転生マーキュリーのONEPIECE物語 (永久@)
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序章
第1話、謎の場所での始まりはじまり


ふと気が付くと、少女の視界は一面が真っ白な世界で広がっていた。

 

「……え?」

 

ぱちぱちと目を瞬かせて周囲を見渡すも、白い世界には変わりない。どこが壁で果てになっているのか、上下左右がまるでわからない。一応服を確認すると、着ていたのは通っている中学の制服で、それ以外は特別な変化はなかった。

どこを向いても何もない。物も、景色も、音さえ聞こえる事はない。孤独とかそんな生易しいレベルじゃない。ここは、文字通りの“無”の空間だ。

 

「…何だかとっても泣きそうだなぁ、君。大丈夫?」

 

そんな、とめどない恐怖で少女が思わず泣きそうになっている時、不意に後ろから声がした。魚のように少女の肩がびくりと跳ね、勢いよく振り返る。見つけたのは、黒いローブとその背中にある黒い翼の誰か。顔はローブのフードで隠れているせいで見えないが、白い空間に黒一色はかなり目立つ。そしてふと、思う。

 

「……ど、どこ、から……?」

 

少女は先程、周囲をぐるりと見渡している。果てすらわからない無の空間に、少女の心は孤独と恐怖で押しつぶされそうになっていた。そんな時に突然やってきた黒い彼(?)は、一体どこから現れたのか。

驚きから消え去っていた筈の恐怖が再びやってきて、少女は頬を引き攣らせた。そんな彼女に、彼は絞り出すような笑い声をくつくつとこぼした。

 

「そんなに怖がらないでくれ。別に君を取って食おうってんじゃないんだぜ?」

 

ローブの裾から見えた黒い手袋が、恭しく胸に手を当てる。わずかに見えた腕の肌は、一切の血の気を感じさせないほどに青白かった。

 

「俺は…そうだな。とりあえず、“グリム・リーパー”とでも名乗ろうかな。よろしくね、お嬢さん」

 

そう言って“グリム・リーパー”は、まるで英国紳士のように深々とお辞儀をした。一つ一つの仕草がまるでどこかの貴族のようで、少女は呆然としながら小さな声ではい、と呟いた。グリム・リーパーはまたくつくつ笑って、黒いローブをふわりと揺らすと、胸に当てていた手をそっと差し出された。

 

「まず先に言っておこう。君は死んだ。その事について自覚はあるかな?」

「…えっ」

「あれ、もしかしてなかったりする?」

 

ある訳がない。そう言いたい筈なのに、何かが喉に引っかかっているような気がして、うまく言葉が出てこない。記憶を辿ろうとしてみても、うっすらともやがかかったようで、最近あった事すらも思い出せなかった。

もしや、本当に死んだのでは。そうすると一つだけ、腑に落ちる事はある。

 

「あー、君“特例”かー…そっかー…」

「……あ、あの」

「ん?あ、やっぱり何か覚えてた?」

 

「…あ…貴方は、死神……?」

 

 

死神。

 

 

生死を司る伝説上の存在。全世界数多くの神話や創作物に用いられており、少女の母国である日本にもその存在は知られている。仏教では“死魔”と呼ばれる人を死に誘う魔物が存在し、キリスト教では悪魔そのものが死神と同一視される。

 

そして、死神は英語読みすると、“Grim Reaper”。

 

目の前のローブの男が名乗ったのもまた、『グリム・リーパー』だ。

 

「…博識なんだなぁ、君は」

 

恐る恐る尋ねた少女の問いかけに、グリム・リーパーは肩をすくめながらそう言った。否定も肯定もするつもりはないらしいが、その態度なら肯定と見て良いのだろうか。つまり彼は、やっぱり少女の言う通り、死神というやつで。

 

「……ぅ……」

 

自分から言ったクセに、目の前の人物が死神であるという事実に、涙目だった少女の目が更に潤んでいく。中学三年生にもなってこんな事で泣くのか、などと言わないで欲しい。

気が付いたら訳もわからずこんな空間に立っていて、目の前には厨二病じゃない本物の死神なんて名乗る黒ずくめの相手がいて。怖がりで泣き虫な少女にとって、この現状はただただ恐怖でしかない。

思わず泣き出すのではと勘ぐったグリム・リーパーは、小さくなため息をつきながら言葉を続けた。

 

「まぁ、とりあえず君は死んだんだよ。で、ここは言わば死後の世界だ。君は自分の死に際は、本当に覚えてないのかな?」

 

再び問われ、少女は弱々しく首を横に振った。死に際など本当に覚えていないのだ。

強いて言うなら自分が受験生であった事や、いじめられていて友達が全くいなかった事、両親の関心を少しも得られなかった事など、そんなどうしようもない記憶だけは覚えている。

しかし、自分が死んだ瞬間など、ましてその死の間際の記憶なんてものは、これっぽっちもわからない。

 

ふむ、とグリム・リーパーは頷くと、考えるように顎に手を当てた。少女からは顎と呼べる部分は見えないが、とにかくそういう体勢で、何かを静かに考え込んでいた。

数十秒ほど置いて、グリム・リーパーがまた話し始めた。

 

「本来、死者というものは自分の死の瞬間を覚えているものなんだ。病死にしろ事故死にしろ殺されたにしろ、はっきりと鮮明に、写真に納めたみたいにその瞬間を覚えている。死者はとはそういうものだ」

「…は、ぁ…」

「けれど稀に、君のように自分の死の瞬間を覚えていない人がいる。そういう人は“特例”って呼ばれていてね、特別な人生を歩んでもらう事になっているんだよ」

「……特別…です、か…?」

 

とてつもなく嫌な予感が少女の胸に渦巻いた。特例だとか特別だとか、もう明らかに駄目な気がしてならない。普段は全く働いてくれない少女の勘が働いて、ガンガン警報を鳴らしているのだ。

どれだけ鳴らした所で、あまり意味はないのだけれど。

 

「そういう特例の死者達は、前世の記憶を保持したまま新たに転生してもらう。それもだいたい物語の世界で、たまに命の危険もあったりする所にね」

 

少女はもう泣きそうだった。

ガンガン頭の中で鳴り響く警報は正しかった。しかしその警報が正しいからと言って、現状がどうにかなる訳ではない事は、なんとなくだがわかっている。少女は馬鹿ではなく、むしろ中学生にしては割と賢かったので、諦めるしか選択肢がない事は容易に察する事ができた。察せた所で、怖い事には変わりはないが。

 

「君はONEPIECEって漫画、知ってる?そこに転生してもらおうと思うんだけど。あ、一応転生特典っていう、特例の転生者達に与えられる特権はあるから、そう易々と死んだりはしないと思うよ!」

 

少女の恐怖は止まらなかった。というか、ここまで泣くのを我慢できている自分を褒めたくて仕方ない。

さらりとグリム・リーパーが言った言葉に結構な絶望を覚えながら、少女は頭を抱えた。ONEPIECE、と頭の中でそのタイトルを復唱する。

 

少女は漫画をあまり読まず、どちらかというとシェイクスピアやカフカのような外国文学が好きだった。しかしそんな彼女でも、その名前はよく知っていた。

何しろ世界的大人気を博す集英社少年ジャンプ誌の看板中の看板だ。知識が浅いどころか主人公のフルネームすら知らない少女ではあったが、その漫画が世界中の漫画のトップと言っても過言ではない名作である、という事くらいは知っている。

 

ここで何が問題かというと、ONEPIECEという漫画はバトル系少年漫画であるという事だ。

不名誉極まりない事だが、少女は中学校でいじめられていた。自分が所謂コミュ障やら陰キャなどと呼ばれる部類だという自覚もある。逆に体力はなく非力で、人を傷付けるという思考になった事もない。

 

そんな自分が、世界的バトル系少年漫画の世界に転生するなんて。

あの漫画がどんな世界でどんな敵がいてどんな戦いを繰り広げているのかは、原作を読んでいなかった少女には知る由もない。ないのだが、わざわざ死地に赴くような事はしたくなかった。

 

「ま、知ってても知らなくても、そこそこ原作と違う事になってる世界に転生してもらうから、あんまり意味ないと思うけれどね」

 

しかし、全ては決定事項だった。

紳士的な態度は変わらないが、絶望に叩き落とされた少女にとって、目の前の黒ずくめはまさしく死神に等しい。何だったら悪魔の呼称の方が相応しいのではないだろうか。

 

「うん、何か恨めしい視線を感じるけれど俺は気にしない!それよりも、君に特典をあげなくちゃあならないね」

 

そう言ってパチンと指を鳴らすと、グリム・リーパーの目の前に黒く大きな本が現れた。ビクッと跳ね上がった少女に肩をすくめながら、グリム・リーパーは一枚一枚、分厚いページをめくっていく。

やがてうーんと一考してから、反対側の手でまたパチンと指を鳴らした。

瞬間、パッと足元の感覚が消える。え、とか細く呟いた時には、重力に従ってぐんっと体が引きずられた。

 

「これより新たなる生を以て君を歓迎しよう!与えし転生特典は生まれながらの“見聞色の覇気”!一体何の役に立つんだって?これからわかるからノープロブレム!」

「まっ…、」

 

紳士な空気はそのままに。しかしどこか道化のように、グリム・リーパーは高らかに笑った。

 

「それでは君の人生が、混沌に満ちた美しい物である事を祈るとしよう!」

 

その言葉を最後に聞きながら、少女の視界は暗転した。



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第2話、大人三人と赤ん坊

首がすわったばかりだろう赤ん坊を抱いた男を前にして、二人の海兵——センゴクとガープは、眉間に深い皺を刻み込んだ。

 

真っ黒なロングコートと、雨に打たれて崩れたオールバック。右手にはリボルバーを握り締め、左腕には布で包まれた赤ん坊を抱いている。

男が傘のように体を丸めているおかげで、赤ん坊はほとんど濡れていない。

 

「……お前、その赤子…」

 

センゴクが絞り出すような声で呟くと、男は亡霊のような目でセンゴクの方を向いた。

冷たい視線に悪寒が走るが、臨戦態勢に入る気は不思議と起きず、二人はただ男を見た。

 

男はゆらりと歩き出すと、力ない足取りでガープの方に向かっていく。

目の前までやってくると、布を整えてから赤ん坊をずいっとガープに押し付けた。

 

「お、おい。何じゃお前、急に」

「…育てろ」

「は?」

「お前が、こいつを、育てろ。ガープ」

 

男の言葉に、ガープは瞠目して男と赤ん坊を交互に見た。横からセンゴクがぎょっと目を見開いて「早まるな馬鹿!」などと叫んでいる。

それも全て、ガープという男の性格やら現状を知っているからこそなのだが、そんなものは男にとってはどうでも良い事だった。

 

「ロジャーのガキも預かってんだろ。じゃあこいつも面倒見ろよ」

「なっ…!お前、何故それを!」

「でも村でだぞ。後々で山に連れていくのは良いが、最初は静かな村で暮らさせろ。初っ端から命の危険になんて晒すんじゃねぇ」

「おいちょっと待て!というか何故山だとかそんな事まで知って」

「もし死なせかけたら殺す」

「話を聞け!」

「おい、本当にガープに赤ん坊を任せるつもりか!?赤子を殺す気か!?」

「何じゃとセンゴク!?」

 

ぎゃいぎゃいと騒ぐ海兵二人と、それを右から左へ聞き流しながら赤ん坊をジッと見つめる男。騒がしい声をものともせず、気持ち良さそうにすやすやと眠っている。

 

「…あいつが死んだ」

 

掠れるような男の呟きに、ピタリとガープ達は言い争うのを止めた。ガープに渡した赤ん坊の頬を撫でる男の表情は、悔しげな悲痛さで満ちていた。

 

「俺は無理だ。育てられない。俺一人で育てた所で、ろくな奴にしてやれねぇ。だから、ガープ。お前が育てろ」

 

頼む。

男がたった一言呟くのと同時に、男はリボルバーの引き金を引いた。音と共に真っ黒な煙がたちこめて、その隙に男がその場から飛び退く。

雨のおかげで煙はすぐに消えたが、ガープとセンゴクの視界が完全に戻った頃には、男は既にいなくなっていた。

 

「くそっ…!相変わらず逃げ足の早い奴だ!おまけに赤子を押し付けていくとは…!」

「…おい」

「ガープ!お前もさっさと来い!あいつには聞きたい事が山ほどあるんだ、船に戻って追っ手の手配を…」

「おい、ちと静かにせい。赤ん坊が起きちまう」

 

そう言ってガープは赤ん坊を抱え直すと、赤ん坊を包む布に挟まっていた一枚の紙を見つけ、起こさぬようそっとつまみ取った。

薄いピンク色の紙の上に、さらさらと綴られた文字。柔らかな印象を感じるその文字は、きっと女性が…この赤ん坊の母親が書いたものだろう。

 

 

Happy birthday. Dear,Naki(ナキへ、お誕生日おめでとう)

 

 

「…ナキ、か。お前さん、良い名前をもらっとるのう」

 

眠る赤ん坊にそう語りかけながら、ガープは穏やかに微笑んだ。



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ドーン島編
第3話、フーシャ村の小さな姉弟


章タイトルを『フーシャ村編』から『ドーン島編』に変更しました。


——四つの海の中で最も平和だと言われている東の海(イーストブルー)にある、フーシャ村。

 

そこには今、ある海賊達が拠点として滞在していた。

 

 

 

「…ルフィ、もう大丈夫?」

「ゔん!ぜんぜんいだぐながっだ!」

「嘘つけ涙声じゃねぇか」

 

村の酒場では海賊達が集まって、昼間から酒盛りを楽しんでいる。

海賊達の頭である麦わら帽子を被った男——赤髪のシャンクスは、村の少年——モンキー・D・ルフィに、呆れたように笑って話す。

 

「だいたい、お前なんかが海賊になれるか!カナヅチってのは海賊にとって致命的だぜ!」

「カナヅチでも船から落ちなきゃいいじゃないか!それに戦っても俺は強い!ちゃんと鍛えてるから、俺のパンチはピストルのように強いんだ!」

「ま、それと自分で傷つけた事に関しては、全くの別問題だけどな」

「うぐぅ…!」

 

やれやれとでも言わんばかりの態度で肩をすくめるシャンクス。言い返せないルフィは、ただ不満そうに顔をしかめた。

 

「だいたい、ナキに心配かけたらダメだろーが。ちゃんと心配かけてごめんって謝ったのか?」

「おう!心配かけてごめん、ねーちゃん!」

「あ…うん、平気なら…別にそれで…」

 

突然話を振られた少女——ナキは、ぼそぼそと小さな声でそう呟く。シャンクスは苦笑しながらため息をつき、二人の頭をわしゃわしゃと撫で回した。

 

「ま、なんだ、ルフィ。要するにお前はガキすぎるんだ。せめてあと10歳年とるか、ナキみたいにしっかり者になったら考えてやるよ」

「俺はガキじゃない!」

「一つしか違わない筈のナキと比べたら、お前なんてまだまだガキだよ」

 

一切悪びれる様子のないシャンクスに、ルフィは更にムカムカと頬を膨らませる。ぶんっ、とルフィが自分の頭に乗っているシャンクスの手を叩こうと腕を振るうも、それもまた容易くいなされた。

 

「むきーっ!」

「はっはっは!遅いぞルフィ!」

「…お頭、ナキが困ってる。撫で回すのはもうやめてやれ」

「ん?おぉ、ごめんなナキ」

 

副船長のベン・ベックマンの言葉に、シャンクスはナキの頭から手を離した。ルフィの相手をしている間もずっと撫で回していたせいで、ナキの黒髪はぐしゃぐしゃになってしまっている。

 

「悪かったなぁ、せっかく綺麗に整ってたのに…そうだ、俺が整えてやろうか?」

「あ…だい、じょうぶ…」

「そう言うなよ、これでも器用なんだぞ?」

「じ、自分でやるから、いい…」

 

そう言うと、ナキは一番静かに酒を飲んでいるベックマンの傍に駆け寄り、彼の近くの椅子に座って、手ぐしで自分の髪を整え始めた。ベックマンは苦笑して、どこか羨ましそうに睨んでくる己の船長の視線を無視した。

別に、ナキはシャンクスを嫌っている訳ではない。ただ、大人しく物静かな性格である故に、常に誰かと共にいる太陽のようなシャンクスより、静かで落ち着いているベックマンの方が、内心安心するというだけだ。

 

あと単純に、陰キャが陽キャと話をして、緊張しない訳がない。

要はそういう事である。

 

 

 

 

 

 

少女——ナキには、所謂前世の記憶というものがある。

 

前世の自分がどう生きていたのかとか、“グリム・リーパー”を名乗る謎の人物との会話だとか。

思い出したのは物心ついたかどうかという頃だったし、その前世自体、全てを細かく覚えている訳ではない。

 

そして、そんな不思議な記憶を持っているナキだが、彼女は自分の両親の顔を知らない。

 

村人の話では、ナキは世界的に名の知れた海兵であるガープが、ある日突然連れてきたのだという。

そしてナキがフーシャ村にやって来た翌年にルフィが生まれ、二人は血の繋がりこそないものの、ガープの孫…つまり義理の姉弟として、二人で一緒に暮らしてきた。

 

前世、実の家族から関心される事なく育っていたナキにとって、この世界で得た家族という存在は、本当に宝のようなものだった。

ルフィはナキと血が繋がっていない事を知っていても、気にする様子なんて少しもなく「ねーちゃん」と呼んで慕っている。たまに帰ってくるガープも、ルフィとナキを分け隔てなく“孫”と呼んで慈しんでくれる。

 

性格は正反対。それでもナキは二人の事を、とても大切に想っているのだ。

 

 

 

 

 

「—……?」

 

ふと、ナキが目を丸くして、酒場の扉の方を向いた。近くにいたベックマンがそれに気付き、声をかける。

 

「どうした、ナキ」

「…ベックマンさん達って、他にも仲間、まだいるの?」

「仲間?いや、今日は全員揃ってるが…」

「…?じゃあ、何であんな…」

 

 

——バキッ!

 

 

「——邪魔するぜェ」

「……!」

 

突然、酒場の扉が吹っ飛んで、同時に男の低い声がした。

和気藹々とした空気が一瞬で静まり返り、額に傷のある男を筆頭にぞろぞろと男達が中に入ってくる。

 

「ほう…これが海賊って輩かい、初めて見たぜ…間抜けた顔してやがる」

 

男——山賊棟梁のヒグマはそう言うと、歩きながら店の中を見渡した。ルフィはぽかんとしてただ男を見ているが、ナキは突然現れたガラの悪い男達に若干怯えている。気付いたベックマンが自分の後ろにナキを隠し、男達から身を隠させる。

 

ヒグマはカウンターの前で立ち止まると、笑みを浮かべながら店主のマキノに話しかけた。

 

「俺達は山賊だ。…が、別に店を荒らしに来た訳じゃねぇ。酒を売ってくれ、樽で10個ほど」

「あ…ごめんなさい、お酒は今、ちょうど切らしてるんです」

「…おかしな話だな、海賊共が何か飲んでいるようだが?ありゃ水か?」

「ですから、今出てるお酒で、全部なので」

 

マキノがそう言うと、ヒグマがすっと目を細めた。瞬間、ぞわっとナキの背筋を悪寒が走る。

思わずベックマンの服の裾を掴もうとしたその時、ヒグマの近くにいたシャンクスが口を開いた。

 

「これは悪い事をしたなァ。俺達が店の酒を飲み尽くしちまったみたいで」

 

すまん、とシャンクスはヒグマに謝罪して、手元のボトルの酒を男に差し出した。

 

「これでよかったらやるよ。まだ栓もあけてない」

「……!」

 

——瞬間、ヒグマが拳を振って、思いきりボトルを叩き割った。

すぐ近くにいたマキノとルフィは驚愕で目を見開き、ナキはビクッと肩を跳ねさせて思わず目をつむる。

髪や服にかかった酒が、ポタポタと音を立てて床に滴り落ちていく。

 

「俺を誰だと思ってる…舐めたマネするんじゃねぇ…」

「あーあー、床がびしょびしょだ」

「…これを見ろ。八百万ベリーが俺の首にかかってる。第一級のお尋ね者って訳だ。56人殺したのさ…てめェのように生意気な奴をな」

「悪かったなァマキノさん。ぞうきんあるか?」

 

ヒグマの目が更にキツくなる。話を無視されたように感じたのだろうか、殺気のような感覚が鋭さを増していく。実際、どこから見てもあれは無視だ。

 

「ぁ、や…ベックマンさん、止めて、あれ、止めて…」

「まぁ待て。大丈夫、お頭も相手も馬鹿じゃない」

「でも、でも…」

 

ヒグマのまとう空気がピキピキと冷たくなっていくのを、ナキは痛い程感じていた。

おそらく、56人殺したというヒグマの話は嘘ではないのだろう。少なくともナキには、それが嘘ではないという事が理解できてしまった。

 

「……!」

「ひっ…、!」

 

ヒグマは腰のサーベルを勢いよく引き抜き、カウンターの酒を全てさっきのように叩き割った。しゃがみこんで真下にいたシャンクスに、勢いよく酒が襲いかかる。

ぎゅ、とすがりつくようにベックマンの服を強く掴む。ベックマンは苦笑を浮かべてナキの頭に手を置いて、なだめるようにそっと撫でた。

 

「ケッ…じゃあな、腰ヌケ共」

 

捨て台詞のようにヒグマはそう吐き捨てると、踵を返して酒場から出て行った。他の山賊達もその後を追い、ようやく全員がいなくなってから、ナキはへなへなとその場に座り込んだ。

 

「おっと…大丈夫か、ナキ」

「…シャ、シャンクスさん、怪我…ガ、ガラス、いっぱい…」

「お頭、ナキがお頭の怪我の心配してくれてるぜ」

「お?大丈夫だぞー、怪我なんてどこにもしちゃいない!」

 

ほら見ろ、なんて言って両手を広げてみせるシャンクス。

ガラス、刺さってない?と震える声で問いかければ、刺さってない刺さってない、と陽気な声が返ってくる。

ほっ、とナキが胸を撫で下ろすのと同時に、静まり返っていた酒場に響く大きな笑い声。

 

「だーっはっはっは!!何てざまだお頭!!」

「派手にやられたなぁ!!」

「はっはっはっはっは!!」

 

己の船の船長が馬鹿にされたというのに、心底おかしそうに笑うクルー達。当人のシャンクスでさえ、大きく口を開けてからからと笑っている。

 

「何で笑ってんだよ!」

 

響き渡る笑い声の中、負けじとルフィが大声で叫ぶ。シャンクス達の笑い声も、ほんの一瞬ピタリと止まる。

 

「あんなのかっこ悪いじゃないか!何で戦わないんだよ!いくらあいつらが大勢で強そうでも!あんな事されて笑ってるなんて男じゃないぞ!海賊じゃない!」

「…気持ちはわからんでもないが、ただ酒をかけられただけだ。怒る程の事じゃないだろう?」

「ねーちゃん心配してたじゃねぇか!心配かけるなって言ったのはシャンクスなのに!」

「うっ…それを言われると返す言葉がない」

 

ついさっきその事でルフィに説教した身とあって、思わずシャンクスの笑みがわずかに引きつる。

実際ナキは、シャンクスが酒をぶっかけられた時、顔面蒼白になってシャンクスを心配した。ずっと一緒にいるルフィが、それに気付かない訳がない。

 

「〜っ、もう知らねぇ!」

「おい待てよル、フィ…」

「知るかっ!もう知らん弱虫がうつる!」

 

シャンクスがルフィの腕を掴み引き止めようとするも、ルフィは怒りながらずんずん前に進んでいく。

 

 

進んでいく。

腕を掴まれていながら、ずんずん前に。

 

 

「…ぇ」

「ん?」

「な…!?」

 

「…ル、ルフィ……うで…」

 

震えた声でナキに指摘され、ルフィは首を傾げながら自分の腕を見た。

 

 

 

…びょーんと伸びた、自分の腕を。

 

 

「何だこれぇぇぇぇっ!!!??」

「あぁぁぁぁぁあぁぁ!!!??」

「……!?…!!?」

 

さっきの笑い声以上の絶叫が、これでもかと酒場に響き渡った。



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第4話、赤髪の海賊

新年、あけましておめでとうございます!

原作のセリフを大事にしながら書いてると、凄く文章が拙いようになってる気がします。つらたん。でも書くよ!


——この世界には、悪魔の実と呼ばれる果実が存在している。

 

それぞれ自然系(ロギア)超人系(パラミシア)動物系(ゾオン)の三種類に別れているその実は、一口でも口にすれば特別な力を手にする事ができる代わりに、一生海に嫌われて泳げなくなる特殊な実。

別名を“海の秘宝”と言い、その希少価値故に一つ売るだけで1億ベリーはくだらない、まさしく一級品の代物。

 

 

ルフィは、奇しくもその悪魔の実シリーズの中で超人(パラミシア)系に分類される“ゴムゴムの実”を口にしてしまった。

それも、シャンクス達が敵船から奪った物を勝手にデザートとして食べたから。何て間抜けな理由だろうか、とナキは村長と共に頭を抱えて心底思った。

 

当の本人は一生泳げなくなった事を嘆くより、殴られ蹴られの打撃攻撃が全く効かなくなった事に大層喜んでいる。

次にガープが帰ってきた時、ゴム人間になった理由を聞いてこれでもかと怒られるという事は、きっとルフィの頭にはこれっぽっちもないのだろう。

 

 

 

 

その日、家でナキの作った食事をおなかいっぱいに食べたルフィは、おつかいのついでにマキノの酒場に遊びに来ていた。

店は一応昼から開いているが、昼間から酒を飲むような飲んだくれの大人は村にはいない。なので、ルフィを含め村の数少ない子供達は、よくこの酒場に遊びに来る。

 

「そう言えば、もう船長さん達が航海に出て長いわね。そろそろ寂しくなって来たんじゃない?ルフィ」

「ぜんぜん!俺はまだゆるしてないんだ、山賊の一件!」

 

マキノに差し出されたジュースを一気に飲み干しながら、ルフィは不貞腐れたようにそう言った。

 

「俺はシャンクス達をかいかぶってたよ!もっとかっこいい海賊かと思ってたんだ。げんめつしたね!」

「そうかしら?私はあんな事されても、平気で笑ってられる方がかっこいいと思うわ」

「マキノはわかってねェからなー。男にはやらなきゃいけねェ時があるんだ!」

「そう…でもルフィ、ナキはそうは言ってなかったんじゃない?」

 

ぎく、とルフィの表情が僅かにひきつる。あからさまなその反応に、マキノがくすくすと小さく笑った。

 

「ナキに何て言われたの?」

「……お世話になってる人を、悪く言っちゃダメだって。あと…」

「あと?」

「売られたケンカを全部買うのが、かっこいい訳じゃないってさ」

 

いつもなら、姉の言う事を全て素直に受け入れるルフィだが、今回ばかりは納得がいかないようで、ぶすっと頬を膨らませている。

不貞腐れた様子のルフィをなだめようとしたその時、酒場の入口がキィ、と音を立てて開いた。

 

「!」

「邪魔するぜェ…今日は海賊共がいねェんだな、静かでいい…」

 

見覚えのある山賊——ヒグマの姿に、マキノとルフィの表情が固まった。

あの時のようにぞろぞろと仲間を引き連れたヒグマは、迷いなくテーブル席の方に腰掛ける。

 

「何ぼーっとしてやがる。俺達は客だぜ…!」

「!」

「酒だ!!」

 

地を這うような低い声で、ヒグマは脅すように怒鳴り散らした。

 

 

 

 

 

魚屋におつかい。ナキがルフィに頼んだのはそれだけであり、この小さな村の中では、多少寄り道をしてもそう遅くなる事はない。

ナキはそれをよく知っていたし、村の中でも群を抜くわんぱく少年であるルフィは、毎度必ずと言って良い程寄り道をして帰ってくる。

だから今日も、いつものように寄り道をして少し遅くなっているのだと、ナキは疑う事なくそう思っていた。

 

最初は。

 

 

 

「は、はぁっ、はぁっ…!」

 

ぞわぞわと鳥肌が立つような悪寒に、息を切らして必死に足を動かす。向かっている先こそが悪寒の原因である事はわかっていたが、行かなければならない気がしてならなかった。

 

走りに走ってようやく辿り着いたそこに、見つけた数十人の人だかり。ターバンを巻いた見覚えのある集団の中心にいる子供に、ぎゅうっと胸の辺りがキツく締め付けられるように痛んだ。

 

「ルフィ…!」

 

——集団の中心にいた子供は、紛れもなくルフィ本人であった。

それも幼いながらの険しい表情で、自分を踏みつける男——ヒグマを、これでもかと睨みつけて叫んでいる。

 

「ぅおっ」

「ルフィ、ルフィ…!」

「!バカもん、ナキ!」

 

山賊達を押しのけてルフィのもとに駆け寄り、ヒグマの足を力いっぱい引き剥がそうとする。ギロリとヒグマがナキを見下ろすが、ナキは必死になっていてそれどころではなかった。

 

「ねーちゃん!」

「姉ちゃん…?ほぉ、お前ら姉弟か。…おい」

「へい」

 

ヒグマの声に従うように、部下の一人がナキの髪をわし掴んだ。

掴んだ髪を乱暴に引っ張られて、ぐらりとナキの体が半分宙ぶらりんの状態になる。

 

「ぃっ…!」

「ねーちゃん!」

「ナキ!」

「やめてくれ!」

 

ルフィとマキノがナキの名を呼び、村長が切羽詰まった声でヒグマに訴える。ヒグマはそのどれもに反応を示さず、宙ぶらりんになったナキの顔を覗き込んだ。

 

