブルの携帯を手繰り寄せて、カメラを起動してパシャリと撮る。

 シャッター音を聞いても起きない桜を尻目に、台所に向かいながら、楓は携帯を弄って、桜の寝顔写真付きのメールを送っていた。

 

「これでしばらくは、()()も大人しくなるだろう。……さっさと飯食って寝よう」

 

 それから楓は、桜の睡眠の邪魔にならないように、台所で皿に盛ったカレーを平らげる。

 次はどの国のどこに向かうことになるのだろうかと、ぼんやりとそんな事を考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──楓くん! 誰何(あいつ)に私の寝顔写真を送ってるってホルスさんから聞いたんだけど!!?」

「…………おっと」

 

 後日、父の密告で色々とバレて怒られたのは、また別のお話。




原作ブレイクなRTAはーじまーるよー。桜さんとホルス(秋野パパ)が原作始まる前に誰何をボコボコにしてタイマーストップ。おわり

まぞくRTA時空のガチの最適解はこれです。盛大に何も始まらないのでボツ


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レギュレーション説明
part0



いんゆめ語録は使いません。
はーいよーいスタート(棒)



 

 15歳ママ魔法少女の呪いを解いたうえで攻略し、恋人になるまでのRTAがはーじまーるよー。ホモのみんな集まれー!(知育番組)

 

 今回プレイするのはこちらのゲーム、『まちカドまぞく』です。

 巷では『がっこうぐらし!』なるサバイバルホラーアクションが流行っているみたいですが、そちらの単行本(ゲーム)は持ってないので走れません。

 SZKちゃんをすこれ。

 

 

 んだらばRTAを始める前に幾つか説明をば。

 

 タイム計測はキャラクリを済ませて始めた瞬間からスタートし、計測終了を告白に成功してイベントが始まる画面暗転の瞬間とします。その後のイベントは垂れ流す予定ですので。

 

 

 この作品は家庭用ゲーム機の通常版とPC版の18禁が同時発売されており、当然ですがPC版では攻略したヒロインとえちちな事が出来るイベントが追加されてます。

 

 私はヒロインが通常版より多いPC版にお得さを感じてPC版を購入しましたが、ミカン姉貴の攻略RTAは両方で出来るため、レギュレーションは共有です。ロード時間で多少の差は出ますが。

 

 

 今回のRTAで攻略するわけではないので追加ヒロインの説明は省こうと思いましたが、通常版しかプレイしてないホモの為に説明します……。

 

 PC版で追加されるのは、吉田家の知将こと良子ちゃんと大黒柱の清子さん。そして15歳ママ魔法少女こと陽夏木ミカンの守護霊……守護獣? であるウガルルちゃんです。

 

 通常版という子供でも遊べるゲームハードで原作主人公の家族や無知ロリ神話生物をヒロインに加えるのは色々とアウトだと思ったのか、この3人はPC版のみのヒロインとなっています。

 

 まあ攻略すれば……そういうイベントがあるのですが。白澤店長? バク(♀)が恋愛対象のバク(♂)なんて攻略出来るわけねーだろ! 

 

 ──と思っていたのですが、気の狂った有志兄貴が攻略ヒロインに追加するMODを作っていました。あいつら未来に生きてんな。

 

 

 ……脱線してきたので本筋に戻します。今回のRTAで攻略するのは陽夏木ミカンなのですが、このキャラクターは地味に攻略が難しいです。

 

 何故ならアニメを見た兄貴姉貴諸君なら知っているでしょうが、この子は呪われています。その原因が前述したウガルルちゃんにあるのですがそれは後で話しますね~(ネタバレ)

 

 

 というわけで、ミカン姉貴はこの呪いが原因であまり個人──特に異性とは深く関わろうとしません。

『出来ない』が正しいですかね。

 

 かなり後になってようやく呪いの原因をどうにかして解決する事が出来るのですが、なんとミカン姉貴は攻略可能ヒロインなのに、そのイベントを終わらせるまで『告白→成功→恋人になる』という一連のコマンドを実行できません。

 

 

 当然ですよね。だって相手を好きになってドキドキすれば、それだけで相手に不幸を撒き散らしてしまうんですから。

 

 呪いの解除は原作で言えば4巻の出来事で、ミカン姉貴の登場は2巻。お察しのホモも居ることでしょうが、このRTA結構長いです。

 

 失踪しそうですが、私が失踪する頃には後続が走り始めるだろうから……走るだろうから安心! 走れ。走って。あと原作買って。

 

 

 

 ……さて、ミカン姉貴の攻略云々以前に、このゲームで重要になってくるのが『友情度/愛情度』というシステムです。

 

 このゲームの面白い所は『友情度が6になって初めて愛情度が1増える』という点です。友/愛はそれぞれが10まで増えるのですが、愛情度は友情度が6になってからじゃないと増えません。

 

 告白自体は愛情度が1でも出来ますが、超低確率なのでセーブ&ロードでリセマラしないといけません。

 

 尤も今から走るレギュレーションはセーブ&ロード禁止ですので、ルールとしては愛情度が10になってからでないと告白できません。

 

 ミカン姉貴攻略RTAを走る場合のチャートだと、ミカン姉貴に会うまでにシャミ桃の友情度をそれなりに稼がないといけないので、会うまでが長いし会ってからも長いです。これ無理だゾ

 

 

 ──と、思うじゃろ? 

 

 

 このゲームはカスタムモードがあり、攻略RTAの際は主人公の出自をある程度弄ることを許可されています。

 

 これを使ってとあるキャラクターと幼馴染設定にすれば、シャミ桃と友好関係を築くことも容易となるでしょう。

 

 ──で、ですね。じゃあ誰と幼馴染になるんだよと言うことなのですが、これは軟式テニス部所属でシャミ子が魔族に覚醒する前からのお友だちである『佐田杏里』ちゃん一択です。

 

 この子はいわゆる『やたらと情報通な友人』ポジションなので、この子と関わっていればそれだけで自然とシャミ桃と関わる機会が増え、通常プレイより遥かに仲良くなりやすいんですね。

 

 

 ちなみに幼馴染設定はそのキャラクターの友/愛度の上昇補正倍率が増えるので、RTAではさも当たり前のように主人公くんは攻略キャラと幼馴染だったりします。

 

 …………えっ、だったらミカン姉貴と幼馴染になれば攻略楽じゃん? ええまあ、そう思っていた時期が私にもありました。

 

 ですが、幼い頃のミカン姉貴は呪いが一番酷かった時期でもあるんですよ。では問題、そんなやべー子と幼馴染になるとどうなるでしょうか。

 

 

 ──答え。自動的にミカン姉貴の呪いで大怪我を負ったという過去設定が追加されて、多魔市で再会した際に逆に補正が下がります。

 倍率で言うと0.25倍まで下がるので(RTAどころじゃ)ないです。

 

 ミカン姉貴幼馴染√は倍率低下の苦難を乗り越えたあとに晴れて恋人関係になると、態度がめちゃくちゃ甘々になるので一見の価値アリなのですがね。これRTAだからね。

 見たい人は自分で走っ(書い)て、どうぞ。

 

 

 んだらば長々と語りましたが、そろそろ本編に移りとうございます。それでは『まちカドまぞく/陽夏木ミカン攻略RTA/佐田杏里と幼馴染√のばんだ荘暮らしチャート』、始めてイキます。

 

 

 ◆

 

 

 私には、『ばんだ荘』というオンボロアパートで暮らしている二人の友人が居る。

 

 一人は幼馴染の秋野(あきの) 楓。そしてもう一人は、高校入学の時に出会った病弱っ娘の吉田優子。優子は帰宅部で私は運動部だからあんまり一緒には居られないけど、楓が付き添いで早退してあげてくれてるから安心している。

 

 

 そんな二人と待ち合わせるために通学路でボーッとしていたのだが──二人が視界に入ったとき、不意に変なものが飛び込んできた。

 

 優子の頭にクロワッサンみたいな巻き角が、そしてスカートの中からは先端がハートの模様になっている尻尾がそれぞれ生えていたのだ。

 

「……お、おはよー二人とも」

「あ、杏里ちゃん! お早うございます」

「おはよう、杏里」

 

 どこか元気そうに優子が手を振り、楓は背筋を伸ばしたやたらと良い姿勢で歩いてくる。あいつ素の歩き方が競歩めいてるんだよな。私たちに合わせてくれるから良いんだけど。

 

 ……しかし、楓は普通に優子と会話しているが、頭と尻のそれに疑問を抱かないのだろうか。──聞いた方が良いのかな。

 

「…………ごめん優子、なんか色々と生えてるのって聞いた方が良いのかな」

 

「やっぱり生えてますよね!? 良かったぁ……楓くんが無反応だったから夢なのかと思い始めていたところでしたよ!」

 

「楓、あんたはなに考えてたわけ?」

「たまカツについて少々」

「は?」

 

 なんなのたまカツって……という疑問は優子の事情で上書きされる。どうやら突然闇の一族に目覚めてあんな体になったらしく、一族復興の為には魔法少女を倒さないといけないとかなんとか。

 

 で、たまカツってなんなの。

 

「『たま』さくらちゃん『カツ』動だが? 最近フォローしてきた会員No.66さんと盛り上がっててね」

「だが? じゃなくてさぁ。あとそれはどうでもいいよ……」

 

 楓ってそんなにたまさくらちゃんのこと好きだったっけ? と思っていると、急に優子の件に話を戻してくる。

 

「……優子に角と尻尾があるくらいで驚くなよ、友達のイメチェンくらい許容しないと」

 

「イメチェンに角と尻尾をチョイスする人が居ると思ってんですか!? だから妙に眼差しが優しかったんですね!!」

 

 ぽがー! と言いながら怒りを噴火させる優子の頭を掴んで突進を塞ぐ楓。……なんだろう、優子のやつ元気になってない? 

 

 気のせいか──と思考を切り捨てる事が間違いだったと思い知るまでそう時間は掛からないが、通学路のど真ん中で暴れている二人を止める方に意識が逸れる。

 

「ほらほら二人とも、さっさと学校行こうよ。魔法少女の件は教室で話さない?」

 

「……そうですね。今のところはこれで許しますよ、楓くん」

 

「もう勝負ついてるから」

「ぽがー!!」

 

 再度優子が噴火する。

 だから学校行くっつってんでしょうが! 

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/3
愛/0

・佐田杏里
友/5
愛/0

ゲーム版の学校は共学です(ご都合設定)。


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単行本第1巻
part1


 ミカン姉貴に会うまでがちょっと長すぎるんとちゃう? なRTAがもう始まってる! 

 

 はいはいさっさとイキましょう。

 尺を巻いてセニョリータ(山P)。

 

 そんなこんなで適度に優子を弄り倒しつつ、杏里ちゃんを含めて三人で通学路を歩きます。

 ゲームでは共学設定の学校に着いたのち、ちよももと出会うまではスタートですらないので気楽に行きましょう。

 

 なあに一般メンヘラ狐娘のリコくんをノーセーブで攻略するのと比べたらこんなもん地獄ですらありません。

 あの子を攻略するときだけこのゲームは『まちカドまぞく/ステイナイト』と化し、選択をミスると主人公くんが正義の味方を目指す少年ばりにポンポン即死しますからね。

 

 18禁のPC版だからって主人公くんの臓物をリアルに描かなくていいから……(トラウマ)

 

 

 このゲーム、わりとと言うか、かなりと言うかアドリブが効くんですよね。

 プレイヤー側の行動で各キャラクターの行動ルーチンが細かく切り替わったりするので、同じ方法で同じキャラクターを攻略できない、というパターンがあったりします。

 

 前回の正解の選択肢を選んだのに何故かリコくんが不機嫌になって主人公くんの頭をパーン☆してきたのはまだ恨んでます。

 

 あれも主人公くんのアドリブによってキャラクターの行動ルーチンが変わった事が原因なようでした。後でわかりましたが、その日は寝起きが最悪だったらしいです。

 

 その程度でパーン☆するとかうせやろ? 

 

 

 

 ──と、学校に着きましたね。休み時間に1-Aに向かうまでは暇なので、倍速して授業風景をさっさと流しましょう。

 

 角と尻尾が生えて無事に変人となった優子ですが、周りの生徒はおろか教師すらあまり気にしていません。なにせこの街、闇の一族と光の一族が共存している街ですからね。優子クラスの変人は探せばまあまあ居ます。

 

 主人公くんもカスタムモードで場合によっては特殊能力を使えるようにしたり、魔族側でスタートさせられたりしますし、なんなら魔族で魔法少女を攻略するルートもありますねぇ! ありますあります。

 

 ですが、魔族スタートで多魔市を出るのはおすすめしません。多魔市の守護が無い場所にいる魔族なんてのは突然砂浜に打ち上げられた旬のカジキマグロも同然なので、モブ魔法少女に即座に捕捉されて襲われます。

 

「えっ、ワイ、死ぬんですか?」

 

 と素で呟いた直後にごん(ぶと)biimに呑み込まれて消滅したときは流石に笑いましたよ。

 当然魔族としてガチバトルすることも出来ますが、これそういうゲームじゃねえから。バトルじゃなくてラブコメするゲームだから。

 

 ミカン姉貴は余所の魔法少女が来たときに「()れるけどどうする?」なんて聞きますが、そこがまた可愛いんですよねぇ(痘痕も靨)

 

 

 

 ──では、昼休みになったので等速に戻します。1-Dにいる私こと楓くん、優子、杏里ちゃんの三人で1-Aに向かい、ちよももを呼び出します。

 

 プレイヤーである私は優子と桃の出会いなどの全てを知っていますので、適当に話を合わせてうんうん頷いておきましょう。なんでもは知らないわ、wikiに載ってる事だけ(某実況者)。

 

 

 一応杏里ちゃんと優子は桃の事を知っていますが、楓くんは初対面ですのでキチンとした態度で自己紹介をしておきます。

 

 秋野 楓 15歳、学生です(当然)。趣味は程々の筋トレ、好きなものはたまさくらちゃんと柑橘類です。

 

 

 第一印象は後々ミカン姉貴を攻略するときの友愛度に響くので()()()()でいいから真面目にやりましょう。

 

 ……だってこの子、たまさくらちゃんオタク兼筋肉オタクなんですもん。適当に話題を作りつつ一緒に筋トレするだけで、バグかと疑うくらいの速さで友愛度が上昇するんですよね……。

 

 

 余談ですが桃と優子とウガルルは適当にプレイしていても攻略しやすいです。

 wikiとにらめっこしながらであれば安定するのがミカン姉貴と杏里ちゃんと良子ちゃんで、MODで難易度を緩和しても攻略が出来るか不安になるのが小倉ァ! とリコくんです。

 清子さんは…………攻略してないのでわかりません、人妻は普通にイケますが時間が取れないのでやれてないんですよね。

 

 

 ──話がどんどんズレていくのが私の悪い癖(和製英国紳士)。挨拶も程々に、優子vs桃の様子を1.5倍速で流しますね……。

 

 

 あっそうだ(唐突)、私が先ほど言ったアドリブが利くという言葉には例があります。

 私はこのRTAを走る際、たまカツこと『たまさくらちゃん活動』という名前でSNSにアカウントを作りました。

 

 その時に「たまさくらちゃん好きはフォローして♡(フォロー提案おじさん)」とプロフに書いたら、ものの数分で『No.66』という方がフォローしてきたんですよ。

 

 …………はい、No.66は桃の事です。66(もも)というやや強引な語呂合わせなので、気付くのに少しばかり遅れてしまいました。だってたまカツのフォロワー、No.66しか居ないし。

 

 

 ──と、このように。

 優子改めシャミ子がスマホを買うまでSNSをやっていることを明かさなかった桃と予めフォローし合う関係になれたりするのが、原作知識に基づいたアドリブなのです。

 桃とネット上で共通の趣味(たまさくらちゃん)の話題を交わしておくと、身バレした時に友情度にボーナスが入るんですよね。

 

 

 あ、シャミ子が桃にオラオララッシュ始めましたね。クソザコパンチやめてください(ムカデ委員長)。

 

 あのラッシュもつよつよ筋肉魔法少女だからノーダメですが、あれを生身の人間である楓くんが食らったら体力MAXの状態から3割ほど削られます。

 病弱から健常児に戻った程度のパワーアップとはいえ魔族は魔族ですから。

 

 ……しかし、引くほど弱いっすねこの子。ダンプを止めたときに左腕を痛めてる桃が避ける必要もないと判断する位には弱いです。

 

 

 おや。廊下で威力の出るパンチ講座が始まりましたね。が、しかし。飛び道具使う方がいいかも、とバッサリ言われてシャミ子が逃げました。

 

 杏里ちゃんが追いかけるので、桃に適当に会釈して自分も追いましょ──お? なんか急にスマホに着信が…………ア゜ッ! 

 

 

『たまカツさんってもしかして楓さん?』

 

 

 ──バレるのが早すぎるッピ! 

 

 ……そういやさっきの自己紹介、たまカツのアカウントのプロフにも書いてましたね(凡ミス)。あかん身バレが早すぎると友情度ボーナスが少なくなるぅ! お姉さん許して! 

 

 

【友情度+1】

 

 

 ……本来なら最低でも2は上昇するのに1止まりですね。これを専門用語で『ガバ』と言います。

 

 あーもう終わり! 閉廷! 今partはこれで終了です! 次は来週までに更新すると思います! (半ギレ)

 

 

 ◆

 

 

 あの時助けた小さい魔族が、友人を連れてAクラスにやってきた。佐田さんとは何度かすれ違ってるけど、そう言えばこの娘も学校に居たっけ。

 

 それと後ろの男の人。やたらと姿勢がピンとしてるし、腹筋と背筋が鍛えられてそうだなって思う。運動部なのかな。

 

「ほら、楓も挨拶しなよ」

「ん。ああ、はいはい

 秋野 楓、15歳。学生です」

 

 そりゃそうでしょ、ってツッコミそうになったけど、代わりに佐田さんがやってた。

 

「趣味は程々の筋トレ、好きなものはたまさくらちゃんと柑橘類。よろしくね」

 

「筋トレ……!?」

 

 思わず声を荒げそうになる。なるほどそれで全体的に引き締まっているのか。それにたまさくらちゃんが好きなんて────? 

 

 あれ、なんだろう、この自己紹介に見覚えがある。なんだっけ……。

 

 

 ──まあいいか。それから……シャミ……子ちゃん? にポカポカと殴られたが、全く痛くなかった。この子は魔族なのに、どうしてか一切脅威を感じない。

 

 そもそも佐田さんとか楓さんみたいな人たちと仲が良いのなら、悪い娘ではないんだろうなというのは直ぐにわかる。しかし殴り方が酷いな、それじゃ親指痛めちゃうよ。

 

 動きを矯正してから改めてチン()かスト()ックを殴らせたが…………。うん、まあ、その。

 

「センス……いや、フォームが……。あー、うん。飛び道具使う方が良いかも」

 

 出来るだけオブラートに包んでみたが、やはりというか、優……シャミ子ちゃんは泣きながら教室に帰ってしまった。

 佐田さんがそれを追って、楓さんが帰ろうとしたとき、ようやく私は思い出した。

 

 ──さっきの自己紹介、たまカツさんのプロフにも書いてあったな……と。

 

 私は賭けに出て、たまカツさんのアカウントにDMを送ってみる。すると、送ると同時に楓さんのスマホが着信を知らせ、内容を確認した楓さんは私に振り返ってきた。

 

「……初めまして、No.66さん」

「世界は狭いね、たまカツさん」

 

 飄々としている表情が崩れるのを見て、どこか優越感を覚える。きっとこの人達との出会いは、偶然ではないのだろう。

 

 




ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/3
愛/0

・千代田桃
友/1
愛/0

・佐田杏里
友/5
愛/0

楓くんが暮らしてるのはばんだ荘の下の階で、後の喫茶店あすら仮店舗のお隣です。


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part2



投稿直後は感想待ちでマイページの更新をしまくるので初投稿です(熱い乞食)。




 

 

 もうミカン姉貴が登場するシーンまで100倍速していいっすか、なRTAはーじまーるよー。

 

 帰宅! 就寝! 登校! を倍速倍速&倍速でかっ飛ばし、シャミ子がちよももに『週末俺と決闘(デュエル)しろ!』と約束させた所から再開です。

 

 シャミ子と杏里ちゃんと共にトレーニングルームに向かった際、えげつねえ重量のダンベルで筋トレしてる桃を見てドン引きしますが、逃げたシャミ子たちは置いておき楓くんだけ残って一緒に筋トレをします。

 

 とりあえず小手調べにバーベル40kgから始めるか…………ヌッ!(負荷)

 か、カスが効かねぇんだよ(限界)

 

 楓くんの筋トレはあくまで程々の筋トレなので、特別力持ちというわけではないです。

 

 ですがここで筋トレイケますアピールをすると、もんも……の評価が好いものに変わります。最悪の場合『貧弱魔族の部下でパワー担当』という解釈をされますが。

 

 ちなみにシャミ子√では良子ちゃんに『お姉の軍門に下って♡』と言われるなど似たような扱いを受けますが、断固として断りましょう。

 

 

 ◆

 

 吉田家の軍師「お姉の軍門に下って♡」

 

 楓くん「嫌です……」

 

 吉田家の軍師「なんで? 嫌って言っても下るんだよお姉の軍門に」

 

 楓くん「ヤメロォ! ナイスゥ! (ロリの色仕掛けに陥落するクズ)」

 

 ◆

 

 

 ということがあってじゃな(一敗)。

 

 ──うわ、もう桃の友情度2に上がってる。

 筋肉を通じて何故か仲良くなるとかこいつすげえ変態だぜ? 

 

 ……では、友情度の確認ともんもが楓くんに対抗して80kgのバーベルでスクワットを始めたのを境に退散します。

 んじゃまあ30倍速で日曜まで飛ばしょ。正直ミカン姉貴登場までカットしたい(本音)

 

 

 

 こんがり桃にシャミ子の家電の番号が流出したところで等速に戻します。

 

 ここに楓くんが居るのは、シャミ子が病弱だった時からの付き合いなのでシャミ子を心配してのお節介です。お前の事が心配だったんだよ! 

 

 暴れ馬、暴れ馬よ……サーッ!(粉ポカリ)

 

 

 ……それでは決闘がマラソンになったことで、三人で走ります。

 

 ここで楓くんにシャミ子と電車で帰らせる事も出来ますが、それをしてしまうと桃に借りるはずの500円を楓くんが支払う事になるので、後々のイベントが発生しないんですよ。なので楓くんは桃と帰らせましょう(掌返し)。

 

 しかもシャミ子に『おくおくたま駅』に行ってもらわないと桃闇堕ち後の霊泉イベントがぐだりますので……強く生きろ、ニャオー!(レ)

 

 

 それにしても本人があまり気にしていないのでアレですが、元病人がマラソンって原作知識があるとゾッとする光景ですよね。シャミ子の中で桜姉貴もハラハラしてそう。

 

 ……はい、シャミ子がランナーズハイになり万物が流転し始めました。超々低確率でそのままぶっ倒れるので気を付けましょう。

 

 

 ──数分ほど退屈なマラソンシーンを流し、シャミ子の心配をしつつ4kmほど走ってイベントが進行しました。

 帰りも4km走るのは無理ということで、シャミ子は楓くんに電車賃を借りられないか聞きますが、対策に予め財布を忘れておきます(外道戦法)。

 

 ……ヨシ!(RTA猫)理由は違えど桃から無事電車賃を受け取りましたね、では楓くんは桃とランニングしながら帰りましょう。

 

 シャミ子も電車に付いてきてもらうほど子供じゃありません! と言って一人で行ってしまうので、これでわざわざ付いていかない理由を考える必要も無くなりました。

 

 

 数値的に桃の友情度は3にはギリギリ届かないでしょうね……と言ったところで短いですが今partは終了です。早くミカン姉貴に会いてえなあ俺もなぁ。

 まだ単行本1巻分が終わらないのマジ? このRTA50partとかイキそう。

 

 

 ◆

 

 

「──このペースに付いてこられるんだ、凄いね楓さん」

「鍛えてますから。あと楓で良いっすよ、俺も……呼び捨てるからさ」

 

 普段の速さで駆ける私に余裕の表情で楓さん──楓が付いてくる。なんだか、姿勢が正しいせいでオフのマラソン選手に見えてきた。

 

 シャミ子の身長は私の頭一つ分小さいけど、楓は逆に一つ分私より大きい。腹筋と背筋が鍛えられてるみたいだけど……物を持ち上げるバイトとかしてるのかな。

 

「楓はなにかバイトしてるの?」

「いいや。どうして?」

「筋肉の鍛え方が物を持ち上げる人の鍛え方だから、なんとなく気になって」

 

 ああと言って、楓は少し考える素振りを見せた。

 

「バイトは休日に少しだけね。でも別に筋トレとは関係ないよ」

「ふうん。そっか」

 

 あの顔の逸らし方は何かある人の特徴だ。もしかしたら昔の楓は体が弱かったのかもしれない。シャミ子くらいとか? 

 

「それにしてもシャミ子は大丈夫かな。一人で帰っちゃったけど、楓は付いていかなくて良かったの?」

 

「本人が言ったんだから大丈夫でしょ。無理に付いていったら今日一日不機嫌になる」

 

 明日には直る辺り素直だなぁ、と思わずにはいられない。なんであんな子が魔族なんだろうか。

 

「あっそうだ、なあ桃。お前シャミ子のこと何度か陰で見てただろ」

 

「……魔法少女として、魔族に目覚めたシャミ子が何か問題を起こさないか監視する義務があるからだよ」

 

 ──シャミ子が鈍いから油断してた。佐田さんはそうでもないけど、この人は結構鋭いらしい。

 

 

 しかし悪く思わないでほしい、ここは姉さんが守っていた町だから、なにかあってからでは遅いんだ。シャミ子が問題を起こすような(わる)魔族なら、私はフレッシュピーチハートシャワーも辞さない覚悟だよ。

 

 

 ──とは言えない。仮にも民間人だからね。余計なことを話したら混乱させちゃうし、シャミ子にポロっと情報を漏らせば記憶処理もしなきゃいけないから。

 

「……まあ、そう言うことにしておくよ。そっちも大変みたいだから」

「いつか話すよ」

 

 そう言って私はランニングに集中する。──話せるだろうか。たまさくらちゃん好きに悪い人は居ないし、対応も真摯だから信用できるけど。

 

「ところで楓、この間柑橘類が好きって言ってたけど、具体的に何が好きなの? オレンジとか、グレープフルーツとか?」

 

「蜜柑」

「……へぇー」

 

 ふと、私の脳裏に知り合いが想起される。即答するんだからよっぽど好きなのだろうけど、本人が聞いたら大変なことになるだろうなぁ。

 

 夕陽をバックにそんな事を考えながら、私は無言になった楓と並んで来た道を走って帰るのだった。余談だが、シャミ子は終点まで寝てしまったらしい。今度は付き添って帰ろう。

 





ヒロインから楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/4
愛/0

・千代田桃
友/2
愛/0


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part3



これは初投稿ですか?(英文)




 

 

 入力速度を考慮して名前を『ほも』にすると攻略ヒロインにドン引きされるゲームのRTAはーじまーるよー。

 

 マラソンが終わった翌日、どうやら無事帰ってこれたらしいシャミ子のおこづかいが500円に値上げされたところから続きます。

 

 500円? 妙だな……(すっとぼけ)

 

 シャミ子は500円で桃を倒す武器を作りたいらしいですが、出来るのはヘボい輪ゴム鉄砲(当たるとまあまあ痛い)なので期待するだけ損です。

 

 ──はい放課後ォ!(114倍速)

 カットNGだから校内の必要ないシーンを飛ばせないの地味にツラァイんですよね。

 part数が膨れ上がっちゃ^~う。

 

 

 こんだけ苦労した末のヒロインとのイチャイチャとPC版専用のR-18イベントだけが私の癒しですよ、後者は皆さんには見せられませんが。

 今回の攻略対象では無いですが、無知ロリ0歳児のウガルルがヒロインだとくっそ可愛いのでたまらぬ……(ガバ穴)。

 主人公くんに甘えるウガルルとそれに嫉妬するミカン姉貴が…………ウァァオレモイッチャウウウウゥゥゥゥゥィィイイイ!(限界オタク)

 

 

 ……はい。私の魂の叫びが木霊している裏でショッピングセンター・マルマに到着してました。桜ヶ丘高等学校の向かいに駅を挟んで存在するここには色々なお店が並んでいます。

 

 500円で武器になるものを探すなんてことはまず不可能なので適当に散策しましょう。

 えっ、100均でカッター買えばいいじゃんだって? それやったら桃のやべー威力のパワーボム食らって死にますがな。

 

 多魔市絶対守る魔法少女の桃相手にガチンコするとしたらリセット前提のお遊びでやるのが面白いっすよ。

 魔法少女打倒チャートを組むなら、桃が風邪を引く日にバフを盛りまくって挑んでようやく勝率二割ですからね。

 

 

 余談もそこそこに、時間にしてお昼時。

 シャミ子が数少ない資金でうどんを食べるようですが、ここで絶対にやってはいけないのは…………奢る事です。

 

 シャミ子は奢られたりといった施しをあまり好ましく思っておりませんので、こういうところでシャミ子の代わりに何かを買ってあげてもあまり友情度は増えません。

 

 増やす必要がないのでどちらでも良いのですが、コーラを買わないとシャミ先ことリリスとのコミュニケーションなんかのフラグ管理が面倒なので今回は奢らない方向で行きましょう。

 

 

 ……肉うどんと鳥五目おにぎりがうん、美味しい!(ナイナイ岡村)

 あっ、杏里ちゃん私にもキス天くれさい(謙虚な命令)。えっ、いなり食べたい? 

 

 ……先輩!? ちょっとほんとに! やめてくださいよ! う、羽毛……。

 

 ……いなりが持ってかれたやん! いなりが食べたかったからお握りセットを注文したの! 

 

 ──貴女を詐欺罪(言いがかり)といなり窃盗罪(言い過ぎ)で訴えナス! 理由は勿論お分かりですね!! 

 

 

 ──わりとガチめにショックを受けている楓くんを隣の席のシャミ子が慰めてくれます。

 何故こうなっているのかと言うと、ゲームキャラである楓くんのフレーバーとしての好物とは別で、プレイヤーがPCのゲームサイトのプロフィールに入力した自分のお気に入りもまた楓くんのお気に入りになるからです。

 

 別に好物が食えなかったせいでデバフが入るとかそう言うわけではないのでそう騒ぎ立てる話でもないのですがね。

 気を取り直して、食事を終えたことでシャミ子の残金が120円となりました。

 

 残り120円……もう駄目ぽ……。

 うどん食ってんじゃねぇよハゲ! 

 

 というコピペはさておき、桃にからかい半分に自販機を紹介されます。

 シャミ子はここで確定でコーラを買いイッキ飲みしますが……ゲップすら可愛いとか原作主人公ズルくない? 私がそれやったらゲップと炭酸で喉を殺られるんですが。

 

 

 それでは無料水飲み場が見つかってシャミ子が憤慨した辺りで今partはここまで。

 ──あ、杏理ちゃんの友情度が6になってる。ここから愛情度が増え始めますが……まあ積極的に攻略しようとしない限りそう易々と増えたりしないからへーきへーき。

 だいじょーぶだって安心しろよ~! 

 

 

 ◆

 

 

 食器を下げたあとのテーブルに楓が突っ伏している。そんなにお稲荷が食べたかったのか……ちょっと悪いことしちゃったかな。

 

「か、楓くん。大丈夫ですか?」

「いやキレてないっすよ」

「それ怒ってる人の態度だよ」

 

 ちよももに指摘されて、顔を机に押し当てたまま深いため息を漏らす。うん、これは怒ってる。

 

「悪かったってばー。今度奢るからさ」

「聞いてから返事を待たずにすぐ持ってくのは……やめようね」

「……はい」

 

 真っ当な正論には返す言葉もない。

 本人はそこまでキレてるわけではないのか、少ししてあっさり復活した。

 それからちよももにからかわれてコーラを買ったシャミ子が、初めての炭酸を一気飲みして咳をしている。

 

 数歩後ろで見ていた私の横で、楓が妙に生暖かい眼差しをシャミ子に向けていた。

 

「……なんか姪の成長を見守る叔父みたいな顔してるけど、どしたの?」

 

「──シャミ子ってほら、病弱だっただろ? だからああやって普通の女の子らしい事をしてるのを見てると、ちょっと嬉しい」

 

「あ、そっか。シャミ子ん()のお隣さんだもんね」

「横じゃなくて下だけども」

 

 細かいなぁと笑うが、私もシャミ子が今より弱っちい頃を知っているからなぁ。確かに感慨深いかもしれない。

 

「それにしても、結局シャミ子の武器は買えなかったねぇ。

 なんだかんだ500円全部使っちゃうし」

 

「必要ないと思うけどな。そもそも武器を手にいれても使い手の問題が……」

 

「……楓は楓で結構辛辣じゃない?」

「そうか?」

 

 頭に疑問符を浮かべられてもこっちが困る。まさか素なのか……? 

 

「そろそろ帰るか。シャミ子と桃を呼ぼう」

「ん、そうだね────っ」

 

 ──ふと、楓と目が合う。

 シャミ子を見ていて緩んだ目尻のままの優しい笑みがこちらを向いていて──何故か顔を直視できなくて咄嗟に逸らしてしまった。

 

「……杏理?」

「……なんでもないよ。ほら早く行こう」

「ふうん?」

 

 急に挙動不審になれば気になるだろうけど、楓はあまり追求せずに二人を追いかける。

 

 ……なんだろうこの感じ。楓って、あんな顔するんだ。へぇ……。

 

 ──唐突に、私の胸が早鐘を打つ。

 

 

 楓を見て、急に湧いたこの感情の正体が判明するのは──今よりもずっと後の話。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/4
愛/0

・ちよもも
友/3
愛/0

・佐田杏理
友/6
愛/1


※攻略可能ヒロインは、友情度6/愛情度1に到達した際、特定のイベントor会話を切っ掛けに主人公くんを異性として認識し始める。
この時点でセーブ&ロードを用いて告白を成功させることは出来るが、本RTAのレギュレーションでは愛情度10以外での告白を禁じられている為、陽夏木ミカンにこれを行うことは出来ない。


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part4



初投稿の可能性があります。




 

 

 このあと暫くシャミ桃と絡まないゲームのRTAはーじまーるよー。

 

 これからの予定は原作だとシャミ子が夢の中でリリスと会話をし、その後に桃と元工場で魔力を操作する特訓をするのですが──

 

 それには参加しません。何故なら前者は参加しようがないからで、後者は余計な友情度を稼いでしまうからです。今回はフリー行動で適当に時間を消費して、シャミ子の体をリリスが使うイベントまで飛ばすとしましょう。

 

 

 ──なんで等速に戻す必要があるんですか。

 

 

 ……やべっ、タイムセールあるからって出掛けたら清子さんと鉢合わせた。親切なお隣さんの楓くんは買い物に来ている清子さんに会うと、買い物を手伝おうとするんですね。

 しかも自分も用があるからと偶然を装い気を遣うとか紳士の鑑がこの野郎醤油瓶……! 

 

 ……仕方がないので清子さんとお買い物をします。しょうがねぇなぁ(Z戦士)

 

 隣を歩く清子さんを見ますが、ぶっちゃけ制服を着たらシャミ子の姉に見えるんじゃないかってぐらい若々しいです。

 見た目年齢は20代前半どころか下手したらそれ以下にも見えます。

 

 その理由は吉田こと闇の一族・ヨシュアの眷属となって老化が止まったからなのですが、このあとイベントで見ることができる当時の写真と軍師の魔法少女適正を見るに、清子さんはほぼ確実に元魔法少女なんですよね。

 

 ショタインキュバスに陥落して眷属になるとかなにが魔法少女やお前! ナイスゥ!(おねショタ大好き)

 

 ────あっ、ふーん(察し)。

 だからPC版でヒロインに追加されたんすねぇ、主人公くんはMODで変な経歴を追加しない限り基本的に学生だから実質ショタみたいな門矢士(もんやし)

 

 ──それでは突発的イベント、タイムセール戦争が始まります。

 

 お一人様2パックまでの卵を二人で協力して4パック手に入れよう! というイベントなのですが、同時に卵を手に入れようとする他の主婦の壁をなんとか食い止めないといけません。

 

 必要なのは楓くんの筋肉です。

 仮に桃と協力できたら余裕で勝てますが、スペックで言えば主婦の壁は楓くんの数十倍のパワーを持ってます。うせやろ? 

 

 

 ──ああいいよ! やってやるよ! 私が主婦たちを食い止めてやるよ! 行け清子さん! 

 うおおおおお! フェンス・オブ・ガイ────ぐぁああああああ!!(防御時間3秒)

 

 

 全力で主婦たちのスクラムを防ごうとしましたが、呆気なく森崎くんみたいに吹っ飛ばされました(キーパー繋がり)。

 しかし伊達や酔狂で一ヶ月4万円生活をしているわけではない清子さんの主婦(ぢから)のお陰で、運良く卵を4パックゲット出来ました。

 

 やりましたわ(お嬢様部)。

 

 んだらば卵2パックを受け取り、それぞれの買い物を済ませるために一旦解散します。

 

 いやあ平和ですね。私を514回ぶち頃してきた狐娘が居ないだけでこんなにも平和だなんて。なにせあの()が出てくるの単行本3巻ですからね。

 まだ単行本1巻分のイベントの段階で会うわけがないんです。勝ったな! ガハハ! 

 

 

 ──んぇえ(奇声)

 

 

 って、なんでここにリコくんが!? 

 ……なんで? なんで? なんで? まだ1巻じゃーん!(露骨なリスペクト)

 

 ……なんでか知りませんが、店内を堂々と歩いている作中トップクラスにやべー魔族とエンカウントしました。

 イリヤスフィールみたいな爛漫さを見せながらバーサーカー染みた戦闘能力の──本作のラスボスです。嘘だけど完全に否定できない。

 

 バグってんだろこのゲーム! ひー(トラウマ)

 くぅ~死を悟りました、これにて再走です! 

 

 

 ────いや、待て。せっかくのRTAなんだから生き残れる選択肢を取るべきか……? ぶっちゃけ再走したくないし(屑)。

 

 ……馬鹿野郎お前俺は生きてミカンと添い遂げるぞお前!(08小隊)

 風花雪月のパーフェクトコミュニケーションと同じ要領で正解を導き出せ! 

 心にキャバ嬢を、ホストを飼うのだ。正論ではなく相手を喜ばせろ! 

 

 

 可愛いケモ耳っすね! えっ、寝癖? じゃあその尻尾は……ケツ毛っすか、ははは……。

 ハハァ…………アカンこれじゃ楓くんが死ぬぅ! 記録が死ぬねんこんなぐらいじゃ! 

 

 

 別段不機嫌そうには見えないし寧ろ楽しそうですけど、本気でイライラしてる時に出くわすと人前だろうと関係なしにあの尻尾で腹を貫かれて下半身がもげます。まるでジオングみたいだぁ(遺言)。

 

 でも攻略すると可愛いのでOKです! 狐娘が可愛くないわけ無いだろ! 

 

 イケーほらーイケー! 頼む、このまま穏便に済ませてくれ、頼む! 

 

 ──ヨシ!(RTA猫)上手いこと""突然の死""を避けることが出来ました。へっ、甘ちゃんが! 

 

 リコくんとのイベントはこんな感じの即死イベントの連続です。

 これが友情度6になってようやく愛情度が増え始めるまで延々と続くので、リコくん√をセーブ&ロード無しでクリアするのは恐らく不可能でしょう。

 

 コントローラーが手汗でベタベタになったところで今回はここまで。この先、楓くんの人生はいったいどうなっちゃうの~!?(少女漫画並感)

 

 

 ◆

 

 

 ──『それ』が魔族であるということを、見た目の不可解さ以上に本能で理解した。

 獣……狐なのだろう耳と尻尾を生やし、()()()()()()()()()()()()()少女が近付いてきたのだ。

 

「あんさんおもろい匂いしとりますなぁ」

「……洗濯したての服ですよ」

 

「そうやあらへん。あんさん『ウチら』みたいな()の匂いしますわ、でもこっち側じゃないんやろ?」

 

「──貴女も魔族なんですか。その可愛らしい耳と尻尾は飾りじゃないんですね」

 

「……こら寝癖とケツ毛さかい」

「……なるほど」

 

 こちらの言葉に一瞬思案した少女はしれっとした態度で答える。恐らくは、いつもそう言って誤魔化しているのだろう。

 

「──ま、ええわ。この町では大暴れ禁止さかい、取って食うのは勘弁したる」

 

「それは、どうも……」

 

「せやから──ウチらの匂いと一緒に巫女はんの匂いもするのは……気にせんといたるわ。あんさん、名前は?」

 

「秋野 楓です。そちらは?」

「ウチはリコ。よろしゅー」

 

 そう言いながら、少女──リコは右手の人差し指と小指を立て、親指と残りの二本を曲げてくっ付ける。狐のジェスチャーだろう。

 

 それをこちらの鼻先にツンと当てて、イタズラっぽく笑う。こっちは全く笑えないが。

 店内のBGMが聴こえてこない程に緊張していると、リコは目尻を緩めて笑みを浮かべる。

 

「かいらしい()()やわ。また会おうな、楓はん」

 

 リコはしたいことをするだけして、さっさと踵を返す。視界から消えた頃、遅れて顔から冷や汗が噴き出した。

 この町にはどうやらシャミ子──吉田家以外の魔族が居るらしいが、あんな恐ろしい魔族は何人も居て欲しくないものだ。

 

 清子さんが心配して駆けつけるまで、ずっと心臓がうるさく鳴り響いていたが、これは決して──惚れた腫れたの意味ではない。

 寧ろもっと根本的な────死ぬかと思ったが故の安堵。

 

 アレが、本来の魔族なら。

吉田家のような『良い』魔族が珍しいのなら。魔法少女の中にも『悪い』魔法少女が居るのだろうかと、そんなことを考えていた。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・清子さん
友/2
愛/0

・リコくん
友/1
愛/0


ガバガバ京都弁ゆるし亭ゆるして。

原作基準のリコくんなら確実にこんなことはしませんが、葉っぱで普通の人に化けてたら魔族と魔法少女の匂いがする人を見つけ、しかもあっさり見破られたので、楓くんを「おもしれー男(跡部様)」と評価したんですね。


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part5


かつては初投稿でした。




 

 無料DLCで女主人公が選べるようになると告知されたゲームのRTAはーじまーるよー。

 これで走者が増えないなんて各方面に失礼だよね。ほんとは走りたいんじゃないの? 正体見たり! って感じだな。

 

 

 前回は銀髪狐娘とパーフェクトコミュニケーションしたところで終わりましたが、いやはや死ぬかと思いました。

 ですがリコくんの即死イベントは成功で終わると同時に友情度が1プラスされ、6になれば終わります。まあそこからが大変なんですが。

 なにせ原作ではバクにガチ恋して自分の彼氏だと思い込んでますからね。こちらに振り向かせるには最低でも愛情度が4必要です。

 

 

 余談はさておき、登校してさっそく倍速したところから続きです。

 今日のシャミ子はリリスが封じられているごせん像を持ってきていますが、ここで桃が像の底にスイッチを発見しました。

 

 これをオォン! にするとシャミ子の魔力や電波、お供えカロリーなんかに左右されますが、リリスがシャミ子と精神を入れ換えて表に出てこられるらしいです。

 ──非常に残念なことに楓くんでも勝てるレベルのクソザコですが。

 

 シャミ子は常に肩や首が凝っていて少し動けば重心がぐらつき息が上がり、力が入れづらく、しかもうっすら目が悪いのでリリスの想定通りに動けないんですよ。

 正直間近で見てるとシャミ子ボディで暴れないでくれと言う切実な意見がですね……。

 

 リリスが何もかもを諦めて冥土の土産を要求しましたね。シャミ子はお金の掛からない要求をするのでこの辺に性格の違いが出ています。

 

 どうやら温泉に興味があるらしいので、たま健康ランドの銭湯にぶちこんでやるぜーっ!! 

 リリスは当然お金を持っていないので銭湯の料金をシャミ子にツケています。

 

 例に漏れずここで楓くんに支払わせるとシャミ子のタコウインナーさんイベントが無くなるので気を付けましょう。

 シャミ子を攻略するわけではないし、バイトイベントはフリー行動で時間を飛ばすので払ってしまっても良いのですが…………楓くんが時間を飛ばした裏で『シャミ桃をしてる二人が居た』という事実がたまらんので払いません(私情)。

 

 

 それでは楓くんもお風呂に浸かりましょう。やたらと濃い湯気(MODで消せるが男なので意味がない)に包まれる楓くんは頭に畳んだタオルを乗せて首まで入ります。

 

 あぁ^~生き返るわぁ^~。リコくんと接触したストレスが消えていきますねぇ! 

 DLCで女主人公が選べるようになったら湯気消しMODが大活躍してしまいますね。このゲームが……R-18になっちゃう! (元から)

 

 ところで桃はリリスと杏里ちゃんとお風呂に入ったのでしょうが、どうやって脇腹のえげつねぇ古傷を隠したんでしょうか。

 リリスがまたシャミ子の体を使うイベントが単行本3巻にあって、その時初めてリリスが桃の古傷を発見するのでここでは誰にも見せていないんでしょうが……。

 

 

 まま、ええわ(思考停止)。

 

 

 ──はい、そんじゃあ楓くんが茹で蛸になる前にお風呂から上がらせ、浴衣を着てからフルーツ牛乳を買ってイッキ飲みします。

 腰に手を当てて勢い良く天を仰ぎ飲み干ーす! うん、美味しい! プレイヤーの私には味が伝わらんけど旨いもんは旨いんじゃい! 

 

 そんな楓くんの横で、精神が戻ってきたシャミ子がマッサージチェアに揉まれてます。揉みたいとか言ったらぶっ飛ばすぞ。

 シャミ子を揉んで良いのは桃だけです。それ以外はみとめませーん(シャミ桃至上主義)。

 

 

 といったところで、戻ってきたシャミ子がもう一度お風呂に入りに行くのを見届けて今partはここまで。……なんで杏里ちゃんは楓くんをガン見してるんですか。

 もしかして牛乳ヒゲでも付いてる? やだー恥ずかしー(すっとぼけ)。

 

 

 ◆

 

 

「いやー良い湯加減だったね」

「そうだね。リリスさんはどうでした?」

 

 桃がシャミ子──じゃなくてシャミ先に問い掛ける。浴衣姿のシャミ先はうぐ、とか言ってから答えた。

 

「……ふん、悪くはなかったな。しかしこれで勝ったと思うなよ千代田桃! 他の方法を考えてまた出てきてやるからな!」

 

「いえ結構で──そうですか」

 

「あと楓にもよろしく言っておいてくれ、シャミ子が今より弱いときから世話になってたからな!」

 

「わかりました」

 

 シャミ子みたいに悪人ムーブが得意じゃないのだろうシャミ先は、それだけ言うと意識を失う。桃が支えてマッサージチェアに寝かせると、鞄から何かを取り出してシャミ先の像を掴んだ。

 

「なにすんの?」

 

「リリスさんにシャミ子の体で暴れられると困るから、合成樹脂(エポキシ)接着剤で固める」

 

「お、おぉう」

 

 それは健康ランドの銭湯コーナーでやることなのか……っていうツッコミは駄目なのかね。

 

「あ、シャミ子が寝てる間にマッサージチェア起動しとこ。面白そうだし」

 

「程々にね。──それにしても楓は出てこないね。男で長風呂って、珍しいんじゃない?」

 

「うーんどうだろ、楓は小さい頃から風呂好きだからなあ。長風呂は趣味だと思うよ」

 

 ふうん、と言って興味無さげに作業に戻る桃。……なんだろうか、最近楓が仲良くしている相手でも知らないことを私が知っているのに、どこか優越感を覚える。

 

 チャリンと椅子に100円を放り込んで自動で動かそうとしたとき、男湯の方から人が出てくる。青い浴衣を着てタオルで髪を拭いながら出てきたのは楓だった。

 

「……リリスさんはもう帰ったのか?」

「──うん、そうだけど」

「桃は何してるんだ?」

「シャミ先のスイッチ固めてる」

 

 ……自分の視線が右往左往しているのがわかる。浴衣姿の楓を直視できず、寝ているシャミ子を見て誤魔化していた。

 

 ──バチ、と楓と目が合う。

 

 相変わらずの優しい眼差しだった。私が黙っていると、困ったように微笑を浮かべるものだから、心音が速まって、顔が熱くなって。

 

「フルーツ牛乳飲むけど、杏里はどう?」

「い、いらない」

 

 そっか、と言って料金を払い戻ってくる楓の首筋を垂れる水滴が、やけに鮮明に視界に収まって──

 

「ぁ────」

「…………あばばばばばばば!? なにこれなにこれなにこれなにこれ!?」

 

 突然の叫び声に冷静さを取り戻させられる。自動で始まったマッサージチェアの動きに起こされたシャミ子が振動で揺れていた。

 

「シャミ子……大丈夫か?」

「全身が物凄く痛いです!」

「だろうね」

 

 フルーツ牛乳を呷って飲み干した楓が小さく笑いながら問い掛ける。その横から桃がシャミ先の像を手渡した。

 

「おはようシャミ子。これリリスさんの像」

「あ、はい。……ごせんぞの名前、リリスって言うんですね」

「それと、スイッチをエポキシ接着剤で固めておいたから」

「うわっほんとだ!」

 

 シャミ先の像をひっくり返して確認するシャミ子の姿を見ていたら、頭が急速に冷えて行くのがわかった。私、最近ちょっと変かも。

 

「あとリリスさんが手持ちが無いからって、健康ランド代をシャミ子にツケてたよ。これが領収書」

 

「えっ」

 

 領収書を見て、桃を見て、私と楓を見てから領収書を見る。

 

「──えっ」

「折角だし、もう一回入ってきたら?」

「……そうします! 元取ってきます!」

 

 タオルを鷲掴みにして、シャミ子が女湯に入って行く。

 

「シャミ子が戻ってくるまでどうする?」

「ジムの方になにがあるか見てみるか?」

 

「風呂上がりの筋トレは筋肉が緩んでてあまり効果がないから、やめた方がいいかも」

 

「へーそうなんだ。あっそうだ、ちよももってテニスやれる? 私のとこで参加してみない?」

 

「無理。サーブでテニスボールがところてんみたいに裂けるから部費の無駄になる」

 

 等といった話で意外と盛り上がり、シャミ子が戻ってくるまで三人で談笑していた。

 まるで、焚き火の燃え残りのように灰の下で火種が燻っている事実から目を背けながら。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/4
愛/0

・ちよもも
友/4
愛/0

・杏理ちゃん
友/7
愛/2


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part6


初投稿じゃないよ。




 

 あともう少しで単行本1巻分が終わるゲームのRTAはーじまーるよー。

 

 長く、苦しい戦いだった……。

 

 今回は不幸にもシャミ先が健康ランドの料金の借金を背負ってしまい、シャミ子が杏里ちゃんからバイトに誘われた所から始めたい……所ですがァ! 小倉ァ!(とばっちり)

 

 私が関与することはないので倍速&フリー行動でさっさと飛ばします。

 

 どうやらシャミ子はTDN薄切り食パンと焼いてすらいないウインナーを昼食にする豪の者に借金を返して、余るお金で良子ちゃんにプレゼントを送りたいらしいですね。

 

 ですが妹というワードに引っ掛かった桃は『借金は50円ローンで返そう、桃シャミ以外はみとめませーん』と言って借金一括返済を拒否します。私はシャミカンもすきです(半ギレ)

 

 食パンに生ウインナーとかいう今日日(きょうび)貧乏学生(シャミ子)でもしないような雑食事をしている桃ですが、実は彼女に両親はおりません。

 義姉である千代田桜に魔法少女適正を見抜かれて引き取られたので、現在は家が広いだけの独り暮らし。

 しかも生活力がほぼ皆無なので、食事もこんなんだし手作りはしたことが無いです。

 

 家族関係という酷い質問をしてしまった事から、シャミ子は桃の食パンを貰いなんでも言うことを聞くこととしました。ん? (お約束)

 

 ──これで1巻の残りのイベントは今回を含めて大きく分けて4つです。

 

 これから軍師のカメラを買うイベント、パソコンを持ち帰るイベント、桃の夢の中で小桃と話すイベント、桃を看病するイベントなのですが……。

 

 この内の真ん中二つは関わりようがないので飛ばします。

 んだらば放課後まで5倍速して、商店街で吉田家の軍師こと良子ちゃんを待ちましょう。

 

 

 ついでに忘れかけてたたまカツらしい行動をしましょうね。

 たまさくらちゃんの石像の写真を撮っておくことで、桃に『この人ガチだ……』と勘違いさせて友情度をちょっと増やせます。

 

 ちなみにこの時点でシャミ子の友情度が5で尚且つ良子ちゃんの友情度が1以上の場合、主人公くんを「お兄」と呼んでいいかと聞いてくるイベントが挟まります。

 

 許可をするかしないかは自由ですが、許可すると友愛度に上昇補正が掛かります。良子ちゃん攻略√の場合は参考にしてください。

 

 まあ良子ちゃん√は高校生が小学生を攻略しようとする若干アレな光景を拝めますが……。

 

 

 ──お、呼んでいいか聞かれましたね。

 特に問題はないのでOKです! あぁ^~癒される^~。良子ちゃんのお兄呼びはそのうち癌に効くようになる。

 

 どうせなので、こちらも良子ちゃんを良ちゃんと呼んであげましょう。

 

 良ちゃんはシャミ子に欲しいものを買ってあげると言われますが、家がボンビーなのを知っているうえに魔法少女と熾烈な戦いをしていると思っているので、兵法書や包帯や医学書を買ってもらおうとします。

 

 ……それはそれでどうなんですかね。

 

 色々と店を回って見てみますが、良ちゃんは時折ある店をチラ見します。それはカメラ店の棚に飾られているトイカメラでした。

 

 

 トイカメラ「おい良子ァ……お前俺が棚に飾られてるとこチラチラ見てただろ」

 

 

 ……となるので、シャミ子にそれとなく伝えます。まあこっそり言ってもド直球で良ちゃんに聞くのですが。

 

 今回ばかりは良ちゃんの為のお買い物なので、楓くんにお金を出させても問題はありません。いざとなったらシャミ子と割り勘しましょう。

 

 ついでに商店街に並んでるたまさくらちゃんガチャを回しておきます。

 ……キター! シークレットの『ターミネーターまさくらちゃん』が出ました。

 剥き出しの骨格がセクシー、エ□い! まるでFNAFみたいだぁ……。

 

 ──なんで良ちゃんは楓くんのターミネーターまさくらちゃんを見てるんですか。欲しいの? やらんぞ。絶対あげないぞ。

 

 ……おっと、買い物を終えたシャミ子たちがトイカメラを持って戻ってきましたね。

 

 良ちゃんが説明書を読み終え、シャミ桃を撮りたいと言い出します。良ちゃん√ではここで主人公くんを撮ろうとするので実は地雷なんですよね(シャミ桃過激派)。

 

 

 ……なんで良ちゃんはターミネーターまさくらちゃんをガン見するんですか。

 

 ブサカワ? ────がああああキレそう!! なにがブサカワだよ可愛いだルルォン!? 公式アカウントにフォロワーが80人しか居ないたまさくらちゃんを悪く言うのはやめないか! 

 

 …………仕方ないのでターミネーターまさくらちゃんを良ちゃんにあげます。カメラにストラップとして繋げましょう。

 

 そんなところで今partはここまで。えっちょっ、良ちゃんこっちにカメラ向けてなにすん…………ンォ゛!!(富竹フラッシュ)

 

 

 ◆

 

 

 お姉と商店街で待ち合わせをすることになって、図書館を出てから歩いていると、たまさくらちゃんの像の前にお姉以外に二人も人がいた。

 

 片方は下の部屋に住んでるお兄さんだったけど、もう一人はピンク髪の女の人で、少なくとも良は知らない。

 

「お姉、先に来てたの?」

「良子。荷物は置いてこなかったんですか?」

「図書館で宿題してた」

「ふふ、良子は勉強できますからね!」

 

 自分の事のように嬉しそうなお姉を見ると良も嬉しい。お姉の後ろで像の写真を撮っている二人が、良たちの話し声に気が付いて振り返る。

 

「良子ちゃん。元気?」

「元気だよ」

 

 携帯を仕舞ったお兄さんは、良のランドセルと肩掛けカバンを受け取った。隣の女の人が気になって、良はお姉に聞く。

 

「お姉、そっちの人は?」

「この人は…………」

 

 お姉が言葉を詰まらせる。ちらっとお兄さんを見るが、首をかしげるだけだった。

 

「こ、この人は……私と楓くんの親友の桃ちゃんです!」

「────!?」

 

 桃……さん? が凄い顔をしているけど、どうしたんだろう。お兄さんは顔を押さえて震えてるし。

 

「お兄さん?」

「く、くく。いや……なんでもないよ」

 

 くつくつと小さく笑うお兄さんは良にも笑いかける。……前を歩くお姉と桃さんの後ろで、良はお兄さんの袖を掴んで引いた。

 

「お兄さん。お兄さんのこと、お兄って呼んでもいいかな」

 

「それは別にいいけど、どうして?」

 

「お姉とお兄さん、歳が一緒だし。それにいつも良たちのこと見てくれてるでしょ?」

 

「そうだっけ」

「うん」

 

 前に良が風邪だったとき、心配をかけたくなくてお母さんとお姉に黙ってたら、お兄さんに階段の下で鉢合わせてすぐバレちゃった事があった。

 

 それに魔族に目覚める前のお姉の体調が悪くなったらすぐに気付いてたし、よく見てるんだなっていつも思ってる。

 

「────お兄」

「なに、良ちゃん?」

 

 ……いいかも。顔が緩む。

 

「良子」

「……ん、なに?」

 

「今日は初めてのバイト代を良子のために使っちゃいます! ほしいものがあったら言ってください」

 

 お姉は私にそんなことを言ってきたけど、良はお姉が熾烈な争いを繰り広げていることを知っている。ここはお姉の為になるものを買ってもらおう。

 

 ……何故か兵法書も医学書も却下された。妥協案で徳用ひじきをお願いしたけど、それも駄目だった。だけど、いざそう言われても何が欲しいかなんて──。

 

 ……あ。

 

「良ちゃん?」

「っ、なんでもない」

 

 ふとカメラ店に飾られてるトイカメラが見えたけど、きっとお姉のバイト代が無くなってしまう。違うもので安いやつを探そう。

 

 そう思っていたけど、お姉とお兄が何かを話していて、戻ってきたお姉がトイカメラを持ってくる。

 

「良子はカメラが欲しいんですか?」

「えっ……いや、別に……」

「嘘はいけません。楓くんが言ってましたよ、さっきからこの店を見てたって」

 

 お姉の言葉に驚いてお兄を見る。お兄は桃さんとお店の横に置かれてるガチャガチャに小銭を入れまくっていた。

 ガチャガチャから出てきた顔半分が機械のたまさくらちゃんを見てお兄は楽しそうだったけど、桃さんに何かを言われて落ち込んでいる。

 

 保存用……とか観賞用? とか言ってた。視線に気付いたお兄と目があって手を振られる。トイカメラを見ているのがバレるとは思わなかったけど、やっぱりお兄は良たちをよく見ていた。

 

 

 

 ──お姉に買ってもらったトイカメラの説明書を、ベンチにお兄と座って読んでいた。

 

「お兄、そのたまさくらちゃんはなに?」

「これはシークレットのターミネーターまさくらちゃんだよ。可愛いだろ」

「うん。変な顔だけど、ブサカワってやつだね」

 

 お兄に物凄い顔をされた。

 

「……よかったらあげるよ。カメラに付けようか」

「いいの? それ、お兄が手に入れたのに」

「いーからいーから」

 

 良のカメラの角にあるへこみにストラップの紐を通して括り付ける。風に揺れるたまさくらちゃんが不気味に輝いていた。

 

「ありがとう、お兄」

「大事に使うんだよ」

「うん──あ、そうだ」

 

 早速とカメラを起動して、お兄に向ける。

 

「はい、チーズ」

「えっ──」

 

 カシャッと音がしてフラッシュが作動した。あれ、オフにしたつもりだったんだけど……。

 

「……お、お兄……大丈夫?」

「……次からは、一言言ってね……」

 

 お兄は桃さんとお姉が戻ってくるまで、ずっと顔を押さえて悶えていた。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/5
愛/0

・ちよもも
友/4
愛/0

・良ちゃん
友/2
愛/0

※人に向けてフラッシュを焚くのは……やめようね!


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part7



シャミ子は初投稿魔族だったんだね。




 

 

 シャミ子サキュバス説

 

 ・リリスの「種族的に肌を出す方が強い」というのは種族がサキュバスなら違和感がない。

 

 ・シャミ子が悪いんだよ→サキュバスなら魔法少女を魅了できるので当然の発言。

 

 ・シャミ子はいやらし魔族だったんだね→サキュバスなのでいやらしいのは当たり前。

 

 ・桃特有の彼氏面→可愛いサキュバスがいたら彼氏面も仕方がない。

 

 

 ……単行本1巻ラスト、重要なターニングポイントのRTAはーじまーるよー。

 

 前回の最後に良ちゃんにフラーッシュ! されて目潰しされましたが、私は元気です。

 そんなこんなでイベントを二つほど飛ばした所から続きます。

 

 シャミ子が良ちゃんの為にパソコンを持ち帰るイベントと、桃の夢に入り露出魔族したイベントをフリー行動の日数消費で飛ばしました。

 

 予定通りならこの通学路で────はい、体調不良の桃と会いましたね。

 あとでわかりますが、どうやらばんだ荘に向かおうとしては妨害用の結界に阻まれてを繰り返した結果体調を崩してしまったらしいです。

 

 楓くんの性格的にもシャミ子に任せて学校に行くというのは不自然なので、桃の家に同行しましょう。熱が出たって事にしとけばええねん。

 

 それでは桃をレンジャーロールからのファイヤーマンズキャリーで持ち上げ──るとトドメになってしまうので普通に肩を貸し……ヌッ! 

 

 お、重い……具体的にはトレーニングルームで持ち上げたバーベルぐらい重い(part2)。

 

 ──では桃に道案内されながら千代田宅に訪れます。まるで公民館みたいだぁ……とシャミ子が例えるくらいにはでかい家ですね。

 

 扉の暗証番号は5・6・5・6・2!! ごろごろにゃーちゃぁああああああん!! 

 中に入ったらソファに桃を寝かせて体温計を探しましょう。

 

 

 桃「ハートフルピーチモーフィングステッキは体温計じゃありませぇえええん!」

 

 シャミ子「なんだとぉ……」

 

 

 というワンシーンはさておき、桃に帰れと言われますが、勝てる戦を信じて疑わないシャミ子と横の楓くんの元に一匹の猫が来ます。彼でいいのかは兎も角。

 

 彼はメタトロンと言い、魔法少女に付いてくるナビゲーターなのですが…………桃が魔法少女としてのやる気を失っているせいで9割7分程がTDN猫になってしまっています。

 

 しかも発する言葉は「時は来た」とか「時来てるぞ」とか、RTA走者を煽るワードばかりです。発売直後に桃を攻略した時は桃をシャミ子から奪う解釈違いっぷりとメタ子のこの発言でノイローゼになり暫く寝込みました。

 

 楓くんがメタ子を抱き上げると、すげぇ流暢かつ渋い声で話しかけられます。

 

 

 メタ子「時は来た」

 

 ヤメロォ! 

 

 メタ子「時は来た!」

 

 やめルルォ!! 

 

 メタ子「時は来た! 時来てるぞ!」

 

 ぐえええええ!! (蕁麻疹)

 

 

 といった感じで遊んでいると、シャミ子が氷を見つけようと冷蔵庫を開けます。

 

 それを止める為に慌てた桃が転ぶのですが、ここで転ぶ前に助けたら怪我をしないので血が取れず封印が解けません。

 絶対に助けないようにしましょう(屑)。

 

 どうやらシャミ子がお世辞にも上手とは言えない出来のおぞましいハンバーグを見つけたようでした。楓くんが居ないときの魔力修行で作ると約束していたので、律儀に守ろうとしてこうなったんですね。いやそれにしても大分酷い。

 

 ここでポロっとシャミ子は「こんど家に来いホイ!」と魔法少女を誘ってしまいます。いいのかい魔法少女をホイホイ誘っちまって。

 

 改めて桃を寝かせて濡れタオルを作るのですが、シャミ子は家にうどんを買い置きしてるかもと言い取りに行こうとします。

 

 その時桃の手に傷が出来ているのを発見して手当てするのですが……本人は生き血を確保したことを自覚しないで帰ってしまいます。

 

 キッチンで皿を洗う楓くんにじゃれつく(威力90)メタ子がそれに気付いて桃を起こしました。

 桃も気付きばんだ荘に行こうとするも、病人なので寝ていろと楓くんに注意されます。当たり前だよなぁ? 

 

 

 …………楓くん、剣幕に圧されて桃を連れていくことにしたようですね。

 男ならもう少し耐えてみたらどうなんですか? 僕は耐えられませんけど(ABO構文)。

 

 んだらば、桃に肩を貸してシャミ子の家まで連れていきましょう。

 シャミ子から部屋に招かれたのと楓くんが連れていくのが重なって、桃はすんなりばんだ荘まで来ることが出来ます。

 

 道中桃から何故自分が体調を崩したのかを聞かされるので適当に聞き流しておきます。あーうんわかったわかった、ファミチキ美味しいよね。桃って一回は『ファミチキ』を『シャミチキ』って言い間違えてそう。

 

 脱力していてちょっと重い(失礼)桃を連れて帰ります。階段に気を付けて上ると、扉の向こうからなんか光が漏れていました。

 

 無事にシャミ子は封印を解くことが出来たようですね。

 魔法少女が魔法少女に向けて妨害するための結界をようやく突破できた桃は楓くんと共にシャミ子の家に入ります。

 

 シャミ子は何故病人の桃を連れてきたのかと楓くんを叱ろうとしますが、桃が結界の事を聞くことでなあなあにしました。サンキューピーチ。

 

 ひとまず部屋にお邪魔して、まだ熱のある桃に冷やのうどんを食べさせましょう。ショウガも入れるんだぞ。

 風邪を引いた人には、実はお粥ではなく消化にいい麺類の方が最適なんですね。

 

 

 ……改めて、桃はシャミ子に封印を解いただろうと指摘します。ここでようやく自覚しましたね。更にはリリスが像のまま口を出せるようになり、それだけのために魔力をごっそり持っていかれたのかと桃がショックを受けました。

 

 ですが問題はそれだけではなく、桃が魔力を失い町のバランスが崩れたことは多魔市の外にも知られているはずとのこと。

 シャミ子に自衛してほしいけど、それとは別に助っ人を呼ぼうと言うことになりましたァ!! よっしゃあ! やったぜぇ!(闇野)

 

 メインヒロイン来た! これで勝つる! 

 

 

 テンションが高いままに、シャミ子はいやらし魔族だったんだね……といったところで今partはここまで。次回は単行本2巻のストーリーから始まります。

 

 

 ◆

 

 

「時は来た! 時は来た!」

「──ん、どうしたのメタ子」

 

 頭の濡れタオルを取りながら起きると、メタ子が慌てた様子で私を起こそうとしていた。

 前足で私の腕を叩いていて、よく見ると手の甲に絆創膏が貼られている。

 

「────まずい、生き血が……っ!」

「どうした? そんなに慌てて」

 

 キッチンの方から戻ってきた楓がタオルで手を拭きながらやってくる。

 

「楓、シャミ子は!?」

「あー、ほら。メモ帳」

「……家に帰ったんだ、なら追わないと……」

「待て待て、病人は動くんじゃない」

 

 楓がそっと肩を押して寝かせようとするけど、逆に胸ぐらを掴んで続ける。

 

「シャミ子が私の生き血を持って帰ったんだよ、封印が解かれたら私の魔力が減ってしまうんだ。止めないと……町を守れない……」

 

 ゴホゴホと咳が出る。背中を擦る楓は、間を置いてから答えた。

 

「わかった、シャミ子の部屋に行こう」

「……えっ」

 

「生き血を取られるのがどうまずいのかは分からないけど、それだけ必死なのになにもするなってのはね。立てるか?」

 

 なんならおんぶしようか。と言われたが、流石にそれは勘弁して欲しい。私はなんとか立ち上がると、楓と一緒に家を出る。

 

「……私が体調を崩したのは楓とシャミ子が住んでる家に向かおうとして、返り討ちに遭っていたからなんだ」

 

「──なんで家に行こうとするだけで返り討ちにされるんだ?」

 

「間違いなく何かしらの力が働いている。だけどさっきシャミ子が私を家に招いたでしょ? それに……楓と居れば今度こそ行けるかもしれない」

 

「なにがなんだかさっぱりだが──取り敢えずシャミ子に会いに行こう。辛くなったら遠慮しないでちゃんと言うんだぞ」

 

 楓に支えられながら歩を進めると、住宅に挟まれているボロい……廃墟が現れた。

 

「あれが俺と吉田家の暮らしてるばんだ荘だ」

「…………廃墟じゃん」

 

 つい口から飛び出た罵倒は楓には聞かれていなかったらしい。気にした様子のない楓は私に気を遣いながら階段を上らせてくれる。

 シャミ子の暮らしてる部屋の扉まで来ると、隙間から光が漏れていた。

 

「──間に合わなかったか……!」

 

 ガチャリと扉を開くと、私の血液(まりょく)の付いたハンカチとリリスさんの像がカバンに刺さっていた。

 

「え゛っ、桃!? なんでここに……」

 

「ようやくシャミ子たちと楓の家を捕捉できた。やっぱり結界に邪魔されてたんだ」

 

「結界って……もしかしてこのボロボロの紙の事なのか?」

 

「うん。これは光の一族が魔族に干渉する術を運命レベルで妨げるモノみたいで、これのせいで体調を崩したけど……怪我の功名だった」

 

 頭に疑問符ばっかりのシャミ子と楓だけど、シャミ子は関係ないとばかりに楓に怒る。

 

「──じゃなくて、なんで楓くんは病人を連れてきたんですか! 寝かせてないとダメじゃないですか!」

 

「すまん。桃に言われて仕方なくだな」

「そうだよ、私が無理を言ったんだ」

 

「む、む。……とにかく上がってください、続きは座って話しましょう」

 

 あれよあれよと部屋に招かれ、何故かうどんを食べることになった。出汁とかなんとかわけの分からない事を言われたけど、美味しかったことだけはわかる。

 

 そして私の大量の魔力を対価に解かれた封印はリリスさんの小言だけだった──と思いきや、どうやら昔落とした大金が見つかったようだった。

 

 これで栄養バランスが整うのなら……やることは一つだろう。

 

「じゃあシャミ子、これからは運動量増やそうか」

「何故そうなる!?」

 

「だってほら、私の魔力が減っちゃったし……この町を守るには手が足りないんだよね」

 

「貴様町を守っていたのか!? それを魔族に手伝わせるのはおかしいと思うぞ!」

 

「魔法少女にうどんを振る舞うよりはずっとマシだと思うけどな」

 

 うぐ、と言って黙り込むシャミ子。……少し強引だったかもしれないけど、この町を守ることだけは真剣にやらないといけないから。

 

 ……必然的に楓も巻き込まれるだろうし、助っ人を呼んだ方がいいかも。

 

「……ところで楓は? さっきまですぐそこに居なかったっけ」

「あれ、ほんとですね」

 

 シャミ子……吉田家の部屋を見回すが、どこにもいない。と思っていると、扉を開けて戻ってきた。その手にはティーポットとカップがある。

 

「レモンティー淹れてきたぞ~」

「レモン、ティー……?」

「シャミ子は飲んだこと無いか。旨いぞ」

「あ、ありがとうございます……あつっ」

 

 一緒に持ってきていたカップに人数分のレモンティーが淹れられる。黄色くて良い香りの際立つそれを受け取り一口飲むと、確かに美味しかった。

 

「────あっ」

「ん?」

「……いや、なんでもない」

 

 レモンティーで思い出した。シャミ子を見て即殺しようとせず、話が通じて、しかも民間人の記憶をすぐに消そうとしないマトモな魔法少女に一人だけ心当たりがあったのだ。

 

 連絡先が残っていたかを確認しながら、私は残りのレモンティーを飲み干す。脳裏に柑橘色の髪をした少女を思い出しながら。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/5
愛/0

・ちよもも
友/5
愛/0


※『恋愛ゲームまちカドまぞく』は最初にシャミ子と桃を攻略しないと他のキャラを攻略できないため、プレイヤー兄貴(作者ではない)はノイローゼや胃潰瘍と戦いながら泣く泣くシャミ桃を攻略していた。


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単行本第2巻
part8



メインヒロインが登場するので初投稿です。




 

 この日この瞬間の為だけにこのゲームを買ったと言っても過言ではないRTAはーじまーるよー。

 

 苦渋の決断ですが、吉田家が鉄板を囲むのが鉄板なHHEMギャグを披露して冷蔵庫が氏ぬイベントと桃に姉がいることがわかるわりと重要なイベントは30倍速でメイドインヘブンします。

 

 この倍率を見れば分かりますが、今だいぶ緊張してます。おいやべえよやべえよ……手が震えてコントローラーが上手く握れねえよ……。

 

 ──それでは、最近肉食獣の眼光で楓くんを見ることが多い杏里ちゃんが、神に選ばれしコンパクトフォルムのシャミ子をたまさくらちゃんにinするバイトを誘うところから続きです。

 

 このイベントは重要重要&重要なので是が非でも楓くんもぶちこみます。どこでバイトをするんだ? 私も同行しよう(柑橘る院)

 

 

 ……はい日曜日です。20倍速しました。ショッピングセンター・マルマ前の広場で行われるたまさくらちゃんの飴玉配りをしている裏で、杏理ちゃんの物販を手伝いましょう。

 

 ──杏里ちゃんが客が居ないときに楓くんをガン見してるのは恐らく愛情度を2まで上げてしまった弊害ですね。

 

 愛情度1~4ではまだ『知り合いの男の子が気になり出してる』で済みますが、5~6で『お前もしかしてあいつの事が好きなのか?(青春)』に切り替わります。

 

 7~9にもなると他のヒロインと関わる主人公くんについモヤモヤ(マイルドに表現)してしまうでしょう。10は言わずもがな。

 つまり単行本2巻の序盤も序盤なここで、攻略するヒロイン以外の愛情度が2なのは……いかん危ない危ない危ない危ない(レ)。

 

 下手したらウガルル解放イベント前後で杏里ちゃんとミカン姉貴で修羅場になる可能性がありまぁす! HAHAHA! 笑い事じゃねえや! 

 

 

 ……尤も今回がミカン姉貴のみの攻略RTAだから気を付けないといけないだけで、通常プレイなら複数ヒロインを同時攻略しても問題ないです。

 

 寧ろ実績(トロフィー)に特定の組み合わせで攻略するモノがありますし。桃とミカン姉貴同時攻略で『フルーツセット』とか、リコくんとウガルル同時攻略で『ケモノ丼』とか。

 あとはウガルルと良ちゃんの同時攻略で『このロリコン野郎!』っていう罵倒に近いトロフィーも貰えます。いかんのか? 

