機動戦士ガンダム~白い惑星の悲劇~ (一条和馬)
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<登場人物>

※※一年戦争篇完結までのネタバレがふんだんに盛り込まれているので「そう言うの気にしないZE☆」とか「見たので戻ってきちゃった…♡」って人以外はスルー推奨です※※


・ジョナサン・クレイン

 アクシズが落下した十年後の世界でテリーについての本を出版しようと奔走している記者。物語の語り部的存在。

 

・センセイ

 ジョナサンにテリーについての歴史を教える人物。元軍人である事以外は謎の人物。

 

 

 

・テリー・オグスター

 主人公。16歳男子。金髪に青い瞳なので本人は最初シャアと誤認した。とりあえずガンダムシリーズを一通り見ていた少年がオーラロード的な道を通ってルウム戦役後のサイド7の兵士に転生させられる。一年戦争時はプロトタイプガンダムに搭乗。レビル将軍からの特命で『宇宙空間におけるモビルスーツの運用理論』等を調査していたが一カ月後、地球近海での運用テストの最中にサレナ・ヴァーン(※後述)による強襲で大気圏へ蹴り落される。直後、東南アジアで展開中だったコジマ大隊第08MS小隊に拾われ、アプサラスⅢ撃破後にジャブローへ移動。そこで初めてホワイトベース隊と合流する事になる。一年戦争終盤にソロモン宙域でジオンのネームド、アナベル・ガトーを撃破。しかしその後、ジオンのモビルアーマー、エルメスに搭乗した敵パイロットを庇う様な動作を見せたり、デギン公王とレビル将軍が和平交渉の最中にジオンのコロニーレーザーに突撃。そのシングルプレイで公国軍を刺激した事によってア・バオア・クー戦が開かれたとみなされ、星一号作戦決行前に拘束、逮捕された。階級は軍曹↓少尉↓囚人。コールサインは『シャード01』

 

 

・テリー・オグスター(本人)

 主人公に記憶を上書きされた悲しい人。本来ならサイド7にジーンとデニムのザクが現れた際に戦死するが、上記の理由で生き残った。士官学校時代はマナ・レナの恋を全力で応援していたが、実は彼女に好意を寄せており、彼女と一緒にいる口実の為に行動を共にしていたシャイな性格。マナ・レナに言い寄られた時、主人公の人格を押しきって彼女に想いを伝えた。また、主人公に記憶が上書きされたとはいえ、魂的には別人なので、一つの体に二つの魂が入っている事になる。この為、ミドリには「テリーくんだけどちょっと違う」と見透かされ、ララァには「もう一人の貴方は一体誰かしら?」と一発で見破られる。二人ともニュータイプとしての素養がある為、実質常時経験値二倍の状態でニュータイプ技能が成長する。

 

 

 

・上司

 テリーの直属の上官。士官学校の先輩にあたる人物で、テリーの尊敬する人物であり、マナが恋心を抱いていた相手。だが、テリーが“主人公”の記憶を思い出した際に本名等の一切の情報を忘れられてしまう。特命によりフォリコーンに先んじてプロトタイプガンダムを確保するが、直後のジオン軍の襲撃で戦死。階級は少尉↓大尉(二階級特進)

 

 

 

【プロトタイプガンダム】

 テリー・オグスターがサイド7の1バンチコロニーで発見した地球連邦軍最新鋭のモビルスーツ。形式番号の“RX-78-1”の通り、アムロ・レイの乗るガンダムのプロトタイプにあたる(ロールアウト自体は後発)

 テリー本人の技量がそこまで高くなかった為にその性能を全て引き出すのはニュータイプとして覚醒して以降。

 しかし、攻撃はともかく回避、防御に関しては超優秀だったためか、コロニーレーザーに単身突撃した時にジオン軍一艦隊相手で中破した以外、特にダメージを負わなかった。

 

 

 

【プロトタイプガンダム:SFカスタム】

 プロトタイプガンダムの両肩、両足にセイバーフィッシュのミサイルポッドを装備した現地改良型。その場凌ぎの様な形ではあるが、安価である為に戦場での装備切り離しでも財布に優しい親切設計。登場したのはソロモン攻略戦の後のみだが、赤い彗星シャア・アズナブルが駆るゲルググを終始圧倒する戦いぶりをみせた。

 

 

 

【トロイア・ドッグ】

 プロトタイプガンダムに赤く塗ったリック・ドムの外装を張り付けただけの装備。脚部スラスターのみは元々のリック・ドムの脚を長靴の様に履いただけで、残りは完全に被っているだけである。テリー・オグスターの容姿がシャア・アズナブルにそっくりなのを逆手にとり、当装備で混戦中のソロモン基地に潜入。シャアを偽り内部中枢を破壊する作戦を立案した。最も、テリー本人は最初からアナベル・ガトー撃破を目的にしていた為、中枢破壊自体は失敗する。元ネタは“トロイアの木馬”だが、“トロイア・ホース”にしなかったのは似た名前の戦艦“トロイ・ホース”が存在して紛らわしいのと、なんせハリボテなのでハリボテ繋がりの“スコープ・ドッグ”を掛けた為。

 

 

 

【シャア・アズナブルなりきりセット】

 妹のセイラやララァ、シャア本人にすら「そっくりやんけ」と言われたテリー・オグスターが内密に用意していた赤いジオン軍服と仮面、ヘルメットのセットの事。裁縫はからっきしだったテリーがマナ・レナに泣きついて制作してもらったらしい。よく見ると細部が違うのだが、モニター越しに直接面識のないジオン兵数人を騙すには充分すぎるクオリティーがあった。

 

 

 

【カミカゼ】

 モビルスーツの半身程のサイズの鉄の板にセイバーフィッシュと、マゼラン級やサラミス級戦艦に使用されるプロペラントタンクを取り付けた簡易SFS。簡易版というが、この時代にはたまたま誕生したド・ダイYSくらいしかないので、(スキウレやバストライナーはどちらかというと固定砲台なので除外)実質宇宙世紀最初の本格SFSとなってしまった。

 名前の由来である“神風”の例に洩れず特攻を目的とし、本体は無人で、モビルスーツ側から操縦出来る様になっている。

 だが、それでも少しの方向転換しかできない為、実質飛んだら直進しか出来ない。

 製作期間と材料の関係で二機しか生産できず、一機はチェンバロ作戦時にソロモン潜入の為にテリー・オグスターが使用して以降の行方は不明。

 コロニーレーザーに単身突撃する際はテリーの共同開発者だったグラン・ア・ロンがこれに搭乗。フォリコーンで使われずに残っていたスーパー・ナパームも積載した本機がコロニーレーザーのミラーを大量に破壊してくれたおかげで、レーザーの出力は史実の40%まで落ちたという。

 

 

 

 

【ペガサス級強襲揚陸艦“フォリコーン”】

 黒を基準としたカテリーングをしている以外はホワイトベースと変わらない同型艦。サイド7コロニーでホワイトベースが回収しきれなかったRXシリーズの機体や部品を回収しにやってきた。その後、連邦軍量産型モビルスーツ開発用のデータ収集の為に先行量産型ジムを二機、ジャブローで更に量産型を二機受領した。その後、ホワイトベースと共にソロモン攻略戦に参加。星一号作戦後の詳細は不明。クルーのほとんどが士官学校上がりの少女で構成されている。これは、旧西暦以前の男尊女卑の気運があった連邦軍内部で“女性の上級士官は認められない”という理由から一か所に纏められたのが理由と思われる。クルーの士官達の階級が低めになっているのは、ルウム戦役後の補充兵として卒業課程を修める前に書類の為の卒業試験を繰り上げで受けた為である。因みに本艦はジャブローに残っていたペガサス級予備パーツから急遽組み上げたものである為、正式な型番が存在せず、後年に語られる7つの“ペガサス級強襲揚陸艦”には名を連ねなかった。

 

 

 

・マナ・レナ

 若干16歳にしてフォリコーンの艦長を任された若き秀才。階級は少佐↓中佐。テリーとは士官学校に向かうシャトルで相席になった事から交流が始まり、同じ髪と目の色をしていたので学生時代は“美男美女兄妹”と呼ばれていた。学生時代は“先輩”に好意を抱いており、テリーのサポートの元あの手この手で接近の為の作戦を試したが失敗した経緯を持つ。“先輩”の戦死を聞いてショックを受けた彼女はテリー(主人公)と肌を重ねる事で無理矢理彼を忘れ、戦場に立つ事に決めた。実は元々パイロット試験を受けようとしたが、身長が原因で落とされた経緯を持つ。

 

 

 

・ヒータ・フォン・ジョエルン

 フォリコーン飛行隊グレン小隊所属のパイロット。コールサインは『グレン01』。マナ達とは同期の赤い髪と瞳を持つ少女。名家ジョエルン家の令嬢であるが、全くお淑やかとは無縁の勝気な性格。ただし実力は本物で、士官学校時代の模擬戦で二位の実力を持つ。肉薄した近接戦をする事から“烈火のヒータ”と呼ばれていたとか。テリーに淡い恋心を抱いていたが、ほとんどマナと行動を共にしていた為にあたる様な格好でしか交流できなかったという情けない過去を持つ。テリーの豹変っぷりに違和感は覚えるが、そんな事より愛しのテリーと仲良くする機会が増えたのであまり深く気にしなかった。階級は伍長↓少尉

 

 

 

・ミドリ・ウィンダム

 フォリコーン飛行隊リーフ小隊所属のパイロット。コールサインは『リーフ01』。マナ達とは同期の黄緑色の髪と瞳を持つ少女。飛び級で入学した天才であり、いかにも文学少女といったお淑やかさを身に着けるが、士官学校模擬試験で総合優勝した超実力者。ヒータから度々目の仇にされるが、基本的には仲が良い。先行量産型ジムを受領後はヒータと共にそれぞれ騎乗し、一年戦争終結までの間に20機以上の敵モビルスーツを撃破した。フォリコーン隊ではおそらく一番最初に覚醒したニュータイプであり、テリーの豹変にいち早く気が付いた。階級は伍長↓少尉

 

 

 

・クロイ・チョッコー

 シャード分隊に所属するテリー・オグスターの部下の一人。女性ばかりだったフォリコーンでテリーを除いた唯一の男性だが、中世的な見た目であったが為にテリー含め、だれ一人にも男と認識されていなかった。カメラで撮影した写真をアルバムに収める趣味がある。ジャブローでジムを受領後はモビルスーツパイロットに転向するが、後述のヨーコを守る為にイフリート・ダンに斬られて戦死した。コールサインは『シャード03』

 

 

 

・ヨーコ・フォン・アノー

 シャード分隊に所属するテリー・オグスターの部下の一人。基本的に無口だが、フォリコーン艦内では常にテリーとクロイのどちらかと一緒に行動している。内には熱い熱意を秘めており、特に同じ貴族でありながら早々にモビルスーツパイロットに選ばれたヒータには対抗心を燃やしているらしい。ジャブローでジムを受領後、アッガイを退ける等の活躍を見せるが、調子に乗って進み過ぎた所でクロイに命を救われる。その後、テリーとアムロのガンダム達相手に無双するイフリート・ダンに命懸けで特攻をかけ、二人を救った。伊達メガネを掛けている。コールサインは『シャード02』

 

 

 

・コダマ・オーム

 フォリコーンの通信担当の女性士官。よくマナ・レナの指示をそのままオウム返ししていた事からテリーはこっそり“オウムちゃん”と呼んでいたが、大体間違ってなかった。士官学校時代からずっと喋ってないと生きていけない様な性格をしており、彼女に知れ渡った秘密はその日の内に反対側のコロニーまで広がるとかなんとか。

 

 

 

・マギー・リードマン

 フォルコーン専属のコック。曰く『婚期を逃したギリギリ二十代』。身長二メートル弱ある長身の女性で、性格は気弱。ただ、その図体から他の連邦軍、特に男との交渉等の際には必ず呼ばれボディーガードとしても重宝されている。中性的な顔立ちも相まって皆に『マギー姉さん』と呼ばれ愛されている。得意メニューは皮を剥いただけのジャガイモを上に乗せた『トラウマ克服カレー』だが、テリー以外のクルーの評判は良くない。

 

 

 

 

・プレシア・シャオーム

・イリーナ・ペティル

・チカ・ジョッシュ

 星一号作戦直前地球連邦軍第一宇宙艦隊所属のマゼラン級に乗艦していた若い女性技術スタッフ。“史実”ではソーラ・レイに巻き込まれて死んだが、テリーの活躍によって出力が抑えられた為に死なずに済んだ。長身巨乳がプレシアで、長身ぺったんポニーテールがイリーナで、ロリ巨乳メガネがチカである。

 

 

 

 

【セイバーフィッシュ】

 フォリコーンに最初から配備されていた連邦軍主力戦闘機。全部で六機あるが、後に四人がモビルスーツパイロットに転向した為余っている。それなのにジャブローで更に四機も受け取ってしまう。肝心の補充兵が居なかった為に倉庫の肥やしになって眠っていた当機達は後に“カミカゼ”として宇宙世紀の歴史を変える重要なピースになった。

 

 

 

【先行量産型ジム】

 ルナツーで受領した先行量産型のジム。フォリコーンには二機配備され、それぞれヒータとミドリが搭乗した。また、ヒータが風邪で出撃出来なかったテキサスコロニーでの戦いでは、彼女の代わりにバーナード・ワイズマンが搭乗し、フォリコーンの危機を救った。

 

 

 

【訓練用セイバーフィッシュ】

 その名の通り、訓練で使用されるセイバーフィッシュ。通常のセイバーフィッシュと違い複座型となっているが、それ以外は正式採用機とほぼ遜色のない性能をしている。フォリコーンのクルーは全員士官学校を(一応は)課程を修了して卒業しているが、部隊の性質上、どうしてもこういった機体が必要だった。尚、パイロットの人数の関係で複座して使用する機会はほぼなかった模様。当機を改造した“カミカゼ”にグランが搭乗した。

 

 

 

【ジム・コマンド:ザク・カスタム】

 グレイファントムから一機譲って貰ったジム・コマンドをバーナード・ワイズマン用に改造した機体。と、いってもサイド6で拾ったザクⅡ改のシールドとショルダースパイクを赤く塗って取り付けただけの現地改修型である。彼はこの機体でチェンバロ作戦と星一号作戦を生き延びた。

 

 

 

【ジオン特殊作戦部隊レッドショルダー隊】

 ルウム戦役後、連邦のMS計画を察知して編成された特殊部隊の一つ。ドズル指揮下のシャアと違い、レッドショルダー隊はキシリア・ザビ配下。編成の問題でシャアの一週間遅れでサイド7に到着するが、その直後にテリーの駈るプロトタイプガンダムによって殲滅された。ムサイ級一隻とザク三機で編成されている。

 

 

 

・ジャーマン・コロッセオ

 レッドショルダー隊の隊長で身長190を超える黒い肌の巨漢。ルウム戦役を生き抜いたエースだが、テリーとの戦いで部下を守る様に前に出た際、ビームライフルでその部下と共に一撃で戦死した。階級は大尉↓中佐(二階級特進)

 

 

 

・ジョージ・マッケラン

 レッドショルダー隊のムードメーカー的存在。自慢のリーゼントが崩れるからとヘルメットを被るのを渋る傾向がある。最初にテリー機にザク・マシンガンを当てるが無傷な事に動転し、体勢を崩す。彼の失態でジャーマンは前に出る事になるが、仲良くビームライフルの光で戦死した。階級は曹長↓中尉(二階級特進)

 

 

 

・レイカ・マツオカ

 レッドショルダー隊の紅一点。寡黙という訳ではないが、喋る前に上司と一緒に撃墜された。親はアースノイドだとか。階級は伍長。

 

 

 

・ロック・マイソン

 レッドショルダー隊旗艦“ロッチナ”の艦長。艦載機であるモビルスーツを欠いた状態でフォリコーン隊と戦うが、敢え無く戦死した。階級は中佐↓少将(二階級特進)

 

 

 

【ムサイ級巡洋艦“ペールゼン”】

 レッドショルダー隊に変わりフォリコーンこと“黒木馬”の追跡調査を任された特殊部隊の旗艦。サレナ・ヴァーン少佐のイフリート・ダンの他、“バーコフ隊”という四機のザクで構成された小隊もいたが、初出撃で黒木馬の部隊によって全滅させられている。その後負傷兵を乗せたザンジバル級“ケルゲレン”をジオン本国まで護衛したが、その後の活動記録は不明。

 

 

 

・サレナ・ヴァーン

 元レッドショルダー隊のレイカ・マツオカが女を捨て、復讐の為に仮面を被った姿。キシリア・ザビの計らいで少佐に昇進した。憎しみの力でニュータイプの力が増し、初戦ではミドリをオーラだけで圧倒。更に、ジャブロー戦では(まだニュータイプとして本格的に覚醒していないとはいえ)アムロとテリー二人のガンダム相手を圧倒する鬼神っぷりを見せる。以降ソロモン戦までテリーの追っかけを続けるが、ララァと戦場で出会った際にニュータイプ同士感応しあってしまい、暴走。その場にいたアムロ、シャア、テリーが釣られてニュータイプとして覚醒し、彼らの一時共闘によって撃墜される。その後は生死不明。

 

 

 

 

【イフリート・ダン】

 レイカがキシリアの元に持ち帰ったV作戦の資料から戦闘能力を計測する目的も兼ねてフラナガン機関で改造されたイフリートの一機。イフリートの名を関してはいるが、実質中身はガンダムなので地上、宇宙問わず幅広い戦場で活動する事が可能である。また、試験中だったマグネットコーティングや、サイコミュシステム、EXAMシステムも搭載されており、U.C.0079時代のモビルスーツでは考えられない反応速度を誇る。武装はヒート剣×2、脚部三連ミサイルランチャー×2、専用マシンガン×2。もう少し開発時期が後であれば、ビット兵器の搭載予定もあったらしい。色は白一色だったが、パイロット本人たっての希望で右肩を赤くリペイントした。

 

 

 

【イフリート・ダン(ウエディング・ブースター)】

 海兵隊であるシーマ艦隊が月のフラナガン機関から持ってきた装備『ウエディング・ブースター』を装備した状態。

 直径10メートルの白い長方形の箱型バーニアを腰の前後に四つ、左右に二つずつ計十二を装着したその姿から『ウエディング・ブースター』の愛称がついた。同時に噴射する事で最高速度を上げられる他、特定のブースターだけ点火する事によって宇宙空間でより複雑な軌道を描く事が可能。

 また、ブースターの裏側にはそれぞれ一門ずつメガ粒子砲が装備されており、“スカート”を閉じた状態の集束攻撃や、横に開いた状態で拡散させて周囲を攻撃する事も可能。ジェネレーター直結なのでチャージなしで連発出来る強みがあるが、エネルギー容量の関係で連発は不可能である。

それらの制御にはサイコミュシステムとそれを扱う強靭なニュータイプ技能が必要な為に正式採用には至らなかった。

 曼陀羅ガンダムって言った奴、後で極楽往生な。

 

 

 

・グラン・ア・ロン

 フラナガン機関にてイフリート・ダンを開発した男。

 研究者としては情に溢れすぎる性格をしており、イフリート・ダンのサイコミュやEXAMは単体よりも三分の一にも満たない程の出力でしか出せない様に設計した。が、パイロットのサレナ・ヴァーンが怒りで無理矢理両方のシステムを限界まで引き出した結果想定以上の数値をはじき出した事に恐怖し、中立コロニーサイド6に寄港した際にフォリコーンに亡命する。その後、テリー・オグスター発案の装備を次々作り出す活躍を見せた。テリーと共にSFS“カミカゼ”で出撃し、コロニーレーザー破壊に赴くが、そこで死亡する。

 

 

 

【ムサイ級巡洋艦“リーマン”】

 テキサスコロニーでシャアのザンジバルと共に戦ったムサイ。“グレゴルー隊”という三機のドム小隊を積んで援護に来たが、流石に分が悪すぎて勝てなかった。

 

 

 

【小惑星ソロモン】

 

・ミーノ・ガッシー中尉

 小惑星ソロモンにおいて、主戦場裏側のゲート管理を任されていたジオンの士官。シャア・アズナブルに扮したテリー・オグスターをあっさりと通してしまった。見逃し注意。

 

 

 

<原作キャラ>

 

【ホワイトベース隊】

 

 

 

・アムロ・レイ

 ホワイトベース隊に所属するガンダムのパイロット。テリー達が宇宙でぬくぬくと試験に明け暮れていた頃、地上で宇宙世紀ハードモードを体験していた。サイド6を出る際にクリスに「アレックスを渡す」と言われたが「今交換して互いの調整するより、その機体を貴女用に調整した方が手間が省ける」と断った。

 

 

 

・ブライト・ノア

 ホワイトベースのキャプテン。フォリコーンに対して「僕たちはずっと苦労してたのに」と呟いたアムロに対して「むしろ俺達が酷使され過ぎだ」とぼやいた。マナ・レナより階級は低いが、現地叩き上げの能力で彼女は頭が上がらないとか。

 

 

 

・ミライ・ヤシマ

 ホワイトベースの操舵を担当する女性士官。ジャブローで初めてフォリコーンを見た際に「あの艦はあまり激しい戦場を通っていない」と一瞥しただけで看破した。

 

 

 

・セイラ・マス

 ホワイトベース隊のパイロット。本名はアルテイシア・ダイクンで、実はシャアの妹。テリーを見た時に兄を重ねたが、一度サイド7で本人見てるし何より、兄にしては若いなと思って「そっくりさん」認定で止まった。

 

 

 

【東南アジア戦線コジマ大隊第08MS小隊】

 

 

 

・シロー・アマダ

 サンダースの顔見知りと言う理由だけでフォリコーンからはぐれたテリー・オグスターを保護。一時的に08小隊所属とした。一撃で三体のザクを倒したテリーの腕前の他、目前の敵を見逃してやるという行為に対して好感を持ったシローはテリーとすぐに打ち解けた。

 

 

 

・テリー・サンダース・Jr.

 テリー・オグスター達がルナツーに入港した際、先行量産型ジム受け取りで初接触。テリー・オグスターに歓喜のあまり握手を求められた際、「同じファーストネームだから」と素っ頓狂な答えではぐらされた際に「変な奴だ」と評価した。その一か月後、地球に“落下”してきたテリーと再会し、一時的に08小隊で共に戦った。

 

 

 

・カレン・ジョシュア

 08小隊に所属する女兵士。テリーに「声がキシリア・ザビに似ているのでそれで敵を騙してください」と言われたのを半信半疑で実行したらコロッと騙せてしまったのを見て「あぁ、コイツはウチの隊長と同じレベルでバカなんだな」と早々に評価した。

 

 

 

・ミケル・ニノリッチ

 08小隊に所属する兵士。部隊内では最年少だったが、更に年下のテリーが一時入隊した時に「階級は下ですけど、軍歴と年齢は上なのでいつでも頼ってよ!」と先輩風を吹かせた。が、その直後にジオン鉱山基地攻略作戦が始まりテリーが早々に原隊復帰した為、結局先輩らしい所は見せてやれなかった。

 

 

 

・エレドア・マシス

 08小隊に所属する男性兵士。カレンと同じくシロー達より以前から8小隊に所属していたが怪我で後方送りになり、テリーが臨時入隊した時にほぼ同時に復帰した。出会ってすぐにテリーを弄ったためか、すぐに小隊に馴染めるきっかけを作った人物でもある。

 

 

 

・コジマ

 08小隊の所属するMS大隊のトップ。テリー・オグスターを保護したシローに、彼の08小隊入りを認めた他、テリーの上官への反逆行為ともいえる行動を「命令系統が違うからどうしようもない」と見ぬ振りをしてくれたりと、裏方面で彼らをフォローした。

 

 

 

【地球連邦軍】

 

 

 

・ワッケイン

 ルナツーの司令官。ホワイトベース同様に厚くもてなした後、「何故フォリコーンに女性が固まっているか」の説明をした後、「やはり、今の時代は寒いな」とぼやく。

 

 

 

・ヨハン・イブラヒム・レビル

 一年戦争時代の地球連邦軍内で一番権限を持っていた人。モビルスーツ開発計画である『V作戦』を立案した、ガンダムのパパの一人でもある。ホワイトベースがジオンに撃墜や鹵獲される最悪の場合を想定してペガサス級強襲揚陸艦“フォリコーン”を建造。ジオンの部隊が上手い事ホワイトベースばかり追っていたのを逆手に取り、彼女らに独自のモビルスーツ運用理論の検証実験をさせた。ジオンのデギン公王と和平交渉を進めるも、ギレン・ザビの陰謀によってコロニーレーザーでまとめて消し飛ばされた。

 

 

 

・ウッディ・マルデン

 ジャブロー基地でホワイトベースとフォリコーンの補給を指揮した連邦軍の将校。マチルダさん(故人)の恋人でもあり、アムロに「モビルスーツ一機で戦況が変るなんて思ってない」と説教した良い大人。通常兵器でシャア・アズナブルの乗るズゴッグに挑むも、あっけなく撃墜されて殉職した。

 

 

 

・イーサン・ライヤー

 東南アジア戦線を指揮する連邦軍のトップ。停戦を提案しておきながら先に攻撃してきたジオンのモビルアーマー、アプサラスⅢに対しての見せしめとしてザンジバル級を撃破しようとするが、その直前に現れたフォリコーンに“病院船の撃墜”という汚れ仕事をさせようとする。が、テリー達の妨害によって結局失敗に終わり、その直後にアプサラスⅢのメガ粒子砲を受けて旗艦のビッグ・トレーのブリッジごと消し飛んだ。

 

 

 

・クリスチーナ・マッケンジー

 通称“クリス”。連邦軍北極基地からサイド6の連邦軍秘密工場に持ち込まれた新型ガンダム“NT-1アレックス”のテストパイロットを務めた女性。その後グレイファントムと共に第13独立部隊に編入されるも、アムロとテリーがアレックス搭乗を拒否した為そのまま正式パイロットに。反応速度は速すぎる点に関してはアムロの父、テム・レイが渡してきた回路をコンピューター回線の間に噛ませる事で調整した。

 

 

 

・サウス・バニング

 チェンバロ作戦に参加したMSパイロット。所属は第二連合艦隊第四小隊。部下と共にソロモンに潜入中、別ルートから侵入していたテリー・オグスターと合流。そのまま作戦終了まで同道した。

 

 

 

・ベルナルド・モンシア

 第四小隊所属のモビルスーツパイロット。テリー・オグスターのプロトタイプガンダムを見て「俺もアレに乗りたい」とぼやいた。

 

 

 

・アルファ・A・ベイト

 第四小隊所属のモビルスーツパイロット。テリー・オグスターに対して「まだガキじゃねぇか」といったモンシアに対して「お前も大体そんなものだ」とツッコミを入れた。

 

 

 

・チャップ・アデル

 第四小隊所属のモビルスーツパイロット。ジムに乗る他の第四小隊メンバーと違い、ジム・キャノンに乗っている。

 

 

 

 

【ジオン公国軍】

 

・シャア・アズナブル

 赤い彗星の異名を持つジオンのエースパイロット。「彼の弟かも!」と勝手に推測したテリー・オグスターが何度か接触を試みるが、その度に何かしら失敗している。原作通り最後はジオングで出撃するが、ララァが死んでないので出撃前に「ちょっとアムロ君と戦場で語り合ってくるだけだから。帰ってきたら私の母になってほしい」と告白した。

 

 

 

・キシリア・ザビ

 ザビ家長女。サイド7にレッドショルダー隊を向かわせた人物で、テリー達が集めた極秘文書を乗せたランチで脱出してきたレイカを歓迎。本人の要望に応えてイフリート・ダンを与えた。

 

 

 

・ドズル・ザビ

 ザビ家の三男で小惑星ソロモンを拠点とするジオン軍要の一人。連邦艦隊によるソロモン総攻撃からの防衛戦の最中にシャア・アズナブル(偽)がもたらした「連邦にテリー・オグスターっていう超強いパイロットがいるよ」という報告を聞いた時に顔を真っ青にしながら部下に「アレは隠し子だ」と意味深な台詞を吐くが、仔細だけは誰にも告げずにモビルアーマー、ビグ・ザムに搭乗。その後ソロモンの海に散った。

 

 

 

・コンスコン

 ドズル・ザビの腹心の一人。チベに自ら乗り込み、ムサイ二隻、リック・ドム12機を連れてサイド6から出てきた第13独立部隊を襲うが、グレイファントムとアレックスも加わった戦列に「話が違うじゃないか!」とメタいツッコミを入れた。

 

 

 

・ノリス・パッカード

 ギニアス・サハリンの部隊の副官で、アイナの親代わりの様な存在。テリーのガンダムも追加された08小隊を簡単に手玉に取るが、シローの『愛の叫び』で油断し、形勢が逆転。ケルゲレン脱出の妨げになる長距離射撃兵器をその身を捨てて全て破壊しようとするが、テリーに見逃されてしまう。潔く死を選ぼうとしたノリスだったが、テリーの顔を見た瞬間「昔君にした事を返されたか」といって基地の方へと去った。

 

 

 

・ギニアス・サハリン

 ジオン鉱山基地の司令官である技術士官。アプサラス完成に全てを捧げ、その結晶たるアプサラスⅢを完成させるも、妹の裏切りや、彼女の恋人、シローによって討ち取られた。

 

 

 

・アイナ・サハリン

 ギニアスの妹で、シローの恋人。アプサラスⅢ撃破後に負傷したシローと共にガンダムのコックピットに閉じ込められるが、ノリスに救出されて無事に脱出を果たした。その後の行方は不明。

 

 

 

・バーナード・ワイズマン

 サイド6に潜入する事になったジオン特殊部隊“サイクロプス隊”の最後の生き残りである新米兵士。上官のコロニー核攻撃を阻止すべくザクⅡ改を修理しアレックスに戦いを挑むが、サイド6に住む少年アルの言葉でジオン艦隊が沈んだ事を知り、投降。その後はテリーの手引きで難民としてフォリコーンに搭乗するが、テキサスコロニーでフォリコーンが危機に陥った時に病欠だったヒータのジムを借りて出撃。それ以降はカスタムしたジム・コマンドに乗って一年戦争を生き延びた。戦後はクリスと共にサイド6に戻ったが、それ以降の記録は不明。

 

 

 

・アナベル・ガトー

 ソロモン基地で戦っていたジオンの兵士。

 援軍で来たというシャアを騙る偽リック・ドムの不意打ちで部下を失ってしまう。基地通路の壁を爆破させた爆風で逃げ場を減らした後にジャイアント・バズを撃ち込むなどの機転の利いた戦法を取るが、相手がニュータイプだった為にあっさり回避され、挙句リック・ドムの“中から”ガンダムが飛び出すというギミックに気を取られ、横一閃に一刀両断された。テリー曰く「人に殉じる覚悟があるノリスならともかく、国に殉じる覚悟があるガトーは救いようがない」とか。

 

 

 

・カリウス

 アナベル・ガトーの部下であるモビルスーツパイロット。

 偽シャアことテリー・オグスターが攻撃の姿勢に入っていた事に一番先に気が付き、上官であるガトーの盾となって戦死した。

 

 

 

 ・ケリィ・レズナー

 アナベル・ガトーの戦友であるモビルスーツパイロット。ガトー達と共に補給を受けて再出撃をしようとした矢先、赤い彗星の偽物に襲撃された。

 囮になってくれたガトーの為に「赤い彗星の謀反」を上官であるドズル・ザビに伝えようとしたが、道中でばったり会ったバニング達不死身の第四小隊によって撃破され、戦死。

 

 

 

・シーマ・ガラハウ

 ザンジバル級機動巡洋艦“リリー・マレルーン”の艦長を務めるジオン軍海兵隊所属の女性士官。テキサスコロニーで中破したイフリート・ダンのパーツをグラナダから移送する目的でシャアの部隊と接触。そのまま月への帰還を命じられていたがサレナ・ヴァーンの「国より己の自由を取る」という頑なな姿勢からジオン本国に不満を持っていたシーマは共感。彼女を独断でソロモンまで送り届けた後、「私達も国ではなく、自分たちの自由の為に生きるよ!」と言い、雲隠れをした。

 

 

 

【その他】

 

 

 

・テム・レイ

 アムロ・レイの父。サイド7で行方不明になったが色々あってサイド6に漂流。ジャンク屋を営んでいた。やってきたアムロにガンダムの性能を向上させる回路を手渡すが、彼は酸素欠乏症に掛かっており、手渡されたのは旧式のポンコツだった。本人の出番はなし。

 

 

 

・カムラン・ブルーム

 サイド6の監察官で、ミライ・ヤシマの許婚。

 本編ではコンスコン隊が包囲する中決死でホワイトベースを先導したりと男を見せるが、残念ながらカットしたのでただの情けない人になってしまった。

 

 

 

・アルフレッド・イズルハ

 バーニィがサイド6で出会った少年。相打ち覚悟でアレックスと対峙したバーニィを、偶然居合わせたクリスが複座型セイバーフィッシュに乗せて運び、彼を止めた。

 



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最終章
【終戦】


 U.C.0093

 

『状況報せ! アクシズはどうか!?』『依然地球に向けて加速中!』『ブライト大佐より入電! 指揮権を本艦に移譲との事!!』『ラー・カイラムが落ちたってのか!?』『慌てるな! ラー・チャターよりロンド・ベル全艦へ! 作戦は続行!! なんとしてもアクシズを地球に落とさせるな!!』『アクシズに取りついた機体がいる!! アムロ大尉のνガンダムだ!』『後続の連邦艦隊到着まで後四〇分!』『遅すぎる!! 連中は地球を見殺しにするつもりか!?』

『大尉! ここは僕に任せて、アムロさんの援護を!!』『死ぬなよ!』

 

 

 

 小惑星アクシズ。

 

 一年戦争から度々続いた争いの中でも重要な意味を持つ戦場の一つ。

 それが今、“本来の歴史”通りに地球へと向かっていた。

 

 小さな違いと言えば、こうしてアクシズの上から地球を眺めている俺が“シャア・アズナブルではない”という事だろうか。

 

「!」

 

 コックピットの中で感傷に浸っていると、背後から鬼気迫る勢いのプレッシャーが押し寄せてきた。あのシルエットは見間違えることはない。アムロ・レイの駈るνガンダムだ。

 

『テリー!!』

 

 乱雑な挨拶と共にビームライフルの光が飛来。それを回避しつつ急接近すると、向こうも間髪入れずにビームサーベルを抜いた。二本の閃光が交差する。

 

「連邦が腐りきっている事は知っている筈だアムロ! それを何故止めようとする!?」

 

 νガンダムをアクシズから遠ざける様に更に肉薄しながらの剣戟。考える前に感じたまま、動く。

“あの”νガンダムにはサイコフレームが搭載されていない。一対一なら勝機はある筈だ。

 

『お前の思考は直線的過ぎる!』

 

「ロンド・ベル以外に連邦の艦隊が集まっていないのが証拠だ! ここでアクシズを落とさなければ、更なる悲劇が待っているのだぞ!?」

 

『これがそうだと!』

 

「何もわかっては……なんだ!?」

 

 上からのプレッシャー。νガンダムの盾に蹴りを入れ、その反動で交代すると、一条のメガ粒子の光が降り注いだ。

 

「サザビー!? シャアか!!」

 

『ニュータイプは神などではない! その世迷い言で何億という命を見殺しには出来ないな!』

 

 νガンダムとサザビーが並び、俺の前に対峙する。

 これは正しくない歴史だ。

 

「シャア! 本来ネオ・ジオンを率いる立場にあるはずの貴様が、何故ロンド・ベルに肩入れする!?」

 

『今の私は、人の革新を信じている! こんな事をしなくても、人類全てに叡智が授けられる日が来るはずだ!』

 

 だが、それで良い。

 後の時代には、きっとこの二人は必要なのだ。

 だからこそ、俺は“シャアの代わり”を決心したのだ。

 

「アクシズを落とそうとした貴様が言うことか!?」

 

『私はそんな事はしない!』

 

「だろうさ! ララァ・スンも、カミーユ・ビダンの心を殺させず、ここまでやってきた!だが歴史はそのままだったのだ!」

 

『貴様の未来予知とやらは、単なる価値観の押し付けでしかない!』

 

『俺たちで止めるぞ、シャア! これはかつての戦友としての最後のけじめだ!』

 

「くそっ……くそっ! アムロとシャアがなんだってんだ! こっちはガンダム乗ってんだぞ!」

 

 機体に内蔵されたサイコフレームが俺の昂りに反応し、緑色のオーラを放つ。

 もう後戻りするつもりなど無かった。

 

 しかし、こうも思ってしまうのだ。

 

 

 

 

 

 どうしてこうなった、と――――。



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『白い惑星』

U.C.0103

 

 小惑星アクシズが地球に落下して、丁度10年。

 

 シャトルの窓から見える地球は“あの日”以降、晴れぬ雲に覆われた“白い惑星”と化していた。

 

 続けて視界に映ったのは、現中央政権が集まる月の首都フォン・ブラウンだった。地球が寒冷化してしまったせいで人類が住むには過酷過ぎる環境となってしまった為、現状唯一人類が踏める“大地”はここだけになる。

 

 空港に着くと、早速手荷物検査があった。シャトルに乗る前にもあったが、最近は更に警戒が強くなったような気がする。

 

「滞在目的は?」

「取材ですよ。フリージャーナリストのジョナサン・クレインです」

「ジョナサン・グレーンだって?」

「クレインですよクレイン」

「失礼、ミスター・クレイン。良い旅を」

 

 パスポートを受け取り、早速空港前に止まったタクシーに乗り込む。

 

「どちらまで?」

 

 メモを見ながら住所を答えた。半年に及ぶ取材交渉の結果、やっと掴めた情報はこのしわくちゃの紙に殴り書きされた住所のみだった。先んじて幾つか質問しようとしたが、住所を言い終わった途端、通話はバッサリ切られたのだ。

 

 空港からタクシーで移動する約二時間の間、寡黙な運転手に感謝しながらフォン・ブラウンの街を眺めていた。アクシズが落ちた日以降大きな戦争はなかったからか、道行く人の顔からはすっかり戦時中にあった“やつれ”が消えて久しい。正しく平和な日々だった。

 

『それでは、サイド共栄圏の立役者、フル・フロンタル総帥にお話を伺いましょう』

 

 車内に備え付けられたラジオから、ノイズ混じりのニュースキャスターの声が聞こえてきた。地球連邦政府事実上の崩壊に際して“行き過ぎた歓喜”が月面都市と始めとした各コロニーで暴徒と化していた無秩序な事態を治めた“赤い彗星の再来”である。

 

『只今ご紹介に預かりました、コロニー連合軍総帥フル・フロンタルです』

 

 個人的にこの男は嫌いだった。各コロニーをまとめ上げた手腕とカリスマ性は認めざるを得ないが、映像で見る男の後ろにはどうしても“底知れぬ闇”が垣間見えて仕方なかったのだ。

 

『本日はお忙しい中ありがとうございます。早速ですが、本日は地球にアクシズが落下したあの悲劇から、丁度10年になりますね』

 

『えぇ。人類史上類を見ない人災と言わざるを得えません。一年戦争から連綿と続いたアースノイドと我々スペースノイドの争いは、この“布石”によって双方の戦意が削がれた事によって決着がつきました。ようやく、戦争の悲惨さと無意味さが地球圏に住む人類全ての骨身に滲みた瞬間であったと、私は記憶しています』

 

『総帥は、アクシズ落としを是としていると?』

 

『無論、多くの尊い犠牲を出してしまったあの一件の全肯定は到底出来るものではありません。しかし、あれをあのまま放っておけば、ただのテロ行為として更なる混沌の時代が待っていた事でしょう。故に私は前向きにかの事件を“革命”と捉え、その思想が今日のサイド共栄圏発案のきっかけとなりました』

 

「すいません。ラジオ、消してもらえます?」

 

 心の中のモヤモヤが晴れず、ついに運転手にそう言ってしまった。寡黙な運転手は何も言わずにラジオのチャンネルを変えた。宇宙世紀以前のクラシック音楽が車内を包み込む。

 

「お客さん、もしかして政治は嫌いかな?」

 

 寡黙な運転手が初めて口を開いた。

 

「いえ、彗星より流星派なんですよ」

「なるほど。それは仕方ない」

 

 何故嫌っているのかを明確に言葉に出来なかった為、少し言葉を濁す事にした。嘘は言っていない。

 

「着いたよ」

「どうも」

 

 タクシーが走り去るのを何となく見送った後、メモと同じ番地に経った建造物へと足を踏み入れた。三階建てのこじんまりとしたボロアパートの最奥が、目的地だ。

 

 ドアの横のボタンを押すと、これまた古臭いベルの音が鳴り響いた。続いて奥から「開いているよ」という男の声が聞こえる。ドアを、開けた。

 

「こんにちは。フリージャーナリストの…」

「ジョナサン・クレイン君だろう? 待っていたよ」

 

 白髪交じりで老け顔の男が安楽椅子に揺られながらこちらに手招きをしていた。順当に年を重ねたというよりは、疲労で一気に老け込んだような不健康さが目立つ。

 

「不用心ですね」

「君を招いた事か?」

 

 玄関の鍵が開けっ放しな事を指摘したつもりが、思わぬ返答で顔をしかめてしまう。

 

「冗談だよ。この部屋には枯れた世捨て人が一人いるだけで、他に目ぼしいものはない」

「でしょうね」

 

 意趣返しのつもりで辛辣に答えながら、安楽椅子の向かいに置いてあった木製の椅子へと腰かける。本物の木だった。粗雑に扱われているが、仮に地球産の木材を使用しているとなれば、これは相当なヴィンテージ物に違いない。

 

「それで、えっと…」

 

 鞄からボイスレコーダーを取り出すと、男がしわくちゃな手で制した。

 

「一つ、条件がある」

「何か?」

「名は明かさない」

「わかりました。では、センセイと」

「良いだろう」

 

 男、センセイは再びゆっくりと安楽椅子へと腰を下ろした。いつの間に、体勢を変えていたのか全く分からなかった。

 

「では、あの日、アクシズが落ちた日の事について……」

「その前に君は、ネオ・ジオンのテリー・オグスターについてどれ程知っているのかね?」

「と、言うと?」

「彼は元々連邦軍の一兵士だった。それが何故、ネオ・ジオンの総帥にまで上り詰めることが出来たのか」

「センセイはご存知なのですか!?」

「それを聞きに来たのではないのかね?」

 センセイは肩をすくませながら答えた。

 

 テリー・オグスター。

 “ラプラス事件”や“コロニー落とし”を超える悲劇“アクシズ落下”を遂行した男。

 だが、それに至るまでの経緯では、彼はむしろ“善人”としてのイメージが強かった。ただ一点、あの事件を除いて。

 

 

「テリー・オグスターと言えば、一年戦争で活躍したガンダムパイロット、その一人だった」

「えぇ。黒いガンダムに乗っていたと聞きます」

「アムロ・レイの乗っていたガンダムのプロトタイプだった。彼はそれで、一年戦争中に四〇機ものジオンのモビルスーツを撃破した」

「一年戦争時代の英雄の中では控えめな数字です」

「彼が本格的に頭角を現したのはグリプス戦役以降だからな。それでも、当時の彼が弱かったという訳ではない。それは、彼の初陣で付いた渾名からも容易に想像出来る筈だ」

「……“三枚抜きのテリー”」

 センセイは頷き、窓の外……フォン・ブラウンの街に目を向けたーー。

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 



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第一章~一年戦争篇~
第01話【テリー・オグスター】


 

西暦20XX年。

 

 突然ですが、俺の人生は、終わってしまいました。

 

 なんてことない16年だった。

 

 学校に行って、なんとなく授業受けて。

 

 友達も作らず、放課後は帰宅部の活動もサボってゲーセンへと足を運んだ。

 

――テリー!

 

 学生が追い出される時間になるまでガンダムVSガンダムをひたすらプレイする日々。

 

 そんななんてことない日々に変革が訪れたのは、寒い冬の日だった。

 

 連戦連勝を重ねていた俺は、次で通算1000連勝の興奮に身を震わせながら帰宅していた。

 

 寝て起きるくらいしかしない実家。

 

――聞いているのかテリー!

 

 だが、一台のトラックが猛スピードで突撃してくる光景を最後に、俺は

 

 

「テリー・オグスター!!」

「はっはい!!」

 

 

 

U.C.0079

 

 

 

 気が付けば俺は連邦軍の兵士“テリー・オグスター”という名前でサイド7に常駐していた。

 

 より正確に言えば、この宇宙世紀に“テリー・オグスター”として生を受け16年を生きたが、アムロ・レイがガンダムを大地に立たせたのを目撃した事によって“本来の記憶”を思い出した、といった所だろうか。

 

 もう少し早ければ俺がガンダムに乗れていたかもしれないと思うと、生前(?)の自分の寝坊癖をこれ程までに恨んだ事はない。

 

「早くしろ! ジオンが来る前にコイツを運びだなきゃならん!」

「何です?」

「モビルスーツだ天然野郎!」

 直属の上司(重要な情報じゃないからか、記憶を思い出した時に名前をド忘れしてしまった)からの叱責を受けながら、格納庫の中を進む。

 

「これは……!」

 目的の格納庫の扉を開くと、そこには黒いボディーカラーのガンダムがあった。

 間違いない。これはRX‐78シリーズの一号機“プロトタイプガンダム”だ。

「ガンダム!」

「ザクに見えるか! 早くハンガーデッキに移動しろ! ゲートを開けて外に運び出す!!」

「りょ、了解!」

 

 格納庫の脇の部屋に入り、電子パネルを叩く。生前の記憶ではさっぱりな筈だが、テリー・オグスター君は勤勉で優秀だったらしい。連邦士官学校を首席で卒業し、いくつか表彰を貰った記憶もある。俺の記憶だが俺の記憶じゃないってのは、なんとも変な話だが。

 

「ハッチ開けます!」

『よし! お前はランチで……』

 

 上司の声は、そこで途切れた。

 

 大きな爆発音が遮ったのだ。

 

「なんだ!?」

 

 声では驚きながら、身体は動揺することなくパネルを素早く叩いた。

 

『何があった!?』

「ジオンのザクです! 数は三! まっすぐこちらに向かっています!!」

『クソッ! とりあえず応戦を……なんだ、ハッチが閉まらない!?』

「壁の向こうに!!」

 

 再度、爆発音があった。

 

「うわっ!!」

 

 トラックにはねられた“あの瞬間”を彷彿とさせるような衝撃が俺を襲った。

 そのまま後ろの壁へと激突。ノーマルスーツを着用していたのと、普段からテリー君がしっかり体を鍛えてくれていたおかげで目立った外傷はない。

 

「……!」

 

 部屋から這い出ると、プロトタイプガンダムがうつ伏せに倒れていた。

 後方では爆発で無理矢理こじ開けられた壁の向こうから、ザクが顔を出していた。

 

 

 アニメやゲームではやられ役の様な立ち位置の雑魚モビルスーツ。

しかし、今俺の目の前にいる巨人は、それと同一の存在とは到底思えなかった。一歩歩く事に地面を揺らす一つ目の怪物は、正しく脅威だった。

 

 

「そうだ! 先輩!!」

 

 考える前に身体が動いた。

コックピットの方へと移動すると、巨大な赤い花が一輪、裂いていた。

「……!」

 

 

 

 心が、痛む。

 

 

 

 涙が、頬を伝った。

 

 

 

 だが、俺の知り合いではない。

 

 

「夢に出てきそうだなぁ」

 

 良く出来たスプラッター映画だとこれよりもっと悲惨な物を見せてくる。この程度で狼狽えるとは、さてはテリー・オグスター君はグロいのが苦手と見える。

 

「さて」

 

 コックピットに座り、先人の失敗に習ってしっかりとシートベルトを閉める。

 

 眼前には様々なボタンやレバーが並んでいた。何が何だかさっぱりだが、テリー・オグスターの記憶の頼りにボタンを幾つか押し、目の前のグリップをしっかりと握った。

 

「起きろ!」

 

 ゆっくりと上体を起こすガンダム。よし、良いぞ。次は反転だ。レバーを操作。

 

「……嘘だろ!?」

 

 思わず声を挙げてしまった。

 

 

 

 眼前には、なんと三機のザク。

 

 

 

 

 ……自分でそう数えた気がするが、そこは重要じゃない。

 

 

 

 

 問題は、ザクの“肩”だった。

 

 

 

 

 右肩が、赤い。

 

 

 

 

 それが、三機。

 

 

 

 

「クソッ! どうみてもエースパイロットじゃねぇか!?」

 

 このガンダムが“史実通り”の性能なら、ザクに負ける理由がないのだ。

 

 ……ハッチ開閉部分が故障している、という一点を除けば。

 

「何が何でも1000勝させないつもりか! 神様のクソッタレー!!」

 

 叫びながら、俺はガンダムのブースターを点火させた。

 



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第02話【レッドショルダー】

「連邦軍の新型モビルスーツ、でありますか?」

 

『そうだ。一週間前、ドズル中将配下の部隊が発見、交戦した』

 

「なんと」

 

 

 ムサイ級特務艦“ロッチナ”のブリッジで艦長のロック・マイソンは驚愕していた。モニターの向こうの女性、キシリア・ザビは彼を気にすることなく続ける。

 

 

『初戦闘でザクを二機撃墜。その後“赤い彗星”を退けたという。正しく“化け物”だな』

 

「…本艦に、それを叩けと?」

 

『件のモビルスーツは連邦の“木馬”と共に既に地球に降下した。そちらはシャアに任せればいい。貴官らはサイド7で、残った連邦の資料の捜索をお願いしたい』

 

「一週間ですよ? 流石の連邦も重い腰を上げて掃除し終えてると思いますが」

 

『それについては、我らのミスで編制が遅れたことが原因だ。予算捻出の為にギレン総統閣下と相当揉めてしまったよ』

 

「……」

 

 

 恐らく軽いジョークのつもりだろうが、ロックの頬は緩まなかった。軍の実質的トップであるザビ家の兄弟喧嘩など、見たいととも聞きたいとも思わなかったからだ。

 

 

 あるいは、本心で言い争ったか。

 

 

 そんな事は思っても絶対に口に出せない事だ。

 

 

『とまれ、連邦は我々が木馬ばかり追っていると思っている今が好機だろう。他の計画を仄めかす様な不確かなものでも良い。コロニーをひっくり返してでも成果を挙げてほしい』

 

「了解です」

 

『期待しているぞ』

 

「……通信、終了しました」

 

「ふぅ……」

 

 

 軍帽を目深に被り、ロックは大きなため息を一つついた。間髪入れず、横で沈黙を守っていた黒い肌の大男の方へと目を向ける。

 

 

「聞いたな? ジャーマン・コロッセオ大尉」

 

「はっ。宝探しの件、承りました」

 

「ルウム戦役の英雄を保護者代わりにピクニックとは、なんとも贅沢な話だ」

 

「未来の英雄を支えるのも、上官の任務と心得ます」

 

「彼らが一人前になる前に戦争が終わって欲しいものだが」

 

「地球に降りた戦友たちを信じるしかありません。それでは」

 

 

 軽く敬礼をしたジャーマン大尉はブリッジを後にした。黒肌の巨漢が消えた事で、ブリッジの緊張がもう一段階緩くなった様にも思える。

 

 

 眼前には、既にサイド7のコロニー群の姿があった。

 

 

 

『レイカ! ジョージ! 出撃だ!』

 

『了解』

 

『はいよ! ……なぁ隊長。ヘルメット被ると自慢のリーゼントが崩れるんだけど。なしじゃダメか?』

 

『見てくれは戦争では役に立たないぞジョージ!』

 

『ジョージはおっちょこちょいだから、メットなしだと着地の衝撃で頭打って死にそう』

 

『じょ、冗談だって! 全く、隊長もレイカちゃんも固いんだからなぁ』

 

『言ってろ。レッドショルダー隊、出撃!』

 

 

 右肩を赤く塗った三機のザクがロッチナから発艦し、サイド7のコロニーに向かっていく。

 

 

「コロニー側の反応はどうか」

 

「起動兵器らしい反応なし。対空兵器も作動していないようです」

 

「その点は、赤い彗星に感謝しないとな。…本艦はこの場で待機! モビルスーツ隊が仕事している間は警戒を解くなよ!」

 

 

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 

「ダメだ隊長、コロニーの内側の工場はほとんどお釈迦様になってるぜ」

 

『オシャカサマ?』

 

「使い物にならないっていう古い言葉さ」

 

『ちょっと違うけど』

 

 

 コロニー内部は凄然たる風景だった。士官学校上がりの新米兵士、ジョージ・マッケラン伍長は軽口と叩きつつも、ザクのコックピット内で思わず固唾を飲んでいた。

 

 

 これが、戦場か。

 

 

 スペースノイドにとっては母なる大地であるコロニーの中に、生々しくも残る“戦いの残滓”

 

 

『隊長。こちらにモビルスーツの武器らしきものが』

 

『これはもしや、モビルスーツが携帯出来るビーム兵器だとでもいうのか!? ……破損はしているようだが、とりあえず、回収しておいてくれ』

 

『了解』

 

 

 特に、胴体にぽっかりと穴が開いて倒れているザクが、彼の心を揺さぶる。撃破されたのは一週間前だと聞くが、それはまるで何世紀も前からそこに横たわっている様な、まるでつい最近まで稼働していた“生気”の様な物をまるで感じられなかったのか。

 

 

 死んだら、こうなるのか。

 

 

『ジョージ! ここは他に役に立ちそうな物はない! コロニーの反対側を調べるぞ!』

 

「りょ、了解ッス!」

 

 

 コロッセオの言葉で我を取り戻したジョージは、無言で隊長機に付いて行くレイカ・マツオカのザクの更に後ろに着いた。

 

 

「……!」

 

 

 ふと、ジョージはコックピットの計器に挟んだ一枚の写真と目が合った。

 

 

 

 ルウム戦役で亡くなった、彼と、彼の兄とのツーショット写真だった。

 

 

「兄貴……」

 

 

 連邦政府からの独立というスペースノイドの悲願の為に戦い散った兄の無念を晴らす為にも、大破した友軍のモビルスーツ一機程度で臆してはいられないのだ。

 

 

『隊長。このシャッターはロックされていて開けられません』

 

『ではこじ開けよう。ジョージ、頼めるか?』

 

「…あいよっ!」

 

 

 爆破工作は兄仕込みの得意分野だったジョージは、ザクから降りて、素早く爆弾をセットした。士官学校に入る前までは彼は地元で有名な“爆弾少年”だった。

 

 

「爆弾ちゃんセット完了!」

 

『爆破のタイミングも任せる!』

 

「了解!!」

 

 

 物陰に隠れ、点火。

 

 

 轟!! と景気の良い音がコロニーに響き、隔壁が見事にブチ抜かれた。

 

 

『あったぞ! 連邦のモビルスーツだ!』

 

「レイカちゃん! 俺が隊長のケツに着くから置いてかないでちょーだいよ!」

 

『下品なこと言ってないで、早くコックピットに戻って』

 

 

 慣れ親しんだ爆音で完全に調子を取り戻したジョージは軽口を叩きながらザクのコックピットへと戻っていく。

 

 

「レイカちゃんはいつもクールだな。これが“ヤマトナデシ”ってヤツか?」

 

『“ヤマトナデシコ”』

 

「はいはい」

 

 

 コックピットに戻り、ザクをコロッセオ機とレイカ機の間に機体を滑り込ませる。

 

 

 と、隔壁の向こうの連邦のモビルスーツが動いたのは、ほぼ同時だった。

 

 

「黒いモビルスーツ!?」

 

 

 瞬間、倒れていた連邦の黒いモビルスーツが起き上がり、ジョージ達と向かい合う格好となった。

 

 

『早い!?』

 

 

 レイカの驚愕する声が聞こえた。確かに、あんな滑らかな動きはザクでは到底出来ない。

 

 

 黒いモビルスーツには目が二つあり、額にはV字のアンテナ。その姿は、ザクよりも人間に近いイメージを彷彿とさせる。

 

 

 しかしパイロットは間抜けなのか、コックピットハッチを開けたままだった。

 

 

「隊長! 今ならコックピットを撃ち抜けます!」

 

『生身の人間を撃てるか新米! こういうのは任せろ!!』

 

「連邦に与する人間なんてなぁーっ!!」

 

 

 二機のザクが持つザク・マシンガンから、ほぼ同時に銃弾が放たれた。

 

 コロニーの真ん中で穴が開いていたザクの姿が一瞬、ジョージの脳裏によぎる。

 

 

 しかし。

 

 

『弾いただと!?』

 

『ガンダリウム合金は、こんなものでぇー!!』

 

 

 聞いた事のない声だった。恐らく、あの黒いモビルスーツに乗る、連邦のパイロット。若い、少年の声だった。

 

 

 

 ともすれば自分より幼いであろう少年は、黒いモビルスーツの左腕でコックピットを守りながら、真っ直ぐにこちらへと突撃してきたのだ!

 

 

『連邦は既に、これ程の性能のモビルスーツと、それを扱えるほどに成熟したパイロットを育成していたとでも言うのかーっ!?』

 

 

 心に思った事をそのまま声に出しているのだろう、コロッセオ隊長が自分たちの盾になるように機体を前に半歩移動させた。

 

 

 激しくぶつかる音が、響く。

 

 

「隊長!」

 

『なんという馬力ィーーっ!?』

 

 

 コロッセオの心の叫びの通り、凄まじい力で押し出されるツノ付きのザク。すぐ後ろの自分の機体どころか、後方で控えていた筈のレイカのザクまでもが巻き込まれてコロニー内部へと押し戻されてしまう。

 

 

『しまった! 武器が!』

 

『武器か!』

 

 

 少年の反応は早かった。

 

 

 否。“異常”とも言えた。

 

 

 こちらが体勢を崩しながら地面へと落下するまでの間に、あの黒いモビルスーツはレイカのザクが落とした連邦の兵器を手にし、更に既にその銃口をこちらに向けていた!

 

 

『ゲームオーバーだド外道ーーっ!!』

 

「ド外道はどっちだーーっ!!」

 

 

 直後、コロッセオの乗るザクの背中から、光が見えた。

 

 

 そして、ジョージ・マッケラン伍長は死んだ。



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第03話【黒いホワイトベース】

「やった……のか?」

 

 

 ついうっかりコロニーの中でビームライフルを使ってしまったが、それに気が付いた時には目の前には腹部にぽっかり穴の開いたザクが三機、仲良く並んで倒れていた。

 視界を外すと、ビームの熱で溶かされたライフルの銃口が見えた。

 

 一週間前、ガンダムがホワイトベースと出航する直前に爆発し損ねた試作品の一つだったのだろう。

 ともすれば、接射じゃなければ出力が足らずにザクの装甲にも弾かれていたのかもしれないな。

 

 

『聞こえ……こちらペガ……ザッ……です。繰り返し……』

「ん?」

 

 

 どこからかノイズ混じりの通信が聞こえたのはその時だった。

 

 

「これがミノフスキー粒子による通信障害か……どれどれ」

 ガンダムの操縦では使用しなかった側面のボタンやつまみを慣れた手つきで(他人事というのは未だに慣れないが、そういう感覚でしか表現出来そうにないのだ)操作する。

 

 

『サイド7の連邦軍! 聞こえますか! こちら、ペガサス級強襲揚陸艦“フォリコーン”です! コロニー外部にジオンの戦艦を確認! モビルスーツが侵入したかも知れません! 応答を! 応答をお願いします!!』

 

 

 どうやら、コロニーの外側に連邦軍の増援が来ているらしい。通信担当と思われる舌足らずな女性の声が響く。新兵だろうか?

 

 しかし、ペガサス級のフォリコーン? それは全然全く聞いた覚えのない名前だ。

 

 

『誰もいないんですか!?』

「聞こえてるよ!」

『出たっ! 艦長!』

『まずは所属の確認! 敵だったらどうするんですか!?』

『あっそうだった……こちらフォリコーンです。貴官は?』

「連邦軍の兵士、テリー・オグスターだ! コロニー内部でザクを確認。残ってたガンダムで何とか黙らせたが、他にも敵はいるのか!?」

『ガンダム…?』

『RX‐78の名称です! それを知ってるって事は少なくともジオンではないでしょう。四番ゲートの方から合流するように伝えてください!』

 

 

 どうでも良いが、艦長さんの声も全部聞こえている。

 

 

『はい! 聞こえますかテリー・オグスター! 本艦は四番ゲート前で待機中! 至急合流されたし!』

「了解だ!」

『テリー・オグスター!? もしかして、テリーくん……?』

 

 何やら意味深な言葉と共に、通信は切れてしまった。

 

「あの艦長さんは、俺の事を知っているってのか……?」

 記憶を探る。

 学校で提出された宿題の……違う、こっちの記憶じゃない。

テリー・オグスター君の方の記憶だ。

 

 

……、

 

 

………………。

 

 

…………………………?

 

 

「……ダメだ。思い出せない」

 

 テリー君は相当女に縁がなかったのか、その辺りの記憶がさっぱりと存在しなかった。きっとガリ勉タイプだったのだろう。

無理もない。相当な美少女でもない限り、目の前にロボットのあるロマンに勝てるとは到底思えないからな。

 

 そんな事を頭の片隅で思いつつ、しかし丸腰ではマズいだろうとザクからマシンガンを拝借した俺は、四番ゲートの方へとガンダムを移動させ始めるのだった。

 

 

 

 件の四番ゲートは元々自分たちが乗っていたランチが止めてある場所だ。迷いはしなかった。

 

 

「さて」

 

 

 “記憶”が戻ってから、初めての宇宙。

 

 本物の、宇宙だ。

 

 

「おお……!」

 

 

 思わず感嘆の声を挙げてしまったのが分かった。

 

 真っ黒な宙にひしめく、煌びやかな星達。

 

 青く美しい、我らが水の星。

 

 そしてその周りに点在する、筒状の人工物。

 

 

「ここは本当に……宇宙世紀の時代……!」

『テリーくん! テリー・オグスターなのですよね!?』

 

 

 先程よりもはっきりと通信が繋がっていた。

「その声……艦長さんか?」

 

 

『私です! マナ・レナ! 士官学校の同期の!』

 

 

 誰????

 

 俺が本気で頭を抱えていると、スクリーンに一人の美少女が映った。

 

 そう、美少女だ。

 

 長い金色の髪に、ブルーの瞳。

 

 まさにアニメって感じの女の子が、連邦軍の制服を着て、連邦の艦のキャプテンシートに腰を下ろしていたのだ。

 

 

「マナ・レナ……?」

『その声……!本当にテリーくんなんだね!』

 

 

 どうやら知り合いらしい。

 

 ごめん、覚えていない。

 

 

「それよりも、ジオンだ! ザクがいたという事は、近くに敵の戦艦が潜んでいるかもしれない!」

『……流石テリーくんだね。コロニーの反対側にムサイを一隻確認しています。機体の損傷の方は?』

「問題ない。無傷で運び出せた!」

『では、今すぐフォリコーンに着艦して下さい! 収容後、敵に気が付かれる前に強襲を掛けます!』

「待ってくれ! こっちからそっちの艦が見えない!」

『目の前ですよ! ちゃんと見て!』

「目の前……!?」

 

 

 保護色になって気が付かなかったが、よく見ると確かに、人工物がゆっくりこちらに近付くのが分かった。

 

ホワイトベースと同じペガサス級強襲揚陸艦。

 

だが、その色は白ではなく、黒だった。

 

 

「黒いホワイトベース……ブラックベースとでも言うのか!?」

『フォリコーンですってば!』

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「アイツが……アイツがモビルスーツに乗ってここに来るだって!?」

 

 

 黄色いパイロットスーツに身を包んだ赤髪の少女が、興奮の色を隠せないままにフォリコーンの格納庫へと急いでいた。

 

 

「ヒータさん! ヒータ・フォン・ジョエルン! 待ってください!!」

 

 彼女の後ろから声がする。

 

ヒータが顔の横から視線を向けると、黄緑色の髪の少女が必死に追いすがっているのが見えた。

 

 

「だってよミドリ・ウィンダム! あのテリーがオレの前にまたやってきたんだぜ!?」

「いつからアナタになったのかしら!? 恥ずかしがって卒業まで手の一つ握れなかった人が!」

「そんな昔の事忘れた!!」

 

 

 瞼を閉じると思い出す、甘酸っぱい青春の日々。

 

 模擬戦で最初に負けた時から、彼の事が気になっていた。

 

休日ショッピングに誘おうとした。

 

ランチをご一緒しようとした。

 

手を繋ごうとした。

 

“好きだ”と言おうとした。

 

だが、それは叶わなかった。

 

いつも隣にマナ・レナがいたからだ。

 

瞳と髪の色が似ているからと言う理由だけでいつも二人で行動なんかしてくれちゃったものだから“美男美女兄妹”なんて言われて、何となく声を掛けづらくなってしまって。

 

模擬戦くらいでしか彼と関われなかったからいつも本気で戦った。

 

結局一度も勝てなかった。

 

 想いが届かない様で、悔しかった。

 

 何とかあと一歩、踏み出そうとした。

 

 でも気が付けば、卒業して離れ離れになってしまった。

 

 後悔しか残らなかった。

 

 

「でも、また会えた……!」

 

 

 この間僅か0.1秒。

 

 

 

「はい?」

 

 

 素っ頓狂な声を挙げるミドリの言葉を無視しながら、二人は格納庫へと繋がる最後のドアをくぐった。

 

 彼女らが格納庫に着いたのと、フォリコーンの左舷デッキが開いたのはほぼ同時だった。

 

 

「モビルスーツが入ってくるよ! 着艦準備急いで!!」

「セイバーフィッシュとは訳が違うからね!」

 

 

 整備班の同僚たちは、初めてのモビルスーツ着艦という緊張で皆がピリピリしていた。

 

 

「……くる」

 

 

 ぼそり、とミドリがそう呟いたと同時、一体の巨人が現れ、デッキの床に膝をついた。

 この艦と同じ、真っ黒なボディーカラーのモビルスーツ。

 

 

「あれが、ガンダムか……!」

「ザクと比べて、優しい顔をしてるのね」

 

 

 ミドリは士官学校からずっと腐れ縁の関係のヒータだが、時折彼女にも理解できない飛躍した思考で喋ることがままあった。

 

 だが、今はそんな事はどうだっていい。重要じゃない。

 

 愛しの王子様との再会の瞬間だった。

 コックピットハッチが、開く。

 白いパイロットスーツに身を包んだ少年が現れ、ヘルメットを脱ぐ。

 

 

「ふぅ…」

 

 

 金色の髪に、ブルーの瞳。

 間違いない。

見間違えよう訳がない。

 

 

テリー・オグスター!

 

 

 だが、“また”声を掛ける事は叶わなかった。

 

『艦長のマナです! コロニーの向こう側にジオンの巡洋艦を確認! 総員第一種戦闘配備! グレン小隊とリーフ小隊は直ちに出撃してください!!』

「クソッ! またマナ・レナに邪魔された!」

「今のはジオンでしょう!?」

 

 

 的外れな八つ当たりをするヒータと、それに呆れるミドリはしかし、慣れた動きで愛機の待つ格納庫へと急いだ。

 ヒータが向かった先にあったのは、赤字で“01”とペイントされた連邦軍の主力戦闘機、セイバーフィッシュだった。

 

 

「グレン小隊、ヒータ出るぞ! 早くその邪魔な黒いの片付けろ!!」

『邪魔って失礼だな! ここまで持ってくるの大変だったんだぞ!?』

 

 

 モニターの向こうで、テリーが怒鳴っているのが見えた。

 

 嗚呼、またやってしまった。

 

 また彼に嫌われる様な行動をとってしまった。

 

 

「……また、こうやってやり取りができるだけ、幸せ、かな?」

 

 

 関係の改善は、いつでも出来る。

 

 また、会えたのだから……!

 

 

「グレン01、ヒータ・フォン・ジョエルン! セイバーフィッシュ出るぞ!!」

 



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第04話【少女達との処女飛行】

『リーフ01、ミドリ・ウィンダム! セイバーフィッシュ発進します!!』

 目の前で四機目のセイバーフィッシュが飛び出し、コロニーの向こうへと消えていく。

どうやらこの黒いホワイトベース……フォリコーンには六機のセイバーフィッシュが格納されていて、それを全機発艦させるつもりらしい。

 

 一方の俺と言えば。

 

「……暇だ」

 ガンダムのコックピットに押し戻され、格納庫の隅で機体と仲良く体育座りである。

 ひどい。

 あまりにも扱いがひどすぎる。

 いや、今頃もう一人のガンダムパイロットであるアムロ・レイは地上で酷使されている事を思えば、これはまだマシな扱いだと言えなくもないが。

「俺の敵らしく、程よく抵抗して死んでくれるようなヌルい奴は出てきてくれないものだろうか。お前もそう思わないか? ん?」

 あまりにも暇なので、両手で側面パネルを撫でながらガンダムに語り掛ける。

プロトタイプガンダムと言えば確か、完成はしたものの日の目を浴びる前にジオンの特務隊に撃破されたモビルスーツだ。

あのむせそうなカラーリングのザクが件の特務隊だったかは知る由もないが、とりあえずは“コイツ”の悲劇は回避できたことになる。

「……悲劇、か……」

 

 機動戦士ガンダム。特に富野由悠季が携わった所謂“正史”は悲劇の連続だった。

 

 ブリディッシュ作戦こと、最初のコロニー落とし。

 

 ルウム戦役。

 

 ミハルさんの話も悲しいし、“ここ”がアニメ版基準の世界なら、マチルダさんも救ってあげたい。

 

 “無印”の前半だけで、これだ。

 08小隊やポケ戦みたいなOVAシリーズにガンダム戦記なんかのゲーム媒体まで加えたら、それこそ膨大な数だろう。

「こんな所で燻ってる暇、あるのか……?」

 否。

ない。

 断じて、ないはずだ。

『こちらグレン01! 敵のムサイ級を発見!!』

『リーフ01からも確認! 艦載機の出撃も見受けられます!』

『フォリコーンの主砲射程圏内入るまで迂闊に前に出ないように伝えて!』

『はい! こちらフォリコーンよりグレン、リーフ各機へ! 本艦到着までけん制に徹されたし!』

 また二回聞こえてるし。

『了解です!』

『ムサイにザクは残ってないんだ! オレが仕留める!』

『ちょっとヒータ!?』

『グレン01突出しています!?』

『艦長命令聞けないの!? ちょっと!!』

「ん? なんだ?」

 何やらひと悶着あったご様子。

 これを暇つぶしの好機と見た俺は、早速ブリッジへと通信を繋げた。

「ブリッジ。何があった?」

『えっと、ヒータ伍長が艦長の命令を無視して突撃してしまって……』

「さっき俺を怒鳴った女が勝手してるのか! 敵の数は?」

『報告ではムサイ級一隻にゴブルに酷似した戦闘機が四機です!』

 ゴブルに酷似した機体……というのは、おそらくガトルの事だろう。

 ザクは畏怖の念も込めて名が広まったのだろうが、戦闘機の正式名称まで連邦が把握できているとは到底思えない。

 だが、セイバーフィッシュはモビルスーツに対して単機で挑むのは無謀にしても、それを除けばかなりの高性能機だったと筈だ。

「調子にでも乗らなければ、負ける事はまずないと思うが……」

『か、艦長! リーフ02より入電! モビルスーツです! ザクが一機、コロニーから出てきたと! グレン01、孤立!!』

『何ですって!?』

「コロニーからザク!? 仕留め損ねたのがいたのか!?」

 コロニーで見たザクは三機。

 三機とも仲良くビームライフルで貫いたはずだが……。

「……いや、最後の一体! アレは確か前の奴の下敷きになっていて、ちゃんと撃破できたか確認出来ていなかった!」

 なんたる不覚。

 なんたる不用心。

 どうせ宇宙世紀世界に飛ばすなら、その辺もっと都合よくいくようにしてくれば良い様なものを!

「艦長! モビルスーツが相手ならモビルスーツだ!! 俺はガンダムで行く!!」

『テリーくん!? でも武器もなしで!』

『ザクから拝借したマシンガンが一丁ある! 大丈夫だ! ばら撒いて囮にでもなれば、その突出したバカを救う時間稼ぎにはなる!!』

『でも……』

『こちらリーフ01! あのザクが異様な執念を見せています! …五機で挑んで全く退かないなんてどうかしてるわ!』

「部下を犬死させる事もないだろう!」

『……分かりました。ガンダムの発艦を許可します!』

 その台詞を待っていた!

 俺はガンダムを立ち上がらせて、カタパルトへと向かわせた。

 整備班が慌ただしく移動しながら準備するのを眺めていると、ハッチがゆっくりとひらいた。

 ……つーか、この艦の整備班、やけに女性が多い様な気がするのは気のせいか? さっきから男の声を全く聞かないのだが……。

『テリー・オグスター! 発進準備、整いました!』

『ガンダム! 行きまぁす!!』

 ガンダムと言えば、やっぱりこれを言わないとな!

 宇宙世紀世界であればこそ! ガノタの立つ瀬があると言うもの!!

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 一方その頃。

「クソッ!」

 ヒータ・フォン・ジョエルン伍長が乗るセイバーフィッシュは、誰に聞かせるでもなく悪態を付いていた。

 士官学校時代、卒業間際の模擬戦で準優勝を果たした彼女の腕前は戦場でも健在で、既に敵を二機撃墜ないし行動不能に追い込んでいた。

 だが、そこで後方からのザクのアンブッシュ。

 向こうの射撃は外れたものの、そこで彼女の勢いは削がれ、今は情けなく逃げ回るので精いっぱいだったのだ。態勢を立て直そうにも、ムサイからの対空射撃がそれを許してくれそうにもない。

 火の如く果敢に攻める様は、その髪と瞳の色も相まって“烈火のヒータ”と将来を期待された彼女だが、今や風前の灯火と言っても過言ではなかった。

 

 嗚呼、思えば昔も『お前は調子に乗るとすぐ前に出過ぎる』とミドリやテリーに散々撃墜されたっけか。卒業試験でなんとかテリーには勝ち越せたが、だからと言って自分の突撃癖が治った訳ではないじゃないか。

 

 後方から飛んできたミサイルを避ける。

 まだ、生きている。

 だが、一人で逆転する手立てはなかった。

 

「テリー……! テリー・オグスター……!」

 つい愛しの男の名を口に出した、その時だ。

『あ!? 何か言ったか!?』

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 セイバーフィッシュから何か聞こえたが、今はそれどころじゃなかった。

 まだ移動するのが精一杯の無重力空間での初戦闘だ。

「当たれ! 当たれぃ!!」

 とりあえず無様に背中を見せていたザクにツノ付きから拝借したマシンガンの弾をお返ししてやる。

 だが、集弾率が低いのか、中々当たらない。

「クソッ! ロックオンくらいしろよ!」

 それをできない様にしたのがミノフスキー粒子なのだが、戦場にいるこっちとしてはたまったものではない。

 なんとかインチキ出来んのか!

 結局、マガジンが空になるまで撃ってもザクは動きを止めなかった。

 相当に運の良い奴らしい。

「このっ……窓枠がぁぁぁぁっ!!」

 ザクの攻撃をガンダリウム合金で弾きながら突撃。

 グリップから銃身の方へと持ち替え、それでザクの頭部へとスイングする。

 頭が吹き飛んだ。

ザク・マシンガンも見事にL字にひしゃげる。

 そこでやっと、動きを止めてくれた。

 だが、安心している暇はない。

「戦闘機の方は!?」

 急いでモニターを確認。セイバーフィッシュは未だ健在。ガトルと楽しく鬼ごっこを続けている最中だった。

「なんだ、結構余裕ありそうだな」

『こちらリーフ01! ミドリ・ウィンダムです! テリーさん! 後は私達に任せて、撤退を「よし、彼女は任せた! ムサイ叩きは任せろ!!」

『ちょっと!?』

 後方からやっとお出ましになられた五機のセイバーフィッシュとフォリコーンを尻目に、俺はムサイへと突撃した。

 戦艦というだけあって、流石に弾幕が激しい。

 特にメガ粒子砲に当たれば、いかにガンダムと言えど無事では済まないだろう。

 だが、所詮モビルスーツとの連携前提の戦艦だ。

 下部分であれば主砲は当たらない。そこから一気に前へ。

「ぶっつけ本番だ。やれるか!?」

 ムサイを通り過ぎる直前に、宙返りの要領で急旋回。

 バックパックからビームサーベルを引き抜く。

 今度はザクの時の様なヘマはしない。

「一撃でしっかりと仕留めればぁ!!」

 閃光。

 爆発音。

 

 俺がムサイのブリッジを脳天からブッ刺して沈黙させる事に成功したと言うのは、セイバーフィッシュ隊が掃討戦を行い、フォリコーンへ帰還した後に聞かされて初めて認識したのだった。

 



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第05話【マナ・レナの不安】

「ヒータ伍長!!」

 ペガサス級強襲揚陸艦フォリコーンの格納庫の一角で、乾いた音が一つ響く。

「ッ…!」

「命令違反した上に皆を困らせて、全くアナタは士官学校時代から何も変わっていない!!」

「でも敵を三機は撃墜した!」

「テリーくんや他の飛行隊に迷惑を掛けてね!!」

「ま、まぁまぁ艦長。そんなに怒らなくても…」

「テリーくんは黙ってて!!」

「はい」

 オドオドしながらも仲裁しようとする昔馴染みを一喝する。

 こういう変に優しい所が昔から変わっていないのは良い事ではあろうが、それとこれとは話が別と言うものである。

「アナタのスタンドプレーでもし誰かが死んでいたらどうするの!?」

「オレはいつでも死ぬ覚悟があった!」

「そういう所が!!」

 また一つ、乾いた響き。

「……」

「……」

「それはよくない」

 静まり返った格納庫に、テリーの間抜けな声だけが響いた。

『艦長。コロニーへの入港準備整いました』

「…作業班各員はコロニー内へ。ホワイトベースが破壊し損ねた部品や、V作戦関係資料の紙片一つに至るまで回収してください。パイロットは艦内で待機。ヒータ伍長はルナツー帰還まで自室での謹慎を命じます」

「……了解ッ」

「早く動く! 見世物じゃないのよ!?」

 マナの怒号が響き、傍観者に徹していたクルーが慌ただしく動き出す。

「はぁ……」

 汗ばんで張り付いた髪を掻きむしりながら悪態を付くマナ。その目の前では。この艦の所属でない為に彼女に直接指揮権のない男が一人、間抜け面して立っていた。

「……テリー・オグスターくん」

「はいっ! 何でございますでしょうか艦長様!?」

 急に名前を呼んでしまったからか、古い機械の様にぎこちない動きで敬礼をするテリー。

 無理もない。

彼と一緒にいた士官学校時代ではこんなに無理して怒る様な所は見せた事がなかったのだから。

「20分後に私の部屋まで着て頂けますか?」

「りょ、了解であります!!」

 その後マナがどうやって自室まで戻ったのかは、自分でもよく覚えてなかった。

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。

 絶対、ヤバい。

 ロッカールームにパイロットスーツを押し込み、新品の制服を拝借した俺は悶々とした気持ちを抑える事も出来ずに艦長の部屋へと向かっていた。

 

 初出撃で調子に乗っちゃった。

 

 いくらガンダムが超強くてムサイとザクを一人で撃破出来たとしても「囮だけですからね」と言って突っ込んで暴れてしまっては、それはつまり命令違反である。

 先に命令違反をしたヒータなる少女はどうなったか。

 二度もぶたれておりました。

 親父にもぶたれた事があるかどうかはさておき、俺は自室に呼び出されてしまった。

 これはもう、馬乗りでボコボココースである。

 絶対そうに違いない。

 いやしかし、艦長のマナ・レナちゃんって実際に会うと思ったより背が低いし、その癖おっぱい大きいし、そんな金髪美女ちゃんに馬乗りでボコボコにされるのは実質ご褒美では?

 いやでも、俺別にMじゃないしなぁ……。

 

 そんな現実逃避も空しく空回り。気が付けば俺は、艦長室の目の前まで来てしまっていた。

 

「……」

 

 時計では、丁度20分経過した頃。

 

あぁくそ! こうなりゃヤケだ!

 女の子にぶたれるのが怖くてガンダムに乗れるか!

 勇気を出せ!

 今がその時だ!

 

「……失礼します。テリー・オグスター。ただいま……ッ!?」

 

 部屋に入った俺は、言葉を失ってしまった。

 

「ぐすっ……ひぐっ……!」

 

 そこに居たのは小さい身体からは想像もつかない威厳に満ち溢れた美少女艦長ではなく、抑えきれない衝動に身を震わせ、嗚咽を洩らす一人の女の子だった。

 

「ど、どうしたの……?」

「うっ……テリーくん……テリーくぅぅぅぅん……」

 

 心配で声を掛けるや否と、マナ・レナは涙目で顔をしかめながら俺の懐へと飛び込んできた。

 

 むにゅっ。

 

「おふっ」

 丁度お腹辺りでとても柔らかい感触を味わってしまい、思わずテリー君のオーラマシンがハイパー化しかけた。

 いかんいかん、危ない危ない…。

 己を律するのだ。

今は泣いている彼女を介抱してあげるのがきっと最善かつ最良の答えな筈だ。

「あの、艦長……?」

「……ごめんなさい。テリーくん。……ぐすん。……私、やっぱり威厳ないのかなって……思って……」

「……威厳?」

 頷くと、マナ・レナはちょっとずつ話をしてくれた。

 

 

 曰く、新任で新造戦艦を任された重圧と、部下……特にヒータ・ナントカカントカが言う事を聞かないのは、偏に自分の能力不足から来るのではないか、と言うものであった。

 

 

「うーん……俺は艦長さん、頑張ってると思うけどなぁ」

「ありがとう…………ねぇ、テリーくん? いつまで“艦長さん”って呼ぶの? 士官学校時代の時みたいに名前を呼び捨てで良いんだよ?」

 ごめん、覚えていない。

 だが、ここでそれを話すのは話の腰を折りそうだったので、グッと堪える。

 何とか話を合わせるのだ俺。

 今の俺は、テリー・オグスターなのである。

「……いや、まっ…マナがさ、マジで艦長板についてたから、励まし半分、からかい半分って感じで……」

「そうなの? あの真面目なテリーくんが冗談言うなんて“先輩”の影響かな……?」

 

 先輩?

 

 誰の事だろう?

 

 やはり“俺”の記憶を思い出した段階で“テリー・オグスター”としての人生の記憶をほとんど忘れてしまった損失は大きい。

 お陰で話を合わせるのに一苦労である。

「ねぇ。テリーくんは“先輩”と同じサイド7警備担当になったんだったよね? どう? あの人、今も元気にしてる?」

 そう言いながら、マナ・レナ……マナは、部屋の壁に立てかけてあった一枚の写真を指差した。

 

 士官学校の卒業式の写真だろうか?

 

 そこには涙目で卒業証明書を掲げるマナとテリーくん(※まだ俺ではない)と、もう一人、連邦の制服を着た青年が……おっと?

 この顔、つい最近みた事ある様な……。

「あっ……さっき死んだ人」

「………え?」

 

 

 あ。

 

 ヤバい。

 

 

 今、俺、確実に一番言ってはいけない様な台詞を吐いてしまった気がする。

 

 

「ウソ……だよね……? テリーくん……せんぱいが……そんな……」

 やっと落ち着いた彼女が……否。先程とは比べ物にならない程に落ち込むマナ。

 ……仕方ない。きっといずれ伝わる事だ。

 ここは正直に話そう。

「……本当だ。あの………えっと……せ、“先輩”は、俺の目の前で、ジオンのザクに……」

 実際はガンダムの下敷きになったのだが、それを言うと彼女はガンダムにスーパーナパームを投げかねない。

俺の中の“何か”がそう囁いたので心の声に従って少し嘘をついた。

「……そう。ジオンが……そうですか……」

 大粒の涙流しながら抱き着いてくると予想して構えたのだが、マナは意外にも冷静になっていた。

「戦争……ですものね。……そう、仕方がない……仕方が……うっ……うううっ……」

「マナ……」

 

 

「……好きだった! 先輩の事、愛していたのに!!」

 必死に抑えていたであろう彼女の涙腺はついに完全に崩壊し、ボロボロと泣き出してしまうマナ。

「テリーくんに付き合ってもらって頑張ったのに! なんとかお話しできる勇気が出るまで支えてもらったのに! でも卒業で“先輩”とも、テリーくんとも離れ離れになっちゃって……私、急に一人になって不安で……だからテリーくんに会えたらまた“先輩”とも会えて、今度こそ、今度こそ想いを伝えようって、だからテリーくんに傍から勇気を貰おうってしてたのに! だけど……でも、もうダメで……会えなくて……想いを伝えられないなんて……辛いよ……悲しいよ……!!」

「……」

 ただひたすらに、心の内を曝け出すマナ。

 それに対して、俺は“テリー・オグスター”としてどう接すれば良いのか、さっぱり分からずにいた。

 

 話によれば、“彼”はマナと士官学校の間ずっと一緒に行動する程の仲良しで、彼女の片思いの相手である“先輩”への恋が実る様に必死にサポートしたお人よしだったらしい。

 

 テリー・オグスターは、そんな男だったのだろうか?

 

 誰の願いでも素直にOKと言って付き合う、そんな性格をしていた?

 

 

 ……いや、違う。

 

 

「“僕”はそんなお人良しじゃない……!」

「テリーくん……?」

「僕は、マナ・レナの事がずっと好きだった。初めて会った頃から好きで、だから君が先輩の事が好きだって言った時も諦められなくて、手伝うって口実で、一緒にいるのを心の奥で楽しんでいたんだ」

「テリーくん……」

 言葉が、自然と心の奥から湧き出てくる様だった。

「マナはずっと“先輩”の事ばかりで、僕の事を一度も男としてみてくれなかった。でも、それで良かったんだ。“友人”でも良い。君と一緒に笑えるなら、君が幸せだって笑顔でいてくれるなら、僕はこの想いを墓まで持っていくつもりだった……!」

 

 体の芯が熱くなるのを感じる。

 

 これはきっと“テリー・オグスター”の想いだ。

 

 記憶を失っても消えなかった、彼女への情愛。

 

 それが今、解き放たれているのだった。

 

 “俺”には止められないし、止めたくなかった。

 

 そんな“俺”の想いをよそに“僕”の言葉は続く。

 

「でも! 駄目だった! 僕は“先輩”に嫉妬した! 彼女が“先輩”の事を忘れたら、僕の事振り向いてくれるかななんて考えてしまった! だからきっと、“先輩”が死んだのは僕のせいなんだ! 僕が……僕がそんなこと思わなかったら……今頃……」

「テリーくん……そんな事はないよ。絶対ない」

 

 俺もそう思うよテリーくん。

 

「……でもそっかぁー。テリーくん、私の事、好きだったのかー……」

 テリー・オグスターの想いを聞いて何か吹っ切れたのか、少し晴れやかな顔を見せたマナ。

 そんな彼女を前に、俺は今まで口にしていた言葉を思い返して頬を……。

 

「…………。」

 

 

 ちょちょちょ、ちょっと待ってテリー・オグスター!?

 

 

 今返す!? 今そこでパスするの俺に!?

 

 

 止めてよ全部俺が言ったみたいで恥ずかしいじゃない!!

 

 

 いや、今は俺がテリー・オグスターだから俺が言った様なものなんだけど!!

 

 

「……ちょっと、熱くなってきちゃった」

 そう口にした彼女は、ゆっくりと制服のジッパーを下げて……。

 

「ちょちょちょぉっ! マナ!?」

「……テリー君も悪いんだよ? お互い本音を吐き出しまくったら頭の中こんがらがっちゃって、ちょっと、整理したいの」

「だからって、こんな方法……!」

 艦長をしている時の凛々しい表情や、先程見せてた同級生としての気弱な顔とは違う、“大人の女性”の表情。

 制服を脱いで下着姿になった彼女から漂う雌の匂いは強烈で、俺の中の雄が急に暴れ出す。

「私がテリーくんの事好きなのかは……今はちょっと分からない。でも、今はテリーくんに身を委ねたいの……ダメかな?」

「滅相もございません」

 据え膳食わぬは男の恥とも言う。

 俺はギュッと、マナを抱きしめた。

「俺、こういうの初めてなんだけど……」

「……知ってるよ。私もだし……」

 

 

 

 我が世の、春が来た。

 

 

 

 



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第06話【ルナツーへの帰還】



【転属命令】

 テリー・オグスター 軍曹
 
 ペガサス級強襲揚陸艦フォリコーンへの転属を命ず。

 以後は同艦の艦長であるマナ・レナ少佐の指示に従う様に。

 以上。




「シャアじゃん」

 晴れて(?)フォリコーン隊の一員になった俺は、あてがわれた自室でシャワーを浴びながら、鏡で自分の顔をマジマジと見つめていた。

 そして出た言葉が、これだった。

「俺、めっちゃ顔がシャア・アズナブルじゃん」

 髪の色に、青い瞳。

 マナ・レナの部屋に掛かっていた士官学校時代の写真を見た時にもちょっと思ったが雰囲気のせいで言えなかったので、改めて確認していたのだ。

「まさか、シャアの弟……?」

 いや、流石にそれはないだろう。そんな人、原作にいなかったし。

 そうだ、ジオリジンにはシャアそっくりなシャアさんが居たではないか。

 ……ややこしいな。つまりは“キャスバルが成り済ましたシャアご本人”なのだが。

 つまり、似た顔のそっくりさんがもう一人くらい居てもなんら不思議ではないのだ。

 転属命令が下った際についでにテリー・オグスターくんの経歴を参照したが、どうやら彼は地球出身だそうだし、遠くサイド3で生まれたキャスバル・レム・ダイクンと同じ血が流れているとは到底思えない話だ。

「地球、か……」

 宇宙世紀世界に転生する前。

 ごく普遍的な日本の男子学生だった俺は当然地球で生まれ、地球で死んだ。

 テリー・オグスターくんも世界は違えど同じ地球生まれだと知って、心の距離が縮まった様に思える。

「この艦も、地球に行くのだろうか……」

 ホワイトベースはルナツーから出航した後、すぐジャブローに向かった。

 まぁ、それはシャアによって妨害されて、結果ホワイトベースは地球を行ったり来たりさせられるわけだが。

 ……俺達も、同じ進路を取るのだろうか?

「地球に、降りられる……?」

 

 まぁ、その前に俺は恥丘(チキュウ)を登ったがな!!

 

「フ……フフッ……」

 

 おっと、思い出したらまた元気になって参りました。

 

「認めたくないものだな……自分自身の……」

おっとダメだ。心なしか声も似てる気がしてきた。これ以上はやめとこう。

 

「それにしても……」

 

 シャワーを止め、渇いたタオルで身体を拭きながら、記憶を辿る。

 

 マナ・レナの思ったより大人な女の……。

 

 違う、そっちじゃない。

 

「何か、忘れてるような気がするんだよなぁ……」

 

 まぁ、忘れてるくらいだし、そのままでも良いか!

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「ワッケイン司令。ペガサス級強襲揚陸フォリコーン、只今帰還致しました」

 ルナツーの指令室に入室したマナ・レナは短く敬礼をした後、一歩前進した。

 ただ、小柄な彼女の一歩は短いので、結局あと三歩は前に移動する事になる。

「うむ、ご苦労だった、マナ少佐。資料の方はどうだった?」

「サイド7に残っている物は全て回収しました。荒らされた形跡があるという報告もありましたが、そちらはホワイトベース隊が回収したのだろうというのが本官の推測であります」

「ふむ……」

 暫く考え込む仕草を見せたワッケイン司令だったが、ほどなくして口を開いた。

「プロトタイプのガンダムをほぼ無傷で回収出来たのだ。それだけでも重畳だろう」

「はい」

「では、これからの貴艦らの任務だが……」

「ジャブローへ、でしょうか?」

「いや。その仕事はホワイトベースに任せてある。着いて来てくれたまえ」

「了解です」

 ワッケイン司令の後を移動するマナ・レナ。

 傍から見ると父と娘にも見えなくもない異様な組み合わせの二人が向かった先は、ルナツー内の格納庫の一つだった。

 そこでは現在、プロトタイプガンダムの点検及び整備が行われていたはずだ。

 そして、そこにあるのはガンダムだけではなかった。

「……これは!?」

「形式番号RGM‐79……“ジム”だ」

 彼女の目の前にあったのは、ガンダムの量産機である、ジムと呼ばれるモビルスーツだった。ガンダムとは違う、ゴーグルタイプのカメラアイを持つ赤いカラーリングのモビルスーツが五機、ハンガーに均等に並べられていた。

「ガンダムの量産化は既に始まっていたというのですか!?」

「これは試験用の先行量産機だがね。この内の二機をフォリコーンに配備する。ガンダムと共に新たな戦術ドクトリンの検証テストを行って頂きたい」

「戦術ドクトリン、でありますか?」

「そうだ」

 今も慌ただしく整備班が移動するのを見ながら、ワッケイン司令は続ける。

「ルウムでの戦いからモビルスーツの重要性を学んだ我々連邦はようやくモビルスーツ量産体制の目途が立った。しかし数を揃えても、それを扱うノウハウが我々にはない。それは、理解できるな?」

「はい。テリーく……テリー・オグスター軍曹も、戦闘機とモビルスーツでは戦法が全く違うと言っておりました」

「プロトタイプのパイロットか。……やはり乗っている人間の言葉は信頼に値するな……さておき、ジムは、カタログスペック上ではザクと互角か、それ以上に渡り合える数値がはじき出されている。何度も繰り返す様ですまないが、モビルスーツの運用方法は戦術レベルでも、ましてや戦略レベルでもジオンには遠く及ばない。現状彼らの猿真似をするのが精いっぱいだ。……なにせ、向こうが先駆者なのだからな」

「だからこそ、新たなドクトリンを検証する部隊が必要だと」

「その通りだ少佐。地上では既に、ホワイトベース隊があのガルマ・ザビを倒したという報告が上がってきている」

「ガルマ・ザビ!? ザビ家の末弟で、北米一帯を指揮していた、あのガルマ・ザビでありますか!?」

「然り。それ程の戦果を挙げる艦だ。地上でのモビルスーツ運用ドクトリン検証は彼らに任せ、フォリコーン隊には主に宇宙戦や低重力戦でのモビルスーツと母艦の運用ドクトリンの練度を高めてもらいたい」

「……戦技教導隊、と言ったものでしょうか」

「そうなるな。ただし、現在ジオンの目はホワイトベース隊とガンダムが一挙に請け負ってくれている。実戦とは程遠い訓練漬けの地味な任務になるが……」

「構いません」

 ワッケイン司令の言葉を遮り、マナ・レナは彼に向かって敬礼をしてみせる。

「縁の下の力持ちという奴です。我々の尽力で友軍がスムーズに戦えるなら、勇猛果敢な部下たちの手綱も見事手繰ってみせましょう」

「やはり、こういう時の女性はしたたかで心強いな。よろしく頼む」

「承りました」

「……それで、あそこにいる君の部下だが……」

 

 

 

「サンダース軍曹!? テリー・サンダース・Jr.軍曹でありますか!?」

「自分は、確かにそうでありますが……」

「すっげぇ! 本物だ!! 凄い良い声!! あ、あの! 握手してもらっても良いですか!?」

「え、えぇ……恐縮ですが、自分はただの一兵士でして、その、そんなに畏まらなくても……」

「しっ、失礼しました! 自分、テリー・オグスター軍曹であります!」

「ほぉ、自分と同じファーストネームで同じ軍曹!」

「本当だ全然気が付かなっ……いえ! 自分もそれに気が付いて、つい興奮してしまいました!」

「変わった人だな……」

 

 

 見た事ない兵士だ。恐らく、ルナツー所属なのだろうか?

