少年は勇者の味方である (ft.優士)
しおりを挟む

プロローグ

今日もいつもと同じように幼馴染と一緒に家へと帰っていた。

 

「今日も学校楽しかったね!」

 

「そうだな」

 

隣にいる少女は結城友奈。家が隣同士で互いの両親の仲も良かったため、小さい頃から現在にかけてずっと一緒にいるためよく二人で行動することも多い。もちろん仲良しであり、俺は"きょうだい"みたいな関係なのかなって思ってる。

 

 

学校であった話などを友奈と適当に振り返りながら足を動かす。帰り道の通学路では綺麗な桜が目に入り、すっかり春になったことを実感できる。

 

 

今年で4年生になったことだし、何か新しいことでも始めようかなと友奈と一緒に考えたりするも特にこれといった案は何も思いつかなかった。

 

 

気づけば家の近くまで来ていたらしい。

友奈の家の前に着き『またね』と別れの挨拶を交わし友奈が帰ったのを確認した後に自分も家に向かう……といってもすぐ近所なのだが。

 

 

いつものように自分で鍵を開け、戸締りを確認し家の中に入る。

 

 

「ただいまー」

 

 

自分の声が家の中に響く。そのままリビングの部屋の床にランドセルを下ろす。置き勉が禁止されているため毎回全教科持ち帰らないといけないため肩が痛い。

 

 

肩をグルグルと動かしながら、今日は何をしようかなと考える。

 

すると少ししてからインターホンの鳴る音が家の中に響いた。

 

 

「誰だろ?」

 

 

インターホンに返事をしないでもう一度玄関に向かう。大体この時間に家を訪れて来るのは近所の人か友達くらいなためだ。

 

友奈かなと一瞬思うも、今日は家で押し花をやる予定と言ってたため……誰だろうと思い鍵を開けて外に出る。

 

 

「どちらさ───ッ!?」

 

 

 

言葉が詰まってしまった。

俺の目に映ったのは一台の車と、全体的に白い正装のような恰好で身を包み顔を仮面で隠している人物がそこにいた。

 

 

「結縁 士朗様でしょうか」

 

 

急に自分の名前を呼ばれ驚いてしまった。玄関開けたら目の前に仮面つけた人がいたら普通は驚くか不気味に思うだろう。家間違えてませんかと言おうとしたが、自分の名前を呼ばれたためその可能性はなさそうだった。

 

 

「えぇっと、その……どちら様ですか?」

 

 

警戒しつつ、目の前にいる人達が誰なのか聞いてみる。この人達の仮面のマークをどこかで見たことがあるような気がするのだが……

 

「我々は神樹様を祀らせていただいている"大赦"の組織の一員です。今日は神樹様から御神託を授かりこちらに向かわせていただいた次第でございます。突然の訪問による無礼をお許しください」

 

 

大赦、神樹。この言葉を知らない人は小学生でもいないだろう。

小さい頃から学校などでも習ってきた。自分達に恵みを与えてくれる神樹様にそれを祀る大赦という組織。 自分達は神樹様への敬意を忘れてはいけないということをたくさんの人から教わってきた。だけど、そんな人達がなんで自分のところに来たのだろうか?

 

 

「……俺に何か用事があって来たんですよね?」

 

 

「はい。つきましては士朗様とそのご家族……結城家のご両親を交えてお伝えさせていただきたいと」

 

 

 

まだよく状況が飲み込めていないため、知るためにも俺は首を縦に傾げるしかなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

結城家のインターホンを鳴らすと友奈のお母さんが出てくれた。俺の後ろにいる大赦の人達を見ると一瞬顔が強張ったが、すぐにいつもの優しい雰囲気でこちらを見つめてきた。とりあえず自分が大赦の人達と話すから友奈と一緒に遊んでなさいと言われた。

 

 

自分も話に参加すると言ったのだが、「お願い」と優しくこちらを宥めるような声で言われてしまい、言葉は口から発することなく沈んでいき……渋々だがいうことを聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

友奈の部屋の前まで行き、二回軽くドアを叩く。

 

 

(……バレないようにしないとな。)

 

 

人の不安定な感情や空気に敏感な友奈のことだから気づかれたらなにかと必要以上に気を使ってくるだろう。

 

学校でも一見空気が読めていないような滑る発言をすることがあるが、それは必ず誰かが関わっている時だと俺は知っている。

 

 

カチャというドアが開いた音が廊下に響く。

 

「あれ、士朗君どうしたの?」

 

少し驚いたような表情を浮かべている。今日は特に遊ぶ約束も家に泊まる予定もなく突然訪問してきたからだろう。

 

 

……自分でも大赦の人達が何をしにきたのかは分かっていない。だけど、なんとなく朗報ではないということだけは自分の中で起きてる胸騒ぎが知らせてくれていた。こういうときの俺の予感はなんとなく当たるのだ。

だからこそ友奈には勘付かせてはいけないと思った。

 

 

「いや、その……なんか友奈に会いたくなっちゃったというか。……あ、あれ! この間作り途中だった押し花の続きやってもいいかな?」

 

 

いつもの自分らしく振る舞うようにする。自分でも大赦の人達が何をしに来たのかは分かっていない。だけど喜ぶようなことではないことだけは何となく雰囲気で察しがついた。

 

 

(もう自分のことで友奈に苦労をかけさせる訳にはいかないから……ごめん友奈)

 

 

騙すのは嫌いであり気が引けたが、言葉にはできないため心の中で目の前の優しい少女に謝る。

 

 

「……うん、ちょっと待っててね。確かこの辺に────」

 

 

前に途中で切り上げた押し花のセットを探し始めた友奈。上手く誤魔化せたかは心配だけど、多分気付かれていない……と思う。

 

 

そういえば友奈の部屋に来たのは久々……って程でもないか。特に目立った物は置いてないが、やはり男である自分の部屋とは違うように感じる。まあ、俺の部屋なんて机とか本棚とか適当に置いてあるだけだしな。

 

 

「あった!これこれ、じゃあ今日もいっぱい作ろう!」

 

「おー!」

 

 

友奈のお母さんに押し花の作り方を一緒に教えてもらったのだが、これが結構楽しい。作っている中で花言葉を覚えていくのも楽しいよと友奈は言っていた。四葉のクローバーとか向日葵くらいしかまだ知らないため作りながら覚えるようにしている。

 

前に友奈がとうもろこしの押し花を作った時は発想がすごいなと思った。それからも花以外のものも押し花にしてみようと色々試したのだが、自分達で作ったのにも関わらずこれが面白おかしくて二人で笑いあった。

 

「士朗君、見て見て!」

 

出来上がったらしい桜の栞を嬉しそうに見せてきた。

 

「おぉーすごいじゃん友奈! よっ、天才」

 

「えへへー。そんなことないよ〜」

 

 

言葉では否定するも頰も声も緩んでいた。

謙虚なのは美徳?って言うんだっけ。作っていく内にどんどん上手くなっているのが分かる。俺も頑張って上手く作ろうと自分の作っている押し花に向かい合い、気づけば時間を忘れるくらい夢中になっていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

結城家で食事をとった後、友奈を除き友奈のお母さんとお父さんの三人で重要な話があると言われ、俺の家のリビングに集まった。理由は勿論、今日訪問してきた大赦の人達についての話だった。

 

 

初めに、改めて大赦と神樹様について教えてもらった。

 

 

簡単にまとめると、自分達が生まれるよりもずっとずっと前にこの世界は未知のウィルスによって壊滅状態になってしまった。そんな絶望的な状況の中、土地神様達が力を合わせて世界を守る存在になったものが神樹様。

それ以来大赦は神樹様の偉大さをその身で感じ信仰を行ってきた組織である。とここまでは自分も知り得る情報で復習を兼ねて聞いていた。

だが、その先から話された話は全く予想だにつかないことの連続で思わず耳を疑いそうになりそうだった。

 

 

まず、俺が神樹様に選ばれた特別な存在だということ。

近い将来、神樹様を壊そうとする敵が現れるらしい。結界を貼り続けていることで今尚世界は神樹様によって守られている。

このままでは神樹様も世界もなくなってしまう危険性が出てくるらしい。だが、土地神様達の集合体である神樹様は植物であり自ら戦うことも、守る(すべ)も持ち合わせていない。

 

そこで神樹様は自らの力を特定の者達に分け、戦えない自分達の代わりに敵を追い払ってもらいたいと考えたらしい。

俺以外にも選ばれた子はいるらしく、自分と同じ小学生の子供らしい。

なんでも、御役目に選ばれる者達はいずれも純粋無垢な()()らしい。

 

ならば何故男である自分がこの御役目に選ばれたのか?

疑問に思い二人に聞いてみたものの、それは大赦にも分からないことらしい。歴代で唯一の男の勇者。それも神樹様から直々に出された神託という異例の事態らしい。

 

ここまでの話だけでも中々難しいものであり、俺は終始頭を抱えていた。しかし、最後に言われた言葉に今までの話が全部どこかへ吹っ飛ぶことになった。

 

 

──神樹様に選ばれた特別な御役目を背負う子供達を大赦は()()と呼んでいる。

 

 

勇者、一度は目や耳にしたことがある言葉だろう。

かく言う俺もアニメやゲームなどで見かけたことが何度かあった。

 

 

俺自身アニメやゲームなど楽しいことは好きだ。ヒーローや戦隊モノなど幼い子供が好むような作品を今でもテレビで見ているし、そんな風になりたいと憧れたことが一度も無いと言えば嘘になるだろう。小さい頃はヒーローの真似をして友奈と遊んだことだってある。

勇者という言葉を聞いた時、俺は御役目とかそういうことは関係なしにただ単純にカッコいいなと思ってしまった。

 

 

 

 

だけどそれと同時に、漠然としない思いが胸の中にできていた。何かが突っかかっているような変な感じ……今までにない違和感が俺の中で確かに存在していた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────夢を見た────

 

 

 

 

 

まず目にしたのは綺麗な星空だった。今まで数えきれないほどの星や空を見てきたがここまで目を奪われる夜空の光景を見たことはなかった。

 

 

起き上がろうと手を着くと柔らかい土の感触。少し歩いて周囲を見渡すとそこには沢山の花が咲き乱れており、月と星の光で照らされた花々はとても綺麗だった。

 

 

 

(すごい……友奈にも見せてあげたいなぁ……)

 

 

目の前に広がる光景に浸っていると、ふと後ろから足音が聞こえて来た。しかし振り返ってもそこには誰もいなかったため気のせいだろうか?

 

 

 

──こっちだよ──

 

 

 

今度こそ確かに聞こえたことに確信を持てた。

聞こえた方向は前の方からだったため、体を前にむき直そうとした瞬間強い風が吹き荒れ、思わず目を閉じてしまう。

風が止み再び目を開けると周りに咲いていた花は消え、代わりに一人の男がこちらに背を向け立っているのが見えた。ぼんやりとだが微かに確認できたその姿は小学生である士朗から見たら充分大きく見えるが、身長は大体中学生か高校生ほどなので、まだ少年という方が正しいかもしれない。

 

 

 

だけど、その少年には────

 

 

 

不思議な感覚を覚えていた。

 

 

そう思った直後、頭に強い痛みが襲ってきた。思わず膝をついて頭を抱えるが目線と意識だけは目の前の少年を捕らえ続けるようにする。

 

 

「ッ……!」

 

 

こちらに振り返った少年は笑っていた……いや。

 

 

笑いながら泣いていた────

 

 

『ごめんね』

 

 

その悲しい言葉だけが最後に周囲へと響いていた。

 

 




久しぶりに小説を見返してみたのですが付け加えたい部分や疑問に思った点がいくつもあったため、一度また書き直して再投稿しようということにしました。
前作から見てくれていて、尚且つまたこの作品を見に来てくれた人には感謝と申し訳ない気持ちでいっぱいです。

また小説投稿を頑張っていこうと思っているのでよろしくお願いします。

これから数話はもしかしたら前作と似たような展開や話になってしまうかもしれないですが、ご了承ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幼馴染みとの約束

昔の友奈と主人公のお話です。


「お前と結城さんって付き合ってるの?」

 

昼休みに一緒に遊んでいた男友達から急にそんな質問をされた。

 

「急にどうしたの?」

 

「しらばっくれるなよ、今日だって一緒に手をつなぎながら仲良く登校してきたじゃないか」

 

ニヤニヤしながら言ってくるのだが、仲の良い友達や幼馴染み同士なら一緒に登校することなんて普通だと思うのだが。

 

「やっぱり結城さんのこと好きなのか?」

 

「んーそりゃ幼馴染みだし好きだよ」

 

幼馴染みであり、俺と"初めて友達になってくれた子"だからな。そもそも、嫌いな人だったら一緒にいたいと思わないだろう。

 

「いや、俺が聞きたいのはそういう意味の好きじゃなくてだな……」

 

正直に答えたのだが、どうやら納得がいかないようだった。

 

「結城さんは男子からも人気があるから、好きなら早く伝えといた方がいいと思ったんだが……あくまで友達と言い張るんなら別に構わないんだけどさ。」

 

伝えるとは何のことだろうか? いつもありがとうという感謝の気持ちなら欠かさず伝えているつもりなのだが……ってか。

 

「友奈って男子からそんなに人気あったの?」

 

「ああ、多分同学年の女子の中で一番人気があるといっても過言ではない」

 

全然知らなかった……まあ、確かに保育園の時も沢山の子に囲まれていたりするところをよく目撃したことはあったし、友奈の人となりを考えてみれば当然のことかもしれない。

 

「女子といえば何かと男子に対して色々と集団で言ってきたりするうるさい奴ばっかりだけど、結城さんは俺たち男子相手にも優しく接してくれるし、笑いかけてくれた時なんて本当にやばい! マジで天使の生まれ変わりなのではないかと思う! とかね」

 

「お、おぉ……そりゃよかった、でいいのかな?」

 

何故か当人ではないというのにその人たちになりきるように熱弁して伝えてくる……俺はなんて答えたらいいのか分からず適当に返事をする。

 

でも、嫌な気分じゃない。昔から友奈が褒められてるのを聞くと自分のことみたいに嬉しくなるのだ。彼の友達の子が言う通り、確かに友奈は明るくて笑顔が似合うし誰か困っている人のために動ける優しい女の子だと思う。

 

 

それに────友奈と一緒にいると、"自然と元気が湧いてくる"ような気がするのだ。

 

 

暗い気持ちも吹っ飛ばすような明るい性格と笑顔には何度も助けられてきた。それは俺以外の他の人にも当てはまるしきっとそんなところにみんなは惹かれていくのだろう。

 

友奈は俺にも昔から親しく接してくれていたし、小さい頃から人と仲良くなるのが上手かった気がする。

 

 

「それにいつも先生の手伝いとか率先してやってるし偉いよな」

 

「そうだね……」

 

 

相槌を打つ。だけど俺はみんなが知らない友奈を知っているのだ。笑顔を向ける裏で友奈がどれだけ"相手に気を使って行動している"のか。

 

 

自分のことよりも誰かを助けることを第一に考えてしまう。別にそれが間違っているとは思わない。しかし友奈の場合はその思いが強すぎる、それは見ている方が心配になるほど。きっと友奈は友達や家族、大切な人のためなら『自分なんかどうなったっていい』と自分を切り捨てて考えてしまうことがこの先あるかもしれない。

 

 

それを知らない周りはそんな友奈を必要以上に求めてしまうし、友奈は人から頼られてしまったら絶対に断らない……例え自分が辛い思いをすることになったとしても。

 

 

 

────みんなで仲良く!────

 

 

 

笑いながら、友奈は昔からまるで自分に言い聞かせるように言っていた。

その姿は幼い頃の俺にはとても眩しく見えた。だけどそれと同時に、その姿にどこか危うさを感じていた。

 

 

友奈がしていることならきっと正しいのだろうと思いつつも心配になり、一度だけ友奈に聞いてみたことがあった。だけど友奈は大丈夫の一点張りだったため勢いに押されたこともあったが、それからは特に口を挟むことはなかった。

 

 

 

きっとこの先も変わらずそんな彼女の姿は輝いて見えるのだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

だけどあの日、"()()()()()()()()()()"を見つけた時、思ってしまった。

 

 

 

────彼女が悲しむ顔を見たくないと。

 

 

 

勝手なことかもしれない。余計なお世話だと思われるかもしれないけれど。だけど俺は思わずにはいられなかった。

 

 

──誰かのためを想って動いた人が、誰かを助けるために頑張った人が報われない、幸せになれないなんてそんなのはおかしいだろうと。

 

 

 

例え、友奈自身が傷つくことを受け入れたとしても俺は絶対にそんな結果を認めない。

 

 

 

だから、俺だけは──────

 

 

 

 

────キーンコーンカーンコーン。

 

 

 

時計を見ると、昼休みの終わりのチャイムが鳴る時刻になっていた。

 

「やっべ、休み時間終わっちまった!戻ろうぜ士朗!」

 

「……あ、うん。そうだね」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

先程の男友達は次の時間が体育の時間のため途中で別れた後、教室に向かっていると反対側から歩いている友奈の姿が見えた。友奈もこちらに気づいたらしく手を振りながら近づいてきた。

 

「おーい!士朗くーん!何してるの?」

 

「おお、天使様か」

 

「ふぇぇ!?」

 

「いや、女神様だったっけ?」

 

「──めッ!?」

 

思ってもみないような言葉をかけられたからか、顔を赤らめ変な声を出しながらあわあわする友奈の様子を見て、つい笑ってしまう。

 

 

(……やっぱり、友奈と一緒にいる時が一番楽しいな)

 

 

友奈と一緒にいると、例えどんなに辛い時でも頑張ろうという気持ちになれるのだ。

 

 

「…士朗君のバカ!」

 

「え、ひどくない?」

 

からかわれたことが分かると、頬を膨らませながら怒る友奈。

 

急に幼馴染みから悪口を言われ少し凹みそうになる。

正直馬鹿というのは結構人から言われるためそれ自体は気にしたりはしないのだが……その理由が毎回よく分からなかった。

 

俺が勉強苦手だからかな?

 

自分で考えても分からないため友奈に聞こうとしたのだが、プイッと無視をされてしまい結局分からずじまいだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

私は昔から空気を読むのが得意だった。

あの子が悲しんでる。喧嘩が起こりそうになってる。空気が重い。私自身そういう雰囲気が昔から苦手だったから、学校ではみんなの仲裁役のような役割を進んで行っていた。

 

 

 

それはきっと私が『誰かが傷つく事や辛い思いをする』ことが嫌だったからだろう。

 

 

暗い雰囲気よりも明るい雰囲気、涙よりも笑顔。

 

 

 

────その方が私は好きだったから。

 

 

 

そう考えるようになったのはいつからだったかは覚えていないけど……理由ははっきりと覚えていた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

ある日、お母さんとお父さんが喧嘩をしてしまった。

 

内容は分からなかった。二人の怒っている声が聞こえないように耳を塞いでいたのもあったけど、ただ単純に二人の怖い声を聞いていたくなかった。

 

最初はもちろん止めに入ろうと思った、けど二人の喧嘩はいつものような軽い口喧嘩のようなものではなく本気で怒っている様子だった。それでも勇気を出して二人に「やめて」と言うことができればきっと……そんな淡い期待を胸に二人がいるであろうリビングに向かった。

 

 

近づけばもちろん耳に入ってくる声は大きくなっていく。不安が増していくなかリビングに行くと目に入ったのはいつもの優しい二人の顔ではなく、怒りによりゆがんだ顔だった。

 

 

思わず泣きそうになってしまいそうだったけど、意を決して二人を止めようと口を開く。けれど、ここぞという時に声が出なかった、いや出すことが出来なかった。そのまま茫然と突っ立っていた私に気づいたお母さんは一旦お父さんとの話しを中断すると自分の部屋に戻ってなさいと言われ私は言う通りにゆっくり足を部屋へと進める。その途中で再び二人の喧嘩が始まってしまう。

 

 

互いに交差する言葉の数々が、自分に言われてもいないのにズキズキと心に突き刺さるような感じがした。

 

胸が痛い、辛い、苦しい。

 

そして何より……お母さん達を止められない自分が情けなかった。

 

 

 

(………────ッッ!!)

 

 

私の中で何かが爆発したような気がした。気づいたら私は玄関に向かい家を飛び出していた。 

 

 

多分二人の喧嘩だけが原因ではなかった。学校での色々な辛いことなどもが重なってしまった結果だろう。

 

 

 

 

 

 

暗い夜の中をとにかく走って、走って、走って────どこに向かうかも決めないでただただ前へと走っていた。

 

 

 

 

いつもなら家の中で過ごしている時間帯のため暗闇に包まれた外の世界はまるでいつも進み慣れた道とは違うように感じた。

 

 

現在は12月の中旬。

防寒着を何も着けていないため、手がかじかみ始める。走る際に頰に当たる風がぴりぴりと痛かった。だが、そんなことが気にならないくらい今は何よりも胸の奥がとても苦しかった。

 

 

雪が降っていなかったのが不幸中の幸いだったのだろう。でなければ冗談抜きで凍死してたかもしれない。

 

 

 

 

「はあ……はあ……ぁ……」

 

 

走り疲れて辺りを確認すると公園の中にある照明の光が目についた。その場所には見覚えがあった。小さい頃に士朗と探検しようと言いながら遠くの場所まで行こうとしてたどり着いたのがこの場所だった。

 

 

確か帰り方が分からなくて二人で泣きそうになっていたところ偶然通りかかった親切な人が助けてくれた。家までの帰り道を教えてもらうと……ほんとは大して遠い場所ではなかったというオチだった。

 

 

 

走り疲れてしまい、近くにあったブランコに座る。別に遊びたいとかそんな気分ではなく……ただ座るためだけに。

 

 

そして誰もいないということ理解すると────もう"()()"は目尻に溜まりあふれ出そうとしていた。

 

 

今まで我慢していた分も流れるくらい────

 

 

「ひう……ぐ……うえぇ……っ」

 

 

泣くことしかできない、そんな自分が情けなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

みんなを助けるのが自分の役目。いつからかそう考えるようになった。

みんなが笑顔になるのならそれが一番良いことだと思うから。

 

『ありがとう友奈ちゃん!』

 

『友奈のおかげで友達と仲直りできたよ』

 

友達のみんなは嬉しそうにそう言ってきた。

 

『偉いわ。結城さん』

 

先生も褒めてくれた。私でも誰かの役に立てているということが嬉しかった。

 

()()、お願いね』

 

また、か……うん、でも、それでみんなが笑顔でいられるのなら私はそれで良かった。

 

 

 

───本当にそれで良いの? 後悔しない?───

 

 

 

……しないよ。だって、それで"()()()()()()()()()"のなら。

 

 

 

「うん。任せて!」

 

 

 

私が頑張る、私がなんとかするんだ。

 

 

 

『友奈は本当に友達思いね』

 

 

 

お母さんもお父さんもそんな自分を褒めてくれる。ほら、私は間違ってなんかいないんだ。

 

 

 

だけど────

 

 

 

 

『友奈……なんか無理してない?』

 

 

一人だけ、みんなと違う子がいた。心配そうな顔を浮かべて私を心配するように聞いてきた。

 

 

今思えば、既にその時から士朗君は私の変化に気づいていたのかもしれない。

 

 

だけど────私は誤魔化してしまった。心配されるのは私がしっかりしてないからだと。今よりも頑張って頼りになるところを見せれば、彼が心配することもなくなるだろうと思った。

 

 

 

 

私が()()()()()()にいてはいけない。いつしかそんなことを考えるようになっていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

友奈が手伝えば手伝うほどみんな彼女を頼るようになっていってしまい、ひどい時は最初から丸投げされることもあった。しかし、頼まれてしまっては断れないという彼女の親切は仇となってしまい、それは段々とエスカレートしていってしまう。

 

原因は相手が小学生同士だったということもあったのだろう。やりたくないことは嫌だとはっきり言える年頃であり、まだ我慢するということが自分からなかなかすることができない。そこにお願いすれば引き受けてくれる存在が現れればどうなるだろう。

 

 

 

 

答えは……聞かずともわかることだった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

『友奈ちゃんなら助けてくれるよ』

 

「オッケー! 任せて!」

 

『結城、頼むよ!』

 

「うん! 分かったよ!」

 

『結城さんに任せておけば大丈夫だね』

 

「う、うん。私に任せて! 」

 

(ああ、そっか)

 

 

 

────あぁ、そっかみんなが求めているのは自分達にとって()()()()()()()()()()()であって───

 

 

 

『あ、今日も頼んでいいかな?』

 

 

『ごめんね〜、ありがと!』

 

 

『じゃ、後は頼むわ』

 

 

"結城友奈(わたし)"じゃないんだ……

 

 

 

その事実に気づいた時、とても辛かったし自分の胸を深く抉られるような痛みを感じた気がした。

 

 

 

誰も本当の私を見てくれないのは寂しいなと感じてしまう……

 

 

 

でも、それでもきっと構わない。

 

 

 

だって、私が助けた人達は()()()()()()()()()()()()

 

 

 

みんな幸せなら、それが一番良いこと……だよね?

 

 

 

 

だけど、この時思ってしまった。

 

 

 

 

 

私は何を……"誰を助けたい"のだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

誰を助けたいか……そんなの決まってる。

 

 

……"みんな"だよ。

 

 

誰かが嫌な思いをするくらいなら私が代わりにそれを受け止める。

 

 

だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

だけど────

 

 

今になって浮かんできた言葉があった。たった四文字の言葉。それを口に出すことが今までできなかった。

 

 

 

「誰か……ひぐっ……()()()()…」

 

 

 

ひとりぼっちは嫌だ……誰でもいいから本当のわたしに気づいて欲しい。

 

 

呟くような小さい声で涙と共にやっと出た本音。だけどその言葉は誰にも聞かれることはないと諦める。

 

 

 

……いや、

 

諦める、筈だった。

 

 

 

 

「探したよ、友奈」

 

 

「──え……?」

 

 

聞き覚えのある声が聞こえた。俯いていた顔をゆっくり上げる。

それはいつも一緒にいる男の子の声だった。

 

「し、ろうくん?」

 

「うん。俺だよ」

 

 

彼の様子を見るに、きっとずっと走りながら探してくれていたのだろう。

息を切らしているためか呼吸が少し荒かった。

 

 

この時助けに来てくれた彼の顔を今でも覚えてる。見つけられて良かったと安心して笑い、心の底から喜んでいる彼の姿があった。

 

 

「無事でよかった。全く……心配したんだぞ、急に家を飛び───」

 

 

友奈は最後まで士朗の言葉を聞かずに、士朗の身体に抱きつき顔をそのまま胸にうずめる。

 

 

嬉しかった。探しにきてくれたことが、見つけてくれたことが、何より助けにきてくれたことが。

 

それが今、何よりも求めていたものだったから。

 

 

「ありがとう……ありがと……」

 

 

急に抱きついてしまわれたため最初こそ驚いて戸惑っていたものの友奈の気持ちを察したのか、左手で優しく頭を撫でて、割れ物を扱うようにそっと抱きしめる。

 

 

「本当に友奈はすごいね……」

 

 

───でも今は俺しかいないから、無理して頑張らなくてもいいんだよ。

 

 

そう言ってくれた彼の声はとても穏やかで優しくて、私はその後もしばらく彼の言葉に甘え、胸を借りて泣いてしまった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

ひとしきり泣いて落ち着くことができたのだが、改めて先程までしてしまったことを少し気まずさを感じてしまっていた。

士朗君の方を見てみると、自分の上着やマフラーを外し始めた。

 

「ごめん、急いでたから友奈の防寒着とか持ってくるの忘れてた」

 

だから俺ので我慢してと士朗君がしていた防寒着を渡される。

 

「だめだよ! それじゃ士朗君が風邪引いちゃ──」

 

最後まで言う前におでこにデコピンをされた。

痛いよぉ……

 

「俺は走ってきたから寒くないの、むしろめっちゃ暑い! てか、風邪引きそうなのは絶対友奈の方でしょ!」

 

ビシッと人差し指を勢いよく指され友奈が押し黙っていた隙に手早く士朗君はマフラーを巻いて上着を渡す。受け取らないとまたデコピンをくらわされそうなため渋々着ることにする。

 

上着にはまだ彼の温もりが残っており温かい。

 

 

「よし、オッケー! じゃあ後は手袋」

 

 

手袋を取って差し出されるも、流石にこれ以上は自分にも意地があるため、受け取らないようにする。このままでは逆に士朗君が風邪をひいてしまいそうである。むむむぅ……と言って不満そうだが、もう十分暖かくなったことを伝える。不満そうにしているが友奈の意地っ張りに妥協する士朗。

 

士朗君の着ている服の裾を掴み、後ろについていく。こうしてれば見失うことはないし……どこか、安心できるような気持ちになれた。

 

「あ!」

 

急に声を上げて士朗君が立ち止まった。やはり寒くなってきてしまったのだろうか?

 

「どう、したの?」

 

「いいこと思いついた!」

 

急にそんなことを言い出すと、左手の手袋を外して私に渡してくる。

私は頭を横に振り否定したのだが、いいからいいからと言うようにグイグイと渡してくる。

 

「大丈夫、二人ともあったかくなれる方法だから」

 

いつも士朗君が何かを思いついた時にする表情をしていたため、彼の言葉を信じて、右手に手袋をつける。

 

「オッケー! で、こうすれば────」

 

私の手袋をしていない方の右手を士朗君は手袋を外した左手でつないで自分の服のポケットに入れる。

 

「ほら、どっちもあったかいでしょ?」

 

俺って頭いいでしょ〜と自慢気に笑うとそのまま私の手をつないだまま横に並んで歩き出す。

 

 

 

その後も士朗は友奈が暗い夜道の中不安にならないようにずっと話しかけて話題が尽きぬようにしていたのだが、友奈は上手く話を繋げることができず曖昧な返事を返してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

家に帰った後お父さんとお母さんにはこっぴどく怒られてしまった。だけどその後すぐにお母さんは泣きながら私を抱きしめ、ごめんなさい、すまなかったと二人から謝られた。

 

 

いつもの優しい二人が帰ってきたと感じて嬉しくなり、私も泣きながらお母さんを抱きしめ返していた。

 

 

その日の夜は四人で遅くまで起きて沢山お話しをした。特に大きな面白い話はなかったけどみんなで過ごす時間はとても楽しくて、暖かくて……こういう時間をきっと幸福というのだろう。この時間がずっと続いて欲しい、これからもこんな日々であって欲しいと思った。

 

 

 

後で聞いた話だけど、お父さんとお母さんを仲直りさせるきっかけをくれたのはやはり士朗君だった。

 

 

私がいなくなった後、お母さんは初めて士朗君に怒られたと苦笑気味にその時のことを話してくれた。

 

 

『二人の喧嘩の原因は俺には分からない。きっと大人だから悩みとか、自分の中の吐き出したい気持ちとかもあるのかもしれない。子供の自分達よりも大変な事だって沢山あると思う。けどさ……親だったら自分の子供に、友奈に心配かけさせるなよ!!』

 

 

強く言い残して家を飛び出したらしい。

 

喧嘩の原因を聞いてみたけど、お母さんにノーコメントと言われはぐらかされた。

 

むぅ、気になるなぁ。明日士朗君に聞いてみようかな?

 

そう考えながら彼を思い浮かべる。そういえば、士朗君とは軽い口喧嘩などはしたことがあったが、本気で怒ったところを私は一度も見たことがなかった。学校なんかでも一度たりともだ。

 

 

だから士朗君が怒ったと言われても「友奈、そんなことしちゃだめでしょ?」とむすっとしているようなイメージしかわかなかった。そんな姿を想像してしまいすこし頰が緩んでしまう。

 

 

そんな士朗君が本気で怒ってくれたということは、私達のことを大切に思ってくれているってことなのかな?そうであってくれたなら嬉しいのだが、少し寂しい気持ちになる。

 

 

 

……士朗君のことは幼馴染みである私が()()()()()()()()()()と思っていた。だけど、いつの間にか……こんなに強くなったんだね。いつも士朗の手を握って前に引っ張っていたのは友奈だった。

 

 

だけど昨日の出来事を思い出す。手を彼の方から握ってもらった時、いつもは当たり前のことで気づかなかったのだが以外に大きいんだなと感じた。

 

 

そして抱きついた時の士朗君の身体は温かくて、その背中はとても安心できて……

 

 

──ドクンと心臓が大きく鼓動する。

 

 

(あれ、なんだろう? なんか変な感じだな……)

 

 

 

ドクンドクンと強く鳴ってるのが、手を近づけなくても分かった。顔や体が段々熱くなっていく。どうしちゃったんだろ私……やっぱり風邪でも引いちゃったのかな?

 

 

 

今まで起きたことのなかった感覚に戸惑いを隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「おはよう友奈」

 

「おはよう士朗君!」

 

士朗が家から出てきたのを確認するといつものように挨拶を交わす。

 

「士朗君、この前はありがとう」

 

「どういたしまして。でももう家出するのはやめてくれよ? 本当に心配したんだからな」

 

「…うん、ごめんなさいもうあんな事しないって約束する」

 

沢山迷惑をかけてしまったんだから、反省しなくちゃいけないと私自身強くそう思っていた。

 

しかし、士朗君の顔はまだ何かを言いたげだった。

 

「そうだね……それもあるけど。俺にはもう一つ約束してほしいことがある」

 

「え?」

 

他に何か心配にさせるようなことがあっただろうか?

 

その場ではすぐに思い付けず、答えを聞こうと士朗の顔を見る。

 

 

「もう、一人で抱え込んで無理をするのは今日でおしまいにしよう」

 

「ッ!? む、無理なんかして……ないよ」

 

 

強く否定したかったが、士朗君の言っていることは全て合っていたためできなかった。言葉が口ごもり上手く出て来てくれない。

 

 

「人のために動くことが悪いことだとは思わないし、誰かを助けたいと思う気持ちは俺にも分かる。けどさ……それで友奈が悲しい思いをすることになっちゃうのなら……俺は嫌だな……」

 

 

士朗君はとても心配そうな顔を浮かべていた。

 

 

 

『誰かが辛い思いをするのが嫌なんだ』

 

 

 

……そっか、彼の場合はその誰かに私も入ってるんだね。

だけど、やっぱり私はこの考えを変えることが出来ない……

 

 

「でもきっと友奈はやめないよね?」

 

 

……うん、多分きっとこれから先もそうだと思う。

 

 

(ごめんね士朗君、これだけは譲れないんだ。)

 

 

 

それを否定したら私はきっと、私じゃなくなっちゃうから。苦しい思いをするのは苦手だ。けどそれ以上に、私の目の前で誰かが辛い思いをするのが私はきっと嫌なんだ!

 

 

困っている人が、苦しんでいる人がいるのなら手を差し伸べて力になってあげたい。

 

 

「うん。やめない!」

 

 

"みんなが仲良く笑顔で幸せになってほしい"。

そう思うことはきっと間違いじゃないと思うから。

 

 

「そっかぁ……うん、じゃあ俺も決めた!」

 

 

そう言った士朗の顔は先程と違い、何かを決意したような顔付きになる。

 

 

 

「何を?」

 

 

つい聞き返してしまった。

 

 

「俺が"友奈の()()"でいるよ。俺が一緒にいる! もう一人で無茶なんて絶対にさせないし、そんな時は俺が絶対に助ける!だって俺、友奈が泣いている顔よりも、笑っている顔の方が好きだからさ」

 

 

───本当に辛い時は一人で頑張らなくていいのだから。

 

 

そして、この後に言ってくれた士朗君の言葉を今でも鮮明に覚えている。

 

 

「友奈がみんなのことをずっと助けて笑顔にするなら、俺は"()()()()()()()()()()()()"その手伝いをするよ!」

 

いつかと同じように手を差し伸べられる。

 

「だから俺のことも頼ってよ。幼馴染み、でしょ?」

 

士朗君の話を聞いた後、私は自分でも訳がわからないまま涙を流していた。

 

 

……おかしいなぁ。どうしてだろう。

 

 

どうして────

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

どの友達といる時とも違っていた。

何なんだろ、これ……

 

 

「あれ? 何でまた泣いてるの!? 俺何か変なこと言った!?」

 

あたふたして動揺する彼の姿を見て、つい口元が緩んでしまう。

ドクンドクンと心臓の音がまた強く聞こえる。また体も少し暑くなったように感じる。

 

 

これがなんなのか、何を意味しているのかは今の私にはよくわからないが少なくとも嫌な感じはしなかった。

 

 

 

「ありがとう、士朗君!」

 

 

 

──君が幼馴染みでいてくれて、側にいてくれて良かった。この時心の底からそう思った。

 

──君が一緒にいてくれるのならきっと私はどんなことだって乗り越えられる、そんな気がしたんだ。

 

 

「うん……やっぱり友奈は笑顔が一番似合ってるね」

 

そう言って微笑む士朗君。釣られて私も笑顔になる。

 

 

冬が終われば春が来る。

彼女はまだ、その思いを理解していない。

だが、その思いの蕾はいつか──

 

 

「ほら、士朗君早く学校に行くよ!!」

 

「わかったから、そんなに強く引っ張らないでくれぇ!」

 

 

そう遠くない未来に()()に咲くだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

二人は顔を合わせいつものように笑い合う。その笑顔をこれからもずっと見ていたいなと思った。

 

 

  

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

いつだって俺は友奈に助けられていた。

 

 

 

──友奈の声を聞いていると元気が湧いた。

──友奈が側にいると、心がポカポカと暖かくなる感じがした。

──友奈と一緒なら、前に進むことができる気がした。

 

 

 

俺が苦しい時や辛い時、いつも側にいて助けてくれた。

 

俺はいつだって救われていたんだ、友奈が浮かべるあの笑顔に。

 

だから今度は俺が友奈を助ける番だって思ったんだ。

 

何でそうしようと思ったのかなんて、考えるまでもない。

 

──だって俺にとって友奈は、かけがえのない大切な幼馴染みだから。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




友奈は誰かを助けようと動く優しい女の子。
だけどそれが裏目に出てしまいみんなから頼られすぎてしまい、小さい頃の友奈が否定することができなかったら?という完全に作者の思いつきで書いてしまった話でした。

別に主人公は特別頭が良いとかそういう設定はありません。小さい頃から一緒にいたため、友奈が隠している心情に気づくことができました。
作中でもあるようにむしろ普段、学校や友達といる時は思ったことを感じたまま表に出したり馬鹿やってたりします。

友奈や家族などの前では無意識に気を使って頼りになるところを見せようとしたり、大人の対応をしようと頑張っていたりします。
子供が親の前ではかっこよくみせたいというあれです。
そういったところは後々の話で明かしていきたいと思います。

最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たな約束と始まり

今年最後の投稿になります。


──夢を見ていた気がする。

 

 

たくさんの花と星、それを照らす月の光が差す場所に()()()()()

 

 

上手く思い出せないけれど……

 

 

ただ、その場所で────

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

次の日の夕暮れ、俺は友奈のお母さんと真剣な表情で向かいあっている。結城家では友奈に聞かれてしまう可能性があるので、俺の家で話すことに。内密な話をするには丁度良い場所だろう。

 

 

期限は1週間あると言われていたけど自分の答えが鈍る前に伝えた方が良い気がした。

 

 

「ん……」

 

 

緊張しているため言葉が口ごもる。軽く深呼吸をする。吸って吐いてを2・3回繰り返し気を沈める。

 

 

「俺の話、聞いてくれる?」

 

もう答えは決まったの?という問いかけに首を縦に振る。

思えば簡単な話だった。

 

 

「俺、勇者になるよ。 勇者になって友奈やみんなを守る!!」

 

 

そう強く宣言する。こんな自分でも誰かの、世界の役に立てる。そんな誇らしいことはきっと他にないしこれほど名誉なことはない。きっとお父さんも喜んでくれてる筈だ。

 

 

 

──だから、何でそんな()()()()()()()()を浮かべているのか俺には分からなかった。

 

 

「大丈夫だよ。勇者として沢山頑張らないといけない事もあるかもしれないけどさ……」

 

 

安心させるための具体的な理由や理屈も、ただの小学生であり頭の悪い自分には思いつかない。だから正直に今思っていることを伝えようと思う。

 

 

「沢山努力もするし最後まで諦めずに頑張るから……大丈夫だよ、俺やる時はやる男だから……知ってるでしょ?」

 

 

新しい家族に新しい環境、そして勇者としての御役目。不安が全くないといったら嘘になるだろう。どんなことがこの先待っているのかわからない。

……その分だけ今のこの暮らしがとても幸せで大切だと感じてしまう。

 

 

(……あの日決めただろ?)

 

 

"一度自分で決めたことは最後まで諦めない"って。

 

 

途中で弱音なんか吐いたらきっとお父さんに怒られてしまうだろう。

 

 

「だから安心して友奈と一緒に待っててよ。必ず帰ってくるから」

 

 

士朗はそう言いながら笑顔を向けていた。

 

 

「…ッ……!」

 

 

今まで我慢していた涙が彼女の双眸から溢れ出す。「…ごめんね」と何度も謝りながら士朗を力一杯抱きしめる。

 

 

「…大丈夫大丈夫、しっかり御役目を果たして……笑顔でみんなのところに帰ってくるから」

 

 

最初は上手くいかないかもしれないけど、新しい家族とも自分なりにしっかり向き合う。みんなに助けられなくても……俺はもう()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

だから、泣かないで欲しい。

 

 

「……ありがとう」

 

 

気にかけてくれたこと、見守ってくれたこと、そばにいてくれたこと。今まで恥ずかしくて口に出したことはなかったけれど、心の中ではいつも感謝していた。

 

 

血は繋がってないし、二人の本当の子供じゃないけど。今感じているこの温もりはきっと、偽物ではないのだから。

 

 

「俺の"()()()()()()()()()"本当にありがとう」

 

 

今まで恥ずかしくて言えなかった心からの感謝の気持ち。

 

お父さんが"()()()()()()()()()()"あの日から、おじさんとおばさんは俺にとっての親代わりだった。いつも心身共に気遣ってくれた、支えてくれた、応援してくれた。

 

 

優しくてあたたかい…ずっと一緒にいたい大切な人達に、大事な居場所。

 

 

……それが無くなるなんて嫌だから。

 

 

 

だから────今度は俺が頑張る番、だよね。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

その後、友奈と帰ってきたおじさんにも一通りの説明をした。勿論御役目に関する内容は禁止事項であり話すことができないため、神樹様から御役目に選ばれたこととそのために少し遠い場所に引っ越すことになりしばらく会うことはできないだろうという最小限の情報だけを伝えた。

 

 

 

話を聞き終わると友奈は自分の部屋に走っていってしまった。すれ違った際に一瞬だけ見えたその瞳には涙が溜まっていたように見えた。

 

 

 

友奈のお父さんとお母さんには俺が行くからと伝え、すぐさま友奈の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 

「友奈、入っていい?」

 

「……ゃ」

 

部屋の中からは友奈が啜り泣いている音だけがわずかに聞こえてきた。

 

 

「お願い、まだ伝えてないこともあるんだ」

 

 

「嫌っ!!」

 

 

帰ってきたのは怒鳴るように繰り出された否定の言葉だった。

 

 

 

「……一人にしないって言ったのに……ずっと一緒にいるって約束してくれたのに!」

 

 

……そうだね無理させないって、自分が友奈を助けるんだって、あの日友奈と自分に誓った。

 

 

(ごめん友奈……)

 

 

友奈の部屋の扉をゆっくりと開ける。このままじゃきっと上手く伝わらないだろうと思った。気軽に開け閉めを繰り返してきた扉の筈なのに、今だけはすごく重たく感じる。

 

 

「……うん、友奈と約束したよね」

 

「……だったら、行かないでよ、ずっと私の側にいてよぉ……一緒じゃないと私、寂しいよ……」

 

 

小さい頃からずっと一緒だったもんね。遊ぶ時や学校に行く時、帰る時も一緒に手を繋いで帰るくらい仲良しだった。

毎日、いつも一緒で……

 

 

 

「俺も友奈と離れたくないし、友奈に会えなくなるのはとっても寂しい……」

 

 

……友奈と会えなくなることが辛くないわけがない。

友奈は俺にとって、特別で大切な存在だから。

 

 

「……でもさ、これでもう一生会えなくなるわけじゃないだろ?」

 

ベッドに寄りかかって体育座りをしている友奈に近づき、正面に立つと両足を曲げ、友奈と同じ目線になる。

 

「約束を破ることになっちゃって、一緒にいるって言ったのに、助けるって言ったのに…本当にごめん……」  

 

 

男が約束を破るのは駄目だってお父さんも言っていた。御役目のため仕方ない、というのはきっとただの言い訳なのだろう。

 

 

「…友奈がもしこんな身勝手で最低な俺のことを許してくれるなら、もう一度、約束をさせてくれないか? 」

 

「…何を……?」

 

 

友奈は少し顔を上げながら聞いてきた。

きっと勝手な話だと思う。一度した約束を守れず、それを償いの形で新たな約束をしようなど最低だと自分でも思う。けど、今の俺にはこれしか思いつけなかった。

 

 

「御役目が終わったら、必ず一番最初に友奈に会いにくる。そして今度こそ友奈との約束を必ず果たすよ」

 

 

こんな方法しか取れない自分が情けなかった。一度ぶん殴られても文句は言えないだろう。それも承知の上で、覚悟しつつ友奈から目を離さずに向き合う。

 

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

「ほんとのほんとに?」

 

「ほんとのほんとに」

 

「ほんとのほんとのほんとに?」

 

「ほんとのほんとのほんとに!」

 

「ほんとほんとの──「長いよ!?」」

 

 

あまりの繰り返しに思わずツッコんでしまう。

 

 

 

────しかしその直後───

 

 

 

「「……ぷっ…」」

 

 

 

二人同時に吹き出す。おかしいなぁと思いつつ、二人で笑い合う。

 

「……今度破ったら許さないからね?」

 

「大丈夫、もう絶対友奈との約束を破ったりしない」

 

もう一度自分にも誓う。友奈を悲しませることは絶対にしないと。

 

俺と友奈は小指同士を握り、おまじないの言葉を一緒に口にする。

 

 

「「指切り拳万、嘘ついたら、針千本飲ーます、指切った!」」

 

 

 

「約束だからね?」

 

 

「うん、約束だ」

 

 

 

 

あの日と同じようにどちらからともなく、俺たちは笑顔を浮かべていた。 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

一週間後ーーー

 

 

大赦の人が迎えに来るまで後1時間ちょっとくらいある。

俺はこの日のために用意していたあるものを友奈に渡す。

 

「友奈!」

 

「どうしたの士朗君?」

 

俺は右手に持っているものを友奈に見せた。

 

「本当はもっと早くに渡せればよかったんだけど……ギリギリまで決まらなくてさ」

 

「これって……桜の花びらの髪飾り?」

 

「正解! 見た時ピーンと来てさ」

 

見つけた時、ついこれだ!って感じたんだよね。あれが直感ってやつかな?

 

「………」

 

友奈は髪飾りをずっと見つめていた。

 

「友奈?」

 

……もしかして、気に入らなかったのだろうか?

そう思ったが、次の瞬間友奈は「ふふ」っと笑顔を作っていた。

 

「……一緒だなって思って、私からも渡しとくね」

 

「え、これって……」

 

こんなことってあるんだなとつい驚く。友奈から渡されたものは()()()だった。形や物は違えど、元は同じ桜を題材にしたもの。

つい友奈と栞を交互に見返す俺を見て、友奈は微笑ましそうに笑う。

 

 

「素敵な偶然だね」

 

「そう、だな…」

 

 

面白い偶然もあるんだなと思うのと同時に少し安心した気持ちになっていた。

 

 

「ねえ、士朗君……」

 

「ん?」

 

 

少しそわそわしだし、目線を合わせたり外したりする友奈。

落ちつかないのかな……それとも何か俺に遠慮していることがあるとか?