 

 恐らく原作が完結(バージョンアップ)したら桜姉貴とかも攻略ヒロインに追加されるのでしょうが、難易度は小倉ァ! と同等かそれ以上かと思われますね。

 だってあの人、自分の中で目の前の問題が解決しちゃって説明が雑になるタイプですし……。

 

 

 ──そろそろミカン姉貴がたまさくらちゃんinシャミ子と邂逅している頃でしょう。時間を見計らって、シャミ子を見てくると言い訳してバイトを離脱しませう(古語)。

 

 ちなみに、プレイヤー側の私が攻略しようと躍起になるヒロインに主人公である楓くんがどんな感情を向けるのかと言うとですね…………簡単に言うと、一目惚れをします。

 

 まだ出会っていないヒロインを攻略しようとすると、辻褄合わせをする為なのか攻略するヒロインに一目惚れをしたという設定が追加されるんですね。なので、このあとミカン姉貴に出会う楓くんは必ず魂レベルで惹かれる筈です。

 

 擬音で言うと『トゥンク……』でしょうか。男の『この気持ち、もしかして恋……!?』なんてぶっちゃけキモいですが、あと少しで杏里ちゃんがこれになるので笑い事ではない。

 

 うーんまあ、杏里ちゃんの気持ちも汲んであげたいのですが、これミカン姉貴攻略RTAだからね。ハーレムルートはキャンセルだ。

 しかし完走したあとに同データを使って別ヒロイン攻略とかをする可能性がなきにしもあらずです。多分きっと恐らくメイビー。

 

 

 ……お、たまさくらちゃんグッズを買い込んでる桃を見付けましたね。この筋肉オタクも誘ってシャミ子を探しましょう。

 

 路地裏を探せば良いので、少し歩けばすぐに見つかります。──あの蜜柑色のシルエットはまさか……!?(コブラ)

 

 

 ──出たわね。本RTAのメインヒロイン、陽夏木ミカンが居ました。それと楓くんが初めて見るシャミ子危機管理フォームも。

 

 こうして見ると疑う余地のない痴女スタイルですね、シャミ子はいやらし魔族だったのかな。

 

 第三者からしたら半裸の子供を路地裏に連れ込んでる魔法少女コスの人という通報待ったなしの現状ですが、楓くんの挙動がなんか変ですね。

 これは間違いなくミカン姉貴に運命感じちゃってます。取り敢えずはシャミ子の危機管理フォームが解けるのを待ってから会話を再開しますか。

 

 ──桃の説明があまりにもザックリし過ぎていて、バフォメット系魔族に襲われたと勘違いしたミカン姉貴は変身したまま警戒していたそうです。

 犯人があんな弱っちい魔族だとは思わなかったらしく、シャミ子に謝っていますね。

 なんなら結構緊張していたとか言ってお守りだなんだと持ってきていますが、それ安産祈願のお守りですやん(さりげない伏線)。

 

 ──あっ、ミカン姉貴がシャミ子を中学生にあがった辺りかと思って歳上ムーブしてますね。その子実はタメなんすよ。

 

 最早ノルマとなりつつある『これで勝ったと思うなよ』を聞きながら控室に走るシャミ子を見送り、自分も帰る準備をするために口惜しいですがここから離れます。

 

 嫌じゃワシはミカン姉貴から離れとうない! といったところで今partはここまで。(次の更新は遅れるかもしれ)ないです。

 

 

 ◆

 

 

「杏里、シャミ子の様子を見るから離脱するけど大丈夫か?」

「──あ、うん。大丈夫」

「ちゃんと水分補給するんだぞ」

「…………わかってるよ」

 

 杏里に予備のハンカチを手渡してその場から離れる。どこか捨て犬めいた眼差しを向ける杏里には首をかしげるが、着ぐるみの中はかなり暑くなるらしいため現場に急ぐ。

 

 ──だが、噴水の前で飴を配っていたはずのシャミ子が居なかった。

 代わりとばかりに、たまさくらちゃんグッズを紙袋に入れて歩いている桃と鉢合わせる。

 

「桃、たまさくらちゃんに入ってるシャミ子を見なかったか?」

 

「たまさくらちゃんに中の人など居ない」

「あ、はい。……シャミ子を見てないか?」

 

「シャミ子なら知らない。こっちも聞こうと思ってたんだけど、この辺で魔法少女っぽい子を見なかった?」

 

 ……魔法少女っぽい子と言われてもイメージが湧かない。いいや、と言うと少し考える素振りを見せて桃が返した。

 

「……ちょっと探してみようか、仮に二人が会ってたら大変だし」

 

「そうだな。控室の近くを中心に物陰を探そう、その辺をうろついているなら(つの)かたまさくらちゃんがかなり目立つはずだ」

 

 桃と共に歩きながら周囲を見渡すと、存外早くシャミ子を路地裏で見つける。

 

 ──だが、シャミ子に加えてもう一人が居た。その後ろ姿は黄色やオレンジと鮮やかな暖色で、ふわりと一瞬柑橘類の香りが漂う。

 

「────っ」

 

 急に心拍が早まり、カッと顔が熱くなる。振り返った少女の後ろでシャミ子は何故か半裸だったが、それすら些細な程に眼前の少女に視線が吸い寄せられて目を離せない。

 

「シャミ子と──ミカン?」

 

「あっ、桃! 来てあげたわよ、地面に頭がめりこむくらい感謝なさい!」

 

「桃……し、知り合いですか?」

「知り合いだけど通報するか迷ってた」

「酷い誤解だわ!」

 

 シャミ子と少女が表通りに出てくると、少女もまた魔法少女であることや桃に呼ばれて来たことを話してくれた。

 初めて聞いた筈の声も妙に心地好く、感情を露にする少女と目があって会釈される。

 

「……それと、そちらの男の子はどなた?」

「ああ、こっちは楓」

「だからザックリし過ぎなんだってば」

 

 呆れた顔をして、少女がこちらに歩いてくる。真昼の陽光がオレンジ色の瞳を煌めかせ、見上げる所作になおのこと頬が熱くなった。

 

「私は陽夏木ミカン。よろしくね」

「っ、あ……俺は、秋野 楓です」

 

 まぶたを細めて朗らかに笑うミカンだが──まずい、初めての感覚に脳が茹だるようだ。

 

「……大丈夫? 顔が赤いし、熱中症かしら。オレンジジュース飲めばビタミン取れるわよ」

 

「──ありがとう」

 

 渡されたオレンジジュースはひんやりと冷たく、首筋に押し当てるとすっと頭が冷静になる。

 

「それにしても、桃の説明があんまりにも雑だから驚いたのよ? てっきりこう、心を無くしたバフォメットな感じの魔族が闊歩してるのかと思ったのに!」

 

 持ち込んだ荷物からは幾つものお守りや柑橘類の土産物が出てくる。イメージとかけ離れた見た目のシャミ子は落ち込んで呟く。

 

「……見るからに弱そうですみません」

 

「えっ!? 良いのよそんな、こっちこそ怖がらせてごめんなさい。貴女は中学生にあがったくらい? 私は桃と同年代だから、どんどん頼ってね!」

 

 ミカンからすればシャミ子は年下の女の子に見えるのだろう。身長で言えば確かに小中学生に見えなくもないが…………。

 

「……これで勝ったと思うなよ!」

「ええっ!? な、なにがどうなってるの……」

「ミカン、あの子は俺たちと同い年だよ」

 

 シャミ子がたまさくらちゃんの着ぐるみを抱えて走り去った。やはり間違えたか──と小さくため息をつく。

 

「そうだったの? ……悪いことしちゃったわね、今度謝らなきゃ……」

 

「本人は暫くしたらケロッとしてるから、そんなに気難しく考えなくて良いと思う」

 

「よく知ってるのね」

「友人ですので」

 

 そっかあ……と感慨深そうな声が横から聞こえるが、自分からすれば異様にうるさい心音がミカンに聞かれていないか、気が気でなかった。

 

「……あー、ふーん」

 

 だからだろう。何かを察したような桃の声が聞こえなかったのである。柑橘色の少女との出会いが運命だったと知るのは、まだ先の話。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/5
愛/0

・ちよもも
友/5
愛/0

・杏里ちゃん
友/7
愛/2

・ミカン姉貴
友/1
愛/0


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part9


新年初投稿です。



 

 杏里ちゃんの二日酔いごせんぞを撫でる手つきがいやらし魔族(代名詞)過ぎるゲームのRTAはーじまーるよー。

 

 前回は恋心がはいっちゃっ、たぁ! な楓くんが運命の相手と出会ったところで終わりましたね。今回はその後日にシャミ子や杏里ちゃんとゴミ掃除している辺りから始まります。

 

 早速ですが段々と悲劇のヒロインロードを爆走しつつある杏里ちゃんが体育祭実行委員の為に呼び出されて離脱します。

 その捨てられた子犬のような眼差しは心がぐらつくからやめないか! 

 

 

 ……もうさ、今からタイトル変えてさ、ハーレムルートにして終わりで良いんじゃない? 多分視聴者(どくしゃ)のホモたちもそっちの方が見たいと思うんですよ、僕は思いませんけど。

 

 まあやりませんが。記録を競ってる最中に唐突にレギュレーションと走る内容を切り替えるとか、いくら偉大なる父のガバ遺伝子を継いでるとしても流石にやらんわ。

 

 

 他ヒロイン攻略orハーレムルートのRTAは後続の走者兄貴姉貴たちに任せるとしまして、杏里ちゃんが行った直後にミカン姉貴が現れます。

 転校の手続きをする書類を受け取りに来たようですが、桃とはぐれてしまったらしいです。

 

 今よりも早く来てしまったら杏里ちゃんと鉢合わせて変なイベントが始まりそうだったのでタイミングが何時も通りで助かりました。何故私は浮気がバレそうでひやひやしている二股男のような気分を味わっているのでしょうね。

 

 やめてよね、本気の修羅場になったら楓くんが杏里ちゃんとミカン姉貴に敵う筈ないだろ(クソザコーディネイター)。

 

 

 ──シャミ子と楓くんは掃除が終わってからなら手伝えるということで、ミカン姉貴もゴミを纏めるのを手伝ってくれるそうです。ミカンママは神的にいい人だから!(ピネガキ)

 

 ミカン姉貴はシャミ子や楓くんからいい人だのマトモだのと誉められていますが、当の本人は不服そうですね。

 ミカン姉貴曰く、今頃桃は自分の力のせいで職質不可避の格好をさせられているかもしれないらしいのですが……。

 

 その理由は後述されるとある『呪い』のせいなのですけれども、この呪いの片鱗はこちらにも向いてきます。ゴミを袋に詰めている横からどんどん他の人が別のゴミを持ってきていました。

 しかも杏里ちゃんの友達でC組の小倉ァ!! までゴミを持ってきます。楓くんを見たって変な汗しか出ませんよ。

 

 小倉ァ! は主人公くんに対して『魔族と魔法少女の両方と仲のいい妙な奴』という認識を持っているので、敵対ルートだと解剖されます。吉田家に危害を加えない限りは敵対しませんが。

 あと『妙な奴』に関してはお前が言うな。

 

 眼鏡の奥にある深淵がごとき眼光に呑まれそうになりつつ、集まってきたゴミ袋を積み重ねます。ゴミが増えるなんて妙だな……(二回目)。

 

 不思議に思っているのは楓くんだけではないようで、これも呪いのせいだとミカン姉貴が言いましたね。しかも段々ゴミ袋が膨らんでます。

 

 

 皆下がれ! 早く! ゴミ袋司令官が爆発する! ホォォォォォォ!!(被弾ボイス)

 

 

 目の前でパーン☆したゴミ袋に巻き込まれてゴミの山にぶっ倒れます。うわ今ので体力が2割吹っ飛んだ。威力がDKSGる。

 

 異変を察知して来てくれたもんもぉ……の手を借りて立ち上がり、何事なのかと聞くとミカン姉貴から説明を受けます。

 ミカン姉貴の呪いというのは『動揺したりすると他人にささやかな困難が降り注ぐ』とかいう傍迷惑極まりない力なんですね。

 

 桃も今朝から生コンに埋まったり老いた老人から常にこちら(画面)側を見てくる謎の鳥を託されたりしていたようです。

 この呪いは喜怒哀楽のいずれかで感情が高ぶると出てしまうらしいので、嬉しくても発動してしまうことになりますね。

 

 現にシャミ桃にフォローを入れられてるのに呪いが発動してますし。

 

 ────えっ、なんか帰ろうとしていた筈の桃から急に好物を聞かれたんですが。

 なんだこのテキスト!? よさぬかベイマックス、ワシはこんな会話知らんぞ! 

 ……まあフレーバー設定通りに蜜柑と答えますか────ア゜ッ゛!!(被弾ボイス)

 

 

 …………(高速wiki閲覧)

 

 

 アーナル程。これは桃の友情度が4以上の時に他のヒロインを攻略してる際発生する対象ヒロインの友情度上昇プチイベントですね。

 楓くんの「蜜柑が好き」をミカン姉貴が「ミカンが好き」と勘違いしたせいで、動揺してしまい呪いが発動したようです。

 

 似たような事を昔シャミ子の攻略中に言われたような気がしましたが、シャミ子と桃の攻略は血反吐ぶちまけて死ぬ寸前! (KBTIT)のままやったので拒絶反応で記憶消し飛んでました。

 

 そんなこんなで緊張しない方法を探る作戦会議をすると言って去って行く二人を見送ったところで今partはここまで。

 そろそろミカン姉貴の赤面スクショで容量が埋まりそうですわよ。

 

 

 ◆

 

 

 桃とはぐれて数分、外回りを歩いていると──この間出会った魔族とそのお友達の二人が掃除している後ろ姿を見つけた。

 

「優子! 貴女優子よね? そっちは楓くんでしょ?」

 

「……優子…………?」

「君のことだぞシャミ子」

 

 呼び掛けてから振り向いた優子は頭に疑問符を浮かべる。横に居た楓くんに指摘されて、文字通り思い出したように返してきた。

 

「あ、私の名前ですね! ここ最近お母さん以外に呼ばれた覚えが無いので忘れかけてました!」

 

「ああ良かった! また私の勘違いかと思っちゃったわよ、こんにちは二人とも」

 

 箒とちりとりを手にしている二人は、傍らのゴミ袋に落ち葉などを纏めている。

 

「それでそちらは……ミカンさんでしたよね? 今日はどうしたんですか」

 

「実は転校の手続きをする書類を受け取りに来たんだけど、桃とはぐれてしまったのよ」

 

「それは大変ですね……私と楓くんはこのように掃除中なので、終わってからなら手伝えますよ?」

 

「あらそうなの? なら私も手伝うわ、ゴミを探せばいいのよね」

 

 さっさと終らせてしまおうと思いながらゴミを探す。なぜなら今、凄く緊張しているから。早くしないと桃が大変なことになってしまうわ。

 

 ──ふと、箒で地面を擦る優子とゴミを分別してそれぞれを違う袋に入れている楓くんが視界に入る。楓くんは時折優子を見ては、やけに優しい眼差しを向けていた。

 

「……楓くんと優子って、兄妹なのかしら?」

「違うけど。ミカンは変なことを言うね」

「だって、優子を見る顔が優しいんだもの」

 

 不思議そうに眉を潜める楓くんは、私と顔を合わせるとパッと目を逸らしてしまう。…………どうしてかしら? 

 

「シャミ子とは同じアパート暮らしで、今より体が弱い頃を知ってるから」

 

「……そうだったの」

 

「前までは、たまにシャミ子を背負って早退することもあったからね……。普通に動けているシャミ子を見てると、自然とこうなるんだよ」

 

 頬と目尻が緩んでいるその顔を、だらしないとは言えなかった。本当に嬉しそうに話している楓くんを、優子が手を振って注意する。

 

「楓くん! ちゃんと掃除してくださーい!」

「わかってるよー」

 

 軽い口調だけど楓くんが掃除を再開しているのを見て私も手伝う。

 黙々と落ちてるペットボトルなんかを拾っていたら、急に優子に話し掛けられた。

 

「ミカンさん、ミカンさんはダンベルとお花のどっちが好きですか!?」

 

「ええ……どうしたのよ急に。まあ、お花だけど」

 

「──普通だ……!」

「なにが!?」

 

 もしかして私まで桃みたいな筋トレ好きだと思っていたの!? ……目頭を指で押さえながらため息をつき、優子の発言に返す。

 

「私が普通に見えるのは、そういう風に振る舞っているからよ。

 それに、下手したら今頃桃は職質不可避な格好を往来でしている可能性があるわ」

 

「どういうことなんだ……」

「桃にいったい何が!?」

 

「私には制御できない力があるの。そのせいで今まで何度か大変な目に遭ってきてて……」

 

 話すべきかしら──と悩んでいると、奥から台車でシュレッダーのゴミを持ってきた教員に捨てるのを任される。更には別の生徒が……よく分からないゴミを持ってきた。

 優子に対して薬がどうとか効き目がどうとか言っている。

 

「……あ、貴方は楓くんだよね? 魔族と魔法少女の両方と仲が良い妙な人! 

 杏里ちゃんから聞いていたけど本当だったんだぁ。へぇ、ふぅん……?」

 

「……はぁ」

 

 じろじろ見ながら妙な人と言うのはやめた方がいいと思うわ。そのマントとゴミ袋の鳥の羽はなんなのよ……。

 楓くんが困惑してるのにさっさと行ってしまうあの子は妙に気配が独特で、袖の下で私の肌がピリついていた。

 

 そして視界の端で積み上がっているゴミ袋を見て、確実に私の力が原因でこうなっていると悟る。

 

「やっぱり呪いが抑えられていないみたいね……」

「えっ、呪い? ……とは?」

「待てシャミ子、何か変だぞ」

 

 周囲のゴミ袋がざわざわと蠢き、徐々に膨らんで行く。心拍数が上がって、自分の耳に響くくらい大きくなっている。

 

「ああヤバい……緊張してきた……! 優子、楓くん! 力が暴発する前に早く逃げて!」

 

「ええっ!?」

「うおおっ!?」

 

 しかし時既に遅く、辺りのゴミ袋が膨らみ破裂してゴミが撒き散らされた。

 

「……何か起こった後だったか」

「ももぉ……」

「──口の中に羽が……」

 

 葉っぱや羽が雪のように降り注ぐ光景を余所に、愉快な格好をした桃が現れた。

 羽の山に上半身が埋まっている楓くんを掘り返して、改めて散らかったゴミを片付けながら何が起こったのかを問いただしに来る。

 呪いの事は私から話さないといけないだろうと思って、桃に代わって私が口を開く。

 

「私は、昔巻き込まれた事件の後遺症で動揺すると『関わった人にささやかな困難が降り注ぐ呪い』にかかっているの。

 焦ったり緊張すると──つまり感情が高ぶると発動してしまうのよ」

 

「それでもミカンは気が利くし強いから」

 

「で、でも! 呪いのせいで桃は今朝から生コンに埋まったり老いた老人から愛鳥を託されたりしてたじゃない! 挙げ句にそんな愉快な格好まで……!」

 

 襷を身に付け鳥かごを片手にコーンハットを被る桃が渋い顔をする。それでも尚桃は私を誉めるし、優子にもフォローされてしまう。ただそれだけで呪いが再発して、暴風が集めたゴミを巻き上げて散らした。

 また箒で集めていると、黙っていた楓くんが小さく呟くように言った。

 

「大変だな」

「……え?」

 

「呪いから逃げずにいるのは、大変だな。ミカンはすごいと思うぞ」

 

 優子に向けていたような眼差しが自分に向いている。唐突な誉める言動は、容易く私の動揺を誘った。

 

「あ、う……ほ、誉められても呪いが出ちゃうからそう言うのは禁止よ!?」

 

「ああそうか、嬉しくても発動するのか…………うごごごごご!?」

 

 魔法少女仲間ですら恐れて一歩下がるこの呪いに何故か踏み込むように関わってくる楓くんが、目の前でゴミ袋に埋もれている。

 桃と優子に救出される楓くんは制服の埃を払って戻ってきた。

 

「……中々、難儀だな」

 

「今日はいつもより強く呪いが出てしまっているの、思ったより緊張しているのね」

 

 頭の葉っぱを取り除くと、楓くんは箒を手にゴミ掃除を再開する。やっぱり、こういう優しい人はあまり私に関わるべきではないわね。

 

 緊張しない作戦を考える為にも一旦帰ろうとしてしたその時、ふと桃が振り返り楓くんに言う。

 

「そういえば、楓も柑橘類が好きなんだよね」

「……突然だな。まあ、そうだけど」

 

 楓くんって柑橘類が好きなのね。

 どういう種類が好きなのかしら。オレンジ? ベルガモット? それともブンタンとかレモン辺り? グレープフルーツも良いわね……。

 

「楓は何が好きなんだっけ」

「──蜜柑が好きだな」

「……ミカンさんが?」

「は? 何を言ってるんだ?」

 

 ……蜜柑……ミカン!? 

 いえ、違うわよね。フルーツの方に決まってるのに何を勘違いしてるのかしら! 

 

「ミカンじゃなくて蜜柑だって。特に好きなのは愛媛の温州みかんが……あ、なるほど」

「自分で聞いてなんだけど、これはちょっとまずいかな。不用意だった……!」

 

 ああ、いけない、動揺して呪いが……! 

 

 

 ……ボンッと音がして、ゴミ袋がまた爆発した。これに関しては私は悪くないと思うのだけど、未だに心臓がバクバクとうるさく鳴っている。

 

 勘違いとはいえ、男の子からの好きと言う言葉は私の呪いを引き出した。ばつが悪そうにしている楓くんが頭を下げて謝罪してくる。

 

「ごめん、今のは俺が悪い」

「あー……い、良いのよ楓くん。でも珍しいのね、柑橘類が好きだなんて」

「小さい頃からそうだったんだよ。よくスーパーで蜜柑を買ってたんだ」

 

 変な勘違いをした私とさせた楓くんは、お互いに頬が赤く熱くなっている。

 数分置いて落ち着いた頃に桃の家に帰ることにしたのだけど、それまでずっと、楓くんは優子と共に黙々と掃除をしていた。

 

 この先もまた、優子たちに呪いで迷惑をかけてしまうかもしれない。

 けれども、どこか──これからが楽しみな自分がいるのは気のせいなのだろうか。

 

「桃、さっきあのタイミングであんなことを聞いたの、もしかしてわざとなの?」

「──さあ?」

 

 

 …………まったくもう! 

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/5
愛/0

・ちよもも
友/5
愛/0

・ミカン姉貴
友/2
愛/0

・小倉ァ!
友/0
愛/0


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part10


オラッ!初投稿!



 

 ミカン姉貴の外着の肩から見える紐は果たしてキャミソールなのか見せブラなのか。加熱した考察は、ついに危険な領域へと突入する……なゲームのRTAはーじまーるよー。

 

 

 ──突然ですが一つ訂正があります。以前のシャミ先回で『桃はどうやって古傷を隠して風呂に入ったのか』という問答がありましたが、原作を読み返したところどうやら単行本1巻の風呂では桃はそもそも入っておらず、例のステッキを使って浴衣に着替えただけのようでした。

 

 単行本3巻で再度銭湯に行く回があり、そこでようやく古傷がある描写をされていました。ゲーム版ではちゃんと入っているようなので、恐らく高速で体を洗ったんでしょう(適当)。

 

 

 そういうわけで、前回はミカン姉貴の呪いに腹筋ボコボコにパンチ食らってヒーロー凌辱だぜ! されたところで終わりました。

 

 今回はシャミ子の危機管理フォームの性能テストをするべく河川敷に集まったところから再開です。リリスが言うにはあの痴女めいた格好こそが戦闘形態らしいですが、それマジ? 見た目に反して性能が良すぎるだろ……。

 

 肌を出しすぎな気もしますが、こういった装束は魔力で存在そのものを保護する皮膜だということが後々判明するため、ぶっちゃけ厚着しても強くはなれません。ちょうどいい格好になるのが強度の秘訣だということです。

 やっぱりサキュバスじゃないか(呆れ)。

 

 しかしシャミ子、危機管理フォームになるのを迫真の拒否。

 そりゃあんな格好を楓くんの前でしたくないですよね。わかります(cvツダケン)。

 

 妥協案で桃が変身してくれるならやってあげないこともない(やるとは言ってない)とのことですが、桃は桃で躊躇い無く変身しました。何気に楓くんは桃の変身を初めて見ますが、フレーメン反応を起こした猫みたいな顔をしています。

 

 ミカン姉貴の戦闘フォームは雰囲気に合ってて大変よろしいのですが、いかんせん桃の戦闘フォームは女児向けアニメ感が強すぎる。

 

 本人も5巻で変えられるものなら変えたいと言っていますが、どうやら物心ついた時には既にこの格好だったらしいです。えっなにそれは。

 ──親が居なかったり実は元からあの姿だったりと、地味に闇が深いんですよねこの人。

 

 しかしあの格好は幼い頃ならよく似合っていたのでしょう、ミカン姉貴から昔の桃は変身時に回ったりウィンクしていたと聞かされます。

 

 そんなきゃわわ系(ミカン姉貴談)のロリ桃と関われるのは、夢に侵入したシャミ子だけなので我々にはどうしようもないのが残念ですね。有志兄貴のロリ化ヒロインMODの開発が待たれる。

 

 ──ところでさも当然のように混じっているミカン姉貴ですが、彼女は転校イベント(単行本4巻終盤)までやることがなくて暇らしいです。

 それはさておき桃に変身されてはシャミ子も変身せざるを得ません。

 

 早速変身しようとしますが、シャミ子の危機管理フォームは本気で危機感を抱かなければ成れない姿なので何回叫ぼうが変身できません。

 

 それを聞いた桃が魔族停止ヒモことシャミ子の尻尾を縛り付けて目の前でフレッシュピーチハートシャワーを叩き込もうとしています。

 一本足打法で繰り出される必殺技とは……? それビームとかじゃなくて直接攻撃する構えだと思うんですけど(名推理)。

 

 桃が振りかぶりますが、魔力を失ってから今までの疲れが出たのか倒れそうになります。

 ここで桃を支えると友情度が増えかねないから危ないですが、助けないのも楓くんの性格的に違和感あるので助けましょう。

 

 ベンチに座らせると数分寝ると言って大人しくなります。

 桃やミカン姉貴たち魔法少女は、光の一族との契約と同時に自身の体がエーテル体に切り替わり──要するに人の姿をした魔力の塊になる訳ですが、この魔力が少なくなると魂が霧散してしまうんですね。これが魔族に生き血(魔力)を取られるわけにはいかない理由なのです。

 

 このことを本人から言われていないシャミ子は実力不足を実感し、起きた桃に変身しなくて良いと、桃に認められたいと伝えます。

 はぇ~すっごい健気、こんなのが魔族なんて各方面に失礼だよね。ほんとは光の一族なんじゃないの? 正体見たり! って感じだな。

 

 尤も闇の一族とは光の一族が定めた矩に定まらず弾き出された連中の総称みたいなもんなので、あながち間違いではないと思いますが。

 

 

 ──シャミ子が桃に正拳突きとアンクルロックと一本背負いのどれで攻められるかを聞かれてますね。詰め寄られたシャミ子はあまりの恐怖に一瞬で危機管理フォームに変身しました。

 

 ……楓くんが物凄い顔をしている。

 

 主人公くんの感性はマトモなので、シャミ子√だろうが他ヒロイン√だろうが基本的に危機管理フォームを見るとドン引きします。

 

 楓くんのドン引き顔と桃の脅しが相まって、シャミ子が捨て台詞と共に逃げました。そんなところで今partはここまで。

 イベント終了の暗転までミカン姉貴の健康的エロスを感じる背中をガン見しておきましょう。

 

 ……描写的にはブラ紐なのでしょうが、どちらにせよ思春期の男の子には刺激が強い格好ですね。惚れた女の子の無自覚でえっちな後ろ姿はどうだ? 感想を述べよ! 

 

 

 ◆

 

 

 放課後になる度にシャミ子が桃に連れていかれるのは鍛えているから──というのはわかるのだけども、今回はそうでもないらしかった。

 

 この間ミカンと出会ったあの路地裏での格好が気になったと桃が言っていた。あの時はミカンを見ていたから、シャミ子がどういう格好をしていたかあまり覚えていない。

 

「楓くんも来たのね、こんにちは」

「──あぁ、こんにちは。ミカン」

 

 半裸がどうとか全裸がどうとか言っていたがなんなのだろうか。

 

 それはそれとして、転校まで暇らしいミカンが合流しているのは驚いたが──問題は格好だった。女性の服装の知識は全く無いからあまり分からないが、肩や腕が出るその服装は無防備過ぎるのではないだろうか。

 

 しかもその肩紐は……いや、やめておこう。

 スパッツといい、今日のミカンは普段以上に直視できない。女性はこの手の視線には敏感だと聞いているし気を付けなくては。

 

 

 ……話は戻るが、どうやらシャミ子の魔族としての戦闘用の衣服があるようで、それをリリスさん曰く危機管理フォームと呼ぶとか。

 

「それじゃあ早速変身しようか」

「嫌ですけど!?」

 

「嫌って言っても変身するんだよ。シャミ子が恥ずかしくても、いざというときはガンガン変身してもらわないといけないんだから」

 

「ぐぬぅ……楓くんだっているのにあんな格好はしたくないですよ! 桃が変身してくれるならしても良いですけど? 嫌だろぉ……」

 

 そうか、桃も魔法少女だからミカンのような格好になれるのか。

 どんな服装なのか少し気になるな──

 

(りょ)

「……え゛」

 

 一瞬の光の直後、桃の姿が派手なピンク色になった。子供向けアニメのキャラクターのコスプレめいた服装は、クールな雰囲気の桃とは明らかにミスマッチである。冗談だろ……? 

 

「ん~! やっぱり桃の戦闘フォームってきゃわわ系よね! でももうアレはやらないの? くるって回るやつ」

 

「昔の桃は回ってたのか?」

 

「ええそうよ。くるっと回って、なんならウィンクだってしてたんだから」

 

「桃にも可愛い時があったんですねぇ」

 

 それだと今は可愛くないって事にならないか。

 

「ミカン、そんなに私の手料理が食べたいの?」

 

「……もっと言いたいことがあったけど忘れたわ、ごめんなさい桃の料理だけは駄目なの」

 

 口を押さえてガタガタ震えだすミカン。そんなに桃の料理はひど……確かこの間、焼いてすらいないウインナーを食べてたな。なるほど。

 

 ……改めて、シャミ子が片手でリリスさんの像を掲げて叫ぶ。

 

 

「危機管理ー!!」

 

 

 ──だがなにも起きなかった。首を傾げたシャミ子はまたも叫ぶが、しかしそれでも何かが変化するということはない。

 

「……ごめんね」

「謝られるのが一番きついんですよ!!」

 

 ──自分も謝りそうになったが踏みとどまる。どうして変身できないのかをリリスさんが説明してくれたが、本気で危機感を抱かなければ変身できないとは微妙に使いづらそうだ。

 

 そして、それを聞いていた桃がシャミ子の尻尾を縛り動けなくしてステッキを構えた。

 

「……そのフレッシュなんとかはシャミ子に使っても大丈夫なのか?」

 

「フレッシュピーチハートシャワーは寸止め機能もあるから大丈夫だよ」

 

「なんでぶっぱなす系に聞こえる技に寸止め機能なんてあるんですか!? でもちょっとワクワクしてきました!」

 

 シャミ子が女児向けアニメよりは特撮の方が好きそうだったことを思い出しながら、野球のようなフォームでステッキを振りかぶる桃を見──

 

「桃!」

 

 ──突然脱力した桃が眼前で膝を突き、倒れそうになったのを咄嗟に支えた。

 

「……ごめん、楓……連日の、疲れが……」

 

 まぶたを閉じた桃の衣服が制服に戻り、安らかな寝息を立てる。なんとかベンチに座らせるが、額にはじんわりと汗が滲む。

 

 ハンカチで拭う傍らでシャミ子とミカンの会話を聞き入ると、信じられないワードが飛び出した。魔力の消耗によっては消滅? シャミ子の取った血の量によっては危なかった……? 

 

 ──耳鳴りがキンキンとうるさい。もしかしたら、自分はシャミ子たちのしていることを甘く見ていたのかもしれない。数分経って目を覚ました桃にシャミ子が何かを言っているが、頭に入ってこないでいた。

 

 

 今度は桃を変身させないで、シャミ子を変身させる方法を考えることとなった。

 正拳突きとアンクルロックと一本背負いはシャミ子が大怪我するから駄目だろう。

 

 尻尾を鷲掴みにして綱引きのように引き寄せながら詰め寄る桃に圧力を加えられ、シャミ子はさぞ恐怖したのだろう。桃の時のように光に包まれようやく変身して……………………。

 

「あ、変身できたね。よかった」

「……………………は……?」

 

 シャミ子の戦闘フォームとやらは、正直に言うと直視できない程に酷いものだった。

 本人の優しい性格から遠くかけ離れた露出の激しい衣服だというのに適切なフォームと呼ぶリリスさんの感性を疑うレベルである。

 

「ふぐっ、ふぐっ……!」

 

 涙目になり嗚咽を漏らすシャミ子は、捨て台詞を最後に走り去ってしまった。

 直前まで真面目なことを考えていたのに、その全てを吹き飛ばすインパクトを脳に叩きつけられたこちらの身にもなって欲しい。

 

 ──まあ、シャミ子があんなにも元気に走り回れているのなら、それで良いのだろう。

 

 …………明日からどんな顔で挨拶をすれば良いのかについては、今は考えないでおく。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/5
愛/0

・ちよもも
友/5
愛/0

・ミカン姉貴
友/2
愛/0


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part11


見ててください、俺の……初投稿!



 

 思ったより早く単行本2巻分が終わりそうなゲームのRTAはーじまーるよー。

 

 前回はシャミ子の危機管理フォームにドン引きしたところで終わりましたね。

 それではシャミ子と共にミカン姉貴と待ち合わせて映画館に向かうところから再開です。テスト? なんのこったよ(すっとぼけ)

 

 楓くんの成績は……んまぁそう、平均くらいですかね……。

 

 それでは平日朝という贅沢な時間帯に映画館に向かいましょう。バイトをしていて所持金に余裕があるシャミ子がリリスの分も買っていますが、シニア扱いは事実でもやめてさしあげろ。

 

 

 余談ですが、リリスは攻略ヒロインに入ってないんですよね。

 まあ生身になってからはご近所掃除おばさんと化していてイチャつく余裕が無いからでしょうけど。だってリリス、毎日三貫のゴミ掃除しないと死ぬ体になりますし。

 

 ……この件は単行本5巻の話なのでまた後程。

 

 

 気を取り直して、ポップコーンや炭酸飲料を購入していざ鎌倉。

 楓くんはともかく私はしょっちゅう外出先で腹を下すので映画館は天敵ですね(半ギレ)

 

 貸切状態の部屋で映画を鑑賞する事になっていますが、忘れてはならないのが今回の目的です。これはミカン姉貴の精神修行でもあるので、一応ホラー映画を見ることになっていますね。

 

 驚いたり泣いたりすればそれで呪いが出るので下手したら病院送りにされかねませんが、これも攻略のため……(葦名おじさん)

 

 シャミ子の尻尾がもげたら大変なので、シャミ子・楓くん・ミカン姉貴の順で座り、ミカン姉貴と手を握りましょう。ここまでで友情度が1でもあれば手を握れるのでご安心を。

 

 寧ろ注意しないといけないのは手ではなく咄嗟に手首を握られることで、ミカン姉貴は桃に劣らず魔法少女としての力が強い方なので驚いた拍子にマジカル筋力で握り潰されます。

 

 

 ──お、暗くなりましたね。ようやく映画が始まり…………マ゜ッ!! 

 

 ……部屋が暗くなる合図のブザーに驚いたミカン姉貴に思い切り手を握られました。

 骨が砕けるかと思うくらいのダメージを負いますが、謝られながら改めて手を重ねます。ナチュラルに恋人繋ぎとかこいつすげぇ天然だぜ? 

 

 ほんとに天然ゆえの行動なので勘違いしてはいけない(戒め)。さて、映画が始まりましたね。それではご覧下さい(KBTIT)

 

 内容は……んにゃっぴ、よくわからないゾンビアポカリプスモノですね。ゾンビ系ならゾンビランドが面白いですねぇ! 実写バイオなら1と2だけ見ておけば問題ないです。原作キャラの雑な扱いはもう許せるぞオイ! 

 

 

 ──あっそうだ(唐突)。

 感想(コメント)でホモが『シャミ桃がもうじき友情度6になるけどええんか?』といった具合に心配していましたが、確かにそろそろ危ういです。

 数値で言うとシャミ子が5.8で桃が5.4くらいまで貯まってますからね。恐らくシャミ子は次のイベントで6になり、愛情度も1増えます。

 

 しかしこのゲーム、友情度を0から5に上げるのと5から6に上げるのでは後者の方が難しいです。ぼくものやルンファクよろしくプレゼントしたりイベント参加でポンと上げるのを前提としているため、ただ一緒にいるだけでは中々上がらないんですよね。

 

 幼馴染補正で上がりやすい杏里ちゃんなどは特に気を付けないといけませんが、彼女はそもそも他ヒロインの登場に伴い出番が徐々に減るのでまあ平気でしょう。単行本3巻なんかでは1……か2回くらいしか出てきませんし。悲しいかな……。

 

 

 なんて言ってる間に映画が終わりましたね。いやぁ、ラスボスが溶鉱炉に親指を立てながら沈むシーンは涙無しには見られませんでした。

 中盤のレーザートラップのシーンなんて手に汗握りましたよ。

 

 ミカン姉貴は呪いがでなかった事に喜んでいますが、そら驚く前に失神してたらそうなるよ。何はともあれ、シャミ子とも仲良くなったようでなによりです……(保護者目線)

 

 いつかゆるキャラ映画を見てみようと約束していると、奥から桃が現れました。

 頭にたまさくらちゃんのサンバイザーを被っていますが呪いの影響ではありません。

 

 ……なんか桃が楓くんを見てますね、恐らくはたまさくらちゃん好き同士の癖になんでこの映画を見てないんだとでも思っているのでしょう。

 

 シャミ子にたまさくらちゃんが好きなのかと聞かれていますが、極めて好きというわけではなく、むしろ買い支えないとという義務感しかないらしいです。私もまちカドまぞくの単行本を買って売上に貢献してるのでよくわかります。

 

 ──自分抜きで楽しそうだと言う桃がサンバイザーの電池を理由に帰りました。その後ろで、またやらかしたと涙目のミカン姉貴が呪いを出してポップコーンを膨れ上がらせています。

 

 あーっ困りますお客様困りますあーっ困りますあーっお客様あーっ!(店員)

 

 

 

 ……時間が過ぎてお昼のご飯時。

 桃宅で鍋を囲んでキャベツや豆腐を茹でていますが、桃がどことなく不機嫌ですね。自分が陰の者だと自覚しつつもハブられたらそれはそれで複雑だと言うことですか。千代田さんさぁ……。

 

 まあ良いでしょう。桃とミカン姉貴のプチ修羅場めいた光景を見ながらシャミ子に煮込まれたキャベツをよそって貰います。

 膝の上で喉を鳴らすメタトロンの重さを感じつつポン酢に付けて……旨い! (ねるねるねるね)

 

 ミカン姉貴曰く桃は昔はもっと元気そうだったようですが、ここ数年で目が死んで元気も無くなったらしい。姉が消えたり町を守らないといけなかったりと色々ありましたしねぇ。

 

 

 それではシャミ子が補習の為に離脱したところで今partはここまで。

 

 メタトロンが膝の上で『時時時時時時時時(ときときときときときときときとき)……』と鳴いてるんですが、これもしかしてゴロゴロ音のつもりなんですかね。

 

 

 ◆

 

 

 私ことミカンは、いつもの河川敷で朝から待ち合わせをしていた。ボーッとしていると、制服姿の二人が現れる。

 

「お待たせしました、ミカンさん!」

「……桃は居ないのか?」

「今日は無理を言って休ませたわ。それじゃあ早速だけど、ちょっと付き合ってくれる?」

 

 私の精神修行の為に楓くんと優子を巻き込んでしまうのは申し訳ないと思っているけど、桃の負担を減らすためだからしかたないわ。せめてもと思い三人分のチケットを買ったら、優子がご先祖様の分を律儀に買っていた。

 

 平日の朝早くから訪れた映画館でチケットやポップコーンなんかを買ってスクリーンのある部屋に向かうと、そこには誰もいなかった。楓くんが廊下で別の映画の看板を見ていたけど、もしかしてそっちの方がよかったかしら。

 

「貸切状態だな」

「この時間なら誰もいないの。これで呪いが出ても安心よ?」

「私たちは安心ではないのですが……?」

 

 優子の正論にたじろぐけれど、チケットを買った以上後戻りは出来ない。楓くんを挟んで優子と私で座ると、楓くんの袖を引いて言う。

 

「楓くん、手を握ってもいいかしら」

「……………………はい」

 

 妙な間のあとに、座席の手すりに腕を置いて手を差し出してきた。自身の手を重ねると、男の子のゴツゴツした手の感触が伝わってくる。

 

「固いのね、それに大きい。私の手が収まっちゃうわね」

 

「…………はい」

 

 反応が薄い楓くんの手のひらを触っていると、急に鳴り響いたブザーに驚いて思い切り握ってしまった。横から聞こえてくる呻き声に、咄嗟に手を離す。

 

「ぴいっ!?」

「──いっ……!」

「ご、ごめんなさい! 大丈夫!?」

 

「楓くん、どうかしました?」

 

 何事かとこちらを覗き込んできた優子を、楓くんがなんでもないと言い視線をスクリーンに戻させる。楓くんはもう一度腕を置くと小さく笑った。

 

「ほら」

「……ごめんね」

 

 今度はゆっくり、優しく手を繋ぐ。

 

 強く掴まれたら怒って当然なのにそうしない楓くんにやや甘えている節はあるけれど、男の子とこうして触っても緊張しないのは珍しい事だと思っている。

 

 顔をスクリーンに向けながら、私は自然と自分の手の指を楓くんの指と絡ませていた。

 

 ──きっとこの時、楓くんを見ていたら顔が真っ赤なことが分かっただろう。

 

 ……尤も、映画が始まって数分で気を失っていたのだけど。それでも呪いが出なかったのは、右手から伝わる固い感触と暖かさがじんわりと伝わっていたからだと、そう思っているの。

 

 

 

 ……気が付けば映画は終わっていて、私は楓くんと手を絡ませたまま気絶していたらしい。内容の殆どが記憶に残らないまま私は部屋を出ていた。

 

「……あの映画はどういう話だったの?」

「なんだか……凄かったです」

「色々と詰め込まれてたな」

 

 そう言われると気になってしまうし、その内もう一度見に来ようかしら。

 

「ここに来てからは桃以外に知り合いなんて居なくて不安だったけど、これならどうにかなりそう。楓くんと優子のお陰ね」

 

「私のことはシャミ子と呼ぶが良い! 一応魔族ネームですからね。アダ名ですけど」

 

「とうとう優子呼びをするのが清子さんだけになったな、シャミ子」

 

「楓くんが名前で呼べばいいのでは?」

「なんかやだ」

 

 そんな軽い会話を耳にすると、優──シャミ子と楓くんがご近所さんな事がよく分かる。だから私も最初は兄妹と勘違いしたのだけど。

 

「次来るときは違う映画も見ませんか? ほら、このゆるキャラ映画なんてどうですか?」

 

「良いんじゃないか」

「そうね──あら?」

 

 廊下の奥から、見覚えのある顔が変なものを被って現れた。

 

「も、桃!? その頭はいったい」

「まさか私の呪いで……!?」

「違う。自分の意思で被ってる」

「そのサンバイザーはまさかたまさくらちゃんグッズ……!」

 

 楓くんのテンションが突然高くなって驚いていると、シャミ子が桃に話しかける。

 

「好きなんですか? たまさくらちゃん」

 

「極めて好きという訳じゃないよ、寧ろ買い支えないと……という義務感しかない」

 

「帽子を光らせてるのに……?」

 

「だってたまさくらちゃんは頑張ってるのに、マイナーでフォロワーも80人しか居ないんだよ」

 

「フォロワーってなんですか?」

 

 横でうんうんと頷いている楓くん、もしかしてこのゆるキャラが好きなの? さっき見てた看板もこれのものなのかしら。

 

「それにしても三人で遊んでたんだ。仲良くなっててよかったよ」

 

「えっ、違っ、遊んでた訳じゃないのよ! 桃に心労掛けさせたくなくて、これは修行の一環で──!」

 

「わかってる、私も毎日修行修行ばっかりだったのが悪いよ」

 

「……桃、ミカンは悪くなくてだな」

「サンバイザーの電池が切れるから帰るね」

「なにその理由!?」

 

 どんよりとした空気を出しながら、桃はそそくさと帰ってしまう。

 自然と涙が溢れて、心の平静を保てず呪いが溢れてしまった。

 

「どうして良かれと思った行動がいつも裏目に出てしまうの……!」

 

「あわわわ……ポップコーンが!!」

「これ弁償コースか……?」

 

 涙が引っ込むまで、ずっと楓くんに背中をさすられていた。

 

 やさぐれ気味の桃を追いかけて家に行くと、あれよあれよと鍋を囲むことになった。向かいにシャミ子と桃がいて、私の隣に膝にメタ子を乗せて撫でている楓くんがいる。

 

「私は遊びたくて桃をハブったわけじゃないのよ!?」

 

「だからもう気にしてないって」

「嘘! 露骨に元気が無いじゃない!」

 

「あの、キャベツ食べられますよ?」

「シャミ子、俺にくれ」

 

「この数年で何があったのよ! 目が死んでるし!」

「色々あったんだよ、ミカンは知らなくて良い」

 

「豆腐も食べられますけど……」

「よそってくれるか」

 

 鍋を挟んで黙々と食べている楓くんとお皿によそうシャミ子を余所に、私と桃の会話が白熱して行く。徐々に黙り始めたシャミ子が、とうとうお玉を楓くんに渡して席を立った。

 

「……夕方から補習があるから帰りますね」

「シャミ子、送っていこうか?」

「待って二人とも行かないで!」

 

 立ち上がって帰る寸前のシャミ子は無理でも、メタ子が膝にいて動けない楓くんだけでも残って欲しい。

 

「せめて、せめて楓くんだけでも残って! この空気で桃と二人は無理よ!」

 

「……だそうだ、一人で平気か?」

「大丈夫ですけど、多分それは私の台詞ですよね」

 

 メタ子を持ち上げてどかそうとしていた楓くんの肩を掴んで押し留める私と、鍋の中身をよそって食べ始めた桃と、申し訳なさそうに会釈して出ていったシャミ子。

 

 メタ子の喉を撫でながら、楓くんは深くため息をついていた。

 

 

時時時時時時時時(ときときときときときときときとき)……時来てるぞ……」

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/5
愛/0

・ちよもも
友/5
愛/0

・ミカン姉貴
友/4
愛/0


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part12


確か初投稿だった筈です。



 

 シャミ桃の大変よろしいウ=ス異ブック(全年齢)を購入したのでパワー全開なゲームのRTAはーじまーるよー。

 

 前回はシャミカンと映画館デート(愛情度は0)をしたところで終わりましたね。今回は良ちゃんが借りているパソコンが動かなくなり、桃宅に訪れるイベントから再開です。

 

 正直に言うとこのイベントはやらなくても問題ないのですが、これを挟まないとお父さんBOXの話に入って単行本2巻が終わってしまうので、それだとあまりにも短いんですよね。

 えっ、小倉とごせん像回? …………? なんのことですか? 

 

 

(小倉は個人的に会いたく)ないです。

 小倉ァ! は攻略wikiが通用せずそもそも会う機会が滅多に無く、しかも友情度が幼馴染補正があっても上がりづらいとかいう屈指の強キャラなんだよなぁ。

 

 なんとか友情度を6まで上げて愛情度が1でも上がればそこからブーストが掛かって一気に攻略出来るのですが、いかんせんそこまでが長すぎる。これ軽く二日はかかるんじゃないのぉ? 

 

 尚、攻略してると倫理観の欠如したあーサイコ……から徐々に乙女になるので一見の価値はありますよ、愛情度増えると勝手に自室の合鍵作られたりしますけど。

 睡眠での画面暗転後に朝になって起きたら、画面に小倉の顔がドアップで出てきて椅子から転げ落ちたことありますからね。ブラクラかなんか? 

 

 ですが愛情度が上がった小倉は活動拠点をばんだ荘の屋根裏から主人公くんの自室に切り替えて勝手に住み込み始める為、私生活の時間帯を把握すると毎日着替えシーンを拝めるのでOKです! 

 

 

 ──話を戻しまして、パソコン片手に桃宅に向かおうとしている二人とばんだ荘の下で鉢合わせました。多魔市の公民館こと桃の家に行くらしいので楓くんも同行しましょう、ミカン姉貴の肩出ない系の服のスクショ撮りたいし……。

 

 飛ばしても問題ない……と言うかタァイム的にも飛ばすべきイベントにわざわざ参加するこんな行動を専門用語で『ロス』と言います。

 偉大なる父は揃った装備を眺めるとかいう私より酷い理由でロスしてるので大丈夫だって安心しろよぉ! へーきへーき、平気だから。

 

 まあそろそろシャミ子の友愛度が6/1になるので平気じゃないんですが。

 尤も愛情度は5辺りからが本番みたいなもんなので、4までならシャミ子は楓くんを近くにいるとドキドキする良き兄貴分としか見ないでしょう。

 

 

 ……シャミ子に呼ばれましたので良ちゃんと共に家に入ります。

 

 お昼にポテチという雑にも程がある昼食の桃にシャミ子が手料理を振る舞うべく台所に立っていますが、楓くんはやることないので良ちゃんの隣で大人しく座っておきます。

 

 その辺に雑に転がってるステッキが気になった良ちゃんですが、魔法少女だとバレるわけにはいかない桃の手によってフライ返しとして使われフライパンくんがお亡くなりになりました。

 

 楓くんのあぐらをかいた膝に乗り込むメタトロンを撫でていると、戻ってきた良ちゃんに反応して発光し始めます…………ヌッ!(目潰し)

 

 

 ──メタトロンが発光したり喋ったりしては言い逃れ出来ないということで、桃は自分が魔法少女であることを暴露します。

 良ちゃんに対してあんなに光るということは、やはり魔法少女の素質が高いのでしょう。清子さん元魔法少女説は確定的に明らかですね。

 

 しかし良ちゃんは桃が魔法少女だったことは知っていたようです。シャミ子が黙っていたのは人には言えない方法で調略し篭絡したからだと言っています。そういうの(薄い)本で見た! と言っていますがそれのタイトル言えます? 

 

 絶対シャミ子を軍勢のトップにしたいウーマンの良ちゃんは桃が配下だと信じて疑わず、嘘をつくべきではないと思いながらも桃は良ちゃんに対して肯定します。あんな輝いた笑顔を見せられたら……仕方ないね(レ)

 

 桃はシャミ子に寝込みを襲われてるし冷蔵庫を作りおきで一杯にされてるので嘘は言ってないんだよなぁ……と思っていると、コンビニから帰ってきたらしいミカン姉貴が帰宅してきました。

 何気に良ちゃんとは初対面のミカン姉貴までシャミ子の軍門なのかと聞かれています。

 

 軍門とはなんぞやと疑問系のミカン姉貴は、桃に部屋に連れ込まれて桃色魔法少女に勝てるわけないだろ!(スマブラ)されていますね。

 何処にアイスを入れられてるのかは知りませんが、あーだめだめその声はえっちすぎます! 良ちゃんの教育に悪すぎるッピ! 

 

 妙に(なまめ)かしいミカン姉貴の声を録音しつつ楓くんに良ちゃんの耳を塞がせておきますが、少しして部屋から二人が出てきます。

 桃に調教されたミカン姉貴はよく分からないままシャミ子の軍門に下りました。

 

 

 …………あれ、そう言えばミカン姉貴の友情度が前まで2だったのにもう4になってますね。

 ……これは友情度が2.8くらいの時に映画館イベントで1.2以上増えたとかそんなんでしょう。稀によくある事なので気にしなくて大丈夫です。

 

 一旦嘘を突き通す方でやっていくことを決めたシャミ桃の裏で、良ちゃんは楓くんにロックオンしてきました。アーヤバイ! 

 

 

 軍師「お姉の軍門に下って♡」

 楓くん「………………ハイ」

 

 

 ──楓くんはもう少し抵抗して! クリスマス回の6歳児だってゾンビ相手に寒い中ライフがトゥルル(減少音)って頑張ってんだから! 

 

 ……この間まで2だった友情度が一瞬で4まで跳ね上がったんじゃが? 良ちゃんチョロい……チョロくない? おじさん心配なんですが。

 

 結局パソコンの調子が悪いのはエアコンがないシャミ子の部屋の暑さが原因の熱暴走だったようで、よく休ませるかこっちで使えばいいとのことです。ちなみに良ちゃん√では主人公くんの自室を使わせる選択肢が出てきますね。

 

 それではやることも済んだので倍速でさっさと帰りましょう。このイベントでとうとうシャミ子の友愛度が6/1になりましたが、特に変化は無いようですし……。

 

 

 ──なんで等速に戻す必要があるんですか。

 

 

 ばんだ荘に帰って来て別れる寸前、惜しむようにシャミ子が楓くんの腕に尻尾を巻き付けてきました。無意識の行動でシャミ子もよくわかっていないようですが、これこそが愛情度1になった事を知らせる行動なんですよね。

 

 だ、だーいじょうぶだって安心しろよ~! ミカン姉貴以外の愛情度が7にならない限りはまだ再走案件じゃないから! 

 

 ……それ以上にシャミ子のこういった行動は私の地雷なので楓くんではなく私に直接ダメージが来ていてわりとキツいです。

 

 そんなこんなで今partはここまで。次回で単行本2巻分は終わるでしょう……ヴォエ! (喀血)

 

 

 ◆

 

 

 桃さんから借りたパソコンの調子が悪くなって、お姉と家まで向かう為に階段を降りていると、偶然部屋から出てきたお兄と鉢合わせた。お兄は良たちに気付いて近づいてくる。

 

「あれ、シャミ子と良ちゃん?」

 

「楓くん、ちょうどよかった。桃…………ちゃんの家まで一緒に来てくれませんか? パソコンが動かなくなってしまったんです」

 

「それは大変だな。別にいいけど、良ちゃんはどう? 俺も参加していい?」

 

 お兄はそう言って良に目線を合わせてくるけど、駄目なわけがないから了承した。

 

「いいよ、お兄も行こ」

「ん。了解」

 

 お姉からパソコンが入ったカバンを受け取って、お兄が良とお姉に並んで歩く。

 暫く歩いていると、目の前いっぱいに広がるお家に到着した。

 

 まるで城塞のようなそれにお姉が入ってから少しして招かれると、中も外のように広かった。ソファの横に可愛い棒が落ちていたり変な鳴き声の光る猫ちゃんが居たりして──それからお姉が桃さんの正体を明かしてくれた。

 

 なんとなくそんな気はしていたけど、やはり桃さんは魔法少女だったらしい。

 お姉は凄い。こんなに強そうな人を配下にして、更には手料理を振る舞っているなんて! 

 

 お兄も良と一緒にお姉の手助けをしてくれたらいいのに……なんて考えていたら、誰かが家に入ってきた。オレンジ色の髪の毛をした女の人で、凄くオシャレな格好をしている。

 

「あら、その子はどなた?」

 

「この子は吉田良子、シャミ子の妹だよ。良ちゃん、この人は桃の仲間の魔法少女」

 

「そうなの!?」

 

「そうよ、私は陽夏木ミカン。良子……ちゃん? 貴女もアイス食べるかしら」

 

 そう言って2本あるアイスを割ったミカンさんに気になったことを聞く。

 

「ミカンさんもお姉の軍門なのですか?」

「グンモン? なにそれ、新しい柑橘類?」

「ミカン、ちょっと来て」

「んむむっ!?」

 

 でも、答えを聞く前に背後に回った桃さんがミカンさんを部屋に連れていった。

 

 

「──んぐー! んんん~っ!? やっ、そこにアイスは駄目! 呪いが出ちゃうからぁ!! ……なります! なんだかよく分からないけど配下になる! 配下になりますーっ!!」

 

 

 ……急にお兄が良の耳を塞いできた。声がくぐもってよく聞こえなくて、顔を上げると頬が赤いお兄が視界に入ってくる。

 

「お兄、よく聞こえないです」

「……良ちゃんにはまだ早いかな」

 

 戻ってきたミカンさんは服がはだけていて、桃さんは何故か蛇に巻かれていた。

 

「……たった今から配下のミカンです」

「み、ミカンさん……」

 

 ソファとテーブルの前の間に顔を覆いながら丸まって動かなくなったミカンさんを余所に、お姉と桃さんが台所で何かを話している。

 

 ふとお兄の顔を見上げた良は、お兄にも同じ質問をしてみた。

 

「お兄もお姉の軍門に入りませんか?」

「……俺も?」

「はい!」

「いや、まあ、うーん」

「駄目……ですか?」

 

 お兄は渋っているけど、良は是非ともお兄をお姉の軍門に入れたい。そうすればきっと、もっと楽しい日々を送れる気がする。

 

「──ま、いいか。シャミ子の配下になるのもそれはそれで悪くないかも」

 

「……! やった!」

 

 お兄の服を掴んで飛び跳ねる。良の頭を撫でる手は大きくて────もしお父さんが居たら、こんな風に撫でてくれたのかもしれない。

 

 

 

 ──パソコンの不調は良たちの部屋が暑いのが原因だったらしい。

 夕焼けが照らす住宅街を歩いて家に戻り、お兄と別れて階段を上がろうとした時、お姉の尻尾がお兄の腕に巻き付いているのを見た。

 

「……シャミ子?」

「──えっ、あれ、どうして?」

「それは俺の台詞なんだが」

 

 お姉の尻尾は感情によってよく動くから、今のも何らかの理由でそんな動きをしたんだろうと判断できる。でもあんな動きは嬉しいとか悲しいとかじゃないと思う。それよりももっと、直接的な理由があるはず。

 

 ……難しいことは帰ってから考えよう。お兄の腕から尻尾をほどいたお姉と一緒に、お兄に手を振ってから階段を上る。

 

「……あれ、なんだろうこれ」

「良子? どうかしました?」

「写真があったの。桃さんが入れたのかな」

 

 帰ってからパソコンを起動してデータを確認し、印刷してもらった書類を確認すると、一枚の写真が落ちてきた。それは見たこともない格好をしたお姉の写真で、桃さんのメモ曰くこれがお姉の戦装束らしい。

 

「お姉、戦ってるときこんな感じなんだ」

「…………おのれ魔法少女! 戦じゃー!」

「良はかっこいいと思うよ!」

 

 窓から外へ叫ぶお姉を見ながら、良はそんなお姉の後ろ姿を激写した。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/6
愛/1

・ちよもも
友/5
愛/0

・ミカン姉貴
友/4
愛/0

・良ちゃん
友/4
愛/0


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part13


もしかして……初投稿じゃない……!?



 

 読み上げ機能のお陰で更にRTAっぽくなったゲームのRTAはーじまーるよー。前回は楓くんがシャミ子の軍勢に加わったところで終わりましたね。

 

 今回で単行本2巻が終わります。

 とは言ってもイベントに参加するのは最後の方だけで、楓くんは直前でシャミ桃が清子さんから話を聞くイベントには参加しません。

 

 今partは部屋を飛び出した桃をシャミ子が追いかけるところから再開です。

 

 そもそも楓くんが居ない間に何があったんだよという話ですが、これに関しては少し長くなるので順を追って話しましょう。

 

 

 先ず十年前。一族の呪いを良ちゃんの分まで引き受けたことで、アホアホになったり病気になったりで洒落にならないレベルでシャミ子は死にかけていました。

 

 魔法少女と魔族が共存できる町を作り上げた桜にこの事で相談をした際、桜には一族の呪いに干渉してもらったのです。

 一族に残された金運をシャミ子の健康運に変換したり色々と弄りまくった結果が『月四万円生活』の呪いだったんですね。

 

 それでもシャミ子が快復するには一歩足らず、町を守る力が減った桜はヨシュアに協力を要請しました。ですが少し前に起こったある事件で共闘するに至った桜は、ヨシュアを段ボールに封印して姿を消してしまいます。

 

 

 一方その頃、孤児だった桃は桜に引き取られて短い間ですが家族のような関係を築きました。

 ですがある日、桃が桜ヶ丘から離れている内に桜は姿を消してしまいます。

 桃は桜の行方を追うために古株の魔族などを探しますが、魔法少女と出会わないようにする結界に阻まれ、そのまま十年が過ぎ去ります。

 

 この間に桃は世界を救ったり、エーテル体同士……つまり魔法少女間でのいざこざで古傷が残ってしまいました。恐らくは魔族に対する穏健派と過激派の衝突でもあったのでしょう。

 

 そうして15歳になるまで進展がないまま町で過ごしていると、なんと魔族に成りたての少女とすれ違いました。これ幸いと後をつけているとその魔族はダンプに轢かれそうになります。

 

 良くも悪くも、『ギリギリで死なないようにする調整』のお陰でシャミ子は桃に助けられます。魔族に目覚めたシャミ子が悪人になったりしないようにしつつ、姉の手がかりになるかもと思い桃はシャミ子と関わって行きます。

 

 

 そして今日この日、桃は桜と吉田家の関係を知り、実は本当に宿敵同士だったことを再認識して部屋を飛び出しましたとさ。

 

 まあ桜はコアになってシャミ子の中に居るんですけどね、初見さん。

 

 

 桃がばんだ荘を飛び出したあと、シャミ子がドアを叩くので部屋を出ましょう。

 

 探す手伝いをして欲しいとのことですが、楓くん自身はよくわかっていませんが了承します。親切な人設定は都合がよくて最高やで(ゲス顔)

 

 とりあえず桃のことならミカン姉貴が詳しいだろうと提案し、楓くんを使って連絡を取ります。この時桃に電話をしても出ないのでしないようにしようね!(糞土方)

 

 それと大事なこととしてミカン姉貴と歩道橋の下で会うまでにシャミ子から桜やヨシュアのことを聞いておきます。そうしないと楓くんが話の輪に入れないので。

 

 パンピー側でやるゲームはこう言うところが……辛いねんな。

 

 

 ついでにこういった話をされる主人公くんは、ようやく明確な目標を持つようになります。桜を探す選択肢を取る場合は桃、ヨシュアを段ボールから出す選択肢の場合はシャミ子の友愛度の上昇に補正が掛かります。

 

 この時ミカン姉貴の友情度が3以上の場合に限り、√分岐用の選択肢として『ミカンの呪いを解きたい』という考えに至ります。ハーレム√に行く場合は全ての選択肢を取りましょう。

 

 

 ──解説している内に目標地点に到着。

 

 ミカン姉貴は桜が失踪していたことを桃から知らされていなかったので、初耳だったせいで動揺から我々に土砂降りを浴びせてきました。シャミ子の危機管理フォームに渋い顔をする楓くんは置いておき、濡れながらも話を進めます。

 

 話の観点は桃とシャミ子の出会いの件ですね。

 

 そもそも魔法少女と魔族が出会えないようになっているのなら、何故一話の時点で出会えたのか? という事への疑問です。

 

 これは単行本5巻で小倉ァ! が言っていたように『結界が弱まっているからシャミ子が望めば魔法少女に会える』という部分が関係しているのでしょう。

 

 魔法少女に会うのを理由に家を出たシャミ子の望みを叶え、尚且つ呪いの調整での危機を救える相手が、偶然にも桃だった……と考えると納得できます。運命感じるんでしたよね?

 

 

 ともあれ、ミカン姉貴は桃の行く先に心当たりがあるらしいですね。それは桜ヶ丘公園という高台から町を一望できる場所です。

 

 夏とはいえ葉が一枚も無い木があるのは意味深ですよね。もしもこの木が結界の基点になっているとしたら、枯れている木=結界がもう限界だということなのでしょうか。まるでゆゆゆ二期みたいだぁ……(直喩)

 

 ──早速と桃の元に向かおうとするシャミ子を楓くんは見送ります。

 着いてこないのかと疑問に思うシャミ子には『桃はシャミ子を待ってる筈だ』とかなんかそれっぽいことを言っておけばええやろ。

 

 濡れた服を絞って歩道橋の下から出て、陽射しを浴びて乾かしましょう。

 申し訳なさそうなミカン姉貴にシャミ子と行かなくてよかったのかと聞かれますが、ぶっちゃけ楓くんが居ても邪魔なだけなので誤魔化します。

 あんな格好のご近所さんと歩いてて噂されたら恥ずかしいし……(ときメモ)

 

 ついでに√を定めておきたいので自分のすべきことをミカン姉貴に伝えます。お前の呪いを……お前の呪いをどうにかしたかったんだよ!(大胆な告白はエロゲー主人公の特権)

 

 面と向かってイケボ(当社比)で言われてはお姉さんキャラのミカン姉貴も動揺します。

 

 それでは強風に煽られて飛んできたビニール袋が顔面に張り付いたところで今partと単行本2巻はここまで。残りの時間は右枠で垂れ流してるイベントシーンをご覧下さい。

 

 ……あかん死ぬゥ!(窒息ダメージ)

 

 

 ◆

 

 

「シャミ子と行かなくてよかったの?」

「俺が行っても何もできないよ」

 

 呪いで降り注いだ雨に濡らされた服を絞り、歩道橋の下から出て陽射しで乾かす。

 

「これは魔族と魔法少女の問題だから」

「そうだけど……」

 

 垂れた髪を掻き上げて、水気を飛ばしてミカンを見やる。自分とシャミ子をずぶ濡れにした罪悪感があるのか、目線が右往左往していた。

 

「桃の家って、広いだろ」

「……そうね」

 

「他の人と暮らすのが前提の広さに桃はずっと一人だったんだよ。そこに理由はどうあれシャミ子が現れて、ミカンがここに来て、おまけに俺がいて、あの家も騒がしくなっただろ?」

 

「うん」

 

「──楽しかった筈なんだ。本気で逃げようなんて思ってる訳じゃないんだよ、シャミ子が追いかけてやればすぐに戻ってくるさ」

 

 髪を適当に握ると水滴が落ちてくる。暫くはこのままでいた方がいいだろう。

 河川敷と道路の間にある階段に腰掛けると、ミカンがその横に座ってきた。

 

「そこまで考えて行動していたのなら、それは何も出来ないとは言わないわよ。楓くんも、ちゃんと人助けをしてるじゃない」

 

 ね? と言って真横で笑って見せるミカンだが、自分はその顔を直視できない。人の気も知らずに──と内心で愚痴をこぼす。

 

 少し前までは杏里とシャミ子の三人で登校して、杏里とお喋りしたりシャミ子の早退に付き添ったりしていた。

 

 それでも今では、いつもミカンの事で頭が一杯になる。

 

 ──つまりはそう言うことなのだろう。もう、自分の感情を誤魔化すことは出来ない。桃とシャミ子の手伝いをしたいとは思っているが、今はただ、それ以上に……

 

「……ミカンの呪いをどうにかしてあげたいと思ってるって言ったら、笑うか?」

 

「──へっ?」

 

 ミカンはすっとんきょうな声を出す。真横のミカンの方を向けない。顔が熱くて、水滴が湯気になりそうな程だった。

 

「俺に何が出来るのかはわからないし、何も出来ないかもしれないけど、俺は……ミカンの力になりたいんだよ」

 

「っ、わ、私は桃の助っ人でシャミ子の護衛なのに、そんな私の力になるのは本末転倒なんじゃないかしら?」

 

 ミカンの声は震えている。自分の顔も赤くなっている。シャミ子と桃が深刻な話をしているだろう裏で、いったい何をしているのだろうか。

 

「…………笑わないわよ。そう言ってくれて凄く嬉しい。ありがとう、楓くん」

 

「……ああ」

 

 ミカンの笑顔はあまりにも眩しくて、しかしその顔から目を逸らせなくて──果たして吹き荒れる風が持ってきたビニール袋が顔に張り付いたのは突然だった。

 

「むがっ!?」

「ご、ごめんなさい! 急にあんなこと言われたからビックリしちゃって、ドキドキしちゃうんだもの……っ!」

 

 ビニール袋を剥がすと、風に乗ってどこかに飛んで行く。それから遅れて桃からメールが届いたことを携帯が知らせる。

 

「『帰る』……ねぇ」

「桃からのメール?」

「ああ。シャミ子の説得は終わったらしい」

 

 どうやら一先ずの問題はどうにかなったようだった。立ち上がったミカンが尻の砂利なんかを払うと、自分に向かって手を差しのべる。

 

「じゃあ、桃とシャミ子の元に行きましょう? ほら立って」

 

「……そうだな」

 

 片手で垂れた髪の一房を押さえるミカンの手は、年頃の少女として当然の柔らかさで…………魔法少女が普通の人間とは何も変わらないことを示している。

 シャミ子だってそうだろう。あの子もミカンも桃も、極々普通の女の子なのだ。

 

「桃の家で待ち合わせて、昼飯でも済ませよう。もうお昼時だし、みかんうどんとか作ってみないか?」

 

「いいわね! 折角だから、とびきり美味しいのを作りましょう?」

 

 

 ──自分はどうしようもないまでに、陽夏木ミカンの事を好きになってしまっていた。

 

 ──今はまだ黙っていよう。こんなことに現を抜かしている暇など無いのだから。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/6
愛/1

・ミカン姉貴
友/5
愛/0


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単行本第3巻
part14



初投稿だったらいいなぁ……。



 

 単行本5巻が終わるまでに30partはイキそうなゲームのRTAはーじまーるよー。

 偉大なる父のホモドーンRTA(9時間半)でも見ながら楽しんでや城之内……。

 

 30partを越えるRTAってなんだよ……と思っていたら、某動画サイトでBotWの100%RTA動画が70partを超えてたのを発見したので私のpart数はまだ少ない方ですね。安心しました。

 

 前回はちょうど単行本2巻が終わったところで終わりしたね(重複)

 今回はミカン姉貴がばんだ荘に引っ越してくるイベントから再開します。

 

 地図を片手に荷物を引いてきたミカン姉貴は目的の位置に廃墟しかないとか言ってきますが、んまあそう……否定は出来ないですね。

 

 魔法少女のミカン姉貴は光闇割引とかいう謎のシステムのお陰で格安で部屋を借りられたらしく、吉田家の横に引っ越してきたようです。

 

 

 数日前に大胆な告白(ではない)を済ませた楓くんを前にして肩出し系の服で来るとかこいつすげえ天然だぜ? 結構純情なんだからやめてよね。

 

 部屋に上がらせてもらうと、中のデザインはちょっと普通……3点! 

 

 楓くんの目線を借りて勝手に採点している私の横で、ミカン姉貴は先に持ってきていた荷物から服を取り出してシャミ子に渡します。

 

 前回の呪いの雨で服を駄目にしたお詫びだそうですが、ミカン姉貴の私服は肩が出る系ばかりなのでシャミ子は恥ずかしそうにしていますね。ここスクショタイム。

 

 あのシャミ子が男の視線を気にして楓くんをチラチラ見てくるとは……成長ですね。

 私も感動のあまり胸の奥から何かがせり上がってきます(逆流性食道炎)

 

 

 ミカン姉貴が引っ越してきたのは一人で考え事をする場所が欲しかったようで、桜の事を探していたのは桃だけではなかったとか。

 

 リリスがそもそも桜ってどんなやつなの……とザックリと聞いてきますが、ミカン姉貴曰く桜は綺麗で強いけど大雑把。

 行方不明でもどこかで生きてそうだから実はそこまで心配ではないらしいです。

 死亡フラグへし折り系だなんてまるで福井警視みたいだぁ……(照井です)

 

 ヨシュアの封印や町の保護にシャミ子の呪いの改善をした桜を見つけてしまえば色々と解決するからと、リリスは桜の行方を追うのを最優先するべきだと言い話を纏めます。

 

 それはそれとしてミカン姉貴は部屋に何を置くかでシャミ子とキャッキャしていますが、ドアの方から桃が嫉妬丸出しで現れました。シャミ子の決闘の手紙をデートと間違えて解釈した浮かれフルーツポンチさんオッスオッス。

 

 桃は前のイベントで部屋を飛び出したお詫びに菓子折りでも持ってこようとしたけど、ヨシュアが箱詰めなのに箱状の物を持ってくるのは不謹慎ではないかと考えていたとか。

 

 今度は壁が薄くて会話が丸聞こえだったらしく、清子さんがエントリーしてきます。

 それならお米券がいいとさりげなく要求してきますがキャラが多過ぎて画面が狭すぎる。

 

 終いには桃まで夏休み中はばんだ荘で暮らすと言い始めてあーもうメチャクチャだよ。

 シャミ子が両隣に魔法少女が来ることに気付いて上下の部屋を交換しないかとか言ってきますけど、ン拒否するゥ……魔法少女に挟まれてるシャミ子が見たいのでみとめませーん。

 

 いやそんなどっちの味方なんだって言われましても……ミカン姉貴一択でしょ。

 楓くんの視線に気付いたミカン姉貴は首を傾げますが、直後に前回のイベントの会話を思い出したのか顔を赤くします。エッッッッッ(桃並感)

 

 

 それではミカン姉貴の呪いでリリスさんが野鳥に持ってかれたところで今partはここまで。────さすがにこれは短い……短くない? 

 

 攻略する相手が居るからと飛ばさずに参加しましたが、いかんせん盛り上がりに欠けるのが問題ですね。これも全部すき焼きイベントと引っ越しイベントが別扱いなのが悪いんだよ。

 

 

 ◆

 

 

 ばんだ荘を探して住所の場所に来たのだけど、あるのは人が住んでいるのかもわからないボロボロの…………廃墟だった。

 

 そんな場所にまさかシャミ子とそのご家族に加えて楓くんまで住んでいたとは思わなかった。内装もそれなりにボロボロだったけれどこれは後で直せるから問題ない。

 

「それにしても、あの時はごめんなさいね。シャミ子の服を駄目にしてしまったし、折角だから整理も兼ねて私の服をあげるわ」

 

「そんなこと気にしなくても……」

 

「素直に貰っておいたらどうだ? 新しく買う余裕はまだ無いだろ」

 

 確かシャミ子のお家は呪いで貧乏だったのよね。それならちょうどいいし、何着か渡してもバチは当たらないでしょう。

 

 そう思ってよさそうな服を渡すと…………あろうことかシャミ子が普通にその場で服を脱ごうとし始めて慌てて止める。

 

「ちょ、ちょっとシャミ子! 楓くんが居るんだからしれっと脱がないの!」

 

「……あぇ?」

「俺は別に気にしないが」

「一番気にしてちょうだい!」

 

 兄妹みたいとは思ったけどもう少し気にしてくれるかしら!? せめてもと後ろを向いてもらって、今のうちに着替えてもらう。

 

 私の趣味のせいで肩が出るタイプの服を着たシャミ子は、肩と露出した下着の紐を隠して楓くんの方を見る。

 

「……肩が出ない系の服はありませんか」

「……ごめんなさい、すぐ取りかえるわね」

「似合ってると思うけどな」

 

 シャミ子は可愛いし、楓くんの言うこともわかる。でもさらっとした言い方から察するに、多分楓くんはシャミ子を『小さい子』以上には見ていないのだと思う。

 良くも悪くも、妹のような存在として大事なのかもしれない。

 

「私はこの手の服装に慣れてないんです!」

「同じ肩が出てる寝間着とどう違うんだよ」

「だいぶ違いますが!?」

 

 ……寝間着の服装知ってるのね……。

 

 ちゃんとした肩が出ない服をあげて数分、落ち着いてから改めて話を続ける。

 

 シャミ子のご先祖様が会話に入ってきて桜さんの事とかで話題が膨らみ、最終的に桜さんを見つけられれば諸々の事情が解決できるということでこの話は終わった。

 

「ミカンさん、桃にもちゃんと相談しませんか?」

 

「そうね! オニユズみたいにへこんじゃってたけど、一人で抱え込んでた分元気出てきたわ!」

 

「オニユズって、しわくちゃじゃないか……」

 

「もうっ、それはいいの! 

 これから一人暮らしが始まるわけだし、内装はどうしようかしら。ここに本棚を置いて、こっちにはテレビを置きたいわね」

 

「じゃあ私がゲームを持ってきますから皆で対戦しましょう!」

 

「──それは楽しそうだね」

 

 突然聞こえてきた知り合いの声に、私たちは全員ぎょっとする。振り返るとそこには、暗い雰囲気の桃が立っていた。

 

「桃!? 貴様なぜここに!」

 

「この前シャミ子とお母さんが居たのに飛び出してきちゃったから、菓子折りでも持って謝りに来ようとしたんだけど……」

 

「……どうした?」

 

「いや、お父さんが箱詰めなのに箱状の物を持ってくるのは流石に不謹慎かなって」

 

 それは気にしすぎなのではないかしら……。と思っていたら、更に人が入ってきた。雰囲気からしてシャミ子のお母さん? 

 

 貰えるならお米券がいいなんてちゃっかりしてるのね。とはいえ事情が事情だから、貰えるものはなんだって嬉しいのかしら。

 

「──急に部屋を借りるって言って出ていったから心配したけど、ミカンも元気そうでよかった。でもよりによってここなんだ」

 

「ちがっ……私、頭を冷やす時間がほしくて!」

 

 突然モ゛ーンとした桃の矛先がこちらに向いてきた。少しずつ詰め寄ってくる桃に、横にいた楓くんが話しかける。

 

「寂しかったのか?」

「……いや、別に」

「あの家に一人になるの、嫌だろ」

「…………」

 

 黙った桃が、私と楓くんを見て考えるそぶりを見せると、シャミ子を一瞥してから言った。

 

「やっぱり私もここで暮らす。別に寂しくないけど、確か反対の部屋が空いてたはずだし」

 

「な゛っ!?」

 

 シャミ子の凄い声を聞いて、なんだか申し訳なく感じる。

 

「じゃあお母さん、これからよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ優子をお願いします」

 

 外堀が埋められているわね……。

 

「これもしかして両隣を魔法少女に占拠されてませんか……?」

 

「されてるな」

 

「──楓くん、吉田家と部屋を交換しましょう! してください!」

 

「やだ」

「貴様どっちの味方なんだ!」

 

 身長の差から楓くんの服の真ん中辺りを掴んで揺さぶるシャミ子だけれど、楓くんに顔面を鷲掴みにされて動きを止められる。

 

 そんな楓くんは、どっちの味方なんだと言われてから、少しの間だけ私を見てきた。その表情はどことなく、河川敷のあの時と似ていて──

 

 

『……ミカンの呪いをどうにかしてあげたいと思ってるって言ったら、笑うか?』

 

 

「……っ!」

「ミカン、どうかした? 顔赤いけど」

「な、なんでもないけど!?」

 

 それとなく頬に手を当てると、確かに熱い。楓くんの言葉が、声がフラッシュバックして、心拍数が上昇するのがわかる。

 

「──ってあー!! ごせんぞが窓から入ってきた鳥に捕まってる!?」

 

「えぇ……」

 

 動揺が招いた呪いによって、ご先祖様が鳥に持っていかれる。シャミ子と楓くんがそれを追いかけて外に出ていったら、ようやく心が落ち着いた。

 

「……ねえ、桃」

「なに?」

「────ううん、なんでもない」

 

 

 …………私は今何を聞こうとしたのだろう。とっさのことで直ぐに忘れてしまったけれど、なんとなく、思い出すのが怖かった。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/6
愛/1

・ちよもも
友/5
愛/0

・ミカン姉貴
友/5
愛/0

・清子さん
友/2
愛/0


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part15


よしんば初投稿じゃなかったとしても?



