夢の向こう側へ (大天使)
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1章 始動
1話 キセキの始まり
私には幼い頃から支えてくれる幼馴染みがいます。最も古い記憶だと幼稚園でのお遊戯会の時だったかな?緊張して泣いちゃった私に
「一緒だから絶対大丈夫!2人で思いっきり楽しんじゃお!」
って声をかけてくれたよね。あなたははっきりと覚えてないみたいだけど私にとってはすごく大切な思い出なの。
そんな風にいつも私を支えてくれたあの子にも大きな目標が出来たみたい。だから今度は私があなたを支えられるように頑張りたい、力になりたいとそう決めたから…
─────────────────────────
ある日の朝、珍しく起きるのに遅れてしまった私は急いで身支度を整えていた。
「い、急がないと…普段なら私が起こしてる側なのにどうして…」
スマホにはまだ余裕あるから急がなくていいよ!とメッセージが来てたし家も隣だけどそういう訳にはいかない。準備を終わらせた私はすぐに部屋を飛び出した。すると家の前で楽器のケースを背負った彼がスマホ片手に暇つぶしをしていた。
「ケイくん!」
そう声をかけると彼は私の方を向いてにこやかな笑顔を浮かべた。
「おはよう、歩夢ちゃん!」
「ごめんね!待ったよね?」
「ううん、そんなに待ってないから大丈夫だよ。じゃあ行こっか!」
彼は
「ほんとにごめんね!いつもならこんなことないのに…」
「普段は俺が起こしてもらってるんだから文句は言えないよ。たまにはそういう日もあるんだから気にしないで!」
いつも通りの他愛もない話をしているとすぐに学校に着いてしまう。虹ヶ咲学園には色々な学科があって学科ごとに学ぶ施設も異なる。だから別の学科に属している彼とはここで暫しのお別れです。
「じゃあ俺はこっちだから。それじゃまた放課後に!」
「うん、ケイくんも頑張ってね!」
そう言い残して彼は行ってしまった。その後ろ姿を見送りながら私も教室へと向かっていった。
──────────────────────────
今日の授業も一通り終わって放課後になった。この時間になるとケイくんが教室まで迎えに来てくれて一緒に下校している。
「今日も来てくれてありがとう!それじゃ帰ろっか!」
「もちろん!けど生徒会室に持ってかなくちゃいけない物があるからちょっとだけ待っててもらえないかな?それか着いてくる?」
「そうなの?じゃあ着いてっちゃおうかな?」
その用事はすぐに終わるということもあったので着いていくことにしました。普段みたいに雑談をしながら生徒会室の前に来ると何やら言い争ってる声が聞こえてきました。私達は悪いことだと思いながらも部屋の声を盗み聞き。
「…だから…みんなすぐに戻ってきます!」
「戻ってきたとしてもまた同じ結果になっては意味がありません!」
「…ッ!わかりました!あなたの言う通り部員を10人集めてくればいいんですよね?今すぐにでも集めてきますから!」
その声と同時に生徒会室から一人の女の子が出てきてそのまま走り去ってしまった。その目には涙が浮かんでいたようにも見えた。
「何があったかわかんないけど深刻そうだね…おっと早く用事を済ませないと…」
「そうだね…」
あの子…部室棟の方に行ったけど大丈夫かな…
「失礼します。生徒会長、今度のライブで使うホールの使用許可をいただきに参りました。こちらが申請書です」
「…はい、問題ないです」
「ありがとうございました。それでは」
ケイくんは無駄のない動きで用事を済ませて私の元へ戻ってきてくれた。そして私の大好きな笑顔を浮かべて言う。
「ホールの使用許可取れたよ!ライブ、楽しみにしてて!」
ケイくんは学校の部活動には入ってないけど外部でバンドを組んで活動しています。担当はギターでたまにボーカルをすることもあるの!ケイくん達の演奏はとってもカッコいいんだから…
「よかったね!ライブ楽しみだなぁ…」
「そう言ってくれると嬉しいよ!それじゃ帰ろっか!」
私とケイくんはいつも通り下校していると廊下の隅で涙を流し、膝を抱えたまま座り込んでる子がいた。あの子ってさっきの…
「あの子大丈夫かな…ちょっと行ってくる!」
「歩夢ちゃん?待って!」
「どうしたの?どこか痛いの?」
そう声をかけるとその子はゆっくりと顔を上げた。その顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「ううぅ…せんぱーい…!」
「ああっ、泣かないで!よしよし大丈夫だからね…」
しばらく背中を撫でてあげてると段々と涙が引いてきたみたい。これなら話が出来そう。
「えっと…さっき生徒会室にいた子だよね?なにかあったの?」
「それは…部室の方でお話しします。着いてきてください」
そう言って部室棟の階段を登っていく女の子。私とケイくんはその子の案内で女の子が使用しているという部室に向かった。
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「ここです。お入りください」
「失礼します…」
女の子に連れてこられた部室はかなりの広さがあって大人数でものびのび使えそうな部屋。だけどなんか寂しげ…
「まずは自己紹介からさせてもらいます。私は1年生の中須かすみっていいます!」
「私は2年生の上原歩夢。こっちは幼馴染みの藤波圭介くん。私と同じ2年生だよ」
「よろしくね」
「2人ともよろしくです!それじゃ早速…」
かすみちゃんはさっきまで生徒会室で何をしていたか、そこに至るまでの経緯を話してくれた。
「まずこの部活…スクールアイドル同好会は元々5人の部員がいて仲良く活動していたんです。だけど1人のメンバーと揉めてしまって…それから他の3人も来なくなっちゃったんです…」
「なるほど。だけど衝突することは真剣にやってるんだったら起こり得ることだし仕方ない部分もあるよね」
「そうなんです。だけどそれ以来私以外来なくなってしまって…生徒会長からは活動の実績がないなら部室を開け渡すようにとまで言われてしまって…だけどもう少ししたらみんな戻ってくるはずなんです!絶対に!」
かすみちゃんは自分1人になっても他の部員のために同好会を守っていたみたい。けど部活や同好会の数が多くて部室が足りない今、ちゃんとした活動を行っていない部活は部室を言い方を悪くすると取り上げられるということになっていた。
「ですから生徒会長に直接伝えたんです。もう少し待ってくださいと。そしたら『あなたの熱意はわかりました。部員を10人集めてきたら部室を開け渡す話はなかったことにします』と言われて…」
「そうだったんだ…でも同好会って普通5人いれば成立するよね?なんて10人なんだろう…?」
「同じ人数だとまた前と同じような問題が起こることも否定できないって言われて…私…悔しいです…」
「そっか。よく頑張ったね…」
まだ1年生なのにこんなに大きなプレッシャーをかけられて活動するのがどんなに大変なことか私には想像できない。私はかすみちゃんのことを放ってはおけない。何とかして彼女を助けてあげたいと強く思いました。
「そこで先輩達にお願いがあります」
「お願い?何をすればいいの?」
「俺達に出来ることなら何でも言って!」
「先輩………スクールアイドル同好会に入ってください!」
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2話 The Answer
「私達が…スクールアイドル同好会に?」
「そうです!先輩達が入ってくれれば…」
「あれ?俺も頭数に入ってる?」
スクールアイドルね。一般的には女性がやってるイメージがあるけど男性はどうなのだろうか。それに俺はバンド活動もあるし…
「ケイ先輩にはサポートとして、歩夢先輩には私と…私達と一緒にスクールアイドルとして活動してほしいんです!お願いします!」
サポートとして…か。まぁスクールアイドルの活動を裏から支えていくのも悪くはないかな?俺がそう思っていると歩夢ちゃんは言った。
「ええ!私がスクールアイドルに!?出来るのかな…?」
「だけど歩夢ちゃんさ、この前遊びに行った時に…」
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「ねぇねぇ、次はどこ行こっか?」
「うーん結構買い物して疲れちゃったからなぁ…俺は少し休憩したいなって思うんだけど歩夢ちゃんはどうかな?」
「うん!それじゃいつものカフェに行かない?」
そう言ってお気に入りのカフェに行こうとする俺達。その途中で俺達の目を引いたのは大きな盛り上がりを見せる人だかりだった。
「ん?この人だかりはなんだろう?」
「うわぁ…歩夢ちゃん!あのモニター見て!」
俺達が見上げるモニターの先には赤を基調とした衣装を纏った9人。そして青を基調とした衣装を纏った9人が歌ったり踊ったりしている映像が映っていた。その途中にやたらと目立つ見出しが映る。
『μ'sとAqours、スクールアイドル戦国時代を牽引している2グループの夢の共演が実現』
そのパフォーマンスは時代を代表しているスクールアイドルとして恥じない素晴らしいものだった。
「すごい…こんな上手に歌ったり踊ったりできるなんて…」
「ケイくん…スクールアイドルっていいね!」
「…そうだね!」
「私もこの人達みたいになりたいなぁ…」
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「…って言ってなかったっけ?」
「そ、そうだけど…」
「大丈夫だよ!歩夢ちゃん可愛いしμ'sやAqoursだったかな?みたいなすごいスクールアイドルにもなれるよ!」
「か…かわっ!」
そこまで言うと歩夢ちゃんは顔を赤くして俯いてしまった。うーん、こればっかりは本人次第だからなぁ…
「ケイくん…ケイくんはどう思う?私にもできるかな…?」
…そう聞かれたところで俺の答えは決まってる
「うん!さっきも言ったけど歩夢ちゃんなら大丈夫!絶対やれるよ!」
「ケイくん…!私、やってみるよ!かすみちゃん、これからよろしくね!」
「歩夢先輩…ありがとうございます!」
本当によかった。いつも支えられてばかりの俺だけど少しは歩夢ちゃんの背中を押すことができたみたいで。
「それじゃ、ケイくんも入部決定だね!」
「はい!ケイ先輩もよろしくお願いします!」
…やっぱり俺も頭数に入ってた…まぁいっか。
「…歩夢ちゃんを入部させたのは俺だからね。もちろん俺も入部して2人のサポートをさせてもらうよ。よろしくね!」
これから2人がどんな活躍をしていくのかとても楽しみだ!
