12の月の小夜曲 (野生のムジナは語彙力がない)
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前編

基本的にクリスマススキンを持ってる人と、バビロンにいる人しか出演はありません(作者なりの縛りプレイです)
この回では戦闘はありません

それでもよろしければどうぞ!


その日の早朝、いつものように執務室でデスクワークに励んでいると、誰かが執務室のドアをノックしてきた。

 

「指揮官、おはよー」

 

入室を許可すると、ドアを開けて1人の少女が現れた。

 

セラスティア?

 

それは合衆国を本拠に置く大手軍事企業『ゼネラルエンジン』の令嬢(?)、セラスティアだった。青いツインテールに真紅の瞳を持つ少女は、いつものように胸元を大きく開けた目のやり場に困る服を着ている。

 

いったいこんな朝っぱらからどうしたというのだろうか? 視界を埋め尽くす机の上の書類を力づくでどかし、セラスティアへと向き直った。

 

「指揮官、今日の夜はヒマ?」

 

ああ……

 

ツインテールを揺らしながら机に身を乗り出す彼女を見て、その意図に気がついた。手帳を確認し、今日のスケジュールを確認する。

そして、仕事があるため忙しいことを伝えた。

 

「ええ? 信じられない!」

 

するとセラスティアは最初軽く怒った様子を見せたあと……

 

「っていうか……うわぁ……指揮官ってば、1年に1回しかない今日っていう日も休めないなんて、可愛そうな人……」

 

心底、可愛そうなものを見るような視線を向けてきた。

 

そんな目で見ないでよ……

 

思わず、ため息が出るのを抑えられなかった。

 

というか、今年もやるの?

 

「当たり前よ! 今年こそ、アイツをとっ捕まえてやるんだから!」

 

そう言ってセラスティアはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

「だから、夜になるまでアタシは部屋で寝ることにしたから」

 

夜までって……今から?

 

時計を見ると、まだ日が昇って間もない時刻だった。

夜になるまで、まだ半日以上の時間がある。

 

「アタシは寝不足なの! それもこれも、指揮官が毎晩アタシのことを寝かせてくれないから」

 

待って! その言い方には語弊がある!

 

確かに、こっちの都合でセラスティアの就寝時間を削っているのは承知している。だが、それはあくまでもデスクワークを軽く手伝ってもらっているという意味であって、やましいことなど何一つない!

 

というか、寝不足なのはセラスティアが夜遅くまで色々やっているからじゃ……

 

「うるさいわね! とにかく、そういうことだからいいわよね?」

 

……まあ、いいけど

 

痛くなった頭を抑えつつ、壁にかかったカレンダーを見る。頭文字の『D』の文字が大きく強調されたカレンダーの中には、可愛らしくデフォルメされた赤服のおじいさんと、ソリを引く数匹のトナカイが描かれていた。

 

ゆっくり休んでね。良い一日を

 

「はいはーい、指揮官も良い一日を〜!」

 

とびっきりの笑顔で執務室を後にするセラスティアの背中を見送りながら、手帳の中に記された今日の日付を確認する。

 

今日は12月24日……そう、クリスマス・イブ

 

1年に一度しかない神聖な日を目前に控えたその日、世界各地でクリスマスを祝う催しがなされ、それに反応してしまったかのように、みんな明らかに浮き足立っていた。

 

それは自分たちがいるこの基地も同じだった。

 

ここ最近は戦いに明け暮れる日々が続いており、基地で働くスタッフたちのストレスもそれなりに溜まっていた。流石にこの状態をいつまでも続けるわけにはいかなかったので、この日に合わせて重役以外のスタッフ、ほぼ全員に対して休暇を与えたほか、彼らがクリスマスの日に帰郷できるよう取り計らった。

 

そんなわけで現在、当基地は必要最低限のスタッフで運営されており、残っているのは労働を志願した者か、帰郷を拒んだ者のみだった。

 

セラスティアは帰郷を拒んだその内の1人だった。彼女にその理由を尋ねると、彼女は実家が退屈だと述べたほか、今年もあの計画を実行に移すために基地に残ったと言っていた。

 

そんなクリスマス・イブの夜に行われるセラスティアの計画……それは、サンタクロースの捕獲だった。

 

去年は無理やりそれに付き合わされ、色々あって雪の中に長時間放置され体調を崩してしまったのはあまり思い出したくない思い出だった。

 

去年はまだ基地の規模も小さく、スタッフの数も少なかったからこそ余裕があり、付き合うことができたのだが……しかし、今年は違う。

基地は拡張に拡張を重ね、それを運営するためにスタッフを増員した。しかし、スタッフの多くが帰郷や休暇で基地を離れている現在、規模の大きくなった基地を運営するというのは、駐留しているスタッフ一人一人の負担が大きくなるということを表しており、そのため……

 

これ、終わるのか……?

 

覚悟していたことではあった。

机の上に大量に積まれた書類の山は……まるで積もり積もった雪のようだった。思わず、その雪を引き倒せたらどれだけ楽だろうかと、半ば現実逃避的なことを考えつつ、さらに現実逃避をするために窓へと目を向けた。

 

おお……雪だ……

 

見ると、空からは白い粒のようなものがしんしんと舞い降り、その勢いから、夜になる頃には基地全体を埋め尽くしてしまうのを予感させた。

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンサーガ

非公式クリスマスイベント「12の月の小夜曲」(前編)

 

 

 

 

 

その日の昼

 

積もりに積もった書類を前に辟易はしたものの、こういうものは頑張れば意外となんとかなるもので、お昼になる頃には全ての資料を片付けることができた。しかし、その後もやるべきことはまだまだ沢山あった。

 

そして、基地の厨房では激戦が繰り広げられていた

 

「指揮官、味見をしてください」

 

ああ、わかった

 

今度は人手不足を補うために基地の厨房を手伝うことにした。食器を洗い終え、出来上がった料理をお皿に盛り付けていると、シェフがブイヤベースの入った小皿をこちらへと差し出してきた。

 

塩味薄いよッ! 何やってんの!

 

「塩が足りんのです……」

 

なんだと!?

 

シェフの言葉に、塩の在庫を確認すると箱の中はもの見事に空っぽだった。

 

「指揮官様っ! こっちは砂糖が足りません!」

 

後ろでケーキ作りに励んでいたハヤが泣きそうな声を上げた。本来は喫茶店バビロンでウェートレスをしている彼女だったが、バビロンのマダムであるヴァネッサが基地の人手が足りなくなることを見越して送ってきた助っ人だった。

 

なんてことだ……こんな日に限って塩と砂糖の在庫がないとは。認めたくないものだな、自分の若さ故の……いや、そんなことはどうでもよくて!

 

「指揮官様、どうしましょう?」

 

町まで買いに行ってくる!

 

「し、指揮官様が行くんですか? でも、町まで結構距離がありますよ……?」

 

BMを使うから大丈夫!

 

慌てるハヤを落ち着かせ、エプロンを脱ぐ。

それから周りで作業を続けるスタッフ全員にエールを送りつつ、厨房から抜け出した。

 

そのまま格納庫まで走り、大量の資源を消費して購入したにもかかわらず、結局そこまで使用する機会がなく格納庫の中で埃を被っていたその機体へと乗り込む。

 

コントロール! こちら指揮官!

 

『はぁ……聞こえてるよ』

 

管制塔へと呼びかけると、通信機の向こうからいかにもやる気のないふてくされたような声が響き渡った。

 

『せっかくの休暇だから部屋でのんびりしてたっていうのに、急に呼び出すなんて……もー、指揮官ってば人使いが荒いよー』

 

シェロン……すまない……

 

ディスプレイに表示されたその女性……シェロンへと謝りつつ、機体の起動シークエンスを進める。

よく見るとシェロンはクリスマスパーティ用の赤い服を身につけており、普段から半ば引きこもり気味の彼女だったが、彼女なりに今日という日を楽しみにしているのだと伺えた。

 

『悪いと思ってるんだったら、今度奢ってよね』

 

了解

 

『っていうか、どこ行くの?』

 

ちょっと町に

 

『何しに?』

 

……買い物に

 

『んじゃ、ついでにジュース買ってきてよ。いつものやつ』

 

……了解

 

シェロンの要求に応えつつ、無線操作で格納庫のハッチを解放する。

 

ウァサゴG、出る!

 

バックパックのスラスターを全開にして、ウァサゴGを飛び立たせる。Mk-8まで改造した本機だが、今回は買い出しに行くだけなの武装は全て置いてきている。

 

数あるBMのうち、なぜウァサゴGを選んだのかというと……その答えはただ単に『飛べるから』だった。これなら直線距離で町まで行けるし、それにこんな時くらいしか使う機会がないから……まあ、たまにはいいかと

 

『あ』

 

ウァサゴGの高度を上げていると、唐突にディスプレイ上のシェロンが声を上げた。

 

どうしたの?

 

『指揮官、なんか来るっぽいよ』

 

え?

 

何か来るって何? そう思った矢先、基地の前方……町へと続く深い森の中から、地面を突き破ってそれは現れた。遅れてウァサゴGのレーダーが反応する。

 

は?

 

それは巨大な竜巻……いや、高速回転する何かだった。

先端に巨大なドリルを装備し、全身が黒い装甲に覆われ、それがミミズのように深い森の中をのたうちまわっている。

 

敵襲? このタイミングで?!

 

思わず身構えるが、ウァサゴGは非武装である。

大人しく基地へ戻ろうかと考えた時、それは起きた。

 

『よぉ、凡人! そんなに急いでどこへ行く?』

 

どこからともなく、何者かの声が響き渡った。

いや、その高い声と『凡人』という独特な人の呼び方をする人物は、この世で1人しかいなかった。

 

す、スロカイ様?

 

思わず黒い竜巻へと呼びかけると、まるでそれを待っていたかのように回転はピタリと止まり、その全貌が明らかになった。先端がドリルになったミミズのような黒いBM……すると、先端のドリルをこちらへと向け……

 

「招かれたから、来てやったぞ」

 

ドリルが根元から4つに分裂したかと思うと、その中心部分に1人の少女が姿を現した。ピンク色のツインテール、髪に合わせて同系色で統一された服、美しいオッドアイ、そして幼いながらもそれを感じさせない大人びた目つきと佇まい……

それは、機械教廷の総司令官……スロカイ様だった。

 

招かれたって……え?

 

「何を惚けている? 今日は凡人の基地で宴を開くのだろう? だから、常日頃からの凡人の努力を労うために、わざわざ来てやったのだ。感謝するがいい!」

 

あ……ああ! ありがとうございます。

 

クリスマスパーティーの招待状をスロカイ様へと送っていたことをすっかり忘れていた。てっきり「くだらない」と一蹴されるかと思っていたが、ダメ元で招待状を送った甲斐はあったようだ。

 

ちなみに、クリスマスパーティーとは基地に残ったスタッフたちへの労いのために企画したものであり、ついでに普段は遠方にいて中々来ることのできない者たちにも招待状を送っていた。

その結果、常駐スタッフに加えて今年はヴァルハラ同盟からレイアが参加予定になっている。

 

「ところで凡人、どこかへ行くつもりだったのではないのか?」

 

……あ!

 

そこで買い出しの件を思い返し、機体を町の方向へと向けた。ちなみに、基地で作っている料理は今夜のクリスマスパーティーで出す料理なのだが、今年は予想よりも参加者が多く、参加者が増えた分沢山の料理を作らないといけなかったりする。

 

「なんだ、戦か?」

 

申し訳ありません。すぐ終わらせて来ますので

 

「フッ、今日という日に限って……凡人も難儀をしているようだな? いいだろう。だが、あまり余を待たせるでないぞ」

 

ハッ!

 

ウァサゴGの頭を深く下げた後、今度こそ町へと向かった。

 

 

 

ウァサゴGを駆って町へと繰り出し、砂糖と塩、そしてシェロンのジュースを買い、基地へと帰還。待たせてはいけないと、格納庫に収める手間を惜しんでウァサゴGを司令部の前で停め、コックピットから飛び降り、走って厨房へ

 

「指揮官様、お疲れ様です」

 

あ、ありがと

 

砂糖と塩をハヤに手渡し、今度は管制塔へ走る

 

「指揮官、遅い」

 

……す、すまない

 

最上階の扉の前で待っていたシェロンへジュースを手渡し、反転……再び司令部へと走る。

 

「遅いぞ、凡人」

 

す、すみませんでした…………はぁ、はぁ……

 

荒い息を殺しつつ、スロカイ様を前に膝をつく。

 

「大変そうだな」

 

いえ、これくらいはなんとも……

 

「しかし、やけに早かったな」

 

ええ、砂糖と塩を確保するだけだったので……

 

「買い物だったのか? そんなもの、配下の者に任せて凡人は後方で踏ん反り返っていれば良いものを……」

 

いえ、実を言うと……ここ最近はみんなに苦労ばかりかけていたので、今日くらいは少しでもみんなにゆっくり過ごしてほしくて……

 

「そうか、やはり凡人は凡人だな」

 

スロカイ様は肩をすくめてそう言った。

 

そういえば、スロカイ様はお一人で?

 

「いや、マティとウィオラも一緒だ。外で機体のチェックをしている」

 

そうですか……しかし……

 

そこでチラリと時計を確認すると、今はまだ昼になったばかりの時刻で、しかしクリスマスパーティーの開始は夜からだった。スロカイ様、早く来すぎですって……

 

その……スロカイ様、パーティーの開始まではまだ大分時間があるので、それまでゲストルームで旅の疲れを癒していてください。

 

「は?」

 

するとスロカイ様は顔をしかめてこちらを見下ろしてきた。何かまずいことでも言ってしまったのだろうか?

 

「夜まで余に無益な時間を作れというのか? 凡人」

 

そう言われましても……

 

「つまらんな。おい凡人、夜まで余の相手をせい。話し相手でも、カードゲームの相手でも、余をもてなすがいい」

 

そうしたいのは山々なのですが、こちらもまだパーティーの準備や年末に向けての調整がありまして……今日1日は忙しくてですね……

 

「…………」

 

すると、スロカイ様はなぜか背を向け……

 

「なら、帰ろう」

 

そう言って外へと歩き始めた。

 

ちょっ……な、なんで!?

 

「決まっておろう、つまらぬからだ」

 

パーティーの開始を夕方に前倒します! それでしたら……

 

「くどいぞ、凡人! 余は異教徒の宴などに興味はない。お前が来いと言ったから来たのだ、何か面白いことでもあるかと思ってな。しかし、呼んでおいて放置とは」

 

スロカイ様は青筋を浮かべていた。

どうやら、放置されることが相当なご不満らしい。しかし、並外れた思考を持つスロカイ様の相手をできるのは並みのスタッフではできない、というかさせてくれない。スロカイ様と面識のあるベカスと影麟は極東へ里帰りしてるし……くっ、スロカイ様が来ると分かっていればこんなことには……

 

「話は終わりか? それではな……」

 

そう言ってスロカイ様が立ち去ろうとする。

 

お待ちください!

 

それを慌てて引き止める。

 

此度は、スロカイ様の意思に添えなかったことをお詫び申し上げます。ですが、せっかくご足労頂いただいたお客様が何も得ることなく退席するというのは、もてなすこちら側の失礼と存じます。つきましては……

 

そう言って、スロカイ様へクリスマス用のラッピングが施された箱を差し出す。

 

「凡人、これはなんだ?」

 

クリスマスプレゼントでございます。

 

「というか凡人、お前……どこからこれを出した?」

 

……お気になさらず

 

こんなこともあろうかと、シェロンへジュースを送り届けたついでに、スロカイ様へ贈る予定だったプレゼントを取ってきておいて正解だった。スロカイ様はしばらくの間怪訝そうな顔でプレゼントを見つめた後……

 

「まあ、よい」

 

不敵に笑い、プレゼントを受け取ってくれた。

 

「少しだけだからな」

 

え?