 

 ウェーイ視聴者くん見てる~? 今からシャミ桃に挟まろうとしたガイアくんを処刑しま~す! なゲームのRTAはーじまーるよー。

 

 前partの更新が遅れたのは突然の体調不良で一日中トイレと寝室をシャトルランしてたからです。大便うんちパレードじゃん(ムカデ委員長)

 

 大事をとって更に丸1日寝ていたので合計2日は編集してませんでした。

 体調管理には気を遣おう!(ゆうさく)

 

 

 前回はミカン姉貴と桃がばんだ荘に引っ越してきたところで終わりましたね。

 今回は引っ越しの挨拶で持ってきた牛肉を眺めるところから始まります。

 

 シャミ子と良ちゃんが赤い、赤い! と言っています。ホントだこりゃ赤い! 

 

 隣人歓迎のすき焼きパーティーをしようと清子さんが提案しますので、準備を始めましょう。お父さんBOXでネギを切るのは……やめようね! 

 

 桃曰く、後でミカン姉貴が来るけどミカン姉貴は何にでもレモン汁をぶっしゃーするなっしー! するやべー味覚の持ち主だと教えられます。いくら楓くんが柑橘類好き設定でもそこまでやるような柑キチ類ではないです。

 

 ……そんなことを話していたら、ミカン姉貴がエントリーしてきました。清子さんに渡してるゆずドレッシングやミカンジュースは楓くんもお世話になってる一品ですね。私は飲み物ならどちらかと言うと蜜柑より桃派です。

 

 早速と牛肉にレモン汁をぶっかけようとするミカン姉貴を楓くんがすぐさま捕縛しました。

 でもミカン姉貴のぶっかけなら見てみたいかも(AA略)

 

 桃から買い物に行ってきてと遠回しに時間稼ぎをお願いされるので、ついでに良ちゃんも連れてイキましょう。

 

 ハードボイルドな小説(ノベル版ダブル)も嗜む良ちゃんはヨシュアがプリズンにお勤めしてると思っていたらしいです。ショタジジイなんて女より希少な人が牢屋に入れられたら薄い本が辞書並に厚くなってしまうのでNG。

 

 

 ……さっきから無視しようとしてましたが、良ちゃんは楓くんと自然に手を繋いでいます。これは友情度が5になって尚且つ主人公くんが他ヒロインと居るときにする行動なんですよね。

 

 耳年増な良ちゃんは楓くんがミカン姉貴にお熱な事に薄々勘づいているのでしょう。お兄には良とお姉が居るだろ! いい加減にしろ! という意味でのアピールな訳です。いじらしくて可愛いじゃないですか。

 

 ただ、違うキャラメイクの主人公くんならともかく、楓くんの設定ではまぁ小学生を恋愛対象にはしませんので……んにゃぴ……(無慈悲)

 

 やはり軍門に下る話は断るべきでした。尤も私は良ちゃんを悲しませたくないので、あの選択肢を断ったことは一度もないですが。

 

 

 ──スーパーに到着してからやることは一つ、ミカン姉貴がカゴに放り込んでくる柑橘類をブロックしたり元の場所に戻すことです。

 

 あーやめろ! 徳用蜜柑(はやら)せコラ、(はやら)せコラ! やめろォ(本音)ナイスゥ!(建前)んあぁ棚の柑橘類触って喜んでんじゃねえよお前! 

 

 ……といった具合にミカン姉貴とばかり話していると、良ちゃんが不機嫌になるのでこちらも適度に構います。じゃあまず、年齢を教えてくれるかな? 9歳? もう働いてるの? 学生……あっ、ふーん(義務教育)

 

 良ちゃんも今はまだ楓くんの腰辺りに頭がある程度ですが、高校に上がる頃にはシャミ子の身長を抜いてそうですね。

 シャミ子はほら、幼少期から病弱だし貧乏で栄養足りてないしヨシュア譲りだし魔族だしで絶望的ですから。

 

 ……自分で言ってて悲しくなってきたのでさっさと会計を済ませましょう。

 

 

 ──(家に)着くゥ~。

 

 買い出しも盛り付けも終わったのでさっそく食べましょう、楓くんは誕生日席のミカン姉貴と良ちゃんの間でシャミ子の向かいの位置に座ります。桃はミカン姉貴の向かいの誕生日席に座る清子さんと横のシャミ子に挟まれてますね。

 

 肉! ネギ! 豆腐! って感じで食べ進めますが、シャミ子が初の牛すき焼きに宇宙(コスモ)を感じてます。これからは旨いもんたらふく食わせてやるからな……(保護者)

 

 すき焼きにレモン汁を入れようとしてくるミカン姉貴から小皿を守りつつ食事を続けますが、みるみるうちに良ちゃんがムスッとしてきます。

 

 良ちゃん側からしたらシャミ子や自分と仲のいい兄的な存在が他の女に夢中なんだから、そりゃ面白くないですよね。

 

 か゛わ゛い゛い゛な゛ぁ゛良゛ち゛ゃ゛ん゛

 

 良ちゃんの機嫌は皿に料理をよそってあげたり、何故かシャミ子と一緒にいると直ります。なんで……なんでですかね……(RTA猫)

 多分この子、自分とシャミ子の二人で楓くんと一緒になりたいんでしょうかね。吉田姉妹で楓くんを独り占め……二人占め? したいのかと。

 

 

 ……果たして少し経った頃、食休みにシャミ子と桃がベランダで話しています。

 ですが部屋の隅に置かれたお父さんBOXの横に座っている楓くんは動けません。

 何故ならお腹いっぱいで眠たげな良ちゃんが寄り掛かっているからです。清子さんは生暖かい眼差しを向けるのはやめてクレメンス。

 

 ミカン姉貴が余った牛肉で作った塩レモン焼きを渡してきます。ついでに良ちゃんになにかしてしまったのかと聞いてきました。

 何度も見てこられては気にもしますよねぇ。とりあえず柑橘類好きに目覚めたんでしょとでも言っておきます(適当)

 

 ベランダの二人の会話に混ざりに行きましたね。暫くして戻ってきたシャミ子がヨシュアにすき焼きをお供えしますが、後ろのミカン姉貴が段ボールの柄に見覚えがあると言います。

 

 どうやら桜はヨシュアを流通段ボールに魔封波していたらしいです。…………密林の箱じゃなくてよかったですね。

 

 それでは清子さんが段ボールをシャッフルして当てるゲームをしようとしてるところで今partはここまで。おいシャミ子ァ、お前楓くんが寝てる良ちゃんを撫でてるとこチラチラ見てただろ。

 

 

 ◆

 

 

 隣人歓迎すき焼きパーティーに招待されたはいいのだが、メインの牛肉を持ってきた桃に突然こんなことを言われた。

 

「楓、あとでミカンが来るけど気を付けてほしい」

 

「……何にだ?」

 

「ミカンは料理と見るや何でも酸っぱくしてくるんだよ。せめてすき焼きは甘しょっぱく食べたいから、止めるのを手伝って」

 

「なるほど」

 

 自分もレモンは好きだが、流石に何にでもかける訳ではない。早速手荷物を片手に持ってきたミカンが、清子さんに実家の商品を渡していた。

 

 こちらを見て微笑みながら近寄ってくるミカンを見ると、無意識に頬が緩む。自分ながらに単純な奴だと思わざるを得ない。

 

「こんにちは、楓くん」

 

「いらっしゃい、ミカン。と言っても俺の部屋じゃないけど」

 

「ふふ、そうね……あら、牛肉じゃない! ちょうど手元にレモンが──」

 

 台所の桃が置いた牛肉に懐から出てきたレモンの汁をかけようとするミカンを後ろから止める。咄嗟に後ろから羽交い締めにしてしまい、蜜柑色の鮮やかな髪色が視界いっぱいに広がった。

 

「皆が食べるんだからレモンはやめよう」

 

「ミカン、楓、ちょっと買い物行ってきて」

 

「え、えっ?」

 

 はいはいはいと急かされ、ミカンごと部屋から追い出された。その直前に、近くにいた良ちゃんに声をかける。

 

「良ちゃん、買い物手伝ってくれる?」

「うん、いいよ」

 

 ぱたぱたと駆け寄り靴を履く良ちゃんとの三人でスーパーに向かう。自分を挟んで両隣に立つミカンと良ちゃんの声に耳を傾けていると、不意に右手が包まれた。

 

「……ん?」

「……んっ」

 

 視線を向けると、前を見ながらこちらに左手を伸ばした良ちゃんが目に入った。

 自分の方を見てこないが、それでもしっかりとした力で手を握っている。

 

「そういえば良ちゃんと会ったのは二回目よね、桃から聞いたけど、お父さんのこととか色々と大変だったでしょう?」

 

「お母さんが隠し事を苦手なのを知ってるので、父は長く帰ってこれない人なのだと分かってた。良はハードボイルド小説も嗜んでいるので父は訳あってプリズンにお勤め中なのかと思ってたけど、思ったより近くに居て安心した」

 

「……こ、根性あるのね」

 

 ……良ちゃんの読む本はそのうち検閲した方がいいのかもしれない。

 

 暫く歩いて到着したスーパーでカートを押して歩くが、問題はミカンだった。彼女はことある毎にそこら辺の棚から柑橘類を持ってくるのだ、その都度戻すこちらの身にもなってくれ。

 

 良ちゃんに一喝されてようやく普通の買い物を始めたミカンに必要な材料を持ってきてもらいつつ、良ちゃんと一緒にカートを押して適宜他の材料をカゴに入れて行く。

 

「さっき俺の手を握ったとき、どうして黙ってたんだ?」

 

「……べ、別に……」

 

「断る理由も無いんだから、言ってくれたらよかったのに」

 

「だって──」

 

 口ごもる良ちゃんの返しを待っていると、頼んだものを持ってきたミカンに遮られた。

 

「持ってきたわよー」

「……ああ、ありがとう」

「あら、どうかした?」

「なんでもないよ」

 

 ミカンが来るなり自分の後ろに隠れる良ちゃんだが、もしかしてミカンが苦手なのだろうか。桃の家では軍門なのかと聞くくらいには普通だった気がするが……年頃の女心はわからん。

 

 今はまだ自分の腰にしがみつく程度の背丈だけど、大きくなったらシャミ子の身長を追い抜くのだろう。所詮隣人に過ぎないが、それでもこの子の成長を楽しみにしている節はある。

 

「──ゆっくりでいいよ」

 

 ただそう言って、優しく頭を撫でた。

 

 

 つつがなく準備が終わり、ようやくすき焼きを食べられる時間になった。

 

 シャミ子が初の牛すき焼きに感動したりミカンにレモン汁を盛られそうになったりと騒がしかったが、それなりに楽しく食べられた。

 

 やはり複数人で囲む食事はいい。

 

 一息ついて食休みがてら壁を背にして座っていると、気付いたら横にちょこんと良ちゃんが座っていた。うとうとしながら自分に寄り掛かってくるので、倒れないように手を回して支える。

 

「お兄……」

「どうしたの?」

「……ミカンさんばっかり」

「な、なにが?」

「────」

 

 自分の脇腹に頭を置いてまぶたを閉じる良ちゃんは、やがて穏やかな寝息を立てる。台所からレモンと肉の香ばしい匂いを漂わせて戻ってきたミカンが、二つの皿を持ってきた。

 

「はい、塩レモン焼き食べる?」

「ありがとう、もらうよ」

「あら、良ちゃん寝ちゃったのね」

「騒がしかったし、疲れちゃったんだろう。なんだかんだ小学生だからね」

 

 さらさらと流れる髪を梳す。

 眠りながらもくすぐったそうな良ちゃんを見て笑みがこぼれる横で、気になることがあるらしいミカンに聞かれた。

 

「ねえ楓くん、私は良ちゃんになにかしてしまったのかしら」

 

「なんのことだ?」

 

「私、今日何回か良ちゃんに見られてたの。楓くんと話してたときは顕著だったわ」

 

 とは言われても、ミカンと自分が話してて良ちゃんがミカンを見る理由がわからない。

 

「さぁ、わからないな。案外柑橘類のよさに目覚めた……とかじゃないか?」

 

「それならいいのだけど……」

「良ちゃんは俺が見てるから、シャミ子たちの所に行ってきなよ」

 

「……うん、わかった」

 

 肉の入った小皿を渡してベランダの方に向かうミカンを見送り、塩レモン焼きを一口食べる。柑橘類好きなだけあって、絶妙な味付けである。

 

 自分が作るよりずっと美味しい。もしもこんな料理が毎日楽しめたら────

 

 ……いや、やめよう。

 

 

 清子さんから妙に生暖かい視線を送られながらも食べ終えた皿を机に置く。

 

 戻ってきたシャミ子がヨシュアさんの入っている段ボールにお供え──というとやや不謹慎な気がするが、お供えをしている。

 

「ん、良子は寝てしまったんですか?」

「あとで布団に寝かせてあげるから、パーティーが終わったら敷いてくれるか」

 

 ガッテン! と小さく返すシャミ子に、先程の良ちゃんの言葉の真意を問う。

 

「さっき、良ちゃんに『ミカンさんばっかり』って言われたんだが、どういう意味なのかわかるか?」

 

「突然そんなことを言われましても……。ミカンさんばっかり──とは、ううん?」

 

 疑問符を浮かべて首を傾げた。

 シャミ子に聞いたのが間違いだったが、桃に聞いても同文だろう。あの子は同性だが女心を一番分かっていなさそうだし。

 

「ミカンさんばっかり……構うな、とか見るな、じゃないですか? ほら、楓くん最近ミカンさんと話す機会が多いですし」

 

「そう……か? 確かに良ちゃんとはあまり会わなくなってきているが」

 

「そうですよ! だって楓くん、最近じゃ私ともあまり話しませんし……」

 

 そう言ってシャミ子は尻尾を腕に絡ませてくる。先の良ちゃんのように、ムッとした様子で自分の顔を見てきた。

 

「もっと、私たちのことも──」

 

「あら? その段ボール……」

 

「──うぇいっ!?」

 

 突然後ろからかけられた声にすっとんきょうな声を出すシャミ子。驚いたあまり、自分の腕に巻き付けた尻尾を締め付けてきて少し痛い。

 

 ──しかし、そうか。良ちゃんは、自分がミカンと居ることに……嫉妬していたのだろうか。嬉しくないとは否定できないのだが、これは流石に自惚(うぬぼ)れか。

 

 自分の体を枕にしている良ちゃんと、腕に尻尾を巻き付けながらミカンと話しているシャミ子を見ながら、そんなことを考えていた。

 

 

 

 ……そのせいでヨシュアさんの段ボールがミカンの実家の工場で使っていた物と同じだという話を聞きそびれてしまったのは余談である。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/6
愛/1

・ちよもも
友/5
愛/0

・良ちゃん
友/5
愛/0

・ミカン姉貴
友/5
愛/0


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part16


初投稿ネタが尽きてきたので初投稿です。



 

 投稿後にエゴサしまくるのに誰も呟いてないゲームのRTAはーじまーるよー。後続が走らないと安心して失踪できないんだ! (ドラえもん)

 

 前回はすき焼きパーティーですき焼きをレモン汁から守っているところで終わりましたね。今回はヨシュアが魔封波された段ボールがミカン姉貴の実家の工場の物だと判明し、例の場所に集合したところから再開です。

 

 シャミ子と桃が魔力修行で使った工場ですが、ぶっ壊れている原因はミカン姉貴のパッパが工場と家族を守るために悪魔を召喚した為でした。

 

 雑な魔法陣に雑な媒体に雑なお供えのジェットストリームアタックをされて召喚された悪魔をコントロール出来ず、声優に対する陰キャオタクがごとき超解釈をして『ミカン姉貴の周りを無差別に破壊する』呪いを掛けたのです。

 

 お゛っ♡やっべ♡工場壊れるッ♡(TNTN亭)

 となって桜に相談したことでミカン姉貴は桃と出会ったとか。

 

 小桃は一言で言うと天使だったらしく、工場の倉庫に閉じ籠ってたら錠前をぶっ壊されたりピンク色の握り飯を食わされたりしてたそうですね。

 

 ピンク色の料理なんてそんな数週間放置してた味噌汁のカビじゃないんだからさ(経験談)

 

 

 ──タイミングよく戻ってきた桃に連れられて、ミカン姉貴が閉じ籠っていた倉庫の方に向かいますが……盛大に破壊されています。

 

 ミカン姉貴の呪いを改善するときに壊れたのではと言われますが、間違いなくその時は無事だったと。呪いの件で破壊したのは機関部とインフラってそれはそれで重要な部分なのでは? 

 

 話が噛み合っていない為、桃がシャミ子からメモ帳とボールペンを受け取って書き始めます。壊れちゃった……私の気持ち……と化した倉庫を見ていると、壁だった一部が桜の花びら状にくり貫かれていますね。

 

 これは……サクラメントキャノン! 知っているのか雷電(ミカン)! 

 

 といった茶番はさておき。

 どうやら時系列を纏めると、この工場は二度ぶっ壊れたらしいですね。一度目がミカン姉貴の呪いで、二度目が桜とヨシュアが共闘したとき。

 

 ここに何かがあることは間違いない……! そういったところで今partはここまで──と言いたいところですがァ! 小倉ァ! 

 

 流石に千文字以下(みじかすぎ)で投稿できないので、このままヨシュアの杖を探すイベントに繋げましょう。これ区切る意味ある? 

 

 

 手掛かりならコアが見つかるのが手っ取り早いとのことですが、コアというのはいわゆる魔法少女の核ですね。

 魔力が減りすぎた時の省エネモードで、動物形態→水晶形態と姿を変えます。

 

 事前にシャベル持ってくればよかったな~とか思いながら適当にその辺を掘り返していると、横でシャミカンが桃について話していました。

 

 昔の桃は普通に笑うこともあったそうですが、今ではめっきり笑わなくなったとか。

 いやこの子、デートイベントで猫カフェに連れてくとめっちゃいい顔しますよ。

 

 腕力で大岩を持ち上げてる桃に呆れていると急にシャミ子がふらふらとどこかに歩いて行きます。地面を掘り返して何かを見つけたのか桃に駆け寄りますが、見せてきたのはフォークでした。

 

 謎の声に従って掘り返したら杖が出てきたのに、見せたときにはフォークになっていたとか。幻聴と幻覚を疑われながらも、一旦帰宅してリリスと清子さんに見せに行くことになります。

 

 

 清子さん曰く、シャミ子が見つけた杖は一族にしか扱えないモノで使う者の魔力を乗算させる事ができるんだとか。

 

 ですが肝心の名前をど忘れしていて思い出せません。何とかの杖とかなんとか。これ十中八九『アロンの杖』ですよね。

 

 本来は蛇に変化できたり蛙を降らせたり水を血に変えたり雹を降らせたりイナゴを大量発生させたりできるわりとやべー杖ですが、この『アロンの杖』は棒状であれば何にでも変えられるだけです(棒状じゃないのが無理とは言ってない)

 

 こんなものに加えてシャミ子本人が夢を使った暗示・洗脳・記憶閲覧が出来るんだから、時代によってはジョジョのボスキャラにでもなれそうなもんですが……いかんせんポンコツ過ぎる。

 

 早速と変化させてみることにしたシャミ子は大雑把に強い武器に変化させます。

 アロンの杖はかびるんるん辺りが使ってそうな等身大のフォークになりますが、あまりの重さにシャミ子が潰されかけました。

 

 咄嗟にフォークを掴んじゃったけど……それなりに重いです。だいたい0.75シャミ子くらいありますね。1シャミ子=35kgとすると、1.5シャミ子=1桃で、1.3桃=1楓くんです。

 

 

 それではアロンの杖がシャミ子の所有物となったところで改めて今partはここまで。えっなんですかシャミ子。一発ギャグ? 虫歯菌? 

 

 ちょっと恥ずかしがってんじゃねえよ!可愛いね♡ギャグは真面目にやれ(豹変)

 

 

 ◆

 

 

 桃が工場の鍵を取りに行って数分、三人で並んでボーッとしていると、シャミ子がミカンにふとした様子で質問をしていた。

 

「聞きそびれていたんですが、工場が壊れる事態って何があったんですか?」

 

「──昔、工場の経営が傾いたことがあったのよ。それでパパが家族と工場を守るために手を出しちゃいけない儀式に手を出したの」

 

 儀式とか召喚とかそういった単語がツボなのか興奮しているシャミ子をなだめながら話を聞く。曰く召喚した悪魔は()ている存在だったらしく、尖った解釈をしてミカンが困ったら周囲を無差別に破壊する呪いをかけたとか。

 

 迷惑千万だが、呪いを掛けた悪魔とは最初は会話できていたようで、次第に破壊したものからエネルギーを吸い取り力を増幅させていったと。

 

 困り果てた時に桃の姉こと桜さんを頼ってどうにかしてもらった際、ミカンは桃とも出会ったのだという。

 

 

 ……かつて話が出来たなら、会話でどうにかすることは出来るのだろうか。

 

「……楓くん、どうかした?」

「ああ、いや。なんでもない」

 

 うつ向いて考え事をしていたら、隣に座っていたミカンが覗き込んでくる。

 それから姿勢を正して前を向き、桃が来るのを待っていた。

 

 暫くして桃が帰って来て、鍵を開けて工場に入ると、そこには凄惨な光景が広がっていた。ミカンが言うには元倉庫だったそれが破壊されていたのだ。

 

 ミカンが居たときはまだ無事だったということと、倉庫の壁の部分が桜の花びらのような模様にくり貫かれている事から、桜さんがヨシュアさんと共闘した際に壊れたのだろうと推測される。

 

「なにか手掛かりが見つかればいいんだけど……一番ベストなのはコアが見つかること」

 

「コアとは?」

 

「魔法少女には核になる部分があるのよ、魔力が散ってもそれだけは残るの」

 

「そんな大事なものがこんなところに転がってたらそれはそれで問題じゃないか?」

 

 シャミ子がセミや軍手のコアだったらどうしようと言っているが、そんなコアの魔法少女が仮に居たら関わりたくないのは確かだ。

 

 ……これならシャベルかスコップを持ってくればよかったな、自分と桃はともかく二人には重労働だろう。場合によっては後日にまた来ることになりそうだと思っていると、不意にシャミ子がふらふらと歩き出した。

 

「……シャミ子?」

 

 熱中症かと思ったが、ふらふらしながらも迷いない動きに警戒する。

 屈んで小さい瓦礫なんかをどかしたシャミ子は、驚いた様子で騒ぎ出す。

 

「もっ、桃! もも桃ももも!!」

「なんて?」

 

 大岩を()()()掘り返していた桃はシャミ子に手掛かりを見つけたと騒がれているが、そんなシャミ子が桃に見せたのは単なるフォークだった。

 

「……フォーク?」

「えっ? あれっ!? さっきまで確かに杖だったのに!」

「お腹すいてるの?」

「違うわ!」

 

 地団駄を踏むシャミ子と本気で空腹なのかと疑う桃の元にミカンと共に駆け寄る。

 

「こらシャミ子、瓦礫を踏んだら危ないからやめなさい」

 

「楓くん! 楓くんは信じてくれますよね?」

 

「なにを?」

 

「なんだか聞いたことのない声に従って地面を掘り返したら杖があったのに、気が付いたらフォークになってて……」

 

「……今何て言った?」

「幻覚……」

「及び幻聴……」

「ちーがーいーまーすー!」

 

 ぽこぽこと怒るシャミ子を横目に、桃たちと視線を交わす。暗黙の了解でとりあえず清子さんとリリスさんに話を聞くこととなり、一旦帰宅することになった。

 

 

 夜になって食事を済ませ、シャミ子の家にお邪魔すると既に桃が部屋にいた。清子さんたちに話を聞くと、シャミ子が持ち帰ったフォークはヨシュアさんが使っていた一族専用の武器で、使う人の価値観に形が左右されるモノらしい。

 

 身近な武器になるものがフォークだったから形がああなったのか。包丁だったりしない辺りがシャミ子らしいというかなんというか。

 

 早速とシャミ子は『なんとかの杖』なるヨシュアさんの武器を変化させることにした。すると巨大なフォークになったそれに潰されそうになり、咄嗟に持ち上げる。身の丈に合わない使い方をしたからか、変化した杖はそれなりに重い。

 

「大丈夫か?」

「強い武器は……重い……」

「だろうね」

 

 シャミ子に杖を元に戻してもらってから起き上がらせる。

 桃に『弾切れしないロケットランチャー』を提案されたり良ちゃんに斬馬刀にしないかと提案されたりしていたけど、話題が終わってから二人はパソコンの方で盛り上がっていた。

 

「大変な目に遭いました……」

「本当にな。ところで、杖を使って体に不調はないか?」

 

「いえ、それどころか魔力を掛け算的に増幅させるのが本当みたいで調子いいです」

 

 またフォークに戻った杖を握りながらそう返してくる。

 

「……楓くん」

「なんだ?」

「桃が笑ったところ、見たことあります?」

「あるわけないだろう」

 

「……ミカンさんが言うには、昔はもっと笑っていたし明るかったらしいです」

 

 回りくどい言い回しだが要するに笑った桃が見たいと。

 

「それにほら、眷属を笑わせるのも魔族の勤めな気がする訳で……その……」

 

「わかったわかった、そう言う事にしておいてあげるよ。可愛い奴め」

 

「──かっ、かわわわわ……!?」

 

 角に引っ掛からないように気を付けながら両手で髪を掻き回す。この子が魔族になる前から何度かこうしてからかってやってた記憶があった。

 

「なんだ、前からよくやってたろ」

「今と昔では状況が違うんです!」

 

 ……なるほど年頃か。

 

 シャミ子の成長に嬉しいやら悲しいやら、複雑な心境になりつつも、桃を笑わせたいという行動には感動する。

 後ろからなるべくフォローを入れてやるとしよう────。

 

 

「桃!」

「なに?」

 

「一発芸…………む、虫歯菌……」

「ごめん、声が小さくて聞こえなかった」

 

 ──やっぱり前言撤回していいだろうか。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/6
愛/1

・ちよもも
友/5
愛/0

・ミカン姉貴
友/5
愛/0


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part17


初投稿じゃない可能性が何%か答えよ



 

 単行本3巻も終盤なRTAはーじまーるよー。

 ミカン姉貴が関わらないのでシャミ子がSNSデビューするイベントとリリスが桃と健康ランドに行くイベントはキャンセルだ。

 

 前回はシャミ子がオンラインゲームのエンドコンテンツも真っ青なやべー武器を手に入れたところで終わりましたね。

 今回はシャミ子以外の魔族を見つけるべく町に繰り出すところから再開です。

 

 そういえば桃のアカウント、原作では『好:』の部分が空欄なんですよね。多分シャミ子の事だったけどフォローしたときに見られたら恥ずかしいから急いであの部分だけ消したんでしょう。

 

 

 桃の部屋でソファに座りながらミカン姉貴と一緒にメタトロンを撫で回していると、桃がシャミ子と話しています。

 2巻ラストで話した『桃の代わりに魔族を探す』という約束を忘れていたのか? と。

 

 曰く夏休みからまだ数日なのに何故かものすごく長い時間を過ごした気がするとか。

 なんでやろなぁ……(月刊の弊害)

 

 魔族の捜索は魔法少女が居ると結界に邪魔されるので、シャミ子とパンピーの楓くんで調査に赴きます。とはいえ情報なんてのは持ち合わせていないので通の人に頼りましょう。

 

 もしもしRTAポリスメン? 

 

 ……はい、ミカン姉貴が登場したり夏休みになったりで会う機会が減っていた幼馴染のあの子にアポを取りました。でーすーのーでー、一度学校に向かうことにします。

 

 桃に夕飯の材料買ってきてと頼まれますが、頼まれたのはシャミ子なのでワシは知らん。

 

 

 ──イベントが無い学校は倍速で飛ばしてるので、杏里ちゃんも大分久しぶりの登場ですね。テニスの練習をしているようです。

 休憩時間に合わせて会いに来たので、早速他の魔族についてうかがいましょう。

 

 杏里ちゃんが言うには商店街で魔族が店を経営しており、その場所の名前があすらと言うらしいです。店長の見た目のパンチが強いからすぐわかるとか。まあ確かに強いっちゃ強いですよね。

 

 別れ際、杏里ちゃんからジュッセンパイヤーがごときビーストの眼光を向けられるので対応しましょう。最近付き合い悪いんとちゃう? と詰め寄られますが、だって付き合いが良かったら再走案件になっちゃうし…………。

 

 とりあえず、今は急いでいると言います。膨れっ面で楓くんの顔面を両手でもみくちゃにしてきますが、満足したのか解放してくれました。

 

 シャミ子が楓くんに対して乙女の顔し始めていて色々と察している筈なので、心中穏やかではないでしょうに。果たして幼馴染は負けヒロインという定説を覆す存在になれるのか……? 

 

 

 それはさておき、部活に戻った杏里ちゃんと別れてシャミ子と共に商店街に向かいます。

 ちゃんと探せば見つかるけど普通に通れば視界には入らない絶妙な場所に喫茶店あすらがありますねぇ! シャミ桃感覚! 

 

 扉の横に吉田家の扉にも貼られている例の結界を確認したのでいざ鎌倉。

 カランコロン(でこぼこフレンズ)と音を立てた扉の奥には、耳と尻尾が特徴的な魔族のやべーやつことリコくんが店の制服姿で立っていました。

 

 シャミ子はリコくんを店長(マスター)と勘違いしますが、違います(ファンタ学園)

 表の紙を見てきたのでマスターに会わせろォ! とガンを飛ばすと、座って待っててと言われるので大人しく待ちます。

 リコくんは楓くんを見てニヤリと笑い、すれ違い様に尻尾の毛先で顔を触ってきます。なんか妙に気に入られてますね。

 

 

 なんでですかね……(ステータス確認)

 

 ……ア゜ッ゛! (いつもの)

 

 ……なるほど、どうやら楓くんは素で霊的なアレコレを感じ取る力があるみたいですね。いわゆる霊感が強いってやつ。

 

 超能力とか魔法とは違う、単なる勘の鋭さが由来しているから、カテゴリー的には『無能力者』扱いゆえに気付けなかったようです。

 

 つまりスーパーで鉢合わせた時に(クセ)毛と尻尾(ケツ毛)をおっぴろげてたのは本人的には化かせていた筈だったからなんですね。

 

 ──これちょっとマズイ……マズくない? 4巻の夏祭りイベントって確か…………まあええわ。後のことは後の私にどうにかさせます。

 

 出されたお冷やをチビチビ飲みながら待つこと数分。店の奥から現れたのは二足歩行のバクでした。…………えぇ? (ガバ穴)

 

 ボロボロのバクこと白澤店長はバク宙に失敗してそうなったらしいです。シャミ子の前のたまさくらちゃん役を担っていたのだろうと言われていますが、恐らくそうなのでしょう。

 

 バイトの申し込みに来たのだと勘違いしてる店長に、土日でも来れるかだの急な連絡でも対応できるかだの聞かれていますが、ここで楓くんだけ逃げることは出来ません。

 

 店長の指示でシャミ子が確保され、同時に尻尾を胴体に巻かれて拘束されるのでああ逃れられない! というかリコくん力つっよ……筋力抵抗のボタン連打でゲージが貯まらないんですが? 

 

 

 ……はい、あれよあれよと制服を渡されてバイトすることになりました。じゃ闇系の仕事が今からあるからこれで……。

 

 料理をするのが好きなだけで接客スキルが無いどころかKYなリコくんに代わり、楓くんとシャミ子で注文を伺ったり出来た料理を運びます。

 桜を探しているのは厳密には楓くんではないため、シャミ子が切り出さない限り楓くんが今回の目的を話すことはないですが……この後出されるまかないは絶対に食べてはいけません。

 

 リコくんは狐狸精(こりせい)なので作る料理に中毒症状が出ます。

 なので、楓くんまでパラッパラッパーになると一週間くらいバイトが続くんですね。適当に食事は済ませたと言って誤魔化しておきますが、案の定シャミ子はまかないを食べました。

 

 これで疲れを癒す作用と共に桜の事を聞きに来たという目的がすっぽ抜けました。それでは最後の客が出ていったところで今partはここまで。

 

 

 えっ、桃に頼まれた夕飯の材料? 

 ……なんのこったよ(すっとぼけ)

 

 

 ◆

 

 

 桃の部屋でメタ子を膝に乗せて顎を撫でていると、横に座るミカンが背中を撫でる。視界の奥ではシャミ子が桃と何かを話していた。

 

 いつぞやに吉田家を飛び出した桃を探したあの一件で、桃の姉──桜さんを探す為に縁のある魔族を探すという約束をしていたらしい。

 夏休みになったのもあってとうとう重い腰をあげたということか。

 シャミ子がそんな器用なことを出来るとは思わないが、やるからには手伝おう。

 

「それにしても、魔族の捜索なんて具体的にどうすればいいのでしょうか」

「誰か情報持ってたりしないの?」

「そんな都合よく居るわけないです」

 

 そんな二人の会話に耳を傾けているが、ふと幼馴染の顔が脳裏を過る。

 昔から人付き合いが多いから、ここにいる我々よりは知っていることは多いだろう。

 

「ミカン、電話するからメタ子持ってて」

「あ、うん……誰に?」

「幼馴染に」

 

 メタ子をミカンに渡して部屋の隅に移動する。携帯で連絡した先の声は、妙に平坦だった。この声のトーンは間違いなく怒っている時のそれだが、いかんせん理由がわからない。

 

 重要な話だからと言えば真面目に対応してくれる辺り、本気で怒っているわけではないらしい。部活の休憩時間があるからそこで待ち合わせようということで、携帯の通話が切れた。

 

「──よし。シャミ子、学校行くぞ」

「へ?」

「頼れる情報通に会いに行くんだよ」

 

 荷物を纏めて玄関に向かうと、シャミ子がついでとばかりに桃から夕飯の材料を買ってほしいと頼まれていた。パシられている……。

 

「それで、誰に会うんですか?」

「杏里だよ。あいつ顔が広いから」

「なるほどですね!」

 

 隣を歩くシャミ子と話しながら進む。

 セミが鳴く真昼時は陽射しが強く、お互いじんわりと汗が滲んでいた。

 

「シャミ子用の帽子をどうにかしないとな。それと日焼け止め。確か持ってないだろ」

 

「そうですね……というか角のせいで帽子が被れないです。冬ならニット帽がギリギリ入るかもしれませんが」

 

 確かに角ごと収まりそうではある。

 となると、話は夏から秋にかけての帽子をどうするかになるのだが。

 

「オーダーメイドで角も入れられるように膨らみを付けるとかいいんじゃないか?」

 

「それはなんか嫌ですね……デザインが酷いことになりますし」

 

「ワガママ言うなよ、夏の直射日光は怖いんだぞ? ただでさえ元病人なんだから、そういう事は人一倍気を付けないと」

 

「貴方は私の親ですか!?」

 

 じとっとした目で見られるが、だったら自分で気にしてほしい。

 咳き込んでふらふらして何度も早退していた時のシャミ子を知っていれば、誰だってこうなるに決まっているだろう。

 

 ああだこうだと話しながら歩いて数分。校門に到着すると、壁にもたれ掛かる杏里がテニスボールを玩んでいた。こちらに気がついて──と言うか、自分の方を見てむすっとしている。

 

「おーっすシャミ子、楓」

「突然すみません杏里ちゃん、練習で忙しいときに呼び出してしまって……」

 

 ほんとだよなーと茶化す杏里は不意に自分と目が合い、露骨に逸らしてくる。

 

「別にいいって、話は聞いてるよ。魔族の住みかについてだろ?」

 

「そうですそうです!」

 

「魔族の住みかなぁ~。知ってる知ってる。商店街に魔族が経営してる喫茶店があんの」

 

「…………えぇっ!?」

 

 あっけらかんとした態度でさらっとそう言ってのける杏里。

 しかしそんなすぐ近くに魔族が住んでいたのか、喫茶店なんて行かないからわからなかった。

 

「マスターの見た目のパンチが強いから、行ってくるなら気を付けなよ」

 

「わかりました、ありがとう杏里ちゃん!」

 

「杏里、助かった。ありがとう」

 

「ん。──あっそうだ、楓と話があるからシャミ子はちょっと待っててくれない?」

 

「あ、はい。どうぞ……?」

「は? いや今急いでるんだけど」

 

 自分の意見などお構いなしに、どうも~と言った杏里に手を引かれて校門を挟んだ裏の壁まで引っ張られる。

 

「……杏里、どうした?」

「楓さぁ、最近なにしてるの?」

 

「なにって、シャミ子と桃のやることを手伝ったりとか。ああ、最近桃ともう一人の魔法少女が家に引っ越してきたんだよ」

 

「ふ~~~ん、楽しそうじゃん」

 

 …………会話が途切れた。杏里が何かに対して怒っているというのはなんとなくわかるのだが、理由が一切わからない。

 

 しかし杏里の顔が徐々に暗いものになり、頭がうつ向いて行く。

 自分と目線が合わなくなってしまうが、こういう時に察しが悪いからこの子にそんな顔をさせてしまうのだろう。我ながら呆れてくるな。

 

「杏里」

「っ……!」

 

 ちょうどいい位置の頭に手を置いて、落ち着かせるように優しく触る。

 

「ちょ、あ、汗かいてるから……」

「別に気にならないが」

「私が気にすんの!」

 

 慌てた様子で手を払ってくるが、避けてまた撫でる。いつもの調子に戻ってきた杏里に、昔のように淡々と聞いた。

 

「俺はエスパーじゃないからさ、口に出して言ってくれないとわからないよ」

 

「…………だって学校にいても全然話さないじゃん。シャミ子とちよももとは何かしてるみたいだし、それに最近魔法少女が来たんでしょ?」

 

 顔を逸らしてもごもごと口を動かしてそう言ってくる。耳が真っ赤で、テニス部の衣服の裾を握って何かに耐えているようだった。

 

「────ああ、やきもち?」

「……そーうーでーすーがー!?」

 

 ガッと両手で頬を掴まれ顔を左右に揺さぶられた。特に痛くはないが、自分のせいと言うならこのくらいは甘んじて受け入れる。

 

「シャミ子たち優先で寂しいとか、最近話せてなくて寂しいとか、そういうのは私のキャラじゃないんだっつーの!!」

 

「うごごごごご……!!」

 

 顔を赤くしながら捲し立てる杏里は、一分もしないうちに手を離す。どこかスッキリした様子で、それでいて申し訳なさそうにしていた。

 

「……急いでるんでしょ、引き留めてごめん。シャミ子待たせてるし行きなよ」

 

「そうさせてもらうよ。

 ……ああそうだ、なあ杏里」

 

「うん?」

 

 テニスコートに戻ろうとした杏里を呼び止めて問う。ずっと聞くべきかで悩んでいた事だったが、今しか無いと思ったのだ。

 

「──男子テニス部に入らなかったの、杏里はまだ怒ってる?」

 

「別に? だって早退するシャミ子が心配で帰宅部になったんでしょ?」

 

 それを怒る気にはならないよ、と笑う杏里はそれだけ言うと走っていった。しかし一瞬振り返ると、自分に向けてウインクをしてくる。

 

 ──手を振ることしか出来なかったが、とりあえずは杏里が怒っていなくてホッとしていた。

 

 

 

 商店街に到着し、人混みを避けながら喫茶店を探す。少し歩けば、意外と近くにあることが判明した。古さが目立つが、それもまたアクセントになっている。

 

「ここか」

 

「喫茶店あすら……確かに結界の紙も貼ってありますね、どうしますか?」

 

「入るべきだと思うぞ。俺はシャミ子に着いてきただけだし、桜さんを探してるのは君なんだから君が聞かないと始まらないだろう」

 

「それはそうですけど」

 

 うーん……と悩むシャミ子の背中を押すと、そのまま勢い任せに扉を開け放った。

 

「たのもーう!」

「お邪魔しまーす」

「──まだ開店前なんやけど……あら」

 

 店の中にいたのはいつぞやのスーバーで出くわした少女──リコだった。ぞわぞわと肌が粟立ち、本能が何かを訴えてくる。

 

「なんや楓はんやないの、どしたん?」

「……えっ、楓くんの知り合いなんですか?」

「知り合いというか偶然知り合ったというか」

 

 店の制服に身を包むリコの頭と腰の自己主張激しい狐の部分がゆらゆらと揺れている。

 

「しかしこの見た目のパンチの強さ、もしかしなくても貴女がマスターですね!」

 

「ちゃうけど」

「え゛っ!?」

 

 ひょろいシャドーボクシングをしながら問うが、リコはさらっと返す。

 シャミ子は分かりやすくショックを受け、しょんぼりしながら再度聞いた。

 

「実は表の紙を見てきたんです、マスターに会わせてくれませんか?」

 

「表の紙……ああ、そゆこと。ほんなら座って待っとき、お冷や出しとくさかい」

 

 てきぱきとコップに水を注いでテーブルに置くと、リコはそのまま奥に歩いて行く。

 

 ──何故か尻尾で顔を撫でてから。

 

 

 間を置いて戻ってきたリコの後ろを歩くのは、ボロボロで怪我だらけの二足歩行のバクだった。……頭が痛くなってくる。

 

「──私がマスターの白澤だ」

「なるほど!?」

 

「こんな傷だらけで驚いただろう、実はこの前バク宙に失敗してしまってね」

 

「……驚いてるのはそっちではない」

 

 お冷やを飲み干して頭を冷やす。シャミ子がマスターの……白澤さんと話している横でちらりとリコを見る。当然のように視線が合い、片手で狐のジェスチャーをされた。

 

「──では土日祝日でも問題ないと」

「あー、はい、それがなにか?」

 

 なにやら話が進んでいた。会話内容から察するにバイトの面接だったのだろう、それとなく立ち上がり店を去ろうとした瞬間──腰に毛並みが艶やかな尻尾が巻き付いて動けなくなる。

 

「リコくん確保だ! この二人は貴重な戦力となろう! 是非ともうちで働いてほしい!」

 

「なんぞ!?」

 

「頼む! 当店は今人材不足なのだ、リコくんは料理が作りたいだけで接客に難があるしなんならあと数分で開店する!」

 

「……来るタイミングを間違えたな」

 

 両手でシャミ子の肩を押さえつつ自分を尻尾で拘束するリコから逃げられるとは思えない。とどのつまり、自分とシャミ子に拒否権は無かった。

 

 

 ──数時間のバイトから解放されて、二人で帰路を歩いていた。どこか爽やかな顔をしたシャミ子に頼まれていた事を果たせたのか聞いてみたが、どういうわけか反応が薄かった。

 

「…………バイトが思いの外楽しくて、完全に忘れてました……」

 

「……まあ、明日も来るよう頼まれたし、その時に聞けばいいだろう」

 

 チャンスはある。そう思って追求しなかったのが悪かったのだろう、このあと自分の行動を後悔するときが来るのは──別の話。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/6
愛/1

・杏里ちゃん
友/8
愛/3

・ちよもも
友/5
愛/0

・ミカン姉貴
友/5
愛/0

・リコくん
友/2
愛/0


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part18


度々ガバるとしても、だが私は謝らない。その苛立ちを克服して、必ず読みに戻ってくれると信じているので初投稿です。



 

 私にガバが舞い降りた! なRTAはーじまーるよー。わたてんRTAあくしろよ。クレイジーレズストーカー√なんてどうかな? (氏刑宣告)

 

 前回はお預けをくらいまくった杏里ちゃんの友愛度がとうとう8/3になったりシャミ子と闇系のバイトをしたところで終わりましたね。

 今回はシャミ子の頭がいつもよりアホになってるところから再開です。

 

 四日連続で桃との約束をすっぽかすなんて……なにかがあったに違いない……。

 そう! 誰も! リコくんの料理を食べ過ぎるとああなるとは知らないのである! 

 

 桃は『二日までならシャミ子でもギリありえそう』とか結構失礼な事を言っています。

 そんなわけで四日経っても桜について聞かないことに違和感を覚えた楓くんは、五日目の今日のバイトを休んで二人に相談しました。

 

 リコくんと白澤店長の情報を纏めていますが楓くん絵上手いっすね……。

 

 

 リリスが言うにはシャミ子の夢への入口がボケボケでわからないとか。出先でなにか盛られてるのか……と疑う桃に、楓くんはシャミ子が店のまかないを食べていると伝えます。

 

 霊的な事に敏感な楓くんが頑なに食べないでいたリコくんの料理が原因かもしれないと当たりをつけ、我々は南米のジャングル……ではなく桜ヶ丘公園に向かいました。

 

 何故喫茶店とは真逆の方向に? とお思いでしょうが、結界が貼られてる所には魔法少女は近付けません。更には書き換えて通れるようにしようとしても、結界を弄ろうとすれば反撃されます。

 ですので、よりしろに魂を一時的に移したリリスくん人形を叩き込んで結界の術式を書き換える必要があったんですね。

 

 近いと緊張で当てられないけど超遠距離なら余裕と宣うミカン姉貴の矢に、リリスinマジカルステッキを乗せて射出します。カタパルトタートルに乗せられた竜騎士ガイアみたいっすね。

 

 しかしミカン姉貴の戦闘フォームは……いいですねぇ! (三下大福)

 こちらも抜かねば……無作法というもの。

 

 秒速114514メートルで射出されそうなリリスが(比較的)常識人の楓くんに助けを求めてますが、なんか楓くんの態度が若干ゃ冷たいですね。

 

 シャミ子をただただ大事に思っている楓くんからしたら、シャミ子が──ひいては吉田家が苦しんでいた原因がそもそもリリスの封印にあるからでしょう。

 

 とはいえ、確かにリリスたち夢魔の力は凶悪極まりないですからねぇ。そら金魚に「あのタイプが曲がった正義と歪んだ希望撒いて扇動したら大量に死人でる」とか言われますよ。

 

 やらないだけで出来ちゃうんですもの。

 

 楓くんはリリスが嫌いなのではなく、好きではない……んですかね。アンケートの半端な選択かな? とか考えていたら早速射出されました。

 

 一瞬でリリスが画面から消えたと思ったら、桃が持ってきた予備のよりしろが動き出します。1体目のリリスは失敗したようですね。

 

 そのまま2体目3体目とリリスが消し飛んでいきますが、まあ大丈夫でしょ。命のストックが次々消えるなんてまるでパラノイアみたいだぁ……。

 

 

 ──それではラスト1体のよりしろを使ったリリスくん人形がなんとか結界の一部を書き換えることに成功したので行動開始です。

 

 公園から喫茶店までの最短距離を突っ切る為に変身した桃に抱えられて移動します。

 お姫様抱っこされてるけどプライドとか……無いんですか? 

 

 ……屋根から屋根へと飛び跳ねる桃にしがみついてから一分も経たずに『あすら』に到着しました。結界の紙の近くに落ちてるリリスを回収していざ鎌倉、シャミ子も回収しましょう。

 

 先に撃ち込まれていた矢文を見て、イキった巫女はんを肥溜めに落とすぞバリバリー! としてるリコくんは、楓くんを見て大人しくなります。

 友愛度の数値はまだ2/0なので他人以上友人未満の仲な筈なのですが、やはりスーパーで人に化けてたのを見破ったのが大きいのでしょうか。

 

 楓くんが店長にシャミ子が何処に居るか聞いている裏で、リコくんは桃にぶぶ漬けを勧めていますね。ちなみにぶぶ漬けはお茶漬けの事です。

 バイトの時に使っていた控え室に先行してシャミ子の元に向かいますと、そこでは昼食中のシャミ子がボケボケの顔で座っていました。

 

 食べると元気になるからって、食べ過ぎたらアカンやろ(正論クレーマー)

 

 リコくんのまかないで夢心地のふにゃふにゃまぞくと化したシャミ子は、楓くんを見るやだらしない顔でしなだれかかります。

 

 これは愛情度が1でもあるとしてくる行動で、しかもこうされると友愛度の数値が増えるんですよねぇ。シャミ子が楓くんとイチャつくとどうなるの? 知らんのか、走者の胃が死ぬ。

 

 リコくんの料理がこうなった原因と知った店長に土下座されますが、今は桜の件で交渉する余裕がないため一旦帰りましょう。

 

 それではシャミ子をおんぶして帰路を歩くところで今partはここまで。あとは寝ぼけたシャミ子のやりたいことを聞いて終わります。

 

 桃を……ニコニコ……笑顔に……。

 はわぁ^~(浄化される音)

 

 

 ……おげぇぇぇぇぇ!! (胃潰瘍)

 

 

 ◆

 

 

 シャミ子が私との約束を何度も忘れてから四日が過ぎた。五日目の今日、一緒にバイトに行っていた楓が残って私の部屋に来ている。

 

「喫茶店にいる魔族の事でわかったことはなにかある?」

 

「ああ。魔族は二人……二匹、と言えばいいのか。バクの姿をした魔族と狐の耳と尻尾のある少女が店を経営している」

 

「手際いいのね」

 

 ミカンが隣でそう言っているけど、確かに資料で纏められるとは思わなかった。

 

 ……というか絵が上手い。

 

「ほんとにバクと狐の女の子……楓くん、絵も描けるんだ」

 

「まあ人並みには」

 

「……料理店か。何か盛られているとか?」

 

 私の言葉に、楓が考える素振りを見せる。

 

「──リコの料理は狐狸精ゆえに中毒性がある……と言っていた。俺は嫌な予感がして食べなかったが、シャミ子は店でまかないを食べているし残り物を持ち帰っている」

 

「なら間違いないね。急がないと大変なことになるかも、二人とも出かける準備して」

 

「……乗り込むのか?」

「いいや。乗り込む前準備をする」

 

 眉を潜める楓にそう言い、私とミカンも準備を始めた。念のために用意していたリリスさんのよりしろを鞄に詰めて、1体を使って像から魂を移す。

 

 それから四人で公園の高台に向かうと、手すりにリリスさんを下ろして説明を始める。ミカンの変身に驚いている楓を横目で見てからリリスさんに結界を上書きする用のステッキを渡した。

 

「ここから喫茶店までは1キロはあるけど、どうするんだ?」

 

「大丈夫よ、私の矢ならここからでも充分届くから!」

 

「……具体的には?」

 

「今からリリスさんに結界を書き換えてもらう為に、ミカンのボウガンに乗せて撃ち込む」

 

 よりしろの襟をつまんでミカンのボウガンに乗せようとすると、リリスさんが暴れだした。

 

「は!? そんなこと聞いておらんぞ!」

「だって言ったら嫌がるでしょ」

 

「当然であろうが!! そもそもこの棒で書き換えられるなら、お主がやればよかろう!」

 

「結界を弄れば反撃が来る。民間人の楓でも例外じゃないし、仮にやらせたら防御も出来ないから確実に挽き肉になる」

 

 つまり適任なのは本体が像の中でよりしろでコンテニューできるリリスさんなんだけど、やっぱり嫌がるか。

 後ろでは楓が挽き肉……って呟いてるし。

 

「結界の反撃まで数秒の猶予があるから、ミカンの超遠距離且つ高速の狙撃が不可欠」

 

「お店まではだいたい1キロだから……1秒でお届け出来るわよ!」

 

「つまり余はこれから秒速1000メートルで射出されるのだな! か、楓、余を助けよ! これは流石にあんまりにもあんまりではないか!?」

 

 矢に固定されたリリスさんは楓に助けを乞うけど、どういうわけか楓の顔色は暗かった。

 私たちやシャミ子には向けた事がないそれに、一瞬驚く。

 

「……お労しやリリスさん」

「さては助ける気皆無だな……?」

「町とシャミ子の為なので」

「お主そんな事言う奴だったか!?」

 

 

 ……果たして、私たちはドップラー効果で遠退くリリスさんの悲鳴を何回も聞き続けた。最後の一回でようやく成功し、大急ぎで変身して向かおうとした瞬間、後ろから楓に呼び止められる。

 

「俺も連れていってほしい」

「……抱えて跳ぶ事になるけど」

 

「構わない。料理が危ないかもしれないのに黙っていた、シャミ子から切り出すべき話題だからと傍観していた俺にも非があるんだから」

 

 真っ直ぐな顔でそう言われては、断るに断れない。ミカンに待機するよう伝えて、楓を横向きに──いわゆるお姫様抱っこで持ち上げた。

 

「……いろんな意味で本当にいいの?」

 

「夢に出そうな絵面だな。早く行こう、そしてこの事は忘れよう」

 

 男の子と言うこともあって普段のダンベルよりは軽いけどずしりと腕にのし掛かる重さを支え、足に力を入れて跳躍する。

 

 景色がどんどん流れて行き、家の屋根に着地しては瓦を砕かないように力を調節しながら何度も跳ぶ。一分も経たずに店の前に着地して、楓をゆっくり下ろした。

 

「リリスさんは……居た。ミカンの矢文も届いてるね、突入するよ」

 

「なるべく穏便にな」

「場合によるかな」

 

 カランコロンと音を立てて扉のベルが鳴る。入ってきた私に対して敵意を露にしている狐の魔族が居たけど、遅れて入ってきた楓を見るとすぐに意識が逸れて敵意も霧散した。

 

「2名と使い魔、いいですか」

 

「──えらい凝った衣装の子やなぁ、ぶぶ漬けしかないんやけどそれでええ?」

 

「結構です。吉田優子さん、居ますよね」

 

「この店指名するタイプやないんやわぁ」

 

 笑顔を見せてくるが、楓を除いて私にだけチリチリと敵意をぶつけている。

 

「店長、シャミ子の様子が変だったので知り合いの魔法少女に頼んで強行突破しに来ました。すみませんが、あの子は今どこですか?」

 

「優子くんなら控え室でまかないを食べているよ、しかし様子が変なのは僕も見た。リコくんは押さえておくから見に行くといい」

 

 店内の隅でそんな会話をしているバクの魔族と楓はこちらを見てうなずく。

 急いで奥に向かって扉を開けると、ボーッとした様子で料理を食べている店の制服姿のシャミ子が座っていた。

 

「シャミ子!」

「……ぁれ、もも?」

「君は大事なことを忘れてないかな?」

「大事なこと……大事なこと……?」

 

 ふわふわとした言動からして、今のシャミ子は明らかに普段のシャミ子とは思えない。

 

「この料理がまずいのか……」

「料理はおいしいですよ……?」

 

 ……そういう意味じゃない。

 

 一緒に入ってきた楓が、異質な雰囲気を前に苦虫を噛み潰したような顔をする。でも、シャミ子が楓を見た途端、急にふにゃりと笑って抱き付いた。

 

「はわぁ、楓くんだぁ……!」

「……角が刺さってるんですが」

「……? んん~!」

「いだだだだだ──!!」

 

 グリグリと顔を動かせば、当然腹に当たった角が腹筋をえぐる。見てるだけで痛そうなそれを前に、私に店長の魔族が言う。

 

 曰く狐の魔族──リコさんの料理はあくまで心を癒す料理だと。

 

 その料理の効能で私との約束を忘れたなら、それは私の言葉がプレッシャーになっているのだと。私は不思議と言い返せなかった。

 

 確かに私はシャミ子になんの見返りも渡していない。もしかして、シャミ子の善意を利用していただけなのでは…………? 

 

「せやせや、ウチの料理は体にいいんよ? ただ通常の10倍くらい食べるとハイになったり健忘が出たりするけど」

 

「────は?」

 

 ネガティブな思考が渦巻いていると、リコさんの言葉に楓の声が返って来た。

 店長にも初めて伝えたらしい事実に、店長は勢いよく土下座して謝罪してくる。

 

 

 

 ──なんだかどっと疲れが押し寄せてきて、とりあえずシャミ子を連れて帰ることになった。悪気は……多分無いのだろうリコさんに治し方を聞いて、店を出てミカンに連絡する。

 

 隣を歩く楓の背中には制服から着替えたシャミ子が乗っている。店を出てから一言も喋らない楓は、前を見ながら私に声をかけた。

 

「桃は悪くないんじゃないか?」

 

「……そうかな、なんの見返りも与えなかったのは、姉を──大事なことをダシにしていたのは事実なわけだし」

 

「それでもシャミ子は君を責めたりはしないさ。なにせ君は利用していたわけではないし、この子もそう思っていない」

 

 

 ……本当にそうだろうか。

 

 会話を聞いて微睡みから戻ってきたのか、シャミ子が背中の上でもぞもぞと動く。

 

「んぅ、だいじなこと……?」

 

「なんでもないよ、寝てなさい」

 

「いえ、思い出せそうです。私の、したい、だいじなこと……重要な、使命……」

 

 うーんうーんと唸るシャミ子は、文字通り思い出したように顔を上げて言った。

 

「そうだ、私の使命は──桃をニコニコ笑顔にすることでした!」

 

「な、ぁ──、っ!?」

 

「……まあ、合ってるんじゃないか?」

 

「ち、ちがっ、全然違うでしょ!!」

 

 何を言っているのかなこのおバカ魔族は!? それに楓もなんで同意するの! 

 

 私が約束したのは姉を探す手がかりを探すことで、そんなことは頼んでいない。

 

 もしかしたら、本当に、仮に、もしかしたら姉を見付けられたら笑える日が来るのかもしれない。でも、そんなことを言われても困る。

 

 隣を見られない。シャミ子の顔が、楓の顔が見られない。

 

「……なんで私の笑顔なんか……」

 

「シャミ子が見たいと思えるくらい可愛いかもしれないからじゃないか?」

 

「そんなわけないでしょ」

「そうかな、俺も見てみたくはある」

 

「楓、あんまりそう言うこと、女の子に対して言わない方がいいよ」

 

 ……そうか? と言ってくる何もわかっていなさそうな楓には呆れる。

 

 君にはミカンが居るだろうに……と。それにしても、見返りか。

 私はシャミ子に、楓に、ミカンに──何をしてあげられるのだろう。

 

 夕陽をバックに歩いている私は、最後まで答えを見つけられなかった。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/7
愛/2

・ちよもも
友/6
愛/1

・ミカン姉貴
友/5
愛/0

・リコくん
友/2
愛/0


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part19


そろそろ終盤に差し掛かるので初投稿です。



 

 主人公がヤムチャ視点なゲームのRTAはーじまーるよー。とうとう単行本3巻が終わり、RTAとストーリーに一区切りつきます。

 

 前回は闇系のバイトからシャミ子を救いだしたところで終わりましたね。今回はシャミ子が自分の夢に潜り記憶を探るところから始まります。

 

 店長とリコくんが前回のお詫びを兼ねて話があるらしいからと家に来るイベントはミカン姉貴が居ないので重要な話だけどキャンセルだ。

 このRTA見てる人は皆単行本全部持ってるだろうしへーきへーき(偏見)

 

 

 一応ざっくり説明すると、リコくんは店長が10年前に開店準備をしている時に桜の手で連れてこられた他所の魔族です。

 桜は2~3日天災が起きるから家から出るなと伝えて消えたらしいですね。

 

 リコくんが言うにはコアは動物型で且つ動き回るそうで、桃たちが探している水晶型とはどう違うのかと話し合いになります。

 

 で、なんやかんやあって店長が考案したたまさくらちゃんのモデルの猫が桜のコアなんじゃね? となります。

 猫ちゃんは壁に消えねえだろっ! 

 

 そして清子さん曰く、優子はその猫と話したことがある筈だとか。

 だから、シャミ子が自分の夢に潜って記憶を探る必要があったんですね。

 

 

 それでは倍速。シャミ子は桃の部屋でソファに寝転がりますが、外からは何やってんのかまったくわかりません。カスタムモードで魔族スタートだったりすれば同行できるんですが、もちろんプレイヤーの私は見ることができます。

 

 シャミ子は現在大量の点滴スタンドと注射器に追いかけ回されてますね。自分でも忘れていた嫌な記憶が点滴と注射で、魔力修行の時に筋肉注射の痛みを知っているような発言。

 

 この回を見てからあの回を見返すと色々と察して悲しくなりますね。

 

 トラウマに追われてるシャミ子を助けようにも手を出せないでいると、リリスさんの発言から桃がある提案をします。

 寝てるシャミ子を背負って、学校の小倉ァ! 専用ラボに向かいましょう。

 

 桃は性能面が檀黎斗のやべーやつこと小倉の力を借りて、一時的に闇堕ちしてシャミ子の眷属になることで夢に潜れるかもと言います。

 

 

 一方その頃、シャミ子は恐らく桜の指示でアロンの杖で無双してると思います。逃げ回ってる暇があったらさっさと突っ込んで、奴等をぶちのめして来いィィ!!(突然興奮する走者)

 

 メレンゲめいた姿から杖の力で形を取り戻した桜は、シャミ子に助言して10年前の真実を知る為に当時の記憶をサルベージさせます。

 

 当時の記憶の病室で判明したのは、桜のコアがシャミ子の魂を補強している事実でした。良ちゃんの分まで呪いを背負って魂の構造がスッカスカなこともあり、シャミ子は桜や清子さんの想定よりも死にかけていました。

 

 天災が過ぎ去り暫く平和だし自分も消えそうだしで、シャミ子を生かす方法として自分のコアを使うことを選んだんですね。

 

 そんなお陰でなんとか生きてこられたのですが、それはそれとしてスケベな体になりやがって……! これも桜のコアの成果か! オラ! なにが夢魔だ! 

 栄養が全部胸にいってるんじゃねえかよこのいやらしまぞくがよ! 

 

 

 ……魔力のへそくりが無くなって消えそうな桜は、シャミ子がコアを必要としないくらい強くならないと出てこられません。

 

 桜を連れ帰らないと桃を笑顔にできないと悩むシャミ子に桜はそうでもないと、桃には町や自分以上に大事なものが出来たと言い、ついでに町の平和を守ってくれと言い残して消えました。

 

 ヒロインのついでに町を守れなんてウルボザみたいなこと言いますね。

 しかもシャミ子目線で楓くんを見てたからか、なんかアドバイス的なのをしてるし。

 

 そんなこんなで帰ろうとするシャミ子ですが、トラウマに追い詰められていますね。しかし、ピンチのシャミ子の元になんと闇堕ちした桃──†ダークネスピーチ†が駆けつけてきました。か、かっこいいタル~! 

 

 古傷が剥き出しなのアーイイ、アーイイヨイヨイイヨー

 

 

 ──桃の手助けで戻ってこれたシャミ子からしたらいつの間にか小倉ラボに来ているわけですが、今度は別の問題が発生しています。

 

 小倉の薬で無理やり闇堕ちしてきたため、迅速に光側に引き戻さないといけません。ミカン姉貴のボウガンでぶち抜くショックで闇堕ちから戻すことには成功しますが、あまりの緊張にラボが呪いの被害に遭います。

 

 楓くんを操作して運動神経クソザコの小倉を担いで逃げましょう。

 小倉は小倉で軽いですね、1.15シャミ子くらいしかありません(1シャミ子=35kg)

 魔法少女の闇堕ちを(たの)しい実験と言い切るなんてとんでもないモラルハザードだよ。実験モンスター。グシオン。

 

 

 全員で帰った後日、闇堕ちするのに飲んだ薬の影響が落ち着いた頃、桃は桜のことを聞いています。コアがシャミ子を生かしていることや町を守るのを頼まれたことなどを教えられました。

 

 桃は強くなるためにも町を守るお願いをやってみたらどうだとシャミ子に言います。

 

 桜を探すためにシャミ子に関わっていた桃からすれば、居場所がわかった以上この町に固執する理由はないのですが──もはやそういう問題ではないんですね。今ではそれよりも大事な、町よりも大切なものが出来たわけです。

 

 これからはシャミ子たちの暮らす、この極々小さなまちかどだけを全力で守れたら────。それが姉との約束を守ることにも繋がる、新しい桃の目的になるのではないでしょうか。

 

 

 それでは桃色魔法少女の笑顔CGをスクショしながら今partはここまで。いやあ原作の時点で感動できる話をプレイできるなんて……やっぱ……まちカドまぞくを……最高やな! 

 

 ────いやよくねぇンだわ。なんやねん杏里ちゃんの友愛度8/3って。なんやねんシャミ子の友愛度7/2って。試走の時はこの時点じゃまだ誰も友/6にすらなってなかったんだが??? 

 

 ……楓くんがいい子過ぎるんだよなぁ。相手に対して真摯すぎるってそれいち。

 ヒロイン全員に笑顔で対応する好青年だから友愛度がガバガバになるんやろがい! 

 

 

 ◆

 

 

「なんだか、どっと疲れたわね」

「桃が闇堕ちするとは思わなかったな」

 

 シャミ子が夢に潜り、桃が闇堕ちした後日。二人の会話を邪魔しない方がいいと思い、私は楓くんの部屋に通されていた。

 

 下の部屋は上より少し広く、中央にちゃぶ台があって、部屋の隅に敷布団が畳んで置かれている。なのに出されたお茶はレモンティーなのだから、なんだかシュールで少し笑ってしまう。

 

「あの二人は大丈夫かしら」

「気にすることでも?」

「ほら、桃って結構空気読めないから……」

「……本人には言うんじゃないぞ」

 

 わかってるわよ、と言って湯気の立つレモンティーを一口飲む。

 

 ふと楓くんが手元の携帯のメッセージを確認するのに下げた顔を見る。瞳に画面の光が反射して、小さく輝いていた。

 

「誰から?」

 

「幼馴染の子。喫茶店の情報を教えてくれたから、そのお礼をしたんだよ」

 

「ふぅん」

 

 その子とは、夏休み明けに会うことになるのかしら。楓くんが楽しそうに話すその顔を見るのは、あまり面白くない……と考えるのは、流石に醜すぎるわね。バチリと目があって、当然のように微笑まれる。

 

「ねぇ、楓くん」

「……なに?」

 

「私の呪いをどうにかしたいって言ってくれたけど、貴方はこの力が怖くないの?」

 

「いや、別に」

 

 楓くんはそう言って、あっけらかんとした顔で首を傾げた。

 

「別に、って……この呪いは桜さんの助力が無かったら、いつか人を殺していたかもしれない力なのよ? どうにかしたいと言った楓くんにも向けられるのに、どうしてそう言えるの?」

 

「前は話せたんだろう? なら、きっと、その悪魔に悪気は無いんじゃないかと思ってね。

 それに──その呪いは君のお父さんが君と工場を想っての結果だというのなら…………これは『誰が悪い』って話じゃないんだと思う」

 

 いつか、君の中の悪魔とも話してみたいんだよね。そんなことを言って笑う楓くんは、お茶請けのオレンジクッキーをつまんで食べる。それから一息ついて、私の質問への答えを言った。

 

「俺は君も、君の呪いも怖くないよ」

 

「──そう、なんだ」

 

 はっきりと断言されると、不思議と心の奥が軽くなったような気さえした。

 

 私自身怖いと思うこの力を、受け入れてくれる人が居たことは無かったからだと思う。

 桃や桜さんがこの力に対処できる人なら、楓くんは受け止める人──なのだろうか。

 

 

 カッと顔が熱くなる。

 心拍数が早まる。

 楓くんの顔を直視できない。

 

 

 ──でもそれすら心地いい。

 

「……楓くん」

「どうした、ミカン」

「私、ここに来てよかった──」

 

 言い終える前に、突然扉を叩く音がする。一瞬体を震わせて驚いた楓くんは慎重に開けた。その先に居たのは、鳥の羽まみれのシャミ子と桃だった。

 

「…………話が終わった直後に鳥に群がられたんだけど、ミカン、なにしたの」

 

「……あっ、心拍数上がったのに何も起きないと思ったらそっちに行っちゃってたのね……」

 

 闇堕ちのせいか暗い雰囲気の桃と、その後ろで同じく羽まみれのシャミ子が入ってくる。

 楓くんと話をする余裕が無くなってとりあえず羽を取り除いていると、二人が何を話していたのかを教えてくれた。

 

 桜さんがシャミ子を生かすためにコアを埋め込んだ事や、町を守るお願いをしたこと。加えて、桃がそれを手伝うことなど。

 

 なんだかんだ四人でちゃぶ台を囲むことになり、追加のクッキーとレモンティーを出す楓くんの手伝いをして台所に立つと、ティーポットを揺らす楓くんが湯気を見ながら話しかけてくる。

 

「ミカンは二人の手伝いをするのか?」

「そうね、シャミ子の護衛も続けないといけないし、これから忙しくなるかも」

 

 お皿にクッキーを乗せると、ティーカップにポットの中身を注いで続けた。

 

「シャミ子の手伝いをしながら、ミカンの呪いをどうにかする。今はこの二つを目標にするよ、だから──まあ、その……」

 

 ほんのりと、顔を赤くして私を見る。

 

 

「これからも、よろしく」

「……うん、頼りにしてるわね」

 

 

 ──なんの力もない男の子を、力のある桃たち以上に信頼する日が来るなんて、きっと誰も想定していない。私でさえ、そう思っていたのだから。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/7
愛/2

・ちよもも
友/6
愛/1

・ミカン姉貴
友/6
愛/1

・小倉ァ!
友/1
愛/0


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単行本第4巻
part20



大台なので初投稿です。



 

 単行本4巻に突入したゲームのRTAはーじまーるよー。ここからが本当の地獄だ……。

 

 前回はシャミ子の過去と桜の居場所が判明したところで終わりましたね。今回は祭りの時期が迫ってきたところから始まります。

 

 登校日の今日、楓くんはシャミ子と杏里ちゃんの三人で話しています。学校ではペットボトルのレモンティーしか飲めないのでちょっとテンション低めですね。

 

 ここ暫くシャミ子の夏休みがどう森RTA並にハイスピードスローライフだったこともあり、杏里ちゃんと楓くんに気を遣われて今日は休め(コマンドー)と言われます。

 

 父の形見(死んでない)の武器を手に入れたりまぞく仲間が増えたり夢に潜ったり宿敵が闇堕ちしたりと、確かに色々ありましたね。

 

 まあこれからも大変な目に遭うんですが。

 

 

 具体的な夏休みらしさなんてものは知らないシャミ子なので、とりあえずと喫茶店に向かい店長とリコくんに相談するようです。いつ出発する? 楓くんも同行させよう(ガバ要院)

 

 杏里ちゃん? 

 ……残念だが彼女はこの先の戦いには着いていけそうにない。もう解散なんです!(レ)

 

 ──単に家の手伝いがあるだけです。杏里ちゃんママも結構お若いけど、なんかスポーツとかやってたの? 

 

 シャミ子に付き合って中古ゲームの特売を見たり桃とミカン姉貴に会いに行ったりしますが、二人は魔力リハビリと称して筋トレしに行ったのでいません。魔力のリハビリで筋トレ……? 

 

 

 それはそれとして、楓くんとシャミ子は夏祭り商法として弁当の販売を手伝う破目になります。終わった辺りで店長から臨時のバイト代を渡されて祭りで遊んでくるよう言われますね。

 

(渡された封筒が)お太ォい! ……いやまて、これ万札じゃなくて千円札の束ですね。あと百円とか五百円がじゃらじゃら入ってる。

 

 お祭りだからってそんな気の遣い方ある? ちょっと……ずれてるかな(ケツピン)

 

 納涼祭に合わせてリコくんがシャミ子を着付けてくれるのですが、はい。ここで問題が発生します。楓くんはリコくんの幻術を見破れるのですが、葉っぱを化かした着物を着ているシャミ子の姿を見ればどうなるでしょうか? 

 

 ……答え、葉っぱ一枚貼り付けた下着姿のシャミ子が画面に映る。

 とんでもない速度で視点が上を向くのは楓くんが顔ごと目を逸らしたからでしょう。

 

 こいつマジ? エロゲー主人公の癖にヒロインの露骨なテコ入れに対して態度が誠実すぎるだろ……。もしかしてEDなのか……? 

 

 シャミ子に先に外に出てるよう伝えた楓くんがリコくんに話してますね。

 リコくんの力を見破る楓くんはシャミ子の痴女スタイルの事を話し、どうにかならないかと相談しています。悩むそぶりを見せたリコくんは楓くんの顔を手で覆ってなんかしてきました。

 

 手を離したあとリコくんが手元の葉っぱを黒縁の伊達眼鏡に変えますが、楓くんから見たそれが葉っぱに見えるということはありません。

 

 どうやら葉っぱを使って化かすのが得意なリコくんが、珍しく頑張って楓くんの目に幻術を掛けたらしいです。幻術か……また幻術なのか……!? 

 

 

 ──なんだかわからんが、とにかくヨシ! 

 

 

 ……後に変な要求されたら怖いので理由を聞いておきます。優子はんの件は流石に反省してるんよ~と言っていますが、まあ、本音でしょう。

 

 悪気は無いんですよ。悪気は。

 人を煽ってる自覚が無いだけで。

 

 それでは納涼祭にいざ鎌倉。

 外で待たせていたシャミ子と合流して向かいます。帯に乗った乙がデッッッッッ! 

 

 シャミ子にとっては初お祭りなのだろう状況で、しかも愛情度が2になっている。案の定腕に尻尾を巻き付けてくるし距離も近いですね。

 

 …………やだぁ~りんご飴がサスケくんの写輪眼みたぁ~い♡(現実逃避)

 

 時間経過でミカン姉貴と桃が迷子センターの通報でシャミ子を呼ぶので、それまでは……二人っきりだね! (瀕死の重症)

 なぜミカン姉貴の攻略RTAなのにシャミ子とのデートと化して自ら地雷を踏み抜いているのか。なんで……なんでですかね……? 

 

 

 値段の割に微妙に美味しくないけど何故か祭補正で美味しく感じる屋台の料理を食べながらウロウロしていると、シャミ子がたこ焼きを口に持ってきます。食えと申すか。

 

 ……あーやめろ! 口に突っ込もうとするな……う、羽毛……!? 

 たこが入ってないやん! たこが入ってると思ったからたこ焼きを買ったの! 

 

 ──単なる()()を食べたところで、迷子のお知らせが聞こえてきます。我々を探しに『あすら』に行ったらリコくんの術で着物(葉っぱ)を着させられた桃とミカン姉貴が待っているので、合流しに向かいましょう。

 

 リコくんに相談しなかったら葉っぱ貼り付けた下着姿の痴女トリオと歩かなきゃいけなかったので、あの子は今回のMVPですね。

 ……そもそも普通に着付けをすればよかったのでは? ボブは訝しんだ。

 

 

 二人と合流すると、楓くんの伊達眼鏡に驚いていますね。まさか三人が痴女に見えるから眼鏡してるとはケツが裂けても言えないので気分転換とかイメチェンとか適当に言っときます。

 

 ミカン姉貴的には伊達眼鏡は好評のようです。ミカン姉貴の浴衣も可愛いね♡認知して♡(ウガルル認知提案おじさん)

 

 そんなミカン姉貴とやんややんやしていると、気付けばシャミ子と桃が居ません。

 桃が気を回したのかミカン姉貴と二人にしてくれたようです。やるやん(HND△)

 

 このあと更に時間経過するとよりしろリリスが財布持ってこいオラァン! と放送してきます。それまでは自由行動なので、とりあえず歩き回りましょう。

 

 ノリのいいお姉さんタイプのミカン姉貴は、おふざけ半分で楓くんと腕を組んで歩きます。

 これでまだ付き合ってないとか杏里ちゃんに対して申し訳ないと思わないの? 

 

 ……それでは今partは残り時間までイベントを垂れ流して終了です。オラッ! ミカかえ過剰供給で胸焼けしろッ! こっちはシャミかえのせいで胃酸が逆流しとるんじゃ! 