「っ…」

「…似ちゃいねェが、顔は良いな。なかなかの上玉だ」

「山賊!お前、ねーちゃんになんかしたら、絶対ぶっとばすからな!」

「10年も経ちゃ、良い女に育つだろうが…そんなもん待つより、今変態オヤジに売っちまった方が金になるな」

「…!?」

「待ってくれ、頼む!」

 

ぎしぎしと髪を掴む山賊の手に力がこもる。焦る村長の声と、怒りに満ちたルフィの声がナキの耳にひたすら響く。にやにやと笑っているヒグマ本人に、ナキの視界がじわりと歪み始めた、その時だった。

 

「……港に誰も迎えがないんで、何事かと思えば…」

「!」

「いつかの山賊じゃないか」

 

落ち着いた声が、緊迫した空気に静かに通る。

歪んだ視界の端っこに、麦わら帽子が僅かに映り込んだ。

 

「…ナキ、よく弟を助けに入ったな。お前は勇敢で優しい子だ」

「シャンクス!そんな事言うより早くねーちゃん助けろよ!」

「はは…しかし、ルフィ。お前のパンチはピストルのように強いんじゃなかったのか?」

「…!うるせェ!!」

「……っ」

 

いつものように軽口を叩くシャンクスだが、纏っている空気はどこか重い。ナキはひしひしと肌にそれを感じながら、ぐいっと髪を引っ張られながら体を僅かに傾けた。

 

「海賊ゥ…まだ居たのか、この村に。ずっと村の拭き掃除でもしてたのか?何しに来たか知らんがケガせんうちに…」

「悪いが悠長に話すつもりはない」

「…何だと?」

「お前らは、やっちゃならん事をした」

 

一気に機嫌を急降下させたヒグマを気にする様子もなく、シャンクスは言葉を続ける。

 

「俺は酒や食い物を頭からぶっかけられようが、つばを吐かれようが、大抵の事は笑って見過ごしてやる…だがな」

 

刺すようなキツい感覚に、ヒグマとはまた違う悪寒がナキの背筋を駆け抜けた。

 

「どんな理由があろうと、俺は友達を傷付ける奴は許さない…!!」

 

それは静かに、けれど確かに重く、のしかかるような威圧感を孕んだ言葉だった。

シャンクス、とルフィが小さく呟く。一瞬威圧感に気圧されたヒグマだったが、すぐに立ち直ってこれでもかと笑い始めた。

 

「…はっはっはっはっ、許さねェだと!?海にプカプカ浮いてヘラヘラやってる海賊が、山賊様にたてつくとは笑わせる!ブッ殺しちまえ野郎共!!」

「うおおおっ!!」

「っ…!」

 

雄叫びと共にまた髪を引っ張られ、苦痛でナキの顔が歪む。離す気のないままサーベルを引き抜く山賊の男に、シャンクスの視線が鋭く光った。

 

「待てお頭、俺がやろう……充分だ」

 

今にも出そうな自分の船長を片手で制し、ベックマンが前に出る。

 

咥えていたタバコを一人の顔に押し付ける。じゅうっと熱の音がして、男が呻き声と共に地に伏せる。

その隙間を縫うようにベックマンは動き、握っていた銃を鈍器のように振った。

山賊の攻撃など、傷一つも掠らない。丁寧にいなし、的確に顎やこめかみなどの急所にヒットさせていく。予想外の強さだったのか、山賊達の表情にも焦りが現れ始める。

 

「く、来るんじゃねェ!このガキぶっ殺すぞ!」

「ぅっ…!」

「ナキ!」

「——」

 

サーベルが首筋に当たる前に、ベックマンが銃を振るった。

山賊の手からサーベルが飛び、そのまま間髪入れずにこめかみに銃を、そしてナキの髪を掴む手首に膝をヒットさせる。

ぐらりと崩れ落ちる山賊の手からナキを取り戻し、片手でぎゅっと抱きかかえた。

 

「…怪我はないな?」

「、ぁ…っ…!」

「よしよし、怖かったろう。もう大丈夫だ」

「…うぅぅっ……!」

 

ボロボロと、とめどなく溢れてくる涙。ぎゅっとベックマンの服を掴み、肩に顔を押し付けるように埋める。

シャツに少しずつ、じわじわと広がっていくシミに苦笑しながら、ベックマンは鈍器にしていた銃を持ち直す。

 

「…うぬぼれるなよ山賊…!うちとやりたきゃ、軍艦でも引っ張ってくるんだな」

 

ナキを抱えながら、ベックマンが銃口をヒグマに向ける。

途端に、ヒグマが焦ったように表情を変えた。

 

「ま…待てよ!仕掛けてきたのはこのガキだぜ!」

「どの道賞金首だろう」

「…!」

 

有無を言わさぬシャンクスの一言。

シャンクスはヒグマを逃がすつもりはなく、そうなればシャンクスの仲間達もヒグマを逃がすつもりは毛頭ない。たかだか山賊に負ける程弱くもない。

そして、ヒグマもまた、それを察せない程馬鹿ではなかった。

 

「ちぃっ!」

「うわっ!煙幕だ!」

 

突然ヒグマの投げた煙幕がシャンクス達の目の前を覆い、視界が奪われる。おまけに煙幕の広がる範囲が予想外に広いせいで、シャンクス達も無闇に動く事ができなかった。

ベックマンの腕の中で押し殺すように嗚咽をこぼしていたナキは、突然目の前を覆った白い煙に呆然としていたが、不意に聞こえたルフィの声に顔色を青くさせた。

やっと煙幕が消えた頃には、ルフィとヒグマの姿が共になく、それが余計にナキの不安を駆り立てる。

 

「し、し、しまった!油断してた!ルフィが!どうしよう皆!」

「うろたえんじゃねぇお頭この野郎っ!全員で探しゃすぐ見つかる!」

「よりにもよってナキの目の前で不安煽るような言い方すんじゃねーよ!」

「お前も言うんじゃねーよそういう事!」

 

さっきまでの威圧感はどこへ行ったのやら、ぎゃあぎゃあとそれぞれが喚き始める。

その様子を尻目にしながら、ベックマンは青い顔で静かに慌てているナキに声をかけた。

 

「ナキ。ルフィがどこに行ったか、お前わからないか?」

「…!?ぇ、ぁ、ぅぁ、」

「あぁ、別に無理して言わなくていい。ただわかるなら教えてくれ。俺達が必ず連れて帰ってくるから」

 

ぽんぽんとあやすように背を叩いてやりながらそう言うと、きゅっとナキの手のひらに力がこもる。

こくん、と小さく頷いたかと思えば、静かに目を瞑って俯いた。

数えてきっかり二十秒。ふっとナキは目を開くと、震えながら港の方を指さした。

 

「あ、あ…あっち、に…」

「…そうか」

 

ぽん、と今度は頭を撫でてやり、シャンクスの方を一瞥する。

騒いでいたのが嘘かのように静かになったシャンクスは、麦わら帽子を深く被り直すと、にっと両側の口角を上げて笑った。

 

「ナキ、ちょっと待ってろ。今、ルフィを連れて帰ってきてやるからな」

 

そう言うと、シャンクスが勢いよく走り出す。びゅんっと風を切る音が、その場にいた者達の耳にかすかに聞こえる。

かなりの全力疾走に、ナキは涙目になって潤んだ瞳をぱちくりと丸くさせた。



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第5話、別れと決意

数十分後、ルフィはシャンクスに連れられて、村に戻ってきた。…片腕になったシャンクスと共に。

 

号泣するルフィを同じく号泣するナキが抱き締め、姉弟揃ってわんわん泣く。片腕になったシャンクスはクルー達が出迎え、村長達は頭を地面に擦り付ける勢いでシャンクスに感謝の言葉を伝えた。

 

気にするなとシャンクスは笑ってルフィの頭を優しく撫でたが、それに助けられた当人達はまた泣いた。

今まで二人いっぺんに撫でてくれていた手は、今や一人分しか撫でられないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからさらに数日が経ち、ついにシャンクス達がフーシャ村を離れる日がやってきた。

ナキとルフィは、当然だと言わんばかりに彼らの見送りに来た。シャンクスは二人にすぐ気付き、いつもと何も変わらない態度で二人と話す。

 

「この船出で、もうこの村へは帰ってこないって本当!?」

「あぁ。随分長い拠点だった…ついにお別れだな」

 

別れ。その単語に、ルフィの頬が微かに引きつる。

当然の事なのだ。シャンクスは海賊で、海賊は自由気ままに海を旅する。少なくともルフィにとって、海賊とはそういうものだ。

 

「悲しいだろ?」

「…悲しいけど、もう連れてけなんて言わねーよ!自分でなる事にしたんだ、海賊には!」

「ばーか!お前が海賊になんてなれるか!」

「なる!!俺はいつか、この一味にも負けない仲間を集めて、世界一の財宝を見つけて!!海賊王になってやる!!」

 

 

海賊王。

 

 

それは、ほとんどの海賊達が夢見る名前。かつてゴールド・ロジャーという男に与えられた世間の称号であり、この大海賊時代の幕を開けた伝説の海賊。

 

「ほう…!俺達を超えるのか」

 

その言葉に、果たして何を思ったのか。シャンクスはに、と口角を上げて笑った。

そして、自分の被っていた麦わら帽子を片手で取ると、俯くルフィの頭に深く被せた。

 

「この帽子を、お前に預ける」

「……!」

「俺の大切な帽子だ。いつかきっと返しに来い──立派な海賊になってな」

 

最後にぐっと力を込めるように頭を上下に揺らしてやってから手を離すと、今度はその隣にいたナキに手を伸ばした。

ルフィの時ほど乱暴にならないように加減しながら、そっとその頭を撫でてやる。今度はその綺麗な髪が、撫でたおかげで乱れたりしないように。

 

「俺がいなくなったら、ナキも寂しがってくれるか?」

 

笑い混じりの問いかけに、ナキは何も言わず静かに頷いた。

いつもと変わらない控えめな反応に苦笑しつつ、膝をついてしゃがみ込む。

 

「………」

「……?」

 

笑みを浮かべたままシャンクスにジッと見つめられ、ナキが上目遣いにこてりと首を傾げる。そのきょとんとした表情が、シャンクスの記憶には覚えがあった。

 

「…似てるなぁ」

「……?し、シャンクスさん、あの…」

「ん?」

「に、似てるって…だ、誰の、事?」

「…あぁ、こっちの話だ。気にする事はないさ」

 

誤魔化すようにそう言ってから、シャンクスは更に言葉を続けた。

 

「…これは俺の見解なんだが、ナキ。お前はきっと特別だ」

「…え?」

 

その言葉に、ナキは目を丸くしてシャンクスを見上げた。浮かんでいた筈の笑みは消え、真剣な目でシャンクスはナキを見る。

 

「お前自身、自覚はあるだろう?…自分の中に秘めている、その“感じ取る力”」

 

それはまたの名を、“見聞色の覇気”と言う。

 

 

最初にシャンクスがその片鱗を見たのは、山賊が酒場にやってきたあの時だった。

自分達も気付いていなかった山賊達を、酒場に現れる前から気付いていた。

 

次にその片鱗を見たのは、ルフィがヒグマに連れていかれた時。

ベックマンが誘導したという事もあるが、ナキは見事に見聞色の覇気を使い、ヒグマが逃げた方向を当ててみせた。

 

思い返してみればそれだけではない。他人の感情に敏感な所や、話しかけようとすると先に気付く所。

まだ弱く、新世界の猛者達が扱う物に比べればちっぽけな力。しかしそれでも、最弱とされる東の海では充分すぎる程特別な力だ。

 

「……あ、の…」

「何もそう怯えないでくれ。取って食いやしない」

 

ただしたかったのは、“確認”と“警告”の二つ。

 

「見た所、その力は生まれつきだな?」

「…うん」

 

間違ってはいない。

死神(グリム・リーパー)と名乗る謎の不審者(というか本物の死神)から与えられたなんて、口が裂けても言えなかった。

 

「その力はな、海のあちこちにいる色んな実力者達の、更に一部の奴が扱う力だ。だがそんな奴らでも、生まれつき手にしてる奴は滅多にいない。つまり、お前のそれは“特別”だ」

「……特、別…」

「あぁ。普通は数えきれない程の鍛錬や窮地の末に覚醒する力だからな。それが生まれつきとなれば、良からぬ事を考える奴が現れるかもしれない。出来る限り、信用出来ない奴には悟られないようにしろ」

 

いくら最弱であり平和の象徴とも言われる東の海でも、人攫いの存在がゼロである訳ではない。生まれつきの覇気使いなら、大なり小なりそれなりの価値がある。

ましてナキは、“血縁”すらもが特別だ。その事実を本人が知っているのかはわからない。わからないが、共に過ごしてきたこの一年間を思い返すには、きっと何も知らないだろう。

 

数秒の間を空けて、ナキは静かに頷いた。俯いた状態のナキの瞳に不安が映り込んだように見えて、シャンクスはまた苦笑する。怯えるか否かは本人の気の持ちようなのだから、シャンクスにはどうにもできやしないのだ。

髪を崩さないようにナキの頭をひと撫でしてから、シャンクスは立ち上がった。笑顔を浮かべながらじゃあなと呟き踵を返す。小さな声で「あ…ありがとう、ございまし、た」と言ったナキに、またくつくつと笑みをこぼした。

 

 

「…あの二人、将来はデカくなるぞ」

「あぁ。何せルフィは俺のガキの頃にそっくりだし、ナキも生まれついての覇気を有してる金の卵だ。“あの人”の娘なら、ある意味当然の資質かもしれないが…」

 

そう呟いたシャンクスの脳裏に、ある人物の姿が浮かぶ。深く関わっていた訳ではないが、幼い頃は世話になった人物だ。

 

性格は全く違う。しかし、あの純度の高い色の黒髪と黒曜石のような黒目は、間違いなく“あの人”の娘だった。

 

「…ま、俺が気にしすぎる事でもないな!」

 

ルフィのファミリーネームはモンキー。名の通った海賊なら、その名前を知らぬ者はいない。

 

“英雄”モンキー・D・ガープ。

その孫であるルフィと共に暮らしているのだから、ガープはナキを保護し扶養しているという事になる。ならば、ただの海賊であるシャンクスがいちいち気にする必要はない。

 

「──野郎共!錨を上げろ、帆を張れ!──出港するぞォォ!!」

「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」」

 

高く、野太い雄叫びが、船と海に大きく轟く。

 

 

──後に世界を揺るがす存在となる一人の少年に夢を与え、男は偉大なる航路(グランドライン)の大海原に繰り出した。



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第6話、少年との出会い

「いっっってぇぇ〜!何すんだよじいちゃぁん!」

 

大きなたんこぶが頭に実る。ルフィは涙目で頭を抑えながら、拳を握る自身の祖父──ガープを恨めしげに睨みつけた。

ちなみにナキは怒られるような事は特に何もないので、外に干していた洗濯物を取り込んでいる最中だ。

 

「何もこうもないわい、バカモンがっ!お前は誰よりも強い海兵になるのだと、あれほど教えたじゃろうが!」

「やだ!俺はシャンクスと約束したんだ!いつか立派な海賊になって、この帽子を返すって!」

「妙ちきりんな約束を…!それもよりによって、あの赤髪のシャンクスとは…!」

 

鬼の形相でギリギリと歯ぎしりをするガープ。普通の子供なら恐怖で泣き出しそうなものだが、慣れきっているルフィは何の恐怖も抱かない。ナキも怖いとは思うだろうが、泣き出したりはしないだろう。孫二人は強かった。

 

「とにかく!俺は海賊王になって、シャンクスをこえる立派な海賊になるんだ!」

「海賊王じゃとぉ…!?」

 

ガープのこめかみに血管の青筋がビキビキと浮かび上がる。海軍中将として、そして祖父として聞き捨てならない言葉だった。

 

「こんっっの、バッカモンがぁ!!!」

「いっっってぇぇぇぇ!!!」

 

ドッカーン!と家の中、いや村全体に、ガープの怒声と拳の音が響き渡る。壊れるのではないかというぐらいの勢いで、ルフィが家の壁に叩きつけられる。体がゴムになっていなければ、全身打撲の重傷もいい所だ。

痛がるルフィを尻目にしながら、ガープは必死に思考を巡らせた。

 

(あの小僧、よくもわしの孫を誑かしおって…!)

 

知らぬうちにこの村にやって来ていたという海賊“赤髪のシャンクス”の事を、ガープは嫌という程よく知っている。

ガープが同じ時代を生き、この大海賊時代の幕を上げた“海賊王”ゴールド・ロジャーの船に、見習いとして乗船していた小童だ。

 

今は超新星(ルーキー)としてそれなりに名を上げているようだが、その事実すらも腹立だしい。

あまつさえ己の故郷を一年間も拠点とし、可愛い我が孫を海賊の道に誘惑した。ぶっちゃけ今すぐにでも探し出してコテンパンに叩き潰したい。

 

どうする。

 

 

「あ、ねーちゃん!せんたくもん、終わった?」

「ん…ルフィ、頭…たんこぶあるから…タオル、冷やして持ってくるから…ち、ちょっと、待って…」

「ナキィ!!」

「ひゃいっ!?」

 

ビクッとナキの肩が跳ね上がる。何かを決心したような表情で、ぐりんっとガープは勢いよく振り向いた。

 

「出るぞ!準備せい!」

「ど、ど、どどこ、に…」

 

「コルボ山の山賊ん所じゃ!」

 

何がどうしてそうなったのか、ナキは物凄くガープに尋ねたかった。

尋ねたかったが、おそらく理解するには常識をとっぱらわねばならない事を察し、大人しく出かける準備をする事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなでコルボ山をのぼっていく三人。

ガープの肩に軽々と肩車させられているナキと、同じくガープに引っ掴まれながらずるずると引きずられているルフィ。

ナキは心配そうにガープの肩からルフィを見下ろしているが、発言内容があれなのでうまく擁護してやれない。

 

「山賊のとこなんて行きたくねぇ!俺は海賊王になるんだぁ!」

「何が海賊王じゃ!悪魔の実など食うてしもうた上に、ふざけた口を叩きおって!」

 

さっきからずっとこれの繰り返しだ。

山賊に関してはつい最近あった事件のせいで、ナキも少なからず苦手意識を持っている。むしろ、何故海軍中将であるガープは山賊の知り合いがいるのだろう。

 

「ルフィ!お前は将来最強の海兵になるんじゃ!」

「いつもそんな事ばっか言うけどさー!じいちゃんねーちゃんには俺みたいにしつこくそういうの言わねーじゃん!」

「バカタレェ!男と女じゃあ育てかたに多少差が出るのは仕方なかろう!」

 

多少どころかだいぶ差があるのだが、まぁ一般論ではある。

実の所、ガープはナキにも海軍になって欲しいとは思っている。しかし、虫一匹殺せない本人の性格を考慮すると、とてもじゃないが海兵には向いていない。せいぜい事務仕事が良い所だ。

海軍上層部にとってはその事務仕事こそ人手が欲しい部分なのだが、良く言えば自由、悪く言えば横暴なガープには知ったこっちゃない話だ。

 

「イデデデ!くっそー俺ゴムなのに何で痛ェんだ!?放してくれよじいちゃん!」

「お前を生温いフーシャ村に置いたのは失敗じゃった!よりによってあの赤髪のシャンクスと馴れ合うとは!海賊ぅ?バカタレが!」

「はーなーせー!」

「………」

 

そんな平行線の会話をナキが見守る中、古びた山小屋が姿を見せた。ガープは山小屋を見つけるとようやくルフィから手を離し、肩車していたナキを地面に下ろす。

そして、山小屋に近付き力任せに扉を拳でダンダンッ!叩き始めた。ビクッとナキの肩が跳ねる。

 

「ダダン!おるか!開けんか!」

「うるっさいね一体どこのどいつだい!?」

「わしじゃ」

「…!?ガープ!?あ、いやガープさん!?」

 

腕を組み堂々と言い放ったガープに、現れた女─ダダンはぎょっと目を見開いた。ダダンの後ろから大柄なマグラと小柄なドグラも血相を変えて姿を見せる。

 

「ガープさん!もうホントボチボチ勘弁しとくれよ!エースの奴もう十歳だよ!?」

「おぉ、もうそんなになるか…元気にしとるか?」

「これ以上我々じゃ手におえニーよ!引き取ってくりよ!」

「ねーちゃんあいつマキノよりでっけー」

「何だコラクソガキャァ!?」

「ル、ルフィ…ちょっと、黙ってて…」

 

なんともまぁまとまりのない会話である。

 

「まぁそんな事より、もう二人頼む」

「…は?」

「…何すかそのガキンチョ」

「わしの孫」

 

無言。静寂。

 

「…はぁぁ!!?」

 

そして、絶叫。

 

「もう一人増える!?」

「ガープの…あいやガープさんの孫ォ!?」

「ほれ二人共、挨拶せんかい」

「よ!俺ルフィ!」

「…ぁ、えっと…ナキ、です…」

 

ぴっと軽く挙手するルフィと、ガープの足元に隠れながら小さな声で呟くナキ。対照的な二人にダダンは目を白黒させると、ブンブンと首を大きく横に振る。その様子にまたガープがガハハと豪快に笑う。

 

「よし、じゃあ選べお前ら。ブタ箱で一生を終えるかこいつらを育てるか。目を瞑ってやってるお前らの罪は星の数だ!」

「そりゃまー捕まるのはやだけど、時々監獄の方がマシじゃないかって程エースに参ってんのに…それに加えてあんたの孫って!」

「ナキは大人しくて聞き分けのええ子じゃぞ。ちと人見知りが激しいがの」

「そんな大人しい人見知りするガキをおり達山賊に預けるのは駄目じゃニーんですか!?しかも女の子って!」

「お前らが言うかそれを」

「つーか肝心なのはもう一人の方!どうせ怪物みたいなんでしょ!?あのガキも!」

 

無茶振りをかます海兵と常識的思考で話す山賊という不思議な光景がそこにはあったが、その構図に口を挟む者は残念ながらいなかった。

 

「…?」

 

ふと、ナキがガープにしがみついたまま首だけを動かして振り向く。同時に、虫を追いかけていたルフィの頬にべちゃっと何かが飛んできた。

 

「うっ…げーっ!ツバ汚ぇ!おい、誰だお前!」

「おお、エース」

「うおっ…!帰って来てたのか、エース!」

「…エース?」

 

ぐったりと事切れた野獣と、その上にどっしりと腰掛ける黒髪の少年。片手に赤黒い染みのついた鉄パイプを持ち、視線だけで人を殺せそうな目つきの悪さ。

──この少年が、エース。

 

「二人共、あいつがエースじゃ。歳はルフィの3つ上でナキの2つ上。今日からこいつらと一緒に暮らすんじゃ、仲良うせい!」

「決定ですか!?」

「………何じゃい」

「お預かりしますっ!!」

 

ギロ、とガープがひと睨みすれば、ダダンはすぐさま血相を変えてそう答えた。

そもそもガープにとって決定事項だった事なのだから、それが覆される事などまぁある訳がないのだ。

 

「……っ」

 

背筋に悪寒が走る程の冷たい視線に、ナキは思わず視線を逸らした。見聞色の覇気のせいで、エースの冷たいその気迫を、誰より強く肌に感じてしまうのだ。

 

ルフィは負けじとエースを睨んだが、エースはルフィの睨みなど気にするそぶりさえ見せず、ただ黙って野獣の上から飛び降りた。



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第7話、初日早々

結局、ナキとルフィは山賊ダダン一家に預けられる事になった。

あまりの一方的な決定にダダン達は最後まで不服そうだったが、そっとガープが拳を構えると即座に黙り込んだ。

 

「ちなみにルフィは頑丈じゃからバンバンしごいてやって構わんが、ナキは女の子なんじゃから丁重に扱え」

「じゃあ預けんじゃねぇよ…」

「何か言ったか?」

「イーエナンデモ!」

 

そんな風にダダンに釘を刺してから、ガープはさっさと山を降りていった。

 

 

 

 

 

 

「俺、山賊大っっ嫌いなんだ!」

「黙れクソガキあたしらだっておめェらみたいなの預けられて迷惑してんだよ!ここにいたくなきゃ好都合!出てってその辺で野垂れ死んじまえ!」

「まーまーお頭…」

 

翌日、早々に失礼な発言をかますルフィに、ダダンは大きな声で怒鳴り返した。気に入らなさそうにダダンにあっかんべーするルフィを、隣に座ったナキが心配そうにチラチラ見やる。

 

「メシも食いたりねェ。俺もあの肉食いてェ!」

「あの肉もこの肉もみんなエースが獲って来た野牛の肉だ!あたしらにも分け前を渡す事で食卓に並ぶんだ、山賊界は不況なのさ!」

「なーねーちゃん腹減ったー」

「…あとで、も、森の何か、料理、できたらする、から…」

「やったー!」

「話を聞けぇこのクソガキ共!」

「っご、ごめんなさい…」

 

ビクッと震えたナキの表情が恐怖で固まる。「丁重に」と釘を刺されていた事を思い出し、思わずぐっと押し黙る。一旦呼吸を整えてからまたぐわっと勢いよく凄む。

 

「とにかく!明日からおめェら死ぬ気で働いて貰うぞ…!掃除洗濯靴磨きに武器磨き!窃盗略奪詐欺人殺し!」

「お頭、女の子の方はさせたらガープさんにぶん殴らりるんじゃニーですか」

「そっちのガキは掃除洗濯だけ教える!いいな…ここでさせられた事は絶対にガープの奴にチクるんじゃねェ!」

 

ゴゴゴと音が聞こえそうな程に凄んだ表情に、涙目になっていたナキの目が更に潤み、さして驚きもしないルフィをぎゅっと抱き締める。

 

一日に一回(・・・・・)、茶碗一杯の米!一杯の水!これだけは保証してやる。後は自分で調達するんだ!そして勝手に育ちな!」

「わかった!」

「んわかったんかいっ泣いたりするトコだそこはァ!」

「…ま、前、ジャングルに、な、投げ込まれた、事…ある、から…」

「うん、べつに森ぐらいへーきだ」

 

ズガンっ!と頭から床に滑りながらツッコんだダダンに姉弟は冷静にそう返す。

後ろでは仲間の山賊達が「ジャングル…?」「何でジャングルに…?」と囁きあっている。

そのうちの何人かはガープの自由な人柄や無茶振りをよく知っているので、『ジャングルに投げ込まれた』というその特殊な状況が、ガープの理不尽な修行方法の一端である事を瞬時に察していた。

山賊の自分達が言えた事ではないが、仮にも“海軍の英雄”を名乗っているなら、もう少しだけ人道的な修行に変えた方が良いと思う。

 

「ミミズもカエルもヘビもキノコも、ここが森なら腹一杯食える!俺はいつか海賊になるんだ、それくらいできなきゃ!」

「海賊ぅ!?」

「あ、あいつどこ行くんだろ。ねーちゃん、俺ちょっと行ってくる!」

「う、うん…い、行ってらっしゃい…」

「だから!話を!聞けっつってんだろうがァ!!」

 

ダダンの叫びも虚しく、ルフィはエースの後を追って外に出ていった。自由奔放な所は流石ガープの血縁と言った所だろうか。

 

「ホラ見ろ逞しすぎなんだよ!だから嫌なんだよガープの孫なんて!」

「まーまーお頭…」

 

ダダンもそのモンキー家特有のその奔放さを肌身にしっかり感じたようで、頭を抱えてギャーギャーとガープに対する恨み言を叫んでいる。

義理とはいえ祖父への恨み言を間近で聞いてしまったナキは非常にいたたまれなく、察したドグラが手を引いてナキを離れた場所に移動させてやる。

 

「あー…お頭は慣りりば良くしてくりるから、あんま嫌わニーでやっティくりよ」

「あ…だ、大丈夫、です…こちら、こそ、あの…祖父の、か、勝手に…付き合って、もらって…す、すみません…」

「良い子だぁ…」

「礼儀正しい良い子だ…」

「おどおどしてるけどめっちゃ良い子…」

 

エースからは全く感じられない『良い子』要素に、山賊達は思わず目を潤ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

前もってガープが話していたように、ナキは人見知りが激しい子供だった。

 

ここにやってきた時も、最初は不安そうにしてガープの足元に隠れていたし、預けられてガープが帰っていった時も、苛立つダダンに落ち着かない様子でずっとルフィの手を握っていた。ビクビク怯えてもいたようなので、単純に怖がりなのだろう。

掃除洗濯を頼めば全て滞りなく終わらせていて、聞けばフーシャ村で暮らしていた時から、家事はナキがやってという。

まだ8歳だというのに随分働き者だと、山賊達は素直に感心した。

しばらくして落ち着きを取り戻したダダンも、大人しく言われた事をきちんとするナキに心底安心したようで、はーっと深いため息をついていた。

 

「ナキ。あんた、掃除洗濯の他には何ができるんだ?」

「…え、えっと…料理とか、裁縫、とか…で、でも、ちょっとだけ…です…」

「…あんたホントにガープの孫かい」

「…ち、血は、繋がってない、から…」

 

ぼそぼそと小さな声で話すナキを、ダダンはわずかに口を曲げながら見下ろす。

血が繋がってないなら確かに納得はする。しかし、それでもここまで性格が違ってくる物なのだろうか。いや勿論こちらにとってはありがたい事この上ないが。

 

まぁ、いいか。

ダダンは心の中でそう呟きながら、ナキの黒髪をわしわしと撫で回した。どうか弟の方も、特に問題は起こさぬようにと祈りながら。

 

 

 

率直に言うと、問題は当然のように起こった。

ルフィが帰って来ないのだ。

 

先に戻ってきたエースにダダン達が問いかけるも、返ってくるのは「知るか」という冷たい一言のみ。

ダダン達には、探しておくからとりあえず先に寝ろと言われたが、正直心配でとても眠れない。

 

だって、フーシャ村にいた頃は、一緒のベッドで寝ていたんだ。

 

 

 

 

 

「……ル、フィ…」

 

 