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「やばい…思ってたより時間なかった…このままじゃ遅れる…」
あの後、歩夢ちゃんはかすみちゃんともっと話がしたいということで部室に残って用事のあった俺だけが帰ることになった。けど自分が思ってたよりも時間が無く、大急ぎでライブ会場へ向かうことになってしまった。
駅から走って5分少々、目的地であるライブハウスに着くとそこには仲間達が各々準備をしている様子が見えた。
「悪い!遅れた!」
「やっときたか。俺達は先に準備終わらせちまったからケイも早めに頼むぞ」
バンドのリーダーであり、ベース担当の博之はそれだけ言い残すと再びベースのチューニングをし始める。
「シンと達也はどこ行ってるの?」
「あいつらなら先にステージの準備してる。終わり次第戻ってくるだろうからそしたら後は本番だけだ!」
俺達は6人でバンドを組み、曲を作ってCDも出したりしている。まだまだ駆け出しの段階だしランキングになんて下の方の順位しか載ったことないけどこれからもっと大きくなって俺達の音楽を多くの人に届けたいと思っている。
ちなみに俺とシンがギター、達也がドラム担当だ。
「お待たせ!こっちは終わったぞ!」
「お、ケイもやっと来たか。それじゃいよいよライブだな!集中モードに入ってるとこ悪いけどあの2人にも声かけないとな!」
イヤホンを耳につけて集中モードに入っていたうちのボーカルである陽成と1人で音の確認をしていたキーボード担当、怜也を呼んで各々の楽器を手にする。
「そんじゃ始めますか!今日も俺達の最高の音楽を届けよう!」
「ケイとシンはいつも通り頼むぞ!今日はいつも以上に煽っていくから着いてきてくれよな?」
「もちろん!期待してるよ陽成?」
「俺達も置いてかれないようにしねーとなぁ…」
「けど、ドラムはあんまり先走んないでくれよ?」
「おう!きーつけるぜ!」
そろそろ開演時間だ。俺達はお互いを鼓舞するように言葉をかけ、いつものように円陣を組む。
「行くぞThe Answer!今日も俺達の最高の音楽を届けるぞ!」
「「「「「おお!!!!!」」」」」
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結論から言うとライブは大成功に終わった。キャパ数もそこまで多くないライブハウスだったけどなんとかsold out。これからの活動に弾みを付けられるいいライブだったと思う。
「よっしゃあ!今日もやりきったぜぇ!」
「めっちゃ楽しかった!そんじゃ打ち上げといきますかぁ」
これから打ち上げ…!と行きたいところだけど俺には寄らなきゃいけない場所があるんだった。
「みんな!先に行っててもらえる?後で合流するからさ」
「了解!んじゃ行こうぜ!」
そう言い残してみんなとは反対の方向に向かい、ライブ会場の出入口付近で待っている二人に会いに行った。
「歩夢ちゃんにかすみちゃん!来てくれてありがとう!」
「ううん!途中からだったけどあなたの演奏が見れてすごく楽しかったし…かっこよかったよ!」
「先輩のためなんだから当然ですっ!それにいい刺激になりました!」
「そう言ってくれて嬉しいよ!」
普段はロックを聴かないというかすみちゃんもとても楽しかったと言ってくれた。こうやって俺達の音楽をもっと広められたらいいなあ…
「バンドの曲って先輩達が作ってるんですか?」
「そうだね。俺ともう1人のギターのやつが中心になって作ってるよ。俺はどちらかといえば作詞の方が得意かな?」
「…だったらお願いなんですけど…私達の曲も先輩に作ってもらうってことは可能ですか?」
何となく想像ついたけどそういうことか。かすみちゃん本人も流石に図々しいのではという思いがあったみたいで申し訳なさそうに頼んできた。
確かに難しい相談ではある。これから歩夢ちゃんとかすみちゃん以外にもメンバーが増えることは確定事項だし、バンドメンバーやマネージャーと話し合ってアルバムを出す予定もある程度決まっていて今は制作中。それにライブで東京を離れることも少なくないし曲が完成すればレコーディングだってある。
正直に言うとかなり厳しいと思う。だけど俺は…
「………わかった。その仕事、引き受けるよ」
「え?ほんとにいいんですか?」
「もちろん。大切な幼馴染みと後輩のためだから…」
「だけど大変じゃない?ケイくんにはバンド活動もあるんだし…」
「大変なのは事実だよ。けど自分の技術をさらに磨けるし、これから大きくなっていくために、成長していくために必要な機会だと思うんだ。だからやらせてほしい」
「ケイ先輩…ありがとうございます!」
「けど!やるからには本気だ。俺が納得出来るまでやらせてもらうからね」
とりあえずこの件に関してはメンバーにも相談だ。1度引き受けたんだから投げ出すことは絶対にしないけどやることが増えるのに変わりはないしあまり迷惑もかけられないからね。
「みんな待ってるからそろそろ行かなきゃ!2人ともまたね!」
「またねケイくん!」
「はい!また学校で!」
スクールアイドル、そして新しい仲間との出会いがあって明日からの日々も充実したものになるだろう。これから歩夢ちゃんとかすみちゃん、そしてまだ見ぬ仲間達がどんな道のりを歩んでいくのかとても楽しみだ。
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3話 もう一度舞台へ
「うーん…なーんかしっくりこないんだよなぁ…」
かすみちゃんから作詞作曲を引き受けたのはいいんだけどどうしてもしっくりこない。俺はどちらかといえばじっくり考えて何とかフレーズを絞り出す形でやってきたけど今回はさっぱりだ。
「スクールアイドルの曲ってどんな感じで作ればいいんだろう…他のグループを参考にしてみようかな」
愛用している動画サイトを開いて何本かスクールアイドルの動画を見てみる。その中で特に心惹かれたのはこの前の合同ライブでも目にしたμ'sとAqoursというグループだった。
改めて見てわかった。どっちのグループも文句の付けようがないパフォーマンスで歌もダンスも努力の後がよくわかるものだということに。ここまでの技術を身につけるのにどれだけの時間をかけたのだろう…
「ま、根詰めすぎてもよくないからなぁ…放課後になったらかすみちゃんにも話してみようかな」
ここらで切り上げないと昼休みも終わってしまう。そろそろ昼食を取ろうと食堂へ向かおうとすると…
「ケイ!何してんの?」
「達也か、ちょっと曲作りをね」
俺達のバンド、The Answerのドラマーであり同じ学科に所属している達也こと
「なるほどね、アルバムのリリースも決まってるし早速作業か!ケイはやる気があるんだな!」
「いや、今やってるのはアルバムの曲作りじゃないよ。ほらスクールアイドルの」
「あーこの前の打ち上げで言ってたやつか。ちょっと見せてくれよ」
達也に曲のフレーズが書き殴られているメモを手渡すとしばらく熟読した後にこう言った。
「悪くはないんだけどさ、アイドルっぽさが足りないんじゃないか?これだと俺達が演奏してる曲に近い感じになってる」
「やっぱそうだよねぇ…俺もそう思ってたところ」
「ま、最初は慣れないもんだしケイらしく地道にコツコツやっていくのがいいんじゃないか?俺も協力するからさ、なんかあったら頼ってくれや」
「そっか…そうだね。ありがとう、達也」
「おう。てか早く食堂行こうぜ。昼休み終わっちまうぞ?」
「おっけー」
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「アイドルらしい曲ですか?」
「うん。色々なスクールアイドルの動画見たりしたんだけどやっぱり実際に活動してたかすみちゃんに聞きたいなって思って」
放課後、俺は真っ先に部室へ行き、一足先にアイドルとして経験を積んでいたかすみちゃんから意見を聞こうとしていた。
「やっぱり個性じゃないですかね?売れるアイドルはそれぞれ自分にしかない個性ってものを大切にしていると思いますからね!」
「なるほど…最もな意見だ…」
「例えば~♪かすみんの個性といえばこの可愛さですよ!もう罪なくらいの♡」
「へ、へー…参考になるね…」
所々不思議な部分もあったけどやはり実際にスクールアイドルとして活動していたかすみちゃんの意見は参考になった。
「さてケイ先輩、歩夢先輩も来たら早速しず子を呼び戻しに行きますよ!」
「…しず子って誰?」
「桜坂しずく。私と同じ1年生で比較的最近編入してきたんです!元々いたメンバーの1人で演劇部とスクールアイドルをかけ持ちしてるんですよ」
「なるほど…スクールアイドルの方に顔を出してないってことは今は演劇に集中しているのかな?」
「だと思います。だけど…そうだとしても少しくらいは部室に顔出してほしかったです…」
そう言ってかすみちゃんは少し暗い表情を浮かべる。そういえば今は俺と歩夢ちゃんがいるけどそれまではかすみちゃん1人でこの部活を守ってきてたんだよね…
「大丈夫だよ。なんにせよ桜坂さんって人にも事情があったんだと思う。ちゃんと話せばわかりあえるよ」
「先輩…そうですよね。私、しず子としっかり話します!」
「その調子!歩夢ちゃんが来たら早速会いに行こう!」
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「かすみちゃん、準備はいい?」
「バッチリです。私には2人がついてますし怖いものなんてありません!」
歩夢ちゃんと合流した俺達は桜坂さんが活動しているという演劇部の部室までやってきた。
「かすみちゃん、そのしずくちゃんってどんな子なの?」
「基本的には穏やかでしっかり者ですね。だけど演劇の話になると止まらなくて…」
「あはは、その子は本当に演技が好きなんだね!」
「そうです。けど演劇と同じくらいスクールアイドルのことを好きでいるってことも知ってます。だからこそ早く戻ってきてほしいんです!」
「…そっか。じゃ、行こっか!」
「はい!」
かすみちゃんがドアを数回ノックするも返事はない。だけど鍵は空いている。俺達は静かにドアを開けて部屋に入った。その部屋には長い髪とリボンが特徴的な女の子が1人いるだけだった。
「あら?かすみさん?」
「ひ、久しぶりねしず子…」
「そうだね。急にどうしたの?」
「急にって…しず子こそなんで急にスクールアイドルの方に来なくなっちゃったの?」
「その事はごめんなさい。演劇部の方で大会があったから…そちらのお2人は?」
「俺は2年の藤波圭介。かすみちゃんと一緒にスクールアイドル同好会で活動しているよ」
「私は上原歩夢っていいます!彼と同じ2年生だよ!」
「やっぱり上級生だったんですね。私はかすみさんと同じ1年生の桜坂しずくといいます。気軽に名前で呼んでくれたら嬉しいです」
言葉遣いも丁寧でかすみちゃんの言う通りしっかりしてそうな子…それが彼女への第一印象だった。
「しずくちゃん…でいいのかな?いきなり押しかけちゃってごめんね?ちょっと話したいことがあって」
「しず子、もう一度聞くけどなんでこっちの活動に来なくなっちゃったの?大会があったからっていうだけじゃないよね?」
「かすみさん…ごめんなさい。あなたにはしっかり話しておくべきでした。以前かすみさんには話したことがあるのですが私はスクールアイドルの活動をお芝居にも活かしていきたいと考えているんです。かすみさんや他のメンバーの表現の仕方を見るのはとても楽しくて刺激的でした」
「それじゃしずくちゃんはスクールアイドルが嫌になって来なくなったって訳じゃないんだよね?」
「そんなことはないですよ!元々スクールアイドル活動がやりたくてこの学校に編入してきたのですから!それに憧れもありましたし…」
やはりしずくちゃんはスクールアイドルの活動が嫌になったから顔を出さなくなった訳ではない。それはかすみちゃんが言っていた通りのことだった。
「その中でもせつ菜さんは特にすごかったです。あの人なら私達を正しい方向へと導いてくれると信じていましたから」
「せつ菜さん?」
「お2人には詳しく話してなかったですね。前に1人のメンバーと揉めてしまったって言いましたよね?その人がせつ菜さんって人なんです」
かすみちゃんやしずくちゃんの話によるとせつ菜さんという人はスクールアイドル同好会のリーダー的な存在だったみたいだ。
「せつ菜さんが導いてくれる方向は私が信じた通り正しいものでした。だけど私は自分の進みたい方向を彼女に伝えることが出来なくて…そこで自分がどれだけ未熟だったかを思い知ったんです。だからせつ菜さんに感じ取ってもらえるだけの表現力を磨くためにここで修行を重ねていたんです」
「それなら先に言ってくれればよかったのにー!かすみんすっごく心配したんだからね!?」
「その件は本当にごめんなさい。自分勝手でしたよね…」
「もう謝らなくていいから!しず子は演劇もすっごく頑張ってるんだからそこに文句は言わないし。そのかわりこれからは何も言わずにいなくなったりしないこと!しず子とは同じ学年だからいないとちょっとだけ寂しいし…」
無事に解決できたみたいで本当によかった。ここは俺や歩夢ちゃんが何かする必要なんてなかったね。
「わかりました!ところでスクールアイドル同好会の方はどうなっているんですか?新しくお2人が入部されたようなのですが…」
「そうそう!今大変なの!生徒会長から同好会の存続のために条件を出されてて…今までいた人以外にも新しく部員を集めなきゃいけないことになってるの!」
「ええ?そうだったんですか!?」
「だから俺達はしずくちゃんには戻ってきてほしいなって思って呼びに来たんだよ。スクールアイドルの方に復帰してもらえないかな?」
「戻らせていただけるならもちろん戻ります!それに自信もついてきたので修行の成果もお見せしたいです!」
こうしてしずくちゃんはスクールアイドル同好会に戻ってくることになった。その言葉を聞いた時のかすみちゃんの嬉しそうな表情はとても印象的だった。
「しず子~!これから一緒に頑張ろうね!」
「もちろん!お2人もこれからよろしくお願いします!」
「よろしくねしずくちゃん!」
「よろしく!」
これからは共に夢に向かい、頑張っていこう。憧れを追い求めたその先に必ず答えはあるのだから。
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4話 スマイル少女とビビビな遭逢
「ケイ、最近調子どうだ?スクールアイドルの方」
「んーぼちぼちかな?最近1人戻ってきてさ、少しにぎやかになったよ」
ここは都内某所の音楽スタジオ。今日はバンドの練習を行うためにここに集まっているけど今のところは俺とヒロしかいない。
「そっちも大事だけど作詞作曲の方、結構悩んでたって達也からも聞いたぞ?お前のことだから自分が納得できるまで手直しし続けるんだろうけど」
「その件は何とかなりそうだよ。後輩の意見も参考にして色々作ってみたりしてようやく形にはなってきたから」
