格好いいところ見せましょ (紺南)
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1話

巡航中のルートを無理やり変えて、第97管理外世界の方向へとアースラは舵を切った。

搭乗している執務官にして上司のクロノンはぶつくさぶつくさ文句を垂れていたが、艦長のリンディ提督が「まあ偶にはね」と許可してしまったので、もはやどうしようもない。

納得できないクロノンはなおぶつぶつ言っていたが、97管理外世界からロストロギアの反応を検知してその表情は一転した。

 

「やっひゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

俺は喜びのあまりブリッジを転げまわる。

がっちゃんがっちゃんあちこちに身体をぶつけて跳ねまわった。

 

余りの大暴れに操縦中の乗員が小さな悲鳴を上げたが、そんなの関係ないね!

 

「どうだクロノン! 俺の勘当たっただろ!! なあにがあるわけないだ。悔しかったら悔しいですって言ってみろ!」

 

「……」

 

俺の勝ち誇った顔を見たくないとばかりに、クロノはじっとモニターを見つめている。

逃げることは許さない。さあその悔しさに歪んだ顔を俺に見せろ。

クロノの目の前に仁王立ちした。

 

「いやー、ここにロストロギアある気がしたんだよなあ! さすがだなあ俺え!」

 

「艦長。ここは確か管理外世界だったはずですが」

 

「その通りよクロノ執務官」

 

俺から視線を逸らして背後の艦長席に問いかける。

リンディ艦長は頷いて、あとはエイミイが捕捉した。

 

「数日前にロストロギアを乗せた輸送鑑が事故に遭ってるね。その時にロストロギアがばら撒かれたみたい」

 

「すでに管理局が対応済みか?」

 

「ううん。一般の魔導士が渡航してるけど、管理局はなんの対応もしてないよ」

 

クロノンが頭を抑えた。

「そんな馬鹿な……」と呟きが漏れる。

 

さきほど観測したエネルギー反応を見る限り、余裕で次元震の一つ二つ起きそうだった。

にも関わらず管理局が未だ何の対応もしていないというのは、職務怠慢に他ならない。

輸送していたロストロギアの危険性と現状の見極めが出来ておらず、あまつさえ一般の魔導士に任せちゃってる。

 

これ次元震起きたらやっべえぞ。

陸から良い人材引き抜きまくってるんだから、目先のロストロギアの回収ぐらいちゃっちゃとしてもらいたいもんだ。

 

「艦長。至急現地に飛ぶ必要があります。先ほどの反応から、すでに何らかの被害が出ている可能性が高い。放っておけば大惨事になる」

 

「許可します。クロノ執務官は急ぎ現地に向かってください。ライ三尉は艦で待機を。不測の事態に備えてください」

 

「へい」

 

頑張れクロノーン。

俺の声援は届かず、クロノンは早足で出て行ってしまった。

せめてもの気持ちを込めて横断幕を張ろうとしたら「邪魔です」とオペレーターの一人に断幕を破られる。

そのあまりの無慈悲さに茫然自失でその場に両膝をつく。優しさをください……。

 

「ライくんお菓子いるー?」

 

「わーい!」

 

いた! ここに優しさがいた!

優しさの権化だ。一生ついて行きますエイミイ姐貴!

 

「クロノ君大丈夫かな?」

 

「いけるいける。クロノン頑張れー」

 

ばりぼりクッキーを貪りながらエイミイとティータイム。

あいつで無理なら誰にも無理だろ。

可能性あるのは二人で協力プレイとか……何それ素敵ね。

 

『艦長』

 

「お、噂をすればクロノ君」

 

「悪口言ったら一単語目ぐらいに連絡きそうなタイミング」

 

実際そんなことあるのかは要検証。

クロノンの悪口とか……やーいちびー。

こんなんで一々連絡来たらやってられないな。

 

「現地協力者を?」

 

『はい。一応任意同行と言う形ではありますが、すでに了承も取っています。アースラに連れて行こうと思うのですが……何か問題でしょうか?』

 

「いえ、構いません。お連れして」

 

『了解しました』

 

任意とかどうせ字面だけだろうなあと思いながら紅茶を啜る。

その内お話が終わって、リンディ艦長はにっこりと俺たちを見た。

 

「お客さんみたいね」

 

「きっと可愛らしい女の子ですよ。やったぜ」

 

「それライ君の願望じゃないの?」

 

「俺は別に賭けてもいい。さあ何を賭けようか」

 

「うっ……。ま、まあ私も女の子の方が嬉しいし」

 

逃げたか。最近察しが良くなってきたな。

まあいい。俺も歓迎の用意がある。

 

「さあ、久しぶりにこのジャスティスマスクマンが参上する時!」

 

「管理局の評判落とさないようにねー」

 

「がってんだ!」

 

正義の味方、ジャスティスマスクマン!

その正体は謎に包まれているが、管理局員と言う説が有力だぞ!

これからアースラに現れるしな!

はっはっはっは!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう……お話は分かりました」

 

リンディさんが噂のリンディ茶を啜って、目の前のお二人の話を聞く。

全てが終わった後、溜息と共に深い苦悶の感情が吐き出された。

 

「今までよく被害を抑えてくれました。管理局員として感謝の言葉と、それから対応が遅れたことへの謝罪を。ごめんなさいね」

 

「いえ、そんな!」

 

頭を下げた艦長に、金髪のフェレットキメラことユーノが慌てる。

その隣で茶髪の現地協力者こと高町も似たような表情で言葉を重ねていた。

 

「あんまり被害出てませんし、リンディさんが謝る必要なんて……」

 

「いえ、それは結果論よ。あなたたちがいてくれたから、この世界は平和なまま。それに目をつむってふんぞり返ることは許されないでしょう。なによりこんな危険な目にあなたたちのような年端もいかない子供を巻き込んでしまったのは、管理局の対応の遅さが招いたことだから」

 

いつになく真剣なリンディ艦長。

その真剣な表情に、俺の琴線が振れてしまった。茶化さなければ。そう思ったのだ。

 

「むごー」

 

みんなの目が俺に向けられる。

俺は今喋れない。口に猿ぐつわをかまされている。手足はバインドで縛られている。

それでも喋った。茶化したかったから。

 

「……」

 

「……」

 

シリアスな雰囲気を遮っての俺の自己主張は効果的とは言い難かったようだ。

そもそも何言ってるのか分からない。一見しただけだと仮面をかぶって拘束されている変人だ。

目の前の二人も意識して俺から視線を逸らしていた。たぶん触れたら負けだと思ったのだろう。

いま、触れようか迷っている。触れてくれ。その瞬間俺はバインドを外して叫ぼう「マスクマン参上!」そう叫ばせてくれ。

 

しかし結局触れられることはなかった。

代わりに変な空気になった場を隣に居たクロノンがとりなした。

 

「失礼。これは気にしないでくれ」

 

「むごー。むぐぅ」

 

「少しうるさいが、よく喋る置物だと考えてくれれば」

 

置物は喋らねえよ。

お望みなら置物らしくしてやろうか?

 

「ごっごっごっごっごッ!?」

 

「艦長。続きをどうぞ」

 

「ええ。……ジュエルシードの捜索は我々が責任を持って引き継ぎます。二人はこの件は忘れて、平和な日常に戻ってください」

 

「え……」

 

高町とユーノの声が重なった。

二人で顔を見合わせている。

それを見てリンディさんは苦笑した。

 

「とは言っても、突然すぎてすぐに納得できないでしょう。一晩時間をあげます。今日一日ゆっくり考えて、また明日話しましょう」

 

はてさて、何を考える必要があるのやら。

この提案を受け、案の定飛び出した「艦長!?」の呼び掛けをリンディさんは手で制した。

 

「さ、今日は疲れたでしょう? 家まで送るわ。戦いの疲れを癒してね」

 

「むごー!」

 

最後にみんなが俺を見て、その場はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーしんど。いきなり拘束されるんだもん。まいっちゃうよねえ」

 

「君のせいで管理局に変な印象を持たれないか艦長が気にしていたんだ。仕方がないだろう」

 

「なんだよ艦長指示かよ。あの責めっ気はてっきりクロノンの独断だと思ってたのに。……次はもっと優しくしてね」

 

「殺すぞ。……いや、艦長に言われなくてもやってたさ。でも僕なら同席すらさせなかったよ」

 

バインドで拘束されて猿ぐつわ噛まされて。

珍妙な置物と化していた。いる意味なかったね。

なんのために同席させたのやら。

 

「さあて。今後の展開の予想といこうか」

 

「それは、聞くまでもないな」

 

はあと大きな溜息。

 

「十中八九、彼女はこの件に関わろうとするだろう。そして艦長はそれを許可する。今は現地協力者と言う形だが、可能であれば嘱託に。いずれは正規の局員として迎え入れるつもりだ」

 

「はっはっは。魔力だけでAAAランク相当は見逃せないかあ。クロノンと同じだもんねえ」

 

ねめつける様な視線。

ぞくぞくしますわ!

 

「君はそれでいいのか? まだ9歳の女の子だぞ。しかも比較的平和な管理外世界の生まれだ」

 

「年齢のこと言うなら、その9歳の女の子に顔赤くしたのは誰だっけ?」

 

ずっと気になってたこと指摘したらクロノンが顔を赤くした。慌てた口調で言い訳を開始する。

必死なところは可愛げがあるが、生憎ショタに興味はないな。クロノンだから興味あるんだよ!

 

「クロノンが入局したの9歳の時だろ。俺なんて8歳だぜ。年齢でどうこう言えねえな」

 

「む……」

 

「一回魔法に触れちゃったら駄目さ。魔法の楽しさ覚えちゃってるし、何が何でも関わろうとする。AAAなんて誰に目つけられるか分からないから、変な関わり方されるよりこっちで管理してやった方がずっと安心」

 

「しかし……」

 

まだ納得出来ないクロノン。

こいつは正義の味方を志していたことがあるらしい。今もその気持ちは変わっていないと豪語している。

 

何も知らない無知な子供をこの世界に引き込むのは、確かに正義らしくない。

どちらかと言うと悪よりの行動だよね。洗脳とか刷り込みとかは。

 

「間違いなく嘱託にはなるだろうけど、まだ世界のことなんにも知らないしな。正規になる前に色々教えてやった方がいいのは確かだね。汚いとこ綺麗なとこ全部知ってもらって、それで決めてもらうのが一番だ」

 

俺としては地球で平和に暮らしてもらいたいものだが。

俺が今こうしている様に、きっと管理局に入るのだろうなあ。あいつだしなあ。

 

「教えるのはお前だぜクロノン。そんなに入ってもらいたくないなら、スパルタで教育しなきゃ」

 

「わざと芽を潰す様な真似はしない。……だが、この世界がきれいごとで成り立っている訳じゃないのは事実だ」

 

現実と理想のすり合わせが出来なければ早晩潰れる。

管理局を辞めるか、管理局に仇なすか。その二択だ。

 

「こんな組織でも、必要なんだ。この世界には」

 

どんだけ気に入らなくても、どんだけ疑わしくても、管理局があるから現在の秩序がある。

なくしてしまえば、安寧は崩壊する。

見極めなければいけない。必要なのか必要じゃないのか。

いつまで必要なのか。どれだけ許せるのか。死ぬ価値があったのかどうか。

 

目の前の事件を解決するだけじゃ、世界は平和にならなかった。

学んだことは言葉にすればたったそれだけだ。その上でどうするのか。

答えはまだ出ていない。

 



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2話

ユーノと高町がアースラの食堂で暗い顔をして話し込んでいるのを見つけた。

二人がここに居る理由と言うのは、今や二人とも現地協力者ということで、まあ結局そういうことになったのだ。

 

ジュエルシードにしてもテスタロッサにしても、なんか高町の成長が著しいらしく、俺の出る幕がない。

聞え良く言うと温存だが、ぶっちゃけ言うと俺は今現場に出れない。

だから高町とクロノンに頑張ってもらうしかないのだ。まあ出ようと思えば出れるんだけどね。

 

そんなわけで基本役に立たない俺を差し置いて、高町は度々アースラでクロノンやリンディ艦長と何か話しこんでいた。

それを見つけ次第、マスクを被って突貫していたのだが、クロノンにバインドで縛られて引きずられるのがオチだった。

 

最初の邂逅以来、特に話すこともなく日々が過ぎていた所で、最近は事件に進展もなく、強いて言うならプレシアやアリシアやフェイトの関係がおぼろげに分かってきたところだ。

いつかこの事件をみんなで笑い飛ばせるようにしたいところだが。

 

それはともかく、今は周囲にクロノンの姿がない。

これは好機。仮面を被って突撃だ!

