神獄塔メアリスケルター 雪色のナイトメア (らむだぜろ)
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プロローグ 終末世界へようこそ

 

 

 

 

 

 ……何年前だろうか?

 こんな風に、世界が腐ったのは。

 いや、腐っているとしてもだ。

 そもそも、私はなんだ?

 言葉は発せず、身体は重く、視界は霞み、頭は痛い。

 不愉快な。ただ、ひたすらに不愉快。

 私は何なんだ。私は……あたしは、何なのですか?

 この気持ちの悪い体躯はなに?

 この気色の悪い顔はなに?

 私はなんで形容しがたい身体なのだ。

 あたしは、なんであの子達と違うんだ。

 おかしい。おかしいじゃないか。

 私はなぜ生きている。あたしはどうして動いている。

 私には目的があるはずだ。……そう、思い出せ。

 私は、名前も分からない。自分は何なのか、次第に思い出した。

 私は、人を殺す化け物。私は、人を閉じ込める化け物。

 違う!! あたしは化け物……けれど、人間に攻撃などしない!

 止めろ、あたしの頭の中で蠢くな!!

 私は、人を殺すのだ。ああ、目の前に子供がいる。人間の子供だ。

 閉じ込めなければ。壊さなければ。殺さなくては。

 それが、私の存在理由。私は、悪夢。そう、ナイトメア……。

 止めろ、止めろって言ってるのに!!

 あたしの、我が子に何をしようとしてるんですかこのっ……!!

 させない、させるもんか!! あたしは、人間にはなれないけど……!

 意味もなく、理由もなく、この子達を苦しめる悪夢になんかならない!!

 あたしは、化け物でいい、化け物にしかなれない。

 でも、化け物でも!! あたしは、この子たちの母親なんだ!!

 人間に捨てられた、居場所がないこの子達を、あたしが守りたいって!

 そう、思ったのは『私』だろう!?

 だったら、本能に負けてどうするんですか!?

 お前はもう名もある立派な『母親』で!

 名もない悪夢は、もう終わったんだと!!

 思い出せ、そしてせめて抗え、願え!!

 あたしは、私で、私は、あたし!

 この子たちがくれた名前を、思い出せッ!!

 あたしの、名前は!! ……私の、願いは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お母さん。そう、呼ばれていた。

 お母さんになりたいと思った。

 化け物にしかなれない私が、初めて言葉で言われた。

 お母さん、止めて。人を、意味もなく殺さないで。

 そう、言われたのに。私は、人を殺してしまった。

 何のために殺したんだ。なんで殺したんだ。

 嗚呼、そうか。殺そうとしたから……。

 違う、あの人間は……ただ、我が子を助けようと、保護しようと……。

 なのに、私は……。あたしは……殺したんだ。

 嫉妬だった。あたしを、化け物であったあたしを求めてくれた彼女たちを独占しようとして。

 本当に、人間らしく生きられる筈の未来を……奪って……。

 こんな寒いことしか、冷たいことしか出来ないあたしに出来るのは見送ることだけ。

 娘たちが、幸福になれればいいと思ったのに……思っていたのに。

 あたしは、殺したんだ。友好的な、人間を。この手で。

 だから、願ったんだ。求めたんだ、矛盾することを。

 結果として後悔があたしを飲み込み、大事な娘たちすら殺そうと暴走した。

 やっぱりあたしは化け物だった。それでも、あたしはお母さんと呼ばれた。

 ナイトメア。あの変な脈動していた白い心臓みたいなものを取り込んだとき、知った。

 あたしは、ナイトメアという人間の天敵。

 その辺にいる化け物……メルヒェンとかいう連中の親玉。

 人間を使命に殉じて捕まえて、殺して回る、あいつらと同類だと。

 けど、何故だろう? 我が子を殺そうとしたとき、不思議なことが起こった。

 冷たい白い霧の中で、背後にあった白い心臓が、突然眩い光を放ち。

 圧倒的な熱量であたしを焼いた。

 当時から熱や炎に弱かったあたしは、見事に倒され。

 いや、昔から理由は知らないが怪我とか直ぐ治る不死身宜しくだったけども。

 然しその熱に飲まれて、とうとう償いの時を覚悟したら。

 

「あら?」

 

 何故か人間に近い姿になっていた。

 何をいっているか分からないと思うけどあたしも分からない。

 娘を殺そうとした。そしたら、何か光って焼けてあたしが死にかけた。

 あの時、全力で抗って人になりたい、この子達を幸せにしたいって抵抗した。

 そしたら今の姿になっていた。えっ? お前は何を言ってるんだ?

 だからあたしも知らないんですよ本気で。

 えーと、現在あたしの背中、尾てい骨あたりにあるあたしの心臓なんですけど。

 脈動する白い根っこの生えた……何て言うんだ、球根?

 を、分厚い氷で覆っているのですが、こいつはコアと言います。

 核と書いてコアと読む。漫画か。そう言うもんだから仕方ないじゃん!