「なら安心なのかな?んじゃタバコ吸いてぇしちょっと席外すわ」
そう言い残してヒロはベースの練習を中断して出ていった。俺もそろそろ休憩を入れようと思ったところで個室のドアが開く音がした。
「遅れて悪いな。あれ、ヒロはもう来てるんじゃないの?」
「シンか。ヒロならタバコ吸いに行ってるよ。そういえばそっちの曲作りは順調?」
少し遅れてやってきたシンはギターを取り出しながらからかうように言った。
「まぁまぁだな。誰かさんの手がおっそいから苦労してるけどな?」
「うっ…申し訳ない」
「まー気にすんなよ!最近は達也も参加してくれてるから助かってるよ。けどさ、ケイも働いてくんなきゃ困るよ」
「こっちの活動には支障出ないようにはしてるつもりだからそこは信じてくれて大丈夫だよ。だけど迷惑かけてごめん…」
「今更何言ってんだよ。仲間じゃねーか」
そう言って笑顔を浮かべるシン。彼の明るさに俺達は何度助けられただろうか。
「俺にはこの道しか残されてない。何としてでも成功させなくちゃいけないんだ。だから…これからもよろしくな」
「…もちろん」
「あ、そういえば陽成がさー」
またいつも通りの雑談だろう。俺はシンの話を聞きながらギターをかき鳴らす。その間に考えるのは曲のことばっかりだ。
(スクールアイドルらしい曲か、ヒロにはあんなふうに言ったし進んではいるけどやっぱり納得いかない。どうすれば歩夢ちゃん達のキャラや個性を引き出せる曲が作れるのだろう…)
ずっと悩んでたって先には進めない。みんなのためにも早めに答えを出さなければ…
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翌日、しずくちゃんが戻ってきてから初めての練習日だった。ブランクとかもあるだろうし大丈夫かなと考えていたんだけど…
「先輩、私の歌…どうでしたか?」
「すごい…すごいよしずくちゃん!」
それしか言葉が出なかった。しずくちゃんの歌はしばらくスクールアイドルの活動から離れていたようには思えないほどだった。
「そ、そうですか?」
「そうだよ!2人もそう思うでしょ?」
「とっても綺麗な歌声だったよ!私も負けてられないなぁ」
「ぐぬぬ…悔しいけど認めざるをえない…」
「これが演劇での修行の成果です!」
その後、歩夢ちゃん達は練習。俺は曲作りに取り掛かってそこそこの時間が経ったあたりでかすみちゃんが口を開いた。
「練習も大事ですがそろそろ新しいメンバーも集めなくちゃいけないんです。お2人は入ってくれそうな人知ってますか?」
「うーん…ちょっと難しい…」
同級生の女の子で仲良いのは歩夢ちゃんしかいないし他の学年にも入ってくれそうな知り合いはいない。今回は力になれそうもないな…
「ケイくん、私には心当たりがあるの」
「ほんとに?どんな子なの?」
「あなたも知ってると思うよ。宮下愛ちゃんって子なんだけど」
「あ、名前は聞いた事あるかな」
確かうちの学年ではそこそこ有名で友達もたくさんいる人気者だとかいう話は小耳に挟んだことがある。
「なるほど…その宮下さんという人に声をかけてみるのもいいかもしれませんね!」
「思い立ったが吉日です!3年生の2人を連れてくるのはまた次の機会にして早速会いに行きましょう!」
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部活が始まってから時間も経ってたし帰っててもおかしくない時間だったけど歩夢ちゃんの友達に聞いたところまだ校内にいるらしい。しばらく探してるうちに辿り着いた中庭に宮下さんともう1人の女の子がいた。
「愛ちゃーん!」
「お、歩夢じゃん!久しぶりだね!」
「うん!ちょっと話したいことがあるんだけどいいかな?」
「もちろん!りなりー、ちょっと待っててね」
見た目は派手だけど歩夢ちゃんと気さくに話してるのを見ると明るくて人懐っこい性格の持ち主なんだなというのがすぐにわかった。多くの友人に恵まれるのも頷ける。
「それでアタシへの話って?何でも言ってみて!」
「突然なんだけどさ、愛ちゃんはスクールアイドルに興味あったりやってみたいなーって思ったりしない?」
「アタシがスクールアイドルに?ないない!柄じゃないし似合わないよ!りなりーもそう思うでしょ?」
「そ、そうかな。悪くないと思うけど…」
「ホントにー?ところでそこの3人は歩夢の友達?」
「うん!一緒にスクールアイドルとして頑張ってるんだよ!」
「いいねぇ!あ、自己紹介まだだったね。アタシは宮下愛!歩夢と同じ2年生だよ!こっちは1年生の天王寺璃奈ちゃん!」
「天王寺璃奈です。よろしくお願いします…」
2人に続いて俺達も軽く自己紹介をした。すると宮下さんが何か疑問に思ったのか俺の顔を凝視し始めた。
「あのう…どうしたんですか?」
「いやぁ…あなたどっかで見た事あるな…って思って」
宮下さんは俺の顔をまじまじと見た後、何かを確信したかのように言った。
「わかった!この前ライブやってたThe AnswerのKeiでしょ?愛さんあの会場にいたんだよ~!めっちゃ楽しくて最高だった!」
「わ、私も…愛さんと一緒にライブ見に行きました…普段ロックはあまり聴かないんですけど…とってもかっこよかったです!」
「え、そうだったの!すごく嬉しいよ!」
こんな形で褒めてもらえるなんてとても嬉しい。こうやって俺達の音楽をもっと広げられたらいいな。
「えっと…宮下さんに天王寺さんだったよね?」
「そうだけどさー宮下さんだなんてよそよそしいよ~!同い年なんだし気軽に名前で呼んでくれると嬉しいかな?私もケイって呼ぶからさ!」
「私も苗字だと長いし…毎回大変だと思うのでよければ名前で呼んでください」
「2人ともありがとう。そうさせてもらうよ」
「いやーこんな有名人と友達になれるなんてツイてるなー!」
「実際そこまで有名じゃないんだけどね。テレビだってほとんど出てないし街歩いてて声なんてかけられないよ?」
「そーなのー?」
音楽好きな人でもなきゃ俺らのことなんて知らないだろうし気づかれないのは仕方ないんだけどね。
「…ってそんな話をしに来たんじゃない!本題に入ろう」
「愛ちゃんは他に何かやってたりするの?部活とか」
「固定ではやってないなぁ。色んなこと経験したいし楽しいこといっぱいやりたいんだ。だから決まった部活には入ってないんだよ。誘ってくれたのは嬉しいんだけどね」
「だったら…尚更スクールアイドルをおすすめするよ!」
正直ここまで言われちゃ断られても仕方ない。けどこのまま黙ってるわけにもいかなかった。
「そうー?結構グイグイくるねぇ」
「私からもおすすめしたいです。ステージに立ってたくさんの人の前で歌って踊る。1度体験してしまったらもうやめられませんよ!」
「俺も歩夢ちゃん達との活動を通して新しいことに気づけたんだ。今まで自分が知らなかった世界とかたくさんのことを。だからその気持ちを愛ちゃんにも味わってほしい…」
「う~ん…」
結構悩んでるみたいだ。スクールアイドルの良さをもっと伝えようと俺達が考えていると今まで黙って話を聞いていた璃奈ちゃんが口を開いた。
「私、愛さんがスクールアイドルになったところを見てみたい!」
「りなりーまで!?」
「私はスクールアイドルについて詳しいわけじゃないけどみんな魅力的でキラキラしてるのは知ってる。愛さんなら他にいないスクールアイドルに絶対なれるって思うの。だから…」
「わかった。もういいよりなりー」
璃奈ちゃんの言葉を遮るように愛ちゃんは言った。
「アタシのこと、そんなふうに思ってくれてたんだね。ありがと」
「愛さん…」
「りなりーがここまで言うんだったらしょーがない!続くかわかんないけどその言葉を信じてやってみるよ!」
「ほんとに?やった!」
これで愛ちゃんの入部確定だ。あとは…
「ねぇ、璃奈ちゃんもスクールアイドルやらない?」
「え?私は別に…恥ずかしいし…」
「えー!りなりーもやろうよー!」
「てかさっきから気になってたんだけど…そのボードは?」
愛ちゃんを誘うのに夢中で聞きそびれてたけどすごく気になってたんだよね。そのボード。
「これは愛さんと一緒に作ったんです。私は表情を作るのが苦手で…だけどこれがあればどんな気持ちかすぐにわかるんじゃないかなって」
「璃奈ちゃんボード!りなりーのトレードマークだよ!」
「なるほど…」
ボードを着けたスクールアイドルなんて前代未聞。だけどそういうのも個性的でいいなと思った。どうやら歩夢ちゃんやしずくちゃんも同じ考えでいたみたい。
「このボード…素早く入れ替えるのはどーやってやるんですかね?私は難しいんじゃないかと思うんですけどケイ先輩はどう思いますか?」
「…俺に考えがある。璃奈ちゃん、君は何科所属?」
「情報処理科です」
「それならプログラムの知識は問題ないかな?考えっていうのはそのボードを電子的に改造するってこと!バンドメンバーにプログラミングや機械いじりが得意なやつがいるから協力出来ないか頼んでみるよ!」
「えー!てかこの子が入る前提ですか!?」
忘れてた…1人で勝手に盛り上がっちゃったけど璃奈ちゃんが入部しないなら意味が無い。
「あー…ごめんね?まだ入部が決まったわけじゃないよね?」
「…私、入部します。スクールアイドルやります!」
「お、一緒に頑張ろーね!」
「ほんとに入ってくれるの?」
「うん。やっぱりやってみたいなって思ったのと愛さんも一緒だから私も頑張ります!」
これでメンバーは俺を含めて6人になった。あとは部活にこなくなった3人と新しいメンバーを1人呼べば同好会は存続できる!
「愛ちゃんに璃奈ちゃん、スクールアイドル同好会へようこそ!歓迎するよ」
「ありがと!みんなよろしくね!」
「これからよろしくお願いします」
こうして俺達に新しい仲間が加わった。残りのメンバーも早く集めてみんなで活動する日が待ち遠しい。
────────────────────────
「…っていうわけなんだけどさ、頼めないかな?」
「お前さぁ…」
「電子的なボード作りねぇ…」
あの後、もう遅いということもあって今日は解散。俺はバンドの練習に来ていてさっきの件について相談しているところだ。
「なかなか面白いと思うよ。僕は引き受けるけど陽成はどうする?」
「マジ!?レイはやんのかよ…」
「簡単にだけど完成図的なの書いてきたからさ、見てもらえないかな?」
「はぁ…見せてみろ」
陽成は情報系出身でプログラムの知識は専門家レベル。レイは機械いじりを趣味にしていてこの分野には強い。
「これだけじゃ全然わかんねーよ。大雑把すぎるしまとまってない。よくこれを見せようと思ったな」
「うっ、申し訳ない」
「仕方ねーなぁ…オレも手伝ってやるから次はちゃんとした設計図よこせよ?」
「2人とも…ありがとう!」
「とは言ってもこのボードをどんな子が使うのかわからないからなぁ。女の子ってのは聞いたけど具体的な大きさとか知りたいし使う人にも話を聞きたい。今度僕と陽成で学校まで行くからさ」
「おっけー」
「オレも行くのかよ。めんどくせー」
とりあえず話をつけることは出来た。あとは璃奈ちゃんとも相談して作成を進めなければ。
「ま、完成した暁にはケイに美味しい焼肉でも奢ってもらうとするかなー」
「え、ちょ」
「よっしゃあ!特上カルビ食いまくるぞ!」
「勘弁してくれぇ…」
…いつの間にかとんでもない契約を結ばれてしまったらしいのであった。
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5話 Core
「先輩!今日こそ彼方さんとエマさんのところに行きましょう!」
「そうだね。そろそろ連れ戻さないと部の存続も危うい」
「え?どういうこと?」
「部の存続ってなんですか?」
2人を勧誘した時は夢中で伝えるのを忘れていた。それに気づいた歩夢ちゃんは2人に説明を始めた。
「愛ちゃんと璃奈ちゃんには言い忘れてたんだけど、生徒会長から同好会存続のための条件が出されているの!」
「前にいた人も含めて部員が10人にならないとスクールアイドル同好会は廃部になっちゃうんです!」
「騙すような形になってごめん…」
完全に俺のミスだった。これは2人に怒られても仕方ないと思ってたけど…
「やってやろうじゃん!」
「燃えてきた。璃奈ちゃんボード『むんっ!』」
「…え?」
「いやぁ、愛さん的にはそういう逃げられない挑戦があった方が燃えるんだよねぇ。逃走じゃなくて闘争心が湧いてくるって感じ?あ、今のは逃走と闘争を掛けたダジャレで…」
「ぷっ…あはは!愛ちゃんって面白いね!」
「えええ!ケイ先輩そういうので笑うんですか!?」
「ケイくんって昔から笑いのレベルがね…」
「そういうのってなんだこのやろー!」
「にゃああああ!しず子助けてぇ!」
短い期間だったにも関わらず本当に賑やかになった。かすみちゃんもすごく楽しそうで安心したよ。
「2人に会いに行くのはいいんだけどさ、どこの学科にいるかはわからないの?」
「うーん…どこだったかなぁ…?」
俺達がどうするのか悩み始めたその時、全員が揃っていて来訪者など無いはずの部室のドアが開いた。
「ただいまー♪」
「久しぶり~」
「はーい、お久しぶりでーす…ってエマさんに彼方さん!?」
「ええ!?」
「この2人がエマさんに彼方さん…?」
驚きが隠せなかった。ちょうど会いに行こうとしたいた2人が急に現れたのだから無理もない。
「あれ~?なんか賑やかになってるね~」
「ほんとだ!かすみちゃんとしずくちゃん以外は知らない子ばっかりだね」
「あ、しず子以外はお2人が来なくなってから入部してきた人達なんです。簡単に紹介しますね」
かすみちゃんとしずくちゃんが俺達のことを簡単に話すと本題に入った。
「お2人はなんで急に来なくなっちゃったんですか?あの後大変だったんですよ!」
「ん~彼方ちゃんお勉強忙しくて。成績落ちちゃったから大変だったんだよ~」
「私はしばらくスイスに戻ってたんだ。連絡取れなくなっちゃうからかすみちゃん達に向けて置き手紙残してきたんだけど…気づかなかったかな?」
エマさんにそう言われたので部屋を見回してみると机の端っこに封筒に入った手紙が置いてあるのがわかった。
「置き手紙ってこれのことですか?」
「えっ、かすみんのライバルからの挑戦状かと思ってました…」
まぁ理由は何となくわかった。部員と仲違いして来なくなったわけじゃないんだし大丈夫みたいだ。
「エマさんごめんなさい…」
「気にしないで!私もみんながわかりやすいように置けばよかったから!」
「それでお2人はまた部活に来てくれますか?事情があって部員を集めなくてはいけないんです…」
「え?そうだったの!?すぐに戻るよ!」
「ん~次のテストは何とかなりそうだし可愛い後輩達が困ってるんだから彼方ちゃんも復帰するよ~」
「よかったぁ…」
色々勘違いもあったけど2人を連れ戻すのがこんなに上手くいくとは思わなかった。この調子で他の部員も集めて絶対に同好会を存続させるんだ…!