 

「宴の開始時間を前倒すのだろう?」

 

あ、はい

 

「今回は凡人の心遣いに免じて、少しだけ宴に参加させてもらおう。ただし、少しだけだからな?」

 

あ、ありがとうございます。

 

思わず胸を撫で下ろした。

スロカイ様の気まぐれに悩まされるのはよくあることだったのだが、今回はそれがいい方向に作用したようだった。

 

スロカイ様とマティルダ様、それから最近加わったウィオラ様をゲストルームへと案内し、パーティーの準備をするべく厨房へと戻った。

 

……ウァサゴGを雪の中に放置したまま

 

この後、とある人物の暴走により、まさかあのような悲劇が生まれるとは……この時、まだ誰も知る由はなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

夕方

 

料理の用意や会場の整備など……パーティーの準備を終え、なんとかスロカイ様との約束通り、夕方にはクリスマスパーティーを開くことができた。

 

しかし、忙しいのは変わらない。

開始時間を前倒しにするという無茶に付き合ってくれた厨房スタッフたち一人一人に労いの言葉を送り、それに見合う代価を支払って解散させてからも、やるべきことはまだまだあった。

 

基地内の宴会場から漏れる賑やかな雰囲気を尻目に、一方こちらはというと倉庫内作業に励んでいた。送られてきた物資の量や戦利品を一つ一つチェックし目録に記入、目録を元に貯蓄された資源の量のチェックを行うほか、必要に応じて各部署へ物資の移動を行った。

 

時折自分が指揮官であることを忘れてしまうほどに地味な仕事だが、みんなのためを思うと、とてもやりがいのある仕事で、苦にはならなかった。

それに、仕事を手伝ってくれる仲間もいた。

 

「先生ー! これ、どこに運べばいいのー?」

 

手元の目録に目をやりつつ、カートに乗せた物資を棚に上げていると、ダンボール箱を抱えた金髪の少年がこちらへと近づいてきた。

 

うん、ここでいいよ

 

「はい! ここに上げればいいんですね?」

 

地面に置いてくれればそれでよかったのだが、金髪の少年は見よう見まねでダンボール箱を棚の上へと置こうと手を伸ばした。しかし、少年は背が低く、棚は少年の背丈を遥かに超える大きさだった。

 

「うんしょ、うんしょ……」

 

大丈夫だろうか……?

背伸びをしてもなかなか棚の中に収めることができない様子の少年に、少しだけ不安を覚えたその矢先……少年がバランスを崩した。

 

「わわっ!?」

 

あっ!

 

ダンボール箱を持ったまま後ろ向きに倒れる少年

思わず手を伸ばすが、間に合わない!

 

「危ない!」

 

間一髪のところで、少年の背後にいた少女が彼の体を支え、なんとかことなきを得た。思わず、ため息をつく。

 

龍馬、大丈夫?

 

ダンボール箱を受け取り、念のために聞いてみる。

 

「僕は大丈夫だよ。ごめんなさい、先生」

 

日ノ丸の大財閥である高橋家の長男であり(私生児だが)、高橋夏美の義理の弟であるその少年、高橋龍馬はそう言って申し訳なさそうに頭を下げた。

 

いや、そんなことより無事でよかった。

 

続いて、少年の背後にいた少女へ視線を送る。

 

助かったよ、スノー

 

「いえ、当然のことをしたまでです!」

 

高橋龍馬よりも年上のその少女……スノーは真面目な口調でそう告げた。雪のように白い肌に金髪碧眼を持つスノーは、ライン連邦の特殊部隊『紺碧少女』の参謀でもあった。

彼女の持つ鋭い反射神経がなければ、下手をすれば龍馬は大怪我を負っていたかもしれない。

 

「スノーさん、えっと……助けてくれてありがとうございました」

 

「問題ありません。ですが、次からは気をつけてください。今回は何とかなりましたが、いつもこのように上手くいくとは限りませんので」

 

「は……はい!」

 

スノーの指摘に、龍馬はびしっと反応した。

 

「それで指揮官様、次はどちらへ?」

 

ああ、行こうか

 

新たに棚から下ろした物資をカートに乗せ、乗せられなかった分は可能な限りで2人に持ってもらい、3人並んで倉庫の中を移動する。

 

ごめんね、クリスマスの日にまで仕事を手伝わせて……

 

そう言って龍馬とスノーを交互に見た。

2人には休暇を与えていたのだが、忙しくしている自分を見かねて手伝いを申し出てくれた。せっかくのクリスマスなので断ろうかと思ったものの、2人の真っ直ぐな視線に押され断ることができなかった。

 

「姉ちゃんから言われたんです! 先生のお役に立ちなさいって、だから僕にもできることを、精一杯頑張ろうって思ったんです!」

 

「いえ、休暇を楽しむよりも指揮官様のお役に立てることが私にとっての至高ですので。私にできることならなんでもお申し付けください!」

 

目を輝かせて、2人はそう言った。

 

龍馬くん、スノー……!

 

思わず、感動するものを覚えた。

背伸びしすぎたり、真面目すぎるというところもあるが基本的に2人とも、とてもいい子だった。

 

ありがとう、2人とも。そうだ、別件で任せている用事が終わったら3人で町に出て、何か美味しいものでも食べに行こうか

 

「やったぁ!」

 

「いいんですか、指揮官様?」

 

まあ、ちょっとしたご褒美ってことで

 

そんなことを話しつつ、倉庫の中を歩いていると……

 

「あ! 指揮官いた!」

 

……?

 

呼ばれて振り返ると、そこには黒髪の少女

 

「あれ、五十嵐先輩? どうしたんだろ」

 

龍馬がつぶやく

龍馬と同じA.C.E.学園出身の彼女が、なにやら慌てた様子でこちらへと走ってくる。パーティーに参加していたはずの彼女だが、一体どうしたというのだろうか?

 

命美? どうしたの?

 

「指揮官、大変よ!」

 

広い倉庫内を走り回ったのだろう、命美は息を切らしながらそう告げた。ここで注目すべきは、命美がA.C.E.学園の風紀委員出身というところだ。学園で彼女がいくつものトラブルを解決したという話は風の噂で聞いている。つまり、そんな真面目で機転の利く彼女が誰かに助けを求めざるを得ない事態が発生しているということを示していた。

 

まさか、パーティーでなにかあったの?

 

「そのまさかよ! 最初はちょっとした言い争いだったんだけど、今じゃ手のつけられないほどの騒ぎになってるから来てほしいの」

 

わかった!

 

龍馬とスノーにその場を任せ、命美と共にパーティー会場へと向かった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

なんとなく、そうではないかと思ってはいた。

 

そして、パーティー会場に辿り着き、スタッフたちの見つめるその先……騒ぎの中心には、やはりスロカイ様がいた。

 

スロカイ様、どうしたんですか?

 

慌ててスロカイ様の元へ駆け寄ると、スロカイ様は今まさに1人の少女と睨みを利かせ合っているところだった。

 

セラスティア?

 

そこには、何故かセラスティアがいた。

不敵な笑みを浮かべるスロカイ様に対し、セラスティアは青筋を浮かべ、怒りを露わにしていた。

 

あれ、確か夜まで寝ているっていう話じゃ……?

 

「お腹が空いたから起きてきたのよ」

 

ああ、そっか

 

冬眠から目覚めたクマかなと思ったのは内緒である。

影になっているので見えなかったのだが、セラスティアは料理の乗ったお皿を右手に持っていた。

 

いや、それはいいとして……どうしたの?

 

「ねえ指揮官、聞いてよ!」

 

セラスティアはスロカイ様を指差した。

 

「この女が、かくかくしかじかで……」

 

「それで伝わるとは思えないのだけど……」

 

ああ、なるほどね

 

「え? 今ので分かったの!?」

 

驚く命美

まあ、無理もない

 

セラスティアの話を要約するとこうだった。

クリスマスパーティーに参加したセラスティアは、そこでサンタクロースを捕獲するためのメンバーを募っていた。そこへスロカイ様が現れ、セラスティアの計画を「くだらない」と一蹴、セラスティアはそれに腹を立てていたのだ。

まさかこんなことで異文化対立が発生するとは……

 

「くだらないな。ああ、実にくだらない」

 

スロカイ様はため息をつき、肩をすくめてみせた。

 

「おい、そこな凡人2人。いつまでもくだらないことで騒ぐな、耳障りだ」

 

「誰が凡人ですって〜?」

 

今まさにスロカイ様へと掴みかかろうとするセラスティアを慌てて食い止める。

 

「確かに、ここにいる指揮官は凡人かもしれないけど、私は凡人なんかじゃないわ! 聞いて驚くがいい! このセラスティア様は天才なんだから!」

 

なんか、さりげなくけなされたような気が……

 

「ハッ、天才ね? 凡人たちにとっての天才など、ただ子どものようにわめき散らすのが得意な者を指すのではないのか?」

 

「なんですって?」

 

セラスティア、ステイ!

 

「指揮官、離してよ! っていうか、子どもなのはそっちの方でしょ?」

 

「何を根拠にそのようなことを……」

 

「見ればわかるでしょ? 童顔でちっちゃいあなたに対して、このセラスティア様が放つ大人の色気! 私の美貌には指揮官だっていつも欲情しちゃうんだから!」

 

ちょ!?

 

「凡人、失望したぞ」

 

スロカイ様がじっとりとした視線で見つめてくる。違います! そんなつもりは毛頭ありませんって! 慌てて首を横に振った。

 

「なるほどな。つまり、頭に行くはずの栄養を全て、そのくだらない脂肪に吸い取られたということか」

 

「なっ!?」

 

「体は成長していても、頭は成長していないようだな? なるほど『見た目は大人、頭脳は子ども』とはまさにお前のことを言うのだな」

 

「なんですってぇ!?」

 

飛びかかろうとするセラスティア、1人では止められない! 思わず、隣にいた命美へと視線を送ると、彼女は状況を察し慌ててセラスティアの体を抑えつけに入る。

 

「異教徒どもの習慣に興味はないが、そのサンタクロースとやらも所詮は貴様らの作り出した虚構の存在に過ぎないのだろう?」

 

スロカイ様はケラケラと語る。

 

「いないものをわざわざ追いかけようとは、ハッ……それを子どもっぽいと言わずして他に何と言うか?」

 

正論だった。

っていうか、この状況はマズイッッッ……!!!

 

咄嗟に周囲を見回し、サンタクロースの存在を信じていそうな年少組……ドリス、シャロ、シア、龍馬、クルス、ノイジーバットを探した。

 

しかし、龍馬は倉庫で作業中、シャロとシアは遠くで肉料理を取り合っていてそれどころではい様子。ノイジーバットはテイラーと共に舞台のセッティングしており騒ぎは眼中に入っていない、クルスとドリスは姿が見えない。

 

スロカイ様の言葉を、パーティーに参加していた年少組が誰も聞いていないのを確認し、ひとまずホッとした。

しかし……

 

「サンタクロースって……いないのか?」

 

……!?

 

その言葉に振り返ると、そこにはソフィアの姿

真実を知ったその顔は絶望に染まっていた。

 

持っている大皿の上には大量の料理が盛られ、彼女の頬にはその食べカスが付いていた。見たところ、クリスマスパーティーを心ゆくまで楽しんでいたようだった……つい先ほどまでは……

 

「ねえ、指揮官」

 

……?

 

ふと、命美に呼ばれて振り返ると

 

「サンタクロースって、いないの?」

 

命美の顔は、ソフィアと同じく絶望に染まっていた。

いや、お前もかい!

2人の純真さが失われた、まさにその時だった……

 

「そんなことないわ!」

 

その時、セラスティアが静寂を打ち破るかのように声を上げた。その声に、パーティー会場にいた全員が反応した。

 

「サンタクロースはいるわ! だって、確かにこの目で見たもの!」

 

「世迷言を……頭に養分が行かなすぎて、ついに幻覚まで見るようになったか……?」

 

スロカイ様は怪訝そうな視線でセラスティアを見つめた。

 

あの……スロカイ様

 

「む、なんだ凡人?」

 

実を言うとですね……サンタクロースはいます

 

「凡人……お前まで頭がおかしくなったのか?」

 

そう思われても仕方ないのは承知していますが、去年のクリスマスで確かに見ました。はい、セラスティアと一緒にです。

 

「それ、私も見たよ」

 

見ると、いつのまにか後ろにヒルダが立っていた。

 

「去年、怪しい人物がいたと聞いて駆けつけてみたら、赤い服をつけた何者かが基地の中に侵入して、泥棒かと思ったら逆にプレゼントの入った箱を置いて逃げて行くのを見かけたわ」

 

ヒルダの言葉に、ソフィアと命美の顔がぱあっと明るくなる。グッジョブ!

 

「ふん……そのような嘘……」

 

「嘘じゃないわ。こう見えても私、合衆国の刑事なの。警察として嘘はつかないわ」

 

ヒルダの言葉に嘘はなかった。

この基地にはクリスマスになるとサンタクロースが出没する。そして、その正体は誰も知らない知られちゃいけない

 

「だから言ったでしょ? サンタクロースはいるの、だから今年こそはアイツを捕まえるの!」

 

「女、お前はなぜサンタクロースを捕まえようというのだ?」

 

「勿論、面白いからに決まってるでしょ!」

 

「そうか……」

 

セラスティアの答えに、スロカイ様は少しだけ考えた後……

 

「面白い。余も、この基地に現れるというサンタクロースとやらに興味が湧いたぞ」

 

「でしょ? だから、全員で協力して……」

 

「協力だと? いや、それはあり得ないな」

 

スロカイ様の言葉に反応し、今まで事の成り行きを見守っていたマティルダ様とウィオラ様がスロカイ様の両翼に展開する。

 

「サンタクロースを捕らえるのは、我ら機械教廷だ」

 

スロカイ様はそう言って誇らしげに腕を上げた。

その瞬間、舞台上のテイラーがBGM代わりのクリスマスソングを歌い始めた。この日のために練習してきたのだろう、ノイジーバットと蘇瑞がテイラーの後ろで伴奏を務めていた。

 

「へぇ、つまりこの天才セラスティア様と勝負がしたいってわけ?」

 

「ああ、最も……勝負にすらならないと思うがな」

 

「その言葉、そっくりそのままアンタに返すわ」

 

「弱い犬ほどよく吠える……」

 

目の前でビシビシと火花を散らす2人

 

……ん? というか、どうしてこうなる?

そう思いつつも、これ以上セラスティアが取り乱すことはないと判断し、命美と共にセラスティアを解放する。

 

改めて、スロカイ様とセラスティアが並ぶ

その光景を見て、ふと思ったことを口にした。

 

スロカイ様とセラスティアって似てるよね

 

「む?」

「はぁ?」

 

その言葉に、2人同時に反応した。

 

「「似ている? こんなのと、どこが?」」

 

……うん、そういうところ

 

そこで、改めて2人を見比べてみる。

こう言っちゃなんだが、外見的に2人ともお互いの特徴を引き継いでいるように感じられた。

 

髪の毛はどちらもツインテール……いや、それはあまり関係ないのだろうが、ピンク髪のスロカイ様に対し、セラスティアは青髪だが、毛先の方がなぜかピンク色になっている。

他にも、セラスティアの真紅の瞳は、スロカイ様の瞳(オッドアイになっている内の右目)と同じ色をしているし、これは余談になるが……2人とも出ているところはしっかりと出ている。(なにとは言わないが)

 

外見だけではない、性格でも共通点が見られる。

2人とも自信家で強気な性格だ。なお、メタ発言になるがこの2人のうちどちらか一方を副官にした際の相性も悪くはない。

 

「そう言われてみれば……」

 

命美は顔を見合わせる2人を見て小さく頷いた。

 

「もしかして、2人は姉妹だったりしてね」

 

「いや、それはあり得ぬな」

 

命美の言葉にそう告げたスロカイ様だったが、それ以上否定することはなかった。

 

まあ、この世には同じ顔の人が3人いると言うけど……もしかして、2人は腹違いの姉妹……もしかしたら、クローンだったりしてね

 

「凡人、それは絶対にあり得ぬ」

 

「そうよ。そんなことあるわけないじゃない」

 

だよね

 

「でも……もし私とアンタが姉妹だとしたら、私は可愛くない妹ができたってことになるのね!」

 

「やめろ! もう妹扱いはご免だ」

 

妹扱いしてくるセラスティアに、スロカイ様は全力でそれを拒否した。その様子に、その場にいた全員が小さく笑った。特にこっちはベカスとの一件を追体験しているので、スロカイ様の言わんとしていることがよく分かって笑いを隠せなかった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

エル《しかし、この時は誰も知らなかったのです》

 

フル《後に、アイアンサーガ本編にて衝撃の事実が明かされることを……》

 

 

 

ーーーーー

 

 

いや、それはないから

 

天の声を使用してそんな伏線を張る双子にツッコミを入れつつ、パーティー会場を一望した。テイラーの歌声が会場全体に響き渡る中、歌に聞き入ったり、世間話に花を咲かせていたり、美味しい料理に舌鼓を打ったりと、みんな楽しそうだった。

 

「あ、閣下」

 

すると、すぐ近くで雑談をしていた2人の女性の、そのうちの1人と目があった。長い茶髪からぴょこっと飛び出たアホ毛と青い瞳が特徴的な見習い騎士が、こちらへと手を振ってきた。

 

カロル、楽しんでるかい?

