脱落から始まるストーリー ((╹◡╹))
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脱落から始まるストーリー

 ここは異世界ハルケギニアにて由緒あるアルビオン王国、その宮廷奥に位置する廊下。

 落城間近に迫ったこの地この場所に、在りし日の栄華は途絶えて久しい。

 

 そんな場所で、当たれば命を刈り取ること必至な稲妻が私に迫ろうとしている。

 勿論、光の速さに程近いソレを視覚によって捉えたわけではない。

 

 相手の()()から僅かに読み取った兆候に全力で乗っかっているに過ぎない。

 

 敢えて不純物を混ぜ合わせた水の薄膜を半球状に展開する。

 

 受け止めるほどの力量は私にはない。そんなことが許される生半な相手ではない。

 だから受け流そうと試みる。最小限の被害で。

 

 しかし、その悲観的な目論見すらもまだまだ甘すぎる見積もりだったようだ。

 バチッと音が鳴ったかと思うと、瞬間、視界が暗転する。

 

 倒れ伏さなかったのはまさに奇跡の一言。ほんの一瞬だが失神していたようだ。

 完全に読み切って対策してなお勢いを殺しきれなかった。そう理解して歯噛みする。

 

(やっぱり、強い。……いよいよもって、私もここまでのようですね)

 

 溢れ出る鮮血が私の身体からなけなしの体力と()()を奪っていく。

 一体、私は何処から間違えていたのだろう。何を間違っていたのだろう。

 

 ……いや、一々詰めの甘い自分のことだ。

 

 何処からと言われれば最初から、何をと問われればなにもかも。

 きっとそんな感じに相違ない。

 

 そもそもが今更というもの。諦めるには早すぎて後悔するには遅すぎた。

 

(このまま処置できなければ遠からずあの世行き… 冴えない幕切れですね、どうも)

 

 敵に大した傷などありはしない。対する私は満身創痍。

 

 だからだろうか? どうせ今更逃げられやしないと、見栄を張ってみることにした。

 今にも崩れそうになる足腰を精一杯叱咤して力を込める。

 

 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド… 眼前の敵を睨み据える。

 

「驚いたな… まだ倒れないとは。侮ったつもりなどないが君を過小評価していたようだ」

 

 余裕のある落ち着いた声音で淡々と紡ぎ出される感嘆の言葉。

 

 この『敵地』においてなお堂々とした振る舞いはまさに一廉(ひとかど)の人物と呼ぶに値する。

 

 敵味方の立場でなければ、そして現在進行系で自分が命の危機に陥ってなければ。

 きっと私は諸手を挙げて賞賛の言葉を心ゆくまで浴びせていたことだろう。

 

 ソレだけの男だ、眼前の敵は。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドという男は。

 

 もはや油断も慢心もない。あるのは鋼鉄すら断ち切るかのような強い決意のみ。

 それでも男は、悲しそうな表情を浮かべて構えを解かぬまま首を左右へと振った。

 

「それだけに残念でならない。君と敵味方に別れたことが。君を討たねばならぬことが」

「それは流石に過分に過ぎる評価というものでしょう? ワルド様」

 

 やけにワルドからの評価が高いことに驚きを禁じ得ない。

 返す言葉に思わず上擦った色が混じりそうになるのをなんとか堪える。

 

 なんせこの世界で生きてきて十数年、家族以外に褒められたことなど数えるほど。

 依然としてポーカーフェイスを保てている自分をむしろ褒めてやりたいくらい。

 

 ……とはいえ、所詮はこの私の猿芝居だ。

 ワルド相手に何処まで己が内心を隠し通せているかなど分かったものではない。

 

 そもそもが、この私がワルドに高く評価される要素など何一つない。

 何故なら私は、『事ここに至るまで何も出来なかった』のだから。

 

 だからこの言葉も、私を少しでも労なく倒すためのリップサービスに過ぎないはずだ。

 そんな私の気持ちを見透かしたかのようにワルドが言葉を続ける。

 

「この私が、この期に及んで君を喜ばせるようなおためごかしを口にするとでも?」

「えぇはい、凡才学生一人の名誉すら慮って下さる御厚情には感謝の念しかありませんが」

 

「……まったく、君という人間は」

 

 限りなく無礼な返答。

 

 にもかかわらず、ワルドはまるで予測していたと言わんばかりの苦笑いを私に向ける。

 そこには何かを懐かしむような、そんな色が乗っているように私には感じられた。

 

「良いだろう… 決着を付けるとしよう」

「………」

 

 もはや呼吸をするのも億劫になった私は返事も覚束ないままに杖を構える。

 

 ……()くして、勝負は一瞬でついた。

 

 やはり『閃光』の二つ名は伊達ではない。

 杖は根本から斬り飛ばされ、襲い来る衝撃に抗う術すら持たぬまま壁に叩き付けられる。

 

 杖はメイジの命。これなくしては魔法を行使することなど出来はしない。

 

 それでも、あぁ、それでも。勝負を諦める理由にはなりはしない。

 殴る蹴るには到底不向きな身体能力ではあるけれど、噛み付くくらいは出来るはずだ。

 

