カースド・プリズン・ブレイカーL~呪われた牢獄、神殺しに挑まんとす~ (ターニャ・オルタ)
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考えることがある。
『愛』とは、何であるのか?
この身を焦がす、世界の全て以上に、自分自身以上に相手を大切に想うこの気持ちが『愛』であるという確信はある。
ただ、わからないのは―――
この『愛』は、果たして
◆
北米大陸のどこか。
薄暗い路地裏、ビルとビルの狭間に一組の男女が居た。
男の腕の中へ抱きすくめられた女は、嫌がるように身を捩じらせている。
場所が場所だけに、一見すれば男が女を襲っているように見えるだろう。
しかしここに目撃者が居たならば、十人中十人が「イチャついている」と答えたことだろう。
女は身を捩ってはいるものの、本気で男を振りほどこうとしているというよりは、僅かに身じろぎするだけであり、むしろ男の体温を感じたいがために体を摺り寄せて甘えているようにしか見えない。
つまり、どう見ても一組のカップルがイチャイチャしている光景。
ただし、それは目にする者が居ればの話だ。
この光景をして男女をカップルと呼ぶ者が居ない理由は二つ。
一つには、既にしてこの周辺からは誰も居なくなっているから。
何故なら男女は先ほどまで激しく争っていた。男女の周りには衝撃によって破壊痕も生々しく、撒き散らされた破片が散乱しているだけでなく、炎上している車すら見受けられた。
二人が戦い始めた時点で、周辺の住人はとっくに逃げ出しており、残って男女の姿を目にする者は誰一人としていなかった。
残ったもう一つは、男女が共に異形であったからだ。
男の方は拘束具のような意匠を基本としつつ、継ぎ接ぎされたような歪な鎧で皮膚が見えないほど全身を覆い尽くされていたし、女の方は一目でわかるような女性らしい体つきではあったが、その頭は
男の名はカースドプリズン。
遥か太古の地球で生まれた彼は、全能の存在であるはずのギャラクセウスすら予期せぬイレギュラーであり、その力を危険視されて呪われた鎧の中に閉じ込められた。故に号して
彼がその牢獄から脱するには、己を封じたギャラクセウスに由来する力を吸収するより他に無い。
だからカースドプリズンは暴れる。今の彼に残された、破壊したオブジェクトを吸収して鎧を強化する能力を使うために。そうして得た力でギャラクセウスやヒーロー達を倒し、本当の己の姿を取り戻すために。
女の名はMs.プレイ・ディスプレイ。
彼女のテレビのような頭は被りモノなどではなく、実際には肉体と直接融合している広域クラッキングマシンである。これによって彼女はあらゆる電子機器を意のままに操ることが出来、あまつさえ爆発させて攻撃転用すら可能とする。周囲が電子機器で埋め尽くされてさえいれば、彼女はあらゆるヒーロー・ヴィランにすら勝利し得る。現代で電子機器はあらゆる場所に用いられており、それら全てを己のものとして操る彼女は無敵とさえ言って差し支えないのだが、その代償は余りに大きかった。
クラッキングマシンとの融合の際、彼女は世界中の電波情報を一度にその頭へと流し込まれ、それに彼女の精神は耐えられなかった。爾後、彼女の精神は崩壊したままであり、行動もまた支離滅裂そのものだった。他者からは何の意味もないとしか思えない破壊を撒き散らすかと思えば、逆に人助けをしたりもする。
ヒーローにもヴィランにも見境なく敵対する彼女は、そうした無軌道な破壊活動の中でカースドプリズンと出会った。
当然、戦闘になった二人だが、そこで両者とも予期せぬ事態が起きた。
Ms.プレイ・ディスプレイの電子機器操作能力を封じるため、カースドプリズンは電波遮断物質を大量に鎧へと取り込んだ状態で彼女へと組みついた。
そもそも電波を遮断してしまえば電子機器は操作できなくなるし、全ヒーロー・ヴィランを通じても一・二を争う膂力と体格を誇るカースドプリズンに組みつかれれば、クラッキングマシンこそ非凡であっても肉体は女性のソレであるMs.プレイ・ディスプレイは為すすべは無くなる。
その目論見は成功したのだが、同時に電波遮蔽状態のカースドプリズンに組みつかれたMs.プレイ・ディスプレイは、
頭の中へと強制的に流し込まれる雑音が無くなって、久しく忘れていた安らぎを覚えた彼女は、以後カースドプリズンへ付き纏うようになった。
そもそも、頭へと流し込まれる電波に悩まされていたMs.プレイ・ディスプレイは、以前にも能力が使用できなくなる危険を承知で電波遮断室へ入ったりもしてみたのだが、それでは全く効果が無かった。どうやらカースドプリズンの鎧に含まれるイレギュラーとしての力が無ければ、彼女のクラッキングマシンを完全に遮断することは出来ないらしい。
そうと知った後、Ms.プレイ・ディスプレイはカースドプリズンの動向を電子機器を通じて監視し、わざわざ彼のそばに電波遮断物質がある時を見計らって戦闘をしかけてはワザと組みついてもらう、という極めて迷惑なストーカーと化していた。そうして今日もカースドプリズンに喧嘩を吹っ掛けては、電波遮断物質を取り込んだ鎧を纏った彼に抱き締めてもらっているというわけである。
これだけMs.プレイ・ディスプレイから毎回毎回悪質な迷惑行為をされていると言うのにカースドプリズンは、逃走するでもなく、邪険にするのでもなく、彼としては本当に珍しいことに付き合いよく彼女との
一つには、彼女が周辺状況の悉くを把握しているため、カースドプリズンが必要とする吸収して有用なオブジェクトの位置や、他のヒーロー・ヴィランの位置を教えてもらえるという実利的な理由。
そしてもう一つは―――
「
Ms.プレイ・ディスプレイの声は、クラッキングマシンと繋がってしまって以来、チャンネルを滅茶苦茶に切り替え続けているように音声の調節がデタラメになってしまっており、聞き取ることすら難しい有様である。
そうしたおかしな声で告げられる中身は彼女の本心とは裏腹であった。出来ることならずっと抱き締めていて欲しい。しかし人外のバケモノと化してしまって以来、彼女は自分の本心を隠すのが常であった。
頭が無骨な機械となってしまった醜い容姿が嫌いだった。
耳障りな音しか発せない声が嫌いだった。
何より
そうした積み重ねのせいで、つい本心とは裏腹な言動を取ってしまう。
(本当はずっと抱き締められていたいのに―――)
そうして彼女の本心とは逆の、拒絶の言葉を投げかけられたカースドプリズンはしかし
「断る。もう少し、俺様がオマエを放したくないんだ……許してくれるだろ?」
そう言って、Ms.プレイ・ディスプレイを抱き締める腕にギュッと力を込める。あくまで彼女が苦しくない程度の絶妙な力加減で。
「
Ms.プレイ・ディスプレイにも理解しがたい事に、カースドプリズンは何故か彼女に好意的だった。実際、会うたびにいちいち
カースドプリズンはフェミニストという訳では無い。老若男女、ヒーロー・ヴィラン・
彼が優しい扱いをする女性は、Ms.プレイ・ディスプレイと、後は彼を「おじ様」と呼び慕う
ただでさえ自分の苦しみを取り払ってくれるだけでなく、人外のバケモノと化した自分を
だからとて、それを認めることは今の彼女にはどうしても出来ず、つい話題を逸らしてしまう。
「
吸収可能オブジェクトの位置を調べるのはわかる。カースドプリズンにとって生命線とも言えるのだから。
ヒーローの居場所を調べるのも、まあわかる。ほとんどの場合で敵対することになるのだから。
しかし、味方というわけでもないが別段敵対もしていないヴィランの位置まで調べる意味があるのだろうか?
問われたカースドプリズンは、何処か遠くを見るようにして煮え切らない言葉を返す。
「あー、普段は必要ないんだよ。ただ
「……?
「まあ、出来なくはないな」
そう、カースドプリズンのオブジェクト吸収能力でPCを大量に吸収すれば、Ms.プレイ・ディスプレイの
「
「いや、自分でやってもいいんだが……」
ブラウン管にも関わらず、ジト目で睨むMs.プレイ・ディスプレイに対して、カースドプリズンは言いよどんだ後、ぐっと彼女の体を抱き上げるようにして顔を近寄せると
「オマエとこうしている時間を減らしたくない俺様のワガママなんだが……駄目か?」
甘やかな声音で、そんな事を言ってくる。
「ッっっ、
はにかみながら、画面を真っ赤にしつつMs.プレイ・ディスプレイが答えた声に、応じた声はカースドプリズンではなく
「いいや、貴様らにこれからは無い」
頭上から、人間味を欠片も感じさせない、第三者の声が降って来る。
咄嗟にMs.プレイ・ディスプレイを背中に庇うようにして、カースドプリズンは声のした方向を振り仰ごうとするが
「ひれ伏せ、【
「がっ?!」
再びの第三者の声と共に、地面へとその身が
アスファルトの地面へと縫いとめられたカースドプリズンは、立ち上がるどころか腕を上げることすら出来ない。
そして、カースドプリズンを地面へと縫いつけた者は静かに地面に降り立つ。
その姿は全身が白かった。
中性的な白皙無髯の面には一切の感情が感じられず、瞳までもがガラスのように透き通っていながら白く光を放っており、全身もまた薄く光っていて、衣服を身に着けているのか生身なのかすら茫漠としている。
その者こそ全能者、宇宙を創った者、神と呼ばれる超越存在。
その姿を目撃したMs.プレイ・ディスプレイは畏怖と共にその名を口にする。
「
「直答を許した覚えは無い」
そう口にする声にすら、快も不快も一切の感情を感じさせない声でギャラクセウスは告げる。
「そも、先の【
「……
「そやつ自体には直接作用する力は通じないだろう。しかし、今は私が与えた恩寵篤き鎧がその身を覆っている故、其れは私の力からは逃れられぬ」
「
想い人に土ペロを奢った相手に優しく出来るほど、彼女の愛は軽くは無い。激情のままに、Ms.プレイ・ディスプレイはギャラクセウスへと音波攻撃を放つ。これは本来、機械へと浴びせて爆発させる技であり、これ自体の威力はほとんど無いと言っていい。
(だけど、
可視化された音波攻撃がギャラクセウスへと殺到し、そして―――
音波を浴びたその体は、ボウッと音を立てると煙を吹き散らすがごとく消滅した。
「
あまりにもあっけない手ごたえに、半信半疑のMs.プレイ・ディスプレイ。
しかし、と言うべきか。やはり、と言うべきか。
「驚いた……ダメージを受ける感覚、傷み。数千年ぶりだ」
一瞬の後には、ギャラクセウスは傷一つ無い完全な姿で先程までと同じ場所に復帰していた。
驚いた、などと言いつつ、相変わらず一切の感情も、何の痛痒も感じない様子で。
(やはり神なのか、コイツ……いや、ダメージはあると言ってる。なら)
Ms.プレイ・ディスプレイは状況を打開しようと、必死に頭を巡らせる。
さっきギャラクセウスは「これからは無い」と言った。ならば、やはりココへ現れた狙いは―――
「これで確信出来た。本来は私が生み出した『この宇宙』から生じたモノでは、イレギュラーでもない限り私を傷つけることは出来ない。それが可能ということは、やはりキサマが持っているな?
「……ッ!
ディメンジョン・リッパー。
かつて、未来からとあるヴィランが持ち込んだソレは、本来は万物理論を実証するための機械。
『この宇宙』は、
即ち、電磁気力・重力・
これら全てを一つのものとして扱うというのが万物理論である。もしコレが完成すれば、宇宙の真空中に存在するとされる暗黒物質や暗黒エネルギーをも利用可能となるため、無尽蔵のエネルギーリソースともなり得ると期待されている。
「しかし、ソレは人類の生存期間中には本来完成しないハズなのだ。なのに過去にはこの宇宙でもその存在が確認出来た事件があった。果たしてその出所は何処かと探していたが……私の探知すら無効化してしまう故、見つけるまで手間だったぞ」
「……
そう、存在しないハズのディメンジョン・リッパーをMs.プレイ・ディスプレイは保有している。
使い方次第では宇宙構造そのものすら破壊可能なソレは彼女のクラッキングマシンに組み込まれている。故に本来ならイレギュラーたるカオスやプリズンブレイカーのみが可能とするギャラクセウスの干渉無効化や攻撃を通すことが出来得るのだ。
それを知られた以上、もはやギャラクセウスは自分を生かしてはおかないだろう。
(打開の手段はあるんだ、
必死に頭を巡らせるMs.プレイ・ディスプレイ。しかし本来、彼女の
とにかく時間を稼がなくては、と会話に応じてみたものの、ギャラクセウスはやはり人間とは価値観が違うのだろう。あまりに常識を外れた答えを返してくる。
「何を馬鹿な……私が塵から生み出した者たちだぞ?
「
「誤解があるようだが、私が管理運営する限り、人類は最大限の繁栄を約束されている。それでも出来るのは延命のみだ。全て宇宙は終わりが決まっている。宇宙の星もやがては燃え尽きるように、宇宙そのものも最後には熱的死を迎えるように。人類が滅びるのもまた、宇宙の真理の一部なのだ」
「……
「知れたこと。人の意識を操作して、より長くより繁栄するように導いてやっているのだ」
「……」
(やはり、コレは会話が成り立つ相手じゃあ無い)
Ms.プレイ・ディスプレイは感じてはいたのだ、己の意識に干渉しようとしてくる者の存在を。
もっとも、そうと気づけたのはカースドプリズンのおかげで正気を取り戻せる時間が持てたからであり、かつ己がヴィランという特別な存在だからだと結論していた。
しかし目の前のコレは、常時人類全体に対して思考操作を行っているという。
繁栄だ導くだのと耳障りのいいことを言ってはいるが、ようは全人類規模の洗脳を行っているということだ。
こんな奴に、愛しのカースドプリズンの命をくれてやるわけにはいかない。
(最悪、次元そのものごと刺し違えてでも、全人類を道連れにしてでもコイツだけは倒す!)
決死の覚悟でディメンジョン・リッパーの過剰駆動を準備するMs.プレイ・ディスプレイの眼前からしかし、忽然とギャラクセウスの姿が
(逃げた?ディメンジョン・リッパーの起動を嗅ぎつけられた?)
咄嗟に判断に迷ってしまった彼女の耳に
「後ろだクソテレビ!」
地面へと倒れ伏したままのカースドプリズンの声が刺さる。
考えるより先に振り向こうとした彼女はしかし、後ろから首を掴まれてその動きを止められてしまう。
そして後ろからは、絶望を告げるギャラクセウスの声が聞こえてくる
「私の手入れした箱庭を壊されても面倒だ。直接接触は防げはしないぞ?【
その声を最後に、Ms.プレイ・ディスプレイの意識は闇へと落ちた。
「全く手間をかけさせる。そもそも何処から手に入れたのか……以前のように未来か別次元からもたらされたのか?とまれ、コレを安全に解体するには、流石に準備が必要だな」
意識を失ったMs.プレイ・ディスプレイを地面に放りながらギャラクセウスはひとりごちる。
もはやディメンジョン・リッパーの解体としか考えていない神へ、地獄めいた声がかかる。
「テメエ……俺様の女に手ェ出して、覚悟は出来てるんだろうなァ!」
言うカースドプリズンはしかし、ようやく地面に両手をついて上体を起こしたところであった。彼へとかけられた超重力はいまだそのままで、何とか抗ってはいるものの左膝も地面に着いたままであり、右足を折りたたんで何とか足裏を地面へつけて立ち上がろうとしている。
その無様を無感動に眺めたギャラクセウスは、ようやくその存在を思い出したらしい。
「ああ、そういえば居たなカースドプリズン。しかし無駄なこと。何千年もかかってそのザマでは、私には決して勝てはしない」
「どう、かな……テメエ自身が言ったんだぜ、イレギュラーの攻撃ならテメエに通じるってなあ!
叫んだカースドプリズンの鎧が弾け飛ぶ。
これこそが彼の
そして鎧を脱ぎ捨てた以上、彼を捕えていた重力の檻はもはや無く、地面から立ち上がるのに苦心している
「
一瞬の後には、ギャラクセウスを掴んで己もろともビルの谷間の頂点へと至っていた。
ここから繰り出される二十連撃空中殺法こそ、かつて誰一人として生きては帰れなかった文字通りの必殺技。
「
両側のビルの壁面を足場として、緋色の軌跡が乱舞する。
高速で連打されるドラムの音が、ダダダダと単音の連続ではなくダーッともはや一続きの音に聞こえるように、プリズンブレイカーの打撃音もまた一つの音の連続として響き続ける。
「コイツを喰らうのは初めてだろうがァ!」
遥か太古の地球にて、
よって、そもそも真正面からの相対自体からして今回が初めてであり、初見ならばギャラクセウスに防御手段は存在しないというのがプリズンブレイカーの読みであった。
そもそもギャラクセウスは圧倒的なギャラクシーパワーと、それとは知られず
「とくと……味わえエェエエエエエ!」
連撃の最後、打撃と重力に従って空中を落ちるギャラクセウスの足を掴んだプリズンブレイカーは勢いそのまま地面へと叩きつけようとして
「【
「な…ガァっ?!」
(これは……お互いの体の位置を入れ替えられたのか?)