 

「はい! とても楽しいです!」

 

そっか、それはよかった

 

「指揮官様、本日はこのような場にご招待頂き、誠にありがとうございます」

 

カロルの隣にいた白髪の女性……レイア様はそう言って深々と頭を下げた。

彼女はイルビング公国の女大公であり、ヴァルハラ同盟の次期リーダー候補の一人であったため、多忙な日々を送る彼女へ招待状を送ったのもスロカイ様と同様、ダメ元でだったのだが、まさか本当に来てくれるとは……

 

レイア様もお楽しみ頂けているようで、なによりです。

 

「あら、そう見えるかしら?」

 

なんとなくですが

 

「そうね。ここ最近は公務で忙しくて、正直息が詰まりそうだったの。でも、ここならそういう心配もないし、思いっきり羽を伸ばせるわね」

 

光栄ですね

 

そこで、改めて2人を見る。

カロルはグレートブリテン帝国出身、一方レイアはイルビング公国出身、出身国は近いとはいえ、珍しい組合わせだなと思った。

 

ところで、お2人は何をお話ししていたので?

 

「大したことではないわ、ちょっとした……外交よ」

 

外交?

 

「外交というものは国を守るために大切なもの。特に私の国は弱いから、こうやって強い国に対して理解を示し、探りを入れて、常に戦いを避ける方法を模索しているの」

 

「え?」

 

今まで気安い会話をしているのだと思いこんでいたのだろう。カロルはまさか、レイアとの会話の中にそのような思惑が含まれていたのかと、驚きを隠せないようだった。

 

「……なんて、冗談よ」

 

「え?え?」

 

しかし、レイアはカロルに対して微笑みかけた。

単純で分かりやすい性格のカロルは、何が何やら分からず、困惑してしまったようだった。

 

「外交っていうのは建前よ。こうでも言わなきゃ、きっと私はこの場所に来れなかっただろうからね」

 

外交って、大事だけど大変ですね

 

「それは君も同じでしょ?」

 

え?

 

「さっき、テーブルの上にイルビング公国の郷土料理があるのを見たわ。それで、その隣にはティルヴィング公国の今はなき郷土料理があった。私も、資料でしか見たことはなかったけど……上手く再現できていたと思うわ」

 

…………

 

「君がこの隣り合った2つの料理に、どんな意味を込めたのかが気になるわね」

 

さあ? 料理に意味なんて……

 

「それはもしかして、私のため……いえ、私たちのためではなくて?」

 

……お互いのことを理解するのも、外交の一つでは?

 

「ふふっ、そうかもしれないわね」

 

テーブルに目をやると、皿の上の郷土料理はもの見事になくなっていた。クセの強い料理だったアレを好んで食べる人はあまりいないと思う。

 

「美味しかった、ありがとう……彼女からの伝言よ」

 

そうですか

 

レイア様の言葉に、安堵のため息をついた。

 

「あ、そうです! 料理といえば!」

 

先ほどから黙って話を聞いていたカロルが、唐突に声を上げた。

 

「さっき別のテーブルにローストターキーがあるのを見ました! もしかして、あれは閣下が……?」

 

前から食べたいって、リクエストしてたからね

 

「閣下! ありがとうございます、とても美味しかったです!」

 

材料の調達と料理人の手配に苦労はしたものの、とびっきりの笑顔を浮かべるカロルを見ていると、その疲れも吹き飛ぶかのようだった。

 

それで……

 

そこで、ローストターキーがあったテーブルへと目をやった。ターキーの他にもう一種類、ブリテンの伝統料理を置いていたはずだが……

テーブルの上から(切り分けられた)ターキーは殆ど消えていた。しかし、分かっていたことなのだが、その隣にあるもう一品はまだ大量に残っていた。

 

「でも……いつ見ても、奇妙なものね」

 

……そうですね

 

思わず、レイア様に同感を示した。

大量に残ったスターゲイジー・パイを見つめながら……

 

「うぅ……美味しいのに……」

 

悲しそうにパイを取り皿の上に乗せていくカロル

カロルの気持ちは分からなくもないが、やはり実物を前にすると食欲も減衰してしまう。

 

「ああ、そういえば料理で思い出したのだけど」

 

今度はレイア様が声を上げる番だった。

 

「ここの料理って、誰が作ったの?」

 

基本的に、ウチの厨房スタッフですが

 

「そう……」

 

レイア様?

 

「いえ、気のせいかもしれないけど……ここにある料理の中で、いくつか見た目も味もどこかで覚えのある料理があったような気がするの」

 

……はい?

 

「あ、それは私も感じました!」

 

レイア様の疑問に、カロルが同意を示した。

 

「ステーキにハンバーガー、パンケーキにケバブ、各種エビ料理……みんな、どこかで食べたことあるような気が……」

 

「あとドーナッツに季節外れのスイカもあったわね」

 

……よく気がつきましたね

 

「え?」

 

いえいえ、それではごゆるりとおくつろぎくださいませ

 

「閣下?」

 

そのまま、逃げるようにその場から立ち去る。

さて、倉庫で作業を続ける2人の元へ行かねば

 

 

 

クリスマスはもう少しだけ続く……




本当は後編まで作りたかったのですが、アイブラサガの製作が遅れて前編を24日に間に合わせるのが精一杯でした。すみません!後編はまたいつか

というわけでメリークリスマス!

追記、本作の指揮官=アイブラサガの指揮官=△


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後編

あらすじ
サンタクロース捕獲作戦が始まる。

今更クリスマスイベと思うでしょうが、まだスキンの発売は続いているから別にいいですよね?あと……ご意見、ご感想などがあれば是非仰ってください。どんなものでも作者の励みとなりますので!


それでは、続きをどうぞ……




 

虚空に満ちた空からは依然として雪がシンシンと舞い降り、滑走路や格納庫など、司令部の周囲は降り積もった雪で真っ白に染め上げられていた。

 

それじゃあシェロン、あとはお願いね

 

「はぁ……めんどくさ」

 

とある事情により基地を離れないといけなくなったので、基地の指揮をシェロンに預けようとすると彼女はやる気のなさそうな声を上げた。

それでも、司令部にある指揮官用の椅子に座っているあたり、やる気はあるようだった。

 

大丈夫。前にも言ったけど、指揮権の移譲はあくまでも形式的なものだから、気楽にね?

 

「むぅ……また1つ貸しだからね?」

 

しぶしぶといったように呟くシェロン

 

「先生ー! 車の用意ができましたー」

 

振り返ると、部屋の入り口に龍馬の姿。

シェロンに礼を告げ、龍馬と共に司令部から退出する。

 

そういえばスノーは?

 

「車の中で待ってるよ! 」

 

そう言った龍馬の声はやけに大きく、感情を抑えるのに必死な様子が伺えた。

 

なんか、上機嫌だね?

 

「そ、そう見えるかな? へへっ、実を言うと……こういうことは初めてで、上手くできるか分からなくて緊張してるところもあるけど、ちょっとワクワクしているんです」

 

大丈夫、初めてなのはこっちも同じだから、気楽にね

 

「そ……そうでしたね!」

 

そういえば、夏美には連絡した?

 

「はい! 姉ちゃんも頑張ってたし! 僕も頑張らないと!」

 

そっか……

 

日ノ丸に戻った夏美は不正にまみれた高橋重工を改革すべく、まだ学生の身でありながらクリスマスを返上して仕事をしていた。明らかに無理をしている彼女を引き止めることもできたのだが、これはあくまでも彼女の戦いであり、それを止める権利はこちらにはないと、温かく見守ることにした。

 

龍馬を基地に残したのは、彼女が弟・龍馬への依存を治すためでもあったが、それ以上に彼が寂しい思いをしてしまわないようにとの配慮もあった。そうまでして、たった1人で頑張っている夏美のことを思うと、今まで積み上げてきたものは無駄じゃなかったと素直に思えた。

そうだ、諦めない限り……道は続く。

 

凍えるような風が吹き付ける中、雪に覆われた地面を一歩一歩踏みしめ、車が停めてある司令部の裏手へと向かった。

 

「なんだか騒がしいですねー」

 

……?

 

龍馬に言われ、そこでなにやら辺りが騒がしいことに気づいた。周りを見回すと……雪の上を2つの影が走り回っている。

それは赤毛の少女と白猫のような少女だった、赤毛の少女はなにやら大きな円筒状の物体を持ち、白猫の少女を追い回している。

 

シャロ? メルル?

 

「こらー、待ちなさい!」

 

「イヤにゃ! クッキーはにゃーのものにゃ!」

 

追っているシャロと逃げるメルル。よく見ると、メルルは大きな袋を担いでおり、透明な袋の中にはパーティーで出したはずのジンジャークッキーが大量に入っていた。

2人の行動と会話から察するに、どうやらメルルがパーティーで出したクッキーを独り占めし、怒ったシャロがそれを取り返そうと追いかけているのだろう。

 

2人の元気な様子を微笑ましく思いつつ、車の方へ目をやると、視線に気づいたのか車の運転席に座るスノーがこちらを見上げた。

 

龍馬と共に車へ乗り込もうとしたその瞬間……

 

「あれ? 指揮官、まだいたんだ?」

 

……?

 

振り返ると、そこにはセラスティアがいた。いつものように青いツインテールを揺らし、こちらへと挑発的な視線を送っている。

だが、着ている服だけはいつもと違っていた。

 

その服は……?

 

「お! 流石指揮官、目の付け所が良いわね!」

 

そう言ってセラスティアは自分の服を見せつけるかのごとく雪の上でターンをしてみせた。

今、彼女は露出の少ない全身真っ黒な服を着ているのだが、それはどことなく、サンタクロースが着ている服にも似たデザインをしていた。

 

「どう? 似合う?」

 

似合ってるけど……これは……?

 

「ブラックサンタよ、知ってる? 」

 

ブラックサンタ?

 

「そ、クリスマスの夜に訪れるもう1人のサンタクロースよ」

 

セラスティアの話をまとめると、こうだった。

ブラックサンタはどこかの国に伝わる存在で、彼がクリスマスの夜に訪れるのは、主に悪いことをした子どもたちのところとされており、クリスマスプレゼントの代わりに生ゴミやガラクタをその子どもの元へ送るらしい

また、その子どもが相当なワルだった場合は、ガラクタなどが入った袋で寝ているところを叩きつける他、子どもを袋の中に入れて(しまっちゃうおじさん的な)地獄へ連れて行ってしまうという恐ろしい存在だった。

 

「ふふん、指揮官も悪いことをしたら寝込みをブラックサンタに殴られて、変なところへ連れていかれちゃうかもしれないわね?」

 

それは、怖いね

 

セラスティアが(雪が大量に詰め込み)鈍器と化した袋をハンマーのように振り回す素振りをしてみせたので、こちらはあえて大げさに怖がってみせた。

しかし、セラスティアはなぜそんな恐ろしい服を着ているのだろうか……いや、今更言うまでもない

 

そんなにまでして、サンタクロースを捕まえたいの?

 

「それは勿論、負けず嫌いだからよ!」

 

そう言ってセラスティアは自身たっぷりというように胸を反らした。

驚くべきことに、セラスティアが着ているのは彼女が半年をかけ、今日のためだけに開発を進めてきたものだそうだ。一見するとなんの変哲も無い黒い服に見えるが、服の内側には体温調節装置が埋め込まれており、長時間の雪中行動が可能となっている。その他……伸縮性の高い繊維を利用しており設定をいじれば誰でも着ることができる、防水加工も万全、超軽量でありながら多少のパワーアシストも備わっている。さらに彼女が履いている靴も、雪の上を歩くことを想定して沈み込みを軽減すべく新たに開発されたものを使用している……とのことだった。

 

「去年はまんまと逃げられたから、今年は絶対に捕まえるわよ! いいわね、みんなー!」

 

セラスティアがそう言って後ろを振り返ると、司令部の影からぞろぞろと、彼女と同じ服を着た者たちがまるで黒い壁のように一列になって姿を現した。(KKKじゃあるまいし……)

 

そこにはスロカイ様をはじめとする機械教廷の面々もいれば、先ほどまで追いかけっこをしていたはずのシャロとメルルもいつのまにか列に混じってブラックサンタの格好をしている。

 

おぉ……

サンタクロースの捕獲という目標の元、ここにあらゆる民族と人種の垣根を超えた1つのまとまりができたことに、思わず感心してしまった。

だが、それも長くは続かず……

 

「おい。なぜお前が仕切っているのだ?」

 

スロカイ様の言葉に、まとまりは早くも空中分解を起こしかける。

 

「それは勿論、このセラスティア様の発案だからよ」

 

「はあ? それだけか?」

 

「なによ、何か文句でもあるわけ?」

 

「いや、お前のような天才(笑)には仕切られたくないのでな。こっちはこっちで勝手に動かせて貰うぞ」

 

「誰が天才(笑)よ!」

 

セラスティアは青筋を浮かべ、スロカイ様へ視線を送り

 

「いいわ! どっちが先にサンタクロースを捕まえられるか勝負よ! 姉に勝る妹がいないってことをここで証明させてあげるわ!」

 

「誰が妹か! この天才もどきが!」

 

「なんですってぇ!?」

 

どうやら、彼女たちが完全に一致団結するにはまだまだ時間がかかりそうだった。小さくため息をついてスノーの運転する車に乗り込み、3人揃って基地を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦隊アイアンサーガ

「12の月の小夜曲」(後編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンタクロース捕獲作戦、チーム分け

 

「ねぇ、そこのあなた?」

 

「む?」

 

その呼びかけにスロカイが振り返ると、そこには紫髪の女性が佇んでいた。白い肌に赤い唇、そして豊満な肉体。その女性の内側からは妖艶な雰囲気が放たれており、まさに色欲の化身と呼ぶにふさわしい魅力があった。

 

「なんだお前は?」

 

「アタシはアマンダ。ソロモンの鍵出身よ」

 

「ソロモンだと?」

 

「……ッ!」

 

アマンダと名乗る女性の言葉に疑問符を浮かべたスロカイだったが、その隣に控えていたマティルダは違った。どこからともなく二本のパワーソーを取り出し、スロカイを守るようにアマンダの前に飛び出した。

 

「……陛下に何の用だ」

 

マティルダはソーを構えてアマンダを睨みつけた。

 

「ウフフ、そんなに身構えなくていいじゃない」

 

「答えろ! ソロモン!」

 

「別に、ただ……よければサンタクロースを捕まえるのを手伝ってあげようかなと思ってね」

 

「なんだと……?」

 

「落ち着け、マティ」

 

スロカイは尚もアマンダへ威嚇するマティルダの肩に手を置いて彼女を落ち着かせ、アマンダへと視線を送った。

 

「アマンダとか言ったな? 悪いが余は、お前がソロモンであろうがなかろうが異教徒と手を組むつもりはない、下がれ」

 

「あら? いいのかしら」

 

スロカイはアマンダを追い返そうと払うように手を振ったが、アマンダは小さく笑うだけで一歩も引く様子はないようだった。

 

「人手は多い方がいいんじゃないの? 何しろ、サンタクロースは神出鬼没。いつ、どのタイミングで現れるのか分からない……でも、あなたたちは3人しかいない、たったこれだけの人数でこの基地全体をカバーできるとは思えないけど?」

 

アマンダはそう言ってスロカイ、マティルダ、ウィオラの順に視線を送った。

 

「別に、仲間に入れてくれないのならそれでもいいわ。アタシたちソロモンメンバーはあっちのお嬢さんのところへ行くから……ただ」

 

アマンダは自分の後ろでサンタクロース捕獲のための準備を行なっている青髪の少女をチラリと見た。

 

「負けたく、ないんでしょ?」

 

「…………」

 

その言葉に、スロカイは淡々とアマンダを見つめた。

 

「ソロモンの中でも精鋭のアタシたちがいれば勝利は確実……とまでは言わないけど、勝率はグーンと上がると思うわぁ? うふふ、どうかしら?」

 

アマンダの提案に、スロカイは少しだけ考えた後……

 

「まあ、たまにはいいかもしれんな」

 

そう言って小さくため息をついた。

 

「陛下!?」

 

一切の油断なくソーを構えていたマティルダは、信じられないとでも言うかのような表情で自分の主人を見つめた。

 

「陛下! いくら戯れとはいえ、ソロモンはかつて陛下の命を狙った組織なのですよ! それなのに、この女と……ソロモン出身の者と手を組むなど……」

 

「確かに、そんなこともあったな」

 

「ではなぜ……」

 

「決まっているだろう? こやつらの実力は確かだ利用する価値は十分にある。いや、何より……余は、あのふざけた天才もどきには負けたくないのだ」

 

そう言ってスロカイはチラリと遠くのセラスティアを見やった。

 

「どうやら決まりのようね。昔は色々あったみたいだけど、今日だけはそれを忘れて一緒に楽しみましょう?」

 

「ふん、貴様らのやったことを忘れるつもりはないがな。ところで女、お前はこの同盟の果てに……余に、何を求む?」

 

