Disruptor (てんぞー)
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Challenge for Squire
Belka - 1


 この世に生まれた事そのものが罪だと言うのなら、

 

 ―――この世界は、どうしようもない程に呪われている。

 

 この世は神によって創造されたと言われている。その神は人の世を生み出した時に、この世のすべてを祝福したとされている。だとすれば、その祝福こそがこの世にとっては呪いだったに違いない。そうでもなければこの世はこんなにも不完全で、そして絶望で溢れてなんかいないだろう。人の醜さと、世の中の酷さを覚えるのに長く生きる必要なんてない。少しでも世界という場所で生きた事のある人間であれば、

 

 夢を忘れて絶望するには十分すぎる。

 

 だからこそ溺れる。夢に溺れる。

 

 最初から現実には期待なんてしていない。努力をするだけ無駄だ。最初から持たない者が努力をしたところでそれが認められることはない。積み上げて積み上げて積み上げても、それを認める社会が存在しない限りはどれだけ特別であっても、価値等ないのだから。

 

 だから―――僕も、彼女も。正反対のようでまったく同じだった。

 

「あぁ……―――夢から覚めなきゃいいのに」

 

 ここは夢の庭園。夢の中で目覚め、訪れられる夢の中にある深海庭園。空からは光が差し込まず、周囲には光源となる光るサンゴが生えている。色鮮やかな花々が咲き誇る深海の大地をそれらが照らし、そして静かに揺れる水流に乗って花弁が散って、消えて行く。息苦しさなんてものはなく、庭園の外には無限の闇が続いている。だが虚無にさえ通じているように感じられるその闇は、世界から隔離されているようで心に安心感を生んでいた。今、この場所では自分は世界と切り離されている。あの醜く、救いのない世界から切り離されている。どれだけ良い人たちがいても救われない場所に自分はいなく、

 

 同じ傷を抱える僕と彼女しか存在しない。

 

 朽ちた石柱を背に毎晩通り、二人で肩を寄せ合い庭園を穏やかに眺めている。

 

「でも、ほら。君が起きてくれないと私に色々と未来のあれこれ教えてくれる人がいないし……起きられないのはちょっと困るかな。私、君が持ってくる何でもない話が好きだよ?」

 

「……僕も、君がしてくれる昔の生活の話とか、おじいさんの武芸の話は好きだからやっぱり起きなきゃだめだよね」

 

 本当は、そんな事よりも君と一緒に居るのが一番好き―――なんて言葉は、恥ずかしくて絶対に口にする事が出来ない。だけどこうやって肩を寄せ合って一緒に座っていると。頭を寄せ合って、寄りかかりながら座っていると。口にしなくても、そういう意思はお互いに伝わってくる気がする。だからその事を口にはしない。その代わりに、何でもない会話をする。何時もの様に、毎晩そうしているように。

 

 二人だけの逢瀬を重ねる。

 

「あ、そうそう。お爺様から新しい秘伝を見せて貰ったよ。私に腕がないからって油断してるから褒めるとお爺様、いっぱい見せてくれるんだよね」

 

「そういう所、君は狡猾というか……」

 

「えー、そんなことないよ。この間なんてお姉さまが国を頂戴、ってパパにおねだりしてたし。お兄様は武勲が欲しいから戦争が欲しいって言ってたし」

 

「それは違うと思う」

 

 おねだり……おねだり? その概念が崩れる。

 

「いいんだよ―――どうせベルカは滅びるんだから。君が覚えていてくれるなら盗んだだけの価値があるんじゃないかな。出来たらそれでかっこよく活躍してくれると嬉しいかな。その代わりに……」

 

「お話、だろ?」

 

「うん! 君が生きている時代では私の知らないお話がたくさんあるんだもん。もっともっと聞かせて欲しいかな」

 

 そうだなぁ、どうしようか。その為に色々と本を読んだ。聞かせる物語はたくさんある。だけどそれを急いで語る必要はない。夢の中にある間は、こうやって現実の様に触れ合い、そして話し合えるのだから。とはいえ、これは夢だ。眠ってからたどり着ける夢の庭園。深海の庭園。

 

 人の眠りは深く、そして落ちるもの。

 

 その眠りを穏やかな海の様に例えられるのなら―――その深海で僕たちは会える。

 

 だけど夢である。

 

 だから、目覚めの時が来る。

 

「おやすみ、オリヴィエ」

 

「おやすみなさい、シド」

 

 

 

 

「―――いい加減起きなさいシド! いつまで寝ているつもり!」

 

「……はぃ……」

 

 怒鳴りに近い声に上半身を持ち上げた。まだかなり眠いが、目が覚めてしまった。こうなると寝ようとしても無理矢理起こされてしまうから、もう眠れない。

 

 また一日、現実で頑張る時間が始まる。

 

 ……頭が重い。

 

 眠い。

 

 何かを忘れていつも通りの一日に入る。着替えて、歯を磨いて、顔を洗って、朝食を食べる為に一階に降りる。ダイニングでは出来立ての朝食―――基本的なベルカ式モーニングセットが並んでいた。ライ麦パンにスクランブルエッグ、ハム、ドレッシング、フルーツに紅茶とヨーグルトにジャム、バターやスプレッドも並んでいる。自分の席に座るとスライスされてあるパンに手を伸ばし、スクランブルエッグとハムをパンに乗せて、ドレッシングなどをかけて自分の朝食を作る。ここでレタスとかを入れ忘れると母さんの顔が怖くなるから、入れるのを忘れない。

 

 パンが硬いけど、ベルカではこの硬さが普通だ。ミッドチルダのパンはむしろ柔らかすぎる。グミでも食べているのかと思うぐらいに柔らかい。あっちのパンはちょっとなじめないかなぁ、なんてことを思う。パンはやはり硬くないと味がない。

 

「おはよ……」

 

 パンを口にくわえたまま返答をする。そのせいか、あまり大きな声にならずに言葉が口の中でもごもごとする。

 

「おはようシド」

 

「やっと起きたわね、シドちゃん」

 

「……」

 

「まだ半分眠ってるな、これは」

 

 父さんがなんか言っている。手をこっちに向かって振っているので、頭を動かして手を追いかける。それを見ていた父さんが笑い、母さんがミルクの入ったカップを持ってくる。パンをもしゃもしゃと口の中へと運んで食べ進めつつ、ミルクでのどの中へと流し込む。

 

「本当にこの子ったら朝はダメねー。やっぱりしっかり者のお嫁さんが必要よ、この子には」

 

「まだその話は早いだろう」

 

「いいえ、早いうちの方が良いに決まっているわ。もっと大きくなって変な付き合いを作る前にこういうのはちゃんと相手を用意してあげたほうがいいのよ」

 

「だからって許嫁をつけるのはどうかと思うんだがなぁ」

 

「良いじゃない。相手方も乗り気だし。相性も悪くないし」

 

「いや、それはそうなんだが―――と、もうこんな時間か」

 

 むしゃむしゃと食べていると、父さんの大きな手が頭を撫でる感触がした。見上げれば父さんの手が頭を撫でていた。その感触に軽く目を細め、去った後にパンを食べるのに戻る。この歯ごたえがやっぱり好きだ。上に乗せるものは絶対にエッグとハム。この組み合わせは王道にして鉄板。デザート用のパンにはジャムを塗る。当然ブルーベリージャムだ。ここでストロベリージャムを取り出すクラウスとはこの点においては絶対に相容れないと思っている。

 

「……食べた」

 

「はいはい。ちょうど良い所に迎えも来たわね」

 

 ピンポーン、と鳴るインターホンに迎えが来たことを知らせる。朝食を食べ終わって喉の奥に全部流し込んだら、立ち上がってのそのそと歩き出しながら、玄関のコートハンガーにひっかけてあるジャケットを手に取る。

 

「あぁ、もう、忘れてるわよ」

 

 刀身の存在しない、柄だけのアームドデバイスを持ってきた母さんが、それをバッテリー替わりのカートリッジシェルと共に持ってきた。それを靴を履いている自分のジャケットのポケットに突っ込むと、先に扉の鍵を開けてしまう。未だにゆっくりと靴ひもを結んでいる姿に、開いた扉の向こうから声が聞こえてくる。

 

「おはようございますアリアさん。シドを迎えに来ました」

 

「どうせまだ寝ぼけているだろうから運びに来てやったぞ、感謝しろよ」

 

「あ、やっぱりまだ寝ぼけてるわ。靴紐結べてないやん」

 

「運べ運べ! 運んでいる間に終わるだろうし運ぶぞ!」

 

「おー!」

 

「ぬおー……」

 

 靴紐を結んでいる途中で体が両側から支えられるように持ち上げられる。そのまま、腕を肩に通すように支えられて、家の外へと向かって引きずり出されるように運ばれて行く。背後からは母さんの声がする。

 

「それじゃあシドの事を頼んだわよ、ヴィクトーリアちゃん」

 

「お任せください、ちゃんとご飯の前には送りますので」

 

「完全に要介護者だなこいつ……」

 

「朝はほんとダメダメやからな」

 

 手が靴紐に届かないなぁ、なんて考えながら視線を横に向ければ、見知った緑髪と黒髪の姿が見えた。その顔を見て、おぉ、と声を零す。いつの間に……ではない。先ほどうちまで迎えに来ていたではないか。

 

「お、クラウス。おはよ……ねっむ……ねる……」

 

「あぁ、そうだクラウスだぞ。貴様まだお眠か? んン? 面倒だしいっその事永眠させるかこいつ」

 

「これが噂のキレる若者やな……」

 

「公園につく頃には起きるでしょうから、それまでの我慢ですわ」

 

「自分の手で運んでから言え」

 

「え、重いから嫌です」

 

「この女……!」

 

 

 

 

「目が覚めた」

 

「漸くか貴様」

 

 意識がはっきりと覚醒してきた。半ば無意識に朝のルーティーンをこなしていたが、何とか公園に到着したらしい。両手を持ち上げて背筋を伸ばしつつあくびを漏らしながら、目の前に見える緑髪の幼馴染クラウス。そして黒髪にツインテールに口調が特徴的な幼馴染のジークリンデ、そして金髪に言葉遣いが素で丁寧なヴィクトーリア。

 

 自分を含め、一番よくつるんでいる4人が揃った。

 

「いやぁ、ごめんごめん。寝起きはどうしても弱くて……」

 

「弱いにもほどがあるだろうが貴様」

 

 腕を組みながらクラウスが指摘することにグ、と声を零す。自覚はあるのだが、昔から寝起き回りは常にダメダメになってしまう。気合を入れればどうにかなる、とは言われているのだがその結果が今、半分眠っていても勝手に朝のルーティーンをこなすことになってしまった自分だ。改善の仕方が明らかにおかしい。

 

 おかしいのだが……まぁ、それで日常生活できているし。

 

「問題ないんじゃない?」

 

「まぁ、治らないようでしたら面倒を見ればよい事ですから」

 

「ヴィクターは甘いなぁ」

 

 腕を組んでそう言うヴィクトーリアに対してジークリンデは半分呆れたような、仕方がないものを見る様な視線を向けており、溜息を吐く。その姿を見てはいはい、と手を振る。

 

「はいはい、この話は終わり。それよりも集まったんだからいつも通り始めようよ」

 

「貴様が原因だぞ? いや……まぁ、面倒を見る筆頭候補がそれで良いのなら俺はこれ以上何も言わんぞ」

 

 住宅街近くの公園は体を十分に動かせるように広くできている。足場がしっかりとした大地となっており、転べば擦り傷ぐらいはできるだろう。だけどそれは逆に足場としては非常に整っているという事でもあり、体を鍛える為に特に遊具も何もないこの公園を利用するご近所さんは多い。ジークリンデはジャージ姿といつも通りのトレーニングアウトフィットだし、ヴィクトーリアも長い髪を纏めて動きやすいジャージ姿だ。

 

 そこら辺の恰好の一切頓着しないのが自分とクラウスの男子組であり、こうやって公園に来て体を動かしに来るときも大体普段着だ。女子連中は普段着が汚れるのが嫌らしい。そのあたりの感覚は男女の差、という奴らしいので良く解からない。良く解からないけど特に問題がある訳でもないからこれ以上追及する必要もない。

 

 ともあれ、

 

 いつも通りの4人。

 

 いつも通り、代わり映えしない公園で、

 

 いつも通り、将来の目標を目指して運動を始める。

 

 ……現代のベルカで、夢や目標と言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだが。少なくともそれが普通だ。現代で武芸を振るう事の出来る組織なんて聖王教会の騎士団か、それとも時空管理局だ。そしてベルカ人として生まれたのであれば、武芸を磨きながら騎士団を目指す。誰もがその夢を見る。天位の騎士になる事を。天位を授かる事を。そしてそれとは別に、

 

 高貴な血筋には騎士団へと貢献する義務がある。

 

 古い時代から続きその伝統はいまだに色褪せずに残っている。

 

 故に僕たちも―――古い血筋を汲むものとして、それなりの強さと活躍が求められる。生まれが同じだった僕たちは自然と家の付き合いで仲良くなった。

 

「良し、とりあえず軽い柔軟から入るか」

 

「終わったら8kmぐらいジョギングやな?」

 

 ジークリンデの正気を疑いそうな発言にすかさずヴィクトーリアが切り込む。

 

「初手からフルマラソン始めるのは正直どうかと思いますわよ」

 

 が、それを受けてえー、とジークリンデが声を零す。

 

「これぐらいせーへんと準備運動にもならないやろ?」

 

「エレミア基準で語るの止めませんか?」

 

「なんならウチとシドだけでもえんやで」

 

「さらっと僕を混ぜる止めない? いや、8kmぐらいなら余裕だけど」

 

「俺もそれぐらいなら付き合えるが、それで朝の時間を潰すのも阿呆だろ。せいぜい3週ぐらいに留めてから何時も通り組み手やら型の通しに入るのが良いだろう。今日は確か―――」

 

「はいはーい、うちのターンやで。殴って良し、切って良し、投げても放っても良しエレミアン・クラッツやな」

 

「うんじゃ、軽くウォーミングアップしよっか」

 

 ここら辺は何時も通り流す。軽いストレッチで体を解したら、公園のトラックを借りて軽いジョギングペースで5週する。ベルカ人は、純粋なミッドチルダ人と比べると身体能力が高くなっている。それは勿論、体力も含まれる。そのおかげで5週ぐらい走った程度では息切れすら起こさない。この中で一番体が未熟だと言えるヴィクトーリアでも、この程度なら簡単にこなせる。

 

 そうやって事前の運動を終わらせたら、今度は本格的な訓練に入る。

 

 今日はジークリンデが教導役になる。毎回、この役割は何度かやってから交代している。今回はジークリンデだが、前回はクラウスだ。クラウスが教導役だった時は、クラウスが納めている武芸、覇王流を教導して貰っている。一撃一撃の破壊力を重視した、殺傷ではなく破壊特化の武芸である覇王流の肝は重心の移動と、力を体を通して練り上げる事だ。その為、クラウスが教導するときは大体体術や呼吸の話になる。前回は地の蹴り方、移動を通して力を溜める方法、力を溜めたまま動く事などを教えて貰った。

 

「んじゃ今週はうちの出番ってことやし、クラウスのに続いて体術……というか歩法の話をするで。体幹はどーしてもブレがちやしな。ここしっかりと抑えておくだけで力の入り方違うし。ちゅーわけで、体をブラさずに殴ったり蹴ったりするコツを練習するで」

 

 当然の様に武芸の指南、体術等の魔法を使わない技術の教導に入ろうとするジークリンデを見て、なぁ、と声を零す。零した声に反応し、ジークリンデが視線を向けてくる。

 

「なんよ?」

 

「いや、僕に遠慮して―――」

 

「魔法は別に、デバイスと術さえそろえばそれで練習もくそもないんやで。魔法はデバイスが向上すれば練習をある程度減らせるけど、武芸と体術は何千回、何万回、何億繰り返しても終わりがないんや。だったらこっちに振れる方が有益やで。だから遠慮とかないから。おーけー?」

 

「おーけー」

 

「じゃ、バカが納得したところでエレミアの奥義を奪うぞ。早く俺の強さへ貢献しろ」

 

「自分勝手やなこいつ! いや、このぐらいなら別にええんやけども」

 

「クラウスは常にこんな感じですわよね……」

 

 横暴というか、暴君的というか。クラウスは昔からこんな感じだった。自分の行う事に間違いはないともって、胸を張って生きている。そんな幼馴染の強さが羨ましかった。自分に対して自分を誇れる姿が、どうしようもなく格好良く見えた。心も、体も強い幼馴染。

 

 そこに嫉妬を感じないと言えば―――嘘になる。

 

 だから努力しなくてはならない。

 

 それが、たとえ意味のない事でもない。

 

 努力をやめる事は許されない。

 

 これは生まれた以上、自分に課せられた義務である。だから両手で頬を叩き、完全に意識を覚醒させて脳のスイッチを切り替える。良し、と呟きジークリンデへと向き直り。

 

「よろしくジーク!」

 

 ジークリンデに軽く頭を下げて、本日の教導を頼む。この幼馴染たちは、自分よりもはるかに優れていて優しい人たちだ。だからこそ努力しなくてはならないのだ。たとえ自分の努力が絶対に報われないのだと解っていても、

 

 努力をしない人間に居場所なんてものはないから。

 

 

 

 

 そうやって、このベルカでは日常が過ぎ去って行く。

 

 過去という犠牲を経る事で物語を積み重ねて現在が生まれる。そう、自分という人間は常に誰かの恵みと犠牲の上で成立している。その事実を絶対に忘れてはならないのだ。誰かが頑張って生み出したこの世の中に―――いや、オリヴィエが命と引き換えに生み出した過去が自分という未来を生み出しているのだ。だとすれば、だからこそ、だれよりも、普通に。そして誰よりも、真面目に。誰よりも―――誰よりも、努力しなくてはいけない。

 

 彼女がどういう人物かを知っているから。

 

 彼女が何を想っているのかを知っているから。

 

 彼女が絶対に救われないという事を知ってしまったから。

 

 彼女が救われないという事実を理解しているから。

 

 彼女は―――まだ、9歳で。それで死ぬことを覚悟した。

 

 だから彼女の覚悟に殉じなくてはならない。彼女が未来を知ってそれを生み出す為にこの先の未来を生きる事に決めたのであれば。彼女が生み出した明日にだれよりも、その事実を知っている自分が生きなくてはならない。真面目に。それが、彼女の答えに対して真摯に生きるという事だろうから。

 

 そうだ。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 この―――無能者にとっては、

 

 シド・カルマギアにとっては。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だがそれでも、シド・カルマギアという少年は同い年で既に未来が絶望で覆われた少女と出会ってしまった。時を超えたありえない邂逅。だがその夢が二人にとっての事実であるならば、その事実を胸に生きるしかない。

 

 だが何がどうあれ、努力をするしかない。

 

 努力をせずに生きるのはクズの所業だ。それに耐えられるほどの神経はなく、突き抜けてもいない。

 

 まだ心が未熟な少年にできるのは―――現実逃避と無意味な努力の積み重ねでしかない。

 

 シド・カルマギア、9歳。

 

 全ての始まりとなる冬がやってきた。

 

 これからの人生を変える冬が、

 

 世界の過去(これまで)を変えてしまう冬が―――やってくる。




 Break that timeを非公開にした理由はこちら、リメイクの始動が理由ですのよ。まぁ、こっちは大体数日~週1ペースで更新予定ですけども。

 と言う訳でもろもろ、スタート地点、能力、シナリオ、敵、味方、登場人物。コンセプトはそのままにほぼ中身は別物となって再スタートですのよ。


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Belka - 2

『―――本日のトップニュースです。時空管理局本部が襲撃を受けました。犯人は単身正面から乗り込み―――』

 

「物騒ねぇ、本部が襲われるなんて」

 

「あそこには最高峰のトップエースが構えている筈なんだが自殺か……? いや、突破したのか。凄いな―――全力でこっちに来てもらいたくはないが」

 

「あ、これお弁当」

 

「ありがとう。じゃあなシド、行ってくるぞ」

 

 母さんとキスしてから父さんが頭を撫でて、そのまま家を出て行く。ぼーっとその姿を見送りつついつも通り朝ご飯を半自動的に、或いは無意識的に食べ終えたら、学校へと向かうための準備に入る。とはいえ、これもルーティーンだ。毎日同じことを繰り返せば意識しなくても勝手に体が動いて整える。着替えて、授業に使うものをカバンに詰めて、そして家を出るだけだ。何時も通りに準備を終えたら、授業で使う道具を入れたカバンを片手に、のそのそとした歩みで玄関まで出る。

 

「それじゃ行ってらっしゃいシド」

 

「行ってきます……」

 

 母さんに出かけの挨拶をして玄関を出る。まだまだ、眠気で頭の方は重い。だが家を出れば、待ち構えているようにヴィクターの姿がある。その横にジークリンデの姿は―――ない。まぁ、これも学校に通うときに見るいつもの景色だ。ジークリンデは勉学を免除されているし、イングヴァルト兄妹はそもそも通っている学校が違う。同じ学校に通っているのは自分とヴィクターだけだ。まぁ、それもクラスが違うから一緒に勉強している訳ではないのだが。ただヴィクターはいつもいつも、欠かす事無く来てくれる。

 

「おはようシド」

 

「おはよ、ヴィクター」

 

「あら、今朝はそこそこ意識があるのね?」

 

 聖ルディア小学校の制服姿で横を歩いている。髪は首の裏で三つ編みにされており、片手でカバンを握っている。歩幅を合わせて歩きながらゆっくりと頷く。

 

「隙を見せないのには、越したことがないから……ふぁぁ……」

 

「とか言いつつも意識は割と限界ですのよね。ほら、ちょっと髪が跳ねてますわよ」

 

「ん」

 

 ヴィクターが手を伸ばして髪を梳いてくる。それを特に抵抗する事もなく受け入れる。ただ学校に近づけば余計な目も増えてくる。校門が見えてくる頃にはヴィクターから距離を開けて歩いている。と言っても結局は一緒に登校している。たださっきみたいに髪を梳かすところを見られたりすると、嫌味が飛んでくるのが面倒だ。

 

 そうやって登校し、校門を抜ければこの一帯では一番大きな聖王教会系列の学校へとやってくる。聖ルディア小学校はベルカ人の中でも富裕層の通う学校であり、通っているのは基本的に金のある奴だ。

 

 いわゆる上品で、社会に相応しい人を送り出す学校。

 

 無論、聖王教会系列なので、聖王の教えもたっぷり学べる。

 

 ―――本当にそれで素晴らしい人間が育つのだろうか?

 

「……頑張ろう」

 

「えぇ、では放課後に逢いましょう」

 

 手を振ってから去り、ヴィクターがクラスメイト達と合流する。楽しそうにクラスメイト達と打ち解ける姿を見て、自分のような奴じゃなくてそっちと付き合えばいいのになぁ、なんてことを考えながら一人で教室へと向かう。時折自分へと向けられる視線に小さな苛立ちを覚えながらそれを握り殺す。

 

 ……そう、忘れれば何も問題はない。

 

「……」

 

 ヴィクターと別れてから無言のまま、クラスへと移動する。早く、一日が終わってくれないだろうかと思いながらクラスに到着する頃には頭もはっきりする。軽く欠伸を漏らしながら扉を開けて中に入る。

 

「おはよう」

 

 小さくても聞こえる声で朝の挨拶をする。その声に反応して此方へと視線を向ける視線は多数あれど、まるで腫物を扱うように軽く頭を下げ、逃げるように視線をそらしてクラスメイト達との会話に戻る。こんな扱いにも慣れたものだった。

 

 クラス内の自分の机まで歩くと、カバンを横のフックに引っかけて椅子に座る。眠気が覚めているので授業が始まるまで寝ているという事も出来ない。だから肩ひじを机に突く様にして、肩頬に手を当てて静かにホームルームの始まりを待つ。

 

 話をするような相手は、

 

 このクラスにはいない。

 

 だからじっと、何かをするわけでもなく時間が過ぎ去って行くのを待つ。その間もクラスメイトがクラスに入り、楽しそうに語り合いながら席に着く姿を話す事も、視線を向けられる事もなくただ授業が始まるのを待つ。

 

 ―――このどうしようもない虚無感の時間には慣れている。

 

 ただただ暇だから、適当にぼーっとして、特に何かを考える訳でもなく時間が過ぎ去るのを待つ。自分の耳に入ってきそうな笑い声やひそひそ声はシャットアウトする。そうして時が過ぎるのを目を閉じて待っていれば、自然と勝手に時は流れる。

 

 やがてクラス内の喧騒は収まって行く。そしてそれと入れ替わるように足音が響き、クラスの扉が開く音に目を開ける。教室に入ってくる教師の姿はどことなくけだるげに見える。短い青髪の青年教師は教卓の前に立つとはい、と声を出した。

 

「ホームルームの時間だぞー。今日は特に連絡もないから点呼取ったら授業に入るから、教科書出しておけー」

 

「はーい」

 

 他の学校がどうなのかはあまり良く知らないが、クラウスに言わせてみればこの学校は”良い子ちゃんばかり”らしい。それはクラウスのいる聖ヒルデも変わらないとは思うのだが、あっちから言わせるとこちらはお上品な部類に入るらしい。

 

 ともあれ、点呼の後には授業が始まる。

 

 さっさと机から教科書を、カバンから宿題を引き抜いて前を向く。

 

 

 

 

「シド、お昼を食べに行きましょ」

 

 昼、授業が休みに入ると教室の前までヴィクターがやってくる。遠巻きに視線を向けてくるクラスメイト達はそれだけで、何も口にはしない。寧ろ自分が教室から出て行った方が息が詰まらずに済むだろう。カバンから弁当を取り出したら、何も言わずに教室を出て、ヴィクターと並んで校舎の裏庭の方へと向かって行く―――そこが、一番人が少ないからだ。ただ、ヴィクターの方は毎回ながら、不服そうな表情を浮かべている。

 

「相変わらずなんですわね」

 

「アレはアレで良いんだよ。変にかかわらないほうがやりやすいし。今更笑顔で話しかけられても困るし」

 

「もう、そんなことを言っているから友達が増えないんですのよ?」

 

「別に、増えなくてもいいしなぁ」

 

 身内グループだけで満足している。これ以上交友を広める必要はないと思っているし、これ以上広めようとしたところで広まるものだと思ってもいない。第一、

 

「どうせ、僕が無能者だって知れば大体の人は落胆するし、或いは変に気を使ってくる。最初は良いかもしれないけどそのあとがめんどくさいし」

 

「私達は気にしてませんわよ?」

 

「そりゃぁ、ヴィクターたちとは生まれたときからの付き合いじゃん。今更気にしないでしょ」

 

 でも違う。無能者は、魔力の存在しない能力の無い人は、社会的弱者と言われるらしい。

 

 今、この次元世界で―――ミッドチルダで、魔法を使わずに暮らす人間はそこそこ多い。なぜなら発達した科学力によって魔法を使わずに生活する事が出来るからだ。そのうえで魔法を使えれば職業選択の自由や、やれることの範囲は一気に広がる。だけどそれを面倒に思って魔法を使わない人はかなり多いのだ。だって、魔法を使うとなると魔法を扱う分野―――それこそ危険なものにも触れる可能性が増えるからだ。いくら魔法で編むことができるバリアジャケットや戦闘装束、バトルスーツや騎士甲冑があらゆる非魔法的な物理的現象を拒絶する最高の鎧であるとはいえ、命の危険性は一定に存在するのだから。だから魔法を使わない生活を選ぶことはできる。

 

 だけど()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その気になれば彼らは魔法を使う事が出来る。命の危機、金銭の危機、或いは生活の為に。考えが変われば簡単にそこら辺を曲げる事が彼らの中には選択肢にはある。だけど無能者にはその選択肢がない。魔法を使いたくても使えない。魔力を電池の様に保存するカートリッジでさえ単価がそこそこあるのに使い捨てなのだから生活で多用する事なんてできない。

 

 その差は大きい。

 

 だからこそ、無能者は哀れに思われる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ―――ただ、自分の場合はそれだけに留まらない。

 

 そこには面倒な事情が存在する。

 

 例えば、血の話とか。

 

 親の立場とか職の話とか。

 

 或いは―――自分自身の事とか。

 

 だから、

 

「別に良いよ。皆がいればそれだけで僕は満足だし」

 

 そこから少し、踏み出す必要なんてないと思う。そう言いながら裏庭のベンチに二人で並んで座る。お弁当の中身は特別豪華、という訳じゃない。ここら辺はシンプルにミッド式を参考にミニハンバーグやライスが入っている。もうちょっとお肉がいっぱい入っていれば嬉しいなぁ、とは思うけど母さんは絶対に栄養バランスの事を口にして野菜を多めに入れる。特に苦手な野菜はないし、バターソテーのニンジンは弁当箱の保温性のおかげで、まだほのかに暖かく柔らかいから美味しい。

 

 野菜が多めなのは気にならないけど……やっぱり、肉の方が好きだ。

 

「今はそれでいいかもしれませんけど、将来的にはどうするの?」

 

「将来の事は今言われても解らないよ……でも、きっとどうにかなるだろ」

 

 嘘だ。

 

「ほら、騎士団って基本的に実力が全てらしいし。だったら無能者でも実力さえあれば就職できるし。そっち方面に進めば魔法のあるなしとか関係なくなるでしょ?」

 

 嘘をついている。クラウスだったら呆れた表情を浮かべて嘘を指摘するだろうが、ヴィクターはそんなことを疑わない。笑みを浮かべながら頷く。

 

「確かにそうですわね……ならシドはスクワイア・チャレンジに出場する予定ですの?」

 

「―――」

 

 12月の中旬に開催される、とある大会。15歳までの少年少女を対象とした聖王教会主催のクラッシュエミュレーターを使用した大会だ。これは将来有望な騎士候補、即ち従士を発掘する為に開かれている。出場制限は年齢だけで、それ以外はたとえ、既に従士であろうが関係なく出場できる。毎年一般参加枠からも多数出場しているが、やはり一日中訓練している従士と比べれば一般人の練度なんて大したものもない。だから決勝トーナメントになる頃には聖王教会の従士ばかりになっている。

 

 だがここで勝ち残ったり、相応の活躍を見せた一般参加者はそのあとで、教会に従士としてスカウトされる。優勝なんてすれば確実だ。

 

 金のない者、ワンチャンスを狙う者などは毎年この狭き門を超えて踏み込もうとしてくる。

 

 だからこれに出場すれば―――自分にだって、騎士になるチャンスはある。

 

 だが逆に言えばこれでダメだったら、もう、何をしても騎士にはなれないという現実を突きつけられる。

 

 わずかな夢さえ見る事さえできなくなる。

 

 だけど()()()()で、もし騎士になれるとすれば、そのチャンスが唯一転がっているのはこの手の大会だけだ。まっとうに騎士になるのは難しい。入団に魔法試験があるからだ。コネで入団するのはプライドが許さない。ならほかに方法があるのか? と問われれば……特に思いつかない。だからこれは最終手段であり、夢を見る為の防波堤でもある。

 

 自分の様な無価値な人間が見る事の出来る最後の夢。

 

「いや、良いんですのよ。そう簡単に取れる選択ではないでしょうし。それに……ほら、別に騎士にならなくたって問題ありませんのよ? 勉強して事業の動かし方とか覚えればうちに婿入りした時に魔法なんか使わなくてもまるで問題ありませんでしょう?」

 

 ヴィクターは―――ヴィクトーリア・ダールグリュンは、親が選んだ許嫁相手だ。家の関係は良好だし、血の相性も悪くはないとか言っていた。だからであった頃から、結ばれる相手としてヴィクターは常にそばにいる。

 

 ふとした、何でもない話にそれがヴィクトーリアの口から、当然の様に出てくる。

 

 ミニハンバーグに突き刺しているフォークの動きを止めると、ヴィクターがこちらへと視線を向けてくる。

 

「どうしました?」

 

 ヴィクターは、納得しているの?

 

 当然の様に将来を一緒にする事を。決められることを。

 

 自分の様な―――怪物と一緒に居る事を。

 

 毎日毎日一緒に登校して、世話をして、時間を都合して。それが面倒で苦しくて、嫌にならないのだろうか? 恐ろしくないのだろうか? つまらなくないのだろうか。自分なんかと一緒だから離れる人だっていただろうに。

 

 自分といて、息苦しくはないのだろうか……?

 

 だけどそんな言葉を口にするだけの勇気はない。

 

 だからフォークを持ち上げて、頭を横に振る。

 

「いや、何でもないよ」

 

 そう、何でもない。面倒なのも苦しいのも、自分が口に出さず我慢すれば良い。人よりも頑丈な体をしているんだし。少しぐらい生活が苦しくたって―――特に、希望を抱かずに我慢して生きれば何とかなる。

 

 特別な事を期待せず、特別になる事を目指さず、下手な希望や欲望を抱かずに。

 

 ただただ、毎日―――普通である事を望む。

 

 その日常だけで、良い。

 

 ほかには何もいらない。




 高町なのはは9歳で諸行無常を悟った。シドは9歳で自分の存在の無意味さを悟った。

 なのは世界って9歳児に何らかのカルマを背負わせる義務でもあるの?


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Belka - 3

 廃墟都市の瓦礫をフードを被ったマント姿の男が踏み崩した。フードの合間から見える姿は若さを失いつつあり、白に毛先が染まり始めていた。顔の皺は増え、そして加齢を感じさせる顔の掘りがあった。だが瓦礫をブーツで踏みしめるその歩みは強く、老いを一切感じさせない物があった。男は初老を過ぎてもなお、その力を衰えさせる事無く健在であるのを示すかのように足場の悪いこの廃墟を飛ぶ事もなく、その二本の足だけで歩いて進んでいた。

 

 その数メートル背後をまだ10にも満たない少女が追随してくる。その表情はどことなく苦し気であり、初老の男の歩みについてゆく事に苦労しているのが見える。赤髪のサイドテールを歩くたびに揺らしながら、片手でボロボロの壁に手をついて足を止める。その気配を察した初老の男が振り返りながら少女へと視線を向ける。

 

「おいおい、最近の若者は体力がねぇなぁ。この程度のハイキング軽くこなしてくれよ」

 

「う、るさいわね。こんな貧弱な体を用意したあなたが悪いんでしょ! フォーミュラの量を増やしなさいよこのっ!」

 

「増やせばエルトリアの博士にバレるんだろう? 大人しくその貧相な体で頑張れ。何、使っているうちに愛着も湧くさ」

 

 そう告げると初老の男は背を向けて歩き始める。時空管理局を警戒して痕跡が残りそうな物を使用しない二人は再び歩き出す。瓦礫の影に身を隠すように進みながら、基本的な隠密行動を守っている。管理局の探索範囲から大きく離れているとはいえ、それで楽観する程甘い性格を男たちはしている訳ではなかった。

 

「で、目的地まではどれぐらいなの?」

 

「さて、もうそろそろだとは思うが?」

 

「……二時間前も同じことを言ってたじゃない」

 

「ま、俺にとっちゃほとんど変わりのない距離だからな」

 

「ほんと、こいつ……!」

 

 歯を強くかみしめる事で口の中からあふれ出しそうな呪詛を少女はぎりぎり抑え込んだ。それを軽く横目で確認しながら男は笑い声を零した。

 

「良い子だ。欲しいものがあるならちゃんと我慢しないとな―――イリス・セブンフィールド?」

 

「私の、名前を、気安く呼ばないで」

 

 おぉ、怖い怖い。男はおどけると正面へと視線を戻し、マントの内側、ズボンのポケットへと手を差し込んで地図を取り出す。電子的ではない、紙製の地図は今更使う人間がほぼ存在しないアナログ―――否、骨董品だ。だが魔力の反応を残さず、簡単に燃やして処分できる紙の地図は密会をする為に利用するにはちょうど良い道具だった。

 

 少なくとも、真っ当ではない人にとっては。

 

 監理局を、そして人目を避けて通るイリスと男の存在は、そのカテゴリーに入った。

 

 ミッドチルダに点在する廃墟都市はかつて行われた無計画な拡充によって生み出されたことであり、都市機能を移動させると同時に放棄された町並みは当時の姿を残して廃墟となっている。その為、時折まだ使える機械の類が存在している場合がある他、まだまだ機能する家屋も多く残っている。

 

 それはつまり、死角が多いという事でもあり、隠れるにはうってつけの場所でもあるという事だ。

 

 当然、ミッドチルダの治安を担当する管理局もそれを理解している。その為、魔法を使ったサーチャーや、陸戦魔導師を投入する事である程度見回っている。

 

 だが広大過ぎる廃墟はマンパワー不足の管理局では、見回り切る事が出来ない。

 

 その為、管理局から逃げようとする者達は必然的にここへと流れ着く。

 

「ふむ」

 

 そうやって廃墟の中を進んで行く中で、男が地図と今の居場所を照らし合わせる。

 

「ここか」

 

「んー……? あっ、地下の方に生命反応があるわね」

 

 廃墟の中へと二人の姿が進み―――そして廃墟の中へと消える。

 

 

 

 

「―――ふぅ、今日もクソみたいな一日だったな」

 

「ははは」

 

 建設途中で放棄された廃墟ビルの屋上、骨組みしか存在しないその鉄骨の上にクラウスと二人で並んで座っている。学校が終わった後で特に用事のない日は、ヴィクターだけを先に帰らせてクラウスとこうやってアジトで待ち合わせる。ベルカだけではないが、このミッドチルダという次元世界では割と、こういう廃棄された建築が多い。なぜか、は興味はないし、知らない。ただ、自分やクラウスにとっては世間の目を気にせずに遊べる場所であり、そして本音で話せる場所でもあった。それにジークリンデも、ヴィクターもいない。クラウスはここに来るときはハイディを置いてくるし、ここはフラっと突撃してくる約一名を除けば、男のアジトだった。

 

 そんな鉄骨の上に足をぶら下げるように座り、二人で並んでサイダーを飲んでいる。

 

 喉を焼く炭酸の感触と甘いサイダーの味が一日の疲れを剥がしてくれる。ここには面倒な視線も、小うるさいやつもいない。

 

「聞いてくれよ。実は今日、告白されたんだ、俺」

 

「ほほう」

 

「まぁ、もちろん断ったが。俺はそこらへんまったく興味ないしな。それに相手は家の方で決めてくれるだろうし」

 

 そう言う所、クラウスは結構ドライだよなぁ、と呟く。

 

「まぁ、結論から言うとこいつは親に言われて俺を篭絡して来いって言われた娘だったさ! いやぁ、人間不審になるよなこれ」

 

「ごめん、僕はそこらへん経験した事がないから」

 

「ぺっ」

 

 クラウスが横を向いて唾を吐き捨てた。行儀が悪い。

 

「だが、まぁ、話はこれで終わらないんだ」

 

「知ってた。クラウスこういうの嫌いだもんな」

 

「あぁ!」

 

 良い笑顔と返事がクラウスから返ってきた。

 

「だから屋上から大声で告白された事とフッた事を叫んでやった」

 

「嘘だろ」

 

「本当だぞ」

 

「やりやがったこいつ……」

 

 クラウスのドヤ顔がうざいので軽く肘を叩き込んでやると、サイダーを吹き出しそうになったクラウスが肘を強めに叩き込んでくる。まぁ、この程度で痛く感じる事はないのだが。ただ、こうやって気安く話せて、接せる友人の存在は貴重であり、助かる。どこもかしこも生活しているだけで息が詰まる。こうやって、クラウスといる時か、

 

 後は―――彼女と夢の中で逢っている時だけが、自分の救いだ。

 

「俺に近づこうとする方が悪い」

 

「いや……まぁ、完全にそれはそうだけど。そこまでやるかぁ?」

 

「は? 何を言っているんだ貴様。俺はただ単純に俺を利用しようとする全生命を全力で煽りたいだけなんだが?」

 

「解ってたけど最悪だよ!」

 

 ははは、と笑いながら空になったサイダー瓶を持ち上げて、逆さに振ってみる。中に入っているビー玉がストッパーに引っかかって落ちてこない。もう、ビー玉は結構なコレクションがあるからこれを割ってまで取る価値はないかなぁ、なんてことを考える。だから沈む夕日に向かって瓶を掲げる。陽が差し込む瓶の中は万華鏡のように輝いて見える。

 

「お前は良くそうも思い切りがいいよなぁ」

 

「寧ろ俺はお前がどうして外ではそこまで我慢していられるかが不思議だな。面倒だし、気持ち悪いし、面倒だし、つまらんし」

 

「今面倒って2回言わなかった?」

 

「ああ!」

 

 人生の9割が勢いみたいな奴がクラウスだ。だけどそれは、自分に素直という事でもある。そういう点ではクラウスの事は羨ましく思っている。なぜならこの男、どの場所―――学校、家、公共の場でも一切このスタイルを崩す事がないのだから。裏も表も存在しない。見せているすべてがクラウス・J・S・イングヴァルトという男なのだから。その素直さは、自分には存在しないものだ。

 

「お前ももう少し素直になれば良いだろう。少なくとも今ぐらいの調子で学校に通っていれば多少は友達っぽい取り巻きも作れるだろう」

 

「言い方酷くない?」

 

「俺は嘘が言えない男だからな」

 

 クラウスと視線を合わせ、軽く笑い声を零してからはぁ、とため息を吐く。それをクラウスが横目で見ているのが解る。だからこっちも軽く視線を送ってから、夕日に染まって行く街の姿を見る。もう、12月に入ってすっかりと暗くなるのが早くなってきた。5時になる頃には完全に夜の暗さをしているだろう。遅くなる前に帰らないと心配させるだろうなぁと両親の事を思い、冬は少しだけ早く帰っている。

 

「僕さ」

 

「おう」

 

「あんまり、本音でしゃべるのは得意じゃない」

 

「まぁ、そうだろうな」

 

 喋ったところで本当に伝わるとは限らないし。会話しているようで言葉が通じない奴だっている。相手がXXだから、という理由だけでまともに会話する事ができなくなる奴だっているのだ。だったら話す事自体が不毛だ。だったらもう、自分の言葉を口にする必要もないだろうと思う。少なくとも、自分の様な無能者が何かを本気で伝えようとしたところで、それを受け入れれるものは少ない。だから、本気で話せる相手は少ない。

 

 少なくとも、心の底から全てをさらけ出せるのは―――オリヴィエだけだ。

 

 だけど、

 

「雑に扱えるのはクラウスだけ、かな」

 

「そうか」

 

 そのクラウスの声は、ちょっと嬉しそうだった。まぁ、雑に扱えるというのはそれなりの信頼があるという事だ。そうじゃなきゃ雑には扱えない。自分にとって、興味のない、身内ではない他人に対して本音や素直を通すことはかなりカロリーの消費が激しい事だ。元から無意味な事だと解っているのに、そこで押し通そうとして一体何になるというのだろうか?