 

「どうした、なんかあるのか?」

 

しばらく会えないし、聞けるお願いなら叶えるつもりだけど。

 

「じゃあさ、この髪飾りを────────なぁ…………」

 

後半、声が小さくて聞き取れなかったんだが……髪飾りを?

 

「ごめん、もう一回お願い」

 

次は聞き逃さないようにと集中する。

 

「この……髪飾り、つけて欲しいかなぁ……なんて」

 

友奈は照れ隠しのためか誤魔化すように「あはは」と笑う。

しかし今度は聞き逃さないように、きちんと友奈の声に耳を傾けていたのでそのお願いに応える。

 

「なんだ、そんなことか」

 

ほら、と右手を前に出す。

 

「へ?」

 

いや、何で自分から言ったのに驚いてるんだよ…これってあれか、天然ってやつ?

 

 

「髪飾り、貸してみて」

 

「う、うん」

 

 

髪飾りを友奈から受け取る。しかし頭のどこにつければ良いかと思い、近づき顔を見る。やっぱり前髪か横髪だよな? 髪飾りを付けようと思ったのだが、ふと一瞬見た時の友奈の表情が気になった。

 

…あの友奈さん? そんな目瞑って顔赤くしなくても大丈夫だよ? 別に痛くしたりとかしないからそんな痛みを我慢するために力入れなくても平気なんだが。

 

 

「よし。付けれたよ」

 

ゆっくりと目を開けた友奈は右側に付けてあげた髪飾りにそっと触れる。

 

 

「……どう、かな?」

 

 

少し照れ臭そうに感想を聞いてくる友奈。

 

 

「────うん。やっぱり友奈に似合ってた」

 

 

その言葉を聞いた友奈は嬉しそうに「ありがとう」と言葉を返した。

 

 

「私、絶対大切にするから…」

 

「そっか…そう思ってくれたのなら嬉しいな」

 

 

選んだ甲斐があったというものだ。そう言った友奈の顔は笑顔だったのだが、両目からは涙が溢れてしまっていた。それは髪飾りをくれた嬉しさから来るものか、それとも別れを惜しむ涙か……そのくらいの区別は俺にも分かる。

 

 

 

止まらなく溢れて来る友奈の涙を優しく拭い、小さい子をあやすようにしばらく友奈の頭を優しく撫で続けた。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

「…うっ……う……」

 

 

「……あっちでもしっかり元気でな……」

 

 

「うん、ありがとう。行ってきます!」

 

 

泣いている友奈のお母さんを後ろから右手で支えながら友奈のお父さんは励ましの言葉をかけてくれた。二人に感謝を伝え元気に旅立ちの挨拶をする。

 

 

そして最後に友奈の名前を呼ぶ。「うん!」と元気に返事をするいつもの彼女の姿を確認すると────

 

 

 

「「()()()!」」

 

 

 

同時にその言葉を言い合う。きっとまた会えるのだから。最後に笑顔で笑い合い大赦が迎えに来てくれた車に乗る。

 

 

車が走り出し、ふと後ろを振り返ると友奈が大きく手を振っていたので俺も友奈の姿が見えなくなるまで振り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今日からは一緒じゃないけど、その栞がきっと士朗君のことを守ってくれると思う。だから、忘れないでね……私のこと』

 

 

友奈が栞を渡してくれた後に言っていた言葉を思い出していた。

 

 

(あれ……?)

 

 

ぽたぽたと水滴が自分のズボンに落ち始める。

 

何故だろう、今になって涙が流れてくる。何度拭ってもそれは止まらず、思い出されるのは今までの様々な楽しい記憶ばかり。

それらが自分の心に突き刺さっていくような感じがした。

 

勇者になる男がこんな泣き虫じゃ駄目だろう。

 

 

……だから────

 

 

 

(……神樹様、これで泣くのは最後にします。どんなに辛いことがあっても、決してもう泣きませんから……)

 

 

 

 

だから、今だけは泣いてしまう弱虫な自分を許してください。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

車の運転手さんにお礼を伝え、降りてみるとそこにはとても大きな家が建っていた。

 

俺の家何個分のでかさだろうか?

興味津々に高嶋家を見ていると一人の男性が玄関と思われる場所で待ってくれていた。前に来ていた使者の人とは違い仮面は付けておらず、服装も装束?のようなものではなかった。

 

正直それはすごい良かった。……こう言っちゃ失礼だと思うけど、仮面越しって不気味に感じてしまう。

 

「はじめまして。結縁士朗君、だね?」

 

「は、はいこちらこそ、は、はじめまして」

 

「そんなに緊張しないでいいよ。これから()()になるんだから」

 

 

最初、彼に抱いたイメージは優しそうな雰囲気のお兄さんだった。

 

「僕の名前は高嶋千紘(たかしまちひろ)、君の兄に当たる人物だ」

 

よろしく、と簡単に自己紹介をしてくれた。

 

兄、か……俺には兄弟がいなかったから、なんか不思議な感じがする。

 

「君は今日から高嶋家の養子となります。名前は高嶋(たかしま) 優士(ゆうじ)とこれから名乗ること」

 

俺の新しい名前……そっか、しばらくは結縁士朗って名乗れないのか。

そのことに少し寂しくなった。しかしいつまでもうじうじしている訳にもいかないことは分かっている。

 

「たかしま、ゆうじ……」

 

……よし!

 

気持ちの切り替えも兼ねて一度両手で顔を叩いた。急な俺の行動に一瞬だったが千紘さんは驚いていた。

 

 

「高嶋、優士です。これからよろしくお願いします!」

 

 

顔に笑顔を浮かべ、"自分の新たな名"を堂々と名乗る。

 

 

この日から高嶋優士としての新しい生活が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




それでは皆様良いお年を。
来年も小説投稿を続けて頑張りたいと思っているのでよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初めての友達

今年初めての投稿になります。
今年も頑張って小説を投稿していきたいと思っていますのでよろしくお願いします。


新しい小学校、神樹館。

最初は新しい場所ということで、緊張もあったがクラスの人達が良くしてくれたこともあり馴染むことができていた。

神樹館に通っている子供は家族が何かしら大赦に関係しているらしい……って今は俺もその1人か。

 

 

神樹館では指定された制服があり前の学校みたいに私服で行くことができないのだ。最初は着替えるのにすごい時間がかかった。

そもそもネクタイの結びかたが分からなかったので、千紘さんに教えてもらった。でも、制服ってなんか新鮮?な感じがしてワクワクした。

 

 

 

義兄(千紘)さんとは訓練の時などで一緒にいる機会が多いので結構話せるのだが、養父さんと養母さんとはまだ遠慮がちになってしまうのだ。

新しい家族ですと言われてもすぐに分かりましたとはできないものである。

 

 

 

訓練でもまだ難ありといったところだ。

とりあえずは基礎をしっかり身につけることから始めるとのことで、体力づくりを中心に行なっている。腕立てやランニングなどのトレーニングに加え、高嶋家にある空きスペースや大赦が用意してくれている場所などを使って訓練をしている。今までスポーツや習い事など、何もかじってこなかった俺にとっては難しく感じたりもする。

 

唯一思い浮かぶといえば、友奈がおじさんから武術を教えてもらっているところを見たことがあるくらいだ。護身術の一つでも教わっておけばよかったかな。

 

 

 

「ん〜……」

 

自分の席に座り、頭を数回掻く。こういうのを前途多難って言うんだっけ?

 

一人で考え込んでいると突然背中を誰かに叩かれた。

 

「よっす!優士」

 

「おぉわぁ⁉︎」

 

急に背中を叩かれた事に驚いてしまい、ついおかしな声を出してしまった。

 

「あはは!なんだよ変な声出してさ」

 

どうやら面白かったらしいのだが、俺は普通にびっくりした……

 

「…おはよう。銀」

 

少しむすっとしながら挨拶を返す。

 

「あー、悪い悪い。面白かったぞー」

 

「お気に召したようで優士さんは嬉しいよ……」

 

「悪かったって、今度アタシが誇るとっておきの場所に案内してやるから許してくださいな」

 

手を合わせるとごめんごめんと謝ってきた。

 

彼女の名前は三ノ輪銀。俺が転校してきた日に初めて話したクラスメートだ。右も左もわからない自分のために学校を案内してくれた。ちなみに隣の席でもあり、転校してきた当初は授業の範囲やペースに追いつけない俺を毎回ずっと助けてくれた。

 

お礼を言った時も「困った時はお互い様だろ」と、ニッと笑いながら言ってくれた。女の子なのにイケメン過ぎる言動に思わず(あね)さんと呼んだら頭を殴られた。

 

「なんか暗い感じだったからな、何か困りごとがあるならこの銀さんが相談にのるぞ」

 

そんなに顔に出ていただろうか……だとしたらダメだなまったく。

情けない、そう思った。勇者として頑張ると自分の意志で頑張ると決めたはずなのに。この程度で弱音を吐いてたら何も守れないよな……ましてや、友達に心配をかけるようでは……

ふと、ズボンのポケットに入っている栞に触れる。

あの日友奈からもらった栞を士朗(優士)は約束通りいつも持ち歩いている。

幼馴染の彼女の言葉が、思いが伝わってくる気がするから。

 

"士朗君ならきっと大丈夫!!"

 

友奈ならきっと笑顔でそう言ってくれるだろう。

それは気休めかもしれないが、俺にとってはそれで充分だ。

 

「大丈夫大丈夫!ちょーっと考えごとしてただけだから」

 

銀に何でもないというように返事を返した。

悩んだって仕方がないもんな。一歩一歩、自分にできることから頑張っていくしかないんだから。

 

「ふーん……ならいいけどさ」

 

少し不満気な様子だったので、じゃあ本当に困った時が来たら頼らせてもらうと答えると「おう!」と、腕と腕をぶつけニッと笑い合った。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

神樹館に転校してきた日、初めてクラスで話したのが三ノ輪銀という女の子だった。

 

 

「転校生のゆ……高嶋優士です。みなさんと楽しい学校生活を送りたいと思っています。これからよろしくお願いします!」

 

一瞬戸惑ってしまったが、みんな特に気にしていない様子だった。

間違えて前の名前言いそうになってしまった。

……気をつけなきゃな。

 

「高嶋君の席は窓際の一番端です」

 

担任に指定された席に着き、ランドセルを下ろす。

 

「よっ、転校生。アタシは三ノ輪銀よろしくな!」

 

「うん、よろしくね三ノ輪さん」

 

これが俺達の最初のやりとりだった。

 

 

─────

 

 

「ふぅ……とりあえずひと段落つけるかな」

 

「おつかれ、やっぱり転校生の人気はすごいな」

 

俺は今、三ノ輪さんに校内を案内してもらっている。

転校生という一時的な効果により朝から先程まで授業の休み時間の度にクラスメイト達が押し寄せ質問をしてきており、一人一人質問にきちんと答えていたため流石に喋り疲れていた。

そこで、授業の時に銀から昼休みは校内を案内してあげると言われ、クラスメイトには適当な理由を述べ、今に至る訳だ。

 

「ありがとね三ノ輪さん。案内までしてもらっちゃって」 

 

初めて喋る人とかって何となくさん付け、君付けしちゃうんだよな。でも悪いことじゃないからいいよな?

 

「いいんだよ。困った時はお互い様、だろ?」

 

ニッと笑いながら言う三ノ輪さんがすごく眩しく見える。

 

(あね)さん!一生ついていきます!!」

 

少し余裕が取り戻せてきたため少しふざけた返答をする。

 

「誰が(あね)さんだ。アタシの弟は鉄男だけだぞ」

 

頭をチョップで軽く叩かれる。

 

「っつう……三ノ輪さん、弟いるの?」

 

「ああ、それはそれは可愛い奴さ。いづれはこの銀様の舎弟としてこき使ってやるのさ……ふっふっふ」

 

「えぇぇ………」

 

本心なのだろうか……多分違うと信じたい。

 

「あ、そうだ」

 

「ん?」

 

何かを思いついたらしい。

 

 

「アタシのことは銀でいいよ。三ノ輪さんって何かくすぐったいしさ。アタシも高嶋のこと優士って呼ぶから」

 

右手を差し伸ばされる。

 

「…うん! よろしく、銀!」

 

差し伸ばしてくれた手を掴み握手をする。

 

()()()()としての()()()()()()ができた。それがすごい嬉しかった。

 

 

じゃあ友達のよしみとして弟について教えてやると言われ、校内の案内をしながらそれは昼休みが終わるまで続いた。

 

とりあえず銀が弟のことを大切にしてることだけは分かった。

 

 

◇◇◇

 

 

学校の授業が終わり、各自帰りの支度を済ませたものから帰っていく。

ちなみに高嶋家の人から送迎をしようかと聞かれたが丁重にお断りさせてもらった。

今までの暮らしと違いすぎて、そこら辺も慣れるのにはまだまだかかりそうだ。

 

 

残っているクラスメイト達がさようならと挨拶をしてくれたので俺も少し遅れながらもさようならと返す。

……やっぱまだ上手くいかないな。

そもそも話せるようになっただけ大きな進歩だし、何より友達が一人できたのだ。転校初日にしてみれば上等だろう。

 

神樹館の校門を出て、通学路に出る。

事前に高嶋家から神樹館までの帰り道は教えてもらっていたので特に迷うことはないだろう。

運がいいのか、結構真っ直ぐ歩いて3、4回道を曲がるだけなのだ。

 

 

「おーい──!」

 

 

少し不安だったけど、クラスメイト達とも思った以上に仲良くやれそうでよかった。今日は上手く自分を出すことができなかったが明日からは出せるようにしたい。

 

 

「優士ー!!」

 

 

怖そうな人や乱暴そうな人はいなかったし、早くみんなと仲良くできたらいいな。

 

「ゆーじぃぃーー!!」

 

明日もまた友達ができたら嬉しいな。今度は俺から何か話してみればいいのかな?共通の話題ってなんだろう。

 

「無視、すんなぁぁ!!」

 

ランドセルを後ろから誰かに強く引かれた。あれ、なんかやな予感がする。ゆっくり後ろを振り返ると、そこにはすごい怖い笑顔を浮かべている女の子がいました(まる)

 

 

─────

 

 

俺って考えごと始めるとよく周りが見えなくなっちゃうんだよな……今みたいに声をかけられても気づけないことが多い。あんまり普段深く考えたりしないからだろうか。

銀も無視されたのがわざとではないと分かってくれたため許してくれた。

 

「まあ、でも良かったよ。てっきりほんとはお節介とか感じられて嫌われたかと思っちゃったからさ」

 

 

銀は頰をかき、苦笑いを浮かべていた。

 

 

「それはない!!」

 

 

強く否定する。銀が突然俺がだした大きな声に驚くも、気にせず続ける。

 

「俺、初めての場所で知り合いもいないし本当はすごい心細かったけど、今日銀に助けられてすごい助かったし、嬉しかったんだ」

 

また一人になってしまうかもしれない。そう考えないようにしていたけど、やっぱり不安なものは不安だった。

 

「そんな銀のことを嫌うなんて絶対にない!」

 

だけど、手を差し伸ばしてくれたから。友達になってくれたから。

 

「それに俺、銀みたいな優しい人、好きだ」  

 

高嶋優士()と友達になってくれてありがとう。

 

自分の考えを、思ったことを伝える。……そうだ、難しく考える必要なんて一つもない、色々深く考え過ぎてた。それで目の前の友達を傷つけちゃダメだよな。

 

銀の顔を見ると、何故かすごく驚いた顔をしていた。それに気のせいか頰も少し赤い気がする。

 

「どうしたんだ銀?」

 

「だ、大丈夫、大丈夫!問題ないから……」

 

ほんとに大丈夫なのだろうか?すごい動揺しているような気がするけど……まあ、本人が言うならそうか。

 

「これからも友達としてよろしく!」

 

「そ、そうだよな。そっちの意味でだよな……うん、分かってたけど」

 

よく分からないが自分の中で納得がいったらしい。ていうか、友達にそっちとかあっちってあるのか?

俺の知らない友達表現があるのだろうかと疑問に思う。

 

「悪い悪い……こちらこそ改めてよろしくな!」

 

「うん!」

 

先程と同じように嬉しさがこみ上げてくる。

 

「これが、無自覚ってやつか……」

 

「ん、何かいった?」

 

「うんにゃ何も」

 

 

その後は途中まで一緒に歩きながら帰った。

銀の家は高嶋家から結構近いことがわかった。行こうと思えばいける距離であった。

 

家に帰った後、千紘さんから何か良いことでもあったのかと聞かれたので俺は今日の学校での出来事を沢山話した。

 

 

◇◇◇

 

 

次の日。

 

教室のドアの前に立ち、入る前に一度深呼吸をする。

 

「おはよう!」

 

前の学校と同じように挨拶をして教室に入る。

変に気を使ったりせず、いつも通りの自分でみんなに接すればいい。最初は難しいかもしれないけど、少しずつ頑張っていこう。

挨拶を返してくれた銀やクラスのみんなを見てそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タイトル通りです。主人公に初めての友達ができました。
転校してきたばかりの頃は緊張していることもあって少し大人しくなっています。

主人公は単純でとにかく真っ直ぐな子供っていうイメージです。いずれ設定みたいなのを書こうかと思っています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

普通の女の子

乃木さん家の園子さん、初登場です。


乃木園子と高嶋優士が初めて会ったのは父親が乃木家に用があったらしく、養子に入った自分の紹介も兼ねて向かうことになった日だった。

 

 

◇◇◇

 

 

乃木家と高嶋家は昔からの付き合いなだけあり、乃木家に向かう前に何度も失礼のないようにと注意をされた。

そんなに念を入れなくてもいいのに、別に失礼なことなんてしないぞ?

 

 

 

家から車でしばらく走り、乃木家に到着した……のだが。

 

 

「────でっ、」

 

 

でかすぎんだろ!

 

 

最初に出た感想がそれだった。お屋敷? いやそれにしたって大きい、大きすぎる」。

思わず乃木さん家すげぇー!と言わなかった自分を褒めたいくらいだ。

この先の人生でこれ以上大きな家を目にすることはなさそういやないだろうと断言できる。

 

 

(中で迷ったら出られなさそう……)

 

「……ぼーっとしてないで行くぞ」

 

「あ、はい。……お、お邪魔します?」

 

 

考え事をして立ち止まっていたら義父に注意されてしまった……なんか気まずいな。沈黙の空気に浸るのは嫌なため現実逃避という名の考え事にしばらく意識を移すことにした。

 

 

今訪問している乃木家は大赦の中でも強い発言力を持つ家らしい。聞いた話では300年前に四国を救った英雄の家系の一つ……だっけ。家がすごいのもそれだけ長く継がれてきたのが関係しているのだろう。

高嶋家も高い発言力を持っているらしいが、それでも現状のトップは乃木家と上里家という家系らしい。他には白鳥、赤嶺、鷲尾、そして三ノ輪。

三ノ輪って初めて聞いた時は驚いたっけ。まあ子供の俺からしたら、家がすごいとか言われてもよくわかんないし、特に何も言われてないから気にしようがないのだが。

 

 

また乃木と上里の両家と長く関わりがあるらしいのが、伊予島家と土井家。

 

そして自分たち高嶋家と()家となっている。

 

 

最初に間違えてこおりをぐんと読んでしまっていたことは内緒である。

せめて名前だけでも覚えておきなさいと言われた。

……覚えたのは本当に家の名前だけで、その家柄とかについてはあまりよく知らないんだけど。今度機会があったら聞いてみようかな。

 

 

 

玄関を通り、数歩進むと中には庭園があり、よく手入れされているのが分かる。毎日見てるのかな……?だとしたらすごい。

 

本館に着くと乃木家に使える使用人の一人が迎えに来てくれた。

案内をしてもらっている途中に家の中を見れたのだが、

 

あの後、乃木家の当主さんがいる部屋に着いた。

やっぱ貫禄?みたいなものを感じる。しっかりした人というイメージだ。

 

「こ、こんにちは。高嶋優士です!」

 

俺が自己紹介をするとあちらも友好的な雰囲気で話しをしてくれた。紳士的な対応というものなのかな。かっこいい大人って感じがする。

元気が良くて明るい子だねと優しい笑みを浮かべながら言われたため少し照れ臭く感じてしまっていた。

 

そのあとに乃木さんは新しい学校についてどうかという質問をしてきた。

 

「楽しいです! クラスのみんなは優しいし、友達もできたのですごく!」

 

緊張しているためか変な日本語になってしまったような気がするが通じただろう……通じたよね?

俺の話を聞いた乃木さんは充実した学校生活が送れそうで良かったねと肯定してくれた。

乃木さんにも一人の娘さんがいるらしく自分と同じ神樹館に通っているらしいのだが少し他の子と感性が違っているらしく、ぼ〜っとしていることが好きなのだとか。そんな性格が仇となっているためか親しい級友がいないとのこと。話を聞いている限りでは、俺も少し変わった子なんだなぁと思った。

 

しかし、乃木さんを見ている限りでは誠実で謙虚な大人に見えるため、そんな親の子供なら悪い子ではないのだろうと思う。

それに、普通より少し変わっているくらいが面白くていいと思う。

 

もし、良かったら仲良くしてくれると嬉しいよと笑った。しかしその笑顔は先ほどとは打って変わってどこか寂し気な表情に見えた。

 

 

娘は部屋にいると思うから、場所を案内してあげてと使用人に伝えると父と一緒に奥の部屋へと向かっていった。

そういえば乃木さんに用があってきたんだっけなと今になって思い出した。

使用人さんに案内しますと言われたのでお願いしますと伝え、後をついていくことにした。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

使用人さんは案内を終えると、まだ仕事が残っているため失礼しますと頭を下げられたので、俺も案内してくれたお礼を言い一度頭を下げた。もう一度軽く頭を下げると速足で持ち場に戻っていった。

 

扉の前に向き直り、コンコンと二回ノックをする。

 

「は〜い、どうぞ〜」

 

中から聞こえてきたのはのほほんとした声だった。

なるほどマイペースというのは本当らしい。

一つの確認を終え、ドアノブをゆっくり回した。

 

「あなたは誰〜?」

 

中にいたのは本物のお嬢様と俺でも一目で分かった。そういったオーラ?というより雰囲気があった。

 

「───」

 

「ん〜? お〜い」

 

つい夢中で彼女を見てしまっていた。

なんか眠気を誘われるような優しい声だな……じゃなくて!!

いかんいかん、この子のペースに惑わされてた。マイペースだけに……つまんないですね、はい。

 

「……んん。えー、高嶋優士です。今日は君と…そう、お話しをしに来たんだ」

 

何もしないでまじまじと見るのも悪いと思い意を決して話しかける。最初の一声はいつになっても難しいのだ。

いつものように気さくにいけず言葉がところどころでつまる。

 

「あなたが今日お家に来るって言ってた高嶋さんかぁ〜…私は乃木さん家の園子で〜す。私とお話ししてくれるの?」

 

不思議そうに聞いてくる。俺、別に変なこと言ってないよな?

 

「うん、お話しじゃなくてもゲームでもいいし、何でもいいよ」

 

「わ〜い!楽しみ〜」

 

そういった彼女はとてもにこやかに笑った。

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

それから園子とは先ほど言ったようにお話ししたりゲームしたりと色々やって楽しんでいる。

 

ただ、トランプをしてて思ったのが運良すぎ問題。勝負したんだけどスピード以外勝てなかった……なんでフラッシュを連続で出せるんだよ。20戦くらいして、俺にもフルハウスが来てくれてようやく勝ったわと舞い上がってたら、「あれ〜、すごいストレートフラッシュだあ〜」とカードを見せられた時は自分でも不思議な声が出た。

ちなみに言っておくが不正はない、カード切ったのは俺だし。俺はしてないというか仕方が分からないし、ズルして勝っても面白くないもんな。

でも少し悔しかったりもしたので、俺が一番得意なスピードで連勝しました。ふははは!大人気ないって?そんなことないだろう。これで園子とは五分五分よ。

 

ちなみに名前呼びなのは本人たっての希望だ。

 

 

「園子さん園子さん、ずっと気になってたんだけどその手に持っているものは何なんだい?」

 

猫……なのかな?かわいい。

 

「この子はね、サンチョっていうんだよ。いつも私と一緒にいるんよ〜」

 

ね〜と言いながらサンチョを抱きしめる園子。

なるほど、マイ枕?というやつか。

 

「サンチョかぁー、いいね、なんか見てるとかわいくて愛着が湧いてくる気がする」

 

サンチョにつんつんと触りながら俺が感想を述べると──

 

「そうでしょ〜!よかったねサンチョ、ゆーさん気に入ってくれたって」

 

園子がサンチョを抱きしめる。

そのため、こちらを向いているサンチョの顔が歪んでいく。

サンチョ、少しの間我慢するんだ……君のご主人様は今嬉しくて君を抱きしめているんだ。悪気はないんだ許してあげてね。

まあ、それは置いといて。

 

「ゆーさん?」

 

先程園子が言っていた言葉を繰り返す。

 

「うん。優士だからゆーさん、いいニックネームでしょ〜?」

 

微笑みながら俺に向かって言ってきた。なるほど……

 

「……もしかして気に入らなかった?」

 

愛称などで呼ばれたことがなく、新鮮な気持ちになっていたため園子に対する反応が遅れてしまっていた。

 

「ううん。そんなことないよ、今まであだ名で呼ばれたことがなかったけど……園子が呼びやすいようにしていいよ」

 

別に嫌だとかそんなことない。むしろ親しい友達同士という感じがして嬉しくなった。

 

「わーい! それじゃあこれからはゆーさんって呼ぶね」

 

園子は嬉しそうに笑っていた。うん、そんなに喜んでもらえるのならよかったよかった。

 

「はい。ゆーさん、サンチョ触らせてあげるよ〜」

 

「おっまじ? サンキュー」

 

園子からサンチョを手渡され、優しく抱いてみる。すごいやらかい触り心地で病みつきになりそうである。それに――

 

「なんかいい匂いする」

 

「匂い?」

 

二人ですんすんとサンチョを嗅ぐ。石鹸とかの匂いかな?

 

「あ〜、これ私が使っているシャンプーの匂いだぁ〜」

 

なるほど、園子の髪からサンチョに匂いが移ったってことか。

 

「なんか、サンチョ持ってると眠くなってくるなぁ……」

 

いい匂いも合わさって尚更眠くなる。

 

「そうなんよぉ〜、私も眠くなってきたかも〜……」

 

園子も眠そうだし、俺も欠伸がでてきて段々と睡魔が襲ってくる。……昨日遅くまでゲームしてたからかな。

 

枕もといサンチョが心地よいというのもあるかもしれないが、園子と一緒にいると、こう……安心するような心地よさを感じていた。

 

強い眠気が襲ってくるのがわかった。昨日寝不足なのもあり段々と眠気に抵抗するのを止めていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「……あれ、俺寝ちゃってた?」

 

サンチョを完全に潰して寝てしまっていた。

ふぎゅーと言う音が聞こえてきそう。

……ごめんサンチョ、悪気はないんだ。君の枕としての性能が良すぎるのが悪いんだ。言うなれば人を駄目にする枕だ。(言いません)

 

園子も机に手を伏せて眠っている。眠っている園子を見ていると、不思議とその頭を撫でたくなった。

そして気づけば自然と手を伸ばして目の前にある小さな頭を撫でていた。女の子の髪の毛って、男と違ってさらさらしてるよな……

 

すると後ろのドアからノック音と共に女性の声が聞こえてきた。

 

「園子ー入るわよ?高嶋さんがもうすぐ帰るから優士君を……」

 

ただただタイミングが悪かった。後5分、10分起きるのが早ければ園子を起こすことができたかもしれないが、気持ちよさそうに眠っている少女を誰が無理矢理起こすことができるだろうか。 

 

「ごめんなさい……出直すわね」

 

静かにドアを閉め出て行く女性。

 

「いや、あの……ってもう聞こえないよな」  

 

半ば諦めながら、園子に目を向ける。

 

「気持ちよさそうに寝てるなぁ……」

 

彼女の寝顔を見ていると、まあいいかと思ってしまう自分に苦笑してしまう。

優しく園子の頭をもう一度だけそっと撫でる。

これが保護欲って奴か……あれ庇護だっけ?

 

 

「ゆーさん」

 

 

声が聞こえた方向に目を向ける。

先程まで閉じていた園子の両目がしょぼしょぼと開いている。

 

「ん、おはよう園子。よく眠れた?」

 

俺はぐっすり寝てしまった……正直まだ少し眠い。

 

「うん」

 

俺はサンチョを貸してくれたことのお礼を伝える。使ってみて分かったがほんと、安眠効果ありそうこの枕。

 

「ねぇ、ゆーさん」

 

「なに?」

 

真っ直ぐ俺の目を見つめるも直ぐに目線を外す園子。

 

「私ってね他の子と少し違って変らしいんだぁ〜」

 

えへへと笑いながら話している。しかしその声は少し弱々しく感じる。

 

「マイペースだし、乃木家の子供ってわかるとみんな気を使って離れて行っちゃうから、こんな風に色々一緒にできたことなかったんよ……」

 

今までの自分のことを話し始めた園子からは先程までの緩い感じと違い、悲しみや辛い感情といった悲愴感が伝わってきていた。

 

「だから今日ゆーさんが一緒にいてくれて嬉しかったんだ」

 

自分と()()に接してくれる人が、乃木家の子供としてではなく、ただの()()として見てくれる友達が。

 

「ねぇゆーさん、ゆーさんはこれからも私と遊んだり、お話ししたりしてくれますか?」

 

勇気を振り絞り、俺の目をもう一度見つめる。その眼には否定されたらという不安が宿っているようにも見える。

 

園子が勇気を振り絞り言葉にして伝えてくれたのだ。ならば自分も正直な思いを彼女に答えるべきだと思った。

 

「勿論だよ」

 

何言ってるんだよと園子に伝えるときょとんとした顔になった。

 

「だって俺も今日園子と一緒にいて、すごく楽しかったもん!」

 

最初に乃木さん、園子のお父さんの話しを聞いて、少し変わった子なのかなって思ってたのは本当だ。けど、一緒にいてその考えは間違っていると思った。園子はちっともおかしくなんてない。どこにでもいる友達を大切にしようとすることができる()()()()()()なのだ。

 

……自分の目で見て、確かめて判断しなきゃダメだよな。そのことに改めて気づくことができた。

 

それに、一緒にゲームしたり、お話ししたり笑いあったり、それってもう友達ってことだよな? あれ、そう思ってたのって俺だけ?

 

「じゃあ俺の方からもお願いしていいかな?」

 

園子の前に右手を差し出し言葉を紡ぐ。

 

「乃木園子さん、俺と()()になってくれませんか?」

 

少し勢いに乗って変な感じに言ってしまったが、言いたいことは間違っていないからいいか。

その言葉を聞いた園子は俺の手を握り──

 

「うん!よろしくね。ゆーさん!」

 

今日見てきた中で一番嬉しそうな笑顔でそう答えた。

 

こちらこそ、よろしくね園子。

 

 

 

◇◇◇

 

 

帰る時間というものをすっかり忘れていた。携帯電話を見てみると父からメールがきており、『玄関で先に待っている』と1時間前にきていた。そういえば、さっきも女の人が呼びに来てたもんな。

 

園子に説明をすると私が案内するよと言ってくれたため、案内をお願いすることにした。

途中、「手を握ってもいい?」と聞かれたので、いいよと園子に伝えると喜ばれた。

 

初めて友達ができて嬉しいんだろうなぁ……俺も神樹館に来て銀が友達になってくれた時はすごい嬉しかったもんなぁと当時の心境を思い出していた。

ちなみにたどり着くまでに5、6回迷いました。

家の人でも間違えるって……どんだけ広いんだろうかこの家は。

 

 

──────

 

玄関に着くと、父と園子のお父さんと先程の女性が待っていた。

 

「お父さん〜、お母さん〜」

 

二人に繋いでいない手を振る園子。

やっぱりお母さんなんですね、はい。

なんでだろ、俺の知り合いの親は皆すごく若く見えるんだが。

少なくとも三十代後半は行ってると見越しても普通に二十代後半に見えるのだが……。

 

園子の声を聞き三人がこちらに振り返り自分達を見ると園子のお父さんとお母さんはすごく驚いた顔をしていた。おっ、養父さんも驚いている。

 

 

「私、お友達ができたよ! ねっ、ゆーさん」

 

「どうも、園子の友達一号です」

 

そう伝えると優士と園子の二人は互いの顔を見て笑った。

 

 

園子の父親と母親は驚きつつも状況を理解すると、優しい瞳で二人を見つめ、心の底から娘に友達ができたことを喜んでいた。

 

 

帰り際、園子は少し寂しそうな顔で俺を見ていた。

 

「大丈夫だよ園子。また学校で、ね」

 

その言葉を聞き、園子は安心したのか「うん!」とうなずき手を振って来たので手を振り返し、さようならと別れの挨拶を伝えると父の運転する車に乗った。

 

 

 

帰った後、夕食の時間に養父さんから話しを聞いたのか養母さんと千紘さんからも園子と何があったのかと興味あり気に聞かれたので、俺は今日あったことを話してあげることにした。

 

 

 




園子は可愛い。常識ですね、はい。
でも、サンチョもかわいくないですか? cv?知りませんねぇ。

結構すごいことをしていることに気づかない優士君……純粋って怖いですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真っ直ぐな女の子

真面目な須美と主人公の話しです。


鷲尾須美にとって高嶋優士は特別仲が良いわけでも、友達という訳でもない。しかし、他のクラスメートよりは頻繁に喋る仲といったところだろう。

 

……こちらから話しをしたことはほとんどないが。

 

学校生活などで用があれば必要最低限な交流はしているし、別にそれで特に問題はない筈、だった。

 

 

 

 

彼に重要な御役目が存在していなければ────

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

勇者や巫女は高い地位を持つ家から輩出されてきた。しかし、選ばれる子供が必ずしもその例に沿っているとは限らなかった。勇者に選ばれる子供は年々減っていっているのが現状であり、そのため大赦は神樹様に選ばれた子供を養子として名家に迎え入れることでその伝統を守ってきた。

 

 

"鷲尾須美"もその決まりに乗っ取り、別の家から養子として出された。

養子と言っても元の家の時と同じく両親からも大切にされていると思うし……その、愛されていると思う。 

そんな風に自分で思うのは気恥ずかしいと感じてしまい、頭を横に数回振る。

 

 

……元の話に戻ろう。

 

 

私と同じく他の家から養子として出された子がいると聞いていた。その子は神樹様に勇者として選ばれた歴代唯一の男の子。

 

お役目も養子であることも一緒という共通点から、少しの期待を持ちながら。

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

 

 

「こんにちは、君が鷲尾さんだよね?」

 

「俺は高嶋優士、よろしく!」

 

「同じ転校生同士仲良くしようね!」

 

 

初めて話した時から友好的な人というのはなんとなく分かった。だってそうじゃなかったら別のクラスまで普通話しに来ないだろう。

 

 

「────あ、やべッ!そういや今日クラスの子とサッカーする約束してたんだった……ごめん鷲尾さん、また今度話そうね!」

 

「え、ちょっと──」

 

「わり! 前から約束してたことだから───!」

 

右手を私に振りながらそう言い放つと、彼はクラスをすぐに出ていってしまった。

 

 

……え、それだけ? ほんとに挨拶するためだけに来たの? とその時の私は呆気にとられてしまった。

 

 

それからすぐに、廊下を走るなと言う大人の人の声が聞こえたような気がしたのだが……多分気のせいだと思いたかった。

 

 

 

それからも高嶋君は何かと理由をつけては私のところへやってきた。

 

 

 

「鷲尾さん、鬼ごっこやるんだけど一緒にやらない?」

 

「今日の算数の授業難しくなかった?」

 

 

 

それはもう、数えるのが面倒に思えるほどだった。

他の男子は一度話をすると、馬が合わないのかそれ以降交流することが減っていったのだが……

 

 

「鷲尾さーん、この宿題の答えってこれで合ってる?」

 

 

彼は他とは違うようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5年生のクラス替えで一緒のクラスになった。

高嶋君は一緒のクラスになったのが嬉しいらしく、いぇーいとハイタッチ?を求めてきたので、戸惑いながらもそれに応じた。

 

 

ただ、一緒のクラスになってからは高嶋君の学校での生活態度が垣間見えることになり彼の悪いところもいくつか見かけられるようになった。

 

 

 

例を挙げるとすれば、授業中ボーッとしては先生に叱られてたり。宿題を忘れたり。分からないことやできないことでも、見栄を張ったあげく失敗したりなど。

 

 

最近は遅刻も増えてきているし……

 

 

 

悪い人ではないと思う。それは今まで彼と関わってきた日々が物語っている。

 

 

 

だけど────

 

 

どこかお気楽というか……普段の様子を見ている限りでは、御役目を持っているにも関わらず、こんな調子で良いのかと不安になってしまう。もしその時が来てしまっても彼は自分の御役目に対して真摯に向き合うことができるのかと。

 

 

 

「見て見て鷲尾さん! 今回のテスト、鷲尾さんと一緒の100点だよ!!」

 

 

 

しかしそれとは逆にそんな高嶋君を見てると、自分が気負い過ぎなのだろうかと考えてしまう時がある。

 

 

 

「鷲尾さんまた難しい顔してるよ?」

 

「そんなんじゃ鷲尾さんがおこりんぼみたいだって、またみんなに誤解されちゃうよ!」

 

「ほら、笑顔笑顔!」

 

 

 

学校にいる時、友達といる時、食事の時、放課後一緒に帰る時、いつだって楽しそうにしている。

そんな彼には、きっと悩みなんてないんだろうなと少し羨ましく感じてしまう自分もいたのは事実だ。

 

 

 

きっと私は高嶋君のことが嫌いではないのだと思う。しかし、私が彼に対して少なからず苦手意識のようなものを持ってしまっているというのが現状でいえる事実なのだろう。

 

 

それはやはり御役目が関係しているからなのか、それとも────

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

今日はいつもより早めに学校に着いてしまっていた。別に早く登校する理由もなかったのだが、何となく早く学校に行きたい気分だった。ま、早起きは三文の徳って言うしな!

 

 

8時前ということもあり隣の一組の教室にはまだ誰も登校してきている人がいなかったため自分のクラスにも誰もいないかもしれないなと思いながら教室の扉を開けた。

 

「まあ、誰もいないよなぁ……」

 

予想通りですね、はい。ていうか一人だと教室が広く感じるような気がする。

 

「俺が一番!」

 

教壇前に立ちながら少し自慢気に言ってみる。

 

 

 

──少しも面白くなかった……

一人で盛り上がってすぐ下がる始末である。やはり一人で盛り上がるというのは難しい。てかなんか友達いないみたいで悲しくなってくる。

早く誰か来ないかと考えながら暇をつぶせるものはないか探してみると後ろにある大きな黒板に目が止まった。

 

 

「……よし──」

 

 

とりあえず絵でも描いて待つことにしよう。

何描こうかな? ピカチ◯ウとかのマスコットキャラを描こうかな。

本当はかっこいいのを描きたいんだけど、俺は絵が上手くないからなぁ……欲を言えばディ◯◯ガとかパ◯キアとかを描いてみたい。頑張ってもルカ◯オ辺りが限界である。

でもピカチ◯ウはポ◯モンの中では一番好きなキャラなので、主人公の長年の相棒を描くことに決めた。

 

 

 

うーん、ちょっと丸い感じになっちゃったかな……これだと初代よりに近くなっている。

太ってた?頃の初期も可愛くて好きなのだが、細身の方が好きであるため描き直しをしようとした時、教室の扉が開いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「おっ!鷲尾さん、おはよう」

 

「え、えぇ。おはよう高嶋君」

 

黒板前に立っていた高嶋君と軽い挨拶を交わす。その顔は少し嬉しそうである。

高嶋君が黒板に向き直ったので、私も自分の席に着き授業の準備をする。

登校中に他クラスの生徒を何人か見かけたが、自分のクラスの生徒は見かけなかった。

 

高嶋君が早く学校に登校しているなんて珍しいと失礼ながらそう思ってしまった。

私の場合は日直だったため早めに家を出ることにしたのだが、いつもの高嶋君なら予鈴が鳴る5分前くらい前か遅刻してくるの2パターンのはずなのだが……まあ、そんな日もあるのだろう。

クラスにいるのが自分達二人だけかと思うと少し寂しいような気持ちになる。 

 

 

ん、()()()()

 

 

辺りをもう一度見渡す。1人、2人……数え間違いではなさそうだ。

 

2人で話すこと自体は珍しくないのだが、同年代の男の子と教室で2人きりという状況は今までなかったため、妙に緊張、動揺してしまっていた。

 

「鷲尾さん」

 

「は、はい!?」

 

急に呼ばれたため話を最後まで聞かないで返事をしてしまった。

……これではまるで私が高嶋君のことを意識しているみたいに捉えられてしまうのではないだろうか。

 

「鷲尾さんっていつもこんなに朝来るの早いの?」

 

「き、今日は私が日直だったから早めに来ただけよ」

 

「そういえばそっか……にしても俺からしたら少し早いような気もするけどなぁ〜」

 

流石鷲尾さんといつものように言う。

気づかれてないことにふと安心を覚える。

 

「高嶋君ももう少し早く来るようにしなさい……最近遅刻が目立ってるわよ」

 

「ははは……努力しまーす」

 

棒読みで返事をされる。……多分分かっていないのだろう。

 

「よし! 完成。どう鷲尾さん?」

 

上手いでしょとでも言いたげな顔をしている。

しかし、あの絵はなんだろうか。

猫……じゃないわよね、かと言って犬という訳でもなさそうだし。

でも────

可愛い、ハムスターに似ているような容姿から思わずそう思ってしまった。

 

「可愛いわね……」

 

「そうでしょそうでしょ! どうよ俺のピカチ◯ウ上手く描けてるでしょ?」

 

「そうね、と言いたいのだけれどこのピカチ◯ウ?という動物を見たことがないから判断ができないわ」

 

 

こんな動物が本当にいるのだろうか? 名前すら聞いたことがない。いや、既に数百年前に絶滅してしまったのだろうか?

 

「なん……だと」

 

高嶋君の方に目を向けるとひどく驚いた顔をしていた。

 

「ポ、ポ◯モンの代表ともいえるこのキャラを知らないなんて……嘘だろ……いやもう既に完結してしまった作品、とはいえ今でも子供達の中では名前くらいは知っていてもおかしくはないはずなのに……」

 

「た、高嶋君?」

 

 

ぶつぶつと何かを呪文のように言い始めながら近づいてくる……正直不気味に思い、一歩下がってしまった。

 

 

「鷲尾さん!」

 

「ふぇ!?」

 

 

急に両肩を掴まれて思わず変な言葉を出してしまった。

というか近い!?

 

「大丈夫、俺が手取り足取り教えてあげるから!」

 

「な、なな!?」

 

この状況を誰かに見られたら、きっと勘違いされていたに違いない。

思わず、「何言っているの!?」と言おうとした時、ドサっという何かが落ちたような音が廊下から聞こえた。

 

最悪な状況を思い浮かべてしまう……そうはならないで欲しいと願いつつ顔をそちらに向けた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

ピカチ◯ウを、ポ◯モンを知らないなんて……すごい損してると思う。俺なんてアニメ見て感動して泣いたからね。別れの回はほんとに泣けるから仕方ない。

だから、鷲尾さんにも教えてあげようと思った。知って損はしないと思う。

 

アニメのDVD貸してあげようかな?昔リメイクされたのだったら持ってるけど、それともゲームを貸してあげるべきかな?

しかしどちらも鷲尾さんからは想像がつかない。真面目な性格だから、ゲームは禁止とか、やっても1日1時間とか言いそうな雰囲気あるし。

 

……よし、俺が簡潔にまとめて教えてあげることにしよう!アニメはとっくに全話視聴済みだからな、知識で俺に叶う奴はこの学校にはいないだろう。

 

「大丈夫、俺が手取り足取り教えてあげるから!(ポ◯モンのこと)」

 

しかし何故だろうか、俺が教えてあげると言ったら鷲尾さんが固まり出したんだが……

どうしたのかと聞こうとしたのだが、ドサっという何かが落ちた音に反応して頭を向けた。

 

「ご、ごめんなさい…私、2人がそんな関係だって知らなくて……」

 

登校してきたのは、うちのクラスで学級委員をしている女の子だった。挨拶しようと思ったんだけど、なんかすごい気まずそうな顔をしてたためできなかった。

 

 

よく分からないけど「お邪魔しましたぁー!」と走って何処かへ行ってしまった。君、うちのクラスだよね?

 

ていうか、手提げ落としたままだけど拾わなくていいのだろうか……まあ、机に置いといてあげればいっか。

 

俺は手提げが落ちているとこまで移動して拾いに行こうとしたのだが、右手を後ろから掴まれた。

 

「ど、どうするの!?絶対変な誤解されたわよ!!」

 

俺の両肩を強く掴まれ揺らされる。

 

あの、指がくいこんで痛いんですけど! あなた、意外に力強くないですか!?

 

「ちょ、鷲尾さん、痛い痛い! あとそんな揺らさないでぇ!?」

 

俺から手を放すと、急いでその後を追って行ってしまった。うぅ、世界が揺れて見える……

 

別に仲が良いことを知られたところで困ることなんてあるのか?疑問に思ってしまう。まあ、女の子は……デリケート?ってやつらしいから、男の俺とは少し違うのだろう。意味は気にしがちとかそんな感じだっけ?教えてもらったのは結構前のことだから忘れた。というか、いつもは冷静沈着でクールなイメージの鷲尾さんが焦っている様子をみることができたって、すごいレアなことなんじゃないだろうか。

 

 

須美の知らない一面をまた知れて嬉しくなった。

 

ちなみにこの後須美により誤解?は解けたらしいが、朝からどっと疲れが溜まって疲れた様子が見られたとか。




五年生の時点では須美とはそこまで仲が良いというわけではないです。ほぼ優士から一方的に話しかけにいっている感じです。
最初の頃の鷲尾さんですから、仕方ないですね。

須美は四年生の時に神樹館へ転入してきたと思うんですが……作者は原作知識が曖昧なので、違ってたら教えてくれると嬉しいです。

もしよかったと感じたら、感想や評価をしていただけると嬉しいです。作者の励みになりますので。アドバイスや誤字脱字報告なども受け付けておりますのでよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

わすゆ 《にちじょう》
小学四年生 1話



主人公は基本的にいつもこんな感じです。


「起立」

 

 

日直が号令をかけ、皆一斉に立ち上がる。

 

 

「礼」

 

 

神棚に向かって礼をする。

 

 

「神樹様に、拝」

 

 

礼をしたまま手を合わせる。

 

 

『神樹様のおかげで今日の私達があります』

 

 

感謝の言葉を神樹様に伝える。

 

 

「着席」

 

 

大切な挨拶を終えると席に座り、今日も神樹館での1日が始まる。

 

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

「優士、学校には慣れてきた?」

 

休み時間、ぼーっとしていると隣の席の銀が話しかけてきた。

 

「うん、おかげさまで」

 

「そっか、ならよかった」

 

転校してから幾ばくか経過した。クラスメートのみんなは親切でいい人ばかりで、俺がいつも通りに接することができるようにまでそう長くはかからなかった。特に銀は俺が学校のことで困っている時にはいつも助けてくれる。俺が楽しく学校生活を送れるようになってきたのも銀のおかげだろう。

 

 

「次の時間は国語か、宿題って出てたよな?」

 

問題文に合うことわざを書けっていうやつだっけ。

……ふっふっふ、昨日のプリントは進んでできたから自信があるんだなぁ~これが。

 

「確か……あったあった、これだろ?」

 

ランドセルからプリントを取り出し得意げに銀に見せつける。

 

「今日のは自信があるぜ!」

 

「おー、どれどれぇ………ツ────」

 

 

俺のプリントを見て銀がぷるぷると震えだす……いや笑っている。

なんでだ?……なんか面白いことでも書いてあったっけ?