初めまして、マスクマンだヨ!

 

「そこな少女よ。お困りカナ?」

 

「あっ」

 

「げっ……」

 

腕をクロスさせ、腰を捻るポーズを取っているのだが、それを見たユーノの反応がおかしい。なぜ苦々しい顔をしているのか。

仮面に何かついてるかな?

 

「あの……」

 

「おっと失礼。少し汚れが気になって」

 

そんなものはなかったけど。

 

「そこな少女よ」

 

「はい」

 

「お困りカナ?」

 

「……」

 

仕切り直し。

二人は顔を見合わせている。

念話で何か話しているようだ。

盗聴も出来るが。うーむ……。

 

「なんでもないです。さようなら」

 

「まあ待てフェレットキメラ」

 

「キメラ!?」

 

がしっとユーノの肩を掴んで制止する。

絶対離さないぞと強い力を込めた。

 

「お困りごとなら相談に乗ろう」

 

「いえ、いいです」

 

「なんと今なら相談料無料!」

 

「いいです」

 

「ついでにこの仮面のレプリカもあげちゃう!」

 

「いいです」

 

「そう言えば自己紹介がまだだったな」

 

「聞きたくないんで」

 

「まあそう邪険にするな」

 

バインドでユーノを縛ってそこら辺に転がす。

ユーノは叫んだ。

 

「なのは逃げろぉっ!」

 

「えっとぉ……」

 

高町は呆然と立ち尽くしている。

困った顔で頬を掻く。

 

「にゃはは……」

 

うーん。かわいい。

 

「さあ自己紹介だ高町にゃにゃのは」

 

「なのはです」

 

「どっちでもいい。どうせそっちは呼ばない」

 

なのはよりにゃにゃのはの方が可愛くね?

にゃんにゃんにゃん。にゃにゃにょはにゃん。

 

「そう言えば地球には猫カフェがあると聞いたのだが」

 

「ありますよ?」

 

「いずれ行ってみたいものだ。ということで! 我が名は正義の味方ジャスティスマスクマン!! 正義を愛し、そんな抽象的な物よりも猫を愛する者!」

 

ビシッとポーズを取る。

高町は一度視線を上の方にずらして、また俺の方に向け直す。

 

「えっと、マスクマンさん?」

 

「語呂が悪い! 仮面さんとお呼び!」

 

「仮面さん?」

 

「何かしら!?」

 

にゃはは……と愛想笑いがもう一発。

ついていけねえと顔を歪めるユーノの顔が良く見える。

うふふふと仮面を近づけてみると、その顔は真っ青になった。

 

「相談に乗ってくれるんですか?」

 

「暇だからね! 何でも言いなさい! 何でも聞くから!」

 

「……じゃあ一つだけ」

 

「なのは!?」

 

ユーノが叫ぶ。対して苦笑する高町。

二人の間で魔法のやり取りを感じた。

また念話使ってるー。内緒話だー。割り込んでやろうかー?

 

「じつは最近、気になってる子がいて」

 

「まあ恋愛相談!? 若いって良いわぁ!! 青春ね! どの男の子? まさかクロノン!?」

 

「いえ。その子女の子なんです」

 

なんだそっちか。

 

「テスタロッサのことか」

 

どっこいせと近場の椅子に座る。

ついでにバインドも解いた。

立ち上がったユーノは警戒心を滲ませて高町を守るように横に陣取る。

まあ座れよと椅子を勧めるも、断固として座ろうとはしなかった。

 

「昨今、市民権を得てきたとはいえ、同性愛はなかなか理解されにくいな」

 

「同性愛でもないんですけど……」

 

「えー。じゃあ気になってるってどういうことー?」

 

「お友達になりたくて」

 

「なればいいんじゃん」

 

そんな簡単なことじゃないんだよってユーノの視線がきつくなった。

「まあそうなんですけど」と続ける高町の方が忍耐力ある。

 

「でも、全然話聞いてくれなくて。会うたびに話しかけてるんですけど、まともに返事もしてもらえないんです」

 

「うんざりされてるんじゃね?」

 

しゅんと高町の元気がなくなる。

代わりにユーノの元気が良くなった。

 

「ざっくりそう言うこと言わないでください! なのはも真剣に悩んでるんだっ」

 

「どんなに悩んでもスタートラインにも立ててないじゃん。無駄無駄」

 

「だからっ!」

 

激高したユーノ。

それを遮って立ち上がる。

 

「いいか高町なのは! お前には思慮の浅さだとか遠慮のしすぎとか、人の心にずけずけ踏み込んでくるお節介だとか色々長所短所あるが!」

 

散々に言われた高町は自分を指さしながらユーノを見る。

ユーノは視線を逸らした。

 

「今回はそんなもん全部邪魔だ。捨てとけ! 全部いらねえ!」

 

「でも……」

 

「でもも菓子もねえ! いや、菓子はあるわ。エイミイに言えばもらえるよ。……友達になりたいなら、お前がやるべきことはただ一つ! スタートラインに立つことだ!」

 

「その立ち方が……」

 

「馬鹿野郎っ!」

 

反響するぐらい大きな声で腹の底から怒鳴る。

二人の肩がびくっと跳ねた。

 

「スタートラインに立つとはつまり話すこと。まずは話す環境を作る必要がある!! それをしない内から一方的に自分の心の内をさらけ出すとか、そんなんじゃ友達なんて一生なれねえ! いいとこストーカーだお前は!! 」

 

終始圧倒されていた高町だったが、やがてつばを飲み込んで前のめりになった。

 

「どうすればいいですか」

 

その目に真剣味が宿っていた。

結構真面目な話をしていたので興味を惹けたらしい。あるいは空気に当てられたのか。

横から「なのは。いけない」とユーノが忠告してはいるけれども、耳に入っていないようだ。

 

俺は椅子に座りなおし、冷静さを取り戻しながら極々平然と言った。

 

「殴りなさい」

 

「え」

 

「テスタロッサを、殴りなさい」

 

「……え」

 

「殴って気絶させて、ここに連れて来なさい。それで椅子に縛り付けて言うんだ『お友達になろうよ……』」

 

「いや、怖いよっ!!」

 

ユーノのツッコミが嬉しい。

最近のクロノンはまず俺の口を封じてくるからな。

こうやって言葉で突っ込んでくれるとボケ甲斐もあるってもんよ。

 

「そしたらテスタロッサはこう言うだろう『離せ』

 お前は構わず、続けるんだ。『お友達になろうよ……』」

 

「だから怖いって……」

 

「テスタロッサは頑固だから、中々頷かないだろう。そこで奥の手だ。『プレシアさんって綺麗な人だね……』『時の庭園って良い場所だったよ……ちょっと機械が多かったけど……』」

 

「な、なに言って……」

 

「『ねえ、フェイトちゃん……。いいのかなあ? そんな態度で。プレシアさん可哀そうだよ? ……ほら、聞こえてこない? 苦しそうな声。助けてって。もうやめてって。フェイト助けてって聞こえて――――』」

 

「でやぁっ!!」

 

「ぐふっ」

 

突然ユーノに跳びかかられて、俺はその場に押し倒される。

俺の自由を奪おうと馬乗りに乗っかられた。そんな!? こんな場所でなんて大胆な!?

 

「なのは、執務官を!!」

 

「うん! 今呼んでくるね!」

 

「いや、待て待て。クロノンはまずい。わかったごめん、ふざけてごめんなさい! 高町ストォォォォップ!!」

 

何とか立ち止まってくれた高町。

ほっと息を吐いて言い繕う。

 

「まあでも殴れってとこまでは本音なんだけどね」

 

「あ、エイミイさーん! クロノ君いますかあ?」

 

おーい。高町さーん。話は最後まで聞いて?

 

「なになに? クロノ君? クロノ君ならそろそろ……うわっ、ライ君なにやってんの?」

 

笑顔を浮かべていたエイミイは、俺がユーノに拘束されているのを見つけてしらけた表情になった。

 

「ふっ。ちょっとじゃれ合ってるのさ。なあユーノん?」

 

「この人逮捕した方がいいんじゃないですか?」

 

「冗談きついぜユーノん」

 

やめてくれユーノん。

バインドの重ねがけはほんと止めて?

 

「良いか高町。お前も何度か戦ってるから、あの金髪娘の頑固さと聞かん坊振りは分かるだろう? 映像見てる俺でも分かるもん。あいつに話聞かせるとか正攻法じゃ無理だって」

 

「……」

 

「だからさ、無理矢理に何でも聞ける環境作っちゃうんだよ。こっちの話をして、あっちの話を聞く。それで万事解決ね」

 

「うーん……」

 

納得いきかねるご様子の高町嬢。

その手がチラチラとデバイスに触れているのがすっごい気になる。

何するつもり?

 

「まあ、超大真面目な話よ? あいつ今俺たちの話聞く余裕なんてないだろ。なにかに追い詰められてる。必死に何かをしようとしてる。それ以外は眼に入ってない。それじゃダメだ。どんなことだってしてやるって追い詰められて追い立てられてる人間に言葉なんて届かない。じゃあ何なら届くって、それはやっぱり暴力でしょ」

 

エイミイにつんつん突かれながら、なんとか高町を見上げる姿勢を維持する。

物凄い数のバインドが俺の身体に食い込んできていた。

あの、ユーノさん? これ解いてもらえませんか?

 

「お前の魔法に言いたいこと全部乗っけてぶちかましちゃえよ。それが一番手っ取り早いぜ」

 

「……」

 

そこまで言ってギブアップ。

首に巻きついたバインドが俺を床に張りつけにした。

 

「ぐふぅ」

 

「ここまでやればもう大丈夫。なのは、平気かい? 変なことはされてない?」

 

俺は一体どういう風評被害を受けているのだろうか。

さすがに一連の言動でここまでされるほどやらかしてはいないぞ。

 

「……うん。平気。少し見えてきたかも」

 

「え?」

 

「ユーノくん、手伝って」

 

走り出す足音。

遠ざかる二人の声。

遠くから聞こえてきた。

 

「仮面さん、ありがとう! 私、頑張りますっ」

 

そのまま食堂を出て行ったらしい。

やがて二人の声も足音も聞こえなくなった。

 

「どういたしまして」

 

遅ればせながら、口元で呟く。

聞えてはいないだろう。そもそも返事なんて期待していなかった。

 

「真面目なのかふざけてるのか、分かりにくいよねえ。ライ君って」

 

「俺は普段から真面目だよ」

 

「もう少し普段の言動が普通だったらなあ」

 

普通だったら何? なんかあるの?

ギャルのパンティでも手に入るんですか姐御ォォ!!

 

ユーノに巻きつけられたありったけのバインドをレジストする。

ポロポロと崩れ落ちる緑色の魔法。

 

締め付けられた首を動かして何ともないことを確認した。

 

「さ、クロノン来る前にあたい逃げなきゃ!」

 

ダッシュで出口へ走る。

「クロノ君なら」とエイミイが何か言っていた。

関係ねえ、俺は逃げるぞ!

 

「どこへ逃げるんだ?」

 

「そりゃあもちろんお前のいない所へ」

 

「はっはっ。そうかそうか。ところで話があるんだが」

 

「話し? 愛の告白かな? あ、ごめんなさい……。なんでバインド……。あの、僕何かしました? 今回は何もしてないよね?」

 

「まあ、詳しい話はあっちへ。ちょうど誰の邪魔も入らない場所がある」

 

「そっちは取調室!!! そっちはダメええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

取調室まで引き摺られて、容疑者として尋問を受ける。それは普通に仕事の話だった。

 

そんな話をするのになんで取調室なのか。

そこに特に深い理由はないらしかった。

強いていうなら俺が逃げようとしたから捕まえたんだと。

 

じゃあ、そもそもなんで俺は逃げようとしたのか。クロノンが捕まえようとするからだ。

……あれ?



