朋也「聖なる夜の生誕祭」 (キラ@創作垢)
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前編

【プロローグ】

 それは、クリスマスイブを前日に控えた、ある休日の事。


朋也「汐、寒くないか?」

 娘の手を握りながら、俺は汐に問いかける。


汐「うん、へーき♪」

 肌を刺すような冬の寒さも汐は全然平気らしく、にこやかに笑っている。

 早苗さんのお手製マフラーをぐるぐる巻きにしたその姿がとても可愛らしく思えるのは、単に俺が親馬鹿なだけではないだろう。


朋也「そっか、寒くなったらちゃんと言うんだぞ?」

汐「うんっ」


 ―――びゅうぅぅ…っ

朋也「……寒っ……」

 冷たい空気が顔に突き刺さり、俺は思わず身震いしてしまった。


汐「あははっ、パパがさきにいったー」

朋也「ははは、パパには堪えるなぁ、この寒さは……」

 昨晩から深夜まで降り続いた雪もすっかり上がり……街は、目に映るもの全てが白一色の白銀世界となっていた。


 ――季節は冬。

 俺が汐と過ごす、初めての冬がやってきた――。


 【公園】

 

風子「汐ちゃーん、いきますよ~っ」

 

汐「お~っ」

 

朋也「汐ー! あんまり遠くへ行くなよー?」

 

公子「風ちゃーん、転ばない様に気を付けてねー?」

 

風子・汐「はーいっ♪」

 

 俺と公子さんの声に二人は元気よく返事をする。

 

 二人は今、雪合戦をやってるらしく、互いに雪玉を作っては相手に投げようとしているのだが……。

 

 

風子「うう、なかなか届きませんっ」

 

汐「む~、うまくなげれない~」

 

朋也「そりゃ、ボールじゃないからな……」

 

 子供の腕力では上手く投げれないのか、風子の雪玉も汐の雪玉も、なかなか相手には届いてないといった感じだ。

 

 防寒着姿でよちよちと遊ぶ二人のその姿は、傍から見ても、とても可愛らしいと思える。

 

 

風子「でも、これはこれで楽しいです♪ 汐ちゃんもそう思いませんか?」

 

汐「うんっ、たのしいー」

 

 そうしてお互いに笑いあい、汐も風子も、仲良く元気に遊んでいた。

 

 

朋也「っかし……寒いのに、子供ってのは元気なもんですねぇ」

 

公子「ええ、子供は風の子ですからねぇ」

 

朋也「でも風子の場合、“風”の子って言うか……嵐を呼ぶって感じもしますけどね……むしろ、嵐しか呼ばないというか……」

 

公子「あはははっ、でも、子供は元気なのが一番ですね……」

 

朋也「ええ、俺もそう思います……」

 

 そうして俺と公子さんは、雪と戯れる子供達を優しく見ながら頷き合っていた。

 

 

―――

――

 

 ――事の始まりは、今朝に遡る。

 

 年末に入り、長く続いた連勤が終わった翌日の早朝、俺は汐に起こされた。

 

 

汐「パパー、おきて、おきてっ」

 

朋也「んん……どうした汐……ふあぁぁ……」

 

 連日の仕事疲れが身体に来ているのか、身体が妙に重い。

 

 連休の初日ぐらいはぐっすり眠っておきたかったが、娘はそんな事はお構いなしと言った風に、俺を急き立てている。

 

 

汐「パパ、おそと、おそとっ」

 

朋也「外……?」

 

 随分と慌てている汐の声に疑問を抱きつつ、俺は半ばぼやけた意識のまま、カーテンを開けてみる。

 

 そして、窓越しに外を見てみると……

 

 

朋也「……うお……」

 

 窓の外は、まさに銀世界だった。

 

 

朋也「……こりゃ、えらく積もったなぁ………」

 

汐「ゆき、ゆき~♪」

 

 空は透き通ったように晴れ渡り、陽光が雪を照らし、随所でキラキラした光を放っている。

 

 この街ではもう見慣れたはずの雪景色だが、この時ばかりは、確かに美しいと思える程だった。

 

 だが……。

 

 

朋也(……雪……か……)

 

 正直な所、俺は“あの日”を境に、雪が苦手になっていた。

 

 雪を見ると、嫌でも思い出してしまうからな……あの日の事……。

 

 

汐「きれい……」

 

 窓の外を眺め、汐はうっとりとしている。

 

 

朋也「……汐、遊びたいか?」

 

汐「うんっ、あそびたいっ」

 

朋也「じゃあ、朝ごはん食べたら、遊びに出かけるか?」

 

汐「うんっ!」

 

朋也「よーし、じゃあパパが今から作ってやるから、ちゃんと歯みがきして、顔も洗うんだぞ?」

 

汐「はーいっ」

 

朋也「うん、いい返事だっ」

 

 娘の頭を優しく撫で、俺は台所に向かう。

 

 

朋也「目玉焼きに…トーストぐらいしかできないか」

 

 台所にある食材を眺め、俺は朝食の準備を始めようとする。

 

 そして――。

 

 

 ――プルルルルルル……

 

 フライパンに卵を落としたまさにその時、居間の電話が鳴り響いた。

 

 

朋也「汐ー、今パパちょっと手が離せないんだ、電話取ってくれー」

 

汐「はーい」

 

 返事と共に汐が電話に出る。

 

 一瞬仕事先かとも思ったが、それなら携帯が鳴るはずだ、時間的に多分早苗さんか風子辺りだろう。

 

 

汐「うん、うん、はーい♪」

 

朋也「誰だった?」

 

汐「風子おねえちゃん」

 

 まさに読み通りだった。

 

 火加減を見つつ、俺は汐から受話器を受け取り、電話に出る。

 

 

朋也「もしもし、風子か? どうした?」

 

風子『おはようございます岡崎さん……実は、折り入ってお願いがあるんです、岡崎さんにしか頼めないことなんですっ』

 

 珍しく真面目なトーンで話す風子だった。

 

 普段と違う風子のテンションが妙に怪しい、一体こいつは何を企んでいるんだ……。

 

 

朋也「……ものすごく聞きたくないんだが、一応聞いてやろう……」

 

風子『あのですね……今晩、汐ちゃんを貰いに上がってもよろしいですか?』

 

朋也「断る」

 

 ――ピッ

 

 電話の主のアンポンタンな頼みに即答し、即座に電話を切る。

 

 ……こんな朝っぱらから何を言っているんだ、あいつは。

 

 

 ――プルルルルルルル……

 

 

朋也「はい、岡崎です」

 

風子『せっかくの風子のお願いなのにどうして切るんですかっ! というかいきなり切るなんてマナー違反ですっ!

 

風子『岡崎さんが一体どういった教育を受けていたのかがすごく気になりますっ!』

 

朋也「至って普通だ、若干放任気味ではあったがな」

 

風子『放任主義の悲しい現実ですっ! 風子は岡崎さんが不憫でなりませんっ!』

 

朋也「下らない事ばかり言ってるとまた切るぞ?」

 

風子『待ってくださいっ! 本題はここからですっ!』

 

朋也「……なら最初から言えよ……」

 

風子『実は今日、汐ちゃんと遊びたいなと思いまして……ほら、雪も積もってるので、きっと楽しいと思いますっ』

 

朋也「今日……か」

 

風子『はい、今日、何か予定はありますか?』

 

朋也「いや、朝飯食ったら俺達も外出ようと思ってたところだし、別に構わないぞ?」

 

朋也「……汐ー、風子お姉ちゃんも汐と遊びたいって言ってるけど、構わないか?」

 

汐「うん、風子おねえちゃんもいっしょにあそぼー♪」

 

朋也「というわけだ、お前も準備が出来たら、古河パンの向かいの公園まで来い」

 

風子『ありがとうございますっ! ……あ、お姉ちゃんが代わりたがってますのでお姉ちゃんに代わりますね?』

 

朋也「公子さんが? ああ、頼む」

 

 そして数秒の間の後、受話器越しにから優しい声が通って来た。

 

 

公子『もしもし、おはようございます岡崎さん』

 

朋也「おはようございます、公子さん」

 

公子『すみません、いきなりのお電話で…ご迷惑じゃありませんでしたか?』

 

朋也「いえいえ、別に問題ないですよ」

 

公子『風ちゃんの事なんですけど……一応、私も一緒に行きますね』

 

朋也「はい」

 

公子『あの子、雪を見てものすごくはしゃいでまして……風ちゃん、雪は初めてですから……怪我が無いように見ておかないとと思いまして……』

 

朋也「ええ、俺一人で子供二人の面倒は大変ですから、そうしてくれると助かります」

 

公子『うふふっ……では、古河パンの向かいの公園でしたね、準備が出来たら向かいますので、後ほど……』

 

朋也「はい、わざわざありがとうございます」

 

 

 ――ピッ。

 

 電話を切り、こたつで丸まってる汐に風子も遊びに来ることを伝える。

 

 すると。

 

 

汐「わーいっ♪」

 

 と、汐は嬉しそうに返事をしていた。

 

 

朋也「風子お姉ちゃんのお姉ちゃんも来るから、挨拶、しっかりするんだぞー?」

 

汐「うんっ♪ んん……?」

 

朋也「汐、どうした?」

 

汐「パパー、なんかこげくさいー」

 

 娘の声と共に居間にまで漂う匂いに、俺はふと忘れていたことを思い出す……。

 

 

朋也「って……やべ、フライパン火かけたままだった……!!」

 

 

 慌てて台所に戻り、フライパンの火を止める……が、時すでに遅し。

 

 少し前まで美味そうに焼き上がっていた目玉焼きは、その姿を黒い異物へと変貌させていた……。

 

 

朋也「やれやれ……」

 

汐「パパ、しっぱい~」

 

朋也「はははっ、まー食えなくもないさ、汐にはもっと美味しい目玉焼きを作ってやるから、もう少し待っててくれよー?」

 

汐「うんっ、パパのごはん、たのしみっ!」

 

 

 ――娘と暮らすようになり、早半年。

 

 慣れない育児にもだいぶ慣れ、俺と汐は、決して豊かとはいえないが、それでも幸せな生活を続けていた。

 

 ……ただ一つ、“あいつ”がいない事だけが今も心の隅に引っかかっているけど、いつまでも引きずってはいられない。

 

 何故なら……。

 

 

汐「パパ、おいしー♪」

 

朋也「ははは、パパが作ったんだから当然だ」

 

 

 過去を振り返るよりも今は、目の前にあるこの笑顔を守る事が、俺の務めだから。

 

 そう心に思い、俺は目玉焼きにかじりつく。

 

 

朋也「うへ…苦ぇ……」

 

 焦げついた目玉焼きは、淹れたてのコーヒーの何倍も苦い味がしていた……。

 

―――

――

 

 

 そして、朝食を済ませた俺と汐は古河パンの前の公園に集まり、今に至ると言うわけだ。

 

 

朋也「しかし……うぅっ……寒いですねぇ……」

 

公子「確かに、今年の寒さは身体に堪えますね……」

 

 寒さに震えながらも、元気に遊ぶ汐と風子を見守りながら……。

 

 俺と公子さんは保護者らしく、のんびりと談笑をしていた。

 

 

 ――その時。

 

 

 ――ひゅっ……ぼすっ

 

 

朋也「んえっ」

 

 突然、冷たい感覚と共に目の前が真っ白になった。

 

 瞬間、誰かの投げた雪玉が俺の顔に当たった事を理解したが、この状況で俺に雪玉を投げる奴なんて、一人しか考えられなかった。

 

 

風子「やりました、命中ですっ!」

 

汐「風子おねえちゃんすごーい♪」

 

公子「ふ……風ちゃんっ! 岡崎さん、すみませんっ」

 

朋也「風子……やりやがったなこのーーっっ!」

 

風子「風子に隙を見せた岡崎さんがいけないんです、今日こそ風子が岡崎さんに完全勝利し、汐ちゃんを妹としていただきに上がります!」

 

朋也「ふふふふ……果たしてお前に俺が倒せるかな……俺はあと3回の変身を残しているぞおおっっ!」

 

 

 風子の挑発に乗った俺は立ち上がり、風子の所まで勇み足で向かう。

 

 

風子「いきますよー! この雪で作った雪ヒトデの威力、とくとご覧あれっ!」

 

風子「あーでも! こんなに可愛いのを岡崎さんに投げるなんてヒトデへの冒涜ですっ! どうしましょう、風子は今すっごく困っています!」

 

朋也「隙ありだぁぁ!!」

 

 

 ――ぼすぼすぼすっ!

 

 何やら一人で困惑している風子に向かい、俺は大量の雪玉を容赦なく投げつける。

 

 

風子「は、波状攻撃なんて反則ですっ! ならば風子も行かせていただきますっ! えいっ!」

 

 ――びゅんっ!

 

朋也「うおっ! お前雪玉上手く投げられないんじゃなかったのかよ!」

 

風子「もう慣れましたっ、今の風子なら、消える魔球だって投げれますっ」

 

 

 ――びゅんっ! びゅんっ! がしっ!

 

 風子の攻撃は続き、雪に足を取られた一瞬の隙を狙った一撃が、モロに俺の顔面を直撃する。

 

 

朋也「いってぇ! お前、雪ン中に石入れんじゃねえーっ!」

 

風子「風子の作戦勝ちです、これで岡崎さんは成す術がありませんっ、まだまだ行きますっ!」

 

朋也「いや、マジで危ねえからやめろっ」

 

 会心の一撃が決まったのがそんなに嬉しいのか、高笑いをしては再攻撃に移る風子だった。

 

 ……ちなみに、雪玉の中に石を入れるのは本気で危険だから、よい子のみんなは絶対に真似しちゃだめだ。

 

 

公子「風ちゃんっ! 危ないからやめなさーいっ!」

 

 見かねた公子さんに叱られ、風子はしぶしぶ普通の雪玉を俺に投げつけてくる。

 

 そうそう、最初から普通にやってくれ……。

 

 

風子「…仕方ありません、お姉ちゃんに免じて今回は普通に戦ってあげますっ」

 

朋也「小童が、お前如きが俺に敵おうなんざ百年早いわっ」

 

 仕切り直し、風子が再び俺と対峙する。

 

 ていうか、何で俺は汐と遊んでいた筈の風子とこんな事してるんだ……?

 

 

汐「パパー、風子おねえちゃーん、がんばれーっ」

 

 当の汐は、見てる方が面白いだろうと本能的に察したのか、ちゃっかり公子さんの傍にいた。 

 

 

朋也「ったく、なんでこうなるんだ……?」

 

 そんな事をふと思った時。

 

 

声「おめーーーらーーーー!! 俺を差し置いてなーに楽しい事やってんだぁぁ!!」

 

 

 古河パンからやって来るとびきり威勢の良い声。

 

 確認するまでもなく、それがオッサンのものだと理解した。

 

 

秋生「俺も混ぜろおおおおおお!!!!! そして汐は俺のもんだあああ!!」

 

朋也「こーなりゃ一人も二人も変わんねえ、汐が欲しけりゃ俺を倒してみろおおっっ!!」

 

風子「汐ちゃんは風子の妹になる女性ですっ、邪魔するものは風子が全力で排除します!」

 

 ――俺、風子、オッサン。

 

 汐を賭けた三つ巴の戦いが今、始まった……!

 

 

秋生「くらええええ!!! 秋生スペシャル!」

 

 ――ばすばすばすっ! びゅんびゅんびゅんっ!!