 

 

「…ゆ…優士。お、お前この答えおかしくない?」

 

 

銀から返された自分のプリントに目を向けてみる。

 

 

 

㊀ 鬼に()

 

㊁ 石橋を叩いて()()

 

㊂ 犬猿の()

 

㊃ 馬の耳に()

 

 

「うん。ばっちりじゃね」

 

「どこがだよ」

 

ツッコミをいただいた。して、どの問題が間違ってるというのだろうか。自分では分からないので聞いてみる。

 

 

「どこが間違ってんの?」

 

「全部」

 

「え?」

 

 

はっはっはっ。……聞き間違いだよね?全部とか言いました?

 

 

「この鬼に鉄棒(てつぼう)とか……いや意味としてはあながち間違ってはないのか?」

 

 

一応金棒は鉄棒と書くことはあるが、その場合はてつぼうではなく()()()()と読む。

 

なんか銀が考え出してるけど……鬼が鉄棒をしているってこと? 何その変な光景。いや、鉄の棒を装備するみたいな感じなら普通に強そうだな……じゃなくて。

 

 

「何言ってんだ銀、鬼に金棒でしょ?」

 

 

流石に俺だってそのくらいのことわざは分かるわ。七転び八起きとか、情けは人の為ならずとかね。

 

「……自分のプリント見返してみろー」

 

言われた通りにもういちど自分のプリントを見てみる。……あっ、金を鉄って間違えて書いてる。しかし漢字の金、鉄、銅、銀とかって間違えやすくない?

 

 

「あ、これは間違えやすい漢字の例えみたいなもんだっただけで友達である銀のことは絶対間違えないからな」

 

「何が?」

 

 

(あね)さんのことじゃないっす……ごめんなさい、睨まないでください。

 

しかしなんでこんな間違いしたんだろう。

────あ。一つだけ思い当たる節が見つかる。

 

 

「そういえば、昨日この宿題をしながらゲームを進めてたんだけど」

 

「100%、それが原因だと思う」

 

「ですよねー……」

 

 

銀から呆れたような目で見られる。しかし仕方がなかったのだ。昨日はイベント最終日のため、限定キャラを手に入れるためにはどうしても周回しなくてはいけなかったんだ。……確率が低すぎて1週間空いた時間にプレイしてやっとドロップだからね。あのゲームの評価が低いのはそういうのが原因の一つなのだろうか?

 

 

「そんなにゲーム好きなのか?」

 

「もちろん、ゲームは俺の生きがいの一つでもあり、存在理由の一つでもあるからな」

 

「そこまで!?」

 

少しふざけてオーバーに言ってみると案の定、銀の面白いリアクションを見ることに成功する。ナイスツッコミ、ボケもこなせるし……さては両刀ってやつだな。

 

 

「なあなあ、俺と銀で漫才やらない?」

 

「唐突だな……アタシは見てる方が好きなんだけど」

 

「いやいや行けるって、一緒に目指そうぜF1グランプリ!」

 

「……1文字違うだけで大分目指すものが変わってくるなぁ」

 

 

あれ、Nワンだったっけ? 今度クラスのみんなの前で披露しようと思ったのだが、まあいいか俺もノリで言っただけだし。

 

 

「ていうかさ、優士ってやっぱ勉強苦手だよね?」

 

「うん、苦手」

 

 

逆に勉強好きなやつとか存在するのかな? 問題が解けたときは嬉しかったりするけど、基本苦手だな。

 

 

「だよな。アタシも」

 

「算数とか8桁以上の数字見たら頭痛くなってくるもん」

 

「それはやばくね?」

 

 

いやぁ、仲間がいて良かった。神樹館の子達って頭が良さそうな子ばかりに見えるから、てっきりほんとに全員そうなのかと思って焦ったわ。

 

 

「何か失礼なこと考えなかった?」

 

「き、気のせいじゃない?」

 

 

少し安心できた。そうだよ、勉強なんてほどほどにできてればいいのだ。それに小学生なんて元気が取り柄みたいなもんだって誰かが言ってたしな。

 

 

「よっし!というわけで、外に遊びに行くぞ銀!」

 

 

「いやどういうわけ!?というか、あと1分で休み時間終わるんだけど!?」

 

 

 

この後、銀によってすぐに教室に引き戻された。

 

 

 

 

次の日、返されたプリントにはチェックと一緒に[もっと頑張りましょう]というコメントが書かれていた。

 

 

 




こんな感じで、日常のお話を書いていくことにしました。

このまま本編に入ってもいいのですが、主人公達の仲についてなど疑問に思う点がいくつも出てきてしまうと思ったため、そこに至るまでの過程を書いていくことにしました。そのため、本編を書くのはもう少し先になると思います。

にちじょう編は鷲尾須美の章に至るまでの主人公達の過去に関する話しがほとんどになる予定なので詳しく知りたい人や本編の展開が苦手だという人向けのお話になると思います。

本編では日常編を見なかった人にも分かるように進行していきたいので、もしかしたら同じような説明が書かれていることがあるかもしれませんが、そこのところはご了承していただけると嬉しいです。








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小学四年生 2話

男の子は必殺技が好きだと思います(真顔)


「お、雨止んでるよ銀!」

 

「おー、ほんとだ」

 

今日は天気予報で一日雨が降るという話だったのだが、どうやら外れたらしい。

 

「傘忘れずに持って帰らないとな」

 

傘立てから傘を取り出して外に出てみると、気持ちいいくらいの快晴の空だった。気温も暖かくてちょうどいい。

 

「なんかさ、雨が上がった後ってテンション上がらない?」

 

「あーなんかわかるかも」

 

こういう時は外で何かしたいよな。考えながら歩いていると、水溜りがあるためジャンプして避ける。水溜りに雨ねぇ……

ふと手に持っている傘を見る。そして、今の状況でしか行えない遊びがあることに気づいた。

 

「なぁなぁ銀、雨上がりの帰り道といえば……アレだよな!」

 

「アレ?」

 

忘れてしまったのだろうか、きっと小学生なら誰でも一度はやったことがあるはず。

俺が今から実践しているところを見せれば思い出すだろう。よし、かっこいいのを見せてやるぜ!

 

準備は至って簡単であり、持ち物は傘だけでできるお手軽な遊びである。

 

「まず、自分の近くに人がいないことを確認する」

 

当たったら危ないからな。始める前には周囲を見渡し、こまめに気を配ること。

 

「次に、十分なスペースを取ること」

 

当たったら危ないからな! 大事なことだから二回確認する。もし余裕があれば、常に頭に入れておくといいかもしれない。

 

 

「……もう何したいのか分かったわ」

 

 

どうやら思い出せたらしい。まあ定番といえば定番だからな。

俺は右手の傘を逆手に持ち替える。人によって傘の持ち方は変わってくるからな。

 

「絶対に傘を手放さないようにしっかり握ること」

 

投げるなんて論外だ。この遊びを遊びと思ってはいけない……やる時はいつだって真剣に。

 

 

「後は、自分の好きな技名を叫んで放つ!!」

 

 

想像するのはその技を完璧に使いこなすキャラクター。それを模倣したつもりで思いっきり傘を振る!

 

 

「魔◯剣!!」

 

 

放つ時のコツは右足を踏み出すと共に傘を振り上げると良い。ゲームでは衝撃波を飛ばして相手にダメージを与える技だが、もちろんそんなものは出せない。ヒュっという傘が風を切る音がするだけだが、しかしそんなものは誤差だ……自分が楽しければそれでいいのだ。

 

さて銀の反応は以下に……

 

「うん、まぁ……とりあえずやめよっか」

 

なんか、今日の銀はノリが悪いな。感想ではなく注意をもらってしまった……それでもやっぱり、雨上がりの帰り道にやることと言えば傘を使って技を出すことが最高の遊びだろう。異論は認める。さきほどの銀のように危ないからやめなさいと大人から言われたりする。しかし、やるなと言われるとやりたくなってしまうのが人間の性というものではないだろうか?

 

一年生や二年生の頃はみんな、ギガスラッシュとか牙突とか言って遊んでたのに……だんだん一緒にやる人がいなくなっていったんだよな。先生が怖かったのかな? しかし俺は怒られても続けてきた。だって、俺の心は傘を振れと言っているから! 人に嘘をつくなというように自分にだって嘘をついたらいけないはずだ!

 

「だから銀も遠慮しないで! 銀だってかっこいい技、興味あるでしょ?」

 

お、ちょっとぴくって反応したぞ。絶対昔は俺と同じで傘振り回して怒られてたタイプだ!

 

「や、やらない……」

 

とか否定しつつも、ほんとはやりたいなと思っている銀さんなのであった。

 

「思ってないし、勝手にアタシの解釈つけんな!」

 

「あれ? 口に出してた?」

 

絶対出てなかったと思うのに、なぜ分かったのだろう。……超能力者かなにかなのだろうか。お前の考えは見通している!みたいな?

 

「別に違うし、優士は顔に出やすいからわかりやすい」

 

そういわれ、気になったので顔を触ってみる。特にそんなことないと思うんだけど……

 

「ほら、帰るよ。傘はアタシが途中まで預かります」

 

「待って、もう一回だけやらせて!」

 

お願いします、虎◯破斬撃てたら満足して帰りますから!

 

「だーめ! ほら行くぞ」

 

 

銀は俺の傘を持ったまま歩いていく。さらば俺のロマン。まだ俺は彼らのようなヒーロー(主人公)にはなれないらしい。その場にへたり込む。

 

 

「くそ、俺は自分の傘すら守れないのか……」

 

 

マモレナカッタ。

 

 

そんなことを思っていると、どこからか聞いたことがあるセリフが聞こえてきた。幻聴? いやいやそんな訳……

 

 

マモレナカッタ……

 

再び聞こえる男の人の声。すいません。もう帰りますんで勘弁してください。

素直に帰ることにし、先に歩いて進んでいる銀のところまでダッシュで向かった。

 

 

「どうした? そんな慌てて」

 

「いや、なんでもないです……」

 

 

忘れよう。触れちゃいけないこともあると思うし……俺疲れてんのかな?

少し今週にあったことを思い返してみる。……訓練以外特に思いつかないわ。

今日は早く寝ようかなとか考えていたら、銀から肩をたたかれる。

 

 

「優士! 見てみろ!」

 

銀が何かを見つけたらしく嬉々とした表情を浮かべており、指をさしていたのでその方角を見てみる。

 

「おぉ! すげぇ!」

 

そこには、とてもきれいな虹が空にかかっていた。何回見てもすごくきれいに見えるよなぁ~虹って、それに虹見た後はなんかいいことが起きそうな気がするんだよな。テンションが上がってきたため、どこかで発散したい気分である。

 

 

「よっし、銀! あそこの分かれ道まで競争しようぜ」

 

この場所から50メートルあるかないかくらいの距離だろう。一回銀とはかけっこで勝負してみたかったため丁度いい。

 

「アタシ、傘二本持ってるんだけど?」

 

「ほーう、今から負けた時の言い訳ですか? 俺ならそんなもの気にもならんわ!」

 

それに傘を奪ったのは銀だしな。最後まで責任持って持つがいい。まぁ、俺が傘二本持っていたとしても負ける気はしないけどな。なんなら二回目は俺が傘持って走ってもいいくらいだ。

 

「……上等、その勝負受けてやるよ!」

 

「よーし、じゃあ行くぞ。よーい、ドン!!」

 

全速力で走る。流石に負ける気がしないわ!

 

 

 

 

 

 

……そう思っている時期が僕にもありました。銀の奴早すぎるわ。50メートル走のタイムを聞いたら7秒台と答えたのでマジで?と聞き返してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 




小学四年生の男の子は大体こんな感じだと思うんですが、ちょっと幼すぎでしょうか?
この主人公でシリアスできるのかなと不安になってくる自分がいますが……まぁやる時はやる子なんで大丈夫でしょう。

最近文章を打っていると、どうしても銀ちゃんがツッコミキャラになりつつあるんですよね……早く鷲尾さんを出してあげないと。(ニッコリ)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小学四年生 3話

銀ちゃんは体育万能型である。


四時間目の授業は体育で現在サッカーをしていた。

 

最初に俺はキーパーをやりたいと言うとみんなから驚かれた。フォワードじゃなくていいのかと言われたのだが、みんなわかっていないなぁ。

キーパーはゴールを守る守護神だよ? 守りの神様とかめっちゃかっこいいだろ。

とあるサッカーアニメを見てみれば考えが変わってくるはずだ。

 

 

俺がキーパーに決まると、同じチームの子から三ノ輪さんは強いから気をつけてと言われた。銀ってそんなにサッカーが上手いのだろうか?

確かにこの前一緒に走った時は早くて驚いたが、銀は女の子だし流石に強いシュートを撃ってきたりはしないだろう。

サッカーは大体男が活躍するものだし。

 

 

 

今回のゲームでは、俺がAチームで銀はBチームであるため敵同士である。

 

ただ今の点数は同点であり、一進一退の猛攻という状況なのだろう。

 

「銀ちゃん!」

 

「ナイス、まっつん!」

 

Bチームの松井さんがパスを出して銀にボールが渡る。

 

「行くぞ、優士!」

 

「かかってこーい!」

 

一対一という状況。しかし俺には止められる自身があった。いや、止められる自信しかなかったといえる。

 

俺の知っている中で女の子のシュートというのは大抵弱かったし、今まで見たことがあるのもコロコロや勢いが弱いシュートばかりだった。前の小学校でもシュートを打つのはほとんど男子だったため、余裕が生まれていた。

 

これは勝負であり、俺は敵チームのキーパー。全力でボールを止めさせてもらうが悪く思わないでくれ。

 

止めに行こうと前に飛び出すが────

 

「もらった!」

 

「……っ!」

 

銀が右側寄りに走ってきてシュートを撃つ体制になったので、ちょうど真正面に立つようにしてコースを塞いだつもりだったのだが……

 

カーブシュート……だと……

 

くそぉ、完全に騙された。まぐれだったとしてもすごい。

 

「いぇーい! 銀様最強!」

 

「やったね銀ちゃん!」

 

銀が先ほどパスをもらった松井さんとハイタッチをして、そのまま手を合わせるとその場でぴょんぴょんと飛び跳ね始める。

 

「くそぉー、やっぱ転校生も三ノ輪は止められないかぁ……」

 

「仕方ないよ三ノ輪だし」

 

くそう、あいつなんでもできんな。男子でさえ素直に尊敬するレベル。テクニックタイプとは、恐れいるぜ……

しかし、このままではまずいことが一つある。銀が体育万能型ということは、俺の上位互換ということになってしまうのではないだろうか?

 

……つまり俺にとってのライバルは銀だった?

 

「高嶋、大丈夫?」

 

「あ、ああ。ごめんな、シュート止められなくて」

 

持っていたボールをチームメイトに渡す。

自分でキーパーやるって言っといて止められないとか恥ずかしいんだけど。

 

「大丈夫、取られたら取り返すさ!」

 

そんな俺を励ましてくれるチームメイト。……そうだな、まだ試合は終わってないぜ!

俺は銀に聞こえるように宣言する。

 

「ぎぃぃぃーん!! 次は絶対止めてやるからなぁぁ!!」

 

そう言うと、「望むところだ!!」と返された。あいつ、ほんとにかっこいいな……男だったら絶対女の子とかにモテるタイプに違いない。

()()()()()()()、なんていうんだっけ……ショートカットってやつか。性格も良くて顔も良いって反則じゃね?

 

 

だがしかーし! 男が女の子に負けるというのはどんな理由でもカッコ悪い。

絶対次こそ止めて、俺が銀よりすごいんだってことを証明してやるぜ!

 

 

「よっしゃあ! みんなーサッカーやろうぜ!」

 

 

かかってこいという意味合いをこめて言い放つ。

しかし俺は忘れていた。この時が体育の時間で授業の一環であるということを。それに気づいたのは必要以上に大声を出すなと先生から怒られた後だった。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「あぁぁ……疲れた」

 

四時間目ということもあり、疲労感と空腹感が同時に襲ってくる。午前の授業が終わるともうあっという間に放課後になってる気がする。

 

水飲み場の蛇口から水を出し、乾いた喉に水を流す。思いっきり動いた後の水分補給っていいよな〜……生き返っていく感じがする。

 

飲み終えると、隣の蛇口を使って水を飲んでいた銀を見る。

顔が良いやつって何してても様に見えるなぁ……

 

「……なんだよ、人の顔じろじろ見て」

 

少し照れ臭そうな顔を浮かべる銀。ついじっくり見てたわ。

 

「ごめんごめん。銀って"()()()()()()()()()()()"からさ、つい見ちゃってた」

 

さっきのシュートもすごかったし! どうやったらカーブシュートって打てるようになるんだろう? 今度教えてもらおうかな。

 

「……かっこいい、か」

 

そう言った銀の様子はいつもと違うように見えた。なんていうか、うーんと言いたげで微妙そうな顔を浮かべている。どうかしたのだろうか?

少し考えるようなそぶりを見せる銀。

 

 

「具合でも悪いの?」

 

「……ううん、何でもない。それより、今週はアタシ達が給食の配膳をする当番でしょ。早く着替えないと!」

 

「あ、そうだった! 急がないと!」

 

やっべ、普通に忘れてたわ。俺たちの班が揃わないと給食の準備ができないため、クラスのみんなに迷惑をかけてしまう。

 

「じゃあ、お先!」

 

「あ、待ってよ銀!」

 

先に走り出した銀はいつもと変わらない様子だった。

気のせいだったのかな?

 

 

 

まぁいいや、とにかく急ぐことにしよう。

俺も早く給食食べたいし。

 

 

 

 

 

 

 




女の子にかっこいいと言う主人公……本人は褒めたつもりらしいですが、銀ちゃんはどう思ったのでしょう。

この小説では、四年生時点の銀ちゃんは短髪の設定です。

ちなみに松井さんは原作四話で名前だけでてくる銀の友達です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小学四年生 4話

お義兄さん(オリキャラ)が出てきます。


休日なのだが、特にやることもないため自分の部屋でゲームをしている。布団の上で寝ながらするゲームは最高だと思う。

急所とかカンスト値が出せたときってすごい爽快。火力こそ正義である。

 

「よっし、中ボス撃破!」

 

久しぶりにゲームをするとこれまた楽しい。少し前までは色々バタバタしちゃってて余裕がなかったけど、最近は新しい生活にも慣れてきたこともあり、ゲームを楽しむ余裕ができた。

学校でも友達ができてきたし、絶好調だな!

 

気分良くゲームをしていると誰かが部屋を訪れてきたらしい。コンコンと部屋のドアがノックされる。

一旦ゲーム画面を閉じ、入ってきて良いことを伝える。使用人さんの誰かかな?

 

「……帰ってきて早速ゲーム?」

 

ノックとともに入ってきた千紘さんは俺を見て、やれやれといった反応をするのだが、家に帰ってすぐゲーム画面を開いてログインする。なんてのは当たり前のことだと思うんだけど……

やる気が起きない日でも、ログインボーナスは必ず受け取るようにしてる。只より高い物はないって言うしな。

……ここ一か月くらいは忘れてたけど。

 

 

「せっかくの休みなんだから、外で友達と一緒に遊んで来たら?」

 

「銀とサッカーして遊ぼうと思ったんだけど、断られたからいい」

 

家族で買い物に行くって言ってた気がする。銀にとって、家族と過ごす時間というのはとても大切なものなんじゃないかと思う。弟の話や家族の話をするときの銀はどこかいつもと違って少し嬉しそうというか。別に普段は笑ってないとかそういう訳じゃないのだが……なんて表現すればいいのだろう。

……いつもより少し幸せそうな感じっていうのかな?

 

つまり何が言いたいのかというと、銀が家族思いの女の子ということだ。

弟の世話もしてるって聞くし、親からも褒められているに違いない。

 

家族水入らずの時間を奪う訳にもいかないため、また今度遊ぶことにした。

他の友達と遊ぶという案もあったのだが……なんか乗り気になれなかったので、なら久しぶりに家でゲームでも進めるかということになった。

 

「三ノ輪家の娘さんか……」

 

何か含みのある言い方をする千紘さん。つい反射的に聞いてしまう。

 

「銀のことなにか知ってるの?」

 

「いや、娘さんのことは知らないが家柄上何かとね」

 

「あ! そっか、銀の家もカクシキってやつが高い家なんだっけ?」

 

でも、この前家を外から見たときは特別大きいって訳でもなかった気がする。銀もちょっと広い普通の一軒家だって言ってたし、俺の前の家と同じで庶民の家って感じだった。

 

別に馬鹿にしてるわけではない。ちらっと中を見たとき和式の家ってわかって羨ましくなった。……和式の家ってなんか憧れる。畳とかいいよなぁ~……でも飲み物とかこぼしたら大変そう。

高嶋家みたいに大きい家もいいんだけど、掃除とかが毎回苦労してそうなんだよな。

 

そのため自分の部屋くらいは俺が片づけようと思っているのだが、使用人さんたちが掃除することを譲ってくれないのだ。他にも沢山仕事があるはずだし、そのくらいは自分でやらないといけないなと思うのだが……今度もう一度頼んでみようかな。

 

 

「あぁ、そういえば同級生の三ノ輪さんの家は確か分家だったか」

 

本家から分かれた家族の人達……とかだったっけ? 駄目だ思い出せない。

 

「……まあ、人様の家に他人がどうこう口出しするものでもないな」

 

多分俺には直接関係のあることではないのだろうけど、覚えてたら今度先生に聞いてみるか。

 

 

「そういえば、千紘さんは何で俺の部屋に来たの?」

 

遊びに来た……って訳じゃないよな。そうだったら嬉しいのだが、普段から忙しくしている千紘さんの様子を見てみるにそれはないだろう。

休日とかでもパソコンと睨めっこしている時もあるのだが……大赦って実はブラックだったりするのかな? 月月火水木金金みたいな。

 

 

「あ、ここに来た本題忘れてたわ」

 

本当に疲れてるんじゃないのだろうかと心配になってくる。大丈夫なのかな?

 

「優士、明日の日曜日は空いてるよな? 先週からこの日だけは何も予定は入れとくなといってたから大丈夫な筈だと思うけど」

 

訓練も休みにしておいたしなと千紘さんが言う。あれ、そうだったっけ?

少し遡って記憶を探ってみる。

 

………そういえば言ってたような気がする。

 

 

「うん、大丈夫……」

 

元から銀と遊ぶのは土曜日にする予定だったし大丈夫だったのだが……危ない危ない。

 

「まさかとは思うが忘れていたとか……」

 

「ないないない! だって遊ぶ約束は元から土曜日にしてたから大丈夫……あ、」

 

やべ、墓穴掘ってしまった。いつもみたいに怒られるかなと恐る恐る千紘さんの顔を見る。しかし予想した顔と打って変わり、呆れた顔を浮かべながら溜息を吐いた。

 

「まあいい。今日は目をつむっておいてあげるけど、次はそんなことが無いように気をつけるように」

 

はい、気をつけます……今度からメモとかしておくようにしよう。

 

「……ちなみに優士、明日何をするかはわかってるよね?」

 

「それは大丈夫、ばっちり覚えてる!」

 

確か乃木さんの家に養父さんと一緒に挨拶をしに行くと言っていた。養父さんはそれとは別で用事があるらしいんだけど……挨拶終わったら俺は何してればいいんだろう?

暇つぶしにゲームとか持っていってもいいかなって聞こうとしたのだが、それよりも先に両肩を千紘さんに掴まれる。

 

「いいか優士、くれぐれも失礼がないようにするんだぞ。君の振る舞い一つ一つが高嶋家を変えることになるかもしれないから……」

 

訓練の時、もしくはそれ以上に真剣な表情を千紘さんが浮かべていた。圧がすごいのだが……そんなに怖いのかな乃木さんって? 高嶋家と乃木家は古くからの付き合いだって養母さんが言ってた気がするんだけど。それにわざわざ挨拶に行くくらいなんだから友達……って訳じゃないのかな。

大人の交友関係というのは俺たち子どもとまた違うのだろうか?

 

「わかった。俺も気をつけるようにする!」

 

なんか大変なことっぽいので忠告はちゃんと聞いておくことにする。大丈夫、俺はやればできる子YDKだからな。

俺がそういうと千紘さんは確認が取れて少し安心したのだろうか顔を綻ばせる。

 

 

「じゃあ確認はとれたから僕は部屋に戻るけど……ゲームはほどほどにな」

 

「わかってまーす」

 

 

千紘さんが部屋を出て行くのを確認しゲームを再開する。

明日のことは気になるが、考えすぎても仕方ないしそれで空回りしてちゃ意味ないしな。

今は目の前のゲームを楽しむことにしよう。

 

 

 

 

 

 




主人公はかなりのゲーム好きです。とある勇者と勝負できるくらいには強いです。

この話の次の日が園子と初めて会い友達になった話『普通の女の子』になります。
次回からは園子もにちじょう編に登場しますので楽しみにしていただけると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小学四年生 5話

園子さんの登場です!


園子と友達になった翌日。また学校で会おうと約束したのだが。

園子が何組にいるのか分からず困っている。

 

銀なら知ってそうだと思って聞こうとしたのだが、まだ登校してきていない。銀ってたまに遅刻したりするけど、朝起きれなかったりするのだろうか。

 

そんな訳で銀に頼ることはできないため、近くで話していた男子二人に聞いてみることにする。話しを聞くだけなら銀じゃなければいけないということはないしな。

 

「なー、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

クラスのほとんどの男子とは休み時間などで一緒に遊んだり話したりしたことがあるため気軽に話しかけれるのだ。ふはは、俺の交流関係は結構進んでいるのだ!

 

「お、高嶋か」

 

「おはよう」

 

「おはよう、突然で悪いんだけどさ、同級生で乃木さんって何組にいるか知ってる?」

 

軽く挨拶を済ませて質問をすると驚いたような顔をされた。別におかしなことは聞いてないよな?

 

二人は顔を数秒見合わせると、ちょっとこっちに近づいてきてと手招きをされたのでそれに従い教室の端っこに移動する。なんか内緒の作戦会議みたいでちょっとわくわくする。

 

「高嶋は乃木のこと知らないのか?」

 

声を潜めながら怪訝そうな顔で聞かれる。

ん〜どうなんだろ。全く知らないって言ったら嘘になるけど、知っているかと聞かれると分からない。昨日友達になったばかり、というより会ったのも昨日が初めてなので当たり前なのだろう。

 

「"まだ知らない"、かな」

 

多分この答えが正しい。

だからこそ、これから会いに行こうとしているのだ。俺は園子のことをもっと知りたいのだ。友達になったんだから仲良くしたいよな。そのことを二人に言おうとしたのだが、それよりも先にクラスメイトの口が動いた。

 

 

 

「なら教えといてやる。乃木とは関わらない方がいいぜ」

 

 

 

俺の思いとは裏腹に、冷たい言葉を告げられた。

 

「……え、な、なんで?」

 

思わずクラスメートに対して疑問の声が出てしまう。関わらない方がいい? なんでそんなことを言うのだろう……何か訳があるのかと思い理由を聞いてみる。なにか勘違いが発生しているとかそんな感じか?

 

 

「乃木さんって何考えてるか分からないんだよ。三年生で同じクラスになったことがあったけど、いつも一人で寝てるかボーッとしている印象が強いね」

 

 

「一言で表すなら()()()()って感じだな」

 

「確かに()()って言うのはわかるかも」

 

 

 

そんなこと? 俺だって授業中ボーっとしたりすることあるけどなあ。

……あれ? 俺も変なやつってことになるのか?

 

 

でも園子は────

 

(あ……)

 

二人の言うことに心当たりを感じる。それもそのはずだろう。

 

俺は園子が昨日言っていたことをすっかり忘れてしまっていた。

頭の中から抜けてしまっていた記憶が今になって呼び戻されていく。

 

 

『私ってね他の子と違って変な子らしいんだぁ〜』

 

 

どこか寂しそうな顔で言っていた。

……今になってあの言葉に込められた重みを少し理解することができたような気がした。

 

 

「だから高嶋も不用意に近づかない方がいいぜ、もしも機嫌を損ねたりしたら何されるか分からないぜ。乃木には先生ですら強く出れないって言われてるから」

 

「偉い家だけあってほんとにありそうだから怖いよな」

 

会話の最後に「乃木さんは三組にいるはずだから、用があるなら気をつけて」と言われた。

 

二人と分かれた後、俺は自分の席へと戻った。

きっと二人は俺のことを心配して言ってくれたのだろう。それに関してはきちんとお礼を伝えた。こんな内容じゃなかったら今頃嬉しい気分になってはしゃいでいたに違いない。

 

しかし今の内心は後悔でいっぱいだった。もちろん園子と友達になったことに対してじゃない。二人の話しがどこまで本当なのかは分からないし、もしかしたら誰かがでっち上げた嘘の可能性だって十分にあり得る。というより普通に信じられない。だって、俺は園子が面白い子だということを知っているし……自分に友達ができたことを喜ぶ子がそんなひどいことをする訳が無い。

 

 

だけど……

 

 

園子はどうだったのかな……?

 

先ほどの二人の会話を思い出す。みんなと違うから、家が偉いからという理由で学校のみんなからは少なからず疎まれているとしたら……

 

それはどれだけ辛いことなのだろうか。

 

人事のようだと言われれば、きっとその通りなのだろう。

俺には前の学校でも普通に友達がいたし、先生だって普通に接してくれていた。神樹館に来た今だってそう。だから、ずっと一人きりだった園子の気持ちが分かるなんて無責任なことは言えない。

 

 

『乃木園子さん、俺と友達になってくれませんか?』

 

 

あの時の俺はそんな園子の気持ちを少しでも考えていたのだろうか?

ただ友達になりたいから、仲良くしたいからという自分のことばかりでその後のことは……何も考えていなかったのではないか?

さっきだって二人の話しを聞くまで忘れていたのだから……それが確たる証拠なのだろう。

 

 

マイナスにマイナスなことが重なりおかしなことまで考えてしまう自分がいた。

 

もし、()()()()()()()()()()()()()()()

 

そうなっていたらどうだっただろう。俺は二人の言うことを真に受けていたかもしれない。園子に対して自分も同じで、ありもしないようなひどいことを考えていたのではないだろうか?

 

 

(……そんな俺が、園子の友達になる資格があるのかな?)

 

 

「セーフ! 間に合ったぁー!」

 

そんな風に思い耽っているといつの間にか銀が学校に登校してきたらしい。

 

「三ノ輪、今日は遅刻しなかったんだな」

 

「アタシがいつも遅刻してるみたいに言うんじゃなーい!」

 

銀の反論を聞きみんなが笑い出す。

きっと銀みたいな子は人から好かれるタイプなのだろう。

明るくて元気があって、誰とでも仲良くできるような子だから。

 

「おはよう優士……って何かあった? 」

 

元気が無くないか、と銀に指摘されてしまった。

 

「いや別に……ちょっと、ね」

 

図星をつかれたためかはっきりしない応答をしてしまい、銀にも少し気になる様子を見せてしまった。

 

「何かいつもの優士らしくないぞ?」

 

「いつもの俺?」

 

うんうんと頷かれるのだが……俺らしさってなんだろ?

よく分からないので銀に尋ねてみる。

 

「そうだなぁ……馬鹿で元気が良くて、よく先生に怒られて────」

 

……その言い方だと俺が先生に叱られてばかりみたいじゃないか。

 

「今月に入ってからはまだ3回しか注意されてないからセーフだ」

 

「十分アウトだろ!」

 

銀から呆れた顔をされる。まだ6月の二週目だから少ない方だと思うんだけどな……

 

銀は咳払いをし、先程の話しを続ける。

 

「まあ、なんていうんだろ。それでも前向きでどんな失敗も恐れず先に進む……っていうのがアタシが今知ってる優士についてのことかな」

 

ははっと少し照れ臭そうに笑う銀を見て、俺も背中の辺りがむず痒くなる。面と向かってそういうこと言われると……何か照れるな。

 

「って……何か言えよ。アタシだけこんなこと言って、なんか恥ずかしいだろ!」

 

照れ隠しなのか背中をバンバンと叩かれる。いや、自分で言ったんですよね? てか地味に痛い。

 

「……ありがとね、銀」

 

まだ銀と会って数ヶ月くらいしか経ってないけど、そんな風にちゃんと自分のことを見てくれてる友達がいてくれるんだなと思うとすごく嬉しい。

 

「……んー、やっぱり今日の優士はいつもと何か違うな?」

 

銀が不思議そうに俺を見てきた。素直に感謝しただけなんだけどな。

顔が緩みきって気持ち悪いとか?

 

 

でも、銀に教えてもらえたおかげで再確認できた。

やはり俺には考えるのが向いてなくて、馬鹿で真っ直ぐという性格らしい。

 

 

俺はもう()()()()()なんだ。それは揺らぐことのない事実なのだから、資格があるとかないとかそんなのはきっと関係ない。もしもの話しなんてしたところで時間の無駄だ。俺は()()()()()()のだから。

 

「ん!」

 

両手で頬を思いっきり叩く。ぱちーんという大きな音が周囲に響き渡る。俺の近くにいた銀は急なことに驚いたのか一瞬ビクッとしていた。

 

 

別に自分を傷つける趣味はない。これは気持ちを切り替えるためと、くだらないことを考えてた自分に対する罰である。もちろん園子に関する大切なことを忘れていたことは反省すべきことだから、もうそんなことがないように気をつけるようにする。

 

 

(……傷つけてから気づいたじゃ、遅いもんな。)

 

 

よし! 園子に会いに行こう! まずはそれからだな。椅子から立ち上がり三組に移動しようとしたのだが、少し遅かったらしい。

学活の時間を知らせるチャイムが鳴り始め、各々が席に着きはじめる。

 

俺もそのまま席に座るのだが……なんか閉まらない気がした。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

休み時間になり、俺は園子のいる三組に足を運んでいた。他クラスの子が入ってくるのは珍しいのかみんなの目線が飛んでくる。といっても外に遊びに行ったりしてる人もいるので、少しだけ気が楽だ。全員だったら流石に緊張してたかも。

 

3組の教室を見渡してみるとどこにいるかすぐにわかった。

理由は簡単。机に伏せて寝てる女の子に極めつけはサンチョ、君が全てだ!

窓際の後ろの席でちょうど俺の座っている位置と同じくらいの場所だった。

 

 

「そーのっこさん!」

 

 

俺が園子に話しかけると一瞬で教室が静かになる。しかし気にせず園子の近くの空いている席を借りて座る。

 

「園子さーん、起きてくださいな」

 

反応なし、なかなか起きてくれない園子さん。学校で寝てるということは……ははぁーん、もしかして夜更かしでもしたんですかね?

でも分かるよその気持ち、俺もついRPGとかでダンジョンに入っては途中でセーブポイントがなくてやめられないため、結局ボスまで倒しちゃって寝る時間が遅くなるなんてざらにあったからな。

まあ、苦手な授業はそんなこと関係なく睡魔が襲ってくるんだけど……なんでだろうね?

 

「ん……あれ、お母さん?」

 

残念お母さんじゃないですが、高嶋君が来ました。

 

「おはよ、園子」

 

園子は俺を見てぽけーっとしている。まだ完全には目覚めていないらしい。

 

「ゆーさん?」

 

「いえす。俺だよ」

 

「……ほんとに来てくれたんだ」

 

そりゃ、また学校でねって約束したからな。しかし園子の表情は喜びではなく、驚いているように見えるのだが。

俺来ない方がよかった? 気持ち良く寝てたのに起こされて最悪、みたいな感じになってたりする?

 

「何か悪いことしちゃったかな?」

 

放課後とかにしとけば良かったかな?

そう考えてると園子が首を強く横に振った。

 

「全然そんなことない、嬉しいよ。ゆーさん」

 

昨日と同じように園子は笑っていた。それならばよかったと思えるし、この笑顔を見れただけで勇気を出して来た甲斐はあっただろう。

 

「そっか、なら良かった。それでね、園子さんやここに貴方の友達が一人いますが、何かしたいこととかある? 遊ぶことについてなら得意だからお任せを」

 

「じゃあ私、ゆーさんのこと知りたいなあ」

 

「俺のこと? 別にいいけど……」

 

そんなことでいいのかと思わず聞き返してしまったが、どうやら間違えて聞こえた訳ではないらしい。好きなものとかの話をすればいいのかな?

 

「じゃあ、俺も園子のこと知りたい! あとサンチョのことも!」

 

園子のことを知れたら、ついででいいのでサンチョのことも興味があるので詳しく知りたい。そもそもあれは猫なのかな?

 

「もちろんいいよ! サンチョもいいよね?」

 

園子はサンチョの尻尾を握ると「スィ、ムーチョ」という声が……ちょっと待って。

 

「今の何!? めっちゃ渋い男の人の声が聞こえたんだったけど!?」

 

なんか耳に残る声だったな。てか喋るんだサンチョって……駄目だ見た目と声のギャップがすごすぎて受け入れるのに時間がかかりそう。

 

しかし、くすくすと笑う園子を見ていると別に何でもいいかと割り切ってしまう自分がいたのだった。

 

 

 

 

 

 




前半は少しシリアス展開で主人公が悩む回でした。
にちじょう編では主人公の成長も書いていけたらいいなと思っています。









目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小学四年生 6話


※8月29日に内容を変更したため再度読む方はご注意ください。


あの日から俺はちょくちょく休み時間になると園子のクラスに赴くようにしていた。

 

「よっす! 園子」

 

右手を上げ軽く挨拶をする。

 

「ゆーさん、よっす?」

 

戸惑いながらも俺と同じ挨拶に乗ってくれる。園子って意外とノリが良いんだよな。他の友達は挨拶しか返してくれない場合が多いから少し寂しく感じる。

まだ友情度が足りないってことか?

 

「昨日、久しぶりにポ◯モンの映画を見返したんだけど───」

 

 

「面白そうだね〜」

 

 

特に目立ったことはなく、身近で起きた事や面白かった出来事などのごく普通な会話。

園子はお嬢様だから、最初はこんな話しでいいのかなって思ってたけど案外楽しそうに聞いてくれているから良かった。

俺のトーク術が高いってことかな?

 

でも一つだけ思ったことがある。

 

「………」

 

突然話しを切り上げた俺をどうしたのというようなきょとんとした目で見る園子。

このまま俺が話していてもいいのだが、ちょっと前から気になっていた事を園子に聞いてみたかった。

 

「このところ俺ばっかり話しちゃってる気がするけど……園子も何でも話していいんだぞ?」

 

「ううん、ゆーさんのお話を聞くのとっても楽しいよ?」

 

だから【大丈夫】とでも言いたげな顔を浮かべる園子。

そう思ってくれてるのなら嬉しいのだが……何だろう、納得できない自分がいる。

上手く言えないのだが、対等じゃない気がする。

 

「じゃあ次からかわりばんこで話題出し合おうぜ!」

 

うん、それがいい気がする。俺だけ話すのはフェア?ってやつじゃないし。

 

「私の話じゃ、ゆーさんつまらないかもしれないし……」

 

「雑談なんて大体そんなもんじゃないの?」

 

つまらない上等、なんでもかかってこいだぜ。親指を立てグッドマークを作る。友達同士で言いたいことを我慢する必要なんてないのだから。もっと楽にしてくれていいと思う。

 

「……つまらないとは思ってるんだね」

 

「え? ……あ、いや、さっきのはそういう意味で言ったんじゃなくてだな!?」

 

あれ、フォロー出来てなかった?

やばい下向いちゃった。ど、どうすればいいんだこれ?

助け、もしくは何かないかと辺りを見回す。しかし誰とも目が合わない。さっきまでみんなこっちの方を見てた気がするんだけど……

これが自意識過剰ってやつか?

 

とりあえず園子に目線を戻す。

 

「……なーんてね。ゆーさんは引っかかりやすいんよ〜」

 

してやったりと、どうやら俺の反応を楽しんでいたらしい。

この子もしかしてなかなか図太いのかしら?

 

「……てい!」

 

「あぅ、何するの〜」

 

しかし、騙されたことに少しむかっときたので園子のおでこに軽くデコピンをお見舞いしてやる。

今のデコピンは通常の威力の4分の1くらいに抑えたから、そんなに痛くはないはずである。でもぶつかったりすると痛くないのに痛いって何となく言っちゃう時あるよな。

 

「でも、うん。今みたいな感じで行こうぜ」

 

そう言うと園子は「え?」というような困惑顔を浮かべる。

 

「なんとなくだけど、俺に気を使って接してたでしょ?」

 

一歩も二歩も下がった場所にいるような気がするんだよな。話しをしている時も相槌とかが多く、ほとんど聞き手に回られているし。

 

「そんなこと考えなくていいんだぞ? 俺と園子は友達なんだから」

 

勘違いだったらすごい恥ずかしいけど……どこか遠慮をしてるのは確かだと思う。

 

「……うん、ごめ────」

 

「はい、謝るのもなし!」

 

園子の言葉を上からストップと被せるようにし、言わせないようにする。だって謝るのは違うと思ったから。

 

「こういう時は()()()()()でいいと思う」

 

もちろん悪いことをした時とかはきちんと謝罪をすべきだと思う。でも俺は謝られるのが昔から苦手だった。

俺が普段から先生とかに謝ってばかりだからなのかな? それはそれで思うところがあるのだけれど、まあとりあえず今はいいや。

 

「あり、がとう?」

 

「もっとハッキリ!」

 

「ありがとう」

 

「もう少し元気良く!」

 

「ありがとう!」

 

「よっし、おっけー!」

 

 

園子に数回リピートさせた後、顔を見合わせるとどちらからともなく笑い合う。うん、やっぱこっちの方が良いと思う。

 

何のしがらみもなく、今のように笑っている園子を見ていたいから。

 

「今の感覚、忘れずにいこうぜ!」

 

「うん、頑張るよぉ〜!」

 

両手を握り気合を入れるように宣言する園子。

一緒に頑張っていけたらいいなって思う。何をなのか?……まあ、挑戦できることとか色々だ。

とにかくだ! 今みたいに園子と仲良くしていけたらいいなって思う。

 

 

今度は外とかで何かするのもいいかもな。

 

 

 




……今更ですけど、にちじょう編のサブタイトルって必要ですかね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小学四年生 7話

ちょっとだけラブコメ要素あり?



「六月って雨が多くね?」

 

閉まっている教室のカーテンを少し開き、今尚降り続けていることを確認する。

 

「梅雨の時期だからね、仕方ないよ」

 

銀の前の席で座っていた松井さんが答えてくれる。彼女とは一緒によく外で遊ぶことが多いが、松井さんとは銀が一緒にいる時以外に話したことって無かった気がする。

 

「そういえば梅雨入りしてたっけな」

 

結構な量が降っているため、明日はグラウンドがぐちゃくちゃになって使えなさそうだな。

 

 

「高嶋君は雨が嫌いなの?」

 

気落ちしてため息を吐いていると松井さんから質問をされた。別に嫌いという訳ではない。雨は自然の恵みって言われてるし、前に銀が発見した虹だって雨が降ってくれたおかげで見ることができたのだから。

 

 

「うーん普通、かな?」

 

「そっか……」

 

 

適当に二人で話しを進める。どうでもいいような話しでもつまらない時にすると楽しくなったりするよな。話しが中断しないように適当な話題をふってみる。

 

 

「六月といえばコレ、ってもの梅雨以外で何があったっけ?」

 

「そうだねぇ……父の日とか夏至とかが有名なところだね」

 

「なるほど……」

 

……夏至って何だろう?

すると眼鏡をクイっと上に調整する松井さん。おぉーなんかそれっぽい感じがするし頭良さそうにも見える。

 

「夏至っていうのは簡単に言うと、一年のうち最も太陽が出てる時間が長い日のこと。ちなみに21日だよ」

 

「ほうほう」

 

一つ賢くなった気がする。

……いやちょっと待って? 何で聞いてもないのに俺がそのことを知らないって分かったんだ?

 

 

「高嶋君って顔に出やすいって言われない?」

 

「言われる」

 

 

前に銀にも同じようなこと言われたけど、自分の顔を見る機会って鏡くらいしかないから分からない。まじまじ見るものでもないしな。

 

 

「でも、表裏がないってことだから別にいいのかもね……今のところは、人を騙したりするような性格の悪い人には見えないし……

 

「ん、つまりどゆこと?」

 

何かしなければいけないのだろうかと思ったのだが、今まで通りの俺でいればいいと松井さんから言われる。

 

 

すると松井さんは突然何かに気づいたように椅子から立ち上がる。どうしたんだろう、トイレかな?

 

 

「肝心なものを忘れてた、ジューンブライドもそうだ」

 

「じーん……何て?」

 

ジューンブライド!」

 

 

お、おぉ……?

ブライド……何か強そう(小並感)

多分英語だよな? どういう意味なんだろ。

 

「何それ、面白いの?」

 

「男の子はやっぱり知らないかぁ……」

 

やれやれと言った反応をされるのだが。勿体ぶらずに教えてほしい。

 

「女の子なら全員知ってるとかなの?」

 

「全員かは分からないけど、耳にしたりはすると思うよ」

 

 

高嶋君も知っておいて損はしないと思うから教えてあげると、どこか得意げそうにしており断っても後で面倒くさそうだったから素直に教えてもらうことにする。

 

 

「ジューンは6月……って言うのは分かるかな?」

 

「…おう」

 

大丈夫、今理解しました。

 

「まあいいか…続けるね。ブライドは日本語で花嫁って意味を差してるの。……花嫁って分かるよね?」

 

「いや、馬鹿にしすぎだからね!?」

 

結婚する女の人のことだろ。そのくらいは知ってるわ! 俺じゃなかったら怒るなり泣くなりしてるぞこら!