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3話

テスタロッサと高町の戦いは熾烈を極めていた。

いつの間にかすごく強くなっていた高町は、ついこの間テスタロッサに手も足も出ずぼこぼこにされたとは思えない動きでテスタロッサを追い詰める。

かと言って、テスタロッサも易々負けはしない。得意の高速移動で高町の弾幕を躱し、隙あらば痛烈な斬撃を叩きこんでいた。

 

「すんごい」

 

「凄いねえ……」

 

ジュエルシードが欲しければ私と戦えと物で釣った高町は、背後に居るクロノンの黒い思惑には気づかず、今目の前のテスタロッサに集中している。

 

ビュンビュン飛び回って魔力弾がドカドカ放たれているのを見ると、やっぱり才能って言うのは凄いもんだなあと陸の現状の凄惨さを思い出してしまった。

陸にあのレベルの魔導士がもう少しいたら……。

 

「フェイトちゃんも凄いけど、やっぱりなのはちゃんがずば抜けて凄いね」

 

魔法を覚えて二か月足らずとは思えないと、魔法を解析しながららエイミイは舌を巻いた。

 

「やっぱりクロノ君より魔力量上かあ」

 

「悔しい? ねえクロノン悔しい?」

 

「悔しくない」

 

「意地はっちゃってえ。このこの」

 

「やめてくれないか。へし折りたくなる」

 

クロノンのほっぺを突っついていた人差し指を避難させる。

こいつはやると言ったらやる男だ。

 

「お、決まったかな」

 

画面を見ると、テスタロッサが大規模魔法を行使したところだった。

バインドで動けなくなった高町に数えきれないほどの雷撃が直撃する。

 

「あっちゃあ……なのはちゃん……」

 

「いや、まだ終わってない」

 

早計に過ぎたエイミイをクロノンが否定した。

魔法による土ぼこりが晴れた向こうには、ぼろぼろになりながらも耐えきった高町の姿が。

 

一瞬愕然としたテスタロッサは追撃に移ろうとして、高町のバインドに両手足を絡めとられた。

周囲の魔力が一か所に集まっていくのに目を見開く。

 

『これは……』

 

『私の作った、私の魔法。これが私の全力全開!』

 

空気中に残留していた魔力が一点に集中していく。

それは今までに放っていたどの魔法よりも高密度高濃度で、人の身の丈より大きな光球となった。

 

レイジングハートの杖先に留められている魔力球の中では、今にも爆発してしまいそうなほどの魔力が暴れまわっている。

 

『私の気持ち、私の思い、全部ここに込めるから』

 

『っ!!』

 

『受け止めて、フェイトちゃん!!』

 

超極太の砲撃魔法が、身動きの取れないテスタロッサに向けて発射され、張られたシールドを全て蹴散らしテスタロッサを呑み込んだ。

 

余波によってサーチャーは全て破壊された。

映像の途切れたスクリーンを見つめてクロノンが呟く。

 

「集束砲撃魔法……」

 

「……」

 

あのエイミイですら言葉がない。

クロノンは目の前で起きたことを受け止めるので精一杯のようだ。

 

「まあ、まあまあ! 凄い子ね……」

 

「才能の塊ですねえ」

 

後ろで見ていたリンディ艦長が唯一、今の魔法を見て平然としている。

さすがは年の功。まあアルカンシェルの方が凄いしな。それと比べられる個人魔法ってどうなんだってところだけど。

 

「さて、決着は着いたようですし、我々も動くとしましょう」

 

艦長が立ち上がり矢継ぎ早に指示を出す。

プレシア・テスタロッサが居ると思われる時の庭園へと部隊を送り込むようだ。

ならばそろそろ俺も行動しなくては。

 

「はーい。艦長。俺も行きたいでーす」

 

「あなたも? でも……」

 

「もうメディカルチェックでも異常ないですし、そろそろいいでしょう。俺も仕事したーい」

 

退屈なんですよーと駄々をこねる子供の調子を出してみる。

少しの間考えていた艦長は、俺の顔をじっと見てようやく頷いた。

 

「いいでしょう。武装局員を連れて、プレシア・テスタロッサの捕縛へ向かってください。ただし、くれぐれも無茶はしないように」

 

「分かってます。ちゃっちゃと行って、とっとと連れてきますよ」

 

正直まだ万全ではないし、出来ることなら戦闘は避けたい。そうなってくれれば一番楽ちんだ。

けれど、結局はあちらさんの対応次第。さてさて。どうなることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こーんにちはー」

 

武装局員を20人ぐらい引き連れて時の庭園に急行。

奥の方で仁王立ちしていたプレシアを発見。即座に局員たちが包囲する。

 

「娘のフェイト・テスタロッサと使い魔のアルフをこちらで保護しています。ジュエルシードの件でお話を伺いたいんですが?」

 

「……」

 

プレシアは何も言わず、ゴミでも見る様な目つきで睨んでくる。

その間に局員が奥の部屋を発見し、危険の無いことを確認しようとしていた。

 

「……子供ね。局員なの?」

 

「子供ですが一応局員ですよ。正規のね。まあ、でもフェイト・テスタロッサの方が子供のようでしたが」

 

「あれは、子供ではないもの」

 

いや、あれ子供じゃなかったら世界信じられねえよ。

そう思ったが、話していると会話が成立しない。微妙に意味合いが違っている。

 

「あれは人形。目的を果たすまでの代替品。都合のいい玩具。そのために生かしておいたのに、ろくにジュエルシードも集められなかった。もう、どうでもいいわ。あんなもの」

 

「一応これ、テスタロッサ本人も見てますよ」

 

「言ったでしょう? どうでもいいって」

 

あ、そうですか。

溜息を吐く。

 

奥の部屋で局員が何かを発見したようだ。

ポットに入ったなにか。それが露わになって、この場に居た人間はみんな呆気にとられた。

直後にプレシアから沸き上がった魔力を止めることは出来なかった。

 

「触るなっ!」

 

穏やかだったプレシアの口調が箍を外したように荒っぽくなる。

雷撃が飛び、奥の部屋にいた武装局員に命中した。

 

『エイミイ』

 

『了解』

 

念話で倒れた局員の転送を依頼した。

さすがはエイミイ。仕事が早い。すぐさま転送されていった。

瞬きの間に姿かたちなく。死んでないだろうな。

 

「アリシア・テスタロッサは死んだはずですが」

 

「死んだわ。あなたたちのせいで」

 

ポットの中に居るのはアリシア・テスタロッサ。

フェイト・テスタロッサに瓜二つの外見で、彼女より幾つか若い。

 

「埋葬しないんですか?」

 

「この子はまだ生きてる。埋葬なんて、そんなこと――――」

 

死んでるんじゃないんかい。

そのツッコミは自重した。

 

「管理局のせいですか」

 

「……そう。あなたちが私利私欲に走ったおかげで私の娘は死んだのよ」

 

「辛いですね」

 

「お前が、分かったような口を聞くなっ!!」

 

急激な魔力反応。

『ライ君っ!』頭の片隅でエイミイの警告が響く。

 

プレシアを囲っていた局員のみならず、時の庭園の中に居た局員がのきなみやられたらしい。

やられた局員は、エイミイの焦った声と共に強制転送で帰還していく。

 

「……あなたは逃げないのね」

 

「局員なんで」

 

銃型のデバイスをプレシアに突きつけながら、周囲にあったサーチャーは一部無事なことを確認。

しかしジャミングを受けているのか、念話は通じなくなった。映像も届いていないだろう。

 

「フェイトが泣いてたぞ。いい加減現実見ろよババア」

 

「……餓鬼が」

 

吐き捨てる様な侮蔑と一緒に、ジュエルシードの暴走が始まった。

とりあえず戦闘開始。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェイトは、アリシアじゃない! あの子は失敗作。代替品にもなれなかった、出来の悪い模造品!」

 

「へえ」

 

プレシアの雷撃を避けながら、たまに魔力弾を撃って牽制。

それでも一瞬すら動きは止まらない。意味があるようには思えない。

 

「あなたは言ったわね、娘だと。私は一度もそんなこと思ったことがないわ! あんなゴミ同然の――――」

 

「おっとフェイトの悪口はそこまでだ」

 

魔力弾に結界破壊の術式を打ち込んでぶっ放した。

プレシアは似合わない俊敏さを見せてそれを躱す。

 

「アリシア以外は娘じゃないのか」

 

「当然」

 

「姿かたちが瓜二つで、記憶を引き継いでいても、それは娘じゃない?」

 

「ただの……ゴミね」

 

さっきと同じ魔力弾を撃つ。

今度はシールドで防がれた。

一回見ただけで対抗術式を編んだらしい。

 

「死んだ人間は生き返らないぞ」

 

「いいえ。生き返るわ。アルハザードにはその技術がある。だから私はアルハザードへ行くのよ。そこでアリシアを生き返らせる!」

 

また全方位に雷撃が撃ち込まれた。

シールドで防御するも、多少抜かれて腕に火傷を負う。

 

「アルハザードにその技術が本当にあるのか?」

 

「あるわ。必ず」

 

「本当に?」

 

跳弾で意識の外からの攻撃を試みる。

5発ほど死角から襲わせたのだが、全て最小限のピンポイントで防がれた。ひえぇ。

 

「時の魔法と蘇りの魔法。それがあるなら、どうしてアルハザードは時空の狭間に消えてしまったんだ?」

 

「……」

 

「どうしてだ?」

 

バインド弾でシールドごと拘束する。

一度完全に捕縛したバインドは、一秒保たずにレジストされた。

 

「どれだけ高度な魔法技術を持っていようと、死人を蘇らせることはできない」

 

「子供が知ったような口を――――」

 

「知ってるから言ってる」

 

吸着して爆発する魔力弾。

プレシアの周囲を爆発させたそれは土ぼこりを煙幕のように舞わせて、治まった頃には無傷のプレシアが立っていた。

 

「アリシアは帰ってこない。前を見ろ。フェイトのことを見ろ。お前には――――」

 

「たかだか10年ばかりしか生きてない子供が、説教をしようと言うの?」

 

強烈な雷撃が一瞬の間に俺の横を通り過ぎていく。

 

「あぶねっ」

 

「あなたに何を言われようと響かない」

 

続けざまの雷撃が、今度は命中した。

シールドなんて脆く崩されて、身体の芯まで痺れる。

思わず膝をついた。動こうにも動けにない。ちくしょう、麻痺してる。

 

「さすがは管理局の犬ね。知りもしないで道理を口にし、お前のやってることはいけないことなんだと、それだけを語る薄っぺらさ。中身の無い正義漢っぷりには反吐が出るわ」

 

四つん這いの俺に悠々と近づいてくるプレシアは、容赦なんて微塵もなく頭を蹴り上げてきた。

 

「ごッ……!?」

 

「さぞ優秀な魔導士なんでしょう。調子に乗って、説得できるなんて思い上がるぐらいには」

 

もう一回雷撃。目の前が真っ白になる。全身を激痛が走って、苦悶で声を漏らした。

けれど出力は抑えられている。こんなんじゃ俺は死なない。意識を失うほどの威力でもない。

なぶり殺すつもりだろうか。それとも……?