 

 だから、まぁ、関わらないのが楽だ。

 

「だがシド」

 

「うん」

 

「何時までもそうは居られない。解っているだろう? 俺もお前も何時かは大きくなる。そうなったら家を継ぐ必要がある。そうなれば黙って身内とだけ過ごすなんて事も出来なくなる……そうだろう?」

 

「……うん」

 

 まぁ、とクラウスは言葉を置きながら空になったサイダー瓶を掲げた。

 

「焦る必要は欠片もないけどな」

 

「……どうだろうなぁ。変わる必要はあるんだろうけど」

 

「だが今日じゃない。明日でもない。変わりたい。そう思った日なんじゃないか?」

 

 そうなのかもしれない。そうじゃないのかもしれない。色々と悩んだり、考えさせられたりすることは多い。自分の事ととか、これからの事とか。正直、自分たちの年でこれから先の事を考えている奴なんてあんまりいないのだろう。だけど僕たちは特別だ。ベルカの古き血を継いでいる、僕たちはこのベルカではある意味特別だ。そしてそこには義務と責任が存在している。それを聖王教会で教わった。

 

 だけどそれは、今の話ではない。だから考えてしまうのだ、

 

「どうしよっかなぁ」

 

 と、いう風に。主語の存在しない呟きだったがそれだけで何を悩んでいるのか、大体をクラウスは察していた。だからにやり、と笑みを浮かべた。

 

「なんだ、ヴィクターに格好良い所を見せる為に頑張るのかと思ったぞ俺は」

 

「なんだそれ」

 

 夕日に沈む街並みを眺めながら、クラウスが話を続ける。

 

「なんだ、違うのか? やっぱり男としては女の子にモテたいのが本音だろ? いや、本音で話してみろよ。ヴィクターとかいう許嫁がいて正直気分が良いだろうお前?」

 

 クラウスの言葉に腕を組んで、うつむきながら目を閉じて数秒程考えこんで、羨ましそうにこちらを見ていた上級生の姿を思い出し、

 

「ああ!」

 

「頑張る理由なんて、そんなもので良いだろう。俺達が夢だとか、未来だとかを語るには早すぎる。もっと即物的な何かの為に動けばいいのだ。その方が子供らしい、という奴だ」

 

「この会話、頭から大概子供らしさのかけらもないけどな」

 

「それな。まぁ、俺ら天才だからしょうがない」

 

 また一つ、この世の真理を示してしまった……と、クラウスがキメ顔をしていた。その姿に小さく笑い声を零しながらそうだなぁ、と呟く。

 

 クラウスの様な、適当さが自分には不足しているんだろう。そんな適当な理由で行動できるクラウスの頭の軽さがちょっとだけ羨ましく思えたけど―――まぁ、絶対にこいつの真似はすまい、と心の中で硬く誓った。

 

「今、貴様俺の事を心の中でディスらなかったか? ヴィクターに言いつけるぞ貴様」

 

「どんだけ手段が陰湿なんだお前」

 

「一番強い所に媚を売るのは当然だろぉ……?」

 

 煽ってくるような表情のバカに、視線を合わせて軽く笑い声を零す。やっぱり、こうやって自分の身内の誰かと過ごす時間が一番楽しい。こういう楽しさがあるからこそ、普段のあの虚無的な苦痛にも耐えられている気がする。

 

「それはそれとして、正直前から気になってたんだが、ヴィクターの事お前どう思ってんだ? やっぱ好きなのかアレ? ラブ?」

 

「黙秘権」

 

「何が黙秘権だ! 貴様良いようにヴィクターに世話をされて。恥ずかしく―――はないな! 寧ろ悩ましく羨ましいな! そこらへんどうなんだ貴様? おい」

 

「黙秘権を行使します」

 

「吐け……吐け!」

 

 立ち上がって襲い掛かってくるクラウスから逃れるように鉄骨の上を軽く転がり、笑いながら下の段へと向かって落ちて、指で鉄骨を掴んでスイングし、反対側へと飛ぶ。それを追いかけてくるように飛び降りたクラウスが魔力で強化した体を使って空中を蹴り、追いかけてくる。

 

 笑い声を零しながら段々と暗くなる空から逃げるように、

 

 建設途中の床の上に着地し、現場を去るように走る。

 

 また、何でもない一日が終わる。




 クラウスは悪友/親友。おそらく現代において一番本音で語り合える相手。女の子相手には格好つける為に何も言わないのが男の子という生き物なのかもしれない。


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Belka - 4

「たぶん、呪いなんだと思う」

 

 この世に生まれてきたことが罪なのか。それともこの世は呪われているのか。その事をずっと考えていた。ずっと考えてきた。その結論が自分の中では出ない。だが、罪ではなく呪いであると自分は思っている。

 

「それは……なんで?」

 

「生まれて来た事が罪だとすれば……僕も、君も、どうしようもなく救いようがないじゃないか」

 

「それは……うん、そうだね。私も、君と出会えた事実が間違いなんてしたくはないし」

 

 だからきっと、神様がこの世界の全てを呪っているんだと思っている。じゃなきゃ、救われない。ボクも、オリヴィエも。許されるのであれば、この身の呪いを濯いで幸せになりたい。何も文句のない、ケチのつけようのない幸福を知りたい。だけど今の自分には、そんな景色は遠すぎて何も見えてこない。だけど、それでも今は必死にあがいて生きているんだと思う。

 

 それは夢の深海庭園で、オリヴィエと密着した状態で思う。

 

 今夜は、正面にオリヴィエが潜り込んでいる。朽ちた石柱を背にしている此方の正面に回り込み、両足を広げるように座っている此方の股の間に潜り込み、背中を預けるように寄りかかっている。その華奢な体に両腕はなく、倒れ込んだら自力で起き上がる事さえできないほどに脆弱な姿を完全に安心している様子でリラックスしていた。そして僕も、そんな風にオリヴィエの姿を受け止めて安心を覚える。

 

 きっと、僕も彼女も生まれに傷のあるものとして、お互いに依存している。他の誰にも理解されない苦しみ。恵まれた生まれに糞みたいな欠陥。それをお互いに抱えている。出会ったのが、こんな夢だからいけない。これが現実であれば互いに同情する程度だったのだろう。だけどこんな深海の夢で出会ってしまった。特別かの様に出会ったのだ。それが僕たちの心を何よりも強く、そして更に強く結びつけてしまった。

 

 だから本音で―――自分が、日常生活で意図していない事も口にできる。気づける。

 

「オリヴィエ」

 

「なぁに?」

 

「僕はね―――騎士になりたいんだ」

 

 ベルカの少年たちは皆、騎士の伝説や活躍、その誇りの物語を聞かされて育つ。だから自然と僕たちは騎士にあこがれを抱く。そしてそれを胸に、騎士になろうとして育つ。それが普通であり、自分もまたそういう風に育った。故に騎士としての理想を抱いている。だけど、それだけではないのだ。自分の腕の中にいるオリヴィエを抱いていると解る。現実では、不可能だ。彼女が死ぬその日、その瞬間にいる訳じゃない。それは既に過ぎ去った遠い過去の出来事だ。

 

「騎士になれば少しは君の心を、守れるんじゃないかと思ってるんだ」

 

「そんな事しなくても、君と……シドと、こうやって逢えるだけで十分だよ」

 

「そうかもしれないけど。けど君の為に何かをしてあげたかったんだ……僕にできる何かを」

 

 それがきっと、今でも騎士の道を諦めきれない理由。この地獄の様な世界で今でも頑張っている理由。

 

 だけど、

 

「―――きっと、僕は騎士になれないんだろうなぁ、って悟ってるんだ」

 

 結論から言えば、どれだけ頑張っても無駄なのだ。

 

 それを、既に理解している。

 

 それでもまだ―――諦められない。

 

 

 

 

「シド、今日は教会に行くから早く起きろ」

 

「……あい」

 

 父の声に起こされて目覚める。スケジュールを寝起きと共に頭に叩き込まれ、自動的に朝の支度を終えるように体が動き出す。相変わらず頭は霞がかかったように重い。だがそれを無視して体を突き動かし、朝の支度をさっさと終えてしまう。もぞもぞと脚を動かして1階まで下りてくると、朝食がいつも通り並べられている。自分の椅子まで歩いて進むと、母さんが素早く後ろに回り込んで、パンに具材を盛っている間にヘアブラシで寝癖を殺しに来る。

 

「相変わらずパパ譲りの剛毛ね……! この、くせっ毛か、中々、落ち……ない! あ、濡らさなきゃダメねこれ」

 

「朝は本当にダメだなこの子は」

 

 いつもの朝、いつものことながらやっている事が同じだ。ただ今日は、いつもと少しだけ違っている。少なくとも身なりは少しだけ気にするし、それに合わせて意識の覚醒も今日は少し早い。自分でもちょっと気合入れているのが解る。

 

 聖王教会に自分が向かうという事には、ある意味がある。

 

 だからさっさと朝食と準備を整えたら、父さんと並び、母さんに別れを告げて家を出る。行く先が行く先なだけに、父さんと道を歩いている間に意識が覚醒してくる。それを父さんも察して、こっちへと視線を向けると、小さく笑いながら口を開いて、

 

「おはよう、シド。漸く起きたな? まぁ、教会につくまでに起きていてくれたら別に良いんだけどな」

 

「流石に教会に行くときは僕も少しは頑張るよ」

 

「普段からもうちょい頑張ってくれてると父さん、助かるんだけどなぁ」

 

「それは無理」

 

「即答しないでくれよ……」

 

 苦笑する父さんを直ぐ横に、見慣れた道を通って聖王教会へと向かう。ベルカ自治区には絶対にどこか、教会が置いてある―――無論、信仰対象は聖王とその血族、近しかった騎士達である。自分たちが住んでいるこのミッドチルダ北部には聖王教会の本部が存在する。聖王教会の元締め、と言う訳ではなくこのミッドチルダという次元世界におけるもっとも広く、そして大きな教会だ。広大な敷地には騎士団が駐留する為の宿舎や、体を鍛える為の鍛錬場がある他、聖堂等の多くの施設が存在する。この本部そのものが一つの街の様なものとして稼働している。

 

 このベルカで最も信仰されている宗教であり、またこの次元世界で最も信仰されている宗教でもあるこの聖王教会は、非常に強い力を持っている。それこそ時空管理局という最大組織に干渉できるほどに。それ故にベルカは自治区という形で国が滅んでもなお存在する事が出来るし、次元世界を丸ごと一つ聖王教会の為に保有する事だってできる。それほどに強い力を持つ組織なのだ。

 

 今、そんな聖王教会にミッドチルダ本部に僕は向かっていた。

 

 父さんは、そんな聖王教会に所属する()()()()()()()()()()()()()。つまりそれなりの地位と実力を持っている。騎士団長に求められるのは力と、名声と、家柄だ。それは古代の頃から何も変わっていないらしい。

 

 古い時代より変わらない金の髪を継承している僕たち、カルマギア家はベルカの中でも今まで生きる、意味ある古き血の一つだ。現代までに何度かほかの家と血が混ざっているものの、今でもまだしっかりとこの髪色と血を残せているのはうち以外は一人しか存在しない。

 

 そして今日は、その一人に聖王教会で会える日だった。

 

 このベルカに置いて、最も特別な子。その子と会える日は気分が少しだけ複雑なものがあった。いや、楽しみにしているのは事実だ。そしてできるなら会える回数を増やしたいとも思っている。彼女と会う事には意味がある。しかし、そこに介在する気持ちは……やはり、複雑なものを感じる。

 

 なぜなら―――この聖王教会という組織を、僕は、

 

 嫌っている。

 

「……」

 

「……ふぁぁ……ぁ」

 

 軽く欠伸を漏らしながら横を歩く父さんを見る。複数ある騎士団の一つを任される団長の父さんは自分と同じ金色の髪をしている。髭は剃って、少しぼさっとしたくせ毛を無理矢理おろしている―――これ、午後辺りになると跳ねるんだよね、と思考が流れる。

 

 だが服装は騎士団の制服姿であり、その上からコートを着ている。腰には鞘に納められた片手剣型のアームドデバイスがある。魔力駆動のデバイスはユーザーが魔力を保有している事を証明し、

 

 父さんが、普通にリンカーコアを保有している事を証明する。

 

 なぜ、僕は、父さんと同じように生まれる事が出来なかったのだろうか。

 

 その疑問が常に、胸の中にしこりとして残る。

 

「……寒い」

 

「大丈夫か?」

 

「ん、大丈夫大丈夫」

 

「本当か? 寒かったら父さんが何とかするから言うんだぞ」

 

「うん」

 

 そんな話をしている間にいよいよ、聖王教会までやってくる。信者からの寄付と、騎士団が時空管理局へと出張して稼いできた金で作られた門は大きく、そして装飾が施されていて高そうに見える。この手の装飾を苦手として身としてはさっさと抜けてしまいたい気持ちで溢れている。だから父さんと並び、歩きながら門を抜けて敷地内に入る。年中無休で稼働している組織だけあって、シスターや騎士達が、そして聖王教の信者たちが今日もそれぞれの目的の為に忙しそうにしているのが見える。

 

 そんな教会の関係者たちは、父さんを見かけると敬意と共に頭を下げたり、手を挙げて挨拶してくる。

 

「よぉ、良い朝だなジュード」

 

「おはようヘンリー。相変わらず冬眠したくなる寒さだよ」

 

「おはようございます騎士ジュード。今日はご子息を連れてですか。お勤めご苦労様です、シド君も虐められたら言うのよ?」

 

「はい、たぶん大丈夫ですけど」

 

「そうですか? そうですか……本当に?」

 

「去れ、ショタコン。俺の息子に近づくな」

 

「あぁ、無体なぁー!」

 

 騎士やらシスターやら、次々と父さんに挨拶し、自分を見かけると一緒に挨拶してくれる。中には自分を無視するような人もいて、多種多様の人がこの聖王教会に勤めているのが解る。ただ、父さんは人気がある。それは回りから挨拶してくれる人たちが好意的な表情や感情を見せている事で解る。こう考えると、聖王教会に勤めている人たちはそこそこ良い人たちだという事が伝わってくるだろう。

 

 そんな人たちの挨拶を受けながらも聖堂に向かうのではなく、聖王教会本部の横、職務に従事している者達の為の通路に入る。ここに入ると一般の信者は消えて、働いている騎士やシスター達の姿だけになる。中庭で武器を手に素振りをする従者の姿も見え、此方を視界に捉えると意味ありげな視線を送り、直ぐに武器を振るうのに戻る。

 

「……」

 

 武器を振るっている従者たちの姿に沈黙を保っていると、此方を見つけた大柄で片目に傷を持つ騎士の男がやってきた。

 

「お、騎士ジュードと坊主じゃねぇか」

 

「おはようございます騎士ジェラルド」

 

 自分よりも上の立場の相手に対して父さんは直ぐに口調を整えて挨拶し、此方も頭を下げて挨拶をする。この大柄の男―――騎士ジェラルドは、父さんとは別の騎士団の団長だ。父さんが二団の団長に対して、ジェラルドは一団の団長だ。つまり、立場上は同じ役職の人物になる。ただ、かなり気さくで、自分の年が上でもあまりそれを気にせず、立場も気にせずに周りの人間に対して接するから広く慕われている人物でもある。

 

「がっはっはっは、今日も眠そうな顔してんなぁ、坊主」

 

 頭を掴まれるとそのままガシガシと頭を撫でられて、ぐわんぐわんと頭を振り回される。ごつごつと硬い掌の感触は鍛えられた戦士特融の手の感触だ。個人的にはその硬い感触は信用できる人間の証と思えて、好感度が高い。

 

「あー、そのジェラルドさん。折角髪を整えてきたからあんまり滅茶苦茶にされるのは……」

 

「あぁ? 気にすんなよ。男はちょっとぼさっとしているほうがかっこいいからなぁ! おう、坊主。お前も早く従者申請しろよ。絶対にうちで引き抜くから。他の騎士団には勿体ねぇからなお前は」

 

 ジェラルドの言葉にあー、と声を零し、

 

「その……はい」

 

「おう。待ってるからな。お、そうそう。じゃじゃ馬姫は既に首を長くして待っているからさっさと行ってやんな」

 

「それじゃ、シド。俺はここで仕事に向かうから後は大丈夫だよな?」

 

 父さんの言葉に頷き、ジェラルドに軽く頭を下げてから奥へと向かう。

 

 

 

 

「……嫌だなぁ、あの年で自分の未来を察してやがるかぁ」

 

「そういう話は一度も家で出した覚えはないんですけどね」

 

「ガキはそこらへん感受性が高いからな。口にしなくても空気から感じまうんだろうよ」

 

 シドが姫に逢う為に教会の奥、個人用に用意された居住区へと向かうのを見てから目を閉じて、溜息を吐いた。不出来な親である為に、息子には辛い人生を背負わせてしまっている。血だけであればそこそこの苦労で済んだであろう事が、ちゃんとした体で命を与えられなかっただけに今の様な苦しみを与えている。いや、この話をしたら自分かアリア。どっちが悪かったのか、という話になる。だからこの手の事は誰が悪かったのか、というのを話さないのが自分とアリアの間にあるルールであった。

 

「父としては元気に育ってくれればそれで何も、文句などないんです。別にその為ならミッドやベルカを捨てて魔法のない世界で暮らす事もいいんですが……シドが、そこまでする必要はないと反発してしまいまして」

 

「良い子だよなぁ、アレ。回りの期待や、家の名に恥じないようにあの年で良く頑張ってるけどなぁ」

 

 ジェラルドは丸刈りされている頭を軽く掻くと、溜息を吐いた。

 

「時代が悪いな。特に最近は無能軽視の考えが蔓延してるからな……」

 

「聖天騎士団が原因ですか?」

 

「おう。まぁ、連中は連中で異様な強さしてるからな。調子に乗る理由も解かるっちゃ解かる。けどなるべくこっちや周りを巻き込まないで欲しかったな」

 

 最近、ベルカ内で蔓延する思想、その原因となる連中の姿を思い出して頭を悩ませる。とはいえ、一人の騎士にできる事なんてたかが知れている。何か、息子の為に何かが出来たらいいのだが。

 

「せめて、息子を従者にしてやるぐらいの事が出来ればいいんですが……」

 

「是非ともうちで欲しいんだけど」

 

「うちで預かるんで絶対に渡しませんからね。何のために大事に育てて来たと思っているんですか。うちの後継者ですよ、後継者」

 

「だから欲しいんだよ! 良いだろ少しぐらい!」

 

「絶対に返すつもりないから嫌に決まってるじゃないですか」

 

 従士に、出来たら。

 

 だがその願いを叶えるのは難しいだろう。従士になるには筆記試験のほかに、魔導師ランクD認定相当の戦闘試験がある。そしてこの試験内容には()()()()()()()()()()()が盛り込まれている。その内容をパスしない限りはシドが魔導師ランクを認定される事はないし、従士試験を突破する事もない。裏技があるとすれば、今月の大会で直接スカウトされる事だろうが―――。

 

「何か、我が子の為にできれば良いのですが」

 

「俺もあれだけ才能と素質の塊を態々放置しておくのはどうかと思うんだけどなぁ。規則を変えるのは難しいし、大会の方で勝ってもなぁ……」

 

 ジェラルドの言葉の続きを求めれば、溜息を吐きながら返答される。

 

「聖騎士が受賞の為に参列するらしい。そのガキも参戦とかな。連中は全員()()だし、勝ち抜いた所で……」

 

「です、か」

 

 息子がやる気になったところで、どうにもならない事がある。覆せない事実がある。その未来が待っている事実に頭が痛くなる。単純に抗議した所でどうにかなる話でもない。

 

「猊下は……なぜ、このような事態を見過ごしになられているのか」

 

「さて、な。それこそ俺達ただの騎士に解かるような事ではなかろうよ」

 

 朝から嫌な気持ちが頭を悩ませる。

 

 なのに、やれることは少ない。その事実に自分に嫌気がする。だからと言っても、それで諦めるのもまた違う話だ。

 

 しかしだ、と呟く。

 

「どうしたジュード?」

 

「いえ……」

 

 気のせいだろうか? このベルカだけではない。

 

 時空管理局本局襲撃事件、差別、犯罪率の増加、思想の過激化。全体的に次元世界そのものが最近、物騒になっているような―――嫌な時代が始まりそうな、そんな予感がする。

 

 早いうちに、ベルカを捨てて魔法の存在しない世界へと疎開するのがやはり、家族の為かもしれない。

 

 そんな考えを頭の片隅に常に残しつつ、今日も家族を養う為にコートを脱いで、

 

 騎士としての職務に励むことにした。




 シドの心の安定の9割が毎晩、オリヴィエと会話する事によって持たれている。オリヴィエの精神の安定もシドと毎晩話し合う事によって維持されている。

 そうでもないと未来には何もないし、夢なんて意味がないし、努力したところで別に報われるわけでもなければその先に何か選択肢がある訳でもないって気づいた時点で発狂しちゃうからね。

 なら普通の生活すれば? って言われれば……?


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Belka - 5

「うーし、本物のシド・カルマギアだな。通っていいぞ」

 

 最後のチェックを近衛が行う。近衛騎士。最後の防壁。このベルカにおけるトップにして最高クラスの騎士。それがたった一人を守る為に、門番のまねごとをしている。疲れたり飽きたりしないのかなぁ、と思いつつ長い灰髪、ロングコート風の甲冑姿の騎士に向けて頭を下げる。

 

「お疲れ様です、騎士カイン」

 

「あぁ、良い。気にするな。寧ろお前の方が大変だろうよ。さっき、従士に絡まれてたろ?」

 

「察知してたのなら助けてくださいよ……」

 

 近衛騎士カインはそう言うと笑い声を零しながら近くの柱に寄り掛かり、足を組んで腕を組む。そんな必要ないだろう、と視線を真っすぐ向けてくる。

 

「実際軽々と対処したじゃん」

 

「それは……」

 

 こっち、奥の居住区へと到達するには騎士達やシスターが働いている区画を抜けないといけない。ここは聖王教会本部、その中央に位置する場所だ。どこから侵入しようと、到達するには絶対に他の区画を抜けなくてはいけない構造は、その人物を守る為の防壁でもある。そして最終的に通じる扉は一つ。それ以外は基本的に魔法による透明な障壁で隔離されており、通れないようになっている。その唯一通れる扉を守っている人物がこの騎士カインであり、騎士団や聖騎士団とはまた別の、独立した指揮系統で動いている騎士である。

 

 ベルカにおける騎士のシステムはかなり複雑であり、管理局が陸・海・空で別れているように、騎士一つとってもいろんな種類やシステムが存在している。その中でトップクラスなのが聖騎士、そして近衛だろう。特に近衛は家柄も出自も関係なく、純粋な実力と忠誠心のみでピックされている。

 

 ……それは無論、魔法が使える前提なのだが。

 

「いやぁ、見てて面白かったぜ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()はよ」

 

「アレはアレで邪魔だから助けて欲しかったんですけど」

 

「俺は見てて面白いから良いんだよ」

 

「えー」

 

 何があったかと、言えば邪魔が入っただけだ。

 

 無能者の男の子、それも年下で従士でもないものがここまで入れる事。会える事。その事実が気に入らない連中がいる、というだけの話だ。だから邪魔をする。暴力は一瞬でバレるから道をふさいで通れないようにするだけ。それだけの事だ。とおせんぼうして困らせようという魂胆だ。

 

 だけど、まぁ―――ぬるい。

 

 無視して前に進めばいいし、掴んで止めてきたのなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 少なくとも、人間三人、騎士甲冑込みでも従士なら100kgもないだろう。それが三人で140kg~300kg。これぐらいなら余裕だ。しがみつかれても普通に歩けるので、そのまま連中にとって進入禁止のこの区画付近まで来た。

 

 それだけでああいう雑魚は追い払える。

 

「お前ももうちょい拳で解決する事を覚えておけ。あの手の連中は自分が上だから、特別だから、という意識で見下してるんだ。本当は自分の方が弱者だってことを脳に刻んでやれば二度と近寄りもしないよ」

 

 カインのその言葉に頭を横に振る。

 

 いや、だって、と言葉を置く。

 

「―――脆すぎるじゃないですか」

 

 撫でれば壊れる様な連中相手に、暴力は振るえない。だから自分が出来るのは無抵抗のまま、である事だ。もし自分から手を出してしまえば、あっさりと壊してしまう。それが理解できている。だからこそ口にした言葉にカインが成程な、と頷く。

 

「ま、別に1回ぐらい別に問題はないと思うがね。その程度揉み消せるだろうし」

 

「そういう問題じゃないと思います」

 

「そうだな。だけどそれが解ってるなら良いんだよ。ガキらしくはねぇけどな」

 

 そこまで喋ったところでおっと、とカインが言葉を置いた。

 

「そろそろお前を通さないと俺がどやされるな。ほら、姫がお待ちだから行ってやりな」

 

「お疲れ様です」

 

 もう一度頭を下げてから、中央・居住区に通じる扉を抜けた。抜けた先は室内ではなく、中庭に通じており、空が見えて開放的になっている。だがここは既に障壁の内部となっている。ここに入れるのは本当に限られた人たちだけであり、

 

 相当特別な何かか、或いは世話役ではない限りは居る事が許されない。

 

 ここに住んでいる彼女はここを鳥籠、と表現していた。

 

 と、中庭を抜ければ中央に建造物が見えてくる。複数人の気配がする。数階建ての建築はあまり豪華にしすぎず、しかし特別感を出す為のぎりぎりの妥協が見られる―――ここに住んでいる奴が、ここを屋敷みたいにするのを嫌がった結果の教会との妥協点だった。

 

 ともあれ、見知った場所ではある。

 

 さっさと足を進めれば、入口の奥の方から音が電子音が聞こえる―――どうやら、ゲームで遊んでいるらしい。扉を二回ノックして、

 

「シド・カルマギアです。遊びに来ましたよー」

 

『お、来た来た』

 

『あ、はーい! 今開けに行きます!』

 

 二人の少女の声がする。待たせてしまっただろうか? なんてことを想っていると、扉が内側に開き、その向こう側から緑髪の少女の姿が見えた。クラウスと同じ色の髪に、その瞳は左右で違う所もまた、あの男と一緒。それはこの少女とクラウスが血縁にある事を証明している。つまり、彼女はクラウスの妹だ。

 

「シドさん、いらっしゃいませ。ヴィヴィオさんも尻尾を振って待ってましたよ」

 

「誰が尻尾振ってるってんだ! ちびクロじゃあるまいし!」

 

「ソレ、聞かれたらファビアさんにキレられますよ……」

 

「はぁ? なんだよアインハルトちゃん! この俺様があんなちびに呪われるとでも思ってるんか? あぁ? 俺様バリアあるから呪われたところで通じねぇしぃ??」

 

 クラウス以上に頭の悪い言葉を口走っている少女の声がする。苦笑しながらクラウスの妹―――ハイディに手を引かれる形で靴を履いたままそのまま家の中へと上がり、奥へと進めばソファに胡坐を掻きつつコントローラー片手にこっちに手を振っている少女、

 

 彼女と同じ、緑と赤の瞳の、

 

 自分と良く似ている、色褪せない金色の髪をしている少女、

 

 ―――現代に唯一残された純血の聖王、ヴィヴィオ・ゼーゲブレヒトの姿があった。

 

 なお、その恰好はしたがパンツ一枚に上が”せいおー”と書かれたプリントシャツであった。現代に残された純血の聖王の、あまりにも無惨すぎるファッションであった。というかまず女の子なのにパンツ一枚なのがありえないのだが―――まぁ、部屋着でこの格好なのはヴィヴィオという少女においては、デフォルトだった。

 

「ういーっす、兄貴。一緒に大滅亡スマッシュベルカ遊ぼうぜ」

 

 ソファの上に胡坐をかくヴィヴィオが横をぱんぱん、と叩きながら呼び寄せてくる。

 

「不謹慎の極みみたいなネーミングのゲーム来たな」

 

「同人ゲーなんだけどさ、コレちょっと面白そうなゲーム漁ってるときに見つけたんだよ。過去のベルカの偉人とか、有名人をいろんなステージで戦う事の出来る対戦ゲー。クオリティクッソ高いうえに追加キャラでヘンテコなのもいてメッチャ面白いわ。ご先祖様も実装されてるからやろうぜ! アインハルトちゃんもやってっしな!」

 

 視線をハイディへと向ければ、ハイディがこくりと頷いた。

 

「―――私はご先祖様のクラウス様を全力で戦って良い所まで行ったところでそこで逆転負けして無様な姿をさらす事にハマってます」

 

「それに僕はどういう表情をすればいいの……」

 

「笑えばいいぜ!」

 

 そういう事らしい。ヴィヴィオの横へと移動し、渡されたコントローラーを握る。普段、暇な時間は鍛錬か勉強か、或いは鍛錬でこの手のゲームにはヴィヴィオの所へと来た時以外で触れはしないので、かなり新鮮な気分だ。ヴィヴィオの横に座るとコントローラを手渡される。これは使ったことのあるコントローラーだから使い方は解るぞ。

 

「えーと、これがAボタンで、これがBボタンで……」

 

「はぁ? お爺ちゃん大丈夫ぅ~? 握り方解るぅ~?」

 

「ヴィヴィオさん、初心者への煽りはマナー違反ですよ」

 

「そういえばそうだったわ。えーと、とりあえず練習モードで軽く遊ぶか」

 

「簡単なステージから始めましょう」

 

 慣れた様子でヴィヴィオとハイディが自分を挟むようにソファに並び、肩を並べてコントローラーを手に、ワイドスクリーンテレビへと向かう。その気になればホロウィンドウ型テレビなんてものも導入できるのだが、ヴィヴィオは妙にレトロなものを好む。最新の機器よりはちょっと型落ち品とかを好んで使っている。或いはそれは、彼女が元々いた場所に由来するのかもしれないが、

 

 今は関係なかった。

 

 ポテトチップスの袋を開いて、暖房がガンガン効いた室内でゲーム大会が始まる。

 

「えーと……使用キャラを選べばいいんだよね?」

 

「そそ。兄貴にはこのラインハルトとか、闘争聖王とかお勧めだよ。初心者向けの使いやすいキャラ。逆にブッダはマジやめておいた方がいい」

 

「仏ビームとか意味不明な技ばかり搭載されてますからね」

 

「仏ビーム」

 

 仏ビームとは、いったい。それはそれとして、当然の様に使用キャラにオリヴィエを発見する。それを使用キャラとして選択するヴィヴィオを目撃し、軽く横目をヴィヴィオへと向けてから操作キャラを適当に選ぶ。

 

「お、兄貴そいつ選んだか」

 

「ファウストは戦乱期に出没した正体不明の連続殺人鬼らしいですね。結局、最後まで正体が発覚することなく一晩に見つかることなく数百人殺したと言われる」

 

「なんでそんな物騒なキャラまでいるの……?」

 

「乱闘ゲーだしなぁ……?」

 

「同人ゲームですし。……あ、私はヴィヴィオさんに付き合っているうちに自然と覚えさせられました」

 

「はぁ? 俺に責任転嫁しないでくれない? いや、めっちゃ布教したけど」

 

 コーラを飲みながらチップスを食べる。これが現代に残された純血の聖王の血族だと思うと多くの人間が涙を流して憤慨するだろう。信心深いご老人方に至ってはそのまま心臓ショックで死んでしまうかもしれない。だがそこらへん、一切の妥協や遠慮みたいなものを見せないのがヴィヴィオだった。この家、室内の中では彼女はあらゆる着飾りを脱ぎ捨てている。

 

「じゃあとりあえず練習な、練習。終わったら本番ってことでバトルロイヤルすっか?」

 

「RPGモードのが優しいんじゃないっですか?」

 

「いや、それじゃ俺が兄貴を虐められないから」

 

「ヴィヴィオさん??」

 

「いや、ゲームでなら別に良いけどさ」

 

「リアルは?」

 

「拳」

 

「ひぇっ」

 

 地さえも砕く我が剛拳をお見せしよう―――なんて言いながら、コントローラーをぽちぽちと押して操作を慣らす。選んだファウストというキャラはスピードタイプらしく、ヴィヴィオやハイディが選んだキャラと比べると移動速度が圧倒的に早く、瞬間移動みたいな技も搭載されていた。これを利用したヒット&アウェイ戦法を取るのがきっとこのキャラのスタイルなんだろうなぁ、とそれぞれのボタンに対応する行動を頭の中に叩き込み、一通りすべてのモーションを試し終わった。

 

「よし、練習完了。遊べるぞー」

 

「お、じゃあボコるか」

 

「倒す気満々ですねこれは……」

 

「だって俺様負けず嫌いだしぃ? スコア最下位だった奴から罰ゲームな!」

 

「ちょ、まっ」

 

「待たなぁーい!」

 

 ヴィヴィオが強引にゲームの戦闘を開始させる。海の真ん中に浮かぶ巨大なフロートの様なステージの上にキャラたちが出現する。自分が操作するファウストに対して、ヴィヴィオはオリヴィエを、そしてハイディは初代クラウスを操作キャラとして選び、

 

 NPCにブッダが出現した。

 

「ブッダ……!」

 

「やべぇ奴が出てきたぞ! 全員で仕留めろ!」

 

「操作の難しさはCPUには関係ありませんからね」

 

「あぁ、解―――」

 

 そこで一瞬、思考を停止させる。戦闘開始直後にヴィヴィオとハイディがキャラをブッダの撃退へと向かわせている。だがここでブッダを撃破すれば、そのあとにこの手でオリヴィエと初代クラウスと戦う事になる。いや、クラウスなんて正直無様に敗北しても別に何も問題はない。だがそれはこの手でオリヴィエと戦う事になるという意味だ。

 

「ヴィヴィ……お前と戦うぐらいなら俺は死を受け入れるよ……」

 

「あ、兄貴ぃ―――!」

 

 ステージ端から迷う事なくダイブした。ファウストの表情がなぜだ、と訴えているようにも思える。そしてそのまま落下したファウストはステージの中から消え去って消滅する。敗北してしまった。だがそこに後悔はない。

 

「僕の命で、ヴィヴィが守れたのなら―――」

 

「あ、兄貴、そんなに俺の事を……!」

 

 倒れそうな此方の体をヴィヴィオが支えてくるが、手放そうとするコントローラーをハイディが回収して握りなおさせる。

 

「じゃ、2ラウンド目入りますよー」

 

「はーい」

 

「ういー。次は別キャラ使うかー。謎のアロハJとかどう?」

 

「アロハ」

 

 このゲーム、本当にベルカの偉人を登録しているのかどうか、怪しくなってきたのだが―――ただ、まぁ、ヴィヴィオの笑っている姿はどことなく彼女(オリヴィエ)の面影が見えて。

 

 悪い気分ではなかった。




 登場人物がこれで揃ったな? と言う訳で漸く始まるよ現代のお話。

 てんぞーが書くとヴィヴィオは大体俺口調で私生活が雑。ハイディちゃんはその世話をしている感。せいおーTシャツにパンイチとかいうルックスがあまりにも地獄。どこに出しても恥ずかしい現代聖王だぞ。


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Belka - 6

「うお!? もう外が暗くなってる!?」

 

「げらげらげら」

 

「あ、時計弄ったな!?」

 

 エデン・ストランデッドというゲームを遊んでいたコントローラを置いて、ヴィヴィオを睨む。いたずらに成功したヴィヴィオはてへり、とかわい子ぶっているが許さない。両手で頭を抱え込んで、そのまま抱きしめるようにぎゅーっと、少しだけ力を入れる。

 

「あああああ、ゴリラの抱擁がぁぁぁあ―――!! ちょっとうれし―――ごふっ」

 

「ふんっ」

 

 両腕からヴィヴィオを開放し、コントローラーを握り直す。こいつの場合、間違いなく確信犯だし、窓の外を見て暗くなっている状態を見るに、もう既に父さんが迎えに来てもおかしくない時間でもあった。だが来ないところを見ると、父さん側も了承しているのだろう。まぁ、母さんはダールグリュン派だけど、父さんはゼーゲブレヒト派なのでさもありなん、という感じだろうか。まぁ、一泊ぐらいお泊りするのは別に自分でも構わないと思うのだが。

 

 そんなことを考えながらゲームに戻る。このゲームは、危険なモンスターが豊富な楽園に流れ着いた主人公を操作し、物資を回収して楽園からの脱出を目指すゲームだ。マルチで遊べるから、テレビのスクリーンを分割してヴィヴィオたちと遊んでいた。ヴィヴィオは狩りへと出かけているので建築や整地を自分とハイディが担当していた。

 

 ただ勢いで突っ込んでは爆死してアイテムを適度にロストしてくるから、物資が全く揃わないという問題が発生していた。まぁ、それを含めて結構面白かったのだが。とりあえず今建築していた家を完成させるだけさせてしまおうと、木材のチェックに入る。

 

 その間に復活したヴィヴィオが起き上がった。

 

「……じゃあさ、じゃあさ、一緒にフロ入ろうぜフロ」

 

「いいよ」

 

「ひゃっほー! あ、アインハルトちゃんも―――」

 

「入りません!! 入れる訳ないじゃないですかっ、もぅっ!」

 

「ふふふふ」

 

 盛り上がっているなぁ、と思いながらゲームを黙々と遊ぶ。結局、今日は丸一日鍛錬とかせずに遊んでばっかりだったけど―――まぁ、たまにはこんな日もいいのかもしれない。そんなことを考えながらじゃれ合うヴィヴィオとハイディを背にゲームの作業に戻る。意外と建築、凝り始めると楽しいのだこれ。

 

 

 

 

「やっぱデータが電子化されると抜くのが楽ねぇ」

 

 シスター服姿の少女が一人、暗闇の中に立っていた。

 

 周辺に人の気配はなく―――少女の姿からも、人の気配はしない。完全に生命反応が隠密行動の為に遮断されていた。そんな中で、教会の書庫に設置されている情報端末を前に片手を掲げていた。表示されるホロウィンドウは一瞬出現してはすぐに消え、また出現する。それを繰り返す事でありえない量の情報が、人間では把握しきれない速度で少女の中へと蓄積されてゆく。そもそも人間が閲覧、管理できる速度ではない。通常であればデバイスを通して必要な情報だけを検索して引き出すための端末だ。少女はそのプロセスを無視し、自分自身で全て情報を閲覧、スキャンしていた。

 

 それだけの能力を少女は―――イリス・セブンフィールドは備えていた。

 

 彼女が保有するテクノロジー、即ちフォーミュラと呼ばれるナノマシンは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。少なくとも、このまま科学力が進んだところで到達するのとは別種のテクノロジーである。そのマシンとしてのパワーはデバイスよりもはるかに小さくとも、次元違いのスペックを保有している。故にイリスは単独で情報の処理を行えていた。そしてそれを通し、

 

「成程、これがターゲットの情報、っと」

 

 ターゲットの情報を取得していた。

 

 そうやって闇の中の、消灯モードでホロウィンドウが表示される。そこに表示されるのは金髪の少年であり、そこに付随されるタグには《キャリアー》と書き込まれている。

 

「キャリアー?」

 

「きゅ、急に出てこないでよっ! 驚くじゃない……」

 

 ホロウィンドウを浮かべているイリスの横から、何の前触れもなくマント姿が出現した。相も変わらず全身を隠し、顔もフードで隠した男はホロウィンドウを覗き込みながらほうほう、と呟く。

 

「シド・()()()()()か。成程成程、その家名か。そっちが残ったか……」

 

「ねぇ、無視しないでよ」

 

「感づかれるからもうちょい感情をフラットにしろ。ヤバイ猟犬が徘徊してるからな」

 

「感情を抑えろって言われても……ねぇ……?」

 

 イリスは困惑した。少しぐらい感情を表に出したら嗅ぎつけてくる怪物が聖王教会にはいる、という男の発言は信じられなかった。少なくとも半径100メートル以内には人の反応を感知できなかった。いや、それに関しては男もそうだった。だが科学的ではない理論や理屈に関しては、目の前で見せられても首を傾げる事しかできなかった。ただヤバイ猟犬という言葉に関してイリスには覚えがあった。なんでもベルカ最強クラスの騎士が常に防衛のために聖王教会には駐留しているらしい。その事を言っているのだろう、と。

 

「ははぁ、成程な……カルマギアは聖王家の血のキャリアーなのか」

 

「それって重要な事なの?」

 

「ベルカという文化にとっては最高に重要な意味を持つぞ」

 

 くつくつと男は笑っている。

 

「イリス、宗教は解るか?」

 

「バカにしないでよ」

 

「そりゃあ悪かったな。まぁ、簡単な説明をすると、この次元世界では進んだ魔法文明が原因で神仏の存在があまり信じられていない」

 

 奇跡? そんなの魔法だろう?