 

 

「あはは! ごめんごめん。それでねここからが重要。6月に結婚した女性は幸せになるって言われてるの」

 

「幸せに?」

 

「うん。他の月と比べると入籍をする人達が多いらしいよ」

 

へぇ〜、そんな行事? があるんだ。知らなかったなぁ〜。

 

 

「……なんか素敵な話しだな」

 

少し感心していた。でも思ったんだけど、それじゃあ6月は式場がいっぱいになっちゃったりしないのかな? テレビとかで見たことあるけど式場は友達とかがお祝いに来るから沢山の人で埋まっちゃうから……あれか、予約とかすればいいのか。

 

 

「…以外」

 

「何が?」

 

松井さんが驚いたような顔をしていた。

 

「男の子ってこういう話しには興味がないと思ってたから…特に高嶋君はそう見えるといいますか…」

 

感心するかのように俺を見てくるのだが……松井さんには俺がどう見えてるんだろう。

 

まあ、なんとなく馬鹿にしてるのだけは俺にも分かったから聞くのをやめておくことにした。

 

 

 

「おはよ、二人共」

 

 

ハンカチで制服を拭きながらクラスに入ってきた銀。その様子から学校に来る道中で少し濡れてしまったことが分かった。

 

「大丈夫? 拭くの手伝うよ」

 

松井さんが自分のタオルを取り出して銀に駆け寄っていくが自分で拭くからわざわざ大丈夫だと断っていた。

 

 

「平気平気、どっちかっていうとランドセルの方がびしょ濡れなんだよね」

 

 

机の上にランドセルを置き付いた水滴を拭きながら、急に雨が強くなってきたため大変だったと愚痴を零す銀。松井さんと話してたついさっきまでは小雨だったのに、俺が登校してきた時と比べると雨の量も強さも確実に増えていた。

 

 

「朝から不幸だったね」

 

「いや、案外制服は濡れなかったし大丈夫そう」

 

 

時間が経てば乾くしな、みたいなことを思っていそうである。中身の教科書も無事だったらしい。不幸中の幸いってやつか。

 

「二人はいつも登校するのが早いよな」

 

「「いや、銀(ちゃん)が遅いだけだよ?」」

 

「ハモって言われた!?」

 

松井さんと声が重なったが仕方ないと思う。だって君かなり遅刻しそうになることが多いじゃないですか。たまに遅刻して怒られてる時もあるけど。

 

「何か事情でもあるの? 俺で良ければ力になるけど」

 

「ううん、大丈夫。ありがとね優士」

 

笑いながら素直にお礼を言われる。

 

なんか照れるぜ……

 

 

「はいはい、イチャつくのは二人の時だけにしてくださーい」

 

「ち、違うゾ!?」

 

 

松井さんが変にからかってきたのか銀が慌てて否定する。冗談に決まっているのに本気でツッコミしたら駄目でしょ。その反応を見て松井さんは楽しんでいるのだから。

 

「今回はこのくらいにしといてあげますかね」

 

「もうしなくていいから!」

 

ふっふっふと悪そうな笑みを浮かべる松井さんにやめてくれとお願いする銀。わぁ…松井さん悪い魔女みたいな顔してるよ。

 

 

「そ、それで! 二人は何してたんだ!」

 

 

銀は焦りながらも話題をすり変えようと必死だった。

 

 

「まあ、大した話しはしてないよ。強いて言えば6月の行事、イベントについてかな」

 

「今月の?」

 

「うん」

 

興味深そうにしている人を見ると進んで話したくなるよな。

 

 

「銀ちゃんは知ってるでしょ? ジューンブライド」

 

「6月に結婚する()()は幸せになれるんだってさ!」

 

二人で先程の話題を引っ張り出してくる。松井さんから聞いたことなのにあたかも知ってましたみたいに言っちゃったけど……まあ平気だよね。

 

「そう言えばそんな季節だっけ……」 

 

いつもとどこか違う様子でしみじみと呟く銀。

 

「やっぱ銀も知ってんだな! 流石は女の子」

 

「馬鹿にしてる?」

 

「いや、全然」

 

そういうのはあまり興味無さそうに見えるというか。そう思っているのが伝わったのだろう。松井さんがそのことを言及しようとしたが──

 

「銀ちゃんが知ってるのは当たり前だよ。だって銀ちゃんの将来の夢は────」

 

「わああぁぁー!!」

 

大声を出しながら松井さんの口を自分の両手で隠した銀。松井さんがもごもごと何かを言ってるのは分かったがなんて喋ってるのかは分からなかった。……あ、なんか松井さん頭下げてすごい謝ってる。

 

顔を真っ赤にさせながらこちらを振り向く銀。いつもの元気な銀からは想像もつかないくらい萎縮しており驚いてしまう。

 

 

「……えっと、大丈夫か?」

 

「………」

 

「よく分からんが……松井さんが何を言ってのたかは聞き取れなかったし心配しなくても平気だぞ?」

 

ほんとに分からんかったし。むしろ銀が叫んで松井さんを止めたせいで途中まで言ってたことも忘れちゃったし。

 

 

「……ほんとか?」

 

「ほんとほんと。俺、友達には嘘つかないから」

 

 

しーんとした空気がなんか重いので切り替えよう。

 

 

「まあとりあえずさっきの話題に戻ろうぜ。松井さんもオッケー?」

 

「オッケー……ん?」

 

 

確かジューンブライドだろ? さっきは松井さんのせいで聞けなかったことを銀に質問する。

 

 

「でさ、銀もやっぱ将来6月に結婚するのか?」

 

「────え?」

 

「だって銀もいつかは結婚してお嫁さんになる訳でしょ?」

 

 

なら6月にやるべきだと思うんだよね。だって幸せになれるんだろ?

俺、銀には幸せになってほしいなって思うし。他の月に結婚してる人達は知らなかったりするのだろうか?

 

 

…てかちょっと待てよ? そもそも銀に結婚する気があるかどうかもわからなくね、生涯結婚しない人だっている訳だし。

でもなー、それだとなんかもったいないよな。カッコよくて、優しくて家族思いな銀にはピッタリだと思う。

 

 

「銀は家族思いで優しいから絶対良い()()()()になれると思うよ」

 

 

「……え、あ……その、ありがと……?」

 

「ん、どしたの?」

 

顔を先程より更に真っ赤にして先程から何かを言ってるのだが……全然わからない。

 

もしかして────

 

俺は銀に近づき、前髪の下から右手を持っていきおでこに触れてみる。

 

「やっぱり……銀、熱あるんじゃないの!?」

 

大変だ!そういやさっきから顔赤かったもんな!

人肌の温度より少し熱い気がする。雨に濡れたことが原因か? それとも何か別の病気が!?

 

「だ、大丈夫だから!」

 

「そうか? でも一応保健室行っとこうぜ。今日の銀はどこか変だぞ」

 

 

連れて行こうとするのだが抵抗される…痩せ我慢はいけないと思う。とりあえず俺一人ではどうにかできそうにないので松井さんに手伝ってもらうことにしよう。

 

「松井さん、お願い!」

 

素直に行こうとしない銀の手を逃げないように強く握るが病人? にあまりそういうことはしたくないため早くしてほしいのだが。

 

 

天然のジゴロとか初めて見た……」

 

 

何かを呟きながら笑っているのだが……どうしたんだろうか。いや、今はそんなことどうでもいい。

 

 

「ちょっと松井さーん! 笑ってないで手貸してよー!」

 

 

この後松井さんに任せて銀を連れて行ってもらった。すぐに帰ってきたから良かったんだけど、何故か今日は一日学校で目を合わせてくれなかった。

 

 

 

 

 




連続投稿できたことに驚きを隠せない作者です。

主人公は素直な性格なのでカッコいい、すごいなど相手に対して思ったことをすぐに伝えようとします。

四年生の時の銀ちゃんは自分の夢に自信を持てていません。そのため髪もショートカットだったりします。

やっとラブコメが始まる……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小学四年生 8話

言いたいことはいっぱいありますが……とりあえず三期決定おめでとうございます!(遅い)


────整列────

 

クラスなどで纏まって移動する時などによく行われている。効率や規律など理由は色々あるのだろうが、子供達にとっては面倒くさいものである。

 

 

かくいう現在、校庭で朝会が始まる前の時間で各自クラスの整列係の子達が頑張って声を出し、背の順番に並ばせようとしている。先生からの叱り(お言葉)を受けたくない人はその指示に従うが……現在6月の後半に入りだんだんと暑い日が続いてくる。今日もその例外ではなく外はすごく暑い。

加えて雲ひとつない快晴の空であるためどうしてもじっとしているのが辛い。

 

 

 

それは優士も例外ではなく、額から垂れてきた汗を拭いながら「あっつッ……」というぼやきが出ていた。教室ではいつも下敷きを使って仰いだりしているのだが、今はそれができないため手をパタパタと動かし風を自分に送る。

 

 

何もしないよりは増しになるかと思ったが────

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」パタパタパタ

 

 

(…変わんねぇ〜………)

 

意味がないことほどやっていて辛いことはないと思う。

それに加えてこの後長い話しを聞かないといけないというのがキツイ。

 

 

校長先生の話しって内容が難しくて分かりづらいんだよなぁ……

それは転校する前の学校でも神樹館でも変わらなかった。まあ校長先生とか偉い人のする話しは難しいモン……だよな?

 

なんだっけ、()()()が決まってるってやつか。

 

当たり前だけどみんな真っ直ぐ先生の方を向いて真面目そうに聞いてるけどさ……いや、俺も顔はきちんと前を向いてるよ?けどさ、話しを聞いてる最中いつも思うんだ。みんなは話しとかちゃんと聞いてるのかなって。だけど横目とかでチラッと見てみると真面目そうに聞いてるように見えるんだよな。

 

 

……やっぱ話しが理解できてないのは俺だけなのかな?

いや、ちゃんと聞いてるんだよ最初は。でも俺長い話し苦手だし、なんとなく分かんなくなると意識が違うことに飛んじゃうんだよなぁ……

 

 

 

────だが、こうも思う。

 

 

《俺が分からないような話しをする先生が悪い!》と。

 

 

勉強だってそうだろう、自分が分からない問題集を出されたってやる気が出るはずがないのだ。

 

 

(つまり俺は悪くなかった!!)

 

 

勝手に自己満足を終えると、大体ここら辺といつもの決まった場所で待機していた。

 

 

その時────

 

 

 

「皆さん、速やかに並んでください!」

 

 

 

透き通っていてどこか力強さを感じる声が聞こえたのは。

 

……すげぇ、あのクラスだけほとんどもう列が作り終えている。きっと優秀なクラスなのだろうと思いつつちょっとおっかないなーと感じた。

 

多分整列係の子、なのかな。少し目の前に映っている少女に興味が出たため引き続き整列係?の子に目を向けていると、近くで話していたクラスメート達の話しを偶然拾ってしまった。

 

 

「鷲尾さん、しっかりしているなぁ……こんなに暑い日でもいつも通りだよ〜」

 

「同じ女の子であんなハキハキと行動できるのって尊敬しちゃうよね〜」

 

 

 

(……わしおさん?っていう人なのか)

 

 

 

なんかかっこいい名前だなと、それが最初に抱いた印象だった。

盗み聞きは悪いかなと思いつつも、一度気になってしまったため知りたい欲の方が勝ってしまいそのまま耳を傾けることにする。

 

 

 

「ついこの前まで転校生だったのにね」

 

「数ヶ月くらいしか経ってないのに、あんな風にみんなの前で行動できるのってすごいよね〜」

 

 

ヘぇ〜転校生、俺と同じかぁ………って────

 

 

「えぇぇェ!? あの子も転校生だったの!?」

 

「う、うん。高嶋君は知らなかったの?」

 

 

まさかの驚愕の事実を知ってしまい、そのまま勢いよく二人の話しに参加してしまった。

驚かせてしまったため、すぐにごめんと頭を下げて謝ると「急だったからびっくりしたけど大丈夫」と言ってくれたため胸を撫で下ろした。

申し訳なく思いつつもその事実に俺の方が驚きである。

 

 

マジかぁ……もう少し早く気づければ良かったぜ。

 

 

()()()()()ということは、境遇が似ているなどの点で仲良くなれる可能性があるということだろう。同じ境遇を持った仲間……そういうのってなんか良いよな。

 

俺の中では既に仲間意識のようなものが芽生え始めてきていた。

てか、同じくらいの時期に来たってことだったんだよな? 俺は4月の終わりくらいに神樹館に来たからあの子の方が先輩ということか……

 

 

 

次の瞬間、優士の口がニッと笑う。その顔には何かを思いついたということが明確に分かるようだった。

 

 

「よっし、今日やること決まった!」

 

 

「ありがとね」と二人に感謝を伝えると再び前を向きビシッと並ぶ。早く休み時間にならないかなとその時を楽しみにしながら。

 

 

そんな優士の様子を一通り見ていた同じクラスの少女二人は────

 

 

「「(鷲尾さんと高嶋君は性格的に合わない気がするんだけど……)」」

 

 

しかし、小さな子供が新しいおもちゃでも見つけたかのように目を輝かせる優士を見て、言わぬが吉かと思いつつ口を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

という訳でやって来ました休み時間。授業が終わったらすぐに鷲尾さんのいるクラスに向かう。自分の席で読書をしているところを見るに優等生みたいなオーラがある。

 

 

「こんにちはー!」

 

「……こんにちは?」

 

本に夢中で気づくのに遅れたらしい。目と目があうのだが……なんか良く思われてないのかな。何かさっきも思ったけど目線がキツいし、機嫌が悪かったりするのかな……虫の()()()()が悪いだっけ? 

 

少し萎縮気味になるもここまで来た俺に帰るという選択肢はない。

 

行け行けゴーゴー!向かってけと自分に言い聞かせながら話しを続けようと頑張る。

 

 

「君が鷲尾さんだよね?」

 

「え、ええ。そうだけれど……」

 

 

何か用でもあるのかと疑問みたいに思っているのだろうけど、特にこれといった用はないのである。

じゃあなぜ会いに来たのかというと、とりあえず転校生同士仲良くなるために挨拶でもしとこっかなーって思ったからだ。

ほら、まずは挨拶が大事って言うもんな。友達になったら毎日することでもあるし。

 

 

「俺は高嶋優士、よろしく!」

 

できるだけ明るい雰囲気で鷲尾さんに話しかける。昔読んだ本に第一印象は直ぐに決まっちゃうって書いてあったのをふと思い出し、いつものように接するように心がける。しかし初めて話す人は大抵緊張してしまうものだろう。

 

「……よろしく、知っているらしいけど私は鷲尾須美。貴方と同じく今年に入った転入生よ」

 

鷲尾さんが知ってくれていたことに喜ぶ。やっぱ転校生というアドバンテージは強かったみたいだ。

 

「それで、高嶋君は何をしに来たの? 私と挨拶だけしに来た……ってことはないでしょ?」

 

「……え?」

 

 

訝しげな目で見られるのだが、少し待って欲しい。

……俺、今日は挨拶だけしに来たんですけど……あれ? それだけじゃ駄目な感じ? この後は普通にバイバイして銀達とサッカーする予定だったんだけど……

 

 

「………」

 

「………」

 

 

先程とは違い一言も喋らず静かな空気になる俺と鷲尾さん。いや、待てここはいい方向に考えるんだ。これは鷲尾さんと仲良くお話しをするチャンスだと。

何か話題を考えろ、俺!

 

「………………」

 

「………………」

 

 

片目を少し開けてチラッと鷲尾さんを見てみると、先程と同じようにずっとこちらを鋭い目で見ているのを確認できた。

 

 

「……ごめん、ホントは特に用はなかった……です」

 

「……はぁ…?」

 

 

現状の空気に耐えられず謝ってしまった。思わずあははとから笑いする俺。多分何だこいつみたいに不審に思われてそうなので改めてちゃんと謝っておこう。

 

 

「いやほんとごめん、今日偶然鷲尾さんが俺と同じく転校してきたって知ってさ。仲良くしたいなーって思ったから、まずはちゃんと会って挨拶しようって思いました」

 

 

ただ挨拶しに来ただけなんですということを伝える。

 

 

「そ、そう……」

 

 

周りにいる人から見れば、なんだこの状況はと思うに違いない。

そんな気まずい空気の中、救いの手は外から差し伸べられた。

 

 

「うぉーい!? どこ蹴ってんのぉ!」

 

「ごめーん!!」

 

 

多分どこか予期せぬ場所にボールが飛んでいったのだろう。俺も鷲尾さんも反射的に窓の方を向く。

 

 

「(……はっ!……ナイスタイミングだぜ!)」

 

 

今この状況を回避するにはこれしか方法はない!

 

 

「──あ、やべッ! そういや今日クラスの子とサッカーする約束してたんだった…ごめん鷲尾さん、また今度話そうね!」

 

「え、ちょっと──」

 

「わり! 前から約束してたことだからぁ!!」

 

 

そのまま走って教室を出る。全くの嘘ではないが……ちょっと心が痛む。鷲尾さん何か言いかけてたし────

 

 

「こらぁ! 廊下は走らない!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 

走っているところを先生に見つかり怒られてしまった。何か今日は不幸だぜ……

 

 

(明日、話しを切り上げちゃったことでもう一度鷲尾さんに謝んないとな……)

 

 

 

そのことをしっかり心に残しつつ、銀達が行っていたサッカーの試合に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、ということで鷲尾さんと主人公の出会いでした。

前回の投稿から約4カ月、期間が空きすぎですね……
特に病気とかにはなっていません。自粛期間が終わり学校が始まってしまい、部活やらテストやらと気づけば夏休みといった感じです(白目)
その間には色々ありましたが、一番の衝撃はやはり結城友奈は勇者であるの三期が決まったことですね。「マジか」と声に出して驚きました。
投稿速度に関しては不定期更新になってしまうかもしれませんが、毎日少しずつ話しは書いていくようにしていますのでこれからもよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小学四年生 9話

UA5000突破、評価バーに色が着きました。
皆様本当にありがとうございます!
今度とも本作をよろしくお願いします。


7月に入り、今日も昨日と変わらず暑い日が続いている。そんな中でも休まずに朝登校をする子供達はとても偉いと思う。

 

「……でもあとちょっとで夏休みだもんな」

 

もどかしく思いつつも実はこの休み前の一週間くらいの期間が好きだったりする。友達と遊ぶ日を決めたり、学校で配られる予定表にこの日は何をして過ごすなどを書いていくのは楽しい。

 

 

「そうだ! 園子と銀にもいつの日が遊べるのか聞いておかないとな。……あ、でも俺って予定入ったりするのかな?」

 

 

ふと思い出したように呟く。

学校にいる時は自分が勇者として選ばれたことを度々忘れそうになってしまうのだが……義父さん達も学校では前と同じように普通に過ごしなさいって言ってたしなぁ。

 

 

極秘事項というやつらしい。なんか極秘とかって聞くと警察とか忍者やってるみたいな響きだ。

 

 

 

まあ予定については訓練とかもあるかもしれないしな、とりあえず夏休みの予定については帰ったら聞いてみる事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休み時間に入ると昨日と同じように俺は四年一組の教室に向かう。今日は友達と遊ぶ予定はない、つまり後ろに下がる手段はないため前に進むしか道はない。

 

 

(さあーてと。今日こそ鷲尾さんと仲良くなってみせるぞ!)

 

《作戦はガンガンいこうぜ!》でありそれを実行するために話す内容は昨日の夜事前に考えてきた。抜かりはないぜ。

 

 

いざ、行こう!

 

 

「おっす。鷲尾さん! 高嶋優士が来たぜ!」

 

 

勢いよく扉を開けて入って行く。

 

 

その様子を目撃した須美のクラスメート達はというと。

 

 

『(またお前かよぉぉぉ!?)』

 

『(なんかすごいテンションの男子が鷲尾さんに会いに来たぁぁ!?)』

 

 

二つの意味で困惑していた。

しかし優士はそんな周りの様子はいざ知らず、須美がいることを確認すると真っ先に席へ向かう。

 

 

「………」

 

「どした? ハトが()鉄砲喰らったみたいな顔して」

 

「あ、その……また今度って言ってたし、普通次の日に来るとは思わなかったから」

 

「そうなのか?」

 

 

え、今度って次の日のことを言うんじゃないの? ……マジか、ずっと勘違いしてたわ。

 

こくりと頷き驚いた様子の鷲尾さん。なんか昨日から驚いた顔ばっか見るな。裏ではリアクション芸人でも目指してんのかな?

 

……まあ、それは置いといてと。とりあえず昨日のことを鷲尾さんに謝らないと。

 

気持ちを切り替え、きちんと鷲尾さんの両眼を見る。

 

「鷲尾さん!」

 

「は、はい」

 

「……昨日は話しを最後まで聞かないで勝手に帰っちゃって、ごめん!」

 

頭を下げて謝罪する。もしかしたら鷲尾さんの気を悪くさせてしまったかもしれない。

 

 

「き、気にしてないから! 今すぐ顔を上げて頂戴!」

 

 

優士に悪気はないのだろう、しかし須美からすればこんな人が大勢見ている中で堂々と頭を下げられるのはやめて欲しかった。せめてみんなが帰り始めた放課後とか他のタイミングはなかったのだろうか?

一刻も早く今の状況を抜け出したかった須美は慌ててやめるように言う。

  

 

「怒ってない?」

 

「怒ってませんから!」

 

 

チラッと下から鷲尾さんの顔を見ると確かに怒ってなさそうな感じだった。というか焦ってる感じか?

てっきり怒られるかもしれないかと思っていたのだが案外すぐに許してもらえたことに俺はホッとする。

 

 

「分かった、じゃあこの話はこれでおしまい!」

 

 

優士はパチ、と手を叩き先ほどまでの真剣な表情からいつもの爽やかで男の子らしい表情に戻る。

 

 

「今日はちゃんと鷲尾さんと仲良くなるためにいっぱい話しの話題持ってきたんだぜ」

 

へっへっへ〜と楽しそうに笑う優士を見て、須美は少し不安を覚えていた。

 

 

「今から鷲尾さんに質問をしていきます。聞かれたことには正直に答えてください!」

 

「は、はぁ……?」

 

「じゃあ、一つ目の質問!」

 

ジャジャン!という音を自分で出しながら鷲尾さんに一問目を問う。

 

「鷲尾さんの好きな言葉は?」

 

 

「"富国強兵"」

 

 

質問を聞いた直後、キリッといった様子で反射的に繰り出された答え。須美は「はっ──!?」とやってしまったと後悔していたが。

 

 

 

()()()()()()()?」

 

 

俺の質問を聞くと鷲尾さんは一瞬固まり下を向いた。

つい聞いてしまったその言葉。俺は後で後悔することになる。

 

 

「───フフフ……」

 

「わ、鷲尾さん?」

 

何か不気味に笑いだして怖いんだけど……どうしたんだろうか? 鷲尾さんに妙なスイッチが入った気がする。

 

「いいわ! 詳しく教えてあげる!」

 

「い、いや今日は俺が考えてきた質問を答えてほしいから……また今度ってことに」

 

「駄目よ」

 

ぐぉぉぉー!という勢いで須美はまるでしいたけのようにキラキラとした目を向けてくる。

 

 

やだ良い笑顔、眩しい……じゃなくて!

 

ぜってぇ長ったらしい話しが繰り広げられるに違いない。思わずその場から回れ右をし退散しようとするのだが。

 

 

「どこに行くの?」

 

「い、いやちょっと野暮用を思い出したというか」

 

そのまま流れるように左手を掴まれる。

……怖い、怖いよ!?

 

 

「さっき謝ったのに同じことを繰り返すのは感心しないわよ?」

 

 

……うぐッ。痛いところを突かれる。確かに鷲尾さんの言う通りであり、俺にはもう退路が存在しなかった。

 

 

「……教えてください」

 

「よろしい!」

 

ここは素直に鷲尾さんの話しを聞くことにした。

 

すっげ〜わくわくしてそう。多分頭の中では何から話そうか悩んでいるに違いない。

 

 

俺、勉強は苦手なんだけどな……

 

 

(ま、いっか……)

 

鷲尾さんと交流できる話題が一つでも増えれば仲良くなりやすくなるかもしれないしな。

 

 

優士は「なるべく簡単にお願いしまーす」とせめてもの懇願をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

長かったなぁ……

 

休み時間が終わるまでの15分くらい延々と須美の()()()()語りを聞いたのだが……正直半分くらいしか頭には入ってこなかった。

 

確か……約400年くらい前に日本人が立てたすろーがん?らしい。

……すろーがんって何だろうな? 他にも色々知らない言葉や人名が出てきて正直言うと頭の中がぐるぐるしそうだった。

 

 

でも────

 

 

『──それでね! さっき話した殖産興業による資本主義化が……────』

 

 

得意げに、そして楽しそうに話す鷲尾さんの姿はとても輝いているように見えた。

 

好きな話しをしていた時の須美からはいつもの大人びた雰囲気がなくなり、自分の周りにいる同級生たちと何ら変わりないように優士の目には映った。

 

 

(……今度からは社会の授業ももう少し頑張ってみようかな?)

 

 

今までは授業で教えられても「ふーん」「ヘぇ〜」くらいの感心しかなかったけど、鷲尾さんくらい……は無理だけど。自分の国の歴史についてくらいはもう少し知っておくことにしようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回も続いて鷲尾さん回でした。
富国強兵、国防仮面、踊り……うっ、頭が。

やっぱりにちじょう回を書くのは楽しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小学四年生 10話

久しぶりのにちじょう編です。


午後の6時間目の学活の時間、珍しくクラスの中はざわついていた。うちのクラスだけではなく、他のクラスからも生徒の私語が飛び交う様子が教室越しに伝わってくる。授業中だというのにそんな生徒たちを担任の先生は特に注意をする素振りは無く、この時間は席から立ち上がってもいいし友達と喋ってもいいとのことだった。

 

何故それが許されるのかというと、その理由として先程先生から配られたとある用紙が原因だった。

 

「夏休みの計画表か、何しようかな?」

 

「私やりたいこといっぱいある!」

 

「花火しようぜ!」

 

「プール行こう!」

 

「夏祭りっていつだっけ?」

 

「おい、カブトムシ取りに行こうぜ!」

 

などなど、様々な意見が飛び交う中俺はいつもと違うクラスのみんなの様子に少し押されてしまっていた。普段はものすごく静かに授業に取り組む姿勢とは真逆であり、嬉しそうに次々と夏休みの予定を決めている姿に、前の学校の生徒達と変わらない子供らしさを感じた。

 

いや、実際本当に子供なんだけど…なんていうんだろ神樹館の子達って基本モラル?が高いというか大人びてる子がほとんどだったから、俺だけ他所者感が強かったと言いますか…いや転校生だから他所者っちゃ他所者か。いやでもほら、鷲尾さんも転校生なのになんかもう神樹館の空気に馴染んでるというか他の子達と比べても違和感が無いといいますか……

 

「高嶋君もプール一緒に行かない?」

 

「夏祭りも行こうよー!」

 

「こっちに転校してきたばかりでまだ土地勘そんなに掴めて無いでしょ? 良かったら案内するよ 」

 

「大量にカブトムシが取れるところがあるから行こうぜ!」

 

みんなの推しが強い……というか転校生効果ってすごいんだな、もう三ヶ月以上経ったのにまだこんなに続くものなんだな。いや、普通に気の良い人がこのクラスに多いだけなのかな? 前の学校では友奈や指で数えられる程度の特定の子とばっか遊んでたからすごい新鮮でありこちらのテンションも上がってくる。

 

「行きたい! てか絶対行く!」

 

「おっし、決まりだね!」

 

次々と夏休みの予定が埋まっていくのはとても心地が良く、これから始まる夏休みがよりワクワクとしたものに変わっていく。

 

「よっ! 大人気ですなー」

 

「この調子で行けば直ぐに予定埋まっちゃうかもね」

 

誘いに来てくれた子たちが去っていった後に他の友達と予定を合わせに行っていた銀が席に戻ってきた。ついでに松井さんもついてきていた。

 

「そうなんだよ! いやー、転校生効果って凄いんだな! 今日が一番転校してきて良かったぁーって思ったよ!」

 

「あはは、そりゃ良かった。夏休みの思い出もいっぱい作れそうだな」

 

「うん! あー、楽しみだなぁ…早く夏休みに入らないかなぁー」

 

その後、銀と松井さんとも一緒に夏休みの予定について話し合った。そこで銀が前に言ってたとっておきの場所に連れていってくれるとのこと。プールや夏祭りにも一緒に行くらしく俄然楽しみになってきた。

 

「じゃあ俺、他の子とも予定決めてくるね!」

 

「おう。いってらっしゃい」

 

「じゃ、高嶋君の席借りてるねー」

 

仲良くなった子の中には席を動かずに予定を決めている子も数名いたため、銀達と別れてその子の元まで向かうことにした。

 

 

──────

 

 

「うぬぬ、何で俺だけ予定表書き直しなんだよう……」

 

授業中に無事予定を書き終え提出した俺はるんるんとその場でスキップでもしそうなくらい絶好調な気分で帰ろうとしたのだが、帰りの会が終わった直後担任の先生から呼びだされたのだ。

 

『高嶋君、君の計画表は少しふざけ過ぎです』

 

とのことで、職員室でちょっとしたお説教というか注意をされていました。何か書き方が悪かったらしい。後ついでに普段の生活態度についても怒られたぜ、解せぬ。夏休みの計画表は明日提出でいいから家で書き直してきなさいと言われた。

 

クラスに自分のランドセルを取りに戻るのと同時に誰か残っていないかを確認するが俺以外の席の横にランドセルがかかっていないことからとっくに下校したことが分かった。もちろん銀達も帰ってしまっていた。

 

「うわぁ…雨も降ってきたよ」

 

不運にも今日は傘は持ってきていなかった。事務室に行って傘を借りて帰るという手もあるが正直面倒くさいし、返却するのを忘れそうなのでそのまま走って帰るかと思い教室を出て下駄箱へ向かおうとした時だった。

 

「あれれ、ゆーさん?」

 

「ん?」

 

聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。こののほほーんとしたような声の知り合いは一人しかいなかった。

 

「やっぱり、ゆーさんだ〜」

 

「おー、園子じゃんまだ帰ってなかったのか」

 

立ち止まって振り返るとそこに立っていたのは予想通りの人物だった。わーいと言いながら右手を軽く振りながら近づいてくる園子。その仕草が小動物みたいに見えてかわいいなと思った。

 

「お昼寝してたらこんな時間になっちゃっててびっくりしたよ〜」

 

「そっか、通りで……え、あの賑やかな学活の最中に寝てたの?」

 

学活などの特別な授業は大抵学年毎にやる時間帯が決まっているため、多分園子のクラスも結構わちゃわちゃとしてたと思うのだが、その中で寝てたってすごいな。

 

「えへへー、それほどでもぉ〜」

 

「いや、褒めてはないんだよなー…」

 

「ゆーさんは何で残ってたの?」

 

「俺? 俺は何か、『夏休みの計画表がふざけ過ぎです』って先生に怒られちゃってさー」

 

先ほどの先生の真似をできる限り再現して園子に伝えてみると、似てなかったのかおかしかったのか、ふふふっと笑う園子。

 

「なんか今簡単に凹んでるゆーさんの顔が目に浮かんだな〜」

 

楽しそうに笑う園子。なんだか少しご機嫌みたいだけど、嬉しいことでもあったのかな?それとも帰ったら楽しみが待ってたりするのだろうか。

 

あ、そういえば俺夏休みの予定について園子に聞いてなかったから今聞いちゃおっかな。鷲尾さんには…明日聞けばいっか。

 

「そういえばさ、園子は夏休み何か予定あったりするの? 空いている日があったら一緒に遊ぼうぜ!」

 

そう誘ってみたのだが、少しして園子の表情が先ほどとは打って変わり、笑ってはいるがどこか困ったような陰が入ったような表情に変わる。何か変なことを言ってしまったのかと思い動揺していると、園子がえへへと笑い話し始める。

 

「私の家ってちょっと特殊でね…滅多なことじゃ外出できなくてさ〜…多分私のことを思ってのことなんだろうけど…過保護すぎるのもちょっと困っちゃうかな〜…なんてね」

 

大赦の中でも絶大な権力と財力を持つ乃木家。そんな家に生まれた子供が大切にされるのは当たり前なのだろう。親にとって子供は宝というくらいだ。前にあった園子のお父さんも優しそうな人だったし全ては園子のことを思っての行動なのだろう。

 

「誘ってくれたのにごめんね」

 

「ッ────」

 

そう謝ると園子は「バイバイ」っと手を振り歩み始める。その後ろ姿は何処か儚げで、寂しそうに感じとれた。このまま行かせたら駄目、それだけは確信できていた。

 

「待って!」

 

両手で園子の左手を掴んだ。手を掴まれた園子は驚いた顔をしているが今は無視して俺の提案を聞いてもらうことにする。

 

「あくまで、制限があるのは"外に出てはいけない"ってことなんだよね?」

 

だがその前にこれだけは確認しておかなければならない。

 

「う、うん。そうだけど?」

 

何でそんなことを聞くのか分かってない様子の園子だが、俺は反対に流れが向いてきていることに喜びを感じていた。

 

「よっし! じゃあさ、俺が園子の家に行って遊べばいいんだよ! それで全部解決だ!」

 

「え、えっ、でもそれじゃあゆーさんが他の友達と遊ぶ予定が無くなっちゃうし私のせいでその子との仲が悪くなっちゃうかもしれないよ?」

 

「大丈夫大丈夫! そんなことで怒る子なんてきっといないし、一回遊べなくなった程度で仲が拗れちゃうんだったら元からその子とは合ってなかったってだけの話」

 

「で、でも────」

 

「だぁー! 細かいこと気にすんなって、俺が園子ともっと仲良くなりたいから一緒に遊ぶ! それだけ。もちろん迷惑と思うなら断ってくれてもいいからさ」

 

 

折角の夏休みなんだから、娘が友達との思い出を少し作ることくらい親なら承諾してくれるだろ。てか本当に園子のことを思ってるのならそんぐらい多めにみてほしい。

…承諾しなかったらどうするかって? そん時はカチコミ、直談判ってやつよ。

 

 

なんで……」

 

「ん?」

 

「なんで、ゆーさんはそこまで私に真摯に向き合ってくれるの?」

 

「なんでって、そりゃあ友達だし…」 

 

 

折角友達になったから? もっと仲良くなりたいから?園子と一緒にいるのが面白いから? それも理由としては全部当てはまる。

 

でもきっと一番の理由は────

 

「目の前で"園子"が寂しそうな顔をしてたからかな?」

 

お父さんが言ってた、男の子は女の子が悲しい顔や辛い顔をしてたら助けてあげないといけないんだよって。それが友達だったら尚更助けないとだよね。

 

「そんなことで?」

 

「そんなことじゃないよ、大切なことだよ!」

 

園子はアレだな自己評価が低い子みたいだな。それに加えて他人を優先しちゃうタイプなのだろう。うん、このままじゃいけない気がする。

 

「園子はさ、もっと自分の気持ちを表に出してみればいいと思うんだ」

 

「私の、気持ち?」

 

「これがしたい! とか、ああいうことがやりたい!とか色々あるでしょ? 今回の外出の件だってそうさ」

 

トントンと自分の胸を叩きながら園子に続けて伝える。

 

「前も同じようなこといったかもしれないけどさ、少しずつでいいから俺以外にも園子の"胸の中"にあるものを正直に伝えてみなよ。きっと悪い結果にはならないと思うから」

 

「…できるかな私に?」

 

「大丈夫だって! いざとなれば俺も一緒にお願いしてあげるよ。園子と一緒に遊ばせてくださーいってね。それでも駄目だったら……そうだな最終手段としては俺がとびきりの駄々でもこねてみるわ」

 

まあ、最後のは流石に冗談だけど。しししっと悪い顔を浮かべて笑う俺を見て、少しだけ表情が明るくなる園子。

 

「ふふ、じゃあゆーさんにやってもらおうかな、私の家の大広間でみんなが見ている中で」

 

「お、おう。どんとこーい……」

 

え、まじでやるんですか…やべぇぞ、そうなったら高嶋家の看板が地に落ちるぜ。その時は果たしてごめんなさいで済むのだろうか? いや無理だろう。よくて勘当ものだろうが、そうなったらどうしよう…まだ御役目の御の字も始まってないんだが。

 

「なーんてね〜、流石にそこまでしてもらわなくても大丈夫だから安心して」

 

「おう、そうかそれは良かった…」

 

してやったり〜っと俺をからかえて楽しそうな園子さん。前から思ってたけど結構悪戯好きなところがあるよねこの子。まあ、元気出たみたいだし良かったかな。

 

「ゆーさん、私頑張ってみるね」

 

「おう! 応援してるぜ…あ、そうだ! 園子、両手を合わせて前に出してくれる?」

 

「こう?」

 

俺の急な提案に何をするのだろうと首を傾げる園子。

 

「ふっふっふ、高嶋君がとっておきのおまじないしてあげる!」

 

「おまじない?」

 

「あぁ、俺の幼馴染がね自信がなかったり落ち込んでる時にいつもやってくれたんだけど、これが結構効果あってね」

 

説明をしつつ、そのおまじないの方法を実践する。といっても実際にやることは凄く簡単なんだけどね。

 

「ゆ、ゆーさん?」

 

「頑張れー、頑張れー、頑張れー!」

 

相手の両手を自分の両手で包んで頭の近くに持っていき、頑張れと3回唱える。念?というか自分の思いを相手に分けてあげる方法だって友奈は言ってたっけ。相手に元気と勇気を与えるおまじないらしい。

 

「…よっし、終わり!俺の元気と勇気を園子に送っといたよ!これできっと園子は大丈夫!」

 

「あ、ありがとう…」

 

「じゃあ、そろそろ帰ろうぜ。流石にこれ以上雨が沢山降って来られたら傘借りて帰らなくちゃいけなくなっちゃうし。」

 

「傘忘れてきちゃったの?」

 

「おう! ばっちりな」

 

自信持って言う事じゃないよ〜とゆるくツッコんで来る園子。

すると、「あ、そうだ」と何かを思いついたらしい。

 

「私の家の人がお迎えに来てくれてるみたいだから、ゆーさんも一緒にどうかな?」

 

「マジで? 本当にいいの!?」

 

「うん、もちろんだよ〜」

 

「やったー! 園子大好きー!」

 

「…あはは、どういたしまして」

 

うおー、傘も借りなくて済むし一人寂しく家まで歩いて帰らなくて済むとか最高だな。マジでありがたいわ…ありがとう園子さま。

 

その後は園子のお迎えに来た人に事情を話して、すっごい長くて高そうな車に乗せてもらった。確かああ言う車のことをリムジンって言うんだっけ? 中も広くてすごかったなー車の中でパーティーできそうだなとか思った。お嬢様、ハンパねぇ!

 

そういえば俺はこんな感じで車の中を一望したり、いつもの歩きとは違う外の景色を見てたりするのに夢中だったけど、園子はずっと同じ姿勢のまま少し俯いて自分の両手をずっと見つめていたっけ。手相でも気になったのかな?

家の前まで送ってもらうとドライバーさんが傘を差して玄関まで送ってくれたので丁寧にお辞儀をしてお礼を伝えた。園子には車から降りる直前に"頑張れ"ともう一度伝えて別れの挨拶をした。

 

家に帰った後すぐさま高嶋家のお手伝いさんが出迎えてくれた。俺が傘を持って行かなかったのを知っていたため、一滴も雨に濡れていないのを不思議そうに見ていた。その後千紘さんが来て誰かに送ってもらったのかと聞かれたので、園子の家の人に送ってもらったことを伝えると一瞬すごい顔をされたのだが…そんなに驚くことなのだろうか? これ今度園子の家に遊びに行くかもしれないって伝えたらどうなるのだろうかと一瞬考えたが、今はそれどころではなさそうなのでやめておいた。

 

そういや、園子の車のドライバーさん…召使いさん?に最初運転よろしくお願いしますって言った後に自分の名前を伝えようとしたんだけど、何故か「高嶋 優士様ですね。存じております」って言われたんだけど……あれ?俺って園子の家のドライバーさんとは初めて会ったはずなんだけど。

 

何でだろうと一つの疑問が残ったのだが、次の日にはすっかり忘れていた。

 

 

 

 




基本にちじょう編では主人公目線が大半ですが、不定期に銀、園子、須美からの視点を描いた回を入れる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小学四年生 11話

今回はオリキャラのみの回になります。


"夏休み"それは学生に与えられた大きな希望である。ジリジリとこちらを照らしてくる日差しに外を支配する熱気の中重いランドセルを背負い登校することも、朝から強制的に勉学に励まされることもないという正に最高の日々、それが約三十日間も続くのだから気分が上がるというものだろう。俺もその一人で夏休みが始まるまでの毎日をウキウキ気分で過ごしていたというのに。

 

「…に、じゅう、さんっ……!」

 

「ペース落ちてきてるぞ」

 

「ふ、ぐぅぅ……」

 

(どうしてこうなった……)

 

俺は今、現在進行形で家にある裏庭の空いているスペースを使って腕立て伏せをしている。もちろんただの個人的な筋トレや身体作りのためにやっている訳ではなく、"御役目"に向けての訓練の一環である。

 

訓練と聞き何かすごい特訓をするのだろうかと思った。

例えると、超高速で四方八方から飛んでくるボールを避けるとか、トラックサイズのタイヤを木にぶら下げて受け止めるとか、連続でバク転をした後に続けてバク宙をできるようにするとか。

 

しかし俺の想像していたようなことは行わなかった。まずは基盤を作ることを中心に始めていくとのこと。悲しい事に、ただ元気があるというだけでは体力があることにはならないらしい。こちらに来て一月が経過した時くらいから家でもできるような軽いトレーニングは続けてきていたのだが、夏休みの期間は鍛えるのに絶好の機会らしく技術を色々詰め込みたいとのことだ。

 

昨日は大赦が勇者を鍛えるために用意をしてくれたという訓練場へと連れてかれた。武術に関わっている専門家の人が来てわざわざ俺の相手をしてくれたのだ。投げられたり飛ばされたりしたせいで、身体のどこもかしこも痛い……まあそれは訓練の前に事前に教えてもらっていた受け身を上手く実践することができなかった俺が全部悪いのだが、やはり物事の飲み込みが悪いとこういう時辛いなと改めて思う。俺は言われたことをすぐに実行できる天才タイプではないのだ。その後も何回も見本のやり方を見せてもらいながら繰り返し練習し、キュウダイテン?というものを貰いギリギリ合格とのことだった。

 

俺自身そんなに運動ができている訳でもないが、同年代の男子たちと比べて走る速さにだけは自信があった。毎日走り込みをしていた時期もあったためそれも相まって俺って実は結構走るの速い方なんじゃね?と思っていた時期が高嶋君にもありました。しかし、それはこの前銀とかけっこで勝負した時に抜かれてしまった時にその自信は見事砕け散ったという訳だ。だが、次に銀と勝負する時には勝てるようになりたい。女の子に負けるというのはやはりちょっと情けない気がする。

 

「ご、じゅう──ッ!」

 

指定の回数を終えると糸が切れた人形のようにその場でうつ伏せになって倒れ込む。これで軽めのメニューとか……本格的な訓練が始まった時にはどうなってしまうのだろうか。

…とりあえずボロ雑巾みたいに地べたに横になっている自分が容易に想像できてしまう。

 

…みんなは今頃友達と遊んでたり、エアコンの効いた部屋でくつろぎながらゲームしたりしてるのかな。そう思うと少し羨ましく思う気持ちが込み上げて来るが、まあそこは仕方がないことだと我慢する。

 

神樹館で過ごす日々が充実し過ぎてて思わず忘れそうになるが、俺がこの高嶋家に来た本来の理由は勇者としての御役目を担ったからなのであり、断じて新しい生活を楽しむための理由ではないのだ。だからやるべきことはしっかりとやらなければいけない。

 

「すうー……はあ〜」

 

そんなことを考えながら、ごろっとそのまま身体を横に動かして空を見上げる。目に入るは雲一つない快晴の晴れやかな景色に思わず頬が緩む。何度目かの深呼吸を終えると先程まで上がっていた息も落ち着いてきた。

 

「おつかれさま。今日もよく頑張ったな」

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

ペットボトルのお茶とタオルを差し出されたのでそれを受け取る。

 

また、返事を敬語で返してしまった……正直、まだ高嶋家の人達とは一緒にいるとなんとなく気恥ずかしくなってしまい、上手く話せないことがしばしばあるのだ。千紘さんとは訓練や普段の生活の中などで接してる機会が多くて結構話せるようになって来たんだけど、義母(かあ)さんと義父(とう)さん相手だとまだちょっと遠慮しちゃうこともあってまだ少しだけ気まずい。

 

当たり前だけど『学校の友達と仲良くなる』とはまた違う訳で、クラスメート達とは好きなゲームとか漫画とかその日あった授業の話などで盛り上がったり話題を作れるのだが大人の人が相手だとそんな話題で楽しめるのだろうかと思うところもあり、千紘さんも真面目だからそれも相まって無理そうである。

 

義父(とう)さんは無口というか雰囲気からして厳しそうでちょっと怖い。そういう人のことを確かゲンカクっていうんだっけ。

いつも考え事でもしているのか難しそうな顔をしてるし、その時の目つきがちょっと怖いけど同時にかっこよくも感じる。

 

義母(かあ)さんはすごい優しく接してくれている気がする。学校のこととか良く聞いてくるし、こちらに来てから生活に不満はないかとか良く気にかけてくれている。この家を訪れて初対面で挨拶をした日も確か言われたっけ。

 

『悩み事や困った事があったら遠慮なく相談しなさい』

 

って最後に言ってくれた。しかし特に家でも学校でもこれといって困ったことは今のところないし、義母(かあ)さんたちは自分たちの仕事で忙しいだろうからその邪魔をする訳には行かない。流石の俺でもそのくらいの気は回せるのだ。

 

(…ま、こんなもんでしょ)

 

別に家族間の仲が悪い訳ではないし、現状に不満がある訳でもない。俺はあくまで養子であり他所の子なのだ。むしろここまで良くしてもらってることに感謝しなければいけないくらいだろう。

 

でも────

 

折角家族になったのだがら、義母さんや義父さん、千紘さん達とも"仲良くなりたい"、っていうのはやっぱりちょっと我儘……だよね。

 

そんなことを考えながらもタオルで一通り汗を拭き終わった後首にかけ、ペットボトルの蓋を開けて中身を勢いよく飲んだあと恒例のセリフを口にした。

 

「……ぷはぁー、生き返る〜!この一杯のために生きてるぅ〜!」

 

「いや、おっさんかって」

 

うぐっ、今の言葉は心に突き刺さった。俺まだ小学生なのに……

 

「でもでも、運動した後に飲む水とかお茶ってすごい美味しくない?」

 

まさか千紘さんからツッコミが入って来るとは思わなかったため、つい癖でいつも友達にしているような返答をする。

 

「まぁ、分からなくはないが…」

 

「でしょ〜!」

 

炭酸ジュースとかよりも美味しく感じるから不思議だよなぁ。疲れた身体に染み渡るあの感じ…すごい良いよね。

 

「だけど、さっきの言い方は間違いなく勤労疲れのおっさんとかが一杯飲んだ時の反応だったぞ」

 

「えー、ひどいなあ……」

 

俺の一連の動きを見て小馬鹿にしたような感じで笑う千紘さん。

 

「とりあえず今日はお疲れさま。今日の分のメニューはこれで終了だから、友達と遊ぶなり好きなことするなりして自分の為に時間を使いなさい。"折角の夏休み"なんだしね」

 

「は————ッ」

 

はいっと丁寧に答えそうになるもそれをぐっと飲み込む。

 

──もっと砕けた感じで言っても大丈夫、かな?

 

「うん! ありがとう千紘さん。よし、とりあえず汗を沢山かいたのでシャワーでも浴びてこようと思います!」

 

「そうだな、それがいい。あ、遊ぶのも良いけど宿題も忘れずにちゃんと進めておくんだぞ?」

 

「……はーい、わかってますよ〜」

 

宿題かあ…そういえば沢山出てたっけ。とりあえず簡単な計算問題のプリントから進めていこう、うん。最終日まで宿題を貯めに貯めて地獄を見るというワンパターンは今年から脱却するように頑張らなければ!

 

 

「…ま、精一杯頑張りたまえ少年よ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「あら、優士じゃない」

 

「あ、こんにちは……です」

 

汗をお風呂場で一通り落としサッパリした後自室に向かおうとしていたところ途中で声を掛けられた。ぎこちない返答が面白かったのか、義母さんはクスリと可笑しそうに笑った。

 

「まだ、堅いわね。そんな気を使うことないのよ? いつも学校で友達と接している時みたいに元気良く、フランクな感じで」

 

「いや、それはちょっと……ん? 」

 

学校での俺のことなんて話したことなかったよな?

