勇者がログインしました ~異世界に転生したら、周りからNPCだと勘違いされてしまうお話~ (ぐうたら怪人Z)
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第1話 勇者、旅立ちの日
【1】(挿絵有り)


「ハァッ――ハァッ――ハァッ――ハァッ――」

 

 息が苦しい。鼓動が早い。体を少し動かしただけで、あちこちが軋む。有体に言って、今“彼”は満身創痍だった。

 

(だ、が――)

 

 “青年”は目線を上げる。見据えるは、己の敵対者――即ち、“魔王”。

 

「ゼハッ――カハッ――」

 

 “魔王”が血を吐き出した。奴もまた、満身創痍。側頭部から生えた“角”は折れ、銀色の髪は血で染まり、身体はあちこちが焼け焦げ、切刻まれている。

 

 ――前言撤回。自分が満身創痍とするなら、相手は死ぬ一歩手前といったところか。

 

「……ゆ、勇者、アスヴェル」

 

 魔王が語りかけてくる。

 

「お前は……な、何なんだ……? ただの人の身でありながら……何故、僕をここまで追い詰められる……?」

 

 絶望すら籠ったその言葉に、“青年”は――否、“勇者アスヴェル”はニヤリと顔を歪ませながら答えた。

 

「“何”なのか、だと? はっ、今更何言ってるんだ、お前は。私は“勇者”だ――勇者が魔王を倒すなんて、当たり前の話だろうが」

 

 激痛を堪え、アスヴェルは一歩、魔王に向かって踏み出す。

 

「まあ、お前もよくやったよ。たかが(・・・)魔王の分際で、勇者()にここまで肉薄するとはな。その健闘ぶり、褒めてやっても構わないぞ?」

 

「こ、この期に及んで、よくもまあそれだけの大言壮語を……」

 

 魔王の声色に、呆れが加わった。

 

「……だが、言うだけある。この世に勇者は数あれど、仲間の力を借りずに(・・・・・・・・・)魔王を倒した勇者なんて、お前位のものだろう。

 その強さ、最早人知はおろか神知すら超えている」

 

「はっ、ようやく負けを認めたか。ならさっさと死ね。私にはやらねばならないことが山積みなんだ。これ以上、お前一人に構ってられん」

 

「…………」

 

 魔王が押し黙った。

 しばしの沈黙の後、奴は口を開く。

 

「……も、もう少し感傷とかないものか?」

 

「無い。“雑魚”が一匹この世からいなくなるだけだ」

 

「ざ、雑魚……? 魔王である僕が雑魚……?」

 

 愕然とした表情となる魔王。それを鼻で嗤いながら、

 

「雑魚だろ。私一人に負ける程度の力しかない癖に」

 

「いや、それは単にお前が馬鹿みたいに強いからであって――」

 

「違うね、お前が弱いんだ」

 

 一言で反論を封じる。

 

「いいか? この世で一番強いのは数の暴力だ。翻ってお前はどれだけの魔物をこの戦いに投入した? 大小合わせて万は下らんだろう。それだけの数を使ったにも関わらず、私一人にまるで手も足も出なかった。これを雑魚と呼ばないのであれば、いったい雑魚とはなんだ? お前に従った魔物達も草葉の陰で泣いていることだろう。“なんて無能な指揮官だったんだ、もっと自分達を有効に使え”と。もし機会があれば少年少女らに交じって教会の青空教室にでも通うといい。少しは他人との付き合い方を学ぶことができるだろう。まあそんな機会、お前には訪れんのだがね。ああ、それとも自分は雑魚にすら満たないカスゴミですという自己申告だったかな? それならすまない、勝手に過分な評価を下してしまったこと、深く詫びよう」

 

「何故こんな状況でそうスラスラと罵詈雑言を並べられるんだ……」

 

 魔王が口をあんぐりと開けていた。どう足掻いても自分に勝つことはできないと理解したのだろう。

 

「だ、だがな、勇者よ。確かにお前は強い。お前と並び立てる者の存在すら、この世に居ないかもしれん。しかし僕とて魔王だ、このままでは終わらさんぞ!」

 

「ほう、今更何ができると――――む!?」

 

 その時、床が揺れた。いや、床だけではなく、部屋の壁も、天井も、等しく揺さぶられている。或いは――いや間違いなく、この“城”そのものが振動しているのだ。

 

「こ、これは――!?」

 

「フハ、フハハハハ!! ぬかったな、アスヴェル!! もうじき、“魔王城”は爆発する!!」

 

「何ぃ!?」

 

 驚いている間にも揺れは大きくなる。同時に、部屋のあちこちが崩れ出した。そして壁や床の“向こう”から、何やら“光”が漏れ出している。

 

「お前、まさか最初から――!!」

 

「そう、こうなることを見越して仕込んでおいたのさ! 勝負はお前の勝ちだ! だが、この戦いに生者(しょうしゃ)は居ない!!

 勝者も敗者も、等しく塵に還るのだ!!」

 

「ふ、ふざけるな!! 認められるか、そんな結末!!」

 

 慌てて、踵を返す。残った力を総動員して、魔王城からの脱出を試みる――が。

 

「逃がさん!!」

 

「あっ、こら!! お前この――足にしがみ付くとか原始的な!!」

 

 鋭いタックルで、魔王が足に抱き着いてくる。バランスこそ崩さなかったものの、これでは動けない!

 

「離せ!! 死ぬなら独りで死ね!! 私を巻き込むな!!!」

 

「離さない!! 絶対に離さないぞ!! 僕と共に、この世界から消え去れ、勇者!!」

 

 必死の形相でこちらを縫い留める魔王。殴っても蹴っても魔法を撃っても、決して手を緩めようとしなかった。

 そうこうしている内に、部屋にさす“光”がより強くなっていく。眩しさで、視界が閉ざされる程に。

 

「馬鹿な!! こんな、こんなことが――!!」

「ハハハハハ、共に旅立とうぞ、アスヴェル――!!」

 

 そんな2人の叫びを残して。

 “光の奔流”が、全てを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 ――なぁ、アンタ!

 

 

 声が聞こえる。

 

 

 ――おい、大丈夫か!?

 

 

 誰かが、自分を呼んでいるようだ。

 

(う、む?)

 

 その声をきっかけに、“アスヴェル”の意識は覚醒する。

 

(なんだ? 身体を揺さぶられている?)

 

 徐々に五感が戻ってきた。その感覚により、自分が誰かの手によって揺り動かされていることに気付く。

 

(というか、倒れているようだな、私は)

 

 そんなことにすら今更気付く。どうにも身体は不調の様だ。

 

「う、ぐっ」

 

 その上、酷くだるい。指先一つ動かすのも一苦労だ。しかし神経を総動員し、無理やりに上体を起こす。

 

「あ、起きた」

 

「ん?」

 

 瞼を開ける。まず視界に入るのは、石造りの壁と床。どうやらアスヴェルは今、ちょっとした広さの部屋の中に居るらしい。

 そしてもう一つ、目に留まるもの。

 

(少年――か?)

 

 倒れた自分のすぐ傍らに立つ人物がいる。朧げな視界で、相手の容姿を上手く把握できない。口調と、その声の高さから少年のようには感じたのだが。

 

(う、む、む――)

 

 何とか瞳を凝らし、相手の詳細を探る。とりあえず目についたのは、脚。スラリと長いソレを見るに、ひょっとしたら目の前の人物は少女なのかもしれない。

 

(うーむ?)

 

 少しずつ視線を上げていく。腰、細し。

 やはり女性なのか。

 

(というか露出多いな)

 

 服装はショートパンツに薄手のアンダーとジャケット。軽装にも程がある。腹も丸出しで、へそまで出ている――というか、胸しか隠れていないではないか。まるで防御(・・)のことを考えていない装備だ。

 

(兵士や冒険者じゃないな、一般人か)

 

 そう考えながらさらに視線を上へ。前に立つ人物の顔をようやく確認する――と。

 

「シャキーン!」

 

「うお!?」

 

 突然立ち上がった自分に、相手が驚きの声を上げる。そんなことお構いなしに、アスヴェルは目の前の“少女”へと話しかけた。

 

「不格好な姿を見せてしまい、失礼。

 私はアスヴェルという。

 貴女のお名前を伺ってもよろしいかな――美しいお嬢さん?」

 

 一礼と共に挨拶をする。貴族直伝の華麗な礼だ。相手の心証を少しでも良くしておこうという配慮である。

 

 アスヴェルに話しかけてきた女の子は、控えめに言って絶世の美少女だったのだ。

 年の頃は十代半ば程だろうか? 

 流れるような亜麻色の髪は短く整えられており。

 まつ毛は長く、やや釣り気味の目はぱっちりとしている。

 スッと通った鼻立ちで、潤った唇は小さく、可愛らしい。

 手足はスラリと伸び、無駄無く程良い形に締まっていた。

 胸は美しい曲線を描き、蠱惑的な膨らみを為している。

 腰のくびれも芸術的、お尻もまるで桃のようだ。

 ――有体に言って、どストライクな容貌であった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「え? あ? お、おう、ミナトっていうんだけど」

 

「ミナトか――いい名前だ。君にぴったりの可憐な響きだな」

 

「え、えと、ありがとう?」

 

 かなりドギマギとつつ、少女――ミナトは答えてくれた。仕方ない。急に自分のような美男子(本人主観)から声をかけられては、戸惑いもしよう。

 

「ところでミナトさん――いや、ミナト」

 

「何故呼び捨てに言い直した?」

 

「私達の間に敬称なんて必要ないと気づいてね」

 

「いや、今さっき会ったばっかだけども。オレはアンタの名前以外何も知らないけれども」

 

「これから知っていけばいい。些細なことだ」

 

 しかし重要な情報もあった。ミナトはオレっ子らしい。女性らしくないと毛嫌いする男もいあるかもしれないが、アスヴェル的にはOKである。

 

「そういう訳でミナト、少し質問をさせて欲しい。今、付き合っている、もしくは気になっている男がいたりするだろうか? もしいるなら、その男の居場所を教えて欲しい」

 

 さりげなく(・・・・・)――何気ない自然体で、現在非常に気にかかっている事項を尋ねてみた。

 

「そ、それを聞いてどうするつもりだ?」

 

「いや、単なる知的好奇心に端を発した質問なので、何も考えず正直に回答して欲しい。ただ――できることなら、最初の質問の答えがNoであることを祈る。

 ……まだ会ってもいない人を、徒に不幸にしたくはない」

 

「んなこと真顔で言われて、答えると思うか!?」

 

「それは残念」

 

 軽く肩を竦める。だが、アスヴェルは見逃さなかった。質問の直後、ミナトが一瞬だけ恥じらいの表情を浮かべたことを。

 この手の質問を気恥ずかしがるならば、彼女は男性と付き合った経験ほぼ皆無と見て間違いないだろう。たぶん。

 

「ああ、ついでと言っては何だが、もう一つ聞きたいことがあるんだが」

 

「……なんだよ。なんかオレ、疲れてきたんだけど」

 

「それは大変だ、すぐに休憩をとらなければ。なに、質問自体は単純なものだから、すぐ終わる」

 

 一拍溜めてから。

 

「――――ここ、どこ?」

 

「それは一番最初にする質問だろうがぁっ!!!!」

 

 

 

 



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第2話 アイテムボックスって、何?
【1】


 

「ふーむ、アドモン遺跡? 聞いたことがない場所だな」

 

「そうなのか」

 

 とりあえず、(何故か自分に近づこうしない)ミナトから色々と聞いてみた。ここは、ロードリア大陸のクレスナ地方にあるアドモン遺跡という場所(ダンジョン)らしい。

 

(……何度思い返しても、知らない)

 

 大賢者が教えを請いに来る程の知識を誇る(自称)アスヴェルであったが、そんな地名も遺跡の名前も、噂ですら耳にしたことが無い。これは一体どうしたことか。

 

「君の方はどうだ? 私の言った単語に聞き覚えは?」

 

「ラグセレス大陸? オマエは魔王と戦ってる勇者だって?

 ……いやぁ、全然」

 

「むぅ」

 

 向こうは向こうで、こちらのことなどまるで知らないらしい。

 

(名称まで異なるとなると、ここは私が居た大陸ではない可能性が高い。あの“爆発”で空間の捻じれでも起きて、海を遥かに超えた先にでも転移したというのか? いや、だとしても、それなら何故言葉が通じる(・・・・・・)?)

 

 様々な考えが頭を錯綜する。しかしアスヴェルはその混乱を理性で無理やり押さえつけ、

 

(ま、ここでアレコレ考えたところで仕方がない)

 

 そう結論付けた。実際、情報が足りなすぎる。それに今は、そんなことよりも優先すべき事がある。ミナトだ。

 

(彼女、この場所を探索しに来たと言っていたな)

 

 確かにそう言っていた。つまり彼女はトレジャーハンターという訳だ。

 

(信じられん)

 

 なるほど、普段使いの服装にしては、やや無骨(・・)であるように見える。だが、遺跡探索という冒険を行うには余りに軽装備過ぎる。ハッキリ言って、布地(・・)が少なすぎる。お腹も太ももも丸見えではないか。それはそれで嬉しいのだけれども、冒険を志す者の出で立ちとしては失格である。

 

(魔力も大して感じられない)

 

 魔化された服であるという線も、これで消えた。つまり、彼女が来ているのは只の布服――いや、意匠はなかなか凝っているので、実はお高い代物なのかもしれない。

 

(その上、冒険に必要な道具すら持っていないじゃないか)

 

 明かりとして用いる松明かカンテラ、装備類を入れる小袋に水袋、その他諸々。それら冒険者必需品セットを、彼女は持っていない。というか、手ぶらだ。必需品どころか、碌にアイテムを所持していない。唯一、腰に何か“筒状の物”を下げているようだが――武器すら持っていないとは、驚きを通り越して呆然としてしまう。

 

(まさか、碌に知識も持たず冒険者に憧れて、大した装備も用意せず遺跡へ潜った――!?)

 

 聞く話ではある。英雄――例えばアスヴェルのような――への憧れだけを胸に町を飛び出してしまう若者、というのは。その末路は――生きて帰ることができれば上々、といったところか。

 

(ならばミナトの幸運は上等な部類だろう。なにせ、私に出会えたのだから)

 

 無辜な民を守ることが勇者の役目。となれば、彼女を安全に街へと運ぶことはアスヴェルの使命である。

 

「そうと分かれば善は急げ。早速だが、この遺跡を出よう」

 

「あれ? なんか一人で勝手に納得してないか、オマエ?」

 

「大丈夫だ、全て理解した。私は君を安全に町まで連れていかねばならない。君のご家族とも挨拶をせねばならないし」

 

「何で家族と?」

 

「結婚で最も大事なのは当人達の意思だが、家族の意向というものもやはり無視はできないからだ。祝福して貰えるに越したことは無い」

 

「ちょっと何言ってるか分かんない」

 

「何、気にすることは無い。私に任せておけ。全て滞りなく済ませてあげよう」

 

「あー、どうしよう。そろそろオレ一人でオマエの相手すんの限界だなー。なんか頭痛くなってきた」

 

「それは良くないな」

 

 尚更、ここからの脱出を急がねば。このまま留まったところで、何のメリットも無いのだから。ミナトを促して立ち去ろうとする――のだが。

 

「――む?」

 

 不穏な気配を感じて訝しむ。察した方向を見やれば、部屋から伸びる通路の先から怪物――としか呼べない代物が数匹現れた。

 猿の顔に虎の身体、ついでに尻尾が蛇になっている生物なんて、怪物としか呼べないだろう。

 

「あっちゃー、魔物が来ちゃったかー。

 ……ていうか今、イベントシーン(・・・・・・・)じゃなかったのか? それともこれもイベントかなぁ?」

 

 渋い顔をする(そんな表情も可愛い)ミナトから察するに、アレはこの大陸の魔物(モンスター)なのだろう。後半、よく分からないことを呟いていたが。

 ともかく、あれが魔物ということは――

 

「敵なんだな?」

 

「そういうこと。ちょっと待ってろ、今片付けるから」

 

「それには及ばない」

 

 数歩前に出るアスヴェル。丸腰の少女をあんな魔物――明らかに、雑魚には見えない――と戦わせるなど、勇者云々以前に人として有り得ない。彼女が一人でここに来たことを考慮するに案外見掛け倒しなのかもしれないが、希望的観測は禁物である。当然の帰結だが、彼は一人で戦うつもりだ。

 

「え? オマエ戦えるの?」

 

「当たり前だろう。ここは任せて貰おうか」

 

「へー、そっか。

 ……ヌエってかなり高レベルの魔物なんだけどな……ま、この流れならどうせイベント戦闘(・・・・・・)か。

 うん、それじゃ、お手並み拝見といこう!」

 

 なかなか太々しい台詞を吐いてくれる――途中でぼそぼそ挟んだ内容は意味不明だが。ともあれ、ミナトが見物するとあっては無様な姿は見せられない。

 

「さあ、来い!」

 

 掛け声一つ。それに挑発されて――かどうかは知らないが、ともかく一匹の怪物が自分に突進してきた。

 

「さて――」

 

 武器を構えよう、としたところで。

 

「――あ、あれ?」

 

 手が空ぶった。武器が無い。そういえば防具も無い。魔王との戦いの際に所持していたアイテムが、何も無かった。

 

「こ、これはどうしたことだろうか?」

 

 戸惑う内にもモンスターは迫ってくる。最早回避は不可能。

 

「ば、バカか!?」

 

 後ろからミナトの慌てる声。

 いけない。

 格好いいところを見せるつもりだったのに、これでは――

 

(お、落ち着け! 勇者は慌てない! 落ち着くんだ! お、お、お――――)

 

「オラぁ!!」

 

 仕方ないので殴った。拳で。

 

「ギャウンっ!?」

 

 殴られたモンスターは壁にまで吹き飛び――そのまま動かなくなる。最強の勇者たるアスヴェルの攻撃が当たったのだ、当然の結果だ。

 

「ふっ――ふ、ふ、ふ、見たか、これが勇者の力だ!」

 

 単なる腕力だが。

 

「な、なんだ今のっ!?」

 

 ミナトの叫びが聞こえる。しかしそれはアスヴェルへの称賛では無く、戸惑いの色が濃い。自分の活躍に見惚れたわけでは無いようだ。

 

(くっ、それはそうだ、こんな野蛮なやり方では――!!)

 

 咄嗟にやってしまったこととはいえ、素手で殴るのはまずかった。ミナトのように可憐な少女にこんなモノを見せては、ドン引かれるのも致し方ない。武器が無いなりに、もっとスマートなやり方で倒さなければ。

 

「と、考えている最中にもう次か!?」

 

 仲間がやられるのを見て、別の怪物が突っ込んできた。だが逆に丁度良い、次こそは勇者らしい華麗な戦い方を魅せる時!

 怪物がこちらを引き裂こうと、鉤爪の付いた腕を振り上げくるが――

 

「セヤぁっ!!」

 

 ――振り下ろされる腕を掴むと(・・・)、その勢いを利用して投げ飛ばす。

 

「ガフッ!?」

 

 脳天から石畳に叩きつけられた怪物は、2、3度痙攣を起こした後に動かなくなる。しっかり斃したことを確認してから、

 

「次はどいつだ?」

 

 魔物へと再度挑発。釣られてまた1匹が挑みかかってくる。前の2匹以上に猛烈な突進。どうも体当たりが狙いのようだ。

 

「ハッ!!」

 

 迫る猿頭にそっと(てのひら)を合わせると――次の瞬間、魔物の方が後方に吹き飛ぶ。敵から繰り出される攻撃の力を絶妙に操作し、ソレをそのまま相手に返すという特殊な体術である。

 怪物は1回転、2回転と転げてから、ようやく止まった。頭部が完全に陥没している。まず生きてはいまい。

 

「うわ、すげぇ!! <合気>じゃん!!」

 

 背後から歓声が上がる。そちらを見やれば、ミナトが眩しい笑顔でこちらを見ていた。どうやら当初の目的を果たせた模様。

 ……ところで“合気”というのは、“今の技”のこの大陸における呼称であろうか?

 

「はっはっは、まあざっとこんなものだ。満足頂けたかな?」

 

「おい、戦闘中によそ見すんな! まだ残ってるんだぞ!?」

 

「おっと」

 

 指摘され、視線を戻す。立て続けに仲間を殺され、怒り狂った魔物が2匹同時に(・・・・・)迫っていた。アスヴェルは額に少々の汗を流すと、

 

「……あー、これは対単体用の技なので、2匹一遍にはその、まあ、なんだ――――困る」

 

「なんか抜けてんなぁ、オマエ!!」

 

 響くミナトの怒号。彼女は腰から例の“短い筒”を取り出すと――

 

「<バレット・レイン>!!」

 

 ――そんな掛け声と共に、連続で炸裂音が響いた。



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【2】(挿絵有り)

(なんだ? 筒から何かが飛び出した?)

 

 目を凝らすと(・・・・・・)、“円錐のような金属”がミナトの構えた短筒から18個射出した。その“物体”は次々と怪物に当たってはその皮膚を抉り、ダメージを与えている。

 アスヴェルはその光景から、あるモノを連想した。

 

(まさか、アレは“銃”なのか!?)

 

 銃とは火薬を使って鉄筒から弾を発射して攻撃する武器であるが、彼の知っているソレはもっと巨大であり、少女が片手で扱えるような代物ではない。しかし、見たところ機構は似ているように思えた。

 

(遥かに高度な技術で作られている、のか? 推進力から察するに、火薬の威力自体がそもそも違う。 弾の軌道(・・・・)も滑らかで――おそらく、銃身の精度がこちらとは比べ物にならない程に高い)

 

 加えて、弾の大きさに比べて破壊力が高いように見受けられる。

 

(先端が尖っているから?――いや、それだけじゃないな。弾の回転(・・・・)が威力を底上げしているんだ。

 ひょっとしたら弾道の安定にも一役買っているのかもしれない。

 しかし、いったいどんな技術があればあれ程に精巧な銃身と弾丸を造れるというんだ!?)

 

 ラグセレス大陸の技術レベルでは、どれだけ時間と費用をつぎ込んでも真似できそうにない。ミナトは、丸腰どころか驚くべき武器を携帯していたのだ。

 

 ――と、ここまでの考察を思考を加速させて(・・・・・・・・)数秒で済ませる。最終的にたどり着いた結論は、

 

(……ま、後で聞けばいいか)

 

 身も蓋も無いものだった。実際問題、今は魔物退治が先決である。

 

「よっと!」

 

 銃弾を浴びて狼狽えている怪物の内、一匹の腕を掴んで先程同様に投げ飛ばす。

 

「ほいっ!」

 

 もう一匹は頭を掴み、テコの要領で首をポキッと捻り折った。

 どさりと崩れ落ちる怪物。

 

「ふむ、今ので最後のようだな」

 

 周囲を見渡してみるが、もう動く気配は無い。

 

「……マジかよ、ヌエ5匹を軽く仕留めやがった。一匹HP2万は超えてるのに――イベント戦闘にしたってやり過ぎじゃないか?」

 

 一転、呆けた様子で最早動かぬ怪物達を見つめるミナト。言っている内容はいまいち不明瞭だが、アスヴェルの力量に感嘆しているのは間違いない様だ。

 

(ふっふっふ、これで好感度は爆上がりだろう)

 

 内心ほくそ笑んでいた、その時。信じられないことが起きた。

 

「な、なんだ!? 魔物の姿が消えた(・・・・・・・・)!?」

 

「そら消えるだろ、倒したんだから」

 

 怪物が消滅したことに驚くアスヴェルだが、一方でミナトは涼しい顔。こうなって当然(・・・・・・・)、と言わんばかりだ。

 

「よ、よくあることなのか、これは?」

 

「そうだよ」

 

 あっさりと返答がくる。嘘をついているようには見えない。

 

(ゴーストか何かの類だったのか? その割に、殴った時にしっかり手応えがあったが……)

 

 色々な考えが頭をめぐるが、悩んでも仕方ないと一旦思考を中止する。少女がそう言っている以上、そういうもの(・・・・・・)なのだと割り切るしかない。

 そう納得した直後――

 

「――む? 何だこれは?」

 

 床に何か落ちていることに気付く。ちょうど、魔物が倒れていた場所だ。

 

「何って“ドロップ”だよ――ってうぉおっ!!? アイテムがゴロゴロ落ちてるじゃないか!!」

 

 言う通り、石畳の上には爪やら毛皮やらが幾つも転がっていた。ミナトを信じるなら、魔物が落とした(ドロップ)アイテムということなのだが……

 

(姿は消えても、こういうのは残るのか?)

 

 仕組みがよく分からない。ただ、彼女が目の色を変えているところを鑑みるに、

 

「これは高価な物品なのか?」

 

「おう! こんだけありゃ、数十万クライズにはなるぜ!」

 

 ……クライズとは、こちらでの通貨単位であろうか? 喜びようからして、大金なのだと思われる。無一文の身(所持金も無くなっていた)なので、お金が手に入るというのは有難い。ただ、

 

「……少し量が多すぎるな。全部を運ぶのは無理か」

 

 落ちているアイテムはかなり嵩張っていた。大きな袋か何かが無ければ、運搬は難しい。残念だが、持てる分だけ拾っておくしか――

 

「あ、それなら大丈夫だ」

 

 ――と、思っていたらミナトがあっさり否定した。彼女は軽く手を上げると、

 

「<アイテムボックス>、オープンっ」

 

「え?」

 

 その言葉を呟くや否や、何も無い空間へ“窓”のようなモノが出現した。“窓”にはよく分からない記号だか文字だか絵だかが色々と浮かび上がっている。ミナトはそれを確認すると、

 

「よし、まだ“空き”は十分有るな」

 

 一つ頷いてから、床に転がっている物品をその“窓”へと放り投げる。すると――

 

「――え? え?」

 

 ……理解できないことが起きた。投げられたアイテムが“窓”に当たると、そのアイテムが消えてなくなったのだ。まるで、その“窓”に吸い込まれたかのように。

 

「ちょっ――――え? え? え?」

 

 アスヴェルが戸惑っている間にも、ミナトは物品を拾っては“窓”に入れ、拾っては“窓”に入れ、を繰り返す。あっという間に、床には何も無くなっていた。

 

「あの――ミナトさん?」

 

 混乱して、ついつい敬語で話しかけてしまう。

 

「ん? どうした?」

 

「今、何したの?」

 

「何って、<アイテムボックス>にドロップを回収――――あー、そうか。NPCは<アイテムボックス>使えないんだっけ」

 

「……アイテムボックス?」

 

 他にも気になる単語はあったが、とりあえず今の出来事に一番直結しそうな単語を聞き返す。

 

「そ、<アイテムボックス>。この中にアイテムを収納できるんだ」

 

 言って、ミナトは宙に浮かぶ“窓”に手を突っ込む。その手を引き抜くと、先程落ちていた爪が握られていた。

 

「ほら、こうやって出し入れ自在。持ち歩きにくい道具は全部ここに入れてるって寸法さ」

 

 少女は他にもランタンやロープなどの冒険道具も“窓”から取り出して見せた。

 その後、出したアイテムを再び“窓”にしまい込む。

 

「<アイテムボックス>、クローズっ」

 

 最初と似たような言葉を紡ぐと、“窓”は消え去った。後には何も残らない。

 

「……なにそれ、凄い便利」

 

 アスヴェルは完全に呆けていた。

 

(そんなの有りなのか)

 

 何もない場所に物をしまうとは、いったいどういう原理だと言うのか。別の場所に物体を一時的に転移させている? それとも圧縮して小さくしているのか? 何にせよ、自分の理解が及ばない技術なのは間違いない。

 

 口を半開きにしたまま呆然としているアスヴェルに対し、ミナトはどこか意地悪そうに笑って、

 

「へへ、驚いたか? ここじゃ誰だって<アイテムボックス>使えるんだぜ?」

 

「な、何ぃいいいっ!!?」

 

 石造りの部屋に、アスヴェルの絶叫が木霊した。有り得ない。そんなトンデモ技術が、民衆に広まっているとは。このロードリア大陸においては、下手をすると“運搬”という概念そのものがラグセレス大陸と異なるかもしれない。

 

「ほ、本当に――本当に消えてなくなったのか!?」

 

 だが目の前で見せられたといっても、やはりそう簡単に納得いくものではなかった。実は彼女が何らかのトリックを使って――それこそどんなトリックか想像もできないが――物品を隠し持っているのではないか。そんな疑念が拭いきれなかった。

 ――なので、身体チェックしてみる。

 

「お、おい、だからアレは<アイテムボックス>に入れたんだって! オレを怪しんでも何も出てこねぇよ!」

 

 ペタペタとミナトの身体を触ってみても、確かにアイテムのアの字も無い。しかしまだ納得できない。

 

「しつこいぞ!? <アイテムボックス>のこと、いい加減理解しろっ――――あぅっ」

 

 ピクッと少女が小さく震える。しかしそれは些細なことだ、今は問題では無い。

 問題なのは本当に物が消えたのかどうかであって――――なんというか、凄くスベスベしている肌である。

 この大陸のことを理解するためにも、必要なことなのである――――そのモチモチ感は癖になりそうだった。

 

「ちょ、ちょっと、どこ触ってんだ! や、ダメ、待って、そこは――!?」

 

 アイテムは本当に無いのか――ああ柔らかい。

 少女の言う<アイテムボックス>という技術は信じるに値するのか――それにこの丸み(・・)、芸術品だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「んっ、あっ、やめっ―――い、いい加減、変なとこ触るの止めろぉっ!!!!!」

 

 怒りの回し蹴りを繰り出すミナト。その爪先は的確にアスヴェルのこめかみにヒットし――

 

「キテハァッ!?」

 

 ――その衝撃で、彼はその場に崩れ落ちるのだった。

 

 

 

 

 

◆勇者一口メモ

 どっちかっていうとお尻星人。



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第3話 ステータスって、何?
【1】


 

 それからややあって。

 

「ふむ、腫れは引いてきたようだな」

 

「……もっと苦しめばいいのに」

 

 蹴られたこめかみをさするアスヴェルと、それをジト目で軽く睨むミナト。2人は今、アドモン遺跡の通路を歩いていた。かれこれ30分ほど経ったところで、少女が足を止める。

 

「どうした? 通路はまだ続いているぞ? ここで一旦休憩するのか?」

 

「ああ、いや、そうじゃなくて。ここ、待ち合わせ場所なんだよ」

 

「待ち合わせ?」

 

「そ。一緒に来た仲間が居るんだ。そいつとここで落ち合う約束なのさ」

 

「途中ではぐれてしまったのか」

 

「違う違う。探索中に、魔物の大群と鉢合わせちゃって。その群の対処をそいつに頼んで、オレは先に進ませて貰ったわけ」

 

「……なかなか良い友人を持っているな」

 

 若干感情の籠っていない声で返答した。それは――そのご友人、無事なのだろうか。最悪、屍がその辺りに転がっていることもあり得るのでは。

 

「こちらから探した方がいいんじゃないか? 場合によっては、魔物に追われている可能性も――」

 

「平気平気、アイツすっげぇ強いから! この遺跡の魔物くらいにゃ負けないって!」

 

「――そ、そうか」

 

 そこまで太鼓判を押すということは、相応の実力者なのだろう。しかしミナトがそこまで強い信頼を持っている相手となると、アスヴェルの中に嫉妬心も沸々と湧き上がってしまう。そのご友人が女性であることを祈るばかりだ。さもなければ――

 

「あ、来た」

 

「む!」

 

 ――そうこうしてる内に、お相手が到着したようだ。ミナトが向いた方向を自分も確認してみると、

 

「おお! ミナト殿! お待たせしましたぞぉ!!」

 

 一人の男性(・・)がこちらに走って来ていた――のだが。

 

(……え?)

 

 嫉妬とかそういうもの以前の問題として、アスヴェルは呆けてしまった。こちらに向かってくる“彼”の外観が余りに意表を突くものだったからだ。

 

 装備は問題無い。軽装にも程があるミナトと違い、その“青年”はしっかりと鎧を着込んでいる。道具袋を持っていないのも、<アイテムボックス>の存在を知った今では納得できる。ただ――

 

(か、かなり、肥え過ぎではないかなぁ?)

 

 ――そう、ミナトの待ち人は肥えていた。はっきり言えば肥満であった。ずんぐりむっくりとした体形が、鎧の上からですら確認できてしまう。弛んだ頬肉が、動きに合わせてプルンプルン弾んでいた。

 

(冒険とは縁のない連中だって、もっと引き締まった体してるぞ!?)

 

 脳内でそんなツッコミまで居れてしまった。そのだらしない体は、とても遺跡探索を生業にしている人間とは思えない。

 

(……あ、いや、まさか、ミナトを騙している!?)

 

 唐突に、そんな閃きが頭に到来した。

 

(それこそ金持ちの放蕩息子が、金に物を言わせて超高級な装備で身を固めているだけなのでは!? そしてさも自分は熟練の遺跡探索者(トレジャーハンター)だと称して、ミナトに近づいたんだ! 彼女の身体を狙って!!)

 

 改めて見れば、確かに彼の装備品はかなりの業物に見える。しかも“眼鏡”などという高価品(・・・)まで装着しているではないか。全身からうっすらと魔力を感じとれるところからして、マジックアイテムも幾つか身につけているのではないだろうか。これだけあれば、全く鍛えていなくとも自分が強者であると詐称することはできるかもしれない。

 

(これは――油断できんな)

 

 気を引き締めて、件の相手に臨むことに決めた。一方、アスヴェルがそう決意している最中にミナト達は挨拶を終えており、

 

「ほほう、この御仁があの――」

 

「そうそう、奥の方で見つけたんだ」

 

 こちらを見て、そんな会話をしていた。どうやら、アスヴェルの紹介もしてくれていたらしい。肥満な男はミナトに勧められるまま近づいてきて、

 

「どーもどーも、初めまして! 拙者はハルと申しま――――おうふっ!?」

 

「うん?」

 

 急に変な叫びを上げた青年――名前はハルというらしい。彼はガクガクと震えながら驚愕の表情を浮かべ、

 

「こ、ここ、こいつは結構なイケメェン……!!」

 

 そんなことを呟いてきた。この反応にミナトは呆れ、

 

「いや、そんな驚く程か?」

 

「何を仰いますやら、ミナト殿! 端正な顔の作りに誠実そうな雰囲気。ボデーも素晴らしい位に鍛え上げておられる……! やばい位に美男子ではないですか!?」

 

「んー、まあ、顔は整ってる方だとは思うけどさ」

 

「ミナト殿、ハードル高ーい!?」

 

「いや、オマエがおかしいんだろ。なんで男のオマエがイケメンどうこうで盛り上がってんだよ? まさか、ホモだったのか?」

 

「そ、そんなことはありませんぞぉ!? 男の拙者でもびびってしまう程の美形ってだけでっ!!」

 

 と、アスヴェルを放って2人で話を繰り広げる。話題になっているのは自分だが、これには少々疎外感を感じてしまう。

 

(しかも、私が美形だのなんだの――そんな当たり前(・・・・)のことで騒がれてもなぁ)

 

 軽く肩を竦めてしまう。だがしかし、このやり取りで分かったこともある。

 

(ふっ、どうやら私はハル()について勘違いをしていたようだ)

 

 彼が怪しい男だなんてとんでもない。その瞳には知性の光が溢れんばかりに輝いているではないか。ほんの少しばかり(・・・・・・・・)余分な肉のついた体にしたって、逆に言えばそんなハンデを負っても十分に力を発揮できる実力者だということだ。

 

(間違いない、彼は信頼に足る人物……!!)

 

 アスヴェルはそう確信した。チョロいとか言ってはならない。彼の高度な思考能力を駆使して真実を見抜いただけなのだ。

 

「あー、ハル君だったか?」

 

「んむぅ? お、おお、こいつは失礼つかまつりました、アスヴェル殿!

 拙者ついつい熱くなってしまいまして」

 

「はっはっは、まあ気にすることは無いさ」

 

 朗らかに笑う。つられて、向こうも照れ笑いを浮かべだした。俯くと首の贅肉に顎が乗っかってしまっているのだけれども、些末事である。

 

「もう既に知っているようだが、私はアスヴェルという。ラグセレス大陸の勇者だ」

 

「拙者はハルと申しますぞ。職業(クラス)聖騎士(パラディン)なんぞしておりまして」

 

 聖騎士――即ち、教会に認められて騎士位を得た、ということだろうか。やはり彼は高潔な人物に間違いない。その上、紛れも無く貴族ということでもある。実に大した男だ。

 

「ではでは、これからよろしくお願いしますぞ、アスヴェル殿! ああそれと、君付けは止めて下され、ハルで構いません」

 

「ならば私にも呼び捨てでいい。アスヴェルと呼んでくれ」

 

「いやぁ、『殿』を付けてしまうのは拙者の癖のようなものでして。できればこのまま行きたいのですがよろしいですかな?」

 

「成程、そういうことならそれで構わない」

 

 そう言って、互いに利き腕同士(・・・・・)で握手をする。初見の人間に大事な腕を差し出すとは、なんと警戒感が無い――などとは思わない。単に彼もまた、アスヴェルが信頼できる人物と見抜いただけのことだ。

 

「……おかしい、オレの時はあんなにアレ(・・)な態度だったに、まともっぽい言動してやがる」

 

 すぐ隣で愚痴を言うミナトへの対応は、一先ず置いておくことにする。しかし、“美少女”と“好青年”とでは、どうしても対応が異なってしまうものなのだ。そこはどうか分かって欲しい。

 

「あー、ところでアスヴェル殿? 不躾ですが、ステータスを見せて頂いても?」

 

「ステータス?」

 

 ハルから出た聞きなれない単語を聞き返した。



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【2】

「そうですぞぉ。アスヴェル殿のレベルや能力値を確認したいわけでして」

 

「レベル? 能力値?」

 

 ハルが説明してくれるのだが、分からない単語がさらに増えてしまった。見かねてミナトが口を挟んでくる。

 

「ハル、こいつその辺りのシステム分かってないみたいなんだ。<アイテムボックス>も知らなかったし。たぶん、そういう設定のNPCなんだろ」

 

「おお、そいつは失敬失敬!」

 

 彼女の言葉でハルは頭を下げてくるが――正直アスヴェルにとってはどちらの台詞もいまいち理解できないものであった。しかしいちいち聞き返していては話も進まないので、一先ずここは聞き役に徹することにする。

 

「レベルというのはですな、なんと言いますか――そう、その人の“強さ”を示す目安のことですぞ。そして能力値というのも、筋力とか敏捷性とか、そういうものを分かりやすく数値(パラメータ)化したものなのです」

 

「ほほう」

 

 ハルの説明で、なんとなく掴めてきた。

 

(自分の力を数値で知ることができる技術、ということだろうか。興味深いな)

 

 能力が数値化されるということは、自分の長所短所を具体的に把握できる、ということだ。敵を知り、己を知れば百戦危うからずという言葉もある通り、自己の性能を知ることはそれだけ重要なのである。その人物の総合的な強さが分かるというのも良い。人材を運用するにあたり、大いに役立つ。

 

「しかし残念だな、そのような技術があるなら、是非私も自分のレベルや能力値を確認してみたかったが……」

 

「それなら心配ご無用! アスヴェル殿のステータスも拙者の<スキル>で確認できますぞ!」

 

「おお、それは凄い――いや待て。

 ……他人の能力も見ることができるのか?」

 

「その通りですぞー。まあ、マナー違反ではありますが。人の能力値を見る際には、相手の許可をとるのが通例ですな」

 

「ふむふむ」

 

 つまり、マナーを気にしなければ覗き放題、ということだ。これは少々気を付けておかねばならない案件である。

 

「とりあえずは論より証拠! まずは拙者のステータスをお見せいたしましょうぞ!」

 

「それは有難い」

 

 “ステータス”とやらは気になるものの、いきなり自分の情報が公開されるのは不安が残る。

 

(私にも心の準備というものが必要だ)

 

 まずハルのステータスを見ることができれば、色々と心構えができる。彼も、そういう配慮で話を持ち掛けてくれたのだろう。やはりこの青年は“好い人”だ。

 

「……おいおい、ハル。何もそこまでしなくていいんじゃないか? 相手、NPCなんだぞ?」

 

 と、横からミナトの待ったがかかった。

 しかしハルは彼女を窘めるように、

 

「たとえNPCでも筋を通すのが道理というものですぞ、ミナト殿。どんな時でも礼儀正しく振る舞うのがネットで楽しく生きるコツです。

 ……まあ、メタ的なこと言ってしまえば、どこにイベントのフラグ(・・・・・・・・)があるか分かりませんしなぁ」

 

「へー、色々考えてたんだな」

 

「勿論でござるよー」

 

 会話の内容には理解しにくい単語が多いものの、ともあれ彼女も納得したようだ。

 

「ではでは、拙者の<ステータス>オープンにござるっ!」

 

「おー!」

 

 なんとなく拍手してみる。程なくして、<アイテムボックス>に似た“窓”がハルの傍に現れた。

 

「これが――?」

 

「ステータスにござる。さささ、確認してみて下され」

 

「ほほほう」

 

 興味津々で“窓”を除く。そこに書かれている文字を読んで――

 

 

 Name:ハル

 Lv:128

 Class

 Main:聖騎士 Lv23

 Sub:戦士 Lv30

    僧侶 Lv30

    セージ Lv25

    スカウト Lv20

 Str:205 Vit:311 Dex:105

 Int:150 Pow:188 Luc:75

 

 

(あ、あれ?)

 

 ――読めなかった(・・・・・・)。<アイテムボックス>の時と同じく、見たことも無い文字(・・・・・・・・・)が羅列されている。

 

「……あの、アスヴェル殿? その顔はひょっとして――」

 

「ああ、何が書いてあるのかさっぱり分からない。これ、何語なんだ?」

 

「おうふっ!」

 

 ハルがこちらの様子を察してくれたようだ。せっかく出してくれたステータスをアスヴェルが理解できないと知り、ショックを受けている。

 

「え? なんでなんで? オマエ、日本語読めないの? 言葉は通じてるじゃん」

 

 ミナトは不思議そうな顔。確かに彼女の言う通りだ。言葉は通じているのに文字が読めないというのはおかしい。アスヴェルとしても、彼等は自分と同じ言語を使っているものとばかり思っていた。

 

(どうなっているんだ、これは?)

 

 頭をひねっていると、

 

「あー、これはアレですかなぁ。このゲーム、会話に自動翻訳機能が付いていますから」

 

「……そういえばそんなのあったな。すっかり忘れてたぜ」

 

「アスヴェル殿は別の大陸から来たため、言葉は通じるけれど文字は読めないのですな! むふぅっ、ゲームのシステムをこのような形でシナリオに落とし込むとは! 拙者、感激しましたぞぉ!!」

 

「確かに――凝ってるよなぁ、このイベント。アスヴェルもNPCなのにやたら知能高いし」

 

 2人はどうやら答えに行き着いたらしい。とりあえず意味が分かる範囲でその会話をかみ砕くに、

 

「会話が自動的に翻訳される?」

 

「ええ、その通りですぞ」

 

「……なんだそれ」

 

 さらなる驚愕の事態が発覚した。この大陸では、異なる言語を持つ者同士でも、自由に会話ができるらしい。俄かに信じがたいが、あの文字の件を鑑みるに納得するしかない。

 

「しかし、どういう原理でそんなことが可能なんだ……?」

 

「んー、むー、それはですなぁ……あー、そうそう! 加護! 加護を受けておるのです!」

 

「加護? いったい何の加護だ?」

 

「えー、それはそのー。確かー……か、神様ですぞ! この大陸を管理している神様が、そういう加護を住民に齎したのです!」

 

「なんだってぇ!?」

 

 なんと便利な能力を! 太っ腹な神も居たものである。

 

(こちらの大陸にも来てくれないものだろうか?)

 

 ラグセレス大陸は幾つもの言語が入り乱れており、他国・他種族間での意思疎通が面倒なのである。神との交渉が無茶であることは承知しているが。

 

「……そういやあったな、そんなご都合設定。余りにも使われないもんだからすっかり忘れてたぜ」

 

「……死に設定ですからなぁ、“このゲームでPCが使える特殊能力は、全て神様の加護である”というのも。かくいう拙者も失念しかけておりました」

 

 アスベルが思案している最中、ミナトとハルはこそこそと会話していた。なんらかの相談をしているようだが、どうも要領を得ない内容だ。

 いったい何を話しているのか聞きたかったが、それよりも先にハルが喋りかけてきた。

 

「しかし、困りましたなぁ。これでは、拙者のステータスを見せていないも同じ。アスヴェル殿のステータスを確認する訳には――」

 

 頭を掻きながら、肉付きの良い青年は困ったような顔をする。確かに彼の言う通りだ、が。

 

「いや、構わない。君は約束を果たしてくれた。それをしっかり受け取れなかったのはこちらの問題であって、君の落ち度ではない」

 

 彼は誠意を見せたのだ。誠意には誠意で応えねばならない。

 

「おふぅ、感謝ですぞぉ! ではでは、ちと失敬して――<識別(アイデンティファイ)>!」

 

「む」

 

 一瞬、自信の身体が淡く光った。

 

(ハルが魔法を唱えた、のだろうか?)

 

 程なくして、ハルの時と同じように“窓”が宙に現れる。やはり自分では読めないが。

 

 

 Name:アスヴェル・ウィンシュタット

 Lv:?托シ抵

 Class:逾樊・

 Str:995 Vit:?托シ托 Dex:?托シ厄

 Int:?抵シ包 Pow:?難シ抵 Luc:?抵シ抵

 

 

(どんな塩梅なんだ?)

 

 まさか弱い、ということは無い――筈。

 

(しかしひょっとしたら。いや、万に一つの確率でもしかすると…………おや?)

 

 一抹の不安を抱えていると、ハルとミナトが難しい顔をしていることに気付く。

 

「どうしたんだ?」

 

「ぬむむむむむ、あー、アスヴェル殿のステータスなんですが」

 

「……なんだこれ、バグってんのか? 全然分かんねぇ」

 

「え?」

 

 話を聞くに、どうやらステータスの表記がおかしくなっているらしい。2人にはアスヴェルのレベルも能力値も分からなかったのだとか。

 

「――ふむ。どうやら私を数値化することは君達の技術をもってしても不可能だということだな」

 

「なにドヤ顔しながら語ってんだ」

 

 自分が解析不能と知って、ちょっといい気になっているアスヴェルである。ミナトの方は少々不機嫌なようだが。

 

「いやぁ、無駄足を踏ませてしまって申し訳ありませんですなぁ。ま、ここではもうやることありませんし、ちゃちゃっとこのダンジョンを出ることにいたしましょう」

 

「ああ、そうしよう」

 

 そんなハルの台詞でその場は纏まり、3人は遺跡の出口へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

「で、どう思うよ、ハル?」

 

「アスヴェル殿のことですな。正直、測りかねておりますが――」

 

「ステータスが分かれば、少しは推測できたのにー。あれって、やっぱ隠蔽されてたのか?」

 

「でしょうなぁ。筋力(ストレングス)だけは見れましたので――何か“フラグ”を達成することで、他の能力値も開けるのかもしれませんぞ」

 

「アイツの戦闘を見たのが、その“フラグ”かな?

 ……ヌエを一発で倒してたから薄々気付いちゃいたけど、とんでもねぇ数値してたな。カンスト一歩手前じゃねぇか」

 

「一点特化で能力値を上げても、理論上せいぜい400~500程度にしかなりませんからなぁ。あっさり限界突破してくるとは、流石は重要NPC様ですぞ!」

 

「オレはそういうの好きじゃねぇんだよなー。なんかプレイヤー置いてきぼりって感じがして」

 

「はっはっは、ミナト殿はガチな――もとい、公平(フェア)なプレイが好きですからな。ま、運営が設定したことですから、アスヴェル殿に文句を言うのは筋違いですぞ」

 

「分かってるよ!

 ……やたらとボディタッチしてくることには文句言いたいけど」

 

「好かれておりますなぁ、ミナト殿は。しかし話戻りますが――拙者、アスヴェル殿に関してかなり大がかりなイベントの匂いがしておりますぞ!」

 

「大がかりなイベント?」

 

「ええ、そうです。ずばり、新たな世界(サーバ)の解放と予想しました!」

 

「新しい世界!?」

 

「そうですぞぉ! アスヴェル殿の語ったラグセレス大陸というのが、次の冒険の舞台になるのではないかと!!」

 

「それありそう! じゃあ、アイツとのイベントをこなしていくと、その大陸に行く手段が見つかったり?」

 

「きっとそうですぞ! 新しいアイテムやクラス、モンスターもわんさか追加されたり。ふっふっふぅ、心が滾りますぞぉ!!」

 

「他に似たような話は聞かないし――オレ達が一番乗りってことだよな? それどころか下手すると、オレ達がこのイベントのメインプレイヤー(主役)!?」

 

「おおおお、滾って参りましたぁ!!」

 

「おぉっし! こりゃなにがなんでもイベント成功させなきゃな!! やるぞ、ハル!!」

 

「了解ですぞ、ミナト殿!!」

 

 

 

 

 

◆勇者一口メモ

 割とちょろい。



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第4話 クラスって、何?
【1】


 ミナトと出会ってから既に半日程経過した。アスヴェル達は遺跡から近い“ベイリア”という町に辿り着き、改めてこの大陸についての詳しい説明を受ける――はずだったのだが。

 

「あああぁああぁあああああ」

 

 ホールに響く呻き声。ここはベイリアにある酒場の一つ。食堂も兼ねているこの場所を、ミナト達は拠点としているらしい。

 

「あぁぁぁあああああぁああああ」

 

 不気味な音。他の客が、何事かと視線を向けてきている。逆に、目を合わせないようにしている者もいるが。

 

「ああああぁあぁあぁああああ」

 

 呻きはなおも続く。同席している(・・・・・・)ミナトは、物凄く居心地悪そうだ。ハルは笑顔だが――なんだか他人のフリをしているようにも見える。

 ……ここまで説明すれば分かる通り、呻き声の主はアスヴェルである。何故呻いているのかと言えば――

 

「あああああああああ、美味いぃぃぃぃ、美味いよぉぉおおおおお」

 

 ――提供された料理に感激していたからだ。

 

「おいオマエいい加減にしろよ!? 周りから変な目で見られるだろ!?」

 

「いやしかしコレ本気で美味しいぞ!? 何だこれ――何だこれ!!」

 

 いい加減本気でキレ気味になっているミナトに、アスヴェルは涙を溜めて(感激の涙である)答えた。

 実際、酒場の料理は絶品なのだ。勇者という立場上、宮廷料理も食べたことのある彼だが、

 

(比べ物にならん!!)

 

 あっさりとソレを一蹴した。

 

(このサラダのシャキシャキ感はなんだ!? こんな新鮮味を残して保管が可能なんか!? さらに、かかっているソースが野菜の味をさらに引き立てている!

 それにスープのコク深さといったら! どんな方法を使えばこんな味が出る!?

 肉の柔らかさ、ジューシーさも素晴らしい! これを味わった後では、これまでの人生で食べた肉料理は靴の底みたいなものだ!!)

 

 本来であれば声に出して絶賛したいところなのだが、残念ながら現在アスヴェルの口は食事のために使用中だ。彼の手も休むことなく口へと料理を運んでいる。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁ――――美味い!!!」

 

 一通り食事が終わり。

 最終的に出たのは、何度も繰り返したその一言のみであった。しかし万感の想いを込めた言葉でもある。

 

「わはは! そんだけ感激してくれりゃ、作った甲斐があるってぇもんだ!」

 

「お、おお、ミスタ・サイゴウ!」

 

 この料理を作ってくれた“シェフ”の登場に、アスヴェルは慌てて席を立つ。座ったまま出迎えるなどという無礼を働くわけにはいかない。

 

「いやー、言い食いっぷりじゃねぇか! 嬢ちゃんから話聞いた時は、もっとお高くとまってる奴かと思ったぜ!」

 

「はははは、この料理を前にしては、プライドの高い貴族であろうとも頭を下げるしかないだろう」

 

「嬉しい事言ってくれるねぇ!」

 

 シェフが笑いながら、バンバンとこちらの背を叩いてくる。

 このサイゴウという男、浅黒い肌にスキンヘッド、顎には髭を蓄え、その上筋骨隆々という容姿。山賊の頭領といっても通じるような見た目なのだが、この酒場“ウェストホーム”の店長兼料理人なのである。しかも彼の料理はアスヴェルがこれまでの人生で食べたどんな料理よりも美味だった。

 

(ハルといい彼といい、人は見かけに依らないというのは本当だな。今日だけで2つもその実例を見てしまった)

 

 今後の人生、人を外見で差別するような真似はすまいと心に誓うアスヴェルである。

 一方、そんな彼を傍らで見ていたミナトは軽く肩を竦めると、

 

「でも言っちゃなんだけど。この美味さはおやっさんの腕というより、化学調味料の勝利だよなぁ」

 

「おいおい嬢ちゃん。文句あんなら食べなくてもいいんだぞ?」

 

 サイゴウはそんな彼女を軽く一睨み。ミナトは手を苦笑しながらパタパタと振って、

 

「ジョーダンだよ、ジョーダン。オレ、おやっさんの料理好きだぜ?

 ……“外”のは味気なくてさ。食った気がしないんだよな」

 

「またお前はそういう危ない発言を。どこで聞かれてるか分かったもんじゃないんだぞ?

 それにほら、アレはアレで完璧に栄養が調整された、完全食じゃねぇかー」

 

「おやっさん、後半棒読みになってる」

 

 仲良く談笑する店長と少女。聞いたところによるとこの2人、結構な古馴染みらしい。ミナトの父親とは友人同志なのだとか。

 

(近所の面倒見の良いおじさん、といったところか)

 

 超一流の料理人な上に気さくな好人物とは、実にできた男だ。

 ――ミナトへ色目を使う素振りも全くないし(重要)。

 

 と、一息ついたところで。

 

「そういえばミナト、君に聞きたいことがあるんだが」

 

「っ!? な、なんだ……?」

 

 話しかけた途端、少女は顔を引きつらせてアスヴェルと距離をとった。

 

「何故急に後ずさる?」

 

「自分の胸に聞いてみろ」

 

「ふむ?」

 

 思い返すも、心当たりはない。そもそも自分はまだミナトと会って半日程度しか経っていないのだ。彼女との思い出作りはこれからである。

 

「うん、頑張って一生に残る記憶を築き上げていこう」

 

「一生残るトラウマを刻まれそうだ……」

 

 どうした訳か暗い顔をするミナト。

 それはさておき。

 

「君の持っている武器について尋ねたかったんだ。それは、銃なのか?」

 

「お? なんだ、そっちのことか」

 

 理由は分からないが、少女は安心した表情になる。腰のベルトから例の短筒を取り出すと、

 

「おう、間違いなくコレは銃だぜ。ラグセレス大陸にも銃ってあんの?」

 

「あるにはあるが、そんな小型では無いな。もっと銃身は長いし、あんなに弾を連射できない。命中精度も悪い」

 

 そもそも生産できる工房も限られており、非常に希少な存在だ。それを専用に扱う者となれば、さらに少ない。

 

「ふーん――じゃ、良くてマスケット銃ってとこか。<銃士(ガンナー)>の新武器は望み薄そうだなぁ」

 

「銃士?」

 

 残念そうに肩を竦めるミナトに対し、聞きなれない単語を聞き返す。

 

「ああ、<銃士>ってのはオレの職業(クラス)だよ。こういう銃が扱えるようになんの」

 

 言って、彼女はくるくると短筒――もとい、銃をくるくると器用に回した。

 



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【2】

「ほうほう。その銃、少し触ってもいいだろうか?」

 

 単純な好奇心で、そんな提案をしてみる。しかしミナトは少し渋い顔をして、

 

「いいけど、オマエじゃ使えないと思うぜ」

 

「む? それはどうして?」

 

「この銃、<銃士>じゃないと扱えないから」

 

 そんな言葉と共に、ぽいっと銃を投げてよこした。相当な技術で作られた代物だというのに、えらくぞんざいな扱いだ。アスヴェルは丁寧にソレを受け取ると、まずはじっくり観察してみた。

 

「……やはり、よくできてる。この銃身の精密性はなんなんだ? 僅かな歪みすらないじゃないか」

 

「へへ、そうだろそうだろ」

 

 ミナトが自慢げに胸を張った。その際、2つの双丘がプルンっと柔らかく揺れたのを見逃すアスヴェルでは無い。

 

「それで、このトリガーを引けば弾が出る仕組みなのか」

 

「そうそう。試してみろよ。弾は入ってるから」

 

「……君は弾が装填されている銃を投げてよこしたのか」

 

 暴発したらどうするつもりだったのか。その度胸の良さに惚れ惚れしつつも、許可が出たので試しに引き金を引いてみる――が、銃はうんともすんとも言わない。弾倉を見れば、弾は確かに込めてあるようなのだが。

 

「何も出ないぞ」

 

「だから最初に言ったろ。<銃士>じゃないと使えないって」

 

 ドヤっとした顔で、ミナト。しかしアスヴェルは納得できない。

 

「おかしいじゃないか。詳細な機構は知らないが、銃は火薬を炸裂させて弾を飛ばす武器の筈。扱いの慣れ不慣れはあっても、ある職業に就いていないと使えないなんて――」

 

「いやまあ、現実としちゃその通りなんだけどさ……ファンタジー世界にリアルな事情持ってくんなよ。だいたい、その銃にしたってグロック17をモデルにしてるけど細部が大分違うと言うか、拳銃の構造的にあり得ない造りになってるし」

 

「……?」

 

 よく分からない単語が色々飛び出してきた。いったい何について彼女は語っているのか。不思議に思ったこちらの視線を感じたのか、少女は慌てた様子で首を振ると、

 

「ああ、いや、こっちの話こっちの話! あんまし気にしないでくれ。とにかく、銃を装備できるのは<銃士>だけの特性(ボーナス)なんだよ」

 

「むむむ、そうなのか……?」

 

「そうそう」

 

 なんだか勢いで押し切られているような感もする。

 

「だいたい、勇者だって色々職業特性(クラスボーナス)付いてるんだろ? それと同じさ」

 

「職業特性?」

 

 またしても聞きなれない単語。

 

「ほら、重い武器は<戦士(ファイター)>しか装備できないとか、<商人(マーチャント)>だとアイテムが安く買えるとか、そういうのだよ」

 

「いや、“そういうの”とか言われても」

 

 だいたい、戦士が重装備できるのは彼らが日々鍛錬しているからであるし、商人が値切り上手なのも彼らが市場に精通しているからだ。逆に、特訓すれば戦士でなくとも重装備は扱えるし、商人でなくとも値切れはする。

 

(ん? まさか――?)

 

 そこまで考えたところで、ある一つの閃きがアスヴェルに去来した。そういえばハルが先刻、口にしていたことだが――

 

「――この大陸では職業に就くことで何かしらの力を得る“加護”がある、ということなのか?」

 

「あー、そういう風に解釈したのか」

 

 軽く驚きの表情をするミナト。

 

「む。違うのだろうか」

 

「いや――寧ろ合ってる、のかも? うん、そういうことにしておこう」

 

「ふむ」

 

 やや煮え切らない態度ながら、こちらの意見は肯定された。まだ彼等も仕組みを解明しきれていないのかもしれない。

 

(しかしとんでもない場所だな、ロードリア大陸とは)

 

 精巧な銃を製造する技術を持ち、異なる言語を持つ者同士で会話が行え、その上ただ職業に就くだけで特殊な力が貰えるときた。

 至れり尽くせりとはこのことだ。

 

(幾つか持って帰りたい)

 

 アスヴェルがそんな考えを抱いてしまうのも、仕方ないことだろう。まあ、帰還する方法もよく分かっていない現状、それは優先順位の高い案件ではないが。

 

「で、もう一回確認するけど、アスヴェルのとこじゃそういう職業特性って無いんだな?」

 

 改まって、ミナトがそう尋ねてきた。そんな風に聞かれると何か意義のある言葉を放ちたいところだが、残念ながら返す言葉は一つしかない。

 

「聞いたことが無い」

 

「……そっか」

 

 難しい表情をする彼女。何かを考えているようだ。少ししてから横にいるハルの方を向いて、

 

「どう思う、ハル?」

 

「ぬむむむぅ。これは――ひょっとすると、新しい成長システムが導入される、ということなのではないですかな? 職業に依存しない能力値の上昇やスキルの獲得とか。現行のシステムですと、ぼちぼち上限が見え始めましたからなぁ」

 

「あ、なるほど」

 

 短い会話で、納得が得られたらしい。自分を除いての話し合いで了解に至る辺り、少々疎外感を感じてしまったりも。

 まあそもそも実のところ、職業云々で言うのならば――

 

「――私は別に勇者という職業に就いている訳でも無いんだよなぁ」

 

「え?」

 

 つい零してしまった呟きに、ミナトが反応した。彼女はこちらに身を乗り出しながら、凄い勢いで問い質してくる。

 

「オマエ、王様とかそういう偉い人に任命されて勇者になった訳じゃねぇの!?」

 

「任命された覚えは無いな」

 

「じゃあ、神様とか運命とかそういうのに選ばれて勇者になったとか」

 

「選ばれた覚えも無いな」

 

 無いものは無いのだから仕方ない。こちらの返答を聞いて、少女は神妙な顔つきになると――

 

「――ひょっとしてオマエ、ただ勇者って自称してるだけなん」

 

「ミナト」

 

 言い終わる前に、割って入る。

 

「いいか、よく聞くんだ。勇者というのはな、職業として就くものではないし、運命に決められるものでもない。勇者というのは――」

 

 一拍溜める。目線を斜め45度に上げると顔をビシッと決め、

 

「――生き様だ」

 

「カッコつけてるとこ悪いけど、結局自称勇者なとこ否定できてねぇぞ」

 

 ……ミナトの視線は、とても冷たかった。

 

 

 

 

◆勇者一口メモ

 自称疑惑発生……!?