太古の昔より、封印される前から、封印された後も戦いの年月を重ねて来た彼は不測の自体にも冷静に状況を把握していた。しかし頭は働いても肉体はダメージの反動から復帰できず、そうこうしているうちに再びその身は鎧に囚われてしまう。
「目の覚めるような強烈な攻撃だった……やはり、かつて大陸ごと吹き飛ばした判断は正しかったな。素直に称賛しようカースドプリズン」
感心しきりといった言葉を口にするギャラクセウス。相変わらず人間らしい感情をのぼさない様子はダメージを受けているのかすら判然としない。
(いや、
得られた情報から攻略チャートを修正、立ち上がろうとしたカースドプリズンはしかし
「このあと面倒事も控えているのでな。ではさらばだカースドプリズン、もはや私と
ギャラクセウスの声が聞こえた直後、薄暗い路地裏から一転、カースドプリズンは星の明かりしか存在しない山中に居た。
「太陽と月は時間通りに決まった道を進むから偉いぜ、全くよォ……」
天測にて現在の位置を確認する。
かつては自分の位置を知るのにもっともメジャーな方法だったのだ、やや星の配置が変わった今でも十二分に分かる。先程まで居た路地裏からはそこまで離れてはいない。時刻はちょうど日付を回ったころ。
Ms.プレイ・ディスプレイはしばらくは大丈夫だろう。準備が必要と言っていた以上、殺されるにしろまだ時間はあるハズだ。
目下の問題は、これから
「ひぃ、ふぅ、みぃ……六人か」
指折り数えたカースドプリズンは、立ち上がって一人目へと足を向ける。
「覚悟しろよ
こうして、
この日は多くの者にとって忘れられない一日となる……。
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深更の山中。
北米大陸にも関わらず、そこには純和風の庵があった。
その一室、24畳はあろうかという大広間。
西側に設けられた床の間には、墨痕鮮やかに『道法自然』とショドーされたカケジクが飾られ、その手前には生け花が飾られている。大き目の平皿は中心の青が淵の純白まで鮮やかにグラデーションを施された涼しげなもので、そこに生けられているのは中心に背のスラリと高い高砂百合。その手前には目に鮮やかな赤の姫檜扇と紫の竜胆、間には葉物として太藺が空疎とはならない程度に加えられていて、華美に流れず、かと言って貧相ではない絶妙のバランスを以て纏まっており、花器とも合わさって清々しさを感じさせた。
藺草の匂いも香しい畳の上には、二人の男が直角の位置で正座していた。
二人はしわぶき一つ立てず、室内に響くのは茶釜の湯が蒸発するシュンシュンという音と、床の間と正対の位置にいる男が竹の
そう、二人の男はここで茶道を嗜んでいた。
茶席を供する側、亭主と呼ばれる役を務めているのはリキシオン・コーガ・パラケルスス。
力士であり、ニンジャであり、錬金術師でもある彼こそは、日本に流れた錬金術士の血筋がニンジャ一族と混ざり合い、現代にサイバー漢方として開花した錬金術を用いて自己強化する力士ニンジャ錬金術ヒーローなのだ。
そしてただ一人、正客として茶を供されている者こそ、ギャラクセウスによって山中に飛ばされたカースドプリズンであった。彼は天測にて己の位置を割り出した後、事前にMs.プレイ・ディスプレイが調べてくれていたヒーロー・ヴィランの現在地と照らし合わせ、リキシオンが居るこの庵を
「ドーゾ」
そのカースドプリズンに対して、リキシオンは己が点てたチャを、絹で出来た布と共に差し出した。
「お相伴いたします」
するとカースドプリズンは、普段の粗暴な振る舞いが嘘のように、静かな口調で答えるとともに差し出された布で茶碗を押し包むように持ち上げると、時計回りに小さく二度回す。しかる後に、頭を覆う鎧の顎部がガシャリ、と展開すると、そこから一度、二度、三度と三回に分けて茶碗の中身を飲み、全てを飲まず僅かに抹茶の緑が腕内に残る程度を残しながら茶碗を置いた。
すると再びリキシオンが口を開く。
「お加減は如何でしょうか?」
「結構なお
この恐ろしく厳密に定められた
読者の中にニンジャ神話に詳しい方がいれば、茶道とは太古のニンジャが操った伝説の暗殺拳「チャド―」に由来することは既にご承知のことであろう。後に暗黒の江戸時代において禁止令が出されたため失伝したチャド―であるが、その最大の特徴は驚異的な回復能力にあった。チャド―を操るニンジャはイクサの最中にあっても、チャド―呼吸と呼ばれる特殊な呼吸法によって一瞬にして疲労と怪我を癒し、致命の毒にさえ抗うことが出来たという。この優れた回復能力に目を付けた千利休が精神修養法・回復法として、カフェインによるブーストを用いて儀礼術式として再現したものこそ、現代にまで伝わる茶道であることは多くの日本人が知っている事実である。
だからこそカースドプリズンは普段の彼には似合わぬ礼容を示していたのだ。ギャラクセウスによって返された必殺技の消耗と損傷とを、直ちに回復させねばならないが故に。
そうして一連の儀式めいたやり取りが一段落した所で、リキシオンが感嘆の意を述べる。
「大したものだ、オヌシほど茶の湯に精通している者はこの現代アメリカに数える程しかおるまいて」
「伊達に長生きしてる訳じゃ無えってだけだ。第一、俺様のァ何百年か前に覚えたっきりの
「謙遜謙遜。クラシックとは本来『超一流』の意味だ。かつては一流のものとは古典しか存在しなかった故、それ即ち一流と同義であったということよ……しかし実際助かった、オヌシが茶道に詳しくなければ、ワシはオヌシと
安堵の息を吐くリキシオンは、先程カースドプリズンが訪ねて来た時のことを思い出す。
カースドプリズンの姿を見た瞬間、
「助かったのはコッチの方だって。これからやろうとしている事をやる為にはカフェインレベル5以上が必要だからな……それに茶道にしろ華道にしろ神道にしろ、
「意外な答えだな、茶道も華道も極めてシステマティックなドグマで成り立っている。礼儀というのはオヌシにしてみれば窮屈なのでは?」
言ってリキシオンは己が生けた花を見やる。中央の高砂百合の手前に生けられた太藺は、本来ならば高砂百合より背が高いものがその半ばほどで手前へと手折られている。これは決して失敗して折れたわけではなく、自然の風で折れた樹木をあらわす「風折れ」と呼ばれる華道の技法なのである。これによって自然の風情を花器の上に再現しつつ、中央の高砂百合が余計に目を惹くようになるのだ。他にも華道の技法はいくつもあるが、そのいずれもが「自然に在るべき姿をより生かす形で花を扱う」という原則のもとに決められており、それに外れた花の扱いをした時点で、それは華道として成立し得ないものになってしまうのだ。この点、ただひたすらに美しく華やかであれば良いというフラワーアレンジメントに比べても、大変に自由度の低いものと言わざるを得ない。
茶道もまた先に見てきた通り、厳密にして緻密なプロトコルから成り立っている。先に茶器と共にリキシオンが差し出した絹の布は
しかしカースドプリズンは鼻で嗤う。
「こちらこそ意外だぜ
「真理……成る程」
リキシオンは感じ入った風で、視線をショウジ戸の向こうへと投げる。
夜間ゆえ閉じられているその向こうには、ゼンに基づいて整えられた枯山水の庭が広がっている。ゼンとはすなわち能動的な調和、
己は宇宙の一部でしかない。だからこそヒト一人の力には限界があり、一人では出来ないことは必ずある。しかし己もまた一つの宇宙であり、それは宇宙の円環から切り離された孤独では無いのだという、錬金術の原則にして真理。
「一は全、全は一か」
「色即是空、空即是色……何て呼ぶかは好きにすりゃいい」
「見識だな」
「いんや、何千年か前にアジアのどんづまりで出会ったチビの受け売りだけどな。ソイツがわけわかんねえぐらいスゲエ奴でな……器が大きいっつうの?それで気になって聞いてみたんだよ。『オマエどうしてそんななんだ?』って」
「それが『礼』だと?」
「ああ。『この世界と相争わず調和すること』とか何とか」
「成る程。そういった経験の厚みこそがオヌシの強さの源泉なのだな……であれば、ここは争わないという選択肢もあるのではないか?」
言って、リキシオンは湖面のごとき凪いだ視線をカースドプリズンへ向ける。
その意味をカースドプリズンは正しく理解していた。リキシオンはこう言いたいのだ、『ギャラクセウスに挑む必要は無いのでは?』と。そうと理解した上で、カースドプリズンは激しい怒りを蘇らせて決然と答える。
「そいつは聞けねえ相談だ。あのクソヤロウは俺様を激しくムカつかせてくれたからな……ぶっ飛ばす」
「逃げることは恥ではないぞ」
「覚えとけ……降参は敗北より賢く、敗北より悔いるべき行いだ」
「敗けるとわかって挑むと?わかっておるのか、かつて予言されていたオヌシが死ぬ未来とは恐らく此処だぞ」
かつて、未来から来たというヴィランが告げたことがあった、「未来ではカースドプリズンは既に殺されていた」と。その事件から既に少なくない時が経過している。リキシオンは言っているのだ、今がカースドプリズンが殺されたという未来、その時であると。
「先程ワシにされていたオヌシと敵対するという思考操作……恐らくは同じことが他のヒーローだけでなくヴィランにもされていると見るべきだ。オヌシは強い。しかし何人ものヒーロー・ヴィランを同時に敵に回せば、ギャラクセウスにたどり着くことすら出来ずに犬死にするだけだ」
リキシオンは半ば無駄だと思っても言わずにはいられなかった。ここで己が止めたとてカースドプリズンは行くのだろう。それでも此処が世界の分岐点と考えれば止めずには居られなかったし、カースドプリズンは単なるヴィランというわけでもない。彼の手で助けられた少女も居るのは事実なのだ。むざむざと無駄死にさせることが出来るほどリキシオンは情の無い男ではない。
しかしカースドプリズンは悲壮感など微塵も無い、フルフェイスの兜に隔てられてさえ不敵に笑っているのを確信させる声音で答える。
「逆だ。
「む?」
「俺様だって馬鹿じゃ無え、こんなこともあろうかと、ここしばらくはずっと
カースドプリズンとて無為無策で時を過ごしていたわけではない。
「つまりコイツは詰将棋だ」
「成る程、
「今のやりとりだけで、そこまで読み切れるの、マジ狸親父だな……」
うさんくさいものを見る視線を向けることで、カースドプリズンはリキシオンの推測を肯定してみせる。
そんな白眼視を無視して、莞爾としてリキリオンは微笑む。
「その物言い、
「おいやめろ馬鹿、滅多なことを言うもんじゃねえ」
「照れずともよかろうに」
「いや……万一
「……愛が重いな」
「受け止めるのが男の甲斐性だ」
「……まあ、当人同士が納得しておるのなら良い。それより目下の問題は、この茶席を解いた後よ」
今でこそ、茶道という一種の魔術儀式でギャラクセウスによる思考操作自体を遮断しているものの、これが終わればたちまちリキシオンはカースドプリズンに敵対してしまう。
「だったらよ」
やおら立ち上がったカースドプリズンが、ピシャリと己の尻を左手ではたきながら一言
「相撲しようぜ」
「なるほどそうか!!」
その手があったか!と言わんばかりにリキシオンが応じると同時、二人の居た大広間がガシャガシャと変形を始める。床の間は収納され、壁は外側へと倒れていき、四方の柱だけが残された。床を覆っていた畳もそれぞれ縦に持ちあがると、そのまま下へと収納されていく。
そうして露わになった畳の下から現れたのは、何とドヒョウリングであった!
「オイオイ、用意がいいな」
「ワシとてニンジャであり錬金術師である前に一人の力士だからな。何より相撲は
「そういやオマエと初対面の時もストリートでスモウを取ったんだったか」
「左様、あの時は勝負がつかなんだが……ドヒョウの上で力士に勝てるかな?」
そう言ってソンキョするリキシオンは、恐ろしいまでの荘厳なアトモスフィアを放っていた。
ヨコヅナはその神がかった強さゆえに極めてありがたいものであり、まさに神人そのものだ。その神人が己の居るべきホームたるドヒョウで構えたならば、常人であれば相対しただけで気絶、あるいは心停止すらしかねない!
しかし、強烈なプレッシャーを叩きつけられるカースドプリズンとて只者では無い。不敵に笑みすら浮かべてシコを踏む。
「面白え」
これより神殺しに挑もうというのだ。模擬戦としてこれ以上は無い。
「俺様が勝ったら、いくつか頼まれ事を聞いてもらうぜ?」
「ではワシが勝ったら、オヌシには
「ハぁ?」
「ワシもこの時の対策は考えておったのよ。死の運命が変えられないのであれば、オヌシには死んだことになってもらう。かつて賢者の石でオヌシのイレギュラーたる力と魂が抜き取られた時と同じくしてしまえば、オヌシは死んだと世界に認識させられる。そうして肉体は保存しておき、解決のメドが立った段階で戻せばよい。どうだ?」
「なるほど完璧な作戦だな―――俺様が行かなかった時点で
「……愛が重いな」
「受け止めに行くのが男の甲斐性だ」
「……」
「……」
「……
「「
もはや言葉は不要とばかりに、力士とヴィランは激突する。
しばし真夜中の山中に、男と男の鍛え抜かれた肉体同士がぶつかり合う音だけが響き渡るのであった。
取り組み描写はユザパ
後書きは割烹に移植しました
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未明の地下駐車場。
まだ朝というには早すぎる時間、人気のないハズのそこには焼け焦げた肉の臭いと、子供のすすり泣く声がしていた。
拉致されて此処に連れてこられた子供たちは
何故なら、右端の子供から他の子供達と同じだけの間隔が離れた場所には、爆発の跡と共にさっきまで子供
女性らしい曲線のシルエットを包むのは紺色の燕尾服にシルクハットという奇妙な恰好、だが最も奇妙なのは、彼女の左眼に収まって赤く輝く紅玉の義眼であった。普通、義眼というのは出来るだけ本物の眼球に近づけるデザインとなる。だと言うのに人工物であることを隠そうともしない、さりとてサイボーグの義眼のごとく機能性を重視しているとも思えないソレは珍奇な衣装とも相まって尋常ならざるアトモスフィアを彼女に付与している。
むべなるかな、彼女こそクロックファイア、ヴィランの中でも屈指の凶悪さを誇る爆弾魔である。
「いや~綺麗に吹っ飛んだねぇ。これなら痛みを感じる暇も無かっただろうし、なんて慈悲深いのかしら私」
たった今、ヒト二人を殺しておいて、満面の笑みで自画自賛するクロックファイアを前に、子供達も母親達も恐怖に顔をひきつらせる。しかしクロックファイアは一人上機嫌に喋り続ける。
「さあて、ルールはわかってもらえたと思うけど親切な私はキチンと説明してあげちゃう!子供に張り付けられた爆弾はその子の母親なら簡単に取り外せるから、子供までたどり着きさえすればアナタたちの勝ち。た・だ・し、今見てもらったように子供たちまでの間の地面には地雷が仕掛けられているから、踏んづけちゃったらドカン!でも私は優しいからね、親子離れ離れになったら可哀そうだから、母親が死んだら子供も一緒にドカン!後、ここから逃げ出そうとしたなら自動的に子供がドカンだけど、別に見捨ててもいいんだったら逃げてもいいよぉ」
凍りついた母親たち子供たちを余所に、笑顔を振りまきながらクロックファイアはペラペラとまくし立てる。が、そもそもこのルール説明自体が真っ赤なウソ。クロックファイアの設置した爆弾を取り外せるのはクロックファイア自身だけであるし、設置された爆弾は彼女の視界内に収められてさえいれば、いつでも任意爆破することが出来るのである。つまり母親達はどれだけ慎重に歩みを進めようとも、実際にはクロックファイアの気まぐれ一つでいつでも爆殺できてしまう。
では何故そんな嘘をつく必要があるのか?それは単にクロックファイアが
悲しい理由があって悪の道へと堕ちた者、悪の道を歩みながらも確固たる信念を抱く者、ただ己の望むままに暴れる者……ヒーローに正義があるようにヴィランにも揺るぎない行動原理がある。ではクロックファイアは?