 

 そういう認識が存在している。死後蘇った! というのもロストロギアで行える奇跡の一つだ。そうなると神話や伝説がひどくチープなものになってしまう。そう、宗教で揃えられる奇跡や伝承の類は全て魔法やロストロギアによって再現可能なのだ。神話の神々の争いですら、禁忌兵器の投入によって古代ベルカでは再現されていた。その事を考えれば宗教というものの無意味さが解る。説明出来てしまうのだから、だれも神の存在を証明する事が出来ない。神に対する信仰心が存在しなくなるのだ。宗教というもののパワーが薄くなる。

 

「だから、ベルカでは神に対する信仰ではなく祖に対する信仰が生まれた」

 

 祖霊信仰。信仰の一つの形である。多くの者が神を信仰しないこの多次元の世界では、神よりもかつての人たちへの信仰が生きる。その中でもとりわけ強い信仰を得ているのが、

 

「初代聖王、ってことよね?」

 

「正解だ。歴史の単位を一つくれてやろう」

 

 相変わらずの子供扱いにイリスがむっとするが、それこそ反応を見せれば子供と同じだ。だがその反応と考えを見透かす男にとっては、イリスの反応は可愛らしいものでしかなかった。

 

 そして話はベルカの信仰へと戻る。

 

「初代聖王はベルカという文明の礎を築いた、国父だ。ベルカという文明を生みだし、そしてベルカという次元世界のすべてを征服した。それだけにとどまらず、多次元に渡り侵略と征服を行い、大ベルカという概念さえも生み出した。これが約1000年前の出来事だ。ベルカという世界そのものが生まれたのはその前に遡るが……初代聖王が征伐に乗り出すまでは戦乱ばかりだったから、明確な文明としての巨大な形を得るのはこの頃だ。これを先史ベルカ時代、或いは次元戦争時代と呼ぶ」

 

 ベルカの歴史の話だ。聖王の話をするのであればここまで遡る必要がある。

 

「成程、ね。聖王はベルカという文明を語る上で絶対必要な要素なのね」

 

 男は頷いた。

 

「初代聖王が生み出した秩序はその後複数の王国に分割されて、別々の王によって管理された。だが大盟主として次代の聖王が他の国と手を結び、それぞれの国の平穏が保たれる。安定期に入ったベルカという世界は世代交代に成功し、国を富ませながら別次元からの侵略者や残された問題を対処しつつ、豊かな平穏をその後、500年間守り続けた」

 

「500年間の平穏ねぇ」

 

「まぁ、完全なる平和ではなく戦争や諍いの類は存在していたらしいな。それでも500年の間に、国を亡ぼすような大戦争には発展しなかった。その活躍には常に絶対強者として君臨している聖王と聖王家の存在があった。それがベルカのリーダーとして常に時代を引っ張ってきたんだ。……それがベルカの民にとってどれだけ頼もしく、そして伝説的だったからわかるだろう? 500年間、富んできたんだ。神話だよ」

 

 人の歴史とは死と戦乱の歴史だ。だがベルカのそれはその部分が欠けているのに、衰退することも力を失う事もなかった。ベルカという国は、一度もその領土を戦乱以降失ったことがなかったのだ。もはや神話に等しい活躍。それが聖王という存在に対する信仰心へと変わって行く。当時の人間にとって聖王家は現人神だ。

 

「……そしてその神話を締めくくるのは500年前の禁忌戦争、そしてその後の聖王統一戦争だ。ベルカという次元世界は禁忌兵器によって跡形もなく消し飛んだ。だがその最期を照らしたのは聖王オリヴィエによる愛と献身。オリヴィエ陛下が命と引き換えに聖王のゆりかごを動かし、それで争いは終わった……聖王の命を引き換えにベルカの民は生き延びたのさ」

 

「成程、そりゃあ神話になるわね」

 

 聖王は、ベルカの民を守り抜いたのだ。だからこそ今、こうやって次元世界に多岐に渡ってその足跡を残している。このベルカ自治区もかつての聖王の功績、そしてベルカの民がその後の秩序構築に大きく貢献しているからこそ存在するものだ。聖王信仰という形を決定打にしたのは聖王オリヴィエの活躍であり、それが現代のベルカ人の信仰心の中心となっている。自分たちがこうやって生きているのは、聖王オリヴィエのおかげである、と。

 

「だからこそ、聖王家の血は重い意味を持つ。()()()()()()()()()()()()()()()()()からな。残されたのは血を最低限残す為に撒かれた聖王家の外の種だけだ。だがそれも聖王家とは混ざらない。血が再び聖王家と混ざらないなら―――」

 

「世代を経る度に血が薄れる、って事ね」

 

 男は頷き、カルマギアのホロウィンドウを横にずらし、そしてもう一人、現代の聖王のデータを表示させるように指示を出す。それに従うイリスがヴィヴィオ・ゼーゲブレヒトのデータを出現させる。底表示されるのはDNAマップがかつての聖王と100%一致するものであるという事だった。

 

「……クローン?」

 

「いや、先祖返りだろう。聖王家は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からな。自分の子孫が唐突に薄まった血を反転させて聖王家として覚醒する、とか。世代交代しても一定以下に血が薄くならない……とか」

 

 ベルカ聖王家は体を生まれた時点で改造し、その祖先も人体改造してたから、と軽く男が笑い声を零しながら肩を揺らした、その言葉にイリスは軽く引いたような表情を見せたが、同時に首を傾げた。その情報は、このミッドチルダの聖王教会データベースに登録されていない情報だった。信ぴょう性はともかく、そんな情報をどこから得たのだろうか……?

 

「ま、どちらにしろ面白い話だ。……ヴィヴィオ・ゼーゲブレヒトは先祖返りで、生まれた時点でオリヴィエ・ゼーゲブレヒトのDNAを完全再現されている。生まれと育ちは……廃墟都市のスラムか。そしてカルマギアの血は常に2か3割ほど聖王家の血を継いでいる、と」

 

 つまり、理屈上はヴィヴィオは古代の聖王と同じ肉体をしている。そしてカルマギア家はその血を保存する為の家としての役割を果たしている。イリスが検索する中で、家としてその使命を果たせているのはカルマギア家だけになる。党首であるジュード・カルマギアよりも、子であるシド・カルマギアの方がはるかに血が濃くなっていて、近代ベルカの歴史では最大のキャリアーとされている。だが彼にリンカーコアは存在せず、そして許嫁が存在する。個人情報の類をプライバシーに考慮する筈もなく、男とイリスは閲覧する。

 

 そしてその情報に男は気配を完全に闇と同化させた状態で腕を組んだ。

 

「……成程、な。見えてきた」

 

「何が、よ」

 

「カルマギアとその周辺が、な。後は本人がどう思っているか……って所か」

 

 イリスはそこらがとんとつかめていない。そもそもだ、この少女はこの男に()()()()()()()()()()()のだから、当然と言えば当然だった。だが男からすればイリスは必要な駒であった。その為に態々、エルトリアまでスペアボディを用意して回収しに行ったのだ。少なくとも少女の持つ能力と科学力は現代ベルカとミッドチルダでは、絶対に足のつかないテクノロジーだ。ここから二人を特定することは不可能、最高峰のテクノロジーだ。

 

 それを、目的の為には必要としている。

 

 なぜなら魔法を使用すれば、確実に足がつくのが現代なのだから。

 

 ゆえに魔法に頼らず、原始的か固有か、或いはトレース不可能な技術を隠密行動や策謀の為に利用する必要があった。

 

 そういう意味ではイリス・セブンフィールドは最高の人材だった。

 

 何より。モチベーションが皆無でも働かせる為の交渉材料が存在する、という点が最高だった。

 

「聖王教会の方はカルマギアとゼーゲブレヒトを結び付けて、血の濃い子供が欲しいという所だろうな。古代に行っていた人体改造の技術ももう枯れているだろうし」

 

「あぁ、次世代の王を擁立する事が出来れば権力が安定するってやつね」

 

「何よりもベルカが聖王で統一されるからな。権力が行使しやすい。だが今のカルマギアを見るとどうやら教会側ではなく、一般側に家が寄っているみたいだな……許嫁がいるのは教会に対する牽制か? だが教会に通っているみたいだし家の中で、意見が割れているのか……? パーソナルは抜けるが事情はデータじゃ抜けないな……やはり直接会って話を聞く必要があるか」

 

 男が腕を組んでぶつぶつと呟く様子をイリスは冷めた様子で眺めている。男の事情や思惑はどうでもよかった。イリスにはイリスの目的があり、だからこそ男の条件に乗った。完全に興味がないと言われれば―――嘘だろう。このベルカという世界の事情を通して、少しずつユーリの背景を知れているような気もしたからだ。

 

 なぜ、彼女があんな行動に出たのか。

 

 未だにその怒りと絶望と憎しみと怒りは消えない。ゆえに、イリスは行動する。そしてこの不満も飲み込んで男に従う。

 

「……どうでもいいけど、そんなに大事なの? この子。リンカーコアがないってことは《無能者》ってやつよね? 社会的弱者のレッテル張られた」

 

 その言葉に男は埋没していた思考を引き戻しながらイリスの言葉に頷いて答えた。

 

「あぁ……必要だ」

 

 このシド・カルマギアという少年は、重要だ。

 

「魔力がないから才能がないというのは誤りだ。この少年はおそらく、この世界で最も重要な才能を持っている。そのフィジカルから来るものではないぞ? 寧ろそっちは単純なおまけだ。肉体の強さなんてその素質と才能と比べればゴミの様なものだ」

 

「それは―――」

 

 イリスの言葉に、男は答えた。

 

()()()()()()()

 

 規格外の才能、レアスキル。それをシド・カルマギアは保有している。それを男は断言した。

 

「覚醒させるには道具が必要だがそっちはアロハに作らせている。だが覚醒させればそうだな」

 

 男はフードの下で、にやりと笑みを浮かべた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうな」

 

「っ……!」

 

 その言葉に、イリスの中で燃え上がるものを感じた。憎悪、怒り。過去を変えられるかもしれないという事実に疑うものと一緒に単純な希望を感じてしまった。あの時、あの研究所で―――あの虐殺の中で、自分はそのすべてを止める事が出来るのかもしれない。過去を変える事が可能だとすればあの結末をなかったことにできるのかもしれない。

 

 ユーリに真意を問いただせるのかもしれない。

 

 そんな幻想を抱いて、憎悪と怒りとを飲み込んだ。

 

 エルトリアの技術でさえ不可能なのだ、時間旅行なんて。そんな眉唾物の話を信じることはできない。だから燃え上がった感情を抑え込んで、データベースとのアクセスを断ち切った。

 

「……これでもう―――」

 

「ちっ、感づかれたか」

 

「……え?」

 

 ステルスは完璧な精度で行われていただけに、イリスは男のその発言に驚き、声を漏らそうとして口を閉ざした。その間に男は腰から剣を引き抜くと、それを縦に振るって空間に切れ目を生み出す。それが二つに割れるように開くと、人が一人通れるサイズの裂け目が生み出される。その向こう側に見えるのは聖王教会書庫の姿ではなく、月明かりが照らす廃墟の姿であった。そこに迷う事無くイリスと男が潜り込む。

 

 そしてポータルが消えた瞬間、

 

 ―――斬撃が走った。

 

 書庫の扉を両断し、そして男とイリスのいた位置を、その首を跳ね飛ばすような斬撃が駆け抜けた。男とイリスの脱出が一瞬でも遅ければ届いたであろう斬撃はもはや誰も残さない書庫の空を切り裂いて何も結果を残さず、

 

 真っ二つに裂けた扉の向こう側で、騎士カインが剣を振りぬいた姿で立っていた。

 

「……空気に人の感情がまだ残っているな。()()()()()()()()()()()()? ……逃がしたか」

 

 即座に状況を把握したカインは剣を鞘へと戻し、ホロウィンドウを開く。

 

「警備を固めろ。姫殿下にバレないように人を増やせ。食事の毒見を忘れるな。3時間前までの映像を遡って存在しない筈の人間を探せ。久方ぶりの侵入者だ。デバイスマスターを今すぐ派遣させて何を探られたのかを調べろ」

 

 各方面へと向けて素早く指示を出すと、書庫の中へと踏み込んだカインが、端末の前まで移動し、そこに人がいたであろう床に片手で確かめるように触れる。

 

「……一人……いや、二人か? 読み辛いな……」

 

 それだけを把握するとカインは立ち上がり、書庫を背に破壊された扉を出る。ホロウィンドウを出現させると連絡を入れて、指示を出す為に。

 

 少年少女たちがつかの間を安息を味わう裏で、

 

 静かに、大人たちの戦いと策謀が進んでいた。




 イリスちゃんは好きだから適度に不幸な目にあってて欲しい。


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Belka - 7

 ―――朝早く、ハイディ・E・S・イングヴァルトは起き上がった。

 

 その目的は一つだった。

 

 ヴィヴィオが住んでいる―――或いは、囚われているとも表現できる聖王教会の住居。そこにハイディは親元を離れて暮らし、ヴィヴィオの世話をしながら生活している。それはハイディという少女が今もなお続くイングヴァルト家の血を引いている事に意味があり、現代ベルカに残された残り僅かな王家の血筋の一人だからになる。この現代ベルカにおいて、聖王家の血が最も尊いのは確かだ。だがそれにわずかに劣るというレベルで、イングヴァルト家の血もまた重要な意味を持っていた。その為、ヴィヴィオの傍役としてハイディは送り込まれており、一緒の生活を許されていた。それは数多くのヴィヴィオというずぼらでいい加減な生物を知らないベルカの民からすれば、物凄い羨ましい話になる。

 

 ただその生態に関しては、もはや言葉にする程もなく酷い。

 

 ハイディが記憶しているだけでも食べっぱなし、脱ぎっぱなし、全裸徘徊、全裸で出かけようとする、金を近衛からパクろうとする等とやらかしてきた事にキリがない。これが世間では神秘のベールに包まれている現代聖王の正体なのだからまるで救いがない。しかも当番の近衛騎士によってはそのままヴィヴィオと意気投合して聖王教会から脱走する時までさえもある。聖王教会の指揮系統から完全に外れ、ヴィヴィオ直轄の騎士というだけはあった。

 

 ただ、その日常生活的な世話はハイディの仕事だ。

 

 無論、食事なんかはハイディが作れる訳ではない。練習中ではあるが、まだ少女だ。そこはまだ至らない所である。だがそれを受け取って毒見し、ヴィヴィオと一緒に食べる事が出来るのは、日常的にはハイディのみになる。

 

 その為、家の中での行動をとがめられる存在は居ない。

 

 そんな朝、昨晩の大暴れの末に爆睡しているヴィヴィオの寝室へとハイディが強襲する。

 

 音と気配を完全に遮断して侵入する室内。

 

 ベッドの上ではヴィヴィオとシドの二人が並んで転がって眠っている。シドとヴィヴィオ、この二人が揃ってシドが眠る時、常に一緒に眠る事をハイディは知っていた。この二人は本当の意味での兄妹ではない。だがヴィヴィオは同じ王の血が流れるシドを兄と慕っている。それをハイディは前、ヴィヴィオから本能的な物だと説明を受けていた。だからきっと、こうやって二人が並んで眠る事もきっとその本能的な部分なのだと思っていた。

 

 ただ、そこは正直どうでもいい。

 

 いや、どうでも良くはないのだがどうでもいい。

 

 今、ハイディという少女には別の目的があった。完全に音と気配を殺して侵入した寝室、これがハイディ以外の人物であれば既に察知済みの近衛に叩きのめされているフェイズだったが、ハイディの事を知る者達は揃えて言うだろう。

 

 ―――あぁ、発作か……。

 

「ふ、ふ、ふ―――普段はヴィクトーリアさんなどに邪魔されてしまいますからね」

 

 ハイディは怪しげな笑みを浮かべてそう言うと、ベッドの真横まで、シドとヴィヴィオが見下ろせる位置まで移動すると、

 

 腕を交差させた。

 

 そしてその袖からスライドするように出現するのは、

 

 ―――歯ブラシと歯磨き粉であった。

 

 いや、それだけじゃない。ネイルカッター、ヘアブラシ、コーム、洗顔料。ありとあらゆる朝のお手入れセットが一瞬でハイディの手の内に出現し、それを指の間で構えるように握りしめていた。

 

「えぇ。普段はここら辺の役得をヴィクトーリアさんに奪われてますから。えぇ。ですが今は居ませんし。普段とは勝手の違う場所と朝ですからね。えぇ。一人じゃ朝はダメダメですもんねシドさんは。えぇ、えぇ。……ふっふっふ―――」

 

 起きる気配のないヴィヴィオとシド。ハイディという刺客に対して、完全に心を許している二人はその脅威に対して目覚める様な気配を欠片も見せず、

 

 今、ハイディの魔の手が二人にかかった―――!

 

 

 

 

「アインハルトちゃんってばさ。時々ぶっ壊れるよね」

 

「はぁ―――満足しました」

 

 意識が完全に覚醒する頃には歯も顔も髪もネイルも全部丁寧にケアされた完璧な状態で朝食まで並べられて目覚めた。しかも寝覚めもすっきりしていて、後に残るような眠気がない。完全完璧に介護された目覚めだった。完全と言わざるを得ないハイディの仕事にはもはや感服の念しか出ず、君は一体どこへと向かっているんだ……? と言いたくなるような素晴らしい仕事をしてくれた。いや、実際凄くいい仕事をしてくれたのだが。

 

 ハイディは時々こういう所ある。

 

 お世話したくてしたくてしょうがなくなるところが。

 

 本人からしても発作的な物なのでどうしようもないらしい。クラウスもこの件に関しては完全に匙をこっちへと向けて投げ捨ててきている。だからハイディの発作に巻き込まれるのは自分と、そして一緒に暮らしているヴィヴィオだけだ。実の妹に世話を焼かれることの何が楽しいのだ、とはクラウスの言葉だったか。

 

 自分の場合は意識が落ちている間に全部終わるので何も言えない。

 

 それはともあれ、ヴィヴィオの所へと来て食べる朝食は普段よりも豪華だ。

 

 家で食べる朝食は基本的にパンの上に色々と具材を盛って、それを食べるというシンプルなスタイルだ。だがこれがベルカでは一般的な朝食の姿だ。ここに大体ハムやソーセージ、スクランブルエッグ、サラダやチーズ、家庭によってはフルーツを盛ったりする。ここもまた家によって変わるのだが、ここに紅茶かコーヒーを加える事でベルカの朝食は完成される。だがこれは一般家庭であり、裕福な所やこういう特別な場所だともう少し、豪華だ。

 

 まぁ、基本的な方向性は変わらないのだが。だが用意された具がワンランク上のものになったり、パンに盛るスタイルではなくミッドスタイル・ブレクファーストみたいに皿に盛られた朝食を食べるのが基本になる食べ方も大きく変わって、パンに具材を盛るのは変わらないが、それを皿の上に置いたまま、皿の上のパンに盛って、その上でフォークとナイフでそれを切り分けつつ食べるというスタイルになる。

 

 この違いはなにか? となると貴族階級と労働階級の朝の違いである。素早く食べる事を目的とする労働階級に対して、所作の品等を求められる貴族は指を使わずにカトラリーで食べる事が求められた。

 

 食べるものにそう大きな違いがないのは、主食に変化がないからだ。ベルカは基本的に内陸なので魚の類はあまり食べられないので、農耕と畜産で食事を賄っていた。

 

 そんなわけで支配階級の朝食は普段家で食べているスタイルとは違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。主家である聖王家を失ってからカルマギア家は貴族としての地位を返上して一般の家へと下った。そのあとでも血の関係で完全に教会や他との関係を絶てた訳ではないのだが、それでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてそれに合わせて生活も家も今では一般家庭とは変わらない。

 

 だからこんな上品な朝食を食べるのは、聖王教会に来た時か、或いはヴィクターの家に泊まった時ぐらいだろう。

 

 ただ、ヴィヴィオ本人は余裕で手で掴んで食べている。

 

 残念王の名は伊達じゃなかった。

 

「まぁ、ハイディの趣味? に関しては今更だし」

 

「趣味ってかアレは性癖だよ性癖。明らかにはぁはぁ言ってるし。実害はないどころか滅茶苦茶便利だし気持ちが良いから放置してるけど考えてみると結構やばいよなアレ」

 

「やばくないですよ。ただヴィヴィオさんとシドさんがこう―――」

 

 ハイディが両手でろくろを回すジェスチャーを取る。

 

「全然ダメで―――こう―――できなくて―――下手で―――こう―――こう―――そう、お世話しなくてはならないって衝動が胸の内から高まってくるんです」

 

「ごめん、何も伝わってこない」

 

「業か何か背負わされているの? ただの限界オタクじゃんこんなの。でもハイディちゃんかわいいし許す!!」

 

「ふふ、許されました」

 

 許すも何もないと思うのだが、ヴィヴィオとハイディが楽しそうなのでそれで良いとする。昨晩は夢見が―――オリヴィエとの逢瀬も楽しかったし、今朝は気分が良いのはこの二人だけではなかった。朝食を口へと運びながらうーむ、と唸る。

 

「今日はどうしよっかなぁ……昨日鍛錬しなかったし、流石に今日は動かさないとダメだなぁ」

 

 1日遊んですごしちゃったしなぁ、と呟くとヴィヴィオが反応した。

 

「じゃあここで動かそうぜ! 兄貴の親父を呼んでさ、うちの騎士も働かせられるし。んでそのまま今夜も兄貴は泊って行けよ。また一晩この美少女と過ごそうぜー」

 

「いや、明日は学校あるから流石に家に帰らなきゃだめだよ」

 

 流石に今日も泊っていくと流石に明日、学校行くのが大変になる。いや、ここに着替えなどの必要なものは全部そろっていて、意図は読めるのだが。それに素直に乗っかる程バカじゃない。そしてそれに乗っかる程覚悟がある訳でもない。

 

 今はこの微妙な立場が心地良いのもある。

 

 だけど単純に、自分の根性がないだけだ。

 

「じゃあ体こっちで動かしていこうぜー。なーなー。兄貴いいよなぁ、なぁー」

 

「解った、解ったよ……別にここでもそれは問題ないし」

 

「やったー! 近衛の連中サンドバッグにできる!」

 

 いったい何がヴィヴィオをそういう行動へと突き進ませるのだろうか―――いや、まぁ、近衛騎士は本当に強い。ベルカ全土を通して最高戦力と言えるレベルで強い。誰がナンバーワンというのは解らないのだが、それでもそのトップ層に食い込んでいるような人たちだ。一緒に鍛錬する事が出来れば自分もまだまだ強くなれるよなぁ、と思いながら朝食を食べ続ける。

 

 流石丁寧に作られているだけあって、本当に美味しい。料理に使われている素材の一つ一つの質が一般の家庭で手に入るものとは違う。ヴィヴィオという現代に蘇ってしまった聖王の口の中に入れる物なのだから当然と言えば当然なのだが。

 

 ただ、血が流れているというだけでここまでの扱いと神格化を受ける事実は、恐怖さえも感じる。

 

 本当はどういう人物なのかは誰も興味を持たない。自分がどう思っているのか。自分がどういう風に見ているのか。みんなでどういう風に認識しているのか。それがすべてになってくる。

 

 正直、ヴィヴィオに同情していないと言えばウソになる。現代において誰よりも彼女に似ている―――その系譜の血を継ぎ、そして()()()()()()()()()()()()ヴィヴィオの存在を。

 

 オリヴィエの結末と、そして彼女がどういう風に思っているのか。どういう風に日常を過ごしているのか、それを今、この世で知っているのは自分だけだ。親には構われず、兄姉からは政治にも使えないと無視され、使用人からは忌避されている彼女の存在を知っているのは―――自分、だけだ。

 

 それを知って、ヴィヴィオを見て、

 

 やっぱり、色々と心配になる。放っておけない気持ちがある。だからと言って自分が何かできる訳でもない。できる事と言えばこうやって一緒にヴィヴィオと遊んだり、素の彼女と接する事だけだろう。自分にはヴィヴィオをこの鳥籠から連れ出すような力も、それだけの意思力もない。

 

 だから、これができる自分の限界だ。

 

「……どうしたんだ兄貴?」

 

 ヴィヴィオがほっぺにスクランブルエッグの破片をつけながらこっちに笑みを向けている。その顔をハイディが一瞬の隙も見逃さずふき取った。

 

「まさか……俺の艶姿に惚れちまった―――!?」

 

「ヴィヴィオさん、寝言は寝ている間に言うものですよ。起きている間に言ったら発狂しているだけです。おや、発狂ですかヴィヴィオさん? 良い精神科医を紹介しますよ。この間愚兄を紹介した場所なのですが……いえ、紹介と言うか”愚兄、ここに美人女医がいますよ”と騙して送った場所なんですが」

 

「アインハルトちゃんスロットル全開だなぁ! え? もしかして威嚇してるの? え、してるの? 我主ぞ? 主ぞ? お? 逆らうんか? うん? 聖王特権発動ぉ―――!」

 

「えーと、猊下の電話番号、電話番号……」

 

「やめてくださいしんでしまいます」

 

 ハイディの横で表示されるホロウィンドウが白目ダブルピースを決めている老人の顔写真が電話番号に紐づけて登録されているが、それがどこかで見た事のある教皇の顔と非常に良く似ている気もするのだが―――まぁ、そこら辺は気にしないでおく。普段テレビで見せる威厳はどこへと消えたのだろうか。

 

「ずるいだろ! それはずるいだろう!!」

 

「いいですか、ヴィヴィオさん。権力は常に上を行く権力に弱いんです」

 

「じゃあトップ権力者は?」

 

「クーデター」

 

「手段が物理的すぎる」

 

「誰だって弱いよそんなの」

 

「安心してください。ヴィヴィオさんもシドさんも、古代ベルカされて家をなくしたら私が責任もって最後までお世話しますから」

 

「古代ベルカを動詞にするの止めない?」

 

 今朝のハイディのキレッキレっぷりは、心行くまでお世話ができたからだろうか……? そんなことを考えながら朝食を終えた。

 

 また一日、騒がしい日が始まりそうだった。




 ヴィヴィオとハイディを会話させてるだけで楽しいな……。カルマギア家の重要性というか役回りに関するお話はそのうち。ちょっと早めにツイッターで流したりもするけど。

 それはそれとしてベルカにまともな人間はいないのか??


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Belka - 8

 強くなければ、ならない。

 

 男として生まれた以上は。

 

 たとえ、それが無意味な努力だとしても―――強くならなくてはならない。なぜなら、男である以上、だれもが一度は夢を見た。最強と言う名前を。成長するにつれてそれは姿を変えて違う道へと変わって行く。今では騎士という憧れへと変わって。男であれば無条件に、だれもが強さを信仰する。そして自分もその例に漏れない。結局のところ、強さと言う概念に対するあこがれを捨てきれないのだ。持って生まれたものを使って、環境やそのすべてに抗いたいという衝動が胸の中にはあるのだ。諦めを抱きながらも、それでも鍛錬する事を止められない。

 

 決定的な破局を迎えるまでは。

 

 その瞬間までは、強さを諦められない。

 

 ―――やはり、この世を生み出した神様はクソだ。

 

 死んでしまえクソが。

 

 

 

 

「いっちにっ、いっちにっ」

 

「準備運動はしっかりっすよー」

 

 ジャージ姿、ヴィヴィオと並んで軽く柔軟をこなす。運動をする前にはちゃんと体を解さないと怪我の原因となる―――まぁ、その程度で怪我をする程弱い体をしている訳ではないのだが。それでも一応はやっておく。何事も、安全を確保しておくのは良い事だ。そういう事で聖王教会の練兵場、そこを自分たちの為だけに貸し切っている。今、この場にいるのは自分とヴィヴィオにハイディという基本的なメンツに、

 

 近衛騎士が二人。

 

 昨日護衛に来ていた騎士カイン、そしてもう一人新しくやって来た糸目の騎士だ。此方は近衛の新人らしく、騎士ヴェルと言うらしい。どことなく軟派な雰囲気があるのに、腰の低い青年だった。そんな近衛を護衛と相手に、ヴィヴィオと一緒に軽く柔軟をこなしてから鍛錬に入る事にする。

 

「よ―――し」

 

 スパッツに”超無敵”と書かれたダサT姿のヴィヴィオは柔軟が終わった所で。腕を組んだ。

 

「何をすればいいのか全く分からない!!」

 

「姫、姫!」

 

「いや、だって俺様見ればたいてい覚えるし。鍛錬とか言われても良く解からねぇわ。大体何時もノリでやってるしなぁ」

 

「いえ、まぁ、ヴィヴィオ様は多分それが正解だろうと思いますけど。ほら、聖王家の人って凄まじい直観力を兼ね備えていて、自然体でありながら最適な行動をとれるって話ですからね。多分ヴィヴィオ様もそうなんじゃないですかねー」

 

「まぁ、その結果がこれなんだからちょっと文句言いたいけどな。()()()()()()()()()なんだろうな」

 

 ヴィヴィオが腕を組みながらそんな、コメントし辛い事を言っていると、一瞬の静寂が場を支配した。それをかき消すようにヴェルが声を上げた。

 

「あ、あー、そっすよ! 軽くどれぐらいできるか確かめる為に全力でちょっと打ち込んでみてくださいっすよシド君!」

 

 空気を変える為に、ヴェルがサムズアップを向けながらこっちにアピールしてくる。もしかして滅茶苦茶良い奴なのではないだろうか、この新人近衛は。折角だし好意に甘えるとして、ヴェルの前まで行って軽く頭を下げる。

 

「よろしくお願いします」

 

「いやいや、こっちこそっすよー。カルマギア家は良い意味で有名な武門っすから。個人的にはすっげぇ興味あるっすよ」

 

 マジかぁ、と心中で呟きつつ、()()()()()()()()()使()()()()()()()()。ゆっくりと振るった拳がヴェルの腹に衝突し、鎧をこつんと叩く感触が返ってくる。その様子をカインが物凄く不安と心配の入り混じった表情で見つめているが、ヴェルは気づかない。

 

「はははは、もっと本気出しちゃって大丈夫っすよシド君」

 

「いや、でも……」

 

「シド君はカルマギアの家の後継者かもしれないっすけど、それでもまだまだ子供っすからねー」

 

「いや、あのな、ヴェル……」

 

「あ、先輩も心配しなくて大丈夫っすよ。シド君の噂はちょくちょく聞いてますから。それでも、まぁ、自分近衛っすからね!」

 

「いいぞヴェル! 男らしい所見せて見ろー!」

 

「姫殿下に応援されたしやる気見せるっすよぉ―――!」

 

 ハイディとカインが静かに黙とうしていた。大丈夫だろうか? 人間って脆いではないか。いや、だが相手は若輩だとしても近衛騎士だ。ヴィヴィオを守護する最強の騎士の一人なのだ。だとしたら本気で殴ってしまってもいいのじゃないだろうか……?

 

「さあ、遠慮はいらないっすよ! 本気でいいっすからね!」

 

「……うん、じゃあ……反撃してもいいですからね……?」

 

 拳を握りしめた。

 

 

 

 

 基本的にシド・カルマギアという少年は本気を出さない。

 

 いや、本気を出せないという言葉が正しいのをヴィヴィオ・ゼーゲブレヒトは知っていた。これはシドが前、言っていた言葉である。

 

『だって―――人間って、脆いし。殴ったら壊れちゃう』

 

 シド・カルマギアは規格外の肉体をしている。そしてそれを本人が一番よく理解している。なぜなら当然の様にそれに関する注意を両親に受け、愛のある生活を通して成長し、そしてごくごく普通の子供の様に育てられたからだ。その事実をヴィヴィオはちゃんと知っていた。シドの両親はシドに選択肢を残してあげたかった。魔法が使えないからこそ、なりたい者には何にでもなれるように選択肢を残そうとした。その為に常識等をみっちりと教え込まれた。その結果シドは自分の身体能力の異常性を完全に把握する事に成功している。

 

 その結果実に普通な事に、シドはなるべく拳を他人に向けないようにし、力を極力抑えるようにしている。身内で鍛錬をする時だって組手はしない。技術教導だけで模擬戦はしない。それが許される相手は父か、或いは高位の騎士のみ。圧倒的に格上だと認識できる相手ではないと()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 だからヴィヴィオは思っている。

 

 ―――アレ、相当溜まるよねぇ。

 

 ヴィヴィオは自分は、まぁ、良いと思っている。

 

 何せ、自分で選んでこういう生活をしているからだ。聖王としての公務さえこなせば後は割と好き勝手出来る。聖王教会を抜け出す事だって、護衛に近衛をつければ許可されている。実質、危ない事さえしなければ生活に問題はない。ヴィヴィオが気づいたときには住んでいたスラム街での生活と比べれば天国だ。それにここに来たところでヴィヴィオはついに、家族と呼べるものを得た。カルマギア家は聖王家の血を薄めながらも引いている。それはヴィヴィオの中に流れる血と同一のものだ。ならばそれは遠縁の親戚、家族とも呼べるものだ。

 

 それを得られた所でヴィヴィオは満足していた。

 

 だが普通に生まれ、ふつうに育ち、そして普通には足りない身―――特別であっても、それを自由に振るえない身はどうなのだろうか?

 

 窮屈だなぁ、とヴィヴィオは思う。

 

 せっかくいいものを持っているのに。それを全力で振るう事が出来ないのはストレスだよなぁ、とヴィヴィオは思っている。

 

 ヴィヴィオは基本的にヒャッハー族である。

 

 だが取り繕える器用なヒャッハー脳である。

 

 まぁ、しゃーねーわで諦めてそれなりに楽しい人生を過ごせるタイプである。根が不真面目であるとも言える。だからヴィヴィオは妥協ができる。ある程度のラインで満足してそれで大丈夫と言える柔軟な精神力を持っている。それがスラムという孤独でヴィヴィオが幼いながら培った物だった。だからヴィヴィオは今の生活にストレスを感じている事は特になかった。

 

 だけど兄貴は大変そうだ、とヴィヴィオは思う。

 

 だって兄貴、凄く真面目だし。

 

 シド・カルマギアは真面目である。生真面目とも言えるレベルで真面目だった。時折ふざけたりもするが、それをやる相手は主にクラウス―――というかクラウスだけだ。それ以外の友人に滅多なことではっちゃける事はない。そういうのを常にシドは抑圧している。面倒そうだとは思うけど、それでも笑みを作って構ってくれているのでヴィヴィオは何も言わない。ただ、せっかく家族と呼べる相手がいるんだから、

 

 ちょっとぐらい、ガス抜きしてもいいんじゃないだろうか?

 

 ヴィヴィオは天涯孤独の身である。

 

 気づけばスラムにいたからだ。

 

 ヴィヴィオは親の愛を知らない。

 

 一人でスラムを生き抜いたからだ。

 

 気づいた時には既に聖王家の証である髪色と、目の色と、そして《聖王の鎧》を備えていた。だから苦労することは特になかった。ただそれでも愛に飢えていなかったと言えば嘘になる。シドに対する妙に近い距離感と感情は、劣悪な環境から解き放たれたうえで家族と呼べる血縁がいた事にある。そしてその人たちが優しくいい人たちだったという事実にある。ヴィヴィオは9歳だが、その才能が成し遂げる知能の高さは大人顔負けの物が既に備わっている。だからヴィヴィオは割と適当に生きていける。

 

 ただ、まぁ、少しぐらい家族に何かをしてやれたらいいよなぁ、ともヴィヴィオは思う。

 

 家族と呼ぶには血縁は少し遠い。体に流れる血が少し一緒という程度の繋がりだった。

 

 だけど何の繋がりもなかったヴィヴィオからすれば十分すぎる物だった。その縁で定期的に遊びに来るシドの事は好きだし、その家の人たちもそれが解っていて遊びに行かせてくれるのをヴィヴィオは理解していた。ヴィヴィオにとって一番大事な人達は遊びに来てくれるシドと、そして自分の世話をいつもしてくれているハイディの存在だった。大人たちの思惑を理解しつつも、この二人に関しては家族の様に思っている。

 

 ヴィヴィオの根っこは不真面目でも、良い子だった。割と素直でもあるというのもある。その心が善性をスラムでも失わなかったのは奇跡でもあると言える。だからこそヴィヴィオの存在は様々な意味で奇跡に等しい。

 

 だからこの鍛錬の機会、近衛と殴り合う機会はヴィヴィオ流のガス抜きだった。

 

 明確に格上の相手であれば、シドも遠慮がいらないだろうという配慮だった。後は近衛騎士とかいう自負を持っている奴がちょっと慌てている姿が見たいというヴィヴィオの超個人的な理由もあった。

 

 そういう事が理由で―――シド・カルマギアは久しぶりに全力で拳を振るう事が出来る様になった。ハイディはその破壊力を大体把握している為、静かに黙とうしていた。そしてカインはシドの肉付きから大体その破壊力を察せる故に発生するであろう破壊力に黙とうを捧げていた。シド自身は久しく振るっていない全力の拳に本当にいいものかどうか悩み、ヴィヴィオのサムズアップとヴェルの後押しを受けて遠慮のない拳を叩き込むことにした。

 

 だからシドは拳を握った。強く、しっかりと。そこからの動きは洗練されたものだ。右拳をわずかに引きながら左足から踏み込む。シンプルな動きだが、そこには覇王流から学んだ踏み込みから力を練る方法と、エレミアン・クラッツから学んだ呼吸法で力を継続させるものを混ぜ合わせている。それによって筋力以上のスペックがその一撃に組み込まれる。

 

 ゆえに一歩目で踏み込んだ足が訓練場の大地を陥没させた。それを見たヴェルが全てを理解し、呼吸よりも早く防御する為の手段を引きずり出した。シドとヴェルの間に10枚の、鋼鉄よりも強度の高いシールドが出現する。それを見たシドは成程、防護魔法も使うのなら安心だ、と解釈し、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 シールドに拳を阻まれるならどうすればいい?

 

 もっと強い力で殴ればいい。

 

 シールドによって威力が落ちるならどうすればいい?