 

 



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第5話 ログアウトって、何?
【1】


 夜も更けてきた。店から客の姿は消え、残っているのはアスヴェルと店長であるサイゴウのみ。

 

「おし、そろそろ店仕舞いだ。アスヴェル、うちの2階に空き部屋が幾つかあっから、好きなとこ見繕って泊まってくれや」

 

 調理場の掃除をしながら、サイゴウがそう告げてくる。この店を仮の宿として扱っていいとのことだ。非常に有難い申し出なのだが――

 

「――ミスタ・サイゴウ、すまないがそれには及ばない」

 

「いい加減ミスタってつけるの止めてくれよ――んで、何が及ばないって?」

 

 当然の疑問に、アスヴェルは毅然とした口調で答える。

 

「ああ。私が泊まるべきはココではなく、ミナトの家なのだ……!」

 

「…………」

 

 何故か店長は顔をしかめた。

 

「……お前さん、さっきそれやろうとしてこれ以上ない程完璧に拒否されてただろう? その顔にある“真っ赤な紅葉”の痛み、忘れたのか?」

 

「いや、覚えている。今でもまだヒリヒリしている程だ」

 

 言って、頬を擦る。今、アスヴェルの顔には“手の平”の真っ赤な跡が付いていた。言うまでも無く、ミナトによるものである。

 彼女と一緒に帰ろうとしたところ、色々と(・・・)あった末にビンタを食らったのだ。

 

「そんな見事なモンこさえられて、それでもまだ諦めてねぇって?」

 

「当然だ。諦めない限り人は負けない。私が諦めるのは、己の生命活動が停止した時だけだ」

 

「そこだけ聞くとご立派な覚悟なんだかなぁ」

 

「それに――好きの反対は無関心とよく言うじゃないか」

 

「恐ろしい程の前向きさだ、見習いてぇぜ。だからって積極的に嫌われにいかなくともいいんじゃねぇかと思うが」

 

「嫌よ嫌よも好きの内、とも言う」

 

「ポジティブに過ぎるぞ、お前さん!?」

 

「褒めるな褒めるな」

 

「――さて、衛兵呼ぶか」

 

「それは勘弁して下さい」

 

 洒落では済まない返しに深く頭を下げてから、アスヴェルはフッとニヒルな笑みを浮かべる。

 

「私とていきなり全てを成し遂げようとは考えていない。物事の順序は大事だ。今日は、ミナトの家の特定を目標とする。彼女の部屋着を確認なお良し、だ」

 

「た、確かに順序は大事だが、その付け方を盛大に間違えてやがる……!!」

 

 禿げた頭を抱える店長。この行動に賛同はしてくれないようだ。彼とミナトは保護者と被保護者の関係にあるようなので、如何にアスヴェルがこの世界で最も素晴らしい男性だとしても、不安が拭えないのだろう。

 

(仕方あるまい)

 

 アスヴェルはその反応に不快感を持たない。責任感のある大人であれば持って当然の感情だ。それをケアするのも自分に課された試練であろう。

 

「サイゴウ――安心して欲しい。私以上に彼女を幸せにできる男などこの世に存在しない」

 

「いやそういう次元のことを議論してるんじゃなくてだな」

 

「それに君なら分かるはずだ。男には、やらねばならぬ時があることを……!」

 

「す、すげぇ、ストーカー行為をそこまで堂々と宣言する野郎は初めてみたぜ!?」

 

 アスヴェルの決意に、サイゴウも身を震わせている。とりあえずこちらを妨害する意図は無いらしい。

 有難い。今はそれだけで十分だ。いずれは彼からも祝福を受けたいものだが。

 

「ふっふっふ、待っていろよ、ミナト!」

 

「……ま、まあ、無駄だろうけど頑張ってみろ」

 

 諦観した面持ちのサイゴウに見送られながら、アスヴェルは闘志を燃やして店を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 夜の街をアスヴェルは一人走る。

 

(……やはり、広い)

 

 まだ大して見分してはいないが、ミナト達に案内されたこの街は広い。その上、発展具合も素晴らしかった。道はしっかりと整備され、区画も美しく整い、建造物も立派なものだ。塵一つ落ちていないのではないか――と錯覚するほどに、清掃が行き届いている。

 

(それに、明るい(・・・)

 

 通りには街灯が幾つも設置され、夜を照らしていた。松明やランプとは比較にならない眩さ。しかも、同じような光が民家の中からも漏れている。つまり、この待ちでは高性能な照明器具――おそらく魔法の光を灯しているのだろう――が民間にまで普及しているのだ。

 ぽつぽつと独り歩きしている人がいるところを見るに、治安も良好の様子。

 

(首都か、それに準ずる都市なのかもしれないな)

 

 王城に該当するような建物は確認できないので、後者の可能性が高い。どちらにせよ、大陸有数の街であることに間違いないだろう。

 

(その割に、出入りは自由だったが)

 

 このような都市であれば、危険人物が入り込まぬよう人の入出をしっかりと管理するものだが、アスヴェルは特にこれといった審査もなく門を通ってしまった。気になってミナトに聞いてみたところ、そもそもそういった検査自体、ほとんど実施されることは無いとのこと。

 

(大陸規模で平和なのかもしれない)

 

 そんな推論を立てる。犯罪を行う人間自体がほとんど存在しないなら、警備のずさんさも納得がいった。平和ボケしている、とも言えるが――

 

(事実、この体制で町を維持しているのだから、ここは素直にここの人々の人間性を讃えるべきだろう。

 ……或いは、もっと“別の形”で人々を管理している(・・・・・・)のかもしれないが)

 

 それを今考えても仕方ない。機会があればミナト達に尋ねてみよう。

 さておき、今はミナトの家を探し当てるのが先決だ――が。

 

(こうも規模が大きいと、一苦労だぞ……人口はざっと数千人はくだらないか。下手すると、万に届くかもしれない……!)

 

 これだけの大都市で――しかも何の手掛かりもなく――特定の人物を探すのはかなり厳しい。しかし!

 

「問題無い! 1万人までなら!!」

 

 アスヴェルは諦めなかった。こう見えて彼は、広大な砂漠の中から拳大の水晶玉を探し当てた男(見つけた時には涙が出た)。如何に大規模の都市とはいえ、街中という限定された場所であるなら人探しなど造作も無い!

 

「く、くくく――ふはははははははぁっ!!」

 

 夜の街に、青年の高笑いが響いた。

 

 



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【2】

 

 

 そして、朝。

 

「……造作もない、筈だったんだけどなぁ」

 

 弱々しい足取りで、朝日に照らされる通りを歩くアスヴェルの姿がそこにあった。

 

「お、おかしい。どこをどう探しても見つからない」

 

 陽が昇るまで延々とミナトの探索を続けていたのだが、結局見つけることはできなかった。この街のありとあらゆる建物に目を通したにも関わらず、である。

 

「……おーい、ミナトやーい」

 

 ヤケクソになって、道端に置いてあったゴミ箱の蓋を開けてみる。当然のことだが、そんなところに彼女はいなかった――と、そこへ。

 

「何やってんだオマエ?」

 

「ミナト!?」

 

 後ろから声をかけられる。

 そこには亜麻色の髪を短めに整えた美少女が――アスヴェルが一晩中求め続けていた少女が立っていた。

 

(いったいいつの間に!? 気配をまるで感じなかったぞ!?)

 

 そんな疑問も湧いてきたが、まあそれはそれ。まず最初に己がやるべきことを行動に移す。即ち、“ハグ”。

 

「おお! マイスウィートハニー!! 私が居なくて寂しかったろう!?」

 

「うわっ!? いきなり抱き着いてくんじゃねえよ!!」

 

 しかしアスヴェルの腕は宙を切る。どうやら街中でイチャつくのは恥ずかしい様子。

 

「まあいきなりは仕方ないか。少しずつ慣らしていこう」

 

「……なに変なことぶつぶつ呟いてんだ。しかもすげぇむかつく顔で」

 

 ジト目な視線が突き刺さるが、その程度のことでめげはしない。

 

「で、結局君はどこへ行ってたんだ。この街には君の痕跡がまるで見つけられなかった。今までずっと探していたんだぞ」

 

「徹夜で探してたのかよ!? なんなんだオマエのその情熱……」

 

 大きくため息を吐くミナト。質問の方も渋られるかとも思ったが、意外にもあっさり解答をくれる。

 

「街の中探したってオレを見つけられる訳ないだろ。夜はログアウトしてるんだから」

 

「ろぐあうと?」

 

 またしても出てきた聞きなれない単語に、思わずオウム返ししてしまった。

 

「あー、ログアウトってのは現実世界に――じゃ分からないか。そうだなー……うん、違う大陸に転移することだよ」

 

「違う大陸に転移、だと!?」

 

 少女はとんでもない内容を説明してきた。

 

「そうそう。オレ達は休むとき、別の大陸に移動してんの」

 

「い、いやそんな気軽に言われても……」

 

 瞬間移動の魔法自体はアスヴェルの大陸にもありはする。しかし難易度が非常に高く、使用できる術者は少ない。その上、転移する距離が長くなればさらに発動が困難になるため、大陸間の移動が可能な術者など極僅かだろう。

 

(そんな魔法をミナトは――うん? 待てよ――?)

 

 アスヴェルはその時、あることに気付いた。

 

「今、“オレ()”と言ったか?」

 

「ああ、そうだよ。<ログアウト>はここの奴ら皆できるのさ」

 

「えー!?」

 

 開いた口が塞がらなかった。どうなっているのだ、この大陸の住人は!!

 

(転移魔法を誰もが使えるだと!? しかも毎日のような頻繁さで行使している……!?)

 

 こちらの常識に照らし合わせれば、全くもって有り得ないお話だ。

 

(これも加護か!? 神の力なのか!? 加護万能だなおい!!)

 

 なんでも加護と付けておけば解決しそうな勢いだ。加護さえあればもうそれでいいんじゃないか。いや、勿論そんなことある訳ないだろうけれども。

 

「ちなみにその<ログアウト>、私が使うことは――」

 

「できる訳ないだろ」

 

「そんな、馬鹿な」

 

 がっくりと肩を落とすアスヴェル。そんな彼の背中をミナトはぽんぽんと叩き、

 

「ま、そんなわけだ。これに懲りたらオレを夜這いしようなんて考えるんじゃねぇぞ、変質者」

 

 そう言って、少女は立ち去っていく。方向からして、サイゴウの酒場に朝食でもとりに行くのだろう。

 ショックですぐには動けないアスヴェルがその後ろ姿を呆然と眺めていると、

 

「ぬふふふぅ、大分凹んでおられるようですなぁ、アスヴェル殿」

 

 横から声がかけられる。見れば、でっぷりと脂肪のついた青年がそこに居た。

 

「……ハルか。情けないところを見せてしまったな。あれだけ意気込んでおきながらこの体たらくとは――笑ってくれ」

 

「そこまで卑下しなくともよいのでは。そもそもアスヴェル殿が一晩かけて探していたのはミナト殿ではなく(・・・・)、子犬でしょうに」

 

「っ!?」

 

 唐突に言い当てられて(・・・・・・・)、息を飲む。

 

「……な、何故知ってるんだ?」

 

「むふふふ、そこはまあ色々とツテ(・・)がありまして。少女に頼まれて夜通し街を駆け巡るとは、なかなかやりますなぁ」

 

「ミナトを探すついでに引き受けただけだよ」

 

 昨夜、アスヴェルが街を彷徨っていると、飼い犬を探す少女と出会ったのである。時刻は深夜、とても幼い女の子が出歩いていい頃合いではなかった。故に彼は、代わりに自分が探すと申し出たのである。

 無事子犬は見つかり、少女から感謝の言葉も貰えたのだが――やたらと時間がかかってしまったため、本来の目的であるミナト探しはおざなりになってしまった。

 

(まあ、別の大陸に転移していたというのなら、本気で探していても見つからなかっただろうが)

 

 結果として、アスヴェルの判断は正しかったらしい。延々と無為に時間を費やすくらいなら、見知らぬ相手とはいえ他者の利益に貢献した方が遥かにマシだ。

 

「ぬふ、しかし分かりませんなぁ。そうならそうと、ミナト殿に言えば良かったではござりませぬか?」

 

「どうしてだ?」

 

 ハルの言葉に首を傾げる。

 

「ほら、アスヴェル殿は邪な行為をしていたわけでは無く、人知れず善行を重ねていたのだと知れば、ミナト殿とてあんな冷たい態度はとらなかったでござろうに」

 

「……ハル。それは的を外しているぞ」

 

「と、言いますと?」

 

「子犬探しは私が好きで勝手に引き受けたものだ。そしてそれに対する報酬も依頼者から貰っている。つまりこの案件はもう終結しているんだ。それをミナトからの好感を稼ぐことに利用するのは如何なものか」

 

「ぬ、ぬむぅ。しかしそれでは――」

 

 納得いかない様子の彼に対し、さらに言葉を続ける。

 

「それに、君がこうして私の“頑張り”を知ってくれた。後はこの件で盛り上がった会話でも行えれば、見返りとして十分過ぎるだろう――と、どうした?」

 

 気付けばハルが両手で顔を覆っていた。彼は絞り出すような声で、

 

「――い、イケメン過ぎて」

 

 なんだか顔が真っ赤になっている。

 

「カッコ良すぎるでござる! アスヴェル殿は拙者を萌え殺す気か!?」

 

「ん? いや、すまない?」

 

 よく分からないが、責められているようなので謝ってみた。

 さて、いつまでも失敗を引きずってはいられない。アスヴェルは気を切り替えると、

 

「よし、せっかくだから一緒にサイゴウの店で朝食といこうじゃないか。ちょうど小腹が空いてきたところなんだ」

 

「その爽やかな笑顔を何故ミナト殿へ見せず、拙者に向けるのか!? 分からぬ、拙者にはアスヴェル殿が分からないでござるぅ!!」

 

 よく分からないことを零すハルと共に、酒場ウェストホームへと向かうのだった。

 

 

 ――この後、ハルと朝食を共にしたのだが。その際、件の話題で大層会話が弾んだことを追記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●『Divine Cradle』攻略メモ

・ベイリアお手伝いクエストNo.22「少女のお願い」

 町を歩いていると時間帯関係なく低確率で発生。

 現われた少女から飼い犬の捜索を依頼される。

 犬はベイリアの“どこか”に隠れており、クエストクリアのためにはその犬を一定時間内に見つけなければならない(時間が過ぎると少女は怒ってどこかへ行ってしまう)。

 隠れ場所は完全にランダムかつノーヒントであり、さらに対象範囲も町全体と非常に広く、その上で時間制限まであるため、ほのぼのとした内容に反し難易度が異常に高い。

 しかも必死こいてクリアしても少女からお礼を言われるだけで何も報酬は貰えないため、実装当時は大炎上した色々な意味で有名なクエスト。

 余りにも不評だったため、クリア者は街の掲示板に明示されるという修正が行われたが――違う、求めているのはそれじゃない。

 今では少女が現れてもスルー安定とされている。

 

 ……ただ、それ故に他プレイヤーへの“マウント”に使いやすく、敢えてこれに挑む剛の者も後を絶たなかったり。

 

 使用例:「少女のお願いも聞けないヤツが、冒険者な訳ないよね?」

 

 

 

◆勇者一口メモ

 ハルからの好感度が鰻登り。



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第6話 スキルって何?
【1】


 

 昼。ミナト達に連れられ、アスヴェルはとある広場へ訪れていた。

 

「さ、ついたぜ。ここが“訓練所”だ」

 

「ほうほう」

 

 訓練所の名の通り、ここは戦闘訓練を行う施設だそうだ。あちらこちらに簡素な造りの木製人形が設けられており、それに向かって武器を振るう幾人もの若者の姿が見える。

 

「ここで私の力を評価する、という訳だな」

 

「そ。結局オマエのステータス見れなかったしな。これからも一緒に動くなら、互いのこと知っといた方がいいだろ?」

 

 アスヴェルの身体能力は数値化が行えなかったため、実際に動いてもらって力を推し測ろうということらしい。まあ、こういう訓練の場で実戦的な力の把握は難しいが、やらないよりはやった方がいいだろう。

 

「ああ、お互いを理解し合うのは2人の新生活に向けて必要なことだ」

 

「うん、そういう意味合いで言ったわけじゃないぞ?」

 

「はっはっはっは」

 

 朗らかに笑うが、ミナトは顔をしかめたままだった。

 まあ少々茶化してはみたものの、アスヴェルも今日行うことに対しては関心がある。

 

(ミナトやハルの実力も見せてくれるようだからな)

 

 結局、アスヴェルの方もステータスを見れない――文字が読めない――ということで、2人のどれ程やれるのか把握できていないのだ。彼の“目”をもってすれば、相手の大よその力量など見ただけで正確に推量できるのだが……こちらの大陸はどうにも文化が違い過ぎるため、下手な先入観は危険と判断した。

 

(実際、昨日からどうにも“気にかかる”ことがある)

 

 それは戦闘時における彼らの行動に対する“違和感”だ。その違和感は、この訓練所に来て確信めいたものになっていた。

 

(……せっかくだし、今聞いてみようか)

 

 思い立ったら即行動がアスヴェルの信条である。彼は隣を歩くミナトに前述の違和感について尋ねることにした。

 

「すまない、一つ質問したいのだが」

 

「どうした? オレのプライベート以外だったら答えてやろう」

 

「それはいずれ聞かせて貰う――と、それはそれとして。

 昨日見た君達の戦いや、ここでの訓練を見て気付いたんだが……君達は戦闘中、“似た行動”を繰り返すことが多くないか?」

 

 そうなのである。どうにもこの大陸の人々は――不適切かもしれないが、一括りにさせて貰う――戦いの場で“全く同じ動き”を何度も行うのである。一定の戦術パターンを反復している、というレベルではない。武器の振り上げ方から力のため具合、残心の時間まで同じなのだ。ここまで来ると、異常性すら感じてしまう。

 昨日の遺跡の戦闘で、ミナトは何度も同じポーズで(・・・・・・)銃を撃っていたし、ハルも同じ動作で敵の攻撃を防御していた。この訓練所の人々も同様で、全く同様の仕草で的に攻撃を撃ち込んでいる――それも、複数の人が(・・・・・)同一の動きをしているのだ。正直なところ若干、不気味でもある。

 

「……あー、ひょっとして<スキル>のこと言ってるのか?」

 

「スキル……?」

 

 ミナトの口から、又しても聞きなれない単語――いい加減このパターンばかりなのは如何なものかと思うが、如何せんこの大陸の技術がアスヴェル居た大陸と違い過ぎて、なかなかお約束からの脱却できない。

 

「その顔、ひょっとしなくともオマエ、<スキル>を知らないな?」

 

「ああ、無い」

 

 知ったかぶっても意味が無いので、速攻で断言する。するとミナトは少し思案気な顔をして、

 

「<スキル>ってのは――えと、つまり技だよ。必殺技とか奥義とか、そういうの。オマエだって使えるだろ?」

 

「まあ、それに該当する技術は幾つか保有している。しかし私が気にしているのは、 状況に応じて技の形を変えないのは何故なのか、という点なんだ」

 

「んー……」

 

 黙り込んでしまうミナト。どうも、上手い説明の仕方を考えあぐねているようだ。

 

「アスヴェル殿、<スキル>というのはですな、最適な動作を身体に覚え込ませ、任意のタイミングでその動作を使用できるようにする技術体系のことを指すのでござる」

 

 そこへ、ハルが助け船を出した。なるほど、そう言われると納得がいった。

 

「つまり、武術で言うところの“型”か」

 

「あ、それそれ。それが近いかも」

 

 アスヴェルの言葉に、ミナトも同意する。“型”とは決められた通りの動きを忠実に実行する鍛錬の一つである。これによって、その武術における“動き方”の基礎を身につけることができるのだ。ただ、型の動きは応用性が乏しく、実戦で型をそのまま使うことは少ない――のだが。

 

(この大陸では違う、ということだな)

 

 ナンセンスとは言い切れない。型とは武術の基本であり、基本であるがゆえに適用しうる場面は意外と多い。

 

(応用力を高めるよりも、基礎を極めることを選択したのだろう)

 

 型の精度・威力を高めることで、多少の状況変化をものともしない技術へと昇華させたのが、<スキル>なのだ。アスヴェルはそう理解した。

 

「しかしそうだとして、応用力の低さ自体は解決できていない。<スキル>で対応できない状況に陥った場合、どうするんだ?」

 

「そういう時は別の<スキル>を使ってカバーすんのさ」

 

 答えたのはミナトだ。

 

「……そういうことか」

 

 抱えていた疑問が解消していく。つまりこの大陸では、<スキル>という名の非常に高い完成度を誇る“型”を複数身につけ、それをもって戦闘を行うという手法をとっているのだ。

 

(理にかなっている)

 

 いざ説明されると、悪くない方法に思えた。それがどれだけ高度であっても、特定の動きだけ(・・)を習得するのであれば難易度は格段に下がる。後は、覚えた型をどのタイミングで繰り出すかや、型と型をどう上手く組み合わせるかを学べば、実戦に耐えうる戦術が確立できるはずだ。

 もっとも、その“汎用性の高い所作”を見出すことが、まず至難の業であることは言うまでもない。だがこのロードリア大陸においては、既にその技術体系が出来上がっているらしい。

 

 ミナトの説明はまだ続く。

 

「逆に幾つも<スキル>を覚えないで、一つだけをめちゃくちゃ熟練度上げてる奴もいるけどな」

 

「そういうケースもあるか」

 

 それはそれで理解できる。究極的にまで一つの“型”を鍛え込み、“それさえ出せば勝てる”――正しく必殺技(・・・)へと変えるのだ。

 

(頼れる技があるというのは、それだけで苦境(ピンチ)に立たされた時に心の余裕を持たせてくれるからな)

 

 と、そこまで考えてからアスヴェルはあることに気付く。

 

「……ん? もしかして<スキル>というのは、武術だけに留まらない?」

 

「お、そこ気付いたか。そうだよ、魔法だって<スキル>そうだし、罠探しや鍵開けとかも<スキル>だ」

 

「なん、だ、と……!?」

 

 舌を巻く。そこまで徹底しているのか、この大陸は。

 

(ありとあらゆる技術――知識やノウハウレベルのことすら、<スキル>として体系化しているとは!)

 

 ラグセレスでは不可能なことだ。仮に<スキル>を再現できたとしても、技術を保有する各組織がそれを許すかどうか。十中八九、既得権益を巡る問題に発展する。

 と、アスヴェルがアスヴェルがアレコレ思考を巡らしている最中――

 

 

 

 

 

 ――ミナトとハルがこそこそ会話をしていた。

 

「なあハル、これってさ」

 

「ぬふぅ、スキルの概念が無い、新しいシステムが導入されようとしているのかもしれませんなぁ」

 

「あ、やっぱり?」

 

「<スキル>発動で動きが強制されることについて、一部から不評が挙がっておりますから」

 

「オレもそれは思ってた。身体が自由に動かせなくなるの、嫌なんだよ」

 

「ミナト殿はプレイヤースキルで戦闘するタイプですからなぁ。運動神経の無い拙者には、有難い仕組みなのでござるけれども」

 

「俄然、新しいシステムに興味が湧いて来たぜ」

 

「アスヴェル殿とのイベントを進めていかなければですなぁ。そのためには――」

 

「もっと積極的に関わっていけってんだろ? 分かったよ」

 

「むふふふ、その意気ですぞぉ!」

 

 

 



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【2】

 そんな2人の内緒話も終わり。

 アスヴェル達3人は、“人形”の前に到着していた。

 

「じゃあ早速やってみるか。まずはオレから見せてやるよ」

 

 一歩前に出ながら腰のホルスターから銃を抜き、ミナトがそう告げた。

 

「あ、ちなみにこれがオレの<ステータス>な」

 

 彼女の手元に、例の“窓”が現れる。ハルのものとほとんど同じだが細部が少し違う“記号”がそこに描かれていた。

 

 

 Name:ミナト

 Lv:71

 Class

 Main:銃士 Lv17

 Sub:狩人 Lv20

    アルケミスト Lv8

    スカウト Lv25

    セージ Lv1

 Str:62 Vit:60 Dex:199

 Int:47 Pow:22 Luc:136

 

 

 おそらく(・・・・)ミナトに関する情報が記載されているのだろう。しかし――

 

「まあ、私には読めないのだが」

 

「分かってるよ! ただちょっと、オレだけ見せてないのは不公平かなって思っただけだ!」

 

 少し顔が赤くなっている。照れているのだろうか?

 

「おお、実に律儀だな。私の好感度がさらに上がったぞ?」

 

「いや、そんなものは上げて欲しくないんだけども」

 

 何故だかうんざりした表情に変わった。不思議である。

 

「とにかく! オレの実力、目ん玉かっぽじってよく見やがれ!!」

 

 少女は銃を両手で構えると、

 

「<ピアッシング・ショット>!!」

 

 その“言葉”と共に、銃口から弾が発射される。

 

(ん? 前と少し形状が変わっているな)

 

 昨日見たよりも、弾の先端が鋭く、構成する金属の種類も違っていた。弾丸の速度も速い。込めた弾薬が異なるのだろうか。

 弾は過たず人形に当たり、その次の瞬間――

 

「――文字が浮き出た?」

 

 起こった事実をそのまま口にする。人形の表面に、何やら文字らしき模様が現れたのだ。それが何なのかを質問するよりも前に、ミナトが口を開く。

 

「あの人形はこっちが叩き込んだダメージを数値化してくれるんだよ。オマエにゃ読めないだろうから言っとくと、3172って書いてある」

 

「そんな機能が付いているのか」

 

 ただの木人形かと思っていたが、高性能な装置だったようだ。新たな驚きに目を見開いていると、隣のハルがさらに説明を追加してくれた。

 

「むふん、実のところ<スキル>を使えば人形相手でなくともダメージの数値は見えるのでござる。ただ、他人の攻撃に関する数値は見えないので、この人形が重宝されている訳でして」

 

<スキル>というのは、本当に色々できるらしい。羨ましいことだ。

 

「ちなみにですが、<ピアッシング・ショット>は中級スキルに分類されていましてな。威力の方はまあ、そこまで高く無かったり。ただ、ローコストで溜め時間も少なく装甲無視攻撃ができるので、使い勝手が大変良好なんですぞ。実際ミナト殿はこのスキルだけで上級のモンスター倒せますからなぁ」

 

「ふむ」

 

 意味が理解しにくい単語はあったが、なんとなく理解はできた。つまるところ、一撃の威力よりも手数を重視した戦闘スタイルをミナトは好む、ということか。

 

「では僭越ながら、次は拙者が」

 

 今度はハルが前に出る。腰に携えた剣を――その出っ張ったお腹を苦にせず、すらりと抜いてから、

 

「<ディヴァイン・スマイト>!」

 

 その声と共に刀身が輝き始めた。ハルは光る刃を大きく振りかぶると、全身のバネを使って思い切りソレを叩きつける。

 

「……また人形に文字が浮かんできたな」

 

「ハルのは8835だ」

 

「ほーう」

 

 ミナトの翻訳に深く頷く。

 

(凡そ見立て通りの値だな)

 

 アスヴェルが<ピアッシング・ショット>と<ディヴァイン・スマイト>を見比べて下した威力評価と人形が示す数値は一致していた。ならば(・・・)、この人形はかなり精密な測定ができているということだ。

 この大陸が持つ技術力の高さに舌を巻いていると、再びハルから解説が入る。

 

「数値上は拙者の方が上ですが、これは今のが上級スキルだからなのでござる。正直なところ、攻撃は苦手でしてなぁ。ぬふふ、拙者、敵の攻撃を防ぐのがお仕事のメイン盾でありますからして。ダメージを稼ぐのは主にミナト殿なのでござるよ。ぬふぅ、まあ、機会を貰えれば拙者もこういう<スキル>を使える、ということで一つ」

 

「なるほどな」

 

 納得のいく役割分担である。今ハルが使った<スキル>は隙が大きく、実戦で使うには相応の工夫が必要だ。そしてそんな<スキル>の違いを差っ引いても、昨日見た所感としてミナトは戦闘時の動きやセンスが段違いに良い。ハルが前衛に立ち敵の攻撃を防ぎ、ミナトは戦場全体を駆けながら敵を倒す、という戦法はかなり効率的と言えた。

 そんな感想を抱きつつ、アスヴェルは木製人形を見据える。

 

「さて、最後は私の番か」

 

「あ、ちょい待ち」

 

 満を持して――という程、仰々しいものでもないが――青年が動こうとすると、少女が待ったをかけた。

 

「なんだ? 私の実力を測るんじゃなかったのか?」

 

「そうなんだけど、オマエの得意技って<合気>だろ? だったら相手が動いてないとやりにくいんじゃないか?」

 

 合気とは、やはり敵の攻撃を流し返した技法のことを指すらしい。それはともかく、

 

「いや、そうは言っても人形は動かないだろう」

 

「動かせるぞ」

 

 さらっと口にする少女。数瞬、彼女の言っていることを吟味して、

 

「……動くの?」

 

「動くよ」

 

「そっかー」

 

 動くのだそうだ。高性能な測定システムを搭載した人形だと思っていたが、実はウッドゴーレムだったらしい。ただの訓練場にゴーレムを配置するとは、豪勢な話である。

 

「んじゃ、動かすぞ」

 

「……分かった」

 

 やや納得いかないところはあるものの、動いてくれるのならそちらの方がいい。より実戦に近くなる。

 ミナトが<ステータス>や<アイテムボックス>のような“窓”を空中に生み出すと、その窓をアレコレ操作(?)し始める。すると――

 

「――ヴァ!」

 

 変な声と共に人形が動き出した。アスヴェルに向かってゆっくり歩いてくる。

 

「オマエにパンチ繰り出すように命令したからなー」

 

 ミナトの言う通り、人形は弓を引き絞るかのように身を捩ると、反動をつけて拳を繰り出してきた。

 なかなかの勢いで人形の手が己に迫るのを、青年は冷静に見つめながら、

 

(では、期待に応えるとしよう)

 

 すぅっと全身から力を抜いて自然体に近い構えをとる。襲い来る人形の拳へ柔らかい動きで掌を沿えると、

 

「フッ」

 

 軽く息を吐く。次の瞬間、人形がものすごい勢いで後方へ吹き飛んだ。2転、3転と地面を転がり、柵にぶつかってようやく止まる。

 先程までと同じく、人形には数らしき文字が表示されている。その数値を見たミナトとハルは息を飲んだ。

 

「9999ってマジかよ!? 綺麗そっくり攻撃を返しやがった!?」

 

「いやそれ以前に最大ダメージを設定って、ミナト殿殺意を込めすぎなのでは――!?」

 

 驚きの声を上げる。驚いている点がそれぞれ違うような気もするが。

 2人はひとしきり騒いでから、

 

「ま、まあ、とにかくこれでオマエの実力は分かった。

 ……ダメージを100%返せる<合気>とかチートにも程がある」

 

「熟練度を最大まで上げても理論上8割程度しか返せない筈ですからなぁ……」

 

 驚きが抜けきっていなようだけれども、アスヴェルの力を理解はしてくれたらしい。

 とはいえ――

 

 

「――私はどちらかと言えば魔法の方が得意なんだがなぁ」

 

 

「え?」

「へ?」

 

 アスヴェルの呟きに、ミナトとハルが揃ってきょとんとした顔を返した。



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【3】

 ミナトが面食らった表情で詰め寄ってきた。

 

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て。あれ? オマエ、<格闘家(グラップラー)>系じゃねぇの? 昨日、ずっと素手で戦ってたじゃん?」

 

「いや昨日は装備を紛失してたからああしただけで。基本的に敵から距離をとって魔法を撃っていることの方が多いぞ」

 

「えー……オマエのそのムキムキな筋肉、なんのためにあるんだよ?」

 

「近接戦の機会も無い訳ではないのだから、当然対策はしているとも。これでも一通りの武具は扱える」

 

「そ、そうなのか」

 

 そういえば、昨日の段階でまだ説明していなかった。とはいえあの時は他に解決すべき案件が多かったので仕方ない面もある。こうして今説明できたのだから、問題無いだろう。

 不承不承ながら、ミナトの了解も得られたようではあるし。

 

「ぬむむむ、格闘系勇者という新機軸かと思いきや、ゴル●ーザ兄さんだったのでござるか……!」

 

 ハルはその隣でよく分からないことを呟いていたが。

 

 

 

 と、いう訳で。

 

「よし、仕切り直しだ!」

 

 そういうことになった。

 ミナトの号令一つ、アスヴェルは再び木人形に向かい合う。

 

「今度は魔法をあの人形目掛けて放つんだぞ! 最強なやつ!」

 

「ああ、任せておけ」

 

 言われて、両手を前にかざした、それっぽい構えをとるアスヴェル。実のところ魔法を使うのに仰々しい身振りなんぞ必要ないのだが、そこはノリと勢いである。

 

(……しかし)

 

 正直言うと、ここに至って疑念が湧いてきた。

 

(本気を出してしまって、いいのだろうか?)

 

 全力の魔法を見せることに異論はない。だが、そうすると間違いなくあの人形(ゴーレム)は壊れるだろう。かなり高性能な一品を、果たして破壊しても良いものかどうか。

 

(まあ、良い訳が無いな)

 

 どう見ても、この訓練場はミナトやハルが個人で所有する施設には見えない。というか、十中八九間違いなく公共の場所である。公共の備品を個人の都合で破すのは――常識で考えて非常にまずい。壊しては駄目と言われなかったので壊しました、なんて子供の言い訳未満である。

 ミナトやハルに何の躊躇もないことを考えると、別に壊れてもいい代物なのかもしれないが――

 

(――単に破壊されることを想定していないだけなのでは?)

 

 そちらの可能性の方が高いように思える。実際、自分達3人の技を受け続けても、傷はおろかヒビすら入っていない頑強さだ。生半可な攻撃ではびくともしないと、アスヴェルですら思える。それ故にミナト達は、あの人形がどんな魔法であろうと壊れないものだとみなしているのでなかろうか。

 

(だけれども、だな)

 

 ここで手加減をするというのは、ミナトの期待(・・・・・・)に沿わない、ということだ。チラリと横目で確認すると、美しい少女はどこか期待を込めた目でこちらを見つめている。この視線を裏切ることが、自分にできるのか。

 

(……できない)

 

 あっさりとアスヴェルは折れた。今、自分の中で優先すべきは、どうしたって公共の利益よりも彼女なのだ。

 

(ええい! ままよ!!)

 

 咎められたら頑張って弁償しようと覚悟を決める。

 魔法を行使するためにはまず意識を集中し、呪文を詠唱、そして己の体に宿る魔力を練り上げていく――という行程が本来ならば必要なのだが、アスヴェルは色々と極まって(・・・・)いるので全て省略が可能だ。なので、いきなり発動させる。

 

極大雷呪文(フォルトニトゥル)!」

 

 青年の手の先から例の人形まで、一条の稲光が走る。雷は目標に着弾し――

 

 耳をつんざく轟音。

 目を焼く光。

 吹き荒れる爆風。

 

 ――全てが終わった後、そこには何も残っていなかった。アスヴェルの魔法により、人形は木端微塵に吹き飛んだのだ。

 

「」

「」

 

 ふと横を見れば、ミナトとハルが口をあんぐりと開けて固まっていた。その顔は驚愕の色に染め上げられている。

 いや、彼等だけではない。気付けば周囲もざわざわと騒ぎ始めた。

 

(……私、ひょっとしなくてもやってしまったか!?)

 

 当然の帰結と言えば当然の帰結である。想定していて然るべきというか、ある程度想定はしていたのだが、やはり今のは目立ち過ぎたようだ。

 この事態にどう反応すべきか迷っていると、アスヴェルが何かするよりも先にミナトの絶叫が広場に響く。

 

「な、なんじゃあこりゃぁあああっ!?

 オ、オマ、オマエ、なんつー<スキル>を!!?」

 

「……むむむ、以前トップランカー達がバフ盛り盛りにかけた上で一斉攻撃して破壊できたそうでござるが――それを一人でおやりになるとは。

 あ、アハハハ、ちょっと頭が痛くなってきました」

 

 ハルの方は眉間を指で押さえながら、ぶつぶつと呟いている。これは説明が面倒そうだ――と、悩んでいたところで。

 

「んん?」

 

 とんでもないことに気付く。木人形が再生している(・・・・・・)。まるで時間を巻き戻したかのように、その形が復元していき――あれよあれよという間に、元の姿に戻ってしまった!

 

「な、直ったぁ!?」

 

 思わず素っ頓狂な声が口から出る。自動修復するゴーレムというのは一応見たことはあるが――それだけでも相当希少な代物である――あそこまで粉々に砕けた状態から再生するなんて、聞いたことが無い!

 

「おい、ミナト、直った!! 今、人形が直ったぞ!?」

 

「訓練用人形なんだから直るのなんて当たり前だろ!!」

 

「ええええ!? それどこの世界基準で!?」

 

 おそらくこの大陸での基準。残念ながら少女からの共感は得られなかった――が、だからといって納得できるものではない。しかしミナトはこちらの言葉を取り合わず、

 

「そんなことより、オマエの<スキル>だ<スキル>!! アレ、どうなってんだよ!! 取得条件と消費コストを今すぐ教えろ!!」

 

「そんなこと!? どう考えてもあの人形の方が常識外れなことやってるだろう!? それを言うならあのゴーレムの製造方法を教えてくれ!!」

 

「だーかーらー!! あんな訓練用人形のことはどうだっていいんだよ!!」

 

「どうでもよくないよ!?」

 

 お互いいっぱいいっぱいになってしまったため、相手の話を聞かない言い争いにまで発展していく。

 さらにそんな2人を取り巻く野次馬な人々まで出てくる始末。残念ながら状況は混迷を極めていく一方であり、解決には相応な時間を要することとなった。

 

 

 ただ一つ確実に言えるのは。

 ラグセレスとロードリア。2つの大陸の異文化相互理解はまだまだ遠い、ということだ。

 

 

 

 

◆勇者一口メモ

 得意な魔法は雷系。

 主な呪文は、雷呪文(トゥル)上位雷呪文(トニトゥル)極大雷呪文(フォルトニトゥル)

 

 



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第7話 NPCって、何?
【1】


 

 

 最終的に訓練場での騒動は、偶然様子を見に来たサイゴウに周囲への説明をお願いする形で終結した。

 

(あの人には頭が上がらないな)

 

 周りの反応を見るに、なかなか人望も厚い御仁のようだ。これからも何かと世話になることだろう。今回の件でのことも含め、近い内に何か返礼を考えておいた方が良さそうだ。

 

(ま、それはそれとして)

 

 意識を現在に戻す。アスヴェルを含めた3人は武具屋に来ていた。彼の装備を揃えるためである。

 

「昨日今日を見てると、別に要らなそうだけどなー」

 

「そんなこと言うな、マイハニー」

 

「ハニーじゃねぇよ!?」

 

「はっはっは、そんなに恥ずかしがることでもない」

 

「恥ずかしがってないぞ? 鬱陶しがってるんだぞ? オレの嫌悪感に満ちた目、オマエにゃ見えない?」

 

「ふむ――綺麗な瞳だな」

 

「節穴か! オマエの目ん玉は!!」

 

「いやいや、これでも視力には自信があるんだ」

 

「そういうこと言ってんじゃねぇよ!?」

 

 愚痴を零すミナトと、小粋なトーク(異論は受け付けない)を繰り広げる。

 いや確かに、昨日出会った魔物程度であれば武器防具など無くとも戦い抜ける自信はあるのだが、それはそれとしてこの大陸の武具には興味があった。何せ、とてつもない精度を誇る小型銃を製造できる技術を持っているのだ。他にも高度な技術が盛り込まれた装備品があるに違いない。

 

(可能なら持ち帰って、うちでも量産できるようにしたいものだ)

 

 そんな野望を秘めている訳なのだった――が。

 店に入って十数分、アスヴェルの顔は曇ることとなる。

 

「……なんか、コレ、違わないか?」

 

「何がでござるか?」

 

 青年のぼやきに、ハルが返す。

 

「何がというか、こう、全体的に」

 

「ふむぅ?」

 

 彼は分かってくれなかった。

 アスヴェルは現在、装備を試着しているところなのだが――さらに言えばその見立てはハルが行ってくれたのだが――ちょっとばかり、趣きがおかしい気がするのだ。方向性とか、そういうのが。

 

「せっかく選んでもらって非常に申し訳ないのだが、もうはっきり言ってしまうけれどもこの服似合わないだろ、私に」

 

「え~? そうでござるかぁ?」

 

 意を決してぶっちゃけたのだが、それでもハルには通じなかった。おかしい、彼とは良好な関係を築けてきた筈なのに。

 端的に今のアスヴェルがどんな格好をしているのかと言えば――王子様だ。見るだけで羞恥心を刺激するシルエットに加え、身体のいたるところにキラキラした豪奢な装飾が施されており、目が痛い。

 

「……ちょっと自分を直視できない」

 

 ちらっと鏡で己の姿を見てしまったのだが、我が事ながら笑えるほど似合っていなかった。まあ、子供の頃は似たような服を着させられた時期もあったが、あれから色々成長してしまった今となっては不自然感が半端ない。というか、あの頃ですらここまでゴテゴテに着飾った服は着た覚えが無かった。

 

「ふぅ~む、それ程お気に召さないものでござろうか。店で買える中は最高クラスの防具なのでござるが」

 

「こんな服が!?」

 

 ちなみに店の陳列棚には、かなり上等そうな金属鎧も並んでいる。それよりも性能が高いというなら、確かに驚きの一品だ。

 

魔化された防具(マジックアイテム)の一種なのか? それともミスリル銀糸でも縫い込んでいる?)

 

 デザインは致命的だが、それを度外視してでも勧めたい装備だということなのか。

 

「それに何より、アスヴェル殿に物凄く似合っておられますし」

 

「え」

 

「もう拙者、先程から興奮しっ放しにござる! アスヴェル殿のイケメン具合がよりパワーアップしているではござらんか!」

 

「え」

 

 残念ながら、彼とは少々感性が食い合わないのかもしれない。

 ちなみに、客観的に見てもこの服装が似合っていないことは、すぐ横で笑いを堪えているミナトが証明していた。アスヴェルはニヤける少女へ視線を向けて、

 

「……言いたいことがあるなら、言ってくれないか」

 

「宴会芸としちゃ一流だぞ」

 

「……ありがとう」

 

 分かりやすくこの有様を言い表してくれた。とりあえず、自分の感性がこの大陸では異端ということではないようだ。

 しかしハルは納得いかないようで珍しく不満げな表情を作ると、

 

「ぬむむぅ、そうまで言うならミナト殿が見立ててみては如何か」

 

「んー、まあ、そういうことなら。罰ゲームみたいな格好してる奴と一緒にいるのはオレも恥ずかしいし」

 

 辛辣な一言があったものの、僥倖なことにコーディネートはミナトに変わってくれるようだ。これで少なくとも外見の問題は解決するだろう。

 

 

 

 

 

 

 ――などと考えていた頃が、アスヴェルにもありました。

 

「……あの、ミナトさん?」

 

「どうした? まあまあ似合ってんじゃん。馬子にも衣装って感じで」

 

「……似合って、る?」

 

 改めて自分の姿を見る。ヤバい。とてもヤバい。何がヤバいって――

 

「これでは勇者というより、悪者な塩梅ですな」

 

 自分の気持ちは、ハルが代弁してくれた。

 ミナトが見繕った衣装は黒に統一され、あちこちに髑髏の意匠や悪趣味なアクセサリが施されている。全体的なシルエットも酷く鋭角で――

 

(――まるで魔王(あいつ)みたいじゃないか)

 

 とてもではないが勇者の装備する一着では無かった。

 こちらの気持ちを察したか、弁解に口を開く。

 

「えー、でも格好いいだろ?」

 

 ハルの時と同様、不満をありありと伺わせていたが。

 

「いや、しかし、私にも勇者としてのイメージってものがあるし」

 

「いいじゃん、元からオマエ、勇者顔じゃねぇよ」

 

「勇者顔じゃない!?」

 

 凄いこと言われた。言葉の刃が、アスヴェルの心の割と深い所にまで突き刺さる。

 まあ確かにちょっと厳ついとか、少々強面とか評されたこともあるが、勇者は顔ではない。これだけは声を大にして主張したい。ホント、人を外見で判断してはいけません!

 

 



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【2】

 結局、装備は自分で選んだ。動きやすく丈夫な布地の服に、革製のコートを羽織った格好だ。金属鎧も良質なものが揃っていたのだが、動きやすさを重視した結果である。

 なお、支払いは昨日倒した魔物が落としたアイテムを売り払ったお金で行った。

 

「無難に纏めやがって」

 

「拙者の推しも悪くないと思うのでござりますがなぁ」

 

 2人からの物言いはあるものの、満足いく買い物ができたと自負している。実際、サラッと“丈夫”の一言で流してしまったが、この服は炎や氷など様々な攻撃に高い耐性を持つらしい。

 

(そんなものが店売りされている事実こそが恐ろしい)

 

 同等の品をラグセレス大陸(自分のところ)で手に入れようとしたら、金だけでなくコネや運が必要だ。やはりロードリア大陸の技術は一歩も二歩も先を進んでいる。

 

(一度、製作した職人と会ってみたいものだ)

 

 そんなことを考えだす。これだけの技術をものにするなら、自分で分析するより製作者に教えを請うた方が手っ取り早い。問題は如何にしてその人物と交渉するか、だが――

 

「――ん?」

 

 そんな折、大通りから離れた路地裏で妙なやり取りをしている男達を見つけた。

 

「よぉよぉ兄ちゃん、俺っち、今日はちょっとイライラしちゃっててさぁ」

 

『こんにちは、ここはベイリアの町です』

 

「このイライラを発散したいわけ。分かる? 要するにサンドバックになって欲しいんだけどさ」

 

『工業が発展しているので、他の町には無い装備が置いてありますよ』

 

 ガラの悪い男が、品の良さそうな青年に対して一方的に絡んでいるようだ。青年は男を相手にしていないのか、会話が成立していない。

 

「へっへっへ、拒否しないってーことはOKなんだよな? じゃあ、歯ぁ食いしばれや!!」

 

『最近、街の近くに強い魔物が出没するようになったので注意し――』

 

 言葉を終えるより前に、青年が吹き飛んだ。男に顔を殴られたのである。相当強くやられたのか、そのまま倒れ込んでしまう。

 

(な、なんだ!?)

 

 理解の及ばぬ出来事に、動揺してしまう。

 

(何故、抵抗しなかったんだ!?)

 

 アスヴェルの疑問はそこだった。男は攻撃に対し、青年は何のリアクションもしなかったのだ。例えあの青年が喧嘩に不慣れなのだとしても、これはおかしい。

 

(さて、どうしたものか……?)

 

 目の前で立派な暴行事件が起きたわけだが、この不自然さ、何か事情がある可能性も捨てきれない。仮に大した理由が無いのだとして、つい昨日この大陸を訪れたような自分がこのように私的なトラブルへどう手を出したものか。下手なことをすれば、自分の身元引受人(立ち位置的にそう形容するしかあるまい)であるミナトやハルへ迷惑をかけてしまう。自らの行動を決めかねていると――

 

「あ、あの、アスヴェル殿?」

 

「んん? どうした?」

 

 ――ハルがこちらに追いついて(・・・・・)、遠慮がちに話しかけてきた。

 

「色々言いたいことや聞きたいことはあるのでござるが、まず取り急ぎ――もう、その辺りで良い(・・・・・・・)のではないかと(・・・・・・・)

 

 ハルの目が、例の“ガラの悪い男”へと向く。今現在、アスヴェルに片手で首を掴まれ、吊るされている男へと。

 

「ぐぇえええええ……」

 

 気管を閉ざされた男が、肺に残った最後の空気を吐き出す。顔は大分青くなり、もうじき意識が落ち、次いで命も消えることだろう。

 何のことは無い。男が殴りかかった次の瞬間、青年への追撃を防ぐためにささっと取り押さえた(・・・・・・)までだ。

 

(本来なら彼が殴られる前に止めねばならなかったのだが――己の未熟さが恥ずかしい)

 

 言い訳になってしまうが、男と青年のやり取りが特殊だったため、コンマ数秒判断が遅れてしまったのである。

 ちなみに、先程悩んでいたのはこの事態にどう対処するかについて、ではない。“後処理”をどうするか、考えあぐねていたのである。人が一人消えた(・・・)ことに対して、この大陸の公僕がどう動くのか、まだ把握できていないからだ。

 

「えー、アスヴェル殿。その人、本気でヤバそうですぞ?」

 

「ああ、すまない、今トドメを刺す(・・・・・・)

 

「刺すなぁ!!」

 

 ハルに急かされたためささっと仕留めよう(・・・・・)とした矢先、ミナトの飛び蹴りが後頭部へ直撃する。

 

「こ、ふっ!?」

 

 視界が揺れ、刈り取られそうになった意識をどうにか繋ぎとめる。しかし完全にとはいかず、男の首から手が離れてしまった。

 

「ミ、ミナト――今、かなり危険なとこに入ったぞ?」

 

「オマエが物騒なこと言い出すからだろ!?」

 

 不満を零すも、彼女は取り合ってくれない。どうやら余りお好みの対処方法では無かったようだ。

 

「しかし何の因縁も無さそうな相手を殴る輩、放置する訳にも」

 

「だからってネックハンギングツリーかますな! しかも綺麗にクビ極まってたじゃねぇか!! 殺意が高すぎんだよ!!」

 

 後頭部を蹴飛ばすのは問題無いのだろうか?

 

「ぬ、ぬぬぬ、つま先で的確に延髄を貫くあたり――ミナト殿はミナト殿で殺意高すぎな気もしますでござるがなぁ」

 

 横に居るハルも同意見のようだ。彼女がアスヴェル以外の人間に似たようなことをしでかさないよう、祈るばかりである。

 ま、それはともかく。

 

「止められてしまったものは仕方ない。こいつは街の衛兵にでも突き出すか」

 

「……あー」

 

 そう提案した途端、ミナトの歯切れが悪くなった。

 

「突き出してもいいんだけどさ……これ位じゃ(ペナルティ)受けないんだよなぁ」

 

「これ位?」

 

 聞き間違いかと思い、未だ咳き込んでいる男を指さしながら再度問いかける。

 

「倒れる程の勢いで人が殴られているんだぞ。どこからどう見ても傷害罪じゃないか」

 

「うーん、NPCへの攻撃は、余程悪質じゃないと(ペナルティ)対象にならねぇんだよ。PC相手だったら即BANもあり得るんだけどさ」

 

「……PC? NPC?」

 

 以前にちらっと聞こえた単語が、また出てきた。

 

 

 



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【3】

 はてさて、PCやNPCとはいったいどういう意味なのか。ミナトにそれを尋ねてみれば、

 

「ああ、PCはプレイヤーキャラクター、NPCってのはノンプレイヤーキャラクターのことで――」

 

「ちょ、ちょっと待つでござる、ミナト殿!!」

 

 慌てた様子で、ハルが待ったをかけてきた。2人はそのまま少し離れ、こそこそと話し合いだす。

 

「……その辺をアスヴェル殿に説明するのは、如何なものかと」

 

「……え? そ、そうか? まずいかな?」

 

「……まずいでござろう。ゲームのキャラに、“貴方はゲームの中だけの存在なんですよ”とか宣言しちゃうのは。バグってしまうかもしれませんぞ」

 

「……むー、それもそうか、な?」

 

 部分部分聞こえる内容を統合するに、余り説明したい事柄では無い模様。

 だがアスヴェルは、ミナトの零した単語から一つの事実を閃いていた。

 

(ノンプレイヤー――祈り無き者(ノンプレイヤーキャラクター)だと!?)

 

 確かに彼女はそう言っていた。つまりこれは――

 

(――宗教問題なのか!)

 

 ロードリア大陸に来てから、事ある毎に“加護”という単語を耳にした。それだけ広く神の力が行き届いているということだ。だがその割に、ミナト達が祈りを捧げているような場面に出会ったことが無い――いや、一つ心当たりがある。

 

ログアウト(・・・・・)

 

 そう、彼女に限らず、この世界の住人は<ログアウト>して別の大陸へ移動することができるという。そここそが神の住まう場所。加護を得るための神聖な儀式が行われる祭場なのではないだろうか。

 

(そして、祈り無き者(ノンプレイヤーキャラクター)……!)

 

 ミナトはかつて、アスヴェルを指してNPCと呼んだことがある。そして自分には<ログアウト>ができない、とも。つまりNPCとは加護を得るための儀式を行わない・行えない者の総称であり、この大陸には一定数そういう区分の者達が居る、ということだ。

 

(単に信仰が違うだけでも人は差別を生む。ましてや、“加護”という分かりやすい力の差があれば、それはより顕著に社会構造へ現れる筈)

 

 先程殴られた青年――既に回復したようで、どこぞへ歩き去ってしまっている――は、NPCだから(・・・・・・)不当な扱いを受けても文句を言えない。ミナトを始めとするPC――祈り有る者(プレイヤーキャラクター)は、NPCの上位者として君臨している、ということか。

 ならば、ハルが解説を阻んだのも納得がいく。傍目から見て、ミナトもハルも良識を持った人物だ。NPCであるアスヴェルに対し、なんら差別的発言や扱いをしないことからもそれは窺える。だからこそ、斯様な社会システムを大陸外の人間に話すのを躊躇ってしまったのだろう。もっと単純に、説明を禁ずる戒律があるのかもしれないが。

 

(どちらにせよ、放っておいていい案件ではないな)

 

 先刻の事件を鑑みるに、NPCの扱いは明らかに不当である。偶然か必然か、この大陸に来訪してしまった勇者として、この問題は解決せねばならないだろう。ひょっとしたら、自分はそのためにここへ召喚されたのかもしれない。

 

 そんな感じに、決意を新たにしていると。

 

 

「何してくれんだぁ!!!」

 

 

 野太い声でがなり立てられた。青年を殴り、アスヴェルに首を絞められた、例の男だ。そいつはこちらを一瞥すると、

 

「誰かと思えば『エルケーニッヒ』のハルとミナトか!? てめぇら自分が飼ってるNPCもろくに躾けられてねぇのかよ!! コレどう落とし前付けてつけてくれんだぁ!? ちっとばかし名が売れてるからっていい気になってんじゃ――ひゃっ!?」

 

 一発の銃声(・・)が男を黙らせた。ミナトだ。彼女が奴の足元に銃弾を撃ち込んだのである。少女は凄みのある目で――顔が整っている分、迫力はなかなかのものだ――男を睨み付けると、

 

「逆立ちしてもオレに勝てねぇ強さ(レベル)の分際で吼えるじゃねぇか。オレだってオマエの“アレ”は気に食わねぇんだ。何ならここで一戦(PVP)やるか?」

 

「――あ、ぐっ」

 

 一瞬、男の方が言葉に詰まる。アスヴェルを諫めたミナトではあったが、彼女自身、先程の言動は腹に据えかねていたらしい。

 傍から見て男は完全に気圧されているのだが、それでも意地があるのか懸命に少女を睨み返し、

 

「じょ、上等だ! そのむかつく顔ぐちゃぐちゃにしてやらぁ!!」

 

「ほう。それはいったいどうやって?」

 

「あ?」

 

 会話に割り込んだアスヴェルに、男が怪訝そうな顔を向けてくる。分かっていない彼に、状況説明を試みる。

 

丸腰の(・・・)君が、どうやって彼女と戦うというんだ?」

 

「丸腰っててめぇ何言って――あれ? 無い?」

 

 身体をペタペタと触りながら、男は戸惑いを隠さずにいた。そんな彼に対し、アスヴェルはニッコリと微笑んでから、

 

「探し物はこれかな?」

 

「あー! それぇ!!?」

 

 アスヴェルの手にある“長剣”を一瞥した男が絶叫した。先刻締め上げた際、ついでに奪っておいたのだ。凶器の無力化は鎮圧の基本である。

 

「か、返せ! 返せよぉ!!」

 

 必死に剣へ手を伸ばそうとする男。当然返却してやる気などさらさら無く、アスヴェルは剣を両手で持つと軽く力を込めると、

 

「ふんっ!!」

 

 折った。刃の中ほどから真っ二つに。

 

「――へ」

 

 男の目が点になる。2つに分かれた剣を、ただじっと見つめていた。身じろぎ一つしない彼に対し、アスヴェルは説教を開始する。

 

「いいか、今回はこれで手打ちにしてやろう。しかし次また同じことをすれば――」

 

「うわあぁああああああああああああああ!!?」

 

 しかし台詞は途中で遮られる。他ならぬ、目の前の男の泣声(・・)によって。

 

「俺のぉっ!!? 俺の“フレイムブリンガー”がぁっ!!? 1週間ドロップ粘った“フレイムブリンガー”!! +15まで鍛えたのにぃっ!!! うお、あ、あ、あ、うわああぁぁああああんっ!!?」

 

 泣いていた。大の男が、本気で涙を流していた。恥も外聞も無く、泣き散らしていた。ところでフレイムブリンガーというのは剣の名前か。

 

「あ、あのー」

 

「なんでぇっ!? なんでこんなことにぃっ!? なんでなんでっ!!? おろろぁぁあああああああんっ!!!」

 

「……えーと」

 

 話しかけても無駄だった。今の男にこちらへ耳を傾ける余裕は無さそうだ。大の男がひたすら滂沱の涙を流している。

 予想していなかった事態に――武器が壊れただけでここまで動揺するなんて誰が思う?――アスヴェルが戸惑っているところへ、

 

「アスヴェル殿、いくら何でもこれは……」

 

「やり過ぎだぞ、オマエ……」

 

 追い打ちが来た。ミナトもハルも、非難がましい視線をこちらに送ってくる。

 

「え、いや、だって、こんな風になるなんて――」

 

 何が何だか分からない。何故男はここまでショックを受けているのか。何故自分はここまで責められているのか。何もかもがよく分からないが――

 

「――ご、ごめんね?」

 

 とりあえず、アスヴェルは頭を下げるのであった。

 

 

 

 

 

 

◆勇者一口メモ

 折った剣は魔法で直しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、アイツ、破壊(ロスト)したアイテムを直したぞ?」

 

「……そのようですな。ぬむむむぅ、壊れた装備を直す手段は、今のところ実装されていない筈、なのですが」

 

「ひょっとして、装備修復スキルが近々実装される?」

 

「或いは――アスヴェル殿だけが使えるNPC専用スキルの可能性もあるやもしれませぬ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……な、なんだかオレ、アイツのこと好きになってきたかも♪」

 

「Noooooo!!? ミナト殿、それは想い人を見つめる瞳では無く、お宝を目の前にした時の目にござるよ!!?」

 

 

 

 



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第8話 テレポートアイテムって何?
【1】(挿絵有り)


 明くる日。アスヴェルは、とうとう町の外へと足を運んでいた。目的地は程近くにある山。何故そこへ向かっているかと言えば。

 

「元の大陸に戻るヒントがどこにあんのか全然分かんねぇし、とりあえず近場の“それっぽい場所”片っ端から当たってみようぜ」

 

 ――とは、ミナトの言である。そんなのでいいのかとツッコミたくもあったが、情報を足で集めるのは基本といえば基本だ。そもそも、ロードリア大陸の事情に詳しいミナトとハルの2人が出した結論に対し、事情に疎いアスヴェルが口を挟むのも体裁がよろしくない。

 ただ、それを理解した上でどうしても指摘したくて仕方がないところもある。

 

(……転移(テレポート)のマジックアイテムを、何故こんな気軽に使えるんだ?)