クロックファイアの行動理念はただ一つ。自作の爆弾で平穏が破壊されるのが何よりも大好き、という快楽殺人者なのである。彼女は最初っから親子を誰一人として生きて帰すつもりは無かった。
(んー、でも一人ぐらいは残して、後からハイドロハンズのクソ野郎に対して「何で助けに来てくれなかった?!」ってなじらせるのも面白いかな?それには時間をかけてじっくりいたぶりながら、助けに来てくれないヒーローへの憎しみをうまく誘導しないと。最後に残した母親の足だけうまく吹っ飛ばしてそれ以上進めなくしたら、時間経過のペナルティとして目の前で子供の手足を一本ずつ弾き飛ばして……フフフ)
恐る恐る子供の元へと向かおうとする母親達を眺めながら、クロックファイアは頭の中で邪悪な企みを転がしては愉悦に笑み崩れていたのだが、ふと空気が変わったのに気づく。恐怖に顔を曇らせていた母親達が、こちらを見て恐怖とは別の、驚いた視線を向けている。
何が……とクロックファイアが視線を巡らせるより早く、彼女の背後から男の声が聞こえてくる。
「おうおう、いい空気吸ってんな
「なっ……カースドプリズン?!」
クロックファイアが振り返ると、そこでは真っ黒な異形の全身鎧を着用したカースドプリズンが、子供達に張り付けられていたハズの爆弾人形3つでジャグリングをしていた。
「どうした
「……どうした、は私のセリフかな。多分私の体内感覚が狂ってないのならば今は夜中だよ? もしかして夜行性?」
「俺様は俺様のやる気が燃え上がる時間が活動時間なんだ、昼夜関係ナッシングってな」
会話に応じつつ、クロックファイアは高速で思考を巡らせる。
カースドプリズンの見た目はデフォルトの鎧ではない。既になにがしかのオブジェクトを吸収した後だろう。全身に黒色の鏡面のような光沢のある素材、両腕はそれぞれ
と、クロックファイアは自分としては自然な流れのつもりで、カースドプリズンへの敵愾心をみなぎらせ臨戦態勢を整える。実際には、ギャラクセウスによってカースドプリズンへと敵対するよう思考を操作されているのだが、平時から意識しているのでもなければ思考操作に気づくことなど不可能である。
そんな様子にカースドプリズンは気づきつつも、さりげなく子供達が爆風を浴びないよう位置取りをしながら、全く関係の無い話を始める。
「なあ、『わらしべ長者』って知ってるか?」
「はぁ?
「すげえナチュラルに煽りやがる……てか『オズの魔法使い』じゃねえよ。東洋の
「で、それが何か関係あるの?」
「お前が最初の藁だって言ってんだよ」
既にポジショニングを完了したカースドプリズンは、一瞬にしてそのアトモスフィアを剣呑なものへと変える。ここから先は醜い共食いだ。ヴィランの相手をするのはヒーロー?否、この時に限っては違う。
「
「オーケー喧嘩売ってんだね。お望み通り
即応したクロックファイアは紅玉の義眼を起動、カースドプリズンが手元で弄ぶ爆弾人形を起爆すると、背中を見せて地雷原へと駆けだした。
爆風を背に受けながら、クロックファイアの顔色は優れない。大前提として、クロックファイアとカースドプリズンは相性が悪い。クロックファイアのフィジカルのスペックは低い。カースドプリズンに接近された時点で詰みだ。しかし、それ以上に爆弾とカースドプリズンとの相性が悪すぎる。
爆弾のダメージソースは大きく分けて三つ。爆風による衝撃、爆炎による高熱、高速で飛び散る破片だ。人は軽く、脆い。爆風で容易く吹き飛ばされ、爆炎で肺や皮膚を焼かれ、破片を浴びれば肉体を切り裂かれる。
しかしカースドプリズンは重く、硬い。全身を鎧に包まれている以上、生半な爆風では吹き飛ばされず、爆炎も破片も堅牢な鎧に遮られて有効打たり得ない。爆弾でカースドプリズンを直接仕留めるには相応の数を零距離起爆させる以外に方法はない。
(まあ、直接でなければ方法なんていくらでもある……けど)
彼女のプランとしては、まずカースドプリズンの手元の爆弾を起爆、その後は地雷原を走り抜けて追ってきたカースドプリズンを義眼による直接照準起爆で
(爆弾の数に対して、爆風の規模が
幾ら威力を絞った爆弾とは言え、先の爆発は明らかに威力が減衰していた。地雷原を走破したクロックファイアは、反対側にいて悲鳴をあげて自分から逃げ出す生き残りの母親達を無視して振り返る。爆煙で視界ははっきりとしないものの、義眼に返ってくる爆弾の反応は地面の下に埋めたものだけ。先の三つの反応が無くなっている以上は、確実に起爆はしたのだ。
(爆弾の威力を抑えるカラクリ……空気伝播自体を抑えている?まさかティンクルパウダー?それとも他に未知の手段が?)
思案している間に撒き散らされた塵が治まっていく。その向こうに姿を現したのは、爆発におびえてうずくまる子供たち
(カースドプリズンが……居ない?!逃げた?ならば追わなければ……何故?追う必要が……)
ギャラクセウスに思考を操作されているせいで纏まらない思考の中で視線をさまよわせていたクロックファイアは、肉眼である右目には写らない、左眼のみに写るノイズのようなものを感じる。
咄嗟、電撃のごとくカラクリを理解したクロックファイアは、手元に新たな爆炎による熱量重視の爆弾を生み出すと天井に向かって投擲、地面の爆弾を視界に入れないようにしながら起爆させた。彼女が生み出す爆弾は、基本的に視界内にあるものは設置順に爆発してしまう。推測が正しければ、地面の爆弾は今はまだ使うわけにはいかない。そして新たな爆弾が起爆すれば、その推測は確信に変わるだろう。
爆炎が辺りを埋め尽くす。しかし、クロックファイアの目的はその後だ。爆炎によって熱せられた天井のスプリンクラーが作動し、地下駐車場を細かな水のカーテンが覆い尽くす。すると、何もないハズの場所に水滴が張り付いて
「黒い鎧の正体は高精細度モニター。周囲の景色を表面に投影して、鎧自体を光学迷彩にしていたワケね」
「あらま、バレちゃった」
そう、カースドプリズンが破壊吸収していたのは高精細度対応の超小型カメラとモニターだった。カメラで周囲の風景を撮影、体の反対側の鎧に映し出すことで風景と同化し姿を消していたのだ。
「まったく、コイツはミーティアスを不意打ちで驚かせるためのとっておきだったってのに、あっさり見破られちまったなあ……やっぱり、その義眼の力だな?」
「余裕ぶっこいてる場合かなぁ……吸収しているのが電子機器だけなら、防御能力はそこまで高くないってことでしょ!」
言って、クロックファイアは手元に指向性の爆発効果を持つエリマキトカゲ人形を四つ呼び出す。彼女が選択したのは、天井を崩落させてカースドプリズンを押し潰すことだった。爆弾での直接攻撃は効果が薄くとも、大質量に押し潰されればいかなカースドプリズンとて一たまりもあるまい。地面の下の爆弾も同時に一斉起爆すれば爆発による殺傷には威力は足りずとも、その場に釘付けには出来る。これぞ必勝の態勢。
しかし、本来クロックファイアが選択すべきは、地面の爆弾を一斉起爆させてカースドプリズンをその場に釘付けにした後、一目散に逃走することだったのだ。クロックファイアの目的は自己の快楽のための破壊であって、カースドプリズンを倒すことではないのだ。だが思考操作によって優先順位を歪められたクロックファイアは判断を間違ってしまい、カースドプリズンにとって彼女が判断を間違うだろうことは想定内だった。
「喰ら、えっ!」
四つの爆弾を天井向かって投擲する体制に入りながら、視界内の爆弾へ起動信号を送信したクロックファイアに対しカースドプリズンは一言
「テメエが喰らえ」
一言呟くと、
「なっ……!」
クロックファイアの爆弾は、視界内に収まるものは全て生成順に起爆する。最初に地面の爆弾を起爆させてカースドプリズンの動きを封じた後、天井を砕いて押し潰そうとしていたクロックファイアは既に起爆信号を送信している。その眼前に、電波遮断によって隠されていた爆弾が投げつけられれば
KABOOM!
「ぐぅ……っ」
一斉起爆による大爆発、それも想定より間近で起こった爆風をまともに浴びたクロックファイアは地面を転がる。何とか身を起こそうとするもダメージは大きく、もたついている間に爆煙の中から伸びて来た鎧の腕に正面から首根っこを掴まれて強制的に立たせられてしまう。
「テメエの義眼による起爆は視界依存……視界ってのは光情報、光ってのはしょせん
カースドプリズンが破壊吸収していたのはカメラとモニタだけではなかった。両腕部分に電波遮断物質を傘状に吸収し、その丸みの中に爆弾3つのうち2つを左右ひとつずつ隠していたのだ。よって最初に起爆した爆弾は一つだけであり、その後もクロックファイアの視界からは爆弾の反応自体が隠されていたため、彼女は三つが起爆して失われたのに、何らかの方法でカースドプリズンが爆発の威力を抑える手段を講じていたと誤認した。冷静に考えていれば別の可能性にも気づけたかも知れないが、カースドプリズンはそこで光学迷彩という手札を
「さて、ムカつく女には俺様は容赦しないぜ」
「かはっ……私が、女子供をいたぶるから、かな?」
「んなのどうでもいい、それがテメエのやりたいことだってんならな。だが、前々から思ってたんだ。テメエが義眼の能力を最大限引き出していれば、どんなヒーロー・ヴィランと直接対決したって勝てるハズだってな。
「何を、言って……」
困惑するフリをして、視界を巡らせて新たな爆弾を生成しようとしていたクロックファイアは気づけなかった。カースドプリズンが彼女を掴んでいるのとは反対側の手が、彼女の義眼へ照準を向けるがごとく構えられていたことに。
「だから、俺様がちゃあんと活用してやる」
言って、カースドプリズンは躊躇なくクロックファイアの左の眼窩へ指を突き入れると、その義眼をブチブチと音を立てながら力ずくで引き抜いた。
「ぐ、ガアアアアアアアアアアアァアアァァァアアアアアアァ!」
クロックファイアの義眼はただ眼窩にはめ込まれているわけではない。脳と信号の送受信を行うために視神経に接続されているものだ。ソレを麻酔も無しで力ずくで引きずり出された激痛は、痛みの中でも最大級。
「やれやれ、ようやく最初のわらしべが手に入った。お次は……
もはやカースドプリズンはクロックファイアに興味を無くしていた。
ここでわざわざ手を下さずとも、義眼を無くした彼女の先は長くはないだろう。
ヒーローに断罪されるか、司法に断罪されるか、彼女が殺した者たちの家族に復讐されるか、それともその全てから逃げ隠れて暮らすか……いずれの結果にせよ、ここで殺されるより辛く惨めな未来がもたらされるだろうことは確かだからだ。
激痛にうずくまるクロックファイアを一顧だにせず、カースドプリズンは次なる戦場へと去って行った。
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払暁の山中。
人里離れた早朝の清澄な空気が、少女が吐き出す煙によって煙らせられる。
よれた煙草のようなものをつまむ指は細く華奢で、少女というよりは幼女と呼ぶべきなのかもしれない。そんな可憐な容姿の幼女が紫煙を燻らせる光景は
「っふぅー……見た目の犯罪臭が半端ないよなぁこれ……」
ひとりごちて、疲労に濁った瞳をどこへともなく彷徨わせながら喫煙を続ける幼女の名はティンクルピクシー。
この世界とは次元のズレた世界「妖精郷」で生まれ、
そんなヒーローたる彼女が、幼女がタバコをふかしているという絵面的に完全にアウトな光景を繰り広げているわけだが、実際には彼女が吸っているのはタバコではない。彼女が吸っているのは回復アイテムなのだ。これぞ妖精郷でのみ獲れる極めて疲労回復効果の高いハーブを紙巻にして吸い込むことで急速回復するという『ティンクル☆ハーブ』である。故に体に有害なニコチンもタールもゼロの極めて安全でオーガニックな代物なのだ。だから合法、いいね?
とは言え、ティンクルピクシー自身も自覚しているように、正直言ってパッと見が犯罪であるから彼女は人前ではティンクル☆ハーブを使用しない……こそこそ吸っているのが余計に犯罪臭を増しているのではあるが。しかし、見た目の問題以上に、このハーブを見つからないようにしている最大の理由は
「こんなの
そう、そんな忌避すべき秘密の回復手段を使わざるを得ないほど、ティンクルピクシーは疲れ切っていた。その原因は、彼女もまた武器として使用するティンクルパウダーにある。
妖精郷で生まれた者だけが生成できる謎の物質であるティンクルパウダーは、一定以上のエネルギー的活動をする物質に触れると「何か」の反応を起こしてその動きを封じてしまう。その性質を利用したい、謎の反応の原理を解き明かしたいヴィランたちの手で妖精郷の者はしばしば捕えられるため、同郷の者を助け出すために戦うヒーロー、それがティンクルピクシーだった。
……と、いうのが少し前までの話。今ではティンクルピクシーは、ヴィランだけでなくヒーローさえ敵に回した戦いを強いられていた。その元凶もまたやはりティンクルパウダーであった。妖精郷の者が望まなくともティンクルパウダーについての研究は進んでしまい、ついにある性質が発見されてしまう。ティンクルパウダーは、現実世界の物質を妖精郷に適応できるように進化させる作用を持っているだったのだ。つまり、ティンクルパウダーを使えば人体改造が出来る、ということに他ならない。この性質が知られてしまって以来、妖精郷の者へのヴィランによる追求は苛烈を極め、のみならずヒーローたちからすら狙われるようになってしまった。ある者はさらなる強さを求めティンクルパウダーを欲し、またある者は人体を改造するような物質を悪と断じて根絶やしにすべく襲い来る。その全てとティンクルピクシーは戦わざるを得ない。
そうして今、ヒーローやヴィランの追及を逃れた彼女はこの山中で身を休めていた。ただでさえ多方面から狙われている状況で、妖精郷のみに産する高効率で回復効果のあるハーブの存在など、さらなる争いの火種になるばかりだ。故に彼女はハーブの存在をも秘して滅多に使うことはないのだが、度重なる連戦の疲労から、やむなく使用しているという訳である。
「何とかリキシオンさんが、対策を見つけてくれているといいんだけど」
現在ティンクルピクシーが山中に分け入っていたのは、追手を躱しながらリキリオンを訪ねるためであった。リキシオンは驚くべきことにティンクルパウダーを使用せずとも己が調合したサイバー漢方によって妖精郷を訪なうことが可能なのだ。なんたるサイバー漢方によりブーストされたニンジャ精神力の神秘か!