「何もないわ。強いて言えば……何か面白いことが起きそうだから、とでも言っておきましょうかね」

 

「ん、なんだそれは?」

 

「ふふっ、ただの女の勘よ」

 

 

 

チーム①【教廷・ソロモン連合】

メンバー

・スロカイ

・マティルダ

・ウィオラ

・アマンダ

・メルル

・セイン

・蘇瑞

 

 

 

「〜♫」カキカキ……

スロカイの命令に従い、ウィオラは回ってきたボードにグループ名とメンバー1人1人の名前を記入した。

それを横から見ていたスロカイは、空いたもう1グループの枠を見てニヤリと笑うと……

 

「では、あの天才もどきのチームはその他諸々の有象無象ということか。よし、ウィオラ、代わりに書いてやれ」

 

「誰が有象無象よ!」

 

「〜♫」カキカキ……

スロカイの言葉に苛立ちをみせるセラスティアだったが、ウィオラはもう1つの枠にさっさとペンを走らせた。しかし、新人の彼女は途中で相手方のメンバーの名前を1人も知らないことに気づき、少しだけ考え……すぐにまた書き始めた。

 

 

 

チーム②【有象無象】

メンバー

・(その他)

 

 

 

「ほ、本当に書くなんて!」

 

「っていうか、その他って……」

 

「ええい、もう! 貸しなさいよ!」

カキカキ……

 

ボードの中に書かれた文字を見てセラスティアとシャロが怒りを露わにしていると、その間に『松ぼっくり』という名のリスを連れた少女、シアがウィオラからボードを奪い取り、文字の上に取り消し線を引き、それからまたグループ名とメンバーの名前を書き始めた。

 

 

 

チーム②【有象無象】→【サンタクロース捕まえ隊】

メンバー

・(その他)↓

・シア

・セラスティア

・五十嵐命美

・カロル

・アン

・クソガキ(シャロ)

 

 

「ふぅ……よし! これで完璧ね!」

 

「ちょっと! おかしいよね!」

 

やけにキラキラとした営業スマイルを浮かべるシアに対し、シャロは自分の名前が1人だけおかしいことに抗議の声を上げた。

 

「なによ! うるさいわね、クソガキ」

 

「クソガキはそっちでしょ! っていうか、あたしはお子ちゃまじゃない、この『あだると』で『せくしー』なシャロ様の美貌が目に入らないの?」

 

そう言ってシャロは自分の『ない胸』を反らした。

 

「でも……思ったより参加人数が集まりませんでしたね、セラスティアさん」

 

「それは……仕方ないじゃないの……」

 

シアとシャロが五十歩百歩の論争を繰り広げている間、命美はセラスティアと共に参加している全員を見渡していた。

 

「ええ。参加を希望していたクルスとドリスはパーティーで遊び疲れてダウン、ソフィアはサンタクロースが来るからって早くも就寝の準備に入っていますし、他の人たちも……」

 

命美はため息をついてそう告げた。

補足すると、レイアは次の公務があるため帰国、リンダはフェードアウト、ヒルダは仕事の都合で街へ、テイラーは明日に備えてノイジーバットを護衛に付けて帰宅、シェロンは形式的とはいえ基地を任されているため論外(そうでなくとも面倒くさがり屋の彼女が参加することはないのだが)その他……基地スタッフも適当な理由で参加を見合わせている。

 

「こっちは6人、あっちは7人……数では負けてるわね」

 

ボードを見下ろして呻くセラスティア

 

「なんだ? 戦う前から負けを認めるのか?」

 

そんなセラスティアにスロカイは嘲笑を送る。

 

「み、認めたわけじゃないわよ! 戦いにおいて、数の差が全てではないことを、教えてやるわ!」

 

「そうだな、数だけで戦争の勝敗は決まらないことは歴史が証明している。だが、お前のところは見たところ、何ともちんまりとしたグループではないか。ハッ、ガキどもの集まりに一体なにができるというのだ?」

 

「「ガキって言うなッッ!」」

 

いがみ合っていたシアとシャロが同時に声を上げた。

 

「っていうか、アンタだってちっちゃいでしょ!」

「アンさん! お、落ち着いてください!」

 

遠くから今まで惨めなエールの送り合いを傍観していたアンも「ちんまり」という言葉にカチンときたのか、持っていたピコピコハンマーを振り上げて今にも飛びかかりかねない様子だった。

かろうじて、それをカロルが止めている。

 

「むっふっふ、あっちのグループはみんなお子ちゃまばっかりだにゃ! これなら楽勝にゃー!」

 

「よーし、サンタクロースを捕まえるぞー! セインも、一緒に頑張ろうねー!」

 

「ん……サンタクロースを捕まえたら、奪ったプレゼントは研究材料の引き換えに使ってもいいよね? じゃあ、頑張る」

 

同じソロモン出身で仲のいいメルル、蘇瑞、セインは横に並んでワクワクしたようにサンタクロースの出現を今か今かと待っているようだった。

 

 

 

それから1時間後……

 

 

 

「あ! あれを見て!」

 

その時、事態が動いた。

 

『…………』

 

それは司令部から少し離れたところにある、鉄塔の上に突如として出現した。赤色を基調とした服装と帽子、真っ白なおひげを蓄え、顔は帽子とおひげに隠れてよく見えない。そして太っちょな体型の彼は、そのお腹よりも大きな袋を抱えていた。

 

「来た!」

 

セラスティアは興奮気味に鉄塔の上を仰ぎ見た。

 

「サンタクロース! ここであったが1年ぶり、今年こそアンタをとっ捕まえて、その正体を暴いてやるんだから!」

 

「……あれが、サンタクロースなのか?」

 

1年前にも見たサンタクロースに対して敵対心を露わにするセラスティアに対し、サンタクロースを初めて見るスロカイは、まさか本当にいたのかと驚きを隠せないようだった。

 

「む……?」

 

そして、あることに気づき、スロカイは眉を潜めた。

 

「おい、天才もどき」

 

「なによ」

 

「サンタクロースというのは、3人いるのか?」

 

「え? そんなわけ…………あ」

 

そこで、セラスティアはようやく気づくことができた。

 

『…………』

『…………』

 

今まで影になって見えなかったのだが、太っちょサンタの背後にはさらに2人のサンタが隠れていた。次の瞬間、後ろの2人が飛び出して横並びにスロカイたちのことを見下ろしてきた。

太っちょサンタの右に立つサンタは、痩せ型で2回りほど背が低かった。一方、太っちょサンタの左側に立つサンタは、同じ痩せ型でありながら背の高い胴長の体型をしていた。

 

「サンタクロースが3人?!」

 

その場にいた全員に動揺が走る。

 

『…………』

 

そんな彼女たちの心境を知ってか知らずか、中央にいた太っちょサンタが右腕をバッと上げると、その両隣にいた痩せ型と胴長型のサンタが鉄塔から飛び降りた。

 

あっ!

驚く間も無く、2人のサンタは10メートルほど下の地面へと華麗な着地を決め、その場にいた女性たちを囲むように移動を始める。

 

『…………』

 

「え? え?」

 

「な……何なのよ、コイツら?」

 

胴長のサンタクロースを前にして、シャロとシアが戸惑ったような声を上げる。

 

『…………』

 

「陛下! おさがり下さい!」

 

「ここは私共が!」

 

立ち塞がった痩せ型のサンタクロースを前に、マティルダとウィオラはそれぞれ得物を構えて対峙する。

 

『…………』

 

そして、しばらくの間硬直状態が続いた後……鉄塔の上に佇む太っちょサンタが、その懐からおもむろに筒状の何かを取り出すと、それを自分の真上に掲げ、スイッチを押した。

 

 

 

ヒュルルルル…………バーン

 

 

 

「これは……?」

「花火?」

 

スロカイの言葉を付け足すようにセラスティアが呟く

太っちょサンタの掲げた筒の先から、一筋の曳光弾が上空に向けて放たれた次の瞬間、依然として雪が降る夜空の中に、一輪の巨大な花が咲いた。

 

『…………』

『…………』

 

サンタクロースの意味不明な行動にその場にいた全員が疑問符を浮かべている中、胴長型と痩せ型、2人のサンタは花火を見て小さく頷くと……その場で回れ右をして、全速力で駆け出した。

 

「え?」

「は?」

 

とても人とは思えない速度で雪の上を走るサンタクロース。その場にいた全員を置いてけぼりにして、サンタたちは司令部から離れたところにある格納庫の方向へ消えた。

一同はしばらくそれを呆然と見続けていたが……

 

蘇瑞「あー! 逃げたー!?」

 

カロル「お、追いましょう!」

 

メルル「でも、どっちを追えばいいにゃ!?」

 

セイン「……3人いるってことは、偽物も混じっているということ?」

 

アン「いや、どれが本物でどれが偽物かなどと言った真偽は、この場においては関係ないだろうな」

 

命美「そうね! こうなったら全員、取っ捕まえればいいのよ!」

 

命美の言葉に、【機械教廷・ソロモン連合】のメンバーは痩せ型のサンタクロースを、【サンタクロース捕まえ隊】のメンバーは胴長のサンタクロースを追って、雪の中を走り出した。

 

「状況が変わったな」

 

「ええ、そうね」

 

他のメンバーがサンタクロースを追って雪の中を走り出す中、スロカイとセラスティアはその場に残って密かに言葉を交わしていた。

 

「では、最も多くサンタクロースを捕まえることができた方の勝利……ということでどうだ?」

 

「なるほど、分かりやすい決着の付け方ね」

 

お互いにニヤリと流し目で見つめ合った後、2人は……鉄塔の上に佇むサンタクロースを見上げた。

 

『…………』

 

鉄塔の上のサンタクロースは、そんな2人を淡々と見下ろしていた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

『…………』

 

格納庫の中に入った胴長型のサンタは、ちょうど格納庫の中心部に当たるその場所まで来ると、足を止めてジッとその場で佇んでいた。

それはまるで、追っ手が到着するのを待っているかのようだった。

 

「いた、こっちだよ!」

 

サンタを追っていち早く格納庫へと到着したシャロは、後続へサンタクロースの発見を報告し、サンタクロースへと近寄る。

続いてカロル、五十嵐命美、アン、シアが到着し、そのまま5人から囲まれる形になったものの、しかし胴長型のサンタは全く動じることなく一同を見返した。

 

「逃がさない!」

 

シャロはそう言って、持っていた円筒状の物体をサンタに向けて構えた。黒い砲身のようなそれは、ハンターネットの発射装置だった。

巨大なワイヤーネットを放って目標を捕縛するその武器は、元々は対BM用にシャロが開発したオリジナルの装備だったのだが、今回のハンターネットは対人(サンタクロース用)にアレンジが施されたもので、自分(子ども)でも携行できるように軽量化と小型化がなされていた。

 

殺傷能力はないが、元々が対BM用であるため直撃時の衝撃は凄まじく、当たればそれなりに痛みを伴う。

 

しかし、そんなものを向けられてもサンタクロースは身動き一つしなかった。

 

「当たれー!」

 

シャロはハンターネットのトリガーを引いた。

 

砲身から勢いよく飛び出したネットは、射出されたと同時に大きく広がり、まるで海中のプランクトンを飲み込むジンベエザメのようにサンタクロースの体へと殺到し……

 

「え?」

 

次の瞬間、シャロは言葉を失った。

 

『…………』

 

サンタクロースの足元には、真っ二つに切り裂かれたハンターネットの残骸。そしてサンタクロースの手には、いつのまにか一本のブレードが握られていた。

 

高速で飛来するハンターネットが体に巻きつくよりも早く、胴長型のサンタクロースはブレードでハンターネットを切り裂いたのだ。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

一方その頃……

痩せ型のサンタクロースを追う【機械教廷・ソロモン連合】

 

『…………』

 

シャロたちがいる格納庫とは別の格納庫内にて、痩せ型のサンタはその驚異的な脚力を発揮し、ハンガーに吊るされた機体から機体へと飛び移っていた。それはまさに、深いジャングルの中で木々の間を飛び回るサルのようだった。

 

「待つのにゃ!」

 

「陛下のために!」

 

それを追う、2つの影

白猫のような少女、メルルは持ち前の身体能力を発揮してサンタクロースと同様、機体から機体へと飛び移り、体を機械化させた少女……マティルダもまた自らのアドバンテージを活かしてサンタクロースを追い詰める。

 

『…………!』

 

そして、その時は訪れた。

輸送機の上へと降り立ったサンタクロースが、機体上部の凹凸につまずき、そのまま体のバランスを崩して転倒してしまった。

 

「今だにゃ!」

 

それを好機と見たメルルは、輸送機の上へと降り立ち、サンタクロースと同じ穴を踏まないよう慎重に輸送機の上を走ってサンタクロースへと迫る。

 

「(たま)とったにゃ!」

 

そして、メルルの爪がサンタクロースの心臓を捉えようとした……次の瞬間

 

 

 

『…………!』

 

 

 

バチバチバチ……!

突然、痩せ型サンタの体から強烈なスパークが放たれた。

 

 

 

「ぎにゃあああああああああああ!?」

 

サンタが放った電撃を受け、メルルは訳も分からないまま感電。身体中から煙をたなびかせた彼女は、目を回して千鳥足になり輸送機の上をヨロヨロとする。

 

「な?! 電撃だと!?」

 

それを間近で見ていたマティルダは電撃の第2射に備えて一旦下がろうとするも、目の前でメルルが輸送機から落ちかけているのを見て、なんとか踏み止まった。

 

方向感覚を失い、ヨロヨロと輸送機の端へと歩いていくメルル。マティルダは彼女が落下してしまう寸前でなんとか突き飛ばすことに成功し、2人揃って輸送機の上を転がった。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「し……心配しないで……にゃーは九つの命を……」

 

よく分からないことを口走り無事を主張するメルルだったが、目を回している以上、サンタクロースの追跡は困難なようだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「あ……あたしのネットが……!」

 

一方、胴長型サンタを追う一行。

シャロは目の前の光景が信じられないと言わんばかりの表情でサンタクロースを見つめていた。

 

「ここは私が!」

 

相手のブレードに対抗すべく、騎士見習いのカロルは持っていた剣を抜いてサンタクロースと対峙……そして、勢いよく斬りかかった。

 

「くっ……!」

 

しかし、サンタクロースの驚異的なパワーに押され、カロルの剣はあっけなく弾き返されてしまった。

 

「ならば!」

 

後方へと吹き飛ばされるカロルに代わってサンタクロースの前に歩み出たのは小柄な金髪の少女……アンだった。

アンは一見すると小さくて可愛い少女にしか見えないのだが、これでもミョルニル公国の女大公であり「神の槌」と呼ばれるほどの強者だった。

 

アンはこの日のために準備したピコピコハンマーを構え、彼女の得意技である「巨神の一撃」を発動させ、サンタクロースへと迫る。

 

「なに!?」

 

しかし、巨大なピコピコハンマーの一撃がサンタクロースを捉えることはなかった。胴長型のサンタはその身体能力を活かしてアンの攻撃を回避すると、そのまま囲みから離れた別の場所へと着地する。

 

「やるわね……あのサンタクロース……」

 

攻撃の手段を持たず、何もすることができない命美。彼女は悔しそうに戦いの行方を見守ることしかできなかった。

 

命美「シャロ! ハンターネットの再装填急いで!」

 

シャロ「ごめん。アレ、単発で……」

 

カロル「ど……どうしましょう、アンさん」

 

アン「どうしようもないわ! くっ……せめて一瞬でも隙を見せてくれれば……」

 

 

 

「何よ! みんな使えないわね!」

 

 

 

シャロや命美が弱気になっている中、しかし、シアだけは違っていた。その場に流れる良くない雰囲気を発散させるかのように声を上げ、サンタクロースの前へ出る。

 

「つまり、隙を作ればいいんでしょ?」

 

『…………?』

 

シアの言葉に、サンタクロースはブレードを構えた。

 

「どうやら、このシア様の奥義を見せる時が来たようね!」

 

奥義……?

シアの力強い言葉に【サンタクロース捕まえ隊】の全員が期待の眼差しを浮かべ、固唾を飲んで見守っていると……

 

 

 

「喰らいなさい! シアーハートアタック!」

(訳:シアの心攻撃)

 

 

 

そう言ってシアは、彼女の肩に乗っていた「松ぼっくり」と言う名のリス(心の友)をおもむろに掴み上げると、それをサンタめがけて投げつけた。

 

 

 

松ぼっくり「キュ〜〜〜〜〜?!」

(訳:「コッチヲ見ロッ!」)←嘘

 

 

 

『!?』

 

何かが来ると踏み、ブレードを深く構えていたサンタだったが、まさかリスが飛んで来るとは思いもよらず、驚愕した。

流石にリスを叩き斬る訳にもいかず、しかし迎撃態勢から唐突な回避へと転ずることもできず、サンタクロースは棒立ちのままリスと正面から激突してしまった。

 

(えぇ……)

まさに『友達はボール!』である! ヒドイ!