その夜、ナキは山小屋を抜け出すと、暗い暗い森の中を震えながら進んでいった。



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第8話、シルクハットとの出会い

夜の森というものは暗く、そして危険に満ちている。

 

月明かり以外は一切の光がなく、夜行性の獣が森の中をうろついている。足場も悪く、おおよそ夜目に慣れていない子供が一人で踏み入るような場所ではない。

それでもナキが一人で森に踏み込んだのは、ひとえにルフィが心配だからこそ。足場の悪い中を何とか進めるのは、生まれつきの見聞色の覇気があってこそだ。

 

暗闇をだいぶ進んだ先で、ナキは目を閉じて意識を集中させた。森の中に充満する気配を出来る限り丁寧に探っていく。気が遠くなりそうな作業だが、7年間共に過ごした弟の気配を忘れるなんて事はありえなかった。

しばらくして、頭の中でピンッとアンテナが張ったような感覚が起こり、ナキははっと目を開いた。暗闇の、足場の悪い危険な森を、たった一人で駆けて行く。

 

走りながら向かった先は谷底だった。暗闇の更に奥深く、暗黒と比喩するに相応しい程の闇。

何故こんな場所からルフィの気配を感じるのかは謎だが、おおかた橋や谷から足を滑らせて落ちたのだろう、とナキは思った。だいたい合ってる。

 

「ルフィ…!」

か細い声で名前を呼ぶ。段々深く濃くなっていく闇に、ナキの恐怖は大きくなる。それでもルフィの、弟の名前を呼び続ける事はやめなかった。

 

「……ねーちゃん?」

「!」

 

聞こえた声に、ばっと後ろを振り向く。暗闇の中からゆっくりと姿を見せたのは、ぱっくりと瞼を切ってしまったルフィだった。

声にならない掠れた悲鳴をこぼしながら、ナキはすぐルフィに駆け寄った。目の前にいるのが大好きな姉である事を確信したルフィは、大粒の涙を目からボロボロとこぼした。

 

「ねーぢゃん"っ…!」

「ルフィ…!どこ、どこに、行ってたの…!け、怪我も、して…」

「ゔゔ…狼に"、おっがげられでだ…!」

 

ぎゅうっと力強くしがみつき、嗚咽と共にルフィが言った言葉に、ナキは目を見開いた。

ぐるりと周囲を見渡して、見聞色の覇気で気配を探る。いくつか気配は感じたが、それが狼か否かまでは判別する事ができない。

 

「…と、とにかく、帰ろ…?」

「ゔん…」

「け、怪我、大丈夫…?」

「へーぎ…いだくねーもん…」

 

嘘だ。ぱっくりと切れた瞼は、血こそ流れていないもののジクジクと赤く滲んでいる。このまま放置していれば、傷口が膿んで悪化するかもしれない。

手を引いて来た道を引き返す。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、ルフィもしっかりその後ろをついてくる。

 

坂を昇って、わずかな月明かりがこぼれる場所に手を伸ばそうとしたその時、ナキから見て右側から獣の唸り声が聞こえた。その瞬間、ナキは血の気が引いた顔を強ばらせ、勢いよく駆け出した。

 

「わっ!」

 

突然走り出した事でルフィが転げそうになり、腕の力だけで支えながらとにかく走る。

油断した。ルフィが見つかった事に安心して、見聞色による警戒を怠った。

その結果が、今自分達を追いかけてくる獣だ。気配が一つだけしかないのは不幸中の幸いか。いや現在進行形で幸い所ではないのだけれど。

 

「うぎゃっ!」

「きゃっ…!」

 

コケに覆われた岩場の上を、ルフィがずるっという音を立てて滑る。ルフィとしっかり手を繋いでいたナキも一緒に、バランスを崩して岩場から落ちていく。

地面に体を打ち付けた痛みに耐えながらナキは身を起こすと、自分の隣に落ちたルフィの方に視線を向けた。

 

──そして、こちらをまっすぐに見据える狼の姿を見て、ひゅっと息を止めた。

 

「ルフィ!」

 

反射的にルフィの名を叫ぶ。普段声を荒らげないナキが大声を上げた事に驚いたのか、ルフィは目を丸くして手を伸ばすナキを見つめ返した。

その大声を合図にしたかのように狼は走り出すと、ナキとルフィの二人に迷う事なく向かっていった。

 

タンッ、と狼が軽く跳躍し、月明かりが牙に反射する。

ナキがぎゅっと守るようにルフィを胸に抱き締め──それと同時に、ガンッ!という強い音が、二人の耳に鈍く聞こえた。

 

恐る恐る目を開くと、目の前に迫ってきていた筈の狼が少し離れた岩壁にぶつかっていて、代わりにナキの視界に映ったのは、鉄パイプを持った一人の少年の姿だった。

 

「…お前ら、大丈夫か!?」

「…!?ぁ、ぇ…だ、だい、じょうぶ…で、です…」

「そっか、良かった!」

 

そう言うと、少年は月明かりに照らされながら爽やかに微笑んだ。シルクハットから覗く金髪が光の加減でキラキラと光っているように見える。

 

「おい!そっちのお前も無事か!?」

「おう!切られたら痛ぇけど、ぶつかるのは痛くねぇから平気だ!」

「そ、そうか…?よくわかんねぇけど、あの狼がまた起き上がる前に逃げるぞ!」

「わっ…!」

 

少年がナキの手を引いて走り出し、一緒にルフィも引っ張られる。

岩場を飛び、縫うように走り抜き、少年が大きく叫んだ。

 

「お前ら!名前は!?」

「俺はルフィ!将来は立派な海賊になるんだ!」

「ナ、ナ、ナキ…」

 

「俺はサボ!よろしくな!」

 

二人の手を引きながら、少年──サボは、目一杯笑ってそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ここまで来れば、流石にもう大丈夫だろ」

 

自分達の来た方向を見返しながらそう言うと、サボはずっと繋いでいたナキの手を離した。

 

「ったく…ナキって言ったよな?お前が谷底に向かうのを俺が見つけて、ビックリして後をつけてきたから良かったものを…お前らだけだったら、今頃狼の腹の中だぞ!」

「う、うん…あ、ありが、とう…」

「そっちのお前もだぞ!何で谷底になんていたんだよ!?あんなとこ、夜に行くようなもんじゃねぇのに!」

 

どこか呆れた様子でサボがルフィに説教するが、ルフィはムッとしてサボに反論した。

 

「自分から落ちたんじゃねぇ!エースに落とされたんだ!」

「は?…エース?」

「そうだ!鉄パイプで思いっきり殴られて、落ちた!」

「鉄…っ!?」

 

ルフィの言葉にナキは顔色を真っ青にしたが、サボは訝しむように首を傾げた。

 

「なぁ、エースってポートガス・D・エースか?」

「ん?サボ、エースの事知ってんのか?」

「いや、知ってるも何も、俺毎日エースと会ってるぞ?」

「えっ!そうなのか!?」

 

予想だにしていなかったサボの言葉に、ルフィは目を丸くして驚愕の声を上げた。

 

「なんだよー、エースだってサボと遊んでるじゃねーかよー。エースのやつ、俺が一緒に遊ぼうって言っても無視するんだぞ!?」

「はは…エースは、ちょっと気難しい所があるからな。でも悪いヤツって訳でもないから、許してやってくれよ」

「おう!わかった!」

 

予想以上にけろっと許したルフィに、サボは面食らいながら苦笑すると、隣でずっとおろおろしているナキに視線を移した。

 

「お前ら、流石にこれから戻るよな?二人だけで大丈夫か?」

「…えっ、と…た、多分、だ、大丈夫、だとは…思う、けど…」

「…聞いておいてなんだけど、あんまり大丈夫そうに見えねぇぞ?さっきだって狼に追われてたし」

「ぅ…」

 

本当なら、見聞色の覇気を使って獣の気配を避けながら戻る事はできる。しかし、ついさっき狼の気配に気付けなかった事もあって、自分の覇気を頼りにする事が不安だった。

サボは、そんなナキの不安をなんとなく感じ取ると、しばし考え込んでからこう言った。

 

「…二人だけが心配なら、俺も一緒に行こうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰だクソガキテメェ!!?」

「おう、俺はサボ!縁あってルフィとナキと知り合っちまったから送ってきたんだ。ついでに夜分遅かったから勝手に泊まらせてもらってた!」

「泊まるんじゃねェよ!!!」

 

鬼の形相で叫ぶダダンの怒声を、サボは爽やかな笑顔で聞き流す。

サボの背後には青い顔でおろおろとしたナキと、まだ眠そうに目をこすっているルフィ、目を見開いてサボを凝視しているエースの姿があった。

 

昨晩、サボはルフィとナキを送ったついでに、この山小屋で一晩を明かしていた。

本当は戻るつもりだったのだが、ルフィがサボに懐いてしまい、泊まれ泊まれと駄々をこねたので、仕方なく泊まる事にしたのだ。

ナキは申し訳なさそうにしていたが、どうせエースもいるのだからと、サボは案外気兼ねなく過ごした。

 

「あ、そうだエース!お前何でルフィの事、俺に一言も話さねーんだよ!?」

「は…?な、何でって…」

「そーだぞエース!サボは俺とねーちゃん、一緒に遊んでも良いって言ってたぞ!」

「俺達の邪魔しないなら、だけどな」

「…!?な、何勝手に決めてんだよサボ!こんなクソガキ、一緒にいた所で役にも立たねぇだろ!」

「クソガキじゃねぇ!俺はもう7歳だぞ!」

「充分クソガキだろうが!そもそも何でお前らがサボと一緒にいるんだよ!?おかしいだろ!」

「あ…ル、ルフィ、お、落ち着いて…」

「エースも落ち着けよ。7歳相手に大人気ないぞ。それに、元はと言えばお前がルフィを谷底に落としたからで…」

 

 

「うるせぇっ!!いっぺんに喋んじゃねぇこのクソガキ共ッッ!!!」

 

これでもかというダダンの大声が、コルボ山一帯に響き渡った。



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第9話、不機嫌エース

サボが新たな住人として、勝手にダダンの山小屋に居候し始めてから数日。

 

「エース、いい加減に機嫌直せよ」

「そうだぞエース!一緒に遊ぼう!」

「………」

 

眉間に深い皺を刻み込み、森の中を早足でぐんぐん進んでいくエースの後を、サボ、ルフィ、ナキの三人が追いかける。

 

突然ガープが連れてきた姉弟は、初日早々エースの相棒であるサボとすっかり仲良くなっていた。

唯一の友人をこうもあっさり“取られた”事は、エースのルフィとナキに対する敵意をより過激にさせた。

 

まぁ、早い話が拗ねているのだ。

 

「どこに行くつもりだよ、エース」

「いつも通りだ!海賊貯金を貯めに行く!」

「おいおい、今日はブルージャムの一味が表に来てる筈だぞ?行かない方が…」

「来たくないならお前は来なきゃ良いだろ!」

 

すっかり不貞腐れてしまったエースは、イライラしながらそう言い放つと、そのまま三人の前から走り去っていった。

あまりに素早く追いかける事も叶わなかったので、サボはガシガシと自分の頭をかきながら追いかけるのをすぐに諦めた。こういう拗ねて怒った時のエースは、基本的に何を言っても聞き入れない。

 

「なーサボ、海賊貯金って何だ?」

「ん?…あぁ、俺達、将来立派な海賊になる為の金を貯めてるんだよ。お前と一緒だな」

「サボ達も海賊になりてーのか!」

「おう!でも、他のヤツらには絶対内緒だぞ?」

「わかった!絶対言わねぇ!」

 

そう言ってにししと笑い合った二人だが、サボはルフィの「絶対言わない」をそこまで信じていない。

まだ年齢一桁の子供が、そう簡単に約束を守れるとは到底思えない。だからサボは海賊貯金の存在は教えても、それの隠し場所までは教えるつもりは少しもなかった。

 

「あ、ナキも言うなよ!面倒になりそうだし」

「…う、うん…」

 

おずおずと頷くナキの姿を見ると、何故かそれだけで不思議と信用できてしまう。性格が違うだけで信憑性にこうも差が出るものなのかと、まだ幼いサボ少年はしみじみ思った。

 

 

 

 

 

 

ゴミ山までやってきたエースは、後ろを軽く一瞥しながら不機嫌そうに息を吐いた。

 

「ったく、何でサボの奴、あんな奴らなんかと…」

 

ガシガシと乱暴に自分の頭をかきながら、苛立ち気味にそう言うエース。

乱暴さと人見知りが混ざってしまっているような性格のエースは、サボやルフィのようにフレンドリーとは言い難い。そのせいだろうか、サボ以外の友人はおらず、共に暮らしているダダン達との関係も良好とは言い難い。

それらは全て、ひとえにエースの出自が大きく関わってはいるのだが、それはエースに変えられる事ではなかった。

 

「…ふん、どうせあいつらだって、本当の事を知ったら俺の事……」

 

そこまで呟いて、ふと数人のゴロツキの姿がエースの目に止まった。

手にはそれなりの重さがありそうな分厚い袋を持っていて、エースは直感的にそれが「財宝」であるとすぐに察する。

鉄パイプを握り締め、無駄な考えを捨てる為に首をぶんぶん横に振る。

 

胸のうちにふつふつと湧いている気分の悪い感情を取っ払うべく、エースはたった一人、ゴロツキ達に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

エースを追うサボと別れ、ルフィと二人だけになったナキは、ジャングルの中で食材になりそうなものを探していた。

主に山菜やキノコを採って、罠を作り小動物も狙った。悲しいかな、ジャングルに容赦なく投げ込まれた時の経験が、こんな所で活きてくる。

 

「ねーちゃん、キノコ見つけた!」

「そ、それは、毒、キノコ、だから…た、食べられない、よ…」

 

そしてサバイバル能力はあってもサバイバル知識はないルフィ。

言う事を素直に聞いてくれるのだから問題がある訳ではないが、毒か否かは見分けがつくようになって欲しいとは思ってしまう。

手に入った食材は、キノコが数種類といくつかのハーブや山菜だった。罠はまだ確認していないが、上手くいっていれば野ウサギの一匹ぐらいは捕まっているかもしれない。

 

「ねーちゃん、これで何作れる?」

「う、うーん……の、野ウサギとかが、つ、捕まえられ、てたら、す、スープ、とか…」

 

ルフィの食べる量を考えればそれでも少ない方だが、二人だけで猛獣を狙うのはまず無理だ。返り討ちに合うのが目に見えている。

川には鰐が住み着いていたし、近くには猛獣の巣もあった。無闇に近付くのは危険だろう。

 

採った山菜やキノコを草むらの茂みに隠して、別の場所に仕掛けた罠を確認しに向かうと、ナキは知っている二つの気配を感じ取った。

 

「…あ!ねーちゃんあそこ!エースとサボだ!」

「えっ…あ、ル、ルフィ…!」

 

言うなりルフィはナキと繋いでいた手を離して、サボ達がいる大木の方に走っていく。

 

「おーい、エース、サボ!」

「!?」

「えっ、ルフィ!?」

「今、海賊船って言ったか?お前ら海賊になるのか!?」

 

笑顔でルフィが聞いたその言葉に、エースとサボの顔面が一気に青くなる。

それを見たナキは、瞬時に『聞いてはいけない事を聞いてしまった』事を察して、同じように顔を青ざめた。

 

「俺も同じだよ〜!」

「ル、ルフィ、待って…!」

「あー悪いナキ、ちょっと捕まってくれ」

 

すたんっ、と木の上から飛び降りた二人にがしっと腕を掴まれ、あれよあれよという間に縄で縛られるナキとルフィ。

ナキは泣きそうな顔で怖がっているが、対するルフィは縛られながらエースとサボにやたら楽しそうに話しかけた。ひくひくとエースのこめかみが細かく痙攣している。

 

「サボとエースが言ってた海賊貯金って、船買う為の金だったのか〜」

「なっ…!サボ、お前こいつに教えたのか!?」

「いやお前がルフィの目の前で海賊貯金貯めに行くって言ったんじゃねぇか…」

 

呆れたように告げたサボの言葉に、ぐっとエースが口ごもる。確かに勢いに任せて言ったものの、まさかその隠し場所にまでやって来るとは誰も思わない。

さてどうする、とエースとサボは思考する。この時点でナキはヤバいと思った。明らかに二人の雰囲気が深刻そうだからである。見聞色の覇気で感じる二人の感情がやけに黒く恐ろしい。

 

「ナキはまぁ、口止めすれば問題ないかと思うけど…問題はルフィだな」

「あぁ、こいつは絶対に言うだろうな。何せガキだ」

 

自分達もまだガキだと言うのに、それを棚に上げてこの態度。

 

「…殺そう」

「!!?!?」

「待て待て待て」

 

さらっとエースが物騒な言葉をこぼしたのを、落ち着いた声でサボが止めた。実際にはサボは、 落ち着いてなどおらず、突然親友がぶちかました殺害予告で思考が停止しかけた。

 

「止めるなよサボ、お前だってわかるだろ?ここを話されちまったら、俺らの今までの努力が無駄になるんだぞ」

「それはわかる、わかるけど何でこの二人を殺そうとするんだよ」

「口封じだ!決まってんだろ!」

「そうか、でも俺やりたくねぇぞ。人なんて殺した事ねぇし、全く知らねぇ奴ならまだしも、仲良くなっちまった奴らを殺すなんて目覚めわりぃし。お前、人殺せるのか?」

「でっ……きるに決まってんだろ!」

 

無理だな、と一瞬口ごもったエースを見てサボがそう思った瞬間、ナキの涙腺が限界を迎えた。

 

「っ……ぅ、うぁ……っ」

「「えっ」」

 

聞こえた嗚咽に少年二人が首を回した。視線をナキに定めると、浮かんでいた涙の膜が目の端から流れ落ちている。途端に、何故か二人の顔色がさぁっと青ざめた。

 

「ねーちゃんどうしたんだ!?どっかいてーのか!?」

「ぅっ……ち、がゔっ…」

 

別にどこも痛くはない。ただエースから感じる敵意があまりにも恐ろしすぎて我慢できなくなっただけである。だけって事もないけれど。

一度限界を迎えた涙腺は留まる事はなく、ボロボロと滝のようにナキの頬を涙が伝う。殺すだなんて言っていたエースも、流石に目の前で号泣されるとどうすればいいかわからない。しかも相手は、自分より年下の女の子なのだ。

 

どうしたものかと慌てていると、遠くの方から厳つい男の声が聞こえた。エースとサボの顔色がまた変わり、忙しない手つきでルフィとナキを縄から解放する。

 

「ほらナキ泣くなって、ごめんな?」

「ゔぅっ…ひっ、く、ぅぁ…」

「ねーちゃん大丈夫?」

「おいサボ、早くそいつ泣き止ませろ!お前もこっち来い!」

 

いやお前が原因でこんなに泣いてるんだよ。サボはそう言いそうになるのをぐっと我慢して、ナキの手を引いて近くの茂みに隠れた。涙を拭ってやりながら背中をそっとさする。

やっと嗚咽が落ち着いた頃、大柄の男達数人が茂みから姿を見せた。

その男達を目にすると、途端にエースが思いっきり顔をしかめた。

 

「あいつら、俺が今日襲ったチンピラじゃねぇか…ブルージャムんとこの運び屋だったのか」

「だから俺さっき言ったじゃねぇか、今日はやめとけって。なのにお前が一人で勝手に…」

「うるせぇ!仕方ねぇだろ!」

「あーわかったから静かにしろって…とりあえずここから離れようぜ。海賊貯金はまた後で見に…」

 

「おい!なんか今そこから声しなかったか!?」

「!?」

 

そして秒でバレる。

 

次の瞬間、サボがルフィの手を、エースがナキの手をそれぞれ反射的に掴んで立ち上がった。

 

「え、っ」

「走れ!グズグズすんな!」

 

原因はエースが声を抑えなかったせいなのだが、すぐそこに海賊がいるのだからそれどころではない。

さっきまでのいがみ合いは何だったのか。ぽかんとするナキの手をエースはしっかり握って、全力疾走で駆け出した。

 

 

 




忘れられた(というか忘れてた)野ウサギの罠。
この後手がかりだっつってチンピラ達が多分持って帰った。


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第10話、和解と不穏

四人がチンピラ達から逃げ切った頃には、空は既に夕焼け色に染まっていた。

 

走り慣れた山とはいえ、人一人を引っ張っていたのが辛かったのか、エースとサボの息は少し荒い。ナキも若干乱暴なエースの腕に引かれていたせいで、立ち止まった時に深く咳き込んだ。

唯一咳き込まず息も乱れていないのは、サボに腕を引かれていた、幼いながら既に体力が化け物並みのルフィだけだった。

 

「にししっ!あーいっぱい走った!」

「てめっ、サボに引っ張られてた分際で余裕かましてんじゃ、ねぇっ…!」

「はー…ナキはこんな咳き込んでんのに、お前は元気だなぁ…」

 

キッ!とルフィを睨むエースと、呆れたように笑うサボ。ルフィはそれでもにししっと笑っていた。

 

「なぁ、俺達も明日から仲間に入れてくれよ!海賊になりてぇんだ!一緒に手伝うから!な!?」

「うるせぇ!お前の言う事なんか誰が信用するかってんだ!」

「えー何でだよ!?俺、絶対に場所言わねぇぞ!友達の嫌がる事はやっちゃ駄目なんだ!だから言わねぇ!」

「ガキみてぇな考え方だな!つーか、俺とお前は友達じゃねぇだろうが!何馴れ馴れしく話してんだよ!?」

 

そんなエースの怒鳴り声に、ルフィはきょとんと目を丸くして首を傾げた。

 

「何言ってんだ?俺達、友達だろ?」

「はぁ!?馬鹿な事言ってんじゃねぇよ、友達じゃねぇ!」

「いーや友達だ!俺とねーちゃんとサボはもう友達だから、サボと友達のエースも友達なんだ!だから俺達は友達だ!」

「意味わかんねぇ事言ってんじゃねぇ!!ぶん殴られてぇのか!!」

 

段々エースの感情がヒートアップしていく。ルフィもそれに負けじと(特に何も考えず)声を荒らげ始めるので、二人の大声でナキは泣きそうになった。さっき泣いたばかりの事を考えれば、すぐに泣き出してもおかしくはない。

 

「…っぷ」

 

突然、黙っていたサボが俯いて、ぷるぷると肩を震わせ始めた。

どうかしたのだろうかとナキが涙目で顔を覗き込んだその瞬間、勢いよく顔を上げ、また同時に勢いよく笑い出した。

 

「あっはっはっはっはっは!!お前、ほんとおもしれーなぁルフィ!!」

「サ、サボ…!?」

 

突然笑い出した親友に、エースは驚愕で目を見開いている。

サボは涙が滲むほど大笑いすると、楽しそうな笑顔でエースに言った。

 

「エース、いいじゃねぇか。二人を仲間に入れてやっても」

「な…!何言ってんだよサボ!血迷ったか!」

 

ぱあっ、とエースの隣でルフィが明るい笑みを浮かべたが、エースの表情はその真逆。腹の底から湧いてくる沸騰しそうな感情を、そのまま大声にしてサボに叩きつける。

しかしサボは特に気にする様子もなく、むしろそんなエースをなだめるように続けた。

 

「ルフィは確かに嘘がつけねぇけど、だからって簡単に居場所を話す奴じゃねぇよ。ナキもそうだが、二人共俺達の秘密は絶対に誰にも話さない。な?」

「おう!当たり前だ!」

「…う、うん…」

「それでも俺は信用ならねぇぞ!こんな奴ら知るかってんだ!」

 

ナキとルフィがハッキリ頷いた傍から、エースは再び怒鳴り声を上げる。納得がいかないと鉄パイプを握り締め、これでもかと声を荒らげる。

 

「命の危機になったら話すに決まってる!所詮どいつもこいつもろくでもないんだ!お前だって、腹ん中では俺が嫌いなんだろ!!お前を谷底に落としたのは俺だぞ!!何でいちいち俺に構うんだ!!」

 

「だって、他に頼りがねェ」

 

静かにルフィが告げた言葉に、エースがぐっと喉を詰まらせた。

 

「フーシャ村には帰れねェ。ねーちゃんは一緒だし大好きだけど、山賊は嫌いだから、ねーちゃんと山賊が一緒にいんのはやだ。危ねぇもん」

「…ルフィ」

 

ナキがそっと話しかけると、ルフィはてくてくとナキの方に歩いていって、ナキの手をぎゅっと握った。たまらずナキもその手を握り返す。

 

「…お前ら、親は?」

「…おじいちゃん、だけ…で、わ、私も、ルフィも…親は、し、知らない…わ、私達、血、つ、繋がってない、し…おじいちゃんも、お、教えて…くれなかった、から…」

 

途切れ途切れのナキの言葉を、エースとサボは神妙になって聞いていた。

 

「…俺がいねェと困るのか、お前ら」

「うん!」

「俺が頼りなのか」

「そうだ!頼りだ!」

 

「…お前らは俺に、生きていて欲しいのか?」

 

「…?当たり前だ!」

「…い、生きてちゃ、ダメな人は…い、いないと、思う…」

 

心底から不思議そうな顔をして、揃って二人はそう呟く。

そうかよ、と小さく呟きながらエースは二人から視線を逸らした。

 

ちなみにこの大人しくなったエースを見て再び爆笑し始めたサボは、後でエースに思いきりひっぱたかれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

───森のはずれにある“海賊の入り江”と呼ばれる海岸。

 

そこにはある海賊船がここ最近ずっと停泊している。船長の名前はブルージャムと言い、この国の国王に金を払う事で海軍に通報されずに済んでいるのだ。

 

そんなブルージャムの船から──何故か今夜は、やけに悲鳴が聞こえてきていた。

すぐ傍の不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)と呼ばれるゴミ山に住む人々は、いつもはまだ静かな筈の海賊達が荒れている事に恐怖し、ゴミで作った家から顔も出さずじっとしている。

 

「ぐあぁっっ!ぐぅっ…!」

「…何でこうなってるか、わからねぇ訳じゃねぇよな?お前」

 

ぽつりと呟いたこの男こそ、この海賊団の船長であるブルージャム。

その視線の先には、四肢の至る所をナイフで刺される形で床に固定された“部下だった”男。

 

これは公開処刑だった。それも、仕事に失敗した部下の処刑。悲鳴を上げていたのは、ブルージャムの船の船員だったのだ。

 

「せっかくの財宝を換金する前にガキに奪われるなんざ、笑い話にもなりゃしねぇぜ。街のチンピラを使ってるのは何もお前だけじゃねぇが、他の奴らはお前みてぇに無様なミスはしちゃいねぇぞ」

「ぐっ…!け、けど船ちょ…!」

 

男が何かを話しかけたその瞬間、ブルージャムは男に刺さったナイフを踏みつけた。

ぐりっと押し付けられるナイフが、男の体の肉を抉る。男がまた絶叫を上げたのを、他の船員達はにやついた顔で見据えている。

 

「言い訳なんざ聞きたかねぇよ。おまけに何だ?そのクソガキもまだ見つけちゃねぇと来た。えぇ?俺は呆れて仕方ねぇよ…!」

「っ…!か、必ず!必ずガキを見つけます…!だから、だから俺にチャンスを…!」

 

 

───ドンッ!