 それに全力で絡むのは、ウチのガンダムパイロット。

 

「ちょっとテリーくん何してるの!?」

「「はい?」」

「紛らわしい!!」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

はい、分かりました。ムサイの準備が整い次第、そちらに向かいます。

 

……聞いての通りだ。父上から招集がかかってしまった故、私は今すぐサイド3に行かねばならない。

 

だが、貴官の活躍ぶりは見事なものだ。機密文書を載せた連邦軍の脱出艇を奪取してここまで単独飛行するというのは、中々に苦労な旅であったろう。

 

私は同道出来ないが、フラナガン機関にこのデータを送っておいた。早速そのデータを基にイフリートタイプのモビルスーツの改良を進めさせている。施設へ赴き、パイロットとして手伝ってやれ。

 

完成の暁には、その機体は好きにしていい。

 

 

 

……何、同じ戦場に立つ女同士、少し手を貸してやろうというだけだ。

 

では、話は以上だ。向こうでの用事が済み次第、私も機関の方に顔を出そう。

 

良い結果が出るのを期待しているぞ、伍長。

 



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第07話【特殊戦技教導】

 

 という訳で。

『本艦はこれより、特殊戦技教導隊……“特技隊”として新機軸のドクトリン研究の為ルナツーから発進します。総員、出航準備!』

 マナ・レナ艦長の号令で、俺達フォリコーンのクルーは一層気を引き締めた。

「……」

 若干一名を除いて。

 現在俺達パイロット組はフォリコーンの食堂に集まっていた。

 更衣室に待機するのが一番いいのだが、なんせグレン小隊、リーフ小隊……いや、俺が隊長を務める“シャドー分隊”が新たに新設されたおかげでグレン分隊、リーフ分隊と改名したのだが、総勢9名補充要員2名含めた計11名。

 

 折角テリー・サンダース・Jr.軍曹に会えたのは良かったが、彼らは別の部隊として出撃するらしい。きっとその先でシロー・アマダ少尉と出会って、08の第一話に繋がるんだろうなと思うとその場に居合わせられないのが残念で仕方がない。

 

 とまれ、この艦で男は俺一人である。

 

 一応、全く男がいない訳ではなかったのだが、彼らはV作戦資料回収用の専門家達だったらしく、ルナツーで早々に降りてしまったのだ。

 

 このフォリコーンにはどういう事か女性……しかも美女美少女が多かった。

 

 何故かは知らないが、男だらけでむさ苦しい中に放り込まれるよりかはマシというもの。

 

 ……しかし、美人っていい香りがするので、ついうっかり理性を失わないか心配である。

 

 一度ほぼ成り行きで肌を重ねたマナ・レナ艦長には「ここから惚れさせてこそ、真の男ではなくて?」と言われてしまったので、何か良い口説き文句でも思いつかない限り俺は彼女無し生活に逆戻りだ。土下座交渉など使えよう訳もないし。

 

「……」

 

 まぁ、俺のそんなシモ事情はさておき、問題は俺のお隣で絶賛むっつり怒り顔のヒータ・フォン・ナントカさんだった。

 

 ルナツーについて自室謹慎から解放された後一度艦長に謝ったというのは聞いたが、それ以降彼女に何があったかはよく知らない。

 

 この怒りの表情については、俺が勝手にジムのパイロットにミドリ・ウィンダムちゃんと彼女を推薦したからではないかと思っているが、そこの所は分からない。

 

 折角宇宙世紀世界に飛ばしてきたのだから、ガンダムと一緒にニュータイプ技能も頂けなかったのかと神に愚痴るばかりである。

 

『微速前進!』

『微速前進! ヨーソロー!』

 

 そんな俺の胸中などいざ知らず、フォリコーンはルナツーを発し、再び広大な宇宙の波を漕ぎだし始めるのだった。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「フォリコーン、ルナツーを離れます」

 

「まさか二週間も経たない内にここからペガサス級が出て行く光景を二度も見るとはな……中尉」

 

「なんでしょうか、ワッケイン司令」

 

「君は、フォリコーンが何故女性ばかりで構成されているかご存知かね?」

 

「……いえ、小官にはわかりかねます」

 

「理由は単純だ。連邦上層部の一部は旧暦の男尊女卑文化を引き摺っているのさ。“女が指揮を執るなど”“女の下で働くなんて真っ平ごめんだ”といった事情で一か所に集められたのが、彼女たちだ」

 

「……」

 

「優秀な人材より、己の体面を重視する……我が軍のトップとは、そんな連中さ」

 

「……心中、お察し致します」

 

「いや全く……この時代は寒すぎるよ、本当に」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 フォリコーンの食堂で待機していると、ジオンが大々的な放送をしているという噂が艦内を巡り回っていた。

 

 この時期でジオンの放送といえば、やはり“アレ”だろう。

 

 俺の他のパイロットたちも気になったという様子で反対意見もなかったので、早速備え付けのモニターとテレビへと切り替える。

 

 巨大なガルマ・ザビの遺影を前に力強く握り拳を握り、熱く演説する男が映っていた。

 

「ギレン・ザビ……」

 

 パイロットの少女の一人が、そう呟いた。

 

 あの男がギレン・ザビ……。

 

 良い声してるなぁ。

 

『諸君らの愛したガルマ・ザビは死んだ! 何故か!!』

「坊やだからさ」

「なんだって?」

 ボソリと呟いたつもりだったが、隣に座っていたヒータにはバッチリと聞かれていた様子だ。

 彼女もまたマナ・レナ同様、士官学校時代の同期らしい。

 この艦には他にもリーフ分隊長のミドリちゃんや、その他十数名が同期生で構成されているとか。

 

 訓練艦か何かじゃないかと疑いたくなる構成だが、曰く“未来のエリート集団”らしい。

 真偽はさておき“エリート”と言われれば気分も良くなるというもの。

 

 それに、周りを見渡すと皆、決意の裏にどこか不安を見せる様な表情ばかり。

 

 “エリート”という言葉は、彼女らの誇りにして心の支えになっているのかもしれないな。

 

『立てよ国民! ジーク・ジオン!』

『ジーク・ジオン!!』

『ジーク・ジオン!!』

「何がジーク・ジオンよーっ!」

「コロニー落としの人殺しがー!!」

 連邦とジオン双方の熱気が食堂を支配する。

 地球出身の彼女らには、きっと彼らの苦労と怒りは伝わらないだろう。

 最も、この戦争はザビ家独裁の為の野望の様なものなので、本当に怒りを向けるべきは喝采を煽るギレン・ザビなのだが。

 

 

 ……いやでも、こんな良い声で煽られたら従うよなぁ。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 戦術論どうのこうの以前に必要なのは、やはりパイロットのモビルスーツ操縦技術の向上だった。

『テリー曹長、準備はよろしいですか?』

「いつでも良いぞ!」

『カタパルト接続! 進路クリア! 発進どうぞ!』

「ガンダム行きまぁぁす!!」

 

 身体に掛かるGを感じながら、俺の乗る黒いガンダムはフォリコーンから発進した。

 振り返ると、ミドリちゃんとヒータ・ナントカのジムも続いて発進するのが見える。

 

『マナ・レナより各機へ。これより、モビルスーツ同士による模擬戦を行います。まずはグレン01とリーフ01の一騎打ち。シャドー01テリー軍曹!』

「はい、艦長!」

 マナに呼ばれて、俺は元気に返事をした。

『モビルスーツの扱いは軍曹の方が二人よりも少し先輩です。是非、近くで観察して指導してあげてください』

「教官の真似事をしろと?」

『えぇ。士官学校時代の仕返しにドンドン厳しくしてやってね』

「……了解した」

 ごめん、覚えていない。

『先にペイント弾がコックピットに直撃した方が負けとします! 曹長、号令は任せました』

「わかった」

 モニターの向こうでは既に二人の乗るジムが対面し、俺の号令を待っていた。

「ふむ……」

 

 普通に「始め!」だと味気ないよな。

 

 よし、ちょっと緊張をほぐしてやろうか。

 

「すぅ……」

 

 息を吸い、腹に力を込める。

 

「それではぁぁぁぁぁぁッ! ガンダムファイト! レディィィ『真面目にやる!!』

 

 ごめんなさい。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

『そこまで!』

 ミドリ・ウィンダムの駈るジムが放ったペイント弾がヒータ・フォン・ジョエルンのジムのコックピットに直撃した瞬間、模擬戦終了の合図が鳴った。

「ふぅ……」

 模擬戦とはいえ、20メートル前後あるサイズの巨体が突っ込んでくる戦いは、戦闘機とはまた違った緊張感があった。

 

「こんなものを初めての出撃で操ってザクを三機、ムサイを一隻沈めたテリー・オグスターにはモビルスーツ操縦の才能があるとしか思えないですね……」

『はぁ……はぁ……お前も大概だと思うぞ、ミドリ』

「あら、通信繋がりっぱなしでした?」

 独り言のつもりだったので、それがヒータに聞かれた事に頬を赤らめるミドリ。

 

『悔しいけど、お前には敵わないなぁ』

「ヒータさんも凄いじゃないですか。被弾率だけで言ったら、私の方が酷いですよ」

『ほとんど足だったけどな。宇宙じゃこんなの飾りだろうに』

 ヒータの指摘通り、ミドリの乗るジムはコックピット以外、特に足部分に集中してペイント弾が当たっていた。

 一方のヒータ機は盾こそ塗料まみれだが、本体の方はコックピットのみの直撃である。

 

『モビルスーツが戻ってくるぞ!』

『あーあ、ベトベトになって帰って来ちゃってまぁーー……』

『ヒータ! 負けたペナルティはジムたちのお掃除だって!』

『マジかよぉ!』

『ミドリ伍長、ちょっと良いか?』

 

 ハンガーで色んな怒号が飛び交う中、ミドリに声をかける男がいた。

 というか、この艦には現在男は一人しかいない。

 コックピットハッチを開いて外に出てみるとと、そこにはバインダー片手に待機しているテリー・オグスターの姿があった。

 

「テリー曹長。どうでした?」

「良い戦いだったよ。狙いが正確なのが特に良かった」

「得意分野ですから」

「秘訣とか、聞いていい?」

「秘訣、ですか……?」

 士官学校時代にも聞かれなかったような質問に、ミドリは思考を巡らせてみた。

 

「なんだか、分かるんですよね。……こう、このタイミングで当たる、みたいな……勘に近いものが」

「ほう」

 バインダーの用紙にメモを取る訳でもなく、何かに関心した様子を見せるテリー。

 

「でも、回避の方は全然ダメだったな。君は焦ると上に逃げる傾向がある」

「私もこうして外から見てそう思いました。やはりセイバーフィッシュとは違うんですね」

 二人の視線の先には、足先からふともも部分に至るまでピンクに染まりあがったジムの姿がった。ヒータの狙いが正確ではなかった、というよりは、コックピットを狙った弾を上に避けた際に足に当たった、と取るのが当然の見解だ。

 

「モビルスーツは戦闘機と比べて“的”が大きいからな。上下に避けるより左右に避けたり、盾を有効利用するのが良いかも」

「そこはヒータさんお上手でしたね」

「ほぼ全弾凌いだのは見事だった。ただ、実戦だと盾がボロボロになって撃墜されていたかも知れない。……全く、ゲームと違って調整が難しいよな」

「あら? テリーくんってゲームやるんですか?」

「……さっ、最近始めたんだ。モビルスーツ操縦の練習になるかもって」

「ふぅん」

 

 この時、初めてミドリ・ウィンダムはテリー・オグスターに対する“違和感”を感じ取った。

 

 彼の事は士官学校時代に少し会話した事のある程度の間柄だったが、たった半年近く会わなかっただけこれだけ違和感を覚えるのは変な話だ。

「じゃ、じゃあ俺! ヒータ伍長の所言って来るから!!」

 問いただす前に彼は去ってしまった。

 

「“エスパー”って渾名に引っ張られて、変に考え過ぎちゃう癖でも着いちゃったのかな……?」

 でも、ほとんど接点のない自分がこれほど変に思うのだから、彼を良く知るヒータなら、どうだろうか?

 

「ヒータ伍長! お前のモビルスーツの扱い、イエスだね!」

「そそっ。そそそそうか? やっぱそうだよなぁ才能あるよなぁオレもそう思うもん!!」

 

 あ、ダメだ。

 

あの女はあの男に話しかけられただけで口元が緩む様な奴だったのをすっかり忘れていた。

 

 



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第08話【仮面の女】

 

 ガンダムとテリー・オグスターを迎えたペガサス級強襲揚陸艦フォリコーンが特殊戦技教導隊“特技隊”としての活動を始めて、一か月の月日が経とうとしていた。

 

 地球では既にホワイトベース隊のアムロ・レイが“青い巨星”のラン・バ・ラル大尉を撃破。

更に“黒い三連星”のガイア、オルデガ、マッシュを撃墜する程の戦果を挙げる“オデッサ作戦”の成功により、戦況は徐々に連邦軍に傾きつつあった。

 一方、宇宙では地上程ではないにせよ、ジオン本国にも混乱が訪れていたという。

 

 歴史は着実に、ジャブローでの決戦に迫っていた。

 

「サレナ・ヴァーン少佐、前方に機影を確認。例の“黒木馬”です」

 キシリア・ザビの配下であるムサイ級巡洋艦“ペールゼン”が隠密行動をとっていたフォリコーンを発見したのは、ちょうどその様な時期だった。

 

「遂に見つけたか……“黒木馬”の動向はどうか」

 サレナ・ヴァーンと呼ばれた人物は、仮面で顔を隠した黒い髪の女性だった。

 カスタムメイドされた白い軍服を身にまとった彼女はこの艦で一番の指揮権を持っている様で、ブリッジの中央で仁王立ちの姿勢を崩さない。

 

「はっ。こちらにはまだ気が付いていない様子です」

「あの位置……地球に降りようという算段だろうが、そうはさせんぞ。艦長、私はイフリート・ダンで出撃する。バーコフ隊にも発進させろ」

「了解であります少佐」

 白いマントをなびかせながらブリッジを去るサレナ・ヴァーン。

彼女が居なくなると同時、緊張一色だったブリッジにひと時の休息が訪れた。

 

「ふぅ」

「艦長、あんな女に好きにさせて良かったんです?」

「それがキシリア様からの命令だからな」

 悪態を付く通信担当の士官に対し、艦長はため息交じりに返答した。

「大体何なんですかね、あの仮面」

「さぁな。赤い彗星のファンなんだろうよ」

『こちらバーコフ! 艦長、発進準備完了だ!』

 そうこうと雑談している内、ザクの部隊長であるバーコフからの通信がブリッジへと送られてきた。

 

「よぉし、バーコフ隊発進させろ! 仮面のお嬢様を無事に舞踏会までエスコートしてやれ!」

『了解!!』

 バーコフ機に続き、それに追随した計四機のザクがムサイの前に出て、一気に敵戦艦へと向かっていく。

 

『イフリート・ダン出撃準備出来ました少佐! ご武運を!!』

『発進する』

 続けて、サレナ・ヴァーンの操る純白のモビルスーツも出撃する。

 その右肩は、まるで血の様な赤色にペイントされていた。

「“血塗りの花嫁”か……」

「なんです?」

「そう見えたのさ。趣味の悪い色してるよ、全く……」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「艦長。コックのマギー姉さんから「塩が足らんのです」と文句を仰せつかったんだが…」

 俺がつまみ食いのペナルティとしてブリッジにいるマナ・レナ艦長の元までパシられて来たのと、敵襲を知らせる警報が鳴ったのは、ほぼ同時だった。

 

「どうしました!?」

「いや、だから塩が…」

「レーダーがモビルスーツらしき機影を捕捉しました! 数は四…いえ! 五機です! 後方から物凄いスピードのが……速い!? 通常のザクの三倍……それ以上の速度で本艦に接近中!」

「ザクの三倍だって!?」

 

 ザクの三倍。

 

 と、言えば勿論赤い彗星(シャア・アズナブル)だろう。

 

「赤い彗星のシャアが出てきたってのか!?」

「総員第一種戦闘配置! ミノフスキー粒子戦闘濃度散布急いで!!」

「了解!」

「グレン分隊とリーフ分隊を先に発進させて! テリー曹長はガンダムに乗って出撃! ……訓練の成果を見せる時ですよ」

「俺達ならいけるさ。じゃ、行って来る!」

 

 言うな否や、俺は出撃準備の為に走った。

 パイロットスーツを着用し、ガンダムのハンガーへ。

「装備はビームライフルで良いですか!?」

「赤い彗星にはバズーカなんて当たらんだろうしな!」

「え? 出てきたのは白い新型だって上から聞きましたが?」

 

 白い新型?

 思わず首を傾げてしまう。

 

 白?

 白だと“ソロモンの白狼”ことシン・マツナガが有名だが、新型となると話が判らない。高機動型ザクならわざわざ“新型”なんて言わないだろうし……。

 

「考えても仕方ないな……。準備できたぞ! 出してくれ!!」

『ガンダム、発進どうぞ!』

「シャドー01、テリー・オグスター! 出るぞ!!」

 出撃時のGにも随分慣れてしまった。

 

 フォリコーンの前方では既にヒータとミドリのジム、そしてセイバーフィッシュ編隊が待機していた。

 

 現在フォリコーンがいるのは、衛星軌道上付近だった。

 サイド7で見た時よりも巨大に見える我らが地球を背景に展開する機体というのは、いつ見ても心のどこかで感動を思えてしまう。

 

「シャドー01より各機へ! 初めての実戦だが焦るな! 訓練通りにやろう!!」

『上官っぷりが板についてきたじゃねぇか』

『頼りにしていますよ、上官殿』

「からかうなよ二人とも」

 両サイドから分隊長達の軽口が聞こえてきた。

 これでいい。緊張しているよりずっといい。

「……ふぅ。落ち着けテリー・オグスター。お前は出来るぞ……!」

 

 とは言ったものの、俺にかかる重圧は相当なものだった。

 思えば、こなした戦闘と言えばザクに不意打ちかまして三枚抜きしたのと、直掩機の居ないムサイを一隻落としたのみ。

 

 敵味方双方万全の状態で挑むという点では、これが初の“戦争”と言えなくもない。

 

『敵、本艦の射程距離圏内に入ります!』

『各砲座攻撃スタンバイして下さい!』

『グレン01より各機へ! ここは地球のすぐそばだ。調子に乗って飛ばすと重力に引かれて地上まで真っ逆さまだぞ! 実家が恋しくなっても己を律するのを忘れんな!』

『ヒータさんが一番暴走しそうですのにね』

『うっせーぞバカミドリ!』

 俺の緊張などお構いなしに状況は進む。

「……見えた! アレは……!?」

 

 

 照準用のスコープ越しに“敵”を見た時、俺は驚愕してしまった。

 

 全体的には、グフに近い左右対称のボディー。

 ただ、ヘッドパーツはドムタイプの物に酷似している。

 宇宙世紀世界に飛ばされてきてからは、確かに初めて見るタイプだった。

 

「……ありえない」

 

 だが、俺は“アレ”を知っている。

 

「イフリートだと!? 地上専用の機体が何で(そら)を飛んでいるんだ!!」

 

 見間違いではなかった。

 あれま間違いなく、真っ白いボディーカラーのイフリートだった。

 赤く塗られた右肩だけが、嫌に脳裏に焼き付きそうになる。

 カテリーングに見覚えはないが、あのシルエットは間違いない、

 

「嫌な空気になってきたな……!」

 

 嫌な汗が噴き出した。その時だった。

 

『うっ! ううぅうぅうう……』

『どうしたリーフ01! おいミドリ!!』

『な、なんだか気分が…ゴッホ! ゲホッ!! …あの白いモビルスーツ……危険……』

「何があった!?」

 

 突如、ミドリの様子が急変したのだ。

 

 ミドリ・ウィンダムは恐らく“ニュータイプ”である。

 

 それは、この一か月程を共に過ごした中で確信めいたものがあった。

 フォリコーンのクルーは“天然だが勘は鋭い人”と評価しているが、たったそれだけで士官学校時代に総合トップの成績などはじき出せるはずがない。

 

 “俺”がテリー・オグスターになって、一番最初に違和感を指摘してきたのも彼女だ。

 

 いや、“唯一”だ。

 

 行動で「テリーくんちょっと変わったね」と言われることは多々あったが、冗談めかして聞いて来ないのは彼女だけだった。

 

 そんな彼女が、モビルスーツ一機視界に入れた途端に気分を害す?

 もう悪い予感しかない。

 

「ヒータ! ミドリをフォリコーンに引っ張って戻れ!! 早くしろ!」

『ダメです……今の、テリーくんじゃ…みんなで……』

「文句があるならまずは体調を万全にしろ! ヒータ!!」

『お、おう!』

「正直アレは俺とセイバーフィッシュ隊だけで抑えられる気がしない! その駄々っ子の病人を蹴り飛ばして、早く戻って来てくれ!!」

『わ、分かったぜ!』

『……ダ……メ……』

 駄目なのなんて分かってるさ。

 

「フォリコーン! 援護射撃頼む! あの白いのを集中して狙え!!」

『分かったわ! 各砲座! 外さない気持ちで撃ちなさーーい!』

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

『黒木馬の艦砲射撃か! 威嚇などに当たるものでは『うわあぁぁ!?』

『コチャックーッ!』

「一機やられたか……」

 口には出したが、サレナ・ヴァーンはそんな些細なことは気にしていなかった。

 

 目的の相手が、すぐ目の前にいる。

 

「見せてあげるわ……連邦の技術で改造されたイフリート・ダンの力ってやつをね!!」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「シャード01より各機へ! ツーマンセルを維持して散開! 白いのには手を出すな! 後方のザクだけと戦え!!」

『『『了解!!』』』』

〈会いたかったぞ! 黒いの!〉

「なんだ!? 敵からの、思念…? 少年の……いや、女の声か!」

〈死ね!〉

 

 白いイフリートが、背中にマウントしていた実体剣を取り出し、右袈裟に振りかざしてきた。

 早い攻撃だった。

 だが、見えない訳じゃない。

 シールドを構えながら後退し、回避。

「くそっ!」

 ビームライフルを短い間隔で三連射。

 腕の一本は持っていける自信があった。

 

 しかし。

 

「なにっ!? 今のを避けるだと!?」

 ぐりん、という音でも聞こえそうな身を捻じる動作に近い動きで、ライフルを全弾避けられてしまう。

〈こんなものか!〉

 

 白いイフリートが剣先を逆に構えた。

 俗にいう“峰打ち”の構え。

 バカにでもしているのか、そう言おうとした時だった。

 

 峰の部分に沿って、ビームの刃が輝きだしたのだ!

 

「逆刃のビームサーベルとでも言うのか!?」

〈死ね! お前なんか! 死んでしまえ!!〉

「ちぃっ!」

 

 盾で防御……したが、あの白いイフリートのビームサーベルは強力らしく、ルナ・チタチウム製のシールドにいとも簡単にめり込んでしまう。

 

「これならぁ!」

 

 だが、元よりこれくらいの覚悟はあった。

 肉を切らせて、というやつだ。

 ビームライフルを捨て、ビームサーベルの柄にアームを伸ばす。

 

 超至近距離からの袈裟斬り! これでダウンだ!

 

「……!」

 

 しかし、この一撃もかわされてしまう。

 

〈読んでいた!〉

「なぁっ……!?」

 

 どうやらこの攻撃を“誘われた”らしい。

 当たるというギリギリの瀬戸際で、白いイフリートは舞う様にサーベルの軌道上から身を引いたのだ。

〈コックピットを焼き斬ってやる!!〉

 バックパックにマウントしていたらしい、もう一本の逆刃ビームサーベルを引き抜く白いイフリート。

 

 やられる!?

 

『テリーはやらせねぇ!』

 その時だった。

 視界外からのジム・ライフルによる正確な射撃が、白いイフリートを襲う。

 

「ヒータか!」

〈ちっ!〉

 不意を突けたからか、ヒータの射撃を避けられずに食らう白いイフリート。

 好機とばかりに、俺もガンダムのヘッドバルカン砲で援護。

「これで抜けない装甲はないぞ! 全弾持っていけ!!」

 

 ほぼ全弾直撃。

 

『やったか! …なんだと!?』

 ヒータの絶叫も最もだった。

 

 何故なら、通常のモビルスーツなら穴だらけの蜂の巣になってもおかしくない弾幕を張ったのだ。

 

にもかかわらず、白いイフリートには、傷一つない。

 

「ジム・ライフルを無傷で耐えた!? これじゃまるでガン……うわぁ!?」

 

 

 それは一瞬の油断だった。

 

 それとも、これも“読まれていた”のだろうか?

 

 とまれ、攻撃の手が止んだ瞬間にイフリートは再び急接近。

 

 全体重を掛けた蹴り、ガンダムの胸部に直撃した。

 

 機体が、後ろに傾く。

 

 

〈大気摩擦で燃え尽きろ! 貴様には上等過ぎる死に方の筈だ!!〉

「くそっ! くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 腹の底から叫びながら、バーニアを噴射する。

 しかし、上昇よりも落下の方が早かった。

 地球の近くで、戦い過ぎたんだ……!

 

「フォルコーン! 重力に掴まった! 戻れない!」

『そんな!』

 

 モニターの端が赤くなる。地球への本格的な“落下”が始まったのだ。

 

 一つ僥倖と言えたのは、白いイフリートが追撃をしなかった事だ。

 

 あの女パイロットは、俺の事は知っている様でも、ガンダムの事までは良く知らないらしい。

 

 ならば。

 

「なんとかはしてみる!」

『なんとかって……テリーくん! テリーく』

 

 途中で通信が切れる。

 恐らく、電波障害の様なものだろう。

 

「頼むぞRX-78……お前もガンダムなら、兄弟と同じように出来る筈だ!」

 

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 あれから、三日経った。

 

 テリー・オグスター軍曹を乗せたガンダムは、突然の事態に慌てる事無く大気圏突入用の装備を展開……する所までは確認出来たが、連絡はつかず、依然消息不明。

 

 ガンダムを蹴落とした事に満足したのか、ジオンの白い新型モビルスーツはそのまま撤退。

 

 ザクの小隊はヒータとセイバーフィッシュ隊、そしてなんとか体調が復帰したミドリ達によって全滅させる事に成功する。

 

 だが、これが果たして勝利と言えようか?

 

 

 追いかけようにも、弾薬食料共に備蓄が尽きかけていたフォリコーンはその場から動く事も出来ず、補給艦を待って、三日が経った。

 

 

「補給艦から弾薬と食料を受け取りました。ハッチ、閉めます!」

「お願いします」

「マナ・レナ! この薄情者!!」

 

 ブリッジで指示を出していたマナ・レナに食って掛かったのは、ヒータ・フォン・ジョエルンだった。

 赤い髪から今にも本物の炎が飛び出しそうな怒りの形相で、キャプテンシートに腰を下ろす上官の胸倉を掴む。

 

「三日だぞ! もう三日も経った!」

「そうですね。補給艦の到着が早くて助かりました」

「お前……テリーが心配じゃねぇのかよ! 学生時代アイツの腰巾着みたいについて回ってたお前が!」

「昔話を持ち出すのはプライベートな時間だけにして下さい。私がこの艦の艦長という事をお忘れか?」

「権力持ったら人情を忘れるのかよ! テリーは仲間だ! 大切な仲間だった!! それが地球の重力に引かれて落ちていくのをお前は、そこで指咥えて黙って見てたって「そんな訳ないでしょう!!」

 

 食って掛かっていたヒータに対し、遂にマナがキレた。

 

 ブリッジの他のクルーはこわばった表情……というか「あーあ、地雷踏みやがったよアイツ」という顔をして無視を決め込む腹積もりだった。

 

 そんな“同級生”達の心遣いも心外に、今度は逆にマナがヒータの胸倉を掴んだ。

 

「アナタは良いですよねぇ! パイロットって騒いで暴れても許されるんですから!! 私が、私が冷静だと! 人の心がないとでも!? そんな訳ないでしょう!! 私はどんなに辛くても泣き叫べない立場なんですよ! それを知ろうともしないで、さも自分が一番自分だけが心配してますなんて顔で他人に当たれたらどれだけ!! どれだけ気分が晴れる事か!!」

 

「……ッ!」

 

「アナタが一方的にテリーくんに好意を抱いているのは知っています。いえ、ここにいる皆同期、士官学校時代からずっと知ってます! 興味を引いてもらう為に暴力ばかり振っていた情けない男みたいな女! 恥を知れ!!」

「マナ・レナ! お前、言って良い事と悪い事が「艦長!! 地球から通信! テリー軍曹からです!」

 

「何!?」

「読み上げます……連邦の地上部隊と合流! 指示があるまで現地部隊のお世話になる、との事!」

「部隊名は言っていましたか!?」

 

 茫然と立ち尽くすヒータの手を払いのけて、マナは一目散に通信担当の士官の元へと走る。

 

 

「確認します! ……続報で来ました! 地球連邦軍極東方面軍第1混成機械化大隊所属……第08MS小隊です!!」

 



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『ミラーズ・リポート』

U.C.103

 

「特殊戦技教導隊、ですか」

「そうだ。彼らの活動は約一か月だったが、その成果が一年戦争で連邦軍を勝利に導いた礎の一つになったのは、歴史が証明してくれているな?」

 

 センセイの話は、歴史の裏側を知れる、非常に有用なものだった。

 

 特に、一年戦争と言えばアムロ・レイの伝説を筆頭に、ホワイト・ディンゴ隊や幻のガンダム“ピクシー”、EXAMシステムを巡る戦いや、兎に角“戦い”を記録したものが多かった。モビルスーツが発明され双方が本格的に使用した初の戦争であった以上、そういう見栄えのある記録ばかり残されているというのは気持ち的には分からないでもないが、後年に歴史を辿ろうとする人間からすれば、些か食傷気味にも思える始末。

 

 更に、そう言った“戦争の格好いい所”ばかりを見せると、若者が戦争を曲解し、また新たな争いが生まれる……というのは、宇宙世紀以前の時代でもよく起こっていた事態だったと聞いたことがあった。

 

「時にジョナサン・クレイン君。君は“ミラーズ・リポート”を読んだ事はあるかね?」

「ミラーズ・リポート、ですか?」

 

 読んだ事は……ないはずだ。

 しかし、どこかでその名前を見た覚えがある。

 さて、どこだったか……。

 センセイの眼差しを受けながら記憶を必死に漁る。

 

 そうだ、思い出した。

 

 ミラーズ・リポート。

 

 確か、一年戦争時代のある連邦の一部隊に密着取材をしたレポートに、そんな名前のものがあった気がする。

 

 残念ながら読む機会には恵まれなかったが、フリージャーナリストとしてのイロハを叩き込んでくれた先輩で、心の師でもあるカイ・シデンさんの事務所でその資料の表紙を見た事があったのだ。

 

「存在は知っていましたが、実は一度も……」

「そうか。良い機会だ。目を通してみるといい」

 

 そう言ってセンセイは、一冊の古ぼけた本を手渡してきた。

 

 随分と装丁がボロボロに剥げてはいるが、そこにはハッキリと“ミラーズ・リポート”の文字があった。

 

「少し喋り過ぎたからな。君が読む間、私は少し休ませてもらうとしよう」

 

 席から立ち上がったセンセイに「珈琲はいかがかな?」と問われた為、素直に頂く事にした。

 

 センセイが部屋の奥へと消える。

 

 薬缶に水を注ぐ音。コンロに火をつける音。

 

 地球が“白い惑星”になってからというもの、こういったレトロな品の需要は増した。

 

 やはり、人類全てが宇宙に進出するには、我々はまだ幼すぎたのかもしれない。

 

 

 そんな事を思いながら、ミラーズ・リポートを開き、読み進めていく。

 

 

 一年戦争の最中、オデッサ作戦前後に起きていた、東南アジアでの戦いの記録だった。

 

 だが、これが他の文献と違っていたのは、主役とも言える第08MS小隊の隊長シロー・アマダ少尉という男性と、ジオンのパイロット、アイナ・サハリンという女性について書かれている事だった。

 

 この時代の連邦とジオンと言えば殺すか殺されるかの血みどろの戦い。男と女の関係なんて、全くの無縁の様に思われていたが、どうもそういう事ばかりではなかったらしい。

 

 感心しながら読み進めていると、いつの間にか目の前のテーブルに二つのカップが置かれていた。湯気をたてる真っ黒な液体から漂う香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、センセイにお礼を述べてから、一口含んだ。

 

「……苦い」

 

 見栄を張らず、砂糖を頼むべきだった、と続けると、センセイはニッコリと笑って角砂糖の入った瓶を持ってきてくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 有難く角砂糖を一つ入れて、かき混ぜる。

 

 一口。

 

 駄目だったので、もう一つ入れた。

 

 うむ、これくらいが丁度いい。

 

 ひとしきり珈琲を堪能した後で、再びミラーズ・リポートを目を通す。

 

「おっと」

 

 まさか、ここでこの男の名を見るのは予想外だった。

 

 

……テリー・オグスター。

 




あとがき。

初めまして。私、一条和馬と申します。

機動戦士ガンダムは昔から大好きなのですが、こうして本腰入れて創作するのは初めてです。

一応、短編では学生時代に一本書いた事があり、その時の主役がレッドショルダー隊の三人でございました。

因みにそちらの話はジャブロー攻防戦がメインで、シャアの援護の為に補給部隊の護衛をしていたレッドショルダー隊が、ついうっかり連邦のジムの群れに突っ込んで全滅する、という話だった気がします。

まるで成長していない……!


それはさておき、今回で第一章第一幕は終了。

次回からは第一章第二幕、08小隊編のスタートでございます!

相変わらずどの層に向けて作ってるかよくわからん作者の好み200%小説ですが、是非次回以降も楽しんで頂ければ幸いでございます。

君は、生き残ることが出来るか!?


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第一章第二幕~東南アジア戦線篇~
第09話【遭難と、出撃と、遭遇と。】


 U.C.0079

 

「生きてる……? 生きてるゥーーーーっ!!」

 

 白いイフリートに地球に叩き落された俺だったが、何とかガンダムが炎上する前に立て直し、こうして機体と共に五体満足で地上に降りる事に成功した。

 

 宇宙から見下ろすばかりだった地球が今、俺の目の前に広がり、そして頭上には果てのない宇宙が広がっていた。

 

 

 ただ残念だったのは、今が夜だった事だろうか。

 

 

 ……いや、しかし仮に今が丁度日の出だった時に感動に浸れるかと言われたら、イエスとは答えにくい。

 

 

 

 なんたって現在、絶賛自由落下中だからである。

 

 

 

 バーニアを噴射して落下速度を落とす?

 

 いや、ダメだ。エネルギー残量を考えれば、今から吹かせば間違いなく途中でまた落下する羽目になる。

 

 下が海ならまだ落ちてもなんとかなりそうなものを、運が悪い事に、見渡す限りのジャングルだった。

 

「10……9……8………」

 

 エネルギーが持つギリギリのタイミングを見極めなければ、俺の冒険は終わってしまう。

 

「7……6……5……」

 

 そんなの嫌である。

 

 折角ガンダムに乗って実戦二回目で落下死など、ガンダムパイロットの名に傷を付ける。旧ザクに負ける事の次くらいに情けない話だ。

 

「4……ッ!」

 

 いかん、思ったより落下速度が速い!

 

「踏ん張れぇ!!」

 

 バーニアを噴射させ、何とか落下速度を落とす。

 

 ここからは残量メーターとのチキンレースだ。

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 テリー・オグスターの地球着地から約二時間が経過したその頃。

地球連邦軍極東方面軍第1混成機械化大隊……通称コジマ大隊は、いつも通りジャングルを挟んでのジオンとのにらみ合いが続いていた。

 

 ジャングルの中にポカンと空いた敷地に構えられたフェンスの要塞の中では、帰還後すぐに疲労で倒れ込んだまま熟睡した兵士がいたり、帰ってこなかった者達への弔いをしていたりと、雑多ではあるが、概ね静かな時間が過ぎていた。

 

「総員! 傾注!」

 そんな中、格納庫の一角で一人の女性の声が響く。声を張り上げていたのは第08MS小隊……通称08小隊所属のカレン・ジョシュア曹長だ。その横に同隊のミケル・ニノリッチ伍長と、テリー・サンダース・Jr.軍曹も並んで整列している。

 

「ありがとう、カレン曹長。……皆、急に起こしてすまない」

 そう言って切り出したのは、08小隊の小隊長である、シロー・アマダ少尉だった。新任ではあるが、部下からの信頼が厚い士官だ。

ここにいる三人と、現在後方で療養中のエレドア・マシス曹長を入れた五人で構成された08小隊は、既に幾つもの死線を共に越えた、立派な一部隊である。

「一時間程前、この基地から北に二〇〇キロ離れた地点から連邦軍の救難信号を受信した」

「救難信号、ですか?」

「そうだ」

 ミケルの問いに、シローは頷く。

 

「連邦軍の勢力圏内とはいえ、安易に救難信号を出すとは迂闊な……」

「サンダースの意見もごもっともだ。向こうもそれに気が付いたのか、十分と経たずに信号は途絶え、現状は不明とされている」

「ジオン側の作戦という線は?」

 怪訝な表情で質問をしたのは、カレンだった。

「救難信号自体は連邦軍のものだろうが、向こうも間抜けじゃない。信号に釣られてやってきた捜索隊の方を狩りに来るという可能性は充分に考えられるだろう」

 これを考慮しつつ、とシローは続ける。

「我が08小隊は捜索隊として出撃。ジオンに警戒しつつ、救難信号を発している味方の救援に向かう! 俺とカレンはガンダムで、サンダースはミケルのサポートとしてホバー・トラックで出てくれ! ……以上だ。何か質問は?」

「はい、隊長!」

「どうしたミケル?」

「その救難信号を出した連邦の兵士について、何か情報は?」

「モビルスーツのパイロットだ。二時間前、衛星軌道上でジオン軍と不意遭遇戦になった部隊の内の一機が大気圏に突入。丁度救難信号付近に着陸したらしい」

「えぇ!? 宇宙からぁ!? ……それって、もしかして幽霊とかじゃ……」

「幽霊が機械を操作するか? 方法は分からんが、パイロットが何とか生き残り、救助を待っているんだ。必ず助けるぞ。08小隊、全力出撃!!」

「「了解!」」

「うぅ……隊長が化けて出てきた兵士に襲われたって、僕は絶対助けませんからね!!」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「うーん……さっきの信号は逆にまずかったかなぁ……」

 夜のジャングルに身を潜めて、一時間程が経過した。

「っていうか、そもそもここはどこなんだ……?」

 ジャングルの木々に隠す様にガンダムをしゃがませ、周囲を軽く回ったが、目ぼしい情報は見つからなかった。

 というか、暗くてガンダムからほとんど離れられなかった。

 明かりになるものと言えば、ツインアイの発光くらい。

 こんな状況で生身で動き回るなんて、ナンセンスにも程があるというものだ。

「……暑いな」

 季節は11月の半ばと言った所だが、ジャングルは異様に蒸し暑かった。西暦の時代と違って地球温暖化が進んでいるのか? とも思ったが、否定。ついさっきまで宇宙にいたんだ。その宇宙より寒かったらそれはそれで問題である。

 最も、季節が“春夏夏冬”とか言われたらもう何も言えないのだが。

「……」

 

 なんにせよ、暇だった。

 

 携帯食料のレーションは僅かに積んではあるが、状況次第では長期の単独行動になるだろうからむやみに消費出来ないし、かと言って見張りもなしに寝ようものなら次に目が覚めたらジオンの兵士の前で全裸にひん剥かれてた、みたいな状況に陥る可能性の無きにしも非ず。

 とりあえず日の出まで頑張って起きよう。そう思った時だった。

「……ん!?」

 一瞬だが、前方に明かりを発見した。

 狙撃用のスコープを取り出し、光の方向を凝視。

 

 ザクのモノアイだ!

 

 どうやら奴さんはモビルスーツを導入し、夜明けを待たずして“間抜けな連邦軍狩り”を始めたらしい。

 

 生い茂るジャングルで宝探しが出来ると思っている程スペースノイドは“夜”を舐め腐っているのか、それとも何か算段があるのかは分からない。

 が、万が一にも発見されるのはよろしくない。

 

「ならば、先制攻撃で……」

 

 ビームライフルの最大射程を以てすれば、こちらから一方的に攻撃も可能だろう。

 

 だが、そこで思い出す。

 

 俺は宇宙での戦闘で、ビームライフルを投げ捨ててしまったではないか!

 

「くそっ。神がいるならその尻蹴り飛ばしてやりたい気分だよ……!」

 

 

 それもこれも、あの白いイフリートのせいだ。

 神を蹴り上げるのは無理そうなので、当面はアイツを殴り飛ばす事を目標に生きる事にしよう。

 

「それをする為には、必ず生きて帰らないとな……」

 

 必ず生きて帰る。

 

 08小隊のシロー・アマダが劇中でよく口にしていた台詞だ。

 ジャングルの中というロケーションも相まって、気分は08小隊だ。

 

 そう言えば、ここはどこなのだろう?

 

 星座を見れば現在地がわかる……みたいな話があるが、生憎そういう授業は苦手だった。

テリー・オグスターくんも専門は機械操作や戦闘だからか、その辺の知識には乏しいらしい。戦闘民族かよ。

 

「せめてレーダーが使えれば、現在地も敵の位置も把握出来るんだけど……」

 

 ミノフスキー粒子の登場により、戦場は無人兵器から有人兵器による戦闘に逆戻りをした。

 誘導兵器も使えず、電波通信の距離も大幅に狭まった。

 これでは時代が逆戻りした様である。

 

「時代が逆戻り……それだ!」

 

 天啓を得たと同時、ザクの頭上から何かが射出され、一瞬だけ昼の様な明るさになった。

 

「照明弾!」

 

 姿勢を低くしていたのは正解だった。ザクはこちらの位置を把握していない。

 

 だが、ジオンにとっての無駄撃ちは、俺の味方をしてくれた。

 

 見回っているザクは、三機。

 夜の視界で歩兵が使えない事を祈れば、敵はたった三機。

 ならば、勝機はある。

 

 自慢じゃないが、これでも俺はサムライニンジャ大好きの健全な日本男子だったんだ。

 

 

見てろよスペースノイドめ。地球生まれ地球育ちの俺が、地に足のついた戦い方ってのをその身に叩き込んでやるぜ……!

 

 



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第10話【コジマ大隊へようこそ】

 夜が明け、太陽は既に真上にまで登っていた。

 コジマ大隊基地から救難信号の発信地点は直線距離にしてはそう遠くないが、鬱蒼としたジャングルは進軍を阻む。最も、これは敵にも言える事なので、この東南アジア戦線が泥沼の戦場と化しているのは偏にこの地形由来であるのだが。

 

 無理な進軍はよくない、という事で一度小休止を取る為に足を止めた08小隊だが、目的は進軍ではなく孤立した味方の救援。休む間も交代で周囲の探索は怠らなかった。

「あ!」

 切り立った崖の上から周囲を見渡していたミケル・ニノリッチ伍長が叫んだのは、その時だった。

 

「隊長! 前方にモビルスーツを確認! アレは……ガンダム!? ガンダムです!!」

「どこの小隊か分かるか!」

「待ってください……なんてこった! あのガンダム陸戦型じゃありません!」

「なんだって!?」

 ミケルの言葉を聞いたシロー・アマダ少尉が自身のガンダムであるEz‐8の肩に昇り、双眼鏡を覗き込む。

 確かに、密林の真ん中に立っていたのは、連邦軍のガンダムだった。

 しかし、カレン・ジョシュア曹長の乗っていた陸戦型や、ましてやカスタムされたシローのEz‐8とは当然違う。

 

 純正の、RX‐78。

 

 たが、カラーリングが違う。

 シローはシミュレーションではあるが、アムロ・レイが搭乗するガンダムの操縦経験があった。

 あの機体は連邦のシンボルカラーとして、白を基調に赤青黄を入れたトリコロールカラーだった筈だ。

 だが、あそこにいるガンダムは、白と黒の二色。

「一体アレは……?」

「プロトタイプガンダムだと!?」

 だが、シローの疑問にすぐに答える声があった。テリー・サンダース・Jr.軍曹だ。

「知っているのかサンダース!?」

「え、えぇ……ルナツーに寄港した際に一度見ています。……もしかしたら、遭難者は自分の知るパイロットかも知れません」

「呼びかけてみてくれ。カレン! ガンダムは動けるか!?」

「問題ありません!」

 

 そう言うとカレンは、胸部に砲撃痕のある陸戦型ガンダムを立ち上がらせた。

 ここまで来る道中、案の定ジオン軍の待ち伏せがあった。

 しかも、新型を持ち出してきたのだ。

 相手はザクの残骸を利用した固定砲台に、単独での飛行を可能としたグフのバリエーション機。

 逃げ場のない狭い橋の上での戦いだったが、彼らはその戦いで無事に勝利を収めた一行がここまでやってきた、というのがこれまでの経緯になる。

 

「こちら連邦軍コジマ大隊第08小隊! そこのガンダム、聞こえるか! 救援に来たぞ! ……テリー軍曹なのだろう!? 無事なら返事をしてくれ!!」

「ん?」

 サンダースの言葉に違和感を覚えるシロー。

 

 “テリー軍曹”とは、君の事ではないのか?

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「うーん……」

 目が覚めると、俺はベッドの上に横になっていた。

 ここは?

 というか、俺はどうなった?

「目が覚めた?」

 見知らぬ天井をぼんやり眺めていると、視界の端に軍医らしき女性の姿が映った。

 胸元の徽章は、確かに連邦軍のものだった。

「ここは……?」

「連邦軍の基地です。モビルスーツの中で倒れているのを、救助に行った兵士が見つけて運んでくれたのよ」

「そうか。俺は気を失っていたのか……」

 周囲を見渡すと、ここはテントの中の様だった。横を見ると、隣には何人もの人間が同じようにベッドに寝そべっていた。全身を包帯で巻いているにも関わらず、その隙間から生々しい傷が見える人もチラホラ。

「もう三日はぐっすりと眠っていたわ。死んでんじゃないのってヒヤヒヤしたのよ?」

「三日も……三日!?」

 軍医の女性の言葉を聞いて、俺は思わずベッドから飛び起きた。

「落ち着いて! まだ安静にしないと!!」

「は、はい……」

 言われると確かに、全体的に体がだるいような気がする。

「今、食事を持ってきてあげるわ。お腹、ペコペコでしょう?」

 俺が答える前に、俺のお腹が大きな返事をしてくれた。

「……はい」

 恥ずかしくなって、(布団代わりに被せられていたであろう)シーツを頭から被る。うわ、凄い汗臭い。

 

「ちょっと待っててね……あっ! アマダ少尉ーッ? 例の少年、起きましたよー!!」

「そうか! ……ちょっと話をしたいんだが、中に入っても大丈夫かい?」

「えぇ。どうぞ」

 軍医の女性と入れ違いで、男の声が聞こえた。テントの布が揺れてこすれる音が微かに響く。

 

「やぁ。無事に起きてくれて良かったよ。折角戦闘で生き残ったのに熱中症で死んだんじゃ、浮かばれなさそうだしな」

 

 ……む、この機関車と新幹線が合体したロボや、ライオンと新幹線が合体したロボに乗ってそうな勇者の声、聞き覚えがあるぞ。

 

 恐る恐るシーツをどけると、声の主は笑顔で握手を求めてきた。

 

「俺はシロー。シロー・アマダ少尉だ。テリー・オグスター軍曹、ようこそ東南アジア戦線へ」

 

 

 シロー・アマダ……?

 

 

 シロー・アマダだって!?!?!?!?

 

 

「あっ、そっ……いてぇ!」

「おっ、おい! 大丈夫か!?」

 “あの”シロー・アマダ少尉との不意遭遇は、俺をベッドから転げ落とさせるには充分すぎる衝撃だった。

 

 この世界に来てこんなにビックリしたのは、アムロの乗ったガンダムが大地に立った瞬間を見た時以来かも知れない。

 

 俺はファーストのOVAでは08が一番好きなのだ。

 

「もっ……申し訳ありません! つい緊張しちゃって……」

「あぁ……そうだな。寝起きにいきなり少尉に握手なんて迫られたら、軍曹の君はそりゃビックリするに決まってる。悪い、そんなつもりじゃなかったんだが……」

「い、いえ! そういう訳では……!!」

「?」

 その後上手い言い訳が思い浮かばず、というか興奮で中々声が出ない状態が続いていたが、食事を持ってきてくれた軍医の女性が仲裁となって、この話題は一旦落ち着く事となった。

 

 ……ただ、俺が取り乱しただけなのに、軍医にこっぴどく叱られるシロー・アマダ少尉には申し訳ない事をしたが。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「ペガサス級強襲揚陸艦フォリコーン所属テリー・オグスター軍曹であります!」

「うむ、私がこの大隊の隊長のコジマだ、よろしく」

 ピッチリと制服を着こなしたテリー・オグスター軍曹の敬礼に、適当に答えるコジマ大隊長。その様子に、シローは“ここ”に来た頃の自分を重ねていた。

 

 まだ一か月そこらしか経っていないというのに、随分と昔の様に思える。

 

 それだけこの東南アジア戦線が激戦の連続だったという事を考えれば、全部が全部いい思い出とは言えないが、生きているからこそ、そう思えるのだ。

 

「コジマ隊長。オグスター軍曹の処遇ですが、本当に

ウチ(08小隊)で預かってもよろしいのでしょうか?」

「あぁ、構わんよ」

 最も、それは本人次第だが、とコジマは付け加える。

 彼は階級こそ軍曹だが、宇宙では“特技隊”という独立部隊のモビルスーツ隊の隊長をしていたという。

 

 08小隊最年少のミケルよりも若いのに、立派なヤツだ。

 

 シローにしては、そんな彼を平凡な小隊長でしかない自分の部下として扱って本当に良いのか、という疑問があったのだが、その話をすると当の本人は快諾。

衛星軌道上にいるという母艦にもそういう連絡をしてしまったのだ。

 

「ところで君は、あのガンダムでザクを三機撃墜したそうだな? ……しかも“三体同時に串刺しにして”だ。一体、どんな無鉄砲をすればそんな戦果が挙げられる?」

「それは俺も気になるな。軍曹、是非教えてくれないか?」

 コジマの疑問は、シローも気になる所だった。先程のやり取りとは別に、シローは彼に自分に近い“何か”を感じ取っていた。

「では、僭越ながら……」

 ゴホン、と咳払いをしたテリーは、気を付けの姿勢から足を肩幅に開き、両手を背中に回して安めの体勢に入った。

 きっと長い自慢話が始まるのだろう。そう思って少し身構えたシローとコジマだった。

 

 が。

 

「逃げました」

 

「「は?」」

 

 彼の言葉に、思わず間抜けな声を出した二人。

 

 直接の指揮権がないとはいえ、上官二人の前で敵前逃亡を報告するなど、なんと肝の据わった若者だろうか?

 

 それともただの無鉄砲か?

 

 ……いや、その点で考えると、間違いなく自分もその部類だよな……。

 

 シローが頭の中でそんな事を考えていると、テリーはまた口を開いた。どうやら話には続きがあるらしい。

 

「正確には“敵に向かって”逃げました」

「敵に向かって……?」

 

 言っている意味がさっぱり分からなかった。

 錯乱して取った行動が結果的に命を救った、という事だろうか?

 

「……そうか。ヨシヒロ・シマズの戦法か!」

 だが一方で、コジマの方は何か心当たりがあるようで、勝手に一人で合点してしまった。

「コジマ隊長。ヨシヒロ……というのは?」

「あぁ、アマダ少尉はサイド2出身だったから馴染みは薄いな。大昔の日本に実在した人物だよ。敗北が決まった合戦の最中、追撃戦で勝利を確信した敵陣中央を一気に突破して逃げおおせた、伝説の戦いの一つだ」

 

 テリー曰く、その戦法を応用したのだという。

 

混乱してなりふり構わなかった兵士のフリをして“わざと”近くにザクに攻撃して誘引。

 

その後ジャングルの中を移動してきたザクを突破。

 

彼らが作ってくれた道を通って移動し、道幅の関係から丁度一列にならざるを得なかった位置まで誘導した瞬間に反転してビームサーベルで一突き……というのが一連の流れらしい。

「しかしまぁ、その年で随分と歴史に詳しいのだなぁ」

 コジマが関心して見せるのと同じように、シローもテリーに対する評価を改めた。

 罠が張り巡らされたジャングルで敵に道を“作らせる”という着眼点は悪くない。

 だがその戦法は、強力な装甲を持つRX‐78だからこそ成せる技だ。それを実行に移す思い切りの良さには純粋に敬意を払えるか、というのがシローの評価だった。

 

とまれ、シロー・アマダが確かに、この金髪の少年を(粗削りな部分はあれども)一人前の士官と認めた瞬間だった。

 



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第11話【ようこそ08小隊へ】

 

 

「本日付けで08小隊に配属になりました、テリー・オグスター軍曹であります!」

「本日付けで皆様の元へ帰って参りました、エレドア・マシス曹長でありまぁす!」

 08小隊を乗せたミデア輸送機の中で俺が緊張と興奮と戦いながら必死に挨拶をすると、横からロングヘアーの男性が現れ、一緒になって敬礼をした。

 負傷で一時期戦線を離れていた、エレドア・マシス曹長だ。この人も例に洩れず良い声をしていらっやるので、こちとら顔がニヤけるのを抑えるので必死である。

「おっ、面白い顔出来るじゃん新人~!」

「エレドア、あんまり茶化してやるな……一応臨時という形ではあるが、これでオグスター軍曹は8小隊の正式な部隊員となった。以後よろしく頼む」

「はい!」

 そっかぁ……今、俺08小隊にいるんだなぁ……。

 

 

「……そんなに緊張するな。敬礼、下ろして良いぞ」

「……はっ? あぁ、申し訳ありません!」

 感激のあまり余韻に浸っていたらしく、俺はその場で硬直していたようだった。それを見て笑いに包まれる作戦キャンプ(笑っているのは一名だけだったが)

 

 ヘラヘラ笑顔を隠さないエレドア曹長に、呆れ顔のミケル伍長。

 

マニュアルを必死に読み進めるカレン曹長と仏頂面のサンダース軍曹。

 

そんな面々を前にアマダ少尉……シロー隊長は余裕の表情を崩さない。

 

良い機会なので、彼の隊長としての言動をしっかり勉強したい所だ。

「では早速ブリーフィングを始める。今回の目的は敵基地の捜索にある。まず俺達はミデアから空挺降下で所定ポイントに……サンダース、聞いているのか?」

「……」

「サンダース?」

「……あ、申し訳ありません」

 俺が座った横のミケル伍長の、更に隣のサンダース軍曹の様子がおかしい。

 

 と、言うのも無理はない。

 

 今の彼は08小隊の所属するコジマ大隊、そのトップのコジマ大隊長より上のイーサン・ライヤー大佐からシロー隊長の監視を命じられているのだ。色々と葛藤する事もあるのだろう。

 

「……大丈夫ですよオグスター軍曹」

 そんな俺の表情を憂いか何かと勘違いしたのか、ミケル伍長が小声で俺に話しかけてきた。

「こんなんですけど、08小隊はメチャクチャ優秀なんですから! ……階級は僕より上かもしれませんが、年齢もここでの軍歴も僕の方が長いんです。遠慮なく、先輩として頼って下さいね!」

「は、はぁ……ありがとうございます、ミケル先輩……」

「先輩……先輩かぁ……」

 自分で言って何を感動しているのだろうか、この人は……?

 

 

 その後、シロー隊長のブリーフィングを受けた俺達……“俺達”!! 08小隊はミデアの格納庫へと向かう事になった。

 

 

「よぅスパイのあんちゃん! 達者でな!」

「……」

 通路に出ると同時、ミデアのパイロットがシロー隊長にそんな言葉を投げかけた。一方の隊長は何も言わない。

 

「おっと」

 不意に、背中が巨大な何かに押された。前に出たサンダース軍曹の体が当たったのだ。

「隊長は、スパイなんかじゃない! そんな器用な人間じゃないんだ……!」

 

 嗚呼、そう言えばこの時期と言えば、シロー隊長はジオンのアイナ・サハリンと雪山でビームサーベル風呂デートをした後だったな。

 

 感動のあまり意識していなかったが、今は劇中後半の時間軸だったんだ。

 

「……オグスター軍曹、スパイ容疑のかかった俺みたいなのが隊長の小隊に呼んでしまって、すまなかったな」

 不意に、シロー隊長にそんな事を言われた。

「いえ、ジャングルで孤立していた自分を助けてくれた命の恩人が、スパイなんてやましい行為を出来るなんて、思ってませんから」

「……ありがとう、期待に添えるよう、頑張るよ」

 

 OVAで本編を見ているのでスパイ疑惑なんて最初から抱いてもいないのだが、今のシロー隊長には歪んで伝わったのか、帰ってきたのは渇いた返事のみだった。

 

「それより、君のガンダムの方はどうだ? 大丈夫そうか?」

「空挺降下用のパラシュートは、何とか取り付けたのですが……」

 シロー隊長と一緒に、俺のガンダムの方を見た。

 

 陸戦型用に調整された装備を無理矢理背負ったその姿は、あまりにも場に不釣り合いな姿だった。

 

「一応、パラシュートなしでも降下出来るのは実践済みですが……」

「なんたって大気圏から無傷で降りてきた化け物だからな。……でも、降りるのがゴールじゃないんだ。無駄に機体のエネルギーを使う必要は無い」

「そうですよね」

「ウチのメカニックを信じてくれ。……カレン! 君から先に降下してくれ!」

「……了解!」

 カレン曹長の緊張交じりの声と同時ミデアの後部ハッチが開かれた。

 

 

 ……そして、丁度真下を航行していたジオンのガウ攻撃空母との不意遭遇戦が始まる。

 

 一番奥にガンダムが置いてあった俺が出撃したのは、シロー隊長がガウ攻撃空母を見逃した後だった……。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 大気圏突破してきた俺が今更数千メートル如きで失敗するはずがない。

 

 

 そう思っていた時期が俺にもありました。

 

 

「うわっ……うわあああぁああぁああぁあぁあぁ!?」

 

 当然だが、宇宙から落下するのに比べて、落ちる距離は短い。

 

 つまるところ、地面までそんなに余裕がないのだ。

 

 それでもパラシュートの展開には成功するが、元々陸戦型の背中と肩で固定する事前提のバックパックを何とか背中だけで支えようとしたのだ。

 

 結果。

 

 パラシュートは開いたが、地上への降下を前に俺のガンダムは情けなく大地に叩きつけられる羽目になる。

 

 下が川で無ければマジで危なかった……!

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「なぁ、オグスター……だっけ? ちょっと聞きたいんだが」

 

 移動中のホバー・トラックの中で計器をチェックしていたエレドアが通信機越しに話しかける。

 お相手は、自分がいない間に拾ったという新参者だった。

 

『はい、なんでしょう?』

 

 現在08小隊は部隊を二つに分け、それぞれ進軍中だった。

 

 と、言うのも空挺降下直後、カレンの乗る陸戦型がジオンの水陸両用モビルスーツの強襲を受け、頭部パーツを損傷してしまったのだ。

 

 そのままの作戦行動には支障が出ると判断したシローはホバー・トラックに乗るエレドアとミケル、そしてテリー・オグスターをカレンの護衛としてミデアとの合流ポイントに直行する様に命令を下した。敵軍基地の捜索の方は、シローとサンダースの二人だけで続行している最中である。

 

「お前さん、ミケルより若いのに曹長なんて偉いよな」

「ちょっとエレドアさん! 本人を前にそんな事言います普通!?」

 操縦桿を握っていたミケルが食いつくが、エレドアは手をヒラヒラと動かしながら適当に流す。

「でも、士官学校を出たにしては階級が低い。宇宙では特殊部隊の隊長さんだったんだろ? だったら最低でも中尉か、大尉くらいの階級でも良さそうなもんだが……」

『あぁ、それですか? ……実は自分、戦争が始まったせいで課程を終える前に戦場にほっぽり出されたんですよね』

「そうなのか……ミケルもそうなのか?」

「違いますよ失礼な! 僕はちゃんと卒業してます!」

「そんな食いつくなって。ただ俺は……振動!? 止まれ!!」

 

 エレドアの言葉で、ホバー・トラックと二機のガンダムが足を止める。

 

「この振動は……モビルスーツ!? 前方約4キロに四つ! こっちに接近中だ!」

 先程とは打って変わって真剣な声色になったエレドアから指示が飛んだ。

一向に緊張が走る。

 

『なんたってそんな近くにいるんだい!』

「さっきの海坊主と一緒で隠れていたんだろ! ……クソッ、モビルスーツが二機いるからって強気なルート選ぶんじゃなかった……!」

 

 現在この周辺で稼働しているジオンと言えば、その大半がオデッサから逃げてきたものばかりだ。

故にまとまった敵モビルスーツはいないだろうというエレドアの読みが完全に外れてしまった瞬間だった。

 

 せめてカレンのガンダム一機なら、こんなルートを取らなかっただろうに。

 

『どうすんだいエレドア! こっちは白兵戦なんて無理だよ!』

 カレンから焦りの声が聞こえた。

 

彼女のガンダムは頭部の代わりにビームライフルのスコープをモニター代わりにしていて、移動はともかく戦闘なんて不可能に近い。

 

「実質一対四……どうする!?」

 エレドアが歯嚙みした、その時だ。

 

『エレドア曹長、自分に考えがあります!!』

 

 黙っていた新参者が、口を開いた。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 ザクに乗っているジオン兵は、疲弊していた。

 

 それも当然だ。オデッサの敗戦からこっち、ろくな補給も受けずに逃げ回っていたのだ。

 

機体もそうだが、特に空腹が酷い。

 

 四機のモビルスーツというのは敵を威圧するには充分だが、その実情はただの張りぼてに近い。

 

『隊長! 前方に連邦のモビルスーツらしき影が!』

 だからだろう、小休止を挟んでモビルスーツを動かした矢先、すぐ近くにいた連邦軍を前に判断が一瞬遅れてしまったのだ。

 

「アイツは、マズいな……!」

 

 向こうは“顔つき”タイプが一機、それに負傷したらしき“顔なし”の二機。

 

 だが、彼らは知っていた。

 

 

 オデッサで暴れ回る“白い悪魔”を。

 

 

「アイツと同型だと……!?」

 

 勝てるわけがない。

 

 “アイツ”相手に、数的有利など通じる筈がない。

 

 ザクのパイロットは逡巡し、ザクを放棄して全力でその場を離れる作戦を思いついた。

 

 敵が攻撃する前に。

 

 しかし、状況は彼の予想外に進んだ。

 

『友軍のジオン兵、聞こえるか! 私はキシリア・ザビ少将である!!』

 

 不意に、連邦のモビルスーツからオープン回線で通信が飛ばされてきたのだ。

 

『キシリア・ザビだって!?』

『でも、あの声は確かにキシリア閣下だぞ!』

『なんだってこんな所に!?』

 部下のザクのパイロット達にも、動揺の混乱が走る。

 

『現在我々は、奪取した連邦の新型モビルスーツを移動させる為の極秘任務中である! 貴官らには是非とも、見なかった振りをして素通りして頂きたい! 後方に連邦の別動隊が迫っている! 貴官らが道を開いてくれなければ、私は連邦の“フリ”をして貴官らを撃たねばらない! 私に同胞を殺させるな!』

『ど、どうします隊長……?』

 

 部下の一人が、ザクのパイロットに問いかける。

 

 答えは、一つしかなかった。

 

「了解しましたキシリア閣下! ご厚意に甘え、我々は友軍基地を目指します! ご武運を!」

『感謝する』

「ジーク・ジオン!」

『ジ、ジーク・ジオン!』

 

 結局、ザクのパイロットは戦闘命令も、モビルスーツを乗り捨てる命令も出さずにその場を後にする判断を下した。

 

 ……普通に考えれば、月にいる筈の軍のトップがこんな最前線で敵のモビルスーツに乗っているなんて滅茶苦茶な話がある訳がないのだが。

 

 

 ザクに乗っているジオン兵は、疲弊していたのだ。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

『ジオンの連中、離れていくぞ!!』

「……ふぅ」

 エレドアからの通信を聞いたカレン・ジョシュアがヘッドセットのマイクから手を離し、深くシートに座り込む。

 

 “舞台脚本”を聞いた時は「そんな馬鹿な」と思ったカレンだが、過ぎ去るザクの背中を見ると「そんな馬鹿な…」と思うしかなかった。

 

『まさかジオンの将校を語って敵を追い返すなんて……!』

『カレン曹長の声を聴いた時、昔ジオンの放送で聞いたキシリア・ザビの声を思い出したので、もしかしたら行けるんじゃないかと。……本当は一瞬の油断を誘って先制するつもりが、こんなにも上手く行くとは……』

 

 ミケルと共に、作戦を進言したテリーも驚きの声を隠せないでいた。

 

『しっかし、カレンがこんなに演技が上手いとは思わなかったぜ!』

「こっちは緊張でそれどころじゃなかったんだ! ……全く、ウチの隊長以外にも、変な男ってのは結構いるもんなんだね……」

 

 

 その後。

変な疲れ方をした彼女は、ミデアとの合流地点まで喋ることはなかったという。

 

 

 



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第12話【決戦の前夜】

 

「眠れないのか?」

 一人で夜空を眺めていると、後ろからシロー隊長が声を掛けてくれた。

「……はい」

 

 嘘である。

 

 本当はカレン曹長の陸戦型ガンダムが陸戦型ガンダム(ジム頭)になる感動の瞬間を見ていたのだ。

 

 当のパイロットに「見せもんじゃねぇぞ!」と怒鳴られながら追い出され、今に至るのだが。

 

「無理もない。明日は決戦だからな」

 彼は両手に一つずつコーヒーカップを持っており、その内の一つを俺に渡してくれた。

「ありがとうございます」

「ブラックだが」

「大丈夫ですよ……本当は、紅茶派なんですけど」

 

 流石に夜は冷える。

 

 俺はシロー隊長に礼を述べた後、頂いたブラックコーヒーを口に含んだ。

 じんわりとした苦みが口いっぱいに拡がる。

 

「……エレドア達から聞いたよ。まさか敵のフリをして戦闘を避けるなんて中々やるじゃないか」

「敵を逃がしたなんて知れたら、軍法会議ものですけどね」

「だが、俺はそういう考え嫌いじゃない。……敵も人間なんだ。そりゃ、今は戦争なんてやってるけど、出来るだけ無駄な死者は出したくないんだ」

「それでスパイ容疑、かけられてたんでしょ?」

「お前も似た様な事したんだぞ?」

 真剣な声色で尋ねると、シロー隊長も同じように真顔で返してきた。

 

「……ふふっ」

「あははっ! やっぱり君、面白いな!」

 

 それが何かおかしくて、俺達はつい笑顔を見せてしまう。

 

「君の所属するフォリコーン……だったか? そこから連絡があった」

 不意に、シロー隊長がそう切り出してきた。

「本当ですか!?」

「あぁ。二日後にはこちらに到着するらしい」

「そうですか……」

 

 シロー隊長から目を離し、空を見上げた。

 

 ここに……08小隊として共に戦えるのも、後一日か……。

 

 たった五日(内三日は睡眠)離れただけだったが、何故かずっと会っていない様な、そんな感覚が俺を包み込んでいた。

 

「マナ達の所に、帰れる……」

「君にも大切な仲間がいるんだな」

「……はい。皆さんに会えて嬉しかったのであまり気にしてなかった筈なんですけど、いざ明後日会えると思ったら、何かこみ上げてきちゃって……」

 

 心の底から思える事だった。

 

 大好きなアニメのキャラクター本人達にリアルで会えるというのは感動するが、それでもやはり最前線の硬いベッドを体験すれば、フォリコーンの自室は恋しくなるものだ。

 

「作戦の成否に関わらず、君とは本当に最後の戦いになるんだな……オグスター」

「はい……はい?」

シロー隊長……もしかして今、俺の事を普通に呼んだ……?

「テリーと呼ぶとサンダースが変な顔をするからな。構わないか?」

「こっ……こちらこそ、光栄であります!!」

「それは良かった。……オグスター、明日の決戦がどうなるかは分からない……だけど、君は必ず仲間の元へと届ける。それまでは、俺が、俺達8小隊が君の仲間だ。必ず、皆で生き残ろう」

「……はいっ!」

 シロー隊長の差し出した手を、俺はしっかりと握り返した。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 一方その頃、衛星軌道上で待機していたジオン軍のムサイ級巡洋艦“ペールゼン”は依然、連邦の新造戦艦を遠方から監視していた。

 

「サレナ少佐。“黒木馬”に動きが。どうやら、地球に降りるようです」

「例の黒いモビルスーツが地上で発見された、という情報は本当だったみたいね……」

 

 伝令を伝えたムサイの艦長の方には目をくれず、サレナ・ヴァーンはブリッジから連邦の黒い戦艦を見つめていた。

 

「他には?」

「は。……キシリア閣下からご命令です。地球へ降下し、地上でシャア大佐のマッドアングラー隊と合流せよ、と」

「赤い彗星は少佐ではなかったか?」

「ジャブロー基地のゲートの位置を特定したそうで、先程大佐に昇格なされました」

「女の小間使いで昇格とは、赤い彗星も地に堕ちたものだな……だが、他でもないキシリア様の命令とあれば無視も出来ん。コムサイを用意しろ。イフリート・ダンと共に地球へ降下する」

「あの、我々はどうすれば……」

「頭は飾りではないだろう? 自分で考える事だ」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 翌日。

 決戦の日。

 

「おはよう皆。ついに今日は決戦だ」

 テリー・オグスターを含め一列に並んだ08小隊のメンバーの前で、シロー・アマダが口を開いた。

 

「現在、友軍が命懸けで敵拠点の正確な位置を観測してくれている。俺達8小隊の任務は、その観測を基に砲撃を行うガンタンク部隊の死守にある。主戦場から離れた位置ではあるが、敵のモビルスーツ部隊は必ずこちらを狙って来るだろう」

「……」

 

 全員が黙って聞いてくれているのを確認し、シローは続ける。

 

「その為、三機のガンタンクにそれぞれ護衛を着ける。俺とカレンとサンダースがその担当だ。オグスターは遊撃隊とする。指示はエレドアに従ってくれ」

「遊撃、でありますか?」

「あぁ。戦場は建造物で入り組んだ旧市街だ。この地形だと俺達の陸戦型より、機動力のある君のガンダムの方が遊撃に向いていると判断した。だが、あくまで目的はガンタンクの護衛だ。最悪敵の足を止めてくれるだけで構わない。敵をキルゾーンに追い込んでくれれば、俺達が撃破する」

「了解です」

 

「最後に……今日は確かに決戦だが、これで戦争が終わる訳じゃない。明日も、明後日もきっと戦いは続く。でも、この戦いが一つの区切りなのは確実だ。少なくとも、この辺でもジオンとの戦いは無くなるだろう。……だが、それもこれも、生きて帰らなければ意味がない。状況如何では逃げるのも構わない。だが、生きる事からだけは逃げるな。……作戦終了後にはオグスターの送別会を開くつもりだ。コジマ大隊長と交渉して酒も食事も大量に確保してある。それだけからは逃げるなよ! 以上! 各員持ち場に急げ!!」

「「「「了解!!」」」」

 一糸乱れぬ敬礼をした後、カレン、サンダース、エレドア、ミケル、テリー達がそれぞれの搭乗機の元へと走る。

シローも続いてコックピットに乗り込み、Ez‐8を起動させた。

 

「08小隊、出撃!!」

 

 



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第13話【震える山(前編)】

「フォリコーン、大気圏突入シーケンスを終了。通常航行に戻ります」

 

 

 08小隊含めた極東方面軍がジオンの鉱山基地への総攻撃を開始したとほぼ同時刻、補給を終えたペガサス級強襲揚陸艦フォリコーンは無事に地球への降下を果たしていた。

 

 

「現在地は?」

「コジマ大隊基地の南西200キロ地点、予定通りのコースです」

 

 

 彼女らが向かうのは、落下したテリー・オグスターを保護してくれたコジマ大隊の常駐する前線基地だった。

 

 

「艦長。山の向こうで爆発を確認しました。戦闘の様ですが……」

「確認出来る?」

「いえ……ミノフスキー粒子の影響か、レーダーが上手く機能しません」

「分からないか……とりあえず基地を目指しましょう。折角一日早く降下出来たんです。テリーくんを早く迎えに行ってあげましょう!」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

『オグスター! 右からスカート付きが来る! 距離200!!』

「了解!」

 

 

 エレドア曹長の指示通りに右にビームライフルを構え、発射する。

 

 爆発音、なし。

 

 

「外れた!?」

『いや、こっちで捉えられた! 任せな!!』

 

 

 側面からカレン曹長の声が聞こえたと同時、ビームライフルの発射音が響く。

 

 振動、爆発。

 

『ナイスショットだジム頭!』

『ジム頭はやめてくれよジム頭は……』

 

 ガンタンクのパイロットに褒めらているらしいカレン曹長だが、その声色には照れよりも呆れの方が大きい様子だった。

 

 格納庫で眺めている時に「そんなに気になるなら機体交換するか?」と言われたので、彼女がどんな評価を下しているのかなど明白なのだが。

 

 

『どうやらこの辺一帯の敵は殲滅できたようだ。各員は所定の位置につけ! その後メシにしよう』

「ふぅ……」

 

 

 シロー隊長の言葉を聞いて、俺は一度操縦桿から手を離した。

 

 襲撃してきた敵は、ザクが五機に、ドムが一機。

 

 その内四機は昨日騙したのと同じザクだったようで、俺のガンダムを見るや否や一気呵成に攻めてきたのだ。

 

 その内二機は何とか仕留めたが、残りはそれぞれ08小隊のガンダム達に一機ずつ撃破して貰った。

 

 

「なんか俺、弱いなぁ……」

『いや、オグスター軍曹はよくやってるよ』

「サンダース軍曹!?」

 

 

 通信を切り忘れていたらしい。そんなついうっかり洩れた独り言に反応したのは、サンダース軍曹だった。

 

 

『お前が的確に敵を追い込んでくれたから撃破出来たんだ。それは誇って良い』

「そんなもんですかねぇ……」

 

 オデッサ作戦が終わった現時点での俺の総撃墜スコアは、ザクが八機にムサイ級一隻のみ。テーマがちょっと違うポケ戦を除けば、一年戦争のガンダム主人公では最弱のスコアなのは間違いなかった。

 

『アシストは優秀だから“アシストのテリー”とでも呼ばれるかもしれんな』

「サンダース軍曹も冗談、言うんですね」

『俺の事をなんだと……』

 

 

“テリー”同士の束の間の談笑を楽しんでいた、その時だった。

 

『エレベーター!? 地下からだ! サンダース! オグスター! 左前方!!』

「!?」

 

 振動と共に、廃ビルの一つが爆発した。

 

 そして、一体のモビルスーツが地上へと現れる。

 

「ノリス・パッカードのグフカスタムか!?」

『近すぎて死角だ! カレン!』

『任せな!』

 

 グフカスタムは丁度、サンダース軍曹が護衛する量産型ガンタンクが隠れる廃ビルの直上を陣取っていた。当然、その横にいる俺からも死角で攻撃出来ない。

 

 だが、これはこれで良いのだ。

 

 “後の展開”を思えば、このタイミングでガンタンクには全滅して貰わねばない。

 

 もし俺が“部外者”として“歴史”を変えるなら、それは今じゃない。

 

 

「一度身を隠します! エレドア曹長! どこか良い場所ありませんか!?」

『ちょっと待ちなよ……』

 

 

 だが、それはそれとして全力で相手をする気持ちもあった。

 

 何故なら今の俺は、08小隊の一人なのだから……!

 

『右に50、後ろに30の地点の高速道路下に向かえ!』

「了解!」

 

 エレドア曹長の指示通りの場所へ向かう。

 

 丁度、カレン曹長のジム頭と、彼女が護衛するガンタンクの横の位置だ。

 

 

「ここからなら、向こうも把握できまい……!」

 

 だが俺は敵のオーラに威圧されていたせいか、はたまた08小隊OVAを最後に見たのが5年以上昔だったからか、劇中の細かい演出をすっかり忘れていた。

 

 前方の道路目掛けて放たれたグフカスタムのガトリング砲が、周囲に砂埃を舞わせる。

 

『煙幕のつもりかい…!』

「ダメだ! カレン曹長! ガンタンクが!!」

『なにっ!?』

 

 砂埃の中に突っ込むが、時すでに遅し。

 

 二機目のガンタンクのコックピットが、真上から串刺しにされてしまう。

 機体のオイルが、まるで返り血の様にグフカスタムの顔にこびりつく。

 モノアイが動き、こちらと目が合った。

 

「ッ!?」

 

 

 しまった! 迂闊に前に出たせいで、向こうに位置がバレてしまった!!

 

『私達が、手玉に取られた……!? こなくそっ!』

「え、援護します!」

 

 二機のガンダムのビーライフルによる十字砲火。

 

 だがそれもヒラリと躱し、ビルの奥へと消える。

 

『どこ行った!?』

「止まると危険です! 動き続けなければ……!」

 

 俺がカレン曹長の後方死角をカバーする様に移動した、その時だ。

 

 もう既にこと切れた量産型ガンタンクに、銃弾の雨。

 

「しまった!?」

 

 ガンタンクの爆発。

 

「うわっ!?」

 

 爆風で先程以上の砂埃が舞った。

 

 視界が悪い。

 

 何も、見えない。

 

「!?」

 

 側面から衝撃が襲ってきた。

 

 金属が断ち切られる音が響く。

 

 

『ビームライフルがやられた!』

「くそっ! 俺のもです!!」

 

 

 中央からバッサリ切られた借り物のビームライフルを捨て、サーベルに手を伸ばす。

 

 相手はたかだがアニメキャラだと心のどこかでは思っていたが、それが間違いであるとようやく心の底から理解が出来た。

 

 あのシロー隊長の姿が、言葉が平面に見えたか?

 

 いや、あの姿は、あの言葉は正しく“本物”だった。アニメじゃない。

 

 なれば、敵も当然そうだし、戦いも状況に合わせて変えてくる。

 

 そして現に、ガンダム三機を容易く翻弄し、長距離攻撃手段のみを的確に狙ってきているのだ。

 

「勝てるのか……? 俺達に……」

 

 汗が頬を伝わる。

 必死に歯嚙みしようと顎に力を入れるが、何故か噛み合わない。

 

『真上だオグスター!!』

 

 エレドア曹長の怒号が聞こえた。

 見上げる。

 

「あれは……!?」

 

 頭上から現れたのは、右の肩を血のような赤色に染めた、白いイフリート。

 

「宇宙で見た貴様が何故ここに!?」

 

 ビームライフルを発射する。

しかし弾は全て奴の体をすり抜けてしまう。

 

「くるなっ! くるなあぁぁあぁぁ!!」

 

 ビームサーベルを抜剣する。

しかし敵のサーベルが手首に直撃し、ビームサーベルはビームを出すことなく地面へと落ちていった。

 

 そのままサーベルが頭上から振り下ろされる。

返す刀で切り上げ、横凪ぎを三連。

だが実剣では、ルナ・チタニウム合金を抜けられる筈がない。

 

「遊んでいるつもりか! 一思いに逆刃のビームサーベルを使えば良いものを!!」

 

 その言葉が聞こえたのか、はたまた斬る事を諦めたのか、敵はサーベルの柄でメインカメラを潰した。

 



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第14話【震える山(中編)】

 暗い。

 

 外が見えないコックピットの中は、こんなにも暗かったのか…。

 

「脱出しないと…あいつに…あいつに殺される!」

 

 初めて会った戦闘で、俺は手も足も出なかった。

あの時地球に蹴り落とされていなければ、間違いなく俺は死んでいただろう。

 

「死ぬ……?」

 

 なんだか急に冷えてきた。身体の震えが止まらない。

 

「いやだ……死にたくない……“僕”はこんな所で一人で死にたくない!!」

 

 否。

 震えていた原因は寒さではなく、“恐怖”だった。

 身体の底から涌き出る感情が、やがて心まで……。

 

 ……ちょっと待て。なんで俺は自分の事なのにこんなにも冷静でいられるんだ?

 

「ヒッ…!」

 

 モニターが生き返った。

画面がいつもより荒い。おそらくサブカメラに切り替わったのだろう。

 

「あいつが…またあいつが来た!」

 

 体が勝手に動く。目の前には廃ビルがそびえ立っていた。

 

「“僕”は死にたくない! だからお前が死ねぇぇぇぇぇ!!」

 

 おい、やめろ! アレはモビルスーツですらない!

 

「うわあああ! うわっ うわあああああああ!!!!!」

 

 ガンダムの拳がビルにめり込み、亀裂が走る。

 …おいこれ不味いぞ。これ以上は…!!

 

「!?」

 

 案の定、壁を破壊してバランスを失ったビルが、こちらの方へと倒れ込んできた。

 逃げようにも体が言う事を聞かず、俺のガンダムは情けなく瓦礫の下敷きになってしまう。

 

 

「うう……うううう……」

 

 ほら、言わんこっちゃない。

完全に身動きが取れなくなってしまったではないか。どうしてくれる。

 

『エレドア! 戦況はどうなったの!? 隊長は!!』

『騒がなくたって聞こえてるぞ! ……まずいぞ、隊長が敵に掴まった! サンダース! お前が一番近い!! 西に200移動しろ! 急げ!』

『了解!』

『エレドアさん! オグスター軍曹は!?』

『アイツなら新兵らしく泣きながら喚いてるよ! ほっとけ!!』

『そんな!』

『いいかミケルよく聞け! あいつのガンダムは特別硬く作られてんだ! ビーム兵器でも使われねぇ限りやられはしねぇんだよ!!』

 

 08小隊の隊員達の声が聞こえる。

 

 おい、聞いたかテリー・オグスター?

 泣き喚いてるんだってよ。

お前、それで良いのか?

 

「……」

 

 なんて情けないヤツだ。

 最強のモビルスーツであるガンダムを乗りこなし、ぶっつけ本番で大気圏突入をやってのけたお前が、たかだか一度負けたイフリートに恐怖を覚えて“幻覚”まで見るとは!

 

「幻覚だったのか……?」

 

 そうだ。ここにアイツはいない。アイツの嫌な“思念”が届かなかったのが何よりの証拠だ!

 それを勝手に勘違いで見えない敵を一人で作り出して怯える!!

 

 それでも男か! 軟弱者!

 

「僕は……それでも、怖いんだ……!」

 

 そんなの当たり前だ! 殺すか殺されるかの戦場に立つと決めた、兵士になると決めたのは俺じゃない! お前の筈だ! お前は何のために士官学校で戦い方とやらを学んだんだ!

 

「それは……正義の為に……」

 

 嘘つけ!

 俺はお前だ!!

 嘘なんか通用すると思うな!!

 

「いつまでも子ども扱いするパパとママを見返してやりたかった……」

 

 それだけか!

 今もそうなのか!?

 

「でも、学校に向かう時のシャトルでマナと相席になって、その時からずっと彼女に良い所を見せたくて……!」

 

 良いぞ、その調子だ!

 

「踏ん切りがつかなくて、結局離れ離れになって、再会できたと思ったら、また離れ離れになって……!」

 

 それがお前だ、テリー・オグスター!

 

「!?」

 

 それがお前の戦う理由だ!

 お前が死ねば、マナ・レナ達とはもう会えない!

 

「会えない……?」

 

 それだけならいい!

 ここでお前が情けなく蹲っていれば死にはしないだろうが、あの白いイフリートがマナ・レナ達を殺すだろう!

 お前が!! 何もしなければそうなる!!

 

「そんなの……そんなの嫌だ……!!」

 

 嫌だろう!?

 だったら立ち上がれ!

 そして今一度“お前が誰か思い出せ!”

 

「僕は……僕は………俺は!!」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「俺は……生きる!!」

 Ez‐8の破損した左腕を引きちぎって武器にしたシロー・アマダの猛打撃が、敵エースの乗るモビルスーツを捉えた。

 しかし、がむしゃらな攻撃など当たる筈もない。

「生きて……アイナと添い遂げる!!」

 

 その一言が“当たった”。

 続く様に、叩き込んだ“腕”が敵モビルスーツの頭部に直撃。ツノと動力パイプを叩き折った。

 

 

 体勢を立て直す為か、その場を離れんと敵モビルスーツが身を引こうとした。

 

 

 その時だ。

 

 

『俺は、テリー・オグスターだぁーーーーーっ!!」

「!?」

 

 シローの前の前に現れたのは、黒いガンダム。

 そのガンダムが敵モビルスーツに組み付き、そのまま一緒に瓦礫を粉砕しながら猛進していったのだ。

 

「オグスター!?」

『隊長! 無事ですか!?』

 その光景を前に困惑したシローの前に、サンダース達が駆け寄る。

「あのモビルスーツは!? エレドア!!」

『ダメだ! ドミノ倒しで建物が破壊されるせいで、どれが“震源”か特定できねぇ!!』

「オグスター一人では無理だ! カレン! サンダース! まだいけるか!?」

『当然!』

『俺はもう“死神”の名を返上したんです! こんな所で“仲間”を死なせたりはしません!』

「よし! エレドアとミケルはそのまま索敵! 俺達は“足”を使って探すぞ!!」

『『『『了解!!』』』』

 

 

 

 だが、シロー達08小隊がテリー・オグスターを発見した時には見たのは、既に奪われた己の得物でビルに串刺しにされた敵モビルスーツと、爆発する最後の量産型ガンタンクの姿だった。

 

 08小隊は、負けたのだ。

 

 

 



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第15話【震える山(後編)】

 山が、震えた。

 ジオン軍基地で開発されていた巨大モビルアーマーが、遂に完成してしまったのだ。

「熱源確認!」

 極東方面軍司令艦であるビッグトレーの管制の叫びがブリッジに響いた。

 

「うおぉ!?」

 

 モビルアーマーから放たれたメガ粒子砲が、山の中腹に大きな傷を作る。

 

 たった一撃でこの威力。

 

 連邦軍主力艦であるマゼランすらも凌駕する火力を、あの緑の化け物は有しているとでも言うのだろうか?

「ジェット・コア・ブースター隊出撃! モビルスーツ部隊も向かわせろ!」

 基地司令であるイーサン・ライヤー大佐が部下にそう通達した、その時だ。

 

 

『連邦軍に告ぐ! こちらはモビルアーマーのパイロット、アイナ・サハリン! 一時休戦を申し入れます!』

「なんだと!?」

「どういうつもりなのだ……?」

 横で戦況を眺めていたコジマ大隊長と共に困惑の色を見せるライヤー。

 

『先程の攻撃は威嚇です。無事か!』

『あ、あぁ…』

『その境界線を越えぬ限り、攻撃はしません。これから基地の傷病兵が脱出します。……お願いです。その間だけ、攻撃を止めてください……!』

 

 到底許容できない内容だった。

 “あんなもの”を見せておいて、抵抗するな、だと?

 

「銃を突き付けておいて休戦だと!? 我々は恐喝には屈しない!」

『信じてもらえないなら!』

 

 ライヤーが引き続き攻撃命令を下そうとしたが、モビルアーマーのパイロット、アイナ・サハリンの方が一歩早かった。

 

「……!?」

 

 なんと彼女は、コックピットハッチを開き、その姿を外界に晒したのだ。

 

 向こうは本気で“休戦”を求めてきたらしい。

 

「…それもよかろう」

 

 ライヤーの指示で、ジェット・コア・ブースター部隊の出撃命令“は”中止された。

 

「ジム・スナイパー、スタンバイ!」

「し、しかし今!」

「私は何も約束した覚えはない」

 

 驚愕するコジマの横で、ライヤーは静かに戦況を見守っていた。

 

 戦争でなくとも、口約束など役に立つものか。

 

 

 休戦する“振り”をして、コックピットだけ焼き払ってしまえばいい。

 

 だが、ライヤー以下、この場にいた連邦軍の兵士は誰も知らなかったのだ。

 

 コックピットに、もう一人パイロットが乗っている事を。

 

「熱源反応!」

「まさか!?」

 

 コジマが言った、その“まさか”だった。

 

 巨大モビルアーマーが放った拡散メガ粒子砲は無慈悲にも、前線に展開していたモビルスーツ部隊を軒並み焼き払ってしまったのだ!

 

「先手を撃たれた! コックピットは狙えんのか!」

「スナイパーII、まだ配置に付いていません!」

「やむを得ん。病院船を「司令! 後方よりペガサス級の接近を確認!!」

「ペガサス級だと!?」

「モニター、後部に切り替えます!」

 

 管制の言う通り、ビッグトレーの後方にそびえる山を越える様に、黒いペガサス級強襲揚陸艦が姿を現した。

 ミノフスキー粒子が濃すぎたせいで、ここまでの接近に気が付けなかったのだ。

 

『こちらペガサス級強襲揚陸艦フォリコーン、艦長のマナ・レナ少佐です。大規模な爆発反応を確認したので、援護に馳せ参じました!』

 

 キャプテンシートに座った金髪の少女が、モニターに映った。

 

「ここで救援とは心強い。基地司令のライヤー大佐だ」

『早速ですが大佐。ミノフスキー粒子の影響で山の向こうでは通信も届かず、戦況が良く分かっていません。指示をお願いします!』

「指示か……」

 

 ここでライヤーは、一計を案じた。

 

「少佐! もうすぐ前方の基地からジオンの戦艦が宇宙に向けて発進する! その艦には前方のモビルアーマーと同型の大量破壊兵器が搭載されているとの情報を掴んだ!」

『なんですって!?』

「大佐!!」

 

 コジマが掴みかかる勢いで接近するのも無視して、ライヤーは続ける。

 

「こちらの攻撃手段は軒並みやられてしまった! アレを宇宙に上げさせてはならん! 是非貴艦の砲撃で撃墜して頂きたい!」

『了解です! メガ粒子砲スタンバイ!!』

 

 

「……フフフッ」

「大佐! なんて事を!!」

 通信を切った直後、流石に腹に据えかねたコジマに言い寄られたライヤーは、頬を釣り上げて、こう言った。

「彼女は私の部下ではない。部下ではない彼女が勘違いで勝手に“病院船”を撃墜しても、我らにはなんの罪もないのではないかな……?」

「……どっちもどっちだ」

 コジマの悪態を無視して、ライヤーは再び前を向いた。

 

 戦争とは、こういうものなのだ。

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 一方、ペガサス級強襲揚陸艦フォリコーンではそんなライヤー大佐の思惑など気が付く筈もなく、攻撃の準備が進められていた。

 

「メガ粒子砲発射スタンバイ! 並行して機動兵器部隊発進準備!」

「メガ粒子砲発射スタンバイ! 並行して機動兵器部隊発進準備もお願いします!」

 艦長であるマナ・レナの声がブリッジに響く。

 

「鉱山基地の下から熱源! ジオンのザンジバル級戦艦です!」

「射角調整! 大気圏を突入する前に「ダメです!!」

 

 慌ただしく攻撃準備が進んでいたブリッジに、一迅の風が吹く。

 

「ミドリ伍長!?」

 

 それは、リーフ分隊の隊長である、ミドリ・ウィンダム伍長だった。

 “謎の白いモビルスーツ”との戦闘の後、ずっと自室でふさぎ込んでいた彼女が、寝巻のまま四日ぶりにブリッジに顔を出したのだ。

 

「艦長! あの艦を沈めてはいけません!」

「何言ってるの! アレには大量破壊兵器が……」

「嘘です! そんな筈ありません! あんな悲しみに満ちている船に、人を殺すモノなんてありませんよ!」

「そんな感覚の話で見過ごせると思う!?」

 不調の兵士の戯言など、聞くだけ無駄だ。

 そう思ってマナ・レナが前を向いた時だった。

 

 

『撃つな! マナ・レナァァァァァァァ!!』

 

 

 専用回線ではなく、広域の通信。

 主戦場から少し離れた、旧市街地からだった。

 この声には聞き覚えがある。

 聞き間違える筈がない。

 

「テリーくん!? 本当にテリーくんなんだね!!」

『あの艦には負傷兵が乗っているだけだ! 撃ってはいけないんだ!!』

「ザンジバル級、なおも上昇中!」

『何をしている少佐! 早く撃て!!』

 ライヤーも通信を飛ばし、マナ・レナに命令を飛ばす。

「しかし大佐。彼が言うには……」

『一兵士の戯言で上官の命令を無視するというのか!! 撃ち落とすのだ!』

「艦長!」

『マナ!!』

『撃て!!』

「……メガ粒子砲発射用意!」

 それが、軍人であるマナの判断だった。

 

「艦長!?」

「準備出来てんの!?」

「は、はい! 照準も……」

「照準補正! 左に20度!!」

「それでは……!」

「その地点に目掛けて発射! 絶対に外さないで!! 撃てぇーーーッ!!」

 

 マナの非情な命令と共に、フォリコーンから放たれたメガ粒子砲が空を切り裂く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 攻撃は、外れた。

 

 

 

 

 

 

 

「ザンジバル級、大気圏突破しました!」

『マナ!』

『な……ッ!?』

 

 モニターにテリー・オグスターの安堵の顔が、イーサン・ライヤーの引き攣った顔がそれぞれ並んだ。

 

『貴様、何をしたのか分かっているのか!?』

「大佐。お言葉ですが、本艦は、私は大佐の直属の部下ではありません。偶然通りかかった独立部隊です。大佐は我々に命令する権限を持ち合わせていないはずですが?」

『小娘め! 後でどうなるか思い知らせ』

 ライヤーが言い切る前に、通信ばバッサリと切れてしまう。

 

「あー、すいませんかんちょぉー。なんか、通信が切れちゃいましたぁー」

「……それは、仕方ないですね。では改めて、本艦は前方のモビルアーマーを叩きます!」

『いや、待ってくれ艦長! フォリコーンは後退してくれ!!』

「何故ですテリー軍曹!?」

『アプサラス……あのモビルアーマーのメガ粒子砲は危険だ! フォリコーンが前に出れば、狙い撃ちされるぞ!! 後は“隊長”に任せれば大丈夫だ!』

「隊長……? その人に任せれば、倒せると!?」

 

 マナの疑問に、テリーは今まで見た事の内容な満面の笑みを作ってみせた。

 

『あぁ、そうだ! いつだって、最後に必ず“愛”が勝つ!!』

「はぁ?」

 

 

 

 

 その後の戦闘の結果、イーサン・ライヤー大佐は敵のメガ粒子砲の直撃でビッグトレーのブリッジごと爆死した。

 

 そして件の巨大モビルアーマーは、一機の“ガンダム”によって撃墜され、戦闘は終わった。

 

 その“歴史”だけは、変わらなかった。

 

 

 

 



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第16話【嵐の中で輝いて】

 

「コジマ大隊長。短い間でしたが、本当にお世話になりました」

 戦いには、勝利した。

 だが、俺達8小隊は、アプサラスと共に基地の中に消えていくシロー隊長を見つけることが出来なかった。

 

 ……ここから先は“二人の物語”なので、邪魔するのはどうかとも思うのだが、やはり部下としては安否が気になるというもの。新参者の俺ですらこれだけ心配のだから、正規メンバーの心中は計り知れない。

 

 だが、それはそれとして、ようやくひと段落ついたのだ。

 

 正直、ノリス・パッカードと戦っている最中から「これ、俺がいてもこの先の展開かわらないんじゃないか?」と戦々恐々したものだが、こうしてケルゲレンの脱出を成功させてあげられたという事実だけでも達成感に満ち溢れるというもの。

 

 後は“彼”が無事に辿り着いてくれれば……。

 

「これは軍人としてではなく、一人の良識ある大人として言わせてもらうが……オグスター軍曹。よくぞあのペガサス級の艦長を思い留まらせてくれた」

「自分が……でありますか?」

「あそこで君が言わなければ……いや、君が言ったからこそ、彼女は大佐の命令を無視したのだと私は思うのだよ」

 

 そうなのだろうか?