「よし!彼方さんとエマさんも戻ってきたし早速練習を…ん?」
せっかく気合入ってきたところなのに着信だ。タイミング悪いなぁ…
「ごめん、ちょっと電話出てくるね」
「はーい!」
廊下に出て、相手を確認する。かけてきたのは俺達のマネージャーである
「もしもし?」
「ケイ!今電話出来るか?」
「大丈夫ですけどどうしたんですか?」
「茨城でやる夏フェスあるだろ?あれにThe Answerが出てくれないかって連絡が来たんだ!」
「マジすか!?」
毎年夏に茨城で行われている野外ロックフェス。これに俺達が出られることになった。目標の一つとして頑張ってたからすごく嬉しいしここまでやってきたんだなという実感も湧いてきた。
「それで…ステージの規模は?」
「一番小さいのだ!」
「ですよねー…」
まぁこれは何となくわかってた。今は一番小さいステージが俺達の精一杯だけどこれからもっと大きくなっていけばそれでいい。
「まぁ次の練習の時に改めて話すよ」
「わかりました」
そう言い残して電話を切り、部室に戻った。
「みんなお待たせ。練習始めよっか」
「ケイくん、その前に彼方さんの話を聞いてもらえないかな?」
「話?もちろんいいですけど」
「さっき部員が10人必要って言ってたよね?その件についてなんだけど彼方ちゃんいい人知ってるからみんなで会いに行こ~」
それは本当にありがたい。どちらにせよあと1人新しい部員を連れてこなければいけなかったからこの機会を逃すなんてありえない。
「そうなんですか?会ってみたいです!」
「それじゃ早速行きましょう!」
────────────────────────
「ふーん…スクールアイドルねぇ」
「どうですか?」
俺達は彼方さんに連れられて朝香果林さんという人に会いに来た。彼女はモデルの仕事もやっているらしく背が高くてスタイルもよかった。
「今まで色んなお誘いはもらってきたけどスクールアイドルは初めてね」
「私達と一緒にやってみませんか?」
「そうねぇ…私に出来るかしら?」
果林さんにも思うところがあるらしく続けてこう言った。
「スクールアイドルには興味あるけど、フリフリの衣装とか私に似合わないと思うのよ。もう少し露出があったりラインが強調されるような衣装なら自信あるんだけどね」
「なるほど…」
衣装に関しては専門外だから役に立てるかはわからない。どうすればいいのだろうか。
「ねぇかすみちゃん。一緒に活動してるスクールアイドルって基本的にみんな同じような衣装着てるんだよね?」
「そうですねぇ…全く一緒ってことが多い気はしますけど場合によってはアクセとか細かいところが違ってたりすることもあります。それぞれの個性を活かすためってのが一般的かなと」
やはり難しい。グループとして活動していくなら統一感は必要だと思うけど個性を潰すことにもなりかねない。それに同好会にはいい意味で個性的なメンバーが揃っているのだから活かせないのも勿体ない。
「…ねぇ、同好会に入ってもいいけど条件があるの。私は私が目指すスクールアイドルになりたい。グループで活動するのも嫌いじゃないけどそれでなりたい自分になれるかわからないっていうか…」
「そうか…そうすればいいのか」
「ケイくん?」
なんで今まで思いつかなかったんだろう。みんなを無理に1つにしなくてもいいってのに。
「かすみちゃん、スクールアイドルは1人で活動してる子もいるんだよね?」
「は、はい!」
「果林さんの話を聞いて気づいたんだ。みんながなりたいスクールアイドルの姿ってそれぞれ違うでしょ?それが普通だし無理やりまとめる必要なんてなかったんだ。前の時も無理にグループで活動しようとして上手くいかなかったんじゃないかな?」
「確かにみんなやりたいことがはっきりしてた気はしますね」
「それが当たり前なんだから。これからは同好会としての括りはあるけどみんなが目指すスクールアイドルに向かって各々活動していくってことにするのはどうかな?」
「みんなにとってもいいと思うし私はそれに賛成!」
「私もそれなら自分のなりたいスクールアイドルにもっと近づけると思います!」
みんな思うところがあったみたいで意見はすぐにまとまった。ようやく同好会に1本の巨大な芯が出来たように感じた。
「果林さん、ここでならあなたが目指すスクールアイドルにも必ずなれます。俺達と一緒に活動してもらえませんか?」
「ケイくんだっけ?貴方って面白いわね…気に入ったわ。そういうことなら入部させてもらおうかしら」
新しいメンバーも加わり、同好会が目指す方向も決まった。これから彼女達がどんな景色を見せてくれるのか楽しみで仕方ない。
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6話 Re:Start
数日前にエマさんと彼方さんの復帰。そして果林さんの加入によって同好会は9人になった。残すはあと1人、元々かすみちゃん達と活動していたせつ菜さんという人を連れ戻すことが出来れば同好会を存続させることが出来る。けど現実はそう上手くいかなくて…
「ダメだぁ…どこにもいない…」
「せつ菜さん…誰に聞いても居場所がわからない」
「アタシも色んな人に声かけてみたんだけどさー、全然情報無いの。もうお手上げだよ」
俺達はせつ菜さんを連れ戻す以前に彼女の消息が掴めないという状況に陥っていた。しずくちゃんの時みたいに居場所がわかれば何とか会いに行けると思ったんだけどなぁ…
「エマさんと彼方さんはせつ菜さんが何学科にいるのか知ってたりします?俺が入部する前はせつ菜さんと一緒に活動してたんですよね?」
「私は知らないなぁ…」
「う~ん…私も聞いたことない」
以前一緒に活動してたメンバーもせつ菜さんが居そうな場所に心当たりは無いそうだ。
「力になれなくてごめんなさい。私達は一緒に活動してたのにせつ菜さんのことは何も知らなかったみたいです…」
「気にしなくて大丈夫だよ!この学校にいるんだから必ず見つかるって!」
「そうだよ!さっきかすみちゃんと果林さんが先生にも聞いてみるって言ってたから大丈夫!」
「おっ、噂をすれば。2人が帰ってきたみたいだよ」
それから2人はすぐに戻ってきたが何やら様子がおかしかった。
「おかえりなさい。どうでしたか?」
「…ねぇエマ、せつ菜ちゃんって子は本当にいるのよね?」
「え?そうだよ。だけどかすみちゃんも一緒に活動してたんだからそれは知ってるよね?」
「そ、そうですよね…あはは」
やっぱり何かが変だ。それによく見ると2人とも血の気が引いたような顔をしていた。
「2人ともどうしたんですか?さっきから顔色もよくないし。何かあったんですか?」
「さっき先生に聞いてみたのよ。優木せつ菜ちゃんって子はこの学校のどこにいるのか知ってますかって」
「それで…何かわかったんですか?」
そう言って次の言葉を待つ。だが果林さんの口から飛び出したのは予想だにしないものだった。
「………いないのよ」
「………え?」
「だから初めからいないのよ。優木せつ菜なんて子はこの学校のどこにも」
その瞬間、部室の空気が凍りつくのを感じた。俺達が探し求めていた人物はこの学校のどこにもいなかったのだ。
「え、だってアレでしょ?かすみちゃん達と活動してたって言ってたじゃないですか。冗談キツイですよあはは」
「ケイくん…顔が笑ってないよ」
「だってさ、せつ菜さんがこの学校にいないのが本当なら俺達は一体誰を探してたんだ?事情があって転校したならまだしも初めから存在すらしていないんだよ?」
「そういえば愛さんもせつ菜さんのことは知らないんだよね?愛さん友達多いし同級生らしいから名前くらいは聞いたことあるかなーって思ったんだけど」
「ん~確かに聞いたことも無いねぇ。自分で言うのもなんだけど話したことあったら覚えてるだろうし」
正直どう受け止めればいいのかわからないけどかすみちゃん達が嘘をつくわけがないしせつ菜さんという人がいたのは絶対なはずだ。5人で撮ったであろう写真も見せてもらったことがある。
「もしかして…せつ菜ちゃんってお化けだったんじゃ~」
「お、お化け!?」
「彼方先輩!急に変なこと言わないでくださいよ!」
「う~ん。お化けもスクールアイドルやりたくて私達と一緒に活動してたんじゃないかなって思ったんだけど流石に無いよね~」
「いやぁ~彼方さんはユニークなこと言いますねぇ。お化け系スクールアイドルなんて面白そうだし見てみたいなぁ」
「先輩、そう言ってる割に顔は引きつってますよ。もしかしてお化け苦手なんですか?」
「べ、別にそんなことはないようん」
まぁアレだ。お化けなんていないいない。それに彼方さんも俺達を和ませるために言ってくれたに違いないんだ。とりあえずどうするのか考えなきゃ…
「失礼します!!!」
「うわああああああ!!!お化けぇぇぇ!!!」
「え?お化けってなんですか!私ですよ!」
新しく来た声も聞き覚えがあるしお化けじゃないことは確定だろう。この声の持ち主は確か…
「あなたは…生徒会長?」
「お久しぶりですね。藤波さん」
会長が今まで部室に来ることなんてなかったのにどうして…まさか…!