 で、こいつから流れる情報によると。

 あたしは元々ナイトメアっていう、監獄塔という生命体の中の一部。

 監獄塔。流れた知識によると、大きな生き物。多分。

 人間捕まえて死ぬまで閉じ込める生きた迷宮。といえばいいか。

 あと基本的にグロい。目玉あったり血管浮き出たり見た目最悪。

 それぐらいしか知らない。分からない。

 知識も半端に抜けていて、あの得体の知れない化け物がメルヒェンというらしい、のは分かった。

 此方にも無差別に襲う場合もあり、危ない。端的に言えばただの敵と言うことになる。

 自分の意味なんか今でも理解できない。

 どうにも、この姿に変異したときに結構な過去の記憶が抜け落ちて喪失した。

 後で聞いたが、記憶喪失とかいう病気らしい。ナイトメアにも病気あんのか。

 まあ、人間とは言い難いのだけど、現在も。

 何せ、娘たちの言葉を借りるなら。

「母さん、足無いよね」

「無い……です、ね……」

 足がない。膝から下部は元々。

「飛ぶよね」

「飛び、ます……」

 空を飛ぶ。浮遊に近い。

「雪の結晶って言うんだってさ、母さんの羽」

「蝶々、みたい……」

 雪の結晶を縦に割ったような羽がある。白い。

「背中と脇腹から鎖はえてるし」

「四つ、くらい……」

 左右合わせて四つの氷の鎖が生えている。

「顔は子供のままだし。背丈も私より小さい」

「お子様……?」

「誰がお子様ですか。お母さん怒りますよ」

 お子様言うんじゃない、お母さんです。

 ……顔立ちは確かに幼い感じはするが。

 否定できない。娘よりも幼いって、悲しい。

 名前は、お母さん。気に入ってる。

 この腐った地上で生まれて、役目を放棄して放浪するのが今のあたしたち。

 娘たちを、受け入れてくれる人類を探して。

 そして、今度こそ人間らしくい生きられる様にするために。

 あたしは、ここにいる。何年も、旅をしながら。

 我が子、娘二人を預けるに値する人々を見つけるために。

 今日も人を殺して、生きていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上は、文明が崩壊したと聞く。

 あたしのような化け物がそこらじゅうに聳え立つ監獄塔とかいう巨大建造物となった生き物に侵食され久しい現在。

 遠方じゃ、都心部が丸ごと消えたとか何とか。凄い話であった。

 納得もする。本当に大きいからね、監獄塔……。下手すると木々みたいなものが山サイズで生えている。

 中にはうじゃうじゃいるメルヒェンや同類のナイトメア。外に出ては人間の密集地を襲って拐っていく。

 あの監獄塔の内部は、どうなっているのかな。嘗ては、あたしも中にいたって娘たちはいう。

 あたしは忘れちゃったから、どうでもいいけど。

 兎に角、監獄塔のなかはとても危険。故に入るな、近寄るなと言いつけていた。

 何年も前にこうなったらしい世界は、緩やかに崩壊、滅びに向かっている。

 以前のような生活は一部じゃやっているみたいだけど、規模が小さい。

 前に住み着いた廃墟で呼んだ。アーコロジー。自給自足のできる設備。

 自分達で生きていく閉じた世界。そう言うものが今の地上には多い。

 バリケードを築いて、要塞にした地区がある人々の営みが今の世界。コロニー、っていう場合もあるんだって。

 でも、コロニーにも問題がある。人口の増えすぎ。

 元々収容人数に限界があるコロニーは、口減らしに労働力にならない老人や子供を放逐する。

 そうやって、捨てられさ迷う人間は、監獄塔から獲物を探すメルヒェンに捕まって、お持ち帰り。

 んで、閉じ困られて死ぬまで出られない。ってか、死んでも出られない。

 メルヒェンも多種多様だからねえ。普通の人間は勝てない。

 バカみたいに強いのばっかりだし。あたしは勝てるけども。

 最悪向こうが格上って分かって避けてくれるから戦いしないで終わる。

 あと、たまに外……要するにメルヒェンが歩き回る外部で発見される子供がいる。

 うちの娘たちが、それ。一度は二人ともコロニーに入れてもらえた。

 けど、この子達メルヒェンの血液に触れると、目の色が桜色になる。

 そのせいで、虐待されたって聞いてる。結局異物で居場所がなくて。

 一人は兄と一緒に捨てられて、さ迷っているうちにメルヒェンのいる一見すると監獄塔に見えない小さなものに近寄って、それで襲われて……お兄さんは亡くなった。彼女はあたしが救えたけど。

 もう一人に至っては、コロニーの中で餓死と凍死寸前で発見され、挙げ句に邪魔だからという理由でコロニーの外に放り出された。

 で、そのまま本当に死んでしまう寸前で、あたしが見つけて連れてきた。

 他にもそういう子供を何人も見てきた。大抵、死んじゃう。

 不思議なことに、メルヒェンとは戦えるんだよねあの子達。

 けど、結局は環境に殺されてしまう。餓死とか。

 ひどい場合は、訳が分からないけど変異して暴走する。

 素っ裸ぎりぎりの姿で、身体の一部が桜色の光になって、変貌。

 狂ったように笑いながら暴れて無作為に襲う。

 ……数回、戦ったことがある。全員凄く強かった。

 今のあたしも、未だに不死身とはいえ、半殺しにはされたし。

 何とか、氷付けにして封印している。氷像にしておけば多分死なない。

 あれだけ攻撃しても動くんだから、簡単には死なないと思う。

 あたしの氷は絶対零度、と娘は笑って言った。殆ど溶けない。

 それこそ、真夏でも評氷点下の冷気を放つ。……って。

 ごめん、自覚無いからなんとも言えない。

 あたしは、ナイトメア。人間じゃない。

 人を模しても、コロニーには入れない。

 だから、放浪しながらずっと旅を続ける。

 最初は内陸部の、比較的監獄塔の少ない部分から始めた。

 幸い、瓦礫となったり監獄塔に巻き添えを受けた廃墟でも物資は残っている。

 まあ、使う人類は居ない。メルヒェンに持っていかれる。

 あるいは、メルヒェンみたいになってしまった風景もある。

 監獄塔は周囲の物体を巻き込んで大きくなるみたいで、環境も変わった。

 物資も経年劣化が激しいと使えないし。

 あんまりやりたくないけど、物資がどうしても足りない場合はコロニー襲うしかないから襲撃して奪う。

 なるべく殺さない。氷像にして放置しておく。

 加減しているから、熱湯ぶっかければ溶けるはず。

 生鮮食品は特に貴重。普段は大きな荷物抱えて移動して、適当に廃墟を改造して住み着く。

 で、物資が無くなったら移動。その繰り返しの日々。

 そうして、何年も続けて……都心部。過去に東京と呼ばれた、荒れ果てる都会に来たとき。

 あたしは、出会った。探し求めた……娘たちを受け入れる人類を。

 ……と、思ったのに。

 なんで、襲ってくるのだろう?