故にリキシオンはティンクルピクシーを追いかけるどころか、逆にヒーロー・ヴィランに狙われていた彼女に救いの手をさしのべてさえくれたのである。人格者としてヒーローだけでなくヴィランからも一目おかれるリキシオンの面目躍如であろう。あまつさえリキシオンは己の錬金術とニンジャ洞察力を以て妖精郷の者が追われずとも済むよう対策を立ててくれてさえ居た。
だからこそティンクルピクシーは彼の助力を請うため、並み居るヒーロー・ヴィランの追跡を逃れてリキシオンの庵を訪ねてここまでやって来たのだ。何よりこの周辺では二人の強力な
(あーヤバい、安心したら眠くなってきた……もうちょっと休んでもいいかな)
昨晩からの寝ずの逃走による消耗、そしてハーブによる疲労回復とトリップによって緊張の糸が切れたティンクルピクシーは、手近な樹の幹に背中を預けてウトウトと舟をこいでしまう。何しろリキシオンが庵を構えるような山中である、静謐な空気が流れ、聞こえるのは遠くヘリコプターが飛んでいるらしきバラバラという音だけ……
それを油断と言うのは酷であろうが、ティンクルピクシーは忘れていた。かの
「……なまこ」
「ぎゃああああ!?」
寝入りかけていたところにドスの効いた低音で声を掛けられ、ティンクルピクシーはあまりの驚きに文字通り
「おおう、リアクションいいな。セリフは思いつかなかったから今日の朝食だったんだが、てかなまこって何だよなまこって」
理不尽に逆ギレする鎧を纏った大男。
両腰に二振りずつ、合計で四口も刷いた刃はおそらくヘリのプロペラ。のみならず両足部にはタイヤも見られることから、バイクか自動車か、何か車両とのキメラ吸収を行ったのであろう、体の各所で歪に歪んだ異形の鎧は大出力のエンジン駆動音も相まって威圧的なアトモスフィアを撒き散らしていた。間違い無い、この男は
「ぎゃあぁぁぁあぁあ!!カースドプリズン!?怖い
「おいコラ今最後なんつった?……まあいい、おい
「え?いや、違うと思う…けど……」
ようやく混乱から落ち着きつつあったティンクルピクシーは、突然のカースドプリズンからの問いかけを、誤魔化すことすら思いつかなかったため素直に答える。それを聞いたカースドプリズンは、何故か上機嫌にこう続ける。
「いいねいいね。最高にいい。せっかくだから選ばせてやる」
「え、何?」
「手持ちのガンギマリパウダー全部、素直に渡すか、俺様にボコられてから渡すか。好きな方を選びな」
「実質一択じゃん?!どっちもやだよ!てかガンギマリ言うな!」
寝起きのテンションも相まって、ティンクルピクシーはツッコミを入れつつ目の前のヴィランを倒さなければならないと決意してティンクル☆ワンドを構える。
一方、ソレを冷静に眺めるカースドプリズンは首をかしげる。
(やっぱ思考操作って
目の前のティンクルピクシーは、平時ならば妖精郷の仲間を助ける以外では積極的にヴィランと戦おうとしないハズなのだ。ここまでだってティンクルパウダー目当てで自分を追いかけまわすヒーロー・ヴィランと戦うのではなく逃げ回って来たのだ。カースドプリズンなど無視して一目散の逃走を選ぶべきところ、思考操作のせいで一目散の闘争を選んでしまう。先程のクロックファイアだって、本来はもっと
その方がカースドプリズンにとっては目当ての物を確実に入手できるので都合はいいのだが、これでは自分を倒すという目的に対してはむしろ悪手と言っていい。最前手は周辺のヒーロー・ヴィランを集めた後で一斉にカースドプリズンを襲わせる事だ。実際、そうされていたらカースドプリズンは詰みだっただろう。ソレをしないということは、ギャラクセウスは思考操作を精密には行えないのか、それとも
(そもそもあの
遠いと思っていた崖の向こう側に、攻略法という名のロープが繋がっていく感覚。突貫工事の一夜漬けによる攻略チャートが着実に埋まっていく事にカースドプリズンが兜の下で口角を釣り上げるのと、ティンクルピクシーが技を繰り出すのとは同時だった。
「ティンキー☆」
掛け声と共にカースドプリズンへ向かって撒き散らされるティンクルパウダー。これを喰らってしまえば指一本まともに動かせず、一方的にティンクルピクシーにタコ殴りにされるだろう。そう、妖精らしい可憐な見た目とは裏腹に、ティンクルピクシーは
妖精がこの
しかしカースドプリズンは迫るティンクルパウダーに動じることなく、腰から両手に刀を抜き放つ。
「読めてんだよガンギマリ妖精!」
「人聞きの悪いこと言うな!ティンクルパウダーは合法だ!」
「人体改造する粉のどこが合法だぁぁあ!」
ツッコミを入れつつ、カースドプリズンは抜いた刀を左手に接続された円盤型の機械に二つとも直角に装着、続いて腰に残った二刀も抜き放つと、円盤をぐるりと180度回転させて既に接続した刀を含めて十字になるよう四刀すべてを装着した。よくよく見るとそれらの刀は円盤に対して平行でなくそれぞれ傾斜がつけられていて……
「まさか!」
「まさかもトサカもあるかぁ!」
瞠目するティンクルピクシーの目前、カースドプリズンの左手の円盤は高速回転を始め、生み出された強風はカースドプリズンへと迫ったティンクルパウダーを押し戻してしまう。そう、カースドプリズンは吸収したヘリのローターを左腕に装着して、扇風機のごとく使うことでティンクルパウダーを防いだのである。
「何ソレずっるぅ!」
「ふふふ、ふはははは……斯様な方法を見出す我様こそ天才……!」
何やら最終的に物語終盤で崩落するラボで瓦礫に潰されて死ぬ系のマッドサイエンティストのような口調で高笑いするカースドプリズンだが、この方法は極めて有効なのは確かだ。
「フハハハハ!お次はこっちから行くぞオラァ!」
ティンクルパウダーが吹き散らされた後を、ギャリギャリと脚部に接続されたタイヤを回転させてカースドプリズンが突っ込んでいく。その圧倒的威圧感。想像していただきたい。まっすぐ来る、と分かっていても狂乱した象が木々をなぎ倒しながら突進してきたとしたら、冷静に対処することは難しいだろう。
ただし、それは常人であればの話だ。突進を受けるティンクルピクシーに先程までのような動揺は一切無い。
「三枚おろしにしてやるよ!」
刀の間合いに入った瞬間、カースドプリズンは右手で左腕に装着された四刀のうち一刀を抜き打つ。ローターの回転をも加えて居合気味にティンクルピクシーへと放たれた斬撃はしかし、一切の手ごたえを残さず空を切る。のみならず目の前にいたハズのティンクルピクシーの姿が掻き消えている。まさか、先のカースドプリズンが光学迷彩で消えたがごとく透明化を?
……否、振り切った右手に僅かな、本当に微かな重さを感じた瞬間、何が起きたのかを悟ってカースドプリズンは右の刀の先を見る。果たしてそこには、刀の先端を足場として直立するティンクルピクシーの姿があった。斬撃の瞬間、ティンクルピクシーは己の脚力のみならず浮遊能力を使って刀と等速になるように飛び上がったのだ。浮遊能力で自重を打ち消してしまえば、ただでさえ軽いティンクルピクシーの体重はまさに羽のごとく軽い。どのような名刀とて、刀と近い速度で舞う羽を捉えることは叶わない。
「いい判断だ……が、そんなよくある方法が、今の時代に通じるか!」
しかしカースドプリズンもまた万日を戦場で過ごした修羅、一瞬で状況判断し右の刀を手放すと、再び左手のローターから抜刀術の二刀目をティンクルピクシー目がけて横凪ぎに放つ。それに遅れて左手はたった今、右手が放したばかりの一刀を下から掴みにいって、右の斬撃に遅れる形で下からの切り上げを放つ。刀を足場にしていた以上、ティンクルピクシーは下へ逃げることは出来ず、横凪ぎの斬撃を避けるのは上以外にない。それを見越しての左による時間差十字斬撃。必殺の状況で、しかし再び
「へぁろー」
「っ!!」
頭上からの声。見上げるカースドプリズンの視界に、
「さっき俺様が吹き散らしたガンギマリパウダーか……!」
「せいかーい!」
そう、ティンクルピクシーもまた、最初の居合斬撃を躱した時点で、そこからさらに上へと逃げざるを得ない展開を読んでいたのだ。だから一刀目を足場にして振りぬかれた瞬間、上空へと散っていたティンクルパウダーのまとまった場所へと木片を投擲したのだ。一定以上の運動量を与えられた木片はティンクルパウダーに接触した瞬間に空中にて動きを止めて足場となり、ティンクルピクシーはそこに乗ることで左の切り上げが届かない上空へと退避したのだ。そして、頭上の有利を確保した時点で、次なる行動は決まっている。
「正解者にはプレゼントだよ!
「プレゼント(物理)なんだよなァ?!」
上空から「スペシャルなパウダー」がカースドプリズンへと降り注ぐ。上空から放たれたパウダーは前後左右では回避できず、もはや刀を左腕のローターに戻す猶予も無い。粉を喰らったカースドプリズンは、もはやサンドバッグも同然。さらに奥義たるティンクル☆ファントムはティンクルピクシーの分身を三体生み出し、四人にて一斉攻撃をしかける技。さしものカースドプリズンも、これを喰らえば戦闘不能に陥らざるを得ない。
「「「「身体の輪郭が歪むまでティンキー☆してやる!」」」」
殺到する四人のティンクルピクシーに対して、取り得る手段は一つ。カースドプリズンは視線を下に、今まさにティンクルピクシーが殴り掛からんとしている己の鎧、その歪に膨らんだ箇所へと
刹那、
KABOOM!
「「「「ぐはっ!」」」」
「ぐぅ…!」
内側からカースドプリズンの鎧が
鎧の爆発は、
「テメエのガンギマリパウダーは
そう、最初からカースドプリズンは通常戦闘でティンクルピクシーを仕留めきれず、ティンクルパウダーを喰らう想定をしていた。だからこそ対抗手段を手に入れるため、先にクロックファイアを倒して来たのだ。指一本動かせない状況でも可能となる攻撃手段の確保のために。
そもそもティンクルピクシーが高い攻撃力と高性能の拘束技を持ちながら逃げ回っていた理由の際たるものは、彼女自身の耐久力が全ヒーロー・ヴィランの中でも一・二を争うほど
「そこまでだオヌシら……双方とも、この場はワシの顔に免じて、矛を収めてくれんか」
声の主は、爆音を聞いて駆けつけたリキシオンであった。
「俺様は
「ドーモ。そうしよう」
「ぐっ……」
肩を竦めて首肯するカースドプリズンにオジギして、リキシオンはダメージを受けて倒れ伏すティンクルピクシーを抱え上げる。これから庵へと連れ帰って保護するのだろう。
「あ、後コレは渡しておく」
思い出したようにカースドプリズンは兜の左眼部に融合していたクロックファイアの義眼を抉り出すと、リキシオンへと渡す。
「フム……これはオヌシの
「おお、助かる。よろしく頼むわ」
「しかし良いのか?この後まだ相手取らねばならぬヒーローは三人……この義眼があった方が確実なのでは?」
「いんや、ソレは最後にとっておかないとな。おそらく次の相手は
「……厳しい戦いとなろうが、オヌシがオヌシの連れ合いを助けられることを祈っておこう。オタッシャデー」
「ヨコヅナもな」
リキシオンが去ると、カースドプリズンは渡されたアイテムを検めた後、うち一つに細工をすると次なる
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薄暗い室内に、チィン、チィンと甲高い音が断続的に響いている。
音の源はワイングラスだ。それが、
通常ならば確実に割れてしまうであろうグラスを、落下してくるグラスと拳銃との運動方向と速度とを合わせることで割らずに受け止め、あまつさえグラスの重心と
ソレを為した男は、目と鼻の部分だけが開いた目出し帽のごとき覆面を被り、その身にはロングコートを纏っている。そしてグラスを受け止めた右手の拳銃とは反対の左腕にも、右手のものと対となるデザインの拳銃を握っていた。彼の名はダスト。地獄から遣わされた断罪の悪魔が憑依したヒーロー……否、
ただし、この善悪入り混じった行動は何もダスト自身の決断的な非情さばかりに起因するものではなく、彼の操る二丁拳銃によるものでもある。地獄の悪魔から与えられし双銃は、その弾丸もまた
そして、その断罪を可能ならしむるものこそ、ダストの正確無比な
右手の拳銃上にグラスを乗せた態勢だったダストは、突如として身を翻す。直後、彼の体が存在した場所を、ゴウっと空気を唸らせながら、天井からワイヤーで吊り下げられたアンカーのごとき巨大なギロチンの刃が通り過ぎる。それは振り子となって吊り下げられており、ダストのいる位置を繰り返し繰り返し襲って来る。そしてそれは一つではなかった。三方向からの振り子が、決して振り子同士が当たらぬタイミングで交互にダストへと襲い掛かる。そんな刃の殺到をダストは躱しつつ、左の拳銃を構えた。直後、その上へと落ちてきたのは先に右の拳銃へと載せられていたワイングラスだ。ダストが身を躱す動きによってクルクルと回転しながら跳ね上げられ、重力に引かれて再び落下してきたソレを、ダストの拳銃が再び速さと重心の絶妙なコントロールを以て
地面にしたたり落ちた汗が水たまりを作っても、ダストはトレーニングを止めるつもりは無かった……しかし、
「いいなぁオマエ。俺様は面白いから、ついガトリングとかシャッガンとか、派手めのやつばっか使っちまうんだが、拳銃ってのも趣深いもんだな」
素直に称賛の言葉を贈るカースドプリズンに、ダストは両の拳銃を腰のホルスターに戻すと、何故か片手を顔の前にかざして、指の間からカースドプリズンへと視線を送りながら答える。
「止めておけ。我が双銃は死神の
「お、おう……てかオマエって俺様を見ても何ともないのか?」
「時の果てから降り注ぎし雷霆の誘いのことか?フッ、我が身は人なれど断罪の
「あー……思考操作は作用してるけど、オマエに取りついてる悪魔は『この宇宙』の存在じゃないから無効化されてるってことでいいのか?」
「……卑俗な物言いでは、そのようにも言うのやも知れんな」
そう、ダストは徹底した鍛錬による確かな実力を備えたダークヒーローだ。しかしその身は不治の病に侵されている。死に至る病、その名は厨二病。あと10年ぐらいしたら恥ずか死ぬ奴である。
しかし、コレは単なる厨二病では無いとカースドプリズンは確信する。一番厄介な
「『
「この目は悪しき心を見抜き、悪人の悪しき心を暴く……たとえ時空間の彼方であろうとも、我が断罪の
「スゲエな悪魔。何千年と生きてても流石に地獄へは行ったことねえが、ちょっと興味出てきたんだけど……そこまで事情をわかってんなら、その銃貸してくれない?無利子で」
「だが断る。悪の誘いが在ろうと無かろうと、貴様もまた我が裁くべき罪人に変わりは無いのだ」
言って、ダストは再び双銃を抜き放つと、剣呑なアトモスフィアを放つ。応えてカースドプリズンもまた両腰から二刀をシャランと抜いて構える。
「いいのか?オマエ疲れてんだろ?」
「環境に文句を言う奴に晴れ舞台は一生来ない。貴様とて手負い、ならば五分だ」
ダストはトレーニングで疲労している、しかしカースドプリズンもまた先の自爆戦法で鎧は損傷しており、応急修理を施したらしき継ぎ接ぎはあるものの、見た目からしてボロボロになっている。
「……野暮だったか。言葉は不要か」
「然り。ただ武で語れ」
対峙する両者の闘気がその場の空気を澱ます。
言うまでもないことだが、銃対剣、圧倒的に不利なのは剣の方だ、本来ならば。
しかしカースドプリズンにとって拳銃などという小口径銃はなにほどの事も無い、本来ならば。
今この場でダストが銃から放つのは地獄の弾丸。装甲の強弱など関係無く、罪の重さが威力となる。故にカースドプリズンとて、直撃を受ければただでは済まない。
ぶつかり合う闘気が極点に達した瞬間、ダストの二丁拳銃が轟音と共に火を噴き、推進を得た断罪の鉄礫が明確な殺意を帯びてカースドプリズンへと向かう。しかし、最強の銃士に相対するカースドプリズンもまた尋常ならざる修羅である。
ギギィン!と金属のぶつかる音が響く。
カースドプリズンが二刀を弾丸の軌道へと割り込ませたのだ。
「……狙って?」
「銃なんてここ数百年の流行りモノだろう?こちとら数千年は長物ふりまわしてるからなぁ、よぉく馴染むとも」
時間で言えば銃弾を放ったのとほぼ同タイミングであらかじめ来るであろう場所に、弾自身が当たりに来るよう剣を無理矢理割り込ませる……所謂「置き斬撃」を放ったのだ。
(成る程、経験と本能のキメラか……厄介な)
拳銃の技を型として極めたダストから見るに、カースドプリズンの剣は流派と呼べるような型のあるものではない。
その剣は流動的で不安定、しかし過程の差異は結果にまで影響を及ぼさない。行き着く先は相手への暴力だ。であればカースドプリズンの剣はまさに殺人剣、綺麗な道場剣術でなく、徹底して実践の中で培われた剣。どこまでが計算づくで、どこからが直感的な行動なのか、本人にすらわからない程の日々を戦場で過ごした果てにのみたどり着き得る境地。チマチマと攻撃しても、消耗戦に持ち込まれれば弾丸の数に制約のあるダストが不利。
「ならば……覗くか、我が深淵の一端を!」
ダストが叫ぶと、両手の拳銃がブレる。錯覚……では、無い。実際に拳銃が四丁に増えている。
これぞダストの奥の手、倍に増やした拳銃の弾丸を一瞬で撃ちつくし弾幕を形成する
「
カースドプリズンへとほぼ同時に拳銃二丁では形成し得ない20を超える弾丸が殺到する。驚くべきことにダストは二丁を撃ち尽くすと同時にもう二丁へと拳銃を持ち替えた高速射撃を、明確な意図を以て繰り出していた。弾丸のうちいくつかは直撃軌道ではなく、ワザと外すように撃たれている。回避しようとしても、その余地を全て潰し尽くす弾幕。物理的に絶対回避不能の攻撃を前に、カースドプリズンは
「ティンキー☆」
声を裏返らせて、
「何っ?!」
ティンクルパウダーは一定以上の運動量の物質の動きを止める。故に粉と接触した瞬間、ダストの弾丸は善悪の区別なく全て中空にてピタリとその動きを止めてしまった。
「確かに便利だなコレ……今の俺様も広義の意味では魔法少女か……」
「……現代に生きてて耳にしていい言葉では無い」
「んー、負け犬語とか俺様ちょっとわかんないなあ。てか『一定以上の運動量』だから、ゆっくりとならくぐれるんだよなコレ」
言葉通り、カースドプリズンはゆっくりとティンクルパウダーの中を、中空に張り付けられた弾をゆったりとした動きでコンコンとはたき落しながらダストへと近づいていく。
「俺様がこの粉を通り過ぎるまでがリミットだぜ?オマエは俺様の敵ってわけじゃないから、銃さえ貰えればここで手打ちでもいい」
「侮るな。呪われたこの身の宿命に比ぶれば、この程度は窮地のうちにも数えられぬ」
「そうかい?御自慢の特製弾丸、あと何発かなダスト君」
「能書きはいい。ただ武で語れと、言ったハズだ」
既に二丁に戻った拳銃を手に、壁を背にして油断無く構えるダスト。およそ諦めた男の目ではない、勝利を追求する戦士の眼だ。それを見てカースドプリズンは破顔する。久々にミーティアス以外で骨のある戦士と
「素敵だ、やはり人間は素晴らしい……いざ尋常に、天誅!!」
ティンクルパウダーの有効圏を抜けた瞬間、カースドプリズンは二刀を手にすると両足のタイヤを全力回転させてダスト目がけて突っ込んで、速度を乗せた右の斬撃を放つ。ダストは剣閃に右の拳銃を割り込ませることで何とか斬撃を防ぐことには成功するが、膂力の差は如何ともしがたく拳銃は手から離れて床を転がり離れてしまう。
「終わり、だ!」
カースドプリズンは右の斬撃を振りぬく動きそのままに、右足のタイヤだけを急ブレーキを掛けることで信地旋回、その勢いを乗せた左の斬撃を放つ。しかし
「否!この瞬間を待っていた!」
ダストは背後の壁を蹴って跳躍、走り高跳びのごとくカースドプリズンの左の斬撃を飛び越えようとする。しかし常人に毛の生えた程度のダストのフィジカルでは到底間に合わない―――ハズだった。
「天ちゅ……ガアッ?!」
左の剣に、何か細いものを断ち切る感触を覚えたカースドプリズンは違和感を覚えたものの、そのまま剣を振りぬき滞空中のダストを斬り裂こうとして、突如転倒する。それによって剣閃の下がった剣の上を飛び越えたダストは必勝の技を唱える。
「
これぞダストの
この瞬間、ダストの二丁拳銃からは他の全ての弾丸が消滅し、一発ずつ装填された弾丸を両方とも命中させることでいかなる相手もその技の名の通り塵へと化す。斬撃を飛び越した空中で身を捩ったダストは左の拳銃から一発目の弾丸を転倒したカスプリの胴体へと発射、その鎧に命中させる。しかし、右の拳銃が先の斬撃で弾き飛ばされた状況では、もう一つの弾丸は弾きとばされた拳銃の方に装填されているので、この技は成立し得ないハズ。だというのに、何故?