 

 

 ◆

 

 

「あの、楓くん。どうして上を向いているんですか?」

 

「今下を向いたら死んでしまう」

「なんですかそれ……」

 

 シャミ子がリコに着付けをしてもらったようで、数分して奥から戻ってくる。

 だがシャミ子は、胸元に葉を一枚貼り付けただけの下着姿で戻ってきたのだ。

 反射的に喫茶店の天井を見上げたが、一瞬とはいえ下着を見てしまった。

 

 昔熱を出して寝込んでいたシャミ子を清子さんの代わりに看病したことが何度かあり、その際汗を拭いたりで下着以上のものを見た覚えはあるが、それとこれとは状況が全く違う。

 

 あの葉は以前、スーパーでリコと会ったときに見たものと同じだった。リコに視線を送ると、合点がいったようににやりと笑う。

 

「……シャミ子、リコと話があるから先に外で待っててくれるか」

 

「それはいいのですが、大丈夫ですか?」

「大丈夫デス」

 

 不思議そうに眉をひそめるシャミ子が外に行ってから、自分はリコに向き合った。

 

「あれはリコの仕業か」

「ん~、なんのこと?」

 

「……シャミ子が浴衣を着ていると思っているのはただの葉っぱだろう」

 

「あら、せやったなぁ。楓はんはウチの幻術見破れるんやったわ」

 

 懐から取り出した葉を手元で玩ぶリコは、尻尾を左右に揺らしながら何かを考える。

 

 思い付いたことがあるのか、ずいっと近付いてきて、こちらの腰に尻尾を回しながら見上げてきた。妙に気に入られている自覚はあるが、これはからかっているつもりなのだろう。

 

「ちょっと目をつむってほしいんやわ」

「……変なことは、しないでくれよ」

「そんなんしいひん。顔触らせてもらうで」

 

 ひたりと冷たい両の手のひらが顔に押し当てられる。覆うように広げた手の内、親指でまぶたを撫でられると、そこを中心に顔が暖かくなるのがわかった。

 

 ホットアイマスクを使ったような感覚がしたと思えば、リコは手を離して口角を緩ませる。

 

「これで大丈夫やと思うで~。ほな楓はん、試しにこれ使うてみて?」

 

「これは?」

 

「葉っぱを化かした眼鏡。これを掛ければ普通に見えるはずやで」

 

 渡されたそれは、どう見ても普通の黒縁の伊達眼鏡だった。触った感触や重さも本物と言われれば信じてしまえるだろう。

 

 言われた通りに掛けると…………何が変わったかはわからない。お世辞にも善人とは呼べない性格のリコがここまでするとは──とは思う。ここまでされたら、聞かざるを得ない。

 

「リコ、されるがままで聞きそびれたけど、どうしてここまでしてくれるんだ?」

 

「お詫びやよ、優子はんの件は本当に申し訳ないと思ってるの。それにウチの幻術を素で見破れる人は初めて見たわぁ」

 

 からからと笑うリコ。しかし言葉の端に見える感情は本物で、シャミ子の例の一件で申し訳なさを覚えているのは事実らしい。

 

 一貫して飄々とした態度を保っていたリコがその時だけはどういうわけか小さな子供に見えて、無意識にシャミ子にするように頭に手を置いた。

 

「ありがとう、リコ。この眼鏡はいつまで持つのか教えてくれるか」

 

「ん、それはウチが元に戻さない限りはずっと眼鏡のままやで。楓はんくらいしか見破れへんし、掛けてたらエエよ。似合っててかっこええもん」

 

 シャミ子を待たせている事もあって、会話をそこで切り外に向かう。扉を開ける直前、振り返ると、リコが尻尾を揺らして笑っている。

 

「気ぃつけてな~」

 

 意を決して扉を開くとシャミ子が立っている。眼鏡を通して見る様は、先程の下着姿などではなく──綺麗な浴衣姿だった。

 

「楓くん、なんですその眼鏡は」

「色々あったんだよ」

「そ、そうですか……」

 

 ほぉーと言いながら眼鏡をじろじろ見てくるシャミ子の隣を歩き、納涼祭の行われる商店街まで向かう。人の往来する数が増え、どんちゃん騒ぎと称するに相応しい喧騒が聞こえる。

 

 財布に移した店長から貰った臨時のバイト代からりんご飴を買って食べ歩く自分の空いてる腕に、不意にシャミ子の尻尾が絡み付いた。

 

「シャミ子、急に尻尾を巻き付けるのは驚くからやめてくれ」

 

「え? …………あ、いや、これは……ほら、迷子になるとアレじゃないですか!」

 

「……まあそうだな、この歳で迷子はシャレにならないくらい恥ずかしい」

 

 そうですそうです! と言うシャミ子はたこ焼きを買って食べている。

 屋台や人混みを見ては目を輝かせるシャミ子を見て、そういえばと思い出す。

 

 今までずっと、体が弱くて金銭的余裕も無くて、この子にとってはこれがお祭り初体験なのだろう。何故この子ばかりがこんな目に遭わなければならないのだ。これからは、沢山の思い出を、皆で作れたらと思わずにはいられない。

 

 ──楽しいのはわかったからたこ焼きを押し付けてくるのはやめろ。

 

 よりによってタコが入っていないハズレを食わされた直後、商店街に置かれたスピーカーから迷子のお知らせが放送される。

 

 多魔市からお越しのシャドウミストレス優子ちゃん……いったい誰の事なんだ……。横にいる該当者に目を向けると、露骨に驚いていた。

 

 迷子扱いで若干怒っているシャミ子だが、桃とミカンの配下という響きが気持ちよかったらしい。納涼祭の本部に訪れると、二人もまたシャミ子のように浴衣を着ていた。

 

「……楓、なんで眼鏡してるの?」

「あぁ、まあ、ファッション?」

 

 喫茶店の方に行ったらリコの術で着させられたらしい浴衣を身に纏う桃たちのそれが葉にしか見えないから、と言えるわけがない。

 

「わざわざ度の入ってない眼鏡なんて掛ける意味ある? 何か変わるものなの?」

 

「桃……貴女そう言うところよ」

 

 ミカンに窘められ心底不思議そうにしている桃だが、こっちはこっちで困っているのだから勘弁してほしい。シャミ子がいつの間にか買っていたわたあめを押し付けられてる桃を尻目に、普段とは違う髪型で露出も控え目なミカンを見る。

 

「眼鏡で雰囲気って結構変わるのね。こっちの方がもっとかっこいいわよ、楓くん」

 

「どうも。ミカンも、綺麗だと思う」

「ふふ、そうでしょ?」

 

 気恥ずかしくて断言しなかったが、本当に綺麗だった。ありがとうと言って笑うミカンは、ふと辺りを見回す。

 

「あら、桃とシャミ子は?」

「……居ないな」

「もう! せっかく合流したのに……」

 

 いつの間にか、二人が居なくなっていた。呆れたようにため息をついたミカンが、自分の方に手を出してくる。

 

「折角のお祭りなんだから、こっちも楽しみましょう?」

 

「……そう、だな」

 

 おずおずと、出された手に自分の手を伸ばす。握ったそれは暖かく、並んで歩くミカンは仄かに柑橘類の香りがした。

 

 暫く歩いて、突然ミカンが腕を組んで距離を縮めてくる。驚いてミカンの顔を見ると、商店街を照らす暖色系の照明をぼんやりと眺めていた。

 

「──普段ならこんなこと、しないし出来ないのよ? でも不思議なの。こうして貴方に近付いても、あまり緊張しない」

 

「ミカン?」

 

「多分お祭りで周りが騒がしいから、逆にそのお陰なのかもしれないわね」

 

 射的を楽しむ子供。屋台の料理を食べるカップル。座るスペースで酒を飲む大人。ミカンの呪いは、最悪これら全てをめちゃくちゃに出来る。

 

 でもミカンはそんなことはしないし、自分もさせるつもりはない。

 

「……もう少ししたら楓くんたちの高校に転入するけど、もし呪いで迷惑を掛けたらと思うと……たまに思うのよ。来ない方がよかったのかもって」

 

「そう思うのも、仕方がないさ」

 

「ええ、そうね。まあでも、ここに来なかったらシャミ子と楓くんに出会えなかったんだもの。悪いことばかりじゃないわね」

 

 ──ミカンの呪いへの怯えといつかまた誰かを傷付けるかもしれない恐怖は、消えることはないだろう。自分に出来ることは……ミカンを呪いと一緒に受け入れること。

 

 力の無い人間に出来る事が、信じることだけではないと信じている。

 

「──迷惑なら、俺だけに掛ければいい」

「……えっ?」

 

「君の呪いを、何時解決できるかわからない。ならそれまでは、俺がミカンの負担を受け止めるよ」

 

「……楓くん……っ」

 

 ミカンの袖を掴む力が強まる。

 自分が、この子の力になれるなら──この思いを伝えるのが遅くなっても構わない。

 ミカンにも、拠り所が必要なんだ。

 

 シャミ子のやることを手伝いながら、呪いを治す方法を探して、ミカンの負担を和らげる。やることがいっぺんに増えたな──と思いながら、ミカンと並んで商店街を歩いて行く。

 

 

 かき氷の蜜柑シロップの存在に驚いて、しんみりとした空気が一瞬で吹き飛んだのは別の話。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/7
愛/2

・ちよもも
友/6
愛/1

・ミカン姉貴
友/7
愛/2

・リコくん
友/3
愛/0


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part21


走者が増えたので初投稿です。



 

 フッ!! ハッ!! 楓!! どうして告白しない!! なRTAはーじまーるよー。だからレギュ違反になるっつってんじゃねーかよ(棒)

 

 前回は納涼祭デートをしたところで終わりましたね(まだ付き合ってない)

 今回はシャミ桃の夏休みの勉強が終わったご褒美にVIPチケットで動物園に向かうところから再開です。ゲーム版はVIP待遇の人数が5人から6人になってるので、安心して参加しましょう。

 

 仮に5人のままなら……残念だが店長には帰っていただく。腰をいわすのでね(親切心)

 その場合愛情度が無い時はリコくんも一緒に帰るので、リコくんを攻略するときはそもそもVIPチケットを使わずに別の日に誘いましょう。

 

 

 元々は弁当を作ってシャミ子と桃とミカン姉貴と楓くんのダブルデート(まだ付き合ってない)で済ませる予定だったのに、弁当の量がどうのこうのと言ってリコくんまで着いてきてしまったんですね。店長は付き添いです。

 

 

 気合い入れた格好からラフな感じに戻してしまった桃は絶賛不機嫌です。楓くんに対して愛情度が1あるとはいえ、シャミ子にぞっこんラブ(死語)な事には今のところ変わり無いので、威圧感バリバリで店長に問い詰めてますね。

 

 四足歩行動物のクセに無理して二足歩行で活動してる店長は度々腰や背中を痛めますが、シャミ子もミカン姉貴もくっそ善人なので荷物を持ってあげようとします。楓くんも例に漏れず店長を庇う側なので桃に味方は居ません。

 

 

 ピンク<救いは無いんですか!?(レ)

 

 ないです(無慈悲)

 

 

 では、シャミ子とのデートを台無しにされて闇堕ちゲージが貯まりつつある桃の挙動に気を付けながら行動しましょう。

 主人公くんに対する愛情度がある時に闇堕ちすると、確率で闇堕ちの原因が主人公くんへの気持ちになる場合があります。

 

 そんな時にマッドサイエンティスト眼鏡から『スゲェ嫌だったことを洗いざらい話して♡』なんて言われたら…………友愛度ガバで四人に好かれてる今の人間関係がこわれるわ(課長)

 

 

 でーすーのーでー。

 

 

 リコくんが闇堕ち再発寸前の桃にシャミ子に化けた状態で葉っぱ(薬)を食わせようとしている裏で、楓くんには桃の目的である虎の赤ちゃん触れ合いコーナーに行ってもらいます。

 

 闇堕ちした際に楓くんへの想いが原因になると困るので、一人で虎と触れ合うことでそっちにヘイトを逸らしたかったんですね。

 

 

 トラトラトラ! トラトラトラ! 

 

 行くぞォォォォ!! あぇ

 ラットゥギャーザラットゥギャーザひんひんほんほほーん(うろ覚え)

 

 ではミカン姉貴にその辺をうろつくと伝えて離脱するので、触れ合いコーナーまで倍速。しっかり手を消毒して……いざ鎌倉。

 

 あぁ^~癒される^~~(ビブラート)

 

 私は犬より猫派ですが、虎やライオンよりはオオカミ派なんですよね。広い家でウルフドッグを飼いたいだけの人生だった……。

 

 楓くんは撮影時のフラッシュはやめなさーい!(飼育員猫)と言われているので、フラッシュを焚かないように気を付けながら写真を撮っていますね。なんだかんだ心労絶えない生活をしてるのでこうして適度に癒しを挟みましょう。

 

 ここで飼育されている虎はアムールトラとホワイトタイガーのようです。

 

 んだらば適当な時間まで倍速しながら虎に潜影蛇手しますか…………なんで等速に戻す必要があるんですか?(最速)

 

 

 ──って、なんでミカン姉貴がここに!? あんたシャミ子と一緒に店長から桃の雰囲気が変なこと聞いておかなきゃ駄目じゃん! 

 

 確かに話を聞くのは一人でも出来るけどさぁ。一応VIPのメンバーに含まれるミカン姉貴は楓くんと一緒に触れ合いコーナーで楽しんでいます。

 

 虎の赤ちゃん可愛いね♡お前もだよ!(豹変)そんな背中も脇も丸出しの服なんか着ちゃってさぁ……楓くんを誘ってるんだろ? わかっちゃうよおじさんエスパーだから。RTAエスパー♡

 

 ……改めて倍速。愛情度が上がったヒロインは、主人公くんに対して積極的になって行動ルーチンが増えるんですよね。

 

 これが多ければ多いほど関わりも増えて友愛度は上昇しますが、ミカン姉貴に限っては上げすぎると場合によってはガバどころか詰むのでNG

 

 単行本5巻終盤のイベントまでに愛情度を6以上7.4未満にキープしないとタァイムが()にます。それ以上だと……んにゃぴ、再走案件ですかね。

 

 

 ──触れ合いコーナーが14時で閉まるので、それを合図に桃たちと合流します。

 

 既に桃の元にリコくんがおり、店長から話を聞いたシャミ子も居ます。最後に揃ったのがミカン姉貴と楓くんですね。

 

 桃に薬の葉っぱを食わせようとしたらしいリコくんがシャミ子に化けて近付いたら秒速でバレたらしいです。はぇ~この子……(戦慄)

 

 リコくんの行動は善意だけどそれはそれとしてちょっとイタズラ心(変化技先制)もあるぞ! 半ギレの桃を気にしながら弁当を完食してお茶をぷはー☆すると、シャミ子が桃に本来の目的があったのではないかと心配します。

 

 それでは触れ合いコーナーが終わってた事実に絶望した桃の顔を画面に映しながら今partはここまで。狐フォームのリコくんも旨そうやな……

 

 

 ◆

 

 

「じゃあ、俺もその辺を歩いてるから。何かあったら連絡して」

 

 それだけ言うと足早に楓くんが離脱した。前から思っていたけど、楓くんって異様に歩くのが速いのよね。なんでかしら。

 

「ねえシャミ子、楓くんって前からあんな風に歩くのが速かったの?」

 

「そうですね。一時は競歩の選手と間違われてた事もありましたよ」

 

 どうしてそんなに急いでいるのかはわからないけれど、折角の動物園で一人だけというのは寂しいのではないかしら。私はシャミ子に一言伝えて、楓くんを追いかけることにした。

 

 人混みを避けたりしながら数分歩くと、そこは動物を触ることが出来るコーナーだった。確かVIP特典で虎の赤ちゃんを触れた筈よね。

 

 VIPチケット利用者だと分かるリストバンドを見せて中に入ると楓くんはすぐに見つかる。何故なら動物と触れ合ってても姿勢が物凄くピンとしてるから。まるでアルファベットのLみたい。

 

「楓くん」

「……ん?」

 

 膝に虎の赤ちゃんを乗せている楓くんは私に気が付くと一拍遅れて飛び上がるように驚いた。でも虎に気を遣ってか、あまり動かないようにしている。

 

「──あのな、ミカン。俺はいいけど動物が驚くからやめてくれ」

 

「……ごめんね」

 

 横に座り、楓くんの膝に乗っている虎を見る。白い体毛に黒い模様の──ホワイトタイガー……で合ってるわよね。

 

 小さいぬいぐるみのようなホワイトタイガーの子供が、日光を浴びながら眠っていた。我が物顔で楓くんの膝を占領し、耳の裏を指で掻かれている。

 

 ホワイトタイガーを見ていて俯き加減で、頬が緩んで目尻が下がっている。誰がどう見ても楓くんはデレデレだった。

 

「好きなの?」

「──えっ」

 

 私の方を向いて突然楓くんが固まる。

 ……なにか変なことを言ったかしら。

 

「たまさくらちゃんが好きだって言ってたけど、もしかして猫科全般が好きなの?」

 

 私がそう言うと、楓くんはあぁ……と言って空いてる手で顔を覆った。

 

「……まあ、はい。好きです」

 

「多分桃も似たような感じよ。じゃなきゃ動物園なんて面倒くさがって来ないもの」

 

「だろうね」

 

 はぁ──とため息をつく楓くんが、ふと足元に目を向ける。私も視線の先を辿ると、ホワイトタイガーとは違う毛色の虎の赤ちゃんが楓くんの足の間に収まっていた。膝の上で寝ている子を起こさないように、慎重に足元の虎を持ち上げる。

 

「ほら、抱っこしてみなよ」

「う、うん……」

 

 脇に手を差し込んで持ち上げる。メタ子とはまた違う感触がして、日光を浴びた体毛が暖かい。膝の上で丸くなる虎を撫でながらポツリと呟いた。

 

「可愛い──」

「……ああ、可愛いな」

 

 小声で言ったつもりだったけど、真横に座っているから聞こえたらしい。

 

 楓くんが私を見ながら言うから、私の事を指しているようで少し恥ずかしかった。

 

 

 そんなまったりとした時間を過ごし、私と楓くんは世間話をしながら14時の触れ合いコーナーの閉館時間まで座っていた。

 

 ──二人で園内を歩いてシャミ子や桃たちと再会すると、なにやら不穏な空気が辺りを包んでいた。不機嫌な桃は置いといてシャミ子と店長さんに聞いた限りでは、桃は以前の闇堕ちの一件でコアが不安定になっているらしい。

 

 それを感じ取ったリコさんが桃に薬を食べさせようとシャミ子に化けたら一瞬でバレてしまったとか。よく分かったわね……。

 

「それはともかく、とりあえずお弁当食べましょ。シャミ子と楓くんが作ってくれたんでしょう? 楽しみだわ」

 

「シャミ子が唐揚げを何回黒こげにしたかを数えてたけど聞く?」

 

「一々数えないでください!」

「ちなみに36回」

「言ーうーなー!!」

「焦げた奴を全部処理したの俺だぞ」

 

 広げたレジャーシートの上に座るシャミ子が楓くんをガクガク揺らす。納涼祭以来ずっと掛けている伊達眼鏡が尻尾で顔を叩かれてずれていた。

 

 顔面を鷲掴みにされて沈静化させられている裏で、桃がそわそわしている。そんなにシャミ子の料理が食べたかったのね。

 

 ……いつも食べてる気がするけど言わない方がいいのかしら。

 

 

 早速食べようとした私の横に座った楓くんが、不意に私に違う段の唐揚げを紙皿に乗せて渡してきた。仄かに柑橘系の香りがしている。

 

「これは?」

 

「ミカンがまたレモン掛けようとしてきたら困るし、それならいっそ柑橘系の味がする唐揚げを作ればいいんじゃないかと思ってね」

 

「もしかして私って何にでもレモンを掛けるような人だと思われてる?」

 

「流石に俺でもやらない」

「………………そう?」

 

 ……でも、そっか。この唐揚げは楓くんがわざわざ私の為に作ったんだ。

 

 それは──悪い気がしない。

 

「──あっ、楓はんのそれ柚子唐揚げやろ? 一個ちょーだい」

 

「え」

 

 私が受け取ろうとした紙皿から、リコさんが唐揚げを一つ箸でつまんで持って行く。……別に私は構わないのだけど、楓くんの方が今みたいな事へのマナーに少しうるさいのよね。

 

「こらリコ、行儀が悪いでしょ。言えば分けるから勝手に人の皿から取らないの」

 

「……ごめんなさーい」

「ん。どれ食べたい?」

「酢抜きのお稲荷さんがエエわぁ」

「はいはい」

 

 紙皿を持ってあっちこっちに動き回るリコさんは案の定桃にもちょっかいを掛けている。なんと言うか、ある意味勇気があるのね。

 

「じゃあ、いただきます」

「召し上がれ」

 

 冷めても美味しい唐揚げは、柚子の味も相まってとてもよく出来ていた。

 これなら何個でも食べられそう。

 

「楓くんが料理上手なのって、やっぱり一人暮らしだから自炊してるのもあるの?」

 

「そうだな。あとはまあ……良ちゃんと清子さんが居ないときに早退したシャミ子の看病してたら、お粥作りとかで腕が上がったんだよ」

 

「へぇ……そうだったんだ」

 

「吉田家に碌な材料が無かったときは本気でビックリしたもんだ。お粥は自分の分の米を持ち込んで作ったからなんとかなったけど」

 

 楓くんはシャミ子とリコさんに挟まれて嬉しさ半分な桃を見る。

 

 視線に気付いたシャミ子は尻尾を振って返事をして、楓くんは目尻を緩めて微笑んでいた。本当に大事に想っているのだと分かる表情は、見ているこっちまでいい気分になる。

 

 ……それでいて、少しだけ嫌だった。

 

「……楓くん」

「どうした?」

「何かあったら、私を頼ってね?」

「──ああ、そうするよ」

 

 シャミ子に向けていた微笑が私に向けられる事が優越感なのはどうしてなのかしら。どうして、その顔を他の子に向けてほしくないの? 

 

 ──それだけが、わからない。

 

 

 

 お弁当を食べ終えて、いざ帰ろうとしたとき──シャミ子が思い出したように声をあげる。

 

「……桃、虎の赤ちゃんの触れ合いコーナーは体験しなくていいんですか?」

 

「あっ」

 

 ……あっ。

 

「……あー、俺とミカンはもう行ってきたぞ。でも14時で終わってる」

 

「は…………?」

 

 まるで何が起きているのか分からないかのような声だった。桃の目が動揺から左右に揺れ、今までで見たことがないくらいのショックを受けて崩れ落ちる。

 

「嘘だぁぁぁぁぁ…………!!」

 

「──ごめん、確認するべきだったな」

「ウチが狐に戻ればもふもふやで?」

「結構です!」

 

 

 ……なんて言っていたけど、帰り道はずっと狐のリコさんを抱っこしていたのは内緒の話。私も抱っこしてみたかったのに。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/7
愛/2

・ちよもも
友/6
愛/1

・ミカン姉貴
友/7
愛/2

・リコくん
友/3
愛/0


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part22


がっこうぐらしRTAもやりたいけど単行本が纏まって売ってないので初投稿です。



 

 ふふ……下手だなあカイジくん、プレイが下手……! なゲームのRTAはーじまーるよー。それを口にしたら戦争だろうが……っ! 

 

 前回は動物園デート(まだ付き合ってない)をしたところで終わりましたね。今回は桃の闇堕ち再発イベントから再開です。

 

 シャミ桃デートをリコくんに邪魔されたり虎の赤ちゃん触れ合いコーナーに行けなかったりで闇堕ちゲージがマックスになった結果ですね。

 

 楓くんは動物園で遊んだ疲れから不幸にも爆睡してますが、ミカン姉貴の部屋の扉を粉砕したり外でボウガンをぶっぱなす音が聞こえてくるのでそれでようやく起きました。

 

 普段からワイシャツにスラックスのキチッとした格好の楓くんしか見ていないミカン姉貴たちは、部屋着──というか寝るときは夏も冬も基本的に薄着の楓くんを見て若干ゃ顔が赤いですね。申し訳ないが唐突な逆ラッキースケベはNG

 

 薄着から普段着に急いで着替えた楓くんが戻ってきて話を聞いていますね。

 何故闇堕ちしたのかは誰もわかっていないようなので、困ったときの小倉ァ! に連絡しようとします。ですが唯一連絡先を知ってる桃はスマホを握り潰してるので電話できません。

 

 杏里ちゃんは……連絡先知ってるんですかね? かといって聞こうにも朝早くなので迷惑になるでしょう、しかし時間が掛かれば魔力を垂れ流してる桃がコアになってしまいます。

 

 

 わーどうすればいいんだー(棒)

 

 ──といって慌てる必要はありません。この程度、想定の範囲内だよォ! 

 

 

 このイベントでは時間経過で自動的に小倉ァ! が出現し、手助けしてくれます。

 

 日 課 の ばんだ荘の近所の巡回をしていたらしい小倉ァ! はごせん像にマイクを仕込んで盗聴していたとか。その枕詞いる? 盗聴は松本でも流石にやらないと思うんですけど(名推理)

 

 小倉曰く桃の闇堕ちは負の感情がトリガーになった突発的なモノらしく、解決の為には何故負の感情を溜める事になったのかを話してスッキリ(意味深)すればいいとか。

 

 例の『スゲェ嫌だったことを洗いざらい話して♡』ですね。ここでもし「楓が周りばかり構ってこっちを見てくれない」とか言われた日には、私はゲームの電源を切ってふて寝します。

 

 

 …………ヨシ!(RTA猫)

 

 桃はシャミ子の弁当を落ち着いて食べられなかった事と、自分を差し置いてふれあいコーナーで虎の赤ちゃんを抱っこしてきた楓くんとミカン姉貴に嫉妬してこうなったと暴露してきました。

 

 まさかそんなことで……とシャミ子やミカン姉貴からは呆れられていますが、楓くんは普通に気まずそうですね。小倉は愉快そうに見てます。

 

 闇堕ちなんて滅多に見られないからって……少しは自重しようね!(良心土方)

 

 弁当を落ち着いて食べられなかったんなら改めて食べればいいんじゃね? となったのでシャミ子に作らせに自室に戻らせますが、時間的に弁当の完成が消滅までに間に合いません。

 

 ですので、動物園イベントの前に作っていた地味な色の弁当を持って来させます──なんで等速に戻す必要があるんですか?(2part連続)

 

 

 ──あっちょっ、シャミ子が部屋から出た直後に突然桃に掴み掛かられました。

(まちカドまぞくRTA)流行らせコラ、流行らせコラ! ヤメロォ! ナイスゥ! 

 

 よっぽどふれあいコーナーの件でご立腹だったのか、近くにいた楓くんに馬乗りになってガクガク揺さぶってきます。

 

 闇堕ちフォームのミニスカートの状態で馬乗りなのでモロに見えてますが、んにゃぴ……露骨なエロは好きじゃないです……なるほど黒ですか、ええやん!(手のひらギガドリルブレイク)

 

 やっぱチラリズムよ(大胆な性癖暴露は対魔忍犬兄貴の特権)ちなみに学校の被服部と仲がいいと服を作ってくれるので、闇堕ちせずとも闇堕ちフォームで楽しめます。部長の名前がみやこなのは……まあ偶然でしょう。

 

 

 唐突な筋力抵抗QTEが発生しますが、楓くんがほんのり顔を赤くしながら顔を逸らすので桃も自分の状況を見て丸見えなのを理解します。怒りと羞恥の混じった赤面がセクシー……エロいっ

 

 クールぶっててもその実、桃は間違いなく誘い受けですよね。

 シャミ子が力を使ってなくてもフロイトが手を叩いて喜びそうな淫夢(本来の意味)を見るむっつりスケベだし。

 

 ──恥ずかしがった瞬間からボタン連打が簡単になるのでさっさと押し返しましょう。

 

 馬乗りのまま器用に起きた楓くんの膝に桃が座ってる状態ですが、楓くんがまた皆で動物園に行く約束をするのでそれなりに機嫌が直ります。

 

 ちょうどよく戻ってきたシャミ子に弁当を渡されますが、闇堕ちした桃の握力は箸を粉砕します。だから、シャミ子の『あーん』が必要だったんですね。いいよ~打点高いよ~! 

 

 

 シャミ桃をしている+56562点

 桃の友愛度が7/2になっている-364364点

 

 

 …………はい。

 

 ここまでガバガバだと最後にはどうなってるのか楽しみになってきましたね。

 もし仮にこの先ノーミスならお釣りが帰ってくるので続行します(ウンチー理論)

 

 それでは無事闇堕ちが治ったところで今partはここまで。過熱した友愛度ガバは、ついに危険な領域へと突入する……。

 

 

 ……えっ、なんですか小倉。

『千代田さんの下着は何色だったのか』って? それ今じゃなきゃ駄目ぇ!?(どん兵衛)

 

 

 ◆

 

 

 ──朝起きたら闇堕ちしたと言われても、誰も理解できないと思う。

 

 シャミ子と一緒にミカンを叩き起こしてまた魔力の矢を撃ち込んでもらったけど、それでも治ることはなかった。外で扉を破壊したりボウガンを撃ったりすれば流石にうるさかったのか、下の部屋で暮らしてる楓が起きてくる。

 

「……遊ぶなら静かにしてくれ」

「ああ、ごめん。でも今緊急事態で……」

 

 出てきた楓は寝巻きだったのか、無地のTシャツとゴムの半ズボンを着ていた。

 眠そうにボーッとしている顔とだらけた服装は、普段の真面目な雰囲気とは違い不思議と目が離せない。なんだろう、ギャップって奴かな。

 

「楓くん、実は桃がまた闇堕ちしてしまったんです。今回はミカンさんの引き戻しも通用しなくて困っていて──」

 

「楓とミカンはこの格好初見だったっけ」

 

「すごい格好だな」

「すごい格好よね」

 

 ──二人はさぁ……。

 

 無駄にピッタリの言葉が飛んできてから数分、楓がいつもの服装に着替えてから皆で私の部屋に戻った。こう言うことに詳しい小倉に連絡しようと思ったけど、自分のスマホはついさっき力加減が出来なくて握り潰している。

 

 どうすれば──と悩んでいる裏で、不意に立っていた楓がすっとんきょうな声を出す。

 

「ぬぉおおっ!?」

 

「……どうしたの?」

 

 振り返った私たちの目に入ってきたのは、楓の黒縁のとは違う眼鏡を掛けた、髪から服装、雰囲気まで全てが真っ黒な──件の小倉だった。

 

 そんな小倉が、楓の脇の下から生えている。後ろから腕と脇の間に顔を差し込んでこちら側に出しているのだ。深淵を覗いているような黒い瞳が、どういうわけか愉快そうに歪んでいる。

 

「誰か私を欲したよねぇ?」

「欲したけど連絡してないんだが」

「あ~、邪神像にマイク仕込んでたからねぇ。あと家の回りを週5で巡回してるんだよぉ」

 

 ……通報したいけど今はそれどころじゃない。

 小倉の知識を借りてわかったのは、私が闇堕ちしたのは以前の一件を境にコアが不安定で、加えて負の感情がトリガーになって闇側に傾いてしまったのが原因だとか。

 

 どうすれば元に戻れるのかと聞けば、小倉はあっけらかんと言い放つ。

 

「負の感情を清算すれば光の側に繋がりが出来て凌げるかも! つまり、ここ最近で起きたスゲェ嫌だったことを洗いざらい話してみてねぇ」

 

「あ、じゃあ戻んなくていいっす」

 

「そんな悠長なこと言ってる場合かきさま! とにかく吐いて! 洗いざらい話せ!」

 

「桃が消えちゃうなんて私嫌よ!」

 

 シャミ子とミカンが両サイドから引っ付いてくる。奥ではソファに座る楓の背中を机代わりに小倉がタブレットを弄っていた。

 

「俺もミカンに同感だ。あと小倉はいい加減俺から離れてくれ、なんなんださっきから」

 

「ん? ああごめんねぇ、君に対しても色々と興味があるから。今度ラボに来てくれない?」

 

「えっ、やだ」

「金曜が空いてるよ~」

「話聞こう?」

 

 なんというか、小倉の私を見る目は研究対象みたいなモノだけど、楓への目付きは実験動物を見るような雰囲気がある。あとで一人で会わないようにそれとなく気にしておこう。

 

 その後もシャミ子たちの話せコールが続き、私は根負けして話し始める。

 

 

 シャミ子の弁当を味わう余裕がなかったことや、楓とミカンだけでふれあいコーナーに行っていたこと。そんな事が理由で闇堕ちしたと話せば、それだけで虚しくなってくる。

 

「私はこんなことで闇堕ちする器の小さい人間です……可及的速やかに消えたい……」

 

「本当に消えそうだからしっかりしなさい。なあシャミ子、今から弁当作れないか?」

 

「そうですね、ちょっと部屋に行ってきますから待っててください」

 

 シャミ子が部屋から出ていく音を聞きながら机に突っ伏して気分を沈ませている私の脳裏に、ふとあの日の光景が甦る。

 チケットのために頑張った私を差し置いて、ミカンと二人でふれあいコーナーを楽しんできた楓の顔を思い出した。

 

 ……楽しそうな顔を。

 ……だんだんムカついてきた。

 

「──楓」

「なに……んぉ!?」

 

 ──筋肉があるだけで格闘技を習ってるわけでもないなら、体格差があっても押し倒してマウントを取るくらいは訳無い。

 

 私は楓に馬乗りになって、胸ぐらを掴んで揺さぶる。闇堕ちすると感情まで昂るようになるのか、怒りがどうにも抑えられなかった。

 

「なんで、私が、頑張って手に入れたチケットで、二人だけで楽しんでくるのかな!?」

 

「ちょっと、待って……揺するな、酔うからやめろって! こら、やめなさい!」

 

 あくまでも抵抗するわけじゃなく、諭そうとしている楓には呆れる。ガクガク揺さぶってる私の言うことじゃないけど。

 

「か、楓くん! 桃、一旦落ち着きなさいよ……小倉さんはなに撮影してるの!?」

 

「えー、だってこんな光景二度と見られないかもしれないし……闇堕ちした魔法少女の感情に関するデータとか欲しいし」

 

「あなたに人間性ってある!?」

 

 横で何か言っているのが聞こえても、耳が拾うだけで頭が処理をしない。

 

「──桃、ちょっ、桃! 一回でいいから話聞いて! 色々とマズイ!」

 

「なに」

「…………見えてます」

 

 ……楓が頬を赤くして目線ごと顔を逸らす。そういえば、闇堕ちした時の格好がわりと派手だったような気がする。

 

 下を見ると、私は短いスカートのまま楓に乗っかっていた。当然だけど、楓の目線ではおもいっきりスカートの中が見えているだろう。

 

「──ぁ」

 

 パッと手を離すと、楓は器用に私を膝に乗せたまま起き上がった。支えるように腰に手を回して、いつもの優しい顔と口調で語りかける。

 

「……あの件は本当に悪かったよ、桃。お詫びにもならないけど、ゴタゴタが片付いたらまた皆で動物園に行こう?」

 

「……嘘じゃない?」

「嘘なわけないだろ」

「──約束して」

「ん、約束」

 

 私の頭は冷水を浴びたように急速に冷えて行く。イラついたからって、なんて事をしてしまったのだろうか。まるで優しさに付け込んだようだったけど、楓は目尻を緩めて笑いかける。

 

 ──同年代なのに、どこか兄のような楓は、不思議と甘えてみたくなるのだ。

 

「──お待たせしました! ……なんで小倉さんはビデオカメラを構えてるんですか?」

 

「気にしなくていいよぉ」

「えぇ……?」

 

 

 

 ──その後としては、シャミ子の弁当を食べることで闇堕ちの問題は解決した。

 枯れ葉色の地味な弁当だったけど、シャミ子らしくていいと思う。それに美味しかったし。

 

『あーん』されたのが恥ずかったけど気にしたら負けな気がする。

 

「迷惑かけてごめん」

「気にするな! 配下(仮)の厄介事の解決もまぞくの務め……だと思うからな!」

 

 ふはははと笑うシャミ子を見ると、心が暖かくなる。楓への謝罪の品も考えないといけないし、今日はもう解散しようかな。

 

「あっ、そうだ。ねえ楓くん」

「どうした?」

「千代田さんの下着、何色だった?」

 

 ──は? 

 

「なに急に……セクハラで訴えてから君の眼鏡を指紋でベタベタにするよ?」

 

「地味な嫌がらせだねぇ。いや、そうじゃなくてさぁ~。気にならない? 闇堕ちすると服装が変わるなら、下着まで変わるのかな~って」

 

 

 無意識にスカートからズボンに戻った帯の辺りを掴んで後退りしたのは仕方がないと思う。無駄にいい笑顔で言ってのけた小倉に私経由でセクハラを受けた楓は、悩んでから口を開いた。

 

「……の、ノーコメントで」

「へぇ」

 

 すっ、と小倉の顔が真顔になる。

 

 その直後、小倉は適当な色を声に出す。心理学でも齧っているのか、特定の色に目線を逸らす楓を見て「あぁ!」と言う。

 

「黒かぁ、派手だねぇ」

「…………いえ違います」

「目は口ほどに物を言うんだよぉ?」

 

 タブレット片手に画面を指で打ちながらそう言う小倉。その視線は、遂にこちらに向いた。

 

「じゃあ次は、千代田さんの普段着の色も知る必要が出て来たねぇ」

 

「さっさと出てってくれるかな!?」

「えぇ~教えてよぉ」

 

 

 ──小倉を追い出すのに、ここから更に二時間を要したのは余談である。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/7
愛/2

・ちよもも
友/7
愛/2

・ミカン姉貴
友/7
愛/2

・小倉ァ!
友/3
愛/0


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part23


虫は嫌いなので初投稿です。



 

 攻略しようとするだけで(RTA階層の合計)再走回数600万の小倉しおんさぁぁぁぁぁん!!! なゲームのRTAはーじまーるよー。

 

 なにがRTAブランドですかぁああ! こんなガバガバのRTAに権威なんてありませぇええん! タイムも最悪なんだからこれ以上ガバでロスしたって対して変わりませんよぉおおおお!! 

 

 プレイヤー兄貴<なんだとぉ……! 

 

 

 ……前回は楓くんの好みが黒下着だと判明したところで終わりましたね。今回は家庭の隙間を這い寄る混沌こと小型ヒードランがミカン姉貴の部屋に出現したところから再開です。

 

 桃の魔力を回復するイベントはミカン姉貴が出ないしそもそも楓くんが戦力にならない役立たずなのでキャンセルだ(辛辣)

 

 だって学校に転入する手続きしないとミカン姉貴が15歳でニートデビューしちゃうし。

 

 ──ちなみにPC(R-18)版では体液の摂取で魔力の回復が出来ますが、全年齢対象の動画(しょうせつ)でそんなことしたら垢BAN不可避なので駄目です。

 

 余談ですがPC版の桃の性感帯は古傷ですので是非参考にしてください(暗黒微笑)

 

 

 ……シャミ子と部屋の外の掃除をしていたらミカン姉貴が部屋から飛び出してきましたね。桃に破壊されて歪んだ扉は直してないようですが、冬になったら凍死案件になるのでは? 

 

 まあその頃にはミカン姉貴の攻略も終わってるし、次第に楓くんの部屋で寝泊まりする機会が増えるから大丈夫でしょう(適当)

 

 ヒードランが出たと騒ぐミカン姉貴ですが、シャミ子はそういう虫が苦手ではないので特に反応しませんね。楓くんは……普通に同情してます。

 

 ボロいアパートなので隙間から入ってくるからしょうがないとはいえ、花の女子高生には辛いものがあるのでしょう。

 出てきたらどうにかするのを条件に三人でミカン姉貴の部屋の掃除をすることになりました。

 

 つまみ出せばいいとティッシュを渡すシャミ子に驚愕するミカン姉貴は矢でパーン☆しようとしていますが、そんなことしたらさっきまでヒードランだったものが辺りに散らばるんだよなぁ。

 

 オーイェー!(やけくそ)

 

 誕生罪で市警なんてまるでまぞくみたいだぁ……と言ってくるシャミ子の為にも頃さない方向で頑張りましょう。殺↑傷↓ていうのはしたことある?(ないです)あっ、ない。

 

 私の家はここ数年で小型ヒードランを見たことはないですねぇ、アホみたいにデカいアシダカグモが住み着いてるので。

 アシダカグモは大きさのわりに人間に対してビビりなので、見掛けても退治したりしないようにしようね!(注意喚起土方)

 

 

 ミカン姉貴の部屋の掃除を進めていると、時間経過で這い寄る混沌が殺戮者のエントリーだ! してくるので丸めたチラシを使って外に誘導します。この時壁や天井に行かせないように気を付けましょう。奴等は種類によっては飛びます。

 

 飛ぶというか滑空というか。とにかく止まり木としてちょうどいい我々人間に向かって飛びかかってくるので……あれはキツいですよ(顔ドハ)

『俺に触るなァ!(闇野)』って素で言う程度には恐怖の出来事でした。

 

 対ヒードランはアシダカグモを雇うか冬の寒い日に部屋中を換気して卵を駄目にしてしまえば奴等は住み着かないので、断然僕からの、おすすめなんです!(QVC福島)

 

 

 ──掃除が終わった辺りで、ミカン姉貴の呪いの被害を裏で受けていた桃が部屋に来ました。あなたシャミ子に米を炊かせてるの……? 

 

 料理は出来なくていいからせめて自炊して♡ 米だけ炊ければあとは出来合いの惣菜買えばいいから米だけは炊けるようになって♡

 

 ウチもやってるんやからさ!(自炊男子)

 

 その件を追求すると闇堕ちすると姑息にも脅してくる桃は、虫が入るなら結界で追い出そうと提案してきました。手頃な紙が無いので掃除の休憩も兼ねて楓くんの部屋に集まります。

 

 桜からある程度教わってるからと早速結界を描くことになりますが、案の定楓くんのやることはないのでレモンティーでも淹れましょう。

 

 

 んだらば完成まで倍速。

 

 

 ──完成した結界の魔法陣を起動するのはシャミ子の仕事なようです。魔力を使うので訓練にも最適だとかなんとか。

 

 発光して起動を確認した結界はミカン姉貴の部屋の扉に貼られますが、結界が起動している時間は質に左右されるので、それから半日も持たず効力が失われました。

 

 また虫が入ってきたのか、ミカン姉貴が玄関を開けロイト市警だ! してきます。勢いそのままに飛び込んでくるので受け止めましょう。

 

 虫が入ってくるのは玄関が壊れてるからってのもあるんですかね。

 ともあれ、虫除けの結界を量産しなくてはならなくなったシャミ子の仕事が始まります。

 

 それではレモンティーを淹れ直し、頑張ったご褒美用に蜜柑入りミルクプリンを用意したところで今partはここまで。

 

 ガバの匂い染み付いて、むせる。飢えたる者は常に問い、答えの中にはいつもガバ。

 

 

 ◆

 

 

 ばんだ荘の掃除は、適宜住んでいる人の分担となっている。平日は清子さんがやっているが、夏休みや土日祝日の時なんかは自分やシャミ子が箒を手に取って掃除するのが日常だった。

 

 ──ミカンの部屋の壊れた扉に目を瞑れば。

 

 

「あれどうするんだろうな」

「さぁ……というか修理費が……」

 

「……この件は後にしようか、ちりとり持ってくるから纏めておいて」

 

「はーい」

 

 二階の通路の落ち葉を纏めているシャミ子から離れてちりとりを取りに行く。

 ちらりと視線を向けると、無駄に長い尻尾が楽しそうにゆらゆら揺れていた。

 箒でゴミ集めなんて普通なら面倒くさがるだろうに、何が楽しいんだか。

 

 持ってきたちりとりで落ち葉を集めてゴミ袋に捨てて縛っていると、不意に背後で壊れた扉が開け放たれた。

 

「出た────っ!!」

「ぴぃいっ!?」

「ぬっ」

 

 驚いたシャミ子に左腕に抱き付かれ尻尾が体に巻き付く。シャミ子ごと振り返ると涙目で慌てた様子のミカンがこちらに走ってくる。

 

「で、出たっ……出たのよ!」

「何が?」

「黒くてカサカサ動くやつ!」

「ああ、ゴキ──むぐぉ」

「名前を呼んだら出てくるじゃないの!」

 

 よほど混乱しているのか、ミカンは全力で口を塞いでくる。口と頬に触れる手はケアされていて仄かに柑橘類の香りがした。

 

「…………それで、ヤツが出たんだっけ? このアパートも古いからなぁ」

 

「隙間からよく入り込むんですよね~、そういう時はティッシュでつまんで外に出せばいいんですよミカンさん!」

 

「そんな恐ろしいことする!?」

 

 ひいっ、と言いながら後退りするミカン。仕方がないだろう、ヤツを触るのが平気なのはシャミ子くらいだからな。自分もシャミ子が居ないときは、丸めた雑誌で叩き潰している。

 

 森に住み着いてるようなヤツならまだしも、都会を生きる奴等は汚すぎるのだ。

 

「黒いアレが怖すぎるから部屋の整頓手伝ってくれない? 実はゴミの分別と収集の曜日がよく分かってないのよ」

 

「ああ、そうか。なんだかんだ引っ越してきたばかりだもんな」

 

 シャミ子に顔を向ければ、肯定の意の微笑を向けてきた。箒とちりとりをアパートの物置に仕舞ってから、ミカンの部屋に二人でお邪魔する。

 

「──なるほど」

「えっ」

「……なるほどですね」

「な、なによその反応は……」

 

 改めてシャミ子と顔を見合わす。ゴミの収集日がわからない以前の問題だった。

 

 ……よし、徹底的にやろう。

 

 

 

 ゴミの分別、収集日の確認とゴミ出し、ヤツの撃退を済ませた頃。ひしゃげたドアノブを掴んで扉を開いて桃が現れた。

 

「……桃、どうした?」

 

「さっきからず~~~っと呪いが向けられてたんだけど。水道管は破裂するし板に穴が空くしシャミ子はご飯炊き忘れてるし」

 

「あなたシャミ子に米を炊かせてるの……?」

「そこは気にするところじゃない」

 

 顔が濡れている桃は闇堕ちした時のような不穏な空気を纏っている。

 いや、そもそも──

 

「シャミ子、君はなぜ桃のライフラインを担っているんだ?」

 

「だって桃ってズボラなんですよ……ご飯はコンビニ弁当ばっかりですし」

 

「なら自炊させなさい、米だけでいいから」

「……そうですね。今度させてみます」

 

 そうしてほしい。シャミ子は頼る側の人間だったから、頼られると断れないのだ。

 

「ていうか虫が入ってくるなら虫除けの結界作ろうか? 姉から基礎は教わってるから、簡単なものなら書けるよ」

 

「結界……って、リコたちの店とか吉田家の部屋の扉に貼られてるやつのことか」

 

「うん。手頃な紙とかある? チラシの裏でもいいんだけど」

 

「チラシなら全部使ってしまいました」

「なんで?」

 

 そういえばさっき、チラシを折り紙みたいに使って遊んでたな。

 確か自分の部屋にはあった筈だ。

 

「俺の部屋にあるぞ、掃除も終わったし休憩がてらお茶も淹れようか」

 

「いいですね! 楓くんのレモンティーは美味しいですから」

 

 シャミ子が賛同して、背中で尻尾が揺れる。それだけ期待されたら渾身のレモンティーを淹れざるを得ない。覚悟しておきたまえ。

 

 

 ──桃の結界の魔法陣作成は製図のようだった。ゴムかけやベタ塗りとは漫画家にでもなった気分だったが、見ているだけというのはむず痒いため約束通りレモンティーを淹れて持って行く。

 

「それでもう完成なのか」

 

「これだけだとまだかな。シャミ子、これに魔力を注いでくれる?」

 

「私がですか!?」

「そう、武器で触りながら念じてみて」

 

 シャミ子がいつぞやの『なんとか(フォーク)の杖』を使い、紙に先を突き付ける。掛け声と共に一瞬空気が震えて、紙に書かれた魔法陣が発光した。

 

「おお、これは凄いな」

「……これで完成。部屋の前に貼ればしばらくは虫が入ってこなくなる」

 

 結界の紙を確認した桃が、それをミカンに手渡す。ミカンは大喜びで早速と紙を貼りに帰っていった。それからさも当然のように居座る二人にレモンティーのおかわりを淹れると、思い出したような声色でシャミ子が桃に聞く。

 

「桃、結界がしばらくは……って言ってましたけど、具体的にどれくらい持つんですか?」

 

「結界の効力は魔力の質に左右される。姉の結界が姉が居なくなっても10年近く稼働してるのは、それだけ質がいいからなんだよ」

 

「じゃあ、私の場合は……」

 

 言い切るより早く、叫び声と共に部屋の扉が激しく叩かれる。

 半日も持たなかったか……と思いながら扉を開けると、部屋に飛び込んで来た柑橘類の香りの少女が全力で自分を抱き締めてきた。

 

「ちょ、ばっ、バランスが」

 

 後ろに倒れるように尻餅を突くが、背中に手を回して離れようとしないミカンが落ち着くのを待つ。そんなに虫が苦手なのか……いや、虫に驚くことで呪いが出るのを気にしているのか。

 

 なら、仕方ない。

 

「シャミ子の魔力で半日持たないなら、数で補うしかないかな」

 

「はい?」

 

「さあシャミ子、頑張ろうか」

 

「……はい?」

 

 

 先手を打って逃げないように両肩を押さえる桃と立とうとしても立てないシャミ子。こうして、シャミ子の結界作成が始まったのだった。

 

 どんどん量産される結界の紙に魔力を注ぐシャミ子だが、魔力を使うのは疲れるのだろう。

 自分の持ってるTシャツを貸して着替えさせてから、髪を結んで額に冷えピタを貼っていた。

 

「……ミカン、ミカン。大丈夫か?」

「──ごめんね、どこか打ってない?」

 

 人の背中に引っ付いて離れないミカンは暫くしてようやく離れる。渡したレモンティーをちびちび飲むミカンが上目遣いでこちらを見てきた。

 

「気にしてないよ、虫が嫌いな人はいっぱい居るんだから」

 

「そう、ね。だからって流石にアレは……Gちゃんだけは駄目よ……」

 

「わかってるわかってる」

 

 口を尖らせて拗ねたような態度を取るミカンには少しばかり微笑ましさを覚える。

 

 ちゃぶ台の方に目線を向けると、残り数枚のところでシャミ子がへばっていた。

 

「大丈夫かシャミ子」

「だいじょばないです」

 

「疲れてるな。それが全部終わったら、冷蔵庫で冷やしてるミルクプリン食べていいぞ」

 

「──ほんとですか!?」

 

「ほんとほんと。ちゃんと皆の分もあるよ、あとで清子さんと良ちゃんにも渡しに行こう」

 

 物で釣るのは程々にした方がいいが、これだけ頑張ってるならご褒美も必要である。やる気を出したシャミ子を見れば間違いではないとわかる。

 

「ミルクプリン?」

「うん。実は蜜柑が入ってる」

「……私も食べていいの?」

「ミカン達の分もあるに決まってるだろ」

 

 レモンティーを飲み干してカップを台所に持って行く。そんななか、ポツリとミカンが小声で呟いたのを偶然耳が拾った。

 

 

「──この部屋で暮らそうかしら」

「なんて?」

「……なんでもないわよ」

 

 ……聞き間違いか。

 

 

 ──聞き間違いじゃなかったらな、とも思うが、耳を赤くしたミカンが視界の端に映ったのを見て頭を振る。

 

 ──今はまだ、その時ではない。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/7
愛/2

・ちよもも
友/7
愛/2

・ミカン姉貴
友/8
愛/3


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part24


ここからが真の難関なので初投稿です。



 

 走者よ走者よ何故ガバる、視聴者の心がわかって恐ろしいのか。なRTAはーじまーるよー。

 

 前回はヒードランとの長く苦しい戦いに終止符を打ったところで終わりましたね(誇張表現)

 

 今回はミカン姉貴が転校してくるイベントから再開です。夏休みで滅多に会えていない間に同居人三人と屋根裏の守護者と喫茶店の看板娘を攻略していた幼馴染と再開を果たすわけですが、杏里ちゃんの心境やいかに。

 

 情報通ということもあって色々な話をクラスメートから聞くこともある杏里ちゃんは、恐らく楓くんが外で誰と歩いていたかなんかも聞いているでしょう。桃やシャミ子なら「ふーん」で済みそうですが……。

 

 友愛度8/3同士……楓くんが気になっている二人……何も起きない筈がなく……。

 

 ──ヤバイわよ!(戦極凌馬(キャルちゃん)

 

 

 それでは夏休みも終わり登校日、楓くんとシャミ子に加えて桃とミカン姉貴も居ます。

 杏里ちゃんは先に登校しているのか通学路では出会いませんね。

 

 なんでやろなぁ(すっとぼけ)

 

 学校に着いて暫くすると、教室ではミカン姉貴の紹介が始まります。魔法少女要素ガン無視の質問をされている裏で、杏里ちゃんはミカン姉貴をものすごい顔で見ていますね。

 

 ──ああっ杏里ちゃんの目が急に鋭くなった! 怖っ!(クマ吉くん)

 

 あの目は杏里ちゃんが情報を整理する時の目だ! この特徴から杏里ちゃんは「何その目怖っ」の異名を持つんだ……(大嘘)

 

 恐らくミカン姉貴を見る楓くんの顔と、楓くんを見たミカン姉貴の一瞬見せた微笑を見逃さなかったのでしょう。クラスメートの噂話と相まって、ほぼ確実に楓くんがミカン姉貴に惚れていることに気がついたと思います。

 

 

 ガバ<もう逃げられないゾ♡

 

 

 うるせぇ(TKNUC)馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前、シュバルゴ!(炎4倍)

 

 ──休み時間になるといつものメンバーで集まります。

 杏里ちゃんはミカン姉貴にフレンドリーではありますが、時折幼馴染の眼光を向けていますね。

 

 うちの幼馴染は旦那にやらんぞモードの杏里ちゃんは手強いので、今になって幼馴染システムを杏里ちゃんに使ったのを後悔してきました。

 

 ミカン姉貴はどの部活に入るのかと聞いていますが、魔法少女は身体能力が高いのでどの運動部でも超次元○○になってしまうので駄目だとか。

 

 シャミ子は超次元サッカーのアニメ見せたらハマりそう(こなみ)

 

 

 スポーツの話をしていたら杏里ちゃんがあっそうだ(唐突)と話を切り出しました。

 そろそろ体育祭だけど魔法少女はどういう扱いになるのか? という話ですね。

 

 50m走なら桃は3秒、ミカン姉貴は6秒、シャミ子は11秒らしいですね。

 小倉も確か11秒の筈です。楓くんは大体7秒フラットですねぇ。筋トレもシャミ子の為にしてるだけで運動が好きなわけではないので。

 

 ……さっきからさも当然かのように小倉が話に混ざってますね。

 ってなんで小倉が!?(くぅ疲)

 

 どうやら桃の為に闇堕ち安定薬を作ったようで、渡しに来たらしいですね。

 それはいいけど楓くんをクラスメートの視線を遮る盾に使うのはやめたまえ。

 君がマッドサイエンティストとはいえ他のヒロインが引っ付くと杏里ちゃんの眼力がうさみちゃんになるんだよ。

 

 

 そんなわけであれこれ話していると、委員会の時間になりました。小倉はいつの間にか消えており、桃も委員会で教室から居なくなります。

 

 保健委員のシャミ子も一言話して去り、杏里ちゃんとミカン姉貴と楓くんの三人になりましたが……修羅場にはならないので安心!(致命傷)

 

 杏里ちゃんの人間関係の間合いの測り方が保護した野良猫みたいなのは可愛いと思う。まあ猫というよりは太刀なんですけれどもね(若林)

 

 まだなんの委員会に入るか決まっていないミカン姉貴の為に選択肢が現れますが、ゾンビ対策マニュアル作成委員会ってなんだよ……。

 これはがっこうぐらしのRTAも走れというbiim()の啓示ですね間違いない。だから単行本持ってねえっつってんじゃねーかよ。

 

 

 

 ────やってやろうじゃねえかよこの野郎! まあ私はてぇんっ↓さい↑ですからぁ!? 8秒で高校卒業してやりますよ!(cvまな板)

 

 

 

 ……はい。あっそういえば(唐突)

 

 楓くんはシャミ子の為に帰宅部をやっていて、それでいて先生に頼み込んで委員会には所属していません。期限を延期している感じですかね。

 

 かといってミカン姉貴が体育祭委員会に入るタイミングで自分も入ろうとすると、楓くんはミカン姉貴が入るからそう決めたのだと杏里ちゃんに勘違いされます。

 

 仮に杏里ちゃんから嫌われている時にそんなことをすると、田舎少年が平野にやられたようなガチビンタを食らって最悪ゲームオーバーになるのでやめましょう。

 

 

 ──ミカン姉貴がみかんの苗を植えようとして却下されている横で、杏里ちゃんがそういえばと楓くんも所属していない事を思い出します。

 

 そのうち決めるからへーきへーきと誤魔化しておきましょう。ミカン姉貴が戻ってくると杏里ちゃんと同じ体育祭委員会に入ると決めるので、純粋な善意から空気も和らぎます。

 

 杏里ちゃんはミカン姉貴が嫌いなわけではないので、普通に交流していれば自然と仲よくなります。んだらば会議が終わるまで倍速。

 

 保健委員会のやることが終わったシャミ子と一緒に杏里ちゃんたちを待っていると、二人が戻ってきました。ミカン姉貴が迷子にならないようにしてくれていたのだとか。杏里ちゃんは神的にいい人だから!(ピネ)

 

 ……まあ態度からしてミカン姉貴を警戒したらTDN善人で自爆したんでしょうけど。

 

 

 ──四人で帰ろうとしていると、猫に群がられ委員会を作った桃が猫と戯れていました。

 入りたい委員会が無ければ作ってもいいとか自由度が高すぎるってそれいち。

 

 それでは桃が体育祭委員会に入ることになったところで今partはここまで。楓くんが一緒の委員会に入るタイミングはこ↑こ↓がベストですので、流れで杏里ちゃんに伝えましょう。

 

 楓くんが特に打算とか考えていない事がわかって、杏里ちゃんはため息をついてなにやらホッとしているご様子。

 

 見事な観察眼だったよ杏里ちゃん。でも楓くんもまた、RTAに踊らされた犠牲者の一人にすぎないんだよ…………。

 

 

 ◆

 

 

 夏休み中に楓に会えなかったことが寂しくなかったと言えば嘘になる。

 しかしそれ以上に、楓が誰も知らない人と歩いていたのをクラスメートが目撃したらしいという話が、私の心をざわつかせた。

 

 シャミ子とスーパーを歩いていた……というのは別に問題ない。ちよももと河川敷で筋トレをしていた話もまあ、許容できる。

 

 ──オレンジ髪の女の子って誰だよ!? 

 

 

 喫茶店あすらのまぞくはバクと狐耳の娘だし違う……よね。もしかして他の魔法少女が来たとか……? そもそもなんのために? 

 

 ……手元の手帳には、ここ最近で聞いたことが書かれている。

 オレンジ髪の娘と楓が柑橘類を買い込んでるのを見たとか、楓が伊達眼鏡をかけるようになったとか。あとは全部楓、楓、楓。

 

 ……気がついたら一面楓の情報だらけ。幾らなんでも分かりやすすぎる。

 

 そもそもの問題だけど、楓はわりとモテる。私の耳に学校以外での情報が入ってくるのが証拠な程度には、クラスメートから男女問わずよく思われているのだ。

 

 

 ──楓の伊達眼鏡かぁ。喫茶店うんぬんの時は掛けてなかったからそのあと掛けるようになったのかな? 小倉とは違う形だろうし、どんなだろ。

 

 夏休み明けに一緒に登校するのはちょっと恥ずかしくて先に教室に来ちゃったから、まだ楓の顔を見れてないんだよね。

 

 楓とシャミ子が教室に来るのを待っていると、次第に教室と廊下が騒がしくなってくる。先生が前のドアから入ってくるその後ろから、オレンジ色の髪をした────

 

「えっ」

 

 

 

 ──あれよあれよと自己紹介やらが終わった。陽夏木ミカン、魔法少女。

 

 ちよももの魔力を取っちゃったシャミ子が過激な魔法少女に狙われたりしないようにと、ちよももに護衛として呼ばれたのだとか。

 

 それなら楓と関わるのも必然だろう。

 楓ってシャミ子に対して孫に対する祖父みたいな過保護さがあるし、この二人はワンセットみたいな雰囲気がある。

 

 

 ……いや、問題はそこじゃない。

 

 自己紹介の時にミカンの顔を見る楓の顔が、なんというか……なんだろう、恋する乙女じみてたというか……。しかもミカンは楓と目が合って一瞬だけど微笑んでいた。

 

 ──お互いに友達以上の感情を持っているのは必然だった。

 

 どうしてか、それを許せない自分がいる。胸が痛い。きゅーっと切なく締め付けてくる。眼鏡の奥の、楓の瞳が自分を見ていないだけで、ここまで辛くて苦しいのか。

 

 

 

 

 ──どんな話をしていたか、うろ覚えだった。気が付いたら委員会の会議が終わっていて、廊下をミカンと並んで歩いている。

 

「あのさ」

「なあに?」

 

「ミカンはばんだ荘の部屋使ってるんだよね」

 

「そうね。あと、桃もシャミ子の隣の部屋を使ってるわよ?」

 

「……そっか」

 

 ……なんかいつの間にか住人が増えてる。

 正直、本音を聞くのが怖いけど、聞いておくべきだと思う。

 

 

「──ミカンは、楓のことどう思ってる?」

 

「楓くんのこと?」

 

 話の前後が繋がってないからか、ミカンはきょとんとした顔をしている。

 

「楓くんかぁ……もの凄い親切?」

「知ってる」

「それと、女子力高め?」

「それも知ってる」

 

 楓の女子力が異様に高いのは今に始まったことじゃないから安心していい。

 

「あとは──男の子に言うのはアレだけど、楓くんって結構可愛いわよね」

 

「あー……わかる」

 

 意外と寝顔が幼かったり、焼肉に目を輝かせる事があったり、変に大人びてるけど、楓だってまだ子供だ。あの顔を独り占め出来るのが幼馴染の特権とも言える…………。

 

「……あぁ、そっかぁ」

「どうかした?」

「──なんでもない」

 

 

 ──ミカンに対する感情がわかった。これ、単なるヤキモチだ。自分の知らない顔を楓にさせているミカンに、嫉妬しているのだ。

 

 勝手にライバル視して勝手に自爆している自分に気が付いて、顔が熱くなる。

 

「ど、どうしたの?」

 

「……いや、まあ、あー……その、これは私が悪い。ほんとごめん」

 

「なにが……!?」

 

 横でわたわたと慌てているミカンを見て、顔の熱さに反して思考が冷める。

 

 ──あまりにもみっともない。楓の問題を自分の事のように考えていたのだ。

 

「それで、どうして楓くんの事を聞いてきたの?」

 

「いやあ夏休み中はあんまり会えてなかったから、少し気になってさ」

 

「そうだったのね。

 杏里は……楓くんの幼馴染なのよね?」

 

「うん。小学生になる前からずっと一緒だったから、楓のことなら本人より詳しい自信があるよ」

 

 古くなった手帳を片手にそうアピールする。へぇ~、と感心したような声を出しているミカンに僅かばかりの優越感を覚えていると、視界の奥に見慣れた角と尻尾を見つけた。

 

「あれ、シャミ子と楓」

 

 廊下の壁側でシャミ子と談笑している楓もこちらを見てきた。

 相変わらず人を見る顔が無駄に優しくて、そんなんだからクラスメートとか他のクラスの子が変な勘違いするんだぞと言いたい。

 

「なんだよー、わざわざ待ってたの?」

 

「ミカンさんが迷子になったら困ると思ったので、楓くんと一緒に待ってました」

 

「入学式の時のシャミ子じゃないんだから大丈夫だって言ったんだけどな」

 

 うぐ、と言って気まずそうにするシャミ子。そういえばそんな事もあったっけ。

 

「あなた学校で迷子になったの……?」

 

「……迷子というか遭難というか」

 

「あの時はビックリしたよ~、楓がすっげぇ慌てて『優子を見てないか!?』って言ってきてなぁ。当時はシャミ子のことなんて知らなかったから『いや誰だよ』ってなったし」

 

 外で座り込んでるまだ優子だった時のシャミ子は、今と比べて体が弱かった。

 

 合流した楓が背負って行こうとしたり、私が台車を持ってきたりで慌ててたら先生が来てどうにかなったのを思い出す。

 

「あんだけ取り乱した楓なんて初めて見たから、ちょっと新鮮だったよ」

 

「やめろ、恥ずかしいから」

「照れるな照れるな」

 

 頭に手を伸ばし──ても若干届かない。つま先立ちでようやく届いた手で髪をくしゃくしゃと弄る。いつの間にかこんなにも背が離れていた。

 

 そうだ。楓はいつまでも私だけの幼馴染じゃない。小学生の時は私の方が大きかったけど、中学生の時に抜かれて、今では見上げるくらいだ。

 

 私の知らない人と友達になるのも楓の自由なのだから、縛っていい理由などない。

 

 

 

 ──四人で外を歩きそろそろ帰ろうかと思っていると、校舎の裏でちよももが猫と戯れていた。なんだよ猫に群がられ委員会って。

 

 アウトに決まってるでしょうが。

 

「おサボりは駄目よ!」

「私らと体育祭の準備すっぞ!」

 

「や、やだ……」

 

 うだうだと駄々をこねるちよももにヘッドロックするミカンを見ている私の横に立っていた楓が、不意にちよももたちを見てから言った。

 

「皆が体育祭の委員会に入るなら、俺も入ろうかな」

 

「……楓が?」

 

「シャミ子も保健委員だし、俺だけやることないし。そもそもシャミ子の体が弱くて心配だから無所属で帰宅部だっただけだからね」

 

「ふーん。理由はそれだけ?」

「他に何があるんだよ」

 

 眉を潜めて首をかしげる楓を見るにどうやら嘘ではないらしい。流石にミカンがやるから自分もやるとか言われたらちょっとイラっとする。

 

 はぁ、とため息をついて天を仰ぐ。

 

 これからは大変になるのかな。

 体育祭に加えて、楓とミカンのあれこれが私の問題になるかもしれない。

 

 ──楓のしたいことなら好きにすればいいけど、あんまり日和るなら私が貰おう。

 当然、楓には幸せになってほしい。

 

 それでも、やっぱり、こう思ってしまうのは仕方がない事なのだろう。

 

 ──私が楓を幸せにしたかった、と。

 

 

「……いいなあ」

 

 

 そう口に出して、さっきのように、きゅーっと胸が切なく締め付けられるのだった。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/7
愛/2

・杏里ちゃん
友/8
愛/3

・ちよもも
友/7
愛/2

・ミカン姉貴
友/8
愛/3

・小倉ァ!
友/3
愛/0


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part25


嵐のようなガバも端から見りゃTDNクロニクルなので初投稿です。



 

 投稿頻度は鮮度が大事と存じます……(お米ちゃん)なRTAはーじまーるよー。

 

『じゃあなんで数日間隔開くんだよ』って? 

 

 ………………うるせえ(TKNUC)

 

 17年からいまだに更新中のドンキーコング64RTAと比べたら数日くらい何よ!(サラコナー)

 

 

 ……はい。前回はミカン姉貴の転校イベントが終わり、体育祭の準備をすべく委員会に所属したところで終わりましたね。

 

 今回はいつものメンバーで準備を続けているところから再開です。

 

 夏休み終了直後に体育祭とかいうハードスケジュール、これ絶対学校側に走者が居るだろ……正体見たり! って感じだな。

 

 

 唯一保健委員のシャミ子がハブられてる事実に気付き手伝いを申し出るので、我々と共に仕事をさせましょう。

 

 小倉も誘えるのですが、奴はこの肉体労働(たたかい)には付いてこれそうにないので置いてきました。というか無理矢理手伝わせると後に響くので。

 

 んだらば他の体育祭委員である一年の女子ホモたちと一緒に体育館で色々とこなします(レズはホモ)二人三脚! パン食い競争! 騎馬戦! N! P! K! って感じですね。

 

 女子のお仕事だと言わんばかりになーぜーか男は楓くんしか居ないので、身長差があって騎馬戦のシミュレーションには参加できません。

 

 というか参加しちゃうとミカン姉貴が気絶しないので呪いを解決するイベントが発生しないんですよ。そうなると再走になります(無敗)

 

 

 ──それでは休憩を挟むついでにミカン姉貴をガン見します。

 汗の滴る首筋がセクシー……エロいっ! とか考えていると、モブクラスメートたちが楓くんに近づいてきました。

 

 女三人寄ればなんとやら、モブ子ちゃんたちは楓くんがシャミ子たちの内の誰かと付き合っていると勘違いしているようです。

 

 お前もしかして……あいつのことが好きなのか? (青春)となるので、(誰とも付き合って)ないですと断りを入れます。

 

 しかしミカン姉貴をガン見してるのでモブ子ちゃんは「あっ……ふーん(察し)」とでも言いたげな顔をしました。いいだろお前攻略RTAだぞ。

 

 

 ……モブ子ちゃんたちが桃やミカン姉貴と一緒に他の仕事を始めたので暇になりました。休憩に混ざってきたシャミ子と杏里ちゃんに挟まれて、三人で話し合わねえか?(糞土方)

 

 シャミ子って桃推しだよねーとか言ってる杏里ちゃんが、少し考えてから楓くんに向き直ります。はぇ~すっごいジト目……。

 

 いやあここ数十分は杏里ちゃんの嫉妬全開の膨れっ面を拝めて大変よろしいですね。

 杏里ちゃんの嫉妬顔はそのうちガンに効くようになる(胃潰瘍並感)

 

 

 駄弁り始めて数分、桃が看板のペイントを手伝いミカン姉貴が騎馬戦のシミュレートをしていると、不意にモブ子ちゃんとぶつかってミカン姉貴が落ちてしまいます。

 

 魔法少女は頑丈ですが、頭から落ちては流石に気絶します。心配して駆け寄ろうとしますが桃の怒声に足を止めました。

 

 普段は動揺から呪いがブッチッパ! するミカン姉貴が気絶するということは、それだけ危機的状況にあるという事で…………中にいる娘は外が見えないのでそりゃもう心配で大暴れですよ。

 

 桃がモブ子ちゃんズを魔法少女バリアー(正式名称不明)で守るので、離れている我々は呪いの範囲外から見守っていましょう────なんで等速に戻す必要があるんですか? 

 

 

 ──ペンキの空き缶のエントリーだ! しかもこれ、杏里ちゃんに直撃するコースですね。まあこれRTAなんで……助けたら楓くんが怪我してロスになるから諦めて成仏してクレメンス。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 うるせ~~~! 

 タイムなんて知らね~~~!(走者の屑)

 

 楓くんが杏里ちゃんを助けないわけ無いだろ! それは解釈違いですね! この先ノーミスならそこそこの記録が出るので続行します! 

 

 ──ンアーッ!!(被弾)

 

 

 ……か、カスが効かねえんだよ……(瀕死)ダメージは体力MAXから8割持っていかれた程度ですね。15歳、骨折寸前です。

 

 それでは怪我が見当たらないミカン姉貴と共に帰るところで今partはここまで。イベントはスキップするので右枠で垂れ流しておきます。

 

 ……これゲームシステム的に言うと帰り道で転んだら楓くん氏にますね。

 

 

 ◆

 

 

 ──あまりにも突然のことで、一緒に避ける行動を取ることが出来なかった。咄嗟に杏里の前に出て、左腕を顔の前に持ってくる。

 

 ──数拍遅れて、二の腕辺りに金槌か何かで殴られたような衝撃が走る。

 

 耳にミシミシと嫌な音が響くと、飛んできたペンキの空き缶が視界の端で床に落ちた。

 

「──ばっ、楓! なにしてんの!?」

 

「っ……ぐ、ぉ……!」

 

 激痛にうずくまる自分を後ろから支える杏里が耳元で言う。右隣に立っていたシャミ子が手早く中身が凍ったペットボトルを腕に当ててくれるが、正直なところ気休めにもならない。

 

 ……折れてるかもしれないが、どちらにせよ動かすのはまずい。

 

「──楓、大丈夫?」

 

 他の子を呪いから守っていた桃が変身を解いて駆け寄ってくる。痛みから来る冷や汗をタオルで拭い、立ち上がってから言葉を返した。

 

「……大丈夫だ、それよりミカンを診てやってくれ。魔法少女が頑丈とはいえ頭から落ちてる」

 

「大丈夫なわけないでしょ! ペンキ缶、中身が空でも結構重いんだよ!?」

 

「……そうだな」

 

 右腕を掴んで支えている杏里が言う。

 左の二の腕を冷やしているシャミ子は、顔を青くして俯いていた。

 

 桃たちを見ると、奥で色を付けている途中だった看板が、倒れたペンキの色でぐちゃぐちゃになっている。見るからに大惨事だった。

 

「……楓」

「どうした」

 

 右腕を抱くように掴む杏里は、自分を見上げて小さく言った。

 

「……庇ってくれたのに、怒鳴ってごめん。痛いに決まってるよね。我慢、してるんだよね」

 

 その声は震えていた。自分は杏里の腕を払うと、右手を頭に置く。

 

 ……というか、反対の腕なのに右手を動かすだけで左腕に響くから撫でられない。

 

「……誰が悪いとかじゃないんだ。起きたミカンを責めたりはしないでくれよ」

 

「──わかってるよ。それより腕、病院に行った方がいいんじゃないの?」

 

「今は駄目だ、あの娘が責任を感じてしまう。明日行くからその時は付き合ってくれ」

 

 はぁ、とため息をついた杏里だが──不承不承で聞き入れたらしい。反対に立つシャミ子に向き直って、ペットボトルを掴む。

 

「シャミ子、もうそれはいいよ」

「楓くん……け、怪我は……」

「バレたら困る、治療はあとでいい」

「骨折してたらどうするんですか!」

 

 尻尾をピンと伸ばして怒った態度を露骨に噴出させる。なんとか右手で頬に触れると、ビクリと体を震わせた。

 

「多分、折れてたらもっと痛いよ。それよりシャミ子と杏里は、俺の怪我の事を話すなよ」

 

「……楓くんはそれでいいんですか?」

 

 肯定するように指で頬を撫でる。

 ……惚れた弱みと言えば聞こえはいいが、これも結局は、自分の我が儘なのだろう。

 

 呆れた顔をしながらも、起き上がったミカンを心配しに行った杏里を見てからシャミ子に言った。

 

「……あとで着替えるのを手伝ってもらっていいか? 左腕が動かせない」

 

「──仕方ないですねぇ」

 

 シャミ子はそう言いながら、怪しげに尻尾を揺らしていた。

 

 

 

 ──数十分後、自分を含めてシャミ子たちと四人で帰路を歩いていた。

 

「ミカン、あのさ……」

 

「近付かないで」

 

 桃の言葉をミカンはやんわりとした声色で、且つ毅然とした態度で拒絶する。

 

「気絶したのが不味かったのね、呪いが強く出過ぎてる。今動揺したら何が起きるかわからないから、今日は一人で帰らせて」

 

 夜道を先行して歩くミカンの背中は、酷く寂しげだった。一歩近付こうとした瞬間、思い出したようにミカンが続ける。

 

「桃もシャミ子も、クラスの皆も、楓くんも大好きよ。だけどやっぱり、この呪いは人を傷つけかねない。

 これは本来は私を守るための力だった。少しだけど話も出来たのに、今では会話なんて一切出来ない」

 

 ミカンの言葉が沈んで行く。

 鞄を持つ手が震えている。

 

 ──何かしないと、と思った。確かに最初に言った筈なのだ。何が出来るのかはわからないが、呪いをどうにかしたいと。

 

 あの言葉は、断じて──ミカンに同情したから出てきた言葉などではない。

 

「ミカン」

 

「──っ!」

 

 一歩近づく。近づいて、左手を握る。

 肩を跳ねさせたミカンは、驚いた顔でこちらを見てきた。幸い呪いは出てきていない。

 

「な、んで」

 

「──迷惑なら、俺だけに掛ければいい」

 

「……えっ」

 

 後ろで見ている二人には聞こえていないだろう。自分の言葉を聞いて、ミカンは疑問符を浮かべる。

 

「納涼祭の時に言った言葉だ」

「──ええ、そうね。覚えているわ」

 

 懐かしむミカンは目尻を緩めて見上げてくる。不覚にも、綺麗だと思ってしまう。

 

「俺が君の呪いをどうにかしたいと思ったのは、なんの気兼ねも無く感情を表に出してほしかったからだ。気軽に笑って怒って悲しめない君の苦しみは、俺にはきっとわからないけど──」

 

 左腕を動かせないことを悟られないように、街灯の外の暗がりに半身を隠してから続けた。

 

「──ミカンが呪いを出すときの顔は、いつも素だった。俺は焦ったり怒ったりしたときのあの顔を素敵だと思ったから、力になりたかったんだよ」

 

「────楓くん」

 

 …………途中からほとんどが告白紛いの言葉だと、少ししてから気付いた。夜でよかったと思いながら、顔が熱いのを無視してミカンの手を引く。

 

「帰ろう、俺たちの家に」

「……うん。そうね」

 

 ミカンの手が自分の右手を握り返す。ただなんとなく、一人で帰らせたら居なくなっていそうな気がして咄嗟に手を伸ばしてしまったが──この行動が間違いではないと信じる。

 

 呪いをどうにかしたい。力になりたい。自分は絶対に、この言葉を口だけの約束にはしない。一人ではなにも出来ないかもしれないが、自分もミカンも、決して一人ではないのだから。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/7
愛/2

・杏里ちゃん
友/9
愛/4

・ちよもも
友/7
愛/2

・ミカン姉貴
友/9
愛/4


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part26


がっこうぐらし!を買ったので初投稿です。



 

 生命の神秘! 15歳でママと化した柑橘類先輩.mp4なRTAはーじまーるよー。

 

 前回は楓くんの腕の骨が折れた……(折れてない)なところで終わりましたね。今回はとうとう楓くんがパパになります。認知して♡

 

 現在地はばんだ荘、時間にして23時。

 怪我を心配したシャミ子が付きっきりで居てくれたお陰で食事に手間取ることはなかったようですね。ですがシャミ子に「あーん」をしてもらったことだけは許しません(99割ギレ)

 

 

 それではミカン姉貴の元に呪いの件で話を付けにイキましょう。シャミ子と共に二階に上がると闇堕ち薬を持った桃と鉢合わせるので、三人でミカン姉貴の部屋に突入します。

 

 FBI OPEN UP(警察だ!(インパルス板倉))!!! 

 

 不用心にも鍵が掛かっていないので中に入ると、ミカン姉貴はベッドの上の端に体育座りしていました。原作では荷物を纏めていたので単純に意気消沈しているだけのようですね。

 

 かつて会話が出来ていた筈の悪魔と交渉しようとするシャミ子に説得を受けるミカン姉貴の横で、闇堕ち薬を咀嚼してる桃の背中をさすっておきます。石を砕いて作った薬ってなんだよ(疑問)

 

 

 魔法少女の中にいる以上他の魔力を敵と認識するかもしれないと警告されますが、二人は行く気満々です。根負けしたミカン姉貴も協力することにしましたね。

 

 悪魔の名前はウガルルといい、古代メソポタでは門柱なんかに彫り込むと家を悪から守ると言われているらしいです。

 

 しかしウガルルは魔法少女の素質があったミカン姉貴の魔力を栄養に育ち始めて制御不能になったのだとか。その件で力になった桜が、周りを無差別に破壊する呪いを『笑える感じにする呪い』にする結界を作ってこうなったのでした。

 

 そう……(満身創痍)ここで楓くんの怪我がバレたらRTA終わるナリ……。

 

 ──そんなウガルルを説得する為にと、シャミ子たちは三人で川の字に並んで寝ることになりました。これ楓くん居る? 