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悪夢、然しそれは戸惑う夢

 

 

 

 

 

 

 

 物資が足りない。

 そう、思ったあたしは今日も娘たちを連れて探しにいく。

 荒れ果てる都会。道路は陥没し、用水路は腐った水が流れて、空は曇天。

 最近は日差しが出ない。洗濯物が乾かない。乾燥させて見るか。

 雨は少し汚れているので軽く濾過しないと飲めないし、本当に不便。

 まあ、飲めないこともないけど……人間はお腹壊すって。

 この時代、病気や怪我は少しでも致命傷になる。

 何せ、治療する病院はあっても医者が居ない。

 素人には医学は難しいと娘は言った。

 あたしは死なないしそんなん無縁だから良いけど。最悪再生するから。

 けど、娘たちは身体は頑丈でもやっぱり人間だもの。

 荒事と健康には気遣うよね。

 お菓子ばかり食べている娘と、少食すぎて不安になる娘。

 お菓子ばっかはマジでやめて。あれ、確保大変なんです。

 作るのは簡単だけど、材料と行程が大変。聞いてるか我が娘。

「良いじゃん、ビスケットくらい」

「良いわけないでしょう。野菜食え」

「やだよ。人参嫌い」

「夕飯は人参練り込んでやりましょうか」

「母さん酷くない!?」

「酷くない」

 まったく、何でこんなわがままになった。

 甘やかしてないのに。厳しくしつけをしているのに。

「お母さん、甘い、よ……?」

「ショックな事を言わないでください。あなたは肉は無理でももっと食え」

「いや」

「そう言うときだけハッキリ言う!」

 この偏食共め!

 栄養価を少しは考えろ! お母さんナイトメアだからそういうの疎いんだぞ!?

 って、言ってるのに聞きやしない愛娘。おかしい、言うこと聞かない。

 さて、バカをやってないで今日は都庁とかいう監獄塔の方角を目指そう。

 あそこは、とても大きな監獄塔で、遠くからでもよく目立つ。

 巨大すぎて、周囲に亀裂が縦横無尽に走っている。

 根っこらしき物体も捲れたアスファルトから露出しているし。

 目印にはちょうどいいのだ。近づいてもメルヒェン出てこないし。

 何でか知らないけど、あれは内部の化け物は外に出てこない。

 完全に閉じられた監獄塔のようだ。入り口が見当たらない。

 そこそこの高さをいつの通り音を鳴らして飛んでいく。

 しゃんしゃん、しゃんしゃん。そんな風に聞こえる。

 鈴の音と、娘は言った。実際聞いたがよく似てる。

 何処から鳴っているのかは自分でも知らない。

 羽を動かして、鎖から伸びた先に精製した氷の荷台に娘たちを乗っけて移動。

 大きな艝。底にはスキー板を履かせて、路面凍結させれば地面も滑る。

 いつも移動中はあたしが無意識に出している冷気が白い霧になって下に落ちていく。

 眼下は見慣れた純白の光景。今日も平和に過ごしていきたい。

 適当に拠点にしている廃墟から離れた街でも見に行くか。

 あそこはまだ、無事な病院がある。医療品と衣料品を取りに行く。

 服は季節に合わせて着替えるのでたくさんほしい。

 あたしを見慣れて、尚且つ敵意がないと分かったコロニーの人達の運搬もして、物々交換とか報酬で受け取れるし。

 普段、物資を集めるには三つある。

 一つ、廃墟から持って帰る。あたしは襲われないし、逃げ切れるのでほぼ確実。

 但しあるかどうかは運試し。

 二つ、コロニーとの交流。僅かに協力的なコロニーが時々助けてくれる場合のみ。

 でも平気で裏切ったりするのであんまり信用しない。恨むつもりもないが。

 三つ。襲撃。多分一番手っ取り早く、一番収穫があって、確実で楽。

 でも、二人との約束もあるしやりたくない。必要な場合は……二人に相談してやる。

 この時代、荒れ果てた世界で生きるのは難しい。

 無法の世界で人を信じるのは余程強くない限りは無謀。

 あたしは死なないというアドバンテージがある。故に信用できる。

 けれど、人間同士は? コロニーの間での抗争は当たり前。

 戦争だって普通にしている。負ければコロニーは解体。物資は奪われて終わり。

 人間はメルヒェンに誘拐されるか殺される。

 横槍いれて、そういう場合は遠慮なく奪う。好きじゃないから、戦うの。

 我が物顔で、必死に集めた物資を奪う人間は嫌い。

 殺さずに物資だけ全部奪い返して、その人たちに返す。

 大概、こっちも襲われる。でも、黙って何されても物さえ置いていけば深追いしない。

 経験上知っている。そういう事を繰り返すと、軈て信じてもらえる。

 一ヶ所には長居しても数年。その間に、仲良くなったこともある。

 あたしが化け物でも、言葉が通じれば向こうも慣れてくれる。

 そうして向こうのお願いを聞いたりして交流していくと、仲間といってくれる。

 けど、娘たちはダメだって言う。この子達は化け物。あたし以上に怖いって断られる。

 生半可似ているから、余計におっかないんだって。……仕方無いよね。そればかりは。

 完全に見た目が化け物なら、踏ん切りもつくだろうけど、そっくりじゃ未知の恐怖はあるよ。

 此処に辿り着いて、一年。南のコロニーとは、個人的に停戦を結べた。

 北のコロニーは、この間南に手を出して、あたしの娘にも攻撃したので潰した。

 協定という形で共闘したので、これは例外。娘も許してくれた。

 なので、そのコロニーは現在無人になっている。南に頼まれて、滅ぼした。

 あのヒャッハーとか叫びながらバイクで疾走して暴れるアウトローには丁度いい。

 生きるために必死な人たちを、余裕があるからって快楽の為に襲うようなバカはメルヒェンに殺されていろ。

 東のコロニーとは、今は近づかない。向こうはメルヒェンに襲撃されて立て籠っているし。

 都庁に近いのと、なにか関係あるんかな。

 西は、完全に敵対している。この前、一人娘と同じ子を捨てた。

 保護しようとしたら、囮に使ってあたしを殺そうとしたあげくに彼女が暴走。

 全員殺してしまった。あたしが最後に封印して氷の棺に入れてあるから、確実に生きてる。

 また、救えなかった。間に合わなかった。後悔してばかりで嫌になる。

 西には行かない。二度と。

「母さん? 母さん! ちょっと、聞いてる!?」

 背後から声。ああ、ボーッとしてた。

「何ですか、グレーテル?」

 前を見たまま、返答。どうせ不機嫌そうな顔で何か言い出す。

 そばかすが多い、ボサボサの全体的に短い茶髪。

 あまり見かけない黄土色の目を細めて、あの子はまたワガママを言うんだ。

「クッキー食べたい」

「我慢なさい」

 お菓子を求めるかこいつは。

 服探し手伝ったご褒美って言ったのに。

 今来てるその茶茶色の長袖とボロい長いズボンを交換するって出る前に言ったよねあたし?