 “こっち”に関しては無我夢中になって大声で叫んでいただけなので、何か勝算があった訳ではないのだが。

 

「でも、その……大隊長。それでマナ……マナ艦長や自分も命令違反で軍法会議ー…とかー…?」

「マナ中佐が自分で言っていただろう? 独立部隊で直接の指揮権はないと」

「で、でも自分は臨時とはいえ08小隊預かりとなっているとシロー隊長から……」

「あぁ、それなんだがね……実はまだ、君を正式に大隊預かりにする書類の捺印を押していないのだ」

「は……?」

 俺の疑問もどこ吹く風か、コジマ大隊長は続ける。

 

「いやぁ、忙しくてすっかり書類に判を押すのを忘れてしまってね。今君が原隊復帰しないで戻ってくれると、正式に大隊預かりとなって命令違反を咎められるのだが……全く、軍人の命令系統とはつくづく厄介なものだよ……」

 

 言葉ではそう言っているが、何を言いたいのかははっきり分かった。

 そんな書類一枚、ピンポイントでハンコを押すとは思えない。

 

 コジマ大隊長は「無かった事にしてやる」と言っているのだ。

 

「……ありがとうございます!」

「早く行きたまえ。あの艦にいる仲間たちも、きっと心配しているだろう。……アマダ少尉を失った、君達と同じくらいね」

「コジマ大隊長……これは自分の勘でありますが、シロー隊長は生きていますよ。必ず……」

「私だって、それを信じているさ……」

 

 

 

 それからが大変だった。

 

 コジマ大隊長のご厚意に甘える為には長居する訳にはいかず、結局08小隊の隊員達とは別れの挨拶も交わす事無くフォリコーン隊に復帰。

 

 

 マナに泣きつかれるのは予想していたが、先に泣きついてきたのは格納庫にいたヒータだった。そして、俺に「テリー・オグスターではないのでは?」と疑惑の目を向けていたミドリちゃんでさえ、泣きながら俺に何度も謝ってきた。

 

 

 葉っぱ柄のパジャマ可愛いなぁ、なんて間の抜けた事を思いながらブリッジの方に顔を出すと、やっぱりマナに泣きつかれた。

 

 

「大丈夫!?」「なんで三日もくれなかったんだ! この馬鹿!」「ごめんなさい…ごめんなさい…」「っていうかテリーくん汗臭い!」「陸軍の制服格好いいな…!」「ごめんなさい…」と三者三様の言葉を投げられかけていた俺が解放されたのは、戦場が見えなった頃だった。

 

 

 そして、まだ目元を真っ赤にさせたマナがキャプテンシートに戻ると、高らかに命令を下した。

 

「テリー・オグスター軍曹の回収は無事成功しました! これより本艦は、破損したガンダムのオーバーホール及び、再度宇宙に上がる為にジャブローを目指します!」

「了解! 進路変更! 目標、ジャブロー基地!!」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「シロー……? シロー! 大丈夫ですか!?」

「んっ……?」

 澱んだ意識の中、自分に語り掛ける声を聞いたシロー・アマダは閉じていた瞼をゆっくりと開いた。

「シロー!」

 シローの名を呼んでいたのは、アイナ・サハリンだった。

 彼が目を覚ました事で感極まったのか、目尻に涙を浮かべながらシローに抱き着くアイナ。

「アイナ……無事か?」

「私は……でも、シローが……」

「俺もどこも……ッ!」

 

 意識がどんどんはっきりしてくる中で、痛覚の方も戻ってきた。

 右足に、激しい痛みを感じる。

 

「あぁ、俺、生きてるんだなー…」

「……えぇ。私達、生きているんです」

「アイナ。俺はもう、君を離さない」

「私もよ、シロー……」

 

 見つめ合う二人。

 だが、状況はあまり芳しくなかった。

 

「……とりあえず、ここを出よう」

「そうね。シローの足も見てみないと……あらっ? コックピットが閉まってる……」

「落下の衝撃で閉まったか……。ダメだ、ガンダムは動きそうにない。押し上げるしかなさそうだ。すまないアイナ、頼めるか?」

「任せて」

 コックピットの側面に立ちながらアイナは力いっぱいハッチを持ち上げた。

 しかし、場所が悪いせいで上手く踏ん張りが付かず、女性であるアイナ一人では到底開けられそうになかった。

 

「二人で一緒に押せば……!」

「ダメよシロー! そんな足で無茶したら、どんな事になるか!」

「俺はアイナと色んな場所を一緒に見て、色んな場所を一緒に回って、色んな場所を一緒に感じたいんだ。その為だったら足の一本惜しくなんてないさ! 君がずっと、そばに居てくれるなら」

「シロー……分かりました。シローの片足分くらい、私が背負って見せます」

「よし、じゃあ三つ数えたら同時に……」

 

 押し上げよう、とシローが言おうとした、その時だった。

 

「!?」

 

 ひとりでに、ハッチが起き上がり始めたのだ。

 

 否、誰かが外からこじ開けようとしている……?

 

「ジオンの兵か!?」

「いえ、この基地にはもう生きているジオン兵はいないわ。だとしたら……」

「連邦軍か。……マズいな。俺、“軍を抜ける”って言って飛び出したから、逮捕されて、最悪銃殺刑かも」

「そんな……! 銃を貸してくださいシロー。私が突破口を開きます」

「外に何人いるか分かったもんじゃないんだぞ?」

「それでも! 私は生き残る事を諦めません!」

 

 

 シローのホルスターから拳銃を引き抜き、前に構えるアイナ。

 仮に撃たねばならないなら、8小隊以外の誰かであってくれと願うシロー。

 

 

 だが、ハッチをこじ開けたのは、二人の予想もしなかった人物だった。

 

 

「ご無事でしたかアイナ様! ……おや、お助けするタイミングを間違えましたかな?」

「ノリス!?」

 

 そこにいたのは連邦軍所属の兵士ではなく、ジオンのノーマルスーツに身を包んだ男だった。

 

「生きていたのですね!」

「えぇ。……恥ずかしながら、敵に情けを掛けられてしまいまして」

「情け……? もしかして貴方は……!」

「“俺はアイナと添い遂げる”……だったか? あの一撃は効いたよ」

 先程まで戦っていたグフのパイロットだと気が付いて身構えるシロー。

 

「大丈夫ですよシロー! ノリスは私の……父親代わりの様な人だから」

「そういう事です。娘をやるに相応しい男かどうか見定めるのは、ここを離れてからでも遅くはないでしょう」

 

 ジオンの兵士、ノリスに肩を貸されながら、シローはゆっくりとガンダムのコックピットから脱出した。

 

「ありがとう」

「この程度……さておき、随分と下まで落ちてきましたな。ここをなら連邦軍も辿り着くまでに少し時間が掛かるでしょう。アイナ様、彼の手当の準備を」

「分かったわ。それまでシローをお願いね、ノリス!」

 ガンダムから離れるや否や、アイナは基地の奥へと走っていった。

 

 つい先ほど戦場で相対していた初対面の男二人だけが、ポツンと残される。

 

「あの……ノリス、さん……?」

「そう畏まらなくても、私は君の事を認めている。どうした?」

「俺は、貴方のモビルスーツのコックピットを仲間が貫いた所を見たのですが……」

「幽霊だとでも言いたいのか? 足ならちゃんとあるぞ?」

 

 そう言ったノリスは、シローに当時の様子を語ってくれた。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「アイナ様の想い人と出会う……面白い人生であった!」

 

 ノリス・パッカードは、グフ・カスタムのコックピットの中で、人生の幸福を噛み締めていた。

 

 眼前には、ビームサーベルを構える黒いモビルスーツ。

 

 “最後”を飾るのが彼ではないのが惜しいが、あのパイロットも戦士としては中々光るモノを持つ、とノリスは評価していた。

 

 モビルスーツの性能もあるだろうが、とにかくあのパイロットはダメージコントロールが上手い。どんな死角から攻撃を入れても必ず対応し、機能不全を回避する戦い方は、正しくモビルスーツと“人機一体”を成している、そんな印象を持つことが出来た。

 

 だが、まだ素人の皮が取れ切っていない。

 

 戦闘に夢中で、真後ろの“タンクもどき”まで射線が通っている事に気が付いていないのだ。

 

 

「だが……負けん!」

 

 ノリスの“勝利”はこの敵に勝つ事ではない。

 

 ケルゲレン脱出までの時間稼ぎ、及び航路の安全確保。

 

 その為なら、この命など惜しくは無かった。

 

 サーベルを構え、グフ・カスタムが走る。

 

 呼応する様に、黒いモビルスーツも走り出した!

 

 

「勝ったぞぉ!」

 

 最初から目の前の敵に斬りかかるつもりなど毛頭ない。

 自分の命を“囮”に、タンクもどきに銃弾の雨を浴びせた。

 

 直撃。

 

 爆発。

 

 勝った。

 

 

 

 ……だが、何故自分はこれを視認出来ている?

 

 

 

『ノリス大佐! 聞こえるか!!』

「接触回線!? あの黒いのからか!」

 

 少年の声がコックピットの中に響く。

 ビームサーベルは、直前で切られていたのだ。

 故障、というにはタイミングが出来過ぎている。

 彼は故意に空振りしたのだ。

 

「日和って情けを掛けたつもりか! だが、この勝負、私の勝ちだ!!」

『それで良い!!』

「なんだと!?」

 

 全く予想していなかった反応に、ノリスは困惑した。

 

『頼むノリス大佐! 脱出して、基地に戻ってくれ!!』

「……どうやってケルゲレンの事を知ったか知らないが、私はもう宇宙には帰れん!」

『そうじゃない! アイナだ、アイナ・サハリンの元に!!』

「己が身の可愛さの為にアイナ様の名前を出すか!」

『待て! 本当に違うんだ! 俺は本当に、貴方に生きていて欲しいだけなんだ!! 証拠を見せる!!』

「証拠だと……!?」

 

 何という事か。

 黒いモビルスーツのパイロットはあろう事かコックピットハッチを開き、そこから顔を出したのだ。

 

 金髪の、少年だった。

 

「……これが若さか」

 

 正直、何故彼が事情に詳しいのかは全く理解できなかったが、あの年程の少年が戦争に“幻想”を抱いている事自体は珍しい話ではない。

 

 ただ自分が、その頃を忘れているだけで、きっとノリスにもそんな時期があったのだ。

 

「……よかろう、話くらいは聞いてやる」

 

 どの様な言い分があれども、自分は既に命を捨てた身。

 ならばこの少年に付き合ってやるのも一興、そう考えたのだ。

 

 コックピットハッチを開く。

 もう味わうことはないと思っていた地球の風が、彼の頬を撫でた。

 

「ありがとう。俺はテリー・オグスター」

「テリー・オグスター……? テリー・オグスターだと!?」

「は?」

 

 何という事だ。

 

 まさかこんな所で“彼”と再会するとは!

 

「生きて連邦に入るとは……いやはや、人生とは何があるか分からないというもの!」

「お、おい! ちょっと……」

「ドズル・ザビ閣下が知ればどの様な顔をされる事やら…!」

「すまん! 良く聞こえなかった!!」

「かつて君にした事を返されたのだよ私は! では少年! もう会うことはないだろう!!」

「待って! これから“生きる事から逃げるな!”って格好良く説教してやろうと思ったのに、なんで一人で納得してるの!? 教えてノリスさーーーーーん!!」

 

 少年の言葉を背中に受けながら、ノリスは走った。

 

 

 約束通り、帰りましょう、アイナ様。

 

 



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『10 Years After』

U.C.103

「なるほど……テリー・オグスター公式軍歴に極東方面軍に所属した記録が無かったのは、そういった背景があったんですね」

 長年取材し続けたテリー・オグスターの意外な一面を知ることが出来た瞬間だった。“アクシズ落とし”をする様な非情な男が、まさか負傷兵を乗せた戦艦を見逃すなどと言うのは、後年を知る自分たちからすれば想像する事も出来ない。

「滞在日数も一週間を満たないというしな。最も私は、コジマ大隊長がただ単に書類作成を渋った事を格好つけてそう言った、と解釈しているのだが」
「そのコジマ大隊長は、事務仕事が苦手だったと?」
「そういう事はないだろうが、一年戦争当時の極東方面といえば、激戦区だ。決戦が近いという事もあり、優先順位が低かったのだろう。鬱蒼としたジャングルを境界に泥沼の戦いをしていた様は、正しく西暦時代の“西部戦線異状なし”と言った所か。……とまれ、戦況が大きく動こうとしている時に、迷子の兵士一人に掛ける時間は無かったという事だな」
「西部……なんですって?」

 聞きなれない単語に、つい素で返してしまう。
 西暦……宇宙世紀以前の情報というのは、“アクシズ落とし”以降確かに需要が高まってはいるが、それでもほとんどの記録が残っていない状態だ。
 いや、あるにはあるが、それは全て“白い惑星”の中である。
 で、あるならセンセイは、少なくともアクシズが落ちる以前からそう言った事情に詳しい人物だったのだろう。

「古い、諺のようなものでしょうか?」
「……そういうものだ。すまん、忘れてくれ」
「はぁ……」
「……」

 嫌な間が開いた。
 取材という意味でも、コミュニケーションという意味でもこれは頂けない。
 なんとか場を繋ぐ話題を考えなければ……そうだ!

「テ、テリー・オグスターの話題とは少しかけ離れるのですが、実は私、その戦場の近くに取材に行った事がありまして!」
「ほぅ」

 どこかよそよそしい表情をしていたセンセイの顔に笑みが戻った。
 よしよし、こう言った経験が大事になるというカイ師匠の言葉は嘘ではなかったな。

「丁度一年戦争が終結して、10年経った時の話なのですが……」
「それは気になるな。私ばかり話していても面白くない。是非、聞かせてくれ」
「はい。……あれは、暑い夏の日でした」




~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

U.C.0089

 

「くそっ!」

 

 極東のジャングルの中で、一人の若い記者が悪態をついていた。

 

 彼の名は、ジョナサン・クレイン。

 

「おいジョナサン! どうだ!?」

「ダメですカイさん! 完全に嵌ってしまいました!」

 現在フリージャーナリストのカイ・シデンの下で修業していたジョナサンは、二人で取材の旅に出ていた。

 一年戦争終結から丁度10年が経った現在も、宇宙では新たな戦争が続いている。

 それでも一つの“節目”であることに変わりはないので、こういった取材記録は後年の為になる、とカイは言ったのが旅のきっかけだった。

 

「だからって、こんな沼地をバギーで通らなくても!」

「いやぁ、悪いね! どうもモビルスーツに乗ってた時の癖が抜けなくてさ!」

「もう10年以上前の話でしょ! 近道したいって言ったのカイ師匠じゃないですか!」

「忘れた~」

「あぁ、クソッ!」

 

 運転席で優雅に地図と睨めっこする師匠に中指を立てた後、必死にバギーを後ろから押すジョナサン。

「しかし参ったな……ここ、どこだろうね?」

 

 そう。彼らは現在、絶賛迷子中だったのだ!

 

「……ん? 見ろジョナサン! 向こうに煙が上がっている!」

「なんです!?」

 

 カイが指さした方角に目を向けるジョナサン。

 深い森で視界が悪いが、確かに煙が舞い上がっていた。

 

「ここからさして遠くないか……バギーで待ってろジョナサン。助けを呼んでくる!」

「お、俺はここに置いてけぼりですかぁ!?」

「この辺には昔武装ゲリラもいたって噂だぞ。その“成れの果て”と交渉したいなら、師匠止めないケド」

「コイツの事は任せて下さい!!」

 

 

 

 それから体感時間二時間程(実際には一時間)ジョナサンが一人で待っていると、現地住民らしき若者が乗ったトラックが現れた。荷台には愛しき師匠の姿も。

「コンタクト取れたんですね!」

「これが師匠の交渉力よ」

 

 バギーの荷台からジョナサンが実費で確保した年代物ブランデーが無くなっている事を彼が知ったのは、この旅の終わり頃の話である。

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 ジョナサンとカイの乗るバギーの修理の間、(ひさし)を貸してくれると言ってくれたのは、村の隅にある孤児院だった。

「ようこそサハリン孤児院へ。私が校長のパッカードです」

 孤児院の入り口では、パッカードという老人が出迎えてくれた。優し気な笑顔を見せてはいたが、その体つきはしっかりしており、彼が元々“別の職業”に着いていたのは明白だった。

 

「ありがとうございますパッカード校長。私はフリージャーナリストのカイ・シデンです。こちらは弟子の…」

「ジョナサン・クレインと言います」

「ほぉ、あのカイ・シデンですか! いやはや、有名人に会えるとは、光栄の極みです」

「私の記事をお読みになられた事が?」

「いえ、軍歴の方です……ですが、ここではその事は伏せた方がよろしいかと」

「ティターンズの件で連邦のイメージが落ちましたからね……。と、いう事は、校長先生も?」

「さぁ、何の事だか……まずはこちらの部屋へ。子ども達をご紹介しましょう」

「「「パイナップルこうちょーせんせー!!」」」

 大きな部屋に案内されるや否や、十数名に及ぶ少年少女が一斉に押しかけてきた。

「パイナップル……?」

「この髪型でしょうな。無邪気というのはなんとも罪深い」

 

 ジョナサンの疑問に、パッカードは引き攣り笑顔で答える。

 しかし子ども達に囲まれてすぐ、その顔も満面の笑みに戻った。

 先程まで子ども達の相手をしていたであろう若い女の先生にも、同様の笑顔があった。

 

 ここには、そんな笑顔が満ち溢れていた。

 

「さぁ、君達、お客様がいらしたぞ! 挨拶してあげなさい!!」

「「「「こんにちはーっ!」」」」

「こんにちはーっ!! ……ほら、ジョナサンも負けてられんよ」

「こ、こんにちは!」

 

 師匠、そんな顔も出来たんだな、とジョナサンが心の中でひとりごちた、その時だ。

 

 

 

 

 孤児院に、低く響く地鳴りが轟いた。

 

 

 

 

「パッカードさん! モビルスーツからの砲撃です!」

「なんだって!?」

 

 ドアを破る勢いで走ってきたのは、先程トラックを運転していた若い男性だった。

 痩せこけた顔が青ざめる事によって、更に拍車をかけて顔色を悪く見せている。

 

「今すぐ村の若者を集めろ!」

「合点!」

「キキ先生は子ども達とお客様をシェルターに誘導してから皆と合流を!!」

「あいよ! さぁ皆! 私から離れんなよ!」

「「「「はーい!!」」」」

 モビルスーツがきた、というのに物怖じ一つ見せない子ども達が、キキと呼ばれた若い女の先生と共に孤児院の奥へと向かう。ジョナサンもそれに同行する事に。

 

「校長。私で良ければ手を貸しますが……」

「あのカイ・シデン殿が味方とは心強いですが……よろしいのですかな?」

「助けて頂いた礼くらいはしないと」

「では、私と共に! 旧式ではありますが、ガンキャノンがあります」

「やってみせましょう!」

 

 

 ジョナサン達と分かれ、カイはパッカードと共に孤児院を出た。

「アレは、旧ジオンの……!」

「ドワッジに、ザク・キャノン。それにグフですか……なるほど、悪くない編制だ! 軍隊であれば!!」

 

 パッカードの手引きで村の奥にあるジャングルへと向かうカイ。

 

 否、そこはジャングルに偽装した格納庫だったのだ。

 

 博物館行きもおかしくない様なモビルスーツ達が無造作に並べられている様な印象を受ける。

 しかし整備が完璧に行き届いているとは到底思えない。

 そのどれもがジャンクの塊だったのだ。

 

「このモビルスーツをお使いください!」

 

 パッカードが指さした方向には、大きな布を被ったモビルスーツがあった。

 

 が、布からはみ出しているこの砲台のシルエットは間違いなくガンキャノンのそれだった。正確には、量産型の、なのだが。

 

「先に私が出ます! カイ殿は合図があるまで待機してください」

「一人で三機と戦うおつもりですか!?」

「いえ、私は一人ではありませんよ。ここの村の人間は、生身でモビルスーツを倒すプロフェッショナルですからな。そのお手伝いをするまでの事!」

 

 そう言いながら、パッカードは量産型ガンキャノンの横のモビルスーツを覆っていた布を取り払う。

「また、お前に乗る事になるとはな……!」

 

 

 それは、グフ・カスタムだった。

 だが、少し違う。

 完全な復元が不可能だったからか、胴体のみザクを流用された継ぎ接ぎのモビルスーツ。それが跪いた状態で主の帰還を待っていたのだ。

「ノリス・パッカード、出るぞ!!」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「ぬぅ!?」

 勇んで乗り込んだノリス・パッカードは、早々に出鼻をくじかれた。

 コックピットに子どもが乗っていたのだ。

「クマゾー!?」

「おじいちゃぁあん……!」

 クマゾーと呼ばれた少年は顔面を涙でぐしゃぐしゃにしながらノリスに抱き着く。

 

「こんな所に一人で……! なんでキキ先生から離れた!」

「だって、みんな戦ってるんだも……! 僕もモビルスーツに乗って、敵をやっつけるんだも!」

「……で、怖くなって動けなかったと」

「……うん」

『ごめん校長先生! クマゾー君を見失った!』

 無線から掠れた音が聞こえる。キキの声だ。

 

「大丈夫だキキ先生! こちらで保護した!!」

『そんな所に!』

「あぁ、格納庫の安全な所に避難させてから……」

「逃げるのは嫌だも! 僕も一緒に戦うんだも!!」

『クマゾー!?』

 無線機に齧りつくように叫ぶクマゾー。

 

「親の血を継いでおられるのだな……。よしクマゾー。おじいちゃんから離れるんじゃないぞ!」

「わかったも!」

『ちょっと!』

「男が戦う決意をするのに、年齢は関係ない!」

『……全く、男ってこれだから! 勝手にしな!!』

 

 無線が切れる。

 ノリスはクマゾーと膝の上に乗せ、その上からシートベルトを着けた。

 

「おじいちゃん。のーまるすーつ、着なくていいんだも?」

「よく覚えていたな、偉いぞクマゾー。……おじいちゃん、この10年で太ってしまってノーマルスーツが入らないんだ……グフ・カスタム、出るぞ!!」

 

 小さな命を乗せた古い巨人が、立ち上がった。

 

 旧公国軍のモビルスーツは既に、村の前まで迫っていた。

 

『モビルスーツだって!?』

『しかもあのグフ、エース仕様じゃないか!』

『たかが一機だ。それにパイロットまでそうとは限らねぇぜ!』

 

 元々同軍が使用していたものだからだろう、敵の無線が、こちらにも届いていた。

 

「素人どもめ……!」

 

 無線を調整。こちらからの音声は届かない様にした後、スピーカーに切り替える。

 

「そこのモビルスーツ、聞こえるか! 食料が欲しければくれてやる! だが、それ以上モビルスーツで村に入ってみろ、命の保証はしない!」

「悪い奴らはとっとと出ていけだも!」

『なんだぁ!? ジジイとガキが乗ってるだと!』

『ベビーカーならぬ“ベビーモビルスーツ”ってか? そんなんで俺らを止められると思ってんのか!?』

『第二次降下作戦の頃からモビルスーツに乗ってるジオンの歴戦パイロットである俺達に勝てる訳ないんだよな! テメェこそ引っ込んで女と食料全部寄こしな!!』

 

 ジオン残党兵たちが嗤う。

 完全に二流以下のパイロットだ。

 この10年をさぞかし強運で生きてきたのだろう。

 

「情けない……大義を失ったジオンを騙り略奪とは……戦争で負けたのも納得というもの!」

『なんだと!?』

 

 だが、それも今日までだ。

 

「キキ! カイ殿!!」

 

 爆発が二つ、鳴り響いた。

 

 一つは、グフの下。対戦車砲がグフの股下に直撃し、そのまま後ろに倒れ込む。

 

 一つは、ザク・キャノンの腹部。ガンキャノンからの砲撃で、一撃で粉砕された。

 

「流石ですな、カイ殿!」

『村の人たちから正確な位置を教えてもらった上で敵さんがベラベラ喋ってたんじゃ、外す方が難しいですよ!』

「では、残りの一体は任せてもらおう!!」

 

 二人の戦士を乗せたグフ・カスタムが走り出した。

 

『ちぃっ!』

 

 ドワッジの持つジャイアント・バズが向けられる。

 

 不発。

 

『折角苦労して奪ったのに!』

「やはりただの野盗であったか!」

 

 一気に踏み込み、ドワッジの胴体にサーベルを横一閃。

 

『お頭ぁ! 助けてくだ』

 

 言い終わる前に、ドワッジのパイロットは死んだ。

 

「頭だと……?」

「おじいちゃん! 右から何かくるも!!」

「何ぃ!?」

 

 クマゾーの言葉に反応し、機体を移動させる。

 すると、その一瞬後に、ビームの光が轟いた。

 

『今のを避けたか……!』

 

 先程の男達とは違う、声が聞こえた。

 

 川から上がってきたのは、円盤型のモビルアーマーだった。

 

「ジオンのものではない!?」

『こんな寂れた村でアッシマーを出すまでもないと思ったが!!』

 

 円盤が変形する。

 その正体は連邦軍のモビルスーツ、アッシマーだった。

 

「旧式ばかりではなかったか!」

『死ね!』

「左に避けるも!!」

 

 考えるより先にクマゾーの言葉が。

 左に回避。

 

『なんで二回も避けれたんだ!? こうなったら……!』

 

 アッシマーを変形させる敵パイロット。

 

『アッシマーなら、こういう戦い方も出来る!』

 

 円盤形態による、突進が攻撃来た。

 

「ぬぉっ!?」

「わぁっ!? うわぁーーーッ!」

『校長先生! クマゾー!!』

 

 アッシマーに押し込まれ、そのまま空中へと掬い上げられるグフ・カスタム。

 高度がぐんぐん上昇していく。

 

『ガンキャノンのパイロット! 何とかできないの!?』

『俺が撃ったらまとめて落としちまうよ!!』

 

 やがて、村が小さく見える程に高い場所へ。

 アッシマーが、離れた。

 

『ロートルめ! 地球の重力に引かれて落ちるがいい!!』

 

 モビルスーツ形態に変形からの、蹴り攻撃。

 

「お、落ちるも!!」

 

 絶体絶命のピンチ。

 

「まだだ!」

 

 だが、ノリスは諦めていなかった。

 グフ・カスタムの腕から伸びたヒード・ロッドが、アッシマーの足を捉える。

 

『なんだと!?』

 

 流石にすぐに異変に気が付いたアッシマーのパイロットが、ビームライフルを連射。

 ノリスは振り子の様に体を揺らしながら、これを回避してみせる。

 

『なんて動きしやがる! 機体の腕が保たないだろうに!!』

 

 アッシマーのパイロットの指摘通り、グフ・カスタムの右腕からは嫌な悲鳴が聞こえてきた。当然、このまま落ちれば命はない。

 

『心中なんてゴメンだ!』

 

 円盤形態に変形し、脱出を図る。アッシマーのパイロット。

 

「逃がすものか!!」

 

 ブースターを最大出力で噴射。

 グフ・カスタムの腕が、更に悲鳴を上げる!

 

「保ってくれぇいグフ・カスタムよ! 今一度、私に大切な人を守る力をおおおお!!」

『やめろっ! 来るな! 来ないでぇえぇぇぇぇ!!』

 

 回り込む様にアッシマーの上を陣取り、そのままサーベルを突き刺した。

 

『ア……アッシマーが!?』

 

 その言葉を最後に、アッシマーは爆発した。

 




あとがき。

 こんにちは、一条和馬です。

 第一章第二幕08小隊篇、如何だったでしょうか?

 執筆に際してOVA見返したり、小説版読んだりしたので小隊面々がそれっぽい動きをしてくれたのではないかと自負しております。

 ファースト本編経由という事で、ビームサーベル風呂以降の話しか書けずOVA9、10、11話のみというボリュームにはなったのですが、書き上げてみれば予想よりも濃く出来たのでホッとしております。オマケで書いた後日談が一番楽しかったのは内緒。

 さて、三幕からは主人公はコジマ大隊を離れ、仲間と共にジャブローへ。

 遂に、白い“アイツ”と出会い、また白い“アイツ”を再会します。

 次回以降の更新をお楽しみに!

 君は生き残ることが出来るか?


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第一章第三幕~ジャブロー攻防篇~
第17話【フォリコーンの日常】


U.C.0079

 

「マギーさん! スペシャル・カレー一つ!!」

「いいよ」

 コジマ大隊からフォリコーン隊に復帰して早二日。

 オデッサ作戦の成功から地上のジオン軍が混乱状態に陥ったせいか、ジャブローまでの道中は戦時中とは思えないほど平和な旅路だった。

 そんな俺の平和な一日は、コックのマギー・リードマン姉さんの得意料理である“スペシャル・カレー”から始まる。

 

 スペシャル・カレー。

 その正式名称は“トラウマ克服カレー”。

 

 それは一見ただのカレーに見えるが、通常のカレーとは決定的に違う部分があった。

 

「はい、“トラウマ克服カレー”ね」

 

 手際よい動きでマギー姉さん用意してくれたのは、皮を剥いただけのジャガイモが乗った、大盛りのカレー・ライスだ。

 

 インパクトは確かに凄いが、宇宙世紀世界にとばされてからホームシックにかかっていないのは、この料理のおかげであるのかもしれない。

 

 最も、このメニュー自体は他のクルーには大不評で、これを頼むのは俺と、作った本人であるマギー姉さんのみであるらしい。女子だらけのフォルコーンでこんな男気しかない料理に人気が出ないのは、確かにわからんでもないが。

 

「分隊長、本当にそのメニュー好きですよねぇ」

 俺がトレイを持って移動した席には、既にシャード分隊の部下の二人が座って待っていてくれた。

「クロイ、男にはこれくらいガッツのあるものが必要なんだよ」

「いや、僕も男ですけど、そんなの無理ですよ……」

 サラダを食べながらそう言ったのは、クロイ・チョッコー。我がシャード分隊のナンバー2だ。

 自前のカメラで撮った日常の一ページをアルバムに収める、極めて年相応の少女らしい趣味を……。

 

「「え?」」

 彼女……いや、彼? の言葉に、俺と、向かいの席にいたもう一人の部下、ヨーコ・フォン・アノーと共に間抜けな声を挙げてしまった。

 

「え? どうしたんですか分隊長……?」

「お前……男だったの!?」

「そうですけど!?」

「「「ええぇーっ!?」」」

 

 その声は、俺達だけでなく、食堂にいたメンバー全員の声も重なった。

 

「まさっ……まさか今まで知らなかったんですか!?」

「いや、だって嘘だろこの艦には俺しか男いないと思ってた!!」

 ワナワナと震えるクロイに対し、俺は思った事を口にした。

 

 この食堂の主であるマギー姉さんが中性的な見た目な女性であった事もあってか、そう言う見た目の人も皆女性だとばかり思っていたのだ。

 まぁ、姉さんに関しては、よく見るとちゃんと出る所出てるのでちゃんと女性とは分かるんだけども。

 

「本当に男ですよ! もう、分隊長が地球に落ちちゃった後、僕しか男いなくて心細かったんですからね!」

「マジか……。ヨーコは知ってた?」

「全然知りませんでした……!」

 俺の横で驚きの表情を隠せない様子のヨーコがズレたメガネ(伊達)を上げなおしていた。基本無表情の彼女がこんなにも表情筋を動かしているのを見るのは珍しい。この場に鏡はないが、きっと俺も同じかそれ以上に変な顔をしていると思う。カウンターの向こうのマギー姉さんが震えながら視線外しやがった。

 

「つ、つまり僕、今まで分隊長にすら女の子扱いをされて……!?」

「今でも女の子だと思ってるよクロイちゃん。ちゃんとチンチン付いてんの?」

「セッ……セクハラですよそう言うの!!」

 男だと分かれば遠慮する必要ないやと椅子を半歩近づけ接近すると、クロイは顔を真っ赤にしながら同じくらい距離を取ってしまった。

 

「この反応、どう思うヨーコ君」

「乙女だと思われます分隊長殿」

「俺もそう思うわ」

「本当に違うんですってー!!」

「お、何だ何だ? 何の騒ぎ?」

 クロイが更に赤面しながら抗議していると、丁度訓練を終えたグレン分隊のヒータ達が食堂へと入ってきた。

 

 現在フォリコーンにはモビルスーツは三体しかないが、どうもジャブローで追加生産されたジムを受領する手筈となっているらしい。

 

で、その配置転換用のテスト訓練を行っているのが本日という訳だ。

 

最も訓練自体は宇宙でも行っていたので、今回は最後の承認試験の様なもの。因みにクロイとヨーコは見事合格し、これで我が分隊はモビルスーツで構成される事になる。

 

「……」

「よぅヒータ。そっちはどうだった?」

「……まぁ、戦闘機も悪くないだろうよ。根暗ちゃんはどうだ?」

「受かりました」

「良かったじゃん」

 “根暗ちゃん”と呼ばれたのはヨーコだ。

ヒータは普段通りだが、ヨーコの方は彼女を見ると途端に機嫌を悪くする様にも見える。

 

「分隊長、自分は先に休ませていただきます」

「お、おう……ちゃんと寝ろよ!」

「失礼します」

「……」

 

 さっきまで一緒にクロイを弄っていた時の表情すら忘れた様な氷の仮面をつけたヨーコが食堂を出るまで、俺達は何故か黙っていた。

 

「相変わらずよく分かんねぇヤツだなぁ……。マギー姉さん! いつものなー!!」

「……ヨーコって、ヒータ苦手なのかな……?」

「え? 分隊長知らないんですか? あの二人の犬猿の仲っぷりは士官学校でも有名だったじゃないですか」

 ヒータがカウンターの方へと行ったのを見た後にそう言ったのは、クロイだった。サラダを頬張りながら彼女……じゃなかった。彼は続ける。

 

「どうも二人は家柄的にも仲が良くないとか」

「家柄? え、何アイツら金持ちか何かなの?」

「それも知らないんですか!? あの二人は同期の中で唯一の貴族だって盛り上がってたじゃないですか!」

 

 ごめん、覚えていない。

 

「士官学校時代の事、あんまり覚えてないんだよなぁ」

「そうですよね……戦争中なんですから、こういう思い出は、忘れた方が良いんですよね……」

 

 男同士だという事もあって気心知れてしまったが故に、ついうっかり口に出してしまったが、クロイは曲解してしまったらしい。

 

 それで良い。俺は“テリー・オグスター”だが“テリー・オグスター”としての記憶がすっぽり抜けてしまった、なんて話をしようものならコイツ等に変な心配をさせかねない。

 

 

「でも、僕思うんですよ。軍人として己を殺すのは良い事かもしれませんけど、人間としてはどうなのかなって」

「……」

「だから、撮った写真をアルバムに付ける癖、始めたんですよね。せめてこれくらいは、人間らしいことしないと……」

「クロイ……」

「……なんて、ネガティブに考えちゃダメですよね! うん!!」

「いや……なぁ、写真撮ってるって事はさ……盗撮とかしてんの?」

「またそうやって茶化す! 今日の分隊長ちょっとオジサン臭いですよ!?」

「そうかなぁ?」

 

 東南アジア戦線から解放されたせいで、ちょっとテンションが変になっているのかもしれない。

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「君がサレナ・ヴァーン少佐だな?」

「はっ。お会いできて光栄であります。シャア・アズナブル大佐」

 目の前で敬礼する仮面の女士官に対し、シャア・アズナブルも敬礼を返した。

 

「報告は聞かせてもらったよ。まさか木馬と例の白いモビルスーツ……ガンダムの同型が宇宙に居たとはな」

「水中にいた大佐がご存知ないのは無理からぬ事でありましょう」

「耳が痛い話だ。だが、私とてただただ水泳を楽しんでいた訳ではない。……ジャブローの宇宙船用ドッグの場所を確認した」

「つまり、これからそこに赴くと」

「そうだ。キャリフォルニアベースの友軍も含めた総攻撃をかける。少佐、着たばかりで悪いが、君にも上陸作戦に参加して貰いたい」

「それが今の命令とあれば」

 と、口にはしていたが、サレナ・ヴァーンの表情は固い。

 

 恐らくそれを隠す為の仮面なのだろうが、同じく仮面を纏う男にとって、それを読み取る事など造作もない事だった。

 

「うむ……ジャブローの様子はどうか?」

 だが彼はそんな事情よりも、軍人としての責務を優先した。

 

「はい……ちょっと待ってください大佐! 上空西側より接近する機影確認!」

 シャアに話しかけられた通信官が声を挙げる。

 

「映像出るか?」

「モニターに出力します!」

「これが君の追う“黒木馬”だな?」

「……!」

 

 海上に出したカメラが捉えたのは、シャアが何度も辛酸を舐めさせられた連邦軍の新造戦艦木馬に酷似した黒い戦艦だった。

 

「黒木馬、ジャブロー基地へと入っていきます!」

「宇宙でガンダムの量産タイプと思しきモビルスーツも確認しました。恐らくその稼働データの受け渡しがあの艦の目的であったというのが、キシリア閣下のお考えであります」

「チッ。我々はまんまと“囮”を追わされていた、という事か……」

 

 だが、その“囮”にジオンのエースを何人も倒されてしまった。

 

 それは恐らく、連邦側にとっても不測の事態であったに違いない。

 

「……サレナ少佐。キャリフォルニアベースの部隊の出撃準備完了後、我々が先行してジャブロー基地に潜入する手筈になっている。それまでは休んでいてくれたまえ」

「了解です……シャア大佐」

「何か」

「あの黒木馬とモビルスーツ……黒いガンダムは私の得物です。それを横取りするというのであれば……」

「白い方のガンダムはともかく、そちらは私には関りはない。出来れば、関りがないまま終わって欲しいものだ」

「そうですか」

 それでは、と言い残したサレナは敬礼の後にブリッジを後にした。

 

「……」

「……なぁ、君」

「なんでしょう、大佐?」

「仮面は、流行っているのか?」

「……多分、大佐の影響かと思いますが?」

「そうかな? 私はそれだけの様には思えんのだ」

「はぁ……ニュータイプの勘、というものでありますか?」

「私は自分をニュータイプだとは思ってないよ」

 

 だが、シャア・アズナブルには確信するものがった。

 

 アレは、自分と同じく“復讐”を目的とした感情を秘めている、と。

 

 だが、自分を“懐に仕込んだ小刀”だとするなら、彼女は“抜身の刀”だ。

 

「……自己の身すら顧みない様な娘を前線に送り込むとは、キシリア閣下は非情でいらっしゃる」

 

 

 精々巻き込まれない様にしなければ、と仮面の裏で男は嗤った。

 



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第18話【アムロ・レイ】

 

「黒いホワイトベース……?」

 ホワイトベース隊のアムロ・レイがフォリコーンの事を知ったのは、かの艦がジャブローの宇宙船用ドッグに入港した時だった。

「ブライトさん、あの艦はなんです?」

 ブリッジから黒い戦艦が入港するのを見ていたアムロは、キャプテンシートに座っていたブライト・ノアに問い掛けた。

 

「分からん。ペガサス級はまだホワイトベースしか完成していないとばかり思っていたが……」

「そうですか……」

「あの船、随分と綺麗ね。あんまり戦闘してない様に見えるわ」

 

 そう言ったのは、操舵を担当するミライ・ヤシマだった。

 

 サイド7からずっとホワイトベースの舵を預かっていた彼女は、フォリコーンの状態を一瞥しただけで判断していたのだ。

 

「僕たちはあんなに苦労してたってのに、気楽なものですよね……」

「むしろ俺達が酷使され過ぎに思えるがな……アムロ。向こうのクルーに挨拶に行こうと思うが、君はどうする?」

「ガンダムも整備も一通り終わってますし、良いですよ」

「決まりだ。ミライ、何かあれば連絡をよこしてくれ」

「了解」

 

 ブライトの後ろを付き、アムロもホワイトベースを出た。

 

 ドッグではホワイトベースが再び宇宙に上がれるように気密チェックの改修が行われている最中であり、そこかしこで整備兵が走り回っている。

 

「む、ブライト中尉にアムロ君。君たちもフォリコーンを見に来たのかね?」

 整備兵の中にいた将校の一人がアムロ達に声を掛けてきた。整備の監督責任を任されているウッディ・マルデン大尉だった。

 

「あの艦はフォリコーンというんですか?」

「“ブラックベース”ではないらしいな。何でも、西暦時代に実在した特殊部隊の名前が由来らしいが」

 言いながら、ウッディ大尉もアムロ達に同道した。どうやら彼も、あの艦のクルーに会う様だ。

 

「という事は、あの艦も特殊な任務を帯びていると?」

「君たちがガルマ・ザビを討ち取った時辺りからかな、宇宙で先行量産型ジムの稼働データ収集や強襲揚陸艦とモビルスーツの連携訓練などを行っていたそうだ。……最も、後者の方は君たちの方がより実践的なデータを持ってきてくれただろうから、役に立つかは分からんがね」

「ジムというのは、ガンダムの量産機ですか?」

「そうだな。ガンダムほど頼り甲斐のある“顔”をしてはいないが……。そうだ」

 

 ガンダムと言えば、とウッディ大尉は続ける。

 

「あのフォリコーンにもガンダムが積んであるらしいな」

「なんですって? ガンダムは一体だけではないと?」

「やっぱりそうか」

 驚愕するブライトに対し、アムロはむしろ納得したような表情を見せていた。

 

「アムロは知っていたのか?」

「知っていたわけではないですけど、ガンダムの正式型番は“RX‐78‐2”ですからね。そりゃ、どこかにプロトタイプくらいはあるとは思ってましたけど……」

 

 

 まさか同じ様にペガサス級に搭載されて、同じ様にジャブローに来るとは……。

 

 

 “他に人がいないから”という理由でガンダムに乗せられて、ジャブローに辿り着くまで戦ってきた身としては思う事がない訳ではない話だった。

 

「だからって、今更降りろなんて言われても聞きませんけど」

「何か言ったか?」

「いえ……あ、ハッチ、開きますよ」

 

 ホワイトベースと同型の黒い戦艦のハッチが開き、アムロ達のすぐ近くまで道が伸びる。

 

「……女の子?」

 

 そこから出てきたのは、アムロより小柄な金髪の少女だった。

 

 下手をすれば彼の幼馴染でありホワイトベースに同乗しているフラウ・ボゥよりも背が低いかも知れない。

 

 彼女に続き、金髪の少年と、長身の女性が続いて歩いてくる。

 先頭の少女は確かに士官服を着てはいているが、流石に艦長ではないだろうなとアムロは考えた。

 

 と、なれば後ろのどちらかか。

 

 少年(と、言ってもアムロよりは年上に見える)はパイロットである様に感じ取ったアムロは、消去法で長身の女性が艦長であると判断した。

 

「大きいですね……」

「あぁ。下手をすれば2メートル近く身長があるんじゃないか……?」

 ブライトもアムロと同じ考えだったらしく、一緒になって頷く。

 

「ブライト中尉。向こうの艦長はマナ・レナ少佐だ。くれぐれも粗相の無いようにな」

「少佐ですか……了解であります」

「ウッディ大尉、何で笑ってるんです?」

「気のせいじゃないかな?」

 

 しかし、明らかに彼の目は笑っていた。

 

 他の連邦士官にたまに見せていたヘラヘラ顔ではなく、どちらかというと童心に帰った様な無邪気な笑顔が微かに、しかし確かに彼の顔にあった。

 

「ブライトさん、しっかり決めてくださいよ」

 それで嫌な予感がしたアムロは、一歩引いた。

 

「これでも今日までホワイトベースを引っ張ってきたんだ。今更少佐如きに臆しはしないさ」

 

 ブライトの方は“察した様子”もなく、黒いホワイトベース……フォリコーンから出てきた士官の方へと一歩歩み寄った。

 

「フォリコーンの艦長、マナ・レナ少佐ですね? 自分はホワイトベースのキャプテンを務めさせて頂いております、ブライト・ノア中尉であります」

「えっと……」

 

 しかし、長身の女性はバツが悪そうにブライトから視線を逸らす。

 

 瞬間、アムロは“勘が当たった”と確信した。

 

「その……私はただのコックです……」

「……ブライト中尉。私が、マナ・レナです」

「は?」

 

 固まるブライトに、申し訳なさそうに小さくなるコックさんと、明らかに機嫌を悪くしたマナ・レナ少佐を除いたアムロとウッディ大尉、そして金髪の少年は噴き出して笑いだしてしまった。

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 ボディーガードにコックのマギー姉さんを連れていこうと進言したのは、他でもない俺だった。

 

 なんたってウチの艦長には“威厳”がない。

 

 そりゃ、一緒にいればおっかない部分はよく見るし、結構容赦なく指摘してくる部分はあるが、基本的には年端もいかない少女である。

 

 男である俺が同道するのは士官学校時代からの“お決まり”らしいが、軍で、特にジャブローで少年少女の二人組など舐められるだけだろう、と踏んで一番見た目にインパクトのあるマギー姉さんにも一緒に来てもらったのだ。「テリーくんが横に居てくれたら何言われても大丈夫ですよ」とか「私、人前に出るの苦手なんですけど……」と渋る双方を何とか説得してジャブローの地に降り立った訳だが、まさかこんな“面白いもの”を開幕から見られたのは嬉しい誤算だった。

 

 俺に赤っ恥をかかされたと言われてしまったので、マナはマギー姉さんだけ連れてブライト・ノアと一緒に行ってしまった。

 

 これが恋愛シミュレーションなら明らかにマイナスイベントだろうが、あのアムロ・レイとウッディ大尉とは開幕から共通する話題が出来たというのはどう考えてもお釣りがくる筈だ。

 

無論、後でちゃんと土下座してやるが。

 

「アムロ・レイさん、ですよね?」

「そうですけど……貴方が、この艦のガンダムのパイロットですか?」

 まさかド直球で聞かれるとは思わなかった。

 

 でも、それがアムロ・レイ“っぽい”と考えたら確かにそれっぽい。

 

「はい。テリー・オグスター軍曹です」

「テリーさん……よろしければ後でそちらのガンダムを拝見したいのですが……」

「むしろこちらからお願いしようと思っていました! 是非、貴方のお話をお聞きしたい!」

 

 アムロが“もう一体のガンダム”に興味を持つのは大体予想が付いていた事だが、まさかこんなに早く交流できるというのは流石に予想外だったので純粋に嬉しい。

 

「あ、そうだテリーさん。こちら、ジャブローの……」

「ウッディ・マルデン大尉だ。よろしくな」

「よろしくお願いいたします、大尉!」

 

 ウッディ大尉曰く、これからフォリコーンに完成したジムを四機積み込む作業があるらしい。

 

 挨拶もそこそこに、俺達はウッディ大尉のご厚意で一緒に格納庫へと足を向けた。

 

 

 その時だった。

 

 

「大変よアムロ!」

「フラウ?」

 

 ホワイトベースの方から歩いてくる少女の影が見えた。

 

 アムロの言う通り、フラウ・ボゥが息を切らしながら走ってきた。

 

「どうしたんだい? そんなに慌てて」

「カツ、レツ、キッカの三人が迷子になったって!」

「なんだって!?」

 

 そうか、そんな時期か。

 

 ジムの格納庫で潜入したジオンの兵と接触した彼らは拘束されるが、機転を利かせて脱出し、爆弾を回収してそれを捨てる手助けをするという偉業を……。

 

 

 ……おい、それってつまり、ジオンがもうここに潜入を始めたって事じゃないか!

 

 

「カイさん達がバギーを止めて待ってるわ!」

「分かった! …すいませんテリーさん。ガンダムの話はまた後ほど」

「あぁ……フラウさん、でしたっけ? 人探しの様ですが、俺もお手伝いしましょうか?」

「良いんですか!? では、私と一緒に!」

 

 カツ、レツ、キッカの三人組の居場所は分かる。

 が、その場所に直行すれば、逆に彼らを巻き込んでジオン兵と戦闘する事になる。

 

 

 と、なれば、俺が取るべき行動は一つ。

 

 

 セイラ・マスと、“赤い彗星”……シャア・アズナブルとの接触だ。

 



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第19話【邂逅】

 

 

 サイド7コロニーからずっとホワイトベースで一緒に過ごしたカツ、レツ、キッカの三人がジャブロー基地での保護を拒んで行方をくらませた、という話を聞いたセイラ・マスはミライ・ヤシマと共にバギーの調整をし、現在はアムロ・レイを呼びに行ったフラウ・ボウを待っている最中だった。

「セイラさん! ミライさん!」

「待ってたわよフラウ! ……そちらの方は?」

「フォリコーンのガンダムパイロット、テリー・オグスターです! 何かお手伝い出来ないかと思って同道してきました!」

「助かります。では、テリーさんは助手席に。フラウは……そうね、ホワイトベースに戻って管制をお願いしてもいいかしら?」

「でも……」

「入れ違いになっちゃダメでしょ? ホワイトベースから通信してくれる人が必要だわ」

「そうですよね……」

 セイラの言葉に一応納得してくれたのか、渋々承諾するフラウ。

 

「セイラさん、ミライさん。それに、テリーさん。あの子達の事、よろしくお願いしますね!」

「えぇ」

「わかったわ」

「任せてください」

 

 フラウがホワイトベースの方へと向かうのを背に、ミライを後部座席に、テリー・オグスターなる少年を助手席に乗せたセイラはバギーのキーを回した。

 

「アムロくん達は、格納庫方面を調べてくれるらしいですよ!」

「じゃあ私達は、その反対側を目指しましょう!」

 テリーの言葉で方向を決めたセイラはアクセルを踏んだ。

 三人を乗せたバギーが前へと進む。

 

 

 

 

「……迷子になったというのは、ホワイトベースの乗組員なのですか?」

 走り出して間もない頃に、テリー・オグスターが声を掛けてきた。

 

「サイド7から脱出した時に保護した子ども達です。他の人たちは本人達の希望で途中で下ろしたんだけど、あの子達は最初の戦闘で両親を失ってしまって……」

「そう、だったんですか……」

 

 まさかそれも知らないで人探しを手伝ってくれるとは、この金髪の少年はなんて心優しいのだろうか。

 

 それに。

 

「……キャスバル兄さん?」

「え?」

 

 心なしか、彼の横顔にセイラの兄、キャスバルの影が重なったのだ。

 

 いったいこの少年は、何者なのだろうか……?

 

「セイラ! あの岩陰なんか怪しいんじゃなくて!?」

「そうね……ここで一旦降りて、手分けして探しましょう!」

 

 だが、今は子ども達の捜索が先だ。

 ミライに指摘された岩陰を調べる為にバギーを道路端に止めると、セイラたちはそれぞれ移動を開始した。

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 セイラさんとの接触には成功した。

 

 俺を見てはっきり“キャスバル兄さん”と小声で口にしたのは分かったので、少なくとも彼女もテリー・オグスターに“シャア・アズナブル”を重ねているのははっきり分かった。

 

 だが、それ以降の反応が無かったところを見るに、俺の“ダイクン家の末子説”は文字通り邪推に終わってしまった訳だ。

 

 ……一応SEED世界のラウ・ル・クルーゼの様な“クローン説”もない訳ではないが、宇宙世紀でクローンと言えばクラックス・ドゥガチくらいしか思い浮かばない。あの時代は今から約半世紀後である事を考えれば、この線はないとみて良いだろう。

 

 じゃあ何だ? 本当にただのそっくりさん?

 

 いやでも、キャスバルは自分そっくりの青年、シャア・アズナブルに“成り代わって”ジオンの士官学校に入学したのだから、もう一人や二人似たような顔の男が居ても不思議では、ない……?

 

 ん? でもこの設定はジ・オリジン版であって、テレビ版は違った様な……。

 

 

 そんな事を考えていた矢先だった。

 

 

「軍から身を引いてくれないか、アルテイシア?」

 

 岩陰から、良い声が聞こえた。

 

 間違いない。シャア・アズナブルだ。

 テンションが、上がった。

 

 さっきからそっくりさんなどクローン等真面目に考えてはいたが、根っこの部分は“生シャアを見たい”に尽きるのだ。

別にアムロ・レイでテンションが上がらなかったという訳ではないが、シャア・アズナブルが変な仮面被ってたのは一年戦争中くらいなので、レア度はこちらの方が高いのだ。

 

 

 だが、一応テリー君の顔がシャアにそっくりとはいえ、軍属的には敵なのだ。

 取りあえず銃だけ構えて警戒しながら飛び出そうとした、その時だ。

 

 

「シャア大佐! 岩陰に連邦の兵が‼」

「!?」

 

 どこかで聞いた事のある女性の声が聞こえたと思った時には、俺は咄嗟に身を捻っていた。

考える前に身体が反応していたらしい。

一瞬遅れて銃弾が掠めた。

 

「当たったたらどうするんだ!」

「その為に撃ったのよ!」

 

 岩陰に隠れながら銃弾の応酬。

 ただ、生身での戦闘は(俺が“テリー”になってからは)初めてだ。

 

とりあえず適当にばら撒くくらいしか出来ないが、別に敵を倒すのが目的じゃないのでこれで良い筈だ。

 

「セイラさん! ミライさん! ジオンだ!! ジオンの兵が侵入してきたぞ!」

「チィッ!」

「兄さん!」

 

 シャアと会う貴重な機会を逃したのは残念だが、それを対価に死ぬのなんて更に御免である。

が、邪魔した女の面くらいは拝んでおかないとな……!

 

「セイラさん逃げて!」

 一気に岩陰から飛び出し、セイラさんの前に立つ。

 

「……!?」

 

 残念ながら、シャア・アズナブルは既に姿を消していた。

 そこにいたのは、拳銃を構えたジオンの女軍人。

 

 白を基調としたカスタム軍服に身を包んだ、黒髪の女性。

 

「仮面だと!?」

 

 その顔は、シャアと似たようなマスクで隠されていた。

 

 

 え、誰? あの人???

 

 

 赤い彗星のファンかな??

 

 

 というか、あんなキャラ一年戦争時代にいたっけ?

 

 

「うーん……」

 

 岩陰から銃弾が当たる音を聞きながら、考える。

 

 ダメだ、アニメでみた記憶がない。

 だがこの“声”……どこかで聞いたような気がするんだがな……。

 

「サレナ少佐、援護はもういい。君も後退したまえ」

「了解であります、大佐!」

 その声のすぐ後に発砲音は消えた。

 

 代わりに基地のどこかから爆発音が聞こえる。

 

『こちらフォリコーン! テリー軍曹緊急事態です! 基地内部にジオンのモビルスーツが複数侵入! 至急戻って来てください!!』

「セイラ! フラウから連絡があったわ! モビルスーツがホワイトベースを狙ってるって!」

 

 フォリコーンからの連絡と、ホワイトベースから連絡を受けたミライさんからほぼ同じタイミングでジオン襲来の報せが届く。

 

 いや、ミライさん経由のホワイトベース隊の方が、いち早く反応したという証拠だろう。

 

流石、サイド7からずっと実戦をくぐり抜けてきたホワイトベース隊だ。

マニュアル外の対応という点では、俺達フォリコーン隊はまだまだ彼らには敵わないと嫌でも実感してしまう。

 

 でも、それでも全く役に立たないという事はない筈だ。

 

「ドッグに戻りましょう! 俺が運転します!!」

「えぇ、お願いするわ!」

 俺がバギーの方へと戻ると、その後ろをミライさんが着いて来てくれた。

 セイラさんらしき足音は、まだ聞こえない。

 

「……セイラ? どうしたの?」

「な、何でもないわ……行きましょう!」

 

 シャアと仮面の女が走っていった方に一瞬だけ目を向けたセイラさんだが、今は目先のジオンを何とかする方が先という事に気が付いてくれたらしく、すぐにバギーの後部座席へと滑り込んできた。

 

「飛ばしますよ!」

 

 キーを回し、エンジンを掛ける。

 ガンダムに比べれば、こんな四輪の操縦などお手の物だ。

 

 

 



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第20話【ヨーコ・フォン・アノーという女】

 

『分隊長! 待ってましたよ!!』

『隊長の指示待ちです』

 

 ミライさんとセイラさんをホワイトベース前で下ろした俺が急いでフォリコーンの格納庫へ向かうと、既に起動していた二体のジムから部下たちの声がした。

 

「クロイ! ヨーコ! 既にモビルスーツに乗っていたか!」

『ホワイトベース隊のモビルスーツは既に戦ってますよ!』

 

 俺がガンダムのコックピットへ向かっている最中も、クロイのテンションは上がりっぱなしだった。

 

 へっぴり腰になってるよりは、マシであろう。

 

「俺もガンダムで出る! ヒータ分隊長とミドリ分隊長は!?」

 

『おう! やっと帰ってきたか!』

 

 フォリコーンの格納庫からヒータの声がした。それとほぼ同時、二体のジムが現れる。先行量産型という事は、アレに乗っているのはヒータとミドリの二人で間違いなさそうだ。

 

『ホワイトベースの女の子とのデート、どうでした?』

「そんなんじゃないぞ!」

『おい、どういうこった!』

「だから違うって!」

 

 宇宙で離れてからずっと塞ぎこんでいたというミドリも、すっかり調子を取り戻していた。否、空元気で乗り切っているのかも知れない。その辺は本人のメンタル次第だが、仮に俺が何かしてやれるとしても、それは今じゃない。

 

「状況は!?」

 

 ガンダムのコックピットに滑り込みながら、計器をチェック。ノーマルスーツを着ていきたいが、敵が目前にいては悠長に着替えなんて出来ないのでこのまま行く事に。

 

『基地内部にジオンの水陸モビルスーツを確認! 中には赤いモビルスーツと、例の白いモビルスーツもいるそうです!』

「なんだって!?」

 

 白いモビルスーツ…“あの”イフリートが地球に降りてきていたってのか!?

 

「不味いな…」

 

 だが、今回は前回とは状況が違う。

 

 なんたってこちらにはホワイトベース隊が、アムロ・レイのガンダムがいるのだ。

 他力本願というのは少々情けない話だが、08小隊と共に戦った時に自分がいかに弱いかを実感してしまった以上、英雄的行動よりも慎重に行く方が良いと思う。

 

『分隊長、指示を!』

 

 何より俺は、モビルスーツのパイロットであると同時に、部下の命を預かる隊長でもあるのだ。

 

 シロー隊長の様に、俺も出来るだろうか…?

 

 

「よし、シャード01より各機へ! 我々の目的はフォリコーンとホワイトベースの護衛だが、我が軍の本拠であるジャブローをジオンが闊歩しているというのはよろしくない。よって! 積極的に前に出てジオンの連中を叩き出す! ただし無茶はするな! 相手にはあの“赤い彗星”と白いモビルスーツがいる! 生き残る事を忘れるな! 以上!!」

 

 よし、決まった筈だ。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「“生き残る事を忘れるな”ですって?」

 真新しいジムのコックピットの中で、ヨーコ・フォン・アノーは独り言ちる。

 

 戦争中にそんな生易しい考えが通用するものか。

 

 敵を討たねば討たれる様な現状で、生き残る事を優先しろだと?

 

「分隊長くらいはって思ってたけど、まさかね……」

 

 フォリコーン隊の連中は、そのほとんどが士官学校の同期で構成されている。

 加え、ずっと宇宙で訓練と試験しか行っていなかったのだ。

 

 彼女が何を思っていたのかというのは単純明快。

 

 “緊張感が足りない”のである。

 

 生きるか死ぬかの戦場のど真ん中で、彼女らは未だ学生気分が抜けていない、というのがヨーコの考えだった。

 

 特に艦長のマナ・レナとヒータ・フォン・ジョエルンが酷い。

 

 かの有名なレビル将軍直管の特殊部隊に着任するという名誉など露知らず男の奪い合いなどをしているのだ。本人達が口では否定しているのが尚気に入らない。

 

「なんで、私がこんな扱いを受けないといけないのよ……!」

 

 ヨーコの士官学校での成績は、総合四位だった。

 

 それだけ見れば、かなり優秀な成績を修められたと彼女は自負している。

 

 努力は怠らなかった。

 

 だからこそ“あんな連中”に成績表の上で負けたのが納得いかないのだ。

 

「でも、戦場でなら……!」

『シャード02! 右側に敵影! 警戒しろ!!』

「ッ!」

 テリー・オグスターの声で意識を現実に戻す。

 

 索敵。

 

「見つけた!」

 

 岩陰に隠れたジオンの水陸両用モビルスーツを視認。

 

 ビーム・スプレーガンを乱射する。

 

 二発は逸れ、三発目にしてようやく掠る。

 

 が、撃破には至らない。

 

「こんな連中に負けてられないのに! お前なんかに苦戦なんてぇぇーーー!!」

『お、おいヨーコ! 一人で前に出過ぎるな!!』

 

 テリーの命令にも聞く耳持たず、突出するヨーコ。

 

 敵モビルスーツの銃口が向けられる。

 

 が、こちらの方が早い。

 

 更に二発。

 

 一発目で腕を吹き飛ばし、二発目がコックピットを直撃。

 

 爆発。

 

「やった……!」

『大丈夫か!?』

「やりましたよ分隊長! ほら、実戦では私の方が優秀でしょう!? ヒータなんかに先にモビルスーツを渡したの、今更後悔し始めたんじゃないですか!?」

『お前、何を……!』

 

 

 彼女は、昂っていた。

 

 

 それは、ヒータに“根暗ちゃん”と呼ばれる程に己を殺して軍人としての“殻”を被っていた、彼女の本性。

 

 

「私はエリートなんです! この中で一番モビルスーツを上手く扱えるんです!」

『待て! そんなに迂闊に前に出ると……!』

 

 

 テリーの忠告も束の間。

 

 

 

 ヨーコの乗るジムの目の前に、真っ白なモビルスーツが降り立った。

 

「……!」

 

 逆刃のビームサーベルが、振り下ろされる。

 



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第21話【哀 戦士(前編)】

 

「連邦軍のモビルスーツ!? 爆破しきれなかったヤツがあったか!」

 

 友軍の撤退を支援する為に岩陰から飛び出したサレナ・ヴァーンの乗るイフリート・ダンの目の前には、地球連邦軍製のガンダムの量産機“もどき”が一体立ち竦んでいた。

 

 どうやら、こちらの不意接触を強襲と勘違いして思考がフリーズしてしまっているのだろう。

「ふん、新兵が乗っていると!」

 

 バックパックにマウントしていた逆刃のビームサーベルを抜き取る。

 

「まずは、一つ!」

 

 振り下ろす。

 だが、その一閃がモビルスーツを切り裂く事は無かった。

 

「なんだ!?」

 

 それどころか、何かの衝撃に襲われて、イフリート・ダンの方が後ろに仰け反る。

 

 振り上げた切っ先が、半ば程から吹き飛ばされていたのだ。

 

 即座に周囲を見渡す。

 

「もう一機居たか!」

 

 目の前のと同じタイプ、バズーカを装備した“もどき”の砲身が、丁度イフリート・ダンのコックピットに向けられている最中だった。

 

「良い腕をしているが、そこからなら味方も射線軸にあるのよ!」

 

 イフリート・ダンの右回し蹴りが、目の前の“もどき”を揺らした。

 射線上に味方が入った事で、一度バズーカを下ろすもう一方の“もどき”。

 

「その判断が誤りだったな!」

 

 目の前の“もどき”を踏み台にし、上昇。

 一瞬で、バズーカ持ち“もどき”の視界から外れる。

 

「この剣が両刃である意味をその身をもって味わえ!!」

 

 半ばで折れた逆刃のビームサーベルの刃を逆へ。

 実体剣ならば、半分折れた所で範囲が狭まるだけだ。

 接近して斬るには、これだけで充分だった。

 

 

 モビルスーツ一体分の体重を乗せた、縦一文字斬りが炸裂した。

 

 

「今度こそ、一つ……!」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 目の前で、ジムが爆発した。

 

「クロイ……?」

 

 クロイ・チョッコーが乗っている筈のジムが、頭から縦に一刀両断された。

 

「クロイイィイィィィィィィィ!!」

 

 ビームライフルを照準も付けずに乱射する。

 

<このプレッシャーは……ッ!>

 

 “また”あの女の思念が飛んできた。

 ビームは、回避されてしまった。

 

<感動の再会とも言うべきかな! ガンダム!!>

 

「なんだと!」

 

 ビームサーベルを引き抜き、接近。

 

 クロイを殺した逆刃のビームサーベルの一本は、破壊された。

 

 いや、アイツが命懸けで一本道ずれにしてくれたんだ。

 

 このチャンス、逃しはしない!

 

 白いイフリートが背中から引き抜いた逆刃ビームサーベルが、俺のガンダムが振り下ろしたビームサーベルと鍔ぜり合う。

 

<君を地球に蹴り落した時に私は満たされた……つもりだった! だが、思い返す度に後悔したのよ……“もっといたぶってやれば良かった”ってね!!>

 

「何を言って……!」

 

<私の為に生きていてくれてありがとう! また私に会いに来てくれてありがとう! また私に殺されて頂戴!!>

 

 イフリートがブースターを吹かしながら突進しようとする。

 

「同じ手が通用すると思うな!」

 

ビームサーベルを両手持ちにし、刃を逸らす様に構え直した。

 直進しようとしていたイフリートがいなされ、ガンダムの後方へと飛んでいく。

 

<何ッ!?>

 

 時代劇などで見る、侍が相手の攻撃を刀で“流す”動作だ。

 

 普通にビームサーベルで斬り合っていたら出来なかっただろうが、向こうが突撃してくるだけなら、もしやとは思っていたのだ。

 

「こっちだって訓練ばかりやってる新米じゃないんだぞ!」

 

 戦場で強敵と戦う緊張感は、既に体験済みだ。

 

 コイツもそうだが、俺は既に08小隊の皆と共にノリス・パッカードのグフ・カスタムとも相対しているのだ。

 

 そして俺はそこでもう一つ学んでいる。

 

 “戦場で戦っているのは、一人じゃない”!!

 

「ヒータ! ミドリ!!」

 

『おうよ!!』

『援護します!』

 

 二人の返事の後すぐに、ジム・ライフルによる銃弾の嵐が白いイフリートを襲う。

 

<また邪魔するつもり!?>

 

 ガンダムと同じか、それ以上の装甲のあのモビルスーツには実弾の効果が低い。

 

 だが、俺の目的は“向こうの気を逸らす”事だった。

 

 察してくれた二人に心の中で短く礼を言いながら、俺は地面に投げ捨てたビームライフルを拾い上げた。

 

<そう言う事!>

 

 しかし、俺がガンダムを振り返らせた時には、白いイフリートは岩陰の向こうへと姿を消していた。

 

 

「逃がしはしないぞ!」

 

『待ちやがれテリー! 目的は敵を追い払う事だろ!?』

「アイツをこのまま逃がす方が危険だ!!」

 

 ヒータの忠告を無視して、俺は一気にガンダムをジャンプさせて岩を飛び越えた。

 

「二人はヨーコを連れてフォリコーンの近くまで後退しろ!」

『テリーくん!』

<一人で行くなんて、さっきと考えてる事違うじゃない!>

「俺もそう思う!」

<え!? 今、もしかして……!>

 

 

 最後にミドリが変な事を口走っていたが、良く聞こえなかった。

 

 

 それよりも、俺が白いイフリートを追う事しか頭になかったからだ。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あいつを、追わないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 



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第22話【哀 戦士(後編)】

「見つけた!」

 

 白いイフリートの足取りは、すぐに掴めた。

 ジャブローの地下は天然の洞窟を利用したものだ。

 入り組んだ地形が敵の進軍を妨害するのは勿論だが、もう一つ利点がある。

 

 それは、向こうが右往左往しようが、こちらのテリトリーである以上、どこに逃げるかは容易に想像出来る事だ。

 

 そして一番近い逃げ道は、地底湖から外に脱出するルートだけだ。

 

<追い込んだつもりかしら!>

 

 白いイフリートが、転進した。

 

<邪魔者を離して仕切り直してくれるなんて、貴方にも良い所があるのね!!>

「悪いが、ここには“もう一人いる”! アムロ・レイ!」

<!?>

 

 しまった。叫んだのは不味かったか。

 殺気を気取られたせいで、白いイフリートは後退。そのすぐ後をビームの光が横切った。

 

『今のを避けた!?』

 

 死角から飛び出したのは、もう一体のガンダム。

 いや、正確には俺の方が“もう一体のガンダム”なのだが、今はそんな事どうでもいいんだ、重要じゃない。

 

 

 

 二体のガンダムが、ジャブローに並び立つ。

 

 

 

『テリーさん! このモビルスーツ、普通じゃないですよ!』

「パイロットもな! この女はニュータイプだ!」

『分かるんですか!?』

「間違いなくな!」

 

 それに、もう一つ分かった事がある。

 あの白いイフリートに乗っているのは、さっき会った“仮面の女”だ。

 だがやはり、アイツに俺が狙われる理由がさっぱりわからない。

 

「おい、白いイフリートのパイロット!」

『オープン回線!? 何をしようってんです!?』

『……何かしら』

 

 

 イフリートから、女の声が聞こえた。

 あの“思念”と同じそして、あの“仮面の女”の声だ。

 

「お前は私怨で戦っている様だが、ここにいるのは一年戦争中最強のガンダムが二機だぞ! 勝ち目はない!」

『一年戦争……?』

 

 あ、やべ。

 アムロが余計な事に気が付きやがった。

 

 こうなれば勢いで誤魔化すしかない。

 

「見逃してやる! そして二度と俺の前に現れるな!!」

 

 

 このイフリートのパイロットは、確かにクロイを殺した。

 だが、戦争である以上、殺せば殺される。

 そしてこの宇宙世紀世界の歴史は、その憎しみの連鎖で成り立っているのだ。

 どこかで断ち切らねば、それは更に大きい怨嗟を生んで……。

 

 

 

<ふざけるなッ!!>

 

 

 

「なっ!?」

『今のプレッシャーは……あのモビルスーツから!?』

 

 

<私から全てを奪った貴様が! 貴様への復讐しか残されていない私が!! お前の事を忘れて逃げ帰れと!? どれだけ私を怒らせれば気が済むんだ!!!!!!>

 

 仮面の女の心の叫びと共に、白いイフリートが黒いオーラの様なものに包まれた………って、何だアレ!?

 

「サイコミュシステムだとでも言うのか!?」

 

 しかしそんな訳がない。

 今の時代で、あんな不可思議現象を起こす様なサイコミュシステムは、まだ存在しないはずなのに……!

 

『アレは……危険だ!』

「説得は失敗か……アムロ! ここであの女を倒す! 力を貸してくれ!!」

<お前が死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!>

 

 黒いオーラを纏った白いイフリートが、直進してくる。

 

「馬鹿の一つ覚えじゃないか!!」

 

 ビームライフルを連射。

 今回は避けられないように、間隔と射角を少しずつずらしながら撃った。

 

 が、当たらない。

 

 まるでこちらの動きを読んでいるかの様に、撃った時には向こうの回避が終わっているのだ。

 

「お前チート使ってんじゃないだろうな!?」

 

 俺が悪態を付いている間にも、白いイフリートは接近。実体のサーベルがものすごい勢いで振り下ろされた。

 

「くそっ!」

 

 盾を捨てながら後方に回避。

 機体の方は無事だったが、ビームライフルが真っ二つに両断されてしまう。

 

『うおぉぉ!』

 

 振り切った隙を狙って、アムロのガンダムが横から強襲を掛けた。

 

<邪魔をするな!!>

 

 逆刃のビームサーベルを展開し、ガンダムのビームサーベルを受け止める白いイフリート。

 

『ビ、ビームサーベルの出力で負けている!?』

「何だあのモビルスーツ!? マジでバケモンか畜生!」

 

 ビームサーベルの切っ先を正面に、突撃。

 あの状態なら、俺からの攻撃は防げまい!

 それが慢心だった。

 白いイフリートが背中に手を回す。

 砲身を短くしたザク・マシンガンの様な兵器の銃口が、こちらに向けられた。

 

「!」

 

 ちゃんと射撃武器も持ってるのかよ!

 だが、ザク・マシンガン如きで怯むガンダムではない。

 

 

 そう思っていた時期が、俺にもありました。

 

 

 放たれた銃弾はマシンガンと呼ぶには遅過ぎる連射速度だった。

 

 が、その分一撃一撃が重く、三発四発は重たい音を受けきったが、五発目でよろめき、六発目で後ろに大きく傾いた。

 

『テリーさん‼』

「いってぇ! 頭ぶつけた!!」

 

 後頭部に激しい痛みが走る。マジ痛い。

 

 こんな事なら、ちゃんとノーマルスーツ着てから出撃するんだった……!

 

 なんとか機体を起こそうとする。が、視界がグラついて上手く操縦桿を操作出来ない。

 

 頭を振って無理矢理振動を緩和し、ガンダムを起き上がらせる。

 

 丁度、アムロのガンダムと白いイフリートが離れた。

 

<お前に用はない!!>

 

 白いイフリートの脚部に装備されたミサイルポッドが火を噴く。

 ガンダムの手前で爆発したミサイルは、周囲に白い煙をバラいた。

 

『これは!?』

「煙幕!?」

 

 煙幕の範囲は凄まじく、少し離れた場所にいた俺のガンダムの視界も一瞬で真っ白になる。

 さっきのマシンガンといい、あのイフリートは徹底的に白兵戦仕様にチューンされているらしい。

 

 だが、有視界戦闘に特化したモビルスーツ戦で煙幕を使用するのは、向こうだって不利な筈だ。

 

「どこから来る……?」

 

 いや、俺ならどこから攻める……?

 

「!」

 

 言葉が、走った。

 

 

「上か!」

 

 

 もう片方のビームサーベルを引き抜き、二本共を上に構える。

 

 衝撃が、のしかかってきた。

 

 

<馬鹿な!?>

 

 白いイフリートから、驚愕の色の思念が飛んできた。

 

「やっぱりそうか……お前! そんなに操縦上手くないな!!」

<なんだと……!>

 

 あの白いイフリートは、確かに強敵だ。

 

 だが、攻め手のパターンが少ない。

 

 しかも、そのどれもが性能に頼った力押しだ。

 

「それさえ分かれば、戦いようはあるというもの!!」

 

<チィッ!>

 

 イフリートが後ろに下がりながら、煙幕ミサイルをばら撒く。

 

 晴れてきた視界をまた悪くするつもりだろうが、既に弱点は分かった!

 

 相手が反撃する間も与えずに畳み掛ける!!

 

「いけぇぇぇぇぇ!!」

 

 ビームサーベルをがむしゃらに振り回しながら肉薄する。

 

<こんなものに!!>

 

 二本のビームサーベルと、逆刃のビームサーベルが交差し、眩い光を放つ。

 

『まだだ!』

 

 そこに、アムロのガンダムのビームサーベルも加わる。

 

<くそ……!>

 

 一本のビームサーベルで出力が負けていても、三本束ねればどうか?

 

 古の戦国武将、毛利元就の言葉の応用だ。

 

「歴史オタクなめんじゃねぇ!!」

 

 更に押し込んだ、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 急に、重力から解放された。

 

 

 

 

 

 

 

「は……?」

 

 衝撃。

 

『うわあぁぁぁぁ!?』

 

 アムロの悲鳴も横から聞こえた。

 

 な、何があったんだ!?

 

 今の流れだと、完全に俺達が押し切って勝利するパターンだったじゃないか!!

 

 

<フフフ……フフ、ウフフフフフフフフフフ!!>

 

 嫌な笑い声の思念が、はっきりと聞こえた。

 

 

<流石だよ……流石だよガンダム! 黒いのも白いのもやるじゃないか!! まさかこのイフリート・ダンの“本気”を出させてくれるなんてねぇ!!>

 

「本気だと!?」

 

 白い霧が晴れる。

 

 視界の先には、更に黒いオーラが増した白いイフリートがいた。

 

<サーベルが二本ともやられるのは計算外だったけど!>

 

 彼女の思念の通り、力負けした逆刃のビームサーベルは無様にひしゃげていた。アレでは実体剣としても使えまい。

 剣を投げ捨て、彼女は叫んだ。

 

 

 

<EXAMシステム! 起動!!>

「はあぁあぁあぁ!?」

 

 

 

 イフリートの目が赤く光り、黒いオーラと合わさって更に邪悪な姿に変わる。

 

「嘘だろ……まさかあのイフリート、EXAMまで積んでるのかよ!?」

 

 サイコミュシステムとEXAMシステムの二足の草鞋イフリートとか、悪魔や化け物なんて形容していいものじゃない。というか、明らかに反目するようなシステムを積んで、まともに動く方がどうかしている。

 

『消えた!?』

「はっ?」

 

 焦って色々考えてしまったのが仇になった。

 一瞬前まで目の前にいた白いイフリートを見失ってしまったのだ。

 

「どこ……にぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 

 左側から物凄い衝撃が襲ってきた。

 

 一瞬視界にイフリートが映り、また消える。

 

 相手が空手じゃなかったら、確実に今のでやられていたじゃないか!

 

「あれじゃまるでトランザムじゃないか! 今は宇宙世紀なんだぞ!!」

 

<その訳の分からない悲鳴! その言葉すら今の私を高揚させる!!>

 

 拳が。脚が。一瞬映る度に、激しい揺れがコックピットを襲う。

 

『うわっ!』

「アムロ! ぎぇっ!」

 

 情けない声をあげてしまったが、今は体裁とか気にしてられない。

 白いイフリートの、赤い肩の残像だけが嫌に目に残る。

 

「このままだと、押し負けるぞ!」

 ガンダムが二機あって、文字通り手も足も出ない状況だった。

 

 アムロと会ってから、ここであの白いイフリートと再会してから、妙に思考がクリアになって敵の動きが何となくわかる様な、そんな気がしていた。

 

 が、相手がそれ以上の動きをして襲って来るとなれば、その“予感”はあまり意味がない。

 “予測可能回避不可能”がこんなにも恐ろしいとは思わなかった!

 

 

「右!」

<死ねよやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!>

 

 血の様な赤のショルダーが、眼前に迫っていた。

 

 思わず目を閉じる。

 

 

 

 

 ぶつかる金属音。

 

 

 

 

 

 俺のガンダムからでは、ない。

 

 

 

 

「……?」

 

 瞼をゆっくり開く。

 ……つもりだったが、同時に世界もスローモーションになったかの様に動きが鈍くなっていた。

 

 目の前の白いイフリートが、不自然に横に逸れる。

 そして続くように視界に入ったのは、一機のジム。

 

<クロイの……かたきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!>

 

 ヨーコ……!?

 

「!!」

 

 遅れて、音と衝撃が襲ってきた。

 

 

<は、離せ!>

『うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』

 

 ヨーコの乗るジムがバーニアから巨大な炎を吹かしながら、白いイフリートを拘束する。

 

「ヨーコやめろ! そのジムでそんな事をすると!!」

 

 “MS IGLOO”でジオンのモビルスーツ、ヅダと戦ったジムを思い出す。

 あののジムは確か、ヅダに対抗して無理な出力を出した結果、機体が耐えられずに自壊した筈だ。

 俺の嫌な予感の通り、ジムの各所から嫌な煙が噴き出していた。

 

『死ねええええええあああああああああああああ!!』

 

 ヨーコの叫びと共に、二機のモビルスーツが近くの地底湖へと落下していく。

 

 

 そして、爆発が、一つ。

 

 

「ヨーコ! ヨーコ!! ヨーコォォォォォォォォ!!」

 

 

 

 

 この日、俺は部下を二人も失った。

 



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第23話【別れと再出発】

 

「はぁ…………」

 

 人気(ひとけ)のないフォリコーンの食堂で、ヒータ・フォン・ジョエルンがため息をつく。

 

 ジャブロー基地がジオン軍部隊による攻撃を受けて、既に半日が経過していた。

 

 “赤い彗星”シャア・アズナブルに“血塗りの花嫁”と命名された謎のネームドを加えた部隊による襲撃により、ウッディ・マルデン大尉以下、多くの連邦軍の兵士が戦死。

 

 フォリコーン隊からも、遂に戦死者が出てしまった。

 

 

 テリー・オグスター軍曹の指揮するシャード分隊のパイロットであるクロイ・チョッコー伍長にヨーコ・フォン・アノー伍長である。

 

 

「…………」

 

 戦場で“死”は不思議な事ではない。

 

 だが、今まで後方勤務が主だったフォリコーン隊の面々にとって初めて直面する“死”の重圧は相当重いもので、ヒータだけでなく、クルーのほとんどが参っている状態だった。

 

 ほぼ全員が卒業して間もない同期ともなれば、尚更だろう。

「……でも、これじゃダメだよな」

 

 悲しみに浸る位なら、せめて身体を動かして紛らわせよう。そう考えたヒータは食堂から出た。

 

「よぅ、ヒータ!」

「テリー……」

 

 食堂から格納庫まで続く廊下を移動している時に最初に会ったのはシャード分隊の隊長である、テリー・オグスターだった。

 悲しみに包まれたフォリコーンの中で、嫌に元気な彼の声が響く。

 

「ガンダムの整備は終わったのか?」

「いや、まだだ。先にクロイ達の“遺品”を片付けようと思ってな!」

 

 そう言った彼は、脇に抱えていた折りたたまれた段ボールの束を見せてくれた。

 

「そうか……オレも、手伝おうか?」

「それは助かるな! 頼むよ!」

 

 士官学校時代からずっと片想いしてきた男と、二人だけで肩を並べて歩く。

 

「……」

「……」

 

 ずっと待ち焦がれたシチュエーションなのに、ヒータの心は全く踊らなかった。

 

「……」

「……」

 

 ただただ、沈黙だけが続く。

 

「……なぁ、テリー」

「ん? どうした?」

 

 耐えられず、つい声をかけるヒータ。

 

「えっと……」

 

 しかし、そこからが続かない。

 

 どう言った言葉を掛けるのが正解なのだろうか?

 

 “点数稼ぎ”なんて嫌な単語が脳裏によぎる。

 

 そんなのは悪いと思いつつ、しかし予想以上に精神的に参っていたヒータは心のどこかで頼る“何か”を求めていたのかもしれない。

 

「あぁ……気にしなくても良いよ」

 

 彼女の心の中の葛藤を別の物と勘違いしたのか、テリーはヒータの言葉の続きを待たずに話し始める。

 

「俺達戦争やってんだもんな……そりゃ、殺せば殺されるよ……」

 

 でも、と彼は続ける。

 

「これでふさぎ込んでちゃ、それこそクロイとヨーコに合わせる顔がないよな! 早く戦争終わらせてやる方が、きっと天国に居る二人も喜ぶさ!!」

「テリー……!」

 

 なんて、強い心を持っているのだろう。そうヒータは感心した。

 やけに明るく振舞っていたのは、皆が、自分が意気消沈していたからだろうか?

 

「ふふっ……」

「なっ、なんだよ急に!?」

 

 心に寄り添う“何か”を求めていたヒータにとって、これほど嬉しい事はなかった。

 

 テリー・オグスターがマナ・レナと関係を持っている、という噂はヒータも知っている。

 

士官学校時代にあれだけべったり一緒に行動していたのに、全く進展がないとは思えない。

い。

 

 ……実際は卒業後再会するまで全く進展していなかったのだが、それは彼女が知る由もない話だ。

 

「別に」

 

 とまれ、今のヒータにとって重要なのは、横に居る男は自分を見て、自分の心配をしている事だけだった。

 

 

「ただ、お前はやっぱり強いんだなって」

「はぁ?」

「気にしなくても……おいテリー。クロイの部屋、ここだぞ?」

「えっ? あ、本当だ……」

 

 気の抜けた声を出しながら小走りでヒータの元へと戻ってくるテリー。

 

 クロイの使用していた部屋を開ける。

 

 部屋の主がいないので、当然照明は点いていない。

 

「失礼するぞ、クロイ」

 

 短く敬礼してから、入室。照明のスイッチに手を伸ばす。

 

 部屋は男が一人住んでいたとは思えない程に綺麗に整頓されていた。

 

 備え付けのベッドに机はそのまま。机の上に何冊かアルバムがあり、その横にカメラが置いてある以外は特に何もない部屋。

 

 質素な生活を好んでいた……という訳ではない。

彼にとってパーソナルスペースは机の上だけで充分だったという事なのだろう。

 

「オレ、クローゼットの方やるわ」

「ああ」

 

 テリーから折りたたまれた段ボールを一枚拝借し、組み立てる。

 

「……ん? おいテリー。ガムテープはどうした?」

「……あれっ、忘れてきたみたいだ……」

「おいおい、それじゃ詰めても底から全部出るじゃねぇか。……仕方ない。オレが取ってくるから、先やっといて」

「悪いな!」

 

 段ボールだけ持ってきて、何するつもりだったんだろうな?

 そんな事を考えながらヒータは格納庫の隅まで小走りで移動し、物色。

備品管理用のシートに記入……しようとしたら、テリーが段ボールを借りる旨を記載していない事に気が付く。

 

「後でメシの一杯くらい奢って貰わねぇとな……!」

 

 本当はダメだが、仕方なく代筆。

たまに変な所が抜けてる奴だというのは昔から見ていたのでなんとなく知っていたが、まさかこんなに酷いとは思わなかったヒータは困り半分、嬉しさ半分で微妙な笑顔を浮かべながらまた小走りで部屋へと戻って行く。

 

「そりゃ、マナも心配で離れられない訳だ」

 

 彼女の代わりに自分が隣に立っている事を思うと、更に変な笑いがこみ上げそうになるヒータ。

他の誰とも廊下で接触しなかった事に感謝しつつ、再びクロイの部屋へ。

 

 

「おいテリー! 進捗どう………」

「……………」

 

 ついつい内面からにじみ出る喜びで頬が緩んでいたヒータが、固まる。

 

 進捗なんて全くダメである。ヒータが外に出てから全くの変化がない。

 

 

 

 

 あるとすれば、机のすぐ横でテリーが背を向け、胡坐をかいているだけだった。

 

 

 

 

「おいおいどうした? 自分からやるって言っといてサボるのは……ッ!」

 

 軽口を叩こうとした口が止まった。

 

 テリー・オグスターが、必死に涙をこらえ、震えていたからだ。

 

「お、おい! どうしたんだ!?」

 

 備品のガムテープを放り投げたヒータがテリーの方へと近づく。

 

 彼の手には、クロイが生前趣味で制作していたアルバムが開かれていた。

 

 

 

 

 

 

「……やっぱ、ダメだわ……」

 

 

 

 

 

 

 ぼそり、とテリーが呟く。

 

「なんで……なんで守れなかったんだろうな……俺が、俺がもっとしっかりやってれば………くそっ……くそっ! くそおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 肩を震わせながら、大粒の涙を流すテリーの背中を眺めながら、ヒータは激しく後悔していた。

 

 この男は自分を気遣って明るく振舞っていたんじゃない。明るく振舞わないといけない程に精神をすり減らしていたのだ。

 

 だけど同時に、彼の気持ちが痛い程に分かってしまった。

 故に、そこからの彼女の行動は早かった。

 

「泣けばいいさ。気が済むまで泣けばいい……!」

 

 後ろから包み込む様に、テリーを抱いたヒータ。

 彼の震えが、不安が、密着したヒータの胸から身体全体に伝わる。

 

「マナや他の連中には秘密にしといてやるから、今は感情に身を任せな……」

 

 

 その後、ヒータの胸に顔を埋めながら、大声で泣いたテリー。

 

 

 一息ついた後、彼は何度も彼女に感謝の言葉を述べながら、一緒に部屋の片づけを行った。

 

 

 やがてクロイとヨーコ、二人の部屋を片付け終わった頃。

 

 

 ヒータはぼそり、と彼の耳元で囁いた。

 

 

 

 

 

 

「なぁ……これ運び終わったら、その……オレの部屋に、来ないか……?」

 

 

 

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「ホワイトベース、及びフォリコーンは第13独立部隊として、本隊とは別にジオンの小惑星、ソロモンに向かってもらう」

 

 それが、連邦軍上層部の言葉だった。

 

「お言葉ですが少佐。たった二隻で、でありますか?」

「“ニュータイプ部隊”と噂されるホワイトベース隊だけで行かせるのは忍びないと同型艦の“オマケ”も付けてやっているのだ。これだけでも寛大だと思ってもらいたいものだな」

 

 ブライト・ノアの言葉に対し、連邦士官の返答は冷たいものだった。

 

 敵基地を四方から攻めるオデッサ作戦において、ホワイトベースはたった一隻とモビルスーツ部隊だけで右翼を務め果たした功績がある。

 

 加え、今の連邦宇宙艦隊はルウム戦役以降ガタガタの状態だった。

 

 今回、ジャブローで新造された戦艦を打ち上げるので数は確保出来るものの、やはり万全とは言えない。

 

 新兵と現地調達兵で構成されたホワイトベースもまた、貴重な戦力の一つだったのだ。

 

 

 だが、それ以前にブライトの横に座っていたマナ・レナには到底聞き流せない言葉があった。

 

 

「少佐。レビル将軍直接指揮下にある我々フォリコーン隊を“オマケ”扱いするのはいささか発言に問題があると思われます」

「士官学校特待生というだけで少佐になった小娘が生意気言うな。ペガサス級の“端材”で作った艦籍番号も存在しない艦に、取りこぼしのプロトタイプモビルスーツ。更にクルーのほとんどが学生上がりで戦果の一つも挙げられていないような弱小部隊など、正しく“オマケ”以外に形容しようがないではないか! 貴重な量産機を二機も渡したのに早々に撃墜させておいて、何が“発言に問題がある”だ! 貴様らの方が問題だらけではないか!」

「……!」

「……最も、君の様な若い娘の場合、もっと他に役にたてそうな事はあるが」

 

 実年齢より少し幼く見える容姿に、顔に不釣り合いな二つの果実を服の下に隠したマナに対し、連邦士官が鼻の下を伸ばしながら上から下にと眺め始める。

 

 マナとブライト、そして名家“ヤシマ家”の娘として同席していたミライ・ヤシマの三人が一様に連邦士官に対して軽蔑の眼差しを向ける。

 

 

「少佐。その発言が公的な場に相応しくないな」

 

 

 固く口を閉ざしていたヨハン・イブラヒム・レビル将軍が口を開いた。

 

「将軍。今回の概要説明は全て小官に一任されていると……」

「娘ほどの年の士官にセクハラをするのを容認するほど、私はお前たち程腐ってはいない」

「……チッ」

 

 一喝するレビルに対し、連邦士官が悪態をつく。

 

 連邦の実質最高責任者に対しても、この態度。

 

 

 ジャブローの上層部は、徹底的に、底の底から腐っていたのだ。

 

 

「すまんな、マナ“中佐”。不快な思いをさせた事、心より謝罪する」

「し、将軍閣下が頭を下げる事では……中佐!?」

 

 自分の聞き間違いか、レビル将軍が言い間違えたのでは、と焦るマナに対し、レビルは彼女を手で制しながら続ける。

 

「フォリコーン隊の活動記録は見させてもらった。君たちの集めてくれたデータ……特にモビルスーツを使用した宇宙での稼働データは貴重なものだ。地上でホワイトベース隊が集めてくれたデータも合わせれば、これから建造するモビルスーツにはより高度かつ詳細な動きをサポートするコンピュータを取り付けることが可能だろう。技師によると、相乗効果も相まってモビルスーツ・ジムは当初の予定より30%以上の能力向上が認められたそうだ。……これ程の“戦果”を挙げれば、昇進させない訳にはいかないと思うが。ブライト中尉はどう思うかね?」

「はっ。前線を経験させて頂いた身から言わせていただきますと、後方からの支援物資の質が上がるのは士気向上にも大きく関わる、多大な“功績”と言わざるを得ません!」

「この通りだ。……少佐。君は上官に対して無礼な口を聞いた事になるが、何か言う事はないのかね……?」

「……申し訳ございませんでした」

 

 上官であることをはっきりと突き付けられては、流石の腐った連邦士官でも頭を下げないといけない。

 

「良かったですね」

「……ありがとうございます」

 

 それとなくミライ励まされたマナが感謝の言葉を述べると、レビルとブライトもほほ笑んだ。

 

「無論、マナ中佐だけではない。フォリコーンのクルー達も同様に昇進させよう。宇宙に上がってもらうのは三日後だから、昇進式はそれまでに済ませんとな。以上、解散!」

 

 レビル将軍の言葉の後、ブライト・ノア、ミライ・ヤシマ、そしてマナ・レナの三人は敬礼し、会議室を後にした。

 



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第24話【お騒がせのドック・トック】

 

「民間の飛行機かジャブローに降りたぁ?」

「それ、本当なのです?」

 

 レビル将軍の計らいによって少尉に昇任した俺がマナと食堂でランチを食べていた時、そんな噂が耳に飛び込んできた。

 

「本当ですよぅ! 私、ちゃんと見たんですから!」

 

 噂を流してくれたのは、いつもブリッジでマナの命令をオウム返しの様に連絡してくれる通信官のコダマ・オームちゃんだった。つい最近、やっと名前を覚えた。

 

 オウム返しするから“オウムちゃん”と秘かに呼んでいたのだが、ドンピシャ彼女の渾名だった時は驚いた。名は体を表すというが、まさかそのまんまのような子が存在するとは流石の俺の目を以てしても見抜けなかったというもの。

 

 “彼女にバレた秘密はのその日の内に真反対のコロニーにまで伝わる”とまで言わしめたコダマちゃんのトークは無論、こんなものでは止まらない。

 

「それに艦長ヤバイですよ!」

「それって、今私が食べてるカルボナーラが貴女の話を聞いている間に段々渇いてくるのよりもヤバイ?」

「どっちもヤバヤバです! その民間飛行機、“トック・カンパニー”って書いてたんですって!」

 

 トック・カンパニー?