 

 

朋也「ちょっ!! 待てこらおっさんっ!! 雪玉と一緒に野球のボール投げつけてんじゃねえ!!!」

 

秋生「ふふふ、俺の作戦勝ちだ」

 

朋也「あんたの思考は風子と一緒かっ!」

 

 ……もちろん雪玉と一緒に野球のボールを人に向けて投げるのも非常に危険だ、よい子はくれぐれも真似しないで頂きたい。

 

 

公子「うふふっ、まったく、みんな子供なんだから…」

 

早苗「でも、子供は元気な方が良いと思いますよ」

 

公子「早苗さん、こんにちわ」

 

早苗「ええ、公子さん、汐、こんにちは♪」

 

汐「さなえさん、こんにちわー♪」

 

公子「……渚ちゃんにも、見せてあげたい光景ですね……」

 

早苗「……ええ、そうですね」

 

 

秋生「くらえええっっっ!! 秋生スペシャルハイマットフルバーストォォ!!」

 

 どこかの翼の生えた機動戦士の必殺技のような事を叫ぶオッサンだ。

 

 四~五個の雪玉を、ほぼ同時にかつ正確に俺に投げ付けている。

 

 

朋也「っち! 俺だけ集中攻撃かよっ!」

 

風子「岡崎さんっ! 隙ありですっ!」

 

朋也「なんで二人して俺ばかり狙うんだよっ!」

 

 

 そんな感じで、俺と風子とオッサンの雪合戦は小一時間ほど続いた。

 

 その勝敗に関してだが……。

 

 

早苗「三人ともー、そろそろお昼ご飯にしませんかー?」

 

 早苗さんのその鶴の一声で、勝負は後日にお預けとなった。

 

―――

――

 

 【古河家 居間】

 

秋生「あー、楽しかったーっ」

 

朋也「年長者のあんたが一番楽しんでたな」

 

秋生「おめーも汗だくになるまではしゃいでただろ」

 

朋也「……まぁな…………」

 

汐「アッキー、またあとであそぼー♪」

 

秋生「おうっ、今度は雪だるまでも作るか汐ぉ♪」

 

汐「うん、だんごだいかぞくつくる~」

 

風子「では、風子の雪ヒトデと汐ちゃんのだんご大家族と、どっちが可愛いか勝負ですっ」

 

朋也「この寒い中、まだ遊ぶってのか……」

 

秋生「んだよ、情けねえ父親だな、なー汐?」

 

風子「まったく、岡崎さんにはがっかりです」

 

汐「がっかりー」

 

朋也「む……汐、後ででっかいだんご大家族を作るぞ」

 

汐「うんっ♪」

 

公子「岡崎さん、素敵なパパですね……」

 

早苗「ええ、汐も幸せですねぇ」

 

秋生「俺の方が素敵なパパだっつーの」

 

風子「では風子は素敵なお姉ちゃんですっ」

 

朋也「お前はいちいち口を出すなよ……」

 

汐「あははっ♪」

 

 

―――

――

 

早苗「みなさーん、お昼ご飯ができましたよー」

 

公子「煮込みうどんを作りました、みなさんで是非召し上がってください」

 

 居間で休憩してた時、早苗さんと公子さんが昼食を作ってくれた。

 

 鍋から上がる湯気と、ほのかに香るダシの香りが鼻腔を刺激し、思わず腹が鳴る。

 

 

汐「おいしそ~」

 

朋也「ありがとうございます、早苗さん、公子さん」

 

早苗「いえいえ、さあ、汐も風子ちゃんも召し上がってくださいっ♪」

 

 

一同「――いただきまーすっ」

 

 

秋生「ん~、うめえ」

 

汐「おいし~っ」

 

朋也「ほら汐、あんまりがっつくとこぼすぞー? ふーふーして、ゆっくり食べような?」

 

汐「うんっ」

 

朋也「でも……暖まるなぁ、このうどん……」

 

 早苗さんと公子さんの作ってくれたうどんはあっさりとした味わいで、身体が芯から暖まる程美味かった。

 

 

朋也(俺も、このぐらい出来ればな……)

 

 たかがうどん一つをとっても、俺と早苗さんのそれには、雲泥の差があった。

 

 子供でも食べやすいよう、人参やタマネギが小さく切ってある所もそうだが、身体が暖まりやすくなるよう、僅かに生姜を入れるって発想からしても、その差が伺える。

 

 

朋也(……これなら、もし風邪を引いた時でも、簡単に作れそうだな……)

 

 子供の為に料理を作る様になってから意識するようになったが、早苗さんの作る料理には、子供向きに様々な工夫がされていて、親としても、それがまた勉強になるのだ。

 

 意識をしなければ気付けない、そんな何気ない一工夫。

 

 それを自分の中に取り入れ、実践する。

 

 早苗さんの料理は、俺に育児の何たるかを教えてくれる。

 

 そのおかげもあり、最初の頃はなかなか箸を通してくれなかった汐も、今ではだいぶ俺の料理を気に入ってくれるようになった。

 

 

朋也「早苗さん、あとでこのレシピ教えてもらっていいですか?」

 

早苗「ええ、お鍋があれば簡単にできますので。 朋也さんも是非汐に作ってあげて下さい」

 

朋也「助かります、おかげでまた一つ、料理のレパートリーが増えました」

 

風子「岡崎さんせっかくです、風子のヒトデバームクーヘンのレシピもお教えしましょうか?」

 

朋也「ああ、それはいいや」

 

風子「なんでですかっ!」

 

朋也「…なんか、高校ぐらいの時に無理矢理食わされたような覚えがあってな……」

 

風子「……?」

 

 既視感…だろうか。

 

 俺は、実は既にこいつに会っていたのではないかと、そんな事をたまに考える時がある。

 

 こいつの為に、俺は渚や春原、また、オッサンや早苗さんと一緒に、何かを一生懸命になってやっていた。

 

 そんな、ありもしない事があったのではないか。

 

 ……風子を見ていると、何故かそんな気がするのだ。

 

 

朋也「………」

 

 風子の顔をじっとのぞき込む。

 

 

風子「……? なんですか?」

 

朋也「いや……相変わらずちっさいと思ってな」

 

風子「む~、レディーに向かって失礼ですっ! …ていうかどこ見て言ってるんですかっ! 岡崎さんは最悪な変態さんですっ!」

 

朋也「別に胸の事を言ったわけじゃないんだが……ていうかお前、汐の前で変な事言ってんじゃねえっ!」

 

汐「……?」

 

早苗「お二人ともー、食事中はお静かにお願いしますねー」

 

風子「岡崎さんはやっぱり変な人ですっ」

 

朋也「おめーにだけは言われたくねえっ」

 

 風子の売り言葉に、負けじと俺も買い言葉を放つ。

 

 このやり取り、やはりどこか懐かしい感じがする。 ……その懐かしさが、妙に俺の心に引っかかっていた……。

 

 

 ……まさか……な。

 

 

 ほんの数ヶ月前まで寝たきりだったこいつと俺が知り合いだったなんて、そんな事、ある訳がないもんな……。

 

―――

――

 

 昼食を終え、俺と早苗さんで後片付けを済ます。

 

 ちなみに風子と汐は、食事が終わってすぐ、庭に出て遊んでいた。

 

 ほんと、大人からすれば、その元気さが実に羨ましいものだ。

 

 

秋生「あ、そーだ早苗、来月の日曜だけど、店任せても大丈夫だよな?」

 

早苗「ええ、お店の事ならご心配なさらず、是非行って来てください」

 

朋也「ん……オッサン、どうかしたのか?」

 

秋生「ああ、昔の仲間が立ち上げた劇団が年明けに芝居をやるって話でな、そいつに招待されてんだ」

 

早苗「私もご招待されたんですけど、せっかくの秋生さんのお友達のお芝居ですので、秋生さんだけで楽しんでいただこうと思いまして」

 

秋生「べっつに気にしなくてもいいんだけどよ。 それで、芝居を見た後に同窓会を開くってわけでよ、だからその日は一日、店を空けるつもりなんだ」

 

秋生「あいつらとももう何年も顔合わせてねえし、そろそろ会っておこうかと思ってよ」

 

早苗「飲みすぎに気を付けて、楽しんできてくださいね」

 

公子「そういえば、私も大学時代の友達に旅行に誘われてたんです。 ……今度、お返事を出しておかないと」

 

朋也「同窓会……か」

 

 そういえば、他のみんなはどうしてるだろうか。

 

 杏……は、ほぼ毎日汐の幼稚園で会っているようなもんだし……。

 

 春原、芽衣ちゃん、ことみ、智代、藤林、宮沢……。

 

 最後にみんなと会ったのは、汐がまだ渚の中にいた頃だから……軽く数えても六年近く、芽衣ちゃんや智代に関しては、渚の卒業式以来になるのか。

 

 ……そう考えると、長い事会っていないんだな……。

 

 ……俺の様に家庭を持ち、父や母になってる奴もいるんだろうか?

 

 すっかり色あせてしまった昔の記憶を頭の中に描きながら、俺はふと、そんな事を考えていた。

 

 

公子「岡崎さんも、同窓会とか開かれたりしないんですか?」

 

朋也「いや、仕事と育児が忙しくて、なかなかそんな余裕は……」

 

早苗「藤林先生にお願いすれば、開いてくれるんじゃないでしょうか?」

 

秋生「ま、仕事と育児もいいけどよ、たまにゃー個人的に羽伸ばしとかねえと、後々きついぞ?」

 

朋也「あのな……他の連中はともかく、俺は札付きの不良だったんだぞ? そんな奴を同窓会に誘おうなんてやつ、いるわけないだろ」

 

 …遅刻や早退、欠席の常習犯で、成績も下から数えた方が早い落ちこぼれ。

 

 クラスでは常に孤立し、みんなからの爪弾き者。

 

 当時の俺と春原は、まさにその代表とも言える生徒だった。

 

 ……そんな俺からすれば、同窓会なんて、縁のない催しの一つにしか過ぎないものだ。

 

 

早苗「そんな事ありませんよ朋也さん」

 

早苗「朋也さんは、ご自分が思ってる程、悪い人ではありませんよ?」

 

公子「そうですよ、渚ちゃんが好きになった男性ですもの、もっと自分に自信を持ってください、岡崎さん」

 

秋生「……だとよ?」

 

朋也「みなさん……」

 

 早苗さんもオッサンも公子さんも、みんながこんな俺を認めてくれていた。

 

 別にそれで天狗になるつもりは無いけど、でも、嬉しい事だと思えた。

 

 誰かに自分を認めてもらえる。  それは、とても幸せな事なんだよな……。

 

 ……今度、春原辺りにでも電話、かけてみるか……。

 

 

―――

――

 

声「すみませーんっ!」

 

 汐と風子とオッサンとで雪だるまを作っていた時、店の方から声が聞こえた。

 

 

秋生「……珍しいな、こんな時間に客か?」

 

早苗「私、行ってきますね」

 

 早苗さんが店先に出て行く。 この時間に来客とは、確かに珍しいな……。

 

 

早苗「まぁ……! お久しぶりですっ!」

 

声「いえいえ、早苗さんこそ相変わらずお綺麗で……」

 

 店先から聞こえる親しげな声。

 

 その声に、俺とオッサンの顔に疑問符が浮かぶ。

 

 

秋生「……誰だ? 早苗の知り合いか?」

 

朋也「さぁ……?」

 

 気になったので、俺とオッサンは店先に顔を出してみる。

 

 

男「しっかし、ここも懐かしいな~」

 

 声の主は、見た感じ俺と同い年ぐらいの冴えない男だった。

 

 冴えない顔に冴えない黒髪、そして冴えないコート姿がとても似合う、そんな、普通の冴えない男が店にいた。

 

 

男「あーやっぱりいたよっ、岡崎久しぶりっ!」

 

 俺の姿を見かけた男が、俺に向けて馴れ馴れしく話しかけてくる、

 

 

朋也「……誰だ?」

 

男「……久しぶりに再会したセリフがそれかよ……相変わらずだなお前……」

 

朋也「んんん……どっかで見た事あるんだけどな……」

 

男「僕だよ僕、ほら、覚えてるだろ??」

 

朋也「ああ………!!」

 

男「やっと思い出したか……」

 

朋也「ジョナサンじゃないか! お前どうしたんだ? もう出所できたのか? いやー、痴漢で逮捕されたってニュースで見たけど、うんうん、よく出て来れたなー!」

 

男「って誰と勘違いしてんだーーっ!!」

 

早苗「朋也さん、この方は春原さんですよ?」

 

朋也「え………? すの……はら……? あの春原か??」

 

春原「どの春原かは知らないけど、その春原陽平だよ……」

 

朋也「いや、俺の知ってる春原は吊り上がった白目をしていて、全身が緑色の鱗に覆われ、口から紫色の毒液を吐き散らす、そんな奴だったぞ!」

 

朋也「一体誰なんだお前は!? 春原は、お前みたいに人間の姿なんかしていなかったぞ!」

 

春原「いやそれもう人間じゃないから! 完全なるモンスターだから! てかあんたの中の僕ってそんな存在だったの??」

 

朋也「ふぅ、楽しかった」

 

春原「久々に再会した親友で遊んでんじゃねーよっ!」

 

朋也「悪い、ついな」

 

 一応補足を入れておくが、こいつの事は、一目見た瞬間に分かっていた。

 

 ただ、こいつを見ると俺は無条件に遊びたくなってしまうのでついやってしまった、別に反省はしていないが。

 

 というかこれはもう習性だよな、猫を見かけたらつい遊びたくなるのと同じ感覚だ。

 

 

春原「ひどいよなー、せっかく久々に再会したってのにさー」

 

朋也「て言うかお前、どうしてここに?」

 

春原「ある人から岡崎が立ち直ったって聞いてさ、んで、せっかくだから連休使って芽衣と一緒に光坂まで遊びに来たんだよ」

 

朋也「そっか……ん? 芽衣ちゃんも来てるのか?」

 

春原「ああ、芽衣ー、早くこっち来いよー」

 

芽衣「どうもー、みなさんお久しぶりですっ!」

 

 春原の声にひょっこりと顔を出す一人の女性。

 

 かつての記憶の芽衣ちゃんよりも一層大人びたその容姿に、俺も早苗さんもオッサンも、思わず目を丸くする。

 

 初めて会った時はまだ背も小さく、幼さの残っていた少女だったが……そんな芽衣ちゃんも、今ではすっかり大人の女性としての色香を漂わせていた。

 

 

早苗「まぁ……芽衣ちゃんっ、お久しぶりですっ!」

 

秋生「よー芽衣! 大きくなったなー!」

 

芽衣「秋生さんも、早苗さんも、岡崎さんもお変わりなく、またこうして再会できて、すごく嬉しいですっ」

 

朋也「芽衣ちゃん久しぶり、いや、見違えたなぁ……」

 

芽衣「はいっ、岡崎さんもかっこよくなりましたね~……なんていうか……大人の雰囲気が出てると思いますっ」

 

朋也「そうか~、よーし、ご褒美にお小遣いをやろう」

 

春原「こらこらそこ、さらりと兄の前で妹に手ェ出してんじゃねえよ」

 

朋也「てなわけで春原金くれ、5万円ぐらい」

 

春原「誰がやるかよっ!」

 

芽衣「あはは、このやりとりも懐かしいですねぇ」

 

 ……ああ、懐かしい。

 

 ちょうど昔の事を思いだしていた時にやってきた春原と、妹の芽衣ちゃん。

 

 その二人に会えたこともあってか、俺は、この空気がとても懐かしいと思えていた……。

 

 ここに渚がいたら、きっと、子供のように喜び、二人を出迎えていた事だろう……。

 

 

早苗「立ち話もなんですから、お二人とも中に上がってください」

 

芽衣「えへへ、ここも懐かしいな……お邪魔しまーすっ」

 

春原「お邪魔しまーすっ」

 

公子「お久しぶりです、春原さん」

 

芽衣「芳野さんっ! お久しぶりですっ」

 

春原「どうもー、結婚生活、楽しんでますか?」

 

公子「ええ、おかげさまで……幸せな結婚生活を送らさせて頂いてますよ……」

 

朋也「そういえば二人は、公子さんとはもう野球のときに面識あったんだよな」

 

芽衣「はいっ、野球の時の祐介さん、すっごくかっこよかったですっ!」

 

春原「こいつ、今でも友達に自慢するんだよ、憧れの芳野祐介と一緒に野球したことさ」

 

芽衣「あの感動は、一生忘れられませんから…」

 

公子「ありがとうございます……きっと、祐くんも喜んでくれます……」

 

春原「っと……そうだった、芽衣」

 

芽衣「うん、わかってる……」

 

朋也「……?」

 

 居間に上がった二人は、そのまま仏壇へと向かい、正座をする。

 

 そして線香を焚き、“渚”に向かい、話しかけていた。

 

 