「忘れちゃった」

「マーチ、燃やしていいですよ」

「燃やす!? 死んじゃうじゃんか!!」

 怒るのはこっち。まだ言うか。

 もう一人、フードつきの黒いパーカーとハイソックス、スカートにジャンパーの娘に言った。

 彼女のマッチはよく燃える。火種にはいい。

「お母さんが、言うなら……」

「待って、それ死んじゃう。私焼け死んじゃう」

 マーチは引っ込み思案で臆病だけど、素直で可愛い。

 このワガママグレーテルとは大違い。

 艝の上で暴れないで、バランス崩れると、叱る。

「母さんが言い出したんだよね!?」

「お母さんに歯向かう悪い子はお菓子抜きです」

「卑怯なことをするなぁ!!」

 魂の訴えを聞きながら、今日も廃墟を目指していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら……?」

 珍しい。なんか都庁の近くで、戦っている。

 あの辺は、メルヒェンの出てくる監獄塔がないのに……。

 帰り道。たんまり、医療品と衣料品を乗っけたあたしは眼下の戦いを見た。

 メルヒェンと……ああ、盗賊だ。乱戦になっているみたい。

 応戦して女の子たちが何人もメルヒェンとは戦っているが、盗賊が後続を狙って人間同士と争っていた。

 大行列。隊列を組んで、沢山の人間たちが移動している……。

(ちょ、こいつら何してるんですか!?)

 よく見たら、あの列……都庁の監獄塔の外壁ぶっ壊して外に出てきている!?

 どういうこと? 入り口のないあの監獄塔の何処に、人間が捕まっていたの?

「な、何で空飛ぶナイトメアが……!? こんなときに!! アリス、あのナイトメアお願い!!」

「えぇっ!!」

 ん? ナイトメア……あたしか?

 あの迎撃している連中のリーダーなのかな。

 フードの女の子が、滞空して見下ろしているあたしに向かってなんか叫んだ。

 ナイトメア知ってるんだ。どこのコロニーの人達だろう。

 見た感じ、潰されて纏めて誘拐でもされたとか?

 って言うか、待て。何かあたしも襲ってきた!?

「ちょ、何ですかいきなり!?」

 不味い、グレーテルとマーチがいるときに!!

 慌てて急上昇。跳躍して鋭い剣を振りかざす女の子よりも高度をあげた。

 多少揺れて左右に動くがこの程度じゃ艝は壊れない。

 攻撃が空振りして落ちていく。此処までは届かないでしょざまあみろ。

「母さん、また襲われたの?」

「帰り、ません……?」

 慣れている二人も白い霧の中で戦う連中を、持ってきた水筒に入った温かいお茶を飲みながら見下ろす。

 余裕あるなあうちの娘……。慣れっこだもんね。

「喋った!? 赤ずきんさん、アリスがあのナイトメア喋ったって!」

「はぁ!? 空飛ぶ、喋るナイトメア!? そんな馬鹿な!? ジェイルの中と違いすぎるよ!?」

 聞こえてるぞおい。悪かったな喋る空飛ぶナイトメアで。

 その頃盗賊が撃退されて、散り散りに逃げていく。

 っていうか、あたしを見つけて慌てて逃げ出したよう。

 気づくの遅いよ皆さん……。

 で、残ったのは大行列と女の子集団。

 なんか見上げて睨んでいた。あたし、今なんかした……?

「姫、あのナイトメアの背中!! 見てくれ!」

「白い、核……!? 嘘……だよね……!?」

 んで、あたしの背中の白い心臓……核を見て目を見開く二名もいた。

 何あれ? 女装の男と、魚のにおいがする女の子?