 

 通常、街からここまで徒歩で2日はかかるらしい。その距離を、ミナト達は一瞬で移動した。なんでも、<登録>しておいた場所に転移させてくれるアイテムがあるのだという。

 簡単な説明しか受けていないのだが、このアイテムがまた酷い――もとい、素晴らし過ぎる性能で、<登録>の数に制限があったり、一部<登録>できない場所があったりという多少の制限はあるものの、実質的にロードリアのどこへでも瞬く間に転移できる。しかも、自分が携帯している物品も一緒に、だ。

 

(ここではラグセレス大陸と物流の概念が根本から違いそうだ)

 

 アスヴェルの居た大陸では、物の運搬は主に隊商(キャラバン)に頼っていたが、人件費等により運ばれた品物はどうしても価格が高くなる。しかしロードリア大陸においては、テレポートアイテムの存在故に輸送に費用はほとんどかからないだろう。距離が遠ければ遠い程運びづらいという常識がこの大陸では通用しない。全く持ってとんでもない話だ。

 

(そういえば、ロードリアではどの町でも基本的に物価は同じと言っていたな)

 

 それも、そのテレポートアイテムのおかげであろう。<ログアウト>といい、ここの移動手段はいったいどれ程の高水準にあるというのか。少なくとも、ラグセレスはその足元にも及んでいないだろう。

 

 当然、こんな便利アイテムをいったいどうやって製造しているのか尋ねたのだが、帰ってきた答えは――

 

(――加護のおかげ、か)

 

 この大陸、神からの祝福が多すぎではないだろうか。どれだけ庇護されているというのだ。真面目に考察しようとすると頭痛を感じてしまう。

 

(まあいい。今は目の前のことに集中だ)

 

 考えれば考える程ドツボに嵌りそうな思考をすぱっと切り替え、現実に意識を移す。アスヴェルは今、山の――草木がほとんど生えていないため、岩山と呼んだ方がしっくりくるか――(ふもと)に辿り着いていた。そしてすぐ前方に巨大な崖。山の頂上近くまで切り立つ、断崖絶壁が姿を現している。彼はそれを見上げながら、

 

「言っていた場所というのは、この上にあるのか?」

 

「おう」

 

 尋ねる言葉に、ミナトが頷いた。

 

「崖を登った先に、山の中に入っていく洞窟があんのさ。今日からはそこを探索してくんだ」

 

「ぬふぅ、内部はなかなかに広いので、攻略は数日がかりになりますなぁ。

 まあ、<翼の書>――お話したテレポートアイテムのことですが――それを使えば帰還は簡単ですので、野宿は必要無いですし、食料も心配ありませんぞ」

 

 さらにハルが補足をしてくれる。至れり尽くせりな冒険もあったものだ。こんなアイテムが巷に溢れているのだとしたら、この大陸における冒険稼業はさぞかし捗ることだろう――と、思っていたところへ、ミナトのぼやきが聞こえた。

 

「……<旅路の書>はともかく、<翼の書>は課金アイテムだからあんま使いたくないんだけどなー」

 

 その若干沈んだ面持ちから察するに、どうやら同じテレポートアイテムでも希少さに違いはあるらしい。察するに洞窟やら遺跡やらの内部への転移は、そう易々と行えるものでは無いようだ。

 課金とやらが何のことかは分からないが、テレポートアイテムが加護と関わりのある代物であることを考えると、神への奉納か何かか。

 

「なるほど。だから初めて私と出会った遺跡では、テレポートアイテムを使わなかったのか?」

 

「ん? あ、まあ、そんなとこだ」

 

 ふと思いついた問いを口にすると、思った通りミナトから肯定の返事。初めて出会ったあの時は、希少アイテムを使う程に危急な事態では無いと判断したのだろう。逆にこの探索ではそれを使ってくれるというのだから、感謝をせねばなるまい。

 

「……途中すっ飛ばして町行ったら、フラグ踏み忘れがありそうで怖かったんだよな」

 

「……ぬむむむ、Divine Cradleのフラグ管理は徹底されている筈ですが、万一が無いとも言い切れませんですからなぁ」

 

 その後、またしても何やら2人でこそこそ話を始めたが。どうにもこの大陸の言語は専門用語(?)的なものが多く、理解しにくい。

 追々その辺りも把握していくこととして、まずは

 

「しかしこの崖を登攀していくのか……私はともかく、君達は大丈夫なのか?」

 

「あん? 舐めんなよ、これでもクライミングは得意なんだ」

 

 言うや否や、ミナトは崖壁に張り付くと、ひょいひょい登り始めてしまう。まるで体幹のぶれない、良い動きだ。得意と言うだけある。

 あっという間に見上げる高さまで登った少女は、不敵な顔でこちらを振り返ると、

 

「どうだ? なんなら勝負してやってもいいぜ?」

 

「ほう、私相手にそんなことを言ってしまうのか」

 

 挑まれたのなら応えねばならない。アスヴェルもまた岩肌に手をかけ、上を目指す――と、その前に、チラリとハルの方を見る。すると彼は、パタパタと手を振り出した。まるで“いってらっしゃい”とでも言うかのように。ならば、きっとあちらも大丈夫なのだろう。そう判断し、改めてアスヴェルは登り始める。

 

 

 

 少女と青年が切り立った崖を軽い身のこなしで登っていく一方、一人取り残される形となったハルは、

 

「……お二人とも、何の装備も無しに登ってしまわれるのですなぁ。ぬふぅ、NPCなアスヴェル殿はともかく、ミナト殿のフィジカルもヤバい領域。この崖登り、プレイヤースキルも要求してくる難所の筈なのですがぁ」

 

 そう呟くと、<アイテムボックス>からピッケルやロープ等の登山グッズを取り出し、2人の後を追い始めるのだった。

 

 

 

 “戦い”はミナト有利に進んでいた。

 アスヴェルが遅い訳ではない。単純に、ミナトが早いのだ。過去に何度かここを上ったことがあるのだろう、動作がかなりこなれている。あの自信は、確固たる実績に基づいていたのかもしれない。

 しかし、アスヴェルに焦りは無かった。

 

(寧ろ、このポジションがベスト)

 

 相手を大きく引き離しても、僅差であっても、どちらも勝利に変わりはない。ならば、少女のすぐ後ろで彼女の通ったルートを確認し、手をかけるのに最適な箇所を割り出した方が無駄な労力を払わずに済む。故にアスヴェルは、敢えてこの位置をキープしているのである。

 

 決して――ここからだとミナトのお尻がよく見えるから、ではない。

 

(当然だ、勇者たる私がそんな下衆い真似する訳が無い)

 

 崖を登っているのだから上を向くのは極々自然なことであり、そうなると少女の臀部が目に入ってしまうのも仕方ないことなのである。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ショートパンツから伸びるすらりとした生足や、むっちりとした健康的な太もも、桃のような曲線を描く魅惑のお尻。それらが躍動する光景を凝視してしまったとしても、それは仕方のないことなのだ!

 

「どうした、アスヴェル! 勇者だなんだと言っといて、大したことねぇな?」

 

「んー、そうだなー」

 

 挑発してくるミナトの言葉に生返事してしまうのは、登攀に集中しているがためである。口よりも脚の方が余程こちらを挑発しているとか思ってはいない。さらに加えるなら、吹き上がる風で靡く亜麻色の髪も魅力的だ。

 

「この分じゃオレの勝ち確か? そういや、負けた奴の罰ゲーム決めてなかったなぁ、何にするかなー?」

 

「んー、そうだなー」

 

 時折、少し離れた岩に足をかけるため、大股を開くこともある。その時の絶景たるや、もう、なんか凄い。人体の神秘とはこのことか。ついついある箇所(・・・・)に視線が集中してしまうのは、きっとミナトが仕掛けた罠だと思うことにする。

 そんな風にこの状況を愉しんで――もとい、真剣勝負に勤しんでいると、こちらの反応に何か思うところでもあったか、ミナトが怪訝な顔になりだした。

 

「……おい、アスヴェル?」

 

「んー、そうだなー」

 

 少女の眉間に皺が寄った。

 

「――そういや、ハルのことなんだけど」

 

「んー、そうだなー」

 

「アイツ実は電子の妖精と交信ができて」

 

「んー、そうだなー」

 

「コンピューターの世界に入ることができるんだって」

 

「んー、そうだなー」

 

「…………」

 

 何故か押し黙るミナト。

 しばしの沈黙の後、少女の怒号が崖に響く。

 

「――テメェ、さっきからナニ見てやがんだ!?」

 

「君の下半身」

 

 正直に答えた自分に乾杯。しかしミナトはアスヴェルの誠実さに感銘を受けなかったようで、

 

「ふっざけんなオマエ!? お、オレの尻見たいからずっと後ろについてたのかよ!?」

 

「いやいや、そんなことは無いよ。高度に戦略的な判断の下、この位置に居ただけだよ」

 

「どんな戦略だ!?」

 

「君の臀部を見ると、私のやる気が増す」

 

 建前の無い意見を述べることができる男、アスヴェル。

 

「――死ねっ!!」

 

「あっ! 待て、危ない! 暴れると危ないぞ!?」

 

「うるせぇ!! このっ!! 死ねっ!! 死ねっ!! この色ボケ勇者がっ!!」

 

 ミナトが脚を無理くり動かし、こちらに蹴りを放ってくる。無茶な動きのせいで却って際どいポーズになったりもしているのだが、お構いなしだ。

 

「このっ!! このっ!! 落ちろっ!! 落ち――――あっ」

 

「あー!?」

 

 危惧した通りのことが起きた。少女が岩から脚を滑らしたのだ。体勢を崩したミナトの身体は宙に投げ出され――

 

「いかんっ!!」

 

 ――落下するよりも早く、アスヴェルによって受け止められた。間一髪、だったのだが。

 

「ぎぃやぁああああああああああああっ!!!?」

 

 響き渡る絶叫。ミナトのものだ。

 

「お、おま、おま、オマエっ!! どこで(・・・)受け止めてやがんだぁっ!!!?」

 

「もがもが」

 

 答えようとしたのだが、上手く声が出ない。それもそのはず、彼の顔の上にはミナトの股間が(・・・・・・・)鎮座しているのだから。



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【2】(挿絵有り)

 仕方がない。全て、仕方のないことなのである。

 崖を登っている最中である以上、手足は岩にしがみつくため使うしかなく。となれば空いているのは頭部位しかあるまい。

 そういう至極正当な(・・・・・)理由の下、アスヴェルは滑り落ちてくる少女の股の間に自らの頭を滑り込ませ、なんとか彼女の転落を食い止めたのである。

 

「は、離せっ!! 離せっ!! 離せよぉおおおおっ!!!」

 

「もがもがっ」

 

 少女が暴れるせいで重心が激しくぶれるが、その都度頭の位置を調整し姿勢を保つ。

 

「ああああああああ!! なんだこの安定感!!? こんなとこで奇跡的なバランス感覚発揮すんなぁっ!!! いいから、離せよ!! こっから落ちた位じゃ死なねぇから!!」

 

「もがもがっ!」

 

 そうはいかない。仮に自分が落ちようと、少女が落下することだけは防がねばならない。それが勇者の義務なのである。

 故に、耐えねばならない。ミナトがどれだけ身体を揺さぶろうと。顔面に柔らかな尻肉を押し付けられようと。すべすべでもちもちの太ももに圧迫されようと!

 

「足に頬ずりするのを止めろぉ!!」

 

「もがもが?」

 

 いや、それはこの体勢的に無理があるというか。彼女の下半身を顔で支えている以上、接触は免れない。そこはなんとか我慢して欲しい。

 

「す~は~す~は~」

 

「深呼吸をするなぁっ!!!!?」

 

 息を止めろとは、いったい自分にどうしろと言うのか。

 ああ、しかし。それにしても、柔らかい。スベスベだ。もちもちだ。そして芳しい匂い。例えるならばこれは――ジャスミン。

 

 ――と、そんな馬鹿なやり取り(自覚はある)をしているところへ、

 

 

「ぬふふふぅ、仲がよろしいですなぁ、お二方」

 

 

 すぐ隣から声が聞こえる。見れば、そこには太っちょな青年――ハルが居た。自分達がじゃれ合っている間に、追いつかれてしまったらしい。

 

「こんなところでウサギと亀の寓話を再現できるとは思いませんでしたぞぉ。んふふふふふぅ、お先に失礼いたします」

 

 その身体に見合わぬ器用さでピッケルを操り、安全ロープを設置しながら着実に登っていく。

 

「ま、待ってくれハル! せめてこの状態から助けて!!?」

 

「ぬっふっふぅ、あのミナト殿が弱音を吐くとは、珍しいこともあるもんで――――ありゃっ?」

 

 ミナトの呼びかけに答え、無理に体の向きを変えたのがまずかったのか。今度はハルが体勢を崩してしまう。

 

「やべっ! ハル!!?」

 

「あわっあわわっ――――きゃぁあああああああっ!!!」

 

 本来ならば安全ロープが支えてくれる筈なのだが、間の悪いことにその場所ではまだロープを掛ける杭を打ち込めていなかった。重力による加速で勢いづいたハルの身体は、これまでに設置していた杭を引き抜きながら下へ下へと落ちていく。

 

「これは、まずい――!!」

 

 あの落ち方は危険だ。ハルはパニックに陥り、碌に受け身も取れそうにない。

 アスヴェルはとっさの判断でミナトを小脇に抱えると、そのまま崖を駆け下りた(・・・・・・・)

 落下速度よりも早く壁面を走り抜け、数瞬後にはハルに追いつく。

 

「よっと!」

 

 空いている手で青年を掴み抱きかかえると同時に、身体を反転。足に力を込めて岩面へ突き立て、けたたましい破壊音を鳴らしながら急停止する。

 

(――せっかくだ、上まで行ってしまうか(・・・・・・・・・・)

 

 こんなことがあった後だ、もう一度登れというのはハルにとって酷なことであろう。そう考えたアスヴェルは、2人を抱えたまま崖を駆け上がっていった(・・・・・・・・・)

 思い切った前傾体勢で重力とのバランスを保ちつつ、卓越した脚力で岩盤を蹴る。地を走るのと大差ない速度で、垂直な壁面を疾走した。

 

「マジかぁああああっ!!?」

 

「はわぁあああああっ!!?」

 

 ハルとミナトの叫びが重なる。正直居心地は最悪に近いだろうが、そう時間はかからないので堪えて欲しい。

 

(ほら、もう頂上だ――!)

 

 とか考えている間に到着だ。すたっと華麗に着地する。

 アスヴェルがその気になれば、ざっとこんなものである。

 

「着いたぞ、二人共。大丈夫だったか?」

 

 抱えていたミナト達を降ろしながら、安否を確認。怪我は無い筈だが――

 

「あわ、あわわ――と、とと、殿方に、アスヴェルさんに、抱かれて――あわわわわ、近い近い顔が近いですぅ――」

 

 ――ハルの口調がおかしい。内容も意味不明だ。恐怖で錯乱しているのか。あの高さから自由落下したのだから、無理もないかもしれない。

 その一方でミナトはと言うと、

 

「……まあ、うん。山ほど言いたいことあんだけど、ハル助けてくれたことだし一個だけでいいや」

 

「ふむ?」

 

 神妙な顔でこちらを見つめてくる。いったい何事かと耳を傾けた、次の瞬間。

 

「こういうことができるなら、最初からやれぁ!!!!」

 

「キテグハァッ!!?!!?!」

 

 ミナト渾身の回し蹴りが、テンプルを直撃する。いかなアスヴェルと言えど、脳を揺さぶられては崩れ去るより他なかった……

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、とりあえず君達の言う通りほいほいここまでついて来たのだけれども、結局この先には何があるんだ?」

 

「さらっと復活しやがったな。もう少し蹲ってろよオマエ」

 

 全員落ち着いたようなので話題を切り出してみたのだが、ミナトは不満顔だ。しかし質問には答えてくれるようで、

 

「この洞窟の奥にでっかいドラゴンが棲んでるんだ。かなり昔から生きてる奴で、人の言葉も喋れてさ。そいつなら、ひょっとして何か知ってるんじゃないかって」

 

「――っ!?」

 

 その“単語”を聞いて、アスヴェルの身が硬直する。

 

「……ここには、その、アレがいるのか?」

 

「アレ?」

 

「ほら、無駄に硬い鱗生やして、不細工で醜悪な面した、トカゲモドキの――」

 

「もしかして、ドラゴンのこと言ってるのか?」

 

「そう、ドラコン」

 

「それじゃゴルフの大会だろーが」

 

 ゴルフってなんだ。

 

「え? なに? オマエ、ドラゴン苦手なの? 勇者のくせに?

 なんだなんだ、オマエにも可愛いとこあるんだなぁ♪」

 

「あ、いや、苦手というかなんというか――」

 

 妙に嬉しそうなミナトに水を差すような形で、説明を続ける。

 

「昔、家族を竜に(・・・・・)喰い殺された(・・・・・・)ことがあってな。

 それ以来、どうも――」

 

「……………………」

 

 少女の顔が沈痛に歪んだ。

 なんだか居たたまれない沈黙が辺りを襲う。

 

 

 

 ――結論として、今日の探索は中止となった。

 

 

 

 

 

 

 

◆勇者一口メモ

 でっかいトカゲとか、この世からいなくなってしまえばいいと思うよ。

 

 

 

 

●Divine Cradle運営からのお知らせ

 日頃よりDivine Cradleをプレイ頂き、誠にありがとうございます。

 数日前より“洞窟竜ボルケイン”が該当フィールドから消えている現象について報告いたします。

 同現象は運営側でも確認できましたので、目下原因の解析している最中です。

 解決の目途が立ち次第、再びご連絡差し上げます。

 皆様にはご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありません。

 また、本件に関しましてはお詫びとして神聖石の配布を行う予定です。

 こちらも、詳細決まりましたらご連絡いたします。

 これからもDivine Cradleをどうぞよろしくお願い致します。

 

 

 

◆勇者一口メモ その2

 ミナトの全景

 

【挿絵表示】

 

 



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第9話 アバターって、何?
【1】


 探索を始めてから数日が経過した。この間、何の手掛かりも無し。手掛かりのためのヒントすら無い状態だ。高難易度クエスト(・・・・・・・・)にも程がある。

 

「ぬふぅ、古き良きゲームをプレイしている気分ですなぁ。昔のゲームはプレイヤーに対して大分不親切でしたし、攻略サイトなんて代物もありませんでしたから」

 

 馴染みの食堂で椅子に座り、肥満体な青年ハルはため息交じりにそう呟いた。この<イベント>に対する感想が半分、愚痴が半分、といったところだ。

 

「ぬぬぬ、今は地道に一歩一歩進めていくしかないのでしょう。アスヴェル殿の情報をオープンにしてプレイヤー全員で攻略に臨めば、ちゃちゃっと解決できるのやもしれませんが――それは最終手段としたいところですなぁ」

 

 せっかく大イベントの始まりに立ち会えたのだ、できれば自分達だけで進めたいという欲求を彼は捨てられない。今のところ時間制限のようなものは見当たらないので、当面このペースでも大丈夫だろう――と自分自身にも言い訳して、逸る気持ちを抑える。

 ただ、隣にいる少女が苛々している(・・・・・・)のは、進展の無いことだけが理由では無さそうで。

 

「……何やってんだよ、アイツ」

 

 不機嫌な声色を隠そうともしない。いや、本人的には隠してるつもりなのかもしれないが、まるで実行できていなかった。彼女の鋭い(・・)視線の先には、この<イベント>のキーキャラクターであるNPC、勇者アスヴェルが居る。普段はハル達と行動を共にしている彼だが、今は少し離れた場所にいて――

 

「へー、アスヴェルさん、勇者なんだぁ」

「どんな冒険してきたの? 聞かせて聞かせて♪」

 

 ――女性陣に取り囲まれていた。数日前にあった訓練場での一件で、一部プレイヤーにアスヴェルのことがバレた結果である。大分でかい騒ぎになったせいで、ある程度の説明をせざるを得なかったのだ。重要NPCな上に美形なアスヴェルに対し、特に女性プレイヤーは高い関心を寄せているようであった。

 ちなみに、当のアスヴェルはと言うと、

 

「はっはっはっは。いやー、あっはっはっは」

 

 にこやかな笑みを浮かべ、女性達へ対応をしていた。意外なことに割とこなれている様子だ。周囲を女性でとり囲われても物怖じしていない。

 それがまたミナトの反感を買っており、「ちっ」と露骨に舌打ちなどしていたりするのだが。

 

「ぬふふふ、しかし<クラン(・・・)>の外には漏れなかったのは僥倖でした。やはり、うちが所有する訓練場に行って正解でしたなぁ」

 

「……そうだな」

 

 ハルの言葉にも、ぶっきらぼうな口調で答えてくる。

 ちなみに、<クラン>とはDivine Cradle内で構築するコミュニティの名称である。ハルやミナトが所属する<クラン>はこの酒場“ウェストホーム”を拠点としたチームであり、アスヴェルに絡んでいる女性達も<クラン>の一員だ。同じ<クラン>員だからこそ、ハル達も事情を説明する気になった訳で。

 

「つか、アイツ自分の状況分かってんのか? 魔王と戦ってたってんなら早く元の大陸戻らなくちゃまずいんじゃねぇのかよ。何をちんたら遊んでんだ!」

 

「拙者達も別段攻略を急いでいた訳でもありませぬが。しかし――ぬふふふぅ、ミナト殿、口ではアレコレ文句を言いつつ、やはりアスヴェル殿が気になるんですなぁ」

 

「ちげーよ!? アイツの自覚の無さに怒ってんだよ、オレは!!」

 

 言うや否や、少女は席を立った。その足で、女性に囲われた青年の方へと近づいていく。

 

「おい、アスヴェル!」

 

「む? おお、ミナト、どうした?」

 

「どうしたもこうしたもねぇよ! そろそろ時間だ! ほら、今日は太古の森で賢樹トレントに会うって予定だっただろ!? こんなとこで時間潰してんじゃねぇよ!」

 

「いやでも不愛想な勇者だと思われたら嫌だし」

 

「何言ってんだ!? ほら、行くぞ!!」

 

 若干渋ったアスヴェルの腕を掴み、無理やり連れ出そうとするも――

 

「えー、もう少しいいじゃなーい」

「私としては、ミナトちゃんと勇者君の恋バナとか聞きたいかなぁーって」

 

 ――女性陣に引き留められた。というか、矛先がミナトにも向いた。

 実は彼女、その愛らしい外見と荒っぽい性格のギャップから、よくよくクランのお姉さま方に弄られていたりする。しかし、未だ自分が弄られキャラであることに自覚は無い様だ。

 たじろぐ少女と裏腹に、青年の方は自信満々に胸を張り、

 

「そうか。ならば話そう!」

 

「ねぇよ!! オレとオマエとの間にそんな浮ついた話なんざこれっぽっちも存在しない!!」

 

 少女に全力で否定されていた。だがそんなミナトの気勢は周りに一切効いていない。皆ニヤニヤとした野次馬根性丸出しな笑みを崩していなかった。その内の一人がささっと手を上げると、

 

「それじゃ、アスヴェル君にしつもーん。ミナトちゃんのどの辺りを気に入ったの?」

 

「む。そうだな、一概に語り尽くせないが敢えて一言で言うなら――」

 

「言うなら?」

 

 女性達は興味津々だ。一方でミナトも気にはなるのか、喚くのを一瞬止めて耳を傾けていた。そんな中でアスヴェルは一拍溜めてから、“答え”を披露する。

 

「――顔だ」

 

「オマエ最低だな」

 

 ミナトの声は冷たかった。

 

「いやいや、待ってくれマイハニー、違うんだ。そりゃあ、快活な性格が心地良いとか、分け隔てない態度が好みだとか、そういう耳触りの良い言葉を使おうと思えば使えた。しかしここでそんなお為ごかしをするのは、君に対して甚だ不誠実ではないだろうか?」

 

「誠実不誠実以前の問題だ!! さてはオマエ、女と付き合ったことないだろ!?」

 

「し、失敬な。私だって男女交際の一つや二つ経験しているとも!」

 

 青年の思いがけない発言に、俄然周囲が熱を帯びだした。「わー♪」とか「きゃー♪」とかいう声が湧き上がっているのだが、当の本人達はそれを意に介していないのか、平然と会話を続ける。

 

「あるのか? オマエみたいなデリカシーの無い奴に彼女なんてできたことが?」

 

「当然だ」

 

「本当にー? じゃあ相手がどんな奴だったのか説明してみろよ」

 

「……え?」

 

「お? 言えないのか? 言えないってことは嘘だと認めることになるよな?」

 

「そ、そんなことは無い! そんなことは無いぞ! 知りたいと言うなら語ってやろう!」

 

 売り言葉に買い言葉。半ばヤケクソのようなアスヴェルの台詞である。

 

「……すっごい微妙な顔してるねー、勇者君」

「そりゃ、本命の子の前で元カノの話とかしたくないよね」

「自分から言い出したのが悪いんだけどねー。ミナトちゃんもちょっとデリカシー足りないよねー」

 

 女性陣もこれには同情的――だが、会話を止めてあげようとする人は誰も居ない。皆、他人の恋愛話に飢えているのだ、仕方がないね。

 一方でアスヴェルは進退窮まった表情から一瞬で平常時に顔を戻すと、

 

「そう、あれは私の家族が竜に食われて間もなくのこと――」

 

「で、出だしが重いぞ……まあいいけど」

 

 あんまりな始まり方に、ミナトを始め周囲の人達は――ついで少し離れた場所で聞き耳を立てているハルも――若干引いた。

 

「――身近な人達が皆居なくなり、憔悴した私はある女性と出会った。彼女は私の心を癒すため、甲斐甲斐しく世話をしてくれたものだ。そして独りで生きていくための知識や技術を教えてくれた」

 

「へぇ。なんかオマエの師匠みたいな感じの人なのか」

 

「そうだな。彼女からは様々なものを教わった。感謝してもしきれない。その気持ちは時が経つにつれ、だんだんと慕情へ変わっていった……」

 

「ほほう。で、どうなったんだ?」

 

「いやそれが。その女性、実は私の家族を殺した竜が化けた姿で。世話してくれてたのも、いい塩梅に美味く成長するまで待っていたというオチ」

 

「…………重いっつの」

 

 沈黙が広がる。軽い口調のアスヴェルとは対照的に、周囲には重い雰囲気がのしかかっていた。

 

「そしてもう一人の女性が――」

 

「この空気の中続けんのか!? どんな神経してんだオマエ!! いや、このまま終わったら後味最悪だから続きを聞きたいけどさ!!」

 

 ミナトの的確なつっこみ。ハルとしても同意見である。少女に促され、青年は改めて話を紡ぎ始める。

 

「その女性と初めて会ったのは幼少の頃。まだ家族が生きていた時分。父の仕事で遠くの街を訪れた際、偶然顔を合わせたんだ。何故か気が合ってなぁ、すぐ仲良くなったよ。その町に滞在していた間、よく遊んだものだ」

 

「へぇ。今度は幼馴染か。抑えるとこ抑えてんな」

 

「一旦は離れ離れになった私達だったが、8年の時を経て再会した。お互いすぐにあの時の子だと分かったよ。その後は長く一緒に居て、幾度も冒険を共にした。惹かれ始めるのにそう時間はかからなかった――いや、最初から惹かれ合っていたのかもしれない」

 

「ふーん、で、どうなった?」

 

「いやそれが! その女性、実は世界破滅を企む怪物が化けた姿でな。よく気が合ったのも、勇者である私を操って自分の手駒にするための演技だったというオチ」

 

「何らかのオチつけなきゃ女と付き合えないのかよ!?」

 

 よく女性不信にならなかったものだと感心してしまう。

 

「なんなんだ!? いっそ笑った方がいいのか、ここは!?」

 

「笑ってくれていいぞ。寧ろ笑ってくれ――笑えよ、こんな滑稽な男の姿を」

 

「……ま、マジなトーンになるなよ。ほら、生きてりゃその内いいことあるって」

 

「そう、だな。君という恋人もできたことだしな」

 

「いやオレはオマエとそんな関係になる気一切ないから他を当たってくれ」

 

 この期に及んで、ミナトの態度は素っ気なかった。ただ傍から見ていると、本人が言うほど脈が無いようにも見えない。

 しかしそれはそれとして。

 

「やだぁ、アスヴェル君、かわいそー!」

「アタシが慰めてあげよっか? ね、ね?」

「R規制までなら解除してもいいよ?」

「やだー、だいたーん!」

 

 語りを聞き終えた女性達は、前よりも積極的にアスヴェルに絡みだした。どうも彼女達の琴線に触れてしまったらしい。まあ、自分達の好奇心が満たされれば内容はどんなものでも構わなかったのかもしれないが。

 その様子を見て、

 

「……こいつぁ、いけませんなぁ」

 

 ハルは一つ、覚悟を決めるのであった。

 

 



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【2】(挿絵有り)

 さて、その日の夜。

 

「あー、いかん。飲み過ぎた」

 

 薄暗い照明に照らされた酒場の中、アスヴェルは一人で酒を呷っていた。他に客はいない。それどころか、店長のサイゴウすら帰って(<ログアウト>して)いる。

 この店の一室で寝泊まりしている関係もあり、最後に戸締りをしっかり行うことを条件に閉店後もホールを利用させて貰った次第だ。今置いてある分なら、食料や飲料も好きに扱っていいとのこと。この至れり尽くせり具合、まったくサイゴウには頭が上がらない。

 勿論、後で十分な対価を支払うつもりではあるが、現在はその厚意に甘えさせて貰っている最中であった。

 

「それにしたって――らしくない」

 

 基本、酒は嗜む程度なのだが、今日は無性に飲みたい気分だったのだ。勇者にだってそんな時はある。この酒場のお酒がやたらと美味いことにも、多少影響したかもしれない。どうしてこの大陸には美味しいものばかりあるのだろう?

 

「……しかし、そろそろ終わりにするか」

 

 誰にともなく独りごちる。自分で考えている以上に酔っているのかもしれない。まあ、独り言を聞く人はいないのだから、気にする必要もないのだろうが。

 と、そんな時。

 

 

「ごめんください」

 

 

 入り口の開く音と共に、そんな声が聞こえてくる。振り返るとそこには一人の少女が――訂正、一人の美少女(・・・)が立っていた。

 年の頃はミナトと同じくらいか。やや切れ長の目、筋の通った鼻、小さく薄い唇と、その顔は一つ一つを見ても美しい。艶のある長い黒髪をハーフアップに整え、一見して上等と分かるドレスを纏った姿は、良家のお嬢様といった印象だ。

 

(随分と場違いなようにも?)

 

 だからこそ、アスヴェルは違和感を持った。貴人の娘にも見える少女が、こんな夜中にこんな場所へ何の用事があるというのか。

 そんな疑念を持ちつつも、他に人もいないことだし一先ず話しかけることにする。なるべく優しい声で。

 

「こんばんは、お嬢さん。もう大分夜も更けているけれど、何の用だろう?」

 

「こ、こんばんは。その、飲み物を頂きに、来たのですけれど」

 

 なんと、普通に酒場へのお客だった。しかし今、肝心の店長が居ない。

 

「あいにくともう店は閉まっているんだ。また日を改めて貰えると有難い」

 

「え、えーと……どうしても、今夜飲みたいんです。あの、ダメでしょうか……?」

 

 上目遣いにこちらを伺ってくる少女。とても愛くるしい仕草だ。しかし“酒場で一杯飲みたい”という彼女の要望は、その容姿から来るイメージにとことん反している――が、アスヴェルはそこでピンときた。

 

(さては、一夜限りの火遊びか?)

 

 箱入り娘が好奇心で危険な世界に飛び入る――なんてよく聞く話だ。その結果が大抵不幸になることも含めて。

 この少女も似たようなものなのではなかろうか。事実、どこかおどおどとした態度からは緊張も読み取れる。

 

(どうしたものか)

 

 追い返すのは簡単である。しかし――

 

(それで素直に家へ帰ってくれるのだろうか?)

 

 ――そこが問題だ。ここが無理なら別の店へ、と少女が考えるかもしれない。そしてそこが安全な(・・・)店である保証は無いのだ。さらに言うなら、

 

(……余り、夜中歩くのに適しているとはいえない格好だ)

 

 よくよく見れば、少女の着ているロングドレスは煽情的であった。胸元はかなり開いており、魅惑の谷間が観察できてしまう(ミナト程ではないが、なかなかに発達の宜しいお嬢様だ)。加えてスカートには長いスリットが入っていて、チラチラと太ももが顔を覗かせている。こんな格好で不埒な輩と出会ってしまったら――トラウマものの体験をしてしまうこと必須である。幸い、戸棚にはまだ飲み物のストックがあることだし――

 

(――ならば、ここで少し相手をしてあげる方がこの子のためなのでは?)

 

 アスヴェルには決してやましい気持ちは無い。本当にやましい気持ちは無い。無いったら無い。大事なことなので3回宣言した。

 これは純粋に少女を心配してこその選択であり、紳士たる己の自制心を信頼しているが故の行為。彼女とナニかがあるかもだなんて微塵も考えていない。

 

(そこまで否定を繰り返したら却って怪しまれそうだがそれはともかく! 軽く付き合って、このお嬢さんの好奇心を適度に満たしてやることにしよう、うん)

 

 なお、ここまでの思考をアスヴェルは3秒で終わらせている。少女とのコミュニケーションに不具合を生じさせないための高速思考。これも気遣いなのだ。

 

「仕方ない。そこまで言うなら、適当にドリンクを用意しよう。適当に席へ座っていてくれ」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 態々深くお辞儀をする少女。実に礼儀正しい。やはりいいところのお嬢様なのは間違いなさそうだ。

 

「言っておくが、私は素人だから凝ったものは出せないぞ?」

 

「では、ミルクで」

 

「……うん?」

 

 初手でその注文をするなら、何故酒場に来たのだ少女よ。

 

 

 

 ――ドリンク準備中――

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 それから少々して。

 少女がぎこちない手つきで牛乳を飲み干した(なんと一気飲みしていた)ところでアスヴェルは頃合いを見計らい、

 

「そういえば、君の名前は?」

 

 そのすぐ横に腰かけ話しかける。別に他意は無い。単に呼び方を聞いただけだ。横に座ったのも、店内に2人しかいないこの状況で下手に距離を置いたら、そちらの方が居心地悪かろうという判断である。本当本当。

 そんな内面の弁解を知る由も無く、少女は特に何の躊躇をすることもなく質問に答えてくれた。

 

「はい、わたしはハルと――」

 

「ハル?」

 

 一瞬、ふくよかな体格の青年を思い浮かべる。

 

「――い、いえ! ハルカです! ハルカとお呼び下さい!」

 

「そうか、ハルカか」

 

 随分と慌てた様子だが、まあ初対面の男性を前にすれば多かれ少なかれ緊張はするものだろう。その程度を気にする程、器は小さくない。

 

「ああ、こちらの自己紹介がまだだったな。順序が逆になってしまったが、私はアスヴェルという」

 

「それは、その、存じています。勇者、なんですよね?」

 

「なんだ、知っていたのか」

 

 昼間の女性達といい、自分の存在は思いのほか有名になっているようだ。これも勇者の宿命か。

 

「一度、お会いしてみたいと思っていたのです」

 

「私と? それは光栄だな――ひょっとして、この店にはそれが目的で?」

 

「はい」

 

 ハルカは首を縦に振った。

 

「そこまでして会いに来てくれたのは嬉しいが、もし次があるなら明るい内に来てくれ。この街は治安が良いようだが、君のような子が夜歩きしては親御さんも心配することだろう」

 

「そんなことはありえません」

 

「え?」

 

 妙にしっかり否定してきたので、聞き返してしまった。

 

「あ――そ、その、気を付けます。次からは、昼間お訪ねするように」

 

 アスヴェルの態度を気にしてか、ハルカはすぐに訂正する。その反応でピンと来てしまった。

 

(……これは、問題ありな家庭と見た!)

 

 親の気遣いをすぐさま否定するなど――ましてや、これだけすれていない(・・・・・・)少女が、である――健全な家族であれば早々有り得ないことだ。

 

(明日にでも彼女の家を訪問して、状況を把握する必要がある)

 

 問題を見つければすぐ解決のために行動する。即断即決の男、アスヴェルである。家庭内の問題に他人は手を出さない方が良い、という意見もあるが、それはあくまで対象が一般人の場合。勇者たるアスヴェルには当て嵌まらない。

 となれば、今はハルカと話し、彼女の抱える問題を少しでも掴んでおかなければ。しかしこれ位の歳の女の子へ露骨に探りを入れるのも如何なものか。

 

「ところでハルカ、君は私に会いに来たと言ったが、何か聞きたい話でもあるのかな?」

 

 という訳で、なるべく無難な流れで会話を再開することにする。

 

「聞きたいこと、ですか?」

 

「そう。態々ここまで来てくれたんだ、尋ねたいことの一つや二つあるんだろう。なに、気兼ねすることは無い、明かしてみなさい」

 

「…………えーと」

 

「えーと?」

 

「…………うーん」

 

「うーん?」

 

 え、無いの?――と思わず口にしそうになったところで、

 

「……勇者の冒険譚、とか聞いてみたいです」

 

「……そうか。冒険譚か」

 

 なんだか無理やり話題を捻りだしたように見えたのは気のせいだろうか。

 

「しかし冒険譚といってもどこから話せばいいものやら。自慢する訳でも無いのだが私はこれまで冒険し続けの人生だったからな。いや自慢ではないのだけれど」

 

「どうして繰り返しました? 

 ……それでは、最初の冒険を教えて頂けませんか」

 

「最初の冒険、か――」

 

 ふっと遠い目をする。はてさて、自分が初めて行った“冒険”とはなんだっただろう。数秒思索にふけると、アスヴェルはゆっくり口を開く。

 

「あれはそう、私がまだ十二位のときだったかな。その頃に身を寄せていた町からほど近い山で化け物が出現したという報せがあったんだ。私は居ても経っても居られず、その討伐に向かった――」

 

「何かの事件に巻き込まれたのではなく、自分から立ち向かったんですね。流石アスヴェルさんです。そこから勇者としての戦いが始まった、と」

 

「ああ、それが私のやった最初の竜退治(・・・)だ」

 

「いきなりドラゴン!? 早すぎません!? よく勝てましたね!?」

 

「そりゃ私は勇者だからな、そこらのトカゲもどきに負けるわけが無い」

 

「そんな無茶苦茶な……あの、ゴブリンとかスライムとか、そういう魔物とは戦ってこなかったんですか?」

 

「ああ、そういうのと戦ったこともあるな。しかし君が聞いたのは“冒険”についてだろう? 勝つことが確定しているような魔物との戦いを冒険とは呼称しない」

 

「す、凄い自信ですね……」

 

 少女は若干引いている(・・・・・)ような気がする。何故か。

 

(しかし、一度思い出し始めると浮かんでくるものだな……)

 

 正直なところ、負けるつもりは毛の先程も無かったとはいえ、苦労しなかった訳では無い。竜の生態や行動傾向を入念に調べ、それを基に徹底的な対策を練った。さらにその対策を実行するに足る装備を丹念に整え――結果として、初戦は危なげなく勝利を掴むことができたのだ。一歩誤れば、つまるところ事前準備を少しでも怠っていたならば、殺されたのは自分の方だったかもしれない。

 ここ数年思い出したことも無い記憶が蘇ってきたのは、美味い酒のせいか、或いは真摯に話を聞いてくる少女のおかげか。

 

「――――」

 

 ホールに、男女の声が響く。といって、少女は自分に相槌を打つだけなのだが……興が乗って、ついつい色々と話し込んでしまった。

 

「――その戦いを皮切りに、多くの冒険をこなしてきた。洞窟を拠点とする竜の退治や、大森林を飛び回る竜の退治、火山に巣食う竜の退治に、海の底に潜む竜の退治――」、

 

「あのー、一ついいですか?」

 

 それまで聞き役に徹してきたハルカが軽く手を挙げあがら質問してきた。

 

「魔王はどうなったんでしょう?」

 

「魔王?」

 

「いえその、アスヴェルさんは勇者なのですし、やっぱり魔王と戦っていたのですよね? なんだか、ドラゴンのお話ばかりで肝心の魔王のことが全然触れられていないのですが――」

 

「む、魔王の話も聞きたかったのか。魔王となら戦っていたぞ。そりゃもう出会ってから毎日のように」

 

「毎日!?」

 

「私が動く以上、魔王(ヤツ)とて動かざるを得ないからな」

 

「そ、そこまで言い切りますか。やはり凄い方なんですね、アスヴェルさんは……」

 

「はっはっは、勿論だ」

 

 戦々恐々といった様子のハルカだ。まあ、最強の勇者たるアスヴェルの武勇伝を聞かされてはそうなってしまうのも無理は無い。呆れられたのではない筈だ。

 そんな雰囲気で、和気藹々と談笑していると、

 

「……大分、話し込んでしまいましたね」

 

 少女が呟いた。

 確かにもういい時間だ。街灯のあるこの(ベイリア)ですら、外を歩く人はほとんど見かけない。

 

「流石にそろそろ帰らないとまずい時刻だな。ハルカ、君の家はどの辺りだ? この時間に女性の一人歩きは危ないからな、送っていこう」

 

 純粋な気遣いと、彼女の自宅のチェックを兼ねた提案である。別段、下心は無い。先述した通り、少女が抱えているだろう家庭問題を解決するための第一歩なのだ。

 しかしハルカは首を横に振り、

 

「こんな時間に帰宅するのは難しいので――その、ここに泊めて貰えないでしょうか?」

 

 爆弾発言をした。

 容姿端麗なご令嬢が、部屋は違うとはいえ一つ屋根の下で男と2人きりで寝泊まり――

 

(本当に箱入りのお嬢様なんだな。ここに居るのが私でなければ大変な目に遭っていたぞ?)

 

 ――それこそ2度と親に会えなくなったりとか、まあ悲惨な目に遭遇してしまう算段が高い。当然アスヴェルはそんなことしないけれども。

 

(それはそれとして、無理やりにでも帰すべきなのかもしれないが――ここまで付き合ったのなら乗りかかった船か)

 

 放り出してしまってはそちらの方が無責任であろう。それにあの店長(サイゴウ)がもしここに居たとしても、このような少女を邪険に扱うことはすまい。青年はそう結論し、

 

「分かった。部屋を案内しよう。ただ、繰り返すが私はこの店の客、もっと言えば居候に過ぎない。そこのところは忘れないでくれ」

 

「はい、心得ました」

 

 ハルカは感謝の意を示すようににっこりと笑いながらお辞儀をする。そんな彼女の手を取って、アスヴェルは空き部屋へと案内するのだった。

 ――何度も言うけれども邪念は無い。無いったら無い。

 

 



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【3】

「ところがどっこい、拙者にござる!」

 

「ああああああああああ!?」

 

 部屋の扉を開け、振り返ってみたらびっくり。後ろについて来た少女が男性になっていた。というか、おデブな青年になっていた。つまりは、ハルになっていた。

 彼は得意満面の笑みを浮かべ、

 

「ぬふふふふぅ、その様子ですと大分驚いたようですなぁ! これは<アバター>と言いましてな、この大陸の人々は割と簡単にこの加護を使って容姿を変えることができるのでござるよ」

 

「あああああああああああ!!?」

 

「ですから、アスヴェル殿も人を外見で判断してはいかませんぞぉ! どのような御仁が姿を変えているか分かりませんからなぁ! 特に言い寄ってくる女性には気を配って下され!」

 

「ああああああああああ!!!?」

 

「しかしてご安心を。拙者の見立てによれば、ミナト殿は<アバター>を使っておりませぬ。正真正銘、可憐な女性ですぞ! 良かったですなぁ、アスヴェル殿!!」

 

「ああああああああああ!!!!!?」

 

「ではでは本日はこの辺りで! いやぁ、晩酌は楽しかったですぞぉ! アスヴェル殿、また明日!!」

 

「――――あ、ああ」

 

 ハルの言葉に、どうにか頷く。ひとしきり全力で驚愕し続け、どうにか心が落ち着いた。落ち着いたから何がどうなる訳でも無いのだが、とにかく落ち着いた。

 目の前の青年は既に部屋へ入り、扉を閉めてしまっている。どうもこの店に泊まるという台詞自体は偽りのないものだったようだ。

 

「…………寝よう」

 

 一言そう呟くと、アスヴェルは踵を返し、自分に宛がわれた部屋に戻るのだった。何やら色々やらかしてしまったような気がしてならないが、その全てを忘却しようと心に決めて。

 

 

 

 

 

 

 一方、ハルが入っていった部屋の中。

 

「ああああああああ!!」

 

 少女(・・)は<アバター>を解く(・・)と、頭を抱えて蹲った。

 

「私ったら! 私ったらなんてはしたない真似を!!?」

 

 わしゃわしゃと頭を搔き乱す。サラサラとした髪が流れるように波打った。

 

「こんな、こんな破廉恥な格好でっ!?」

 

 改めて自分の姿を見る。あちこち肌を露出した、しかも身体のラインがバリバリに出ている、とてつもない服装である。いや、その観点で言えば普段のミナトの方が凄いのだが――

 

(な、なんでミナトさんは平気なんでしょうか!?)

 

 その理由を考えても詮無きことである。彼女が大丈夫だからといって、それが自分に当てはまる訳も無いのだから。ハルカ(・・・)は顔を真っ赤にして、涙目になりながら取り乱す。

 

「ああああ!! で、でも、でもでも私、あのアスヴェルさんと2人きりで酒席を――こ、これはもうアスヴェルさんとは大人な関係になってしまったといっても過言でないのでは!?」

 

 過言である。そもそも、自分は酒を飲んではいない、というか、飲めない。お酒は二十歳になってから、である。

 

「ま、まあそれは流石に言い過ぎですけれども、仲が一歩――いえ、二歩三歩前進したのは確かというか何というか」

 

 例の青年のことを頭に思い浮かべ、ハルカは熱い吐息をついた。

 あの野性味のある顔立ち、均整取れた逞しい身体、常に自信溢れ出る態度を崩さず、それでいて他者への気配りを忘れない優しさを持つ(個人の感想であり、品質を保証するものではありません)。彼を構成する要素、どれもこれもが少女の心を掴んで離さなかった。

 ……ここにアスヴェルを知る第三者(ミナト)が居れば盛大にツッコミ入れたことだろうが、悲しいかな、今ハルカは独りである。

 

「はぁぁぁぁ――アスヴェルさぁん♪」

 

 なのでついつい、この上なく頭の悪い台詞まで吐いてしまう。万一誰かに聞かれたら当分立ち直れないこと請け合いでだ。それでもなお彼女は止まらず、

 

(……も、もしあのまま<アバター>を使わずに(・・・・)いたら、アスヴェルさんはどうしていたのでしょう!? いえ紳士なあの方のことですから滅多な真似はされないと信じていますが私の方から誘ったりしたらどうですか!? 『アスヴェルさん――私、寂しいんです。今夜は一緒に居てくれませんか?』とかなんとか。優しいお方ですし本当に一夜を共にしてくれたりとかしてひょっとしたらその先のことまでいやぁあああ私ったらなんて恥ずかしい妄想を!!)

 

 正しく妄想である。これぞ妄想である。

 

(本来であれば恋愛などできない(・・・・・・・・)身の上ですが、ゲームのキャラ相手にだったら――)

 

 そんな考えにまで至ってしまう。もう、自分があの青年相手に特別な感情を抱いていることは疑いようが無かった。だからこそ、“あんな真似”をしてまでアスヴェルに“嘘”を刷り込んだのだ。

 

 “嘘”。

 それはつまり、<アバター>のことである。この“Divine Cradle”では、ハルカのような例外(・・)を除いて基本的に自分の容姿を偽ることはできない(・・・・・・・・・)(髪型等を多少変更することはできる)。<アバター>というシステムがあることすら知らない人もいる位だ。昼間アスヴェルに絡んでいた女性達は、現実でもキャラに近い姿形をしているのである。

 しかし、ハルカの発言を受けて、アスヴェルは全ての人が<アバター>を使っているものと誤解したことだろう。これで、彼の方から他の女性にアプローチを仕掛けるようなことは、早々起こらない筈だ。

 本当を言えば、ミナトもまた<アバター>を使用していることにしてしまえば――

 

「――いえ。それは不義理に過ぎます」

 

 頭を振って、ここはしっかりと断言する。そんなことをしてしまったら、自分は二度とあの少女を友人と呼べなくなる。例えアスヴェルの気持ちが今、完全にミナトへと向いていたとしても、それとこれとは話が違うのだ。友達を裏切るような真似は、ハルカの倫理観が決して許しはしなかった。

 もっとも、彼女が心の底からあの青年を嫌っているのなら話は別だが――

 

(実のところ、ミナトさんもアスヴェルさんのことを憎からず思っているようですし)

 

 本人に確認してはいないが、傍から見てまず間違いない。嫌なら、もっと徹底的に突き放しているだろう。文句を言っても一緒に居る辺りに、少女の本心が見え隠れしている。

 

「それに、これから先がどうなるかなんて、まだ分かりませんもの」

 

 口に出して、そう言う。実際、まだアスヴェルとは会って大した日も経っていないのだ。碌にイベントも発生していない。ここからの動き次第で、自分が彼の心を射止めることだってできる筈だ。

 ハルカは決意を新たにすると、夜も大分更けていたため、素早く身を整えてベッドに潜り込んだ。

 

 

 ……その日、ハルカは<ログアウト>しなかった。部屋が別々とはいえ、せっかくアスヴェルと2人きりで一つ屋根の下、眠れる機会を逃したくなかったのである。

 

 

 

 ただ、根本的な問題として。

 あんな風に<アバター>を使ってしまっては、ハルがハルカであると明かすことを自ら封じてしまったようなものなのだが。そのことに彼女が気づくのには、まだ時間を必要としていた。

 

 

 

 

 

 

◆勇者一口メモ

 何やら特殊ルートが発生した模様。



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第10話 戦争って――何ぃ!?
【1】


 時刻は夕方。アスヴェル達一行は今日もまた探索を終え、拠点とする街“ベイリア”に帰ってきた。

 

(……喋る魚っているんだなぁ)

 

 今日はシシバ湿原という場所を巡ってきたのだが、そこにあった巨大な沼でそういう不可思議生物と交流したのである。ミナト達が平然と対応していたところを見るに、この大陸には人種族以外の高い知性を持つ生物が珍しくない程度にはいるのかもしれない。

 ちなみに、元の大陸に戻るための情報は何も得られなかったのだが。代わりといってはなんだが、魔物から大量のアイテムを入手できたりはした。当分アスヴェルは生活に困らないで済むらしい。こんな簡単に金策が出来ていいのかと疑問に思ったのだが、通常これ程の量を落とすことは滅多に無いそうだ。自分がいると、ドロップ率(と、この大陸では呼称しているそうで)が良くなるのだとか。

 

(しかし――お手軽な旅だったな、うん)

 

 テレポートアイテムがあるおかげで、実際には徒歩で数日かかる距離を一瞬で移動できる。魔物との遭遇もあったが正直アスヴェルの敵では無かったし、ミナトやハルも危なげなく対処していた。総じて、“冒険”といいうより“散策”、ピクニックにでも行った気分だ。

 

(ふっふっふ、ミナトとピクニック――か)

 

「何オマエ、変な顔でニヤついてんだ?」

 

 考えていることが顔に出ていたらしく、当のミナトからツッコミを受けるが、さして気にはならない。大丈夫、彼我の距離は順調に縮まっている。

 そんな風に妄想を膨らませていると――

 

「――むむ?」

 

 異変に気付いたのは、酒場“ウェストホーム”の扉を開けた時だった。妙に多くの人がホールに集まっている。そのほとんどが店の常連のようだが、皆一様に戸惑いの表情を浮かべていた。これはいったいどうしたのかと、横にいるミナト達へ視線をやってみれば、

 

「なんだこりゃ?」

 

「何か良からぬイベントでも起きましたかな?」

 

 2人共状況を理解できていないようだ。

 

(他の誰かに聞くしかないな。サイゴウはどこだ?)

 

 おそらくこの状況を最も把握しているであろう店長を探そうとするも――

 

「おお、アスヴェルの旦那!」

 

 ――彼を見つけるより先に別の人物から声がかけられた。

 

「うん? ああ、オーバタじゃないか」

 

 話しかけてきたのは、若干ガラの悪い風体の青年だ。名前をオーバタ。以前、街中で他の住民に乱暴を働いていたところを、アスヴェルに成敗された男である。あの後、彼の武器を直してから妙に懐かれてしまったのだ。今ではこの酒場の飲み仲間になっていたりする。

 

「いったいこの騒ぎはなんなんだ。君、何か知っているか?」

 

 少しでも情報が欲しいので、まずは目の前の青年に尋ねてみる。すると彼は頬をポリポリ掻きながら気まずげな顔をして、

 

「……いやー。知っているも何も、この騒ぎを作っちまったのが何を隠そう俺っちでして」

 

ほう(・・)

 

「あー、待ったー!! アスヴェルの旦那、その“目”待ったー!!? ガチな殺意を込めた瞳で見つめないで!! 別に俺っちが何かやらかした訳じゃないんでさぁ!!」

 

「ん、そうなの?」

 

 必死の弁解に、解き放ちかけた殺気を引っ込めた。オーバタは冷や汗を拭いつつ、説明を始める。

 

「えー、順を追ってお話させて貰いますとですね――」

 

 

 

「――戦争、だと?」

 

 説明を聞き終えたアスヴェルの第一声はそれだった。

 

「そうなんすよ。うちの団長がすみません」

 

 オーバタはぺこぺこ頭を下げている。

 なんでも、彼の在籍するクラン――互助的な組織で、この大陸ではかなり一般的な代物らしい――の長が、ミナト達のクランに戦線布告をしてきたそうだ。アスヴェルとオーバタが揉めた一件を引き合いにして。

 

「何度も止めたんすけどねぇ。ま、どうにもできなかったんで、せめてもの罪滅ぼしとチクりに来た訳ですが」

 

 当事者の意見を無視して押し切ってきたらしい。話を聞く限り、その団長とやらは相当過激な人物に思える。

 しかし、一緒に話を聞いていたミナトは別の感想を抱いたらしく、

 

「なんでだよ。オマエんとこのクランって『暁の鷹』だろ? あそこ、基本的に穏健派じゃん。オマエみたいなのもいるけど」

 

「それがまあなんていうか。あんま大きな声じゃ言えねぇんすけど、団長の嫁さんが、ほら、例の国家維持法(・・・・・)で――」

 

「……全ては理想の国家のためにってアレか」

 

「そうっす。それから団長、荒れちゃって荒れちゃって……気持ちは分かるんすけどね」

 

「……胸糞悪い話だな」

 

 彼女はそれで合点がいったようだ。どうも、込み入った事情がある様子である。

 その流れののまま、ミナトは後ろを振り向くと、

 

「どうすんだよ、おやっさん。この話、受けんのか?」

 

「つっぱねたいところだが……こんな事情(・・・・・)聞かされちまうとなぁ」

 

 返事をしたのはスキンヘッドな男――サイゴウだった。オーバタが説明をしている最中にこちらへやってきていたのである。

 聞いたところによると、ミナト達が所属するクランの団長はこの店長。つまり彼がこう言ったということは戦争が現実味を帯びてきたということであり――

 

「――そんな簡単に承諾していいものなのか?」

 

 堪らず、アスヴェルは非難の意味も込めてサイゴウへ声をかける。余りにあっさりと戦いを許諾する彼の態度に疑問を持ったのだ。しかし店長は肩を竦めるだけで、

 

「仕方ないだろう。向こうさんも色々と“溜まった”もんがあるようだし。適度にガス抜きしてやらんとな」

 

「う、うーむ?」

 

 頭を捻る。たったそれだけのために、“戦争”を起こしていいものだろうか。

 

(それともこの大陸では戦争という単語の意味会いが違うのか?)

 

 戦争は――今回の場合、国と国との戦いではなく小集団同士の諍いとった趣きだが――人と人が武力を持って争うものである。勝っても負けても、相応の犠牲は出る。少なくともアスヴェルはそう認識していた。

 だがそんな彼の心中とは裏腹に、ミナトはあくまで軽い態度を崩さない。

 

「ま、大丈夫だろ。オーバタが向こうのメンバーの<ステータス>持ってきてくれたから、戦略も立てやすいし。なんなら、こっちにはオマエもいるから」

 

「私も参加するのか?」

 

「なんだよ、まさか嫌だってんじゃないだろうな?」

 

「正直を言えば、軽々しく戦争など起こして欲しくは無い。他に手はないのか?」

 

「いつもは喧嘩っ早い癖にこんな時は消極的なのかよ。ひょっとして、勇者は人同士の戦いに手を出せないとか、そういうお決まりなアレか?」

 

「そういう訳でもないのだが……」

 

 どうも、ミナトは勘違いをしているようだ。アスヴェルが戦いに乗り気では無いと思っている模様。

 実情は真逆だ。アスヴェルはやる気満々である(・・・・・・・・)。単に、戦争という行為がこのケースにおいて非効率(・・・)と考えているだけなのだ。そんなことをするより、アスヴェルが一人で乗り込み、事の原因をさくっと“処理”してきた方が余程効率的(・・・)だろう。

 とはいえ、この辺りをしっかり説明すると余計な軋轢を生んでしまうかもしれない。ここは一つ、不言実行してしまうのが最善手か。

 

「仕方ないヤツだなぁ。じゃあ、参加してくれたら今度デートしてやるよ」

 

「彼奴等に地獄を見せてしんぜよう」

 

 戦いに臨む彼らの覚悟を無碍にすることなど、アスヴェルには到底できなかった。

 この大陸に来てから出来た仲間達の勝利へ少しでも貢献するため――そしてそのささやかな報酬として、ミナトとのデートを勝ち取るため――勇者は戦争に推参することを決意する……!

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

「……いいのでござるか、ミナト殿?」

 

「いいって、何が?」

 

「アスヴェル殿を<戦争>に参加させる件にござる。彼のことが広く知れ渡ってしまうでござるよ?」

 

「あー。ま、いいんじゃないか? オーバタとか、クラン以外の奴らにもぼちぼち知られちゃってきたし。それにさ、前々からアイツを<戦争>へ連れてきたいって思ってたんだよね」

 

「ぬむむぅ、つまり、<イベント>のトリガーが<戦争>参加なのではないかと睨んだ訳ですな?」

 

「そゆこと。あれはオレらだけじゃ起こせないからな。渡りに船ってやつだ」

 

「しかしその結果、彼に言い寄ってくる者が増えるかもしれませんぞ」

 

「そんときゃ所有権を主張させて貰うさ。アスヴェルは(・・・・・・)オレのもんだ(・・・・・・)ってな!」

 

「…………」

 

「? どうした、ハル?」

 

「い、いえ、なんでもないでござるにござる。アスヴェル殿が戦争で如何に振る舞うか、見守ることにいたしましょうぞ」

 

「おうっ!」

 

 



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【2】

 そんなこんなで。

 

「……あっという間に」

 

 戦争開始直前にまで来てしまった。酒場での会議からここまで、たったの数時間。こんなことまでお手軽にやらなくてもいいのではないだろうか。

 

「出る幕が無かったなぁ」

 

 サイゴウと向こうの団長らしき人物があれやこれやと話が進められ。その後、皆で街近くの設置された戦争用のフィールド(本当にこう説明されたのだ)に移動。あとは開戦を待つばかりとなっている。元々アスヴェルは居候のような立ち位置だったこともあり、何か意見を言うでも無くただ流されるままここに来てしまった。

 

(しかし、戦争を行うための“場所”が予め用意されているとは)

 

 と言っても、多少大き目の岩がごろごろと転がる草原に“区切り”が描かれている程度の代物なのだが。

 

(この大陸では頻繁にこんなことを起こしているのか?)

 

 戦争のためにいちいちこんなものを準備しているのだとしたら、剣呑なことである。だがその割に――

 

(――呑気、だなぁ。これから殺し合いをする人間の顔には見えん)

 

 味方も、そして離れた場所に陣取る敵も――多少緊張感があるとはいえ――アスヴェルからしたら大分お気楽な態度。お気楽に談笑している者すらいる程だ。敵味方合わせて100人近くいるというのに、戦争に対して真剣味をもって臨んでいる人間がほとんど見受けられない。

 

(こんな連中が殺し合いなんてできるのか?)

 

 殺す覚悟も、殺される覚悟も、あるようには見受けられなかった。戦いを舐めている、とすら感じてしまう。とてもではないが、“戦争”の開始をほいほいと決めてしまうような、好戦的な人々には見えなかった。

 その疑問に答えを得られないまま、開戦の合図である“鐘”が鳴る。

 

(……あれ? 今、どこから鳴ったんだ?)

 

 かなり大きな音だったのに、それを響かせた鐘が近く見当たらないのだ。

 

(まあ、また何かの加護だろうな、うん)

 

 この大陸に来てから不可思議なことばかりなので、いちいち細かく突っ込むのは止めにしたアスヴェルである。興味を無くした訳でもないのだが、少なくとも戦争が始まろうとしているこの場で詮索する必要があるとは思えない。

 

「なんて考えている場合ですら無いか」

 

 鐘の音が響くのと同時に、全員が一斉に動き出していた。

 

 戦士達は各々の武器を構え、敵に突撃。

 弓兵達はそんな前衛への支援射撃を敢行。

 魔法使い達は弓兵同様の長距離攻撃や、味方の補助を。

 僧侶達は負傷者がいつ出ても対応できるように準備を整えている。

 

 大雑把に戦況を説明するとこんな形だ。敵側もこの辺りの動き自体に変わりはないように見受けられる。双方共に、まずは基本に忠実な戦術で相手の様子を伺っている、といったところか。

 ちなみにミナトは、高速で戦場を動き回りつつ銃弾で敵陣をかく乱させるという、この中では特殊なポジションに就いていたり。

 

(確か――ハルが倒されたら負け、だったな)

 

 ルールを確認する。この戦争の勝利条件は3つ。一つは相手を全滅させること。一つは相手に降参させること。最後の一つは、相手のリーダーを倒すこと、だそうだ。

 この際、リーダーは必ずしも団長が務める必要は無いらしい。そのため、クランの中で防御能力が最も高いハルがリーダー役に任命されている。

 

(そのせいで、彼を前線に出せなくなったのは本末転倒のような気もするが)

 

 実はハル、白兵能力もクラン内最高位の実力者。しかしリーダーとなったせいで、容易に動けなくなってしまっている。まあ、治癒や支援の魔法も使えるし、司令塔としてに役目も果たしているので、決して意味のない采配という訳ではないのだが、正直かなり勿体ない。“負けないこと”を重視した戦法のようだが、正直なところ余りアスヴェル好みのやり方では無かった。

 

(まあ、それはいい。考え方は人それぞれだ。とやかく言える立場に私はいない。

 ここで問題になるのは――私はここでどう動くのがベストか、だが)

 

 アスヴェルは魔法使い型勇者(決して魔法使いでは無い。勇者である)なので、後方待機しつつ攻撃魔法での射撃を指示されている。実際、こうしている間にも飛んでくる矢や魔法を避けつつ、魔法を軽く(・・)撃ってはいるのだが――

 

(――本当に、命を奪ってしまっても構わないのか?)

 

 彼を迷わせているのは、結局のところその1点だ。こうして戦いが始まってみても、彼等が――ミナト達は勿論、敵側の人達も含めて――真剣に殺し合っているようには見えないのだ。いや、放たれる技は確かに人を十分殺しうる威力なのだが……しかしそれでも、これから人を殺す、或いは逆に殺される、という“覚悟”を感じないのである。

 

(どうしても遊んでいる(・・・・・)ように思えるんだよなぁ)

 

 実のところ、アスヴェルは今すぐこの戦争を終わらせられる(・・・・・・・)。クラン“暁の鷹”の団長であり、この敵陣のリーダーも務めている男が、射程圏内にいる(・・・・・・・)からである。彼我の距離は100m、かつ護衛やら結界やらで守られているものの、アスヴェルにかかれば何の障害にもならない。

 

(いやしかし、もしこれが“遊び”だとしたら、本当に殺してしまうと大問題になるのでは……?)