春原「……久しぶり、渚ちゃん」

 

芽衣「……渚さん、お久しぶりです」

 

春原「いきなり押しかけてごめんね、でも、渚ちゃんにも会いたかったからさ……」

 

芽衣「……っ……………っ」

 

 “渚”を前に、少しだけ涙ぐむ芽衣ちゃんだ。

 

 その顔を見て、俺も一瞬目を逸らしてしまっていた。

 

 ……やっぱり、親しい人がいないって……それだけで辛いものがあるよな……。

 

 

春原「おい……泣かないって言ってたろ?」

 

芽衣「……うん……ごめん……っ」

 

芽衣「……っっ……うんっ……えへへ…っ……私も、渚さんみたいに素敵な女性になれるように……頑張ります……」

 

芽衣「ですからどうか、天国で私達の事、見守っていてくださいねっ」

 

 春原の叱咤に涙を拭うと芽衣ちゃんは、笑って渚に話しかけていた。

 

 ……この子も、強くなったんだな……。

 

 

春原「……なーんて事言ってるけど、芽衣もまだまだ子供だからなぁ」

 

芽衣「あー、お兄ちゃんひっどーい! お兄ちゃんだってまだまだ妹離れできてないくせにーっ」

 

春原「なにをーっ! 失敬な!」

 

 

朋也「……二人とも……」

 

秋生「渚も、良い友達に出会えたな……」

 

早苗「ええ……そうですね……」

 

公子「幸せですね、渚ちゃん……」

 

朋也「…………」

 

 一通り話を済ませた二人が戻って来る。

 

 

春原「お待たせ、ごめんね、しんみりさせちゃって」

 

芽衣「でも、もう大丈夫です」

 

朋也「………ありがとな」

 

 一言、俺は二人に礼を言う。

 

 

春原「いいって、気にすんなよ」

 

芽衣「そうですよ、そんな顔、岡崎さんには似合いませんよ?」

 

朋也「ああ……」

 

 ……そして、笑顔で微笑みかける二人に、俺もまた、笑顔で応えるのだった。

 

 

汐「パパーっ」

 

 いつの間にか居間に戻っていたのか、後から汐の声がした。

 

 

芽衣「この子が……汐ちゃん?」

 

朋也「ああ、渚と俺の子供の汐だ」

 

朋也「ほら汐、パパとママのお友達だ、きちんと挨拶しような」

 

汐「うんっ♪」

 

汐「おかざきうしおですっ、はじめましてっ」

 

 二人の前に立ち、汐は可愛らしくお辞儀をしながら自己紹介をしていた。

 

 

春原「初めましてー、パパの親友の、春原陽平でーす」

 

朋也「親友じゃない、下僕の春原陽平だ」

 

春原「せめて友達って言えよっ!」

 

芽衣「はじめまして、その妹の芽衣ですっ、可愛いお子さんですね♪」

 

秋生「へへへ……そうだろそうだろ?」

 

朋也「あんたの子じゃないだろ……」

 

汐「えっと……」

 

 汐は困惑顔で二人を見る。 ……おそらく、いきなりの事で把握しきれていないのだろう。

 

 改めて、汐に二人の事を紹介する。

 

 

朋也「汐、こっちの綺麗なお姉さんが春原芽衣ちゃん、んでこっちの変なのが、その出来の悪い兄の陽平おじちゃんだ」

 

春原「おい、誰がおじちゃんだよ。 つーか誰が出来の悪い兄だよ」

 

汐「めいおねーちゃんに、ようへいおじちゃんっ」

 

朋也「そうだ、偉いぞ汐、よく覚えたな」

 

春原「だから誰がおじちゃんだよ!」

 

朋也「なんだ不服か? 陽平おじちゃん」

 

春原「一応これでもまだお兄ちゃんで通せる歳だよっ! つーかおじちゃんって言われる程歳食ってねえよっ」

 

芽衣「汐ちゃん、こわ~いおじちゃんがいるから、お姉ちゃんとお外であそぼっか?」

 

汐「うんっ♪」

 

春原「って……芽衣まで言うか……」

 

春原「たくよー、最近ちょーっと綺麗になったと思ったら中身は全ッ然変わってないんだもんなぁ~、あ~あ、やーんなっちゃうよなぁ~~」

 

 完全におじちゃん扱いが板につき、ウジウジといじけるおじちゃんがそこにいた。

 

 

公子「じゃあ、私も一緒に行きますね」

 

秋生「続きを作ってやんねーとな、汐、俺も行くぞ~っ」

 

早苗「朋也さん、春原さんと積もる話もあるでしょうから、お二人でごゆっくりしてて下さいね」

 

朋也「はい、ありがとうございます」

 

 そして、みんなは俺と春原を残し、汐を連れて庭に出て行った。

 

 

春原「はぁぁ……こんなろくでもないのが父親で、汐ちゃん大丈夫かね……」

 

朋也「何を言う、少なくとも今現在のお前よりかは汐の方が大人だぞ?」

 

春原「今の僕、五歳児以下っすか!?」

 

朋也「ああ」

 

春原「……なんか僕、すっごく疲れてきた」

 

朋也「帰るなら帰っても良いぞー? お前だけな、芽衣ちゃんだけは残らせてくれ」

 

春原「……遠路はるばる訪ねてきた親友に向かってその仕打ちは人としてどうなんすかね?」

 

朋也「ははははっ!」

 

 んー、実に気分が良い。  やっぱ、春原はこうでなくっちゃな。

 

 

風子「………っ」

 

春原「ん……?」

 

風子「……っっ!」

 

春原「岡崎、あの子誰?」

 

 春原が風子を見て俺に問いかけてくる。

 

 そっか、風子と春原は初対面だったもんな。

 

 

風子「み、見るからに変な人ですっ! ふーっ! ふーっ!」

 

 爪を立てる仕草をしながら壁に張り付く風子。

 

 それはさながら、外敵を威嚇する猫のようにも見えた。

 

 

春原「のっけからすごく失礼な事言ってくれるね、君……」

 

朋也「こら風子、初対面の人にいきなり変な人なんて言うもんじゃないぞ」

 

春原「そうだそうだ、もっと言ってやれ岡崎っ!」

 

朋也「こいつはそんじょそこいらの変な人なんかじゃない、“超”変な人だ、うっかり近付いたら風子なんて一瞬で喰われちまうぞ?」

 

春原「そうだそうだっ! 僕は変な人じゃなくて超変な……って待てこらーーっ!」

 

風子「なんとっ! 普通に変な人じゃなくて“超”変な人ですか! しかも風子を食べてしまうんですかっ! 最悪なぐらい恐ろしい人です……っ」

 

春原「お前はさっきから誤解を招くようなことばかり言ってんじゃねえよ! なんで初対面の人からこうも変な誤解を受け続けなきゃならないんだよっ!」

 

朋也「とかなんとか言って、本当はいじられて美味しいとか思ってるくせに」

 

春原「そこまで立派な芸人魂なんか持ってねえよっ!」

 

春原「……大丈夫だよ、別に変な事しやしないから、普通に接してくれ」

 

 普段通りのトーンで春原が風子に言う。

 

 

風子「それはお願いですか? でしたら頭を垂れて風子に土下座してください、そうしたら考えてあげなくもないです」

 

春原「前言撤回、この子強めに殴っていいすか?」

 

風子「やっぱりこの人悪い人ですっ!」

 

 言い合い、いがみ合う風子と春原……なんとも、同レベルの争いだった。

 

 

風子「どうしてもと言うのなら仕方ありません、風子の出すクイズに答えられたらお友達になってあげます」

 

春原「その上目線は不動すか、なんで僕、この子にここまで下に見られなきゃならんの?」

 

 その疑問に十文字以内で答えを導き出すのなら答えは単純『お前が春原だから』だ。

 

 

風子「ではいきます、風子くえすちょーんっ!」

 

春原「って、勝手に始めちゃってるよ!」

 

 そして、風子の司会で勝手気ままなクイズ大会が開かれた。

 

 

風子「では問題です、これはなんでしょう?」

 

 風子が鞄から木彫りのヒトデを取り出す……つーか、鞄に入れてまで持ち歩いてるのか、それ。

 

 ちなみに俺は既に答えを知っているので、この問題に答えるのは春原だけだ。

 

 ……だが、果たして春原にこれがヒトデだと分かるのだろうか。

 

 十人に聞いたら十人が『星』と答えるだろう、初見なら俺も恐らくそう答える。

 

 ……そして春原の場合なら、きっと『手裏剣』とでも答えるに違いないだろう。

 

 

春原「ん~~………」

 

 春原はヒトデを手に持ち、しばし考え込む。

 

 

春原「……これって、あれだよね?」

 

風子「そうです、もうこれはサービス問題です、これに答えられなかったら人間失格です」

 

風子「では、答えをどうぞっ」

 

春原「……ヒトデ?」

 

風子「正解ですっ! 春原さんは風子のお友達になる権利を獲得しましたっ!」

 

朋也「んな馬鹿な……」

 

 一番答えそうにない正解を一発で当てた春原に思わず聞いてみる。

 

 

朋也「……おい、なんでお前、あれがヒトデだと分かったんだ?」

 

春原「いやだって、これってヒトデでしょ? 確かにぱっと見手裏剣に見えなくもないけどさ……」

 

朋也「……お前って、わけわかんない感性してるよな……」

 

春原「ん~~……なーんかね、これ見てると、変な事思い出すっていうか……そういや、僕あの子の事知ってるような気がするんだよな……なんでだろ?」

 

 春原にも、俺と同じ既視感があるようだ。 ……風子、一体こいつは何者なんだろうか。

 

 

風子「では、お友達の証に、このヒトデを受け取ってください♪」

 

 にこやかな笑顔で、風子が木彫りのヒトデを春原に手渡す。

 

 風子のその素振りが、かつて体験した“何か”と重なる。

 

 

春原「ああ、ありがとう……」

 

春原「……? なんかこのシチュエーション、前にもあったような気がするなぁ……」

 

朋也「……ああ、俺もだ……」

 

 不思議な既視感だった。

 

 経験した事は無い筈なのに、確かに覚えがある、その感覚。

 

 それをいくら思い出そうとしても、俺と春原の頭に浮かんだ疑問符は解ける事は無かったが……。

 

 

風子「~~♪」

 

 風子のご機嫌な笑顔を見てる内に、そんな小さな違和感も、どこかに吹き飛んでしまっていた。

 

 ……これでいいんだよな、きっと。

 

―――

――

 

 そして、夕方になり、公子さんと風子も帰った夕方の事。

 

 

春原「岡崎さ、明日も休み?」

 

朋也「ああ、一応休暇は取ってあるが、どうかしたか?」

 

春原「じゃーさ、久々の再会を祝して、今晩どっか呑み行こうぜ」

 

朋也「飲みか……ん~……いや、せっかくだけど遠慮しとくわ」

 

春原「えー、なんでさ?」

 

朋也「娘がいるからな」

 

 そう言いつつ、庭先で芽衣ちゃんと遊ぶ汐を見る。

 

 

朋也「娘をほったらかして、呑気に酒なんて飲んでいられないさ」

 

春原「すっかり父親だねぇ……ちぇ、残念だけど、そーいう事情があるんならしかたないか……」

 

 不服そうな顔をする春原だったが、仕方ないと酌んでくれたようだ。

 

 

早苗「朋也さん、汐の事は大丈夫ですから、よければ行ってきてください」

 

秋生「二人ともせっかく遠くから来てくれたんだ、酒に付き合いもせずに帰すってのは、ちっとばかし寂しくねえか?」

 

朋也「でも……これ以上お二人に迷惑をかけてもいられませんし……」

 

秋生「おめーなー、たまにゃー俺を汐と遊ばせろってーの」

 

早苗「秋生さん、汐が朋也さんと過ごすようになって少し寂しがってましたから……」

 

朋也「……………」

 

 やれやれ、こう言われちゃ仕方ないか。

 

 

朋也「わかった、じゃあ、今晩付き合ってやるよ」

 

春原「へへ、そうこなくっちゃな」

 

朋也「そのかわり、お前の奢りだからな」

 

春原「おうよ、ボーナス入ったばかりだから、いくらでも奢ってやんぜっ」

 

芽衣「また大きい事言って~、それで前のボーナスもぜーんぶ車に使って、後日私に『お金貸して~』って泣いてすがって来たのはどこの誰だっけ?」

 

春原「ゔ……それを言うなよぉ……」

 

朋也「春原が……車を?」

 

春原「ああ、教習所通って取ったんだよ、ピカピカの新車、今度岡崎も乗せてやるよ」

 

朋也「お前が……車ぁ? 大丈夫なのか? お前の車に乗って、俺は大丈夫なのか?」

 

春原「これでも教習所は卒業できたんだよっ! ……ギリギリだったけどさ」

 

朋也「へぇ……」

 

芽衣「岡崎さん、その飲みですけど、よろしければ私もご一緒させて貰ってもよろしいですか?」

 

朋也「……あれ? 芽衣ちゃんってもう……」

 

芽衣「はい、今年で二十歳になりましたっ」

 

秋生「へぇ……芽衣がもう二十歳か……」

 

早苗「まぁ…おめでとうございますっ!」

 

朋也「そっか……芽衣ちゃんももう、成人か……」

 

 春原が車の免許を取って……会った時は中学生だった芽衣ちゃんがもう二十歳とは……早いもんだ……。

 

 着実に大人になっているな、みんな……。

 

 

春原「じゃあ、あんまし遅くなると店混むだろうから、もう出よっか?」

 

芽衣「そうだね……行きましょ、岡崎さん」

 

朋也「ああ、そうだな」

 

 軽く身支度を整え、汐を呼ぶ。

 

 

朋也「汐ー」

 

汐「なーにー?」

 

朋也「パパ、陽平おじちゃん達とちょっと出かけて来るから、早苗さんとアッキーと、いい子にして待っててくれるか?」

 

汐「……かえってくる?」

 

 一言、寂しそうな声で俺に聞く汐だった。

 

朋也(………ぅ、ど、どうする……?)