 

 落ちた分力を籠めればいい。

 

 これがエレミアであれば威力だけをシールドの向こう側へと通せば良いという結論に至るだろう。それがエレミアという存在のスタイルだからだ。遺伝する技術と経験。それによって積み上げられる莫大な手数。世代を交代すればする程エレミアは強くなって行くというシステムだ。最強の武人を生み出すのはその技術と経験が最も重要だと重視した結果がそれだ。

 

 だがカルマギアはその逆だ。

 

 技術や経験は後で学べるから良い。だが肉体というハードは、生まれた時点で決まる。ならばそれこそを追及するべきだと積み上げてきた武門だ。世代交代を繰り返しながら交配を繰り返し、最強のフィジカルを子孫に与える為に聖王の血筋すら取り込んだのがカルマギア一族。つまり最強の肉体を求めた一族だ。聖王に仕えるベルカの武門で、その為に最強の騎士を生み出す為に力を求め続けた一族。

 

 もはや仕えるべき王が存在しない為、数世代前に一般に帰属してもなお、その血筋は続いている。続いてしまった。そしてその果てに、

 

 生まれたのがシド・カルマギアという基礎スペックの怪物だった。

 

 だから根本的に他の人間と作りが違う。他の人間を脆いと表現する。対等に立てる生物なんてそれこそ同じぐらい狂った交配を繰り返したエレミアと、本家の聖王家ぐらいだろう。

 

 故にシドの拳は当然の様にシールドをぶち破る。

 

 そして一切速度や衝撃を殺す事なく―――そのまま、ヴェルのみぞおちへと叩き込まれる。

 

 くの字に折れ曲がった体はすかさずガードに入った背中に背負っていた筈の盾によって受け止められるも、一切減速せずに衝突していた。そのままシドの幼い体の拳によってヴェルの姿は持ち上げられ、

 

 更に一歩、踏み込まれた。持ち上げられたヴェルの体が空間に引きずられる。

 

 そしてそのまま―――全力で殴りぬかれた。

 

 一瞬で加速した弾丸の様に放たれた近衛の姿はそのまま残像を残さず訓練場の壁に衝突し、そのままめり込んだ。この訓練場が、僅かな盆地になるように作成されているのが幸いした。これが完全に地上の施設であれば、薄い壁を貫通して聖王教会の敷地を転がりながら粉砕してヴェルの姿は吹っ飛んでいただろう。だが地下をくり抜く様に作られたこの訓練場は壁に人間がめりこんでも大丈夫なように、訓練スペースはわずかに掘り込まれた空間に広げられていた。

 

 ゆえに壁を貫通するヴェルの体はそのまま地下の大地に陥没し、

 

 遠慮なく、という言葉が頭に残っていたシドは無意識的に追撃してきた。それを止めるべき立場の者達は誰もが良く吹き飛んだヴェルの姿に拍手を送るので忙しかった為、止めようがなかった、

 

 ゆえに吹き飛んだヴェルの姿に追いついた状態、二撃目。

 

 シドが跳躍し、空中で水平になるように体を横に回転させ、遠心力を乗せた蹴りが入る。

 

 ヴェルが叩きつけられた壁が粉砕され、土砂を撒き散らしながら壁の残骸が周辺に飛び散る。だが足を通して感じた感触にシドは次の一撃を繰り出そうとして、

 

「―――《ヴェンジェンス》」

 

 次の一撃が入る前に反対側の壁まで吹き飛び、めり込んだ。

 

 その破壊力は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であった。

 

 粉砕された壁の中から多少は汚れていても()()()()()()()()()()()ヴェルの姿が出現する。被っている土と埃を鎧の隙間から吐き出そうと必死に体を震わせている姿を見て、ヴィヴィオは爆笑していた。その反応ににっこりとヴェルは笑みを浮かべた。

 

 理由がなんであれ、子供が笑っているのは良い事だ、と。そう自分に言い聞かせてこのドッキリは我慢する事にした。

 

「いやぁ、マジで驚いたっすよ。最近の子供人間やめてませんかねぇ……」

 

「なら遊んでやるのは大人の義務だろ?」

 

「先輩も大人っすよね」

 

「こういうのは新人に回すもんだからな」

 

「うわぁ、新人虐めっすよ!!」

 

 ヴェルとカインが軽く言い合っている間に、シドが壁にめり込んでいた体を引き抜いた。多少のダメージを受けているもののそれでフラつく様子も、特に痛がるような様子もない。人が通常はバリアジャケットなどを纏う事で遮断するであろう痛みも、衝撃も、ダメージも。シド・カルマギアという武門の夢の体現者は必要としなかった。

 

 普段は絶対に見せられない交戦的な笑みを、その唇の端を吊り上げるように見せて。

 

 シドは、全力でも殴って良い存在を発見した事に、自分の自覚を抑え込みながら認識した。

 

 それを見てヴィヴィオは思う。

 

 シド・カルマギアは決して、魔法という才能に恵まれなかったのではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()だけなのだ。最終的に肉体が、才能が、その方向性に対してこんなものはいらないと生まれる段階でオミットしたのだ、とヴィヴィオはその姿を見て思った。

 

 ただ、

 

「兄貴、優しいからなぁ……」

 

 その性格は、本当は誰よりも交戦的である本性とは絶望的にマッチしていなかった。

 

 普段の生活大変だろうなぁ、と、

 

 ヴィヴィオはそんな事を二倍カウンターを決められて楽しそうに再び反対側まで吹き飛びめり込み、訓練場を破壊しながら暴れる二人を見て思った。

 

 ―――聖王教会は今日も平和だった。

 

 少なくとも、表向きには。




 カルマギアの家は武門。

 エレミア同様、世代を経る事で強くしようとした一族。ただし、その目的は聖王に仕える為であり、本質的に騎士の一族だった。ただ作中の通り聖王家が消滅したので数代前―――シドの祖父の世代に一般の人間として生きる道を選んだ。

 シドのお爺ちゃんがやったこれによってシドやシドパッパは貴族の責務を負う必要はなく、もしシドが貴族のままなら教皇庁からの命令で強制的にヴィヴィオルートになっていたという話がある。

 だが近年になってヴィヴィオが発見された為、ようやくお家の役目を果たせるって所で解散している為、

じいじ「おいは恥ずかしか! 生きておられんご!」
ばあば「介錯ばい!」

 とかいう事件があったとかなかったとか。


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Belka - 9

「時折、全力で拳を握った後に考えるんだ」

 

「何を?」

 

「これを自由に振るえないなら、なんでこんなものを持って生まれたんだ、って。なんでこれの代わりに魔法をくれなかったんだって。なんでこんな無意味なものをくれたんだ、って。だけど楽しいんだ。どうしようもなく。全力で殴る事も殴り返されることも。どうしようもなく楽しくて、楽しくて―――自分の本性が、本当はただただ暴力的だって気づかされて」

 

 何もかも、目に見える物全てを殺して回りたくなる。

 

 何故、世はこんなにも脆い。

 

 

 

 

「―――おはよう、シド。今日も眠そうな顔をしていますわね……。あ、おはようございますジュードさん、アリアさん。今朝もシドを預からせて貰います」

 

「うちのシドが毎朝迷惑をかけちゃってごめんねー?」

 

「いえいえ、好きでやっていますから。だからシドを連れて行きますね」

 

「ありがとうね、ヴィクトーリアちゃん。シドの事、頼んだわよ」

 

「はい……あ、髪触りが良い。これは一昨日アインハルトさんにお世話されましたわね……」

 

 何時も通りの朝がやってくる。ただハイディにお世話された翌日はヴィクターは妙な対抗心を向けてくる。ハイディもヴィクターもクラウスによればオカン属性なるものを兼ね備えている。クラウスが言うにはこういう女の子はダメな人の事が気になって気になってしょうがないらしく、本能的に世話を焼いてしまうらしい。そこに自分が入ってしまうのは正直不服なのだが、それでもハイディとヴィクターの矛先がこちらへと向けられている辺りやっぱり、自分は隙だらけなのだろう。

 

 ちなみに自分は朝がダメダメなのだが、ジークリンデは私生活が壊滅しているらしい。それが理由でダールグリュン家で預かっているジークリンデの世話はヴィクターが行っていたりする。それでもこうやって起きる所から、日常的な所まで構って来ようとする辺りは自分だけらしい。やっぱり、幼馴染で許嫁という要素がそこで活きているのだろうか? クラウスはそこらへん、偶に茶化してくる。

 

 よ、女運ブルジョワ! とか。

 

 まぁ、ともあれ、頭が相変わらず重い。

 

 寝て覚めて朝はいつもこんな感じで、体が自由に反応しない。だからヴィクターも完全に慣れ切った様子で手を握って学校へと向かう。そんな登校風景に周囲の人たちも慣れており、もう”あぁ、おはよう”程度の反応しか見せてこない。それを少しだけ恥ずかしく思っているのは秘密だ。それに少しだけ罪悪感がある。自分が本当に好きなのは、

 

 別の子(オリヴィエ)だ。

 

「おっとと」

 

「あ、ごめんなさい」

 

 と、まだ眠い頭で歩いているとちょっとよろめいた。前から来ている人とぶつかってしまったらしい。その衝撃が原因か、一気に頭の中のもやもやが張れた。それで正面に視線を向ければ白髪、オールバックの老人が軽く頭を下げて視線を合わせてきていた。ヴィクターも驚いたように両手を上げて老人を労わろうとしている。

 

「その、大丈夫ですか?」

 

「ご、ごめんなさいおじいさん」

 

「ははは、俺もちょっとふらふらしてたのが悪いから気にすんな。ほれ、アメちゃん食うか?」

 

 にっこりと笑った老人は頭をぽんぽん、と撫でるとポケットからアメを出してくる。それを受け取りつつ、老人は気をつけろよー、と声を残した歩き去っていった。その姿に二人で軽く頭を下げて気を付けようと思いつつ、アメを口の中に放り込んだ。口の中に広がるのは少し酸っぱい、レモンの味だった。だけどこの酸っぱさが良い。好きな味のアメだった。

 

「あー、驚いた。完全に目が覚めちゃった」

 

「それぐらいで目が覚めるんでしたら普段からもうちょっと……いえ、今まで何をやってもダメだったのですから考えるだけ無駄ですわね」

 

「無駄って言うの止めない? 僕だって頑張ってるんだから」

 

「頑張った結果全自動で体を動かすようになるのは努力の方向性がおかしいのではなくて?」

 

「だよね……」

 

 だけどジークリンデが神髄みたいにオートパイロットにすりゃあええねん! とか言い出すのが全部悪いと思う。いや、そのおかげで朝は半分眠ったまま勝手に動く様になったのだが。

 

 だけどやっぱ、何時かはこの問題を解決したいよなぁ、と思う。やっぱり病院に行く必要はあるんだろか……?

 

 そんな事を考えながら学校の近くまでやってくると、聞きなれた騒がしさが増えてくる。また憂鬱な一日が始まるんだと思う途端、家に帰って鍛錬したくなる。少なくとも学校で学ぶことは簡単過ぎる。もうちょっと上の内容とかをやってくれないと勉強にならない。まぁ、学校にも学校のカリキュラムというのがある。勉強とかはオリヴィエとも夢の中でできるし。そうやって新しいことを二人で学ぶのも楽しいし。まぁ、学校は正直流れ作業で物事を進めるだけで良いだろう。

 

「じゃ、お昼に」

 

「えぇ、それではまた後で」

 

 今日は頭がはっきりしているので足取りもしっかりしている―――いや、頭があやふやなほうがこの憂鬱な時間を乗り切りやすいので、そっちのが助かるのだが。もうちょっと寝ていたかったなぁ、と思いながら教室に到着してしまった。

 

 朝の挨拶なんてものはない。

 

 誰も、無能者でありながら聖王家の血縁者なんて、どうやって接すればいいのかわからない。蔑めばいいのか、同情すればいいのか、それとも親しく接せばいいのか。特に子供なんて解らなかったら関わらなければいいという結論を出してしまう。

 

 何せ、繋がりが繋がりだ。

 

 現代の聖王家や旧王家と繋がっているような個人と変な問題は起こしたくはないだろう?

 

 なら触れないのが一番だ。

 

 下手に干渉されないのはそれはそれでいい―――面倒ごとがないのだから。

 

 そう考えながら自分の席に座り、机に倒れ込んでホームルームが始まるのを待つ。この時間は本当にやる事が何もない。だから適当に時間が過ぎてくれないかなぁ、というのを他のクラスメイト達が騒がしくしているのを聞き流しながら待っている。

 

 何もせずに。

 

 そうやって時間が過ぎるのを待っていれば、その内先生の足音が聞こえてくる。いつも通り気だるげな気配をぶら下げながらやってくると、行儀の良い生徒ばかりの自分のクラスはすぐに静かになって、着席する。

 

 先生がおー、と声を零す。

 

「相変わらずイイ子ちゃん揃いだなお前ら……いや、俺の手間が省けるから良いんだけどな。先生が学生の頃とか馬鹿とバカとクソバカばかりだったからなぁ」

 

「先生、ソレバカしかいません」

 

「学生時代ってのは大体そういう連中ばかりだ。こんなに行儀の良い子供ばかりの学校とか実在したんだなぁ、って俺こっちで働いてから知ったわ」

 

「どこの無法地帯ですか……」

 

 安い入学金はどこもそんな感じだ、と教師は告げるとはい、と言葉を告げた。

 

「ホームルームを終える前に……カルマギア」

 

「……うん?」

 

 ホームルームで、珍しく名前が呼ばれた。点呼や授業で指名された時以外では名前を呼ばれた事がなかっただけに、本当に自分なのかと思ってまじまじと先生の顔を眺めてしまった。

 

「そうだよ、お前だよ。スクワイア・チャレンジの申し込み完了したから。もう知ってるかもしれないけどこれ、参加する上でのルールとかのあれそれ書いてある書類だ」

 

「えっ……えっ?」

 

 唐突に先生の口から放たれた言葉にフリーズする。そんなことをした覚えは勿論ない。開いた口が塞がらない。まさにそうとしか言えないショックが自分を突き抜けていた。確かに、挑戦しなきゃチャンスは生まれないだろう。だがこれは同時に自分の希望でもあった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()という自分のか細い希望だった。それに挑戦すれば、見えてしまう。現実が。絶望が。だから挑戦していなかった。なのに、

 

「ほら、これ。先生、そういう挑戦悪い事じゃないと思うぞ。若い間は頼らず、自分の力で何事も挑戦すべきだと思うし、応援してるぞ」

 

 物凄い無責任な言葉を、教師が投げてきた。ルール等が記載された書類を机の上に置かれている間も、ずっと動きを凍らせたままだった。心臓がショックで破裂しそうで、脳がおかしくなりそうだった。なのに先生はまるで良い事をしているように言ってくる。吐きそうになる気持ちを抑え込みながら無理矢理表情を作り、頷く。

 

「ありがとう、ございます」

 

 何とかその言葉だけを捻り出して俯いた。

 

 今は、まともに前を見れそうになかった。

 

 

 

 

 昼休み、ヴィクターが来る前にトイレにでも逃げ込もうと思ったが、それよりも早く接近してくる姿があった。名前を―――憶えていない、覚える気すらなかったクラスメイトの一人だった。おずおずとやってくると、軽く頭を下げてくる。

 

「その……カルマギアさん、頑張って! 応援してます!」

 

「え、あ、う……うん。ありがとう……」

 

「自分の力で騎士になろうとするの、凄いと思います!」

 

「あぁ……うん……」

 

 ―――やめて、くれ。

 

 言葉に出ない悲鳴が喉で詰まる。だからあいまいな笑みを浮かべて、あいまいな返答を繰り返す。同じように思っている奴は一人だけじゃなくて、一人目がそうやって言い出すと機会を伺っていたのか、きっかけを欲しがっていたのか他のクラスメイト達が雪崩れ込んできた。次々に応援している、誤解していた、頑張ってという言葉が投げかけられていた。

 

 何を、応援しているのだろうか。何を誤解していたのだろうか。なぜもっと早く話しかければよかった、なんてことを言うのだろうか。

 

 こいつらに、脳みそはないのか? 人の心はないのか?

 

 足を止めて考えればわかる事ばかりなのに。

 

 こいつらを―――。

 

「あら、シド。今日は人気者ですのね? お昼を食べに行きましょう」

 

「あ、ヴィクター。今行くよ。という事だから……」

 

「あ、行ってらっしゃい」

 

「応援してるよ!」

 

「夫婦で仲良くねー」

 

 煩いし、喧しい。大して仲良くもないのにいきなり友人面してくる連中ばかりだった。他の連中が背後に回り、正面にヴィクターだけがいるのを確認したところで顔に被せていた笑顔の仮面を外した。そしてその下から出てくる心底嫌そうな表情をヴィクターは見て、溜息を吐いた。

 

「何があったかは解りませんが……とりあえず、何時もの場所で昼食にしましょうか」

 

「うん」

 

 ヴィクターはこういう判断が早いから好きだ。

 

 ヴィクターと妙に視線の刺さる廊下を抜けて、何時ものベンチにまで移動する。歩いている間に感じた視線や感情の類が鬱陶しいばかりで、何時も以上に憂鬱になる。ベンチに座り込んで弁当を膝の上に乗せ、溜息を吐く。

 

「もうやだ、帰りたい……」

 

「どうしたのですか、何時もは……めんどくさそうにはしても、口に出したり露骨に態度に出る事はないのに」

 

「いや……」

 

 言うかどうかを悩む。だが黙っていてもどうせ広がる話だ。だったら先に自分から伝えたほうが誤解されずに済むのではないだろうか? そんな風に素早く考えて、説明する為にヴィクターに伝えようと口を開こうとしたところで、

 

「―――お、本当にこんなところにいたな」

 

「しかもアイツ、女と一緒じゃん。ダッサ!」

 

 と、闖入者の声がして一気に気分が萎えていくのを感じる。今日は本当に良い事が何もない一日になりそうだと思いながら弁当を食べようとしていた手を止めて、視線を向ける。やってきたのは5人ほどの、上級生の姿だった。上級生といっても初等部上級生なので、数歳違いでしかないのだが。だが初等部でのわずかな年齢差はカースト制度にも勝る絶対のルールだ。

 

「……何?」

 

「は? なんだその態度。年下で無能者のくせに生意気じゃないか?」

 

「魔法も使えないくせに騎士になろうとしているんだって? 従士選抜大会(スクワイア・チャレンジ)にそれで出ようとかお前頭おかしくないか?」

 

「しかも女と一緒のナヨナヨしている奴だしさぁ」

 

「何がしたいんですか貴方たちは?」

 

「はぁ? 女が男の会話に混ざってくるなよ」

 

「男も女も関係ないでしょう!」

 

 頭が、頭が痛い。

 

 クラウスを含めて身内の連中は基本的に、全員頭が良い。人間としては馬鹿でも、知能的な意味では頭の良い連中ばかりだ。だから()()()の精神年齢というか、脳みその連中と話すと頭が痛くなってくる。視野の狭さ、心の醜くさ、ステレオタイプ、そのすべてが一切相手や真実に考慮する事無く衝動的に放たれる。

 

 だから面倒だ。

 

 関わりたくはないし、腫物扱いの方が100倍マシだ。

 

 仲の良いのは今の身内だけで良いのに、自分の世界に関わってこないで欲しいのに。だというのにこういう連中はそんなのを知らないと割り込んでくる。この時間は学校で得られる唯一の安らぎだったのに。

 

「帰ってくれよ……先生に言いつけるよ」

 

「困ったらすぐに先生に言うのか? 雑魚かよ……」

 

「はぁ、こんな奴が同じ大会に出るのか……恥をさらす前に止めちまえよ」

 

「その権利は貴方達にはありませんし、関係もありません。第一。シドは貴方達程度に負ける程弱くはありません。そちらこそ無様を衆目の前で晒す前に棄権してはいかが? おそらく無事に済みませんわよ。えぇ、これは心ばかりの忠告ですが」

 

「は? バカかよ。どうやったら魔法も使えない雑魚に負けるんだよ」

 

「頼むから消えてくれ……殺したくなる……」

 

「殺せるもんならやってみろよ! オラ! なあ!」

 

 頭が、頭が絶望的に悪い。チンパンジーの群れを相手しているような気分だった。

 

 そしてそんなチンパンジーの群れを相手している間に昼休みはあっけなく終わってしまった。手元には手つかずの弁当と疲労が残り、

 

 どうして、こうなってしまったんだ。そんな疑問が胸に刺さり続けた。




 忘れがちだけどこれ、まだ小学生なんだよね。うんこちんちん! とか言っている年齢だと思うとどれだけりりなの勢が知的な会話出来ているのかわかる。

 そうだよね、9歳なんだよな……。


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Belka - 10

「―――え? カルマギアは申し込んでないのか?」

 

 放課後、職員室で先生に事情を話す。それを受けた先生は職員室で腕を組みながら首を傾げる。横にはヴィクターの姿もあり、口下手な自分に代わって色々と言葉を挟んでもらう為に居て貰っている。人に強く言い返したりするのが、あまり得意じゃないのだ。だからこうやってヴィクターがいてくれると凄く心強い。

 

「はい、そんな記憶が欠片もないです」

 

「だが聖王教会の方から出場確定が来てるぞ?」

 

 そう言って先生がホロウィンドウを表示させてくる。それを掴むことは―――魔力がないので、先生側で触れられるように設定してくれないとできない。それが出来ているかどうか不明なので手を伸ばせないのだが、それを察してくれるヴィクターが代わりにホロウィンドウを掴んで寄せてくる。それに感謝しつつホロウィンドウの中身を確認する。そこには自分の名前、サイン、そして認証があった。ここまで話を進めるには少なくとも自分自身が聖王教会での大会受付で申し込みする意思を証明しなくてはならないだろう。少なくとも代理とかで出来る様な物ではない。そう、

 

 自分自身が出場すると言わなきゃ出来る様なものではないのだ。

 

「だから先生、カルマギアが直接申し込んできたと思ったんだけどなぁ……」

 

「いえ、僕は正直まだ……」

 

 迷っているし、悩んでいた。そして逃げようとも思っていた。だからこうやって出場することはまずありえない。だが目の前に出ているその表示の事実は覆らない。だからどうしたものか、と俯いていると横からヴィクターが声を挟んできた。

 

「先生、これはキャンセルの類はできませんの?」

 

「ふむ……カルマギアがあんまり乗り気じゃないみたいだしな。ちょっと待ってろ。先生の方で今出場を下げる事が出来ないかやってみよう」

 

「……ほっ」

 

「良かったですわね?」

 

 胸に安堵を覚えつつ、ヴィクターの言葉に頷く。良かった、無理矢理出場するような事にならなくて。これで本当に出場するハメになっていたら頭がおかしくなる所だった。もう既にいっぱいいっぱいなのに、これ以上何かを抱えろと言われても無理だ。だからヴィクターに感謝しつつホロウィンドウを浮かべて操作する先生の様子を眺めていると、頭を掻きながら首をひねる姿が見れた。

 

「うーん……? どうやら直接聖王教会にまで行かないとキャンセルとかできないみたいだな……悪いけどまだ仕事が残っててここを離れられないから、そこはカルマギアがやってくれないか?」

 

「ありがとうございました」

 

「では行きましょ、シド」

 

 当然の様に一緒に来てくれるつもりのヴィクターにもう一度感謝しつつ仕事をしてくれた先生に向かって頭を下げる。次に行くべき場所が判明したのならここに残っている意味なんてない。さっさと職員室を出て、下校してしまう。

 

 しかし、疑問は残る。

 

「シドは申し込んでおりませんのよね? だとしたら誰が申し込んだのでしょうか……?」

 

「解らない……解からないし、解りたくもない」

 

 理解できるのはそこに悪意があるという事だけだ。誰かしらの悪意が介在している。少なくとも善意でこんなことはしないだろう。システム的に本人が承認、申し込みしない限りは出場できないようになっている。それでも自分が出場している扱いになっているのは誰かがそうなるように、仕組んだからだ。正直身内でこんなことをしそうなやつはいないように思える。だからやるにしても自分の知らない誰かがやった……としか言いようがない。

 

 ただし、悪意ある誰かだ。

 

 善意があるとしたら余程ねじ曲がっているだろう。

 

 ただ、こうなったらやる事は決まっている。聖王教会で出場のキャンセルをするだけだ。幸い、聖王教会の本拠は普段から出入りしている場所だ。どこで何をすれば良いのか、という事に関しては迷う事も間違える事もない。だからさっさと下校して聖王教会への道筋を行く事にする。

 

 そうやって校舎を出て校門までやってくると、珍しい姿を見た。

 

「おやおやぁ、今日も二人で熱々の下校やなぁー?」

 

「あらジーク、貴女が迎えに来てくれるなんて珍しいですわね」

 

「普段はドラマ見てポテチ食ってる時間だもんなジーク」

 

「ウチかて偶には迎えに行かなバチが当たると思うんよ」

 

「いや……まぁ、うん。そうだよな」

 

「否定してくれへんの……?」

 

 本当に飯食って体動かして戦うという生活の繰り返しであるジーク。働こうとダールグリュンでメイドのまねごとをしてみれば片っ端から全てを破壊して行く始末。根本的に整理とか整頓とか、そういう概念とは相性の悪い女だった。生物として戦う事に特化した弊害とでも言うのだろうか?

 

 そんな失礼な事を考えているとジークがこちらの考えを察したのか、

 

「はぁ? シドだけはそんな事を考える資格あらへんよ。戦闘能力に全振りした結果コミュ能力死滅してるやんけ」

 

「それは言わなくてもいいから……な?」

 

「自覚あるんやなぁ、やっぱ」

 

「まぁ、そこは私たちで補えばいいですから」

 

「そうやって甘やかすのが悪いと思うんやけどなぁ……まぁ、ヴィクターがそう言うんならウチはそれでええよ。それよりも帰るんやろ? コンビニ寄って買い食いして帰るで!」

 

「しれっと買い食いを差し込んできたなこいつ……いや、そうじゃなくて。ちょっと聖王教会まで行かないといけないから付き合って」

 

「え、嫁入りして欲しいって!? ええよ!」

 

「付き合うって言葉で結婚まで飛躍しすぎですわよジーク? それにシドはうちに来るんですから」

 

「いや、シーフするのもええかなって」

 

「良くないです」

 

「せやろか」

 

「そ! う! で! す!」

 

 ヴィクターが完全にジークに手玉に取られていた。その姿を眺め、漫才が終わるのを見計らったところでジークに自分の事情を話す事にした。勝手に従士選抜に申し込まれている事、そしてそれをキャンセルしようとすることに。それを聞いていたジークはほうほう、と腕を組みながら聞き、

 

「いや、まぁ、シドがそれでええならウチはそれで構わへんけど。ぶっちゃけシドなら優勝間違いなしやで、同世代で止められるのぶっちゃけウチかクラウスかヴィクター辺りだけやろ」

 

「そういう問題じゃないんだよ」

 

「ならどういう問題なんよ」

 

 そう言われると、自分の心の恥ずかしいものを暴露しているようで……素直に口にすることはできなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()フシがある。それはエレミア一族特有の物で、カルマギアがひたすら肉体のスペックを追い求めて強さをアップデートしていく中、エレミアという傭兵集団はひたすらソフトのスペックをアップデートし続けた対極の集団だ。つまり知識と経験と技術、それを記憶という形で世代毎に継承している。そうすることで先人の経験を踏まえた精神性のアップデートが行われる。ただそれを成し遂げるには強靭な精神性が求められる。

 

 だからエレミア一族はどれも強靭な精神力を兼ね備え、そして成熟している。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 なのでエレミア一族の例にもれず、ジークも非常に心が強い。そんな相手に自分の弱さを見せるのは……なんとなく、嫌だった。だから思わず口を閉ざしてしまった。それを受けてジークは腕を組んだままんー、と唸って空を見上げる。

 

「……まぁ、ええわ! シドがそう言うならウチもそれでええわ。特に不都合がある訳やないし」

 

「話がまとまったのなら行きましょうか」

 

「おー」

 

 若干気の抜けるジークの声と共に、聖王教会へと向かう。一度職員室に寄って下校を始めたからか、他の生徒達は既に下校を終わらせていたようだった。おかげで変に視線を集める事もなく平和な下校を過ごせた。冬である事もあって、既に陽が沈み始めている。世界が夕日の色に染まって行く。その中を幼馴染たちと歩いていた。後はここにクラウスさえそろえば、何時もの4人組が完成したのだが、クラウスが通う学校は別にあるので流石にそこまでは願えない。

 

 ただこうやって、日常的に一緒に過ごしている仲間がいるとどことなく、自分の居場所に安心する。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、ジークが少しだけ周辺を探るような気配を見せている事に気が付く。歩きながらジークへと視線を向ければ、ジークがこっちを見て笑みを浮かべた。

 

「なんやー? ウチに見惚れてもうたかー? まぁ、ウチも将来ないすばでーに育つ予定やし、乗り換えるなら今のうちやよ?」

 

「……」

 

 冷ややかな視線をヴィクターが送りながら此方の腕を組んでくる。これは完全にジークに遊ばれているなぁ、と思いつつも腕を組んでくるヴィクターの事自身は、あまり悪くはないと思っていた。実際、嫌いではないのだ。

 

 彼女にさえ―――彼女にさえ出会わなければ、もっと素直に喜べたのかもしれない。

 

 そう思うと、ちょっとした罪悪感が湧き上がってくる。ここは完全に、自分が悪いのだから。

 

「はぁ、本当にヴィクターはシドの事好きやねぇ」

 

「当然です。好きでもない相手を態々許嫁だからって面倒見たりしませんわ」

 

「ほんとよう出来とるなぁ……そこらへん、シドは感謝せーへんとダメやで?」

 

「解ってるよ」

 

 解ってる。だから、何かができるという訳でもないのだが。止めよう、そうやって頭を働かせると嫌なことばかり考えてしまう。だからそういう考えを頭から振り払って、今は自分のやるべき事をする為に聖王教会へと向かった。

 

 

 

 

「これはカルマギア様、私にお話しという事でしたが、なんでしょうか?」

 

「従士選抜の受付担当が神父様だと聞きました。その事に関して話したいんですが宜しいでしょうか?」

 

 聖王教会に到着し、表側受付を通して従士選抜の担当をしている神父を呼び出した。初老の神父は柔らかい視線の中に、敬意の様なものがその視線に見られる。それは体の中に流れる血に対する、信仰心からくる敬意なのかもしれない。ともあれ、担当となっている神父に話を聞かせる。

 

「申し訳ありません、何らかの手違いでシドが従士選抜に申し込まれている事になっているみたいでして」

 

 ヴィクターの言葉に頷く。

 

「僕は元々参加するつもりありませんでした。恐らく何らかの手違いか何か、かと思うのですが。神父様、どうか出場の願いを下げられないでしょうか?」

 

 その言葉に神父は首を傾げた。

 

「それは……おかしいですね」

 

 神父は困惑した表情で言葉を続けた。

 

「何せ私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から」

 

「……え?」

 

「それはおかしいで神父様。昨日シドは訓練した後教会でシャワー浴びて家に帰った筈やで」

 

 後ろからそう言ってきたジークに対して素早く振り返った。

 

「待って、あってるけどなんで僕の行動を把握してるのジーク」

 

「趣味や」

 

「成程……成程? 成程じゃないが?」

 

「まぁ、聞き流してくれや」

 

「聞き流して良い事じゃないと思うんだけど??」

 

「おかしいですわね……そうなると二か所にシドがいたってことになりますわね……」

 

「ヴィクター!?」

 

 軽く裏切られた気分だったが、神父の方も一切気にすることなく腕を組んで悩むような表情をしていた。

 

「受け答えもカルマギア様の声でしたし、魔力の反応もありませんでした。個人IDの提示もちゃんとしていました。少なくとも変装しただけでは無理な筈なのですが……」

 

「そもそもからしてシドを出場させることに何かの意味はあるんか、って話でもあるんやけど」

 

「……なんか、面倒な話になってきたなぁ」

 

 少なくとも誰かが悪意を持って変装、出場届けを出したという事になる。問題はその全容が見えてこないという話だ。少なくとも自分が出場した場合、見えてくる未来は自分が勝ち進む様子と、そしてその果てには騎士になれないという現実を突きつけられる事実だけだ。それが誰かに対してメリットがあるとは思えない。

 

「少々、薄気味が悪いですね」

 

「何かが動いてるってのは解るんやけど、その何かってのが全く伝わらへんなぁ。つまり会場で何か起こすからいてもらいたいって事やろか?」

 

「どうなのでしょうか? 従士選抜そのものは新しい従士を見出す為の場ですがこれといって特別な背景があるという訳ではありませんが」

 

「うーん、確かシドの生誕日はその翌日ですわよね」

 

「加えて言うなら聖王オリヴィエの誕生日も翌日やな。後ヴィヴィ王のもせやな」

 

「本人が調子に乗るからヴィヴィ王はやめような」

 

「え、今俺様の事呼んだ?」

 

 名前を呼んだ瞬間、天井から聞き覚えのある声がする。視線を上へと全員が揃って向ければ、そこにはセミの様に天井に張り付くヴィヴィオと近衛騎士ヴェルの姿があった。上を見上げた瞬間、だれもが動きを停止させ、神父が震える唇で何とか言葉を吐き出した。

 

「あの……殿下? 何をしてらして……?」

 

「脱走の新ルート開拓。このヴェルがさぁ、脱走は任せろって言うからさぁー」

 

「姫! 姫! 自分そんな事言ってないっす! 言ってないっすから! しかも無理矢理付き合わされてるっすよ自分!」

 

「そっかぁ……」

 

 近衛騎士の仕事も大変らしい。就職するとしても近衛だけは嫌だなぁ、と思う。絶対にヴィヴィオのわがままに振り回されるのが見えている。

 

「よ、っと。それでえーと、兄貴が登録してもねぇのになぜか登録されていたって話だっけ?」

 

「最初から話を把握してる……全部聞いてたなこいつ……?」

 

「20分前から自分ら、人のいないタイミング見計らってスタンバイしてたっすからね」

 

「ぶっちゃけ割と辛かった」

 

「暇なんですか貴女方?」

 

 まぁ、待てよ、とヴィヴィオが手を出す。

 

「ぶっちゃけ軽く聞いた感じ犯人の特定は難しそうな感じだし、ここで安全を取る為に兄貴の出場を取り消すのも簡単な話だ。だけどぶっちゃけ、その場合犯人が釣れなくて困るんじゃねぇか? 寧ろこのまま乗っかって、警備員を増員して見張らせた方が安全な気がするぜ俺は」

 

「それは……」

 

 そうだが、だがそうなると自分が大会に出る必要が出てくる。

 

「ですがそれはシドを囮にする様な事にはなりませんの?」

 

「寧ろ兄貴をどうにかできる生物いるの? いや、カインとかのレベルの強さあるんならどうにかできるのは解るけどよ」

 

「マスターランクあるならぶっちゃけ、変に弱い奴よりも察知しやすいっすよ。完全に隠密してても第六感とかは防げないっすから」

 

 いきなり人間を超えた理論を展開してきた。これを聞いているとどんなに新人で言動が軽くても、近衛は近衛なんだなぁ、というのを理解させられる。だが問題はそこじゃない。正直ここは棄権させてもらいたい所なのだが。

 

「じゃあ解った。ヴィクターちゃんも一緒に参戦すれば安心だろ!」

 

「成程……」

 

「成程じゃないが?」

 

「神父様! 私も出場登録をお願いしますわ」

 

「ヴィクター? ヴィクター??」

 

「ヴィクター、時折ポンコツになる所がかわいいんよな」

 

 言いたいことは良く解かるけどそういう問題ではないと思う。ダメだ、ヴィヴィオが出てきたことで状況の収集が付けられなくなってきた。何をどうすればいいのか、その結論が出せなくなってしまった。ここからどうすればいいんだ、という気持ちに頭を抱えそうになっているところで、こっそりと近づいてきたヴェルが耳打ちしてくる。

 

「まぁ、安心するっすよ。こっちから上の方に連絡を入れて判断してもらうっすから。安全面に考慮したら残念っすけど、出場は諦めて貰う事になるっす」

 

「ヴェルさん……」

 

「あ、アイツ今の一瞬で大量に好感度稼ぎやがったな! クビだクビ!」

 

「首を取ればええんやな!?」

 

「はは、最近の若い子はバーバリアンが多いっすね!?」

 

 混迷を極める状況の中、近衛の漏らした言葉に安心を覚えながらもどうなるのか、結果が出るまでそれがずっと頭を悩ませていた。




 犯人不明のまま、判断は教会の偉い人預かりへ。

 ヴィクターは明確に好きだと自覚しているし、それを隠す事もしなければそれを理由に手を抜いたりする事はない。好きだからこそ厳しくするけど、どうしようもない所は自分が助ければいいんだ、とも思うタイプである。

 どうにかなる部分はケツを叩いて、どうにもならない部分は自分が手を出す。引っ張っていくタイプの人だと思っている。自己主張が薄かったり、一歩踏み出すのを怖がるタイプと相性の良い人。


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Anger and Hatred - 1

「シド、どうやら上の方で話し合ってそのままお前を通す事にしたそうだ」

 

「うん……解った。部屋に戻ってるね」

 

 絶望的とも言える言葉に表情が抜け落ちそうになる。父さんに素早く返答したら背を向けて自分の部屋に戻ろうとしたところ、背中に父さんから声をかけられた。

 

「シド」

 

「……なに?」

 

 父さんはリビングで腕を組んだまま、こっちに視線を向けていた。

 

「もし、困った事があるなら俺やお前が信用できると思う友人に連絡を入れる事を躊躇するな。その時に手伝う事を俺もお前の友達も、だれも躊躇しないだろう。本当に辛い、と思ったときは頼ってくれ」

 

「ははは、大丈夫だよ父さん。僕、勝つし」

 

 そう言ってリビングに背を向けて自分の部屋へと戻っていった。できる事なら父さんや母さんには絶対に頼りたくなかった。いつもいつも迷惑をかけて、自分というふがいない存在のせいで人生を汚してしまった。こんな、特別な体は必要なかった。普通の体で良かったのだ。そういう風に自分が生まれてこれればよかった。全部、自分という存在が悪い。だから親にはなるべく頼りたくはなく、

 

 部屋に戻ったところで即座にベッドに倒れ込んだ。

 

 何かをする気にもなれなかった。無力感が胸を襲うのと同時に、何かをしなくてはならないという焦燥感が常に苛立ちを煽っていた。自分はまだ何もしていない。何もしていないのに終わってしまうのか? それはあまりにも、悔しすぎる。

 

 悔しすぎた―――諦め、きれない。

 

 何か、何か手段はないのだろうか。

 

 ベッドの上で力なく転がりながらも、頭の中だけは必死にどうにかしようと考えていた。だけど妙案は浮かばない。何をどう考えても自分が悪いという考えばかりが自分の中でぐるぐると回り巡ってくる。いや、実際に自分が悪いのだ。自分という存在が、だから憎い。

 

「なんで……」

 

 なんで、普通じゃダメだったのだろうか。なぜ聖王家の血なんてものが自分には流れているのだろうか。それさえなければ全部丸く収まったと思うのに。

 

 普通の体にさえ、生まれてくれば―――何も、問題がなかった。

 

 ―――本当に?

 

 本当に()が悪いのだろうか……?