 

 

発砲音が鳴り響いた直後、床に一気に広がっていく鮮血。慣れ親しんだ火薬の香りが、煙になってブルージャムの鼻をくすぐる。

 

「片しとけ」

「ハイ」

 

すぐに反応して動き出した部下の横を通り、ブルージャムは部屋を出た。扉の向こうには別の部下がおり、その手に何かを持っている。

 

「船長、アイツが持ってきた手がかりとやらです」

「…何だそりゃ。罠か?」

「えぇ、何でも声がした方にあったんで、そのガキ共のモンだろうと」

 

ブルージャムは部下の持っている罠を手に取ると、様々な角度でその罠を観察した。

逆さにして、頭上に上げて、そうして繰り返し眺めていると、あるロゴが目に入った。途端にブルージャムは顔をしかめる。

 

「こいつは海軍のモンだぞ」

「…は?」

「馬鹿野郎、ここの裏を見てみろ。こいつは海軍の彫り方だ。それも随分昔のだな」

 

そう言ってブルージャムが部下に見せた部分には《MARIN》のロゴがある。部下の目には見慣れないフォントだったが、それこそ昔のやり方なら幾分か納得がいった。

 

「考えられんのは、例のガキが海兵の親族って所だろうが…ハッ、そんなガキがチンピラとはいえ他人様の財宝を奪うんじゃ世も末だな」

 

ブルージャムはそう言って薄く笑うと、その罠を部下の手に投げて戻した。

 

「…確か、ガキは一人じゃなかったな。声だけなら他にも数人分あったとか言ってやがったか」

「えぇ。それが?」

「そいつらの事、全員分よく調べとけ。時間はかかっても構わねェし、手ェ出す必要もねェ。もしもの時の為の用心ってヤツだな」

「はぁ…わかりました」

 

 

 

「おう。頼んだぞ、ポルシェーミ」

 

ブルージャムは部下…ポルシェーミの肩に軽く手を置くと、そのまま自分の部屋へと歩を進めた。



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第11話、盃を交わす

あの日の和解後から、ルフィとナキは毎日エースとサボと行動するようになっていた。

しかし一緒に行動しているとはいえ、ナキはルフィ達3人とは勝手が違う事が多かった。当然といえば当然かもしれない、ナキは3人とはただ1人、性別も性格も異なっていたのだから。

 

 

例えば、エース達は毎日手合わせをする。

一人一日100戦まで。ルフィはいつも全敗するが、それでもめげずにエース達に向かっていく。エースもサボもそれをしっかり受け止め、またお互いに接戦を繰り広げる。

ナキはそれをしない、というか出来ない。泣き虫で気弱な少女には、手合わせとはいえ喧嘩はできなかった。

 

 

例えば、エース達は毎日狩りをする。

彼らの夕飯調達は恐ろしい。狙うのは常に肉、それも獰猛な猛獣の肉ばかりだ。やれワニ、熊、猪、時には食べられない毒蛇まで。3人で協力して狩りをするのだが、酷い時はワニに丸呑みまでされる。それで何故無事でいられるのか、とは考えては行けない。この子供達に常識は通用しないのだ。

ナキはその間、山菜やキノコ、木の実を探して採取する。かつて使っていた罠はもうないので、野ウサギやネズミは狙えない。まぁ、その気になればエース達が捕って来そうではあるが。

 

 

他にも異なる事は色々あるが、この時点で既にナキと悪童三人組がかけ離れている事は察するに容易い。

むしろこの3人とずっと一緒にいて、少しも野生児に進化しないナキは奇跡の存在と言っても良いのではないか。少なくとも、彼らの育て親であるダダンは心からそう思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

──ゴア王国“中心街”。

 

 

パリィン!と窓ガラスの割れる音と共に、空中に浮かぶ四つの影。その正体は無論、ルフィ、エース、サボ、そしてナキの四人である。

 

「食い逃げだァ!!」

「常習犯だ、なぜ店に入れた!?」

 

飲食店の店主と駆けつけた警官が四人の姿を見てそう騒ぐ。

彼らは現在、“悪童四人組”のレッテルを貼られている。原因は主に食い逃げやチンピラへの襲撃、また絡まれた時に反撃して怪我をさせたり。大概理由はいつも同じだ。

しかし、本当の悪童はナキ以外の3人であり、ナキはどちらかと言うと巻き込まれた被害者だった。一緒に行動しているせいで悪童の一人とされているが、ナキからすれば実に遺憾な事だろう。

食い逃げだって、反対しても結局丸め込まれて押しに負けて共犯になってしまっているだけだ。金を払っていいならむしろ払いたい。ナキはいつも思っている。

 

「よーし落ちるぞーナキ」

「ひぇぇ…!」

 

ぎゅっとサボにおんぶのような形でしがみつきながら落下していく。やれ着地やら物に捕まったりやらしている3人は本当に野生児だ。ナキにはそんな事できっこないので、脱走する時はいつもエースかサボにしがみついている。

 

サボが地面に着地すると、震える足を頑張って地面に下ろす。そのまま手を引っ張られて走り出すのだが、何故2人分の体重で着地してサボは平気なのだろう。答えは勿論「考えても無駄」である。何度も言うが、この子供達に常識は通じない。色んな意味で。

 

「?…サボ!?サボじゃないか!待ちなさい!」

「!?」

「お前生きていたのか!」

 

突然、1人の男がサボの名を呼びかけた。整った身なりと高級感のある服装は、その男が“貴族”なのだと主張しているようなものだった。

 

「サボ、あ、あの人…」

「知らねぇ…!」

「え…?」

「おいサボ!お前の事呼んでるぞ!」

「誰だアレ…!?」

「知らねぇって…!人違いだろ、早く行くぞ!」

 

サボはそれ以上何も言わず、ナキ達も、とにかくその場から逃げる事を優先する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それで?」

 

コルボ山に戻って来てすぐ、エースはサボに詰め寄った。内容は、あの貴族について。

 

「…何がだよ」

「あのオッサンの事に決まってるだろ。何隠してんだよ」

「べ、別に隠してなんかねぇよ」

「え、そうなのか?」

「そんな訳ねェだろルフィ!騙されんな!」

「だから!別に何もないって…!」

 

「俺達の間に秘密があっても良いのか?話せ!」

 

まるで睨みつけるような鋭い目でそう言ったエースに、サボは一瞬肩を跳ね、やがて観念したように目を伏せた。

何か考え込むように俯いていたかと思えば、意を決したような硬い表情で顔を上げ、重い口をゆっくりと、開く。

 

「…さっきのは、俺の父親だ」

 

ぽつり、とサボの口からこぼれ出た言葉。

 

 

 

「俺は、本当は親が2人共いる。孤児でもゴミ山で生まれた訳でもねぇ。…でも俺は、両親と一緒にいてもずっと“1人”だった」

 

 

サボの両親は、いわば典型的な貴族主義者だった。

貴族という高い地位。生まれた子供はその地位と財産を守る大切な“跡取り”。けれど王族とのトラブルは絶対に起こしたくない。だからその大切な“跡取り”が怪我を負わされても、そういう時だけは見て見ぬふりをする。

 

「王族の女と結婚できなきゃ俺はクズ。その為に毎日勉強と習い事。俺の出来の悪さに両親は毎日喧嘩…」

「…サボ…」

「俺はあの家には邪魔なんだ。はっ、こっちだって、あの息が詰まりそうになる家には居たくない。だから俺は家を出たんだ」

「……」

 

サボの話を聞きながら、ナキはぎゅっと自分の服の裾を掴んで、悲痛な表情で俯いていた。ズキ、と頭の片隅で、小さな痛みと共にかつての記憶が思い起こされる。

 

それは、ナキが転生する前の記憶。ナキの前世の記憶だった。

 

ほとんど薄れてしまっていても、数十年と育ててもらった記憶はある。この記憶の中でのナキは、両親に可愛がられた記憶が全くと言って良い程になかった。

薄れた記憶を思い返してみれば、ナキの元両親は良くも悪くも厳しい人柄だった。サボの両親が貴族主義者なら、ナキの元両親は完璧主義者、それも子供を甘やかす事もできないような。

 

二人に共通しているのは“孤独”。両親共に健在で同じ家に住んでいても、二人はずっと心が一人だったのだ。ナキがサボの話に既視感を覚えるのも無理はない。

 

「…!皆!俺達は必ず海へ出よう!この国を飛び出して自由になろう!!」

 

サボは勢いよく顔を上げると、さっきまでの暗い表情を一変させて満面の笑みを見せた。

 

「広い世界を見て、俺はそれを伝える本を書きたい!航海の勉強なら何の苦でもないんだ!もっと強くなって海賊になろう!」

「…ひひ。そんなもん、お前に言われなくてもわかってるさ!」

 

続くようにエースも笑みを浮かべて、視界いっぱいに広がる海に向かって強く叫んだ。

 

「俺は海賊になって!勝って勝って勝ちまくって!最高の“名声”を手に入れる!!それだけが俺の生きた証になる!!」

 

その叫びは、幼いながらの決意の宣言だった。

 

「世界中の奴らが俺の存在を認めなくても、どれ程嫌われても!!大海賊になって見返してやんのさ!!俺は誰からも逃げねェ!!誰にも敗けねェ!!恐怖でもなんでもいい、俺の名を世界に知らしめてやるんだ!!」

 

「にっしし!俺はなぁー!!」

 

更に続いて、ルフィが満面の笑みで、深く息を吸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「は?」」

「……!?」

「なっはっはっはっはっ」

 

ルフィの言い放った宣言に3人は揃って目を見開いて驚愕した。ただ1人、宣言した本人だけが楽しそうに笑っていて、しばらくすればサボと吹き出して笑い出し、エースは呆れたようにため息をついた。ナキは終始おろおろしっぱなしで、笑っているサボに責めるように詰め寄った。

 

「わ、笑い事じゃ、ない…!こ、こんな事、話したの、も、もし、他の人に、バレたりしたら…!」

「その時はその時だよ。ほとんどの大人は、子供の戯言だって聞き流すだろうしな」

「で、でも、お、おじいちゃんは、怒るし…」

「ナキ。俺達がジジィを怖がって、海賊になるのをやめると思うか?」

 

エースの言葉にナキは口を閉ざした。そんな訳がない。さっきの彼らの宣言は、真剣な決意の表れだ。反論の言葉が見つからず俯いてしまったナキに、軽いトーンでルフィが尋ねた。

 

「そんな事よりさぁ、ねーちゃんはどうしたいんだ?」

「……え?」

「ねーちゃんも将来、海賊になんのか?」

 

それは純粋な問いかけだった。海賊になりたいと決意を胸に抱く少年が、大好きな義姉に抱いた単純な疑問。しかし、ナキはその疑問に答える事ができなかった。

 

「………」

「ねーちゃん?」

 

こてん、と首を傾げるルフィ。サボとエースは横目に互いを見合いながら、ナキの言葉を待っている。たっぷり10秒数えるぐらいの沈黙の中、ようやっと唇が開く。

 

「………わ、からな、い」

 

ナキは、頭は悪くない。むしろ前世の時から優秀だ。ただ、孤独な幼少期がその気弱な性格を作り、学校での救いのないいじめが彼女の自尊心を傷付けた。だから自分の事を考える時、彼女の頭の回転はとことん遅い。

自己肯定感が低くて自信もない、それがこのナキという少女だった。

 

「…わ、たし、は…み、皆みたいに、あ、明るく、ない、し…か、海賊に、なりたいって…お、思った事、ない…で、でも…お、おじいちゃんの、言ってる、か、海軍、も…ち、ちょっと…怖い…」

「にししっ、ねーちゃん怖がりだもんなぁ」

「お前黙ってろ」

 

余計な事を言う可愛い弟の口は、すかさずエースによって塞がれた。

 

「……で、でも、ね」

 

ゆっくりと、たどたどしく、それでもナキは言葉を紡ぐ。

 

 

「…皆と、3人、と、…い、一緒、が…良い…」

 

 

──まず唖然、次に驚愕、そして歓喜。

 

順番にルフィ達3人の胸に感情が巡り、ぱぁっと花が咲いたような明るい笑みが浮かんだ。

自己主張を全くしないあのナキが、一緒にいたいと言ったのだ。これほど嬉しい事はまたとないだろう。

 

「にっしし…!俺はねーちゃんとずっと一緒だー!」

「…ま、そういう訳だ。将来の事は将来決めよう」

「お、ダダンの酒!エース、お前盗んできたな?」

「一本なくなったぐらいどーって事ねェよ」

 

ドン、と近くの平らな切り株に酒瓶を置き、四つのお猪口を並べる。それを囲むように、4人は切り株の周りに立った。

キュ、と小さな音が瓶の栓から響いた。

エースはニヤリと微笑むと、四つのお猪口にゆっくりと酒を注いでいく。その笑みはどこか不敵で、しかし楽しそうで、まさに“悪童”と呼ばれるに相応しい笑みだった。

 

「お前ら、知ってるか?盃を交わすと、“兄弟”になれるんだ」

「兄弟!?ホントかよー!」

「海賊になる時、同じ船の仲間にはなれねェかもしれねェけど…俺達4人の絆は“兄弟”として繋ぐ!どこで何をやろうと、この絆は切れねェ!」

「へへ…兄、姉、弟の“兄姉弟(きょうだい)”か…!」

 

トクトクと注がれていくお猪口一つ一つに、全員が視線を集める。最後の一つ——ナキのお猪口に酒を注ぎながら、エースは更に続けた。

 

「将来の事なんてわからねェ。本当にずっと一緒にいられるかなんて、誰にもわかりっこねェ…でも、この絆がある限り、俺達はどこにいても家族だ!世界のどんな凄い奴を敵に回しても、俺達だけは味方同士だ!」

「……味方……」

 

小さくナキが呟いた言葉。

味方で、家族。そして、きょうだい。

 

あァ。

 

その響きの、なんと甘美な事だろうか。

 

 

 

 

「これで俺達は、今日から“きょうだい”だ!!!」

 

 

 

 

 

 

────赤いお猪口で乾杯し、“きょうだい”の絆を交わした、4人の小さな少年少女。

 

 

その4人のうち3人が、それぞれ世界に大きな影響を与えている人物の子供であるなどと、一体どうして知り得よう。

 

そしてこのきょうだい達が、後に世界を揺るがす巨大な存在になるという事も───幼い子供である彼らには、知り得ない事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

偉大なる航路(グランドライン)のとある春島。暖かな島の海岸に、1人の男が静かに佇む。

ある方向の地平線を、男の視線が見つめている。近くの崖から風に揺れて、色とりどりの花弁が空を舞う。

 

動く気配のない男の傍に、金髪の男が静かに近付いた。肩には小さな“小人”がちょこんと乗っている。小人は男の後ろ姿を見て、こてりと首を傾げた。

 

「何をしているの?」

「………何の用だ」

「質問をしているのは僕だよ。貴方は何をしているの?貴方がどこか寂しそうに海を眺めているなんて、珍しい」

「………俺は、寂しそうか」

「とっても」

 

即答した小人に、金髪の男はクスクスと笑った。フン、と男は気に入らないとでも言いたげに鼻を鳴らした。

 

「………時期的に今頃だったかと思っただけだ」

「…?何の事?」

「お前が気にする事じゃねェ」

 

今は、まだ。

 

小人と金髪の男の耳には届かない程の小さな声で呟くと、男は黒いロングコートを翻した。



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第12話、ジジィが来た!

深夜テンションです文才ないのは知ってる許して難産カレーパン(現在時刻AM4:42)


───盃を交わしてからしばらくした、ある日の事。

 

 

 

 

「ばっっっかもーーーん!!!」

 

 

ドカァンッ!大きな音が森の中に響き渡る。

強烈な音と大きな怒鳴り声の主はルフィ達の祖父、ガープ。既に老人と言っても差し支えない年齢なのだが、未だに現役として前線で活躍する化け物(エリート)である。

 

「いってぇな!何すんだよジジィ!」

「爺ちゃんと呼ばんかァエース!何もこうもあるか!相変わらず、海賊になりたいなどと腑抜けた事を言いおって!」

「エースを殴るな!」

「お前もじゃバカタレめ!」

 

ボカンッ!

 

「いってぇ〜!くっそぉ俺ゴムなのに!本当は痛くないのに!」

「愛ある拳に防ぐ術なんぞないわい、バカタレ!」

 

本当は“覇気”という力の一旦なのだが、それを幼いルフィが知る筈がない。

ガープと初の顔合わせである筈のサボも容赦なく殴られ、ナキは早々にドグラが部屋の隅に避難させていた。ガープは女の子であり、海賊になりたいなど一言も言わないナキを殴るつもりなんて毛頭ないのだが、何しろそのパンチは風圧さえもが凄まじい。近くに置いておくには少し、いやかなり危ないのだ。

そんなパンチを幼子目掛けて放つのは良い事なのかと聞かれれば絶対にそんな訳ないのだが、そこはこの祖父にしてこの孫ありとでも言うべきか。謎の耐久力で耐えてしまうので、これみよがしにガープもゲンコツを振り下ろす。

 

「ば、化け物だろこの爺さん…流石ルフィの祖父…」

 

サボがぼそりとルフィに失礼な事を言ったが、言われた当人は気にしていないのでスルーしておく。

 

「まーったく…童が1人増えたかと思えば、全員揃って海賊になりたいなど抜かしおって…」

「俺達は自由に海に出るんだ!邪魔すんな爺ちゃん!」

「ルフィ、お前さんまだ殴られたりんようじゃのう?」

「うわーねーちゃーん!」

 

咄嗟に姉を頼ったが、すぐに首根っこを掴まれてゲンコツが振り下ろされる。「イッテェェェ!畜生、俺は立派な海賊になるのにぃ!」と叫びながら蹲るルフィは本当に学ばない。更にゲンコツが振り下ろされ、更に絶叫が山に轟く。

ナキは珍しくおろおろする様子はなく、ジッとしてゲンコツ祭りが終わるのを待っていた。フーシャ村の頃から、ルフィが鉄拳制裁されている事に慣れているせいかもしれない。慣れって怖いなぁ、と一緒に隅に避難しているドグラはしみじみ思った。

クソジジィ、とエースは心の中で吐き捨てる。こんな事口に出したら更にゲンコツを食らうのが目に見えている。

エースは失敗からきちんと学べる。学ばないのはルフィだけだ。

 

男3人に一通りのゲンコツをし終えたガープは、踵を返して隅のナキの方に近付いた。エースとサボは思わず血相変えてそっちを向いたが、ナキが自分から駆け寄ったのを見て目を丸くする。

 

「ナキ〜久しぶりじゃなぁ。元気にしとったか〜?」

「……うん」

 

控えめに俯いたナキに「そうかァ〜〜」と緩みきった声をしながら頭を撫でるガープ。

見よ、この全開のデレを。英雄ガープも孫娘を前にしてはただのジジバカでしかない。

あまりの変わりように、エースとサボはあんぐりと口を開いて目を見開く。ルフィはこの変わりようにも慣れているので気にしていない。

 

「…あ、あのね、おじい、ちゃん…」

「ん?何じゃ、エースにいじめられでもしたんか?もしそうなら爺ちゃんがとっちめてやろう!」

「してねーよ変な言いがかりすんな!」

「…そ、そうじゃ、ない…エースは、や、優しい、よ…」

「ほんじゃどうした?」

 

小首を傾げて問いかけたガープに、ナキはもじもじしながら口を開いた。

 

「……わ、罠」

「罠?」

「ま、前、ジャングルに、い、った、時…く、くれた、やつ…」

 

はて、とガープは自分の記憶を辿ってみた。孫達をジャングルに解き放った時の事を思い出す。そう言えば、自分が若かりし頃に軍から支給品された小動物用の罠を、念の為にと渡していたような気がする。

まぁ、小動物よりデカい猛獣を自力で獲る事の方が格段に多かったので、ほとんど使っていなかったが。

それが一体どうしたのかと思えば、ナキは申し訳なさそうな表情をして続きを話した。

 

「…あ、あれ、なくした…」

「罠をか?」

 

頷く。ごめんなさい、とか細い声で謝罪するナキだったが、ガープはそんな事をいちいち気にするほど浅慮ではない。しかし、ナキの事だ。貰い物とはいえ祖父の物をなくしたという事を気にしているのだろう。

可愛い孫の頭をわしゃわしゃと撫でながら、ガープはどうすれば元気を出してくれるかと思考を走らせる。

 

「…良し!今日の晩飯調達は爺ちゃんも手伝ってやる!」

「げっ」

「えっ」

「え〜!?ホントか爺ちゃん!」

 

思いついた案は少年組にはいささか不評であったが、ガープは気にせずナキを抱えて小屋から出る。

ちなみにその日の夕飯は、いつも以上に豪快な肉料理や果物が大量に並ぶ事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、サボは目を覚ました。

 

起き上がって自身の周囲を見渡すと、まだ皆ぐっくり眠っている。外を見ればまだ暗い。しかしどうした事かサボの目はすっかり冴えていて、このまま二度寝しても寝れる気はしなかった。はぁ、とため息をつきながら立ち上がる。

 

「何じゃ、散歩か?」

 

かけられた声に条件反射で振り返ると、寝ていた筈のガープが身を起こしてこちらを向いていた。ふあぁ、と大きな欠伸をするガープに呆然としながら、サボは答えた。

 

「あ、あぁ。何か目が冴えちまったから、夜風にでも当たろうかと…」

「ほう。なら、わしも行くかの」

「えっ、っわ!」

 

ぐいっとサボを引き寄せると、ガープは自分の肩にサボを乗せ、雑魚寝する山賊達を器用に避けながら小屋を出た。そして肩車はそのままに、静かな森を大股でのしのしと歩く。

 

「………」

「お前さん、サボと言ったか」

「えっ!?おう!?あ、いやはい!」

「確か、3人と盃を交わしたとか言うとったな。あれは本当か?」

「あ…」

 

サボは一瞬口ごもった。頭の上からガープを見下ろす形になり、灰色に染まったつむじが目の前に映っている。

何を言われるのだろう。大事な孫をそそのかしたと貶されるだろうか。充分ありえる。あの中で山賊達を含めて全員がガープの庇護下であり知り合いだが、そうでないのは自分だけだ。自分だけが他人なのだ。

 

「…サボ」

「…!」

 

ぎゅ、と目を瞑り、続きの言葉を待つ。どんな風に悪く言われても、耐えられるように覚悟を決めて。

 

「…盃交わすんはええが、だからと言って海賊になると抜かすとは何事じゃ!」

「…へ?」

 

しかし、ガープが言い放った言葉は、想像とは全く違う物だった。

ぽかんと目を丸めるサボをよそに、ガープはぷんすこ怒りながら更に続ける。

 

「全くルフィもエースも、揃いも揃って海賊など志おって…!」

「え、あの、」

「良いかサボ!!」

「ハイっ!?」

「お前達は最強の立派な海兵になるんじゃ!ナキはあの性格じゃから難しいかもしれんが、お前達ならできる!海軍史上最強の海兵に!きっと!」

 

うぉぉぉぉぉ!!と野太い声を上げるガープ。今の大声で森がざわついた気がしたがこの際置いておこう。

その後も、ガープは歩きながら海兵の何たるかをサボに話し続けた。しかしサボは内心それ所ではなく、あれやこれやとつらつら話される内容も、右から左へとするするすり抜けていく。

 

立派な海兵。

 

それはサボにとって、海賊と同じくらいなれないと思っていた職業だ。航海術なんて勉強しても無駄だと、散々な程言われてきた事を思い出す。

…良いのだろうか。そんなにあっさり。しかも孫ではない自分まで、なれると。

 

サボがそう思ったその瞬間、ガープは大声でこう言った。

 

 

「お前さん達『わしの孫4人』は、将来立派な人間になるんじゃ!」

 

 

きらり、視界が光った気がした。

 

(……4人?今、この爺さん4人って言ったのか?)

 

いつも1人だった。生家は嫌いだった。生まれた場所は息苦しくて仕方なかった。

 

(エースと、ルフィと、ナキと……俺?俺も?)

 

初めてできた友人はひねくれていて、けれどそのおかげでようやく楽しくなれて。

 

(………俺も、孫?俺も、)

 

そして、少し前。

 

 

「俺も、家族?」

 

 

盃を交わして、自分達は「きょうだい」になった。

 

 

「…何じゃ、変な事を聞くのう」

 

ガープは肩車の状態でサボを見上げると、白い歯を見せてニカッと笑った。

 

「あったりまえじゃろう!」

 

あぁ、とサボは唇を噛み締めながら、強く思う。

 

 

───やっぱりこの人は、あの3人の祖父に相応しい人だ。

 

 

 

だって、こんなにも、優しいから。

 

 

 

 

 

 

「まぁ、でも俺やっぱり海賊が良い」

「よォしバッキバキにしごいてやろうクソ坊主」

 

その後、サボは朝になるまで徹底的にガープにしごかれた。



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第13話、あちこちの悪意

その後ガープは帰り、4人の生活はいつもの日常に戻った。

 

森の猛獣を狩り、日課の試合をして、町の不良と喧嘩をする事もあった。

ダダン一家から『どくりつ』して、森の中に家を作った。獲物がいなくなる冬でも、4人で力を合わせて乗り越えた。お互いの事ももっと沢山知った。エースの“親”についても知った。わざわざフーシャ村から村長やマキノがやって来てくれた事もあった。時に喧嘩をする事もあったけれど、それでも仲良くやっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その日は突然訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サボを返せよ!!ブルージャム!!」

 

ルフィの絶叫がゴミ山一帯に響き渡る。すぐ近くでエースがナキを庇うように覆い被さって頭から血を流し、ナキはその下でガタガタと震えながら泣いていた。

離れた場所にあの海賊ブルージャムが、サボを抱えて立っている。サボは必死に抵抗しているが、大人の男に押さえつけられてろくに動けていなかった。

この中で唯一質の高いスーツに身を包んだ男──かつて中心街で遭遇したサボの父は、ルフィの絶叫を鼻で笑った。

 

「『返せ』とは意味のわからない事を。サボはうちの子だ!子供が生んで貰った親の言いなりに生きるのは当然の義務!よくも貴様らサボをそそのかし家出させたな!」

「…そそのかされてなんかねェよ!俺は自分の意思で家を出たんだ!!」

「お前は黙っていなさい!」

 

息子の言葉に聞く耳も持たず、サボの父は怒声を上げた。平静を取り繕ってはいるが、その表情からは確かに苛立ちが見てとれる。

 

「では後は頼んだぞ、海賊共」

「勿論ですダンナ。もう料金は貰ってるんでね。こいつらが坊ちゃんに近付けねェよう、しっかり“始末”しときます」

 

息をするようにブルージャムの話した内容に、ぞっとサボの背筋が凍りついた。父はその恐ろしい話に、なんて事ないような顔をして頷いている。それが更に恐怖をかきたてる。

父親だったのだ。かつては純粋に慕っていたし、自分をこの世界に産み落としてくれた恩は確かにあった。

けれどだからこそ、自分の大切なきょうだいを、ただの子供を簡単に傷付けようとしている父が、今は恐ろしくて仕方なかった。

 

「…ッちょっと待てブルージャム!お父さんもういいよわかった!わかったから…!」

 

今、きょうだい達を助けられるのは、自分しかいない。

抵抗をやめてそう叫ぶと、エースが目を見開いてこちらを見た。耐えきれずに目を逸らす。

 

「何がわかったんだ、サボ」

 

この状況でその意味がわからないほど馬鹿ではないクセに、わざわざ確認を取る父がとても憎たらしい。

 

「何でも言う通りにするよ…!言う通りに生きるから!この3人を傷付けるのだけは…やめてくれ!」

 

視線が痛い。ブルージャムがサボの拘束を解いて地面に下ろす。すかさずエースが逃げろと叫ぶが、言う通りにはできなかった。

 

「お願いします……大切な…きょうだいなんだ!」

 

例え夢を捨てたとしても、家族には生きていて欲しかった。

 

 

 

 

「いか、ないで、さぼ」

 

 

 

 

最後に聞こえたかすれた声に、サボは唇をこれでもかと噛みながら、振り向かず呟いた。

 

 

「約束、破って、ごめんな」

 

 

その言葉は、精一杯の虚勢か、それとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴族に生まれるなんて事は頑張ってできる事じゃねェ。幸福の星の下に生まれるって事だ」

「……!」

 

あの後、3人はブルージャムの船に連れていかれた。

サボは父親と王国の兵士と共に行ってしまい、海賊に囲まれた状態では、3人に打つ手はなかった。

 

「まさかあの悪ガキ4人組…あァいや、1人は巻き込まれただけか?なァ嬢ちゃん」

「っ……」

「ま、その1人が貴族だったとは誰も思わねェよな。お前らもうあのガキに近付くなよ?もしそうする気なら今ここでお前らを殺さなきゃならねェ」

 

咄嗟にエースとルフィがナキを庇うと、ブルージャムはけらけらと声を上げて笑った。

 

「安心しろ、今お前らに手は出さねェよ…俺は筋さえ通ってりゃ話がわかる男だ」

「うるせェ!サボをあのオッサンに引き渡した奴の言う事なんか信用できるか!サボは高町を嫌ってたのに!」

「あァ…あいつの事は忘れてやりな。それが優しさってモンだ、大人になりゃわかる」

 

「でも!」

「待てルフィ!」

 

ルフィの叫びを同じように叫んで制すると、エースはブルージャムを睨みつけながら問いかけた。

 

「…俺達をここに連れてきた理由はなんだ?ただ連れてきたって訳じゃねぇんだろ」

「…フフ、何、たいした話じゃねェんだが…」

 

そう言うと、ブルージャムは懐から1枚の紙切れを取り出し、近くのテーブルの上に置く。

3人がお互いの顔を見合ってからその紙を覗くと、それは所々に印のついた地図だった。

 

「これはこの不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)の地図だ。俺達はこれからこのバツ印の所に荷物を置いて回らなきゃならねェんだが…ちと人手が足りなくてな」

「…これを俺達に手伝えってか?」

「話が早くて助かるぜ」

 

そう言って、笑みを浮かべたまま3人を見下ろすブルージャム。

エースは少し考えてから、警戒は解かずただ一言「わかった」とだけ呟いた。

 

 

 

この時ナキだけが、ブルージャムから感じる悪意を、1人静かに感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、サボは久しぶりとなる高町の実家に戻ってきた。

煌びやかな豪邸、たくさんの使用人。そのどれもが懐かしく、けれど同時に不快だった。

 

案内された部屋はかつての自室で、家出した時から何も変わっていなかった。両親なりに情があってそのままにしたのか、それともただ客間にでもしていたのか。いずれにしろどうでも良い。本当なら、もう帰ってこない筈だった部屋だ。

とりあえずソファに座って適当な本を読んでいると、ドアがノックを鳴らしてゆっくり開いた。幼い茶髪の頭が、ドアの隙間からひょっこりと姿を見せる。

 

「おい、“お兄様”。おめェ馬鹿なんだって?ふふ…お父様とお母様が陰で散々言ってたよ」

 

部屋に入ってきたのは、自分の知らない間に義弟となっていた少年、ステリーだった。父曰く、貴族の出だが事情があり我が家で引き取ったのだとか。それもサボにはどうでも良い事だ。

子供らしくないニヤついた笑みを浮かべて、ステリーは部屋のベッドに腰掛けた。

 

「しかし悪運は強いね。明日の夜は“可燃ゴミの日”だ…ゴミ山にいたら間違いなく死んでただろうな」

「…何だって?」

「ん?あぁ、ゴミ山にいたんだから知らねェよな。ふふふ…」

 

ステリーは嘲笑すると、まるで世間話をするかのような軽い口調で言った。

 

「明日の夜、不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)は大火事になる。国があのゴミ山を全部燃やすんだ」

「………は?」

 

思わず硬直する。想像すらしていなかった事を言われて、頭の中が困惑で溢れる。

数秒の時間が経ってようやく言葉の意味を理解すると、サボの両手はステリーの胸ぐらの服を掴みあげていた。

 

「ひっ…!ななっ何すんだよゴミ人!臭ェ!近寄るな!!」

「どういう事だ…全部説明しろ!グレイ・ターミナルが火事だと!?」

 

あまりの剣幕にステリーは一瞬たじろぐと、忌々しげに舌を打って続きを話し出した。

 

「もう何ヶ月も前から決まってる事だ…!世界政府の“視察団”が東の海(イーストブルー)を回ってるのを知ってるか?このゴア王国にはいよいよ3日後にやって来る」

「それだけで…!」

「それだけじゃねェよ馬鹿め!今回はその視察団の艦に世界貴族が乗ってるんだ!」

 

サボの眉間に皺が寄る。世界貴族なら、サボでもよく知っていた。

世界政府という巨大組織を設立した創設者達の末裔が世界貴族。通称を“天竜人”。

普段は偉大なる航路の海から出る事もほとんどない天竜人が、視察とは言えこんな東の海の王国にやって来るのだ。確かに大騒ぎもするだろう。

しかし、それで出した結論が最悪だったのだ。

 

「王族達は少しでも気に入られようと、この国の汚点を全部焼き尽くす事にしたんだ!あのゴミ山さえなければこの国は綺麗な国だ!」

「……!お前ら何言ってるんだ!?そんな事できる訳がない!!」

 

ゴミ山にだって人はいる。捨てられたゴミで家を建て、雨風を凌ぎ、生活資源をゴミの中から見つけて暮らしている。けれど、それをサボが話してもステリーは疑問符を頭に浮かべていた。サボの手をなんとか振り払い、ステリーは告げる。

 

「…お前、話を聞いてなかったのか?」

 

 

 

この国の汚点(・・)は、全部(・・)燃やすって行ったろ?