 

 一瞬、やっぱり断って残ろうかとも思った。

 

 が……

 

秋生「…………」

 

 汐の背後で、ものすごい形相で俺を睨むオッサンに根負けしてしまった。

 

 

朋也「……ああ、ちゃんと帰って来るから、大丈夫だよ」

 

汐「……えへへっ、うん、いってらっしゃい♪」

 

早苗「でしたら、居間にお布団用意しておきますね」

 

朋也「すみません……あ、俺はともかく、二人は今晩どうするんだ?」

 

 一応春原と芽衣ちゃんの二人に、今晩の事を聞いてみる。

 

 

早苗「良かったら、お二人の分のお布団もご用意しましょうか?」

 

春原「僕、一応宛てがあるから平気ですよ、最悪駅前の満喫で寝ますし」

 

芽衣「私も、ここの近くに友達が住んでるので、今晩はそっちに泊めさせてもらう予定です」

 

秋生「そか……ま、楽しんで来いや」

 

早苗「ええ、お酒を飲まれた後は身体を冷やしますから、暖かくして行ってくださいね?」

 

朋也「すみません、それじゃ……汐の事、よろしくお願いします」

 

秋生「おう、なんなら二~三日ぐらい帰って来なくてもいいぞー」

 

朋也「ちゃんと夜中には帰って来るからな」

 

秋生「うしお~、今晩は俺と一緒に風呂入ろうな~?」

 

汐「うしお、さなえさんといっしょにはいる~」

 

秋生「へへへへ、じゃー俺は早苗と一緒に~」

 

早苗「汐、二人で入りましょうね~?」

 

秋生「さ…早苗ぇぇ~~」

 

 既にお爺ちゃんモード全開のオッサンだった。

 

 なんかもう、俺が割って入れる空気じゃないような……。

 

 

朋也「行くか……」

 

春原「そうだね……」

 

芽衣「汐ちゃん、また遊ぼうね~♪」

 

汐「うんっ、さようならー」

 

 そして、汐を早苗さんとオッサンの所に残し、俺は春原と芽衣ちゃんを連れて街に出たのだった。




前編はここまでにします、中編、後編をお楽しみに


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中編

 【駅前通り】

 

春原「この通りも懐かしいね~」

 

芽衣「でも、だいぶ変わりましたね……あ、あそこ、ファミレスなんてできたんだ」

 

朋也「……ああ、五年前ぐらいにな」

 

 

 ――何もかも変わらずにはいられないです。

 

 ――楽しい事とか、嬉しい事とか全部、変わらずにはいられないです……。

 

 

朋也「…………」

 

 昔、俺と渚が初めて出会った時。 あいつが言っていた言葉をふとを思い出す。

 

 確かに街は変わった。

 

 かつて俺達が部活に勤しんだ校舎は既に無く、今は新たな校舎が立ち、駅前にあった馴染みの店も消え、新しい店が立ち並んでいる。

 

 ここら辺には来ることはあまりなかったが、いざこうして来てみると、以前とは違う様々な変化が目に止まる。

 

 街も人も、絶えず変化を続けている。

 

 ここに来ると、それを嫌でも実感する……。

 

 数年ぶりに帰って来た街の変化に目配せしてる二人の後ろで、俺はそんな事を考えていた。

 

 

朋也「ここの居酒屋でいいか?」

 

春原「ここ、いつか来てみたいと思ってたんだよね」

 

朋也「そういえば、高校の頃、大人ぶったお前もここに来たことあったよな」

 

芽衣「それで、どうなったんですか?」

 

朋也「店主のおっさんに門前払い食らってた、『兄ちゃんみたいなガキが来るところじゃねえよ』って」

 

芽衣「ぷっ、お兄ちゃんらしいっ」

 

春原「うるさいよ……今じゃもう立派な大人なの」

 

春原「見てろよあの親父……今度こそギャフンと言わせてやる、あの時のリゾンベだ」

 

朋也(英語のダメさ加減は相変わらずか……)

 

 俺達は店に入り、案内されたテーブルで適当に酒を注文する。

 

 俺と春原と芽衣ちゃんとで開く、ささやかな同窓会が始まった。

 

 テーブルにはジョッキに注がれた酒が並び、次々と料理が置かれていく。

 

 そして、春原が乾杯の音頭を取り仕切る。

 

 

春原「えー、本日はお集まりいただきましてありがとうございます、思えば、僕と岡崎が出会ったのも……」

 

 まるで結婚式のスピーチのような音頭だった。

 

 

朋也「前置きが長い、ビールがぬるくなるだろ」

 

芽衣「そうだよー、早く始めようよー」

 

春原「いーじゃん! 一度やってみたかったんだよこういうのっ」

 

春原「……まあいいや、えー、では岡崎の復帰と、僕たちの再会を祝して……かんぱーい!」

 

芽衣・朋也「かんぱーい」

 

春原「……んっ……ぷはぁぁぁっっ! うんめぇ~♪」

 

 ジョッキをあおり、その中身を一気に空ける春原だった。

 

 

朋也「ああ、久々に飲むビール、格別だなぁ」

 

春原「へへへ……もう一杯頼んじゃおっと……♪」

 

 そして春原は再び酒を頼み、それもまた一気に飲み干していた。

 

 

朋也「よく飲むな……」

 

芽衣「お兄ちゃん、岡崎さんとこうして一緒にお酒を飲む事、すっごく楽しみにしてたんですよ」

 

朋也「……そっか」

 

 へぇ……あいつがねぇ……。

 

 

春原「さーて、お次は渋くウイスキーでも……あ、二人とも何か食べる?」

 

芽衣「私、お刺身がいいな~」

 

朋也「……お勧めにある出汁巻き、美味そうだな」

 

春原「うん、すみませーんっ! 刺身と出汁巻きおねがいしまーすっ!」

 

店主「あいよーっ!」

 

 上機嫌に酒を煽る春原のその顔は、傍から見ても気持ちよさそうだった。

 

 芽衣ちゃんの言った通り、相当楽しみだったんだろう。

 

 ……ならば、俺もそれに応えてみようと思う。

 

 

朋也「すみません、日本酒いいすか? あとグラスも二つお願いします」

 

店主「おっ、なかなか通だねお兄ちゃんっ、あいよー、ポン酒いっちょ追加でー!」

 

 店員が持って来た日本酒を注ぎ、それを春原に渡す。

 

 

朋也「……春原」

 

春原「……岡崎」

 

朋也「乾杯だ」

 

春原「へへっ……おうよ!」

 

 春原と乾杯を交わし、互いにその中身を一気に飲み干す。

 

 

朋也・春原「っくうぅぅ……! 美味いっ!!」

 

 若干度数の効いた酒だが、深みの中にもしっかりとした味が出ている、良い酒だ。

 

 まさか、こいつと飲む酒がこんなに美味いとはな……。

 

 

芽衣「男の友情って感じだね、お兄ちゃん♪」

 

春原「ああ……なかなか行けるなぁ~、じゃあ次は……」

 

朋也「泡盛なんかどうだ? ここの自慢の一品だとよ」

 

春原「いいねぇ~、へへへ、岡崎もわかってんじゃん」

 

朋也「お前も、そこそこに酒の事分かってるようだなぁ」

 

春原「今度は僕が淹れてやるよ、まま、ぐいっと行っちゃって」

 

朋也「……ああ」

 

 春原が淹れた酒を一気に煽る。

 

 

朋也「………ん~~~っっ……美味いっっ!!」

 

 久々に再会した友人と飲む酒は、まさに格別だった。

 

 こんなに酒を美味いと思えるなんて事、今まで無かったかもな……。

 

―――

――

 

春原「でさー、その時杏がさぁ~」

 

 話は盛り上がる。

 

 学生時代の話、今の仕事の不平や不満、芽衣ちゃんと春原の近況などなど、上げればキリがないが……二人とも、それなりに充実した生活を送っているようだった。

 

 そして、店に入って幾ばくかの時間が経とうとしていた時だった。

 

 

春原「っかし、昔は色々やったよね、僕達さ……」

 

朋也「ああ、渚に手を出そうとしたり、早苗さんに手を出そうとしたり、宮沢や藤林に手を出そうとしたり……ほんと昔から軽い奴だったな、お前は」

 

芽衣「お兄ちゃん……今とそんなに変わってない……」

 

朋也「まさに歩く18禁だな、もう二度と汐には近寄んな」

 

春原「人を危ない趣味の性犯罪者みたいに言わないでもらえますかねぇ!?」

 

朋也「ははははっ!」

 

 

 ――がらっ

 

店主「いらっしゃーいっ」

 

 突如店の戸が開き、大勢の見知った顔が俺達のテーブルにやって来た。

 

 

春原「お、来た来た…♪」

 

声「どうもー、みんな楽しんでるかしら?」

 

声「お久しぶりです、朋也くん」

 

声「岡崎、春原、久しぶりだな」

 

声「朋也くん、会いたかった♪」

 

声「岡崎さん、春原さん、芽衣ちゃんお久しぶりです、みなさんお元気でしたか?」

 

 店にやってきた面子の顔ぶれに思わず驚愕する……。

 

 

朋也「……杏、藤林に…智代にことみ…宮沢……?」

 

 今は汐の担任であり、俺や渚と春原の友人の藤林杏を筆頭に、その妹の藤林涼、幼馴染の一ノ瀬ことみ、元生徒会長の坂上智代、そして宮沢有紀寧……。

 

 かつて、俺が渚や春原と共に学園生活を共にした仲間が、そこにいた……。

 

 

春原「やーっと来たか、みんな遅いよー!」

 

芽衣「わぁぁ……お久しぶりですっ、みなさん!」

 

朋也「……どうしてみんながここに?」

 

杏「ちょっと前に陽平からメールが来て、それで、かき集められるだけ集めてきたのよ」

 

 

ことみ「今日アメリカから光坂に帰って来た時に、たまたま杏ちゃんから連絡が来たの」

 

ことみ「こうしてまた朋也くんと会えて、私すっごく嬉しいの♪」

 

 

 数年ぶりに再会したことみの笑顔は、昔と何一つ変わっていなかった。

 

 ただ、一つだけ違う事を上げれば……化粧をし、煌びやかなスーツを身に付けたその姿。

 

 芽衣ちゃんと同じく、かつて少女だったことみは、今やすっかり、一人の女性となっていた……。

 

 

智代「私もさっきまで仕事だったんだが、先程連絡があって、早めに仕事を切り上げて駆けつけたんだ」

 

涼「私達は地元だからすぐに繋がったみたいですけど、ことみちゃんまで来て下さるとは思いませんでした、だから、すごく嬉しいです」

 

有紀寧「うふふっ……今日は、楽しい同窓会になりそうですね……」

 

 智代も藤林も宮沢も、あの頃と変わらない笑顔で笑っている。それが伝わり、俺は心から安堵していた。

 

 

春原「有紀寧ちゃんも藤林も綺麗になったよなぁ……あはは、また狙ってみようかな…♪」

 

杏「アンタは相変わらずね……まったく、少しは成長しろってぇの」

 

杏「……そうだ、涼ー、あんま飲みすぎないようにしときなさいよ? あんた明日も朝から仕事なんだし、勝平くん心配するわよ?」

 

涼「うん、ほどほどにするから大丈夫だよ、ありがとう、お姉ちゃん」

 

春原「ちぇ、彼氏いんのか、ざーんねん」

 

朋也「あの奥手だった藤林に…彼氏か」

 

涼「はい……私の勤めてる病院の患者さんだったんですけど、その……」

 

春原「うひょ、燃えるシチュエーションキタコレ! もっと話聞かせてよ~」

 

涼「は……恥ずかしいです~~……」

 

 

 春原の言葉に藤林は顔を赤くしてうつむく。

 

 その素振りもあの頃と変わっておらず、それでも幸せそうに笑っていた。

 

 

 ――春原と杏の計らいで、みんなが集まってくれた。

 

 会わない時間がどれだけ続こうが、連絡一つでこうしてみんなに会える。

 

 そんな仲間に巡り合えた事……それはとても幸せな事なんだ。

 

 

朋也「そっか……みんな、元気だったか?」

 

杏「それはあんたでしょ……まったく、五年近くもみんなに連絡しないでさ……みんな心配してたわよ?」

 

朋也「……ああ、すまなかった……」

 

 そして、各々がテーブルに着き、テーブルの上には次々と酒と料理が並べられていく。

 

 その光景は、まさに同窓会そのもの。

 

 クラスの爪弾き者にはまるで縁が無いと思っていたが、そんな俺がこうして、かつての仲間と酒を酌み交わす事になるとは……。

 

 きっかけを作ってくれた春原に杏、そして集まってくれたみんなに、俺は感謝の気持ちでいっぱいだった……。

 

 

有紀寧「岡崎さん、お久しぶりです、またこうして会うことが出来て、良かったです」

 

智代「私も、こうして岡崎やみんなに会えたこと、嬉しく思う」

 

杏「みんな、あんたが立ち直ったって事聞いたら、すぐに来てくれたわよ」

 

朋也「……そっか」

 

智代「岡崎、ふるか……いや、渚さんの事は聞いた……その、なんて言えばいいのか分からないが……」

 

朋也「………」

 

 

 智代の一言に、その場の全員の顔が曇る。

 

 まぁ、気にしてないなんて事、あるわけがないか……。

 

 

朋也「やめよう……今はさ」

 

朋也「みんなせっかく来てくれたんだ、今日ぐらい、暗くなる話は無しだ」

 

杏「………」

 

朋也「正直、俺も完全に立ち直ったわけじゃない……確かに、未だに心に引きずってる物もある」

 

朋也「でも、それでも俺は乗り越えなくちゃならないんだ」

 

朋也「それが汐の……娘の父親として……今まで心配をかけたみんなの仲間として……そして、渚の夫としての、俺の務めだと思うからな……」

 

 そう、自分に言い聞かせるように、俺は強く言い放つ。

 

 そうだ、乗り越えなければならないんだ、俺は……。

 

 

杏「朋也……」

 

春原「岡崎……よく言ったっ!」

 

芽衣「岡崎さん……」

 

涼「岡崎君、素敵だと思います……」

 

有紀寧「立派なパパですね……岡崎さん、かっこいいですよ」

 

ことみ「朋也くん……かっこいいの♪」

 

智代「……ああ、そうだな……すまない。 気を落とさせてしまった」

 

朋也「……気にするな、ありがとうな、気にかけてくれてさ……あいつもきっと、喜んでると思うよ」

 

杏「……まーまー、とりあえずそのぐらいにして、今日は朋也も交えた同窓会なんだし、みんなで楽しく飲みましょっ!」

 

杏「ちなみに、ここの支払いは陽平が全額持つらしいから、みんなじゃんじゃん好きなの頼んじゃっていいわよー♪」

 

春原「ぇ…マジ? 全員分?」

 

 杏の一声に、春原の顔が引きつる。

 

 

朋也「いよっ春原さん、男前!」

 

杏「えっとー、私、この1日3本限定の高級ワインが飲みたいなぁ~♪」

 

智代「春原喜べ、今回限りだが特別だ、お前に酌をしてやろう」

 

ことみ「じゃあ……私はこのキャビアのお寿司に……」

 

芽衣「じゃあ……私、お刺身もう一つ追加で♪」

 

春原「あれれ……飲みすぎたかな……? 僕、なんだか気分が……か、帰ろ……」

 

杏「ストーーーッップ……あんた、今更逃げようだなんてそうは行かないわよ……?」

 

 こっそり逃げ出そうとする春原の肩を、杏ががっちりとホールドする。

 

 

春原「岡崎助けてぇぇ!! こいつ、まだ飲んでないのに既に目が座ってるよぉぉ!!」

 

朋也「杏、俺にもそのワイン頼めるか?」

 

春原「岡崎ィィィ!! さっきの乾杯はなんだったのさーーっ!」

 

朋也「それはそれ、これはこれだ」

 

春原「この…薄情モノーーーっっ!」

 

杏「さーーって、久々のタダ飯、なーに食べよっかなぁ…♪ あ、焼き肉なんていいわねぇ♪」

 

春原「誰か僕と僕の財布を助けてぇぇぇぇ!!」

 

智代「まったく、何歳になっても相変わらず騒がしい奴だ」

 

有紀寧(春原さんも…お変わりないようですね…♪)

 

 賑わう店内に、ただただ春原の悲鳴だけが響いていった……。

 

―――

――

 

春原「しっかし……ひっく……有紀寧ちゃんにことみちゃん……まさか智代まで来るとはねぇ」

 

智代「私は、お前がまだ生きていたことに驚きだ」

 

春原「おーおー言ってくれるねぇ、ここで会ったが百年目、僕が高校ん時とは違うって事、思い知らせてやろうか?」

 

 立ち上がった春原が智代にいちゃもんを付けてきた。

 

 この光景も、高校の頃に何回も見たな。

 

 

智代「やめとけ、いくら歳を重ねても、未来永劫お前が私に勝つことはない」

 

春原「うっせーっ! やってみなくちゃわかんねえだろー!」

 

 勢い勇み、春原が智代に飛び掛かる。

 

 

智代「…ふんっ!」

 

春原「あれ?」

 

 刹那、春原の身体がくるりと回転し、脳天から真っ逆さまに床に落ちる。

 

 

 ――ごすっっ!!