シアの残虐非道な行いに、その場にいた全員がドン引きした! これには動物愛護団体も真っ青である!

 

松ぼっくり「キュ!」

(訳:「今ノ爆発ハ人間ジャネエ!」)←嘘

 

『あっ!』

 

その際、運良くリスの足がサンタクロースのブレードに当たり、サンタクロースの手からブレードが転がり落ちてしまう。ワザマエ!

 

「隙ができた! い、今よ!」

 

サンタクロースの見せた隙に、命美は慌てて攻撃の指示を送った。

 

「はあああああッッッ!!」

 

「うりゃあああああああッッッ!!」

 

次の瞬間、サンタクロースめがけてカロルとアンが同時に飛びかかった。

 

『!!!』

 

カロルの鋭い斬撃とアンの強烈な打撃を受け、サンタクロースの体がゆっくりと倒れた。

 

「よくやったわ、松ぼっくり! 」

 

一同「…………」

 

「って……みんな、なんでそんな可哀想な目で松ぼっくりを見るの……? 私はそんなヒドイ事はしてな……」

 

【サンタクロース捕まえ隊】

サンタクロースの確保に成功

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

一方その頃、反対側の格納庫にて……

 

『…………』

 

メルルを倒し、マティルダの追跡を振り切った痩せ型サンタは、物陰に隠れて周囲の様子を伺っていた。そして、辺りに誰もいないことを確認し、一息ついたその時だった……

 

「みぃ〜つけた」

 

『!!!』

 

突然、背後から響き渡ったその声に、痩せ型サンタはびくっと反応した。その驚きようと言えば、漫画か何かのようにその場で飛び上がってしまうほどのものだった。

 

「うふふ、そんなに驚かなくてもいいじゃない?」

 

サンタクロースが振り返ると、いつのまに背後を取っていたのだろうか、ほんの数メートルほど先に、紫髪の妖艶な女性……アマンダが佇んでいた。

 

「ねぇ、サンタさん?」

 

『?』

 

「私と…… イ・イ・コ・ト してみない?」

 

『!?!?』

 

アマンダの意味深な提案に、サンタクロースはおひげと帽子で顔を隠す事はできても、戸惑いまでは隠すことはできないようだった。

 

「あらあら〜照れちゃって〜、可愛い……」

 

『…………!?』(ブンブン)

 

まるで心を完全に見透かしているかのように語るアマンダ。サンタクロースは首を大きく横に振って否定するも、アマンダから発せられる恐ろしい雰囲気を感じ取ったのか、後ずさりを始めた。

 

「今日は……クリスマスイブ。1年に一度しかない、とってもステキな日……こんなロマンチックな日には、いつもとちょっと違う、トクベツなケイケンをしてみたくなっちゃうの……あなたもそうでしょう?」

 

『……っ』(ぶんぶん)

 

「そう恥ずかしがらないでぇ。あなただってこの時期は、誰かの温もりを求めたくなるでしょう? でも、それは当然のこと。雪の寒さは人肌を恋しくさせるもの……誰かの熱で、自分の体を温かく包み込んで欲しいのよね?」

 

『ッッッッッ!?』(びくっ)

 

追い詰められるサンタクロース

アマンダはそんな彼の目と鼻の先まで迫ると、彼の耳元にそっと息を吹きかけ……それから、着用しているブラックサンタのコスチュームに手をかけ……

 

「さあ……私といっしょに、一生に一度の思い出に残る、最高の性夜を過ごしましょう〜」

 

そう言って、自分の裸体を見せつけることに快楽を抱く変質者のごとく、バッ……と、ブラックサンタの服を脱ぎ捨てた。

 

 

 

『ぎゃあああああ!!!』

 

 

 

そして、中から現れたアマンダの(世にも恐ろしい、例の)クリスマススキンを見て、サンタクロースは悲鳴をあげた。

 

バチバチバチ……

再び、サンタクロースの体から防衛本能によるスパークが放たれ、電撃がアマンダの体に殺到する。

 

『…………!?』

 

あのメルルさえも一撃で戦闘不能に追い込んだ電撃を、しかしアマンダはその直撃を受けても倒れる様子はなく、しかも痛がる素振り一つ見せなかった。

 

「それ、私の……ぶ・ん・し・ん」

 

『……!!』

 

背後に嫌な気配を感じたサンタクロースは、咄嗟にその場から逃げようと試みるも……

 

「捕まえた〜」

 

サンタクロースが跳躍するよりも早く、背後から物凄い力で抱きしめられ、サンタクロースは身動きが取れなくなってしまう。

 

「ああん、もうっ……暴れちゃだーめ」

 

サンタクロースを抱きしめるアマンダ。彼女は事前にスキル「窮地の幻影」を使って自分の分身を生み出し、真正面から話をすると見せかけてサンタクロースの背後に回り込んでいた。

 

ちなみに「窮地の幻影」は自身の体力が少なくなった際に発動できるスキルなのだが、どうやって彼女が自分の体力を減らしたかについては、各自で察していただきたい。

 

「さあ、お姉さんとロマンチックで熱い夜を過ごしましょう〜?」

 

『……っ!? 〜〜〜ッッッ』

 

顔面蒼白になったサンタクロース。彼はアマンダから逃れようと、必死な様子で両手両足をバタつかせるが……

 

「動くな!」

 

『…………!』

 

突如として真正面に着地したマティルダにパワーソーの刃を突きつけられては、最早抵抗のしようがなかった。

 

「あれ〜? もう終わったの〜?」

 

「プレゼントは?」

 

そこへ続々と駆けつけるソロモン組

(メルルはウィオラにおんぶされている)

蘇瑞とセインはサンタクロースからプレゼントが入っていると思わしき袋を奪い取ると、和気藹々とその中身を物色し始めた。

 

「あなたもプレゼントを貰ってきたらぁ?」

 

「いや、私は陛下のご意向に沿うことができれば、それで十分だ」

 

「ふぅん、真面目ねぇ」

 

ピクリとも動かなくなったサンタクロースを抱きしめつつ、アマンダはマティルダの言葉に少しだけ感心を抱いた。

 

「それじゃあ、私へのプレゼントはこのボウヤってことね」

 

「ボウヤ?」

 

アマンダがサラッと発したその言葉に、マティルダは引っかかりを覚えた。マティルダの視線が、アマンダの胸の中でぐったりとしている痩せ型のサンタクロースへと移る。

 

「お前……こいつの正体が分かるのか?」

 

「当たり前よぉ〜」

 

そう言って、アマンダはサンタクロースから帽子を取り上げた。

 

【機械教廷・ソロモン連合】

サンタクロースの確保に成功

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「オッケー、よくやったわ!」

 

命美からサンタクロース確保の報せを受けたセラスティアは、通信機をポケットにしまい、それから勝ち誇ったようにスロカイへと視線を送った。

 

「こっちではサンタを捕まえることができたわ! アンタのところはどうかしら?」

 

「奇遇だな、こっちでも1人……捕まえたぞ」

 

スロカイもニヤリと笑い、通信機をポケットに収めた。

 

「へぇ……じゃあ、同点ってわけ」

 

「まあ、それもすぐに変わるがな」

 

一瞬だけ火花を散らせた後、2人は同時に鉄塔の上を見上げた。

 

『…………』

 

最後に残った太っちょのサンタクロースは相変わらず鉄塔の上に佇み、ジッと2人のことを見下ろしていた。

 

「あいつを先に捕まえた方が勝ちってことね。言っとくけど、私は勝利を譲るつもりはないから」

 

「それはこちらのセリフだ、ここで引導を渡してやる」

 

セラスティアとスロカイがそんな言葉を交わした直後……

 

『…………!』

 

なんの前触れもなく、サンタクロースは鉄塔の上からダイブし、雪の上に華麗な着地を決めた。

そして、スロカイとセラスティアに背を向け、雪の上をとてつもない速さで走り始めた。

 

向かう先は、目の前に広がる滑走路を隔てた格納庫

 

「待ちなさい!」

 

サンタクロースを追って走るセラスティア

だが……

 

「はぁ……はぁ……」

 

しかし、数十メートルほど走ったところで息切れを起こし、足を止めてしまう。彼女が息を整えている間に、スロカイは歩いてセラスティアを追い越してしまった。

 

いくら服のパワーアシスト機能があるとはいえ、コンクリートで舗装された普通の地面を歩くのと、積もり積もった雪の上を歩くのとは訳が違った。

 

「お前は何をしておるのだ?」

 

「ず……頭脳労働派なのよ! 私の天才さは!」

 

「ハッ、情けない奴め」

 

スロカイはそう言って肩をすくめてみせた。

 

「く……っ、大体、この基地広すぎなのよ!」

 

そう言ってセラスティアはどこまでも広がる滑走路と、その傍に並ぶいくつもの格納庫を見渡した。

 

「まあ、ここの戦力は既に小国のそれに匹敵するからな。それを運用するためには、それなりのキャパシティは必要だろう。もっとも……我が機械教廷にはまだ遠く及ばぬがな」

 

スロカイは傍で荒い息を吐いているセラスティアから目を離し、その視線を雪の上の……とある一点へと向けた。

雪に覆われた滑走路の一点、そこに佇むサンタクロースは、自分の動きについてこられない2人の様子を見て、余裕たっぷりというように手を振っていた。

 

「舐められたものだな」

 

「え?」

 

「そろそろ、本気を出すとしよう」

 

え? こいつ……もしかしてスポーツ万能なの?

自信ありげなスロカイの言葉に、セラスティアがそう思いかけたその時だった。

 

 

 

「来い! 『ハンニバル』!」

 

 

 

次の瞬間、2人から見て前方の滑走路が割れ、そこから巨大な竜巻が噴き出し……いや、竜巻は竜巻でも、それは鋼鉄の竜巻だった。

葵博士の所有する工作艦ダイダロス2号と同等の全長を誇る、巨大な黒いミミズのようなその機体は、高速回転しつつニョキニョキと地面から飛び出し、スロカイの前で頭を垂れた。

 

すると、先端のドリルがパカっと割れ、その中にはコックピットへと通じるハッチとタラップが出現した。

 

「サンタクロースを捕まえるのは、この余ぞ!」

 

呆然と立ち尽くすセラスティアに向けて、スロカイは高らかにそう告げた。それからタラップに登り、ハンニバルへと乗り込む。

 

「ちょっと! そんなの使うなんて卑怯だわ!」

 

「卑怯? それは、負け犬の遠吠えだな」

 

「ぐっ……!?」

 

「では、な。貴様はそこで見ているがいい!」

 

やがてハンニバルが動き出し、まるで蛇のように滑走路上を移動し始めた。その向かう先は、格納庫の前で慌てふためくサンタクロース

 

「このままじゃ……!」

 

どうにかしてスロカイよりも先にサンタクロースを捕獲したいセラスティアだったが、そもそも彼女の足ではサンタクロースに追いつくことすら叶わない。それに対してハンニバルはその巨体ゆえに歩幅(正確には這っているのだが)が大きく、サンタクロースに追いつくのは時間の問題だった。

 

「何か……何か手はあるはずよ!」

 

そうして、セラスティアは周囲を見回した。

格納庫に行けばBMの1台や2台はあるのだろうが、ここから格納庫まではまだ大分距離がある。

格納庫まで機体を取りに行ったとしても、走って、機体を探して、乗り込んで、装備を整えて、発進する頃には、スロカイはサンタクロースを確保していることだろう。それでは遅すぎる……

 

一応、天才であるセラスティアは頭の回転も早く、一瞬でそう判断することができた。しかし、それが一体なんだと言うのか?

 

それでも負けず嫌いのセラスティア、何かないかと視線を巡らせ、背後の司令部へと振り返ったその時……そして、ついに「それ」を目撃した。

 

「あれは……?」

 

司令部の隣に、不自然に積もった雪の山

 

セラスティアは一か八かの勝負に出た。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「これまでだ」

 

『…………!!』

 

あっという間にサンタクロースを追い詰めたスロカイは、まるでとぐろを巻くようにサンタクロースの退路を塞ぎ、ドリルの先端をサンタクロースに向けた。

最早、サンタクロースに抵抗の余地はなかった。

 

「さあ、大人しく我が軍門に……む?」

 

今まさにサンタクロースを捕らえようとしたその時……背後から殺気を感じ、スロカイは反射的に機体をブレイクさせた。

 

その最中、こちらへ迫り来るミサイルを目撃した。

 

「なにっ!?」

 

思いもよらぬ事態にスロカイは驚愕しつつも、機械神の加護によるバリアを展開し、落ち着いてミサイルを処理した。

 

「貴様……なんの真似だ?」

 

シールドを解除し、スロカイは雪の舞い散る夜空に浮かぶ1機のBMを睨みつけた。右腕にライフル、単独飛行を可能とさせるバックパックにはビームキャノンとミサイルランチャーが装着され、両腕にはドローン砲を内蔵したシールドを装備している。

そして、何よりも特徴的なその黄金の輝き。見る者を魅了する、その美しい輝きは、雪雲に覆われた空に突如出現した「金色の月」のようだった。

 

「ふっふっふ……」

 

黄金色のBMから不敵な嘲笑が響き渡る。

 

「お前は……」

 

「黄金は王者の色」

 

かつてのパイロット、オスカーの格言を引用したその言葉に反応するかのように、黄金色の機体……『ウァサゴG』のメインカメラが、自らのボディから放たれる輝きにも劣らぬ、強い光を放った。

 

「つまり……1位の色!」

 

ウァサゴGに乗り込んだセラスティアは、そう言って両腕を(「すしざんまい」「バエルポーズ」)軽く上げ、スロカイの乗るハンニバルを見下ろした。

 

「は?」

 

意味が分からず、スロカイは首を傾げる。

 

セラスティアが乗っている機体は、昼間、買い出しから戻ってきた指揮官が司令部の隣に放置して、そのまま雪をかぶっていたウァサゴGだった。

これ幸いとウァサゴGに乗り込んだセラスティアだったが、不運なことに武装が一切積まれていなかった。そこで近くの格納庫を漁ってみると、不幸中の幸いと言うべきか……全てその場に置きっ放しだったので、すぐさま発進準備を整えることができた。

 

「これは運命ね……しかも、ドローン砲とミサイルもこんなに装備しているなんて……まさに、この天才セラスティア様に相応しい機体だわ!」

 

「おい、なんの話だ?」

 

「銀色のアレも良かったけど、それよりもっと良い、私にぴったりな機体がこんな身近にあったなんて……指揮官も見る目があったということね!」

 

「話を聞け!」

 

暴走したセラスティアに、スロカイは苛立ちを覚えた。

 

「そっか……この機体なら、私は1位になれる!」

 

セラスティアはライフルの銃口をハンニバルへ向けた。

 

「チッ……そういうことか」

 

放たれた火線を機械神の加護で防ぎつつ、スロカイは機体の胴体に内蔵されたミサイルポッドから、無数のドリルドローンを放った。

 

「これで条件はフェア!」

 

セラスティアはウァサゴGの空戦機動により、迫り来るドリルドローンを全て回避、お返しとばかりにライフルの銃口をスロカイへ向ける。

 

「先にこいつを倒して、後でゆっくりサンタクロースの正体を暴いてやるわ!」

 

「ハッ、できるものか!」

 

次の瞬間、黒と銀色の機体が交錯した。

 

『…………』

 

突如として発生した戦闘を前に、サンタクロースはただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「ちょこまかと……!」

 

必死にハンニバルを操るスロカイだったが、ここにきて機体の巨大さが仇となった。こちらに比べて小さく動きの素早いウァサゴGを中々捉えることができず、スロカイはイライラとしたものを感じていた。

 

「遅い遅い!」

 

セラスティアはそんなスロカイを嘲笑うかのようにハンニバルの上空を飛び回り、ライフルを放ち、ドローン砲とミサイルで撹乱した。

 

「硬いわね……」

 

煽るセラスティア。しかし、ウァサゴGの攻撃はハンニバルに対し効果が薄かった。それもそのはず、スロカイのスキル「機械神の加護」の前にはウァサゴGに搭載されたあらゆる武器は歯が立たず、しかもハンニバルの装甲は戦艦並みときた。

 

(いわば……2つの壁ってことね……)

 

上空からチマチマと攻撃しても無駄だと考えたセラスティアは、飛来するドリルドローンを避け、機体を地上へダイブさせた。

 

「ゼロ距離なら!」

 