 

とにかく、動けるならば動かなければいけない。

見下されながら、膝が笑うのを必死に抑えて、何とか立ち上がった。

 

「まだ立つ?」

 

「……泣くぞ」

 

「ええ。泣きなさい。それで惨めったらしく命を乞いて、無様に帰るといいわ。私はアルハザードへ――――」

 

「泣くのは俺じゃねえよ」

 

口元を拭う。

血とかは出てなかった。

身体のあっちこっちが痛い。特に胸が痛い。

こんなのどこを怪我してるかもわからない。

でも動く。なら充分。まだ戦える。

 

「アリシアが泣く」

 

「……」

 

「いま、お前の言葉でフェイトが泣いた。それを見たらアリシアも泣くさ。いい子なんだろう? お前と違って」

 

「……」

 

プレシアは立ち止まった。

俺の話を聞いてくれてる。さっきから、こいつは甘い。

殺そうと思うならいつでも殺せただろうし、排除しようとすれば簡単に出来ただろう。

それをしないのは俺と会話することに意義を見出してるからだ。

きっと迷いがある。それに縋ることでしか、説得の糸口を掴めそうにない。

 

「今のお前を見たら、アリシアはなんて言うだろうな。お母さん何やってるのって怒るんじゃないのか?」

 

「……かもしれないわ」

 

「だったら――――」

 

「私は、アリシアに怒ってほしい」

 

目を伏せたプレシアは、溢れ出る激情に身を任せるように叫んだ。

 

「怒ってほしい、泣いてほしい、笑ってほしい!! 私がいけないことをしてるんだったら叱ってちょうだい!! フェイトに同情して泣くんだったら存分に泣いて!! そしてまたあの笑顔で私に笑いかけて欲しい!! お母さん、今日は何時に帰ってくるの? って最期に向けてくれたあの言葉を、また言ってほしい!!!」

 

感情の発露は激烈だった。

ここにいない誰かに向けた言葉。けれど、届かない。

愛する子へ向けた言葉が。それ以外の全てを削ぎ落した気持ちでさえも。

どれだけ願おうとも。どれだけ努力しようとも。その思いは、決して届かない。

死者と言葉を交わすことは出来ない。

決して叶うことはない。生者と死者がまじり合うことは絶対にない。

 

「でも……あの子はもういない。死んでしまった……。だから私は行くの、アルハザードへ!!」

 

いよいよ次元震が激しくなっている。

このままでは次元断層が起こって、世界が崩壊してしまう。

 

「プレシア。アルハザードへ行っても、その子が蘇ることはない。あそこに人を生き返らせる術はない」

 

「わからないわ。行ってみなくては、誰にも分らない」

 

「いや、わかるんだ」

 

次元震が少しだけ和らいだようだ。外から魔力を感じる。

リンディ艦長か……。

 

「お前は俺のことを中身の無い子供だって言ったけどな、俺にだって生き返ってほしい人はいるよ。目の前で死んだ大切な人が、俺にはいたんだ」

 

他にも魔力が近づいてくる。

クロノと高町、ユーノ。それから……。

 

「アルハザードへ行っても、人は生き返らない。分かるから言ってるんだ。あそこには何もない」

 

「……」

 

「虚しいだけだよ。悲しいだけなんだ。突きつけられる現実はいつも残酷だ」

 

プレシアの瞳が揺れる。しかしすぐに決意が戻った。

フェイトと同じ、やると決めたからにはやる。そんな目だ。

 

「……それでも私は、アルハザードへ行く。こんなはずじゃなかった世界を変えるために」

 

何度でも呼びかけるつもりだった。その結末を俺だけは知っていたから。

けれど、吐き出した言葉は頭上で響いた爆音に掻き消される。

 

爆炎を背中にクロノが立っている。頭から血を流して、それでいて格好いい言葉を言い放った。

 

「現実はいつだって残酷だ! こんなはずじゃないことばっかりだよ!

 こんなはずじゃない、こんなことあるのかって何度だって思って、それでも人は進まなければいけないっ」

 

叫びながら降り立つクロノは横目に俺を捉えてプレシアに向き直った。

 

「後ろでも前でも、進む方向を決めるのは個人の自由だ。

 だけど、自分の勝手な悲しみに、無関係な人間を巻き込んでいい権利はどこの誰にもありはしない!」

 

その言葉は俺にも突き刺さっている。

いや……俺は別に巻き込んだわけじゃないと……いや、うん……。

 

「プレシアさん!!」

 

また壁が爆発して、今度は誰だと思ったら高町が壁を撃ち抜いてやってきた。

そのすぐ後ろにはユーノと、フェイトがいる。

 

「母さん……」

 

「……」

 

プレシアは憎々し気にフェイトを見ている。

ジュエルシードから発せられる光は、今や最高潮に達していた。

時間がない。みんなそれを分かっている。

けれど二人の会話を止める気にはならなかった。

 

一人歩み寄ろうとしたフェイトをプレシアは制した。

 

「何をしに来たの?」

 

とてもじゃないが、近いとは言えない間を置いて、二人は対峙する。

見つめあう、フェイトの目に宿る決意とプレシアの目に宿る決意はよく似ている。

これで親子ではないと誰が言える? 当事者だけだ。そんなことを言っているのは。

 

「話を、しに来ました」

 

「……」

 

「私は、人形なのかもしれません。母さんの言う通り、できそこないのガラクタなのかも。でも、それでも私はフェイト・テスタロッサです」

 

「……」

 

「アリシア・テスタロッサじゃない、他の誰でもないフェイト・テスタロッサです。そして、私のお母さんは、プレシア母さん一人だけだから」

 

「なにが、言いたいの」

 

「あなたが何と言おうと、私はあなたの子供です。アリシア姉さんの妹で、尊敬するプレシア母さんの、娘です。あなたが望むなら、私はどんなことだってする。だから、母さん……」

 

プレシアの目が見開かれた。

何か琴線に触れることを言ったようだ。

 

けれど時間がない。

もう説得にかける時間は残っていない。

空間が割れ始めた。

 

「クロノ!!」

 

「わかってる!!」

 

俺とクロノの二人でプレシアに跳びかかった。

 

解析は終わっている。この次元震の大きさでは、それほど大きな次元断層は生まれない。

せいぜい時の庭園が飲み込まれる程度だ。

今最優先すべきは、プレシア・テスタロッサの身柄ただ一つ。

 

プレシアのすぐ後ろの空間に亀裂が走った。

そこから覗いた空間には黒い穴が見える。虚数空間だ。

 

「あなたは私の娘じゃないわ。今すぐに消えなさい!!」

 

プレシアの拒絶に、フェイトの身体が震える。

力なく崩れそうになるのを、駆け寄ったアルフが支えた。

 

それを横目に見ながら、俺とクロノはほぼ同時にプレシアに辿り着いていた。

俺は魔力弾を。クロノはバインドをそれぞれ行使し、それすら完全に防ぎきったプレシアは口端から血をこぼしながら、狂気に染まった表情で低語した。

 

「あなたたちもよ」

 

雷撃の放電。自分に近寄るものをすべて拒絶し、プレシアが駆け寄ったのはアリシアの亡骸の漂うポットだった。

 

「私は行く。アルハザードへ。誰にも邪魔はさせない」

 

プレシアはゆっくりと落ちて行く。ポットと一緒に、あの黒い穴へ。

 

クロノは痺れて動けない。

フェイトは茫然自失だ。高町は動けそうだが、ユーノが止めるだろう。

そうしてくれ。そいつ絶対に動かすなよ。危なっかしいんだからさ。

 

「プレシアァァッ!!」

 

あれだけ食らってれば耐性も付く。

絶対に逃がさない。絶対に救う。目の前のもの、すべて。

 

「手ぇ伸ばせプレシア!!」

 

落ちて行くプレシアに向かって跳びこんだ。

上手くいけばギリギリ魔法が使えるかもしれない。

いや、間に合わないか。このまま一緒に落ちるだろう。その前に捕まえておきたい。

 

「アリシアのことを思い出せ、さっきなんて言われた!? 響いたんだろう!?」

 

走馬灯を見た。

記憶の奥の彼女の姿がプレシアに重なる。

助けられなかった。あと一歩だった。今度こそはっ!

 

「アリシアはなんて言ったんだ!?」

 

目が見開かれた。動揺が広がっている。

俺は出来る限り手を伸ばす。

 

「プレシアッ!!」

 

じれったくなるぐらいの遅さでプレシアの手が伸ばされた。

それがようやく俺の手に触れる。掴もうと力を込めた。

叩き落とされたのは、体感時間が元に戻る直前だった。

 

「なぁ!?」

 

「子供が分かった風なことを言うのね」

 

目の前でプレシアは落ちていく。

必死に腕を伸ばす俺をあざ笑うように、俺たちの距離は離れていった。

 

なんで!?

 

気が付けばプレシアは遠く虚数空間の底へ。

俺は高町とクロノに足を掴まれてぶら下がっていた。

 

「なにしてるんだ君は……!」

 

「お前がなにしてるんだ離せ!!」

 

言ってる間にプレシアの姿が見えなくなる。

くそッ。

 

「離せオラァ!」

 

「仮面さん暴れないで!」

 

「いいからとっとと脱出しろ! 俺はあのババア殴りに行く!」

 

じたばた暴れる俺をそれでも必死に二人は掴んでいる。

なんでそんなに……!!

 

「僕たちまで殺す気か君は!!」

 

「っ……!」

 

それでも、俺は……。

 

引っ張られる力が強くなった。

見るとテスタロッサまで加わって引っ張り上げようとしている。

 

「お願い……もうやめて……」

 

「でも、こんな……!!」

 

テスタロッサはふるふると頭を振った。

 

「もう、これ以上……傷つかないで」

 

その懇願するような声を聴いて、悲しみに涙を湛えた瞳を見て、無意識に力を抜いていた。

暴れるのを止めた俺を三人が引っ張り上げる。

 

息を荒げる三人に、俺は何か言わなければと口を開く。

クロノが手で制した。

 

「話は後だ、急いで脱出!! エイミイ!!」

 

『とりあえず壁ぶち抜いて!!』

 

「了解!」

 

ブレイズキャノンが迸り、最短ルートを切り開く。

 

「いくぞっ」

 

クロノの後を続くみんなの殿で、俺は未練たらしく虚数空間を振り返った。

今から行って間に合うだろうか。いや、もう……。

 

全員生きて帰らなければいけない。

一先ずはそれを考えて、集中しよう。救えなかった人のことを考えるのは、あとでも出来る。

 

最後尾を走る。

背後に崩壊の音を聞きながら。



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4話

「みんな、よく生きて戻ってくれたわ」

 

生還した俺たちに激励の言葉をかけるリンディ艦長。

今回の事件の主犯であるプレシア・テスタロッサを逃がし、小規模とは言え次元震まで起こしてしまったが、周辺世界に然したる被害はなかったようだ。

 

「プレシア・テスタロッサを行かせてしまったのは残念ですが、しかし今は被害が出なかったことを喜びましょう。本当に、よくやってくれました」

 

疲労困憊の高町とユーノはそのお礼を聞いて複雑そうな顔をした。

フェイト・テスタロッサがクローンだということを知り、時の庭園に殴りこんで、結局プレシアは逝ってしまった。

喜べと言うには後味が悪すぎる。俺たちは一体何をしにあそこに行ったのだろう。

 

「二人の協力がなければ、次元断層が起こって世界が崩壊していたかもしれません。改めて感謝を」

 

「いえ……」

 

「二人とも疲れているでしょう。メディカルチェックを受けた後、ゆっくり休んでください」

 

「はい……。あの……」

 

「なにか?」

 

口ごもる高町は、アルフの横で塞ぎこむテスタロッサを見る。

拘束はされていない。その様子を見るに、そんなものは必要ないだろう。

ただただ痛ましい。

 

「フェイトちゃんは、どうなりますか?」

 

「安心してください。悪いようにはしません」

 

「本当に?」

 

「ええ、約束します。私とクロノ執務官が責任を持って彼女を守るわ」

 

にっこり笑った艦長の笑顔は、見る者を安心させる効果を持っているようだった。

高町はほっと胸をなでおろし安堵の表情を浮かべた。

 

艦長は一つ頷いてテスタロッサたちを見る。

アルフが傷心のテスタロッサを守るように胸に抱きよせた。

リンディさんは「平気よ」と優しい声を投げかけてから話しかける。

 

「フェイトさん?」

 

「……はい」

 

「今は何も聞きません。ただ、あなたは罪を犯しました。それはわかっていますね?」

 

「……」

 

無言でうなずく。

威嚇するアルフの唸り声を二人は無視していた。

いざとなればこの場の全員を相手取ろうと言う覚悟すら感じられた。その気概は買うが、今更そんなことをしても立場が悪くなるだけだろう。今は大人しくしとけ。

 

「安心してください。私たちはあなたに情状酌量の余地があり、出来る限りの弁護をしようと思っています」

 

「……」

 

「とは言っても、無罪放免と言う訳にはいかないでしょう。何らかの罰が課せられるはずです」

 

「……はい」

 

「それでも、私はあなたを守ります。私の力の及ぶ限り精一杯。今はそれだけを覚えておいてね」

 

そう言って、艦長はテスタロッサを抱きしめた。

「よくがんばったわ」と労いの言葉をかけて。

 

「……はい。ありがとうございます」

 

涙を滲ませて、テスタロッサは頷いた。

アルフがもらい泣きしている。ちょろい奴だ。存分に泣け。

 

「さて、クロノ執務官。四人を医務室へ」

 

「は……いえ艦長。それはエイミイに」

 

「あなたも怪我をしているでしょう。ついでに診てもらってきなさいな」

 

すでに血は止まっているようだが、クロノンも頭から流血していた。

頭と言うと大事な部位だ。もしものことがある。

診てもらえ診てもらえ。診ないなら俺が診るぞ。

 

「しかし、艦長」

 

一瞬、クロノンの視線が俺に向けられた。

クロノンがこうまで抵抗する理由と言うのが、つまり俺のさっきの行動にある訳で、クロノンはその立場から尻拭いと言うか、後始末をしなければいけないのだ。

 