 

 

春原「ぶごっ!!」

 

智代「店の中で暴れるな、酔っ払い」

 

杏「智代……相変わらず腕は鈍ってないわねぇ」

 

涼「今、何が起こったんだろ……」

 

有紀寧「さぁ……速すぎて、よく見えませんでした……」

 

 おそらく合気道だかの応用だろう、智代は春原が向かって来る前への力を利用し、それをそのまま地面に受け流したのだ。

 

 しかし、椅子に座ったままの状態でそんな格闘術が使えるとは……智代のその強さは、時を経ても尚健在……いや、前以上のキレだった。

 

―――

――

 

 気分よく飲んだ事もあってか、俺も酔いが結構来ていた。

 

 気分を落ち着かせる為、一旦外に出るか……。

 

 

朋也「ん~~……少し、飲みすぎたかな……」

 

春原「よ、お疲れさん」

 

杏「結構飲んでたもんね、大丈夫?」

 

 人通りの少ない店前には、杏と春原がいた。

 

 

朋也「ああ、なんとかな……いや、ことみと芽衣ちゃんに随分勧められてな……少し、飲みすぎた……」

 

杏「ま、少し休みなさいな。 ほら、お水」

 

朋也「ああ、助かる」

 

 杏から手渡されたミネラルウォーターを一口飲む。

 

 冷たい水が内側から身体を冷やし、気持ちが良い。

 

 

春原「……ふ~、いいもんだね、こうしてみんなと集まるのってさ」

 

 タバコに火を付けながら、春原が言う。

 

 

杏「あんた吸いすぎ、それ何本目よ」

 

春原「へへへ、いーじゃん今日ぐらいはさ……岡崎も一本吸う?」

 

 タバコを取出し、春原が俺に訪ねる。

 

 

朋也「いや、タバコはもう止めたんだ」

 

春原「そっか……」

 

春原「美味い酒にタバコ……これですぐ傍にとびきり可愛くて美人なお姉さんでもいて、僕を優しく抱きしめてくれれば、もう言う事ないんだけどなぁ~」

 

杏「ほほう、それじゃあ私が抱きしめてあげるわ……よ……っ!」

 

春原「待て待て待て…っ! 杏のは優しくじゃなくてただの絞め技……ぎえええっっ!!」

 

杏「わーるかったわねぇ……綺麗なお姉さまじゃなくって……ねっ!!」

 

 ――ごきっ!

 

春原「へぶっ…!」

 

杏「あ、やりすぎた」

 

朋也「ぷ…くくく……っ」

 

春原「……っっくはぁ……お前……今からでも遅くないから、幼稚園の先生辞めて格闘家目指した方がいいよ、うん……」

 

杏「じゃあ、新技の開発に協力してくれる? ちょうどいいサンドバッグもあるみたいだし…」

 

春原「スミマセン、もう余計な事は言わないので勘弁してください……」

 

朋也「……っぷ……ははははっ……あっはっはっはっはっ!!」

 

 たまらず、笑いが吹きだした。

 

 ……だめだ、堪えていたけど、もう、限界だった…。

 

 

杏「朋也、どうしたの?」

 

朋也「いや……みんな変わらないなと思って……それがなんか嬉しくって、ついな」

 

春原「まー、5年や6年でそうそう変わるもんでもないっしょ? 特に、僕達みたいな人間はさ」

 

朋也「ああ……でも、変わらないようで、確かに変わった所もある……」

 

杏「朋也……」

 

朋也「……………ああ……変わっちまった…………」

 

 

 …………それは、考えてはいけない事だと、分かっていた……。

 

 けど、どうしても“それ”を考えてしまう自分がいた……。

 

 

朋也「――みんながいるのに、あいつだけがここにいない……」

 

 

春原「………岡崎……」

 

朋也「わかってるんだ、そんな事考えても仕方ないって……乗り越えなくちゃいけないって……分かってるんだ……けど……な……」

 

朋也「もしも渚が、ここにいてくれたらって思うと……な……」

 

 

 一度口にしてしまったら、後はもう、止まらなかった――。

 

 

朋也「家には、帰りを待ってくれてる娘がいる……その娘を、俺と同じ様に守ってくれるオッサンと早苗さんがいる……」

 

朋也「職場には頼れる先輩や、仲間がいて……汐の幼稚園には杏がいて、汐には友達もいる」

 

朋也「……こうして、俺の事を考えてくれてる仲間がいる……それでいて、それ以上を望むのは欲深い事なんだってのも……分かっているんだ……」

 

朋也「けど……それでも……な……」

 

 

 もしも、渚がここにいたら……渚がいてくれたら……。

 

 

 ……どうしても、そんな事を考えてしまう。

 

 

 みんながいるのに、あいつだけがここにいない……。

 

 たったそれだけの事が、今も尚、俺の胸を締め付ける……。

 

 やっと立ち上がれた筈なのに、情けない事この上ない。

 

 親になり、強くなったつもりだったが全然だめだ……結局、俺は強くなったつもりになっていただけで、心はあの日と変わらず、弱いままなんだ……。

 

 

声「――朋也くんのその気持ち、私、分かるの」

 

声「割り切ろうとしても……なかなか、難しいですものね……」

 

 後ろから聞こえる声に、俺達は振り向く。

 

 

朋也「ことみ……宮沢……」

 

 心配して様子を見に来てくれたのだろう、ことみと宮沢が俺の後ろに立っていた。

 

 

杏「二人とも…」

 

有紀寧「ごめんなさい、盗み聞きするつもりはなかったんですけど…」

 

朋也「……いいんだ、悪いのは、いつまでも過去を引きずってる……俺自身だ……」

 

 

ことみ「朋也くん、泣きたかったら、今は泣いてもいいと思うの……」

 

有紀寧「岡崎さん……我慢する必要なんてないんですよ……」

 

朋也「こと…み……宮沢……」

 

 隣に座り、ことみと宮沢が優しく語りかけてくれた。

 

 二人のその優しさに……目頭が熱くなる……。

 

 

ことみ「お母さんとお父さんを亡くしてから私、いつも泣いてた……」

 

有紀寧「愛する人との別れ……それは、遅かれ早かれ誰にでも訪れる事……」

 

有紀寧「ですが、分かっていても……どれだけ理解しても……割り切れないものです……」

 

朋也「………」

 

 ……ことみと宮沢も、子供の頃に身内を亡くしていた。

 

 ことみは幼い頃に両親を……宮沢も、事故で兄を……。

 

 

ことみ「朋也くんの痛み、私、わかる……よ……っ」

 

ことみ「辛いよね………かなしい……よね……っっ」

 

 震える声でことみは俯き、その眼から、大粒の涙がこぼれる……。

 

 

朋也「ことみ……泣かないでくれ……」

 

ことみ「だって……だってぇ……っ…ぅぅっ私も……なぎさ……ちゃん……ううううっっ……!」

 

杏「よしよし……ことみ……大丈夫よ……」

 

 杏に支えられ、杏の胸の中で、ことみは、嗚咽交じりで泣き続けていた……。

 

 

ことみ「杏ちゃん……っっわたし……もっと渚ちゃんとお話ししたかった……っっ! いっぱいいっぱい……お話したかった……っっ」

 

ことみ「もう、大事な人がいなくなっちゃうのは嫌だったのに……わたし……わた……し……っっ…!」

 

ことみ「ううぅぅぅ……ぐずっ……うっっっ…うぅぅっっっ……!」

 

杏「……あんまり泣かないでよ………私も……思い出しちゃうじゃん……っっ」

 

杏「……もう………っっ……っ……っっ…」

 

 そして……ことみを支える杏も……泣いていた……。

 

 

春原「………ごめん、僕……先に店ん中入ってる………」

 

朋也「春原……」

 

春原「…………ごめん………っっ…!」

 

朋也「杏……春原………」

 

 顔を落としたまま、震えた声を上げ、春原は店の中に戻って行く。

 

 その姿を見送った時、戸の隙間から一瞬、店の中が見えた……。

 

 後姿しか見えなかったが、智代も藤林も芽衣ちゃんも……皆、静かに肩を震わせていた……。

 

 

朋也「…………」

 

有紀寧「言葉に出さないだけで、みなさんも、岡崎さんと同じなんですね……」

 

有紀寧「渚さんを失った悲しみは、今も、みなさんの中に残っています……もちろん……私にだって……っ」

 

朋也「……宮沢……」

 

有紀寧「……っ………っ…」

 

朋也「………」

 

 みんな……俺と一緒だったんだ。

 

 平静を装ってはいたけど……心の中では……あいつがいない現実と、今も戦っていたんだ……。

 

 俺に会えば、嫌でもその現実と向き合わざるを得ないって事が分かっていた筈なのに、それでも……みんな、ここに来てくれていた……。

 

 

朋也「……なあ、宮沢……」

 

有紀寧「…はい……」

 

朋也「愛する人を失った悲しみって……どうすれば、乗り越えられるんだ……?」

 

 我ながら、馬鹿げた事を聞いていると思う。

 

 でも、宮沢なら答えてくれるんじゃないだろうか。

 

 昔、大勢の人の悩み相談を請け負っていた宮沢なら……。

 

 兄を失った悲しみを乗り越えたこいつなら答えてくれる、そんな気がしたから……。

 

 

有紀寧「兄を失った悲しみは……今も残っています……でも、前ほど苦痛ではありません……」

 

有紀寧「兄の仲間と、岡崎さん達が、私を支え続けてくれましたから……」

 

朋也「……そっか」

 

有紀寧「私、今でも覚えているんですよ。 あの日、岡崎さんが身体を張って……兄と私の為に頑張ってくれた事……」

 

朋也「あれは俺じゃない、お前の強さが、争いを終わらせたんだ…………」

 

 

 ……かつての記憶が蘇る。

 

 宮沢の兄、宮沢和人とその仲間が起こしていた別グループとの抗争、そして、妹の宮沢がそれを収めた事……。

 

 

有紀寧「岡崎さんにもいるじゃないですか……渚さんを慕い、岡崎さんの為に、こうして集まってくれる……素晴らしい仲間が……」

 

朋也「……ああ」

 

有紀寧「分かち合う仲間がいれば……悲しみは半分に……幸せは倍にだってできるんです……そういう仲ですよ……私達は……」

 

朋也「……あぁ…っ」

 

 宮沢の言葉が、俺の心に優しく触れてくれる。

 

 その言葉に……堪えていた涙が溢れだす……。

 

 

有紀寧「ここにはみんながいます……岡崎さんの痛みを分かち合う……みんなが……」

 

有紀寧「岡崎さんはもう、一人じゃないんです……ですから、私達の前でぐらい……無理に頑張らないで下さい……」

 

朋也「……宮沢……ありがとう……な」

 

朋也「ありがとう……ありが……とう……っ」

 

有紀寧「岡崎……さん……」

 

 溢れる涙すら拭わず、宮沢は俺を支えてくれていた。

 

 宮沢のその言葉に、涙が一つ、二つ…と、雪に吸い込まれて行く……。

 

 そして、少しの間……ほんの少しの間だけ……。

 

 俺もまた、皆と共に……泣いていた…………。

 

―――

――

 

 ひとしきり涙を流し、落ち着きを取り戻した頃。

 

 

春原「……岡崎、落ち着いたか?」

 

智代「風邪を引くといけないから、そろそろ中に入ろう」

 

涼「マスターのおじさんが、暖かいお鍋を作ってくれました、冷めないうちに召し上がりましょう」

 

 春原達が店の中から声をかける。

 

 確かに、長い事外にいたせいで、身体はすっかり冷え切っていた…。

 

 

杏「ぷっ……みんな、眼ぇ赤い……」

 

ことみ「ふふっ……杏ちゃんも赤い……」

 

 杏とことみの言うとおり、その場の全員が、僅かに目を赤くしていた……。

 

 

朋也「みんな泣き虫だな、あははっ」

 

ことみ「むー、朋也くんが一番泣いてたの……」

 

朋也「だが、ことみ程じゃないぞ?」

 

 膨れることみに、俺は優しく言う。

 

 

杏「ったくー、せっかくのメイクが崩れちゃったじゃない、このバカ、あまり女を泣かすんじゃないわよ……」

 

朋也「……悪かったよ」

 

杏「でも幸せよね、渚もあんたもさ」

 

朋也「…ああ……」

 

杏「これだけ想って、心配して……泣いてくれる人がいるなんて……世の中探してもなかなかいないわよ」

 

朋也「……ああ、そうだな……」

 

杏「だーかーらー、そのみんなにたっくさん心配と迷惑かけたぶん、あんたはしっかり幸せになりなさいっ!」

 

 ばんっと、杏が俺の背中を強く叩く。

 

 

朋也「…痛ってぇー………っ…ああ……っ!」

 

 その喝に応える様に、俺もまた、強く返事をした。

 

 

杏(それが、あんたの事が大好きだったみんなの、一番の幸せなんだから……)

 

 ―――そして……。

 

 

朋也「悪い、ちょっと手洗ってくるよ」

 

 手洗いに向かい、俺は席を空ける。

 

 

杏「そだ、みんな、ちょっといい?」

 

涼「なに、お姉ちゃん?」

 

杏「明日、なんの日だか知ってる?」

 

春原「何の日って…クリスマスイブでしょ?」

 

杏「そんな事は分かってるわよ……もういっこあるんだけど……あんた覚えてないの??」

 

芽衣「ん~~………あ、思い出した!」

 

ことみ「そういえば、もう一つ、大事な事があったの…」

 

杏「うん、それで………………なんだけど……どう? 面白いと思わない?」

 

春原「……うんうん………杏、それナイスアイデアじゃんっ!」

 

有紀寧「素敵です……きっと、みなさん喜んでくれると思いますよ」

 

杏「一応朋也には黙っておきましょ、驚かせてやりたいしさ……」

 

智代「ああ、それがいいな」

 

春原「でもどうするの? 明日までに探すっても、足が無きゃ結構キツいよ?」

 

芽衣「せめて車があれば、お兄ちゃんが運転できるんですけどね……」

 

杏「実家の車でよければ貸してあげるわ、私も一緒に行けば大丈夫でしょ」

 

杏「分かってると思うけど陽平、1ミリでも傷付けたらぶっ殺すからね……?」

 

春原「き、きき気を付けます……はい……」

 

杏「じゃあみんな明日の昼にね、絶対やってやるんだから…っ」

 

 

 俺が手洗いに立っている間に、みんなの間でそんな話が交わされた事など、その場にいない俺には、知る由も無かった……。

 

―――

――

 

 宴は、夜中過ぎまで続いた。

 

 春原が酔い、それを俺と芽衣ちゃんでいじり、杏と智代が突っ込み、藤林とことみと宮沢がそれを見て笑う。

 

 それは、学生時代によく見た光景……。

 

 あの時と同じように、俺達は笑い合っていた……。

 

 胸に抱いた傷を抱え、それをゆっくりと癒すように……俺達はただ、あの頃と同じ笑顔で……笑っていた……。

 

 そして、店が閉まる頃。

 

 

杏「それじゃまたね、みんな」

 

涼「お先に失礼します」

 

 みんな、明日も予定があるらしく、日付が変わる前に宴はお開きとなった。

 

 

有紀寧「今日は、素敵な催しにお誘いいただき、ありがとうございました」

 

智代「みんなの元気な姿が見れて嬉しかった、また必ず会おう…!」

 

ことみ「メリークリスマス、みんな、良いお年を……」

 

 

春原「うっぶ……おからきーーっ! もういっけん……ひっく……いくろーーっっ!」

 

朋也「完全に出来上がってんな、お前」

 

芽衣「お兄ちゃん……かっこ悪い……」

 

有紀寧「春原さん、どうしましょう…」

 

智代「そこらへんにでも捨てておけ、こいつなら大丈夫だろう」

 

杏「智代に同感、捨てておいた方が世の為ね」

 

春原「おまえらぁ~~~! ひとをなんらとおもっへ……うぶっ……!」

 

 突如顔を青くし、草むらに走る春原。

 

 

「うえええぇぇっっ……」

 

 嫌な声がこちら側にまで聞こえ、それを聞いてるこっちまで気分が悪くなる。

 

 

杏「最低ね……あいつ……」

 

智代「まったく、加減を知らずに飲むからだ……」

 

朋也「言えてる……」

 

芽衣「でも、本当……どうしましょう……?」

 

朋也「最悪満喫で寝るとは言ってたけど……あんなんじゃ難しいな……んんん……」

 

 どうしたものかと考えていた時、ことみが何かを閃いたのか、突如声を上げた。

 

 

ことみ「んん~~……あ、じゃあ春原くん、私の家に来ればいいと思うの」

 

朋也「そっか、ことみの家、この辺りにあるんだもんな……って待て待てことみ、お前、今のあいつを家に上げる気か?」

 

ことみ「うん、このままじゃ春原くん、寒くて凍えちゃう……」

 

杏「待ちなさいことみ、いくらなんでもそれは危ないわよ」

 

智代「同感だ、今のあいつは何をしでかすか分からないぞ?」

 

芽衣「みなさんの意見を否定できないのが悲しいです……」

 

涼「あははは……みんなひどいなぁ」

 

 確かに、今の奴を家に上げる事、それは餓えた狼と一夜を共に過ごすようなものだ。

 

 ことみの身の安全を考えたら、それは何よりも避けたい事だった。

 

 

ことみ「ん~~…大丈夫だと思うんだけど……」

 

朋也「でも、現状は確かにそれが一番丸く収まりそうだな……」

 

杏「ふぅ……仕方ないわね……私も一緒に行くわ、ことみを守らないと……」

 

智代「私も付き合おう、二人でいれば、より安全だからな」

 

朋也「確かに、杏と智代がいればとりあえず安心だな」

 

芽衣「すみません……兄がご迷惑を……あのことみさん、私もお邪魔していいですか?」

 

ことみ「……うんっ、みんなでお泊まり、楽しいの♪」

 

 

 急に来客が増える事に嫌悪することもなく、ことみは嬉しそうに言った。

 

 家に一人でいるよりかは、親しい人が傍にいてくれる。

 

 ……それは、ことみにとって何よりも嬉しい事なのだろう。

 

 

智代「とりあえずタクシーを呼んでおいた、あと数分で来るそうだ」

 

 智代の言った通り、数分で二台のタクシーが店の前に来た。

 

 俺は春原の肩を担ぎ、タクシーに押し込もうとする。

 

 

春原「おからきーっ! まらまら……ぼくはいけるぞ~~~~~~」

 

智代「うるさい」

 

 ――がすっ!!