「…もしかして部員を10人集められなかったから同好会を廃部にするためにここまで?それなら心配いりません!必ずせつ菜さんを連れ戻してみせるのであと少しだけ時間をください!」
「…いいえ、その必要はありません。突然ですがみなさんもご存知の通り私の本名は中川菜々といいます。ですが本当はもう一つ別の名前があるんです」
そう言った次の瞬間、会長は結んでいた髪を解き、眼鏡も外した。俺はその姿に見覚えがなかったけどかすみちゃん達は違った。
「え!?せつ菜さん?」
「なんだって!?」
「この姿で会うのは久しぶりですね。みなさん」
こんなことが…生徒会長がせつ菜さんだったなんて。俺達が探し求めていた人物は想像以上に近くにいた。
「それでは改めて…優木せつ菜です。よろしくお願いします!」
「え、はい。こちらこそよろしくです…」
そう返しながら差し出された手を軽く握る。正直言うとまだ事態を把握しきっていない。脳味噌をフル回転させて何とか理解しようと試みている段階だ。
「せつ菜さん、どういうことなのか説明してもらえませんか?正直今の状況がよくわからなくて…」
「先輩の言う通りです。私達もあなたに色々と聞きたいことがあるので」
「そうですよね。しっかりと説明させてもらいます」
それからせつ菜さんは俺達に条件を出した理由などの説明をしてくれた。自分の気持ちを押し付けたことが原因で同好会がバラバラになってしまったこと。ダメだとはわかっていたけど我慢できず仲がぎごちなくなっていくのが怖かったことなど彼女なりに悩んでいたことを告白した。
「せつ菜さんも色々と思うところがあったんですね…」
「はい。続けたい気持ちはあったんですけどやっぱり怖くて。原因を作ったのは私なんですから…」
「せつ菜さんのせいだと思ってる人は誰もいませんよ!」
「いいえ。私はスクールアイドルが大好きって気持ちを共有したくて色々押し付けてしまったんです。悪いのはどう考えても私なんです」
「けどせつ菜さんは俺達のことを影で見守ってくれましたよね。他のメンバーが気づいてたかは知らないけど俺にはわかります」
俺は知っていた。しずくちゃんに会いに行った時も愛ちゃんや璃奈ちゃん、果林さんの勧誘に行った時も遠くから見守ってくれていたのは生徒会長…いやせつ菜さんであることを。
「え、バレてたんですか!?」
「はい。自分の正体隠すのは上手いけど尾行はイマイチだったんですね…」
「…まぁそのことは別にいいです。私は部員を10人集めてしまうくらい情熱的な人がいてくれれば今度こそ上手くいくんじゃないかって思ってたんです。まさか本当に現れるなんて…」
「ケイくんは私達に合ってるやり方を考えてくれたりしたんだよ!」
「うんうん。ケイちゃんがいてくれたからあんなにいいアイデアが出たんだよね~」
「ケイ先輩はかすみんの恩人なんです!先輩がいなかったら今頃どうなってたかわかりません!」
最初はただ困っている後輩を放っておけなかったことや幼馴染みの背中を押すためにやっていたことだけどいつの間にか大きな人の輪が俺の周りには出来ていた。スクールアイドルに関わらなければ得られることのなかったであろう仲間達。俺もスクールアイドルのおかげで大切なものを手に入れることが出来たんだ。
「こんなに多くの仲間が集まってくれたんです。せつ菜さん、俺達と一緒に新しいスクールアイドル同好会として活動しませんか?」
「…けど活動を再開したらまたスクールアイドルが好きって気持ちを押し付けちゃうかもしれません。暴走しちゃうかもしれませんよ?」
「大丈夫。その気持ちは俺が受け止めるし他のみんなも心配いりません。ここにいるのはスクールアイドルを心の底から愛している仲間達ですから!」
そう言って俺はせつ菜さんの復帰を歓迎するかのように手を差し出した。みんなも同様にだ。
「…ありがとうございます!改めて、私もスクールアイドル同好会に入部させてください!」
──────────────────────────
「やったー!これでスクールアイドル同好会再始動ですね!」
「よかったぁ。これでみんなのことを本格的に応援出来るんだね!」
これで1つの大きい山は乗り越えることが出来た。これから再始動していく同好会のために俺も頑張らなくちゃ!
「藤波さん、同好会が再スタートするにあたってお願いがあるんです。あなたにスクールアイドル同好会の部長になってほしいんです!」
「え!俺に?」
「ここにいるメンバーを集めてもう一度同好会を作ってくれたあなたが中心になってくれたら今度こそ大丈夫だと思うんです」
俺が部長をやるなんて考えることさえしなかった。俺はただ、ステージの上で輝くみんなのことを後ろからサポート出来るならそれでいいと思ってた。むしろ俺で本当にいいのか。
「本当に俺が部長でいいんですか?」
「私は賛成だよ!私がスクールアイドルをやるきっかけになったのもケイくんだから!」
「いい考えだと思います。私も先輩がいなかったらこうして同好会に戻っていなかったかもしれません」
「アタシやりなりーもケイのおかげでスクールアイドルやろうって思えたんだよ!みんなも異論は無いよね?」
「…どうでしょうか?」
…やるっきゃないよね。こんなに多くのメンバーに頼まれ、期待されているんだ。絶対に答えなきゃ。
「わかった。同好会の部長、引き受けるよ!これからもみんなのことを全力でサポートするからよろしく!」
「あなたならそう言ってくれると思ってました。藤波さん…いえ、ケイさん!これからよろしくお願いします!」
こうしてスクールアイドル同好会は再始動した。これから色々な出来事があるだろうし壁にもぶつかっていくだろう。それでもみんなとなら必ず乗り越えていける。俺達が進む先にはどんな景色が広がっているのだろうか。
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2章 虹と紡ぐ物語
7話 幕開けて
ここ数週間は激動の日々だった。困っていた子を助けたのがきっかけで幼馴染みがスクールアイドルになり、そのサポートをすることになった。そこから縁は大きく広がっていつの間にか仲間が増え、俺は同好会の部長までやることになっていた。今まで過ごしていた日々とは違った新しく、刺激的な毎日が突如として幕を開けたのだった。
「…ん!ケイくん!起きて!」
「んあ?」
「あ、やっと起きた!早く部活行こ!」
どうやら寝ちゃってたみたいだ。授業中だったはずなのにいつの間にかみんないなくなってて教室に残ってるのは俺と迎えに来てくれた歩夢ちゃんだけだった。
「やべぇ寝ててノート取ってない。しかも授業終わってるし…」
「ケイくんったら。授業中に作詞してたからってのもあるでしょ?こんなに散らかしちゃって」
そう言って歩夢ちゃんは机に散らばっていたルーズリーフを1枚取った。そこには作りかけの歌詞やフレーズが描き殴られている。
「…頑張ってるんだね」
「もちろん。誰かに届ける曲を作るんだから絶対に妥協したくない。中途半端にやるのはダメだ」
俺にとってスクールアイドルは本業じゃないし売れる曲を作る必要は無い。だからと言って手を抜いたり妥協するのは1人のアーティストとして許せない。それだけだ。
「私達のために本気でやってくれてたんだね…」
「一応部長だから。あとこれ、未完成だけど歩夢ちゃんのために作った曲なんだ。よかったら聴いてほしい」
「うん、ありがとう」
歩夢ちゃんがイヤホンを付けたことを確認して再生ボタンを押す。まだ歌詞も途中だし編曲をする必要もある。だけど今の俺の精一杯を歩夢ちゃんに聴いてほしかった。
「…いい曲だね」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。あと8人分作らなきゃいけないんだけどね。あはは…」
「私達9人の曲だけじゃないでしょ?バンドの方でも新しいアルバム制作してるって聞いたよ?」
「…そうなんだよね」
正直言うとかなりキツい。バンドと同好会のアルバムを2枚同時に作成しているのと同じようなもんだからだ。しかも1人で。
「ケイくん大丈夫?手伝えることあったらなんでも言ってね?」
「まぁ今のところはなんとかやれそうだよ。これ以上仕事量増えたら手伝いを頼まざるを得ないかもだけど」
「私達も練習の合間に作詞の勉強してるんだ。今はまだ力にはなれないけど絶対に成長してみせるから!」
「それは本当にありがたいよ。とりあえず部活行こっか」
「うん!」
「あ、ケイ先輩に歩夢先輩!遅いですよ!」
部室には俺と歩夢ちゃん以外の全員が揃っていた。着替えも既に終わってて準備万端だ。
「ごめんね。色々あって遅くなっちゃったよ」
「私もすぐに準備するから先に始めてて!」
「わかった。それじゃ怪我には気をつけて無理はしないようにね!」
「はーい!」
各々練習を始めていったが俺はその中の1人である璃奈ちゃんに用があった。前から相談を受けていた件について本格的に話を進めることが出来るからだ。
「あ、璃奈ちゃん!前にライブ用のボード作りの件で璃奈ちゃんと話したい人がいるって言ったよね?その人達が来るの今日だから後で時間いいかな?」
「わかりました」
璃奈ちゃんへの確認は取れたし2人が来るのはもう少し後だ。さて、俺も曲作りを進めるとしますか。
──────────────────────────
圭介達が練習を始めてしばらく経った頃、2人の青年が虹ヶ咲学園に向かっていた。
「なんでわざわざ虹ヶ咲に行かなきゃなんねーんだよ。せっかくの休みなのによー」
「例のボードの件、僕も気になってたしちょうど良かったんだから陽成もそんな事言わないで。そういえば君は虹ヶ咲学園の卒業生だったよね?」
「そーだな。ここに来んのも卒業以来だわ」
少し話を戻そう。圭介が璃奈を同好会に誘った時に人前で顔を出すのが苦手な璃奈のためライブ用のボード作りを陽成とレイの2人に頼んでいた。その際に利用者に話を聞いてみたいという意見があり、2人が学校まで来て璃奈と会って話をすることになっていたのだ。
「とりあえず学校には着いたしケイに連絡しとくよ」
「はいよ。じゃあオレは入館証貰ってくるわ」
「…わかった。今から迎えに行くから少し待っててくれ」
予定時間ぴったりだ。せっかく来てもらったんだから待たせるのも悪いしすぐに迎えに行かないと。
「客人が来たから迎えに行ってくるよ。すぐ戻ってくる」
そう言い残して2人が待っている客人用の出入口に向かった。あの2人は派手な見た目してるから目的地に着くとすぐにわかった。
「お待たせ。来てくれてありがとね」
「気にしないで。僕達がやりたくてやってることなんだから」
「いいってことよ。早速案内してくれ」
俺達は軽く雑談をしながら部室へと向かう。ここから部室棟までは少し距離があるから大変だ。
「変わってねーなぁ。この学校も」
「陽成が最後に来たのはいつなの?」
「1年ちょっと前だな。オレは情報処理科出身でさ、プログラミングの知識もここで学んだんだぜ」
「そーなの?同好会にも情報処理科の子がいてさー…おっと部室はここだね」
通り過ぎちゃうところだった。みんな練習中っぽいけど客人が来ることは前に軽く話しておいたし大丈夫だろう。
「みんなただいま。客人も連れてきたよ」
「おかえりなさい!お客さんは後ろの2人?」
「そうだよ。バンド仲間の陽成とレイだ」
「よろしくな」
「よろしくお願いします」
簡単にだけど2人の紹介は終わった。早速璃奈ちゃんの元へ連れていこう。
「璃奈ちゃん、君と話したい人はこの2人だよ。ライブ用璃奈ちゃんボードについて聞きたいんだって」
「わかりました…あれ陽成さん?」
「君は…璃奈じゃないか!久しぶりだな!」
「え、璃奈ちゃんは陽成と知り合いだったの?」
確かにこの2人は同じ学科だけど年齢は少し離れてる。まさか知り合いだったなんて…
「はい。私がこの学校の中等部に通ってた時に上級生と接する機会があってその時に知り合いました」
「さっき話したけどオレも情報処理科出身で璃奈とは学科同じだったからなぁ。連絡取ってたわけじゃないし卒業してからは会う機会なかったけど」
「そーだったのか…」
「愛さんとライブ見に行った時びっくりしましたよ。ボーカルが陽成さんだったなんて思いもしませんでした」
「お、ライブ来てくれたのか?ありがとう!」
「陽成さんもケイさんもみんなすごくカッコよかったですよ」
褒められたのは嬉しいけどなんか照れるな…
「おっと、ここに来た目的を忘れるところだった。色々聞きたいこともあるし早速話そうか」
「はい」
「…それで見た目をどうしたいとか希望があったら聞きたいのよ。こいつが持ってきた雑な設計図じゃ全くわからんかったし」
「それは悪うございました…」
「ゲームとかで使うVRゴーグルがあるんですけどあんな感じで顔全体を覆うように作れればいいかなーって思ったんですけどどうですかね?」
「なるほど…こんな感じでいいのかな?」
レイが書いた設計図はクオリティが高く、璃奈ちゃんの希望にも沿っているぴったりなものだった。
「これ。こんな感じで作れれば嬉しいです」
「おうよ。とりあえずこれで作ってみるか。あとはどれくらいの期間で作れるかだな。オレ達が空いた時間で少しずつ進めたとしても相当時間かかるぞこれ」
「それなら問題ないです。同じ学科の子達が作るのを手伝ってくれるって言うからお2人はたまに様子を見てくれるだけで大丈夫です」
「そうか。なら任せてみるよ」
「うん。そうしてくれると僕達もありがたいよ」
今回は作業時間がネックだったけどそこは問題なかったみたい。これならお互いの活動に支障をきたすこともないだろう。
「よし、今日やることはこれで終わりだな。オレ達は先に帰らせてもらうぜ」
「失礼するよ。それじゃまたスタジオで」
「うん。今日はありがとね」
「陽成さんにレイさん、今日はありがとうございました…またライブ見に行ってもいいですか?」
「いつでも来いよ!それじゃまたな!」
そう言って2人は帰っていった。
「ふぅ…これでボードの件も一区切り着いたね。あの2人がいてくれて助かったよ」
「うん。だけど2人を紹介してくれたケイさんにも感謝しなきゃ」
「そんなのいらないって。じゃあ話し合いも終わったし練習に戻ろっか」
「練習も頑張る。璃奈ちゃんボード『むんっ!』」
みんな目標に向かって頑張ってるんだ。俺もみんなをサポートするためにもっと頑張らなくちゃ…
──────────────────────────
ある日の部活前、歩夢ちゃんは言った。
「ねぇケイくん、1つ提案があるんだけどいいかな?」
提案?なんの事だろう?