「それは私がやりましょう」

 

「艦長が? しかし……」

 

「クロノ」

 

初めて、リンディ艦長は執務官に向ける表情から息子へ向ける表情に切り替わった。

その包み込む様な優しい表情にクロノは口をつぐむ。

 

「あなたの友達の無茶は、私が諌めておきます。だから安心して行ってきなさい」

 

「友達ではなく、部下です。しかし艦長がそう言うなら……」

 

「4人ともついてきてくれ」とクロノンは背中を向けた。

表情と態度は特に変わりないが、仕事中に突然母親が現れると、やっぱり恥ずかしかったりするのだろうか。

 

「クロノーン後でお茶しようぜー」

 

投げた言葉に、クロノンは手を振って答えた。

やっぱり恥ずかしいらしい。

それぞれクロノンの後に着いて行く中、唯一高町だけが後ろ髪を引かれるように振り向きがちに去っていく。

いやーこれからお説教始まるんでとっとと行ってくれますかね。

 

「さて、ライ三等陸尉」

 

「はい」

 

「また随分な無茶をしましたね」

 

「はい」

 

最後にプレシアを追って虚数空間に突っ込んだのは、まあ許されないということだ。

しかも、危うくクロノンたちを巻き込むところだった。

いやはや、無我夢中って怖い。それで済ませていいものでもないけど。

 

「それだけではありません。エイミイの強制転送をレジストしましたね」

 

「あー」

 

そう言えばそれもあったわ。

 

「あなた一人だけが庭園に残り、危うく殺されかけました。相手は条件付きSS魔導士。賢明な判断とは言えません」

 

「しかし艦長。もし次元断層が起こっていたなら……」

 

「あなた一人が残って、それで何ができたのですか?」

 

口をつぐむ。

結果論で言うなら確かに何もできていない。

プレシアを説得することも、次元震の発生を遅らせることも出来なかった。

何という無能。結果は出なかったけど頑張ったんだよなんて言い訳にもなりゃあしない。

 

「最善策は一時帰還した後、クロノ執務官と共に再度出撃することでした。あなたとクロノの二人なら、より早くプレシアの元へ辿り着き、もしかしたら拘束すら出来たかもしれません」

 

「か、艦長それは……」

 

エイミイが横から口を挟んだのを、リンディ艦長は一睨みで黙らせる。

普段どれだけ優しかろうとも提督だ。その眼力と来たら怖いの一言である。

 

「いいですかライ三等陸尉。あなたが今ここにいるのは、ただ運が良かっただけです。そんな無茶を無茶とは言いません。ただの無謀と言います。あまつさえ、クロノ執務官となのはさんを巻き込みかけた。自分の命だけではなく、他人の命まで危険にさらした。それが恥ずべき行為だと言うのは、あなた自身が一番わかっているでしょう」

 

俺はもう頭を下げるより他にない。

早く嵐よ過ぎてくれと思っている訳ではない。

心にグサグサ突き刺さりすぎて、頭を下げていないと土下座しかねないのだ。

いや、いっそ土下座すべきだろうか。

 

「しかし、自分の命だけであれば危険にさらして良いと言う訳でもありません」

 

あれ? なんか一気にトーンダウンした。

直前までの落差に心がついて行かない。

クールダウン中だろうか。おいそれと頭を上げるのも躊躇われる。

 

「ライ三等陸尉。もうこれ以上の無茶はしないと約束してください。何か無茶をしなければいけないのなら、必ず私たちに言うように。そうすれば私たちも一緒に無茶をします」

 

「……いや、それは意味が」

 

「あなた一人が無茶をするより、私たちみんなで無茶をする方が、負担も小さく、それでいてより多くの人を救えます。間違ってるかしら?」

 

「間違ってはいません」

 

「では約束してください。無茶はしない。もし無茶をするなら必ず伝える。いいですか?」

 

「……」

 

すぐには答えられなかった。軽い気持ちでしていい約束ではない。

 

頭を上げる。

そこには艦長ではなく、母親の顔をしたリンディさんがいた。

実の息子を心配するような表情で俺を見ている。

それが何ともむずがゆい。この人に心配をかけたくないと思うのは、俺が子供だからだろうか。

そんな年はとっくに過ぎているのだけれど。

 

「約束します。無茶する時は前もって言います」

 

「……出来れば無茶をしないと言ってほしかったのだけど」

 

「無理です。管理局員なので」

 

「……そうね。そうだわ。局員って言うのは無茶が得意な人たちだったわね」

 

張りつめていた空気が和らいだ。

周りで息をひそめていたオペレーターたちからため息が漏れる。

 

「つまり俺が無茶する時はここに居る全員が無茶するってわけですね。一心同体だ。みんなよろしくね! 一緒に死のうか!」

 

俺の言葉にオペレーターたちからブーイングが飛んだ。

はははは。聞こえんなあ? 文句があるなら艦長にどうぞ!

 

激しさが増すブーイングの中、エイミイが「みんな落ち着いて」と場をとりなした。

 

「そういう時はライ君を監禁するからダイジョーブだよ」

 

「あはは。おやおや、面白い冗談だなあ」

 

「あははっ。冗談じゃないよー?」

 

「えーまじでー?」

 

「まじでー」

 

まじなのか……。

監禁されるとクソ困るんだけど。え、本当にまじなの?

 

「あ、そうだ。ライ三尉。ちょっとこっちへ」

 

「はい?」

 

「こっちへいらしゃい」

 

おいでおいでと手で誘われる。

なんですかーと近づいたら、突然ぎゅっと抱きしめられた。

 

「え……」

 

「あなたの労もねぎらわなくてはね。よく頑張りました」

 

ポンポンと背中を叩かれて解放された後、俺は頬を掻いて言った。

 

「これはご子息にやるべきでは?」

 

「あの子は恥ずかしがり屋だから」

 

ふふふと艦長は笑っている。

俺はどういう表情をしたらいいか少し迷った。

ニマニマ笑っているエイミイが目に入る。

 

「さ、エイミイ。次は君だ。俺の胸に跳びこんでおいで!」

 

「えーライ君の胸小さいからなあ。せめてクロノ君ぐらいはないと」

 

あいつと俺にどれくらいの違いがあるのかはわからない。

というかあいつの方が小さいのでは?

大小の問題ではないのかもしれない。もっとこう……心の器的な?

俺の心の小ささは筋金入りだ。あいつには敵うまい。

 

「じゃ、まあ仕事しよう」

 

「その前にメディカルチェックだよ。ほら、クロノ君たちも待ってるから」

 

「何を待つことがあると言うのか」

 

「そりゃあ当然説教だよ」

 

「……え、まだ説教されるの? これから?」

 

「クロノ君怒ってるよー。頑張ってね」

 

あははと嬉し気に笑うエイミイが憎たらしい。

クロノンの説教はネチネチ長いのだ。

それを高町たちの前でやられてみろ。あいつら管理局入らないんじゃないのか。

 

……考えようによってはそれでそれで。

 

「へーんしん! ジャスティスマスクマン!」

 

「およ?」

 

「ぬはははっ。むっつりスケベのクロノ・ハラオウンよ。俺に説教かませるものならかましてみろぉ!」

 

「あれれ?」

 

「いざ突撃ィ!!」

 

エイミイを置いて医務室へ向かう。

そこで待っているだろう仁王立ちのクロノンを見据えて、いざ走る。

 

「むっつりーにぃ! 今行くぞー!」

 

叫んだ言葉は聞こえていたのだろうか。

分からないけど、医務室の方で怒気が膨れ上がった気がした。



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5話

海にほど近い公園。海鳴臨海公園。

本日の舞台はここです。

 

テスタロッサの裁判が終わって、アースラは久しぶりに地球へ戻ってきた。

目的はもちろん高町とテスタロッサの再会。

臨海公園で待ち合わせしているらしい。最後にお別れした場所がここなんだと。

約束の時間より少し早く着いたテスタロッサはそう言ってはにかんだ。

 

俺はかなり離れたベンチで海風に吹かれるテスタロッサを見ている。

白いワンピース姿。流れる金色の髪に神秘的な雰囲気を感じてしまう。

麦わら帽子を被ったらさぞかし似合うだろう。

しかし生憎と誰も麦わら帽子は持っていなかった。悔やまれる。

 

ぼおっとその姿を見ていると念話が飛んできた。

慌てて手元の書類に目を移す。

 

『ライ?』

 

「なんでしょう」

 

『なんでそんなに遠くにいるの?』

 

「お構いなく」

 

紙の資料を見つつ、片手間に答えていく。

マルチタスクを使っていないから片言になってしまうのは仕方がない。

 

『暇だよ』

 

「あと30分」

 

一時間近く早く来たのはやりすぎだったか。

いや、しかしデートは待っているのも楽しいと、昔誰かが言っていた。

今もきっと楽しいはずだ。俺の時はどうだったか。

 

『やっぱり暇だよ』

 

「俺は忙しい」

 

『何してるの?』

 

「お仕事」

 

正確には将来的に必要になるだろう書類の製作。

紙ベースでしかないのは、全部無限書庫から持ってきたから。

 

『私もそっち行っていい?』

 

「ダメダメ。高町来たらどうするの? そこで待ってなさい」

 

『まだ来ないと思うけど……』

 

いや、わからん。

あいつのことだから走ってくるはずだ。絶対早く来る。

 

でも来る前に身支度でシャワーとか浴びてたら……。

まあ、さすがにそこまではしないだろう。

 

『アルフたちは何してるのかな?』

 

「荷物運びだろ。引っ越し業者がもう着いてるんだって」

 

『……ここに住むんだね』

 

「それがお望みじゃなかったっけ?」

 

『うん……』

 

リンディ艦長とクロノンの働きで無事保護観察処分を勝ち取ったテスタロッサは、本人の希望もあって今日からこの街に住むことになっている。

学校も高町たちと同じところに通って、ようやく友達らしい付き合いが始まるということだ。

 

観察官のギル・グレアムも賛成したらしい。いい子だから、再犯の可能性はほぼ無いだろうとにっこり笑って。

さすが管理局に長年勤めて英雄とか呼ばれちゃってる人。腹黒い腹黒い。

 

『なのはのメールにね、紹介したい子がいるって書いてあったんだ』

 

「うん」

 

『写真も一緒に入ってたんだけど、すごくかわいい子たちなんだよ』

 

「へえ」

 

『すずかとアリサって言うんだって。会うのが楽しみだなあ』

 

「そりゃあ楽しみだろうなあ」

 

こうして念話で話している間、テスタロッサのテンションは高い。

やっぱり待ってる時間もデートの内っていうのは正しいんじゃないか。

いやあ、楽しそうで何よりです。

 

『……やっぱりそっち行っていい?』

 

「高町が来るまで辛抱願います」

 

「うん……ごめんね。来ちゃった」

 

報告書から顔を上げる。

目の前にテスタロッサが立っている。

ワンピースの裾が風に煽られバタバタと靡いていた。

 

「俺が寝ずに考えた再会シチュエーションプランがあああああ!!!」

 

「そんなに嫌がらなくても……」

 

「嫌がってはいないさ。残念がってるだけでね。ま、お隣へどうぞお嬢さん」

 

ちょっと横にずれて場所を空ける。

ちょこんと座るテスタロッサ。なんかかわいい。

 

「待つのが退屈だったか?」

 

「ううん。でもやっぱり一人だと少し寂しくて」

 

なるほど。寂しかったか。

 

「テスタロッサが兎さんだったとは知らなかった」

 

「え? どうして兎?」

 

「兎は一匹だと寂しくて死んじゃうのさ」

 

「へえ」

 

感心したご様子。

「兎かあ」と満更でもなさそうで、とても素直な子だ。

見ようによってはツインテールが兎の耳に見えなくもない。

 

「まあ与太話さ」

 

「……え、嘘なの?」

 

「ウソ」

 

ぷくっとテスタロッサの頬が膨れた。

突いて空気を押し出してみたいが、これ以上互いの距離が近づくのは勘弁願いたい。

 

「じゃあ代わりに一つ真実を。この星のお月様では兎さんが餅をついている」

 

「へ?」

 

咄嗟に空を見上げた。

残念ながら月は見えない。

 

「それは本当?」

 

「本当だとも。嘘だと思うなら今日の夜にでも見てみると良い」

 

「肉眼で見えるんだ」

 

「ああ……いや、満月の日にしか見えなかったかな? まあ詳しくは高町に聞いてくれ」

 