 

 こんな白昼堂々とした場であれば、言い逃れはきくまい。それで自分だけが害を被るならばともかく、親しい人々まで迷惑をかけるのは流石に憚られた。

 

「どうしたもんかなー」

 

 ぼやきつつ、自分を狙ってきた矢をひょいと摘まんでその場に捨てた。もうしばし戦況を伺おうと決めたところで――

 

 

 アスヴェルは、己の優柔不断を後悔した。

 

 

「おやっさん!?」

 

 戦場に、ミナトの悲鳴が響く。驚いてそちらを見やれば、

 

「サイゴウ!!?」

 

 アスヴェルも思わず叫ぶ。そこには、血塗れになったサイゴウの姿が横たわっていたのだ。彼は戦士として前衛に上がっていたのだが、敵の誰かにやられたらしい。

 

「くっ!!」

 

 脇目も振らず、店長の下へと駆ける。だが彼の容態はアスヴェルの目から見ても――

 

「おっ、アスヴェル、か。

 ……すまねぇなぁ、しくじっちまったぜ」

 

「もういい! 喋るな!!」

 

 抱きかかえる。無駄だと分かっていても、治癒魔法をかけた。しかし、治らない。既に魔法でどうこうできる傷ではなかった。袈裟懸けに大きく抉られ、重要器官が幾つも潰れてしまっている。まだ死んでいないというだけで、サイゴウが致命傷を負ってしまったのは明らかだ。

 

「すまない!! 私がついていながら、こんな――!!」

 

「いいってことよ……後は、頼むぜ」

 

 弱々しい声でそう呟くと、サイゴウの身体から力が抜ける。だらりと腕が垂れ、頭が項垂れた。

 つまり――彼は、死んだ。

 

「サイゴウーー!!!?」

 

 慟哭が木霊した――いや、実際のところは戦場の騒音にほとんどかき消されたのだが。

 脳裏に浮かぶは、サイゴウとの思い出。思えば、彼は初対面のアスヴェルに本当によくしてくれた。宿を提供し、食事を提供し、色々と相談にも乗ってくれて。特に彼の作った料理は絶品で――しかし、もう食べることはできない。

 そんな嘆くアスヴェルの傍らに近づく影があった。

 

「……おやっさん」

 

「ミナト、か。冷静になって聞いてくれ。サイゴウは、もう――」

 

「くそっ! 弔い合戦だ!!」

 

 説明が終わるより前。一言そう叫んだだけで、ミナトは戦線へと復帰した。ショックを受けた様子こそ見られたが、すぐにそれを振り払ったようだ。

 頭をガツンッと殴られるような衝撃を受ける。彼女が薄情――な訳では勿論無い。

 

(覚悟が、できていたのか……!)

 

 “殺し合いをするつもりがあるのか”“遊んでいるのではないのか”――アスヴェルが感じていたソレは全て間違いだった。ミナトは――いや、この場にいる皆、覚悟はできていのだ。それが余りに自然体(・・・)だったから、気づくことができなかっただけで。この大陸の人々は、常に死が隣にあることを受け入れた戦人(イクサビト)であったのだ。

 この場で覚悟ができていなかったのは唯一人。

 

(――私、だけだ)

 

 悔しさに身震いする。

 

(私だけが、迷っていた。私だけが、分かっていなかった。私がただ、未熟だった!!)

 

 傲慢にもこの大陸の人々をお気楽だと嘲笑い、いざ戦いに臨んでなお迷いを払拭できず。

 その結果、大切な友人を一人失ってしまった。

 

(サイゴウ……もはや、詫びることすらできない。この上は、貴方の望みを可及的速やかに果たすことだけが、私の成し得る贖罪と心得る!)

 

 アスヴェルを縛る(迷い)は今、無くなった。

 

 

 

 ――殺戮、解禁――

 

 

 



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【3】

「ハルッ!!」

 

 状況を逐次把握しながら指示を飛ばしている青年に、声をかける。幸い、彼はすぐこちらに気付いてくれた。

 

「なんでござるかな、アスヴェル殿?」

 

「私が合図したら、全員を自陣へ避難(・・)させてくれ!」

 

「は、はい? しかしそんなことをすれば戦線が崩壊してですな」

 

「大丈夫だ! 後は私に任せろ!!」

 

 力強く断言する。熱意が伝わったのか、ハルは数秒の逡巡の後、頷いてくれた。

 

「わ、分かったでござるよ」

 

「頼む」

 

 そんな彼へ一つ頭を下げてから、アスヴェルは敵方向へと向き直る。しっかりと“目標”を見据え、静かに精神の統一を図る。

 

 

 ――雷槌(イカヅチ)を廻す。光を降臨(オロ)す。虚空(ソラ)を斬り裂く。

 

 

 呪詞(のりと)を紡ぐ。

 その詠唱と共に、周囲の空気が変わる――比喩でなく、大気そのものが薄く発光する。そして一筋の雷光が出現すると、それがアスヴェルを中心として大きく回り始めた。回転は徐々に速度を増し、程なく“雷”は巨大な“光の()”へと変貌を遂げる。

 これぞアスヴェルが本来用いる、真の闘争術。ただ魔力を垂れ流すだけの魔法とは一線を画した(・・・・・・)、人の技術によって魔力を緻密に組上げる御業(みわざ)

 

「<磁式・極光>」

 

 彼はそれを、“魔術”と呼称する。

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

「ハル! ハル!! 何が起きてる!?」

 

「な、何がと申されましても拙者にもすっぱりさっぱり!?」

 

「なんかすげぇフラグ踏んじまったか!? あの光ってる“輪っか”なんだよ!?」

 

「ぬ、ぬむむむむぅ!? 見た感じの推測ですが、生み出した“雷”に磁場をかけて(・・・・・・)超加速させているのかも――」

 

「ちょ、ちょっと待て! それってつまり、“荷電粒子砲”じゃねぇか!?」

 

「っ!? た、退避!! 皆様方、すぐに退避するでござるぅっ!!!」

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 ハル号令の下、味方陣営が一気に下がり始めた。その行動に敵は呆気にとられ、一瞬追撃が遅れる。嬉しい誤算だ。

 

「そちらに恨みは無いが――私を敵に回してしまった不運を呪え」

 

 その宣言と共に、光の環から幾条もの“光線”が射出された(・・・・・)。狙いは、敵陣営全て(・・)。烈光が地面を、岩を、そして人を抉っていく(・・・・・)

 

 閃光。

 炸裂音。

 爆発音。

 衝撃。

 

 

「うわぁあああっ!!?」

 

「お母さーーん!?」

 

「にょもぉおおおおっ!!?」

 

「もう、駄目だぁあああっ!!!!」

 

 

 そして、悲鳴。

 なんか割と余裕ありそうな断末魔を残し、敵クランの人々は爆雷の中へ消えていった。

 

 残ったのは、幾つもの“クレーター”で凸凹になった地面のみ。

 

 

「……なになに!? 何が起こったの!? 俺っちはどうしたらいいの!?」

 

 

 ……それと、唯一ターゲットに入れなかったオーバタも。

 

 

 

「嘘だろ、おい!? フィールドが、まるまる吹き飛んじまった!!?」

 

「ロー●ス島戦記かと思ったら、スレ●ヤーズだったでござる……」

 

「オレ達、とんでもないことしでかしちゃったんじゃあ……」

 

 

 

 やや離れた場所で、ミナトとハルが目を丸くしている。仕方がない、この(わざ)を目の当たりにすれば、そうもなろう。強力過ぎる技故に、これまで披露するのは控えていたくらいなのだから。

 しかし彼等への説明は後回しだ。今はただ、逝った友人へと祈りを捧げる。

 

「サイゴウ……仇は取ったぞ」

 

「おお! 確かに見させて貰ったぜぇ! やっぱすげえ奴だな、お前さん!!」

 

「…………へ?」

 

 すぐ隣から返事が来た。見ればそこには死んだ筈の(・・・・・)サイゴウが立っていた。まるっきり無傷な姿で。

 驚いて声が出ないアスヴェルを尻目に、ミナトとサイゴウが会話を始めた。

 

「あ、おやっさん。もう帰ってきたのか」

 

「おうよ! この戦争を承諾しちまったのは俺だからなぁ。きっちり結末を見届けなきゃならねぇだろう? おかげで、まだデスペナ解除されてないがな!」

 

 どうも、彼等にとってサイゴウの復活は驚愕に値するものでは無い様子。

 

(ど、どゆこと? え? どゆこと?)

 

 混乱。錯乱。狼狽。動揺。頭の中がごった返しになっていると、

 

 

「あー、負けた負けた」

 

「何だよ、最後の光!? 説明と、賠償を請求する!!」

 

「嫌な予感したんだよなぁ、“エルケーニッヒ”って結構武闘派って話じゃん」

 

 

 今しがた吹き飛ばした敵陣営の人々まで姿を現す。こちらもダメージを受けている様子は無い。

 

「え? え? え? え?」

 

 予想だにしなかった事態に、アスヴェルの脳は完全にオーバーフローしていた。そこへ追い打ちをかけるようにミナトが詰め寄ってくる。

 

「おいアスヴェル! なんだよさっきの技! 後でしっかり説明して貰うからな!?」

 

「それは――それは、こっちの台詞だぁあああああああっ!!!!!?」

 

 魂の絶叫が草原に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆勇者一口(ではない)メモ

 “磁式・極光”

 アスヴェルが習得している“魔術”の中で、3番目に威力が高い。

 磁場によって雷を亜光速にまで超加速させ、光環を形成する術式――要するに荷電粒子砲。

 その()から放たれる光線が直撃すれば、魔王クラスの相手ですら一たまりも無い。

 射程距離も魔法に比較して飛躍的に長く、広範囲を薙ぎ払える。

 さらに、近接距離の相手には光の環を直接当てるという使い方ができる上、防御手段として環を用いることも可能という、攻防バランスの良い魔術。

 弱点は雷が十分な速度に達するまでそれなりに時間がかかること。

 



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幕間
登場人物紹介(挿絵有り)


◆アスヴェル・ウィンシュタット

 不愛想だと思われたくない系勇者。

 魔王との死闘(死闘を演じたのは寧ろ魔王側だが)の末、『Divine Cradle』の世界へと転生。

 この世界がゲームだと気づかぬまま、ミナトとの合体(ユナイト)を目指し――もとい、元の世界へ戻るために奮闘している、筈。

 自信過剰で傲慢な面もあるが、その態度に見合うだけの出鱈目な実力を兼ね備えている。

 というか、ファンタジー世界で荷電粒子砲は無いよ、荷電粒子砲は。いったい彼は何と戦おうとしていたのか。

 ただ、基本的にはお人好しで、人々の善性に何よりも敬意を払う人物。

 ……しかし、(周囲の人にもぼちぼち気付かれ始めているが)勇者として殺し殺されの人生を歩んできたためか、割と“過激な”性格の持ち主でもある。

 

 個人特性(ユニークボーナス):英雄宣告

 

 

 

◆ミナト

 

【挿絵表示】

 

 アスヴェルが初めて出会った『Divine Cradle』のプレイヤーにして、現在の想い人。

 口調はぶっきら棒だが、彼に一目惚れされるだけあってかなりの美少女である。

 亜麻色の美しい髪に、メリハリの利いたボディと、外見はパーフェクトと言っても過言ではない(Byアスヴェル)。

 

 『Divine Cradle』では、銃を用いた高機動中距離アタッカー。

 レベルこそ中堅クラスだが、効率重視(マンチ)な成長とスキル獲得に加え、ズバ抜けた反射神経というプレイヤースキルにより、トップランカーとすら渡り合えてしまったりする。

 世が世なら<二刀流>スキルとか貰えたかもしれない。

 

 容姿のせいで男性プレイヤーに言い寄られることも多いが、その全てを容赦なく打ち砕いている。

 そのおかげで某匿名掲示板に一時アンチスレを立てられたことも。

 ちなみにそのスレ、その日のミナトの行動が逐一報告されるという、アンチなのかストーカーなのかよく分からない代物だったりした。

 色々問題があったため今では閉鎖されている。

 

 個人特性:精神干渉無効

 

 

◆ハル

 

【挿絵表示】

 

 ミナトの相方を務めるでぶっちょな青年。

 オタクっぽい外見や言葉遣いに隠れがちだが、その言動は温和で面倒見が良い。

 そのため意外にも、他プレイヤー(特に低レベル層)からは慕われていたりする。

 この辺の人の好さもあって、ミナトのパートナーの座を射止めた訳である。

 『Divine Cradle』においては高HP重装甲タンク。

 レベルだけ見ればトップランカークラスなのだが、効率を重視せず強スキルも積極的に獲得していないため、性能は上位陣から一歩劣る。

 ただ、そんなプレイングも“ガチプレイしていない”プレイヤー層からは好意的に取られていたり。

 

 しかして、その正体は黒髪ロングな正統派美少女。

 しかも<アバター>の使用が許可されている良いとこのお嬢様である。

 色々あって既にアスヴェルへの好感度は最大(MAX)に近く、彼を振り向かせるべく色々画策中――なのだが、ミナトへの友情も本物であるため、いまいち行動に移せていない。

 

 個人特性:影からの守り手

 

 



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第11話 マイルームって、なぁに?(期待の眼差し)
【1】


 あの戦争から明けて次の日のこと。場所は酒場ウェストホーム、その一室。

 クラン“エルケーニッヒ”の拠点でもあるこの場所に、数人のプレイヤーが集まり顔を向き合わせていた。“エルケーニッヒ”と“暁の鷹”、それぞれのクランの中心メンバー達だ。

 

「……アスヴェルってNPCについてだけどさ」

 

 その内の一人が口火を切る。

 

「アレ、絶対に正規のNPCじゃないだろ」

 

「だよなぁ。戦争の時のアレ(・・)とか有り得ない」

 

「戦場そのものを吹き飛ばすって、強キャラ設定だとしても無理がありますよ」

 

「ファンタジー世界の人間が荷電粒子砲とか……」

 

 話題は、最近“エルケーニッヒ”に滞在しだしたNPCアスヴェルについてだ。

 

「でもですよ、だったら何なんですか、彼?」

 

「何って言われても、分からないけどさ」

 

「いや――思い当たる節はある」

 

 その言葉に、発言者である“エルケーニッヒ”所属の男へ視線が集まる。

 

「――“バグ”だ」

 

「ば、バグって……!」

 

 俄かに騒ぎ出す面々。

 

「滅多なこと言わないでよ!」

 

「そうだぜ、バグなんてそんな、このゲームにそんなのあるわけ――」

 

「だが他にどうやって説明する? 解析不能なステータス、ルールに則らない動作、極めつけはトンデモ威力のスキルだ。こんなの、運営が設定したとはとても思えない――なら、バグってことだろう」

 

「それは……」

 

 反論できる者はいなかった。

 

「じゃ、じゃあ、バグだったと仮定して、だよ? 結局どうすんの、アイツ」

 

「そ、そうよね。もしバグだったとして――」

 

「バグなら――」

 

 一瞬、沈黙が訪れた後、

 

「――運営に、報告した方がいいんじゃ」

 

 一人が、ぽつりと呟く。

 

「運営って、お前」

 

「だ、だってさ! 本当にバグだったら、僕らの手に負える話じゃないっしょ!? さっさと運営に報告して、あのNPCを引き渡すなりなんなり、適切な処理をして貰うのが一番じゃないか!」

 

「でもそんなことになったら、あの子絶対に消去されるわよ……?」

 

「そこは別に考慮しなくていいんじゃないですか? 所詮NPCですし」

 

「バグを見つけた上で放置してる方が余程問題だよ。下手すれば全員(ペナルティ)対象になるかも――」

 

「そりゃ“暁の鷹”(あんたら)はあいつとの付き合いが無いから割り切れるだろうけどさ――」

 

 喧々囂々としだす。アスヴェルを運営に報告するという意見が多い一方、“エルケーニッヒ”のメンバーからは彼を保護できないかという提案もあがる。そんな中、

 

「俺はアイツの保護に賛成する。文句がある奴はクランを抜けろ」

 

 そう言いだしたのは“暁の鷹”団長、ホクトだ。

 

「お、おい、団長? 事態、分かってんのか?」

 

「分かっているとも! 結構なことだ! 最高だ!

 何が完璧な管理だ、何が至高のコンピュータだ! しっかりとバグが生まれてるじゃないか!!」

 

 団員が抗議するも、団長の意思は固かった。

 

「“エルケーニッヒ”の方で手に負えないっていうなら、“暁の鷹”が預かる。誰にも手出しさせない。アイツはこの世界の歪さ(・・)の証拠なんだからな」

 

「……それには及ばねぇ。アスヴェルはうちが預かると決めたんだ。あいつが何者だろうと、その判断は変わらねぇよ」

 

 返事をしたのは、それまで一言も発していなかった“エルケーニッヒ”団長のサイゴウだ。彼もまた、ホクトと意見を同じくした。そしてトップ2人が合意したということは、それ以上の議論が無意味であることを意味する。無論、納得のいかない顔もあるにはあるが、少なくとも表立って抗議する者は現れなかった。

 ホクトとサイゴウは改めて向き直り、

 

「そいつは結構。

 ――何かあったら言ってくれ、幾らでも手を貸す」

 

「ありがとよ。そうならねぇよう、祈っててくんな」

 

 そう結んで、2つのクランが集まった合同会議は終了となった。

 

 

 

 

 

 

 そんな話し合いが行われているとは露知らず。

 

(……ヤバい。いや、待て待て待て。この大陸の住人、本気でヤバくないか?)

 

 アスヴェルは一人、自分に宛がわれた部屋で頭を抱えていた。

 

(平然と復活するってどういうことだ? しかも大した後遺症も無さそうだったぞ? 彼らが死んだのは、この目で確認したのに!)

 

 さっきから思考がぐるぐると回っている。ついでに身体は床の上をぐるぐると回転していた。

 

(まさか、死を克服した種族だとでも言うのか? しかしそう仮定すれば、これまでの違和感にも説明がつく)

 

 戦争を気軽に行うのも、人を殺すことに大した躊躇いが無いのも、命を落とすことに恐れを抱かないのも。全て、彼らが“不死”を獲得した、或いは“死”という概念を捨て去った、と考えれば納得いく。死ぬことが無い故に、命のやり取りに関して鈍感なのだ。

 

(これも、加護の一つなのだろうか……?)

 

 その可能性は十分有り得る。これまで、幾つもの信じられない現象を目の当たりにしてきたのだから。

 

(しかしだな、ここの人々がそんな超越者の集まりだったとすると、私はこれまでとても恥ずかしい言動をしていたのでは? 死という概念を持たない、人の上位種とも言える彼等に対して、大分上から目線な態度を取り続けていたし。うぉおおおおおおお、穴があったら入りたい!!)

 

 ズットンバッタンと音を立てながら、アスヴェルは転げまわっていた。

 と、そこへ。

 

「おーい、アスヴェル、居るかー?」

 

 ミナトの声。もう、すぐ扉の前に居る様子。

 

「今日はどうしたんだ? 集合時間になっても来ないからから見にきてやったぞ」

 

 言われてみれば、そろそろ約束の時刻だ。今日もミナトやハルと共に、元の大陸に戻る手掛かり探しを行う約束だったのである。考え事で頭が一杯になり、そんなことにも気づかなかった。

 

(し、しかし、こんな状況でどんな顔をして会えば――!?)

 

 別に今まで通り接すれば良い、と頭では分かっているのだが、ミナト達の凄まじさを知った今となってはどうにも委縮してしまう。

 

(だがいつまでも待たせてしまう訳にもいかない、か)

 

 覚悟を決める。アスヴェルは努めて平静を装いながら自室の扉を開けると、

 

「こんにちは、ミナト――デートの約束のこと、まさか忘れてはいないだろうね?」

 

「……やっぱ覚えてやがったか」

 

 例え相手が何者であろうと、そこは譲らないアスヴェルである。

 

 

 



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【2】(挿絵有り)

「さ、着いたぞ」

 

 そんな声と共に、視界が晴れる。

 ここは――どこだろう? 目隠しされた上に、どうもテレポートアイテムまで使われたようで、位置関係など把握しようも無かった。

 一つ分かっているのは、ここが――

 

「この部屋がミナトの自室(マイルーム)なんだな?」

 

「おう。言っとくけどハルだって呼んだことないんだからな。光栄に思えよ」

 

 ――まあそういうことらしい。自分の部屋を案内するのにここまで厳重なプロセスを踏む必要は無いだろうと思うが、まあミナトとて乙女なのだ、仕方あるまい。

 

 結局あの後、デートの件もあるし今日の冒険は一旦中止という形になったのである。アスヴェルとしては個人的な事情で彼女等のスケジュールを狂わせるのは忍びなかったのだが、意外なことにミナトが強く主張してきたのである。曰く、「さっさと済ませたい」とのこと。

 

(順調に、距離は縮まっているな……!)

 

 アスヴェルの心に満足感が去来する。彼女との蜜月が始まるのも時間の問題なようだ。

 

「……その場合、ここが私達の愛の巣になるわけか」

 

「何物騒なこと呟いてんだ」

 

 ジトっとした目でミナトに睨まれるが、些細なことだ。

 

(しかし、女の子が住むにしては殺風景――というか、物騒な気も)

 

 部屋は飾り気が余り無く、“銃器”が所せましと置かれている。ミナトが持っているような短筒から、両手で構える必要がある程の大きなサイズの代物まで多種多様。

 

「壮観だな、これは。この部屋だけで相当の戦力を保持しているなんて」

 

「あ、ここにある奴は全部模造品(レプリカ)だよ。オレが趣味で揃えただけ」

 

「おっと、そうだったのか。残念だ」

 

 本物であれば、分解したりして色々調べてみたかったのだが。

 

「ところで、デートコースはもう決まっているか? こんなこともあろうかと、既に私はベイリア周辺のおすすめスポットを把握しているのでエスコートはばっちりだ」

 

「変なとこだけしっかりしてるな……安心しろ、どこに行くかはもう決まってる。オレが案内してやるから、オマエはついてくるだけでいい」

 

「そこまでしてくれていたのか」

 

 至れり尽くせりとはこのことだ。今日のためにアレコレ用意してくれた彼女の健気さに、感動すら覚える。

 

「では、早速出掛けるとしよう。それとも、まだ準備が必要かな?」

 

「ああ。ちょっとやることがあったな。少し待っててくれ」

 

「了解だ」

 

 男と違い、女性はその辺り色々時間がかかるのだろう。待たされることにアスヴェルは何の不満も無かった。それに、しばしこの部屋で共に過ごすのも悪くない。

 と思っていたら、ミナトは(おもむろ)に――

 

「<ログアウト>」

 

 ――消えた。

 

「え?」

 

 余りに唐突な行動に、目が点になる。今のはログアウトという、他の大陸へ転移する技の筈。ということは今、ミナトはロードリア大陸にすら居ない……?

 

「ちょっ――え?

 ――――――え?」

 

 残されたアスヴェルは若干涙目になりながら周囲を見渡すが、何があるという訳でもない。この部屋に自分しかいないということを再確認できただけだ。

 

「そ、外に――!」

 

 扉へ駆け寄るが――開かない。アスヴェルの力をもってしても、びくとも動かなかった。ただ鍵をかけているだけでなく、何らかの力で固定されているかのようだ。

 

「……閉じ込められた?」

 

 そんな言葉がぽつりと零れる。どうすればいいのかと愕然としていたところで。

 

『おーい!』

 

 突如、部屋に声が響く。ミナトのものだ。次いで、

 

『お、ちゃんと居るな(・・・)! よし、上手くいったみたいだ』

 

 何もない空間に、彼女の姿が映し出された。さながら、空中に突然“窓”が出来たかのように。ミナト達が<アイテムボックス>や<ステータス>を使った時と感じが似ている。

 

「み、ミナト? これはいったいどういう……?」

 

『ん? ああ、<ログアウト>のことは前に入ったよな。つまり、今俺は“別の大陸”にいるわけ。そこから、オマエのとこに映像繋げたんだよ」

 

「え、映像を、繋げられるの……?」

 

 本当なら凄い技術だが。

 

『うん、繋げられるのだ。で、これからオレがこっちで住んでる街を案内してやろうと思ってる」

 

「それは、興味深い提案だな。しかし、私達はデートをする筈だったのでは?」

 

『何言ってんだ、一緒に話しながら色々見て回るんだからデートみたいなもんだろ。何か文句あるのか?』

 

「えー」

 

 なんだか、デートという概念が揺るがされるような宣告を受けた。

 

「……そもそも、その流れであれば君の部屋に来る必要なかったのでは?」

 

『<マイルーム>にしか繋げられないんだよ』

 

「そっかー」

 

 仕組みはまるで分からないが、断言されてしまっては納得する以外ない。

 

「……私がそっちに行くことは、どうしてもできないのか?」

 

『できない』

 

「そっかー」

 

 仕組みはまるで分からないが、断言されてしまっては(以下略)

 

「……ちなみに、この部屋から出れなくなってるんだけども」

 

『ああ、オレが許可しないと出れない」

 

「そっかー」

 

 仕組みはまるで(以下略)

 

『じゃ、オレはもうちょい準備があるんで、またな』

 

「え?」

 

 プツっと映像が途切れた。またもや一人きりになるアスヴェル。おそらくはすぐにまた映像を繋いでくれるだろうから、慌てはしないが……

 

(準備、か……)

 

 さて、何の準備だろう?

 思い返せば先程のミナト、いつもと格好が違っていた。無地の長袖に長ズボンという、動きやすくはあるだろうが、正直野暮ったさを否定できない服装だ。女性がデートの際に着る服としては、余り似つかわしくないように思う。準備と言うのは、より相応しい格好になるためだろうか。

 

(つまり今、彼女は着替えをしている……?)

 

 ……勇者として。

 不可能を、不可能のままにしておくのは良くないことでは無いだろうか。分からないものを分からないで済ませて良いものだろうか。

 

(否。断じて否だ!)

 

 そのままにしておいて良い訳が無い! 勇者として! あくまでも良識ある判断の結果として!

 ――“大陸間で映像を通信する”というこの技術、調べない訳にはいかないのである!!

 

(何か……何か、ヒントは無いか!)

 

 調査するにしてもとっかかりが必要である。“空中に窓が浮かび上がった”だけでは、調べようが無い。

 

(いや待て。そういえば――“窓”が現れる時と消える時、僅かだが電気が動いた(・・・・・・)ような――)

 

 雷系の――より正しく言えば磁力系(・・・)の――“魔術”は、アスヴェルが最も得意とするところである。己の領分で、彼の“知覚”が誤作動を働く筈がない。

 

(ということは、雷を上手く操作すれば、或いは――!?)

 

 そうと決まれば善は急げ。アスヴェルは意識を集中し、周囲に微弱な電流を流し始める。

 

「ふんぬぬぬぬぬぬ!」

 

 何も起きない。

 

「ふんぬがぁぁああああっ!!」

 

 何も起きない。

 

「ふんぬらばぁあああっ!!!」

 

 何も起きない。やはり、無理なのか。

 

「いや、やれる!! 私はやれる!! 私は勇者だ!! 勇者に不可能は無いのだ!!」

 

 最早自分でもどこをどう動かしているのか分からない程、複雑に、緻密に、電流を操作する。

 

「うぉおおおおおおっ!!! ミナトの裸ぁあああああっ!!!」

 

 最後に本音が漏れ出た。

 その、次の瞬間!

 

「見えた!?」

 

 “窓”が現れた!! 何がどうなってこうなったのかよく覚えていないが、とにもかくにもアスヴェルは映像を映し出すことに成功したのである!!

 

「ミナトは――!?」

 

 宙に浮かんだ“窓”を覗き込む。そこには――

 

『~~♪ ~~~♪』

 

 小さく鼻歌を口ずさみながら、着替えている少女の姿が! 残念ながら裸ではなく下着姿だけれども。

 

(それはそれで――構わない!)

 

 こちらに後ろを向いているせいか、“窓”の中のミナトはアスヴェルに気付いていないようである。タンスをアレコレ探りながら、服を物色している。

 

(――良い)

 

 その後ろ姿をじっくりと観察する。

 ブラとショーツは伸縮性に富んだ生地でできているようで、ぴったりと彼女の肢体にフィットしていた。そのため、ミナトのスタイルが惜しげも無く晒されている。少女は普段から露出の多い姿をしているが、それでもあのプリプリっとしたハリのある綺麗なお尻は、今しか見ることはできない逸品である。ショートカットの髪の間からチラチラと見えるうなじも艶かしい。鍛えているせいか無駄肉の無い、それでいて柔らかそうな少女の身体が、極僅かな布地にのみ隠されているという光景は、もう、最高だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『んー』

 

 などと興奮している間にも、ミナトの着替えは続いている。ただ、別の服を着るでもなく、鏡の前で自分の姿をチェックしているところを見るに――どうも、着ている下着を品定めしているようだ。

 

『流石に、これじゃ地味かな……?』

 

「いやそんなことは無い、実に似合っているぞ」

 

『え?』

 

 ぼそっと呟かれた言葉に、つい反応してしまった。

 

「…………」

 

『…………』

 

 “窓”を通して見つめ合う2人。しかしそこにロマンチックさは欠片も存在しなかった。そして数秒後――

 

『お、オマエーーー!!!? 何で!? 何で画面映ってんの!? 確かに切っただろ、おい!!!』

 

 ――ミナトが暴れ出した。こちらに近づいて、がなり立ててくる。

 おかげで、魅力的な曲線を描く彼女の肢体をよりよく鑑賞できる訳だが。今それを言ってしまうと致命的(クリティカル)なことが起きるのは、アスヴェルも理解していた。

 

「ま、待て!! 落ち着くんだミナト!!」

 

『これが落ちつけるかぁあああっ!!?』

 

 何故か映像がガクンガクンと揺れている。どうやら彼女、通信用のマジックアイテムを手で掴んで揺さぶっている模様。これは危険だ。可及的速やかに彼女を鎮静化させなくては。

 アスヴェルは慎重に言葉を選んで、説得を試みる。

 

「いいか、よく聞いてくれ。

 別にその格好、肌色の多さではいつものとそんなに変わらない―――」

 

『死ねぇ!!』

 

「ああ!! 待て!! 待って!! “窓”を蹴らないで!! ああ、ヒビが!? 何故ヒビが!!?」

 

 ……致命的なことを言ってしまったらしい。

 この後、ミナトが冷静さを取り戻すまで、多大な時間が要されたことをここに記しておく。

 

 

 



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【3】

 なんやかんやあって。

 

「おおおおおおっ!!?」

 

『どうだ、オレの住む街――東京は』

 

 からかうような顔でミナトが笑っている。しかしそんなこと気にならない程、アスヴェルの目の前には弩級の景色が広がっていた。

 

「君、スカートも履くんだな!!」

 

『そこに驚いてたんかい!!?』

 

 いい具合にツッコミを入れて貰った。半分くらいジョークである。とはいえ、いつも短パン姿の少女がスカート(しかも丈がとても短い)を履いていると、実に新鮮味を感じさせてくれるのは確かだ。

 まあ、それはそれとして。改めてアスヴェルは“窓”から“東京”の街並みを覗く。

 

「……とんでもないな。道は全て綺麗に舗装されていて、建物も見上げる程高い。

 しかし、道も建物も何で造られているんだ? 石でも土でも無いようだが」

 

『道はアスファルトで、ビルはコンクリートっていう材料で造られてるんだぜ』

 

「ほうほう。そのアスファルトとコンクリートとは、いったいどういう代物なのだろうか?」

 

『……さぁ?』

 

「おや?」

 

『仕方ないだろ!? オレが造ったんじゃないんだから知ってる訳無いじゃないか!! アレだよ、たぶん砂利とか水とか色々混ぜたヤツだ、きっと!!』

 

「ら、乱暴な説明だな……」

 

 専門外の知識なんて、大抵そんなものかもしれないが。ぱっと見ただけでも、単純な物質では無いのはよく分かるのだから。アスファルトは――どうも、油の一種のようだ。コンクリートはミナトの言ったように砂利や水、他にも樹脂や石灰等も使われているかもしれない。

 

(いやしかし、返す返すも凄い……!)

 

 つい息を飲んでしまう。ベイリアも発達した街だと思っていたが、この“東京”と比べてしまうと貧相にすら感じる。“元の世界”の町など、田舎未満だ。

 いったいどうやって計量したのか不思議に思う程、区画が整っている。道は平らでなだらか、そして広い! 馬車が何台も通れるだろう。だが大きさで言えば建物の方だ。いったい何階建てなのか、数えるのも大変な程巨大な建造物が幾つもそびえて居る。

 

「それと、あの道の上を動いているのは一体なんだ?」

 

『アレは自動車。アレに乗ってオレ達は移動するんだ。馬車が滅茶苦茶進化するとああなる』

 

「いったい何を原動力にしているのだろうか。魔法で動いている、という訳ではない?」

 

『電気で走ってんだよ。どう使ってるのかとかは聞くな』

 

「ふむふむ」

 

 とすると、雷で発生する熱を運動エネルギーに変換しているのだろうか? しかし単純な熱から運動を作り出すのは容易ではないので――

 

(――電力と磁力の相互作用でも利用しているのか?)

 

 そんな予想を立ててみる。いずれ、詳しい人に聞いてみたいところだ。

 

「ところでミナト」

 

『なんだ? まだ質問か?』

 

「ああ。さっきから気になっていることがあるんだが――何故、人が歩いていないんだ(・・・・・・・・・)?」

 

『…………』

 

 ミナトが、険しい顔をして押し黙った。

 ずっと不思議に思っていたのだ。“デート(誰が何と言うと、断じてこれはデートである)”に出かけてからこちら、ミナトはそれなりの時間歩き回っているのだが、他に歩行者をほとんど見かけない。ベイリアには、大勢の人々が住んでいるというのに、だ。

 

「何か、理由があるのか?」

 

『皆、ゲームが大好きなんだよ。『Divine Cradle』に没頭してるんだ。東京じゃ、娯楽も多くないしな(・・・・・・・・・)

 

「むぅ……確かに、ベイリアの方が活気はあるか」

 

 素晴らしい街並みではあるのだが、少々――いや、かなり無機質(・・・)にも見える。確かに、こちら(ベイリア)の方が気分の良く散策できるだろう。

 

『……昔はさ』

 

「ん?」

 

『昔は、大勢の人が行き交ってたらしいんだ。オレが産まれる前とかには、通りに人が溢れかえってたんだってさ。今じゃ、ほとんどのヤツが部屋に引きこもってる』

 

「……健康的では無いな」

 

 その割に、ベイリアの住人達はやたらアグレッシブだが。聞いたところによれば、昨日起こった戦争はあの街に限っても月に数回は起きているらしい。

 

「他にも疑問に思っていることがあるんだが」

 

『おう、いいぜ。どんどん来い』

 

「それは有難い。では聞かせてもらうが――空が見えない(・・・・・・)のは何でだろうか?」

 

 不思議に思っていたこと、その2。この街では、空を巨大な“屋根”が覆っている。天井には無数の光が灯っているので暗くは無いのだが、異様なことに変わりはない。

 

『……さあな。オレも分からないんだ。もう数十年前からあの“屋根”はあるらしいぜ』

 

「ふむ」

 

 空自体はロードリア大陸に行けば見れるのだから、不便は無いのだろうが――かなり閉塞感がある。

 しかし、ここまで巨大な“屋根”を造れてしまう辺り、東京の技術力とはどれ程のものだというのか。その高さは5,600mは下らない。広さに至っては見当もつかない程だ。ラグセレス大陸で再現することは100%不可能だろう。

 

「最後に、もう一つ」

 

『よしきた』

 

「あの、巨大な塔(・・・・)は何だろう?」

 

『……アレか』

 

 遠くに見える、“塔”。この街なら、どこからでも眺めることができるだろう。何せ、頂上が“天井”にまで達している――というか、天井と一体化している。この街の天と地を結ぶ塔だ。

 

『“マザーツリー”とか名付けられてる。司政官サマが住む、無駄に豪華でハイソなタワーだよ』

 

「司政官?」

 

『東京で一番エラい人』

 

 そういう割に、ミナトの顔は嫌悪感で塗り固められていた。権力が好きなタイプではないと思っていたが、それにしてもコレは嫌い過ぎではないだろうか。

 

「その司政官とやらに親でも殺されたような勢いだな」

 

『似たようなもんさ』

 

「……なに?」

 

『オレに限った話じゃない。この街で生まれた子供は皆、親から引き離されちまうんだ。政府主導でな。だから、オレは親の顔を知らない』

 

「待ってくれ。確か、サイゴウは君の父の友人だと――」

 

『ああ、ソレは“育ての親”って意味での親父さ。血が繋がってる訳じゃないんだよ』

 

 予想していた以上に、深刻な話だった。

 

「この国は、なんだって子を奪い取るような真似を?」

 

『子供に“最適な環境”で“最適な教育”を受けさせるため、だってよ。赤ん坊の内から適性を診断されて、そいつに合った教育プログラムを“施設”で受けさせられるんだ。一通り教育が終わったら、そのまま職まで斡旋して貰える』

 

「悪いシステム……では無いが」

 

 無機質だ。余りにも、無機質だ。ただひたすらに効率を追求したシステム。

 実のところアスヴェルは、こういう効率重視の考えが嫌いではないが――これは付き抜け過ぎている。

 

『いやー、分かってる。この教育システムのおかげで就職率は100%だ。落ちこぼれも出てこない。

 治安も凄いんだぜ。徹底的に住人を管理した結果、ここ数年は犯罪発生件数0だってさ! 

 飯だって、栄養だけはやたら豊富な無味の完全食が配給される(・・・・・)から、腹を減らす心配もなし! ハハ、サイコーだね! 良い街だろー、東京(ここ)はっ!!』

 

 欠片もそうは思っていない口振りである。

 

『……ごめん。オマエに言ったって仕方ないよな。一応はデート中だってのに』

 

「いや、気にするな。愚痴を聞くのも恋人の役目だ」

 

『本当にごめん。恋人でも何でもないただの知り合いなオマエに愚痴なんて吐いて』

 

「その謝り方、ちょっとおかしくない?」

 

 もっと素直に甘えてくれればいいのに。まあ、彼女なりの照れ隠しだろう、きっと。

 

「しかし、犯罪0、か」

 

『そこ、気になったのか?』

 

 呟きにミナトが反応した。

 

「ああ、“死を克服した人間”が犯す罪とは、いったいどんなものなのかと思ってね」

 

『死? 克服? オレ達が?』

 

「違うのか? 事実、サイゴウや“暁の鷹”の面々は、ああも容易く復活したじゃないか」

 

『あー。そうかそうか、なるほどなるほど! ハハハ、そうだな、うん。オレ達は死を克服しているのだ、凄いだろ! 存分に崇め奉れ!』

 

「そう開き直られてしまうと、素直に感心しにくいような……」

 

 とはいえ、元気になったのは良いことだ。何が彼女の琴線にふれたのかは分からないが。

 

 

 

 そのまましばし、散歩を続けていると、

 

「む? 向こうにまた“窓”があるな。あれも、ロードリア大陸との通信映像なのか?」

 

『違う違う。アレはビルに設置された大型モニターで今はテレビを――って、なんだよ。嫌な奴が映ってんな』

 

 露骨に顔を顰めるミナト。どうも、あの“窓”に映る人物がお気に召さない様子。

 

「誰なんだ?」

 

稲垣悠(いながき はるか)。司政官サマの愛娘さ』

 

「なんというか――余り、好きではないようだな」

 

『だって超お嬢様だぜ? 絶対、優雅な暮らしとかしてオレ達みたいな下々の者を見下してんだ。顔だけは良いからマスコミもアイドルみたいに扱ってるし。それに――アイツみたいな特権階級のヤツラはさ、親から子が取り上げられないんだよ。普通に家族で暮らせるのさ』

 

「……ふむ」

 

 偏見が多分に入っているものの、妬んでしまう理由は理解できる。しかし――

 

「君は、分かっていないのか?」

 

『何が?』

 

「……いや、何でもない」

 

 伝えていない(・・・・・・)というのなら、何か意味があるのだろう。少なくとも自分がアレコレ口を出すこともあるまい。

 

「しかし、そう悪く言うモノでも無いさ。話してみれば案外気が合うかもしれないぞ。すぐ打ち解けて、親友になれたりも」

 

『はぁ? オレとあの女が? ハハ、有り得ない有り得ない』

 

「それはどうかな」

 

 アスヴェルは改めて件の“窓”を見る。そこには、いつか見た(・・・・・)黒髪の少女が静かに微笑んでいた。

 

 

 

 そんな一幕もありつつ。

 時刻は夕方。太陽の見えない街だが、律儀なことに天井の照明が夕映えのような色合いと変化している。

 

『ところで、さ』

 

「うん?」

 

 何とはなしに、ミナトが話しかけてくる。

 

『半日周ってみたけどどうよ、東京の感想は?』

 

「うーむ、まだまだほんの一角を見ただけではあるが――」

 

 東京はおそろしく広大であった。今日見れた場所など、全体の果たして何千分の一なのか。下手したらそれよりも小さいかもしれない。

 

「――素晴らしい街だと思う。建築技術の高さや街並みの整い方、治安の良さは私がこれまで見聞きしたどの街とも比べ物にならない。神々の住む街と言われても、信じてしまうかもしれない程だ」

 

『うん』

 

「だが……遠慮会釈なしに言うなら、私は嫌いだ」

 

『えっ』

 

 少女が目を見開いた。

 

「具体的にどこが、とは良いにくいが――この街には、“人間味”が無さすぎる気がする。まるで……そう、人間以外の存在に(・・・・・・・・)管理されている(・・・・・・・)ような感覚。これがどうにも気に入らない」

 

『…………』

 

 ミナトは黙ってこちらの話を聞いている。

 

「まあ、単に私が君達の文化へ慣れていないというだけなのかもしれないが。気を悪くしたなら謝ろう」

 

『……いや』

 

 そこで、彼女が笑みを浮かべていることに気付く。

 

『ハハハ、やっぱオマエ、変なヤツだな。NPCの癖にこの街へ文句垂れるなんてさっ』

 

 どうしてか、ミナトはとても嬉しそうだ。

 

『なあ、アスヴェル』

 

「なんだろうか」

 

『また、しようぜ、デート。今度はちょっと遠出して、色々見せてやるよ。昔観光地だった場所とか』

 

「それは魅力的な提案だ」

 

『だろう?』

 

 そう言って、少女はにこやかに笑った。橙色の光に照らされるその顔は――控えめに言って、神々しかった。

 

 

 

 

 

◆勇者一言メモ

 その後は、何事も無く解散しました――――え、嘘だろ?



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第12話 垢BANって……何だ?
【1】


 デートから数日が経ち。アスヴェルは順調に街周辺の探索を続け、それまで通り空振りを繰り返すという日々が続いていた。もっとも、この件についてアスヴェルは『じっくりと取り組む』覚悟を決めていたため、特に焦りは感じてはいない。正直を言えば、こんな生活も悪くないと感じ始めてもいた――ミナトも居るし。

 

 ……しかし。そのような“心地良い日常”は儚く消えるが世の常。終わりは突然、あまりにあっさりと訪れる。

 その日、酒場“ウェストホーム”は朝から重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

(ど、どうしたんだ……?)

 

 誰も彼もが真剣な、或いは沈痛な面持ちで佇んでいる。ホールに顔を出すなりこの有様だったので、アスヴェルは一瞬気圧(けお)されてしまった。

 ミナトですら、心ここに非ずといった有様。先程からずっと銃の手入れを繰り返している。その様子は、アスヴェルをして話しかけるのを躊躇ってしまう程だ。

 

「お、アスヴェルか」

 

 しかしそんな中、自分に話しかける人物が。酒場の店長サイゴウだ。彼は他の面々に比べればいつも通りな様子。これ幸いと、この状況を尋ねてみる。

 

「いったいどうしたんだ? 皆が皆、ここまで思い詰めているとは」

 

「……なんつったらいいのかねぇ。この大陸じゃ定期的に行われる、まあ、イベントの一種ってとこだ」

 

 彼は髪の無い頭皮をぽりぽりと掻きながら、そんな答えをくれた。

 

「イベント……?」

 

 それが余りよろしくない(・・・・・・)ものであることは、想像に難くない。祭りを前にした緊張感などとは、明らかに異なっている。

 

「悪ぃな、この日になると、皆ナーバスになっちまってよ。今日だけはそっとしておいてくれねぇか」

 

「それは構わないが――サイゴウ、君は大丈夫なのか?」

 

「俺は流石にもう、慣れたんでね……」

 

 そういう彼の眼は、随分と悲しみを帯びていた。いったいこれから、どんな“イベント”が始まるというのだろうか。アスヴェルが訝しんでいると、

 

『これより、今回アカウントを停止するIDを発表します』

 

 どこかからか、声が響く。

 

「なんだ今の!?」

 

 突然のことに驚くが、そんな彼に周りは無反応だ。いや、自分のことで手一杯(・・・・・・・・・)といった方が正しいか。誰も彼もが耳を澄まし、その“声”に聞き入っている。

 

 

「頼む、頼む、頼む……」

「お願い、やめて、当たらないでっ」

「神様神様神様神様」

 

 

 切羽詰まったような声がホールのあちこちから聞こえてきた。そんな彼等を尻目に、“声”が語り始める。

 

『A3135256、A4134654、A6124344……』

 

 番号が告げられる。それが何の意味を持つのか、アスヴェルは知らない。ただ、番号が述べられる度に、周囲の人々が身を震わせているのが気になった。

 

『B1435433、B2395342、B5908299……』

 

 数字の羅列はさらに続く。不思議なことに、ある程度読み続けられていくと急に肩の力が抜く(・・・・・・)者が現れた。それまで必死に祈る仕草をしていた人が、一気に脱力して安堵しきった表情を浮かべるのだ。

 

『E0230491、E3345132、E4243111……』

 

 そろそろ終わりが近いのか、ホールに集まった人々の多くから険しさが消えていた。雑談をする人も出てくる程に。

 

「もう大丈夫、かな?」

「そうね……今回は、わたし達の中には居ないかも」

「良かった、本当に」

 

 ここまで来ればアスヴェルにも、この“番号”はこの大陸の人々に割り振られたモノなのであろうことは察しがついていた。そして、この“声”に自分の番号を呼ばれると、良からぬことが起きるのであろうことも。

 未だ詳細は分からないが、何事も無かったというのであれば一先ず問題無いか――そう考えていた瞬間だった。

 

『E821373』

 

 カチャンッと音がする。ミナトが(・・・・)銃を落とした(・・・・・・)音だ。その表情は――

 

「ミナト!?」

 

 慌てて駆け寄った。少女が、全ての感情を失った(・・・・・・・・・)ような顔をしたのだ。

 周りも騒ぎ出す。

 

「い、今のって――」

「ミナトちゃんのID――」

「嘘、嘘よ、どうしてあの子が――」

 

 

 喧噪の中、“声”はなおも続く。

 

『アカウントの停止は明日の正午、一斉に行われます。それまでに必要な準備を済ませて下さい』

 

 そして一方的に終了を宣告してきた。

 これはどういう事態なのか。自分はどう行動したらいいのか。アスヴェルが考えあぐねていると――

 

「は、ハハ、ハハハ――そっか。今回はオレ、か」

 

 乾いた声で笑いながら、ミナトが立ち上がった。しかしその足は細かく震え、顔は血色悪い。動揺していることが丸わかりだ。

 

「ま、選ばれちゃったものは仕方ない。うん、仕方ない仕方ない。

 ……仕方、ないよ。ちょっくらお国のために奉仕してこなくっちゃな!」

 

 そのままふらふらとした足つきで歩き出すも、

 

「あっ――」

 

「ミナト!?」

 

 脚がもつれ、倒れそうになる――が、その前にアスヴェルの腕が彼女を支えた。

 

「どうしたんだ!? あの“声”が原因か!? アレは――何なんだ!!?」

 

「アスヴェル君」

 

 返事をしたのはミナトでは無く、クランに所属する女性達であった。

 

「ごめんね、この子、少しわたし達に預からせて」

 

「いや、それは――」

 

「事情は後で説明するから。お願い」

 

「……分かった」

 

 本音を言えば、こんな状態のミナトから一瞬たりとも離れたくなかったのだが――真摯な目で見つめられ、アスヴェルは不承不承ながらも提案を受け入れる。

 

「さっ、ミナトちゃん、こっちに」

「大丈夫……大丈夫だから」

「私たちがついてるからね」

 

 少女は女性達に連れられ、個室の方へと向かっていった。アスヴェルも同行したかったが、彼女等にやんわり断られてしまう。

 所在なさげに立ちすくんでいると、サイゴウが近づいてくる。

 

「とうとう、この日が来ちまったか……」

 

 だがその言葉は、アスヴェルに向けられたものでは無いようだった。彼もまた呆然とした面持ちで立ち去ったミナトの方を見つめている。

 

「サイゴウ、説明をお願いできるか?」

 

「……すまん、アスヴェル。少し時間をくれ。

 覚悟、してたつもりだったんが、な。俺も、頭を落ち着けるのに時間がかかりそうだ……」

 

 よく見れば、サイゴウは大分憔悴していた。いや、彼だけでは無い。

 

「くそっ、なんでなんだよ!」

「あんな若い子が選ばれちゃうとな……」

「……どうして、こんなことに」

 

 ホールに残った誰も彼もが、悲痛な顔をしていた。悲しみ、絶望、怒り――様々な負の感情が入り乱れている。

 

(これは少し、時間を置いた方がいいか……?)

 

 すぐにでも事情を把握したいものの、冷静に説明をできる者はこの場に居そうになかった。

 

 

 

 

 

 

 そして、少しの時が経ち。

 

「……ん?」

 

 自室に戻ったアスヴェルだが、ドアをノックする音に気付く。

 

「アスヴェル――オレだ」

 

「ミナトか!!」

 

 思わぬ来訪者に、急いで扉を開け迎え入れる。少女は多少持ち直したのか、少なくとも顔色はそれなりに(・・・・・)回復していた。

 

「もう、大丈夫なのか?」

 

「ハハハ、心配かけちゃったみたいでごめん。いやー、ちょっと垢BAN食らっちゃってさー。ちょっと過激な発言し過ぎたかな?」

 

「“垢BAN”?」

 

 こんな時にも初耳の単語だ――腹立たしい。己の無知さ(・・・・・)が腹立たしい。何故こんな時に、自分は無能を晒しているのか。

 

「垢BANってのは、アカウントが停止されちゃうことでさ。オレのデータ、無くなっちゃうんだよ。」

 

「……な、無くなる?」

 

 その言葉の意味は分からないが――非常に剣呑な響きに感じる。

 

「平気だって! 別に死ぬ訳じゃないんだから。ただ、まあ、もうDivine Cradleは遊べなくなっちゃうから――」

 

「ミナト?」

 

「――だ、ダイジョブなんだ、ホント! あの、今のアカウントは消えるけど、別のアカウント取得すればまたここに来れるから!」

 

「ミナト」

 

「でもあくまで裏技というか、また登録したってバレたらもっかい垢BAN食らうかもしれないから……もしオレに会ってもバレるような真似すんなよ?」

 

「ミナトっ!」

 

 堪らず、アスヴェルは少女を抱きしめた。いつもであれば抵抗されそうなものだが――今日の彼女は、それを受け入れる。

 至近距離からミナトの顔を見つめ、

 

「――そんな顔、しないでくれ」

 

「……あれ?」

 

 彼女は、泣いていた。自分でも気付かずに。大丈夫だ平気だと口にしておきながら。ずっと涙を流していたのだ。

 

「オレ、は――」

 

「安心しろ」

 

 ぎゅっとミナトを抱きしめ、強く宣告する。

 

「君がどこに居ても、君に何があっても、必ず私が駆けつける。必ず君を救う。

 私は――勇者だからな」

 

「――アスヴェル」

 

 少女もまた、潤んだ瞳でこちらを見つめてきた。

 

「だから、そんな顔をしないでくれ。君は、笑っていた方が素敵だ」

 

「あっ――」

 

 距離が近くなる。唇と唇が接近する。互いに目を閉じ、顔と顔が重なって――

 

「いやそれはダメだろ」

 

「えー!?」

 

 直前で、ミナト本人に阻止されてしまった。

 

「オマエ、何ドサクサに紛れてキスしようとしてんだよ」

 

「いやドサクサではなく、今のは紛れも無くそういう空気だっただろう!?」

 

「人が弱ってる隙につけ込むとか、サイテーだな!」

 

「つ、つけ込んでたかなぁ?」

 

 理不尽なことを言われている気がする――が、代わりに少女にはいつもの勝気な笑顔が戻っていた。勿体ないが、今日はこれで良しとする。

 

「あー、なんか元気出た。オマエも役に立つこととかあるんだなー」

 

「凄い言われようだ!?」

 

「なんだよ、感謝してやってんだぞ?」

 

「もう少し分かりやすいご褒美が欲しかったなぁ」

 

「ハハハ、まあ、またデートする時には少しサービスしてやるよ」

 

「おっと、そいつは夢のある話だ」

 

 シャキン、と持ち直す。俄然やる気が沸き起こってきた。

 一方でミナトはくるりとその場で反転し、軽やかな足取りで部屋の出口へ歩いて行く。

 

「アスヴェル!」

 

「うん?」

 

 扉から出る直前。少女は一瞬立ち止まると、

 

「――またな!」

 

 後ろを向いたまま(・・・・・・・・)、そんな再会の約束を口にした。

 

 

 

 

 

 

 ――しかしその言葉と裏腹に、彼女は次の日から姿を消すこととなる。

 

 

 



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【2】

 夜。酒場“ウェストホーム”の一室。

 数日前に“暁の鷹”との打合せを行ったこの部屋に、“エルケーニッヒ”の面々が集まっていた。

 

「……ミナトちゃんのこと、なんとかならないのかな」

 

「なんとかって――どうすりゃいいのさ」

 

 話題は、ミナトという少女についてだ。

 

「あの子のアカウントはもう停止してる。

 俺達にできることなんて――」

 

「で、でも、あの“ゲーム”をクリアすれば、助かる(・・・)んでしょ!?」

 

「アホか。今まで誰もクリアしたことが無い“ゲーム”だぞ」

 

 皆、昼間は彼女についての話題を避けていた。だからこそ、だろうか。夜のこの場になると堰を切ったかのように言葉が飛び交う。

 

「あんなの、ただの“見せしめ”だろう。運営に逆らえばこうなるっていう」

 

「いっそ見せしめの方がまだマシだ。運営に従順な奴だって参加させられるって話じゃないか」

 

「“参加者”は完全ランダムに選出されてるって言うけど。その割に、運営関係者は出てこないのよね」

 

「はっ! 分かりやすい話だこって!」

 

 話は運営への愚痴――愚痴という単語では収まりきらない程の感情が込められていたが――も混じり出す。そんな中、一人がぽつりと呟きを零した。

 

「アスヴェルなら――」

 

「え?」

 

「――あのNPCなら、“ゲーム”をクリアできるんじゃないか?」

 

「……急に、何言い出すんだ。NPCが“ゲーム”をクリアするなんてできる訳ないだろう」

 

 もう一人の面子が否定する――が。すぐに横から別意見が飛び出した。

 

「いや――可能性は、あるかも」

 

「そうだ、アスヴェルがこのゲームの“バグ”だとするなら――」

 

「――運営を、出し抜けるかもしれない?」

 

 僅かだが会話の“色”が変わった。希望、或いは期待感。

 

「待て待て。そもそも、NPCが参加してもいいものなのか?」

 

「NPC本人の了解があれば可能だった筈だぞ。召喚獣や使役モンスターを戦わせることができるし」

 

「だったら、ひょっとして――」

 

「アスヴェルを“ゲーム”に送り込めれば――」

 

 騒めきが広がる。あのNPCを上手く使えば、少女を救えるかもしれない――通常であれば夢物語と一笑に付されるような内容を、大の大人達が真剣に語り始めた。“藁”にもすがってしまう程、彼らが切羽詰まっているとも言える。

 そんな中、真っ向から反対する者が現れた。

 

「皆様方! 妄想(・・)も大概にして下され!!」

 

 恰幅の良い青年ハルだ。

 

「仮定の話が多すぎますぞ!? アスヴェル殿が“ゲーム”をクリアできるかなぞ全く持って不明でありますし、そもそも如何なる方法でアスヴェル殿をあの“ゲーム”に参加させるおつもりでござるか!?」

 

「そ、それは――」

 

 図星を突かれ、熱くなりかけていた面々が静まり返る。

 

「も、もう――もうっ、ミナト殿は助からないでござる!! もうどうにもならないんですよ!! このような不毛な話を続けるというのであれば、拙者は帰らせて頂く!!」

 

 そう吐き捨てると、宣言通り青年は部屋を出て行ってしまう。

 残った人々は――

 

「――なんだよ、あいつ。ミナトちゃんとは付き合い長かった癖に」

 

「だからこそ、でしょ。きっと彼が一番混乱してるはずよ」

 

「あいつら、仲、良かったもんな」

 

「だからって――」

 

 ――ハルを非難する声、同情する声、様々だ。しかし結局のところ、

 

「……本当、どうにかできないもんかなぁ」

 

 そのぼやきこそが、この場に集まった人々の総意であった。

 

 

 

 

 

 

 酒場からハルが飛び出してきた。涙を流し、目を赤く腫らしながら、夜の町を駆けていく。何処かへ向かおうとしている様子は無い。ただただ感情の赴くままに走っているように見えた。

 ――そんな彼へ、アスヴェルは声をかける。

 

「ハル」

 

「っ!?」

 

 すぐ、ハルは足を止めてくれた。彼は泣き晴らした顔でこちらを向くと、

 

「あ、アスヴェル殿。奇遇ですな、こんなところで会うとは――」

 

「ミナトのところへ連れていってくれ」

 

 単刀直入にこちらの目的を伝える。いきなりの内容に目の前の青年は大きく目を見開き、

 

「……な、何を仰っているのですかな? 拙者にはちんぷんかんぷんですぞ」

 

「酒場での話は聞いていた」

 

 最初から、全て。前々から、どうも“ここの人々”は自分の前で本当のことを話さない(・・・・・・・・・・)傾向があるように感じていた。だから、隠れて様子を伺っていたのである。

 

「ハル――正直に答えて欲しい」

 

「その……せ、拙者に答えられることならば」

 

「ミナトは、殺されようとしているんだな?」

 

「うぐっ!?」

 

 そうとしか考えられなかった。ただこの大陸に来れなくなる、自分の力が無くなる、それだけであればあんな反応はしない。あんな顔はしない。

 あの時のミナトの顔は――アスヴェルが元の世界で幾度も見てきた――己の死を覚悟した(・・・・・・・・)人間の顔だ。

 

「何故だ。何故、彼女の命が奪われねばならない?」

 

「そ、それは……えと……その、なんと言いますか……」

 

「今更はぐらかすのは無しにしてくれ。もう時間は無い(・・・・・)んだろう!?」

 

「あ、う、う――」

 

 それでもハルは逡巡しているようだ。だがアスヴェルは、答えを強制するような真似をしない。彼なら大丈夫だと信じているからだ。ハルは――決して、友人を見捨てられるような人間ではない。

 

「――分かりました。お話します」

 

 数分に渡り考え抜いた後、青年はそう答えてくれた。

 

 

 

 長話になるからと、場所を移した。誰も居ない夜の公園で、2人はベンチに腰かけていた。

 

「アスヴェル殿は、東京をご覧になられましたかな?」

 

「ああ」

 

 ハルが切り出してきた質問に、首肯で返す。

 

「ならば、あの“屋根”も見たことでしょう」

 

「見た。この街を包むような天井を」

 

「いえ、実際に東京という街全体を包み囲っておるのです」

 

 巨大な屋根だったが、そこまでの代物だったか。

 

「アレはですな、“柵”なのでござるよ。あの街に住む人々が、逃げ出さないようにするための」

 

「……何故、そんなことを?」

 

「分かりませぬ。住人を“管理”するための一環ではないかと噂されておりますが、真相は拙者も把握しておりませぬ。誰も彼もが、この街の中のみで一生を過ごすのでござる」

 

「そうか……」

 

 ミナトの話から、どういう理由で街を囲う屋根の話になったのか。それをアスヴェルは問い質さない。というより、薄々分かり始めていた。

 

「……ミナトは口減らしのために(・・・・・・・・)殺されようとしているんだな?」

 

「っ!! そ、その通りです」

 

 人を一定の領域内に収め続ける場合、まず問題になるのは人口だ。食料を始めとした生活の必需品が無限に手に入ることなど無い。である以上、人が多くなりすぎたなら、数を調整(・・)する必要がある。

 

「……君達のところの政府は、出産数の管理を行っていないのか?」

 

 ふと疑問に思ったので聞いてみる。人口の維持が目的なら、産まれる子供の数を調整した方が余程効率よいように思えたのだ。

 

「いえ、そのようなことは行っておりませぬ。その……敢えて余剰(・・)が出るように人を増やした上で不要な人間を切り捨てることで、“有用な人間”の割合を増やす、という目的のようです」

 

「――そうか」

 

 納得はできた。全く持って人倫にもとるやり方だが。よくもまあ、そこまで残酷な政策を実行できるものだ。

 

「ミナトは、不要な人間か」

 

「そんなことはありません!! ミナトさんが要らない人の筈が無い!! で、でも――」

 

「口減らしの対象に選ばれてしまった、と」

 

「――はい」

 

 ハルは俯き、震えている。感情がまだ制御できていないのだろう。彼の立場を考えれば無理のないことだが、質問は続けなければならない。

 

「だが、まだ助ける術があるんだな?」

 

「……無理です」

 

「あるか無いかだけ、聞かせてくれ」

 

「…………あり、ます」

 

 絞り出すような声でそう答えた。

 

「“調整”の対象に選ばれた人には、ある“ゲーム”が課されるのです。それをクリアできたなら、その人は対象から外される……」

 

「察するにその“ゲーム”とやらは、必要な人材かそうでないかを最終判断する場か」

 

「政府はそう発表しています。でも――」

 

「クリアした人は、未だいない?」

 

「はい――あんなの、ただの謳い文句です。選別された人にも温情を示しつつ、その上で“調整”されても仕方ない――不要な人であるのだと主張するために行っているだけなんですよ。どうせ、万に一つクリアしたってもみ消されるに決まってます!」

 

 それは――どうだろう? 非人道的な真似までして“無機質に”管理を徹底している政府が、自分達の言い出したことを撤回するなどという――“人間的な”行動をとるとは考えにくい。“ゲーム”とやらをクリアすれば、助かる算段はそれなりにあるのではないか。

 

「それで、その“ゲーム”の内容とはどんなものなんだ?」

 

「……限定されたエリア内で、特定の目的達成を目指すのででござる。目的は毎回異なり、例えば散らばっているアイテムを集めるだとか、魔物を一定数倒すだとかが、設定されておりますな」

 

 先程からハルの口調が安定していない。それ程までに追い詰められている、ということか。余り辛いことを聞きたくは無いが――今ばかりは仕方ない。

 

「それだけなら、クリアはそう難しく無いように思えるな」

 

「左様に。ですから、難易度を上げる“仕掛け”があるのでござる。“ジャッジ”と呼ばれる者達がエリア内に出現し、参加者を妨害してくるのでござる」

 

「妨害とは、何をされるんだ?」

 

「主に……参加者の殺害を」

 

「ふむ」

 

 攻略不可能とまで言われている以上、相当な強者が用意されているのだろう。だが、力づくでどうにかなる(・・・・・・・・・・)なら、アスヴェルの得意分野だ。

 

「その“ゲーム”はこのロードリア大陸で行われる、ということでいいんだな?」

 

「……はい」

 

 幾分か迷ったものの、はっきりと肯定してくれた。

 ならば話が早い。アスヴェルがその“ゲーム”に潜り込めば、それで話がつく。酒場で聞いたところによれば、NPCと呼ばれる人物――アスヴェルもそれに含まれるらしい――が参加すること自体は反則にあたらないようだし。

 

「そして――君は、私を“ゲーム”の開催場所へ連れていくことが(・・・・・・・・)できる(・・・)

 

 最後にアスヴェルは、最も肝となる質問を投げかけた。



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【3】

「な、何を言うでござるかアスヴェル殿。開催場所になんて、そんなこと、拙者にできる筈――」

 

できるから(・・・・・)、あの場を逃げ出したんだろう? それができるから、周囲の人の言葉に耐えられなかったんだ。

 そうでなければ――共に嘆いている人を一喝できる程、君は横暴な人ではない」

 

 間髪入れず、ハルの反論を封じる。論理もへったくれも無い、相手の誠実さを(・・・・)盾に取った(・・・・・)やり口だが――

 

「あ……その……」

 

 ――見込んだ通り実直な彼は、黙り込んでしまう。

 或いは、ハルの“正体”について触れてしまえば話は早いのかもしれないが。人の良い彼に対して、そんな不義理な真似はしたくはない。

 アスヴェルはじっと、ハルが口を開くのを待った。

 

「……確かに、拙者は、アスヴェル殿をそこへ連れていけるでござる」

 

 果たして、彼はとうとう認めてくれた。これで、突破口を開ける。アスヴェルはそう確信し、俄然意気込むのだが、

 

「でも駄目でござる! そんなこと、拙者にはできないでござる!!」

 

 ハルはなお、こちらの提案を否定した。その頑なさに、アスヴェルも語気を強めてしまう。

 

「何故だ!?」

 

「アスヴェル殿が“ゲーム”のことを何も理解していないからでござるよっ!! あんなもの、最終判断でも救済でも何でもない!! 金持ち連中(・・・・・)の見世物なのでござる!! 必死に足掻いている参加者を前にして、奴ら下卑た笑みを浮かべて面白がってるんですよ!? アスヴェルさんが例え参加したとしても、連中の玩具になるに決まってます!!」

 

「ならば、そいつら諸共に叩き潰す!!」

 

「無理です!!」

 

「できる!!」

 

「できる訳ないでしょう!? たかがゲームキャラ(・・・・・・)に!!」

 

 喉が張り裂けんばかりに、ハルが叫んだ。

 

「いい加減、自覚して下さいよ!! この世界はゲームなんです!! Divine Cradleという仮想現実なんです!! アスヴェルさんはこのゲームの中でしか存在できない――NPCに過ぎないんですよ!!」

 

 唐突に――あまりに唐突に、彼は“真実”を語り出した。その慟哭は涙と共に続けられる。

 

「“ゲームキャラ”が“現実”をどうこうできる訳ないでしょう!? そんな、自分がいったい何者なのかすら分かって無い癖に、アレコレ偉そうなこと言わないで下さい!! アスヴェルさんなんて所詮――」

 

 

 

「だから何だってんだぁ!!!」

 

 

 

「――――っ!?」 

 

 そんな驚愕の“真実”を、アスヴェルは切って捨てる(・・・・・・)

 

「ほうそうか! この世界は君達が作り出した仮想世界な訳か! そりゃ凄い、大したものだ、流石の技術力だ! 加えて、私はそこの登場人物に過ぎないと!! なるほど、言われてみれば納得いくことが幾つかある! こいつは驚きだ!!