 

 全く聞き覚えのない言葉だ。

 

 カンパニーというだけあるから会社なのだろうが、一体何を作っているのだろうか?

 

「……まさか」

 

 しかし、マナには心当たりがある様だった。

 どうやら、眼前の渇きゆくカルボナーラ以上に深刻な問題が来たらしい。

 

「十中八九、御曹司ですよ、御曹司が来たんです!!」

「どこで噂聞きつけてきたんだろうなぁ……」

 

 頭を抱えながら、ウンウンと唸り出すマナ。

 嗚呼、カルボナーラが……。

 

「なぁ、艦長。カルボナーラが可哀想だ。貰っていい?」

「ダメよ。私からチーズを奪うとか例えテリーくんでも許されない大罪なのよ? ……ま、御曹司と大親友であらせられるテリー・オグスター少尉殿にはこの気持ち、わからないでしょうね」

 

 俺が、トックなる会社の御曹司と大親友?

 つまり……。

 

「え、俺って金持ちだったの?」

「さぁ? 学食代ケチってご飯抜いて医務室に運ばれた事あったし、相当金持ちだったんじゃない?」

「超貧乏じゃねぇか」

「他人事みたいに言うわね」

 

 だって他人だし。とは言えなかった。

 どうせなら“テリー・オグスター君の16年これまでの記憶”みたいなのでどこかに残っていれば良かったものの、どうも彼はそこまで几帳面じゃなかったらしい。

 

「で、その御曹司君はジャブローに一体何の用があってきたんだろうな?」

「……テリーくん。それ冗談で言ってる?」

「は?」

「オグスター君。流石にそのシャレにはセンスないよ」

「え? え?」

 

 マナとコダマちゃんの両サイドから攻撃を受ける。

 

 俺、なんかやらかしたのか……?

 

 その時だった。

 

「いっ……!」

 

 背筋に、悪寒の様なプレッシャーが走った。

 

 嫌だ、こんな事でニュータイプ的な能力発揮したくない。そう思える“何か”を感じ取ってしまった。ような気がした。

 

「どうしたのテリーくん!?」

「いや、何か嫌な気配が……」

 

 食べる手を止めたマナが俺の横に立って、オデコに手を当ててくれた。

 

「ちょっと熱っぽい……?」

 

 それはあなたのロリボディーおっぱいが目の前にあるからです艦長殿。

 とも言えずに固まっていると。

 

 食堂のドアが開き、横に広い影が俺達を覆った。

 

「愛しのマナちゃんおひさーーーーーーーーーーあーーーーーあああああぁああぁぁぁぁ!? なんか予想以上に急接近しちゃってるゥーーーーーーーーー!?」

 

 よくわからない、茶色いスーツを着た小太りの男が現れた。

そしてよくわからない言葉で発狂して、よくわからないまま一人で倒れた。

 

「なんなん、コイツ……?」

「やっぱりドック・トックだったか……」

 

 

 

 曰く、彼の名はドック・トック。

 

 地球で民間向けの自動車や飛行機を開発する“トック・カンパニー”の次期社長であり、代々代表を務める名家“トック家”の御曹司らしい。

 

 代々トック家は地球連邦に多大な出資をしている家系にあるらしく、あのジャブローのいけ好かない上級士官でさえゴマをするというのだから、相当の金持ちなのだろう。

 

 “犬”の名前に恥じぬブルドッグの様な厳つい、しかし力強さを微塵も感じないという不思議な顔立ちの彼は現在、モノ言わぬ屍の如く……。

 

「ふっかあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーつ!!」

 

 起き上がった。

 え、なにコイツ。

 限りなく絡みたくないんだけど。

 

「やぁやぁやぁ親友のテリー・オグスター君じゃないか! 聞いたよ少尉になったんだって!! いやぁ流石僕ちんのライバル!! ま、でも僕ちんならすぐに元帥レベルにまではなれるけどねハハハハハハハハ!!」

「マナ、こいつ超面倒なんだけど」

「いつもみたいにはぐらかしなさいよ!」

「おっと! 早速見せつけてくれるじゃないか君達! 良いよ良いよそれでこそ僕ちん達が互いの本気の本気で恋のバトルを挑み、そして唯一僕ちんに勝った男!!」

「どうでも良いけどチンチン言うのやめろはしたない」

「はっ、はしたないのはテリーくんの方だと思うな!?」

「あっ! その照れ顔素敵!! キュン! 僕ちんどうにかなっちゃいそう♡」

「やめろマジで殴るぞ」

「ぼぼぼぼぼ暴力反対! 平和主義のテリー君が大大大親友の僕を殴る事ないよね!? ねぇ!?」

 

 なんだよ大大大親友って……。

 しかし確かに、金持ち貧乏は置いておいて、軍人である俺が民間人であるこのおっさんを殴るわけにはいかない。拳を振り上げたい気持ちを、何とか抑える。

 

「それでこそ僕ちんの知るテリー・オグスター君だね!!」

「俺はお前の事なーーーーーーーーーんにも知らないがな」

 

 仮に忘れているだけなら、よく忘れてくれたテリー・オグスター君と言わざるを得ない。

 

「ガッビーーーーン! もしかしてもしかして、『戦場に過去の友情は持ち込まない(キリッ』っとか言っちゃうタイプになっちゃった!? あーっ! でもそれはそれで格好いいなーー!!」

「艦長。この民間人を叩き出す許可を」

「今日のテリー少尉はやけに物分かりが良いですね。やってしまいなさい」

「ちょいちょいちょいちょい!! 待ってプリーズマジで忘れたみたいなノリやめない!?」

 

 だってマジで忘れたし。

 とは、流石のこの変な奴に言えない。

 

「……まぁ、今の戦争は宇宙世紀始まって以来の激しいものだと聞いたからね。もしかしたら本当に忘れる程の大激戦だったのかもしれない」

 

 いや、今が一番激しいよ。色んな意味で。

 

「大丈夫! 君に麗しい友情物語を聞かせて“テリー・オグスターの心”を思い出させるのも、軍に入らなかった僕ちんの務めだから!」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 それは、一目惚れだった!

 

「キャー! ドック・トック様ー!!」「流石、連邦士官学校始まって以来の大天才ね!」「素敵ー! 結婚してー!!」

 

 僕ちんの溢れ出るフェロモンに釣られ、群がってくる女性はこれまで星の数ほど居た!!

 

 でも、彼女だけは……彼女だけは違ったんだ!

 

 その名も……マナ・レナちゃん!

 

 彼女の目を! 顔を! ちょっと低めの身長を!! あとすっげー大きいおっぱいをみた瞬間! 僕ちんは確信したんだ!

 

嗚呼、これが恋……!

 

 勿論僕ちんは真っ先に彼女の元に向かった。

 僕ちんに群がる過去の女達をかき分けながら、こう言い放ったのさ!

 

「やぁ。“マナ・トック”って名前に改名しないかい?」

「え、嫌ですキモい」

「フッ……僕ちんのオーラを前に断るなんて、おもしれー女」

「マジ無理ですどっか行ってください」

 

 僕ちんはそこで、初めて知ったんだ!

 

 僕ちんは今まで、親の財力と、そしてトック家に代々伝わる勝者としてのフェロモンのみで全てを手に入れていたつもりだったと!!

 

 だけど、彼女が目を覚まさせてくれたんだ!

 

 本当に欲しいものは、ちゃんと自分の手で掴まないといけない……!

 是非ともあのおっぱいを揉みしだきたいと!!

 

 だが、恋には障害が付き物だ。

 そこで現れたのが、そう、君だったんだよテリー・オグスター君!

 

「よぅ姉ちゃん。イイカラダしてるじゃねぇか」

 

「おい、待てや」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「何故止めたんだ! まだ始まってすらいないんだぞ!!」

「どう考えてもお前の記憶の中のテリー・オグスター不良じゃねぇか!!」

「それにドックさん。“連邦士官学校始まって以来の天才”はどうかと思いますよ? 私達が入学するまで三年間休学してたって話じゃないですか」

「それは、それは違うぞ! あくまで三年間自宅を警備していたんだ!!」

 

 汗を掻きながらしどろもどろ始めるドック・トック氏。食堂で聞いていた同級生の面々も一様に「うわぁ…」と顔に書いていたので、彼の言葉に真実はほとんど含まれてないと思って良いだろう。

 

「だが、君の女のセンスは悪くない」

「ちょっとテリーくん!?」

「おお、やはり君は僕ちんの親友だ! わかってくれるか!!」

 

 そこだけは共感出来てしまったので、俺は彼を熱い握手を交わした。

 

 汗がベットリついた。一秒で後悔した。

 

「……で、そのドック・トック御曹司様が、何の用事ですか?」

「いや、クライアントとして定期的にジャブローに立ち寄ってどう資金が使われているのか視察していたんだけどね? 愛しのマナちゃんがいると聞いてつい飛び込んで来ちゃったのサ!!」

「うわ、昔みたいな間柄に戻った……!」

 

 渋々聞いただけなのだが、マナの態度を見る限り、これが“平常運転”らしい。

 友達居なかったのかな? テリー・オグスター君。

 

「じゃ、つまり。もう用事はないんだな?」

「つれない事言うなよ親友」

「嗚呼、親友……そうだ、親友ついでに聞きたいんだが」

「なんだい!? 何でも聞いてくれ大親友!」

 

 よし、引っかかった。

 これだけ自由に引っ掻き回してくれたんだ。

 少しは仕返ししてやらないとな…!

 

 でも女性陣の前で聞いてやるのは可哀想なので、半歩近付いて、彼の耳元で囁いた。

 

「お前、まだ童貞なの?」

「どどど、童貞ちゃうわ!!!!」

 

 図星だった。

 ついでに大声でバラシてやんの。

 

 だが、俺のバトルフェイズはまだ終了していないぜ?

 

 

 マナの横まで下がった俺は、彼女の腰に手を回し、そして一気に引き寄せた。

 

「ちょ、ちょちょちょテリーくん!?」

「な、なんて大胆なんだ親友!」

「悪いな大親友……俺、約束破っちまったよ……」

「約束……? まさか……!」

 

 いや、約束なんてカマかけただけだが、どうもこの宇宙世紀時代でも変わらない“男の約束”は存在した様だ。

 

 だから、言ってやった。

 

「俺、卒業したから」

「なっ……!」

「俺! もう童貞じゃないから!!!!」

「なぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「ッ~~~~~~~~~~~!!」

 

 ドック・トックがその場で崩れ、マナは俺の横で顔を真っ赤にして頭から目に見える程に湯気を出していた。

 

「う、嘘だ! テリー流の強がりだ!!」

「ならマナちゃんに聞いてみなよ! 情熱を秘めた肉体……」

「かっ……艦長命令!! 今すぐこの二人をぶっ殺せ!!!!!!!!!!」

 

 何故か俺も一緒に追われてしまった。

 

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「行きましたな」

 

「そうですね……」

 

 ジャブローの大地から、二隻のペガサス級強襲揚陸艦が飛び立った。

 

 それを基地から見守るのは、ヨハン・イブラヒム・レビルと、ドック・トックだった。

 

 実際には祖父と孫程に年齢が離れている筈なのに、並び立った肩はまるで同年代のそれにも見える。

 

「しかし御曹司殿。良かったのですかな?」

「何がです将軍?」

「貴方程の財力なら、女性の一人や二人、軍から引き抜いて嫁入りさせるくらい、訳ないでしょう」

「あぁ……そんなこと、しませんよ」

 先程のふざけた態度とは打って変わって紳士な態度で、ドック・トックは続ける。

「僕ち……私は、彼女の笑顔が好きですが、私では彼女を笑顔には出来ません。」

「ほぅ」

「それに私は、親友に教えられたんですよ……“この世には、金で買えないものがある”ってね」

「よき親友をお持ちになられたようですな」

「えぇ。なので私は、彼らの……彼女の為に、金で出来る事をしてあげたい」

「フォリコーン建設費のほぼ全てを貴方が出したと聞けば、どういう顔をするでしょうな」

「変わりませんよ」

 後ろを向いて、ドック・トックはゆっくりとドアへと歩き出す。

「いつだって私は……彼らの緊張を解す“道化”なのですから」

 

 

 



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『めぐりあい』

 

 U.C.0103

 

 

「アムロ・レイとテリー・オグスターが初めて顔を合わせていたのは、ジャブローだったのですね」

 

「ここには後の戦争で活躍した英雄が、他にも多くいた。……いや、あの激戦で生き残る様な人であるからこそ、なのだろうよ」

 

 

 センセイの言う通り、公的記録でみても名艦長と名高いブライト・ノアやフリージャーナリストとしての師であるカイ・シデン、この時点では敵ではあったが、赤い彗星のシャア・アズナブルなど、彼ら一人を追った本を一冊作るだけで売り上げを飛ばす“英雄”揃いだった。

 

 

 

ただ一人、“あの男”を除いて、だが。

 

 

 

「英雄と言えば、もう一人の仮面……“血塗りの花嫁”でしたっけ? 噂は耳にしていましたが、まさか二体のガンダムを翻弄する程とは……」

 

「明らかに採算度外視の改造を施されたスーパー・ロボットだったらしい」

 

「そんな、アニメじゃあるまいし……と、言えない程の活躍を見せているんですよね?」

 

「あぁ。そして彼女を……ここからの物語を語る上で外せない要素がある。……ニュータイプだ」

 

 

 ニュータイプ。

 

 

 かつてジオン・ズム・ダイクンが提唱した“宇宙に適応した新人類”。

 

 

「ジョナサン君。君はニュータイプという存在をどう見る?」

 

「私はニュータイプだと確実に言える人物をこの目で見た事がないので、はっきりとは。ただ、師が言うには“そう言った区別をしない人”だとか」

 

「カイ・シデンの言葉か……流石彼はよく見ているよ」

 

「分け隔てなく平等に接する、という事でしょうか?」

 

「宇宙に出ても食物連鎖から逃れられなかった様に、ニュータイプはそういった簡単な言葉では表現できんよ。抗えぬ“大自然の掟”というものが存在するのだ……最も“あんなもの”を10年も見ていれば、夢想だと言われてしまうのも、さもありなんか……」

 

「そうですね……」

 

 

 窓の外、フォン・ブラウンの街を眺める。

 

 

 人工の空の向こうに広がる広大な宇宙で、“白い惑星”は間違いなく人類史に大きな爪痕を残す大事件だ。

 

 

 ただ悲しい事に、たった10年で人々は“アレ”に慣れ始めてしまうのだ。

 

 

 感情に関わらず、与えられた場所に適応する……。

 

 

 

「……こう言った感覚も、ニュータイプ的と言えるのでしょうか」

 

「ん?」

 

「いえ、今のは独り言です。……それはさておき、お話の方を続けては頂けないでしょうか? 次の大きな戦いと言えば、やはりコンペイトウ……ソロモンの戦いでしょうか!?」

 

「気が急くのは分かるが、これは一年戦争ではなく、テリー・オグスターの物語なのだろう? ならば先に語らなければならない大事な話がある……“めぐりあい”だ」

 

 

 

 




あとがき。

毎度ありがとうございます、一条和馬でございます。

遂にアムロ達ホワイトベース隊との合流を果たせた“哀戦士篇”こと“ジャブロー攻防篇”だったのですが、如何だったでしょうか?

 如何だった、つってもまだ全然出せておりませんがね!

 第二幕でしか出番のない08小隊組とは違って、1st組は長く付き合う事になるので、第三幕はその練習の場の様な感じとしてちょくちょく出しつつ、オリジナルキャラメインでお話を進めさせていただきました。

原作キャラをいかに崩さずに出すのか、というのは非常に楽しいのですが、同時に繊細な作業が求められるのが玉に瑕でございます。これから原作組は更に出番増えるし、なんならシャアやララァ・スンも出てくるので色々ヤバいぜ!

 原作で言えば、皆さんガンダムG40プロジェクトというPVは##このコメントは 修正してやる! されました##

 さて、次回からは遂に、劇場版で言う所の“めぐりあい 宇宙篇”が始まります。
 ちゃっかりニュータイプとしての覚醒の兆しを見せたテリー・オグスター君を交えた彼ら彼女らは一体どういった物語を見せてくれるのか。

それでは皆様、次回以降もどうぞお楽しみに!


 君は、生き残ることが出来るか?


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第一章第四幕~第13独立部隊篇~
第25話【陽動作戦開始】


U.C.0079

 

「………」

 ジャブロー攻略作戦は失敗したものの、脱出には成功した“赤い彗星”ことシャア・アズナブル。

 

 彼は現在ザンジバル級戦艦で宇宙へと上がり。たった二隻で移動をしていた連邦の新造戦艦“木馬”と“黒木馬”の追跡任務に就いていた。

 

 しかし。

 

「……やられたな。木馬と黒木馬は囮だ」

「は? 大佐。今、なんと?」

 

 横にいたザンジバルの艦長がシャアに問いかける。

 

「連中は囮だよ、艦長。本命の連邦主力艦隊は今頃集結して別の場所を目指しているだろうさ」

「では、グラナダにコースを向けているのは、偽装工作だと仰られるので?」

 

 航路を見ると明らかだった。かの二隻は地球の重力圏から脱出するや否や、まっすぐ月へのコースをとっていた。

 月にはキシリア・ザビが治める月面都市グラナダが存在する、ジオン軍重要拠点の一つだ。

 当初はそこが目標だと全会一致で追撃していたのだが、ここにきて赤い彗星は違和感の正体を掴んだらしい。

 

「だろうな。だが、見逃してやる道理もない。この近くにジオンの部隊はあるか?」

「ドレン大尉の指揮するムサイ三隻が本艦と木馬たちの対角線上におります」

「ドレンか……つくづく縁があるな。通信は繋がるか?」

「試してみます。おい!」

 

 艦長が通信官の方へと移動し、話を始めた。

 

 待ち時間の間に、シャアは後ろでずっと黙っていた人物に声をかけることにした。

 

「グラン博士。彼女とモビルスーツの方の調子はどうだ?」

「あ、は、はい!」

 

 グラン博士と呼ばれた細身の技術士官が驚いたように飛び上がる。

 どうやら、急に話しかけられた事で気が動転してしまったらしい。

 

「そう畏まらないでくれ」

「も、申し訳ありません……」

 

 謝罪を一つ入れた後、彼は言葉を続けた。

 

「サ、サレナ少佐ご本人は軽傷で済みましたが、イ、イフリート・ダンの方は騙し騙し、といった所でしょうか。う、動かすだけなら問題ないのですが、サ、サイコミュ装置とEXAMシステムの方が不調で、ジ、ジャブローの時のように全力を出すのは不可能ですね」

 

 しどろもどろに答えるグランだが、彼は過度に緊張している訳ではなく、普段からこういう話し方だった。

 

「二体のガンダムを翻弄した、という話だったな。修理はどのくらいで完了する?」

「つ、月のフラナガン機関から専用機材を持ってきて頂かないと、し、修理は不可能ですね。た、ただ……」

「ただ?」

 

 シャアが聞き返した、その時だ。

 

「大佐! ドレン大尉と通信、繋がりました!」

「そうか! すまんな博士。話の続きは後ほど聞こう」

「は、はい……」

 

 申し訳なさそうに下がるグランを尻目に、シャアは通信官のいる場所へと移動する。

 

「やぁ、ドレン。元気そうだな」

『大佐こそ! またお会いできるとは思っていませんでしたよ! やはり大佐は宇宙(そら)がお似合いですな!』

「ありがとう。所でドレン、一つ頼まれて欲しいのだが……」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

『緊急連絡! 前方にジオンの哨戒部隊と思われる艦隊を確認! 機動部隊は至急各機体へ搭乗して下さい! 繰り返します!』

「流石にすんなり通してはくれないか!」

 

 ホワイトベース隊と共に第13独立部隊に配属になった俺たちフォリコーン隊は、早速宇宙でジオン軍に進路を阻まれてしまった。

 

 が、これは“囮部隊”としては成功だ。連中がこちらに釘付けになれば、それだけ連邦軍主力艦隊は消耗を抑えて本命であるソロモン宙域まで進軍が出来る。

 

「こちらテリー! 発進準備OK!」

『グレン01も大丈夫だ!』

『リーフ01、いつでも行けます!』

 

 ジャブローでの戦いで壊滅してしまったシャード分隊は部隊員の補充が出来ず、分隊そのものが消滅してしまった。

 

 “シャドー”ではなくあえて“シャード”としてちょっとオシャレ感を演出した中々気に入った名前だったのだが、クロイとヨーコと一緒じゃないシャード分隊なんて同じ物とは言えないので、一人で戦うのは悲しくはあっても後悔はない。

 

『ではテリー少尉から順次出撃していってください! ……え!? か、艦長! ホワイトベースより、後方の追撃部隊を振り切る為、前方の艦隊を速攻で片付けないかと提案が来ています!』

『ブライト艦長の考えに従いましょう! パイロット各位にもそう伝えて!』

『りょ、了解! 各機へ! 本艦後方に敵の追撃部隊が確認されました! 各機はホワイトベースの機動部隊と連携し、前方の敵艦隊を速やかに殲滅して欲しいとの事!』

 

 相変わらず、全部会話が筒抜けなんだよなぁ。

 

「了解だ! ハッチ、開けてくれ!」

『ハッチ開放! カタパルト接続!』

 

 コダマちゃんの言葉に続き、目の前のハッチが開き、眼前に広大な宇宙が広がった。

 

『進路クリア! 発信どうぞ!!』

「テリー行きます!!」

 

 蹴り落とされた忌々しい記憶を思い出しながら、宇宙に戻る。

 ホワイトベース隊の機動部隊は既に部隊を展開させていた。

 

「流石、実戦経験が違うと動きも機敏になるな……!」

 

 アムロに至っては出撃はおろか、ムサイ不意打ちの為に単独で行動を開始している始末。

 

「ま、そうするよな」

 

 戦術に関する話では言えば、アムロの判断は正しい。

 

 が、それ以前に目の前に広がるのはアニメでも見た光景だ。

 

 唯一の障害と言えばイレギュラーな存在である例の白いイフリートだが、それがいないのなら俺は後ろで見ているだけでも勝てる筈。

 

「しかし戦場であればこそ、パイロットの立つ瀬があるというもの!」

 

 ジャブローを脱した時、俺は誓ったのだ。

 

 

 

 この宇宙世紀世界の“歴史”を変える。

 

 

 

 だが、その為には単純に俺自身の力量の向上も必要だ。

 

 眼前のジオン兵には悪いが、踏み台になって貰わねばならない。

 

「各機へ! ホワイトベースのアムロがムサイに強襲を掛ける様だ! 俺達は真正面から突っ込んで派手に暴れて連中の目を釘付けにする! ついてこい!!」

『『了解!』』

 

 二機の先行量産型ジムと、四機のセイバーフィッシュ部隊を引き連れたV字の編隊飛行でジオン艦隊へと突撃する。

 

 ……ふむ、しかしこれをするとなると、やはり後年の“アレ”が欲しくなるな。

 

「後でアムロに相談してみるか……」

 

 そんな事をぼそりと呟いた後、戦闘が始まった。

 

 元々数的不利をものともせずに突破したホワイトベース隊に、俺達の加勢でその差が埋まったのだ。

 

 負ける要素がなかった。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

『敵をかく乱させる為に、サイド6に寄港、ですか』

「はい」

 

 モニターに映るフォリコーンの艦長、マナ・レナに対して、ブライトは頷いてから続けた。

 

「我々の目的は陽動と悟られない様に移動しながら、最終的にソロモン攻略艦隊に合流する事です。ここいらで中立コロニー地帯のサイド6に寄ればジオン側も混乱するだろうし、何より、時間稼ぎになります」

『仮にジオンと会敵しても、戦闘は避けられると……。分かりました、その手で行きましょう』

「では、ミライ。進路をサイド6に向けてくれ」

「……了解」

「……そう言えばマナ艦長」

『どうしました?』

「いえ、その……階級的にはそちらが上ですのに、本当に自分が指揮を執っても宜しいのでしょうか?」

『あぁ、その事ですか。構いませんよ。……所詮私の階級なんて、お飾りですし……』

「中佐……」

 モニターの向こうに見える彼女の顔には陰りがあった。

 明らかにジャブローで言われた事を気にしている。

 

『そ、それに! 私は年齢でも実戦経験でもブライト艦長には勝てていないので、こういった判断はお任せした方が良いかなと思っているんです』

 

 でも、とマナは続ける。

 

『何かあった際の責任はきっちり私が負います。それが正しい“上官”ですからね!』

「ありがとうございます」

『それでは』

「えぇ」

 

 フォリコーンとの通信を終え、正面を見据えるブライト。

 

 目の前には小さく、コロニーの集まる宙域が見え始めていた。

 

「サイド6見えました!」

「よし、進路そのまま! 13独立部隊はこれよりサイド6へと寄港する!!」

 



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第26話【宿命の出会いと。】

 

 ジオン軍に陽動作戦である事がバレて“本命”が特定される事を恐れた第13独立部隊のホワイトベースとフォリコーンの二隻は、中立コロニーであるサイド6に寄港する事を決定した。

 

 監察官のカムラン・ブルームの許可を得た事によって乗組員達はコロニー内への立ち入りを許可され、束の間ではあるが、休暇の時間が与えられた。

 

 

 のだが。

 

 

「ジョエルン曹長、隔離します」

「え!?」

 

 

 フォリコーンの医務室を主戦場とする女医にきっぱりとそう告げられたヒータ・フォン・ジョエルンは絶句した。

 

「げほっ……な、なんでだよ先生!?」

「貴女、風邪引いてるでしょう?」

 

 咳込みながら反論するヒータに対し、女医は無情にも即答した。

 

「だ、大丈夫だよこれくらい!」

「貴女はフォリコーン所属になる前までは地上の士官学校にいたから知らないでしょうけど、宇宙で風邪を引くというというのはね……」

「知ってるよ! 治癒しにくいし、密閉空間だから感染率が跳ね上がるんだろ! ごほっ!」

「この前の戦闘生き残れたのはある意味奇跡なのもちゃんと理解してほしいわね。と、いう訳で話は終わり。曹長には休暇の間、隣の部屋で大人しくしてもらうから」

「……先生は?」

「誰かさんのせいで休暇返上よ。全く……裸で寝たりしない限り風邪なんて早々引かないでしょうに」

「うっ……」

 

 心当たりしかないヒータはそこで言葉を詰まらせてしまう。

 

「じゃあなんでテリーは風邪引いてないんだ……?」

「なんでそこでオグスター少尉の名前が出るのかしら?」

「あっ…」

 

 ヒータの失言に対して、女医はニヤニヤしながらその反応を楽しんでいた。

 

「艦長の彼氏に唾つけるなんて、アンタもやるねぇ……」

「そ、そそそそそういうんじゃねぇし!!」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「……へっくしゅん!」

「テリーさん、風邪ですか?」

「誰かが俺の噂でもしてるんじゃないかな」

 

 横から心配そうに覗き込んでくるアムロに、俺は小さく身震いしながら答えた。

 

「先生からは健康のお墨付き貰ったんだけど……やっぱり“これ”だと思う」

「ですよねぇ」

 

 二人して、サイド6の人工の空を見上げた。

 

 あいにくの、雨模様。

 

「コロニーにも雨は降るんだなぁ」

 

 湖の畔にあった小屋の軒先で雨宿りをしながら、そう呟いた。

 

 経歴曰く、どうやらテリー・オグスター君は生粋の地球生まれ地球育ちらしい。無論、西暦の地球の日本出身の“俺”だってこの光景を生で見るのは初めてだ。なのでこの発言に対して何も違和感はない筈だ。

 

 なのだが。

 

「テリーさんは地球出身なんですよね?」

「そうなんだけど……なんか見覚えあるんだよなぁ」

「雨は地球でも雨でしょう」

「それもそうか……所でアムロ。さっきの話なんだけど」

「モビルスーツを乗せて戦場を移動するロケット、という話ですよね。確かにそういうのがあると便利だと思います」

 

 それは後に“サブ・フライト・システム”と呼ばれる兵器についてだった。

 

 一年戦争時代だと“たまたま”誕生したド・ダイYSや(劇場版基準っぽいので誕生しなかった)Gファイターなどが挙げられるが、やはりSFSが本格的に運用されるのはグリプス戦役からになる。

 

 では、“その歴史”を知る俺が取るべき選択肢は?

 

 それをとっとと開発して楽をする事だろう。

 

 

「とはいえ、僕達二人だけでは何とも出来ないですよね 」

「そうなんだよなぁ。嗚呼……都合よく協力してくれる技術者現れねぇかなぁ……」

「僕の父さんが酸素欠乏症にかかっていなければ……!」

 

 俺が街中でばったり合流する前、アムロはサイド7で行方不明になっていた父親のテム・レイと再会していた。

 

 いやまぁ、そうなるのは“知っていた”からバギーで乗り付けて待機していたんだが。しかし今のは確かに失言だった。

 

 “神の目線”でこの宇宙世紀世界を見た時は「なんて父親だ!」と思いながら視聴していたが、そんな男でもアムロにとってはたった一人の父親なのだ。

 

「いや、すまん。思い出させるつもりで話した訳じゃないんだが……」

「…大丈夫ですよ。……あ、晴れてきましたね」

 

 陰鬱として来てしまった雰囲気を払拭する様に、雨が上がる。

 

 良かった。これで少しは明るい話題に…。

 

「悲しい…」

「え?」

 

 小屋のテラスの方から、少女の声が聞こえた。

 

 え? 悲しいって、もしかして今の話聞こえてた???

 

 俺が確認する前に、アムロが数歩移動し、声の主の方へ顔を向けた。

 

「!」

 

 アムロの顔に、確かに衝撃の色があった。

 

 背景には、湖に降り立つ一羽の白鳥の姿。

 

「……あ」

 

 そこで思い出す。

 

 サイド6。

 

 湖の畔の小屋。

 

 と、言えば?

 

「ララァだ……!」

 

 今、アムロ・レイとララァ・スンが曰く“遅すぎた出会い”を果たしていたのだ。

 

「な、何が悲しいんですか?」

 

 恐る恐る聞くアムロ。

 確かに、何の脈絡もなく「悲しい」なんて言われたら気にもなるわな。

 

「美しいものが年老いて死んでいくのは、悲しい事ではなくて?」

「は、はぁ……」

 

 返しのパンチが強すぎて困惑しているアムロの顔を見ながら、俺も心の中で同意する。

 だって完全に言葉のキャッチボール成り立ってないもんな、今の。

 

 しかし困った。目の前で名シーンが始まってしまった。

どうしよう? 俺も前に出るべきかな?

 

「あの……君のお家と知らず、勝手に雨宿りしたのは……」

 

 一応礼節を叩き込まれた軍人としては、軒先だけとはいえ勝手に上がり込んだ事に対して謝罪と感謝の言葉を入れないといけない。そう思いながら俺はアムロの横に立った。

 

 

 

 そこに居たのは、確かにララァ・スンだった。

 

 

 

「!」

 

 

 直後、妙な感覚が俺を包み込んだ。

 

 

 何と言えばいいだろうか、例えば、凛と澄ました彼女の瞳の奥に“宇宙”を見た様な、そんな感覚。

 

 

 だが、ここでいう“宇宙”は俺達が住んでいて、戦場にしているそれとは違う、もっとこう、人間が使う言葉で一番近い意味を持つとなれば……そう、“可能性”。

そんな可能性そのものを具現化した“宇宙”を確かに、彼女を媒体にして垣間見てしまった様な、そんな感覚である。

 

 永遠とも取れるような時間を見つめ合っていたとすら覚えてきたが、ふと彼女が俺の方を見た時、ちゃんと時が戻り始めていた。

 

「あら、貴方……不思議ね」

 

 君の方が明らかに不可思議だよ、とでも返そうと思ったその時、彼女は言葉を続けた。

 

 

 

「どっちが“本当の貴方”なのかしら?」

「ッ!」

 

 

 

え、バレてる!?

 

 俺がテリー・オグスターであってテリー・オグスターでないこと、一発で見抜いたと!?

 

嘘……真のニュータイプガチ怖いんだけど。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「…ラァ。ララァ!」

「! ……大佐?」

 

 ララァ・スンの意識が戻ったのは、バギーの運転席でハンドルを握っている最中だった。

 助手席に乗っていた赤い軍服の男……シャア・アズナブルが心配そうに彼女の顔を眺めていた。

 

「運転中に上の空は感心しないな。事故の基だ」

「すいません。ちょっと先程会った子達との事を思い出していて……」

 

 反省しながらも、また脳裏には“あの二人”の影があった。

 少しでも気を抜いたら、また何者であったのか考え込んでしまいそうだった。

 

「このコロニーの住民かな?」

「いえ、連邦軍の服を着た子です。一人は……ふふっ、大佐が見たらびっくりするかもしれませんよ?」

「私が驚くか。それは是非、会ってみたいものだな」

 

 金髪の方の少年を思い出す。

 あれはまるで……。

 

「止まってくれララァ!」

「!」

 目の前で、ヒッチハイクをする少年が見えた。

 

 あの時の少年たちだ!

 

 急いでブレーキを踏む。

 

 が、感覚が鋭利な彼女でも、流石に教習中のバギーを手足の様に自由に動かすには経験が足りない。

 

 結局、彼らよりも10メートルほど離れた位置で、バギーは停止した。

 

「すまない! 運転手が未熟なものでね!」

「まぁ、大佐ったら!」

 

 私が未熟なのは、“教官”の教えが下手だかではなくて? とまではいかなくとも、少しくらいは文句を言ってやろうと思ったララァはシャアに続いてバギーから出た。

 

「!」

 

 シャアと並んで近付くと、二人の少年の驚いた顔が見えて、思わず笑みがこぼれるララァ。

 

 しかし、茶髪の少年の方はシャアに対して畏怖に近い念を抱いている様だが、金髪の方の少年は尊敬の念に近い、好意的な印象を持っている様にも見える。

 

 

「ああ…これは完全に嵌まっているな。君、ちょっと手伝って……驚いたな」

 

 バギーの状態を確認し、解決策を見出したシャアの表情が崩れるのがララァからも見て取れた。

 

「え? 俺の顔に、何か……?」

「いやはや、“世の中には自分と同じ顔の人間が三人はいる”と聞くが、まさに君はその一人だよ」

 

 そう、彼の顔が、素顔のシャア・アズナブルにそっくりだからだ。

 

「こ、光栄です……?」

「敵に言われても、という顔をしているな」

「大佐。彼はお声も貴方にそっくりですよ」

「こんなにいい声をしているのか? 私は?」

「でも、大佐の方が年期が入っていて素晴らしいと思います」

「褒めてくれたと受け取っておくよ。ララァ、私達のバギーで少し牽引しよう。運転をお願いできるか?」

「分かりました」

 

 シャアに言われた通りに運転席に戻り、ハンドルを握る。

 

 中立地帯で敵のエースと出会った少年たちの心中は如何程か。

 

 そんな事を頭の片隅で考えながら、ララァはシャアの指示に従ってバギーを移動させた。

 

「彼らはもう大丈夫だろう。私達も戻ろう、ララァ」

 

 少年たちと二言三言の会話を終えて、シャアが助手席で戻ってくる。

 

「……大佐。彼らの名前、聞きました?」

「うん?」

 

 バギーを発進させて、バックミラーで少年たちが見えなくなった後にララァは呟くようにシャアに問いかけた。

 

「あの茶髪の少年がアムロ・レイ君で、金髪の少年はテリー・オグスター君というらしい」

「アムロ・レイにテリー・オグスター……」

「テリー君も不思議だったが、私としてはあのアムロ君が気になるな。初めて会った様な感覚は無かった」

「案外、例のガンダムのパイロットだったりするかも知れませんよ?」

「争いを好む様には見えなかったが……もしそうだと、戦場とは悲しいものだな」

「そうですよね……」

 

 本心から、そう思うララァ・スンだった。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「テリーさんって」

「うん?」

 

 アムロがそう切り出したのは、バギーが走り出して間もなくだった。

 

「俺がなんだって?」

 

 ハンドルを握っていたのは俺だったので、適当に流す様な感覚で聞き返した。

 

「赤い彗星の……シャア・アズナブルと何か関係が?」

「俺も顔を見た時にそう思ったけど、あの人の反応を見る限りただの“そっくりさん”なんじゃないかな?」

「うーん……反応ではそうでしたけど……」

 

 横目で一瞥すると、何やら考え込み始めていたアムロ。

 

 俺にはよくわからんので、是非とも君のニュータイプ的感覚で答えを導きだしてほしい。

 

「とにかく早く戻ろう。留守番しているマナ達がお土産を首を長くして待ってる筈だしな」

「そうですね。ブライトさんへのお土産の“波嵐万丈チョコ”が溶けたらまた殴られるかもしれません」

「あの人も案外子どもっぽい好みがあったんだな……ん?」

 

 市街に入る手前辺りで白衣の男がこちらに手を振っているのが見える。

 

 見覚えはないが、はて……?

 

「ま、待って! と、停まって下さい!!」

「うおっ!?」

 

 車線に出てきた男が身体を張って道を塞いできたので、ハンドルを切りながらブレーキを踏んだ。

 

 

 雨上がりの地面でそんな事すると、当然前方に大量の泥が飛ぶ。

 

「ぎゃっ!」

 

 白衣の男はそれを全て身に受けて、そのまま後ろに倒れてしまった。

 

「悪かったすまん! 大丈夫か!?」

 

 前に出てきたこの男が悪いとは思いつつ、それにしてはやり過ぎたと思った俺は素直に謝罪しながらバギーを降りる。

 

 すると白衣の男は泥など気に留めずに俺に掴み掛る勢いで迫ってきた。

 

「ッ! ちょっと!? 服が汚れる!」

「れ、連邦軍の人ですよね!? お、お願いします! わ、私はジオンの、フ、フラナガン機関所属技師のグラン・ア・ロンと言います! ぼ、亡命を希望致すのです!!」

「……は?」

 



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第27話【亡命】

 

「その、自分も一応……ミライさんの事、見てますから……!」

「……ありがとう」

 

 サイド6へと寄港していたホワイトベース。

 

 そのブリッジにいたミライ・ヤシマが考え込んだ表情で部屋を後にした。

 

「……」

 

 ここに来てから、ミライの様子がおかしい。

 

 それくらいの事は、サイド7からずっと彼女の後姿を見続けたブライト・ノアには容易に察する事が出来た。

 

 不調の原因は、このサイドの監察官である、カムラン・ブルーム氏なのは間違いなかった。

 

 親の取り決めの許婚という彼に対して、ミライは快く思っていない。

 

 だからホワイトベースから離れる事を頑なに拒否しているのが分かった。

 

 ただ、どんな理由であれ、彼女と二人っきりの時間を過ごせる。

 

 彼女の心中を察しつつも、内心ではそんな幸福を噛み締めていた、のだが。

 

「……ん!?」

 

 それは、少し外を見たくなった、そんな気分になった時だ。

 

 ホワイトベースの横には、同じくジャブローから出撃してきた同型艦のフォリコーンも停泊している。

 

 そのブリッジに、何やらニコニコしながらガラスに張り付いてこちらを眺める金髪の少女がいた。

 

「まさか……!」

 

 頬を赤らめながらホワイトベースを飛び出し、フォリコーンへと走るブライト。

 

 同型艦というだけあって、初めて入っても迷う事はなかった。

 

 ただ、ホワイトベースと少し違う“甘さ”の様なものを感じつつも、それどころではない彼はまっずぐブリッジへと向かう。

 

「マ、マナ中佐!」

「あら、うふふ。ブライトさん」

 

 全力疾走で息を切らした自分と違って、余裕の表情を浮かべながらニコニコしてみせるマナ・レナ。

 

「……聞いてました?」

「そりゃ、会話は聞こえてないですけど、あんな分かりやすい反応してたら……ねぇ?」

 

 頬を赤らめながら手に持っていた軍帽で顔を隠すマナ。

 

 同じペガサス級の艦長とはいえ、マナはブライトより年下の少女なのだ。

 

 戦場に出てこそいるが、そんな状況でなければ学び舎の一室で恋の話に興じている年齢と相違ない。

 

 そんな彼女に格好の“エサ”にされてしまったと思うと、ブライトは更に恥ずかしくなってしまう。

 

 これがホワイトベースのクルーなら照れ隠しに一喝出来ようものだが、相手は階級で言うと頭が上がらない相手だ。

 

 これがセクハラか、とブライトが歯嚙みした、その時だった。

 

『こちらテリー・オグスター! 聞こえるかマナ艦長! ジオンの技術者らしき男が亡命を申し出てきた! ブライト艦長がホワイトベースに居なかったから、先に艦長に報告を……あれ、もしかして、お邪魔だった?』

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「グラン・ア・ロン博士、と言ったか。何故ジオンの技師である貴方は連邦への亡命を図ったんだ?」

 

 ブライト艦長の鋭いまなざしが、グランとかいう白衣の男を貫いた。

 

 この男を拾った(正確にはしがみついて離れてくれなかった)俺とアムロは(ベイ)へ帰還し、ホワイトベースの一室でほぼ尋問に近い質問の嵐を投げかけていた。

 

 現在彼を取り囲んでいるのは俺と、アムロ。そしてブライト艦長とマナ、そして監察官のカムラン・ブルームだった。

 

 休暇返上は痛いが、彼の行動如何によっては戦況に変化が生じる事を鑑みれば蔑ろにも出来ないというものだ。

 先程のブライト艦長とマナのやり取りの詳細も気になるが、流石に優先順位というものがある。

 

「ひ、一言で言えば、こ、怖くなったのです……」

「何がですか?」

「じ、自分の才能が、です……」

「は?」

 

 マナの質問に対しおどけつつ、しかししっかりと返したこの男の言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声を挙げてしまった。

 

「随分と自信満々じゃないか」

「え、えぇ……な、なんたって、連邦のガンダムを翻弄したイフリート・ダンを開発したのは、わ、私なのですから……!」

「なんだと!?」

「あの化け物モビルスーツを、ですか!?」

 

 今度は俺と同時にアムロも驚いた。

 流石、ジャブローで一緒にアイツに手も足も出なかっただけはある反応速度だった。

 

「え、えぇ……し、試験評価用に地上から打ち上げられたイフリートに、パ、パイロットのサレナ・ヴァーン少佐がどうやってか入手したガンダムの……ぶ、V作戦とやらの計画書や資料を持ち帰ってきてくれたデータをフィードバックさせて、さ、更にフラナガン機関で研究中だったサ、サイコミュシステムやEXAMシステムを詰め込めるだけ詰め込んだ、ひ、非常に“ひ弱な”試作モビルスーツなのです」

「ひ弱だって? あのモビルスーツがか!?」

「ひっ!」

「テリーくん落ち着いて! ……話の続きを聞きましょう」

「そ、その筈だったんです! あ、あのイフリートは元々地上専用で宇宙では使えず、も、持て余していた物……。そ、それをガンダムの性能を研究する為に改造し、つ、ついでに機関の他のシステムも取り入れてみただけだったんです! ただ、サイコミュシステムは全力稼働させるには大型の機材が必要だったのと、え、EXAMシステムは根本的なシステムがブラックボックス化されて複製出来なかったので、ど、どちらも従来の性能の半分以下のコピーを詰めたのに……そ、それなのに完成したあのモビルスーツは、さ、さもどちらもフル稼働しているかのような性能を見せたのです! ア、アレは正真正銘の化け物だ……!!」

「つまり、お前は他人が作ったモビルスーツに盗んだ技術と他人の技術を合わせたキメラモビルスーツを作って、悦に入ってたが怖くなった、と?」

「も、物の見方を知らないんですね……。これだけ雑多な別技術を、たった一か月足らずで統合し、完成までこぎ着けたのは、ま、間違いなく私の才能ですよ……そ、それを理解しないジオンなんて……!」

「マナ艦長。このコロニー内で目立つ色のジオン兵を見た。そいつに叩き返してやろう」

「ま、待ってください! わ、私は帰りたくない! こ、この素晴らしい才能を評価できない連中には、も、もう愛想を尽かしたのです! そ、それに! ぼ、亡命する条件としてのジオンの極秘作戦の情報も、も、持ってきました! こ、これはこのサイド6コロニーも無関係ではない話です」

「このコロニーが? 一体、どんな情報なんです?」

 

 鼻っ柱を赤くしたカムラン氏が訪ねる横で、俺は固唾を飲んでいた。

 

 この時代のサイド6と言えば、アムロがララァやシャアと初めて生身で出会ったり、ミライさんの男性関係のちょっとギスギスした模様。

 

 そして12機のリック・ドムをあっさり失うドズル配下のコンスコン隊など盛り沢山だが、それとは別に、ガンダム史において大きな“作品”が丁度この時期にやっている筈なのだ。

 

 

 もう、最後に見たのが随分昔なのですっかり忘れていたが、アレは――。

 

 

「サ、サイド6に常駐する連邦軍がひ、秘密裏に開発した新型ガンダム破壊の為にれ、連中……か、核ミサイルを使うつもりなんです!」

「核だと!?」

 

 

 そう、最初に誕生したガンダムOVA作品“機動戦士ガンダム0080ポケットの中の戦争”である。

 

 

「そんな! いくら南極条約の外と言ったって、中立コロニーに核ミサイルを撃ち込むなんてどうかしてます!」

「たった一機のモビルスーツを破壊するのにコロニーごと吹き飛ばすなんてどうかしているじゃないか……!」

「わ、私に言われても困ります! わ、わたしはただ、と、盗聴した秘密作戦の概要を皆様にリークしただけで……!」

 

 マナとアムロが掴み掛る勢いでグランに詰め寄るが、彼は当然の様にしどろもどろに返事をした。

 

「カムランさん。連邦の新型モビルスーツがあるという話は、本当なのですか?」

「え、えぇ……確かに二日前、隣のコロニーがジオンによる強襲を受けました。そこで私も初めて新型モビルスーツを秘密裏に建造しているのを知ったのです」

「だから私達が入港する際に、厳しく念入りにチェックされたんですね……」

「何百人も犠牲者が出たんです。そりゃ厄介者扱いされて当然でしょう!」

「カムランさん! 今はマナ中佐に当たっている場合ではない! ……アムロ、すまないがブリッジからホワイトベースのクルーを全員呼び戻してくれ」

「テリーくんはフォリコーンの方をお願い。私達は今すぐコロニーを出発して、件のジオン部隊を食い止めます!」

「「了解!」」

 

 俺とアムロはすぐさま部屋を飛び出し、それぞれの艦のブリッジへと向かった。

 

 

 可及的速やかに対応しないといけない事態だが、俺にとっては好都合だ。

 

 

 

 後は何とかして、新型モビルスーツ……クリスのNT-1アレックスと、バーニィのザクⅡ改が戦闘するのを避けさせねばならない。

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

『領空内での戦闘は御法度なんですよ!?』

『それでコロニーが核で吹き飛ばされても良いなら、罰金でも何でも言えばいいでしょう!?』

「ブライト艦長もカムランさんと言い合うのやめてください!」

 

 発進後もまだ通信越しにまだいがみ合うカムラン・ブルームとブライト・ノアに対し、マナ・レナが一喝を入れた。

 

 グラン・ア・ロン博士の密告により、月面基地グラナダから発進したジオン艦隊を捕捉した第13独立部隊は攻撃目標に設定されているコロニーと丁度間を挟む様な配置についていた。

 

「常駐している連邦軍艦のグレイファントムから入電! 援軍感謝する、との事!」

「ペガサス級が三隻も並んでいるというのに、全然嬉しくない展開ね……!」

『マナ艦長! こちらテリー、発艦準備完了した!』

「発艦を許可します! ……でも良いの少尉? 複座型のセイバーフィッシュ一機でコロニーに向かうなんて。それ一応、訓練機なんだけど?」

 

 マナの疑問は尤もだった。

 

 速やかに対処しないといけないのは眼前の核ミサイルの筈なのに、テリー・オグスターは問題の発端となった新型ガンダムを回収しに行くといったのだ。

 

『昨日今日にドンパチがあったコロニーの中をガンダムで乗り付ける訳にもいかないだろう!? 代わりにガンダムは他のパイロットに使わせてやってくれ!』

「では、ミドリ曹長に……」

『あ、すまん艦長。ミドリも借りてく』

「はぁ!?」

『整備班が早くしろって! じゃ、行って来るわ!!』

「ちょっと少尉! テリーくん!!」

 

 

 貴重なモビルスーツパイロットを二名も乗せたセイバーフィッシュが、フォリコーンの右舷デッキから発進するのを、マナは見ている事しか出来なかった。

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 

「ねぇ、バーニィ。あのガンダムに勝てる?」

 

 

「楽勝! ……と、言いたいが、五分五分って所かな」

 

 

「本当にもう手伝える事、ない?」

 

 

「戦闘は一人の方が楽だからな……代わりにアル。……もし俺が死ぬ様な事があったら、この包みを警察に届けて欲しい。指示については、このディスクに入っているからちゃんと目を通してくれ」

 

 

「死んだら……?」

 

 

「もしもの時の用心だよ! 重要な任務だ……頼めるか?」

 

 

「……任せてよ! バーニィ!!」

 



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第28話【架空の空】

 

「こうやって一緒の訓練機に乗るのは、士官学校以来だね?」

「そうだな」

 

 複座の訓練用セイバーフィッシュがサイド6コロニー“リボー”へ向かう途中、ミドリは後部座席からシート越しに見えるテリーのヘルメットを見ながら話しかけた。

 

「所でテリー君」

「どした?」

「リボーコロニーにまだジオンがいるって情報、どうやって掴んだの?」

「そっ……それはな! あー……あの亡命したグラン・ア・ロンって技術者が言ってたんだよ! あのコロニーに潜入した別動隊がザクを一機持ち込んだって。二日前コロニーを襲ったモビルスーツは見た事ないタイプだったらしいし、まだいるんじゃないかなーって」

「ふぅん」

 

 表情は見えないが、テリーが明らかに動揺しているのが分かったミドリ。

 

 やはり、何かを隠している様な素振りだった。

 

 事実、彼はフォリコーンが出航してからほとんど自分含めたパイロット達と一緒に行動しており、亡命してきたという技術者と会話した機会など一度もなかったからだ。

 

「それに、グランの言葉を全部鵜呑みには出来ない。核ミサイルの話がデマで、本命がアレックス強奪なんて言われたら、俺達全員間抜けだよ」

「理には適ってるわね……で、“アレックス”って何?」

「う……」

 

 やはり彼は“知り過ぎて”いる。少なくともミドリにはそう思えたのだ。

 

「……ねぇ、テリー君。これは私の独り言だから、無視して貰って構わないんだけど」

「お、おう……」

 

 彼の行動が時折変なのは明らかだ。

 

 だが、それで被害を被ったことはない。

 

 つまり、ジオンのスパイになった、という訳ではないという事。

 

 それを除き、士官学校時代から“まるで別人の様に”変わってしまったテリー・オグスターの現状を推理した結果を、ミドリは淡々と述べ始めた。

 

「テリー君。君は私達とは違う情報網、連絡網を持ってるんじゃないかしら?」

「……!」

 

 反応があった。

 

 だが、テリーからの返事の言葉はない。

 当然だろう。仮に事実なら、反応“出来ない”筈なのだ。

 

「もしそうなら私、貴方を疑ってた事を謝らないといけないわ。……そんな重い任務を請け負ってたら、昔みたいな能天気さんではいられないもんね」

「……俺、そんなに能天気だった?」

「ホント、パイロットに向いてないんじゃないかってくらいにはね」

「今は?」

「まぁ、頼りにはなるんじゃないかな?」

「そうか……ふぅ」

 

 テリーの安堵の息が聞こえてきた。

 ヘルメット越しの通信は、微かな吐息さえ、近くで聞いているかのようにはっきりと耳に届いてくる。

 

 マナやヒータは、この事を知っているのだろうか?

 

 マナは知っていても立場上話せないのは当然だろう。

 

 ヒータは優秀なパイロットだし言動に対して結構鋭い所があるが、ことテリーに対してはバカになる所があるので気にも留めてないと思った方が良い。

 

 と、なると自力でたどり着いたのは自分だけになるのだが、ミドリはこの話を誰にもするつもりはなかった。

 

「テリー君も大変なんだね」

「そうだな……それに関しては間違ってないかも」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

あっぶねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

 

 いきなりミドリに神妙な声色で何言われるかと思ったが、見事頓珍漢な方向に思考がズレてくれて助かった。

 

 だが、「実は俺、この世界の歴史を知ってしまったんだ」みたいな電波な事を言うより“それ”の方がよっぽど現実的だ。

 

 変な誤解をさせるのは可哀想だが、訂正するメリット俺にはほとんどないし、何より今はあまり時間がないのを忘れてはいけない。

 

「それよりミドリ。今何時だ?」

「今? 今は……13時半ね。25日の」

 

あと30分か……まずいな……。

 

 記憶が正しければ、バーニィがクリスの乗るアレックスに喧嘩を売るのは昼の二時頃である。

 で、あるなら、それまでにアレックスを貰って宇宙(そと)で戦っている連邦軍と合流すればいい。

 

 バーニィとアルの努力が全部水の泡になるが、彼が死なずに済むなら、俺はそういった手段もやむを得ないと思っていた。

 

 そんな事を考えていると、サイド6のコロニーの一つ“リボー”の港の入り口が見えてくる。

 

入港するや否や、スタッフらしき宇宙服の男が接近してきた。

 

「第13独立部隊の方ですね? お話は監察官から伺ってます。まずは所定の場所で検査を……」

「そんな暇があると思ってるのか!? 中にまだジオン兵がいるんだぞ!!」

 

 事情を知らないこの男は、普段通りの仕事を気だるげにこなしているだけ、くらいの認識なのだろう。それがちょっと癪に障ったので、少し強めに言葉を返してしまった。

 

 が、ここで下手に出れば、長々と手続きをやらされ、到着する頃には戦闘が終わっていた、という事になりかねない。

 

 核ミサイル問題については、元々対処出来ていた連邦部隊に第13独立部隊をオマケでセットしたのだ。まず心配する要素がない。

 

 だから俺はそこはさておき、ただ一点……この世界では会った話した事もない敵軍の兵士一人助ける為に躍起になる事にした。

 

「そうは言われましても、我々も手続きというのがありまして……」

「みすみすジオンのモビルスーツを持ち込ませるザル警備が一人前面するんじゃねぇ! こっちはミサイルで無理矢理侵入したって良いんだぞ! 悠長に書類とにらめっこしながらまとめてジオンに吹き飛ばされなくなければ、早くしろ!!」

「わ、わかった! わかりましたよ!! ……ったく、これだから軍人は……!」

 

 とりあえず勢いで誤魔化す事に成功。

 

 カムラン氏から受け取った書類を渡し、セイバーフィッシュに乗ったままリボー内部への侵入に成功した。

 

「……良かったの?」

「核ミサイルが飛んでくるなんて迂闊に話せば、余計に混乱するからな。それなら俺が嫌われる方がいい」

「……」

 

 ミドリの心配そうな声に、俺は素直な気持ちを伝えた。

 

 

 この宇宙世紀の世界は、悲しみに溢れすぎている。

 

 

 俺一人が悪人になって世界がより良くなるというのなら、そういった選択肢もありだろう。

 

 

 っと。いけないいけない。なんだかこういう思考をしていると、最終的に何かをミスしかねないからな。皆救って、俺もハッピーになる。それくらいの気持ちで行こう。

 

 リボーコロニーの中は、中立というだあって、戦争とは無縁の空気が漂っていた。

 

 いくつか壊れた建物があったりしたが、それはそれとして日常を謳歌する人々。

 

 ここの人間は、根本的に“戦争は他人事”だと思っているのだろうな、というのが如実に分かる光景だった。

 

 少なくとも、サイド7やルナツーに東南アジア戦線、ジャブローとは全く違う雰囲気なのは確実だ。当たり前か。

 

「……そっか。世間はクリスマスなんだね」

 

 所々に掲げられたクリスマスのイルミネーションを眺めながら、ミドリがぼそりと呟いた。

 

 ヘルメット越しに女の子の呟きを聞くというのは、なんともこそばゆいものだな……。

 

「ここは平和で羨ましいよ……ガンダムが置いてある。あの施設で間違いなさそうだ」

 

 そんな光景の中、一際損害の激しい施設を発見。敷地内にはバラバラになったジオンの強襲用モビルスーツ、ケンプファーの残骸と、シートを被せられたアレックスの姿があった。

 

「着陸するぞ」

「周囲に人影なし。安全確認完了したわ」

「よし」

 

 二体のモビルスーツの間にセイバーフィッシュを停めると、施設の方から赤い髪の女性が歩いてくるのが見えた。

 

「初めまして。私はこちらのガンダム……アレックスのテストパイロットをしています、クリスチーナ・マッケンジー中尉です」

 

 やはり彼女はクリス……クリスチーナ・マッケンジーで正解だったようだ。

それと同時に“間に合った”事が俺を安堵させてくれた。

 

「第13独立部隊フォリコーン所属のテリー・オグスター少尉です。こちらは、同隊所属のミドリ曹長であります」

「ミドリ・ウィンダム曹長です。同じ女性パイロットでガンダムに乗っていられるなんて、尊敬します!」

「ありがとう。でも私はテストパイロットなんで……」

「早速で悪いのですが中尉。このガンダムをリボーコロニーの外で展開中の連邦部隊にまで運びたいのです」

 

 ミドリの興奮する気持ちも理解出来ないでもないが、時刻は既に14時まで後10分を切った所だった。

 

 後数分で何とか外に持ち出さなければ、セイバーフィッシュで一緒に戦う“フリ”をして執拗にアレックスの邪魔をするとかいう非常に立場も絵面も大変な事態になりかねない。

 

「展開? 戦闘中なのですか?」

「詳しい説明は後ほ……どぉ!?」

 

 だが、少し遅かった様だ。

 コロニーの中では明らかに不自然な地響きが施設周辺に響いていた。

 

「何の揺れ!?」

『自然公園の方面にザクを確認! アレックス出撃せよ!!』

「ジオンのモビルスーツ!? 一体いつの間に……」

「くそっ、間に合わなかったか!」

 

 ここでマッケンジー中尉が乗り込んでしまうと、バーニィを助けられない。

 

 どうする?

 

 彼女が勝てない様に……いや、せめてアルが戻ってくるまでの時間稼ぎをする為には……。

 

 

 

 

 

 

 ……ん? いや、待てよ。

 

 

 

 

 

 

 俺は今まで“アレックスとザクⅡ改の戦いをどうやって止めるか”ばかり考えていたが、もっと単純かつ、簡単な方法があるじゃないか!

 

 

 

 

 

「マッケンジー中尉、俺に考えがある。……アレックスを貸してくれ!」

 

 

 

 

 俺が動かせばいいじゃん、アレックス。

 

 

 

 

「で、でもいきなり実戦だなんて!」

「こちとら同じガンダムで実戦やってんだ! 問題ない!! それよりも中尉とミドリはセイバーフィッシュであの場所へ向かってくれ」

 

 なるだけ違和感なく配置する為に逡巡した俺は更に一計思いついた俺は、港の方を指さしながら二人に話しかけた。

 

「あそこは……港付近の道路?」

「流石に連中も仲間もろとも核ミサイルで吹き飛ばそうとは思わんだろう」

「核ミサイル!? それって、本当なの!?」

「確かな筋からの情報です。外の仲間が事態を収拾してくれるまで、俺が何とか時間を稼ぎます。二人には“万が一”の為にあそこで待機していざとなったら援護してもらいたい」

「なら尚の事、私がアレックスに乗った方が……!」

「俺も男なんです! ミドリに良い所みせないとな!!」

「えぇ!? わたっ、私ぃ!?」

 

 こういう時、チョロイン気味のヒータだと話がスムーズなのだが、ここは致し方ない。

 

 彼女にはさっき連邦特殊部隊云々の嘘も含めて、全力で謝罪してやらないといけなくなってしまった。

 

「それもこれも、全部無事に終わったら、だけどな!」

 

 アレックスの横に置いてあった昇降機に乗り込み、コックピットへ。

 

 全天周囲モニターのおかげでいつもより視界が広いが、基本は同じモビルスーツだ。

 

「俺でも、こいつを動かせる!」

 

 ゆっくりアレックスを立ち上がらせる。

 

 確かに、反応速度がガンダムより良い。

いや、これは“良すぎる”。

 

 感度を最大にしたコントローラーで不慣れなFPSをやらされる感覚の数倍はあるかもしれない。

 

 流石、連邦軍が聞きかじったニュータイプ知識で作ったニュータイプ専用モビルスーツだ。もうちょっとこう、何とかならんかったのか。

 

『テリー君! 私達はとりあえず指示通りに動くよ!』

『気を付けてね!!』

「了解!」

 

 セイバーフィッシュに乗り込んだ二人の声を聞きながら、モニターで周囲を見渡す。

 

「うっ……」

 

 つい癖でカメラを動かして、視界が変になりそうになった。

 

 これが後年のモビルスーツの標準装備だと思うと、かなりの操縦技術を求められそうである。

 

「……! 見つけた!!」

 

 と、言うよりかは、明らかに「見つけてくれ」と言わんばかりにこちらにはっきりと目を合わせてくる一体のザクⅡ改。

 

 操縦桿を握る手に、変な緊張が籠る。

 が、そうも言ってはいられない。

 

 やる事を決めた以上、後は流れで何とかするしかないのだ。

 

 

「テリー・オグスター! アレックス、出るぞ!!」



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第29話【ポケットの中の戦争】

「そら、どうした! 追ってこないのか!?」

 改修したザクⅡ改のコックピットの中で、バーナード・ワイズマンことバーニィは己を鼓舞させる様に誰に聞かせる訳でもなく叫んだ。

 

 

 連邦軍基地横の森にガンダムをおびき寄せ、そこに張った罠を使い、戦う。

 

 

 ただ、その為にはまず相手をキルゾーンに追い込む必要がった。

 

 ガンダムの腕に内蔵されているガトリング砲は、強力だ。

 それに警戒しながら、かつ相手を挑発する。

 

 

 この作戦は、初手から無理があった。

 

 

 だがそれでも、バーナード・ワイズマンという男に迷いはなかった。

 

 

 自分がやらねば、誰がコロニーを核攻撃から守るのか、と。

 

 

「よし、良いぞ! こっちだ!!」

 

 ガンダムが反応した。

 

 コロニーへの損害を気にしてか、右腕のガトリングをまばらにしか発射出来ないガンダムに敢えて無防備な姿を晒し、森の方へとザクⅡ改を進めるバーニィ。

 

 ミノフスキー粒子撒布下では有視界戦闘が常だが、だからこそ古い時代の“カモフラージュ”が大いに役に立つ。

 

 そして森という地形は、深緑と基調としたカラーリングのザクⅡ改にとっては絶好の隠れ蓑だ。

 

 ガンダムのパイロットがその事に気が付かずに接近してきてくれた事に感謝しつつ、バーニィはザクⅡ改を森と一つにした。

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「くそっ! なんだこの使いにくいガンダムゥ!」

 

 バーニィが乗っているであろうザクⅡ改を追いながら、俺はアレックスの性能に対して文句を言っていた。

 

 いや、性能は申し分ない。

 

 というか、ガンダムではちょっと物足りなかった部分が満たされて、むしろ自由度が増したようにも思える。

 

 ただ、手加減云々の以前に調整がピーキー過ぎるのだ。

 

 走って止まれば思ったより前まで滑るし、段差を越えるつもりでバーニアを吹かして上昇すれば、想定の三倍以上は飛ぶ。

 

「明らかにニュータイプをスーパーマンか何かと勘違いしてるな!」

 

 技術者のそういった偏見で出来た様な印象が、更に募ってきた。

 全部がそう言う訳ではないから、一概に悪い機体とも一蹴出来ないのだが。

 

「…!」

 

言葉が走った。

 

「そこか!」

 

 向かって右側が正面に来るようにカメラを調整。

 

「……」

 

 木々の間からひょっこり顔を覗かせるザクⅡ改と目があった。

 

「いやバカか俺は! なんで一発で本物見つけるかな!?」

 

 仕方なく気が付かなかった“フリ”をしてスルー。しかし一応視界には留めておく。これは全天周囲モニターのアレックスだからこそ違和感なく出来る芸当と言えよう。

 

〈!〉

 

「何か動いた!」

 

 今度はザクじゃない。サンタクロースの形をしたバルーンだった。

 バーニィが仕掛けたデコイだ。

 

 デコイだとは分かっている。

 

 だが俺は遠慮なく腕のガトリング砲をブチ込んだ。

 

「ざぁま見ろ! ベリークルシミマス!!」

 

 バルーンは一撃で吹き飛んだが、余分に数秒間斉射。向こうが“弾切れ”になる前に一発でも多く使う為だ。

 

「残り452発……!? 多すぎだろ! どこに仕舞ってるんだ!?」

 

 流石ポケ戦七不思議の一つである“片方500発装填されているガトリング”だ。タイマンで使いきれる気がしない。

 

 因みに“ポケ戦七不思議”は今適当に考えた。“機雷にびくともしないゴックの兄なのに装甲が豆腐のハイゴック”とか探せば七つは埋まると思われる。

 

〈!〉

 

 そんな事を考えているともう一つのバルーンが上がった。これにも余分に撃ち込んでおく。

 

「棒立ちばかりは怪しまれるな…」

 

 アレックスの足を進める。バーニィ機はゆっくり移動しながら、俺の後方4時から7時の方角へ。左手のガトリングは使用不可になっているので、彼の判断は正しい。

 

 そんなバーニィをフォローする為(?)、アレックスで前方を警戒する装いをしながらゆっくりと後ろ歩きに移動をする。

 

 向こうにも動きがあった。

 

 警戒ばかりしていたバーニィ機がこちらに合わせてゆっくり接近してきているのだ。

 

 気が付けば色んな戦場に立ったガンダムパイロットとして、全天周囲モニターなしでも余裕で気が付ける程には成長していたらしい俺からすればこんな行動自殺行為なのだが、目的はあくまで時間稼ぎであって彼を倒す事ではない。

 

 が、あまり時間を掛け過ぎてリボーコロニーの外から仲間達が来てしまってもアウトだ。

 

「良い感じに違和感なく“間”を詰めるには……うおぉお!?」

 

 爆発があった。

 

 アレックスの下だ。バーニィ達が設置したハンドグレネードに引っかかり、それが起爆したのだろう。

 

「体勢が崩れる!?」

 

 演技でも何でもなく膝をつく。

 

 これは完全に油断していた。

 

 バーニィ機ばかりに意識を集中し、ここが彼の“狩場”なのを頭の片隅に追いやってしまっていたのだ。

 

「ザクは!? ……ッ!」

 

 背中に衝撃が走った。

 

 アレックスの動きを封じたと踏んだバーニィ機が煙に乗じて急接近、こちらにショルダータックルを仕掛けてきたのだ。

 

 直前に何とか身を捻りながら直撃を避ける。

 

 油断しきった状態から回避運動に移れたのは明らかにアレックスの性能によるものだった。

 

もし普段のガンダムでこんな手加減しながら戦っていたら、多分この辺で大怪我していたかもしれない。今回は完全に性能に助けられた訳だ。

 

 だが、こちらも無傷という訳ではない。バックパックの角がひしゃげ、ビームサーベルが一本お釈迦になった。

 

 

 ……いや、これはむしろ嬉しい誤算だ。

 

 

「これなら何とかなる! やってみせるさ!!」

 

 鬼反応速度をフル活用しアレックスの方向転換。バーニィ機は手持ちの唯一の武器、ヒートホークを振り上げ、攻撃の体勢に入っていた。

 

「ッ!!」

 

 右腕でコックピットを守る様な形で後方へ。

 

 丁度アレックスのガトリング砲を削ってもらえるように位置調整した。

 

「……よし!」

 

 アレックスの武器破損を知らせる警戒音に対する胸の高鳴りを抑えつつ、すぐさま残りの一本のビームサーベルを引き抜いた。

 

「なんとぉぉぉぉぉッ!!」

 

 バーニィ機の追撃に合わせて袈裟斬り。互いのモビルスーツがよろめく。

 

 バーニィ機は数歩下がりながらも踏ん張り、転倒を防いでいた。

 

 しかし、こちらの方が早い。

 

 俺のアレックスは既に向こうへと距離を詰めていた。

 

 ヒートホークの横薙ぎの迎撃が来る。

 

 それに対し、俺はアレックスの身体を右に捻りながらビームサーベルを突き出した。

 

 剣先が向かうのは、ヒートホークの刃と柄の間の小さな隙間。

 

「折れた!」

 

 ヒートホークの刃が吹き飛んだ事を確認。

 

 そして右に捻った動きのままサイドステップ。

 ついでにビームサーベルも放棄。

 

 戦術的に言うと、“逆襲のシャア”でアムロがギュネイ・ガスに対して使用した武器デコイだ。

 

 そして、これからの戦い方も、逆シャアに倣う。

 

「そらあぁぁ!」

 

 右ストレート!

 

 無論直撃を避ける様にコックピットよりやや(こちらから見て)右寄りにアレックスの拳を叩きつける。

 

 “がむしゃらに拳を突き出したら当たった”くらいの気持ちで小突いた為、バーニィ機へのダメージは少ない。

 

 そこからの反応はバーニィ機も早かった。

 

「ぎえっ!」

 

 潰れたカエルみたいな情けない声が出た。

 ダメージによる反動が少なかった為にすぐさま反撃に転じてきたバーニィ機の左拳が、アレックスの頭部に直撃したのだ。

 

 

 

 だが、これで舞台は整った。

 

 

 

 戦闘中にコッソリ計算していたが、リボーコロニーの部隊が集結してこちらに向かって来るまでに掛かる時間は残り10分程。

 

 

「よぉしバーニィ! ここからは小細工なしの男と男の殴り合いだ! 人生最高の10分にしよう!!」

 

 

 

 それからは、まるで戦争というよりはモビルスーツを使った喧嘩だった。

 

 

 

 どつきあい宇宙(そら)の開幕である。

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「まるで戦争というよりか、モビルスーツを使った喧嘩ね……」

「……凄い」

 

 テリーの戦いを見慣れているミドリの横でクリスチーナ・マッケンジーは彼の動きに驚愕していた。

 

「あのアレックスを、こんな短時間でものにしてしまうなんて……!」

「そうですか? 私は機体に振り回されてる……というか手加減している様に見えますけど」

「それでもあの動きは……悔しいけど、私には真似出来ないわ」

 

 現在彼女達はテリーの指示通り、港近くの道路にセイバーフィッシュを停めてアレックスとザクの戦いを見守っていた。

 

 セイバーフィッシュは戦闘機なので垂直離着陸は不可能だが、この訓練用は武装の代わりに下部バーニアが追加されており、こういった滑走路のない場所でも着陸が可能だった。

 

 それはさておき、戦況の方はほぼ拮抗状態だった。

 

 殴られたら蹴り返し、蹴られたらまた殴り返す、原始的な戦い。

 

 男か、あるいはプロレスが好きな人間なら興奮しながら応援するようなシチュエーションだが、残念ながらクリスとミドリにはそういった趣味はないので状況を静観する以外には言葉は無かった。

 

「でもあのままだとオグスター少尉が危険じゃないかしら? 援護に行った方が良いと思うんだけど……」

「私もさっきからそう思っていたんですけど……もう少し、もう少しここで“待たないといけない”様な気がするんです」

「それって、どういう……」

 

 

 要領の得ない言葉を呟いたミドリに対し、クリスが疑問を投げかけようとした、その時だ。

 

 

「クリス……? クリスなの!?」

「アル!?」

 

 セイバーフィッシュの影から、クリスの聞きなれた声が聞こえた。

 

 実家の隣に住む少年、アルフレッド・イズルハこと、アルだった。

 

「こんな所で何をしてるの!?」

「ちょっ……ちょっと急いでいるんだ! 悪いけどまた後でねクリス!!」

「急いでるって……そっちではモビルスーツ同士の戦闘が起きてるのよ!? 巻き込まれたらどうするの!?」

「それでも行かないとダメなんだ! 行かないとバーニィが死んじゃ……あっ!」

「バーニィ? バーニィがどうしたの!?」

「えっと……」

 

 アルが目に見えて動揺しながら後ずさりを始めていた。

 

「……もしかして君、あのザクに乗っているのが誰か“知ってる”んじゃない?」

「うっ……し、知らない!!」

 

 クリスの横に立ったミドリの言葉だった。

 

アルは否定したが、その言動は彼女の問いに対して肯定の意味を示していた様なものだった。

 

「そんな……まさかバーニィは、ジオンの……!?」

「違うんだ聞いてクリス! バーニィは……バーニィは本当は逃げようとしたんだ! でも核攻撃が始まるって聞いて、ガンダムを倒せば攻撃が中止されるかもって、一人で戦ってるんだよ! 戦争やってるんじゃなくて、僕たちを守る為に戦ってるんだ! でもお父さんが言ってたんだ、ジオンの艦隊は連邦がやっつけたって! だからもうバーニィが戦う必要ないんだよ! お願いクリス! 僕をあそこに行かせて!! バーニィを止めないと!!」

「でも、そんな……アルも危険だし……」

 

 アルの言葉に衝撃を受けながら、しかし必死に思考するクリス。

 

 彼が嘘を着いているとは思えない。

 

 バーニィは確かに自分たちに嘘を着いていた様だが、アルの様子から本当にバーニィを慕っているのは理解出来ていた。

 

「……分かったわ」

「クリス!」

「でも、一人では行かせられない。私も行く」

「えっ?」

 

 そう言いながら、クリスはセイバーフィッシュのハッチを開いた。

 

「ウィンダム曹長。悪いけど、ここで待っていてくれない?」

「良いですよ。……多分テリー君は“あなた達”を待ってるみたいですし」

「?」

「クリス! 早く!!」

 

 ミドリの悟った様な表情と意味深な言葉に困惑していたクリスだが、アルの言葉で意識を現実に戻す。彼は既にセイバーフィッシュの後部座席に座っていた。

 

「シートベルト、ちゃんと閉めた? 飛ばすからね!!」

「クリス、ちゃんと操縦出来るの?」

「当然! こんなのガンダムより楽勝よ!!」

「えぇ!? あのガンダムのパイロット、クリスだったの!?」

「そうよ! 今のアレックスには私より上手な人が乗ってるんだけどね!!」

 

 アルが後部座席で驚きの声を挙げるのを聞きながら、クリスはセイバーフィッシュを緊急発進させた。

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「マズい……時間がない……!」

 

 連邦の新型ガンダムとの(文字通りの)格闘戦が始まって既に数分。

 

 最初はおっかなびっくり戦っていたバーニィだったが、次第にその動きにも慣れ始めていた。

 

 だが、生き残るのではなく、倒さなくては意味がないのだ。

 

 そんな状況にあった筈なのだが、バーナード・ワイズマンという男は、これ以上ない充実感に包まれていた。

 

「……これだけ良い想いさせてくれたんだ、もう未練なんてこれっぽっちもない!」

 

 相手の“癖”も掴んできた。

 

 タイミングを合わせる必要はあるが、命を捨てる覚悟で突進すれば倒せる自信が彼にはあった。

 

「……ごめんなアル。約束、守ってやれそうにないや……!」

 

 ガンダムの攻撃を避ける。

 

 待っていた“隙”が来た。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ボロボロになってきた左肩のスパイクショルダーを掬い上げる様な形でガンダムにぶつけるバーニィ。

 

 直撃……ではない! 直前で掴んで防がれた!!

 

「この……ッ!」

 

 残りの全エネルギーを使っても良い。

 

 そう言ったバーニィの覚悟を受け取ったザクⅡ改が次第にガンダムを押し返す。

 

 

 この一撃さえ決まれば、勝てる!

 

 

 

 

 

 

『バーニィいいいいいいいいいい!』

 

 

 

 

 

 

「……アル!?」

 

 聞こえない筈の少年の声が聞こえた。

 ガンダムの……敵の接触回線からだった。

 

『バーニィ! ジオンの艦隊は連邦軍がやっつけたんだって! もう戦う必要ないんだよバーニィ!!』

「本当にアルなのか!? どこにいるんだ!?」

『上だよバーニィ! 上!!』

「上ぇ!?」

 

 ザクⅡ改のカメラを上に向ける。

 連邦の戦闘機が一機、頭上を飛び回っているのが見えた。

 

「まさか、アルが操縦してるのか!?」

『そんな訳ないじゃん! クリスだよ、クリス!』

「クリス!?」

『そうよバーニィ! 私がアルをここまで連れてきたの!』

 

 通信機越しに話をするのは初めてだったが、その声は確かにクリスチーナ・マッケンジー……クリスのものだった。

 

『話は後で聞かせてもらうから、今は脱出して!!』

「脱出たって……」

『マッケンジー中尉! セイバーフィッシュを下に降ろしてくれ!! 彼を後部座席に乗せるんだ!』

 

 これは聞いた事ない声だった。

 恐らく、ガンダムのパイロットの男の声なのだろう、とバーニィは判断した。

 

 と、同時にガンダムのコックピットが開く。

 

「! なんて事を! こっちが殺す気ならどうするんだ!!」

『そう言う卑怯な事する奴が誰かの為に戦うとは思えないんでな!』

 

 コックピットから出てきたのは、金髪の少年だった。

 

 流石にアルよりは年上だろうが、自分よりかは遥かに年下であったのもまた確実だ。

 

「……」

 

 どういった方向に話が転がっているのかバーニィには理解出来なかったが、少なくともあのガンダムの少年には戦闘の意志はないようだ。

 

 それに核攻撃の危機が無くなったというのであれば、もう自分が踏ん張る理由もない。

 

「……分かった、投降するよ」

 

 ザクⅡ改のコックピットを開き、外に出るバーニィ。

 

 もう嗅ぐ事もないと思っていたリボーコロニーの人工の風が、汗ばんだ彼の頬を優しく撫でた。

 それと同時、クリスとアルを乗せた戦闘機が横に着陸する。

 

「バーニィさん! 少年の代わりにセイバーフィッシュの後部座席に乗ってくれ! マッケンジー中尉! アレックスに乗り換えて下さい! 少年が離れたら、落ちているビームサーベルでザクのコックピットを破壊してください! 中身が分からないレベルに吹き飛べば、中身が無人でもバレません! 早く!!」

「わ、分かったわ!!」

 

 少年の言葉に従ってガンダムに乗り換えるクリスを見ながら、モビルスーツ達の足元に着地するバーニィ。

 

「バーニィ! 間に合って良かった!!」

「アル! ……ごめんな、アル。ガンダムに、勝てなかったや」

「生きてるだけで充分だよ!!」

「そう言う事! 感動の再会の最中悪いんだけど、早く離れないとリボーコロニーの連中に怪しまれる! 少年! バーニィは必ずここに帰ってこさせる! 俺が約束する!!」

「……信じて良いの!?」

 

 アルの言葉に対し、金髪の少年は大きく頷いて見せた。

 

「……分かった!」

 

 少年の言葉に従い、アルが離れていく。

 

 バーニィも急ぎ、戦闘機の後部座席に乗り込んだ。

 

「良いぞ、出してくれ!!」

「了解!」

「あ、そうだアル! お前に渡しなディスクな! やっぱり見ないで捨ててくれ! アレで生き残ってるとあっちゃ俺が恥ずかしい!!」

「分かった! 帰ってくるまで毎日見るよ!」

「話を聞いてたかーーーーッ!?」

「もう発進するからな! マッケンジー中尉、お願いします!!」

『任せて!』

 

 戦闘機が離陸し、段々とコロニーの地上から離れていく。

 

 数分前までバーニィが乗っていたザクⅡ改はクリスの乗ったガンダムに突き飛ばされていた。

 

「じゃあな、相棒……!」

 

コックピットをビームサーベルで貫かれ爆発するザクⅡ改を見守った後、バーニィは敵の戦闘機のシートに深く腰を下ろし、少し、眠った。

 



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第30話【コンスコン強襲】

 

 

「う……ん?」

 

 再び意識を取り戻したバーナード・ワイズマンが目を開けると、そこには見知らぬ天井があった。

 

「ここは……?」

 

 自分がベッドの上で寝ている事に気が付いたバーニィが起き上がる。カーテンで仕切られたベッドと薬品の臭いから、ここがどこかの病室である事を悟った。

 

「連邦軍の施設、なのか?」

 

 しかし妙だ。

バーニィはジオンの兵士である。

 そりゃ、あのガンダムとの戦闘で怪我は負っていたので医務室に運ばれるのは道理であるが、拘束の一つもしないのは変な話だ。

 

「……」

 

 釈然としないまま仕切りのカーテンを開くバーニィ。

 

 彼の予想通り、ここは医務室だった。

 

 数々の薬品が入った瓶が並ぶ棚に、机や椅子がまばらに置いてある、清潔な空間。

 その机の一つに向かう、一人の女医がいたが、それ以外の人気はない。

 

「あの……すいません」

「ん? あぁ、君。起きたのか?」

 

 思ったより若くて美人だった女医にドキリとしながら、それを必死に隠しながらバーニィは彼女の方へと近づいた。

 

「傷の方は痛む?」

「傷?」

 

 言われて初めて気が付いたが、バーニィの額には包帯が巻かれていた。服の中にも何か所か、ガーゼの様なものが貼ってある感触も。寝起きの彼の感覚はまだ半分眠っていた様だ。

 

「えぇ、何ともありません」

「そりゃ良かった。少量の出血と軽い打撲が数か所あったから、勝手に脱がして治療させてもらったよって話」

「はぁ。脱がし……えぇ!?」

「まさか服の上から包帯を巻く訳にもいかないじゃないのさ」

 

 年の近い異性に身体を見られるというのは、男として恥ずかしがらないのも変な話。例に洩れずその一人だったバーニィは頬を赤らめながら狼狽してしまう。

 

「お、女性に免疫ない感じかな? いやぁ、オグスター少尉は慣れ切った様子で面白くないから、そういう態度取ってくれて先生嬉しいよ」

「オグスター少尉……? 彼はもしかして、ガンダムのパイロットですか?」

 

 話の話題を強引に切り替えるバーニィ。

 それと同時に、先生と名乗った女医の後ろから蒸気が吹き上がる音が聞こえた。どうやら薬缶でお湯を沸かしながらボーっとしていた様だ。

 

「良いタイミングで起きてきたね。とりあえずコーヒーでもどうかな?」

「……いただきます」

 

 慣れた手つきでコーヒーの準備をする女医の横で、バーニィは近くの椅子を一つ拝借、彼女の横に座った。

 

 話をしやすくする為、というのもあるが、それ以前にバーニィはジオンの兵士である。

 

 目の前の女医は確かに自分の傷を診てくれたが、だからといって完全に信頼するには早い。それくらいの警戒心は持っているつもりだった。

 

「砂糖は?」

「ブラックで大丈夫です」

「了解」

 

 砂糖の代わりに何入れられるか、分かったもんじゃないしな。

 

 そう心の中で思いつつ、女医の淹れてくれたコーヒーを口に運ぶ。

 

「オグスター少尉から君の話は聞いたよ。何でも核兵器の話を聞いて“単身ジオンのザクに挑んで返り討ちにあった”そうじゃないか」

「ぶっ!?」

 

 女医の言葉に動揺したバーニィは、思わず口に含んだコーヒーを拭き出してしまう。

 

「あらあら、服がびしょ濡れじゃないか」

「げほっ……ごほっ……す、すいません! その……そのー……言い方だと、なんだか俺が情けなく負けちゃったみたいで」

「それは確かに失言だったかもね。でもま、生身でモビルスーツに向かっていくのは馬鹿のする事だから、死んでない事だけ感謝してしっかり生きなさい。と、先生らしい事は言い切ったので、私は着替えさせてもらうよ」

 

 コーヒーを浴びてびちゃびちゃになった白衣を揺らしながら、女医はカーテンの向こうへと消えていく。

 

「……覗いちゃダメよ?」

「覗きませんよ!」

 

 楽しそうな笑い声の後に、布が擦れる音が医務室に響く。

 

「……」

 

 あのガンダムのパイロット、オグスターなる少年が何の意味を持って自分の身分を偽ったのかは知らないが、その嘘が有効な間に抜け出した方が賢明であると判断したバーニィは音を立てない様に椅子から立ち上がった。とりあえず、近くの扉のドアノブに手をかけ……

 

 

 

「ここから出して……」

 

 

 

「……え?」

 

 少女の、声が聞こえた。

 

「ココカラ ダシテ……」

「うわっ! うわあぁぁぁぁぁ!?」

 

 年甲斐もなく情けない声を挙げながら後ずさるバーニィ。

 

 彼が開けようとした扉の窓には、赤い髪の少女がへばりついていた。

 

「出して……」

「せっ、先生! あの! 変な女の子が!!」

「あぁ、その子? 心配しなくて良いよ。ただの風邪だから。もう完治はしてるんだけど、大事を取って後二日はそこに隔離しないといけないの」

「……風邪? 風邪で隔離なんてしなくても……いや、待てよ。ここってもしかして……」

「説明する前に理解してくれて嬉しいよワイズマン君。ようこそ地球連邦軍最新鋭戦艦にして乗組員がほぼ十割女の子の夢の船、フォリコーンへ。君には悪いけど、今はサイド6を出て戦場に向かっている最中なのだよ」

 

 バーニィ脱出計画失敗の瞬間であった。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「本日付けで第13独立部隊に編入になりました、ペガサス級強襲揚陸艦グレイファントム所属のクリスチーナ・マッケンジー中尉です」

「こんにちはテリー・オグスター君。貴方に置いていかれたミドリ・ウィンダム曹長ですよ。うふふっ」

「申し訳ございませんでした!!」

 

 フォリコーンの格納庫でクリスとミドリに再会して俺は、まずミドリに日本人の心DOGEZAを披露した。

 

が、既にサイド6を脱し航行を始めていた艦内は無重力状態なので、そのままの姿勢で浮いてしまう空中DOGEZAという情けない格好になってしまう。

 

「初めましてマッケンジー中尉。僕はホワイトベース所属ガンダムのパイロット、アムロ・レイ少尉です」

 

 現在フォリコーンには俺とクリス、そしてアムロと三人のガンダムパイロットが集まっていた。無論、相棒たる三機のガンダムもここにある。

 

「貴方が噂のエースパイロットね。お会い出来て光栄よ」

「いえ、そんな……」

「お、アムロ鼻の下伸ばしてやんの」

「違いますよ! カイさんみたいなからかい方しないで下さい!」

「まさか私より若いパイロットがガンダムに乗っているなんて、想像もしてなかったわ。……所でオグスター少尉? その、バーニィの事なんだけど……」

「彼は今医務室で眠っています。案内しますよ」

「ありがとう。……その後でアレックスの“今後”について、私から話があるんだけど」

「今後、ですか?」

 

 アムロの言葉を聞きながら、俺達三人は視線を上げた。

 

 右腕のガトリングは完全に壊れたためにカバーのみ残してあるが、それ以外はほぼ完全な形に修理されたアレックスの姿があった。

 

「まだコックピット周りを見ただけですけど、いい機体ですよね」

「ありがとう。でも正直な所、私ではアレックスを完璧には使いこなせないのよね……」

 

 クリスがため息をつきながら、残念そうにそう言った直後だった。

 フォリコーンの格納庫に、警報が鳴り響く。

 

『ブリッジより各員へ! 本艦前方にジオンの艦隊を確認! モビルスーツ隊は直ちに出撃して下さい! 繰り返します…』

「ジオンの艦隊だって!?」

「休みなく襲って来るのね!」

「中立コロニーに核ミサイル打ち込む様な外道連中に人間の心なんてないのよ、きっと!!」

 

 コダマちゃんの声が甲高く響く中で格納庫の女性たちが慌ただしく行動を始める。

 

「この艦、女性が多い様な気がするわね……」

「気がするんじゃなくて、本当に女性しかいないような艦ですよ! それより急ぎましょう!」

「了解!」

 

 俺と、アムロ、そしてクリスの三人がそれぞれのガンダムに乗り込む。

 アレックスも悪くないが、やっぱり俺はここのコックピットが一番しっくり来る。

 

 先鋒は、一番手前にガンダムが置いてあるアムロだ。

 

『アムロ少尉、発進どうぞ!』

『アムロ、行きまーす!!』

「おお、ちゃんと生で聞いたの初めてだ……!」

 

 頼もしすぎるガンダムの背中を見つめながら、俺はプロトタイプガンダムのコックピットの中でつぶやいた。

 

『続いてマッケンジー中尉、発進どうぞ!』

『クリスチーナ・マッケンジー、アレックス、出撃します!!』

 

 それに続いて、クリスの乗るアレックスもカタパルトから射出されていく。

 最後は、俺だ。

 

『オグスター少尉、どうぞ!』

「テリー・オグスター! プロトタイプガンダム出るぞ!!」

 

 前の二人と同様に宇宙に飛び出す。

 

 ホワイトベースからは二機のガンキャノンが、グレイファントムからはジム・コマンドと量産型ガンキャノンで編制された小隊が展開していた。スカーレット隊は全滅している筈なので、恐らく別の部隊が補充されたのだろう。

 

『ジオンのモビルスーツ、来ます! 数は12!!』

 

 コダマちゃんの言葉通り、目の前からは12機のリック・ドムに、ムサイ級二隻を侍らせたチベ級で構成されたジオン艦隊の姿があった。

 

 あれは間違いなく、ドズル・ザビの腹心が一人、コンスコンの艦隊だった。

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「閣下! 例の木馬と黒木馬が……いえ、もう一隻! もう一隻木馬に似た戦艦がいます!!」

 

 観測をしていたジオンの兵士が、チベ級の艦長であるコンスコンに対してそう報告した。

 

「なんだと!?」

「正面! 見えます!!」

「……連邦め。既に木馬タイプの戦艦の量産を始めていたのか! リック・ドムを全機出せ! あの赤い彗星を何度も退けているというが恐れる必要は無い。数で押してやれ!!」

「前方の連邦艦隊、モビルスーツを展開! 数は……9! 更に戦闘機6機の出撃も確認!」

「なっ!?」

 

 コンスコンの額から否や汗が噴き出る。

 

 こちらの戦力は、戦艦3隻に、リック・ドム12機。

 

 対し連邦の戦力、戦艦3隻に、モビルスーツ9機+戦闘機6機の計15機。

 

 

 

 数の上で、負けているではないか。

 

 

 

「……い、いや! 注目すべきはガンダムとやらだ! それさえ落とせば、後は烏合の衆だ!!」

「しょ、少将閣下!」

「今度は何だ!?」

「ガンダムは……さ……」

「何かね!?」

「3機です! ガンダムと思われるモビルスーツが3機!! こちらに先行して向かってきます!」

「なぁっ!?」

「リック・ドム部隊! 戦闘開始!」

「2機……いえ、4機撃墜されました!?」

「更に2機!」

「馬鹿な……馬鹿な!!」

 

 ドズル・ザビの腹心とも言われた男が、目の前の光景に恐怖し、後ずさった。

 

 彼の心境などお構いなしに、目の前ではリック・ドム部隊がバタバタと討ち取られていく。

 

「リ、リック・ドム部隊全滅!!」

「じゅ、12機だぞ!? そ、それが1分と保たずに全滅したとでもいうのか!?」

「白いガンダムが本艦に向かってきます!」

「閣下! ご指示を!! 閣下!!」

「はなしが……」

「閣下がおかしくなった! くそっ! げ、迎撃だ! 迎撃しろ!!」

「話が……話が!! 違うじゃないかああああああああああああ!?」

 

 コンスコンの叫びも空しく、彼らは星になった。

 



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第31話【テキサスの攻防】

「やっぱり、私ではアレックスの力を完全に引き出せないわ。アムロ君。これは元々君の為に開発したガンダムだから、是非貴方に使って欲しいの」

「え、嫌ですよ」

「「えぇ!?」」

 

 即答したアムロに対し、俺はクリスと同じタイミングで驚いてしまった。

 サイド6宙域から脱した後に強襲してきたコンスコン艦隊に対し、俺達三人はそれぞれのガンダムで応戦。12機のリック・ドムの内、4機の撃破に成功した。因みに6機はアムロで、残りの2機はクリス。戦艦は他の仲間に譲る形になってしまったが、上々の戦果だ。

 

「で、でも、アムロ君の方がパイロットとしての技量は高いし、それにアレックスは貴方やテリー君のようなニュータイプ専用に開発されたモビルスーツで……」

「ニュータイプの事よく分かってない連邦の人がニュータイプ専用機を作れる訳ないじゃないですか」

 

 然り。

 

「確かに全天周囲モニターは魅力的ですけど必要性を感じませんし、何より感度が高過ぎる調整は単純に操作に神経質になってしまって長期の作戦になった際に体力や精神力を無駄に使う事にもなります」

 

 然り。然り。

 

「……テ、テリー君も同じ意見なの?」

「しか……あっ、はい。俺もそう思います」

「そっか……」

 

もう少し気を使った言い回しの方が良かった気がするも、あまりにもアムロが俺と同じ感想を持っていた事につい同意せざるを得なかった。

 

というかアイツ、乗ってないのにアレックスの特性をドンピシャで言い立てた事になるんだよな……化け物だなアイツ……。

 

「それにモビルスーツを交換するとなると、二機のガンダムをそれぞれのパイロットに合わせて調整しないといけません。それなら、アレックスをクリスチーナ中尉に合わせる方が手間が掛かりません」

「クリスで良いわよアムロ君。あ、テリー君もね?」

 

 よくやったアムロ!

 ずっと“マッケンジー中尉”でよそよそしかったから助かる!!