 

 

「……人もか……!?」

 

ニヤついたステリーの笑みは、その問いかけの答えとしては充分だった。

 

 

 

 

 

その後の事を、サボはあまり覚えていない。

 

ただ、気付けばいつもの動きやすい服に身を包み、扱い慣れた鉄パイプを手に握っていた。

軍の作戦会議を盗み聞き、ステリーの言葉が冗談ではなく真実だと理解して、どうしようもない程に嫌悪した。貴族も、自分も、この国も。

 

 

 

「…エース、ルフィ………ナキ……」

 

 

縋るように呟いたきょうだい達の名前は、誰にも届かず夜闇に消える。

 

 

運命の時は悪意と共に、すぐそこまでやって来ていた。



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第14話、悪夢

「エースゥ、今日もあいつらんとこ行くのかー…?」

 

不満そうな顔をしたルフィは、森で採った果物を口いっぱいに頬張りながらエースに問いかけた。夜はだいたい肉ばかりだが、朝食はナキの希望を通して果物やサラダが多いのだ。

 

「文句言うな。仕事請け負ったからにはやるしかねぇだろ」

「でもよー…」

 

ぷくりと頬を膨らませてあからさまに不貞腐れるルフィに、はぁ、とため息をつくエース。

本当はエースだって、ブルージャムの言いなりになるのは嫌だった。けれど、サボがどうなっているかわからない現状では、無闇に敵対するのは得策とは言えない。

貴族に手を出す事は流石にないだろうが、こちらが危害を加えられないという可能性は決してゼロではないのだ。

 

「文句垂れてねェで、さっさと食っちまえ。ナキ、お前も早く食えよ」

「……うん…」

 

頷くものの、ナキの前に並んだ果物は手をつけた形跡がほとんどない。せいぜい小さな木苺が数個なくなっているぐらいだ。

 

「………」

 

あの時。

ブルージャムにジッと見下ろされたあの時、えも言えぬ感覚が背筋を走り抜けたのを、ナキは覚えている。

何かを企む悪意が手に取るようにわかった。自分達に任せられた仕事だって、ただ荷物を運ぶだけの訳がない。それは、きっとエースもわかっているだろう。

 

「……今日、ブルージャムの所には、俺とルフィだけで行く」

「…えっ」

 

驚いてぱっと顔を上げると、真剣な表情をしたエースと目が合った。

何か言いかけたルフィの口を素早く塞ぐと、エースはナキに告げる。

 

「ブルージャムが何考えてるかはわからねぇ。もしヤバい事考えてたら、俺とルフィなら抵抗して逃げられる。…でも、お前を守りながら逃げるのは、流石に無理だ」

「………」

「だからお前は、ここで待ってろ。いいな?」

 

エースの言っている事は、間違いではない。

ナキは弱い。喧嘩なんてした事なくて、いつも3人の後ろに隠れてばかり。ガープが里帰りしてきた時も、ナキだけはいつも鉄拳制裁は喰らわない。食事の時だって、いつもナキの分は最初に取り分けてもらって、争奪戦には加わった事もない。

だからこそ、現役の海賊と戦う事になるかもしれない今回だけは、ナキを連れていくのは危険すぎるのだ。

 

「……うん。わか、った…」

 

そしてその事は、ナキ自身が1番よくわかっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………イカれてる……!!この町の奴ら、全員……!!」

 

整備された高町を、サボは血相を変えて走り回っていた。

通り過ぎる貴族達は何事かとサボを見返す。中にはサボに「何かあったのか」と尋ねてくる者もいた。

しかし、サボからしてみれば、「何もない」と思い込んでいる彼ら貴族に心配された所で、ただ虫唾が走るだけ。

 

昨日の夜、サボがステリーに聞かされた“この国がゴミ山を燃やす”という事実。

たくさんの人が生きている場所が燃え、たくさんの人が“一緒に燃やされる事になる”という事実を知って、サボは居てもたってもいられなかった。

けれど、そんな感情を塵にするように、高町の貴族達は、義憤にかられるサボの心に、冷水のような言葉を突きつける。

 

 

 

 

 

『ゴミ山で今夜火事が?……そんな事知っているが、それがどうしたのかね?』

 

 

 

 

男は、そんな風にサボに問い返した。

穏やかな陽射しを浴びて、悠々と紅茶を片手に、心底不思議そうに首を傾げて。

人が大勢死ぬかもしれない事実を聞いて。

 

 

『そんな事』と、わらうのだ。

 

「…逃げろナキ。エースもルフィも、ゴミ山から今すぐ逃げろ…!」

 

貴族への嫌悪がと共に脳裏に浮かぶのは、苦楽を共にした、心から愛しいきょうだい達の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

ツリーハウスに1人残ったナキは、壁にもたれかかりながら膝を抱えて蹲っていた。

ひとりぼっちがあまりにも心細い。不安と心配が混ざり合った奇妙な感覚に吐き気がしそうだ。

 

サボが実の父に連れ戻されたのは昨日の事なのに、もう何年も前の事のように感じる。けれど同時に、あの時のサボの後ろ姿は、まるでつい先程の事のように鮮明に瞼に焼き付いていた。

抱えた膝に額を埋める。4人分の大きさを考慮して作ったツリーハウスの秘密基地。不格好な天井の頂で揺れる旗は、『ASNL』と綴られている。ナキの字が1番綺麗だからと、3人に言われてナキが書いたのだ。

 

『A』はエース。『S』はサボ。『N』はナキで、『L』がルフィ。

 

これがきょうだいの証だと、最初に言ったのは誰だっただろうか。楽しそうな3人につられて、一緒に笑ったのをナキは今でも覚えている。あの時は、こんな事になるなんて夢にも思っていなかった。

誰だってそうだ。未来なんてわからない。想像した通りの良い方向にだけ向かう事はありえない。

 

「………?」

 

ぎ、と重い音が頭上から聞こえる。埋めていた顔を上げると、微かな暗がりでもわかる、目の前を覆う黒く濃い影。

 

気付いて振り返った頃には、もうとっくに頃には遅かった。

 

いくら見聞色の覇気という力を持っていても、ナキが普通の少女であるという事実は変わらない。

その普通の少女が、不安に溢れたこの現実を前にして、いつもの調子でいられる訳がなかった。

 

 

普段なら気が付いていた筈の、背中に張り付いた“悪意”の気配に、気が付かないぐらいには。

 

 

 

 

 

 

「よう、お嬢ちゃん。ひとりぼっちは寂しいだろう…?───一緒においで、なァ?」

 

 

 

男───ポルシェーミはにたりと不吉な笑みを浮かべると、その大きな腕をナキに伸ばした。




『ASNL』は、ご存知『ASL』にNAKIの頭文字のNを足しました。
ASとLの間に入れたのは、このきょうだいが兄、姉、弟のきょうだい構成だからです。
結構安直です。


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第15話、炎の中の悪魔の叫び、壁の中の必死の嘆き

「ゴミ山を燃やす!?何でそんな事すんだよ!!」

 

ブルージャムのアジトに響く、困惑したエースの叫び声。空は夕焼けから夜へ姿を変えようとしており、陽は既に半分を水平線の彼方に隠している。

 

「馬鹿野郎大きな声出すんじゃねぇ…ゴミ山の連中に聞こえちまうだろ」

「大変だゴミ山のおっさん達に知らせねぇと!!コイツやっぱ悪ィ奴だ!!」

「あーうるせぇな、騒ぐなと言ったろう…オイ押さえろ!」

 

咄嗟に抵抗しようともがくが、流石に大の大人には勝てず簡単に押さえつけられた。

キッ、と鋭く睨みつけてくるエースを、ブルージャムは鼻で笑う。

 

「流石のガキ共も腰が引けたか…まぁ安心しろ。お前らは燃やしたりしねぇさ」

「!……なんだって?」

「ンなもん当たり前だ!ばーか!」

 

あっかんべーで噛み付くルフィとは裏腹に、エースはブルージャムの言う事に疑問を抱く。その疑問を肯定するように、ブルージャムはにやりと口角を上げて不敵に笑った。

 

「お前らはまだちょいと、俺の役に立ってもらう」

「…どういう事だ」

 

エースがそう問いかけると、ブルージャムは近くの部下にめくばせする。部下は軽く頷くと、持っていた袋からごそごそと何かを取り出した。

あっ、とルフィが声をこぼす。

 

「こいつはお前らのモンだろう。…いいや正確にはお前らの“爺ちゃん”のモンだ」

 

掲げられたトラバサミの罠に彫られた、古ぼけた“MARIN”のロゴ。

初めてルフィが祖父にジャングルに放り込まれた時、ナキがもらっていたサバイバル道具の一つだ。コルボ山に来た時だって、ナキはそれを持ってきていたが、いつの間にかなくしてしまっていた。

まさか、ブルージャム達が拾っていたとは。

 

「覚えてるか?エース。お前が俺の部下を襲って、うちの海賊団の財宝を奪った時の事…」

「……!」

「あぁ先に言っとくが、あれは別に恨んじゃいねェ。むしろ強ェ奴は好きだ…まぁその時、その部下がおめおめと帰ってきた時に持っていたのがこの罠だ。『ガキ共の手がかりです』っつって、俺に渡して来たんだよ」

 

まぁそいつは殺したが、とぽつりと呟くブルージャム。

 

「だがこいつが手がかりだっつうんなら仕方ねェ。財宝をみすみす奪われたままにしとくのは、うちの海賊団の沽券に関わるからな。それでこいつが何なのか調べてみたら…」

 

一旦区切り、ロゴの片隅に小さく彫られた傷跡を二人の目の前に掲げてみせる。

傷は文字を形作っており、その名前は予想通りか、二人がよく見知った人物。

 

「“モンキー・D・ガープ”。海賊やっててこの名前を知らねぇ奴は居ねぇ。驚いて調べてみたら更に驚愕だ。その麦わら帽子のチビとあの嬢ちゃんは、正真正銘英雄ガープの孫らしいじゃねェか」

 

くつくつと笑いエース達を見下ろす姿は、まさしく悪党の笑みと言うに相応しい。

 

「俺とねーちゃんだけじゃねェ!エースもサボも、じいちゃんの孫だ!」

「へェ?つくづくお前らは面白ェな。あの英雄ガープの孫って事も、全員血が繋がってねェのも、その中にこの国の貴族のガキが混ざってる事も」

 

くつくつと喉を鳴らし、ブルージャムは悪どい笑みを浮かべる。

 

「だがまぁ、お前らがガープと血が繋がっていなくとも、祖父と孫っつー関係性だけで、十分利用価値がある」

「何が言いてェ!」

「俺はな、もう海賊なんて辞めてェのさ。生きる為にこうなったが、できる事なら貴族にでも生まれて、のんびり穏やかに暮らしたかったんだぜ?」

 

だが、ブルージャムの生まれは輝かしい貴族ではなく、貧しい平民の下の下の生まれ。

いくら平穏を望もうと、簡単には手に入らない。むしろ、貧しさの中では生きる事すら危ういのだ。悪さを働く事で何とか生き延び、気付けばこうして海に出ていた。

手に入らない平穏を心のどこかで望みながら、何度も悪事を働いてきた。

 

 

そして、やっとブルージャムはチャンスを掴んだ。

 

 

 

 

『燃やすというが、ゴミ山ったってね…俺達にゃいい隠れ家なんだ、“国王”』

『承知の上だ、ブルージャム……この件が済んだら、もう隠れ住む事もない…私の権限で』

 

 

 

 

 

『お前達を、貴族にしてやろう』

 

 

 

 

 

やっと、掴む事ができたチャンス。

それを手放すような真似を、ブルージャムは絶対にしない。

 

 

「………お前らは、俺がガープと取引する為の“人質”だ」

「は…!?」

「俺はこれから海賊業から足を洗う。その為にゃ、俺の手配書は邪魔なんだよ」

 

例え貴族の称号を手にしても、手配書があり続けては犯罪者のレッテルは剥がれない。それでは、せっかく手に入れられる平穏が脅かされる。

だから、ブルージャムは“取引”をするのだ。英雄と称されるガープを相手に。

 

要求するのは、“手配書の撤回”たった一つ。

 

 

「…あァ、お前らホント、よく都合良く俺の前に居てくれたもんだぜ」

 

ブルージャムはニィ、と口角を上げて薄ら笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、時間は過ぎていく。

何も知らない者達を、刻一刻と地獄に叩き落とす為に。

 

炎の悪夢が始まったのは、空が闇色に染まった深夜の時だった。

 

 

あらかじめ設置していた火薬は、一度引火するとすぐにゴミ山全体に燃え広がった。このゴミ山が年中どれだけジメジメしていようが、一度燃えれば後は簡単に火が回る。ここはあまりに、火の餌となる物が多すぎた。

 

数十分も経てば、“不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)”は混沌と恐怖に包まれた。ゴミ山一帯全てを囲うように配置された火薬の荷が、逃げ惑う住民達の逃げ場を容赦なく奪っていく。死にもの狂いで逃げ道を見つけてそこから逃げようとしても、ブルージャム達に撃たれて死んでいく。

 

地獄だった。

 

「ギャハハハ!こりゃ最高のゲームだ!」

「“人間狩り”ってか!?あァいや、ここにあるのは全部ゴミなんだから“ゴミ狩り”かァ!」

「違いねェ!ギャッハハハハ!」

 

「ゴミは全て燃やしちまえ野郎共!!この仕事が完了すりゃあ俺の長年の夢が叶う!!俺達は国王から称号を受け貴族となって“高町”に住めるんだァ!!!」

 

欲に満ちた叫び声が一帯に響く。燃え盛る地獄を楽しんで、これから先の自分の未来に喜びを見出している悪魔の喧騒。

まさしくこの地獄絵図に相応しい男の、歓喜に満ちた笑い声が声高らかに響き渡る。

 

しかし、男は忘れていたのだ。

世の中がそう甘くない事も。

 

 

約束は、強者にとっては何の意味も成さないのだという事も。

 

 

 

 

「…おい、何の冗談だ」

 

先程とは打って変わって、焦りでぶるぶると震えた声。

 

「おい!!てめェらどういうつもりだ!?門を開けろォ軍隊!!!ここから俺達は避難できる筈だろ!!?」

 

怒声を浴びせながら門を叩いても、強靭なそれはびくともしない。

 

「約束はどうした!?国王!!この仕事を終えたら…俺達を貴族に…!!」

 

ブルージャムは忘れていたのだ。あまりに全てが順調であったが故に。あまりにこの“最弱の海(イーストブルー)”に馴染んでしまったが為に。

 

 

「……てめェら………ハメやがったのかァァァァァ!!!!!????」

 

正当な権力を持つ者が、はぐれ者の自分達に、希望など与える筈がなかったのだという事を。

 

 

彼らにとっては自分達もまた、この炎で燃えるべき“ゴミ”だったという事に、全く気付けなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし切れたぞ!急げルフィ!泣き言言う奴は置いてくぞ!」

「あっ、あちっ!ウッあつくねぇ!」

「外はもう火の海だ…!とにかくすぐに森に戻るぞ!ナキをこれ以上一人にできねェ!」

「ウゥッ…息、苦しい…苦しくねェっ…!」

 

燃え盛る“ブルージャムのアジト”から、エースとルフィは逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

痛い。

 

軋むような痛みが体を苦しめる。けれど何故か、体よりも心の方が、ずっと苦しくて痛い気がした。

ごうごう、ぱちぱち。焚き火の時によく聞いた音が、もっと大きな音になって耳に届く。遠い場所で燃えている筈なのに、壁を隔てて燃えている筈なのに、まるですぐ隣で燃えているように感じてしまう。

 

 

 

 

昨日の夜、サボがステリーに聞かされた“この国がゴミ山を燃やす”という事実。

たくさんの人が生きている場所が燃え、たくさんの人が“一緒に燃やされる事になる”という事実を知って、サボは居てもたってもいられなかった。

けれど、そんな感情を塵にするように、高町の貴族達は、義憤にかられるサボの心に、冷水のような言葉をもたらした。

 

『ゴミ山で今夜火事が?……そんな事知っているが、それがどうしたのかね?』

 

 

男は、そんな風にサボに問い返した。

穏やかな陽射しを浴びて、悠々と紅茶を片手に、心底不思議そうに首を傾げて。

人が大勢死ぬかもしれない事実を聞いて。

 

『そんな事』と、この国の人間はわらうのだ。

 

 

 

 

「……どうした、少年」

 

——突然、気配もなく頭上から声が聞こえた。痛む体を無理矢理動かして見上げれば、真っ黒なコートの男がこちらを見下ろしている。

 

「……おっさん……この、火事の犯人、は……“王族”と、“貴族”、なんだ……!ハァ…本当、なんだ…!」

「………」

 

男は無言で膝をつき、身を屈めてサボに触れた。ついさっき、この国の軍にボロボロにされたせいで、額からべっとりと血が垂れている。

 

「…この町はゴミ山よりもイヤな臭いがする…!人間の腐ったイヤな臭いがする!ここにいても、俺は自由になれない…!俺は…!」

 

——貴族に生まれて、恥ずかしい。

 

「…!」

 

その言葉を聞いて、男はようやく顔色を変えた。幼い子供の悲しさと悔しさに溢れた慟哭に目を伏せる。

 

「……わかるとも。俺もこの国に生まれた。しかしまだ俺には、この国を変えられるほどの力がない」

 

(とうとう子供にコレを言わせるのか…ゴア王国!)

 

本来ならまだ純粋無垢であるべき子供が、大人の闇に打ちのめされて涙を流している。

まだ幼い子供が、自分の出生を嘆かねばならないほどに苦しんでいる。

 

「おっさん…おれの話…聞いて、くれる、のか…」

「…あぁ……忘れない」

 

忘れはしない。忘れられる訳がない。

 

 

壁を隔てた、中と外。

それぞれの悲痛な叫びは、それでもなお、天の権力には届かない。



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第16話、銀の悪魔が生まれた日

ただ、一緒に居たかった。

本当に、それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「早くしろ!ルフィ!」

「おうっ…!ゲホッゲホッ!」

 

エースとルフィは、燃え盛る炎の中を死に物狂いで走り回っていた。

見渡す限りの赤、赤、赤。時折聞こえる悲鳴に、暑さと混じって寒気も走る。

 

「ゴミ山のおっさん達、うまく逃げたのかな…!」

「人の心配してる場合か!!!…くそ!ここがどこかもわからねェ!!」

 

慣れ親しんだ筈のゴミ山が、今では死と隣り合わせの混沌とした地獄だ。

おまけにこの地獄に図らずとも手を貸してしまった事が、更にエースの頭を苦悩させる。

 

「…ルフィ!次はこっちに行くぞ!」

「お、おう…」

 

 

「誰が逃げていいと言った悪ガキ共がァ!!」

 

突然、背後から聞こえた声に条件反射で振り返ると、ブルージャムが部下達と共にそこに立っていた。ルフィとエースの顔が驚愕で染まる。

 

「ブルージャム!?なんで火事を起こした張本人がこんなとこに…!?」

「とっくに逃げたんじゃ…」

「黙れクソガキ!絶望だよ俺達ァオイ…まさかの大ピンチだ」

 

本来なら門から軍隊によって保護されている筈が、騙されて閉じ込められ。

頼みの綱である自分達の船は燃やされ、海に逃げる事すら不可能。

こちらの計画は何もかもアテが外れたと言うのに、逆にゴア王国側は全てが予定通りに進んでいる。

 

「人間てのァおかしな生き物だな、不幸もどん底までくると笑っちまうよ…」

「そんな事、俺達が知るか…!ルフィ行くぞ、」

 

無視して逃げようとしたが、ブルージャムの部下によってそれを阻止される。

 

「オイオイ寂しいじゃねェか…共に仕事をした仲間じゃねェか俺達は…死ぬ時は一緒に死のうぜ…!」

「はぁ!?そんなもん知るか!」

「そうかまァそれでも良い…だがお前らは一緒に来てもらうぜ。予定は変更したがお前らの価値に変わりはねェ」

「テメェ…!」

 

歯を食いしばってなんとか苛立ちを抑えていたその時、新たな人影がブルージャムやエース達のもとに現れる。

 

「オイオイ…こりゃあどういうこった」

「!?」

 

「……!?ナキ!!!」

 

 

炎の隙間から現れたのは、サーベルを持ったポルシェーミと、ポルシェーミに抱えられて動けなくなっているナキだった。

さぁっと顔色が青ざめていくエースとルフィ。カタカタと震えているナキが二人に気付いて、大きく目を見開いた。

 

「船長、こりゃ一体どうなってんです…?俺達は国の軍隊に保護される手筈じゃあ?」

「チッ…!あいつら俺達を騙しやがったんだよ!門は開かねェ、船も燃やされた!もう俺は逆に笑えてくるぜ!」

「オイ、ナキを離せ!そいつは別に関係ねェだろ!」

「ねーちゃんを返せ!!」

「さっきからうるせェなお前ら…」

 

ブルージャムが目配せすると、暴れる2人を部下達が抑え込む。当然、大人の力に子供が叶う訳もなく、ジタバタ暴れながらあっさりと捕まった。

 

「ねーちゃん!!ねーちゃん!!」

「安心しろ、この嬢ちゃんに傷はつけねェ…ただちょっと“食って欲しいモン”があるだけだ」

 

暴れ回るルフィにそう言ってから「オイ」と呟くと、部下の一人がブルージャムに駆け寄っていく。手には厳重そうな箱を持っていて、ガチャガチャと音を立てて鍵が開く。エースの視線は、その箱の中にある“果実”を確かにとらえた。ブルージャムがそれを手に取り、見せびらかすように掲げてみせる。

見覚えのある渦巻き模様に、ルフィとナキは更に大きく目を見開いた。

 

「あく、まのみ」

 

かつてルフィが口にした、何億という価値を持つ海の秘宝。

特殊な能力を得る代わりに、海に嫌われて二度と泳げなくなる不思議な果実。

 

「知ってるか、クソガキ共。悪魔の実はその実単体だけでも億を容易に超える値段がするが…」

 

淡々とした冷たい声で、ブルージャムは言う。

 

 

「…能力によっては悪魔の実より、“能力者”の方が良く売れる事もあるんだぜ」

 

その言葉が何を意味しているのかは、考えなくてもすぐにわかった。

ガッ!とブルージャムがナキの服を掴みあげる。少女の口からは小さな悲鳴がこぼれ落ち、その兄弟達はこれでもかと言う絶叫を上げた。

 

「食え!!!」

「ひ、っ……!」

 

ボロボロと泣きじゃくるナキの顔に、ブルージャムは無理矢理悪魔の実を押し付ける。恐怖で体が萎縮して、抵抗する事もろくにできない。

 

「早く食いやがれ!!!あの二人がどうなってもいいのか!!?」

「っ…!」

「ナキ、絶対食べるな!!俺達の事は気にしなくていいから!!」

「ねーちゃん食うな!!それすっげーまっじーぞ!!」

「さっさと食え!!!」

「…………!!」

 

絞り出すように喉から溢れるか細い声。それと共に、ガタガタと震えながらナキは口を開く。

 

「ナキ!!」

「ねーちゃんやめろって!!ホントに不味いぞソレ!!どんな能力かもわかんねーぞ!!」

「ガキ共は黙ってやがれ!!!」

 

つんざくような大声が鼓膜に叩きつけられる。炎の中で暑い筈なのに、身体中が凍えているようにガタガタと震えている。

青い渦巻き模様にかぶりつくと、やけに瑞々しい音が耳に響いた。そのままかじって噛み締めると、独特すぎる味が舌に染みる。

 

「ゔ、ぅ…っ!」

 

今まで食べた中で最も不快と言える味に、腹の底から吐き気が襲ってきた。しかし、もしも今ここで吐いて海賊達の機嫌が更に急降下したら、という思考が脳裏を過ぎり、とにかく咀嚼なしに口を抑えて呑み込んだ。

 

「ぅえっ…!っ、ゔゥ…!」

「ナキ!」

「…よし、喉を通ったな」

 

酷い味。率直な感想がまず頭の中を占めて、数秒かけて正気を取り戻しルフィとエースの方を向く。心配そうにこちらを見つめる二人が無事な事に胸を撫で下ろす。ブルージャムが無用になった悪魔の実を早々に炎の中に放り投げる。ぱちぱちと炎が燃やす。既に能力を与えた海の秘宝が、赤い炎で燃え上がる。

 

「おい、誰か海楼石を…」

 

 

 

─────ドクン。

 

 

 

突如、強く心臓が鼓動する。

 

平常の何十倍も強く体が脈打ったその時、銀色が視界を覆って染めた(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

『そういやぁ、悪魔の実って何がそんなに凶悪なんだ?』

 

 

それは、一年前の事だった。

里帰り早々にルフィ達をコテンパンにしばきあげるガープに、不思議そうな顔をしてサボが問いかけた。

その問いかけに、ガープは拳を振り上げた状態でピタリと固まった。纏う空気が変わった事に気付かないまま、サボは更に言葉を続ける。

 

『ルフィのゴムゴムの実は全然凶悪じゃねーし、いまいち実感湧かねェんだよな』

『まー確かにな。おまけに海も泳げねェんだろ?』

『ウルセーッ!俺が本気出したらめちゃめちゃつえーんだからな!』

『ル、ルフィ…お、落ち、着いて…?』

 

キャンキャン吠えるルフィをナキが苦笑いを浮かべながらなだめていると、ゆらりと揺れたガープが4人をいっぺんに抱き込んだ。

 

『わっ!?』

『ちょっ、何すんだよジジィ!?』

『……ええか、4人共よぉく聞け』

 

突然低くなったガープの声に、ピタリと4人は硬直する。先程までちゃらんぽらんに笑っていた人物と同じだとは到底思えない。

 

『悪魔の実は、本当ならそこにあるだけで人に危害を加える物ばっかりなんじゃ。ルフィみたいな“アタリ”の能力は、確かにそう凶悪ではないがの』

『アタリ?どっちかって言うとハズレなんじゃねェの?こいつの能力』

『いいや、アタリじゃ』

 

孫を抱き締める祖父の腕に、ほんの少し力がこもる。ぎゅうぅ、と目一杯抱き締められ、少し苦しそうに4人が唸る。けれど、ルフィが『爺ちゃん、いてぇ』と唸っても、そのルフィも含めて腕から逃れようとする子は不思議といなかった。

 

 

『…アタリじゃよ。ルフィの力は、そこにあっても誰も傷付けん物じゃからの』

 

 

そう言った祖父の顔は、腕の中に収まったナキ達からは見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゔぇ、?」

 

ずるりと、這うような音がナキの頭上(・・)で響いた。

同時に、嗚咽のような声もする。それは1秒単位で深くなり、ナキを抱えるポルシェーミの腕も震え始めた。

 

「ひっ…!?」

「ポ、ポルシェーミの野郎が…!?」

 

海賊達が信じられないものを見る目でこちらを凝視する。ぐらぐらと崩れるポルシェーミの腕が力を失い、ナキは地面に転げ落ちた。瞬間、“銀色の輝き”がナキの身を守るようにどこからともなく湧き出した。

 

「…!?な、に、これ…」

「…はは、おいおい…まさか寄りにもよって“アタリ”の能力かよ…」

 

そう言って、ブルージャムが苦笑いでナキから距離をとる。

 

「ロギアか?それともパラミシアか?一体何だ、その銀色のモンは…ポルシェーミに何をした?」

「え…?な、にって、」

「ナキ、後ろは見るな!!やめろ!!」

 

咄嗟にエースが制止するが、それは少し遅かった。

 

 

ナキが振り向いた先にあったのは、どろりとした銀色の液体と、それに飲み込まれていくポルシェーミの姿だった。

まるでゲームのスライムモンスターのようにどろどろと変形しながら、銀色のそれは炎の光を反射する。脚を固め、腕を拘束し、口からずるりとまるで蛇のように体内に侵入しようとしている。その姿で、ナキは先程の這う音が何だったのかを察した。

 

そして、同時に理解する。これが一体なんなのか、どうして突然現れたのか。

 

「……ぁ、ぁ」

 

ポルシェーミがこうなっているのは、自分のせいだという事を、ナキは正しく理解した。

 

 

「ぅ、あ、ぁっ……!ぁ、あぁっ……!!」

 

 

前世の知識が頭をよぎる。教科書の写真に写っていたものと目の前のそれが酷似しているのがわかった。

 

だからこそ、ナキは知っていた。知っているから、絶望した。

 

「ナキ!」

「おいガキ!チッ、誰か早く海楼石を持ってこォい!」

 

大声が、怒声がかんかんと響く中、ナキは踵を返して走った。あぁ、あぁ、前世で教師が言っていた言葉が、前世で手に入れた知識が、やけに鮮明にリフレインする。

 

 

 

 

水銀(マーキュリー)には、毒がある』

 

 

 

 

血走ったポルシェーミの目から光が消え、痙攣していた腕がだらりと脱力した瞬間がナキに見えなかった事は、果たして幸いと言うべきなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

ぽつり、声がこぼれ落ちる。

 

ゴミ山の沖にひっそりと停泊した船の上、手すりに座った金髪の男と、その肩にちょこんと乗った小人。双眼鏡を片目ずつ使い、燃え盛る炎の中を真剣に観察していた2人は、その声と共に双眼鏡から顔を離し、ぱちぱちと目を瞬かせて顔を見合わせた。

 

「おい、何かあったのか」

 

白衣にタバコを咥えた男が、そんな2人に問いかける。2人は白衣の男を見てから、もう一度お互いの顔を見て、小さく頷いてまた男の方を見た。

 

「あの子、悪魔の実を食べちゃったよ」

「……は?」

 

ポカン、と目を丸くする白衣の男。周囲のフードを深く被ったマントの人物達も、ポカンと同じように間抜けな顔で2人を見やる。ふら、と顔面のデカいマントの人物が、震え声で小人に問いかける。

 

「……プリティボーイ、それ、一体どんな形の実だったのかしら?」

「青色の、リンゴみたいな形の悪魔の実。でも大きさはメロンぐらいだったかな」

 

それを聞いた瞬間、マントの彼らを押しのけて1人の男が飛び出した。それはもう電光石火の如き超スピードで、突風に煽られた金髪の男が危うく手すりから落ちかけた。白衣の男がギリギリつかみかかるような形でそれを引っ張りあげるが、その間にも当の電光石火男は炎の中に消えていく。

 

「ちょ、戻ってきなさいボーイ!!この炎の中何を、クッソ早いんだよあのボーイ!!ボーーーーイ!!!!!」

「……ありゃもうダメだな、こっちの声なんか聞こえてねェ。諦めろオカマ」

「ヴァナータ達ちょっと諦めるの早すぎんじゃナッシブル!?だいたいその悪魔の実はずっとヴァターシ達が追ってきた代物!!」

 

ダンッ!ダンッ!と力強く足踏みしながら、顔面のデカいその“オカマ”は喚き散らした。

 

「青色のメロンサイズでリンゴの形をした悪魔の実なら!それは超人(パラミシア)系の中でも特に希少で危険な水銀の能力を持つ“マキマキの実”に間違いナッシブルよ!」

 

 

水銀には毒がある。

 

皮膚からはゆっくりと、気化した蒸気はそれより早く。中には1ミリリットルの量でさえ致死量に匹敵する種類の代物まで存在する。ジメチルメチルなど種類は数多あるが、“あれ”は一体どれにあたるのか。いや、そもそも当てはまる物があるのだろうか。

 

「なら余計止めても無駄だ。今回の件はアイツの地雷が絡んでる。余計な事するより好きにさせた方が良い」

「地雷ですってェ??」

 

怪訝な顔でその言葉を反復した“オカマ”に、白衣の男もまた「地雷だ地雷」と繰り返す。

 

 

 

 

「アイツ特攻のとびっきりの爆薬がこもった、“肉親”っていう地雷だよ」




せっかくのタイトル回収回なのに文章クソすぎて死にたくなりますね!HAHAHA!