だとしたら何故義母さんは俺の学校での態度を知っているんだろう。千紘さんから聞いたのだろうかと思ったけど、学校で俺がどう過ごしているかなんて聞かれたことはなかったし、わざわざ言うことでもないかなと思い話したことはなかった。

 

「優士が学校でどう過ごしているのか気になってたから私が個人的に電話して教えてもらったのよ」

 

「え、そうなの?」

 

それテストの点数とか授業の様子とかも筒抜けだったりするのだろうか。そもそも何でわざわざ学校に連絡とってまで俺のことを調べてるのだろう。

高嶋家は大赦の偉い地位に当たる家名で発言権も乃木、上里の両家には劣るが組織の中では強い方だと教えてもらった。その分求められる対価も大きく多忙の身の筈だ。実際忙しくしている様子はよく目にしていた。

 

「義母さんいつも忙しそうなのにそんな暇あったの?」

 

「貴方が思っている程仕事は溜め込んでいないわよ。それに仕事で忙しかったとしても親が真っ先に優先するのは"自分の子供"のことなのよ」

 

「……養子なのに?」

 

「養子とかは関係ないわよ。"高嶋優士"、貴方はもう私達の()()なんだから」

 

頭にそっと義母さんが優しく手を置くと、そのまま髪の毛をくしゃりと触ってきた。

 

(……家族、か)

 

そう言われたことに対して嬉しい気持ちとちょっぴり恥ずかしい気持ちが胸の内で生まれる。

すると何かが気に障ったのか義母さんの顔がムッとしたものになった。

 

「優士、貴方の髪の毛全然乾いてないじゃない。ドライヤーとか使わないの?」

 

「え? 自然にしてればそのうち乾くから別に──」

 

別にいいと言おうとしたのだが、それは義母さんの声で遮られてしまった。

 

「駄目です。すぐ乾かさないと風邪を引いたり、髪の毛が痛んじゃう可能性だってあるんだから」

 

「いや今夏だし、それに俺男だからそこまで髪の毛に気を使わなくても」 

 

「いけません! 身だしなみは髪の毛からとも言うのよ」

 

「わ、分かりました……」

 

こういうことにはやはり女性はうるさいらしく、勢いに負け思わず返事をしてしまった。そんな気にしなくてもいいと思うけどなあ〜……

 

 

 

◇◇◇

 

 

現在、俺は初めて義母さんの部屋を訪れていた。洗面所でも良かったのでは聞くとこっちの方が都合が良くていいとのことだった。髪が乾くまで椅子に座らせられること十分弱くらいだろうか。ようやく義母さんが持っていたドライヤーの電源を切った。

 

「よし、終了」

 

「おぉ……なんか髪の毛ふわふわしてる?」

 

机に置かれた手鏡を見ながら自分の髪の毛をぺたぺたと触ってみる。乾かし方もすごい丁寧だったな。ドライヤーなんて自分から進んで使おうとしたことはほとんどなくて、お父さんが小さい頃に乾かしてくれたのと、友奈と一緒に乾かしっこしようと言われて使ったことがあったくらいだった。

 

「その……ありがとう義母さん」

 

「どういたしまして、ふふっ」

 

「どうしたの?」

 

「千紘も小学生の頃は今の優士みたいに素直だったなーって……思い出しちゃってね」

 

「今の千紘さんは違うの?」

 

「そうね…ちょっとだけ卑屈に……ううん、自分を表に出せなくなっちゃったのかな」

 

少し寂しそうに微笑むと義母さんは続けて俺の頭を櫛でとかしながら話しを続ける。

 

「大人になるにつれてね、人は段々と自分の本心を隠すようになってしまうの。これはきっと多かれ少なかれ誰にでも当てはまることだと思う」

 

「家族や友達にも?」

 

「ええ、悲しいことだけどね。あの子は昔からしっかりしてたから心配は無いと思うけど……あの子の親としては嬉しさ半分、悲しさ半分ってところかな」

 

「やっぱり親としては頼って欲しいもの?」

 

「もちろん。自分の子供に頼られて嬉しくない親なんていない……って私は思いたいんだけどね」

 

「……そっか」

 

そういえばお父さんも昔同じこと言ってたっけ。

何かあったら必ず親を頼れ、"子供を守るのが親の仕事"なんだって。

 

「だからね、優士」

 

「ん…?」

 

義母さんは櫛をテーブルに置くと、俺の座っている椅子の向きを真正面に対面するように動かした。その顔は今まで見たことがないくらい、普段の優しい義母からは想像もつかないくらい真剣な表情だった。

 

「貴方は"今のままでいなさい"。素直で真っ直ぐに、自分の本音を相手にぶつけていきなさい。時に相手を傷つけてしまうこともあるかもしれない。 それでも………後悔を残さないために……」

 

その言葉にはどこか重みがあるように感じた。俺を見つめてくるその目はどこか辛そうに何かを訴えたがってるようにも見えた。

 

「……あのかあさ───」

 

「……ふふっ、なーんてね。私が言わなくても優士は既にそんなこと分かってるわよね」

 

「あの……」

 

「はい! ということで今日の親子の時間は終了〜! ふふ、ちょっとは母親らしいことできたかしら?」

 

先程とは一転していつもの優しい雰囲気に戻った義母さん。俺はまた勢いに押されてしまい言葉を口にできなかった。俺の中では先程の話しが気になっていたけれど話を戻す気にはなれなかった。

 

「まあ、何を言いたいかまとめると。一つ、私達家族に遠慮はしなくていい、敬語も無し。困った時は大人を頼りなさい。二つ、自分の意見は大切にしなさい。とりあえずこの二つだけ覚えておきなさい」

 

「いいわね?」と釘を刺されたためそこに拒否権はなく半ば強制的である。

 

「わかった。困った時が来たらなるべく頼るようにする……それでいい?」

 

それでいい、というように義母さんは微笑みながら首を縦に振った。

 

「あ、それともう一ついいかしら。これは私の個人的なお願いなんだけど」

 

「ん?」

 

「偶にでいいから優士の学校での様子や普段友達と遊んでいることとかを教えてくれる? 親としては子供がどうしてるかやっぱり気になるし、こういうのは他人より本人の口から聞くのが一番だと思うから……」

 

駄目かしら、と少しばつが悪そうに義母さんは聞いてきた。

正直俺は心の中でちょっと安心していた。もっと難しいお願いかと思ったけど、案外簡単なことだったため考えることなく気軽に了承してしまった。

 

「そんなことでいいなら……何なら今休み入って暇だし今日はもう何もないからすぐに話そうか? このあと義母さんの時間が空いてればだけど」

 

俺がそう返事をすると義母さんは嬉しそうな表情を浮かべた。義母さんも今日は特に忙しい用事もないとのことらしく、今までもどうやら俺から話しを聞きたかったとのこと。

 

親子らしい会話や相談は今まで全然してこなかったからその分も含めて時間を忘れてたっぷり話し込んだ。途中で千紘さんが仕事の用件か何かで部屋に来たのを義母さんが強制参加させたりなんてこともあった。勿論千紘さんは最初抵抗していたのだが、義母さんが何かを耳元で囁くと顔を歪めた後、「分かったよ。今日の分の大きな仕事は一応終わったし……付き合います」と諦めたように言っていた。やっぱ母親って強えや。

 

 

「──だからね、この夏休みすっごい楽しみでさ!それから──」

 

 

俺がこっちに来てからできた友達のことや学校で過ごしてきたこと、最近は夏休みにクラスのみんなに遊びに行こうと誘われて嬉しかったことなんかを話した。話しを聞いていた義母さんは微笑ましそうに、千紘さんもいつもより口角が上がっていて優しい目線をこちらに送ってきていたことを話しに夢中になっている際は気づけなく、気づいた時には少し恥ずかしくなって椅子に座り直した。

 

合間に義母さんと千紘さんも自分達のことを教えてくれた。高嶋家の三人で過ごしてきた大切な思い出の一部も語ってくれた。今大赦の方で仕事をしていていない義父さんのことも教えてくれた。好きなこととか、得意なこととかも俺から質問したらちゃんと答えてくれた。

 

「今日は義母さんと千紘と沢山お話しできたなあ〜……」

 

自分の部屋のベッドに横になりながら今日のことを思い出す。

時間はあっという間に過ぎてしまい、終わりの時間が来るのは案外早かった。けれどまだまだ話し足りないような気がしてしまった。今度は義父さんとも機会があったら話したいなと思った。

 

「少しは仲良くなれたかな……?」

 

今日は高嶋家のみんなのことを知ることができて良かったな。といってもまだまだ知らないことの方が多いのだろうけど。自分の中ではちょっとだけ仲が縮まったような気がして嬉しかったな。

 

「……ってて、これ明日筋肉痛になってそうだな……」

 

明日は確か……銀がとっておきの場所に連れて行ってくれるんだったっけ。

 

夏休みは始まったばかり、今年はいつも以上に色々充実したものになるといいな……いや、なるようにしたいな。

 

友達も家族も特訓も……ついでに勉強も頑張りたいと思う。

 

よし! 今日の夏休みの日記はこんな感じにまとめよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




高嶋家の人達に関しましては完全なオリキャラとなりますのでご注意。
俺が知る限り高嶋家関連の話って全然掘り下げがなかった記憶があります。もしも原作の方で明確な描写があった場面などを知っていたら感想などで教えてくれると嬉しいです。今後の話しの参考になるので。

次回は今回の話しの最後に仄めかしていた通り銀メインの回にしたいと思っていますのでお楽しみに。話しも大体は出来上がってるので直ぐにあげられると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小学四年生 12話

予告通り銀ちゃん回となります。


「優士ー、ちゃんとついて来てるか?」

 

「おう〜……」

 

「おいおい、何か今日はいつもと比べて元気がないな。どうかしたのか?」

 

「ちょっと昨日はいつもより多めに運動をしたせいで少し筋肉痛でして、あ、そんなに大したことないから平気平気」

 

銀が確認をとってきたのに対し大丈夫だと返事を返しておく。予想通り筋肉痛が発生したが段々慣れてきた気がするし、別のことに集中したり遊ぶことに夢中になったらそのうち忘れると思う。

 

今、俺達が訪れている場所は駅前にある巨大なショッピングモール、通称イネス。銀が前に言っていた"とっておきの場所"に連れてきてもらっていた。

 

「ほぇ〜…」

 

天井を仰ぎながら自然と圧巻の声が出た。新しく目に映るものには興味をそそられる。イネスの品揃えの数、種類は様々で尚且つ豊富であり大体必要なものは何でも買えると銀から聞いてはいたのだが、あながち嘘でもなさそうだ。今も歩きながら色々なものに目移りしてしまっているため一からじっくり見ていたら今日中には周りきれないだろう。

 

 

「イネスってすごいんだなぁ」

 

「そうだろそうだろ! 何たってイネスだからな!」

 

 

お店を通りかかっては銀がいつもより少しテンション高めに紹介していき、気になった場所では少し立ち止まって拝見したりしている。

こういうのを、"うぃんどー"ショッピング?って言うらしい。

まあ、俺達小学生だから家族と来ない限り大きな買い物は普通しないだろう。…今持ってきている所持金(お小遣い)的にもまず無理だ。

 

——と、そんな感じで銀の案内の元イネスの中を見て周り現在は本屋に立ち寄っていた。

 

「お、これって前の学校の友達に借りて読んだ漫画だ」

 

なんとなく目に入ったため最新巻が置かれている本棚から取り出し近くで表紙を確認する。主人公の武器と仲間のヒロインの武器が交差しており、二人の決闘が始まるといったあらすじが裏表紙に書かれている。

 

今はそんな展開になってるのかと少し読みたくなってしまうが二巻くらい読んでいなく間が空いてしまっているためそこに至るまでの展開が分からないため、先の展開をネタバレしてしまい少し後悔した。

 

ちなみに銀も漫画を読むのが好きでこの前学校で好きなキャラクターや技などの言い合いで盛り上がった時は楽しかったな。

 

「優士はどんな系統をよく読むんだ?」

 

「う〜んとね、多いのはやっぱバトル系かな」

 

ドラゴン○ールとか面白いよな。昔家の大掃除をしてる最中にお父さんが引っ越してきた時から開けないでそのままにしていたダンボール箱を見つけて整理していた時にその漫画がダンボールの中に全巻入っていた。

もう読まないと思うからともらったのをきっかけにとりあえず一巻だけ読んでみたら止まらずに朝から夕日が沈むまで時間を忘れて読むのを楽しんだ。

 

あれからだっけ、漫画を読むことにハマったのは。しかし、他の神世紀の作品を通して思ったのだが…西暦の時代の方が神世紀に書かれた漫画より面白いように感じるんだよなぁ……特撮とかアニメなども。黄金期というやつだったのだろうか。

 

 

「俺は界◯拳4倍か○はめ波が一番好き」

  

「わかる! あそこの全身全霊で迎え撃つ感じ最高だよな!」

 

「だよなだよな! 正直あの真っ向勝負は作中でも群を抜いて好き!」

 

 

そんな風に店内で漫画の内容で盛り上がっていると段々声の大きさが上がっていってしまい、そんな俺達に対して一瞬後ろの方にいた店員さんにわざとらしく咳払いをされ、ごめんなさいと二人で謝った。

 

 

か○はめ波、ギ○リック砲、魔○光殺砲といった必殺技に一度は憧れる。それが子供達のさだめというやつでありそういった想像を膨らませるのは仕方のないことだろう。

 

「銀はどんなの読むんだ? やっぱ女の子だし、少女漫画とかいうやつか?」

 

「まあ、興味はあるかな。クラスの友達の女子に貸してもらって読むくらい」

 

隣の戸棚に置いてある先程話題になった少女漫画を手にしていた。それを横から覗き込んで銀と一緒に表紙を見る。

 

「少女漫画って男が見ても面白いのかな?」

 

「いや、アタシに聞かれても……その人の捉え方次第じゃないかな?」

 

恋愛の話だっけか。俺の中では少女漫画って園子みたいな物静かそうな子が読んでそうなイメージがあるけど。

 

それでいくと鷲尾さんもあてはまるのではと一瞬頭をよぎるも、あの子は辞書とか歴史の本を読んでそうだなと勝手に想像してしまう。眼鏡をかけて『…なるほど!』などと言ってる姿が容易に浮かぶし、とても似合っていた。そういう人を文学少女って言うんだっけ。

 

それとは真逆のタイプというか、いつも活発で俺たち男子に負けないくらいエネルギッシュな銀からは想像がつかなかった。女の子だからそういうことに興味を持つことは不思議なことじゃないんだろうけど。

 

「い、いいだろ別に!……アタシだって女だし、そういった…恋愛には少し、あ、憧れるというか……」

 

「おう?」

 

銀は何故か少し怒ったようにそう言ってきた。まだ何も言ってなかったが顔に出ていたのだろうか。最後の方はいつもの快活な銀の声とは打って変わり、とても小さい声量のためよく聞き取ることができなかった。

銀は手に持っていた少女漫画を元の場所に戻すと小さなため息を吐いた。

 

「……ま、こんなこと現実じゃそうそう起きないんだろうけどな。漫画の登場人物みたいにカッコいい転校生の男の子なんて現れなかったしなぁ〜……」

 

「不満を言いながらこっち見んのやめてクレメンス……」

 

事実を再確認させるな…させないで。俺がイケメンじゃないのは自覚してるよ。顔面偏差値が10点中6.5点くらいとかいう高くも低くもない微妙な評価をつけられたことがあるからな。磨けば光るかも……?と定番の慰めの言葉が返ってきたくらいだし……やめよう悲しくなって来た。

 

「まあ、かくいう私も少女漫画の主人公みたいに優しくて可愛い訳じゃないけど」

 

「そうか? 俺から見れば銀だって優しいし十分可愛いと思うけどなぁ」

 

銀の顔はかなり整っている方だと思うのだが。多分成長すればもっと綺麗になると思う。中学生とか高校生くらいにはすごい美人になってそうな気がする。てか今だって十分可愛いと思うけどな。

 

「んな──ッ!?」

 

「そのくせ、運動やスポーツをしている時はカッコいいとか反則だよな」

 

可愛さとカッコ良さの二つがあわさって最強に見えるってやつ……主人公かな?

神様は二物を与えないとか言うけど絶対嘘だよな。この世界が平等であったことなどない、もしそうなら俺にも才能を一つぐらい分けて欲しいものだ。…祈ったらくれないかなカッコいいの才能。

 

「俺も何か才能が……って何してんだよ銀。その場で蹲って……お腹でも痛くなったか?トイレ行く?」

 

「……っさい、ちょっと静かにしてろ、バカ……」

 

「えぇ、急に悪口言うじゃん」

 

暫くして落ち着いたのか銀は立ち上がったのだがその顔は赤く染まっていた。熱中症にでもなったのではないかと心配になって聞いて見ると銀は俺から目線を逸らし、反対方向を向くと何故か小さく深呼吸をした後に大丈夫だと答えてきた。

 

本人が言うのなら平気だろうとは思うが一応頭の片隅に入れておくことにしつつ、本屋を出て次の場所に向かうことにした。

 

「じゃ、また案内頼むぜ!」

 

ほんと…調子狂うなぁ……」

 

銀が何かを呟いたように聞こえたのだが、声が小さすぎてよく聞こえなかった。

 

 

◇◇◇◇

 

「うお——どうしたんだよ銀?」

 

先を歩いていた銀が急に歩く足を止めたため軽くぶつかってしまった。

何かを見入るように目線を飛ばしている銀を横から見て確認し、どうしたんだろうかと思いつつ俺も銀の目線の先と同じ方角を向いてみる。

 

「あれって……」

 

そこには一人の少女が両手で顔を隠しながら俯いている姿を発見した。

 

(あの子、もしかして泣いてるのかな……?)

 

何があったのだろうと俺が考えて行動しようとした時、素早く銀がその少女の元へと駆け寄って行った。少し遅れながらもその後を追いかけた。

 

銀は目線が少女と会うように膝を曲げてしゃがみこむと優しく笑顔を浮かべながら声を掛けた。

 

「キミ、どうしたの?」

 

小学生の自分達よりも大分小さい身長から見て幼稚園生くらいの年齢の子だと思われる。そんな小さな子が一人でショッピングモールまで買い物に来るとは考えられないし、単純に考えられるのは迷子の可能性だが……いや、ちょっと難しい初めてのおつかいとかの可能性も微レ存?

 

 

自分に声を掛けられたことに気づいた少女は両手をゆっくりと下げて銀と俺の顔を交互に見る。

 

 

「……おねえちゃん……たち、ひっ……く、だれ……?」

 

泣いた顔を見せないように腕の隙間から俺達の姿を見ており、恐る恐るといった感じで聞いてくる。

 

「アタシは三ノ輪銀。こっちにいる変なお兄ちゃんは高嶋優士って言うんだ」

 

幼稚園の先生が喋りかけるような優しい声で銀が俺達の紹介をする。

 

「ぎん、おねえちゃん?と……へんな、おにいちゃん?」

 

「そうだよー」

 

よしよしと少女の頭を優しく撫でる銀。年下の弟を持つ姉なだけあり年下の相手は得意なようだ。少し安心したのか少女の方も怯えたような表情が柔らかくなっている。

 

 

だがしかし————

 

 

「ごめん。いい感じの雰囲気を壊すようで悪いんだけどさ、変なお兄ちゃんはちょっとやめてほしいかなぁって……」

 

普通にお兄ちゃんって呼んでくれよ。

なんかこう、駄目な感じの人みたいじゃんか。

 

「別にいいでしょ。優士は普通でもましてや優等生って訳でもないんだし」

 

「俺、普通。シンプルイズベスト!」

 

片言のように放った俺の言葉を聞くと銀ははぁ〜、と小さく息を吐いた。俺のどこが変わってるって言うんだ!

 

 

「下校中に傘でゲームの剣技を再現しようとしたり、梅雨の時には自分の手の平よりデカいカエルを教室に持ってきて軽い騒ぎを起こし掛けた奴は充分変人でしょ」

 

「いや、普通男子小学生はそんぐらいのことするぞ?」

 

「する訳ないだろ!」

 

銀から勢いの良いツッコミが入る。いやいや、するんだって男子は。前の学校の男子達とは落とし穴掘ったりとかしたぞ。あ、別に人に仕掛けるためじゃなくて、ただ作りたいという一心で。ほら、山があったら登りたいみたいな感じよ……いや多分意味違うなこれ。

 

 

そんな感じで銀から自分の行動を否定され続けていると。

 

 

———ふふっ、という小さい笑い声が聞こえてきた。

 

 

「おねえちゃんたち、おもしろいね!」

 

 

先程まで不安で泣いていた少女が俺と銀を見ながらクスクスと笑っている。

 

「そうだろそうだろ。俺がボケで銀がツッコミ、いつかコンビを組んでお笑いグランプリに出る予定だからよろしくー」

 

「まだそのネタ引きずってるのかよ……あぁ、本気にしないでね? こい……このお兄ちゃんが一人で勝手に言ってるだけだからね?」

 

「えー、俺結構本気なんだけどな〜。なんなら俺がツッコミで銀がボケでもいいぜ。あ、それか俺と銀でボケをやってもう一人誰かにツッコんでもらうのもいいな!」

 

目の前の純粋な少女は俺の言葉を聞いて目を輝かせる。

どうやら俺たちがテレビに出るのだと思ったらしく尊敬の眼差しを向けて来ていた。そんな事実は存在しないのだが……そんな事実はない、とハッキリ言ってしまえば、また落ち込んでしまうだろうと思い黙っていることにした。銀も俺と同じなのか否定の言葉を飲み込んでいた。

 

「コンビの俺達二人をよろしく〜!」

 

「コンビのふたり〜♪」

 

「イェイ!」

 

「いぇーい♪」

 

「あぁ、もう……まあいいか」

 

 

はぁ〜、という今度は長いため息を銀は吐きつつも先程まで泣いていた目の前の少女を笑顔にすることができたため細かいことは別に気にしなくてもいいだろう。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

「ぎんおねえちゃん、ゆうおにいちゃんバイバーイ!」

 

「もう迷わないようにね〜!」

 

「次迷ったら、悪い怪人に連れてかれ……痛い痛い! やめて、ちょっとしたジョークだから!」

 

 

あれから俺たちは迷子の少女の親を銀と一緒に探し回った末無事母親を見つけることができた。初めてのおつかいではなかったようである。

案外早く見つけることができたのは俺と銀で「女の子と逸れたお母さんはいませんかー!」って呼びかけ続けたおかげだろう。

 

 

「ま、気を取り直してイネス探検再開と行こうぜ…っと思ったが、気づけばもう三時過ぎてんだな」

 

 

右手につけた腕時計を見る。今日遊びに行くと義母さんに言ったら門限までに帰って来るようにと借してもらえた(強制的に付けられた)ものである。集合時間自体、昼食を取った後の時間帯だったため無難な時間だと思う。

 

 

「この時間ってなんかおやつみたいなの食べたくなるよな」

 

 

小腹が空くというか。今に限らず、お昼の時間とかって分かると急にお腹が空く場合があるよな。

 

 

「ふっふっふっ」

 

「なんだよ…?」

 

「そんなアナタに朗報です! イネスのフードコートといえば……」

 

「イネスのフードコートといえば?」

 

「いえば………」

 

間をしばらく開ける銀。早く言ってくれよ気になるだろー。

 

 

「とーっても美味いジェラートがオススメだ!」

 

「おぉー!」

 

 

指をパチンと鳴らしながら得意げに言ってきた。俺もノリに合わせてパチパチと手を叩いた。今は夏であり、基本は熱いものより冷たい物が食べたい時期だろう。

 

 

「食べたい! 俺ジェラート食べたいぞ!」

 

「なら食べようではないか!」

 

 

イェーイと銀と手を合わせる。ジェラートを食べたいという気持ちの方が強いのかいつもの銀の調子に戻っていたので良かった。

 

即座にフードコートに向かいジェラート屋の列に並ぶ。平日のため混んでいるということはなくすぐに順番が回ってきた。

 

 

「何味にしよっかなぁ。銀はどうする?」

 

「アタシはしょうゆ味のジェラート一択よ! コレ、ガチで美味いよ! 」

 

もうアタシの中では揺らぐことのないナンバーワンよ!と勧めてくる。しょうゆ味か……塩バニラみたいな感じなのかな。確かにちょっと気になるけど銀が頼むなら別にいいや。

 

「……よし決めた。店員さんラムネ一つください」

 

先に注文していた銀の後に続いて注文する。銀はがくりと不満そうにしているのだが……違う味を頼んで一緒に分け合って食べた方がいいんじゃなかろうか。それなら俺もしょうゆ味のジェラートが美味いのかどうか分かるし。友奈ともよく違う味のケーキとか半分こして一緒に食べてたし。

 

 

「はい。落とさないように気をつけてね」

 

「「ありがとうございます!」」

 

 

お金を払いジェラートをもらう。銀が席に座って食べようと空いているテーブル席を指差す。俺も賛成し落とさないように慎重に移動し向かい合う形で席に座った。

 

 

「「いただきます!」」

 

 

スプーンで一口すくったアイスを口に入れる。

 

「——んんッ!」

 

ひんやりと冷たいアイスが口の中で自然に溶ける。夏といえばラムネだろうという適当な理由で選んだのだが、どうやら当たりだったらしい。

だってすごい美味しいもん。

 

 

「あはは、聞かなくても分かるって感じだな」

 

「?」

 

俺がアイスを食べているところを見て、くすりと笑う銀。なんか変な顔してたかな?

 

「何かおかしいとこあったか?」

 

「いやいや全然、むしろ幸せそうな顔してたよ。給食の時もそうだけど、優士って食べてる時は特に顔に出るよな」

 

「そうかなぁ?」

 

「そうだよ。見ていて気持ちいいというか、作った側がすごく嬉しくなるような顔してる」

 

どんな顔だよ。嬉しかったら笑うように、食べてる時は幸せだから笑顔になる、なってるのかな? 俺、食べるの好きだし。

 

「あ、そうだ。銀のしょうゆ味のジェラート一口ちょうだい。銀が進めてたこともあってけっこう気になってるんだ。お礼に俺のジェラートも一口あげっからさ」

 

「えっ?……ああ、そうか。……じゃあ、はい」

 

一瞬銀が俺のスプーンと自分のジェラートを見て数秒何かを考えるようにそのまま見つめていたが、自分の中で納得したのかこちらにゆっくりとジェラートを差し出してきた。

 

……いや別に一口だけだぞ? スプーンで多くすくった分を一口なんてする気はないんだけどな。銀から見た俺ってそんな卑しく見えてるのかな……だとしたらちょっと凹むかも。まあ、それはとりあえず置いといて。

 

「サンキュー! じゃあいただきます」

 

銀がこちら側に差し出してくれたジェラートをスプーンで一口すくいそのまま自分の口の中へ。

 

 

————これは……!

 

 

「……どう、美味しい?」

 

「……うーんちょっと微妙? いや、不味くはないんだよ。ただなんて言うのかな……大人向けの味というかなんというか……」

 

 

なんて言えばいいのだろう。ミルクの甘味の中にしょうゆのしょっぱさが合わさってまろやかに?……駄目だ。俺食レポ目指している訳じゃないからなんて表現すればいいかわからない。

 

 

「そっかぁ……他のみんなにも不評だったし、アタシの舌が変わってるのかな?」

 

自分の好みを共有できなかったことがショックだったのガッカリと項垂れる銀。

 

「あ、あれよ! ほら俺ってみんなからよく馬鹿だとか言われてるから、舌の方もきっとお馬鹿で味を上手く判断できてないんじゃないかな! さっき言ったようにそのジェラート大人向けの味って感じだったし、俺みたいな子供舌の奴には合わないってだけで……あ! 大人になったら舌が変わるって言うし、その時にまた食べてみようかな!?」

 

焦りながらもなんとか励まそうと頑張って言葉を考えて口にする。

多分あまりフォローになってない気がする……どうしたらいいのかと悩んでいるとそんな俺を見てくすりと銀が笑う。

 

「──っ、あはは!そんな必死にならなくても大丈夫だよ…っくく」

 

そんな気にしてないし、こんなことでへこむようなアタシじゃない!と前向きに宣言する。しかし、何だかなあ……わだかまりがあるというかなんかすっきりしない。

 

————あ、そうだ忘れてた。

 

「銀、俺のアイスやるよ! 美味いぞコレ」

 

人間美味しいものを食べれば幸せになれるから、俺のアイスと合わせて二倍幸せになれる筈! それにさっき銀にもらったしこれでおあいこだな。持っているスプーンでアイスをすくって銀の方に向けて差し出す。

 

「……へっ?」

 

何かを確認するようにアイスをすくったスプーンと俺の顔を交互に見るのだが……どうしたんだ?

 

「ほら、早く食べないと溶けちゃうぞ?」

 

何を躊躇ってるんだろうか別に毒なんて入ってないぞ……っと流石にこれは冗談でも作ってくれた店員さんに失礼だな。ごめんなさいと心の中で謝る。

 

「え、えっと……」

 

「………」

 

伸ばした俺の手がぷるぷると震え出す。そろそろ腕が辛くなってきた(筋肉痛の)ため仕方なく。

 

「……えい!」

 

「ん——!?」

 

あわあわと開いてた口にスプーンを突っ込む。小さいスプーンだったため、銀の小さな口にも収まりきった。

 

 

「い、いきなり何すんだよ!」

 

 

銀はアイスを飲み込むと開口一番に怒鳴った。

あれー、美味しいって感想が聞きたかったんだけどなぁ。

 

「銀が早く食べないからいけないんだぞ?」

 

「だからっていきなり口の中に押し込む奴があるか! しかもこ、これ、かんせつ————ッ!」

 

「カンセツ? 」

 

 

カンセツっていうと……確か骨の名前だよな。 何で急にそんな話題が出てきたんだろ。言い間違いかなと思いつつ再び自分のアイスをすくって口に運ぶ。うん、やっぱり美味い!

 

 

「くぅ、鈍感なやつめぇぇ……!」

 

「ドンカンって何?」

 

 

どういう意味だろうと思い聞いてみたのだが、「うるさい!ばーかばーか!」という全く異なった解答が代わりに返ってきたため仕方なく自分で考えることにする……結果は勿論分からなかった。そもそもわからないから聞いた訳だし。

 

(……乙女心は複雑ってやつかな?)

 

ていうかそんなはしゃぐとまた体温上がってしまうのではないだろうか? 顔もまた赤くなって来てるし。室内だし冷房効いてて涼しい筈なんだけどな。

 

この後、身体の熱を下げようとしたのか勢いよく銀がしょうゆジェラートを口に運んでいく様子が見られ、その様子を見て後で頭が痛くなりそうだなと思いつつ俺はしっかりと味わいながらゆっくりジェラートを食べるのだった。

 

 




主人公君の距離感がバグっている理由の一つは、とある天然人たらしの幼馴染と小さい頃からずっと一緒にいたおかげ(せい)です。

遅くなりましたが、今日お気に入りの人数を確認したら100人を超えていて驚きました! 凄く嬉しいです!

不定期更新ですがこれからもよろしくお願いします。

できれば感想を書いてもらえると作者のモチベにも繋がるので嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鷲尾須美の章
第一話 優しい日常


本編の始まりです。にちじょう編とは並行して書いていきたいと思います。


夢を見た。

 

 

もう一度、外に出て思いっきり走りたい。

 

学校に行ってみたかった。

 

友達が欲しかった。

 

幸せになりたいと願った。

 

 

そんな●●の悲しい人生を。

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

既視感があるような気がしてならなかった。

 

もう少しだけ────

 

 

「いいかげん起きなさい!!」

 

「っ!……はぇ……?」

 

目が覚めた、というより意識が戻った直後に大きな声が頭に響いたため重い瞼を開ける。

 

「全く……6年生にもなって遅刻なんてしたら恥ずかしいぞ?」

 

「……にい、さん?」

 

窓から入ってくる日の光が眩しく、しっかりと目が開かないながらも近くに置いてある目覚ましに手を伸ばす。確かにいつもより30分くらい寝過ごしていた。

 

「……あれ? 目覚ましが止まってる……いつ止めたんだっけ?」

 

自分で止めた自覚がなかったため、ふと疑問に思ってしまう。電池切れなのか、それとも普通に昨日かけて寝るのを忘れたのか。しかし習慣となったことを今更忘れるだろうか?

 

「母さん達がいなくて良かったな」

 

「うん……確実にありがた〜いお言葉が飛んできてたよね……」

 

「まあ、俺が報告しないとは言ってないけどな」

 

「!?」

 

「嫌なら早く着替えて支度しなさい!」

 

「サーイェッサー!」

 

流石に勘弁である。おかげで目覚めていなかった脳が一瞬で目覚めた。

義父さん曰く、小言みたいな感覚らしいけど30分以上にも渡るの絶対違うと断言できる。先に行って待ってると言うと部屋を出ていった……と思ったら帰ってきた。

 

「そういえば……ネクタイはもうちゃんと結べるのか?」

 

「結べるよ! いつの話してるの!」

 

それ言うためだけに一瞬戻ってきたんかい!

確かに、初めて制服を着たときはネクタイを結べなくて固結びをしていたこともあったけど……もうちゃんと覚えたんだから良いだろうに。

少しイラっときてしまったのでつい部屋の外に追い出してしまった。

 

「ちょっとひどかったかな……」

 

千紘も大人であり、義父達と同じく大赦の一員であるため毎日忙しいに違いない。それなのにわざわざ部屋に赴いて起こしに来てくれたのだろう。

 

「後でお礼言わなきゃ……だね」

 

優士は千紘のことが嫌いという訳ではない。むしろ本当の兄のように思っているくらいである。最初は養子である自分は煙たがれてるのではないかなどと思っていた。けれどこうして兄弟で仲良くしていられるのも彼が自分のことを認めてくれたからだろう。兄弟仲が良くて嬉しいと義母も義父も喜んでいた。血は繋がってないし、ただの養子と言われればそれで終わりだけれど、俺がみんなのことを好きなことに変わりはないのだから。

 

いつの間にか俺にとって高嶋家という居場所は大切なものになっていた。

 

待ってくれている人達がいて、支えてくれている人達がいる。だから辛い訓練も頑張って来れたのだ。

机に置いてある()()()を制服のポケットにしまう。

 

(友奈、もう少しだけ待っててね……)

 

あの日彼女とした約束を忘れたことは一度もない。

 

……きっちり御役目を終えて、胸を張って会いにいけるように頑張るから。

 

 

そう強く思いつつ自分の部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

今は春ということもあり過ごしやすい時期である。たまに吹く風が頬にあたるととても心地よくとても気持ちの良い朝と言えるだろう。

しかし、俺は今朝の朝食のことについて考えてしまっていた。もちろん味にケチを付けるとかではない。むしろ毎日美味しいご飯をありがとうございますと感謝したいくらいです。

 

(今になって考えてみれば、今日の朝も養父さんと養母さんに会えなかったんだよな……)

 

ここのところ面と向かっておはようが言えていない気がする。先程はいなくて良かったみたいなことを思ってしまったけど、やはり少し寂しいなと感じてしまった。

二人は仕事で自分が起きる30分くらい前に家を出ているため仕方ない。前からそういうことはたたあったけど、今年に入ってからは結構その頻度が増えた気がする。千紘さんも早い時は早いしな。

昔と比べると家族揃って一緒に食事を取れる機会が減った気がする。

 

きっと大人は大変なんだろうなあと思いはするけど具体的なことは分からないため、そう思うだけでいつも終わってしまう。何かしてあげれることがあるだろうかと悩んでしまっていた。

 

 

「というわけなんだけどさ、()()さんは何かいい案ある?」

 

「……高嶋君は分からないことがあれば全部私に聞けば解決するって思ってるでしょう?」

 

じとーというような目でこちらを見られる。

 

「そ、そんなこと……な…る?」

 

変な答えが出てしまい須美はため息を吐き、軽く頭を抑える。

そんなため息ばっかり吐いてたら幸せ見逃しそ「あなたのせいだからね?」……先読みされてる……だと……?

 

「あなたは顔に出やすいのよ」

 

「えぇー、そうかな?」

 

そんなことない……って昔は思ってたんだけど、でもそれって考え方を変えれば須美が俺のこと理解してくれてるってことだよな?

友達のことは知っていたいと思うものだし、自分のことも知ってもらえたら嬉しいもんな!

 

「うん! じゃあ俺も須美のこともっと知れるように頑張るね!」

 

()()()()()()()()()()という目的を持った仲間だし。もっと仲良くなりたいしな。ていうかそろそろ名前呼びでもいい気がするんだけどな。

基本名前呼びは相手が許してくれたらするようにしてるのだが、彼女の場合は待っていても駄目な気がしたのでこちらから歩み寄るようにしたのだ。

 

しかし、ガードが固い! 固すぎる!

 

……あともう一歩のところくらいまでは来てるような気はするんだけど、やっぱ同性同士の方が呼びやすかったりするのかな?

一応、5年生の時に4人で安芸先生から御役目について本格的な説明をするために呼び出された後、チームワークを意識することを考えて名前呼びを提案したのだが……まあ結果は言わずもがなである。

 

 

「………」

 

「あれ、どったの。顔赤くなってない? 大丈夫?」

 

[原因はお前だよ!!]

 

クラスにいる全員の考えが一瞬だけ一つになる……寝ている少女を除き。

 

「……ほんと、そういうところは少しも変わらないんだから……」

 

「ん? 何が」

 

「何でもない!!」

 

人は変わっていく生き物ですよ(名言)

 

ま、いっか。須美っておこりんぼな感じがするためこういう時は下手に追求しない方が良い。

ふっふっふ、俺だっていつまでも同じ間違いを繰り返す馬鹿ではないのだ!

 

 

とりあえず義父さん達には今度の休みに肩揉みでもしてあげることにしよう。ついでに義兄さんにもしてあげよう。うん! これで解決!

相談に乗ってくれた須美にお礼を伝え、自分の席に戻ろうとしたのだが隣の席で眠っている園子の寝言を聞いてしまう。

 

 

「……むにゃむにゃ……ゆーさん…それたんぽぽだよ〜……」

 

「夢の中の俺は何してるんですかねぇ……?」

 

内容が気になって仕方ない。幸せそうな顔で寝ている園子の頰を突っつくと赤ちゃん並みにぷにぷにとした弾力が癖になり続けて突いているとそれを須美に注意される。

 

「女の子の顔を許可なく何度も触るんじゃありません!!」

 

後頭部に衝撃が走る、どうやらいつも通りの須美に戻ったらしい。ていうか、あなた一年前と比べるとツッコミの勢いが強くなった気がするのだけれど気のせいですか?

 

「あわわ! ゆーさん、それ食べ物じゃないよ!!」

 

そんな事を叫びながら慌てて起きた園子。メルヘンチックな夢でも見てんのかなとか思ってたら180度くらい違ったわ。その本人は「ほえぇ?」とか言ってまだ寝ぼけている。

……俺って園子にどう思われてんのかすげぇ不安になってきたんだけど。

ていうか……

 

「夢の中の俺はたんぽぽ食ってたの!?」

 

俺が園子の夢に対して突っ込みを入れると、クラスがどっと笑いに包まれる。夢の中の俺どんだけ腹減ってんだろうなぁ……

 

「……はれぇ? ゆーさんにすみすけだぁ、おはよ〜」

 

「おはよう園子、楽しい夢が見れたようで何より……」

 

「……ッ────おはようございます乃木さん」

 

あ、この子今少し笑ってましたよ。見てなかったけど声が震えているのが分かったし。須美と目が合うと、こほんと咳払いをして気を沈めていたが……笑いたい時は笑っていいと思うよ?

 

「……で、園子さんや夢の中の俺はたんぽぽをどんな風に食べてた?」

 

「えっとね〜……生えてるのを千切ってはもしゃもしゃ美味しい美味しいって言って食べてたよ〜」

 

ぶふっと再び笑いがクラスで沸いた。俺自身思うところがない訳ではない、いくらチャレンジャーの俺だって拾い食いは駄目だということぐらい分かる。けどまあ、みんなの笑いに繋がるのならネタになるのも悪くはないと思える。

 

ぷるぷると震えている鷲尾さん家の須美さん。笑いそうになっていることが目に見えて分かるため……ここで畳み掛けるとしよう。

 

「たんぽぽおいし〜」

 

「…! っく……っふふ!」

 

須美の耳元でなるべく高い声でそう言ってみるとついに須美が吹き出して笑い出す。

勝った! と俺は誇らしい気持ちになっていた。笑いを我慢する必要なんてないのだ。その調子でお堅い殻を破ってこうぜ。

 

「……って、やめなさいよ!」

 

「へぶっ!」

 

真面目な須美さんはどうやらご立腹らしい。先程よりも強い須美のチョップが頭に炸裂する。普通に痛いです……

 

「すみすけ達は相変わらず仲が良いんだね〜」

 

「おう! なんたって俺が自慢できる友達の一人だぞ」

 

「乃木さん、そのすみすけって言うのはちょっと……」

 

「ええ、駄目かなあ〜……」

 

そんなに落ち込むことはないと思うぞ。違うあだ名の方がいいってことなのではないだろうか。……てか地味に無視された?

 

 

あだ名というのはじっくりと考えたことはないけど、あまりふざけた感じにすると後が怖いため真面目に考える。二人して、ん〜と唸りながら考えを捻り出そうと頑張っていると、園子の方がどうやら先に思いついたらしい。

 

 

「じゃあシオスミはどう〜?」

 

「いや、そういうことではなくて……」

 

「前にゆーさんも言ってたと思うけど、私の事も乃木さんじゃなくて、自由に呼んでいいよ」

 

ねっ、と同意を求める園子に頷いて答える。その意見にはもちろん賛成である。言い出しっぺは俺だしね。

 

「そうだそうだー。いい加減素直になりなさーい!」

 

「……ぜ、善処します……」

 

「前もそんなこと言ってなかったっけ?」

 

次言ったらペナルティでもつけようかな。……逆に俺達のあだ名を考えさせるとか。勿論、須美が苦手とする英文字でな。

くっくっく……と心の中で笑っているといつの間にか二人と距離が空いていた。というか須美が園子を一緒に避難させたみたい。

 

 

「今ゆーさんすごい悪い子な顔してたよ?」

 

「……気をつけなさい乃木さん、多分いつも以上にろくなことじゃないわ!」

 

「いつもで悪かったな!」

 

 

そんな感じで話しをしているうちに担任の先生が教室にやってきた。誰よりも早く俺は安芸先生に挨拶をする。

 

「あ、安芸先生おはよー!」

 

「先生にはきちんと丁寧語を使って挨拶をしなさい」

 

「次から気をつけます!」

 

「その言葉、先生は何十回と聞いた気がしますが?」

 

「気のせいじゃないですかねー?」

 

などと言い訳をしつつ自分の席に座る。ほら、前言われた時は廊下を走った時だったからノーカウントでいいかなって。

挨拶を終えた後、隣の空いてる席に目を向ける。

 

……銀は今日も遅刻か。またトラブルにでも巻き込まれてるのだろうか? あいつが持ってる気質は半端じゃないからな……もう遅刻を援助してあげてもいいんじゃないかと思うレベル。

 

「はざーすっ! 間に合った!」

 

噂をすればなんとやら、話題の当人が登校してきた。

 

「三ノ輪さん、間に合っていません」

 

「あたっ……すいません……次から気をつけます!」

 

「……先生は貴方達の次からが日に日に信用できなくなってきています」

 

「だってさー、銀気をつけなよ?」

 

「高嶋君……貴方のことも言ってるのよ」

 

「え?」

 

コントのようなやりとりにクラスの皆がまたドッと笑った。須美だけは難しそうな顔してるけど……悩み事でもあるのかなと思っていると、銀と一緒に安芸先生から出席簿アタックを頭に打たれた。

昔は体罰とかで問題があったらしいけど、この時代は行き過ぎたもので無ければ許されている。出席簿を使った注意は担任教師の特権みたいになってる。

 

「あ、やばい教科書忘れた」

 

「あはは銀ちゃん何しに学校にきてるの」

 

やれやれと感じつつ、後で見せてやるかと思いつつ次の授業の持ち物を確認する。さっきはとりあえず机の中にしまっただけだったからな。

 

しかしあることに気づく。

 

……やべ、俺もノート無いじゃん。仕方ない、後で先生に言って必要ないプリントの裏にでも書くことにしよう。

これじゃ銀のことを言えないなと思いつつ日直がかけた号令に従いいつものように一連の挨拶をする。

 

 

 

 

 

 

勉強したり、友達と笑いあったり、ちょっとふざけて先生に怒られたりする。楽しい学校が終われば家に帰るといったなんて事ない普通の日常だ。

 

 

 

 

だけど、そんな日々は今日唐突に終わりを迎えることになるのだった。

 

 

 

 




この主人公、果たして成長したのだろうか(汗)
原作と異なっている点は、須美が園子達に対して少しだけ歩み寄れていること。主人公に友達と言われて否定しないくらいには好感を持っていることです。一年間同じクラスで主人公が毎日話しかけた結果です(やったね)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 はじまり

やっと二話目(本編)の投稿……


高嶋優士の日記ーーーー

 

今までと同じように勇者御記とは別に日記は続けて書いていこうと思う。

 

内容は勇者御記に書いた内容と同じ部分もあるけど……こっちはまあ、少しぶっちゃけて自分の心情とか思ったこととか御記に書けないような内容も自由に書いていこうと思う。

 

 

んじゃ始めに早速一つ。

 

 

……勇者御記ってどんな感じに書けばいいんだろ?

 

 

 

298年 4月25日

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───"チリンチリン"と鈴の音が聞こえた───

 

 

 

「……?」

 

 

教科書の朗読が半端な部分で止まる。読めなくて一瞬戸惑う感じではなく、テレビが一時停止で止まるような印象だった。

……いや、例えではなく()()()()()()()()()

 

 

「あれぇ?」

 

「これって……」

 

園子と銀も違和感を感じとり周囲を見渡し始める。

 

 

(これは……まさか!)

 

 

ガタっと須美が椅子から立ち上がる。銀も須美の方を真剣な表情で見てきたところを確認するに気づいたのだろう。

 

 

(間違いない。これは────)

 

 

「なんだ? みんなして固まったふりなんてして……もしかしてドッキリ?」

 

 

そんな緊張感を含んだ静寂な空気を破ったのは聞き慣れた少年の声。「すげぇー本格的だな」と、隣の男子の背中をバシバシと叩いている。

 

 

「いつから練習してたんだ……? ほんとに止まってるみた────ッ!」

 

 

言葉の途中でハッとした顔に変わり、思わず時計に目を向ける優士。

 

 

 

……こんな状況の中でもいつも通りを保てていることを褒めるべきか、自分が御役目を担っているという意思がないただの馬鹿(愚か者)と思うべきか……須美は本気で迷っていた。

 

 

 

「……まぁ、冗談はこのくらいにしておいてと。須美、これはもう確実に()()だよな?」

 

 

時計の秒針が動いてないことを確認すると、打って変わり真面目な雰囲気に切り替わるのだが……最初から知ってた風に装っている優士に対し「あなた、今気づいたんでしょ?」と言わんばかりのジト目を向ける須美。

 

 

 

そんな優士のいつもの様子に呆れるも、すぐに気持ちを引き締める。

 

 

 

何故なら、"()()()()"を告げる音は既に告げられており────

 

 

 

 

(……やっと私達の()()()が始まるんだ……!)