 

 俺は無言でアイコンタクトを送ったが、その前に顔を背けていた。ニュータイプの先読みズルい。

 

 

「じゃ、じゃあ問題はアレックスをどう調整するか、か……」

「それについては僕に考えがあります。少し待ってて下さい!」

 

 そう言うとアムロは自分のガンダムのコックピットへ赴き、中から小さい箱の様なものを持って戻ってきた。

 

「これは?」

「僕の父さん……テム・レイ博士が開発したコンピューター回路です」

 

 クリスの質問に答えながら見せてくれたのは、所謂“テム・レイ回路”だった。

サイド6で受け取ってからそのまま投げ捨てたのかと思っていたが、そう言えば横に俺がいたので捨てるに捨てられなかったのだろう、と今更思い出す。

 

「随分古いタイプね……」

「……ガンダムを作る前の試作品を貰ってきたんです。これをアレックスに取り付けましょう」

 

 本当は酸素欠乏症に掛かった弊害でこれを“最新型の回路”だと言って押し付けてきたのだが、アムロは嘘を着いた。心中をなんとなく察した俺は黙っておく事に。

 

「でも、これだとアレックスが動くかどうかも怪しいわ」

「メイン回路と交換するんじゃなくて、回路とコードの間に挟んで出力調整用の“つまみ”にするんですよ」

「なるほど。確かにそれなら、私でもアレックスの性能をもて余さずに済むかも……」

 

 どうやらその方向で決まったようだ。

 と、なると後はクリスとバーニィの為に少し背中を押してやっても良いかもしれない。

 

「俺とアムロで調整しておきますから、クリス中尉は恋人の所へ行ってやって下さい」

「ちょっ、ちょっとテリー君! 私とバーニィはそういうのじゃないから……!!」

「良いから良いから!」

「……とりあえず、頼んだわね、二人とも!」

 

 頬を赤くしながら医務室の方へと走っていくクリスの後姿を、俺とアムロは見守った。

 心なしか、アムロが残念そうな表情をしている気がした。

 ちょっとからかってやろう。

 

「……なんだいアムロ、言いたい事でも?」

「いえ、別に?」

「……ちょっと気があった?」

「からかわないで下さいよ……!」

 

 あ、こりゃ図星だわ。

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「二人にして欲しい?」

 フォリコーンの医務室に向かったクリスチーナ・マッケンジーは開口一番、女医にそうお願いした。

「お願いします。大事な話があるので」

「良いよぉ、丁度休憩したかったし、この部屋使いな。あ、隣の隔離してる人は気にしなくていいよ。こっち側から見えないし聞こえないようにしとくから」

「あ、ありがとうございます……」

 

 それはちょっと可哀想だな、とクリスは思ったが、バーニィがジオン兵であるという事実が公になるのは不味いと思い、隔離されている少女については触れない事にした。

 

「鍵は内側からかけといてね。じゃ、ごゆっくり~」

 

 女医は何の疑いもなくその場を去っていった。

 部屋に残されたのは、クリスと、バーニィ。

 

 連邦の兵士と、ジオンの兵士の二人だった。

 

「……」

「……」

 

 沈黙が続く。

 

「……話、聞かせてくれるわよね?」

「あ、あぁ……」

 

 先に沈黙を破ったのはクリスだった。

 それに対し、バーニィは頷いた後、全てを話してくれた。

 

 

 自分が最初にサイド6でアルフレッド・イズルハと出会った時の事。

 自分が北極からアレックスを追ってきた特殊部隊“サイクロプス隊”の補充要員に充てられた事。

 アレックスを奪取または破壊する“ルビコン計画”の失敗で月の上層部が核攻撃を決めた事。

 アルと一緒に過ごした時間の全てを、クリスはその時初めて知った。

 

 

「そう……事情は分かったわ」

「すまない、クリス。騙していて、本当にごめん……」

「……本当なら、許しちゃダメなんでしょうけど、アルが信じたんだもの。私も信じるわ」

「クリス……!」

 

 無論、バーニィ達に自分の仲間が殺されたのは事実だが、それを言い出すと向こうもそうである。

 なのでクリスは軍人である事よりも、人間として信頼していたアルの言葉を信じる事にした。

 それに、アルの“心の底からの叫び”を聞いた今のクリスには、バーニィを咎める気など最初から無かったのだ。

 

「しかし、あのザクに乗っていたのがバーニィだったなんてね。もし私がアレックスに乗って戦ってたら、どうなってたかしら?」

「そりゃ、俺が勝っていたさ!」

「そうかしら? きっと私が圧勝して泣きながら降参していたかも知れないわ」

「テストパイロットが実戦で戦ってきた俺に勝てる訳ないだろ!」

「本当に実戦経験あるの?」

「うっ……」

「……でも、知らずに戦わなくて、本当に良かったわ。テリー君とアルには、感謝してもしきれないわね……」

「それは同感だな。……ったく、あのビデオレター、ただの恥ずかしい記録になっちまった……!」

「?」

 

 そう言えば去り際にアルにそんな事を言っていたのを思い出したクリス。

 その内容くらい問い詰めてもバチは当たらないわね、と考えたその時だった。

 

 

 艦内に、警報が鳴り響いた。

 

 

『総員に通達! 前方の廃棄コロニーにて識別不明の機影を確認しました! これより本艦は第一種戦闘配置に移行! モビルスーツ隊も順次発進して下さい! 繰り返します…』

 

「行かないと……!」

「クリス! ……こんな事言えた義理じゃないけどさ……死ぬなよ」

「……わかったわ。ありがとう、バーニィ」

 

 バーニィの視線を背中に感じながら、クリスは医務室を出た。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「テキサスコロニーか」

 

 ホワイトベースのキャプテンシートから眼前の廃棄コロニーを見つめながら、ブライトは呟いた。

 

「廃棄されてから随分と久しいようね」

「それ故にジオンも罠を張りやすいと言った所か。フラウ! フォリコーンにいるアムロにコロニーの内部を調べる様に伝えろ!」

「了解! ……ブライト艦長! グレイファントムのモビルスーツ隊もアムロに同道するそうです!」

「任せよう! カイとハヤトはガンキャノンで出撃! フォリコーンのモビルスーツ隊と共にコロニー周辺の調査をさせる!」

 

 ブライトの的確な指示により、各モビルスーツが展開していく。

 アムロの乗った白いガンダムとグレイファントムのモビルスーツ隊がテキサスコロニー内部に侵入し、テリーの乗った黒いガンダムとクリスの乗ったアレックス、それとミドリの乗った先行量産型ジムがガンキャノン二機と合流し、コロニー外周へと回る。

「……む、アムロはアレックスに乗り換えるという話じゃなかったのか?」

「アムロ、断ったそうですよ」

「じゃあ一体何しにフォリコーンに行ってたんだ……?」

 

 流石にモビルスーツの操縦に関して疎いブライトには、アムロが断った理由を察する事が出来なかった。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 同じ頃、テキサスコロニーの丁度真反対に部隊を展開する艦隊があった。

 シャア・アズナブルが地球から乗ってきたザンジバルと、それに合流したムサイ級巡洋艦“リーマン”の二隻だった。

 

『艦長。救援感謝する』

 

 ザンジバルから発進する赤いモビルスーツが見えた。

 今し方シャア・アズナブル大佐に受け渡しした新型モビルスーツ“ゲルググ”だ。

 

「なに、あの“赤い彗星”の手助けともなれば、兵の士気も上がります。ウチのモビルスーツ隊は予定通り、コロニー外周から連中を挑発します」

『頼むよ。そちらにはサレナ少佐のイフリート・ダンを向かわせる』

「エースパイロットをお貸し頂けると?」

『今の彼女は少々ナイーブでね。出来れば主戦場から外してやりたい』

 

 ただ厄介者を押し付けられただけか。

 “リーマン”の艦長は顔をしかめるが、兵たちの手前言及も出来なかった。

 赤い彗星は、若い兵には人気があり過ぎたのだ。

 

「大佐は優しさも持ち合わせていられるのですね。分かりました、グレゴルー隊を彼女の護衛に着けましょう」

『陽動だけで良い。ガンダムを一体でも仕留められれば、勝機がある筈だ』

「……え? 何ですって? “一体でも”??」

 

 何か嫌な事を聞いてしまった様な“リーマン”の艦長だが、赤い彗星はそれに答える前にそそくさと通信を切ってしまった。

 

「聞き間違い……というには無理があるが……」

 

 苦言を申しながらも、軍人である以上階級が上の人間には逆らえない“リーマン”の艦長は、ドム三機で編制されたグレゴルー隊を発進させた。同時にザンジバルから発進するイフリート・ダンの姿も見える。

 

「艦長! ミラーの向こうに機影を確認! 連邦軍のモビルスーツ部隊です!」

「早速お出ましか! ミノフスキー粒子戦闘濃度散布! 本艦も出来るだけ前に出てモビルスーツ隊を援護する!!」

 

 そして、戦闘が始まった。

 



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第32話【バーニィ、出撃!】

 

『少佐! イフリート・ダンは本調子じゃありません! ご無理はなさらぬように!』

「モビルスーツに頼るだけの女だと思うのか!」

 

 

 ザンジバルの格納庫で技術者の言葉を聞いたサレナ・ヴァーンは、コックピットの中で一人愚痴を吐いた。

 

 皆、そうだ。女である自分がガンダムを二度も翻弄した事を、モビルスーツの性能だと思っている。

 

 モビルスーツなど、操るパイロットがいなければただの機械の塊だろうに。男というのは機体の性能ばかりに注目する。

 

 

「……でも、お前は本当に良い機体だと思うよ」

 

 

 側面のパネルをそっとなでた後、サレナは前を向いた。

 

 スクリーンには破棄されたテキサス・コロニーが映し出されており、その向こうにうっすらと光点が見えた。

 

 モビルスーツの光に、違いない。

 

 

「そうだ。来るが良い、黒いガンダム……! お前を倒せるなら、お前の悲鳴が聞けるなら、他の連中にどう思われようが知ったこっちゃ無いのよ!!」

 

 

 後続のドムの小隊が見えた。が、連携を取るつもりなどない。

 

 この戦場で必要なのは自分と、黒いガンダムだけである。

 

他の者など必要ないのだ。

 

 

「見つけた! やっぱり、一番に私の所に向かってきてくれている!!」

 

 

 黒いガンダム。

 

 “彼”が一番先頭にいた。

 

 

「嬉しい! 今度こそ! 死ね!!」

 

 

 腰にマウントしていた専用のマシンガンを取り出し、連射。

 

 ガンダムは当然の様に回避した。

 

 

「そう来なくっちゃ面白くないわよねぇ!!」

 

 

 元々近距離、よくて中距離牽制用の武器で倒せるとは思っていない。

 

 今のは“ご挨拶”だ。

 

 弾倉が空になるまで撃ち尽くすが、彼女の期待通り、ガンダムはその全てを避け切っていた。

 

 

「こんなんじゃ満足できないでしょ!?」

 

 

 ライフルを捨て、バックパックに差していた二本のヒート・サーベルに手を伸ばす。本来使用していた“逆刃ビームサーベル”は二本ともジャブローで破壊された為、補給でリック・ドムのものを拝借したのだ。

 

 

「死んで頂戴!!」

 

 

 右袈裟の一撃。

 

 上に回避される。

 

 

「ちっ!」

 

 

 左の上段。

 

 振り上げる前には既に旋回しながら間合いから消えていた。

 

 

「このっ!」

 

 

 その後も連撃を叩き込むが、直撃どころか相手はビームサーベルで鍔迫り合いに持ち込む事も、盾で受けようともしない。

 

 全ての攻撃が“事前に察知されて”回避されていたのだ。

 

 

「なんでよ……何でなのよ!!」

 

 

 しかし、サレナ・ヴァーンの苛立ちは、攻撃が当たらない事にはなかった。

 

 

「何で“声”が届かないの!? この前は向こうの“声”だって聞こえたのに!」

 

 

 最初に会った時は、黒いガンダムに“こちらの怨念”がぶつかり、反応するような仕草が見れた。

 

 

「……ねぇ、聞こえてんでしょ!? 何とか言ったらどうなの!? なんで私を無視するのさ‼」

 

 

 地上では、あろうことか向こうから“声”すら聞こえた。

 

 それが今は、何も聞こえない。

 

 

「いやだ……嫌だ嫌だ嫌だ!! 隊長も、ジョージも死んじゃって……私には、私にはもうお前しか……お前しかいないのに! お前も私を無視なんてしたら……ッ!!」

 

 

 右方向から光が来るのを感じたサレナはイフリート・ダンを後退させる。

 

 一条の光がガンダムとの間に走った。

 

 見た事のないタイプの連邦のモビルスーツが一機、こちらにビームライフルを向けている。

 

 

「邪魔すんな!」

 

 

 急接近し、ビームライフルの次弾が発射される前に一刀両断。

 

 今度は避けられる事なく、一撃で爆発した。

 

 

「……アハッ。そうか……分かったわ! 私はおかしくない。変なのはあのガンダムの方よ!」

 

 

 バーニアを吹かせ、交戦中の空域を一気に駆け抜ける。

 

 目線の向こうには、三隻並んでいる連邦軍の戦艦。

 

 真ん中の、“黒木馬”を目指して突き進むイフリート・ダン。

 

 

「私に会うのが恥ずかしくって、きっと他の人が乗っていたのよ。えぇ、きっとそうに違いない……あんなに深く心の奥底まで通じ合えた感覚がないんですもの!!」

 

 

 胸元に“109”と書いてあった赤いモビルスーツが砲撃を加えてきた。

 

 だが、サレナはそれを回避し、109を足蹴りにして、更に先へ。

 

 

「待ってなさいダーリン! 今、貴女の花嫁が迎えに行くから!!」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

『モビルスーツ隊を突破したのがいます! 数は一!!』

『迎撃急いで!!』

「……なぁ先生。なんでブリッジの指示が全部館内放送で流れるんだ?」

「ウチでは恒例行事だけど。ジオンでは違うの?」

「俺はほとんど乗ってないから……って、え?」

 

 医務室で待機していたバーナード・ワイズマンは、ほぼ脊髄反射で応えた後に、固まった。女医はニヤニヤした表情をこちらに向けている。

 

 

「まさか……知ってたのか!?」

「そんな気がしたから、カマかけてやったのさ。オグスター少尉もマッケンジー中尉も嘘が下手っぽいし」

「…………」

 

 

 絶句する……様に見せかけて周囲を確認するバーニィ。

 

 メスや注射器で良いのなら、武器には事欠かない。

 

 しかし。

 

 

「安心しなよ。私は誰にも喋らない。その代わり、アンタに頼みがある」

「……頼み?」

「あぁ。見た所、モビルスーツのパイロットだろ? 出撃して、守って欲しいのさ」

「はぁ!?」

 

 

 女医の言葉に、バーニィは飛び上がりながら驚愕した。

 

 この女は、敵の軍人だと分かっていながら見逃す所か、同軍を討てと簡単に言ってのけたのだ。

 

 

「俺が裏切る可能性だってあるんだぞ!?」

「ジオンだから? あんなにマッケンジー中尉と仲良くした後に、そんな事出来ないでしょ?」

「……連邦軍の言葉は、信用できない」

「じゃ、私も秘密を一つ君にだけ教えよう。私はサイド3生まれよ」

「!」

 

 サイド3。

 

 公国軍の本国で、文字通りジオンそのもの。

 

 つまり彼女は、生まれ故郷のサイド3が連邦に対して独立戦争をしかけた事を知っていて、敵である連邦についているとでも言うのだろうか?

 

 

「連邦だジオンだってのは私には関係ないのさ。アンタもそう見えたけど?」

「……」

 

 

 バーニィはサイド6でクリスチーナ・マッケンジーと出会い、連邦軍人が自分たちと違わない事を知った。

 

 そして、サイド6で出会ったアルフレッド・イズルハ……アルには「必ず帰る」とも約束した。

 

 

 でも、バーナード・ワイズマンはジオンの兵士である。

 

 

 ジオンの為に、ここで連邦の戦艦を落とすか?

 

 

 たった一機のモビルスーツを破壊する為に核ミサイルを撃ち込む様なジオンに?

 

 自分たちサイクロプス隊の生死に掛からわず核攻撃する前提の作戦を組んだ、ジオンに?

 

 

「……よし」

 

 

 答えは最初から、決まっていた。

 

 

「分かった。手を貸す」

「助かるよ、バーニィくん。」

 

 

 医務室の扉の向こうから手を振る女医を尻目に、廊下を移動するバーニィ。

 

 途中で連邦製の黄色いノーマルスーツを拝借し、格納庫へと到着した。

 

 

「ん? なんで連邦の戦艦にリック・ドムがあるんだ?」

 

 

 格納庫に来て最初に目に入ったのは、ジオン軍のモビルスーツ、リック・ドムだった。

 

 しかし解体中なのか、上半身と下半身が分かれた状態で格納庫の隅に追いやられていた。アレでは確実に使い物にならない。

 

 

「そこのお前! 何者だ!!」

 

 

 バーニィの後ろから声が聞こえた。この戦艦に連れてこられた時にみた整備班の女性だった。

 

 

「アンタ確か、オグスター少尉が連れてきた客人じゃないか!」

「ジオンのモビルスーツが来てるんだろ! 残りのモビルスーツは無いのか!?」

「あ、あぁ……ジョエルン曹長のジムが残ってるが……」

「それで良い! 借りるぞ!!」

「ちょっと!」

 

 

 整備班の女性を押しのけ、彼女が指さしていた赤いモビルスーツへと乗り込むバーニィ。

 

 

「これがジム……ガンダムの量産型か」

 

 

 計器を確認しながら、ひとりごちる。

 

 

「……よし、連邦軍のモビルスーツったって、元はザクを参考にしてるんだ。俺にも動かせる……!」

『本当にやれるのか!?』

「やってやるさ! 出してくれ!!」

 

 整備班の女性の声に応え、今一度操縦桿を握り直す。

 

 嗚呼、なんで自分は連邦のノーマルスーツに身を包んで、連邦のモビルスーツで飛び出して、連邦の戦艦を守ろうとしているのだろうか?

 

 そんな事が今更頭をよぎるが、それも一瞬だった。

 

 

『発進、いつでも良いよ!』

「バーナード・ワイズマン! 出撃する!! ……ッ!」

 

 

 カタパルトから射出されるGを一身に受けながら、バーニィは宇宙へと飛び出した。

 

 目の前には、破棄されて久しいコロニー。

 

 そして、戦闘の光。

 

 

「ジオンのモビルスーツは!?」

 

 

 ザクとほぼ同じとはいえ、勝手の違うカメラを動かしながら、戦場を見る。

 

 

「いた!」

 

 

 戦闘の光から真っ直ぐこちらに近付く白い影があった。

 

 バーニィでも知らないタイプの機体だった。

 

 頭がドム系の様だが、身体はグフなどの系統に近いデザイン。

 

 

「おいおい! エースが相手だなんて聞いてないぞ!?」

 

 

 盾を構えながら、ジム・ライフルを連射する。

 

 しかし、当たらない。

 

 

「くそっ! やっぱりザクの様には動かせないか!」

 

 

 “黒木馬”の援護射撃を受けながら更にジム・ライフルを斉射するが、当たらない。

 

 二本のヒート・サーベルを構えた白いモビルスーツが、一気にジムの懐へと接近してきた。

 

 

「うわっ! うわああああああ!!」

 

 

 ガムシャラに、しかし直感でジムを動かすバーニィ。

 

 一撃。二撃。

 

 

「……あれ?」

 

 

三撃目を回避した所で、バーニィは自分がジムを思い通りに動かせている事に気が付いた。

 

 

「ザクより相性が良かった、って事なのか……?」

 

 

 困惑しながらも、ジム・ライフルを捨て、ビーム・サーベルに手を伸ばすバーニィ。

 

 

 当の本人は知る由もない話だが、サイド6でのテリー・オグスターの駆るアレックスとの“殴り合い”は、意図せずバーニィの操縦技術の向上を促していたのだ。

 

 そんな彼が、今までサイコミュなどの操作補助システムに頼りきりだった白いモビルスーツと対峙すると、どうなるか?

 

 

「このぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

 

 バーニィの反撃が、始まった。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 イフリート・ダンとかいう白いモビルスーツを取り逃がしてしまった俺が後ろから追いかけていると、フォリコーンから出撃した先行量産型ジムが件の機体と対峙していた。

 

 しかし、ヒータはまだ病室に隔離されている筈だ。

 

 じゃあアレには、一体誰が乗ってんだ?

 

 

『こちらフォリコーン! オグスター少尉聞こえますか!?』

「あ、あぁ!」

 

 

 通信官のコダマちゃんの声が聞こえた。

 

少なくとも、彼女がジムを操作している訳ではないらしい。当たり前か。

 

「あのジムには誰が!?」

『少尉が連れてきたバーナードって人が借りていったって!』

「はあ!?」

 

 

 なんで?

 

 なんでそうなってんの?

 

「なんでそういう面白いイベントを見逃しちゃってんの俺!?」

『オグスター少尉聞こえません! もう一度お願いします!』

「いやその……了解した! 援護する!!」

 

 

 ビームライフルを構える……が、ちょうど対角線上にはフォリコーンがいる。

 

 このまま撃てば誤射で味方に攻撃しかねない。

 

 ならば、接近しかないだろう。

 

 

「なんとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 

 ビームライフルを捨て、接近。

 

 そのままジムを追いかけるイフリート・ダンの横っ腹に、一発蹴りを加えた。

 

 

「どうだ!?」

 

 

 イフリート・ダンが、揺らぐ。

 

 さっきもそうだったが、いつもの“声”は向こうから聞こえなかった。

 

 開発主任のグラン・ア・ロン博士がこちらにいるから、本格的な整備が出来ていないのかもしれない。

 

 なら、地球に降りる前からの因縁に決着をつける、またとない機会に違いない。

 

 

「バーニィ無事か!」

『その声は、ラリーか!?』

「違うテリーだ間違えんな! サイド6での俺達の熱いファイトを、このモビルスーツにもお見舞いしてやるぞ!」

『サイド6で……? なるほど、分かった!』

 

 

 俺の言葉の意味を察してくれたバーニィが、ビームサーベルとシールドを投げ捨てた。

 

 当然、俺も同じようにした。

 

 

「これが本当の“ガンダムファイト”ってな!!」

 

 

 まず俺のガンダムの右ストレート。

 

 目標はイフリート・ダンの右手。ヒート・サーベルを振り下ろす前に、叩き込み、手首の手前から粉砕した。

 

 

「バーニィ!」

『おぉ!』

 

 

 間髪入れずバーニィの乗るジムのタックルがイフリート・ダンの胴体を攻撃。

 

 それからの蹴りでイフリート・ダンを無理やり引きはがし、その隙に俺のガンダムで左肩の付け根部分に手刀を叩き込んだ。

 

 イフリート・ダンの左腕が胴体から離れる。同時に左フックを顔面にお見舞いした。

 

 

「行くぞバーニィ!!」

『なんとぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 

 

 お、本家(※本家じゃない)「なんと」頂きました。

 

 冗談はさておき、俺のガンダムと、バーニィのジムによるダブルキックが、イフリート・ダンのコックピットを直撃した!

 

 

『今だ、テリー!』

 

 

 さっき投げ捨てたビームライフルを俺に投げて寄越すバーニィ。

 

 

「お言葉に甘えて……ゲームオーバーだドげ……」

 

 その時だった。

 

<!>

 

 

 言葉が、走った。

 

 

「ッ!?」

 

 

 その“意味”までは分からなかったが、確かに何かが聞こえた。

 

 そのせいで、ビームライフルは発射前に角度がずれてしまい、コックピットを狙った筈のビームはイフリート・ダンの右足を吹き飛ばすだけになってしまった。

 

 

「追撃を……うっ!?」

 

 

<……! ……!!>

 

 

 白いイフリート・ダンから洩れるどす黒いオーラが、俺の追撃を拒んだ。

 

 いや、あのオーラを見た俺が“自分で”拒んだのだ。

 

 機と見たイフリート・ダンが、明後日の方向へと消えていく。

 

 

『おい! アイツ逃げるぞ! 良いのか!?』

「……大丈夫さ」

 

 

 敵を目前に、逃がしてしまった。

 

 しかし、俺は「これで良かった」とさえ思っていた。

 

「やっと負けっぱなしのアイツから一本取ったんだ。今日は、これで良いさ……」

 

 

 そのすぐ後に、リック・ドムの小隊とムサイを一隻撃墜したクリス達が帰還。

 

テキサスコロニー内部で行方が分からなくなったアムロのガンダム捜索の為にホワイトベースがコロニー内部へと侵入していった。

 



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『いつか空に届いて』

 

 U.C.0103

 

「ニュータイプ同士の“めぐりあい”ですか。それは非常に興味深いですね」

 

「しかしこの話題については皆同じことを言うだろうな。戦場で“ニュータイプ”と呼ばれる人間はこの後何人も登場するが、敵味方ではっきりニュータイプ同士が接触したのはこれが最初だと、言われている」

 

「なるほど……」

 

 

 後のグリプス戦役で戦友となるアムロ・レイやシャア・アズナブルの“めぐりあい”は確かに戦争記者としては見逃せない、一度は取材してみたい内容ではある。

 

 が、戦時中故の“誇張表現”も多く存在するのも事実。

 

 いかにガンダムが三機あったとはいえ、リック・ドム12機とチベ級一隻を一分足らずで撃破せしめたなんて話は確実にデマに違いない。

 

「しかし、サイド6の核攻撃は全く知りませんでしたね。第13独立部隊にいつのまにか編入されていたペガサス級と三機目のガンダムについては知っていましたが……」

 

 

 ニュータイプ専用ガンダム“アレックス”と、ペガサス級強襲揚陸艦“グレイファントム”は確かにチェンバロ作戦や星一号作戦でも活躍した噂を聞いた事がある。

 

 ホワイトベース、フォリコーン共に第13独立部隊として輝かしい戦果を挙げた、というのは一年戦争史の多くで取り上げられている話だ。

 

 しかしそれらが中立コロニーのサイド6にいたというのは初耳である。

 

 

「歴史の闇に葬られた事実、という事だろうな。“あの男”にとっても不都合だろうよ」

 

「あの男、とは?」

 

「フル・フロンタル。コロニー連合軍総帥とは言っているが、その根幹は元ジオンが主導だ。20年近く前とはいえ、そのジオンが軍事拠点ですらないサイド6に核ミサイルを撃ち込んだとなれば、政権に問題が生じるんだろうよ」

 

「センセイは、地球に人が住めなくなった現状で救世主ともてはやされるフロンタル氏の足元が危うくなる事態があり得ると?」

 

「噂ほど人を縛り付けるものもない。人類は皆不安だからフロンタルの言葉を信じ、あの男を総帥と認めているが、行き過ぎた信仰は彼に“清廉潔白”を求める」

 

「と、言いますと?」

 

「宇宙世紀以前の時代から続く、人間の“業”だよ。……思えば、テリー・オグスターもまた、世界に“清廉潔白”を求め過ぎたのかもしれないな……」

 

「……」

 

 

 一呼吸置いたセンセイが、窓の外を見た。

 

 相も変わらず、空には“白い惑星”の姿がある。

 

 

「さ、話を続けよう。一年戦争もいよいよ大詰め。……ソロモン宙域での戦い“チェンバロ作戦”での第13独立部隊の戦いの記録だ」




あとがき。

 遅れちゃって申し訳ない。一条和馬です。

 今回は“めぐりあい宇宙篇”の前半、サイド6からテキサスの攻防までのお話と、ほぼ同時期(年表で見ると実は星一号作戦のほぼ直前)の『機動戦士ガンダム0080~ポケットの中の戦争~』篇をミックスしたお話となりました。

 この第四幕を書き上げるにあたって、実は今まで見る機会に恵まれなかった『ポケ戦』を初めて視聴しました。このために、わざわざ、レンタルして。いやまぁ「いつかみたいな」から20ウン年経ってたので本当に良い機会だったんですけどね。


 この流れでもう白状しちゃいますが、実は『ポケ戦』篇をやるのは完全に予定外でした。


何をどう介入すればバーニィが死なずに済むか……その結果があの“どつきあい宇宙”なのは自分でもどうかと思いますが。32話でイフリート・ダンに対して二人して殴りかかるのも完全に想定外……というかあの話はプロット組んでません。あの二人が勝手に武器捨てて勝手に殴り始めました。なんでなん(困惑)


 そんな感じで、この作品は「この作品やらないんですか!?」と予定外のものをコメントされたら必死に調べてそれっぽくねじ込む予定でございます。先手打っときますが「魔法の少尉ブラスターマリを是非!」とか言われても「無☆理」と返しますのでご了承下さい。本作は全てのガンダム作品の話を通るより、思いついた話をフワッとねじ込む方向で行きます。
コメントいっぱいきたら調子乗って更新速度上がるかも? ってお話でした。


 それはさておき、次回の第五幕はついにソロモン篇です。

 ソロモンと言えば、ビグ・ザムですよね。ドズル・ザビ好きなので、是非頑張って格好良くみせたい所。

 そう言えば“ソロモン”と言えば有名な男がもう一人……。


 そんな感じで、次回以降の更新も是非お楽しみに!

 君は生き残ることが出来るか!


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第一章第五幕~ソロモン攻防戦篇~
第33話【新兵器】


 

おかしい。

 

 バーニィがヒータのジムに乗って一緒にイフリート・ダンを殴った事がか?

 

 いや、それも確かにおかしい。

 

 しかし、それは身体が勝手に動いた事なので、とりあえず、良い事にする。結果的に勝てた訳だし。

 

 問題はそこじゃない。

 

 

「キャー! バーニィさーん!!」

「や、やぁ……どうも……」

「ランチ、ご一緒に良いですか!? なんならディナーもその後もご一緒に!」

「ちょっと! 抜け駆けはダメよ!」

「あ、あのー……とりあえず、席に座らせて……」

 

 

 バーニィが、フォリコーンの女子クルー達に囲まれて、黄色い声を一身に浴びていたのだ。

 

 おかしい。

 

 絶対に、おかしい。

 

 普通さ、“現代からアニメや漫画の世界に転生してきた男”つったらさ? メインモブに限らずモッテモテのウハウハな訳じゃん? それが何よ? これまで何度も一緒に戦場を駆けた俺にはああいうイベントなんで来なくて、一回出撃しただけのバーニィがあんなにもてはやされるの? 顔か? やっぱり顔なのか? ……いや、でもこの素面シャア・アズナブルにそっくりなテリー・オグスター君も立派なイケメンな筈……。

 

 

「一体……一体俺とバーニィの何が違うって言うんだ……?」

「んーー……テリーくんアレなんじゃない? 同級生達には“見慣れてる”から……」

 

 

 俺の隣の席でチーズリゾットを口に運びながらマナが答えてくれた。

 

 見慣れてる?

 

 つまり、なんだ。

俺が“転生”する前に、学園ハーレムイベントが行われて、もう俺がハーレムイベントを堪能する事は、ないと言うのか!?

 

 

「世の中は理不尽で出来ている……」

「オレもそう思うぜテリー……アイツが活躍出来たのは、オレのジムを無断で使ったからじゃねぇか……ぐすん……」

 

 

 マナとは反対の隣席には、涙目でサンドイッチにかじりつくヒータがいた。

 

 病室からやっと解放された彼女だったが、作戦終了からずっと艦内がずっとこの調子で、自分のモビルスーツを勝手に拝借した事を怒るに怒れない雰囲気で不貞腐れて今に至る。

 

 そんな二人の間で食事を取っていた訳だが、向かいの席のミドリがやけにニコニコしている。大盛のポテトと巨大ハンバーガーにご満悦だからだろうか?

 

 いや、どちらかと言うとあの顔は「美少女二人侍らせてなんて贅沢な事言ってるのかしら?」って顔だな。

 

「“美少女二人侍らせてなんて贅沢な事言ってるのかしら?”って思ってる?」

「あら、分かっちゃいました?」

 

 

この余裕の表情である。

 

最近はニュータイプ的な感覚が鋭利になってきたからか、他人の考えがなんとなーく分かってきたのだが、ミドリはそれに気が付いてからずっと俺と目が合う度にニコニコしているのだ。きっと気味悪がられていた“勘の良さ”を同じく共感出来る者がいて嬉しい……と、言った所か。

 

 

「……テリー君。あまり女の子の心の中を覗くのは感心しないわね」

「うっ」

 

 

 ほらこうなる。ニュータイプにプライベートゾーンはないのか。

 

 

「は? なんでちょっとテリーくんと仲良くなってるのミドリちゃん!?」

「まさか、オレが病室で苦しんでいる間に何か良からぬ事が……」

 

 

 この二人に関してはニュータイプ以前に感情がはっきり顔に出るタイプなので、変に心を読む必要がないのが救いだ。

 

 ミドリが学生時代にこの二人と仲が良かった理由を、今更ながら知れたと言うわけである。

 

 最も残念な事に、俺はその“学生時代の記憶”がさっぱりないのだが。

 

 

「ちょっと聞いてるテリーくん!?」

「そうだぞ! ちゃんと説明しろ!!」

「いや、単にちょっと共通の話題で盛り上がれただけで……おい、ミドリもなんか言ってくれ!」

「きゃー。バーニィさーん」

 

 

 あの女面白がってシカト決め込みやがった!!

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「お、おや、ど、どうかしたんですか?」

「何でもないよ」

「同じく……」

 

 

 俺とバーニィは仲良くため息をつきながら、グラン博士のいる右舷デッキの方へと避難していた。

 

 と、言うのもあの後マナとヒータによる“正妻戦争”が勃発し(俺が誰かとはっきり付き合ってると言わなかったのが主な原因)食堂の雰囲気が一気にホットになった所で抜け出した所、全く同じタイミングで同じ事を考えていたバーニィと共に逃げてきたという訳である。

 

 

「う、上は、大変そうですねぇ……」

「そう言えば、グラン博士は格納庫以外で見た事ないな」

「……確かに」

 

 

 バーニィの言葉を聞いた後、記憶をひっくり返した俺は頷いた。

 

 最初に尋問する為に空室に招いたが、それ以降は確かに格納庫かその近辺でしか姿を見ていない。

 

 

「じょ、女性ばかりと言うのは、こ、こう、な、なんとも気が引けてしまって……そ、それに、い、一応は、ジ、ジオンから脱走した訳ですから、ぶ、分をわきまえていると言いますか……」

「殊勝な心掛けだな。聞いたバーニィ君?」

「よく言うよ。アレは“拉致”ってんたぞテリー君」

「?」

 

 

 俺達のギリギリアウトのやり取りに対してその意味を掴めていないらしいグラン博士は首を傾げた。

 

 優秀な技術者ではあるらしいが、こういう人間関係に関しては鈍いらしい。

 

 

「それよりもグラン博士。開発の方はどうなってる?」

「そ、そうですね大佐……」

「……あの、俺、少尉だけど」

 

 

 勝手に昇格されたら困る。

 

 

「あ、あぁ! も、申し訳ない! そ、その……お、オグスター少尉のこ、声が赤い彗星にそっくりだったもので、つ、つい……」

「えっ、テリーってもしかして、あのシャア・アズナブルと血縁関係にあるのか!?」

「いやいやまさかそんな出来過ぎた話ある訳ないでしょ。そっくりさんってだけだよ」

 

 

 現に本人にも、妹のセイラさんにも「まぁ、そっくり」の一言で終わったのだ。

 

 だが、“それ以外”なら、どうだろうか?

 

 

「俺が赤い彗星似のハンサム顔なのはさておき」

「自分で言うかぁ?」

「うるさいよ」

「し、進捗の話ですよね! と、と言っても、ほ、ほぼ有り合わせの物を繋ぎ合わせただけなので大した労力は必要なかったのですが、ま、まずはこちらを……」

 

 

 グラン博士に先導されてデッキの上の方へと移動する。

 

 ここからなら、格納庫を一望できるからだ。

 

 

「さ、最初に頼まれていたカ、『カミカゼ』です」

「おぉ……」

 

 

 思わず感嘆の声を挙げてしまった。

 

 “カミカゼ”は戦場で拾ったマゼラン級やサラミス級の甲板の一部を加工し、側面にプロペラントタンク(これも同艦から拝借したもの)を取り付け、機首部分にはセイバーフィッシュを取り付けた急造品だ。

 

 しかし、これは確実にサブ・フライト・システム……SFSとしての機能を充分に備えている、立派な兵器だった。

 

 

「モビルスーツを運搬する、ジェット機みたいなものか?」

「に、二機分のパーツは確保して頂いたのですが、か、完成したのはこの一機のみになります」

「とりあえずソロモン攻略前に一機間に合ったのは助かったよ。他のは?」

「ら、楽なのから先に、し、仕上げさせて頂きました。私の方ではこ、こう呼んでいます……“ジム・コマンド:ザク・カスタム”です」

 

 

 次にグラン博士が見せてくれたのは“カミカゼ”の横に格納されていたジム・コマンドだった。ただ“ザク・カスタム”という直球のネーミング通り、赤くリペイントされたザクⅡ改のシールドとショルダースパイクが装備されていた。

 

 

「こ、これは……!?」

「サ、サイド6で回収したザクⅡ改のパーツを、りゅ、流用させて頂きました。お、オグスター少尉曰く、わ、ワイズマンさんの戦闘スタイルなら、あ、あって困らないだろう、と……」

「そうか……」

「い、一応、ひ、ヒート・ホークも回収出来たので、あ、扱いはほぼザクと同じ感じになってしまいますが……」

「……構わないよ。むしろ、そっちの方が“慣れている”」

「慣れて……? あ、あぁ。成程! や、やっと合点がいきました!」

「グラン博士……その件は内密にお願いしたい」

「わ、わかりました! シャア大佐!」

 

 

 だから違うって。

 

 

「……そう言えば、さっき出撃する前にバラしたリック・ドムのパーツを見たんだが、アレも何かに変わるのか?」

「い、いえ。あ、アレはもう“完成”しています」

「え?」

「コレには俺が答えよう。なんたって自信作だからな!」

 

 

 バーニィが見たリック・ドムの残骸は、俺がコンスコン艦隊と戦った際にさり気なくパーツを回収したものだった。

 

 そこから上手く“必要最低限”のパーツだけ補修し、今に至る。

 

 

「これ、動くのか?」

 

 

 眉をひそめながら、バーニィはバラバラになっているリック・ドム“だったもの”を見つめていた。確かに、ここまま動けばジオングというかターンXである。

 

 だが流石に、そんな物は作れない。

 

 

「名前は“トロイア・ドッグ”とした」

「とろい……なんだって?」

「う、宇宙世紀以前……こ、古代ギリシャに伝わると、“トロイアの木馬”から名前を取ったらしいですよ。そ、それにしてもオグスター少尉。や、やけに古典にお詳しいですよね……」

「ん? じゃあ名前はなんで“トロイア・ホース”にしなかったんだ?」

「そりゃお前。“走る棺桶”と言えば“犬”でしょうや」

「は? ……グラン博士、それも何かの古典だったりするのですか?」

「い、いえ……わ、私は古典にはあまり明るくないので……」

 

 

 古典であっても困る。

 

 

「でも、最後の“仕上げ”がまだだな」

「い、言われて間もないじゃないですか……!」

「最後の仕上げって?」

「あぁ、……これ」

 

 

 そう言いながら、俺は丁度横に積み上げられていたペンキの缶を刷毛(はけ)を一つずつ持ち上げ、バーニィに手渡した。

 

 

「さ、一緒に色塗りの時間だ、バーニィ君」

「……あのまま食堂で女の子にもみくちゃにされていた方がマシに思えてきたぞ」

「クリス中尉に言いつけちゃうぞ」

「こ、この卑怯者!!」

 



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第34話【宇宙の蜉蝣】

 

「う……ん……?」

 

 

 サレナ・ヴァーンが目を覚ました時、そこはイフリート・ダンのコックピットの中ではなかった。

 

 白いベッドに医療品の山が積まれている事から、どこかの医務室である事は伺えた。

 

 

「ここは……?」

「私の艦さね」

 

 

 身を起こしながら呟くと、それに反応する声があった。

 

 仕切りのカーテンの向こうから、声の主らしき女性が姿を現した。

 

 サレナは、“彼女”の事を知っていた。

 

 

「……シーマ・ガラハウ中佐か。海兵隊の」

「ご名答。会うのは初めての筈なんだけどねぇ……」

「女性の上級士官と言えば、それだけで尊敬に値するものだ」

「ふん、じゃあ上官に対する尊大な物言いと仮面を着ける変な趣味を止めるんだね」

「仮面……そうだ、仮面は!?」

 

 

 自分の顔に仮面が無い事に慌てふためくサレナ・ヴァーン。

 

 アレは最早ただの仮面ではなく、“サレナ・ヴァーン”という人間の象徴、心の拠り所と化していたのだ。

 

 

「ベッド脇の机の上だよ」

「すまん……すいません……」

「全く、仮面の男に仮面の娘を押し付けられるなんて、なんて悪い冗談だい……!」

「ここは、ザンジバルの医務室ではないのか……?」

 

 

 仮面を着け“サレナ・ヴァーンになった少女”が首を傾げる。

 見た目は確かにザンジバルの医務室だったが、雰囲気は確かに、違う。

 よく言えば前線の泥くささ、悪く言えば荒くれものの巣窟に近いオーラがあった。

 

 

「ザンジバルだよ? ただし、ザンジバル級“リリー・マレルーン”の医務室さね。ようこそ、シーマ艦隊へ」

「何故、私は海兵隊の医務室に……?」

「簡単な話さ。アンタはこれからグラナダへ送られる。私らはその“送迎”を仰せつかった……」

「何!? ……ッ!」

 

 

 掴み掛る勢いで起きようとしたサレナだが、肩に走った激痛が彼女を制した。

 

 見た目は何ともないが、身体には相当のダメージが蓄積しているらしい。

 

 

「充分なデータが集まった試作機とパイロットが元の場所に戻るんだ。そんなに嫌な事かねぇ?」

「私には……私にはやらねばならない事がある!」

「月に戻って試作機をフラナガン機関に届ける。それがアンタの軍人として“やらねばならない任務”さね」

「違う! ……シーマ中佐。私はジオンの行く末なんて、正直どうでも良いのだ」

「なんだって……?」

 

 聞き逃せない、という感情を乗せた冷たく鋭い目がサレナに突き刺さるが、彼女は続けた。

 

「一介の軍人としての私の責務は、キシリア閣下にV作戦の資料を渡した時に十二分に果たした。そしてその見返りとしてイフリート・ダンを頂き、今日まで復讐の為に戦ってきた……なのに今更テストパイロット扱いで送還はないだろう!? 話が違う!!」

「私はただ運んでこいと頼まれただけ……文句を言われるのは筋違いってもんさ」

「私は貴女に聞いているのだシーマ・ガラハウ! ……貴女は今の私と同じ“目”をしている。やりたくない事をやらされている“目”だ」

「……小娘に何が分かるって言うんだい!」

 

 

 シーマの“触れてはいけない部分”に触れてしまったらしく、彼女の眉間の皺が段々濃くなっていく。が、サレナもまた、仮面では隠しきれない程に感情の牙を剥き出しにしながらシーマを睨み返す。

 

 

「私は復讐の為に戦う! それが私の戦争だ! 私の自由だ!! 無理矢理月に連れていくと言うなれば、上官殺しの汚名を被ってでも私の自由にさせて頂く!!」

「……はぁ。わかった、わかったよ。そこまで言うなら仕方ない。その“仇”とやらの近くまでは運んでやるから、後は勝手にしな」

 

 

 理解を示してくれた、というよりは「面倒になった」と言った表情で身を引くシーマ。

 

 そのままこめかみを指で押さえ、ため息までつく始末である。

 

 

「……良いのか?」

「そうしたいって言ったのは自分なの、もう忘れたのかい? ……最も、私もザビ家には良い印象なんてこれっぽっちも感じていない身……そいつの顔を少しでも歪ませられるのなら、むしろ本望ってやつさね」

「すまん……助かる」

「ふん」

 

 

 付き合ってられないね、と小声で呟いたシーマが医務室から出て行った後、サレナは少し、横になった。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「全く……あんな小娘の言う事に共感しちまうなんて、どうかしちまったのかい私は……!」

 

 

 ザンジバル級リリー・マレルーン内を移動しながら、誰に聞かせるでもなくシーマ・ガラハウは愚痴をこぼした。

 

 コロニー落とし。ジオンの“ブリディッシュ作戦”においてサイド2コロニー“アイランド・イフィッシュ”に毒ガス攻撃をさせられた日の事を、彼女は今でも昨日の事の様に思い出せた。

 

 次々と苦しみながら倒れていく民間人に、ノーマルスーツを着た連邦軍の兵士が何かを叫んでいたのをコックピットから眺めながら震えた“あの日”から、そろそろ一年。

 

 開戦以来ずっと任務として“汚れ仕事”を請け負ってきた彼女だが、あの仮面の少女、サレナ・ヴァーンの言葉に揺らぎつつあった。

 

 「戦争はいけない」という類の戯言なら聞き逃せたが「復讐こそ私の戦争、私の自由」という言葉には非常に関心が持てた。

 

 ……この時のシーマには知る由もない話だが、サレナのニュータイプとしての強力な“念”を、心を揺さぶる強い“言葉”と勘違いしてしまったのだ。

 

 

「シーマ様、どうされました?」

「……!」

 

 

 無心で歩いていたからか、気が付けばリリー・マレルーンのブリッジで立ち尽くしていたシーマ。副官であるデトローフ・コッセルが厳つい顔に似合わない心配そうな表情で彼女の顔を覗き込んでいた。

 

 

「……そんな目で見るんじゃないよ、みっともない。進路はどうなってる?」

「はっ。予定通り、グラナダに変更しております」

「そうか……艦隊全ての通信を送る。準備しな!」

「了解!!」

 

 

 今一度呼吸を整え、キャプテンシートの前で仁王立ちするシーマ。

 

 心は、既に決まっていた。

 

 

「シーマ様、通信繋がりました! いつでもどうぞ!!」

 

 

「海兵隊の野郎ども聞いてるかい!! 私達は開戦以来、何でもやってきた! 正規の甘ちゃん軍人共が忌み嫌う様な殺しに略奪。祖国の為にだ、スペースノイド独立の為にだってねぇ! だけど、オデッサ基地が連邦に奪い返されてから後手後手のジオンに私はもう勝ち目はないと思っている!!」

「なっ……!?」

 

 

 部下達が目を見開きながら驚愕する事も気にせず、シーマは言葉を止めない。

 

 

「“表側”の連中はザビ家のクソ共になんて言われて尻尾を振ってるのか知らないけど“裏側”を知る私らならわかる筈さ、“敗者の足搔き”ってやつをね! 現にジャブロー襲撃に失敗して主戦場が宇宙に戻った今、上の連中は何をしている? それぞれ保身に走って連携しようともしない! 現に私達は何をしている? ドズル中将のソロモンが総攻撃されるという噂の中、小娘一人の“お迎え”の最中だ! ただ管轄が違うだけで、軍の重要拠点と何百何千という兵士たちとも釣り合わない、取るに足らない小娘一人の為にねぇ!! ……はっきり言う! 私は軍を私物化しただけでは飽き足らず、身内同士でも争いを止めないザビ家に愛想を尽かした! あんなゴミみたいな連中に、私と、私の信じる部下たちをみすみす殺させたりするもんか! 私達はこれから自由の為……私達の戦争の為に戦う!! まだザビ家のジオンに未練があるヤツ! 今なら止めないから尻尾巻いてお月さんに帰んな!!」

「シーマ様! 海兵隊にシーマ様を見捨てる者などおりません!!」

「やってやりましょう、シーマ様!!」

「ザビ家がなんだってんだ……俺達にはシーマ様が付いているんだ!!」

 

 

 他のシーマ艦隊の艦からも、次々とシーマに賛同する声が挙がる。

 

 ジオンへの、ザビ家への忠心を誓う者は、少なくとも荒くれものの海兵隊にはいなかったのだ。

 

 それ程までに、彼らは“闇”を知り過ぎた。

 

 

「よく言ったお前達!! これからシーマ艦隊はジオン軍から離反し、独自の行動を執る! まずはソロモンに生意気な花嫁を捨てに行くよ! 全艦進路変更! 目標! ソロモン宙域!!」

「アイ・アイ・サー!!」

 

 

 デトローフ・コッセルの言葉に続き、海兵隊の男達が走り始める。

 

 それは、今までの“汚れ仕事”の時より機敏に、活き活きとした動きだった。

 

 

「技術班の連中に知らせな! ボロボロのイフリート・ダンを可能な限り修理してやんな! 予備のサイコミュ・システムなんてのも私らには必要ないんだ。餞別に詰め込んでやりな!!」

「了解ですシーマ様!」

「よし……ふふっ」

 

 

 キャプテンシートに足を組んで座ったシーマが、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「見限るには良い機会だったって訳だ……あの娘がどうなろうが知ったこっちゃないが、これくらいは礼をしてやらないとねぇ……!」

 

 

 “海賊の様な海兵隊”から文字通り“海賊”になった彼女たちが今、ソロモンへと……“自由”へと向けて艦を進め始めた。

 



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第35話【チェンバロ作戦】

『これより、チェンバロ作戦を開始する!』

 

 

 レビル将軍の一言を皮切りに、ソロモン宙域に集結した地球連邦軍艦隊は一斉に攻撃を開始した。

 

 その先鋒として用いられたのは、連邦軍の新型兵器“ソーラ・システム”だった。

 

 この攻撃によってソロモンの艦隊のほとんどを片付けた連邦の第一手は大きく、作戦開始から間を置かずに戦況は連邦軍に傾いていた。

 

 ホワイトベース、フォリコーン、グレイファントムからなる第13独立部隊もその例に漏れず、現在はティアンム艦隊と共に進軍をしている最中だった。

 

 

『モビルスーツ隊出撃を用意させて!』

『了解! モビルスーツ隊発進して下さい!』

『おうよ! グレン01ヒータ出るぞ!!』

 

 

 いつもの“二段階命令”の後、ヒータ・フォン・ジョエルンの乗る先行量産型ジムが出撃する。

 

 

『リーフ01ミドリ・ウィンダム!ジム出撃します!!』

 

 

 ヒータに続き、ミドリも宇宙へと駆ける。

 

 

「……まさか、つい数日前までジオン兵だった俺がソロモンを攻める事になるなんてな」

 

 

 カスタムされたジム・コマンド:ザク・カスタムの中で、バーニィがひとりごちる。

 

 

『バーニィ聞こえるか! オグスターだ!』

「おう、テリー! 似合ってるよその衣装!」

『言ってろ! ……トロイア・ドッグは隠し球だ、もっとソロモンに近づかないと出せない。ヒータ達のエスコートは任せるぞ!』

「あの気の強い嬢ちゃんだと逆に俺がエスコートされると思うけどな!」

『聞こえてんぞ新米! サボってないで早く来い!』

「了解! バーナード・ワイズマン! 発進する!!」

 

 

 二回目となる、連邦軍の戦艦からの出撃。

 

 グラン・ア・ロン博士の計らいでコックピット内装もよりザクに近くなったジムのコックピットからソロモンを眺めるバーニィ。側面からはホワイトベース隊のガンダムに、グレイファントム隊のアレックスが並ぶ。

 

 

「ジオンから見ればまさしく悪夢だな……」

『敵さんが来たぞ! 散開して各個に対処しろ!!』

 

 

 前方に光が見えた。リック・ドムからなるジオンの小隊だった。

 

 

「元同僚には悪いけど、俺はアルに帰るって約束したんだ……! 倒したって恨んで化けて出てこないでくれよ!」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「連邦軍のモビルスーツ部隊、段々ソロモンに近づいてるってよ」

「それにしちゃ、この辺は静かだな」

「ここは主戦場の裏側だぞ。連邦なんて来やしないよ」

 

 

 小惑星ソロモンのゲートの一つを警備していたミーノ・ガッシー中尉は部下と共に“仮初めの休暇”を満喫していた。

 彼らは確かに作戦行動中だったが、彼らが“仕事”をする時というのはソロモンが“墜ちる時”である。

 

 

「……ん? 中尉。ゲートの外にリック・ドムが一機。こちらに通信を求めています」

 

 

 そんな彼らの元に一本の通信が入ってきたのは、突然の事だった。

 

 

「ヒヨッコが逃げ込んできたか……通信開け。俺が追い返してやる」

 

 

 ミーノ・ガッシー中尉が気怠げにコンソールを操作する。

 

 画面には垢抜けてない新米兵士……ではなく、赤い軍服に身を包んだ、仮面の男が映っていた。

 

 

「なぁっ!? あ、赤い彗星……!?」

『やぁ。休憩中だったかな?』

「シャア大佐! キ、キシリア閣下の艦隊が援護に来られたのですか!?」

『いや、私だけ先行してきた。艦隊は連邦軍のエースパイロット、テリー・オグスターの足止めをしてもらっているよ』

「テリー・オグスター? 誰です、それ?」

『黒いガンダムのパイロットだよ。あの様子だと、アムロ・レイより強敵になるだろうな』

「アムロ・レイ……?」

『……なんでもない。内側から近道して主戦場に出たい。通して貰えるか?』

「え、えぇ勿論です大佐! 2ブロック先の格納庫で補給を受けているモビルスーツ小隊に連絡します、彼らと合流して下さい!」

『ありがとう』

「おい、ゲートさっさと開けろ! 俺はドズル閣下に大佐が来られた事をお伝えする!」

「了解!」

 

 

 部下に指示を出したミーノ・ガッシー中尉が通信回線のチャンネルを変えると同時、ゲートが開き、真っ赤にペイントされたリック・ドムが姿を現した。

 

 

「赤い彗星って初めて見たけど、思ったより若いんだな」

「それより見ろよ。あのリック・ドム、あちこちガタが来てるみたいだ」

「ひでぇ有様だよな全く。よっぽどそのテリー・オグスターってのが強敵だったんだろうな」

「ガンダムの性能は新型のゲルググに匹敵するらしいしな……あれ? 大佐にもてっきりゲルググを回されてると思ったんだが……」

「そのゲルググがやられたからリック・ドムに乗ってるんだろ。じゃなきゃ、あんなボロボロのモビルスーツに赤い彗星が乗るかよ」

「だよなぁ……」

「任務中だぞ、私語は慎め! 手が空いたんなら外の監視でもしてろ! 見逃しには注意するんだぞ!!」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「シャア・アズナブルだと!? アイツめ、よくも抜け抜けと俺の前に顔を出せたものだな!」

 

 主戦場の裏側のゲートを守っていた士官から赤い彗星到着の報を聞いたソロモン司令ドズル・ザビ中将が怒鳴り声を上げた。画面越しの士官は額に汗を流しながらドズルの顔色を窺っている様子だった。

 

 

「で、キシリア艦隊は今どこにいると?」

『はっ。……何でもガンダム一機を食い止める為に戦闘行動中だと』

「たった一機のモビルスーツを艦隊で止めるだと!? 嗤えない冗談はよせ!!」

「か、閣下! 防衛網を抜けた連邦のモビルスーツが居ます! 例のガンダムとかいう……」

「ガンダムは一機ではないのか!?」

「さ、最低でも二機確認されています!」

「なんだと!?」

 

 

 部下の言葉を聞き、ドズルは天を仰いだ。

 

 たった一機のモビルスーツで戦線が崩されるとは思っていないが、兵たちの、特に新米兵士たちへの心理的効果を考えると悩まずにはいられなかった。

 

 たった半年足らずの間に数々の“伝説”を作り上げた連邦の忌まわしきモビルスーツ、ガンダム。

 

 それが三機もいると言われると、兵士たちの士気にどう関わるか分かったものじゃない。

 

 あのコンスコンの艦隊が一分も経たずに撃破されたというのは、誇張表現ではなかったらしい。

 

 

「……分かった。姉上の増援は期待しないものとしよう。それで、他に何かあるか?」

『はい、閣下。シャア大佐のリック・ドムは手傷を負っておられます。ガンダムのパイロット、テリー・オグスターとやらにこっぴどくやられたと……』

「パイロットの名前などどうでも……待て。今、何と言った?」

『は?』

「ガンダムのパイロットの名前だ!」

『は、はい! テリーです! テリー・オグスター!!』

「テリー……オグスター……!」

 

 

 司令官用のシートに座り、深いため息をつくドズル。

 

 

『あの、閣下……?』

「なんでもない。もう良いぞ」

『し、失礼します!』

「……はぁ」

 

 

 通信が切れた後も、ドズルの顔色は優れなかった。

 

 

「閣下。その様な顔をされるとそれこそ兵たちの士気に関わります」

「そうだな……」

 

 部下であり腹心の一人である士官に指摘され、一度姿勢を正すドズル。

 

 しかし、歴戦の男の表情にはまだ暗いものがあった。

 

「……そうか。あの男が連邦軍に。なんとも皮肉な話だ……」

「あの、閣下……何か重荷を背負っておられるのであれば、不肖私、少しでも肩代わりを致します」

「そうか……そうだな。大事な一戦だ。そうさせてもらおう。……中佐」

「はい、閣下」

「テリー・オグスターはな……その……」

 

 

 2メートルを超える巨漢のドズルが小さくなりながら、部下の前で小さく言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アイツは“隠し子”だ」



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第36話【ソロモンの悪夢】

 

 一方その頃。

ソロモンの“表側”ではついに連邦のモビルスーツ部隊が着々とソロモンに取りつき始めていた。

 

 

「12時の方向に新手よバーニィ!」

「おうさ!」

 

 

 アレックスを操っていたクリスが迫ってきたリック・ドムを一機撃墜しながら、背後を警戒してくれていたバーニィに言葉を飛ばした。

 

 “ザクもどき”になったジムを巧みに操るバーニィは、つい数日前にサイド6で戦ったザクと同じパイロットとは思えない機敏な動きでジオンのモビルスーツを翻弄している。

 

 

「アムロ君は!?」

『もうとっくに先に行っちまった! やれやれ、ガンダムのパイロットってのは化け物しかいないのか!?』

「褒め言葉として受け取っておくわ!」

 

 

 新たなリック・ドムの小隊が接近してきたのを、二人で迎撃するクリス達。

 

 アムロ・レイが改造した“テム・レイ回路”により、テキサスコロニーで戦った時からアレックスの調子はすこぶ好調だった。

 

 数値で見れば機体のスペックは落ちているのだが、ブースターでの移動後の“滑り”が減り、カメラ感度が下がったりと、より現場で使用するのに向いた調整が施されたアレックスは、性能と引き換えにクリスに“私でも持てあまさないで使える”という自信を与えていた。

 

 

「ビームライフルの残弾が……!」

 

 

 短いアラートの後、クリスはアレックスの持っていたビームライフルを捨てた。

 

 そして、腕部に内蔵していたガトリングを展開する。

 

 眼前には、勝利を確信して不用意に接近してきたリック・ドムが二機。

 

 

「当たって!」

 

 

 薙ぎ払う様にガトリングを斉射する。

 

 反撃を予想していなかったリック・ドム達はたちまち蜂の巣になり、爆発四散。

 

 

「テリー君の方は大丈夫かしら……」

 

 

 このエリア近辺の敵が減った事により、小休止を挟むことが出来たクリスがソロモンの方を見た。

 

 

『単独でソロモンに潜入なんて、どうかしてるよ』

「私から見れば、あのテリー君と渡り合えたバーニィもどうかしてると思うけど?」

『褒め言葉として受け取っておくよ』

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

『ガトー大尉、シャア大佐のリック・ドムがこちらに向かっているそうです』

「戦犯の汚名を被りながらも、戦火をくぐり抜け古巣を助けにくるとは……ドズル閣下の慧眼を以てしても兵士一人一人の真意を見抜く事は出来なかったようだな」

 

 

 部下であるカリウスの報告を聞きながら、隊長であるアナベル・ガトー大尉は“赤い彗星”への評価を改めていた。

 

 

『ルウムの英雄が味方に居ると分かれば、他の部隊の士気も上がるだろうな』

「我々も此度の一戦で英雄と呼ばれるに至るかも知れんのだ。余り油断するなよ、ケリィ」

 

 

 ガトーの小隊は、直属の部下であるカリウスを除き全滅。現在は部下が全滅してしまった友人のケリィ・レズナーと共に臨時の小隊を組み、再出撃の為の補給を終わらせた所だった。

 

 

「大佐が到着次第、前線に戻る」

『見えました大尉! 赤い彗星です!!』

 

 

 ソロモン内部の搬入路を高速で移動する赤い影があった。

 

 赤い影は減速する事もなくガトー達の待機する格納庫前を目指している様子だ。

 

 

「おお、あの異彩を放つ一条の光点! 連邦兵が一目見ただけで恐れ慄くというのも納得の気迫を感じる……!」

『お前さんも相当恐れられてると思うぜ、ガトー』

『自分もそう思います、大尉。……ん?』

「どうした、カリウ……ッ!」

 

 

 それは、完全に油断だった。

 

 赤いリック・ドムが、こちらにジャイアント・バズの銃口を向けていたのだ!

 

 

『危ない大尉!!』

 

 

 三人の中で最初に動いたのは、ずっと観察を続けていたカリウスだった。

 

 ガトーが動き出そうとしていた時には、既にカリウスのリック・ドムの背中がコックピットの視界を塞いでいた。

 

 

『う、うわあぁあぁぁあぁぁ!?』

 

 

 そして、爆発。

 

 

「カリウス!!」

『くそっ、どうなってるんだ!』

「シャア・アズナブルがガルマ大佐を見殺しにしたという噂は誠だったか! のみならず今度はドズル閣下まで謀ろうとは……! おのれ、なんと恥知らずな男なのだ!!」

『相手は赤い彗星だぞ、ガトー!?』

「あの赤星はジオンに凶兆を招く死の彗星に他ならぬ! ここで我らが落とすぞ、ケリィ!!」

 

 

 搬入路を後退しながら、赤いモビルスーツを睨みつけるガトー。スラスターで移動するリック・ドムならではの芸当だ。ザクではこうは出来なかっただろう。

 

 

「落ちよ!」

 

 

 二機のリック・ドムによるジャイアント・バズの波状攻撃。

 

 しかし赤いリック・ドムは狭い搬入路の中で揺れる様な最小限の動きでこれを回避してみせた。まるで撃つ前から軌道を見切っている様な、そんな不気味さを感じる動きだった。

 

 

『腐っても英雄か!』

「ならば避ける場所を無くすまで!!」

 

 

 ガトーの次弾が狙ったのは目立つ赤いモビルスーツではなく、搬入路の壁の一つ。

 

 赤い彗星の移動速度から逆算して丁度手前の壁に当たる様にジャイアント・バズの射線を調整し、発射。

 

 爆発があった。

 

 赤いリック・ドムに当たった訳ではない。搬入路の脇に置いていた資材が小規模の爆発を起こしたのだ。

 

 狙ってもいないモノが当たる筈もなく、赤いリック・ドムは搬入路のもう片方の壁に添う様に爆発を避けた。

 

 ガトーの狙い通りだった。動き回って当たらないのなら、相手の動きを制限すれば良い。

 

 赤い彗星とて、“爆発は回避する”という人間的な本能までは御せまいと踏んだからだ。

 

 

『そこだあぁぁぁぁぁ!!』

 

 

 そしてその考えを一瞬で察したケリィによる追撃が赤いリック・ドムに迫る。

 

 しかし、続く爆発は無かった。

 

 

「なんと!?」

 

 直撃コースだった。

 

 しかし、あの赤いリック・ドムはジャイアント・バズが当たる直前に片足を軸にその場で一回転させただけで避けてみせた。

 

 一秒でもタイミングが狂えば成功しない様な曲芸じみた回避を、軽々とやってのけたのである!

 

 

『ニュータイプとやらには一体何が見えているんだ!?』

「そんなものは戦場の“まやかし”に過ぎん!」

 

 

 射撃で仕留める事を諦めたガトーはジャイアント・バズを投げ捨て、バックパックに装備していたヒート・サーベルを抜いた。

 

 同時に逃走を中断。一気に距離を詰める。

 

 

『ガトー! どうするつもりだ!?』

「ここは私が食い止める! ケリィは友軍に……閣下に合流して、赤い彗星の謀反を何としても伝えるのだ!!」

『……死ぬなよ!』

 

 

 戦友の言葉を背中に感じながら、ガトーは更に前に進んだ。

 

 敵は変わらずジャイアント・バズの銃口をこちらに向けていたが、撃っては来ない。

 

 

「今更私に情けでも掛けようと言うのか!」

 

 

 リック・ドムの胸部にある拡散ビーム砲を放つ。

 

 目くらまし程度の威力しかないが、戦場で一瞬の隙を作れる“目くらまし”は馬鹿には出来ない。

 

 赤いリック・ドムが初めて怯んだ。

 

 

「貰った!」

 

 

 もう間もなく、こちらの間合いに入る。

 

 

「ガルマ大佐の仇、このアナベル・ガトーが討ち取らせて頂く!!」

 

 

 ヒート・サーベルによる突きの攻撃。

 

 直前に反応されて僅かに横に逸れたが、胴体への直撃だった。

 

 このまま横に薙いでしまえば、融合炉ごとコックピットを一刀両断出来る。

 

 

「なっ……なんだ、これは!?」

 

 

 が、ガトーの動きはそこで止まってしまう。

 

 貫いたのは間違いない。

 

 しかし、その“手応え”がまるで無かったのだ。

 

 まるで“中身のない空のモビルスーツ”を貫いた感覚に近い。

 

 

「どうなって……!!」

 

 

 次の瞬間、ガトーは己の目を疑った。

 

 

 

 

 

 

 赤いリック・ドムの装甲が崩れ落ち、中から黒いガンダムが姿を現したからだ。

 

 

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「ガトォォォォォォォォォォ!!」

 

 

 コックピットの中で、俺は無我夢中で叫んでいた。

 

 トロイア・ドッグを“着ていた”ガンダムのビームサーベルを抜き、向こうが硬直している一瞬を突き、掬い上げる様に斬り上げの一撃。専用カラーのリック・ドムの両足を切り捨てた。

 

 そして少し前進。ガトーが投げ捨てたジャイアント・バズを拾い、構える。

 

 

「……」

 

 

 さっき攻撃を躊躇わせた「ノリスの様に助けられないか?」という迷いが俺の中に過った。

 

 しかし、“人に殉じる覚悟のノリス”と“国に殉じる覚悟のガトー”では勝手が違う。それに“今の格好”だとコックピットから出ただけで蜂の巣にされかねない。

 

 故に俺は、個人より“後の悲劇(デラーズ紛争)”を回避する方向に舵を切った。

 

 

「悪いなアナベル・ガトー……! このソロモンで星の屑になってくれ!!」

 

 

 ジャイアント・バズの一撃が、リック・ドムのコックピットに当たる。

 

 爆発。

 

 これでこの世界から“ソロモンの悪夢”が誕生する未来が失われた訳だ。

 



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第37話【ソロモンが堕ちる日】

 

 

 トロイアの木馬。

 

 ギリシャ神話における“トロイア戦争”にて用いられた巨大な馬の像の事である。

 

 敵国トロイアを攻めあぐねていたギリシャ軍が作ったこの木材で作られた馬の像はトロイア側が“降参の証”だと勘違いして敷地内へと運び込み、トロイアの民はそれを囲んで宴を開いたという。

 

 だがその晩、酔い潰れて静かになった街の真ん中で木馬像内部に息を潜めて隠れていたギリシャ軍兵士が飛び出し、城外の本体を手引き。

 

 見事にトロイアを滅亡せしめたという歴史がある。

 

 ……いやまぁ、俺はその神話モチーフの映画を小さい頃に一度見たきりだったのだが、“ここ”に来てから散々……それこそ本人にすら「シャアそっくり」と言われていたのでどこかでやってやろうとは思っていたのだ。

 

 この為にサイド6に降りた時に赤いペンキと“シャア・アズナブルなりきりグッズ”制作の為の布などをしこたま購入したのだ。

 

 で、この戦法を使用するにうってつけだったのがこの“チェンバロ作戦”だった。

 

 ゲルググじゃなくてリック・ドムで騙し通せるものかと冷や汗掻いたものだが、管轄の違いというのが上手く嘘の“質”を高めてくれたようである。

 

 偶然シャアにそっくりだったという“容姿”に、俺の“西暦から持ち越した知恵”。

 

 そして俺のメチャクチャな発想を理解してトロイア・ドッグや移動用のカミカゼを開発してくれたグラン・ア・ロン博士に、変な顔しながらも赤いジオン軍服を裁縫で縫ってくれたマナ・レナには感謝の言葉しかない。

 

 あ、一緒にリック・ドムを赤く塗ってくれたバーニィにもちょっとは感謝しないといけないな。

 

 

「しかし、まさか“ソロモンの悪夢”を倒してしまうとは……!」

 

 

 初撃は完全に誤射だった。

 

 

 原因は「ビックリしたから」である。

 

 

 まさかこの広いソロモンでの戦いで、最初に会ったジオン兵がアナベル・ガトーだったとか言われたら、流石に焦ってしまう。誰だってそうに違いない。

 

 ……アムロは違うな多分。

 

 とまれ、“シャア・アズナブルになりすまし中枢まで進んでドズル・ザビを抹殺する”という俺の壮大な計画は失敗に終わってしまった訳だ。

 

 “着ぐるみ”であるトロイア・ドッグはガトーとの戦闘で破壊されてしまった為にこのまま先に進むのは非常に危険なので続行も不可能と判断。

 

 ……でも、アレだな。帰る時の事考えてなかったから、この計画失敗して成功だったかもしれない。

 

 

「折角仮面とマスクまで用意したのに……なっ!」

 

 

 仮面とマスクを脱ぎ捨て、ジオンの“なんちゃって”赤軍服から連邦のノーマルスーツへ着替える。

 

 このまま単身で乗り込むという手もあるが、それは非常に危険だ。

 

 時間的にそろそろ味方部隊がソロモンに侵入を始めても良い頃なので、別の部隊と合流できればいいのだが……。

 

 と、そんな事を考えている時、前方で爆発が起きた。

 

 

「なんだ!?」

 

 

 場所からして、さっき取り逃がしたリック・ドムの一機が何かと交戦しているのだろうか?

 

 ここはソロモンの“表側”から攻めるのなら結構深い場所だ。

 

 ならば相当の腕を持つ者……もしかしたらアムロ達と合流出来る可能性もある。

 

 

「行ってみるか!」

 

 

 向こうのリック・ドムはこちらを警戒して後ろから撃たれた可能性もある。

 

 どちらにせよ、今接近するのが一番なのは間違いなかった。

 

 

「……」

 

 

 T字路の角で、一度呼吸を整える。

 

 戦闘音はなく、何かの駆動音のみが微かに聞こえてきていた。

 

 何かがこちらを警戒している様だ。

 

 

「……よし!」

 

 

 ガンダムなら一発や二発耐えられると判断した俺は、一気に通路の方へと飛び出した。

 

 そこに居たのは、動かなくなったリック・ドムと、ジムの小隊だった。

 

 真っ赤に塗装されたジムが三機に、同じく真っ赤に塗装されたジム・キャノンが一機の四機編制。どう見ても第13独立部隊のものではない。

 

 

『ガンダムだと!?』

「撃たないでくれ! 俺は連邦軍の兵士だ!」

 

 

 武器を構えられたので、俺は咄嗟に通信を送って味方である事を伝えた。

 

 それにしても、やけに渋く貫禄のある声をしている兵士だったな……。

 

 

『成程。この“スカート付き”がやけに焦って飛び出してきたものだから何かあると思ったが、君の得物を横取りしてしまったようだな。……俺はバニング。第二連合艦隊所属モビルスーツ大隊第四小隊のサウス・バニング中尉だ』

「自分は第13独立部隊フォリコーン所属のテリー・オグスター少尉でありま……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ん? 今、なんて言った?

 

 

 

 

 バニング? 第四小隊のサウス・バニング!?

 

 

 

「ふ、不死身の第四小隊!?」

『不死身の……? 確かに俺達は誰も欠けちゃいないが、そんな言い方されるのは初めてだな』

 

 

 なんという偶然だ。

 

 ガトーと戦った直後に第四小隊と合流するとは、今は一年戦争の最中じゃなかったのか?

 

 どうなってんだソロモン。

 

 

『第13独立部隊と言ったな? “外”ではお嬢さんの乗ったガンダムと“ザクもどきジム”に随分と楽をさせてもらった。その礼と言っちゃ何だが、これから作戦行動を共にしないか?』

「ぜ、是非にご一緒しますバニング大尉!!」

『おいおい、焦り過ぎだ少尉。第一、俺はまだ中尉だぞ、勝手に昇級させられたら困る。部下のモンシアにベイト、アベルだ。短い間だろうが、よろしく頼む』

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 

 こうして俺は、臨時でサウス・バニングた……中尉の第四小隊に編入する形となった。

 

 08小隊に第四小隊まで追加されてしまった俺の履歴書の未来は一体どうなる……?

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「あのガンダムに乗ってるテリーっての、まだガキじゃねぇか!」

『お前の“オツム”もその辺のエロガキと変わんねぇぞ、モンシア』

「うるせぇ!」

 

 

 第四小隊所属の兵士、ベルナルド・モンシアは突っかかってきた同僚のアルファ・A・ベイトに対して噛みつく勢いで言葉を返した。

 

 しかし、あのガンダムの動きは凄まじく、敵モビルスーツが六機出てきた時に咄嗟に三機落としてしまった反応の良さを見せた頃にはモンシアの悪口も段々となりを潜めていた。

 

 

「俺もガンダムに乗ってみてぇなぁ。そしたらよ、絶対あのガキより活躍する自信があるぜ」

『モンシア少尉が乗っても、あんなには動けないでしょう』

「うるせぇ!」

 

 

 冷静に返すジム・キャノンのパイロット、チャップ・アデルに対し、噛みつく勢いで言葉を返すモンシア。

 

 言葉のボキャブラリーすらなくしている事に、今の彼は気が付いていない。

 

 

 しかし、そんな彼含め、第四小隊の面々の活躍は見事なものだった。

 

 ガンダムに乗るテリー・オグスターに任せっきりにする事なく果敢に敵を落としに行く様子は、ジオンから見れば死神が列をなして襲ってくる様なものに見えたに違いない。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 

 

 

 

 テリー・オグスターがサウス・バニング率いる第四小隊と合流してから数時間後。

 

 

 

 

 

 

 

 ドズル・ザビの戦死により、小惑星ソロモンは陥落した。

 

 

 

 

 

 

 

 “ソーラ・システム”の初撃からなる連邦軍の圧倒的物量が勝利の鍵とされたが、敵軍大将ドズルの駆る巨大モビルアーマー、ビグ・ザムを撃破したのは、第13独立部隊ホワイトベース隊所属のパイロット、スレッガー・ロウ中尉の特攻だったという。

 



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第38話【ソロモンの亡霊】

 

 ソロモンを総攻撃する連邦の“チェンバロ作戦”は無事に成功し、ソロモンは“コンペイ島”と名を改めた。

 

 俺のプロトタイプ・ガンダムとアムロのガンダムもそこで改修を受け、関節部分にマグネット・コーティングを採用。運動性の向上に成功した。

 

 

「で、このプランを試してみたいんだけど……」

「い、良いですけど……」

 

 

 俺が持ってきた『新プラン』に対し、グラン博士は微妙な反応を見せた。

 

 その名も“セイバー・フィッシュ・カスタム”。略してSFC。ゲーム機じゃないぞ?

 

 “カミカゼ”を作っている時に余ったセイバー・フィッシュのミサイル・ポッドをそれぞれ両肩と両足の四カ所に装備する現地改良型だ。

 

 戦っていて思ったのだが、俺はよくビームライフルを投げ捨てる“癖”があった。

 

 どうも「斬った方が早い」という安直な思考に陥る様で、手持ち以外の遠距離兵器がどうしても必要だったのだ。

 

 また、セイバー・フィッシュのパーツを流用していると言うことで、戦場で弾切れを起こしても容易にパージ出来る点から考えても非常に有用な筈なのだが、我らの技術主任殿の表情は優れない。

 

 

「グラン博士。何が不満なんだ?」

「い、いえ、そ、そのですね……あ、安直だなと」

「安直ぅ?」

 

 

 それの何がいけないのだろうか?

 

 

「カ、カミカゼやトロイア・ドッグには、じゅ、従来のモビルスーツ運用とはかけ離れた、ざ、斬新な設計思想がありました……が、こ、この改造プランは凡人でも思いつくようなシンプル過ぎる案なので、そ、その……や、やる気でないなぁと……」

「遊びで戦争やってんじゃないんだぞ!?」

 

 

 あまりにも幼稚すぎる理由に俺は思わず天を仰いだ。

 

 

「……一応聞くけど、どういうのならやる気でるのさ?」

「む、胸にライオンのパーツでも着けます?」

 

 

 いらねぇよ。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「亡霊、ですか?」

「そうだ。ソロモン……コンペイ島周辺の艦隊が次々と謎の攻撃で撃墜されている」

「謎の攻撃……ん?」

 

 

〈ラーーーーーーーーー……〉

 

 

 ホワイトベースのブリッジでブライトから報告を聞いたアムロはその時、“声”を聞いた。

 

 

「今の声……?」

「アムロも聞こえたのか!?」

「ブライトさんも……?」

 

 

 アムロとブライトだけではなく、ブリッジのクルーの何人かも顔を歪ませ、皆同じ方向に目を向けていた。

 

 

「僕、見てきます」

「頼めるか?」

 

 

 そこからの行動は早かった。

 アムロを乗せたガンダムはコンペイ島に駐留していたホワイトベースから発進し、宇宙へと飛び出した。

 

 

〈ラーーーーーーーーーーー…〉

 

 

『アムロ!』

「テリーさん!?」

 

 

 謎の“声”に導かれたのはアムロだけではなかった。

 “SFC”に換装したテリー・オグスターのプロトタイプ・ガンダムが横に並ぶ。

 

「テリーさんもあの“声”聞こえましたか!?」

『あぁ、例の“亡霊さん”からだな! どうするつもりだ!?』

「分かりません……でも、確かめないと!」

『アレックス含めて他のモビルスーツは出せないらしい! 敵だと俺たち二人でなんとかするしかないぞ!!』

「でもこの感覚……僕は、どこかで……?」

 

 

 記憶を頼りに“感覚”の正体を探る。

 

 

 その時、宇宙が光った。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

〈ラーーーーーーーーーーー…〉

 

 

「畜生! ついにこの日が来てしまった!!」

 

 

 ソロモンの亡霊。

 

 そう呼ばれる存在の正体を、俺は知っていた。

 

 

 ララァ・スンの駆るモビルアーマー“エルメス”

 

 “光る宇宙”の正体はエルメスの操るサイコミュ兵器“ビット”だ。

 

 

 一年戦争において、恐らく一番後年の歴史に影響がある日だ。

 

 ララァ・スンの“死”はシャア・アズナブルの心に深い傷を負わせ、後に『地球寒冷化作戦』を思いつかせる原因となる。

 

 それだけは何としても阻止せねばならない。

 

 この“事件”さえなければ、アムロとシャアが袂を分かつ理由が無くなるのだ。

 

『見えた! 尖がり帽子!!』

「ッ!」

 

 装備の関係で重くなったのを差し引いても“感度”の差でアムロが先に“尖がり帽子”ことエルメスを発見してしまう。

 

 こればかりはどうしようもない。

 

 ならば俺に出来る事は何か?

 

 さっさと戦闘を終わらせ、どうにか穏便にシャアとララァを見逃す。これに尽きる。

 

 

<!>

 

 

「来た!」

 

 

 言葉が走った方向にビーム・ライフルを放つ。

 

 小規模の爆発。

 

 ビットを一基撃破。

 

 

「最初からタネのバレている手品など!!」

 

 

 右肩のミサイルを三発発射する。

 

 狙いはエルメス本体だ。当然、察知しているであろうララァはビットでそれを迎撃。

 

 だが、俺の狙いは最初からビットただ一点。ミサイルを撃ち落とす為に足を止めたビットに立ち続けビームライフルを打ち込み、更に二基ビットを破壊した。

 

 

<!>

 

 ビットとは違う“感覚”が上から一つ。

 

 

「やっと戦場で会えたな! シャア・アズナブル!!」

 

 

 それは“本物”の赤い彗星が乗る、専用カラーのゲルググだった。

 

 

「折角の機会だ! 手合わせ願おうじゃないか!!」

 

 

 ララァが死んだのは、彼女とアムロ、シャアによる三つ巴にセイラさんが紛れ込んだからだ。

 

 ララァを助ける為の手段の一つは……ここで俺がシャア・アズナブルを止める事。

 

 

「チッ! 他の雑魚兵とは明らかに動きが違う!!」

 

 

 ノリス・パッカードとの戦いは、08小隊の面々のお陰で何とか勝てたもの。

 

 ジャブローで戦ったイフリート・ダンは部下であるヨーコの決死の特攻で何とか追い返せたもの。

 

 バーニィとの戦いはそもそも“倒す”のが目的ではなかった。

 

 そして先のソロモンで倒したアナベル・ガトーは、不意討ちのようなもの。

 

 つまり、正面切って単機でエースパイロットと勝負するのは、これが最初だった。

 

 

「なんて皮肉だろうな……!」

 

 

 この宇宙世紀時代に“シャアのそっくりさん”のテリー・オグスター君に憑依する形で転生し、最初にガチンコ勝負するエースパイロットが“本物のシャア”とは!

 

 シャアのゲルググが放つビーム・ライフルを避けながら、ミサイルをばら撒く。

 

 先読みして攻撃している筈だが、赤い彗星は時に敢えて誘う様な動きを見せながら全て回避していた。

 

 

<!>

 

 

「ッ!?」

 

 

 そこに更にビットによる援護射撃。

 

 アムロが何基か撃墜した様だが、まだ残ったのが俺の周りを飛んでいた。

 

 

「アムロと対話しながら俺と戦うシャアの手助けまでするか! 全く、覚醒したニュータイプってのは怖いな!!」

 

 

 ビット目掛けてミサイルを発射する。

 

 今度は撃墜せず、ビットはミサイルを回避。

 

 

「それも読んでいる!」

 

 

 間髪入れず、自分の撃ったミサイルを後ろからビームライフルで貫いた。

 

 爆発に巻き込まれ、ビットが更に一基……いや、二基撃墜!

 

 

「残り二基!! つおっ!?」

 

 

 ミサイルの爆発の中から飛んでくる赤い影。シャアのゲルググがビーム・ナギナタを構えこちらに突っ込んできた。

 

 シールドを投げ、一瞬の油断を突いた所でその場から移動する。それと同時に左手でビームサーベルを引き抜き、回転する様に投擲。

 

 やはり、ビットやファンネルの様な遠隔操作兵器に対する必殺と言えば“コレ”だろう。

 

 

「ビーム・コンヒューズ!!」

 

 

 ビット、全基撃墜。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「あの黒いガンダムもやるものだな……!」

 

 

 ゲルググのコックピットの中でシャア・アズナブルは戦慄していた。

 

 こちらの攻撃を全て回避するだけに留まらず、新型兵器ビットに的確に対処していたのだ。

 

 特に最後の一撃……ビーム・サーベルのIフィールドでビーム・ライフルのビームを拡散させてビットを破壊する行為など“ビットの存在を知っていないと思いつかない対処の仕方”である。

 

 どうやってか事前に調べたか、或いはその場で即興で思いついたかはさておき、目の前のガンダムが“白いガンダム”に匹敵するレベルの強敵である事は容易に想像が出来た。

 

 

「チッ……ララァの援護に行かねばならんというのに!!」

 

 

 黒いガンダムの脚に装備されたミサイルを避けながら、シャアは歯嚙みする。

 

 ライフルにミサイル、そしてサーベルを織り交ぜる多彩な攻撃は実に厄介極まりない。

 

 

「これだけの攻撃を同時にこなすか……あのパイロットはララァと同等のニュータイプだとでも言うのか!?」

 

 

 ビーム・ライフルの偏差で発射。

 

 一発目、回避。

 

 二発目、回避。

 

 三発目、爆発。

 

 

「やったか……!? いや、違う!」

 

 

 当たったのは、ガンダムの肩に装備されていたミサイル・ポッドだった。

 

 直前にパージし“敢えて”破壊させたのだ。

 

 敵の狙いを察知し、すぐさまその場から移動する。

 

 が、一瞬遅かった。ガンダムのビーム・サーベルが肉薄し、ビーム・ライフルを手に持っていた右腕を肩部分から切断されてしまう。

 

 

「まだだ! まだやられんよ!!」

 

 

 背中にマウントしていたシールドを捨て、機動性を確保。

 

 どうせ残った左手にはビーム・ナギナタが握られている。後生大事に抱えても使えなければ意味がない。

 

 

「私とて意地というものは持っているつもりだ!」

 

 

 ビーム・ナギナタを振り回しながら黒いガンダムへと肉薄するシャア。

 

 

 その時だった。

 

 

<!!>

 

 

「なにっ!?」

 

 

 言葉が、走った。

 

 

 シャア・アズナブルは“この時点”ではニュータイプとしての覚醒は果たしていない。

 

 故に、アムロやララァ、テリーの“思念”を感じる事は不可能だった。

 

 

 だが今。

 

 

 このソロモンに、ニュータイプでないシャアがはっきり感じれる程の“悪意”が近づいていたのだ。

 

 

「今のプレッシャーは一体……?」

 

 

 周囲を見渡す。

 

 黒いガンダムもこの“悪意”に気が付いた様で、こちらへの攻撃を止めていた。

 

 

『た、大佐!』

「ララァか!?」

 

 

 それどころか、ララァのエルメスと白いガンダムすら戦闘を中断する始末。

 

 

『アレは……“あの人”はとても危険です!』

「あの人……?」

 

 

 “悪意”をひしひしと感じる場所にカメラを向け、最大望遠。

 

 

「あれは……イフリート・ダン? ……サレナ・ヴァーン少佐なのか?」

 



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第39話【血塗りの花嫁】

「今のプレッシャーも、ニュータイプのものだというのか!?」

 

 

 片腕を失ったゲルググのコックピットの中で、シャア・アズナブルは自分の身体が震えている事に気が付いた。

 

 ララァ・スンを一目見たときから感じていた“温かさ”とは真逆の、ドス黒い“冷たさ”を、イフリート・ダンから……否。サレナ・ヴァーンからはっきりと感じ取っていたのだ。

 

 しかし、シャアには解せない事があった。

 

 彼女はキシリア・ザビの命令で海兵隊であるシーマ・ガラハウの部隊に回収され、月へと送還された筈なのだ。

 

 それが何故、遠く離れたソロモンの海にいるのだろうか?

 

 装備が一新している所からも、一度は海兵隊と合流しているのは間違いない。

 

 ただ、モビルスーツに乗っているならともかく、生身の彼女一人で精強な海兵隊を振り切って脱走してきたというのは考えにくい。

 

 一体、彼女身に何があったというのだろうか?

 

 

「サレナ少佐! 何故君がここに居るのだ!?」

 

<ダーリン……ダーリン! うふ、うふふ。うふふふふふふ……!>

 

 

 しかし、返ってきたのは通信ではなく、彼女の“思念”。

 それもシャアの言葉に対して返答したと言うにはほど遠い反応だった。

 

 

『大佐……彼女は、危険です!』

「しかし、心強い援軍だ」

『今の彼女に個人を認識する理性はありません!』

「なんだと!?」

 

 ララァの言葉にシャアが驚愕した、ほぼ同時だった。

 

 

<女! ダーリンを誑かす女の声! 邪魔だああああああああぁあぁああぁぁぁ!!>

 

 

 どうやらシャアの事を“ダーリン”という人物と誤認したらしいサレナが、一直線にエルメスの方へと突撃する。

 

 ビットを全て失ったエルメスは、“移動する砲台”程度の性能だ。

 

 それにパイロットとして技量の低いララァでは、イフリート・ダンの逆刃ビーム・サーベルを防ぐ事も、回避する事も叶わない。

 

 

<危ない!!>

「ララァ!」

 

 エルメスとイフリート・ダンの間にゲルググを急行させるシャア。

 

 しかし、それより先に動いているものがあった。

 

 白いガンダムだ。

 

 敵である筈の白いガンダムがイフリート・ダンの刃を二本のビーム・サーベルで受け止めたのだ!

 

 

<なんで邪魔するのダーリン!?>

 

 

 どうやら白いガンダムのパイロットの事も“ダーリン”だと勘違いしているらしいサレナの叫ぶような思念が飛び込んでくる。

 

<アムロ!?>

<大丈夫かい、ララァ!?>

「アムロ……? あの時の少年か!」

 

 サイド6で偶然会った二人の少年の事を思い出すシャア。

 

 その内の一人の名前が確か“アムロ”だったはずだ。

 

 

『赤い彗星! どうやらここは、一時休戦したほうが良さそうだぜ……!』

 

 

 今度は“思念”ではない、普通の通信がコックピットに響いた。

 

 この“声”には聞き覚えがある。

 

 サイド6で出会ったもう一人の少年“テリー”とやらの声だった。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

『どうやってこちらの回線に割り込んだ!』

「今はそんな事を言っている場合じゃねぇだろ!」

 

 ソロモンに潜入する際に使用した通信回線を使用した、とは言えないし、その事を説明する時間も無かった。

 

 イフリート・ダンの逆刃ビーム・サーベルは高出力だ。

 

 ガンダムのビーム・サーベルでは鍔迫り合いに勝てないのは“体験済み”である。

 

 

「やめろサレナ・ヴァーン! いつも追いかけてたのは俺だろ!!」

<ダーリン……? そこにもダーリンがいるの!?>

 

 

 俺の“声”に反応したのか“思念”に反応したのかは分からないが、アムロのガンダムに首ったけだったイフリート・ダンのモノアイが、明らかにこちらを捉えていた。

 

 

<いつもの黒いガンダムに乗ってきてくれたのね! 嬉しい!!>

「俺はあんまり嬉しくないけど!!」

〈うふふっ、照れ屋さん♪ ……偽物はどっかいけ!!〉

『うわあぁあぁ!?』

 

 

 アムロのガンダムを蹴り飛ばし、まっすぐこちらに向かってくるイフリート・ダン。

 

 テキサスコロニーで戦った時と違い、イフリート・ダンは見たことのない装備をしていた。

 

 細長い長方形のブースターが腰を覆うように複数。

 

 まるで純白のスカートを穿いた様に見えるその姿は異名に違わぬ“血塗りの花嫁”だった。

 

 

「くそっ!」

 

 

 追加ブースターによる加速は予想以上だった。

 

 重いミサイル・ポッドを背負った現状では振り切れないと判断し、残ったミサイルを全弾撃ち尽くしてからパージ。

 

 数発当たれば御の字、位の気持ちだったが、その期待は外れ全て回避されてしまった。

 

 あの“ウエディング・ブースター”による回るような機動に対しロックオンの出来ないミサイルは相性が最悪だった。ミノフスキー粒子をこれほど厄介に思ったのは初めてかもしれない。

 

 

<情熱的なアプローチね、ダーリン!>

「くそっ! くそぉっ!!」

 

 

 マグネット・コーティングで反応が上がったとはいえ、元々ガンダムとほぼ同じスペックのイフリート・ダンを振り切るのは難しい。

 

 

「こんな事ならクリス中尉からアレックス借りてくるんだった!!」

<また他の女にうつつを抜かして! 私だけ! 私だけ見ていれば良いのよ!!>

 

 

 通信回路は繋がってないはずなのに会話が成立するという事のなんと気味の悪い事か。

 

 それに最初に会った時の“見透かされた感覚”に“ウエディング・ブースター”による変態機動が合わさり、不意討ち気味のビーム・ライフルや頭部バルカンの一撃すら当たってくれない。

 

 

『テリーさん! 援護します!』

「助かる!」

<あははっ! もう一人ダーリンが来たぁ……♡>

 

 

 さっき“偽物”って言って蹴飛ばしたのはどこのどいつだよ、とは思ったが向こうはさほど気にしていないらしい。

 

 グラン博士の言葉によるとイフリート・ダンにはサイコミュシステムとEXAMシステムの両方が積んであるという。

 

 と、いう事は今はそのどちらか……或いは“両方”が暴走した状態なのだろう。

 

 俺とアムロを“ダーリン”とやらと誤認しているのはそのせいかもしれない。

 

 つまり、相手には“正常な判断能力”が欠如しているのは間違いないのだ。

 

 だが、そんな状態にあるにも関わらず、俺とアムロの連携攻撃は悉く回避されていた。

 

 

「背中か頭を狙うんだ!!」

 

 

 まるでランドセルの様に突出した正方形のバックパックにはサイコミュシステムが、頭部にはエグザムシステムが搭載されているとか。

 

 

『僕が抑えます!』

「その手で行こう!!」

 

 

 それは阿吽の呼吸だった。

 

 

『このっ!』

<うふふっ……あははっ♪>

 

 

 アムロのガンダムのビーム・サーベルとイフリート・ダンの逆刃ビーム・サーベルが交差した。

 

 その一瞬で、俺はイフリート・ダンの真下に回り込んだ。

 

これで垂直にブースターを使っても俺のビーム・ライフルは避けられないし、平行に避ければアムロのビーム・サーベルが追撃する。

 

 正に完璧な作戦だった。

 

 

 

 

 

 ……“ウェディング・ブースター”の裏側にあるメガ粒子砲を見つけるまでは。

 

 

 

 

 

「嘘だろ!?」

<覗きなんて大胆ねぇダーリン!!>

 

 

 一斉に発射された光のシャワー。

 

 身を捻りながらの高速旋回で何とか回避!

 

 

「あっぶねーー……!!」

 

 

 ミサイル・ポッドもそうだが、シールド分の重量があっても当たっていたかも知れない。

 

 シャア様々である。

 

 

<溶けちゃえ! 溶けちゃえ! 斬れちゃえ! 削れちゃえッ!!>

 

 

 追撃のメガ粒子砲をばら撒きながらアムロに逆刃ビーム・サーベルを連続で叩き込むイフリート・ダン。

 

 パイロットの技量の差もあって剣戟を全部いなしているアムロは流石と言わざるを得ないが、力でゴリ押ししてくる以上、それもいつまで続くか分からない。

 

 と言うか“ウェディング・ブースター”の一つ一つは上下にしか稼働しないのに、数の暴力でこっちに的確にメガ粒子砲を打ち込んでくる現状もヤバい。

 

 しかも撃つ事に最適化しているらしく、段々回避出来る“間”が無くなってきていると来たら、正しく万事休すだった。

 

 

<手加減なんてしてるからさぁ!!>

「お前がしろ!」

 

 

その時だ。

 

 

 

 

 宇宙に“赤い彗星”が光り輝いた。

 

 

 

 

<アハハハハッ! ウフフごばッ!?>

 

 

 “赤い彗星”は一直線に“血塗りの花嫁”の元へ飛来。

 

 無防備だった横腹から、容赦なく飛び蹴りを決めたのだ!