そうそう兎と言えば、と。

この星で兎を数える時は一羽二羽と数えるんだよとどうでもいい話をする。

テスタロッサはコロコロ笑って聞いてくれたから、あながち退屈な話題と言うわけでもなさそうだ。

退屈を紛らわすためにする話題なんて、ある程度どうでもいいとは思うけど。

 

そんな調子で話をする。時間はあっという間に過ぎて行った。

 

「さ、あと10分。元の場所にお戻りなさい」

 

「うん。……思うんだけど、わざわざあそこで待つ理由って何?」

 

「お別れした場所と同じ場所で再会するのはロマンチックだろ?」

 

「そうかなあ……」

 

女心に聡いエイミイの案だったが、テスタロッサ自身は思うところがありそうな顔。それでも文句なく戻ってくれる。

やっぱり素直な良い子だ。どっかの嘘つきクソ野郎に見習わせてやりたいね。

 

『ライ』

 

「んー?」

 

『ありがとう』

 

前触れの無いお礼。

当然だが狼狽える。取り繕うのが大変だった。

 

「それはクロノンたちに言えよ」

 

『うん。みんなにも感謝してる。でもライにも感謝してるんだ』

 

「さよけ」

 

遠くからでもにっこり笑ってるのが見える。

恥ずかしさを誤魔化すのに頬を掻いて、近づいてきた栗色の髪が視界に写った。

肩で息をしつつ走らせる足は止まらない。テスタロッサを見つけて満面の笑顔になった。

 

「フェイトちゃん!」

 

高町なのはのご到着だ。

 

テスタロッサも気が付いたようで、そちらを見る。

二人で少しの距離をもって見つめあう。

傍から見て、そこに甘酸っぱい空気が流れていてもおかしくない。

 

少しずつ距離の縮む二人。

手が握れるぐらい近づいて、ようやく会話を交わし始めた。

あれは余裕で抱き合える。恋人みたいな距離感だ。

 

あの様子だと我に返るのに少し時間かかりそうだなあ。

溜息を吐いているとエイミイから通信が入った。

 

『ライくーん』

 

「なに?」

 

『そっちどう?』

 

「丁度再会したところ」

 

『じゃあ早くこっちにヘルプ来てー。ダンボールが多すぎるんだよー』

 

「俺はこれを記録する仕事が残っている」

 

サーチャーにステルス魔法をかけて至近距離から撮影できるのは俺しかいない。

さあ、存分に二人の思い出を蓄えていこうぞ。

 

『ぶー。なんでもいいから早く来てねー』

 

「なあに。少し早い観光と洒落込むぐらいの余裕はあるさ」

 

『ずるーい! ライくんが行くなら私も行く!』

 

年上のお姉さんとは思えない駄々っぷりに思わず苦笑が浮かぶ。

エイミイの背後から声が聞こえてきた。

 

『エイミイ。何をさぼっているんだ』

 

『あ、クロノくん』

 

ひょこっと顔を見せる黒い髪に幼い顔つき。

これで14歳、クロノン。

 

『ライ、そっちはどうなんだ?』

 

「語り合ってるよ。あれは邪魔できないね」

 

『そうか……。出来る限り早く戻ってくれ』

 

「はいさーい」

 

『ずるーい!』そんなエイミイの叫び声は途中で通信が切れてぶつ切りになった。

 

へっへっへ。ずるいだろ。

この役割だけは譲れないね。

 

心の中でエイミイに舌を出してテスタロッサたちを見る。

さっきよりも心なしか近くなった距離で、二人とも話し込んでいる。

 

……まあ、好きにさせてやるか。

二人とも会うのを心待ちにしていたんだ。

多少時間を作ってやるのが大人の優しさってもんよ。

例え明日から思う存分話し込めるとしてもな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか一時間話し込むとは思わなかった」

 

「ごめんなさい……」

 

テスタロッサと高町が申し訳なさそうにしょぼくれている。

さすがにこれ以上は待てんと俺がしびれを切らすまで話し続けた二人。

 

テスタロッサの成長記録も初回から一時間越えの大ボリュームだ。

初回スペシャルってことで大目に見てもらいたいね。

 

「仮面さんも居たなら声をかけてくれれば良かったのに」

 

「二人の大事な再会に水を差す真似をしたくなかったんだよ。分かってくれ。この男心」

 

なあユーノと俺の肩に止まっているユーノに水を向ける。ユーノはぷるぷると首を振った。

なんだこいつ。男心が分からぬと言うのか。ええい摘まんでやる。摘まんでやる。

 

「あれ? ユーノ君いつの間に」

 

「途中で俺のとこ来たぜ。男同士熱く語りあったもんね」

 

二人の語り合いが20分を越えた辺りで、ラブ空間からの脱出を果たし俺の元へやってきた。

俺の足をよじ登ってた時には既に少し疲れた様子だったな。

至近距離でラブ光線を浴びるのは体力を消耗するらしい。

 

「クロノたちから着信が凄い……」

 

通信妨害の結界をステルスでかけていたから気づかなかっただろう。

一時間の語り合いを支えた影の立役者と言うわけだ。

 

「私の携帯にも来てた……どうして気づかなかったんだろう……」

 

「夢中だったんだね、愛に」

 

愛ってすげえと嘯く。

テスタロッサのジトっとした目。

まさかこいつ気づきおったか……?

 

「ライ、何かしたの?」

 

「こんなところで魔法なんか使えるはずもなし。何も出来ないね」

 

鋭い視線が周囲に向けられている。

残念だが、とっくに結界は解除している。

まだサーチャーはふわふわ浮いているが、気付く様子はない。

ばれなきゃ犯罪じゃないもんねー!

 

「さ、行こうか。いい加減にしなきゃ俺が怒られる」

 

「うん……あ、なのはたちもいいの?」

 

「もちろんだとも」

 

目を点にしている高町に、俺は良い笑顔で事情を説明。

 

「テスタロッサがこの街に住むのに、ちょうど引っ越し作業しててね。これから目下作業中のその家に行くんだ」

 

「そんな忙しそうな時にお邪魔していいんですか?」

 

「もちろんだとも」

 

力強く頷きつつ、がしっと高町の肩を掴む。

高町は目をパチパチと瞬かせた。

 

「貴重な労働力だ。絶対離さんからな」

 

つまり手伝えってこと。

その意は完全に伝わったらしく、高町は「にゃはは……」と笑っている。

 

「私に出来ることなら手伝います」

 

「安心したまえ。重いものを運ぶのは俺とクロノンとユーノでやる」

 

当然のように名指しされたフェレットがちゅーっと鳴く。その声を追って、三人で俺の肩を見た。

ユーノはごく自然に小動物のようなか細さでもう一回ちゅーっと鳴いた。

 

「例えお前の100倍あるダンボールでも容赦なくもたせるからな。潰れるのが嫌ならとっとと人間モードになることだ」

 

最後通告。

ユーノは観念して『わかったよ。僕に出来ることなら』と伝えてきた。

微妙に諦めが悪いな。お前に出来ようが出来なかろうが全部持つんだよ。

 



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6話

「ヘルプに来たぞー」

 

「お邪魔しまーす」

 

テスタロッサたちの新居は、高町家からほど近い高層マンションの一室だ。

 

引っ越したばかりということで、玄関はそれほどでもなかったが、一歩中に踏み入れればそこかしこにダンボールが積んであった。

足の踏み場すら覚束ないここに足を踏み入れるのは、正直勇気が必要な気がする。

 

「あ、ライくんおそーい! 本当に観光行ったかと思ったよー!」

 

エイミイがダンボールに囲まれてそんなことを言ってる。

ぷんぷん顔ではあるが、声を聞く限りではあまり怒ってなさそうだ。

 

「エイミイさんお久しぶりです」

 

「なのはちゃん! わ、久しぶりー。元気してた?」

 

「はい」

 

きゃっきゃと再会を喜び合う二人。

9歳と16歳。字にしたら一ケタ違うのに、あまり精神年齢は変わらなそうだ。

馬鹿にしてるわけではない。そこがエイミイの良いところでもある。

 

「えっと……うんっと……」

 

後ろで、未だにどう入ればいいだろうと四苦八苦していたテスタロッサ。

その手を引っ張って自分の居る所まで導く。

 

「大丈夫か?」

 

「うん。平気」

 

「ま、俺の後着いてきんしゃい」

 

肩のユーノは悠々と室内を見回している。

小さいとこういう時便利だ。

 

「クロノンは?」

 

「えっとね……確かその辺に……」

 

「まさか埋まったのか」

 

ダンボールの下あたりを入念に探す。

なんか黒い靴下を見つけたのでもうこれでいいやと目いっぱいの力で叫んだ。

 

「生きろクロノン、死ぬな! クロノ……クロノーン!!!!!」

 

「なんだ。騒々しい」

 

別の部屋からひょこっと顔を見せたクロノン。

冷え冷えとした表情だ。

 

「クロノン……。クロノンが死んじゃったよ……」

 

「それは僕の靴下だ」

 

「無機物クロノンが……」

 

「生きてないだろ。返せ」

 

ぱっと引っ手繰られた靴下クロノンを見送り、涙を拭く真似をした後「さ、片付けるか」と切り替える。

気合を入れねば今日中に終わりそうにない。がんばるぞー。

 

「…………」

 

腕まくりをして気合を示したが、クロノンの細い眼に射竦めれて思わず正座してしまった。あわわ……。

 

「随分遅かったじゃないか」

 

顔を見ずとも声を聞いただけで分かる。お怒りのようだ。また土下座をお望みですか?

今回は別に悪いことしてないし……うん、してないし。

いっそのこととことん喧嘩してもいいが、それしたらダンボールがつぶれる。

ここは素直に話してしまうが吉。

 

「高町とテスタロッサが一時間も話すもんだから」

 

「そんな馬鹿な話が……」

 

二人のバツの悪そうな顔を見て口を閉ざした。

可愛い女の子に弱いクロノンは「まあ、いい」と矛先を収める。

 

「それより手伝ってくれないか。このままだと今日中に終わらないんだ」

 

「というか全然終わってないじゃないか。何してたの」

 

「エイミイが色々見つけるから、ついつい手が止まりがちになるんだ」

 

「それはお前もか」

 

「僕は違う」

 

どうだろうか。むっつりだからな。むっつりの言うことは信用できないからな。

 

「艦長は?」

 

「母さんならキッチンだ。割れ物が多くてね。中々気を遣う。さっきの君の大声で一枚割りそうになった」

 

「なるほど」

 

反省。

 

その後、みんなで協力してダンボールの解体作業に従事した。

偶に見つかるお宝に率先して跳びかかったり、何に使うのか分からない道具の持ち主を探したり、中々楽しかった。

 

昼ぐらいにはようやく見れるほどに部屋が片付いて、さああと少しと俺とクロノンは協力して作業にあたった。

 

「とりあえずこのぐらいかしら」

 

最後に残ったダンボールを押し入れに片付けた所で、リンディさんからその一言を頂いた。

無茶苦茶疲弊していたユーノがその場に倒れて、みんなの失笑を買っている。

何の意味もないが、回復魔法をかけておいた。生き返れ、生き返れ……!

 

「高町さん、ユーノくん。お手伝いありがとう。おかげで助かったわ」

 

「いえ。フェイトちゃんのためですし、このぐらいなら」

 

「なんてことはないです……」

 

寝そべっているユーノが言うと見事に説得力がない。

ぜはぁぜはぁと心配になる呼吸の仕方。こいつ非力だったなあ。

 

「昼食をご馳走するわ。是非食べて行ってね」

 

「ありがとうございます。ごちそうになります」

 

「……とは言っても」

 

リンディさんは困ったように笑った。

 

「まだ何も買っていないから、一度買い物に行かないといけないの。急いで行ってくるから、みんな休んでいてね」

 

はーいとほぼ全員が返事をした。

俺とクロノンは互いの顔を見る。この後の展開が読めたからだ。

さて、荷物持ちはどっちか……。

 

「あ、そうだ。ライ君、まだお元気?」

 

「俺の元気は水に濡れて喪失しました。新しい顔が必要です」

 

「元気そうね。申し訳ないんだけど、荷物持ちしてくれる?」

 

「しゃーねーなー」

 

どっこいせと立ち上がる。

犬モードでダラーっと伸びているアルフが「いってらっしゃーい」と呻き声を上げていた。

目の前で左右にパタパタと振られているしっぽ。

よく知らないんだが、犬がしっぽを振るときは何か嬉しいことがあった時に振るんだとか。喧嘩売ってんのか?