「もちろんいいよ。提案って何かな?」
「私達が同好会として再スタートしてから結構経ったよね?だけどみんなのことをあまり知れてない気がするの。だから一緒に遊んで親睦を深めるってのはどうかな?」
「なるほど。いい考えだと思うよ!」
俺は曲作りとかでみんなと接する機会はあるけど他のメンバーは練習に時間が取られたりしてなかなか難しい。同学年では打ち解けてるみたいだけど学年間ではまだ遠慮があるように感じていたのも事実だった。
「みんなが仲良くなるいい機会になるね。早速伝えに行こっか!」
「うん!」
「…っていうことなんだけどどうかな?」
「みんなで遊びにですか?」
部室に全員揃っていたのでちょうど良かった。簡潔に遊びに行きたいこととその理由を話し、みんなの意見を聞くことにした。
「かすみんはもちろんいいですよ!ケイ先輩達と遊んでみたかったですし!」
「私も賛成です!親睦を深めるのはとても大切だと思うので!」
「私も行きたい。みんなで遊びに行くのすごい楽しそう」
1年生3人の意見はすぐにまとまり、早々に参加を決めてくれた。
「アタシはもちろん行くよ!こーいうの好きだし!」
「みんなで遊ぶことは慣れていないのですがお互いのことをもっと知るのはとても大切なことだと思うので私も参加します!」
言い出しっぺの歩夢ちゃんは言わずもがな、他の2年生2人からもすぐに賛同を得ることが出来た。
「彼方ちゃんも行きたい。みんなともっと仲良くなって一緒にお昼寝したいな~」
「仲良くなるのはいいことだよね。私も参加するよ!」
「そうね…みんなが行くなら私だけ不参加って訳にはいかないわね」
全員の了承を得られたから決まりだ。あとは何をするかみんなで話し合っていたけどエマさんの一言で全てが決まった。
「ピクニックなんてどうかな?寮の近くに大きな公園があってお散歩したりお昼寝すると気持ちいいんだよね」
「ほほう。それで賛成だよ~」
「季節的にもちょうどいいんじゃない?」
「ピクニックですか…いいですね!」
ということで次の休日にピクニックをすることになった。みんなのことをもっと知れるいい機会になるその日が待ち遠しい。
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8話 みんなでおでかけ
「着いたー!」
「思ってたより全然広いね…」
今日は学校も練習もお休み。その貴重な時間を使って俺達はピクニックにやってきた。
「学校の近くにあるのは知ってたけど来るのは初めてだなぁ…」
「エマちゃんはとってもいい場所を見つけたんだね~」
「えへへ、褒めても何も出ないよー」
「それじゃ行こっか。果林さん達がちょっと早めに来てスペースを確保してくれてるんですよね?」
「うん!こっちだよー」
エマさんの案内で公園に入り、少し歩いたところで一足先に来ていた果林さんや愛ちゃんが待っていた。
「あっ、着いたみたい。こっちだよー!」
「愛ちゃんに果林さん、場所取りありがとう!」
「いーよいーよ!愛さんいっつも早起きだし待ちきれなかったからさ!」
「私は寮生だし近くだからこのくらい余裕よ♪みんなも買い出しありがとね」
そう言ってくれてありがたい。俺は袋からそれぞれ頼まれていた飲み物等を取り出して渡していく。
「皆さん、飲み物は持ちましたか?それではケイさん、乾杯の音頭をお願いします!」
「わかった。それでは改めて同好会の再結成。そしてこれからのみんなの活躍がより良いものになることを祈って乾杯!」
「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」
みんなの持った紙コップが重なる。小気味良い音…とはいかないがそれでも十分だった。
「みんなで集まることが出来て嬉しいですね!」
「そうだね。何とか時間作れてよかったよ」
休日だとみんな予定あってもおかしくないし家が遠いメンバーもいる。そんな状況だから開催出来たことは大きいと思う。
「あ、もうすぐお昼だね。買い出しの時に昼ご飯も買ってきたらよかったなぁ…」
「ふっふっふ、そろそろお腹空く頃でしょ?彼方ちゃんみんなの分もお弁当作ってきたんだ。見て見て~」
「おお…これはすごい…」
彼方さんが取り出した2段弁当には色とりどりのおかずがいっぱい詰まっていた。どれもとても美味しそう。
「ほら食べて食べて~」
「いただきます…」
早速卵焼きをひとつ取って口にする。するとふんわりとした食感と程よい甘さが口の中に広がってきた。
「…めっちゃ美味しい」
「ほんとだ!いくつ食べても飽きないお母さんの味みたい!」
「えへへ~そう言ってもらえると嬉しいな~」
「先輩先輩!彼方さんのお弁当だけじゃなくてかすみんの作ったパンも食べてくださいよ!」
「ありがとうかすみちゃん。いただくよ」
かすみちゃんから受け取ったパンをひと口かじる。焼き加減もちょうど良くて毎朝食べるのにもぴったりだ。
「どうですかどうですか?」
「とても美味しいよ。パン作りが出来るなんてすごいなぁ…」
「あ~んもっと褒めてくださ~い」
その後も俺達は2人の料理を夢中で口に運んだ。大人数で食べたこともあって弁当はすぐに無くなってしまった。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「お粗末様~みんなすごい勢いで食べてくれたから彼方ちゃんもとっても嬉しかったよ~」
「みんなを満足させちゃうなんてさすがかすみんですね!」
「うん。かすみちゃんのも美味しかった。また食べたいな」
「りな子ってばしょうがないなぁ~そんなに食べたいならまた作ってきてあげるよぉ~」
まだ出会って間もないのに同好会の活動を通じてみんなの仲がどんどん深まっているように思えた。壁があるかもしれないと思っていたけど余計な心配だったかもしれないな。
「それじゃあせっかくの機会なんだし色々話さない?まだみんなのことを完璧に知れてるわけじゃないからさ」
「あ、それならかすみんは歩夢先輩とケイ先輩がどーやって知り合ったのかを聞きたいです!」
「俺と歩夢ちゃんの?どーだったかなぁ…」
「あっ、それなら覚えてるよ!確か…」
────────────────
あれは私達が幼稚園に入るちょっと前のことだったかな?私の住んでいた部屋のお隣にケイ君一家が引っ越してきたのがきっかけで出会ったんだけど…
「初めまして。隣に引っ越してきた藤波と申します。上原さん、これからよろしくお願いします。これ、つまらぬものですが…」
「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそよろしくお願いしますね」
「こちらは妻と息子の圭介です。ほら圭介、上原さんに挨拶して」
「こ、こんにちは…」
「あら、圭介君はちゃんと挨拶出来て偉いわね。こっちは娘の歩夢ちゃんっていうの。これから仲良くしてね!」
「わたし、うえはらあゆむ!よろしくね!」
「うん…よろしく…」
────────────────
「っていうのが私達の出会いだったの。あの頃のケイくん、すっごく可愛かったなぁ…」
「そんなことあったような…」
「その後は幼稚園から今日までずっと一緒に過ごしてきたんだ!」
そんな小さい頃の記憶なんて俺にはほとんど無い。歩夢ちゃんはすごいなぁ…
「むぅ~歩夢先輩が羨ましいですっ!かすみんももっと早くケイ先輩に出会いたかったぁ!」
「それには私も同意見です!すぐそばに先輩のような人がいてくれたらどんなに心強かったことか…」
「2人ともありがとう。けど遅すぎたなんてことは無いし、これから沢山思い出を作っていけばいいんだよ!」
確かにもっと早く出会えていたらなと思うのもわかる。だけど俺達の関係はまだ始まったばかりなんだ。そんなに焦らなくても楽しい思い出は次第に増えていくだろう。
「ケイの言う通りだよ!しずくもかすかすもアタシ達ともっと仲良くしてくれたら嬉しいよ!」
「そうね。私も可愛い後輩ちゃんに慕ってもらえるように頑張らないと♪」
「…そうですね。これからは上級生の皆さんにもっと頼らせてもらいますね!」
「いやぁ~こんなに頼もしい先輩達がいるなんて幸せですねぇ…ってかすかすじゃなくてかすみんですっ!」
辺りにみんなの笑い声が響く。その表情はとても楽しそうで心の底から笑えているんだなと俺は確信した。この明るくてポジティブな環境を俺は作りたかったんだ。
「………ようやく出来たんだなぁ」
「ケイくん?なんか言った?」
「いや、何でもないよ…っと電話来たから一旦抜けるね」
もっとみんなと話したいけどわざわざ電話で連絡してくるってことは絶対に伝えたい事柄なのだろう。かかってきたのはヒロからだった。
「もしもし?どうしたのヒロ?」
「悪いな急に。突然なんだけど次の練習後にミーティングを開くことになった。菱川さんも来るから覚えておいてくれ」
「わかった。覚えておくよ」
「よろしくな。あと頼みなんだがミーティングのことを達也に伝えておいてもらえないか?」
「うん。任せといて」
そう言い残して電話を切った。そのまま達也にも連絡事項を伝え、話し終わった頃にはだいぶ時間も経ってしまっていた。
「思ってたより長引いちゃったな。みんな待たせてるし早く戻んないと…ってあれ?」
みんなの元に戻るとさっきまでの賑やかな様子は無く、代わりに9人で身を寄せあって気持ちよさそうに眠っている姿になっていた。
「あちゃ~これどうしよっかなぁ…みんなには悪いけど起こした方がいいよな…」
そう思って手始めに歩夢ちゃんを起こそうとした時だった。
「ん…ケイ…く…ん…」
「歩夢ちゃん…?寝言かな」
「ケイくん…好…き」
「…へ?」
ウン。やっぱり歩夢ちゃんは寝言も可愛いなぁ。夢の中でまで俺と…って今なんて言った!?もしかして歩夢ちゃんは…いや、所詮寝言なんだしこのくらいで図に乗っても後で悲しくなるのは俺だよな…はは…
「はぁ…こんなに顔赤くなるなんて…とりあえずもうちょっと寝かせてあげよう。その間に俺は頭冷やすか…」
そう思った直後に歩夢ちゃん達が起きて真っ赤な顔を見られた上に散々からかわれたのはまた別のお話…
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9話 襲来
放課後、俺は誰もいない教室でパソコンとにらめっこしながらギターを手に新たなフレーズを考えていた。
(とりあえずここのパートは完璧だ。他の曲も大まかな流れは作成して後は手直しするだけか。いよいよだな…)
「…い!」
(…誰だ?今忙しいんだけど…)
「ケイ!聞こえてる?」
「何…?って達也か。忘れ物でもしたの?」
イヤホンを外し、声のする方へ顔を向けるとそこには達也がいた。
「いや、ケイの様子を見に来たんだ。多分ここにいるんじゃないかなって思ってさ」
「大正解。ここで作業するのが1番捗るんだよね」
「へぇ~ちょっと曲見せてよ」
達也はそう言ってパソコンの画面を覗き込んだ。そんな彼にイヤホンを付けさせ、再生ボタンを押す。
「いい曲だね。そろそろ完成も近いんじゃない?」
「我ながらいい出来だと思うけどまだまだだね。メンバーは9人いるしみんなの個性に合わせて作らなきゃいけないから」
「…お前それ全部1人でやるつもりなのかよ」
…受け入れたからにはやり遂げなくちゃだけど正直キツい部分もあった。俺達は9人がそれぞれソロで活動しているんだからその分負担が増えてしまうからだ。
「ハァ…やり遂げたい気持ちはわかるけど副業みたいなもんでしょ?気を取られて本業が疎かになるようじゃ困るよ」
「うっ…返す言葉もない…」
「まぁこーなったのはケイに今まで曲作り全部任せてきた俺らの責任もあるんだろうけど。前々からケイに頼りすぎんなって菱川さんにも言われてたしなぁ…」
確かにここまで必死に曲作りをするメリットが俺にはない。スクールアイドルの曲だから売り上げなんてないし本業のバンド活動を放り出す訳にもいかない。だけど俺は…
「達也の言うことは正しいよ。けど俺は…」
「もしかしてあの子?歩夢ちゃんだったよね?幼馴染みの」
「間違ってはないよ。歩夢ちゃんはさ、今まで俺のバンド活動を応援してくれて挫けたり諦めたくなった時はいつもそばにいてくれたんだ。俺はまだ恩返しもしてない。そして何よりやっと2人で何かを始めることが出来たんだ!もちろん同好会のみんなも大切だけど俺は…!」
「あーわかったわかった。これ以上は言わなくていいよ。ケイはどんだけ歩夢ちゃんのこと好きなんだよ」