 ――だがな、それが何だというんだ!?」

 

「えっ――?」

 

「今重要なのは!! 私と君が協力すれば、ミナトを救えるかもしれないという、ただそれだけだ!! それだけが最重要事項だ!! それに比べれば、私が作られた存在だのなんだの、些末事に過ぎない(・・・・・・・・)!! 違うか!?」

 

「――あ、そ、その」

 

 今まで見せたことも無い剣幕に、ハルが2歩3歩と後ずさった。そんな彼へ、アスヴェルは畳みかける。

 

「ハル、正直になれ。君もミナトを助けたいんだろう? 彼女は、君にとっても大切な友人だろう? そして君には彼女を救う手段がある。ならば、迷う必要などどこにも無い筈だ」

 

「――あ、ああっ」

 

 青年が頭を抱えた。歯を食いしばりながら、葛藤し出す。

 

「――う、ぐ、うう、私、も――私も――でも、だからって――だからって――!!」

 

 突然、ハルの身体が光り出した(・・・・・)。輝きが収まると――そこには、以前会った“黒髪の少女”の姿があった。“彼女”は不自然な笑み(・・・・・・)を顔に張り付けると、

 

「じゃ、ジャジャーン! ど、どうですか、驚きました!? 実は私、こっちが本当の姿なんです。こ、この姿なら、アスヴェルさんも気に入って頂けたりしませんか? その、ミナトさんがしてくれなかったことだって、私ならできますよ? だから――だから、私をミナトさんの代わりに――」

 

「ハル!」

 

 途中で遮る。その痛々しい姿(・・・・・)は、とてもではないが見ていられなかった。

 

「自分の心に蓋をするのはもう止めろ。そんなことをしても苦しいだけだ。君の――君の本心は、いったいどこにある! それとも、ミナトは救う価値の無い人間だと言うのか!?」

 

「私だってミナトさんを助けたいですよ!!」

 

 少女の絶叫が響いた。

 

「初めての友達だったんです!! 私に出来た、初めての友達だったんです!! 死んで欲しくない!! 助けられるなら、今すぐに助けたい!! でも、だからって、だからって――」

 

 そこで口調が弱々しく変わる。

 

「――アスヴェルさんを、犠牲にしたくないんです。死んで欲しくないんです。アスヴェルさんまで居なくなったら、私、もう、どうしたらいいか――」

 

 彼女は本気だった。ゲームのキャラだと、仮想の存在だと断じたアスヴェルのことを、本気で慮ってくれている。その想いはとても心地良いものだったが……

 

「……ありがとう。君の気持は、素直に嬉しい。ここまで心配して貰えたのは、いつぶりだったか。

 そしてすまない。それでも私はミナトを助けたいんだ」

 

「そんなに……そんなにまで、ミナトさんのことが大切なんですか? 自分の命が惜しく無い程、あの子を愛しているんですか……?」

 

 潤んだ瞳に見つめられる中、アスヴェルは言葉を紡ぎ出す。

 

「私を、そんな御大層な人間だと思わないでくれ」

 

「……?」

 

 ハルが首を傾げた。

 

「別に、ミナトだから助ける訳じゃないんだ。彼女を愛しているから、助ける訳じゃないんだよ。

 私はな、誰であろうと同じことをする。ミナトでなくとも、私はこうする。君であろうと、サイゴウであろうと、オーバタやホクトだろうと。同じ状況になれば同じことをするだろう。私は、そういうつまらない(・・・・・)人間なんだ」

 

 彼女が本心を語ってくれたように、アスヴェルもまた心の底から願望と吐露する。

 

「君は私に死んで欲しくないと言ってくれたが――逆だ。ミナトを救うことができなかったら、私は死ぬんだよ」

 

「……それって」

 

「勇者アスヴェルは、“こんな時”に尻込みするような男ではない。諦めるような男ではない。もしここで動かないのであれば、そんな男は勇者アスヴェルじゃないんだ。ミナトの救出を断念した時、勇者アスヴェルはこの世から居なくなる――消えてなくなる。私はそれが、怖くて堪らない」

 

 ハルに対して深く頭を下げる。

 

「頼む。私を、助けてくれないか」

 

「アスヴェルさん……」

 

 呆然とした声で彼女は呟き――その後、ふっきれたように笑みを浮かべた。

 

「――ふ、ふ、ふ、ふふ、ふ。

 酷い、人ですね。相手のことが好きだから、大事だから助けたいのではなくて、自分が勇者だから助けたい、だなんて。

 きっと、ミナトさんが聞いたら怒りますよ?」

 

「そうだろうな」

 

「本当、酷い人。こんな人だとは思いませんでした。ちょっと失望してしまいました。

 でも――そこまで言うなら、助けてあげるのも吝かではありません。

 その前に一つ、私のお願いを聞いてくれるなら、ですが」

 

「ああ、いいぞ。何でも言ってくれ」

 

 アスヴェルの返答を受け、今度はハルがお辞儀をする。そして震える声で、心からの嘆願を口にした。

 

「お願いします。私の親友を――ミナトさんを、どうか救って下さい」

 

 その願いに対する答えを、彼は一つしか持たない。

 

 

 

「任せろ」

 

 

 

 



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第13話 運営に物申す!
【1】


 そこは、広い部屋だった。たった一人の少女の宛がわれた部屋としては破格の広さだ。少なくとも、この東京()に住む他の人々に比べれば。そして、備えられた家具や装飾の格調高さ(・・・・)を一目見るだけで、この部屋の住人が相応の地位を持つ人間だと分かる。

 

(偉いのはお父様であって私ではないんですけどね)

 

 そんな自虐を心の中で零す。実際、少女自身に価値を見出す者など誰もいやしないだろう。この街の最高権力者の娘――司政官の付属品として持て囃されることなら嫌という程あるが。

 だが、今少女は己の置かれた立場に感謝していた。このおかげで、友達を助けることができるかもしれないからだ。

 

「……どうですか、アスヴェルさん。私の<マイルーム>の居心地は」

 

 携帯端末(スマートフォン)に向かって、稲垣(いながき)(はるか)はそう話しかける。画面の中には一人の青年――アスヴェルが映っていた。

 

『ああ、悪くない。このまま“会場”に向かう訳か』

 

「はい、そうです」

 

 画面の彼へ軽く頷く。

 ここは、悠――即ち、ハルの自室だ。そして彼女が持つスマホには、今“アスヴェル”のデータが入っている。<マイルーム>と呼ばれる、Divine Cradleの機能を利用したのだ。

 <マイルーム>とは、その名の通りゲーム内における自分だけの部屋だ。プレイヤーであれば誰でも<マイルーム>を1つ持っている。この部屋は自分の好きな様にデコレーションでき、また、PCやNPCを招待することも可能だ。今回はそれを、アスヴェルの“運搬方法”として利用している。

 

『例の“ゲーム”と私の居る“Divine Cradle”は地続きではない、ということだが』

 

「ええ。サーバーが違うんです」

 

 当然の話だが、“ゲーム”はそれ専用のサーバーで実施される。東京の全住人が遊んでいると言っても過言ではないDivine Cradleと共用のサーバーで開催する程、運営も間抜けではない。だからこそ、アスヴェルが“ゲーム”へ参加するには、彼のデータを専用サーバーへと移す必要があり、その手段として悠は<マイルーム>を使用した、という訳だ。

 

『しかし、改めて聞くと凄まじい規模の仮想空間だな。私が見た限り、東京は相当の人口を抱える街のようだったが――そこの住人全てを“Divine Cradle”は収容できるのか』

 

「元々、それを目的にこのゲームは作られたそうです。巨大な天井で閉ざされた閉塞感を解消するため、疑似的に広い世界を体験できるサービスを政府は提供しました」

 

 故に、Divine Cradleは限りなく現実に近い実感を味わえるように出来ている。さらに国の資本を使って開発されたため、最新鋭の技術が山のように組み込まれており、操作性や奥深さは既存のゲームと比較にならない。件の“ゲーム”はDivine Cradleのプログラムを流用して運行しているのだが、それもあれ以上のシステムを作れないからなのだ。

 

(それはそれとして、滅茶苦茶飲み込みが早いですね、アスヴェルさん)

 

 自分のことをゲームキャラだと認識した途端、物凄い勢いでこちらの事情を把握し出した。元より知能はかなり高く設定されているようだったので、それが良い方向に影響したのだろうか。悠としては、話がスムーズに進んで大助かりだが。

 

「……会場までには時間がかかります。しばらくそこで休んでいて下さい」

 

『分かった』

 

 “ゲーム”の開催場所は、ここから車で2時間程かかる。周りにはほとんど人が住んでおらず――住むことが許されていないのだ――そこへ街の有力者達が集まり、参加者の命が懸かった“ゲーム”を愉しく(・・・)観覧するのだ。考えると気分が悪くなるが、その“有力者”には悠も含まれる。

 

「それと、その部屋には私が集めた装備やアイテムを保管しています。

 どれだけ役に立つか分かりませんが、持って行って下さい」

 

 これまでDivine Cradle内で収集した物品を、<マイルーム>に詰め込んでおいたのだ。

 

『至れり尽くせりだな。とはいえ、そう沢山は持って行けそうにないが」

 

「……そういえば、アスヴェルさんは<アイテムボックス>を使えませんでしたね」

 

 この辺りがNPCの弱点である。とはいえ、Divine Cradle内のアイテムが、“ゲーム”でどれだけ効果を持つのか――悠も把握できていない。

 

『選別して持って行くか』

 

「そうして頂ければ」

 

 アスヴェルが用意したアイテムを漁り始めた。同時に、悠は気合いを入れて外出の準備をする。司政官の娘(・・・・・)という彼女の立場を鑑みれば、下手な格好をして会場へ顔を出す訳にはいかないからだ。面倒臭いことこの上ないが、今回はその“立場”を利用してもいるため、文句は言えない。

 

(いつもなら、専門の方の指示通りに服を着るのですけれど)

 

 今日は私用外出だ。その人達の手は借りれない。

 クローゼットから服を取り出し、これでもないあれでもないと鏡の前で唸っていると、

 

『ハル、一つ質問いいだろうか?』

 

「はい、何でしょう?」

 

 スマホからアスヴェルの声が聞こえる。どうもアイテムについて質問があるようだ。悠がそちらを振り向くと、画面の中で彼は<マイルーム>の隅を指さし、

 

『この本の山はなんのアイテムだ?』

 

 

「――――っ!!?」

 

 

 そこにあったのは、漫画、アニメ雑誌、ラノベから始まり、資料集やイラスト本、果ては同人誌まで――つまり、悠の趣味の産物(・・・・・)であった。しかも割とエグイものまで混じっている。

 

(何故!? 何故そんなものがあそこに!?)

 

 <マイルーム>内でも、奥底に隠してあった筈なのだ――それがどうして、あんな目につきやすい場所にあるのか!?

 

(……そういえば、アスベルさん用のアイテムを整理している最中に一旦外に出しておいたんでしたぁあああああっ!!!?)

 

 頭を掻きむしりそうになるのを、必死で抑えた。可能な限り冷静に努めながら、アスヴェルに返事をする。

 

「……現実世界の資料ですよ」

 

「そうなの?」

 

「はい」

 

 嘘ではない。

 

「なら、これを読めばそちらの事情も把握できるのか」

 

「……そうですね」

 

 事情の把握はできる。恐ろしく尖った(・・・)分野の事情を。

 

『では行くまでの間に目を通しておくか』

 

「…………あの。作戦とか、そういうのを考えた方がいいと思うんです」

 

『それもそうだな。まあ、空いた時間に読んでおくよ』

 

「………………はい」

 

 きっと今自分は、死んだ魚のような目をしている。鏡を見たわけではないが、悠は確信できた。

 だからといって、青年にその“資料”の内容を事細かに説明するなんて真似、彼女にはできない。

 

(幸いなことに、アスヴェルさんは彼は日本語が読めませんから。クリティカルな絵や写真を見られない限り、大丈夫の筈……)

 

 悶々としながら服選びに戻る。が、そんな彼女の期待は――

 

『なあ、ハル』

 

「……どうされましたでしょうか?」

 

『この世界では、同性同士の恋愛が主流なのか?』

 

 “本”を片手に、そんなことを宣う青年。

 

「………………」

 

 ――彼女の期待は、あっさりと裏切られたのであった。

 

(ごめんなさい、ミナトさん――私、貴女を助けられない)

 

 友人を助けるとかそれ以前の問題として、悠は今ここで死ぬ。

 

 

 

 

 

 

 ……と言っても、人間そう容易くは死ねないもので。

 

「準備、完了ですっ!」

 

 やけっぱち気味にそう叫ぶ悠。アスヴェル入りのスマホはポーチにしまっている。念のため、電源もオフだ(アスヴェル曰く、それでも<マイルーム>内に支障はないとのこと)。

 彼女は勢いよくドアを開け――ようとしたところで思い直し、静かに扉を開く。すると――

 

「もう出かけますか、お嬢様?」

 

 ――すぐに横から声をかけられた。少女専属(・・・・)の侍女が、ドアの傍で待機していたのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「はい。お手数ですが、車を出して下さい」

 

「……もう一度確認しますが、よろしいのですね? お嬢様のような方が行って面白い場所ではございませんよ」

 

「承知しています」

 

 この女性とは子供の頃からの付き合いであり、悠が現実の世界で最も信頼している人物でもある。だから、ミナトの救出についても彼女にだけは事情を説明していた。

 

「私からも確認していいですか? “ゲーム”のサーバー内にあるデータ(・・・・・)を移行する件なんですが……」

 

「全て、抜かりなく。知人に詳しい者がおります。(わたくし)めにお任せ下さい」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 実は今回の件、この侍女の協力無くしては成し得ないことであった。悠もコンピュータ技術をそれなりには習得している自負がある。しかし、専用サーバーへのハッキングは流石に無理だ。技術的な問題でなく、物理的な問題である。独立したサーバーであるため、そこへデータを移すには回線を直接つながなければならないからだ。

 通常であれば到底不可能な話なのだが、この侍女は自分のツテ(・・)を使えば可能だと言ってくれた。

 

(どんなツテかは教えてくれませんでしたけど)

 

 仮にも、長年司政官()と付き合いのある女性だ。色々と“人には言えない人脈”もあるのだろう。とやかく詮索しても仕方ない。というか、詮索したら色々と危ない気すらする。

 何にせよ、彼女が信頼に足る人物であることだけは、確信している。太鼓判を押してもいい。ならば――アスヴェルも言っていたが――緊急時に細かいことを気にしている場合では無い。

 

(結局私は、誰かを信じる事しかできません……)

 

 侍女が無事にデータを移行してくれることを信じ、それまでミナトが生きていることを信じ、そしてアスヴェルが救ってくれることを信じる。悠自身が為すことなど――為せることなど、一つも無いのだ。

 

(それなら、とことん信じ抜くしか!)

 

 覚悟を決め、少女は“ゲーム”の舞台へと向かっていった。



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【2】

 草木茂る森の中、その少女は駆けていた。

 

「ハァッ――ハァッ――くそがっ!」

 

 したくはないが、思わず口汚い愚痴が零れてしまう。だが自分が置かれた立場を考えれば、これ位許されるだろう。お釣りが来るぐらいだ。

 誰だって、自分の命が奪われようとすれば悪態の一つや二つ、つくだろう。しかも少女の場合、偶発的な事故によるものではなく、人の悪意(・・)によって殺されようとしているのだ。無論、自分に落ち度など何もない。

 

「へ、平気かい、ミナトちゃん!?」

 

 すぐ後ろから声がかけられた。中年の男性によるものだ。彼もまたミナトと同じ立場の人間だった。

 

「おっさんこそ、もうへばってんじゃねぇか! こっちの心配する位なら、自分の心配しろよ!」

 

「ご、ごめんね」

 

 申し訳なさそうな声色。走っている最中だというのに律儀に頭を下げてくる。出会って間も無いが、それだけで彼が気の弱い人間であることは十分理解できた。

 この男性が如何なる人物であるか、ミナトは知らない。何せ、この“ゲーム”内で初めて顔を会わせた相手なのだから。

 

 ――“ゲーム”。

 そう、“ゲーム”だ。

 長ったらしい正式名称があった筈だが、忘れた。覚えたくもない。

 東京の人口を維持するため、定期的に行われる殺人遊戯(・・・・)。国家維持法なる狂った法律で定められた、糞のような“遊び”。ランダムで――と政府は発表している――選ばれた人達が処理される前に(・・・・・・・)、才能ある人の命を助ける救済策として位置づけられている。

 

(これのどこが救済だっ!?)

 

 しかしてその実態は、参加者へ達成不可能な(・・・・・・)目標を課し、彼らが藻掻き足掻く姿を見て楽しむという、一部の特権階級向けの娯楽(・・)である。一応、一般人にも“ゲーム”の内容は公開されているが――そちらの方は、“汚い部分”を可能な限り削ぎ落として編集し、国家のために散った人々をお涙頂戴な形で紹介する『茶番劇』となっている。

 

(死ね!! 死んじまえ!!)

 

 この“ゲーム”を定めた政府も。それに便乗し群がってくる蠅共も。

 

(全員、くたばっちまえ!!)

 

 怒りで人を殺せるなら、今のミナトは間違いなく殺人者になれる。それ程までに彼女の心はぐつぐつと煮えたぎっていた。

 

「い、今、どれくらい時間経ったかな……?」

 

 そんな少女へ、中年男性が恐る恐る話しかけてきた。この男もミナト同様“ゲーム”参加者の一人であり、偶々近くに居たため行動を共にしている。能力値(ステータス)を見る限り戦力としては期待できない人物だが……それでも、誰かと一緒にいるだけで多少は不安を紛らわせることができた。

 

「さぁ――2時間くらいは経ってると思うけど」

 

「じゃ、じゃあ、あと3時間……? こ、これ、いけるんじゃ、ないかな……?」

 

 走りながら喋っているせいか、たどたどしい口調の男性。だが、その表情にはかすかに希望が見え隠れしている。

 

(とてもそうは思えないけど)

 

 声に出して否定するのは憚られたため、胸の中でそう零した。

 

 今回参加者達へ言い渡された“ゲーム”の目標は、単純明快に“生き残ること(・・・・・・)”だった。5時間の間、この“フィールド”内で生き抜くことができれば、目標達成……晴れて自由の身となる。

 勿論、そう簡単な話ではない。フィールドには強力な魔物が彷徨しており――

 

「う、うわって、出たっ!?」

 

「この――<ピアッシング・ショット>!」

 

 横合いから突如飛び出てきた猿型の魔物――アームドエイプというモンスターだ――に銃弾を叩きつける。しかし一発で倒せるような相手では無く、

 

「<ピアッシング・ショット>! <ピアッシング・ショット>! <ピアッシング・ショット>っ!!」

 

 敵の攻撃をかわしながら、幾度もスキルを連発する。合計4発当てたところで、ようやく魔物は動かなくなった。

 

「……ふぅ。よし、行くぞ!」

 

「う、うん」

 

 男を促し、再び走り始める。

 斯様に唐突に、遭遇(エンカウント)が発生するのだ。魔物達はプレイヤーを狙って動くよう設定されているらしく、一所に留まっているとひっきりなしに襲撃される。故に、ミナト達は移動し続けている訳だ。襲われなくなることは無いが、頻度は大分マシになる。

 

(まあでも、コイツらはまだいいんだよ)

 

 出現する魔物は強力であるものの、ミナトの腕なら十分対処可能だ。彼女ほどのプレイヤースキルを持っていなくとも、レベルが100を超えているプレイヤーであれば勝てない相手ではない。草木などの障害物が多いフィールドなので、隠れてやり過ごすことだって可能だろう。逆に障害物を利用されて不意打ちされることもあるため、当然油断は禁物だが。

 

(問題は――“ジャッジ”)

 

 “ゲーム”には、“ジャッジ”と呼ばれる特殊なNPCが配置される。例外なく異常な強さ(レベル)を誇るキャラクターだ。こいつらは、もうどうしようもない。出会ってしまったらおしまいだ。

 

(ご丁寧に能力値(ステータス)を明かしてきやがって……!)

 

 “ジャッジ”の能力値は事前に開示されている。参加者への助言(アドバイス)という形だったが、とんでもない。

 

(オレ達を絶望させるためだろうが!!)

 

 レベルは1000(・・・・)。現在のDivine Cradleで最高レベルはプレイヤーでもまだ200に達していないにも関わらず、だ。当然、能力値も恐ろしい数値が並んでおり、ミナトと比較して10倍以上(・・・・・)の差があった。ここまでくると、こちらの攻撃は一切効果が出ないと考えた方がいい。デバフをかけようにも確実に抵抗(レジスト)される。

 

(そんなのを、4人も……!)

 

 今回の“ゲーム”では、“ジャッジ”が4人配備されている。つまり、5時間の間このNPCから逃げ続けなくてはならないのが、この“ゲーム”の趣旨なのだ。

 それがどれ程の困難を伴うのかは、空を見上げれば(・・・・・・・)分かる。

 

「あっ!? ま、まただ」

 

 後ろを走る男が小さく悲鳴を上げた。彼の視線の先、即ち、このフィールドの“空”にはある“文字”が浮かんでいた。

 

 

 ――スズフキ・タカシがログアウトしました――

 

 

 誰かが一人、<ログアウト>したことを示す言葉。参加者が減る(・・)と、それを知らせる仕組みなのだ。

 そしてこの“ゲーム”における<ログアウト>とは、そのプレイヤーが死んだ(・・・)ことを意味する。Divine Cradleにおけるキャラクターの死とは根本的に異なる、正真正銘、人としての死。人生の終わり。

 それが、こんな簡潔な一文で表現されてしまう。

 

 

 ――タナカ・シュンサクがログアウトしました――

 

 

 告知が連続で行われる。魔物に殺されたのか“ジャッジ”に殺されたのかは分からないが、またしても犠牲者が出てしまった。

 

「またぁ!? そんなっ、早いよぉっ!?」

 

 男が嘆く一方で、ミナトにはそんな余裕無い。

 

(これで――何人殺されたっ!?)

 

 参加者の人数を正確に把握しては居ないが、50人程度は居た筈だ。果たして、現在どれだけ残っているのか。確認できた限りでは、30回程(・・・・)<ログアウト>は発生した筈だが――

 

(参加者が減れば減る程、“ジャッジ”のターゲットも少なくなる……)

 

 つまり、自分達が狙われやすくなる、ということだ。

 

「……う、ぐっ」

 

 より一層、死へのプレッシャーが強まる。気を緩めたら吐いてしまいそうだ。

 

「だ、大丈夫、かい? 少し、休んだ方が――」

 

 そんなミナトを見かねてか、男がそんな提案をしてくるも、

 

「バカか! そんなことしたら見つかっちまうぞ!?」

 

「で、でも――」

 

「いいから足止めんなっ!!」

 

 休めば、魔物が襲ってくる。魔物と戦闘をすれば“ジャッジ”に見つかりやすくなる上、魔物との挟撃の形になれば逃げることはほぼ不可能。移動を続けた方が、僅かではあるものの生存率じゃ高くなる、とミナトは見積もった。

 

(あと、3時間っ! 絶対逃げ切ってやる! 生きて帰るんだっ!!)

 

 脳裏に浮かぶは、クランの面々。ハル、サイゴウ、そして――アスヴェル。

 

(いやなんでこのタイミングでNPC(アイツ)の顔まで浮かぶんだよっ!!)

 

 慌てて頭を振る。

 

(追い詰められているせいだ!! なにもかも全部運営が悪い!!)

 

 そういうことにしておいた。

 

 ――だがしかし。

 現実とはいつも非情なもの。少女の願いは叶わない。

 

「……み、ミナトちゃん」

 

「? おい、足止めるなって言って――」

 

「あ、あれ」

 

 震える指で、中年男がある方向を指し示す。そこには、この場にそぐわぬスーツ姿(・・・・)の男性が一人、恐ろしく無表情な顔で立っていた。ソレが何であるか、一目で理解する。

 

「……“ジャッジ”」

 

 とうとう、遭遇してしまった。最悪なことに、向こうもこちらに気付いている。無機質な視線が、ミナトを貫いた。

 

「おっさん、逃げるぞ……」

 

 簡単には逃がしてくれないだろうが、やるしかない。戦うなんて論外だ。周囲に魔物は居ないので、逃走に専念することはできる。

 

「ここでお別れだ。2人で、別々の方向に逃げればどっちかは――」

 

「――ミナトちゃん」

 

 台詞は途中で遮られた。こんな時に何を言い出すのかと、訝し気に男性参加者を見ると――

 

「僕、これでも結婚しててね。妻との間に、娘が一人できたんだ。まあ、大して顔も見れないまま離れ離れになっちゃったんだけど」

 

 ――どうしたことか。彼は穏やかな(・・・・)表情をしていた。“ジャッジ”を前にして、これまでの情けなさを微塵も感じさせない。

 

「生きていれば多分、君くらいの年齢になる」

 

 その目は、ミナトを暖かく見つめていた。その目は、覚悟の決まった(・・・・・・・)瞳だった。

 

「頼む――生き残ってくれ」

 

 その一言と共に、中年男は“ジャッジ”に向かって走り出した。

 

「待っ――!?」

 

 止める暇など無く。男は腰に携えた剣を抜き、果敢に攻撃を仕掛ける。

 

「<マイティ・バッシュ>ッ!!」

 

 振り下ろす刃が、“ジャッジ”を捉えた――が。

 

「っ!!」

 

 男が絶句する。“ジャッジ”は攻撃を避けなかった。避けられなかったのではなく、避ける必要が無かった。

 剣は相手の肩口に当たり、そのまま止まっている(・・・・・・)。肌を切るどころか、スーツの生地をほつれされることすらできていない。渾身の力を込めてもそこから微動だに動かない。“ジャッジ”の表情は変わらず、無論、ダメージも皆無だ。

 

「こ、この――っ」

 

 スキルを連続で行使し、2度、3度と刃を振るうも全て無駄。頭を狙おうと足を狙おうと、何の痛痒も与えられない。この間、“ジャッジ”は棒立ちしているだけ。男を脅威として認識していない。

 

「う、く、この、この――!!」

 

 それでもめげず再度一撃を繰り出そうとした時、“ジャッジ”が動いた。無造作に男の腕を掴むと――

 

「ぎゃぁあああああああああああっ!!!?」

 

 ――絶叫が轟く。腕がもぎ取られた(・・・・・・)。人の身体を、玩具のように壊したのだ。

 鮮血が噴き出る。腕を無くした男性はその場に倒れ込み、痛みに転げまわった。当然だ、この“ゲーム”での痛覚は現実と同じ(・・・・・)に設定されているのだから。辺りの地面はみるみると血に染まっていく。

 

「おっさん――!!」

 

「来るなぁっ!!! 逃げろぉっ!!!」

 

 無駄だと理解した上で、それでも助けに駆けつけようとしたミナトを、男の絶叫が押し留めた。激痛に襲われているというのに、それでも彼はミナトを気遣っている。

 

「そんな――」

 

 そこでハタと、ミナトは気付く。自分は、あの男の名前すら知らない。聞きそびれてしまった。

 名前すら知らない人が、自分のために命を懸けている。その事実にミナトの精神は大きく揺さぶられた。

 

 しかし称賛されてしかるべき男の行動も、“ジャッジ”相手には何の意味も無く。

 

「――――」

 

 奴は無言のまま男性の首を掴み、そのまま吊り上る。

 

「あ、が、ぐぇえええええ――」

 

 苦悶の声。ギリギリと首を絞められる。

 “ジャッジ”の筋力(Str)があれば一瞬で男の息の根を止める事もできる筈なのに、そうしない。

 

(い、いたぶってんのか、あの野郎!?)

 

 ただ殺すだけではつまらない(・・・・・)というのか。ただ命を散らすだけでは足りない(・・・・)というのか。

 どこまで――どこまで、自分達は軽んじられるのか!!

 

「<ピアッシング・ショット>ッ!!」

 

 感情に任せて銃弾を撃ち込む。だが装甲無視効果を持つ筈の弾が当たっても、“ジャッジ”には何の変化も生じなかった。ミナトの方を振り向きすらしない。まずは男性(・・・・・)、ということなのか。どうしようもない無力感が、ミナトに降りかかる。意図せず、涙が目から溢れた。

 

「アスヴェルぅっ!!」

 

 堪らず、少女は叫ぶ。

 

「オマエ、勇者だろうっ!? 勇者だったら、早く助けに来いよぉっ!! あの人を助けてよぉっ!!」

 

 意味がないことは分かっている。しかし叫ばずにはいらなかった。いや、叫ぶことしか、もうミナトにはできなかったのだ。

 その嘆きはただただ虚しく響き――

 

 

極大雷呪文(フォルトニトゥル)

 

 

 ――雷が一条、飛来した。

 

「え?」

 

 思わず零れる声。

 雷は過たず“ジャッジ”に直撃し、その身体を弾き飛ばした(・・・・・・)。それまで何をしても無駄だった怪物が、大地に倒れ込む。

 

「げほっ、げほっ、な、何が――!?」

 

 衝撃で手が離れ、中年男性も解放された。だがそちらを気遣うのを後回しに、ミナトはその“魔法”を唱えた相手を凝視する。

 

 

「――待たせたな」

 

 

 腹立たしい程にふてぶてしい声。

 どうしようもなく懐かしい顔。

 

 空には、“彼”の出現に対応し、ある一文が表示されていた。

 

 

 

 ――勇者がログインしました――

 

 

 



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第14話 レイドバトルってヤツだ!!
【1】


 “ゲーム”の鑑賞者が通される大部屋で、(はるか)はほっと胸を撫で下ろしていた。

 

(ま、間に合った――間に合ってくれました――)

 

 部屋には“ゲーム”の様子を移すスクリーンが幾つも設置されているのだが、彼女が見ているのはその一つ。そこにはアスヴェルと合流したミナトの姿が映っている。腕を引きちぎられた男性参加者も、治癒魔法で一命をとりとめたようだ。

 データの移送に手間取ってしまったが、何とか最悪の事態は避けられた。

 

(でも)

 

 不安はまだ晴れない。原因の一つに、アスヴェルの<ステータス>がある。鑑賞者はその特権として、“ゲーム”内キャラクターの<ステータス>を閲覧できるのだが――

 

 

 Name:アスヴェル・ウィンシュタット

 Lv:1275

 Class

 Main:神業使い Lv320

 Sub:ジュニアロード Lv10

    アヴェンジャー Lv182

    バトルマスター Lv121

    魔術士 Lv405

    殺戮者 LV201

    カオティックガーディアン Lv5

    セイギノミカタ Lv1

    竜将 Lv30

 

 Str:995  Vit:1080 Dex:1535

 Int:2442 Pow:1822 Luc:1219

 

 

 ――アスヴェルのものも、しっかりと把握できてしまった(・・・・・・・・・)のだ。その数値はずば抜けて高く、見たことも無いクラスを習得している上、スキルも大量に保持している。間違いなく強い。凄まじく強いのはよく分かる。しかし、

 

(数値化できたということは、アスヴェルさんは“バグ”の産物じゃなかったということで……)

 

 システムのバグであれば、運営の裏をかけるかもしれない。そんな考えの元、悠はこの行動に踏み切ったのだが――それは誤りだったということだ。アスヴェルは、Divine Cradleのユーザー権限で数値化できなかっただけであり、あくまでシステムの規格内に収まる(・・・・・・・)キャラクターであった。

 

(つまり――運営には勝てない(・・・・)

 

 そう考えるのが妥当であろう。運営がその気になれば、彼を消去(デリート)することも不可能でないかもしれない。

 

(……大丈夫、です。別に運営を倒すのが目的ではないのですから)

 

 己に言い聞かせるように、心中で呟く。実際、まだ運営はこの状況を放置している。連中が動かない内に決着をつけてしまえばいい。アスヴェルの強さ(レベル)があれば“ジャッジ”とも戦える筈だ。彼等の<ステータス>は――

 

 

 Name:ジャッジ

 Lv:1000

 Class

 Main:ジャッジ Lv1000

 Sub:-

 Str:1200 Vit:1500 Dex:1200

 Int:1400 Pow:1300 Luc:1500

 

 

 

 ――下回る能力はあるものの、総合的に見てアスヴェルの方がやや高い。1対1なら勝機は十分にある。

 

(問題は、“ジャッジ”が4人いることですね……)

 

 なんとか、各個撃破してくれることを願うしかなかった。

 

(それに、不安要素はまだあります)

 

 悠は部屋を見渡す。自分以外の鑑賞者が映像に見入っているのだが――

 

 

「なんだってんだ、あのNPC。萎えるなぁ、おい」

「でゅふふぅ、もう少しで可愛い子が嬲られるところでしたのにぃ」

「誰の差し金だ。せっかくの余興に水を差すような真似しおって」

 

 

 ――どう見ても、好意的な反応は貰えていない。彼等が“ゲーム”に対して何かを行うことはできないが、その不満を解消するために運営がアスヴェルの排除に踏み切る可能性は大いにあり得る。

 

(急いで下さい、アスヴェルさん!)

 

 “ゲーム”の目標は『5時間生き残ること』だが、それを待っては後手に回る羽目になる。運営が余計なことをしでかす前に、“ジャッジ”全てを倒し大勢を決するのだ。無論のこと、相応に苦難を伴うだろうが――

 

 

 

『――雷槌(イカヅチ)を廻す。光を降臨(オロ)す。虚空(ソラ)を斬り裂く』

 

 

 

 ――唐突に、アスヴェルが詠唱を始めた。悠も以前耳にしたことのある呪文。

 

 

『磁式・極光』

 

 

 出来上がるは、彼を中心とした巨大な光の輪。放たれるは、幾筋もの雷光。

 

 大地が捲れた。

 森が燃え上がった。

 川が蒸発した。

 ――ついでに(・・・・)、“ジャッジ”が3人ほど消し飛んだ。

 

「……は?」

 

 手元にあるコンソールに表示された戦況を見て、思わず声が漏れてしまった。

 

(む、無茶苦茶――!?)

 

 初手からトンデモナイことをしてくれた。いや、悠も速攻を期待していたが、まさかここまでやるとは。

 

「え? え? ちょっ、え?」

「なんでござるかなあのスキルは!?」

「問答無用にも程があるぞ!?」

 

 他の鑑賞者たちも戸惑っている。不本意ながらこの瞬間だけ、悠はあの連中と意見が一致してしまった。強力だとは思っていたが、想像以上に“荷電粒子砲”は凄かった。目の前の“ジャッジ”はおろか、アスヴェルから数百メートル以上離れた場所の“ジャッジ”まで倒してしまうとは。残ったのは、彼から最も離れていたため、偶然難を逃れた“ジャッジ”のみ。

 

(あ、あら? これ、ひょっとして楽勝?)

 

 これまで考えていたことは全て杞憂だったか――そう思った矢先だった。

 

 

『“ジャッジ”が残り1名となったため、能力を強化します』

 

 

 そんな運営からの無機質なアナウンスが部屋に響く。

 

「えっ?」

 

 慌てて<ステータス>を確認すると――

 

 

 Name:ジャッジ

 Lv:5000

 Class

 Main:ジャッジ Lv5000

 Sub:-

 Str:6000 Vit:7500 Dex:6000

 Int:7000 Pow:6500 Luc:7500

 

 

 ――馬鹿馬鹿しい数値がそこには並んでいた。なんだこれは。余りに露骨なテコ入れ。倍増どころか、5倍にまで膨れ上がっている。

 

「こ、こんなのって無いでしょう!? どういうことですか!?」

 

 語気を荒くして運営に抗議するも、

 

『事前に決められていたイベントが発生しただけです』

 

 にべもない解答が返ってきた。

 そんな訳がない。“ジャッジ”が倒されるなど、想定していない筈だ。いや仮に想定していたとして、この自棄(やけ)になったような強化はなんだというのか。

 

 

「はっはぁ!! そうそう、こうこなくっちゃ!!」

「あの女の子は可哀そうですがぁ、イベントなら仕方ないですなぁ? でゅふふふぅ」

「盛り上がって来たのう♪」

 

 

 だが自分以外に異を唱える者はおらず。逆にこれから起こる“惨劇”を期待していやらしく笑みを浮かべてすらいる。

 

(本っ当に、最悪な人達――!!)

 

 一人一人罵ってやりたい気持ちをぐっと堪える。

 

(ま、まだ――まだ、大丈夫。アスヴェルさんには強力なスキルが――)

 

 そう考えた矢先のこと。

 

 

『加えて、不正が発覚したため(・・・・・・・・・)、該当するNPCの能力を制限します』

 

 

「はぁっ!?」

 

 信じられない宣言に、声が裏返ってしまった。制限とはいったい何か、それを考えるよりも先に、画面の中で変化が起こる。アスヴェルの身体を“黒い靄”のエフェクトが包んだのだ。途端、彼が訝し気な顔をしだす。

 

 

『どうした、アスヴェル!?』

『……分からん。急に、身体が上手く動かせなく(・・・・・・・・)なった(・・・)

 

 

 ミナト達の会話が聞こえる。“ゲーム”の中でも、その変調は確認できたらしい。悠は急いで手元のコンソールを操作し、アスヴェルの<ステータス>を呼び出す。するとそこには――

 

(スキルが、封印されてる!?)

 

 ――アスヴェルの持つあらゆるスキルが“使用不可”になっていた。先程見せた<磁式・極光>から始まり、<パンチ>や<キック>といった基礎スキルまでも。要するにアスヴェルは今、戦闘行動そのものを(・・・・・・・・・)封じられたのだ(・・・・・・・)

 

「理不尽過ぎます!! 今すぐ元に戻して下さい!!」

 

『この処置に異論がありますなら、今すぐ該当NPCを消去(デリート)いたしますが』

 

「……う、くっ」

 

 そう言われ、二の句が継げなくなる。

 最悪だった。まさかここまで強引に仕掛けてくるとは。想定していた以上に、なりふり構っていない(・・・・・・・・・・)

 余りの出来事に、吐き気すら催してくる。胃の中へ重石でも詰め込まれた気分だ。

 

「に、逃げて……」

 

 呆然とした面持ちで、そう呟く。

 そうだ、逃げなければ。もうアスヴェルには戦う力が無い。こんな状態で“ジャッジ”に出会ってしまえば彼の死は免れない。

 

(少しでも距離をとって、時間を稼いで、制限時間まで逃げ続ければ――)

 

 そんな浅はかな願いも、次の瞬間あっさりと打ち砕かれる。

 

 

『あ、アスヴェルッ!! “ジャッジ”が来たぞ!! どうすんだ!?』

『……さがっていろ、ミナト』

 

 

 来た。来てしまった。スーツ姿の男が、ミナト達の目の前に。絶対的な<ステータス>を手にした化け物(モンスター)が、無力化された哀れな勇者を潰しにきた。

 

「あ、あ、あ、あ、あ」

 

 恐怖で手が震える。歯がカタカタと鳴り出す。もう逃げられない。相手はここで確実にアスヴェルを殺す気だ。

 

 

 ――目を覆いたくなる戦いが、始まった。

 

 



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【2】

 それは“戦い”と呼べない、一方的に嬲られるだけの行為であった。呼称するとするなら、そう、私刑(リンチ)だ。

 

 

 “ジャッジ”の拳に捉えられ、アスヴェルは弾かれるように後方へ吹っ飛ばされた。

 倒れたところを踏みつけられる。くぐもった息が漏れた。さらに腹を踏み抜かれて吐血する。

 顔を掴んで持ち上げられ、再度地面へ叩きつけられた。

 ぐったりしたところへ、頭部をサッカーボールよろしく蹴り上げられる。その身体が再び宙を舞った。

 

 

(嘘……アスヴェルさんが……そんな……)

 

 いつも自信満々だった青年が。

 いつも頼りになった青年が。

 

 いい様に弄ばれている。

 苦悶に顔を歪ませている。

 みるみる血で染まっていく。

 

(私だ……私のせいだ……)

 

 後悔が胸を焼いた。何故、自分は彼をここに連れてきてしまったのか。こうなることは分かり切っていたではないか。“ひょっとしたらなんとかなるかも”なんて、そんな妄想をどうして抱いた?

 

 結果、悠の大事な友人は2人とも命を落とすことなった。

 

(嫌、嫌、嫌、嫌、嫌――!!?)

 

 腕を爪で掻き毟る。まだなんとかなる。きっとなんとかなる。何か手はある筈――!

 

(……私が、助命を嘆願すれば)

 

 そんな思いが頭を過ぎった。

 仮にも司政官の娘である悠が頼み込めば。泣き喚いて助けを請えば。

 

(アスヴェルさんだけは、見逃される、かも……?)

 

 ミナトは無理だ。“ゲーム”に選出された人間を助けることは、司政官にすら不可能なのだから。

 しかし、アスヴェルなら? ただのNPCに過ぎない、ただのゲームキャラに過ぎない彼なら。“愚かな小娘の悪ふざけ”として片付けてはくれないだろうか。

 当然、そんなことをすれば悠は屈辱に塗れることになる。父からは勘当を申し渡されるかもしれない。周囲の人々にも見捨てられるだろう。彼女の人生は、これまでと一変するのは間違いない――それも、悪い方向に。

 

(……でも、それであの人が助かるなら)

 

 そうだ。

 もうそうするしかない。

 己の軽率な行動が原因でアスヴェルを危険な目に遭わせてしまったのだから。彼のために身を捧げるのは、自分の義務とも言える。

 ……そんな“妄念”に、悠は囚われてしまった。

 

(やらなくちゃ……!)

 

 覚悟を決める。決めてしまう。少女が何をしたところで運営が応えることなど無いと、少し考えれば分かりそうなものなのに。追い詰められた悠は、己の身を投げ出す決意をしてしまった。

 

 ――しかし。

 彼女が運営との交渉のため席を立とうとした、その瞬間。

 

 

「なあ、このNPCのHP、なんか減りづらくないか(・・・・・・・・)?」

 

 

 そんな呟きが聞こえてくる。さらに鑑賞者達の雑談は続いた。

 

 

「でゅふ、それはあれですなぁ。あのNPC、攻撃される度にダメージが最小限になる位置へ“移動”しているんですな。スキルが封じられていても、基本行動はとれますからぁ」

「むむむ、なんと小癪な!」

 

 

(――え)

 

 ハッとさせられた。急いで確認する。

 

「……本当、だ」

 

 アスヴェルがまだ殺されずにいるのは、単に嬲られているからだと思っていた。いや、それもあるのかもしれないが、それだけでは無かった。

 彼は“ジャッジ”の攻撃に合わせ、少しでも被害が少なくなるよう位置取りや体勢を調整していたのだ。その行動は“回避”などと呼べる代物では無かったが、それでもアスヴェルを延命させるに足る効果を発揮した。

 

「アスヴェルさん――」

 

 勇者は抵抗していた。絶望的な状況に陥りながら、諦めていなかった。

 己を超える強大な敵を前にしても。自分の力を全て封じられても。

 その目はしかと敵を見据え、勝機を窺っている。

 

(……思い違いしていました)

 

 その姿を見て、彼女はギリギリで思い出すことができた。

 彼が“勇者としての責務を全うしたい”と語ったことを。自分が“信じ抜く”と誓ったことを。

 もし万に一つ、ここから救い出せたとしても――そうなったらアスヴェルは悠を許さないだろう。

 

「見届け、なければ」

 

 立ち直れた訳では無い。身体は未だ震えているし、胸は不安に溢れている。

 それでもなお(・・・・・・)、最後まで付き合わなければならないのだ。それが事を始めた自分の責任なのだと、悠は腹をくくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

(はてさて、どうしたものか)

 

 “ジャッジ”と呼ばれる男に殴られながら、アスヴェルは冷静にそう考えていた。

 

(……そろそろ、まずいな)

 

 致命傷こそ何とか防げているものの、全身くまなく傷を負っていた。打撲・切り傷・擦り傷・出血、無事な箇所などもう存在しない。骨にもあちこちヒビが入っているだろう。いや、逆に折れていないことを喜ぶところか。

 

(しかし遠くない内に動けなくなるぞ)

 

 右から左から拳の連打を受け、脳が揺さぶられる。それでも意識を手放さない。縋りつく。ここで気絶したら正真正銘おしまいだ。幸い(・・)、全身を激痛が駆け巡ってくれているので、“気付け”には事欠かない。

 

(話には聞いていたが――ここまでやれるものなのだな、運営というのは)

 

 敵が急に強くなったのも驚いたが、何よりも体の自由が奪われたのが厳しい。こちらから攻撃したくてもできず、相手の攻撃を避けようとしても動けない。魔術や魔法はおろか、拳で打ち据えることすら不可能なのだから徹底している。

 ミナト曰く、“全てのスキルが封印された”そうだが、いやはや動きづらいことこの上ない。正しく、神の如き力だ。

 

「――ぐ、はっ!?」

 

 考えているところで、腹にいいのを貰ってしまった。ふんばりなど効かず、宙に投げ出される。気持ち悪い浮遊感を数瞬味わった後、地面に激突した。スキルを封じられた影響か受け身すら取れず、無様に転がる。

 

(立て、るか――?)

 

 すぐさま体勢を整えようと試みても、身体がついてこなかった。立ち上がろうと意識しても、手足がのろのろとしか動かない。スキル封印のせいではなく、単純にダメージ蓄積が原因か。

 

(はてさて、どうしたものか)

 

 今一度、自問する。いや、考えるまでも無い。

 

 ――もう、無理だろう。

 

 敵の性能は間違いなく己を超えている。その上で、こちらは攻撃手段も防御手段も剥ぎ取られた。

 控えめに言って絶望的な状況だ。この期に及んで悪あがきしても仕方がない。生き汚さなど見せず、すっぱりと諦めるべきだ。これだけ粘れば、もう十分だろう?

 

「は、ははははは――」

 

 浮かんできたその思考に、つい笑ってしまった(・・・・・・・・・)

 絶望? 諦める? 馬鹿か。この程度の事態(・・・・・・・)で、ふざけたことを言ってはいけない。

 

 遠い。諦観の境地から、余りにここは遠すぎる。

 何故なら、守るべき人(ミナト)は未だ健在だ。加えて、身体は少々不備(・・)こそあるもののまだ作動する。

 こんなところで終わってしまっては――如何にアスヴェルがこの世で最も偉大な勇者とはいえ――失笑されることは免れまい。

 

「ぬ、ぐぐ――!」

 

 上半身を起こす。手・腕・肩・胸・腹から危険信号のごとく痛みが流れ込んでくるが、無視して堪える。

 だがここで問題発生。“ジャッジ”が歩いてくる。歩みは遅いが、それでもこちらが構えるより先に到着することだろう。流石に碌に体勢が整わないまま攻撃を食らうのは危険だ。

 なんとか時間稼ぎを――と思いを巡らせていると、

 

 

「<ピアッシング・ショット>!!」

 

 

 銃声が響き、一発の弾丸が“ジャッジ”に着弾した。ミナトの仕業だ。

 

「オレが相手だぁっ!!」

 

 “ジャッジ”に向かい、彼女は叫ぶ。自身を囮にしようというのか。

 無謀とも言える――いや、無謀でしかない行動。しかし狙い通り“ジャッジ”は少女の方に向き直り、そちらへと歩き始める。もはや身動きとれないアスヴェルより先に、ミナトを始末しようと考えたのか。それとも、自分の目の前で彼女を嬲ってやろうと考えたのか。

 どちらにせよ(はらわた)煮えくり返る行動だが、アスヴェルの去来したのは別の感情だった。

 

(……流石、私が惚れた女)

 

 それは、満足感。

 勇者と共に歩む女性は、こうでなくてはならない。

 自分では勝てないことを理解した上で、それでも抗う。他者を助けようと挑む。そんな勇気ある行為を取ってくれたことが、何より嬉しかった。そんなミナトの善性が誇らしかった。

 

 ――さあ、彼女は根性を見せたぞ。

 自分はどうだ。

 まだ振り絞れる気力は残っているか。

 

(当然だ!)

 

 ならば、血潮を燃やせ!

 (こころ)を奮い立たせろ!

 今こそ叫べ!

 

 ――我こそが(・・・・)英雄であると(・・・・・・)!!

 

 

「オオォォオオオオオオオッ!!!」

 

 

 雄叫びを上げ、アスヴェルは突進する。狙いは勿論、“ジャッジ”。こちらは何もできないと高を括った相手へ突貫する。タイミングは、歩行のため片足を上げる――最も不安定になるその一瞬。

 

「――――っ!!」

 

 そして、激突。反動でたたらを踏んでしまうが、渾身の体当たりに相手はバランスを崩し転倒する。想定以上の成果だ。やはり天才か。

 

「アスヴェルっ!!」

 

 自分の才能へ悦に入るアスヴェルへ、横からミナトが声をかけてきた。

 

「逃げろ! コイツの狙いはオレ達だ! オマエが逃げても、きっと追いはしない!」

 

「それはできない相談だ。その行動は実に勇者的ではない」

 

 彼女の提案をやんわりと否定する。しかし納得はされず、

 

「今更、勇者とかなんとか言ってる場合か!? 別に勇者だからって――」

 

勇者だから(・・・・・)だよ」

 

 額から流れる血を拭いながら、アスヴェルは強い口調で断言した。

 

「いいか、ミナト。よく覚えておけ」

 

 以前にも言ったことのある台詞を、もう一度繰り返す。

 

「勇者とは、職業(クラス)でも、ましてや運命(システム)でもない。勇者ってのは――」

 

 少女の双眸をしっかりと見つめる。

 

 

「――生き様(スタイル)だ」

 

 

 言い終えるのと同時、“ジャッジ”が襲いかかってきた。

 剛腕が唸りを上げて迫り来る。

 これまで同様、アスヴェルには成す術も無い――が。

 

「こなくそぁああっ!!」

 

 動こうとしない腕を、全力の気合いを込めて無理やり(・・・・)動かした。

 寸でのところで拳の軌道を逸らし、攻撃を受け流す(・・・・)

 

「――――!?」

 

 初めて、“ジャッジ”に感情らしきものが浮かぶ。有り得ない結果に一瞬戸惑ったのだ。

 その隙を見逃すアスヴェルではない。脳の血管がブチ切れかねない気力で拳を固く握る(・・・・・・)と、

 

「オラぁっ!!!」

 

 相手の顔面へ叩き込む!

 無防備なところへ不意の一撃貰った“ジャッジ”は、またしても大地に転がった。

 

 

 

 ――これよりは、勇者反撃の時間。

 

 

 



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【3】

 俄かに信じがたい現象が起きた。

 

(アスヴェルさんが、スキルを……!?)

 

 確かに彼はスキル封印を課された筈なのに。だが、映像のアスヴェルは、“ジャッジ”へ攻撃を繰り出したのだ。

 勿論、それで大勢が逆転した訳ではない。攻撃と言っても、ただ相手に<パンチ>しただけ。初歩の初歩な基本スキルで“ジャッジ”にダメージを与えられる筈もない。偶然“クリティカル”が発生して、相手を転倒させることこそできたが。

 

「な、なんなんだよぉ、こいつ!! スキルは封印された筈だろう!?」

 

 他の鑑賞者も同じ思いを抱いたらしい。己の気に入らない事態に喚き散らす男へ、別の男が説明しだした。

 

「でゅふ!? こやつ、スキルを“再取得”しとりますぞ!! “習得していたスキル”を封じられたから、“新しくスキルを覚えた”んですかぁ!? 筋は通ってますけど、そんなのアリ!?」

 

「ふんっ! じゃが所詮は低ランクスキルよ! そんなもので抗うとは片腹痛いわ!!」

 

 彼らの会話を聞き、悠はコンソールを弄る。アスヴェルの<ステータス>を呼び出すと、確かにスキルが“追加”されていた。

 

(<パンチ>と<パリィ>――さっきの動きはこれが原因だったんですね!)

 

<パリィ>とは敵の攻撃を低確率で受け流すスキルだ。“ジャッジ”の攻撃を避けたのはコレのおかけのようだ。

 

(でも、これだけじゃ……)

 

<パンチ>でダメージを通すことは不可能。<パリィ>で回避し続けることもできない。これでは状況が改善したとは言い難い――と。そう思っていた、のに。

 

 

 アスヴェルの動きは、悠の予想を容易く上回った。

 

 

 “ジャッジ”の拳を右腕で逸らし(<パリィ>)、左でジャブ(<パンチ>)

 “ジャッジ”の手刀を左腕で流し(<パリィ>)、右でストレート(<パンチ>)

 “ジャッジ”の蹴りにこちらから肩を当てて滑らせ(<パリィ>)、その顎へアッパーカット(<パンチ>)

 

 

 繰り返すが、攻撃は効いていない。アスヴェルは敵へ何のダメージも与えていないのだが、それでも戦えている(・・・・・)。戦いの体を為している。

 

「……すごい」

 

 思わず、そう呟いてしまった。だが何故、彼は格上の“ジャッジ”相手にこんな戦いを繰り広げられるのか? それはおそらく――

 

「<スキル>を使うタイミングが完璧なんだ……!」

 

「でゅふ!! そういえば、スキルは発動させるタイミングで成功率が変動しましたなぁ! ですが適切なタイミングは状況によって変わる筈ですぞ!? 精度も数百分の1秒で求められる筈ですしぃ」

 

「ふ、ふんっ!! 大方、ズル(チート)をしているに違いないわい! だいたい、効きもしない技なんぞ意味がない! 全く、苦し紛れにみっともないことを!」

 

 ――悠以外の観客も気付いたようだ。ついでに解説までしてくれていた。彼等もこの展開に混乱しているようだ。

 ただ、全てに対応できている訳では無い。ジワジワと彼のHPも削られてきている。しかし、そんなことを意にも介さず、勇者は果敢に攻撃を重ねた。

 

(アスヴェルさんっ!)

 

 その姿に、心の中で声援を送る。彼女の想いが通じた訳ではあるまいが、次の瞬間、戦況がさらに変化する。

 

 ――アスヴェルが、蹴り(<キック>)を放ったのだ。

 

 変わらず“ジャッジ”にはかすり傷すらつかないものの、新たな技を使用されたことで“ジャッジ”の顔が僅かながら怪訝に歪む。

 

「そ、そりゃ、<パンチ>を覚えられれば<キック>も覚えるよなぁ」

 

「順当なところですなぁ」

 

「猪口才な。弱小スキルが一つ増えたところで――――んなぁ!?」

 

 鑑賞者のその台詞がまるで“フラグ”だったかのように。アスヴェルは次々とスキルを習得して(・・・・・・・・)いった(・・・)

 

 

 “ジャッジ”の上段突きを屈まってかわし、そのまま超低空の廻し蹴り(<水面蹴り>)

 上から拳を振り下ろして来れば、身体を丸めて後方に転がり(<ローリング>)、敵の体勢が戻る前に連続の拳打(<ラッシュ>)

 次いで“ジャッジ”が下段蹴りを放つのに合わせて上方へ高く飛ぶ(<ハイジャンプ>)と、その脳天に足刀を叩き込む(<流星脚>)

 

「……う、上手い」

 

 誰かが呟いた。正しくその通りだった。

 戦っている。拮抗している。一つ一つはどれも低ランク。初心者が扱うようなスキルなれど、それを最適な瞬間に行使することにより“ジャッジ”を翻弄している。

 

「こんなことが――!?」

 

 鑑賞者達は完全に狼狽しているようだ。それはそうだろう。彼等が見たかったのは力無き者の苦しみであり、無意味な足掻きであり、滑稽な死なのだ。今、そのどれもが起こっていない。

 画面の中の勇者は、どれだけ力が無かろうと、無意味であろうと、滑稽に見えようと、足掻き藻掻き続け――終いには強大なる“ジャッジ”と伯仲するに至った。

 

「ぐ、ぐぬぬぬ……!!」

 

 とうとう、部屋へ静寂が訪れる。誰も一言も話さない。愉しみを失い、皆呆然としている。その様子に溜飲が下がる思いだが、しかし悠にとって彼等の動向などどうでもいい。

 

 ――そして遂に、待ち望んでいた“時”が訪れた。

 アスヴェルの手刀が、“ジャッジ”の肌を浅く――本当に浅く切り裂いた(・・・・・)のだ。

 

(<霞斬り>……!!)