転生マーキュリー=転生(転生者)+マーキュリー(水銀)です。安直だって?知ってる。


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第17話、任せた者

走る。

 

炎の中をひたすらに。肌が燃えそうな程に熱を帯びている。熱くて熱くてたまらない。それでも止まらず走り続ける。

 

視界は全て炎だった。グレイ・ターミナル全体に燃え盛る炎。赤とも青とも白とも黄色とも取れる数々の明るい色が、目の前の全てを覆っていた。

 

銀色が視界の端にちらついて、そのたびに体の底から恐怖が湧き上がる。体の至る所が熱くて痛くて、ぐらりぐらりと体が震える。

 

「は、はぁっ……は、ぁっ……!」

 

 

あの目が。

 

血走ったあの目が、眼孔を見開いて苦しみもがくポルシェーミの姿が、頭にこびりついて離れない。

あれをやったのが自分なのだと思うと恐ろしくてたまらなかった。人一人を殺そうとしたという事実が、ずしりと重荷になって背中にのしかかる。

 

「っあ……っ!」

 

足を取られて地面に転がる…かと思えば、水銀がクッションになってナキの体を守った。擦り傷ひとつつかずにゆっくりと膝をついたナキの瞳にははっきりと恐怖が浮かんでいる。

 

「ぅ、ゔぁ"ぁ〜……っ!」

 

そして、もう我慢の限界とでも言わんばかりに、ナキはその場で蹲って大声で泣き叫んだ。

顔をぐしゃぐしゃに汚しながら嗚咽をこぼして、カタカタと震えながら蹲るその姿の、なんと哀れな事だろう。

 

けれどその哀れな少女は、今や悪魔の実の中でもトップクラスに危険な能力の保有者となったのだ。

簡単に人を殺す銀の毒は無意識に身体中から湧き上がり、ナキの周囲にさらさらと広がっていく。

 

 

それはまるで、火炙りになる魔女を閉じ込める檻のように見えた。

 

 

 

 

そして、それに物凄い速さで近付く男がいた。

 

男は電光石火、いや最早音速と比喩しても良いのではという猛スピードで走っていた。炎の中をまるで鬱陶しい草むらをかきわけるが如く直進する姿はまるで地獄の鬼だ。

おまけに何が酷いって、男の体は燃え上がっていた。それはもうごうごうと勢いよく音を立てながら。

 

そして、そんな男が全力疾走して近付こうとしているナキは、生まれつき見聞色の覇気を所有している。

おまけに今は様々な恐怖体験をした後で、脳が体の自己防衛という自己防衛機能をフルに働かせている。無意識に流れる水銀がその証拠だ。

そんな時に訳分からん速度で近付いている謎の気配を感じれば、すぐに気付くに決まっている。

 

「……!…!?」

 

ばっとナキが顔を上げ、水銀が彼女の目の前をさぁっと開いてクリアにする。それはまるで意思を持っているかのようだったが、ナキには今それを気にする余裕がなかった。

 

ナキが気配を感じて数十秒と経たずに、男がスライディングして目の前に現れる。ナキの肩がビクリと勢いよく跳ね上がった。

男は、ナキに面と向かうようにしてその場に立った。黒髪のオールバックが若干チリチリと燃えていて、黒い瞳孔の三白眼が睨むようにナキを見据える。頬は痩せこけて線が浮かんでいて、顔立ちからすると年齢は40代後半の中年期ぐらいだろう。

ナキを守るように取り囲む水銀の粒。瞳から流れる大粒は銀色に輝いていて、地面にジュッ、と音を立てながらこぼれ落ちていく。

 

男がゆっくりとナキの方に近付く。男が近付く程ナキの表情はより一層恐怖に染まり、それに比例して身を取り囲む水銀の量は更に増える。

 

「こな、い……で……」

 

か細く弱々しい声で、ナキは必死に拒絶の言葉を呟いた。しかし男は止まる気配はなく、しっかりと、確実に、ナキの方へと歩み寄っていく。

 

 

「こ、ない、で、ぇ!」

 

 

その、切実な金切り声を合図に、水銀が一直線に男に向かって飛びかかった。

ナキはすぐにそれを止めようとしたが、制御もできていない無意識の力で止められる訳がない。

しかし、男はナキの水銀を避けず、逆に飛びかかった水銀へ目掛けて突っ込んだ。

 

槍のように鋭い水銀が頬をかすめて肩を貫く。

ひっ、とナキが小さく悲鳴をこぼすが、男は立ち止まる事なく突っ込んでナキの細腕を掴みあげた。

 

「やっ…だ、めっ…!」

 

水銀に飲み込まれるポルシェーミの姿が、また脳裏に蘇る。

ぞわりとまた恐怖に飲み込まれそうになったその時、男はナキの腕を引っ張ってゴリ、とうなじに銃口を押し当てた。

 

パシュン、と音がして、ナキの体がぐったりと男の胸に倒れ込む。

静かに寝息が聞こえ始めたのを確認して、男はコートのポケットから“腕輪”を取り出し、それをナキの右腕に装着した。

その瞬間、周囲に浮いていた水銀が、引力に従ってぼとぼとと地面にこぼれた。

 

ナキについた腕輪は“海楼石”と言って、能力者の能力を封じるこの世でたった一つの石だった。

撃ったのは麻酔銃だ。即効性の麻酔を塗っておいたミリ単位の針には痛みもほとんどない。

 

「………」

 

麻酔で眠ったナキの顔を覗き込む。涙の跡がこびりついた顔は、怪我一つないのにとても痛々しい。海楼石の腕輪をつけた細腕は、ポルシェーミに抵抗した時にできたのだろう赤い痣が浮かんでいた。

 

「………チッ」

 

男は苛立ちながら舌を打つと、ナキを抱えて自身のロングコートに包み、一人で突っ込んだ時よりも気を付けて炎をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとヴァナータ!単独行動とは良い度胸してんじゃなっt、ちょっと待ちな何よその子は!!?」

 

船に戻ってきた男に真っ先に声をかけたのはオカマだった。一言も言わず船を降りて炎の中に男に突っ込んで行った男に説教を食らわすつもりだったのだが、男が抱えているナキに目がいってしまい、咄嗟に怒鳴るような声で聞いてしまった。男はそれをガン無視して白衣の男に問いかけた。

 

「ガープは?」

「一週間もしねぇうちにこの国に来るだろうよ。天竜人の船は既にレッドラインを抜けた」

「ドラゴンは?」

「ここだ」

 

頬に刺青を刻んだ男───ドラゴンは低く答え、ナキにつけられた腕輪を見て眉間に皺を寄せた。

 

「……イワから聞いた。その子はマキマキの実を食べたそうだな」

 

簡単に人を殺せる危険な能力。

そんなものを、まだ十にもなっていない幼い少女が手にしてしまった。

この火事も、悪魔の実の事も、全てが後手に回った事にやるせなさがひたすら募る。

 

「どうするつもりだ?」

「ガープがどうにかする」

 

ドラゴンの問いに男は即答した。別に投げやりなのではなく、きちんと信用しているからこそガープに任せるつもりなのだ。

 

───あの雨の日だって、確固たる信頼があったからこそ、彼は赤ん坊だったナキをガープに任せたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、ナキはダダン達の山小屋の前にそっと戻された。

 

海楼石の腕輪は外れなかったが、目覚めたナキ本人が泣きながら「ついたままでいい」と言うので、誰も何も言わずそのままにした。

ダダンとエースが戻ってくるまで、ルフィはずっとナキに張り付き、ナキもずっとルフィの手を握って離さなかった。



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第18話、かくして世界は残酷である

全員、嫌な予感はしていた筈だった。

エースもナキも、サボも、ルフィでさえも。

 

悪い事ばかりが起きていた。サボが連れ戻された時から何かが狂い始めた。

全てが片手で数えられる程の期間に起きた出来事だった。頭の中がジメジメした湿気にやられているみたいに、言い表せない違和感と不快感でいっぱいだった。

 

それでも、なんとなくだけれど。なんとかなると思っていた。4人全員、ダダン達でさえ、何故かなんとかなると希望的観測を抱いていた。それはこの4人の子供達が、どんな事でもなんとかしてきた悪運の強い子供達であったと知っているからだった。

 

 

どいつもこいつも甘かった。

 

世界は優しくなかったし、世界の『意思(・・)』はいとも容易く、人を傷付けるように出来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな、大きな豪華客船。

世界で最も気高い一族、世界貴族“天竜人”の為だけに用意された、大きく豪華な政府の軍艦船。

マストや船旗には天竜人を象徴する紋章と、全ての海を結ぶ世界政府のマークが大きく描かれている。

 

「大変お待たせ致しました、あと少しで港に到着致します」

「ご覧下さい。ゴア王国の国民達が、偉大な尊いお方を拝見する瞬間を今か今かと待っているようです」

 

黒スーツの役人達が朗らかな声で港を示す。宇宙服のような独特の服装をした人物は、港を一瞥だけして何も言わなかった。

 

 

不意に、船の上がざわつき始めた。

役人達の視線は軍艦の外に向いている。護衛の海兵達が電伝虫を取り出したり血相を変えたりと忙しなく動き始めたので、尊い人物は訝しげに眉を寄せ、甲板の橋にまで寄って艦の外を見た。

 

「……あれは何かえ?」

「……ただの漁船のように見えますが」

 

役人の言葉に、彼は額に深く皺を刻んだ。

 

「そこの海兵」

「は、はい!」

「その背に背負っているモノを寄越すえ」

「……は?」

 

その海兵は、自身の愛用の武器としてバズーカを常に背負っていた。数発放てば開放的に敵を倒せるからである。

 

「何をしている。早く渡すえ」

 

だから、だろうか。ぶっ飛ばす爽快感を知っているから、なんとなくわかるのだろうか。

彼は目が良かったので、あの漁船に乗っているたった一人だけの乗組員を──あどけない小さな子供を、知っている。さっき見えたから、見えてしまったから知っている。

 

「おい、いい加減にするえ。これ以上私を不快にさせるなえ」

 

天竜人の声が更に低くなった。明らかに機嫌を損ねているがわかり、海兵は意を決して天竜人にバズーカを差し出した。

天竜人はずしりと重いバズーカを受け取ると、その重さにわずかに眉をしかめたが、特に文句を言う事はなくそのバズーカを構え————漁船めがけて、砲弾を打ち込んだ。

 

爆発音のような轟音が響き渡った。小さな漁船から火の手が上がる。バズーカの銃口からは火薬の煙が空を登る。

 

「ジャルマック聖、船には子供が!」

「海賊旗を掲げたら何者であろうと海賊だえ……何よりィ………」

 

傍にいた役人にそう答えながら、ギリ、と歯を噛み締める。歯の軋む音がして、まるでその音は不機嫌極まりないのだと主張しているようだった。

 

「下々民が、私の艦の前を横切った!!!!!」

 

怒りと共に2発目の砲弾が放たれた。止める術は誰にもなかった。いや、実力だけならば十分にあった筈だった。けれど、彼らが背負う正義と義務が、頭の中でその行いを拒絶して否定する。

 

“止めてはならない”。何故なら、相手は天竜人だ。

 

砲弾が漁船に命中し、更なる爆発音が轟いた。煙に隠れる残骸と成り果てた漁船を見下ろし、天竜人は海兵にバズーカを押し付けるように返して奥に戻った。海兵は呆然として、子供が乗っていた筈の漁船を見た。

黒い旗が掲げられた漁船は、もう跡形もなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………サボ、が……?」

 

吐息かというほど小さく紡がれたかすれた声は、静まり返ったこの空間にとてもよく響き渡った。

町から戻ってきたドグラの口から語られた内容は、全員が揃いも揃って予想すらしていなかった事ばかりだ。

皆が呆然と立ち尽くすしかできない中、真っ先に口を開いたのはエースだった。

 

「嘘つけてめェ!!!」

「エース!?」

 

エースがわなわなと肩を震わせてドグラに飛びかかる。周囲は困惑しながらエースを引き剥がそうとしたが、エースの手は力強くドグラの肩を掴んでいた。

 

「冗談でも許さねェぞ!!サボが、サボが死んだなんて……!!」

「冗談でも嘘でもニーんだ!!おりにとっても唐突すぎて……!この目を疑った!夢か幻を見たんじゃニーかと!!」

 

けれどそれは、純然たる真実。

あの船に掲げられた黒い旗を、そしてそれが燃やされる瞬間を、ドグラは双眼鏡越しに確かに見たのだ。

 

「サボは貴族の両親に連れて帰らりたって……ルフィ言っティたなァ。おり達みティーなゴロツキにはよくわかる。帰りたくニー場所もある!あいつが幸せだったなら……!!海へ出る事があったろうか!!海賊旗を掲げて一人で海へ出る事があったろうか!!」

 

戻る訳がない、と誰もが思った。

 

きっと海賊になるのだと笑っていたサボは、もうここには居ない。

幼いながらに彼が決意した気高い覚悟は、呆気ないほど簡単に燃やされた。

 

「………さ、ぼ」

 

昨日隣にいた人が、今日も必ず隣にいてくれる保証はどこにもない。

笑いあって交わした口約束が、本当に叶う確信だって誰にもない。

 

ナキは知っていた筈だった。何しろ一度“死んでいる”から。

 

「ドグラ、サボを殺した奴らはどこにいる!!俺がそいつらをブッ殺してやる!!」

「む、無理だエース!相手は世界貴族だぞ!?」

「そんなもん知るか!!俺があいつの仇を取ってやる!!」

 

「やめねェかクソガキ!!!」

 

怒声と共にダダンがエースを床に叩きつけ、木目の床がバキリと割れた。

 

「ろくな力もねェクセに威勢ばかり張り上げやがって!!行ってお前に何ができんだァ!?死ぬだけさ!!死んで明日にゃ忘れられる!!それくらいの人間だお前はまだ!!!」

 

子分達がルフィとナキに距離を取らせてダダンを止めようと慌てるが、その間もエースはもがき、ダダンは鬼の形相でエースに向かって怒声を上げる。

 

「いいか!!?サボを殺したのはこの国だ、“世界”だ!!!お前なんかに何が出来る!!?お前の親父は死んで世界を変えた!!!それくらいの男になってから生きるも死ぬも好きにしやがれ!!!」

 

世界は広く、そして大きい。

小さな歯車が一つ欠けたぐらいではまるで微動だにせず、何事もなかったかように回り続けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、エースはダダンに「頭を冷やせ!」と言われて、小屋の外にある木に縛りつけられた。

ルフィは声が枯れそうになるほど泣き叫び、ナキも嗚咽に喉を震わせながら泣きじゃくった。

どれだけ必死に泣いた所で、サボが戻ってくる訳ではないけれど。それでも大切な家族がいなくなった現実に、泣かずにはいられなかった。

 

 

「少しは頭が冷えたか?エース」

「……ルフィとナキは?」

「夜通し泣いてて……今は寝てる」

「………」

 

元から泣き虫だった2人の泣き声は、外にいたエースの耳にもよく聞こえた。2人共サボによく懐いていたから、あんなに泣くのは仕方がないだろう。

 

「お頭!今、手紙が……」

「手紙ィ?」

「サボからです……!あいつ、海に出る前に、手紙を出してたんだ……」

 

全員の視線がドグラの持っている手紙に向く。丸っこい字で書いた『兄弟達へ』という文字を見て、エースはサボの手紙だと確信した。字のクセをハッキリ覚えている訳ではないが、それでもなんとなくサボの字だとわかった。

 

「寄越せ……!もう町には行かねェよ。俺達にだろ!?その手紙!」

「……ホントに町には行かねェんだな?」

「そう言ってんだろ!」

 

しばらくジト目でエースを見やってから、ダダンは子分に言って縄を解かせた。自由になったエースはすぐにドグラから手紙を受け取って、そのまま森の方に向かった。今度は誰も止めたりしなかった。

 

『今日は熊肉狙うから、料理は頼むぞー!ダダーン!』

 

これから懐かしくなっていく明るい声が、何故か聞こえたような気がした。

 

 

=====

 

 

 

エース、ルフィ、ナキ。火事で怪我をしてないか?心配だけど、きっと無事だと信じてる。

 

お前達には悪いけど、3人が手紙を読む頃にはもう俺は海に出てる。

 

色々あって一足先に旅立つ事にした。

行先はこの国じゃないどこか。そこで俺は強くなって海賊になる。

 

誰よりも自由な海賊になって、また4人揃ってどこかで会おう。

 

広くて自由な海で必ず、必ずだ!

 

 

 

───それからエース。俺とお前は、どっちが兄貴かな?

 

 

ナキは俺達より一つ年下だから妹だけど、俺達は同じ年齢だからなぁ。

 

長男二人に、妹一人と弟一人。ちょっと変だけど、この絆は俺の大切な宝だ。

 

 

ルフィもナキもまだまだ泣き虫だけど、俺達の可愛い弟と妹だ。

 

 

よろしく頼む、エース。

 

 

 

 

=====

 

 

インクの滲んだ手紙を握り締めてエースは泣いた。

 

この手紙を書いた兄弟に、エースはもう二度と会えないのだ。



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第19話、そして舞台は切り替わる

エースからサボの手紙を渡されて、ルフィとナキはまた泣いた。

泣いて、泣いて、これでもかと泣きまくって、たった一つの形見となってしまった手紙を握り締めた。思わずシワシワにしてしまうくらいには。

 

 

ルフィは言った。

 

「もっと、強くなりたい……!!もっともっと!!もっともっともっともっともっともっともっと!!強くなって!!そしたら……何でも守れる……誰もいなくならないで済む……!!」

 

 

エースは言った。

 

「俺は死なねェ!!絶対“くい”のないように生きるんだ!!いつか必ず海へ出て!!思いのままに生きよう!!誰よりも自由に!!」

 

 

夢は、決意に。意思は、覚悟に。

 

強く堅い希望を抱く少年2人は、いずれ時代に影響を与える大海賊として名を馳せる事となる。

 

 

そして、その大物となる予定のきょうだい達の紅一点、ナキは───。

 

 

 

 

 

 

 

「「はぁぁぁぁぁぁ!!!??」」

 

 

森中に響いたその大声に、鳥は飛び立ち虎や熊は跳ね上がった。

 

「「海軍!!?」」

「う、うん……」

 

気持ち抑えめ(声の大きさはそのまま)の叫び声にナキは頷く。ここでこの大声に引いたりしないあたり、熟練されたナキの慣れ具合を感じられる。

 

「…お、おじいちゃんに…あ、悪魔の、実の事、話したんだ、けど…海軍本部で、つ、使い、こなせるように、た、鍛錬する、事に、なって……」

「ナキお前騙されてないか!?あのジジィに騙されて無理矢理本部に連れて行かれようとしてないか!?」

「爺ちゃんになんちゅう事を言うんじゃエース!」

「出たな妖怪ゲンコツジジィ!」

 

次の瞬間、本当にエースの頭にゲンコツが振り下ろされた。

痛みで蹲るエースにふんっと胸を張りながら、突然現れたガープが言う。

 

「ナキの能力は悪魔の実の中でも危ないモンなんじゃ。ルフィみたいに放っといて問題ないやつとは一味違うからのう」

「じゃあこの島で使いこなせるよう鍛錬すりゃいいだろ!」

「悪魔の実に精通した者のおらんこの島でできるかい」

 

では何故ルフィはこの山に放り投げたのかとエースは言いたくなったが、またゲンコツが降ってくる事を案じて言葉を飲み込んだ。

 

「ねーちゃん海兵になんのか?」

「バッカモン!姉ちゃんだけじゃなく、お前さんも立派な海兵になるんじゃぞ、ルフィ!」

「え、ま、まだ、ちゃんとは、き、決めて、ない……」

 

ナキの性根は優しさと臆病さで構成されていると言っても過言ではない。

守る事が仕事とはいえ、海賊と戦う事も当然起こり得る海兵という職は、正直やりたくないというのがナキの本音だった。

 

それでも、制御もできずに放置しておくにはあまりに能力が強すぎるのだ。

毒性を持つ水銀。液体にも固体にも変貌し、簡単に人を殺す事のできる凶器。

 

思い出すのは、銀にまみれてもがくポルシェーミの姿。

ぞっと背筋が凍りつく。自分の能力によって生み出された景色が“アレ”なのだ。やはりどうなっても、制御だけはできるようになっておかなくてはならない。

 

けれどその事をどれだけ説明しても、エースは納得しようとしなかった。きっと「妹が取られる」と思っているのだろう。

ガープは外面だけは困ったような顔をしたが、内心ではエースがそんな事で不貞腐れているのが可愛くて仕方なかった。

 

孫の仲が良くて爺ちゃんとっても嬉しい。

 

「え、エース……す、拗ねないで、ね?」

「……拗ねてねぇし」

 

めっちゃ拗ねている。ぶすりと頬を膨らませてそっぽを向きながら拗ねている。

可愛いなぁとガープはでれっとだらしない顔になったが、この数年後にエースが過激派シスブラコンと化す事はまだ知らない。

 

「ねーちゃん海軍に行ったら、もう会えなくなんのか?」

 

拗ねたエースを見て何かを察したらしいルフィが、少ししょんぼりしながらナキに尋ねる。ナキは少し考えてからガープを見て、ガープはため息をつきながらルフィの頭をわしわしと撫で回した。

 

「ちょっと先に海軍で過ごすだけじゃ。ルフィだって今はコルボ山で暮らしとるが、先にここで暮らしとったのはエースじゃろ?そんなもんじゃ」

「そうなのか?」

「そうじゃそうじゃ。なんじゃったら、お前さんも一緒に来たらずっと一緒じゃぞー」

「おいジジィ、ルフィをたらしこもうとすんな!ルフィもジジィの言う事なんさ無視しろ!」

「なんじゃとエース!?爺ちゃんを無視するようそそのかすとは何事じゃー!」

「こっち来んな!ゲンコツやめろ!」

 

 

「……いつまで遊んでいるつもりですか、ガープ中将」

 

いつものテンションのままギャーギャー騒ぎ始めたガープを見て、彼の副官である海兵ボガードは心底呆れていると言わんばかりの声でそう呟いた。

 

「何じゃボガード、お前いつからおったんじゃ」

「さっきからずっとここにいましたよ」

 

何なら最初のルフィ達が大声で叫んでいた時からずっといた。ガープと一緒に。

海軍中将という、本来なら重責を背負って慎重に行動すべき立場でいる筈のガープだが、彼はそんな重責まるで見えていかのように勝手しまくっていた。

いつかの海賊王ほどではないが、自由気ままな海軍の英雄殿に上層部は胃薬を飲みながら思案し、ダメ元のストッパーとして直属の副官を用意。

 

そうして(運悪く)選ばれたのがこの男、ボガードである。

何事にも臨機応変に対応できる所を買われて宛てがわれ、今なお上層部の期待に応えて副官としてガープを補佐し続ける仕事のできる男だった。

幸いボガードはガープの事を心から尊敬しており、ガープもまたボガードの事を信頼しているので、多少の軽口や気安さは笑い流せるぐらいの良好な関係を築く事ができていた。

 

「もう出発間近ですよ、早くしてくださらないと仕事に差し支えます」

「わかっとるわい!ほれナキ、行くぞ」

「は!?ちょっと待て、まさか海軍行くのって今日なのかよ!?」

 

新事実にエースが驚愕しきった顔で叫んだ。決定事項な気はしていたが、流石に当日報告だとは思ってもみなかったのだ。

ルフィも目を見開きながら「えっ、ねーちゃん今日行っちまうのか!?」とわたわたと慌てふためいている。

 

「ほ、ほんとは、もっと早く、言おうと、お、思ってたんだ、けど……お、おじいちゃんが……ぜ、『絶対うるさいから当日まで秘密』って……」

「ジジィ、テメェーッ!」

「ふははは!寂しかったらお前さんも海軍本部に来るんじゃな、エース!」

 

飛び上がりながら噛みつくエース。高笑いしながら噛みついてくるエースに応戦するガープ。2人の事は全く気にせず、涙目になりながらどうにかしてナキを引き留めようと思っているルフィ。そして、ただおろおろしてとりあえずルフィを慰めるナキ。

 

 

阿鼻叫喚しているモンキー家を見ながら、ボガードは肺を目一杯使って深いため息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに出航時間となったので、カオス家族喧嘩はとりあえず終了となった。

 

エースはルフィとは別で複雑な事情があるので、船の前までは行かずに森の中で別れる事になった。傍にはきちんと事前報告を受けていたダダン一家も一緒にいる。

 

「何で俺達に言わなかったんだよ!?」

「じゃあお前ガープの野郎に口止めされて情報漏洩できんのかい!?」

 

絶対無理。

 

エースならワンチャンあるかもしれないが、少なくともガープに弱味を握られているダダン達には到底無理な話だった。

 

「ねーちゃん、ほんとに行っちまうのかよー」

「う、うん……ご、めんね、ルフィ……」

「寂しくなるわねぇ」

「船の上は島の上より潮風がキツイから、風邪を引かんよう気を付けるんじゃぞ」

 

そんなエースやダダン達を置いてけぼりにして、マイペースに別れの挨拶を済ませるフーシャ村の面々。

伊達にルフィとナキを育て、ガープの無茶振りを見てきた訳ではない。受け入れなければ何も話が進まない事を、彼らはよく理解していた。

 

何より今回の件はガープの暴走ではなく、ナキが自分の意思で海軍本部に行くと決めた事だ。

何事にも消極的だったナキが自分で決めた事を、ナキを赤ん坊の時から知っている村長やマキノが応援しない訳がなかった。

 

「もう少しで出航しますよ」

「わーかっとるわい!ナキ、そろそろ行くぞーい!」

「う、うん……」

 

手を引かれながらナキはエースの方を見た。ぶすっと頬を大きく膨らませて完全に拗ねており、船の方には見向きもしない。

たたっ、とガープの手から抜け出してナキはエースの方に駆け寄ると、そっぽを向いているエースの手をきゅっと握り返す。

 

「エ、エース」

「………何だよ。さっさと行っちまえばいいだろ」

「ま、またね」

 

ぴくりと、エースの肩が微かに揺れる。

 

「や、やく、そく。また、あ、会おう…ね」

 

ナキは微笑んで、エースにそう言った。

 

 

 

「……ウルセー。そんなの、当たり前だろうが」

 

ぎゅ、とエースもまた、ナキの手を握り返した。

 

 

幼い子供達の運命が、世界の歯車と共に動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

────偉大なる航路(グランドライン)、海軍本部“マリンフォード”。

 

 

とある一室には、書類を整理しながらお茶を啜る、黄色いスーツにサングラスをかけた男───海軍大将“黄猿”ことボルサリーノの姿があった。

 