否。転倒したカースドプリズンの背後に着地したダストがカースドプリズンの左足へと手を伸ばすと、そこには弾き飛ばされてしまったハズの右の拳銃があるではないか。
「テメェ……狙ってやがったか!」
悪態を吐きつつ立ち上がったカースドプリズンはようやくダストの目論見、その全貌を理解する。ダストがたった今拾いあげた拳銃の
つまり右の拳銃を弾き飛ばされた時点からダストの罠。その後端にワイヤーを、おそらくは先の訓練でギロチンを吊り下げるのに使っていたであろうモノを繋げてあったのだ。そうして二撃目の斬撃を飛び越すまでにカースドプリズンのタイヤに巻き取られるように位置を調整、そうすればワイヤーがからまったタイヤは動きを止めてカースドプリズンの動きは封じられ、同時に銃へと繋がったワイヤーが巻き取られることにより離れていった銃も少し手を伸ばせば拾い上げられる位置まで戻ってくる。このまま右の弾丸を撃ち込まれればカースドプリズンは死ぬ。絶対絶命の状況で、切るべき切り札はいつだってピン刺し一枚!
「
カースドプリズン本来の姿を取り戻す
飛び散る鎧の破片で牽制、さらにはミーティアスすら上回る機動力であれば弾丸を躱すことさえ不可能ではない。まさに起死回生の必殺技である――――が。
(この瞬間こそ待っていたんだ!)
ダストの視界が泥めいて鈍化する。アドレナリン過剰分泌で認識時間をスローモーションにする方法は、一流のアスリートでも見られることであるし、ニンジャであれば忍法を使って自在に認識時間を操ることも出来る。そしてダストは、極限の集中を意図的に起こすことでこの時間鈍化を任意に発現可能であった。先に行っていたような危険な訓練も、これを意識的に使いこなすためのものである。
ゆっくりと飛び散るカースドプリズンの鎧、その向こうではプリズンブレイカーが左回りで振り向きつつあった。既にその左眼はダストを捉えている。間違い無くプリズンブレイカーもまた己と同じ時間鈍化を使いこなしているのであろう。それでもダストは冷静に、繊細な照準で
ダストの視界で、ゆっくりと飛翔した必滅の弾丸は、しかし鎧の破片に衝突、跳ね上げられてプリズンブレイカーの頭の位置まで上昇し、そこにあった別の破片に当たって再度跳弾、プリズンブレイカーの頭部めがけて飛翔する。
これぞダストの奥の手、
先にカースドプリズンが刀で銃弾を弾いたように、ある程度以上の使い手であれば銃弾を躱したり防いだりすることが出来る。しかしそれらはほとんどの場合、銃が発射される前の銃身の向きから弾丸の軌道を予測することで防御を可能にしているのだ。そのような使い手に遭遇した時、銃のみしか使えないダストが勝利するために血のにじむ努力で完成させた超超精密鋭角偏差射撃技。
重ねて、頭部を狙うのも相手の裏を掻くためだ。通常、拳銃弾で頭部を狙うような
「審判の刻だ、神に祈るか? 悪魔に縋るか?
この技を以て断罪する相手へと贈る最期のセリフを口にするダスト。
時間の流れが戻る。必滅の弾丸が発光すると、光が柱の如く立ち登り、光の十字架を生み出して弾け……なかった。
変わりに響き渡ったのは、ガッチィイイイイイン!という、硬いもの同士が衝突した音と
「
左ほほの肉をごっそりと削がれてまともに喋れなくなったプリズンブレイカーが、左の奥歯でダストの必殺の弾丸を噛んで止めている光景だった。
「なっ……ありえない!先の弾丸が命中した以上、頬に二発目を喰らった時点でオマエは死んでいなければおかしい!」
「
ふにゃふにゃした喋りのまま、ツッコミをいれつつプリズンブレイカーは飛び散った鎧の破片……にしては妙に纏まって箱型になっている一つを拾い上げる。そこには弾痕が刻まれており、すなわち先にダストの必滅の弾丸の一撃目を受けた場所に他ならない。
「
カースドプリズンは、あらかじめリキシオンに頼んでティンクルパウダーを充填しておくためのケースを作っておいてもらっていたのだ。コレをティンクルピクシーと戦った時に自爆戦法で失われた鎧の代わりに、破壊吸収ではないく鎧を補修するように外付けで取り付けていた。そしてダストの必殺の弾丸をあえて吸収した鎧の一部ではない場所で受けることで必殺技の発動を封じつつ、ティンクルパウダーの運動量停止効果を以てヘルゼブルの力が込められた弾丸を発動させることなく
「イ、イかれてる……」
「
プリズンブレイカーは、引き裂かれた頬からダラダラと血を流す凄惨な姿に、とびきりの笑顔を浮かべてダストに語りかける。
「
◆
既に日が中天を過ぎた街を、金髪を振り乱した少女が、右手に
彼女の名はロックピッカー。全能存在ギャラクセウスの力すら及ばぬ謎の存在「カオス」によって作り出された
そのイレギュラーな経緯故、彼女はギャラクセウスの思考操作を受け付けない。
しかし何者かの邪な気配を察知した彼女は、先程リキシオンを訪ねて彼女の恩人たる「おじ様」が死地に挑もうとしていることを聞いたのであった。
彼女もまた畑違いとはいえ銃を操るヒーロー。ダストの恐るべき
不安と焦燥に駆られて、ダストの潜伏先とおぼしき建物へと駆けこんだ彼女が見たものは
「……」
部屋の隅で膝を抱えて壁に向かって体育座りしているダストと、
「
えぐれた頬肉から白い歯を覗かせつつ、流れた血で全身真っ赤に染め上げたスプラッタな姿で御頭付きの鮭をバリバリと機嫌良くむさぼる
「えぇ……」
次回投稿は年明け、あと三話で完結予定
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ロックピッカー
「……で、これはどういう状況なの?おじ様」
問いつつ、ロックピッカーは思い出していた。プリズンブレイカーが食べているのは恐らくリキシオンが使うライブスタイドサーモン。ニンジャピル以外では最も回復効果の高いアイテムではあるが、生でかじる必要があるとか……アーサー王の聖杯がどうとか生命の円環がどうとかも言っていたが、そのあたりはよく覚えてはいない。由来はともかく実際回復効果が高いのは事実なのだろう、見る間に抉られていた頬肉が盛り上がって回復したプリズンブレイカーは、そこで脱獄時間が終わりだったらしく、再び
「いようガキンチョ。サーモンって白身魚なんだってな」
「え、マジ?今度友達と話す時に自慢しよ」
「……友達、ちゃんと居るんだな」
カースドプリズンは、目の前の少女が自我すら作り物の贋造物だった頃から知っている。それがヒーローとなって、こうして確かな人間関係をも築けているのを見るに及べば、さすがに感慨を抱かざるを得ない。
しかし親の心子知らず。
「そりゃ友達くらいいるわよ。おじ様じゃないんだから」
「おいどういう意味だ、俺様が友達が居ないように見えるってのか」
「日頃の行い」
「どストレートな正論やめろや!俺様が言い返せない……居るだろ、ミーティアスとか」
「おじ様……多分向こうは友達だとは思ってないと思うのだけど」
「えっ」
「えっ」
「……我が友達になってやろうか?」
「うるせえ
「いやホント何やってたのよ……」
「何って……わらしべ長者」
ギャラクセウスの思考操作でヒーロー・ヴィランが敵対してくるならばどうするか?カースドプリズンの答えは「戦利品でガンメタしつつ各個撃破」だった。Ms.プレイ・ディスプレイによる
それら六人に一斉攻撃されればカースドプリズンに勝ち目はない。かつて予言された「ミーティアスに殺される未来」というのは、恐らくはミーティアスとの一対一ではなく、ギャラクセウスに思考操作された他の敵をも含めた多対一の状況を強いられたが故の敗死だったのだろう。
ならば状況を逆手に取る。倒さなければならない敵に先んじて攻撃を仕掛け、倒すと同時に次なる敵へと有利になる戦利品を奪っていくことで確実な勝利をもぎ取る。
最初に爆弾に対して相性有利なクロックファイアを倒して、爆弾を生成する義眼を奪う。動きを止められても爆弾を使える義眼でティンクルピクシーを倒して、ティンクルパウダーを奪う。装甲を無視してダメージを与えてくる善悪の弾丸を止められるティンクルパウダーを使ってダストを倒し、双銃を奪う。徹底的にメタを取って、最小限の損害で勝利をもぎ取り、次に繋げていく。
「じゃあ、その銃でミーティアスを倒すの?」
「いや、アイツともこれで
「最期って……おじ様、死ぬ気なの?」
「勝つさ。敗けるつもりで戦いやしねえ……でよ、リキシオンから貰ったこの賢者の石にオマエのカオス因子を――――」
「誤魔化さないで!」
涙目でロックピッカーは怒鳴る。カースドプリズンは「勝つつもり」とは言っても、死ぬ気なのかという問いを否定はしなかった。それはつまり―――
「おじ様は死なせない!私の命だって救ってくれたんだから、今度は私がおじ様を助ける!例えおじ様と戦ってでも止めて―――」
「ほう」
「っ」
激情のままに言葉を続けていたロックピッカーだったが、「
「ガキンチョ……オマエとはじゃれあったことはあっても、本気の俺様の前に敵として立ったことは無いハズだ」
「うっ……」
カースドプリズンの言う通り、ロックピッカーはこれまでカースドプリズンを敵に回して戦ったことはあったが、カースドプリズンは常に本気を出してはいなかった。また共通の強敵を相手するためにカースドプリズンと共闘し死力を尽くして戦ったこともあった。ロックピッカーにとって何時だって「おじ様」は敬愛する相手であって、本気で敵対したことはなかったのだ。
無論、ロックピッカーとてヒーローの端くれ。幾多のヴィランと戦い、時には同じヒーローと矛を交えた事もある。しかし、自分のことをいつも守ってくれたいた「おじ様」から向けられた本気の殺意は、彼女を竦ませるに十分だった。
眼が乾く。
手が震える。
喉がヒリつく。
足が笑っている。
心臓が止まりそうだ。
(それでも―――おじ様を助けるためなら)
震える足に力を込めて踏ん張る。ニッと強いて笑顔を作ってみせる。
「あらおじ様。逆に訊くけど、おじ様こそ私の―――乙女の本気と向き合ったことは無いハズよ」
「いいだろう……おい、約束どおり貰うぞ
「……好きにしろ。敗者は勝者を煩わすべからずぅ」
ロックピッカーの強がりに、応じてカースドプリズンは部屋の隅でいまだ膝を抱えてうずくまっているダストに声をかけと、室内に置かれていたダストの物と思しき大型バイクに躊躇なく拳を叩きこむ。
「オレのバイクーッ!」
「おい厨二、ロールプレイ崩れてんぞ……さて、俺様はこれで準備万端だぜ。どうするガキンチョ」
事前に約束
「ヒーローとヴィランが対峙したなら、あとは決まってるでしょ?」
それを合図に、鳴り響く砲声は三つ。
ロックピッカーの放ったドア抜き用のスラッグ弾を、カースドプリズンは僅かに体を斜めにするだけで躱そうともしない。低速軟弾頭系の弾では、よほど近接して発射しない限りは彼の鎧に対して有効打たり得ない。距離があるなら入射角を多少ズラしてやるだけで事足りる。だからこそロックピッカーが己の放った善悪の弾丸をどう捌くかをしっかりと観察できたカースドプリズンは、しかし意外な光景に眉を顰める。
ロックピッカーは己に効果的な悪の弾丸を触れずに躱し、残った善の弾丸を右手の朱斧で
そこで、ロックピッカーの
「まさか……」
「
「やっぱ……ぐっ!」
ロックピッカーの斧が、何もない空を切る。途端、カースドプリズンは背中にまるで
以前、別な次元からやって来た「コーガ忍法を操るもうひとりの自分」と出会ったロックピッカーは、リキシオンに教えを請い、己もまたコーガ忍法のいくつかを習得していたのだ。たった今使った【水鏡の月】は攻撃を相手の後ろに発生させる忍法、そして
その青く輝く瞳がとらえるスローモーションの世界を、ロックピッカーはおじ様目がけて駆ける。カースドプリズンの防御力に対しては、ショットガンにせよ非常用斧にせよ、近接しなければ防御を突破できない。態勢を崩した今が距離を詰める好機。鈍化した時間の中で、カースドプリズンが態勢を崩しつつも右の蹴りを放って来ているのが見えている。牽制の打撃か?
(それにしては、間合いには遠い。タイミングが早すぎ…っ?!)
違う。右足の外側、大型バイクの排気管が足先に伸びている。本来ならば排ガスが噴き出るその奥に、チロチロと赤くゆらめく炎の舌を認めた瞬間、ロックピッカーは自分の足をわざと引っかける
「秘技、自前転倒!!」
咄嗟に自分から地面へと倒れ込んだロックピッカーの頭上、さっきまで彼女の体があった場所をゴウっっと灼熱の炎の舌が舐め取る。排気ガスにエンジン内で未燃焼のガスが混じることで燃焼する
転倒することで爆炎の初撃を回避したロックピッカー。須臾を見るその眼前では、カースドプリズンが右足の爆発の反動を利用して、左足を軸に回転している。そのまま身を回すと左の拳銃がロックピッカーへと照準を向け……
「やっば!」
立ち上がる時間ももどかしく、地面を転がって弾丸を逃れる。しかしカースドプリズンは回転の軸を引いた右足へと変更、今度は左足での
もはや接近どころの話ではない。【
「うおおおお頑張れ私の三半規管んんん!!」
「良く動く……やるなぁガキンチョ」
「出来損ないの天誅に価値はないわ……!てかおじ様はそんなに回って平気なの?」
「こういう回転はな、敵から視線を逸らさないよう首の位置を固定して動かさないのがコツだぜ?」
ロックピッカーとの会話に応じつつも、回転を止めたカースドプリズンは油断なく銃を構えて残心する。四足全てを使い、両足の爆炎と両手の双銃を用いて、四つの砲口が生み出す連撃はまるで
「貴様……偸盗したな、我が
「
部屋の隅からダストがうなるように呟く。四つの砲口による連撃を以て敵を圧する術理は、両手での四丁拳銃と四足という違いはあれど結果としては同じもの。
「信じ難し……
「オマエの四丁拳銃見てて思い出したんだがよ、何百年か前のヨーロッパで戦った魔女だか尼さんだかが、こんな感じで両手と両足に魔術を発射する銃つけて似たようなことやっててな。それも参考にした感じだな、流石に両手で四丁扱うのは俺様には無理だし」
ダストとの会話を聞きつつ、ロックピッカーは思う。カースドプリズンの強さの源泉は、この戦闘経験だ。ギャラクセウスによって封印されて以来、かつてはギャラクセウスによって力を与えられたヒーロー自体が存在しなかった頃には、脱獄すら満足に使えなかった。プリズンブレイカーが元の姿であるというのなら、本来得手であった高機動戦法を封じられて、鈍重な鎧に封じ込められ、それでも世界中を回り戦い続けた。あらゆることを知り、あらゆることを忘却し、そして経験により鍛えられた精神と術理だけが残った結果が眼前の
おじ様の前では初めて見せた忍法という手札、初見で意表をつきたかったが、それも即座に対処されてしまった。恐らくはニンジャとも、今の自分よりはるかに巧みな忍法を操る者とも戦ってきたのだろう。そんな相手にどう対処するか?結論は既に出している。
「さぁてガキンチョ、
「だったら
一声叫んだロックピッカーは、斧もショットガンも放り捨てると、むんずと己の胸元に手を差し入れる。
「
「えぇ……」
「えぇ……」
困惑の声は二つ分。
明らかに胸元に収まるハズの無い
膨らみって言うほど胸ないじゃん、とロックピッカーの平坦な胸を眺めるカースドプリズン。
無論、ありもしない胸の谷間に物をしまうことなど出来ない。ロックピッカーを作り出したイレギュラー存在「カオス」は、かつてヒーロー・ヴィランを閉じ込める世界「ケイオース・シティ」を創造した。そのカオスの因子を持つロックピッカーは、リキリオンより譲り受けた賢者の石にその因子を封入することで、重さや大きさを無視して物体を収納できる異空間としたのだ……無論、賢者の石さえあれば胸元である必要性は全く無い。
「いや、
「甘いわねおじ様、ジャパニーズ
「あれ実際には言わないらしいぞ……で、なんじゃそりゃ」
二重の意味で呆れつつ、カースドプリズンはロックピッカーが取り出した鉄塊を眺める。
見た目はまるで
「……
「いいえ、違うわおじ様――――」
ロックピッカーは「鍵をこじ開ける者」だ。
近未来ピッキングツールやハッキングで鍵を開ける。
それでも開かなければ
では、それでも開けられない扉だったら?