 

 

 

須美がその確信を持った直後、周囲を光が照らす。

 

 

 

 

 

 

 

──────戦いを知らせる火蓋は切られているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すっげえぇぇ!」

 

目を開けると、目の前に広がっていた日常ではまず光景に圧巻する。

優士が口にしたのは単純な言葉だったが、須美達の第一印象も大体一緒だったため、特に口を挟むこともなく変わりきった世界をしばし黙って観察していた。

 

「これが神樹様の作り出した結界……」

 

「俺達勇者が戦う為のバトルフィールド、だよな!」

 

キラキラとした目線を向けている優士、横にいる銀と園子も不思議な光景にそれぞれ盛り上がる。樹海という現象については事前に説明されていたが、実際に自分達の目で見てみると改めて色々考えさせられると須美は思ってしまった。

 

 

「イネス見えるかなー、優士は分かる?」

 

「う〜ん、あっちじゃね」

 

「ゆーさん絶対適当だぁ〜」

 

 

話しながら優士は端末を手にし、中に入っているカメラの機能をタッチする。

 

 

「二人ともー、記念に1枚撮ろうぜー!」

 

「「イェーイ!」」

 

樹海を背景にして銀と園子を撮る。ピースを作りつつ、見ている方も微笑ましくなるような純粋な笑顔である。

二人に見せ終わった後、次は自分も撮ってもらおうかなと優士がお願いしていた。

 

 

「高嶋君、三ノ輪さん、乃木さん、遊びに来ている訳じゃないのよ! 特に高嶋君!」

 

 

 

御役目が始まったというのにお気楽に話しをして笑い、さらにポーズをとって楽しそうに写真を撮るなどという行為をしている三人の姿に思わず呆れを通り越して驚きであり、そんなことは須美にとっては考えられないし、信じられないことだった。

 

 

 

三人を見て須美が気を引き締めさせるために注意をするのだが、優士が反論を立てるように須美を説得しようとする。

 

 

「まあまあ、今からそんな気ぃ張ってたら本番で空回りするかもしれないぞ? それにまだ敵さんの姿だって見当たらないし……てかなんで俺は2回も呼ばれたの?」

 

「あなたが一番あてはまるからよ!」

 

「エエー? ソンナコトナイヨー」

 

「何で棒読みなのよ!」

 

 

しかしそれは逆に須美の反感を買ってしまったらしく、いつものように"おこりんぼの須美"(名称元は優士)による叱りつけが始まり、《いつものが始まった》と銀と園子の二人は少し離れたところから傍観し須美に聞こえないように小声で話す。

 

 

 

「須美もよく飽きないよなぁ……」

 

「ん〜、見慣れた光景だねぇ……」

 

 

 

二人の会話に耳を傾けながらもそれぞれの感想を述べる。

 

 

須美による説教(優士限定)は神樹館全体、とまでは行かないかもしれないが一種の名物?みたいになっている。見る側からしたら面白いらしいのだが優士(当事者)からすれば面倒くさいことこの上ないらしい。

 

 

その中で一つの例をあげると、低学年の子達が高学年の教室を横切った際には偶に廊下で正座をさせられて反省している男子が見られるという話しが出たこともあり、それがすぐに優士だと特定されて安芸先生からも怒られたこともあるのだ。

 

 

いや、理不尽すぎないですか? by高嶋優士.

 

 

 

「で、でもほら見てよ、二人ともいい笑顔で撮れてるでしょ?」

 

「……確かにそうね。けれどそれと御役目はまた別の話しです!」

 

「じゃああと1枚だけ! 次は鷲尾さんも一緒に────「駄目です」」

 

 

堅いなさすが鷲尾須美かたい。こういう時の彼女は本当に真面目だから何をしたって後には引かないだろう。

 

 

「ちぇ〜……そうやって融通が効かなくておこりんぼだから友達少ないんだよ……

 

「何か言ったかしら?」

 

「滅相もございません!!」キリッ

 

 

その証拠を見せるように優士はポケットへ端末をサッとしまう。

 

 

 

とまあ、こんな感じで仲の良い? 二人を見て冷やかしたりする輩もいるのだが(銀と園子もあてはまるが)……大半が須美のことをおっかなく思っており言えないため、優士を揶揄いに行くのだが『でしょー!俺達仲良しでしょ?』……というように肯定されてしまい聞いた本人達も呆れるような惚気話(友達自慢)が始まるのだ。もちろん銀と園子の場合もあてはまる。

 

 

 

「あの二人ってさ一部の生徒から付き合ってるとか噂されてるけどさ……」

 

「どっちかというとお母さんとその子供みたいだよね〜」

 

 

須美には失礼と思いながらも、銀と園子から見れば規則や決まりに厳しく注意をしているはとされてる姿はそうにしか見えてならなかった。

 

 

「だあー! 分かったから、こんな時まで説教しないでください!」

 

「じゃあ自覚を持ってもう少ししっかりしなさい!」

 

 

 

逃げるようにしてプイッと他所を向く優士だが、須美が注意を促すのは同じ勇者に選ばれた者として、そしてあくまで自分の友人(自称)と名乗るのであればもっとしっかりしてほしいと思っているからこそのものであり、優士もそれは薄々分かっているのだが……普段の生活態度などに対しても何かと口うるさく言われるため口論になることもたびたび。

 

 

 

二人は別に仲が悪いという訳ではない、むしろ須美からしてみれば優士と話している時はいつもの堅苦しい感じが少し和らいで接することができている。本人は気づいていないが自然と気を使うことなく話せることができており、しかもそれが男子が相手である(優士限定だが)というのは、昔の須美からしてみれば大きな進歩と言える。

 

 

 

五年生の時に同じクラスだったため話しやすいというのもあるかもしれないが、現状で優士は須美が唯一"気を使わないで話せるような相手"というものに近かった。

 

……友達友達といつも言ってる優士はそのことに気づいていないが、とにもかくにもなんだかんだ二人の仲が良いという事実は誰から見ても分かることだった。

 

 

 

「全くもう……」

 

「うー……」

 

 

須美は「また高嶋君のペースに乗せられてしまった……」と髪をかく。

 

 

「…………」

 

「まあまあ、私達もちょっと浮かれすぎてたってのもあったしさ……」

 

「今度また違う場所で写真撮ろうよ」

 

 

しょんぼりとしているのが目に見えて分かり、そんな優士をはげます銀と園子。

 

そんな様子を見た須美も何か思うことがあったのか「はぁー……」っと言うため息を一度吐くと────

 

 

「終わった後で時間や余裕があったら……一緒に撮ってあげても────」

 

「────ほんと!?」

 

 

食い気味に須美の言葉に反応を示すと、顔を縦に一度だけ頷く。

それは呆れたからか、少し罪悪感のようなものを感じてしまったためかは分からないが須美が一緒に写真に入ってくれることを承諾してくれたことが優士にとってはとても嬉しいことだったため特に気にしていないようである。

 

 

 

 

「わっしー優しい〜」

 

「須美さんは素直じゃないなぁ〜」

 

ニヤニヤとした表情を浮かべ須美をからかうようにして言う銀と園子。

 

「────ッ! あぁ、もう……とにかく御役目に集中してください! 高嶋君、いいわね?」

 

「おう。任せとけ!」

 

 

 

顔を赤くして照れつつそれを隠すように確認をとる須美。その問いにやる気は万端といった様子の優士に、そんな二人の様子を見て微笑ましく見守る銀と園子といった温かい空間ができていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──しかし、それはすぐに破られることになる──

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

各自再び樹海の観察に戻ると────

 

 

 

 

「アレ見て!!」

 

 

 

誰かがそう言うと、四人はようやく実際にソレを目の当たりにすることになる。

 

 

 

「もしかしてあれが……」

 

 

 

()()()()()()……?」

 

 

 

目に映るそれは、明らかに自然界に住む生物ではなく異形という言葉がこれほど合う存在もいないだろうと断言できるモノだった。

 

 

 

「うひゃあ、なんか気色悪いというかなんというか……優士はどう思う?」

 

 

「……………」

 

 

 

 

優士のことだからいつもと同じように面白いことを言い出すのだろうと銀がちょっぴり期待する。しかし優士からの返事は返って来なかった。

 

 

 

 

「……優士?」

 

 

 

 

疑問に思い、優士に視線を向けてみると先程までの須美との約束をして張り切っていた雰囲気からは想像もつかないくらい静かに、ただバーテックスを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 

 

先程、バーテックスを目撃した瞬間から俺の身体は金縛りにあったように動かなくなっていた。

 

 

 

脳は正常に動いているため思考を行うことはできる。しかし、腕や足の指を動かそうとしても全く微動だにしなかった。まるで機械の回路が途中で千切れてしまったように。

 

 

 

 

────ナンダ、コレ……?

 

 

 

冷や汗が額から出始める……それはまるで爆弾を目の前にして身体が危険信号を伝えているようだった。更に背中辺りを何かが動き回るようなぞわぞわとした違和感が襲ってくる。

 

 

 

 

────するとそれらを全て吹っ飛ばすように頭の中に一つの疑問が投入された。

 

 

 

 

本当にあんな化け物を倒せるのか?

 

 

 

 

"アレにお前は立ち向かえるのか?"と誰かから頭の中で指摘されたような気がした。

 

 

 

声を喉の奥から出そうとするが、上手く息が吸えず痰がからむようにして声を出すことができない。

 

 

 

────呼吸がしづらい。

 

 

一度大きく深呼吸をし、気分を落ち着かせようとゆっくり目を閉じた。

 

 

 

────その時、五人の少女の姿が目に映った。

 

 

 

 

 

(あ………ぇ───?)

 

 

 

 

 

昔どこかで────その後ろ姿を見たことがあるような。そんな既視感を覚える。

 

 

 

 

────その中でも赤色の目立つ長い髪、桜をイメージさせるようなデザインの服装、そして両手に籠手をつけた少女の後ろ姿から目が離せなかった。

 

 

 

 

……その姿はまるで自分の幼馴染みを彷彿させるような人物だったから────

 

 

 

そんなことはありえないと思いながらも、ついその名前が頭を過ってしまい……

 

 

 

()()────)

 

 

「優士!!」

 

 

「────ぇ?」

 

 

 

身体を強く揺さぶられ、強制的に現実に戻る。思わず両手の指を動かして握ったり開いたりを繰り返し行いつつ俺が銀達の方に顔を傾けると、心配そうな顔を浮かべながら見つめられていた。

 

 

「……大丈夫か? さっきから呼んでるのに全然反応がなかったけど……」

 

 

 

珍しく緊張でもしているのかと思い遠くから様子を見ていた園子と須美も明らかに様子がおかしいことはすぐに分かったため優士の近くまで寄ってきていた。

 

 

 

「────あ、ああ。ごめんちょっと考え事してた……」

 

 

なははと"いつも"のように笑っているが、それが"いつも"の優士の様子と違うことは明らかだった。

 

 

「……ゆーさん、ほんとに平気なの?」

 

「ん! 大丈夫大丈夫!」

 

 

腕を前後に動かしたりして、特に問題がないように三人に見せつける。

しかし先程のような異常な様子を見てしまった以上でそれだけでは判断し難いもののため須美も続けて確認をとる。

 

 

「大丈夫だって! そんなことより、早くアイツを倒してみんなで勝利の集合写真でも撮ろうぜ!」

 

 

「……分かったわ」

 

 

今笑って見せた顔はいつもの彼らしい顔だった。

本人が大丈夫と言っているし、須美はこれ以上追求しても答えは同じな気がしたため納得して諦めることにした。

 

 

 

(だけど、念のため高嶋君のことは頭の隅に入れておきましょう……)

 

 

用心することに越したことはないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

……身体は問題なし。

 

痺れなどの異常も感じられなかったためそれについては安心するが……先程見えた光景の方が頭の中にはあった。

 

三人にはああ言ったが、正直言うと先程の光景が目に焼き付いて離れない。しかし何が起きたのか、考えてもやはり分からず……夢でも見ていたのだろうか?

 

 

疑問に思うことが多すぎる。このままでは御役目どころではないだろう……しかしそんなことは言っていられない。敵は徐々に大橋を渡るために進み、世界を壊しに来ているのだから。

 

 

 

 

 

(こういう時は……!)

 

 

 

一度いつもの切り替えでやる"あれ"を行うことにしよう……

 

 

「──んっ!!」

 

いつもより気持ち強めに両手で頰をぶっ叩く。ぱちーんという音とともにひりひりした感覚が襲ってくる。その音に一瞬びくっと驚く須美達だったのだが、今まで何回もその行動を見かけたことがあったためすぐに何のためにやったのかを理解する。

 

 

 

やっぱ効くなぁ……これ。 

 

 

 

さっきの件に関してはとりあえず保留ということで手を打つことにする。

 

 

……今ここで考えたって仕方ないし、きっと答えは出ないだろう。とにかく今は御役目(目の前のこと)に集中しないとな。

 

 

 

切り替え大事!

 

 

 

再び端末を取り出し、とあるアプリを起動する直前順番に銀、園子、須美の顔を見る。須美はいつも通りキリッとしており、銀と園子はいつでもいけるといった準備万端そうな笑みを浮かべる。

 

 

 

そんな友人達のいつも通りの様子を確認したら、自然と顔が綻ぶ。

 

 

 

「よっし! 最初の御役目だ。スタートからかっこよく決めようぜ!」

 

「「おー!」」

 

「……おー

 

「須美、声が小さいぞぉー!」

 

「……おー!!」

 

 

 

掛け声と共に四人が同時に端末に入っているアプリを起動する。

選ばれた子供達はこのアプリ、勇者システムを使用することで神樹様の力を授かることができる。

 

四人は一斉にアプリの変身アイコンをタップする。

同時に、彼女達は光に包まれる────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────そこにはもう戸惑いは無く、自ずと一人じゃないのだと前に進む"勇気"が湧いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




樹海の中でこんな風にはしゃいだりする主人公は多分うちの子ぐらいだと思います……ま、まあ後半はシリアスだからセーフ……

本編と日常編を同時に書いているからやっぱりどちらかに偏って集中しちゃうんですよねぇ……やっぱりみんな本編の方が見たい感じですかね?

最近筆が進まないため、感想やアドバイスなどを書いていただけると作者の励みになります。気が向いたらで良いのでよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 初陣

久しぶりに本編を書こうとしたらめっちゃ時間がかかってしまった……


勇者に選ばれた。

 

最初は全然その意味が理解できなかったし、ただなんかすごいことなんだろうなくらいしか当時の自分には分からなかった。

 

高嶋家のみんなや大赦の人達は勇者に選ばれた自分のことを"希望"だと言っていた。

 

 

 

 

————————

 

 

 

 

 

訓練はとても辛かった。挫けそうになることもあった。でも、その度に自分は■■なのだからと必死に自分をはげましてきた。

 

 

神樹様を守るため、期待してくれている人達のため、自分の大切な居場所や大事な人達を守るため。

 

 

 

"守りたいもの"が沢山あったから覚悟を決めて戦おうと思った。

 

 

 

()()()とまた何のしがらみもなく笑い合うために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

 

 

神樹の力を元にした勇者が持つ共通する特徴の一つとして彼女達の姿はそれぞれ植物を象っている。それぞれが基本十人十色といった種類にばらけるらしい。

 

 

四人の子供達はそれぞれの花を咲かせながら自らの衣装を変化させる。

 

鷲尾須美は白菊、三ノ輪銀は赤い牡丹、乃木園子は紫の薔薇をモチーフとした戦闘用の衣装へと。

 

 

そして、()()も彼女達と同じように自らの衣装を変化させる。

 

 

いつも明るく元気であり周囲を温かくさせるような笑顔を浮かべる彼の人柄をイメージさせるような

橙色のカランコエを咲かせる。

 

 

動きやすさを考慮したものになっているらしく上に着ている橙色の服は肩を隠すくらいまでと短く、そのまま中のインナーが伸びている。ズボンも上の服と同色のものを着ており、へその緒の少し下の位置に紺色の帯が巻かれていて履いていた上履きは黒い靴に変わり動きやすくなっている。

 

 

————そして左右にはどう考えてもミスマッチと言わざるをえない"薄い桜色の紐"が武器である手甲を結んでいた。

 

 

 

変身を終えると同時に自分達の身体の中でとてつもなく大きな力が漲ったのを適当に身体を前や横に動かしながら確認すると同時に神樹様が自分達に力を分け与えてくれているということが証明される訳だ。

 

 

 

「ん〜……」

 

「どした?」

 

 

唸り声のようなものをあげながら自分……というより勇者装束を観察する銀に気づき声をかける優士。ほつれている所でもあるのかなと気になり優士も自分の服装に目を向ける。

 

 

「いや、アタシ達の勇者服とは結構形状が異なってるんだなと思ってさ」

 

 

「そういえば、少し違ってる……のかな?」

 

 

実際三人の勇者服姿と比べてしまうと優士だけデザインが大きく異なっており不思議に思う銀だが、当の本人は服装に興味を示さないため気にしていなかった。

 

 

「そうかしら? 私はその勇者服とても素敵だと思うけれど……?」

 

 

逆に何処が悪いのかしらと疑問に思う須美。和風が好きな須美にとって優士の武器に合わせ動きやすく新たにアレンジされた勇者服は心に刺さるものがあるらしい。見方を変えれば道着のような格好に見えないでもない。しかし少し色合いが洋風か……と気になり出している須美さん。

和風が好きなのは分かるが……そろそろ和洋折衷という言葉を受け入れてみてはどうだろうか。

 

 

「うん。ゆーさんらしいというか個性が出てて良いと思うな〜」

 

「ま、唯一男で選ばれた勇者だしそのくらい目立ってる方がいいかもね」

 

 

一目で優士だと分かる服装で納得している園子。銀もああは言ったもの優士の勇者装束はとある漫画に出てくる主人公(みんなのヒーロー)を彷彿させるため少し羨ましくも思っていた。

 

 

「そ、そうかなぁ〜? やっぱかっこいいよなこの勇者服!」

 

 

へへ、と照れ臭そうにしながら言う優士。三者三様の意見を聞き納得することができたのか嬉しそうである。

 

 

(チョロいな……)

 

(ちょろいわね……)

 

(ゆーさんは相変わらず素直だなぁ〜……)

 

 

勿論先程優士に言った言葉は嘘ではないのだが、こんな風ではいつか誰かに騙される日が来るのではないかと少し不安になる須美と銀だった。素直なのは美徳なのだろうが、彼の場合は純粋すぎると言うべきなのだろう。

 

 

「よし……!」

 

 

話しが少しズレてしまったが、四人共勇者への変身は無事完了したことを確認する。このまま楽しくトークを続けていたい気持ちもあるが、それをグッと押さえ一人が切り上げると他の三人もそれを察して気持ちを切り替えた。

 

 

 

「ま、楽しい話しの続きは後にして————」

 

 

 

 

『行こう』

 

 

 

 

四人は大橋へと足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者になったことで格段に身体能力が上がったことによって数分ちょっとで大橋へと辿り着いた四人。

自分達の目線の先には、世界を滅ぼそうとする敵の姿が映る。その大きさは全長数十メートルは軽く超えているだろうと思われる。一体だけでもそれは十分人類にとっての脅威になりえる。

 

 

目の前の怪物を倒すのが自分達の任務であり御役目だ。

 

「んじゃ、とりあえず先陣は————」

 

「先手はアタシが頂くぜ!」

 

「ちょっ、待てよ!? 一番槍は男の仕事だ!」

 

「! 二人とも待ちなさい先に牽制を行ってからが……」

 

 

地面を思い切り蹴飛ばしそのまま敵目掛けて素早い動きで突進する銀。出遅れた優士は負けじとそのあとを追いかける。その時、二人を彩る赤色と橙色の花が周囲に舞う。園子は「わぁぁ……!」とその光景に思わず見とれてしまった。

 

 

仕方ないと須美は援護射撃の態勢に入るのだが、それよりも先に銀がバーテックスに対して攻撃を行える範囲にたどり着く。

 

 

「てやあぁぁぁ!!」

 

 

勇ましい声とともに繰り出された銀の一撃がバーテックスを大きく切り裂こうとするが水球が邪魔をしたため本体へのダメージは浅い。

 

 

(────よし、ここ……だッ!)

 

 

すかさず優士が右拳を握り力を入れたパンチをバーテックスへと叩き込む。銀により水球が事前に全て切り裂かれたため、ノーガードとなったバーテックスの身体に大きくめり込むようなパンチを入れることができた。

 

 

「ナイス、優士!」

 

「! へへっ」

 

 

実戦での初撃に成功し、それを銀に褒められて喜ぶ優士。自分達がダメージを与えたという実感と喜びが銀と優士の中には生まれていく。

 

 

「わぁ! すごいよ、ミノさん!ゆーさん!」

 

 

その様子を見た園子は感激しパチパチと拍手をする。二人は返事こそしなかったが、口元はフッと得意げに笑っており完全に自信へと浸っていく。

 

 

「こいつ、水のガードがキツいけど……」

 

 

水球のガードを銀が全て切り裂いていき、その間と隙をついて優士が拳を振っていく。

 

 

「「二人でなら、いける!」」

 

 

 

片方が水球を対処し、もう片方が続けてバーテックスへと攻撃をする。単純な攻撃方法ではあるが、確実にバーテックスに明確なダメージを与えられていた。

 

 

この分なら続けて攻撃を当てればいけるはずだと確信に近いものを持つ銀と優士。だが————

 

 

「二人とも"油断"しないで!!

 

「「────!?」」

 

 

考えが似ている二人だからこそ慢心しきっており、他者に言われるまで頭の中からその二文字が抜け出ていた。

須美の忠告を耳にした直後、それが正解だというようにバーテックスの身体が一瞬歪む。

その歪みとともにバーテックスのキズが完全に元通りになり、それを見た二人は顔をしかめた。

 

 

「回復……いや再生したのか!?」

 

「くっそー! そんなのずるいぞ反則だ!」

 

 

目の前で起こった出来事に優士と銀は驚きを隠せずにいた。優位な状況が逆転すると同時に不安と焦りが襲ってくる。そして畳みかけるようにバーテックスの水球からゴポゴポという泡が発生しだす。  

 

 

(アレは……何……?)

 

何を仕掛けてくるのかと須美はバーテックスの次の動きに警戒しつつ、握っていた弓を更に力強く握り矢を構える。

銀と優士も気持ちを切り替え、もう一度攻撃をしようとした時だった。

 

 

————一瞬で戦況が変わったのは。

 

 

 

 

「二人共、早く逃げて!!」

 

 

 

いつもののほほんとした園子からは考えられないような張り上げた声が周囲に響き渡る。今まで銀と優士が特攻してる中、少し離れた場所からいつでも駆けつけられるようにバーテックスの様子を探っていたのだが、どうやらそれは正解だったらしい。不規則なバーテックスの行動から攻撃を仕掛けて来るのを感じとれた。その声を聞いた優士は大きく後ろに後方回転をし、間合いを取って大きく後退をする。

 

 

しかし反応が一瞬、それこそ数秒というレベルだったが先に走る態勢に入っていた銀は切り返しに時間がかかってしまう。加えて両斧という武器を持つ銀は優士と違って即座に切り替えて動き出すことができないためだった。それを逃がさないというように左右にある二つの巨大な水球から一回り小さいが凄まじい速度の水塊が発射された。

 

 

「────!?」

 

「銀!!」

 

 

狙ってきた水球に銀は即座に反応することができず銀は思わず目を瞑ってしまった。しかし、いつまで経っても痛いという感覚も何かがぶつかって来たような感触もない。

 

 

「んんーっ!!」

 

「そ、園子!?」

 

 

しかし、間一髪といったタイミングで園子が自分の持っていた槍を傘のような形状へ変化させ、今なお連続で飛ばされてくる水の塊から銀を守っていた。助かったと安緒する銀だったが────

 

 

「ごめんミノさん、ちょっと持たない……!!」

 

「えっ」

 

 

いくら勇者の力を身に宿らせているとはいえ、園子の華奢な身体では敵から放たれ続ける攻撃から踏ん張るのが精一杯であり連続で飛ばされる水塊の衝撃に耐えきれずそのまま後ろに銀もろとも吹っ飛ばされた。

 

「「三ノ輪さん(銀)!! 乃木さん(園子)!!」」

 

優士と須美が二人の名前を叫ぶ。

 

 

(まさか、直撃!?)

 

 

二人が吹き飛ばされたことに動揺する須美と優士。考えている暇などないというように血相を変え、気づけば優士は二人の元へと足を動かしていた。

 

バーテックスはターゲットを即座に移動を始めた優士へと変更し攻撃を再開する。

 

 

「ッ、やべ!?」

 

 

自分が狙われていることを理解すると、園子と銀がいる近くの樹海の根から離れた根へすぐに移動する。水塊を右、左とジグザグに駆けながら狙いを定めさせないように避け続ける。バシッ、ドゴッと言うような明らかに当たったら只では済まなさそうな攻撃。

 

(明らかに水が出していい攻撃力じゃね———ッあぶな!?)

 

そもそもアレが本当に水と呼べるモノなのかも分からないのだが。自身の中で不満を愚痴りながらも、そんな攻撃が当たった二人は大丈夫なのかと更に不安が重なってしまう。

 

何とか水球を避け続けるもマシンガンのような攻撃が止む気配はなく、ジャンプから着地をしようとした瞬間を狙われ、ついに一発右足に水球を喰らってしまった。身体のバランスを崩すが、反射的に右手を樹海の大きな根へと押しつけることで転ぶのを回避する。

 

(何だ、コレ?)

 

「——まさか、拘束……? 」

 

 

自分の右足へと目を向けると、そこには水球がくっ付いておりまるで重りをつけてるように上手く動かせなかった。攻撃を使い分けることもできるのかと須美は恐ろしく感じてしまう。知性があるというのは聞かされていたが、あんな怪物が頭を使って自分達を倒しに……いや、"殺しにくる"のかと。

 

 

(……くそ、これじゃ二人のところに行けないし、どうすれば!?)

 

 

「ッ——高嶋君!!」

 

 

須美の心配するような声が聞こえるが返事をしている余裕などなく、須美は優士を助けるために弓矢を放とうとするがバーテックスは水の塊を自分の前へ壁のように展開しているためジャンプして対空時間中に真上から攻撃するくらいしか当てることはできないだろう。

 

 

しかしそれを決行してしまえば移動中に優士がやられてしまう。

しかし、考えてる暇はなくせめて気を引くことができれば────あるいはと薄い希望にかける。

 

 

「ッ、やっぱり……」

 

 

どうやら今回の相手は自分、いや自分達にとって最悪の相手だったらしい。敵はそれを予測していたと言わんばかりに水の壁から須美の弓矢の威力を殺すのと同時に優士への攻撃を仕掛ける。

 

動きを封じた優士に数発の水塊が放たれる。こうなりゃヤケだと優士は左拳を握り迎え打とうとするのだが。

 

 

「くそ! 数が、多すぎ……!?」

 

 

一塊も大きい水球が優士へと放たれる。先程食らった粘着性のある水球とは違った岩石を大砲で放り投げて来たような衝撃が自分の身体を襲う。

 

「ぎぎぎぎッ!!」

 

後ろへと吹き飛ばされそうになるのを思い切り足を踏みしめて止まるも、右足を上手く使うことが出来ない状況であり、実質左足だけの踏ん張りでは耐え凌ぐことが出来ず、水球が弾け飛ぶのと同時に優士が後ろの樹海の根まで銀達同様に吹っ飛ばされた。

 

 

「高嶋——ッ!?」

 

 

吹き飛ばされた優士の様子を見ていた須美は反射的に声を上げようとした時、自分に殺意が向けられてることに気づきバーテックスの方へと向き直った。

 

 

 

「……ッ!!」

 

キッと鋭い目つきで目の前にいる敵を睨みつける。

 

(私が、倒すんだ!)

 

弓を持つ手が震える。

もう自分しか残っていないのだ。

 

ここで臆している場合か?

何の為に鍛錬を重ねてきた?

 

 

そんなの————決まっている。

 

 

「御役目を果たすために!」

 

 

狙いは定まっていた。覚悟だってとっくに完了していた。

けれど、現実は創作の世界のように甘くはなかったらしい。

 

 

「……っ」

 

"やはり"全て防がれてしまった————

 

 

自分の攻撃が2度も相手に通用しなかった……どうしたらと考えようとした時、バーテックスが進んできた後ろの樹海が枯れていっていることに気がついた。

 

(! 侵食がーーッ!?)

 

バーテックスからの反撃で水球が須美の近くで被弾し、足元がぐらついてしまいつい膝をついてしまった。

 

 

────すぐに立ち上がらなければ!

 

 

自分は絶対に諦めない!とバーテックスへ睨み付けるような目線を送った次の瞬間、敵の攻撃が須美の右頰を掠り、後ろの髪を結んでいた装飾品の一部がパリン、と砕け散った。ぼろぼろと原型を崩した欠片が次々に落ちて行く。

 

 

(ーーーーあ………)

 

 

自分の攻撃は敵に通用せず一度も本体に当てることさえできない。先程銀と優士が与えたダメージも時間が経ち完全修復されている。更には敵の水球爆弾とでも言えるような連続攻撃。あんな攻撃をまともにくらってしまえば……いや、普通に数発くらっただけでも致命傷になってしまうだろう。

 

 

自分達が諦めてしまえば世界は終わってしまう。それは人類の滅亡を意味する。そんなことは分かっている。

 

 

立ち上がれ、立ち上がれ! 立ち上がれ!!

何度も自分の中で復唱する。

 

 

(私が頑張る! 私が守る!)

 

 

そう決めていた自分の思いはどこへ行ったのか。須美の膝はがくりと地に伏せてしまった。須美の身体は硬直したように全然動かすことができなくなった。

 

そして、先程よりも増した敵から感じ取れる明確な殺意に物怖じする。

そんな放心状態の須美へと敵の無慈悲な攻撃が発射される。

 

 

 

もう駄目かと須美が目を瞑り、諦めかけた時だった。

 

 

 

「須美ぃぃぃ!!」

 

 

 

 

自分の名前を呼ぶそれは、耳をつんざくようなとても大きな声だった。それと同時に優士が滑り込むようにして須美を狙ったバーテックスの水球にタイミングよくパンチングを当てた。

吹っ飛ばした直後その場でクルッと一回転し、武器である手甲を爪のように引っ掛けながらブレーキをかける。「セーフ……!」と着地が成功したことに安心すると一度息を吐き、そのまま振り返ることなく須美の前に立つ。

 

「大丈夫!? 須美!」

 

まだ放心状態が後退りしていた須美の元へ銀と園子が駆けつけ声を掛ける。

 

「ごめんねわっしー。待たせちゃったね」

 

一度須美に申し訳なさそうに目を向けながらも、間に合って良かったと微笑み優士の横へと同じように須美を守るようにバーテックスへと立ち塞がる。

 

 

「みんな……! 無事だったのね!」

 

「ま、ちょっと身体は痛いけど。勇者はその程度じゃへこたれない、ってね!」

 

 

カッコつけるように須美に答える優士。

 

 

「俺達が、いる、以上────!」

 

「もう、わっしーをいじめさせない!」

 

 

放たれた水球を後ろ以外の方向へと弾いたり吹き飛ばしたりして軌道を変え続ける優士。反応しきれなかった水球への対処をする園子。

先程とは異なって守りに専念する二人。理由はただ一つ、大切な仲間を守るためだ。

 

 

「ったくよ! 女の子(須美)を泣かすとか最低だよ、な!」

 

「ほんとだよ、ねっ!」

 

「な、泣いてはいません!?」

 

大罪ものだぞと怒りを向ける優士と園子。しかしそれを否定する須美を見て、こんな状況なのに吹き出しそうになる銀。もちろん須美を守る手は緩めていない。

 

 

優士も意識はちゃんと敵の攻撃へと向けて集中している。今も手のリーチで届かないと分かり足で水球を蹴り飛ばした辺り集中している証拠だろう。

 

 

「ほら、立って須美」

 

攻撃が来ないのを確認した銀は優しい声色で話しかけ須美に向けて手を伸ばす。須美は一瞬戸惑いつつもその手をしっかりと握って立ち上がる?

 

 

「……!! ゆーさん準備できたよ!」

 

「待ってました! やっちゃってくだせい!」

 

(──えっ、何をするつもりなの?)

 

合図と共に前衛で凌いでいた優士が後退するのと同時に園子が前に突撃し始めたため須美は驚く。

 

園子は自分の持っている槍を頭上で高速回転させ水球にぶつけていた。水球は風に巻き上げられて行く。しかし園子の作戦はそれにとどまらず、そのまま回転を利用して竜巻を作るという神業に近いことを実行していた。

神の力を宿した勇者の状態だからこそできる芸当。

 

 

「……すごい!」

 

 

今須美が園子に向けて伝えられる言葉はそれだけだった。須美が園子の活躍に驚いた瞬間、バーテックスは大きく後ろへと吹き飛んでいた。

 

 

「すっげえぇー!! 園子、やっぱお前最高だわ!」

 

「えへへ〜、そんなことないよ〜」

 

 

満面の笑みを浮かべながらわしわしと園子の髪を撫でる優士。園子も言葉では否定しているが優士に褒められて満更ではなさそうだった。

そんな二人を後ろから見守っていた銀は須美の肩を軽く叩くと「お先!」と告げ二人の場所に駆け寄って行った。その行動の意味は聞かずとも分かった。

 

 

 

「わっしー、ミノさん。 大丈夫だった?」

 

「須美、銀! さっきの園子のやつ見てたか? すっごかったよなぁ!」

 

「ああ、作戦成功だな!」

 

にっしっし、と悪巧みが成功した子供のように笑う三人の姿が須美の目に映る。危なげなその姿を見て、感心する日が来るとは思わなかった。

 

 

(私も————)

 

 

「私も、一緒に戦うわ!」

 

「よっし! 行こうぜ!」

 

 

いつもの調子が戻ってきた須美を見てへへっと笑う優士。そんな優士の様子を見て「また油断してるわよ」と注意する須美。

 

銀と須美が互いに優士と園子の隣に立つ。三人が横に揃ったことを確認すると優士はにやりと笑う。

 

 

「そろそろ決着つけますかね!」

 

「休んだ分体力は有り余ってるゾ!」

 

「いつでもオーケーだよ!」

 

「私も……三人の援護くらいはこなしてみせるわ!」

 

 

期待してるぜ! と優士が須美に向けてグッドマークを送り、それに頷く須美。

 

 

(いつか、私も三人の仲間()に入れるのかな?)

 

 

並んだ三人の横顔を見てみると、そんならしくもない考えが無意識に自分の中で強く生まれていたことに須美はまだ気づけなかった。

 

 

 

 

 

 




設定とかは頭の中にあるのにいざ文章にしようとするとね……言い訳ですね。投稿頻度が下がっている時点で停滞しているのは皆さんも目に見えて分かっていると思いますが、お気に入りや評価、感想をくれた人達のためにも頑張って最後まで書いていきたいと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 変化していく日常

久しぶりに書きたくなったので約一年ぶりの投稿です。
今後も気が向いたら書いていく感じなのでそれでも読んでくれる方がいたら嬉しいです(土下座)




あの後、四人で力を合わせて何とか敵の撃退には成功した。戦闘が終わった後、街の樹海化は戻りいつも通りの日常が帰ってきた。

 

勇者になったことも、怪物か襲ってきたことも、まるで全て夢だったかのようにも思えた。

 

 

——————

 

 

 

「やっと検査終わったぁ〜」

 

「……高嶋君が暴れなければもう少し手早く終わった筈なのだけど……?」

 

両手を上げ、身体を伸ばしながら呟くと須美からの不満の声が上がる。

現在学校に戻り保健室で各自検査を受け終わったところであり、担当の人(安芸先生)が来るまで待機と指示された。

 

(昔から注射だけは苦手なんだよなぁ……)

 

あの先端の針を思い出すだけでも……駄目だ鳥肌が立ってきた。

 

「でもまさか逃げ出そうとするとはねぇ…ッ」

 

くっくっくと悪どい感じに笑う銀と意外な一面を発見したと嬉しそうにニコニコしている園子がおり、もう絶対ネタにされるんだろうなと半ば諦めている。

 

「ゆーさん、ちょっと泣いてなかった?」

 

「……泣いてないです」

 

「泣いてたわよ」

 

少し、ほんのちょこっと。欠伸した時出るくらいの少量だから実質泣いてはいない。否定するがジーッと三人からガン見されてしまい思わず顔を誰もいない方角に向ける。

……あ、しくった。これだと認めたことになるじゃん。

 

「忘れてくれ、ください」

 

「それはちょっと無理かなぁ〜」

 

「泣きそうになりながら駄々をこねる誰かさんの気が紛れるようにアタシ達が手を握ってあげた気がするな〜?」

 

ニヤニヤと揶揄うようにこちらを見てくる二人の表情から忘れる気が全くもって無いことが伝わってくる。弱みを見せた俺も悪いのだろうけど。こいつらほんといい性格してんな感心するよ。

……てか銀はともかく園子は前までこんな感じじゃなかったよね。いったいいつからこんな意地悪な子になってしまったんだ。

 

 

「仕方ないだろ何か注射器ってデザイン、フォルム?からして異質というか恐怖を与えて来るんだよ! みんなだって少なからず怖かったりするでしょ!?」

 

「「「いや、別に」」」

 

「ハモリで即答!?」

 

おかしい。子供は普通『注射器、ダメ、絶対』の三拍子が基本じゃなかったのか。

 

 

「全く……注射程度で泣くなんて男の子として情けないわよ」

 

「ぐふっ……!」  

 

 

やめて須美。今その言葉は俺にすっごく効くから。

そして後ろで今もなおクスクスと笑っている銀と園子は覚えていろよ。忘れた頃にくすぐり攻撃でも仕掛けてやるからな。

 

 

「その調子なら特に問題は無さそうね」

 

「あ、先生!」

 

「言いたいことはいくつかあるけれど……」

 

とりあえず"四人共"よくやってくれたわ。

 

おつかれさまと労うかのように普段は厳しい先生が俺達の頭を優しく一人一人撫でてくれた。

 

 

「襲来が予定よりも少し早かったようで……突然のことで困惑してしまったわよね」

 

 

正しい状況を伝えることができなかったことを謝る先生。別にそれは先生のせいじゃなくて上層部にいる大赦の人達がしっかりしてないからではないだろうか。ま、事前に色々御役目に対する対処法などを確認していたのが功を成したってところだろう。

 

 

「これから訓練を——「え!? マジで? 今日この後やんの!?」……」

 

 

先生から聞き捨てならない単語が聞こえたため、遮るようにして驚きをぶちまける。実戦終わった後だし流石にキツくないだろうか。

 

「……そんなわけないでしょ、話しは最後まで聞きなさい」

 

呆れたように吐き捨てる須美にあははと笑う園子とやれやれと頭を掻く銀。そしてカチャっという音を立てて眼鏡をかけ直す安芸先生。

やだ何この空気怖い。

 

「……これから訓練を重ねようという矢先で来るとは予定外だったわ」

 

あ、続きからなんですね。……すいません俺には構わず話してください。

 

「検査結果も異常無いし、特に大きい怪我もないみたいだし今日は四人共帰って大丈夫よ」

 

「ほんと!? よっしゃ!」

 

先生の言葉を聞いた俺はその場で軽くジャンプして喜ぶ。結果的に今日の分の授業受けなくて良くなったぜ! 月曜は苦手な科目ばっかだったし。先程よりも強めにボードアタックが頭に飛んできた。

……先生、俺頭悪くなるよ? 多分ただでさえ脳細胞が少ないとおものに。

 

「なら増やすために勉強しなさい」

 

「思考を読まれた……だと?」

 

 

とりあえず今日は寄り道は禁止で家に帰って一応様子見で安静にしてなさいとのことだった。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「いやぁ〜今日は疲れたなぁ!」

 

「そう言える時点でまだまだ元気だと思うのだけれど……」

 

「優士っていつでも元気一杯だよな」

 

「ね〜」

 

肩を並べて歩く女子三人組はその少し先で楽しそうにステップを踏みながら進む優士を見つめながら会話を続ける。

 

「ふふ〜♪」

 

「お、園子今日はご機嫌だね」

 

「だってぇ、わっしーとミノさんとゆーさん、四人で一緒に帰るの初めてだったから」

 

「……言われてみればそうね」

 

 

六年生に進級してからは四人共同じクラスになったこともあり、今までよりも何かしら一緒になったりすることが増えていた。休み時間だったり班活動だったり。まあそのほとんどを優士が園子達を引っ張り回しているせい、いやおかげなのだろう。

 

 

「四人で何かするのは楽しいなぁって最近思うんよ〜」

 

「何かって……今はただ帰宅をしているだけよ?」

 

「友達と一緒なら何してても楽しいの♪」

 

ただ自宅までの道のりを進んでいるだけなのに何がそんなに楽しいのかと不思議そうな目で園子を見つめる須美。

 

 

「……あなた達と一緒にいると分からないことがよく増えるわ」

 

 

言葉を話さなくても、それがただ学校の帰り道を歩くだけでもいい。一緒にいることが園子にとっては何よりも嬉しいし楽しいのだ。

 

「近い内わっしーにも分かる日が来るよ」

 

須美はその意味が()()分かっていないらしく頭を傾げている。んん?っとでも言いたげに困惑している姿が園子には少し可愛らしく見える。

 

 

「確かに園子は最近楽しそうだよな。表情とかいつもニコニコしてるし」

 

「えへへ〜」

 

「なになに、何の話し?俺も混ぜて混ぜて!」

 

先へ先へと進んでいた優士だったが、立ち止まって話している三人が気になり飛ぶように戻って来た。

 

「自分だけ仲間外れで寂しくなったのか?」

 

「うん!」

 

少しからかってやろうと思った銀だったが、帰ってきたのはとても素直な返事。想像していた反応と違ったらしく、「あ、そう……」と小さく銀が呟いた。

 

「普通男子ってこういう事聞かれた時は大抵恥ずかしがって否定するもんだと思ったんだがなあ……」

 

「ゆーさんにそういった常識が通じないのはミノさんも知ってるでしょ?」

 

「あぁ……そういえばそうだな。今思い出したわ」

 

そういう園子も大抵常識外れではないだろうかと銀は思ったが、口には出さず自分の心の中に仕舞い込んだ。

 

優士には羞恥心とかの感覚があるのかと少し疑問に思うことが時々いや頻繁にある。少なくとも女の子相手に気軽に話しかけたり、手を握ったり、(友達として)好きだとか素直に伝えられる辺りないのだろう。

 

「みんな俺の歩幅に合わせてよー」

 

「いや、歩くの早いんだよお前」

 

「えぇ〜、みんなでスキップしながら帰ろうよ」

 

「何故?」

 

「楽しいから?」

 

「聞いた本人が何故疑問系なのだろうか……」

 

「これが分からない」

 

「お、有名なゲームのセリフでのツッコミいただきました。園子選手10ポイント贈呈!」

 

イェーイとノリを合わせてハイタッチをする二人。会ったばかりの頃は優士の言っていることやネタやノリがよく分からなかったけど今は見ての通りお手の物である。

 

「未だに高嶋君にだけはついていけそうにないわ……」

 

「考えるな、感じるんだ!」

 

ドヤ顔に近い表情で須美に言い放つ優士。

それができる頃には"頭痛が痛くなってそうだ"と想像する須美。

 

「こういう時の優に対応するには頭空っぽにして適当にそれっぽいこと言っておけばいいんだゾー」

 

「そうそう。ゆーさんも思い付いたこと適当に口に出してるだけっぽい時あるから」

 

「そんな適当な……」

 

「あ、あの雲ドーナツみたいで美味しそう!」

 

「ドーナツ……どこどこ〜?」

 

須美の話しを切り上げ、違う話題を引っ張ってくる優士。園子も乗っかり一緒に空を見上げている。

須美が横にいる銀に呆れたような目線を向けると「ほらね」と苦笑の笑みを返してきた。

 

自分勝手というべきか、いつも自分に正直でいるというべきか、気になる事があったら無視できずにいるところは彼の長所であり短所でもあるのだろう。実際、そんな優士の思いつきや行動に今まで須美達が巻き込まれた回数は両手では数えきれなかった。

 

こんな現状でうまくやっていけるのだろうかと、未来のことを慮ると頭を押さえたくなってくる。須美の中で、三人には大切な御役目を担っているという責任感が少し足りないのではないかと思えてしまっていたが、その考えを撤廃する。

 

 

思い出すのは先程の戦い。最初は作戦もなにも考えていないないただの特攻でバラバラに攻撃を仕掛けていき直ぐに瓦解してしまった三人だったが、そのあと汚名返上の如く仲間同士で連携を重ね自分たちの武器の特性を活かし戦った。優士が褒めてたように特に園子が顕著だった。

 

敵との相性もあったのだろうが、結果だけ見れば、三人とも勇敢に戦っていた中自分は敵の攻撃をいなしたことや敵に向かってきりこんでいく優士と銀を狙った敵の水球を止めるくらいのことしかできておらず、目立った活躍ができなかった事が須美の中では少し悔しまれた。

もちろん御役目を達成することが自分の中では第一であり、自分がとどめを刺せなかったからなどという幼稚な考えは須美の中に存在していないし三人に対する妬みなども一切無かった。ただ胸の中にあるのは自分への戒めだけ。

 

(この失敗を胸に刻み、切り替えていかなくては!)

 

今回のことで分かったこと、いや再認識させられたのは極めて一つ。

()()()()()()だ。何をするに関してもこれができないのであれば話しにならないだろう。ではどうするべきか、答えは簡単である。

 

「三人とも少しいいかしら?」

 

須美は三人に対して一つの提案をするのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 正直な気持ち

彼はいつも笑顔を浮かべながらぐいぐいと近づいてきた。

まるで距離感というものを知らないかのように。 

 

──鷲尾さん、昨日の宿題で分からなかったところがあったから教えてー!

 

──鷲尾さん、休み時間一緒にサッカーやろうぜ!

 

──次のテストで50点以下だと今月おやつ抜きにされちゃうから助けてください!

 

"友達になりたい"と一度決めたら諦めが悪く、しつこく付き纏ってきた彼の対応に私は幾度となく苦労した。

 

《何で私に構うのだろう?》

 

当初はそんな疑問でいっぱいだったのを覚えている。学校生活の休み時間などでは同じクラスの子はもちろん他クラスの子とも仲良く遊んでいる姿もよく見られたことから学年、性別などは彼にとって大した問題ではないらしく気にもしてないことがよく分かった。

 

誰に対しても壁を作らず、分け隔てなく接し、自分にできない何かを持っている相手をいつもすごいと誉めたたえていた。それはおだてたりとか相手を持ち上げようとしてる魂胆を持った言葉ではなく、素直で純粋な心からの称賛であることは彼の真っ直ぐな目や表情を見れば明らかであった。

 

思ったことをすぐ言ったり、『考えるより行動だ!』という考えによく苦労させられた。真面目なところも勿論ある、困っている友達の為なら自分のことを後回しにしてでも力になろうとしていたところを何度も目にしてきた。

 

けれど、お調子者で少し褒められただけで浮き足が立ってしまうような彼の様子を見ていると本当に御役目に選ばれた自覚はあるのだろうかと疑問に思った。

 

長く続く戦いの歴史の中でも歴代で初めて選ばれた男性の勇者。大赦は稀有な存在である彼の存在を担いでいるだけでは無いのか。無礼を承知で言わせてもらえるのなら、そもそも神樹様の神託そのものが間違っていたのでは無いだろうか……なんて罰当たりな考えが頭をよぎったこともあった。

 

 

──須美ー!明日の社会のテストで出やすい問題ってどれー?