黙々と手を進めているボルサリーノだったが、ふと手を止めて目の前のドアを一瞥する。かと思えば視線を下ろし、また黙々と書類整理に取り掛かる。

そしてその次の瞬間、先程ボルサリーノが一瞥した扉がノックもなしにガチャリと開いた。

 

「どーも、ちょいと邪魔するぜ」

 

と、軽い口調で部屋の中に足を踏み入れたのは、ボルサリーノと同じく海軍大将の地位にある“青雉”ことクザンだ。

 

「ノックぐらいしなよォ〜……」

「まぁまぁ、細かい事はいいじゃないの」

 

適当な返事をして、クザンはロングソファに寝転がった。長い脚がソファの端からはみ出して、膝を組んでぷらぷらと揺れている。

 

「ていうかさァ、聞いた?ガープさんが孫を一人、ここに連れて来るんだってよ」

「あァ…そう言えば言われたねェー…」

 

書類からは目を離さず、ボルサリーノはそう答えた。

 

英雄と謳われるガープに孫がいる事は、二人共よく知っている。

ガープ直々に嫌というほど聞かされる可愛い可愛い孫自慢と、元帥であり同期であるセンゴクが頭を抱えた野性味溢れすぎる教育方針についての愚痴。どちらの話も記憶に新しい。

 

「……確かァ、こっちに来るお孫さんって言うとさァ〜」

「マキマキの実を食っちまった“女の子”だってさ」

 

テーブルの上に置いてある茶菓子に手を伸ばしながら、クザンは言う。

 

「ホンッット、嫌ンなるよなぁ」

「オー……まァ、確かにねェ〜……」

 

 

 

 

海軍の最高戦力である二人は、まだ見た事もない少女の事を考え、腹の底から絞り出した声をこぼす。

 

 

窓から入り込んだ風が、ボルサリーノの正義のコートをなびかせていた。




どちゃくそ難産でした。語彙力が来い。

次から新章が始まります。できる限り更新スピードは上げたいですが、多分ムリなので諦めてください。


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海軍編
第20話、記憶の中の


新章です。相変わらずの語彙力の無さに切腹したくなる。


『───ゲンコツのガープ、仏のセンゴク、大参謀おつる、そして既に前線を退いた黒腕のゼファー。彼らが最も活躍した時代こそ、かの海賊王ゴールド・ロジャーがまだ海の上に君臨していた頃である。彼らは海賊王と数多の戦いを繰り広げた海軍の功労者にして───』

 

 

 

 

「ナキちゃん」

 

 自分を呼ぶ声が聞こえて、ナキはゆっくりと顔を上げた。

 

「そろそろマリンフォードにつく。ガープ中将が呼んでいるから一緒に行こうか」

 

 笑みを浮かべるボガードの言葉に、小さく頷いて本を閉じる。両手でしっかり抱える本の表紙には『海軍黄金世代』のタイトルがやけに大きく書いていて、ボガードは苦笑した。

 

「その本はどこで見つけたんだい?」

 

 優しく聞かれて、ナキは無言でベッドフレームの備え付き本棚を指さした。

 そこには幼児向けの絵本や生き物図鑑などがナキの為に置いてあったのだが、それと一緒に1桁代の子供が読むとは思えないような、専門用語を大量に使った海軍に関する自己啓発本的な物が数冊あった。

 真面目で常識人な大人のボガードは、難しい本を一人で読み切ったナキに純粋に感心した。

 

 本を本棚に戻して、ボガードと共に部屋を後にする。甲板までの距離は子供の足にはそこそこ長いものだが、長年サバイバルを乗り越えて鍛えられた足腰はそれしきの事で音を上げはしない。

 

 

 

 ナキがコルボ山を去ってから、時は早くも数日を経過していた。

 突然ガープが「孫も1人連れていく」なんて言い出した時は部下達一同どうなる事かと思ったが、一緒に来たのが大人しいナキであると知って皆が胸をなでおろした。

 確実にガープの遺伝子を引き継いでいる方の孫だと、どんな苦労が起きるものかわかったもんじゃねぇからだ。

 

「ガープ中将、ナキちゃんを連れてきましたよ」

「お〜ナキ!こっちじゃこっちじゃ!」

 

 ぱっと満面の笑みを浮かべて手招きするガープに、ナキはててっと素早く駆け寄った。愛らしい姿に周りの海兵も思わずほっこりしてしまう。

 ガープはひょいっとナキを腕に乗せると、船首の方に向かった。ギラギラと太陽の日差しが輝いていて、ナキが眩しそうに目を細めると、どこからともなく現れた女性の部下がナキの頭にカンカン帽子をそっと被せた。

 

「ほれ、ナキ。見えるか?」

 

 ガープの声にナキがカンカン帽子のつばを持ち上げながら視界を上げると、大きな島が目視できた。たくさんの家が建ち並び、その中心には更に大きな建物があるのがわかる。

 

 

「あれがワシらの職場、その名も“海軍本部”じゃ!!」

 

 

 建物の壁にデカデカと書いてある“海軍”の2文字を見つめながら、ナキはぼんやりとガープの声を聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

───マリンフォード“海軍本部”、その一室。

 

「…………はぁ」

 

 海軍元帥センゴクは、ガープのコートをきゅっと握り締め傍から離れようとしない幼子を見て、深いため息をついた。

 センゴクの隣に座っているのは、2人の同期の海軍中将おつる。そして海軍の三大将、サカズキ、ボルサリーノ、クザンの3名。

 

 新兵の教育中で姿のないガープのもう1人の同期、ゼファーを除いた事実上の最高戦力が───今、ここに集結していた。

 

 それも、ガープの孫娘───ナキ1人の為だけに、である。

 

「……その子が例の?」

「おう。可愛いじゃろ!」

 

 まるで自分の事のように自慢げなドヤ顔をしてそう言ったガープの言葉を、この中で唯一の女性であるおつるは否定はしなかった。だって、可愛いのは本当の事だからだ。

 真っ白なセーラーワンピースは夏らしく爽やかであるし、肩のあたりで揃えた黒髪とカンカン帽子はよく似合っている。

 おつるの目利きは本物だった。伊達に女ばかり率いてはいないのだ。

 

「……海兵にするつもりですかい」

「まぁ本人が希望すればゆくゆくはな!」

 

 そして叶うなら自分の艦で直属の部下になってもらって、一緒にお仕事がしたい。なんなら事務の方でも全然良いので。

 ガープは己の心に忠実だった。おじいちゃんはいつだって孫と一緒にいたいものなのである。

 

 問いを投げかけたサカズキは、怪訝な顔になってナキを見た。祖父にピッタリくっついて離れようとしない姿は、まぁ人見知りをする幼子らしいとは思う。けれど同時に、そんなザマで本当に海兵になんてなれるのか、とも思っていた。

 物心ついた時には立派な海賊絶対殺すマンとなっていたサカズキには、兄弟全員が海賊を夢見ているという特殊環境に置かれた臆病者の幼子の気持ちはわからなかったのだ。

 

 まぁそんな訳だったので、サカズキはナキを海兵というガープの言葉に反対した。本人の気質に合ってないなら、正義の為とはいえ無理にならせる必要はないだろう、と。正直、理性的でまともな大人の至極真っ当な判断であると言わざるを得ない。

 

 センゴクもサカズキの意見に同意した。子供を育ててゆくゆくは海兵に、なんてトラウマが刺激されまくりである。控えめに言ってしんどい。

 脳裏に蘇る本当の息子のように育てたドジっ子の事を思い出して、センゴクはちょっと泣きそうになった。

 

「あー…俺は別に良いと思いますけど?」

 

 と、呑気な声で口を挟んだのはクザンだった。面倒くさそうにガシガシと自分の頭をかきながら、けれど真剣な目をしてジッとナキを見据えている。

 

「なるかならねぇかなんて、決めるのはあくまで本人だ。俺達がとやかく言う事じゃないでしょう」

「それは勿論そうだが……」

「……まぁそもそも、今はその子が能力を制御する事の方が先なんすよね?じゃあそんな未来の話は後に置いときましょうよ」

 

 これはクザンの言う通りだった。

 何度も言うようだが、ナキが兄弟のもとを離れてはるばる海軍本部にやってきたのは、悪魔の実の能力を制御する力を身につける為なのである。

 野放しにしておくにはあまりに危険な水銀の能力。その事は、ナキもよく理解している。理解しているからこそここに来たのだ。

 

「……はぁ」

 

 再びセンゴクがため息をついた。椅子にもたれかかり、こめかみを指で抑えながら改めてナキを見やる。

 同じように、黒く、それでいて輝く宝石のような瞳が、センゴクを見つめ返した。

 

 

 

 

『なぁ、センゴク』

『ん?何だ、お前が俺に話しかけてくるなんて珍しいな』

『……妊婦って、一体何なら食べてもいいんだ……?』

『ちょっと待て、順を追って話は聞くからまず私の頭の整理をさせろ』

 

 

 

 

「……全く」

 

 小さな声で吐息のように呟くと、センゴクは額に手を当てて俯いた。

 もっと自分が若かった頃の記憶を思い出す。前線で活躍していた、今よりずっと海が荒れていた頃の事。

 

 まぶたの裏で自分を見つめる黒い瞳が自分を見ている。なんとなくいたたまれなくなって、その瞳から逃げたい一心からまぶたを開く。

 

 

「……同じだな」

 

 

 まぶたを開いた視線の先には、記憶と同じ黒い瞳が、まるで逃げるなとでも言うようにセンゴクの事を見つめていた。



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第21話、会うは別れのはじめ

「ナキ〜、今日からここがお前の部屋じゃぞ〜」

 

 ご機嫌そうにニコニコ笑顔を浮かべたガープと共に、ナキはガープの自宅にやって来ていた。

 用意されていた部屋はピンクと白の色合いで統一された、いかにも女の子らしい内装だ。きっとガープが一生懸命、女の子が好きそうな家具を頑張って探したのだろう。いい歳したまだまだ現役のおじいちゃんが、孫の為に。想像すると何か可愛い気がしないでもない。

 

「どうじゃ、気に入ったか?」

「……ん」

「ぶわっはっは!そうかそうか!他に欲しい物があればわしに言うんじゃぞ」

 

 豪快に撫でられて、ナキの頭が思いっきり揺れた。ぐわんぐわんと目眩がするのを耐えながら、白いレースの天蓋を通ってふかふかのベッドの上に腰を下ろす。

 そのまま「じゃあちょっと待っとれ!」とにっこり告げて、バタバタと部屋から出ていくガープ。

 

 

 一人残されたナキはとりあえず部屋の中をぐるりと見渡してみた。

 窓の外には木が生えていて、その向こうには青い海が見える。初めて見る筈の光景だが、不思議とコルボ山の秘密基地に既視感を覚えた。

 近くにあったハートのクッションを引き寄せて、ぎゅっと抱き締めながらピンクの毛布の上にダイブする。ふかふかで柔らかい感触に顔を埋めた。

 

 

『ナキはほんとに泣き虫だなぁ。ほら、もう大丈夫だから泣くなって』

 

 

 泣くな。

 

 もう、泣くな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガープとは似ても似つかぬ孫の存在は、瞬く間に海軍本部に知れ渡った。

 そもそもガープがあっちこっちにナキを連れ回しているので、あっちこっちにいる海兵達は嫌でもそれが目に入るのだ。

 年相応に恥ずかしがって人見知りをする美少女の存在は、日々荒事に身を投じる海兵達の心を癒し、訓練でしごかれる新兵達の目の保養となっていた。

 なお、そんな美少女に手を出そうなんて考える倫理観の欠如したバカは、幸いにも現れる事はなかった。

 ガープに殺されるのがわかっていながら手を出すような猛者は、現在のマリンフォードには存在しないのだ。

 

 

 

 

 その日、ナキはいつものようにガープに連れ回されていた。

 ガープとしては突然慣れない環境にやって来たナキを心配し、早く馴染んで安心するようにという彼なりの気遣いのつもりであったのだが、周りはいつナキが連れ回された疲れで体調を崩さないか心配だった。

 ナキ自身はこれぐらいで体調を崩す事はないと思っているのだが、海軍の常識人筆頭のおつるに「やめなさい」と言われ、従うしかなかった。

 何より自分を連れ回す張本人のガープがおつるに叱られているのを見て、なんとなく気まずい気持ちになっていた。

 

 

「人を寄越すから、ちょっとここで待ってな。あんたのおじいちゃんはちょっとお話があるからね」

 

 にっこり満面の笑みでそう告げたおつるに、ナキは微妙に強ばった顔で頷いた。耳たぶを引っ掴まれてズルズル引きずられている祖父の姿は、なんとも新鮮で衝撃的だった。

 

 呆然としながらもジッと待っていると、一人の海兵が現れてナキの前に膝を着いた。遠目から見てもわかる大きな傷がある。コートを着てはいない所を見ると、まだ将校ではない事はわかった。

 

「やぁ。君がナキちゃんだね?」

「………、」

 

 こくりと頷く。挨拶ぐらいはするべきかもしれないが、何を言えばいいのかわからない。

 軽いパニックに陥りそうになってあわあわとし始めるナキに、海兵は苦笑しながら口を開く。

 

「俺の名前はドレーク…X・ドレークと言うんだ。よろしく頼む」

 

 顎に傷を持つ海兵───ドレークは、柔らかい声でそう言った。

 

 

 

 

 ドレークは、壊れ物を扱うようにそっとナキの手を引いた。

 別に少し強く握っても問題ないのだが、幼女に慣れていないドレークはそうもいかない。

 小枝のような細腕は、鍛えている成人男性として触れるのに少し躊躇ったりもした。

 

(……それにしても)

 

 手のかからない子供とは聞いていたが、ここまで大人しいとは思ってもみなかった。

 ドレークが知る子供と言うのは、好奇心旺盛であったり大人の予想斜め上の行動をしたりするものだった。

 ナキと同じくらいの年齢でここまで静かな子供はそういないだろう。

 

 ふと、ドレークがナキを見下ろすと、手首にアクセサリーのようにつけられた海楼石の腕輪が目に入った。

 

「………そう言えば、君も能力者だったな」

「!」

「あ、違うすまない!怖がらせるつもりはないんだ」

 

 咄嗟に腕輪を隠そうとするナキに慌てて弁解する。

 能力者になったのには海賊が関係している事は聞いていたのに、とドレークは自分の軽率な言葉を悔いながらしゃがみ込み、空いている手をナキの目の前にかざした。

 

 その瞬間、ビキビキとドレークの手が鋭利な爪を持つ爬虫類の手に変形した。

 

「っ!?」

 

 ギョッと目を見開き、後退りするのを耐える為に繋いでいるドレークの手をナキは力いっぱい握り締める。

 

「俺も、君と同じ能力者なんだ」

「…あ、悪魔の、実……?」

「あぁ。実の名前はリュウリュウの実…恐竜の能力だ」

 

 動物の力を得るゾオン系には、“幻獣種”と“古代種”という貴重な2種類が存在する。

 夢物語で語られる存在しない獣が幻獣種であるのに対し、かつて存在していたがはるか昔に絶滅したとされる恐竜が古代種だ。

 

 別名を“男のロマン”、または“子供の夢”。

 

「………」

 

 変形した手をジッと見つめ、硬直したままぴくりとも動かないナキに、段々ドレークの心に一抹の不安がよぎる。

 

(しまった、女の子に恐竜は逆効果だったか……?)

 

 子供の夢とは言っても、その夢を抱く子供のほとんどが男の子である事を、ドレークはすっかり失念していた。

 とりあえず手を元に戻してしまおうと思ったその時、固まっていたナキが「あ、の」と小さな声をこぼした。

 

「…手…さ、触って、も…い、いい、ですか……?」

 

 おずおずと、遠慮気味に呟いたナキにドレークは目を丸くする。

 そして、一拍置いて和やかに微笑むと、「勿論」と言って、手のひらをナキの前にしてみせた。

 

 指先でそっと手のひらに触れると、爬虫類に近い独特のつるりとしたその感覚に「わぁ……」と声が漏れる。

 鋭い爪をつつくとこつんと音が響くのがたいそう気に入ったらしく、繰り返し何度も爪をつついている。

 

「あ、あの…これ、な、何の恐竜、ですか?」

「モデルはアロサウルスだ」

「アロサウルス……!」

 

 モデルの名前を聞いた瞬間、ぱぁっとナキの顔が煌めいた。予想外の表情にドレークはまた目を丸くする。

 

「……恐竜が好きなのか?」

「と、特別では、ないけど……好き」

 

 静かにはしゃぎながら呟いたナキの言葉に、ドレークは少し照れくさそうに苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 この後、ドレークの手はナキの気が済むまで恐竜のままになっており、ナキは珍しく初対面相手にはしゃいだ事を恥ずかしがって、部屋のベッドで転がっていた。




途中から悲壮感は旅に出ました


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第22話、旅行するなら

 悪魔の実の制御訓練は、本来なら海兵の中の能力者が行うものである。

 一般人、まして幼い子供が耐えられるようにできていない。

 

 ロギアやパラミシアの中でも特殊な能力の場合は、それによって特別なメニューが組まれるが、ナキの場合は特に準備が必要になった。

 水銀の毒性分析、それに見合った訓練場の補強、能力に対抗できる実力を持つ教官の選別など。

 

 例えそれらの準備が整ったとしても、政府から最終的な許可が降りなければ意味はなかった。

 

 

 

 

 

 ───聖地マリージョア。

 

 “権力の間”と呼ばれる部屋に集まった五人の男達は、気難しい表情を浮かべて言葉を交わしあっていた。

 

「──訓練の許可は別に出しても構わんだろう、むしろ止める理由がない。マキマキの実の能力を制御できないまま放置しておくのは愚策だ」

「情報の統制を更に強化しなくてはならないな。この事が海賊側に知られれば、厄介な事になるのは目に見えている」

「下手をすれば“四皇”が動く可能性もある。本人が成長するまでは、監視を兼ねた護衛を傍に置いた方がいいかもしれん」

 

 口々に意見を述べる、世界政府最高権力者──“五老星”。

 

 その議題として彼らが現在進行形で話し合っているのは、幼い1人の少女の事だった。

 

「それにしても、親子(・・)揃って厄介な能力(チカラ)を持ってくれる。あやつの能力と比較すれば、生まれつきの見聞色など可愛いものだろうが……」

「例え能力がなくとも、個人で周囲に与える影響力が強い事は今でも変わらん……親の七光りとでも言うべきか、この娘もその影響力は尋常ではないだろうな」

 

 ため息混じりにそう言った彼の手には、“ONLYALIVE(生け捕りのみ)”と書かれた一枚の手配書が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───少しの時が過ぎ、海軍本部マリンフォード。

 

 

 ついに能力の制御訓練を始めるというその日に、ナキは謎の大男と対峙していた。

 

「………」

「………」

 

 ひく、と喉と頬が一緒に引きつったのが自分でもわかった。

 ガープと同じくらい、ひょっとすればガープよりずっと大柄だろう体。深く被った帽子から覗く視線は冷たくて、何を考えているのかまるでわからない。クマのような耳があるが、あれも本物なのかつけ耳なのかよくわからない。わからないだらけの大男だ。

 

 今ナキがいるのは、水銀の毒に耐えられるよう補強された訓練場だ。

 そもそも「待っていてくれ」と言われたから大人しく待っていたら、突然現れた謎の大男。ナキじゃなくても普通に怖い。

 

「………」

 

 重い無言の空気が流れる中、男はジッとナキを見下ろしながら、横に結んだ口をゆっくりと開き、そして言った。

 

「………旅行するなら、どこへ行きたい?」

「………ぇ」

 

 低い声で紡がれた予想外の言葉に、ぽかん、とナキは目を丸くして男を見上げた。

 ほぼ頭上なので首が痛くなりそうだったが、それよりも驚きの方が勝って呆然としていたのだ。

 壁に体を預けて、男はナキの答えを待った。手に持っている聖書を開く事はなく、ただナキを見つめて答えを待っていた。

 

「どこが良い?」

「えっ、あ、えっ……」

「どこでも構わない。言ってみろ」

「え、えぇ……?」

 

 ナキはおおいに困惑した。対面の謎の大男に突然そんな質問をされたら、誰だって怖いし困惑する。

 何より、男の質問にどうやって答えれば良いのかがナキにはわからなかった。ドーン島以外の島なんて、せいぜいルフィと一緒に放り込まれたジャングルぐらいしか知らないのだ。

 そもそも、ナキ自身はあの島を出る事を想像すらしていなかったので、どこに行きたい、と考えた事もろくになかった。

 

「……ごめん、なさい。い、行きたい、場所は、あ、あんまり……ない、と思い、ます」

 

 考えるだけ考えて、ナキは思っている事をそのまま男に告げた。嘘を言っても誤魔化しても何の意味にならない事をわかっているのだ。

 

「——そうか」

 

 不完全な返答をしたナキを責めはせず、男の声は相変わらず静かなものだった。

 

「……この海にどんな国があるのか、君はどれほど把握している?」

「え、」

東の海(イーストブルー)北の海(ノースブルー)南の海(サウスブルー)西の海(ウエストブルー)——そして偉大なる航路(グランドライン)。この五つの海にどんな島があり、どんな国が栄えているのか。一体どれほど把握できている?」

「えっ、と……」

 

 正直な所、ナキの本心は「わからない」だ。

 例え読み書きができて本を好んでいたとしても、読んでいたのはほとんどが冒険譚などの創作物、後は村長やダダンがとっていた新聞ぐらいだった。

 地図に関してはドーン島とその周辺を書いたものぐらいしかなくて、この世界には所謂“世界地図”という物が存在していなかった。

 だからナキは、この世界にどんな島と国があるのかを、よく知らなかったのだ。

 

「砂漠の王国アラバスタ───水の都ウォーターセブン───海底のリュウグウ王国───国土を持たない国ジェルマ───」

 

 国の名を次々に男が紡いでいく。どれもナキが知らない名前ばかりだった。

 

「知らないなら、知ると良い。たったそれだけの事で、見ていた世界が全て変わる事もある」

 

 そう言って、男は踵を返して部屋を後にした。

 

 

「……な、なに……?」

 

 部屋に一人残ったナキは、困惑しっぱなしで去っていく男の背中を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は、悪人である。

 

 本人の気質がどうであれ、世界は男の事をそう評した。暴君と呼び、恐れ畏怖する。

 人に忌まれる事に多少なりとも心を痛めていた若い頃を、男はもう思い出せずにいた。

 

 

「何のつもりだ?」

 

 物陰から聞こえた声に足を止める。

 

「それは、どういう意図の質問だ?」

「何故あの子供と接触したのかと聞いているんだ」

「政府から『接触するな』という命令はなかった。“契約”の範疇を超えない限りは俺の自由だ」

 

 男の返答は淡々としていた。ナキと話していた時より声は低く、声の方向を一瞥すらしない。

 

「……必要でない限り、あの子供には関わるな。これは政府の命令だ」

「承知した」

「くれぐれも命令を違えるなよ。“バーソロミュー・くま”」

 

 その言葉を最後に消えた気配に、男は───バーソロミュー・くまは、再び歩を進めた。

 政府の言いたい事はわかる。子供は周囲の環境に染まりやすい生き物だ。そこに海賊である───政府に略奪を許された海賊(・・・・・・・・・・・・)、“王下七武海”の自分が近付いて、悪影響を及ぼす事を忌避しているのだろう。

 

 妥当な判断であると思うのと同時に、過保護な物だとも思う。

 先程、自分に釘を指した人物を──更にその背後にある組織の事を考えると、思わずため息がこぼれそうになる。それほどの影響力を持っているのだと、あの子供が自覚するのは果たして何年後になるのだろうか。

 

 

 せめてその時には、気になる場所の一つや二つはあれば良いと、“暴君”は二つ名に似合わぬ事を思うのだった。



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第23話、打算と友

なんか文字数少ないも文才ないのも視点ブレ酷いのももう諦めようかなって思い始めた今日この頃です


 ふかふかのベッドに腰を下ろす。深く息を吐いてベッドに倒れ込むと、柔らかい毛布が体を柔らかく受け止めた。

 

「……疲れた」

 

 訓練初日は顔合わせだった。大佐が2人と少将が1人、大佐組は能力者でそのうち片方は女性。ナキの知らない間にガープとその同期組、つまり事実上の海軍トップによって行われた審査(あっぱくめんせつ)によって厳選された講師達であった。

 

「……はぁ」

 

 精神的疲労でため息がこぼれる。ルフィを経験しているのでだいたいの事はなんとかなるかと思ったが、全然なっていないのが現状だ。

 

 こんな事を言うのは今更だが、ナキは大人に対して苦手意識を持っている部分があった。

 それは、前世で実の両親に愛されなかった境遇が原因と言えた。教師や家政婦もナキと一線を引いて接してばかりで、親身になって接してもらった事は一度もなかった。

 フーシャ村の村人やダダン一家の彼らは、最初から全力でナキに親しくしてくれたし、傍にはいつもルフィがいた。だからナキは彼らを信頼する事ができたし、ルフィの事で困ったら頼って良い、と安心する事もできたのだ。

 しかし、海兵達は自分の事を一線引いて接している。それはナキが英雄ガープの孫である事を一番に、人見知りであるからだとか女の子だからとか色んな理由があった。

 そんな風に腫れ物のように自分を扱う大人達に、ナキが前世の大人を思い出してしまうのは仕方のない事だろう。

 

 そんな風にナキが頭の中でぐるぐる考えていた時だった。

 

 

 ───コンコン、と窓の外で音が聞こえた。

 

「……?」

 

 むくりと起き上がって、音がした窓を見る。

 風の音というよりも、何か固い物が当たったような音だった。ここは、二階の部屋なのに。

 しかし、ナキは怖いとは思わなかった。山育ち故の弊害なのか、これ以上の不安を感じる隙がないのか。きっと前者である。

 普通は山育ちでも謎の音には怖くなる事もあるかもしれないが、悪童三人と一緒に育った時点で普通の山育ちとは程遠かった。

 

 そんな訳で、ナキは特に怖がる事はなく窓に近付いた。パステルピンクのカーテンに手を忍び込ませて横に引く。

 

 窓の外には、人がいた。

 

「……え?」

 

 素っ頓狂な声がこぼれる。

 小石を手の中でコロコロと遊びながら、太めの木の枝に座っているのは───長くて四角い鼻をした、少年だった。

 

 少年はキャスケット帽をつまみながら顔を上げると、愛嬌のある目でジッと固まっているナキを見つめた。数秒見つめた後、ニィ、と口角を上げて笑いながら、けらけらと笑いながら口を開いた。

 

「はじめまして、じゃな!」

「え、え、っと」

「お前さん、ガープ中将の孫なんじゃろ?みーんな噂しとるぞ!」

 

 にひひと楽しげに笑う姿は、どこかルフィに似ている。

 

「ワシの名前は“ジラフ”じゃ!お前さんは?」

「え……?えっ、あ、ナ、ナキ……」

「ナキかー!ええ名前じゃのう!」

 

 一方的に話を進める“ジラフ”。

 同年代だろうが、見た目から10代半ばかもしれない。そういえば、マリンフォードに来て同年代の子供と話すのは彼が初めてだ。

 

「なぁ、ナキ!」

 

 持っていた小石を後ろに放り投げて、明るい笑みを浮かべながらジラフは言った。

 

 

「ワシと、友達にならんか!」

 

 

 

 

 世界政府には、CP(サイファーポール)と呼ばれる組織が存在する。

 五老星が統括する彼らは、世界の秩序を保つ事が全ての目的だった。

 

 そこに性別は関係ない。子供の時から(・・・・・・)厳しい訓練を経て、彼らは任務を遂行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───海軍本部。

 

 センゴクはまだ自室にいた。特に溜め込んでいる仕事もなく、徹夜しなければならない急用もない。ただ自宅に帰る気が起きないだけだった。

 ただ静かに座っていると、ドアが三度、ノックを鳴らした。そして、ドアはセンゴクの言葉を待つ事なく開いた。

 

「やっぱりいたのか。徹夜か?」

 

 部屋に入ったのは、紫髪の男だった。片手にグリーンのボトルを持っていて、彼を見たセンゴクはこめかみをかきながらため息をついた。

 

「お前こそ、何故まだ残っているんだ?ゼファー。それも酒を片手に」

「ここ最近、寮を抜け出して勝手に訓練場を使っている奴が何人かいてな。そいつらをこってり絞ってから少々付き合ってやってたんだよ。酒はそいつらから」

 

 ゼファー。

 ガープ、センゴク、おつるの同期で、海軍全盛期を支えた元大将。三人の中で一番海賊に被害を与えられたのは彼だったが、同じように一番海賊を捕縛したのもきっと彼だろう。

 ガープは一時期ロジャーばっかり追いかけて他の海賊を見逃す事例が多々あったので除外だ。

 

「真面目なのは結構だが、抜け出して訓練するのは頂けないな」

「おぉ、訓練と言えばだ」

 

 キュポン、と、高い音を鳴らしてボトルをあけながら、ゼファーは問いかける。

 

「結局どうだったんだ?あの子の……ナキ、だよな?ナキの訓練は。今日からだっただろう?」

 

 純粋な気持ちでこぼれおちたゼファーの疑問に、センゴクは苦々しい表情を見せる。

 審査にはゼファーもいた。選ばれた三人は全員ゼファーの教え子で、センゴクにも見覚えがある顔だった。だからこそ選ばれたのだ。

 

「……今日、少しだけその訓練を覗いたんだ」

「ほう?どうだった?」

「まぁ、初日だからな。ほとんどただの自己紹介だった」

 

 それぐらいは別に良かった。子供を相手にするのだから、慎重になるのは仕方ない。

 大人に囲まれて、おろおろしながらもナキは彼らと接していた。ガープがそこにいたならその成長を喜んで影で号泣していた事だろう。連れて行ってないから知らんが。

 