 

 

「なにっ!?」

『シャアか!』

『私も一介の軍人である前に一人の男だ。ララァを助けてもらった礼くらいはしてやらんとな!』

<まぁ嬉しい! 赤いダーリンも来てくれたのね!>

 

 

 節操のない女め、と思ったがその言葉が口に出ることはなかった。

 

 その前に、二本の光の線が戦場を横切ったからだ。

 

 光の正体は、ララァの乗るエルメスのメガ粒子砲だった。

 

 

『あの子はマシンに呑み込まれています……! 解放してあげないと!』

『今の私でも“感じる”事が出来る……あの邪気は危険なものだ!』

「手を貸してくれるのか!?」

 

 

 俺の言葉に応える様に、エルメスがアムロの後ろに、片腕の赤いゲルググが俺の横に並んだ。

 

 何という事だ。ララァとの戦いを何とか止めようとは思っていたが、共闘するというのは流石に予想外過ぎて思考が追い付かない。

 

 とまれ、これなら「負ける気がしない」というものだ。

 

 

「サレナ・ヴァーン! お前との因縁……今日で終わらせてやる!!」

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 

『まさか、またコイツに乗る事になるとはな!』

「仕方ないでしょヒータ。ジムはさっきの戦いで壊れちゃったんだから」

 

 

 アムロ・レイとテリー・オグスターがシャア・アズナブルとララァ・スンとの共闘を開始し始めた頃、フォリコーンとホワイトベースから発進する三機の戦闘機があった。

 

 ヒータとミドリがそれぞれ乗るセイバー・フィッシュと、セイラのコア・ブースターだ。

 

 

『すいません。お二人にお付き合いして頂く形になってしまって……』

「気にしないで下さいセイラさん。嫌な予感がするのは、私も一緒です」

『ミドリのはニュータイプなのか心配性なのかよくわかんねぇからな……っと、見えたぞ! ん? おい、ありゃどういう事だ!?』

 

 

 “不思議な共闘”に最初に気が付いたのはヒータだった。

 

 

『兄さん!』

「赤い彗星がテリー君達と協力してる……? ッ!」

『あぁっ!』

『どうした! 何かあったのか!?』

 

 

 もう互いに射程距離に入ったという所で、ミドリの身体を強烈なプレッシャーが襲っていた。

 

 “あの時”と同じ……否、それ以上の怨念を感じていた身体は、寒気と吐き気を同時に催す。

 

 

『でも、何かしら……悲しみや愛情も感じる……一体、どういう事なの……?』

 

 

 同じくニュータイプとして“怨念”を感じていたらしいセイラはしかし、その奥の不可解な“感情”に気が付いていた様だが、ミドリの方はそこまでの余裕はない。

 

 それは明らかに、戦場の“場数”の差であった。

 

 

『セイラさん!』

『アルテイシアか!?』

『ヒータ! ミドリ!!』

『テリー! セイラとミドリが変な事口走り始めやがった!』

『サレナ・ヴァーンの影響だ! 二人を近付けるな!!』

『戦闘機でどうやって足止めしろってんだ!!』

「……!」

 

 

 ミドリにはもはや、何とか理性を保って機体を水平にするのが精一杯だった。

 

 

<また女! 他の女!! 邪魔だ消えろ!!>

 

 

 そして、敵はそんなミドリを見逃してはくれなかった。

 

 

 光が、光の雨が、彼女の視界を覆った。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

<アハハ! ダーリンの仇! 隊長とジョージは殺す! あぁ、愛しの隊長……お慕い申しておりましたダーリン! だから死ね! なんで私だけ……死ね! 死ね! 死ね!!>

 

 

 明らかに様子のおかしかったサレナ・ヴァーンが、遂に“壊れた”。

 

 “ウエディング・ブースター”を機体に対して垂直に展開し、周りながらメガ粒子砲を周囲にまき散らし始めたのだ。

 

 

「くそっ、ローリングバスターライフルかよぉ!!」

 

 

 しかし間隔自体は広く回避は容易だった。恐らくターゲットが“多すぎる”からだろう。

 

 

「これだけバカスカ撃ちゃ、すぐにエネルギーが切れて……ッ!」

 

 

<!>

 

 

 言葉が走った。

 

 サレナ・ヴァーンのノイズの様な思念ではない。

 

 その意味を、俺はすぐに察した。

 

 

「ミドリ!」

 

 

 アイツは最初にイフリート・ダンに出会った時、サレナ・ヴァーンの“プレッシャー”で戦闘不能に陥っていた。

 

 今回も“それ”を患っていたらしいミドリのセイバー・フィッシュの覚束ない軌道では、イフリート・ダンの攻撃全てを回避するのは不可能だった。

 

 メガ粒子砲の一発が、後部に直撃する。

 

 

「ミドリ!!」

 

 

 そして、爆発。

 

 

「ミドリ! ミドリ!!」

『おいミドリしっかりしろ! まだオレはお前に勝ててないんだぞ! 勝手に死ぬな!!』

 

 コックピット部分だけは直前に折れて誘爆から逃れる事に成功した様だが、俺以外の通信にも応える様子はない。

 

 冗談じゃない。俺はもうこれ以上、仲間を失うのはたくさんだ!!

 

 

「サレナ・ヴァァァァァァァァァァァン!!」

<ダーアリイイイイイイイイイイイイン!!>

 

 

 更に激しく回転しながらメガ粒子砲をばら撒くイフリート・ダン。

 

 

『これじゃ近づけないわ!』

『セイラさん! ヒータさん! 僕のガンダムの後ろに!!』

 

 

 一発二発は当たる覚悟で突撃する。

 

 しかし後退しながら、というより舞う様に移動するイフリート・ダンには一向に近付けない。

 

 

「くそっ! 一瞬……一瞬だけでも隙があれば……!」

『では一瞬だけその隙を作る! ララァ!!』

『はい、大佐!』

 

 

 俺の叫びに応じる声があった。

 

 そしてその直後、俺のガンダムとイフリート・ダンを対角線上に挟んだ位置にいたシャアの赤いゲルググが動いた。

 

 ビーム・ナギナタをブーメランの様に回転させながら投擲したのだ。

 

 そんなもので隙が生まれる筈がない。そう思った直後だった。

 

 その投げたビーム・ナギナタの方に、エルメスのメガ粒子砲が撃ち込まれた。

 

 

「まさか……!」

 

 

 ビーム・ナギナタのIフィールドに当たったメガ粒子砲が拡散し、周囲に拡散する。

 

 

「ビーム・コンヒューズ!?」

 

 

 あの技は元々“Zの世界”を知っている俺が予めビーム・ライフルの出力設定を計算して用意していたものだ。当然、そのまま撃てばビーム・ナギナタを消し飛ばすだけで終わる筈。

 

 その筈なのに、あの二人はこの短い戦闘中にその計算を完了させ、あまつさえ実演してしまったのだ。

 

畜生……アレが“本物のニュータイプ”って事かよ!

 

 

<あああぁっ!!>

 

 

 そして、拡散したメガ粒子は見事にイフリート・ダンのバックパックに降り注ぎ、小規模の爆発を起こした。

 

 宣言通り、シャア達が“隙”を作ってくれた。

 

 

<あ、ああ……仇……殺さないと……>

 

 

 バックパックに積んでいたサイコミュシステムがダメージを負った事によって、暴走状態から解除されたイフリート・ダンが機体を痙攣させながらモノアイをこちらに向けてきた。

 

 前回の様に逃げ出す様子はない。

 

 最も、もう逃がしてやるつもりはない。

 

 

<あぁ……隊長……やっと、お傍に……!>

 

 

 

 

 

 

 

「死ね」

 

 

 

 

 

 

 零距離から放たれたビーム・ライフルが、イフリート・ダンのコックピットを貫いた……。

 



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第40話【決着、そして…】

『アムロ君、エルメスを破壊してほしい』

「え?」

 

 

 サレナ・ヴァーンとの戦闘が終わり静かになったソロモンの海で、シャアはアムロにそう話し掛けた。

 

 

「ララァを戦場に立たせた貴方が、一体どういう……?」

『“あんなもの”を見せられてしまってはな。しかし、このまま帰ればまた戦場に駆り出される……。ララァはここで“戦死した”事にして、身を隠させる』

『兄さんは……兄さんはどうするの!?』

 

 

 会話に割り込んできたのは、コア・ブースターに乗ったセイラだった。

 

 そしてアムロは初めて彼女がシャアを“兄”と呼んでいる事を知る。

 

 

「お兄さん……シャアが?」

『アルテイシア、お前はまだ軍に……いや、最早止めはしない。だが、どうせ軍から抜けないのなら、共に来て欲しい。アムロ君もだ』

「僕も……?」

 

 

 それは意外な誘いだった。

 

 仮面の下の“真意”を見出せなかったアムロは困惑する。

 

 

『君達だけではない、テリー君もだ。この戦場で敵味方にニュータイプが集まり、こうして心穏やかに会話出来ているのは何かの“奇跡”だろう。私はこの好機を無駄にしたくはないのだよ』

「僕は……」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 宇宙に放り出されたミドリは、幸いにもノーマルスーツに負傷なく、怪我も軽微だった。

 

 最初にコックピット部分だけが吹き飛ばされてエンジンの爆発に巻き込まれなかったのが幸いしたらしい。

 

 

「ミドリ! おい、ミドリ!!」

「返事しろ、この馬鹿野郎!」

 

 

 無事にガンダムのコックピットに運び込み、ヘルメットを脱がす。

 

 微かに息は聞こえる。

 

 しかし、彼女の意識はまだ戻らない。

 

 セイバー・フィッシュから乗り込んできたヒータと二人で身体を揺すったり、声を掛けてみるが、反応は無かった。

 

 その時だった。

 

 後方で、爆発があった。

 

 

「まさか赤い彗星の奴が仕掛けて……!?」

「いや、様子が変だ……ッ!」

 

 

 その光景を見て、俺は戦慄した。

 

 アムロのガンダムのビーム・サーベルがエルメスのコックピットを貫いていたのだ。

 

 

「まさか……まさか、そんな!」

 

 

 “歴史”を変えられなかった?

 

 ここでララァが死ねば、シャア・アズナブルがネオ・ジオンを率いてアクシズを落とす計画を画策してしまう。

 

 それ自体はアムロが止めるだろうし、無論そうなった場合俺も止めるつもりだが、もし宇宙世紀を“正史”より良くする為にはアムロとシャアの和解は必須条件と言っても過言ではない。

 

 どうする?

 

 今打てる最善の“手”とは、何だ……?

 

 

「どうしたら戦争は無くなるんだ……?」

「テリー……」

 

 

 ソロモン……コンペイ島に目を向けて、俺は考えた。

 

 あそこには、レビル将軍以下連邦軍の宇宙艦隊が集結しており、今にもジオン最後の要塞であるア・バオア・クーへの進撃の為に……。

 

 

「……いや、待てよ」

「どうした、テリー?」

「何とかなるかもしれない」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「う…ん……?」

 

 

 ミドリが意識を取り戻しうっすら目を開けると、そこはセイバー・フィッシュではなく、ガンダムのコックピットだった。

 

 

「傷は無さそうか?」

「軽く触ってみた感じ、大丈夫そうだ」

 

 

 どうやらシートに座ったテリーの膝上に寝かされているらしく、いつの間にか同乗しているヒータが自分の身体の怪我の具合を調べているらしいと察したミドリ。

 

 テリーが触診していたら間違いなく殴り飛ばしていたが、その辺はちゃんとTPOを弁えてくれているらしい。

 

 最も、“昔”も今も彼に対して一度と恋愛感情を抱いた事のないミドリにとってはどんな状況でも身体を触られたら拒絶する自信があったのだが。

 

 

「でも、意識はまだ戻らねぇみたいだな……」

「心配だな。早く戻ろう」

 

 

 しかし恋愛対象と見てないとは言え、心配されると言うのは悪い気はしない。

 

 ここはフォリコーンに戻るまで静観しておこう、そう思った時だ。

 

 

「うん?」

「どうした、テリー?」

「いや……いや、ミドリから“思念”が聞こえた様な……」

「ごほっ! げほっ!!」

 

 

 思わず咳き込んで誤魔化した。絶対起きてるのバレるタイプの誤魔化し方に冷や汗をかき始めるミドリだが。

 

 

「だ、大丈夫かよミドリ!?」

「汗も出てきた……きっと呼吸困難に陥ってるんだ!!」

 

 

 二人してパニックを起こしている様子。いや普通気が付けよとミドリが心の中でツッコむ。

 

 

「やっぱりミドリから“思念”が……」

 

 

 うわニュータイプ超めんどくせぇ。

 

 学生時代自分が避けられていた理由を今頃になって心底理解してしまうミドリ。

 

 こりゃ堪らないわね……と、考えるのを必死に我慢した。

 

 

「どっどどどどどうすんだよテリー! このままだとミドリが!!」

「おちっ、おちつけヒータ! こう言う時……こう言う時は……」

「「人工呼吸!!」」

「は?」

「ん?」

「げほげほっ! ごえっほ!!」

 

 

 流石に露骨過ぎたかもしれない。

 

 しかしてんやわんやする二人を静かに見守るつもりが、二人して変な所で意見が一致するのを見て、頬が緩みそうになるのを必死に抑える。

 

 丁度良いタイミングなので、どっちかが唇を近付けてきたら目を開いてビックリする算段を立てたミドリは己の心を必死に沈ませ、テリーに起きているのを悟られない様にした。

 

 勇んで出撃して為す術なく叩き落とされたのはショックだが、こんな面白いショーを間近で見れる機会を台無しにするほど、ミドリは真面目ではなかったのだ!

 

「じゃ、じゃあテリーがやれよ……じ、人工呼吸……!」

「お、俺が!? いやいやいやいや問題あるだろ」

「じゃあ何か!? お前はオレが他の女とキ……キスするの黙って見れるのかよ!!」

「普通逆だよなそれ言うの!?」

 

 

 どんな神経をしていたら怪我人の真上で夫婦漫才を始められるのか、これがわからない。

 

 

「ど、どどどどうせ俺はガンダム操縦してて動けないんだから、無理やり乗り込んできたヒータがししし仕事しろ!」

「おまえ……そんなっ……破廉恥な事を堂々と!」

 

 

 お互い異性を知らない身でもない癖に何をいまさら躊躇う必要があるのか?

 

 テリー・オグスターがマナ・レナに片想いをしていたのは学生時代から周知の事実である。

 

 そして、そのテリーに学生時代からヒータが片想いしていたのを周知の事実。

 

 最近マナの目がテリーに向き出して修羅場になっているのを、フォリコーンの女性乗組員はみんな知っていた。主にコダマ・オーム(口の軽い通信官)女医先生(面白い事大好きお姉さん)が原因である。

 

 そして、その修羅場にいるのは渦中にいる三人である。

 

 燈台下暗しとは言うが、些か盲目が過ぎると思わなくもないが、自分の命を預ける戦艦が“痴情のもつれ”で沈むのは勘弁願いたいので、事態をややこしくするのだけは御法度だった。

 

 それにしても、ミドリには解せない事があった。

 

 学生時代のテリーは、むしろヒータの事を「苦手」とすら言っていた。

 

 それが今は、親友の様に仲良く、恋人の様に密接な関係に落ちている。

 

 他の女性クルーは「だがそれがいい」と全肯定して盛り上がっているが、やはり違和感は拭えなかった。

 

 戦争という極限状態で趣味嗜好が変った、と言えば有り得そうな話だが、それでは説明できない“何か”を最初から感じ取っていたミドリは、そうしてもそれが気になって仕方がなかったのだ。

 

 

「よ、よし分かった落ち着け! こ、こうしよう……さ、先にオレとテリーがキスしてから、ミ、ミミミミドリにキスする……!!」

 

 

 そんなミドリの秘かな“疑問”を余所に遂に自分を“口実”に接吻を要求し始める同僚。

 

 見た目に反して脳細胞の片隅まで乙女思考のヒータを横にして、ミドリは遂に考えるのを止めた。

 

 

「どうせイチャイチャするなら外でやってくださいよ!! ただでさえこっち窮屈な思いしてるのに!!」

「ぎゃあああぁ! ミドリ起きてたのか!?」

「やっぱり! さっきからずっとそんな気がしてたけどやっぱり!!」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「だ、大丈夫ですか……?」

「?」

 

 赤くなった頬をさすりながら格納庫で黄昏ていると、グラン博士が心配そうな声で俺に話しかけてきた。

 

 俺は意外と元気だったと“感じた”ミドリとヒータをからかう為に一芝居打った訳だが、看破されてそれはもう罵詈雑言の嵐を受けた。

 

 理不尽である。

 

 更にフォリコーンへ着艦するや否や、心配そうな表情で駆け付けたマナにコックピットの中の惨状を勘違いされ、顔面に一発キツイパンチを食らった。

 

 理不尽である。

 

 しかし、俺は満足だった。

 

 俺が守るべき“日常”。

 

 本来あるべき“平和”。

 

 それを“最後”に実感することが出来たからだ。

 

 ……罵られたり殴られた事に興奮した、というのではない。決して、多分。

 

 

「……グラン博士。頼まれたものは出来たか?」

「え、えぇ……カ、カミカゼのブースターとプロペラントタンクの、ぞ、増量ですよね? あ、あと数時間……コ、コンペイ島を出発するまでには完了するかと……」

「そうか」

「そ、それにしても、こ、これは些か過剰の様にも思えます……。つ、月の裏側へ日帰り旅行にでも行くつもりなのですか……?」

「それよりも危険だ。……グラン博士。もし知っているなら教えて欲しい」

「な、何を……?」

「ジオンの切り札……“コロニーレーザー”についてだ」

 



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『MEN OF DESTINY』

 

U.C.103

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 初めて、センセイの話を途中で区切ってしまう。

 

 それほどまでに違和感を顕著に思える言動を“彼”がしていた事を知ってしまったからだ。

 

「どうした?」

「彼は……テリー・オグスターは当時連邦の一軍人ですよね? それが何故、コロニーレーザーの存在を……?」

「それに関しては、わからん」

 

 

 センセイは、はっきりとそう言った。

 

 

「そもそも、彼の言動はたまに常軌を逸脱していた。所属する第13独立部隊の艦長達でも全く知らされていなかったサイド6のNT-1アレックスと核攻撃への迅速な対応の提案。宇宙要塞ソロモンへの“着ぐるみ侵入作戦”。特に後者は赤い彗星が……“本物”のシャア・アズナブルがソロモンに居ないと“確信”していなければ思い付いても実行に移そうなどと思わないはずだ。それを」

「やり遂げた、と」

「うむ」

 

 

 センセイの言葉に驚愕し、絶句してしまう。

 

 所以は分からぬが、テリー・オグスターは“未来”を知っていたのだ。

 

 

「馬鹿な話だと思うかもしれないが、テリー・オグスターは“悲劇”を回避したかったのかもしれない」

「悲劇を回避……? 地球にアクシズを落とした、あの男がですか!?」

 

 

 地球を人の住めない“白い惑星”に変えた男。

 

 作物は勿論、当時地球に居た生命体の三割を一瞬で死に至らしめ、その後の“核の冬”で更に多くの人命を奪った男。

 

 そんな男が、未来を“知っていた”上でアクシズを落としたと?

 

 笑えない冗談にも程があった。

 

 

「……皆がそう思うだろうから、この話を十年以上誰にも言わなかったのだ」

「あ……」

 

 

 しかし“真実”を知るというセンセイの目は、あくまでの誠実だった。

 

 そして自分はその“真実”を知る為にやってきた、というのを改めて思い出す。

 

 

「申し訳ございません、センセイ。折角の貴重なお話を遮る様な事を……」

「構わんさ。我々は“本当の未来”を知っているからそう言える。彼が“未来”を知っていた云々はさておき“今の未来”を知らなかったのは当然だろう。……知っていれば、あの“白い惑星”を自らの手で誕生させた等と分かっていれば、私ならすぐに自害してしまうかもしれない……」

「……」

 

 

 しばしの沈黙が続く。

 

 時計の針は既に、21時を過ぎていた。

 

 

「さて、話も大詰めだ。“テリー・オグスターの一年戦争”を締め括ろうじゃないか」

「こんなに長くなるとは、思いませんでしたがね」

「一日で語りきれる程の人生を送っていた訳じゃないさ」

 




あとがき。

 こんにちは、一条和馬です。


 遂にソロモン篇が完結致しましたね。


 更に転生系の華とも言うべき『歴史改変』を今回本格的に行いました。


 それが『0083』組の『シーマ・ガラハウの離反』と『アナベル・ガトーの敗北』です。不死身の第四小隊は出したかったから出しました。


 個人的に0083は宇宙世紀OVAで一番好きなので早く出したかったと言うのもありますが、後のデラーズ紛争どうなるのか自分でも心配です。


何を隠そう、一年戦争篇以降はまだ曖昧にしかお話を組んでおりません(滝汗)




 それはさておき、ララァ・スンの死亡フラグを見事に叩き折り、また序盤からずっと付き纏われていたオリジナルキャラ、『サレナ・ヴァーン』との決着も着きました。


 もう登場しないので裏話をぶち込みますが、彼女は開始当初には影も形もなく、また、一年戦争篇も『ルナツー出発』~『チェンバロ作戦』まですっ飛ばす予定でした。


 一年戦争篇は所謂『プロローグ』なので特別視していなかったのですが、気が付けば随分長い序章になってしまいました。


 とまれ08小隊に臨時入隊出来たのも、ジャブロー篇が出来たのも、アレックスに乗ってバーニィのザクと殴り合い出来たのも全て彼女のお陰だという事です。


 さて、後はア・バオア・クーで大暴れして終わり……なのですが。


 この作品を最初からご覧になっている皆様は当然ご存知と思われますが、この作品は「ガンダム世界に転生したからご都合主義で暴れ回ってハッピーエンドにしてやるぜ!」ではなく「ガンダム世界に転生したらかハッピーエンドにしようとしたけど紆余曲折あってアクシズ落としたぜ!!」な作品です。毎回落下阻止されるアクシズ君の気持ちにもなってあげて!


 ……困った事に想定より“良い奴”になってしまったのでこのままではアクシズ落とさないで終わりかねないのですが、ちゃんと落とさせるのでご安心(?)下さい。


 それでは次回の第一章終幕のあとがきで、また会いましょう。


 君は生き残ることが出来るか!


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第一章終幕~一年戦争終結篇~
第41話【告白】


 

 

「テリーくん。今、大丈夫?」

 

 

 何もない自室の壁を呆然と眺めていると、来客を知らせるベルと共にマナの声が聞こえた。

 

 

「おう。どうした?」

「さっきの事、謝ろうと思って……」

 

 

 そう言ったマナの表情は暗い。

 

 

「さっきの?」

「その……いきなり顔を殴った事……」

「あぁ。……ありゃ、良いパンチだった」

「もうっ」

 

 

 本当に怒っていないので冗談めかして言うと、マナの表情が明るくなった。

 

 やっぱり美少女には笑顔が一番似合う。

 

 

「……入っても、いい?」

「ん? いいけど……」

 

 そう言えば、誰かを自室に招く、というのは初めてだった。

 

 専ら食堂か、格納庫でプライベートな時間を過ごしていたので、自室は完全に“着替えとベッドがあるだけの場所”になっていた。

 

 “元の俺”で考えるとガンプラやテレビゲームに漫画をしこたま買い貯めて完全なプライベート空間を作るだろうが、ここは戦艦の……戦場のど真ん中だ。

 

 当然、そう言った“嗜好品”を集めるのは困難だし(そもそもガンプラがない)ガンダムのコックピットから出てきてからコントローラーを手にテレビ画面を見つめる生活など今更考えられなかった。

 

 

「何も、ないね……」

「制服と下着くらいしかないな」

 

 

 ベッド脇にちょこんと座ったマナが、片手でシーツを軽く叩いた。

 

 「横に座れ」と言っているのだろうか?

 

 いや、ここ俺の部屋なんだが……。

 

 

「……」

 

 

 無言で威圧してくる艦長に俺は負けて、渋々ベッド脇へと移動。

 

 流石に密着は恥ずかしいので、一人分開けて着席した。

 

 

「……テリーくん、士官学校時代は本の虫だったのに、人は変わるんだね」

 

 

 ポスターの一枚も貼っていもない壁を見ながら、マナはそう呟いた。

 

 一方の俺は、内心ヒヤヒヤである。

 

 今更「ところで貴方は誰ですか???」なんて言われたら、どう答えたらいいか分かったものではない。

 

 

「この世の本は粗方読みつくしたからな」

 

 

 なので嘘を付く事にした。

 

 大事の前の小事に構ってはいられない。というが、“蟻一匹の穴から巨大なダムが崩壊する”とケロロ軍曹で学んだ俺はその辺もしっかり考えているのであります。

 

 

「そうなんだ……。ふふっ、学生時代の“世界中の本を全部読むんだ”って言ってたテリーくんの夢、もうとっくに叶っていたんだね」

 

 

 え、そんな夢があったんだテリー・オグスター君。

 

 ごめん、適当に言った。

 

 

「えっと……」

 

 

 流石にこれは弁解するべきか。

 

 やっぱり彼女にはちゃんと“本当の事”を話すべきか。

 

 そんな思考が頭を過った時だ。

 

 

「マナ……?」

「テリーくん……」

 

 

 マナの方から距離を詰め、寄り添ってきたのだ。

 

 

「ごめんねテリーくん。私、また失礼な事言っちゃった……」

「は?」

「戦場じゃいつ死ぬか分からないんだから、部屋が殺風景なのは仕方ないよね……」

「…………」

 

 

 あー、そう捉えてしまいましたか。

 

 いやまぁ、間違えてないからなんとも言えないんだが。

 

 

「テリーくんはいつも私達を守る為に頑張ってるのに……私、やっぱり駄目だね……」

「マナ……それは前にも言ったが、君は」

「分かってるよ。今日は、そう言うのじゃないの」

「え?」

 

 

 また弱気になったのかなと思ったのだが、そうではないらしい。

 

 俺の腰に両手を回し、更に身体を密着させてきたマナが続ける。

 

 

「私ね、テリーくんが好き」

「おっ、おぅ!?」

 

 

 以前「男なら私を惚れさせてみなさい」と言われ、それ以降特別な事は何もしていなかった筈なのだが、どうやら彼女の心を掴んでいたらしい。

 

 

 

 これが所謂「俺、また何かやっちゃいました?」だろうか?

 

 

 

 

「ジャブローからずっと戦いばかりで気が付かなかったけど、私が食事の時は一緒に横にいて、一緒に笑いながらご飯を食べてくれていた……。それこそ、学生時代の時みたいに。私が“先輩”とどうやって仲良くなるか、どうしたら告白できるかなんて叶いもしない夢を必死に追いかけている時みたいに、テリーくんは変わらず私を、静かに支えてくれていたんだよね……」

 

 

 そうだったのか。

 

 お人好しが過ぎないかテリーくん。

 

 ……いやでも、それと“同じ”という事は、俺も相当お人好しという訳か。

 

 

「当たり前だろ。友達なんだから……」

「友達じゃ、ダメなの!!」

「うっ」

 

 

 いきなり叫んだマナが、俺をベッドに押し倒す。

 

 ともすれば十代前半とも見られかねない幼い身体に不釣り合いな大きな乳房だけが密着し、顔には彼女の熱い吐息が当たった。

 

 

「私ね……今までの関係が好きなの。確かにお仕事は辛いけど、こうやってテリーくんが隣で笑ってくれて、どんな時も一緒にいてくれる。そんな関係が。……でも、学生時代からずっとテリーくんの事が好きだって分かっていたヒータともパイロット同士っていう共通の話題で急接近してるし、ミドリとも最近イイ感じになってきちゃってるし……その、えっと……はっきり言うと私、他の女にテリーくんを取られたくないの」

「それって……!」

「酷いよね……再会した時まで先輩先輩って言ってた私が急に乗り換えなんてして」

 

 

 覆いかぶさった小さな身体を抱きしめると、小さく震えているのが分かった。

 

 

「本当は戦争が終わってからって思ってたんだけど、ガンダムのコックピットから三人で出てきたのを見た時からずっと私、モヤモヤして……」

「マナ……」

 

 

 そこでようやく“殴られた意味”を初めて知った俺は、言葉も出なかった。

 

 “前世”で女性に全く縁の無かった俺が出来るのは精々“男友達と一緒の時の様に振舞う”くらいだったのだが、それが彼女にとって大きな心の支えとなっていたと言うのだ。

 

 

「だからねテリーくん……私と、結婚して?」

「ええぇぇ!?」

 

 

 良い感じの雰囲気をぶち壊す勢いで素っ頓狂な声を挙げてしまう俺。

 

 大丈夫なんですか我々まだ16歳。今年で17ですよ?

 

 それとも男女共に「16歳から結婚OK!」なんですか宇宙世紀。

 

 未来に生きてるなぁ。

 

 あ、未来だったわ一応。

 

 

「……勿論、法的にダメなのは分かってるよ? だからコレは……予約。他の女がテリーくんを奪われない様に。私が他の男に目移りしない様に……!」

 

 

 あ、やっぱり駄目なんですね。

 

 でも女でなくとも“禁断の恋”とか言われると、その、非常に興奮する訳で……。

 

 

「……あら?」

「……申し訳ない。折角いい雰囲気だったのに」

「……良いよ。コンゼンコウショウってヤツ。私もキセイジジツ、作りに来たんだし」

 

 

 そう言うと、マナは俺の上を這いながら進み、照明を消した。

 

 時計を見る。

 

 

 

 “約束の時間”まで、あと2時間……。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 

……くそっ。また負けたのかオレは……!

 

 くそっ……くそっ!!

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「フラれましたね、大佐」

「“帰るべき場所がある”か。……アムロ君は私なんかより、立派な戦士として成長していたのかもしれんな」

 

 

 エルメスの破壊工作の後、シャアとララァが乗ったゲルググはソロモン近海で負傷兵の回収を行っていたジオンの病院船、ザンジバル級機動巡洋艦“ケルゲレン”に着艦し、補給を受けていた。

 

 最も片腕のゲルググでは戦闘継続は難しいと判断された為、所属であるキシリア艦隊と合流する程度の燃料を与えられただけだったのだが。

 

 このまま直帰すれば、またララァが戦場に立たされていた事を考えると、この場所にこの艦がいたのは正に“僥倖”と言えた。

 

「ララァ、君はこの船に残れ。病院船であれば連邦も手出しはしないだろう」

「しかし、大佐を置いて一人で生き延びるなんて……!」

「私は死にに行く訳ではないさ、ララァ。……君という“生きる目的”が出来た」

「えっ?」

 

 

 困惑する表情のララァを前に、シャアは仮面とマスクを外した。

 

 澄んだ蒼い瞳で、褐色の肌の少女を見つめる。

 

 

「私はこれまで……サイド3を追われた“あの日”からずっと、殺された父や、監禁されていた母の敵討ちの為に生きてきた。部下も、仲間も全て踏み台にし、ただ目的の為に戦ってきた。……君も、その“踏み台”の一つに過ぎなかったのだ……!」

「えぇ。知っていますよ大佐……。でも、私は、それを受け入れた」

「だが、私はサレナ・ヴァーン少佐を……もう一人の“仮面”を見て、思ったのだ。“大事な人を失った人間が己を捨てた時、他人からどの様な姿に見えるのか”……それを考えた時、君の顔が浮かんだ」

 

 

 それは、仮面で己を偽ってきた男の、本心だった。

 

 「復讐に虚しさを感じた」とキシリアに言った時とは全く違う感情。

 

 彼は“もう一人の仮面”と出会い、そして奇しくも戦った事により“他人から見た自分”を知り、同時に“復讐という人生の中で見つけた、それ以上に大切な者”の存在に気が付くことが出来たのだ。

 

 それは本来“失ってから気が付くモノ”だった。

 

 

「ララァ。私の母になって欲しい」

 

 

 他人が聞けば、赤い彗星の性癖を勘違いしそうな一言。

 

 

「……その言葉を、どれだけ待ち焦がれた事でしょう……!」

 

 

 だがララァは、涙ぐんだ笑顔で彼に応えた。

 

 ニュータイプとして人の“心”が読める彼女にとって、しかし言葉に、行動にはっきり示してくれる事を喜ばない道理は無かったのだ。

 

 

「良かった。実はアムロ君に取られないかと心配していてね」

「まぁ、大佐ったら! 彼とはまだ知り合ったばかりですよ? 仲良くなるのはこれからです。大佐とも、きっと……」

「そうだな」

 

 

 短い抱擁の後、シャアは再び仮面とマスクを装着した。

 

 “復讐より大事なモノ”は見つけたが、彼の“復讐”が終わった訳ではない。

 

 

「本当に行かれるのですか、大佐?」

「これまで“ゴール”だった場所が“通過点”になっただけに過ぎん。私の……“私達”の人生を歩む為にも、避けては通れない道だ。また、血塗られてしまうが……」

「それが大佐の選んだ道で、その道だから私達は会えたんですよ……。私は待ちます。初めて会った“あの場所”で……」

「ララァはロマンチストだな。約束しよう、私達二人しか知らない“始まりの地”で、また、始め直そう……!」

 

 

 



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最終話【最初の過ち】

 

「待て、テリー」

「バーニィ……」

 

 フォリコーンの右舷デッキ手前の廊下で、俺はバーニィに呼び止められた。

 

 俺のプロトタイプガンダム“SFC”とバーニィのジム・コマンド:ザク・カスタムに、場所を取るSFSカミカゼが格納された、“女の園”だったフォリコーンで唯一“男臭い空間”。

 

 そして戦闘前という今が唯一“男しかいない空間”でもあった。

 

 

「一人で戦いに行くなんて、無茶にも程がある」

「お前と一緒だ」

「一緒な訳あるか馬鹿野郎!」

 

 

 ノーマルスーツの胸倉を掴み、バーニィが俺を壁へと押し付ける。

 

 その表情は、怒りに満ちていた。

 

 

「一度は同じ事をして、助けられた手前言えた義理じゃないのは分かってる……だが、“一度は同じ事をしようとした”俺だから言ってやる! お前のはただの自殺だ! たった一人で戦争を終わらせられると思うなよ!!」

「終わらせられるんだよ! 少なくとも、その方法は確実にある!!」

「それは何だ! 言ってみろ!! 爆弾抱えて敵の総大将に挨拶しに行くのが“戦争を終わらせる方法”だってのか!?」

「それは……!」

「お得意の“先人に倣う”か! これまで歴史の教科書をなぞって“たまたま”成功したいたかも知れないが、実際の歴史はもっと複雑で、人間一人ではどうしようもないものなんだよ!! 俺はアルやクリス……そしてお前と関わって、こうして生きて居られてるって実感してるんだ。これが本当の“歴史”なんだよテリー! お前が教えてくれたんだぞ!!」

「ぐっ……!」

 

 

 そんな言い方をされると、反論できないじゃないか。

 

 だが、俺には“時間”がなかった。

 

 今すぐにでもア・バオア・クーにあるコロニーレーザー“ソーラ・レイ”を止めなければいけないのだ。

 

 “ララァ・スンの救出”という後の歴史を大きく揺るがすことの出来るフラグを折ってしまった以上“レビル将軍とデギン公王が生き残り、停戦条約を結ぶ”という選択肢に託す他なかった。

 

 このカードを選ばなければ、確実に“明るい未来”はない。

 

 

「男には命を賭けるべき場所があるっていうのは、お前の言葉だぞ、バーニィ!」

「なんでそれを…! さてはクリスから聞いたな!?」

 

 

 本当は「アニメで見た」と言ってやりたいが、そこだけは何とか抑える事に成功した。

 

 仮に言ったって、この状況じゃ信じてはもらえまい。

 

 

「何を言われたって、俺は行くぞ!」

 

 

 この際嫌われたって構わない。

 

 バーニィを押し返し、拳を構えた。

 

 

「そっちがその気なら……!」

 

 

 しかし、バーニィの反応も早かった。

 

 

「ぐっ!」「がはっ!」

 

 

 互いの拳が交差し、互いの顔面にぶつかった。

 

 

「……へっ。モビルスーツじゃお前に敵わないかもしれないが、生身だとどうかな!?」

「新兵上がりが調子に乗るなよ!」

「言ったなエリート気取りのガキめ! 大人の戦いってやつを教えてやる!!」

 

 

 また、バーニィとの殴り合いが始まった。

 

 しかしサイド6の時と違うのは、こっちも本気で殴りにいっていた事だった。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「バ、バーニィさん!? 一体何が……!」

「アムロか……げほっ。すまん……止められなかった……!」

 

 アムロ・レイやフォリコーンのクルー達が右舷デッキの“異常”に気が付いて駆け付けた時、最初に目に入ったのは格納庫前の廊下で倒れているバーナード・ワイズマンだった。

 

 

「ってぇ……。アホテリーめ、こっちが手加減してやったら本気で殴って来やがった……!」

「テリーくんは……テリーくんは一体どこに!?」

 

 

 軽傷とは言え、頭から血を流している事もお構いなしにバーニィの身体を揺すぶったのはマナ・レナだった。

 

 心なしか、彼女の身体が汗臭い気がして顔をしかめるバーニィ。

 

 

「わからん……わからんがアイツ“戦争を止める”って」

「そんな……! 一体何で!?」

「きっと誰かさんに言い寄られて逃げ出したんだぜ、きっと!」

 

 

 

 

 

 それは、廊下が静まり返るほどの冷たい一言だった。

 

 

 

 

「……ヒータ曹長? それは一体どういうことかしら……?」

「言葉の通りさマナ艦長さんよ! 口を開けば“先輩! 先輩~!”しか言わなかった誰かさんが急にわがまま言い出したら、お人好しのテリーだって逃げ出すだろうさ! “なんて尻の軽い女だ”ってな!!」

「わっ、私が上官だという事をお忘れか!!」

「上等だ今日こそ言ってやるぜ! オレはな、士官学校時代からテリーがお前の事好きだって知ってたんだ! 好きな女が自分に振り向いてくれないと分かっていても黙って寄り添っている様な、そういう男にオレは惚れたんだよ! それが何だ、戦場に放り出されてコロッと乗り換えしやがって! だったら最初からテリーの想いに応えてやれば良かったんだ!」

「また私が立場上泣き叫べないのを良い事に……!」

「二度も同じ手通じると思うなよ! お前が居なきゃ……お前が居なきゃ今頃オレは……オレだって!」

「やめろ二人とも!!」

 

 

 白熱する二人の女を前に萎縮する一同だったが、その中でバーニィだけが声を挙げ、立ち上がった。

 

 が、すぐに体勢を崩し、アムロに支えられながら二人の前に立ちはだかる。

 

 

「少なくともアイツは、ここでお前たちが喧嘩する為に行ったんじゃない」

「バーニィ、お前はそれで良いのかよ! そんなボコボコにされたお前が一番怒るべきじゃねぇのか!?」

 

 

 掴み掛る勢いでバーニィに接近するヒータ。

 

 それに対して、バーニィは怖気もせずに対面する。

 

 

「あぁ、怒ったさ。本人にな! お前達二人が昔からずっとテリーに対してどういう感情を抱いていたかは知らないが、その想いに曖昧にしか答えられなかったあのバカを責めるべきだ! そしてそれが叶わない今、一番責めるべきは止められなかった俺だろう!?」

「バーニィさん! そんなに動くと傷が!」

「こんなの傷の内にも……ッ!」

 

 

 出血した状態で興奮しながら叫んだ事によって、軽い酸欠と眩暈に襲われたバーニィが、三度姿勢を崩す。

 

 

「……」

「……くそっ」

 

 

 そんな姿を、二人は責める事など出来なかった。

 

 “昔の”テリー・オグスターならいざ知らず、“今の”テリー・オグスターを一番理解していたのは、知古のマナやヒータではなく、ニュータイプとして人の心に触れられるアムロやミドリではなく、この短い期間でぶつかり、共に戦ったバーナード・ワイズマンただ一人だけだったのだ。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「……グラン博士。本当に良かったのか?」

『え、えぇ。わ、私が行かなければ、せ、正確な“ソーラ・レイ”の場所は分からないでしょう?』

 

 

 そう答えたグラン博士がいるのは、“カミカゼ”のコックピットだった。

 

 サイド6コロニーに乗り込んだ際に使用した複座型セイバーフィッシュを改造したこの“カミカゼ”だが、整備が間に合わずにモビルスーツ側からの制御が不可能だった。

 

 

『そ、それにこの“カミカゼ”……あ、あてにならないパーツがざっと50はあるので……』

「おいそれ大丈夫なのか? 空中分解したりしない?」

『そ、そんな“ゴーストファイター”じゃあるまいし……!』

 

 

 ジオンの技術者がそのギャグ言っちゃいけないと思うのは俺だけだろうか?

 

 

「まぁ、一人で行くよりかは心が楽、かな……」

『そ、そうだテリーさん。こ、この機会に聞きたい事があるのですが……』

「うん?」

『い、以前私は貴方の事を、ス、スパイの様な任務に就いている、と、す、推理したのですが』

「あ、あぁ……」

 

 

確かそんな話をした来た気がする。

 あまり日にちは経っていないはずだが、随分と昔の様に思える話だ。

 どうも宇宙ってのは“一日の感覚”と言うのが曖昧になって仕方ない。

 

 

『……本当は、違いますよね?』

「なっ……!」

 

 

 それは正しく意を突いた言葉だった。

 というか内容以前に「お前普通に喋れたんか」の方が衝撃が大きいのだが。

 

 

「続きを聞かせてくれ」

 

 

 だが俺は努めて冷静だった。

グラン博士の初めて聞く“声”にちょっと興味があった、というのもある。

 

 

『えぇ。……サイド6核攻撃の際に動揺していなかった段階ではこの考えには全く及びませんでしたが、“カミカゼ”や“トロイア・ドッグ”、“SFC”これらの装備品はあまりにも活躍“し過ぎました”。暗闇で針通しを一発で済ませてしまう様な……いえ、変な例えはやめましょう。あの装備品達は“これから起こる事”を知っていて用意したとしか思えません』

「……そう思うか」

『ギニアス中将やクルスト博士には劣りますが、私とてジオンの技術士官です。かの兵器が従来の物を使用しつつ、しかし明らかに何世代も後なではないかと推理するのはあまりにも容易です』

「そうか……」

 

 

 バレた、という事で良いのだろうか?

 俺が“転生してきた”のを黙っていたのは、単純に“信用されないだろうから”である。

 

 

「実はな……」

 

 

 ぶっちゃけ、バレたらバレたで話しても全然問題ないのである。

 なので俺は、全てを話した。

 

 俺が“テリー・オグスター”ではない事。

 

 

 ここは俺の世界の“機動戦士ガンダム”というアニメ作品に酷似している事。

 

 “一年戦争”と呼ばれるこの戦争の簡単なあらましと、とりあえず“コスモ・バビロニア戦争”辺りまでの簡単なあらすじ。

 

 俺はアクションゲーム一辺倒だったので細かい話を聞かれると曖昧にしか答えられないタイプのガノタだが、それでも知っている知識を全部話した。

 

 思えば折角ガンダム世界に来たのに、こんなにガンダムについて語ったのは初めてかも知れない。

 

 

『……俄かには信じがたい話です』

「そう言うと思ったから、黙ってたんだ」

『いえ、しかしそれなら納得はともかく説明はつきます。まさか自分たちが“作り物”だったとは……』

「それは違うと思う。いや、俺も最初はそう思ってたんだけど……こう、皆、一人一人ちゃんと考えがあって、動いている、心がある、そんな気がしたんだ。“俺の世界”では確かに“作り物”だったけど、ここはそれとは別にちゃんと“生きている世界”なんだって、そう思ったんだ。いつからは分かんないけど、本気で“救いたい”って、思ったのかもしれない」

『それがこの“奇行”に繋がる訳ですね?』

「本当はちゃんとしたプランがあった。物語のキーワードになるのは“赤い彗星”だ。彼が人類に絶望しなければ悲劇は回避できたんだ。……だが、その望みは潰えた」

 

 

 負傷したミドリを救う為、俺はアムロとシャア、ララァの戦いの“最後”に立ち会えなかった。エルメスの爆発の中、彼女が生き残ったとは到底思えない。

 

 情けない話、俺はあの瞬間、“大勢の命”を捨てて“一人の仲間”を選んでしまったのだ。

 

 

『しかし“ソーラ・レイ”に特攻とは……命が惜しくないのですか?』

「俺の知る宇宙世紀に“テリー・オグスター”はいなかった。多分“あの日”サイド7でガンダムに会うまで生きているかも怪しい名前も用意されていない端役だったのさ。その命一つで歴史が変わるなら、やってみる価値ありまっせ」

『はぁ……』

 

 流石にこんな細かいネタが通じるとは思ってなかった。

 なかった、が、スルーされるのは悲しい事だ。

 こんな事なら、一緒にガンダムネタで盛り上がった現実世界の友人も一緒に来てくれれば良かったのに。

 ……生憎SNSで話した事がある程度で、本名も知らないのだが……。

 

 

『最後にもう一つだけ聞きたいのですが』

「うん?」

『“貴方の世界”では、その……わ、私はどの様な功績を……?』

「……」

『……ありがとうございました』

 

 

 つい黙ってしまった。

 “サレナ・ヴァーン”や“イフリート・ダン”の時点で完全な“予定外”なのだ。

 その開発者となれば、尚更である。

 

 

『……では、この行動は、確実に“名が残ります”ね……』

「なんだって?」

『いえ、こちらの話です……そろそろジオン側も気が付くでしょう。“終戦”はすぐそこです』

「あ、ああ……」

 

 

眼前には、ジオンの艦隊。そしてスペース・コロニー一つを兵器に改造した最悪の兵器“ソーラレイ”の姿があった。

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「老いたな、父上……」

 

 

 ジオン公国軍を牛耳るザビ家の長男、ギレン・ザビは乗艦であるドロスのキャプテンシートの上から、遠くの“光”を見つめていた。

 

 その光の正体は彼の父であるデギン公王の乗る“グレート・デギン”。そして幾度となく辛酸を舐めさせられたレビル率いる地球連邦軍主力艦隊だった。

 

 “たかだか”半数程減った人口に尻込みした父が独断で和平交渉に赴いた訳だが、ギレンから見れば邪魔者を一気に片付ける絶好の機会。

 

ジオンのトップという立場に君臨するまで幾多の犠牲を強いてきたギレンだが、彼の野望はまだ底を知らなかった。

 

 

「ソーラ・レイの準備はどうか」

「出力は五割に達しました!」

「七割に到達したら照射したまえ。それだけあれば、充分だろう」

「そ、総帥閣下!」

「今更怖気づいたとは言わせんぞ。この一撃で、ジオンは勝利するのだ。真のスペースノイド自立がかかっていると言うのを……」

「こ、光学センサーが信号をキャッチ! 数は一! 真っ直ぐこちらに向かってきます!!」

「なんだと!? まさか核ミサイル……? いや、仮にレビルがソーラ・レイの存在を知って南極条約を自ら破ったとしても、対応が早すぎる……!」

「映像、来ます!!」

「なっ……!」

 

 

 映像を見たドロスの乗員は皆、言葉を失った。

 

 最初に言葉を取り戻したのは、ギレンだった。

 

 

「モビルスーツだと!? まさか一機でなんとか出来ると思っているのか!?」

「フラナガン機関のデータにあるモビルスーツです総帥! あ、あれがガンダムです!」

「ガンダムだと!?」

「一気にソーラ・レイの方へ……いえ、ミラーの方へと向かっています!」

「不味い! 迎撃だ! 迎撃しろ!! 奴はソーラ・レイの“弱点”を知っている!」

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 

「各艦へ通達! 連邦軍のモビルスーツを確認! 直ちに迎撃されたし!!」「は、早い!? あれはただのモビルスーツじゃないぞ! モビルアーマーのようなものに乗っている!!」「主砲の雨をかいくぐり、尚も接近中!」「敵モビルスーツ、ミラーの影に隠れました!」「み、味方艦隊の攻撃がミラーに損害を……!」「艦砲射撃中止だ! モビルスーツ隊は何をしている!」「まだ出撃準備中です! 間に合いっこありませんよ!!」「急がせろ!! ……おい、出力はどうだ!」「依然五割……いえ、三割まで低下!」「何故だ!?」「モビルアーマーの“特攻”です! 爆弾でも積んでない限り、あんな爆発はしない筈ですが……!」「構わん……照射だ! ソーラ・レイを照射しろ! この際公王とレビルだけでも焼き払えればいい!!」「しかしそれでは、迎撃に向かった味方艦隊が射線上に……!」「今しかチャンスは無いのだ! ただ撃てばいい!! ソーラ・レイ照射!!」「りょ、了解! ソーラ・レイ……照射!!」

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「暇だ」

「暇っスねぇ……」

 

 

 地球連邦軍第一艦隊所属マゼラン級戦艦の一室で、三人の技術士官の内の二人が机に突っ伏していた。

 

「“チチデカ助手君”なにかこう、ないの?」

 

 黒く長い髪をポニーテールにしたスレンダーな女性が、向かいで同じように突っ伏していた童顔の女性に声を掛けた。“チチデカ助手君”の名の通り、彼女の胸は豊満だった。

 

「“チカ・ジョッシュ”ッスよ先輩……。はぁ、なんたってパイロットでも整備兵でもないウチらがこんな第一戦にいるんスかね……?」

「おいお前達。技術士官とは言え、一応は連邦士官の肩書を背負っているのよ? 一般兵の見本になれるような……それ以前に女性として見た目に気を配る事は出来ないのかしら? 特にイリーナ・ペティル」

 

 

 残念な美女二人を戒めたのは、同席していた中で唯一机に突っ伏していなかった女性だった。黒い髪はイリーナと呼ばれたスレンダーな女性に似ていたが、主に一部分はチカに引けを取らない程にたわわに実っている。

 

 

「プレシア・シャオーム先輩は固いんですよぉ~」

「そうッスよ~」

「くっ…こんなバカ丸出しの二人が士官学校きっての天才達だなんて、一緒に祭り上げられた私の身にもなって欲しいわ……!」

「またまた。仲良く男っ気のない悲しい人生送ってきた仲じゃないですか。……こんな事なら大人しく先輩に功績を“盗まれたまま”の方が良かったかしら……?」

「……その言葉、覚えておくわよぉぉおぉぉ!?」

 

 

 プレシアの氷の様な冷たい眼光がイリーナを射抜いた、丁度その時だった。

 マゼラン級の船体が大きく揺れ、けたたたましいアラートが鳴り響いた。

 

 

「な、何があったの!?」

『緊急連絡! ジオン側からの謎の攻撃によりレビル将軍閣下戦死!!』

「なんてこと……デギン公王が和平交渉に来てたんじゃないの!?」

「あっちゃー……やっぱ“捨て駒”だったか」

「ギレン・ザビ、放送で見る限りそういう事平気でやりそうな顔してたッスもんねぇ……」

 

 

 放送を聞いて焦るプレシアに対して、イリーナとチカは別段焦る様子を見せなかった。

 彼女二人は学生時代からずっと“自他の命に全く興味を示さない”事で有名なコンビだった。

 

 

 それは一年戦争が終結し、ソーラ・レイが“想定出力の六割以上”で照射されていたら自分たちも仲良く丸焼きにされていた、と知っても眉一つ動かさなかった程である。

 

 

 

機動戦士ガンダム~白い惑星の悲劇~

第一章一年戦争篇~完~

 



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『一日の終わり』

 

 

 

U.C.0103

 

「モビルスーツ単機で特攻? センセイ、それは流石にお話を盛り過ぎでは?」

 

「では七機くらい居たなら信じたかね? 残念ながら事実だよ。一年戦争終盤、彼と“もう一人の誰か”が単独でジオン公国軍の最終兵器“ソーラ・レイ”を強襲。アニメじゃないんだ。もちろん止められるはずもなく、結果として地球連邦艦隊はレビル将軍含めた全体の“六分の一”を消滅させられ、決戦前の再編を余儀なくされた……」

 

「ア・バオア・クーでの戦い……連邦軍は“星一号作戦”と呼んでいたものですね」

 

「そうだ」

 

「しかし解せませんね。聞く限りテリー・オグスターは“和平交渉に入っていたジオン軍側を独断で刺激し、ソーラ・レイを撃たせた重罪人”です。そんな彼がグリプス戦役以降まで生きていられるとは到底思えません」

 

「悪運の強い男でなぁ……。ソーラ・レイの周りで囲まれた状態で、連邦軍主力艦隊が総攻撃をするまでの約6時間の間、粘りに粘って中破で済んだのだよ」

 

「意味が分かりません……」

 

「それでも一年戦争中は一番損害を受けたというのだから驚きしかない。そして無事連邦軍に回収された訳だが、彼を待っていたのは禁固40年の刑だった」

 

「和平交渉をズタズタにしたのですから、即射殺じゃないだけ温情だと思いますが……」

 

「そう。“あの時”即射殺していれば、少なくとも地球が“あんな事”にはならなかっただろうよ」

 

 

 そう言ってセンセイと共にフォン・ブラウンの都市の向こうに見えた“白い惑星”に目を向けた。

時折“かつての地表”の覗かせはするが、それすらも真っ白に変わってしまった、死の星。

 

 

「だが君が本当に聞きたかったのは“ここから”なのだろう?」

 

「えぇ。“グリプス戦役”に二度に渡る“ネオ・ジオン抗争”。その“真実”を、是非」

 

「今の話だけでも、彼が大量虐殺を行う“兆し”があったように思えるが?」

 

「所詮歴史の“点”に過ぎません。私が知りたいのはですねセンセイ。“線”なんです。彼が辿った足跡全てです」

 

「ふむ……その真実に対する貪欲さ……やはり君を選んで正解だったようだ」

 

「“こんなもの読者は求めていない”と何度も企画を跳ね返された者の末路ですよ」

 

「それは“歴史を都合よく書き換えたい者”の言葉だよ。大衆を動かすには重要だが、だからといって後世にまで“嘘”を教えれば、また歴史は繰り返すだろう」

 

「この十年、戦争は起きていないんですよ?」

 

「一年戦争が始まるまで半世紀は戦争が無かったのだ。歴史なんてそんなものだ」

 

「あ……」

 

 辛辣ではあるが、確実に“的を得た”発言に思わず口を紡いだ。

 

「……だが人一人の“足跡”を語るには、一日は短すぎる。続きはまた明日で構わないか?」

 

 

 センセイに促され時計に目を向けると、時刻は既に夕刻を過ぎていた。

 

 

 ……“夕日”というものを人類が見る事が出来るのは、果たして何百年後になるのだろうか。

 

 

「そうですね。それでは本日はこの辺で。また明日の朝お伺いします」

 

「うむ……あぁ、そうだジョナサン君。宿泊先は決めているかね?」

 

「今から探します」

 

「経費は?」

 

「フォン・ブラウンに来るまでしか出してもらえませんでしたよ。実費です」

 

「なら、丁度いい。隣の部屋を好きに使いたまえ」

 

「よろしいのですか?」

 

 

 それは願ってもない話だった。

 今からホテルを予約しようとしても、土地勘のない自分ではまずタクシーを捕まえる必要があった。運よく一件目で止まれれば良いが、そんな保証もなく、また情けない事に懐も潤っているとは言えない。従軍時代の乾燥した軍用食ですら恋しく成る程に生活に詰まっていたのが現実である。

 

 

「言ってなかったかね? 私はこの“アパート”の大家なんだ」

 

「初めて聞きました」

 

「やれやれ。君は一体私の何を知ってここまで来たのかね?まぁいい。机の上にある赤い鍵がそうだ。前の住民の家具がそのまま残ってるが気にしなくて良い。なんなら気に入ったものは持ち帰ってくれても構わんよ」

 

「それは……見てから考えます」

 

「遠慮しない所は評価する」

 

「遠慮なんて言葉、十年振りに聞きましたよ」

 

「それもそうだ。では、また明日」

 

「はい、お休みなさい」

 

 

 センセイに別れを告げ、すぐ向かいの部屋の鍵を開ける。

 

 

 直後に後悔した。

 

 

 住民が居ない、とは聞いていたが“いつから居ない”か聞きそびれたのだ。

 

 埃塗れになった部屋の中で茫然と立ち尽くす事約10分。仕方なく寝室周りだけ片付け、ほのかに臭う固いベッドの上で一夜を過ごした。

 

 その夜は久しぶりに、従軍時代の夢を見た。

 

 

 忘れもしないU.C.0083。

 

 今では考えられない灼熱のオーストラリアの大地に降り立った、“あの日”の事をーー。

 

 

 




あとがき


遅れてもーーーーーーーーーし訳ない。一条和馬です。


ちょっと色々事情が重なりまして(活動報告にあるので割愛します)三カ月ハーメルンのサイトを開く事も叶いませんでした。ほぼ日刊更新の記録が、しかも最終回で途切れる等なんたる勿体なさでしょうか。


それはさておき、本来サクッと終わる筈だった“一年戦争篇”にようやくピリオドを打つ事が出来ました。


作中で“センセイ”が申す通り“テリー・オグスター”君の活躍はグリプス戦役、つまり“Zガンダム”以降が本番です。下地をこれでもかという程にねるねるねるねしたので、きっと明日以降の私が上手い事火を通してくれると信じています。


しかし更新が滞っていた理由の一つとして“0083篇が何も思い付かない”と言うのがありましたが。それは先日リアルの友人(種世界でエスコンやACでやりたい放題してるあの人です)と会話してる最中にビビっと来たものがあるので、それをチマチマ書いていこうかな、と思います。


それと一年戦争篇完結記念、という訳ではありませんが、登場人物などをまとめた自分用の設定資料を作品の冒頭に差し込もうと思います。このあとがきが完成してからまとめようと思っているので、今時点では何もしてません。Z篇以降のネタバレがあるので、それを引っこ抜いて再編しないといけないのです。


とまれ、一旦とは言え、完結。
しかし、もちろん戦いは続きます。
あの後「テリー君どうなっちゃうの?」とか「なんや最後の意味深なズッコケ三人組」とかあると思いますが、ちょっとでも続きを楽しみにして頂ければと思います。


それでは長時間のご視聴……じゃないな、ご読了、ありがとうございました。

最後もこの言葉で〆ましょう。


君は生き残る事が出来るか!?


一条和馬


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<登場人物>(0083編)

<登場人物&機体(オリジナル)>

 

○ジョナサン・クレイン

 新米兵士。旧東南アジア戦線コジマ大隊第08MS小隊に配属になったのも束の間“特別任務”として彼らと共にオーストラリアのトリントン基地に転属した。補充要員の為モビルスーツはあてがわれていなかったが、トリントンで訓練用のザクを借りて何度か出撃した。階級は伍長。

 

○ヒータ・フォン・ジョエルン

 フォリコーン隊解体の後、実家ジョエルン家の圧力から地上勤務を強制された。しかし、テリー・オグスターと面会も叶わず離れ離れになってしまった事にショックを受け、その寂しさを紛らわせるように旧東南アジア戦線コジマ大隊へと入隊。陸戦型ジム改を受領し08小隊のモビルスーツパイロットとなる。一年戦争時代よりやさぐれているが、トリントン基地でクリス達に再会した時の昔の面影をちょっと見せた。年は20になり、階級は少尉。

 

○シャロ・ル・ロッド

18という若さながら地球軌道艦隊第一部隊の隊長に登り詰めた自称天才パイロット。ガンダムのパイロットであるだけでなく、地球軌道艦隊旗艦フォリコーンⅡの艦長も兼ねる。口癖は『名家たる私は~』

 

その実は名家の長男ながら素行不良で士官学校を追い出された問題児だが、父が一年戦争で殉職し家督を告いだ後に金と権力で過去を揉み消し、現在の地位に至る。しかしそれだけに飽きたらず、自分以外の第一部隊メンバーを美女で揃え、常に侍らせている。(一説には男性一人しかいなかったフォリコーンの噂を聞き付けて嫉妬したものだとされる)その為か、ミドリ・ウィンダム以下フォリコーンに所属していたメンバーがほとんどである。(ヒータは親が貴族で手を付けられず、レナはドッグ・トックの保護下にあった為召集出来なかったらしい)見掛けだけの部隊であったが、トリントンから強奪した核を受け取る為に衛星軌道上に現れたジオン残党を撃破した事で地位を会得してしまい、その後出世街道を駆けあがる事となる。

 

〇ミドリ・ウィンダム

 元第13独立部隊フォリコーンに所属していたモビルスーツパイロット。現在はそのままフォリコーンⅡのモビルスーツ隊の隊長を務めているが、いかんせん上官が上官だけに隊長らしい事はしていない。因みに部下のパイロット二人は戦後新しく編入されたのだが、シャロの腰巾着であり、ミドリの命令を聞いた事がないとか。

 

〇コダマ・オーム

 フォリコーンに引き続き、フォリコーンⅡのオペレーターを務める女性。元々明るい性格だったが、シャロ・ル・ロッドの横暴さに恐怖し、口数が随分と少なくなったらしい。

 

 

 

●陸戦型ジム改

 主に東南アジア戦線で使用されていた陸戦型ジムの改修型。全体的に能力は向上しているが、見た目にさほど変化は見られない。08小隊に編入してきたヒータの乗機として登場し、彼女がガンダム2号機のパイロットに選ばれてからはジョナサンが搭乗した。

 

 

●ガンダムEz-8改

 鉱山基地襲撃作戦の後、乗り捨てられていたシロー・アマダのEz-8を改修した機体。元々現地改修型だが、08小隊の“顔”でもあった本機はこれを正式なものとし、現隊長であるカレンが搭乗した。

 

 

●陸戦型ガンダム改

 旧東南アジア戦線で使用されていたガンダムの陸戦タイプの改修型。しかし現存していたタイプを騙し騙しで使っていた為、このタイプのモビルスーツはほとんど稼働しておらず、皮肉にも“死神サンダース”専用機の様な扱いになってしまった。

 

 

●ジム・カスタム(クリス専用)

 アルビオンに乗艦していた技術士官のクリスチーナ・ワイズマン(マッケンジー)専用のジム・カスタム。アレックス直径量産型である本機をオリジナル同様の白と青のカラーに塗り替えた。また、アレックスの90mmガトリング砲を装備してはいるが、オリジナル程の弾倉を確保出来なかった為、装填数がかなり少なく、正しく“隠し玉”となった。

 

●シャロ専用ガンダム

 赤いボディーに金色の刺繍が施されたガンダムタイプのモビルスーツ。しかしその実、ジム・カスタムの頭部をツインアイに改造し、V型アンテナを付けただけである。本人の信条からシールドを所持していないが、代わりにガンダム4号機のライフルを装備している。

 

●フォリコーンⅡ

一年戦争時代第13独立部隊として活躍していたペガサス級強襲揚陸艦フォリコーンを改修したもの。改修と言っても星一号作戦で中破したフォリコーンをグレイファントムやアルビオン等の後期生産型のパーツで補った為に、元とはかけ離れた姿をしている。加え、隊長のシャロの趣味で赤に金の装飾を施されており、非常に目立つ的となっている。フォリコーンのクルーがほぼ全員そのまま残っている為か、艦長兼隊長のシャロの無茶にも答えられてしまうのが玉に瑕。

 

 

○“赤い彗星”

 一年戦争時代のシャア・アズナブルと同じ格好をし、同じ様に喋る謎の人物。ソロモンに散ったアナベル・ガトーの代わりにトリントン基地に潜入し、ガンダム二号機を強奪。ギンバライト基地決戦では、ノイエン・ビッターやデザート・ロンメルと共に出撃。攻防の末、二号機打ち上げは失敗し、自身も乗機と共に散った。

 その正体は主人公と同じ世界から“転生”してきた存在。異世界に来たからって全員が全員主人公にはなれないのである。

 

 

●MS-06ザクⅡS改

 一年戦争時代にシャア・アズナブルが使用していたと思われるザクを改修したもの。主にブースター周りが新調されており、パイロット本人の技量も相まって地上とは思えない程の高機動戦闘を可能にしている。

 

 

 

<原作登場人物&機体(改訂あり)>

 

 

【地球連邦軍】

 

 

○カレン・マシス(ジョシュア)

 08小隊隊長の女兵士。小隊をほっぽって何処かに消えたシローの代わりにガンダムEz-8改に搭乗する。トリントン基地でバニング小隊と模擬戦になった際、クリス、ヒータの三人が並んで圧倒し、キースに「地球のおっかない赤髪女ベスト3が一堂に会したみたい」とガチビビリされた。一年戦争終結後にエレドアと籍は入れ、階級は中尉になった。

 

○テリー・サンダース・Jr.

 一年戦争終結後も変わらず08小隊MSパイロットとして活躍。最近は“死神”の名も“敵にとっての死神”として定着されており、昔ほど敬遠されなくなった。トリントンでバニングと飲み仲間になり、テリー・オグスター逮捕についての疑問を互いに共有しあった。階級は少尉。

 

 

○ミケル・ニノリッチ

 08小隊に所属する兵士。終戦後は除隊してキキと共にシローを探す旅をしていたが、就職難もあってかなんだかんだと言いつつ再就職した。同時期に復帰したエレノアと変わらず漫才みたいなやりとりを繰り広げる。2号機奪還作戦の最中、真っ先にギンバライト鉱山を怪しいと踏み、見事奪還成功に導いた功労者でもある。階級は曹長。

 

 

○エレドア・マシス

 一年戦争終結後歌手としてメジャーデビュー。カレンとも晴れてゴールインするがカレンの転属を聞き「俺は歌手より手前の女を選ぶ」とあっさり復帰した。一年戦争時代同様ミケルと共にホバートラックで戦闘をサポート。アルビオン隊編入後はブリッジクルーの補佐になり飛翔を開始したHLVを叩き落す大金星を獲得した。階級は少尉。

 

 

○クリスチーナ・ワイズマン(マッケンジー)

 第13独立部隊解体後は南極基地に戻ったが、アレックス開発チームとしての経験を買われてアナハイム・エレクトロニクスから招集を受け、ガンダム開発計画のアドバイザーとしてアルビオン隊に合流した。バーニィことバーナード・ワイズマンと籍を入れたが、戦場では変わらず旧姓のマッケンジーを名乗っており、同じ旦那持ちとしてカレンに「そんなドライだと逃げられるよ」と言われた際に「あの人にそんな甲斐性ないわ」と返した。階級は技術大尉。

 

 

○コウ・ウラキ

 トリントン基地に所属する新米士官。メカオタクであり、東南アジア戦線でしか運用されていない陸戦タイプや、アレックスに先祖帰りしたジム・カスタムを見て大変満足そうだった。ガンダム開発主任のニナ・パープルトンとちょっと仲良くなる。乗機はザク↓ガンダム試作一号機。階級は少尉。

 

 

○チャック・キース

 コウと同じくトリントン基地でテストパイロットをしている新米士官。ニナの他、クリスやヒータにもアタックを掛けるがその“返事”として模擬戦で秒殺。その後メカニックのモーラといつの間にか仲良くなった。乗機はザク↓ジム・キャノンⅡ。階級は少尉。

 

 

○サウス・バニング

 トリントン基地で教官をしていた元“不死身の第四小隊”隊長。08小隊や元第13独立部隊メンバー相手にも引けを取らないモビルスーツ操縦テクニックを披露し、部隊のまとめ役として常に前線に立ち続けた。史実通り宇宙に行かなかった為殉職はしなかったが、“ガンダム奪取事件”の後は寄る年波に勝てず、パイロットを引退。そのままアルビオンの戦術教官になった。乗機はジム改↓ジム・カスタム。階級は大尉。

 

 

○ディック・アレン

 コウ、キースと共にバニング小隊に所属していたテストパイロット。乗機はパワード・ジム。ガンダム二号機を奪取された際に追撃任務を任された。しかしその任務中、ドムのバズーカの直撃をコックピットに受け、殉職。

 

 

○ラバン・カークス

 バニング小隊のバンダナの人。ガンダム2号機が奪取された際に一番にザクで出撃したが、ドム・ドローペンに一撃で撃破され殉職した。

 

 

○ニナ・パープルトン

 ガンダム開発計画の一環でアナハイムから就航してきた技術者の女性。2号機強奪の際になし崩しに1号機のパイロットになったコウと一度は距離を置くが、その後親密になる。

 

 

○エイパー・シナプス

 ペガサス級強襲揚陸艦アルビオンの艦長。階級は大佐。

 

 

○ジョン・コーウェン

 ガンダム開発計画を推し進めた連邦の将校。2号機奪取事件で一時期立場は危うくなるが、ジオン残党を一網打尽にした功績でなんとかうやむやにすることに成功した。階級は准将。

 

 

【ジオン残党軍】

 

 

○ボブ

 “ガンダム奪取計画”において、トリントン基地を襲撃したモビルスーツザメルに搭乗していたパイロット。トリントン基地司令部を狙撃し基地機能を麻痺させる活躍を見せるが、バニングとヒータの前に散った。

 

 

○ゲイリー

○アダムスキー

 ボブと共にトリントン基地を襲撃したドム・ドローペンのパイロット達。キースなどの新兵は機体の性能と技量で圧倒したが、流石に地上戦ベテランの08小隊には勝てず、戦死。

 

 

○ノイエン・ビッター

 元鉱山であるギンバライトを基地に改造し、一年戦争終結後も連邦軍とゲリラ戦を続けていたジオンの将校。ガンダム2号機の核弾頭を宇宙に上げる時間稼ぎの為にザクで出撃するが、ガンダム1号機のビームライフルに撃ち抜かれて戦死した。階級は中将。

 

 

○デザート・ロンメル

 “ガンダム奪取計画”をより確実に成功する為にと“赤い彗星”の手引きで合流した元ジオン兵。カスタムしたドワッジに乗り込み部下と共にアルビオン隊を襲うが、08小隊とクリスの前に敗れる。階級は中佐。

 

 

○ニック・オービル

 アナハイムの技術者としてニナと共にアルビオンに同乗していたが、その正体はジオン軍のスパイで“赤い彗星”がトリントン基地に潜入する際の手引きをした。しかしガンダム2号機奪取寸前に額を撃ち抜かれ、死亡。連邦には「入り込んだジオンのスパイを止めようとして殺された勇気ある一般市民」として丁重に埋葬されたとか。

 

●イフリート・ナハト

 

 確認されている七体の“イフリート”の内の一機。一年戦争終結後に保管していた連邦軍基地から奪取された後に行方を眩ませていたが、トリントン基地を襲撃した部隊の救援として作戦に参加した。後述の陸戦型ゲルググと共に善戦するも、あえなく撃破した。パイロットは“インビジブル・ナイツ”を名乗る青年将校である。

 

●陸戦型ゲルググ

 

 一年戦争終盤にジオン軍が開発したモビルスーツ“ゲルググ”を地上専用にカスタマイズした機体。ガンダム2号機を奪った“赤い彗星”を追撃してきた連邦のモビルスーツ小隊(カレント隊)を壊滅させた後、バニング小隊を手玉に取るが、08小隊とクリスに囲まれ、敗北した。因みにパイロットの名前や以前の所属は不明。

 



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幕間章~赤い彗星の亡霊篇~
第01話【トリントンに舞い降りるガンダム】


U.C.0083.10月20日

 同じ時間に起きて、仕事して、飯食って、同じ時間に寝る生活にも慣れて来てしまった。

 終戦から、三年と少し。

 “皆”にはなんでもない日々だが、俺にとって“特別な日”がそろそろ近付いてきた。

 だが今の俺には、分厚いガラス窓の向こうにチラリと見える地球を眺める事しか出来ない。


【テリー・オグスター獄中の個人日誌より抜粋】



 

 

 U.C.0083

 

『アテンションプリーズ、アテンションプリーズ! 当機は間もなくオーストラリア、トリントン基地に到着しちゃいまぁ~す!』

『ちょっと真面目にやって下さいよエレドアさん! ただでさえこっちは久しぶりに輸送機の操縦なんてしてるんですから!』

『おいおいさっきまで自動操縦で楽してた時の態度はどこ行ったんだよミケル! 折角久しぶりに小隊が揃ったんだ、もっと楽しくやろうぜ、な!?』

『……アマダ少尉は見つかってませんけど』

『あのアマちゃんなら今頃どっかで彼女とよろしくやってるって教えてくれたのはお前だろ?』

『そうですけど……っていうかエレドアさんこそ、折角メジャーデビュー決まったのになんで軍に戻って来てるんですか!?』

『嫁さん一人で転勤なんてさせられるかっての! 歌なんて今時どこでも歌えるんだ。なら俺は、カレンの横を選ぶね』

『……エレドアさん、通信着けっぱなしですよ』

『あっ……』

「はぁー…………っ」

 

 

 コックピットと違って静寂に包まれていたミデア輸送機の中で、カレン・マシス中尉は不快ため息を溢した。心なしか頬が緩んでいる様に見えるので、彼女なりの照れ隠しの様だ。そう思ったのは、彼女の向かいの席に小さくなるように丸まって座っていた新米兵士ジョナサン・クレインである。

 

 

「すまんな、騒がしい連中で」

「いっ、いえっ! そんな事ないであります!!」

「そうか。それは、良かった」

 

 

 ジョナサンの横に居たのは、現在コジマ大隊唯一の“陸戦型ガンダム乗り”として訓練学校でも有名だったテリー・サンダース・Jr.少尉。サンダースは新米の自分を気遣ってくれているのか、度々話し掛けてくれているようだったが、元来口下手な上、ジョナサンが完全に緊張しきっている為に長くても二言三言で会話が終わってしまうのが現状だった。

 

 

「……」

 

 

 そしてジョナサンの斜め向かいにいた女性士官ヒータ・ジョエルン少尉はジョナサンが部隊合流後に挨拶した時の一言しか会話をしていない、謎の女性だった。カレンに似た赤い髪だったが、血縁関係ではないらしく、何なら彼女はコジマ大隊に編入してまだ日が浅いらしい。自分と同じ新参者の筈だが、何でも彼女は一年戦争時代から前線に立ち続けたエースらしいので、ジョナサンは近付く事も叶わなかった。名前や髪から連想させられるような熱いイメージとは裏腹に、周囲に向ける目は氷の様に冷たい。

 

 

 新兵のジョナサンにとって、実に最悪な職場である。

 

 最初こそ有名なベテラン部隊に配属される事を同級生に自慢したジョナサン。東南アジア戦線も一年戦争当時は激戦区だったが、終戦後は現地住民との交流や復興作業が主な任務の“安全な後方勤務”だった。しかしジョナサンが大隊長のコジマに挨拶する際、部屋で偶然拾った書類を渡すと「おお、無くしたかと思って返事はノーにしようとしてた書類じゃないか」と言われその場で判を押され、かくして『トリントン基地テストパイロット部隊との模擬戦演習』が決まってしまったという事になる。

 

 

 はっきり言って、ジョナサンの不幸はその時点で決まった様なものだった。

 

 せめてトリントン基地にはもうちょっと話の出来る同じくらいの新米兵士が居てくれないかな、とジョナサンは切に願うばかりであった。

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「おいキース見てみろよ! あのガンダム、超貴重な陸戦タイプだぜ!!」

 

 オーストラリア。トリントン基地。

 

 そこでテストパイロットをしていた新米士官コウ・ウラキは同僚のチャック・キースを伴い、ミデアから降ろされた“ガンダム”に釘付けになっていた。

 

 

「あン? 陸戦型って教本に載ってたアレだろ? スクラップから組み上げたって言う……」

「違う“RX-78シリーズの余剰パーツから陸戦仕様に組み上げたモビルスーツ”だよ! 全く、キースはなんでこのロマンを理解出来ないかなぁ」

「何でも良いけど、要は戦時中に使ってたオンボロ機体をそのまま使ってるって話だろ? 俺のザクでも余裕で全機落とせちまうかもな」

「マシンスペックはさておき、キースがザクの性能を出し切ってるとは思えないけど」

「言ったな、お前だってどっこいどっこいじゃねぇかよコウ! ん、おいミデアからまだ出てくるぞ、アレも陸戦型ガンダムか?」

「そうみたい……いや、ちょっと待てキース! アレは現地改修型でも特に有名な第08小隊仕様の陸戦型ガンダムEz-8だ!」

「いーじー…なんだって?」

「まさか本物をこの目で見られるとは……あの胸部装甲、加工されてはいるけど元々はザクのシールドだって話って話は本当なのかな? もっと近くで見ないと分からないか……」

「コウの“オタク”っぷりには参っちまうよ。そんなんじゃ、カノジョの一人も出来やしないぞ?」

「うるさいよ。……ちょちょちょ、まだ出てくる! ジムの陸戦タイプだ!」

「ガンダムにジムにって、コウはホント、マシンになると節操なくなるよなぁー……」

「おいお前達、そんな所で何をしている!!」

 

 

 だがウラキの“至福の時間”が後ろから響いた叱責によって急な終わりを告げた。

 基地内移動用のバギーに乗って二人の前に現れたのは教官であるサウス・バニングだった。

 

 

「バッ…バニング大尉!?」

「いやっ……これは、その……」

「……そんなに気になるなら、もっと近くで見せてやる。乗れ、ウラキ! キース!」

「近くで…? ご、ご一緒させて頂きます大尉!!」

「なんかイヤな予感するなぁ……」

 

 

 嬉々として助手席に乗り込むウラキとは反対に、嫌々ながらも駆け足で後部に乗り込むキース。

 走り出したバギーは一直線に基地を突っ切り、ミデア輸送機へと向かう。パイロットを思しき人物たちは基地の整備兵との会話を一通り終え、丁度解放された所だった。

 

 

「ようこそトリントン基地へ。俺はここで教官をしているサウス・バニング大尉だ」

「東南アジア戦線より出向してきました、コジマ大隊第08小隊小隊長のカレン・マシス中尉であります。噂の“不死身の第四小隊”所属の大尉と出会えて大変光栄であります」

「君たちの武勇伝も宇宙にまで届いていたよ、中尉。基地司令の下へは俺が案内しよう。……で、その後すぐで悪いんだが、ウチの新人達をちょっと“揉んで”やってくれんか?」

「え? でもバニング大尉。ガンダムを近くで見せてくれるって……」

「ああ。“訓練機のモニター越し”にいくらでも眺めさせてやる! 分かったらアレンとカークスも呼んで来い!!」

「ちょ、ちょっと大尉! だったら俺達をここまで運んだ意味は……」

「いやらしい覗き魔に対する罰だ! 分かったら走れ!!」

「「は、はい~~~~~!!」」

 

 バニングの怒号にビビりながら隊舎の方へと走り出した新米兵士二人。

 

 その後同小隊所属のディック・アレンとラバン・カークスを呼び出した二人は、三度長い道を走らされる羽目になったとか。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

『では、模擬戦内容を再確認するぞ。使用武器はカードリッジ一個分のペイント弾のみ。コックピットに着弾した者は“撃墜”となる』

「……」

 

 

 無線機越しにバニングの声を聞いていたウラキは現在、ザクのコックピットの中にいた。一年戦争終結後は、地球連邦軍はジオンのモビルスーツを接収し、訓練機として使用していたのは珍しい光景ではない。戦後の資材不足、と言うのもあるが、元々モビルスーツ開発においては一日の長があるジオンのザクの性能は訓練機としては申し分ない性能だったからである。

 

 

『人数の関係で、俺は後方からお前達の尻を観察する。訓練通りにやれば、そこそこ粘る位には出来るだろう』

『ちょっと大尉! 俺達に勝算がないみたいに言わないでくださいよ!!』

『確かに、機体の性能。そして“土地勘”を鑑みればお前達には充分勝機はあるだろうな。しかしそれだけで百戦錬磨のベテランに勝てる程戦場は甘くない。折角の機会だ。“本物の陸戦”を教えてもらえ!』

 

 キースの軽口に対しても、バニングの言葉は揺るがなかった。むしろ更に緊張を促す様に言葉を叩き込んで来た所は流石の“教官”といった所だろうか。

 

 

 

 

『それでは模擬戦を開始する! 以降はアレンの指示で動け、以上!』

『了解! 聞いたなウラキ、キース、カークス! 俺のジムで上を抑える! お前達は散開して前進だ! 四方から追い込むぞ!』

『『了解!』』

「了解! ……さて、行くか!」

 

 

 トリントン周辺。というよりはオーストラリア大陸は一年戦争で最も被害の大きかった地上の一つとして数えられる。主戦場となったオデッサやジャブローからほど遠いこの場所だが、一年戦争の引き金ともなったコロニー落とし“ブリディッシュ作戦”の被害が色濃く残るこの大陸には、至る所にコロニーの残骸が転がっていた。

 

 ウラキ達トリントン基地の訓練生の“戦場”は主にこの“残骸”周辺で行われる。モビルスーツに乗っていても見上げないといけない程に巨大なコロニーの“欠片”の周りを、ウラキの乗ったザクが前進。モノアイを動かしながら索敵を続けるが、敵影はなし。

 

 

「向こうはサポートにホバートラックがいるのに、こっちは視界頼りなんて、酷い話だよ」

『ボヤくなよコウ。逆に言や、ホバートラックを真っ先に潰せば連中は“真っ暗”って訳さ』

「そうだけど……」

 

 

 ウラキ達『アレン小隊』の編成は、小隊長アレンパワード・ジム一機に、ザクが三機の四機編制。

 

 

 対する08小隊はEz-8に陸戦型のガンダムとジム、そして補充兵らしい新米が操るザクとホバートラックだった。“新米”と言うのがウラキ達の様な士官学校ではなく徴兵上がりの“本物の新米”である事から数には入れないとして、モビルスーツだけで言えば四対三+一α。有利と言えば有利である。

 

 

 更にアレンの乗るパワード・ジムはアナハイム・エレクトロニクス社から提供された“新型ガンダム”のバックパックを装備しており、その機動力は現行機の比ではない。

 

 

 それを活かして残骸の“上”から襲撃し、足の遅い自分たちが逃げ場を無くす。“教本”通りの戦術だった。

 

 

「残骸に取りついた! ウラキ少尉、吶喊します!!」

 

 

 残骸の裂け目から中へと侵入するウラキのザク。時刻は昼過ぎ。太陽はちょうど真上にあったが、流石にコロニーの残骸の中の視界は一気に暗くなる。

 

 

「どこだ……?」

 

 

 無造作に落ちる残骸の間を縫う様に進みながら、索敵を続けるウラキ。地図もレーダーもないが、この場所は既に何度も訪れた彼らの“狩場”だ。獲物を見つけられずとも、迷子になる事はない。

 

 

「! アレは!」

 

 

 見慣れた光景に“見慣れないモノ”がある事を見逃さなかったウラキ。一瞬しか見えなかったが、頭部のV字アンテナと断定。歩行スピードを一気に早める。

 

 

「ガンダムを見つけた! カークスの正面だ!」

『よっしゃ! 一緒にとっちめてやろうぜ、ウラキ!』

「やるぞ……!」

 

 

 横合いから走ってくる僚機のザクを発見したウラキは、まっすぐ進む。

 

 銃声が響いた。

 

 まだウラキ達はガンダムを捕らえていない。

 

 

『ぎゃあ!』

「カークス!」

『畜生、やられた! 後ろだ!!』

『こらカークス! 死人が喋るな!!』

「後ろ…!?」

 

 バニングの言葉で“成仏”した幽霊の最後の言葉通りに僚機の後方部分に目を向けると、そこにはEz-8が構えたライフルが確かにザクのコックピットを狙っていた。アレが“本物”なら間違いなく戦死していただろう。

 

 

「照準内だ! いけぇ!!」

 

 

 だがウラキも黙ってはいない。ペイント弾が詰め込まれたザク・マシンガンを斉射。

 

 しかし一発の直撃もせず、Ez-8は再び視界から消えてしまう。

 

 

「逃がすか!」

『待て、ウラキ! “角なし”も罠だ! 誘いこんでガンダムかそれ以外が狙って来る筈だ! そっちを探せ!』

「りょ、了解!」

 

 

 アレンの指示によって旋回したウラキが足を止め、物陰に隠れる。

 

 すると間もなく、一機のザクが残骸の中を動き回り始めた。モノアイをせわしなく動かしながら注意深く移動するその足取りは、どう見ても“地元の人間”とは思えない。

 

 

「敵の新兵!」

 

 

 頭数を減らすチャンスと踏んだウラキは、残骸から身を起こし、ザク・マシンガンを構えた。

 

 が。

 

 

「うわっ! な、なんだ!?」

 

 

 その瞬間、視界が一気に防がれてしまった。残骸の上階に溜まっていた砂が一気にウラキの視界を遮ったのだ。

 

 “この場所”で戦うなら、そう珍しい現象ではない。だが明らかにタイミングが作為的だった。

 

 

「これも罠か! ならばいっそ、飛び込んでやる!!」

 

 

 ブースターを吹かし、直進。砂による煙幕の一気に抜け、眼前にはザクが一機。

 

 

「見つけた! これで一機目、ダウンだ!!」

『食らいやがれぇ!』

 

 

 だが向かいのザクの反応速度も中々だった。新兵と侮っていたが、どうやら自分と同程度の技量を持っていたらしい。

 

 双方のペイント弾が、互いのコックピットを貫いた。

 

 

「なんてこった。まさかザク一機しか落とせなかったとは……」

『俺もだぜコウ。全く、ただ突っ込んでくるだけの奴と相打ちなんて情けなくて……』

「おい、ちょっと待てキース! まさか……」

 

 

 嫌な予感がしたウラキは、“死亡”したにもかかわらずモノアイを動かす。

 

 するとすぐ横に、残骸の影に飛び込んだらしきザクの“尻”と陸戦型ジムの顔があった。

 

 直後、我らの教官殿の有難いお言葉。

 

 

『ウラキ! キース! この馬鹿共! 味方同士討ちあってどうする!?』

『そんな! だって見た目じゃ分かりませんよ!』

『向こうはそこを突いてきたという訳だ! ……まぁ、仮に生き残っても、ウラキはそのままやられていただろうな』

「……えぇ。間違いなくやられてました……」

 

 

その後程なくしてアレン機も“撃墜”され、状況は終了した。

 

 

 本日の模擬戦の結果。惨敗。

 

 

 



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第02話【共通の戦友】

U.C.0083.10月28日

 気が気でない日が続く。

 出所した後の事を考え俺は刑務所にブチ込まて一年たったあの日から、毎日欠かさず筋トレと、興味のあったモビルスーツ工学の勉強を始めた。

 学生時代にこんな面白い教科があれば、と思える程にスラスラと筆が進んだ、と思う。

 しかし、気になる。

 気になって仕方ない。

 そろそろ“アレ”が始まるのに、なんで俺は柵の向こうから地球を眺める事しか出来ないのだろうか?