 

 ……あ、ミカン姉貴が眠るまで手を握ってほしいと言ってきましたね。左腕のダメージがDKSG(でかすぎ)て右腕を動かすだけでスリップダメージ入るから嫌なんですが……まあ明日病院に行くまでに生きていればいいのでへーきへーき。

 

 

 ──オラッ! 睡眠! まんじりともせずシャミ子を受け入れろ……(矛盾)

 

 

 では三人が寝るまで倍速。完全に寝入ったミカン姉貴の手をほどいて……ほどっ、ほどいて…………流行らせコラ、流行らせコラ! 

 

 ……左手が使えない楓くんが貧弱すぎる。なんとか起こさないようにしながら手をほどいて、あとはシャミ桃に任せて外で待機していましょう。

 

 夜風が染みて泣けるぜ(一般やけ酒遅刻警官)

 

 

 少しするとミカン姉貴を心配してやってきた杏里ちゃんが来るので、少し話をして中に入れます。ミカン姉貴をちょっとだけ起こす作業が必要になってきますから、来ないと困るし帰られても困ります。えっ、楓くんにやらせろ? 

 

 ……この人の場合だと、寝てる女の子を触る旨の選択肢が出ないんですよ。楓くんは純情少年だからね、仕方ないね♂

 

 ──来たわね。

 心配なのはわかるけど、女の子がこんな時間に出歩いちゃあ……駄目だろ!(マジメくん)

 

 腕の心配までしてくれるとか杏里ちゃんは神的にいい人だから!(手のひらドリル)

 

 

 ミカン姉貴の部屋の前で二人が会話をしています。ベコベコに凹んでるドアノブ付近を見てギョッとしている杏里ちゃんは、楓くんから何が起きているかの説明を受けていますね。

 

 ……なんでため息をつくんですか。

 

 楓くんが杏里ちゃんに「天然! 人たらし! モイモイ! 頭マルベーニ!」と罵倒されました。頭マルベーニは言いすぎやろ……! 

 

 それでも手伝うと言ってくれるんだから杏里ちゃんって神だわ。

 今回は攻略しないけど(無慈悲)

 

 お前、あいつのことが好きなのか……?(青春)といういつもの会話を流して数分。

 早速とミカン姉貴たちの元に向かおうとした杏里ちゃんですが、急に振り返ると楓くんに近付いてつま先立ちになり、顔を近付けて────。

 

 

 ──チュッ!(ファルコン・キッス)

 

 ???????????(音割れポッター)

 

 

 なんで? なんで? なんで? まだ愛情度4じゃーん! 前にランダムイベントでキスしてきたの愛情度6の時じゃーん! 

 

 …………いや、まあ、これはレギュ違反ではないので別にいいんですが……。

 

 まさかこのタイミングでされるとは……。傷に障るので触れる程度だったのが幸いですかね、楓くんは完全にフリーズしてますけど。

 

 意思でもあんのかってくらい友愛度が参考にならなくなってきましたが、私は元気です。そもそも愛情度1でもセーブ&ロードで告白を成功させられるゲームなので今さらな気もしますが。

 

 

 ──では杏里ちゃんが部屋に入ったのでもう一度倍速。

 

 ミカン姉貴の中の中でいなり……ではなくウガルルと話を済ませ、現実世界に戻ってきたシャミ子たちが起きるのを待ちます。

 

 暫くすると杏里ちゃんが呼びに来るのでいざ鎌倉。起きた三人に何がどうなったのかの説明をされ、ウガルルがわりとギリギリで踏み留まっているということを知らされます。

 

 雑な魔法陣に雑な依り代、挙げ句レモン汁をぶっかけた唐揚げを供物にしていたらしく、ウガルルは存在を保てず溶けてしまったのだとか。

 そら唐揚げにレモンはいかんでしょ。悪魔によっては反旗を翻されますよ。

 

 ウガルルがミカン姉貴の中に居て魔力で育ったのならミカン姉貴は実質ママでは? と杏里ちゃんに言われてますね。皆してこっちを見るな。

 

 

 ──改めて考えを纏めてもどうすればいいのかわからないので、最終兵器を呼びましょう。小倉ァ! 天井裏の妖怪! ドレミファビートの感染者は何処だァ!(異物混入)

 

 当然の権利のように天井裏に住み着いてる小倉が現れると、梯子を使って降りてきます。

 そしてアパートの壁にウガルルを現実に呼び出す為の式を書き始めました。借家の壁になんてことを……この野郎醤油瓶!(正論)

 

 一応は桜もウガルルの事を案じていたようですが、ミカン姉貴の中に溶けたウガルルを固める方法を確立できなかったようです。

 

 小倉は質のいい依り代・正確な魔法陣・魔力を含んだ飯があればどうにかなると言っていますが夜中やし無理やろ~と諦めムードですね。

 

 ですが意外となんとかなるんだよね、これゲームだから(野暮)

 先ず質のいい依り代を作る為の土はシャミ子が桜の所有していた山から持ち帰っていますし、正確な魔法陣は桃が書けます。

 

 魔力を含んだ飯ならリコくんが作れるし、土に混ぜて使う錬金術の材料である幻獣のケツ(尻尾の)毛なら店長からむしり取れます。

 

 

 ……そういえば小倉って杏里ちゃんのことを友達だと思ってるのに実家が精肉店なのを知らないんですよね。小倉さんもしかして学校で相手から話しかけてきたのが杏里ちゃんだけだったとかそういう理由で友達認定してる? 

 

 ……いや、よそう、私の勝手な推測で皆を混乱させたくない。

 

 

 ──んだらば行動開始。シャミ子には杏里ちゃんの家からお肉を分けてもらってリコくんに調理してもらいに行きました。

 

 残った我々で魔法陣と依り代作成をしましょう。杏里ちゃんとミカン姉貴が体育祭メンバーに連絡をしている裏で、しれっと小倉が良ちゃんを面子に加えていました。

 小学生を夜中に起こすのは……やめようね! 

 

 楓くんと良ちゃんと小倉で粘土を作り、残りで巨大魔法陣の作成に移ります。

 

 シャミ子が戻ってくるまでにある程度を終わらせますが、片手でこねるのって難しいんじゃないんですかね。

 ミカン姉貴に左腕の怪我がバレるとウガルルが消滅するか呪いが爆発するので、杏里ちゃんのディフェンス(ぢから)に期待しましょう。

 

 戻ってきた頃には粘土も出来上がり、魔法陣も体育祭のホモ子たちの協力もあって完成しています。依り代作りも粘土をこねこねしてパパパッと作って、完成! 

 

 はえ~すっごい完成度……。

 しかし、元は土なのに飲み食い出来て√次第では主人公くんとおせっせするんだからこの依り代も凄いですね。流石は高級素材ボディ。

 

 それではウガルルが目覚めるところで今partはここまで。ちなみにウガルルの初期友愛度はこのイベント終了時点でのミカン姉貴の友愛度÷2なので、今回は友/5愛/0ですね。

 

 

 ◆

 

 

 ミカンの心の中に侵入するためにと三人で並んで眠っているシャミ子たちの元に居座るほど、自分の肝は据わっていない。

 手持ち無沙汰で外に出てきたが、だらりと力無く垂れている左腕の傷が夜風に染みる。

 

「──楓?」

 

 手すりにもたれ掛かってボーっとしていると、カンカンと階段を踏む音がして、遅れて杏里のやや困惑した声が聞こえてきた。

 

「……杏里、なんで来たんだ」

 

「だってミカンが心配で……っていうか楓こそ部屋に居なよ、怪我してるのに」

 

「ミカンの呪いの元凶と話を付けることにしたんだよ。シャミ子と桃が心に侵入したから、今は部屋で並んで寝てる」

 

 杏里が自分の後ろのドアを見る。以前の闇堕ち騒ぎで桃が破壊したドアノブの凹みを見て、明らかにギョッとしていた。気持ちはわかる。

 

「……なら、部屋の中で待ってればいいじゃん。外けっこう寒いよ?」

 

「女子が並んで寝てる空間に一人は流石に……無理。訴えられたら負ける」

 

「いや誰も訴えないから」

 

 呆れた顔で杏里はため息をつく。この顔は、昔から何度か見ている。

 

「よくもまあ、自分を傷つけた相手に対して親切になれるよね。いくら天然で人たらしでも限度があると思うんだけど」

 

「怒ってるのか?」

「ちょっとだけ。あとは……嫉妬」

 

 ──嫉妬? と聞き返す前に、杏里は自分の右手を掴んで続けた。

 

「手伝ってあげるから、一個だけ答えて」

「なんだ」

「ミカンのこと、好きなんだよね」

「──ああ、そうだ」

 

 ……偽るべきではないだろう。杏里が今になってなぜこんな質問をしてきたかもわからないほど、自分は馬鹿ではない。

 

「……即答かぁ~。誰彼構わず親切しては小さい頃から女子に勘違いさせまくってたあの楓の方から相手に惚れるなんてねぇ……」

 

「杏里、今わりと怒ってるだろ」

 

 そこまで言わなくてもいいだろうが……。尤も、現在進行形で彼女の気持ちを踏みにじっている側の言えた台詞ではないか。

 

「じゃ、ちょっくらミカンたちの様子見てくるよ。でもちよももがいるなら、シャミ子への危険はないんじゃない?」

 

「そうだな」

 

 壊れたドアノブに手を置いて開けようとしている杏里は、ふと思い出したように振り返りこちらに近づいてくる。

 

「────」

「……杏里?」

 

 胸がぶつかる程に寄ってきた杏里がつま先立ちになり、自分の頬に手を置いて下を向かせてきて────鼻と鼻が当たって、唇が重なった。

 

 二秒も経たない──触れるだけのそれが、やけに長く感じた。顔を離した杏里は、嬉しいような、悲しんでいるような表情を混ぜた顔をしている。

 

「──っ」

 

 幼馴染からの好意を嬉しく思う反面、自分が今、とてつもなく残酷な事をしているのだと。そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 ──杏里に呼ばれて数分。

 当然だが、部屋に入ってから一度も自分は杏里の顔を見られていない。

 

 ミカンの中にいる呪い──ウガルルという古代メソポタの悪魔をもう一度正しい手順で召喚し直そう……という話なのだが、どうにも先程の光景が脳裏を支配していて集中出来ていない。

 

 ……切り替えなくては。

 

「──さて、いざウガルルの再召喚となると素材のリストアップが面倒だな……」

 

「適任がちょうどよく居るだろう」

「ああ、あの人ですね!」

「あの人? ……誰?」

 

 杏里の疑問の声に一瞬顔を見てから、シャミ子と二人で天井を見上げる。

 

「小倉さ~ん!」

 

「へいまいどー!」

 

 バンと音を立てて天井裏に繋がる蓋が開かれて、上から梯子を使った小倉が降りてくる。

 

 自分もシャミ子も嫌なことに慣れてしまっているが、呆れている桃とミカンに反して杏里は扉の破損具合を見たとき以上に驚いていた。

 

「──いや、なんでだよ」

 

 ……全くだ。

 

 

 

 ──小倉の尽力もあって、話はトントン拍子で進んだ。魔力料理を作れる人がいないと言っていたが、どうやらリコの事は知らないらしい。

 

 料理の件はシャミ子に任せ、自分は小倉が水を注ぐ土を片手でこねている。

 視界の奥には巨大なシートにいつぞやの魔法陣を描いている桃がいた。

 

 それとなくミカンの視界から自分の体を遮ってくれている杏里が、小倉に代わって水を流している。

 ちらりと顔を見ると、不意に眼が合った。

 

 

 考えるようにまぶたを細めて、杏里はいたずらに成功した子供のように舌を出した。「悩め」とでも言いたいのか、はたまた。

 ともあれ、長年の付き合いからして悪意が無いことだけはわかっている。

 

「──明日、病院に行くからな」

「…………ん」

 

 言葉少なに作業を続けると、上の階から扉の開閉音が聞こえてくる。

 戻ってきた小倉の後ろには、パジャマ姿の良ちゃんが立っていた。

 

()が足りなそうだから人手を連れてきたよ~」

 

「……お兄……この人だれ?」

「天井裏の妖怪だよ」

「楓くんもなかなか言うよねぇ」

 

 ……無意識に気が立っていたか。

 

 兎に角、ウガルルとミカンの為にも作業を続けるとする。

 気がつけば体育祭の女子たちも参加していて、粘土を作る傍らで魔法陣作成も進んでいた。

 

 シャミ子が戻ってくる頃には魔法陣も完成して、今度は粘土を固めながらウガルルを作って行く。自分は見たことが無いが、なるほどこんな見た目をしているのか。

 

 闇堕ち薬のお陰でまだシャミ子の眷属でいる桃が、シャミ子と共に魔法陣の上で眠っている風のウガルルを起こそうとする。

 

「……おにい」

「ん。眠いか、終わったら早めに戻りな」

「うん……」

 

 小さくあくびを漏らして、良ちゃんが右腕に寄りかかる。

 自室の扉横の壁に背中を預けて立っている自分の横で、うつらうつらと船を漕いでいた。

 

 ──果たして、無事にウガルルを召喚することには成功した。しかし、なんと情けないことか。自分がいったい、何をしたというのか。

 

 眼前で呪いを解くことに成功し、静かに喜びながらも新たなまぞくとなった悪魔──ウガルルに今後の行動を教えているミカンが、眩しい。

 

 

 そんなミカンが、ウガルルを連れて歩み寄ってくる。左腕が動かせないことを悟られないようにしつつ、獣のような長髪を揺らすウガルルが見上げてくるため対応した。

 

「……初めまして、ウガルル」

「んがっ、はじめましテ?」

「俺は楓、こっちは良ちゃん。今のところは、ミカンの──友達かな」

 

 右腕を支えにしながら、良ちゃんがウガルルに眠気まなこで会釈する。首をかしげるウガルルは、自分を見上げて不思議そうに鼻を鳴らして腹に顔を押し付けた。

 

「ウガルル、なにやってるのよ……」

 

「……お前、知ってるゾ。見たことないけド、知ってル」

 

「哲学か?」

 

 ──確か外の光景は見ることが出来なかったと聞いている。つまり、感覚で……なんとなく自分の存在を感じ取っていたのだろう。

 

「最近のミカンが動揺したとキ、いつもお前いタ! ……と思ウ。なんでダ?」

 

「楓くんは私の呪いを、あなたを助ける為に力を貸してくれたのよ。だから一緒に居た──いや、居てくれたのね」

 

「んが……そうなのカ?」

 

 しみじみと、呟くようにミカンが言う。それを聞きながら頭に疑問符を浮かべているウガルルが、自分の腹に顔を埋めたままでいる。

 

 良ちゃんがシャミ子に呼ばれて二階に上がっていったのを見送ってから、右手を頭に置いて優しく上下に動かした。

 

 ……何故かなつかれている。

 可愛くないと言えば当然嘘になるが、杏里が言っていた「ミカンは実質ママじゃん」という言葉が引っ掛かってしまっていた。

 

「……なあ、ミカン」

「なあに?」

「俺は、何か力になれていたのか?」

 

 粘土作りは力になることに含まれているのかという疑問はさておき、ウガルルを撫でながらそんなことを聞く。

 

 ミカンは少し悩むそぶりを見せたあと、ウガルルの頭に置かれた右手を取って、そっと握ってから自分の言葉に返した。

 

「なっていたわよ。なっていたから、私はこの町から出ていく選択肢を取らなかった」

 

「出ていく、か」

 

「ええ。だから、そうやって悲観しなくてもいいの。貴方に力が無くても──貴方は私たちを救ってくれたじゃない」

 

 ミカンは右手を掴んだまま、自身の頬にもって行って押し当てた。そしてウガルルを挟みながら、自分に寄りかかってきて────

 

「──ありがとう、楓くん。ウガルルと私は、確かに貴方に助けられました」

 

 そう言って、花のような笑顔を浮かべた。むぐぐ、とウガルルが唸って悶える声が聞こえて来るのを合図に、夜空の星の下──自分とミカンは、小さな声で笑う。

 

 ──明日、杏里と話を付けよう。そう決意するのも同時だった。自分はミカンと杏里を同時に選べるほど、器用ではないのだから。

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/7
愛/2

・杏里ちゃん
友/9
愛/4

・ちよもも
友/7
愛/2

・ミカンママ
友/10
愛/5

・ウガルル
友/5
愛/0

・良ちゃん
友/5
愛/0

・小倉ァ!
友/4
愛/0


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part26.5


お前たちのRTAって、初投稿じゃないか?



 

 例えガバだらけでも……RTAを完走できるはずだ! 俺に、走者としての資格があるのなら! なRTAはーじまーるよー。

 

 前回はミカン姉貴がミカンママとなり、ウガルルを出産したところで終わりましたね。

 今回は怪我を診てもらうべく病院に行くところから再開です。

 

 行く時は行けっ行くって言えよ(KBTIT)

 

 翌日が休日ということもあって、朝からシャミ子が甲斐甲斐しく楓くんを世話してますね。まるでヒロインみたいだぁ……。

 

 あっそうだ。今回は本編ではなく原作イベントが始まる前のフリー行動を病院に向かうことで消費している様子を等速で垂れ流しているだけなので、興味がないホモはpart27をマイページおっぴろげて神妙に待ってろ! 

 

 

 しかし楓くんはエロゲー主人公にしては難儀な性格してますね。

 女性に対して誠実すぎるってそれいち。

 

 これはRTAだからハーレム願望がない主人公で嬉しいには嬉しいのですが、小倉やリコくんの難易度がおかしいだけで、このゲームは複数人を同時攻略するのはさほど難しくないんですよ。

 

 つまり通常プレイなら杏里ちゃんも纏めて美味しく頂いても(問題)ないです。

 

 RTAが終わったあとのデータで全員攻略も夢じゃない程度には楓くんがイケ魂なので、今partで杏里ちゃんとの関係を修復しておくのもやぶさかではないでしょう。

 

 自分が好きな相手と自分を好きな相手のどっちを選ぶか決めかねてるとか少女漫画の主人公みたいな悩み抱えてんなお前な。

 

 ──楓くんは女の子だった……? 

 

 尤も、何故か楓くんを楓ちゃんにするTSMODが有志のホモに作られてるので間違いではないのですが。

 なんでこんなもん作ったんだよ(困惑)

 

 データを使うのを自由にさせたばかりに、才能あるホモの魔の手が楓くんを襲う! 

 

 私の言ったデータ使用の自由とは『楓くんで他のヒロインを攻略していいよ』であって『性別を女の子にして百合させていいよ』ではない。

 申し訳ないがブライト博士みたいに明後日の方向へと超解釈するのはNG

 

 

 

 ──では改めて行動開始です。

 

 楓くんの上半身に若干ゃ興奮気味なシャミ子に危機感を覚えながら着替えを手伝ってもらい、チャイムが鳴ってから部屋を出ます。

 

 扉の先には先日約束をしていた杏里ちゃんが居ました。チェックのシャツにショートパンツが健康的エロスを醸し出している+7538315(名護さんは最高)

 

 テニス部で足腰がしっかりしているのも相まって大変えちえちですも!(変態糞ノポン族)

 

 

 かつてシャミ子もお世話になっていた例の病院に向かっていますが、杏里ちゃんはこちらを見ないし終始無言のままでいます。

 

 そら(昨日の夜中に告白と変わりないキスをしたら)そう(気まずくも)なるよ。

 

 でもそうやってショートパンツを穿いてきたのは誘ってるからでしょ? 分かっちゃうよおじさんエスパーだから。RTAエスパー。

 

 病院に到着して診察される様子は倍速。

 痛み止めと打撲用の湿布を処方されるので、杏里ちゃんと帰り道を歩くついでに公園にでも寄り道します。ベンチに座って休憩すると、杏里ちゃんが寄り添ってきました。

 

 楓くんはミカンママが好きだけど杏里ちゃんの想いを無下に出来ず、杏里ちゃんは別の人を好きな楓くんを好きになった自分に自己嫌悪しながらも感情を抑えられない……と。

 

 

 ──くっそめんどくせぇなこいつら(禁句)

 

 

 まあ『RTA終わったら杏里ちゃんも美味しく頂くからちょっと待っとけ』は走者である私の言い分だから楓くんが知る由もないわけでして。

 

 …………二人を纏めて選べるような清々しいエロゲー思考の主人公だったらこんな事にはなってないので楓くんが全部悪いですね(責任逃れ)

 

 ──原作の杏里ちゃんなら他人の色恋沙汰では応援する方だと思いますが、相手が長年の幼馴染ならまあこうもなりますよね。

 

 あと視線を上に向けろさっきからなに杏里ちゃんの脚をチラチラ見とるんじゃ。

 

 ……というか楓くんが気付いてないだけで、この人ヒロインのほぼ全員からロックオンされてるんですよね。杏里ちゃんだけの問題じゃないから、ここで結論を出したところでそのうちまた違う娘と似たような話をすることになるんですよ。

 

 なのでもう終わり! 閉廷! 

 男なら、背負わにゃいかん時はどない辛くても背負わにゃいかんぞ!(イニ義)

 

 

 ──話が終わるので、帰るまでを倍速。

 

 これ次のイベントまでに怪我治るんですかね? まあアクションや筋力を要求される事は無いから大丈夫ですが。多分きっとメイビー。

 

 そしてやっぱり楓くんは杏里ちゃんのおみ足をチラチラと。お前脚フェチかよォ!? 女性はその手の視線に鋭いんだからやめロッテ! 

 

 こ、このガキ……! 楓くんが運動部の引き締まった太ももとふくらはぎに負けるわけないだろ……っ!(スクショ連打)

 負けヒロインを自覚しながら体で誘惑するなんて杏里ちゃんはほんま魔性の女やでぇ。

 

 ──二人で並んで帰路を歩き、ばんだ荘に到着してから部屋のドアを開けます。玄関の前には女物の靴が一組置いてありました。

 

 居間に向かうと、そこには通い妻スタイルのシャミ子が洗濯物を畳んでいますね。

 

 ポニテ! エプロン! スーパーベストマッチ! な格好しているシャミ子は楓くんと杏里ちゃんに気付いておらず、畳む前の楓くんのワイシャツを一枚手に取り匂いを嗅いでいます。それ洗濯してるから洗剤の匂いしかしませんよ。

 

 楓くんたちに気が付いたシャミ子が大慌てで誤魔化していますが、可愛いのでOKです! 

 

 それでは楓くんの服を脱がせて湿布を貼り付ける辺りで今partはここまで。次回からはようやく単行本5巻に突入するのでお楽しみに。

 

 

 ◆

 

 

 病院を出てから暫く、自分と杏里は無言のまま歩いている。それでも数分して不意に袖を引かれて視線を向けると、杏里が指を向けた先には昔遊んだ記憶のある公園が残っていた。

 

 休憩がてら二人で小さく感じる公園のベンチに座り込む。日差しの暖かさが眠気を誘うが、今寝たら風邪を引きかねない。

 

 木々の隙間から覗いてくる太陽をぼーっと見上げていると、右肩に杏里の頭が置かれた。気を遣っているのか重さは感じない。

 

 眠たげな眼差しで砂場を見ながら、杏里はぽつりと呟いた。

 

「夏休みの前から、楓が誰かを好きになったことはわかってた。それがミカンだってわかって、なんとなく『そうだろうな』って気がしてた」

 

「────」

 

「馬鹿だよねぇ。ずーっと前から好きだったのに、恥ずかしくて言いづらくて──気付いたときには取られてたんだもん」

 

 楓は私のだったのにねぇー、と。静かな声で独占欲を露にする。そんな杏里は、肩から頭を退けると自分を見てふにゃりと笑った。

 

「楓が幼馴染じゃなかったら、素直に祝えてたのにね」

 

「……君が幼馴染じゃなかったら、こうやって話すことも無かったと思うぞ」

 

 自分はミカンが好きだが、杏里から想われてる事も嬉しく思っている。この感情は、恐らくずっと引きずる事になるだろう。

 

 

 ──公園を出て帰路を歩く。

 ばんだ荘に到着してドアノブを捻ると、鍵が掛かっていなかった。

 

「……ああ、シャミ子か」

「シャミ子がなにか?」

 

「いや、朝から着替えを手伝ってくれたりしてたから、そのまま部屋に残ってるんだろう」

 

「楓、服脱がせてもらってたの……?」

「事実だがその言い方はやめろ」

 

 腕が痛むんだから仕方ないだろう。

 そっと扉を開くと、たたきに自分の物ではない靴が一組揃えて置かれていた。

 

 なんとなく忍び足で居間に向かうと──そこには髪をポニーテールに縛り、エプロンを身に付けたシャミ子が自分の服を畳んでいた。

 

 朝起きた時はただの私服だったから、わざわざ病院に行っている間に取りに行ったのだろう。よく見れば部屋のあちこちが綺麗になっている。

 

「シャミ子、ちよももの部屋で料理もしてるとか言ってなかったっけ」

 

「最近は自炊させてるらしいが、桃が米を炊くとピンク色になるらしい」

 

「は?」

「俺も同じ反応をしたよ」

 

 玄関の方に背を向けているためかシャミ子がこちらに気付くことはなかった。

 そうして様子を見ていると、シャミ子は畳む前の自分のワイシャツを手に取る。

 

 葛藤するように尻尾をぐねぐね動かしていると、決心したのかワイシャツを顔に押し付けて深呼吸を始めていた。

 

「……なにをしてるんだ、シャミ子」

 

「──ピィィィッ!?」

 

 ヤカンのような悲鳴をあげたシャミ子は正座を崩してへたり込んだ。間を置いて振り返り、自分や杏里と視線を合わせる。

 

「か、楓くん!?」

「ただいま」

「お邪魔してるよー」

 

 人のワイシャツを抱き締めながら驚いているシャミ子を落ち着けて、握られたそれをシワにならないうちに伸ばして畳む。

 

「これは……その──そう、あれです! 

 ちゃんと臭いが取れているかの確認です! 決して楓くんの匂いを嗅ごうとしたとか、そんなんじゃないですから!」

 

「あー……ふーん」

「杏里、どうかしたか?」

「うんにゃ、なんでもない」

 

 尻尾を暴れさせながらよく分からない言い訳をしているシャミ子を見て、なにか合点が行ったように声を出した杏里。

 

「……それより、怪我はどうでした?」

 

「シャミ子がすぐ冷やしてくれたから悪化はしてないよ。今日貼る分と明日からの朝と夜用で、湿布を一週間分もらってきた。あとは痛みが酷くなったとき用の痛み止めを四回分」

 

「──そうですか。よかった……」

 

 ホッとしたようにため息をついて、切り替えるように畳んだ服をタンスに仕舞う。

 エプロンの紐を結び直すと、自分に向き直って聞いてきた。

 

「今日の晩御飯、私が作りますね」

「そこまでしなくてもいいんだぞ」

「私がしたいだけですから」

「……それなら、頼むよ」

 

 やはり、頼られると嬉しいのだろう。今までは自分がシャミ子の世話をしていたからか、逆転するのは新鮮な気がする。

 鼻唄を奏でながら冷蔵庫の中身を吟味しているシャミ子を見た杏里が、自分の横であっけらかんとした態度で言った。

 

「完全に通い妻じゃん」

「──通い妻!?」

 

 シャミ子のおうむ返しが部屋に木霊する。

 

「どう見ても通いづまぞくじゃん」

「通いづまぞく!?」

 

 聞き慣れぬ造語に目を丸くしたシャミ子は、通いづまぞく……と呟いてから自分の方を見てきてはほんのりと頬を染めた。

 

「まあ、やぶさかでは無いですが……」

「脈ありみたいだけどどうなの?」

「ノーコメント」

 

 ふぅん? と言って口角を緩める杏里だが、疲れたように体を伸ばすと続ける。

 

「じゃ、私はそろそろ帰るよ。

 今度いいお肉持ってきてあげるから、栄養取って早く治してね」

 

「ああ。送ろうか?」

「玄関までね。怪我人が無理するなっての」

 

 普段の癖で杏里を家まで送ろうとしたが止められる。それもそうか。

 

 靴を履いてズレを整えた杏里は、手先を曲げるジェスチャーで屈めと暗に言ってくる。

 右手を壁に突いて屈むと、あの時のような、触れるだけのキスをしてきた。

 

「──杏里」

「……これで最後、もうしないよ」

 

 最後だと言いながら、口惜しむように、ついばむように数回唇を触れ合わせる。

 

「もし、仮に──ミカンにフラれたら、その時は私が幸せにしてあげるよ」

 

「そうか。それは……頼もしいな」

 

 まぶたを細めて、杏里は笑う。

 ガチャリと音を立ててドアノブを捻り、扉を開いて外に出る。

 

 ──あ、と。思い出したような声と共に振り返ってから自分を見て言う。

 

「──人の脚何回も見すぎ。楓のえっち」

「…………ごめん」

 





ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/8
愛/3

・杏里ちゃん
友/10
愛/5


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単行本第5巻
part27



ラストスパートなので初投稿です。



 恋愛ゲームを楽しむには主人公も好きになれなきゃ楽しめねぇ。つまり主人公を好きになった時点で読者もまたヒロインの一人ということになるんじゃねえか? なRTAはーじまーるよー。

 

 いえ、貴方は読者の一人です(無慈悲)

 

 

 ──part26.5の投稿に一週間近く掛かった理由はなんだ? 弁明を述べよ! 

 

 ……世界を救(ゲームや)ってました。反省してまーす(スノボ日本代表)

 

 

 という茶番はさておき、今回から単行本5巻すなわち最後の戦いとなっています。

 前回は楓くんが病院に行ったところで終わりましたね。今回はウガルルの仕事探しの為に喫茶店あすらに向かうイベントから再開です。

 

 ミカンママの体から出てくるまでの十年間外の様子を見られなかったウガルルは、とりあえずとばんだ荘の門番を任されていますが……そもそもこの町は襲撃とかされないのでね。

 

 やることねぇ! 仕事くれ! となっているわけです。近頃の若者(生後数日)にしては根性ありますねウガルルちゃん。

 

 シャミ子が喫茶店に電話をしますが出ないとのことで、ウガルルの話なので保護者としてミカンママも同行します。ママではないと否定しますが、リリスが言うには『魔力で魂的なものを育んだらそれは魂のママ』だとか。

 

 そうして10歳の娘がいる15歳ママ魔法少女が爆誕したわけです。字面だけ見ると大分おかしいことになってますね。認知して♡

 

 

 ──到着して店の前に来ると、扉に臨時休業の看板がぶら下がっています。

 何事かと中に入って二人に話を聞くとどうやらリコくんにスランプがやってきたらしいですね。ウガルル召喚の時に本気の魔力料理を作って以来、何を作っても魔力を込めすぎて客がガンギマってしまうとか。えっなにそれは(困惑)

 

 リコくんが作った料理は冷蔵庫に保管されてあとで店長に食わせるようですが、なんか当然のように発光してるんですけど……。

 ちなみに楓くんがこれを食べたら死にます。

 

 それはさておき、早速ウガルルの仕事っぷりを見てみることになりました。

 ですがそもそもの話として、ウガルルは文字が読めないし数字も弱いです。

 

 楓くんがフリー行動をウガルルの教育に費やすと平仮名と片仮名くらいは読み書き出来るようになるんですけどね、ついこの前病院行ったしまだ湿布貼ってるからね。仕方ないね♂

 

 んだらば料理はどうかとキッチンに移りましたね。しかしウガルル、まだ人間らしい手の動かし方を勉強中のため包丁を逆手で握るメシマズヒロインムーブを取ります。その持ち方はわりとマジでヤメロォ!(本音)

 

 大慌てで店長と一緒に止めて事なきをえ、得ますよ……。

 ウガルルは爪の方が慣れてると言って玉ねぎをぶった斬りますが、風圧で髪の毛を数本切断されました。ハゲならノーダメだったのに。

 

 あのねリコくん『ええ切れ味やわ~』じゃねンだわ。じゃあなんすか、楓くんが禿げてもいいって言うんすか? 禿げたイケメンが許されるのはステイサムくらいなんですよ。

 

 

 ──話を戻しまして。

 

 ミカンママ迫真の助言が光ります。何がしたいかで自分を語れよ!(ドン)とのことですが元使い魔としての奉仕精神が抜けきっておらず、ウガルルは自分のしたい事が無いんですね。

 

 あえて言うなら腹減ったと。

 それは願望じゃなくて欲望やねんな……メダル入れるぞ(グリード並感)

 

 そんなウガルルの食欲に反応したのか、冷蔵庫が突然爆発します。何事かと思っている楓くんたちの元に、触手めいた何かで移動している冷蔵庫が現れるという謎のイベントが発生しました。

 

 リコくんが言うには中の魔力料理が共食いした結果、強力な呪いとなって冷蔵庫を突き動かしているらしいですね。TDN蠱毒じゃねーか。

 

 スランプになったのではなく頂きに登り詰めたのだとウキウキのリコくんですが、今にも襲い掛かってきそうな冷蔵庫にそんな事言ってる暇は無いのでどうにかしてくだち…………なんで触手が楓くんの足に伸びてるんですか。

 

 

 ──オゴォ!?(後頭部強打)

 ──ンアーッ!(吊り上げられる)

 

(まちカドまぞく)流行らせコラ、(RTA)流行らせコラ! んーにゃーごお前! 

 離せコラ! お前ら触手なんかに負けるわけねーだろお前オォン! 

 

 

 ……あ、危ない。咄嗟に受け身は取れたので、ダメージは最小限で済みました……。

 左腕だけじゃなくて頭まで怪我しちゃったらヒロインたちに監禁介護されちゃうよダヴァイダヴァイ……(ロシア語)

 

 冷蔵庫の魔物に襲われ、楓くんは逆さで宙吊りにされました。あ~ダメダメダメ!(西田敏行)楓くんのヘソチラはえっち過ぎます! 

 

 よりによって一般人をピンポイントで狙われたので、ミカンママが『守護らねば』と言わんばかりに矢を向けます。しかしリコくんがウチの子を殺すのはNGと邪魔してきました。

 

 ママ同士で争ってないで助けて……助けてクレメンス……(切実)

 

 

 ミカンママがリコくんを説得してる裏で、ウガルルはシャミ子に冷蔵庫の呪いが自分と同じだと説明しています。望まれて生まれたけど、形が変になっているせいで暴走していると。

 

 冷蔵庫を鎮める為にも料理として食ってやると言い、リコくんからも食べるならええでと言われたのでウガルルは爪を向けます。

 万が一にも楓くんに当たったら体力が消し飛ぶので気を付けてほしいですね。

 

 

 ──ウガルルの攻撃が瞬く間に冷蔵庫をバラバラにしました。落下する楓くんを、なんとミカンママではなくリコくんが受け止めます。

 やだ……かっこいい……(トゥンク)

 

 ……なんか楓くんってお姫様抱っこされてるの妙に似合ってますね。

 

 しかもリコくんから『永久就職せぇへん?』とか言われてますし。その言葉の意味は結婚してくれ的な意味であってこの店でずっと働いてくれって意味じゃ無いですからね? 

 

 尤も愛情度が一つも増えてない以上、今の発言は単なる冗談ですけど。

 ミカンママやシャミ子が慌てる反応を見て楽しむために、わざと感情を逆撫でするムーブをナチュラルにやるんですよこの子。

 

 

 それではウガルルがバラバラにした冷蔵庫を食べているところで今partはここまで。

 喫茶店のあちこちが甚大な被害を負いましたが、それはいわゆるコラテラルダメージに過ぎない。RTA完走のための致し方ない犠牲だ。

 

 

 

 ◆

 

 ウガルルの新しい仕事を探すために、私たちは喫茶店あすらに向かっていた。

 シャミ子が連絡をしても留守電だったのだけど、何かあったのかしら。

 

 臨時休業の看板が吊られている扉を開けると、いつぞやのバクのまぞくと狐のまぞくの白澤店長とリコさんが普通に居た。

 どうやらリコさんがウガルルを召喚するときに本気で魔力料理を作ったことが原因でスランプに陥ってしまったのだとか。

 

 ……確かにあれだけ魔力が込められている料理を食べたら、ガンギマ──じゃなくて倒れたりしてもおかしくないわね。

 

 早速とウガルルがバイト体験を始めようとしたけれど、メニュー表の文字が読めなかったようだった。完全に柑橘類関連の漢字を教えたのは間違いだったかもしれない。

 

「まずは平仮名と片仮名からだな」

「そうね……」

 

 出されたお冷やを一口飲んだ楓くんが静かに言う。その顔を見て、咄嗟に逸らしてしまった。最近、楓くんを直視できない時がある。

 

 原因は単純で、ウガルルを召喚してから杏里やシャミ子がしょっちゅう私をママだミカンママだとからかうんだもの。こう何度も言われると、嫌でも考えてしまう。

 

 ──私がママなら、パパは誰? 

 ──該当者なんて、一人しか居ない。

 

「…………はぁ」

「どうした?」

「……ううん、なんでもない」

 

 本当に時々だけど、この心底優しい顔が腹立たしく感じるのは仕方ないと思うの。

 

 席からウガルルの様子を見ていたら、今度はキッチンで玉ねぎを切ろうとしていた。でもその持ち方は危ないからやめなさい!? 

 

「ウガルル君、その持ち方はやめたまえ!」

「こらこら、そんな持ち方は駄目だよ」

「んが、すまン。人間の手の動きは勉強中ダ」

 

 つい席を立ちそうになった私に代わって、店長と楓くんが包丁を変な持ち方で握ったウガルルを止めた。子供の想定外の動きに慌てるこの感覚──親というのは、こんな感じなのかしら。

 

 ──その場合10歳の子供が居る15歳の女子高生という色々と酷い矛盾が発生するのだけど。

 

 

 ──結局、ウガルルの出来ることは無さそうだった。まだ召喚から数日なのだから、出来ないことの方が多いのは当たり前。

 

「……ウガルルは向いてる仕事よりも自分のやりたいことを考えてみたら?」

 

「んん……よくわからン。今はとにかく腹減ったゾ……エネルギー不足ダ」

 

「それは願望ってーか欲望ね」

 

「食欲も大事だけどな。というか食べられる物はあるのか? あの魔力料理ならウガルルでも──」

 

 楓くんが言いきる前に、突如としてキッチンから爆発音が響いた。

 

「な、何事ですか!?」

「あら~冷蔵庫が爆発したみたいやわぁ」

「冷蔵庫が爆発ってなんですか……?」

 

 シャミ子のごもっともな質問を余所に、キッチンの奥からおどろおどろしい謎の魔力を纏った冷蔵庫が独りでに動いて現れた。

 

「マジで何!?」

 

「あれは──冷蔵庫の中で純度の高い魔力料理が共食いをした結果、強力な呪いとなって冷蔵庫を乗っ取っているみたいなの」

 

「……説明が頭に入らなかったのだが」

「それについては私もよ、楓くん」

 

 突然の怪現象に頭を痛める。

 

 リコさんはスランプじゃなく更なる高みに登ったのだと言って喜んでいるけど、独りでに動く呪いということは暴走状態ということになる。

 

 危ないなんてものじゃない。それは私が一番よくわかっている。私のせいで怪我をした事を私自身が知るのが遅れたのに尚怒らず、寧ろ許してくれた楓くんに何かあってからじゃ────

 

「……ん?」

「えっ?」

 

 横から楓くんの声がして、視線を辿って下を見る。冷蔵庫にまとわりついていた影のような魔力が、何故か楓くんの足首に巻き付いていた。

 

「──ぅぉおぉおおおッ!?」

「楓くん!」

 

 足を引っ張られて背中から床に倒れた楓くんは、右手を後頭部と床の間に差し込んで受け身を取っていた。後頭部の強打は免れたけど──影に持ち上げられて逆さまのまま宙吊りになる。

 

「っ──今助けるわね」

「あかーん!」

「えっ、ちょっと……!」

 

「あれはウチの子も同然なんや、殺生だけは堪忍してぇ!」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!?」

 

 腕の上に魔力の矢を浮かべた私にリコさんが飛び付く。言いたいことはわかる。でも、それとこれとは話が別なのよ……! 

 

「楓くんは怪我をしてるの、だから早く助けないといけない。

 お願いだからリコさんもわかって?」

 

「……うぅ」

 

 耳が垂れて、ショックを受けている。

 葛藤するように尻尾を揺らすリコさんに、不意にウガルルが叫んだ。

 

「リコ先輩、こいつ食ってもいいよナ!」

「──! 食べてくれるんならええよ~!」

 

 ……なるほど。ウガルルなら、魔力料理を食べても問題は無いわね。

 

「残さズ、食らウ!」

 

 一瞬の内に、楓くんに当たらないように振るった爪が冷蔵庫をバラバラにする。

 支えを失って落下を始めた楓くんを、いつの間にか私から離れていたリコさんが受け止めた。

 

「おっ、ぐぅ……!」

「楓はん、大丈夫?」

「……だ、大丈夫」

 

 治りかけの腕に響いたのか、楓くんは表情を僅かに曇らせながら言った。

 

「──なぁなぁ楓はん、ウチらんとこに永久就職せぇへん? 給料は弾むの」

 

「……はい?」

 

 ──今、なんて? 

 受け止めた体勢で抱き抱えられたままの楓くんに、楽しそうな顔をしてリコさんは言う。困惑した顔の楓くんからこっちに視線を向けて、ニヤリと笑った。

 

 挑発だと理解はしても、口は既に動いている。否定の言葉が不思議とシャミ子と被っていた。

 

「駄目よ!」

「駄目です!」

 

 ……シャミ子と目が合う。なんで駄目なん? と聞いてくるリコさんにシャミ子は慌てた様子で楓くんは配下だから云々と言っていた。

 

 

 でも、私は? 

 どうして否定をしたの? 

 

 私に楓くんのやることを否定する理由も権利もないのに、楓くんとリコさんの距離が近付いてしまうと思ったら、すんなりと口を衝いて出た。

 

 左腕をさすって確かめている楓くんを見て、シャミ子とリコさんを見て、ウガルルを見る。

 

 ──心の奥に、ドロドロとしたものが渦巻くのを感じる。胸がズキリと痛んで、嫌でも理解させられてしまう。

 

 

 楓くんのことが、愛おしくて仕方がないのだ。こんなにも醜く、焦がれた感情を──果たして恋や愛と呼べるのかはわからないけれど。




ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/8
愛/3

・ミカンママ
友/10
愛/5

・ウガルル
友/5
愛/0

・リコくん
友/4
愛/0


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part28


あと1か2か3か4partで終わるので初投稿です。



 最早ヒロインが楓くんを奪い合う逆恋愛ゲームと化したRTAはーじまーるよー。

 

 前回はミカンママに若干闇っぽい恋心入っちゃっ、たぁ! な所で終わりましたね。

 今回はシャミ子の誕生日会が始まる所から再開です。えっ、ミカンママ優先のイベントじゃないしシャミ子の友愛度上がったら厄介だろって? 

 

 …………うるせえ(TKNUC)

 

 我が心は不動、高校生カップルの初々しい初体験シチュこそ我が喜び(宇都宮餃子)

 

 

 楓くんがシャミ子の誕生日を祝わずにその日を過ごすことなどあり得ん。よって今partは盛大なガバ回とする! 

 ……と、あらかじめ『これからガバる』と宣言することで、それ以降でガバが起きなくなる。そう、これが『ガバ量保存の法則』です。おタイムがこわれるわ(しんみり)

 

 

 ──画面ではグループチャットをガン無視していたもんもが責められてますね。えーまじー? シャミ子の誕生日を知らないのが許されるのは小学生までだよねー! とかなんとか(捏造)

 

 朝起きたら未読メッセージが400件とか誰でも既読無視すると思うんですけど(正論)

 

 誕生日会は放課後に行われる予定で、今は昼休み。仮病を使って大急ぎで買いに行く事にした桃は、早速と胃痛を訴え全力で学校から出ていきました(矛盾)

 

 ちなみに楓くんは当然のようにプレゼントを用意してあります。

 

 いやいつ用意したんだよ……という疑問がこれを見ているホモどころか私の頭の中でぐるぐるしていますが、原作基準で話が進むこのゲームではシャミ子の誕生日イベントは強制でやってくる(スキップは可)んですよ。

 

 だから、プレゼントはイベント当日に『既に用意した』という処理をされて自動でアイテム欄に追加されるんですね。呪いのアイテムかよ。

 ……このプレゼントの中身は、その時の主人公の持っている所持金で決まります。

 

 金欠の場合『おめでとう! よかったな!(超次元サッカー)』とばかりに言葉だけの祝福で終わります。程々にお金があると花を一輪とかだったりしますが、今回楓くんは何度かバイトをしていて結構お金があるので────

 

 

『サファイアのネックレス』と『紫苑(シオン)の押し花の栞』が現在楓くんの手元にあります。──これガチの奴では? 

 なんというか、恋人に渡すときのチョイスな気がするのは私だけでしょうか? 

 

 まあ……楓くんとシャミ子はカップルみたいな門矢士(もんやし)(レギュ違反)

 

 私は最近コメントでホモから『走者兄貴かえシャミとか見ても血を吐かなくなったね(意訳)』とか言われてますが、慣れたんじゃなくて痛みを感じなくなっただけで口の中はいつも血の味が広がってるんですよね(死の前兆)

 

 余談ですが、各ヒロインの誕生日はシャミ子は9/28。桃が3/25、ミカンママが11/3、小倉が12/14、杏里ちゃんが5/1、良ちゃんが1/7です。シャミ子含め誕生花の花言葉を調べてみるのも一興ですわよ。調べて♡ 調べろ(豹変)

 

 

 ──などと説明している内に時間は放課後。果たして仮病で早退した桃が戻ってくるのはセーフなのかはさておき、誕生日会が始まりました。

 

 楓くんがネックレスをチョイスしているためか、被りを気にしてミカンママが渡したのはバスソープとキャンドルのみになっていますね。バスソープってなんだよ……(素朴な疑問)

 

 小倉は……まあ、うん。

 

 杏里ちゃんが渡したのは自分の使っているスポーツウェア一式と焼肉券でした。楓くんの足フェチを知ってるせいで『これで攻めろ!』と助言してるように見えておハーブ生えますわね。

 

 そして桃が財布をプレゼントして、なんか着いてきていたリコくんがお古のPS2とソフトを幾つか渡していました。

 じゃあ、SIRENのRTAやろうか(ゲス顔)

 

 

 ──それでは楓くんの番が来たところで短いですが今partはここまで。

 シャミ子の誕生日を祝うだけのイベントだから長引かないのはいいですね。それでもカップ麺が作れる程度のタァイムロスですが。

 

 

 ────エッ!?(ガバ穴ダディ)

 

 ……なんか楓くんがプレゼント渡したらシャミ子が泣き始めたんですが……。

 

 ……あー、えー。

 

 ──ウアアオレモイッチャウウウウウウ!!(貰い泣き)

 

 

 

 ◆

 

「──しゃ、シャミ子……?」

 

 つつがなく行われていた誕生日会は、自分の渡したネックレスを境に崩壊した。

 渡された本人であるシャミ子が、堰を切ったように涙を流し始めたからだ。

 

「えーっ、と、あぁ指でこすらないで」

「ごめん、なさい、楓くん……」

 

 ハンカチを目元に優しく押し当てて涙を拭き取る。さしもの状況に静かに慌てる桃たちに、ジェスチャーで座ってるよう伝えた。

 

「シャミ子、もしかして嫌だった?」

 

「そんなわけ……! ただ……嬉しい、筈なのに……涙が止まらなくて……っ」

 

 ぽす、と額を自分の胸に押し付けて啜り泣くシャミ子。背中をさすって次の言葉を待っていると、落ち着いた頃に口を開く。

 

「私は、楓くんから貰ってばかりです。いつもほしい言葉をくれて、ほしい事をしてくれるのに……何も返せていない……!」

 

 声を震わせて、胸に秘めた気持ちを吐露するシャミ子。負い目を感じているのだろう眼前の少女の顔を上げて、目尻の涙を指で拭う。

 

「……シャミ子。そもそもの話になるんだけどね、俺は君に見返りを求めているからこんなことをしているんじゃないんだよ」

 

「──え?」

 

「俺が病弱な頃のシャミ子を助けていたのは同情したからじゃない。

 体が弱くても学校に行こうと頑張ってる君を、手伝いたかったからだ。お隣さんだからとかじゃなく、ただ、君のその頑張りは無駄じゃないんだと──応援したかった」

 

 両手で頬を挟んで、もちもちとした手触りを感じながら、惚けた顔のシャミ子に出来る限りの笑みを浮かべて自分は本心を言った。

 

「──君が元気で居てくれる。それが、俺にとっての君からの恩返しだよ」

 

 この言葉に、シャミ子はふにゃりと笑い背中に腕を回してくる。そして自分を見上げながら、その小さな口を動かした。

 

「……ありがとうございます、楓くん」

 

 

 

 ──首に青い宝石のネックレスをぶら下げて、ご機嫌な様子で手元の押し花の栞を玩ぶシャミ子は、自分にふとこう聞いてくる。

 

「ところで、どうしてサファイアなんですか? というかこれ高いですよね……?」

 

「いちいち値段を気にするんじゃない。サファイアは9月の誕生石だからだよ」

 

 携帯で調べて大急ぎで購入したから、意味はあとになって知ったのだが──

 

「サファイアの誕生石としての意味は『成功』『誠実』『慈愛』。なんだかシャミ子ちゃんの事を言ってるみたいだね~」

 

 小倉に言われて、シャミ子は顔を赤くする。背中で尻尾が複雑に揺れていた。

 

「そう言われてもこそばゆいだけですよ……。じゃあこの栞の花はなんなのです?」

 

「綺麗な花やわぁ。どっかで見たことある気がするんやけど、なんやったっけ」

 

 隣に座っているリコが栞を指でつつく。文字通り花より団子派の杏里はともかく、ミカンや桃すら首を傾げている。

 

「あぁ、それは紫苑の花。9月28日の誕生花を調べたら丁度それが出てきたんだよ。折角だし手帳でも買って挟んでくれ」

 

紫苑(しおん)……小倉さんの名前ですね?」

 

「私の名前は平仮名だから厳密には違うけど、確かにそうだねぇ」

 

「この花にも意味があるんですか、小倉さん」

 

「…………あぁ~、うーん」

 

 小倉は何故か自分を見て、眼鏡のフレームを触ってから言葉を返した。

 

「あとで調べてみてね。スマホの有効活用だよ~」

「なるほどですね、そうします!」

 

 小倉と話しているシャミ子を見ていると、後ろから杏里が耳元に顔を持ってきて話し掛けてくる。吐息が少しばかりくすぐったい。

 

「楓さぁ、あのネックレス幾らしたの? 絶対安くはないでしょ」

 

「……マルマで買ったんだが、あそこの店員はプレゼントの事になると異様にテンションが高くなるんだよね。押しに押されて学生でも手が届くものを探したけどそれなりにしたよ」

 

 女性に贈りたいと言って勘違いさせた自分も悪いとは思っている。しかしそれはそれとして、あの面白い映画でも見ているような顔で商品をおすすめする店員には参ったものだ。

 

「どのくらい?」

「全額貯金してたバイト代が消えた」

「マジか……」

 

「後悔は欠片もしてないけど、暫くマルマには近付きたくないよ。まったく」

 

「おーおー、頑張った頑張った」

 

 ふうとため息をつく自分の頭を労うように杏里が撫でる。時計を見て、そろそろお開きにするかと提案したのはその直後だった。

 

 再建されたラボに向かった小倉と店に帰ったリコと別れて、シャミ子たち四人と一緒に廊下を歩く。杏里が桃たちと話しているのを余所に、自分の隣を歩くシャミ子が尻尾を腕に絡ませる。

 

「シャミ子?」

「……ぇへ」

 

 尻尾を絡めた自分の右腕に、シャミ子は左腕を巻き付ける。見下ろせば胸の上にネックレスが乗っていて、楽しそうに小さく鼻唄を奏でていた。

 

 

 

 ──後ろから楓たちを見ていた杏里たち三人は、腕を組んで歩くシャミ子を見て言う。

 

「……シャミ子からなんかすっげぇピンクいオーラ出てるんだけど。あれで気付かない楓はなんなんだ……?」

 

「楓くん、もしかしてシャミ子を妹か何かとしか考えてないのかしら」

 

 シャミ子に引っ付かれて歩きづらそうにしながらも離そうとはしない楓を見て、呆れたように苦笑をこぼす。

 

 その後、吉田家の棚の上に財布と共に飾られたネックレスを見るようになったのは別の話。財布は使うものだと桃に言われ、ダンベルを渡せばよかったと怒られるのは余談である。




ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/10
愛/5

・杏里ちゃん
友/10
愛/5

・ちよもも
友/8
愛/3

・ミカンママ
友/10
愛/5

・小倉ァ!
友/5
愛/0

・リコくん
友/5
愛/0


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part29


恋アスは実質まぞく二期なので初投稿です。



 マヨ芋捨てたらあとは勇気だけなゲームのRTAはーじまーるよー。

 

 前回は楓くんがシャミ子を堕としたところで終わりましたね。うわー、堕としたー! シャミ子のハート射止めちゃった! 

 どうかぁ、しましたかぁ? 

 はい! ゲームで攻略予定のないヒロインをおとしてす、しまったのですが! 

 

 ……やっぱつれぇわ。

 

 

 今回は肉体を得たリリスの慰安旅行に山でキャンプをするところから再開です。

 これがゆるキャンΔ(デルタ)ですか。

 

 散々外に出たがってた癖に、出てこられたら出てこられたで7日しか猶予が無く、力も昆虫レベル。大急ぎで人生を謳歌しようとしたら空回りして疲れてしまったらしいですね。いうて昆虫ってまあまあ強いと思うんですけど。

 

 ──という訳で、杏里ちゃんに連絡してキャンプの道具と豪勢な肉を用意してもらいいざ鎌倉。腕も治ったので我を阻むもの無しって感じですわ。

 

 う~~シャミ桃シャミ桃、今シャミ桃を求めて全力疾走している私はごく一般的なRTA走者。

 強いて違うところを上げるとすれば、胃に穴が空いてるってことくらいかナ──

 名前は(放送禁止用語)

 そんなわけで死後土に還るリリスの為に山へやってきたのだ。

 

 道中、古ぼけた小さな祠を見付けて酒とお菓子を供えておきましょう。これを見ておかないと後で発見が遅れてタァイムロスになります。

 

 それでは平らな場所を見付け、ここをキャンプ地とする(動詞)してからリリスの残り三日の寿命を肴にジュースを入れたコップを掲げます。

 

 卍解(かんぱい)~(KBTIT)

 

 某三國志のように「我らハマったジャンルは違えど性癖は同じ」とコップを当てます。ただしNTR好きは……お前を殺す(デデッ!)

 

 

 ──おにく(天野浩成)を焼いたりウガルルを止めたりミカンママを止めたり酔って()になろうとしたリリスを止めたりしていると、時間経過でシャミ子がリリスを川に連れて行きます。

 

 するとうっかり瓶を川に落としてす、しまったのですが! したシャミ子は山のヌシ……山そのもの? な大蛇に魂を持っていかれます。

 冗談でもなくやべー状況になり、魂が抜けたシャミ子ボディを連れて帰ってきたリリスから話を聞いて臨戦態勢を取る桃を嗜めつつ、更に時間経過でイベントが進むのを待ちましょう。

 

 

 あと音量下げた方がいいです。私はヘッドンホホを外すのが間に合いませんでした。

 

 ヌッ! ヘッ! ヘッ!(予備動作)

 

 

 ────んがあああああああああああああああああああああああああああ!!!!??? 

 

 ヘッドンホホ越しに目力シャミ子のくそでかテレパシーが響き渡り、私の耳に重大な被害をもたらしました。はえーすっごい耳鳴り……。

 

 くそでかテレパシーによって祠に行けばいいことがわかったので、リリスと桃(E:丸太)が向かうことになりました。杏里ちゃんはシャミ子を暖めないといけないし、ウガルルと楓くんは爆音に耳をやられてます。

 

 ミカンママは二人を放っておけないので待機すると言い、一応狙撃の体勢は取っておくとのことです。申し訳ないがビーコンを取り付けた相手が疲れてから誘導弾を叩き込んだり、さそり座方面の衛星軌道に猛毒の矢を待機させて自由落下の運動エネルギーで爆撃して仕留める文字通りの必殺技を披露するのはNG

 

 流石に楓くんでもドン引きするだろう""ガチ""さがあるんだよなぁこの人。

 敵に対する容赦が無いというかなんというか、このあと登場する魔法少女相手でも「()れるけどどうする?」って聞いてきますし。

 

 根本的な話になるけど、ミカンママって『桃の知り合いの魔法少女で一番マシな奴』なので、逆に言うと桃とミカンより強かったりヤバい奴はゴロゴロ居ます。でも好きなの(NYN)

 

 

 ──桃たちがシャミ子奪還の為に動いている時はあまりやること無いんですよね。

 一応はシャミ子の体を暖めておいた方がいいですが、杏里ちゃんが毛布やらなにやらを使ってくれるので放っておいていいです。

 

 それ以前に、ステータスを確認したところ楓くんがバッドステータスの『難聴』を患ってるので(動け)ないです。三流ラノベ主人公の事ではなく、先の目力シャミ子に耳をやられて音が聞こえなくなってるんですね。

 

 脳裏に直接響く感じだったので、鼓膜やらがダメージを負ったと言うよりは耳鳴りの酷さと痛みで声が聞こえづらくなってるのかと。また病院沙汰になったらマジで監禁されちゃ^~う。

 

 

 ……これ、私はフルボイスが聞こえなくてもテキストを読めば何を言ってるのか分かるからいいんですが、楓くんはどうやって会話してる事になってるんですかね? 実は読唇術が堪能な可能性も微粒子レベルで存在している……? 

 

 というか耳鳴りの演出でずっと『キーン』って音がしてるのわりと鬱陶しいっすね。

 ちなみに楓くんと同様にテレパシーの爆音にやられたウガルルは、シャミ子と同じ布団につうずるっこんでおきましょう。子供体温で暖められるのでうまフレーバー。

 

 ──あ、画面がぐにゃってきた。頭にダメージが入ったときの演出ですね。

 真面目に楓くんのダメージが心配なので、少しでも休ませておいたほうがいいですね。手持ち無沙汰なミカンママの肩をお借りして、イベントが進展するまで休息とします。

 

 ──おや、肩を借りようとしたらミカンママに膝枕を提案されました。

 お前ぇ……ええやんかぁ……(茜ちゃん)

 

 最終的に友愛度を10/7にしておきたいので、そろそろ10/6になるだろう今のうちにもう少し稼いでおきたいんですよね。

 余談ですが、友愛度の数値は画面上では最大で10/10です。

 しかしデータ上では愛情度5で10から動かなくなる友情度もきちんと増えています。

 

 なので、実際は友/20に愛/10が正しい数値になるんですよね。キリが悪いから10/10になるように表示しているんでしょうけど。んまぁそう、この辺りは気にしなくていいです。

 

 

 ──では早速、ミカンママのお膝をお借りします。なんだこの柔らかい感触は~? 証拠物件として家に押収するからな~? 

 頭の痛みが限界だったのか、楓くんはあっさりと眠りつきました。んだらば今のうちに、大蛇とシャミ子の会話について……お話しします。

 

 シャミ子が大蛇に聞いた『そもそも闇の一族ってなんぞや』という質問ですが、『闇の一族』というのは『光の一族』が「こいつらはワイらとはちゃうわ」と定めてハブった存在の総称です。

 

 このルールは遥か昔の古代の時に決められた事なので、『そういうもの』として概念のように根付いています。仮令(たとい)本人に悪意が無くても、異形であったり、異能を持っていたり、まつろわぬ者は例外無く世界の(じょう)(ちゅう)されます。

 

 大蛇くんですら「くだらぬ」と吐き捨てている辺り、当時このルールを定めたモノの事をあまり好く思っていないようですね。でもシャミ子を閉じ込めて自分のものにするのは許しませーん。シャミ子は桃と楓くんのものでーす。

 

 

 ──などと話していると、シャミ子が目を覚ましました。どうせ三日後には土に還るからと自分を対価に差し出したリリスが、シャミ子を大蛇くんから解放させたんですね。やるやん(HND△)

 

 まあ死なないんですけどね、初見さん。

 

 それでは難聴の楓くんがミカンママと手を繋いで帰路を歩く辺りで今partはここまで。

 ……ミカンママがこっそり楓くんに耳打ちしていますが、だからテキストでは見えても楓くんには聞こえてねえっつってんじゃねーかよ(棒)

 

 

 ◆

 

 シャミ子の声が脳裏に凄まじい大きさで聞こえてきた事はわかるが、酷い耳鳴りと頭痛を合図に辺りの音が聞こえなくなった。

 

 視界の端では眠ったように動かないシャミ子の横にウガルルがダウンしている。

 

「──! ──?」

「────。──!」

 

 キーンという耳鳴りと殴られたような頭痛は、周りの声を届かせない。リリスさんと桃がどこかに走っていくのを見送って、自分もまたシャミ子とウガルルの横に座り込む。

 

「……ミカン、杏里?」

「──! ────!」

 

 気配を頼りに、隣に座ってきた相手を見る。どうやらミカンだったようで、シャミ子を挟んで向かいに杏里が居た。

 自分の難聴を伝えて、ミカンの顔──というよりは口を見る。動きを見れば、なんとなくだが言いたいことは分かるからだ。

 

「ごめん、さっきのテレパシーで耳をやられた。ウガルルも同じだろうから、シャミ子の布団に入れてあげてくれ」

 

「大丈夫なの!? ……って、この言葉も伝わらないのよね」

 

「いや……なんとなく、わかる。ただ……頭の痛みが酷くて、動けない」

 

 どちらにしても、自分ではシャミ子を助けることは出来ない。無力感を覚えながらも、自分への憤りは頭痛に掻き消された。

 偏頭痛の圧迫感と耳鳴りが酷く、すがるようにミカンの肩に額を預ける。

 

「っ、ぐ……ぅう」

「──? ──!」

「少し、肩を、貸してくれ」

 

 ミカンから漂う柑橘類の香りがわずかに頭痛を和らげる。ふと、ミカンが自分の肩を叩いて顔を合わせた。ぎこちなく、おずおずといった様子でこう問い掛けてくる。

 

「──楓くん、横になって?」

「……なに?」

「その……膝、使っても、いいのよ」

 

 恥ずかしいなら提案しなければいいのに、口許をもごもごさせながらそんなことを言ってくる。不意に湧いた気まずさから、ちらりと杏里を見ると──携帯を横向きに構えていた。

 

 ──撮るな、と暗に含んで軽く睨む。

 とはいっても、横になれるのなら助かった。自分も自分で、拒否する余裕が無い。

 

「……じゃあ、頼むよ」

「──ど、どうぞ?」

 

 レジャーシートの上で正座したミカンが、ズボンの埃を払う。この寒いなかでどうしてああも短い丈のズボンを履いているんだと思ったが、そもそも魔法少女は身体構造が違うのを思い出す。

 

 ──ゆっくりと体を倒して、膝に頭を置く。横を向いて太ももに頬が当たり、一際柑橘類の香りが鼻腔をくすぐった。

 

 ……膝枕なんて、いったい何時振りだったか。それこそまるで魔法のように頭痛が(やわ)らぎ、自分の意識は一瞬で黒く塗り潰された。

 

 

 

 ──膝を枕に眠る男の子は、普段の頼りになる顔立ちが鳴りを潜めていた。

 年相応に少年の顔をしていて、何処と無く、胸の奥の何かを刺激する

 

「……楓くん、よっぽど頭が痛かったのね。あっさり眠っちゃったわ」

 

「んー、でもなんで私やミカンは平気なのに、楓だけこんな酷かったんだろ」

 

 楓くんの額に滲んだ汗を、持ってきたハンカチで拭う。顔色は穏やかで、心配するほどではなさそうだった。

 杏里の言葉に確かにと言って考える。

 

「シャミ子は楓をちよももと同じくらい頼りにしてるし、無意識に声が大きくなったのかね~」

 

「……シャミ子にはこの事、言わない方がいいわね。罪悪感を覚えるだろうし」

 

「まあ、違う問題が起きそうだけどね」

「えっ、なにが?」

「こっちはこっちで自覚無いもんなぁ」

 

 杏里が呆れた顔をしながら、シャミ子とウガルルが寝ている布団を一枚追加で重ねている。

 

「……こういうの、敵に塩を送るって言うんだっけ。あーあ、やだねぇ」

 

 ふぅとため息をついて、杏里は穏やかな寝息を立てる楓くんを見ながら言う。

 

「ミカンさあ、楓のことどう思ってる?」

「えーっと……急にどうしたの?」

「好き? 嫌い? そもそも、嫌いな人にそんな事やらないよね」

 

 ちらりと私を見て楓くんに視線を戻す。

 私の片方の手を握って膝を丸めて眠る楓くんは、あまり男の子に言うべきでは無いだろうけど可愛いと思う。

 

 急に好きか嫌いかと言われても──気恥ずかしくて、言いづらい。嫌いなわけがないけれど、いざ問われると、この気持ちを答えられない。

 

「それは、そう、だけど……」

「要らないんなら、貰ってもいいよね」

「──え?」

 

 ──口角が痙攣する。話しながらなんとか笑みを作ろうとして、頬がひくつく。

 

「楓。私にちょうだい?」

「っ────駄目!」

 

 自分でもビックリするぐらいの大きな声。杏里が人差し指を唇に当てて、「しー」と言った。

 

「楓が起きるよ」

「あっ……」

 

 慌てて口を押さえる私の顔を見て、杏里はくつくつと声を漏らすように笑う。

 

「もう答え出てるじゃん」

「…………うん」

 

 ……そういえば、楓くんは耳が聞こえてないんだから、叫んだって起きやしないじゃない。でもうるさくするのは悪い……わね。

 

「で、どうすんのさ。さくっと告る?」

 

「それは……でも、今はそんなことで悩んでる暇が無いし……」

 

「そしたら私が貰うだけだよ。取られたくないならさ、ガンガン行こうぜ?」

 

 杏里の言葉は矛盾している。もしかして、応援してくれてるの? 

 

 そうやって悩んでいるうちに、気付けば問題が解決したのか、不意にシャミ子が起き上がってきて驚いた。桃とごせんぞ様も戻ってきて、事の顛末を語ってくれる。

 

 どうやら、寿命僅かなごせんぞ様が自分を対価にシャミ子を救ったらしい。

 

 シャミ子はウガルルと楓くんの様子を心配していたけど、テレパシーにやられて気絶したとだけ伝えておいて、裏で桃たちには真実を伝える。

 

 あれよあれよと話が進んで、私たちはキャンプ道具を纏めて帰路を歩くことになった。とてもじゃないけど、大蛇が住まう山で1日を過ごす気分にはなれなかったからだ。

 

「楓くん、大丈夫? 頭はどう?」

「……ああ、平気だ。ありがとう」

 

 最後尾を歩く私の横で、楓くんは一拍遅れて返答する。私の口許を見ないと言葉を読めないというのは不便だけど──今、私だけが楓くんを独占しているような気がして、優越感を覚えた。

 

 ──心音が聞かれないことが、これ以上無い幸いだった。ウガルルが体から出たことでこうして存分にドキドキ出来るのも、楓くんが力になると言ってくれたことが救いになったから。

 

 感謝をしてもしきれない。杏里に言われて、膨れていた感情が形を得て、嫌でも自覚する。

 

 とっくの昔に、私は……楓くんの事が──。

 

 ……楓くんに立ち止まってもらって、顔を見られないように横に立つ。聞こえないのをいいことに、耳元で囁くように小さく言った。

 

 

「──貴方が好き」

 

 

 過熱した吐息を吹き掛けるように言って、そのまま耳たぶに口を付けたくなるくらいに気持ちが昂る。私の心臓は爆発しそうなくらい、ドクドクと鼓動を打っていた。

 

「……ミカン、耳鳴りが酷いから、顔を合わせてくれないと何を言ったのかわからないんだけど」

 

「知ってるわよ。だから、また今度……ね?」

 

 ふにっ、と人差し指で楓くんの口を押さえる。今はまだ、これでいい。

 手を繋いで、指を絡めて、私が傷つけてしまった左腕に──肩に頬を擦り寄せる。

 

 ──好き。ただそう思うだけで、頬が熱くなって燃え尽きそうになる。冷えた山の空気が体の熱を冷まして、堪らなく心地好かった。




ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/10
愛/5

・杏里ちゃん
友/10
愛/5

・ちよもも
友/8
愛/3

・ミカンママ
友/10
愛/6

・ウガルル
友/6
愛/1


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part30


最後の大台なので初投稿です。


 part30到達でハートがドキドキ、弥生式土器なRTAはーじまーるよー。

 

 前回はゆるキャンの果てにリリスが仲間になったところで終わりましたね。

 今回はシャミ子の戦闘フォームのプロデュースをするところから再開です。

 

 ちょっとした友愛度の小遣い稼ぎですよ。リコくんと店長がばんだ荘で店を開く次のイベントまでに愛情度が6.5から7.4くらい無いと困るので。

 だから、前回のイベントで10/6になったばかりのミカンママの友愛度を少しでも稼ぎたかったんですね(微メガトン構文)

 

 しかしこのゲームの困るところは、愛情度の小数点が閲覧できなくて6だと思ったら実は6.9でした~とかがざらにあることです。

 そのせいで、前に『まだ愛情度7に到達したばかりなのにプレゼントを渡したら何故か10に到達した』みたいな案件があったんですよね。

 

 その相手が杏里ちゃんを攻略してる時のシャミ子で、嫉妬からのヤンデレ監禁→夢洗脳ルートに入って大変でした。具体的には私の胃が。

 

 ちなみに難聴は飯食って寝れば治ります。骨折みたいな重傷以外は寝とけばどうにかなります。何故ならこれはゲームだから(無粋)

 

 

 それではほんへにイキます。

 

 事の発端は、体育の時間にシャミ子が危機管理フォームに変身できなくなったことが始まりでした。リリス経由で出来ていた変身が、邪神像を離れたことで出来なくなってしまったんですね。

 

 これを期に一人で変身できるようになれとのお言葉ですが、それなら自分の意思で服装を変えられるのでは? となって色々と試すようです。

 

 しかし残念、適当ではない服装は逆に重荷となります。種族が種族なので、肌を出さないとシャミ子は力を発揮できません。

 あったかジャージを着て地面にめり込んでるシャミ子を救出し、桃から戦装束の説明を受けます。桃のあの格好は物心ついた時から既にあの格好だったらしいですね。

 

 3歳の時既に魔法少女だったとして、この子は果たしていつどうやって誰と契約したんですかね。メタ子はあくまで桜姉貴のナビゲーターですし。というか養子として引き取ったんなら桜姉貴は姉じゃなく母なのでは? 