セラスティアはハンニバルに対しゼロ距離攻撃を敢行するつもりだった。懐に飛び込んでしまえは敵はその巨体ゆえに反撃し辛く、また機体の周囲に展開されるバリアも意味をなさなくなる。

 

地面スレスレを飛行するウァサゴG、ドリルドローンの網を掻い潜り、ついにハンニバルの背中へと飛び乗った。

 

「これで!」

 

ライフルを突きつけた、次の瞬間……

 

「やはり、お前は天才もどきだな」

 

「!?」

 

咄嗟にシールドで防御していなければ、ウァサゴGはおそらく大破していたことだろう。強い衝撃に襲われ、ウァサゴGは大きく吹き飛ばされてしまった。

 

「くっ……一体何が……!?」

 

空中で機体を立て直したセラスティアは、状況を確認するべく顔を上げた。

 

「な……!?」

 

そして、驚愕した。

なぜなら、今まで蛇かミミズのように地面を這うことしかできなかったハンニバルが、いつのまにか姿形を変え、まるで人間のように直立二足歩行をしていたからだ。

ハンニバルはスロカイ主導の下、テクノアイズで開発された試作機だった。ドリルの持つ本来のアイデンティティである掘削能力を損なうことなく戦闘に活かすことをコンセプトとし……その結果、トランスフォームが可能な機体として誕生した。

これにより、地中を移動する「マッドアングラー形態」で敵の防衛線を無視して本拠地に進軍、その後は「BM形態」に変形し内側から敵を殲滅することを可能としていた。

 

そして今、BM形態へと変形したハンニバル

武装は右腕に巨大なドリルアーム、左腕に5連装200ミリネイルガン・アーム、全身の至る所にドリルドローンポッドを内蔵し、そして胸部にはアトミック焦土レーザーを装備していた。

通常のBMを遥かに超える大きさ(例えるならフリーダムに対するデストロイ)を誇り、その大きさもさながら、悪魔のようなその顔つきは、見るもの全てを圧倒するほどの存在感を放っていた。

 

「褒めてやろう、余をここまで本気にさせるとは」

 

そう言ってスロカイは巨大なネイルガンをセラスティアへと向けた。セラスティアは咄嗟に回避行動を取るも……5本の指から射出された巨大なネイルの雨を前に、FSフィールドを展開せざるを得なかった。

 

「ふん、不可視の壁か……だが、そんなものが一体いつまで保つというのだ?」

 

スロカイは撃ち尽くしたネイルガンのリロードを行いつつ、続いて全身のドローンポッドを展開……装填と同時に順次、ドリルドローンを射出した。

 

「くっ……」

 

無数のドリルドローンに追われるセラスティア。FSフィールドでその一部やり過ごすも、そこでフィールドの限界時間が訪れた。

 

「終わりだ、天才もどき」

 

その瞬間、スロカイは勝利を確信し、ありったけのドリルドローンを射出した。

 

「まだ! 終わりじゃないッ!」

 

迫り来るドリルドローンを前にセラスティアが叫ぶ。そして、彼女の赤い瞳がまるで種割れを起こしたかのように真紅に染まった。(元からです)

 

「はいーーやぁぁ!!」

 

次の瞬間、ウァサゴGから……いや、セラスティアの体から目には見えない何かが放たれた。それは迫り来るドリルドローンの1つ1つに影響を与え、その制御システムに障害を発生させ……

 

「なんだと?」

 

目の前の光景が信じられないというかのように眉を潜めるスロカイ。それもそのはず、放ったドリルドローンの、その全てがウァサゴGに届く前に地面に落下し、爆発してしまったのだ。

 

「どう? これが私の『マインドゾーン』よ!」

 

全てのミサイル・ドローンを支配下に置く、セラスティアのアクティブスキル。そして、それは次の攻撃への布石でもあった。

 

「今度はこっちの番よ!」

 

セラスティアはウァサゴGの切り札を発動した。

専属能力「Gモード」により、ウァサゴGから放たれる黄金の輝きが、より一層強いものとなった。

 

そして、マインドゾーンの発動をキーとして、セラスティアの攻撃スキル「ソウル」も併発、Gモードとソウルの重ねがけにより、ウァサゴGの攻撃力は通常の3倍(くらい)となった。

 

「それがどうした?」

 

しかし、ただ黙ってやられるスロカイではなかった。ハンニバルの胸部装甲が割れ、中から巨大な砲門……焦土レーザーが出現する。

 

「いや、足りぬな『機械神』!」

 

ウァサゴGの装甲に耐ビーム塗装が施されていることを見抜いたスロカイは、焦土レーザーの威力を上げるために「機械神の咆哮」を発動。

ハンニバルの胸部に光が集まる。

 

一方、セラスティアはウァサゴGに内蔵されたありったけのドローン砲を展開し、それをライフルの周囲に束ねて配置した。

 

「「これで、決める!!!」」

 

両者がトリガーを引くのは、ほぼ同時だった。

 

光と光がぶつかり合う……その瞬間……

 

「え?」

「む?」

 

突如として上空から飛来した黒い影が、2人の間に割って入り……そして、その機体から発生した不可視の壁「FSフィールド」が両者の砲撃を無効化させた。

 

「あれは……?」

「ほぉ、アガレスとは」

 

それはソロモン工業製BM『アガレス』だった。

 

FSフィールドにより両者の攻撃を受け止めたアガレス。しかし、攻撃の余波でパイロットが脳震盪でも引き起こしてしまったのか、ほぼ無傷ながらゆっくりと雪の上に倒れてしまった。

 

それから少し経って、アガレスのパイロットがコックピットからのそのそと姿を現した。

 

『…………』

 

赤を基調とした服と帽子、真っ白なおひげと大きなお腹……

それは、例のサンタクロースだった。

サンタクロースは何とかコックピットから這い出ると、そのまま酒に酔ったおじさんのようにヨロヨロと雪の上へ降り立った。

 

それを見て、セラスティアとスロカイは本楽の目的を思い出した。2人はBMを操縦してサンタクロースの元へ駆け寄ろうとするも、なぜか両者ともに機体が動かなくなってしまっていた。

 

「パワーダウン? ふん、所詮は試作機ということか」

 

「くっ、メンテナンスがなってないわね!」

 

それぞれ悪態を吐きつつも、仕方なく2人はコックピットを開け、BMから飛び降り、雪の上へと着地して……

 

『…………!?』

 

2人はサンタクロースの元へと全力疾走した。

 

「1位は私よ!」

「勝利は渡さん!」

 

2人の手がサンタクロースに触れるのはほぼ同時だった。2人から引っ張られ、冷たい雪の上に引き倒されるサンタクロース

 

話し合ってもいないのに、まるで「同着の場合は先にサンタクロースの正体を暴いた方が勝ち」と最初から取り決めが行われていたかのように、2人の手がサンタクロースの帽子にかかった。

 

そして……

 

「「……………………は?」」

 

帽子が雪の上に落ちた頃には、2人の顔は固まっていた。

何故なら……

 

……や、やぁ……2人とも、メリークリスマス

 

帽子の下には、2人もよく知る顔があったからだ。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

さ……寒い、冷たいっ

 

身ぐるみ(サンタ服)を剥がされ、上着すら着けることを許されず、結束バンドで両腕を縛られ、雪の上に膝立ちの状態にされること数分……

頭に雪が降り積もり、雪に触れる足が絶望的に冷え切ったころ、それぞれの格納庫からぞろぞろと、捕獲したサンタクロースを連れてみんなが帰ってきた。

 

「それじゃあ、どういうことか説明して貰うわよ? …………指・揮・官」

 

セラスティアはやけにニコニコとした表情で尋ねてくるが、頭に青筋を浮かべている以上、それが彼女の激怒であることはよく分かっていた。

 

説明する前に足を崩してもいいでしょうか?

 

「は?」

 

……いえ、なんでもないです

 

「せ……先生……」

 

呼ばれ、その方向に目をやると……そこには、アマンダに抱きしめられ苦しそうに呻く、痩せ型サンタ……いや、サンタクロースの格好をした高橋龍馬がいた。

 

「た……助けて、先生……」

 

アマンダ、彼を離してあげて

 

「う〜ん、それはぁ指揮官の説明次第ねぇ」

 

そう言ってアマンダはさらに龍馬の体を強く抱きしめてみせた。なんてことだ……龍馬の瞳が徐々に虚ろなものへと変化していく。

そして、こちらを見つめるみんなの表情もどこか怪訝そうなものだった。どうやら、全てを打ち明けるしか解決の道は残されていないようだった。

 

「ま……待ってください!」

 

今度は反対側から声が上がる。

視線を移すと、そこには胴長型サンタ……の、格好をしたスノーの姿。スノーはこちらと同じく帽子を取られ、両腕を結束バンドで縛られているのだが、身ぐるみまでは剥がされていないので雪で体を冷やすことはないだろうと、一安心する。

 

「皆さん、誤解しています! 指揮官様は悪気があってこのようなことをしていたわけではありません! 全ては皆さんの……」

 

「それを、今から凡人に説明して貰うつもりなのだ」

 

スノーの弁護をスロカイ様は手で制した。

そして、ニヤリと笑ってこちらを見下ろしてきた。しかし、どこか明るい表情に対し……その瞳は笑っていなかった。

 

実は……

 

そこで、全てを話すことにした。

話を要約すると……ただクリスマスの日にパーティーを開いても、それでは普通すぎて面白みに欠ける上に、盛り上がりも少ない。でも、最近は戦闘続きだったから、この日くらいはみんなに思いっきり楽しんで欲しいと思ったのが、ことの始まりだった。

 

だから、たまにはいいかなと……ちょっとしたファンタジーな非日常のイベントを企画して、みんなに楽しい一日を過ごして欲しいかった。

 

そこで、セラスティアの計画を利用することにした。

 

セラスティアがサンタクロース捕獲作戦を計画していることは、彼女がゼネラルエンジンへ依頼を送ったという情報をリークした時点で察しがついていた。

その際、セラスティアがブラックサンタの服を大量に発注していたことから、計画は複数名で行われると予測し、同時進行でこちらも計画を進めた。

 

OATHカンパニーの関連企業にサンタクロース型パワードスーツの開発を委託し、当日参加できるメンバーの中から龍馬とスノーを選出し、みんなに隠れて密かに当日の打ち合わせを行っていた。

そう、サンタクロースに扮した龍馬とスノーが鉄塔からダイブして華麗な着地を決めたのも、雪の上を素早く走ることができたのも、全てはパワードスーツの加護があったからなのだ。

 

本当はサンタクロースとの交流を経て、そのついでにクリスマスプレゼントを手渡して、みんなの思い出に残る一日を作りたかったというのが目標だったのだけど……まさか、ここまで大ごとになるとは思っていなくて……

 

「ふーん、そっかぁ……指揮官は、この私を利用したってことね? 指揮官、ちゃあんと私の目を見て答えなさい?」

 

……ま、まあ……そうなるね

セラスティアの鋭い視線に思わず目を逸らす。

 

「にゃーからも質問にゃ! お兄ちゃんは何でこの2人をサンタさんに選んだのにゃ?」

 

メルルの質問に、真面目なこの2人なら確実に秘密を守れるだろうと思ったからということを伝えた。

 

「別に、クリスマスプレゼントをくれるなら普通に送っても良かったのに……」

 

セインの言葉に、それでは普通すぎてつまらないと思ったことと、指揮官として直接プレゼントを贈った時に相手にいらぬ遠慮をさせてしまう懸念があったことを伝えた。

 

ほら、サンタクロース相手ならみんな遠慮なくプレゼントを受け取ってくれるでしょ? 返す必要もないんだし

 

「あー、そっかぁ……」

 

セインは納得したように手を打った。

 

「でも、わざわざこんなスーツを作る必要はあったのかしら……?」

 

雪の上に転がったサンタクロース(型パワードスーツ)服を見つめ、命美は首を傾げた。まあ、そこはサンタクロース……1日で全世界を回るのだから、常人を遥かに超える身体能力がある……という設定でね

 

「なるほどな。凡人なりに、色々と考えがあってのことだったのか」

 

はい。まあ、一番の誤算はスロカイ様が今回のイベントに参加してくれたことだったんですけどね……お楽しみいただけましたか?

 

「ふん……まあ、いい暇つぶしにはなったな」

 

そう言ってスロカイ様は小さく息をついて肩をすくめてみせた。頰が少しだけ緩んでいる辺り、どうやら少しは楽しんで貰えたようだった。

 

「ちょっと待って! それじゃあ……去年のクリスマスに見た、あのサンタクロースも指揮官が仕組んだものだったの?」

 

ハッとしたようにセラスティアが呟く

 

 

 

いや、それは本物

 

 

 

「「「……は?」」」

 

……え?

その場にいた全員が全く同じ反応を見せた。

 

「じゃあ、指揮官はサンタさんの正体を知ってるの?」

 

シャロの言葉に首を横に振る。

そして、自分はあくまでもこの基地でサンタクロースを見かけたことがあるというだけで、その正体までは分からない……ということを伝えた。

すると、スノーや龍馬、シャロ、命美などサンタクロースの存在を本気で信じている人たち以外の瞳が、怪訝そうな目つきに変わった。

 

「凡人……お前、まだ何か隠し事をしているな」

 

す……スロカイ様? いえ、隠し事など何も……

 

「怪しいわね!」

 

「そうよ! 全部洗いざらい吐きなさい!」

 

セラスティアとシアが詰め寄ってきた

……ちょうどその時だった。

 

「み……みんなー!」

 

その慌てたような声に、その場にいた全員が反応し声のする方向へと振り返った。見ると、雪の上を走ってこちらへと向かってくる3つの影があった。

 

それは各々の理由からセラスティアの計画に欠席し、基地の寮舎で寝ているはずのソフィア、ドリス、クルスだった。

どうやら、先ほどの戦闘で発生した爆音で彼女たちを起こしてしまったらしい……のだが、その慌て方は少しだけ違うように見える。

 

「大変だ! みんな来てくれ!」

 

「え? 何かあったの?」

 

「いいから来るのだ! 基地が……吾輩たちの基地が」

 

「凄いことになってるよー!」

 

3人は何やら驚きを隠せない様子だった。

しかし、その表情からは嬉しさが滲み出ていた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

3人に連れられたそこは、夕方にクリスマスパーティーが開かれた会場だった。テーブルの上を彩っていた多種多様な料理は既に片付けられ、会場は僅かな明かりに照らされるだけとなっていた。

 

会場の中央には様々な飾りとカラフルな電飾で彩られた大きなクリスマスツリー。これは事前に用意したクリスマスの木をそのまま持ってきたものなのだが、夕方見た時と違って何やら様子がおかしかった。

 

「こ……これは、もしかしてクリスマスプレゼント!?」

 

ツリーの真下に置かれた箱の一つを手に取り、運良く名札に自分の名前が記されていることに気がつき、カロルの顔がパァっと明るくなった。

 

名札付きのクリスマスプレゼントはツリーの下を埋め尽くすように配置されていた。名札はカロルのものだけではなく、基地で働くスタッフ全員分が用意されていた。

 

「こ……これって……」

 

「一体、どういうことなの?」

 

自分宛のプレゼントを見つけた命美とアンが、お互いに顔を見合わせた。そのすぐ隣では、自分のクリスマスプレゼントを探すべく、必死になってプレゼントの山を掘る白猫(メルル)とクソガキ(シア)の姿。

さらにその隣には、一足先に見つけたプレゼントの包装紙を破り始めるシャロとクルスの姿があった。

 

「ねぇ、アンタ」

 

「……なんだ?」

 

セラスティアは自分の隣に佇むスロカイへと尋ねた。

 

「これ、なんなの?」

 

「いや、余は何も知らぬ」

 

 

 

「そんなの、決まってるじゃないですかー! ホンモノのサンタさんが、今年も来てくれたんですよー!」

 

 

 

嬉しそうにプレゼントのぬいぐるみを抱きしめ、蘇瑞は笑ってそう答えた。

 

「ねぇ、これは一体どういうことなの?」

 

セラスティアは振り返って、後ろ手に結束バンドをかけられているスノーと龍馬を見やった。

 

「ぼ……僕たちじゃないよ! 本当だよ!」

 

「はい。私たちはただ、格納庫まで皆さんを誘導してくれればそれで良いと言われただけなので……」

 

格納庫まで……誘導?

スノーの発したその言葉に、セラスティアの思考が一瞬だけ停止してしまう。そして次に再起動した時には、既にその結論を導き出していた。

 

なんのために、みんなを遠く離れた格納庫の方へと誘導させたのか?

それは計画の参加者が基地の方へ行かないようにするため。つまり、サンタクロースを追う者をこの場所に近づけさせないようにするため。

では、それをやって1番の利があるのは誰なのか?