【テリー・オグスター獄中の個人日誌より抜粋】



 

「きゅーひゃくきゅーじゅーはち……きゅーひゃくきゅーじゅーきゅー!」

 

模擬戦で敗北。特にフレンドリーファイアの様な“情けない死に方”をしたパイロットには、過酷な罰が待っていた。

 

 

「せぇぇぇん!……ぜぇ……ぜぇ……」

 

 

数十キロにもなる装備を着けたままの腕立て伏せ1000回。

それを成し遂げたコウ・ウラキとチャック・キースの二人が仲良くオーストラリアの地面に倒れる。南半球の10月は“夏”だが、重労働の後だとそんな灼熱の下のアスファルトですら快適なベッドに早変わりだ。

 

 

「よし、朝の訓練はここまでた。キース、ウラキ。飯を食う前にシャワーを浴びてこい!」

「りょ、了解でありますバニング大尉…」

「うぉあー…今なら地面と一夜を過ごせそう。悪りぃコウ、起こして」

「僕だって疲れてんだ……ぞっ!」

「へへっ、悪いね」

 

ウラキの支えで立ち上がったキースと共に、二人は部隊員共用のシャワールームへと急いだ。

 

 

「見た目よりずっとタフな様ですね、大尉」

 

 

 彼らと入れ替わる様にバニングの下に現れたのは、08小隊のカレンだった。

 

 

「若いからな」

「…年だけで言えば、私もさほど変わりませんが」

「おっと、それは失礼。だが君は一年戦争の頃からずっと前線にいたベテランだろう? モビルスーツ操縦経験に関しては俺より先輩だしな。それと比べるとウチの若いのは…」

「毛の生えた赤子、ですね」

「だが見込みはある」

「えぇ。……それでバニング大尉。実は我々はこの基地に呼ばれた理由をご存知ではないかと思い、伺いに来たのですが」

「なんだ、知らなかったのか?」

「えぇ。なんでも“極秘情報”だとか」

「極秘……と、言えば極秘だろうな。実はな中尉。明日、この基地に君達とは別の“ゲスト”がやってくる予定が入っている」

「ゲスト、でありますか?」

「なんでもペガサス級強襲揚陸艦が来るとか。そこから何をするかは聞かされていないが、おおよその検討はつく」

「……確かこの基地には、戦術核が貯蔵されていると聞いた事が」

「察しが良いな、中尉。俺もそれを睨んでいる」

 

 二人のベテランパイロットが、同時に空を見上げた。

 

 青く澄んだ空の向こうには、白い雲がいくつか浮かんでいるだけである。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 U.C.0083

 一年戦争と呼ばれた戦いから三年が経過し、地球圏は依然と変わらぬ静かな時を過ごしていた。

 しかし、一度刃を向け合い殺し合えば、双方が完全に矛を収めるというのは難しい。

 

 深海を静かに移動する、旧ジオン軍のユーコン潜水艦もその“矛”の一つだった。

 

 

「……大佐、まもなくオーストリア大陸です」

「ようやくだな。例のペガサス級は?」

「まだ見えません」

「だろうな。見えていたら先回りの段取りが台無しだ」

 

 

 艦長と思しき男の横で、“大佐”と呼ばれた青年が笑みを浮かべた。

 

 薄暗い照明の下では全容を把握出来ないが、カスタムメイドされたジオンの軍服とメット、そして極めつけに目には謎の“仮面”。

 

 その出で立ちは正しくジオンの“赤い彗星”……シャア・アズナブルを彷彿とさせるものだった。

 

 しかしシャア・アズナブルと違い、この青年の髪の色は、“銀色”であった、というのは将兵の中で小さな噂となっていた。

 

 

「しかし残念ですな。シーマ・ガラハウの艦隊は本作戦の参加を拒まれたのでありましょう?」

「ジオンの誇りを忘れ海賊になり下がった者達か……全く、どうなっているのだこの“世界”は……!」

「は?」

「……いや、なんでもない。“宙”からの同志は?」

「予定通り待機しておられます。本艦ももうそろそろ予定位置に到着します」

「分かった。では、私も上陸準備をさせてもらおう。……艦長、私が留守の間、私のモビルスーツの事をよろしく頼む」

「記念写真くらいは部下に撮らせてあげて欲しいものですな」

「それくらいなら許可してやる」

 

 仮面の青年が再び口角を上げ、ユーコンのブリッジから去っていった。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「ふぅ……」

 

 

 何やら嫌な予感がする。

 

 時刻は夕刻。08小隊所属のサンダース少尉がそんな胸中の不安を抱えたまま向かったのはトリントン基地内部にある小さなバーだった。

 

 

「……おい、あれってもしかして“死神サンダース”か……?」

「む……」

 

 

 バーカウンターに座り注文したウィスキーを待っていると、テーブル席から小さな声が聞こえてきた。

 

 死神サンダース。

 

 かつて“入隊した部隊が三度目で壊滅する”と言われ、味方から呼ばれるようになった忌々しい名前だった。

 

「……マジかよ。一年戦争でガンダムに乗ってた有名なパイロットの一人かよ!?」

「“死神”なんてカッコいいよな…! きっとジオンの連中を大量に撃墜したからそんな渾名が貰えたんだぜ……!」

「な、なぁコウ! お前、あの噂聞いて来いよ! ガンダムの片手でザクを逆さ吊りにして“お前は最後に殺すと約束したな?あれは嘘だ”って言って崖から落とした伝説が本当かどうか!」

「そんなのキースが聞けよ! ……大体、陸戦タイプのガンダムのスペックじゃ、どう頑張っても片手でザクの重量を支えられないし……」

「かーーっ! お前って冗談も通じないのな! 憧れのガンダムパイロットと絡むには話題作りが大事なの! 女の子とデートするのと一緒!!」

 

 

 全部聞こえてる上、海の向こうに伝播していた知らない“死神サンダース伝説”に困惑する伝説の人本人。人の噂なんて、大体そんなものである。

 

 

「おい、騒がしいぞお前達! そんな元気が残ってるなら、今から明日の朝までの追加メニューを組んでやろうか!?」

「バッ、バニング大尉!?」

「し、失礼致しました! 黙って同僚と親睦を深めるでありまぁす!!」

「ふん……すまんな少尉。隣良いか?」

 

 

 “死神サンダース”に興奮していた若い士官を一喝したのは、たった今入室してきたトリントン基地の軍人だった。名は確か、サウス・バニング大尉。モビルスーツ隊の教官だ。

 

 

「え、えぇ。こちらこそ。その……ご一緒出来て光栄です、大尉」

「君達は見た目に対して謙虚だな……いや、失礼。今朝これでマシス中尉を怒らせてしまったんだった」

「は、はぁ……自分は、あまり気にしていないので」

「そうか! マスター、とりあえず俺にもいつものを頼む。……それで少尉。これは今し方司令官から聞いた話でな、正式には明日皆に伝える事になってるんだが……例のペガサス級には、アナハイム製の新型モビルスーツが搭載されていてな。そのパイロットをウチの連中か君達の中の誰かを使うらしい」

「ペガサス級の新型ですか……それはつまり」

「……ガンダムタイプ。ありえん話ではない。それで、だ少尉。現役“ガンダムパイロット”として意見を聞かせて欲しいんだが……今日の模擬戦で戦った若いのの中で選ぶなら、誰を推奨する?」

「そういうのは、自分よりカレン隊長に聞いてみた方が良いのでは?」

「聞いてみたんだがね。あのガンダムは“借り物”だから、という理由で拒まれてしまってな」

「ふっ……まだ“隊長”の事を……」

「少尉?」

「おっと、失礼。少し昔の事を思い出しまして……そうですね。単純な技量面で言えば、試作機らしいジムのパイロットですが」

「アレン中尉か。ウチでは俺の次に腕がいい。やはりアイツが適任かと思うか?」

「いえ……一人、面白いパイロットが居ましたね。フレンドリーファイアで倒れた内の片方……思い切りの良いパイロットなら“新型”に一番早く馴染むかと」

「ウラキ少尉か! 確かにアイツは無鉄砲だが思い切りがいいと言えばそうだな! おい聞いたかウラキ少尉! 現役ガンダムパイロットからお褒めの言葉を戴いたぞ!」

「バニング大尉! コウのヤツは飲み過ぎで眠りましたー!!」

「うぅ……にんじん……いらな、い……」

「明日の訓練で寝坊したらお前も連帯責任だぞキース! 分かったら叩き起こすか抱えるかして部屋まで連れていけ!」

「そ、そんな! 俺はちょっとコウのグラスに酒を注いだだけなのにーっ!!」

「……あんなのだが、大丈夫か?」

「えぇ。きっとガンダムなんて、あれくらいの器量がないと扱えないのかもしれません」

「それは自慢かな?」

「いえ、隊長……“元隊長”や、一度だけ共に戦った“黒いガンダムのパイロット”の事です」

「“黒いガンダムのパイロット”……“テリー・オグスター”か」

「ご存知でしたか、大尉。……しかし、自分は今でも信じられないのです。あのテリーが、戦犯などと……!」

 

 

 テリー・オグスター。

 

 かつて一年戦争において伝説的活躍を残した“ガンダム”のパイロットの一人だが、世間の評価が良いものではなかった。

 

 曰く“停戦協定が行われている最中、独断で敵艦隊を刺激し、結果としてア・バオア・クーの戦いの回避に失敗した”というもの。

 

 “彼”を知らない連邦軍人の間にはその噂は一気に広まり、地上に居たサンダース達の下にすら届いたほどだった。

 

 流石に三年も経てば噂も影を潜めたが、彼を知る人物にとって、それは大きな“違和感”だった。

 

 一番の疑問は、モビルスーツの無断使用に、敵への独断攻撃などを事実だけ鑑みても最悪銃殺刑を免れぬ程の重罪であるにも関わらず、ただの“禁固刑”に留まっている事。

 

 明らかに刑が軽すぎるのだ。

 

 

「実はな少尉。俺も一緒に戦った事がある。……忘れもしない、ソロモン攻略戦だ」

「その時の、彼の様子は?」

「モビルスーツをあんなに自分の手足の様に扱える奴が居るのかと、驚いたものだ。それに、まるで俺達や相手の思考まで読んでいるのかと思う機敏な状況判断……“ニュータイプ”なんて伝説を信じたくなるのも頷ける」

「自分が一緒に戦った時は、その様なパイロットには思えませんでしたが……それほどまでに成長する程、苛烈な戦いに身を投じていたのか……」

 

 

 まさかその経験値のほとんどを一機のザクとの“スパーリング”だけで得たというのは、この場にいる全員が知る由もない話である。

 

 

「個人の腕前はさておき、俺も少尉の意見には賛同する」

「と、言うと?」

「“奴がそんな事をするはずもない”って話さ。最も、俺は一度しか一緒に戦ってないからな。勘でしかないが……」

「勘、ですか。……自分以外にもそう思ってくれる人間が居たと思うだけでも、今日飲みに来た価値があるというものです」

「…まさか出会ってすぐのサンダース少尉とこんなに深く話せると思えなかった。ここは一つ、“無実の罪”で投獄された戦友の為に乾杯してやろうじゃないか」

「そう、ですね。では、戦友に」

「戦友に」

 

 

 二人の男が、一人の男の為にグラスを傾けた。

 



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第03話【ガンダム強奪】

U.C.0083.10月29日

ペガサス級“幻の戦艦”フォリコーンの超スーパーエースパイロットだった俺だが、実をいうと戦艦という枠内でなら一番好きなのはペガサス級アルビオンだったりする。次点でマザー・バンガード。

 何が言いたいのかというと、めっちゃ見たい、アルビオン。

 あの時は確かにアレ以外の選択肢が無かった訳で、でも結果論としては連邦軍の数がちょっと多く残った程度だと聞くし、それだと俺の頑張った意味ってあんまりなかったんじゃね? あのままシャアのジオングがいないア・バオア・クーを第13独立部隊の皆で殴り込みして戦火を上げまくった方が後々身の振り方を検討出来たんじゃね? と、嫌な方向ばかりに思考が向くようになってしまった。少なくともこんな所で悶々としながらペンを紙に走らせることはなかっただろう。そう考えると、出撃前にバーニィに殴られた頬が違う意味で痛んでくる。アイツ、元気でやってっかなぁ。無事にアルの所に帰れたんだろうか……。

 っと、ヤバイ。今日の日誌はこの世界の人間に見られたら怪しい事ばかり書いてしまった。無意識に心の内を晒そうとするとこうなってしまう。まぁ誰かに話したくなる衝動を抑えられているのなら効果はあるのだろう。

 これからは意識すると共に、この日誌を誰にも開かれない様にしないとな…。


【テリー・オグスター獄中の個人日誌より抜粋】


 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

ペガサス級強襲揚陸艦“アルビオン”。

 

ホワイトベースの血を引くその艦が飛んでいたのは太平洋のど真ん中。丁度南米ジャブローとオーストラリア大陸の中間付近だった。

 

「パサロフ、航行に支障はないな?」

 

アルビオン艦長、エイパー・シナプス大佐が操舵のイワン・パサロフに問い掛けると、彼は手帳から目を離さずに小さく頷いた。

 

「ごめんなさい艦長、勝手にブリッジに上がってしまって」

 

キャプテンシートの前、ブリッジから見下ろせる広大な太平洋に視線を落としていた“二人の”女性の内の一人、金髪の女性がシナプスに気付き、頭を下げた。アナハイム・エレクトロニクス社から派遣されたシステムエンジニアのニナ・パープルトンだ。

 

「お気になさらず、パープルトンさん。しかし、ジャブローからずっと同じ景色では飽きてくるのではないかね?」

「そんなこと…!いつ見ても波の動きが違うんですもの!私達スペースノイドにとって、それだけでも新鮮ですわ…!」

「ん?ああ、そうか。君は地球に降りるのは初めてだったか。ワイズマン技術大尉もそうだったかな?」

「いえ艦長。私は旦那に“本物のシドニー”というものをはっきりと教えてあげないといけないので」

 

 そう言ってハンディカムを一旦下ろして振り向いたのは、赤い髪の女性だった。名は、クリスチーナ・ワイズマン。

 かつて一年戦争においてガンダム“NT-1アレックス”を駆り数多の戦果を上げた、あのクリスである。

 

 

「それと艦長。お仕事中は“旧姓”で呼んで頂ければと」

「おっと、すまんな。マッケンジー大尉」

「見えたわ、クリス!アレがオーストラリア大陸ではなくて!?」

「ちょっとは落ち着きなさいよ、ニナ」

 

 

 同じスペースノイドのニナとクリスだが、クリスは任務で何度か地上に降りていた為、然程気にした様子はない。クリスのよく知る南極を見たらどんな反応をするのか、確かめられないのが残念である。

 

 

「大陸が見える……と、言うことは“ここ”がシドニーですね、艦長?」

「そうだ」

「えっ……? でもここはまだ、海の……」

 

 オーストラリアの首都シドニーの名を聞いたニナがブリッジから見下ろすが一面に広がる海ばかりで陸地はまだまだ先だった。

 

「ここが、“コロニーが落ちた”場所だよ」

 

ニナが“答え”に辿り着く前に、シナプスが口を開く。

 

 

「ここが…ッ!?」

「ジオンのブリティッシュ作戦の名残ね……」

「直径5万キロメガトン級のクレーターだ。戦争の爪痕……と、言うにはあまりにも甚大すぎた」

 

 シナプスとクリスの言葉を聞いたニナの表情が一変。子どもの様にはしゃいでいた顔から笑みが消える。

 

「ここが、全部……?」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 その後アルビオンはなんの障害もなく、トリントン基地へと到着。ニナ達アナハイムのスタッフと“相談役”クリスは技術者の主戦場へと移動した。

 

「それにしても、“相談役”なんて大層なお役目…私なんかで良かったのかしら?」

 

 アルビオン左舷格納庫内部にて整備中だった“ガンダム”の整備チェックを一通り終えたクリスがふと、そんな事を呟いた。

 

 ガンダムの開発に関して有名なのはアムロの父、テム・レイ博士だが、彼は一年戦争序盤に消息を経って久しい。

 

 だが、だからと言って“他のガンダム”の開発スタッフなら他に何人もいるし、ガンダム開発スタッフに拘らなければクリスより優秀な人物はそれこそ星の数ほどいる。

 

 そんな中、南極基地の隅っこでプロジェクトに従事していた一介のテストパイロットに過ぎない自分がわざわざジャブローに呼び出され、アルビオンに乗艦したのは些か過大評価されているようにしか思えなかったのだ。

 

 

「私“なんか”って謙遜を…“ガンダム”開発に関わったスタッフで唯一のパイロットの女性っていうだけで本社では憧れの的なのよ?……ねぇ、軍属の技術スタッフじゃなくて、ウチに来る気はない?」

「アナハイムねぇ……サイド6にも近いし、職に困った時はそうしようかしら?」

「ふふっ、その時は私から紹介状書いてあげるわね……あら?」

 

 

 クリスの横でさりげなく彼女のヘッドハンティングを画策していたニナの手が止まる。クリスも作業を一旦中断し視線を移動させると、開け放たれた格納庫の扉付近に乗り捨てられたバギーと、それを運転していたらしい若い連邦の士官が辺りを興味深そうに観察していた。

 

 

「この時間は技術スタッフ以外立ち入り禁止って言ってたのに…!」

「あら、でもアルビオンでは見たことない顔ね。ここの人じゃない?」

「軍人なんてどこも変わらないのね!ちょっと追い出してくるわ!」

「心配だし、私も着いていこうかしら」

「もう、まるで保護者ね」

「相談役でーす」

 

 

 実際にはニナがトゲを飛ばしまくって連邦士官と喧嘩するのを阻止する為、という真意を隠し同行するクリス。

 

 

「おい、見ろよキース! こっちのはコア・ファイター付きだぜ!」

「見りゃ分かるよ……お?」

 

 

 アルビオンに搭載された“二機のガンダム”の内の一つ“GP-01ゼフィランサス”……試作1号機を下から覗き込む様に観察する士官の後ろでつまらなそうに辺りを見渡していたサングラスの士官と目が合うクリス達。

 

 

「ちょっとあなた達! 今は関係者以外立ち入り禁止よ!」

「アナハイムの人? 自分はこの基地でテストパイロットをしています、チャック・キース少尉であります!」

「あら、テストパイロットの……私はシステムエンジニアのニナ・パープルトンです。悪いけど、見学なら明日以降にして下さる?」

「それは良いんだけどさ、俺は君に興味があるかな。今夜空いてる?」

「な、なぜかしら…?」

「だって僕らのデートの予定を決めないといけないじゃないか! あ、お隣のお姉さんも是非、どうですか」

「うふふ、所属は違うとはいえ、上官を“ついでに”口説くなんて、貴方なかなかいい根性してるわね」

「じょうか……」

「ご紹介しますわキース少尉。こちら南極基地からわざわざお越しいただいたテストパイロット兼相談役のクリスチーナ・マッケンジー技術大尉よ」

「げぇ! た、大尉!? しっ、失礼しました! そ、そこにいるのは同僚のコウ・ウラキ少尉。……おーい、コーウッ!」

「んー?」

「ニナさんだ! アナハイムのシステムエンジニアだそうだ! それと、南極基地のマッケンジー大尉!」

「よろしくー」

「……ウ、ウブな奴でね、美人に弱い」

「本当にそれだけかしら?」

「ちょっと君! あんまり近付かないで……!」

「彼は私に任せて、ニナ……ウラキ少尉、で良かったかしら? 貴方ガンダムに詳しいのね」

「いえ、ガンダムだけって訳じゃないつもりなんですけど……この重装甲のガンダム、凄いブースターだ……でも、何か変だぞ……高機動重装甲がコンセプトだとしたら、横の冷却装置付きシールドは一体……?」

 

 

 クリスが話し掛けてもお構いなしに、ウラキと呼ばれた若い士官は二機のガンダムに夢中だった。

 

 

「私は直接開発には関わってないけど、どっちも良いガンダムよね」

「はい。とても素晴らし……あれ、あそこにあるのはジムかな?」

「そうよ、私のモビルスーツ。あっちなら好きに見ても良いわよ?」

 

 

 クリスが自慢気に話した事を聞いていたのかは怪しいが、格納庫の更に奥へと足を進めるウラキ。彼女もそれに続く。

 

 二機のガンダムの横に格納されていたのは、一年戦争終結後にエースパイロット用として開発されたモビルスーツ“ジム・カスタム”だった。

 

 白を基調に各所に青を取り入れたカラーリングは本来のそれとは違い、基礎設計となった“NT-1アレックス”を彷彿とさせるものだった。

 

“特徴がないのが特徴”と言われた本機だが、しかし。

 

 

「あれ、このジム、変わってるのはカラーリングだけじゃないですね? 腕部のパーツが二回りは大きいぞ……ちょっと待てよ。どこかの資料でこれに似たパーツを見たような……アレックス? そうだ! NT-1アレックス! あのガンダムの50ミリガトリング砲と同じカバーだ!!」

「あら、凄いわね。ドンピシャで当てちゃうなんて! そうよ、この子の腕は戦後に解体したアレックスの腕をレストアしたものなの」

「でも、マッケンジー大尉。そんな貴重なパーツを一体……ん? マッケンジー……?」

「そうよ。クリスチーナ・マッケンジー」

 

 

 やっとモビルスーツから目を離してクリスの方に視線を向けるウラキ。その目は憧れ半分、困惑半分と言った色だ。

 

 

「も、もしかしてアレックスのテストパイロット、クリスチーナ・マッケンジー中尉ですか!?!?!?」

「一年戦争時代は確かに中尉だったわね」

「あのっ……その、自分、失礼しました! ちゅ…た、大尉殿と知らず、とんだ御無礼を……!」

「多分謝罪するタイミングはとっくに過ぎている様な気がするけど、私のジム・カスタムの“隠し玉”を言い当てた素晴らしい観察眼に免じて、今回は不問とします」

「ありがとうございます!」

「でも、全くお咎めなしもそれはそれで……そうだ。折角だし、基地を案内してもらおうかしら? 他のパイロットの方達にも挨拶しておきたいし」

「自分で良ければ、是非ご案内させて頂きます!」

「決まりね。ニナも行くでしょ?」

「え? でも私はガンダムの整備が……」

「息抜きも仕事に必要な事よ!」

「もうっ! 相談役ってそういう職権乱用の為の肩書きじゃないのに!」

「で、行くの? 行かないの?」

「行くわよ! ……だって“彼”とモーラの邪魔しちゃ悪いし」

「お気遣いありがとね、ニナ」

「コ、コウ……たすけて……」

 

 

 ウラキは全く気が付いていなかったようだが、キースはアルビオンクルーの中でも一際大柄な女性整備士モーラ・バシットと硬い握手を交わしていた(モーラに無理矢理捕まれているとという)。

 

 

二人はビールだか夕焼けだか、そんなホットスポットに向かうようなので、クリスはニナを連れ、ウラキ先導の元トリントン基地を案内してもらう事にした。

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「はぁ……」

 

 元第13独立部隊のモビルスーツパイロットにして、現在はコジマ大隊第08MS小隊に所属するヒータ・ジョエルン。しかし彼女は本来戦場に立つような“身分”ではない。

 

 彼女のフルネームはヒータ・“フォン”・ジョエルン。宇宙世紀以前から続く古い貴族の家系で、彼女はその娘だった。因みにジャブロー基地がジオンに強襲された際に戦死したテリー・オグスターの部下ヨーコ・フオン・アノーは彼女の幼馴染だが、家柄的にも個人的にも犬猿の仲であったという。

 

 元々淑女とは無縁のお転婆な性格を叩きなおす為だけに軍学校に入隊した訳だが、ジオンとの戦争が始まり成績優秀だった彼女が実家に帰る事は許されず、また、本人もそれを望んだ。

 

 そして一年戦争が終わると彼女は“テリー・オグスターとの別れ”を惜しむ時間も与えられずに実家へと強制送還された。だが、軍属を強く希望する彼女の血気迫る説得と、“お荷物のお嬢様”とは到底言わせない戦果から遂に両親は納得。しかし条件として比較的目の届く“地上勤務”を言い渡されて、今に至る。

 

「テリー……」

 

 だが、それもこれも、愛する男の事を考える暇を己に与えない為であった。

 

 あれから、三年。

 

 しかし三年経っても、彼女の中の想いの炎は消えていなかった。

 

 “激戦区”だと聞いて希望した旧東南アジア戦線転属だったが、“あの親”が許可する程に戦闘は無縁の後方。それに気が付けばオーストラリアの荒野のど真ん中である。

 

 “新しい仲間”とも馴染む気を全く見せず、空いた時間は格納庫などで一人ただ時が過ぎるのを待っていた訳だが。

 

 

「ここが、現在第08MS小隊に貸し出している格納庫です」

「まぁ! これって旧式の陸戦型ガンダムじゃない! まだ動かせるものがあるなんて、知らなかったわ!」

 

 

 名前は憶えていないが、先日の模擬戦で戦ったこの基地の新米テストパイロットと、アナハイムの制服を着た女性が現れる。

 

 出撃要請を知らせる為にやってきた……とは到底見えない。アレではまるでデートである。

 

 片想い拗らせたヒータには一番見せてはいけないものである。

 

 

「はぁ……」

 

 

 だが、追い返す元気もない。

 

 今の彼女を動かせるのは、モビルスーツに乗っている時くらいであり、せめて“昔の仲間”の一人にでも再会出来れば、人間関係にも少しは改善の兆しが見えるかも知れないのだが……。

 

 

「もしかして、ヒータ……?」

「……クリス? クリスじゃねぇか! なんでここに!?」

 

 

 その日、彼女は三年振りに戦場以外で表情を明るくしたという。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「これは演習じゃないぞ、急げ!!」

 

 

 

 夜空が見下ろすトリントン基地が、怒号と爆発に包まれていた。

 

 レーダー網をかいくぐって襲ってきたミサイル群による爆撃。

 

 ピンポイントで基地司令部を吹き飛ばした初撃と共に、旧ジオン軍製らしきモビルスーツを確認。緊急事態と踏んだバニング大尉は部下達を招集し、モビルスーツでの出撃を促した。

 

 彼にとっては“久しぶりの実戦”だが、ここにいる新米のほとんどはこれが“初の実戦”。各々の顔に普段以上の緊張の色が見える。

 

 

 

「た、大尉~!!」

 

 

 

 少し遅れてバニングの所に走ってきたのは、キースだった。その表情は周りより更に焦燥感があった。

 

 

 

「ジ、ジオンです! ジオンが核弾頭装備の2号機を奪取しました!!」

「何⁉ ジオンだと! アイツらまた戦争やる気なのかよ⁉ 一体何人殺れば気が済むんだ!!」

 

 

 

 キースの言葉にカークスが足を止め、忌々しい“敵”へ悪態をついた。

 

 

 

「行くぞ!」

「「「おう!」」」

 

 

 

 だが、バニングが冷静に、かつ迅速に部下達に檄を飛ばす。

 

 こんなピンポイントでの“ガンダム強奪”が偶然の産物とは思えない。

 

 はっきりしているのは、既に自分たちが後手に回っている事。

 

 ならば、こんな所で地団駄を踏んでいる時間など一切ないというものだった。

 



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第04話【終わりなき追撃】

 

 状況は少し前に戻る。

 

 

『このガンダムと核弾頭は頂いていく……ジオン再興の為に!!』

 

 

 “内通者”によってトリントン基地へ潜入、核弾頭装備のガンダム試作2号機のコックピットに乗り込んだその男は、高らかにそう言った。

 

 

「ここから出す訳には……いかないっ!!」

 

 

 それを止める為に最初に2号機に立ち塞がったのは、ウラキが乗り込んだ試作1号機だった。軍規に則れば、彼もまた重罪だが、状況はそうも言っていられない。

 

 

『やはり“原作通り”だなコウ・ウラキ! しかし私は“悪夢”の様に未熟だからと見逃しはしないぞ! ここで死んでもらう!!』

 

 

 2号機の奪ったジオンのパイロットがそう言いながら、ビームサーベルを抜いた。対するウラキも1号機のビームサーベルを抜き、構える。

 

 

「は、ハッタリになんてぇ!!」

 

 

 二本のビームサーベルが交差する。しかし、根本的な出力で1号機は劣っており、機体のパワー、更にパイロットの技量にも差。

 

 

「圧されている!?」

『そのまま死んでもらおう!』

『ウラキ少尉!』

 

 

 だがウラキには“味方”がいた。

 青と白のカラーにリペイントされ、“先祖返り”したジム・カスタム。

 “隠し玉”から放たれた無数の鉛玉が2号機を襲う。

 

 

『なんと!』

 

 

 驚きこそすれ、2号機のパイロットはこれを回避してみせた。

 1号機と2号機の間に、クリスの乗るジム・カスタムが割り込む。

 

 

『待たせたわね!』

「た、助かりました! マッケンジー大尉!」

『マッケンジー!? クリスチーナ・マッケンジーか! 何故ここにいるんだ!?』

『大人しく投降するなら、ゆっくりお話してあげるわ!』

『チィッ! 流石に分が悪すぎるか!』

 

 単純に戦闘するなら、これでも五分か怪しいだろう。

 しかしジオン残党兵の目的はガンダムと核弾頭の無傷での奪取。

 足の一本でも奪い取れば、こちらの勝ちだ。

 

 しかし、敵は更に一枚上手だった。

 

 

「う、うわあぁあぁぁ!?」

 

 

 上空からのミサイル攻撃。そしてドムタイプのモビルスーツによる襲撃。

 

 ガンダム2号機を取り押さえる為に視線を内側に向けていたトリントン基地は、その無防備な背中を一気に蹴り飛ばされる事になったのだ。

 

 

『“大佐”! 無事に成功しましたか!?』

『良い手際だ、ゲイリー! それでは撤収する!』

『了解であります!』

 

 

 専用回線ではなく、共通の回線で送られた通話はウラキにも届いたが、その腕までは届かなかった。

 

 更に激しいミサイルの追撃が基地を襲う。

 

 爆発があった。基地司令部の方が炎上しているのが見える。

 

 

「見逃して……くれたのか?」

『無事かウラキ!?』

「でもあの男……なんで僕の名を……それに、原作通り、って一体……?」

『ウラキ! ミサイルのシャワーくらいでビビるな!!』

「はっ! ……バ、バニング大尉!?」

 

 

 何か重要な事に気が付きかけたウラキだったが、その思考は上官の叱責によって吹き飛んでしまう。目の前には、バニングが使用するジム改の姿があった。

 

 

『ライフルを取れ、ウラキ。我々はこれより、ジオン残党軍の追撃作戦に移る!』

「りょ、了解!」

『バニング大尉、私もお手伝いします!』

『助かる、マッケンジー大尉。ウラキ少尉は俺と来い! マッケンジー大尉は08小隊と合流してくれ!』

『分かりました!』

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

『アルビオン所属、テストパイロットのクリスチーナ・マッケンジー技術大尉です! 只今よりそちらに合流、作戦行動を共にさせて頂きます!』

 

 

 根本的に命令系統が違う08小隊は先んじてジオン残党軍の追撃を開始していたが、ここは彼女らにとってはアウェーの地。トリントン基地の駐留部隊との足並みを揃える為に一時待機していたカレン達の下にやってきたのは、青と白のカラーのジム・カスタムだった。

 

 

『隊長! クリスはテストパイロットだが、一年戦争でガンダムに乗ってたエースだ! 腕はオレが保証する!』

「驚いた、ジョエルン少尉……アンタ人並に話せたんだね」

『え?』

 

 

 素っ頓狂な声を挙げるヒータだが、それもまた、カレンは初めて聞く声だった。

 今の今まで機械の様に淡々と任務に従事していたヒータの人間らしい一面を目の当たりにし、カレンの“重荷”の一つが片付いた。

 

 

「いや……コミュニケーションが取れるなら、私はなんだって良いさ……エレドアァッ! 逃げた連中の足取りは掴めたかい!?」

『ダメだ! 連中さっさと索敵外に逃げやがった!』

「流石今までコソコソ生きて来ただけあって、逃げ足は一級品ってかい……! マッケンジー大尉! アンタの方が階級は上だけど、私らは大尉に従えばいいのかい!?」

『階級なんてお飾りのテストパイロットよ、気にしないで! それに私、隊長なんて柄じゃないわ!』

「じゃあヒータに倣って呼び捨てにさせてもらうよ、クリス! …サンダース! ヒータ! ジョナサン! オーストラリアの田舎者に、本物の追撃戦の手本を見せてやるよ!」

『『『『了解!』』』』

「エレドアとミケルはそのままホバートラック! 他の部隊との情報共有も忘れんな!」

『了解です、隊長!』

『任せときなカレン!』

「08小隊全力出撃!!」

 

 陸戦型ガンダムに、陸戦型ジム。そして鹵獲した連邦カラーのザク、専用カラーのジム・カスタムとホバートラックと引き連れたガンダムEz‐8が再びオーストリアの大地を進む。

 

 この作戦においてザクのパイロットを務めていたジョナサン・クレインは後に語る。

 

“地球連邦軍のおっかない赤髪女三人が初めて揃った瞬間である”と。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「霧が濃くなってきたな……!」

 

 真っ白な視界の中、ジム改のコックピットの中でバニングは悪態を付いた。

 

 追撃開始から約数時間。夜は明け、辺りは朝靄が包み更に視界が悪くなっていた。

 

 ジオン残党軍は宇宙への脱出を画策していた様で、大気圏離脱能力のあるコムサイを忍ばせていたが、ウラキ少尉の乗るガンダム1号機がこれを撃破。しかしその代償に、アレン中尉の乗っていたパワード・ジムが敵の前に散った。

 最初の襲撃で一刀両断されたカークス含め、これで殉職者は二名。

 バニングの部下は、キースとウラキの二人だけになってしまった。

 

 だが、ただの痛み分けでは終わらなかった。

 

 地上戦のスペシャリストとも言うべき08小隊が味方にいたのが幸いし、2号機の逃走ルートの割り出しが早急に完了したのだ。

 

 現在はその目標地点に先行しているトリントン基地の他の駐留部隊、カレント小隊の後ろにバニングの隊と08小隊が後続として進軍しているという形になる。

 

 

『……バニング大尉。敵は2号機を奪取して、何を企んでいるのでしょうか?』

 

 

 緊張に耐えきれず、キースがバニングに話しかけてきた。

 いつもの陽気な様子は完全に引っ込み、怯え切っている。

 

 

「……さぁな。考えられるとすると、連邦の本拠であるジャブローを狙うのが一番だが、それだけとは思えん。しかし今は重要じゃない話だキース。作戦に集中しろ。2号機さえ取り押さえられれば、それも杞憂に終わる」

『りょ、了解です……』

「……お前達はこれが初陣だからな。不安なのも分かる。だが訓練通りにやれば大丈夫だ……アレンやカークスが死んだのは“運”が無かったからだ。こればかりはどれだけ訓練を積んでも覆せん。だが、自暴自棄にさえならなければ“運”以外では死なん。……少なくとも、俺はお前達にそういう教導をしてきたつもりだ」

『大尉……』

 

 目の前でアレン中尉の“死に際”を見ていたキースの声に、徐々に色が戻ってくるのを感じたバニング。

 

「湿っぽい話になったな……。そろそろ先行した中隊が接触するだろう。ウラキ少尉。お前のガンダムが“耳”が良い。通信出来るか?」

『了解。繋ぎます』

『ぐわぁ!?』

「!?」

 

 最初に聞こえてきたのは、パイロットの誰かの悲鳴だった。

 そして続くのは、砂嵐。

 

 

「カレント小隊どうした、応答しろ! カレント!!」

『こちら08小隊のエレドア・マシスだ! カレント中隊が全滅した! 一味がそっちに向かってるぞ、数は1! 正面だ!!』

『まさか2号機……!?』

「連中の目的はその2号機の奪取だぞウラキ少尉! 引き返してくるのはあり得ん、他の敵だ、警戒しろ!!」

『きっ、霧の向こうに光が! ビームの光が見えました大尉!』

「なにぃ!?」

 

 

 キースの悲鳴に近い指摘を受けて、シールドを前面に構え警戒するバニング。

 直後、確かに2つの光が見えた。

 一つは、ジオン系モビルスーツの特徴たる、モノアイの光……これだけで2号機で無い事は確定だ……の、下。霧の中に光る、2本のビームサーベルの光。否、正確には2本のビームサーベルではなく、一対の武器だった。

 

 あの特徴的なビーム兵器を携帯しているモビルスーツの種類は、少ない。

 

 

「ゲルググタイプのモビルスーツか!」

『あの装備にカラーリング……まさか幻の陸戦仕様!?』

 



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第05話【ジオンの戦士達】

U.C.0083.10月30日

 現世から隔離されたこの場所だが、一応は軍が管轄する施設と言うだけあって、戦闘関連の話題の噂に関してはよく耳にする事があった。

 とはいっても、各地で小規模ないざこざがある程度で、どこも暇を持て余しているらしい。

 この時期の事件と言えば『デラーズ紛争』だが、何年か前にある筈だったエリク・ブランケ率いる“インビジブル・ナイツ”の“水天の涙作戦”があるが、どうもどっかでフラグが折れたらしく、そう言った噂は流れてこなかった。

 いやまぁ実を言うとガンダム戦記はPS2版のやつしかやった事ないので、水天の涙作戦がどういうのかは知らないのだが。

【テリー・オグスター獄中の個人日誌より抜粋】



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 目が覚めた時、“男”は自分が良く知る“空想上の世界”にいた。

 

 彼は根っからの“ジオニスト”と呼ばれる人種。

 腐敗した地球連邦に憤りを覚え、打倒の為に立ち上がったジオン公国に憧れと羨望の眼差しを向け、また、モビルスーツのデザインに関してもコスト重視の手堅い設計の連邦のジム系より、創意工夫を感じるジオンのそれにロマンを感じていた。

 

 故に、最初に“男”の意識が目覚めた時、目の前に静かに横たわる“ザク”を見た時、彼は大層喜んだ。

 

 期せずして、憧れの世界の、憧れの陣営にいたのだ。

 

「しかし、奇妙な世界だ……」

 

 ガンダム2号機のコックピットの中で、連邦の制服に身を包んだジオンの兵が一人呟いた。

 

「ガトーがソロモンの海に散り、デラーズもア・バオア・クーで戦死……。それだけかと思えば何故か08小隊がトリントンにいる。やれやれ、これでは過剰だと思っていた『戦力増強』も少々頼りないかな……?」

 

 “男”の目が覚めた時、一年戦争は既に終わっていた。

 

 自分がガンダムを打倒し、歴史に大きな爪痕を残す……事は叶わなかったが、それでも“男”は諦めなかった。

 

 赤い彗星という“器”を借りた“男”は奔走した。休戦協定後も各地で奮戦するジオン兵となんとか渡りを付け、“本来のデラーズ・フリート”に近い戦力を味方につけた。そう、彼は“エギーユ・デラーズ”であり、“アナベル・ガトー”でもある“シャア・アズナブル”だった。

 

『“大佐”。友軍が敵の後詰部隊と会敵したそうです』

 

 霧の向こうをゆっくり歩いてくる機体があった。イフリートと呼ばれるモビルスーツの一機“イフリート・ナハト”だ。

 

「うむ。……しかしあの基地にはソロモンで暴れ回った“不死身の第四小隊”のエースパイロットがいると聞いた。“彼”一人に任せて良いものだろうか……」

『それならば、我ら“インビジブル・ナイツ”にお任せを』

「しかし、まだ君達を舞台に上げる予定ではなかったのだがね……」

『客の期待には、サプライズを以て答えなければなりますまい。……それに、“大佐”からお誘い頂けなければ、我らはもうとっくに“星屑”になっていたかも知れないのです』

「しかし、君達まで捨て駒の様に扱うなど……」

「“大佐”は星の屑作戦成就の事だけを考えてくだされば良いのです。……それでは」

 

“男”に気を使ってくれたのか、イフリート・ナハトのパイロットはそこで言葉を区切り、霧の中へと消える。

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「でやあぁぁぁぁぁっ!」

 

コウ・ウラキが操るガンダム1号機のビームサーベルが目の前の敵へと振り下ろされた。

陸戦型ゲルググはビームナギナタの刃でそれを正面から受け止める。

 

「馬力ではこちらが上の筈なん………うわぁっ!?」

 

 しかし鍔迫り合いの最中、陸戦型ゲルググは後退。そのまま霧の中へと姿を隠す。

 

『足を止めたら的になる事を理解しているな。ウラキ、キース! 相手は相当な手練れだぞ、隙を見せるなよ!』

『そ、そんな! アレン中尉をやったドムだってまだ仕留められてないのにでありますか!?』

『ビビるなキース! それこそ敵の思う壺だ! 連中の目的がただの時間稼ぎである事を忘れるな!!』

「では、このまま突撃しますか!?」

『…よし、次に奴が来たら俺が組ついてでも動きを止める! 二人で2号機を追え! エレドア少尉!』

『3時の方向!距離20!……ん!?いや待て! 11時方向からもう一つ! 早いぞ!』

 

 後方から“目”の役割をしていたホバートラックから警告が飛んでくると当時、霧の向こうから紫色のモビルスーツが現れ、そのままバニングの乗るジム改に突撃。姿をくらませた。

 

『なにぃ!?』

「バニング大尉!」

『俺に構うなウラキ! 行け! キース! ウラキのケツを守ってやれ!!』

「くっ…! 行くぞキース!」

『お、おう!』

 

 上官を援護したい気持ちは確かにあったが、ここで足止めされてはそれこそ今までの“犠牲”が無駄になる。ウラキはなんとか己に言い聞かせ、キースの乗るザクを連れて追撃を再開した。

 

『こちら8小隊のカレン! “スカート付き”を一体殺った!』

『カレン中尉! 私も2号機を抑えに行くわ!』

『ヒータ少尉も連れていきなマッケンジー大尉! 行けるかい少尉!?』

『任せてくれ隊長! 行くぞクリス!』

『えぇ!』

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「状況は⁉」

「バニング小隊、08小隊が海岸線沿いでジオン残党軍と会敵、交戦中です!」

「ぬぅ……流石終戦からずっと暗躍していただけあって、逃げるのは得意という事か……!」

 

 初撃のミサイル攻撃で航行不能に陥ったアルビオンのブリッジで、シナプスは焦りの表情を隠せずにいた。

 

 

「艦長! マッケンジー大尉から入電! 2号機の確保に成功!」

「核弾頭は⁉」

「確認します!」

 

 

 “2号機確保”という言葉にクルー達の表情が和らぐが、シナプスは内に抱える不安をどうしても拭えなかった。

 

 

「妙だな……あそこまで完璧に2号機を奪取しておいて、大気圏脱出用シャトルを破壊された程度で諦めるのか……?」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「やっぱりな……! 連中、核弾頭とバズーカだけ持って乗り捨てやがったんだ!」

 

 ウラキやクリス達が海岸に到着した時、ガンダム2号機は切り立った岩を背に横たわっていた。一応、中にパイロットがいる可能性を考慮して一番実戦経験が豊富なヒータが2号機に生身で接近すると、中は完全にもぬけの殻だった。

 

『爆発物が仕込まれていないかちゃんと確認するのよ』

「いや、それらしいものはないな」

 

 コックピット内部の計器を確認しながら、ゆっくりと2号機を立たせるヒータ。

 

「しかし厄介だぞ。目立つ“目印”だけ置いて雲隠れされた様なモンだ」

『では、周囲の警戒を再開します!』

「無駄だよルーキー。わざわざモビルスーツを置いていったんだ。近海に脱出艇を用意していたと考えた方が良い。とりあえず“2号機奪還”という最低限の任務はこなせたんだ」

『それに、カレン中尉達はまだ戦闘中みたいだし、そっちの援護をした方が良さそうね』

「よし、今度はオレが先導だ! ジオン共にこのガンダムを乗り捨てた“勿体なさ”ってのを叩き込んでやらねぇとな!」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「……よろしかったのですかな?」

 

 

 ユーコン級潜水艦の艦長がそう切り出したのは、核弾頭搭載のバズーカ砲と“大佐”を回収し、オーストラリア近海から移動を開始し始めた頃だった。

 

 

「何がかね?」

「新型モビルスーツの件です。アレの確保こそ、本作戦の“肝”だと思っていましたが」

「モビルスーツ一体とバズーカ一つだけで比べれば、遥かに軽く運ぶのが容易だろう?」

 

 

 対して“赤い彗星”の制服に着替えた“大佐”は表情を変えずに続けた。

 

 

「殿を買って出てくれた同志の為にも、“星の屑作戦”はなんとしても成功させなければならない。それに、核を撃つだけなら他のモビルスーツでも代用できる。南極条約締結前の戦闘を知らない訳ではないだろう?」

「初期型のザクですか。……まさか“大佐”自ら?」

「必要に迫られればな。が……気にする事もあるまい。どうせ“アニメの世界”だ」

 

 

 最後の一言は誰の耳にも届くことはなく、オーストラリアの海の中に沈んでいった。

 




一言近況報告的な

Gジェネレーションクロスレイズがとても時間泥棒です。


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第06話【出撃アルビオン】

 

 

アナハイム・エクストロニクス社が開発した新型ガンダム奪取“未遂”事件は、一年戦争時代に連邦に辛酸を舐めさせた旧ジオン軍所属のエースパイロットのヴァルハラへの栄転を以て、一応の収束を得た。

 

 

しかし、枕詞に“一応”と付くように、本質的には解決しておらず、加えると状況は更に悪化していた。

 

 

『ガンダムごと奪われていた方がまだマシだったな、シナプス大佐』

「誠に遺憾ながら、我々は敵に一杯食わされたと言わざるを得ません」

 

 

 怒号が響くジャブロー基地を背景に隠す素振りもなく深いため息を溢したのは、責任者たるジョン・コーウェンその人だった。

 

 

 核弾頭搭載“モビルスーツ”を追うのは困難こそあれど、ある程度の予想は出来る。

 

 

 なにせ20メートル級の鉄の塊を極秘裏に移動させるとなると、自然とルートは限られる。“あからさま”に輸送機で空輸したりするギャンブルの可能性を除けば、陸路か海路が妥当。海に囲まれたオーストラリアから脱出した事から、自然と後者である事は明白だ。

 

 

 だが、“巨大な目印”たるガンダム2号機そのものは打ち捨てられた。

 

 

『弾頭そのものは宇宙世紀以前の博物館モノだ。撃つ“だけ”なら、2号機に拘る必要はない』

「はい」

『……南極条約をアテに出来る立場でもないのが悲しいな。手段はともかく、連中は確実に“撃って”来るだろう』

「ジャブローに……でありますか?」

『少なくとも、後ろの連中はそう考えている……シナプス大佐。正式な辞令はこれから出すが、貴官らには核弾頭奪還作戦の任についてもらう事になる』

「アルビオンの修理を急がせています。明朝には出航出来るかと」

『うむ。それと補充要員についてだが、東南アジア戦線のパイロット達がそこにいるだろう? 必要なら連中を部下として使ってくれて構わん』

「有難い話ではありますが、彼女らの上官へはなんと説明すれば?」

『ジャブローの高官らしく、傲慢に押し切ってみせるさ。トリントン基地のメンバーからも君の判断で引き抜いてもらって構わない』

「そうなれば、この基地の防衛力が損なわれるのではないでしょうか? 司令部機能は麻痺し、モビルスーツ部隊も1小隊を除き全滅です」

『それについても手を回している。休暇中だった“ベテラン部隊”を緊急召集して向かわせている。防衛は彼らに一任し、大佐は核弾頭奪還作戦に専念してくれたまえ』

「了解致しました。全力を尽くす事を約束します」

『……なぁ、シナプス大佐。戦争は終わったのだ。しかし“アレ”が一発落とされれば、また戦争が起きてしまう』

「承知しております」

『私の権限の限り部隊を動かすが、君達には無理をしてもらうかもしれん』

「覚悟の上です」

『そうか……助かるよ、大佐』

 

 

 敬礼の姿勢でコーウェンとの通信を終えたシナプスは「さて」と一息置いた後ブリッジの脇に控えていたクリス、バニング、カレンの方へと視線を向けた。

 

 

「聞いての通りだ。バニング大尉、カレン中尉。もうしばらく、君達の力を借りたい」

「自分は問題ありませんが、部下達はどうしましょう?」

「大尉の判断に任せる。……そうそう、1号機についてだが、ウラキ少尉……だったか? 彼をパイロットに推薦したいと、技術者からの要望があった」

「確かに、少尉はガンダムを上手く操縦していました。自分から話をしてみます」

「よろしく頼む」

「大佐。我々08小隊も作戦参加には賛成しますが、その場合の指揮系統は如何致しましょうか」

「そうだな……モビルスーツ運用に関しては君らの方が詳しいだろう。大尉らと協議の上で判断してくれ」

「了解致しました」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「今回の核弾頭奪還作戦においてモビルスーツ隊の指揮を任される事になった、サウス・バニングだ。各位、まずはガンダム2号機奪還の成功を喜ぶとしよう。よくやってくれた」

「……」

 

 

 瓦礫の山と化したトリントン基地から飛び去ったアルビオン艦内のブリーフィングルームに響くバニングの声に、その場に集った者達は沈黙でしか返す事が出来なかった。

 

 

「……お前達の気持ちも分かるが、切り替えなければならん。既に聞いていると思うが、俺達はこれよりこの地球のどこかで這いずり回っているコソ泥を探す事になる。そこで、だ。俺とカレン中尉が相談した上で、小隊を二つに分けて個別運用する事になった。割り振りについては中尉、説明を頼めるか?」

「了解です、大尉。……人員とモビルスーツをなるべく均等に分けた結果、バニング大尉を隊長とするA小隊と、私が率いるB小隊に別れる事になった。A小隊ではバニング大尉に、補佐としてサンダース少尉。ウラキ少尉、キース少尉もA小隊配属となる。B小隊は私と、マッケンジー大尉、ヒータ少尉、それとジョナサン伍長。以上だ」

「ん? 俺達はどうするんだ?」

 

 

 自分たちの名前がないではないか、そういって名乗りを上げたのはエレドアだった。その横ではミケルの不満そうな表情を浮かべている。

 

 

「このアルビオンのクルーはほとんどが新兵で、しかもスペースノイドだ。二人にはブリッジから指示を出してほしい」

「確かにホバートラックよりも機材が充実していますし、そっちの方がお役に立てるかもしれませんね!」

「ただし! 必要に迫られた時は現場に飛び込んでもらうから覚悟しときな」

「うへぇ」

「そうだ。それと2機のガンダムの扱いについてだが……」

 

 

 割り振りについての説明がひと段落した後束の間も入れず、バニングは話を続ける。

 

 

「1号機にはウラキ少尉。2号機はヒータ少尉に搭乗してもらう。二人は先日の追撃戦の最中、上手く機体を動かしていた事から任せても問題ないと判断した。加えて、アナハイムの技術者からも二人への推薦が来ている」

「パープルトンさんが、で、ありますか?」

「そうだ。後で礼の一つでも言ってやるといい」

「りょ、了解です!」

「ヒータ少尉も異存はないな?」

「問題ありません」

 

 

 同じ士官学校出の少尉でありながら、この反応の差は流石“場数の差”とでも言おうか。

 

 しかし残念ながら、そこを 責する余裕は今の彼らにはなかった。

 

 

「それでは今日のブリーフィングは以上だ。本格的な捜索は陸地上空に到着する明日からになる。いつ終わるかもわからん長丁場だ。今の内に英気を養っておけ。解散!」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 同日。月面都市グラナダ某所。

 

 一年戦争中にキシリア・ザビの支配下にあったこの街も、三年も経てば少しずつ落ち着きを取り戻していた。

 

「失礼」

 

 時刻は夕方を少し過ぎた頃。仕事帰りで帰路につく者や、外食に向かう家族連れでごった返す中、その男も大量の食材を入れた紙袋を持ちながら徒歩で移動していた。

 市内のメインストリートを抜け、男は路地裏の小さなアパートへと入る。

 

 三階建てのこじんまりした場所の、その最上階。

 

 

「ただいま、ララァ」

 

 

 扉を開き、リビングの机に紙袋を置いた男は、キッチンに立っていた少女にそう告げる。対して少女は鍋にかけていた火を止め、小走りで男の元へと向かう。

 

 

「お帰りなさい、あなた。外は寒かったでしょう?」

「もう10月だからな」

 

 

 羽織っていたコートをララァと呼んだ少女に渡し、帽子とサングラスを外すと、そこにはかつて“赤い彗星”と呼ばれた男の素顔があった。今は亡きジオン・ズム・ダイクンの息子、キャスバル・レム・ダイクンにして、又の名をシャア・アズナブル。

 

しかし今の彼は『クワトロ・バジーナ』という新しい人間に変わり、このグラナダの奥地で静かに新婚生活を楽しんでいた。

 

 

「お仕事の方は順調ですか?」

「滞りなく進んで、ついさっき一区画整理が終わったよ。お陰で明日は1日休みだ」

「まぁ!流石は“大佐”ですね!」

「やめてくれララァ。私はもう軍人ではない」

「どうしても大佐呼びの癖が抜けなくて……」

「一応は連邦やザビ家から見れば私は“お尋ね者”だからな。用心するに越した事はない」

「しかし、たい……“あなた”程の凄腕パイロットが、まさか月の裏側でモビルワーカーに乗って建築作業をしているなんて夢にも思いませんわ」

「パイロットとしての取り柄しかない私だが、逆に言えばこの分野なら誰にも負けない自信があるさ」

「“女の操縦”も得意ですものね?」

「君が言うなら、そうなんだろうさ」

 

 

 シャア改めクワトロは、まだ少女としてのあどけなさを残す幼妻の背中を見ながら窓際に置かれた安楽椅子に腰を下ろす。木製の古い安楽椅子に揺られながら窓の外を見ると、そこには青と緑の美しい惑星の姿が。二人が“この場所”を新居に選んだ一番の理由だ。

 

 

「これが、平和か……」

 

 

 正確には“停戦協定”からなる偽りの“平和”だが、クワトロはこの幸せを誰よりも享受している自信があった。そしてこの幸せを“偽り”にしてはいけない、という感情も沸くようになっていた。復讐のみに生きていた三年前までの自分からは考えつかないような穏やかで、平凡で、しかし揺るぎない信念。

 

 

「最も、また戦争にならない事を祈るのが一番なんだろうな……」

「そうだ、あなた。お仕事帰りでお疲れでしょう? 先にご飯にします? お風呂にします? それとも……」

「……夜は長い。まずは二人でゆっくり食事としようじゃないか」

 

 

 また一日、宇宙では平和な夜が訪れた。

 



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第07話【それぞれの恋路】

 

 

「はぁ……」

「ん? どうしたんだコウ?」

 

 

 ペガサス級強襲揚陸艦アルビオンが核弾頭奪還作戦を開始して早二週間が過ぎようとしていた頃。居住スペースの一角で意気消沈するコウ・ウラキを見かけたチャック・キースが心配そうにウラキの顔を覗き込む。

 

 

「当ててやろうか? ズバリ恋の悩みだな」

「コイツに限って、それはないと思いますよ少尉」

 

 

 キースの隣を歩いていたエレドアが茶化すが、それを即座に否定するキース。

 

 しかし。

 

 

「……実は、パープルトンさんの事なんだけど」

「おっと?」

「ほら、当たった当たった。じゃ、悩めるその心の内を教えてもらおうじゃないか甘ちゃん君???」

 

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せたキースの傍らで、エレドアは陽気な笑顔を浮かべながらウラキの隣に座り、肩を何度も強く叩いた。ウラキは小さく「痛いです少尉」とそう言ったが、エレドアはあまり気にした様子はない。その頬は、酒気を帯びて若干赤らんでいたからだ。

 

 

「で、そのパープルトンさんがどうしたんだって?」

「うん……最近は一号機の整備関係で何度も情報交換をしているんだけど」

「あー、噂になってんだぞ! “アツアツのカップル”だって!!」

「そういうんじゃないんです。……いや、そうだったら良いなー…とは思わなくは、その、ないんですけど……」

 

 

 ウラキが続けるには、こうだ。

 

 議論に熱が入るとついお互いの距離が縮まる事は多々あるのだが、ある“境界”を越えるとニナ・パープルトンが一歩身を引いて、そこで話がいつも止まるのだ、と。

 

 

「僕は知らぬ間に、パープルトンさんに何か失礼な事をしているんじゃないかと思ってしまって、どうしようかと……」

「はーー……」

「全く、ガンダムのパイロットってのは甘ちゃんだらけだな!」

「お、お二人には分かるのでありますか!?」

 

 

 同じ階級、片や一人は昔から知る仲のキースに対してまで敬語を使うウラキを見れば、相当思い悩んでいるという事が容易に想像出来た。

 

 

「はっきり言うぜ、コウ。それだけじゃ分からね」

「えっ」

「悩むだけ時間の無駄だな」

「えっえっ」

「良いか、コウ? 現時点で考えられる有力な候補は大きく分けて二つ。その内の一つは、お前がいつもナヨナヨしているからパープルトンお姉さんは霹靂としているか、だ」

「そんなにナヨナヨしてるかな……?」

「してるな。まるで“ふやけた人参”だ」

「人参……」

 

 

 唯一苦手な野菜に例えられてダメージが蓄積するウラキを余所に、エレドアは続ける。

 

 

「あの手のしっかり者の年上ってのは、意外にもプライベートでは頼れる男性に惚れるんだよ。つまり、原因が甘ちゃんにあった場合、まずはその根性から叩きなおさないといけない訳。試しに“僕”から“俺”にでもしてみるか???」

「そ、そんな事で解決するのでしょうか……?」

「少なくとも、一歩前進はするって。頑張りなよ、コウ。戦況は絶えず変化してるんだから、まごまごしてっと孤立しちまうぞ?」

「お、流石あのでっかい姉ちゃんを落とした男は言う事が違うね」

「彼女、ああ見えてチャーミングな一面もあるんですよ」

「分かるよ、気の強い女の可愛げのある仕草って最高」

「えーっと、それでさっき言ってた原因のもう一つは……?」

「あぁ、それはなコウ……」

「ま、その場合はお前さん“脈なし”って事になるんだが……」

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「昔の恋人が忘れられない……?」

 

 

 時を同じくしてアルビオンの食堂で遅めのランチを囲みながらニナのお悩みを聞いていたのはクリスとカレン、そしてヒータの三人だった。奇しくも赤い髪の三人が揃った事で若干疎外感を感じていたニナだが、センチメンタルな気分に陥っていた今はあまり気にした様子はない。

 

 

「最近その、ウラキ少尉がちょっと可愛いなと思えてきたんだけど……」

「あんなナヨナヨした奴が?」

「私もダメだな、あの手の甘ちゃんは」

「まぁまぁ。人の好みはそれぞれよ?」

 

 

 あまり共感してくれないカレンとヒータを余所に、クリスはニナに話を続ける様に促す。

 

 

「……ここだけの話にして欲しいんだけど、私、三年前はジオンの兵士と付き合っていたの……」

「なんだと!?」

「落ち着けジョエルン少尉。三年前のグラナダはジオン占領下だ。何もおかしくはない」

「……すまねぇ。ちょっと驚いただけだ」

 

 

 思わず立ち上がってしまったヒータをカレンは、腕を組み目を瞑ったまま制止させる。こう見ると、同じ赤い髪の女性パイロットと一括りにしても文字通り三者三様である。

 

 

「強くて、真っ直ぐな人だったのよ。でも、作戦中に負けて、そのまま……」

「……」

「……だから、私、怖いの。ウラキ少尉が気になってきた事がじゃなくて、またパイロットを好きになったら、もし彼がガトーの……元カレの様に死んでしまった時、果たして耐えれるのかしらって……」

「ニナ……」

「今は戦時中ではないとはいえ、パイロットってのはそういうモンだからな……」

「……でも、心の内は明かすべきだ」

 

 言葉に詰まるクリスと、冷たく現実を突きつけるカレンに対して、意外にも前進を促したのはヒータだった。

 

 

「オレにも好きだった男が……いや、違うな。今でも好きな男がいる。士官学校時代から知ってる奴で、その時はナヨナヨしてたが、芯がしっかりしてた男だ」

「あら、テリー君ってウラキ少尉みたいだった頃があるのね」

「冗談じゃねぇテリーの方が何倍も男前だバカ」

「嗚呼、あの甘ちゃんか……」

 

 

 テリー・オグスター。ヒータの片想いの相手であり、カレンとは08小隊として一度だけ共に戦った事がある戦友で、クリスと同じ“ガンダム”のパイロット。

 

 そしてこの中の誰一人として知る由もない話だが、ニナの恋人であるアナベル・ガトーを討ち取った張本人でもある。

 

 

「オレはこんなガサツな女だからって、いつも“大事な一歩”を踏み出せなかった。気が付いたら戦争が起きて、離れ離れになって。ひょんな事から再会出来たはいいものの、一瞬の油断の隙に他の女に取られちまった。……今でも思うんだ。もし、レナじゃなくてオレがテリーの傍にいてやれば、もしかしたら、あんな“バカな真似”は止められたんじゃないかって。少なくとも、他の方法を提案できたかもしれない……」

 

 “バカな真似”とはつまり停戦間際だったジオン公国軍に対してテリーが単身で突撃した例の事件である。世間一般では『ジオンを刺激しソーラレイを使用させた極悪人』という評価だが、やはり彼を知る人物たちは何か他の考えがあったという確信めいた自信があった。

 

「だからその、なんだ。オレは思うんだ。好きになるのは止められねぇからよ……。気持ちははっきりと伝えるべきだって。好きになっちまった気持ちを伝えられずに会えなくなるのは、かなりキツイからさ……」

「ジョエルン少尉……」

「……貴女ってやっぱり純愛派よね」

「うるせぇクリス! 文句あっか!!」

 

 

 自分でも『らしくない』と感じたのか、頬を染めながら反応するヒータ。

 

 

「……でも、確かにそうよね。モヤモヤしたままだと変にミスして私の大事なガンダムに傷を付けられかねないわ」

「出たよ“ガンダム首ったけ病”が」

「ジョエルン少尉も2号機、壊さないでくださいよ?」

「わーってるよ、ったく……」

「……ふふっ」

 

 “ガンダム首ったけ病”に呆れるカレンの言葉も意に介さず、ヒータに強く念押しするニナの姿を見て、クリスは一人ほほ笑むのだった。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「待ちわびたよ“大佐”。ようこそ、キンバライド基地へ」

 

 

 一方その頃、破棄された古い鉱山を再利用して作られたジオン軍残党拠点キンバライドに、核弾頭を搭載したバズーカと伴って“赤い彗星”が現れた。基地に入るや否や彼を歓迎したのはこの基地の最高責任者でもあるノイエン・ビッター中将。敗戦し本国からの支援なくなった今も真のスペースノイド独立の為に戦う戦士の一人だった。

 

 

「ビッター中将閣下。急な依頼に対して快く引き受けてくれた事、感謝してもしきれません」

「構わないさ。宇宙でも戦ってくれる同志がいて、それが助けを求めているとくれば手を差し伸べるのはやぶさかではない」

「ありがたい御言葉です」

「しかし仔細は明かしてくれぬのだろう?」

「お話できる範囲は限られてしまうのですが……その前に、ここまで護衛を引き受けてくれた同志のご紹介もさせていただきたい」

「ほう、あのドワッジのパイロットかね?」

 

 ビッターが“赤い彗星”の後ろに視線を向けると、そこにはMS-09『ドム』の最終量産仕様である『ドワッジ』の姿があった。その後ろには、砂漠戦仕様に改修されたザクが数機。

 

 

「秘密裏に運ぶには、些か護衛が多い様に思えるな? これでは隠密の意味が薄れるだろう」

「彼らは中将と同じく、この道のプロです。それに仲間が多い事に越した事はありません」

「それはまぁ、そうだが……して、パイロットは?」

「私です、閣下!」

 

 

 ビッターの疑問に対して答えたのは、ドワッジのパイロットだった。日焼けで黒くなった肌に頭にターバンを巻いた男だが、それは確かにビッターが知るスペースノイドの一人。

 

 

「……ロンメル? ロンメル中佐か!? 久しぶりだな! 降下作戦以来か?」

「はい! 地上で泥水を啜りながら今日まで生きながらえてきた身ですが、まさか再会が叶うとは思っておりませんでした。ロンメル隊、宇宙の同志の声を受けて馳せ参じました!」

 

 

 その男はデザート・ロンメルという名だった。ビッター同様に地球に潜伏してゲリラ的に活動を行うジオンの戦士の一人。“砂漠のロンメル”と聞けば、連邦軍の一部の頭を悩ませる頭痛のタネの一つである。

 

 

「途中で連邦に意図を読まれた時の保険ではありますが、“その場合”に陥った際は心強い仲間となりましょう」

「そうならん事を祈るばかりだが……まずは貴官らの来訪を歓迎しよう。英気を養い、共に真のスペースノイド解放の為に!」

「ジーク・ジオン!」

「ジーク・ジオン」

 

 ロンメルに続き“赤い彗星”もその言葉を復唱した。

 

 今やジオンは共和国としてその形を変えつつあったが、人は窮地にこそ縋るものが必要なものなのだ。

 



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第08話【熱砂の攻防戦】

「うーーん……」

 

 トリントン基地にジオン軍残党部隊が襲撃してきてから、早一か月。

 

 ミケル・ニノリッチはアルビオンの作戦室に備えられた電子ディスプレイに移された大陸の地図を前に、しかめ面を晒していた。

 

 一か月。一か月もの間捜索を続けた一行だが、それらしい情報は何一つとして発見できないでいたのだ。

 

 

「ふぅ……」

「あ、艦長。お疲れ様です」

「本部は相当お怒りの様子だよ。その後進展はどうだね?」

 

 

 持ち場を離れてミケルの元へと現れたのは、なんとアルビオンの艦長である筈のシナプスだった。コーウェン中将の直近部隊が協力してくれているとはいえ、実質ほぼアルビオン単艦で地球全土を捜索させられている中、ジャブロー本部の人間は日に日にアルビオンへの当たりを強くしてきた上、何日も代り映えのしない荒野の上を飛んでいるとくれば、新米クルー達の士気も低下するのは明白だった。定期的に艦内のいろんな場所に出向く事で各セクションのクルー達をビビらせているもとい士気向上を務めている様なのだが、ミケル達08小隊からすれば半ば八つ当たりめいた老人の徘徊に見えなくもない。まだ45歳なので、老人扱いするには些か若すぎるのだが。

 

「そうですね。アルビオンに搭載されていた電子地図と、偵察隊が持ち帰ってくれたデータからはまだ有益な情報が見つかっていないというのが現実です」

「そうか……」

 

 

 その声に覇気はない。アルビオン正規クルーには見せられない醜態だが、こういう場所ではつい弱気な所を見せているというのは恐らく自他ともに認めている事だろう。鬱蒼としたジャングルを進みながら逐一情報を更新するゲリラ戦をやらされるよりも状況がマシだとは思うミケルだが、同時に『08小隊配属前の自分ならとっくにおかしくなってるな』とも思う訳で。

 

 

「せめてこの辺りの古い地図……旧暦と言わなくても、戦前のものがあればまだ何か掴めるのですが……」

「その件なんだがね。実は先日の補給物資の中にこれが混じっていたのをクルーから聞いて渡しに来たのだよ」

 

 

 そう言うとシナプスは、小脇に抱えていた一冊の古い本をミケルへと差し出す。旧暦時代にこの辺りで栄えていた発展途上国の軍事資料らしかったが、肝心の内容はミケルでは解読できなかった。単純に文字が読めなかったからであるが、当時の大陸地図を見かけた所で目の色を変えた。

 

 

「ん?」

「どうしたかね、曹長?」

「艦長……もしかしたら分かったかもしれません!」

「続けてくれ」

「はい。まずはこちらの旧暦の地図をご覧ください。現在地から北に数百キロ地点ですが、ここに鉱山を中心に栄えた街があります」

「この辺りでは珍しくないと聞くが」

「そうですね。ですが、これを現在の地図と見比べてみたらどうでしょう? 比較として、他の主な旧鉱山跡地も掲載してみますね」

 

 

 ミケルが慣れた手つきで電子パネルを操作すると、地図上にいくつかの光点と、街の名前が浮かび上がった。鉱山は大陸に複数存在し、一見すると有力な候補とはほど遠いのだが……。

 

「む、待て。一か所周囲に街が無い場所があるぞ」

「そうです。それがこちら、キンバライト鉱山」

 

 シナプスの指摘に、ミケルは頷いた。シナプスの指摘通り、旧暦の地図を

参照に撃ち込まれた街のデータでは確かに存在したキンバライトの街だが、今ではすっかり一面の荒野と化していた。

 

 

「唯一、周囲に街が存在しない旧鉱山跡地です。鉱山の跡なら金属反応が出てもおかしくないので、モビルスーツや整備施設を拵えても外からは認識できません」

「信憑性はどれほどある?」

「僕がジオン残党を率いる将校であれば、間違いなくここを選びます」

「その言葉を信じてみよう」

 

 

 目隠したまま広大な大地を捜索していたアルビオン隊に、一抹の希望の焔が灯った。

 

 そしてその勘は見事的中する事となる。

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「閣下! 例の“木馬もどき”がこちらに真っ直ぐ向かってきています!!」

「なんだと!?」

 

 

 HLV発射まで後一時間を切り、緊張に包まれていたキンバライト基地の司令室に舞い込んできた伝令を聞いた時、真っ先に反応したのは“赤い彗星”だった。

 

「馬鹿な……どうやって割り出したと言うのだ!?」

 

 

 実際“赤い彗星”の準備は完璧だった。

 

 トリントン基地から核兵器ごとガンダム2号機を奪取した後、目立つガンダムだけを乗り捨てたのは言うまでもないが、保険として基地に潜入する手引きをしてくれた潜入工作員のオービル技師をその場で『始末』し、後顧の憂いも断っていた筈だった。

 

 やはり、08小隊とクリスチーナ・マッケンジーがトリントンにいたのが大きな誤算だった。

 

 

「計画な完璧だった筈……」

「こうなれば、打って出るしかないでしょう」

「私も出よう。HLVが宇宙に上がりさえすれば、我々の勝利なのだ」

「……」

 

 

 ロンメルとビッターが立ち上がる中“赤い彗星”はそのマスクの中で冷や汗を掻いていた。デラーズとガトーがいないジオン残党をまとめ上げ“星の屑作戦”を立案した手腕は流石であるが、所詮は元々“アニメで見ていた”知識をなぞっただけに過ぎない。そして彼が“記憶を取り戻した”のは一年戦争の後。モビルスーツに乗った事はあっても、直接の戦闘に加わった事はほぼゼロに等しい。

 

 つまり彼は、アドリブに弱かったのだ。

 

 

「“大佐”はここで待っていてくれ。我々はこれより陽動作戦を開始する」

「……いえ、閣下。あの木馬もどき……アルビオンは残しておけば必ず計画の妨げになります。私も出ましょう」

 

 

 それが“赤い彗星”の答えだった。

 

 

「ならん! 君は宇宙にいる同志を束ねるという大役があるのだろう!? それに、あの連邦の戦艦にどれほど力があろうとも、所詮一隻では戦況は変えられんよ」

「その“力”があるからそう言っているのだ! このプレッシャー……閣下にはそれが分からないのか!?」

「ニュータイプとやらか! 戦場で生まれた世迷言だ!!」

「これは歴然たる事実だ!!」

「お二人が言い争いをしている場合ではないでしょう!」

 

 

 ロンメルが間に入った所で、親子ほどに年の離れた二人の口論に一応の決着がつく。決定的な部分で“赤い彗星”にはカリスマ性が足りなかった。

 

 

「……申し訳ございません、閣下。しかしこの広大な大地を舞台に、ピンポイントでこの基地の場所を割り出してきた連中ともなれば、警戒する事に越したことはない、という事をはっきりと伝えたかった」

「いや、君の杞憂も十二分に理解出来る。だが、それ以上に『星の屑作戦』は我らの希望なのだ。これまで三年の間、ただ地下に籠って耐えてきた我らの事も考えて欲しい」

「自分も同じ意見です、閣下。“大佐”にお声掛け頂かなければ、今でも孤独にゲリラを繰り広げるだけで終わっていたのかもしれないと思うと……」

「……分かりました。では予定通り、打ち上げの瞬間を待たせて頂きます」

「そうしてくれ。君と君のモビルスーツ、そして核は必ず宇宙へと届けてみせる。ロンメル中佐!」

「ハッ! ロンメル隊、お供させて頂きます!!」

 

 

 仕草こそ見せたが、“赤い彗星”は到底納得できていなかった。

 

 下手をすれば、今日この場所こそが決戦になる、そんな不安さえ彼にはあったからだ。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「パープルトンさん、僕と……あぁ、これじゃダメだな。えっと、よ、良かったら俺と食事に……」

 

 

 鏡の前で一生懸命にイメージトレーニングをするコウ・ウラキなどお構いなしに、アルビオン艦内にけたたましい警報が鳴り響いた。

 

 

『14時の方向よりモビルスーツらしき機影を複数確認! 本艦はこれより第一種戦闘配備に付きます! パイロットはモビルスーツデッキへ!!』

「ついに見つけたのか!?」

 

 

 流石軍人だけあって、公私の切り替えは早かった。自室を後にしたウラキは駆け足でガンダム1号機の元へと向かう。

 

 運よくガンダム2号機は取り返す事に成功したが、そもそも自分が最初に2号機の取り押さえに成功していれば核を奪われる事もなかったし、アレンやカークスも死ぬことはなかった筈。その後悔の念から、彼は未だに抜け出せずにいたのだ。

 

 

『遅いぞウラキ!』

「すいませんバニング大尉!!」

 

 バニングの搭乗したジム・カスタムを通り過ぎ、ウラキは1号機の下へと到着する。

 

 

「あ……ウラキ少尉……」

 

 

 そこで待っていたのは、ニナ・パープルトンだった。

 

 

「えっと……」

 

 

 何か言いたそうにするニナの顔を見せ、ウラキも一瞬足を止める。

 

 

「……行ってくるよ、ニナ」

「……!」

 

 

 それは、先程まで練習していた続きでうっかり出てきた言葉だったが、今はそれだけで充分だった。

 

 

「行ってらっしゃい、コウ」

「うん……あれ、パープルトンさん、今僕の事……」

「ほら、皆待ってるわよ!」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「地球で一番おっかない女の上位三人だ……」

 

 

 そう呟いたのは、陸戦型ジムのコックピットの中にいた新米兵士のジョナサン・クレインだった。

 

 カレン率いるモビルスーツB小隊に編入された彼は元々ヒータ少が乗っていた陸戦型ジムを借りて出撃した訳だが、結論だけ言うと出番が無かった。

 

 

『うおらぁ!!』

 

 

 大型ビームサーベルを構えたヒータのガンダム試作2号機が突っ込み、カレンのEz‐8改とクリスのジム・カスタムが的確な援護攻撃を入れる。異なる部隊から偶然集まったこの三人の赤い髪の女パイロット達は、さながら赤い竜巻の如くジオンのモビルスーツを撃破していたのだ。

 

 

『アルビオンより各小隊へ! 状況を報告せよ!!』

『こちらA小隊のバニングだ! 敵小隊を一つ撃破した!』

『B小隊も敵小隊を一つ撃破! 後続部隊と戦闘を開始する! ヒータ、クリス、ジョナサン着いてきな!!』

「りょ、了解!!」

 

 

 相手はこの三年間ゲリラ活動を続けていただけあって、しぶとい。しかし確実に戦況はこちらに有利に運んでいる。そう思い込みながらジョナサンは足を進めた。

 

 あくまで目的は核兵器の奪還。ジオン残党から一切の迷いや焦りを感じない事に焦燥感を抱きつつも、暴風の如く突き進む上官達の尻を追う。

 

 

『HLV発射まで、あと10! 9……8……7……』

「……」

 

 

 “赤い彗星”がキンバライドを選んだ理由は勿論、この大気圏打ち上げ用の小型シャトル『HLV』があるからだ。しかし核兵器だけを宇宙に持ち込むのなら、モビルスーツを搭載できるHLVはむしろ大き過ぎる。

 だが、それでもこの基地のHLVを選んだのは、彼が今乗っている“赤いザク”に理由があった。

 

 元々、ジオン軍の冴えない整備士だった青年は、戦後たまたまジオンの基地で発見した“シャア専用ザク”との邂逅で“前世の記憶”を思い出したのだ。

 

 彼もまた、テリー・オグスターと同じく“宇宙世紀の知識を持つ者”。

 

 ガンダム2号機を乗り捨てた理由は勿論追跡されない為だが、それ以前に“ガンダム”に興味が無かったのだ。

 

 

『6……5……4……』

 

 

 ザクを使って、ガンダムよりも多大な戦果を挙げる。

 

 “原作知識”がある自分にこそ、この大役は相応しいと思っていた。

 

 

「……ふっ、これだと私は、ただの俗物だな……」

『3……2……1! 点火!! “大佐”ご武運を!!』

 

 

 地面が揺れる。

 

 否。HLVが大地を離れるべく、動き始めたのだ。

 

 

「くっ! ううぅ……!!」

 

 

 初めてモビルスーツに乗った時よりも激しいGが“赤い彗星”を襲う。

 しかし、嫌悪感はなかった。

 この先に待つ栄光を思えば、なんて事なかった。

 まだ始まってすらいないが、この高揚感を前に、Gによる負荷は些細な障害にもならなかった。

 

 

 が、次の瞬間。彼は大空を見た。

 

 

 HLVの中からは見えない筈の、青い空が。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「主砲直撃を確認! HLV降下していきます!!」

「核はどうだ!?」

「誘爆反応、ありません!!」

「よっしゃ! 見たか俺様の予測!!」

 

 

 アルビオンのブリッジで思わずガッツポーズを決めたのは、照準を担当していたパサロフの補佐をしていたエレドアだった。高度を上げている最中のHLVに長距離ビーム砲を当てる芸当など、並の兵士では真似出来ない。少なくとも美味しい所は持っていけた、とエレドアは確信していた。

 

 

「これで最悪の事態は回避できた!! 艦の高度を限界まで下げてモビルスーツ隊に援護射撃を行う!」

「艦長! しかしそれでは本艦が危険に!!」

「“切り札”を失った敵が何をするか見当もつかん! 連中が焦っている今こそ、一気に決着を付けるチャンスだ!」

「りょ、了解! アルビオン降下します!」

 

 

 シナプスの気迫に圧されたパサロフが、指示通りにアルビオンの高度を下げる。しかし、クルーの士気は上々だった。

 

 

「対空レーザー砲、及びミサイルはモビルスーツ隊の援護! 主砲はこのままキンバライト基地へと攻撃を仕掛ける!!」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「これで……ダウンだ!」

 

 

 ウラキの駆るガンダム1号機が、ブレードアンテナ付きのザクのコックピットを貫いた。HLVが撃ち落とされた一瞬の隙をついた不意打ちだが、戦場で油断した方が悪い。

 

 動きを見た所今のが隊長機らしいが、B小隊が抑えているドワッジのパイロットも中々の腕前の様子なので、まだ気は緩められない。

 

 

『ウラキ、キースよくやった! このままB小隊を援護……ッ!?』

「バニング大尉!?」

 

 

 しかし一瞬の油断があった。バニングの駆るジム・カスタムに頭上からのマシンガン攻撃。近くに高台になる地形は存在しない。ではどこから? 答えを導き出す前に、“それ”は地上へと舞い降りた。

 

 

「赤いザク……!?」

『まさか……まさかアレは、“赤い彗星”の……!?』

『貴様ら……貴様等! 許さんぞ!!』

 

 

 オープンチャンネルから聞こえる怒号。ウラキには聞き覚えのある声だった。トリントン基地で聞いた、2号機のパイロットの声!

 

 

「あの時の……!」

『こうなればヤケだ! 貴様等全員俺が叩きのめす!! 核はジャブローにでも適当にぶつけてやる!!』

「そんな事させるかーーッ!!」

 

 

 見るからに玉砕覚悟のやぶれかぶれな行動。それを止めるべく、ウラキは更にビームライフルを二連射した。が、当たらない。理性を欠いたように見えた赤いザクはしかし、空中で器用に回避行動を取り、無傷のまま地上へと舞い戻る。

 

 

『ウラキ少尉! 奴は2号機の核バズーカを背負っている! 間違ってもそこには攻撃を当てるんじゃないぞ! この辺一帯が吹き飛ぶぞ!』

「りょ、了解!」

『手加減して勝てるなんて思うんじゃねぇぞ!』

 

 

 “赤い彗星”の駆るザクがショルダースパイクを構え、1号機へと突進してくる。

 

 

「くそっ!」

 

 

 回避は不可能と判断したウラキは、盾を構えて対抗する。

 

 重い金属音が周囲に響いた。1号機のコックピットにアラームが鳴る。モビルスーツ一機の全体重が乗った攻撃を片手で止めたのだ。技術に差はあっても、1号機が撃ち負けるのは必定だった。

 

 

『やらせんぞ!』

『チッ! 寄せ集めガンダムめが!!』

 

 

 追撃が迫る直前に割り込んできたのは、サンダースの陸戦型ガンダムだった。シールドバッシュからのビームサーベルの連撃がザクを襲うが、ビームサーベルが振り下ろされる直前に陸戦型ガンダムの胴体を蹴り飛ばし、その反動で後方へと退避した。

 

 

「ありがとうございます中尉!」

『相手に気圧されるな少尉! 仲間を信じて突っ込め!』

「はい! ウラキ少尉、吶喊します!!」

 

 

 左手に持っていたシールドを手放し、右手にビームサーベルを構えるウラキ。左腕の関節部分は衝撃に耐えられず故障しており、辛うじて動かせはしても細かい立ち回りは出来そうになかった。

 

 

『調子に乗るなよ、新米風情が……ッ!!』

 

 

 赤いザクがヒートホークを構える。

 そこでウラキは、ある“違和感”に気が付いた。

 

 

「あのパイロット……もしかして……?」

 

 

 今までは赤い彗星という“風貌”ばかり注目していたが、それにしては妙に動きが緩慢だったのだ。自分の事をエースだとは微塵も思っていないウラキだが、その違いはよく理解出来た。伊達にずっとザクで訓練していた訳ではないのだ。ジオン兵程ではないだろうが、少なくともガンダムよりはスペックを身体で理解しているつもりだった。

 

 そしてそこから結論付けられたのは、たった一つの真実。

 

 

「まさか、正規の訓練を受けていない……?」

 

 

 “赤い彗星”に限って、そんな訳がない。

 しかし、ウラキの疑問は的を得ていた。あのザクは、確かに“赤い彗星”シャア・アズナブルのものなのだろう。関節の細かい動きは確かに訓練で使用していた一般機とは比べ物にならない。だが、だからこそ見落としていたのかもしれない。こちらを惑わせるような不可解な機動は、ただただ相手が機体に踊らされているだけという事に!

 

 

「もしそうなら、僕にでもッ!!」

『ぬおおおおああああああああああ!』

 

 

 背面ブースターを点火し、一気に距離を詰めるウラキ。初撃こそヒートホークで受け止められたが、その後はあっさりと入った。赤いザクの右腕が宙を舞う。

 

 

『バカな!?』

「貰ったーーーーッ!」

 

 

 コックピットを直接狙った、ピンポイントの突き攻撃。

 

 “赤い彗星”を自称していた男の一生は、そこであっけなく終わってしまった。

 



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最終話【名家の初陣】

 

 アルビオン隊とジオン残党軍が核を巡って攻防戦を広げていたその頃、地球軌道上でにらみ合う二つの部隊が存在した。

 

 一つは“赤い彗星”が用意した同志たる、ムサイ級巡洋艦が二隻。

 

 もう一方は、地球連邦軍のサラミス級巡洋艦二隻を従わせた、赤いペガサス級強襲揚陸艦だった。赤い船体の各所には金の装飾が施されており、軍艦と言うよりも貴族の所有物の様な印象が強い。

 

 その戦艦の名は、フォリコーンⅡ。

 

 かつて一年戦争でテリー・オグスターの母艦として第13独立部隊で活躍した、あの“黒いホワイトベース”である。

 

 一年戦争終盤、『星一号作戦』において中破したフォリコーンは、グレイファントムやアルビオンなどのペガサス級後期生産型のパーツを流用して“フォリコーンⅡ”として新たな命を与えられた。軍刑務所に拘置されているテリーや地上勤務に移転したヒータ、そして一年戦争後軍を退いた艦長のマナ・レナを除いた残りのフォリコーン隊の面々は、引き続き乗艦する事となった。

 

 

「艦長! 前方の所属不明艦から発砲です!!」

 

 

 フォリコーンⅡのオペレーター、コダマ・オームがモニターを見ながら報告する。キャプテンシートにいるのはマナ・レナ……ではなく、銀髪の若い将校だった。明らかに成人しているとは思えない幼さを残すその将校は前髪の毛先を弄びながら、正面のテロリストを睨む。

 

 

「ふん……名家たる私に対して堂々と攻撃を仕掛けてくるとは……礼儀のなっていない連中だ」

 

 

 シャロ・ル・ロッド中佐。フォリコーンⅡの艦長にして、この“連邦軍地球軌道艦隊”の司令官を勤めるこの少年は、更にもう一つの顔を持つ。

 

 

「良いだろう。モビルスーツ隊にてこれを撃破する! 私のガンダムを用意させろ」

「そ、そんな! 艦長自ら出撃なさるというのですか!?」

「名家たる私自らその権威を示さねば、下々の者に示しがつかんだろう?」

 

 

 目の前で戦端が開かれたというのに、シャロ・ル・ロッドは落ち着き払った様子でコダマの横へと移動した。そして吐息がかかるほど近くまで彼女に顔を寄せる。

 

 

「それとも何か? 君は名家たる私の華々しい初陣に泥を塗りたいのかね?」

「い、いえ……私はただ、艦長の身を案じただけでして……」

 

 

 銀の色の髪も相まって、まるで研ぎ澄まされた刃物の様な言葉がコダマの首筋に当てられる。それに恐怖したコダマは思わず緊張の汗を滲ませた。

 

 

「それは本心かね?」

「も、もちろんであります!」

「なら、いいだろう。……心配性な君には、後でたっぷり“再教育”してやらないとな」

 

 

 そう言ったシャロ・ル・ロッドはコダマの首筋を垂れていた汗を舌で舐めるように取ると、そのままモビルスーツデッキへと足を運んだ。

 

 

「…………」

 

 

 艦長がいなくなったブリッジからは、緊張の糸が少し解けたのか、クルーの何人かが安堵の息を漏らした。

 

 小さく肩を震わせながら黙る、コダマ・オームを除いて。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

『モビルスーツ隊! 名家たる私に続ける事を光栄に思いたまえ!!』

「はぁ……」

 

 

 フォリコーンⅡと同じく赤いカラーに金の装飾を飾り付けたガンダムに乗ったシャロ・ル・ロッドの声を聞いたミドリ・ウィンダムは、ジム改のコックピットの中で一人ため息をついていた。

 

 このシャロ・ル・ロッドという男はミドリ達の士官学校の先輩に当たる人物だ。親が地位も権力もある上級将校であり、自身の成績も優秀であったが、親の七光りでも消せぬほどの素行不良から士官学校を追い出された“問題児”であった。

 

 そんな彼が何故小さいながら連邦艦隊の司令官兼ガンダムパイロットになり得たのか?

 その理由はズバリ、金と権力である。一年戦争で親が戦死し、そのまま家督を継いだシャロ・ル・ロッドはあまりある金と権力で連邦軍上層部の一部を籠絡。ジオンとの戦争も終わったという事でほぼ形だけの艦隊の司令官に押し込み、旗艦には“端材の寄せ集め”とも言うべきフォリコーンⅡに白羽の矢が立ったのだ。しかしそんな待遇にシャロ・ル・ロッドは嫌みを言わず、むしろ『自分以外全員女性』という、かつてテリーが肩身狭しと言っていた環境を存分に堪能していたのだ。

 

 

「はぁ……」

 

 

 金と権力のある問題児の下で、趣味の悪い色に変えられた戦艦で働かされる。旧フォリコーンメンバーが嫌な顔をするのも道理だった。コックピットというプライベート空間があるだけ、ミドリはまだマシな方である。

 

 

『こちらシャロ中佐だ! 敵艦が射程圏内に入った。これより名家の威光を見せてやろう!!』

 

 

 シャロ・ル・ロッドの乗る赤いガンダムは、ジム・カスタムの頭部をガンダム・ヘッドに改造しいただけのものであるが、その手には巨大なビームライフルが握られていた。RXー78ー4『ガンダム4号機』が持っていたものの改良型たる巨砲の砲身を、ムサイへと向けるのがミドリからも確認出来た。

 

 

『それでは庶民諸君。庶民の義務を果たすと良い。それ即ち、私の盾となるのだ!』

「……了解です」

 

 

 根底に貴族主義が存在するシャロ・ル・ロッドは、シールドを装備するのを忌み嫌う。その為ミドリ達モビルスーツ隊の役目は、専ら彼の護衛だった。派手な赤いガンダムの周りに、同じく赤くリペイントされたジム改三機が囲う。

 

 

「こんな見た目で密集したら、良い的でしょうに……」

 

 

 しかしシャロ・ル・ロッドは気にした様子もなく、ビームライフルのエネルギーのチャージを開始した。エネルギーパックの改良による成果か、自爆する気配は全くない。

 

 

『発射!!』

 

 

 チャージが終わるや否や放たれた一条の光はムサイのブリッジに直撃し、これを一撃で仕留めてみせる。腕前だけは確実にエース級だったのだ。

 

 

『お見事です! シャロ様!』

『流石名家!』

『ハハハハハ! 名家の私に相応しい初撃じゃないか!』

 

 

 シャロ・ル・ロッドに黄色い声を浴びせるのは、彼と共に編入してきた“腰巾着”だ。書類上はミドリの部下なのだが、この美女二人は一度としてミドリの命令を聞いた試しがない。今が戦時中で無くて本当に良かったと思うと共に、戦時中なら命令違反で咎める事も出来るにも思う日々を送るミドリは、せめて腰巾着にはなるまいと沈黙を貫いた。

 

 

『このまま残り一隻も我が戦果にしてやろうじゃないか!』

「はぁ……」

 

 

 しかしため息ばかりは止められない。

 

 

 こうして“真のスペースノイド開放”を胸に立ち上がった戦士達の同志は旧体制の権化の様な男の手柄にされてしまうのだった。

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「こ、ここはどこだ……?」

 

 

 一面を覆う闇の中で、一人の男が目を覚ました。

 黄泉の国かと思ったが、その闇の正体が目隠しである事に気づいた彼は、まだ自分の魂が肉体から離れていない事に気が付く。

 

 

「ようやく目を覚ましたようだな……」

 

 

 聞きなれない声だった。女の声だ。しかも、若い。

 

 

「ここはどこだ? 私に何があった?」

「その前に、貴官はどこまで“覚えている”?」

「どこまで……確か……」

 

 

 混濁する意識の中から、必死に記憶を辿る男。そもそも、自分は何者だ?

 

 

「私は……私はジオン公国軍のアナベル・ガトー大尉……」

「そうだ。おはよう、大尉」

「私は確か、ソロモンを防衛していて……そうだ。ソロモンは!? カリウスとケリィは!?」

「思い出したようだな。まずは自己紹介しよう。私はハマーン。ミネバ殿下の忠実な部下である」

「ミネバ殿下……? ミネバ・ザビ殿下か!?」

 

 

 ミネバ・ザビと言えば、ジオン軍将校ドズル・ザビ中将の一人娘だ。で、あればこの尊大な態度の少女は、彼女の侍女だろうか? しかし男……アナベル・ガトーには疑問も残る。ミネバ・ザビと言えば、まだ“生まれて間もない赤子”ではなかったのか?

 

 

「その疑問に答えて見せよう、大尉。結論から言う。ジオンは負けた。三年前にな」

「三年前……三年前!? それに負けただと!?」

 

 

 寝かされているであろう身体を起こそうとするガトー。しかし拘束されているのか、ベッドから動く事は出来なかった。

 

 

「なればここは、連邦の……? 貴様もしや、ミネバ様を売ったのか!?」

「口を慎んでもらおう。ここにいる誰一人として、連邦には屈していない」

「……俄かには信じられんな。尋問目的で私を拘束しているのではないのか?」

「誓ってそんな事はしない。貴官はこの“アクシズ”でも貴重なエースパイロット……みすみす死なせるわけにはいかなかったのさ」

 

 

 アクシズ。その名前にはガトーも聞き覚えがあった。ソロモン同様にジオン公国軍が所有する資源衛星だ。

 

 

「……さて、拘束を解く前に話しておきたい」

「何をだ?」

「今でこそ我々は脆弱な組織……だが力を蓄え、いつの日か必ず地球圏にザビ家の……“新たなジオン”の権威を示さねばならない」

「新たな、ジオン……?」

「だが、今は何もかも足りないのだ、大尉。……手始めとして、貴官には戦技教官として兵士の再教育を行ってもらいたい。ア・バオア・クーで多くの将兵が散り、ほとんどが当時の学徒兵ばかりの我が軍は、正直にいうと軍と呼ぶ事すら憚られる」

「……」

 

 

 悩む素振りを見せるガトーだが、しかし心惹かれる言葉があった。

 

 新たなるジオン。

 

 不意打ちで無様に散った筈の自分がこうやって生きながらえたのは、その“新たなるジオン”の礎となるためではないのか?と。

 

 

「確か、ハマーンと言ったか……その要求に従おう」

「そうか。助かるよ、大尉。……ではまずは頭の包帯を外してやらないとな」

「私は怪我をしていたのか?」

「見つけた時は息をしているのが不思議な程だったらしいぞ? とまれ、後は自分の目で確認する事だ」

 

 

 それからハマーンという女の声は聞こえなくなった。その代わり複数の足音が近づいてくる。

 

 

「三年ぶりの光です。少々眩しいかも知れませんが……」

「構わん。外してくれ」

 

 

 足音の正体は医師のようだった。心配そうに尋ねる医師に対して、ガトーは武人としての凛とした態度でそれに応えて見せる。

 

 

「それでは……失礼します」

「……うっ!」

 

 

 最初、強烈な光を浴びせられているような錯覚に陥ったガトーだが、次第にそれがただの部屋の照明である事に気が付いた。何度か瞬きを繰り返しながら、ゆっくりと光を馴染ませる。

 

 

「その……ソロモンで大尉を発見した時、大尉のお身体が大変損傷しておりまして……」

「先程ハマーンとやらから聞いた話だ。それに五体の感覚はある。多少の傷程度ならば、問題ないだろう?」

「いえ、その……た、大尉。ゆっくりで構いません。ゆっくり首を挙げて、まずは右腕をご確認下さい」

「もどかしい!」

 

 

 医師の言葉に反し、勢いよく首を挙げるガトー。

 

 

「なっ……!」

 

 

 

 そこで彼の頭は真っ白になった。

 

 

 右腕と、下半身が、ない。

 

 

 その代わりに、金属で出来た義手と義体が、それぞれの位置に収まっていた。

 

 

「私の身体に一体何が……!?」

「はい……三年前。大尉は乗機ごと撃墜されたのですが、運よく最初の爆発で外に投げ出されたらしく、発見時は微弱ではありましたが息のある状態でした。それから今日まであらゆる手を尽くしたのですが、損傷の激しかった右腕と下半身は取り換える他なく……た、大尉!?」

 

 

 途中から医師の言葉は聞こえなかった。

 

 流石のガトーも拘束されている事も忘れ、叫び、暴れたという。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「おい聞いたかよ!? 新型ガンダム奪取未遂事件!」

「なんだそれ!? ……ん? ちょっと待て。未遂ってなんだ?」

 

 

 やけに“外”の情報に詳しい囚人仲間曰く、こうだ。

 

一か月ほど前にオーストラリア、トリントン基地から奪取された地球連邦軍新型ガンダムの内一機をジオン残党を名乗るテロリストが奪取する事件が発生。強奪されたのは核兵器を搭載したガンダムらしいが、何故かガンダム本体は乗り捨てられ、ミサイルは追撃にあたった連邦の部隊が回収に成功したという。

 

「どういうこった?」

「やっぱテリーも気になるクチかい?」

「そりゃあな。なんで乗り捨てたんだ?」

 

 ガンダム2号機は、単なる『核兵器使用を目的としたモビルスーツ』ではない。核兵器の軍事利用を禁止た『南極条約』を地球連邦軍が無視して開発した、という事実そのものが武器となるのだ。その利点を無視して2号機を乗り捨てる等、はっきり言ってアホである。

 

 

「誰だよ乗り捨てたアホは」

「それが聞いてくれよ! ……なんでもあの“赤い彗星”らしいぜ!」

「そんな馬鹿な!」

「マジだって! 核バズーカを持って宇宙にトンズラしようとしてたの、赤いザクだったって話だぜ?」

「赤いだけなら“深紅の稲妻”かもしれないだろ」

 

 

 いや、どっちにしろあり得ない話なのだが。

 

 

「で、どう思うよ?」

「なんで俺に聞くんだよ?」

「なんたって本物の“赤い彗星”と戦って生き残ったのなんてお前とアムロ・レイくらいだからな!」

 

 

 そう言われると反論出来ない。

 あの時は無我夢中だったが、思えばかなりの偉業を達成した様に思える。

 

 もしかして今回“デラーズ紛争”が“ガンダム奪取未遂事件”で終わったのは、俺がちょっとは貢献できた成果かもしれない……。と、言うのは流石に過大評価し過ぎだろうか?

 

 ともあれ、“星の屑作戦”の真の目的……北米穀倉地帯へのコロニー落としが起きなければ地上の食料自給率は落ちないし、連邦が一層警戒してティターンズを結成する事もないだろう。

 

 良くなるかはさておき、最悪の事態は免れたというべきだろう。

 

 ほぼやけくそではあったが、あの日俺がソーラ・レイに突っ込んだのは間違いではなかったと、そう思いたいものである。

 

 

 

 




 あとがき

 更新を待ってくれていた方達は久しぶり。最初から一気に読み飛ばしたぜ!という稀有な方は初めまして。一条和馬です。

 さて、幕間として始まりました0083編、いかがだったでしょうか?

 最初は丸々カット……とは言わなくても「トリントン基地にクリスや08小隊来たら面白いな」位には考えていたのですが、当初は模擬戦とキャラ間の掛け合いで終了するはずでした。

 しかし一年戦争編の終盤を執筆している最中にふと思ったのです。


「あれ、そう言えばシャア専用ザクってどうなったんだっけ?」と。


 ゲームなんかでは他の地上部隊に(僕はPS2版ガンダム戦記の印象が強いです)譲渡したりしていたはずですが、それ以外となると聞いた記憶がありません。小説版は残念ながら未読ですし。とまれ、それなら出してやろう。折角だから『もう一人の転生者出してやろう』となったのが今回の0083編となります。

 劇中一度として本名を語られなかった“赤い彗星”ですが、実は名前考えていませんでした。

 ガンダムを前に現代の記憶を呼び覚ましたテリー君。

 片やザクを前に現代の記憶を呼び覚ました“赤い彗星”はどちらも同じ条件の“転生者”なのですが、流石に型落ちのザクで新型ガンダムに勝たせる訳がありません。現実は非情である。

 それはさておき、次回からようやく第二章であるZガンダム篇が始まります。

 大まかな流れは既に完成しているのですが、流石に本編最後に見たのが10年以上前の公開直後の劇場版だけとなれば、記憶違いがあるのは必定。なのでまずは本編見返しながらボチボチ進められたなと思っています。多忙の身ゆえまた更新が亀が欠伸するレベルにはなると思いますが、是非たまに覗いて「おっコイツ生きてるやん」と思って頂ければ幸いです。

 たまに覗いてで一つ。
一年戦争戦争篇でテリー君のストーカーだったサレナ・ヴァーンちゃんがですね、なんと友人の作品に登場する事になりました。何故彼女をチョイスした????

 紅乃晴先生の「ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子」にて相変わらずのストーカーっぷりを発揮しているので、是非そちらでも彼女の活躍をご覧下さい。


 それでは今回は以上となります。テリー君の新たなる戦い、ご期待ください。

 あ、今回もまた0083篇の最初にキャラ紹介とか置いておきますね。

 君は刻の涙を見る!


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第二章~グリプス戦役篇~
第01話【脱獄】



U.C.103


「……夢か」


 硬いベッドから身を起こしたジョナサン・クレインは、自身の過去を夢で追体験していたことを悟った。

 まだ彼が地球連邦軍でモビルスーツパイロットをしていた頃に巻き込まれた“ガンダム強奪未遂事件”は戦後停滞していた連邦軍組織図を大きく震撼させた。

 その中の一つが、“ティターンズの結成”である。

 ジオンの様な反地球連邦思想を持つテロリストを鎮圧する独立治安維持部隊、という名目だったが、実際はアースノイド、つまり地球生まれのみで構成されたエリート達がスペースノイドや他の連邦の一般兵すらゴミの様に扱う、最低最悪の独裁者の傀儡だった。

 どういう訳か、そんな兆しをいち早く感づく事が出来たジョナサンは軍を辞め、フリージャーナリストとして点々としている中で、テリー・オグスターという男に興味を引かれた、というのがU.C.0083以降の彼の主だった人生である。

 彼の経緯はさておき、今はテリー・オグスターの歴史だ。

 一年戦争中に身柄を連邦軍に拘束されていた彼のデータが不自然なまでに抹消されていた事実は未だ謎だが、センセイであればその答えも知っている気がする。そんな自信がジョナサンの内にはあった。


「今日はグラナダを移動しながら取材してみんかね?」


 朝食にと出されたトーストとコーヒーを食べ終えた後にそう切り出したのは、センセイだった。


「私は構いませんが、よろしいので?」
「今から語るのは、独裁を敷いたティターンズを壊滅させた英雄達の話ではない。その中で地球を“あんな風にしてしまった”男の過去。その核心に迫るものだ」


 それに、私はドライブが趣味でね。そう付け足したセンセイは古びたシャツの上からコートを一枚羽織り、アパートから出て行ってしまう。ジョナサンが急いで後を追うと、センセイは既にアパート一階の車庫の前まで移動していた。錆び付いたシャッターを開けると、年代物のクラシックカーが姿を見せる。


「……君は“シーマ・フリート”をご存知かね?」


 グラナダ市内を車で移動し始めてから、数分の沈黙の後、センセイはようやくその重い口を開いた。


「旧ジオン軍の士官、シーマ・ガラハウが自信の部下である海兵隊や、一年戦争後に各地でゲリラ活動を繰り広げていた残党を共に結成した宇宙海賊の事ですか?」
「そうだ。連邦にティターンズ結成を後押しさせた、諸悪の根源……と、言われている」
「ティターンズの悪行が明るみになった今では、それはただの言いがかりの一つでしょうね」
「その通り。彼女らは……方法は褒められたものではないが、少なくともザビ家よりははるかにスペースノイドの未来を案じ、自身の自由と未来の為に戦っていた……」


 こうしてまた、センセイはぽつぽつと語り出した。




~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・



 

U.C.0087

 

 一年戦争終結から7年の歳月が経った。

 

 

「23番、面会だ」

「面会だって? 今まで一度もなかったのに?」

 

 

 真っ白な独房にも慣れ、窓の外に見える宇宙空間も珍しくなくなっていた俺にとって、それは久しぶりの『外の刺激』だった。

 

 

「偉い人だ。待たせるんじゃないぞ」

「お前のお袋でも来てるのか?」

「生意気言うな!」

 

 

 面会室へと移動する途中で看守を煽ってみるが、殴られなかった。いつもなら殴られる筈なのに。そう考えた俺は本当に“偉い人”が来ている事を察した。

 

 

「……くれぐれも粗相の無いようにな」

「あいよ」

 

 

 いつもは俺や他の囚人たちを見下している看守の様子がおかしい。変に緊張している様だ。しかし俺は「良いものが見れた」くらいの気持ちでスルーし、面会室の扉をくぐる。

 

 

「……初めましてだな、テリー・オグスター君」

「なっ!? アンタは……ッ!」

 

 

 面会室の強化ガラスの向こうにいたのは、一人の軍人だった。

 

 スキンヘッドに特徴的な丸いサングラスをかけた、大柄な男性。

 

 極めつけは、黒い連邦の制服。

 

 

「私は地球連邦軍独立治安維持部隊“ティターンズ”のバスク・オム大佐だ」

「……どうも」

「まぁ、かけたまえ。少し話をしよう」

 

 

 バスクに促されるまま、俺は対面の椅子に着席する。

 

 何故だ? 何故バスクがティターンズの名を出して、俺の目の前にいるんだ?

