聖夜迅雷 (龍流)
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聖夜迅雷

ハーメルン合同ランク戦、おつかれさまでした!
いろいろな作者さんの短編が読めて、参加しながら純粋に読者としておもしろかったです。主催のカンさんには改めて感謝を。

そして、優勝のうたた寝犬さんに向けて。賞品の短編を贈らせて頂きます。


 鈴が鳴る。

 今日は12月24日。クリスマスイヴ。街もどこか浮かれた雰囲気で、頬を切る寒さの中にも人の暖かさが感じられる……みたいな?

 お決まりのモノローグを綴りたいところだが、残念ながらそれはできない。

 

「じんぐるべーる、じんぐるべーる~っと」

 

 迅悠一は大きめの紙袋を片手に、クリスマスの雰囲気を実感できる市街ではなく、無機質極まりないボーダー本部に繰り出していた。こんな記念すべき日に、連れ添う人間の伴侶もいないとは……まったく、悲しい男である。

 

「実力派エリート、入りまーす」

 

 ノックもせずにそう告げてドアを開くと、中では慌ただしそうに準備に勤しむ迅の知己……嵐山隊の面々がいた。

 

「お、迅!」

「よっ、嵐山。世間はクリスマスイヴだってのに、やってるねぇ」

 

 クリスマスは、冬という季節を代表する一大イベントだ。イベントには、人がそれこそ馬鹿のように集まる。人が集まるなら、それ即ちアピールのチャンスである。

 そんなわけでボーダーの宣伝担当でもある嵐山隊も、クリスマスイヴにもボーダー公式イベントへの参加という尊い勤労を強いられているわけだ。

 

「迅さん……何しにきたんですか? ご覧の通り、私達は忙しいんです。ひやかしなら帰ってください」

「冷たいね木虎は……」

 

 入室早々、女子中学生からきつい言葉を浴びせられている実力派エリート。それはそれでいつものことなので流しつつ。

 迅は室内を見回して呟いた。

 

「べつにひやかしにきたわけじゃないんだけど……まあ、たしかに忙しそうだ。大変だな、嵐山」

「問題ないさ。夜までには終わる予定だからな! おれは佐保や副とケーキが食べられれば、それで問題ない!」

「ブレないね、おまえも……」

 

 親友の相変わらずのブラコンっぷりにやや引きながら、まあそれもいつものことなのでやはり流しつつ。迅は紙袋に手を突っ込んで、いくつかの包みを取り出した。

 

「では、実力派エリートから、クリスマスも頑張る嵐山隊のみなさんにステキなプレゼントだ」

「え!? プレゼント!? マジ!?」

 

 プレゼント、という嬉しい単語に、それまで部屋の隅で書類とうんうん睨めっこしていた佐鳥が、途端に食いついた。「行儀が悪いですよ佐鳥先輩」と、木虎がたしなめる。普通は逆だろう、と迅は苦笑していた。

 

「む……すまないな、迅。気を遣わせてしまったか?」

「いやいや。おれの方こそ『この前』は随分と世話になったし、これくらいはね」

「ああ、そういうことか。それなら、有り難くいただこうか」

 

 迅が言う『この前』とは、12月18日に起きた『黒トリガー争奪戦』のことである。嵐山隊の応援がなければ、いくら『風刃』があるとはいえ、迅一人だけでトップチームの相手をするのは厳しかったに違いない。

 派閥の問題やら思惑やら、そういう難しい問題はとりあえず置いておいて。助けてくれた嵐山隊の面々に感謝の気持ちを示すのは当然だろう。普段はいい加減でちゃらんぽらんで女性のお尻ばかりつけ狙う、紳士の風上にも置けないような男だが、そういうところは意外ときちんとしているのが迅悠一である。

 

「こっちの二つがとっきーと佐鳥。綾辻ちゃんと木虎にはこちらの品物を。で、嵐山はこれな」

「うぇぇ~い! 迅さんありがとうございます!」

「ありがとうございます、迅さん」

「……折角ですので、いただきます」

「あっ!すごいいいとこの高級チョコだ!うれしい!おいしい~!」

 

「いや綾辻ちゃん食べるの早くない?」

 

 わいわい、がやがや。

 ほんとにおいしい~、これ欲しかったやつだ~、そんなにすぐ食べるとなくなりますよ、藍ちゃんのもちょーだい!などと盛り上がる後輩達の姿は、見ていてかわいいものだ。

 迅と一緒に微笑ましくその姿を見ていた嵐山は、少し遅れて自分の分の包装を開けた。

 

「ん?」

 

 整った顔をのせた首が、わずかに傾げられる。

 他のプレゼントに比べると、ややサイズが小さかったので、何かと思ったが。その中身は、小ささに納得がいくものだった。

 ワイヤレスイヤホン。それも、嵐山が以前、玉狛支部に遊びに来た際、カタログを見ていて「これ、少しいいかもな」と言っていたブランドのものである。

 