 

──ふっふっふ、俺はいつも鍛えてるからな運動には自信があるぜ!さあ須美、かかってくるがいい!

 

──須美助けてー、この前の算数のテスト30点だった…絶対千紘さんや義父さんに怒られるうぅ……

 

 

六年生になっても特に彼の性格や人格に大きな変化はなく、更に三ノ輪さんや乃木さんも加わったことにより悩みの種が増した気がした。

 

《本当に大丈夫なのかな……?》

 

仲良く話している三人を遠目で見ながらそう思ったのはこれで何度目だろう。

 

大切な御役目なのだから自分だけでもしっかり気を引き締めておくことに決めた。

 

だけど、笑い合っている三人の姿は私の目にはとても輝いていているように見えて……

 

 

 

 

 

──人付き合いが得意で、人に頼ることも得意で、自分の気持ちを相手へと素直に伝えることができる。

 

 

そんな彼のことを…心のどこかで羨ましく思っていたのかもしれない。

 

 

 

■■■■

 

 

 

次の日、学校に来た俺……いや俺たちはクラスでちょっとした質問攻めにあっていた。

 

「昨日高嶋君達がいきなりいなくなったからびっくりしたよ」 

 

「一瞬のうちに人間が急に消えたもんだから夢でも見てるかと思った」

 

「身近で心霊現象が起きたのかと思ってちょっと怖かったなあ…」

 

人によって多少捉え方が違っているようだが、大体が身近で起きた不可解な現象に戸惑ってた様子だったらしい。

 

まあなんの前触れもなく人間が突然目の前から綺麗さっぱりいなくなっとらそりゃ驚くわな。俺でも怖いし不気味に感じるわ。

 

今回のようにクラスのみんなには安芸先生から俺達が大切な御役目で突然いなくなる事があるのだという説明はされたらしい。御役目についての情報は絶対に外部に漏らしてはならないということになっているのだ。そのことについては俺たちも気をつけるようにと散々言われて来た。

(特に優士は普段の態度から、須美達に比べ何度も大赦や家族、安芸先生からも念押しされていた)

 

「御役目って大変なの?」

 

「それが、話しちゃいけないらしくてさ……」

 

ごめんな、と一言謝る。友達とはいえ規則は規則であり口外する訳にはいかないため申し訳ないが諦めてもらうことにする。

 

銀達も似たようなことを聞かれていたが同じように答えられないと断っていた。しかしクラスのみんなも何となく答えてはもらえないことは分かっていたのかそれ以上追求してくることは無かった。

頑張れ、応援してるよなどの励ましの言葉をくれるクラスメイトもいたので嬉しかった。

 

その後の学校では、特に目立ったことはなく友達とだべったり給食を食べたり、いつも通り授業が進んでいった。帰りの会も終わりがやがやと賑やかしくなる放課後の時間。一緒に帰ったり、友達とあそんだりと人それぞれだろう。

 

もちろん俺達も例外ではなく────

 

「はい、というわけでやってきました。近場のフードコート!」

 

「「イェーイ!!」

 

「い、いえーい?」

 

珍しく今日は須美もノッてきた、声は小さいけれど。

祝勝会をしようと昨日()()()()()()()()時はとっても驚いた。

いつも遊びに誘ってるのはほぼ10割くらい俺からだったので須美から行動を起こしてくるというのは本当にすごいことなのだ。四年生から友達になって今日まで一度も遊びに誘われたことが無かった俺がいうのだから間違いない。3日前くらいの自分に伝えたとしても信じないだろう。

 

平日ということもあり比較的空いているように感じる。放課後の今はタイミング的にも丁度良く前に並んでいる人もいなくスムーズに注文をすることができた。

 

「こほん。ええ、今日という日を無事に迎えられましたこと大変うれしく────「堅っ苦しいし長いわ!」あ、ちょっと!?」

 

思わず須美の手から用紙をひったくる。

手書きで書かれたA4サイズくらいの用紙を取り出した辺りから嫌な予感はしていたが……会議でも始める気か? 3、4行読んだだけで頭痛くなりそうだ。しかも手書きという力の入れようがまた……

 

「うぅ……折角考えたのに…」

 

見るからに落ち込んでいた。流石にちょっとかわいそうか……こんなもの用意してきたくらいだしきっと須美も楽しみにしてきたってことだよな。無下にするのもなんかあれだし返してあげるか。

そう思い須美に紙を返そうとしたが────

 

「わっしーそんな難しい文章じゃ、ゆーさんには伝わらないよ?」

 

「そうだな30文字くらいにまとめないと無理だと思うゾ」

 

「おい、ちょっとひどくない? 確かに校長先生の話しとか長すぎて聞く耳持てないけどさ」

 

「いや、そこは聞いとけよ」

 

須美も小さく「…確かに」と同意していた。ちょっと、君もボケに参加するの? 返してあげないよコレ。

 

「ごめんなさい、高嶋君に対して配慮が欠けていたわね。次から気をつけるわ……」

 

哀れみのような目線を向けてくる須美。

 

「おーし、とりあえずおまえら全員表に出よっか。高嶋君久しぶりにむかむかっとしてきちゃった」

 

もちろん冗談だが、それは向こうもわかっているのでしてやったりと笑みを浮かべる前のからかい二人組。隣の方にチラッと目を向けると須美もいつもより表情が緩んでいた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「ありがとねわっしー」

 

「え?」

 

少し落ち着いた後に話を切り出したのは園子だった。

 

「実は私もわっしーのことを誘うぞ誘うぞって思ってだんだけど……なかなか言い出せなかったから、祝勝会にわっしーが誘ってくれてすごく嬉しかったんだ」

 

えへへと気恥ずかしそうに須美に対して自分の思いを伝える園子。そんな園子に対してどう言葉を伝えるべきか戸惑う須美。

 

「ほんとにね。俺なんて4年生からの付き合いなのに一度たりとも須美から遊びにすら誘われたことなかったし、滅多にアクションもとってきてくれないし」

 

「それについては…本当にごめんなさい」

 

「あー、いや! そんな気にしないで。須美も御役目について色々考えたりで忙しかったんだろうなって今は分かってるからさ。別に嫌われてるとかそういうわけじゃなかったんだなって分かっただけで全然大丈夫というか、うん!」

 

身体を優士の方に向き直り、頭を下げる須美に今度は優士が慌ててフォローを返す。

 

「まあまあ二人とも過去のことより今は未来のことを考えようよ。今日こうやって集まれたんだし、アタシたちこれからはきっともっと仲良くなれるさ! 昨日の戦いだって最後は四人で力を合わせて何とかなった訳だし」

 

「ねー! 私も興奮しちゃってさあ、そのことについてガンガン語り尽くしたかったんだー」

 

「わ、私も!そのことについて今日は話したくて三人を誘ったの…」

 

須美の口から発せられたいつも聞いている落ち着いた声とは真逆の甲高い声を聞いた三人が一瞬だけ目を丸くしていた。その様子を見てやってしまったと後悔しつつもここを逃したら多分駄目なことがなんとなく須美の中で分かっていた。

 

園子、優士、銀が自分に対する思いを正直に伝えてくれたのに自分だけこのままでいいのだろうか。わだかまりを残したままで自分は御役目に集中することができるのか? 彼女達のことが知りたくて今日はわざわざ集まってもらったのだろう。ならばそろそろ自分も踏み出す覚悟を決めろ。

 

須美はゆっくりと三人に対して話し始めた。

 

「私、今まで乃木さんと三ノ輪さんのことをあまり信用していなかったと思う…それは決して二人のことが嫌いだったからとかじゃなくて…私が人に頼る事が苦手で……」

 

「わっしー…」

 

「高嶋君に対してもそう……今まで沢山話しかけに来てくれて、遊びにも何度も誘ってくれたのに、変に意地張ったりしちゃって全然素直になれなくて……」

 

嬉しかった。仲良くなろうと手を伸ばしてくれたこと、自分の事を知ろうと近づいてきてくれたこと、今まで何度も自分に対しての好意を無下にしてきたにも関わらず、今もなお自分を見限らないで友人だと言ってくれること。

 

「でもきっとそれじゃ駄目なんだよね。昨日の戦いだって、私一人じゃ何も出来なかった…だから、その…これから私と仲良くしてくれますか?」

 

どんな返答が返ってくるのか不安になる須美。優士たちは一瞬顔を合わせると、須美の方に笑顔で向き直した。

 

「なーに言ってんだ! もう仲良しでしょ」

 

「改めてよろしくねわっしー。私すっごくすーっごく嬉しいよ!」

 

「ほんと、ようやくって感じだね」

 

園子と銀と優士の反応に思わず胸をなで下ろす須美。そんな須美達の様子を見て良かったと安心する優士。優士からしてみれば元から友達みたいなものだったので特にこれといった言葉は出てこなかった。

 

「ようやく四人一緒に……あ、あぁー! 思い出した!」

 

これでとりあえず一件落着かと思った矢先、優士が突然席を立ち上がった。あわあわと何か大きな失敗をしでかした時のような様子である。

 

「ど、どうしたの?」

 

「ほら、昨日みんなで戦いが終わった後に写真撮ろうって!」

 

「…あぁ、そういえば戦い前にそんな約束してたな」

 

「すっかり忘れてたよー」

 

「気にする余裕もなかったわね……」

 

とは言っても、事前に撮っていた樹海化の写真を戻った後確認してみたが、面白いくらいに風景を収めた写真は全て化けており何を撮ったのかすらわからない状態になっていたためどちらにせよ樹海での記念写真は上手く撮れなかっただろう。

 

「ん〜…仕方ない! 初陣成功の写真は諦めて、四人が名実ともに改めて友達になった記念に今ここで撮ろうぜ!」

 

「お、それいいじゃん!」

 

「私もさんせーい!」

 

「今、ここで取らないと駄目なのかしら…?」

 

「あったり前田のクラッカーよ! 思い立ったが吉日っていうだろがい!」

 

前半の優士が言っていることの意味が分からなかった須美だが、先程仲良くすると言った手前ここで断るのは確実にこれからの関係に亀裂が走るだろう。

 

(…一応、終わった後に一緒に写真を撮るって約束はしていたものね…)

 

そもそも須美に断る明確な理由は無く、単純に友達同士で記念撮影を取るのが初めてで戸惑っているだけなのである。

須美が一言、「わかったわ」と返事をすると優士はやったぜ!と嬉しそうに喜びながら早速自分の端末のカメラ機能を開き準備を始める。その間に園子と銀が座っている須美の後ろに移動しそのまま立ち尽くしていると。

 

「オッケー! 準備できました、っと」

 

「!?」

 

椅子ごと須美の真横の位置に移動する。少しでも動けば肩と肩が密着するくらいの距離感に思わず戸惑う須美。

 

「ち、ちょっと近くないかしら?」

 

「ん〜、自撮りだと結構近づかないと上手く入らないんだよね……」

 

「ミノさんももう少しゆーさん側に寄った方がいいかも〜」

 

「ちょ、園子!? 急に押すな!」

 

「やっぱりちょっとギリギリになっちゃうね〜…」

 

「まあ、これはこれで味があっていいんじゃね?じゃあとりあえず一枚撮るぞー」

 

 

一言優士が合図を出し、カメラのボタンを押した。

 

 

 

 

後に初めて四人で撮った写真は、須美の表情が少し堅苦しく感じたとのことだった。

 

 

 

 

 




優士「てか園子はわっしー呼びで確定したの?」
園子「うん。一番しっくり来るかなって」
須美「そうね、私も不思議と気に入ってるわ」
銀 「ちなみに他にはどんなあだ名を考えてたんだ?」
園子「えっとね、シオスミでしょ、ワッシーナに──」
須美「乃木さんもういいわ大丈夫、ありがとう」
優士「あ、ちなみに俺も一個だけ考えてたのがあるんだけど〜…聞く?」
須美「…一応聞いとくわ」
優士「ワシ◯ン」
銀 「いやそれポケ◯ンじゃんか!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 鷲尾須美の良いところ

本当は第五話でまとめて投稿しようと思ったのですが、時間がかかりそうだったし区切りが付けにくかったので二話に分けました。


何故、思い出せなかったのだろう。

 

あの日、初めて■■■■■■と対峙した時に脳裏を過ぎった五人の■■達の姿。そしてそこには自分の幼馴染に似た少女の姿もあって────

 

いつもの様に俺がバカだったから。それだけで片付けられれば簡単に事は済んだのだろう。

 

流石に生まれてからこちらに来るまでの10年間という自分が生きてきた時間の大半、ほとんどを共に過ごしてきた幼馴染の顔を忘れてしまうほど物覚えが悪い自覚は無かった。

 

けれど戦いが終わり現実に帰ってきた頃には、そのことに関する全てを俺は思い出すことができなかった……いや、忘れてしまっていたという方が正しいかもしれない。

 

あぁ、そっか───

 

……思えば、あの日戦いが始まり■■として戦う事を決めた瞬間から俺の身体は既に■■へと近づいていたってことか。

 

あの頃のお気楽だった自分に聞かせてもきっと信じないだろうな。

 

この戦いに巻き込まれたこと、自分が■■として選ばれたこと自体偶然なんかじゃなくて────

 

俺がこの世に■を受けた時から、俺の■■は始まる前から■■■■いたってことを。

 

 

             

勇者御記 ■■■.■.■■

 

────────

 

 

 

祝勝会を終えて1週間が経った日の朝、俺は学校へ向かう前に少しの間銀の家にお邪魔していた。理由としては単純に一緒に学校に登校することと、銀のお手伝いをしに来ていた。他所様の家のことに関しては深く関われないし、実を言えば手伝いなんて言葉を使うくらいのことはしていないのだが。単純に説明すると、朝忙しい時に銀が余裕を持って支度を終わらせられるようにするため弟の相手をしてあげている。女の子は身支度に時間がかかるって言うしね、女の子のことはよく分からないけど髪の毛をそろえたりするので忙しいのだろう。

 

髪といえば銀って四年生の頃は短くしてたのに、五年生くらいの頃から伸ばし始めたんだよな。短い方が楽だとか言ってたのに、それを伸ばすようにしたということは……銀の中でようやく洒落っ気がついて来たということなのだろう。

 

ショートカットの銀はスポーツなどでも全力を出して取り組む姿も相まって男の俺から見てもすごくカッコよかったのだが、髪を伸ばした銀は更に女の子らしさが増して可愛くなっているように感じるので特に問題は無い。松井さんも「自身持って銀ちゃん! 世界一…いや宇宙一可愛いよー!」っと叫びながら抱きついていることもあったので、同じ女子から見ても好印象なのだろう。

 

しかし人間は不平等だなと度々思う。かっこよくて、かわいいとか最強じゃん? ずるいよね。前世は一体どんな徳を積んでいたのやら。

 

少し話がずれたが、もちろん手伝いも毎日という訳ではなく、俺に特に重要な用が無く、時間に余裕がある日だけ立ち寄って手伝いをするようにした。ほんとはもっと手伝おうと思ったがその条件じゃないと銀が納得してくれなかった。納得した後も歯切れが悪く渋々といった顔だったが。

そんなこんなで現在手伝いも終わりしっかり準備ができたらしい銀と一緒に神樹館に向かっていた。

 

「今日もありがとな。弟達の相手してもらっちゃって…にしても金太郎は生まれたばかりだから仕方ないとしても、鉄男はお兄ちゃんになったってのに相変わらずやんちゃっ子のままだし……」

 

「まあまあ、子供は元気が一番だって言うし男の子ならあのくらいのやんちゃは当たり前だと思うぞ」

 

「優士もやっぱ鉄男くらいの時はやんちゃしてたのか? …って聞かなくても今の優士を見たらわかるか…ごめんな、叱られた苦い記憶思い出させちゃって」

 

「勝手に決めつけないでもらえます!?ってか何で叱られてる前提なんだよ!」

 

まあ…銀の言う通り、思い返すと苦い思い出なのは確かなんだけども。そういう銀の方がやんちゃしてたように見えるのだが……言わないでおこう。

それにしてもと銀が先程の家であったことを話題に出す。

 

「鉄男はほんと優士に懐いてるよね。前にアタシと喧嘩した時なんか、優兄が兄ちゃんだったら良かったのにー!って言ってたこともあったし」

 

まあそのおかげもあって助かってるんだけどさと軽い感じに言う銀だが…ちょっと待ってほしい。喧嘩してたとか何それ初耳なんだけど?ってか鉄男は銀に向かってそんなこと言ってたのか…今度ちょっと注意しないとな。ってか俺が理由で二人が喧嘩してたとかだったらすごい責任を感じてしまうんだが。

 

「あー…大丈夫、1日経ったらすぐ仲直りしたし鉄男も怒った勢いで言い過ぎたとは思ってたみたいだったから」

 

「それなら良かったけど…」

 

銀の返答に思わずほっとすると同時に少し疑問に思った。

何故そこまで銀の弟に自分は懐かれてるのだろう。特別なことをしてあげた覚えは全く無いんだよな。

 

特に記憶に残っていることといえば、仮○ライダーごっこしたり、ド○ゴンボールのベ○ータと悟○の一騎打ちを再現したりとかそんな感じのことをしてたかな。思わず役を演じていると段々面白くなってきてしまい、夢中になって悪役に徹しているところを銀から呆れたような目線を向けられたのは内緒だ。

 

戦いごっこをする時は鉄男くんが主人公役で悪役はもちろん俺が毎回やらせてもらっている。再現した怪人の声が結構似ていると好評で、自分はもしかしたら正義役より悪役の方が向いているのではないかと少し考えたりしてしまった。

 

まあ、俺勇者なんですけどね!(ドヤ顔)

 

そんな感じで、後は一緒にゲームしたり、おやつ食べたり、鉄男が園であったことを良く聞かせてくれるのでそれを静かに聞いてあげたりしてあげたくらいかな。他のお父さんも息子に対して似たようなことをしているのではないかと思う。

 

「あれじゃね? 単純に同じ男同士だから気が合うとか」

 

「んー、やっぱそうなのかな…? アタシは女だからそういった男の子の好きなものとかはてんで分からないし、最近は鉄男と話しも合わなくなって来たし、反発するわで……」

 

はあーっと大きなため息を吐く銀。よくある性別の異なる姉弟による価値観の違いが生じてきてしまっているのだろう。例を挙げるなら基本日朝に男の子は戦隊モノなんかを好んで見るようになり、女の子ならプ○キュアを見るようになると思う。物心ついてきて自分のやりたいことを率先して行おうとする時期でもあり尚更だろう。

 

「ま、それもそのうち落ち着いてくるさ。銀の弟なんだから、なんだかんだしっかりしている筈だし」

 

「なんだかんだか…相変わらず優士は人を励ますのが得意そうに見えて、その根拠はいつもあやふやだよな」

 

「うるせーな…俺は馬鹿だから頭使うの苦手だし、銀が求めてるようなカッコいい言葉は咄嗟には出てきませんよーだ」

 

少し嫌味ったらしく銀に言い放つと、銀からはいじけてるように見えたのが受けたのか左手で口元を押さえて恐らく笑うのを堪えているようなので、ジトーっという感じの目で銀に目線を向ける。

 

「別にアタシは悪いとは思わないけどね。考えて難しい言葉を口先で並べられるより咄嗟に出た言葉の方が優士の本心みたいに感じてアタシはす、好きかな……?」

 

「そう? 相変わらず銀は変わってんなあー」

 

しかし俺としてはそんな風に銀が考えてくれてるとは思わなかったので素直に嬉しかった。漫画とかアニメでよくある親友同士だと多くを語らなくても分かり合えるというやつだろうか。

 

 

「あははそうかもな。……相変わらず鈍感なやつめ…!

 

隣で銀が何か呟いてたような気がするが、重要なことならもっと大きな声で言うはずなので多分問題はないだろう。

 

その後も学校へと足を進めていると案の定銀のいつもの体質が発動して、前から犬の散歩をして歩いて来た人の手から犬のリードが外れてしまい、逃げ出した犬を追いかけるというトラブルがあったが何とか始業のチャイムがなる前に学校に着くことができ遅刻は免れた。

 

 

───やはり銀には誰か頼りになる人が着いてなきゃ駄目だなと思った。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「よっしゃ、学校終わり! 須美、園子、銀、三人とも暇だな? 暇だね! よっし、今日は帰りにイネスに寄ろうぜ!」

 

「相変わらず押しが強すぎて断る暇もないわね…」

 

とは口で須美もいいつつ別に今日は特に予定も急ぎの用もないため、提案に乗りイネスに行くことに同意する。園子は寝ているが起こせば絶対来るだろうし、銀はというとイネスの話題を出した時からうきうきとした表情を見せていたため聞くまでもなく。以上、全員無事参加するということになりまして。

 

 

「というわけでやってきましたイネスのー、フードコート!」

 

「おー! ってなんか既視感が…」

 

「この前の祝勝会でも同じことを言ってたわね」

 

「言ってた言ってた〜」

 

「細かいこと気にすんな、2回目の祝勝会ってことにしよう!」

 

小学生の買い食いは基本禁止されているが、神樹館の教育方針では、お金の使い方を知っておくのも勉強だということで四年生を超えた時、つまり十歳を越えればこういった買い食いも許可されている。子供達のモラルが高い神樹館ならではといったところなのだろう。(一部例外生徒あり)

 

「やっぱり、ラムネ味はハズレなく安定して美味い!」

 

俺と銀は以前にも何度か一緒にイネスに来ては色々見て回ってから最後にジェラートを食べて帰るというのがいつから当たりまえとなっていた。

須美と園子も一緒に食べに来れたらいいなとずっと思っていたので今日はその願いが叶った日でもあった。

 

「どう、どう? ここのジェラート、めっさ美味しいでしょ! イネスマニアのアタシ、イチオシだからね」

 

「すっ〜、ごく美味しいぃ〜!最高だよミノさん、ゆーさん、ジェラートってこんなにいいモノだったんだね〜」

 

「おう。やっぱ本場が1番よ! 自分で好きなものを選んで買って食べる!この一連の流れが大事な訳が分かったろ?」

 

「うんうん! ようやくゆーさんの言ってた意味実感できたよ〜」

 

「ちょい待ち、いまいち話しについていけないんだが詳しく聞いてもよくて?」

 

「ああ…悪い。園子、話してもいいか?」

 

笑顔で顔を縦に振る園子に了承を得て、俺が今まで園子と一緒に過ごして来た思い出を簡潔に打ち明ける。

 

園子が御役目を始める前、正確には勇者に選ばれるまでは気ままに外出することが出来なかったこと、そのせいでこういったお店にも気軽に来たりすることが出来ずにいたことを不憫に思い、俺は園子と一緒に園子が当時おかれていた「退屈で窮屈な世界をぶっ壊せ!」作戦(by高嶋優士)を決行したのだ。

 

最初は親に外出をしてもいいかとお願いしてみることから始めた園子と優士だったが、やはりそう簡単に一人での外出の許可は出されなかった。

俺は乃木家の判断に最後まで不満だったが、他所の家庭の事情ということと園子の説得もあり渋々諦めることにした。

 

しかし外出は出来なくてもせめてその場所の気分を少しでも楽しめるようにしてあげたいと思い、園子に会いに乃木家に行く度に色々な差し入れをバレないようによく園子に渡していたのだ…最初の内は。話しを聞いている内に嫌な予感がして来たらしい銀だったがその予感は残念ながら当たっている。

 

後の方には何をしたのかというと学校の帰りに園子を連れて帰り道の途中にある公園に寄り道して遊んだり、近くの駄菓子屋に寄ったりするという大胆な行動を起こしたことが何回かあった。人目に付かないようにちょっと工夫したり、人がいる時は帽子を被せたりとかして誤魔化してはいたが、よく乃木家の関係者にバレなかったなーと常々思う。 

 

多分運も相当良かったよな。

理由は結局今もよく分からないんだけど、俺が園子をしっかり家まで送ってくれると約束できるのであればたまに一緒に下校することを許すっていう条件を園子の家の人が許可してくれたからできた事であって、前と同じでリムジンを呼んで登下校だったら絶対誤魔化しきれなかったと思う。

 

「今思うと結構すごいことしてたのかな?」

 

「そーだよ〜私ゆーさんの行動には驚かされてばかりだったもん」

 

「天下の乃木家相手にそんなことしてたのか…てかバレたらどうするつもりだったんだよ」

 

「そん時はそん時で考えてたと思う!」

 

「つまり言い訳なしと、はあ…」

 

とりあえずその場のノリでサムズアップして銀に応えるとため息を吐かれた。

 

「最悪、園子と関わることを禁止されてたかもしれないという可能性は考えなかったわけ?」

 

「もちろんその可能性も考えてはいた。しかし考えてみてほしい、絶対にバレては行けないこととか秘密の作戦を決行している時ってこう、ちょっとスリルがあるというか…ワクワクしてこない?」

 

結論から言えば、俺はデメリットよりも園子とワクワクを共有する結果を選んだのだ。まあバレたとしても普段から注意されてばかりの俺に責任は全部回ってくると思っていたし俺のせいってことにしとけば大丈夫だったと思う。

 

「…おまえは本当に真のバカだよ。おめでとう」

 

「ありがとう」

 

「褒めてねえ!」

 

銀にツッコミとともに足先で脛を蹴られた。銀なりの心配と見ていないところで無茶でバカなことをしたことを怒ったのだろう。

銀達の手前少し恥ずかしくなって適当な理由を言ったが……

 

それぞれ人様の家の都合があるということは俺にも分かっている。そういうことに安易な気持ちで関わるべきではないということも分かっている。もちろん俺が園子に対してやったことはただのエゴであり、園子を大切にして育てて来た乃木家の関係者からしてみれば子どもの自分勝手なわがままでしかない。

 

しかしどんなに正当な理屈を並べられようと大人達の都合で園子が不憫で寂しい思いをしているのが気に食わなかった。気に食わなかったから反抗させてもらった、ただそれだけだ。

 

今もジェラートを食べながら幸せそうにしている園子の笑顔を見て、やっぱりあの時の俺の行動は間違ってなかったかな…なんて思えたりもしたり。ま、それも今はもう関係なく外出禁止令も解除されたし、終わり良ければ全て良しってやつだ。強引に話しを切り上げる。

 

「はい、この話はおしまい! …ところで須美さんや、お前はいつまでジェラート持って固まってんだ?」

 

ずっと話しに入ってこないため不思議に思い隣に座っている須美へと目線を送るとそこには難しい顔をして、ジェラートを見つめている彼女の姿があった。

 

「わっしーにはジェラート合わなかった?」

 

「会わないどころか…宇治金時味のジェラートがとても美味しくて…」

 

優士と銀は顔を合わせるとニヤリと笑い合う。また一人無垢な子供を虜にしてしまったイネスのジェラート。それも超優等生な須美まで陥落させてしまうとは流石だと褒めてやりたいところだ。

 

「イェーイ。気に入ってくれたなら嬉しいね」

 

「それなのに、なんで難しい顔してるの〜?」

 

「私は、おやつは和菓子か、せいぜいところてん派だったから。それがこの味…わずかに揺らいだ私の信念が、情けなくて…」

 

そろそろカタカナ拒絶症を治しても良いのではなかろうか?

 

「美味しいなら美味しいって素直に認めなよ。そんな態度でいるから、お堅い鷲尾さんのイメージが付くんだぞ」

 

キッ──っといった鋭いワシのような目線で睨んで来る須美。

 

「鷲尾とわっしーだけにワシ(鳥)の真似ってか」

 

ダジャレを言った直後、スパーンという音と共に俺の頭に衝撃が走った。おい、どこから取り出したんだそのハリセン。

 

「さっき同じ階に売ってたのを見かけたから買ってきたわ」

 

こちらを見て得意げに笑う須美。急にどうしたのだろうかこの子は。

……え、この子ほんとに鷲尾さん家の須美さんだよね?

 

「高嶋君には生半可に説教するだけじゃ駄目なことはこの2年間でたっぷり実感してきましたので。それにこういった漫才(ボケ)には張り扇の突っ込みで対応するものだと昨日読んだ本にも書いてあったし……

 

「須美ー?」

 

自分の世界に入ってしまったようだ。こうなってはしばらくの間は帰ってこない。

 

「なんかわっしーってゆーさんと一緒にいる時は凄い面白いよね〜」

 

「そうだな、なんかいつもより生き生きして見えると言うか」

 

「そうか? 須美は戦艦とか歴史の話しを引っ張って来れば俺関係無くはっちゃけるぞ」

 

いつしかやった海面を使った戦略ゲームを須美に進めたら、嬉々とした表情で時間も忘れて夢中になって遊んでたっけ。

 

確かに二人の言う通り、最近は俺への注意喚起(ツッコミ)にも勢いがついてきたように感じるし。少なからず須美の中で何かが変わってきてるのだろう、それはもちろん良い方向に。さっきのハリセンの一撃も一つの証と言える。

 

「ゆーさんはわっしーのこともよく知ってるんだねー」

 

「おうよ。五年生の頃は同じクラスだったし、隣の席に座ってた時もあったからな。神樹館の生徒達の中では誰よりも須美のことを理解してるつもりだぜ」

 

「…一年間だろ? ならアタシとだって四年生の頃は同じ席だったし、大体一緒に過ごしてたじゃん」

 

「銀の場合は俺以外にも仲の良いクラスメートがいっぱいいたじゃん。松井さんなんて四年間もクラスが一緒だったらしいし、流石に一年一緒にいた程度じゃ昔から培ってきた仲にはそう簡単には勝てんわ」

 

俺の返答に納得してなさそうな顔をする銀。加えてどこか悔しそうな表情にも見える。別に須美のことだけではなく銀のことだってしっかり知っているつもりだし仲良しのつもりだ。

 

五年生ではクラス替えで銀とは別のクラスになってしまったが、だからといって疎遠になることは無く学校では休み時間には一緒に遊んでいたし、休日の日もたまに一緒に出かけたり、銀の家で一緒に鉄男の相手をしてあげたりと、仲が拗れることも離れることも無かったと思うんだが…なんなら今日の朝だってあてはまるし。

 

須美は同じ転校生だったし、俺以外には特別仲の良いクラスメートも当時はいなかった。挨拶とかの社交辞令は返されるけれど遊びに誘われたりはしてなかったっけ。同じ転校生なのに何故俺とここまでの差があったのやら。まあ9割性格なのは目に見えているが。

 

整列係とか含めて色々厳格にし過ぎたせいで関わりにくいイメージが着いてしまったに違いない。実際須美の整列の指示はすごく怖い、少しでも列を崩したりあくびでもしようものならその場で粛清されてしまいそうだ。

 

「じゃあゆーさんはみんなが知らないようなわっしーの良いところとかも沢山知ってるんだね〜」

 

私達の知らないわっしーのこと何か教えてよーと園子に強請られる。まあ確かに相手の良いところを知ることは仲良くなるためにも必須だよな、ということで何個か教えてあげることにする。

 

 

「そうだなー……実は須美ってすごい料理が得意でね、和食と和菓子限定なら大人も顔負けなんだ。俺も前の家では料理は毎日作ってたから自信あったけど正直負けを認めざるを得なかったね。

 

それから…そうだ。落ち着いててどんなことにも冷静沈着そうに見えるけど、好きなことにはとことん夢中になってのめり込むタイプだから最初はそのギャップに少しびっくりすると思う。

 

あと、しっかりしてるように見えるけど実は少しおっちょこちょいな部分もあってね?その時の焦った反応は見てるとちょっとおかしくて面白いんだ。

 

よく須美は怖いとか無愛想だってみんなから思われてるみたいだけど実際話してみると全然そんなことは無くて、ただ単に真面目過ぎるだけなんだよね。もっと力抜いて楽に過ごせばいいのになーっていつも思うんだ。

 

勉強面ではいつも俺はお世話になってて、宿題や授業でわからないところがあるといつも持ってて須美に聞きにいくんだけど、その度自分で少しは考えなさいって小言を口にしつつも何だかんだ最後は教えてくれるからいつも本当に助かってる。

 

テストの点数も大体いつも満点か90点台がほとんどでいつもすごいなーって思う。園子と同じ閃きタイプなのかいいなって最初は思ったんだけど実は違くてね。まあ、頭の入りは凄い良いんだろうけど。

 

ノートとか貸してもらってよく見てみると改善点とか注意点がまとめてあったりとすごい工夫されてたり、みんなが気づかない場所ですごい頑張ってるんだなーって思った。そういう努力家なところも俺はすっごく尊敬してる。

 

それからね、須美ってたまに見せてくれる笑顔が────」

 

「優士ストップ! ストーップ!! 須美が、須美さんがもう限界だからやめてあげて! ってか聞いてるアタシまで恥ずかしくなってきた!」

 

須美と過ごしてきた日々を思い返してみるとこんなこともあったなーと懐かしみながら二人に語っていると突然銀から待ったがかかった。

 

「うーん…まだ結構あるんだけどなあ。このくらいで平気か園子?」

 

「私2、3個くらい聞けたらいいかなぁ〜、くらいの軽い気持ちで聞いたんだけど……なんかごめんねわっしー」

 

園子から謝罪を受けた張本人はというと、いつから聞いていたのか両手で顔を隠しながら机に顔を突っ伏していた。

 

「何してんだ須美?」

 

その両耳は茹でられた蛸の如く赤く染まっていた。室内は外と比べてすごく涼しい筈なんだけどな。

 

「いつもふざけてばかりなのに何故そんなところはしっかり見ているのよぉぉ……っ」

 

「須美のことが気になるからだ!」

 

「そういうとこだぞ……まあ他意はないんだろうけど」

 

「おぉ〜! 今のうちにメモメモ〜!」

 

ほんっ、とに馬鹿なんだから……!

 

 

その後は園子が須美とジェラートを食べさせ合いっこをしたり、銀が須美と園子の口にしょうゆジェラートをねじこんで派閥に加えようとしたりと色々あり、初めての体験ばかりであたふたしている須美の様子を横目に楽しみながら俺は溶け始めてきたラムネ味のジェラートを食べ終わるのだった。




UAが10000突破しました!
見てくださっている皆さま本当にありがとうごさいます!
お気に入りも現在は90人近くの方がしてくれており、この小説を読んで少しでも楽しいなと思ってもらえていたら嬉しいです。
最近少しモチベも上がってきたのでこの勢いを無くさないよう頑張って行きたいです(フラグ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 柘榴

本編もぼちぼち進めて行きたい。
さて、第七話となりますが今回はちょっと重要な回になるのかな?


◆◆◆

 

俺に与えられた勇者システムは西()()()()()()()()()が使っていた旧式型の端末を改良してできた物らしい。

 

かつて四国で初めて神樹様に選ばれたとある勇者が使っていたものであり、とても重要な過去の遺物なのだと説明された。

 

なんだか少し恐れ多く感じてしまった────

 

 

俺みたいな■■に■■達が繋げてきた"■■■"を受け継ぐ資格が本当にあるのだろうか、と。

 

 

 


 

 

俺たちが人類を守る勇者として御役目を果たした半月後、二体目の敵がやってきた。

 

軽く20メートルはある巨大な敵。特徴的なのはその体の両端に垂れ下げてある複数の天秤と現在自分達が苦戦を強いられている原因であるバーテックスが自らの身体を回転させることで発生させている暴風だった。

 

「あのグルグル……上から攻撃すると、弱そうだけど〜!」

 

「どうしようもない……ハメはずるいよなぁっ…!」

 

「全くだ……! ゲームでも……基本ハメ技はダメ、絶対……なんだぞ……友達失くすぞこらぁー!」

 

「何の……話を……してるのよ!?」

 

現在園子が槍を前回と同じように傘の形状に変形させ、敵の攻撃を耐え凌いでいる。そのすぐ後ろに力自慢の銀と俺が園子を精一杯支え、須美は最後尾に回って俺の腰辺りに両手で掴まり強風に吹き飛ばされないようにしがみ付いている。

 

「とにも、かくにもこの風を──ッ!」

 

バーテックスの足下にある樹海の樹の根が徐々に色を失っっていくのが見えた。侵食……あれが広がるほど現実の世界にも被害が出てしまう。あまり猶予は残されていないようだ……けど、下手に動こうものならあのでかい天秤の錘がこちらを目掛けて飛んでくるだろう。

 

「くっそ、どうすれば────」

 

何か策はないかと頭の中で検討している時だった。

須美が飛ばされないようにと掴んでいた両手を突然離した。

 

「須美!?」

 

須美は空中で弓を構えると、そのままバーテックスへ向けて狙いを定める。だけど…この暴風の中じゃ……

 

「南無八幡、大菩薩ッ!」

 

掛け声と共に須美が矢を放つ。狙いは完璧だった。須美の矢はバーテックスの中心部へと勢いよく放たれたが、天秤から発生している暴風が矢の速度を落としていき、そのまま地上へと落下していった。

 

「そんな──ッ!? く──ッ!」

 

暴風によって須美はそのまま後方へと飛ばされていく。何とか体勢を整えて樹海の根へと着地できていたことを遠目で確認でき、安堵していると今度はこちら側へとバーテックスは矛先を向けてくる。

 

「ッ!? 危ない!」

 

「くそ──ッ!」

 

園子が槍の向きを変え、何とかバーテックスの天秤の錘を防ぐも回転しながらそのまま反対の天秤の錘をぶつけられた衝撃で槍の傘を持っている左手が勢い良く擦れ、血が噴き出す。

 

「園子!」

 

「…平気、平気。かすり傷だよ!」

 

今もなお天秤の錘から俺と銀を守ろうと園子は槍を強く握りしめ直している。あの重い一撃を受け止め続けるのは不可能だ。このまま行けばそう遠くないうちに園子に限界が来るだろう。

 

 

 

──どうすればいい、この戦況を変えるには、仲間を助けるために俺は何をすればいい。考えろ、考えろ、考えろ。こんな時にこそいつも使ってない頭を役に立てるところだろうが。

 

 

この暴風を何とかするには、ある程度の距離からでも力を加えられてヤツの頭部を叩けるような武器か何かが有れば……

 

 

 

「ッ────!?」

 

 

 

──姫百合の花びらが視界を舞い散った。

それと同時に目についたのは大きな楯……の形状をした()()()だった。

 

 

これは……記憶──?

 

 

■達の中では誰よりも小柄だったが、誰よりも元気でお調子者。些細なことでもよく笑い、よく怒るお転婆な少女────

 

後輩である■■■■の事が大好きで、まるで本物の姉妹のように接している二人の姿はとても微笑ましく尊いものだった。

 

わんぱくな性格で落ち着きがなかったこともあり、"あの子"とは反りが合わないのか最後までぎこちなさそうにしていたのを()()()()()

 

 

「……あれ?」

 

("覚えている"って何だ……? 誰のことを……?)

 

 

全く自分の身に覚えがない記憶。不規則にノイズのようなものが走るため断片的にしか理解することができなかった。だけど、そこに入る言葉が誰かの名前だということだけは何となく分かっていた。

 

正直言ってしまうと気味が悪い。自分の中で何が起きているのか……それが分からず感情が不安定になりそうだ。

 

 

……だけど、何故だろう。不安に思うと同時にすごく悲しい気持ちが込み上げてくるのは────

 

何か大切なことを忘れているような気がして……

 

(──!? 駄目だ駄目だ、今は忘れろ……戦闘中なんだぞ!)

 

ただでさえ劣勢で苦しい状況であり、余計なことを考えている場合じゃないのだ。頭の中を切り替えるため一度、思考を停止しようと試みる。

 

 

「く──ッ!今度は何だよ……ッ!?」

 

 

しかし、そこへ更に追い討ちをかけるように頭に痛みが走る。頭が割れそうなくらいの鈍痛に思わず声が出そうになるのを必死に歯を食いしばって止める。

 

 

──旋刃盤が再び、視界を過ぎる。橙色の勇者装束を身に纏った少女は旋刃盤を巧みに扱い、白い化け物達を倒していた。

 

 

あぁ、そうか。そうすれば……いいのか────

 

 

「おい、優士──!?」

 

気づいた時には自然と身体が行動を開始していた。

須美のように手を放し、風に飛ばされ上空へと浮かび上がっていく。

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

「俺に()()()()()……なんてね」

 

 

声に出して呟いたのはよく彼女が使っていた決まり文句。しかし自分にはやはり似合っていないなと、思わず失笑してしまう。結構内心余裕があるのだろうか。

 

「真面目にやらないと、何処ぞの"優等生様"に怒られちゃうな」

 

それは嫌だなと思いつつ、表情と気持ちを引き締める。風に飛ばされつつも気にする事なく目を瞑り、集中する。

 

姫百合の勇者がかつて使っていた武器を頭の中でイメージする。

使い方は先程"流れてきた"から知っている。左腕を空へと掲げると、手甲に結ばれた紐が輝き出し、橙色の光が樹海一帯を照らした。

 

「ゆーさんが、光ってる〜!?」

 

「一体何が起きてるんだ……!?」

 

徐々に光が弱まっていき目を向けると、それは形を成していた。左腕には先程イメージしたものと全く同じ旋刃盤が装着されている。

 

「あれは……楯?」

 

旋刃盤を構え暴風を防ぎつつ、空中から樹海の根へと上手い具合に着地する。なるほど、この武器は楯としても十分に使えるらしい。

 

だけど、この武器の本領は楯じゃないようだ────

 

 

「悪いが、お前たちには油断も手加減も無しだ。最初から全力で潰してやるよ、"化け物共"────」

 

全開の力は出せないが、"西暦時代"の勇者システムと比べて基本性能が格段に上がっているため十分通じると自分の中で予想を立てる。

 

「──ッ、来い"輪入道"──」

 

呼ぶは、この旋刃盤の使い手に宿っていた"精霊"。

旋刃盤に炎、いや"業火"が宿った。"■■■"の使用は今の勇者システムでは禁止されているようだが……今のように■■の■■の力を宿している状態だとそのブロックが緩和されるようだ。

 

「……づっッー!!」

 

業火の如き燃え続ける旋刃盤を左腕から取り外し右手に持ち替えて構える。旋刃盤の業火が右手を焼き、今まで感じたことの無い強烈な痛みが襲ってくる。正直、恥も外聞もなく泣き叫びたいくらいの痛みだが、それをなんとか歯を食いしばり気合いと根性で耐える。

 

「生憎と"耐えるのは得意"なんでね……!」

 

旋刃盤を五本の指でしっかりと支えつつ持ち上げる。狙いをバーテックスの頭部へと定めると旋刃盤を投げる角度を調節する。

 

ドクン、と心臓が大きく跳ね上がる音が聞こえた────

 

「いっけぇぇ!!」

 

力の限り、旋刃盤を思い切りバーテックスに向けて投擲した。

 

バーテックスの起こす強風が旋刃盤を遮り速度を落としていく。しかし想定内だ、強風により業火は消え去ってしまったが旋刃盤はバーテックスの頭部へと突き刺さった。

 

そう、突き刺さりはしたのだが、巨体ゆえ余りこたえていないのか特に大きな反応はなかった。

 

「優士の秘策でも駄目なのか!?」

 

銀は悔しそうにバーテックスを睨みつけていたが……

安心しろ銀、俺の攻撃はまだ終わっていない。

してやったり、と自然と自分の口元が横に開く。

 

突き刺さった旋刃盤はバーテックスの頭上で再び燃え始めると、火力が増していき再び業火へと変わると、次の瞬間、バーテックスの頭上で炎の爆発が発生した。

 

「ええ!? また炎が出たと思ったら今度は爆発した〜!?」

 

園子もこれにはビックリしたらしく、旋刃盤の爆発に目を向けていた。

 

精霊の力だけを限定的に武器へと組み込むことにより可能となった攻撃手段。先程投擲した旋刃盤には事前に輪入道が持つ火の力がストックしてあったため、ある程度なら自分の任意で溜めておいたエネルギーを拡散させることができるという訳だ。

 

何故そんな事ができるようになったのか……気づいたら使い方を知っていた、というよりは"身体が勝手に動いて行動に移していた"というのが正しいかもしれない。

 

旋刃盤はポロポロと細かい灰に変わると、役目を終えたかのようにその場から消滅していった。

 

 

「あ……れッ──? いっでッ──!?」

 

思い出したかのようにヒリヒリと継続する火傷の痛みが再び右腕を襲ってきた。自分の焼け焦げた右手に目を向けると、肘の少し手前辺りまで火の余熱が伝わってきたらしく、手のひらと指に比べればまだマシな方かもしれない。

 

一番重症な箇所は手のひらと五本のそれぞれの指。指に至っては焼損しなかったのが奇跡だろう。火傷の痛みから思わず泣き叫びそうになるのを何とか耐えようと無事な左手で口元を抑える。気持ちの悪い脂汗がぽたぽたと下に落ちる。

 

しかし、ここで泣き言を言っている訳にもいかない。何故ならまだ戦いは終わっていないのだから。

 

敵の動きが止まり、隙も作れた。俺は未だ目の前で起こった事態に呆然としているであろう彼女の名前を呼び、合図を出す。フィニッシュはお前に譲ってやるから決めてこい。

 

「銀! 今がチャンスだ、決めろぉぉー!!」

 

痛みに何とか耐えつつ、彼女の名前を呼ぶ、痛みで叫びたいのをグッとこらえ、八つ当たりのようにその大声を仲間への合図へと方向を変え、思い切り叫んだ。

 

「はっ、ミノさん!」

 

「ッ──おうよ! 任せろォー!」

 

俺の合図を聞いた銀が敵の方へと駆け出していく。先程の爆発の影響で風は弱まったため、この隙を逃がさないように責めに入る。

 

銀の両斧から繰り出される乱舞がバーテックスへと叩き込まれていく。そのまま回転を許す事なくバーテックスへと銀のラッシュが続いていき、とうとう侵略を諦めたのか進路を変えて橋を戻り始めた。

 

 


 

 

 

(終わったか……)

 

鎮火の儀が始まったことにより戦闘が終わったことを確認する。

包帯を使って負傷した右腕を素早くテーピングする。とりあえず、火傷した部分だけ隠しておけばいいと思い、すごく雑なものになっている。

 

「はぁ……」

 

大きめのため息をひとつ吐き、その場に座り込む。

あの力は……一体なんだったんだろうな。

 

 

「ゆーさん〜!!」

 

「おーい! 優士ー!」

 

園子と銀が名前を呼ぶ声に思考から現実の世界へと戻される。

こちらに近付いて来る二人に向けて左手を振る。見た感じ二人共大きな損傷は無さそうだし……とりあえずは安心だな。

 

「二人もお疲れ〜……!?」

 

「ゆーさん、すごい大活躍だったね〜!」

 

園子は嬉しそうに両手を前に広げると俺の方に飛んで抱きついてきた。

勇者の状態ということもありそれは結構な威力が乗っているのだ……つまり、苦しい助けて。

 

「ちょ、園子危ないから急に飛びつくのはやめな……てか、首絞まってる締まってる!?」

 

「あわわ! ゆーさんごめんね〜……ん?」

 

「どうした園子?」

 

「ゆーさん……何で右腕隠してるの?」

 

「!?」

 

やはり、こう言う時の園子は勘が鋭い。自然と右腕を後ろに隠していたことを指摘されてしまい、思わず反応を示してしまったことにより右腕に何かあったということを二人に確信させてしまった。

 

「しかも包帯まで巻いてあるし……優士、大丈夫なのか?」

 

銀が俺の右腕を掴もうとする手を思わず払ってしまった。火傷の痕がある右手を二人に見せたくなかった……正直自分でも引くくらいグ□イことになっている。

 

("また勇者の不思議な力"か何かで早くこの火傷も治ってくれないかなぁ……)

 

勇者である俺たちは常人と違い回復力も強化されている。バーテックスたちのような常識外れの瞬間治癒はできないが、傷を追うことがあっても掠り傷くらいなら数日で治ってしまうくらいには自然治癒力が向上している。この前受けた傷も治りがとても早く、心底驚いた。

 

時間経過と共にヒリヒリとした火傷による痛みは引いてきているのだが……まだまだ完治にはほど遠いだろう。

 

「いやいや、ほんと大丈夫だから。見た目ほど大した事ないし、ちょっと火傷……?しちゃっただけというか、わざわざ怪我なんて見せびらかすものでもないしさ!」

 

言い訳苦しいというか、これじゃ何の説明にもなっていない。頭悪いとこういった時に言い訳一つ上手くできないから駄目だよなぁ……

 

なかなか渋る俺に対して実力行使で右腕を確認しようと二人が動こうとした直前、俺の右腕が突然誰かに掴まれ引っ張られた。

 

「うぇ、須美!?」

 

「ごめんなさい高嶋君。私も心配だから、一度確認させて頂戴…」

 

その正体は、たった今合流してきた須美だった。須美が本人の許可もなく右腕に付けた包帯を勝手に取ろうとしたので止めようとしたのだが、それを園子に止められた。

 

「ちょ! 須美勝手に包帯とらないで───」

 

「ごめんゆーさん、少し静かにしてて?」

 

そう言ってきた園子からは異様な雰囲気が滲み出ていた。真剣な表情でこちらを見てくる園子の様子はいつものぼんやりとしている印象とはまるで違っており、俺はその謎の迫力に押されてしまい先の言葉を呑み込んでしまった。

 

須美は包帯を外すと俺の右手を掴んだまま向きを変えたりしてそのまま右手を数秒間ジッと観察していた。そんなじっくり見るものじゃないだろうに……三人に顔を合わせづらいため明後日の方向を向きながら必死に考えをまとめていると須美が沈黙を破る。

 

「腕に包帯なんて巻いているからどれほどの重症かと思えば……()()()()()()()()()()()()じゃない……」

 

「……え?」

 

須美はほっとした様子で一つ小さな息を吐いた。俺は須美の言葉を直ぐに理解することができなかった。そんな、馬鹿なことはありえないと目線を直ぐに包帯が取れた自分の右手へと視線を向ける。

 

(はは、まじかよ……)

 

目を向けた先にあったのはいつも通りの血色をした、至って普通の見慣れた自分の右腕だった。須美の言う通り手のひらが少し焼けており、発赤や腫脹が見られるものの、その程度で済んでいた。

 

「どうなってるか心配だったけれど……このくらいなら大丈夫そうね。……この程度の火傷で済んでいるのも勇者の恩恵のおかげということなのかしら……?」

 

「……はあ〜、取り越し苦労ってやつか。それならそうと勿体ぶらずに早く言えよ。無駄に心配させんな!」 

 

「包帯の巻方も雑なものだったし、ただ巻けばいいって訳じゃないのよ? しかも大袈裟に関係ないところまで巻いて……」

 

須美からテーピングの仕方に駄目だしされ、やることが毎回大袈裟なのだと注意をされた。

 

「ミノさん、すごい真剣な顔してゆーさんに迫ってたもんね〜。…ミノさんがゆーさんのことを大切に想っているんだなっていうのが伝わったよ〜」

 

「ちょ!? 園子違うからな! 仲間としての心配であってそう言った感情は一切ないから!」

 

銀が何かを食い気味に言ってきた気がしたが正直今の俺の心境はそれどころではなかった。確かに勇者になっている時は回復力が強化されているとは聞いていたが……ここまで常人離れしたものだっただろうか?少なくとも初戦で受けた擦り傷は完全に治るまで数日かかっていた記憶があったが。

 

「ゆーさん大丈夫? まだ火傷、ヒリヒリする? 痛いの痛いの飛んでけ〜」

 

「人のことより自分の心配もしなって。園子だって敵の攻撃を受け止めた時に腕擦りむいてるんだからさ……優士なんて少し火傷したくらいで外傷はないんだからさ」

 

「えぇ〜、でもこの前は注射を痛がってたから案外ゆーさんって泣き虫さんなのかな〜って?」

 

「(乃木さんの中の高嶋君って頼りないイメージなのかしら。だとしたらちょっと不憫ね……)」

 

「仮にも男なんだからこの程度の傷、へのかっぱだろ?」

 

「……仮にもとは何だ!」

 

「ほら、手貸すよ」

 

銀が左手を俺の前に出してきたので俺も左手で掴みその場から立ち上がる。

 

「……ま、考えたって仕方ないか」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「んにゃ、何も」

 

……今はとりあえず難しい事は置いておこう。バーテックスも撃退できたんだ、暗いムードは無しにして御役目の一つを果たせたことを喜ぶべきだろう。

 

今日起きた不可思議な現象の数々……それはきっと俺が一人でどれだけ考えたって分からないことなのだろう。それに、勇者なんだから普通じゃ考えられない事が起きたっておかしくはないだろうし。そもそも事前に説明されていたとはいえ、樹海化とかバーテックスとか勇者システムだとかに遭遇している時点で普通とはかけ離れた存在になってしまっている訳でして……

 

ものは考えようとも言うし、それに"重傷の傷が治った"という事実だけを見ればそれは別に悪い事ではないだろう。もしかしたら俺の勇者システムにはかなり強い自己回復能力、みたいなものが備わっていたりするのかもしれないしな。歴代で初めての男の勇者ということもあり何かしらの例外はあるのだろう。

 

俺も痛いのは嫌いだし。まだまだ御役目は始まったばかりなんだ……こんなところで立ち止まっている訳にもいかないのだから。

 

俺もみんなも無事で済んだのなら、それに越したことはないだろう。

確かに不可解な点はいくつもあるけれど……そういう専門的なことは俺よりも大赦の人達の方が知っているだろうし、きっと安芸先生経由で詳しい説明があるだろう。

 

だから大丈夫だ。何も心配することなんてないのだ────

 

 

 




柘榴の花言葉
「成熟した美しさ」「素直な美」「自尊心」

柘榴の果実の花言葉
「愚かしさ」「結合」「子孫の守護」

柘榴の木の花言葉
「互いに思う」


──────

無茶する主人公君、そして炎に躊躇いなく手を突っ込むとかやべーよこの子、というのがわかる回でしたね。(違う)

主人公君が今回使った力は一体……?