 

 良く考えてみるのだ。

 

 いったい、僕が何をしたというのか。ただ生まれてきて、持ったものを使って頑張って生きてきただけじゃないか。なのになぜその事実でひたすら足を引っ張られ続けなければならないのだろうか? おかしくはないか? なんで自分が無能者であるという事実に対して僻みを覚えなくてはならないのだ。明らかにおかしいだろう、ハンディキャップであるという時点で下に見られる事が。

 

 どいつもこいつも弱くて、脆くて、撫でたら壊れる癖に。

 

 そうだ。憎いんだ。全てが。

 

 社会が、騎士が、十全な連中が。

 

 目を開ける。枕を抱きかかえ、眠りに落ちるように目を閉じて呟く。

 

「全部、憎い……」

 

 ぶち殺してやりたい程に。

 

 

 

 

 シド・カルマギアの体がバラバラになって転がされていた。その体は鋭利に割かれた断面から浸食するように腐食し、そして分解されていた。

 

 それを足元に蹴り転がすように老人と少女が座り込んでいた。レモン味のアメを口の中でころころと転がしながら徐々に崩れて消えていくシド・カルマギアだったものを興味もなく眺めていた。少女はその光景に欠片も興味を持つことはなく、

 

 カルマギアの体を踏みつぶして破壊した。

 

 肉塊はつぶれた先から分解され、土に返る。まるで最初から存在しなかったかのように。

 

「で―――」

 

 廃工場のドラム缶の上に座る少女の片手には携帯用の端末が握られており、そこから浮かび上がるホロウィンドウでゲームを遊んでいた。電子的な数字、確率や瞬間が見れる彼女にとってそれを遊ぶことは純粋な暇つぶし以上の利用がなかった。何故ならその気になれば別に確率操作をしなくても、タイミングを見極めてボタンを押すだけで望んだ結果を得られるのだから。だから少女が―――イリスがそうやってソーシャルゲームに手を出す理由はとてつもなく簡単だった。

 

 軽くポチポチ押しているだけで他のプレイヤーが万単位課金する事で手に入れるキャラを、1回のガチャで確定で引ける事実が楽しいだけだ。そうやって精神的なマウントを取って他のプレイヤーを見下している、そういう遊びをしているだけだった。だが望む結果を得られる事実は直ぐに飽きを生む。もういっそゲームサーバーハッキングして滅茶苦茶にしてやろうか、なんてことを考え始めたところでやめた。

 

 やった所で満たされるのは虚栄心だけだ。それを理解しているのでイリスはゲームを消し、それと入れ替えるように自分で組んでいたハッキングツールを起動した。ミッドチルダ、ベルカに広がるシステムは科学だけを発達させたイリス達の世界、エルトリアからすれば脆弱なセキュリティを抱えたネットワークばかりでハッキングし放題の犯罪パラダイスであった。故に呼吸するように端末でアクセスし、一切の足跡を残す事なく好き放題出来ていた。

 

「何もしなくていいの?」

 

「もうこの時点であの小僧の未来は決まったさ」

 

 欠伸を零した老人はフードの下で軽く欠伸を零すと完全に砕け散って消えるシド・カルマギアの義体から視線を外し、鉄骨に腰を下ろしたまま目をつむった。その解り切った様な言動と行動に、イリスが眉を顰める。

 

「たったアレだけの行動で? ヌルいんじゃない? まぁ、子供一人相手に手を尽くすのはどうかと思うけど」

 

「アレで十分なんだよ。内心どろどろのぐちゃぐちゃの小僧だ。それを心で良く抑え込んでたみたいだけどなぁ……」

 

 目を開けた老人はにやりと笑みを浮かべてアメを噛み砕いた。

 

()()()()()()()んだ。近いうちに心に抱えた感情を我慢しきれなくなる。次は受ける感情と衝撃に素直になる。そして自分を抑えきれなくなる」

 

 そうすれば後は簡単だ、と老人は言う。

 

「そこからは堕ちるだけだ。なに、見てれば解かるさ。強靭な心を持つ者ほど転がりやすいって事実がな」

 

「……」

 

 解り切った様にしゃべる老人に対して、イリスは嫌悪感を抱いた。だがその嫌悪感も直ぐに霧散する。結局のところ、イリスもキリエを利用する事で自分の目的を果たそうとした。目の前の老人に嫌悪感を抱いたところでその事実は変わらない。自分もやっていることはこの老人と一緒だ、という事実が自己嫌悪を煽る。だからそれをごまかすようにイリスが口を開いた。

 

「ねぇ」

 

「どうした小娘」

 

「……これが終わったら、渡してくれるんでしょうね」

 

「あぁ、勿論だ」

 

 そう返答する老人は懐から一枚のドライブを取り出した。イリスの視線がそれに釘付けになる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()、なんでユーリ・エーベルヴァインが虐殺を行ったのか、知りたいもんな?」

 

「……っ」

 

 イリスの表情が強張る。だがそれを楽しむようにフードの下で老人が笑う。老人が握っているその中身が本物である事は、その欠片を確認したイリスだからこそ解かる。何故、他の誰もが知らないはずのそれを知っているのか、それを持っているかという事は重要ではない。

 

 重要なのは真実がそこにあるという事だ。

 

「おいおい、そんなに睨むなよ。悪い事するならせめて楽しもうぜ」

 

 老人はそう言うと新しいアメを取り出し、それを口の中へと放り込んだ。

 

「楽しくないなら悪い事やる意味なんてないだろう? だからせめて笑って楽しもうぜ―――堕ちるのも堕とすのもな。それを全部笑えてこそのパブリックエネミーだ」

 

 何かを悟った様な言葉を放ちながらも、老人は自分で言った事が面白かったのか小さく笑い、

 

 アメを静かに砕いた。

 

 

 

 

「この! 俺が! 遊びに来てやったぞシド! 感謝して準備しろ。今日は出るぞ」

 

「朝から騒がしいんだよなぁ、こいつ」

 

「ふははは―――ん?」

 

 混沌の日から一日、翌日は朝からクラウスが襲撃してきた。テンションは高く、そしてやる気に溢れている様子が見て取れた。身内グループの中で、一番精神とメンタル強度が突き抜けて高いのはたぶん、クラウスだろう。身内の中で一番発想が吹っ飛んでいるというか、行動がいちいち大げさというか。バカをやらせるならクラウス。組んで混沌とするのはヴィヴィオ。二人を一緒にした日には聖王教会は滅ぶと身内ではよく言っている。

 

 ヴィヴィオは思想犯だけど、クラウスは実行犯だ。そしてクラウスが実行するならヴィヴィオもそれに乗っかってくる。

 

 カオスの相乗効果が見込める最悪の組み合わせだった。そんなクラウスが朝から襲撃してきたという事は、それなりに頭の悪い考えがあっての事だろうという事は解る。なのでクラウスが玄関のチャイムを音速16連射してきた所を父さんが一発げんこつを叩き込んでから迎えた。迷惑を考えろバカ。

 

「おはよう、クラウス相変わらず喧しいなお前は」

 

「余計なお世話だ。俺という存在がこの世界を盛り上げなかったら一体だれがこの世を盛り上げるというんだ? 決まっているだろう? ヴィヴィオだ」

 

「世界の命運は君に託したよクラウス」

 

「返事まで1秒もかからなかったな……」

 

 ヴィヴィオに対する絶対の信頼であった。

 

 と、そこでクラウスは違う違う、と言葉を振る。

 

「シド、お前眠気の方はどうしたんだ?」

 

「うん? なんか今日は眠くないんだよなぁー」

 

 普段ならまだ眠くて意識がぼんやりしているのだが、今日はなぜか起きてからずっと意識がはっきりしている。だからといって何かあった? といわれると昨日がいつも以上に酷い一日でオリヴィエに慰められるまではずっとこの世のすべてを恨んでいた程度の事しかしていないのだが。まぁ、言い換えればそれだけだ。ほとんど何もしていないのにも等しい。だから朝から頭が快調なのはちょっと不思議な気分だった。おかげで普段は勝手に動いている体も動かなかった。そういう意味では不便な事だった。

 

 だがクラウスはそれを見て、笑みを浮かべた。

 

「ほうほう、良いではないか。お前も成長しているという事だ。苦手な事、足りん部分を一つずつ克服しているのは良い事だぞ。まぁ、十中八九ヴィクターと愚妹が嘆くが」

 

「想像できるのがこの話の嫌な所だよね……」

 

 ハイディはお世話チャンスが減ったと嘆いて、ヴィクターは手間がかからない事を寂しがるんだろうなぁ、というのが想像できる。ただ、まぁ、それはそれとして誰かの手を煩わせるのは正直申し訳なくて嫌だから自分はこれで助かっているのだが。

 

 何が原因なのだろう? とは思う。

 

「まぁ、いい。それよりも聞いたぞシド。ついに従士選抜に出るらしいな! 貴様の事だから去年出ても優勝は間違いなしだったのだろうが」

 

「その話はしないでくれ、頭が痛くなる話だから……」

 

 その言葉にクラウスが解らない様な表情をしている。

 

「何を悩んでいるんだ貴様。もしかして負けた時のことは……いや、考えないな貴様なら。そういう傲慢な所あるし」

 

「傲慢で悪かったな」

 

「別に悪くはないと思うぞ。強いのに変に卑屈なのよりは良い。強いならそれだけの強さを見せれば良い。いったい何に遠慮しているかと俺は思うがな……と、そうではなかったな」

 

 クラウスは首を傾げてからあぁ、と呟いた。

 

「制度か」

 

「っ」

 

「貴様の事だ、りんかぁこぁがないからぁ~ぼくぅ~ライセンス取れなくて騎士になぁれなぁいぃ~とか言ってぼぶっ―――!?」

 

 迷いのない拳をクラウスの顔面に叩き込み、その姿が扉を抜けて数メートル程飛び、地面にバウンドしてから道路を走っていた車に弾き飛ばされて空中を舞った。落下してくる所で対向車線からトラックが通り、クラウスをもう一段階吹き飛ばした。それをキッチンで見ていた父さんが軽くうなずいてから新聞へと視線を戻して無視する。

 

 それから十数秒後、武装形態の状態のぼろぼろのクラウスが歩いて戻ってきた。

 

「事前にこっそり展開してなかったら死んでいたなぁ……!」

 

「死罪でしょ今の」

 

「気持ちは解るがまぁ、聞けシド」

 

「うん」

 

 クラウスがたっぷりと溜めを作るように数秒、時間を置く。

 

「ぶっちゃけ! コネ入団すれば良くない!?」

 

「お、おう」

 

「いや、ヴィヴィオに頼んで近衛に抜擢とかさせて貰えればお前なんて顔パスだろ、顔パス。あそこの指揮系統は教皇庁から外れてるし、聖王教会全体の制度からもある程度断絶されてるし」

 

「いや、それは……」

 

 考えたことはある。だがそれで本当に騎士になれたか? といわれると怪しかった。誰もが認める様な、騎士になりたい。俺は騎士であると胸を張って言える存在になりたかった。だからそれは違うのだと思う。胸を張って騎士だとは言えない。

 

「……というか、クラウスに僕の夢の話をしたことあるっけ」

 

「戯け。俺を誰だと思っている。貴様の幼馴染でライバルで親友だぞ」

 

 クラウスは、得意げな表情で一瞬間を置いた。

 

「そんなもの、一緒に拳を合わせて遊んでいれば解かるわ。お前の場合、憧れの目線が露骨だしな!」

 

「お、おぉぅ……そっか……」

 

「悩んでるな素直に言えバカ。その代わりに俺が困ったときにはお前に助けてもらう。それが友情という奴だろう?」

 

「うん……ありがとう、クラウス」

 

 もうちょっと、もうちょっとだけ本音で話し合ってもいいかもしれない。自分の胸の内にあるものを我慢せずに。それを零す形でクラウスになら言っていいかもしれない。そう思いながら良し行くぞ、とクラウスに言われた。

 

「で……何をするの?」

 

「ヴィクターの奴がジークと秘密の特訓を始めた。どうやら大会で貴様と当たるのを見越して、貴様対策をするつもりだ。女子共が団結してくるというのなら、俺達も俺達で団結してヴィクター相手にガンメタ張っていくぞ!!」

 

「発想が狡い―――だけど嫌いじゃない、乗った! 父さん! 母さん!」

 

 家を出る前に振り返ってリビングへと声を向ければ、

 

「あんまり公園を破壊しすぎないでねー。後でお弁当持って行ってあげるから」

 

「はーい!」

 

 ちょっとだけ軽くなった心の内を感じながらもクラウスと一緒に、騎士になるという未来を目指して走り出す。

 

 きっと、悪い事にはならないと信じて。




 緑のバカ。ただしメンタル強度オリハルコン。

 シド一番の親友で、現代における一番の理解者。同性同年という事もあっておそらく現代において一番近い場所にいる相手で、本音で語り合える数少ない友人。メンタル強度が並外れており、そして自分の体を張る事に躊躇しないタイプ。

 それはそれ、これはこれと分けて考えるタイプ。しっかりと古代の記憶を継承しているが、途中まで見たところで「なんだこいつ女々しいからもうええわ消す」で頭の中から消した奴でもある。


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Anger and Hatred - 2

「サンキュサンキュ」

 

「これぐらいは気にするな」

 

 動きやすいジャージに着替え―――ずに、武装形態を此方にもクラウスに展開して貰った。無論、自分にバリアジャケットや武装形態なんて物はいらない。そんなものがなくても魔力刃なんて握って砕けるし、炎を掴んで消す事ぐらいたやすい。とはいえ、服は無敵じゃないし汚れる。そして派手に汚したり破いたりすると母さんがキレる。キレたときの母さんは父さんよりもはるかに怖いので、体を動かすならジャージか、或いはクラウスとかに展開して貰っている。これで体を汚したりしても平気だ。

 

 そういう訳で何時もの公園にやってきた。魔法の使用許可が下りているこの公園では魔法の練習、そしてストライクアーツなどの鍛錬が盛んにおこなわれている。だからここで体を動かすのが一番良い。

 

 いや、一番良いのは環境的に言えば騎士団の訓練場だが、あそこは色々と手続きとかがあって面倒だ。ヴィヴィオを頼ればパスできるのだが、それはちょっと頼りすぎだと思う。

 

 なのでこうやって公園にクラウスとやってきて、軽く柔軟で体を解す所から始める。それが終わればすぐにでも鍛錬を始める事ができる。適度に体を温めたところで手を腰にやりつつ、

 

「で、どうすればいいんだろう」

 

「だから貴様は阿呆なのだ。ジークが付いた状態で貴様対策を今頃、ヴィクターは練っているだろう。一番お前の攻略方法というもので開発しているのがおそらくあのヘンテコ口調女だからな。対策を練る上では欠かせない女だ」

 

「というかジーク、皆のメタ張ってるでしょあの子」

 

「だよな」

 

 ジークリンデ・エレミア。

 

 エレミアの最新最終の娘と今は言われている。つまりエレミアという血統の果て。自分がカルマギアの果てであるなら、ジークリンデはその対極だ。極限まで継承された経験、どこまでも詰め込まれ継承された技術、それを運用する為のバランスの良い肉体と高い魔力。経験と技術を運用するベースとして最適化された肉体をジークは生まれた時点で兼ね備えている。技量、そして経験こそが最強の個人を形作るというエレミアの理論を体現している女だ。だから基本的に、何でもできるのだ。それが《エレミアン・クラッツ》というファイティングスタイルなのだから。

 

 組み、打撃、射撃、斬撃、魔法、何でもハイレベルにこなせる。

 

 器用貧乏ではなく器用万能。

 

 的確に相手に弱点を攻めながら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのが《エレミアン・クラッツ》の恐ろしさだ。その場で戦闘をしながらスタイルを切り替えて一気にキルゾーンに引き込む戦い方を攻略するのは難しい。何故なら対策を用意したところでそれを切り替えて、無駄に終わらせるからだ。ジークを攻略するにはすべてが高いレベルで極まっているのか、或いは超一点特化で短所も長所もぶち抜くような勢いで押し込むしかない。

 

 なお、ジークは()()()()()()()()()()()数少ない一人だ。

 

 そう、殺し合い。

 

 ジークと戦うという事は本気になるという事でもある。妥協、遠慮、迷い、躊躇、油断、慢心、てかげん―――これらが一切入る余地がない。全力で殴ろうとすれば全力で殴り返してくる。この時、互いの体を壊すレベルで殴り合う事になるので、必然的に殺し合いに発展する。なのでジークとの本気での殴り合いは禁止されていたりする。始めれば最後、どっちかが最低限入院する必要が出てくるからだ。

 

 ただ、まぁ、

 

 一度は全力で殺し合ってみたいよね、とは思う。エレミアの人たちはかなり好意的だったし。

 

「ジークがヴィクター側に回ったかぁ……対策練ってくるだろうなぁ」

 

「貴様の脆弱性を考えると間違いなくスタンからの場外判定を狙ってくるだろうと、俺は思っているな」

 

「あー……」

 

 スタン―――つまりスタンショック。電気使いの良くとる手段である。ヴィクトーリア・ダールグリュンは電撃使い、雷の変換資質保有者である。その為、呼吸するように魔力を雷へと変換する事が可能であり、その性質を付与して戦う事が出来る。またジークからの手ほどきを受けているヴィクターはそこら辺の使い方がえぐく、

 

「神経に電流流してスタンとか取って来そうだよね」

 

「貴様相手に手加減や遠慮の類は一瞬で敗北するって解っているだろうからな。俺もその方向性で来ると思うが……それだけでは足りないな。面制圧、お前の一撃を回避し、受ける為の手段……色々と仕込んでくるだろうからそれを予測する所から始めなくてはならんな」

 

「うーん」

 

 ヴィクター対策? そんなもの自分にはない―――いや、必要ない。

 

 なぜなら自分が父さんから学んだ流派、スタイル、戦い方とは物凄いシンプルなものだからだ。その根幹とも呼べるものは既に叩き込んである。

 

 即ち《カルマギア式決戦道》である。

 

 別名、《カルマ・アーツ》とも言う。

 

「まぁ、僕ができる事なんて耐えて殴る程度なんだけど」

 

「間違いなくそこを狙われるぞ。貴様の父ならともかく、貴様はスタンとかその手を無視しながら殴り合えるわけじゃないだろう」

 

「いや、まぁ、うん」

 

 父さんは凄い。燃えても凍っても感電しても切られても何もなかったかのように盾と剣を構えて普通にそのまま戦い続ける。自分が目指すべきハイエンドとしての姿は、父さんが示してくれている。ただやっぱ、神経に直接電流を叩き込まれても無視して動ける姿は気持ち悪いの一言に尽きると思う。

 

 とはいえ、対策の対策と言われるとそれぐらいしかないのだが。

 

「ともあれお前が武器を握れないとなると、素手で殴り合う事になる。絶縁グローブぐらいは用意したい所だなぁ」

 

「多分力こめたら破れると思うんだけど」

 

「武器破壊王の名前でも目指してるのかお前??」

 

「だって、大体何を握っても壊れるし……」

 

 片手剣? 柄が折れる。

 

 槍? 握り壊してしまう。

 

 斧? 叩きつけたときに刃が砕ける。

 

 弓? 弦が千切れる。

 

 大剣? 何発か耐えてから柄と刀身が壊れる。

 

 デバイスという武器種そのものが脆いのだ。魔導師が魔力を通して使う前提だから、強度は魔力を前提としたものになっている。魔力による補助抜きとなると、ギミックウェポン程度の強度しか存在しない。そうなるともう、簡単に壊せてしまう。そういう理由から、デバイスの類の武器は持てない。持てば片っ端から破壊してしまうからだ。故に許されるのはこの肉体のみだ。この拳でしか戦えないのは趣味でもなんでもなく、純然たる事実として。

 

 父さんは普通に魔力を使えるので、デバイスを魔法で強化している。というか使用している魔法なんてほとんど強化魔法だけだ。それで自分の肉体とデバイスを限界まで強化している。

 

 それでもカルマギア家は純粋な物理ゴリラの家系なので、父さんも父さんでかなり短いスパンでデバイスを握りつぶしている。限界まで物理的なスペックを追求した弊害でもある。結局、カルマギア一族は武器を破壊するという業から逃れる事は出来ないのだ。それでも父さんと自分で違うのは、父さんは少なくとも数か月単位、或いは年単位で武器を持たせられるという事だろう。

 

 僕の場合、一回の戦闘で最低1個破壊する。

 

「一番簡単でやりやすい方法は武器で雷撃を弾く事なんだがな……」

 

「武器が使えないとなると難しいなぁ……拳でやれれば良いんだけど」

 

 いや、普通ならできるのだが。ヴィクターもジークも、そこらへん対策を練ってくるだろう。となるとこちらもその対応手段を考えなくてはならない。

 

 カルマギア家の戦い方はシンプルだ。

 

 前に出て殴って殺す。

 

 だから対策、対応というものは基本的に相手が出してくる手段を理解し、それを回避する方法を記憶するという事に集約される。特別な手段を取る必要とかはないのだ。このフィジカルこそが最強の武器なのだから。問題はそれをフォローする為の手段がない事だろうか。

 

「……もう、いっそのこと壊す事前提でやるか?」

 

「え?」

 

「いや、だから武器を壊す事前提でやるって話だ。今じゃワンオフの時代だが、古代ベルカなどの戦乱期では寧ろ武器は使い捨てが基本運用だったからな。壊したら捨てる、殺したら奪ってなんでも使って戦うのが基本スタイルだ」

 

 クラウスは思い出すようなしぐさを取りながら話を進める。

 

「だったらそれに倣って、最初から武器を使いつぶす前提で戦えば良いんじゃないか? ワンオフのデバイスは確かに高価だが、まともに代理演算すらできないアームドデバイスならかなり安く手に入る筈だ。それを2個3個とかじゃなくて、10個ぐらい揃えて装備した方が早いんじゃないか? お前の場合は」

 

「……一理あるけどさ、物自体はどうするんだよ。そこまでそろえるの結構お金かかるだろ」

 

「そこはほら……親にねだるとかさ」

 

「うちは裕福じゃないよ!」

 

 カルマギア家は一般へと帰属した時に、財産の大半は聖王教会へと寄付している。自分たちの得た財はそれこそ聖王家の為のものであり、一般になる以上はそれほどの財はいらないという判断から祖父と祖母がやった事だ。

 

 まぁ、この後でヴィヴィオの存在が発覚して血涙流しながら腹を切ろうとするところを総出で止めにかかったのだが。

 

 ともあれ、

 

「コスト的に無理」

 

「……そうなるか」

 

 無論、クラウスには自分の親を頼って武器を用意するという手段もあるだろう。だがその施しがこっちのプライドを刺激するものであるというのを解っている。だからそういう提案をしていない。そこらへんは、まぁ、口にしなくても伝わる事だ。

 

「……どうしよ」

 

「現状、感電するなとしか言えないぞ」

 

「喧嘩売ってる?」

 

「お前の父親を見ろ」

 

「……ごめん」

 

 父さん、電撃も毒も通じないからなぁ、と思い出す。うん、まぁ、本当の意味で人間辞めてるのはあっちだよねって。

 

「とりあえずルールとレギュレーションを確認するか……何か抜け道があるかもな」

 

「そう簡単に抜け道が用意されてるとは思わないけどなぁ」

 

 クラウスがホロウィンドウを浮かべる。そこに表示されているのは公開されている従士選抜の大会概要やルール等のページだ。それを広げて、その中から自分たちが取れる手段を確認する。参加してくる連中はみんな、ワンオフ型のデバイス持ってくるんだろうなぁ、なんて事を考えながらクラウスと共にルールを確認して行く。

 

 その中でクラウスがお、と声を零して見つけるものがあった。

 

「持ち込み武器はデバイスである必要はないらしいな。なら適当に試合前と試合後に魔法を使って武器を作れば問題なく補充できるなこれ」

 

「良くそういうのを思いつくな……」

 

「お前ら3人が脳みそ使わなさすぎなだけだ。スペックが無駄に高いから、それに甘えすぎだな」

 

「ごもっともです」

 

 ちなみに身内で一番素の頭が良いのがヴィヴィオ、対処能力が一番高いのがジーク、バランスが良いのがヴィクター、そしてキレが良いのがクラウス。つまり単純なスペックで言えば覚えたり実行するのはヴィヴィオなのだ。だが即座に回答を用意できるのがジーク。安定しているのがヴィクターであり、

 

 一番悪辣な手段や、容赦のなさ、そして目的を達成する為の明確な道筋を見つけられるのがクラウスだ。つまり知識を運用するのが上手いタイプだ。戦う時も、純粋な戦闘力でアドバンテージを奪って行くのが自分やジークに対して、クラウスは状況を自分の有利へと持ち込んで一方的にハメ殺したりするのが非常に得意だ。それでいて別にスペックが劣っているという訳じゃないのが厄介だ。

 

 身内連中、こういう奴ばかりだ。

 

「俺がセコンドとして入って、武器を渡せばよさそうだな」

 

「そこまで頼っていいのか?」

 

「気にするな。親友の晴れ舞台だ。これぐらいはさせて儲けさせろ」

 

「お前……」

 

 レギュレーションには書かれてないから何も問題ないんだよなぁ、とクラウスがげらげら笑いながら指摘している。本当にこういう抜け穴とか見つけて実行するのが上手い奴だった。ただそうやってクラウスを味方につけていると、少しずつだが希望が見えてくる。

 

 その事にちょっとだけ、胸が軽くなるような気持ちで、

 

「―――お、無能シドじゃーん」

 

 聞きたくもない声に、一気に気分が叩き落された。そういえばここは公園で、公共施設なんだからだれもが使えるという事実を忘れていた。

 

「こんな事なら教会の訓練場を使えばよかった……」

 

「所詮雑魚の戯言だ、気にするな。連中は無駄にCO2を排出する事だけが生きがいだからな」

 

「物凄い理論展開してきたなクラウス」

 

 小声で闖入者をバカにしつつ、視線を声の方へと向ければ、ジャージ姿で公園へとやってくるどこぞで見た上級生たちの姿が見えた。その手にデバイスの姿が見える辺り、同じように公園に練習に来てたのかもしれない。だが取り巻きを連れて、此方を蔑むような視線を送る事は苛立つ。だが何よりも殺したくなるのはその視線を俺だけじゃなくてクラウスにも送っている事実だ。俺と一緒に居るから同じ括りに入れると? 蔑むと? 撫でれば崩れる様な芥の癖して。

 

「おいおいおい、もしかして練習とかしちゃってるつもりぃ?」

 

「魔法もない癖に? バッカじゃねぇの? 魔法が使えないと脳みそまで―――」

 

腹パン断空拳!!

 

 耳障りな言葉を遮るように空気をたたき出す音と、見事な打撃音が響いた。気づいた時には既に踏み込みを終えていたクラウスの拳が今喋っていた上級生の鳩尾を拳で穿っていた。手の早すぎる動きにクラウスを呆然と眺めていた。

 

 腹パンをキメたクラウスは拳を取り出したハンカチで拭ってからふぅ、と息を吐いて此方へと戻ってくると、良い笑顔で上級生へと視線を戻した。

 

「で―――なんだ貴様ら? 俺とシドに用事か?」

 

「お、お前! 何をやってんだよ!」

 

「いきなり何を殴ってるんだよお前!? 頭おかしいのがっ!?」

 

グレート腹パン断空拳!!

 

 また一人公園の大地に沈んだ。その光景を上級生たちは恐怖のまなざしで見ていた。殴ったことで穢れてしまったと言わんばかりに―――否、100%の煽りを含めてハンカチを取り出して殴った拳を拭いつつ、良い笑顔でクラウスは再び上級生たちへと向き直った。

 

「えーと……因数分解の話だったか?」

 

 まるで先ほどの出来事が何もなかったかのように、会話を始めた。しかもまったくあっていない。その様子を見た上級生達がおののいた。そして本能的に理解した。

 

「や、やべぇよこいつ」

 

「に、逃げるぞ! こいつ関わっちゃいけないタイプの奴だよ!」

 

 クラウス・ジュニア・ストラトス・イングヴァルト。イングヴァルト家の男児で、ヘテロクロミアで生まれた者はその偉大なる先祖である覇王の名を継ぎ、クラウスの名をつけられる。ただし、クラウスの父もクラウスである。その為、もっぱら家ではジュニアと呼ばれている。頭のキレが良く、回転が速く、そして情に厚い。

 

 だがそれよりも遥かに行動力が突き抜けていて、手が早い。

 

 ほぼ反射、或いは本能的にカウンターを繰り返す蛮族でもある。

 

 言動にとどまらず絶対にこいつはやる、という謎の信頼感を一身に背負った男でもあった。

 

「ふぅ、カス共が去ったか―――雑魚め、男なら殴り返してこないか」

 

「言葉での殴り合いを所望だったと思うんですが??」

 

「そんなの女の文化だ。男なら拳で殴り合った方が早いだろう。第一お前の敵は俺の敵だ。だったら遠慮なく喧嘩を仕掛けられるというものだ」

 

 そういう事を、当然の様に口にするからクラウスはずるいと思う。ちょっと、恥ずかしい。そこまで何かクラウスの為にやった訳ではないのに、クラウスの友情は厚い。だがそんな事よりも、とクラウスは言う。

 

「さっさとライトニングお嬢の対策を考えて練習するぞ! 武器はそこら辺の土や岩を即席の武器に変換するから、それを使ってやってみよう。何、ゴーレム作成とかの応用だ。俺も少し練習がいるが天才だからな。すぐに慣れる。お前も壊さないように使うのを練習しろ」

 

「無茶をおっしゃる」

 

 だがやる、やってみせる。クラウスが付き合ってくれるのだ。

 

 これで成果を出せないなんて、嘘だろう。

 

 それから未来の事を少しだけ忘れて―――僕たちは没頭するように練習した。




 クラウス、学校での二つ名は”全自動型キレてるナイフ”。

 覇王一族も元王族なので立場がかなり面倒っちゃ面倒なのだが、パパウスの方が「休日はカウチでビール片手にフットボール見ながらケツ掻いてゲップしたい」という理由から聖王家みたいな扱いは絶対にノォゥ! してる。


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Anger and Hatred - 3

 それから従士選抜大会に向けて、クラウスと二人で特訓する事にした。他にルールの穴などを探してみたり、とれる戦術を相談してみたり。付け焼刃で鍛えても身につくものは薄く、頼ろうとすれば簡単に折れる。なので短期的に強くなるために重要なのは()()なのだ。自分が元々持っているもの、技術、資質。それを運用する方法や手段を増やす事。短期的に強さを増すのであればこれが一番効率的だ。

 

 ぶっちゃけた話、スペック的な意味ではほぼ完成されているから、長期的な鍛錬でなければ体を鍛える意味はない。技術というものも数日、数か月で身につくものではない。表面上できたとしても、それは意識しなければ行使することのできない物だ。無意識的に動きを繰り出せるようにするにはそれから更に何か月、年単位という修練が必要だ。それを数週間先の大会を目標として身に着けられるか? と言われると難しい。意識してカウンター運用するのであれば理解できる。だがヴィクターの様におそらくは自分の雷を応用してくるような技を使ってくる相手にそういう付け焼刃は自分の隙を作る事になる。

 

 つまり、そういう長期的な手段を今回には持ち込むことはできないという話だ。

 

 そもそも、だ。

 

 長期と短期的なものが鍛錬にはあり、それを覆すことは早々ない。それがもし、可能なら誰もが短期的に根付く鍛錬を行って強さがインフレしているだろう。ここら辺、そういう強さを鍛えたり伸ばしたりすることに関するプロフェッショナルはジーク達、エレミア一族と自分の所のカルマギア一族だったりする。執拗にまで強さを求めた結果、とも言える。そしてそういう鍛錬の為の知識というのはある程度父さんから叩き込まれている。

 

 なのでその知識と経験を元に、短期的なパワーアップ手段を実践していく。一番簡単なのは武器を使う事。これはクラウスが魔法を使って、スクラップや岩を変形、変質、変換する事で用意した。確認する従士選抜のルールに、武器の使用制限はない。それが銃や爆弾の様な完全な質量兵器ではない限り、原始的な武器であれば()()()()()()()()()()()のだ。

 

 というのも、今はクラッシュエミュレートなる優秀なシステムが存在するのに理由がある。

 

 受けたダメージを数値化、フィールドを形成しその内部を非殺傷にするシステム。元々はもう少し不便なシステムだったらしいものの、数年前に革新的なブレイクスルーが行われた影響でその性能が大幅に上昇してシステムの安全性と機能性が大幅に向上したとのことだった。

 

 そのおかげでエミュレート起動中であれば、非殺傷設定が乗り辛く怪我しやすいアームドデバイスを使用した戦闘訓練であっても、ダメージを現実に残すようなことはなくなった。

 

 とはいえ、このエミュレートは聖王教会の本職の騎士や、騎士の家系に対してはあまり人気がない。ミッドチルダ式の魔導師は使用する魔法がシュートやバスターがメインであり、非殺傷でないと一瞬で人間を焼き焦がしたりするので必須なのだが、ベルカ式や古代ベルカ式の使い手はこれらの鍛錬を代々非殺傷設定抜きでやってきている。痛くなくては覚えない、という理屈を素でやり続けてきたているのだ。

 

 自分や身内連中もこれに入る。基本的に保護や防護なしで戦い、鍛錬する事を基本としている。最大の理由は実戦を想定したものであり、一番想定されている相手が次元犯罪者である事が理由に上がる。騎士が出動する様な事は割りと珍しいのだが、それでも次元犯罪やテロの鎮圧の仕事は尽きない。この時、次元犯罪者側は非殺傷設定で此方を労わる事なんて絶対にしない。その為、実戦に近い所を想定してベルカでは良く非殺傷抜きでの鍛錬が行われる。

 

 ミッドチルダではベルカ人を指して修羅と呼ばれる所以である。

 

 だがこれがこの選抜大会では存在する。当然の話だが死人がこの規模の大会で非殺傷抜きだと、確実に出る。そういうのを発生させないための非殺傷設定であり、クラッシュエミュレートである。そしてこれが起動しているからこそ、アームドデバイスや拳を使った物理的な攻撃を行っても、怪我人を出さずに戦えるという事だ。

 

 その事実を把握しているからこそ、遠慮なく武器を用意できる。クラウスと相談して色々と粗悪品を使いつぶす方向性で戦う事を決めつつ、練習する日々。学校に通う時間も惜しいと思いつつ時が進んで行く中で、

 

 事件が起きた。

 

 

 

 

「アレ……なんかいるな?」

 

「あぁ、珍しいな」

 

 ここ最近は繰り返していた公園での訓練―――クラウスと一緒に公園へとやってくる。日々の積み重ねこそが強さへの近道なのだから毎日学校の後と休日は朝から通っている場所だったが、今日はちょっと違う光景が繰り広げられていた。普段体を動かすのに使っている広場では見慣れない姿と、良く見知っている二人の姿があった。片方が紫色のジャージ姿であり、ヴィクターの補佐に回っているジークリンデ・エレミアで、

 

 もう片方がこの真冬に半袖半ズボンのアロハスタイルの菫色の髪のチャレンジャーだった。

 

「おーい、ジークなにやってんだー」

 

「ジークこっちに来るの久しぶりだよね」

 

「お、シドにクラウスやん。久しぶりー、今日はヴィクターが家の用事で忙しいから暇してたんやけどなぁ」

 

「まぁ、そこに私が来てしまってね。すまないけど幼馴染は借りているよ」

 

「どうぞどうぞ」

 

「どうせならそのまま使いつぶしてくれ」

 

「ウチの扱い酷ない?」

 

 ジークだからしょうがない、と返答をした所で何をやっているのかを確認する為にジークと、そして男を確認する。そのすぐそばの地面には大剣が突き刺さっているように見えた。それとジーク達を見比べ、

 

「何やってるの?」

 

 こちらの言葉を受けたジークはうーんと唸りながら体を軽く捻る。

 

「んー、なんて説明したらええんやろなぁ……」

 

「まぁ、その事には私の自己紹介が必要かな?」

 

 アロハは片手を腰に当てながら此方へと視線を向けてくる。どことなく、油断ならない気配を感じる……気もする。直感的にではあるものの、あまり気を許してはならないタイプの人間の様に感じられた。だけどそんな此方の考えを気にする事も、知る事もなくアロハの男は自己紹介を始める。

 

「さてさて、私はディザイア……まぁ、商売用の別名なんだけどね? そう名乗っている研究……あー、うーん……今は技術者かなぁ? うん、それが一番しっくりくるかな。まぁ、技術者だよ、技術者」

 

「はぁ? シド・カルマギアです」

 

「クラウス・J・S・イングヴァルトだ」

 

「あぁ、無論君たちの事は良く知っているよ。結構な有名人だしね?」

 

 カルマギアとイングヴァルトはネームが結構大きいから、ベルカの教会関連で仕事していれば必然的に覚える名前だ。ただジークと一緒に居る所を見ると別の意味で知っていそうだなぁ、なんてことを考えてしまう。

 

「このディザイアさんはウチらの装備の一部とか委託してる所なんよ。仕事で使うドローンとか、ハックツールとか、使い捨ての機器ってのは結構あるんよ。せやからそういうのはなるべく外注してるんやけど、今ん所ディザイアさんの所が一番コスパが良いんよ。だからエレミア御用達のメカニックみたいな部分あるねんこの人」

 

 ジークの説明を受けたディザイアは肩を揺らして手を広げた。

 

「まぁ、私はもともと趣味人だからね。個人の欲望を満たす事が人生における最優先! ……なんだけど、まぁ、それだけじゃ食っていけないし。ともなれば働くしかないからなるべく趣味と実益を取れる事を選んでいたら何時の間にか客が出来上がっていたよ。私としては手抜きの作品でこれだけ稼げるなら問題ないんだけどね」

 

 完全に趣味に人生を全投げしているような人物だった。

 

 だがそれはそれとして、

 

「アロハ姿って寒くないんですか?」

 

「凄く寒いけどキャラづくりは大事だからね!!」

 

「そうですか……」

 

『こいつ相当ヤバイな??』

 

『ヤバイで。いろんな意味で』

 

「うーん、突き刺さる視線!」

 

 能力的に優秀な人は頭がどっかおかしい、という話を聞いたりもする。ディザイアはどうやら典型的なそういうタイプの人らしい。出来たらあんまり関わりたくないなぁ、と思いつつも、ジークは話を続ける。

 

「まぁ、見た目と性格はアレなんやけど、それでも腕前はマジ優秀やねん。精密機器とかデバイス回りは特になぁ。高いからあんまり頼みたくないっておとんが言ってたけど」

 

「良いものを作るものに妥協はしたくはないからねぇ!」

 

 まぁ、そんなわけで、とディザイアは自分の横を指し示す。そこには地面に突き刺さっている大剣が存在しており、

 

「本当なら本隊の人たちに実験を手伝って貰おうと思ったんだけど、何やら全員揃って留守らしいじゃないか」

 

「緊急の仕事やなー。第85管理外世界でちょっと戦争(ドンパチ)してるわ」

 

「未だに戦争している世界があるというのは面白い話だな」

 

「次元世界も広いしねー」

 

 ミッドチルダが物凄く進んでいる世界で、それを中心とした次元世界が統一政府や時空管理局によって統治されているから忘れそうだが、次元世界は多様性の世界だ。ぶっちゃけ、未だに戦争から逃れられない管理外世界なんて腐る程存在する。それらの世界への干渉は禁止されていたりするのだが、時空管理局と接触して魔法技術を手に入れても管理局の法の受け入れに反発し、管理局に頼らず次元世界に進出する世界もある。

 

 そういう所で世界内で戦争してるのはかなり多いので、エレミアは依然としてそういう所で仕事ができる。場合によっては管理局が危険すぎると判断して介入するケースもあり、そういう時も戦争のプロフェッショナルとしてエレミアの仕事は尽きない。

 

 そして基本的にジークは仕事の勉強のために連れ出されない限りは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからジークは基本、メインのお仕事には置いていかれている。

 

「ま、そういう訳で唯一残ったジークリンデちゃんにちょっとした実験の手伝いにね」

 

「ダールグリュン家でやるのも邪魔そうやしな。せやったらこっちでやってた方がマシかと思って。ま、偶々やな」

 

 まぁ、ダールグリュンは立派な貴族の家だ。ヴィクターまで巻き込んで家の用事があるというのであれば、今日一日は近寄らないほうがジークにとっては良いだろう。そういう事を配慮してここまで来たのだろうが、そうなるとちょっと訓練し辛いなぁ、という感想が出てくる。別にジークがこっちの対策をヴィクターにチクるとは思わないが。

 

「で、何をしてたんだ? 剣の調子でも確かめてたのか?」

 

「いや、ちゃうよ」

 

「これをちょっと()()()()()()()()()()よ」

 

「……破壊?」

 

「そうそう、ちょっとしたデータ取り目的でねぇー」

 

 こんこん、とディザイアが大剣を叩いた。大きさは二メートル程、自分たちの様な子供にとっては背丈を余裕で越すような大きさの剣だ。どことなくメカニカルな意匠をした大剣はデバイスの様な複雑な機構をしているようには見えない。まるで一枚の金属から切り抜いたような滑らかさがその全体には感じられる。その耐久実験、という所だろうか?

 

「……せや、ちょっとシド、コレ全力で殴ってみーひん?」

 

 ジークが大剣を指さしながらそんな事を言い始める。それにちょっと驚きつつも、興味を惹かれた。

 

「え、壊しちゃうよ」

 

「即座に壊すって確信できる辺りがこいつ」

 

「何? 挑戦してみるのかい? だったら遠慮なく壊してみてくれ。既に殲撃(ガイスト・ナーゲル)での結果は出したんだけど他の攻撃による耐久限界を確認したかったんだ」

 

 既に試した、という言葉には引っ掛かりを覚えるが。

 

 それでも試せるのであれば試す。

 

 だって、全力で殴りたいもん。

 

 拳を作る。左半身を大剣に対して前に出す。ジークとクラウスが退避する。両手の拳を腰辺りまで落とし、胴体の両側に展開する。軽く呼吸を差し込んで体内で力を練り、

 

 一気に右拳を素早く下から掬い上げる様に大剣の刀身に叩き込む。

 

 大剣が突き刺さっていた大地がその衝撃に粉砕し、大剣そのものが浮かび上がる。だがそれが完全に吹き飛ぶ前にバインドの魔法が発動して大剣を地面に縫い戻す。

 

 壊れていない。

 

 なので素早く二撃目を更に力を込めて叩き込む。鋼鉄であれば砕け散る程度の力を込めた一撃はしかし、完全に大剣によって受け止められており、まだまだ平気そうに見えた。硬質な感触が拳に伝わってくる感じは実に宜しかった。

 

 なので更に力を込めて三撃目、四撃目、五撃目を叩き込む。今度は手加減等は入れず、フルスペックの拳をその刀身へと叩き込む。その連撃の一撃目で刀身に罅が入る。二撃目でそれが広がり、

 

 そして五撃目で完全に砕け散った。突き刺さっていた大地を粉砕し、周りを撒き上がった土砂でぐちゃぐちゃにしながら砕け散った刀身のない大剣は大地へと向かって落ちた。

 

「はぁ―――すっきりした」

 

「趣旨変わってるで」

 

「派手にやりやがったなこいつ」

 

「ここまで物理的に壊されるとは思ってなかったなぁ……」

 

 ふぅ、と軽く息を吐きながら手を振って指を解す。それが終わったところであっ、と声を零す。視線をディザイアへと向けて、軽く頭を下げる。

 

「すいません、派手に壊しました……たぶん、壊しても良かったんでしょうけど」

 

「あぁ、別に良いよ。壊れる事は全く問題にならないからね」

 

 そう言うとディザイアは視線を大地に落ちた大剣へと向けた。

 

 何かあるのか、と大剣へと視線を向ければ―――周囲にあった土砂が急に分解された。それは粒子に変換されると吸い込まれるように大剣へと向かい、そこで大剣の失われた刀身を完全に再生させた。それをディザイアは魔法を使って持ち上げる。

 

「良し良し、再生機構にも問題はなし。当然ナノ単位で強度、切れ味も再生、っと。ただ技術的に強度と切れ味に限界値があるのが問題だねぇ。これなら魔力刃の方が何倍も使いやすいかな」

 

「せやなぁ。ちとウチには需要ないかなぁ」

 

「ただ元となるナノ技術自体は素晴らしいものなんだよねぇ。何かに転用できないかなぁー」

 

 ジークとディザイアからすれば魔法で代用できる範囲だからこれは必要ないのだろうが、全力で殴っても直ぐには壊れず、それでいて自己再生可能な武器というものは喉から手が出る程欲しいものだった。故にディザイアが魔法で浮かべているそれを、じーっと眺めてしまった。横では戻ってきたクラウスは腕を組んで頷いている。

 

 これ、大会に向けて入手出来たら絶対に戦力アップになる。というか普段使いできる直る武器は欲しい。

 

「ん?」

 

 そんな此方の視線をディザイアは気づき、苦笑した。

 

「うーん……これが欲しそうだね? 無料ってのは無理だけど、売る事ならできるよ。試作品だしね、これは」

 

「ほ、本当ですか!」

 

「せやろなぁ、欲しがるよなぁ……」

 

 ジークが腕をくみながらうーん、と唸っている。どうやらこうなることが解っていたらしい。

 

 ディザイアはホロウィンドウを浮かべるとそこに数字を入力しだす。

 

「……まぁ、大体これぐらいかな」

 

「ぶっ」

 

 ディザイアが表示してホロウィンドウに打ち込まれた値段を見て、軽く噴き出した。とてもじゃないが支払えるような値段ではなかった。子供のお小遣いで何とかなる額じゃないし、大人のお小遣いというレベルも超越している。この大剣一本で、豪邸が土地付きで購入できるレベルの金額だった。

 

「す、少し足りないぐらいだったら俺も出して良いかと思ったがこれは流石に無理だな……」

 

「えぇ、こんなに高いの……無理ぃ……」

 

「まぁ、せやろなぁ。ちなみにウチは貯金込みで支払えるけど流石にヴィクターの不利になる様な事はせーへんから諦めてな!」

 

 一番金を持っているのがジークという事実、そして手に入れられない事実に打ちのめされ、その場で膝をつく。だが同時に、実用に耐えるだけの武器が存在するという事実は心を躍らせるのに十分なものでもあった。折れかけた心を立ち直らせるように拳を握る。

 

「こ、これが実用化されたら……!」

 

「悪いけどこれは最近手に入れたばかりのナノ技術使ってるから絶対に社会に出ないよ」

 

「し、シド―――!」

 

 倒れる体をクラウスが抱きかかえる。映画のワンシーンにでもなりそうなポーズを二人で決めていると、ディザイアがそれを見て笑う。

 

「まぁ……武器が欲しいというのなら、失敗作のデバイスで良いなら格安で売ってあげてもいいけど」

 

「お願いします……お願いします……!」

 

「学生割りお願います……!」

 

「必死やなこいつら」

 

 そんなこんなで、ディザイアという新たな出会いを得ながらまた、

 

 大会へと向けた準備が一歩、進んだ。




 ディザイア……一体誰・スカリエッティなんだ……! なんでナノ技術なんてものを持っているんだ! な、謎すぎる……!