「おい、迅。これ高かったんじゃないか?」

「んー? いいっていいって。おれからの感謝の気持ちだよ。大人しく受け取りなさい」

「いや、しかし……俺のイヤホンはまだ使えるし……」

 

 そう。嵐山がこのイヤホンの購入を見送った理由は、単純明快。今使っているものが、充分まだ動くからだろう。

 ボーダー隊員の、特にA級隊員の収入を考えれば、少し値段が張るイヤホンも普通に購入することはできるだろうが……とはいえ、この爽やかイケメンは今使っているものが動くのに、気分だけで新しいものを買うような浪費家ではなかった。

 

「今使ってるやつと合わせて使えばいいだろ? 新しいのと使い分けるとか、古いのは弟くんにあげるとか」

「……ん、それもそうか」

 

 その場では、なんとなく納得したようだったが。

 その日のイベントで古い方のイヤホンを落としてしまい、迅の配慮の意味を嵐山が知るのは、もう少し後の話である。

 

 最後に、わざわざ扉の外にでた嵐山に見送られて、嵐山隊の作戦室をあとにした。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 迅悠一は未来が視える。

 人を『見る』だけで、その人の未来が『視える』。

 それは、常人なら耐えられない負担だろう。先ほどの嵐山のように、視えた未来を踏まえた行動が、プラスに繋がればいい。けれど、迅が選び取る未来が、他人にとって常に最善に繋がるとは限らない。

 玉狛支部への帰り道は暗く、見上げる迅の表情を伺い知ることはできなかった。

 

「おれ、クリスマスがあんま好きじゃなくてさ」

 

 まるで独り言のように、迅は言った。

 

「サプライズでプレゼントとか。サンタさんから何貰えるんだろう?とか。そういうのって『わからないから』こそ、ワクワクするだろ?」

 

 たしかに。それは頷ける。

 その人が、自分に何をくれるのか。自分に何をしてくれるのか。逆に、何をしてしまうのか?

 特に可能性の高い未来を、迅は視てしまう。

 きっとそれは、見えない方が楽しみで、待ち遠しくて、あるいは……知る必要がないことであるはずなのに。

 

「でも、おれは全部みえちゃうんだよな」

 

 左手が、所在なく空を切る。

 本来、その手は腰に下げられた『風刃』に添えられていたものだ。けれど、それはもうない。迅が、自分自身の意志で、手離したからだ。

 

 明るい市街に目を向けながら、迅は言う。

 

「だからこそ、かな。こういう……街の灯りがきれいな日には、特に思うんだよ」

 

 吐く息は白く、身を切る風は冷たく、

 

 

「おれは、みんなが笑える未来を選べているのかな、ってさ」

 

 

 それでも青年は、満天の星が輝く空を見上げて、夢を語る。

 その在り方は美しいけれど、本人にとってこれ以上ないほどに残酷だ。

 

「あ~、なんか、愚痴っぽくなっちゃったな」

 

 かまわない。

 たまには、愚痴くらいこぼしてもいい。

 いくら『暗躍』が趣味とはいえ、誰かに胸の内を吐き出したくなる日もあるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞いてくれて、ありがとな()()()

 

 不意に向けられた感謝の言葉を、()()()は鼻で笑った。

 本部へ行くのも、少ししょげている様子だったから、付き添ってやっただけ。べつに、感謝してもらう必要はない。

 わたしは、人間とは違う。人間のように、コイツにプレゼントを渡すことはできない。けれど、話を聞いてやることくらいはできる。コイツがしょげていたら、わたしはいつでも密かな自慢であるお腹のモフモフを貸し出してやるつもりだ。

 

 わたしは玉狛支部で一番の古株。

 コイツの、先輩なのだから。

 

「む! 雷神丸! 迅! どこに行っていたのだ!」

 

 それに、いつも元気なちびっ子のお守りをするのは、わたしも疲れる。まったく、たまには休ませてほしい。

 

「はやくこい!迅!雷神丸! せっかく作ってくれたレイジの料理が、冷めてしまうではないか! みんな待ってるぞ!」

 

 迅は、最上を手離した。

 きっと、それは周囲が思っている以上に悲しいことで。その悲しみを思いやってやれるのは、気が利いて人生経験豊富な、わたしくらいのものだろう。

 

 しかし、得たモノもある。

 

「お、迅さん」

 

 白髪の少年と、

 

「迅さん。おかえりなさい」

 

 うちのちびっ子の、将来のお嫁さん候補と、

 

「迅さん! レイジさんの料理、できてますよ!」

 

 そして、メガネ。

 

「……ああ。ただいま」

 

 やれやれ。

 今年のクリスマスは、去年よりも賑やかになりそうだ。




雷神丸は大人のレディ


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