「母さん、早く帰ろうよ……」

「お腹、すきました……」

 更には人を乗っけていると気付いて余計に騒ぎだす。

 娘たちも文句を言うし、帰るか……。

「おーい!! そこの君ー!! 襲ったのは悪かったから、ちょっと降りてきてくれないかなー!?」

 そんで、さっきの女装の男が大声であたしを呼んでいた。

 話をすると言うか。ナイトメアと知っていて。変な連中だ。

 然し、この人数相手に二人がいるときにはちょっとやだな。

 襲ってきたら荷物ごと捨てないといけないし。

 ……あ、良いこと思い付いた。

「グレーテル」

「なに?」

「連れ帰っても良いですか?」

「いいよ?」

「マーチは?」

「……大丈夫、です……」

 言質取った。娘たちはオッケー。

 あの連中、戻ってゆっくり話を聞くか。

 但し誘拐するけどね。時間も惜しいしリスクもあるし。

 艝を引くのは二本の鎖。まだ余っている二本で、二人連れ帰ろう。無理矢理。

 あとは面倒臭い。疲れたし考えるの嫌だ。

 言われた通り、高度を下げる。緊張したように見上げる一同。

 おっし、射程ギリギリ。鎖延長完了。

 で、余った鎖を素早く落として降下。

「なっ!?」

 上から一撃、話の通じそうな大人しい感じの二名を選んで狙う。

 驚いたすぐ近くの女装の男が庇うが、鎖は途中で切り離して再生する。

 切り払いを受けても、真横に向かって枝のように伸ばせる。ナイトメア舐めんな。

 で、多分少年の方の近くにいた女の子も、庇ったんだろう。

 叩き落とされたが、こっちもいきなり変更、身体に巻き付きそのまま急上昇。

 はい、捕獲完了。下で悲鳴聞こえた。

「うわああああ!?」

「きゃああああ!?」

 暴れても無駄。あたしの鎖は頑丈です。

「ジャック!?」

「姫!? この、何するんだ! 姫とジャックを離せ!!」

 あ、やっぱり怒るよね。そりゃそうだ。

 知ってた。けど、いきなり攻撃してきたのはそっち。

「えー、事情は戻って聞きます。この二名に。他の物騒な人達とは話し合いの空気は持てません」

 巻き取って、回収して艝に突っ込む。グレーテルとマーチが引き上げた。

「えっ、何この展開!? 君達何がしたいの!?」

「は、話せば分かります! ですので乱暴は……!」

 慌てている二名を娘が宥める。

「落ち着けば? はい、ビスケットあげる」

「お菓子食べてる場合かな!?」

「あの……平気、です……。無意味な、戦いは……しない、ので……」

「じゃあ何でわたしたちを回収したの……?」

 下じゃキレている数名が滅茶苦茶怒ってた。

「返して!! ジャックを返しなさいッ!!」

 あ、あれは絶対話を聞かない奴の反応だ。

 あの子は怖い。逃げよう。

 名前はジャックと姫って言うのか。覚えた。

「ジャック少年と、姫少女の身柄は預かりました。返してほしくば……ほしくば……あー。そうですね、物資を寄越しなさい。全部。主に日用品とか。それで返します。無傷で。それまでは、此方で人質にしますのであしからず」

 適当なことを言っておく。

 二日後、再びここにくる。それまでに応答を決めておけと。

「ふざけないで!! 殺してやる……お前を殺してやるッ!!」

「殺すなど物騒な……。まあ、のんびり待ってますよ。お風呂でも入ってゆっくりしていきなさいな。ジャック少年と姫少女」

「誘拐する立場の台詞じゃないよね!? ホントになんなの君は!?」

「……うん、うん。マーチさんって言うんだね? おつうちゃん! 危険は無さそうだから、わたし行ってくる!!」

 下で吠える女の子を尻目にビスケット食べている姫少女が言った。

 その光景に唖然としたのか、皆さん脱力してた。

 グレーテルがあげたのか。まあいいや。

「はーい、じゃあ出発しますよー。今晩のご飯はカレーにしましょうか」

「敵意はあるの、無いのどっち!? あ、アリス! 心配しないで、多分この人たち大丈夫そうだからー!」

 結局ないほうで対応してるじゃないか少年。

 はい、じゃあ出発進行。

「いやホントにちょっと待って、おいそこのナイトメア、話を聞けえええええ!!」

 聞きません。今日はもう、帰ります。

 さらばだ、女装男。また会おう。

 あたしたちは、颯爽と戻っていった。

 

 

 

 

 しゃんしゃんしゃんしゃん……。



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悪夢、然しそれは優しい夢

 

 

 

 

 

 

 

「待ちなさい!! ジャック、ジャックーーーー!!」

 唖然としていたが我に帰り、彼女は叫ぶ。

 鈴の音を残して消えていくナイトメア。

 直ぐ様追おうとする彼女を、別の仲間が制止する。

「止せ、アリス!! あいつには手出ししちゃいけない!!」

 明らかな焦燥感を浮かべた言葉に、思わず飛び出す足が止まった。

 振り返ると、見たことがないほど血の気が失せた彼女は、首を振った。

「止すんだ……。あれは、僕の見間違いじゃないなら……。兎も角、姫もジャックも心配ないと言った。なら、一先ずは信じよう。明確な期限があるなら、今は堪えてくれ。頼むよ……」

「おつうさん……」

 おかしい。彼女は思う。

 何を、彼女は彼処まで怯えている?

 確かに地上に出たばかり。

 壁を破壊して出てきて早々、突然メルヒェンと漁夫の利の人間に襲われた。

 状況は混迷している。冷静になった頭は理解はした。

 皆、慣れない地上に混乱しているのだ。深追いは止めておけと、更に言われる。

「あれは、ただのナイトメアじゃないわ。どう見ても、地上に適応した私たちの常識が通用しない類いのナイトメア。此方の見識を見つめ直さないと、ジャックが死ぬわ。人魚姫もね」

 黒い服に前開きの白衣を身につけた眼鏡の少女は淡々と言う。

 珍しい。普段は好奇心旺盛で、薄ら笑いすら空気を読まずに浮かべるのに。

 今は……警戒していた。去っていった、ナイトメアを。

「……おつう。ひとつ聞くけど、白い核は複数存在するのかしら?」

「ハッキリとは分からない。けど、ここは地上だ。僕が知らないだけで、存在はするんだろうね。それに、あの移動方法なら遠方にだって容易に行けるだろうし、なんとも言えない。ただ、もしもあれが僕の知る白い核なら……僕達は、初っぱな特級の危険と遭遇したと見て、間違いない」