 

春原「ぶべらっ………」

 

 酔っ払いのオヤジのように何か喚いていたが、智代が脳天に一撃を加え、春原を完全に沈黙させる。

 

 

芽衣「本当に……迷惑な兄ですみません……」

 

杏「いい歳してこんなんじゃ、芽衣ちゃんも大変ねぇ」

 

芽衣「あはは……悪い人ではないんですけどね……」

 

 1台目にはことみが助手席に座り、杏と智代が後ろに乗る。

 

 そして2台目に藤林、宮沢、芽衣ちゃんと春原が乗車する。

 

 その帰り際。

 

 

朋也「俺は歩いて帰るよ、それじゃ、またな」

 

杏「また、こうしてみんなで集まれるといいわね」

 

涼「そうだね……それじゃみんな、元気でね!」

 

朋也「ああ……」

 

 

 夜道に消え行く2台の車を見送り、俺は夜の雪道を歩く。

 

 次にみんなと会えるのは、いつになるだろうか。

 

 ……そう遠くない日がいいなと、次にみんなに会える事を心待ちにしつつ……俺は古河の実家に帰るのだった……。

 

―――

――

 

 【古河家】

 

 

 日付が変わり、深夜の静寂が街を支配する頃、俺は古河の実家に着いていた。

 

朋也「ただいま」

 

秋生「ち、もう帰って来たのか」

 

 居間の扉を開けると、オッサンが赤い顔で座っていた。

 

 テーブルの上には封の開いた酒瓶とつまみが少量、どうやら晩酌の最中だったようだ。

 

 

朋也「なんだオッサン、まだ起きてたのか」

 

秋生「最近妙に寝付きが悪くてな…んで、ちっとばかし引っかけてただけだ」

 

朋也「汐は…早苗さんと一緒か」

 

秋生「ああ、早苗と寝てる」

 

朋也「そっか……」

 

秋生「せっかくだ、一杯ぐらい付き合えよ」

 

 グラスを片手に、オッサンが言う。

 

 

朋也「俺、散々飲んで来たんだが……」

 

秋生「連れねえな…一杯ぐれーいいだろ、注いでやっから」

 

朋也「……あんたが、俺に?」

 

秋生「んだよ、不服か?」

 

朋也「別に、珍しいなと思っただけだ……ああ、一杯だけ頂くよ」

 

秋生「おう」

 

 とくとく…と、ビールがグラスに注がれていく。

 

 

朋也「いただきます」

 

秋生「俺が注いでやった酒だ、ありがたく飲め」

 

 グラスに並々と注がれた琥珀色のそれを、俺は一気に飲み干す。

 

 

朋也「ぅぅ…さすがに立て続けには……キツい……」

 

秋生「なっさけねえなおい……」

 

 酔いが醒めかけた頃の向かい酒か……明日の事が少し心配になるな……。

 

 

秋生「んで、同窓会はどうだったよ?」

 

朋也「なんていうか……仲間っていいもんだよなって思ったよ……」

 

朋也「みんな変わらないようでいて、変わってて……それでも、やっぱり昔のままで……でも、大人になっていたと思う」

 

秋生「ま、そんなもんだろ、学生時代のダチなんてよ」

 

朋也「…………」

 

 ……………。

 

 ……沈黙。

 

 互いに言葉を交わす事も無いまま、無言の時間だけが過ぎて行く……。

 

 

秋生「………まだ…」

 

朋也「……?」

 

 静寂を切り裂くように、オッサンが一言つぶやく。

 

 

秋生「……まだ、傷は完全には癒えちゃいねえさ、俺も、早苗も、お前も…当然あいつの仲間もな」

 

朋也「……え?」

 

秋生「渚の事だ」

 

朋也「俺、まだ何も……」

 

秋生「言わなくても分かんだよ、あんだけ娘の事を気にかけてくれた仲間だ、飲みの場で話題にすら出ねえなんてこと、ねえだろ?」

 

朋也「……まあ……な」

 

 実際、そうだった。

 

 口には出さずとも、みんな心の中で、渚の事を想ってくれていて……。 そして、あいつがいない事に、泣いてくれた……。

 

 

秋生「……親ってのも一人の人間だ、わんわん泣きたい時もあれば、イライラして怒りてえ時もある」

 

 それは、俺に言っているのだろうか。

 

 それとも、自分に言い聞かせているのだろうか……。

 

 寂しげな表情のまま、オッサンはタバコをくゆらせながら話を続けていた……。

 

 

秋生「でもな、親ってのはそういうもんを、なかなか子供の前じゃ出せねえもんなのさ」

 

秋生「それを我慢して、辛抱して……それで子供を育て、仕事を完璧にこなすってのは結構キツいもんでよ、実際俺も早苗もそうだったからな」

 

秋生「今のお前の苦労もよく分かる」

 

朋也「オッサン……」

 

 まさか、今日春原達が来てくれたのって…………。

 

 

秋生「勘違いすんな、俺も早苗も何もしてねえよ」

 

秋生「へっ、俺も早苗も単に汐と遊びたかった、そんだけだ」

 

朋也「……オッサン…………」

 

 ……早苗さんもオッサンも……俺の為に……。

 

 

秋生「それに、親が子供の世話を焼くのは当然だしな」

 

秋生「まー、なんだ? 汐の為にあれこれ頑張ってるおめーに、サンタさんからのクリスマスプレゼントってか?」

 

朋也「……俺もまだまだだな、また、二人に救われちまった……」

 

秋生「なーに言ってんだよ……お前も渚も、俺が死ぬまで俺の子供だ」

 

秋生「どこにいようが、何をしてようが、世話焼かせろよ」

 

秋生「――それが、親子ってもんだ」

 

 そう語るオッサンの眼は、今まで見た事が無いぐらいの優しさに満ちていた……。

 

 それはまるで父親のような、そんな眼だった……。

 

 

秋生「……朋也」

 

朋也「……?」

 

秋生「今ぐれーは息子って呼んでやる、感謝しろ、息子よ」

 

 照れくささを堪える様に、オッサンは言う。

 

 そのオッサンに対し、俺は……。

 

 

朋也「…俺も、今だけはあんたの事、オヤジって呼んでやるよ」

 

朋也「感謝しろよ、オヤジ」

 

 と、反抗期の子供のように、笑って言いのけた。

 

 

秋生「……っっくくく……」

 

朋也「っぷ……っっ」

 

朋也・秋生「――っはっはっはっは……!」

 

 慣れない事を言ったせいか、互いに大笑いする。

 

 

秋生「あーっっ!! 寒気がする、なんだこの感じ……うひっ!」

 

 言いながらオヤジは全身を掻き毟る。

 

 そのリアクションが面白いので、更に追撃を仕掛けてみる事にする。

 

 

朋也「あんたが言ったんだろ、お義父さん」

 

秋生「やーめーろーっ! あ~、言うんじゃなかった……気分悪ぃ」

 

秋生「まったく、俺も酔ったな……はははっ……あんまし慣れねえ事は言うもんじゃねえな」

 

朋也「ああ、俺もだ」

 

秋生「うっせー、もう一杯飲みやがれ」

 

朋也「へいへい……」

 

 そして、俺とオヤジは、再び杯を交わし合う。

 

 それは、先程飲んだ酒とはまた違う。別の味わい。

 

 

秋生「……美味ぇなぁ」

 

朋也「……ああ、まったくだ……」

 

 親子の絆をより深められるような、そんな美味さだった……。




長すぎたので中編を挟みます。ラストまで宜しければお付き合いくださいませ


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後編

 【翌日】

  

 二日酔いの頭痛もあったが、なんとか俺は起きる事ができた。

 

 あれこれとしてる内に時刻は昼過ぎになり、早苗さんは夕飯の買い物に、オッサンは向かいの公園で汐と遊んでいる。

 

 本当は俺も汐と遊ぼうかと思ったのだが、オッサンの命令で何故か今は店番をやらされている。

 

 そんな、午後の事だった。

 

 

声「岡崎、いるかー?」

 

朋也「はーいっ」

 

 作業着姿の芳野さんが店を訪ねて来てくれた。

 

 その手には程よい大きさの荷物があり、俺が先週ひそかに頼んでおいたものが届いた事を物語っている。

 

 

朋也「あははは……わざわざすみません、芳野さん」

 

祐介「気にするな、昨日は彼女と風子ちゃんが世話になったようだな、感謝する」

 

朋也「いえ、汐も風子と遊べて楽しそうでしたから、こちらこそありがとうございました」

 

 礼を交わし、芳野さんにお茶を出す。

 

 

祐介「ほら、注文の品だ、わざわざ隣町まで行って探して来てやったんだ、感謝しろよ?」

 

朋也「すみません、わざわざありがとうございます」

 

 そして、俺は芳野さんからの荷物を受け取る。

 

 

祐介「……お前も、いいかげん免許ぐらい取ったらどうだ? 車があると、だいぶ変わるぞ?」

 

朋也「そうですねぇ……」

 

 春原も免許を取ったと言ってたし……俺も、時間見つけてやってみようかな……。

 

 

祐介「ま、余裕が出たら話してみろ、車の参考書ぐらいなら貸してやる」

 

朋也「ええ、その時は是非……」

 

祐介「じゃあ、俺はもう行く、仕事がまだ残ってるからな」

 

朋也「ええ、風子と公子さんにも、よろしくとお伝えください」

 

祐介「ああ……岡崎」

 

朋也「……はい?」

 

祐介「来年から、こっちの仕事も忙しくなるだろう」

 

朋也「……ええ、俺もそうなると思います」

 

祐介「だが、俺もお前も、今は守る物がある」

 

朋也「……はい」

 

祐介「お互いに、協力し合って行こう」

 

祐介「そして、守るべき物を大事にして守って行くんだ、それが真の愛だ……!」

 

朋也「……はいっ!」

 

祐介「じゃあな、メリークリスマス、良い年を」

 

朋也「ええ、メリークリスマス……」

 

 いつもの芳野さんらしい事を言い残し、車は走り出して行く。

 

 

朋也「愛……か」

 

 芳野さんからの荷物を運び、店番に戻る。

 

 準備は整った……。 あとは、夜を待つだけだ。

 

―――

――

 

 そして夕方が過ぎ、時刻は夜。

 

 辺りの家からは楽しそうな声が響き渡る、クリスマスの夜となった。

 

 当然、古河の家の中にもそれらしい装飾が施され、テーブルには“五人分”の食事が立ち並ぶ。

 

 

秋生「ジングルベール♪」

 

早苗「メリークリスマース♪」

 

汐「めりーくりすまーすっ」

 

 楽しく歌うオッサンと早苗さん。

 

 それを見て、きゃっきゃとはしゃぐ汐。

 

 古河家で過ごす、クリスマスパーティーが始まった。

 

 

早苗「汐、サンタさんからのクリスマスプレゼントですよ~♪」

 

秋生「俺からもだ、近所のおもちゃ屋から、汐の好きな物を買ってきてやったぞーっ」

 

汐「わーいっ♪」

 

 二人からのプレゼントを手に、幸せそうに笑う汐だった。

 

 

朋也「ありがとうございます、ほら汐も、ちゃんと2人にお礼を言おうな?」

 

汐「さんたさん、ありがとー」

 

早苗「いえいえ♪」

 

朋也「パパからも、汐にプレゼントがあるんだ」

 

 昼間、芳野さんが届けてくれた荷物を汐に手渡す。

 

 嬉しそうに包装紙を開け、その中身を見て、汐は歓喜の声を上げていた。

 

 

汐「わぁ……だんごだいかぞくだっ」

 

秋生「うお、よく見つけて来たなお前……俺がいっくら探しても見つけられなかったのにな」

 

朋也「ああ、芳野さんに見つけてきて貰ったんだ」

 

 この辺りのおもちゃ屋は俺も探し回ったが、やはり、ただでさえ品薄で、しかもブームが完全に終わってしまっただんご大家族のグッズは、もはや一部の古い店にあるぐらいしか無かった。

 

 その店をインターネットで探し、仕事のついでにその店まで買いに向ってくれたのが、芳野さんだった。

 

 本当に、あの人には頭が上がらないな……。

 

 

早苗「汐、よかったですねぇ~」

 

朋也「汐、気に入ってくれたか?」

 

汐「うんっ!」

 

 だんご大家族のぬいぐるみを抱え、汐はいつまでもはしゃいでいた。

 

―――

――

 

 パーティーが始まり、小一時間ほど経とうとしてた頃。

 

 

声「すみませーんっ!」

 

早苗「はーいっ」

 

秋生「客か、最近多いな?」

 

朋也「でも、今の声、聞き覚えが……」

 

 店先から聞こえる声に、俺とオッサンも向ってみる。

 

 そこには、昨日飲み交わした皆がいた。

 

 

春原「よ、岡崎昨日ぶりっ」

 

芽衣「みっなさーん、メリークリスマスです♪」

 

杏「汐ちゃんこんばんわ、メリークリスマース♪」

 

汐「ふじばやしせんせい、こんばんわー」

 

 

智代「この子が……なるほど、確かに渚さんの面影があるな……」

 

涼「可愛い、元気なお子さんですね……」

 

朋也「春原に杏、智代まで……みんな、どうしたんだ?」

 

有紀寧「実は、お誕生日をお祝いに来たんですよ」

 

朋也「誕生日って……まさか……」

 

 俺達に縁がある人間で、今日が誕生日のやつなんて、一人しかいない。

 

 

秋生「…………そっか」

 

早苗「みなさん、覚えていてくれてたんですね……」

 

汐「……パパー、きょう、だれかのおたんじょうび?」

 

朋也「……ああ」

 

ことみ「今日はクリスマス……そして、渚ちゃんのお誕生日でもあるの」

 

朋也「その通り、汐……今日はママのお誕生日でもあるんだ」

 

汐「ママ……の?」

 

朋也「……ああ」

 

 

朋也「みんな……その為にわざわざ……?」

 

智代「まあな、春原の運転で遠くの街まで行って、ちゃんとプレゼントも用意したんだぞ?」

 

杏「やっぱり、目当てのそれはどこ探しても店には置いてなくってねー、そしたら、ことみがネット使って調べてくれたのよ」

 

ことみ「これを…」

 

 ことみが、丁寧に包装されたプレゼントを俺に手渡してくれる。

 

 子供の顔ぐらいの大きさのそれは、程よい重さがあった。

 

 

杏「店のお姉さんからの伝言よ、お誕生日おめでとう、メリークリスマス……だって」

 

朋也「ああ……みんな、ありがとう……!」

 

早苗「みなさん、是非上がって行ってください、渚も……きっと喜ぶと思います……」

 

杏「はい、お邪魔します……」

 

 そして、外にいるみんなが、一同に居間の渚の写真の前に座る。

 