 

 ぎゅっと手を握る。装甲無視効果のある格闘スキルにより、ほんの僅か――微々たる量ではあるが、とうとう“ジャッジ”にダメージが入ったのだ。少女の心には歓喜が溢れ、

 

(やっ――)

 

 

「――やった!!」

 

 

 ……部屋に大声が響く。

 悠のものではない。何事かと見渡せば、一人の男が立ち上がっている。つい先程まで文句を垂れていた男(・・・・・・・・・)だ。

 

「……は、はは。いや、悪ぃ」

 

 皆が自分を見ていることに気付くと、その男はバツの悪そうな笑みを浮かべて椅子に座る。そのまま彼は、食い入るように(・・・・・・・)画面を見つめ始めた。これまで見せてきたような人を小馬鹿にする顔ではなく、真剣そのものな表情で。

 

(これって――?)

 

 悠は鑑賞者達を改めて観察し――そこで初めて、自分の“勘違い”に気付いた。

 

 

「ほうほう、こんな戦い方が……なぁるほど、勉強になるぅっ♪」

 

 悪態をついていた肥満体の青年(自分の<アバター>にどことなく似ているため、無性に嫌悪感が湧く)は、ニコニコと嬉しそうに映像を眺めている。

 

「ほれっ……そこだっ……気合いを見せんかっ」

 

 散々アスヴェルを罵倒していた老人は、童心に返ったような顔で鼓舞の言葉を呟く。一応周りに聞こえぬよう小声にしているようだが、丸分かりだ。

 

 

 彼等だけではない。ここへ集まった誰も彼もが、アスヴェルの戦いを楽しんでいた。見守っていた。応援していた。

 部屋が静かになったのは勇者の健闘に打ちのめされたからでは無く、勇者の活躍に心躍らせていた(・・・・・・・)からだったのだ。

 

 どうしてこうなったのか?

 始めは理解できなかった悠だが、彼等の純粋に夢中になっている姿を見るうち、一つの答えへと辿り着く。

 

(……あの人達は、知らなかった(・・・・・・)んですね)

 

 “ゲーム”の鑑賞者達は、この世の悪徳を貪ってきた人々だ。不道徳、悪行、不義、悪事、不正――そういうものを日々嗜み続けてきた連中だ。

 だからこそ(・・・・・)、知らなかったのである。“正義の眩さ”を。“善性の心地良さ”を。

 この日、その“魅力的なもの”を目の当たりにした彼らは――目の当たりにせざるを得なかった彼らは、一気にソレへ嵌ってしまったのだろう。

 最早、当初渦巻いていた不快な空気は霧散している。

 

 ――しかし、である。

 現実世界で幾らエールを贈ったところで、“ゲーム”には何の影響も無い。かつて悠は“ゲームキャラは現実を変えられない”と口にしたが、その逆も然り。現実は、“ゲーム”を変えられない。

 

 

『……グッ』

 

 

 アスヴェルが膝をついた(・・・・・)。蓄積された負傷が、ついに限界を迎えたのだ。彼のHPは極僅か。“ジャッジ”の攻撃が掠っただけでも、力尽きてしまうことだろう。だが今の青年には、襲い来る敵を捌ききれる力はもう残っていない。

 

「……ここまでか」

「よくぞここまでやった、と讃えるべきでしょうなぁ……」

「無念じゃ……」

 

 会場に、絶望のため息が吐かれる。もうこれでおしまいだと、皆諦めてしまった――悠を除いて(・・・・・)

 

(まだです! まだ終わってません! だって――)

 

 希望はある。それは何の根拠もない世迷い事などではなく。

 

(――“こちら”でさえこれだけ感化されたんですから! 直にアスヴェルさんを見ていた人達に、何も起きない筈がありません!)

 

 果たして。

 彼女の予想は正しかった。

 

 

 



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【4】(2/7加筆修正)

『ん? なんだ? 急に身体が軽く――』

 

 

 アスヴェルが“違和感”に気付く。彼の傷がみるみると回復していったのだ。

 

「あれは――!?」

 

 観客の一人が指差した。そこに映っていたのは――

 

 

『いいぞ! その調子であのNPCを援護するんだ!!』

『治癒スキル使えるやつ集まれ!! アイテムもかき集めろ!!』

 

 

 ――それは、“他の参加者”達だった。まだ生き残っていた人々が集まってきたのだ。それまで生き延びるため必死に逃げ、隠れ、怯え続けてきた人々が、勇者のために駆けつけたのだ!

 彼等は次々に“支援”を飛ばす。治癒(<ヒール>)のスキルが傷を癒し、能力増加(バフ)のスキルが、身体を強化する。

 

『おっ!? おおおおっ!!』

 

 自分にかけられる効果を実感し、アスヴェルが感嘆の声を上げた。

 さらに<ポーションピッチ>により多種のアイテムが勇者に向けて投げられ――、

 

『え? ちょっと待て、瓶を投げるな、瓶を!? 私を助けにきてくれたんじゃないのか!?』

 

 ――まあ、若干の誤解はあったものの。様々な手段によって、青年の<ステータス>は増強されていった。

 それだけではない。

 

『遠距離攻撃持ちの連中は“ジャッジ”を攻撃しろ!!』

『アイツを直接狙った攻撃は当たらん! 範囲攻撃スキルで奴のいるエリアを狙うんだ!』

『1秒でもいい、動きを止めろぉ!!』

 

 それ以外の参加者達が援護射撃を開始する。矢が、槍が、斧が、銃弾が、炎が、氷が、雷が。“ジャッジ”を巻き込む(・・・・)形で、その周辺を爆撃していった。その中にはミナトの姿もある。

 ダメージを負うことは無い“ジャッジ”だが、その物量にほんの一瞬だけたじろいだ(・・・・・)

 

『オオォオオオオッ!!!』

 

 すかさず、“ジャッジ”の懐に飛び込むアスヴェル。

 

「効いてる!!」

「効いてるぞ!!」

「“ジャッジ”のHPが、減っている!!」

 

 部屋に大声が飛び交った。もう、自分が“勇者の勝利を願っていること”を誰も隠そうとしていない。“ゲーム”へ参加している者、“ゲーム”を鑑賞している者、どちらも俄かに熱気を帯び始めた。

 

 ……だが、そこへ水を差す存在が。

 

『――不正が発覚したため、該当するNPCの能力を制限します』

 

 運営だ。前と同じ台詞がアナウンスされると同時、またしてもアスヴェルの周囲に黒い靄が包む。酷すぎるやり口に、悠は自分の頭へ血が上っていくのを感じた。

 冷静に考えれば、これ以上の抗議は危険だ。運営の権限で自分にまで何らかの“処分”が下されるかもしれない。だが――構うものか!

 

「ふざけるのも大概にして下さい!! そんな行為許されません!!」

 

 憤りを隠さず弾劾する。しかし運営は変わらず無機質な声で、同じ言葉を返してくる。

 

『この処置に異論がありますなら、今すぐ該当NPCを消去――』

 

「萎えるんだよなぁ、そういうことされるとさぁ!!」

 

 台詞を途中で遮ったのは、別の観客だった。最初に歓声をあげた、あの男性だ。彼に続き、他の者達も怒号を飛ばしだす。

 

「彼は既に(ペナルティ)を受けた筈ですぞぉ!? もう一度同じことをするとはいったい何事ですかなぁ!?」

「それは“誤った判断”をしたと宣言するも同じこと!! 完璧な運営が聞いて呆れるわ!!」

 

 野次は止まらない。

 

「不正をしているのはお前達の方だろ!」

「撤回しろ!! あのNPCへの処分を撤回しろ!!」

「俺を敵に回してただで済むと思うなよ!?」

 

 会場の人々が一つになって、運営へ反抗する。

 一方、映像の中では、アスヴェルが再度封印を受けても対応できるよう、参加者達がバックアップの態勢を取り始めた。

 ここに居る、全ての人物が状況を打破しようと動いている。

 

 これは、そう――“ゲーム”の内と外での連携戦闘(レイドバトル)

 その勢いは運営ですら止められず。

 

『……今の処置を取り消します』

 

 彼らはとうとう折れた(・・・)

 黒い靄が晴れる。アスヴェルの<ステータス>には、なんら変化はない!

 

「アスヴェルさん!!」

 

 あらん限りの声を振り絞って、悠は叫ぶ。

 

 

 猛攻。

 猛攻だ。

 拳撃、手刀、掌打、肘打、足蹴、廻蹴、膝蹴。

 五体が繰り出せるあらゆる攻撃法を駆使し、アスヴェルは“ジャッジ”へ迫撃した。

 

 強化を果たしたとはいえ、未だ能力値は“ジャッジ”が有利。

 だが流れは完全にアスヴェルへと傾いた。

 敵からの攻めを完璧な形で捌くと、勇者はなおも攻め立てる。

 “ジャッジ”の持つ莫大な量のHPが、ジワリジワリと減少していく。

 

「いける……!」

『いけるぞ、これ!』

「“ジャッジ”に勝てる!?」

『“ゲーム”をクリアできる!?』

 

 人々は固唾を飲んで動向を見守る。

 

 ――そして生命力が残り半分を切った、その時。

 “ジャッジ”が大きく後方へ飛び退いた。

 奴は大きく腰を落とし、“構え”を取る。

 初めて見せる行動だ。

 

(大技を使って逆転するつもりですか!?)

 

 その予測通り、青い炎のようなものが“ジャッジ”を取り巻いていく。間違いない、このスキルは“ジャッジ”の切り札。仮にも運営が誇る最強のNPC――そんな奴が満を持して放つスキルなのだ。その威力たるや、想像を絶するものとなるだろう。

 

「お、おい」

「これ、やばいヤツなんじゃ……」

 

 鑑賞者もどよめく。だが悠はそれよりも、アスヴェルの動きに注目していた。

 

(あれは――)

 

 “ジャッジ”に相対する彼の“構え”を見て。

 少女は不安がる観客へ、はっきりと断言した。

 

「大丈夫です。勇者は負けません……!」

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――

 

 

 

 

 時を同じく。

 “ゲーム”の中でも悠と同じことを思う者が一人。亜麻色の髪を持つ少女、ミナトだ。

 

「アイツ、ここに来て――!」

 

 アスヴェルの意図を把握し、その顔に笑みを浮かべる。彼女もまた、勇者の勝利を確信したのだ。

 

 

 

 “ジャッジ”が青い炎を纏ったまま、突進してくる。

 対するアスヴェルは脚を肩幅程度に広げ、静かに落ち着いて敵を見据えていた。

 

 空気を切り裂き、大地を踏み砕き、“ジャッジ”が迫りくる。

 アスヴェルの右腕がゆっくりと中段にまで上がった。

 

 

 ――激突。

 

 

 刹那の瞬間、勇者は己の掌をそっと“ジャッジ”に添えた(・・・)

 “それ”は、敵から繰り出される攻撃の力を絶妙に操作し、そのまま相手に返すという特殊な体術。

 Divine Cradleでの呼び名を、<合気>という。

 

 爆音が響く。

 空気がビリビリと震え、地面が揺れる。

 同時に、“ジャッジ”が真後ろ(・・・)へと弾き飛んだ(・・・・・)

 己が最強技の威力をそっくりそのまま返され、地面に激突した後も勢いは止まらず、二転三転と転がり続ける。

 ようやく回転が止まった時――その身体はあり得ない程にひしゃげていた。

 

 

 

「――やった、のか?」

 

 緊張で表情を強張らせながら、ミナトはそう呟いた。“ジャッジ”は倒れたままだ。起き上がって来ない。

 

「なあ……!」

「これって!」

「もしかして――!」

 

 周囲の人々が騒めき出す。彼等の期待を裏付けるように、“ジャッジ”の身体は光に包まれ消えていく。

 その消滅をしっかりと見届けたところで、騒動の中心人物であるアスヴェルが腕を大きく振り上げた。

 

「我々の勝利だ!!」

 

 そう高らかに宣言する。

 

 歓声が鳴り響く。ある者は手を叩いて喜び、ある者は互いに抱き合い、ある者は涙を流した。

 そんな中、一人の参加者が空を指差す。

 

「お、おい、アレ見ろ!!」

 

 そこに浮かび上がった言葉は――

 

 

 

 “GAME CLEAR! CONGRATURATIONS!”

 

 

 

 ――人々が確かに勝利した、証明であった。

 

 

 

「……アスヴェルっ!!」

 

 感極まってミナトは飛び出した。行き先は一つ、勇者の下へ。

 こちらに気付き、笑顔を向ける彼の身体へ思い切り飛びついた。

 

「うおっ!?」

 

 耳に入るのは、アスヴェルの悲鳴。勢い余り過ぎて、彼を突き飛ばしかけてしまった。

 しかしミナトはそんなこと気にせず、青年を思い切り抱き締める。逞しく、しかし今は傷だらけの肉体を力強く抱擁した。

 

「やったな!! ホントに――ホントに、勝っちゃうだなんて――!!」

 

 口が上手く回らない。言いたいことがたくさんあり過ぎて、涙が出る程に嬉し過ぎて、感情が高まり過ぎて、それを言葉として紡げなかった。

 しかしアスヴェルは気にすることもなく、ポンポンと少女の頭を撫でる。

 

「はっはっは! 言った筈だぞ、私は最強だと」

 

「そうだな! うんっ!! 最強だよ! オマエは、最強で、最高の勇者だ!!」

 

 彼の身体へ回す手にぐっと力を入れる。青年の胸に顔を埋める。自分の気持ちを表現する術を、それ位しか思いつかなかったのだ。

 

「――ミナト?」

 

 だから。

 ふと、アスヴェルから呼びかけられるまで――第三者から見れば実にバカバカしいことだが――全く気付かなかったのだ。

 

(……うわ!? 近い!?)

 

 自分が、もう言い訳のしようが無い程、青年と密着していることに。

 恋人同士としか思えない程、青年と触れ合っていることに。

 慌てて離れようとして、できなかった。アスヴェルもまた、少女の身体を抱きしめていたからだ。普段なら激昂してもおかしくないその事態に、

 

「――あ」

 

 発せたのは、その一字のみ。そうしている内に、青年の顔がこちらに近づいてくる。

 これは、もう、アレだった。確実に例のアレをしようとしている。自分のファーストなキスが、危機に晒されている訳で――

 

(――ま、いっか)

 

 にも関わらず、嫌な気分は湧いてこなかった。寧ろ――絶対、認めたくはないけれど――望むところだった(・・・・・・・・)

 

「――――んっ」

 

 彼の顔を正面から向き合い、目を閉じる。その意を察せない青年ではないだろう。相手の気配がどんどん近づいてくる。

 もう少し。

 あとほんの少しで、少女は勇者と――

 

「あれぇ?」

 

 ――そんなロマンチックな気分は、アスヴェルの間の抜けた呟きでかき消された。

 

「な、なんだよ、人がせっかく……?」

 

 あんまりな対応に目を開けると、彼が戸惑う理由がすぐに分かった。ミナトの身体が、光に包まれ消えかかっている。

 

「あー、そっか。クリアしたから<ログアウト>が始まったのか」

 

「こんなタイミングで!?」

 

 アスヴェルの嘆きが響くものの、こればかりは仕方がない。勿体づけたのが悪いのだ。ミナトはふふっと笑うと、

 

「なってねぇな、アスヴェル。千載一遇のチャンスを逃すなんて」

 

「むぅっ!?」

 

 割と本気で悔しそうな彼を眺めて、ふふーんっと鼻を鳴らす。そう、ミナトはこんなことでコロっと落ちてしまう程、安い女ではないのだ。

 彼女は改め青年に向き直ると、

 

「……そ、その。“続き”は、また今度(・・・・)、なっ!」

 

 顔を真っ赤にして(・・・・・・)そんな台詞を口にした。

 ――安い女では無い、筈。たぶん。説得力が無いか。

 

 ともあれ、少女の“約束”に勇者も気を持ち直したようで、

 

「そうだな。また会おう、ミナト」

 

「おう、またな、アスヴェル!」

 

 前に別れた時とは違う――互いに、絶対再会することを確信した挨拶を交わし。

 ミナトの意識は現実へと引き戻されていくのだった。



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第15話 サービス終了、だな
【1】


 勇者アスヴェルの活躍、堪能して頂けただろうか?

 もし貴方があの結末に感動し、十分に満足したというなら――この先は見ない方がいいかもしれない。

 あの男の悪辣さは、こんなものではない。

 一度(ひとたび)“敵”を前にした勇者アスヴェルが、あんな生温い(・・・)訳がないのだから。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 “ゲーム画面”の中、人々が思い思いの仕草で湧き上がる感情を表現している。客観的に見て感動の一幕。それを、つまらなそうな(・・・・・・・)顔で見る男がいた。年齢は40に差し迫るが――若い、と表現すべきだろう。彼の立場(・・)を考えれば。

 この管理室(・・・)には他にも人がいる。“男”以外は皆彼の部下であり、今はコンソールを忙しそうに叩いている最中だ。

 その内の一人がおずおずと話しかけてくる。

 

「ほ、本当にクリアしちゃいましたね、室長(・・)

 

「…………」

 

 しかし、室長と呼ばれた男はその言葉に何の返事もしない。ただ、不愉快気に眉をひそめ、映像を眺めて続ける。

 そんな反応が常なのか、話しかけてきた部下は特に気にした様子も無く作業に戻った。

 

「えーと、この後どうするんでしたっけ?」

「確か参加者全員を一度<ログアウト>させて、彼らのIDを復帰させる――だった筈」

「初めてのことだから細かい部分が曖昧だな」

「誰かマニュアル持ってきてくれ」

 

 部下同士の会話が始まった。“ゲーム”をクリアした際の処理についての相談である。程なくして、プレイヤー達が次々へと<ログアウト>を始めた。

 そんな光景を全くの無関心で眺めつつ、男は一言命じる。

 

「――消せ」

 

 その言葉で、一斉に注目が集まる。部下が恐る恐る尋ねてきた。

 

「消せ、とはディスプレイのことですか? いや、しかし、映像を無くしてしまいますと、作業に支障がですね――」

 

「違う。そんなことは言っていない」

 

 察しの悪さに苛立ちを隠さず、室長は改めて命令を下す。

 

「今すぐこの“ゲーム”のデータを全て(・・)消せと言っているんだ」

 

「は!?」

 

 素っ頓狂な声が返ってくる。

 

「待って下さい、室長! 参加者達の<ログアウト>完了にはまだ時間がかかります! この状況でそんなことをしますと、彼等の脳に重大な障害が残りかねません! 最悪、廃人になってしまうかも――」

 

「だからどうした?」

 

「は、はい?」

 

「だからどうしたと言っている。どうせ処分される連中だ。頭がイカれようと、問題ない」

 

「お、お言葉ですが、彼らは“ゲーム”をクリアしていますので、処分は免れたものと――」

 

「阿呆」

 

 一向に理解を示さない部下達を、一言で切って捨てた。

 

「“ゲーム”のクリアで解放されるなんて、本気で信じているのか? あんなものは方便に過ぎん。そんなこと、民衆共すら分かっていそうなものだが」

 

「しかし、実際にクリアする者が居て、その上それを目撃されている訳でして……」

 

「そんなものは“上”からの圧力(・・)でどうとでもなる。ふん、僕に逆らったことをせいぜい後悔させてやる」

 

 脳裏を横切るは、ふざけた鑑賞者共の姿だ。こちらが下手に出た(・・・・・)のをいいことに、あれやこれやと騒ぎ立て。挙句、“ゲーム”をクリアされるという愚を犯してしまった。これは自分のキャリアに酷い汚点を残しかねない。政府より“ゲーム”の管理者を任命されている身である以上、そこで発生した問題は全て己の返ってくる。

 

 だから、ここで消す。消去する。今日一日のことは、何もかもを葬り去る。多少は“上”から叱責もあろうが、“上”の人間とて“ゲーム”のクリアという事実は煩わしい筈。ここでしっかりと処理しておけば、ある程度は目を瞑ってくれるだろう。

 

(それにしても、あのNPC……!!)

 

 思い出すと、怒りに我を忘れてしまいそうになる。あの出自不明なNPCが事の発端だった。アレさえなければ、今回も滞りなく勧められた筈なのに。

 

(何が勇者だ! 気色悪い! 子供のママゴトみたいな真似を!!)

 

 しかも、参加者はおろか鑑賞者まであのNPCの行動に感動しだすとは――

 

(――ふんっ、精神年齢がガキのまま止まってるんだな)

 

 こんな“お遊び”を本気で愉しんでいるような奴等だ、その可能性は大いにある。

 

(実行犯は分かっている、が――)

 

 稲垣悠。あの女が、珍妙なNPCを“ゲーム”に送り込んできた。すぐにでも処分してやりたいところだが、彼女は腐っても司政官の娘。うかつに手は出せない。

 

(糞が!! 少しチヤホヤされてるからって調子に乗りやがって!! ガキの我が儘に付き合わされる身になってみろ!!)

 

 男が脳内で散々愚痴を零しているところへ、

 

「あの、室長? 一応、用意はできたんですけど……」

 

 部下が声をかけてきた。男は鬱陶し気にそちらへ視線をやり、

 

「できたならさっさとやれ。いつまで僕を待たせるつもりだ?」

 

「は、はい!」

 

 促されて、部下がコンソールへ“消去(デリート)”の命令を打ち込む。

 これで終わり。参加者達の全く持って無駄な努力も、鑑賞者達の幼稚な盛り上がりも、何もかも全て水泡に帰す。

 

 

 

 ――筈だった(・・・・)

 

 

 

「……おい。いつまで手間取っている。早く消去しろ!」

 

 映像が消えない。室長の視界では、まだ人々が勝利に酔う様が映っている。

 

「お前達、いい加減に――」

 

「なんてこった!!?」

 

 怒鳴りつけようとしたところで、絶叫が響いた。

 

「嘘だろ、こんなのアリか!? いったい何時から!? どうやって!?」

 

「何があった!! 簡潔に報告しろ!!」

 

 取り乱す部下を叱責する。彼はまだ落ち着かない様子で口を開く。

 

「サーバーがこっちの命令を受け付けないんです! 何者かに乗っ取られています(・・・・・・・・・)!!」

 

「なにぃ!?」

 

 その瞬間、映像が突然ブラックアウトする。

 

『く、くくくく、はははは、くはははははははっ!!!』

 

 同時に、何者かの笑いが管理室に響いた。

 

『今更気付いたのか、間抜け共!!』

 

 その声と共に画面に“件のNPC”の顔がでかでかと表示される。

 

「な、なんだ!? なんなんだこれは!?」

 

「クラッキングです! このNPC、“ゲーム”の最中からずっと(・・・・・・・)、システムにクラッキング仕掛けてたんですよ!!」

 

「はぁ!?」

 

 余りの事態に頭が追い付かない。ゲームシステムに干渉してくるNPC? そんなもの、聞いたことが無い。

 

「は、早くなんとかしろ!! こういう時のためにお前達スタッフはいるんだろうが!!」

 

「……駄目です! 操作を受け付けません!」

 

 必死の形相で部下達がアレコレとコンソールを弄るも、すぐに頭を抱えた。

 

「け、警備に連絡を――」

 

「外部への通信機能も麻痺してます!」

 

「くそっ!!」

 

 席を立ち、部屋に唯一設けられた出入口へと向かう。ドアを開けて外に出ようと試みるも――

 

「――あ、開かない!?」

 

「……無理です。完全にロックされてる。我々は……閉じ込められました」

 

 呆然とした面持ちで部下が言う。

 言葉が出ない。どうなっているのだ、これは。“ゲーム”のシステムが介入を受けるなんて、有り得ない筈なのに。

 

『ようやく理解できたか? 自分達の置かれている状況が』

 

 そんな男へ、“NPC”が語りかけてくる。

 

「な、な、何なんだ、お前は。何が目的で、こんな、ことを……?」

 

『私は勇者アスヴェル。この世でも最も偉大な男の名だ。よく覚えておけ。それと私の目的だが――そんなもの、お前達を叩き潰す以外にあると思うか?』

 

 淀むことの無い回答が返ってきた。

 

 

 



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【2】

「た、叩き潰すだと? たかがNPCにそんなこと、できると思って――」

 

『既に叩き潰された後だと分からんのか? 少しは脳ミソを使え。チェックメイトは既に済んでいるんだよ』

 

 ニヤニヤと笑いながら、画面の男(NPC)は告げてくる。室長の頭は大混乱を迎えていた。

 

「な、なんなんだ……? お前、お前はさっきまで“ジャッジ”と戦っていたじゃないか。あんな、ズタボロにされてた癖に……」

 

『演技に決まってるだろ、馬鹿か』

 

 NPCが分かりやすくこちらを見下してくる。

 

『あんな木偶人形で私を倒せるとでも? あの程度の相手、10体並べられても話にならん』

 

 あっさりと断言した。それが真実なのかハッタリなのかを判断できるだけの思考力は、既に男に残っていない。

 

『そもそもからして、こんなふざけた“ゲーム”へ馬鹿正直に参加する訳がないだろう。どんな罠が用意されているか分かったものじゃない上、クリアしたところで本当に参加者の安全が保障されるのかの保証もない。案の定、お前達は約束を反故したのだからな。

 最初から、こうするため(・・・・・・)に動いていたんだよ』

 

 まるで人間のような物言いをするNPC。しかしそれを指摘する者はこの部屋に誰も居ない。

 

『“ゲーム”でのやり取りは、システムへの干渉を隠すための隠れ蓑に過ぎない。予定外である私の乱入、有り得ない程強い<ステータス>、封印した<スキル>の再習得、参加者や観客の想定外の動き――お前達はいちいち一喜一憂しながら対処していたなぁ? 全てお前達の注意を逸らすためのパフォーマンスだと気づきもせずに』

 

「う、ぐっ……」

 

 畳みかけられ、二の句を継げなくなってしまう。“ゲーム”の中のキャラクターに言い負かされてしまった。

 その情けなさに部下から冷たい視線を送られるが――幸い、男はそれに気づかない。

 

 ……要するに。

 このNPCは、“ゲーム”のシステムを改竄するために作成されたプログラムだったということか。どんな技術をもってすればそんなことが可能なのか想像できないが、とにかくそういうことなのだろう。

 

(そんな代物を司政官の娘(あのガキ)は転送してきた、と!? 処分だ!! 立場云々など関係ない!! 即処分だ!! 拷問にかけてでも首謀者を吐かせてやる!!)

 

 現状を未だ把握できず、そんな的外れな感想を抱く男。だが激昂する最中、あることに気付いた。

 

「……待て? 鑑賞者の騒ぎも、お前の仕業だと言うのか?」

 

『そうだとも』

 

 ことも無さげに頷かれる。

 

「た、戯言を抜かすな! そんな、現実を操ることなんてできる訳がない!」

 

『それができるんだなぁ。まあ、私もここまで簡単に(・・・)扇動できるとは思わなかったが。お前の無能さ(・・・)のおかげだ』

 

 嘲笑に顔を歪め、NPCは続けた。

 ……いちいち仕草が癇に障る。

 

『どうせこれまでの“ゲーム”、似たようなストーリーしか用意してこなかったんだろう? 参加者を如何に苦しませて殺すか、そればかり見せてきた。そりゃ、最初は良かったろうな。殺人ゲームなんてそれだけでインパクトがあるんだから。観客は大盛り上がりだ』

 

 両手を上げて、騒ぐようなジェスチャーをする。わざとらしく大げさなその所作は、小馬鹿にしていることがよく分かるものだった。

 

『だが、毎回毎回ワンパターンな展開ばかりでは、客もいい加減飽きが来る。うんざりしてくる。一目で分かったぞ、あの観客達が飢えている(・・・・・)ことが」

 

「――飢えていた、だと? は、ハハハハ、まさか、正義の味方を欲していたとでもいうのか!? 我々に、子供じみたヒーローごっこを提供しろとでも!? 大の大人が!? 馬鹿か!!」

 

 NPCの言葉を笑い飛ばそうとするも――

 

『はぁ? 正義の味方ぁ? 何言ってるんだお前。本気で阿保なんだな。頭の中は空洞か?

 観客が欲しがっていたのはそんなものじゃない。彼らが欲しがっていたのは“新鮮味”だ』

 

 ――逆に笑い飛ばされた。

 

「し、新鮮味!?」

 

『そうだ。人が最も好奇心を発揮するのは結局のところ“未知”に対してだ。だから私が提供してやった“新しい展開”に胸を躍らせ、その先を見たいという欲望に駆られた。そしてそれを邪魔しようとするお前達に反抗しだしたのさ――まったく、いちいち説明してやらないとこんなことも理解できないとはな?』

 

 決まりきった定理を説明するかのように、NPCの台詞は理路整然としている。理路整然と――こちらを侮辱してきた。嘲り、蔑みが言葉に端々から伝わってくる。

 

(こ、の――プログラムの分際で!!)

 

 ひくひくと頬が引き攣る。ここまで虚仮にされたのは初めてだ。自分はこの“ゲーム”の管理を任された、選ばれしエリートだというのに。

 さらに奴は、あろうことか“やれやれ”と頭を振ってから、

 

『まあ、こちらとしては助かったよ。もっと“強敵”を想定していたというのに、蓋を開けてみればこんな間抜けが相手だったのだから』

 

「だ、誰が間抜けか!?」

 

『お前だよ。お前以外いるか? お前が最底辺に頭が悪いから私はとても助かったと言っているんだ。Do you understand?』

 

「き、さ、ま!!」

 

 煽りに煽られ、脳の血管がブチ切れそうになる程、男の頭に血が上り出す。だが、NPCは止まらない。

 

『だいたい、お前は判断が酷すぎる。何もかも中途半端。私が邪魔ならさっさと排除すればいいのに、自分の優位さをアピールしたいのか客に媚びたいのか知らないが、1度目は行動に少々の制限を付けただけで放置。2度目に至っては客のブーイングに負けて処置を撤回したときたもんだ。最低の裁定だな。

 なんなんだお前は、その無能っぷりで私を笑い殺すのが目的か? もっとも、こんなセンスの無いコントで生み出せるのは失笑だけだが』

 

 画面が、NPCをさらにアップに映す。腹立たしい顔が視界いっぱいに広がった。

 

『管理者として三流な上に、エンターテイナーとしても三流。お前、何か取柄って無いのか? 人間、一つくらいは得意なものがあってもいい筈なんだがな?

 一度幼児に混じってお遊戯会でもしてみろ。少しは人の楽しませ方というものを学ぶことができるだろう。その伽藍洞な頭で理解するのは酷かもしれんがねぇ!』

 

 その辺りで――プツン、と来た。頭が真っ白になる。

 

「黙れぇ!!!」

 

 部屋に男の絶叫が轟いた。

 

「ば、馬鹿にしやがって!! 馬鹿にしやがって!! NPCが人間様を愚弄するのか!! お前なんて――お前なんて、ぶっ壊してやらぁああああっ!!!!」

 

「室長!? 何を――!?」

 

 部下の静止も意に介さず、男は立ち上がった。勢いのまま、手近にあった金属棒――確か修理用工具の一つだ――を掴むと、それを思い切り振りかぶり。

 

「死ね!! 死ね!! 死ね死ね死ねぇえええっ!!」

 

 一切の思考を放棄して、それをメイン画面に叩きつけようとする。

 

 全く持って意味がない。ディスプレイが壊れたとしてもデータに影響は出ない以上、NPCには何の痛痒も与えられないのだから。そんな常識すら分からなくなる程、男の頭は怒りに支配されていた。

 だが、自暴自棄となったその行為が果たされることは遂になかった。一発の“銃声”がそれを阻止したのだ。

 

「ひっ――ぎぃいいいいいいいいいいっ!!?」

 

 太ももから発生するとてつもない灼熱感と激痛によって、男は転倒。そのままのたうち回った。

 

「痛いいい!! 痛いいいい!! 痛いよぉおおおおっ!!?」

 

 これまで味わったことのない暴力に、みっともない悲鳴を上げる。足からは熱い液体がだらだらと流れ落ちるが――そんな彼に、部下は誰も駆けつけない。声すらかけない。そうできない理由があるのだ。

 

 

「この期に及んでみっともねぇ真似すんじゃねぇよ。あんた、一応はここのトップなんだろうが?」

 

 

 声が聞こえる。部下のものではなかった。ではいったい誰だ――痛む足を抑えながらどうにか目を向けると、

 

「いよぅ、初めましてだ、運営のクソッたれ共」

 

 いったい何時からそこに――いや。いったい何時からドアが開いていたのか(・・・・・・・・・・)

 銃を両手に抱えたスキンヘッドの大男(・・・・・・・・・)が、すぐそこに立っていた。



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【3】

(うむ、完璧なタイミングだな。流石だ)

 

 “ゲーム”の管理室へ侵入した男を見て、アスヴェルは内心で称賛を贈っていた。

 それを口に出すよりも先に、床に転がっている室長が乱入者を指さしながらきょどった声を上げる。

 

『お、おま、おま、おまえ、は――!?』

 

 呂律の回っていない。何故こんなのが一番上の立場に就いているのだろうと、首を傾げてしまう。

 

(よほど人材不足なのか、それとも政府自体も頭あっぱらぱーな集団なのか……)

 

 何かしっかりとした理由があって欲しいと切に願うアスヴェルである。そうでなければ、そんな間抜け集団と敵対する自分まで哀れに見られてしまう。

 そんな感想をアスヴェルが抱く一方、スキンヘッドの男は先の質問に答える形で律儀に自己紹介を始めていた。

 

『俺の名は西郷。クラン“エルケーニッヒ”の団長代理をやってるもんだ。

 まあ、レジスタンスでもテロリストでも、好きな方で呼んでくんな』

 

『て、て、て、テロ――!?』

 

 分かりやすく驚き怯える男。いやしかし、こんな場所にこんな登場の仕方をしておいて、テロでなければ他になんだと言うのか。

 

 ――そう。

 サイゴウは、現政府に対するレジスタンスに身を置いていたのだ。いや、サイゴウだけでなく、“エルケーニッヒ”団員のほとんどがそのレジスタンスに所属している。クランを隠れ蓑にして行動していたのである。

 

(通りで、反政府的な言動をよく見かける訳だ)

 

 自分達が抵抗組織であると紹介を受けた際、なるほどそれでか、と寧ろ納得してしまった。

 

(……しかし、本名を言って大丈夫なのか?)

 

 そんな考えがチラリと浮かぶが――今更か。ここまでしておいて彼等の情報がバレない訳が無い。

 と、アレコレ考えるのはここまでだ。早く彼に現状を聞いておかねばならない。

 

「なかなか様になってるじゃないか、サイゴウ。首尾はどうだ?」

 

 画面越しに話しかけると、サイゴウはこちらへと笑顔を向け、

 

『バッチリさ。この施設の制圧はほぼほぼ完了してる。お前さんが連中をかき回してくれたおかげで、えらく簡単だったぜ』

 

「そいつは良かった。私も身体を張った甲斐がある」

 

『他の連中は今、参加者や鑑賞者の身柄確保に走ってるとこだ』

 

「念を押しておくが、ハルに手荒な真似をしてくれるなよ?」

 

『当然だ。あいつだってクラン(俺達)の仲間だからな。それに何より、大恩人でもある。万に一つも失礼な真似はしねぇよ。丁寧に送り出させて貰うし――もし臨むなら、VIP待遇での滞在も受け入れるとも』

 

「なら安心だ」

 

 アスヴェルが“ゲーム”内で派手な立ち回りをしたのは、システムへの干渉を隠すためだけではない。サイゴウ達を滞りなく行動させるための陽動でもあったのだ。

 

 なんでもこの施設は、“ゲーム”の関係で中央から独立して運用されているため、政府の目が届きにくく襲撃目標に適した場所なのだとか。

 前々から計画は立てられていたものの、警備の厳重さから先送りにし続けていたらしい。

 

(それを後押ししたのがミナトであり、私ということだな)

 

 クランの大事な一員であるミナトが参加者に選ばれてしまったことで心が揺さぶられ、そこへアスヴェルが手助けを申し入れたことで覚悟が決まった。

 

(渡りに船とはこのことだ。流石に私も一人ではどうしようもなかった)

 

 実を言えば、アスヴェルがクラッキング(とこの技術は呼称するのだそうだ)で行ったのはこの“管理室”と呼ばれる場所を他から孤立させる(・・・・・)ことだけなのである。

 ……恥ずかしくて人には言えないが、その辺りが限界だった。

 サイゴウ達から“Divine Cradle”の原理について説明を受け、突貫作業でシステムに強制介入する魔術を開発した訳だが――システムの細かい操作や、敵への鎮圧は完全にサイゴウ達頼り。彼等の協力が無ければ、参加者やハルの安全を確保するのは困難を極めただろう。

 

 ハル、サイゴウ、“エルケーニッヒ”の皆――多くの人々の協力の上で成り立った勝利なのだ。

 かくも頼りになる仲間に恵まれたことを感謝しなければなるまい。

 

『しかしなぁ、お前さん』

 

「うん?」

 

 物思いに耽っていると、サイゴウから声をかけられる。

 

『こういう状況になると大分性格が変わるのな。最初、別人かと思っちまったぜ?』

 

「よく言われるよ。まあ、私は敵と相対した際、相手の身も心もズタボロになるまで磨り潰すことを信条としているからな」

 

『……お前さんの敵に回ることが無いよう、肝に銘じておこう』

 

「そんなことにはならないと思うがね」

 

 それにアスヴェルとて、誰にでもあんな態度をとる訳ではない。有り得ないことではあるが仮にサイゴウが敵になったとしても、“苦しまないように屠る”だけの情けはちゃんと持っているのだ。

 

「それで、この後はどうする?」

 

『施設職員は全員拘束して当面人質扱いだな。あの政府相手に意味のある行為かは怪しいとこだが。あとは参加者の健康チェック、鑑賞者は態度に応じて逐次対応を検討、周辺を見回りつつ政府に声明を出して――はあ、やることが盛りだくさんだ。悪いが、お前さんはしばらく待機してちゃくれねぇか』

 

「では、そうさせて貰おう」

 

 そう言って、アスヴェルは早々に通信を切る。

 さしもの自分も今回は大分消耗した。協力を要請されても、今すぐ応えるのは難しかっただろう。

 だが、本格的な戦いはこれからだ。自分達は政府に喧嘩を打ったのだから。

 ……交渉でなるべく穏便に事を済ませないかという案も出てはいたのだが、サイゴウが一蹴していた。中途半端な覚悟は破滅を呼ぶ。一度始めたなら、最期まで走り切らなければならないのだ、と。アスヴェルも同意見だった。

 

 

 ――迫りくる“嵐”を前に、勇者はしばしその身を休めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「そうだ、これだ、これが勇者アスヴェルだ……!」

 

「随分と嬉しそうですね」

 

「と、失礼。

 ――僕はそんなに嬉しそうにしていただろうか?」

 

「ええ。我が事のように喜んでおいででした。仲がよろしいのですね」

 

「ハハハ、いや、まさか。

 それで、感想は?」

 

「とても強いお方と見受けます。実力も、意思も兼ね備えている。

 ただ、勇者という割にあまり品行方正とは言い難いようですが……」

 

「……まあ、1度世界を滅ぼしかけてるからなぁ」

 

「え」

 

「いやいや、それでも2回世界を救っているから、差し引きではプラスということで」

 

「す、凄い理屈ですね。それで安心させられるとお思いですか?」

 

「確かに。あいつは劇薬だ。場合によっては無辜の民にすら牙を向けることがある」

 

「…………」

 

「だがそれでも、僕達にはあいつが必要なんだ。何より、この機を逃せばもう“奴ら”の支配から抜け出すことはできない。それは貴方も分かっているだろう、陛下(・・)

 

「陛下などと。私達の一族がそのような敬称で呼ばれていたのは遠い昔のこと。しかも私はその末席に過ぎません」

 

「だが人々は貴方が旗印になることを望んでいる」

 

「――勝てるのでしょうか、“彼等”に」

 

「勝つ。必ず勝つ。あの“オーバーロード”を相手どって戦えるのは、アスヴェルを置いて他に居ない」

 

「……分かりました。

 貴方を信じましょう、四辻(よつじ)さん――いえ、我が同志、魔王(・・)テトラ」

 

 

 



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幕間2
おお勇者よ、死んでしまうとは情けない!


 時刻は深夜。

 周囲に人の気配はない――しかしそれは時間帯の問題ではなく、場所の問題であろう。

 ここは“ゲーム”のフィールド内、その端にある洞窟の中。

 “ゲーム”は既に終わった以上、この場所を訪れる者などいる筈もない。

 ……一人の例外を除いて。

 

「――うっ――ぐっ――がっ――ぐぁっ――!」

 

 洞窟内に痛々しい呻ぎが響く。先程から延々と続いている声。誰かが藻掻き苦しんでいることの証左。

 

「――ぬっ――が、が、ぎっ――!」

 

 そこに居たのは――アスヴェルだった。頭を掻きむしりながら、激痛にのたうち回っている。昼に見せた余裕ぶった態度からはとても想像できない惨状。

 そんな様子をじっくりと観察して(・・・・・・・・・)からその“少女”は微笑みを浮かべる。

 金色の髪に赤い瞳を携えた、幻想的な姿。この世ならざる程の美貌は、見る者すべてに不吉な(・・・)印象を与えるだろう。そのおぞましさ(・・・・・)は直視することも憚られる。

 

 

「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない――なんちゃって」

 

 

 苦痛に悶える人間を前にしているとは思えない程、その声色はおどけていた。しかしアスヴェルがそれを咎めることはない――今の彼には、己のすぐ傍らに立つ“少女”に気付く余裕すらないのだから。

 

「……まだ死んではいないけど。放っておくと遠からずさっきの言葉が真実になりそうかな」

 

 “少女”は面白そうに笑顔を作り。

 

「そりゃね、やったこともない電子機器操作を片手間でやりながら敵と戦うなんて芸当を披露すれば、そうもなるよ。自前の脳による演算だけであのシステムをクラッキングするなんて、頭の神経が焼き切れておかしくない。よく我慢できたねぇ? いつ倒れてもおかしくない状態でずっと戦っていたのに。“管理室”の連中が馬鹿で助かったね」

 

 何がおかしいのか、ケラケラと声を出して笑った。

 

「それとも無茶を押し通せたことを褒めておくべきところだったかな? まあ、適切な判断だったとは思うよ。ああするしか勝ち目は無かったろうさ。

 だから単純に――そうなったのはキミのスペックが足らなかったせい」

 

 性能(スペック)不足。

 只人には不可能な偉業を成し遂げた勇者に対して、この“少女”は弱いと断じた。

 

「このまま死に至るまでキミの苦しむ様を眺めるのも悪くないけど――ボクに仕えるために(・・・・・・・・・)こんな所まで来た“健気さ”に免じて、今日のところは助けてあげよう。フフ、次は無いから気を付けるんだよ?」

 

 “少女”が手を青年にかざすと、彼の容態がみるみる快復していった。僅か数秒で、安らかに寝息をたてる程にまでなる。

 だがそんなアスヴェルの表情とは逆に、“少女”の顔が僅かに険しくなった。

 

「……やっぱり“コレ”には干渉できないか。ボクからキミを奪い取った(・・・・・)忌々しい力。何の役にも立たないゴミのような能力。“英雄宣告”だっけ? ま、名前なんてどうでもいいけど」

 

 アスヴェルの顔を覗き込む“少女”。

 

「2度とソレを使っちゃダメだよ? そんな力に頼らなくとも、キミは最強じゃないか……人間の中では(・・・・・・)

 

 彼の顔に手を沿える。

 

「さあ、初回はボーナスステージってことで随分と楽な相手(・・・・)だった訳だけど――次からはそうはいかない。せいぜい足掻いて欲しいな」

 

 そして静かに口づけをした。身体も密着させる。自分の胸の膨らみを敢えて彼の胸板に押し付けた。

 ……すぐには離れない。たっぷりと青年の温もりを感じてから、

 

「愛してるよアスヴェル。キミはこんなところで死んじゃダメ。もっと――絶望に塗れてから(・・・・・・・・)息絶えてくれないと、ね」

 

 死の宣告を残し、“少女”は姿を消した。

 

 



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ある魔王の回想録【1】

 

 勇者の話をしようと思う。

 しかし、アスヴェルが何者かを話すには、まずは自分――魔王と勇者との関係を説明せねばなるまい。つまり、これより紡がれるは魔王の記憶。

 

 

 

 先代(・・)勇者との戦いから150年余りが経過した、その日。その青年――即ち“魔王”は復活を果たした。

 目覚めた彼は、すぐに己の責務を果たすべく行動を起こす。各地に配下たる魔物を飛ばし――

 

「――魔王様」

 

「見つけたか?」

 

「はい、ここより南西の方角、山を越えた先に人が住む村を発見いたしました」

 

「分かった。すぐ向かおう」

 

 人間を発見した報を受けるや、すぐに部下達を引き連れ進軍を開始した。無論、向かうはその集落である。飛行可能な魔物を厳選し、魔王軍の全速力をもって目的地へ向かう。その機動力たるや、遠く離れた場所へ一刻も経たずに辿り着く。

 

 

「な、なんだ!?」

「ひぃいいいいっ!?」

「ま、魔物の大群だぁ!?」

 

 

 到着した途端、自分達を見た人間が怯えだした。当然の反応と言える。しかし彼等に逃げ場など無い。魔王は指示を飛ばし、魔物に集落を囲ませる。

 村人も自分達の置かれる状況が理解できたのか、早々に抵抗を諦めたようだ。

 

「いいか人間共、よく聞け――」

 

「大変です、魔王様!」

 

 人々に声をかけようとしたところへ、部下からの報告が割って入る。

 

奴等(・・)です! 北西の方角に5匹!」

 

「もう来たのか!?」

 

 彼等の間に緊張が走った(・・・・・・)。魔物達が次々と臨戦態勢をとる中、魔王は改めて人間達へ宣告する。

 

「いいか人間共、よく聞け! これから僕達は奴等を――(ワーム)を撃退する!

 死にたくなければ余計な真似はしないことだ!!」

 

「た、助けてくれる(・・・・・・)のですか、我々を……?」

 

「結果的にそうなるだけだ!」

 

 村人の一人が発した疑問へ簡潔に答え、すぐさま迫る“敵”へと集中。

 

「大きさからみて成竜(レッサー)――ならば、行ける!」

 

 その言葉の直後、10mを超える巨大な生き物が飛来した。頑強な鱗に全身を覆われ、爬虫類然としたその姿はなるほど確かに竜と呼ぶに相応しい。

 正しく“一般的に”想像できる通りの竜という存在なわけであるが、ここで一つ特記するとするならば――こいつらの主食は人間だ(・・・)

 

『――――!!!』

 

 竜が吼えた。大気が震え、弱い生物であればそれだけで身動きとれなくなることだろう。どうやら村への侵入を阻むように陣取った魔王軍を、排除すべき障害と認識したらしい。

 しかしそれはこちらも望むところだ。

 

 

 

 魔王と竜との戦いが始まる。

 数の上ではこちらが遥かに有利。しかしここで、もう一つ記さなければならない事項がある。

 

 ――竜は強い。恐ろしい程に強い。

 

 竜という単語からも強大さは十分連想できようが、奴等はそれに輪をかけて(・・・・・)強かった。

 魔王である自分が、一人では(・・・・)対処が難しい程に。

 

 魔王が振るう剣の斬撃が。

 魔王の唱える魔法の爆撃が。

 それ単体では、竜に致命傷を与えられないのだ。

 

 逆に相手の攻撃は、まともに食らえば一撃で戦闘不能になりかねない破壊力。

 しかもそんな敵が同時に3匹。

 単独で戦って勝ち目が無いとは言わないが、負ける算段も相応にある。

 

 故に、配下の存在が必要なのだ。

 魔物達と連携を取り、時には盾として、時には矛として使うことで、勝利を確実なものへと変える。

 しかし無論、魔王軍側とて無傷とはいかない。

 一体、また一体と、竜の前に魔物が倒れていく。

 爪で引き裂かれたもの、火の(ブレス)で丸焼けにされたもの、様々だ。

 中には命を落としたものもいるだろう。

 

 

 それでも――覚悟していたよりかは(・・・・・・・・・・)軽微な損害で、魔王達は竜を屠ることに成功した。

 一時の勝利に沸き立つ魔物達を収めつつ、

 

「被害状況を確認しろ! 怪我をした者にはすぐ治療を!」

 

 手短に指示を飛ばすと、再度魔王は人間達に向き直った。竜との戦いを間近で見て怯え切った彼等を一睨みしてから、こう通告した。

 

「このままここに居れば竜の餌食になることは理解したか!? 死にたくなければ、僕に着いて来い! 我が城には、お前達を匿う(・・・・・・)用意がある!」

 

 

 

 

 

 

 ――魔王が眠りについていた間に、ラグセレス大陸は人食い竜が大量発生していた。奴等はその絶対的とも言える力で瞬く間に大陸を席捲する。

 人間は竜に対し余りに無力であり、ただただ貪られ続けるだけの日々を送らざるをえない。その数はかつて繁栄を極めた時代から遥かに減衰し、細々とした生活を余儀なくされた。

 

 故に。

 魔王は人類を保護すべく(・・・・・)、各地を奔走していたのである。

 全ては己の責務を全うするため。魔王とは“人類を支配し蹂躙する存在”なのだから。竜の台頭を許すことはできなかった。

 決して、哀れな人々を助けたいというセンチメンタルに駆られた訳ではない。

 

 

 

 

 

 

 魔王は自らの城を拠点とし、その周辺に住む人々を次々と回収(・・)していく。

 しかし、それにも限界が来た。業を煮やした竜達が一斉に魔王城へと攻めてきたのだ。

 

「魔王様! かつてない数の竜がこちらへ向かっております! 中には、老竜(エルダー)の存在も確認されたとのことです!」

 

「……そうか」

 

 報告を聞いた魔王は一つ息をついた後、“城の放棄”を決意した。

 老竜とは成竜と比べ物にならぬ程の脅威を放つ存在。魔王軍の全兵力を費やして、勝てる見込みは五分五分程度。いや、相手には老竜以外もいることを考えれば、圧倒的に分が悪い。

 一方でこちらの目的が人類の保護である以上、別段魔王城に拘る必要もなく――となれば、戦術的撤退が最上の選択である。

 

「だが、ただ逃げただけでは駄目だ」

 

 独りごちる。

 人間を連れる以上、速度は竜が上。どこかで追いつかれるのは間違いない。

 

「……つまり、囮がいる」

 

 ぽつりと呟いた。竜を一定の時間以上その場に留め置く必要があるのだ。最も手っ取り早いのは、奴等に餌を――人間をくれてやることだろう。

 

「年老いた者達を城に残し、竜がソレを食らう間に距離を稼ぐ」

 

 それしかないように思える。気の毒ではあるが、次世代が生き延びれるであれば人間とて反論はできまい。

 気分が重くなるのを堪え、魔王が人間達へそれを伝えにいくと――

 

 

「私達を囮に使って頂きたいのです」

 

 

 ――先んじて、そんなことを言われてしまった。集まっていたのは、年老いた人々。ちょうど、囮に使おうと(・・・・・・)考えていた面々だ。

 その中の一人が言葉を続ける。

 

「何の縁も無い我々をこうして助けて下さり、貴方には感謝のしようもありません。私達は自分を守る術すら持たないが、いつまでも甘えてばかりではいられない。

 戦況が厳しいことは伺っております。どうか私達をご活用頂きたい。せめてもの力添えをしたいのです」

 

 願っても無い話だった。こちらが命じようとしていた内容を、向こうから提案してくれるとは。これで何の呵責も無しに彼等を使い潰せる。

 青年は老人達を一睨み(・・・)すると、

 

「お前達は魔王を侮辱するつもりか……?」

 

 思ってもいない台詞が口をついた。

 

あの程度(・・・・)の敵相手に僕が敗走などする訳が無い! 下手な考えなど起こさず、お前達人間共はただ魔王の命に従っていればいいのだ!!」

 

 

 

 ――こうして、魔王は竜との徹底抗戦に臨むこととなる。

 



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ある魔王の回想録【2】

 

 

 

 その戦闘は、苛烈を極めた。

 個の能力では圧倒的に向こうが上。それが故に魔王軍は多対一の状況を作り出し続けなければならない。だが、敵は竜である。空を縦横無尽に、音をも超えかねない速度で飛行する。そんな相手から戦場の支配権を奪うのは至難という他ない。魔物達は防衛側であるという地の利を生かし、どうにか竜の動きに食らいついた。

 だが上手く複数で囲えたとしても、それで倒せるのかといえば答えはNoだ。竜はその鉤爪の一振りだけで、幾匹もの魔物の身体を引き裂けるのだから。さらには竜の息(ブレス)で広範囲を殲滅することもできる。一瞬でも気を抜けばあっという間に戦況はあちらへと傾いてしまう。

 姿形も違う魔物達は一致団結し、決死の戦いを繰り広げる。

 

 その一方で魔王は、部下達より遥かに苦しい状況に追い込まれていた。

 ――老竜との決戦である。

 

(魔王の全力をもってして、互角に届かないのか!?)

 

 全長は50mに届く。竜というより、“怪獣”と表現したくなる規模の生物。鱗はさらに分厚く、生半可な攻撃は通じない――否、魔王渾身の一撃をもってしても、貫くことは不可能。さらにその巨体をもってして、なお他の竜同様に空を自在に舞い、こちらへ肉薄してくる。

 

「く、そっ!!」

 

 そんなモノと1対1での殺し合い。あらゆる魔物の頂点に立ち、己単体で人類を蹂躙できる程の力を持つ青年ですら、一瞬一瞬が命懸けであった。

 いや、彼が魔王だからこそ、老竜に一人で立ち向かう等という暴挙が許されるのだ。一騎当千の英雄であろうと、この竜の前に立てばただの餌袋と化す。

 

(そうは言ったところで、まともな勝負になっていないがな……!)

 

 自嘲しながらも、魔力を纏わせた大剣を振るう。鋼鉄すら易々と切り裂く刃は、しかし竜の皮膚になんら痛打を与えられない。

 

極大火炎呪文(フォルイーグニス)!!」

 

 魔法により天にも届く程の火柱を生み出す。竜は莫大な炎の奔流に飲み込まれるが――全く意に介さず(・・・・・)、こちらへと向かってきた。

 

(足止めにすらならない!)

 

 振り下ろされる鉤爪をギリギリで回避。直撃すれば己の強靭な――少なくとも、他の魔物に比べれば――肉体ですら、容易に裂かれることだろう。

 

「……せめて部下達がいれば」

 

 小さく臍を噛む。

 直接戦うことは無理でも、魔王への支援や竜への攪乱など、連携によって勝機が見えるかもしれない。

 だがそれは無理だ。彼等は彼等で、他の竜への対処で精一杯である。とてもではないが、こちらにまわせる余力などない。

 

(僕だけでなんとかしなければならない……!)

 

 しかしこんな化け物を、どう倒せと言うのか。目や口などといった“装甲の薄い部分”であれば攻撃は通るだろうが、言うは易し行うはし難し。こう思考している間にも、目の前の老竜は致命の一撃(クリティカルヒット)を繰り出しているのだ。

 

「――と、考えている傍から!!」

 

 飛行魔法を使い、全速力でその場を離脱。数秒前まで自分が居た場所を――周辺数十mを巻き込みつつ――豪炎が吹き散らした。地面が溶け(・・)、マグマへと変貌する。言うまでも無く、竜の息(ブレス)によるものだ。

 

「さっきの意趣返しのつもりか?」

 

 だとしたら効果は抜群だ。自分が操ったよりも数段上の火炎を見せつかられ、魔王としての矜持は随分と傷ついた。

 

(――負ける)

 

 だからという訳でも無いが、頭に“自分の敗北した光景”がよぎる。このまま行けば、遠くない未来実現することだろう。そして魔王は、ここから逆転できる起死回生の策を持っていない。

 

(せめて、人間達だけでも逃がせないものか……?)

 

 幸い、竜達の注意は魔王軍に向けられている。上手くすれば、彼等を逃亡させることができるかもしれない。魔王の庇護から離れた人々が、竜が多数徘徊するこの世界で生きていけるとは到底思えないにしても。

 

(どちらにせよ、もう人類はおしまいだ)

 

 魔王ですら竜に抗えない以上、人間に対抗手段は存在しない。彼らはこのまま、竜の餌として食い尽くされる運命なのだろう。

 

(それでも――今ここで諦めていい理由にはならない)

 

 少なくともここを離脱することができれば、僅かなりとも生き延びられるだろう。ならば、そこに心血を注ぐべきだ。その後のことは――彼等次第か。

 

「……行くぞ」

 

 覚悟を決めた。命を賭して、城に残る人々が逃げる時間を稼ぐ。

 愛用の片手半剣(バスタードソード)を両手で強く握り、圧倒的暴力を撒き続ける“敵”を睨んだ――その時。

 

 

 

 ――雷槌(イカヅチ)を廻す。光を降臨(オロ)す。虚空(ソラ)を斬り裂く。

 

 

 

 聞き慣れぬ“呪文”が耳に届いた。

 次いで、強烈な閃光が老竜を貫く。

 耳をつんざく爆音が大地に轟き――

 

『オォオオオオオオっ!!?』

 

 ――初めて老竜が狼狽えた(・・・・)僅かではあるが(・・・・・・・)、その鱗に傷が走っている。

 

(誰だ!? 何だ!?)

 

 何者がやったのかはおろか、その方法にすら心当たりが無かった。だが、その疑問の一部はすぐに解決する。戦場の端――ここから数百メートルは離れた崖の上に、一人の“少年”が立っていた。その周りには、巨大な光の()が浮かんでいる。先程の一撃は、アレなのだろう。

 

(あんな子供が、あの攻撃を!? 魔法――ではないな。まさか、魔術だと言うのか!?)

 

 本来魔法への適性が無い(・・・・・・・・・)者が、“魔法の真似事”をするために開発された技術。とてもではないが、竜に通じるような威力を繰り出せるものではない。しかし、人の扱う術の中で、今の技に最も似通っているのは魔術なのは確かなのだ。

 ――と、そんな思考を巡らしていると、

 

「うおっ!?」

 

 思わず驚きの声を漏らしてしまう。“少年”を取り巻く“光輪”から、続けざまに光線が射出されたのだ。狙いは、この場に居る数多の竜達。

 

「お、おおお――!!?」

 

 今度は感嘆の叫び。屈強を誇る竜が、少年の“光”によって次々と落ちていく。戦場の優勢があっという間に書き換えられていった。

 

『――――っ!!!』

 

 だが、それを良しとしない者がいる。あの竜達を率いる老竜(エルダー)だ。奴は標的を魔王(自分)からあの“少年”へと変更すると、灼熱の(ブレス)を吐き出した。

 

「いけない!!」

 

 咄嗟に飛び出る。ひょっとしたら、あの“少年”はこの豪炎をも防ぐ手段を持っているのかもしれない。だが、ここで万に一つも彼を失えば勝機は完全に途絶える――魔王はそう直感した。

 

極大結界呪文(フォルデフェンシ)!!」

 

 ありったけの魔力を込めて、防壁を創り出す。しかし結界越しにも熱気が伝わり肌をチリチリと焦がす。とてつもない“圧”が身体を圧迫する。

 そもそも老竜との真っ向勝負など、分が悪いにも程があるのだが――

 

「ぬぁあああああああああっ!!!!」

 

 ――足りない分は、気合いで補う。

 実時間では数秒、体感にして数十分。老竜から放たれた熱塊を、彼はどうにか耐え抜いた。見れば、衣服のあちこちが炭化している。

 だが問題ない。“少年”は守り抜けた。後ろを見るまでも無く、例の“光”が老竜を牽制するように――魔王を守るように――射出されていく。

 

<魔王軍全軍に告ぐ――>

 

 思念会話(テレパシー)で、魔物達へと一つの命令を伝える。

 

<――あの少年を援護しろ!!>

 

 その指示に従い、魔王軍は一斉に反撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 ……どれだけ、戦っただろうか?

 気が遠くなる程の時間だった気もするし、実は数分の出来事だったのかもしれない。

 そんな夢うつつな気分を、大きな“歓声”が打ち消した。

 

「勝った、のか?」

 

 目の前には、横たわる巨大な竜の姿。もう、微動だに動かない。完全に生命活動を停止している。

 周囲には、もろ手を挙げて(元々手の無い種族もいたが)喜ぶ魔物達の姿。

 

 倒したのだ。

 あの怪物を相手に、魔王軍は勝利を収めたのである。

 代わりに身体は傷だらけ、装備もボロボロと、とても魔王とは呼べない姿へと成り果てたが――まあ、些細な代償だ。

 

「――さて」

 

 痛みを堪え、足を引きずりながら例の“少年”の下へ向かう。

 彼は彼で、とても無事とは言えない状況だった。前線を張っていた分こちらの方が幾分酷いが、少年も怪我を負っていない箇所を探す方が難しいという有様。ついでに言うと、地面を転がりまわったのか全身泥だらけだった。

 向こうも気付いたらしく、顔をこちらに向けてくる。その視線を受け止め、魔王は軽く頭を下げた。

 

「……初めまして」

 

「初めまして」

 

 “少年”も小さく会釈する。なんともぎこちない挨拶だと自分でも思うが、素性が分からないのだから仕方ない。

 故に、自己紹介。

 

「知っているかもしれないが、僕は魔王だ。魔王テトラと呼ばれている。

 ……君は?」

 

 その質問に“少年”は一拍程度間を置いてから、

 

「私はアスヴェル・ウィンシュタット――勇者だ」

 

「だろうね」

 

 納得のいく回答だった。彼が勇者で無くて誰が勇者だと言うのか。

 互いに名乗り終わった後、どちらともなく2人は笑顔を浮かべる。先に手を差し出したのは――確か、自分だった筈だ。手を握り合った時、年齢に見合わずがっしりとした感触だったのを覚えている。

 

 勇者と魔王。

 本来であれば殺し合う運命の両者は――共に戦うことを誓ったのだ。

 

 

 

 

 

 その日から、人類の反抗は始まった。

 

「よし魔王、出撃だ!」

 

 勇者と魔王に率いられた人魔連合は、竜に対し果敢に戦いを挑み――

 

「休んでいる暇はないぞ、出撃だ!」

 

 次々と竜を倒し――

 

「朝食は食べ終えたな!? 出撃だ!」

 

 竜を倒して、ですね――

 

「何!? 脚が千切れた!? 脚が無くなったら痛くて喋れるわけないだろう、出撃だ!」

 

 あの――?