斧でもショットガンでも歯が立たない、巨大で、重厚な、城門のごとき扉をこじ開けるために必要なモノ。
「――――
これこそが、ロックピッカーの用意した対カースドプリズンの最終回答。
硬くて強い相手なら、ソレを上回る暴力で、
その答えを突きつけられたカースドプリズンは、兜の上からでも呆然としたことが分かる間をはさんで、そして
「うはははははは! 馬鹿じゃねーの?バカじゃねーの!? バッカじゃねーの!!?」
満腔から喜びの感情を爆発させて、同時に圧倒的なまでの闘気を解放する。
「来い!」
「天誅つかまつる!」
【
一撃目の杭。右腕の拳銃、弾倉全て撃ち尽くしての連打で杭が折られる。
二撃目の杭。左腕の拳銃、弾倉全て撃ち尽くしての連打で杭が折られる。
三撃目の杭。左足で体を支えつつ、倒れ込みながらの右足の
四撃目の杭。左足を地面から放しての
既にカースドプリズンに攻め手は無い。足での砲撃を間に合わせるために体も後ろに倒れ込む形で宙に浮いてしまっている。ここからの回避の手段は存在しない。
(獲った!)
確信とともに五撃目の杭を打ち込もうとして、カースドプリズンの次の動きが瞬間を刻む眼に飛び込んでくる。右手の銃を手放したカースドプリズンは、倒れ込む上体から右手を地面に着く。体を回すような動き。
(これは―――ー)
地面についた右手を軸に、下半身を回すように左足で蹴りを繰り出す。手を地面につけて軸とし、回転からの足技。この動きはカポエイラのメイア・ルーア・ジ・コンパッソ。奴隷として手枷に繋がれた人間が、自由となる足で圧制者と戦うための技。逃れ得ぬ
五撃目の杭に、左足の蹴りを合わせる。無論、携行式とは言え蹴りだけで防げるほど破城槌の撃力は甘くない。しかしカースドプリズンは、ワザと左足の、マフラー破壊と共に損傷したのとは反対の内側の装甲を縦に割らせるような形で蹴り足を合わせる。長身のカースドプリズンであれば、膝下だけでも装甲の縦の長さは70センチを超える。旧日本軍の戦艦大和の装甲版で最も厚い部分でも65センチ。その厚さを突破できる破城槌なぞ存在しない、ならば防げる。カースドプリズンは左足の肉ごとえぐり取られながらも、五撃目の杭を完全に受け止め、からめ捕る。
続く六撃目も、右足内側の装甲と肉とを犠牲に受け止めてしまえば、二本の破城槌が完全にカースドプリズンの足に食い込んだ状態になってしまう。そのままカースドプリズンが倒れこめば、その体重をロックピッカーに支える術は無い。そのままカースドプリズンの足に絡め捕られて、破城槌はロックピッカーの手から奪い取られてしまった。
「……さあ、これでオマエの
「……っ」
ロックピッカーは、涙がこぼれそうなのを寸でのところで堪える。新たに身に着けた技も通じず、必殺を期した奥の手も破られた。そんな彼女に、カースドプリズンは、勝利を誇るでも、侮るでもない、ただ静かな口調で尋ねる。
「で、
「え……」
「答えてみせろ、
「おじ様……初めて私の名前……」
今まで「ガキンチョ」としか呼ばれなかったのに、初めて名前を呼ばれた。
まるで一人前と認められたようで、だって今、何もかも通じず敗けた所なのに……
(違う)
さっき確認したばかりではないか。カースドプリズンの根底を支えるのは経験だと。
自分の手元から、武器も、切り札も、何もかもが失われても残るものは、これまでに積み重ねてきた努力、その経験。それがあれば、それさえあれば
「何でもあるし、何だって出来るわ」
「そうだ。それでいい。それだけでいいんだ」
宇宙にとって、その一部でしかないヒトは、自分ではどうにもできないことに直面せざるを得ない場面は必ず来る。その時に、何もかもうまくいかなくて、全てを失ったとしても、最後まで自分を捨てなければ可能性は常に残り続ける。一部でしかない己もまた間違いなく宇宙を形成するものであることに変わりなく、認識こそが宇宙の全てを決定づける。
『礼』というものの本質、錬金術で言う「一は全、全は一」、仏教で言う「色即是空、空即是色」、そんな世界の真理の一端。
「自分さえ残ってれば何とだって戦えるんだ。
自分の中に世界の全てがあると思って戦ってみろ、そしたらな――――楽しいぞ?」
「……あはっ」
嗚呼、とロックピッカーは今度こそ諦念からでなく、温かな涙を流す。
本来、カースドプリズンは自分と戦うのならばもっと簡単な方法などいくらでもあったのだ。それを目的から遠回りするような真似をしてまで、真正面から受け止めてくれている。こんなにも大切にしてもらっている。
ここまでして貰って、応えないようなダサい女のつもりはない。
放り捨ててしまった斧だけを拾い上げると、ニッと笑みを浮かべて一言。
「
渾身の愛の告白と共に、最後の一撃を放つ。
そうして、少女の初恋は、受け止められて、そして終わった。
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郊外の採掘現場へと向かう道路。
両側が崖となっている道の、その中央にただ一人たたずむ人影。
各所に金色のアーマーをあしらわれた全身にぴったりとした白いボディスーツに、頭部にはフルフェイスの覆面と五芒星のゴーグルをした彼こそミーティアス。自他ともに認めるところのカースドプリズンの「宿敵」である。
ジークンドーをやっていた以外は、ごく普通のサラリーマンだった彼は、ギャラクセウスから流星の力を与えられたことでヒーローとなった。その瞬間から、ミーティアスとカースドプリズンの宿命は始まっていた。ミーティアスに与えられた力は、かつて星すら破壊しかねないとして封印されたカースドプリズンの元々の力を模倣したもの。故にカースドプリズンが己にかけられた封印を解くため、ミーティアスに襲い掛かるのは当然のことであった。その結果として
それまでは、力を与えられた者の責務として、人々を虐げるヴィランと戦うだけのヒーローだったミーティアスは、強烈に思ったのだ。
それからはひたすらに努力の日々だった。
それまで修めてきたジークンドー以外にも、八極拳、形意拳、少林寺拳法、ブラジリアン柔道、空手、ムエタイ、カポエイラなどあらゆる格闘技を学んだ。カースドプリズンが吸収するオブジェクトのパターンを研究した。そして何より、己の上位互換たるプリズンブレイカーへの対抗手段。
今日、目覚めた瞬間、その集大成を見せる日が来たのだと感じた。
だからこそ、この場所で待ち構えている。他のヒーローやヴィランもギャラクセウスの思考操作でカースドプリズンと戦っているのだろう。しかし、ミーティアスは確信していた。カースドプリズンはその全てを打ち破って来る。
果たして、その予感どおり。
轟く重低音が、こちらへ向けて一直線に迫ってくる。
現れたのは、予想に違わずカースドプリズン。鎧に融合している大型バイクはボロボロで、それでもミーティアスの前まで来るとダメージを感じさせない動きで悠然と立ち止まる。
「いようヒーロー、居るとは思ってたぜ」
「僕もさ。来ると思ってた……ここから先は通行止めだよ」
「てこたぁ……やっぱこの先に居るんだな、
この崖を抜けた先にある採掘現場は、かつてミーティアスとカースドプリズンが戦ったこともある場所。そのさらに先、坑道を抜けた場所には、かつて二人が協力して立ち向かったヴィランとの決戦の場である頓挫した
「あの場所に
「地球自体の力を使って、ディメンジョン・リッパーを処分するのだとか……彼女には、気の毒だけど」
かつて彼ら二人と争った未来から来たヴィランは、宇宙から最も離れた地球の中心核に近い場所でディメンジョン・リッパーを使うことで時空改変を行い、ギャラクセウスの存在自体を消滅させようとしていた。その場所のもつ
そのことに疑問が無いではないが、しかし翻ってみればディメンジョン・リッパーは使い方次第ではこの次元自体を破壊することも、ギャラクセウスを殺すことも出来るものだ。それはすなわち世界の終り。今この瞬間、この世界に生きている全ての命を奪うことに繋がる。それを許すわけにはいかない。とは言え、いかなヴィランであるMs.プレイ・ディスプレイでも、処刑するような形でその命を奪うことに哀切を見せるミーティアスとは対照的に、カースドプリズンはニヤリと笑う。
「そいつぁいいニュースだ」
「何?」
「一つは、まだ
「残念ながらそれは不可能かな。キミはここで僕に敗れるんだから」
「言うじゃねえか」
言ってカースドプリズンが取り出して見せたのは小さな石。
「コイツにはロックピッカーのカオス因子が移し取ってある。これさえあればいつでも
「へぇ、それは……でも意外だね。オブジェクト吸収で意表をついてくるかと思ったけど」
「まあ、オマエにただ勝つならその方が楽かもだがな」
ミーティアス最大の弱点、それは初見殺しに弱いことだ。事前調査して対策を練るのが本領のミーティアスに対して最も有効なのは、カースドプリズンが今まで見せたことのない組み合わせの吸収オブジェクトで戦うこと。
「だが、俺様が勝ってもオマエが勝っても、今日が最後だ。だったら後腐れ無く、白黒はっきりさせようぜ」
「いいね。キミのそういう所だけは嫌いじゃない。まあ勝つのは僕だけど」
「ぬかしやがる。勝つのは俺様だ……
対峙した
「今日、僕は君に勝つ!」
「お前との
鏡合わせの如く、崖の頂点を蹴って、お互い目がけて繰り出す技は共に同じく。
「「
蒼緋の残光が描く歪な相似形は、二人の関係性そのものだ。
(届かない……さすがはプリズンブレイカー!)
最初から分かっていたことだ。ミーティアスではプリズンブレイカーには勝てない。
ミーティアスへと与えられた力はプリズンブレイカーを参考にしたものとは言え、はっきり言って下位互換に過ぎない。プリズンブレイカーが空中で二回ジャンプできるのに対して、ミーティアスは一回しか出来ない。そればかりでなく、力でも、スピードでも、戦闘経験でも、ミーティアスが勝っているものは何一つとして無い。
相手は遥かな太古から、現在に至るまで、ここで止まらないのであれば遥かな未来までも戦い続けるであろう
(だからって――――手を伸ばさない理由にはならないだろうが!)
ヒーローとしての力を与えられ、自由に空を駆け回り、ヴィランを倒して、人々から感謝されて、かつての自分は全能感に酔い始めていた。そんな時、初めて目にしたプリズンブレイカーは、育ちかけていた己のちっぽけなプライドを容易く打ち砕いてしまう程に、速く、強く、憧れるほどに美しかった。
自分が理想とした完璧な自分の、さらに上を行く緋色の閃光に、心奪われ、羨望し、嫉妬し、憎みすらした。そういったドロドロしたもの、ヒーローとしての自分、全てないまぜにして最後に残ったものはたった一つの感情。
(こいつに勝ちたい)
だからこそ必死の努力と工夫で喰らいつく。
一度しか許されていない空中ジャンプを、空中に道を作る能力・
そんな必死のミーティアスに、プリズンブレイカーは本気で殺すつもりの蹴りを放ちつつ一言。
「―――-今、楽しいか?!」
「ッッッ、見りゃあ、わかるだろ!!」
世界の平和も、正義も、義務も、全て置き去りにして、ひたすらに全力を出し尽くすこの一瞬が、
(楽しくないわけ、無いだろうが!)
嗚呼、出会い方さえ違ったならば、心服の友となったとさえ思える程に。
今この瞬間だけは、プリズンブレイカーは
この
(いややっぱ必要無いな、これはコイツ自身の努力の産物だ)
数千年前、かつて
いまだ世界に神秘が満ち、神話級ニンジャが地上に留まっていた当時、己と互角以上に戦う戦士が居ないわけでは無かった。だが、それは敵の土俵に引き込まれた場合のみで、己の全力を真正面から受け止めて、必殺の二十連撃を受けきった者は皆無だった。だからこそ、もっとやれるはずだろうと、己に匹敵する者を探し求めて暴れ続けた挙句が、
ここ百年ぐらいこそ、破壊吸収できる外付けの動力源となるエンジンやバッテリーが発展し、倒すべきヒーローも増えたことで
鎧に囚われた状態での戦闘でも、手に汗握る、心沸き立つ戦いは確かにあった。
聖人、魔女、天使、悪魔憑き、鬼、ドラゴン、吸血鬼、ゴーレム、獣人、地球外生命、拳法家、暗殺者、海賊、詩人、探偵、武将、ニンジャ。ありとあらゆる強敵に見えて、闘争の喜悦を嘗め尽くした。それでも、自分から望んだのでもない強制された縛りプレイでは、どうにも不完全燃焼の心地が抜けなかった。
その果てに巡り合ったのが、ミーティアスだった。
最初は単に、
しかし、とある格闘家が言っていた。「戦いはSEX以上のコミュニケーションだ」と。
百万の夜をシルクの褥で共にするより、ただ一度でも拳と拳をぶつけ合い、命を奪い合った相手の方が、その全存在が自分の内にすとんと落ちて来る。その意味でミーティアスは最高だった。
プリズンブレイカーに比して、あくまで劣るその能力にも関わらず、幾度倒されようとも決して諦めず、努力と研鑽を積み上げて追いすがって来る。己の二十連撃も、かつての切れ味には程遠いとは言え、ボロボロになりながらも我武者羅に受け切って見せる、このような敵を求め続けていたのだ。
肉を裂き、骨を砕き、この最強の敵の返り血を全身に浴び、その恍惚の中で死にたいと願う程に。
数多存在するヒーローの中で、ミーティアスのみ、ミーティアスだけを「ヒーロー」と呼ぶ程に。
お互いがお互いを、羨み、求め、敵意、法悦、それらあらゆる感情以上に
こいつに勝ちたい。
白黒はっきりつけたい。
それだけを求めた純粋な時間も、もはや終わりの時だ。
空中でぶつかった攻撃はミーティアスが18撃目、プリズンブレイカーが17撃目。互いの攻撃の反動で反対の崖へ着地するも、もはや地上は目前。
「「ブッ殺!!」」
ミーティアスの19撃目の飛び蹴りと、プリズンブレイカーの18撃目の後ろ回し蹴りがぶつかり合い、相殺され
(違う!)
まだプリズンブレイカーのムーブは終わっていない。体をねじり、蹴り足とは反対の足で時間差の蹴りを放つ。
「カポエイラも使うっつったハズだぜ!」
これぞカポエイラ奥義、
しかしミーティアスとてタダではやられはしない。空中で無理矢理上体を反らしてプリズンブレイカーの
余人ならば絶対に躱すことの出来ない必殺の蹴り。しかし相手は天下に並ぶ者無きプリズンブレイカー。ミーティアスに出来ることならプリズンブレイカーにも出来る。
もはや一回きりの空中ジャンプを使い切っているミーティアスに回避の術は残されていない。胴体への蹴りを喰らったミーティアスの体は地面に向かって落下していき、その上空ではプリズンブレイカーが二回目の空中ジャンプを使って最期の20撃目、
己へと迫る処刑の一撃を眺めながら、アドレナリン過剰分泌による鈍化した時間の世界の中でミーティアスが抱いたのは諦め、ではなく
(――――
と言うより、疑わなかった。カースドプリズンなら、自分との決着はプリズンブレイカーでつけにくると。はっきり言ってアドリブに弱い自分では、カースドプリズンの繰り出す変則的なオブジェクト吸収に対応しきれない。ヘリを吸収した時の対処を、バイクを吸収した時の対処をそれぞれ覚えても、バイクとヘリを同時吸収されたらもう対処しきれない。しかもカースドプリズンが同時に吸収できる上限は別に二つでは無いのだ。その無尽蔵の組み合わせ全てに対応するのは、無理だ。
だから信じた。最後の最期には相手はプリズンブレイカーだと想定して、その対処だけを考える。
そして、カースドプリズンから習ったことだ。
(対人戦の要諦は、初見殺しだ……!)