 

 

 ──ともあれ、後日に学校でいつものメンバーで話をします。なんかリリスも増えてますが。

 ことある毎に危機管理フォームを利用していたシャミ子はその便利さに屈していたらしいですね。確かに変身すると息切れしなくなるなら使わざるを得ないのかもしれない。

 

 変更できそうなら色々試そうということになり、杏里ちゃん案でスポーツウェアを構想します。曰く肌色多いけどえっちくないし速そうとのことですが、やっぱり端から見た危機管理フォームってスケベな服装だったんすね……。

 

 シャドウミストレス優子・山の神フォームと名乗りスポーツウェアを着ましたが、これはこれで動きが速くなり過ぎるようです。ちょっと動いただけでボーッと立っていた楓くんと衝突し────ぐわあああああっ!!(クロコダイン)

 

 アカン死ぬゥ! 楓くんが死ぬねんそんな速度じゃ!(関西クレーマー)

 

 身長差のせいで結果的にタックルのように突っ込んできたシャミ子を受け止め床に倒れる楓くんですが、なんとか尻餅をつく程度で済みます。変身が解けて制服に戻るシャミ子は足の間にすっぽり収まっています。はぇ~ちっさい(今更)

 

 桃がシャミ子を、ミカンママと杏里ちゃんが楓くんをそれぞれ助け起こし、改めてフォームの改修をしましょう。今回、デザインの担当は大分前に絵が上手いのが判明した楓くんとなります。*1

 

 さりげなく宿敵とペアコーデしようとしてるシャミ子ですが、桃は桃で乙女心を欠片も理解してないのでボロクソ言ってきます。なんてことを……! この野郎醤油瓶!(憤慨)

 

 シャミ子の要望通りに桃っぽい衣装のシャミ子を描いた楓くんですが、桃は「何故そんな建設的でないことを」とばっさり。

 ホタテ貝(こころのかべ)フォームに閉じ籠るシャミ子は桃の訂正に耳を傾け、「贅肉を見られたくないなら鍛えよう(要約)」と言われてマーク(ツー)に進化します。もんもくんさぁ……。

 

 余談ですが、私は「何故そんな建設的でないことを」って言われたシャミ子を見る杏里ちゃんの、面白いモノを見る感じを隠そうとしない楽しそうな顔が好きです(告白)

 

 流石に(10:0で)自分が悪いと自覚しているのか、今度は桃がシャミ子に衣装を合わせようかと提案してきます。闇堕ちフォームが軽装で動きやすかったと言っていますが、ヘソは出すのか、目からbiim兄貴は? とか聞かれています。

 

 それでは短いですが今partはここまで。

 折角なので、楓くんの闇堕ちもんものスケッチを見て終わりましょう……黒下着と足好きが合わってまあまあな変態の部類に入る楓くんが描く桃、そこそこ性癖出てるのおハーブ生えますわね(迫真お嬢様部)

 

 

 

 ◆

 

 体育の授業でバレーをしていたシャミ子が怪我をしたと聞いた時は焦ったが、どうやら軽傷で済んだらしい。

 蛟との約束で掃除をしているリリスさんに話を聞いたところ、リリスさんが例の像を離れたのが原因だとか。

 

 像をめり込ませようとする桃を嗜め、後日改めて学校に集まって話をしていた。

 

「──なるほど、シャミ子はあの……上にもう一枚羽織ってほしい例の格好が嫌だと」

 

「今、結構オブラートに包みましたね」

 

「でもさ~、逆に言えば肌が出てても恥ずかしくなければいいんでしょ?」

 

 机に突っ伏してだらけている杏里が、ふと自分の案を話した。

 

「スポーツウェアとかは? あっちなら肌面積似たような感じだし、えっちくないし足速そう」

 

「杏里ちゃん、もしかして私のあの服装えっちなやつだと思ってました?」

 

 笑ったときの顔のまま目線を逸らした。思い出したように腕で胸元を庇いながら、シャミ子は自分を見てくる。

 

「楓くん……?」

「君をそんな目で見たことは一度も無いよ」

「そ、そうですか…………ん?」

 

 いや、それはそれで……と呟くシャミ子は少ししてから杏里の案を参考にした。

 さっそくとスポーツウェアの格好に変身したようだが、まあ普段のものよりはマシだろう。

 そこまで考えて、目の前にいたシャミ子が突然突っ込んできた辺りで意識が一瞬途絶える。

 

「ぬわーっ!?」

「ぐぉお……っ!」

 

 尻餅をついて、咄嗟にシャミ子を支える。腹に頭が突き刺さって鈍痛が響くが、耐えられない程じゃないため顔には出さない。

 

「シャミ子──!?」

「ちょっ、楓くん!」

「うわぁ痛そう」

 

 目を回すシャミ子を桃が脇を抱えて立たせ、ミカンと杏里が慌てた様子で駆け寄り自分の両手をそれぞれ引っ張り立たせてもらう。

 他人事のように「痛そう」等と言っていた小倉はメモをしていた。

 

「大丈夫かー、楓」

「平気だ」

「シャミ子も平気かしら」

 

 桃が軽く揺さぶってシャミ子も意識をハッキリとさせる。『速そうな格好』というテーマで作り替えたせいで、逆に速くなりすぎたのか。

 

「シャミ子?」

「……へ、平気です……」

 

 ──いや、ちょうどいい格好があんな……多魔市以外じゃ間違いなく即通報されそうな姿だというのも納得いかないけれども。

 

「なあシャミ子、考えを固めてからにした方いいと思うぞ。君はどんな格好に変身したいんだ?」

 

「……それは、そのぅ」

 

 口ごもるシャミ子の尻尾は不安そうに左右に揺れていた。指先をもじもじと絡めながら見上げられては、つい甘やかしたくもなる。

 

「──なんなら描こうか? あんまり複雑な絵は無理だが、簡単なものなら……あー、ちょっと誰かにスケッチブック借りてくるか」

 

 描くものがそもそも無かったため、隣のクラスに行こうとするが、不意に背後から脇の下を通って腕が伸びてきた。

 

「ここにあるよぉ」

「うおっ」

 

 何故か新品のスケッチブックを小倉が渡してきた。一応礼は言うが、毎回後ろに回るのをやめてほしい。何が楽しいのかは知らないが、まるで蛇のように独特の雰囲気が絡み付く。

 

「……どうも」

「ふふふ……」

 

 椅子に座って、筆記用具から鉛筆を取り出す。シャミ子の要望通りに描き上げるが、『ひらっとしてて可愛くてまあまあ軽装』と言いながら色はピンクでどうのこうのと提案され、完成したのは桃の魔法少女としての衣装に似ていた。

 

「これ桃と被ってないか?」

「……いえ、たまたまです」

「本当に?」

「…………はい」

 

「あの子どさくさでペアコーデを……」

「シャミ子も分かりやすいよねー」

 

 汗を垂らして顔を逸らすシャミ子は意地でも偶然で通そうとする。横から覗き込んできて上手いねぇ~と言っている小倉は放っておくとして、ミカンと杏里がこそこそ話しているように、どう見てもこの子はペアコーデを狙っていた。

 

「えー、このヒラヒラとか邪魔じゃない? 服も前より重そうだし、これなら危機管理フォームの方がいいと思うよ」

 

「え゛っ……!?」

「なんてことを……」

 

 スケッチブックを小倉とは反対から覗き込んだ桃はそんなことを言う。

 天然というより、素の性格の時点で効率的に考えるタイプなのだろう。ここまで言われては伝わらないと察したのか、シャミ子が桃に真実を語る。本当はおそろで合わせたかったと。

 

「? ……何故そんな建設的でないことを」

 

「……えー」

「あー……」

「──はぁ」

 

 ミカンと杏里と自分のため息が重なる。あんまりにも心無い、すっと出たが故に本音だとわかるそれに絶句したシャミ子は、どうやったのか貝殻に変身して閉じ籠った。

 

 これに関しては、完璧に桃が悪い。確かに自分も少しだけ建設的ではないと思ったが、それは口に出すべきではないだろう。

 更に余計な一言で貝殻──心の壁フォームをホタテ貝から巻き貝に進化させたシャミ子に、こちらの視線に堪えかねた桃が苦い顔で言った。

 

「……それならさ、シャミ子。私の衣装をそっちに合わせようか?」

 

「そんなことが出来るんですか!?」

 

「うん。今は最盛期程の魔力も無いし、ちょうどいい機会だと思ってね。闇堕ちした時の軽装も素早くて動きやすかったから」

 

「ヘソは!? ヘソは出すんですか!?」

「……いや、うーん……」

 

 一転して気分をよくしたシャミ子にぐいぐい来られて困惑している。そう言えば、闇堕ちの件で見たことはあったが、忙しなくてちゃんと見られていなかったな。

 

「桃のあの時の衣装、ねぇ」

「……楓、まさか描いてるの?」

「集中したいから静かにね」

 

 どんな服装だったかと思い出しながら描き進める。それとなく囁いたシャミ子の助言を参考にしつつ、数十分して出来上がった絵をスケッチブックごと横にいる杏里に渡す。

 

「確かこんな感じ」

「……あっ、ふーん……なるほどね」

「なんだ」

「いや? 楓の好きそうなデザインだなって」

 

 ──さてなんのことだか。少しスカートが短い気もするが、誤差だろう。

 

「……そうなの?」

「いえ違います」

「あ、その誤魔化し方はマジの時のやつね」

「杏里?」

 

 さも当然のような裏切りだった。下手くそな口笛を奏でながら教室から出て行こうとあとずさる杏里を、席を立って追いかける。

 

「──じゃ、そう言うことで!」

「待て杏里」

「あ、じゃあ私もラボに行くからこれで~」

 

 杏里を追う自分の後ろをペタペタと早歩きする小倉……は息切れして壁に手をついていた。あっちはあっちで、体力が無さすぎる。

 

 

 

 

 ──教室を後にした楓が気付くことは無かったが、最後まで教室に残っていた桃は、スケッチブックの絵を見て呟いた。

 

「……楓から見た私、こんななんだ」

 

 シャミ子の要望通りのポーズをした自分の絵だが、その顔は鏡でも見たことが無いような優しい微笑を浮かべていたのだ。机に置いて、なんとなく指で頬を押し上げる。すぐに戻る表情筋が無表情を作り、絵の笑みとの差を生んだ。

 

「……君が好きなのはミカンの筈でしょ。なのに、こうやって──」

 

 ──ズルいなぁ、と。

 そう呟いて、桃は楓の顔を思い返す。

 

「私だって、君の優しい顔が好きなのにさ」

*1
part18参照




ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/10
愛/5

・杏里ちゃん
友/10
愛/5

・ちよもも
友/10
愛/5

・ミカンママ
友/10
愛/6

・小倉ァ!
友/6
愛/1


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part31


クライマックスなので初投稿です。


 暑い夏の夜、過熱したガバは遂に危険な記録へと突入する……なRTAはーじまーるよー。

 

 前回はシャミ子をプロデュースしたところで終わりましたね。今回はばんだ荘にあすらの代理店を用意するところから再開です。

 このpartでチャイナ魔法少女に店長が封印されるまでをやるので巻きで行きましょう。これ表現的には大丈夫ですかね……(ヘイトスピーチ)

 

 普段からリコくんがやらかしてたのに挙げ句ウガルルちゃんが店をぶっ壊したせいで、修繕費やらで金を使いきった店長たちは店を追い出されることになったらしいですね。

 

 これからは炊き出しされる側だと嘆く店長に、シャミ子がばんだ荘を紹介した訳です。楓くんのお隣を利用することになった二人……二匹? と挨拶を済ませ、看板の用意などを手伝います。

 

 途中、代理店で経営再開をする噂を聞きつけ肉屋の娘である杏里ちゃんが挨拶に来たりして、着々と話が進みます。

 

 ウガルルが原因の一端だからと参加したミカンママに加えて、何故か巻き込まれた桃、あと楓くんとシャミ子の四人で制服に着替えます。

 ミカンママたちの制服姿をスクショしまくってから、早速と開店した代理店あすらにてお手伝いをしましょう。

 

 依存性のある魔力料理の虜になっているお客様たちを横目に、メニューを取ってリコくんから料理を渡され席に置きます。

 時折小倉に絡まれている桃を助けつつ、お手伝いは(つつが)無く進みます。ですが時間経過でシャミ子が商店街の方の店から結界を移せていないことを知らされるので、そうなったら二人で結界を移転させましょう。

 

 ほんの数日移し忘れただけで魔法少女に襲われるなんてそんなわけないやーんオホホホ。めっっっちゃくちゃ恨まれてたりすると特定されるかも~なんて話が出ますが、はい、されます。特定されるし襲撃もこのあとされます。

 

 まあ襲撃というか無計画に乗り込んできたというか。兎に角よそ者が入ってきたという事実が重要なんです。

 心配をしながら後日も同じように仕事の手伝いをしていると、変わった客が入ってきました。

 チャイナ服を着て、長い何かを入れた袋を背負った女の子です。

 

 桃にアイコンタクトを飛ばされるので、客に紛れたリリスにトランシーバーになってもらいましょう。遠距離攻撃が出来るミカンママに外で待機してもらい、しれっと店から出て行く小倉を尻目に女の子の話を聞きます。

 

 桃に対応を任せて、楓くんはリコくんを台所に押し込んでおきます。遅れてミカンママのボウガンで女の子はボコボコにされました。きららフォワードだったら死んでる定期。

 

 リリスが財布を漁ったところ免許証が見つかり、女の子は朱紅玉(しゅほんゆー)という名前だとわかります。歳は18だそうで、意外にも桜姉貴を除く魔法少女側の最年長です。そもそもあの人何歳なんだ。

 

 騒ぎを聞き付けてリコくんが台所から出ていってしまうので、追い掛けて様子を見ます。

 チャイナ娘こと紅玉ちゃんがボロボロになっていますが、リコくんを見るや否や倒れたまま語気を荒げますね。紅玉ちゃんはリコくんを知っているようですが、リコくんは知らないようです。

 

 まあリコくんの感性からしたら、人間なんてほっといたらすぐでかくなったり死んだりする生き物ですし……。等と考えていると、紅玉ちゃんがアクションを起こします。

 

 

 ──と、ここで画面を停止させます。

 ゲームを一時停止してるのではなく編集してるだけだからタイマーは進みません。あしからず。ちなみに時間停止モノは9割が嘘です。

 

 これから起こるイベントとして、先ず紅玉ちゃんが10年間貯め続けた魔力でリコくんを封印しようとします。エネルギーを長年貯めるというのはモブサイコでショウくんがやってましたね。つまり禁欲です。私の場合3日と持ちません。

 

 このとき店長が割り込んだことで紅玉ちゃんは店長を封印。置物となった店長を前に暴走しそうになったリコくんをシャミ子と小倉が止める──というのが話の流れ……なのですがァ! 

 

 ──もうクソホモの皆さんもお分かりでしょう、お察しの通りここで楓くんも封印されます。

 

 そうすることで、『その時最も友愛度の高いヒロイン』の友愛度が問答無用で2.5上昇するんですよ。最初は困惑しましたが、修正されないのでバグではないです。

 

 だから、ミカンママの愛情度を6.5~7.4にする必要があったんですね。

 

 かなり最初の方にこのイベントで愛情度が10になったら再走と言った理由に関してですが、くっそ簡潔に言うとこの行動で愛情度10に到達したヒロインは紅玉ちゃんをオールマストダーイ*1します。

 

 ミカンママでこうなった場合、確実に紅玉ちゃんが蜂の巣にされてRTAどころじゃ無くなり再走です。じゃあなんでこんな危険な賭けに出るんだよ……って? だってこのあと特にイベントとか無いんですもん。

 それではそろそろ画面を動かします。

 

 確認した限りまだミカンママの愛情度は6なので、最悪8止まりの可能性がありますが、ミカンママは思った以上に楓くんにぞっこんなので問題なく9に到達するでしょう。

 

 ……問題は、あまりにも好きすぎて2.5上昇したあとになんらかの要因でさらに数値が上昇→10に到達という即死コンボの可能性があることですね。ここに来て再走の二文字が見えてくると、なんだか楽しくなってきます。

 

 

 んだらばリコくんの横に立つちょうどいい位置のミカンママを突き飛ばした辺りで今partはここまで。わーあぶなーい!(すっとぼけ)

 

 

 

 ◆

 

 リコさんの隣に立っていた私は、突然どんと背中を押されて畳に座り込んだ。

 

 直後に何かが光って、足元にバクの置物が転がった。顔を上げた先には楓くんと店長さんが居なくて──背筋に冷や汗が流れる。

 

「なんで、庇ったんや……あのバク……しかも魔法少女を一般人が庇うって、なんでや……!?」

 

 うつ伏せのまま、見知らぬ魔法少女──ご先祖様曰く朱紅玉と言うらしい相手はそう言って驚愕を隠さない。そしてその言葉で確信に至る。

 店長さんはリコさんを庇い、楓くんはリコさんの横に居た私が巻き込まれないようにと突き飛ばしたのだ。

 

「……なんで庇ったん? ウチ避けれたのに。楓はんまで巻き込んで……なにやっとんの……?」

 

 リコさんはそっと置物を手に取り、抱き締めながらそう呟く。頭が事実を受け入れ、心が拒絶する。歯がカチカチと鳴って、呼吸が荒くなる。楓くんは封印された。楓くんは。楓くんが。楓くん。楓、くん……が……。

 

「ぅ、あぁ──」

 

「……ミカン?」

 

「ぁああぁぁああぁああぁぁあ──!?」

 

 体から魔力が溢れる。

 感情が制御できない。

 口から慟哭が漏れて、心が、ぐちゃぐちゃに、なって……どろどろになって────。

 

「……しょうもな。もうどうでもええわ」

 

「まずい、ミカンが──闇堕ちする!」

 

「こ、こんなことに、なるなんて……ウチ、そんなつもりじゃ……っ!」

 

 周りの言葉が耳に入らない。でも、リコさんの言葉は妙にスーッと染み込んでいた。そう、確かに、もう……どうでもいい────。

 シャミ子のテレパシーが脳裏に響いた直後に意識がシャットダウンされるその瞬間まで、そんな事を考える。

 

『ミカン』

 

 まるで走馬灯のように、楓くんの顔と声が、脳裏に浮かんでは消えていた。

 

 

 

「死屍累々だねぇ」

 

「小倉さん! なんだかミカンさんの服が所々黒く変色してるんですが!?」

 

「……闇堕ち寸前で魔力の回路がショートして未遂で済んだ……とかかなぁ?

楓くんが居ないってことは──なるほど、これちょっとヤバイかも」

*1
CoDBOの主人公・アレックスの脳裏に刻まれた洗脳ワード「ドラゴヴィッチ、クラフチェンコ、シュタイナー……奴等に死を(オールマストダーイ)!」が元ネタ




ヒロインの楓くんへの友愛度

・シャミ子
友/10
愛/6

・ちよもも
友/10
愛/6

・ミカンママ
友/10
愛/9

・ウガルル
友/6
愛/1

・リコくん
友/7
愛/2

・小倉ァ!
友/7
愛/2


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part32


あと1……か2partなので初投稿です。


 女の子を泣かせる様な悪い男は懲らしめてやらないとねぇ! なRTAはーじまーるよー。

 

 前回は店長もろとも楓くんが魔封波──! されたところで終わりましたね。

 今回は封印先の暗黒空間から再開です。はい、暗黒空間です。現在画面は真っ暗です。近くに店長っぽい気配は感じるのですが、画面が暗い暗い暗い! Don't cry! ので、ちゃんとゲームが進んでいるのか分かりづらいんですよね。

 

 この状態から一分以内に脱出できた場合、紅玉ちゃんがちょっと描写できないレベルで凄惨な事をされて生き血をぶっしゃーなっしー! された事になるので間違いなくリセ案件です。

 

 愛情度の上昇が9で抑えられた場合なら4分くらいで店長がウガルルに助けられるときに一緒に外へ放り出されるのでご安心を。

 楓くんはあくまで店長の封印に巻き込まれたオマケなので、バク像から店長が解放されると同時に弾き出されるんですね。

 

 んだらば倍速。暗闇ではやることが無さすぎるし、段々画面の奥にしげるが見えてきて困るのではよう解放してくれや(切実)

 

 

 ──なんで等速に戻す必要があるんですか。

 

 

 画面から……光が、逆流して──ぐわあああああ!!(富竹フラッシュ)

 

 どうやらウガルルが店長を救出し、封印空間がこわれちゃ^~うしたようです。

 だからって真っ暗な画面に急に光を映すのは……やめようね! 

 

 ブルーライトカットの眼鏡をしていなければ即死だった……。ただでさえゲームが原因で胃に穴が空いた件で妹に心配されてるのに、視力まで落ちたら本格的♂入院生活を送らされてしまう。

 

 光の後、暗転して画面が店内に戻りました。結構勢いよく弾き飛ばされてテーブルに腹を打ちましたが、死んでないので問題ありません。

 どうやら流血沙汰にはならなかったようで、紅玉ちゃんは無事でしたね。

 

 何故かヘヤノスミス──じゃなくて部屋の隅で体育座りして項垂(うなだ)れているミカンママが楓くんに気付いて顔を上げると、死人でも見たような顔で近付いてきてロケットずつきしてまし……グエーッ!!(神経直結)

 

 やたらと深い呼吸を繰り返しながら、ミカンママは楓くんに抱き付いて離れません。

 そら生身の人間が封印されたらどうなるかなんて前例が無い以上、楓くんは死んだものとして扱う方が後腐れありませんからね。

 

 生きてると分かり実物が目の前に現れた場合は、どのヒロインの√でもこうなります。

 頭にハテナマークが浮かんでる楓くん、恐らくミカンママに対する好意はあるけど逆に向けられてることにはまだ気付いてないですね。

 

 それにしてもすっかり震えちゃって……なんて酷い、いったい誰がミカンママをこんな風にしたんだ……!(すっとぼけ)

 

 ミカンママを慰める楓くんを余所に、魔封波されてる内に紅玉ちゃんとリコくんのいざこざを解決(せんのう)したシャミ子は、楓くんたちが無事だった反面、自分のしでかした事が事だからあまり嬉しそうではないようです。

 

 ともあれ封印を緩めるのに血を流した紅玉ちゃん、薬で気絶させられた連中、夢に潜ったシャミ子とウガルル、封印されてた店長とオマケ(楓くん)と皆揃って死屍累々なのでとりあえず一旦解散しようということになりました。

 

 ベンタブラック*1よろしくな暗黒空間に数分とはいえ閉じ込められて、心身共に疲れきってる楓くんは隣の自室にさっさと帰ります。

 晩飯の前に仮眠を取っている裏では、原作通りに良ちゃんがジキエルに絡まれたりシャミ子が桃に自分のしたことを告白しているでしょう。

 

 自分の悪事に罪悪感を抱くまぞくと、それを肯定する魔法少女というのはなんとも歪な関係です。

 多魔市以外の魔法少女からすれば、最強格の魔法少女のコアを所有し、強い魔法少女二人を陥落させ、戦闘能力なら間違いなくトップクラスのまぞくまで仲間に居るというのは恐ろしいなんて話ではありません。

 

 リコくんを仕留める為だけに行動していた紅玉ちゃんだからこそまあまあ穏便に話が済んだだけであって、これで普通の魔法少女が来ていたら派手に一悶着起きていたことでしょう。

 

 そんなシャミ子たちが戻ってくる頃にはジキエルくんも小倉に捕まり、友達になろう……(ねっとり)と時を止めてくる吸血鬼みたいな事を言われてるんでしょうね。成仏してクレメンス。

 

 

 ──さて、そろそろ今partも終わらせたい所さんなのですが、このイベントが終わったあとの夜は大体あるイベントが続けて始まります。

 それは『主人公くんが封印に巻き込まれてから解決したあと、最も友愛度が高いヒロインが部屋に泊まりに来る』というもので、この場合は確実にミカンママが自室に来ます。

 一応言っておくと泊めようが泊めまいがイベントスキップで飛ばすのでタァイムには影響しません。楓くんなら悩みながらも泊めてあげる筈なので、私は彼の意見を尊重しますが(限界オタク)

 

 ……等と言っていたらインターホンが鳴りましたね、それでは改めて今partはここまで。おまけを挟んで次々回が最終回となります。

 

 

 

 ◆

 

「──かっ、え、で……くん……!」

 

 自分の行動が間違っていたことに、封印空間の暗闇から解放されてから一分も経たない内に気がつく。店の制服を着たままのミカンに痛いほどに抱き締められたが、その体は震えていたのだ。

 

 ──咄嗟だったとはいえ、庇われた相手がどう思うかまでを考えていなかったのは浅慮と言う他ない。喜ばれるなんて思った訳ではない。しかし、ミカンを泣かせるつもりなんてなかった。

 

「よかった……無事で、よかった……っ」

「──ごめん。俺が浅はかだったよ」

 

 すんと鼻を鳴らして泣くミカンにされるがままでいる。真面目な話だが、ミカンがぴたりと体を密着しているせいで、どこに手を置けばいいのかわからない。手持ち無沙汰で宙を漂う両手をぐっと握り締めて、下に降ろそうとして──

 

 ……視線を上げた先に立って居る桃とシャミ子、加えてついでとばかりに小倉がジェスチャーで自分のことを囃し立てていた。

 

 自分ではわからないが、間違いなく三人に対して渋い顔をしている事だろう。そうしてため息をついてから、自分はぎこちない動きでミカンを両手で抱き締め返す。

 

「っ──!」

 

「本当にごめん。君を守れればそれでいいと思ったけど、こんなのただの自己満足だよな。もう二度と、こんなことはしないよ」

 

 トントンと背中を叩き、あやすように耳元で言う。こんなことはしないと言ったが、流石に二度もこんな目に遭いたくはない。

 

 それからミカンが落ち着いた頃、封印に巻き込まれた自分も含めて疲れている全員が一度解散しようということになり、自分は店の隣の自室に帰った。ゴミ掃除のノルマが終わっていないリリスさんは大丈夫だろうか。

 

 思った以上に疲れていたのか、一度仮眠を挟んでから夕食を作ろうとしていたのに、気付けば畳んだ布団に体を突っ込んだまま深く寝入っていたらしい。壁の時計は既に9時を示していた。

 

「……寝過ぎたな」

 

 軽く伸びをしてから遅い夕食を作ろうと立ち上がった直後、不意にインターホンが鳴って意識がそちらに向いた。誰だろうかと思いながら寝起きのふらつく頭と足取りに気を付けつつ、鍵を開けてドアノブを捻り扉を開く。

 

「どちらさま」

「……楓くん」

 

 扉を開けた先に居たのは──暖色系のパジャマにカーディガンを羽織ったミカンだった。

 小間物か何かを入れているのか、小さいポーチを手にしている。

 

「──今日、貴方の部屋に、泊まってもいい……かしら。その……さっきの出来事が頭をちらついて、眠れなくて……」

 

「……なるほど」

 

「あっ、それと──」

 

 ミカンが立っている場所をずらすと、後ろから灰がかった色合いのパジャマを着たウガルルまで立っていた。

 

「ウガルルも居るの。……だめ?」

「んがっ、オレも一緒に寝るゾ!」

 

「……仕方ないか」

 

 扉を開けきって、二人を迎え入れる。飛び付いてきたウガルルを撫でながら、どこか浮わついた雰囲気のミカンを招いた。

 

「──いらっしゃい」

「……お、お邪魔します……」

 

 夕食は軽めにして、さっさと寝るとしよう。

 そう考えながら、扉の鍵とチェーンを閉めた。

*1
可視光の99%を吸収する最も黒い物質




陽夏木ミカン
友/10
愛/10


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part32.5


(読まなくても問題)ないです

やっぱり読め(豹変)


「がーうー。オレにも食わせロ」

「分かった分かった、少しだけだぞ」

 

 台所で鍋のうどんを掻き回している楓と、後ろから抱き付いてねだるウガルルを、ミカンはちゃぶ台に肘を突いてぼんやりと眺めていた。

 ほんの数分前まで寝ていたらしい楓の遅い夕食の準備を待つ傍ら、その後ろ姿を見ていると、不意に先の光景が脳裏を過る。

 

「っ──」

 

 びくりと体を跳ねるように震わせて、小さくため息をつく。少し過敏になっているのでは──と考えてから、ちゃぶ台の横に畳まれた布団に体を預ける。畳と、太陽と、消臭剤。

 

「……楓くんの匂い……」

 

 決して臭くない、どこか懐かしさを覚える優しい匂い。近くに居るとふわりと香るこれが、ミカンは堪らなく好きだった。

 

「──ミカン、もしかして眠い?」

「……だ、大丈夫よ」

 

 いつの間にか戻ってきていた楓とウガルルに不思議そうな顔で見られていた。気恥ずかしさに頬を染めながら、座り直して頭を振る。

 

「寝る前だから少しだけだけど、二人の分も用意したよ。食べる?」

 

「折角だし貰うわね、ありがとう」

 

 ここで食べないと言えば全てウガルルの胃に入るだけだろう。渡されたお椀の中で、出汁に収まるうどんが湯気を立てていた。

 

 

 

 ──食べ終わり、歯磨きを済ませた三人は、夜のニュース番組をBGMに客人用の布団を押し入れから引っ張り出す。畳に置いたそれを、ミカンは楓の布団の真横に広げた。

 

「……ミカン。もう少し離さないか」

「どうして?」

「節度の話だよ」

 

 あっけらかんとした顔で掛け布団をめくるミカンと、二つ並べた布団の右側を占領するウガルルを見ながら楓が言う。

 

「──ごめんなさい。貴方が近くに居ないと、不安で仕方なくて……」

 

「そう言われるとだなぁ」

 

 事が事だった為に、あまり強くは言えない。布団の上でゴロゴロしているウガルルと、反対の左側に座るミカンを見下ろして、深く息を吐いた楓は仕方ないと呟く。

 

「わかった、俺は真ん中で寝るよ。それに──俺も一人が心細かったからさ」

 

「……チョロ過ぎて心配になるわね……」

「なんて?」

「いえなんでもないわ」

 

 ミカンの呟いた言葉に首をかしげながらも二つの布団の間に座り、楓はリラックスした猫のように布団の上で体を伸ばしているウガルルに両手を伸ばして脇腹をくすぐる。

 

「もう遅いんだから暴れるのはやめなさーい」

「んがー! やーめーロー!」

 

 Tシャツの上から指でまさぐられ、ウガルルは未知の感覚にきゃっきゃっと笑いながら悶える。そしてがうがうと唸ると、楓のくすぐる腕を掴んで指に噛み付いた。

 

「……がう、がっ、あぐあぐ」

「こらウガルル、噛んじゃ駄目じゃない」

「甘噛みだから大丈夫、痛くないよ」

 

 寝転がりながら、楓の指を甘噛みする。尖った犬歯を避けて、人差し指の腹を奥歯で噛んでいた。途端に大人しくなったウガルルが楓を見上げ、応えるように噛まれていない手で顎を撫でる。

 

「……ぐるるるるる」

「まるで猫だな」

「すっかり甘えちゃって……」

 

 とろんと目尻を緩めて眠そうにするウガルルの口から指を抜いて、拭ってから布団を被せて頭を優しく撫でて言った。

 

「ほら、お休み」

「──おやすミ……」

 

「ミカンもそろそろ布団に入ってくれ、電気消したいし」

 

「ええ、そうね」

「暑かったら肌掛け出すから言ってよ」

「うん。ありがとう」

 

 横になって、布団を被る。電気を消して暗くなった室内に、自分以外の穏やかな呼吸が二つあり、嗅ぎ慣れない花のような匂いと──柑橘類の香りが、楓の眠気を吹き飛ばしていた。

 

 

 

 ──数時間してから、不意にミカンの小さく囁いた声が楓の耳に届いた。

 

「──楓くん、起きてる?」

「……ああ、起きてるよ」

 

 お陰様で。と続けようかと思ったが、楓は言わないことにした。横から身じろぎする音が聞こえ、楓の耳元に吐息が掛かる。

 

「眠れないの?」

「いいや、もうそろそろ眠れそうだ」

「……そっか。邪魔しちゃったかしら」

「大丈夫。寧ろ少し……安心した」

 

 夜の暗闇は、()()()()ほど暗くはない。

 まぶたを閉じた暗さも、月明かりが僅かに入り込む室内も、あの時の暗さと比べたら──あまりにも明るすぎる。

 

 慣れれば少女から漂う柑橘類の香りも心地よく、それから少しして、楓は小さな寝息を立てて眠り始めた。静かなそれは、死んでいるのかと疑うほどだった。

 

「……眠った……の?」

 

 夜の暗闇に、鮮やかな橙色が輝いていた。爛々としたその瞳は、楓の寝顔を捉えている。何度か問うように囁いてから、完全に寝入ったのを確認してモゾモゾと動いて楓の布団に入り込み──熱い吐息を吹き掛けるような距離から言う。

 

「──楓くん、好きよ。貴方が好き」

 

 自分の手を楓の手と絡め、二の腕の辺りに顔を埋める。楓はここにいる。しかし手の届かない場所に消えたあの瞬間がフラッシュバックし、ヒュッと喉が鳴って唾液を飲み込む。

 

「……好きなのよ……ずっと、ずっと前から……。もしも貴方に、この想いを伝えられたら──」

 

 ぐり、と額を肩に押し付ける。

 出会ってから数ヶ月で『単なる親切な友人』という枠は『気になる男子』に変化し、封印に巻き込まれた一件で、抑え込んでいた感情が完全に溢れていた。

 

 一度抑えていた以上、もう二度と止められない。歯止めの効かない感情は、もう既に爆発寸前まで膨れ上がっている。

 

「こんなにも醜い私は……嫌いになっちゃうかしら。でも、もう……我慢でき──」

 

「…………ミカン」

「っ────!!?」

 

 不意に掛けられた声に、ミカンは反射的に楓の腕を握り締める。そっと顔を上げた先にあったのは、寝ぼけ眼のウガルルの顔だった。

 

「ど、う……したの?」

「……トイレ」

「あー、えっと……下の部屋のトイレはあっちよ、ちゃんと手を洗ってね」

 

 んが、がう……とぼやきながら、フラフラとした足取りでトイレに向かうウガルル。ほっと一息ついて布団に座り直したミカンは、バクバクと荒ぶる心臓を落ち着かせようと深呼吸する。

 

「はぁー……」

「──ミカン」

「……えっ?」

 

 ふと聞こえてくる楓の声に、ミカンのすっとんきょうな声が返された。

 起き上がった楓と座ったミカンの目線が合わさり、頬に冷や汗が流れる。

 

「起きてたの……?」

「君に腕を握られた時に起きたよ」

 

 あっ……と呟く。

 当然だがあれだけ強く握れば痛みで目が覚めるだろう。そこまで考えたミカンは──そっと楓に抱き締められて目を丸くする。

 

「……楓くん」

「酷い顔をしてるよ。何かあったんだな」

「この暗さで……私の顔が見えるの?」

 

「見えるさ。ここは封印空間よりもずっと……ずっと明るいよ」

 

 とんとんと背中を叩きながら言ったその言葉は、震えていた。楓は間違いなく、あの時の暗闇を思い出して怯えているのだ。

 

「夜の暗さと、まぶたを閉じた暗さは、まだまだ明るいんだ。だけどあの空間には一切の光が無かった。顔の前に手を持ってきても、その輪郭すら分からないんだよ」

 

「……そんな所に封印されてたのね」

 

「体感ではほんの数分でも、永遠に感じる程だった。その間──俺はずっと君の事を考えていた」

 

 ミカンの背中に回された腕の力が増し、声の震えが強まった。ため息をついた楓は、決心したようにミカンに言う。

 

「──ミカン、待っててほしい」

「……なにを?」

 

 耳に直接吹き込むように言い、逃がさないと言わんばかりに抱き締める。

 

「自分の感情に、気持ちに──君への想いに答えを出す。あともう少しだけ、待っててくれ」

 

「──うん。少しだけ、待っててあげる。だけど本当に少しだけ。約束よ?」

 

 グツグツと沸き立つ愛情は、楓の言葉ですっと冷めて行く。しかしそれは急場凌ぎにしかならないだろう。我慢に我慢を重ねたミカンは、抱き締められたまま、抱き締め返したまま、お互いに布団へと倒れ込む。

 

「このまま眠ってくれたら、我慢できそう」

「…………ミカン」

「──いいのよ楓くん、()()()()()()

「ぁ──っ、ぅ」

 

 背中を優しく叩かれたお返しにと、ミカンの手が後頭部を撫でる。優しい手つきと声色に、楓は胸元に顔を押し当てながら鼻を啜った。

 

「んー……楓? ミカン?」

「ウガルル、こっちにいらっしゃい」

 

 横になりながら戻ってきたウガルルを手招きして、楓の後ろに寝るよう促す。

 

「楓くんにくっついて、三人で寝ましょう?」

「がう」

 

 軽やかな足取りで音もなく布団に戻り、背を向ける楓におずおずと体を預ける。

 一つの布団に三人が入り込み、狭くも感じる暖かさにまぶたが重くなる。

 

『無』とも言える暗黒に閉じ込められた楓は、無意識のうちにそれをトラウマとしていた。

 その日のうちに悪化を止められたのは、僥倖に他ならないだろう。

 

 少女に抱き締められたそんな青年を情けないとからかう者は、その場に居ない。

 暗闇に差し込む月の光が──窓の外から、並んで眠る三人を見下ろしていた。




次→最終回


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part33(終)


最終回なので初投稿です。


 ファイナルラストアンコールなRTAの最終回、はーじまーるよー。

 

 前回はミカンママとウガルルちゃんと楓くんが三人で眠るイベントをスキップしたところで終わりましたね。今回は二人が泊まった次の日の朝から再開です。

 

 ぶっちゃけ友愛度が10/10ならもうその辺で告白すればそれでこのRTAも終わるのですが、折角なので放課後にムードのある場所でやろうと思います。これを、専門用語で『ロス』と言うんですね(変則メガトン構文)

 

 というか編集しながら前partで飛ばした添い寝ムービーを見返してたんですが、ウガルルが居なかったら間違いなくミカンママに逆レされてたのおハーブですわね。

 別にレギュ違反ではないけど、初夜後に告白はなんか違う感あるので逆レされてたらリセットだったかもしれへんわ(適当)

 

 

 ──そんなわけで起きます。

 まぶたを開ければ目の前にはミカンママのご尊顔が……いや近いっすね。まるで何十分も『待て』を指示された犬が餌を前によだれを垂らしているみたいだぁ……(直喩)

 

 そら友人だった時から呪いがあろうが関係なく親切だった相手に恋愛感情を抱いたと思ったら、目の前で封印されて消失したんですもん。

 仮にミカンママじゃなくても愛情と独占欲全開の激重ヒロインになりますわよ。

 

 背中にへばりついて両腕と両足でだいしゅきホールドしてるウガルルごと体を起こし、ミカンママに挨拶をしておきましょう。

 寝ぼけ眼の楓くんを見ながら妙に艶っぽく笑っていますね……今夜にでも告白しないと明日の朝日が拝めなさそうなので、学校タァイムをさっさと終わらせるべく朝食と弁当の用意をします。

 

 ついでにミカンママの分も作ろうと思うので、ミカンママに弁当箱を持ってくるよう言いつつ、遅れて起きたウガルルに布団を畳むよう言っておきます。しかしなんというか……楓くんって専業主夫が似合いそうですね……。

 

 少なくともミカンママに主婦をさせて仕事に出てるイメージが湧かない。

 

 だし巻き玉子と塩鮭をジュージューになるまで焼くからなぁ?(KBTIT)している楓くんに後ろから抱き付くウガルルを窘め、弁当箱と鞄を手に制服に着替えてきたミカンママを部屋に招きます。ラブコメ小説かなんか? 

 

 

 んだらば食事だのなんだのを済ませ、学校にイキますよーイクイク。

 ちょっと早めに出ることで、シャミ子たちと鉢合わせて「昨夜はお楽しみでしたね」したのを目撃されないで登校できるんですね。

 

 まあ杏里ちゃんとか小倉辺りには『あっ、ふーん(察し)』されるかもしれませんが。恋する乙女のパワーは凄いわね~。

 

 ──と、学校に到着したので早速と倍速します。はようRTAの計測を終わらせてゆったりイベントを視聴したいのでぇ……。

 

 放課後、ミカンママには夜になったら桜ヶ丘公園の例の場所に来るよう伝えておきます。どこぞの露出まぞくの時といい、告白スポットとして優秀すぎるってそれ一番言われてるから。

 

 その間にデパートに向かってプレゼントの購入をしておきます。

 完全に時間潰しの無駄行動ですが……いいだろお前最終回だぞ(無敵の人)

 

 件のプレゼントですが……内緒です。渡す直前までは伏せたり隠したりして意地でも見せません。尤も勘のいいクソホモにはバレてるかもしれませんので、モザイクの画像はピンキーにしておきます(広域殲滅魔法)

 

 

 ──更に倍速を重ねて夕方までかっ飛ばしましょう。夕陽が傾き夜の帳が顔を覗かせてきたところで約束の場所に向かいます。

 

 前回のイベントで真っ暗闇に対する恐怖を覚えるようになった楓くんですが、逆に街灯や星が明るい夜は余裕になりました。

 若干ゃ明るさが心許ない街灯の下を歩いてミカンママの元まで向かい、夜の町並みが見下ろせる高台にたどり着きます。

 

 振り返ったミカンママ──いえ、陽夏木ミカンは楓くんを待ちわびていたように嬉しそうな表情でこちらに歩いてきます。それでは……いかで、我が心の月を……。

 

 一旦帰ってからここに来たのでしょう、制服からオシャンティな私服に着替えているミカンは楓くんからの言葉を待っています。

 

 

 あとは告白コマンドを実行し、友愛度10/10の数値により確実に成功する告白を見届け──イベントが始まる合図の暗転でタイマーストップ。

 これで、無事(ではないけど)まちカドまぞくRTAの計測が終了しました。

 

 タイムは7時間53分31.5秒。

 ガバさえなければ7時間を切れていましたが、他に完走している人は居ないのでどちらにしろ私が世界最速です。やりましたわ。

 

 乾燥(かんそう)した間奏(かんそう)ですが、やはり主人公に感情移入し過ぎましたね。ゲームだからってドライな選択が出来ないタイプとはいえ、いささか甘々になりすぎました。

 

 再走は私の胃に負担が掛かるのでもうしませんが、これから走る人は私と楓くんを反面教師に頑張って下さい。

 失踪したらアンギョン和田川に沈めます。

 

 それでは本RTAはここまで。残りの時間はイベント鑑賞会の時間となるので、ほな……また……(足元から粒子になって消えるアレ)

 

 

 

 ◆

 

「ごめん、待たせたか」

「ううん、そうでもないわよ」

 

 町の家々や街灯が明るく輝き、それらを見下ろせる高台。そこに立っていた鮮やかなミカン色の少女に、青年は話し掛けて近付いた。

 

「昨日の今日で、わざわざこんなところに呼び出して──多分お互い、何を言うつもりかはわかってると思う」

「……そうね」

「それでも、ちゃんと自分の口から言いたい」

 

 懐から手のひら大の紙袋を取り出して──楓は真っ直ぐ少女を見て言った。

 

「初めて会ったあの瞬間から、ずっと……ずっと、君に惹かれていた」

 

「うん」

 

「シャミ子たちの手助けをするために、この気持ちに蓋をしていようと思ったけど……それでも君のことも助けたいと思っていた」

 

「……うん」

 

 深く息を吸って、吐く。それから紙袋の中身を、一歩近づいて少女──ミカンの髪に取り付ける。

 

「──これ、って……」

 

 それは、白い花が付いた髪留めだった。前髪を留める用のバレッタと呼ばれるそれに付いている花の種類は──蜜柑の花。

 そのままミカンの頬を両手で押さえて、僅かに上を向かせて自分と目を合わせると、楓は優しい声色で思いの丈をたった一言に込めた。

 

「貴女が好きです」

 

 待ちわびたその言葉に、ミカンは思わずきょとんとした顔をして、遅れてダムが決壊したかのように涙をボロボロと流し始める。

 

「ずっと、俺の隣に居てほしい」

「──か、えで、くん……っ」

 

 嗚咽を漏らしながら、屈んだ楓とコツンと額を擦り合わせて、鼻と鼻でキスをするように優しく顔を近付ける。吐息が口許に掛かり、楓の頬にミカンの涙が垂れて流れた。

 

「私から、離れないって……約束してくれる? もう居なくなっちゃ駄目よ? 私とウガルルと、貴方で、幸せになれるの?」

 

「なれるよ。幸せになれる。だって俺には君が居るんだから。だから──俺を離さないでくれるか?」

 

 街灯から伸びた二人の影は、一つに重なって離れない。まぶたを閉じたまま、楓の温もりを確かめるミカンは小さく頷きながら答える。

 

「うん。……うん、分かった。もう離れない。離さない。ずうっと、一緒」

 

 そこまで言い、一度楓の前から顔を戻して、艶やかな表情で触れるような軽い口付けをして──それからふにゃりと破顔させて言う。

 

 

「────大好きよ、楓くん」

 

 

 暗い寒空の夜、夏色の少女は、秋色の青年と結ばれる。二人は心に春色の柔く暖かな感情を募らせて、改めてその影を一つに重ね合わせた。




皆もまちカドまぞくRTA……走ろう!
ウチもやったんやからさ!(同調圧力走者)

ともあれこれまでのご精読、お気に入り登録、評価投票等、誠にありがとうございました。
あとついでに他作品の方も登録して高評価入れといてください(強欲な壺)


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Day After Demon
そのごのまぞく 1


 ある休日の午後、ミカンが自室の荷物を段ボールに詰めて部屋から出しているのを、偶然にもシャミ子が見付けて慌てて駆け寄っていた。

 

「み、ミカンさん!?」

「あらシャミ子、どうしたの?」

「その荷物、もしかして……ばんだ荘を出ていってしまうんですか?」

 

 シャミ子の言葉に、ミカンは一瞬ポカンとして、遅れて小さく噴き出すように笑う。

 

「ふ、ふふっ……! 違うわよ。引っ越しとかじゃなくて、下の部屋に荷物を移すの。

 楓くんの部屋をウガルルと三人で使うことにしたから、ここに来たときの段ボールを再利用してるだけよ」

 

「……そうでしたか……」

 

 早とちりだったと知りシャミ子は頬を染める。クスクスとひとしきり笑ったあと、ミカンが手元の段ボールに蓋をして持ち上げた。

 

「よいしょっ、と」

「手伝いますよミカンさん」

「あらそう? なら、小さいやつをお願い」

「ふっふっふ、ガッテン!」

 

 全く無い筋肉を見せつけるように力こぶを作るシャミ子。ウガルルを助け出してから母性が滲み出ているような気がするミカンは、慈しむようにまぶたを細めて見ている。

 

 何往復かして荷物を扉の前に移した二人は、額に汗を滲ませていた。扉を開けようとしてまだ合鍵を持っていないことを思い出し、肩に垂らしていたタオルで額を拭う。

 

「そろそろ合鍵も届く頃だと思うのだけど……」

「合鍵でしたら、私が持ってますよ?」

「…………え?」

 

 シャミ子の言葉に、一拍遅れてミカンが反応する。ほら、と言って見せてきたその鍵は、確かに楓の持っている鍵と形が似ていた。

 

「──どうして持っているの……?」

「結構前、私がまだまぞくとして覚醒していなかった時におかーさんと楓くんが合鍵を交換したんですよ。私が部屋で一人の時に体調を崩したら危ないから──と」

「……あぁ、なるほどね……」

 

 ざわ、と胸に何かが渦巻いたミカンはそれが霧散するのを感じた。邪推した方の意味ではなかったとホッとしているが、それでいて、どことなく自分の中に醜さを見つける。

 

「ですが楓くんが居ないのに勝手に入るのはダメですし、電話でもして帰りを待ってましょうか」

「ええ、そうしましょう」

 

 なるべく穏やかに微笑むミカンは、傍らで楓に連絡を取ろうとしているシャミ子を見て心臓をバクバクと鳴らしていた。

 

「──あ、もしもし楓くんですか?」

『……シャミ子、どうかしたのか?』

「いえ、実はミカンさんのプチお引っ越しを手伝っていたのですが、楓くんが部屋にいなかったのでどうしたものかと」

「楓くん、今どこに居るの?」

 

 スピーカーにして二人の間に持ってきた携帯に話し掛けるミカンの声に、件の楓が少し驚いた様子で声色を変える。

 

『ミカン? ああ……ごめんね、ウガルルと一緒に商店街に来てたんだよ。ほらウガルル、ミカンから電話来てるよ』

『んが! ミカン?』

「あら……ウガルルまでいないと思ったら」

『ウガルルがどうしてもってねだるからつい、ね。もう少ししたら帰るから、シャミ子に渡してある合鍵使って入ってていいよ』

 

 季節も冬が近付き空気が肌寒いなか、外で待たせるのはまずいだろう。楓はそう考えたようで、ミカンとシャミ子は言われた通りにしようとする。──が、電話を切る直前に聞こえてきた別の声が、再度ミカンの胸の内をざわめかせた。

 

『それじゃあまたあとで』

『あれっ、楓とウガルルちゃんじゃん。どしたのさ、買い物?』

『そんな感じ。豚肉置いてある?』

『まいどあり~』

 

「…………」

「ミカンさん、顔がものすごいですよ」

「──はぁ。駄目ね、私ったら」

 

 

 

 ──心配からか二人で待とうと提案するシャミ子を帰らせたミカンは、手早く荷物を片付けてぼんやりとちゃぶ台に突っ伏す。

 

「……う~~~ん」

 

 自身の持つ()()()()()()が、楓と他の少女たちの間にある親しさからくる嫉妬であることはわかっている──つもりだった。

 自覚しているのと実際にジェラシーを感じることは大分違うらしく、体感したことがそうそうない感覚に、ミカンはどうしても戸惑う。

 

「少し前までは、こんなこと考えなかったのに」

 

 仲がいい筈の相手にこんなことを考えるなんて、と。そう自己嫌悪しながら、ミカンは突っ伏したまま、ゆっくりとまぶたを閉じる。

 

 

 ──気が付けば眠っていたのか、座ったままの姿勢で体が固まっていた。

 肩には薄手の毛布が掛けられていて、眼前に自分と同じ姿勢でじっとこちらを観察しているウガルルと視線が重なった。

 

「──わっ!?」

「起きたカ?」

「……え、ええ。私、寝てたのね……いつ帰ってきたの?」

「さっきだゾ。楓が寝てるなら起こさない方がいいっテ、今メシ作ってル」

 

 体の節々を伸ばして関節を鳴らし、微睡みから目覚めたミカンは向かいに座るウガルルの顎を撫でる。猫のように手にすり寄るウガルルを見て、ふぅとため息をつく。

 

「……ちょっと楓くんを手伝ってくるから、テーブルを綺麗に拭いておいてくれる?」

「んが、任せロ!」

 

 頼られて嬉しいのか、ニコニコと笑みを浮かべてアルコールシートを取りに行く。それを見送りながら台所まで歩いて行くミカンが、フライパンの火加減を見ている楓の背中を見つけた。

 

「楓くん」

「……ん、ミカン。起きたのか」

「ええ……夕食を作ってるの?」

「うん。──ああそうだ、荷物を移すの、手伝えなくてごめんね」

 

 火を止めて余熱に任せた楓が、振り返った先からするりと懐に潜り込み抱き付いてきたミカンを受け止める。

 

「どうしたんだ」

「……楓くんには、他の娘の近くにいてほしくないって、嫉妬してるの」

「──そっか」

 

 エプロン越しに胸元に顔を押し当てるミカンの背中を擦り、何を言うでもなく続きを待った。

 

「こんなことを考えるようになるなんて──私、すごく、醜い」

 

「……別に、そんなことはないと思うけどね。なにせ、俺だって学校で他の男子生徒と仲良くされたらなんか嫌だなぁって思うよ」

 

 そっと抱き締め返して、頭に顔を置く。

 トントンと背中を軽く叩いて、ミカンから離れると楓は言う。

 

「ついこの間まで友達だった相手に嫉妬するのは……自分で言うのもなんだけど、恋人として自然な感情なんじゃないかな。

 俺はシャミ子や桃たちとの交遊を続けるけど一番の最優先は常に君だし、向こうもそれを考えて距離を保ってくれるさ」

 

「──そう、かしら」

 

 それ以上は続けなかったが、代わりとばかりに微笑を浮かべる。全てが杞憂であったと悟り、ミカンもまた安心したように笑った。

 

「──かーえーデー! 腹減っタ!」

「あっ。そうだったね、ご飯出来たよ」

「そういえば楓くん、何を作ったの?」

「豚のしょうが焼きだけど」

「あら、そうなの……」

 

 まだ余っている少量の豚肉を見ると返す。

 

「レモンドレッシングに浸けてから焼くとけっこう美味しいのだけど……」

「ウガルルの舌には刺激が強いだろうからダメ。また今度にしてあげるから」

「そんなぁ」

「……ぬ、ぐ……」

 

 甘えるように見上げられ、涙目で懇願されては、楓に勝ち目はないだろう。残りの豚肉がレモン風味のしょうが焼きになったことと、意外にも合ったことは言うまでもない。

 

 

 

 ──夜、いつぞやと同じように二つの布団の間に寝ている楓は、ミカンと向き合うように寝転がってその頭を掻き抱かれていた。

 

「ミカン、正直に言うと少し寝づらい」

「んー……だぁめ。今日はこのまま」

「そうか……まあ、仕方ない……のか?」

 

 後ろではウガルルが鼻提灯を浮かべて眠り、肌掛けを腹に被せている。

 ミカンのシャミ子と同等の()()に顔が埋まるが、普通に息苦しいのと楓の常識的な感性から素直に喜べない。

 

 しかし暖房を点けると暑く、消すと寒い微妙な気温の室内では、人肌の温もりは程よく眠気を誘う。恋人同士となり、恥が消えた距離感はより密接となる。

 

「じゃあ──お休み、楓くん」

「ああ……お休み、ミカン」

 

 ミカンの心音を聞きながら、楓はまぶたを閉じる。ただただ静かな平穏が、いつまでもそこに広がっていた。



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そのごのまぞく 2

 パキ──という軽い音が足元から響いて、楓は渋い顔をしながら踏んでしまった伊達眼鏡……の姿を取っていた葉っぱの残骸を拾う。

 

「……やってしまったな」

 

 なんだかんだと長い間使っていたそれを感慨深く見つめながらも、ゴミと化しては手元に置いておく理由の無くなったそれを捨てる。

 幸いにもミカンとウガルルは部屋におらず、楓が葉を顔に乗せていたという間抜けな真実を知るものは──これを渡してきた一人以外は楓を除いて誰もいないだろう。

 

「折角だし、普通の眼鏡でも買うか」

 

 元はシャミ子たちが着ていた浴衣が幻術であると見破ってしまったとある一件から親切に渡されたものを付けていた為、そもそも無いからといって困るわけでもないのだ。*1

 

 ラフな服装に着替え、財布などを入れたショルダーバッグを肩に提げて部屋を出る。鍵を閉めて振り返ったその時、楓の視界に三角錐の毛むくじゃらが入ってきた。

 

 驚きつつも目線を下げると、銀髪の少女が片手で狐のジェスチャーを作り、指先をツンと楓の口許に押し当ててくる。それは葉っぱの眼鏡を渡した張本人であるリコだった。

 

「──心臓に悪いからやめてくれ」

「んふふ、そこ行くお兄さ~ん。ウチの贈り物、壊してしもたんやねぇ」

 

 何が楽しいのか、ふさふさと豊かに伸びた尻尾を左右に揺らし、こめかみの辺りを指でそっと押すように触れる。くつくつと喉を鳴らして小さく笑うリコに、楓は言った。

 

「……うっかり踏んじゃってね」

「まあまあ、ええよ。あんなん葉っぱを化かしてるだけやし」

 

 足元の葉をつまみ上げ、それを楓の使っていた眼鏡に変えてから葉に戻して捨てる。

 

「そうか。これから普通の眼鏡を買いに行くつもりだけど、リコは俺に用でもあったのか?」

「あぁ~…………せやねぇ。

 ウチの術が途切れたからなんかあったんかなぁ思うて、心配になって見に来たんやわ」

 

 リコが同居人と共に使っている部屋は楓の部屋の隣な為、見に来ようと思えばいつでも確認できる。しかしリコが楓の言葉を聞いて、一瞬目を光らせたのは恐らく見間違いではない。

 

「…………」

「────」

 

 会話が途切れ、無言が続く。

 にこにこと笑いながら自分を見上げて尻尾を揺らすリコの笑顔が妙に威圧的に見えて、楓は不承不承といった様子で聞いてみた。

 

「……一緒に来るか?」

「──あらぁええの? そんな情熱的に誘われたら断れないわぁ。

 楓はんったらしゃあないなぁもう」

「そんなに強く誘った覚えはない」

 

 わざとらしく頬に手を当て、くねくねと尻尾を揺らす。呆れて物も言えない楓は、言い終えると歩き出した。指摘せずとも、リコは勝手に着いてくるだろう。

 

 

 

 ──多魔市、桜ヶ丘にある眼鏡専門店。飾られた見本の眼鏡の数々を見ながら、リコは興味深そうに声を漏らしていた。

 

「はぇ~。眼鏡って色々あるんやねぇ」

「君は付ける必要ないでしょ」

「たまにはウチだっておめかししたいの」

 

 リコは適当な眼鏡を掛けてから振り返る。アンダーリムのそれが似合う程度には美人であるリコに、楓は思わず口を一文字につぐんだ。

 

「ところで、お金は持ってきてるのか?」

「買う予定は無いから持ってきてまへん」

 

 掛けていた眼鏡を元の場所に戻すリコは、どこか惜しいようにちらりと見てから違う場所を見に行った。戻されたアンダーリムの眼鏡を一瞥して、楓は自分用の眼鏡を探して歩き回る。

 

 店内を歩いて数分。前のものと同じ黒縁の眼鏡を選んだ楓は、眼鏡ケースやクリーナーと纏めて会計することにする。

 すると、レジを担当した女性が何を思ったのかこんなことを言ってきた。

 

「当店ではカップル割引を行っておりますので、会計は──円となります」

「えっ」

「どうかなさいましたか?」

「……誰と誰がカップルですって?」

「──お客様と、あちらの狐耳のお客様は付き合っているんですよね?」

 

 店員が見た方向に居る、狐耳が飛び出るように穴を空けたキャスケットを被っているカーディガンを羽織ったリコを見て楓は言う。

 

「俺とあの娘は付き合ってませんよ」

「えっ」

「……単なる隣人の友人ですので」

「単なる隣人と……眼鏡を買いに……?」

 

 そんなに変か……? と呟く楓は、既に割り引かれた値段を見て店員に声をかける。

 

「あの、その割引ってキャンセル出来ないんでしょうか」

「──あー、いえ、こちらの早とちりが悪いので……そうですね。今回はサービスとさせていただきますよ」

「……いいんですか?」

「ええ。もう計算を終えてしまってるので会計し直すのも二度手間ですし……」

 

 まあ、それなら。そう言って楓は会計を済ませる。商品を袋に詰める店員が、楓に聞こえない声量でぶつぶつと呟いた。

 

「こいつぜってぇ彼女居るだろ……紛らわしいんだよボケェ……ッ!」

 

「なにか?」

 

「いえお気になさらず~~~~~?」

 

 ビキッ──と額に青筋を浮かべながら言った。なにか殺意的な何かを感じ取った楓が、渡された袋を受け取って会釈してから店を出る。

 その際、自動ドアの奥でリコが楓の腕に自分の腕を絡めているのを見てしまい、店員は客が居ないのをいいことに叫びながら倒れた。

 

「ウガガガガ──────!?」

「店長! ──さんが泡吹いて倒れた!」

「カニなんでしょ」

 

 

 

 ──帰り道を歩く楓がリコの腕を払おうとして、あまりの力強さに断念してから数分。若干詐欺紛いの割引をさせてしまった事への罪悪感にため息をついていた。

 

「楓はん、まぁたため息。

 幸せが逃げたらどうしますの?」

「……ちょっとした罪悪感がね」

「それにしても、楓はんの素顔久しぶりに見た気がしますわ。また眼鏡にちょちょいっと術掛けた方がええかもしれまへん」

「そうか? もう必要ないと思うが」

 

「必要だと思います」

 

 突然立ち止まり、リコはそう断言して真顔で楓を見上げた。雰囲気の変わったリコに、楓は冷や汗を頬に垂らして聞く。

 

「……どうして?」

「楓はんの『眼』は、自分でも気付いてないくらいに弱く──それでも確かな力があるんやと思うわ。それを遮って普通に見せかけてるのがウチの幻術なんやけどな……」

 

 つい、と指を、背後の路地裏に向ける。

 それを追って暗がりの奥を見た楓の視界に、不意にチリ──と火花が散った。

 そして、蝋燭の火を切り取ったような物体が浮遊していることに気付く。

 

『それ』には目も鼻もないが──確かに楓に気付いたらしく、かなりの速さで飛んできた。

 楓とぶつかる寸前で、脇の下から伸びたリコの手がそれを掴み取る。

 

「──なんだ、これ」

「人魂やね。消しても問題ない──悪霊一歩手前の浮遊霊の類いやろなぁ」

 

 ぼしゅっ、と音を立てて握り潰されたそれの残骸を払い、リコはにこりと笑う。

 

「『こういうの』を見てしまえるのに、対処する力は無い。せやから、ウチの術で認識出来なくするのが最適なんよ」

 

「……俺の眼は、変なのか……?」

 

「寧ろウチには綺麗に見えるけど──まあ、余計なもんは見なくていいなら見ないに限ります。帰ったら、眼鏡貸してもろてええ?」

 

 また術掛けるさかい。

 そう言うと、リコは楓の手を引く。

 

「……君はやけに俺に構うな」

「ウチは自分と自分の気に入った相手以外には興味あらへん。その中の一人が、たまたま楓はんだったってだけの話ですわ」

 

 断言する言い方に、楓は違和感を覚える。

 その考えがあまりにも閉鎖的で危険であるということは、楓でも理解できる。

 シャミ子に説得されて多少緩和されたが、それでもリコというまぞくは『こう』なのだ。ばんだ荘が見えてきた辺りで、楓はリコに聞く。

 

「リコ。君はそれでいいのか? 狭い輪の中で交遊関係を終わらせて、他は全てどうでもいいというのは……君のためにならないぞ」

 

「──あんさん、ウチに説教してるん?」

 

 まぶたを細めて、尻尾をぶわりと逆立てる。

 それは敵意というより、信頼を裏切られているのではという不安から来ているように見えた。

 

「心配してるだけだよ。だってリコ、そもそも友達少ないでしょ」

「──居ますぅ」

「じゃあ、誰?」

「…………紅ちゃん?」

「多分向こうはそう思ってないぞ。和解はしたけど元から友達ですらないでしょ」

 

 うっ、と声を詰まらせる。

 目線を右往左往させて、楓を見上げた。

 

「じゃあ、楓はん……?」

「……そうやって言葉が詰まる程度に、君は人と親しくないんだよ。

 少しずつでいいから、せめてばんだ荘の住人とだけでも仲良くなってみな」

 

 キャスケット越しに頭に手を置いて、歩みを再開する。言われたことを脳裏で反芻しているのか、少ししてからリコは楓について行く。

 

 下の部屋に繋がる扉の前で、袋から出した眼鏡をリコに渡して、術をかけ直してもらう。何かを呟いたリコがフレームを指でなぞり、それから一分もしない内に楓に返した。

 

「……ん。これでええよ」

「ああ。ありがとう、リコ」

 

 ふり、と尻尾が揺れる。ピクピクと耳の先端を反応させてから踵を返したリコに、楓は袋に手を入れながら呼び止めた。

 

「リコ、ちょっと待って」

「どないしたの?」

 

 振り返ったリコを見ながら、楓は袋から違う眼鏡を取り出して渡す。

 それは、リコが店内で付けて見せてきたアンダーリムの眼鏡だった。

 

「──これ」

「案外気に入ってたんだろう? だから、こっそり買ってきた」

「あ、う……お金、返さんとね」

「要らん。ただ壊さないようにしてくれ」

「せやけど、施しは受けられまへん」

 

 別売りの眼鏡ケースに入れられた件の眼鏡を渡されながらも受け取れないでいると、楓がリコにケースを握らせながらその手ごと優しく両手で包み込んで話す。

 

「これは『施し』じゃなくて『プレゼント』だ。いつか君も、誰かに何かをプレゼントする日が来るかもしれない。

 リコからすれば自分以外は信用ならない相手で、施されるのは嫌で仕方ないんだろうけど──」

 

 リコの手から眼鏡ケースを取り、中のアンダーリムを顔に装着させて伝える。

 

「桜(ここ)丘に、君の敵は居ないんだよ」

 

 ──リコの事が好きではない人は居るだろう。しかし、『敵』は居ない。ただ、リコが壁を作って周りを見なかっただけなのだ。

 

 パチパチとまばたきを繰り返し、楓を見やるリコは、数拍置いてするりと離れて背中を向ける。先程とは違う様子で慌てて、そそくさと自室の扉を開けてしまう。

 

「じゃあ、また明日」

「……楓はん」

「うん?」

「……ぁりがとう」

 

 レンズ越しの瞳が、自室へ繋がる扉を盾にした向こうから覗いてくる。

 どこか耳の内側が赤くなっているようにも見えたが、一瞬のことで判別できない。

 

「──不味いことになった気がする」

 

 嫌な予感にぶるりと身震いして、楓は扉が閉まるのを見送ってから自分も同じように部屋に帰った。暫くして帰って来たミカンとウガルルに眼鏡を変えたことが一目でバレたりといった一幕があったが、その後は特に問題なく日が進む。

 

 それから数日後、ばんだ荘に開かれたあすらの支店に眼鏡の似合う可愛いまぞくが居るという噂が広がり、結果的にリコと楓のお陰で客足が伸びたのは余談である。

 

 

 

 ──調理担当の機嫌がいい時に、キッチンの奥から可愛らしい声色の鼻歌が聞こえてくるのは、決まって隣人の男子高校生がバイトに来ている時らしいが……真相は定かではない。

*1
part20参照




――店員は激怒した。必ず、かの女たらしを除かなければならぬと決意した。
店員には恋愛がわからぬ。店員は、眼鏡店の正社員である。レンズを拭き、夫婦連れの子供と遊んで時間を潰して来た。
けれども男女間の恋愛感情に対しては、人一倍に敏感であった。(20代後半独身、前世が蟹)


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そのごのまぞく 3

山なし落ちなし話短し


「楓くんって、子煩悩よね」

 

 そんな言葉に視線を向けた先で、鮮やかな蜜柑色の髪をクーラーの風で揺らす少女が楓を見ていた。そうか? と返しながら、青年──楓は口の回りをチーズケーキのクリームで汚すウガルルの口許を拭っている。

 

「どの辺を見てそんなことを?」

「現在進行形ですけれど……?」

 

 ちゃぶ台に面と向かい、ウガルルを膝に乗せている楓が疑問符を浮かべるも、少ししてからなるほど確かにと合点がいく。

 ぎこちなくフォークをケーキに突き刺すウガルルを見守る顔は、完全に親のそれだった。

 

「まあ、子供は好きだし」

「いつかウガルルに弟か妹が出来たら、あなたって私以上に可愛がりそうよね」

「……この話は数年早くないか」

 

 将来の話を今されてもな。そう続けて、一拍置いて少女──ミカンの顔が羞恥に染まる。

 ふと半分以上残っていたケーキを一口で食べたウガルルに一瞬ぎょっとした顔をするも、再度口を汚して呆れた声を漏らす。

 

「あーあーあー。まったく……」

「うー、がぅ」

「これからはテーブルマナーも覚えなきゃな」

「めんどくさいゾ……」

「ちゃんとしないと晩御飯の肉の量減らしちゃうぞ。ウガルルが居るからって杏里の所の肉屋で増量サービスされてるんだからな?」

 

 んが!? と、ショックを受けたように唸る。くつくつと小さく笑うミカンが、食べ終えたケーキの小皿を纏めて立ち上がり台所に向かった。

 

「俺が洗おうか?」

「ううん。ウガルルの相手をしてあげて」

「ん、わかった」

 

 よし、遊ぶぞ! と言って小脇にウガルルを抱えて振り回し始めたが、ウガルル本人もきゃっきゃっと喜んでいるから問題ないだろう。

 そもそもまぞくは人間より頑丈である。

 

「小皿と……お昼の時のお皿も洗っちゃおうかしら。それにしても暑いわねぇ」

 

 水道の冷水が心地よく、皿を持つ手が柑橘類の香りがする洗剤の泡に包まれる。テンポよくキュッキュッとスポンジで擦ると、無意識に足でリズムを取ってしまい笑みが浮かぶ。

 お椀が3つ、コップも3つ。自分の使っていた部屋を小倉に貸し、楓の部屋で暮らし始めて暫く。胸の奥が暖かく──幸せの絶頂と言っても、過言ではないのだろう。

 

「……ふふ」

 

 

 

 

 ──ミカンがふと我に返ったのは、夕食用の米を研ぎ終わり予約のスイッチを入れた辺りだった。ついつい手が進んでしまい、皿を洗ったあとも台所での用事に手を付けてしまっていた。

 

「──ふぅ。ちょっとスッキリ」

 

 あとは商店街に買い物にいこうかしら、と思案して、壁にかけられた時計を見て流石にまだ早いだろうと結論付ける。

 ほったらかしにしていた楓とウガルルを見に台所の暖簾を潜ると、視線の先で、二人は座布団を枕に横になっていた。

 

 腕を枕に横を向いてウガルルをあやすように背中をさする楓は、うとうとと船を漕ぎ、ミカンの気配に気付いて眠そうな目を向ける。

 

「楓くん、ウガルル寝ちゃったの?」

「……ああ、うん。遊び疲れたみたいでさ、ミカンも台所から戻ってこないし寝かせちゃおうと思ってね。何してたんだ?」

「ごめんね、いっそ炊飯器の予約もしちゃおうと思っててつい。あなたも眠いでしょ? いいのよ、ウガルルと一緒に寝ちゃっても」

 

 真夏の猛暑でクーラーの温度を上げるわけにもいかないため、押し入れから肌掛けを取り出して二人に被せる。ウガルルを挟むようにして楓の向かいに座り、ミカンはそっと頬を撫でた。

 

「……買い物……行かないと」

「夕方からでいいわよ、外は暑いもの」

「……うーん……?」

 

 恐らくあまりの眠気に、楓は自分でも何を言っているか分かっていないのだろう。頬から髪に手を伸ばして、くしゃくしゃと撫でる。

 それから楓の胸元に頬を寄せて穏やかな寝息を立てるウガルルに微笑みかけ、座布団を手繰り寄せて畳んで枕にすると、川の字になるように並んで横になった。

 

「家事なんて、少しだけ眠って、起きてからやればいいんじゃない?」

 

 そう言われると、楓はウガルルの背に回していた手をミカンの腰に伸ばす。

 ミカンもまた、楓の左腕にそっと指を這わせてほんの一瞬渋い顔をする。

 

「……おやすみ、楓くん」

 

 僅かに頭を振って、ミカンは小さく、楓にだけ聞こえるように鼻唄を奏でる。

 

「──♪ ~~♪」

 

 慈愛の込められたそれを聞きながら、楓の意識は即座に落ちる。

 クーラーの冷風が出る音と、呼吸の音と、小さな鼻唄。それらが、部屋の中に染みてゆく。

 

 なんてことのない1日の真昼時を、こうしてただ無為に過ごすのも悪くないのではないか。

 何も進展せず、何も進んでいないが、まるで駆け足で生き急いだような慌ただしい日々がようやく落ち着いたのだ。

 1人の少女の呪いを解くために頑張った褒美が()()であるなら十分だろう。

 

 3人の少年少女は、まるで本当の家族であるかのように一つの肌掛けを共有しながら仲睦まじく昼寝を謳歌する。

 

 いつか、両親に紹介しないとなあ……と。そんなことを、ぼんやりと考えながら。




単行本6巻が発売しないと続き書けないんだ代


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そのごのまぞく 4

子持ちの独身と学生のカップルと書くとな、背徳感がヤバくなるのじゃ(まちカド博士)


 ゴウゴウとクーラーが冷風を出す音を聞きながら、ミカンと楓は傾けた座椅子に横になっていた。ずり落ちないようにと楓の手がミカンの腰に回され、ミカンもまた楓に寄り添う。

 

「……暑いわね……」

「くっついているからでは?」

 

 当然だが、クーラーで涼しくても、こうぴったりとくっついていれば暑いだろう。楓の胸板に頬を寄せながら、ミカンは拗ねるように言う。

 

「やぁよ。ウガルルが珍しくシャミ子たちと遊びに行ったんだもの、折角二人きりなのに……楓くんは離れたいの?」

「そう言われるとだな……」

 

 んふふ、と満足気に吐息を漏らし、ふと横たわりながら楓を見る。

 クーラーが効いていながら肌が触れ合いじっとりと汗を掻き、ドクドクと心臓が高鳴る。もぞもぞと楓の腕の中で体を伸ばしたミカンは──楓と目線を合わせて触れるように口をつけた。

 

「んっ、ふぅ、んーっ、んぅう……」

 

 唇を食み、ついばむように触れ、口の隙間から舌先をねじ込む。鼻息を荒くして、座椅子に寝転がりながら互いを貪る。

 やがてミカンの手が下半身に伸び、楓が片手をミカンの胸元に持っていった辺りで、ちゃぶ台の上に置かれた携帯がアラームを鳴らした。

 

 びくりと互いに肩を跳ねさせ、茹だる暑さが失わせていた冷静さを取り戻す。

 

「……え、ぇへ」

「……もう昼か」

 

 冷静になってから暑さとは別の意味で頬を染めるミカンを腕に抱きながら、空いている手で携帯のアラームを止めて時間を見る。

 ずっとクーラーの下でだらけているのもな──と考えてから、楓はミカンに言った。

 

「ちょっと、その辺歩くか」

 

 

 

 

 

 ──財布と携帯だけを手に外に出て暫く、目的もなく、なんとなくショッピングセンターに来た二人は、夏ということもありセールも行われている水着コーナーに訪れていた。

 

「折角だし、水着の新調でもしようかしら。今度みんなでプールにでも行かない?」

「……そうだな、健康ランドに確か温水プールがあった筈だし」

 

 様々なデザインの水着を眺めながら店内を歩いていると、ふと背後から声をかけられる。振り返った二人は、共通の友人を目にした。

 

「おーっす二人とも。おデートかい?」

「杏里……まあ、そうなるな」

「そういう貴女はお買い物かしら」

「うんにゃ、やることないからぶらついてた」

 

 実家の精肉店とショッピングセンターが近いからか、身軽な格好で歩いていた杏里。

 二人を追いかけて水着コーナーに訪れると、手近の水着を観察しながら続けた。

 

「なに、プールにでも行くの?」

「そうね、折角だから新調しようと思ったのよ。杏里は新しい水着は買ったの?」

「いやいや、見せる相手なんて昔から楓くらいしか居ないから。今年は無理かなぁ」

「どうして? 一緒に遊びにいけば良いじゃない。私はもちろん大歓迎よ?」

「うーん善意が眩しい」

 

 カップル相手に割り込むのもなぁ……と小さく呟いて、それから杏里は良いことを思い付いたと言わんばかりに笑みを浮かべる。

 

「どうせなら私がミカンの水着をいい感じに見繕うけど、どーよ?」

「……良いんじゃないか? 俺にはセンスがないからな、杏里なら信用できる」

「彼女居るのに他の女にそういうことさらっと言わない方が良いよ楓」

 

 まぁたこいつは……。そうぼやいて、杏里はミカンに向き直ると言う。

 

「んで、どうする?」

「私は構わないのだけど……」

「資金ならある。問題ないよ」

 

 そう言って楓は杏里に財布からお札を取り出して渡す。強化された視力でミカンは何枚渡したかを視認したが、しれっとした顔で一番大きい金額のお札を4~5枚渡しているのを確認して、それとなく見なかったことにした。

 

「──じゃあ、俺は先に帰ってるよ。

 ウガルルが居ないなら今のうちに部屋の掃除しておきたいし、ミカンの水着はお楽しみに取っておきたいからね」

「はいはい。そんじゃ、お任せあれー」

 

 ひらひらと手を振る杏里に手を振り返して、楓は水着コーナーを離れて行く。

 渡された金を財布に入れると、杏里はミカンの背中を押して女性用の水着コーナーの片隅に向かった。あれよあれよと押し込まれたミカンは、困惑した様子で疑問符を浮かべる。

 

「あ、杏里、どうしたの?」

「うん? いやぁ、ほら、楓が居ると話しづらいからさ。私からしたらミカンって恋敵だし」

「あっ……」

「──いやいやいや、別に憎んでるわけじゃないって。まあ今は……恨み2割、複雑2割、祝福6割……的な感じ?」

 

 カラカラと笑いながらも、どこか痩せ我慢をしているような。

 事実しているのだろう、杏里は素直に祝福したくもあり、幼馴染を横から掠め取ったようなものであるミカンには多少なりとも恨みがある。

 

「──なんでよりにもよって余所から来た奴なんだー、とか。それなら私でよかったじゃん、とか。色々考えたけどさ~……あの楓が惚れ込んだってことは一目惚れだったんだろうし、そりゃ勝てないよなぁ……ってなるわけ」

「……ごめ──いえ謝ったら駄目よね。その……やっぱり、楓くんのこと、好き?」

「うん、大好き」

 

 臆することなくそう断言し、一拍置いて頬を紅潮させる。恥ずかしくなったのか、誤魔化すように咳払いして水着を選ぶ。

 

「って、なに言わせてくるんだか…………おっ、ミカンー、これなんてどう」

「あら、もう選ん、だ……の……」

 

 ニコニコといい笑顔をしながら杏里が見せてきたのは、まるでメイド服の裾や袖を切り落として水着に張り付けたような、おおよそ泳ぐのには向かないビキニだった。

 

「これ試着してよ」

「嫌ですけれど……?」

「いいじゃーん、機能性はともかく普通に似合いはするでしょ」

「そう言えば貴女さっき恨みが2割とかなんとか言ってたわね」

「それも今のうちに清算しといた方がいいじゃん? 着てくれるだけでいいからさっ!」

 

 上下でセットのビキニを渡されるも乗り気ではないようにして渋るミカンは、不意打ち気味に顔を近づけた杏里の耳打ちに掌を返す。

 

「楓、意外にこういうの好きだよ」

「着るのも吝かではなくってよ!」

「チョロいな~」

 

 メイドビキニをかっさらい試着室に突撃するミカンを見送りつつ、次のネタ枠の水着を探す。真面目に選ぶ前に暫く遊ぶか~と考えながら、それとなく杏里は店員に撮影の許可を聞いていた。

 

 

 

 

 ──30分か、一時間か、気付けば何十と試着を繰り返していたミカンは、どこか気疲れした様子で杏里に聞く。

 

「そろそろ……真面目に選ばない?」

「えーもう? ……わかったから変身しようとしないで私が悪かったから」

 

 両手を上げて降参を暗に伝えると、ミカンは渋々大人しくなる。

 

「楓くんの好みに合わせたいのだけど、あの人この手の話はしないのよね……」

「楓の好み? 足だよ」

「足……?」

「うん。足」

 

 首を傾げるミカンに合わせて杏里もまた同じ方向に首を傾げる。足? 足。とおうむ返しすると、目頭を指で押さえて再度聞いた。

 

「私いま、水着の話をしているのよね? なんで足が出てくるの……?」

「……あー、あのね、楓って足が好きなんだよ。フェチ的なやつ」

「──部屋着のときに視線が下を向いていたのってそういう……」

 

 幼馴染による恋人への性的志向の暴露という恐ろしい事態になっていることを、本人は知らない。尤も、その場に居れば破壊力は倍増していただろう。他人の性癖に寛容だったことが唯一の救いとも言えるが、はたまた。

 

「足好きとはいえ普通に顔とかも見るから……足にパレオを巻くとか、水着を上着で隠して、こう……泳ぐときにドーンと見せる感じ」

「なんだか恥ずかしいのだけれど……他の手はないの?」

「そのシャミ子に負けずとも劣らないご立派様を活かすときが来てるんだぞ! ここで恥ずかしがってどうすんのさ!」

 

 そう熱弁されては、やらざるを得ない。まずは水着を決めて、それに合わせる上着などを探すことになり、二人はなんだかんだとショッピングを楽しんでいた。

 

「パレオはやめてデニムのショーパンとヒールで足に視線を集めて~、ビキニの上にはパーカーで胸を隠して~、泳ぐときに脱いでアピール。これで堕ちない男なんて居ないって!」

 

「上手く行くかしら?」

 

「奥手になったらなにも成功しないぞ…………いや、そうだなぁ。なんなら予行練習してみれば? 下に水着着て帰って、部屋で見せて反応を伺ってみるの」

 

「な、なるほど……?」

 

 確かに本番でいきなり試すよりは──と考え、試着して着心地を確かめたそれをかごに入れた。ミカンもまた、相手に可愛く見られたい年頃の少女なのである。

 

 会計を済ませて試着室を借りて手早く着替え、下着の代わりに水着を着る奇妙な背徳感に背筋を震わせ、上にパーカーを羽織り帰路を歩く。

 余った資金をミカンに渡した杏里は、手元の携帯に保存したミカンの水着ファッションショーのデータを見て口角を緩めた。

 

「これどうしよっかなー」

 

 ま、あとで考えるかぁ。そう呟いて、店に戻るべく水着コーナーを出ていった。

 

 夕陽が顔を覗かせる時刻、もうじきばんだ荘に到着するといった辺りで、ミカンは不意に携帯を開く。そこには桃からのメッセージが入っており、珍しさからアプリを起動する。

 

「……あら」

 

 シャミ子たちと遊びに行ったウガルルが疲れて眠ってしまったので、自分の部屋で預かっておく。といった旨のメッセージだった。

 わざわざ言われなくてもわかるように、露骨に気を遣われている。

 

「──全くもう……」

 

 しかして絶好の機会を逃すわけにもいくまいと、早足で歩く。自室となる楓の部屋の前で合鍵を使い、ミカンは帰宅した。

 クーラーの効いたひんやりとした空気が汗を冷やし、ぶるりと身震いする。

 

「ただいま、楓くん」

「お帰り。水着は買えた?」

「ええ、それなんだけど……」

 

 玄関に迎えに来た楓に近づき、前から抱き付く。服装が変わっていることに気付いた楓は、ミカンの妖しげな雰囲気に息を呑む。

 

「──実は、この下に着てるのよ」

「……そうなのか。もしかしなくても杏里に何か言われたんだろう?」

「どうかしら~?」

 

 胸板に頬を押し当て、体全体で楓に密着する。前を閉めたパーカーの中から感じる柔い感触に、さしもの楓でも緊張を高めた。

 

「あのね、桃からメッセージが来て、遊び疲れたウガルルを預かってくれてるらしいの」

「……そう、か」

「──二人っきりね」

 

 妖艶に微笑み、焦らすように、首もとのジッパーをゆっくりと下ろして行く。

 クーラーが効いている筈なのに体が暑く感じる。じーわじーわと蝉が鳴く。

 

 汗が流れ、唇が乾き、無意識に生唾を飲み込んで、楓はミカンの声がやけに鮮明に耳に届く感覚から表情を強張らせる。

 

「……ね、期待してもいい?」

 

 爆発しそうなほどに心臓が高鳴り、耳の真横で脈動しているのではと錯覚するほどにうるさく響いていた。楓はゆっくりとパーカーのジッパーに手を置き、期待するミカンに代わって、ジジジ……とジッパーを下ろして行く。

 

 ──カチ、と。下げ終えたジッパーから手を離した楓が見たのは、パーカーの中から窮屈だったかのようにまろび出た、汗で濡れた艶やかな水着とミカンのハリのある素肌だった。




ワッフルワッフル


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そのごのまぞく 5


超絶短め


 休日の昼、暇を持て余した楓は、ばんだ荘の敷地内を箒で掃いていた。

 

「…………いたたた……」

 

 箒を片手で持ちながら、もう片方の手で腰をさする。それから体を伸ばして関節を鳴らした辺りで、ふと気配がして振り返った。

 

「……あっ」

「あ。えーっと、確か楓くんやったっけ。掃除しとるん?」

 

 赤毛の少女が自室の隣から出て来て、楓に挨拶をしてくる。少女の名は(しゅ)紅玉(ほんゆー)

 以前リコを追って現れ、一悶着起こしたが現在は和解して引退した元魔法少女である。

 