そしてチラついてくる不穏な展開(白目)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 役目と役割

段々と主人公の謎にも迫っていきつつ、本編も進めていきたいなと思いつつも中々話しを進めることができず困っている凡才の作者です。



◆◆◆◆

 

今まで生きてきて、"分からない"ということが怖いと感じたのは初めてのことだった。

 

あの時、二体目のバーテックスと戦った時、頭によぎった身に覚えのない不思議な記憶。

 

……あれが初めてじゃない。初めて御役目に挑んだ時にも俺は似たような現象に遭遇していた────

 

でも何故だろう……

 

やはり、あの時のことを鮮明に思い出すことができない。まるで夢でも見ていたかのように記憶は曖昧で、名前も顔も思い出せない筈なのに……

 

 

悲しくて、寂しくて胸の奥がぎゅーっと締め付けられるように痛かった。

 

 

 

 

何かとても"大切な人達"のことを忘れてしまっているような気がした────

 

 

 

 


 

 

 

「ゴリ押しが過ぎるでしょう!」

 

「「「「はい……」」」」

 

「これじゃあ、貴方達の命が幾つあっても足りないわね……」

 

端末に記録された戦いの映像を見直した安芸先生が頭を抱えていた。

実際問題、園子以外の須美、俺、銀の三人は敵に対して特攻しかしてないのだから何も言い返せない。

 

「あなたたちの弱点は連携の演習不足ね。まずは、四人の中で指揮を執る隊長を決めましょう」

 

「!」

 

安芸先生から出された提案を聞き、隣に座っていた須美の表情が少しこわばるとその両手を強く握りしめた。トイレに行きたいのかな?

 

それにしても隊長か……俺としては園子か須美がやるのがベストだと思うのだが果たして……

 

「乃木さん。隊長を頼めるかしら?」

 

「えっ? わ、わたしですか〜?」

 

やはり園子に任せるのが無難だと先生も考えてたらしい。

園子は自分が選ばれるとは思っていなかったのか、驚いて確かめるように俺たちの顔を見渡してくる。

 

「アタシはそういうの柄じゃないし……アタシじゃなきゃ須美と園子のどっちでも」

 

銀の中では俺に任せるという選択肢は入ってないらしい。

日頃の行いのせい? うん……返す言葉もありません。

 

「俺も園子なら異議なーし!」

 

実際隊長なんて責任重大な役目、俺なんかにできる気がしないため銀に続いて俺も同意する。

 

「私も乃木さんが隊長で賛成よ」

 

「ミノさんにゆーさん、それにわっしーも……」

 

賛成はしつつも、須美が少し不満そうにしていたように見えたのは俺の見間違いだろうか……?

 

まあ、園子は学校で寝てたりボケーッとしてばかりだもんな……普段の様子だけを見て評価すれば不満が出るのは当たり前か。

 

園子は一度ぴかーんと閃いたらすっごいんだけどね……実際、二回の戦闘でもその応用力をしっかり活かし、状況によって武器である槍の形状を変形させ要所要所で敵に対応することができていた。

 

銀と俺は作戦とか考えたりしないで、特攻したりするからまず選択肢から除外されるとして。そんな俺たち二人に比べたら須美も隊長として候補に上がっていてもおかしくはないんだろうけど……咄嗟の状況判断が苦手そうな節があるから、そこがマイナス点だったのかな。

 

「隊長は決定ね」

 

全員の同意を得たことを確認し、隊長決めが終了する。

 

(園子、頑張れよ……はちょっと違うか。)

 

園子に一言声援を送ろうかと考えるが、この言い方だと逆にプレッシャーをかけてしまうかもしれない。

 

隊長だからといって全部任せきりにするというのは些か無責任な気もするから……

 

 

「頑張ろうな園子。俺もできることは何でも協力するからな!」

 

「ありがと〜ゆーさん」

 

 

ま、園子はしっかりしているから隊長としても充分にやっていけるだろうし……俺が園子にしてあげれることなんてあまりなさそうだ。なんなら俺よりも須美や銀の方が頼りになることだろう。

 

俺がそんなことを考えていると、安芸先生が再び話しを再開したのできちんと姿勢を直して椅子に座り直す。

 

「それともう一人、隊長である乃木さんをサポートする"副隊長"を決めておこうと思います。本当は隊長だけでも良かったのだけれど……大赦側から万が一の可能性に備えて、とのことらしいわ」

 

万が一、か。随分と大赦は慎重なんだな……まあ、あんな得体の知れない化け物と戦うんだからそうならざるを得ないのは当然のことか。

 

もしかしたらこの先状況によっては人数を分断して戦うこととかもあるかもしれないしな。RPGとかのゲームではよくある展開だ。

ま、そこら辺は須美に頑張ってもらうとしよう。

 

隊長の園子と副隊長の須美。隣合って武器を構える勇者の二人を想像してみる……

 

 

『行くよ〜わっしー! アーユーレディ?』

 

『とっくにできてるわ』

 

 

うん、とても様になってる気がする。俺の勝手な想像なので本人達はそんなこと言わないかもしれないが。そもそも横文字に対してシビアな須美が素直に頷くだろうか……無理か、無理だよな。

 

まあ、それは置いとくとして。

 

須美はこう……リーダーみたいな感じじゃなくて、誰かを陰から支えるような役の方が俺的には合っている気がした。

 

だから隊長を支えるという役目を担っている副隊長というポジションは須美にぴったりだと思ったのだが────

 

「副隊長は……高嶋君、貴方に任せるわ」

 

「……え、えぇぇー!?」

 

しかし、何故だろう。俺の予想とは全く別の、予想だにしていない人物名が安芸先生の口から出てきた。

 

何を考えたら俺なんかに副隊長を任せようという考えに至るのだろうか。普通なら優等生である須美一択になる筈だ。須美も納得が行かないのかこちらの方を凝視しているが……誰よりも一番腑に落ちないのは俺だ。

 

「先生、俺には副隊長なんて重要な役割を遂行することはできないと思います!」

 

挙手をして正直に無理だと言うことを安芸先生に伝える。

いや、冗談抜きで考え直した方が良いと思う。見当違いな指示しか出せないぞきっと。全員作戦【ガンガンいこうぜ!】になりますけど大丈夫ですか?

 

先生も大赦の人達も疲れてるんじゃなかろうか? しっかり寝れてるのかな……

 

ちなみに俺は9時間は寝ないと次の日の朝パッチリ起きれません。

 

……うん、この情報は今どうでもいいな。現実逃避からか余計なことが頭の中に浮かんで来てしまう。

助けてくれ、と目線を横にいる仲間達へと送り、救難信号を出す。

 

「アタシは意外と合ってるような気がするけどな。クラスでは学級委員の仕事とかも割と問題なくやれてる訳だし。大丈夫でしょ」

 

「私もゆーさんが副隊長なら安心できるな〜」

 

俺の予想していた応答とは裏腹に銀と園子からは賛成意見が出た。二人の言葉は素直に嬉しかったのだが、それは友達だからという理由から贔屓目に捉えて考えたものではないだろうか? 特に具体的な例がない園子よ。

 

これが運動会の応援団長とかのイベントごとの役割だったら喜んで受けていた。しかし俺が任命されようとしてるのは大切な御役目であり、遊び半分や何となくといった中途半端な気持ちで受け持っていいものじゃないことはバカの俺でも分かる。

 

そもそも学級委員はなりたくてなった訳じゃない。学級委員は他の係よりも重要な役割のため一番最初に決めなければいけないのだ。くじ引きやジャンケンなどで負けて残った人にやらせるというのは責任感が生じないからなのだと思われる。適当に決めた人だと最悪仕事をしないなんてことも有り得るかもしれないし……いや、しっかりと教育が行き届いている神樹館の子達に至ってはそんなことは無いと思うけれど。しかしみんなも自分が担当したい係を事前に決めており、自分の希望する係につきたい訳で……最後まで決まらなかったから多数決で票を取ることになり、何故かクラス過半数の票が俺へと集まり強制的に決まってしまったという訳だ。まあ、みんなやりたくなかったから適当な奴に入れとこうとでも思ったのだろう。俺もそうしようとしてたし。

 

一応、みんなから推薦されたこともあり決まったからにはきちんと最後までやり遂げるつもりだけど。

 

話が少しずれたが、まあそう言う訳で学級委員は半ば強制的にやらされているものであるため自信を持って誇示できるものではないのだ。学級委員の仕事だってもう一人の女子の学級委員の子に手助けしてもらってできているのであって俺一人じゃ絶対にこなして行くのは無理だっただろう。

 

 

(……やはりここは辞退するべきではないだろうか?)

 

自分に責任の持てないことはしない方が良いだろうと思う反面、自分に対して下された役目ならば頑張ってみようかなという気持ちもあり、優柔不断な自分に思わず頭を抱えたくなる。

 

「確かに、普段の学校における生活態度や問題点など不安要素を挙げればキリがありません」

 

「それなら──」

 

「けれど、それとは別に貴方がこれまで御役目に対してしっかりと向き合おうと努力し、訓練にもしっかりと取り組んできたことも報告されています。これまでの戦闘結果を省みた結果から見ても、無茶はありましたが他の三人の動きに気を配りつつ、行動していた点を踏まえて判断した結果です」

 

安芸先生からの急な賛辞に照れくさくなり、頭を掻いた。

自分に出来ることを精一杯頑張ってやってきただけなんだけどな……

 

「……須美はどう思う?」

 

最後に先程から静かにしていた須美に意見を伺う。二人に比べて須美は贔屓目に誰かを評価することはない。御役目に関連してくる重要なことなら尚更厳しく物事を判断することだろう。

 

少し間を置いてから、須美の口が開かれた。

 

「……そうね。確かに二回の戦闘でも一番戦果を上げていたことは紛れもない事実なわけだし。乃木さんとも仲が良いから意思の疎通も素早くできるかもしれないわね」

 

安芸先生の言葉に思うところがあったのか須美も賛成とのことだった。

 

(これで俺以外全員が賛成という訳ですか……)

 

みんながここまで言ってくれたのだ。ならば、その期待に応えられるように精一杯努力するのが筋というものではないだろうか。

 

「……わかりました。 俺、副隊長やってみます!」

 

実際、表立って指示を出すのは隊長である園子の筈だろうから俺の出番はない気がするけどね。

 

「ゆーさん副隊長〜、一緒に頑張ろうね〜!」

 

「こちらこそ改めてよろしく。園子隊長」

 

園子が呼称を付けて名前を呼んで来たので俺もそれに乗っかる。

やっぱ副隊長呼び苦手かも……この違和感がある内は快くはいけなさそうである。

 

「副隊長もこれで決まりね、神託によると次の襲来までは時間があるみたいだから、良い機会だし連携を深めるために合宿を行おうと思います」

 

「「「「合宿?」」」」

 

その後は安芸先生から合宿を行う日時の指定や集合場所、持って行く物などをしっかり説明された。

 

学校行事じゃないならゲーム機を持っていってもいいですかと質問したら須美に足を蹴られ、安芸先生の笑顔なのに笑ってない無言の圧力の前に冗談だと弁解するしかなかった。

 

 

 


 

 

 

合宿当日。

 

「……三ノ輪さん、遅い!」

 

「すぴー……すぴー……」

 

遂に須美の堪忍袋の緒が折れたらしい。今日も遅刻か銀のやつは……やっぱ一緒に来るべきだったかな、集合時間から十分が経過しようとしていた。俺と須美と園子は現在バスの中で銀の到着を待っていた。

 

「眠い……」

 

実を言うと昨日の夜はあまりグッスリ眠ることができなかった。

遠足とか運動会の前の日に緊張して眠れなくなる特有のアレにかかってしまったのだ。このままだと、今も須美の左肩に寄り掛かって眠っている園子の二の舞になってしまいそうである。

 

隣の方に目を向けると園子が須美の肩に寄り掛かって気持ちよさそうに寝ている。

須美に寄り掛かって眠ると寝心地良いのかな? 確かに須美がそばに居てくれると安心感があるしな。そう思うとちょっと気になって来るものがある。

 

「須美ー、俺もちょっと須美の肩借りて眠ってみていい?」

 

「……嫌よ。壁にでも寄り掛かってなさい」

 

「うわぁ〜、須美さん手厳しい」

 

ス◯ールかな? 冗談で言ったのに、マジな顔で否定されると辛いものがあるよね。銀が時間通りに来なくてカリカリしている真っ最中に頼んだのも失敗だったかもしれない。

 

「ふわぁぁ〜……」

 

二度目の欠伸をする。今俺達が乗っているバスは神樹館貸し切りということもあり、園子の寝息と須美が偶に愚痴る声しか聞こえないため、目を瞑ったらそのまま眠れそうなのだ。

 

……てか、貸し切りってすごいよな。大赦ってやっぱスゲェや、一般ぴーぽーの俺なんかとは物事に対する感覚が全然違うのだろう。

 

「悪い悪い……! 遅くなっちゃって……!」

 

「三ノ輪さん! 十分も遅刻よ」

 

「ちょっと色々あって……いや悪いのは自分だけど……とにかくごめんよ須美」

 

「この際だから注意させてもらうけど……三ノ輪さんは普段の生活が少しだらしないと思うわ!」

 

(あ、これ長くなるやつだ)

 

 

お疲れ銀。お前が悪くないのは分かってるし可能なら助けてあげたいんだけど……俺が援護しようものなら俺もまとめて須美のお小言を聞く羽目になると思われるのでここは一人で耐えてほしい。須美とは反対側に首を曲げて目を瞑り夢の世界へレッツゴ────

 

「高嶋君、何関係ない振りをしているのかしら? あなたにも関係がある話しなのだから自分のことだと思ってしっかり聞いていなさい」

 

「……うっす」

 

須美の声に凄みを感じると共に、眠気が一瞬で吹っ飛んだ。

須美さんによる、ありがたーいお説教コース参加確定ですね。本当にありがとうございます(白目)

 

(やっぱ須美さん怖いや……)

 

「あなた達も勇者として選ばれた自覚を──」

 

「あれ〜……お母さん? ここどこ〜?」

 

「…………」

 

起きた園子が須美の言葉に被せるようにそう言うと、須美が俺達への注意換気を止めると、難しそうな顔をして何かを考え始めたのでその隙に俺は指を前の方の席に向けて避難することを銀に伝える。俺の意図が伝わったのか銀は一度頷き近くの席に荷物を置き、前の席に座席したのを見た俺は須美にバレないよう見計らいつつ移動を終え無事に避難を成功する。

 

「逃げて来て良かったのかな?」

 

「面倒くさくなりそうだし良いよ別に。それはそうと今日も朝から大変だったみたいで」

 

「あはは……まあ、いつものことでして……」

 

俺の返しに苦笑いをして肯定する銀。もう自分のトラブル気質に慣れてきてるんじゃないだろうかと少し不安に思ってしまう。

 

「どうした? 困った様な顔してるけど」

 

「いや、どこかに頼り甲斐があってしっかりと銀のことを支えてくれる人はいないのかなぁ〜って思ってさ」

 

まあ、そんな理想的な人物は簡単には見つからない訳で。だけど銀の場合は結構真面目に必要だと思うんだよな。放っておいたらとんでもない無茶をしそうで怖い。

 

 

「ま、無いものねだりしてもしょうがないか……という訳でしばらくは俺で我慢してもらおう。団員を助けるのは副隊長の仕事だしね!」

 

「……どういう訳だよ? あと、決め顔しても全然かっこよく無いからやめておきな」

 

「うぐっ、やはりイケメンにしか許されない行為なのか……」

 

俺がショックで頭をがくりと落とし、落ち込んでいると隣に座っている銀は一連の流れが面白かったのか笑っている。チクショー、自分は顔が良いからって良い気になりおって……

 

「ありがとね。優士にはこれまでだって沢山助けてもらってるから感謝してるよ」

 

笑うのを辞めた銀は、穏やかな表情で素直に感謝を伝えてきた。

 

「気にすんなって。"親友"を助けるのは当たり前だろ」

 

「……そういうことをサラッと言えるところはプラス点かな」

 

「お、マジか!高得点!?」

 

「──というと、直ぐに調子に乗り始めるのでマイナス点が入って足し引きゼロだ」

 

「えぇー……採点厳しくない?」

 

「順当な採点結果だと思うけど?」

 

カッコよくなるのも中々大変ということか……何でカッコ良くなりたいのかなんてそんなことに理由はいらない。男に生まれたのなら誰だってカッコ良く生きていきたいのだ。

 

この調子じゃ先は長そうではあるけれど……

 

そんな雑談をしている最中も俺達四人を乗せたバスは合宿の目的地へと着々と進み出していくのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

"西暦時代"の勇者の力。

 

自分の持つ力について知らされたのは二体目のバーテックスとの戦闘を終えた次の日のことだった。初陣を終えた辺りから事前に俺に起こった出来事を説明できる限りで安芸先生に伝えていた。俺に起こった現象についても何か分かるのではないかと思い調べてもらった。

 

大赦の上層部が調べた資料によると、もしかしたら西暦時代の勇者達が力を貸してくれたのかもしれないとのことらしい。

 

そういえば俺の端末は過去の勇者システムを改良してできたものだと以前大赦の人に説明されたのを思い出した。

 

何故そんな事が可能なのか? 安芸先生に質問をしてみたが明確な答えは返ってこなかった。それは大赦側にも分かっていないとのことらしい。端末の影響なのか、俺が歴代で初めて男でありながら勇者になれた事が関係しているのか……ただ、やはり他の勇者達の持つシステムとは事情が変わってくるらしい。

 

神樹様から分け与えられた力というのは未知数でありながらもとても強大なものであり、だからこそただの人間である自分達が勇者という超人的な存在へと変身することができる。

 

ならば、自分に起こる現象全てが神様の視点からすればありふれた当たり前のことなのかもしれない。

 

それにもしも、西暦時代の勇者達が力を貸してくれているのならばそれはとてもありがたいことの筈だ。何百年も前から世界を守り続けてくれた大先輩達からのバトンを引き継いだとでも捉えておけばいい。

 

一種の諦めの境地というやつだ。

 

そうやって少しでも前向きに考えてでもいないと、不安で押し潰されてしまいそうになる……ほんと情けない。

 

 

俺は一体何者なのだろう────

 

そんな疑問が俺の中でグルグルと渦を巻いていた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

あの時、力に目覚めた時から確証は無かったけれど何となく自分の中で理解できていた。

 

 

俺が精■の力を扱えたことや逸脱した自己回■力を持つこと、過去の■■達に関する記憶を見ることができたこと、そして何より俺が勇者として変身することができたこと、それらが全て繋がっていることを。

 

 

──俺の"本当の役割"は■■と、■■を守ること。

 

──俺はきっと■■でもなくて、ただ■■■■■■として■■ことを望まれただけの存在であり……

 

■■が■■■■までの■■■■であるということを────

 

 

この時の俺はまだ知らない。

 

 

勇者御記 298.■.■■.

 

 

 

 

 

 




やっぱり感想や評価を貰えると嬉しいですね。増える度に小さくガッツポーズをしています。

最近は凄く暑い日が続いてますね……皆さんも熱中症には気をつけてください。水分補給を忘れずに!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 合宿

高嶋優士の日記────

 

1+1+1+1を4ではなく10にする。

一人じゃ無理な事でも、仲間となら乗りこえる事ができる。

 

俺たち四人の力を合わせることができたのなら、その強さは10なんかで留まらずに100にも1000にだってすることができる筈だよね。

 

この合宿でそれを証明できるようにする事が俺達の目標だ。

 

 

 

 

・次のページへ続く────

 

 

 

 


 

 

 

 

俺たちがやってきたのは讃州サンビーチ。本来なら海水浴場としてみんなが利用するべき場所なのだが、今回は勇者達の合宿の訓練場として使うためにわざわざ貸し切ったとのことだ。大赦という組織のすごさを改めて実感してしまう。

 

「お役目が本格的に始まった事により、大赦は全面的に貴方達勇者をバックアップします。家庭の事や学校の事は心配せず頑張って!」

 

『はい!』

 

今の俺たちに足りないのは連携とチームワーク。

これからもバーテックスとの戦いが続いていく中、今までのように行き当たりばったりな行動を取っていては危険なことは目に見えて分かった。精神的にも技術的にも自分達はまだまだであることは自覚できており、これまでは運良く何とかなってきたがここから先も同じように事が運ぶとは限らない。

 

この合宿で、俺たちの動きをどこまで合わせることができるかで今後の命運が大きく変わって来るのは確かだろう。

 

(俺も副隊長として何をすれば良いのか、何をするべきなのかを見極めなくちゃいけない。これまで以上に沢山頑張らないと、だよな……!)

 

安芸先生からの訓練の内容と指示を聞いた俺たちは現在、各自指定された地点で待機をしている。

 

「準備はいい?この訓練のルールはシンプル、あのバスに三ノ輪さんを無事到着させる事。お互いの役割を忘れないで!」

 

自分達の進行方向に設置されている沢山の機械に視線を傾ける。用意された機械からは俺たちを狙ってボールが射出されるようになっているのでメインアタッカーである銀に被弾させないように援護するのが俺たちの役割だ。俺もアタッカーではあるのだが、"基礎の状態での攻撃スペック"はどうやら銀に劣ってしまっているため様子を見ながら前線に出る、ということにした。

 

うん、なんか頭使って考えてるって感じ。副隊長っぽいかも…!

 

「ゆーさん、今回"楯"は使わないの?」

 

少し得意げに物思いに耽っていると園子が声を掛けてきた。

園子が言う楯とは前回の戦いで突如出現したアレのことを差しているのだろう。確かにあの楯があれば今回行う訓練の内容にも向いており有利に進める事ができるのだが……

 

「今はあの楯"使えない"みたいなんだ。他の武器みたいに具現化させることすらできないし、手甲を出した時みたくやってみたんだけど駄目みたいでさ……」

 

あの時は何で使えたんだっけ。確か、バーテックスからみんなを守らなきゃと強く思ったら……なんかこう、自分の"身体の中に何かが流れ込んでくる"ような不思議な感覚を覚えて……気が付いたらあの楯が自分の左手にあった────気がする。

 

「そっか〜、もし使えたら私とゆーさんでミノさんを十全に守れるかなと思ったんだけど」

 

そもそもあの武器の本来の使い方は楯ではないような気がするんだけど……

 

「ごめん、期待に応えられなくて」

 

「なーに気にすんなって! 使えないならこれから使えるようになればいいんだよ。その為の合宿だろ?」

 

近くで聞き耳を立てていたらしい銀が割り込むようにしてフォローを入れてきた。

 

「そうだよゆーさん。一緒に頑張る、でしょ?」

 

「……そうだな。今できることをできる範囲で精一杯やるしかないよな」

 

銀と園子に感謝を伝えつつ、気持ちを切り替える。後方に視線を向けるとそれに気付いた須美が静かに首を縦に振った。多分俺たちの会話は聞こえていなかったと思うから準備完了って意思表示をしてくれたのだろう。

なんか須美のキリッとした顔みたら少し落ち着いてきた気がする。

 

よし、行こう────!

 

 

「それじゃ、スタート!」

 

安芸先生の合図と共に、設置された機械が動き始める。

 

「よ〜し。いっくよ〜!」

 

園子が槍を何度か見てきた傘の形状へと変化させ、前から飛んでくるボールから銀を守りつつ進んでいく。攻撃はもちろん、防御にも対応できるというのはシンプルだが、それだけで大きなアドバンテージとなり得る。

 

俺は二人より少しだけ離れた位置をキープしつつ銀の視界を遮らないように気を配りながら飛んで来るボールを腕と足をぶつけて撃ち落としていく。それ以外の身体の部位にボールが当たればアウトとのことだ。避ける行為も禁止とのことであり反射神経、というよりは避ける事に関してはこれまで単独で行って来た訓練でも散々鍛えられたので自信があったのでそれが活かせないのはかなり不利である。

 

……楯を使えるようになった時に備えて、避けるだけでなく攻撃を受け止めることも視野に入れておけということなのだろうか。

 

後方にいる須美はその場から動く事を制限されているため必然的に援護に回っている。俺達ではまだ対処できない遠い位置にあるボールを弓で射抜き園子が受け止めるボールの数を減らして負担を減らしてくれていたり、俺たちの死角から飛んでくるボールを撃ち落としてくれている。落ち着いて対処している時の須美は頼もしい限りだ。

 

「なんか、結構いい感じじゃないか?」

 

「うん。みんなで協力できてるって気がする、よっと!」

 

ボールを右足で蹴り飛ばしていなしつつ銀に返事をする。とにかく、二人の邪魔にならないように細心の注意を払いつつ足を前へと進めていく。足場が砂ということもありいつもより動きにくさは多少感じるが、勇者状態ということもあり予想してたよりもスムーズに足を砂に取られることなく動けているし、案外このまま上手く行くかもしれない。

 

「よっし、次──」

 

そう思っていた矢先、少し気持ちが昂っていた。

同じように飛んできたボールに対し右手で払い除けるように殴りつけたその直後だった。

 

「ぶッ──!!」

 

対処したボールのすぐ後ろには次のボールが自分へと迫ってきていた。どうやら前のボールに重なって飛んできていたらしく、気づいた時にはもう手遅れであり勢いをつけたボールはそのまま俺の顔面へとヒットした。しかも運悪く鼻を中心に。以前サッカーでキーパーを任された時に顔面を使ってシュートを止めた事があったが、それよりもかなり痛かった。思わず歩みを止めてその場で膝を折りつつも、痛む顔を左手で抑えつつ目線だけは直ぐに銀達の方へと向けるようにした。それとほぼ同時に、俺と同じように銀の頭にボールが当たった。

 

「おい大丈夫……あがッ──!!」

 

「あ、ご、ごめんなさい三ノ輪さん!?」

 

「アウト!」

 

俺がボールに被弾したことにより動揺してしまったためか、須美の放った矢が遠方のボールに当たらず、加えて銀の方も視線を俺の方に向けていたためか、目の前まで迫ってきていたボールへの反応が遅れてしまったらしい。

 

まあ、最初に俺がボールに被弾した時点で特訓は失敗だったのだが。

 

やっちまったぁ……と心の中でぼやきつつその場で胡座をかき、両手で顔を抑える。

 

「大丈夫か優士? もろに顔面中央に食らってたけど……」

 

「ストラーイク、って感じだったね〜」

 

「大丈夫、へっちゃらへっちゃら。てか銀もボール当たってたけど平気だったか?」

 

「アタシはおでこ付近だったからセーフ」

 

親指で自分のおでこを指しながら笑う銀。銀もこの調子じゃ大丈夫そうだなと、とりあえずひと安心する。

 

「当たった箇所ちょっと赤くなってるね……痛む?」

 

「まぁ、ちょっとだけ。時間経ったら自然と引いて行くから平気平気」

 

だからね園子さん。痛いの痛いの飛んでけ〜、はいらないです。

気持ちだけで十分だから……銀、お前も便乗してやらなくていいからね。これ以上俺に情けない姿を晒させないでくれたまえ……

そんな風に二人から揶揄われていると、須美がこちらに近づいてきていた。

 

「三ノ輪さんごめんなさい! 私……」

 

「アタシはこの通りピンピンしてるから気にすんなって!アタシも一瞬ボールから注意を逸らしちゃったのが悪いしな」

 

「どんまいだよ〜、わっしー!」

 

俺たちの方まで駆け寄ってきた須美が先程の自分の失敗を銀に謝るが、気にしすぎないように銀と園子が須美を励ましていた。

 

「呼び方も相変わらず固いんだよ。銀でいーぞ、銀で」

 

「私のことはそのっちで! ほらほら呼んでみて〜」

 

「えっ……? ええと……」

 

園子が須美の手を取って自分のあだ名を呼ぶようにお願いする。そんな園子の対応にどうするべきなのかと須美は視線を向けてきたが、これに関しては俺からアドバイスすること特にないため、本人の自由にすれば良いことのためとりあえず頑張れとサムズアップだけしておいた。

 

須美から視線を外し、次からはもう同じ失敗を繰り返さないようにしなければと自分に注意を促していると、安芸先生の手を叩く音が2回耳に入ってきたと共に次の指示が出された。

 

「休んでないでもう一回よ!失敗しても直ぐに切り替えなさい!」

 

『は、はい!』

 

安芸先生曰く、ゴール出来るようになるまで毎日やるとのことらしい。

先が思いやられるな、と感じつつも俺たちは先生の指示に従いスタート地点に戻るのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「あぁ〜……いい湯だなぁ……」

 

五臓六腑に染み渡るというやつだろうか。訓練を終えて、疲れ切った身体に温泉の湯が物凄く効いているのが分かり反射的に声が出てしまう。

 

今日の訓練を終えて、旅館へと戻ってきた俺たちにやってきた自由時間。夜までしっかり鍛錬をしてくたくたになった俺たちはひとまず温泉に浸かることにしようと満場一致で決定した。

 

それにしても、初日から大変だったな……明日もこんな感じかと思うと少し憂鬱な気分になりそうになったので、温泉の湯を頭にバシャりと勢いよくかけた。折角温泉に来て、リラックスしているのにこれでは台無しだ。

 

「1+1+1+1を4ではなく10にする、かぁ……」

 

そう思いつつも、やはり不安が残っているのか頭に浮かんでくるのは先のことについて。先程、自由時間に入る前に安芸先生から伝えられた言葉を思い出す。

 

『この合宿中は基本、四人で一緒に行動を共にすること』

 

そのため、おはようからおやすみまでの全ての行動を共にするということであり、一つの旅館の部屋を四人で使うこととなっていた。温泉は流石に男女で分かれていたが……まあ当たり前なんだけどね。

こんな大きな温泉に一人だけというのは特別感があって悪くないけれど、やはり一人ぽつんと広い空間にいるのは少し寂しいものがあった。

 

(須美達は三人で一緒に入れていいよなー……俺も友達と大きな温泉に入って一緒に泳いだり、水の中で何秒息を止めていられるかの競争とかしてみたかったなぁ……)

 

まあ、あっちには須美がいるからそんなことさせてくれないだろうけど。マナー違反とか規則にはうるさいから仕方ない。

 

「そろそろ上がろうかな」

 

のぼせる前に温泉から出るようにする。女の子のお風呂は長いらしいため、先に部屋に行って待っているのが賢明だろう。ついでにみんなで遊ぶ道具の用意でもしとくか。

 

合宿には訓練のために来たことは十分承知しているが、やはり友達と一緒というのは自然とテンションが上がってくるものだ。

 

基本友達というのは夜の時間帯に会う機会はそうそうないし、小学生ならば尚更である。

 

お泊まり会といったイベントを友達とはやった事がなかったため、少しワクワクして来ている。早く寝ようとか真面目なキャラが必ずいうんだけど、結局誰かが話を始めて夜はこれからだー!ってなってそのまま夜更かししたりしちゃったりするんだよな。漫画で見たことあるから俺は知っている。引率の先生が見回りにくるからその時は布団を被って寝たふりをしてその場を過ごすんだよな。

 

訓練の方はまだ上手くいってないからこんなに気楽でいていいのかなとは思うけど……まだ初日だし、今日の失敗は明日からの鍛錬に繋げていけば良いだろう。気を張りすぎていても疲れるだけだ。折角の自由時間なのだからちょっと羽を伸ばして気分転換をしても罰は当たらないだろう。

 

「そうだ、その前に日記も書いとかないとな」

 

勇者御記の方と並行しているためついついもう書いたように勘違いしてしまい忘れてしまうことが度々ある。

 

毎日恒例で寝る前にいつも書くようにしているのだが、この合宿中はみんなが部屋に戻ってくるまでの時間を使ってぱぱっと書いとくようにしておこう。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

夜も更けて、就寝時間となった。

 

「お前ら、合宿初日の夜に簡単に寝られると思ってる?」

 

「自分の枕を持って来てるから簡単に寝られるよ〜」

 

「それ名前タコスだっけ?」

 

「サンチョだよ〜、よしよし〜」

 

「……で、園子さんその服は?」

 

「鳥さーん!私焼き鳥好きなんよ〜!」

 

「うん。美味いよね……」

 

銀の質問に、鶏さんの服を来た園子が袖についている羽の部分をバサバサとさせながら応える。それにしても園子は服のセンスがいいな……俺もああいう動物がかたどられたようなデザインの服、ちょっと欲しいかも。

 

「駄目よ。夜更かしなんて、明日に響くわ」

 

「テンプレいただきましたぁー!」

 

「マイペースだなぁ須美……優士は何でそんなに嬉しそうなんだ?」

 

「言うことを聞かない子は……夜中迎えにくるよ……!」

 

「む、迎えに来る!?」

 

うらめしやー、とでも言いたげに両手を下に曲げ幽霊を彷彿させるような仕草をしながら須美が恐ろしそうな雰囲気を醸し出すが、あまり怖くはなかった。園子には何故か効いているようだけれど……

 

「……何をにやついているの?」

 

「いや、何でもないから気にしないで……」

 

「…そう(何かおかしいことでもあったのかしら? それとも思い出し笑いでもしているとか、そんな感じかしらね……)」

 

どうやら顔に出てしまっていたらしく、そんな俺を見て須美が怪訝な表情を浮かべている。

 

今みたいに須美がたまにだけど、ちょっとふざけたりするの俺は結構好きなんだよな。ギャップってやつ? 多分本人は至って真面目なんだろうけど、ウケ狙ってやってるようにしか俺には見えない。難しい顔ばかりしてないでいつもこんな感じで少し余裕を持っていてくれれば良いんだろうけど……まあ、そんな真面目な部分も鷲尾須美という女の子が持つ魅力の一つなのだと今では理解している。

 

ふざけまくりで、まるで芸人寄りな須美、というのも見てみたくはあるけれど……そんなことはきっと世界が滅んだりでもしない限りありえなさそうであるけれど。

 

「そんなホラーはやめてさ、好きな人の言い合いっこしようよ!」

 

「す、好きな人って……三ノ輪さんはどうなの?」

 

「えぇ、あ、アタシッ……!?」

 

まあ、こういうのは言い出しっぺの人からって決まってるらしいからな。それにしても銀のこの反応……もしかするのか?だとしたらはてさてそれは一体誰なのか、クラスの子かな。田中、それとも鈴木かな……いや待てよ佐藤の可能性もあるかもしれない。

 

「そ、そうだな。敢えていうなら……お、弟とか……?」

 

「ああ、確かに。金太郎は言わずもがな、鉄男君も人懐っこくてかわいいもんな。でも何で疑問系なん───ぐふッ!?」

 

「!?」

 

何の前触れもなく園子から突然肘打ちを喰らわされた。何で笑顔なのにそんな圧をかけられるの?別に何か悪いことをした訳でもないのにこの仕打ちはあんまりでは無いだろうか。須美は一連の動きに驚くも少し何かを考え込んだあとに園子の考えてることを何となく察したらしく、呆れた顔を俺に向けて来た。あれ、須美のヤツ自然と園子と意思疎通できるくらい仲良くなれてるじゃん。

 

……やっぱ友達同士が仲良くしていると嬉しいな、と共感を求めるように銀の方へ顔を向けたのだが……あ、顔を合わせたらプイッとされた。もしかして、俺みんなから嫌われてたりするの?

 

……あ、今日俺が訓練で最初に失敗したから実はみんな腹を立ててるとか……!? 副隊長のくせにだらしがないとか思われてたりする……?

 

「……私もいないからおあいこね。乃木さんは?」

 

……なんか怖いからもう寝ようかな。よく分からないが俺にはコイバナというものは向いてないようなので、後は女の子たちに任せてガールズトークに花を咲かせてもらうことにしよう。今日は寝不足だったこともあって正直もう眠いし────

 

「ふっふっふ。私はいるよ〜」

 

「だ、誰なの!?クラスの人!?」

 

ガバっと俺は身体に掛けていた布団を振り払った。前言撤回だ、眠れなくなった。

 

「何ィ!? 誰だ、ウチの園子をたらばかした奴は!?」

 

「たぶらかした、よ!よく知ってたわねそんな言葉……」

 

「優士は園子の何なんだよ……てか、寝ようとしてたんじゃないのかよ?」

 

バッカやろ、銀お前。妹のように大切に育てて来た園子が(※育てていません)……あんな小さくて俺の後ろを歩いていた園子が(※現在身長を抜かされています)……自分の意見を素直に出すことに戸惑いを感じていたあの園子がこんなにも心身ともに成長したと思うと……怒りの感情よりも先に涙が出て来そうである。嬉しい反面悲しくもあるという複雑な心境だ。まあ、それは置いとくとしてだ。

 

「で、園子そのお相手は?」

 

「それはね〜……わっしーとミノさんとゆーさん!」

 

「何だ、俺たちか良かった……」

 

「まあ……そんなことだと思ったわ」

 

園子らしい答えに安心感を覚えた俺は振り払った掛け布団を回収して、今度こそ寝ようとしていたのだが、それを銀に阻まれる。

 

「……って、いやいや!? 優士お前は女の子から好きって言われてるんだから。ちょっとはこう戸惑ったりとか……そういうのはない訳?」

 

「んー、だって須美と銀と同列だし。園子にとって俺は兄みたいな感じの存在じゃん?」

 

そもそも俺みたいなバカで欠点だらけな男のことを好きになってくれる物好きがいるとは思えないしな。女の子ってのはイケメンで優しくて頭が良くて気配りができてスポーツも抜群な男が好きだってどこかで聞いたことがある。

 

「……そうなのか園子?」

 

「うーん、普段はあまり頼りないからお兄さんぽく感じたことはないけど〜……でもゆーさんの認識も間違ってないかもしれないね〜」

 

「そうね。高嶋君、身長小さいものね……」

 

「ほっとけ!? これから大きくなるから良いんだよ!!」

 

可哀想なものを見る感じでこちらを見てくる須美。確かに、俺の身長は現在四人の中では銀の次に小さいけれど、中学、高校と時期が来ればその内自然と大きくなる筈だ。お父さんは確か183センチくらいでお母さんも身長は同年代の女子の中でも高い方だったらしいし。遺伝的にも希望はまだある筈だ……あるよな?

 

俺が熟考していると、銀が小さいため息を吐いた。

 

「……はぁ、これでいいのかねぇ?」

 

「まあいいんじゃね? 俺も恋愛とか良くわかんないし。小学生にはまだ早いってことで……ふぁ〜」

 

「大きな欠伸……そういえば昨日は夜更かししたって言っていたわね」

 

「合宿が楽しみで寝れなくてな〜」

 

「子供だなぁ……」

 

「……るせ〜、子供だからいいの」

 

あぁ、これもうすぐ寝れるわ。お布団の寝心地も悪くない……さっきまで夜更かしだなんだと考えていたが、身体は正直らしい。明日も朝早いし、疲れを残さないようにしっかり休息を取っておくのが理想的だろう。そうでなくても寝不足で今日はこれ以上起きてるのがキツイ。

 

「そういえば優士は寝るの早いんだっけ?」

 

「何も無い時は九時前にはいつも寝てるよ〜……毎日九時間くらいは寝ないとおめめぱっちりしないからね」

 

「健康的ね。私たちも高嶋君に倣って早く寝ましょう。明日も早いのだから」

 

俺たちが布団に入ったのを確認した須美は部屋の電気を消した。

 

「ゆーさん、同じ部屋だからって寝てる私達に"イタズラ"とかしたらダメだからね〜?」

 

「「(園子、(乃木さん))!?」」

 

「……ん〜、べつに俺寝てるみんなの顔に落書きとかしたりしないけど?」

 

「そっかぁ〜……なら安心だね?」

 

「そ、そうね」

 

「そ、そうだな」

 

質問の意図がよく分からなかったけれど納得してくれたのだろうか。半分意識落ちかけてるから上手く返せたのか分からないけれど。

 

 

────少なくとも綺麗な女の子の顔を汚そうとは思わない。

 

 

そんなことを最後頭に浮かべつつ目を閉じた。それを機に三人は何も言葉を発さずに静かになっていたためそのまま俺はそのまま眠りに入るのだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

──高嶋優士の日記

 

須美や安芸先生には怒られるかもしれないけど、友達と一日中という長い時間を一緒に過ごした事って無かったから新鮮で何だか楽しかったし、朝ご飯や夕ご飯をみんなで一緒に食べたり、寝る時も少しの時間だったけど四人でわいわいと楽しくおしゃべりできて嬉しかった。

 

御役目関係なく、須美達ともっと仲良くできたらいいな……

 

今日の訓練では良い結果を残す事ができなかったけど……まだ初日。今日の失敗をカテにして明日の訓練へとつなげていきたい。

 

 

298年 6月20日




※主人公は恋愛事情について、別段鈍感という訳ではありません。
ただ自分への好意に関しては全て友愛であると思っているだけなので、他者や友達同士の恋愛感情などについては何となくですが「ああ、この人ってあの人の事が好きなのかな?」程度に察することはできます。

では主人公が何故そう思うようになったかの理由などについては彼の幼少期が関係しています。それも後に過去回にて明かそうと思っています……そういえばこの作品の主人公についてはまだ明かしていないことの方が多かったりしますかね?

まあ、主人公に関しては年相応などこにでもいる真っ直ぐで人並みの正義感を持っている普通の小学生男子という認識を持ってくれていれば大丈夫です。

主人公に関する幼少期の過去回に関しては鷲尾須美の章時点で掘り下げをする予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。