 

丁度ポケットの中にアルフの首輪があったので、装着させる。

 

「……なにすんだい」

 

「散歩」

 

「え」

 

リードを引っ張ってアルフを引き摺る。

 

「ちょっ、やめ……!!」

 

「オラ、お前さんが楽してるの見ると許せないんダ。一緒に行こうゾ」

 

「口調がおかしい! 離して……ふぇ、フェイトー!!」

 

「いってらっしゃーい……」

 

「フェイトー!?」

 

飼い主のお許しも得たので、何の遠慮もなくアルフを連れていける。

 

「さ、買い物行こうや」

 

「あたしはここで寝そべってたいんだー!!」

 

「はっはっは。そんなのいつでもできる」

 

「今……! 今しかできないことが……!!」

 

「んなもんねえ」

 

ふっはっはっは。

三段笑いで連行する。

アルフは冤罪を掛けられた罪人のように、大した抵抗も出来ず連れ出されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来たのは近場のスーパー。

アルフは犬なので入口のところで繋いでおいても良かったが、知らない場所に一人はさすがに可哀そうだったので人間モードになってもらった。

頭の上でピョコピョコ動く耳をどうしようか少し思案して、結局魔法で隠すことにする。

上手い具合にヘッドホンを付けられたら、中々良いヴィジュアルになったのだが。

 

入ってすぐのところに生鮮コーナーがあった。

「良い匂いだねえ」としきりに周辺の匂いを嗅ぐアルフの尻をぶっ叩いて買い物を済ませていく。

とは言っても、俺はリンディさんの隣にいるだけの付き人でしかない。

 

「何か食べたいものはある?」

 

「特には。なんでもいいですよ」

 

「それが一番困るのよねえ……」

 

まあ確かに。

アルフに聞く。

 

「肉!」

 

「お肉か……」

 

思案気の艦長。

昼から肉を主食と言うのも少々重い。添えものなら別にかまわないだろうけど。

 

「ダンボールでも齧ってろ」

 

「なんだいあんた。喧嘩売ってる?」

 

「めっちゃ売ってる」

 

アルフが大口開けて甘噛みしてきた。本気で噛んでこないのは一応手加減しているのだろう。

それが分かっているから、俺もふざけた口調でやめろやめろーと抵抗する。

 

「二人とも、あまりふざけすぎないでね」

 

「まったくですね。おいやめろよアルフ。恥ずかしいったらありゃしない」

 

「ライ三等陸尉?」

 

「精進いたします」

 

艦長に怒られて俺は冷えたが、しかしアルフは怒り冷めやらず、度々かじかじ齧ってきた。物で釣ろう。

 

「おい、あんなところにジャーキー売ってるぞ。いるか?」

 

「いる!」

 

これは俺がポケットマネーで買っておこう。

そう思って取っておいたのだが、艦長に籠の中に入れさせられた。

 

「悪いです」

 

「いいのよ。ついでだから」

 

それどころか、他に欲しいものはないかと聞いてくる始末。

その顔は子供好きなおばちゃ――――お姉さんみたいだ。

 

だからと言ってさすがにこれ以上は欲張れない。

だってこの人俺の上官だぜ。アルフにとっては現在進行形でお世話になってる恩人だ。

 

「ありません」そう事務的に返答したら、リンディさんは寂しそうに笑った。

 

「今日は焼きそばにしましょう」

 

「砂糖とか入れませんよね?」

 

「入れないわ。入れたいの?」

 

「ノー・サー!」

 

普段のリンディ茶を見ている身としてはつい心配してしまうが、クロノンによれば料理は普通にうまいらしい。

しかし密かに思っていることがある。クロノンの甘いもの嫌いが実はリンディ茶に関係しているのではと言う疑い。何かトラウマを抱えているのではないか。考えすぎだったらいいのだが。

 

アルフが袋に入った麺を見て、興奮気味に聞いてきた。

 

「焼きそばって美味しいのか?」

 

「食えばわかるが、美味いぞ。ソース麺だ」

 

「へえ!」

 

「……」

 

恐らく尻尾を振っているだろうアルフに一つ教授していたら、リンディさんが俺のことを見ていた。

何か聞きたそうな顔をしていて、はてさてなんだろうねと首を捻った。

 

「どうしました?」

 

「いえ、少しね。……早く会計してしまいましょうか」

 

聞きたそうな顔はそのままに、リンディさんは早足にレジに向かってしまった。

その背中を見つつひそひそ声で話す。

 

「なにかしたかな……」

 

「んー? 何かしたのかい?」

 

「わからん」

 

まあしかし、大事なことじゃないから聞かれなかったわけで。

むしろ聞くのを躊躇する理由があるから聞かなかったのだ。

艦長が容易に踏み込めない話題で、尻込みするような話となると……。

 

「……あれ? ミッドで焼きそばは普及してるんだっけ?」

 

「あたしは聞いたこと無いなあ。でも探せばあるんじゃないかい」

 

「あー。わかった。それだな」

 

リンディさんは日本通を自称するぐらいには日本のことを知っている。鹿威しと畳の隣接コンボはなんの冗談だと言いたいが。

だから別に焼きそばぐらいは知ってるだろうけど、日本生まれじゃ無ければ日本通でもない俺はなんで知ってんのってことかな。たぶん。

まあ聞かれたらミッドで食ったって言っとけばいいだろう。別に大したことじゃない。

 

「さ、荷物持ちの仕事をしなきゃな」

 

「あたしも持つよ」

 

「お前は散歩する犬だろ。犬になれ。俺は犬を連れて近所を練り歩きたいんじゃ」

 

「なんだいそれは」

 

先々のための布石さ。

そう言っても、当たれば八卦ぐらいのものだがね。

 

「うん。綺麗に出来たわ」

 

「うまいもんですね」

 

リンディさんが丁寧に買ったものを詰めて行ったら、なんかパズルみたいな感じに収まった。

さすがは年の功と言う所。俺だったら問答無用でデバイスに収納しちゃうね。

 

「それじゃお願いね」

 

「イエッサー」

 

バッグは普通の子供には重いぐらいだろうが、俺は普通の子供ではないので問題なし。

なんならあと二つぐらいは持ちたいね。訓練になる。

 

「大丈夫?」

 

「平気ですよ」

 

「良かったわ。じゃあ帰りましょう。皆お腹空かせてるでしょう」

 

確かに。ユーノなんて死に体だった。

死にかけた後の飯はさぞかし美味いに違いない。

 

リンディさんとアルフ。それから少し遅れて歩き出した俺の背中に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「ヴィータ。またアイス欲しいん?」

 

「だってアイスうめえんだもん」

 

「しゃーないなー。シグナムには内緒やで」

 

「やったー」

 

車いすの少女と、赤い髪にぬいぐるみを持った少女。

それに付き添う優しそうな金髪の女性。

 

中々に微笑ましい会話をして、ぬいぐるみを持った少女がアイスの置いてある方へ走って行った。

 

「なんや。やっぱりヴィータは子供さんやなあ」

 

「はやてちゃんの前だとそうなっちゃうみたいですね」

 

「シャマルもそうなってええんよ?」

 

「え、いえ私は……」

 

「嫌なん?」

 

「……じゃあ私も甘えたくなったらお願いしますね?」

 

「ドンとこい、や」

 

ニコニコと笑い合う二人。

遠くでアイスを選んでいる少女も含めて、見覚えのある三人。でも、向こうは俺のことを知らない。

 

俺が車いすの少女を見ていると金髪の女性が振り返った。

その視線を避けるように目を逸らす。我ながら露骨だったと思う。今ので顔覚えられたりしちゃったかな。

まあ問題はないだろう。

 

「ライ?」

 

アルフの声に我に返る。

 

「どうかしたのか?」

 

「いや……なんでもない」

 

行こ行ことアルフを急かしてスーパーを去る。

今はまだ何の準備も出来ていない。接触するには早すぎる。

 

監視がついているだろう。準備を整える必要がある。

ギル・グレアムに管理局、ヴォルケンリッターと無限書庫。

 

相手がデカすぎて手が震えそうだ。時間もないが、焦る必要はない。少しずつクリアして行こう。

なに、簡単さ。救えばいいんだから。そうだろう?

 

 



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7話

「局員が襲われてる?」

 

「ああ」

 

俺が古代言語で書かれた本を必死に読むその側でクロノンとエイミイが話をしている。

会話の内容は最近巷で流行っている魔力蒐集事件について。

 

「局員だけじゃない。リンカ―コアを持ってる原生生物も襲われている。それもかなり広範囲にわたって」

 

「はえー。物騒」

 

深刻に告げるクロノンに比べ、エイミイの反応はまるで一般人。

あなた一応管理局員でしょう? シュークリームに目を奪われてる場合ですか?

 

「まだこの世界で被害は出ていないが、フェイトやなのはたちも襲われるかもしれない」

 

「二人にも言っておかないとね」

 

当の二人は今頃学校だろうか。

この間テスタロッサと話した時、友達が出来たと喜んでいた。

あいつが笑顔だとこっちも嬉しくなる。良きかな良きかな。

 

「で、ライ」

 

「なにかね?」

 

「君は何をしている」

 

「無限書庫から盗んできた資料を纏めてる」

 

正直に言ったら足を蹴られた。酷いやクロノン。

 

「ダメだよライ君。ちゃんと手続きしなきゃ」

 

「手続きしようにもあそこ管理されてないし」

 

シュークリームを頬張るエイミイが「確かに」と頷く。ちなみにそのシューさんは俺が買ってきたものだ。

巷で美味しいと評判のシュークリームである。たんとお食べ。

 

「あそこはまず管理できる人がねえ……」

 

「無限書庫の名は決して大言壮語に非ず。まじめに管理しようとしたら死ぬわあんなとこ」

 

無限書庫とは、管理世界から集められた多種多様な書物が無尽蔵に詰め込まれた場所である。それ自体がロストロギアと言う話もある。

 

見わたす限り本に囲まれまくったあの空間は、その道のマニアには垂涎物と滅法評判だ。

言われてみれば迷ったら二度と出てこれないところにはロマンを感じる。

次元世界の大きさに比例して馬鹿でかいので、今現在ほとんど管理されていない。ていうか管理不可能。一応管理局が所有してることにはなっているけど。

 

「それで何調べてるの?」

 

「闇の書」

 

その一言で空気が凍る。

エイミイが頬を引きつらせてクロノンを盗み見る。

クロノンは至って平静な顔で聞いてきた。

 

「どうしてそんなものを調べてる?」

 

「どうして? ふむ……。中々深い質問だクロノン君」

 

本を閉じて足を組む。

その姿勢のまま握りこぶしを顎に当てれば考える人の完成である。

 

「そう。思い返せば、あれは10万年前。地球上でホモ・サピエンスと呼ばれる現人類が立ち上がった頃……」

 

「長くなりそうだ。詳しい話は取調室で聞こうか。窃盗の現行犯でもあることだし」

 

「いやあ、最近の蒐集事件が記録上の闇の書事件に酷似してるから、何となく直感で調べてたんだよね。ほら、俺ってやっぱり感覚派だし、こういう第六感って言うか経験則には逆らわない方がいいって死んだばっちゃんも言ってたんだよ。そうじゃなくても管理局員として闇の書とは宿命のライバルって言うか苦い経験が数多くあるじゃん? 闇の書について調べること自体は次の事件に備える立派な職務だと思うんだよね。別にまったく役に立たないってこともないし、なんだったらお前も一緒に闇の書事件をレッツラーニングって言うか引き摺らないでお願い助けてええええええええええ!!!!!」

 

「ライ君ばいばーい。お昼頃会おうねー」

 

 

 

 

 

あまりに強引な取調べだ。こんなことをされては容疑者の空気を醸し出さずにはいられない。お約束って大事。

 

「お巡りさん。俺なんにもしてないんです。本当です。信じてください」

 

「そうか。それじゃあ君のメディカルチェックの結果が改竄されていた件についてだが」

 

「いやはや、そう言えば用事を思い出した。急ぎの用件ゆえ拙者これにてドロンさせていただきやす」

 

思いもよらぬ方向から追及を受けたのですぐさま扉に噛り付いたが、残念なことに鍵がかかっていた。

 

「ちくしょう、あかねえっ」

 

「いいから座れ」

 

しずしずと席に座る。

目の前には不動明王のような顔をしたクロノンがいる。いやん。こわーい。

 

「これは君がやったのか」

 

「俺がやったのはやば目な数値を良き数値に書き換えたことぐらいだ」

 

「反省の色が見えないな」

 

フェイトを見習ったらどうだと年下のいい子ちゃんを引き合いに出されてしまう。

いや、あれを見習うのはちょっと……。

 

「具体的にどこを書き換えた?」

 

「えっとね……こことここ」

 

「ふむ……。元の数値は?」

 

「確かこれぐらいで」

 

ゲロった数値を見て、クロノンを眉を顰めた。

 

「わざわざ書き換えるほどの数値でもない」

 

「でも書き換えなきゃ現場に出れなかった可能性が無きにしも非ず」

 

「そんな理由でか」

 

お互いに大きな溜息を吐き出す。

はい。険が薄れたので言いたいこと言うターン。

 

「お前の母ちゃん過保護過ぎね?」

 

「もともとは君の怪我が原因だ。預かっている側としては、誰でもそう言う対応になる」

 

「いやん。ぼくもっと現場に出たいー」

 

「ならまず怪我を治せ」

 

「治ってると思うんだけどなあ」

 

「機械は嘘をつかないよ。嘘つきが手を加えない限りは」

 

「さすがレインメーカーを生業にしている男。皮肉がお上手ですねクロノ執務官」

 

「君には負ける」

 

嫌味の応酬をしながら、クロノンは紙を一枚取り出した。

 

「これなあに?」

 

「年の数より見ているはずだが。始末書だよ」

 

そうですね。この様式は始末書で間違いないですね。

で、わざわざ紙ベースで取り出した意味は? 電子で良くね?

