キヲクアツメ (彩風 鶴)
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キヲクアツメ

御閲覧される前に…この作品には以下の要素が含まれています。

・鬱要素
・残酷な描写
・胸糞が悪くなるような描写

これらのことに耐えられる方はこのまま御閲覧ください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女の瞳に映るどこまでも深く鮮やかなそれは、優しく彼女を包み込んでいた。

少女はただひたすら歩いていた。力無くふらふらとおぼつかない足取りで1歩1歩と歩き続けていた。

ただ一点、一筋の光が指す方向へと細い足を引きずって少しずつ進んでいく。

不規則に並んだ小さな足跡が確かな軌跡として儚くその姿を残していく。

 

光へと段々と近づいているようにも、全く近づけていないようにも感じられる。

二色の風景は終わりのない無限の道のようにも、手を伸ばせば果てまで届きそうなほどちっぽけな平面にも見える。

 

自分という存在と世界との関係に霧がかかる。

力無く垂れる両腕が、なんとか体を支えている両足が、自分のものではないかのように錯覚する。

 

それでも少女は、無い力を振り絞って前へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬱蒼とした森の中。

降りしきる雪はあたりを純白に塗りつぶしていた。

その中を一人の少女が歩いている。その姿は今にも果ててしまいそうなほど脆く儚いものであった。

その場に真っ白な息を残しながら木に寄りかかるようにして何とか進んでいく。

時折膝を折り、地面に倒れ込む。それでも真っ赤に腫れ上がった小さな手を雪に突き立てて、また歩き始めた。

 

彼女に意識と呼べるようなものは殆ど残っていなかった。手足や顔に感じる身を切るような冷気にももはや痛みなど感じることはなかった。

漠然とただ、前へ、前へ、前へ。

本能のような何かだけが彼女を突き動かしていた。

 

しかし限界だった。

小さな体に溜まっていった披露と痛みは、細い足を止めるにはあまりにも十分で、少女は突然に液体にでもなったかのようにその場へと崩れた。

顔を雪に埋めて小さく漏らした喘ぎは靄と化して空気の中へと透けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の中の少女は休むこともなく歩き続けていた。

グシュッ

ふと…少女は何かを踏んだ。

緩慢な動きで足下へと視線を移すと辺りにはキラキラと何かが散らばっていた。素足の裏には鋭利なそれが小さく傷を作っていた。

手にとってみるとどうやらガラス片のようだった。綺麗な色ガラスの破片の群が辺りに散らばっている。

よく見てみると光の道の上でチラチラと煌めき、言いようのない幻想的な様子であることに気づく。

少女は側に落ちている破片を一つ拾いあげた。淡い蒼色が薄明かりを反射して艶めかしく輝く。

彼女の瞳に映る欠片は不思議なほどに魅惑的な美しさを纏っていた。

 

少女はもう一つ破片を拾い上げた。

そしてもう一つ。もう一つ。

様々な色のガラスが掌に集まってくると同時に心が満たされていくように感じた。

 

昔、それこそ物心のついた頃、こうやって綺麗なものを集めるのがとても好きだった。

腕の中に綺麗な石ころを抱えて満足そうに笑っていた。ただの石ころが彼女にとってはダイヤモンドでありエメラルドだった。

懐かしさに埋もれながら少女は周りの宝石たちを一つ一つ丁寧に拾い上げて掌に小さな山を作っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

降りしきる雪が倒れ込んだ少女に薄く覆い始めた頃、白い風景の片隅に黒い青年が通った。

厚いコートに身を包み頬だけを朱く染めていた青年は視界の隅に白雪姫を見留めると急いで彼女の元へ駆け寄った。

体に積もった雪を払い、何度か声をかける。すると少女の眉がピクリと震えた。

それをみた青年はホッと安心して溜め息をつくと少女をガラス細工を扱うように丁寧に抱き抱えると、家路を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女の掌には溢れんばかりのガラス片が積み重ねられていた。

それらを決して落とさないようにゆっくりと慎重に新たな破片を積む。

しかし彼女の小さな掌ではこれ以上ガラス片の山を大きくするのは難しかった。

少女はガラス片を見つめて暫く考え込んでいたが、ふと顔を上げると新たなガラス片を手に取る。そして徐に鋭利なそれを自分の腕に突き刺した。

真っ白な肌に鮮血が細く流れていく。傷口に熱が帯びていくのを感じる。

少女は更に新しい破片を拾い上げると同じように柔肌へと突き立てた。

 

段々と腕が紅く染まっていく。

ガラス片と一体になる度に少女は思いだしていた。やんちゃでいたずら好きだった弟を、厳しくも優しかった父親を、しっかり者で明るかった母親を、その暖かな家庭の中で過ごす自分の姿を。

ガラスを刺す度にこれ以上ないほどの充足感で心が満たされる。その裏で失ってしまったときの恐怖感がムクムクと膨れ上がっていく。

彼女はガラス片を深く深く身に刻み込んだ。決して落としてしまわぬように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青年は少女を自宅の暖炉の側に寝かせ、毛布を掛けてやった。

氷のように冷たかった彼女の体が徐々に温まっていく。

ほんの微かに少女の頬に色が戻り始めたの見ると、青年は立ち上がり、台所に行き水を入れたやかんに火をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女の体はもう殆ど紅く染まっていた。

それでもなお少女はガラスを集め続けた。失ったものを取りもどす為に。

少女は光の道を赤黒く染めながら進み続けていた。

 