「はい。学校に行ってるときは清子さん……シャミ子のお母さんがやってるので、休日くらいは代わりに掃除するようにしてるんです」

「ほぇー偉いもんやなぁ。リコにも見習わせたいくらいやわ。あいつ何回言っても掃除せーへんのよ信じられるか?」

「今度俺から言っておきます」

「いや悪いなぁ、頼むな」

 

 ははは、はは……と乾いた笑いが響き渡る。気まずそうに頬を指で掻いた紅玉は、少し考えてから楓に切り出した。

 

「あー、楓くん、あん時はすまんかったな。アタシも我を忘れてたっていうか……その、リコの事が憎くてしゃーなくてな……」

「訳は聞いてますよ。まあ、死者も怪我人も出ませんでしたし、俺も気にしてません」

「お人好しやな。彼女さんの前で封印されてよぉそんな風に振る舞えるもんや」

「……あの時は誰とも付き合ってませんが」

 

 えっ? はい? と言葉が重なる。

 

「えっ、あれで?」

「……あのあとすぐミカンと恋仲になったので間違いではありませんけど」

「おー……そらおめでとさん」

 

 はぁ、恋人なぁ。と呟く紅玉は、ごほんと咳払いを一つ、話題をし直す。

 

「そんでな、ちと楓くんに頼みたいことがあってん。楓くんって中華料理作れるか?」

「人並みには」

「……アタシに料理教えてくれへん?」

「……リコの味を盗みたいのでは」

 

 痛いところを突かれたように、紅玉は「うっ」と呻いてから返した。

 

「──お恥ずかしながら、魔法少女になってからの10年間ずーっと料理しとらんかってん。リコの味を盗む以前に基礎がなぁ」

「なるほど。俺でよければ手伝いますよ、シンプルな炒飯なんかでいいなら」

「おー、ええよええよ。ほんなら中華鍋持ってくるから待っときや」

 

 隣の部屋に戻っていった紅玉を見送り、その間に箒を仕舞いに行く。帰って来た紅玉が手に中華鍋と炒飯の具材を持って楓に近寄る。

 

「じゃ、俺の部屋で作りましょうか」

「……そういえば楓くん、恋人の……ミカンちゃん? は今日おらへんの?」

「ミカンはウガルル連れてシャミ子たちと桃の家に遊びにいってますよ、向こうの家の掃除も兼ねてるらしいので帰りは遅いかと」

「あー、うーん。そか」

 

 無断でええんやろか……と思案するが、楓本人が難しく考えていないため、頭を振って後ろを付いて行く。隣の部屋とはいえ一度も立ち入った事のない男の部屋に若干緊張しつつ靴を脱いだ。

 

「お邪魔しまーす」

「はい、いらっしゃい。そういえばその中華鍋、ちゃんと手入れしてますか?」

「大丈夫、ちゃんと洗剤で洗ったで」

「………………うーん……」

「……なんか駄目やった?」

「あのですね、中華鍋は洗剤で洗うと油の膜が落ちるんですよ」

 

 眉間を指で押さえて説明すると、あっ、と紅玉が呟く。そういやリコに似たようなこと言われたなぁ……と思い出した。

 

「まあ、すぐに空焼きからし直せば大丈夫ですよ。台所に行きましょう」

「……ごめんなぁ手間かけさせて」

「気にしてないので」

 

 

 

 ──洗い直し、空焼きから油を使った加熱も終え、野菜くずを炒めて油を馴染ませると、紅玉に指示して洗剤を使わずに洗わせる。

 

 改めて油の膜がコーティングされた中華鍋が復活し、感慨深いため息をついた。

 

「見事なもんやな……」

「これからは調理後はお湯で洗って、仕舞うときに水気を取ってから薄く油を塗ってくださいね。それと料理を入れっぱなしにしないこと」

「ん、りょーかい」

 

 卵や具材、白米を取り出しながらそんな会話を交わし、知識とレシピ通りに炒飯を作り始める。じゅうじゅうと具材が焼ける音を聞きながら、紅玉が楓に世間話を切り出す。

 

「こないだリコがな、可愛らしいメガネ掛けとってん。珍しいやろあいつがメガネなんて」

「ああ、多分それ俺があげたやつですね」

「……英雄色を好むなんて言うけどな、リコに粉かけるのだけはやめといた方がええで」

「粉……単なる友人へのプレゼントですよ。リコは、周りを敵だと思い込んでいる」

 

 投入した白米をほぐしつつ中華鍋を揺らして混ぜ合わせながら紅玉は首をかしげる。

 

「そういうの、ミカンちゃんはどう思うんかね。嫉妬されたりせーへんの?」

「友人に贈り物をする程度で一々恋人に許可なんて必要ないと思いますが……。

 ええ、まあ。確かにどうなんでしょうね、相手が女性だったし今度からは気を付けますよ。流石に痴情のもつれで死にたくない」

「ははは。今考えたらこの状況もアレやなあ。なんかあったら弁明するわ」

 

 しゃれにならん……。そう楓が呟くが、炒める音に掻き消された。

 カチリとコンロの火が止められ、おたまに掬った炒飯を2杯皿に盛られる。

 

「ほい完成、昼飯にしよか」

「……よし、あとは反復練習をしつつリコの味を盗む感じですね。お茶を入れるので、お皿を居間に持っていってください」

「ん。はいはい」

 

 お茶と皿をちゃぶ台に置いて対面に座り、レンゲで掬った炒飯を一口食べて極々普通の味に舌鼓を打つ。パラパラの米粒があるが、所々にダマの米が混じっていた。

 

「うーん、旨いけどまだまだやね。リコどころかじーちゃんにも届かへん」

 

 カチャカチャと炒飯を掬う音が響き、数分で食べ終わる。皿を片付け中華鍋を言われた通りにお湯で洗ってから、油を塗った紅玉が鍋を手に玄関に立つ。

 

「いい気分転換にもなったし、作り方も覚えたわ。ありがとうな楓くん」

「いえいえ」

「ミカンちゃんになんか言われたら素直に話すんやで、アハハ」

 

 カラカラと笑って、紅玉は部屋から出ていった。中華か……と呟いて、楓は買い物に出掛ける準備を始める。帰ってくる恋人と娘の為にと、静かに袖を捲った。

 

 

 

 ──ただいまー、と言って帰って来たミカンとウガルルは、香ばしい匂いに鼻が反応してエプロンを身に付けた楓が迎えに来て口を開く。

 

「おかえり、今日は中華だよ」

「そうなの……ねえ、誰か来た?」

「なんでわかるの……?」

 

 辺りを見渡したミカンはあっけらかんとした顔で楓に言う。がう? と唸ったウガルルは何を言っているのやらと困惑していた。

 

「ああ……紅玉さんがね、中華料理を教わりたいって言うから炒飯を作ったんだよ。

 それだけだからね、すぐに帰ったから何もなかったからね?」

「ふふ、慌てなくても疑ってないわよ」

 

 うふふ、と笑うミカンは自分の羽織っていた上着を脱いでコートラックに掛ける。

 

「楓、チューカってなんダ?」

「美味しい料理だよ」

「肉!」

「……も入ってるよ」

 

 手を洗おうねー、と言いウガルルを洗面台に向かわせ、ミカンは楓の腕にするりと自分の腕を組ませて流し目で見上げてきた。

 

「──ちょっとだけ、嫉妬してたりするのよ?」

 

 ぐり、と胸元に頬擦りするミカンを抱き留めて、楓は頬に手を添える。

 

「じゃあ……これで許してくれる?」

「……んー」

 

 玄関先で、隠れるように、つま先立ちのミカンに顔を寄せて浅く口づけをする。

 多幸感に包まれ、これだけで、なにもかもを許してあげられそうになる。

 

「……二人ともなにやってんダ?」

「────!!」

 

 ひょこりと玄関に顔を覗かせたウガルルの気配を察知して、楓とミカンは慌てて離れる。誤魔化すようにして距離を取った二人を見て、ウガルルは終始、頭に疑問符を浮かべていた。



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そのごのまぞく 6


爆睡してたらミカンママの誕生日だったの忘れてたので執筆RTAです。


『誕生日おめでと~!』

 

 そんな声が放課後の教室に重なる。11月3日は、陽夏木ミカンの誕生日であった。

 机を固めた即席の台には菓子類とジュースが置かれ、いわゆる誕生日席に座らされたミカンは、若干恥ずかしそうな顔で祝福を受け入れる。

 

「ふふ、ありがとう皆」

 

 シャミ子と桃、杏里、小倉、そして楓とリコに囲まれて、ミカンはそう言った。

 早速と渡されたプレゼントの中で、杏里がスポーツウェアと焼肉券、小倉が香水らしい奇妙な小瓶、リコがオレンジ色のチャイナドレスを渡していた事に関しては楓はなにも言わないでおく。

 

 それとは別に用意されていたオレンジ系統のグッズなんかが手渡され、最後に順番が回ってきた楓が、手の上の包みをミカンに渡した。

 

「楓くん、これは?」

「カモミールのティーパック」

「カモミール……のお茶ってあるのね」

「3日の誕生花を調べてたら、これを使ったハーブティーが売られてたんだよ」

 

 へぇ~と言いながら包みの中のパックを眺めるミカンを横目に、その様子を見ていてふと湧いた疑問をシャミ子が楓に聞く。

 

「意外ですね、オレンジ系というか、果実系のプレゼントじゃないなんて」

「どうせ皆同じような色合いのプレゼントをするだろうなと思ったからね」

「な、なるほど……言われてみれば確かに」

 

 ミカンと言えば柑橘系、というイメージが出来上がっていたシャミ子たちは、無意識に色を揃えていたのだ。ミカン自身がそれらを喜ぶのも原因の一端ではあるのだが。

 

「それにしたって、楓のプレゼントちょっと地味じゃなーい?」

「もう、杏里ったら」

「もっとこう……蜜柑畑をプレゼント! とかやったらいいんじゃない?」

「そこまでは求めてないわよ」

 

 スケール……いや資金が……と呟く桃と楓に、小倉が冷静に指摘していた。からかい半分で提案した杏里もくつくつと笑っている。

 

「……別にプレゼントはティーパックだけとは言ってないだろう。ちゃんとあるよ」

「あら、どんなプレゼントなん?」

「うーん…………内緒」

「えー、いけずやなぁ」

 

 教えて教えてとねだってくる珍しく伊達眼鏡を身に付けているリコを捌きつつ、楓はちらりとミカンを見る。視線に気づいたミカンは、少し考えてから席を立った。

 

「じゃあ、その……ウガルルのこともあるし、そろそろ私たち帰るわね」

「ん? ……あー、なるほどね」

「なぁに今のは」

「いやいや~、ねえ?」

「私に振られても困るよぉ」

 

 にやにやと笑みを浮かべる杏里にじとっとした目を向けるミカン。ねえ? と聞かれた小倉が苦笑を浮かべ、その間にミカンは荷物をまとめて楓を連れて教室から出ていった。

 

 

 

 

 

 ──ミカンと楓は、帰る前にとある場所に寄る。そこは、いつぞやに想いを伝えあった広場だった。鞄の中から細長い入れ物を取り出した楓が、中身である──トパーズのネックレスを取り出すと、それをミカンの首に着けた。

 

「……これ、は」

「トパーズは11月の誕生石だから、ティーパックを買うついでに調べて買ったんだよ。

 シャミ子の時と同じようなプレゼントになっちゃったけど……どうかな」

 

 制服の上でキラリと光る小さな宝石が、鮮やかに黄色く輝いている。ミカンはふにゃりと頬を緩めて、楓に飛び付くように抱きついた。

 

「──楓くん」

「ミカン?」

「嬉しい。すごく、嬉しい」

「……そっか」

 

 ミカンをぎゅう、と抱き締めると、ふわりと香る柑橘の匂いが鼻に届く。楓に抱き締められ、畳と太陽の匂いが漂う。額を合わせて、小さく笑い、二人は手を繋いでばんだ荘に帰った。

 

 

 部屋でプレゼントの整理をしているミカンと興味津々のウガルルを居間に残して、楓は早速カモミールティーを淹れる。御茶請けのクッキーと共に台所から戻ってきて、ちゃぶ台に置くとカップを3つ用意して順に注いで行く。

 

「本当に青リンゴみたいな匂いなんだな」

「いい香りねぇ……」

「んが……あちっ」

「少し冷ましな?」

 

 冷めるのを待ちながらクッキーをポリポリと齧るウガルルを横目に、ミカンはそういえばと楓に話題を振る。

 

「さっきスポーツウェアとチャイナドレス貰ったのだけど、楓くんはどっちが良い?」

「どっちが良い……?」

 

 どっちが良いってなに……? と呟き、ミカンが座りながら裾を広げてプレゼントの二着を見せてくる。片や杏里が部活で使っているのと同じ半袖半ズボンのウェア、片やリコが使っているのと同じだが色が違うチャイナドレス。

 

「……選んで、何かあるのか?」

「──それ、聞いちゃうの?」

 

 口許をウェアで隠して流し目を向けるミカン。その雰囲気から生唾を飲み込む楓を見て、それから薄く笑ってミカンは続けた。

 

「ふふ、冗談よ。スポーツウェアの方は桃の運動に付き合うときに使えるし、チャイナドレスも……何かに使えるかも?」

「そういえばリコが自分の趣味に合わせてチャイナドレスで接客してみたいって言ってたな……リコもそれがあって渡したんだろう」

 

 二着の服をそれぞれ綺麗に畳んで傍らに積むミカンは、少し冷めたカモミールティーを口に含む。ハーブティーを飲むのは初めてだが、どことなく青リンゴに近い風味はクッキーと合う。

 

「安眠作用もあるのね……今日は良く眠れそう」

「そうだな。……こらウガルル、口にクッキー詰め込まないの」

「あぐあぐ」

 

 カモミールティーで喉を潤し、クッキーを頬張る。そんなウガルルを微笑ましいものを見る顔で観察していたミカンが、クッキーに夢中な娘を尻目に、横に座る楓へと顔を向けた。

 

「──ありがとう、楓くん。大好きよ」

 

 頬に優しく唇を押し当てて、花のように笑う。楓の体にしなだれかかるミカンを見て、ウガルルが二人に飛び掛かった。

 

「んが……オレもまぜロ!」

「きゃっ」

「うぉっ、と」

 

 二人を支えて背中から畳に倒れた楓と、胸元に顔を乗せて体を預けるミカンとウガルル。

 恋人と娘をまとめて抱き締めた楓は、静かに、深く息を吐いた。

 

「……これだけ幸せだと、反動が怖いよ」

「なぁに?」

「なんでもない」



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そのごのまぞく 7

まちカドまぞくRTAのシステム(恐らく友情度と愛情度のやつ)を使ったRTA小説を書いてもいいかと聞かれたのですが、『まちカドまぞく/陽夏木ミカン攻略RTA』のシステムを参考にしていることを明記しておいてくれるなら誰でも好きなように使っていただいて構いません。

あと書くなら完走してね(重要)

まちカドまぞくRTAの追走をしてもいいし、違う作品のシステムとして使ってもいい。自由とはそういうものだ


 カリカリ、カリカリ。ノートに文字を書き記す音と静かな呼吸だけが響くばんだ荘一階の楓の部屋に響いていた。一足先に目標の範囲を終わらせた楓が、じゃれてくるウガルルの相手をしながら、不思議そうな眼差しでシャミ子を見ている。

 

「──ん、どうかしましたか?」

「ああ、いや、うーん……」

「……楓くん?」

 

 膝に乗せたウガルルに指を甘噛みされながら、楓はシャミ子の──危機管理フォームに変身した格好を見て、ポツリと呟いた。

 

「それ、脱げるのか?」

「ヌ!? ──げ、ますよ……?」

「楓くん……?」

「今の言い方が不味かったのは理解してる」

 

 変身していると集中力が僅かに増すからと宿題を片付ける時は危機管理フォームになっているシャミ子と、横から覗き込むように楓の顔を見やるミカン。即座に弁解した楓を、向かいの桃がちらりと見て、それからシャミ子を見る。

 

「楓、急になんでそんな質問したの?」

「ああ……ちょっと気になったことがあってね。ほら、桃やミカンも変身してるときって格好が変わるだろう? 今のシャミ子みたいに」

「……まあ、そうね」

 

 桃とミカンはお互いに変身した自分の格好を思い浮かべて楓の言葉に頭を振った。

 

「ふと、シャミ子の服は変身したあとどこに行ったんだろうか……と考えたら気になってさ」

「……まあ、言われてみれば」

「うが、がぶぶぶぶ……」

 

 ウガルルの顎を撫でてグルグルと唸るような声を出させながら、楓は桃に言う。

 

「じゃあシャミ子で実験してみる?」

「今『じゃあ』って言いました?」

「そこは引っ掛からなくていい」

 

 桃の言葉にシャミ子が反応し、ミカンと楓、ウガルルは何をするのかと首をかしげる。

 

「私も少し気になってたんだ。例えば変身した状態で服を着込んだら、変身解除したときの服は変身前と変身後のどちらの格好が優先されるのか──とか。シャミ子、ちょっと着替えてみて」

「突然ですね!? というか着替えがありませんよ、ここ楓くんの部屋なんですから」

「──あ、それならこれ使っていいよ」

「へ?」

 

 ウガルルを膝から下ろしてミカンに預け、シャミ子の背後にある押し入れから無地のTシャツと半ズボンを取り出す。それは、ウガルルが着用している普段着とサイズ違いの物だった。

 

「ウガルルが使ってるのは俺が小学生の時のお古だけど、こっちは中学生の時の奴だから、シャミ子ならピッタリじゃないかな」

「遠回しに私をチビだって言ってません?」

「そこは引っ掛からなくていいよ」

 

 桃の言葉を真似して薄く笑う楓は、上下セットのそれを手渡す。シャミ子は肌面積の多い格好の上にTシャツと半ズボンを着込むのは、どうにも不格好なのではないかと考えていた。

 

「これ本当に着ないといけないんですか?」

「その服が無事だったら持ち帰ってもいいよ。どうせ俺はもう着られないし」

「私がんばります」

 

 突然手のひらを返してやる気を出したシャミ子はいそいそと服を着込む。ズボンを穿くために腰のマントを外した事で余計に肌色が増したシャミ子から目線をそっと逸らした楓は、絵に描いたような笑顔のミカンと不意に目が合った。

 

「──怒ってるのか?」

「………………いいえ?」

 

 たっぷりと間を置いてから否定したミカンは、膝の上のウガルルを撫でながらそう言った。怒ってるな……と内心で独りごつ楓は、小さく息を吐いて着替え終わったシャミ子に目線を戻す。

 

「着替えましたよ!」

「……なんだか……アレだな」

「なんか背徳感があるね」

「二人とも散々言いますよね!?」

 

 マントが無いシャミ子の危機管理フォームは、ただの前当てで胸を隠し、ビキニパンツにガーターベルトにロングソックスという、外でこんな格好をしていたら通報不可避だろう姿をしていた。

 その上にTシャツと半ズボンである。

 半ズボンの裾からはガーターベルトの一部とロングソックスが露出しており、男物のTシャツもまた、一部がこれでもかと盛り上がっている。普通の格好の筈なのに、恥ずかしそうにするシャミ子は奇妙な色気を醸し出していた。

 

「……まあ、とりあえず、早速変身を解除してみてくれるか。これで変身後の服を優先するのか変身前を優先するのか、はたまた重ね着されるのかが判明できる」

 

「今さらですけど、こんなことをやってメリットとかあるんですか?」

 

「私と楓はもやもやが晴れる、シャミ子は寝巻きをタダでゲットできる。WINWINって奴だよ、もしかしたら歴史的解明にもなるかも」

 

「……本当ですか?」

 

「ごめん最後のは適当言った」

 

 

 

 

 

 むきー!! と言いながら桃に飛び掛かったシャミ子を窘めて数分。改めて疑問の解消に動いてもらうべく、楓はがるるるる! と威嚇しながらしがみついていたシャミ子に声をかける。

 

「それじゃあ、変身を解除してくれる?」

「……はい。戻りますよー……っと、はい」

 

 一瞬だけ光に包まれて危機管理フォームから戻ったシャミ子は、ロングスカートに縦セーターのゆったりとした服装をしていた。

 

「──あら、失敗かしら?」

 

 ミカンが呟き、シャミ子が自分の服装を確かめる。少し考える素振りを見せる桃が、楓の隣で思い立ったことを口にした。

 

「シャミ子、もう一回変身してみて」

「えっ、どうしてですか?」

「いいからやってみて」

「……は、はぁ……」

 

 言われた通りに再度光に包まれて変身を完了したシャミ子の格好は──Tシャツに半ズボン、その下に危機管理フォームの装備を付けた数分前の格好だった。あれ? とシャミ子が言うと、桃がやっぱりか、と呟いて続ける。

 

「多分、変身後の格好はシャミ子のイメージによって保存されてるんだと思う。分かりやすく言うなら、上書き保存……かな」

「な……なる、ほど……?」

「──これ結局、変身前の服が何処に行ったのかについての解明は出来てないな」

「ですね」

 

 ふふ、と小さく笑って、シャミ子はTシャツと半ズボンを脱ぐ。

 約束通りに服を受け取り、傍らに畳んで置くと腕を伸ばして若干疲れたような顔をした。短時間で何度も変身をしたり解除したからか。

 

「……ふぅ、少し冷えてきましたね」

「肌掛け使うか? 取ってくるよ」

「あっ、ありがとうございます楓くん」

 

 部屋の隅に置かれてる敷布団の上にある薄い毛布を手にとって広げ、シャミ子の背中に回して肩に掛ける。端を掴んで膝まで包んだそれの匂いを当然のように嗅ぐと、シャミ子ははふ……と満足気に吐息を吐いた。

 

「…………ふーん」

「桃、どうかしたか?」

「いや、別に。私もちょっと寒いなあとか、別に思ってないけど」

「そんなに寒いなら暖房点けようか」

「それは電気代がもったいないよ」

「ええ……」

 

 モ゛ン゛と不機嫌な態度を取る桃に不思議そうに困惑する楓を見て、くつくつと笑みを漏らしてミカンが耳打ちする。

 

「────」

「……なるほど。肌掛けが欲しかったのか」

「う゛っ」

「へぇ~? 桃も可愛いところがあるんですねぇ」

 

 ニヤニヤといたずらっぽく笑みを浮かべるシャミ子にムッとした顔を向けると、突如として負のオーラを醸し出しながら言う。

 

「……闇堕ちしそう」

「最近の桃、打たれ弱くないですか?」

「……そこは引っ掛からなくていい」

 

 ──このあと本当に闇堕ちした桃を元に戻すのに時間が掛かったのは、また別の話。

 

 

 

 

 

「……なんだか、どっと疲れた」

「お疲れ様、楓くん」

「──それで、ミカン?」

「あら、なあに?」

 

 夜、桃を元に戻してから解散したあと、布団を敷いて横になった楓を、ミカンが後ろから抱き締めていた。楓の後頭部が胸元に来るようにして、手を回して強く力を込めている。

 

「……いや、なんでもないよ。ごめんね、シャミ子達にばっかり構って。嫌だったろう」

「…………本音を言うと、ちょっとだけ。でもね、桃もシャミ子も楓くんの事が大好きなのは知ってるんだもの。私は貴方を閉じ込めておきたいわけじゃないのよ?」

「──出来るだけ気を付けるよ」

 

 手を上に回してミカンの頭に指を伸ばし、ほどいた髪をサラサラと梳す。ミカンはくすぐったそうに顔を楓のつむじに押し付け、同じシャンプーの筈なのに違うように感じる匂いを受け止める。

 

「かーえーデ!」

「うぐーっ……!」

 

 今度は歯磨きを終えたウガルルが飛び付き、楓の腕を枕にして前から抱き付いてくる。腹が圧迫されてうっと声が漏れたが、グルグルと喉を鳴らして甘えてくるウガルルには強く言えない。

 

「がうがう」

「全く……ウガルルにも力加減を覚えさせなきゃな。よく噛んでくるようになってきたし、そのうち腕に穴でも空きそうだ」

「そうねぇ。でも、人の指を甘噛みするのは楓くんに対してだけなのよ。好かれてるわね、なんだか嫉妬しちゃいそう」

「自分の娘に嫉妬しないの」

「まだ違うったら」

 

 まだ、ねえ。と呟く楓を見て、抗議するように後ろから抱き締める力を強める。

 それから少しして、カチリと電気を消して薄暗くなった室内を、楓の瞳だけが見渡す。

 

 

 

「────」

 

 楓は自分の瞳が普通ではないことを理解している。リコの妖術を掛けた眼鏡を付けていれば、多魔市の中で宙を漂う奇妙な力の流れに加えて、亡霊とでも言えばいいのか路地裏に時折見える半透明の何かを見ることもない。

 

 自分は普通の人間だという自覚もある。だからこそ、もしかしたら自分は普通ではないのかもしれないという確証を得るのが怖い。

 

 ──いつか、どこかで、真実を知るのが怖い。

 

「……ああ、くそっ」

 

 自分を抱き締めるミカンの手に自分の手を重ね、ウガルルの背中に片手を回す。

 

 幸せが零れ落ちそうで、皆が寝静まった夜に、楓は独りで恐怖している。




ちょっとだけ独自設定。

実際のところ変身前の服って何処に行ってるんですかね?桃が以前変身して戦うとダメージを引き継ぐから服がほつれるみたいなことを言ってたので、シャミ子みたいな変身できるまぞくの場合も同じ感覚なのか。


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DLC/EXストーリー『那由多誰何』
Prologue


『──あれ? おかしいなぁ、ここの家は夫婦の二人暮らしって名簿に書いてあったのに』

 

『……ああ、そっか。君、魔族の血が入ってるのに魔力がないんだね!』

 

『ごめんね、キミのご両親殺しちゃった。

 どうしよっか……人間の君まで殺せないし、でもこのまま放っておくのは可哀想っ! これはいけない! なんとかしなきゃねっ』

 

『──仕方ない、君の記憶を消すしかないね。何事も臨機応変に対処してこそだよっ!』

 

『本当なら君を可哀想な目に遭わせたくないし、一緒に殺してあげるべきなんだけど……名簿に名前がないイコール人間だから、殺すに殺せないんだ。だってそんなの正しくないでしょ?』

 

『……あれ、この写真の子って、もしかして君のお友達? 名前は……えー、折角だし教えてほしいなあ。ねっ、【話して】?』

 

『……ふうん、杏里ちゃんかあ。君の記憶だけを消したら矛盾が生じちゃうかもしれないし、こっちの家族の記憶も消さないと──』

 

『おっと、急に掴み掛かるなんてビックリした。……勇敢だね、お友達を狙われたから怒ったんだ。……正しいよ、君は優しい子だ』

 

『……そんな目で見ないで欲しいな、ぼくは決して化物じゃないんだよ? ほら……分かるかな、ぼくの心臓がドクドクってしてるでしょ』

 

『血が通ってて、温かくて、こうして生きてるんだよ。でもね、ぼくには叶えたい願いがあるんだ。ぼくは世界から『かわいそう』を無くしたい。その為には君のご両親を含めて、この町にいる魔族には糧になってもらわないと』

 

『だけどこうやって例外が出てきちゃうと、悲しくて、苦しくて、可哀想。だから、ぼくは何周目かのご褒美に『忘れさせる力』を貰ったんだ。そうすれば、一旦は悲しくなくなるからねっ』

 

『ほら……暴れないで、大丈夫。痛くないよ、君が忘れたら、今度はお友達の番。辛くなるだけの記憶には、蓋をしちゃおっか』

 

『君のご両親の残骸は粗末にしないし、君はこの事を思い出せなくなる。それだけだよ。……よしよし、力が抜けてきたね……』

 

『曲がりなりにも魔族と人間のハーフなんだし……出来るだけ深く力を使うよ。……ね、お姉さんと、約束してね。絶対に、何を忘れているのかを探らないこと、そして思い出さないこと』

 

『万が一にも思い出せちゃったら、辛いだけなんだから。……ごめんね、君が魔族だったら、ご両親と一緒に殺してあげられたのに』

 

『──ぼくの願いが叶えられさえすれば、君が忘れた記憶を思い出すことも、その必要も無くなるから。ぼくももっと頑張るよ』

 

『だから、ちょっとだけ……お休み』

 

『……ええっと、君の名前は……秋野────

 

 

 

 

 

 

 ────楓くん!」

 

 柑橘系の香りと共に、聞き慣れた声が届く。貼り付くように閉じられていたまぶたを開けた楓の眼前に、焦った様子のミカンが居た。

 

「っ──、ぅ、あ、あ゛ぁっ……!」

「楓くん、落ち着いて、大丈夫よ」

「……はっ、はっ……ミ、カン……?」

 

 破裂するのではないかと言うほどに心臓が早鐘を打ち、仰向けに寝ていた楓は、肩をミカンの手に押さえつけられている。

 

「……なんだ、どうした?」

「どうした、って……貴方がこんな時間に呻き始めたんじゃない。しかも寝ながら泣いてたし、暴れそうになったから押さえていたのよ。酷い汗……嫌な夢でも見たの?」

 

 肩から手を離したミカンに起こされ、目元に指を持っていった楓は目尻の滴を掬う。

 

「……いや、大丈夫だ」

「大丈夫なわけ──」

「いいんだ、どんな夢を見ていたのか()()()()()()()な。よくある事だ」

 

 寝汗で湿った上着を着替えて、タオルで顔の汗を拭う楓があっけらかんと言い放つ。

 

「……ねえ、楓くん、何か変よ。シャミ子に見てもらったらどう?」

「こんな時間に起こしたら迷惑だし、大丈夫だよ。ほら、早く寝よう。ウガルルまで起こしちゃったら()()()だろう──?」

 

 ふと、自分の言葉に違和感を覚える。

 何か絶妙な既視感が脳裏を掠め、しかして端から薄れ消えて行く。

 

 夢を見ても忘れてしまうのは、人間の仕方の無い機能である。だが、それでも──拭いきれない焦燥感が、楓の胸にしこりを残した。

 

 

 

 

 

 ──数日経過したとある休日、楓は言いようのない感覚に従って住宅街を歩いていた。

 偶然居合わせた杏里を連れて歩き始めて数分、()()にたどり着き足を止めた楓は、眼前の光景に言葉を失う。

 

「──何も、無い」

「あれ? 楓、知らなかったっけ」

「いや、待て、おかしいだろう。どうして()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

 家と家の間に、ぽっかりと何もない土地が広がっていた。大きさは周りと同じちょうど一軒家分で、故にこそ、その違和感は強烈だった。

 

「なんでって……()()()()()()()()じゃん。不思議だよねー、曰く付きなのかな」

「────」

「楓? どしたの?」

「……いや、なんでもない」

 

 土地の地面に染み付いたようなドス黒い何かを見ながら、楓は言葉を返した。

 不思議そうに楓を見る杏里は、どうやら、この『何か』が見えていないらしい。

 

「なあ、杏里」

「んー?」

「俺って、ずっと前から、シャミ子達が使ってるアパートで暮らしてたんだよな?」

「……まあ、()()()()()()()()()()ね」

「──記憶、か」

 

 そこでようやく、楓は合点が行く。楓は今まで、『何かを忘れている』という事実そのものを記憶から抹消されていたのだ。

 

「──忘れていたこと自体を忘れていた、という感覚を覚えたことはあるか?」

「あー……印鑑使ってたら昔の印鑑を思い出したけど、どこに仕舞ったか忘れた。的な?」

「大分違うと思うが、まあそんな所だ」

「うーん……やっぱりそういう時は、原点に立ち返るのが一番でしょ。思い返しながらさ、一歩ずつ、ゆっくりと……ね?」

 

 楓を見上げて、ふっと口角を緩める。

 その笑みに、楓はずっと救われてきた。

 

「原点、か。ああ……そうだな」

 

 ──収穫は、あった。あとは……この情報を誰に明かして、誰と協力するか。

 

「……前途多難だが……ようやく、俺は俺を知ることが出来るみたいだ」

「……中二病?」

「全く違うが」

 

 ウソウソ、と言って笑う杏里に、楓は怒れないでいる。帰るか──そう言って楓は、杏里へと手を差し出す。それから、杏里は問う。

 

「どこに?」と。

 

 楓は小さく笑ってから、答えを出した。

 

「うちのアパートに決まってるだろ?」

 

 

 帰路を歩く楓が、それとなく天を仰ぐ。見上げた先には、不可思議な、それでいてどこか安心感を覚える半透明の『膜』が広がっている。

 

 それを千代田桜の結界だと理解するのに時間は掛からない。そして()()を認識できるようになった自分が不気味に見えるのは当然の思考であった。秋野楓という人間は果たして本当に普通の人間なのか、そこまで考えて──

 

「楓くん」

「……ミカン」

「あら、杏里も」

「どーもー」

 

 それとなく手を離した杏里が、鉢合わせたミカンに手を振る。目尻を下げてさぞや嬉しそうに駆け寄ってくる彼女に、楓は頬を緩めた。

 

「どこに行ってたの?」

「……まあ、少し、考え事をね」

「私はそれに付き合ってたんだよ」

「そうだったの……ね、楓くん。今日の晩御飯はお鍋にしない? 杏里も一緒に、皆で」

「おっ、それなら良い鶏肉持って来るよ」

「決まりねっ」

 

 ……どう? と聞いてくるミカンを前にして、楓の頭に断る選択肢は無かった。

 

「うん、いいよ。じゃあ……帰ろうか」

 

 

 ──少し、過敏に考えすぎていたのかもしれないと、楓は思考する。

 複雑に考える必要は無いのだろう。こうして自分に関わってくれる人が居て、心の拠り所になるのだから、普通でなくとも……異常であっても──楓は『秋野楓』なのだ。

 

 

「……今度、小倉に頼ってみるか」

「なんて?」

 

 悩んでないで、前に進もう。

 どんな結末を迎えようと、受け入れるだけの覚悟が、楓にはあった。




次→原作で那由多誰何と和解したら


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焼肉まぞく

またぼちぼち書いていきます


「──そこか」

 

 伊達眼鏡の奥にある、黒と紫、濃紺が混ざったマーブル模様の暗い瞳が、せいいき桜ヶ丘の記念公園の枯れ木の根元を見ていた。

 

 青年──秋野 楓の瞳は、いつしか不可思議な力の流れを目視できるようになっていたのだが、()()を追って辿り着いたのがここであった。

 

「……次はシャベルでも持ってくるか」

 

 根元に近付き屈むと、楓は指先で土を押す。柔らかい感触だが、その奥には何かがある──と、それだけはなんとなく理解している。

 

 制服を汚さないようにとハンカチで汚れを拭うと、懐から取り出した携帯で時間を確認して、それから改めて学校へと向かった。

 

「……かれこれ、色々とあったな」

 

 ポツポツと降り始めた雨を避けるべく、傍らに置いていた傘を広げながら、楓はそんな風に呟く。同アパートの知り合いがまぞくで、魔法少女と出会って、紆余曲折を経て、ついこの間封印されたりもしたし、別の魔法少女とも結ばれた。ついでに言うと幼いまぞくに父親扱いされている。

 

「激動だったなぁ」

 

 そんな言葉が雨音に消え、白んだ吐息に混じって、宙へと吐き出されていた。

 

 

 

 

 

 ──窓辺で物思いにふける少女、シャドウミストレス優子改めシャミ子を見掛けた楓は、幼馴染の佐田杏里と共に声を掛ける。

 

「シャミ子、どうかしたのか」

「おーっす窓辺系まぞく。お悩みかい?」

「……楓くん、杏里ちゃん」

 

 振り返ったシャミ子の視界に入ってきた友人である二人の男女を前に、彼女は表情を和らげて口を開く。しかして腰から伸びる尻尾は、不安そうにゆらゆらと揺れていた。

 

「ここ最近で、色々とありましたよね」

「ああ……あったな、色々」

「楓はもうちょい深刻に考えなよ」

 

 他人事のようにあっけらかんと返す楓に苦笑を溢す杏里。なんのことやらと首を傾げる彼に、シャミ子が更に続けて言う。

 

「事件も多く起きましたし……魔法少女の事でも気になることがありまして……」

「桃に聞けばいいじゃないか」

「……なんとなく聞きづらいんですよ、今より関係が拗れたらと思うと」

 

 そう簡単に関係が悪くなるとは思えないけどな、と、言うは易しかと口をつぐむ楓。腕を組んで悩んでいる様子の楓を横目に、代わって杏里がシャミ子に悩みに答えた。

 

「そんなもの簡単だぞ~シャミ子。焼肉に誘えばいいんだよ、重苦しい雰囲気になったらカルビを焼けばなんか有耶無耶になるぞ!」

 

「な、なるほど……!?」

 

「ついでに言うと誕プレで渡したあの焼肉チケット、期限ギリだからはよ使え!」

 

「……そういえばそうでした!」

 

 肉屋の娘としてのダイレクトマーケティングに乗せられあれよあれよと予約の話になってゆく。その光景を見て、楓は呟いた。

 

「なんかちょっと頭の悪い会話になってないか……ああ、シャミ子、難しいようなら俺が代わりに予約するけど」

 

「だ……いじょうぶです」

 

 ──たぶん、おそらく、きっと。と続けるシャミ子に不安感を覚えるが、杏里というカンペ通りに話しているため問題はないだろうと結論付ける。だが、はたと疑問を一つ思い出す。

 

「──あのチケットって確か……」

 

 ……だが、自信満々の杏里を前にして楓も大丈夫かとかぶりを振る。

 あれが無料券じゃなく優待券なのは、渡した本人が分かっているだろう、と。

 

 それから楓はシャミ子の予約の完了を確認して、時間を見て教室に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 ──後日の土曜昼、楓と恋人のミカン、娘のウガルルが使っている一階の部屋に、千代田桃がどこか焦った様子で訪れていた。

 テレビと向き合うように置かれた部屋の隅にあるソファに座るミカンと楓、楓の膝を枕に昼寝しているウガルルを見て、桃は声を出す。

 

「ねえ、なんか突然シャミ子に焼肉に誘われたんだけど……」

「あらよかったじゃない」

「この間予約してたな、あの子」

 

 なにか問題が? とでも言いたげな目線×2を前に、桃はだってと言い、続ける。

 

「最近シャミ子、よくスマホ見てるし……なにか情報教材とか買わされてそう」

「なんて酷い風評被害なんだ……」

「というか、楓くんから聞いてたけれど、それ杏里の助言でやったことよ?」

「……そうなの?」

 

 目線を向けられた楓は、こくりと頷いて肯定する。それからミカンが言った。

 

「恐らくだけれど……これはガチなやつよ」

「────ガチ、とは……?」

「自分でも何を言ってるのかしら。ニュアンスで感じ取ってちょうだい」

 

 ソファに座り足を組み、キメ顔でしれっとそう言いきったミカンに、桃は困惑する。

 

「ちなみにミカンは……ガチったことある?」

「………………ないわね」

「………………ないな」

「その間はなに?」

 

 楓とミカンが顔を見合わせ、若干気まずそうに目を逸らし合う。

 何があったかいまいち分かっていない桃は眉をひそめるが、それからミカンに問う。

 

「ミカン……服貸して!」

「嫌ですけど……?」

「なんで!?」

「煙でクリーニングが大変だからよ」

 

 自身のファッションセンスが無いことを理解している桃はミカンの服を借りようとするが、当然ながら焼肉の煙や匂いを吸うと大変なため貸すことを良しとしない。

 

「俺もそういうのは得意ではないからな……この際だから服を買ってくればいいじゃないか。良ちゃんとか清子さんならアドバイスをくれると思うし、そっちを頼ってみたらいい」

 

「それはまあ……そうだけど……」

 

 真っ当な返答に口をつぐむ桃。その直後、ウガルルを起こさないようにと慎重にソファから立ち上がる楓を見てミカンが疑問を口にする。

 

「楓くん、どこか用事?」

「ん? ああ……まあ、ちょっとね」

「そ、気を付けてね。行ってらっしゃい」

「ん」

 

 携帯と財布だけを手に、上着を羽織って部屋を出て行く楓。

 それから一応とばかりに、他の知り合いのアドバイスを受けに二人もまた部屋を出た。

 シャミ子の妹・良子、母・清子、まぞくのリコと元魔法少女の朱紅玉と巡るが、さりとて有益な情報は得られない。いかんせん、そもそも知識が無いか女子力が無いかのどちらかなのだ。ついでに言うと清子は酔っていた。

 

 頭に獣の耳を生やし、ライオットシールドを片手に寅柄のシャツを着た桃が、服も売っているショッピングセンター・マルマに向かう背中を見送ると、改まってリコと共にアドバイスをしてくれた紅玉がミカンに声をかけて会話を再開した。

 

「なあミカンちゃん」

「……どうしたの、紅玉さん」

「いや、あー……楓くんの事でちっとな」

 

 店に戻ったリコを見てから、言いづらそうに口を動かしてから、おずおずと続けた。

 

「──楓くんって、()()()()()()()?」

「──は?」

「……別にキモいって訳やないんよ? 寧ろいい子やん、誰にも優しいんは美徳や」

 

 一瞬で額に青筋を浮かべて暗い表情をするミカンに弁明するように捲し立てる。そして、けどなあ……と続けて紅玉は口を開く。

 

「アタシに封印された件でなぁんも言わんのはどうにも変やろ。

 あのあと怒鳴られんのも覚悟しとったのに恨み言も無いし、気にしてもいない。

 そもそも怒ってすらいないなんて『優しいから』で片付けてええんやろか」

 

「──それ、は……」

 

「楓くん、今までも色んな問題に巻き込まれてるんやろ? これまでの問題に対して、一言でも文句を言ったりしてたんか?」

 

 外から来て日が浅い紅玉だからこそ気付ける、楓という青年への違和感。楓は不自然なほど優しく、不自然なほど()()()()

 同様に外から戻ってきて一年も経過していないミカンですら、言われてみれば確かにと、楓に対する違和感が湧いてくる。

 

「……私たちって、楓くんのことを……殆ど知らないんじゃないかしら……」

「アタシは来たばかりだからしゃーないけど、ミカンちゃん達がわからないとなるとお手上げやんな。本人に聞いたらアカンの?」

「──なんとなく、そういう質問はしないようにしていたわ」

 

 シャミ子も、桃も、ミカンも、全員が家族間に問題を抱えている。

 だからこそ、恋人とはいえ楓のプライバシーに踏み込むことはしなかった。ゆえに、気づいた頃には聞くタイミングを逃していたのだ。

 

『貴方のご両親はなにをしているの?』と。

 

 たった一人で光闇関係の人が暮らすのに使うアパートに居る違和感に、疑問をぶつける事が出来ないでいた。もしや、自身の呪いと自分以上に向き合ってくれた恩人を疑う事が憚られたのか。

 

「──でも、大丈夫だと思うの。

 私も楓くんも、シャミ子たちも、まだまだこれからがあるのだから」

「……せやなぁ」

 

 ふう、と息を吐いて後ろ手に髪をガシガシと掻いて紅玉はミカンに返した。

 

「余計なこと言ってもうて悪かったなあ」

「いいのよ、ちゃんと解決しないといけない問題なことに変わりはないもの」

 

 それから夕食の準備もあるからと紅玉と別れるミカン。手を振って見送った彼女は、薄暗くなるのが早くなってきた空を見上げて独りごつ。

 

「それにしても……どこに行ったのかしら」

 

 愛しの恋人がどこに出掛けたのかと気になるミカンは、一人静かに呟いて首をかしげていた。

 

 

 

 

 

 ──シャミ子が桃と焼肉しながら語らうという計画を失敗に終わらせている裏で、楓はばんだ荘の倉庫から持ち出したシャベルを肩に担いだまま記念公園に訪れていた。

 

 誰もいないのをいいことに、楓は根を傷つけないようにと気を付けながら、瞳が捉える力の塊を掘り返そうとシャベルを地面に突き刺す。

 少しして、ガツっと固いものと刃先がぶつかり、その周囲を掘り返して中身を取り出した。

 

「……壺……?」

 

 それは、中身の無い空の壺だった。しかし、その壺に残る力の残滓は濃密で、()()を直視した楓はくらりと眩暈に襲われる。

 

「────っ」

「まだ時ではない」

「……メタ子……」

 

 壺を掘り返した楓の元に、しゃがれた声の老猫──メタ子が、いつの間にか背後に座っていた。楓にはメタ子の表情の機微は悟れぬが、その顔はまるで、憐れんでいるように見える。

 

「時ではないのか」

「そうだ。まだ時ではない」

「なら、何時がその時なんだ?」

「……まだ、時ではない」

「──なあメタ子、お前はそれしか()()()()のか? それしか()()()()のか?」

「……まだ時ではない」

 

 押し問答か、と脳裏で呟き、分かったとだけ言って楓は壺を埋め直す。

 これで楓の頭の中には疑問が出来た。すなわち壺には何が入っていたのか、なぜ今は何も入っていないのか、これを誰に相談するべきなのか。

 

「……ああ、くそっ、別の疑問が増えるなんて、想定出来るわけないだろ……っ」

 

 ザクッザクッと土を被せながら、うわ言のようにぼやく楓。

 それを後ろでじっと見つめるメタ子が、何を考えているのかなど分かるわけもなく。

 

 埋め終えた楓は、シャベルを片手に、空いた片手でメタ子を持上げて踵を返す。

 

「ほら、帰るぞメタ子」

「なぁう」

 

 腕の中で、とぼけたような声色で鳴くメタ子。楓は呆れたような表情を浮かべて、すっかり暗くなった道を歩いて行く。

 

「──なあ、メタ子。変に聞こえるだろうけどさ、俺って……怒れないんだ」

「なぁお」

「人を恨めないし、怒りを抱けない。だけどもし、この問題が人災だったとしたら──」

 

 

 

 ──俺はその人を恨まないでいられるのだろうか。その質問に返答する者は、居なかった。




楓くんの最近の悩み
・嘘かマジか判別出来ないトーンでウガルルに「パパ」と呼ばれること


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変身まぞく

 シャミ子が焼肉の一件で失敗し、楓の悩みが増えた後日、二人は共通のメッセージを受け取り、廃工場に足を踏み入れていた。

 

「バトルフォームの試着にここをチョイスするということは、物騒な話なのか」

「楓くん、おそろですよOSORO!」

「そうだね」

 

 尻尾を荒ぶらせるシャミ子を言葉少なに窘めつつ、先に来ていた二人と合流する。

 

「二人とも、こっち」

「桃、ミカン。それでバトルフォームとはいったいなんなんだ?」

「それについては今から変身するんだけど……たぶん初見の楓とシャミ子はビックリすると思う。でも、ノーリアクションでお願い」

「えっ? ああ……はい……?」

 

 念を押す桃と横でストップウォッチを構えるミカンを交互に一瞥した楓とシャミ子を前に、桃は集中力を高めて行き──

 

「フレッシュピーチセカンドハーヴェスト! 

 ハ────トフルチャ──ジっ!!」

 

「なんて?」

 

 二人の素の疑問を余所に、そう唱えた桃の体と風景が光に包まれ、どこからともなく曲が聴こえてくる。ものの数秒で姿を変えた桃を見て、楓とシャミ子はそっと顔を見合わせた。

 

(ハート)あらたにここに見参! 

 フレッシュピーチセカンドフォーム!!」

 

 些か説明し難い格好の桃に目線を戻して、それから更に疑問符を増やす。

 

「……なんて……?」

「変身タイム5.03秒よ」

「5秒の壁が切れないか」

「あの、今の何ですか……?」

 

 ストップウォッチを見て悩ましげにする桃は、それからくるりと二人に向き直る。

 

「何か言った?」

「恐らくそれを言いたいのは俺たちだと思う」

「なにか不可思議な間というか、コーラス的なモノが流れませんでした!?」

「そこは引っ掛からなくていい」

「ちょっとは説明してあげたら?」

 

 一昔前の応援団めいた格好の桃を前にして困惑する二人に、ミカンが近付き話し掛ける。

 

「あれは光の力を体に降ろす巫女舞い。魔法少女(わたしたち)が変身するための儀式なの」

「そうなのか……」

「私達は変身バンクって呼んでいるわ」

 

 変身バンク……! とテンションを高めるシャミ子が、そのまま桃に向いて問いかけた。

 

「ところでハートフルチャージとはいったい」

「別にいいでしょ!? ハートフルチャージしないと光の力が降りてこないんだよ!」

「そうか。ハートフルチャージしないといけないなら、仕方ないな」

 

 からかうような声色の楓にむすっとした顔を向ける桃。すっと目線だけを逸らす楓の隣で、ミカンが更に続ける。

 

「あの時間は一種のトランス状態だから、意思に反して勝手に舞い散らかしちゃうのよ」

「……今までは一瞬で変身してなかったか?」

「あれは熟練の魔法少女の必須技能」

「敵の前でもたもたしてたら潰れ蜜柑になっちゃうのよ。それでも新人の子は着替えに時間掛かったり、うっかり全裸になっちゃうこともあるのよね~ちなみに昔のももも────

 

「────っ」

 

 トンっと首に感じた衝撃を最後に、ミカンは言いきる前に楓へともたれ掛かり気絶する。

 咄嗟に受け止めた楓が、ミカンを横向きに抱き上げて支えた。

 

「……このフォーム速度は出るな」

「……桃、あんまり乱暴してくれるな」

「余計なことを言うミカンが悪いんだよ」

 

 口を尖らせて反論する桃だったが、ちらりと楓の顔を見てからシャミ子に向けて言う。

 

「……この前の小倉爆弾の時はフォーム改造中で間に合わなかった。私はパワーはあってもスピードが無いから、シャミ子はテンション上げてるけど、わりと切実な問題だったんだよ」

 

「桃……」

 

「シャミ子はだいぶ戦えるようになってきてる。これからの私の役割は盾であり切り込み役。ということで、これが私の新フォーム……シャミ子とおそろっぽくしつつ機動力重視、しばらくはこれで修行しようかと──」

 

「まてぇ──い!!」

 

 ──突如として聞こえてきた怒声に、桃の言葉が遮られる。振り返るとそこには、ドラム缶の上で仁王立ちするリリスが居た。

 楓たちは気絶から復活したミカンを交えて、突然やって来たリリスの文句に耳を傾ける。

 

「ごせんぞ!?」

「うわ、リリスさん」

「なにが『うわっ』だ楓このやろう! このような楽しい場に余を呼ばずして誰を呼ぶ!」

「えっ、小倉……」

「マジレスやめろ!」

 

 ダンダンと地団駄を踏むリリスは、ふんっと鼻息を荒くして、それから桃の新フォームを睨むとその場の全員に向けて言った。

 

「貴様らにはこの戦闘フォームの問題点が分からぬのか? もっとよく見ろ!」

「も、問題点……!」

「……あー、まあ……」

「えっ楓くんはわかるんですか?」

「……ミカン、パス」

「そ、そうねぇ……」

 

 リリスと楓、ミカンは恐らく意見が一致している。それから代表して彼女が口を開き──

 

「──めっっっちゃダセェわね」

「だ、ださ……っ!?」

「鬼ダセェぞ」

「鬼……!?」

「どこがシャミ子とお揃いなのかわからない」

「…………」

 

 ──と、バッサリと切り捨てられた。

 本気で困惑している桃に、リリスとミカンは尚もバッサリと指摘する。

 

「取って付けたフリルとかいらんだろ。各パーツの色も噛み合ってないぞ」

「腰のマントも長さが微妙じゃない?」

「腕の丈感も余には理解できん」

「膝のアップリケみたいな保護パーツも変よ」

「首の忍者マフラーはどういう気持ちで着けたのだ? 裸の方がマシだな、ハートあらたに参上できとらんではないか」

 

 ボロクソに言われた桃は、静かに背後に回りリリスを締め上げていた。

 

「ぐえーっ!?」

「そこまで言うこと無くない……?」

「桃、言いたいことは二人が言ってくれたから俺は何も言えないんだ」

「…………シャミ子はどう思う?」

「え゛っ……いやあ、その……ろ、ローラースケートは違うかなって」

「──!?」

 

 まさかシャミ子にもそう言われるとは思ってもいなかったのだろう、桃の顔が驚愕に歪んで更に困惑を極める。

 

「なんで……? ローラースケート早く動けるよ? 機能的でしょ……?」

「滑ってるぞ、ローラースケートだけに」

「というかこの姿も私なりに色々考えて……」

「よぅし、余が機能をより上げつつかっちょいいフォームにしてやろう」

「話聞いてます?」

「なあにシャミ子のフォームを監修した余を信じろ、期待しておけ」

 

 リリスの言葉に、桃が露骨にぎょっとした顔をしてシャミ子とリリスを見返す。

 

「私が露出まぞくの格好!? 絶対無理!」

「……むり…………」

「あっ、いや、その、私が着るのが駄目という意味であってシャミ子が悪い訳じゃ……」

「えーいつべこべ言うな、とっとと脱げ!」

「えっ、ちょっ──!?」

 

 有無を言わさず、リリスが桃の謎服をひっぺがす。ばっと顔を逸らした楓の顔に、背伸びをしたミカンが手を伸ばして視界を遮った。

 

「絶対見ちゃダメよ」

「見ませんが……」

「本当かしら?」

 

 楓は器用にも眼鏡と顔の間に指を滑り込ませたミカンの嫉妬混じりの行動に弁明しつつ、リリスの監修でおそらく衣服の布面積を減らされているのだろう桃に同情する。

 

 彼には預かり知らぬ事だが、横で同じように顔を隠すシャミ子は指の隙間からバッチリと脱がされて行く桃を確認していた。

 

「──あとはここに謎ベルト! テカテカ質感! 黒猫耳! ハートのタトゥー! 

 これで完成つよつよハートフルデビル桃フォーム! はいテコ入れ完了!」

 

「……ミカン、見ても大丈夫なやつ?」

「ダメなやつよ」

「そっかあ……」

 

「──いい加減にせんかーっ!!」

 

 楓からすればリリスの解説からおおよその格好は想像がつくが、言えば余計な嫉妬を買うため黙っておく。そして、好き勝手にされて遂に本気でキレた桃が魔力を吹き荒れさせ闇堕ちした。

 

「真面目にやろうよ……フォーム選びは遊びでやってるんじゃないんだよ……」

 

 そのままリリスを振り回しかねない桃を落ち着けるが、荒れた様子は戻らない。

 

「あんな格好で戦うなら死んだ方がマシだよ! シャミ子はヘソしか見ないし! というかローラースケートが滑ってるってなに!?」

 

「す、すまん……」

「すみません、つい……」

「でもスラッとしてて可愛かったわよ?」

「俺は何も見えなかったんだけど」

「楓くんには刺激が強いわ」

「そっかあ……」

 

 終いには闇堕ちのまま消えようとする桃を引っ張って帰ることになったのだが、特に新フォームが受け入れられるということは無かった。

 

 ばんだ荘に戻ってきた面子のうち楓とミカンが部屋に戻り、残った全員が吉田家に入り天井裏の小倉に相談を持ち掛ける。

 上での話をメッセージで確認したミカンは、お茶を淹れている楓にそのままを伝えた。

 

「桃の戦闘フォーム、闇堕ちの姿をそのまま使う案に落ち着いたみたい」

「それはよかった……のかはさておき、まあ……あの格好はな、いかんだろう」

「あれは流石にダセェからよかったのよ」

 

 そう言ってから湯気の立つお茶に口をつけて、ミカンは笑みを浮かべる。

 

「ね、桃のテコ入れフォーム、見たかった?」

「……どんな返答なら満足するんだ?」

「そうね……『お前が着てくれるなら』とか」

子供(ウガルル)の教育に悪いだろうからやめよう」

 

 それもそうね、とミカンは笑う。上の部屋でハートフルチャージをねだるシャミ子が角を掴まれ怒られているとは、露程も知らないまま。

 

 

 

 

 

 ──そして、自室に戻った千代田桃は、昼の光景を思い出していた。

 それは、セカンドハーヴェストフォームでミカンの背後に回って気絶させた時のこと。

 

「……あのときの楓は、明らかに妙だ」

 

 ソファに座り、膝の上で眠るメタ子の返答もない独り言。桃はハーヴェストフォームの速度がかなりあることを自分の身で理解した。

 だからこそ、ミカンの後ろに回り込んだ桃を確かに()()()()()()楓と目が合った事が、どう考えてもおかしいのである。

 

「楓は普通の人間のはず……なのにどうして」

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()

 

「つい最近までその兆しが無かったから、魔力を持ち始めたのは最近。もし仮に楓がまぞくの血を引いていたのなら……もしかして……あのときアイツに……っ!!」

 

 自分の発言に、桃は口を押さえて絶句する。まるで点と点が繋がるように──過去の因縁が絡み付く。両親の話を一度もしない楓の顔を思い浮かべ、ほぼ確定の推測が脳裏を掠めた。

 

 

「────楓……」

 

 ぽふ、と、体を丸めてメタ子の背中に顔をうずめる。そうして桃は一人、幼子のように罪悪感から体を震わせて、夜を明かして行く。



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番外まぞく

ほんへが短めなのでこっちも短め


 ある時、ミカンとウガルルの三人で出掛けていた楓は、道中でシャミ子と鉢合わせた。

 

「シャミ子、買い物か?」

「……ええ、はい」

「あら、どうかしたの? 元気ないわよ」

「いえ、実はですね……」

 

 気まずそうに楓を見てから、シャミ子はミカンを手招きする。

 背中を預けてくるウガルルに指を齧られながら遠巻きに二人が耳打ちする様子を観察していると、シャミ子が顔を赤くして、ミカンが何かを察したかのように頷いていた。

 

 シャミ子を連れて戻ってきたミカンは、おもむろに楓へと提案する。

 

「ね、楓くん、よかったら服屋さんに行ってもいいかしら?」

「別に構わないが、シャミ子の用事か? ウガルルが退屈しないといいけど」

 

 下に顔を向け、見上げてきたウガルルの顔を覗き込む。がう? と疑問符を浮かべたウガルルは、ふとその耳に何かを捉え、楓の腕からするりと抜け出して駆けて行く。

 

「ウガルル!?」

「ミカン、シャミ子、追いかけるぞ」

「は、はいっ!」

 

 ウガルルが走っていった方角へと走る三人は、少しして杏里とも鉢合わせた。向こうも楓たちに気付いたようで、小走りで駆け寄ってくる。

 

「楓っ、ミカンとシャミ子も。ちょうどよかった~、あれ見てよ」

「なん…………」

 

 杏里が指差した方向を見ると、そこにあった壁に埋め込まれた土管の中に、誰かが入っている。足と尻が飛び出しており、その特徴的な動物の毛のある足は紛う事なきウガルルのそれだった。

 

「う、ウガルル──っ!?」

「どうして……」

「杏里、何があったんだ?」

「いやあ、なんかウガルルちゃんが急に走ってきたと思ったら土管に突っ込んじゃって」

 

 慌てて腰を掴んで引き抜いた楓の腕に宙ぶらりんのウガルルは泥に汚れていたが、その手には同じく汚れている子猫が抱えられていた。

 

「こら、ウガルル。急に走ったら危ないだろう……その猫の鳴き声が聞こえたのか?」

「がう。ごめン……」

「首輪が無いから野良だねぇ」

 

 ウガルルをミカンに任せて、楓が受け取った猫の様子を確かめる。

 杏里がペットボトルの水で軽く顔を洗ってやると、首に首輪が付いていないことに気付く。

 

「ミカンとシャミ子はウガルルを銭湯に連れていってあげてくれるか。俺は杏里と一緒に、保健所にこの子を預けてくるから」

「ミカンママ~、折角だしウガルルちゃんに服買ってあげなよー」

「誰がママじゃい!」

 

 全く……と呟きながら、ミカンはシャミ子とウガルルを連れて銭湯に向かう。残された楓と杏里が顔を見合せ、猫がにゃあと鳴いた。

 

「……楓パパ?」

「やめんか」

 

 

 

 

 

 ──諸々の想定外を済ませ、杏里と別れて服屋でミカンたちと合流した楓。

 銭湯に入ってどことなくスッキリした様子のウガルルを連れて服を見て回っていたが、子供にはどうにも服選びは退屈らしく。

 

「……ああ、全く子供ってやつは……」

 

 ほんの数秒目を離した隙に、ウガルルが消えていた。ミカンにシャミ子の用事を優先させて自分で面倒を見ると言った直後にこれである。

 

「ミカンの方に行った可能性もあるか」

 

 楓はミカンに携帯で連絡を取り、ウガルルが行っていないか問い掛ける。

 

「……ミカンか? ごめん、ウガルルが居なくなった。ああ。子供には退屈だったらしい」

『こっちには来てないわよ。ねえ楓くん、迷子センターには行ってみた?』

「これから行く。俺で探すから、ミカンはシャミ子の用事を片付けてあげてくれ」

『ええ。お願い』

 

 通話が切れ、携帯の画面を消してポケットにしまう。そのあと直ぐに、館内放送で迷子のお知らせが聞こえてきた。

 

【迷子のお知らせです。たま市からお越しの()()()楓さん、陽夏木ウガルルちゃんが三階の迷子室でお待ちです】

「………………ううん」

 

 離れたところで同じようにミカンが頭を抱えている光景を思い浮かべながら、楓は目頭を指で押さえ、絞り出すように呟いた。

 

「まだ陽夏木じゃねえ……!」

 

 

 

 

 

「──すみません、お世話になりました」

 

 ウガルルを引き取り、係のスタッフに会釈してその場を後にする。抱き上げられた腕の中で、ウガルルはもぞもぞと暴れ、肩に噛み付く。

 甘噛みではあるがなにかが不満らしい少女に、楓は店内を歩きながら問い掛ける。

 

「ウガルルー、何がしたいんだー?」

「……うー、がうゥ。わからン」

「わからんか。そうか」

 

 諭すような声色で、会話が途切れる。そろそろ買い物が終わっただろうミカンたちと合流しようと服屋に向かうと、近くのベンチで二人が休憩するように座っていた。

 

「あっ、楓くん」

「ウガルルさんも」

「買い物は終わったのか?」

「ええ。私の方でウガルルのお洋服も買ったから、帰りましょうか」

 

 席を立つ二人が近寄り、あの、と声をあげたシャミ子が袋を片手に視線を集める。

 

「私は、一足先に帰りますね」

「ん、用事か?」

「いえいえ、家族水入らずという奴ですよ」

「だからママじゃねえ言うとろうが」

「いいんじゃないか、言葉に甘えるのも」

 

 えっ、と言って楓を見るミカンだが、言葉を返す前にそそくさと足早にシャミ子が立ち去る。

 

「……どうしたの?」

「ウガルルが甘えたがりでね」

 

 遅れて店内から出ようと歩く楓に抱っこされたウガルルは、肩に顔をうずめたまま動かない。ミカンは、今日はやけにわがままだと考える。

 

「さっき館内放送で『陽夏木』楓、なんて言われてただろう。アレはウガルルがそう言ったんだろうけど、たぶんこの子、本当に俺たちを親だと思っているんじゃないか?」

 

「…………えっ」

 

「ミカンの中に10年近く居たとはいえ、ようやく少しずつ情緒や理性、感情を育んでいる最中なんだ。甘えられる相手が必要なんだよ」

 

 ぎゅう、とウガルルが楓の首に回す腕が強まる。ああ──と、合点が行ったようにミカンが吐息を漏らした。

 

「そうなの──いえ、そうよね。元は召喚された悪魔だったんだもの、ウガルルという個体ではあっても、誰かの子供ではないわ」

 

「なあ、ウガルル。君のそのわがままは成長の証なんだよ、わからないなら少しずつ理解すればいいし、俺の事も父親だと思っていい」

 

「…………いいのカ?」

 

 顔を上げて楓を見やり、頷く彼へと強く頬擦りをする。その光景を隣で見ていたミカンは、おもむろに携帯の写真アプリを起動して、三人が写り込むように自撮りをした。

 

「ウガルル、それなら私の事も、たまには……ママって呼んでもいいわよ」

 

 ──少し複雑だから、本当にたまに、ね。そう言って柔らかく笑みを作るミカンが、楓には……本当の母親のように見えていた。

 

「────」

「……楓くん?」

「ああ、いや、なんでもない」

 

 チリ、と脳裏に火花が散る。何かを、思い出そうとして、一瞬思考が止まる。

 帰り道歩く途中、飛び立つ鳥から抜け落ちた羽根が、何時までもまぶたに焼きついていた。

 

 

 

 

 

「ところで、シャミ子の買い物はなんだったんだ? 俺には話しづらい事だったのか?」

「……下着のホックが壊れたらしいのよ」

「…………なるほど、確かに言いづらいな」




【夫と娘が出来ました♡
まだ結婚してねえけど笑
(画像表示)】

──その日、ミカンの携帯に掛かってきた両親と担任の鬼電の回数は3桁を超えた。

あと楓くんにわりと本気で怒られた。


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結界まぞく

ターニングポイント

小倉編は短く何話かに分けます


「──あぁあやっぱり磨り減ってるよぉ……!」

 

 吉田家の扉に張り付いてそう呟く小倉しおんを前にして、楓と良子は顔を見合わせて苦笑をこぼす。ある日そんなことを言い出した小倉に、代表して楓が話しかける。

 

「確か桜さんが吉田家に使った魔法少女避けの結界のことだろう?」

「そうだねぇ……見てよこれ、どう見ても前より磨り減ってる。結界が決壊……ふふ」

「冗談言ってる場合か」

「そうなんだよぉ! これが無いと色々困るからせめて応急処置したいんだけど今現在暗黒役所が機能してないんだよぉ……せめて杖があればいいのに千代田さんがマークしてるしぃ……」

 

 虚空に独りごつ小倉に、楓はため息をこぼして手すりに寄り掛かる。

 

「駄目だな、いつもの癖が出た」

「お兄、大丈夫かな……」

「大丈夫だよ、なんだかんだ言って小倉は頭いいし優秀だからね」

 

 そっと良子の頭に手を置き、割れ物を触れるように優しく撫でる。意識がこちらに戻ってきた小倉に頼まれて道具を取りに行った良子を置いて、残された楓と二人で会話を再開した。

 

「……この結界の紙、前はもっとあったよな。もしかして、シャミ子たちが魔法少女と会うたびに磨り減っていたのか?」

「そうなるかなぁ」

「……この結界、少なくとも桃と会う前からすり減っていたぞ」

「えっ、そうなの?」

 

 ということはつまり、と続けて、楓は幾重にも折り重なっている結界の魔力を目にしてくらりと眩暈を起こしつつ言った。

 

「──桜さんが結界を貼ったあとに、桃より前にシャミ子たちに会おうとした奴が居る」

「……どうかなぁ、とにかく今は結界の応急処置が必至だからそっちに意識を向けないと」

 

「小倉さんっ、持ってきたよ」

 

 天井裏の部屋から小倉の指示通りに道具を持ってきた良子からそれを受け取り、小倉は扉の結界に処置しようと対応する。

 

 ──だが、楓の目は、絶妙なバランスで保っていた魔力が()()()のを視認した。

 それは例えるなら、崩れる寸前のジェンガから1本を引き抜いたようなものだった。

 

「──小倉っ!」

「あっこれやば──」

「お兄っ、小倉さん!」

 

 咄嗟に駆け寄った楓が小倉の腹に後ろから腕を回して下がろうとするが、それ以上の力で小倉が、そして楓が扉の結界に引き寄せられる。

 

 近づこうとした良子を片手で制止して、その足元に自分の携帯を投げた。

 

「良ちゃん! すぐにシャミ子と桃を、呼んで、くれ────」

 

 パッと光が溢れたその直後、顔を腕で覆った良子の視界からは、二人の姿が消えていた。

 

 

 

 

 

 ──再び目を覚ました楓が最初に視界に納めたのは、自分を見下ろす小倉の姿。

 

「…………よく寝てたねぇ」

()()は……」

 

 自分を膝枕していたらしい小倉から離れると、楓は、神妙な面持ちでさらりと聞いた。

 

「──お前は誰だ? 小倉ではないな」

「あー、やっぱり気付くかぁ。割合的には8割くらい、2割は……目が発達しなかったのかな? 外のことはよく分からないからなぁ」

「……お前は、誰だ」

 

 どこか雰囲気が違う小倉に、楓は数歩後ずさる。そんな楓に、小倉はあっけらかんと返す。

 

「今この場では君から信用を得ないことには始まらないから言ってしまうけど、私は君の言う『小倉しおん』ではないよぉ」

「……そうなのか」

「あの子は私の最後の一頁。そして私は、この世界に辛うじて逃げ込めた死に損ない」

 

 何もかもを諦めたような、達観した表情で、口角と目尻を緩めて薄く笑うと彼女は続けた。

 

「──私は智慧と時間と書物を司るまぞく、気軽にグシオンちゃんって呼んでねぇ」

「……グシオン……?」

 

 ──ズキ、と楓の頭が痛む。

 

「つまり、ドッペルゲンガー?」

「全然違うよぉ。分身、かな」

「じゃあ小倉もまぞくなのか?」

「まあ、厳密にはそうなるのかな? 本人は知らないだろうけどね」

 

 くつくつと笑う小倉──グシオンに、楓は警戒心を僅かに緩めつつも辺りを見回して聞く。

 

「俺と一緒にここに来ている筈の小倉が居ないのはどうしてだ?」

「ああ……訳あって白兵戦になったから、拘束して仕舞ってあるよぉ」

「………………そうか……」

 

 頭痛とは別の意味で頭を押さえ、改めて楓はグシオンに質問を続ける。

 

「どうせあとでシャミ子たちが来るだろうから、今は俺の用件を優先させてもらうが」

「いいよぉ、といっても、君が知らないだけで、色んな時間のなかで私と君はこうした会話をしているんだけれどねぇ……」

 

 手元に取り出した本をパラパラとめくって、それを閉じたグシオンは笑う。

 

「……つまり?」

「平行世界、パラレルワールド、マルチバース……メディアミックス……は違うかな。

 要するに、ここもまた分岐した世界の一つなんだよぉ。こうしてグシオンと出会った楓くんがいれば、出会わなかった楓くんも、それ以前の何処かで死んでしまった楓くんもいるの」

「……俺は、俺が気づいていないだけで、同じ質問を既に何回もしているのか」

「その通り~」

 

 本を虚空に消して、グシオンはピンポーン、といって両手で(マル)を作る。

 

「なら、俺が何を聞きたいかもわかっているんだろう? 教えてくれ、俺は『何』なんだ」

 

「──『何を忘れているのかすら忘れている』『魔力を視認できるようになった瞳』『喜怒哀楽からなにかが欠けている』そりゃあ怖いよねぇ、恐ろしいよねぇ。わかるよぉ」

 

「……俺は、人間では、ないのか」

 

 グシオンは眼鏡の奥で目尻を緩め、哀れむように、同情するように、それでいてあっけらかんと、聞かれたことに淡々と返した。

 

「そりゃあだって、君は魔族の血を引いてるからねぇ。厳密には純人間では無いねぇ」

「────そうか」

「薄々分かってたんじゃない? そもそも君は、ずっと前から、『魔族と魔法少女用のアパートで暮らしている』んだもん」

 

 ──気にしなかった、否……気にしないように()()()()()()()楓は、自分の心臓が早鐘を打つのを感じる。

 

「……なら、俺は、『何』のまぞくなんだ?」

 

「──目に関する魔族、としか言えないかなぁ。ヒントとしては、エジプトの、目がキーワードの神様の、その力を引き継いだ末裔」

 

 さあ、なーんだ? 