 参謀に等しい役割の彼女が、事情を知る人物に改めて聞くと、言うことは。

 即ち、あのナイトメアは。その人物が知るナイトメアのなかで、最も恐ろしい存在。

 勝ち目がない、じゃない。戦う、という時点でもない。

 いつも通りと言えばいつも通り。逃げるしかない、という選択肢しかない。

 本物の、悪夢であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。夜営をする皆は途方に暮れていた。

 近場のスペースに比較的安全そうな広場があったのでそこで夜営をした。

 で、これからを決めている大人たちと、実際戦う彼女たちは情報を共有しながら相談した。

 そして、極めて絶望的な世界が地上だと思い知った。少なくとも、あいつは危険な存在。

 好戦的じゃないだけ救いがあったが、此方の希望を強奪されてしまった。

 端的に言えば、どん詰まり。

「ジャック……無事かしら……?」

「落ち着きなよアリス。そわそわしても、解決はしないよ」

 彼女たちは、焚き火を囲いながら夜空の下で、対応策を考えていた。

 大人たちは口を揃えた。無理。情報を統合した時には抗いようがないと。

 ハッキリ皆に言った。現状、従う以外に道はない。

 物資という生命線を、戦力の生命線と交換を要求された。

 どっちを失っても死んでしまう。どうすればいい。

 だが、幸い説得が可能かもしれないと、一人は言った。

 何とか、言いくるめると言うか、妥協させてみると。

 青ざめて戦々恐々の周囲に説明するが……。

 アリスと呼ばれた少女は常にそわそわして落ち着かない。

 これでも大人しい方だ。下手すると激昂して突撃していくから。

 如何に脅威か懇切丁寧に語ると、身震いして頷いた。

 その恐ろしさを知る人物は、皆に語り出す。

「前に言ったよね。前の世界のこと。グレーテルは知っていると思うけど……あの白い核。ウィッチクラフトは、成長具合によるけど、世界を書き換える擬態を可能にするほどの能力がある。それを、あのナイトメアはあろうことか取り込んでいた。あの様子じゃ、完全に制御してると思っていい」

 戦う前に全滅必須。そう、言葉以外じゃ勝てないと項垂れる。

 戦いにすらならない。否。戦いを選べない。

 絶望の体現。地上という新天地の恐怖と言えばいいのか。

 初めて見る満点の夜空にはしゃぐ最年少が走り回っているのを見て、無知は羨ましいと思う。

 ウィッチクラフト。世界規模の擬態すら行える規格外の核。

 嘗てそれを使い、そして最近は死人の嫁すら復活させてついでに自分も人間になった元ナイトメアいわく。

「あのナイトメアは、空を飛んでいた。皆言ってるよ、有り得ないって。そりゃそうだ、今まで地下にいたから空飛ぶナイトメアなんか見るわけがない。って言うかそんなの居たら今頃僕達は死んでたはず……」

 前の世界にもあんなのは居なかった、と言うと彼女すら初見かと皆は驚く。

 誘拐された嫁と皆の希望以外で唯一以前を知っている彼女はより、勝ち目はないと嘆く。

 弱気になっていた。今まで、見たことがないほどに。

 弱音や嘆きなど上げたことすらない彼女が、素直に降参する。

「戦いは、選べないよ。その瞬間に、何が起きるか予想できない。相手は何をしてくるかも未知数のナイトメアなんだ。常識外。そう思わないと、折角脱獄したというのに……僕達は、ここで終わりだ」

「このまま行けば、時間こそあれ終わりには違いないと思うけどね……」

 グレーテルは、相変わらず空気を読まずに付け加える。

 一人が怒るが、彼女は真顔で言うのだ。

「幾つか気になることはあるけど、推測の域を出ないわ。情報が少なすぎる。地上という環境にも、あのナイトメアに関しても。ただ、確実に言えることは……あいつは、少なくとも童話じゃない」

 グレーテルは、キーワードを言った。童話。

 それは、彼女たちに共通する重要な項目で、然しそれはあくまで同類に関して。

 ナイトメア相手には……そもそも言えないはずでは。

「どういうこと? あいつは、ナイトメアでしょう?」

「ええ。此方の聞いた情報を的確に処理できる知性がある、ナイトメアでしょうね。けど、前にね……聞いたのよ、解放地区で。あいつの姿に似た情報を」

「えっ!?」

 アリスが問うと、漸く薄ら笑いを浮かべてグレーテルは言った。

 同時に驚愕する。なぜ、地上のナイトメアの情報を……地下にいた解放地区で入手した?

 それには、より詳細を知る人物……つうも、目を見開く。

「ほ、本当かグレーテル!?」

「えぇ。確証は無いけれど、共通点はあるわね。まあ、本来は……楽しいもの、のはずなんでしょうけど。人間には」

 思わず立ち上がる彼女に、アリスが宥め続きを促す。

「……それで?」

「視子はどうやら、分からないみたいだったわ。でしょうね、何故ならそれは本来親が子供に伝えるらしい……『伝承』なのよ。別の言い方をすると、言い伝え。親が子供に教えるぐらいしか、出番が無かったんじゃない? そのイベント自体が住人の記憶のなかで風化していると思われる。あの頃には余裕がないから仕方無いわ。大体視子は独身のようだし、子供もいない。だから、その伝承を忘れてしまっていた。けど、親子の間ではまだ密かに伝わっていたのよ……希望として」

 グレーテルは、皆に言う。正体ぐらいは、見当がついた。

 悪い奴ではないが、ナイトメアなのでなんとも言えない。

 ただ、敵意はなかったとハッキリと断言できると笑った。

「ラプンツェル。あなた、あいつから何か感じた?」

 話し合いに参加せずに走り回っている長髪の野性的な彼女に聞く。

 この子ならば、鋭い五感を持つがゆえに敵意などは敏感に察知できる。

 激戦を超えてきた仲間にはその感覚は信頼に値する。

 グレーテルに問われて、本人は。

「んー? なんもなかったよ? あいつまったく、たたかうきなかったみたい」

 敵意、害意、殺意。一切なし。感じすらしない。

 寧ろ甘い匂いをさせていたと。お菓子的な。

「次回来たら私とラプンツェルが行けばいいわ」

「おい、お菓子目当てでしょあんた」

 グレーテルの悪癖にツッコミを小さな長女が入れるとして。

 再び遊ばせておいて、グレーテルは続ける。

「ラプンツェルがああやって言うのよ。あの時は本当に向こうにも、話し合いに応じる気があった。けれど、いきなり攻撃してきたから話の出来そうなジャックと人魚姫を連れ去るしか無かったんじゃない。何せ、此方には怒り狂うアリスと臨戦態勢の赤ずきんが居たのだから」