「……子供が海軍にいる事は、珍しいだろう」

「あぁ、そうだな」

「だから、少し思い出してしまってな」

「……あぁ」

 

 センゴクの言う事は、ゼファーにも覚えがある事だった。

 マリンフォードに住んでいても、一般の子供が海軍本部に立ち入る事は基本的にありえない。ナキは単なる例外だ。

 しかし、例外は過去にもいた。その事を、この二人は覚えていた。

 

「子供というものは」

 

 海兵を邪魔して遊び回る子供の姿を思い出しながら、センゴクはぽつりと呟いた。

 

「なんとも、扱いづらいものだったな」

「……あぁ。その点、ナキは正反対だ」

 

 大人しくて手はかからなくて、子供らしくもない。けれどやはり子供である事に違いはなくて、どうしても甘やかしたいと思ってしまう。守ってやりたいし、支えてやりたいとも。

 自分達は、充分にしてやれなかったから。

 

「……何かガープに腹立ってきた」

「何故だ」

「何であいつ基本的に故郷に放置してるのに子供育てられるんだ?おかしくないか?息子だってグレてるクセに」

「息子がグレたから放置してるんじゃないか?」

「納得した。やっぱりあれだな、俺達全員子育て向いてなかったな」

「気持ちはわかるが悲しくなる事を言うのはやめろ」

 

 

 別に向いていない訳ではない。ただ運がなかったのだ。



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第24話、逆しまのひとたち

「……とも、だち?」

 

 きょとん、と。

 目を丸めてそう呟いたナキに、ジラフは白い歯を見せて屈託ない笑顔を見せる。

 やはりルフィと似た雰囲気の明るさだが、どうしてか違和感も感じて首を傾げる。まるで、その明るさを上辺に纏っているだけのように感じたのだ。

 

「……えっと、な、何で、友達……?」

「何でじゃろうなぁ?」

「えぇ……?」

 

 釈然としない返答にナキは顔をしかめたが、当人は気にする事なくニコニコしている。

 

「ま、そんな意地悪は嫌じゃわな。もう一回言うんじゃが、お前さんガープ中将の孫なんじゃろ?」

「あ、うん……」

「ワシな、政府の役人を目指しとるんじゃ。だから英雄の孫にお近付きしとうてのう」

「へ、へぇ……」

 

 自分にお近付きになる意味が果たしてあるのかどうかはよくわからないが、理由自体はよくわかった。

 正直、多少の打算があった方が気持ち的には安心できる。サボとエースとだって、様々な事柄を超えてようやく義兄弟の関係に落ち着いたのだ。初めから無条件に仲良しだった訳ではない。

 

「……えっ、と。ジラフ、さん?」

「何じゃあ。友達になる言うのに、距離を感じるぞ」

「え……」

「ジラフじゃ、ジラフ!さん付けなんてつまらんわい!」

 

 めっちゃグイグイくるジラフに思わず背中を仰け反らせる。なんというか、本当にルフィに似ている。相手に確認する前に、一方的に話を進める所とか。

 どうやら極度の人見知りには、推しの強すぎるぐらいがちょうど良いようであった。

 

「……ジラフ、くん」

「おう、そうじゃそうじゃ」

 

 名前を呼ばれたジラフは満足気に笑った。呼び捨てではなかったが、くん付けぐらいならまぁ許容範囲だ。

 そのままジラフは色んな事を問いかけた。好きな食べ物、好きな色、好きなうんたらかんたらetc。

 ナキは一つ一つの質問にきちんと答えた。緊張か、もしくは警戒心からか、その声は声は震えている。しかしジラフが笑顔で相槌を打ちながら冗談を混ぜて話すと段々と落ち着いていった。

 

 

 そうして談笑していると、はっとしたジラフが懐から懐中時計を取り出した。

 

「あー、結構話したみたいじゃな。もうこんな時間じゃ」

 

 そう言ってジラフがナキに見せた懐中時計は、日付が変わる直前だった。

 ナキは目を丸くする。自分でもそんなに長い時間、話しているつもりはなかったのだ。

 

「じゃ、ワシ帰る。また来てもええか?昼間はちょっと忙しいから、夜になるんじゃが。迷惑かのう?」

「え?あ、えっ、と……う、うん……いい、よ……」

「そうか、良かった!ありがとうな!」

 

 晴れやかな笑顔を浮かべてそう言うと、ジラフは思いっきり飛び上がった。

 

「じゃあの!」

「───」

 

 まるで兎のように飛び上がり、そのまま消えていくジラフを、ナキはただ呆然として見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、ナキはいつものように目を覚ました。

 

 遅くまで起きていたからなのか、夢も見ないぐらいぐっすりだった。まだ少し残っている眠気と戦いながら洗面所に向かうと、既にガープが歯磨きをしている所だった。

 

「何じゃ、早いのー。よく寝たか?」

「ん……」

「ぶわははっ!まだいつもより眠そうじゃな!」

 

 そりゃあ、夜更かししたのだからそうだろう。

 

 

 朝食はガープが作ったトーストとハムエッグだった。色々と大雑把な男だが、なんだかんだ人生経験は豊富な上にサバイバルにも精通している為、料理は得意な方らしい。

 

 香ばしいトーストにかぶりつきながら、昨晩の事を思い出す。

 鼻の長い謎の少年。突然現れ、話をして、そして飛んで行った男の子。

 

(……何だか、既視感があるような……)

 

 最初に思い浮かんだのは、某ネズミのアニメ会社の嘘をつくと鼻が伸びる人形。しかしそれも違うような気がして、ナキは首を傾げて考え込み、結局その答えは出ないまま朝食の時間は終わった。

 

 

 その既視感の正体が、弟の率いる海賊団に仲間入りする予定の狙撃手であるとナキが知るのは、そこそこに遠い未来の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方が第一に覚えるべき事は能力の制御です」

 

 正義のコートを翻し、講師に選ばれた海軍少将キョウテンは丁寧な口調でナキに言った。黒いショートヘアがさらりと頬を流れている。

 

「私は能力者ではありませんが、能力者の指導をした事もあります。貴方が暴走した時、止める為にここにいます。それは、よろしいですね?」

 

 こくりとナキが頷いて、キョウテンも穏やかに頬を緩

ませる。

 

「……言い方が物騒だよなぁ」

「暴走前提の言い方なんだよねぇ」

 

 そんなキョウテンに苦笑いを浮かべるのは、“悪魔の実の能力者”である二人の大佐。

 ゾオン系イヌイヌの実を食べたダルメシアンと、ロギア系ウドウドの実を食べたウェニー。

 大佐であるが二人共コートは羽織らず、シンプルなマリンの隊服を身に着ていた。ウェニーは赤に近い茶髪を緩い内巻きのミディアムロングにして、耳たぶには小さなピアスをつけている。

 

「私は事実を言ったまでの事ですよ。それよりも、能力の制御を教えるのは貴方達の担当でしょう?」

「へいへい、わかってますよ」

「あはは」

 

 場には軽い雰囲気が流れる。ダルメシアンとウェニーはナキの前に立つと膝をつくと、まずウェニーが口を開いた。

 

「こんにちは、ナキちゃん。もう一回名乗らせてもらうね。私はウェニー、こっちはモデル“ダルメシアン”を食べて名前がダルメシアンとかいうややこしいワンコだよ」

「おい、お前その説明やめろ」

「私達は昨日も言った通り悪魔の実の能力者なんだけどね」

「人の話聞け」

 

 それでも同期の言葉を華麗にスルーしてウェニーは続けた。

 

「私はロギアの中でも少し特殊なの。さて、どうして特殊なのでしょう?」

「え、」

「ヒントはねー、私の能力は“樹木”です」

 

 流れるようにスラスラとウェニーは語る。

 ペースに飲み込まれそうになりながらも、ナキはウェニーの言葉を頭に留め、考え、そして答えを一つ見つけた。

 

「……実体が、ある……?」

「お、正解。よくわかったね」

 

 次の瞬間、ウェニーの右手が軋んだ。

 目を見開いて飛び退いたナキの目の前に、木の幹が伸びる。浅い茶色に木目の柄は、山育ちのナキにとって実に馴染み深いものだ。

 

「私は身体が樹木なの。樹木は他のロギアと違って塊だから実体がある。だから銃弾があたったり斬られたりすると凄く痛い」

 

 死ぬ事はないんだけどね、とウェニーは笑う。

 生々しい話になった事でダルメシアンがナキの顔色を伺うが、ナキは突然伸びた木の幹に驚いたぐらいで、気分を悪くする事はなかった。山賊が身内にいてグレイ・ターミナルという修羅で育ったナキにとって、生々しい話というものは単なる日常の一部に過ぎないのだ。

 真っ白正義の海軍本部で現役海兵をしている三人は、そんな少女のズレたメンタルに気付かない。

 

「まぁつまるところ何が言いたいのかって言うと、悪魔の実って案外万能じゃないって事だよね。条件が揃えば能力封じられる時もあるんだし。ロギアなのに実体がある私とか、パラミシアなのにロギアと相違ない君とかね」

 

実体を持ったロギア(ハズレ)自己防衛できるパラミシア(アタリ)。けれど戦場は、それを凌駕して何もかも死に追いやる。

 

「だから死ぬほど鍛えてもらうよ。能力を制御して使いこなせるようになって、その上で鍛えて鍛えて強くなる。それが、悪魔の実の能力者になった人間の精一杯の責任だからね」

 

 

 それが、ウェニー達は恩師に教わった事だった。




【5秒で名前決めた系オリキャラ講師達】
・キョウテン(男)
東の海出身。少将。敬語はデフォ。能力者ではなく六式がえげつなく強い人。CPに勧誘された事もあるが、掲げているのが『王道の正義』なので断固拒否した。闇堕ち暗殺ノットお手の物。モモンガの同期。
・ウェニー(女)
南の海出身。大佐。ロギア系なのに実体はあるし攻撃当たるし痛いし素手で捕まえられるしのウドウドの実の樹木人間。同期と恩師(黒腕)に恵まれていたのでそこまで拗らせなかった。故郷の海に血の繋がらない弟(?)が二人いる。ダルメシアンの同期。

【選ばれたのはワンコでした系原作キャラ講師】
・ダルメシアン
この世界では能力者。同期となかよち。


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第25話、殺さぬように殺されぬように

前回の投稿からまるまる1年近く経ってて非常にうける(うけない)


 能力を制御する為の訓練が始まって早くも一週間。海楼石の腕輪は、未だにナキの腕を飾っている。

 体力面においては、ナキは他の同年代の子供と比べるとずっとずっと恵まれていた。何しろ育った環境が山賊、海賊、山、ゴミ山、猛獣の住処、ジャングル、その他諸々エトセトラの危険要素が満載のコルボ山である。

 英雄ガープの故郷という事を考えても、ドーン島は東の海でトップクラスにヤバい場所の一つであるような気さえしてくる。

 

 そういう訳でナキの訓練は早々に技術的内容にランクアップを果たしたのだが、これがまた、ナキにとってはきつかった。特にきついのは、悪魔の実の制御だ。

 悪魔の実の能力で他人を傷付けた事がある人間は、能力制御が難しい傾向にある。その記憶がトラウマとなって、能力を扱う事に躊躇いが生まれるからだ。

 特に、制御できなかった自分の能力に飲み込まれていく人の姿を、目の前で見てしまったナキの心の傷は深い。

 

「………ダメ、だなぁ」

 

 水筒を持って地面に腰を下ろし、か細い弱音をぽつりと吐く。三人の講師達は電伝虫で呼ばれてどこかに行ってしまったので、訓練場にはナキの姿しか見当たらない。そうして一人でいると、余計にネガティブな考えを思い浮かべてしまって止まらないのだ。

 

「……もう、あんなのは、嫌なのに」

 

 例えそれが、酷く残忍な相手でも。

 誰かを自分が傷付けるという事実に耐えられそうになかったから、せめて制御できるようになれればと、この海軍本部にやってきたのだ。

 それなのにこのていたらく。海楼石を外すたびに変わり果てたポルシェーミを思い出してしまい、制御するどころか水銀を出さないようにする事さえできなかった。

 

 そんなネガティブ思考に支配され始めていたその時、突然ナキの頭上からにゅっと影が伸びてきた。

 

「あらぁ? カワイコちゃん一人だけ?」

 

 同時に聞こえた声に驚き、急いで立ち上がり顔を上げる。すると、そこにはナキも見た事がある一人の男が、窓の縁からナキを覗き見下ろしていた。

 見聞色で気付けなかった事にナキ自身が唖然としていると、気だるげな声色で質問が投げかけられた。

 

「どうも、この前ぶり。俺の事覚えてる?」

 

 数秒固まってから、は、とナキは意識を取り戻した。それと共に、はじめて海軍本部にやってきた時の記憶が頭の中で再生される。

 大将クザン。またの名を青キジ。ガープ曰く“匠のサボり魔”。

 最後の情報は置いておくとして。

 

「え、っと……青キジ、さん……」

「そっちかー……ま、覚えてくれてんだしいいか」

 

 少し大袈裟に胸を撫で下ろしたクザンは、窓からひらりと訓練場に降り立った。

 そして、目を丸くするナキの前に堂々と座り、そのまま肘をついて横になる。

 

「ふいー……どうもナキちゃん、改めて俺はクザンね。覚えててくれて嬉しいよ」

「……え。あ、えと……は、い……?」

 

 祖父の評価をしっかり体現した目の前の男に当惑するナキ。

 

「そういえば、あの三人は? キョウテン少将とかが講師してるんじゃなかったっけ」

「で、電伝虫から、連絡があって、い、行かなきゃいけない、から、休憩して、待っててって……」

「へー……何か問題でもあったのかね」

 

 なお、その通達の内容は逃走した執務を放ったらかしにしているクザンの捜索であるという事を、二人(片やその当事者)は知らなかった。

 

「で? 今は訓練で何やってるの」

「え、えっと……走り込みとか、の、能力の制御、とか……」

 

 まぁ、それも順調とは言い難い成果ではあるのだが。

 途端に俯いてしまったナキに、クザンはガシガシと頭をかきながら何かを探すように辺りを見回す。

 そして、少し離れたテーブルの上にある銀色のカギを見つけると、ぐいっと身を乗り出してそのカギを手に取った。

 

「ほら、腕出しな」

「え」

「大丈夫だって、取って食う訳じゃねェんだから」

 

 ンな事したらガープさんにブッ飛ばされるから、なんて軽口を叩きながら、クザンはあれよあれよという間にナキの海楼石の腕輪を取り外してした。

 細い腕から音を立てて枷が外れ、ナキは途端にびくりと肩を跳ねさせた。

 慌てる間もなく周囲に銀色の粒が姿を現し、ナキが無意識に身を引こうとする。しかし、しっかりと細腕を握り締めたクザンの手がそれを許さない。

 

「は、離し、て」

「落ち着け、大丈夫だ。たったこれしきの銀じゃ俺は殺されねェから」

 

 極めて冷静な声でクザンは言い、かすかな冷気を漂わせて、怯えるナキをまっすぐ見据える。

 

「この水銀はお前の一部だ。自分が生んだものを怖がってもどうしようもねェ、とにかく慣れろ。自分から生まれて、自分の周りに在る事に慣れろ。わかるか? 殺さない為には慣れるしかない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ずしりとのしかかる言葉の重み。

 泣きそうに少女の顔が歪むが、それでもクザンは目を逸らさなかった。

 

「やるしかねェんだ。逃げたいなら尚更、最初は向き合わなきゃならねェ」

 

 ぐっ、とナキが唇を噛み締める。

 同じ能力者故なのか、いやに説得力がこもった言葉。人より聡いナキには余計にしみるようだった。

 

「使いこなせ。誰も傷付けないように、誰も壊さないように。それが、何よりも今のお前さんがすべき事だ」

 

 低く、冷たく、同じ意図を、青キジは静かに繰り返す。

 気付くと、水銀はナキの周りのどこにも見当たらなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何してるんですかこの変態!不審者!ロリコンプレイボーイ!」

「ついに子供にまで手を出し始めたんすかあんた……流石にねぇわ」

「まさかそこまで守備範囲が広いとは思ってもみませんでした。インペルダウンの皆さんによろしくお願いします」

 

「タンマタンマ違う違う」

 

 突然聞こえた三人の罵倒に、ぱっとクザンの手がナキから離れた。

 その瞬間を見逃す事なく、ウェニーがナキを庇い、ダルメシアンが二人を後ろに庇い、更にキョウテンが彼らの前に立つ。

 流れるような素晴らしい動きである。

 

「なんだかんだと上司としてお世話になりましたから最後のチャンスです。ガープさんに通報されるかセンゴクさんに通報されるか、他の大将御二方に通報されるかは選ばせて差し上げます」

「選択肢があるように見えて実質選択肢がない」

「そりゃそうだろ」

 

 呆れたようにダルメシアンが声を被せた。

 何しろ呼び出しから帰ってきた指導者達が目にしたのは、幼い少女を怖がらせている上司の姿。

 過剰反応するも無理からぬ事である。

 

 スピード感溢れる突然の展開についていけていないナキをよそに、大人達の攻防は更に続く。

 

「見損ないましたよクザンさん! 女の子の細くて柔い腕を無理に掴んで、怖がらせて! いつの間にペドフィリアになっちゃったんてすか!」

「うん、確かに怖がらせた。反省してるからその言い方やめて、語弊がありすぎる」

「語弊と誤解を招くような行動を取らないでください!」

 

 若者(ウェニー)のド正論がロリコン疑惑のあるオジサン(クザン)を襲った。

 もしも某新聞社の社長がこの場にいたら、涙を流すくらい爆笑しながら写真を撮って記事の構成を練っている事だろう。

 

 さしずめ見出しは『ロリコン大将、英雄の孫娘に手を出した!』『女たらしの青キジ大将、女なら子供も守備範囲』『海軍史上最低のスキャンダル』。

 こうなったが最後、待ち受けるのはクザンの社会的死とセンゴクの胃の終わりだけだ。

 

「いやさァ、俺マジで何も変な事してねーのよ。ただ訓練あんまりうまくいってないって聞いたから様子見に来ただけで……」

「そうですか、わざわざ仕事をサボってまで見にいらしたんですか」

「ごめんて」

 

 どっちに転んでもクザンの立場は危機的状況だった。だいたい日頃の行いのせいである。

 

「……っ、あ、の……っ!」

 

 ──と、ここでようやくナキが口を開いた。

 ぴく、と大人達は揃って動きを止めると、首を動かしてナキの方を見た。

 

「な、何も……されてない……から……」

「そう言えって脅されてるの?」

「軽蔑しました。センゴクさんと赤犬大将呼びます」

「ガープさんより殺意の高いコンビじゃん」

「あ、あの……ほんとに、なにも、されてなくて……」

「わかった、ガープさん呼んでゲンコツで解決しましょう。それで全部丸く収まる」

「それ俺が軽く死ねるやつ〜……」

 

 おろおろするナキの声は、届いているようで届いていなかった。

 自体は完全なる膠着状態。このままではダメな大人は社会的に殺されてしまう。

 どうしよう、と誰かの心が嘆きを叫んだ、その時。

 

「……何やってるんだ? お前ら」

 

 絶妙に凍った緊張感の中、間抜けたような暖かい声が全員の耳に聞こえた。

 一斉に視線が声の聞こえた扉の方に向けられる。そこには大柄な男が一人、不思議そうな顔をして彼らの事を眺めていた。

 やっとこの膠着状態を変える人物、それは───。

 

 

「聞いてくださいゼファー先生! ついにクザンさんが守備範囲をこんな小さな女の子にまで伸ばしやがりました!」

「シャレにならねェし誤解だって言ってるから流石にこの人にそれ言うのはやめてくれますゥ!?」

 

 

 前言撤回。

 やっぱり自体は膠着状態のままであった。




この後誤解を解くのに多分30分くらいかかった。


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第26話、海兵達

 ナキは、海兵の事をよく知らない。

 正確には、実際に会った海兵が誰であるのかをよく知らないのだ。多くの人が自分をガープの孫娘として気にかけてくれているようだが、名前を教えて交流を持つ者は数少ない。

 せいぜいガープ直属の部下達やガープから紹介されたセンゴクやおつる、三大将。それから指南役になった三人と、おつるに紹介されたドレークだ。一見すれば全然数は多いように思うのだけれど、ナキを一方的に知る人数の方が遥かに上である。それぐらい、ナキという少女は海軍の中で話題の的になっていた。

 

 

 そんなナキの隣に今、よく知らない大男がいる。

 紫色の髪、ガープに負けず劣らずの筋骨隆々な身体。年齢もおそらくガープくらいだろうか。ロリコンの容疑にかけられたクザンにゲンコツ一つ食らわして、膝をつきながら大丈夫か、ととても柔らかい声でナキに問いかけた。だからナキも、三人に伝えていたように大丈夫、何もされてません、とちゃんと返したのだ。

 それから彼は三人とクザンに何かを伝えて、彼らがどこかに行っている間、休憩にしよう、と呟いた。あの人達はきっと、祖父の所に行ったのだろう。げんなりとしたクザンの表情が、何故かナキにも祖父の力強い拳を思い出させるようだったからだ。

 ナキがこくりと頷いて、よっこらせ、と彼は近くの階段に腰掛ける。ナキは少し狼狽えてから、とてとてと彼の隣に腰掛けた。

 

「俺はゼファーだ。お前の爺さんの仕事仲間だよ」

 

 そう名乗った彼は、ゼファーは、やはりとても優しい声をしていた。

 

「えっと、あの…な、ナキ、です」

「わかってる。ガープから話は聞いてるからな」

 

 ゼファーは、ナキに色んな事を話した。

 海軍本部は慣れたか、とか、訓練はきつくないか、なんて。ナキがゆっくり返事をしている時は、ちゃんと待ってくれている。ナキはなんとなく、彼は優しい人なのだろうと思った。あと親なんだろうな、なんて事も考えた。だって、やけに子供の相手に慣れている。それはフーシャ村で経験した、マキノや村長、村人達のような優しさに似ていて、けれどもダダンのそれともまたそっくりだった。子供に優しくしてくれる人達とそっくりだった。

 

「友達は出来たか?」

「あ、えと……はい」

「はは、それは良かった」

 

 夜中に窓辺に現れる鼻の長い少年が頭を過ぎる。友達になろうとは言われたし、きっと、多分、友達にカウントしても良いのだろう。そんな事を考えれば、なんだか気持ちがふわふわしてくる。

 ルフィは元から弟だったし、エースやサボも兄弟になったのだから、友達とは少し違う。つまり友達という存在に巡り会って来なかったナキにとって、ジラフは初めての友達と言えるのかもしれない。

 

「……嬉しそうだな」

 

 ゼファーにそう言われて、へ、とナキは目を丸くした。どうやら頬が勝手に微笑みを浮かべていたようだ。途端に恥ずかしい気がしてきゅっと唇を引き結ぶと、ゼファーが笑っている。

 

「うぉぉーい!! ナキちゃぁぁぁぁん!!!」

 

 そんな時、遠くから自分を呼ぶ声がして、ナキはぱっと声のする方を見た。ドダダダ、と勢いよく砂埃をあげて猛ダッシュしている祖父の姿が見えて、何故か不思議な安心感がするのと同時に、クザンが殴られたであろう事を理解した。力強そうな握り拳がそれを物語っている。

 キキィッ、と甲高いブレーキ音と共にガープは目の前で停止すると、この世の終わりを聞いたかのように青ざめた表情でがしっとナキの肩を掴んだ。

 

「大丈夫か!!? クザンの阿呆に何もされとらんか!!? わしが悪かった、防犯ブザーの一つも持たさんとこんな失態……!!!」

「な、何もされて、ない、よ」

「爺ちゃんを許してくれ、ナキちゃん……まさかクザンが女ならなんでも良い発情期の猿だったとは思いもよらなかったんじゃあ……!!!」

 

 相変わらず微塵も話を聞いてくれやしない。

 多分、誤解が誤解のままストレートにガープの耳に伝わってしまったのだろう。この調子では誤解の解くのにかなりの時間がかかるだろうし、誤解が解けてもしばらく噂が流れてしまうのは容易に予想できる。頑張れクザン、負けるなクザン、青キジの明日はどっちだ。

 

「おいおい、落ち着けよガープ。孫をビビらせるんじゃねぇ」

「ん? 何じゃ、おったのかゼファー。ちょうどええから紹介してやる、わしの孫のナキちゃんじゃ。可愛いじゃろ?」

「これが噂に聞くジジ馬鹿ってやつか」

 

 小さなナキの頭上で、図体のでかすぎる大人達が軽口を交わす。大人達は呆れたように、けれど確かに楽しそうに笑っていて、ナキはその様子をジッと見ていた。

 不意に、ガープの歯を見せた笑顔が、ルフィの笑顔と重なったような気がして、会いたいなぁ、とナキはぼんやりそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「反省してくださいよー!」

 

 力いっぱい、厳しさを孕んだ声でウェニーはクザンに向かってそう叫んだ。はいはい、と疲れたと言わんばかりに肩を落とすクザンは、その頭に大きなゲンコツが三つ重ねてずるずるとキョウテンに引っ張られている。ゼファー、ガープ、それからセンゴクと海軍の黄金世代が揃い踏みだ。なお次に彼が向かうのはおつるのもとである。四つ目のゲンコツ待ったナシ。

 

「全く、クザン大将ったら。誤解を招く事ばっかりして」

「スキャンダルも良い所だな」

 

 怒りを隠さないウェニーの隣で、ダルメシアンがそう呟く。その表情は怒っていると言うよりも呆れていて、その感情の先はクザンやガープ、そして隣に立つこの同期の女も含まれていた。

 

 ウェニーの出身は南の海だ。別に珍しい訳でもなんでもないが、南の海は四つの海の中でも特に海軍の評判がよろしくない。海賊王の息子がいるかもしれない、とほぼ疑惑の段階で赤ん坊という赤ん坊を殺しまくったのだから仕方ない。妊娠中の母親も、結婚している誰かの妻達も問答無用で捕縛され、疑わしければ殺された。

 

 それでもウェニーが海兵の道を選んだのは、弟分二人を食わせていく為らしい。と言うのも、ダルメシアンはその弟分達と会った事がなく、ウェニー本人から聞いた話しか知らないからそう言うしかなかった。

 聞けば、南の海の赤ん坊狩りは、その弟分達が産まれてからまだ三年にもならない頃に起きた出来事なのだと言う。弟分二人を含めてウェニーの島でも殺害の対象となる赤ん坊はたくさんいたが、島民の大人達がなんとか奔走した結果、父親が完全にわからない赤ん坊だけが殺される事になった。

 思わずそれで良いのかと聞いたら「あの子達も危なかったけど、父親役してくれるって言うスラムのおっさんがいたから助かったんだよ」とけらけら笑っていた。

 

 そう言う込み入った事情もあって、ウェニーは子供をとても大事に思っている。ノットロリショタノータッチ、卑猥な目なんて言語道断。なので今回のクザンは完全に彼女の地雷原を踏み抜いた。

 

「ダルメシアンももうちょっと怒ってよ! あんた、呆れるばっかりで全然クザンさんに怒らないじゃん」

「俺が怒ってどうすんだよ。流石にあの人だって幼女には手ぇ出さねぇだろ……多分」

 

 断言できないのがなんとも悲しい話である。

 

 別にクザンもそこまで色欲に狂っている訳ではないのだが、普段の軽々しい軟派な態度が裏目に出ていた。自業自得という他ない。

 兎にも角にも、ダルメシアンが怒った所で何にもならないのは事実だ。というか既に、最強セコムである海軍の英雄ことゲンコツのガープがブチギレている。ついでに風紀に厳しいサカズキもマグマを煮えたぎらせる事だろう。ボルサリーノはちょっとよくわからない。

 

 若い二人に出来るのは、言われた通り訓練でナキに能力を制御させる事。出来る事なら海兵に憧れるように、というガープのお願いなのか命令なのかよくわからない注文もある。あとの難しい座学やら何やらは、キョウテン少将の方でなんとかしてくれるだろう。本人のやる気もそこそこに伸び代も感じられるので、そう難しくはないと思っている。

 

 ウェニーの赤い髪が潮風に押されて揺れている。炎のように真っ赤な髪だが、実際は炎に燃やされる樹木の身体を持つ樹木人間だ。ダルメシアンに至っては、名前と同じイヌイヌのダルメシアン。

 正直な所、自分達がナキの講師を立派に務められるのかと言われると疑問が残る。共に実態を持ち、実戦ももっぱら物理攻撃がメインスタイルだ。ナキはパラミシアとはいえ水銀というそれなりに危険な能力であり、いざと言う時に自分達で抑えられるかどうか。

 

(まぁ、やらねばならんのだが)

 

 自問自答。この世界は理不尽で出来ているのだから、今更こんな事で文句を言うほどダルメシアンも馬鹿じゃない。それはウェニーも同じだろう。だからヘイトに近い感情しかなかった海兵にまでなって、本部にまでやって来た。生半可の覚悟では到底できない事だ。

 

「そう言えば、ゼファー先生に任せてきたけどナキちゃん泣いてないかな」

「大丈夫だろ。ゼファー先生、子供の扱い上手いし」

「いや顔は怖いじゃん」

「思い出せ、あの子ガープ中将の孫だぞ」

「あー納得……いやとんでもなく失礼だよねそれ」

 

 上官と恩師に対して普通にド失礼この上ないが、あの二人の顔が厳つくてちょっと怖いのは紛れもない真実であった。ふと、狼狽えている所は見た事があるが、実際に涙を流している様子は見た事がないと気付く。それも顔に鍛えられたおかげなのだろうかと馬鹿みたいな事を考えながら、ダルメシアンとウェニーは廊下を歩いた。




ほぼ!まる!1年!

泣いた。


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