 

「何を休んでいる! 気絶している暇があったら出撃だ!」

 

 無茶な――!?

 

「首だけになっても生きていられるとは便利な身体だな! 出撃だ!」

 

 無理――!!

 

 

 

 

 

 

「――ああああああああっ!!!?」

 

 そして、魔王は跳び起きた。寝起きだというのに一瞬にして覚醒する。

 

「ゆ、夢か……」

 

 懐かしい――そして恐ろしい夢だった。勇者と共同戦線を張るまでは良かったが、彼の戦争狂(ウォーモンガー)っぷりは魔王の予想を超えていた。

 冷や汗を拭いながら、魔王は勇者について思いを馳せる。

 

「……アスヴェル、怒ってるかな。怒ってるよな。根に持ってるよなー」

 

 ラグセレス大陸における最後の戦いを思い返し、身を抱えて震えだす。

 ちなみにだが、勇者は竜達との激戦の末、老竜(エルダー)を単独で撃破するまでの強さへ至っている。要するに怪物を超える怪物。とても人類とは思えない強者。

 

「うううう……こ、怖いよぉ」

 

 そんな相手の怒りを一身に受けることを考え――魔王はその恐怖に震えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆勇者一口メモ

 さも人類が衰退した世界かのように語られているが、単に魔王が住んでた周辺がああだっただけである。

 別の地方では普通に人は暮らしているし、ちゃんと街とか村とかある。

 そもそも、魔王城の周辺に人が住み着く訳が無いって。

 

 

 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 各成長度合いにおける竜の危険度。

 

幼竜(インファント)

 体長2~5m程。

 まだ竜になって日が浅く、戦闘力もそれほど高くはない。

 専用の訓練は必要だが、携帯火器を持った兵士なら制圧は可能。

 ロケットランチャーをぶっ放してやれ!

 剣で挑むのは無茶だから止めておこう。

 

成竜(レッサー)

 体長10~20m程。

 一皮むけた大人の竜。

 戦闘力は幼竜から飛躍的に向上しており、小火器では傷付けることは叶わないだろう。

 重火器を使えば歩兵でも対処できなくはないが、確実を期すならば戦車や戦闘ヘリ、戦闘機を用意したい。

 剣で挑むとか馬鹿を言っちゃいけない。

 

老竜(エルダー)

 体長50m前後。

 竜というより怪獣。

 近代都市を瞬く間に壊滅させる程の戦闘力を誇る。

 戦略兵器の使用に踏み切らなければ、人類の勝利は危うい。

 剣で挑むのは無謀に過ぎる――のだが、どこぞの“聖女に付き添う将軍様”はこのクラスの(ベルトル)を素手で絞め殺したりしている。

 まあ、それは例外中の例外な上に別のお話(作品)である。

 

古竜(エンシェント)

 体長100m以上。

 人類不可侵領域。

 人がどう足掻いたところで対処は不可能。

 事実、アスヴェルも先の戦いでこのクラスの竜には最後までかすり傷一つ付けられなかった。

 対抗するには、より高次の存在の協力が不可欠である。

 要するにウル●ラマン案件。

 剣で挑む? まあ、最近は剣を使うウルトラ●ンも増えたからね。

 



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第16話 魔王⇒再会
【1】一夜明け


「大分眠ってしまったなぁ」

 

 アスヴェルはそうぼやきながら、まだ眠気の残る頭を手で掻いた。

 正確な時刻は分からないが、太陽の位置を見るにもう昼近い。昨日は“大立ち回り”をしたとはいえ、ここまで眠りこけてしまうとは――流石に無理をし過ぎたか。

 

(それにしては身体が妙に軽い)

 

 寧ろ体調は好調だ。完全に回復している。いったい何故――と考えていたところへ。

 

「アスヴェル!」

 

 自分を呼ぶ声が聞こえた。いちいち見ずとも誰かは分かる、ミナトだ。亜麻色の髪をした美少女が、いつもの活発な様子を見せながら駆けて寄ってくる。こちらも軽く手を振って応じると、

 

「オマエ、なんつうとこで寝てんだよ。散々探し回っちまったじゃないか」

 

 会って早々、愚痴られた。

 

「……少々、特殊な場所過ぎたかな?」

 

 今アスヴェルが居るのは、例の“ゲーム”内フィールドにあった岩山だ。余り寝床に適してはいないという自覚はある。まあ、色々と諸事情あったのだ。

 

「すまない、もう皆集まっているのか?」

 

「いや、まだ全然。この施設を制圧した後処理に皆てんやわんやしてる。昨晩はほとんど寝てないっぽい」

 

「それは申し訳なかった」

 

 自分ひとり、休んでしまっていたようだ。寝ずの仕事をしていたというサイゴウ達のことを思うとかなり心苦しい。

 

「変なとこで殊勝な顔すんなって。オマエにアレ以上働かせるような真似できるかよ」

 

「そう言って貰えると有難い」

 

 実際のところ、昨晩のアスヴェルはとても手伝いができるような状態には無かった訳だが――ここでそれを言っても仕方ない。

 

「……なぁ、アスヴェル」

 

「どうした?」

 

 急に声のトーンを変えるミナト。

 

「“オレのこと”、どこまで聞いてる?」

 

「レジスタンス組織のリーダーの一人娘にして、偉大なる勇者の愛妻、ということまでは伺っている」

 

「じゃ、全部バレてんだな。後半の虚偽はともかく」

 

 “ゲーム”突入前に行ったサイゴウとの打合せで、その辺りの事情も説明されたのだ。

 

「えっと、まあ、なんだ。“ゲーム”のこと、結局はオレの自業自得ってことなのさ。

 ……ごめんな、巻き込んじゃって」

 

「気にするな。私が好きでやったことだ」

 

 何かと思えば。少女はそんな些細なことを気にしていたらしい。父親が何者だろうと、彼女がその罪を問われる謂われはないというのに。全く持って――可愛らしい気配りではないか。

 

「それと――助けてくれて、ありがと」

 

 顔を俯かせて、お礼を言う。いつもの勝気さが鳴りを潜めたその姿は、ちょっと抱きしめたくなる位に可憐だった。

 

(いや寧ろここで抱き締めたい。抱き締めていいかな? 駄目か? 駄目なのか?)

 

 悶々としているところへ、さらにミナトが語りかけてきた。

 

「……あのさ。昨日、オレが言ったこと覚えてるか?」

 

「昨日のコト?」

 

「あ、いや、覚えてないならいいんだけど」

 

 昨日――はてさて、いったい何のことやら。

 

「そうだな――口づけをする直前に中断されて、『今度会った時に続きをしよう』とはにかんだ笑顔で告げられたこと位しか覚えていない」

 

「一言一句きっちり覚えてやがんな!?」

 

 そんな大事なことを忘れるわけが無い。その時の声のトーンから表情の動きまで鮮明に思い出せる。

 

「……えー、と。その、だな」

 

「どうした? 急にしおらしくなって」

 

「……す、す、するか? 続き。

 ちょうど、他に誰も居ないし」

 

「お?」

 

 なんと、まさかの展開! よもやミナトの方からそんな提案をしてくるとは! これにはアスヴェルも驚愕――

 

(ああいや、抑えろ抑えろ!)

 

 ここで余りに喜んでしまっては、勇者として以前に一人の紳士として示しがつかない。ここは、泰然たる態度で返答せねば。

 

「ふむ、願っても無いことだな」

 

「なんだその満面の笑み!?」

 

 ちょっとドン引かれた。

 

「……感情を過不足なく表現した結果だ、気にしないでくれ」

 

「そ、そんなに、オレとキ――キス、するの、嬉しいのか?」

 

「嬉しいね!」

 

「即答!?」

 

 勿論である。気になるあの子と口づけする機会を得て、昂らない男子がこの世にいるだろうか? いや、いない!(断言)

 

「ではしよう。すぐしよう。早くしよう。勇者は拙速を尊ぶ!」

 

「お、おい、そんながっつくな! 肩を手をかけるな! 口をとんがらせるな!」

 

「ではどうやってキスをしろと言うんだ」

 

「……べ、別に嫌がってるだけで、するなと言ってる訳じゃねえよ!」

 

 ミナトの顔が見事に真っ赤となっている。乙女心は複雑怪奇のようだ。

 まあ、流石に今のは雰囲気を考えなさ過ぎたか。気を取り直し、そっと優しく少女の腰に手をまわす。

 

「――あ」

 

 少女が小さく息を飲んだ。抵抗をする様子は一切ない。

 そのまま彼女を引き寄せつつ、反対の腕を肩にかけた。両腕で抱き締めるような格好だ。

 柔らかい。ミナトの肢体は年頃の少女らしく華奢で、とても柔らかかった。鼻孔を女性特有の甘い香りがくすぐる。

 

「ん――」

 

 ミナトが目を閉じ、こちらに唇を差し出してくる。

 場は完全に整った。後はこちらが彼女に応じるだけ。

 

 ――その時である。

 

 

「ア ス ヴ ェ ル さ ぁ ん !!」

 

 

 とてつもない大声が鼓膜を貫いた。

 次いで、身体に衝撃。体当たりされた――いや、抱き着かれた(・・・・・・)のだ。その勢いで転びそうになるのを、どうにか堪える。

 

「だ、誰だぁ!?」

 

 素っ頓狂なミナトの声。いい雰囲気は完全にかき消されていた。

 一つ文句でも言ってやろうと、未だ自分を掴んで離さない犯人に顔を向ける、と。

 

「……ハル!?」

 

 そこに居たのは見知った顔。黒髪の少女――青年の格好ではなく、少女の姿をした(・・・・・・・)ハルであった。

 

「良かった――良かったぁ! アスヴェルさんも、ミナトさんも、無事で! こうして、また会えるだなんて!!」

 

 涙ながらに抱擁してくる。だが、彼女がここに居るということは――

 

「家には戻らなかったのか?」

 

「はい。お願いして、ここに残して貰いました。

 向こうに戻ったら――それこそ、お二人にはもう会えないような気がして」

 

「そうか……」

 

 それ以上は何も言わなかった。彼女の判断は尊重せねばなるまい。

 ここに残留すればハルの立場はより複雑なものとなってしまうが――まあ、そこはアスヴェルが解決すればいいだけの話だ。

 

 だが、それだけの話で済まない者もいる。

 

「――稲垣悠!? なんでこんなとこに現れたんだこの女!? アスヴェルの知り合いってどういうことだよ!?」

 

 突然現れた乱入者に、どうやら何も知らされいなかったらしいミナトはただただ困惑していた。

 

 

 

 ――説明中――

 

 

 

「なにぃ!? ハルの正体が実は稲垣悠でその協力でアスヴェルは“ゲーム”に参加できて、今は本人の希望でオレ達のとこに身を預けているだとぉ!?」

 

 実に解説めいた驚き方をするミナトである。

 

「そんな――まさか、あのハルが――こんな、こんな――」

 

 だが驚いているのは間違いない様だ。呆然としながら、ハルを眺めている。

 

「ごめんなさい、ミナトさん。騙すつもりは無かったんです。ただ、こうするしか――」

 

「彼女がどういう人物か、君も知っているだろう? 分かってやってくれないか」

 

 頭を下げるハルをフォローする。この2人が不仲になってしまうのは、甚だ不本意だ。

 とはいえ、ミナトの方も別段怒っているという様子ではなく。

 

「あー、ちょっと待ってくれ。認識が追いつかなくて――」

 

 とにもかくにも混乱しているといったところか。無理もない。そもそもアスヴェルからして、ハルが女性だったという事実だけで仰天してしまったのだから。

 ミナトはしばし髪をくしゃくしゃと掻いてから、

 

「えーい! オーケー分かった! 全部飲み込んだ! とにかく、今オレがすべきことは一つ!」

 

 ようやく整理がついたのか、ハルに向き直る。そして、すっと手を差し出すと――

 

「サインをくれ」

 

「え?」

 

 ――いきなりの言葉にハルが固まった。

 

「サイン」

 

「え?」

 

 繰り返したところで同じである。

 何とも言えない空気が流れる中、アスヴェルは慌てて割って入り、

 

「あの、ミナト? 前後の脈絡が無さすぎだぞ?」

 

「だってあの稲垣悠だぞ! 有名人が目の前に現れたらとりあえずサイン貰っとくもんだろ!!」

 

「君、稲垣悠は嫌いなんじゃなかったか!?」

 

「それはそれ! これはこれだ!」

 

「意外とミーハーだな!? 実は全然頭の整理できてないだろう!!」

 

 現実逃避なのか、それとも本当に隠れファンだったのか。どちらにせよ、彼女の混乱が収まるにはまだ時間がかかるようだ。

 状況が混沌としていく中、

 

「あ、そうでした! アスヴェルさんに伝言を頼まれているんでした!」

 

 それを治めたのはハルの一言だった。

 

「伝言?」

 

「はい、サイゴウさんからです。レジスタンスのリーダーが到着したので、アスヴェルさんに面会させたい、と」

 

「むむ!」

 

 来るべき時が来たということか。アスヴェルは佇まいを整えてから、

 

「……こうも早く、お義父(とう)さんに挨拶する日が訪れるとはな」

 

「違うぞ」

「違いますよ」

 

 何気にミナトよりハルの方が冷たい声色だった。

 

 

 



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【2】現状説明

「こちらです」

 

 ハルに連れられたのは、無人の市街地にある一軒の小さな家屋だった。凄惨な“ゲーム”の舞台であるためか、市街地と言いつつどれも廃屋とでも呼ぶべき風体だが、この家はその中で比較的まとも外観を残している。

 いざ中へ――の、その前に。

 

「そういえば、私と魔王のこと、余り話をしたことが無かったな」

 

「? どうした急に」

 

 突然話題を振られ、困惑した顔をするミナト。ハルも同様だ。

 しかしアスヴェルは構わず続ける。

 

「私がこの世界に来る直前、魔王と戦っていた訳だが。あいつは魔物をけしかけたり罠を仕掛けたりと、まあこすっからい手を使って攻撃してきた」

 

「前にも聞いたぞ?」

 

「敢えてはっきりと断言しよう。私はあいつを許していない」

 

 

『――ッ!?』

 

 

 家の中から、誰かが息を飲むような声が聞こえる。

 

「というより寧ろ恨んでいると言ってもいい。もしまた会うことがあったら、果たして平静でいられるかどうか。怒りに我を忘れてしまうかもしれないな」

 

 

『ちょっ――ええ!?』

 

 

 今度は明確に、何者かの声が聞こえてきた。

 

「まずは腕を折る。足を砕く。四肢を潰した後は目だ。次いで、耳を引き裂き鼻を削ぎ落す」

 

 

『ごめんちょっと用事を思い出したんで僕はこれで――あ、コラ、何故羽交い絞めにするんだ西郷!? 僕を裏切るのか!?』

 

 

 揉め事が起きている。片方が必死に逃げ出そうとしているのを、もう一人が押し留めているかのような。

 その茶番劇という名の騒動が収まるよりも前に、アスヴェルは家の扉を蹴り開けた。

 

「あ」

 

 そこには、屈強な男――サイゴウによって抑えつけられたている“銀髪の青年”。

 

「久方ぶりだなぁ、魔王?」

 

「お、お久しぶりデスネ?」

 

 こちらの挨拶をすると、ヤツは大分きょどった返答を零した。

 

 

 

 ――とりあえず、制裁は保留としておく。

 

 

 

 

 

 

「「魔王!?」」

 

 部屋に少女達の声が響く。明かされた事実は余程ショッキングだったようだ。

 

「あの、ちょっと待って下さい。理解が追い付かないのですけれども――これ、どういう状況なんですか?」

 

 ハルが手を上げながら質問してくる。アスヴェルは鷹揚に頷くと、

 

「そうだな。実のところ私も事態を整理したいと思っていたところだ。順を追って話していこう」

 

 まずは、自分と魔王との関係について2人に語り聞かせていく。

 

 

 

 勇者と魔王が戦い合うのは世の定説だが、自分と彼――魔王テトラとの場合、事情が違った。勇者よりも、魔王よりも強い“敵”が現れたのだ。

 その名は(ワーム)。アスヴェルにとっては、家族を殺された仇でもある。

 一人一人では勝ち目がない“敵”に対し、勇者と魔王、いや、人類と魔物は共同戦線を張ることで対抗した。その後死闘に継ぐ死闘を重ね、最終的に竜を駆逐するに至ったのだ。

 

 

 

「前にアスヴェルさんが“毎日のように魔王と戦っていた”と言っていましたが――それは、“共に戦っていた”ということだったのですね」

 

「そういうことだ。誤解を招く言い方をしてしまったな」

 

 事情が少々複雑なため、省略してしまったのである。こんなことになるなら、あの時ハルにしっかり説明しておけばよかったか。

 

「でも待って下さい? アスヴェルさんがこの世界に来たのって、魔王との戦闘の結果と聞きましたよ?」

 

「竜がいなくなりラグセレス大陸には平和が戻った。しかしそうなると、新たな――というか、元々の(・・・)対立が戻ってくる。改めて、人類と魔物との戦いが始まったんだ」

 

「……魔物とは人類を滅ぼす存在。共通の敵がいなくなれば、その“本能”に抗うことは難しくなる。結局、君一人に滅ぼされたけどね」

 

 それまでだんまりだった魔王が口を挟んできた。時間が経って、多少は落ち着いてきたようだ。

 タイミングとしてはちょうどいい。アスヴェルもこの辺りで彼に話を聞きたかったところだ。

 

「魔物達のほとんどが、それまで共に戦ってきた人類の殺戮に消極的だったからな。そうでなければ人類側にも相応の被害が出たことだろう。

 それはそれとしてテトラ、一つ確認がある」

 

「なんだい?」

 

「最後のあの爆発――あれは、私を“転送”するためのものだな?」

 

「そうだよ」

 

 意外にあっさりと認めた。

 

「何故そんなことをした?」

 

「珍しいな。勇者アスヴェルともあろう者が分からないのかい?

 僕達魔物と同じく――君もまた、あの世界に居場所が無くなっていたからだよ」

 

「……余計な気遣いだ」

 

 予想していた通りの答えなので、驚きはしない。しかし、隣で傍聴していたハルにとってはそうではなかったようで。

 

「居場所が無いってどういうことですか? アスヴェルさんは世界を救ったんですよね?」

 

「よくある話さ」

 

 応えたのは魔王だ。

 

「アスヴェルは、人が立ち向かうには余りに強大過ぎる“敵”に勝利を収めた。だけどね、“人類を滅亡させうる存在”を滅亡させた(・・・・・)彼を、人々は自分達と同じ人間だと思えなくなったんだよ。結果として、アスヴェルは孤立した(・・・・)。どうだい、よく聞く物語だろう?」

 

「では、貴方はアスヴェルさんを助けるために?」

 

「……どうだったかな。昔過ぎてもうよく覚えていない。単に、僕があの世界から逃げたかっただけだったかも」

 

 ハルの言葉にテトラは肩を竦めた。そんな彼に、アスヴェルはもう一つ質問をぶつける。

 

「“昔”と言ったな。お前がこちらに転移したのは、何年前になる?」

 

「彼是20年以上前だよ」

 

「なるほど。そこで、見てしまった訳か。この世界でも変わらず蹂躙されている人々の姿を」

 

「……ああそうさ。もっとも、蹂躙のされ方は随分と様変わりしていたけどね。いやはや、逃げた先も似た状況だったとは、なんとも因果なものだ」

 

 合点がいった。この“お人好し”は政府に管理される人々を見るに見かねて、このレジスタンス組織を結成したのだろう。

 

「その反政府活動をしている最中にミナトを拾った、と?」

 

「まあ、そんなところだね」

 

 ミナトは父親と血が繋がっていない、とは以前に聞いた話である。これで色々と繋がった。

 ……だがそこで、アスヴェルはある違和感に気付く。

 

「――いや待て? 20年前?

 お前は20年も戦って、ここの政府に勝てなかったのか(・・・・・・・・)?」

 

「痛いところを突くな。しかしまあ、否定できない。

 そうだよ、僕はこの街の管理者に勝てなかった。昨日蜂起するまで、ずっと草の根活動に従事する他なかったんだ」

 

「馬鹿な!」

 

 この男、アスヴェルよりは遥かに劣る弱小魔王ではあるものの――自分以外の人間が彼と戦うのは、至難を極める筈なのだ。確かにこの世界の住人はずば抜けた技術力を持っているが、それでも魔王が敗北したというのは俄かに信じられない事態である。

 

「……本題に入ろう(・・・・・・)、アスヴェル」

 

 厳かな声色で、テトラが再度口を開く。真剣な眼差しをアスヴェルに向け、

 

「僕達は、またしても共に戦わなければいけなくなった。アレと戦うことには、僕だけでも君だけでも駄目だ。手を組まなければ勝機は見えない。

 僕達が倒すべき相手。東京の全てを管理する存在。その名は――」

 

「おーい」

 

 そこで、少々気の抜けた声がテトラの台詞を遮った。

 

「な、なんだい、湊音(みなと)。お父さん今、凄く大事なこと言いかけてたんだよ? 用事があるならちょっと後にしてくれないかな」

 

「いやー、親父とアスヴェルの話長いから、どこで入ろうかずっと迷ってたんだけどさ」

 

 急に親子の会話が繰り広げられる。緊張感が一瞬で途切れてしまった。

 だがそんな雰囲気お構いなしに、ミナトは告げる。

 

「それで――いつ、“ドッキリ成功”の看板が出てくるんだ?」

 

「「全部本当のことだよ!?」」

 

 勇者と魔王が心を合わせた瞬間であった。

 

 

 



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【3】ぐだぐだ

「なにぃっ!? オレの親父は魔王で、アスヴェルとの戦いの後こっちの世界に転移してきて、政府に虐げられている人のためにレジスタンスを立ち上げていただと!?」

 

「……うん。お父さん達、ずっとその話をしていたんだけどね?」

 

 魔王の入念な再説明が功をなし、ミナトはようやく納得してくれた。

 

「アスヴェルって、本当にDivine CradleのNPCじゃなかったのか!」

 

「あー、その辺りから説明が必要だったのかー」

 

 テスラはコメカミを抑えた。思いの外、初歩の初歩でミナトの理解は躓いていたようだ。

 

「オレの頭の問題じゃねぇだろ!? オマエら、色々段階すっとばして話し過ぎなんだよ!! オレにとっちゃ、親父が魔王って段階で驚愕の事実だっつーのに!!」

 

「あ、あれ、湊音? 僕が魔王って話、何度もしてたよね? なんでそんな認識なんだい?」

 

「そんなん、親父疲れてんのかなぁー、て思ってたに決まってんだろ。男手一つでオレ育ててたし、レジスタンスの活動もしてたから」

 

「ずっと憐れまれていただけだったのぉ!?」

 

 親子関係にヒビが入った。だが少女は止まらない。

 

「そもそも、アスヴェルはどうして親父が魔王だって知ってたんだ! それがあったからオマエらがドッキリ企んでると勘違いしたんだぞ、オレは!」

 

「いや、そこはそれ程大したネタばらしでも無いのだが」

 

 矛先がこっちに向いた。

 

「単純な話だ。他の人々が――ミナトやハルも含めて――私をゲームのキャラとして扱っていたというのに、サイゴウだけは最初から私を“人間”として扱っていた。食事や寝床の提供をこちらが頼んだ訳でも無いのにしてくれたからな。それに、ただのゲームキャラに過ぎない筈の私を信頼し、自分達の命を懸けた強襲作戦へ要員として参加させてくれた。これはもう彼が“こちらの事情”を把握しているのだと考える他ない。だがどうやってそれを知ったのか、と考えあぐねていると、実はレジスタンスの“リーダー”は別に居て、その”リーダー”からサイゴウは指示を貰っていたと聞いた。

 ――そこでピンと来た訳だ」

 

「どこが単純なんだよ」

 

「基本的に頭いいんですよね、アスヴェルさんって」

 

 ミナトとハルから賛辞(?)が飛ぶ。良きかな良きかな。

 

「もっと簡単なところで言えば、クラン名の“エルケーニッヒ”とは魔王という意味だろう?」

 

「あ、それは分かりやすい」

 

「ですね――ってちょっと待って下さい。エルケーニッヒ(Erlkönig)ってドイツ語ですよね? そんな名詞までDivine Cradleの翻訳システムって働いてましたっけ?」

 

 納得しかけたところで、ハルが疑問を呈す。

 

「ああ、そこは図書館で調べた」

 

「ドイツ語をですか?」

 

「いや、この世界の言語全部。日本語も含めて数か国分は既に覚えたぞ」

 

「……え」

 

 黒髪の少女が絶句する。ミナトの方はわなわなと震え、

 

「露骨に頭良いですアピールしてきやがったな……!」

 

「ファンタジー世界に荷電粒子砲持ち込むようなヤツだからねぇ。そりゃあ天才だとも」

 

 肩を竦めて魔王が補足する。その態度は一体なんだ。

 さらにヤツは言葉を続け、

 

「じゃあ、一からついでにもう一つ紹介させて貰おうかな」

 

「む、なんだ?」

 

「僕の名前だよ。こっちの世界での名前さ。まさか、そのまま魔王を名乗っているとは思っていないだろうね?」

 

「……いや、そんな訳ないだろう、うん」

 

 少しだけ思っていた。

 

「僕はこの東京で四辻旺真(よつじ おうま)で通っている。まあ、今更君に呼称を変えろとは言わないが、覚えておいてくれ」

 

「なるほどそうか」

 

 となると、ミナトの本名は四辻湊音(よつじ みなと)ということになる。要チェック。

 もっとも――もうすぐ、ミナト・ウィンシュタットになる訳だが。

 

「さて、一息ついたところで続きといこう。“敵”についてだ」

 

「“敵”、か」

 

 この東京という街を支配し、人々を無機質に管理した上で“ゲーム”という悪趣味な催しを企てる存在。

 

「改めて教えよう。“オーバーロード”。それこそがこの街の支配者の名だ」

 

上帝(オーバーロード)か。なかなか御大層な名前を名乗る輩だ。だがまあ、私の勝ちは揺るがない」

 

「い、いきなり凄い自信だね……既に勝算が見えていると?」

 

 アスヴェルの態度に、魔王は戸惑っているようだ。

 まったく白々しい(・・・・・・・・)――と、アスヴェルは嘆息を一つ。

 

「無論だとも。“オーバーロード”とやらが如何なる存在か分からんが――“彼等”の協力が得られればどんな相手だろうと打ち勝てるだろう」

 

「“彼等”!? 援軍に心当たりが!?」

 

「そうだ。昨日は突発的な作戦だったせいで間に合わなかったようだが、この街を解放するための戦いならば必ずや“彼等”は駆けつけてくれる筈だ」

 

「そ、そんな連中が、いったどこに!?」

 

「おいおい。いつまでとぼけている(・・・・・・)つもりだ?」

 

 やれやれと頭を振ってから

 

「いるんだろう? この世界には――“ヒーロー”と呼ばれる人々が!」

 

「「「「え」」」」

 

 アスヴェル以外の全員が一斉に同じ顔をした。

 それに構わず、アスヴェルは語り続ける。

 

「平和を守るために結成された様々な特殊戦隊(・・・・)、身体が変異し超自然的力を宿したミュータント(・・・・・・)、鋼鉄の意思で悪に抗う戦士――ふっふっふ、皆頼もしい奴らだ」

 

 このような者達と共に戦える喜びに、ついつい顔が綻んでしまう。

 

「特にこの光の巨人は素晴らしい! 本来はなんの縁も無い人々のために自らの命すら投げ出して戦うその善性――私と並び立つに相応しい存在だ!!」

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 そこで、自分以外が皆沈黙していることにようやく気付いた。

 

「どうした? 全員黙り込んで」

 

「……いねぇよ」

 

 ぼそっと、ミナトが零した。彼女はさらに繰り返す。

 

「いねぇんだよ」

 

「え?」

 

「そんな連中、いねぇんだよ!!」

 

「え?」

 

 思わず、同じやり取りを2回してしまう。

 

「し、しかしハルから渡された“資料”には確かに彼等の存在がはっきりと書かれていたぞ!?」

 

「……ハル、オマエ」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……まさかあんな短い時間で全部読破するだなんて思わなくて! 日本語もいつの間にかマスターしてましたし!」

 

 ミナトにジト目で睨まれたハルが、顔を抑えて泣いた。

 その様子を見て、流石にアスヴェルも事態を理解していく。

 

「本当に――いないのか?」

 

「ああ」

 

 しっかりとミナトは頷いた。

 

「光の巨人、いないの?」

 

「ああ」

 

「ミュータント、いないの?」

 

「ああ」

 

「超能力者、いないの?」

 

「ああ」

 

「忍者も、特殊部隊も?」

 

「その辺は怪しいけど、オマエが想像してるようなのは多分いない」

 

「……改造人間くらいは、いるよな?」

 

「この流れでどうしてソコだけいると思えるんだ!?」

 

「あああああああ――!」

 

 アスヴェルは膝から崩れ落ちた。

 

「そんな――そんな――!?

 で、ではどうやって宇宙や異次元から迫る侵略者に対抗しているというんだ……?」

 

「いねぇんだよ、宇宙人も異次元人も!! いつまでファンタジー脳してやがる!! 現実世界に戻ってこい!!」

 

 少女が無理やり立ち上がらせようとするが、残酷な現実に打ちのめされた勇者は未だ足に力が入らなかった。

 ――と、そこへ。

 

「あの、湊音?」

 

 申し訳なさそうに魔王が割って入ってくる。

 

「どうした親父?」

 

「凄く勢い込んでいるところ大っ変申し訳ないんだけど――――いるんだ」

 

「は?」

 

「いるんだ――宇宙人(・・・)

 

「へ?」

 

 テトラはごほん、と咳ばらいをしてから。

 

「“オーバーロード”……奴は西暦1999年に宇宙(そら)の彼方より飛来し、そのオーバーテクノロジーをもってして瞬く間にこの星を支配した。

 つまりは地球外生命体――宇宙人なんだよ!」

 

「…………はい?」

 

 呆けた顔で、ミナト。

 逆にアスヴェルはその言葉を力を取り戻し、

 

「なんだ、いるんじゃないか、宇宙人」

 

「ふざけんなよ糞親父ぃいいいいっ!!!」

 

 同時に、少女が怒りをぶちまける。

 

「な、なんで僕が怒られるんだ!?」

 

「当たり前だろ!? なんだよ宇宙人って!! オレ、そんなこと一つも聞いてねぇぞ!!?」

 

「いやその、余りに突拍子もない内容だから信じて貰えないかと思って……」

 

「ああ信じてやらねぇよ信じられねぇよ!! え、マジで!? 本気で言ってんのか、宇宙人だって!!」

 

「本当に本当なんだ! 色々情報統制されて知っている者はもうほとんどいないけれども、紛れもない事実なんだよ!」

 

「えーーー!?」

 

 頭を抱えるミナト。そんな彼女に、ハルがやんわりと話しかける。

 

「まあまあ。ミナトさん、落ち着いて事態を受け止めましょう」

 

「ハルは大丈夫なのか!? ついてこれてんのか、この非現実的な状況に!?」

 

「はい――なんといいますか、勇者と魔王の段階で大概じゃないですか」

 

「…………それもそっか」

 

 どうやら納得したようだ。その会話にやや不条理なものを感じないでも無いが。

 

「と、とにかく、だ」

 

 気を取り直し、アスヴェルは口を開く。

 

「“オーバーロード”だか宇宙人だか知らないが、私の前に立ちふさがるなら打ち砕くまでだ。今までもそうしてきた、これからもそれは変わらない。

 そんな訳なんで魔王、早速私を現実の世界へ戻してくれ」

 

「んん?」

 

「いや、『んん?』じゃなくて。

 お前の転移魔法の効果で私はゲーム世界に紛れ込んでしまったんだろう? 幾ら私でも、ここに居たんじゃ現実世界に干渉できん。“オーバーロード”を倒すとか以前の問題だ。早く元に戻してくれないか」

 

「んー、あー、そうね」

 

 魔王は明後日の方を数秒眺めてから、改まった顔で

 

「ここで君の現状を説明しよう!」

 

「どうしたんだ急に?」

 

「僕は大規模な転送魔法を準備し、君と共に異世界へ旅立とうとした。だがそんな魔法の発動なんてこれまで前例が無く、魔王たる僕をもってしても試行錯誤を重ねに重ねて術式を構築した訳だ」

 

「ふむ」

 

「前代未聞な大魔法の起動。そこに手違い(・・・)が発生したとして、誰が僕を責められよう?」

 

「うん?」

 

 雲行きが怪しくなった。

 

「本来であれば時・場所同じくこの世界に転移される手筈だった。だが知っての通り、君と僕とでは転移された時期からして20年も違う。これはつまりまあなんというかその“不具合”が出てしまったに他ならない訳で」

 

「お、おう?」

 

「やはり出力が問題だったんじゃないかと思うんだ。転移の時に起きた爆発に、魔王の身体は耐えられたが人間である君の身体は耐えられなかったのではなかろうかと」

 

「……つまり?」

 

 物凄く嫌な予感が体中を駆け巡っていたが、アスヴェルは先を促す。

 魔王は気持ち悪い位にっこりと笑顔を浮かべると、

 

「無くなっちゃった♪」

 

「え?」

 

「無いの、君の身体」

 

「え?」

 

「あの爆発でね、なんか――消滅しちゃったみたいで」

 

「え?」

 

 理解が追い付かない。

 

「し、しかしだね。代わりにキミは実体が無いままゲームの世界にその存在を確立できるようになったんだ。これは僕の大魔法と“オーバーロード”の技術が奇跡的に噛み合った結果なんだと思う。つまり今の君は情報生命体と呼んでいい存在に――人を超え、より高次の存在に昇格した訳さ!

 ――僕に、感謝してくれてもいいんだよ?」

 

「…………」

 

 その言葉をきっかけに。

 アスヴェルは、保留にしていた制裁を実行することにした。

 

 

 

「アスヴェルが暴れ出したぞーっ!!」

 

「全員退避っ!! 全員退避ー!!」

 

「ああー、魔王さんが吹っ飛ばされましたぁっ!!?」

 

 

 

 こうして勇者と魔王の邂逅は、ぐだぐだを極めだしたのだった……!!

 

 



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【4】旧友談話

 

 

「ふぅ……」

 

 一面更地(・・)となった()市街地にて、アスヴェルは一つ息をついた。

 彼の他にはすぐそこで伸びている魔王テスラ以外、周囲に誰も居ない。皆、アスヴェルの暴走に恐れをなして――もとい、自分達の仕事をするため<ログアウト>していったのだ。重要施設を占拠してからまだ一日、やることは多いのだろう、きっと。

 そんな思索をしながら、アスヴェルはズタボロに倒れた魔王に目をやると、

 

「で、どうするんだ?」

 

「……ど、どうする、とは?」

 

 息も絶え絶えな様子で返事が来る。魔王はとりあえずまだ生きていた。いや、“この世界”で死んでも本当に死んだことにはならないのだから、当然だが。

 

「とぼけるな。これから私がどう動くのか、という話だ。まさか何のプランも無い訳じゃないだろうな?」

 

「あー、うん、そう、そうね……」

 

 頭を振りながら、震える脚でどうにかテスラは立ち上がった。

 

「勿論プランはあるとも。君にはまた今回と同じことをして欲しいんだ」

 

「今回と同じ? またゲームシステムへ干渉しろと言うのか」

 

「そう。但し、目標の規模は大違いだ。この街の中心にそびえ立つ“マザーツリー”をクラッキングして欲しい。確か君も一度見たことがあるんだろう?」

 

「あの巨大な塔か。政府の役人達が居住する施設だと聞いていたが」

 

「そういう側面もあるというだけで、本来の役割は違う。あれ自体が、“オーバーロード”によって創り上げられた巨大な演算装置なんだ。この街のシステムを全て一括で管理している超大型コンピューターさ」

 

「それを奪い取れば、実質的にこちらの勝利になる訳か」

 

 そういうことであるなら、今のアスヴェルでも役には立てそうだ。しかし――

 

「――そんなことをせずとも、この街の司政官を洗脳してこちらの傀儡にした方が早くないか?」

 

「アスヴェルくん!!」

 

 途端、魔王が教師のような顔で叱責してきた。

 

「行き過ぎている! 君の行動は勇者として行き過ぎているぞ!?」

 

「そうかなー?」

 

「それにほら、現司政官は稲垣悠嬢のお父上だから!」

 

「だからこそ暗殺ではなく洗脳な訳だが――しかし、相手の事情も知らずに行動を起こすのは流石に時期尚早か」

 

「時期尚早とかではなくて根本的にそんなことしないで貰いたいわけなんだけれども、思い留まってくれて何よりだよ」

 

 ほうっと息を吐くテトラである。

 

「まあ真面目な話、仮に司政官を味方につけたところで“オーバーロード”がそのままでは意味が無いのだろうな」

 

「そこまで理解しているならあんな話題振らないでほしいものだね」

 

「場を和ませるためのジョークだよ。相変わらず冗談の分からない奴だ」

 

「本当か!? 本当に冗談だったのか!?」

 

「当タリ前ジャナイカー」

 

「この上なく嘘臭いよ!?」

 

 無論嘘ではない。互いの性格を分かっているからこそできる、小粋なトークというヤツだ。異論は認めない。

 閑話休題。アスヴェルは話を本筋に戻す。

 

「それで、マザーツリー奪取計画は後何分で決行する予定なんだ」

 

「いきなり分単位で聞いてくるなよ。ガチ過ぎて怖いよ」

 

「いやこれはジョークの類じゃないぞ。私達は仮にも敵の重要拠点を占拠したんだ。となればここからの行動は1分1秒を争う。対応が遅れれば遅れる程、“敵”は準備を整え我々は不利になる。“敵”がお前でも手出しできない程に強力だというなら、なおさらだ」

 

「君の焦りは理解できるが――」

 

 軽く目を伏せ、テトラは続ける。

 

「――決行は1ヶ月後としたい」

 

「1ヶ月!? いくら何でも悠長過ぎるだろう!?」

 

「こちらの支度を完了させるのに、最低でもそれ位の期間は必要なんだ」

 

「おいテトラ、これからお飯事でも始めるつもりか? 私達がやるのは戦争なんだぞ。ミナトのこともあって前倒しがあったことは想像に難くないが、一度始めた以上もう走り切るしかない。多少の不足は覚悟の上だろう」

 

「……アスヴェル、今この街にどれ程の人間が居るか知っているか?」

 

 魔王はわざとらしく問答を避けた。突っぱねることも出来たが、アスヴェルは敢えて話題転換に乗ることにした。テトラはこのような場面で意味のないことをする男ではない。

 

「さて。相当の規模の街だからな。50万、いや、100万人近い人々が住んでいてもおかしくは――」

 

「500万人だ」

 

「ごっ――!?」

 

 想像のはるか上を行く数値に、言葉が詰まる。ラグセレス大陸ではありえない数値だ。大陸の総人口より多いのだから。

 

「分かるかアスヴェル。ことこの件に関し、僕らは限りなく完璧を目指さなければならない。0.1%のミスであっても、犠牲者は数千人規模で発生するのだから」

 

「む、むぅ」

 

「加えて今回の場合、戦後も十分に見据えて準備する必要がある。何せ、“オーバーロード”の技術は人々の生活に深く根差しているのでね。ヤツを打倒した後、速やかに管理を引き継がなければ最悪、社会が崩壊してしまう」

 

「それは――まあ、そうか」

 

 そう言われてしまうと、こちらも二の句を継げない。長くこの世界に暮らす彼が断言することを、新参者であるアスヴェルは否定できるわけが無い。

 

「だからこその1ヶ月なんだ。この期間で、レジスタンスメンバーにシステム管理スキルを習得させる。この施設にはマザーツリーから独立したサーバーが存在するからね、練習するにはちょうどいい。ある程度のノウハウを把握している施設職員も生け捕りにできたことだし」

 

 それも見越して、ここの襲撃計画を練っていたようだ。

 だが――

 

「時間が必要なのはよく分かった。しかしな、私がそれを納得したからと言って、“敵”はそうもいかないだろう。1ヶ月もの間、攻撃を防ぎきれるのか?」

 

「そこは確かに懸念点だが――おそらく、“オーバーロード”は動かない(・・・・)

 

「……随分と自信をもって言い切るな。根拠は何だ?」

 

「“オーバーロード”が強大だから(・・・・・)だよ」

 

 事も無げに告げた。

 

「既に“オーバーロード”による人類支配は完遂されている(・・・・・・・)。今更どう動こうと、牙城は崩されることは不可能だ――と、奴は考えることだろう。正直なところ僕もそう思う。仮に現行の人類が総出でかかっても、何の痛痒も与えられない可能性が非常に高い」

 

「そこまでなのか」

 

「残念ながらね。今回の僕達の襲撃にしたって、人が反抗したケースの参考データ取得に利用しよう、程度にしか捉えられていないかもしれない」

 

「随分と下に見られたものだ」

 

 人類そのものを脅威とみなしていないが故に見逃されると、魔王はそう言っているのである。

 

(言論規制がほとんどされていないのもそれが理由、か?)

 

 ミナトの普段の言動を思い返してみた。それは逆説的にテトラの仮説へ真実味を付与している。

 

(とはいえ言い分が正しいとするならば、私達にとっても好都合だ)

 

 過小評価して油断してくれる分には何の不都合も発生しない。是非積極的に過小評価して貰いたい位だ。

 

「所詮は僕の憶測でしかない。だが十分に勝算のある憶測だと思っている。今は僕に懸けてくれないか」

 

「……分かった。お前を信じよう」

 

 もっとも、アスヴェルが現実へ干渉できない以上、魔王の策に乗る以外に手が無い訳でもあるのだが。流石にそれを口にするのは無粋に過ぎる。

 それに、長年の戦友である魔王テトラを信頼していることもまた嘘偽り無いのだ。

 

「しかし1ヶ月……随分と長く気の休まらない時間を過ごすことになるか」

 

「戦いの場は僕やレジスタンスのメンバーが整える。君はそれまでの間、気楽にしてくれていてもいいんだが――」

 

「――そうだな。ミナトと楽しく過ごせると思えば、それはそれでありかもしれない」

 

 新婚生活の準備期間と考えれば、1ヶ月も早々に過ぎ去ることだろう。

 

「……湊音が僕の娘だって分かってもそこはぶれないんだね?」

 

「ブレる訳が無いだろう。既に子供の名前も幾つか考えてある」

 

「うん、変わらない君でほっとした。本当に君は女性のことになると見境が無いというかブレーキを踏まないと言うか。あれだけ色々あった(・・・・・)のに女性不信にならないその情熱は凄まじいと思う」

 

「ほっとけ」

 

 失礼極まりないことを口にした後、魔王はどうしたことか顔を綻ばせ、

 

「仕方ない、僕も覚悟を決めよう――これからは、僕のことを“お義父さん”と呼んでくれても構わないよ?」

 

「あ? 調子に乗ってるとぶっ殺すぞ?」

 

「未来の義父に向かって何て口を!?」

 

 それはそれ、これはこれ。ミナトの父である以前に、こいつは魔王である。

 

「……そう言えばお前。ミナトの親代わりってことはあの子と2人きりで生活してきたってことだよな?」

 

「ちょっ!? 待っ!? な、なんでそこで急に殺気を漲らせるの!? なにも無い!! 僕とあの子の間にやましい関係なんて何もないよ!? ていうか、そんな邪推するのって逆にあの子に失礼じゃない!?」

 

「なら、彼女の何歳まで一緒に風呂入っていたのか答えて貰おう」

 

「無いよ!! そんな経験ないよ!! そういう繊細なところはレジスタンスの女性メンバーにお願いしていたからね!!」

 

 必死の弁明。苦しいところはあるが、まあ、納得できないでもない。こいつに子育ての経験なぞ無いだろうし。

 

「では一緒の布団で寝たことは!?」

 

「そ、それは――あるけど、まだまだ凄くちっちゃい頃だよ!? 親子だったらそれくらい当然でしょ!?」

 

「……尻尾を出したか」

 

 魔力を集中する。術式を展開する。周囲にバチバチと雷が走った。

 

「お、おかしい! おかしいよね!? こんなことで怒られる道理ってある!? こんな暴虐が許されたら、世のお父さん方は皆娘の恋人にボコボコにされちゃうよ!?」

 

「やかましい!!」

 

「ひっ!?」

 

「可能性を生み出した時点でアウトなんだよ!!」

 

「無茶苦茶だぁ!?」

 

 

 

 ……………。

 

 

 

 義父と息子(予定)の過激なスキンシップ終了後。

 

「冷静になって考えればそれほど怒るようなことでも無かったな」

 

「も、もう少しだけ早くその事実に気付いて欲しかったねぇ……」

 

 再びズタボロになった魔王がヨロヨロと立ち上がってきた。

 まあ、アスヴェルとて元より本気だったわけではない。その証拠に魔王は未だ五体満足だ(・・・・・)

 

「ああ、そうだ。もののついでに聞いておきたいことがある」

 

「う、うん? 今度はナンデショウカ?」

 

 怯えながら、それでも魔王は律儀に返事をしてきた。まあ、どれだけ酷い目に遭おうと“この世界(ゲームの中)”で彼が死ぬことは無いのだけれども。

 それはそれとして、アスヴェルは極めて真面目な表情を作り、テトラへと問いかけた。

 

「ミナトのこと――あれは、贖罪のつもり(・・・・・・)か」

 

「――――」

 

 唐突にテトラが固まる。とはいえ、それで追求を諦めてやるつもりはない。魔王が答えを紡ぐまで、アスヴェルはじっとその瞳を凝視する。

 たっぷり10秒以上経ってから、観念したように彼は口を開いた。

 

「――否定はしない。あの子に“彼女”の面影を見てしまったのは事実だ」

 

「まさかとは思うが、彼女を弄って(・・・)いないだろうな」

 

「誓ってそれは無い! 湊音がああなった(・・・・・)のは自然の成り行きで――こう言っては陳腐だが、これは“運命”なんじゃないかと思う」

 

「運命、ね。余り好きな単語では無いが――あ?」

 

 その瞬間。

 有り得ないモノを見て、思考が止まった。

 

「どうした、アスヴェル? とても面白い顔になっているぞ」

 

 魔王は気付ていない。気の抜けた顔をこちらに向けている。

 

「あのさ、テトラ」

 

「うん?」

 

「お前、“オーバーロード”は私達を歯牙にもかけないって言ったよな」

 

「うん、言ったよ」

 

「だから、当面の間は干渉されることは無いだろう、とも」

 

「うん、そうだね」

 

「だったら――今、お前の後ろに居る女(・・・・・・・・・)は私の幻覚か何かか」

 

「はっ!?」

 

 慌てて、魔王が振り返り――自分の後ろに立つ“女”の存在に、目を見開いた。

 

 

「はぁい♪ こんにちは」

 

 

 極々自然体で“彼女”はこちらへ話しかける。余りに自然体過ぎて、逆に不自然な位だ。

 

 

「初めましてな訳だけど――自己紹介、必要かしら?」

 

 

 女は笑顔を浮かべている。

 ウェーブのかかった長く細やかな金髪、透き通るような碧眼、白磁のような肌――有体に言って、絶世の美女と呼ぶべき容姿。しかしその圧倒的とも言える“存在感”から、その女性が只人でないことは歴然としている。

 その在り様は、さながら(オーバーロード)を彷彿とさせた。



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第17話 ラスボス⇒降臨
【1】女神来訪


 

 目の前に突如現れた金髪の美女。その正体が何者か、察せない程アスヴェルの頭の巡りは悪くない――悪くは無いのだが、しかしそれでも確認はせねばならなかった。

 

「君が、(くだん)の“オーバーロード”なのか?」

 

「あら、分かりづらかったかしら? 最近の流行りっぽく骸骨の姿をしてた方が良かった? それとも、2本角の悪魔がお好み?」

 

 軽やかな声で女性が言葉を返す――内容よく分からない代物だったが。ともあれ、目の前の女性が最終目標(ラスボス)であることに間違い無いようだ。つまり、緊急事態。

 

「……おいどうなってるんだ、テトラ。大丈夫だったんじゃなかったか?」

 

 隣にいる魔王へ問い質してみるも、

 

「そ、そんな馬鹿な!? ここのサーバは“マザーツリー”から独立していた筈なのに……!?」

 

 向こうは向こうで、突然の状況を理解できていないようだ。アスヴェルは脳内警戒レベルをさらに上昇させる。

 そんなこちらを涼し気な瞳で身ながら、目の前の女は口を開いた。

 

「サーバーが独立しているとか、回線が繋がっていないとか、そんなのは人類(そちら)の都合でしょ? (われわれ)には関係ない話よ」

 

「なっ!?」

 

 絶句するテトラ。

 

(……技術水準がこちらを遥かに上回っているのは間違いなさそうだな)

 

 短いやり取りだが、そう察するには十分である。アスヴェルよりこの世界の技術に精通している魔王が分からないのだ、どうやってこの女性がここへやって来たのか、理屈を考えても無駄だろう。仮に説明されたとして、それが有益とも思えない。

 故にアスヴェルは、単純に自分の聞きたいことを口にした。

 

「それで、私達に何の用があってきたんだ」

 

「あら、素直に話を聞いてくれるの? “敵”を前にしたら問答無用で襲いかかってくるって話だったけど」

 

「誰から聞いた!?」

 

 あながち間違ってはいないが――問題はそこではない。こちらの情報を既に握っていると臭わせてきたことこそが、アスヴェルの心を搔き乱した。

 

(落ち着け。相手のペースに飲まれるな)

 

 内心でそう呟き、一旦心を落ち着けると、

 

「それも時と場合による。敵意が無い(・・・・・)相手へ襲撃をかける程、私は見境の無い男ではない」

 

但し竜を除く(・・・・・・)って? 貴方の竜嫌いは筋金入りなのね。流石、そのために(・・・・・)鍛え上げられた(・・・・・・・)だけはあるわ。ふふ、ふふふ、自分達を殺せる人間を自分達で創り出すとか、相変わらずあの種族って頭おかしいのね♪」

 

「……こちらの自己紹介は必要なさそうだ」

 

 どういう訳か、この世界へ来る前のアスヴェルについてすら把握しているようだった。明るい笑顔の裏に、底知れぬ不気味さを感じる。

 

「どうやって調べた? まさか正真正銘の神だとでも言うつもりじゃないだろうな」

 

「その通り、正真正銘の神よ。単なる宇宙人という認識は改めなさい? 貴方が元々居た世界も(われわれ)は把握してるの。あちらで何やってたのか、どうやってこちらに来たのか、全部ね」

 

 ……残念ながらハッタリに聞こえなかった。

 

「そんな存在に興味を持ってもらえるとは光栄だ。何ならこの後デートにでも繰り出すか?」

 

「いいわよ、貴方がちゃんとエスコートしてくれるならね♪」

 

「え、いいの!?」

 

 俄然食いつく。

 

「なんなら、デートの後まで(・・・・・・・)お付き合いしてあげてもいいわ♪ ふふ、この身体、堪能してみたくない?」

 

「ええええええ!?」

 

 豊満なスタイルを強調するポーズと共に返ってきた予想外の言葉に、ちょっとキョドった。これはまさか――チャンス!?

 と、そこへ慌てた様子で魔王が口を挟んでくる。

 

「アスヴェルぅ!!? なに敵対者相手に顔を赤らめているんだい!? いつもの君はそうじゃないだろう!! あの、『どうやってこいつを苦しめて絶望のドン底を味合わせてやろう』と企む、悪魔のような表情はどこに行った!?」

 

「元々無いわ、そんなもん!!」

 

「嘘つけ! いつもあの顔で僕を怯えさせてた癖に!!」

 

 いやはや、冗談は時と場所を弁えてやって欲しい。過去の事情知ってるこいつにそんな反応されてしまったら、ここまでの物語で築き上げてきた勇者アスヴェルのイメージが崩れてしまうかもしれないではないか。

 とりあえずアスヴェルは咳払いを一つしてから、

 

「いいか、この女はタイミング的にいつでもテトラを殺せたんだ。それをしなかったということは、現時点で私達を殺す意志は無いということだろう? ならば、必要以上に殺気だって対応するのは却って悪手だ」

 

「……まあ、納得できなくはない、けど。ホント、頼むぞアスヴェル。いきなり相手に惚れて寝返るとか止めてくれよ?」

 

「こんな状況で惚れる訳があるか!?」

 

「でも君が好きになった女性って、だいたいいつもこんな感じの――こう、“ヤバい女”ばかりだったじゃないか!」

 

「人の趣向をヤバいの一言で統括するな! 大丈夫だ! 顔は割と好みだしスタイルも魅力的だが、それだけで篭絡されたりはしない!」

 

「まるで安心できない!? 他にも何かあったら篭絡されるってことだろ!?」

 

「いちいち揚げ足をとるんじゃない!!」

 

 魔王を納得(?)させたところで、改めてアスヴェルは“オーバーロード”と向き直る。

 

「あら、コントは終わったの?」

 

「何がコントか。馬鹿を躾けてやっただけだ――で、結局君の目的は何なんだ」

 

 迷走に迷走を重ねた話題を立て直す。

 

「知っていると思うが、私は今日一日で驚天動地の事実を大量に吹き込まれていてね。頭の整理が追い付いていないから、なるべく簡潔に分かりやすい説明を頼む」

 

「うーん、ま、いいけど。でもその前に――」

 

 静かな動作で、女は指を一つ立てた。

 

「――(われわれ)との謁見がこんなみすぼらしい焼け野原じゃ格好がつかないわ。舞台を整えないとね♪」

 

「何?」

 

 言って、彼女は指先をくるくると回し――その途端、世界が変わった(・・・・・・・)

 

 

 

 消える。

 廃墟が消える。

 地面が消える。

 木も、草も、山も、空すらもが消えていく。

 全てが、世界から剥がれ落ちていく(・・・・・・・・)

 

 代わりに現れるは、石畳の床。

 太陽が眩く輝く晴天。

 そして――荘厳な造りの、果てしない程に巨大な神殿だった。

 神を奉るには、これ以上なく相応しい場所だろう。

 

 

 

「……むぅ」

 

 2、3度床を蹴りつけ、返ってくる感触に思わず唸る。これは幻影の類ではない。類推でしかないが、転移(テレポート)でも無いだろう。“オーバーロード”は一瞬でこの世界を書き換えた(・・・・・)のだ。

 

(この世界は彼女に作られた仮想現実――とはいえ、ここまで何でもありなのか)

 

「ええ。(われわれ)は何でもありなの。少しは、“オーバーロード”を名乗る宇宙人が実はこの世界の神様だった――っていう荒唐無稽な真実を少しは信じる気になった?」

 

「……それなりに」

 

 今度は心まで読まれた。ちょっとこれは――手に負えないかもしれない。

 魔王もまた、この状況に困惑しているのか、沈黙を保っている。

 

「んー、空も青空いい天気♪ さぁて、気分も良くなったところでお話に入りましょうか」

 

 対して“オーバーロード”は実に楽しそうに笑みを浮かべ――この笑顔がとてつもなく魅力的なのがまた腹立たしい――語りかけてくる。

 

「そうね、せっかく貴方は勇者なのだから、それっぽく(・・・・・)演出した方が面白いかしら?」

 

 そう言うと、彼女はこちらを指差し。

 

「――勇者アスヴェル。(われわれ)の仲間になれば、世界の半分を貴方に与えましょう」

 

「あ、それ僕の台詞……」

 

 ぽつりとテトラが呟くも、特に重要そうではないので黙殺し、

 

「断る」

 

 アスヴェルは即決で否定した。

 

「半分では話にならない、どうせなら全部寄こせ」

 

「いいわよ」

 

「え」

 

 出鼻を挫こうとしたのだが――こちらが挫かれる。

 

「半分というのは言葉の綾というかお約束というか? ま、別に深い意味は無いの。貴方が本当に(・・・)(われわれ)の仲間になれるのであれば、半分とは言わずこの“地球”の管理権限を全て委譲しましょう」

 

「ち、地球?」

 

「この星の名前よ。ここで言う星の定義については――いちいち説明要らないわよね? それ位、“お母さん”から教わってるでしょ」

 

「……ああ、理解している」

 

 これはまずい。先程から徹底して会話のアドバンテージを取られている。アスヴェルが掴んでいる情報が余りに少なすぎる故なのだが、気分は余り良くない。

 

「光栄に思いなさい、アスヴェル・ウィンシュタット」

 

 “オーバーロード”が言葉を続ける。

 

(われわれ)は貴方を高く評価しているの。本来勝てる見込みなど無かった竜の駆逐を成し遂げ、偶然に依るものとはいえ情報生命体にまで存在を昇華した業績(・・)から――貴方が(われわれ)になり得る資格有りと認めましょう」

 

「神になり得る、だと?」

 

「そう。さっき言ったでしょ? “仲間になれるのであれば”って」

 

 女が笑みを深くした。こちらへ近づきながら、告げる。

 

「アスヴェル・ウィンシュタット。(われわれ)はね、貴方に“勝利条件”を提示しにきたの」

 

 そのまま顔を至近距離に――息遣いを感じるまで近くへ寄せ、こう結んだ。

 

(オーバーロード)におなりなさい。それを成し遂げた暁には――貴方へ世界を差し上げましょう」

 

 



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【2】神の問答

 

 

 

 彼女の言葉へ真っ先に反応したのはアスヴェルではなかった。

 

「何が勝利条件だ! ふざけるな!!」

 

 激昂したのは魔王テトラだ。

 

「神になれだと!? そんなこと、不可能だ(・・・・)!」

 

「あら。でも、竜との戦いだって似たようなものだったでしょう? もう一回アレと同じ奇跡を起こせばいいだけよ。それに――(われわれ)を打倒するなんて言う夢物語より、遥かに現実的な提案じゃない?」

 

「ぐっ」

 

 言葉を詰まらせる魔王。痛いところを突かれたのか。それとも、突かれたフリ(・・・・・・)をしているのか。

 代わりに、今度はアスヴェルが口を開く。

 

「“オーバーロード”とは種族名ではなかったのか?」

 

「ふふ、早速そこに言及するあたり、頭の回転は悪く無いわね。確かに(オーバーロード)は人類が定義する種族とは意味合いが異なるわ。敢えていうなら――位階(・・)。生命を究極にまで昇華した存在こそが、(われわれ)なのよ」

 

「その究極存在とやらへ私になれと? どうやって。毎日祈りを捧げろとでも?」

 

「そんなのは自分でお考えなさい。それとも勇者アスヴェルは手取り足取り教えてあげなきゃ何もできないダメな子なのかしら?」

 

「……ふむ」

 

 そう言われてしまうと、これ以上の追及がしにくい。とはいえ――

 

(――自分から“神になれ”と命令しつつこの返答をする辺り、根本的に私へ情報を与えるつもりはないんだろうな)

 

 胸中でそんな結論に至った。であれば、別の切り口から話を聞き出した方が有効か。

 

「お前にとって、仲間が増えるのはそれ程価値のあることなのか?」

 

「ええ、勿論。少なくとも、こんな街の管理より遥かに優先順位の高い案件よ」

 

「随分と人間の価値を低く見積もっているようだ」

 

 すると“オーバーロード”は実に心外そうな表情を浮かべ、

 

「まさか。(われわれ)は人類にだって一定の価値を認めているわ。よくある創作物の神のように“人は無価値だ”なんて言わないわよ。

 ふふ、そもそも“無価値”だなんて、とっても頭の悪い結論よね? 観察力の欠乏というか思考の放棄というか。この世界に全く価値のない存在なんて無いのに。そこらの道端に転がっている石にだって、ちゃんと価値はあるんだもの」

 

「ほう。ちなみに、“そこいらの石ころ”と“人間”、どちらの方が価値は上なんだ?」

 

「そんな分かり切った質問に答えてあげるのは趣味じゃないわぁ」

 

 言って、女性は口端を吊り上げる。随分とまあ、魅力的な笑みだった。

 嘆息一つ、話を続ける。

 

「“オーバーロード”は滅多に個体数が増えないということか」

 

「その通りよ。貴方達のように生殖行為で安易に増やすことができないの。だからこそ、貴方の可能性は貴重なのよ。(われわれ)の話、少しは信じる気になったかしら?」

 

「それなりに合点はいった」

 

 果たしてどこまで本当のことを言っているのか。あくまで勘に過ぎないが、嘘は言っていないように感じる。つまりそれはアスヴェルが“神”とやらになれば全てが解決するということであるが――

 

(――雲をつかむような話だ)

 

 魔王との話し合いに続いて自称“神”な宇宙人との対話という、字面だけでも現実味が無いことをやっているというのに、加えて“お前も神になれ”とか言われた日にはどう対処しろというのか。具体性がどこにも見えない。

 

「ま、いきなり(われわれ)と同じ位階へ到達しろ、とは言わないわ。

 まずは現実に――“3次元世界”へ干渉できるようにおなりなさい。それで第一段階をクリアしたものと認めます」

 

 ……こちらの考えを読んだのだろう。女が譲歩(なのか、これは?)を提案してきた。

 

「認められたらどうなる?」

 

「景品として東京(この街)をあげましょう」

 

「……あ、そう」

 

 あっさりと宣言されてしまった。まるで東京という街には何の興味も無いかのように。いや、実際その通りなのかもしれない。

 

「で、“神”への報酬を用意する代わりに、私達のレジスタンス行為を中止せよ、という流れか」

 

「え? 別にいいんじゃない、やれば」

 

「何?」

 

 予想に反する答えに、訝しむ。

 

できると思うのなら(・・・・・・・・・)やってみなさいってこと。

 安心なさいな、例え(われわれ)に反抗したとしても、貴方が(オーバーロード)になった際の報酬を減額するつもりはないから。もっとも、(われわれ)に挑んだ結果ものの弾みで命を落としてしまうかもしれないけど――そんなの、覚悟の上よね?」

 

「あー、なるほど」

 

 彼女の思考形態が大よそ理解できた。

 この女は本気で、“アスヴェルが神に至る可能性”にだけ(・・)関心があるのだ。他は全て些末事。仮にも勇者と魔王を前にして、何の脅威も感じていない。人間達が何をしようと知ったことでは無いのだ。テトラが言った、『オーバーロードが干渉してくることは無い』という見立ては、あながち間違っていなかった。

 

(逆に、報酬の信憑性も高くなったな――彼女にとって、東京を渡すことなど痛くもかゆくもないのだから)

 

 もっともそれは、“オーバーロード”の要望を満たしさえすれば、という話ではある。魔王の反応から見ても、そう簡単な目標とは言えないのだろう。

 

(それに――あれ程強く否定するとは。テトラの奴、まだ私に説明していない内容があるな?)