 

 そう言って、グシオンは、笑っていた。



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2

『俺はね、楓。お前の中にある魔族の血が薄くて良かったと思っているんだ』

 

『翼なんて無くたって、今の人類なら何処へでも行けてしまうからね』

 

『俺の眷属になった母さんは半魔族みたいなモノだけど、お前は違う』

 

『楓は人として生きて、ちょっとだけ誰かの助けをして生きていけばいい』

 

『大丈夫、俺たちに何があっても、お前だけは凄い大魔族……俺の一族の同期? いや、先輩……のところで保護してもらえるからな』

 

『……どんな選択をしてもこうなるんだから、この力は、あまりにも残酷すぎるよ』

 

『それでも、これが一番最善なんだ。こうしないと、楓が力を受け継ぐまでの時間を稼げないし、お前があの子達に出会えない』

 

『──楓、俺はね……どこまでも見通せる眼なんて、欲しくなかったよ』

 

 

 

 

 

「さぁ~て前回のあらすじは~、楓くんが私の分身と一緒に結界の中に落ちてきて、自分がまぞくの末裔だと気づきましたとさっ」

「……誰に言ってるんだ?」

(そっち)ではないねぇ」

 

 虚空に向けて妙なことを口走るグシオンに眉をひそめる楓は、彼女との会話を続ける。

 

「目に関する神話のまぞくと言われても、俺にその手の知識は無いのだが……一応の参考までに、この会話は何度目なんだ?」

「だいたい200回超えてからは数えてないかなぁ。だって、きみはここに来るまでに死ぬ回数のほうが多いんだもの」

「……違う可能性の俺というのは、そんなにも居るのか」

 

 居るよぉ? と言って、グシオンは楓を見てあっけらかんと返した。

 

「例えば吉田良子ちゃんが魔族に覚醒する世界もあったしぃ、きみが陽夏木ミカンちゃん以外の誰かと恋人関係になる世界もあるよ?」

「……それは、お前とも、か?」

「まっさかあ、私は原作(このせかい)で君たちがなんやかんやし始める前に退場してるからねぇ」

 

 退場……と呟いて、楓は思案する。それからグシオンに、気になったことを問い掛けた。

 

「この町のまぞくは、殺されたのか?」

「ノーコメント」

「……お前は何を隠しているんだ?」

「ノーコメント」

「グシオン」

 

 淡々と返すグシオンに、さしもの楓の声にも熱がこもる。かぶりを振った彼女は、窘めるような平坦な声色で楓へと口を開く。

 

「『答えられない』が答え、だよ。過去の出来事を知る場はここではないし、未来を知ろうとするという行動そのものが可能性を歪ませる」

 

「……そうなのか」

 

「今の私に未来を知る術は無いけれど、私から事細かに過去何が起きたかを知ってしまうと、問題を片付けられるあの子達の、ひいては小倉しおんの死亡率が跳ね上がり、ついでに君も死ぬ」

 

 眼鏡の奥の淀んだ瞳に射抜かれ、楓は無意識に後ずさる。その直後、楓の目は真上で発生する空間の歪みを視認した。

 

「誰だ……まさかシャミ子?」

「そうだねぇ、君が気絶している間に、私と白兵戦になる前の小倉しおんが外と連絡を取っているからねぇ。確実にシャミ子ちゃんと桃ちゃんが救出部隊としてここにやって来るよぉ」

「……不味くないか?」

「不味いねえ」

 

 他人事のようにニコニコと笑みを崩さないグシオンに、楓はくらりと眩暈する。

 それからパキパキと空間が割れ、グシオンの言葉の通りに、闇堕ちフォームの桃と危機管理フォームのシャミ子が落ちてきていた。

 

「──おっ、と」

「ぷぎゅ」

「大丈夫か?」

「か、楓くん……」

 

 楓が咄嗟に受け止めると、腕の中でシャミ子が落下の衝撃に目を回していた。

 その隣に着地した桃が、楓の無事を確認してホッと胸を撫で下ろす。

 

「よかった、無事で」

「…………まあ、なんとかな」

「……?」

 

 シャミ子を地面に下ろす楓に、桃はふと違和感を覚えるが、意識を切り替えて見回す。

 

「小倉も無事みたいだね」

「うん、助かったよぉ」

「それで、ここはなんなの?」

「ここはねぇ、運命の残骸の溜まり場……かな。結界が防いだ危険な可能性を溜め込んでるんだけど、それが重なり合いすぎてこうなった」

 

 時空が歪み、ある種の無限回廊のようになっている世界を見回して、それから三人に話す。

 

「例えばほら、シャミ子ちゃんちの洗濯機が最新式になってるでしょぉ?」

「え、うわっ本当だ! 見たことない形の洗濯機になってます!」

「こういったモノを魔力で消して回れば、この世界も元に戻る。本当は結界ごと捨てるべきなんだけど、重すぎて無理だった……」

「それは……これを見れば言わんとしていることは理解できるが」

 

 ちらりと、辺りをキョロキョロと見ているシャミ子の──胸元に付いたアクセサリーを視界に納めて、楓はおもむろにグシオンに耳打ちする。

 

「……グシオン、シャミ子の胸にあるのはミカンの誘導ビーコンだ。

 盗聴機能もあるから、会話には気を付けろ……といっても、もう知っているか」

「まあねぇ」

「なら話は早いか……念のため、意識しておけよ。小倉は桃とミカンを名字で呼ぶ」

「りょうか~い」

 

 緩い返事をされて毒気が抜けつつも、楓は、なんとなくグシオンに質問した。

 

「……小倉は何処に仕舞われてるんだ?」

「あー、屋上の収納スペース」

「……そうか……」

 

 深いため息をつきながらも、楓は踵を返してシャミ子たちの間違い探しの手伝いに向かう。

 

「……子供の成長を見守るのって難しいよねぇ。お互い、()()()()()と苦労するんだなぁ」

 

 楓の背中に、グシオンは、誰かを幻視する。

 その背中には翼が生えていないのだと、まぶたを細めて感慨深そうにしていた。

 

 

 

 

 

『いいか、楓、お前はこれから色んなモノを忘れる。俺と母さんとの思いでを忘れる。これだけはどうやっても避けられない』

 

『お前の中の、俺の血が薄いことだけが、アイツに対するカウンターになるんだ』

 

『だけど、だけどな、楓……俺たちはお前に、人を恨むような奴に育ってほしくない』

 

『だから、魂に刻み込んでおけよ。絶対に……アイツを恨むような男にはなるな』

 

『いつか必ず、あのボロ屋の結界の中で眼鏡の変人が助けてくれるから……だからっ』

 

『…………お別れだ』

 

 

 

 

 

『夜分遅くにお邪魔します! 秋野さん……いや、ホルスの末裔は貴方ですね?』

 

『大丈夫! 貴方がた夫婦・ホルスの末裔とその眷属が居たことは誰も認識しません』

 

『誰も悲しまない。誰も覚えていない。そう、誰も『かわいそう』にはならな──』

 

『……子供? どうして……』

 

『──あれ? おかしいなぁ、ここの家は夫婦の二人暮らしって名簿に書いてあったのに』

 

『まあ、名簿に載ってないなら殺せないけど……ほら、狙えば庇った。親だもんね』




あらゆる時間軸におけるあらゆる可能性の楓くんは、3割の確率で幼少期に親と纏めて殺されるし、5割の確率で紅玉襲来までに死ぬし、2割の確率で結界の中に行けても、自分がまぞくの末裔だと気付けるかは五分五分です。


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3

 結界内の掃除を進めて暫く、ある程度片付いた辺りで、それとなくグシオンとアイコンタクトを交わした楓が桃に提案する。

 

「桃、ちょっと屋根の上を見てきてくれないか? さっきの階段の段差が一つだけ違うような、細かい間違いがあるかもしれない」

「ああ……瓦の枚数が一枚だけ違うとかありそうだからね。分かった、三人は下で待ってて」

 

 何かあったら呼んでね、と付け足して、桃はその身体能力を発揮して屋根へと跳躍した。

 

「千代田さん、いいよね」

「わかります、ちよだいいですよねちよだ!」

「変なところで同調するんじゃないよ」

 

 運動性能に感銘を受けるグシオンにテンションを上げるシャミ子。彼女はふと、小倉しおんだと思っているグシオンに言った。

 

「そろそろ千代田さんじゃなくて『桃』って呼んであげませんか? 私も小倉さんのことは『しおんちゃん』って呼びたいです」

「……そうだねぇ、是非()()()()()()ねぇ」

 

 一瞬まぶたを大きく開けて、それからグシオンはシャミ子に笑みを返す。言葉選びの違いに気付かないシャミ子は、元気よく返事をしていた。

 

「さて、と……じゃあシャミ子ちゃん、最後の間違いを正しに行こうか」

「……へっ、あれ、知ってるんですか?」

「ちよ──桃ちゃんに知られたくなくてねぇ、引き離せるタイミングが欲しかったんだぁ」

 

 おもむろに植木鉢の下から古い鍵を取り出して、チャラチャラと音を立てる。

 シャミ子と楓を呼びながら、グシオンは二階のかつてミカンが使っていた部屋に入った。

 

「あ、ちょっと待てシャミ子」

「はい?」

「その誘導ビーコンは外させてもらう」

 

 部屋に入ろうとしたシャミ子を呼び止めた楓は、胸元のリボンに貼り付いているオレンジの輪切りのようなアクセサリーを剥がす。

 そして、それを二階の手すりに貼り付け直してから、改めて部屋へと入った。

 

「どうして外したんですか? というかここは……特に変わりありませんよね」

「外したことに関してはすぐわかるよ」

「おかしいのは厳密にはここじゃなくて、ここから見える景色なんだよぉ」

「────これ、は」

 

 窓のカーテンを開けたグシオンが、二人に外の景色を見せる。そこには、何もない。町並みすらない、文字通り何もない平原が続いている。

 

「これが最後の間違い、『千代田桃が世界を救うのを失敗した風景』。あの子が見ちゃうと不味いから、早く消しちゃおう」

 

「そんな……これは……貴女は、いったい」

 

「私は智慧と時間と書物を司るまぞく、気軽にグシオンちゃんって呼んでねぇ……ってさっきも言ったんだよねぇ。天丼は駄目だと思う」

 

「えっ……ええええええ!?」

 

 にこりと、お手本のような笑みを浮かべて、グシオンはそう言った。

 

「あ、あの……この景色はいったい」

「さっきも言ったけど……これは桃ちゃんが世界を救うのを失敗した場合こうなるよ、っていう可能性の一つ」

「……グシオン、どうして桃にこれを見せてはいけないんだ?」

「桃ちゃんがこれを見ちゃうと色々と凹むからねぇ。そうなると、巡り巡って小倉しおんの生存率が低下しちゃうんだよねぇ」

 

 楓の問いにそう返したグシオンの言葉を聞いて、シャミ子が慌てて奮起する。

 

「それは良くない、消しましょう!」

「うんうん、ぺしっとやっちゃって~」

「軽い……」

 

 シャミ子の杖を変形させたフォークで窓を突くと、外の景色が一瞬で元に戻る。

 全てが解決したと思った刹那、シャミ子が不意に胸を押さえた。

 

「あれっ……なんだか、胸が……」

「ああ……シャミ子ちゃんの中の桜ちゃんだねぇ。ちょっとお話するねぇ」

 

 胸の痛みを訴えるシャミ子の胸元に顔を近づけ、グシオンは旧友に語り掛けるようにフレンドリーな口調で会話を始めた。

 

「……うん、久しぶり。ごめんねぇ、暗黒役所は守れなかった……私も一ページだけ逃がせたけど、記憶までは引き継げなかったよぉ」

 

 端から見れば自分の胸と会話している光景に、シャミ子が訴え掛けるように楓を見た。

 

「…………えーっ、そうした方がいい? 駄目じゃない? こう、歳の差的に。いや、まあ……その方が覚醒の為になるけどさぁ~」

 

 何か悩む様子を見せるグシオンに首をかしげる二人だったが、楓たちは、グシオンの足元が透けていることに気が付いた。

 

「グシオンさん? なんか透けてますよ!?」

「……あー、よくあるよくある。それはそうと……ちょっといいかな楓くぅん」

「なんだ」

「先に謝っておくよ、ごめんねぇ」

「は────……!?」

 

 気まずそうに上目遣いで見上げるグシオンの言葉に疑問符を浮かべた楓だったが、そんな彼女に胸ぐらを掴まれて引き寄せられ、視界にグシオンの顔が目一杯に映る。唇には柔い感触があり、口内にぬるりとヌメる物体が侵入してきた。

 

「んむ、ぅお……っ!?」

「あわわわわわわわ……!!?」

「──んっ、っ、はぁ」

 

 顔を赤くして手で隠しながらも、シャミ子は指の隙間からちらちらと覗き込んでいる。

 

「……なん、のっ、つもりだ!?」

「いい刺激になったでしょぉ?」

「刺激にはなったが……」

 

 足元から腰まで透けていっているグシオンは、悪びれた様子もなく、にこりと笑って楓を見ながらこんなことを問い掛ける。

 

「ねえ、楓くん。君は、『正義』って、何をもって正義なんだと思う?」

 

「──躊躇わないこと。例えば、誰かを犠牲にしないといけなくなったとき、自分を真っ先に犠牲にする事を正義と呼ぶんじゃないか」

 

 あっけらかんとそう答える楓に、グシオンは()()()()()()()()ような顔をした。

 そして、頬に手を伸ばして慈しむようにそっと撫でると、消滅が早まり上半身を残して消えた体を気にするでもなくポツリと呟く。

 

「きみはやっぱり、お父さんに似てるねぇ」

「──グシオン、お前……もしかして」

「…………あとは、次世代に任せるよぉ」

 

 答えはしなかったが、それが答えなのだということだけは理解できた。

 完全に姿を消して、消滅したグシオンが居た辺りに手を伸ばして、楓は言う。

 

「……グシオン、お前……俺の父親のことが、好きだったんだな」

「あの、楓くん……大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。なんか体の中で俺のモノじゃない魔力が動き回ってるけど」

「それは大丈夫とは言わないのでは!?」

 

 

 

 

 

『なあグシオンちゃん、例えば俺が、未来のために死んでくれって言ったらどうする』

 

『……受けるよぉ、だって■■さんがそんなことを言うのって、真剣なときだけだし』

 

『──すまない』

 

『……いいよぉ、だって、貴方が頼ってくれるだけで嬉しいからねぇ』

 

『じゃあ、そのうち改めて追って知らせるよ』

 

『うん。じゃあねぇ』




小倉編は次回でラスト


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4

 グシオンが消えた直後、扉を蹴破って簀巻きにされた小倉を抱えた桃が部屋に入ってきた。

 

「シャミ子! 楓! 本物の小倉は眼鏡を置いてきてるからそいつは偽物──」

 

 振り返った二人が桃たちを見るが、そこにはもうグシオンの姿は無かった。

 

「……あれ、偽小倉は?」

「あー……き、消えました?」

「そう……ちなみにこっちの小倉は本物なの? 証明できる?」

 

 簀巻きの状態から楓に紐をほどかれ解放された小倉が、桃の問いに気を落として答える。

 

「哲学的な質問だねぇ……私ってなんなんだろう、本物とは、偽物とは……私より強かったあの小倉がもしかして本物なのかもねぇ……」

「この面倒くささは本物だね」

「酷い判定方法だな……」

 

 腹にある違和感から、どこかげんなりした様子の楓がそういうと、眼鏡が無く視力が壊滅的な小倉が、楓の肩を支えにしながら言った。

 

「というか、早く脱出しないとこの世界爆発しちゃうんだよねぇ」

「……なんだって?」

「結界の清掃が終わると爆発します」

「……なんで?」

 

 淡々と告げられて、部屋から出た楓が剥がしたミカンのビーコンを回収してシャミ子に返しながら、反射的に聞き返す。

 

「何故か偽の私が手伝ったみたいだけど、データの削除が終わったんだよねぇ? そうすると、この世界の支えが無くなっちゃうんだよぉ」

「なんで先に言わないのかな!?」

「だって言ったら来ないと思って……」

「楓も巻き込まれたんだから行くわ!」

「あ、そっかぁ……」

 

 桃の声にきょとんとして、それから楓を見ると手を叩いた。小倉のぼやけた視界では見えないが、彼はとても複雑そうな顔をしている。

 

 それからどうやって逃げるかを話し合っていると、遠くから魔力の矢と、それに繋がれたリリスの邪神像が結界内の地面に突き刺さった。

 

「ごせんぞ!?」

「話は聞かせてもらった! シャミ子よ、今の余ならレシーバーになれる、使うがよい」

「ごせんぞ……すみません、便利な小道具として扱ってしまって……!」

「いいのだ、もう慣れた」

 

 シャミ子が邪神像を使ってミカンと連絡を取ると、矢に繋げたロープを伝って戻ってくるようにと提案される。しかしその先を見上げると、明らかに小倉の計算から遠くかけ離れた位置に穴が空いていた。楓は自分の中のグシオンの微量の魔力と、シャミ子の携帯に入り込んでいる何かが、小倉の計算を狂わせていると察した。

 

「よし……三人とも今から覚醒して走り幅跳び500メートルの選手になって!」

「無茶を言うな」

「じゃあ……ミカン! ウガルル! そっちから引っ張れない!?」

 

『魔力すっからかんで無理!』

『腹減っタ。栄養足りなイ!』

 

 わなわなと体を震わせて、桃は絞り出すように怨嗟のように呟く。

 

「どぉぉぉしてこういう時のためにみんな筋トレをやっておかないのかなぁ……!?」

「あと45秒~」

「カウントすなっ!!」

 

 崩壊が始まり、謎の破片の崩落も始まるなかで、苦渋の決断をするように桃は続けた。

 

「仕方ない……私が全員担いでロープを伝って逃げる! シャミ子と小倉は脇に担ぐから、楓は背中にしがみついて!」

「あと30秒~」

「どうするんだ? この距離を逃げるには時間が足りないぞ、小倉はカウントをやめろ」

 

 楓が律儀にカウントを続ける小倉の頬を指で引っ張ると、その横で、シャミ子を前にして、桃はフォームを切り換えるべく叫んだ。

 

 

「変身っ……ハートフルチャージ──セカンドハーヴェストフォーム!!」

 

「……あれかあ」

「……それですか」

「どれぇ? 見えないからわかんない……」

 

 すん、と表情が死んだ二人と状況を理解していない小倉を余所に、三人を抱えた桃は改造学ランのような格好で、ローラースケートを利用してロープを伝い──文字通り滑るように駆け抜けた。

 

 崩壊して行く世界の一部に空いたひび割れた穴に飛び込み──見慣れた風景と嗅ぎ慣れた空気の、いつもの敷地内に着地する。

 

「みんなっ──無事でよか……ぁっ、無事で、よかっ……たわ、うん」

「うん。このフォームクソダサイけどクソ速いから。お陰さまでクソ滑ったよ」

「なにその言い方……」

「眼鏡ください……眼鏡……」

 

「……俺たちは帰ってこれたんだよな?」

「そのはずですが……」

 

 混沌とした空気のなかで、小倉は眼鏡を返されて、ようやく視認できた桃のセカンドハーヴェストフォームの機能美に興奮する。

 巻き込まれないように離れた楓に、おもむろにミカンが近付いてきた。

 

「──楓くん」

「ミカン。ごめん、心配させたね」

 

 シャミ子から返されたのだろうビーコンを片手に、ミカンは複雑そうに口を開く。

 

「……貴方はいったい誰? どうしてビーコンを外したの? 偽の小倉さんが、何か関係しているの? お願い、私に嘘をつかないで……」

 

 自分の恋人を疑う行為に罪悪感を覚えるミカンは、どうせならと一息に質問をした。

 嫌われたらどうしようという心理が、ミカンの顔に怯えた子犬のような表情をさせる。

 

「──色々だよ。俺自身、出来ることなら謎を明らかにしたかった。でも、余計に謎が増えて……ごめん、俺も頭を整理したいんだ」

 

「楓くん……」

 

「きっと必ず、俺の謎が、このまちの謎が解き明かされる時が来る。その時は、一緒に()()を知ろう。今は……これしか言えない」

 

 疲れきったような、憔悴した人の作るいびつな笑み。そんな顔を見てしまったミカンに、これ以上の追求は出来なくて──。

 

「──ええ、わかったわ」

 

 小倉と楓の救出には成功したのに、みんなの中に新たな謎が出来た。グシオンと小倉、本物と偽物、楓と──その父親。

 

 

 

 ──俺は魔族の子供だったんだ。さらりとそう言えたなら、どれだけよかったか。楓は、悲痛な表情のミカンを見ることしか出来なかった。



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日常まぞく

 教室の一角、グシオンに注入された魔力が落ち着いてきた頃、シャミ子と杏里の会話を遠巻きに眺めていた楓はあることに気付いた。

 

「……やっぱり、視力が上がってる」

 

 伊達眼鏡越しの光景があまりにも鮮明に映りすぎている。壁の張り紙の小さな文字すら読める事実に、ただただ深くため息をこぼす。

 そんな楓を見てか、シャミ子と共に近付いてきた杏里が話しかけてくる。

 

「かーえーでっ、どした?」

「……いや、なんでもない。それよりシャミ子と何を話していたんだ」

「あー……いや、ほら、こないだ誕生日に渡した焼肉のチケット、あれ無料券じゃなくて割引券だったんだよねぇ。失敗しちゃった」

「そうか。それは大変だったな」

 

 ほんとにねー、とぼやく杏里の後ろから顔を覗かせるシャミ子が、ふと楓に問う。

 

「あの、楓くん、実はですね……」

 

 そう切り出して、シャミ子は楓に言う。なんでもお詫びも兼ねて、いつぞやの体育祭のメンバーと打ち上げに行かないかと誘われたらしい。

 それに楓を混ぜてもいいかと聞いたところ許可が降りたため、彼女は楓本人にもその事を伝えたのだ。最後まで聞き終えて、楓は返す。

 

「俺以外が全員女子のスイーツバイキングか。それは……気まずくないか?」

「まあ大丈夫じゃない? 楓は女子力高いし、7割くらい女子みたいなもんでしょ」

「俺は生物学的にも10割男だが」

 

 そんな会話を挟みつつ、楓は数拍置いてシャミ子に対して頷く。

 

「……わかった。向こうから許可が出てるなら、誘いに乗らない方が失礼だろうし」

 

 その言葉にホッとした様子のシャミ子の顔を見て、楓は頬を緩める。体育祭の委員会メンバーの打ち上げ日時を聞いてから、店の情報を集めるべく検索するのだった。

 

 

 

 

 

 ──おおよそ男性とは無縁に近いスイーツ店にやってきた楓は、席を決めている面子ことC組の委員会メンバーを見つつ小声で口を開く。

 

「帰っていいか」

「駄目だぞぉ」

 

 端に座る桃と対面に座る落合(おっち)、桃の隣にシャミ子が座り、その向かいには南野(みなみ)。シャミ子の横に永山(にゃが)が座り、隣にある別の席に楓が座ると、向かいにミカンが座って、ミカンの隣には杏里が、そして楓の隣に鶴牧(つる)が腰掛けた。

 

「あの、楓くん。みんなも歓迎してるから、気にしないでほしい、かな」

「……ありがとう。えっと、鶴牧ちゃん」

「『つる』でいいですよ」

「わかった、つるちゃん」

 

 僅かな隔たりが無くなったような距離感を覚え、早速とスイーツを取りに席を立つ楓は、着いてきたつるに質問を飛ばす。

 

「……落合ちゃんたちの言う『推し』というのはどういう意味なんだ?」

「あ~~~……簡単に言うとファンって意味ですよ。にゃがとみなみはシャミ子ちゃん推しだし、おっちは千代田さん推しだし」

「わからん文化だな……つるちゃんは?」

「私ですか? 私は……そのぉ」

 

 カチカチとトングを鳴らして気まずそうに、チラチラとミカンと楓を交互に見てから言う。

 

「私はですねぇ……楓くんとミカンさん、ですかねぇ……特にお二人が一緒にいるところを観察するのが『いい』んですよ……」

 

「ごめん早口過ぎて聞き取れなかった」

 

 シュバババ、とケーキのコーナーから幾つかを取りながら答えたつるに、楓は困惑で返す。

 柑橘系のスイーツを優先して取る楓がトングを戻し、席につくと再度問い掛けようとする。だが、横で盛り上がっている話題が耳に入り、それとなく聞きつつミカンに顔を向けた。

 

「なあミカン、まぞくを封印すると得点になるんだよな? あとレモン汁を掛けるな」

「ええ、そうよ。それがどうかした?」

「前に俺が店長と纏めて封印されたときはどれくらいの得点だったのか気になってな」

 

 手元を見ずに伸ばされた手を軽く叩かれたミカンは、それから少し考えると思い出す。

 

紅玉(ほんゆー)さんの元使い魔……ジキエルだったかしら、アレ曰く2ポイントだった筈よ」

「……ふうん」

 

 結局レモン汁を掛けられたオレンジケーキを口に入れながら、楓は思案する。

 とどのつまり、その2ポイントとは店長+自分で1つずつなのか、自分はあくまで巻き込まれただけで、店長の得点が2ポイントなのか。

 

 ──魔族と言うにはその要素がほとんどない。つまり、秋野楓という人間は、光の一族から魔族とカウントされていない可能性があるのだ。

 

「……俺は、人間でいいんだな」

「なにか言った?」

「いいや。あとレモン汁を掛けるな」

 

 隣の話題が移り、ミカンの手をぺしっと叩きながら聞き耳を立てつつ今度は杏里に問う。

 

「そういえば、桃が世界を救ったという話題は杏里から聞いたに過ぎないが……そもそも杏里は誰からその噂を聞いたんだ」

「うーん、私も又聞きしたってだけだからなあ……出自は分かんないや」

「すみません、私も噂の出所は……」

 

 杏里に続いてつるも申し訳なさそうに頭を下げる。いやと返して、楓はかぶりを振った。

 

「気にしなくていいよ。それにしても……魔のものファンクラブってなんなんだ」

「シャミ子ちゃんや千代田さんたちを(とう)……観察する集まりですよ? 

 実は何人かが楓くんとミカンさんのカップ……絡みを栄養にしている方も居まして」

「そっちの方がまぞくっぽくないかな」

 

 身ぶり手振りで解説するつるに苦笑をこぼす楓。同じく困惑しつつ話に着いていけてないミカンが、聞かないことにしようと自分のケーキに淡々とレモン汁を掛けていた。

 自慢気にファンクラブのグループ通話を見せてくるつるに、楓はふと先程の会話を思い出す。

 

「さっき早口で言ってたのも『それ』関連?」

「へっ? あ、はい、確かに楓くんたちの居る部屋の観葉植物になりたいとは言いましたが」

「いえ恐らく初耳ですが。つるちゃん、君はなにか変な方向に拗らせてないかい?」

 

 聞き取れる筈なのに日本語として認識したがらない耳に渇を入れ、楓はフォークで小さく分けたケーキを口に放り込む。

 観葉植物か……と呟き、同居人の顔を想起して、ああと言って続ける。

 

「うん、観葉植物は駄目だな、娘がいたずらでバラバラにするかもしれない」

「……??? む、むすめ……?」

「ほら、夜中に作業したときのあの子」

「──あー、なるほど……なる、ほど?」

 

 ──むすめ……むすめ……と呟くだけの状態になったつるを余所に、楓は時計をちらりと見て、それからシャミ子と妙に距離の近いにゃがの肩をがしりと掴む。

 

「──うちのシャミ子への過度な接触はご遠慮くださいね……?」

「ひいっ、セコム!?」

「同級生です」

 

 びくりと掴まれた肩を震わせる彼女がこくこくと頷くのを見て、楓は手を離す。

 その後はファン数で勝利を納めたと乗り気になったシャミ子の挑発で闇堕ちした桃をどうにか元に戻すべく奮闘し、気付けばバイキングも制限時間となっていた。

 

 

 

 

 

 ──またいつか、と解散したのち、バイキングとは別に買っておいたケーキを食べるウガルルを横目に、楓がミカンの顔を真っ直ぐ見る。

 

 深呼吸を挟み、決心して、おもむろに口を開くと楓は自分の秘密を話した。

 

「……ミカン、俺は……魔族と人間のハーフらしい。結界の中で、その事を知ったんだ」

「そう──だから、さっきあんなことを聞いたのね。それはシャミ子たちには言ったの?」

「いや、だけど近いうちに話すつもりだ」

 

 ……そっか。そういって、ミカンは楓の後頭部に手を回して胸元に顔を引き寄せる。

 もう片方の手を背中に回すと、そのままゆっくりとさすりながら優しく言う。

 

「ありがとう、凄く……すごく勇気が必要なことを話してくれて、嬉しいわ」

「……ミカン」

「私もね……最近ずっと、桃の不穏な気配を感じていたのに、必要以上に突っ掛かって面倒くさいと思われたくなかった。

 世界を救ったのも初耳だし、私……あの子のことで知らないことばかりだったの」

 

 楓の頭に顔をうずめてまるで懺悔のように、ミカンはぽつぽつと語る。ミカンの胸元から聞こえる心音が、香る柑橘の匂いが、楓に冷静さを与え──頭を上げた動きに釣られて顔を合わせたミカンは言葉を返された。

 

「桃に聞きに行こう。昔、あの子に、この町に何が起きたのかを。それを知ることが、きっと俺の過去を明らかにすることにも繋がる筈だ」

「──ええ、そうね」

「んがっ、オレも行くゾ!」

 

 後ろから楓の背中に抱きついてくるウガルルに、二人は頬を緩めて笑みを作る。

 

 ──桃の過去から自分の過去を知りたい楓と、昔からの友人の悩みを解決したいミカン。

 そして偶然にも、上の部屋ではシャミ子もまた同じ考えに至る。

 

 ばんだ荘の住人たちは、長い、長い夜に身を投じることとなる。果たして──失われた記憶を知ることが幸となるのかは、また別の話。



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過去まぞく

最終章のプロローグなので短いです。モシャモシャセン


 それぞれの思いが重なり、桃の部屋へと集まって数分。彼女の口から放たれた言葉は、その場の全員に衝撃を与えた。

 

「──姉の昔からの知り合いに、この町をずっと狙ってるヤバめの魔法少女が居る。

 私の怪我は過去にその魔法少女から負わされたモノで、なんとか町の外に追い出せたけど、アイツがまた来る可能性があるんだ」

 

 一拍。

 深呼吸して、桃は続ける。

 

「アイツの外見や能力は私の記憶にしか残っていない。だから──シャミ子に私の記憶に潜ってもらって、皆に共有してもらいたい」

「私ですか!? あっ、でも……それだと私だけが見ることになりますよね?」

 

 話題を振られたシャミ子がぎょっとしつつも、自身の能力の範囲が狭いことを話す。

 その言葉に、おもむろにリリスが手元の像を取り出して言った。

 

「それには心配及ばん、余の邪神像に小倉が勝手に追加したこのHDMIポートでテレビ接続するからな! 念写の応用らしいぞ……」

「ご、ごせんぞ…………」

 

 魔改造の粋に達しつつあるリリスの本体に哀れみの顔を向けるシャミ子と桃は、早速と夢として記憶を覗くべく布団に入る。

 寝転がるシャミ子の横に座る楓に、彼女はそっと手を差し出した。

 

「楓くん、手を握っていてくれますか?」

「ああ、いいとも」

 

 不安そうにするシャミ子にそう言って、楓は布団から出された手を握り返す。

 落ち着いた様子でまぶたを閉じた彼女の顔を見て、ほっとしながら────ぷつんと意識がシャットダウンされ、楓は布団に顔を突っ伏すようにして気絶した。

 

「楓くん!?」

「まてミカンよ……むう、どういうことだ……楓の魂がシャミ子の傍におる」

 

 それからテレビに映し出される桃の記憶(かこ)に混ざる、シャミ子と楓というノイズ。

 その場の全員が、楓までもがシャミ子と共に夢の世界に旅だったのだという事を察し──画面の奥で困惑している青年を見ていた。

 

 

 

 

 

「どうなってるんだと思う?」

「さあ……私はわかんないよ」

「わ、私が手を握っていたからでしょうか」

 

 6年前の姿をした幼い桃の後ろを歩く楓は、シャミ子と並走しながら疑問符を浮かべる。

 自分もまたまぞくの端くれだからかと内心で独りごつ楓は、過去の桜ヶ丘を、かつては満開だった桜の木を見上げたりしつつ、歩きながらかつて居たはずのまぞくの痕跡を探る桃を見た。

 

 昔の出来事をなぞるべく意識を切り替え、幼い頃の状態で喋る桃は天真爛漫な年相応の無邪気さがあるが、その不安感はひしひしと伝わる。

 

「昔のこのまちには、まぞくが沢山居たはずだったんだよな。今となってはほとんど見かけないが……何があったんだ?」

「どうしたんでしょうね……桃! 手がかりは見つかりましたか?」

「ううん、このまちの住人は、十人に一人はだいたい不思議な見た目の人たちだったのに……不安になってきた、お姉ちゃんの家に行こう」

 

 逸る気持ちを抑えつつ、桃とシャミ子、楓は姉・千代田桜の家に向かう。

 見覚えのあるがどこか違う昔の風景が流れて行き──たどり着いた場所には。

 

「なに、これ……」

「知らない人が住んでるな」

 

 桜ではない、別の人物の家となっている住居があった。上書きするように貼られた紙には『那由多 誰何』と書かれている。

 

「……シャミ子、ちょっと手を繋いでて」

「どうしたんですか?」

「…………怖い」

 

 小さな声で僅かに怯えた様子を見せる桃の手をそっと握るシャミ子を余所に、楓は表札の名前を翻訳しようと顔を近づけていた。

 

「那由多……なゆた、なんて読むんだ、これ。だれ……なに?」

「──『なゆたすいか』だよ。『誰何』と書いて、『すいか』って読むんだっ」

「──────」

 

 ぴたりと、楓の動きが──意識が止まる。その声に、口調に、嫌に明るい雰囲気に、ざわざわと体の奥から嫌悪感が溢れだして。

 

「…………誰何……?」

「──か、楓くん!?」

 

 振り返って声の主──那由多誰何を見やる楓の鼻と涙腺から、ポタリと血がこぼれた。

 体が、本能が、閉じられた記憶が、眼前の少女を拒絶しているのだ。

 

「お兄さん……!」

「よせ、記憶通りに振る舞え……っ」

 

 壁に手をついて膝を突かないようにと堪える楓は、慌てて近寄ろうとする桃を手で制す。記憶に齟齬を生まないようにとして──ふと、奇妙な会話の違和感に気づいて肌を粟立たせる。

 

「ぼくの家になにか用かな?」

 

 そういって桃を見る誰何は、ほんの数秒前、なんと言ったのか。それを思い返して、楓はぞわりと背筋を凍らせた。

 那由多誰何の名前がわからなかった()()、その場に居なかった筈の、記憶を覗いている第三者の楓の質問に答えている。

 

 ──()()()()()()()

 

 

「────ぅ、おぇ」

 

 そのことに気付いた楓が、あまりの恐怖と気持ち悪さに嘔吐したことを、誰が責められようか。



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2

 千代田家の前で遭遇した那由多誰何に連れられファミレスに移動した桃たちは、隅の方に座って対面していた。

 誰にも見られていないからと、ぐったりと机に突っ伏す楓の背中をシャミ子がさする。

 

「楓くん、大丈夫ですか?」

「……喉と胃に違和感はあるが、問題ない」

 

 気だるげに顔を起こし、楓は大人数用のソファに背中を預けて桃と誰何の会話を聞く。

 

「あの、ご飯……私だけ食べてていいんですか? 手持ちがないなら一緒に──」

「あっ、ぼくご飯を食べないタイプなの」

「? ……ダイエット?」

「ちがうよ」

 

 誰何は桃の問いに淡々と返す。

 

「ご飯が、かわいそうだから、食べないの」

「……いつから食べてないんですか?」

「えーっと、もう千年くらいは液体以外の物は口にしてないかな~」

 

 にこりと、楓の心に嫌悪感を与える笑みを浮かべる。それから手元のお冷やを一口含み、一拍置いてさらに続けた。

 

「桜ちゃんはこの町に平穏に暮らしたい魔族を集めていたみたい。『魔族と魔法少女が一緒に暮らす秘匿された町』……素敵だよね! 

 でもそういうのって、不純な考えの魔法少女や魔法少女を飼ってる大人も寄ってくるから、そうなる前に町の全てを引き継ぎたいんだ」

 

 所々に違和感を覚えるワードを残し、誰何は桃に魔族の戸籍探しを手伝ってほしいと提案する。その後にインパクトの強い見た目の眷属を呼び出し、当然のようにカードを数枚使っていた。

 

 

 

 

 

 ──情報収集の為にファミレスを出た桃と、その背中を追う楓たち。おもむろに口を開いたシャミ子の言葉に、彼は返した。

 

「いい人そうに見えましたけど、あの人が桃を襲うんですか?」

「シャミ子、君の認識は間違っている」

「ほぇ?」

「那由多誰何は嘘をついていないんだよ」

 

 楓がそう言うと、続けて桃が言った。

 

「うん。あの人、自分が正しいと確信してるんだ。だから嘘()ついていない。……ともかく、ここから私はスイカと手分けして姉の手がかりを探して……まぞくの名簿を見つける」

「桃……大丈夫ですか?」

 

 辛そうに表情を重くする桃を追って商店街に入り、早速と楓の幼馴染・杏里の母が経営している精肉店に訪れると、またも違う違和感。

 

「おー、まぞくの連絡網に詳しい人? 知ってる知ってる!」

「本当ですか? 教えて下さい!」

「コロッケ買ってくれたらね~」

「買います!」

 

 二人の会話をよそに、楓は看板を見上げて考えるように眉をひそめる。

 

「……楓くん?」

「……杏里のお母さんのお店って、前からこんな名前だったか?」

 

『さたんや』と書かれた看板を見てそう呟く楓と並んでうんうんと唸るシャミ子は、桃の声に意識を下へと戻した。

 

「居場所がわかった、図書館に行こう」

「そうですか、早速いきましょう!」

「……本当にコロッケ買わされたんだな」

 

 紙袋を片手に持つ桃を見て、楓はそんな言葉を漏らしていた。

 

 

 

 ──商店街から図書館へと移動した三人だったが、図書館だからと断じるには疑問が生じるほどの薄暗さだった。

 

「■つけた! ■■■■さん!」

「あれっ!? なんか見づらい!?」

「桃ちゃん。町に戻ってきてたんだぁ」

「ど■■■そんな格好を?」

「ノイズが酷いな……」

 

 ザザザザ、と砂嵐のようなノイズに紛れて、二人の会話が途切れ途切れとなる。

 ホッケーマスクを付けた、声と輪郭から少女と判断できる相手は桃と会話を交わす。

 

「■ンシ■■上■る■■■■……あと■れてるから。■■■■何度か■■■■の謎■■■……、■■■■のって怖■■■■……」

 

「桃? もしかして調子悪いんですか?」

 

「違う。こんな会話知らない、この人は……この記憶は……一体、何……?」

 

「こいつ……もしかして」

 

 桃の疑問の裏で、楓の疑問が口から漏れる。桃が知らない相手だが、第三者としての視点から、楓はなんとなく少女の正体を察した。

 

「この人と会ったときに、こんな会話はしなかった。ただ名簿を貰っただけの筈」

「……忘れていたのか?」

「いや、こんなインパクトしかない相手を忘れるわけがないと思う」

 

 まあ、確かにな。といってホッケーマスクを見る楓。そのマスクの奥から出たくぐもった声は、やはり雑音の混ざったノイズであった。

 

「……■れ? 桃ちゃん、■■■■■魔法かかってる? ■■■見えない……。桃ちゃん、誰かに■■■■■ない?」

「えっ! いえ、■■自分で考■■ここに……」

 

 何か聞かれたのだろうかぶりを振る桃に、少女は少し考える素振りを見せる。

 そして、何処かからクリップで留められた紙束に貼られた電話番号を彼女に見せた。

 

「とりあえず、光闇系の人がこの町に住みたいならここにファックスでお手紙を送ってねぇ。町の色んな所にアクセス■■■ようになるよ」

 

 そう言って、続ける。

 

「システム名は、■■役所! ……じゃあこれ引き継ぎ書類。私インドア派だからわからないことあったら聞きに来てねぇ」

「わかりました」

 

 桃は引き継ぎの書類、大量の名簿を渡されて会釈する。帰ろうと踵を返した桃と共に図書館を出ようとした楓は、小さな独り言を耳にした。

 

「……本当に、今日この時間に名簿を受け取りに来た……貴方の言うとおりなんだねぇ。

 出来ることが無くてごめんね、桃ちゃん──()()()()()()()会おうねぇ……」

 

「──グシオン……?」

 

 ──何故そこで自分の名前が? そんな疑問を問える筈もなく、少女──グシオンはそれっきり、図書館の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 ──夜、記憶の通りに名簿を受け取り、桃は記憶通りに誰何へそれを渡した。

 

「すご~~~い! やっぱりこの町、神話級の魔族がたくさん住んでる!」

「よかった。あの、調査中に買ったコロッケ、食べますか?」

「コロッケはかわいそうだから食べられないや、ごめんねっ」

「そ、そうですか……」

 

 さらりと拒絶しながらも、誰何は名簿を片手に気分を好くして言葉を続ける。

 

「桃ちゃんが居なかったらこんなに早く見つけられなかったよ! これで色々進められそう。少しずつ、()()()()()()()()ね」

 

「あの、桃……顔色も悪いですし、今日はもう中断しませんか?」

 

「いや……大筋は間違ってないのに私の知らない記憶が出てきた。まだ何か隠されてるかもしれないし、もう少し続けよう」

 

 シャミ子の心配を受け流し、続行を決める桃は、拒絶されたコロッケを後ろで立っている二人に渡して問い掛ける。

 

「夢コロッケいる?」

「食べます食べます!」

「楓は?」

「…………いや、俺は要らない」

「──か、楓?」

 

 見上げた桃は、楓の顔を見てぎょっとする。コロッケを一つ咥えたシャミ子も、体を強張らせる。拒否した楓の顔は、酷く歪に──今まで見たこともないように暗く。

 

「さっきみたいに戻したら、困るだろう?」

 

 そう言って口角をひきつらせて笑う顔は、泣いてるようにも見えて──当の楓は、桃の記憶を通して、誰何の犯した罪を理解する。

 

 

 

 桃は知っているのだろう。シャミ子はこれから知るのだろう。楓は理解してしまったのだろう。那由多誰何がどんな魔法少女なのかを。そしてこれから──この町で虐殺が起こることを。



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3

 那由多誰何が名簿を手にして以降、なにかと家を出ることが多く、部屋に桃が残される回数がだんだんと増えてきていた。

 

 やれ危ないことがある、やれ痛い思いをしたらかわいそう。つらつらと言葉を並べた誰何は、それから使い魔のウリエル──手足が手錠で拘束された羽の生えたウリ坊を彼女に投げ渡した。

 

「……ウリエルさん、手のやつ外した方が遊びやすくないですか?」

 

 折角だからとカードゲームに興じることにした桃がふとそんなことを聞くと、ウリエルはイエスマム! と言ってから続けた。

 

「自分も外したい気持ちはあるのですがッ────ギャアアアアア!! 

 諸事情で『イエスマム』と『ハイ』しか言えないのです!! 質問しないで!!!」

 

「い、いえすまむ……」

 

 何らかの制限があるのか、ウリエルは電撃を浴びながらそんな風に叫ぶ。

 明らかにドン引きしながらも、桃はとりあえずとそう返していた。

 

「もしかしてなんだけど……スイカさんに、何か……されてます?」

「……イエスマム」

「もしかして……助けてほしかったり?」

「イエスマム! イエスマァァァム!!」

 

「あの女、なんなんだ……」

「私にもさっぱりです……」

 

 ここまで自分の使い魔に恐れられている那由多誰何とは、と、楓とシャミ子は戦慄した。それからウリエルがカードを動かして作ったメッセージを見下ろして、その真意を読み取る。

 

「『こうえんさくら』……あの公園の桜か。そういえば、この頃はまだ咲いていたんだな」

「桜の公園? スイカさんにはバレない方が?」

「イエスマム! イエスマム! イエスマム!!」

「わ、わかったから」

 

 窘めるようにそう言って、早速と桃は家を出る。夜道を駆けて、住宅街を走り、公園に向かいながら──ふつふつと那由多誰何への疑問が湧く。桃のなかにある違和感が、膨らんで行く。

 

 あまりにも真っ直ぐな瞳、居なくなった姉への淡々とした態度、喪服のような黒い服、口癖のような『かわいそう』という言葉。

 

 そして湯水のように空中から取り出される、まぞく討伐の特典カード。

 

 

『──時は来た』

 

 そんな疑問を押し退けるように、木の根の近くに座るメタ子がそう言った。

 

『この木の周りは最も結界の力が強い場所。あの魔法少女は立ち寄れぬ』

「メタ子……!? 無事だったんだ、よかった……どうしてこんなところに」

『ウリエルとは旧知の仲。我々ナビゲーターは、天の記録を介して薄く繋がっている』

 

 尻を持ち上げて、くるりと背中を向けると、メタ子は根っ子の近くを前足で引っ掻く。

 

『急げ、時が来る前に……ここ掘れにゃんにゃんである』

 

 訝しむ桃が言われるがままに傍らに座ると、メタ子は一拍置いて更に続ける。

 

『那由多誰何は何処にでもいる賢く優しい子であった。まこと光の一族の愛する子らを導き助けるに相応しい巫女であった。だが──神話の時代から時は過ぎ、徐々に徐々に、我々とスイカの関係は歪なものになっていった』

 

「……長い時間を生きすぎて、おかしくなっていった、ということか」

「楓くん?」

「……いや、経過を見守ろう」

 

 メタ子の独白に呟くように独りごつ楓は、シャミ子の言葉にかぶりを振って、桃が掘り返したモノを見下ろす。そこから出てきたのは、いつぞやに掘り返したことがある壺だった。

 

 楓が枯れた桜の根元から掘り返した際は何も入っていなかったにも関わらず、かつてのそれにはこれでもかとカードやコインが入っていた。

 その壺から溢れる膨大な量の魔力に、ぐにゃりと視界が歪んで楓は思わず膝を突く。

 

「ぐ、ぅ」

「楓くん! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫、大丈夫だ……」

 

 桃の過去を見てからどうにも違和感を覚える楓の態度を、シャミ子は指摘できない。

 

『それは千代田桜が、ある大まぞくを封印した時の物。桜はある目的でカードを切り、なおその量が余った。時が来たら使え』

「お姉ちゃんがまぞくを封印!? お姉ちゃんはまぞくを守りたい人だよ? そんなこと……」

『時が来た! 隠せ!』

 

「──も~もちゃんっ」

 

 声を荒らげたメタ子に言われた通りに、桃は即座に壺を隠す。すると、背後には、夜景に溶け込むような黒色が立っていた。

 

「心配したよ、探しちゃった。あれ、メタ子だ」

 

「スイカさ──」

 

「桃、待て──」

 

 楓は咄嗟に桃を止めようとするが、当然ながら、過去の出来事に介入することは出来ない。あっけらかんとした態度で討伐カードを切った誰何は、桃とメタ子を『呼んだ』。

 抵抗できないように、逃げられないように、確実に手元に呼び寄せる為だけに、那由多誰何はわざわざカードを使った。

 

 過去の桃はこの時点で、それを見ていた楓たちもまた、那由多誰何が結界に阻まれている──町に歓迎されていないことに気づく。

 

 

 ──言葉遣いは優しいのに、薄ら寒いと桃は思う。──おぞましく、気持ち悪い。楓はそう考える。──『もう休んでいいよ』と、誰何はメタ子にそう言った。

 

 ──家に帰った桃たちは、お喋りが出来なくなったメタ子の嘆きにも聞こえる鳴き声を聞き続ける。情報源を黙らせるという行為を、彼女はさらりとやってのけていた。

 

 

 

 

 

 ──またもや誰何が部屋を留守にしているとき、桃は町のまぞくを探しに家を出た。

 先ずは図書館に訪れて、と。そうした桃は、しかしてあの時のまぞくと出会えない。

 

「あの、お面を被ったまぞくが居ましたよね? 質問というか、相談があって」

「まぞく……? いえ、そのような方は見たことがありませんが……」

「そんなはず──黒ずくめのコスプレをしたまぞくが居ましたよね!? ほんの数日前にも、この席を占領していて…………」

 

 さっと指差した方向にある、少女が──グシオンが座っていた筈の椅子を見れば、そこには黒焦げの椅子が鎮座している。

 

「……なんかこの椅子焦げてませんか?」

「あら? 焦げてますね、片付けないと……」

 

 まるで今気づいたかのように、眼前で起きている異変に無頓着な司書の言葉に、桃は目を見開いて何かを察したように眉をひそめた。

 

 

 

 

 

「ここにカッパの親子? そんなの居たかなぁ」

 

「鳥のまぞく? さあ……知らないけど」

 

「この土地ならずっと前から空き家だよ?」

 

 ──居ない。

 

 どの家にも、どの店にも、そこに居た筈のまぞくが、徐々に徐々に、少しずつ。

 その姿を、残滓を、形跡を──最初から存在していなかったかのように消している。

 

 桃の中にあった疑念はやがて確信に。

 その真偽を問い質そうとして、彼女は部屋の中で()()()()()()()腕を揉んでいる誰何の前に立ち、声をかけた。

 

「いててて……あれ、桃ちゃん」

「スイカさん、あなたはこの町に住んでいるまぞくを封印してますね」

「…………えっ?」

「その水筒の中身は何? ここは姉が命懸けで作ったセーフティゾーンです。答えてください、あなたはこの町に何をしたっ!」

 

 桃の言葉に、演技でもなんでもなく本気で困惑している誰何は、困ったように返した。

 

「あれ、あれれ? 桃ちゃん、何か誤解してるよ。最近は魔族だって人間と大して変わり無いんだよ? 封印なんてしてないよ……」

 

「…………あ?」

 

 ──ズキリと、楓の頭に痛みが走った。桃の背後で、シャミ子の隣で、ズキズキとした激痛に、ぶつかるように壁にもたれ掛かる。

 

「かえ、で──くん」

「────那由多、誰何」

「…………かっ、かえでくん」

 

 痛み、痛み、痛み。頭が割られているのではないかと言うほどの激痛から、楓の意識が飛び飛びになる。チカチカと、フィルムの間に何かを挟み込むように、記憶が割り込まれる。

 

 痛み、父親、激痛、来訪、痛み、母親、死、父親、誰何、痛み────那由多誰何。

 

「──大丈夫」

 

 さも子供をあやすかのように、窘めるように呟くと、誰何は一拍置いて続ける。

 

「ちゃんと、苦しまないように殺してるよ」

 

 にっこりと、聖母のような優しい笑み。その裏に──あまりにもドス黒い死を隠して、那由多誰何は桃に笑いかける。

 

「……ああそうか、全部、思い出した」

 

 ──場面が切り替わる直前のブラックアウト。

 全員の画面(しかい)が真っ黒になったとき──楓の絞り出すような、誰も聞いたことのない、低く殺意のこもった声だけが聞こえていた。

 

 

 

「お前が両親を殺したんだな、誰何」



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4

 ──上半身の無い死体と、体の半分が円形に抉れた背中に翼の生えている死体が、瓦礫と化した一軒家に埋もれている。

 くい、と手を捻り、元から何もなかったかのように土地から残骸を消し去りながら、少女──那由多誰何は片手に子供を抱えていた。

 

『……この子は幼馴染ちゃんの家に預けて、記憶を弄ってからあのボロいアパートに住ませるようにでも誘導しておけばいいかな。確か光闇割引があったし、この子にも適用されるよね』

 

 黒い衣服の内側に幾つもの傷を残しながら、白髪を揺らして顔をしかめる。

 

『……いたた……羽が刺さるのはまだわかるけど、なんで爆発するのかな……』

 

 子供を抱えるのとは反対の手で首筋をさすり、誰何は恨み節を独りごちる。

 

『まったく、家を崩す勢いで攻撃してくるんだから。なんでぼくが親の攻撃からこの子を庇わないといけないのさ』

 

 呆れたように表情を崩しながらも、その目には憐憫の情が浮かんでいた。

 

『桃ちゃんと同じくらいだよね、かわいそうに。せめて最期まで、記憶が甦らないことだけを祈っているよ──秋野楓くん』

 

 ──それはそれとして、と頭を切り替えて、誰何は水筒を取り出し口角を緩める。

 

『ホルスの末裔、凄まじい魔力だ。これならぼくの計画に必要な力を少し賄える』

 

 何もかもがなくなりポッカリと穴が空いたかのように空白となった土地に、ごろりと無機質な死体が二つ。誰何の足がそちらに向かい──

 

『じゃあ、いただきますっ』

 

 誰に聞かれるでもなく、独りごちた。

 

 

 

 

 

 ──バツンとブレーカーが落ちたような勢いで真っ暗になった視界が元に戻る。

 那由多誰何の発言から一拍、気づけば三人は、いつぞやの桜の木の下に居た。

 

「! 場所が変わった」

「……公園まで逃げてきた。対応を間違えた、話し合えると思った私が馬鹿だったよ」

「────」

「……楓くん! しっかりしてください!」

「────」

 

 二人の隣で項垂れる楓からの返答は無い。シャミ子に肩を揺さぶられても、何も言わない。──楓がまぞくとのハーフであることを、シャミ子と桃はまだ知らないのだ。

 

「──町の人が悲しまないように記憶を消してるんだけど、桃ちゃんは対象外だったみたい」

 

「っ! 桃、腕が!」

 

 ハッとして意識を向けたシャミ子は、桃の左腕が無いことに気づく。

 血を滴らせながら、顔色を悪くしながらも桃は木の幹を盾にしながら呟く。

 

「これは自分でやった。あいつに脳みそ干渉されないように……腹の傷は、これから」

「まだ怪我するんですか!? せ、せめて回復のつえで治しましょう!」

「これ回想シーンだから話がおかしくなるからやめて! それより楓の傍に居てあげて、たぶん昔の楓、この時の誰何になにかされたのかも」

 

 項垂れて無反応の楓に顔を向ける桃は誰何の発言と楓の反応から、もしかしたらと内心で推理しながらシャミ子に指示を出す。

 

「桃ちゃん、さっきのじゃ記憶消しきれないよ。その腕じゃ痛いでしょ? 痛くなくしてあげるから、こっちにおいで。

 ついでにぼくも、さっき強めの魔族とやりあったから全身が痛かったりするんだよ」

 

「なにやってるんですかこの人……」

 

「知らない。こいつと戦える強いまぞくなんてこの町に居なかった気がするけど」

 

 桃たちからは見えていないが、所々に傷を残している誰何は更に言葉を紡ぐ。

 

「ぼくは桜ちゃんみたいに牧場を作る根気は無いんだ。時々桃ちゃんみたいな目で見てくる人が居るけど、誤解されたくないから説明するね

 ──ぼくの願いはこの世全ての『かわいそう』を根絶すること! そのために、見掛けた魔族(エサ)は全部食べていますっ!」

 

「っ……何もかも間違ってる、お姉ちゃんはそんな事のために町を作ったんじゃない!」

 

 誰何のあまりにも身勝手で、それでいて独善的な発言に桃が言い返すも、彼女はきょとんとした声色でさらりと返した。

 

「間違ってるのは世界の方だよ?」

 

「……世界?」

「シャミ子、この辺は聞き流していいよ。この人全体的に変だから」

 

「富む人がいれば貧する人がいる。食べる人がいれば食べられる人が。素敵な出会いがあれば悲しい別れが。始まりがあれば終わりが。

 ぐるぐるぐるぐる、ずっと同じことの繰り返し。一ヶ所の不幸を止めるだけじゃダメ」

 

 だから──と一拍置いて語り掛ける誰何の言葉を、桃は耳を塞いで拒絶する。

 

「この世に感情が無かった頃まで世界を巻き戻したい。具体的には原始海洋って知ってるかな? あそこまで──「あ──聞きたくない聞きたくない聞きたくない!!」

 

「桃っ!」

 

 かぶりを振って駄々をこねる桃に、誰何がさも仕方がないとでも言いたげに語り掛ける。

 

「確かに短い期間で見れば、ぼくは悲しみを量産している。昨日行ったお店の人も泣いてたし……だから、何度目かのご褒美で『忘れさせる』力を手に入れた。ほら、忘れてしまえば一旦は『かわいそう』じゃないでしょ? 

 ……他にも色々出来る。誰も苦しめず悲しませず、静かに終わらせるのが拘りですっ」

 

 見えていないにも関わらず、にこりと笑みを作りながら誰何は語る。

 

「だから、桃ちゃんが苦しんでるのは申し訳ないと思うし、かわいそうで愛おしいと思う」

 

「……は?」

 

 その言葉に、遂にはシャミ子が反応した。楓の頭を胸元に抱き寄せ、庇うように背中に腕を回して力を入れながら怒声を上げた。

 

「きさま、さっきからず──っとおかしいぞ! もし桃だけじゃなく、本当に楓くんに何かしていたのなら……こうして苦しんでるのを見ても尚、自分の行動が正しいと言えるんですか!?」

 

「シャミ子! これ回想だから干渉できない!」

 

「ぬが──もどかしい!!」

 

 ぎゅう、と楓を抱きしめ、安心させるように背中をさするシャミ子。

 その横で壺からカードを一枚取り出す桃と同時に、語りながら誰何もカードを翳す。

 

「まあ、わかってくれないか。でもぼくは呑んできた魔族のことは一人も忘れたことはない。……ウリエルから木の下に何が埋まってるかも全部聞いてるよ、ねえ──『桜ちゃんが育てたもの、ぼくにちょうだい?』」

 

「『こいつに抵抗する力をください』」

 

 パキンとカードが砕け、見えない魔力がせめぎ合う。そしてお互いの願いが相殺され、誰何は呆れた声色と共に槍を向ける。

 

「抵抗しちゃうか~、まあそうだよね! わかるわかる! でも無駄に貯蓄を使われちゃうのは困るなぁ、今の完全に無駄……無駄じゃない? 

 死なせた魔族に申し訳ないよ、ぼくは桃ちゃんと話し合いたい……なっ!」

 

 ドンッ!! という衝撃。

 木の幹を抉りながら迫った攻撃が桃に直撃し、ようやく意識が外に向いた楓の目に、下半身が消し飛んだ少女の姿が映り込む。

 

「──桃!」

「桃っ!!」

 

「ぼくこういうやり方嫌いだから、早めに折れて、それ持ってきてね」

 

「っ……嫌だ……!」

 

 変身が解除されて私服に戻った桃の下に焦燥した様子の楓と慌てたシャミ子が駆け寄る。

 完全に自分のペースにあると思っている誰何の呑気な声が、楓の額に青筋を浮かべさせた。

 

「桜ちゃん、どれくらい溜め込んでるの? どうしようかな~っ」

 

「誰何…………!」

 

「……この状況で町を守るには、方法は一つしかなかった。(これ)を使う。そもそもどうして姉がこれだけの量の討伐ポイントを持っていたのか、最後まで不思議だったけど──」

 

 血まみれの手を散らばるカードに重ねて、幼い桃は目尻に涙を貯めて続けた。

 

「わかったのはシャミ子に会ってからだった。このカードはヨシュアさんを封印した時のポイントで──それに今わかった、こいつはきっと、楓の家族まで……ごめんね……二人とも」

 

「──そんなことはどうでもいい。町を守るためだったんだろう? それなら躊躇うな!」

「ごちゃごちゃ悩んでないでさっさと使え──い! おとーさんも私も! 封印がどうのこうのとか小さいことで怒りません!」

 

 自分に勝るとも劣らない過去を知りながらも、そんな二人がカードの行使を躊躇わない。桃はそっか、と呟いて涙を落とす。

 

「そっか。私の悩み、ちっさいか。はは…………メタ子、アイツを(ころ)……『無力化して』」

 

「────えっ……あ……ああ、あああああああああああああああ!!!」

 

 壺の中身全てを使って、桃は誰何に願いを向ける。ざらざらと体が崩れ、地面の染みのようになった誰何の残骸から、黒い結晶が現れた。

 

「……ひどい、ひどくない? 

 ……どうして殺さないのかな」

「姉はそうしないと思ったから。コアを割ればあなたは空に散らばって、いつか人に戻る」

 

 下半身が無いままに、桃は血を垂れ流しながらぽつぽつと息も絶え絶えに話す。

 

「ぼくが何千年、どんな思いで頑張ってきたか……いくつの犠牲を重ねて本当の幸せについて考えてきたか……きみにわかる?」

 

 残骸から黒い影のような手が伸び、顔があった辺りからは涙のようなものが零れる。知りませんと切り捨てて、桃はパンとコアを砕いた。

 

「……せめて、目の前の人を幸せに出来てから言ってくださいよ」

 

 ちらりと、自分を見下ろして心配そうにしている楓たちを見ながら、そう呟いた。

 

 

「終わった、のか?」

「これで決着ですか?」

『まだだ! 時来てないぞ!』

「えっ」

 

 傍らに座るメタ子が、虚空に向けて威嚇をする。瞬間、魔力が渦巻いて、空中にいびつな輪郭の真っ黒な誰何を形作った。

 

【ごほうびの使い方が上手くないね。言い回しで効果が変わるから覚えておくといい】

 

 その手に水筒を持ち、ノイズのような声で彼女はなおも笑う。

 

【たべのこしがあってよかった。まだ神は()を見捨ててない。まだやれる。まだやれる】

 

「なっ…………ひっ!?」

 

 思わずその身を幹から出した桃の体に一瞬でまとわりつくと、誰何はみるみるうちに怪我を治した。

 

【やっと出てきてくれたね。その傷治してあげるよ、痛そうで気になってたんだ。……これで1からやり直し。でも()()は折れないよ】

 

 

 ──あと、と続けて、ヘドロのような形状の誰何は()()()を見て声を静かに低く荒らげた。

 

【さっきから覗いてるツノの魔族、よくもその子を巻き込んだな。お前はまた来ていつか殺す】

 

「え、私ですか!?」

「────」

 

 明確にシャミ子を、そして楓を見て言った言葉。そしてその場から影も形も消し去って、那由多誰何は完全に町から居なくなった。

 

「い、今のなに!?」

「……やっぱり、俺たちを認識していたのか」

「やっぱり!?」

「……全然わからない。でも、本来の記憶とは食い違うけど、これで誰何の話はおしまい」

 

 一旦起きて仕切り直そう、と締めくくって、桃は治った下半身の調子を確かめながら立つ。

 楓の隣にいるシャミ子に、じとっとした目を向けながら彼女は呟いた。

 

「シャミ子、私が一番悩んでた所をあっさり流したよね」

「ど、どの辺ですか? すいません見直します!」

「この記憶に巻き戻し機能はあるのか?」



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5

 那由多誰何の犯した罪を知り、夢から覚めるべく外に合図をする桃を余所に、シャミ子と楓はメタ子に呼び止められた。

 

『シャドウミストレス、秋野楓。汝らはまだ目覚めの時ではない。まだ、汝らには見せるべきものがあると感じた』

「え……?」

「……俺もか」

『うむ』

 

 ちらりと桃を見る楓は、姿を消す桃を見送る。どうやら外からの刺激で起こされたらしく、顔をシャミ子たちの方に戻せば、そこには厳重に鎖で縛られた扉が現れていた。

 

『これは、ある大まぞくに封じられた──幼少期の桃の記憶である。この扉は大まぞくによって厳重に封じられたモノ。我にも汝にも桃にも開けられぬ、永久に開けなくていいモノである』

 

「大まぞく……?」

 

「開けられないならどうして見せた? 俺たちに、何をして欲しいんだ」

 

 メタ子を見下ろして、楓は淡々と話す。その様子を見て、シャミ子は()()()()()と感じる。

 

『代わりに汝らに授けたいのは()が記憶。猫の(われ)が見た、桃と桜の出会いの場面である。

 ここから先で目にしたことは桃にも、何人(なんぴと)にも話すな。約束できるか』

 

「は、はいっ」

「ああ」

 

『よろしい、ならば──時を戻そう!』

 

 

 突如、ガクンと足場の感覚が消え、二人と一匹は宙に投げ出される。

 

「何────っ!?」

 

 シャミ子の疑問符の混じった悲鳴を聞きながら、楓たちの視界が切り替わった。

 そこは日本ではないだろうどこか遠くの雪国。()()()()()()が響き渡る──戦場だった。

 

「ここは……」

『我の記憶の中である。ついてくるがいい』

 

「──メタ子。生きてる子が居るかもしれない、通じそうな言葉で呼び掛けて」

 

 メタ子について行くシャミ子と楓は、軍服のような冬服に身を包む千代田桜を見つけた。彼女の指示を聞いて、メタ子は大声で問い掛ける。

 

『Організація, що контролює вас, впала

 Ви не маєте більше вчиняти самогубства』

 

「何語!?」

「……聞き覚えが無いな。ロシア語……じゃない、どこか北の言葉だとは思うが」

 

 厳密にはウクライナ語であるそれを理解できないままでいる二人が疑問を覚えるが、その意識は桜の横に居た人物に逸れる。

 

()()()っ後で泣け! 今は防げ!」

「スイカ……? ひえっ!?」

「──那由多誰何……っ、……?」

 

「……どうしてこんなことができるんだ……あんまりだ……かわいそうだ……」

 

 そこには三角座りでさめざめと泣いている那由多誰何の姿があった。

 ざわ、と心が荒れる楓の目に映る彼女を見て、楓は何かが()()と感じる。

 

 よく見れば桜と誰何は雪で出来た壁を背にしており、その横から顔を覗かせた桜が、地面の下から開けられた蓋を押し上げる少女を見つける。その桃色の髪色が、正体を物語っていた。

 

「Лише я не вмер

 Здаюсь」

 

「……も、桃?」

「そのようだな」

 

 降伏を指すようにして手を上げ、あれよあれよと保護された少女は、桜が用意したインスタントのうどんを手に困惑している。

 

「……Що це?」

「うどん! うどん! 絶対美味しい!」

 

 そう力説され、困惑を残しながらも少女はずるずるとうどんを啜る。

 

「かわいそうかわいそう。いっぱいたべて」

「スイカも食べな」

「えっ! ぼ、ぼくは……」

「体冷えてるでしょ! ダシだけでも飲め」

 

 恐らくこの頃も()()以外は口にしないのだろう誰何に、それを理解している桜はそれでもとカップ麺を押し付けた。

 

「今は共闘してて私がリーダー。全ての業は私が背負う。のんどけっ」

「桜ちゃんはぼくのことよく分かってくれてるよねぇ」

「いや全然わからんよ? きみ変だもん」

「……たまぁに食べると美味しいんだよね」

 

「──不思議な感覚だな。これは過去だ、つまり那由多誰何は()()おかしいのか、()()()()おかしくなるのか。全くわからない」

「楓くん……もしかして、怒ってますか?」

 

 ダシだけを飲んで残りを少女に渡す誰何を見ながら、楓は手を強く握る。

 心がざわざわと荒れて落ち着かない。誰何を赦すべきではないかという考えと、赦してはならないという考えがせめぎ合っている。

 

 眉をひそめてかぶりを振ると、彼はシャミ子にぎこちない笑みを向けて口を開いた。

 

「全部後回しだ。今は記憶を見よう」

「…………はい」

 

 視線を三人に戻した楓たちは、桜の問い掛けを翻訳するメタ子に声を耳にする。

 

「ねえ、君、名前は?」

『Як тебе звати?』

「Мене звуть Операція 27」

『──無いそうだ』

 

 辛うじて27だけは聞き取れた楓が、メタ子の返しが気遣いであると察しながらも、桜が少女の頬を撫でながらした提案に目尻を上げた。

 

「じゃあ~~『モモ』って名前で呼んでもいいかな、ピンクで綺麗な花がもうじき咲くんだよ。ねえ君、うちの国に来なよっ」

 

「あっ、桜ちゃん。解散する前にれんらくさき……おしえて?」

 

「えっごめん無理。なんか死ぬほど電話掛けてきそうだから」

 

 

 

 

 

『それから桃は桜と共にこの町にきて、時がたって、たって、別れの時が来た』

「あの、今の記憶は桃の話と違います。だって桃は施設で育ったって……」

『それは大まぞくに上書きされた架空の記憶だ。見よ、汝の父、大まぞくヨシュアの姿を』

 

 場面が移り、そこは桃の家の寝室。桜が眠る桃の隣で、件の男を招き入れる。

 

「入ってきて、ヨシュアさん」

「──お邪魔します」

 

 あどけない少年のような姿に、驚くほど低い声色。それでいて頭と腰から伸びた角と尻尾が、人ならざる存在であると証明していた。

 

「この子が例の桃さんですか?」

「うん、この子が保護されるまでの記憶を消して欲しいんだ。普通の施設で育った思い出にでも上書きしておいて」

「わかりました! ボコボコに消しちゃります」

「あと……私への過度な愛情も消しておいて」

 

 さらりと言い放つ桜に、ヨシュアはきょとんとした顔で返事をする。

 

「えっ……?」

「これから大変なことになるからこの町を離れてもらいたいのに、話を聞かなくて」

「それは、ちょっと……」

「あ、やっぱ嫌? ごめんごめん」

「いえ、難しいだけです」

 

 ──辛い記憶は兎も角、愛した記憶は消しづらい。なんらかの切っ掛けで簡単に戻り、夢魔はどうあがいても真実の愛には勝てない。

 

 ヨシュアの語りに、桜はそっかあ……と呟いて、片手で顔を覆いながら続けた。

 

「ちょっと優しくしすぎちゃったかなぁ。この子には普通の人生を生きて欲しいな……整合性が取れる程度に上手く消してくれる? ごめんねぇ、こんなことさせちゃって」

 

「いえいえ、こういう時のためのまぞくですからっ。任せてください!」

 

 にこりと笑って、ヨシュアは今現在シャミ子が所持している『なんとかの杖』をペンのように握って桃にかざす。

 

「……桃さん、ごめんなさい。新しい町で……僕がこれから奪う、桜さんとの思い出を塗り替えられるような──生きる理由になる、素敵な誰かと出会えますように」

 

 それは正しく親のような口調で、優しく桃に語りかけるヨシュア。その光景を見ながら、ようやく合点が行った楓は呟くように言う。

 

「──誰何はあのとき、自分と鉢合わせた桃が何も覚えていないことに安堵していた。()()()()()()()()()()()()()()()安心したのか」

 

「そうだったんで──「シャミ子! 楓も聞こえる? ねえ、大丈夫!?」声が──」

 

『……時が来てしまったか』

 

 二人は意識が浮上する感覚──夢から覚める感覚を覚え、これが最後とばかりにメタ子が二人へと一息で語りかける。

 

『大まぞくの子()よ、今日は話せてよかった。メタトロンが宿る猫の体に残された時間は少ない。我々案内役は弱き子を正しく導くために生まれた。その(ことわり)が今の時にそぐわぬ、歪な(いにしえ)の遺物であってもだ。

 

 そして我は個人的……いや個猫的に桃の幸せを心から願っている。桃を、頼むぞ』

 

「────」

 

「ああ」とか、「任せろ」とか、とにかく何か言おうとして口を開くが、最後まで何も言えずに、楓たちは意識を暗闇に落とした。

 

 

 

 

 

「──楓くん!!」

「────ミカン」

 

 はっと意識が覚醒した楓は、恋人(ミカン)の声に体を起こす。畳の上に座るように起き上がった楓に、彼女は飛び付くように抱き付いた。

 

「楓くん、私っ、何も分かってなかった……」

「…………ああ、大丈夫。大丈夫だ」

 

 ミカンの肩越しに、それとなく尻尾を不安そうに楓の膝に触れさせるリコにも目線を向け、それから楓はそっとミカンを押し退けて立ち上がると、ポケットから落ちていた携帯を手に踵を返す。

 

「ど、何処に行くの?」

「少し風に当たる。今は……何も言うな」

「あ──わ、私もちょっと風に……」

 

 足早に玄関に向かう楓と、その背中を追うシャミ子が桃の部屋から出ていった。

 

「──ねえ桃、楓くん、楓くんはね……」

「まぞくと人間のハーフ、でしょ。なんとなく、雰囲気で察したよ」

「……言おうとしてはいたみたいなの」

「分かってる。ちゃんと分かってるから」

 

 

 

「頭がどうにかなりそうだ」

「……私もちょっと、そんな感じです」

 

 外を歩き夜風で頭を冷やす楓の言葉に、シャミ子が返す。

 

「那由多誰何のしてきたことは許されることじゃない。でも自分の願いを語る顔は本気だったし、桃の境遇に悲しむ顔は嘘じゃなかった」

 

 喉に言葉が引っ掛かり、荒く呼吸を繰り返して、楓はようやく本心を絞り出した。

 

「──誰何を許せない。でも……許してやりたい。(こころ)が……苦しいよ、シャミ子」

 

「私だって……誰何さんの事がわからない。それでも私は、私たちは……色んな人に守られてきていたんですね。守られるだけじゃなく、守れるまぞくに()()()()です」

 

 フォークの形をした杖を掲げて足を止めるシャミ子に、疲れきった顔をした楓が足を止めておもむろに振り返る。

 

「──苦しんでいる桃は愛おしい? 全然違います。あの人は見たことがないだろうけれど、桃は笑顔が一番可愛いんです。()()()()じゃない。()()んです────『かいふくのつえ』」

 

 ごう、と魔力が杖に集まり、そうしてヨシュアが使っていたのと同じ形状の杖となる。

 出来た──と喜ぶシャミ子を前に、ふと、楓の携帯が震えた。

 

「……もしもし」

『あ、もしもし楓? 杏里だけど~ごめんねこんな時間に電話しちゃって』

「いや、夜の散歩中だ。それで?」

『ああいや、押し入れの整理してたらさあ、楓宛のDVD見つけたんだよねぇ』

「……なに?」

『いや、なんかさあ――』

 

 一拍置いて続けられた杏里の言葉に、楓は思考を停止させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『このDVD、【15歳になった楓へ】って書かれてるんだけど……』




・Організація, що контролює вас, впала
(汝らを支配する組織は崩壊した)

・Ви не маєте більше вчиняти самогубства
(もう自殺する必要は無い)

・Лише я не вмер
(私だけ死ななかった)

・Здаюсь
(降伏します)

・Як тебе звати?
(汝の名前は?)

・Мене звуть Операція 27
(オペレーション27)


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メッセージ

『ぶ、ごぼ』

 

 ──仰向けに地面を転がり、呼吸しようとした口からは二酸化炭素の代わりに液体が漏れる。

 

『こぽ、ぉえ』

 

 体が動かせず、なんとか持ち上げた左手も指が二本足りない。右の脇腹にはぽっかりと穴が空き、視界も半分塞がっている。

 

 立ち上がろうにも左膝から下に力を入れられず──気付けば楓は、血溜まりに沈む片足の千切れた自分を俯瞰するように見下ろしていた。

 

 楓は自分を見下ろす光景の真意を悟る。ああ、これが──これが、俺の末路か、と。

 

 

 

 

 

 ──杏里からくだんのDVDを受け取った翌日、思い出せない夢に奇妙なリアルさを覚えながら、楓は桃とミカン、ウガルル、シャミ子と共に早速とその映像を再生していた。

 

「どうして杏里の家から楓宛のDVDが出てくるの? まさかこれも誰何の罠とか……」

「考えすぎじゃないか。流石にDVDを使ったトラップなんて無いだろう」

 

 ……多分。と付け加えて、桃の不安を聞きつつ再生する。少しして流れ始めたのは、どこかの一軒家のリビングで──そこに一人の男性が現れ、映像を撮っているカメラの前に座った。

 

「この人、もしかして楓くんの……」

「……おとーさん、なんでしょうか?」

 

 暗い茶髪混じりの黒髪に、鍛えられた体躯。そして──背中から生えた大きな翼。

 誰がどう見ても()()であるその男は、咳払いを一つして、それから語り始める。

 

『──まず始めに、もしこの映像を見ている者が秋野楓以外である場合、すぐにでも本人に渡すか、渡せないならDVDを破棄をしてほしい』

 

 その警告から一分ほど経過して、男性は映像を見ているのが楓だと判断したのか続けた。

 

『これを見ているのが、15歳になったお前だと仮定しよう。単刀直入に言うと、この映像を撮っているのは楓から見て10年前……お前が5歳の時だ。小さい方なら、今は寝室で寝ているよ』

 

 ちらりと寝室があるのだろう方向を見て、男性は笑みを浮かべる。その顔はどこか楓と似ていて、なるほど確かに父親なのだろうと、楓以外の桃たちは感慨深いため息をついた。

 

『……さて、この映像を見ているということは、きっとお前は──いや、楓を含めた君たちはこの町の過去を知ったのだろう。そこに居るのは……たぶん優子ちゃんと桃ちゃん、ミカンちゃんと……ウガルルちゃんかな?』

 

「っ──!?」

 

 一瞬天井を見上げて、それからピタリと言い当てた。その様子に、テレビ越しであれ、その場の五人は驚愕の表情を浮かべる。

 

『簡単に言うと、俺はエジプト関連の魔族の末裔だ。とある神様と同じ【目】を引き継いでいて、俺たち一族は文字通り何でも見通せる。

 自分や他人の過去・現在・未来から、平行世界の存在まで。当然──いつ、どこで、どうやって、誰が誰に殺されるのかまで……な』

 

「それじゃあ、父さん……貴方は」

 

『──俺の方で4年後、お前たちの方で6年前、秋野家を含めた多数の魔族はとある魔法少女……那由多誰何に殺される。そして俺はそうなる未来を見て、こうしてメッセージを残すことにした。

 15歳の楓が見るように調整したのは、恐らくこれを見ているのが、ちょうど誰何が何をしてきたのかを見たあとのタイミングだからだ

 

 ……そのうえで、俺は今から楓たちに残酷な提案をすることになるだろう』

 

 一拍置いて、男性は表情を苦々しく歪めながらじっと楓たちを見て口を開く。

 

 

『那由多誰何を赦してあげてほしい』

 

 男性はそう言い、深く重いため息をつく。そんな男性に──父親に対して楓は声を荒らげるが、その言葉が、テレビの奥の声と重なる。

 

『「そんなこと……どうして!」……か? お前ならそう言って憤るよな、楓』

「っ……!」

『それでも、敵は誰何じゃない。こればかりはあの子の過去を見た俺にしか言えないが、断言できる。あの子は必ず必要になるんだ』

「────」

 

 男性の声が遠い。耳鳴りがして、視界が遠退く。町に、家族に、桃に、そして自分にしでかした事を呑み込んで、言うに事欠いて『赦してあげてほしい』と、目の前で男性はそう言ったのだ。

 

『……出来ないか? そりゃあ、そうだよな。

 誰何はどの世界線でも俺たちを殺すし、必ずお前たちと衝突する。過去の光景を見たなら尚更許せるわけがない。でもな、誰何はなにも、最初からああだった訳じゃない。

 

 何時かの何処か、もしタイミングや立場が違えば、お前たちや俺も、あの子と同じ人生を歩む可能性があった。あの子だけが悪いんじゃない。()()()那由多誰何という少女に寄り添える人が、一人でも居たのなら──』

 

 そこで区切る男性の顔は、どうしようもなく父親で、子供を持つ親だからこそ──少女に僅かばかりでも救いがあったならと考えてしまう。

 

『……楓、お前なら那由多誰何の()()()になれる。まぞくだろうと魔法少女だろうと関係なく、困っている女の子を見過ごせないお前なら、本当なら優しいだけの少女を救えるんだ』

 

「……父さん」

 

『すぐには受け入れられないだろう。簡単には飲み込めないだろう。だから……俺の頼みは無理に聞き入れなくても構わない。どちらにせよ、その時が来れば嫌でも那由多誰何との戦いを避けることは出来ないし、なにより──』

 

 おもむろに口角を上げて、イタズラっぽく笑いながら、男性はあっけらかんと言った。

 

『どうせお前、俺が赦してやれって言っても言わなくても、結局はあの子を助けるんだろ? 散々()()から知ってんだよ、誰が相手でもほぼ必ず女の子を泣かせる悪い男に育ちやがって』

 

「……は?」

 

『これを見てる世界線の楓は誰と付き合ってるんだ? 優子ちゃんか桃ちゃん……いや、ミカンちゃんか杏里ちゃんだろ。たまぁにグシ……小倉ちゃんやリコちゃんともくっつくんだよな』

 

「おい。何を言っている」

 

『あーあ、こういう馬鹿みたいな話は目の前のお前としたかったんだけどなぁ』

 

「……父さん、父さん?」

 

『なあ、楓』

 

 突如として堅苦しい雰囲気が崩れた男性を前に、横の少女らの困惑以上に頭を混乱させつつも楓は届かないと分かっていながら声をかける。すると、一瞬で意識を切り替えた男性が言った。

 

『楓、楓。俺たちの可愛い一人息子。もうお前の未来を見ることでしか、お前の幸せを享受出来ない。だって4年後に死ぬんだから。──9年間の思い出を、お前は忘れてしまうのだから』

 

「────」

 

『本当なら那由多誰何がいつ町に来るのか、どんな過去があったのか、どうすれば和解できるのか、その全てを話してしまいたい。

 だけど恐らく、結界の中でグシ…………眼鏡のお姉さんから言われたんだろう? 『未来を知ること自体が未来を歪める』って。だから言えない。言えないんだよ……っ』

 

 男性は声を震わせて続ける。

 

『……【目】で見る未来じゃない、俺自身の両の目で、お前の将来を見届けたかった。誰かと愛を育むお前を、いつまでも支えたかった。

 せめて妻だけはと願った。俺を慕う子にまでみんなが死ぬことを伝えてしまった。見なければ良かったと、何度も後悔したよ』

 

 男性はそこで一度言葉を区切ると、目元を手のひらで覆って俯きながら言う。

 

『──楓、お前はこの【目】を継いでいるが、魔族の血が薄いせいで十全に力を使えない。

 当然だが相手や自分の過去現在未来は見ることが出来ない。精々視力が高くなるか、魔力を視認できる程度。もしかしたら()()()()()()()()()を取り込むなりすれば力が増す可能性はあるが、常々自分が最も戦力外であることを忘れるな

 いいか、絶対にお前だけは死ぬな。楓が死なないでいることが、皆の生存に繋がるんだ』

 

 顔を上げて前を見て、最後にと続けると、男性は──楓の父は、優しい声色で語りかけた。

 

『──10年分愛してる。楓、お前はみんなに愛されているんだ。だから、あの子のことも……ほんのちょっとだけ愛してやってくれ』

 

 ──じゃあな。

 そう言って、手を画面(カメラ)に伸ばすと、彼は撮影を終わらせた。真っ暗になったテレビの画面に、ホロホロと涙を流す楓が写る。

 

「……その、楓くん……?」

「──まあ、なんだ。ここまでお膳立てされて、やらないとは言えないだろう」

 

 振り返り、涙を拭う暇もなく、楓は桃を、シャミ子を、ミカンとウガルルを見て──

 

「それでも父さんに言われたから、とか。そうしないと格好が付かないから、とかじゃない。俺が、俺の意思で決めたんだ。

 俺は那由多誰何を赦す為に戦う。戦力にはならないかもしれないが、もしよかったら……手伝ってくれないか?」

 

 桃は自分が傷つけられた事を記憶に刻んでいながら、それでもと、楓を見る。

 シャミ子は桃の遠い過去を、誰何の嘆きを共有した者として、ぐっと頷く。

 

 ミカンは仕方がないと言わんばかりに、呆れた表情を浮かべながらもウガルルの肩に手を置いて、恋人の覚悟に自分達もと決意を固める。

 

『──勿論!』

「……ありがとう」

 

 楓の言葉に、全員がそう返す。那由多誰何にリベンジするためのスタートラインに、青年はようやく立つことが出来たのだった。




DLC2→単行本7巻が出たら


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