 

春原「渚ちゃーん、また来ちゃったよ、今度はみんなも集めてきたんだ」

 

杏「なぎさぁ~、会いたかったわよ~♪」

 

涼「お姉ちゃん、今朝からずっと楽しみにしてたもんね…♪」

 

ことみ「渚ちゃんお久しぶり、お話したい事、いっぱいあるの…♪」

 

智代「正直、いきなり大勢で押し掛けて、迷惑じゃないかと思ったのだがな……」

 

有紀寧「あはは、さすがに多すぎる気がしますけど、でも、今日ぐらい……それも良いと思いますよ…」

 

芽衣「渚さん、喜んでくれますよね……」

 

朋也「もちろんさ、こんなに集まってくれたんだ……あいつも、喜んでるに決まってる……」

 

早苗「みなさん……」

 

秋生「……へへ、見てるこっちまで泣けてくるじゃねえか」

 

早苗「……ええ………」

 

秋生「……少し、外に出るか」

 

早苗「……ええ……っ…すみません…」

 

秋生「……気にすんな……お、雪降ってんじゃねえか?」

 

早苗「まぁ、素敵です……ホワイトクリスマス……ですね」

 

秋生「……あいつからのお礼……かもな……」

 

早苗「………」

 

 渚の前で、俺達は笑い合っていた。

 

 そこにいるのは、歳を取り、大人になったみんなじゃなく……昔のままの俺達で……。

 

 あの頃と変わらない、屈託のない顔で、俺達は渚と共にいた……。

 

 

汐「ママ……♪ ママァ…」

 

 汐も嬉しいのだろう、何度も、ママと、渚の事を呼んでいた。

 

 

 

 ―――もし―――れば―――しょうか―――。

 

 

 

汐「……?」

 

 

 

 ―――このま――の―――ねがい――――しょへ―――。

 

 

 

汐「マ………マ……?」

 

汐「………!」

 

 突然、汐が外に飛び出して行った。

 

 

朋也「あ、おいっ、汐!」

 

杏「汐ちゃん……?」

 

 何事かと思い、みんなが汐の後を追う。

 

 

 ―――あな―――おつれ――――ょうか――。

 

 

朋也「汐……」

 

 外に出てみると、いつの間にか雪が降っていた。

 

 

朋也「………雪……」

 

 一瞬、“あの時”の光景が頭に浮かぶが、即座に首を振り、頭に思い描いたそれをかき消す。

 

 街灯に照らされる雪はキラキラと光り、聖夜を祝福しているかのように輝いていた。

 

 そんな雪の中を、汐は一人、公園に向かい走って行く。

 

 

朋也「汐、どうしたんだ?」

 

早苗「…何か、あったんでしょうか?」

 

風子「汐ちゃん、何かを見つけたようです」

 

朋也「おわ、お前いつの間に……」

 

 いつの間にか足元にいた風子に俺は驚く。

 

 神出鬼没な奴だ、いつからいたんだ…?

 

 

風子「何やらとても良いことがありそうなので、遊びに来ちゃいました」

 

朋也「……そっか」

 

汐「………」

 

 汐の瞳は、公園のある一点を見つめ続けていた。

 

 

秋生「汐、公園に何かあるのか?」

 

汐「……ママっ!」

 

朋也「……ママ?」

 

汐「うんっ! そこにママがいるっ!」

 

朋也「………渚が?」

 

 汐の声に、俺達もまた、公園の真ん中を見つめる……。

 

 まさか、渚が……。

 

 汐が嘘を付くとは思えない。

 

 が、渚がここに来る事もあり得ない。

 

 汐、一体……どうして……。

 

 

杏「……何もないわね……」

 

芽衣「……汐ちゃん、きっとママの事思い出して……それで……」

 

春原「っかし……この雪……よく降るなぁ……」

 

智代「ああ……でも不思議だ、これだけ降っているのに、積もる様子が全然ないな…?」

 

涼「むしろ、どこか暖かい感じが……」

 

ことみ「うん……懐かしくて、すごく落ち着くの……」

 

有紀寧「…光……」

 

春原「……? 有紀寧ちゃん? 今、なんて……」

 

杏「しっ、何か聞こえるわ……」

 

 

 尚も汐の瞳は公園の一点を見つめたまま、離れずにいた。

 

 その場所は確か……渚が昔……。

 

 

 ――もしよろしければ あなたを お連れしましょうか――

 

 

 そう、こんな感じで、あいつはここで、劇の練習を………。

 

 

朋也「……え?」

 

 今、あいつの声が……。

 

 

朋也「…………」

 

 耳を澄ませ、意識を集中させる……。

 

 まさか……そんな……。

 

 

 ――この街の 願いが叶う場所に――。

 

 

 ――あなたを お連れしましょうか――――――。

 

 

 

 嘘だ。

 

 

 この声は………まさか……。

 

 

 

朋也「………っっ!!!」

 

 

朋也「な………ぎ………さ…………!!」

 

 

 反射的にその声に応えるよう、俺は渚の名前を呼んでみる。

 

 すると、俺の声に応じるように、公園のある一点に、微かに雪が集まって来た。

 

 

 いや違う……よく見ればそれは、雪じゃない。

 

 それは、光……。

 

 

 俺が、幾度となくこの街で見つけた光。

 

 

 昔、宮沢と美佐枝さんが言っていた……光だ……!

 

 

汐「………ママ………ママっ!」

 

朋也「渚……なぎさあああっっ!!!」

 

 弾けたように、俺と汐は有りっ丈の声で渚の名前を叫んでみる。

 

 その名前を叫べば叫ぶ程に、また俺と汐の声に応えるかように、次々と光が人の姿を形作っていく。

 

 

 そして……

 

 

 ――もしよろしければ あなたを お連れしましょうか――

 

 ――この街の 願いが叶う場所に――

 

 ――あなたを お連れしましょうか――

 

 

風子「汐ちゃん!! もっと大きな声で!」

 

汐「ママ………ママーーッ!!」

 

 汐の声に共鳴した光が、一際眩しく輝いて行く……!!

 

 

朋也「……渚……!」

 

 

 とても眩しい……一瞬の光明の後。

 

 

渚『しおちゃん……ともやくん―――』

 

 懐かしい声、数年前までいつも聞いていた……優しい声が聞こえた。

 

 

 ああ……見間違うわけがない。

 

 

 そこにいたのは、俺の世界で唯一愛した人……渚だった……。

 

 

 

杏「嘘……でしょ? あれって……」

 

秋生「なぎさ……そんな……!」

 

早苗「……あれは……幻?」

 

有紀寧「……いいえ……あれは、きっと……」

 

涼「……有紀寧ちゃん、心当たりがあるんですか……?」

 

有紀寧「……ええ、この街には、一つの伝承があるんです……」

 

智代「…伝承?」

 

有紀寧「誰かに幸福が訪れた時、その人の所に光の玉が現れ、手にした人の願いを一つだけ叶える……そんな伝承が……」

 

ことみ「素敵な伝説なの……」

 

有紀寧「私も初めて見ました……それが、こんなにも……やはり岡崎さんは、特別な方だったんですね……」

 

 

 光に包まれるように、渚はそこにいた。

 

 それは、雪が見せる幻想なのか、それとも、この街の伝承が起こした奇跡なのかは分からない。

 

 ……いや、考えるのはよそう。

 

 

 渚がここにいる…それだけで、他に理由なんて要らないのだから。

 

 

朋也「……渚っ!」

 

渚『――朋也くん お久しぶりです』

 

朋也「ああ……! ずっと……会いたかった……お前に……会いたかった……っっ!」

 

汐「ママ……ママっっ!」

 

渚『――しおちゃん……ママのこと、わかりますか』

 

汐「わかる……わかるよ……! ままぁ……ママぁぁ……っっ」

 

 我慢しきれずに、汐が渚の元へ向かう。

 

 だが、汐の手は虚空を掴み、決して渚に触れられる事は無かった……。

 

 そんな汐を優しく見守る渚。

 

 その笑顔は、母親そのもの……。

 

 汐の唯一の母、渚にしかできない……渚の笑顔だった……。

 

 

風子「渚……さん」

 

渚『――風子ちゃん、私を覚えていますか?』

 

風子「風子……ずっとお礼……言いたかったんです………お姉ちゃんの結婚式……ありがとうございました……っ!」

 

渚『――はい、退院……おめでとう、ございます』

 

風子「……なぎさ………さん……っっ」

 

 

「――なぎさああああっっっ!!!」

 

 公園の外にいた皆が、一同に駆け付ける。

 

 皆が皆、大粒の涙を流し、歓喜の声を上げて……渚の名前を呼んでいた……。

 

 

杏「あんた……どうしたのよ! 帰って来るなら一言言いなさいよ……このばかっ…!」

 

涼「渚ちゃん! 岡崎くん、ずーっと会いたがってたんです……私も、会いたかったです!! 渚ちゃんっっ!」

 

秋生「渚ぁ!! オメーの為にみんな集まってくれたんだぞ! 心配かけさせやがってよぉ……っっく……うぅぅっっ!」

 

早苗「渚……! っっく……なぎさ……なぎ……さ………っっ!」

 

春原「プレゼントもあるんだよ! 渚ちゃんが大好きだっただんご大家族……! みんなでそれ持って来たんだよ! 渚ちゃんっ!」

 

芽衣「私、大きくなったんです!! あの時の渚さんよりも……ずっと大きくなったんです……! 渚さん……!!」

 

ことみ「なぎさちゃん……会いたかった……会いたかったよっっっ……っ!」

 

智代「渚さん……! 覚えているか? 皆、待っていたんだ……あなたにまた会える日を……ずっと、待っていたんだ……っ!」

 

有紀寧「渚さん……みなさん、渚さんの事……一日だって忘れてませんでしたよ……! こうして、お会いできる日が……どれほど待ち遠しかったことか……!!」

 

 

 その場の全員が、渚に向かい、叫んでいた。

 

 各々が言いたかったこと、伝えたかったことを次々に叫び続けている。

 

 その聞き分けが難しいのか、渚は少し、困ったような顔をして……。

 

 

渚『――はい……私も……みなさんに……会いたかった……です―――』

 

 と、優しく、微笑み返してくれていた。

 

 

朋也「みんな、覚えていてくれたんだ……渚の誕生日……覚えていてくれたんだ!」

 

朋也「渚……もっとこっちに来いよ……! お前の顔…もっと、見せてやれよ……っ」

 

汐「ママ……もっとママといっしょにいるの……! ママァ……っ!」

 

 

渚『――ごめんなさい……私……もう――――――』

 

朋也「……渚……?」

 

 徐々に渚の声が遠くなって行く……。

 

 

渚『――こうして―みんな―――会え――よ―った―す――』

 

 光が舞い、渚が薄くなって行く。

 

 それは、そう時間を持たず、渚がいなくなってしまう事を意味していた……。

 

 

朋也「渚………そんな……」

 

 

 やっと会えたのに。

 

 やっと……こうして出会えたのに……。

 

 もう、いなくなってしまうのか、渚……。

 

 

朋也「待ってくれ渚……もう少しだけ……もう少しだけでいい……! 居てくれないか……渚……!」

 

 お前には、話したいや謝りたい事がたくさん……たくさんあるんだ……。

 

 5年間も汐を放っておいた事……。

 

 その汐の存在の大きさを、誰よりも渚が教えてくれた事。

 

 汐がどんな風に成長したか、どれだけ強くなったか……たくさんあるんだ……言葉じゃ言い尽くせないぐらい…あるんだ……。

 

 

渚『――大好きで――みんな――』

 

渚『―私――いつも――みんなの―――そ―に――』

 

 

朋也「渚……っっ………なぎさ………」

 

 

渚『――とも――くん―――しお―ゃん――こと―』

 

 

 

 ――よろしく――おねがい――します――――――

 

 

 

 最後の言葉を言い残し、光が空に舞っていく。

 

 やがて光は完全に消え、渚がいた所に、虚空が戻る。

 

 

 そして……雪が降り始める。

 

 5年前のあの日の様に、冷たい雪が、ゆっくりと……街を覆っていった。

 

 

朋也「渚………」

 

汐「……パパ……」

 

 汐が俺の手を引く。

 

 

朋也「汐……」

 

汐「ママ、わらってた……」

 

朋也「ああ、笑ってた……な」

 

汐「ママがわらってると、うしお、うれしいっ」

 

朋也「……ああ、ママが笑うと……パパも嬉しいぞ…」

 

汐「だからもう、さみしくないっ」

 

朋也「汐……そう……だなぁ…っ」

 

 

 たまらず、汐の身体を抱きしめる。

 

 寂しさを堪えるように、悲しさを振り払うように、汐の身体を強く、抱きしめる。

 

 

 その暖かさが……渚にどこか似ていて……声を上げて、俺は……泣いていた……。

 

 

汐「パパ……なかないで……」

 

朋也「ああ……っ……すまなかったな、パパも、泣き虫さんだ、あははっ」

 

汐「うん、パパがわらってくれると、うしおもうれしいっ」

 

朋也「……ああ……」

 

 子供に励まされるとは……汐、どれだけ大きくなって行くんだ、お前は……。

 

 

杏「さっきのは何だったのかしら……あれ……」

 

涼「確かに、渚ちゃんだったよね……?」

 

有紀寧「それはきっと……光が、願いを叶えてくれたんだと思います……」

 

有紀寧「この街の伝承が、この聖なる夜に……私達の、渚さんに会いたいという、その願いを……この一時に、叶えてくれたんだと……思います……」

 

智代「伝承……か」

 

ことみ「素敵なプレゼント……」

 

芽衣「渚さん……サンタさんになったのかな……」

 

杏「…かもね、優しいあの子だもん……きっと、世界中の子供に、だんご大家族のプレゼントでも送ってるわよ……きっと……」

 

春原「ははは……渚ちゃんらしいな………」

 

朋也「……戻ろう、みんな」

 

 涙を拭き、みんなの前に戻り、俺は言う。

 

 いつまでも、子供の前で泣いていられないよな……。

 

 

杏「朋也……」

 

朋也「パーティーの続きだ、クリスマスと……渚の誕生日のな……!」

 

智代「ああ、まだまだ夜は長いからな……」

 

芽衣「私、お料理と飲み物買ってきますねっ♪」

 

春原「芽衣、僕も行くよっ」

 

涼「ケーキは用意したんですけど、もうちょっと大きい方が良かったかな?」

 

ことみ「じゃあ、私も買って来るの♪」

 

早苗「お料理冷めちゃったでしょうから、暖め直してきますね、風子ちゃんもいかがですか?」

 

風子「はい、お邪魔しますっ」

 

智代「……どこかで見た事ある子だな……」

 

風子「伊吹風子と申します、お近付きの印に、みなさんにこれを差し上げますっ」

 

 風子が鞄からヒトデの木彫り細工を取り出し、それを一人一人に配って行った。

 

 

杏「これは……ヒトデ?」

 

涼「どこかで見た事あるなぁ……うーん……どこだっけ?」

 

有紀寧「不思議ですね、私も見覚えが……」

 

 それぞれが顔に疑問符を浮かべ、それを見る。

 

 ……やはり、皆が皆、そのヒトデに見覚えがあるようだった。

 

 

秋生「はっはっはっ! こりゃー大賑わいだな! 早苗! 酒だー! 酒持ってこーいっ!」

 

早苗「はいっ♪」

 

朋也「まったく、昨日に続いて騒がしくなりそうだな」

 

早苗「でも、賑やかで楽しい、私達のパーティーって感じがします♪」

 

秋生「未成年以外は飲めーっ! 俺の酒だ、飲まねえなんて許さねえかんなーっ!!」

 

智代「昨日に続いて今日もか……今日ばかりは遠慮しておきたいのだが……」

 

秋生「気ーにすんなともぴょんっ! おじさんが酌してやっからよ!」

 

智代「……その呼び方は止めてくれ……良い歳して恥ずかしい………」

 

 戻り際に俺は公園を振り返る。

 

朋也「ありがとな、渚……」

 

汐「パパー、はやくーっ!」

 

朋也「ああ、今行くー!」

 

 

 宴は続く。

 

 

 聖なる夜の生誕祭は……まだまだ続く。

 

 

 ――メリークリスマス、渚……

 

 

 そして……誕生日……おめでとう……!