 

 

 

それは……

 

 

 

「つまり……指揮官は……」

 

「サンタクロースと、グルだった可能性があるな」

 

スロカイと目を見合わせるセラスティア。

次の瞬間、2人は指揮官の姿を探した。

 

しかし、ここまで連行してきたはずの指揮官の姿は……まるで煙になって消えてしまったかのごとく、どこにもいなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「指揮官様、こちらです」

 

うん、ありがとう

 

彼女に連れられ、管制塔の最上階にある監視台へと到着した。基地のスタッフでも限られた者しか知らないこの場所は、ストーブと食料の備蓄があり、少しだけ身を隠すにはうってつけの場所だった。

 

彼女はこちらの両腕に巻きついた結束バンドを外すと、すぐさまストーブを点けにかかり、さらに温かい飲み物の用意までしてくれた。

 

ありがとう

雪の上で長時間膝立ちさせられ、極限まで冷え切ってしまった両足をストーブで温めつつ、礼を先に述べてから、差し出されたマグカップを受け取った。

 

「いえいえ」

 

その女性……べサニーはそう言って小さく微笑んだ。

彼女は今、サンタクロースの服を着ている。

 

「指揮官様。皆様の陽動、お疲れ様でした」

 

べサニーも、プレゼントの搬入……お疲れ様

 

お互いに、持っていたマグカップを小さく打ち鳴らした。

 

全ての真相はこうだった。

基地に現れると言うサンタクロースの正体……それはべサニーだった。いや、というより喫茶店バビロンという方が正しいのだろう。

バビロンお抱えの商人である彼女に全員分のクリスマスプレゼントの調達を依頼し、外でドンパチやっている間に、それをバビロンのメンバー(ヴィヴィアンやタプファー)で会場まで運んでもらっていたのだ。昼間、バビロンの一員であるハヤが厨房にいたのも、プレゼントの搬入をやって貰うために待機していたのがそもそもの始まりだった。(なので厨房という予定にない仕事を与えてしまったことに関しては深く反省している)

 

ちなみにシェロンやヒルダなど、一部のスタッフはそのことについてしっかりと理解している。みんなの夢を壊さぬよう、彼女たちには必要に応じてこの基地に出没するサンタクロースの話をするよう、言いくるめていたりする。

 

ふと、下の階を見ると……バビロンのメンバーが楽しげな様子で女子会を開いているのが見えた。何を喋っているのかまでは聴き取れないが、彼女たちの表情を見る限りでは、みんな楽しげな様子だった。

 

しかし、べサニーはその輪には加わらず、相変わらずニコニコとこちらを見つめている。そうだ、彼女にはまだ仕事が残されているのだ。

 

「指揮官様、こちら……私の領地で採れたメロンです」

 

わぁ、凄い!

 

「続いて、請求書です」

 

……わぁ…………高い

 

メロンの入った木箱の上に、ポンと置かれた請求書に記された金額を見て、思わずそう呟いてしまった。

いや、まあ当然か……プレゼントの調達もそうだし、彼女たちにしてみてもクリスマスという日にわざわざ働きに来ているのだ。そう考えれば、この金額も妥当なものだろうと思えた。

 

「ふふっ、ありがとうございます」

 

ふんわりとした営業スマイルを浮かべるべサニー

こちらも乾いた笑いを送って彼女から目を離し、司令部の方向を見れば……その入口でスロカイ様をはじめとする教廷メンバーと、セラスティアや命美など、この件に関して納得がいかなかった人たちがせわしなく動き回っていた。

 

消えた指揮官を探しているのだろう。

 

「指揮官様」

 

ん?

べサニーの声に反応し、視線を戻した。

 

「お疲れではないでしょうか?」

 

まあ、少しだけ

 

「では今度お店へいらした際には、私がまた……貴方のことを、朝までじっくりと癒して差し上げます。そろそろ、耳の汚れも溜まってきている頃ですからね♫」

 

……よく、そんなこと堂々と言えるね?

 

「別にやましいことではありませんし、恥ずかしいことでもありません。はい、ただの『耳かき』ですから」

 

さいですか

 

「では、私はこれで失礼致します」

 

あ、待って

 

「はい、何でしょう?」

 

言い忘れてたけど、その服、よく似合ってる

 

「え?」

 

べサニーの綺麗な桃色の髪と彼女が着ている真っ赤なサンタクロースの服が、色調的に妙にマッチしているのを見て、思ったことを正直に言ってみた。

すると、べサニーは少しだけ固まった後……

 

「うぅ……その、似合っていると思いますか? その……ごめんなさい、少し恥ずかしくて……でも、ありがとうございます」

 

『耳かき』のくだりで堂々としていたべサニーは一体何処へやら。顔を赤らめ、急にもじもじとしてしまった。

なにこれ……かわいい

 

 

 

「コホン、それでは指揮官様……メリークリスマス」

 

うん、メリークリスマス

 

最後にお決まりの言葉を交わし、下の階へ降りて行くべサニーを見送り、それから空を見上げた。展望台の天井は透明になっており、そこから暗闇に包まれた空を見渡すことができた。

空からは、相変わらずシンシンと雪が舞い降りている。

 

 

 

その日……

この星は有史以来初めて、争いのない瞬間を迎えた。

 

 

 

でも……たまにはこういう日があっても、いいでしょ?

 

 

 

12の月の小夜曲ーENDー




こうね……歴史的に見ても、最近のラノベとか漫画でも多いのですが、語られるのはいつも男目線のお話ばかり。今回のイベントもテレサ主人公(期待してた)かと思いきや、まさかのロランっていう……いえ、酷評しているわけではありません。正直いうと悔しかったです、ストーリーが本当に良かったので。私自身、書き手の端くれですれば、これほどまでのお話を作れる人は中々滅多にないと心の底から思いました。
男目線云々言ってますが、まあ私が言える立場にないと分かってはいます。
ですが……何というか、もったいなくてですね……アイサガにはどの男キャラにも負けない個性豊かな女性がたくさんいるはずなのに、主人公として担ぎ上げられるのは男性ばかり、真に掘り下げるべき女性はもっと他に沢山いるというのに!もったいない!(今回はそれを踏まえて作りました)

……などと言っておりますが、これはあくまでも私個人の意見、同意を求めるものではありませんので、一個人が発したただの愚痴として捉えてくれれば幸いです。
それではまた、どこかでお会いしましょう


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おまけ(べサニーのお店に行きたくなるお話)


べサニーのウェディングスキンがようやく実装されたので、その記念として再掲します。

本編の前に少しだけ話を聞いて下さい。
以下はべサニーのキャラクターページのところに書かれたコメントの一部です。
・高い
・守銭奴
・べサニー被害者の会はここですか?(←上手い!)
・お金は使うものだと迫ってくるヤベーやつ
・金づるだと思ってるよね?
・しばくぞ!……etc

……これは、いけない
そう、いけないのですよ!

このように、コインショップでの値段の高さがべサニーへの悪評に繋がって繋がってしまっています。
ですが、皆さまもご存知の通り、べサニーは祖国の復興のために身を粉にして働くいい子です!まだオシャレ(スキンなし)や恋愛などをしたいであろう年頃にもかかわらず、祖国のために、時にはうたた寝をしてしまうほど無理をしているような、とってもいい子なのです!これは中々できることじゃあありません!

そこで、値段の高さなど気にせずみんなが気持ちよくコインショップを利用することができるようになれる(かもしれない)お話を作ってみました。
これを読んで少しでもべサニーっていいなと思えたのなら、これから毎日コインショップでお買い物をして、べサニーのことを応援してあげましょう!


ガラにもなく甘々にしました。
指揮官様、この甘さに耐えられますか?



それではお楽しみください……






 

 

 

 

クリスマスのちょっと前、ハロウィンの少し後

 

 

 

喫茶店バビロン(旧酒場バビロン)

地中海のどこかにあるその店は、かつて地中海で最も有名な酒場だった。……なのだが、諸事情により酒場から喫茶店への変更を余儀なくされ、かつての酒場の面影は何処へやら、それまでは傭兵の溜まり場と化していた暗い雰囲気のお店から、誰もが安心して飲食を楽しむことのできる明るい雰囲気のお店へと変貌を遂げていた。

 

 

 

エル「なるほどね!これが『オトナノジジョウ』なのね!」

フル「指揮官さん、いってらっしゃいです」

 

 

 

 

恐ろしいことに喫茶店は24時間営業だった。

この店にはヴァネッサという美しいマダムがいるのだが、彼女はその理由を冗談か否か「いつでもあなたを受け入れたいから」と微笑み混じりに語っていた。

また、心地の良い声と優しい心で人々を包む彼女は老若男女問わず各地の傭兵たちの憧れの的で、店が喫茶店へ変貌してもなお、彼女目当の客は後を絶たず、時間を気にせず店に行けるということもあって、はるばる遠方から訪れる客もより一層増えたのだった。

 

喫茶店バビロンでは酒場だった頃の名残か、飲食だけではなくちょっとしたギャンブル(カードゲームやBMバトルシミュレーション)に興じることもでき、さらには傭兵や賞金ハンターなどのリクルートも可能であった。

 

先に上げたことだけでも、とても喫茶店とは思えないサービスばかりなのだが……しかし、それらはまだ喫茶店バビロンの表の顔に過ぎなかった。

バビロンの隠れた裏の顔は、その2階にあった。

 

バビロンの2階には、特別な権限を持つごく限られた者しか立ち寄ることのできない部屋があった。その場所に足を踏み入れることができるのは、類い稀な実力を持つ腕利きの傭兵でも、圧倒的な財力を持つ資産家でも、一国の首相にも匹敵する権力を持つ者でもない。立ち入りが許されているのは喫茶店での労働に従事する者か、喫茶店バビロンが絶対的な信頼を寄せる者だけだった。

 

1階からは隔絶された空間となった2階

2階にはさらに3つの小部屋があった。

 

第1の部屋は、騒がしい1階とは違い、静かな時間を楽しむことができる秘密基地のような空間。ここに入室できるのは、特別に招待された者を含めて原則2人まで(例外あり:3人)で、しばしば一対一で絆を深めるために活用される場となっている。また、1階では味わうことのできない最高級の飲み物と食事を提供している。(食事は必ずしも美味い訳ではないが……)

 

第2の部屋は、バビロンで働く従業員たちのための休憩室であり、特筆すべき点はないがプライバシー的な観点とバビロンの規則上、基本的に従業員以外は立ち入り禁止となっている。

 

第3の部屋は、世界中のブラックマーケット(闇市)から取り寄せた機体やカケラ、アイテム、パーツなどの取り引きのために使われる小部屋。ここでは稀に、闇市(正規の取り引きではない)での取り引きでは違法とされている「翼」と称される貴重な機体のカケラの取り引きも行われるため、たとえ第1の部屋に招待されていたとしても酒場バビロンによる厳正な審査を通過した者しか入室を許可されていない神聖な場所だった。

 

 

 

そして……バビロン2階、第3の部屋では今宵もまた商談が行われていた。

 

 

 

「指揮官様。本日の商品はこちらとなっております」

 

木製の大きなテーブルを挟んで向かい側のソファに座る女性が、持っていた商売用の端末をこちらへと差し出してきた。

 

ありがとう、と礼を述べつつ端末を受け取り、画面をスクロールしていく。いくつかの品物にチェックマークを付けて彼女へと返却する。

 

「はい、合計で30万となります」

 

端末に表示された金額を読み上げ、商人の彼女……べサニーはいつもの営業スマイルを浮かべた。

 

べサニーは喫茶店バビロンお抱えの商人だった。美しい桃色の髪の毛、白い肌に金色の瞳、目元のホクロが印象的な女性。着ている服は彼女のトレードマークである花(おそらくペンタス)をモチーフにした桃色のドレスで、貴族らしく露出の少ないそれを身につけたべサニーはとても清楚で上品な雰囲気を放っていた。また、桃色に統一されたコーデは彼女の美しい髪と相まって、まるで一輪の花が擬人化したようでもあった。

 

グレイトブリテン出身の彼女は、地方長官の令嬢という立場にありながら、権力による怠慢を嫌い、権力者の立場から常に民衆のことを思いやっていた。その立場上、ブリテン本国へ戻ればもっと良い地位につけるにもかかわらず、時には合衆国との平和維持に邁進し、時には商人として各地を飛び回る日々を送っており、そこで得たお金の殆どを祖国の復興に充てている。

 

そんな彼女をひとことで言い表すとすれば

「優しくて頑張り屋な人」……と言うのが最適なのだろう

 

そんなことを思いつつ、端末を操作する彼女のことを何となく見つめていると、ふとした拍子にべサニーと目が合ってしまった。

 

「指揮官様、どうかされましたか?」

 

いや……何でもない

 

「私の顔に何かついていますか?」

 

そういえば、紫パーツはないのだろうか?

 

「紫パーツですね。はい、少々お待ちください」

 

思わず話題を商品の方へ移すと、べサニーはすぐさま端末へと目を落とし、少しの間検索を行い……

 

「えーっと……ちょうど紅蓮地雷とダブル冷却コアのカケラが入っていますね。お買い上げになりますか?」

 

それを聞いて少しだけ考えた後、パーツがどちらも希少なコアパーツであること、BMの超改造で今後必要になってくるかもしれないなどの理由から、やや割高だが購入することにした。

まあ……これには建前も含まれているのだが

 

「毎度、ありがとうございます」

 

配送先はいつもの場所で

 

「分かりました」

 

商談はものの数分で終わった。

カード決済で手早く支払いを済ませ、商談部屋から出るべくソファから立ち上がった。

 

「あの、指揮官様」

 

 

「最近、お疲れではないですか?」

 

……疲れている?

彼女からはそんな風に見えているのだろうか

 

「はい、ここのところ顔色があまり優れない様子だったので……」

 

そうか、顔に出ていたのか……

 

そこで最近のことを思い返してみると……部隊の編成と運用、作戦の立案・指揮、掃討や周回、グレートブリテンや合衆国政府、日ノ丸との取り引き、部下たちとの交流、関連施設への視察など、やるべきことが多すぎて休暇どころか睡眠すらまともに取れない日々が続いていた。

自分としてはもう慣れたもので疲労こそあまり感じていなかったのだが、彼女は顔色の僅かな変化から蓄積した疲労を見抜いたのだろう。

 

しかしまあ……自分でも気づかなかったことに、よく気がついたものだ

 

「はい、だって指揮官様とはもう長い付き合いになりますから」

 

どうやらべサニーは自分が思っている以上に自分のことをよく分かっているようだった。なるほど、客のことをよく知ることもまた上手な商売の手法の一つなのだろう

 

「指揮官様、あまり無理はなさらないでくださいね?」

 

……分かってる

 

「本当に分かっているのなら、そのように疲れたような顔をなさらないはずですよ? とはいえ、指揮官様も多忙な身であることは存じています」

 

そう言って、べサニーはゆっくりと近づいてきた。

 

 

「そこで一つ、私からご提案を……」

 

 

提案……?

 

「はい。指揮官様にはいつもご贔屓にしもらっているので、お店からちょっとしたサービスを提供したいと思っているのですが……お時間は大丈夫でしょうか?」

 

サービス? 割引でもしてくれるのだろうか……?

 

「いえ、そういうのではなくて……私が、指揮官様のお疲れを取って差し上げようと思うのですが……どうでしょう?」

 

え、べサニーが……?