 

 “オーバーロード”がどんな存在(モノ)なのか把握していなければ、ああはなるまい。魔王もまたアスヴェルに全てを語った訳ではない、ということだ。

 

(とはいえ提示条件だけ見れば、どちらを信じるかここで判断する必要は無いのだが……)

 

 何せ、魔王の提案も“オーバーロード”の提案も現時点で両立できてしまうのだから。

 

(ここまで都合良く話が転がるというのは実に気に入らない。手の平の上で踊らされている気分だ。或いは、“政府打倒”へ集中させないことが狙いという可能性も――)

 

 様々な考えは巡るが、結局は“現状で結論は出せない”という結論に至る。

 

(一先ずここは彼女の話に乗る返答をした方が無難、か)

 

 だが、その前に確認した事項があった。

 

「一つ、聞かせて欲しい」

 

「なぁに? 気分が乗ったら答えてあげるわよ」

 

「あの“ゲーム”だ。参加者をいたずらに殺害するアレを、何故開催しようと思った?」

 

「何かと思えば、そんなこと? 随分とつまらないこと聞くのね」

 

 ため息を吐かれる。しかし、アスヴェルとしてもここで退くつもりはない。

 

「私がこの街について見聞きしてきた中で、あの“ゲーム”だけが異質だった。他は合理の塊とも言えるシステムが構築されていたにも関わらず、あそこだけ不合理に塗れている。はっきりいって無駄だらけだ。何故、あんな“程度の低い”代物を実施していたんだ?」

 

「あれは神《われわれ》の指示ではないわ」

 

「うん?」

 

「この街の“政府”が独自に立ち上げた企画よ。だから、そこに合理を求められても?」

 

「政府が? いったい何の目的であんなものをやったというんだ」

 

「さぁ? 本人に聞いてみたら?」

 

「止めることもできただろう」

 

「人のすることにアレコレ口を出すのは趣味じゃないの。放任主義なのよ、(われわれ)は。ま、気に入らないのなら止めさせればいいわ。貴方がこの街の新たな管理者になった後で、ね」

 

 “ゲーム”に対しても執着の無さは変わらない。

 

(全ては政府の責任であり、“オーバーロード”に過失はないと? はてさて、怪しいもんだ)

 

 嘘は言っていないが、全てを語っているようにも見えない――ように感じる。しかしその違和感は、ここで提案を御破算とするに足るものではなく。

 

「……分かった。当面のところ、お前の提案に乗ってやる。なってやろうじゃないか、“神”とやらに」

 

「それは良かったわ♪ 新たな同胞が産まれることを祈っています――ただ」

 

「ただ、なんだ?」

 

「延々と待ち続けるのも退屈なのよね。一つ、“期限”を設けましょう」

 

「期限だと?」

 

「そう。何のデメリットも無いゲームなんて面白くないでしょう?」

 

 言うや否や、女は指をパチンッと鳴らす。次の瞬間――

 

 

「――へ?」

 

 

 きょとんとした――何が起きたか(・・・・・・)分からない(・・・・・)という表情の、亜麻色の髪をした少女が現れた。

 

「ミナト!?」

 

 思わず叫んだ。少女もこちらの気付いたようで、目を白黒とさせながら走り寄ってくる。

 

「アスヴェルに親父!? な、なんだよコレ!! 急に景色が変わったんだけど!? ここどこ!? あの女、誰!?」

 

「湊音! <ログアウト>してたんじゃないのか!?」

 

 そんな魔王の質問に、

 

「そろそろ飯の時間だから呼びに来たんだよ!」

 

「ぬ、ぐっ――タイミングが最悪すぎる……!!」

 

 返った来た言葉で、テトラは頭を抱えた。

 一方でアスヴェルは目の前の女を睨み、

 

「オーバーロード! 何をしたっ!?」

 

「何って、新たなお客を招待したの。ほら、やっぱり勇者はヒロインを助けてこそ、じゃない? それに貴方、この子に大分執着してるようだし、いい起爆剤(・・・)になると思って♪」

 

 その台詞と共に、オーバーロードはもう一度指を鳴らした。途端、ミナトが悲鳴を上げる。

 

「な、なんだなんだっ!?」

 

 突如、虚空より“鎖”が出現し、あっという間に少女の身体に巻き付く。

 

「え、え、え――っ!?」

 

 その鎖はミナトの全身を絡めとった後、彼女の中へと吸い込まれるように消えていった。

 

「――って、なんとも、ない?」

 

 後に残ったのは、割と平気そうな様子の少女。が、なんともない訳が無い(・・・・)

 

「オーバーロード!!」

 

 掴みかかるが、その手は空を切った。瞬きの間に、女は遥か後方へ移動していた。

 

「やぁね、別に変なことはしてないわ。ただちょっと、<ログアウト>できなくしただけ」

 

 アスヴェルの殺気を事も無げに流し、肩を竦めながら(オーバーロード)は答える。

 

「当面の間、特に何の問題もないわ――でもね、ずっとDivine Cradleに繋いでるのって、余り身体によくないの。ほら、ゲームは1日1時間って言うでしょ? ふふ、<ログイン>している間は栄養補給も排泄もできないものね」

 

 面白そうに嗤う。

 

「ここの施設はろくに治療設備が整ってないし、もってせいぜい1ヶ月くらいかしら? だから――彼女が衰弱死するまでの期間(・・・・・・・・・・)を、刻限とします」

 

「戯言を言うな! 彼女は関係ないだろう!!」

 

「関係大ありよ。大事な女性(ひと)の命が懸かってた方が、やる気出るってもんでしょう?」

 

「――――!!」

 

 瞬間、血流が沸騰する。

 そうか。こいつはそういう奴か(・・・・・・)

 

「……ああ、そうだな。やる気? 出てきたとも。今にも噴き出そうだ(・・・・・・)

 

 自然と笑みが零れた(・・・・・・)

 

「ここでその成果を見せてやる」

 

 とりあえず(・・・・・)、こいつは殺そう。

 

 

『――経絡(みち)を拓く、稲光(ひかり)を纏う、(いかずち)が巡る』

 

 

「磁式・雷迅」

 

 魔術による身体の極限強化。

 音すら置き去りにする速度でオーバーロードへと迫る。

 敵が己の間合いに触れた刹那――アスヴェルは一片の躊躇いなく、拳を“神”へと叩き込んだ。

 

 

 



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【3】対神初戦

「思うんだけど」

 

 涼しげな声が耳に届く。

 

「貴方、遠距離攻撃が得意な癖に、やたらと接近戦を好むわよね?」

 

 “オーバーロード”だ。アスヴェルの拳は彼女に届いていない。女の人差し指にそっと触れている(・・・・・・・・)だけだ。どれだけ力を込めようと、腕はピクリとも前へ進まない。そのか細い腕に似合わぬ異常な膂力。

 つまるところ、勇者が繰り出した会心の一撃が、指一本で止められたという結果だ。

 

「――ふっ!」

 

 その事実を確認するや、アスヴェルはすぐさま身を翻し――左足を軸に回転すると、その勢いのまま蹴りを仕掛ける。

 

「ふぅん――身体に磁装(マグネットコーティング)を施して、稼働効率と反応速度を上げてるわけ」

 

 空振り。

 脚の過ぎ去った場所には、既に女の姿は無い。

 瞬時に後方へ移動していたのだ。

 すぐさま追撃――

 

「ま、“竜”相手なら十分有効な魔術なんでしょうけど、(われわれ)相手へ使うにしては随分とお粗末じゃない?」

 

 手刀。

 足刀。

 貫手。

 鉤手。

 正拳。

 

 直蹴り。

 踵落とし。

 あびせ蹴り。

 脛蹴り。

 回し蹴り。

 

 一挙一動が大気を切り裂く神速の技。

 それらを上段、中段、下段と振り分け、併せて37手を数秒の間に繰り出し――その全てが不発となった。

 悉くを回避されたのだ。

 

「どう? この華麗な動き♪ 見惚れちゃわない?」

 

 軽口が飛んでくるが、言うだけある。彼女はアスヴェルの一撃を必要最小限の動きで避けているのだ。ミリメートル単位の、正しく紙一重で避けてくる様は、優雅さすら感じられる。

 

(こっちからすれば、かわされているという感覚でも無いが)

 

 胸中で愚痴る。

 攻撃を放った瞬間、既に相手はその場所に居ない(・・・・・・・・)のである。手と足が、ただひたすらに空を切ってしまう。“オーバーロード”はすぐ眼前へ居るというのに、まるで届く気がしない。独りで演武でもしているような気分になる。

 

(おそらく。こちらの行動を高精度で予測し、完璧な回避をとっているのだろう)

 

 戦いを仕掛けて早々にこのような状況へ陥れられた。こちらの全力が悠々と対処されている。いや、遊ばれている(・・・・・・)と表現した方が正確か。

 一見して打開策の無い局面でアスヴェルは――

 

(思った通り。やはりこの女、素人(・・)だ)

 

 ――顔には出さず、ほくそ笑んでいた(・・・・・・・・)

 先程までの会話の最中、その細かい所作からも感じられていたことでもある。

 

 確かに“オーバーロード”の動きは洗練されている。美しい所作だ。だがそれは“美術品”としての美麗さに近い。

 足運びに始まる重心の移動や、四肢の動作連動が戦闘者のソレではない。

 

(計算で導かれた最適解にただ従っているだけ(・・・・・・・・・)。これまでに“戦い”と呼べる行為を行ったことがあるかどうかすら怪しいな)

 

 そう結論付けた。

 ならば、手はある――というより、アスヴェルは最初からソレを前提として動いていた。熟練の戦士には通じないが、戦闘未経験者には効果的な一手。

 もったいぶった言い方をしてしまったが、要するに“フェイント”である。

 

「なぁに? まだ続けるの? 自分の身の程、理解できてないのかしら?」

 

 訝しむ声を尻目に、アスヴェルは再度“オーバーロード”に向けて接近戦を挑む。“仕上げ”を実行するために。

 

 ……戦いの初めから、攻撃の中にある一定のパターンを紛れ込ませていた。ある“Aという行動”を起こした後は、必ず“Bという行動”をとるようにしていたのである。簡単に例えるなら“大きく打ち込んだ直後、バックステップする”という動作であったり、或いは“上段を狙った後に足元へ攻撃を移す”という動作だ。

 これまでの無為とも言える突貫は、このパターンを相手の無意識に刻み付ける(・・・・・・・・・)作業だったのである。

 

(そのパターンを――崩す)

 

「あら?」

 

 綺麗に。

 ものの見事に。

 “オーバーロード”は引っ掛かった。

 

 それは刹那の逡巡である。

 僅かな戸惑いに過ぎない。

 だがそれでも、“一つ当てる”だけならば、十分な隙。

 

(二度目は無い。分かっている。一度見せた以上、次は必ず対策される)

 

 きっと“オーバーロード”はそういう存在だ。

 だからこそ、一撃で決める。

 

 

悪夢(ユメ)(ウタ)う、死を記録(シル)す、終焉(オワリ)を捧げる』

 

 

 紡がれるは呪詞(のりと)。構築するは必討の魔術(・・・・・)

 

「磁式・終淵――!」

 

 発動と同時に右の掌へ“黒色の欠片”が生じる。アスヴェルは一切の躊躇なく、その“欠片”を“オーバーロード”の身体へと埋め込んだ(・・・・・)

 

「――あ」

 

 小さな吐息が、女から漏れる。

 次の瞬間、“オーバーロード”の身体が分解を始めた。体表からテクスチャーが剥がれ落ち、徐々にその全身が掻き消えていく。

 

「これは――情報破壊(クラッキング)

 

 壊れていく四肢を見つめながら、そんな言葉を“オーバーロード”が紡ぐ。

 正に御名答。あの“欠片”は情報の塊(コマンド)だ。対象の情報(データ)侵入し(ハック)、それを改竄する(クラック)――今回の場合は消去(デリート)、だが。強いて言うなら、この仮想空間においてのみ作用する“即死魔術”。“ゲーム”の際、運営に対して使ったものと同種の代物である。

 

「――――」

 

 そして音も無く、何の抵抗も無いまま。

 余りにあっさりと、“オーバーロード”は姿を消した。

 

「やった――訳が無いか」

 

 一息つく間すら無く。

 

 

「もっちろん♪」

 

 

 目の前に、再度“オーバーロード”が現れた。先程までと変わらぬ笑みを携えて。

 女はゆったりとした動作でこちらへ手をかざしてくると、

 

「えい、デコピン!」

 

 言葉の通り、中指を弾いてくる。デコピンとか言ってるわりに、額にはまるで届いていなかったりする、が。

 

「おぉおおおおおっ!!?」

 

 衝撃(・・)で吹き飛ばされた。強引に床へ足を突き立てるも、巻き起こる突風は地面そのものを捲り上げる。故に体勢を立て直せず、アスヴェルの身体は地を跳ね無様に転がり続け――“神殿”の壁にぶつかり、ようやく止まった。

 

「ぐ、はっ!?」

 

 背中を強打して肺が息を漏れる。身体のあちこちにも裂傷が走っている。“ゲーム的”言えば、一瞬でHPの大半を削られた、といったところか。

 すぐ立ち上がり反撃を――とも行かず。

 

「ぬぐっ!」

 

 首を掴まれ強引に立ち上がらせられた。華奢腕に見合わぬ剛力。首に食い込んだ指を剥がそうとしても、微動だにしない。

 

「――大したものね」

 

 やっていることとは裏腹に、女は優し気な声で語りかけてくる。

 

「ああ、分かってると思うけど、あんなチャチな(・・・・)情報操作のこと言ってるんじゃないわよ? 褒めてるのは、(われわれ)に攻撃を当てることができた事実に対して。流石、(格上)と戦い続けてきただけあって、大物食い(ジャイアントキリング)はお手の物ってわけね。全く意味が無かった(・・・・・・・・・)とはいえ、その戦闘センスには目の見張るものがあったわ」

 

 言っている最中にも、彼女の指は容赦なくアスヴェルの首を絞めつける。気を抜くと意識を持って行かれそうだ。

 

「というか、最初からそれが目的だったのかしら? “ここ”での死は“3次元世界”での死に繋がらないことは、貴方だって十分理解してるんだもの」

 

 首を傾げ、目を細めながら独り言を続ける。

 

「怒ったフリ(・・)をして、(われわれ)に自分の有能さをアピールしたかったとか? だとしたらその目論見は成功よ。ええ、(われわれ)は今、貴方のことを先程よりも強く意識しているわ。少し――ほんの少しだけど、このまま握りつぶしてやりたい(・・・・・・・・・・)という欲求が湧いています」

 

 随分と好き勝手な妄言を垂れてくれたものだ。

 

「本当ならこのまま帰るつもりだったのだけれど。これだけのことをしてくれたのだから、ご褒美をあげなきゃね――情報操作(クラッキング)の見本、見せてあげるわ」

 

 その台詞と共に、彼女の手から“何か”が流れ込んできた。先程アスヴェルが使った魔術と同種のモノ。いや、それよりも遥か高度に組上げられた“情報”。ソレが、己の内側(データ)を侵食してくる。

 

「――――!!?」

 

 身体から力が抜けた。

 筋肉が萎んでいく。

 全身が衰えていく。

 自分がこれまで積み上げてきたものが、消え失せていく(・・・・・・・)のを感じる。

 

「……なに、を」

 

 掠れる声を絞りだす。幸い、相手の耳には届いたようで、

 

「貴方をLv1に戻したの(・・・・・・・・)。感謝しなさい。(われわれ)にここまで面倒看て貰えるなんて、早々無いことなのよ?」

 

 首を掴んでいた手が離れる。足に力が入らず、そのまま倒れ込んだ。

 

「せっかくだし、その状態で“Divine Cradle”を愉しんでみたら? ふふ、最初から“強くてスタート”したら、ゲームの醍醐味は味わえないもの」

 

 倒れたまま動けないアスヴェルを嘲笑うように微笑みを浮かべ、

 

「じゃ、この辺りで失礼するわ。次は“三次元世界(あっち)”で会えると良いわね?」

 

 一方的に告げると、“オーバーロード”は忽然と姿を消した。程なくして風景も変貌を遂げ――気付けば、元居た場所に戻っていた。

 視界の端にはこちらへ駆けて来る2人――ミナトと魔王が見える。彼等が無事であることを確認し、アスヴェルは脱力して手足を投げ出す。

 

「……なかなかしんどいことになりそうだ」

 

 こうして(オーバーロード)との初戦は、勇者の敗北という形で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ご息女の容態は如何ですか?」

 

「今のところ健康体そのものだ。当面の間は大丈夫だろうが――“オーバーロード”の言った通り、期限は1ヶ月だね」

 

「医療用資材が必要なのでしたら搬入させますが」

 

「結構だよ。この時期にそちらが派手な動きをするのは流石に避けたい。それにどのみち、この1ヶ月で決着をつけるつもりだったんだ。計画に支障はないとも」

 

「ですが――魔王、貴方の切り札(勇者)は“オーバーロード”に敗北を喫したではないですか。本当に彼を信じても良いのでしょうか?」

 

「それも問題ない。あれは負けるべくして負けただけだ」

 

「つまり、敗北を前提として勝負に挑んだと?」

 

「そうさ。その証拠に、負けた後もアスヴェルはしっかりと生きている。ここで自分が殺されることは無いと見切っていたんだ」

 

「……理解しかねます。ただ短絡的に危険な橋を渡っただけようにも思えますよ。生きていたとはいえ、彼は大きな弱体化(ペナルティ)を課されました。いったい何のために彼は戦ったのです?」

 

「それは勿論――そうすることが必要だったからだろう」

 

「要領を得ない物言いですね」

 

「互いに示し合わせた訳でも無いのでね。ある程度推察はできるけれど――“オーバーロード”はその気になれば僕達の会話を傍聴することもできる」

 

「不便なものです」

 

「全くだよ。まあ、いちいち僕達の話を盗み聞く程、あちらは僕達に興味を持っていないだろうけど」

 

「そこに突破口がある、ということですか。分かりました。

 元より貴方とは一蓮托生の身。貴方の信じる勇者を疑うような真似はよしましょう」

 

「ありがとう。では、陛下には引き続き蜂起のための根回しを続けて欲しい」

 

「承りました。そちらはどうなさいます?」

 

「当初の予定通り――と言いたいところだが、まずは勇者の“レベリング”を優先しないとだね」

 

 

 



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【EX】Rの開放

 

 

 適度な大きさの岩に腰かけ、勇者アスヴェルは考える。

 

(……“オーバーロード”の言うことにも一理有る。私はもっとこの世界を見て回るべきだ)

 

 それは決してあの女に諭されたからという訳ではなく、魔王と話していた際に決めていたことだった。

 当初、アスヴェルの目的は“元の世界へ戻ること”であった。こちらの世界において自分はあくまで外様であり、それ故にこちらの事情へ余り深く立ち入ることはしないよう自分を諫めていたのだ。だが、反政府活動に関わる以上、ここに住む民の実情を把握しなければならない。

 

(何せ、私は住民が受けているという弾圧を言葉でしか知らないからな)

 

 所詮、アスヴェルの知識はミナトやハル、サイゴウや魔王からの受け売りに過ぎないのだ。彼等の言葉を疑うつもりは無いが、実感が足りていないというのも事実である。

 

(それに少なくとも、“Divine Cradle”内で人々はそう不自由なく暮らしているように見えた)

 

 命を懸けた“ゲーム”への強制参加、己の子を取り上げられるという理不尽を除けば(・・・)、平穏な暮らしが約束された社会――そのように捉えることもできる。

 

(見極めねばならない)

 

 何が正しく、何が悪か。レジスタンスと政府の戦いは、どのような形で決着するのが望ましいのか。当事者の一人として責任を負うのだから、十分に考え抜かねばなるまい。

 

(司政官にも面会してみたいところだ)

 

 政府側の事情も知りたいところではある。ただの屑の集まりであれば、話は早いのだが。

 ハルから話を通して貰えないものか……いや、そこまで彼女に負担をかけるのも忍びない。

 

(まあ、どちらにせよあの女には然るべき報いを与える訳だが)

 

 そこは変わらない。例え、それによって多くの人が不幸に(・・・・・・・・)なるとしても(・・・・・・)、だ。自分への仕打ちはともかく、ミナトへ手を出したことは許しがたい。落とし前は着ける、必ず。ただ、オーバーロードを倒しミナトを救い、それでめでたしめでたし――と終わる案件ではない、というだけの話で。

 

 

「おい、変な顔してどうしたんだ?」

 

 

 と、考え事をしている最中に声をかけられた。

 

「――ミナトか。もう検査は終わったのか?」

 

「ああ、特に問題無いって。ログアウトできないこと以外は。

 ハハハ、まいったまいった。せっかく“ゲーム”から生還できたってのに、今度はゲームから抜けられなくなるなんてな。人気者は辛いぜ」

 

 笑ってはいるものの表情は強張っており、強がりが見え見えである。彼女の境遇を考えれば無理のないことだ。

 

「そちらもすぐ解決する。私がいるのだからな、大船に乗った気でいるといい」

 

「その自信は一体どこから来るんだよ? いやその、信じてるけど、さ」

 

 少女は少し頬を赤らめてそっぽ向いた。しかしすぐに調子を戻し、

 

「オマエの方こそ大丈夫なのかよ。Lvが1になっちゃったんだろ? 具合悪くなったりしてないのか?」

 

「私の方も色々検査は受けた。力を失ったことを除けば、悪影響はないようだ」

 

 改めて、身体を動かしてみる。握る手にまるで力が入らない。物を持てないという程に酷くは無いが、かつてのような動きはできないだろう。

 

「……普通、力を失うのって大問題なんだけど」

 

「鍛え直せばいい。1ヶ月もあればなんとでもなる」

 

「マジか」

 

 ミナトが目を丸くした。

 ……こうは言ったものの、本当にたったの1ヶ月で万全な状態を取り戻せるとはアスヴェルも思っていない。ただ、今の目的は“オーバーロードないし現行政府を処理する”ことであり、“力を取り戻すこと”では無い。ならば、色々と手はある筈だ。

 

「……ひょっとしてアスヴェル、“オーバーロード”になるつもりなのか?」

 

「ん?」

 

「“オーバーロード”が言ってたんだろ。自分みたいになれば、この街をオマエにあげるって」

 

「ふむ、それも選択肢の一つではあるな」

 

 いい様に弄ばれた挙句に相手の思惑へ乗るというのはかなり癪だが。

 

「簡単に言うけど、宇宙人になんてなれるもんなの?」

 

「本人曰く普通の宇宙人とは少々違うとのことだが――ヒントは貰ってる」

 

「普通の宇宙人ってまたツッコミどころ満載な単語だな……ま、いいけど。

 で、ヒントって何?」

 

「あの女は、態々私のLvを1に戻したが、これは弱体化というデメリットだけでなく“成長の余地”というメリットが産まれたとも捉えられる。元々の私は完成し尽くされていたためにこれ以上の強化は難しかったからな」

 

「さらっと自慢入れてきやがったな」

 

「その上であいつは、“Divine Cradle”を愉しめと言った訳だが――これはつまり、この仮想現実における成長(レベルアップ)の過程に、“(オーバーロード)”化への手掛かりが仕込まれている、ということではないだろうか」

 

「……オマエの理解力が高すぎて怖い。ちょっと前までここが現実世界だと疑ってなかった奴とは思えねぇ」

 

 何故だかミナトは若干引き気味だった。

 

「でも、単なる嫌がらせって言う線は無いのか?」

 

「うーむ、そういうことをする奴には見えなかったなぁ。私に対して悪意が無いとは言わないが、“正解に辿り着けなくする”直接的な妨害を行うのではなく、もっと陰湿な――“正解に辿り着けない無能さを嘲笑う”タイプのように思う」

 

「あー、言われると確かにそれっぽいかも。表立って文句言わないで、裏で陰口叩いてそうな」

 

 アスヴェルの推理に、ミナトもうんうん頷く。“オーバーロード”への第一印象は互いにそうずれていないようだ。

 

「もっとも、この解釈があっていようがいまいが、

 

「じゃあ、アスヴェルはこれから“Divine Cradle”を遊び倒すってことだな」

 

「遊ぶという単語はニュアンスとして正しく無いような気もするが、概ねその通りだ」

 

「ほっほーう。いいだろう、なら熟練者であるこのミナトさんが、初心者であるアスヴェルくんに“Divine Cradle”をレクチャーしてやろうじゃないかね」

 

 急に偉そうな態度のミナトである。

 

「では、早速一つ頼みたいことがある」

 

「お、なんだ?」

 

「今日の宿、どうにかならないか?」

 

「うん?」

 

 言われて少女は周囲を見渡す。この辺りはアスヴェルとテトラが暴れたせいで瓦礫しか転がっていない。

 

「……寝れそうな場所、無さそうだな」

 

「別に野宿でも構わないが、用意できるのであれば寝床が欲しい」

 

「本当なら、アスヴェル用の家を構築しようってことだったんだけど――“オーバーロード”が急に出てきたことへの対処で皆それどころじゃなくなっちまったんだよなぁ」

 

「そうだったのか」

 

 唐突に敵の親玉が現れたのだ、サイゴウ達もさぞ肝を冷やしたことだろう。今はそれの後始末に追われているということか。

 

「すると、また野宿か……」

 

「……それなんだけど、さ」

 

 どこか言い難そうな風で、ミナトが口を開いた。

 

「オレの<マイルーム>、このサーバーに繋げて貰ったから。なんなら、来るか?」

 

「シャキーン!!」

 

「うぉ!?」

 

 途端、活力が漲る。

 自室へのお誘い→しかもミナトは今<ログアウト>できない→つまり一夜を共にする→後は分かるな?

 

「オーケー、オーケー。全て理解した。私の方は全く持って問題無く万全だ。さあ行こうすぐ行こう今行こう」

 

「がっつきぷりがハンパねぇ!? オマエ、分かってんのか!? 泊めるだけだぞ!? 他は何も無いんだからな!?」

 

「大丈夫! 分かっている! 野暮なことは口にしなくていい。後は私に全てを任せておけ!」

 

「まるで安心できねぇ!? あれ、ヤバい!? オレ、早まったか!? あ、待て、引っ張るな! 手を引っ張るんじゃない!!」

 

「勇者は拙速を尊ぶと言った筈だ!!」

 

「目が血走ってるぅうううっ!!? そもそもオマエ、オレの<マイルーム>の場所知らないだろ!?」

 

「匂いだ! 匂いで分かる!!」

 

「嘘つけぇえええっ!!?…………え、嘘だよな?」

 

 喚く少女を引きずり(ドナドナし)ながら、人生のゴールに向けて力強く歩き出した。

 

 

 

 

 

◆勇者一口メモ

 現在のアスヴェルはLv1相当の性能しか持たない。

 つまりLv71のミナトであれば、抵抗は容易なのだが――?

 

 彼等がこの夜どうなってしまうかは「勇者がログインしましたR」で確認を!

 

 

 



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第18話 勇者⇒チュートリアル
【1】冒険再開


「えー、という訳で、レベリングをしようと思う」

 

 開口一番、テスラが言ったのはそんな台詞だった。

 

「レベリング――つまり、私の力を取り戻そうということだな?」

 

「その通り」

 

 アスヴェルの確認にテスラは首肯する。

 今、勇者と魔王の2人がいるのはちょっとした広さの“会議室”だった。ここは昨日、アスヴェルが勢い余って更地にした場所であり、一夜の内にそこへレジスタンスの技術班というチームが建屋を作っていたのだ。この会議室以外に、講堂だの執務部屋だの食堂だの、これから行うレジスタンス活動に必要な設備が揃っている。運営を滞りなく行うための、ゲーム内施設だとかなんとか。

 こんなものをささっと建てられてしまう辺り、仮想現実というのは便利なものである。

 

「というか、それなら私の家もついでに作ってくれれば」

 

「作ったよ?」

 

「え?」

 

 予想外の一言を浴びせられた。

 

「ここの裏手に、君専用の家屋があるんだ。湊音から聞いてないのかい?」

 

「……聞いてないな」

 

 そうだったのか――そうだったのか。色々と(・・・)合点がいった。

 

「あれ? それじゃ君は昨日いったいどこに泊まっていたんだ?」

 

「その質問の回答を――」

 

 一呼吸、もったいぶってから。

 

「――聞きたいかね?」

 

「…………ちょっと、心の準備が欲しいかなぁ」

 

 魔王はヘタレた。そう遠くない内に思い知ることになるのだが。

 それはそれとして。

 

「しかしレベル上げか。1か月足らずでどこまで強くなれるものなんだ?」

 

 レベルというものがこの世界における“強さの基準”であることは既に知っている。ただ、ミナトやハルの言動からして早々簡単に上がるものでもなさそうだった。2人とは割と長く一緒に行動していた筈だが、アスヴェルが知る限りではミナトのレベル上昇は2回、ハルのレベルが上がったことは一度も無かった。

 

「レベルの低い内は頻繁にレベルアップできるのだけれど、正直なところ、1か月で元に戻るのは不可能と思った方がいい。寝る間も惜しんで励んだとして、せいぜい50レベル、つまり以前の君の“20分の1”にも満たない強さになるのが精々だろう」

 

「そうか……まあ、問題ない。元通りになるのが目的ではないからな。あの女(オーバーロード)を倒すことができるのであれば私の強さなどどうでもいい」

 

「相変わらずな思い切りの良さ――頼もしいね」

 

 微笑むテスラだが――そうは言ったものの“20分の1”というのは流石に心もとなかった。あと少し(・・・・)欲しい。“あの技”を一発使えるだけの魔力が必要なのだ。

 

「……オーバーロードになるという手段もあるにはあるが」

 

「僕はおすすめしないけれどね。余り愉快な連中とは言い難い」

 

「とはいえ、背に腹は代えられないだろう」

 

 ミナトの命まで懸かっているのだから、失敗は許されない。レベル上げと同時並行して、(オーバーロード)化への方法も模索しなければ。

 

「何にせよまずはレベルを上げなければならないか。今の私では、あちこち動き回るのにも支障が出そうだ」

 

「懸命だね。確かにLv1では、最弱クラスのモンスターにも手こずることになる。下手をすればあっという間にゲームオーバーだ」

 

「……まあ、自分がどれだけ弱くなっているかは理解しているつもりだよ」

 

 言いながら、手をぐっと握りしめる――やはり、力が入らない。子供の頃に戻ったかのようだ。いや、あるいは子供相手に腕相撲で負けるかもしれなかった。

 

「確か、レベルを上げるには魔物を倒せばいいんだったな。そっちでシステムを弄って、適当な魔物を出現させることはできないか?」

 

「それは可能なんだけれど――さあ、ここで問題が浮上する」

 

 テスラは困ったように苦笑いすると、

 

「“ココ”ではレベルが上がらないんだ」

 

「何!?」

 

 アスヴェルの目論見を根底から崩す一言だった。

 

「“ゲーム”のために作られた場所だからなんだろうね。僕達が管理するこの世界(サーバ)では、幾らモンスターを倒してもレベルが上がらない仕組みになってる。正確に表現するなら、“レベルアップ”機能がここでは省かれているんだ」

 

「“ゲーム”の最中に強くなられちゃ困る、ということか」

 

「そうだろうねぇ。困った奴らだよ、“運営”は。おかげで僕は大分悩まされることになった」

 

「ある意味で有能な連中だ。で、対応策はあるんだろうな?」

 

「“Divine Cradle”の本サーバに戻るしかないね」

 

 当たり前といえば当たり前のことを口にするテトラ。

 

「“ここ”から“あちら”には直接渡れないと聞いたが」

 

「その通り。だから頭をひねる必要がある。まあ、その辺りは僕に任せてくれ。こっそり忍び込む方法の一つや二つ、用意してある」

 

「ほほう」

 

 流石はレジスタンス。そういう裏技は確保しているらしい。

 

「ただ、準備にちょっと時間がかかるんだ。“Divine Cradle”への侵入は明日まで待って欲しい」

 

「うーむ、仕方ないか」

 

 時間は惜しいが無い袖は振れない。アスヴェルより遥かに事情へ詳しいテトラがこう言っているのだから。

 

「となると、今日一日空いてしまうことになるな。何かできることはないものか……?」

 

「それなんだけどね」

 

 ずいっと魔王の顔が近づいた。

 

「――ちょっと、チュートリアルしてみないか?」

 

 

 

 

 

 

「よっしゃ、冒険の始まりだぜ!」

 

 ガッツポーズと共にそう叫ぶのは、アスヴェルの恋人(と表現して問題ない筈だ、うん)であるミナトだ。昨日は気落ちしていたようだったが、一転、今日は大分元気が回復していた。その顔には眩しい笑顔が戻っている。

 

「いいか、アスヴェル! オレが“Divine Cradle”でのやり方っつーもんを徹底的にレクチャーしてやるからな! しっかり覚えるんだぞ!」

 

「お手柔らかにな」

 

 ビシっとこちらを指さす少女に相槌をうつ。回復どころかちょっと元気過剰気味のようだが、悪いことではあるまい。

 

 アスヴェルがテスラに案内されたのは、一つの洞窟(ダンジョン)であった。ここが“チュートリアル”とやらの場所らしい。

 ここもまたレジスタンスの技術班が作り上げた代物だそうで、次のような特殊ルールが適用されるとのことだ。曰く、

 

・中に入るとレベルが1になる。

・中で死亡したとしても、洞窟入り口へ戻されるだけで何のペナルティも発生しない。

 

 なんでこんなルールを、と不思議に思うかもしれないが、これはアスヴェル用に設置されたダンジョンなのだ。

 通常のプレイヤーは、“Divine Cradle”内で死亡してもデスペナルティを負わされるだけでゲームから除外されるようなことはない。しかしアスヴェルはNPCという立場であるため、それが適用されるかはかなり怪しい。いや寧ろ、ゲーム内の死が“本当の死”となる算段が高い。アスヴェル本人は勿論、アスヴェルを対オーバーロードの切り札として考えているテスラ達にしても、その危険性は無視できないものであった。

 そこで、この洞窟の出番なのだ。ここならばかなり無茶をしたとしても、死亡することは決してない。彼がレベル1(弱体した状態)での立ち回り方を覚えるために、うってつけの場所(チュートリアル)という訳である。

 

「うん、有難い」

 

 態々自分のためにそこまでしてくれたレジスタンスの人々に、そっと感謝を送った。

 で、そんな洞窟へ一緒に潜るのがミナトと――

 

「この3人でまた一緒に冒険できるなんて――嬉しいです!」

 

 ――そう言って顔を綻ばせているハル、改め(ハルカ)である。

 

「…………」

「…………」

 

 なんとなく、アスヴェルはミナトと顔を合わせた。

 

「ど、どうされたんですか、お二人とも? まだ調子戻りませんか? 凄く変な空気を感じるのですけど」

 

「い、いや、そんな大したことじゃないんだ。大したことじゃないんだが――」

 

 アスヴェルが言い渋ると、その後をミナトが継ぐ。

 

「――ハル、居なくなっちゃったんだな、てさ」

 

「ハルは私ですよ!?」

 

 響く戸惑いの声。

 それは分かっている。それは分かっているのだが、これまでアスヴェルと共に冒険してきたハルはこんな正統派美少女ではなく、太っちょな青年だったのだ。

 頭では2人が同一人物だと理解していても――いつもならそこに居る筈の人物が居ないことに、一抹の寂しさを感じてしまう。

 

「もう、会うことは無いのかな、アイツには……」

 

「だから目の前に居ますって!!」

 

 遠い目をするミナトと、それに抗議する悠。ミナトの気持ちも分かる故、悠への弁護がどうもしにくい。

 しかしそこでアスヴェルは不敵な笑みを浮かべた。

 

「安心しろ、ミナト。こんなこともあろうかと私に考えがある」

 

「お?」

「え?」

 

 2人の少女から一斉に視線を浴びる。そんな中、アスヴェルは大きく手を振り上げ、

 

「さぁ来い! 今こそ君の出番だ!!」

 

 ある人物の登場を促した!

 

 

「お呼びのようですなぁ!!」

 

 

 そんな声と共に、一人の男が姿を現す。顎だの腹だのに随分と脂肪を蓄えた、恰幅のいい青年。

 

「あ、貴方は――“ゲーム”中、なんか向こうの方で『でゅふでゅふ言っていた人』!? 『でゅふでゅふ言っていた人』じゃないですか!!?」

 

 どうやら悠とは顔見知りだったらしい(第14話参照)。どうしたことか、物凄く複雑そうな顔をしている。

 だが、一方でミナトはと言うと満面の笑みを浮かべ、

 

「お、おお! ハル! ハルだ! ハルが帰ってきた!!」

 

「ハルは私なんですよぉ!? 確かに自分でもちょっとこの人とはキャラ被りしてるなって思ってましたけど!!」

 

 そこで悠は太い青年の方へ人差し指を突き付け、

 

「だいたいこの人、悪人じゃないですか! 

 

「おおっとこいつは手厳しいご反応――ですがご安心なされい、ワタクシ、あの時のアスヴェル殿の活躍を見て心を入れ替えたのです! この方がワタクシを真人間へ変えてくれたのですよ!」

 

「えー」

 

 悠が凄まじく納得いかなそうな顔をしている。そんな彼女を安心させるため、アスヴェルが補足を加える。

 

「過去はともかく、今の彼が真っ当な人格であることは私が保障しよう。割かし有能そうな感じだったのでスカウトしてみたんだ。何よりハルっぽいし」

 

「り、理由がなんか適当……」

 

 残念ながら十分な御理解を頂けなかったが。

 さておき、アスヴェルは恰幅のいい男へと振り返ると、高らかに宣言する。

 

「さあ、これで君は我々の仲間だ! これよりはハルツーと名乗るがいい!」

 

「そんな、プ●ツーみたいなネーミング……」

 

 悠がぼそりと呟くも、一旦スルー。

 しかし、ハルツー(仮)はアスヴェルの言葉を素直に受け取ることはせず、

 

「かの稲垣悠嬢に連なる名前を頂けるとは恐悦至極。しかし、敢えてその名は名乗るまい……」

 

「むむっ!?」

 

「でゅふふふふ、何を隠そうこのワタクシ、本名は春雄(はるお)! 故にこう呼んで頂きたい――“ハル・(オー)”と!!」

 

 高らかにそう叫んだ直後。

 

「えい☆」

 

「あふんっ♪」

 

 いったいどっから取り出したのか、悠の振るった巨大メイスの一撃によってハル・O(自称)はその場に崩れ落ちた。

 

「ハルオォオオオオオオオオオオ!!!!?」

 

 抱きかかえるが、ハルオ君は微動だにしない。もうダメだ。何がダメってこのネタこれ以上続けられそうにない。

 

「さ、おふざけはこれ位にして、真面目にお話を進めましょう? ね?」

 

「「あ、はい」」

 

 とてつもなく怖い笑みを顔に張り付けているハルに、アスヴェルとミナトは異口同音で返事した。

 

 



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【2】能力確認

 

 

「じゃ、中に入る前にまずはオマエがどんだけ弱くなったか確認しねぇとな!」

 

 洞窟へ入る前、ミナトがそんな提案をしてくる。どうしたことか、とてもいい(・・)笑顔である。

 

「くっくっく、今まで散々オレ達のことを見下してくれたからなぁ? 今度はオマエのかわいーい弱々(よわよわ)ステータスを拝見してやるぜ!」

 

「いや、見下したことなど無いのだけれども」

 

 寧ろ自分としては彼女を見上げたい位だ。下から。お尻を。

 

「ほら、じゃあ<ステータス>を出してみろ」

 

「といっても、私は“ステータスウィンドウ”なるものを出すことはできないぞ」

 

「ああ、そこは相変わらずNPCと仕様変わらねぇのか――ハル、頼む」

 

「はい、わかりました」

 

 ミナトから話を振られたハルが<識別(アイデンティファイ)>のスキルを使用すると、すぐにアスヴェルのステータスが記された(ウィンドウ)が現れる。

 

 

 Name:アスヴェル・ウィンシュタット

 Lv:1

 Class

 Main:ジュニアロード Lv1

 Sub:-

 

 Str:15 Vit:15 Dex:15

 Int:24 Pow:18 Luc:15

 

 以前見た時と表記が違う。Lvが下がったというのもそうだが、各能力値の欄にしっかりと数値が記入されていた。以前見させて貰ったミナトやハルのステータスに比べると、大分貧相な数が並んでいるようだ。こうして具体的な数字で表されると改めて弱くなったことを実感させられる。

 

(まあ、分かっていたことなんだからショックを受けるのは間違いだな。ここからだ、ここから)

 

 若干滅入りそうになるのをさらっと流し、気を取り直す。

 と、そこで気づいたのだが、ミナトがじぃっとステータスを凝視している。

 

「何かあったか?」

 

 尋ねてみるも、無反応。アスヴェルのステータスに不審な点でもあったかと不安に思い始めたその時。

 

「…………死ねよ」

 

「どうした急に!?」

 

 唐突に酷いこと言われた。そのまま彼女は凄い剣幕でまくしたててくる。

 

「なんだこのステータスの高さ! 32ポイントも初期ステータス高いじゃねぇか!!」

 

「そ、そうなの?」

 

「そうだよ!! 普通は一律10のとこにフリーポイントを10割り振るから、合計は70になるの! だっていうのにオマエは――!! なんなんだこの不公平!! 贔屓だ贔屓!! 勇者だからって舐めてんじゃねぇぞ!!」

 

「そこ怒るところかな?」

 

「当たり前だろう!?」

 

 当たり前らしい。だがミナトやハルの能力値の高さを鑑みると、

 

「いや、しかしその――合計値の32くらい誤差じゃないか?」

 

「誤差だとぉ!!?」

 

 さらなる激高を見せるミナト。どうも地雷を踏んでしまったようだ。

 

「オレが!! オレ達が!! その32ポイントを手に入れるためにどれだけ死に物狂いになるか分かるか!! 人死にがでるぞこのヤロウ!!」

 

「そんなに!?」

 

 掴みかかられ、なすすべなくぐわんぐわん頭を揺さぶられる。

 流石に見かねたか、ハルが割って入ってきた。

 

「ちょ、ちょっと、ミナトさん!?」

 

「止めるなハル! 今こそ正当なプレイヤーであるオレがこのチート野郎に天誅を食らわせてやるんだ!!」

 

 だがミナトの勢いを止めることはできず、しばらくの間彼女の怒号が辺りに轟くこととなる。

 

 

 

 数分後。

 

「ま、よく考えてみればオマエの能力が高くて困ることなんて特になかったな」

 

「もっと早く気づいて欲しかったかな、その事実には」

 

 ミナトはようやく落ち着いてくれた。

 アスヴェルが散々振り回された首の調子を確認している横で、少女達は

 

「ところでこの<ジュニアロード>ってクラス、なんだっけ?」

 

「確かNPC専用の職業ですね。領主の息子、みたいな設定のキャラが就くクラスだった筈です」

 

「へー……ってアスヴェル、オマエ貴族だったのか!?」

 

 驚いた顔でミナトに詰め寄られる。

 

「ん? ああ、まあ、そうだよ。といっても、物心ついてすぐ竜に街ごと滅ぼされたけど」

 

「あー、そういやそんなこと言ってたっけ。わりぃ」

 

「なに、別に気にする必要はないさ」

 

 殊勝な態度で頭を下げてくるミナト。こういう反応をする辺り、なんだかんだで礼儀はしっかりしている子なのだ。

 

「でもオマエの尊大で生意気な口の利き方って産まれのせいだったんだな」

 

「謝った直後にディスるってどんな気分?」

 

「で、<ジュニアロード>ってどんなスキル持ってたっけ? いいのある?」

 

「そしてさらっと話題を変えたね?」

 

 そんなアスヴェルの突っ込みはさらっと流され。

 女性陣二人はこちらそっちのけで何らかの談義を始め出した。

 

「<ジュニアロード>のスキル――確か、初期からとれる<鼓舞>とかがかなり便利なスキルですよ。命中と回避、攻撃力にボーナスがつくんです」

「へー……あれ、でも確か効果量めっちゃ少なかったんじゃ?」

「代わりに持続長くてコストが低い上に効果範囲が広いんですよ。通常戦闘よりも戦争で役立つ感じですかね。<ジュニアロード>のNPCって戦争でよく見かけますし」

「なるほど、他も<誓いの御旗>や<勇猛なる決意>とか、戦争で使いやすいの揃ってるんだな」

「はい。まあ、私達は別に戦争をする訳ではありませんけれど」

「でも低Lvキャラを前に出すわけにもいかないし、後ろでバフ打って貰った方が便利じゃないか?」

「そうですね。ただ、支援に徹するなら<魔法使い>や<僧侶>にクラスチェンジした方がいいかもしれません」

「でもなぁ、せっかくのNPC専用クラスが手に入ったんだから、これを生かすキャラ作りしたいなぁ」

「ええ、私もそう思います。だから、まずは<鼓舞>を途切れないよう気をつけつつ、他のアクティブスキルとインスタントスキルで上手く支援を飛ばすのが良いのでないかと。<プロテクション>系は私が使えますから、<リジェネ>系とか<ウェポン>系辺りが候補でしょうかね」

「そこまでやるとMP馬鹿食いしそうだな。<ファストポーション>は必須?」

「<アブソーブ>で私達からMP吸収してもいいですけど……うーん、やっぱり行動を消費しない<ファストポーション>の方が有効そうですね」

「いっそのこと、素材山ほど持たせて<アルケミスト>スキルぶっぱもいいか」

 

 ……なんだろう、この会話。

 

「あ、あれおかしいな。私日本語を習得した筈なのに君達の会話が理解できない」

 

 ぽつりと呟くも、2人は取り合ってくれない。何やら専門用語らしき言葉を使い、議論に熱中していく。

 

「えー、お2人さん? そろそろダンジョンの方に行かないか? もうここに来てからそこそこ時間が経ってるんだけれども」

 

 今度はしっかりとミナト達に向かって話しかける――が、2人の集中を乱すことすらできない。

 

「えーと、そうなると、ジュニアロードをLv10まで上げてから<魔法使い>転職?」

「とりあえず<セージ>は持たせておいた方がいいのでは――あ、でもNPCだと<識別(アイデンティファイ)>が使えないかもしれません?」

「と、そうだ! そもそもアスヴェルは初期能力が高いから、もっと早くに転職条件満たせるじゃねぇか!」

「初期値が違うので既存の最適ルートが使えないですね。新しく作り上げなくては」

「よし、試しにLv30くらいまでのヤツを幾つか作ってみるか」

「はい。とりあえず<リジェネ>ルートと<ウェポン>ルート、<アルケミスト>ルート、ですね」

「うん、そんな感じ」

 

 議論は続くよ、どこまでも。

 ミナトとハルはとうとう地面に座り込み、<アイテムボックス>から取り出した紙面にアレやコレやと書き出し始めてしまった。当分終わりそうにない。

 アスヴェルはといえば、諦念の心持に至り――

 

「……お昼、どうしようか?」

 

 ――零した言葉は、だれにも届かなかった。

 

 

 

 

 2時間後。

 

「できたぞアスヴェル! オマエのLvアップ計画表だ!」

 

「お、おぅ?」

 

 満面の笑顔でミナトが“計画表”とやらを差し出してきた。紙には幾度も書き直した跡があり、彼女達がどれだけ苦心したか分かる。

 

「あー、つまり、この表の通りに成長すればいいということなんだな?」

 

「いや。考えてみたらオマエの場合NPC専用職を他にも取得できるかもしれないから、まずはどのクラスになれるのか確認した後に改めてルートを作り直さなきゃなー、って結論になった」

 

「だったらなんでこんなに時間かけた!?」

 

 バシンッと計画表を地面に叩きつける。待っていた2時間はいったい何だったというのか。何を言っても無視されていたので、かなり孤独感に苛まれていたのだ。仲間に入れず寂しかったのだ。

 

「そ、それを、それを――!」

 

「ほらほら、ぶつくさ言ってねぇでダンジョン潜ろうぜ。時間は待ってくれないぞ?」

 

 ミナトが手をパンパンと叩いて出発を促してくる。ハルも洞窟に入るための装備を整え初めていた。

 最早、空気読めていないのはアスヴェルの方、といった体である。

 

「……な、納得がいかない」

 

 Lvが低くなるとこうも杜撰に扱われるものなのか。

 そう、全てはLvの初期化なんてやらかしてくれた“(オーバーロード)”が悪い。アスヴェルは改めて“オーバーロード”の打倒を決意するのであった。

 

 

 



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【3】魔王堕つ

 

 

かくて、紆余曲折を経てチュートリアルダンジョンなる場所へ潜った一行であった。

岩肌むき出しの壁に四方覆われた道を、たいまつ片手に(・・・・・・・)進んでいく。この場所では全員がLv1になってしまうため、魔法――ゲームの定義的にはスキルと呼称した方がいいか――で明かりを調達することもできない。前の世界ですら、ここまでレトロな形式でダンジョンに潜ったことはほとんど無かった。そんな中で――

 

「……一つ、聞きたいことがある」

 

――アスヴェルにはどうしても気になることがあった。

 

「ハル、君のその格好、もう少しどうにかならなかったのか?」

 

「へ? 私ですか?」

 

「うん」

 

寧ろ、突っ込まれないとでも思っていたのか。

彼女は今、かつて“恰幅のいい青年”を演じていた時と同様のフルプレートを着ていた。青年の時ならばまだしも(お腹のでっぱりはちょっとアレだったが)、華奢な少女であるハルが着ていると違和感がバリバリに浮き出ていた。何より、鎧の重量に負けて動きが非常にぎこちない。一歩進むごとにふらつく有様だ。

ミナトも同じことを考えていたようで、

 

「ていうかソレ、絶対重量オーバーしてるんじゃ? ハル、オマエここだとLvが1に戻るの忘れてただろ」

 

「わ、忘れてません! 初期Lvでの重量制限でギリギリ装備可能な一番良い鎧がこれだったんです! い、一応、これでもちゃんと戦闘行動はとれるんですよ……」

 

「戦闘はできるかもしれないけど、敵の攻撃避けらんないんじゃないか」

 

「回避は捨てました。今のLv帯で戦うモンスターなら、期待値的に(・・・・・)この鎧の装甲値を突破できない計算です。極端に確率が(・・・・・・)偏らなければ(・・・・・・)、戦闘では傷さえ負いません」

 

「気をつけろハル。その発言、すげぇ“フラグ”っぽいぞ」

 

アスヴェルも全くもって同感である。

 

先述した通り、このダンジョンではミナトやハルもLv1。それに合わせて職業もミナトが<スカウト(斥候)>、ハルが<僧侶>に変更している。

そのため、彼女達もアスヴェル同様に<ステータス>が大幅に低下しており、その影響で装備の変更を余儀なくされた。取得している職業や能力値で使用できる武器や防具が変更するとのことだ。

例えばミナトは<銃士>の職業では無くなったので(ある程度高Lvにならないと就けない職業らしい)、装備が銃から弓に変わっている。ただ、防具もちょこちょこ入れ替えたようだが、露出度の高さはいつも通りである(←ここ大事)。

 

ハルも同じように低Lv化に合わせて装備を新調したのだが、正直、身の丈に合っていないように思える。そもそも僧侶をここまで重装甲化していいものなのか。

とはいえ、仮にも“Divine Cradle”を熟知したハルの判断だ、ゲームについては初心者同然のアスヴェルがアレコレ文句を付けるのも如何なものだろう。

とまあ、ちょっとした悩みを抱え込んでいたそんなところへ。

 

 

「待っていたよ、君達!」

 

 

自分達に向かってかけられる声が一つ。何者なのかを誰何(すいか)する必要は無かった。聞きなじんだ声だ。

 

テトラ(・・・)。なんでお前がここにいる?」

 

予想通り、銀色の髪をした男が目の前に現れたのを見て、アスヴェルは声をかけた。

 

「なんでとはご挨拶だな。僕も君のチュートリアルの手助けをしようと思っただけのことさ。それにこういうのは4人パーティーが基本だしね」

 

「いや仕事しろよ。私はゲーム(なか)に引きこもってるから仔細分からんが、国に宣戦布告したのだからやらねばならない事は山盛りだろう」

 

「す、少しは息抜きしたっていいじゃないか!」

 

仮にも“魔王”が休みを欲してしまう程度には、現実(そと)は大変な状況らしい。

そんな彼に不満を漏らす声がもう一つ。

 

「えー? なんだよ、親父も来んの?」

 

「なんだい湊音(みなと)。まさか君まで僕にもっと仕事しろとか世知辛いことを言うんじゃないだろうね? そんな酷い子に育てた覚えはないぞ」

 

「いやそういうことじゃないんだけどさ、親父って――ま、いっか」

 

あからさまにサボっている父親へ、娘的に何か一言あるようだったが、飲み込んだ様子。

こちら側の最後の一人であるハルは、魔王の同行について異論はないとのことだったため、

 

「仕方ない。パーティーの一員として認めてやろう」

 

「何故そこまで上から目線で宣言されなければならないのか理解できないが、まあ、ありがとう」

 

律儀に頭を下げるテトラ。アスヴェルとの力関係がよく分かるやり取りだ。

 

 

――魔王が仲間になった!(チャラリラリーン♪)――

 

 

「なんだ今の音!?」

 

「ゲームのお約束というヤツだよ」

 

「むう、お約束なら仕方ないか」

 

空気は読める男、アスヴェルである。いや、たぶんテトラが仕組んだ仕掛けなのだろうけれども。変なことやってる暇があるなら仕事を(以下略)

 

「さて、では早速役に立ってやろうじゃないか」

 

「んん?」

 

ドヤっとした顔で宣言してくる魔王。

 

「この先にはゴブリンが配置されている。Lv1になった君の初戦闘という訳だ。僕がその先陣を切ってあげよう」

 

「なんでそんなことが分かる――と、そういえばこのダンジョンはお前が設定したんだったか」

 

製作者が手助けしてしまっては、そもそもこのダンジョンの意義が無くなるのではないか、との疑念もあったが口には出さない。適度に手は抜いてくれるだろう、向こうの目的はストレス発散にあるようだし。口には余り出さないが、アスヴェルとてテトラのことは信用しているのだ。

 

「ちなみに、ただのゴブリンじゃないぞ。姿形はラグセレス大陸の小鬼と変わらないが、彼等とは違いこっちは知能がコミュニケーション不可能なレベルに低い。その上、どう育とうと邪悪な存在にしかならないという設定がある」

 

「……その設定いる?」

 

「凄く大切なことだよ。下手に知性が高いと厄介なんだ」

 

「あー、そうか。多少なりとも知性があると、冒険に不慣れなパーティーだと遅れをとることもあるか」

 

ゴブリンを甘く見過ぎて返り討ちに、とはよく聞く話だ――“教訓として”、だが。実際にゴブリン程度に敗北した冒険者をアスヴェルは見たことが無い。皆無である、とまでは言い切れないが。

しかし、“Divine Cradle”はあくまでゲーム。命を懸けていない分、敵を過小評価してしまうこともあるのだろう。ましてや、ゴブリンは最下級の魔物に位置付けられているようだし、遊び感覚で(・・・・・)戦いに臨んでしまう可能性は十分ある。

先程の設定も、そういう“初心者”に配慮したものなのだろう――

 

「いや、知性ある生物を殺すとは何事だと、愛護団体が煩いんだ」

 

「なにそれ」

 

――違った。

 

「生き物の権利とかに厳しいんだよ、こっちの世界は。まあ、初心者がそう会うことは無い上級モンスターに関してはその限りじゃないけれど、ゴブリンは“Divine Cradle”のプレイヤーならだれもが目にするっていうのが悪かったのかねぇ。やれ虐待だ、やれ権利侵害だと騒ぎ立てる輩が出てきたんだ」

 

「そんなものか……」

 

この世界の社会情勢は思っていたより複雑怪奇なのかもしれない。

 

「あと、どう転んでも邪悪な生き物という設定にしておかないと、説得したりペットにしようとしたりするプレイヤーが続出したりね」

 

「なんとも面倒だな。敵対する相手はさっさと潰すに限る。敵は死ぬまで敵のままなんだぞ」

 

「その考えも如何なものかと思うけど」

 

遊び(ゲーム)”であるがゆえに、そんな選択肢もできてしまうということだろう。

なんやかんやと無駄話をしながら歩いていると――この声で魔物に気付かれやしないかと心配だったのだが、そういうことは無いように設定しているらしい――通路の先に少し開けた空間があることに気付く。ここから中をしっかり確認することはできないが、ゴブリンらしき小柄な人影がチラチラを見えていた。

 

「あそこがゴブリンの配置場所だね」

 

「せめてゴブリンの巣とか言っとけよ」

 

ここがゲームであることを既に理解はしているが、流石にテトラの発言は風情が無さすぎる。

 

「ふふ、こうしていると昔を思い出すよ。僕が前に立ち、君が後ろから援護。このコンビネーションで幾多の敵を倒してきたものだ。何もかも皆懐かしい」

 

「“極光”が当たってもワンチャン生き残れる人材はかなり限られていたからなぁ。あと遠い目をしてるところ悪いが、私にとっては結構最近のことだぞ」

 

「僕にとっては20年ぶりなんだから、少しくらい浸らせてくれよ」

 

「あと前衛としてならアルヴァとかエルシアの方が優秀……」

 

「そういう反則(チート)どころと比べないで貰えるかな!? 僕は正当な魔王なんだ!」

 

正当でない魔王とはいったいなんなんだ。

 

「――さて、名残惜しいが昔話はまた今度といこう。まずは、向こうにいるゴブリンを片付けなければ」

 

気を取り直したテトラが話題を変えてきた。確かに、そろそろ目の前の課題を解決しなければ。

 

「そうだな。まずは相手の数と部屋の広さや地形の把握か。ミナトは<スカウト(斥候)>だからその辺りは得意の筈だな? 悪いがまず先行して貰って――」

 

「なに、ゴブリン相手にそう作戦を練ることも無い」

 

「――え?」

 

自信たっぷりという様子でテトラがずずいっと前に出ていく。

 

「おいテトラ、ちょっと待て」

 

慌てて呼び止めるも、

 

「おやおやアスヴェル、僕の剣裁きをお忘れかな?」 

 

「え?」

 

まるで分かっていない(・・・・・・・)顔に、絶句。

 

「ならば思い出させてあげないといけないな。そこで見ているがいい。そしてもう一度記憶に焼き付けるんだ、竜鱗すら切り裂く、この魔王の一太刀を!」

 

「おい!?」

 

こちらの言うことなど一切合切無視だ。

剣を振り上げた魔王は、そのままゴブリンの群れへと突貫していき――

 

「ぎゃぁあああああああっすっ!!?」

 

――案の定、袋叩きにあった。

 

「そりゃこうなるだろ、Lv1なんだから……」

 

多勢に無勢の理想的な形である。

一応、魔王も手は出しているのだが、Lv1な彼では一撃でゴブリンに致命傷を与えるとまではいかず。結局、数で押し切られている。

 

「くそっ、この、ゴブリン風情が! 何故だ、何故倒れない!?」

 

それは彼がLv1だからだ。

 

「あー、やっぱりか」

 

「“やっぱり”?」

 

そんなテトラ()の姿を見て、隣のミナト()がぼそっと呟く。

 

「親父、忙しいからってこれまでほとんど“Divine Cradle”プレイしてなかったんだよ」

 

「……道理で」

 

チュートリアルが必要だったのは魔王の方だったというオチ。まあ、前々から力で押し通る戦法を好む男ではあったが。

そして向こうではそろそろ戦闘が終了する模様だ。

 

「ば、馬鹿な!! このテトラが!! このテトラがぁあああああっ!!!」

 

「あ、断末魔はなんだか魔王っぽいですね」

 

彼の最期には、ハルからそんな言葉が贈られた。

 

 

 

 

 

 

なお、倒れた魔王は洞窟の入り口付近に転送されていた。

とりあえず、“このダンジョンで死亡はしない”ことだけはしっかりと立証してくれたのであった。

 

 

 



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