「いや歩夢ちゃんは幼馴染みだから。好きとかそういうのじゃ…」
昔からよく言われるんだよね。俺達はただの幼馴染みなのに…
「まぁいいや。ケイがそー言うのは想定内だったしな。そんな君にはこれをあげよう」
「これはUSBメモリ?ありがたいけど曲作る用に何個も持ってるし予備もたくさんあるよ?」
「データ入りだよ。とにかくパソコンにぶち込んでみてくれ」
言われるがままパソコンにUSBメモリを挿入した。すると…
「これって…」
「どーだ?俺とシンでここまで仕上げたんだぜ?」
画面にはまだ作り途中であるはずの曲が完成した状態で表示されていた。手伝うから出来た部分まで渡してくれってシンに言われたけどここまで終わらせてくるなんて…
「いつの間に?まだ歌詞も作り途中なのに…」
「未完成だった部分は俺が完成させたよ。これでアルバムの収録曲は9割終わってる。あとはお前が今作ってるやつで最後だ」
最後の1曲。俺がどうしても自分だけで完成させたいと誰にも見せていなかった曲。『Friend Ship』と名付けたその曲を。
「…ほんとみんなには敵わないな」
「俺達も楽しかったよ。これからは一緒に曲作りも勧めていこうな!」
「………ああ」
────────────────────────
達也が帰ってしばらく経った頃。ケータイから指定の時刻を知らせるアラームが鳴った。
「もうそんな時間か。せつ菜ちゃん…じゃなかった、菜々ちゃんのところへ行かなくちゃな」
本来ならせつ菜ちゃんと呼んでいるところだけど彼女の希望により、学校生活の中では本名である菜々ちゃんと呼ぶことになっている。
「特に連絡ないから今日も生徒会室かな?」
菜々ちゃんが同好会に復帰してからたまにではあるが生徒会の仕事を手伝っている。バンド活動したり曲作ったりしてる中で我ながらすごいアクティブな気がしてきたな。
「失礼します。菜々ちゃんいる?」
「…さん、本気でそうするつもりなんですか…?」
「はい。先程説明した通りになります」
普段は俺達以外いないはずの生徒会室だが今日は先客がいたようだ。菜々ちゃんの知り合いかなと思ったけど何か様子が変だ。
「まずは私があなたに代わって生徒会長になります。近いうちに総選挙を………あら?そちらの方は客人ですか?」
「いや、俺はここでやることがあってね。君の方こそ生徒会室に何か用かな?」
リボンの色から察するに1年生だろう。口元から微かに見える八重歯が特徴的な女の子だった。
「ケイさん…来てたんですね」
「ついさっきね。それより大丈夫?若干揉めてたように見えたけど」
「ケイさん…?もしかして貴方は…」
「ところで君は?ここまで来るってことは何か要件でもあるんだよね。見た感じ1年生だけど」
「生徒会長と話がありまして…突然ですがあなたが藤波さんですよね?」
「そうだよ。君は菜々ちゃんとはどういう関係?」
「申し遅れました。私、三船栞子と申します」
三船さんと名乗ったその子はぺこりと頭を下げて言った。
「丁寧にありがとう。もう一度聞くんだけど生徒会室に何か用かな?穏便に話してるようには見えなかったんだけど」
「こ、これは私と三船さんの問題です!この件をケイさんに押し付ける訳にはいきません!」
「構いません。近いうちに藤波さんにも伝えようと思っていたので丁度いいですから」
「俺に伝えたいこと?何かな?」
「単刀直入に言います。これから私が生徒会長になり、その際にスクールアイドル同好会の廃部を真剣に検討しているということです」
「…なるほどね」
生徒会の力を使って同好会を潰す。それが彼女の目的のようだった。総選挙に立候補するのは彼女の自由だけど部を無くすための手段にされては俺もたまったもんじゃない。
「私が生徒会長になった暁には必要のない部活は無くしていくつもりです。それはあなた達が属している同好会も例外ではありません。もちろん同好会の部員には各々の適正にあった部活を紹介させてもらいますのでご安心を」
「…先に言わせてくれ。ちゃんとした理由はあれど要するに同好会を潰す気でいるんだろう?そんなことを部長である俺がはいどうぞと認めるわけがないことは君にもわかるよね?」
「そうですね。ですが直に認めさせます。そもそも何故スクールアイドルなんですか?あなた達には他に向いてるものが必ずあります。なのでそちらの道を選んだ方がいいのではというのが私の意見です」
僅かな時間だったがこの子がスクールアイドルのことを快く思ってなくて同好会を潰すための口実に他の部を利用しているように感じた。
「やりたいことはわかったよ。生徒会長に立候補するのも君の自由だしそこを咎めたりはしない」
「そうですか。少しでも理解してくれたのなら幸いです」
「…けど1つだけ言っておくよ。あまり俺達をバカにしないでくれ。同好会のみんなは人に言われて簡単に活動を辞めるほどスクールアイドルを軽く思ってなんかいない」
「………」
「適正で全てが決まるなんてそんなものはクソ喰らえだ」
正直年下の子相手に大人気ないと自分でも思う。けど同好会の部長として、黙っているわけにはいかなかった。
「適正に関しては私もあなたに対して思うところがあります」
「…どういうことかな?」
「あなたにはギターの適性が人一倍あります。だからこんな場所で時間を無駄にするのは勿体ないと私は感じているんです」
簡単に言うと無駄なことをしないでバンド活動に集中しろと言われているようだ。それは1つの見方としては正しいし俺も相手が納得する理由を導き出せる自信もない。ただ1つだけ言えることはある。
「確かにバンドに一点集中した方がいいってのは正しい考えだと思う。君が才能を認めてくれるのも素直に嬉しいよ。だけど俺はやりたいからやっているんだ。俺は同好会のみんながステージで輝くのを支えたい。それ以外に理由がいるかな?」
「…やはり理解はできませんね。まぁいいでしょう」
そのまま三船さんは俺の横を通り過ぎ、生徒会室のドアに手をかけて言った。
「私は次の生徒会選挙に立候補させていただきます。当選ということになったら先程お話した政策を実行していくので覚えておいてください。それでは」
彼女はそう言い残し、生徒会室を去っていった。
「…ケイさん?」
「よし、さっさと仕事に取りかかろう。同好会の活動もあるんだしこれ以上時間を無駄にはできない」
「あ…はい!すぐに終わらせましょう!」
「…せつ菜ちゃん」
「はい、なんでしょうか?」
「同好会を廃部になんて絶対にさせない。俺が必ずみんなを守るから」
────────────────────────
その後は特に問題なく仕事が進んでいった。残りの作業を終わらせ、一息ついたせつ菜ちゃんが作詞をしている俺に尋ねてくる。
「ケイさん、近いうちに総選挙は行われます。私は三船さんに勝つことが出来るでしょうか?」
「…もちろん可能性はある。だけど最終的に選ぶのは全校生徒だから上手くいく保証はどこにもない。あの子はやり方は強引かもしれないけどみんなのことをよく考えているように感じたから相当厄介な相手だと思うよ」
「はい。わかっています」
「そんなに気負わなくて大丈夫だよ。勝負は最後までわからないけどせつ菜ちゃんの良さを理解してくれてる人は沢山いるんだからさ」
「そっか…そうだといいですね!」
「よし、じゃあ練習行こっか!」
さっきまでのことは一旦忘れよう。それに俺からみんなに伝えたいこともあるからね。
「遅れてごめんね。練習はどうかな?」
「先輩!お仕事お疲れ様です!」
「…ありがとう!みんなもお疲れ!」
練習を始めてから相当時間が経っていたけど疲弊している様子は無かった。みんな体力がついてきたということだろう。
「ケイくん、疲れてるみたいだけど何かあったの?」
「…いや、大丈夫だよ。疲れてるのは事実だけどね」
生徒会室での出来事は伝えない方がいいだろう。余計なプレッシャーを与えたくはない。
「それよりみんな、練習も大切だけどそろそろステージでの経験を積むことが必要なんじゃないかなって思うんだ」
「ステージかぁ…この中だと経験者はせっつーだけだよね?愛さん達はやったことないし」
「確かにまだステージに立ったりとかはしてないわね。私はもういけると感じてたんだけど…」
「俺もみんななら出来ると確信してる。そこで提案だけど1ヵ月後にイベントがあるからソロ部門で出場してみない?」
最近はグループではなく1人でステージに立つスクールアイドルも増えた。その点も考慮して団体部門だけではなくソロ部門のイベントも行われるようになってきたらしい。
「かすみんは出たいです!会場のみんなを夢中にさせてあげますよ!」
「賛成だよ!私はみんなのステージも見てみたいな!」
「彼方ちゃんもやりたい。楽しみだなぁ~」
「私も…ちょっと恥ずかしいけど頑張りたい」
答えは聞くまでもなかった。やりたいことや目標は違うけどステージに立ちたいという思いはみんな同じだった。
「決まりだね。エントリーの方は俺がやっとくからみんなは安心して練習に集中して!」
「本当にありがとう。けど全部任せちゃって申し訳ないな…」
「そんなの気にしないで。部長なんだから当然だし俺はみんなのことを1番近くで支えたいんだ。もちろん歩夢ちゃんのこともね」
「ケイくん…うん!」
イベントへの出場も決まり、みんなのやる気がより高まっているのを感じた。これから彼女達が立つステージでの輝きを見届けていきたい。
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外伝等
登場人物集
The Answer
以下Answerと表記。男性6人組バンド。まだ若く、知名度もそこまで高く無いが、ハードコアやメタルなど様々な音楽性を雑食に取り入れるスタイルが音楽関係者からは高く評価されている。
バンド名の由来は彼らの音楽が本当に受け入れられるのか?評価されていくのだろうか?等という多くの懐疑的な声に対する彼らなりの「答え」、「正解」から来ている。元ネタは筆者の好きなNBA選手から。
メンバー
Vo.Yo
Gt.&Vo.Kei
Gt.&Cho.Sin
Ba.&Cho.Hiro
Dr.Tatsuya
Key.Ray
筆者は作中で彼らの名前を使う時はカタカナと漢字をメインにしているが、バンド関係、特にライブの時は英語表記となっております。この表記を使う機会はそこまで多くはないと考えておりますが頭の片隅にでも置いていただければ幸いと思っております。
藤波 圭介(ふじなみ けいすけ)
AnswerのGt&Vo.本作の主人公
高校2年生ながらAnswerのリードギターを務める腕利きのギタリスト。作詞作曲をメインで行っているのも彼。虹ヶ咲学園では音楽科に所属している。
幼馴染みである歩夢を誘って自らもスクールアイドル同好会に入部。忙しいバンド活動の傍らスクールアイドルの活動に参加し、部長としてサポートや歩夢達の歌う曲の作詞作曲を行っている。
高階達也(たかしな たつや)
AnswerのDr.
虹ヶ咲学園に通っていて圭介と同じ学科、同じクラスに所属している。バンドメンバーで高校生なのは彼ら2人だけ。
圭介がスクールアイドルの活動に参加し始め、彼女らの作詞作曲も手がけるようになってからは圭介の負担を減らすため彼も曲作りを行っている。仲間思いのいいヤツ。
牧博之(まき ひろゆき)
AnswerのBa&Cho.
20歳。バンド内では最年長でリーダーも務めている。メンバーで唯一の喫煙者。後述する真と同じくコーラスも担当しているがどちらかといえばボーカルに近い役割を果たしており彼らが担当するパートも少なくない。5弦ベースを使用する時もありピック弾きもかなりの腕前。
砂川陽成(すなかわ ようせい)
AnswerのVo.
19歳。パートによっては圭介達が歌う時もあるがメインボーカルは彼。パートによってはクリーンだけでなくスクリームボイスを披露することもある。プログラミングの知識も豊富でライブ演出を考案することも多い。
宇佐美真(うさみ しん)
AnswerのGt&Cho.
18歳。音楽系の専門学校に通っていてバンドではリズムギター担当。基本的には彼と圭介が中心となって曲を作っていて、主に作曲をメインに行っている。両腕にタトゥーを入れており、これは音楽の道で生きていくという彼なりの覚悟から来ている。また左利きでもありレフティギターを使用。
薬師寺怜也(やくしじ れいや)
AnswerのKey.