しかし、ある時少女の動きが止まった。

手に取ろうとした破片はこれまでのものとは違い虹の色をすべて混ぜたかのように濁った色をしていた。

拾ってはいけない気がした。触れてはいけない気がした。

気がつくと周りのガラス片はなくなり、ただ一つその破片のみが目の前に存在しているだけだった。

他の欠片とは違う異様な雰囲気を醸し出しているそれを目の前にして少女は動けずにいた。

これだけは拾ってはいけない。

改めて心のどこかでなにかが訴えかけるのを感じた。

 

でも、必要だ。それが最後のひとかけらなのだ。これで全てが揃うはずなのだ。

悶々とした感情の渦に揉まれながら少女はゆっくりと最後のピースへと手を伸ばす。

 

手に取った。

 

それまで世界を覆っていた闇が突如光へと姿を変えた。

眩しすぎるほどの明かりに少女は思わず目を瞑った。

 

ゆっくりと目を開くと目の前には先程とは打って変わった景色が広がっていた。

光に満ちた世界。まっすぐと続く道の先には殆ど割れてしまったステンドグラスが浮いていた。

そしてその周りには見慣れた顔があった。

父と母、弟が私に向かって微笑んでいた。

気付いたときには私は走り出していた、懐かしい、大好きな家族の元へと。

 

 

グシュッ

 

 

少女の足に鋭く激痛が走った。声にならない悲鳴をあげてその場に倒れ込む。

深々と少女の足に黒く濁ったガラス片が食い込んでいた。

その瞬間思い出したかのように身体中を電気のような痛みが襲う。

身体中を流れ出ていく血液が意識を奪っていく。

思わず体を埋め尽くすガラス片を手当たり次第引き抜いていく。

それに伴って世界が黒く、黒く光を失っていく。目の前にいたはずの家族の姿がかすむ。黒い絵の具で塗りつぶされたかのように視界がまた闇の中へと戻っていく。

 

「     」

 

必死で最愛の家族の名を呼ぶ。しかしそれが声になることはなかった。

もがきながら前へ進むが努力はむなしく温かな空間はだんだんと遠のいていった。

地面が揺らぎ崖に近い坂へと変貌する。少女はただ力無く転がり堕ちていった。

痛む足は少女に抗うことを許さなかった。

少女が血で染めた道は抵抗を認めなかった。

 

ただただ深い闇に堕ちていく中で少女は漠然と考えていた。

いつの間にか流れ出てきた涙はただでさえ薄れた視界を更にぼやけさせる。

 

あぁ、やはり拾わなければよかった。

 

あぁ、やはり思い出さければよかった。

 

いっそ、もう一度全て手放してしまおうか。

 

それがいい、きっとそれが一番いい。

 

少女は震えた笑みを浮かべると手の中のガラス片を全て手放した。

すっと体が軽くなるのを感じる。

空へと散らばるガラス片達はそれぞれに違う色で煌めいていた。

体に刺さっていた破片もいつの間にか無くなっていた。まるで最初から無かったかのように。

 

ただ一つ喉元に深々と刺さる濁った1つを除いて。

 

少女はその破片に手を伸ばす。

引き抜こうとした瞬間、喉に焼けるような痛みが走るのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女は喉に焼けるような痛みが走るのを感じた。

突然に鮮明になった意識の中で口の中に流し込まれた熱湯を吐き出した。

見開いた目から涙が流れでる。

足を見やるとトラバサミが少女の細い骨を砕いていた。

 

「よかった、やっと目が覚めたんだ。」

見上げるとヤカンを持った男が立っていた。

「心配したんだよ、急にいなくなっちゃうんだから……。」

男は少女の側にかがむと笑みを浮かべた。

「言ったでしょ?僕って綺麗なものが好きなんだよね、昔から。」

汚れた手で少女の顔をなでる。

「だからもう逃げられないように、ね?」

機能を失った少女の足を指さして言った。

 

「見てよこれ、綺麗でしょ?」

男は思いつくままに話しているようだった。

傍らの木箱から色ガラスの破片を取り出して少女の目の前で見せつけるように揺らした。

「きっと、綺麗な君によく似合うと思うんだ。今から飾り付けてあげるからね?楽しみでしょ?」

男は少年のように純粋に笑っていた。

「君だって家族のところにいきたいでしょ?もうすぐお母さん達に会えるからね。」

 

少女は首を傾げた。

 

「どうしたの?もしかしてショックで全部忘れちゃったかな?」

男が冗談ぽく笑う。しかし少女の反応は変わらなかった。

キョトンと男の顔を見つめている。

男もさすがに奇妙に思ったのか

「…………本当に覚えてないの?」

そう尋ねた。

 

少女はゆっくりと頷く。

 

男は面食らって眉をよせたが、すぐにまた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「そいつはいいね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月×日 舞日新聞記事より

 

『悲劇の少女 惨殺死体で発見』

1ヶ月前に世間を恐怖に陥れた××一家殺人事件。その際に行方不明となっていた長女○○さん(12)が昨夜未明、□□□□□の山中で遺体で発見されました。

遺体にはステンドグラスの破片とおぼしきものが数百個におよび突き刺さっており、警察は××一家殺人事件と同一犯と見て、捜査していく方針であることを━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい。まずはここまで御閲覧いただき本当にありがとうございます。
彩風鶴と言うものです!

今回この作品を書くことになった経緯なのですが、実はこの作品の生みの親は私ではございません。
私の友人の方があらすじだけ考えたものを消費する方法がないから代わりに書いてくれない?と、この素晴らしいプロットを譲ってくださったのです!


3年前に……。


いや、僕もリアルの方がどうにも忙しくてですね、先延ばし先延ばしにしているうちにタイミングを失ってしまって……ハイ、ハイスミマセン……。
何とか時間を見つけて荒削りではありますが最後まで執筆させていただきました。

少しでも楽しんでいただけたのであれば幸いです。

改めましてここまで閲覧いただきましてありがとうございました!!


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