 

「何枚書いても身に染みていないようだからね。直接手で書いた方が頭に染みるだろう」

 

「ふむ……前と同じ作文でいいのか?」

 

「また上を激怒させるつもりか君は」

 

懐かしい話だ。

昔書いた始末書が本局のお偉方の怒髪天を衝かせたらしい。その怒り具合はカツラが吹っ飛ぶほどだったとか。俺が扇風機で吹っ飛ばした件とは恐らく関係ないだろう。

三提督の執り成しがなければ降格していたかもしれない。

 

「君が書いた始末書は僕が添削する。くれぐれも怒髪天を衝かせるような真似は慎んでくれ」

 

「赤ペン先生志望か? まったくしょうがねえな。真っ赤にさせてやるよ」

 

「僕に君の返り血を浴びさせてくれるな」

 

そうは言うが、クロノンに添削させてたらいつまでも終わりそうにない。それこそ血の一滴まで絞り出してなお足りなさそうだ。

ほどほどに書いたら艦長に持ってくか。

 

「で、用件終わり?」

 

「反省の色が――――いや、いい。もう一つ。先ほどの件だが」

 

「はいはい闇の書の件ね」

 

闇の書と聞いた途端クロノンの気配が変わる。

冷静さを保ててない。親父さん死んでるからしゃーないか。

 

「君が以前から無限書庫に入り浸っているのは知っている。闇の書について調べているとは知らなかったが」

 

「昔からずっと闇の書に夢中だぜ。一途だからね。他の女には目もくれないの」

 

軽口を聞き流す余裕もないらしい。

これ見よがしに溜息を吐かれた。

 

「……それで?」

 

「なにが?」

 

「わざわざ僕にひけらかす様に本を広げていた理由だよ」

 

「暇つぶし以外になんかあんの?」

 

「質問に質問で返すのは感心しないな」

 

「今まで一度だって俺に感心したことがあるのか?」

 

クロノンは俺の質問に答えてはくれなかった。

代わりにこんなことを言う。

 

「最近の蒐集事件が、過去の闇の書事件に酷似していることには僕も気が付いていたよ」

 

「思考が飛躍してんな。願望入ってんじゃないの」

 

「否定はできない」

 

もし本当に闇の書が関わっているのなら、こいつはいつも通り冷静沈着――――今まで冷静沈着だったことがあるのか疑わしいが――――でいられるのだろうか。

さすがに我を忘れることはないと信じたいが。

 

「確証のない推理はただの妄想だぜクロノン」

 

「どちらにせよ、じきに分かるだろう」

 

「手遅れじゃないと良いけどな」

 

「始末書はきちんと書いてくれ」

 

言いたいことだけ言って、クロノンは取調室を出て行った。

後に残された俺は薄暗い部屋に一人ぼっち。

 

「ふうむ。不安だ。実に」

 

情報の提示は計画的に。

あまり多くの情報を一度に教えては、あいつがどんな行動をとるか分からない。

気取られずに一気呵成に終わらせるのが理想だ。

段階を踏んで少しずつ慣らして行こうか。

しかし、そうは言ってもあまり悠長に構える時間がないのも事実なのだ。手を打たなければならない。

 

「大人なら、まあ大丈夫ですかねえ」

 

と言うか大人にまで暴走されると打つ手がなくなるけど。

まあそこは信頼と安心の年の功でしょう。きっと、多分、大丈夫。

 

「お話してこよっと」

 

俺も取調室を後にする。

やることはたくさんあるのだから、役割分担はきっちりしないとね。



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8話

テスタロッサが管理局の嘱託魔導士の試験に合格した。

しかも晴れてアースラ所属になったらしい。

これにはみんな大喜び。俺も喜び勇んで胴上げを敢行した。

 

「ひゃっはぁ! おめでとう!」

 

「ちょ、ら、ライ!?」

 

「おめでとうテスタロッサ! おめでとう!」

 

それわっしょいわっしょい。

テスタロッサは軽いなあ。こんなの魔法を使えば一人でどうにでもできちゃうぜ。一人っきりで胴上げと言うのも中々乙じゃわい。

 

「何をやってるんだ君は」

 

「クロノぉ! 胴上げじゃっ。胴上げでテスタロッサをもてなそうぞ!」

 

「はあ……」

 

ため息をつかれ、バインドで拘束される。

みつ巻で地面に倒れる俺の上には空に浮かんだテスタロッサがいる。

てっきり、そのまま俺を踏み潰すかと思ったが、落ちてこなかった。

クロノンの魔法でふわっと浮かんでいたテスタロッサは、着地した後ぷんぷんと怒って俺に文句を言ってきた。

 

「ライっ。止めてって言ったでしょ!?」

 

「ふふん。言葉でどう言おうと俺の目は誤魔化されん。最後の方楽しくなってたでしょ? 良かったでしょ?」

 

「そ、そんなことないよ」

 

言葉に勢いがありませんなあ?

俺の目を見てもう一回言ってみ? ん? 言ってみ?

 

「この馬鹿は僕が懲らしめておく。フェイトは早くみんなのところへ」

 

「あ、うん」

 

「俺がやられても第二第三の俺がすぐに現れるっ。具体的にはユーノが! そう、ユーノならきっとやってくれるっ。ユーノォッ、後は任せたぞぉ!!」

 

「胴上げじゃあ!」と叫んだところで、ついに禁断の魔力弾が放たれ強制的に口が閉ざされた。

脳天直撃魔力弾っ!?

 

「く、クロノ……さすがにやりすぎじゃあ……」

 

「手加減はしてる」

 

「そう言う問題? ……えっと、ライ平気?」

 

心配そうに近づいてくるテスタロッサ。

おほほ。無防備無防備。さあ、もう少しこっちにおいで。

久しぶりに仮面さんが登場するヨ。

 

「フェイト。ダメだそれ以上近づいたら。あれはすぐに復活する。早くこっちに」

 

「ユーノまで……」

 

俺の野望は閉ざされた。

叫び声を聞いて駆け付けたユーノが、テスタロッサの手を引いて行ってしまう。

取り残された俺とクロノンは、二人の姿が見えなくなるまで静かにしていた。

 

「そんで? 説教ですか?」

 

「いい加減無駄だと気づいたよ。それより例の魔力蒐集事件だが。上の方で何か掴んだらしくてね。いよいよ本格的に捜査が行われる」

 

「ようやくか」

 

バインドをレジストして起き上がる。

割れた鏡の様にパラパラ崩れる魔力がとても綺麗。

 

「上が掴んだ内容って言うのは?」

 

「それについては降りてきてない」

 

まあそれ多分俺が流したやつですね。

 

「闇の書かな」

 

「分からないが、恐らくは」

 

クロノンが空中ディスプレイを開いて覚えのない報告書を見せてくる。

 

「それとは別件で定置観測隊から情報が上がっている。第97管理外世界付近でロストロギアの稼働が確認された」

 

「それが?」

 

「僕はこれが闇の書だと考えている」

 

淡々と話すクロノンに感情は見えない。あえて事務的に振る舞っているようにも見える。

 

「蒐集範囲は第97管理外世界を中心にしているように思える。時期的にも偶然だとは思えないが、ただ確証がない」

 

クロノンはそう言うが、俺たちの中では蒐集事件=闇の書で確定している。

本来なら決めつけるわけには行かないのだが、まあ多分そうだよねと言うかそうだよ、闇の書だよと言う方向で会話を進めていく。

 

「闇の書が稼働済みだとして。蒐集はヴォルケンリッターによるものだとして。もう結構集めてるな。時間ないぞ」

 

「魔力を集め切らせたら終わりだ。その前に捕まえる必要がある」

 

そうだねえ。まあ捕まえようと思えばあっという間だけどさ。内憂外患と言う素晴らしい状況がありましてね。その内憂ギル・グレアムっていう名前なんですけど心当たりあります?

 

「武装隊を率いて主の身柄を拘束するしかない」

 

「そうだねえ。で、肝心の主の居場所は?」

 

「分からない」

 

「駄目じゃん」

 

「魔力を蒐集している奴らを捕まえれば済む話だ」

 

なるほど。結局目の前のことをコツコツやっていくしかないわけですね。

 

「広範囲に網を張って、引っかかったら即出動か。はてさて間に合うかねえ」

 

「奴らの居場所が分からない以上、他に方法がない」

 

「囮でも使いますぅ?」

 

クロノンと視線が絡む。

付き合いは短いが、言いたいことは伝わっていると思う。僕らは仲良し。以心伝心。

 

「奴らの活動範囲は広い。徒労に終わる可能性が高い」

 

「案外近くにいるかもしれないぜ」

 

それこそ地球とかにいると思うよ。

だからやってみる価値ありまっせと煽ってみたが、クロノンは首を縦に振らなかった。

 

「やるにしても奴らの活動範囲をある程度絞ってからだ。そうじゃないと意味がない」

 

「囮役は任せてクロノン!」

 

「却下。僕がやる」

 

とりつくしまもないぜ。

 

会話が途切れ、聞こえて来る賑やかな声に耳を傾ける。

幸せそうな声だ。エイミイの楽し気な声に、高町やテスタロッサの笑い声。ユーノの話し声がして、艦長のお淑やかな声が聞こえた。

あんなに辛いことがあったのに、テスタロッサは表面上は気丈に振る舞っている。もちろん、高町を始め支えてくれる友達がいると言うのが大きいのだろうが、それにしたって健気だと思う。

その幸せそうな光景が、悲劇などもうたくさんだと思わせる。

 

「なあ、クロノンやい」

 

「なんだ」

 

「復讐したい?」

 

クロノンは沈黙した。

その横顔に動揺した様子はなく、じっと向こうから聞こえて来る声に耳を傾けて、やがてふっと笑った。

 

「あくまで仕事だ。私情の入り込む余地はない」

 

「目の前に仇がいたら、暴走するんじゃないかって心配してる」

 

「そんな心配する前に、始末書を早く書き上げてほしいね」

 

嫌味を一発かまして、余裕綽々な足取りでクロノンは祝いの場に戻って行く。

その背中を見て、とりあえず声を張り上げておくことにした。

 

「信じてるぜクロノン! あと始末書は二日待って! 二日後には必ず仕上げるから! ……ねえ聞こえてる? 返事を下さい!! プリーズ!!!!」

 

クロノンは答えずに去って行った。

大丈夫かなあ。心配だなあ。始末書はとりあえず三日ぐらい放置するつもりだけど、闇の書については少し心配だ。

熱血正義漢だからなあ。復讐は虚しいだけなんて、現在進行形で色々と囚われている俺が言える筋合いはないけれど。

 

まあ、大丈夫だろうとは思うけど念のため釘は刺しておいた。

クロノンにはギル・グレアムを対処してもらわなきゃいけないから、万が一でも暴走されると困るのだ。だから頼むぜクロノンのん。

 



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