19歳。真と同じ専門学校に通っている。幼い頃にエレクトーンを習っており純粋な演奏の上手さならメンバーで1番との声もある。趣味は機械いじりで他のメンバーの楽器をいじったりすることも多い。ライブの際は伸ばした長髪をポニーテールにして臨んでいる。
菱川智則(ひしかわ とものり)
Answerのマネージャー
30歳。彼の目に止まったことでAnswerはプロとしてデビューすることになる。メンバー内に学生が多いAnswerのメンターも請け負っており、信頼されている。既婚者で幼い娘がおり溺愛している。愛煙家だが娘の前では絶対に吸わない。
随時更新予定
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外伝 Sweet Valentine
IFルートだと思っていただければ幸いです
とある日の朝、カレンダーを見て気がついた。
「そーいえば今日はバレンタインかぁ…」
当日になるまで存在を忘れていた。この時期になるとチョコくれー!って騒ぎ出すやつとかバレンタインの日だけ服装や髪型をビシッとキメてくるやつとか色々いて笑ってしまった記憶がある。去年までは歩夢ちゃんがくれてたけど今年はどうなるのかな。
「ま、今日は学校ないし渡してくれるなら明日かな?かすみちゃん達からもメッセージ来てたし」
俺はそう考えてもう一眠りすることにした。
どれだけ時間がたっただろう。ふと時計を見たら12時を過ぎていた。いくらなんでも寝すぎだし昼食も作らなきゃならない。そう考えて起きあがろうとすると俺しかいないはずの部屋からもう1つの声がした。
「あっ!やっと起きたんだね!」
「ん…?その声は歩夢ちゃん?」
「うん!おはようケイくん♪」
隣に住んでる歩夢ちゃんが家に来ること自体は珍しくないけど急に来るなんて久しぶりのことだ。
「いつ来たの?」
「えっとねー2時間くらい前かな?」
「えっ、そんなに早く?それなら起こしてくれてよかったのに…退屈だったでしょ?」
「ううん。あなたの可愛い寝顔をずっと見てたから全然退屈なんかじゃなかったよ!」
「え」
…まぁいつものことだ。いちいち気にしてちゃやってらんない。
「さて、こんな時間になっちゃったし昼食でも作るとするよ。歩夢ちゃんは何か食べたいものある?」
「あ、ケイくんは何もしなくていいよ!今日は私が作るから!」
そう言って返事をする前に台所へ行ってしまった。ここは歩夢ちゃんに任せるとしようかな。そう考え俺も自室を出た。
──────────────────────────
「腕によりをかけて作ったの!召し上がれ♪」
「いただきます…」
結局昼食作りも全て歩夢ちゃんに任せてしまった。何度か手伝おうとしたんだけどその度に止められたりしたので諦めた。
「どうかな?」
「とっても美味しいよ。いつも思ってるけど歩夢ちゃんの料理は最高だね」
「えへへ、ありがとう!」
「本当はね、毎日でも食べたいなって思ってるよ」
「…うん///」
こんなに可愛い幼馴染みがいてくれて俺はなんて幸せ者なんだろう。その幸せを噛み締めながら残りの料理も平らげる。
「ご馳走様でした。とっても美味しかったよ」
「お粗末様でした。喜んでくれて私も嬉しいよ!」
「本当にありがとね。今度は俺が作るよ」
「うん、楽しみにしてるね!」
さて、これから何をしようかな。せっかく歩夢ちゃんが来てくれたんだし2人でやれることがいいんだけど何があるかな。そんなことを考えていると片付けを終えた歩夢ちゃんが何かを隠しながらやってきた。
「ケイくん、渡したい物あるんだけどいいかな?」
「もちろん!まぁ…何となく想像ついてるけどね」
「毎年渡してるしそうだよね。本当は明日同好会のみんなと一緒に渡そうと思ってたんだけど待ちきれなくて…」
「みんな作ってくれてたんだ…なんか嬉しいな」
「これは私から!去年より上手に作れたと思うから食べてほしいな!」
歩夢ちゃんは毎年くれてたから今年も貰えるかなとは思ってたけどいざ渡されるとなるとやっぱり嬉しい。
「ありがとう。いただきます」
「美味しくできてるかな?」
…とっても美味しい。今まで貰ってきたチョコも美味しかったけど今年のは特にだ。元々料理が得意な歩夢ちゃんだけど現状に満足せず努力を重ねてきた成果なんだなと強く思う。
「すごい…こんなに美味しいチョコ食べたの初めてだよ。舌触りもよくて味付けも俺好みで完璧だ…」
「やったぁ!ケイくんの好きな味は誰よりも理解してる自信あるからね!」
「それにしても本当に美味しい。これは高級店のに勝るとも劣らない良いチョコだと思うよ」
「そ、そんなに褒められると嬉しいけど恥ずかしいな…」
褒める度にすごく嬉しそうな表情を浮かべる歩夢ちゃん。そんな彼女のことがとても愛おしくなってしまって気づいたら頭を撫でていた。
「本当にありがとう。ホワイトデーに返すよ」
「えへへ、1ヶ月も待てないなぁ。今すぐ欲しいんだけど…ダメ?」
「そう言われてもあげられるものなんてないよ?」
「だったら…んっ…」
突然歩夢ちゃんに口を塞がれた。突然の事で驚いたけどその正体が何かに気づくまで時間はかからなかった。ほんの一瞬の出来事だったけどやけに柔らかかった唇の感触は当分の間忘れることは出来ないだろう。
「………へ?」
「ふふっ…動かないでね♪」
すると何を思ったのか歩夢ちゃんは俺を押し倒し、覆い被さるようにして退路を塞いできた。脚の間に膝が置かれ両腕も押さえつけられて身動きが取れない形にされている。
「え、ちょっと…歩夢ちゃん?」
「………いただきます♡」
その後何をされたかは言えない。ただいつも以上に綺麗な歩夢ちゃんの姿だけが鮮明なまま脳裏に残っている。
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外伝 新たなる歩み
ある日の練習前、私はケイくんに尋ねてみた。
「ねぇケイくん、今度の日曜日って暇だったりしないかな?」
「日曜日?特に予定はないよ」
「だったらさ、私と遊びに行かない?スクールアイドル始めてからあまり2人で遊べてなかったし…」
「そーいうことかぁ。俺はもちろんいいよ!」
「ありがとう!詳細はまた連絡するね!」
彼を遊びに誘った日曜日は私の誕生日でもある。今までもお互いの誕生日はこうやって過ごしていたんだけど今年もそうなれて嬉しいなぁ…
──────────────────────────
「よし、このペースなら間に合うね!楽しみだなぁ…」
出かける当日、ある程度の支度を整えてケイくんが来るのをのんびり待っているとケータイにメッセージが来ていることに気づいた。相手はかすみちゃんだった。
『歩夢先輩!これから愛先輩とりな子と私で出かけるんですけどよかったら来ませんか?』
参加したいけど今日は行けないなぁ。とりあえず断りの連絡入れなきゃ。
『楽しそうなんだけど今日はケイくんと出かける約束あるから行けないかな?また誘ってくれると嬉しいな!』
すると1分もしないうちに返事が来た。
『ケイ先輩とデートですか!?楽しんできてくださいね!』
ケイくんとデート。普通はそう思われるのかな。
「デートかぁ。今まで気にしてなかったけど…これってデートってことになるのかな…?」
幼稚園の頃から幼馴染みで家も隣。男女の差があったとは2人で出かけることになんの躊躇いもなかった。中学生の時に友達から付き合ってないのに2人で遊んだりするのは結構珍しいねと言われたこともあったけど私には当たり前すぎてそんな疑問が浮かぶことすらなかった。
「今思うと私が少しズレてたのかもなぁ…」
まぁ考えたところで私達の関係が変わることは無い。そう、私達はこれからもただの幼馴染みなまま…
「…ッ!なんだろうこの痛み…」
なんだか胸がズキリとする。このまま彼に会うのはダメだ。ケイくんが来るまで時間があるから気分転換に部屋の掃除でもしよう。そう思っていた矢先にインターフォンが鳴った。
「はいはーい。あれ?ケイくん?」
「おはよう、歩夢ちゃん!」
約束の時間までまだ少しある。普段は時間ぴったりに来る彼にしては珍しい。
「どうしたの?予定よりちょっと早いけど」
「ごめんね。楽しみすぎて早く来ちゃった…」
「えっ?」
今、楽しみすぎてって言ったよね?もしかしてケイくんも…
「歩夢ちゃん?」
「あっ…ごめんね?私も楽しみだったから大丈夫だよ!ちょっと早いけど出かけよっか!」
「うん!」
せっかく彼と過ごせる誕生日なんだもん。楽しまなくちゃ損だよね!
──────────────────────────
遊びに来たショッピングモールは休日だということもあって混雑していた。その中には子供連れの人やカップルも沢山いた。
「ここに来るのも久しぶりだなぁ」
「ほんとにね!最近はスクールアイドルの練習もあったしなかなか来れてなかったもんね」
「まずは何する?やりたいことあるなら何でも言って!」
「そうだなぁ…私、見たい映画があるの。それにしない?」
「お、いいね!」
私が見たかった映画というのはよくある恋愛物とは違って誰かを愛することの尊さ、そして真実の愛について考えさせられると評判でケイくんにも見てほしかった。
「面白そうだね。興味出てきたよ」
「よかった!それじゃ行こっか!」
「ケイくん、どうだった?」
「めっちゃ面白かった!見れてよかったよ!」
この映画を選んでよかった。上映中も彼の横顔を見たりしたけど映画に完全にのめり込んでいた。
「ケイくんにも気に入ってもらえたしあの映画選んで正解だったなぁ」
「けど目が疲れちゃったよ。ちょっと休もうか」
そう言って人通りが少なめの場所にあるベンチにやってきた。ケイくんは早速腰かけて軽く目を閉じる。
「眠くなっちゃった?」
「そういうわけじゃないんだけどここは落ち着くなって。こんなにゆっくり出来る場所があるのに他の人は気づいてないみたいで勿体ないなぁ。わざわざ混み合う場所に行く必要なんてないのに」
…そういえばすれ違う人達は私達のことをどのように見てるのだろう。やっぱりどこにでもいるカップルのように思う人が多いかもしれない。
(私達の関係ってなんだろう…ただの幼馴染みだよね…?)
そう思って隣で歩くケイくんの横顔を見る。小さい頃から一緒にいてくれて優しくてギターの上手い男の子。今ではスクールアイドル同好会でも活動していて後輩達からも頼りにされている。顔立ちも整っている方だし彼がギターを弾いてる姿を見にライブハウスへ足を運ぶ人もいるのだとか。
(女性目線で見るとかなりの優良物件だよね。もしかしたらいつか私の前からいなくなっちゃうかも…)
…そんなの嫌だ。彼がいなくなってしまうことを思い浮かべるだけで胸が張り裂けそうだ。確証もないのに涙まで出てきてしまった。こんなところで泣いちゃダメ。彼に迷惑かけるわけにはいかないんだから…
「…ぐすっ」
「…歩夢ちゃん?どうしたの?」
「…ううっ…ケイくん…」
泣いてたってダメなのに…頭ではわかっててもとめどなく溢れる涙は止まることがない。
「とりあえず落ち着いて、ね?」
「…うん」
そう言いながら頭を撫でてくれた。その瞬間仄かに漂う彼の優しい香り。やっぱり落ち着くなぁ…
「何かあったの?俺でよければ話して!」
「ケイくん…私の前からいなくならないで…」
そのまま勢いに任せて思っていたこと全部話してしまった。彼に引かれちゃうかもしれない。けどそんなことはどうでもよかった。
「…ぷっ…あははは!」
「…えっ?」
「ああ、ごめん。なんだ…そんなことだったのか」
「そ、そんなこと?」
笑ったいた顔から一変、ケイくんは真剣な表情で話し出す。
「結論から言うと俺は歩夢ちゃんの前から突然いなくなったりしないから。心配しなくても大丈夫だよ。だってこんなに優しくて思いやりのある子が隣にいてくれるんだよ?俺には勿体ないくらいだ」
「ケイくん…」
「だからもう泣くのはやめて。歩夢ちゃんには笑っててほしいんだ」
これだ。ケイくんの何でも受け入れてくれる優しさ、海のように広い心が私は大好きなんだ。自分の悩みがどうでもよくなっていくのを感じる。
「ありがとうケイくん。またあなたに救われちゃったね」
「そんなことないよ。歩夢ちゃんが俺にしてくれることに比べたらまだ足りないよ」
「えへへ、あなたが幼馴染みでよかった!」
さっきまでとは違う。彼の前で本音で笑えているのを感じる。
「幼馴染みか…」
「ケイくん?何か言った?」
「いや、何でもないよ。それより君に渡したい物があるんだ」
「渡したい物?」
「これだよ。歩夢ちゃん、誕生日おめでとう!」
ケイくんが手渡してくれたのは宝石の埋め込まれたネックレスだった。
「今の俺が買える物ではこれが限界。俺達がもっと売れるバンドになったらもっといい物を君に贈るよ」
「ううん、私にはこれで充分。だってケイくんが私のために今出来る最高の贈り物をしてくれたんだもん。それだけで何よりも価値があると思うんだ」
「…そっか」
「けど私はいつまでも待ってるよ!ケイくんが売れっ子バンドマンになる日を!」
「うん、やってやるよ!」
今はこの距離感がとてつもなく愛おしい。けどこの関係が変わってしまう日が来るとしても私達はこうして笑っていられるのだろうか。
「ねぇ、ケイくん」
「なに?歩夢ちゃん」
「私の隣にいてくれてありがとう!」
だけど私は信じている。もっと近い距離で共に笑いあって生きていける日が必ず来ることを。
歩夢ちゃん、誕生日おめでとう!
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