 アリスはまだしも、と最後に言うが。

 血気盛んな数名に、話し合いの空気を断念したのではと推察する。

 実際攻撃はしないで様子見して、何をすると怒る反応だった。

 そう言われて、リーダーは。

「うっ……。反省してるよ……。そんな規格外が居るなら倒そうと思うじゃん……」

「戦う気がない格上なら、その理屈じゃ逆鱗に触れ破滅を呼ぶわよ赤ずきん」

 至極真っ当な言い分で論破された。

 纏めると、その伝承に裏付けるだけの外見的な特徴がある。

 向こうには伝承通りなら、悪意はないが襲ってくると恐らく応戦してしまう。

 なので、普段の人魚姫の言動で行こう。

 要するに、暴力良くない。話し合い大事。平和的解決。

 ……こいつらが一番できない方法だった。

 可能な面子が向こうに言ってて無理。

 つうが知る限り、前の世界で一度だけグレーテル相手に成功したがそれやったの人魚姫。

 ここの連中は、話し合いの出来る奴が居ない。

 アリス、ジャックの事になると直ぐキレる。

 赤ずきん、ナイトメアぶち殺し思考固定。

 グレーテル、口が悪い。あと空気読まない言い方考えない。

 ラプンツェル……多分、幼すぎて不可能。

 その他、おおよそ成功率は限りなく低い。

 つうしか……居ないようだ。

「待ってくれ、僕に一任するのか!?」

「あら、人魚姫とジャック以外じゃ前の世界の事を知るのはつうだけよ。なら、適任よね?」

 グレーテルは簡単に言うが、ここの旅路の命運を託されたに等しい。

 プレッシャーで死にそうだった。かつてない重圧がつうを襲う。

 何でこうなった。前の世界といい、グレーテルが主導すると何で毎回こうなるのか……。

「さて、じゃあ気になっている奴の正体を教えましょう」

 項垂れぶつぶつ小声で悩むつうを無視して。

 グレーテルは、その名を明かした。

 あのナイトメアの外見は。

 顔はラプンツェルの近く、とても幼い。

 セミショートの白銀の髪の毛に、足が鋭い角錐の氷で出来ていた。

 瞳も純白で、背中には真っ二つになった雪の結晶が羽となり。

 氷で出来た、四つの鎖のうち二つは背後に氷の艝を引いている。

 服装が、真紅の派手なオフショルダーのミニスカートワンピース。

 寒そうな格好で、強烈な冷気を放っていた。

 綺麗な、鈴の音をさせて。

 これらを纏めると。

 赤い服装。空を飛ぶ艝。何より、鈴の音。

 この三つから出てくる答えは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恐らく、あのナイトメアの名前は……『サンタクロース』。子供にプレゼントを配る、クリスマスという行事に出てくる、伝承の存在よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャック少年。あなたは悪い子です。よって、お仕置きにこのモツ煮を食べるのです!」

「待って、それ明らかに食べられる見た目じゃないよ!! 内臓とかおかしいよね!!」

「……意外と美味しい。ジャックさん、大丈夫ですよ?」

「人魚姫さん!? ちょっと和みすぎ、僕ら一応人質なんだよ!?」

「五月蝿いなあ、良いから食べなよジャック。カレー残すからこうなる」

「お残しは……いけ、ない……」

「四面楚歌!? いや、ならそもそも食べきれる量を出して! 僕はあそこまで食べられないの!!」

「今宵、あたしは黒くなりましょう……悪い子にはハラワタぶつけてやるのです! 良いから食べろおらァッ!!」

「うわああああああああああーーーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 しゃんしゃんしゃんしゃん……。



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悪夢、絶望の贈り物

 

 

 

 

 

 

 

 さて、拠点に戻ってきた。

 仕事させるか。

「ちょ、本当に僕たちをどうする気なんですか!?」

「なにもしません。それよか仕事なさい。飯抜きますよ」

「しないと言いつつ家庭的な脅し!?」

 滑走路の要領で、着陸。

 廃墟の嘗ては学校と呼ばれた場所を占拠していた。

 周囲は剣山宜しく分厚い氷の壁に阻まれている。

 触れようモノなら即座に凍結するナイトメアの氷だ。

 校庭に降り立つあたしは、回収した物資を運搬を命じる。

「ジャックさん、従おう? 先ずは対話の席を作らないと」

「えぇ……? 人魚姫さん、適応速くない……?」

 ふむ。そこの魚のにおいがする女の子の方が胆が据わっている。

 娘たちがさっさと日用品を氷の台車に乗っけて運んでいく。

 戸惑うジャック少年。早くやれ。

「……生活物資運ぶナイトメアって何なのさ……」

 渋々お仕事をさせる。よしよし、頑張れ男の子。

 と、思ったんだけど……。

「非力ですね。本当に男の子ですか」

「血式少女と比べたら普通の大人でもこうです……」

 あの女の子は軽々持っているのに数回往復したらダウンした。

 やっぱり見た目通り非力。細いんだよね線が。

 ツンツンしている灰色のような髪型の、下手すると女の子にすら見える少年。

 対して、水色の長髪にアホ毛が生えた魚のにおいがする女の子。

 黒い制服らしき少年と何故か肩を片方むき出しにして気崩す白と青の配色の制服の女の子。

 インモラルな。注意しよう。

「あなた。ちょっと言いたいことがあります」

「はい?」

 女の子を呼び止め、名を訊ねる。

「あ、わたし人魚姫と言います」

「ふざけてますか?」

「いえ、初対面では言われるんですが……本名です……」

 人魚姫って凄い名前つけたなこの子の親。

 いや、待て。多分そうじゃない。イントネーションでそう聞こえるだけだ。

 本人も困っているし多分聞き間違い。

 例えば、そう。にんぎよ・ひめ的な名字と名前なんだよ。

 ……こじつけ過ぎないかこれは。偽名にしたって下手すぎるし。

 取り敢えず女の子がそんな格好をするんじゃないと言うと、

「肩が剥き出しの君が言うのか……」

「喧しいですよ。何ですか、発情するんですか狼ジャック少年」

「濡れ衣止めて!!」

 全力の否定が来た。

「はぁ……。一応あたし、ナイトメアと言えど常識ありますよ? 化け物でも話が通じる手前、偽名は止して欲しいのですが?」

「あの……理由あって、本当に本名です。っていうか、ナイトメアっていう知識はあるんですね」

「仮にも心臓背負ってますので。あと、血式少女って何です? そこのもやし少年がぼやいているんですが」

「もやし!?」

 娘たちに運搬はお願いして、こっちは早速話し合い。

 互いに自己紹介したのだが認識に齟齬あり。

 本当に何なのだろうかこの子達は。そして、あの連中は。

「もやしって僕ですか!?」

「あなたしか居ませんねジャック少年。非力で体力のないあなたは正しくもやし。悔しいなら筋トレしなさい」

「ナイトメアに筋トレしろって怒られた……。何なんだ地上って本当に……!?」

 ヘッドフォンしている彼は頭を抱えて苦悩していた。

 よくわからない子達だが、まあ敵意はないんだろう。内地に入れても暴れないし。

 っていうか、地上?