 

「はい、私が」

そう言って彼女はニッコリと微笑んだ。

 

そ……そうか……

その微笑みにどこか強いものを感じた。明日も早朝からやるべきことが沢山あったのだが……まあ、少しくらいは……と、べサニーの提案を受けることにした。

 

しかし、疲れを取るサービスとは一体何なのだろうか? まさかマッサージでもしてくれるというのだろうか。しかし、小柄で華奢なべサニーの体つきを考えると、体力的にもできることはせいぜい肩たたきくらいなものだと思うのだが……(それはそれで嬉しい)

 

「肩たたき……ですか? それはそれで指揮官様の疲れを癒すことはできるかもしれませんが……今回、指揮官様に提供するサービスは……こちらです」

 

そう言ってべサニーはどこからともなく一本の小さな白い棒を取り出した。否、白い棒でもそれは両端に一際大きい山を作った綿棒だった。

 

 

 

「指揮官様、耳かきはいかがでしょう?」

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

「指揮官様、私のお膝の上にどうぞ」

ベッドの上に腰掛けたべサニーが、綿棒を片手に笑顔で手招きをしてくる。

 

…………

 

少し気恥ずかしさを覚えたので、少しだけべサニーから目を離して室内を見回す。

べサニーに連れてこられたのは従業員の休憩室……いわゆる第2の部屋だった。言うまでもなく、中に入るのはこれが初めてだった。

 

入ってからすぐの所にトイレとバスルーム。リビングの中には3つのベッド。ベッド同士はカーテンで仕切られ、その手前にはテーブルと二脚の椅子。いくつかのロッカーと、あとは小さな調理台があるだけの簡素な部屋だった、なるほど、従業員たちから休憩室と呼ばれているだけあってその部屋は確かに休憩室のようだった。

 

「指揮官様? 何か珍しいものでもありましたか?」

 

少し、気恥ずかしいというか……

 

「何を今更、指揮官様と私の仲ではありませんか」

 

べサニーは小さく笑い

 

「遠慮なんてなさらないでくださいませ。さあ、どうぞ……」

 

では……失礼して

 

べサニーに促されるまま、頭を膝の上へ……

 

「指揮官様、具合はどうですか?」

 

大丈夫だと伝える

 

「私のお膝、柔らかいですか?」

 

……悪くはない

べサニーの問いかけに、短く冷静に答える。

 

スカート越しに感じる彼女の膝枕は、自分が愛用している枕を思わせる、程よい柔らかさと、陽の光をいっぱいに溜め込んだ花が放つ命の暖かさを彷彿とさせる熱を持っていた。

正直に言うと……膝枕だけでも指揮官の立場を忘れて叫びたくなるほどの心地良さがあった。

 

「ふふっ、どうやら満足げなご様子ですね」

 

しかし、自分の顔に出た僅かな顔色の変化を見逃すべサニーではなかった。まるで思っていることを全て把握しているとでも言うかのようにべサニーは顔を覗き込んでくる。

 

「指揮官様と私……きっと身体の相性が良かったのですね」

べサニーはサラッととんでもないことを言ってみせた。

 

べサニー、そういうのは……

 

「ふふっ……失礼しました。相性がいいのはあくまでも指揮官様の頭と、私のお膝……ですね」

 

…………

悪びれるでもなく小さく笑う彼女に、調子が狂わされる

 

「それでは……まず左の耳からお掃除しますね」

 

綿棒が耳の中へと挿し込まれる

かり……かり……

綿棒の先端が耳の中を優しく移動する。

 

「指揮官様、どうですか?」

 

少しくすぐったいが、とても気持ちいいと伝える。

 

「ふふっ、練習の甲斐があったというものです」

 

……練習?

 

「はい。実は……指揮官様がお疲れだということをヴァネッサさんにお伝えした所、それなら最近流行りの耳かきをお勧めしてもらったんです」

 

ヴァネッサ?

 

「はい。それで、ここ最近はヴァネッサさんの元で耳かきのイロハについて勉強していたんです。ヴァネッサさん、とっても耳かきが上手で色々と勉強になりました」

 

そうか……あいつの入れ知恵ということか

 

「練習のためにヴァネッサさんの耳を貸して貰ったことはあるのですが……殿方にしてあげるのはこれが初めてだったもので……貴方様に気持ちいいと言って貰えると、とても嬉しいです」

 

自信がついたのか、べサニーはさらに真心のこもった優しい手つきで耳の中を攻めてくる。

こしょこしょとした感触が、なんともたまらない

 

「それにしても……」

 

べサニーは体を少しだけ前にかがめて、耳の中を覗き込んできた。

 

「指揮官様のお耳の中、凄く汚れていらっしゃいますね」

 

そういえば、耳掃除なんていつ以来だろうか?

 

「あらあら……ダメですよ、指揮官様?」

 

べサニーはそう言って先ほどよりも強く、ゆっくりと、綿棒で耳の奥底をなぞり始めた。

 

「指揮官様の耳は、あなた様のことを信頼している皆様の言葉を受け止める大切なところですから、常日頃からしっかり綺麗にしておかないと……めっ、ですよ?」

 

べサニーの上手い言い回しに、小さく笑う。

 

「よいしょ……よいしょ……」

 

耳の中に溜まった汚れが掻き出されていくような感覚

 

「沢山、出ましたね」

 

心なしか左耳がスッキリと、聞こえやすくなった気がする。

 

「あとは……耳の周りの汚れを落として…」

 

耳の表面へと移動した綿棒が、溝に溜まった汚れを落としていく。

 

「仕上げに………………ふぅー」

 

……うわ

耳の中に息を吹き込まれ、背筋がゾクリとなった。

 

「くすぐったいですか?」

 

少し……驚いただけ

 

「では、今度はちょっと小さめに…………ふー……」

 

先ほどより優しくなったべサニーの吐息が耳の中をくすぐり、耳全体が熱くなるのを感じた。

 

「指揮官様……次は右耳をお掃除したいと思います。起き上がらなくていいので、そのまま体を私の方にお向けください」

 

言われるがまま、べサニーの方へ体を向ける。

腰に取り付けられた、彼女トレードマークであるピンク色の花飾りが目の前に来た。

 

「それでは、始めますね」

 

綿棒の向きを切り替え、べサニーは右耳の奥へその先端を差し込んだ。耳の奥底を、綿棒がごそごそと動き回り始める。

 

「指揮官様、その……痛くはないですか?」

 

いや、寧ろ気持ちいいくらいなのだが?

 

「その……左耳の時は顔を外側に向けて頂いたので、指揮官様のお顔を見ながら耳かきをすることができたのですが……こちら側に顔を向けられると……その……視界が悪くて、貴方様のお顔がよく見えなくて……」

 

……ああ、そうか

少しだけ歯切れの悪くなったべサニーの言葉から、大体のことを察した。加減を聞くならまだしも、わざわざ痛いかどうかを聞いてくるのはそういうことだったのか。

 

聡明な彼女の、ちょっとしたミスだった。

 

影になっており、こちらからもべサニーの顔は見えない。何故なら頭上には……お互いの視線を妨げる大きな塊が……いや、これ以上余計なことを考えるのはよそう。失礼だ

 

「失策でした……」

 

体勢を変えようか? と提案してみる

 

「いえ……大丈夫です。でも、痛かったら無理をせず仰ってくださいね」

 

そうして、べサニーは少しやり辛そうにしつつも耳かきを続けた。痛かったら教えてと告げた彼女だったが、耳かき初心者と語る彼女の腕前はとても素晴らしいもので、なんと言うべきか……背中の痒いところを正確にかいてくれる、その耳かき版だと言えば分かりやすいだろうか。

まるで心を読んでいるかのように、的確に心地よいポイントを攻めてくれる、思わずクセになりそうなくらいだった。

 

「よいしょ……それにしても、指揮官様」

 

……?

 

「指揮官様と最初にお会いした頃が懐かしいです。……指揮官様は、覚えていらっしゃいますか?」

そこで、べサニーは耳かきの手を止める。

 

いや、全然……

 

「ふふっ……私はよく覚えていますよ。指揮官様は最初の頃、お店のシステムが分からなくて初々しく酒場の中を右往左往していましたね」

 

相変わらず……人をよく見ていることで

 

「影で、私の持ってくる商品の値段が高いとぼやいでいたことも……知っているんですよ?」

 

…………

 

「いえ、別に悪く言うつもりはありません。皆さん、そうおしゃっていますから……そして、大体のお客様は別のお店に行って、私のお店には二度と足を運ばなくなる…………でも」

 

 

 

 

 

「……指揮官様だけは違いました」

 

 

 

 

 

「私のお店で取り扱っている商品の値段が高いことは、私もよく分かっています。お金というものは有限です、ならば少しでも安値で売っているところへ行くのが道理です。でも……指揮官様は、ずっと……私の店でお買い物をしてくれましたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「指揮官様、どうしてですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは……

どう答えてよいか考えあぐねていると

 

「ふふっ、ごめんなさい」

 

すると、べサニーはクスリと笑った。

 

「……こういう質問をされると、困っちゃいますよね?」

 

……そんなことは

 

「いえ、指揮官様は何も言わなくていいです」

 

白い手袋に包まれた彼女の繊細な手が、細い指が……まるで子どもをあやすかのように頭を撫でてくる。

 

「今は、今だけは……何も気にせず私の耳かきを堪能してくださいませ」

 

そう言って、べサニーは耳かきを再開した。

 

 

 

そう……知らない方がお互いのためになる

目を瞑って静かに彼女の耳かきを受け入れる。

 

 

 

こちらは傭兵のようなもの

べサニーは帝国の貴族

身分違いも甚だしい

 

 

 

本来ならば、このように触れ合うことなどあり得ない

…………そう、絶対にあり得ないのだ

 

 

 

お互いに……他人の領域に踏み入ることなく、黙って自分の役割を果たしていれば、それでいい

 

 

 

そして、至福の時間はあっという間に過ぎ去り

 

「……ふー………はい、指揮官様。耳かき完了です、お疲れ様でした」

 

……ありがとう、とても良かった

名残惜しさをひた隠しにしつつ、べサニーの膝から頭を離し、体を起こしてベッドの上に座る。

 

「あの……指揮官様」

 

……?

 

「申し訳ありません。耳かきの仕上げを忘れていました」

 

仕上げ? 息は先程吹きかけていたはずだが?

 

「あ、大丈夫です。指揮官様は楽な姿勢で座ったまま……動くと危ないので目を瞑って、その場でジッとしていてください」

 

言われた通り、目を瞑ってその場にとどまる。

 

「では……仕上げをさせて頂きますね」

 

するとベッドが軋み、べサニーがこちらへと体を寄せ、右耳に顔を近づける気配。予想通り右耳に息を吹きかけるのだと思っていると……

 

 

 

「ん………………ちゅ……」

 

 

 

!?

 

柔らかくて温かいものが、右耳に触れた。

思わず目を開ける。

 

べサニー……!? 何を……

 

「指揮官様、目を……瞑っていてください」

 

戸惑いを隠せずにいると、耳元でそんな囁き声

 

「大丈夫です。先程の耳かきはお店からのサービス。そしてこれは……常日頃からご贔屓にしてくれている貴方様への、私からのサービスです」

 

目を瞑ると、べサニーは再び耳に口づけをしてきた。しかしそれだけに留まらず、彼女は先程耳かきをしたばかりの耳に、チロチロと舌を這わせ始めた。

 

「ん…………」

 

耳の浅い部分を這い回っていた舌は、やがて耳の奥底へ

 

…………!

 

耳かきの時とは比べものにならないほどのゾクゾクが背筋に走り、耳の中に響き渡る水音は頭頂部まで響き渡り、漏れる吐息の熱さが耳を痺れさせた。

 

こ……これも、ヴァネッサの入れ知恵だろうか?

 

「……いえ、耳舐めはユメノシオリさんから教わりました」

 

……ああ、いたね……そういえば

 

最近、アイアンサーガの世界へ現れたV-Tuber

お得意のASMRで、配信上だけではなく戦場でも多くのリスナー(の耳)を虜にする堕天使サキュバスらしい……いや、ユメノシオリらしい行動だった。しかし、清楚で真面目なべサニーに変なこと教えやがって……あいつ……

 

「指揮官様? もしかして……お嫌、だったでしょうか?」

 

見ると、べサニーは微妙な顔をしてこっちを見ていた。

思わず、そんなことはない、むしろ続けて欲しいと伝えた。

 

「はい、分かりました」

 

すると、顔を明るくしたべサニーは再び舌を這わせ始めた。耳に広がる柔らかい、それでいて生暖かい感覚に、背筋がぞくりとなった。

 

普通に考えると引かれるようなことなのだが……

正直言って、形容し難い心地よさがあった。

 

しかし、教わったとはいえ耳舐めは耳かきとはワケが違う。何のためらいもなくできるようなことではないはずだ

 

「……指揮官様、どうですか?」

 

……悪くない……どこかで練習でも……?

 

「いえ……耳舐め自体はこれが初めてで……正直、上手くできるかどうか不安でした」

 

だけど、やけに手慣れているような……?

 

「それは多分、ヒルダさんを参考にしたからだと思います……んっ」

 

 

 

なんでヒルダ?

 

 

 

そこまで考えて、一つ思い当たる節があった。

それは、数ヶ月前……基地で行われたハロウィンパーティでの出来事。みんなが魔法使いや魔女、吸血鬼などといった仮装をしている中、合衆国出身の彼女が選んだ仮装は何故か極東版ゾンビ……いわゆるキョンシーだった。

果たして、ヒルダの仮装は痴女と呼ばれても仕方がないほど露出が多かった。殆ど半裸で、寧ろ見ているこっちが恥ずかしくなってしまうその仮装の威力は、ウチのスタッフ(男女問わず)が何名か鼻血を噴き出してしまったほどだった。

 

本業は刑事なのにな……

 

そして、キョンシーの真似をするヒルダの……チロリと出した赤い舌、その舌の動きがやけに煽情的で艶めかしかったことを覚えている。

べサニーはそれを参考にしたのだろう。

 

 

 

ヒルダとはもう一度話し合う必要がありそうだ

 

 

 

「まあ、そう仰らずに……ヒルダさんのお陰で、こうして指揮官様を喜ばせてあげられるというものですから……」

 

しかし、耳を舐められていては入る力も入らない

 

「ん……始めはこれが癒しになるのかと……ちゅ……私も半信半疑でしたが……ふふっ……指揮官様の顔を見ているとそれがよく分かります」

 

顔……?

 

「指揮官様の顔……とってもふにゃふにゃになっています」

 

……!?

 

「普段は凛々しくてカッコいい貴方様ですが、これは……そのような顔になってしまうほど気持ちが良くなった、と受け取ってもいいでしょうか?」

 

それは……恥ずかしい、な

 

「ふふっ、とても可愛らしいですよ……んっ」

 

べサニーの耳舐めは続く。

 

目を瞑っていてと言われたのだが、ふと、耳舐めをする彼女のことが気になって薄目を開けると、視界の端にチラチラと見えるべサニーの耳は真っ赤に染まっていた。

一見すると平気なように見えるべサニーだったが、内心かなり恥ずかしいのだろう。普段の白い肌と比較すると、それはとても大きな変化だった。

 

そんな様子をみせる彼女がとても可愛らしく、

そして、普段は絶対に見ることのできない彼女の意外な一面を見れたような気がして、心の中に湧き上がるものを感じた。

 

べサニーの耳舐めは右耳に続いて左耳へ

再び、執拗な耳舐めが続く

 

その頃になると頭の中はすっかり快感で支配され、猛烈な眠気に苛まれ始めた。

 

「んっ…………指揮官様? もしかして眠たくなってきちゃいましたか?」

 

…………

 

「でしたら、そのままベッドへ横になってください。大丈夫……朝まで、添い寝して差し上げますから」

 

…………

 

べサニーに促されるままベッドへ体を倒すと、体の上に毛布が被せられた。まだ人肌で温められていない毛布はヒンヤリと冷たく、少しだけ肌寒かった。

「失礼します」

べサニーは礼儀正しく毛布の端を摘み上げ、その中へ体を滑り込ませ……ぴっとりと、寄り添うように体を押し付けてきた。

 

お互いの体を温め合っていると、

ベッドの中は程よい暖かさに包まれた。

 

「ふふ……私も、眠たくなってきました……」

 

耳元で囁かれる。

 

「指揮官様……いつもご利用、ありがとうございます。貴方と巡り会えたことは、私にとって幸福だったと思っています」

 

それは、いい金づるという意味でだろうか

それとも……?

 

「……ふふっ、それは知らない方がお互いのためになると思います」

 

……そっか

 

「疲れと耳の汚れが溜まってきたら、是非声をかけてください。誠心誠意、私が貴方様の疲れと汚れを落として差し上げます」

 

……うん

 

「ですから……今後も、私のお店をどうかご贔屓に……もし、私のところで沢山の買い物をしてくれたら……次は、今日よりもっと気持ちよくなれるサービスを提供させていただきますので……」

 

その時、頰に温かいものが触れた

 

 

 

 

 

「おやすみなさいませ、指揮官様」

 

 

 

 

 

眠気に抗うことなく、腕の中に彼女の温もりを感じながら

 

次はどんなことをしてくれるのだろうか?

 

静かに期待を膨らませつつ、眠りについた

 

 

 

べサニーのお陰で、その日はとてもよく眠れた。

その甲斐あってか、翌朝、2人揃って仲良く寝坊してしまったのはまた別のお話……

 

 

 

そして、指揮官と商人のまた新しい一日が始まる……。

 

 

 

べサニーのお店に行きたくなるお話ーおわりー

 

 

 




公式か非公式かは分かりませんが、この前アズレンのキャラがASMRやってる音楽作品を見つけまして、アイアンサーガもせっかくASMR第一人者のユメノシオリがいるんですから、こんな風にアイサガのキャラに享受してASMRやってくれるシチュエーションがあっても、たまにはいいかと思いました、はい

追記
ユメノシオリのASMR、本当によく眠れるのでまだ聴いたことないという人は是非、寝ながら聴いてみて下さいね?


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