プリズンブレイカーに出来ることなら、たとえ劣化してでも自分にも出来る、ハズだ!
地面に落下する、プリズンブレイカーの20撃目が命中する直前、最後の力を振り絞って足元に一瞬だけ
勝利を確信したミーティアスの21撃目は――――
「――――
プリズンブレイカーの両手で、しっかと受け止められていた。
プリズンブレイカーもまた信じていたのだ、ミーティアスならば限界を超えた21撃目を放ってくれると。故に20撃目はまったく威力の乗らないフェイントの一撃、もしミーティアスがカウンターを取らずにそのまま蹴りが入っていたならトドメを刺すには威力が足りず、そこで脱獄時間が切れてプリズンブレイカーの敗けだっただろう。
それでも信じた。ヒーローとヴィランという絶対的敵対関係であっても「こいつならやってくれる」と。ミーティアスの下からの蹴り足を受けることで、既にゼロマイナスのハズの滞空時間がほんの僅か引き延ばされる。その時間が生む、神話の時代にすら為し得なかった21撃目。
相手がミーティアスでなければ成立し得ない絶後の技、手向けの一撃に名づけるならば――――
「
もはや言葉を交わす時間もない刹那六徳の間に、それでも交わした視線が互いの想いを伝えていた。
「ゴホッ……僕の、敗けか」
「ああ、俺様の、勝ちだ」
闘争の高揚も過ぎて、倒れ伏すミーティアスと、見下ろすカースドプリズン。
「これで、キミがギャラクセウスに勝ったら世界は終わり、か」
「どうだか。まぁ英雄になるのも世界の敵になるのも慣れてるがな……どちらにせよ、もうオマエには関係無え」
言ってカースドプリズンが先に取り出して見せたのと同じ賢者の石を、ミーティアスの血を流した傷口に付ける。するとミーティアスの体を、戦闘の疲労とは違う、力が全身から抜けていく感覚が襲う。
「ギャラクセウスがオマエに与えた星の力は全部、俺様が貰っていく……あばよ、ダチ公」
そしてカースドプリズンは立ち去った、ギャラクセウスの待ち受ける決戦の地へと。
「なんだよ……まるで、キミが死にに行くみたいじゃないか」
ようやく体を起こしたミーティアスの―――ーミーティアスだった、ごく普通のサラリーマンの呟きは、誰も聞く者は無かった。
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Ms.プレイ・ディスプレイ
「たどり着いたか……出来ておるぞ、オヌシからの
「流石ヨコヅナ、いい仕事だ、
「もはや止めるまいて。存分にするがよい」
「おう。こちとら女の命がかかってるからな、なりふり構わず
◆
地の底の獄。
頓挫した
「
「我が恩寵を解さぬモノに生きる価値なし。たとえ
「
「何を」
D・リッパーとの接続で、Ms.プレイ・ディスプレイは直接接触以外のギャラクセウス由来の力を受け付けない。だが、ギャラクセウスがこの宇宙全てを作ったというのであれば、そもそも地球の重力すら受け付けなくなってしまうハズである。加えて、ギャラクセウスは地球の重力を利用しなければD・リッパーの時空破断に対抗できないというのなら、少なくともこの地球という星はギャラクセウスが創ったものではない。
「
「……どういう意味だ」
「
電磁「波」など、波の性質を持つものは発信源から四方八方へと伝わっていく。これは到達までに時間を必要とするもので、すなわち過去から未来へと進むものだ。これを遅延波と呼び、通常の電波や光というのは全てコレである。
しかし、マクスウェルの電磁法的式によれば、理論上これと反対の動きをする波、外から内へと進む波が存在するものとされる。これが先進波であり、未来から過去へと遡航するものだとされ、基本的に遅延波に打ち消されるものと考えられている。ただし、万物理論を実用できるD・リッパーならば話は別だ。先進波だけを抽出し、電気信号として過去へ送り、神経電位を、すなわち思考を上書きすることが出来る。
「何故、思考操作の方法を貴様が知っている」
「
「謀りを、貴様は私の思考操作を無効に……」
「
「……まさか、D・リッパーの出所は、
「
人類史の終わりまでに、技術ツリーから言ってD・リッパーが完成することは無い。
解決策は簡単、
かつて、一番最初のMs.プレイ・ディスプレイは、未来において不完全なD・リッパーを作りあげた。不完全な状態でも、彼女のクラッキング能力と合わせて、
これこそがMs.プレイ・ディスプレイが精神崩壊した本当の理由。不完全なD・リッパーによる無理矢理な思考操作のせいで、過去の自分と未来の自分が送った知識が上手く合一出来なかった結果だ。しかし発狂しながらも、彼女は未来の自分が送ってきた知識に基づき、D・リッパー完成のために必要な資材・機具を集めるために行動した。そのための破壊活動や、時にはヒーローに資するような行動が、余人には支離滅裂な活動としか思われなかった。何せ彼女が作っているものは現行人類では決してたどり着けぬ技術ツリーの果ての極地、その目的が看破されることは無かったし、未来からの無理な思考操作で狂っているのも事実ではあったのだから。
無論、ただの一度のやり直しで完成するハズも無い。不完全なD・リッパーで再び過去の自分へと思考操作を行い、何度でも何度でもやり直す。十回、百回、千回、万回。D・リッパーが完成し、
かつて別次元からもたらされたD・リッパーも、その世界のMs.プレイ・ディスプレイが自身の命を引き換えにして過去へと自分の知識を送った後、その死体から回収された物だったということだ。
「
「……」
ここまで、わずかとも表情を動かさなかったギャラクセウスの、頬がわずかにヒクリと動く。
自分で自分の思考操作を受け続けているMs.プレイ・ディスプレイだから分かる。今ここに居るギャラクセウスは過去へと先進波を送っていない。ならば、思考操作をしているモノこそが、大元のギャラクセウス本体ということ。
「
「これから死ぬ者が知る必要は無い」
これ以上の発言は許さん、とばかりに言い捨てたギャラクセウスが腕を持ち上げるのと、
この地下空間の入口となる坑道からゴァアン!と轟音と共に土煙が吐き出されるのは同時だった。
「いよう待たせたな……お色直しに時間がかかっちまってなあ」
土煙から現れ出でたのは、オリエンタルな意匠を施された、妖しく薄く金色に光る鎧を纏ったカースドプリズンだった。その体躯は、ただでさえ常人を上回る偉丈夫だったのが、巨大な鎧のせいで二回りは大きくなっている。そのカースドプリズンをガラスの如き瞳で眇めつつ、ギャラクセウスは眉を顰める。
(見えない……?)
神たる己がかけた呪いによる鎧の、内部を透視できない。X線、赤外線、
「
「テメエの女を奪い返すのに理由が要るのかよ?」
「ッッッ!
「いいから安心して待ってろ、囚われの女とか百科事典作れるくらい救ってきたっつーの」
「
「急に流暢に喋るなぁ?!」
「……戯れ合いはもう十分か?」
馬鹿ップルに無視された形のギャラクセウスはようやく声をかけるも、カースドプリズンは大げさに驚いたようなリアクションで方を竦めて見せる。
「ああ、そういえば居たなギャラクセウス。だが無駄だ、何千年もかかってそのザマじゃあ、俺様には決して勝てやしねえ」
「その不遜、死をもって許そう。ひれ伏せ、【
明らかに先の意趣返しのカースドプリズンのセリフ。僅かに眉を顰めたギャラクセウスは、先と同じ重力の檻で押し潰さんとする。決して抗い得ぬ力を前に、いかなる者もひれ伏す以外の行動は許されない……ハズだ。
「おいおい、そんな使い古された手が通じると思ってんのか。脳味噌にカビでも生えてんじゃねえの?」
「……何だと?」
カースドプリズンは小揺るぎもせず平然と立っている。重力による干渉を無効化している?ありえない。プリズンブレイカーや、D・リッパーを使用している者ならばともかく、カースドプリズンは鎧によって囚われているのだ。鎧自体は『この宇宙』の物質である以上、重力操作は有効であるハズ。戸惑うギャラクセウスに対し、カースドプリズンは兜の中のドヤ顔が幻視できるような自慢げな声で告げる。
「悪いが今の俺様は
「どういう意味だ」
「この鎧には全体に
「……小賢しい」
ギャラクセウスは眉根を寄せる。意味の分からない妄言は無視するにしても、鎧そのものが干渉を無効化するという点は無視できない。このまま遠隔からの攻撃では埒が明かない。ならば直接接触で終わらせる。
「【
背後へと転移して、ガラ空きの背中に触れて電撃を流しこめば終わりだ。カースドプリズンの背後へと転移したギャラクセウスは、眼前にあるはずの鎧の背中へと手を伸ばそうとして――――
「
転移後の視界一杯に、鎧の
(転移を予測された?まぐれ当たりか?)
地面を転がりながらも、追撃を避けるために再度の転移。逃げるためのそれは、先程とは反対側に大きく離れた位置への転移で。なのに
「俺様の奢りだ、存分に土ペロしてくれ」
既にして眼前にはカースドプリズンの蹴りが迫っている。障壁の展開も、再転移も間に合わず再び地面を転がるギャラクセウス。空中浮遊で態勢を立て直すも、何が起こっているのか、まるで意味がわからない。
「何故、私の場所が……」
「
言ってカースドプリズンはコンコンと左手で兜の
「その義眼、クロックファイアの……」
「まるで使いこなせてなかったからな、俺様が貰ってやった。テメエの転移が空間を歪曲させてのショートカットか、それとも
クロックファイアの義眼は、視界に入った爆弾を任意に起爆でき、爆弾の位置も分かる。それは光情報、すなわち電磁波の送受信を行っているということだ。ならば未来から送信されてくる思考操作の先進波も、転移のための電子的揺らぎさえも視認できるということ。クロックファイアは爆弾にこだわるあまり見過ごしていたのか、無視していたのか。ともかく電磁視覚こそがこの義眼の窮極の能力。
「だが、見えたとて対応できるかは別の話。何故、その鈍重な鎧で私の転移に先回り出来る」
「鈍重?何言ってやがる。今俺様が纏っているコイツはな、ガンギマリパウダーやら
今現在ギャラクセウスとカースドプリズンが争っているこの地下空間で、かつてカースドプリズンが相対した、ギャラクセウスの消滅を目論んで未来からやって来たヴィランの名はリキシボーグ。肉体を機械の体に置換し、生物的限界を超越した未来のリキシオンである。その強さはプリズンブレイカーだけでなく、ミーティアス・ロックピッカーという三人がかりの戮力なくば倒せなかったほどの難敵だった。
リキシオンはその戦い以来、自らの到達できた可能性のひとつとして、錬金術ニンジャ
「さあ、想いを果たせよリキシボーグ!オマエの力で
「ちっ」
高速で踊りかかるカースドプリズンに対して、ギャラクセウスは今度は上空への転移で逃れる。空中までは跳びかかるにしても時間を稼げ―――
「アイツ風に言うなら、死神の
地上のカースドプリズンが呟くと同時、ぱんぱん、とカースドプリズンの腕部装甲から乾いた音が響くと、ギャラクセウスの体に穴が穿たれる。
「ぐっ、銃などで、我が神体が、何故……」
「地獄もテメエが創ったもんじゃ無えからだよ」
ギャラクセウスの体を襲ったのはダストの双銃が生み出す善悪の弾丸。地獄の悪魔がもらたす弾丸は防御力を無視して罪の重さでダメージを与えるが、悪魔が憑依したダストでなければ生み出せない。だからカースドプリズンはダストとの戦いでワザと大量の銃弾を撃たせるよう誘導した上で、ティンクルパウダーで空中に固定して銃弾を回収したのだ。後はクロックファイアの義眼で生み出す指向性爆弾を
「ゴボッ、このような、小細工……」
二度の打撃、そして銃撃でついにギャラクセウスが口から血……なのだろう、白い液体とも気体とも取れないものを溢す。その隙にカースドプリズンは
「ミーティアスの……私が与えた力まで」
「ごっつぁんです!美味しくいただきました!!」
先の闘いで賢者の石へと移し取ったミーティアスの星の力。空中に道を作る
そのまま空中のギャラクセウスへと飛び蹴りを叩きこむカースドプリズン。
「死にさらせェ!」
「もはや通じぬ」
しかし、蹴りが到達するより前に、カースドプリズンの体へと衝撃が走り、地面へと叩き落される。
「ぐっ……まあそう簡単にはいかないか」
周囲に視線を巡らすと、衝撃の正体は岩塊だった。ギャラクセウスは地下都市跡に散乱する巨大な岩を、電磁加速してカースドプリズンにぶつけたのである。ギャラクセウスからの重力を無効化出来ても、ギャラクセウスの力で加速された岩の運動エネルギーまで無効化できるわけではない。
「やはり貴様はまともに相手をすべきでは無い。数千年ぶりで忘れていたよ」
「おいおい耄碌してんなら大人しく首を出せよ。出さなくっても殺してやるが」
「【
瞬間、カースドプリズンを浮遊感が襲う。自分が浮かせられた、のではない。地面が周囲まるごと無くなって、下が大穴になったのだ。ならば消えた地面、というか岩盤はどこへ行ったのか?視線を転ずるまでもない、暗くなった視界が雄弁に語っている。大穴へと落下していくカースドプリズンの上空、空間全体を塞ぐように真上に浮遊する規格外質量。要するにあの
「な……っめんな!!」
こちとらなぁ! 牢獄にブチ込まれたままァ!ウン千年以上戦ってきたんだよ!
ミーティアスの力で空中ジャンプ、あえて下に落ちると、紅玉の義眼に命じる。
「
現れたのは巨大なバルーンのようなピエロ。これぞクロックファイアの
嗤い膨れて、大量の小型ピエロ爆弾を撒き散らす
それを上空の岩塊めがけて、全力で蹴り飛ばす。
「ハットトリックだオラァ!」
一撃で三発どこか数十発の爆弾を叩きこむ
そのまま岩盤は周囲ごとカースドプリズンを押し潰した。
「終わったか……最後に足掻いていたが、無駄だったようだな」
ギャラクセウスは、安堵の息を吐きながらひとりごちる。
(安堵?この私が?)
そのことに苛立ちを覚える。その苛立つという感情さえも不快で。
しかしそれ以上に不快な、ガガガガという破壊音が岩盤の下から連続して響き、落下して再び地面となった岩盤へと亀裂が広がっていく。
「まさか」
ギャラクセウスが思わず呟くより早く、亀裂から飛び出したのはカースドプリズン。その
「
「
ロックピッカーが
ギャラクセウスが戸惑う一瞬の隙にカースドプリズンは空中を一息で駆け上がると、既に四発を打ち出し終えた破城槌を背中から生えた三本目の腕と、さらに背中の装甲が展開・変形した四本目の隠し腕で構え、両手をフリーにしてギャラクセウスの両手を掴むと、五本目の杭を爆薬の炸裂と共にギャラクセウスの胸元へと叩き込む。
「天誅!」
「ゴボッ……その、うで」
「優劣を競うなら、腕の一本や二本、増やして当然だろ?」
そのまま絡まり合うように地面へと落下しつつ、カースドプリズンは重心の移動で自らが上になるとギャラクセウスを地面へと叩きつけた上で、最後の六本目の杭で完全に地面へと縫いとめる。
「標本の虫みたいに縫い付けられた気分はどうだ?」
「油断、だな。うかつに私に触れるとは」
ギャラクセウスは先程、直接接触での攻撃を転移を見切られて果たせなかった。しかし、今はカースドプリズンの方から接触している。密着状態での電撃は、いかなイレギュラーとて防げはしない。
「体内から焼き切れろ、【
雷、それは古来より神の御業と畏れられた超速フレームの上に喰らえば即死というリアルチート技。直接接触であればD・リッパーを持つMs.プレイ・ディスプレイでさえ防げなかった。さらに今度は気絶させるつもりの電撃ではない。完全に殺すつもりの最大威力。
だというのに、電撃が発生しない。
「残念、それも対策済みだ」
「なっ」
ならばとギャラクセウスは転移で逃れようとして、しかしカースドプリズンの
「ぐっ……」
「やっぱな。電波遮断物質を取り込んだ鎧で接触されると、テメエ能力を封じられるんだな?」
思えば、未明の戦いはおかしかった。重力で潰され、
「テメエが創った『この宇宙』ってのは、宇宙そのものじゃなくって、人類生存圏っつーか、認識宇宙なんじゃねえか?いわば『この宇宙』ってゲームのスクリプトを書いたのがテメエで、その物理エンジンの中でだけお前は全能ってことなんだろ?」
人類の認識では、『この宇宙』は、現在四つの基本相互作用から成り立つと考えられている。
即ち、電磁気力・重力・
ギャラクセウスは、自らが創りだした人類が「できる」と認識したことならば何でも出来る全能の存在。逆に言ってしまえば、ギャラクシーパワーという膨大なリソースを抱えていても、現実に出力するには人類が観測・承認するそれら四つの力を経由しなければ何も出来ない。
「その中で一番使い勝手のいい電磁気力を、電波遮断物質を取り込んだ俺様の鎧はすべて防いでしまう。だから夜中の戦いで俺様が
ギャラクセウスは逡巡した。重力ならばいまだに使えるが、押し潰せば自分ごと潰れるだけだし、逆に重力をカットしたところで鉄杭により地面に縫いとめられていては動きが取れない。
(何故このような、何故……)
不測の事態が立て続けに起きて、まるで人のように苛立っている。全人類の創造主、神たる己が。
ギャラクセウスは気づかない、対人戦の経験が無いが故に。ここまでの一連の流れ自体が全てカースドプリズンの手の内。対人戦の基本は初見殺しと選択肢の飽和だ。ワザと相手を苛立たせるような煽りを入れつつ、妖精郷の粉、紅玉の義眼、
次々と初見の事態をぶつけていって対応を飽和させ、相手に流れを作らせない。
「まあアレだ、テメエはもっと自分が創った人間と、面と向かって関わるべきだったな」
もしギャラクセウスがもっと対人戦の経験が豊富だったら、結果も違っていただろう。
ギャラクセウスの顔面を掴むカースドプリズンの左手、その鎧の指が
「
ラテン語の
「
弾丸が撃ち込まれた場所から光が溢れ、十字架の形となって屹立する。光が消えた後には、光となって崩れ行くギャラクセウスの残骸が僅かに残るのみ。その時、上空でMs.プレイ・ディスプレイを拘束していた鎖が落ち、同時にカースドプリズンの鎧がボロボロと崩れていく。神の力が、呪いが消え去ったということ、すなわち
「ハッハァー!