 なんとか立たねばと思う暇もあらばこそ、喉元には剣のように鋭い杖が添えられた。

 

王手(チェック)… 私の勝ちだね」

「……あぁ、はい」

 

 苦労を重ねて、臓腑から絞り出すように言葉を吐き出した。

 

 目が霞んで勝者の姿すらろくろく拝めやしない。

 ただ圧力を感じて、それが故に彼が前に立っているのだろうと察することが出来た。

 

 万策尽き果てた。

 

 あの手この手を使って時間を稼いできたつもりだがそれももう限界だ。

 そもそも、疲労かはたまた別の原因によるものか指一本動かすことすら難しい。

 

 まぁ私にしてはよくがんばった方だろう。

 

 十把一絡げに薙ぎ払われての失血死より、裏切りの将相手の戦死の方がまだ格好がつく。

 

 ……そう、ワルドは裏切り者だ。

 

 トリステイン王国で(ろく)()みながらも、敵軍に寝返り内通を行ってきた裏切り者だ。

 そうして今、最悪の局面で味方と信じ切っている仲間たちの背後を狙わんとしている。

 

 勿論、それを見越して仲間たちには忠告を重ねてきたつもりだった。しかし──…

 

「彼女たちは、君の忠告を信じようとしなかったね。……お陰で上手く事が進められた」

 

 期せずしてワルドと思考が重なってしまったようだ。

 

 いや、私と彼に共通する話題なんて『ソレ』くらいしかないだろうからソレも当然か。

 

「………」

「もし少しでも耳を傾けられていたらと思うと震えが止まらない。君の先見の明は見事だ」

 

「……結果は、ご覧の有様ですけれどね」

 

 恐らく血の雑じっているであろう咳に若干()せながら、相槌を打つ。

 

 私なりに説明には言葉を尽くし、身体を張ってはみたものの。

 それでも…… あぁ、それでも彼女たちの心を変えるには及ばなかったのだろう。

 

 信じるという行為は美徳だ。

 

 彼女と彼の間には『紙面』では読み解けないほどの深い絆があった、ということだろう。

 

 それを責めるというのは、なんだか、あまりしたくはない。

 むしろ安心した。例えソレが間違いであろうとも、彼女たちは己の誠を信じたのだ。

 

 私なんかの薄っぺらい言葉が届かなくても当然じゃないか。

 

 なんという恥知らずか。

 物語を『知っている』という慢心に満ちた振る舞いの数々はさぞや醜く映ったことだろう。

 

「……私は信用され易い立場だった。彼女の婚約者であり国の要職を預かる者だ」

 

 

「……やめて」

 

「最初から君には分が悪い勝負だった」

 

 憐憫に満ちたワルドの言葉が投げかけられる。

 

 やめろ、やめろ、やめろ! やめてくれ! 

 

「だがそれでも君は腐らず、諦めず、最後まで体を張った。……心から敬意を表する」

「やめなさい!!!」

 

 目が霞んでいるなど知ったことか。

 私は当たりをつけてワルドの胸倉を掴み、怒鳴り声をあげた。

 

 ……やめてくれ。

 

 そんな言葉を投げかけられると悔しくて仕方なくなる。

 何故あと少し頑張れなかったのかと。果たして本当に死ぬ気で努力していたのかと。

 

 嗚咽とともに膝を突くそんな私を、しかし、ワルドは無様だと笑わなかった。

 

「トリステイン王国は腐っている。いずれ沈みゆく屋台船に過ぎない」

「なに、を…」

 

 何を言っている? 

 この男は、いきなり何を語りだした? 

 

「マザリーニ枢機卿はよく頑張っているが、それとて延命にすらなりはしないだろうさ」

「だから、なにを…!」

 

「……君はここで終わらせるつもりだったが、私に付くつもりはないか?」

 

 ………。

 

 一瞬、思考が空白に染まる。続いて湧き上がる感情は困惑。

 この男は一体、何を言っているのだろう? 

 

「信じられないか? 無理もない。だが、君の言葉には耳を傾ける価値がある」

 

「………」

「私なら君を重く用いよう。君の助言を喜び、感謝しよう。どうか私を助けて欲しい」

 

 嗚呼。

 

 涙が零れてくる。

 

 嬉しい。嬉しい。嬉しい。

 

 本当に… 『それが嘘であろうと』嬉しくてたまらない。心から。

 

 

 

 

 

 

 

 分かってしまうのだ。

 この期に及んでも彼の本心が読めてしまうのだ。

 

 一時の熱病に浸ることも私には許されない。許されるべきではない。

 

「答えを聞かせてくれないか。──カサンドラ」

 

 ワルドが私の名前を呼ぶ。

 

 だから私は最後の力を振り絞り、立ち上がると、ゆっくりと首を振った。

 きっとワルドは少し驚いたような表情を浮かべているのだろう。

 

 慌てた様子で声を掛けてくる。

 

「何故だ? 待遇ならば今まで以上を約束する。君を救ってみせようじゃないか」

 

「ワルド」

「………ッ!」

 

 今まで『原作知識』を使って予言紛いのことをしてきたペテン師、それが私だ。

 けれど今、これから紡ぐ言葉が今生最後のものとなることをこの上なく予感している。

 