 ちなみにシドのお小遣いは月2000円ぐらいで子供としてはそこそこ貰っている。クラウスは月3000、ただし教会関係のお仕事をしている部分あるのでそこで収入を得ているのでそこそこお金をもらっている。特に欲しいものもないしガチャも回さないので貯金が溜まるタイプ。ジークもこのタイプに分類される。

 なお、やばいのは以下三名。

 ハイディはお給料をヴィヴィオとシドのお世話する費用に全額ぶっこんでさわやかな笑みを浮かべるタイプ。お金が無くなったら必死に働いてまた全額同じ用途にぶち込む。

 ヴィクターはお金を使い果たしたんだ、って報告すると仕方がないなぁ、って無利子無担保無期限でお金を貸してくれるしそれを使い果たしても次をくれる。


 ヴィヴィオは教皇名義のカードで爆買い宅配テロするタイプ。


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Anger and Hatred - 4

 ―――それから。

 

 あっという間に時間は過ぎ去った。そして選抜当日となってしまった。

 

 ディザイアもしっかり仕事をしてくれて、失敗作と呼ばれていたクラス2の大量のアームドデバイスをどうにか入手する事が出来た。なんでもあの大剣を作る為に使用していたデバイスであり、大剣の様な機能の追加に失敗していてただのクラス2相当のデバイスとなってしまって、バラして材料にするか廃棄するかしか選択肢の残されていないジャンク品とのことだった。

 

 まず世間の常識で話をするが、

 

 クラス2デバイスはジャンクではない。クラス3になれば数万から数十万はするし、クラス4ともなれば十数万はするレベルだ。ジークが戦闘用に展開する《鉄腕》はデバイスではないが、それでもデバイスと同等の機能を組み込まれているカスタム品であり、アレはクラス6、数百万クラスはしている。クラス2だって1個数万クラスのデバイスだ。それがジャンク同然の失敗作と言っているのだからディザイアは脳みそがぶっ飛んでいる。

 

 ……が、それでもあの大剣を作成して、超高級品をポンポンと売っているのだろうと考えるとこれぐらいのものはジャンクになってしまうのかもしれない。

 

 まぁそんなディザイアの事情はともかく、クラス2のデバイスともなれば十分実用に耐えるレベルだ。聖王教会や時空管理局で実働の部署に配属された場合に支給されるレベルの装備品だ。十分すぎるとも言えるレベルだ。その為にお年玉を使ってしまった上に、父さんと母さんにお小遣いをねだってしまったのがちょっとアレな話なのだが。

 

 それらをクラウスに位相空間に格納して貰った状態で、ついに大会会場となるスタジアムへとやってきてしまった。

 

 こういう大きな戦闘型イベントはそれなりに大きな場所を必要とする。入場料とかで金をとっているのもあるからだ。だからベルカ自治区にもこの手のイベント用の大きなスタジアムが存在する。そしてこれがまたかなり大きい。こういう催しだけではなく、DSAAのベルカ地区予選や選抜でも利用されるもんだから、観客を多く受け入れられるようにできている。

 

 だからかなりの大きさがあり、

 

 滅茶苦茶ビビっていた。

 

「……もしかして場違いじゃないかなぁ」

 

 悠然とそびえる巨大なスタジアムの姿に、そんな事を呟く。それを横にいるクラウスが背中を強く叩いて否定してくる。

 

「何を言っているんだ。貴様が今日の主役だろう? 何、ヴィクター以外の連中は軽く蹂躙してやれば良いさ。お前ならそれぐらい余裕だろ」

 

「いや、まぁ、うん、そうだけどさぁ」

 

「えぇい、もっと素を出せ貴様! お前の本来の性格はどうした!」

 

「これが地ですぅー」

 

「……全く、世話の焼ける幼馴染だ。ほら、選手用の控室に行くぞ」

 

「ぽんぽん痛いぃぃ―――」

 

「情けない事を言うなこいつ!! ほら! 行くぞ!」

 

 ヤッパリ帰る! そう叫んで振り向き、逃げ出そうとするのを一瞬でクラウスが回り込んで道をふさぐ。その姿を飛び超えて逃亡しようとした瞬間、

 

 ―――眼下の大地から影の手が伸びた。

 

「おっ」

 

「あっ」

 

「きゃーっち」

 

 一瞬で両手足を拘束され、その上から何重にも弱体化魔法が一瞬で重ね掛けされる。それを気合で抵抗(レジスト)し、一気に拘束を引きちぎろうとしたところで、追加で弱体化の連打が叩き込まれ、その間に地面に下ろされてクラウスに両肩を掴まれた。もはや逃げる事も出来なかった。大人しくクラウスに捕縛され、渋々振り返る。

 

 そこには一回り年下のゴスロリ少女の姿が見えた。

 

「助かった、ファビア。こいつ今一瞬ガチ目に逃げ出そうとしていたからな……」

 

「知ってる。()()()()

 

「完封されるから僕、ファビアだけは苦手……」

 

 ファビア・クロゼルグ。

 

 古代ベルカより続くクロゼルグ一族の末裔。ただし貴族ではなく、魔女と呼ばれる一族固有の血筋であり、聖王教会とは極力関係を絶っている。いや、聖王教会だけではなく時空管理局や、文明そのものから離れて暮らしている。深い森の中に独自のコミュニティを築き、その中で暮らして生きている。基本的に外の連中とは関わらないクロゼルグ一族ではあるものの、唯一イングヴァルト、エレミア、そしてゼーゲブレヒトの三家にのみコンタクトを取る事を許している。

 

 それは古代ベルカにおいて、この三者に多大な恩があるからだそうで、

 

 その結果、一部クロゼルグはエレミアと組んで戦場にパーティーしに出かけている所があるらしい。なんでだよ。

 

 魔女術と呼ばれる独自の魔法システムを運用しているクロゼルグ一族は、直接的な攻撃より呪術的な干渉等に精通しており、召喚術やバフデバフ、精神干渉や環境干渉、後は占星術に精通している。その一員であるクロゼルグもまた非常にハイスペックで、年の割にはすさまじい技量を兼ね備えている。

 

 その影響で、クロゼルグを相手にすると、()()()()()()()のだ。

 

 完封勝利されるので文字通り、戦いが発生しない。そもそもある程度の未来を見通せる為に、戦いそのものが発生しないように動くから戦いようがない。そういう、特殊なスタイルの存在である。聖王教会や時空管理局から度重なるラブコールを受けつつもそれを無視してきた、筋金入りの引きこもり一族である。

 

 体に引っ付いている闇をちぎって引きはがしつつ、身の乱れを直す。流石にここまで封じ込められると逃げる気もなくす。

 

 ……怖いけど、進むしかない。

 

 溜息を吐いてから両肩を下ろす。それを見ているクラウスが背中を伸ばせ、と背中を叩いてくる。それに上を見る様に頑張っていると、ファビアが右手を持ち上げ、その上に小さな天体のモデルを生み出した。クロゼルグ一族の星詠みが占い等に使う天体、或いは星天縮図だ。

 

「ふぁびあちゃんの、星うーらーなーいー」

 

「声がめっちゃローテンションなんだよなぁ。不安しかない」

 

「気持ちは解るが。解るが……外れないんだよなぁ、クロゼルグの星詠みは」

 

 それこそ意図的に、そして努力して変えようとしない限りは。そういうレベルでクロゼルグ一族の占星術の精度は高い。そしてそれをいきなり持ち出してきたファビアの姿にはちょっとだけ、恐怖を感じている。彼女がわざわざこうやって普段は引きこもっている森から出てくるという事は、言うだけの事があるのだ。

 

「はい、シド君」

 

「はい」

 

「死兆星出てます」

 

「真顔で死刑宣告止めない……?」

 

 横でクラウスが首を掻っ切りジェスチャーをしている。すぐ横で煽るのはやめるのだ。だけどそのファビアの発言で大体察してしまった。右手を頭の裏に持って行き、軽く首元を掻く。

 

「ワンチャン、あるかと思ったけど駄目かぁ……」

 

「先に言っておいた方が覚悟できるかと思ったから教えに来た」

 

「……うん、ありがとうファビア」

 

 その言葉にファビアはサムズアップを向けるが、真顔である事実に変わりはない―――いや、寧ろ更に表情が険しくなっている。

 

「シド君、気を付けて……星の道行きが見えない。暗雲に覆われているけど試練の連続が来るように見えてる。心を強く持って……ね」

 

「そこまで酷いの……?」

 

「お前前世で何をした?」

 

 僕が聞きたい。頭を抱えそうになるが、それを何とかぐっとこらえる。家に帰りたくなってきたが……なったが―――。

 

「帰りたい」

 

「ヴィクターが楽しみにしてるから、せめてその相手してから帰れ」

 

 クラウスも頭の回りが良いから、どういう意味なのかを悟っているのだろう。だからぽんぽん、と背中を叩かれる中で、ファビアの言葉は続く。その表情の真剣さは薄れていない。つまりまだ話は続くという事だ。

 

「ここから先、試練の時が続く。どれぐらいは解らないけど……でも、それだけで人生は終わるものじゃない筈だから。きっと、報われる時がある筈だから。明けない夜なんてないから。シド君、頑張って。一点賭けするから」

 

「最後の一言余計だったじゃん?」

 

 ただそうやってオチをつけられると適度に肩から力が抜けてしまう。ファビアはこのまま観客席の方へと向かうらしいので、ここで別れを告げて選手用のエリアへと向かって移動を開始する事にする。

 

 あぁ―――いよいよ、この日が来てしまった。

 

 

 

 

 去って行くクラウスとシドの背中姿を眺めていた。

 

「困った」

 

 再びシドの星の巡りを確認する。占星術は昼であれ、夜であれ、クロゼルグの魔女であれば関係なく使える。夜空なんてものは手の中に生み出してしまえば良いのだから。だから手の中に天体の縮図を生み出し、それを覗き込むようにシドの運命を星の輝きと並びから見通す。初歩的で基本的ではあるものの、奥義とも呼べる占星術。それを持って確認するシドの運命は、

 

 断絶し、繋ぎ直されていた。

 

 まるで意図的に誰かが干渉したかのように。

 

 それに干渉する。占星術の奥義は、星の並びに干渉する事でその輝きを、運命を変転させることにある。何か、どうにかしなくてはならない。()()()()()()()()()()()()()己だからこそどうにかしなくてはならない。その思いを胸に、継承されしクロゼルグの秘儀でシドの運命に干渉する。乱され、破壊されて繋ぎ直された運命を修復し、元に戻すように干渉しようとして、

 

「痛っ」

 

 ―――首筋に痛みが走る。

 

 咄嗟に干渉を解除し、片手を首筋に当てれば、そこに生ぬるい感触がした。手を確認してみればそこには首から流れたであろう真っ赤な血が付着しており、干渉に対するカウンターが叩き込まれた事を悟らされた。駄目だ。良い方向に持ってゆく前に即死させられる。それを悟らされてしまった。今のは警告で、これ以上やろうとすれば首が落とされる。

 

「ふぁっく。相手の方が何枚も上手」

 

 もはやどうしようもない事実に悪態が漏れる。何とか出来れば良かった。何とかしたかった。だが事実として自分が出来るのは、わずかな警告を与える程度の事だった。立ったそれだけで、シドを過酷な運命へと放り込まなければならなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()気分は最悪だった。

 

「やっぱり、ヴィヴィ様に逢わない限り救われないのかな……」

 

 それはあまりにも―――あまりにも、救いがないではないのだろうか。この社会がまるで排除しているような、世界に必要とされていないような。それは、悲しすぎるのではないだろうか。ここから降りかかる悲劇と絶望の連鎖を、知っているのは自分だけだ。

 

 だができる事は何もない。先に救いがあるかどうかは、本人の働き次第。気休めで言える言葉は何もない。

 

「ごめんなさい……」

 

 幸運の星が導く事を祈る事しか、許されない。

 

 それ以外、自分にできる事は何もなかった。

 

 

 

 

「それでいい魔女猫。そのまま干渉するな」

 

 そう呟き、フードの老人は手をマントの下へと戻した。こんな格好が許されるのもベルカ独自の文化だろう。普段から騎士甲冑や戦闘装束姿の人が、ベルカ自治区では多い。ミッドチルダ以上に戦闘に関する文化が生活に密室に関わっているからだ。その影響で、少し奇抜な格好しているぐらいでは気にしない人が多い。ある意味、おおらかだとも言える。そのおかげでマントにフードという格好をしていても、老人はその姿を怪しまれないし、止められない。そもそもからしてその気配を殺しているから気づけない者はそこにいるという事さえ認識できない。

 

「どうしたのよ爺。ボケちゃった?」

 

「なんでもねぇよ。それよか席を確保して貰ってるから、さっさと行こうぜ」

 

「足を止めてたのはあんたの方でしょ……」

 

 少しだけ口を悪くしながらイリスが面倒そうに歩き出す。老人も魔女猫(クロゼルグ)が行おうとしていた干渉がもう来ない事を確認してから歩き出した。

 

 その先は、スタジアムの観客席へ。

 

 既に一般入場が始まっているスタジアム内には多くの人が集まっている。年末の大イベントである事もあってチケットは完売されており、席も多くが確保されていた。その中、比較的に見やすい席を確保してくれた姿を老人は探し―――直ぐに見つける。特徴的なアロハに菫色の髪の組み合わせは、どの世界であろうと激しく自己主張していた。老人はイリスを連れてアロハにまで近づくと、片手をあげて挨拶する。

 

「よ、アロハ。数週間ぶりだな」

 

「やあ、誰でもない(ジョン・ドゥ)、しばらくぶりだね。既にビールは確保しておいたよ」

 

「お、マジか。やるじゃーん」

 

「昼間っから飲むのかよこいつら……」

 

 うんざりした表情でさっそくビールをアロハ―――ディザイアから受け取った老人、ジョン・ドゥは確保されていた席に腰を下ろしながらそのプルタブを引っ張って開ける。カシュ、と音を鳴らしながら良い年した大人が二人、乾杯と声を出して缶をぶつけ合ってからそれを口へと運んだ。その様子を横でイリスはずっと呆れた視線を送りながら見ていた。

 

「昼から飲むお酒は美味しい?」

 

「最高」

 

「ここでまだ労働している人間がいるんだなぁ、って思うと更に美味しいね!」

 

「邪悪かこいつら……?」

 

 徐々に近づく開幕の時間。増えて行く人の入り。その流れをジョン・ドゥは無関心に眺めつつ、戦いが始まる時を待っていた。完全に体から力を抜いてビールを楽しんでいる様子は犯罪者にはまるで見えず、ただの観客の様にしか見えない。だがその感覚はしっかりと会場に潜んでいる者達をとらえていた。

 

「……んぐっ、ぷっはぁ―――……はぁ、結構張ってるなぁ」

 

「ま、君があんなことをやるからね。エレミアや、傭兵や、騎士がごろごろいるよ。一部は変装してまでね」

 

「ご苦労なこった。もう全部終わってるわ」

 

 笑いながらビールを呷り、すべてが動き出す所までもう何もしなくて良い事実を老人が口にした。実際、既に全てはこの時点で終わっている。老人が恐れるのはそれこそ運命を変転させられるような力を持った存在だった。だがクロゼルグは先ほどの警告でもう干渉できないようにした。そして他にも干渉できそうな本局に引きこもっている()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。もはやこの流れを変えられる存在はいない。いたとして、会ったとしても、それを殺して元の道へと戻せば問題はない。

 

 故にこの時点で事前段階の動きは全て完了している。先ほど入場を確認してそれで流れも決まった。後はシド・カルマギア少年が心のままに堕ちるのを待てば良いだけだった。

 

「んで、特に調べてはなかったけど今日のスケジュールはどんなもんだジェイル」

 

「まずは予選だね。中央が四つに分かれているのが見えるだろう? あそこで同時に6試合ずつやる。1ブロック4人、総当たりで一番戦績が良かった奴が勝ち残り。そこにシード枠を加えて大体決勝トーナメントは20人ぐらいになるかな。そこから午後の部になって1対1を中央の大ステージでやる感じ」

 

「ほー、シード枠なんてあるのか」

 

「教会の推薦枠や刺客として送り込まれた現役の従士らしいよ」

 

「へぇー。結構過酷そうね」

 

「従士になる為の一番厳しく、そして期待されるルートがコレらしいね? ここで優勝できる程であれば将来は約束されているとかなんとか」

 

「はっ、どうだか……あ、そこのネーちゃん。チップスよろしく」

 

 通りすがりの販売員からチップスを購入し、完全に観戦する様子のジョン・ドゥにイリスは本当にこれで良いのだろうか、という思考を作った。目の前で徐々に積み上げられてゆく破滅への道。それに何をしなくても良いのだろうか? そんな甘い考えが脳内を過る。だが所詮は一時の迷い。すぐに振り払う。優先すべきものがあるのだから、他人の心配をしている場合ではないのだから。

 

 だからイリスも、力を抜いてスタジアムの中央へと視線を向けた。

 

 このクズ共程ではないが、イリスもどうせならこの催しを楽しむことにした。どうせ何をし、何を言っても無駄なのだから。イニシアチブは常にジョン・ドゥが握っている。そこに自分が出来る様な事は何もないのだから。

 

 だからイリスもジョン・ドゥから勝手に金をとると、それで販売員からジュースを購入した。それを両手で持ち、ストローにかみつく様にコーラを飲み始めながら、

 

 開幕を静かに、横の酔っぱらい共と待つことにした。

 

 ―――抵抗意思すら見せない、イリスの姿を見て静かに笑っている老人の姿に気づかずに。




 次回、名を聞いても覚えられない上級生、死す―――。


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Anger and Hatred - 5

「お前はシード枠だから予選は出場しなくていいみたいだな。ま、どーんと構えておけ」

 

 セコンドであるクラウスが自分と一緒に控室にいる。どうやらヴィクターもシード枠に認定されているらしく、予選を自動突破して別の控室にいるらしい。その為、その姿を今日はまだ確認していない。そしてステージの様子も今は確認できない為、控室で暇を持て余していた。まぁ、考えてみれば今回の参加者の中で自分は軽くトップの実力はあると思っている。シードされるのもやむなしかなぁ、と思っている。ただ、それとは別に犯人をあぶり出す為にこういう事をしているんだと思うけど。

 

 今日は母さんが観客席で応援に出ていて、父さんは警備の方に出ている。なんでも教会の騎士も、ヴィヴィオも観戦に来ているので近衛も来ている他、聖騎士も来ているらしい。聖騎士の方は元々仕事として此方に解説等で参加予定だったらしいが。

 

 そんなわけで出番が来るまで、控室で出番を待っている。早く終わればいいなぁ、なんてことを考えながら部屋の壁にずらりと揃えられた装備を再確認しつつ、着替えを終わらせた。他の人たちみたいに、バリアジャケットや武装形態が出せるわけではないのだから、そこそこ頑丈な装備をしていくしかない。

 

 いや、自分の場合は肉体の方が強いから服が破れにくいのであればそれで良いのだが。

 

 だからジーンズに破れても捨てられる白シャツ、そしてその上から茶のジャケットという格好になる。それ以上の装備も服装も邪魔になるから必要がない。どうせ戦っている間に破けるし。だったら最初からボロボロになって良い物のセットを纏っておいたら良い。ジャケットも後でどうせ脱ぐ。

 

 装備の方も、どうせぶっ壊す前提で使う。今並べられているものは刀が4本、大剣が2本、槍が3本、弓に矢が8本、ナイフが20本という風になっている。試しに一つ全力で使ってみたが、握力だけで柄を握り潰して破壊している。これで一本ダメになってしまったが、どれだけ力を籠めれば壊れるかというのが代わりに把握できた。ディザイアはこれを失敗作だと言っていたが、クラス2のデバイスとしては上等すぎるほどの性能をしていた。

 

 ぶっちゃけ、このままお店に出してもまるで問題のないレベルのクオリティだ。それを失敗作と評価して捨て値同然で売り出すのだから、やっぱりちょっと解らない。とはいえ、助かるもんだから別に良いのだが。

 

 ただそうやって準備を終えてしまうと、どうしても暇になってしまう。

 

 自分の出番が来るまで、ひたすら待っているだけなのだから。

 

「あー……ぽんぽん痛くなってきた……震えてきた……」

 

「まったく、本当に情けない奴だなぁ、お前は」

 

 そんな自分を、クラウスは呆れていると言いつつも絶対に見捨てない。そういう所は本当に感謝しているが、それでも現実逃避したくなる。何故ならクロゼルグ直々に星詠みでこの先は無理だって事を伝えられたのだから、色々と気がそがれるのもしょうがないという奴だろう。ぶっちゃけた話、やる気は現時点で底を切っている。もうこれ以上ここで頑張ってもしょうがないという気持ちがある。何をしても無駄なら何もしなければ良いんじゃないか、という考えが頭をよぎる。

 

「……なら、フケるか?」

 

 クラウスが壁に寄り掛かりながらそんなことを言ってくるが、頭を横に振る。

 

「ヴィクターが楽しみにしてるし頑張る……」

 

 ぐでん、と座っているベンチに倒れ込みながら息を吐く。どうして、こんな事になってしまったのだろうか。なぜ、もう少し好きに生きる事が許されないのだろうか……? 少しだけでもいいから、僕の人生に希望というものを見せて欲しかった。なのにやってくるのは大人の都合ばかりだ。それが全部、自分の意思とは関係のないものを引き連れてくる。

 

 それがどうしようもなく殺したい程に憎いのだ。

 

「なら胸を張れ、シド。お前はそういう卑屈な所があるのが悪い。お前は何も悪い事をしていないし、間違った事をしていない。悪いのはお前じゃない―――世間と社会、その仕組みだ」

 

 言い換えればアレだな、とクラウスが言う。

 

()()()()()という奴だな」

 

「それ、どうしようもないじゃん」

 

「それはお前の選択肢次第の話だ―――いいか? 俺の祖先のクラウスはオリヴィエ・ゼーゲブレヒトに恋をしていた。だが究極のヘタレだった奴は国とか立場とかそういうのを理由にそれを告げる事もなく別れ、そして死別する事となった」

 

「……」

 

 クラウスはそれを語る。

 

「覇王流はいわば()()()()()()()()()()()()()だ。オリヴィエを失った後のクラウスは大荒れして、それこそ覇王と呼ばれるほどに他者を圧倒する武芸者に成長した」

 

 クラウスは腕を組みながらそれを評価する。

 

()()()()()()()()()()()()だ。そんなに荒れるんだったら最初から勇気を出して言えばよかった。なのにあの糞雑魚敗北者はそれが出来なかった。解るか? 立場とか色々と理由をつけて奴は逃げたんだ―――俺がご先祖様に一切好感を抱かない理由だ」

 

 クラウスは言う。

 

 こいつ、クソダセェ、と。

 

「だけど、古代の覇王様ってアレでしょ。王族だったんだから―――」

 

「王位なんて他の奴に任せばいいだろう? そもそもオリヴィエ・ゼーゲブレヒトは不具の女だった。ベルカ聖王家からはいらない存在扱いだったんだ―――そんな相手に恋をしたのなら自分の何もかもを捨てても良いから手を取れば良いのに、それをしなかった。究極のヘタレ野郎だ。俺はそれが純粋に気に入らんし、その根性を子孫代々受け継がせようという情けなさも気に入らん」

 

「ぼろくそ言う……」

 

「ぼろくそも言うわ」

 

 クラウスははっ、と軽く笑う。世間一般では偉大とさえ評価されるベルカの偉人の一人に対して、だ。

 

「所詮は奴もただの人だった訳だ。悩み、迷い、苦しみ、そして()()()()()()()()、な。どれだけ偉かろうが、偉くなかろうが過ちからは逃れられん。結局の所自分の人生に正解なんてものは。俺はそれを偉大なるご先祖様の糞にまみれた人生から学んだ」

 

 だからこそだ、とクラウスは言葉を続ける。

 

「俺は思う―――重要なのは納得する事だ」

 

「……納得」

 

「あぁ、納得だ」

 

 結局のところは、とクラウスは言葉を続ける。控室の壁に寄り掛かりながら腕を組んで、此方の事を気にかける様に話をしてくれる。

 

「持っているもので納得の行く選択肢をするしかない。現実がすべてを受け入れてくれるなんて夢だ。だったら自分の行動で変えていかない限りは何も変わらん。ご先祖様ヘタレウスはそこらへんがダメダメのカスだった。だがその記憶からそれは勉強できた。故に俺は悔いが残らないように常に生きている。自分が納得できるように選択肢生きている……お前はどうだシド?」

 

「……」

 

「納得しているか? 満足しているか? してないだろうなぁ……お前は基本的に流されるばかりだからな」

 

 クラウスのその言葉に少し、イラっと来る。

 

「じゃあ、俺にどうしろって言うんだよ」

 

 言葉が少し荒くなるのを自覚しつつ、睨むようにクラウスへと視線を向ける。じゃあ、俺にどうしろって言うんだ。選択肢なんてものはほとんどない。自分が教皇庁の都合の良い人形として振舞う事が求められているのが見えている。父さんも母さんも優しくて、出来るだけ選択肢を残そうとしているけど教会の権力が強くてどうしようもない。そもそもからして一般人とは呼べないほどに素質が欠落している。

 

「俺に、他に選択肢があるってのかよ」

 

「お前は、感情的になると直ぐに言葉に出るよな」

 

「おい」

 

 クラウスは茶化すように言葉を零してから笑った。何時もの挑発的な、挑戦的な笑みだ。

 

「簡単な話だろう? 全力で抗え」

 

「無駄なのにか」

 

「それでもだ。男としての格好良さが違うだろう。すぐに諦めるヘタレと、全力で抗ってから爆散するのと、男としての恰好良さが違うだろう?」

 

「お前さぁ……」

 

 クラウスのその言葉の何がひどいか、と言えば。そもそもそれで成功するとは欠片も言っていない事だ。第一前提として失敗する事が来ているのだ。この状況から抗ってどうにかなるとは言っていない。だがそれはそれとして、運命に抗わずにそのまま受け入れるのが単純に男としてダサいと言っているのだ。それ、完全にお前がどう思っているかだけだよな? と言いたくなるほどの暴論だった。

 

「お前は我慢しすぎだ。抱えている物を吐き出せ」

 

 クラウスは言う。

 

「別に間違えていても良いだろう。どうせ俺達は世間一般じゃ子供なんだ―――少しぐらい間違えても、許されるだろうさ」

 

 間違えても良いのだ、と。

 

 我慢する必要はないのだ。

 

「お前は馬鹿の癖に難しく考えすぎだ」

 

 それで話を切り上げるクラウスはホロウィンドウを出現させ、状況の確認へと移った。そんなクラウスの言葉を聞いて、ちょっとしたもやもやというものが自分の中に生まれた。

 

 

 

 

 果たして、本当に我慢をしなくて良いのだろうか。抑えているこの気持ちを開放しても良いのだろうか。その考えがずっと頭を悩ませる。

 

 出番が回ってきても、それが常に頭の中を悩ませる。

 

 足は控室から体を運び出し、通路を抜けてステージの前までやってくる。爆発するような歓声と怒声が聞こえてくる。頭上からはスピーカーを通して実況と解説者の声が聞こえる―――確か聖騎士が今日は解説者をやっている筈だ。あんまり、興味のない相手だ。ただ大きなイベントなだけあって熱狂を肌で感じる事が出来る。

 

 前へと進む。

 

 何を、どうすれば良かったのだろうか。何が正しく、そして何が間違っているのだろうか。それが解らない。父さんと母さんは選択肢をたくさん残してくれようとした。残す為に頑張った。だが結局のところ、自分が取れる選択肢は少ない。最終的に聖王教会に頭を下げるか、それとも夢を諦めるか、それぐらいの選択肢しか残らないのではないのだろうか? だってどう考えても、それしか何も残らないではないか。

 

 正面、ステージの上に乗ると反対側から出てくる姿が見える。どこかで見た事のある姿―――何かを此方へと向けて言っている。興味がないので言葉を頭の中からシャットアウトしている。だが罵倒し、見下しているのは理解する。ここまで来た所でソレしかできないのだろうか? 人としてあまりにも悲しすぎないだろうか。

 

「はぁ―――どうして、こんなにも自由がないんだろう」

 

 何もかもすべてが決められている世の中。クラウスは社会そのものが悪いのだと評価した。そもそも社会とマッチングしていないのだと言われた。だから―――だからどうすればいいのだろうか? 何もかも忘れて暴れれば良いのか? それでは迷惑がかかるじゃないか。父さんに、母さんに。自分なんかの為に一生懸命頑張ってくれている両親に。

 

 あぁ、だけど無性に暴れたい。

 

 暴れたくなる。

 

 何もかもぶっ壊して潰して轢きたい。

 

 圧倒的な暴力で蹂躙したい。その欲望が胸の中でクラウスの言葉に刺激され、燻っている。あぁ、解っている。そんな事をしたって無駄だという事が。暴れた所で結末は見えている。ファビアに予言された未来が待っているのだ。だからどれだけ頑張った所で無駄なのだろう。

 

 ―――悩んでいる間に試合が始まる。相対する敵が剣と盾を装着している。見下すように、そして無遠慮にゆっくりと近づいてくる。何も警戒しない、不用心な動きだ。隙だらけでその顔面を今すぐにでも砕けるレベルの雑魚だ。

 

 だがそれをした所で意味はないのも解っている。

 

 だとしたらそれをする意味は?

 

 もう、考えるのも面倒になってきた。やっぱり諦めようか。

 

『あるん、じゃないかな』

 

 頭の中を流れる黒い思考の流れに、それを断つ声が聞こえた。眠っていないのに、夢の中じゃないのに聞こえる。もしかして、ついに狂ってしまったのかもしれない。まぁ、そもそも最初から自分の正気なんて怪しい所だ。だったらもう何もかも諦めてそれで終わりで良いんじゃないだろうか。

 

『そんな事はないよ……だって、ほら』

 

 声がする。聞こえないはずの声が。その声と共に少しずつ視界がクリアになってくる。頭の中がすっきりし始める。彼女の存在を、直ぐ背後に感じる。それに振り返る事もなく、正面を向いたまま、ゆっくりと剣を振り上げて来る姿を見た。

 

『少なくとも、私はシドの勝つ所が見たいかなぁ、って』

 

 背中に触れる様な温かみを感じながら―――認識した。

 

 首に向かって剣が振るわれる。

 

 

 

 

「―――嘘でしょ」

 

 イリス・セブンフィールドはその瞬間を両目で捉えていた。

 

 ステージ上でシドを挑発し、煽り、そして見下していた少年はゆっくりとシドに近づいてから剣を振り上げ、それを首に振り下ろした。それを防御する様子もなく、回避する様子も見せないシドの首筋に向かって剣は振るわれ、無能者である少年の怪我を心配して観客が息を飲んだ。だが次の瞬間に生まれた結果にまた別の意味で言葉を失った。それはステージ上部に設置されたホロの掲示板が問題であり、DSAA同様クラッシュエミュレートによって発生しているエミュレーションに沿って仮想設定されたHPを管理している。それは個人のステータスを通して受けたダメージなどを算出しており、

 

 これが本当に無能者であれば、今の一撃で容易く即死する程度のダメージが出ただろう。

 

 普通の人であれば、その防護なしでは首が折れるかもしれない。

 

 魔法を、魔力を纏った攻撃とはそういうものなのだから。

 

 だが、ない。

 

 存在しない。

 

 ()()()H()P()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。それは規格外すぎるシド・カルマギアという少年の肉体的スペックを証明していた。

 

「……冗談だろ?」

 

 その様子に、ジョン・ドゥも困惑の声を上げていた。ビールを飲んでいる手の動きも止まっており、それを見たジェイル・スカリエッティが面白そうな声を零した。イリスもまた見た事のないジョン・ドゥの様子にちょっとした驚きを抱いていた。

 

「へぇ……流石にアレだけ体が頑丈なのは予想外だった訳?」

 

 まぁ、確かに人体改造が施されている訳でもないのに記憶にあるエルトリアのフローリアン姉妹を凌ぐ身体スペックを誇っている。本当にあの少年が天然の人間なのかどうか、イリスには怪しく思えてきた。だが時に人の狂気が理屈を超越するという事実をイリスは知りもしていた。故に納得しようとして、

 

「どうしたんだいジョン? 中々面白い顔をしているけど」

 

「ありえん」

 

「何がだい?」

 

 アロハの言葉に、名無しが答えた。

 

「あの小僧、既に片鱗を覚醒させてやがる」

 

 

 

 

 首に剣が当たったまま、動きを止めている。目の前にいる雑魚がそれを見て困惑している。盾を装着している手も柄に合わせ、両手で剣を握り、それを再び首筋に叩きつけてくる。少しだけ痛みを感じて設定されたHPが減る。だがそれだけだ。微々たる努力。まったくの無意味。砂漠の砂をコップで掬い取ろうとする行いだった。剣を首筋に当てた状態のままで、動きを停止させていた。

 

「は……? な、なんだよこれ、ず―――」

 

 言葉を続けさせる前に、首筋に当てられた剣の刀身を掴み、

 

 そのまま、片手で握り潰した。

 

 硬質なデバイスの感触が手の中で砕けて、鉄くずとなる。バラバラになって砕け散るその様子をえーと―――あぁ、そうだった、先輩、上級生だった。そんな感じの相手が震える手で目の前まで持って、砕けている姿を眼前で確かめる。

 

「は? え? あ……?」

 

「脆い」

 

 手の中に残っていたデバイスのかけらを口元へと運び、それに噛みついて引きちぎり、吐き捨てる。それを見ていた上級生の姿が完全に停止する。武器なんてものは抜かない。右手を開いて、閉じて、開いて、閉じる。後ろへと向かって逃げるよう数歩後ずさった相手に少しだけ近づく様に左半身を前に、右拳を後ろへと引いた。

 

「《カルマギア式》、シド・カルマギアだ―――一生戦えなくなる恐怖をその心に叩き込む」

 

「ひっ」

 

 漸く、相手がこちらを脅威だと認識した。隠れるように盾を前に出す姿を見ながら右拳を振るう。素早く叩き込まれる拳は()()()()()()()()()()()。衝撃に盾がひしゃげ、折れ曲がりながら内側に向けて穴を作る。だがそこで手を止めて、拳を本体には当てずに止める。

 

 その代わりに盾から手を引き抜き、そのまま引きちぎるように盾を引きはがす。

 

「あっ、はっ、あぁ、ひっ」

 

「どうした、所詮ただの無能者じゃないのか? さっきまでの威勢はどうしたよ―――いや、変に嬲り続けても恰好悪いか」

 

 意趣返しはこれまでにしておこう。

 

 引きはがした盾を捨てながら前へと一歩進む。恐怖の表情を浮かべた上級生が後ろへと向かって一歩下がろうとするのを、足を踏んで止める。そのまま足に力を籠め、ステージの足元を粉砕しながら足を砕く。実際には砕けていないだろう。クラッシュエミュレートによってその苦痛とダメージが再現されているだけだ。

 

 ……貫通されない限りは。

 

 だから()()()()()()()()()()()()

 

 痛みで悶える顔面を掴む。それをそのまま引っ張りながら膝に叩きつけて鼻を折る。跳ね上がる頭から一歩後ろへと向かって下がりながら回し蹴りを頭に叩き込み、その姿をステージの反対側へと向かって蹴り飛ばす。ステージを砕きながら体がワンバウンドする姿を足元蹴って飛び出し、一気に追いついて回転する体を片手で掴む。

 

 それをフレイルの様にステージに叩きつけて、再びバウンドさせる。

 

「Auf Wiedersehen」

 

 バウンドして目の前に跳ね上がった体―――上下逆さまの姿―――を右拳を腰にまで持っていき、構え、一瞬の構えから拳を内臓へと抉り込むように叩き込む。纏っている戦衣装が破れ、壊れ、砕け散りながらダメージを強引に体内へと叩き込む。

 

 ぼろ雑巾同然の姿がステージ上部からはじき出され、ステージ端の壁に衝突して陥没する。

 

 当然の様に、その体の動きはない。

 

 作っていた拳を解きながら両手を叩いて埃を落とす。

 

「弱い、弱すぎる。せめてその10倍は強くなってくれないとまともに殴れない。その脆さを何とかしてから強さを語ってくれ」

 

 勝利のコールにスタジアムが一瞬で静寂に包まれた。だが次の瞬間に発生する勝利の歓声を背に、ステージを後にする。スタジアムを満たす観客には興味はなかった。興味がある声援はただ一つだけだ。

 

 ―――君がそれを望むのなら。

 

 ただ、勝利するだけだ。




 友人家族の万の言葉よりも、女の言葉一つで動く男。

 いやぁ、ついに始まっちゃいましたねぇ……ベルカ一残虐王決定戦が……。


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Anger and Hatred - 6

「―――一体、だれがこんな展開を予想したでしょうか! まさか、まさかの不具者が圧倒的な力で蹂躙するッ! 確かに相手は若く、まだ初等部を抜けきれないウェルテイン選手! ですが、それよりも若いカルマギア選手に一切ダメージを与える事すらできずに大敗してしまうとは、予想できなかったッ! 大番狂わせ! まさに大番狂わせ!」

 

「いやぁ、カルマギアの人間ですからね。アレぐらいは出来て当然だと思いますよ、僕は」

 

 解説席、隣で観客の熱狂を呷るようにマイクに向かって声を送り込む実況役にそう言葉を男は送った。白い服装は単純な私服ではなく、特定の騎士団が装着する鎧の下に着る防護用の装備であり、それにはベルカでは大きな意味を持つ剣の十字が描かれている。騎士の中でも特定の者にしか与えられない栄誉。解説席の男はこの現代ベルカにおける騎士としての最大の栄誉を手にした男であった。古代ベルカには存在せず、時代の移り変わり、聖王家が没落した事で生まれた聖王教会と教皇庁、その最大戦力の称号。

 

 即ち聖騎士。

 

 男は聖騎士であった。

 

 新たな世代、将来の騎士達。彼らの前に姿を現し鼓舞、激励するのには意味がある。将来目指すべき頂点というものを見せる事で少年少女たちは目指すべき場所がわかる。どれぐらいの高みにあるのかが理解できなくても、憧れというものは解りやすい原動力となって突き進ませるに足るものとなる。故に聖騎士の仕事の一環として、この男は出席していた。微笑を浮かべ、向けられるカメラに対して愛想の良い言葉と相槌を入れながら、

 

 内心、溜息を吐く。

 

 ―――一般人がアレに勝てるわけないだろ……!

 

 男―――聖騎士ロランは教皇庁で教皇に仕える、聖王教会の騎士である。その管轄の区切り方はヴィヴィオが抱える近衛騎士に近い。近衛騎士がヴィヴィオの直轄で、他の指揮系統から外れた騎士であれば、聖騎士はその教皇のバージョンとなる。つまり他の指揮系統から外れた、教皇直轄の騎士になる。他の部署や役職では聖騎士に命令を出す事は出来ない。聖騎士に命令を出す事が出来るのはその時の教皇だけであり、聖王の位置に収まるヴィヴィオでさえ口を出す事が出来ない。そのうえで聖騎士は教皇の手足として働く為、大きい権限を抱えている。

 

 聖王に選出される近衛騎士、そして教皇に選出される聖騎士。

 

 この二つこそが現代のベルカにおいて最も高き栄誉の証。

 

 それを目指す事こそが子供たち、ひいては騎士達の夢になる。

 

 ロランは、その聖騎士に若いながら選抜された者であった。つまり騎士としての頂点、その一つに到達した存在である。まだ20代という若さで聖騎士に至ったその技量、実力、家柄共に申し分はなく、人々の憧れとしてベルカに見られる存在になる。

 

 だがその心は憂鬱の色に染まっている。

 

 ……いやぁ、本当に頑張るなぁ、シド様は。

 

 シド様。

 

 聖騎士の中では、そういう風に呼ばれている。ロランもそういう風に認識していた。ヴィヴィオ・ゼーゲブレヒトに夫を作るのであれば、それは色濃く聖王家の血を残している人物でないとならない。それが教皇庁の意見であった。教皇本人に仕えるロランもそういう風に認識している。報告から聞けばヴィヴィオ本人と仲が良いのだ、仲の良い二人が結ばれるのが一番に決まっている。カルマギアは元は武門で家柄も良いし、本人も性格が良い。優秀で、血と家柄も問題ないのだから何も文句は出てこないどころか大プッシュできる。教皇本人も、

 

『ヴィヴィオ様! シド君、ベストマッチ!』

 

 とか言ってガッツポーズを決めていたぐらいだ。

 

 なのにダールグリュン家と婚姻を結ぶ準備を進めているという話なのだから、

 

『どうしてそんな事するんだよ! 余が何したって言うんだよ! ベストマッチだろうが! おい! 血と家柄も良ければ仲が良いんだからこれ以上の相性の良さはないだろ! おい! ダールグリュンからはなんて言われてんだよ!』

 

『え? 猊下、聞きます? ―――はは、ザマぁ。だそうです』

 

『ファック』

 

 という話が出てきた所で教皇は大荒れしていた。これでカルマギアがそのまま武門であれば何も問題がなかったのだが、

 

 問題はカルマギアが武門から一般へと帰属した事にある。

 

 つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが問題なのだ、とロランは認識していた。

 

「おや、ロラン様はどうやらカルマギア選手の肩をお持ちのようですが?」

 

「当然ですね。カルマギアと言えば代々騎士団長か聖騎士の家系ですよ。それも世襲制ではなく実力だけで取得している家です。あそこは強さを保ち、継続して積み重ねる為に婚姻とかも厳選してやってる所ですからね。真面目な話、単純な身体的スペックでベルカで上位から数えて良い家ですよ」

 

「ですが、魔力の使えない不具者ですよ……?」

 

「まぁ、そう考えてしまうのは仕方がないですけど。それだけを価値観として持つのは危険ですよ?」

 

「という事は?」

 

「見た通りですよ」

 

 あまり深く説明するとなると、面倒な話をしなくてはならないので、それ以上シドの事を口にする事をロランは諦めていた。家の問題とか、血筋とか、積み重ねとか。そういう話はあまり、一般にしていい事ではない。古代ベルカが行ってきた人体改造と血の積み重ねの話は一般的ではないのだから。それで人権問題とか持ち出されても困る。

 

 しかし、見た感じ、ロランはシドの実力の圧倒的な物を感じた。今年の選抜はかなり良いのが出てきているが、その中でシドを止められそうなのは一人か、或いは二人程度だろうとみていた。現状、彼が優勝する可能性は非常に高いと踏んでいる。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であった。

 

 ―――クッソぉ、あそこでじゃんけんにさえ負けなければ……!