兜が崩れ、喜色満面の紅に輝く素顔が覗く。が、喜びも束の間、拘束の外れたMs.プレイ・ディスプレイが落下して来たのですぐさま二段ジャンプで迎えにいくと、横抱きに抱きとめる。
「言ったろ、安心して待ってろって」
「
「あん?」
「
「だが、それをどうにか出来るモンは用意してくれてんだろ?」
「……
「俺様のために、作ってくれたんだろ?D・リッパー」
「
Ms.プレイ・ディスプレイが、自分の命を犠牲にしてでも、過去の自分を発狂させてでもD・リッパーを完成させようとした本当の理由、最初の動機。それこそは、愛したカースドプリズンを救いたいという想いだった。
一番最初のMs.プレイ・ディスプレイが、どのような経緯でカースドプリズンを愛するに至ったかは、もはや彼女自身にすらわからない。ただ未来の自分から伝えられ続けるのは、D・リッパーの制作知識と、未来で死んでしまうカースドプリズンを救わなければならないという呪いめいた恋慕のみ。確かに、D・リッパーをイレギュラーたるカースドプリズンが使用すれば、ギャラクセウスが失われようともカースドプリズンの力だけで世界を保つことも、次元自体を再構築する事すら理論上では可能となる。しかしながら、ソレをやってしまえばカースドプリズンはより高次の存在へと移行
一次元が、より上位の次元を「点と線の集合」としか認識できないように。
二次元が、より上位の次元を「平面の集合」としか認識できないように。
およそ7~8次元より上の存在となってしまうカースドプリズンは、この三次元の認識宇宙に自分を再現しようとしても、その総体が収めきれなくなってしまう。それはもうこの世界の内側から居なくなるということだ。
「
愛されたいとすら願わない。ただ自分の愛したこの人に生きていて欲しい。神に願っても無駄ならば、自分が救うしかない。ただそれだけの想いで、人類史が終わるよりも長い、永い時を何度も何度もやり直し続けて来たのだ。嗚呼、体が生身で無くて良かった。もし今生身だったなら、自分の顔は涙でぐちゃぐちゃになっているだろうから。
Ms.プレイ・ディスプレイはもはや言葉を続けられず、涙も流さない異形の頭を俯かせるだけ。だと言うのにカースドプリズンは、その顎にあたる部分を優しく持ち上げると、ブラウン管の表面を、まるで涙が流れているかのようにそっと優しく掬って、言う。
「俺様なら何とでもなるさ、なにせ俺様だからな」
「……
「いいから信じろ……何よりもう、時間が無え」
そう言って持ち上げるカースドプリズンの手は、鎧の崩壊がどんどんと進んでいる。ギャラクセウスの呪いが完全に解けてしまえば、D・リッパーを吸収する能力自体が使えなくなる。そうすれば、この袋小路の世界はそもそも終わりだ。
「……
愛する者を犠牲にしなければ救えない世界なんて要らない。だから何度でもやり直す。何万回でも、何億回でも、何兆回でも。カースドプリズンを救えるまで、何度も、何度でも!
悲壮な決意と諦観を胸に、Ms.プレイ・ディスプレイはD・リッパーを起動する。今まで何度もやってきたように、自分の命と引き換えにして、再び過去の自分へと先進波を送るために。
「なら好きにしな。それまでこうして、抱き締めていてやるから」
「
「俺様はな、オマエのそういう誰に何を言われようとも馬鹿にされようとも、絶対に自分が
「―――ッ、
「ああ、知ってる」
それきり、二人は口を開かず、カースドプリズンは既に兜が崩れて露わになった唇で、Ms.プレイ・ディスプレイのブラウン管の
実際には感じることの無いその温もりを噛み締めながら、Ms.プレイ・ディスプレイはD・リッパーで己の命と精神の全てを先進波として変換し過去へと送ると、そのまま息を引き取った。
そして、温もりと命の消えた彼女の体を抱えたまま、カースドプリズンは
そして
◆
遥か未来、人類が死滅した後の地球。
空は真っ赤に染まっており、大地には草一本生えていない。
人だけでなく全ての生命が払底した世界にただ一人、佇む白皙のおぼろな人影。
ガラスのごとき透き通った白き瞳は、何処か遠く、時間の彼方を見るようで。
「みぃーつけた、テメエが本体だな
余人が存在しないハズの世界で、最後に残ったギャラクセウスへと声をかける、緋色に輝く長身痩躯の男。D・リッパーによって高次の存在となった、かつてカースドプリズンとも、プリズンブレイカーとも呼ばれた男。彼自身は今はカースド・プリズン・ブレイカーを名乗っている。
それに驚くこともなく、ギャラクセウスは微笑すら浮かべて見せた。
「ようやく来たか。遅かったな……いや、むしろ早かったな
「俺様が
「いいや、それが事実だ。君の存在が宇宙を救う」
「こんな世界で、過去の人類操って神様気取りの奴が何言ってやがる」
「もっと大きな話だ。深淵にて微睡む混沌、盲目にして白痴のアレが目覚めれば、その瞬間この宇宙は終わりだ。その時までに私は力を蓄えなければならない」
ギャラクセウスは他者から「できる」と観測されたことならば膨大なギャラクシーパワーで何でもできる。だからこそ人類を生み出し、それが最大限繁栄するよう介入した。この最も長く生きた、最後のギャラクセウスが過去へと先進波で干渉することによって。それでもここが終点、ここにいるギャラクセウスは、この瞬間のみ全ての平行世界を通じて最も力を増したギャラクセウス。人類史に決して観測されることのない
「人類はここが限界だ。だから私はその中から君のような存在が生まれ出でるのを待っていたのだ。強烈な自我で、ただ一人の観測だけで全てを決定づけられるイレギュラーな存在を。だからこそ過去に君を殺さず封印し、試練を与えた。この私にまでたどり着ける存在となれるように。そうして君はたどり着いてくれた。君が観測し、私が世界を創る。これで私と君は永遠の存在となるのだ」
そう言って、ギャラクセウスはカースド・プリズン・ブレイカーへと手を差し出す。
しかし、カースド・プリズン・ブレイカーは冷ややかに見るだけでその手を取らず、呆れたように肩をすくめる。
「で、今度こそ俺様を生かさず殺さずで封印して、テメエを観測し続ける装置にしようってんだろ?俺様には未来の可能性の分岐も観測出来てんだ。教えといてやるが、ここでテメエに協力しても、最後は『混沌』に飲まれるだけだぜ」
「……ならば仕方ない。貴様の言う通り、力づくで封印させてもらおう」
ギャラクセウスが笑顔を消すと同時、生きとし生けるモノ全てが死に絶えた世界に、ゆらゆらとした人影が現れはじめる。
「今の私は消滅までの間だけ、観測者の拘束なしに力を振るえる。私と貴様が共通に観測できた者ならば、すべて再現できる……この数と私を相手にしては、貴様とてどうにもならんぞ」
荒れ果てた大地へと現れるヒーロー、ヴィラン、聖人、魔女、天使、悪魔憑き、鬼、ドラゴン、吸血鬼、ゴーレム、獣人、地球外生命、拳法家、暗殺者、海賊、詩人、探偵、武将、ニンジャ。かつて
「かつての私は貴様の経験に敗れたが、此度は貴様の経験が貴様の敗因だ」
既に勝利を確信したギャラクセウスに対し、カースド・プリズン・ブレイカーは「はぁあ~~」と大げさな溜息をつく。
「テメエ本当に分かってねえんだな。ボスラッシュならぬ雑魚ラッシュで俺様がどうこう出来るわけねえだろうが」
「強がりを」
「ま、最後だし俺様もテメエの敗因を教えておいてやる」
そう言ってカースド・プリズン・ブレイカーは全身を撓ませる。彼はギャラクセウスを殺すために来たのだ、この時の果てまで。
何故?
人間を弄ぶ神だから?
否。
「テメェが俺様の女を泣かせたからだァ!」
そして、人の死に絶えた世界で、緋色の閃光と、神威の白光とがせめぎ合い――――
そして
カースド・プリズン・ブレイカーvsギャラクセウス・
決まり手はカースド・プリズン・ブレイカーの
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エピローグ ~カースド・プリズン・ブレイカー~
先進波が過去へと収束するまでの、刹那より短い一瞬、阿頼耶の間を永遠に等しく認識する。
Ms.プレイ・ディスプレイは魂を燃料と燃やして過去の自分へと合一する時を迎える度に、この永劫に等しい一瞬を味わうのだが、何万何千と過去への旅路を繰り返した今となっても、この現象が何であるのかはわからないまま。
此処の何処かに、ディメンジョン・リッパーで次元の彼方へと消えてしまったカースドプリズンが居るのではと思ってしまうのは、自分に都合のいい甘えた夢だ。
例え此処に彼が居たとして、自分の肉体は未来に置き去りで、魂は燃料とくべてしまった。精神だけを電気信号と変換した状態で探しに行けようハズも無い。そもそも、確たる実体を以て同じ真似をしたなら『狩人』に排除されるのがオチだ。
ならば、今感じている熱の余韻は、抱き締められた腕の感触は、電気信号の生み出す幻想に過ぎないのだろう。
此処で出来るのはとりとめもない思考だけ。その行き着く先はいつも同じ疑問だ。
『愛』とは、何であるのか?
この身を焦がす、世界の全て以上に、自分自身以上に彼を大切に想うこの気持ちが『愛』であるという確信はある。
ただ、わからないのは―――この『愛』は、果たして
私は、カースドプリズンを愛している。愛している、と思う。
だが、ソレは過去の私の残響なのではないのか?
かつてカースドプリズンを救えなかった私の、妄執が、怨念が、私に彼を
その疑いは、常に消えない。けれど
(――――それでも、好き)
何度やり直したって同じ結論に達するだろう。例え彼に見捨てられたとて、拒まれたとて、絶対に同じ結論に達すると確信出来る。彼のためならば、宇宙の次元構造そのものだって破壊してみせるし、自分の命なんて何度燃やし尽くしても惜しくは無い。世界の一部でしかない己の、世界の全てよりもなお大きい、認識という宇宙の全てを埋め尽くす、この愛。
これだけが、たった一つの大切なこと、私という
己の内が余す所なく彼への愛で満たされていることを再認識した時、意識が肉体に統合されていく、再びの始まりを感じる。何万何千と繰り返した今となっては、特に何の感慨も無い。かつてクラッキングマシンへと繋がれた直後、研究所の天井が視界へと戻って来たら、次の私の始まりだ。今までの繰り返しと違い、ギャラクセウスとの直接接触で判明した事実もある。
(この際、D・リッパーの構築が完了した時点で私と次元ごとギャラクセウスを消滅させてしまおうかしら)
剣呑な思考と共に意識が覚醒すると、鼻と耳に届くのは、枯草の切なげな匂いと、さらさらと風が草木を揺らす音のみ。目に映る太陽の光が眩しくて、逃げるように背けた顔を、冷たい風が撫でるのを感じて。およそ人為を感じさせる物が何一つとして無い五感に戸惑いを覚える。
(私がクラッキングマシンに融合した直後は室内だったハズ。意識を送った時間がズレた?)
無数の繰り返しの果て、初めて遭遇する事態で一瞬気づくのが遅れた。
「私が頬に風を感じる?」
あり得ない。先進波を受信できるのはクラッキングマシンに接続された後の自分のみ。頭部が生身であった感触なぞ主観時間では何千年と昔の話。思わず発した声も、スピーカーから流れる不協和音のような機械音声ではなく生身のソレで。
嗚呼、ならば。幻肢痛のように感じていた熱は、抱き締められた腕の感触は。風に代わって、そっと頬を撫でる指の温もりは。
「いよう、ようやくお目覚めかな
己を覗き込む緋色に輝く面貌。幾千幾万の時を隔てても見間違いようもない、愛した男の、鎧の下に隠されていた顔。
「嘘……どうして」
「過去の自分への思考操作として、先進波
「じゃ、じゃあこの体は?」
「全部リキシオンが一晩でやってくれたぜ」
かつての過去で、カースドプリズンがリキシオンに相撲で勝利した時に要求したモノは5つ。
回復手段としてのライブスタイドサーモン。
ティンクルパウダーを密閉しておける容器。
ミーティアスの星の力を移し取る賢者の石。
オブジェクト吸収するためのサイバネ義体。
そして、Ms.プレイ・ディスプレイの肉体の保存。
元々リキシオンは世界剪定対策として、カースドプリズンのイレギュラーたる力と魂を賢者の石に移し替え、死亡したことにして肉体は保存しておくというプランを用意していた。その肉体保存手段を用いて、Ms.プレイ・ディスプレイが魂と精神を犠牲に過去へと先進波を送った後の死した体を保存しておいたのだ。後は遅延波の収束により彼女の意識が戻るまで肉体の無事を観測し続けていればいい。
「えぇと、つまり今は私が死んだ後の未来ってことね……世界の剪定は回避できたみたいだけど、それにしては」
人の気配が無い。
陽光が照らすのは一面の枯れ野原、遠く朽ちた人工物が見えるが、およそ人が暮らしている跡が見られない。
「ああ、もうこの
ギャラクセウスによる未来の果てからの思考操作という枷が外れた人類は、抑圧から解き放たれたように文化・技術を爛熟させ、そして最終戦争を始めた。発展した文明は、自身を焼く武器となって牙を剥き、地球はもはや人類の存在すら許されない星となってしまった。そうして生き残った人類は、星の大地を削り取って作った恒星間移民船で母なる地球から去って行った。
「じゃあ、人類の絶滅する未来は回避出来たのね」
「いや、結局滅んだ」
「はぁ?!」
「なんか移民先の星にもタチの悪ィ神様が居たみたいでな、それに全滅させられた……んだけどよ、最後の最後に生き残ったヤツがその星に適合した新人類を創って、それが今は繁栄してる。今度こそ人類は
「嬉しそうね」
「応よ。ああやって『やりたいことをやりきる』ヤツが出てくるから人間ってヤツは面白いよなあ!」
「……ソイツ女ね」
「何だそのピンポイントな嗅覚?!」
「へー、私が死んでる間、他の女を
「そう心配するなって。俺様がこの世界での実体を取り戻してからはずっと、こうしてオマエの寝顔を見てたんだから」
そう言ってMs.プレイ・ディスプレイだった彼女の体をぐっと抱き寄せる。
素顔で抱き締められるのは初めての体験で、どうにも照れくさくなってしまう。
「そ、そそそそそう言えば、私の頭!」
「おう、オマエが嫌ってた
「私のこと『クソテレビ』って呼んでたのって……」
「それにこうでもしないと、オマエの方からキスして貰えないだろ?」
「……馬鹿」
もはや言葉無く、彼の首へと腕を回す。
これまでは、カースドプリズンが鎧の顎部開閉機構を使って一方的にキスするばかりだった。
しかしようやく、何万というやり直し、何千という時間の果てに、唇の薄い皮だけを隔てて二人の体温が溶け合う。
長年の想いの丈を反映したように、長く重なり合った二人の影がようやく離れる。
「折角だし、その新人類が居るっていう星に行ってたいわ、新婚旅行に」
「おいおい、タチの悪い神様が居るっつったろ?ハネムーンにしちゃ物騒過ぎる」
「二人っきりも嬉しいけど、こんな寂れたところで過ごすほど枯れてないわよ……第一、何があってもアナタが守ってくれるでしょう?」
「おう――――」
遥かな昔、「
今や、かつて与えられた呪いを克服し、神をも殺して彼女の元へと戻ってきた男の名は
「――――俺様は、
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