 

 

 

―――

――

 

 それから夜が明け、ことみと春原と芽衣ちゃんの見送りに、俺達は駅に集まっていた。

 

 

ことみ「すっごく楽しかった、みんな、また……必ず会おうね……♪」

 

春原「そうだね……へへっ、これも全部早苗さんのおか……」

 

芽衣「……お兄ちゃんっ!」

 

 春原の失言に芽衣ちゃんの声が飛ぶ。

 

 

春原「……やっべ、い……今の無し! なんでもないよっ!」

 

朋也「……やっぱりな」

 

汐「……?」

 

 一昨日オッサンが言ってた通り、春原達がここに来たのも、早苗さん達のおかげか。

 

 

朋也「そうだ、ことみ……」

 

ことみ「……ん、なーに?」

 

 俺は、ここ最近続く不思議な既視感について、ことみに話をした。

 

 両親の研究を引き継ぎ、『世界』の理に関する研究を続けていることみなら、何か分かるんじゃないか。

 

 そんな期待を込めながら、俺は話をしてみた。

 

 

ことみ「………ん~」

 

 俺の話を聞き終えたことみはしばし考えを巡らせ、やがてゆっくりと口を開いた。

 

 

ことみ「それ、もしかしたら、他の世界の繋がりかも知れないの」

 

朋也「繋がり……?」

 

ことみ「そう、この世界には、私達の世界の他に、たくさんの世界があって…」

 

朋也「………」

 

 

 ことみの話は、抽象的な事と専門的な話が入れ混じっていて、詳しくは分からなかった……。

 

 が、それでも、かろうじて俺にも分かる事がいくつかあった。

 

 

 まず…この世界には、俺達の住む世界とは別にいくつもの世界があり、そこには、その世界の数だけ“俺達”がいると言う事。

 

 ことみが言うには、俺や春原が感じた既視感は、その“別の世界”の俺達の記憶なんじゃないかという事だ。

 

 

ことみ「極端な話をすると、ある世界では……渚ちゃんじゃなく、智代ちゃんが朋也くんのお嫁さんになってたり……」

 

ことみ「あるいは、私や杏ちゃんが朋也くんのお嫁さんになる、そんな世界があるかも知れないっていう事なの」

 

ことみ「ふとした瞬間に、別世界の記憶がシンクロして、ありもしない記憶が残る……」

 

ことみ「これが、世に言われるデジャヴと呼ばれるものなの、……本当の事はまだはっきりとしてないのだけど……」

 

 

 別の世界の俺達の記憶……か。

 

 

杏「もしかしたら、その数多の世界の中には、渚がいなくならずに、朋也と汐ちゃんと、幸せに暮らしてる世界もあるのかも知れないのね……」

 

朋也「言い換えれば、その逆もあるかも知れないって事か……」

 

 渚に続いて、汐までもがいなくなる世界……か。

 

 考えただけで、心が壊れそうになる世界だ……我ながら、馬鹿な事を考えてしまったと思う。

 

 

杏「そういえば……私、大分前にこんな夢を見た事あったわ」

 

涼「お姉ちゃん、どんな夢?」

 

杏「うん、高校の頃の話なんだけど、朋也と涼が付き合うのよ」

 

朋也「……俺と藤林が?」

 

杏「うん、そんで、私はそれを祝福するんだけど……それがどこか寂しくて……本心では涼が羨ましくなって……きっと、その世界では私も朋也の事が好きだったのね」

 

杏「でも、涼を裏切れないから、私、本当の気持ちを押し隠して、二人に向き合っていて……」

 

 杏の話は、妙にリアリティのある話だった。

 

 まるで、夢じゃなく、本当にあったかのような……そんな実感のある話に聞こえた。

 

 

杏「朋也も、次第に自分の中の本当の気持ちに気付いてね……涼を振って、私を選んでくれたのよ」

 

春原「なんか……すごい三角関係だね、それ……」

 

朋也「まったくだ……杏の夢の話とは言え……その夢の中に入り込んで、俺自身をぶん殴ってやりたい気分だ……」

 

涼「でも……私……それが正しい気がする。 本来の形っていうか……そうあるべきっていうか……変だよね、お姉ちゃんの夢のお話なのにさ……」

 

涼「きっと、私と結ばれることは、間違いなんじゃないかって……そう、思っちゃう」

 

杏「涼……そこまで思いつめなくてもいいのよ……ごめんね、変な事言ってさ……」

 

涼「いいんだよ……ほら、少なくとも、今のこの世界の私には、彼がいてくれるから……」

 

春原「っかし……岡崎もチャレンジャーだねぇ……こんなに人畜無害な妹を振って、わざわざあんな凶暴なのを……岡崎って、実はMなの?」

 

杏「あんたは黙ってなさいっ!」

 

朋也「娘の前で変な事言うんじゃねえっ!」

 

 げしっ! どすっ!

 

 俺と杏のダブルパンチが春原に直撃する。

 

 

春原「あべらっっ! 痛ってぇぇぇ……」

 

智代「私にも……似たような夢が……あったような……」

 

朋也「え……俺、お前の夢の中でもちょっかい出してたのか?」

 

智代「ああ…………その……私とお前が……その………え…えっちな……」

 

朋也「よーーし分かった智代!! とりあえずお前は落ち着け、だんご大家族でも見て和もうな~???」

 

 何故だろう、智代にこれ以上喋らせるのは汐の教育上ものすごく宜しくない気がした。

 

 

春原「間違いない、岡崎、お前超ドM……」

 

 ――ばしこーんっっ!!

 

 言い終わらぬうちに、智代の蹴りが春原を完全に沈黙させていた。

 

 

有紀寧「だとすると、昨日の一件にも、一つ、納得できることがありますね……」

 

涼「それって、有紀寧ちゃんの言ってた、伝承の話?」

 

有紀寧「ええ……」

 

有紀寧「一ノ瀬さんの話が仮に本当だとすれば、様々な世界の私達の“幸せ”が、昨日の奇跡を産んだのではないでしょうか?」

 

杏「だとすると、ロマンチックな話よねぇ……」

 

有紀寧「あの時、みなさんはただ、“渚さんに会いたい”と、それだけを願いました……」

 

有紀寧「そして、その願いに応じるように、数多の世界の幸せが光となり、あの一時の為だけに訪れたと……今なら、そう信じる事が出来るんです……」

 

朋也「でも、それがなんで俺達なんだ? 奇跡を望むのなら、他にも……」

 

有紀寧「岡崎さん、もしかしたらあなたと汐ちゃんは……本当に特別なのかもしれません……」

 

有紀寧「数多の世界を行き来し、多くの光を手に出来る、そんな……世界を行き来できると言っても過言ではない程の存在……それが、岡崎さんと汐ちゃんなのかも知れません……」

 

 宮沢の話はどこかスケールが大きすぎて、さすがに冗談めいている気がした。

 

 

杏「あははっ有紀寧~、それは大袈裟よ~。 汐ちゃんはともかく、こんなやつ、そこまで持ち上げる事ないって」

 

朋也「同感だ……さすがにそこまで言われると、どうも怪しく感じる……」

 

有紀寧「まぁ、それは私が個人的に思った事ですから……」

 

朋也「結局、謎は深まるばかりか」

 

杏「でも、いいんじゃない? 世の中なんて、分からないことだらけなんだしさ」

 

芽衣「確かに、その通りですね」

 

杏「あんたはあんたで、私は私、そんで汐ちゃんは汐ちゃんで、私の可愛い園児、それだけで十分よ」

 

 杏の言う事ももっともだ。

 

 他の世界がどうであれ、ここにいるのは、“俺達”なのだから。

 

 

智代「……そうだな、他の世界の私達の幸せはその世界の私達に任せて、私達は、この世界の私達の幸せを紡いでいく……それがいい」

 

朋也「ああ……杏や智代の言う通りだ、俺達は、俺達にしか作れない幸せがある……他の世界は関係ないさ……」

 

 

 だからこそ、たった一つだけ、俺は“俺”に、願う事があった。

 

 

 ……ここにいる俺と同じ過ちは犯さないで欲しい。そして……

 

 

 ――汐を、渚を、守ってやってくれ。

 

 

 と、どこかの世界にいる“俺”に、俺は願った……。

 

―――

――

 

 

 話に区切りが着いたその時だった。

 

アナウンス『――まもなく列車が参ります、白線の内側にお下がりください』

 

 アナウンスが終わって数秒、その言葉通り、列車がやってきた。

 

 

朋也「……来たか」

 

春原「じゃあ岡崎、またな」

 

芽衣「みなさんお元気で、良いお年を……!」

 

朋也「芽衣ちゃん、また来てくれ、今度は春原抜きで」

 

芽衣「はい! もちろんです!」

 

春原「こら芽衣ーーっ! そこだけ元気よく返事すんなー! ってか岡崎、お前も最後の別れぐらいきちんとやれよっ!」

 

朋也「今生の別れだ、また来世に会おうな」

 

春原「そう遠くない内に会いに行ってやるから安心しろっ! ……じゃあなっ!」

 

汐「めいおねーちゃん、ようへいおじちゃん、ばいばーいっ!」

 

 

 各々が別れを告げ、春原と芽衣ちゃんを乗せた列車が遠くへ走り出す。

 

 たった三日だけだったが、やはり、あいつで遊べないってのは、少しだけ寂しい感じがしてしまう……。

 

 

ことみ「私も、行かなきゃ……」

 

杏「ことみ、あんたの研究が発表される日を待ってるから、頑張りなさいよ?」

 

ことみ「うん……必ずお父さんとお母さんの研究を完成させて……昨日あった事の謎も解明してみせるの…!」

 

朋也「ことみ、お前ならやれるさ……なんたって、俺の自慢の幼馴染なんだからな……!」

 

ことみ「…うんっ! 朋也くんも元気でね……必ず……必ず会おうね……!!」

 

汐「ことみおねえちゃん、さよーならーっ!」

 

ことみ「汐ちゃん……またね……っ!」

 

 

 そして……ことみを乗せた列車の扉が閉まる。

 

 窓越しに大粒の涙を流し、ことみは別れを惜しんでいた……けど、最後には、笑っていた。

 

 

 ことみは、日本にいない日が多いから、会える日は非常に限られるだろう。

 

 だが、不安は無い。 いつでも、どこででも……連絡さえすれば、あいつはまた、笑って俺達の話に耳を傾けてくれるから……。

 

 

 そう、たとえどこの空の下であろうと……俺達は、繋がっているのだから……。

 

 

有紀寧「では、私もそろそろ……」

 

涼「私も……」

 

杏「そっか、涼、今日勝平君とデートだったっけ?」

 

涼「お……お姉ちゃん……」

 

 杏の言葉に藤林は頬を赤める。

 

 

朋也「そっか、藤林、幸せにな」

 

涼「はい……その、今度岡崎君にも紹介しますね、彼に岡崎君の事お話したら、是非会いたいって言ってましたから……」

 

朋也「ああ、楽しみに待ってるよ」

 

涼「うふふ、ありがとうございます」

 

 藤林の彼氏か……。

 

 何故だろうな、顔も名前も分からないけど、藤林の彼氏となら、きっと良い友達になれるんじゃないか、そんな気がした。

 

 

有紀寧「岡崎さん……」

 

朋也「宮沢、わざわざ来てくれてありがとうな、為になる話も聞けたし、お前のおかげで、俺も汐も救われた……ありがとう」

 

有紀寧「いいえ、私は何も……岡崎さんも、身体にお気を付けて……一人の身体ではないんですから……決して無理はなさらずに……」

 

有紀寧「また何かあれば、必ず言って下さいね……何処にいても、何をしても、私は駆けつけますから…」

 

朋也「ああ……ありがとうな」

 

有紀寧「ではみなさん、良いお年を…」

 

 宮沢と藤林に別れを告げ、俺と汐、杏と智代も歩き始める。

 

 

朋也「じゃあ、俺達も行くか」

 

 振り返り、俺は杏と智代に向かって言う。

 

杏「ええ……智代、あんたはこの後どうすんの?」

 

智代「私もまだ時間がある……そうだな、少し付き合おう」

 

朋也「んじゃ、行くか」

 

杏「汐ちゃん、どこか行きたいところ、ない?」

 

汐「……いきたいところ?」

 

朋也「ああ、遊園地でも、動物園でも、汐の好きな所に連れてってやるぞ?」

 

汐「……うん、いきたいところ、ある!」

 

―――

――

 

 汐の行きたい所とは、俺達の予想外の所だった。

 

 

朋也「ここら辺は……全然変わってないな……」

 

 そこは、まるでそこだけが時間から隔離されたかのように、止まっていた。

 

 草も、木も、薄汚れた看板の文字、小さな公園の遊具ですら、昔のまま、変わらないでいた。

 

 

 ――そこは、光坂高校に続く通学路。

 

 7年前まで、俺達が通学や下校に通っていた、あの道だった。

 

 

杏「ほんとね……駅前はあんなに変わったのに……ここだけが昔のまんま……」

 

智代「当たり前だ、私がそうしたんだからな」

 

朋也「智代が?」

 

智代「ああ、この辺りの自然は、出来る限り残して置きたいと思ってな……」

 

智代「私が今やってる仕事も、そういう仕事なんだ……」

 

朋也「そうだったのか……」

 

智代「……自分にも分からないんだが、何故だか、ここだけは変えたくないと思ったんだ」

 

智代「私にとって、鷹文との思い出の場所があの並木道だったように……ここも、誰かの思い出なのかも知れないしな……」

 

智代「だから、もしもここが変わってしまったら、確実に誰かが不幸になる、そんな気がしたんだ……」

 

 そう、遠い目で智代は言った。

 

 

朋也「智代……ありがとう」

 

 もしかしたら、智代の活動のおかげで、今の俺は救われているんじゃないか。

 

 心当たりはないが、俺は智代に感謝の言葉を告げる……。

 

 そして俺達は歩き出し、あの坂道に差し掛かる。

 

朋也「懐かしいな……ここも……」

 

汐「……パパ……」

 

朋也「ああ………この先に、俺達の学校があるんだ」

 

 ……懐かしい……。

 

 ここで俺は……あいつと………。

 

 

汐「ねえパパ……」

 

朋也「ああ、汐、どうした?」

 

汐「ここ、パパとふたりで……あるきたい…」

 

朋也「ああ……分かった」

 

朋也「杏、智代……悪い、ここからは、俺と汐だけで行かせて貰っていいか?」

 

 

杏「……うん、大丈夫よ。 私達、ここで待ってるわ」

 

智代「ああ、行って来い、岡崎」

 

朋也「すまない……それじゃ汐、行こうか」

 

汐「……うんっ」

 

 杏と智代を残し、俺と汐は坂を上る。

 

 

朋也「……この坂道で、パパはママと初めて出会ったんだ」

 

汐「ママものぼってたの? このさか」

 

朋也「ああ……そして、パパとママはこの道で―――」

 

 

 ――出会い、やがて恋をして…しおちゃん、あなたが産まれたんですよ――。

 

 

朋也(……?)

 

 

 ――そうですよね? 朋也くん――

 

 

朋也(………ああ、そうだ)

 

汐「そのはなし、もっとききたいっ」

 

朋也「……ああ、それで……ママはこの坂の下でな…………………」

 

 

【エピローグ】

 

 

 ―――娘の小さな手のひらを離さぬよう、しっかりと握り返し、俺達は坂道を歩き出す―――。

 

 

 ―――木漏れ日から差す光に照らされ、ゆっくりと歩きだす影二つ……いや、影“三つ”―――。

 

 

 

 ――俺たちは登り始める――

 

 

 

 ――長い長い、坂道を―――。

 

 

 

 FIN...




以上となります、聖夜に訪れた軌跡の物語、いかがだったでしょうか。

既にブームは過ぎ去ってしまったCLANNADですが、個人的に冬が来るとまた見たくなり、またゲームをプレイしたくなる程好きなお話です。

宜しければご感想などいただけると幸いです。


それでは皆さん、メリークリスマス……。


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