 

 

「……」

「7年前の資料と比べると随分と大人になったじゃないか」

「社会復帰に向けて労働と勉学に勤しんでいたもので」

 

 

 バスクから見定める様な視線を感じながら、俺は即答した。

 

 俺はこれまで“テリー・オグスター”として生きていたのだが、どういう訳か“ガンダム”を目の前にした時に“前世”とも言うべきか、とにかく“自分ではない自分”の記憶を取り戻した。

 

 それはこの“宇宙世紀”がフィクションとして扱われている21世紀の地球にいた頃の記憶だが、今となってはここが地続きの未来なのか、はたまた異世界なのかも見当が付かない。

 

 重要なのは、“この世界”が作り物ではない……体重を預けている椅子も、部屋の四方の白い壁も、目の前のバスクも現実のものであるという事と、俺が“前世の記憶”を取り戻した時にこれまでの“テリー・オグスターとしての記憶”を綺麗さっぱり忘れてしまった事だ。

 何とか騙し騙しで一年戦争を切り抜けた訳だが、これからも“前世の知識”にある“機動戦士ガンダムの記憶”だけで生きていくのは困難だと判断したのが、必死に勉強を始めたきっかけでもある。その点で見れば、窮屈とは言え独房生活も悪いものではなかったと言うべきだろう。

 

 

「結構。これならすぐにでも“使えそう”じゃないか」

「話が見えません、大佐」

「そうだろうな。まずは君に感謝の言葉を述べさせてもらわねばならない」

「感謝……?」

 

 

 全く意味が分からなかった。俺がティターンズのバスクに感謝される様な事をしたとでも言うのだろうか? 何処かもわからない宇宙に浮かぶ刑務所の中で?

 

 

「7年前だ。君はジオンのデギン公王とレビル将軍が接触して和平交渉を行っている最中に単身突撃し、そのせいでジオンはコロニーレーザー……ソーラ・レイを発射。和平交渉が無茶苦茶になり、我々は残ったジオン軍との最終決戦に入った」

「今更弁解するつもりはありません」

「いや、私はこれに“感謝”している、と言っているのだよ」

「は?」

「当時の君の真意はさておき、だ。ここで和平が成立しなかった“おかげ”で、我々は地球連邦政府に宣戦布告をしたジオンを……反乱分子を弾圧する合法的な名目を得たのだよ」

「……!」

 

 

 なんてこった、最悪だ。

 ティターンズを誕生させない為の苦渋の策が、巡り巡ってティターンズが産声を上げるきっかけになってしまうとは。

 

 

「結成に7年も掛かってしまったのは誤算だったがね」

「……それで何です? 俺をそのティターンズってのにスカウトしに来たんですか?」

「端的に言うと、そうだ」

「なっ……!?」

「まさかとは思うが、命令違反を犯した上で戦端を開いた君は、間違いなく即銃殺刑もありえたのだ。それも7年もこんなぬるま湯の様な刑務所で世間が忘れるまで“保護”していた意味を考えた事が無かったのかね?」

「……」

 

 

 強化ガラスにうっすらとだが、苦虫を嚙み潰したような表情をする自分の顔が映った。

 

 

「表立った君の戦歴は消去させてもらったが、ティターンズに入れば当時の……いや、それ以上の地位を約束しよう」

「……断ると言ったら?」

「死んでもらう」

「……」

「冗談だよ。ティターンズは基調を“黒”にした部隊だ。……そう、君が乗っていた“ガンダム”にあやかってね。私は君をリスペクトしているのだよ」

「……しかし」

「まぁ、混乱するのも当然だろう。一日待ってやる。それまでに答えを出す事だな、ティターンズに入るか、保留されている銃殺刑を受け入れるかを」

「……」

 

 

 進退窮まったとはこの事だ。嫌な話だが、こんなもの一択しか答えがないようなものだ。

 

 ティターンズに入るか、死ぬか?

 

 一度は命懸けでティターンズ結成を阻止しようとした身、そのティターンズに加担するなど言語道断な訳だが、バスクはそんな俺を尻目に退出しようとして、一度足を止めた。

 

 

「そうだ。君の恋人……マナ・レナと言ったか」

「!?」

「今は軍を辞めてサイド6で暮らしているよ。ティターンズに入るのなら勿論、再会出来るだろうね」

「なんで軍を辞めたマナの所在を知っている……!?」

 

 

 それは直感だった。

 

 

「フフフ、一日だぞ」

 

 

 問いには答えず、バスクは面会室から去った。

 

 だが、答えは出た様なものだ。

 

 俺が従わない場合、マナ・レナの身に危険が迫る……?

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 

 

「……」

 

 考える時間、という名目で与えられた一日。

 

 ティターンズと言う組織の権化の様な男のバスクの事だ。ここで焦燥感とマナの命を天秤の片側に置いてやれば、俺がどうにかなるだろうと思っているのだろう。

 

 しかし“リスペクト”と来るとは思わなかった。

 

 どこまで本心かは分からないが、ここはひとまず従うフリをして、マナと接触したら逃げるか……? いや、仮に逃げたとしてもそこからの算段がない。連邦と言わずとも、せめてティターンズの目が届かないバックボーンを手に入れることが出来れば……。

 

 

 答えに辿り着けない問題を頭の中で延々とループさせてから、半日。

 

 

 不意に“答え”の方からやってきた。

 

 

「な、何者だお前達はうわぁーッ!?」

 

 

 看守の叫びと、銃声。そして足音が複数外から聞こえてきたのだ。

 

「なんだ?」

「おい、なんだよ今の音!?」

 

 

 どうやら幻聴ではないらしい。隣の独房からも異変に気が付いた囚人の声がする。

 

 

「敵襲だ!」

「例のエゥーゴってのか!?」

「いや違う! 海賊だ! ジオンの亡霊共がやってきたんだよ!」

 

 

 武装した看守達が独房の前を移動していく。

 

「おい看守さんよ! なんで海賊がここを襲うんだ!?」

「お前は黙ってろ囚人! 混乱に乗じて逃げようなんて考えるなよ!」

「開けてくれる前フリ?」

「ふざけるんじゃない!」

 

 

 ダメもとで聞いてみたが、やはりダメだった。

 

 “この世界”ではデラーズ紛争が起きなかったせいか、ジオンの海兵隊であるシーマ・ガラハウの艦隊がそのまま“宇宙海賊シーマ・フリート”を名乗り連邦の施設を荒らして回っている、という噂を聞いた。

 

 しかし解せない。

 

 ここはただの囚人収監施設。それも連邦軍人を拘束する所謂“政治犯”が収監される場所だ。ジオンの連中が襲うメリットなんて想像も……。

 

「……バスクか!?」

 

 

 ティターンズのバスク・オム襲撃が目的なら、辻褄が合う。

 

 連邦施設とは言え、軍艦を襲うよりははるかに楽だという訳だ。なるほど考えたな。

 

 そう思っていると、独房のドアロックが解除される音がした。

 

 囚人を逃がして施設をパニックに陥れてからターゲットを撃つ。うむ、素晴らしい計画だ。ならば俺はこれに乗じて逃げさせて……。

 

 

「おっと、アンタがテリー・オグスターかい?」

「……そうだけど」

「クライアントに頼まれてねぇ。アンタを助けに来たんだよ」

「……はい?」

 

 

 現れたのは、ノーマルスーツを着た女性だった。連邦のものではない。ジオンの上級士官様にカスタムされたスーツ。

 しかし待って欲しい。彼女は今、何と言った?

 

 

「私はシーマ・ガラハウ。拘束してでも連れてこいって言われてるんだが、大人しく着いて来てくれると助かるんだがねぇ」

「誰が?」

「時間がないんだよ! 首輪付けて欲しいのかい!?」

「わ、分かった従うよ!」

 

 

 シーマ・ガラハウの剣幕に圧されて、渋々了承してしまった。

 くそっ。今日の俺ほぼ一択の二択を迫らせ過ぎじゃないか!?

 

 

「ターゲット確保。これより撤退するよ!」

「撤退? バスク・オム暗殺に来たんじゃないのか?」

「ティターンズのバスクがここに居るのかい!? ……いや、欲を出し過ぎるのは良くないね。悪いけど今回は無視さ」

「本当に俺を連れ出す為だけの計画だってのかよ!?」

「詳しい話はクライアントから直接聞きな!」

 

 

 それからのシーマの行動は迅速だった。予め内部構造を調べていたのだろう。7年も過ごしていた俺よりも軽い足取りで移動するのに追いつくのが精一杯だった。それに曲がり角を一つ曲がる度に屈強な男達が増えてくるとなれば、こちらも黙る他ない。両脇を男二人に、手前をシーマに守られる形で移動していると、程なくノーマルスーツが置かれているロッカールームの前へと辿り着いた。周囲には魂が旅立った警備兵たちの亡骸が漂っているだけで、生存者の気配はない。

 

 

「ノーマルスーツを適当に拝借しな!」

 

 

 そう言われてロッカールームに押し込まれた俺は、一番近いものを取る。

 

 

「げっ」

 

 

 手に取ったのは、真っ黒なノーマルスーツ。ティターンズのパイロットが使用するものだ。

 

 

「これは流石に……」

「早くしな!!」

「えぇい、ままよ!」

 

 

 選り好みしている余裕などないのだ。そう心に言い聞かせながら、ノーマルスーツを装着する。まるで自分の体に合わせて作られたかの様に馴染む。まさか俺がティターンズに入る前提で用意したものでは? という思考が頭に過るが、それを振り切って外へ。7年の間に技術が進歩しただけ、そう思いたい。

 

 

「……いい趣味してるよ」

「急いでるんだろ!?」

「そうだけど……さ!」

 

 

 当然の様にシーマには呆れられるが、交換している時間はない。武装した連邦の兵士がすぐそこまで迫っていたからだ。

 

 

「お急ぎください、シーマ様!!」

「分かってるよ! ほら、アンタもさっさとしな!」

「おう!」

 

 

 シーマとゴロツキみたいなジオン兵二人に護衛される、ティターンズの格好の俺。

 不思議な光景だなとは思っていたが、俺の意識はすぐ別の事へと誘導されてしまった。

 

 

「アンタは私と一緒のモビルスーツに一緒に乗ってもらうよ!」

「こいつにか? ……って、ん?」

 

 

 資材搬入用ゲートに我が物顔で停められていたのは、二機のディジェだった。

 

 ディジェは旧ジオンのゲルググや、エゥーゴの最新型モビルスーツ、リック・ディアスのデータを基に地球の反地球連邦組織“カラバ”がアムロ・レイ先導の元開発したモビルスーツの筈だ。時期的にも技術的にも何故これがここにあるのか、全く解せない。

 

 

「コックピットは頭部にあるよ、着いてきな」

「コイツ、名前なんて言うんだ?」

「ディジェってんだ。詳しい話はクライアントにでも聞きな」

 

 

 やはりディジェで合っているのか。

 

 しかし俺の救出を依頼したというクライアントというのは一体誰なのか、皆目見当もつかない。

 

 謎ばかりが先行し過ぎてしまっている気がするが、今の俺が足踏みをしている場合ではないのは確実だった。シーマの尻を追いながら、彼女が一年戦争時代に使用していたゲルググMと同じ配色にカラーリングされたディジェのコックピットへと身体を滑り込ませる。

 

 

「7年振りにモビルスーツのコックピットに乗ってみてどうだい?」

「全天モニターの初期型になら乗った事はあるが、これはダンチだな。まるで宇宙にそのまま放り出されている気分だ」

「その内慣れるさ。さぁ、とっととずらかるよ!」

 

 シーマ機同様、ゲルググMと同じ色に塗り替えられたディジェにジオン兵二人が乗り込み、火が入るのを確認したシーマはそのままディジェを発進させた。7年振りにコックピットから見る宇宙は、なんというか、寒い。

 しかし、感傷に浸っている暇はなかった。ここはまだ敵地の敵地。

 

 

「おい、建物の向こうから何か来るぞ!」

「あんだけ派手に暴れたんだ。むしろ遅いくら……しまった!」

 

 

 遠目で見ただけなのではっきりとは確認していないが、施設の向こうから赤い戦艦が飛び出してくるのが確認できた。

 見た事のない戦艦だが、何となくペガサス級に見える、赤い戦艦だった。

 “敵”を確認したシーマが険しい顔をしながら冷や汗をかく。その顔をドアップで見るのは中々辛いので控えて頂きたいのだが。

 

 

「厄介な連中が近くにいたんだねェ……! “あの女”の情報も完璧じゃ……いや、あえて黙ってた感じかい!」

「旧型の様に見えるが、そんなに厄介なのか?」

「ま、随分と悪趣味な改造されてるからそうは見えないだろうけど、アレはアンタの“古巣”だよ」

「なんだと? アレはフォリコーンだとでも言うのか!?」

 

 

 加速して離脱を開始するディジェのコックピットから連邦の軍艦を凝視する。グレイファントムやアルビオンなどのパーツで近代改修されたと思しき赤い船体には所々に金色の模様が施されており、おおよそ軍艦には見えない。

 

 

「……うっ!?」

 

 

 久しぶりのモビルスーツの加速による負荷に身体が驚いたのか、それともまるで寝取られた様な様変わりを見せたフォリコーンに不快感を覚えたのか理由までは分からないが、嫌な感覚が俺を襲った。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 

 

「なんだこの不快なプレッシャーは……あのモビルスーツからか?」

 

 

 ペガサス級強襲揚陸艦フォリコーンⅡの艦長兼モビルスーツパイロットを務めるティターンズの将校、シャロ・ル・ロッド大佐はキャプテンシートに座りながらそうひとりごちた。

 

 

「シャロ様。シーマ・フリートのものと思われるモビルスーツは逃走を図っている模様です」

「こちらを見た途端一目散、か。地球圏を騒がす海賊共とてこの名家たる私を見ればそう判断するのは宇宙の真理というものだ。だが、逃がしてはやらん。本艦で追撃し、今日こそ盗人共のアジトを割り出してくれる。総員第一戦闘配備! ライラ・ミラ・ライラのモビルスーツ隊を先行出撃させろ!」

「困るなシャロ大佐。ティターンズでない者に作戦を任せると言うのは」

 

 

 この艦の中で、シャロ・ル・ロッドという男は唯一にして絶対の存在だ。フォリコーンⅡの乗組員には誰一人として彼に逆らう事はしない。そんな彼に同等な意見を述べられるとすれば、同じティターンズで同じ階級であるこの男、バスク・オムくらいである。

 

 

「適材を適所に配置出来ないなら、エリート部隊の名が廃るというものだ、バスク大佐」

「一番槍をかね?」

「言葉の綾というものだよ。第一、スペースノイドなど槍は槍でも“投げ槍”程度の価値しかない」

「フッ……やはり君をティターンズに招いたのは正解だったよ」

「前任の庶民……ミドリ・ウィンダムは優秀な女だったが、私の言う事を素直に聞かない女ではなかったしな。その点スペースノイドには最初から期待していない分、気持ちが楽というものだ」

「優秀なパイロットだったはずだが、どうしたのだ?」

「名家たる私の命令で、木星の僻地に飛ばしてやったさ。今頃薄暗い探査船の中でヒモみたいなナヨナヨした研究員の慰み物にでもなってるだろうよ」

「ライラ隊、敵モビルスーツと接触。戦闘開始しました。シャロ様のモビルスーツの手配も完了との事」

「先を見据えた報告、ご苦労コダマ君。庶民にしては頑張っていると評価してやらんでもない」

「ありがとうございます」

 

 

 わざわざ席を離れてシャロにそう報告した通信官は一礼を捧げた後、再び機械的な足取りで持ち場へと戻る。部下を完全に手名付ける様子は、ティターンズとして理想の将兵であるとバスクは関心するばかりだった。その裏で何が行われているかは彼の知る由ではないし、本人は些かも興味を示さない。ティターンズとはそういう組織だった。

 

 

「よし、では私もモビルスーツで出撃する。発進後は艦砲射撃で援護に徹しろ。私に充てるなどというヘマはしないだろうが、ライラ隊については気にするな。スペースノイドの女など替えはいくらでも聞くからな!」

「了解いたしましたシャロ様。ご武運を」

「戦果を期待しているぞ、大佐」

「私が出世してティターンズの長になる歴史的第一歩を特等席で見れる事を光栄に思うのだな、バスク大佐」

 

 

 ティターンズの総司令であるバスクにすら傲慢な態度を崩す事無く、キャプテンシートから離れたシャロはモビルスーツデッキへと姿を消した。

 

 



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第02話【シーマ・フリート】

 

「海賊どもめ……一人前気取って新型なんて生意気な!」

 

 ティターンズ所属戦艦フォリコーンⅡの艦長の命令で小隊ごと転属になった女性士官ライラ・ミラ・ライラ大尉はガルバルディβに乗り、海賊の操る新型モビルスーツとの戦闘を繰り広げていた。

 

 ライラとその部下は一年戦争こそ未経験だが、今の時代であれば豊富な宇宙戦をこなした優秀なパイロットとも言える。しかしながら、相手が大戦時からモビルスーツに乗っているパイロットで、新型に乗っているとも来れば、追い付くだけでも精いっぱいだった。

 

 

「相手はたったの二機だぞ! 左右から挟み込む様に接近すれば捉えられる筈だ!!」

 

 

 ライラの指示により、四機のガルバルディβが宇宙海賊のモビルスーツへの挟撃を狙う。向こうは宙域からの撤退が狙いなので、積極的には攻めてはこない。後続の部隊の事を考え、出来るだけ距離を取りたがっているのだろう。

 

 

「ティターンズからすりゃ私達なんて投げ槍か鉄砲玉みたいなもんだろうけどさ、こっちだって正規の軍人なんだよね!」

 

 

 

 ライラだけが特別ではなく、連邦軍内におけるティターンズの評価など、概ねそんな所だ。しかしそれだけでエゥーゴの様な反地球連邦組織の存在を容認するかと言われれば、それはまた別の話であるが、、そもそも今のライラにはそんな余念に構っている暇はなかった。

 

 後方からのメガ粒子砲による不意打ち。それによって部下が一機落ちたからだ。

 

 

「後ろから攻撃!? 宇宙海賊の仲間の方が先に来たのか!?」

 

 

 モノアイを動かし周囲を警戒するライラ。しかしそれがすぐに勘違いである事を悟る。

 今もなおこちらに向けて艦砲射撃をするのは、あろうことか味方である筈のフォリコーンⅡではないか!

 

 

「馬鹿な! 味方ごと撃つなど、正気の沙汰とは思えん!」

『庶民などぉ! この名家たる私の戦果を足止めしてくれただけでも十二分な活躍をしたというものよ!』

 

 

 通信機から聞こえるのは、忌々しいティターンズの士官の声だった。ミノフスキー粒子による通信障害は作戦遂行において文字通りの障害なのでないに越した事はないのだが、今ばかりは聞きたくない声だとライラは苦虫を嚙み潰したような表情を見せる。

 

 通信の主は、専用にカスタムされたハイザック・カスタムに搭乗し、随伴機もなしにこちらへと突撃してきていた。

 

 

「式典用みたいなモビルスーツ! シャロ大佐のか! 指揮官としての自覚は無いのかい……ッ!」

『ライラ隊に告ぐ! 庶民にしてはよくやったと褒めてはやるが……ここからは私の狩りだ。手を出すな! 以上!』

「チッ。噂に聞いた以上の傲慢っぷりじゃないか……聞いたろ! 撤退する!!」

 

 

 後退ざますれ違う赤いハイザック・カスタムを見ながら、ライラは部下と共にフォリコーンⅡへと帰還した。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 

 

「ガルバルディが退くぞ! どいう事だ!?」

「“本命”が来たって事さね!」

 

 

 シーマの操るゲルググMカラーのディジェのコックピットの隅で揺られるしかない俺は、敵の奇妙な行動に違和感を覚えていた。数の上でも勝っており、エネルギーが尽きた様子もないのであれば、後続部隊と合流するのが常套手段の筈だ。実際シーマはそれを恐れて逃げの一手を選択したのだが、先行してきたガルバルディの小隊の練度を少々過小評価していたようだ、というのはさっきシーマが語った言葉である。

 

 

『宇宙海賊に通達する! 我が名はシャロ・ル・ロッド大佐! 名家にしてティターンズの序列三位を頂く者だ!』

「誰だアイツ」

「今自己紹介してくれた通りだよ。目立ちたがりのバカさ」

 

 

 シーマが忌々し気にみると、ガルバルディの隊を入れ替わる様に突撃してくる一機のモビルスーツがあった。

 フォリコーンと同じく赤いボディーに金色の装飾が施されたハイザックだ。頭部にはブレードアンテナらしきパーツも見える。

 

 

「あれじゃ赤い彗星だな……」

「ゲン担ぎしてる訳じゃないよ。アレで厄介な事に凶悪な動きをするから出会いたくなかったのさ!」

 

 

 そのシーマの言葉を理解するのに、数分の時間も必要ではなかった。

 

 ハイザック・カスタムと言えば連邦のジムとジオンのザクの技術をハイブリットさせた高性能機ハイザックの出力を更に上げたモビルスーツだ。新型ジェネレーター搭載によって大型ビームランチャーによる火力と更なる機動性を得た、“隠れハイザック”の異名を持つ機体。通常回線でティターンズのトップの一人だと自称したマヌケとは思えない程にその男はハイザック・カスタムを自分の手足の様に扱っていたのだ。

 この時代の平均的なモビルスーツの性能やパイロットの腕前は知らないが、少なくともガルバルディの小隊がもう二つ三つあっても勝てそうにない、そんなオーラを感じずにはいられない。

 

 しかし。

 

 

<―――!>

 

 言葉が走った。

 

 久しく忘れかけていた、この感覚。

 

 

「右だ!」

「何ィ!?」

 

 

 咄嗟に叫んだ俺の言葉に一瞬遅れて反応したが、すぐさまその方向にモビルスーツを動かすシーマも大したものだった。左腕を持っていかれはしたが、胴体への直撃は免れた。

 

 

「アンタまさか、噂のニュータイプってのなのかい!?」

「知らんね! 俺はただそう感じたから右と答えただけだ! 次は左!」

「チッ!」

 

 

 恐らく最短の感覚でビームランチャーを発射してくる赤いハイザック・カスタム。それに対応しきれなくなったシーマは次第に俺の言葉に従い回避をするようになるが……。

 

 

「癪だけど、アンタが操縦した方が早い気がしてきたよ!」

「えっ」

 

 

 ハイザック・カスタムの攻撃が一瞬止んだ隙にそう言ったシーマ。彼女は戦闘中であるにも関わらずシートを離れ、俺の肩を掴んで強引にその席へと押し込んだのだ。相当緊張していたのだろう。ノーマルスーツごしにシートから彼女の温もりを感じる。

 

 

「おいちょっと待て! モビルスーツの操縦なんて7年もやってないぞ! しかも新型になんて……ッ!」

 

 

 勿論敵が待ってくれる訳もない発砲してきたので回避。

 

 

「習うより慣れなって言う前に、もう動かしてるじゃないか」

「集中するからちょっと黙っててほしい!!」

 

 

 ただでさえコロニーの中でアレックスに乗った時に「全天モニター酔うなぁ」とこぼしていた身としては久しぶりの戦闘でこれは少々ハードが過ぎるというもの。

 

 しかし、ここでむざむざやられる道理もなし。

 

 というか、上手く説明できないのだが、シャロなんとかとか名乗った男が不快で仕方がなかったのだ。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 

 

「急に動きが良くなったな……」

 

 

 敗戦を受け入れられないジオンの有象無象が集まった宇宙海賊。そのリーダーとも言うべきシーマ・ガラハウ専用カラーのモビルスーツにしては情けない動きをすると欠伸の一つさえしていたシャロ・ル・ロッドの眉が動く。

 

 

「まさか私を前に手加減して勝てると思っていたのか? ここは本気を出してきた事に礼儀を払ってやるか……否!」

 

 

 ビームランチャーの乱射をやめ、左手でビームサーベルを抜き、一気に距離を詰める。

 

 

「この私相手に手加減して勝てると思ったその傲慢さ……万死に値する!!」

『チィ!』

 

 宇宙海賊の新型が、ついに武器を抜いた。右手を後ろに回して取り出したビームナギナタとシャロのハイザックのビームサーベルが交差すると、相手との接触回線が開かれる。

 

 

『誰だが知らないが赤いザクのお前! 尻尾巻いて脱げるなら見逃してやる!』

「はっ! 名家たる私を知らぬと嘯くだけに飽き足らず情けをかけるだと? つくづく傲慢な女……いや待て。男の声! 貴様何者だ!?」

『戦場でわざわざ敵に名乗る訳ないだろバーカ!!』

「バッ……私に向かって何という口をぅおっ!?」

 

 

 それは低俗で陳腐すぎる言葉に逆に動揺したシャロの一瞬の油断だった。

 その油断を突いた新型は蹴りでこちらの体制を崩し、そのままハイザックの両腕をビームナギナタで切り裂いた。

 

 

「馬鹿な……馬鹿な!?」

 

 

 ティターンズになって……否。地球軌道第一艦隊司令になってから初めて、シャロは初めて“死の恐怖”に直面し、狼狽した。

 

 しかし新型はこちらにトドメをさす事なく踵を返し、離脱を始めてしまった。

 

 

『ご無事ですか!?』

『お怪我などされておりませんかシャロ様!?』

 

 

 聞こえてきたのは、今はハイザックに乗った部下の女性パイロット達の声だった。かつてミドリが“腰巾着”と揶揄した二人から焦った様な声が聞こえる。

 

 

「連中が来たという事は、フォリコーンⅡも近くに……助かった……」

 

 

 ほう、とため息を溢したシャロだが。

 

 

「……待て。私は今、安心したのか? 気高い狩人である筈の……名家たるこの私が?」

 

 

 人を見下して生きて来たシャロ・ル・ロッドにとって『他人に見下される』というのは何よりも許されない侮辱だった。

 

 

「許せん……許さんぞ、あの男! モビルスーツの性能で優っているというだけで、あそこまで人は傲慢になれるのか!!」

 

 

 そして自分が最強である事を疑わない彼は、敗北の原因がモビルスーツの性能差であると断定した。そうする事によって、怒りも幾分か収まる。

 

 

『あの……シャロ様? 追撃はどうなさいますか?』

 

 

 ハイザックのパイロットが恐る恐る聞いてくる事には、シャロは既にいつもの調子を取り戻していた。切り替えが早いのが、彼の取り柄でもある。

 

 

「……ふん。こんな貧弱なモビルスーツでは、勝てんという事だろう。進路をグリプスに取れ! そろそろガンダムMk-Ⅱのテストも終了しているだろう。それを受け取り次第、連中を叩く」

『了解です。まずはフォリコーンⅡにご帰還ください』

「あぁ……。そうだ、お前」

『マキ・トリーです。シャロ様には地球軌道艦隊の頃から……』

「庶民の名前などいちいち覚える訳がないだろう。お前と、そこのお前。後で私の部屋にこい」

『……はい』

 

 

 マキ・トリーと名乗った女性パイロットと、もう一人は“ご指名”を受けた事で内心戦々恐々としている事だろう。シャロの自室に呼ばれる、という事は、彼の何某らのストレス発散の“玩具”にされるという事だ。

 

 そして当の本人は恐れられていると知りながらも、むしろそれを楽しんでさえいるのだった。

 

 

「そう……私こそティターンズの……いや、地球の頂点に立つべき男なのだ。全て私が最高で最上でなければ……」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 

 

「そのデブリの先に艦を隠してる。先導する部下を見失うんじゃないよ」

「分かってる」

 

 

 もう数秒余裕があれば赤いハイザックを撃墜出来たのだろうが、目的は逃走であるのと、なにより見た目が変ったとはいえフォリコーンが敵と言われたらなるべく直接の戦闘は避けたかった。流石に当時のクルーが乗っていている以前に、仮にそうだとしてもディジェに俺が乗っているなんて思ってもいないだろうし、そんな色んな感情がこみ上げて逃げを選択したが、どうやらそれが功を奏したらしく、追撃もなくシーマ・フリートの母艦付近へと逃げる事に成功したという訳である。

 

 

「しかしアンタやるねぇ。クライアントが7年もアンタの所在を探してたのにも納得だよ」

「それでシーマ……さん?」

「なんだい」

「そのクライアントってのは一体誰なんだ?」

「元は連邦でモビルスーツの開発に携わってた一人だって言ってたよ。イリーナ・ペティルって女さ」

「誰ですかその人」

 

 

 誰ですかその人。いや、マジで知らん。

 

 

「知り合いじゃないのかい? じゃあ多分……熱烈な“ファン”って所かね?」

「はぁ?」

「ま、後は直接会って確かめるんだね……見えてきたよ、あれがそうだ」

「なんか心配になってき………んんん????」

 

 

 今日で何回驚いただろうか。

 

 

 目の前では、見た事のない戦艦がこちらを待っていた。

 

 

 基本はザンジバル級“リリー・マルレーン”の様だが、上部に連邦のサラミス級らしき艦橋が乗せられて、前方には楕円形の船体が増築されている。

 

 

 極めつけとして目立つのは、機首に堂々とあしらわれた髑髏のマーク。

 

 

 ……あれ? おかしいな? 機動戦士ガンダムって原作に富野由悠季と矢立肇の他に松本零士もいたっけ……???

 

 

「ようこそ、我らシーマ・フリートの拠点……“アルカディア”へ」

 

 

 マジかよこれ怒られない?

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 

 

「ようやく会えたね、テリー・オグスター君?」

 

 

 “アルカディア”なる戦艦にディジェを収容してコックピットから出ると同時、俺の目の前に現れたのは長身の女性だった。黒く長い髪をポニーテールにしており、失礼な話それで女性と判断できる程にスレンダーなボディーの持ち主だった。

 

 

「えっと……助けてくれてありがとう? になるのか?」

「私は依頼をしただけだよ」

「結局最後は私らが助けられる事になったがねぇ……」

 

 

 後は仲良くやりな、と言い残したシーマは部下を連れてさっさと格納庫から姿を消してしまった。知らない艦の中で知らない女と二人っきりにされるのは結構辛い。

 

 

「で、えーーっと……失礼ですが、どこかで会いました……?」

「いや、会うのは初めてだ」

「でも俺を助けたんでしょ?」

「変かね?」

 

 

 いや変でしょうが。

 

 

「フ……まぁそう思うのも無理はないわよね? では自己紹介から。私はイリーナ・ペティル。一年戦争の時はレビル将軍の艦隊でモビルスーツ設計に携わっていたわ。そこにいるのはチチデカ助手君」

「“チカ・ジョッシュ”ッスよ先輩!! いいかげんその紹介の仕方止めて欲しいッス!」

 

 

 イリーナなる人物に名前を呼ばれたらしい女性が、格納庫に置いてある黒い巨体の横から姿を現した。イリーナとは打って変わって小柄な少女だが、なるほど『チチデカ』と呼びたくなるのも立派なモノをお持ちであった。

 

 七年も“ご無沙汰”では俺のリトルテリー君も思わず反応してしまう訳だが、それよりも理性の方がチチデカ……じゃない、チカ・ジョッシュなる少女が整備していたらしい“黒い巨体”へと意識を向けさせた。

 

 

「お、早速反応してくれたみたいで嬉しいよ」

「それどっちの話してる?」

「アッチは分かるけどコッチのはどういう意味かな?」

 

 

 イリーナのいう“アッチ”は黒い巨体の事だろうが、“コッチ”は明らかに俺の小さい巨体を見ている。やめないかそのニヤニヤした目。

 

 

「冗談はさておき……“コイツ”も紹介しないといけないね。何を隠そう、こいつは一年戦争時代の君の戦闘データを基に、ガンダム試作4号機に大幅な改良を加えたものだ」

「モビルスーツなのか? 大き過ぎやしないか?」

「あぁ。肩に増設したブースターと、下半身部分をドム系列のものに変えたのが大柄に見せているのだろう」

 

 

 まぁ実際、平均的なモビルスーツの体積の二倍か三倍はあるが。とイリーナは補足してくれた。

 

 しかしこれもまた、何か他の違うものに見える。

 

 

なんだっけか。

 

 黒いボディーに巨大ブースター。そしてまるで花びらの様に重なった装甲……。

 

 

「ブラックサレナじゃねぇか。ナデシコの」

「む、このガンダムには“ガーベラ・リヴァーレ”と名付けたのだが……君の直感センスは中々のものだね。それ採用」

 

 

 しまった余計な事を言ってしまった気がする。

 

 まぁでもアルカディアもあるし良いかと思いつつ、俺は思い切って他に気になる所を聞く事にした。

 

 

「横に置いてあるプロペラントタンクは?」

「脚部に装備する事で航続距離を伸ばす為の追加ブースターッスね。流石にコレを着けたまま戦闘は不可能ッスけど、コンペイトウからゼダンの門……あーーーっ、ソロモンからア・バオア・クーまで行って帰るだけの容量はあるッス」

「なんでジオンの軍事拠点を例えに……ん?」

「思い出したかね? そう、君が一年戦争時代に使用していた玩具からヒントを得た装備だ」

 

 

 玩具、というのはソロモン突入やア・バオア・クー……というかソーラ・レイ破壊の為に使用した簡易SFS“カミカゼ”の事だろう。

 

 

「最近では似た兵器に“サブ・フライト・システム”って名前が付いて連邦が独自技術みたいな顔して使ってるけど、間違いなく君の玩具をパクったんだろうね」

「だろうな」

「なんだって?」

「いや、こんなの誰でも思い付くって話をしただけ」

「一介のパイロットが7年後の新技術を先読みで開発してたんだ。技術者として嫉妬しちゃう訳よ」

「その嫉妬でコイツを作ったのか?」

「まさか。これは所謂……“愛の結晶”だよ」

「……はい?」

 

 

 自分でも分かる程に素っ頓狂な声を挙げてしまった。きっと顔も相当な間抜け面に違いない。そんな俺の事など気にも止めず、イリーナは続ける。

 

 

「7年前のあの日! 君は単身ジオンの軍事拠点ア・バオア・クーに乗り込み、ギレン・ザビを刺激……結果的にコロニーレーザー“ソーラ・レイ”を使用された事によってレビル将軍とデギン公王が死亡し、そこから一年戦争と呼ばれる戦争の最後の戦いが始まった!」

「昨日似たような事を聞いたよ。それがティターンズ誕生のきっかけになったんだとさ」

「まさか! 連中の事だ。理由なんて何でもよかったんだろう。それより君の話だよテリー君。当時私は第一艦隊のマゼランの一隻にいたんだよ」

「……よく生きてたな」

「そう! そこだよ!!」

 

 

 興奮した様子で距離を詰めるイリーナに、俺は一歩身を引いてしまった。今まで自分より身長の低い女の子ばかりが周りにいた為に、自分より背の高い女の人に迫られるのは慣れていなかったからだ。食堂のマギー姉さんはそういうキャラじゃなかったし。

 

 

「一応は連邦軍技術部門のトップに上り詰めた私だがね……正直あまり乗り気ではなかったのだよ。生産性と安定性を重視したジムの設計ばかりさせられていたからね。私としてはむしろジオンの水陸両用モビルスーツやモビルアーマーの様な尖った設計思想の機体を作ってみたかった。そんな中だよ。私達の乗っていたマゼランの“すぐ横”をソーラ・レイの光が通り、後に残ったのは残骸のみさ。……私はレビル将軍達の和平交渉がどういう結果に転ぼうと、ギレン・ザビがソーラ・レイを撃つのは必定だと思っている。さて、その場合その危険に気が付き単身乗り込んだテリー君の事を私が気になるのは当然な訳で。調べてみれば君は積極的にミラーを破壊してくれたらしいじゃないか。その理由をお伺いしても?」

「……止めるにはそうするしかないと思ったからだ」

「そう! どの様にしてソーラ・レイの存在を知ったのかとか、そういう細かい話は置いておこう! 重要なのはその時点で私が君に興味を持ったという事だ! そして調べてみれば出るわ出るわ君の武勇伝! 初のモビルスーツでの実戦が不意遭遇戦でありながら、三機のザクとムサイを撃破! その後教導隊として活躍しながらRX-78シリーズ2号機までしか搭載されていない単機での大気圏突入をマニュアルでやってのけ! 密林で孤立した状態でザクを更に三機落としたと思えばネームドの駆るグフのカスタム機を無傷で撃破! サイド6では全天モニターとマグネットコーティング初期搭載型NT-1でザク相手にインファイトをかますという奇行からアムロ・レイ、クリスチーナ・マッケンジーと並んでたった1分で12機のリック・ドムを破壊! ソロモン攻略戦ではリック・ドムの“着ぐるみ”を用いた作戦で一番に敵基地の奥へと到達して大暴れしたとくれば、もう君の活躍に夢中にならない理由はないだろうそうだろう!?」

「顔が近い」

 

 

 そんな事もあった様な気がするが、全部7年前の話である。

 

 本人も覚えてない様な事をスラスラと言うあたり、“ヤバイ奴”と評価するのが妥当だろう。

 

 

「それに唯一“シャア・アズナブルに引き分けした男”っていうのもあるッスよね」

「何? それはアムロ・レイの話じゃないか?」

「いえ? 彼はア・バオア・クーの最終決戦で負けるッスよ? ただまぁ、今はそれまでの功績から地球のどこかで悠々自適にセレブ生活送ってるらしいッスけど」

 

 

 どういう事だろうか? 俺は昔の記憶を辿る。

 

 7年前。アムロとシャア、ララァとの共闘してサレナ・ヴァーンを討ち取った後、俺が油断している隙にエルメスが爆発。『ララァ・スン生存』という宇宙世紀最悪の出来事のフラグを折り損ね正史をなぞるのを恐れ、例の特攻を選択した訳だが、結果的にティターンズは生まれてしまった。それはきっと“歴史は変えられない”という事なのだろうが、それだとア・バオア・クーでアムロがシャアに負ける理由にならない。あの時のシャアはニュータイプとして覚醒したばかりで、ほぼ完全体とも言えるアムロに勝てる要素は無かった筈。

 

 何かを見落としている。

 

 俺が記憶の海を辿っている中、ふいに今は関係のない筈のバスク・オムとの会話の記憶がフラッシュバックした。

 

 まるで、“今はそんな事考えている場合じゃない”と訴える様に。

 

 

 

――そうだ。君の恋人……マナ・レナと言ったか――

 

――今は軍を辞めてサイド6で暮らしているよ。ティターンズに入るのなら勿論、再会出来るだろうね――

 

――フフフ、一日だぞ――

 

 

「……不味い。マナ・レナ!!」

「ん? どこかで聞いた事のある名前だが……」

「おい、このモビルスーツ、今からでも動かせるか!?」

「ブラックサレナ、の事かい? 勿論今から月の裏側までだって行けるよ?」

「貸してくれ。事情は後で説明する!」

「貸しても何も、これは私が君の為に作ったガンダム……好きに使うと良い」

「恩に着る!」

「よし、じゃあ私達もご一緒しようか、チチデカ助手君」

「チカ・ジョッシュ!」

「悪いけど、シャトルか何かで付いてこようってんなら、悪いけど急いでるから……」

「シャトル? まさかまさか」

 

 

 そう言ってコックピットを開こうとする俺の前で、ガーベラ・リヴァーレ改めブラックサレナのコンソールを操作しながらイリーナは続けた。

 

 

「このガンダム、三人乗りなんだよね」

「えっ」

 

 

 イリーナの言う通り、コックピットには通常のシートの他、それを挟む様に二つのシートが増設されていたのだった。

 



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第03話【血塗られた再会】

 

 

「ねぇ、あのさ」

「各部動作チェックOK。火器管制システムも問題なし」

「あの、急いでるとは言ったけど少しお話をですね……」

「ブースター接続確認したッス。いつでもいけるッスよ!」

「ちょっとタンマまじで」

『おいアンタら! モビルスーツデッキで何を勝手して……うわぉ』

 

 

 ブリッジらしき場所から通信を送ってきたシーマが絶句していた。

 

 そりゃそうだろう。

 

 曰く“テリー・オグスター専用”で開発されたというこのガンダム、ブラックサレナのコックピットには座席が三つ存在し、俺が座るメインシートの左右にサブシートが一つずつある訳なのだが。

 

 

 サブシートの位置がメインより少し高いからか、丁度俺の視界の両端に二人のふとももが見えるのだ。それもほぼ間近に。パイロット用ではなく整備兵用のノーマルスーツなんで実際よりゴツゴツしてるのがちょっと残念で……じゃないそれはさておきだ。

 

 

「ちょっと邪魔なんですけど」

「仕方ないじゃないッスか。こうでもしないと正確なデータ取れないって先輩がゴネたもんで……」

「これじゃ全天モニターの利点を自分から投げ捨ててるようなモンじゃないのか?」

「さっき言ったでしょ? 私達は君がいなければ一年戦争でとっくに死んでいた身……つまり命を捧げる覚悟はとっくに出来ているのよ!?」

「ウチは別にどっちでもいいんスけど」

「俺の命巻き込まれてるの分かってらっしゃる?」

『で、帰ってきて10分も経ってないのに出ていこうとするその理由を聞かせてはもらえないかねぇ?』

「サイド6に行ってティターンズに捕まった人質の救出だ」

『サイド6!? ここからどれだけ距離があると思ってるのさ!?』

「ブラックサレナのスペック上なら問題ないよシーマちゃん」

『シーマちゃんはやめろ恥ずかしい。……まぁ、そのリヴァーレなら確かに問題ないだろうけどさ』

「この子、さっきブラックサレナって改名したんスよシーマちゃん」

『だからシーマちゃんやめろって言ってるじゃないのさ撃ち殺すよ!?』

 

 

 この二人は恐ろしいと思った瞬間である。まさかあの“宇宙の蜉蝣”の異名をもつシーマ・ガラハウをちゃん付けした上でペースを乱すとは。

 

 

『……で、よしんば人質を救出した後はどうするのさね?』

「お尋ね者だからな……ここに戻ってきちゃダメか?」

『だろうと思ったよ……。どの道アルカディアはここから一週間は動けないんだ。好きにしな』

「恩に着る……ハッチ開けてくれ!」

『だとさ! ほっぽり出してやりな!』

 

 

 シーマの命令によりハッチが開き、脚部にブースターを装備したブラックサレナがカタパルトに接続される。

 

 

「進路クリア確認ッス!」

「さぁ飛ぼうじゃないか私達の愛の結晶! 行こうじゃないか初めてのデート!!」

「テリー・オグスター! ブラックサレナ発進するぞ!!」

 

 

 カタパルトから射出された直後、ブースターを最大出力に。急加速により身体にGかかかる。

 

 

「くっ……!」

「あばばばばば……」

「いひひひひ……あはははーーーーっ!」

 

 

 ディジェとは比べ物にならない加速だった。ブランクがあるとはいえ、パイロットの俺がこうなのだ。非戦闘員の二人は平気ではなかったらしい。右隣のチカはなんか泡吹きそうな勢いだし、左のイリーナは変なスイッチが入ったのか、ケタケタ笑ってる。怖い。

 

 

「サイド6までの進路固定……凄いな。ここから半日もかからないのか」

 

 

 いやちょっと待って欲しい。

 

 俺は約半日の間、両脇の太ももの誘惑に惑わされながら狭いコックピットに詰められなければならないのか!?

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 

 

 テリー・オグスターがシーマ・フリートの母艦アルカディアから発進した数時間後。

 

 

 サイド6コロニーの一つ、リボー。

 

 

 そこ場所は一年戦争時代、中立地帯でありながら地球連邦軍が秘密裏に新型ガンダムNT‐1アレックスを建造していたコロニーである。それを嗅ぎつけたジオン部隊の侵入により一度コロニー内部でモビルスーツ戦も行われたのだが、今はその爪痕も消え去り、街の人々は次第にその光景を過去のものとして忘れようとしていた。

 

 

「また明日も来ますね、店長」

「おう!」

 

 

 “ワイズマンのパン屋”という看板のかかった店から出てきたのは、金色の長い髪をなびかせた一人の小柄な女性だった。両手で抱えた大きな紙袋には焼き立てのパンがぎっしりと詰められており、香ばしい小麦の香りが女性の鼻孔をくすぐる。すると口内には自然と涎が溜まり、胃袋は空腹を知らせる為の警鐘を鳴らしだしてしまうのは最早自然の摂理とも言えよう。

 

 

「ちょっと摘まみ食いしても……怒られないよね?」

 

 

 実はダイエット中の彼女は自分に言い聞かせながら帰路を外れ、市外から少し離れた自然公園のベンチの一つに腰かけた。紙袋からチーズ入りのパンを取り出し一口頬張ると、たちまちに頬が緩む。今の彼女にとって数少ない至福の時間の一つだった。

 

 

「今日もいい天気ね……」

 

 

 気候の管理されたコロニーに生まれ育った者からは出ない感想だ。成人する少し前までは地球に住んでいた彼女にとって、人工とはいえ荒れていない空というのはなんとも心を落ち着かせるものであったのだ。木々のざわめきや微かに聞こえる小動物のさえずりも、かつて戦場に立っていた彼女の荒んだ心を少しずつ癒してくれるようで……。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……あっ! マナさん! こんな所で何してるの!?」

「あら、アル君じゃない。こんにちは」

 

 

 女性……マナに話しかけてきたのは、ハイスクールの学生であるアルフレッド・イズルハだった。相当長い距離を走ったからか、足を止めるや否や肩で呼吸しながら必死に息を整えている様子だった。

 

「今日はパン屋でバイトの日でしょ? 遅刻なんてしたら店長怒っちゃ」

「今はそれどころじゃないよ! ティターンズがマナさんを探してるんだ!」

「はい……?」

「ここは危ないよ! とりあえずバーニィの所へ行こう!」

「ちょ……ちょちょちょアル君!?」

 

 

 アルフレッドに強引に引っ張られたマナは落とした紙袋を拾う間もなく来た道を戻る事になる。“ワイズマンのパン屋”の看板を掲げた店のドアを破る勢いで開いた。

 

 

「おい遅刻だぞアル! 全く自分から手伝いたいなんて言うんだから時間くらい……あれ、マナさん買い忘れかい?」

 

 

 店には客がおらず、カウンターの向こうに店長らしき青年が一人いるだけだった。ネームプレートには“バーナード・ワイズマン”の文字が。

 

 そんな彼に対し、アルフレッドは聞く耳持たずにマナをカウンターの奥へと押し込んでから店長の耳元に顔を近づける。

 

 

「ティターンズが凄い剣幕でマナさんを探してるんだよ……! 嫌な予感がするんだ。バーニィ匿ってあげてよ!」

「ティターンズが? マナさん何か心当たりは?」

 

 

 バーナード・ワイズマン……バーニィの言葉にマナは無言のまま首を横に振るしかなかった。

それもそうだろう。一年戦争後軍を辞めた彼女は今の今まで一般人としての生活を送ってきた。朝は洗濯して、昼は買い物をして、夜は家族と食事を楽しむ。何の変哲もない日常を送っていたというのに、ジオン残党の討伐を目的とするティターンズに捜索される理由がない。

 

 

「分かった。何とかしよう。とりあえずアルはマナさんと一緒に……マズい隠れろ!!」

「きゃっ!」

「うわっ!」

 

 何かを察知したバーニィはカウンターの床の隠し扉を開き、その中にマナとアルを押し込んだ。

マナにとって、バーニィは一年戦争時代に同じ部隊で戦っていた仲間だ。が、後から聞くとジオンの兵士だったのだが、中立コロニーに核ミサイルを撃とうとした事から連邦に寝返ったのだという。その時の工作員の計らいでバーニィはここでの市民権を獲得し店も構えさせてもらったのだが、その名残からか、この店にはこういった“仕掛け”がいくつもあったのだ。

 

 

「いてて……マナさん大丈うわっ!?」

「しーっ! アル君は黙ってて!」

「でもあの、これは……」

「男の子が恥ずかしがらない!」

 

 

 床の下は緊急時に一時的に身を隠す為のスペースだが、一人用であった為か二人入るのには少々手狭だった。そしてマナを下敷きにアルが覆いかぶさる形になったのだが、アルの頭部はマナの豊満な胸の上に落ちてしまったのだ。

 

 

「あわ……あわわ……」

「…………」

 

 

 今年で18になる思春期のアルフレッド少年には強すぎた。その証拠に顔はゆでだこの様に真っ赤になっていたのだが、当のマナ本人は恥ずかしがる様子を見せていない。身を引いたとはいえ、彼女はこれでも士官学校で優秀な成績を修め、実戦でもそれ相応の実績を残したれっきとした軍人だったのだ。

 

 

「何かあった時は私が守るから。怖がらなくていいよアル君」

「もが……」

 

 

 平和ボケしていた頭のスイッチが切り替わったマナは、既にアルフレッドを気遣う余裕すら見せていた。頭を抱きながらアルを落ち着かせようとするが、実はそれが逆効果になっているのは本人には知る由もない話だ。

 

 

「…………」

 

 

 耳を研ぎ澄ますと、店のドアに付いたベルが鳴る音が聞こえた。誰かが入ってきたのだろう。

 

 

「やぁ、いらっしゃい軍人さん。小腹でも空いたのかな?」

「この女を探している。知らないか?」

 

 

 どうやら本当に“追っ手”が来たようだ。

 

 バーニィの唸る声が聞こえる。恐らく写真か何かを見せられているのだろう。

 

 

「ウチの常連客ですね。彼女が何か?」

「反乱分子だよ。エゥーゴって名前くらい、聞いた事あるんじゃないか?」

「えぇ、テレビで聞いた事あります。でもそういうの、ジオンの生き残りの集まりなんでしょ? 彼女、そういうタイプには見えないんだけどぐわっはぁ!?」

 

 

 バーニィの悲鳴と同時に何かが崩れる音がした。ここからでは分からないが、恐らく殴られたのだろう。

 

 

「えぇおい兄ちゃんよ。俺達ティターンズをただの連邦軍と一緒にするんじゃないぞ」

「な……なにを……ッ!」

「舐めた口聞くのもいい加減にしろって言ってるんだ。知ってるのか知らんのか、事実だけ言えばいい!」

「さっき家に帰ったよ! これで満足かはうぁっ‼」

「嘘付くんじゃねぇ! 俺達は今その家からこっちに来たんだぜ。この女が家にいないこと位分かってらぁ!」

「よせジェリド中尉」

「だがよカクリコン! コイツの目、明らかに俺達に喧嘩売ってやがるぜ」

「口の中切っちまったら喋れなくなるだろと言ってるんだ。おいパン屋の兄ちゃん。アンタ若いが、この店初めて何年だ?」

「……一年と半年ってとこかな?」

「そうかい。念願の夢がかなって幸せなところ悪いんだけどよ。協力してくれないとさ、俺達も穏便には済ませられんのよ……ねっ!」

「ぐっ……ああああああっ!?」

「あーあ。これじゃ当分の間パンは作れそうにないな。で、どうなんだい兄ちゃん? 何か思い出したんじゃないの?」

「分かった! 分かった言うよ! 自然公園の方に向かっていった! それ以上は本当に知らないんだ! だから許してくれ!」

「その辺には別動隊がいたな。ジェリド、確認してくれ」

「あいよ。……聞こえるか? ジェリド・メサ中尉だ……………あぁ、分かった。そちらに合流する」

「どうだった?」

「そいつの言葉は確かだ。公園に落ちてた鞄の中に、ターゲットの私物を発見したんだとよ」

「じゃ、ここを出ていった後ってのは本当なのか。……ご協力ありがとうよ兄ちゃん。今すぐ医者に診てもらえりゃ、休業は二週間くらいで済むだろうよ。束の間の休暇を楽しみな」

「……お気遣い、どうも」

「……」

「おい、どうしたジェリド?」

「なんだか不愉快なプレッシャーを感じるんだ……」

「へっ。コロニーにはスペースノイドがわんさかいるからな。地球の新鮮な空気を吸ってない連中なんて、そんなもんだろ」

「……それもそうか」

「それじゃ、邪魔したな。……おう、このパン、中々美味いじゃないか」

 

 

 ティターンズらしき男の二人の声と足音が遠のくのが聞こえた。

 

 

「……アル。マナさん、出てきていいぞ」

 

 

 それから数分経っただろうか。それとも数時間か……。永遠とも思えた沈黙を破ったのはバーニィの声だった。床に偽装した扉を開くと、いつもと変わらぬ、木目調のパン屋の天井がマナ達をいつもの様に見下ろしていた。

 

 

「バーニィ!」

 

 

 先に隠し部屋から這い上がったアルがバーニィに駆け寄ったのが分かったマナが急いでその後を追うと、カウンターに背中を預けているボロボロになったバーニィの姿があった。頬には青い痣が出来ており、左手の指が何本か、曲がってはいけない方向に曲がっている。

 

 

「悪いなアル。店、閉じといてくれ」

「わ、分かった!」

「とりあえず奥の部屋に! 傷の手当てをしないと……!」

 

 

 店の戸締りをアルフレッドに任せ、マナはバーニィに肩を貸しながらカウンターの向こうにある厨房へと移動した。手近な椅子に座らせると、常備している救急箱から包帯と各薬品を取り出し、慣れた手つきで最低限の手当てを済ませる。

 

 

「くっそ……ティターンズの連中め。いつになく張り切ってたな……」

「ごめんなさい……私が素直に捕まっていれば……」

「バカ言うんじゃない。連中に捕まれば、マナさんがこれより酷い目にあうのは分りきってる事さ」

「そう……そうね。助けてくれて、ありがとう」

「ん、今ので傷のほとんど治ったね」

「お調子者。奥さんに言いつけちゃうぞ?」

「それは勘弁してくれ!」

 

 

 束の間の平穏。しかし一度張った緊張の糸は中々ほどけず、すぐに厨房に重い空気を蘇らせた。

 

 

「……反乱分子、って言ってたわよね?」

「連中の事だ。どうせ何かのこじつけに決まってる。それに案外……元ジオンの俺を探してるのかも知れないぜ?」

「だったら、バーニィも逃げないと!」

 

 

 そう言ったのは戸締りを終えて厨房に入ってきたアルフレッドだった。律儀に内鍵も閉めながら彼は続ける。

 

 

「マナさんもバーニィも何も悪い事してないのに捕まるなんて絶対変だ」

「そうだな。反地球連邦組織なんてものが生まれるのも納得だ」

「今度は連邦と戦うの?」

「俺達はもう軍人じゃないだアル。……とりあえず、今は身を隠すことが先決だな……」

 

 

 腕の痛みでしかめっ面になりながら移動したバーニィは厨房の奥の扉を開き、その先の廊下の床に手を伸ばす。今度は地下へと繋がる階段の様だ。

 

 

「この部屋は?」

「衣裳部屋って所かな。奥に資材搬入口直通の隠し通路もある。……アル、お前はここまででいい。家に帰るんだ」

「でもバーニィ! そんな傷じゃ……」

「おいおいアル。俺はあのガンダムと戦って生き残ったバーニィ様だぜ? 指の二本や三本動かないくらいで死なないよ」

「それに私もいるわ。大丈夫、ドックに行けば輸送船の一つくらいある筈よ。ティターンズって言ったって所詮実戦経験のない連中の集まり。無敵の宇宙戦艦の元艦長マナさんの敵じゃないわ」

「……分かった。今度も必ず帰って来てよ!」

「おう!」

「えぇ!」

 

 

 こうしてアルを残して地下階段を下りたマナとバーニィ。連邦軍仕様のノーマルスーツと護身用の拳銃を用意するのだが……。

 

 

「あ」

「どうしたマナさん?」

「私のサイズのノーマルスーツ、ないのね……」

「あっ」

 

 

 マナは所謂『少女体型』だ。それでいて平均的な成人女性よりバストサイズが大きいため、連邦軍時代の制服やノーマルスーツも特注品となってしまう。

 

 

「しかし、ノーマルスーツがないと……」

「いえ、大丈夫よ。こんな脂肪の塊、押し込んじゃえば……うっ」

 

 

 結局最小サイズに無理矢理身体を押し込む事で事なきを得たのだが、息苦しさは隠し切れなかった。マナの額に自分でも分かるほどの大粒の汗が流れ始める。

 

 

「じゅ、準備万端!」

「どうやらあんまり保ちそうにもないし、早く脱出するとするか!」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 

 

「見えた! リボーコロニーだ!」

 

 

 アルカディアから出発して11時間と22分が経過していた頃。俺達はサイド6コロニー“リボー”近海宙域へと到着していた。リボーコロニーに来たのは7年前。あの時はバーニィを助けるためにセイバーフィッシュで正面ゲートから入って行った訳だが、今回は海賊が作ったモビルスーツを駈るお尋ね者。同じ手は使えないだろう。

 

 

「コロニー近辺でブースターは危険ッスからね。この辺で切り離しましょう」

「あぁ、頼む」

「帰りに必要なんだから、近くのデブリにでも固定しておくのよ? 座標の記録も忘れずに」

「はいはい……それ、先輩でも出来るッスよね?」

「あー、私は記録で忙しいの手が離せないわぁ」

「せめてコンソールに手を置いて言って欲しいッス」

 

 

 ぶつくさと文句は言いながらもチカの手際は素早かった。道中の小隕石を横切る際に二本のブースターが本体から切り離され、飛び出した鉤縄付きワイヤーが隕石とブースターを固定する。

 

 

「警備隊の姿、見えないッスね」

「チチデカ助手君。戦時中の癖が抜けてないんじゃない?」

「チカ・ジョッシュ」

「資材搬入口から侵入するぞ」

 

 

 二人のやり取りを聞きながら、宇宙港から離れた位置にある工業用資材搬入口へと機体を移動させる。

 

 

「む、いかん。人だ」

「ここは私に任せてもらおうじゃないか。左腕の操作をこっちに回してもらうよ」

 

 

 資材搬入口に侵入するや否や、ノーマルスーツの作業員を二人確認した。俺と同時にその人影に気が付いたイリーナがコンソールを弄るとブラックサレナの左手の指から白い球体が飛び出し、作業員を襲う。非殺傷兵器のトリモチランチャーか。

 

 

「エアーが無くなる前に見つけてもらうんだな」

「わっ、今の言葉サラッと言えるの格好いいッスね」

 

 

 どこかで聞いた様な台詞を口にしながら更に奥に進むが、程なくして行き止まりに辿り着いてしまう。ここから先はブラックサレナでは進めないだろう。

 

 

「この先は一人で行く。二人はここで待っていてくれ」

「見つかって戦闘になったら、私達じゃブラックサレナのポテンシャルは引き出せないからね。悪いけど援護はないと思って頂戴」

「了解だ」

「それと今の自分がどんな格好をしているのかも忘れない様にしとくッスよ」

「格好……?」

 

 

 チカに指摘されて自分の視線を下げると、そこでようやく思い出した。着の身着のまま、つまり今の俺はティターンズのパイロットスーツに身を包んでいるという事だ。これなら普通の連邦兵には撃たれる心配は少ないというものだ。

 

 

「なら、これを利用するほかはないな……」

 

 

 ブラックサレナから離れた俺はコロニーのドアのロックを解除し、中へと入った。流石にと言うべきか、移動して五分と経過しな内に連邦軍の兵士を発見。念の為にヘルメットのガラスをスモークモードに切り替えてから接近する。

 

 

「すまん、人を探しているんだが……」

「あ、えっと……大尉! お疲れ様です!」

 

 

 どうやら俺は大尉の隊章が付いたノーマルスーツを着けていたらしい。随分と昇進してしまったものだ。

 

 

「20代前後の小柄で金髪の女なんだが、心当たりはあるかね?」

「大尉らが追っているというターゲットの事でありますね!? 他の反乱分子と合流し市外から脱出したとの事です!」

「他の反乱分子だと? 場所は分るか?」

「この道を真っ直ぐに向かった所が、推測されているポイントです」

「分かった。そこは私が見てこよう。コロニーから脱出を画策しているとすれば、他にも仲間がいるかもしれん。君達は市内に戻ってそちらの捜索に回ってくれ」

「構いませんが、よろしいので?」

「君は何の権限が合って私に意見しているのかね?」

「も、申し訳ありません大尉!」

「分かればいい。早く行きたまえ」

「りょ、了解であります!」

 

 

 素早く敬礼をした連邦軍兵士たちがその場を去っていくのを見送りながら、ホッと一息。

 

 ……というか、別にこの格好ならシャアの真似しなくても良かったな?

 

 そんな事を思いつつ、銃を片手にマナと反乱分子なる人物がいると思しき通路を進んでいく。

 

 しかし、反乱分子と言うのはどういうことなのだろうか? まさか俺が知らない間に、マナはエゥーゴに協力者として……いや、それだとバスクに目を付けられた時点でバレているだろう。ここはティターンズに追われていると察知したマナが誰かの協力を得てここまで逃げ延びたと考えるべきだが……。

 

 

「ッ!」

「くそっ!?」

 

 

 丁度その時だった。曲がり角からノーマルスーツに身を包んだ二人組が急に現れ、片方が俺に銃を向けてきた。俺と同様にヘルメットをスモークガラスにしている為誰かは判断出来ない。

 

 

「見つかったか!?」

「ん? その声……」

「マナさん逃げろ!」

「バーニィさん!!」

 

 

 マナ? それにバーニィだって?

 

 

「ちょ、ちょっと待て! 俺は敵じゃない!」

「ティターンズの言葉なんて信用できるか!」

「あぁ、くそっ!」

 

 

 こっちの話に聞く耳すら持つ様子もない。バーニィと思しき人物の初撃をなんとか回避した俺は後退し、廊下の角に身を隠した。

 

 

「俺の声が分からんのかバーニィ! マナ・レナ!」

「今の声……? バーニィさん待って!」

「あん?」

 

 

 マナの方は気が付いてくれた様で、銃声が一旦止む。

 更に警戒を解く為、ヘルメットを外し、銃もその場に投げ捨てて二人の前に素顔を晒した。

 

 

「久しぶり、だな……」

「テリー君……?」

「テリー!? お前こんな所で何してんだ!?」

「事情の説明は後だ。まずはここから逃げないと……」

「近づかないで!!」

 

 

 しかし、状況はスムーズには進行しなかった。

 

 バーニィから銃を奪い取ったマナが、その銃口を俺に向けてきたからだ。

 



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第04話【愛する者の腕の中で】

 

 

「近づかないで!!」

 

 

 バーニィから奪い取った銃の先が向かうのは、俺の身体だった。

 

 今の俺は奪ったティターンズのパイロットスーツをそのまま着ているのだ。敵だと思われるのは仕方ない事だ。

 

 

「俺はティターンズじゃないぞ! 何故銃を向ける!?」

「今まで手紙の一つくれやしないで! 今更そんな服着て何言うのさ!」

「これは連中から奪ったんだ! 俺はこの七年間、連邦軍に捕まっていた!」

「だからって!」

「やめろマナさん! ここでテリーと言い合っても仕方ない!」

 

 

 震える手で銃を構えるマナをバーニィが制し、その隙に武器を奪っていた。とてもありがたい話だ。あのままでは暴発の危険もあったしな。

 

 

「すまん、バーニィ」

「だが勘違いしてもらっては困るぞテリー。俺もまだお前を完全には信じちゃいない。俺がマナさんから銃を奪ったのは、仮に撃つ時は俺が手を汚す覚悟があるからだ」

「……話が出来るなら、それで構わん。とりあえずここを移動しよう。搬入口にモビルスーツを止めてある」

「あぁ。行こう、マナさん」

 

 

 俺がUターンして来た道を戻ると、その数メートル後ろをバーニィに連れられたマナが着いてくるのが分かった。

 

 くそ、バーニィの奴、人の彼女にベタベタ触りやがって……!

 

 

「所でテリー。抜け出したっていうのは、どういう事だ?」

「政治犯を収監する宇宙の刑務所に捕まっていたんだが、どうやらそこは一年戦争の頃からティターンズのバスク・オムの息がかかっていた場所らしい。そこでティターンズへの協力を持ち掛けられた」

「見えてきたぞ。協力するフリをしてここまで来たと」

「いや、返事を待たれている間にシーマ・ガラハウに拉致された」

「シーマ・ガラハウ? 宇宙海賊シーマ・フリートのシーマ・ガラハウか!? どうして!?」

「知らない女が俺を助ける為にシーマに依頼したらしい。その女が作ったガンダムでここまで来たって訳さ」

「……信じられないわ」

「俺だってまだ状況を飲み込めてなうおっ!?」

 

 

 背中に鈍い衝撃が入った事に驚いた俺が振り返ると、すぐ目の前には大粒の涙を目の下に溜めたマナの姿があった。

 

 

「そんな話をして浮気を誤魔化そうって訳!? 七年前に何も言わず飛び出していった挙句、今度は何も言わずにどこかへ連れ去ろうって言うの!?」

「浮気なんかしてない!」

「嘘! 仮に本当に捕まってたとしても、顔も名前も知らない女が助けを寄越すなんてありえないじゃない!」

「それは俺じゃなくてイリーナとかいう女に聞いてくれマナ・レナ!」

「私はもう“マナ・レナ”じゃないのよ!!」

「え……?」

 

 

 最後のマナの言葉に、俺の思考は停止した。

 

 “マナ・レナじゃない”とは、どういう事だ……?

 

 

「……結婚したのよ」

「なんだって……?」

「今の私のファミリーネームはトックよ! マナ・トック!! まさか私が七年も生きてるかも分からない男を思い続ける女とでも思ってたのかしら!?」

「……事実なのかバーニィ?」

「……」

 

 

 俺の問いに、バーニィは沈黙で答えやがった。

 

 

「じゃあ何で、バスクは君を人質の様な言い方をして……」

「貴方が未練がましく私の尻を追いかけてるからでしょ!! 忘れてくれれば……ほっといてくれれば良かったのに……どうして今になって……今になってまた姿を現すのよ! 馬鹿!!」

「……すまん」

「謝らないでよ! ……謝ったら、許したくなるじゃない……許したくないのに……やっとあなたの事忘れて、一人の女としての幸せを受け入れられそうだったのに……どうせなら、もっと早く来てほしかった……ッ!」

「……」

 

 

 肩を震わせ俺の胸倉を掴むマナに対し、俺は沈黙で返すしかなかった。

 

 返す言葉が、思い付かなかった。

 

 

「……俺だって、早く来たかったさ! だって仕方がないだろう! たった一人で宇宙に浮かぶ刑務所から出られる筈がない!」

 

 

 今ほど語彙力のない自分が情けないと思ったことはない。

 

 出てきたのは、慰めの言葉ではなく、言い訳の言葉だった。

 

 

「本当に私を愛しているのなら、それくらい出来た筈よ! 貴方自分がテリー・オグスターだって分かってるの!?」

「……ッ!」

 

 

 それを言われると返答に困る。

 

 

「なんで黙るのよ! ニュータイプってのになったんでしょ! だからあの時一人でいなくなったんじゃないの!? 一人で私達を助けようとして! それがまた出来なかったのは、今の今まで私の事なんて忘れてたって事じゃない! 弱気なテリー・オグスターが浮気の罪悪感に勝てずに許しを求めにきたんでしょ!?」

「それは違う! 絶対違う! ニュータイプはエスパーなんかじゃないんだマナ!」

「今更取り繕ったって……!」

「ティターンズだ!」

「! テリー君危ない!!」

「え……?」

 

 

 マナの怒りの表情が急に変わった事に気が付いた時には、既に手遅れだった。

 

 俺の胸倉を掴んでいた腕を首に回したレナがその勢いで回転し、丁度俺と立ち位置が変わる形になった。

 

 バーニィとマナからしか見ていなかった俺の死角がようやく見える様になり、そこにいたのは、拳銃を構えたパイロットスーツを着た複数の軍人の姿が確認できた。その内の二人は、黒いパイロットスーツだ。

 

 俺は閉まっていた拳銃をホルスターから取り出し前方に構えた。

 

 が、引き金を引くより先に、一発の銃声が鳴り響いた。

 

「うっ……」

 

 

 目の前のマナが、小さな悲鳴を挙げた。

 

 

「マナ……?」

「テ、リーく……」

「カクリコン中尉! 何故撃った!?」

「俺とジェリド中尉以外のティターンズは皆宇宙港にいるんだ! パイロットスーツに騙されるな!!」

「ちっ! 黙れよお前等!! マナの声が聞こえないだろ!?」

 

 

 倒れかかってきたマナを左腕で支えながら右手で銃を撃つ。

 

 

「くそっ! なんだってこんな事に!!」

「ぐわっ!」

「何で向こうの攻撃はこんなに当たるんだ!?」

「退くぞカクリコン! パイロットが生身で死ぬなんざ名折れだ!!」

 

 

 後ろのバーニィも一緒になって銃を撃った。どうでもいい。

 

 白いパイロットスーツの男二人が倒れた。どうでもいい。

 

 黒いパイロットスーツの男二人は逃した。どうでもいい。

 

 

「敵が退いたぞテリー! 早く逃げよう!」

「待てよ! マナが何か……」

「ここままじゃ手当ても間に合わないぞ! 助けたいなら今は行動するべきだ!」

「……ッ!」

 

 マナを助けたい。バーニィのその言葉が俺の理性を少し取り戻させてくれた。

 

 

「……すまん、バーニィ」

「そんなのは後だ。お前のガンダムってのはどこに!?」

「あぁ……」

 

 

 皮肉にもブラックサレナがいるのは、俺達がいる廊下のすぐ横だった。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 

 

「遅いッスよ!」

「おや、彼女ってのは一人じゃなかったのかい?」

 

 

 突如現れたテリー・オグスターと、マナ・トックの負傷を前にもまだなんとか理性を保っていたバーナード・ワイズマンが黒いモビルスーツのコックピットで見たのは、二人の女性だった。

 

 

「イリーナ! マナの手当てをしてやってくれ!」

「は? 私は医者じゃないんだが」

「いいからやれ! 医療キットくらい積んでるだろう!?」

「いやん、強引なのも嫌いじゃないわ。さ、そこのお兄さんはコックピットの後ろにでも掴まっててね」

「五人も乗って大丈夫なのか?」

「定員オーバーッスね。降りてくれます?」

「冗談言うな!」

「緊急発進!」

 

 

 マイペースというか、呑気な二人を気にした様子もなく、コックピットに座ったテリーは黒いモビルスーツを発進させ、リボーコロニーの資材搬入口から脱出させた。

 

 

「これは、アレックスにもあった全天モニターってやつか……ん?」

 

 

 七年振りのモビルスーツのコックピットから見える宇宙に視界を回すバーニィだったが、そのおかげで誰よりも早くこちらに近付く機影を確認する。

 

 

「コロニーの向こう! なにか飛んでくるぞ!」

「データ照合! ジムⅡ三機ッス!」

「防衛隊って所か……!」

「止血は終わったよ! でも安静にさせないとヤバイね」

「だったら俺の膝の上に乗せろ!」

「前が見えなくなるんじゃないのかい?」

「逃げるだけなら問題ない!」

「じゃ、お兄さんよろしく」

「あ、あぁ……」

 

 

 ノーマルスーツを脱がされたマナ・トックを見た時、バーニィは一瞬目を背けたくなる衝動に駆られてしまった。一発の銃弾はノーマルスーツを貫通し、彼女の背中に大きな穴を開けていたらしい。その証拠に彼女の着ていた衣類とパイロットスーツの裏側は赤黒い血がおどろおどろしい模様を描いていた。しかしこのまま怖気づいても何の解決にならないと悟ったバーニィは長身の女性に促されるままマナを持ち上げ、その身体をテリーに預ける。

 

 

「大丈夫か?」

「近くにいれば、それだけ気を使って動かせる。バーニィは下がってろ」

「分かった」

「ちょっとお兄さん足触らないでほしいッス」

「狭いんだから我慢しろ!」

「ビーム攻撃!」

「ッ!!」

 

 

 バーニィが小柄な女性の横を通ってなんとか後ろに移動したと同時、ジムⅡ達の攻撃が真横を掠めた。

 

 

「うわっ!」

「当たってもいないよ!」

 

 

 長身の女性はそう言ったが、全天モニターのモビルスーツに初めて乗るバーニィは気が気ではなかった。

 

 

「全部見えるってのも考え物だな……!」

「で、尻尾巻いて逃げるのかい?」

「ブースターの位置は!?」

「流されてるッスけど、まだ近くに! ジム達の向こう正面三百キロ!」

「ならば突っ込む!」

「そんな無茶な!?」

 

 

 バーニィが叫ぶが、その言葉が聞き入れられることなく、テリーはレバーを操作し、黒いモビルスーツが加速を始める。当然、前方のジムⅡ達はビームライフルで攻撃してくる訳だが、これがどういう事か、直撃しない。

 

 

「外れてくれた!?」

「ハハハ! 流石テリー・オグスターって所だね! もうブラックサレナを使いこなしてるよ!」

 

 

 ディスプレイを叩きながら歓喜の声を挙げていたのは、長身の方の女性。小柄な女性も続けて感嘆のため息を漏らしていた。

 

 

「実際に見ると圧巻ッスね。これは……」

「何だ? 何が起きている?」

「先輩。お兄さんが説明求めてるッスよ」

「フフフ、今日と言うこの日を見学できるお兄さんは実に運がいいね。説明してあげよう。このブラックサレナは一年戦争時代のテリー・オグスター君の戦闘データを参考に開発したガンダムだ。その最大の特徴は何と言っても、流線型の装甲にある! これは加速する際の空気抵抗を少なくするものだが、宇宙ではさほどその意味をなさない……その代わり当たり方次第では敵の砲撃をいなし、逸らすことが可能なのだよ!」

「しかもこの子は全体をビームコーティングで覆っているッスからね。ビーム兵器だって“流せる”んッスよ」

 

 

 二人の言葉通り、明らかに直撃コースのビーム攻撃も、テリーは最小限の動きだけでこれを回避していた。従ってコックピットにはほとんど揺れを感じない。

 

 

「簡単に言うけどさ、それって相当難しいんじゃないのか!?」

「その通り。しかしそれを呼吸するくらい簡単にやっちゃうのがテリー・オグスター君な訳よ。いやぁ痺れるねぇますます好きになっちゃう!」

「なんなんだこの女……」

 

 

 バーニィが状況を鑑みずに歓喜する長身の女性に対して絶句する頃には、既にジムⅡの小隊は遠く後方にいた。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 

 

「テリーくん……? そこにいるの……?」

 

 

 コロニーから脱出し、ジムを巻いて長距離移動用ブースターまでもう少しという所で気を失っていたマナの意識が戻った。俺の上でモゾモゾと手を動かしている。

 

 

「ここだ、ここにいるぞ」

「見えないよ……聞こえないよ……」

 

 

 目をしっかりと開けてはいるのだが、その瞳に光はない。俺は虚空を掴もうとするマナの手を握り、息がかかる程に近くに顔を寄せた。

 

 

「ここにいるよ」

「あ……テリー君の匂い……。テリー君は、そこにいるんだね?」

「あぁ……いるよ。俺はここにいる!」

 

 

 手を握る力を強めると、マナも握り返してくれた。しかしその力は触れれば壊れてしまいそうな程に儚いイメージがあった。

 

 

「ずっと……ずっと待ってた……」

「待たせてごめんな……! 俺がもっと早くやって来れたら……!」

「良いんだよ……あの人と一緒に……待ってたの……彼、私を連邦軍から守る為に偽装結婚までしてくれて……」

「そうか……そいつにも、感謝しないとな……!」

「知ってる? バーニィ君ね……クリスと結婚したのよ……」

「そうなのか? それは……知らなかった……」

「結婚式……幸せそうだった……ねぇ、テリー君……私、テリー君が好き」

「あぁ……! 俺もお前の事が好きだ。宇宙で一番好きだ」

「嬉しい……じゃあ、結婚してくれる?」

「結婚しよう! そんで新婚旅行にも行こう! どこか静かな場所に引っ越して、子どもも作って、会えなかった分、楽しい思い出いっぱい作ろう!」

「やっ……た! じゃあ私、これからはずっとテリー君と一緒にいられるんだね……」

 

 

 マナの声が一段と小さくなったような気がしたが、それは気のせいではなかった。既に俺達は肌が触れあう程に身を寄せていたのに、その声は段々遠くなっていたからだ。

 

 

「ずっと一緒だ! もう離さない! 離したくない!! だから眠らないでくれマナ! もう少し、もう少し頑張ってくれ!!」

「テリーく…ん……」

「なんだ? お腹空いたのか? お前、チーズ大好物だったよな? 帰ったら一緒に食べよう! ……違うのか? なぁ……違うならそう言ってくれよ……なんでそんな笑顔で……ッ! ちゃんと言葉にしてくれないとさ……分かんねぇよ……!!」

「……テリー」

 

 

 マナの声じゃない。バーニィのものだ。

 

 そこで俺はようやく、まだ自分がモビルスーツのコックピットの上に居る事を思い出した。

 

 

「バーニィ! ……マナが……マナが返事してくれないんだ……」

「そうだな……」

「やっと……会えたのに……ッ!」

「そうだな……」

「くそっ……こんなのって……こんなのってあるかよ……! 悔いはないですみたいな綺麗な顔しやがって……!!」

 

 

 一縷の望みをかけて、俺はマナの身体を強く抱いた。痛がって悲鳴を挙げてくれることを望んで、強く、強く抱いた。

 

 しかし彼女は綺麗な寝顔のまま、俺の抱擁を受け止めるばかりだった。

 

 

「マナ……まなぁ………真奈ああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 

 

「だーりん……?」

 

 

 テリー・オグスターの悲痛な叫びが宇宙の闇に吸い込まれる中、それを一人だけ“感じ取った”人物がいた。

 

 その人物は地球の日本に存在する連邦軍の研究機関“ムラサメ研究所”の敷地内にある自然公園の中から空を見上げている、車椅子に座った一人の少女だった。黒く長い髪は綺麗に切り揃えられており、この国に古くから伝わる美人を示す“大和撫子”を彷彿とさせる。

 

 年は20代の半ば辺りと推定されるが、正確な事はムラサメ研究所の職員も、本人すらも分からない。それどころか、今の彼女は辛うじて言葉でのコミュニケーションが取れるだけで、過去の記憶はおろか歩き方すら覚えていなかったのだ。

 

 

「イッチー? イッチー・ムラサメ? どうしたの?」

「あー…ふぉう!」

 

 

 大和撫子の少女……イッチー・ムラサメを呼んだのは、薄いエメラルド色の髪の少女だ。“ふぉう”と呼ばれた少女とイッチーと呼ばれた少女も、共に真っ白な服に身を包んでいた。

 

「いまね! だーりんのこえがね! きこえたの!」

「ダーリン……? まさか記憶が……? 何か思い出したの!?」

「うー……ふぉう、こわいよ……」

「あ……ご、ごめんね、イッチー……」

 

 “ふぉう”が車椅子を揺さぶった事に驚いたのか、イッチーは萎縮し、車椅子の上で縮こまった。先程まで夜空に浮かぶ星々に負けぬほど輝かせていた瞳からは、光が消えていた。

 

 

「……でもイッチーは何かを思い出しかけた……と言うことはつまり、私だって……!」

「ふぉう!」

「んー? どうしたの、イッチー?」

「おなかすいた!」

「そうね……外も冷えてきたし、そろそろ戻りましょうか」

「うん!」

 

 “ふぉう”に車椅子を押されながら研究所へと戻るイッチー・ムラサメ。

 

 既に“だーりん”の事を忘れた彼女の頭の中は、今日の晩御飯の事でいっぱいだった。

 



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第05話【復讐の使徒】

 

 

「殺してやる……ッ! マナの命を奪ったあのティターンズ! まだコロニーにいるなら炙り出して地獄に叩き落としてやる……ッ!!」

 

 

 俺の胸の中で静かに眠るマナをもう一度抱きながら、俺はそう誓った。

 

 確かあのティターンズの兵士は“カクリコン”と呼ばれていた……十中八九あのカクリコン・カクーラーで間違いないだろう。

 

 俺はZガンダムは劇場版の知識しかないが、奴はエゥーゴの地球降下作戦の際にカミーユ・ビダンのガンダムMk‐Ⅱの攻撃が原因で大気圏で燃え尽きる筈。

 

 だが、そんなものを待っている余裕はない。

 

 原作など、平和など知った事か。

 

 アニメの世界と達観していたつもりだったが、マナの温もりは本物だった。

 

 そして、そのマナから命が抜け落ち、冷たくなっている。

 

 こんなものを目の当たりにして冷静でいられるほど、俺は大人になれちゃいない。

 

 

「リボーコロニーに戻る。連中は皆殺しだ」

「たった一機でか!? 無茶を言うな!」

「黙れバーニィ。今の俺ならお前を宇宙に叩き落すくらい訳ないんだぞ」

「……ッ」

「んー。スペックの話をしているのなら問題ないよぉ」

 

 

 そう言ったのはイリーナだった。軽い調子なのが俺の神経を逆なでさせるのだが、それに気が付くことなく彼女は続ける。

 

 

「このブラックサレナは……というより、元になったガンダム試作4号機からそうなんだけど、高機動白兵戦用のモビルスーツなんだ。単機でコロニーに乗り込んで戦闘なんて、むしろコイツ以外じゃ不可能よ」

「生きて帰るつもりはないぞ」

「上等上等。チチデカ助手君もよね?」

「ま、他にやりたい事ある訳でもないッスからね。後ウチはチカ・ジョ」

 

 

 俺はブラックサレナを反転させ、再びリボーコロニーへと進路を取った。

 

 

「武器はビームサーベル四本に腕の機関砲……それに“隠し玉”か……!」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 

 

 

「小隊長! 例の正体不明のモビルスーツが戻ってきます!」

『なんだと!?』

 

 

 サイド6コロニー群の一つ、リボーコロニーに突如として現れた黒い新型モビルスーツを追っていたジムⅡ小隊のパイロット、ビーン・シマダ伍長は操縦桿を再度強く握り直した。

 

 中立コロニー駐留の防衛隊なんて閑職に回されたからと油断していたのも事実だが、それを差し引いてもあの黒いモビルスーツが放つプレッシャーは異彩だった。彼は一年戦争を知らない若いパイロットだが、あれにはエースが、下手をすれば伝説のニュータイプが乗っているのだと判断するには充分過ぎる程の存在感があったのだ。

 

 

『どうしますか隊長!?』

『臆するな! 我らブルドック隊の任務はこのリボーコロニーを守る事だ! また攻めてくるというのなら、何としても守らればならん!』

『くそっ、ティターンズは何をしてるんだよ!』

『エリート気取りのアースノイドなんてアテにするな! 正規軍がたるんでる等と思われれば、それこそ連中の増長を招くぞ!』

『そうですが……うわっ!?』

 

 

 通信の途中に同僚の声に悲鳴が混じった。例の黒いモビルスーツからの攻撃だ。

 

 

『大丈夫か!?』

『掠っただけだが……これは、バルカン攻撃!? あの距離で当てられるのか!?』

 

 

 同僚が自分のシールドを抉る様に付いていた傷を見ながら驚き、そしてそれを外側から見ていたビーンも驚きを隠せなかった。

 

 

「俺の知らない武装でも積んでいるのか!?」

『呆けるなビーン! 避けろ!!』

「え?」

 

 

 小隊長の声が聞こえた直後だった。

 

 

「うわあああああっ!?」

 

 

 強烈な衝撃がコックピットを襲ったのかと思うと、その時には既に、例の黒いモビルスーツがビーンの操縦するジムⅡに突撃をしていたのである。

 

 

「やってやる……やってやるぞぉ!!」

 

 

 黒いモビルスーツに組み付き、ブースターを最大で吹かす。

 

 

「こ……このぉ!」

 

 

 しかし相手と来たら、怯むどころかこちらを意にも介さず直進を続けるではないか!

 

 

「があぁぁ! パ、パワーが違い過ぎる……ッ!」

『ビーン伍長! なんとかしてそいつから離れるんだ! これでは狙えない!!』

 

 

 小隊長の命令通り黒いモビルスーツから離れようとする……が、動けない。完全に組み付かれた形になっており、後退は元より身じろぎ一つ取るのも不可能だったのだ。

 

 モビルスーツを一機、そのまま人質にした状態でのコロニーへの特攻。

 

 こんなもの、正気の沙汰ではない。

 

 

「う、うわあああああっ!?」

 

 

 再度ビーン・シマダを襲った衝撃は後方からだった。

 

 あの黒いモビルスーツは自分のジムⅡを盾代わりに、コロニーに穴を空けたのだ!

 

 ビーンのジムⅡは両手足がひしゃげる程の大ダメージを負うが、黒いモビルスーツは役目は終わったと言わんばかりに機体をコロニーの外へ投げ、そのままリボーコロニーへと入って行ってしまった。

 

 

『ビーン伍長無事か!?』

「え……えぇ……なんとか……」

『追撃は俺達に任せて、お前は宇宙港に戻れ!』

「りょ、了解! 小隊長たちもお気を付けて!!」

 

 

 ブルドックのエンブレムが張りつけられたジムⅡがコロニーへと侵入するのを見ながら、ビーン・シマダはただただ同僚たちの無事を祈る事しか出来なかった。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 

 

「コロニーの中には入れたか……!」

 

 

 ブラックサレナの機動力は人工重力の働くコロニーの中でも全く問題なくその性能を発揮していた。流石U.C.0083年代モビルスーツの中では一線を越えた高性能機のガンダム4号機なだけはあるというもの。

 

 

「おいテリー! コロニーの中で戦闘なんてバカげてる!」

「俺が冷静でないと!? ティターンズの連中を誘えればそれでいい!」

「ティターンズだって馬鹿じゃないんだ! コロニーの中にモビルスーツ戦をやろうなんて……」

「熱源確認! ティターンズのハイザック二機来るよ!」

「馬鹿じゃないのか!?」

 

 

 バーニィが何か叫んだが、それを無視。

 

 

「カクリコン! お前だけは俺の手でぶっ殺してやる!!」

「直上! ジムⅡが追ってくるッス!」

「チッ!」

 

 

 正規の連邦兵だからと逃がしてやるつもりだったが、どうやら向こうは律儀にこちらを追って来る様子だった。

 

 元連邦兵士としてはジムを相手にするのは思う所がない訳ではない。

 

 だが、ティターンズは腐敗した連邦の中心の様なもの!

 

 そしてそれに従う連邦など、実質ティターンズ!

 

 

「よって俺が裁く! 死ね!!」

 

 

 ハイザックを仕留めたい気持ちを抑え、まずはジムを先に仕留める事にした。

 

 大腿部に格納されたビームサーベルを引き抜き、上昇。

 

 敵がこちらの接近に気が付いてビームを撃って来るが、気にしない。

 

 最小限の動きで敵の攻撃を逸らしながら、交差しながら切り上げの一撃。

 

 ジムⅡの胴体が、縦に割れた。

 

 ブルドックのエンブレムが貼られたジムの肩が、宙を舞い、そして落ちていった。

 

 

「今のはまさか……ッ!」

「次!!」

 

 

 返す刀でビームサーベルを振り回し、横に居たもう一機のジムⅡの胴体も横薙ぎ一閃で攻撃。シールドを構えようが、真横から斬られれば防御のしようなどある筈がない。

 

 確か外にいたジムⅡは三機の筈だが、最後の一機の姿はない。コロニーの外壁に穴をあける時に“壁”にした奴だが、どうやらそいつは追撃してこなかったようだ。

 

 利口な奴だ。ティターンズでないから、追撃する理由もなし。

 

 

「それよりも今は……ッ!」

 

 

 姿勢を整え、二機のハイザックを落とすべく加速を開始した。

 

 ティターンズ、殺すべし。

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 

 

『データにないタイプのモビルスーツだ!』

「馬力はハイザックより上の様だが!」

 

 

 ハイザックに乗ったカクリコン・カクーラー中尉は閉鎖されたコロニーの中でも気にせずザク・マシンガン改の銃口を黒い新型に向け、攻撃を開始した。

 

 先に侵入してきたのは向こうであって、正当防衛の大義名分はこちらにある。

 

 最も、そんなものなくても先制攻撃する腹積もりなのだが。

 

 同僚のジェリド・メサ中尉も同じ意見の様で、こちらに合わせてビームライフルで援護を開始した。

 

 本来スペースコロニーの中で銃火器、その中でもビーム兵器を用いた攻撃というのは御法度だった。外壁の向こうに大宇宙が広がるコロニーに万が一にも穴が空けば、そこから大量の人間が真空状態の外に投げ出される訳だし、何より空気はスペースノイドにとって水と同じく重要なものだ。スペースノイドは税金を払わないと呼吸をする空気を得る事すらできないのだから。

 

 しかし、地球生まれ地球育ちで構成されたティターンズのメンバーであるカクリコンやジェリドがそれを気にする訳がないし、そもそも重要視すらしていなかった。

 

 敵が来たから、倒す。

 

 ティターンズとして果たすべき事を果たす事しか頭に無かったのだ。

 

 

「ビームサーベルで切り込む! 俺にライフルを当てるなよ!」

『そんなヘマするか!』

 

 

 より一層弾幕を濃くしたジェリドのハイザックを背に、カクリコンはビームサーベルを引き抜き、一気に黒いモビルスーツの方へと飛び込む。

 

 ハイザックはジオンのザクと連邦のジムの技術を融合させて開発されたモビルスーツだが、ジェネレーターの問題からビーム兵器を一つしか携帯出来ない。

 

 しかしそれを加味しても高性能な事には変わりない。

 

 

「その図体が命取りだったな!」

 

 

 左手にシールドを構えた状態で黒いモビルスーツの場所まで上昇し、右手に持ったビームサーベルを円を描くような大回りで横薙ぎに一閃。

 

 相手は右手にビームサーベルを持っていたし、あの巨体では小回りは聞かないだろうと見たカクリコンの判断は正しかった。

 

 しかし相手も中々の使い手だった。咄嗟にもう一本のビームサーベルを取り出し、左手でこれを制す。

 

 

「ぐっ! やるな……!」

『その声! 貴様カクリコンだな!?』

「接触回線!? あの黒いモビルスーツからか!」

『貴様だけは俺の手で殺す!』

「戦場に私情を持ち込むのか!」

『あぁそうだ! シーマ・フリートだのティターンズだの関係ない! 俺は俺の意志で貴様を殺す!』

 

 

 カクリコンとしては身に覚えのない話だったが、相手は相当御立腹だったらしい。

 

 左手のビームサーベルで鍔迫り合いをしながら、右手のビームサーベルを振りかぶって来る。が、遅い。どうやら図体がデカすぎるせいで一定の角度以上にビームサーベルを振ろうとすると本体ごと動かさないといけないようで、その隙がカクリコンの離脱を容易なものとした。

 

 

「へっ。見た目だけの木偶がよ……!」

 

 

 この機を逃すまいとザク・マシンガン改を向け、銃身が焼け付く危険も顧みずに斉射するカクリコン。空になった薬莢が下の街で逃げ惑う民間人の頭上に降り注ぐのが視界の端に見える。が、当の本人はそれを気にする余裕がなかった。

 

 

「無傷だと!? なんて奴だ……ッ!」

 

 

 最初は銃弾を受けて揺れているのかと思ったのだが、どうやら全てを“受け流していた”と悟ったのはマガジンが空になった後だった。

 

 

「チッ! ヤバいぞジェリド! 援護はどうした!?」

『ライフルは全部撃ち尽くしちまったよ! なんでアイツはあんなに元気なんだ!?』

「分ら……ぐわああぁあぁ!?」

 

 

 コックピットに走る衝撃。黒いモビルスーツがその体重を活かした体当たりを仕掛けてきたのだ。

 

 

「こんなものでぇ……!?」

 

 

 ハイザックの腰に増設したミサイルポッドのロック解除を試みるカクリコン。至近距離でミサイルなんて使用すればこちらも無傷では済まないだろうが、地面に叩きつけられて圧死するよりはマシだという判断だった。

 

 

「は……?」

 

 

 しかし、彼はその決断の最中に見た不可思議な光景に目を奪われてしまう。

 

 黒いモビルスーツの左手首部分の外装が上下に別れ展開したかと思った次の瞬間には手首を守る手甲へとその姿を変えていた。それだけにとどまらず、手甲は熱を帯びて赤く発光を始めたではないか!

 

 

「ヒート……ナックル!?」

 

 

 咄嗟に武装の正体を看破したカクリコンが、それがなんになろうか。

 

 次の瞬間には、高度に熱された鉄板がハイザックのコックピットに押し付けられていた。

 

 

「ミサイルを……操縦系統にトラブル!?」

 

 

 モニターが示すのは、いずれもエラーメッセージばかり。

 

 

「あ……あうあ……」

 

 

カクリコンの額に滝の様な汗が流れ始める。焦燥感に駆られているというのもあるが、単純にじわじわとコックピット内の温度が上がっていたのだ。

 

 そして遂に、鈍い音と共に全天モニターの正面部分が割れ、鉄を溶かしながら黒いモビルスーツのヒートナックルがカクリコンの目前へと迫る。

 

 

「ア……アメリアァァアァアアアアアアアアアア!?」

 

 

 地球にいる自分の女の名前を叫びながら、カクリコン・カクーラーだった男は蒸発した。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

 

 

「カクリコン!? カクリコーンッ!!」

 

 

 カクリコン・カクーラーが永遠の様に感じる時の中で自分の死を実感していた時、ジェリド・メサはその光景を外から一瞬で見せつけられていた。

 

 

「あの黒いモビルスーツ! よくも俺の戦友をッ!!」

 

 

 空になったビームライフルを投げ捨てたジェリドが腰に差していたヒートホークを構え接近戦を試みる。が、黒いモビルスーツの方はカクリコンが乗るハイザックのコックピットを潰したことに満足したのか、上昇し、自身で空けたコロニーの外壁から宇宙へと姿を消した。

 

 残ったハイザックは捨てられ、そのまま市街地への落下コースに入る。

 

 

「くそっ! カクリコンの亡骸が民間人を殺すなんて、そんな事させるかよぉ!!」

 

 

 構えたヒートホークも投げ捨て、ジェリドは友が乗っていた筈のハイザックの落下地点へと急いだ。結果として間に合いましたのだが、市外への被害を考えれば、一息つく事も許されない状況だった。

 

 

「カクリコン……クソッ! お前の仇は必ず俺が取ってやるからな……!」

 

 

 亡骸を前にそう誓うジェリド・メサだが、彼の心にはカクリコンの乗っていたハイザックと同じ様に、ぽっかりと穴が開いた様な虚無が残るだけだった。

 



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