 

 完全なる罰ゲーム。誰が好き好んでこんな仕事をやるものか。古参から完全に仕事を押し付けられた形のロランは、ひたすら憂鬱であった。大人の事情で子供の夢をつぶさなければならない事実に対して思う事がない―――と言えば、嘘になる。それでもダールグリュンへの牽制や此方へと誘導する為にも色々とやらなくてはならない事があった。

 

 ロランはまだ、若かった。仕方がないからと全てを諦められる程まだ大人ではなかった。

 

 だが年長の聖騎士の中には狂信者もいる。強制的に婚姻を結ばせれば良いと言っている者もいた。魔法が使えないなら種馬としての価値もないと言う者もいた。聖騎士団内部でも過激派が混ざっている。その事実を考慮すると、まだ若くて頭が柔らかい自分がこうやって仕事を任されたのは慈悲だったのかもしれないと思っていた。

 

 過激な奴が来ていれば、開始前から大荒れしていたであろう。

 

 そういう意味ではロランが来たことはある意味救いではあったが、

 

 ロラン本人にとっては罰ゲーム同然の出来事だった。

 

 彼の視点からすれば、シド・カルマギアの優勝は当然の事だった。それだけの実力とスペックを備えている。彼が不具者である事も関係はない。リンカーコアのあるなしに関しては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。だからリンカーコアの保有者と非保有者で子供を作った場合、リンカーコアが子世代で発現するだろう。だから血筋を考えてあてがう事に問題は何もないのだ。

 

 だが問題はダールグリュンとの婚姻関係だ。

 

 このまま何もせずに放置すれば確実にダールグリュンにカルマギアの血がとられるだろう。それは避けたい。ヴィヴィオの相手が必要というだけではない。聖王家の血筋が拡散すればそれだけ聖王教会の権威が薄まるからだ。もう既にヴィヴィオと教皇で、トップが二つに分かれている状態なのだから、

 

 それをこれ以上増やさない事の重要性をロランは理解していた。

 

 だからこそ、カルマギアの血筋を聖王家に戻す事で血筋を一本化させたい意図がある。

 

 それにはシドが一般の身のままであるのは困る。だが騎士となっても困る。従者という身分を入れれば聖王教会の所属になるだろうが、そうなればヴィヴィオが自分の下に連れてきて保護しようとするのが見える。シドの存在が聖王教会や教皇庁に保護や囲い込みを行われていないのは、単純に彼の存在が一般というカテゴリーに入っているからだ。

 

 これでまだ武門であれば教皇庁からの命令でどうにかできた。そして従者になれば、残念だがヴィヴィオの方がフットワークが早い。あちらに取り込まれてしまうだろう。

 

 ヴィヴィオはアレでかなり、善性の強い人物であると理解されている。無理矢理結婚するような事はしないと認識されているから、話が間違いなく拗れる。

 

「カルマギア選手はロラン様の一押しですか……まさか魔法を使えない少年が今大会のダークホースになるとは思いませんでしたね!」

 

「そうですね……あの強さなら優勝はほぼ間違いなしだと思いますが……さて、それを他の選手たちが許してくれるからどうか、でしょうか」

 

 ……お願いだから途中で負けてくれないかなぁ。心が真面目に痛むんだけど。

 

 自分の仕事の出番が、表彰台でやってこない事をロランは必死に祈っていた。

 

 

 

 

「しかし圧倒的だったわね。ちょっと同情しちゃうレベルで」

 

 先ほどの試合を思い返す。正面から攻撃を受けたうえで全部意味がないと証明し、それを正面から踏みつぶす。クラッシュエミュレートが起動していたが、いくつかのダメージは余裕でエミュレートの防護を貫通していた。全身打撲のダメージは試合が終わったところで消えないだろうし、アレではもう二度と逆らう気も戦う気にもなれないだろう。自分より下だと思っていた存在が怪物だったのだ。

 

 戦う事そのものが怖くなるレベルだろう。

 

「ま、私としてはそれなりに見ごたえのある試合だったよ。人間、天然ものであれだけやれるんだなぁ、って良い参考になったよ」

 

 ビールを飲み終わったアロハが今度はワインを取り出した。こいつ、そんなにちゃんぽんしちゃって酔わないのだろうか? なんて事を考えながら視線をアロハからジョン・ドゥへと向けた。酒を飲む手は先ほどよりもペースは落ちていて、何かを考えるかのように先ほどの試合からずっと無言を保っていた。その姿が普段目撃する陽気な様子とは違い、声の掛けづらさを見せている。だがアロハはそんなジョン・ドゥの様子にお構いなしという形で、

 

「で、ガバチャートが崩れたりしたのかい?」

 

 等と言い出す。このアロハに恐れという概念は存在しないのかとも一瞬思うが、

 

 ジョン・ドゥはその言葉に軽く噴き出した。

 

「はは、確かにまぁ、ガバチャートか」

 

「失敗すればリセットすればいいだけだしねぇ、気楽なもんだ……それで?」

 

「ん? あぁ、いや。別にこれぐらい誤差だしな。どうとでもなる。……ただな」

 

 そこでジョン・ドゥは言葉を区切った。先ほどまではシド・カルマギアが戦っていたステージを見て、修復が済んだそれに次の試合の為に選手たちが昇ってくる。興味もなさげにそれを眺めている。

 

「まぁ、羨ましさだな」

 

「ははーん? 私たちには見えない何かが見えた、訳だ」

 

「そんなところだ」

 

 そう呟くとジョン・ドゥは空になったビール缶を捨てて、次の缶を開けた。つまらなさそうに繰り広げられるステージ上の戦いを見ている。子供としては中々にレベルの高い闘いではあるものの、純粋な力が先ほどの少年には届いていない。これでは蹂躙されるだけだろうと判断する。もうちょいマシな手合いが出ない限りは優勝間違いなし。

 

「……オリヴィエ

 

 何か、小声でジョン・ドゥが呟くも、頭をすぐ横に振った。

 

「いや、寧ろ好都合か」

 

「問題はどうして、の方だろう?」

 

 アロハの言葉にそうだな、とジョン・ドゥが答える。

 

「確かその時計を使わないと覚醒しない……って話じゃなかったかしら?」

 

 ジョン・ドゥの懐に指さすと、ジョン・ドゥが懐中時計を取り出し、それを確認してから戻した。その言葉にジョン・ドゥは頷いた。そもそもからして、その懐中時計が何なのかを理解していないのだが。

 

「こいつは固有技能を覚醒させるための補助輪だよ」

 

 視線がアロハへと向けられる。ワインボトルを片手に、アロハはそうだねぇ、と声を零す。

 

「特殊な技能、固有技能を使える者と使えない者では脳構造が微妙に違うって話、知っているかい?」

 

「え、そうなの?」

 

「おや、知らなかったか。まぁ、固有持ちとソレ以外では脳の構造や一部、体の機能が違うんだよ。それは人間というベースに対して、元々あるスペックや機能に対して新たなソフトウェアをインストールする場合、元々のハードじゃ容量かフォーマットが正しくないから備えられないって問題が出てくるわけなんだけど」

 

「つまり、特殊な力を行使するにはそもそもからして普通の体のままじゃダメ、って事でしょ」

 

「そうそう。で、そのメカニズムに干渉する方法は千差万別、能力に対してそれぞれ個別の干渉方法があってね。そもそも能力に合わせて脳の構造が違ってくるからね? だから一概にこれ! って手段がないわけだ」

 

「でも作れてるじゃない」

 

 時間干渉能力だったっけ? と口にするとアロハがそうそう、と頷いてくる。アクセラレイターなんて技術を使っているが、アレは時間加速ではなくて個人の超加速からくる時間の遅延だ。だから正確には時間に干渉していない。だから人間が個人の才能で時間に干渉する、という技術と理論はちょっと良く解からない。

 

「まぁ、現代の人間には無理だろうねぇ」

 

「現代……って事はまるで昔は出来た様な言い方ね」

 

「あったぞ。凄い昔の話だが。時間を支配し、管理していた時代が」

 

 古代ベルカの話だろうか? この次元世界において―――いや、魔法文明において古代ベルカは凄まじい力と規模を持っていた。それこそ今では解析不明なマジックアイテムや技術を大量に抱えるレベルで、だ。その事実からすると古代ベルカの様に思えてくる。

 

 が、違う、とアロハは首を横に振り、

 

「―――最も古き文明、原初の魔導文明()()()()()()()()()だよ。彼らは時間を支配し、生死を超越し、そして理にさえも手を染めていたよ。まぁ、滅んだけどね」

 

「時間能力の覚醒、干渉には連中の技術が必要だ。ジェイルはそれを修めてるからな」

 

「……どうやって?」

 

 その疑問にアロハが笑みを零す。

 

「ま、私はそこらへんかかわりが深かったからねぇ……さて」

 

 ジェイルが呟く。

 

「私たちの知らない所でアルハザードの遺物が彼の所に流れ着いたのか」

 

 或いは、とジョン・ドゥが呟く。

 

「まだアルハザードの生き残り共がいて、知らん所で干渉したか……どっちか、だな」

 

 どうあれ、それで計画が狂う様な事はないが、とジョン・ドゥは付け加える。多少の誤差が出たところで、坂を転がり落ちて行く石を止める手段はない。もう既に道は完成され、そしてそれを止められるような物はない。

 

 シド・カルマギアは、この大舞台で必死に茶番を演じている。

 

 その事実が、ただただ哀れだった。




 実は現代編は大体10話ぐらいで切り上げてさっさと古代ベルカ、イクゾー! とか思ってたんですけどね。なんか書けば書くほど現代に希望が見えないというか、お先真っ暗というか、何をどうあがいてもここで幸せになる事は出来ない大人の事情みたいなのが片っ端から噴出するというか。

 どうして……どうして……。いちゃいちゃも何も全部古代で待ってるのにどうして……。


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Anger and Hatred - 7

『めっ、だよ』

 

 控室のベンチに座っていると、オリヴィエの声が聞こえてきた。

 

 その姿は見えないが、横に座っているような感覚を覚える。ヤッパリ頭がおかしくなってしまったのだろうか? ついに起きたまま夢を見る様になったのかもしれない。それとも、今まで夢で会えていたこの力が成長したのだろうか? 少しだけ―――本当に少しだけ、自分の中にある()()を感じられる。この力が源となって、自分とオリヴィエを結んでくれている。或いはこれも狂気が生んだ幻覚なのかもしれない。

 

「なにが、かな」

 

『シド、体を大事にしてない』

 

「いや、だって」

 

 だって、と虚空に向かって呟く。そこにクラウスがいないのが幸いしているだろう。彼は今、他の試合の情報収集の為に出ている。その間、控室から出られない自分はただ座っているだけだったが、オリヴィエがその寂しさを紛らわせてくれる。というか、彼女にも先ほどの試合が見えていたらしい。どうやってだろうか?

 

「見えてたんだ」

 

『うん。古代(こっち)では別に寝ている訳じゃなくて、ちょっと詩集を読みながらぼーっとしてただけなんだけどね』

 

「詩集? ウィスタって人の?」

 

『うん。新作をくれたの。最近八股が発覚して5人同時に刺されて入院したんだけど、その時に貰ったんだ』

 

「何度聞いても凄い」

 

 自分とは一生縁のない事だろうなぁ、なんて事を考える。だってそんなにモテる程良い人間ではないし。そのウィスタという人物、今度ベルカの歴史書でも漁って調べたら最終的な女性経歴が出そうで面白そう。

 

 まぁ、それはともあれ、

 

『見れたよ。シド、わざと攻撃受けてたよね』

 

「それが一番強いからね」

 

 自分の肉体のスペックは良く解かっている。どれだけ怪物的なのかも。だから一番強い使い方も解っている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事だ。攻撃を受けた瞬間、攻撃する側は硬直する。物理的に動くことのできない状態になるのだから、それを耐えながら殴り返すのが一番楽で強い。そしてこの肉体は並みの攻撃では傷すらつかないのだから、あえて受け止めながら一撃を叩き込むのが一番楽だ。だからそういう戦闘スタイルが基本となっている。回避も防御もいらない。ただ単純に正面から受けつつ殴り返す。これで全てに決着がつく。

 

『うん、ダメだよそんな戦い方したら』

 

「えー」

 

『えー、じゃありません! そんな事やってたら事故で体を悪くしても知らないよ!』

 

「そう言われてもなぁ」

 

 これが本当にシンプルに、最適解なのだ。これ以外の戦闘手段はいらないというレベルで。それに精神的にも優位に立てるのだ。相手が繰り出してくる一撃一撃、必殺も含めてそれらを全て受けながら直進して必殺し返す。これで相手の肉体も精神も完全にへし折れる。そうやって制圧するのが最もこのスペックを利用する戦い方なのだ。

 

 なのだが、それがオリヴィエは気に入らなかった様で、

 

『でも、見てる方は辛いし、かっこ良くもないよ』

 

「む」

 

『シド、わざと苦しいやり方選んでない? そういう自罰的なの私はどうかと思うよ』

 

 オリヴィエの言う通りだ。ある程度わざとやっている部分もある。だって、これ以外に自分の武器と言えるものはないのだから。これを押し出すしかないじゃないか。だけど、オリヴィエがそれが嫌だって言うなら俺はそれでいいと思う。

 

「解ったよ、戦い方を変えてみるよ……もうちょっと体を大事にするよ」

 

 ほっとした、安堵の声が聞こえた。自分は、オリヴィエに限っては約束を破らないようにしている。オリヴィエに嫌われたくないのが一つ、そしてもう一つは―――彼女だけは、自分の理解者と共犯者だけには絶対に裏切れなかったから。だからオリヴィエがそう望むのであれば自分は……それで良い、と思っている。

 

『うん、良かった……シドが怪我する所とか、見たくないからね!』

 

「解ったよ、解った」

 

 苦笑しながら呟き、はぁ、とため息を吐いた。

 

「ヴィヴィには勝てないなぁ」

 

『違うよ。君が凄く優しいだけだよ』

 

「どう、だろう。僕の本性はもっと―――」

 

 と、言葉を続けようとしたところで足音が聞こえ、気配を感じ取る。馴染みある気配に直ぐにオリヴィエの気配が霧散し、それと入れ替わるように扉を開けて控室にクラウスが戻ってきた。その手の中には包みなどが抱えられており、それをこっちへと向かって投げ渡してくる。零さないように、落とさないようにつかみ取りながら包みを剥いて確かめる。暖かく、甘い匂いが包みを開けると漏れ出してくる。この食欲を刺激する匂いは―――。

 

愚妹(ハイディ)からの差し入れだ。貴様の好きなベリーパイだぞ。感謝しろよ」

 

「終わったらありがとうって伝えなきゃなぁ」

 

 包みのナプキンの中から出てきたのはベリーパイ。特にブルーベリーやクランベリーが混じった所にカスタードも入っている甘いパイが大好物だ。それとは別にレモンパイも好きだ。後ピーチパイも好き。もちろんアップルパイも大好物だ。パイ類は全体的に好きだったりする。ヴィクターは中々作ってくれないのだが、ハイディは割と会うたびに用意してくれるので、普段は作らないヴィクターと良く作ってくれるハイディでバランスが非常に取れていると思う。

 

 つまりパイは美味しい。むしゃり、とほおばるように口の中に入れる。口の中に広がるカスタードとベリーの味に唸りつつ、心がちょっとだけ幸せになる。それをクラウスが苦笑しながら眺めていた。クラウスもクラウスで軽く食べ物と飲み物を取ってきたらしく、コーラを飲んでいるのが見える。横に座りながら他の食べ物を置いておく。

 

「しっかし、本当に幸せそうに食うな貴様は」

 

「美味しいものを食べて幸せを感じない奴は心が壊れてるよ」

 

「良かったな、貴様はまだ正常らしい」

 

「みたいだね。ハイディの作ってくれるパイは美味しいから嬉しいよ」

 

 美味しいものは良い。食べると簡単に幸せになれる。それが一時のものだとはいえ、その瞬間の幸福感は嘘じゃないのだから。だけどこの程度で幸せを感じられる自分も、割と安い奴なのかもしれないなぁ、と、ハイディの差し入れのパイをあっさりと完食し終わってしまう。あっさりと食べ終わってしまうとちょっと勿体ない事をしたと感じる。横に置いてあったドリンクを手に取る。中身を飲んでみれば―――なんてことはない、普通のスポーツドリンクだった。

 

「あぁ、そうだ。ヴィクターは勝ったぞ。アイツも圧勝だったな」

 

「まぁ、ヴィクター倒せるレベルがいたなら相当ヤバイのが混じってる事になるからな」

 

「一応上の年代にはやばめのもいるが、そういうのは既に従士になるか、騎士になるかで就職確定しているからな。マークしなきゃいけない奴はヴィクター以外いなかった。他の連中は適当に何時も通り処理すればどうにでもなるさ」

 

 となると決勝までは雑魚の相手をするだけか、とちょっと残念に思う。同世代で結局、自分を敗北させられそうなのは身内連中だけだった。世界は予想外に狭いのかもしれない。その結果もこのベルカという土地を出れば変わるのだろうか? それともこの外もあんまり変わらないのだろうか? どっちにしろ、どうあがいても自分の将来―――その結末は変わらないような気がする。

 

 父さんと母さんは頑張ってくれた。

 

 だけど、それ以上に回りの圧力や権力が強すぎた。

 

 実質、選択肢は存在しないようなものだと思っている。

 

「まぁ……いいか。どうせ僕が勝つし」

 

 どうせ、勝てる。その言葉の絶望感は有象無象には通じない。理解できるとして、ジークとクラウスぐらいだろう。だからクラウスは何も言わない。勝ててしまう。それが、酷く退屈だった。強く生まれ、そして更に強くなるために鍛錬を欠かさずに続けてきた。どうすれば強くなるか、どうすれば更に飛躍できるのか。何が自分に足りず、何で補えば良いのか。そんな事をずっと考えながら鍛えてきた。カルマギアが武門をやめても、その継承されてきた知識が消えるわけではないのだから。

 

 だから、強くなり続ける。その努力に意味も価値もなくても。蹂躙に蹂躙を重ねて自分の強さを証明する。そして証明した果てにそれが無価値である事を宣告される。

 

 それが、この戦いのすべてだ。

 

 等しく―――無意味。

 

「ま―――俺も色々と言えた義理じゃないが」

 

「うん?」

 

「さっさとベルカ捨てて魔法のない世界にでも行け。たぶん、それがお前が一番幸せになる方法だ―――全部忘れてしまえ」

 

 クラウスの言ったその言葉が凄く、凄く魅力的に聞こえた。

 

 血筋も、魔法も、文化も、全部忘れて魔法の存在しない世界へと引っ越す。きっと、父さんに言えばそれを叶えてくれるだろう。実際、そういう準備をしてそうだなぁ、と思っている。だけど、

 

 ベルカ、だけなのだ。

 

 僕と、彼女の繋がりは。

 

 この地から去る事はまるで彼女とのつながりを断ち切るようで―――それだけは、それだけは出来なかった。依存しているのかもしれない。いや、実際しているのだろう。この苦悩を完全な形で分かち合う事の出来る彼女に対して。だけどそれ以上に、彼女の心を救いたかった。だからこの土地から離れたくはない。離れたらこのか細いつながりが途切れてしまいそうで、

 

 そうしたら、誰も、彼女の本心を知らずに彼女が世を去ってしまうから―――。

 

「できたら、いいのになぁ」

 

「俺は応援するぞ」

 

「そうじゃなくてさ……」

 

「あぁ……心の残りがあるのか」

 

「うん。だから離れたくても……ね」

 

「ならそれをどうにかしろ」

 

 それが出来たら、どれだけ楽なのだろうか。彼女を―――オリヴィエ・ゼーゲブレヒトを死の運命から救う事は。その魂に安らぎを与える事は。どれだけ、困難な事なのだろうか。それができるのであれば、

 

 この魂、燃え尽きようとも構わない。

 

 たぶん、そう思えるほど彼女に恋をしている。

 

 

 

 

『―――さあ、ついにやってまいりました第二ラウンド!』

 

 ステージへと再び上がる。ステージの反対側には杖と剣を装備した戦装束姿の少女の姿が見える。少女、と表現しても年齢は自分より上だろう。体格からしておそらく12歳前後、この選抜では年齢が高い方だろう。ここまでくると年齢差からの身長差等も入ってきて、下の年代相手にリーチで有利が取れる。ただ相手は確か純魔導師タイプに近いとクラウスが言っていたのを思い出す。

 

 持ち込んだ槍を一本、片手で回転させてから肩に担ぐ。これ一本で決着をつける。

 

『まさかのまさか、魔法を使えない不具者であるカルマギア選手が一回戦を圧倒! その姿はハンディキャップである事を感じさせない蹂躙! 魔法、そんなものは必要ないと言わんばかりの絶対強者っぷりを証明してくれた! だが対するは一回戦で徹底したアウトレンジからの連射で力の差を見せつけたエレノア選手だ! 連続シュート! バインド! そして流れる様なバスターは防ぎようがない! 魔法耐性を付けられないカルマギア選手はどうする!』

 

『結果は見えているような気もしますけど、ね』

 

 相手を見る―――つまらない闘いになると思った。

 

 顔も、名前も特に覚える価値もない。ステージの上のすべてが灰色に見える。

 

 ステージの反対側、相手が頭を此方へと向けて軽く下げた。

 

「カルマギアさん、こうやって戦える事を光栄に思います」

 

「……やめてください、僕の方が年下ですから」

 

「いえ、ですが貴方には貴い血が流れていますから。貴族の端の端とはいえ、無視はできません」

 

「そっか」

 

 まぁ、そうか。そうだよな。そうなるよなぁ、と呟く。めんどくさい。結局どこに行ってもしがらみだ。血の宿命からは、ベルカにいる限り逃れられない。この大地そのものが呪われているのだろうか。それとも人という種がどうしようもないのだろうか。

 

 まぁ、しゃーないと呟く。

 

 槍を肩に担いだまま、空いている左手を女に向けた。そして指先をくいくい、と曲げる。

 

「先手は譲る。来い」

 

 その言葉に怪訝な表情を女が浮かべた。

 

『おーっと、カルマギア選手挑発したぁ! しかし良いのか? これは良いのか!? アウトレンジ相手に先手を譲って!』

 

『まぁ、何とかなるんでしょうねぇ……』

 

 解説席にいる聖騎士の方はどうやら結末が見えているらしい。力の差がありすぎて、負けるほうが難しいというレベルだ。だから余裕を見せつける。自分の方が格上であると。それを傲慢だとみる人間もいるだろうが、違う。これは()()()()()だ。強さを持つ者は、望まなくてもそれ相応の振舞いを要求される。

 

 強さがあるのに、小心者の様に振舞う奴など恰好が悪すぎる。

 

 だから威圧するのだ、言葉と態度で。自分が圧倒者である、と。

 

「……参ります」

 

 やはり若い―――容易く挑発に乗る。これがジークやヴィクターだったら一撃で殺しに来るために溜め始めるし、クラウスだったら姿を隠して罠をハメる為の準備に入るだろう。そこで素直にシュートバレットを相手は浮かべ、

 

 合計五つ、それを同時に放ってきた。

 

 流石魔法、理不尽な速度を持って一気に接近し、直撃する為の軌道を描く。避けなければ確実に命中するだろうし、避けたとしても誘導によって背後から襲い掛かってくるだろう。だが避ける必要はない。魔法のダメージなんてもの、天然の抵抗力を備えるカルマギアの肉体であれば、防御なんてしなくても勝手に軽減されて耐えられる。

 

 そもそも、魔法の非殺傷ダメージなんてほとんどが()()()()()()()()()()()()()()()()が大半なのだ。それが変換資質によって属性を帯びる事で破壊力の高い現象に変化したり、バスターやスラッシュなどの形を得る事で肉体へのダメージを生み出せるようになる。シュート単体だと破壊力は低く、牽制として意識を削るのがせいぜいだ。

 

 だから避ける必要はない。

 

 だが、

 

「ヴィヴィに……受けるなって言われてるからな。理不尽と暴力って言葉の意味を刻め」

 

 正面から素直に飛んでくるシュートバレットを見て、槍を下ろしながら一回転させる。迫ってくるバレットにくるくると回転させた槍を合わせる。触れ、弾けないようにそのまま槍の刃先、柄、そのすべてにバレットを乗せて、回転させるように誘導して乗せる。使うのは覇王流の奥義の一つ、クラウスから教わった旋衝破、バレットシェルを壊さずにつけとめてそのまま相手に返すもの。それを()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

()()()()()

 

 槍に張り付くような状態でバレットが弾ける。魔力リソースとなったそれは引きずられるように捕獲され、()()()()()()()()()()()()()()。纏う様に、流し込むように得物に受け止めて流す攻撃を注ぎ込み、相手の使った魔力リソースをそのまま奪って自分の武器の強化へと流し込んだ。それによって魔力を持たなかったディザイア産の使い捨て槍デバイスが魔力を纏った。

 

「―――えっ?」

 

 その様子を、信じられないものを見る様に相手が見た。

 

 明確な隙を逃すほど甘くはない。槍をそのまま引きずるように前へと向かって突き進み、正面にいる姿を空間を破壊するように振るう。

 

「よっと」

 

「っ、うっ、くっ……!」

 

 ぎりぎり、という様子で横に姿が弾ける。フラッシュムーヴによる瞬間的加速離脱は肉体への負担が強く、キャスタータイプには辛い手段だ。それを切ってきたという事実は純粋に相手にとってこの接近は予想外であり、対処する手段が他になかったという事実である。だが流石ここに出てくるだけあり、

 

 離脱するのと同時にバインドが発動している。体をバインドが二つ繋ぐ。両足を止めるバインドを、

 

 そのまま力任せに引きちぎる。

 

「ならっ!」

 

 バインドが追加される。首、両手、両足に追加される。空間に対して固定するようなアンカー型マルチロックバインド。それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一歩、一歩、踏み出すように前へと向かって、空間に固定されているはずのバインドを空間もろとも引きずるように前に進む。

 

「嘘、でしょ……?」

 

「魔法が使えればもっとスマートなやり方もあるんだろうけどな」

 

 あいにくと、これが自分のやり方だ。

 

 身体能力の暴力で正面から圧殺する。

 

 これが、カルマギアの流儀だ。

 

「さあ―――その生に幕を引こうか」

 

 バインドを全て引きちぎる。正面へと向かって一気に飛び込み、破壊された鎖が周囲に漂う。それを察していた少女がシールドを張るも、接近と同時に放つ蹴りでそれが粉砕される。飛び込むように来た正面、右手で槍を振り上げる。

 

「砕け散ろッ!」

 

 上から下へのシンプルな振り下ろし。それがステージを粉砕し、その破片を弾丸の様に上へと向かって吹き上げながら周辺を汚す。二度目の加速で脱出する姿を視界で常に捉えている。ステージへと振り下ろしたままの槍を軸に、体を持ち上げて、

 

 空間を、ステージの破片を弾丸として蹴り飛ばす。

 

「ははっ、どうした逃げ回るだけか!」

 

 戦うとどうしても地が出てくる。闘争本能が顔を出し始める。忌むべきこの性が溢れ出てくる。必死にそれを抑え込みながらどうしても、獰猛な笑みが顔に浮かぶのを自覚してしまう。

 

「ならいっそ踏みつぶしちまうか」

 

 シールドによって破片がガードされ、ショートバスターが放たれる。それを発射と同時に横へと体を投げる事で回避しつつ、ショートバスターに槍を突っ込んで引きずり、バスターを削るように魔力リソースをむさぼる。槍が悲鳴を上げる。この程度でぶっ壊れそうになるとか軟弱な得物だ。やはり、ディザイアが失敗作だと評価するのも理解できる。ぴきり、と音を鳴らして槍に罅が入るのを無視しながら連射されるバスターを右へ、左へと体をスライドさせながら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()粉砕する。

 

『め、滅茶苦茶だ……!』

 

『これが古代ベルカから続く武門の一つです。いえ、元ですが。この世代で言えばカルマギア、ダールグリュン、エレミアが同ランクの武門の血筋ですね。ひたすら戦い、戦乱を生き延びた乱世の武人の血筋。それが現代にシステムとノウハウを継承して今も残っているんです―――ぽっと出の天才程度ただの餌ですよ』

 

 突破する。シールドを片手で掴み、そのまま圧壊させながら真正面、顔を合わせる。

 

「がおー」

 

「―――」

 

 顔面蒼白の姿を見て、そのまま頭突きを叩き込む。額が割れて血があふれ出す。後ろへと向かって倒れる姿、その顔面に蹴りを叩き込もうとして―――姿が消えた。

 

 いや、下へと下がった。バインドで無理矢理体を引きずったのが見える。お、意外と楽しい。そう思いながらゼロ距離から放たれる、弱めの収束砲撃を杖型デバイスを踏み砕く事であらぬ方向へと攻撃を捻じ曲げる。すかさず剣が首を狙ってくるが、

 

「……っ!」

 

「残念、見えてる」

 

 左手の()()()()()()()()()()()()()()()

 

 理不尽、蹂躙、圧殺、暴力、素質と才能というものからくる絶対的な力の差と絶望。

 

 だがこれだけ強くても、まるで意味はない。

 

「何もかも、無価値だ。俺も、お前もな」

 

 そのまま剣をへし折る。顔面にへし折った状態で拳を叩き込む。後頭部がステージにワンバウンドしてから―――その姿を上へと向かって蹴り上げた。女だから容赦? そんなクソみたいなフェミニズムは戦いでは役立たないので習ったことがない。だから軽く打ち上げる様に蹴り上げて、

 

 そのまま天井に叩きつけてから落下し始める姿を見る。

 

「じゃ、全部返すぜ」

 

 食らった魔力を全て貯蔵している槍が、その暴力的すぎるやり口に耐えきれるはずもなく、毎秒少しずつ崩壊を始めている。だがどうせ使い捨てる前提で使っているのだから、壊れる事に興味なんてない。その代わりに握っている柄に力を更に込め、音を立てて握り砕く。だがまだ霧散しないように力技で握りしめ、

 

 女を飛び越えた所で下へと向かって蹴り落とすように足場にして、ステージへと向かって叩き落とす。

 

 その姿へと向かって空中で力を練り上げて、全力で投擲する。手を離れる瞬間には槍が完全に崩壊する。だがそれに蓄えられたエネルギーは純粋な槍の形状を生み出して、ただの破壊としてその役割を全うする。

 

「Auf Wiedersehen」

 

 降り注ぐように叩きつけられた破壊が貫通しながらステージをその中央から粉砕し、体力も精神も魔力も戦意も、すべてを食い殺すように破壊する。

 

 埃の中へと落下して行き、着地の衝撃で舞い上がった埃を一気に散らす。

 

 そうやって露出するのはぼろ雑巾の様に転がる少女の姿であり、動くことのないその姿に興味を失う。

 

「脆い」

 

 それだけ呟き、背を向ける。

 

 勝負は、続く言葉を聞く必要もなく決まっていた。




 戦闘中の作業用BGMはPrison Laborでしたね……やっぱ戦闘はロックなBGM聞きながら書くのが一番捗る。捗った結果尊厳が破壊されてるんですがそれは。

 シド君の本性は破壊魔。戦うと楽しくて楽しくて無性に壊したくなる。だけどそれが嫌だから普段はそれを隠すように言葉遣いも一人称も変えている。だけどテンションが上がると全部吹っ飛ぶ。


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Anger and Hatred - 8

「外式―――業・兜砕」

 

 スタンした体にブロイエ・トロンべの柄を叩き込み、体を持ち上げながらそのまま回転させ、手元へと顔面を引き寄せる。容赦なくガントレットに包まれた片手でそれを掴み、雷撃を顔面から流し込みながらそのままその姿をステージの大地へと叩き込む。一連の流れに躊躇も、容赦も挟み込まない。事務的に、流すように完全に処理する。無論、叩き込んだ後で完全に意識を奪う為に、追撃としてレギンスに包まれた鋼鉄の足でステージに叩きつけられた頭に踵落としを叩き込む。ここで追撃を忘れるとジークとクラウスに、

 

『お? 舐めプかぁ? さっすが大貴族様は慈悲深くおられる』

 

『はぁー、ヴィクターの優しさが五臓六腑に染み渡るなぁ』

 

 と、盛大に煽られる。なのできっちりとトドメを刺す。確実に落とした、そう確認できるまで絶対に気を抜かず、追撃も封殺も抹殺も全てが瞬間的に実行できるように意識を保ち続ける。この容赦のなさは最初、難しい事だった。だが皆と交流を重ねているうちに、これぐらいやらないとまるで意味のない相手がいる、という事を理解した。特にフィジカルのスペックが怪物的なジークとシド。

 

 遠慮、情け、容赦、そんなものを差し込んだ瞬間には逆に狩られる。だから一片の慈悲もなく、確実に殺すつもりで攻撃を繰り出して制圧する必要がある。故に一切の加減なんてものは入れない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()を攻撃に混ぜ込む。轢きつぶすように倒す。そうやって圧倒する事で精神的にも優位に立つ。精神的に優位に立つ事は相手に対するプレッシャーを通して、ミスを誘発させる事が出来る。

 

 ……これが、割と馬鹿にできない。

 

 特に拮抗した実力での戦いは、どちらかのミスを誘発させるかというのが重要な点になってくる。

 

 だからマウントとるのは間違っていない―――他のみんなは少々、やりすぎだと思うが。特にジークとクラウス。隙さえ見つければ常に挑発と煽りが飛んでくる二人はそこらへん、徹底していると思う。それはともあれ、足元で踏んでいる姿はもう動かず、気絶しているので足を退ける。

 

『決着―――! 勝者、ダールグリュン選手! 初戦からこの準決勝戦まで、全試合完封! ノーダメージで勝利を収めました!』

 

『流石ダールグリュンですね。あらゆる面で隙がなく、完成度が高いです。相手の動きを確実に見切って電撃によるスタンを誘発、動きを止めたところで確実に仕留める。戦術が完成されているのが非常に恐ろしく感じられますね』

 

『そしてこれによって決勝戦のカードが決まりました! ヴィクトーリア・ダールグリュン選手、そしてシド・カルマギア選手! どちらも全試合無傷で勝利してきたまさに怪物として表現できない実力者! 他にも年長の者は多くいましたが、まさか最年少二人が決勝に残るとは……!』

 

『まぁ、僕はこの結果は必然だと思っていますけどね……ですがここからは予想が出来ないですよ』

 

 勝利のコールに応える様に手を持ち上げ、観客へと向かって笑みをと共に手を振る。軽く頭を下げてからステージ端へと向かえば、ジークリンデの姿がそこにあった。片手にタオルとスポーツドリンクを用意しており、ステージから降りるのと同時にそれを手渡してくる。

 

「ほいさ、お疲れ様ヴィクター。()()()()()()()()()()()やで」

 

「解っています。実戦で試したい事は試せました。後はシドに全部ぶつけて勝つだけです」

 

「おぉ、勝つ気満々やな」

 

 控室へと向かって歩き出しながら当然です、とジークリンデに返答する。

 

「―――勝っても、何も得られないなんて悲しすぎますから。私がここでシドを倒せばまだ、傷が浅く済む筈ですから」

 

 あまりにも、残酷すぎる。それに向かって行くシドも。それはまるで()()()()()()()()()()ようにさえ見える。或いは、それこそがシドの本当の目的なのかもしれない。だけどそんな事は許せない。純粋に幼馴染として、彼の友人として、

 

 彼を好きな人として。

 

 そんな苦しい生き方は絶対に―――許せない。

 

 生まれが、周囲が、生きる道が……だから苦しい。その名の如きカルマをシドは背負い続けている、生まれたその瞬間から。そして今、自分の見える所で彼はそれに押しつぶされつつあった。それを見過ごせる程人でなしではない。だけど何か、その運命を変えてあげられるほど力を持っている訳でもない。自分にできる事はあんまり、多くはない。

 

 将来的にダールグリュンを継ぐ者として、相応の教育を受けているからなんとなく、どういう事なのかは解っている。そしてシドの立場が複雑で、どうしようもない所にあるというのも。

 

 だからせめて、私は私にできる方法でシドを助けたかった。

 

 ただ、それでさえ意味があるかどうか怪しい。結局、私ができる事は彼と結ばれることぐらいなのだろうから。

 

「ヴィクターは優しいなぁ」

 

「優しく在れればよいなぁ、とは思います。ですが、これで本当に優しく在れているかと言えば……解りません」

 

「そこらへんは深く考えんでええと思うよ」

 

 控室に到着し、中に入りながらジークリンデが話を続ける。

 

「結局のところ直ぐにどうこうならない事は深く考えた所でドツボにハマるだけの話よ。だったらいったん実行できる事は実行して、その先の事を忘れたほうがはるかに健全やわ。悩めば悩むほど心を病むんやからなぁ」

 

 ジークリンデはそこまで言うと、腕を組んで少し俯く。

 

「まぁ、正直シドの事が心配ってのは解るで。シド、馬鹿なのに変に賢いもんな。考えて考えてドツボにハマってくタイプよ。正直もっとバカになれば人生楽になるのになぁ、って思ってるんやけど。言った所でこういうのって治らんから問題なんよなぁ」

 

「……」

 

 シドが常日頃、何か感情を抱えながら過ごしているのは身内は解っている。仲間内でも察している。だけどそれを中々、口にしようとしない。きっと……それが、格好良いんだと思っているんだろうと思う。それともこちらを気遣っているのか。どちらにせよ、本当はどう思っているのかを悟らせてくれない。だったらもう、こういう手段しかない。逃げられない場所、隠せない所で。

 

 正面から引きずりだす。

 

 そして、

 

「良いですわ。私が正面から叩きのめして全部吐かせますから」

 

 その決意に、ジークリンデが笑う。

 

「ほんま、シドが好きやなぁ、ヴィクターは」

 

 言葉に笑みで答える。

 

「えぇ、勿論ですとも―――大好きですよ」

 

 その気持ちと言葉は、はっきりしている。

 

 

 

 

「ふぅ―――」

 

 頭が痛い。壁に寄り掛かりながら軽く頭と目を休めようと目を閉じて天井を見上げる。だがどれだけ心を落ち着けようとしても、体の中にたまった熱が抜けない感覚がする。こんな大舞台で武を振るうのなんて初めてだから、どっかアクセルを踏みちぎってしまったのだろうか? 戦闘時に得た高揚が抜けない。高揚を引き継ぎながら次から次へと対戦者を蹂躙してきてしまった。自分の本性が交戦的な破壊者である事は自覚していた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なのに戦えば戦うほど、自分が纏う虚飾が引きはがされてゆく感触があった。嫌な感じだ。自分が必死に纏おうとしている物がするり、と指をすり抜けて消えて行く感覚。戦う上では何も問題はないだろう。だが戦いが終わっても高揚が抜けないのは無理だった。心が、血が、戦いを求めている。自分の闘争本能というものをまるで抑え込めない状態が続いていた。

 

「大丈夫かシド? 今日のお前、少し調子が悪そうだぞ」

 

 流石に、こちらの様子に気が付いたクラウスが確認の声をかけてくる。頭が多少痛いのは事実だが、それでもパフォーマンスに影響する程ではない。

 

「寧ろ体の調子はいいぐらいなんだよ。力が滾るというか……今まで以上に派手にカマせそうな気がする」

 

「本当にか? ……いや、お前がそう言うならそうなんだろう。ただ少しイケイケすぎる気もするがな」

 

「たぶんアガってるのか、場所が場所だからテンションが高くなってるか」

 

 或いは、これほどまでにテンション上げていないとやってられないか、だろう。次はヴィクターとの対戦だ。だが戦った所で得られるものは? と言ったら厳しい。勝った所で得られるのは勝利の栄誉と、ヴィクターと全力で戦ったという事実だけだ。いや、それだけでも十分なのは確かだ。だがその先にあるものが何もないのだ。その虚無感を考えると吐きそうになる。

 

 何にせよ、ここまで来た以上は手ぶらで帰る事は出来ない。最低限、勝利という土産を家に持ち帰るつもりではある。何よりも、ヴィクターと本気で戦えるというのはかなり楽しみにしている事でもある。普段、身内では全力で戦う事を禁じている。無論、理由はそれで確実に怪我の類をしてしまう事実があるからだ。だがエミュレートによって最低限までダメージを抑え込める以上、全力で暴れた所で何も問題はないのだ。だから今日だけは、全力で何もかも吹っ飛ばせる。

 

 ……頭が軽くずきずきする。

 

 それを振り払うように口を開く。

 

「うっし……後はヴィクターだ」

 

「ま、出来るだけの対策は事前にやってきた。後はどれだけ詰めれるか、という所だ。あっちもあっちでその手のエキスパートがいるからな。互いの手札をどう切るか、の勝負だ」

 