 ならばそう、これこそが私の最期の『予言』なのだろう。

 

「──例え私を救えても、あなたの過去やあなたの母は救えない」

 

 瞬間、細剣(レイピア)の如く鋭いワルドの杖が私の胸を貫いた。

 

 当然の結果だろう。それこそが彼の逆鱗であったのだから。

 心臓が破れたと、確かに自分のことなのに何処か他人事のように自覚する。

 

 我に返りハッとした表情のワルドと目が合う。

 苦心して唇の端を持ち上げる。

 

 少しはしてやったりの顔ができているだろうか? ……あぁ、出来ていると良いな。

 

 倒れ伏す。

 体温が、魔力が、という話ではない。『生きる力』が急速に体内から喪われてゆく。

 

 それでも、『二度目』だからだろうか? あまり怖くは感じない。

 私は満ち足りた表情で、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転生というものだったのだろうか。

 

 私の二度目の人生の終わりも思ったより短かった。

 

 白い白い病室。沢山の透明の管。

 

 私が記憶している『前の人生』の出来事はそう多くはない。

 

 身体が弱い人間であったことは記憶している。

 

 弱い身体がとても辛くて、迷惑を掛けざるを得ない生き方が苦しくて。

 

 そんな生活の中で出会った小説『ゼロの使い魔』。

 

 誇張抜きでそれが私の生きる支えだったように記憶している。

 

 それでも治療の甲斐なく没してしまって、気付けばこの世界で新たな生を獲得していた。

 

 私を憐れんだ神様の差配だろうか? 原因は(よう)として知れない。

 

 いいや、きっと考えようもしなかったに違いない。

 

 だって私は憧れの世界にやってきて有頂天になっていたのだから。

 

 そこからの生活はまさしく夢のようだった。

 

 自由に動く健康な身体に加えて、今生においてもまた優しい家族に恵まれた。

 

 生きるのに不自由ない貴族の家に生まれ、そこそこの魔法の才に恵まれた。

 

 優秀と称される兄たちには遠く及ばないけれども、そんな私でも家族は愛してくれた。

 

 私はなんと幸運なのだろうとあらゆる全てに感謝したものだ。

 

 けれど、それは大きな落とし穴でもあった。

 

 私がそうであるように、この世界に生きる他の人々も当然ながら意志を持っている。

 

 賢しらに『原作知識』を振りかざして助言する私。滑稽な私。

 

 誰も耳を貸さなくて当然だ。……あぁ、穴があったら入りたい。

 

 今生こそはと勇んでいたものの誰の役にも立てない人生だったのは悲しいけれど。

 

 返す返すもお父様やお母様、兄様たちには申し訳が立たないけれど。

 

 それでもきっと。

 

 嗚呼きっと。

 

 彼女たちなら…… ルイズとサイトにその仲間たちなら、きっとやってくれるはずだ。

 

 原作通り、いいや、原作以上の冒険を別の世界の『私たち』に魅せてくれるに相違ない。

 

 それをこの目で見ることが出来ないのが、少しだけ、ほんの少しだけ残念だけど。

 

 

 

 

「……さようなら、カサンドラ=ハイドール。心の強さにおいては私の完敗だったよ」

 

 聞く者のいないその言葉はもはやただの音の響きとなりて、(むくろ)となった私に注がれた。




主人公について:
カサンドラ=ド=ハイドール(16)


【挿絵表示】


【挿絵表示】

(これら素晴らしいイラストの数々センシュデンさんよりの頂き物です。センシュデンさん、ありがとうございます!)

故人。兄二人に似て容姿は端麗。
ハイドール辺境伯家の末娘として可愛がられて育った影響か元来はおっとりした性格の持ち主。
トリステイン魔法学院所属でルイズの同級生。
平民差別意識は全くと言ってよいほどないため、使用人からの人気は特別高かった。
水のラインメイジでもあり、年齢からすればそこそこの才能がある様子が伺える。
対人能力に難があり、口下手で、知らない人に話しかけられると固まってしまう癖がある。
そういった悪癖をはじめとする自身の振る舞いの数々が他者の信用を勝ち取れなかった要因であると本人は気に病んでいた様子だが、別に嫌われてはいなかった。

彼女は彼女なりに大好きだった原作の世界に生きていることや、多少なり原作キャラと関われていたことでいつもニコニコと幸せそうであったらしい。
彼女に問題があるとすればそんな穏やかな気性の彼女を受け入れていた人々の好意に気付かず自身の価値を過小評価して捨て鉢に近い行動を取ってしまったこと。
しかしながら、自身の言葉を信じると言ったワルドよりも信じなかった(と思っていた)ルイズたちの振る舞いにこそ喜んだのは皮肉と言えるであろう。
実はワルドの母の若かりし頃の姿に瓜二つであったとさ。

彼女の死をきっかけに関係者や関係しない方々も含めて様々な事件が起きて物語は原作より乖離していく、死した後に初めて物語に介入したと言える存在。

モデルはトロイア戦争の予言を決して信じてもらえない王女カッサンドラー。


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