 ヴィクターとの付き合いは長い。お互いに何を学んで、何を練習し、何を習得してきたのかという事を良く理解している。例えば自分が《雷帝式》がどういうスタイルなのかを良く理解し、その肝や奥義、秘儀と呼ばれるものを知っている。ヴィクターの保有する固有技能がただの雷の変換資質ではなく、《神雷》と呼ばれる固有の効果を加えた雷である事も知っている。それがどういう影響を生み出すのも知っている。

 

 逆にヴィクターは《カルマギア式》を良く理解している。どういうスタイルであり、どういう風に戦うのが得意であり、どの範囲まで対応できるのかという事も理解している。またその肝が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実も知っている。そもそも輿入れする予定の相手であり、婚姻後は流派を組み込んで統一する予定なのだから互いに互いを良く理解しているし、そういう意識をもって技術の交流なども行っている。

 

 だから自分もヴィクターも、互いの手札は良く理解している。ヴィクターの雷は雷としての性質ではなく、それに付与される追加の性質と操作が本命であり、それを警戒しなくてはならない。

 

 逆にヴィクターは自分が魔法を使えなくても自己強化ぐらいならできるという事実を知っている。

 

 だから、ヴィクターとの戦いはどれだけ互いの手札を知り、そしてそれをどういう風に切ってくるのか。それを予測しながら戦略を組み立てるのが重要だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 馬鹿でも力があれば勝てるというのも嘘だ。

 

 強さを発揮するには頭もいる。何も考えずに全力を出した所であっさりと敗北するだけだ。どれだけ才能があっても考えずにそれを振るうだけではすりつぶされるだけだ。

 

 武芸者にも学と教養は必要だ。

 

 だから戦い熱狂に体を任せながら頭は常に冷静に―――というのが最も大事だ。

 

 特に、強敵相手は。

 

「まぁ、勝つのは僕だけどね」

 

 クラウスの表情を見れば、笑みが浮かんでいる。

 

「お前が普段からそれぐらい自信満々なら何も問題ないんだがな―――いっそ、キャラ変えてくか? 卑屈に悩む方よりもこっちのほうがらしいぞ」

 

「冗談辞めてくれ。俺は世間じゃ大人しいキャラで通してるんだから」

 

「身内の前でまでキャラ保っててもしょうがないだろう? まぁ、いいか。ほら、さっさと勝って終わらせて、祝勝会やりに行くぞ」

 

「各種パイを準備しておくのを忘れずにな」

 

 結局は、この大会も長い人生における一瞬だ。その一瞬で頭が狂いそうになるのもおかしな話だ、とクラウスと話していると思う。この先まだまだ色々とやってくるのに、こんな出来事一つで躓いてはいられない。そう思えば多少は気が楽になる。

 

 だから、もうちょっとだけ軽く考えよう。これはただの戦う場所。

 

 全力で戦う場所。

 

 そうとだけ考える。それだけに思考を集中させる。

 

 何もかも、他の事を忘れる。どうせ、戦う事以外の能力がからっきしなのだ。だったらそれだけ考えて将来の事とかは今は忘れる。今は、それでいい。そのあとの事は勝ったり負けたりした後で良い。

 

「あー……楽しみだなぁ」

 

「貴様は、いい加減何か別に趣味を見つけたほうが良さそうだな。今度モールで趣味探しでもしてみるか?」

 

「えー、鍛錬してるの楽しい」

 

「行くぞ!! 人生を失いすぎだろう貴様は!」

 

 えー、と声を零しながら軽く笑い合い、

 

 試合までの時間を待つ。

 

 本日、最後の戦いを。




 天才的な音楽家の演奏を聴くと以降「じゃあ、俺がやる必要は……?」となって道をやめる人やスランプに陥った人が多々あるとか。シドやエレミアと戦うという事はそういう事。

 ヴィクターはシドが大好き。次回、怪物勝負。


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Anger and Hatred - 9

 これまでの戦いで使用した武器は槍一本。流石に1戦でぶち壊してからは次から使用するのは控えたおかげで、武器をほぼ全て決勝戦に持ち込むことまでできた。だから大剣と槍は鎖で縛って一纏めにして、それ以外の武器は装着している。四本の刀は両の腰に、矢筒は背中に。弓も背負っている。ナイフはベルト腕にバンドを使って装着している。上半身は体にフィットするスーツタイプで、破れ難いものを選んでいる。下はボロボロになっても良いジーンズを。一纏めにした大剣と槍を鎖で引きずりながらステージに上がったところでそれを壊すように投げ捨てる。

 

 ステージの上に大剣が二本、槍が一本突き刺さる。それをそのまま放置するようにステージの上に立ち、正面反対側にいるヴィクターを見た。彼女の背後、セコンドを務めるジークが控えているのが見える。同時に、彼女の瞳にも背後のステージ横に控えるクラウスの姿が見えるだろう。結局、何時もの見慣れた4人組がここに揃ってしまった。自分達以外にそれなりにやれる奴というのはいなかったらしい。まぁ、ここまで来てしまった以上そんな些事に一切興味はない。

 

 ただ、正面に見えるヴィクター。彼女と本気で相対できると想えば、それ以外の事はどうでも良くなってくる。

 

 解説者の声が響く。

 

『さぁ、いよいよこの大会も最終試合へとなりました! 圧倒的なフィジカルで怪獣のごとく敵対者を全て戦闘不能に追い込むカルマギア選手! デバイスを、防御を、シールドを、すべてを紙の様に引き裂いて蹂躙する姿にはもはや畏怖しかない! その圧倒的な暴力はこの決勝戦でも姿を見せるか!』

 

 轟く歓声に軽く首を回し、指の骨を鳴らす。これまでの戦いで十分ウォーミングアップは済ませてきた。後はどれだけこの場で発揮できるかどうかだ。

 

『対するはカルマギア選手同様全試合無傷の完封試合を証明してきたダールグリュン選手! クイック&スマート、圧倒的な暴力で蹂躙してきたカルマギア選手に対するダールグリュン選手の戦術は実に無駄のないクレバーさ! 雷撃で確実に相手の動きを止めてからノックアウトか場外のコンビネーション! 予測可能対処不可能のコンビネーションは事前に情報がなければどう足掻いても対処できない必殺! この組み合わせをカルマギア選手は突破できるか!』

 

『ダールグリュンとカルマギアは交流のある家ですからね。エレミア、イングヴァルトなどの名家含めて普段から関わっている以上、お互いの手札は知れているでしょう。どれだけ対策を立てて、そのうえで自分のペースに引き込めるかが勝負の分かれ目でしょうか』

 

『成程―――』

 

 聞こえてくるアナウンスの声を無視してヴィクターへと視線を向ける。それ以外を視界に入れない。それ以外を認識しない。そして言葉も必要はない。語る必要もなく、両手を腰の刀へと手をかける。この手の武器はベルカではレアではあるものの、父さんに徹底して武器の使い方は全部叩き込まれている。自分の性質上、武器は使い捨てが前提なのだ。だったら手の届く範囲になる武器は全て使えなくては意味がない。その中でも刀剣類は良く、自分の手に馴染む。それこそぶっちゃけ、拳なんかよりもはるかに良くなじむ。だが壊れてしまう手前、こういう状況でもないと使い捨てで運用する事は出来ない。

 

「シド」

 

 両手に刀を一本ずつ、腕をだらりと降ろした状態で構えていると、ヴィクターから声がかかった。ヴィクターの声に反応するように口を開こうとして―――やめる。代わりに視線で応えた。それで十分だったのだろう、ヴィクターはふと、笑みを零した。

 

「えぇ、そうですわね。言葉は私たちには不要でしたわね……」

 

 そうだ、大体語り合える事なんて日常で存分に伝える事が出来るのだから。後はやり合うだけだ。煩い解説の声もいよいよ試合の開始を告げる様子だった。だからそれに合わせて、刀を回転させて握りなおす。左手のを逆手に、右手のをやや後ろに引いてからまっすぐに切っ先をヴィクターへと向けた。

 

「《カルマギア式決戦術》シド・カルマギア」

 

 それを受けてから、ヴィクターが槍の矛先を此方へと向けた。

 

「《雷帝式》ヴィクトーリア・ダールグリュン」

 

 いざ、いざ、いざ―――尋常に、

 

 勝負。

 

 開戦の号砲が鳴り響く。瞬間的に瞬発するのと()()()()()()()()()()()()()()()()()()。完全なゼロ秒アクション。開戦と同時に突き刺さる雷が体を痺れさせる。手足指の感覚が薄くなるのを口から吐き出すように覇気を発して耐える。雷気が体内を巡り、神経を蝕む感覚―――動きを止めるのではなく、量を抑えて継続的に動きの幅を狭めるのが目的だと察する。

 

 正面、ブロイエ・トロンべが迫ってくる。それに対応するように体を下げながら、踏み込みながら逆手の刀を上へと立たせるように空間を滑らせて前へと進ませる。右手の刃はそのまま、下から掬い上げる様にヴィクターを狙いすます。だがヴィクターの動きの方がキレが良い。体を蝕む雷気の影響で、本来の動きのキレが出ないからだ。それでいてヴィクターは本来の動きの速度とキレを把握している。それに反応もできて居る。

 

 故に、動きが鈍った状態であればヴィクターの方が有利になる。

 

 ―――考えたな……!

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それがヴィクターがこちらに押し付けている負荷だ。このレベルであればまだ普通に戦える。多少動きが落ちる程度で、動きを止めて解除する為に一手割いて相手に一撃許す程ではない。つまり戦闘続行した方がぎりぎりマシというレベルの所だ。このぎりぎりの範囲を見極めて電流をヴィクターは制御している。

 

 そしてそれを維持するように、ブロイエ・トロンべは雷を僅かに帯電させている。

 

 接触、受け流し、押し込んで弾きながら二の撃。

 

 直接的な接触に入ればこちらがヴィクターを身体能力の差で押し込める。だが接触するたびに発生する弱めのスタンガードが、体内から散りそうな雷気を再充填させる事で此方に押し付ける負荷を維持させる。この悪辣なやり方はヴィクターの発想ではなく、ジークの入れ知恵だろう。だが、それを完全にこなせているのはヴィクターの技量だ。

 

 故に更に体に力を込めて連撃に入る。連続で攻め込むように踏み込み、一切反撃の隙を与えないようにそのまま押し込んで行く。体が多少鈍っていてもいつも通りの動きは出来る。ただ、わずかにレスポンスが遅いだけだ。故にここはいつも通り、自分の強みを前に押し出す。

 

 二本の刀と、ヴィクターの専用デバイスであるブロイエ・トロンべが連続で衝突する。

 

 流石に普段から交流しているだけあって、此方の太刀筋を良く理解している。こちらが連撃に入る瞬間から、次の動きを予測して最小限の動作で受けに入っている。左で切り上げれば柄を差し込み、右を戻せば矛先ではじき、そのたびに雷撃がスパークして弾ける。

 

 右、左、薙いでからの蹴りを叩き込む。蹴りだけは回避され、カウンターで回転するようにヴィクターが回り、雷斧が振りかぶられる。受けるべきかどうかを一瞬で判断し、後ろへとスウェイしてから再び刀を静かに、素早く連続で振るう。風を断つように放たれる斬撃が雷撃を切り裂き、追撃を振り払う。直後上から落ちてくる雷撃を更にバックステップで回避し、追撃してくる雷球を横へと滑らせて回避する。

 

「……!」

 

 ヴィクターの気配が変わるのを感じた。これは距離を開けてはならないと即座に判断し、正面の足場を分化させた斬撃で一気にプレート状に切り分けながらそれを斬り飛ばす。ステージの足場そのものが壁となり、正面へと放たれる。その結末を確認するまでもなく、刀を手放して弓と矢を取る。弦を限界まで引きつつ、移動を止めない。常に足を動かして直線の攻撃を回避するように動作しつつ、矢を放った。

 

 当然の様に、放ったプレートは砕けた。

 

 その向こう側から四本の雷の剣が出現し、空間を薙ぎ払いながら伸びていた。

 

 その斬撃と瓦礫の合間を縫うように飛翔する矢は真っすぐヴィクターを目指し―――しかし、ヴィクターの左手に掴まれた。

 

 それを見て弓矢では対抗できないと悟り、弓をステージの外へと投げ捨てて、矢筒を落とした。ヴィクターの周囲を旋回する四つの剣を見て、軽く息を吐きながらベルトにセットしてあるナイフを二本抜いて逆手に二つとも握り、前傾姿勢に構えた。

 

 突貫。

 

 一瞬で前に飛び出すも、見てから行動を差し込める雷の方が動きは速い。いや、ヴィクターの方が反応が早い。徹底してそこをジークに仕込まれていると判断する。

 

「……」

 

 槍は比較的近くに刺さっている。刀は―――後に回す。大剣はまだ出番が早すぎる。まだ体の中の雷気が抜けない。なら小回りが利くナイフで一気に攻め込むべきか。あの雷剣、見た事はあるが、こういう使い方をしたのを見た事はない。警戒は必要だが―――踏み込まなければ何も変わらないだろう。

 

 片手を大地に当てて、息を整え―――一気に瞬発する。その反動で足元が砕け散る。一気に踏み込むも、目の前には刃が一つ、衝突するコースで回り込んでいる。それを足元を蹴りながら跳躍し、姿勢を低くしながら飛び越える。

 

 それを塞ぐ様に、二枚目、三枚目が見える。

 

「しぃっ―――!」

 

 目の前に来たそれを、蹴った。踏み砕きながら空中でそれを足場に跳躍する。砕いた瞬間に発生する雷の爆発に全身を貫かれながらも、それを突破する。ここはリスクを取らなくてはならない場面だと判断する。

 

 斬撃が来る。

 

 だがそれを無視してそのまま、接近状態へと持ち込んでヴィクターに交差斬撃を叩き込む。ヴィクターの胴体をとらえる感触を両手に感じつつ、瞳で動けない瞬間をとらえる。

 

 雷剣の斬撃と爆発、そしてチャージ済みのショートバスターが用意されてあった事を。

 

 ヴィクターに攻撃を叩き込んで動けない瞬間、砲撃と爆裂と斬撃が同時にカウンターとして叩き込まれた。

 

 

 

 

「魔法って物理的に壊せる物だっけ?」

 

「無理だよ」

 

 ジェイルがイリスの疑問に対して即座に返答した。

 

「魔法ってのはね、一種のエネルギーなんだ。君もフォーミュラをいじってるなら解ると思うけどさ、エネルギーに干渉するにはソレ相応のフォーマットが必要なんだよ。そして一般的にはそれがデバイスって形だったり、また別の魔法だったりする訳だ。そもそも物理的に魔法を粉砕できるという話ならシールドなんていらないだろう?」

 

「確かに―――いや、じゃあおかしいでしょアレ」

 

 イリスは一瞬だけ納得しかけて突っ込みを入れた。何をどう見ても、シドが生身で魔法を粉砕したようにしか見えなかった。それで魔法か魔力を使っていれば別だろう。だがそんなものはなかった。そも、シドは不具者だ。魔力を持たない人間だ。だから魔法に対するレジスト能力は低い筈だ。だがそれが抵抗出来て、それでいて粉砕できている。滅茶苦茶なのにもほどがある。これが、血族を通して継承されてきた暴力の力なのだろうか?

 

 その答えを求めて、イリスが視線をジョン・ドゥへと向けた。

 

「……」

 

 だがその視線に応える事はなく、ジョン・ドゥは鋭い視線をステージへと向けていた。

 

 

 

 

 吹き飛ばされた状態から一回転して着地する。額から結構な量の血が流れている。同様に、ヴィクターも胸から血を流している。カウンターを叩き込む前提としてしっかりと受けたのが原因だろう。だがその結果、此方も頭に結構良いのを喰らっている。確実に此方の行動力と判断力を奪っていこうとする意図が見える。容赦のない戦い方だが、

 

 好みだ。

 

 本気で、情け容赦も情も込めないで殺しに来る戦術が、愛おしい。

 

 故に本気で対応する。

 

 流れてきた血を軽く舐めながらそのまま前へと向かって一瞬で瞬発する。突撃しながら装着していたナイフを全て拳撃で射出する。一気にかかった負荷がナイフを崩壊させるが、その衝撃と鋭さは空間にわずかに遅れて取り残される。その弾幕と共に正面に突き刺さっていた二本の刀を回収しながら接近した。

 

 待ち構えていたヴィクターが息を吐きながら素早く反応する。浮かぶ四つの雷剣は扇の様に旋回しながらも美しい軌跡で斬撃を結ぶ。そこに無骨なブロイエ・トロンべの一撃が合わさる。それだけで先ほどの()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから応える。

 

 着弾するナイフは雷剣によって消滅し、ヴィクターに届かない。だが残された刀による踏み込み斬はブロイエ・トロンべ、そして残された雷剣と切り結べられる。強引に力で押し込むのではなく、何時もよりも一歩引いた感覚で、自分の体へとダメージを通さない事を意識しつつ斬撃を放つ。掬い上げる様な斬撃と共に落とす斬撃を同時に放ち、ヴィクターがスタンガードで対処してくるそれを痺れながらも斬撃が通るように、接触の瞬間にインパクトを打ち込む。

 

 その反動でわずかに自分の腕も後ろへと弾かれるが、ヴィクターは体そのものが押し出される。

 

「くっ―――ふふっ」

 

「はっ」

 

 互いに、苦悶の声と楽し気な吐息が漏れる。

 

 同時に接近する。二刀の連撃と雷剣が衝突し、その合間を縫うように雷撃とブロイエ・トロンべが襲い掛かる。その攻撃密度は魔法が使えるからこそ成立するものである。こちらが守勢に回った瞬間、手数と密度で負けてヴィクターに上回られるのは解っている事だ。それでも押しきれないのは純粋に此方の身体スペックが超越しているから。相手の三回の攻撃を此方の一回で纏めて対処する。それを高速で、連続で、武器に対する負荷を無視して連続実行すれば―――当然の様に、対処できる。

 

 だがそれでも攻撃は漏れる。右、左、スウェイ、ダック、蹴り、バックステップ、回転斬り、距離を開けられたら飛び越える様に跳躍しながら、すれすれの距離を前転しながら斬撃を放つ。それに反応するヴィクターが体を回し、回避しながらブロイエ・トロンべを着地の瞬間に狙ってくる。それを体を強引に空間を蹴り飛ばす事で飛び越えつつ、直ぐにヴィクターにくっつく。

 

 背中と背中合わせ、視線を向ける事もなく肩越しに武器を振るって行く。

 

 両手の刀を右へ左へ、素早く叩き込むも雷剣の軌道が自由で阻害される。更に来るのはブロイエ・トロンべによる薙ぎ払い。回転しながら払おうとしてくる一撃をヴィクターの動きに合わせ、背中をくっつけた状態のまま、踊るように合わせる。

 

 そのまま、ステージの上をワルツを踊るようにくるくると回って舞う。

 

 右へ、左へ、順に連撃を背中越しに叩きつけながら破砕と粉砕を繰り返して雷気が空間に舞い、体を蝕む。徐々に、徐々に負荷がスタックされてゆく。それを自覚しながらも焦らない。確実に、着実に削られながら削って行く。普段は派手に吹っ飛ばして一気に戦いを終わらせに行く。だが今日という日は、違う。オリヴィエになるべく傷つかないようにと言われているのもあるが、ここまで必死に殺しに来てくれる事実が楽しく、引き伸ばしたい気持ちも織り交ざり、また同時に、これがヴィクターを倒す為の攻略の鍵でもあると感じていた。

 

 だから、舞う。

 

 ぐるぐるぐる―――延々と互いの正面を取り合う様に背中合わせのまま、激しく武器と武器を衝突しあう。連続でぶつけ合う魔法とデバイスに火花が散り、雷撃が散る。だがその衝撃に段々とデバイスの方が耐えきれなくなってくる。流石量産品とは違って、ブロイエ・トロンべの方はまだまだ余裕に見える。こちらも替えの武器はあるが―――これが壊れた瞬間、戦闘を切り替える必要があるだろう。

 

 そう思考した瞬間、ヴィクターが強引に動いた。

 

 大きく体を滑らせ、倒れる様に渾身撃を放つ。それをパリィしながら強撃を叩き込もうとし、雷撃がデバイスを侵食する。内部のサーキットをヴィクターの雷撃が焼き切る。それによって一瞬で強度を失ったデバイスが分解され、崩壊する。それを握りつぶしながら強引にブレイクを作る為にヴィクターに蹴りを入れながら後ろへと跳躍する。

 

 体に突き刺さる雷剣の感触を感じながらステージの反対側まで跳躍し、突き刺さっていた槍を抜いて次の武器をする。

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ―――」

 

「はぁ、はぁ、はぁ―――」

 

 ぼろぼろだ。自分も、ヴィクターも、服装も武器も何もかもぼろぼろで血を流している。ヴィクターはいつの間にか髪を纏めているリボンが切れて髪が広がり、肩や顔に切り傷が付いている。そういう自分も、傷跡がたくさん増えていたるところから血が流れている。クラッシュエミュレートが起動しているから実際のダメージではないだろう。だがそれが演算したダメージはつまり、流血し、出血し、そして血反吐を吐く程のダメージを互いに突き刺している事実を証明している。

 

 ()()()()()()()()()()()のだ。段々とだが必殺圏内に入っている。一撃がノーガードで入れば確実に落とせる。そういう範囲にまで落とせている。これが最初からいつも通りだったらどうだろうか―――ヴィクターを落とせていたか? いや、彼女とジークの事だ。確実にその対策を詰めていたに違いない。

 

「は―――」

 

 楽しい。本性が、地金が見えてきてしまう。笑みを浮かべる事をやめられず、楽しみの声を零すのを止められない。そうだ、こうやって戦う事が楽しい。傷つく事が、傷つける事がどうしようもなく楽しい。そのうえで勝利する事が出来れば―――もっと、楽しいだろう。

 

 

 

 

「やっぱり、おかしいな」

 

 ヴィクトーリアとシドの戦いを眺めながら、そんな声がジョン・ドゥの口から洩れた。

 

「君もそう思うかい?」

 

 目の前では酒を飲むのをやめない悪い大人が二人、一切飲むのを辞めずに、しかし視線をステージの上から外さず共通の認識を得ていた。それが理解できず、首を傾げる。

 

「……何が?」

 

 その疑問に対して、ジョン・ドゥが答えた。

 

()()()()だ」

 

「あ、やっぱおかしいって思ってたの私だけじゃないのね」

 

 だってどう見てもエルトリア産改造人間よりも遥かに強度の高い肉体、天性の抵抗力、魔法以外のすべての要素で恵まれていると呼べるような肉体をしている。あんなものが天然の状態で生まれてくるのなんて冗談にして欲しい。そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。それを超越するとなると、絶対にそれ以外のリソースが必要になる。たとえばそれは魔力だったり、電気だったり、或いは別のエネルギーだったり。

 

 シド・カルマギアの身体能力の謎は、そういうものが一切かかわってない事実にある。何度も魔法を受けても平気な体、まるで魔法で強化されたような破壊力を見せる肉体、そんなものは通常肉体が見せる事の出来るスペック上限を軽く超越しているものだ。誰も疑問に思っていないものだから首を傾げるに留めていたが、ジョン・ドゥの発言でアレをおかしく思っていたのは自分だけじゃない事が発覚した。

 

「じゃあアレ、固有技能(リミテッド)とか希少技能(レアスキル)って呼ばれるもの?」

 

 その言葉にジョン・ドゥは口を閉ざした。その代わりに怪奇・真冬のアロハ男が答えた。

 

「固有技能は脳の変質を必要とする、って言っただろう? その特性上固有技能は一人に一つ、ってのが限度だねぇ。二重に変異させようとすると前の機能を失う事になるからね。だけどそれと違って希少技能は純粋な素質だ。だからこれは複数を保有できるケースが存在する。例えば魔法属性の変換資質とかね―――そして、シド・カルマギアは既に固有技能を抱えている、これは解るね?」

 

「時間操作の、でしょ?」

 

「正解」

 

 アロハが空になったビール缶を捨てて、新しいのを取り出した。いったいこいつ、後どれだけ飲むつもりなのだろうかという疑問が脳を過るも、直ぐに忘れて話を聞く。

 

「という事はあの怪物的な身体能力は希少技能由来って訳?」

 

「いや、違う。()()()()()()()()()()()()()()

 

 疑問をジョン・ドゥが即座に否定した。なんでそんな事が解るんだ? と疑問をぶつける。それにジョン・ドゥが考えこみながら答える。

 

「力が力だ―――それで才能、素質、資質の大半を占領している。もう、特殊な何かが入り込む様な隙間はないし、希少技能の類はその人を見れば大体解る。さっきそこを警備していた父親の方も確認してきたしな」

 

「つまり、彼の身体能力は固有でも希少でもなく、まったく別の第三の由来を持っているという事だ」

 

「……でも物理的にアレは不可能よね?」

 

 身体構造上、不可能だと言えば同意が返される。肉体が単体で発揮できるスペックには上限が存在する、そんなファンタジーじゃないのだから。魔法だってエネルギーを運用することで発生させる科学の一種なのだ、完全なる幻想なんてものは存在しない。

 

「なら、なんで?」

 

 単純明快な疑問。なぜ、それだけの力が発揮できるのか。その疑問を口にし、その返答が来る前に、

 

 ステージに変化が現れた。

 

 

 

 

 魔法は、魔力というエネルギーを転用した術である。

 

 魔力というエネルギーは実に万能な物であり、人の意思を通して演算する事でそれを体内で別種のエネルギーへと変換する事が出来る。それをため込むことができる器官がリンカーコアであり、人間はリンカーコアに溜め込んだ魔力をリソースとすることで変換する事が出来る。リンカーコアを持たない人間は魔力を体内に溜める事が出来ず、極々短期間でそれを体内から放出してしまうのだ。つまり、リンカーコアはバケツの様なものだ。そしてリンカーコアを持たない者は底の無いバケツを持っている。どれだけ頑張っても水を、魔力を溜める事が出来ない。

 

 だが一瞬で消え去る訳ではない。だから魔法を喰らう事で無理矢理魔力を体内に溜めるという手段が存在する。実際に技術として食らった分のリソースを再利用する技術は存在する。エネルギーの一種なのだから、当然と言えば当然だ。だから強力な一撃を繰り出す方法として、相手の魔法を受けてそのリソースを溜め込むという手段を利用している。

 

 だが人間誰もが消費出来るエネルギーリソースはもう一種存在する。

 

 ()()()だ。

 

 体力或いは命。そうとも言われるエネルギーリソース。人間が生きて行く上で絶対に必要とするエネルギーであり、魔力以上に人体にとっては重要なリソース。カルマギアの流派はこの生命力を燃焼する方法を古代から継承している。魔力程万能ではなく、そして使えば使うほど使い手を衰弱させる戦闘手段は、とてもだが安定からは程遠い。だが、それでも活用されるのはカルマギア家が異様に身体と生命を発達させている家であり、生命力を燃焼させた所で多少の疲労を感じる程度でダメージを抑えられるからだ。

 

 故にその技法を己も継承している。

 

 カルマギアの極意は簡単だ。

 

 魔法と生命燃焼で肉体を強化して戦う。

 

 強化に強化を重ねた圧倒的身体能力で圧殺するのがシンプルだが同時に対処できない程に強い。父さんはそれができる。魔法と生命による二重強化を施した近接戦闘。それだけじゃなくてオールレンジで戦えるようにも経験を積んでいる。それが《カルマギア式》としての正しい形なのだろう。

 

 だが自分にはそれが出来ない。

 

 故にわざと攻撃を喰らって魔力を盗むしかない。

 

 自分の生命力を猶更燃やし尽くすしかない。

 

 だがヴィクターの様な相手であれば、最初から全力で燃やし尽くしてもその前に倒れてしまうだろう。こうやって1対1で時間を与えてから戦うと、それを警戒され、対策される。だが今度は違う。攻め込み過ぎず、攻撃を抑え、それでダメージを抑えて消耗するように戦い続けた。そして戦いは漸くクライマックスに突入する。

 

 互いにクリーンヒット一発で昇天する範囲。

 

 攻め込むのであれば、今こそがその時。

 

 槍を掲げ、回転させてから引き戻し、体の中に流れる命を自覚する。体を駆け巡り、興奮と共に湧き上がってくるような力は、命のそれ。その流れを自覚する所から始まり、それが体を動かすことで消耗されるリソースである事を理解することで続く。ただ全力で動くのではない。その流れの消耗と脈動を掌握し、そしてそれをエネルギーとして燃焼させる。

 

 それで、《生命燃焼》は成る。

 

 だがそれをヴィクターから受けて食らった魔力と織り交ぜる事で破壊力は増す。魔力を使えなくても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。後はその制御を覚えればいい。そうすればリンカーコアも、魔力を持たなくても魔力の操作はできる。感覚で言えば生命の操作とほぼ一緒だ。

 

 ただ消費するものが魔力よりも致命的だというだけで。

 

 故に一気に燃やす。ここが燃やし時だからこそ、お互いに追い詰めたこの時だからこそ一気にすべての力を開放して勝負を決めに行く。こんな戦い方は初めてだ。正直、何時も通り戦った方が強いのだろうと思う。何時も通り戦えば間違いなくヴィクターに対策されるだろう。それでも目算、勝率は6割から5割はあると思っている。

 

 ―――考えるのが段々面倒になってきた。

 

「行くぞ、ヴィクター」

 

 唸るような声が漏れる。獣の咆哮のようだと思った。だが対するヴィクターも、楽しそうに獰猛な笑みを浮かべる。残っている魔力を集束させながら、それで防御を固めるのを見る。まずはそれを吹き飛ばし、此方も生命力を燃焼しつくす。

 

「えぇ、存分に―――暴れましょうか」

 

 は、と声を吐き出す。槍を一度、二度、左右に振るってから全力でそれをステージに向かって突き刺す。練り上げた生命力と霧散する前の魔力を、体に満ちる雷気を全て燃焼させるように槍にこめて、それを突き刺したステージを通して一気に発散させる。その衝撃に槍が一瞬で内部から爆裂するように粉砕するも、あふれ出す力を足の裏で叩き潰すように押し込める。

 

 それに耐えきれないステージ全体に亀裂が走り、その隙間から破壊が膨れ上がる。

 

「何もかもぶっ壊れて燃え尽きろ!」

 

 父さんが使うそれと比べればはるかにお粗末でもあるものの、それでも周辺を吹き飛ばす広域破壊の奥義を叩き込む。ステージの上が一瞬で消し飛ぶ、砕けた破片が舞い上がる。一気に燃焼した関係で一気にけだるさが全身を襲い、疲れが隠せなくなってくる。だがそれ以上に、何もかも燃焼した全力を尽くすという疲労感が心地良い。この瞬間は何もかも忘れて戦える。

 

 だから刀を引き抜いた。最後の二本を。そしてそれを両方とも逆手に構え、正面で交差するように力を溜める―――生命力を更に消費し、一撃の破壊力を限界まで一気に押し上げて、

 

「俺も、お前も!」

 

 回転するように斬撃を四方へと放つ。一瞬で刀が蒸発するように砕け散り、ステージの八方が切り落とされ、消し飛ぶ。一気にステージが狭くなり、逃げ場が失われる。先ほどまでよりも一段狭くなったステージの中、衝撃によって打ち上げられていた大剣を二本とも、両手でつかみ取る。

 

「ここで朽ちろ……!」

 

「それが、本音ですわね」

 

 言葉はそこで止めて、一気に切り込む。飛び込みからの一撃でステージを砕きながら大きく衝撃を叩き込む。当然の様に回避するヴィクターの動きはしかし、小さい。ステージ全体が削られた事で逃げ場が極端に失われており、広い攻撃を避ける事が困難になっている。それでも攻撃の範囲を完全に見切って避けれるのは流石ヴィクターと言わざるを得ないセンスだった。

 

 だがそれでお互いに終わらない。ヴィクターは魔力を出しきっている。そして此方も吐けるリソースは全て吐き出している。残った滓も全て燃やしきるように正面から激突する。交差する大剣とブロイエ・トロンべが衝突し、一瞬の拮抗からはじく様にヴィクターを押し出す。同時に左の大剣を盾にしながら数歩自分も下がり、右の大剣を限界まで後ろへと引く。すぐさま復帰するヴィクターが回転をつけながらブロイエ・トロンべを全力で大剣へと叩き込む。破壊する威力を伴った一撃が大剣を揺るがすが、突破には至らない。そのまま連撃でこちらを押し出そうとするが、時間が足りない。

 

 全力で振りかぶりながら力を溜め込んだ一撃を、右から正面へと叩き落す。

 

「はははは、砕け散れ!」

 

 ヴィクターが回避する。正面のステージが二分されるように粉砕される。流石にステージを破壊しすぎたのか、元々試合後に発動する筈の自動修復機能がステージの再生を始める。壊れてしまった大剣を捨てて、残された大剣を片手で握りながら更に狭くなったステージを粉砕させるように、大剣を縦に構えながら拳を作る。だが今度はヴィクターに押し切られる。流石に派手に炸裂させ過ぎた弊害か、徐々に疲労感が上回ってくるのを感じ取れる。

 

 更にステージを吹っ飛ばそうと考えるも、その前に押し出されて態勢を崩され、一回ステージの上を転がるようにしてから再び両足で立ち、大剣を構える。

 

「楽しそうですね、シド」

 

「楽しいさヴィクター! ()()()()()()()()()()んだよ、俺は! これを奪えば俺には何も残らない!」

 

 だがそれさえも許されない未来が待っている。戦う為に生み出された一族なのに、戦いをしてはならない場所へ行くことを求められている。魔力が使えないのでは、あらゆる攻撃や衝撃に対して耐性を持つバリアジャケットや、戦闘装束を纏う事が出来ない。これは一般的には致死率を約8割上昇させる行いだ。次元犯罪者との戦いだけではない、普通の組手や練習、そういうもので受けるダメージを軽減させる方法がないのだから。

 

 そんじょそこらの雑魚で傷がつくわけないのに。

 

 IF、可能性が人々をおびえさせる。

 

 そのせいで、将来的には戦う事さえ許されない未来が見える。

 

 クソが、クソが、クソが。

 

 戦いたい。殺し、殺されるほどに戦いたい。闘争本能が、血族の血が戦いの気配に荒ぶる。全身を駆け巡る血が闘争を求めている。戦う為に生まれてきた命、戦う事に特化した体。それを捨てて一体何が残るというのだろうか。頭の良さも、社会への適性も、品の良さも、人の良さも、家柄も、何もかも、戦いを除けばもっと優秀な奴は回りにたくさんある。

 

 俺にはこれだ。

 

 ()()()()()()のだ。

 

「これを抜いて俺に何が残る!」

 

 だから燃え尽きたい。戦って、戦って、戦って、燃え尽きて、それでも戦い続けたい。燃え盛るほどに戦い続けて全てが灰になってもまだ戦い続けて滅びたい。魂の奥底から自分にあるのはこの戦いへの欲求と滅びへの願望だ。それ以外は何もない。それ以外は全部、他の連中の劣化互換だ。何もできやしない。何も勝りはしない。この力だけが俺を俺という人間として確立するアイデンティティだ。

 

 戦えなきゃ生きている意味なんてない。

 

 強くなければ生き続ける意味なんてない。

 

 だが、世の中はそんな事を認めない。用意された役割以外の何も認めない。だから、そう、

 

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 どれだけ頑張って、どれだけ吐き出し、どれだけ血反吐に塗れようが、それでも社会はそれを認めてくれない。認めようとしない。

 

 だったら燃え尽きるしかないじゃないか、満足できる場所を妥協して。だから、さぁ、ヴィクター。

 

「存分に壊し合おう」

 

「……もう、これが終わったらお説教ですわよ!」

 

 生命を燃焼。燃焼した生命力は一度休まない限りは戻ってこない。使えば使う程自分を追い込んで行く諸刃の剣。だがそれでも、それ以外燃やせるリソースはない。羨ましい、他のみんなが。こんな苦しみもなく戦えることが。だけど使い続けた果てには燃え尽きて死ねるかもしれないと思えば、少しは幸福なのだろうか?

 

 どちらにせよ、ここでぶっこみ時だ―――すべてを注ぐ。

 

 燃やしながら乗せた斬撃を大地に叩きつけて拡散させる。逃げ場の無い衝撃がヴィクターを襲い、外へと弾きだそうとするのを堪えて耐える。その瞬間に大剣を抱えて飛び掛かる。待っていたように構えるヴィクターはそれを正面から受け止めた―――燃焼のし過ぎで筋力が落ちてきている故に、ヴィクターでも耐えられたのかもしれない。そう思いながら短いつばぜり合いから武器を弾き合う。僅かに強くヴィクターが弾かれ―――いや、()()()()()()()()()()()()()()

 

 ブロイエ・トロンべを回転させるように柄が下から金的を狙って放たれる。

 

 それを膝を前に出して受け止める。とはいえ、勢いを殺せる訳ではなく膝の皿を砕かれる感触がする。それに対応するように攻撃を叩き込んで硬直したヴィクターに手を伸ばし、ブロイエ・トロンべを握っている手首を掴んだ。

 

 そのまま握りつぶす。

 

 手の中で折れる感触を感じ取る。骨の折れる音を手を通して感じ取りながらヴィクターをそのまま引き寄せようと力を籠め、ブロイエ・トロンべが首元に素早く叩き込まれた。あの長柄を、と思ったがその姿は半分に分割されており、圧縮された雷光が剣となっていた。首元、鎖骨が折れる音が頭の中で響くのを感じながらそのまま、胴体へと向かって直進しようとする一撃をヴィクターを蹴り飛ばして回避する。

 

 後ろへと転がってから立ち上がるヴィクターの視線を見る事もなく、大剣を正面に突き刺して両手で支える。

 

「おぉぉぉ―――!」

 

 生命を燃焼させて、大剣を通してステージに打ち込む。衝撃が足元から広がるように全てを飲み込む吹っ飛ばす。だるさが体を襲い、力が抜けそうになるのを笑う。この感触が楽しくてしょうがない。少しずつ命の削れるこの感じ―――これこそ生きている、という感情を呼び覚ます。

 

「まだだッ!」

 

 再び、力を絞り出してステージ全体に生命の爆破を叩き込む。これだけやった所で命の危険があるから使うな、使えない、実用に耐えないと言われる。魔法が使えない、魔力がないから、とそれだけで全てが無駄になる。だから目に焼き付けろ。これが命の輝きだ。

 

 憎い、これを見てもなお認めない全てが―――自分の持たぬものを持つ全ての存在が憎い。

 

 殺してやりたい程に憎い。

 

 その憎しみだけで力が湧き上がる。楽しさに声が漏れる。

 

「震えろッ……!」

 

 連続、三発目。ここまでくるとぜぇぜぇと息を零す。大剣が衝撃に耐えきれず砕け散る。逃げ場のない攻撃を三度、防御して受けるもヴィクターの方も限界が見える。彼女が握っているブロイエ・トロンべもボロボロになり、その手から崩れ落ちる、カスタムメイドの最高級品であろうと、激戦には最後まで耐えきれなかったようだ。

 

「ふ、はは、はははは」

 

「ふぅ―――」

 

 ヴィクターがベルトからカートリッジシェルを引き抜き、それを握りつぶした。そこからあふれ出た雷を纏い、最後の道具を投げ捨てる。それに合わせる様に此方も拳を作り、膝の折れた足を軽く引きずるように前へと一歩踏み出し、力を籠める。

 

 一歩一歩、踏み出して正面に立つ。右で作った拳をそのまま正面、ヴィクターの腹に叩き込めば、同時にカウンターとして雷を纏った拳が顔面に叩き込まれる。痺れる体が動きを拒否するも、それを無視して叩き込んで拳をそのまま前へと向かって押し込む。ヴィクターの口から洩れる苦悶の声を聴きながら、更に力を込めて、鎧を砕く様に殴りぬいた。

 

 拳を振りぬいた状態で息を切らすも、直ぐにヴィクターが戻ってくる。再度顔面に叩き込まれる拳。それを受けて後ろへとよろめきながら立ち、口の中で切れて出てきた血を横に吐き出す。まだだ、まだ命を燃やしきっていない。クラッシュエミュレートでは本当に命の削れる感触を感じ取れきれない。もっと、限界はまだ先にある筈だ。

 

「ははははははは―――!」

 

 笑う。これが自分の本性だ、どうしようも隠せないもの。普段は頑張って演じていても、こうやって興奮すれば一瞬で剥がれる。

 

 まだだ、もっと、もっと―――もっと殴り合える。

 

 直感的にそう理解し、前に向かって行く。拳を作ってヴィクターを殴り返す。のけぞる姿を手を伸ばして掴み、更に殴る。それを返すようにヴィクターも此方を殴る。殴り返す。

 

 殴る、殴り、殴打し、更に続ける。

 

 顔面が血で染まり、拳が傷ついて拳も赤くなる。それで顔が赤く塗られて、更に赤くなる。

 

 だがそれでも拳の勢いは衰えず、

 

 全力で拳を叩き込み、殴り飛ばした。

 

 最初存在した疾走感のすべては失われた果ての一撃に、ヴィクターの姿が後ろへとふらり、ふらりとよろめき―――やがて、仰向けに倒れた。

 

「ごめん、なさい……」

 

 そう言葉を残してヴィクターが倒れた。その姿を肩で息を切らしながら眺め、天井を見上げた。勝者の決定に歓声が爆発し、熱狂がスタジアムに満ちる。それを他所に、一瞬で体を貫いていた熱狂と興奮が消え去る。

 

「あぁ……」

 

 終わってしまった。

 

「俺の夢……」




 怒りと闘争本能と憎しみの塊。なおすべて自分に向けられている。


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