「何だか、随分と互いに認識がおかしいですね。仕方ない。夕飯を一緒にしながら、情報提供を。宜しいですね?」

「はい、喜んで! 此方こそ、平和的な解決法をありがとうございます!」

 満面の笑みで人魚姫という彼女は言った。

 じゃあ、取り敢えず夕暮れなので準備に入ろう。

「ジャック少年には、沢山食べさせて体力をつけさせましょう。非力では、生き残れません」

「……僕は裏方なんですが……」

「裏方ならもやしで良いなど甘いのですよ。いざってときに死にますよあなた」

「何でナイトメアに説教されてるんだ僕は……」

 とぼとぼついてくる少年を引き連れ、あたしたちは夕飯の準備に戻る。

 今晩はそろそろ食べないといけない、レトルトのカレーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕飯を共にする。情報交換を行う。その前にご飯の準備。

 火を使うので、廃材のドラム缶に木材ぶちこみ、火をつける。

 マーチのマッチを借りて、燻るので燃えやすいものも一緒に燃やす。

「母さん、ジャックが勝手になんか食べてる」

「ジャック少年、何をしているんですか」

 あたしを母と呼ぶグレーテルとマーチにかなり驚いていたようだが。

 何やらご飯前にポケットから何か取り出して食べようとしていた。

 湯煎するために濾過した水を流し込んで、レトルトパックを全部放り込む。

 そして、ぎょっとした彼に問い詰めると。

「あっ、いや……軽く、その……軽食を……」

 言い訳して隠す。何を食べたのかな少年。

 お母さんの前で、ご飯の前に間食は許さない。

「没収」

「没収!?」

 グレーテルが隠したそれを素早く回収してあたしに投げて寄越す。

 背後にいる娘を油断してた彼から奪うと。

「ほう……レーションですか」

「僕の主食が!」

「あむ」

「食べられたぁ!?」

 悪い子にはこうしてやる。

 奪ったレーション、頂きます。あたしはいいのだ、お母さんだしナイトメアだから。

 以前見た軍だか何だかのレーション。こんなカロリーの高いものを食べるなんて悪い子!

「ご飯前にこんなものを食べるなんて認めません。ご飯食べなさい」

「そんなぁ……」

 まったく、油断も隙もない少年め。

 クスクス笑っている姫少女は、ちゃんとお手伝いしたぞ。

 何で男の子のあなたがお手伝いしない。

「僕が悪者にされてる……!」

「いや、実際悪者じゃん。ご飯前に食べるから怒られるんだよ。常識じゃん?」

「こっちのグレーテルは結構辛辣じゃないかな……」

 そう言えば彼らの仲間? にも同性同名が居るんだっけ。

 うちの娘と同じ名前の女の子。ただ、性格は理屈的なモノらしいが。

 いや、おい待て我が娘。

「グレーテルもお菓子を食べるでしょう。人の事を言えますか?」

「私は良いの。母さんの娘だから」

「なにその屁理屈は!? 流石に理不尽」

「なら許す」

「許さないで!! ちゃんと平等にお説教して!!」

 ジャック少年、いちいちリアクション大きい。疲れないのかな。

「お二人のせいで叫んでいるんですが!!」

「そうですか。取り敢えず落ち着いて、カレー食べること」

「僕がおかしいのか地上がおかしいのか、どっちなんだ!」

 そろそろ彼、パンクしそうだけど大丈夫?

 いいや、細かいことは。ご飯食べようそうしよう。

 マーチが待っていることだし。

 んで、一時間後。

 仕上がった夕飯を食べながら話を聞いた。

 ……俄には信じがたい事を説明された。

 一緒に聞いていたグレーテルが一言。

「頭大丈夫?」

 あたしも思わず言った。

「錯乱してませんか?」

「ちょっと待って、ナイトメアの親子には本気で言われたくない」

 心配されたことにこっちは本気で言っている、と強く否定するジャック少年。

 その前に残した夕飯について伺おうか。食べきれないとか文句を言うのでお仕置き。

 モツ煮を食わせた。無理矢理。お残しは貴重なご飯への冒涜です、許さない。

 で、お腹をさすって撃沈した少年は良いとして。

 姫少女から詳しく更に聞いた。

 何だか、あの都庁の監獄塔、出入り出来ないと思っていたら地下に繋がっていたのか。

 で、あの珍道中は地下にいた人々。閉じ込められてたと。

 監獄塔を伸ばして突き破って脱獄するとか凄い雑な計画を立てていた。

 そんで、そのなかで自分の生まれや支援者の裏切り、遠い世界の仲間を連れ戻す激闘を経て、ここに来た。

 あたしが間に合わなかったあの暴走はブラッドスケルターと言うらしく。

 一度陥るとこのジャック少年の鮮血以外じゃ回復しない。

 また変異した状態で肉体が保持される特性があり、目が桜色になるのは血式少女という人間擬きの特徴、と。

 血式少女とは、言うなれば人間に似たメルヒェンの別種。擬態とかよく分からんことも言う。

 そして、あたしの心臓に話題は移る。

「その白い核……ウィッチクラフトと言うのは、凄まじい可能性を秘めている、破格の核。途方もない願いを叶える事すらできるのです。お母さんは、どこでそれを?」

「言えませんね。内地のことですし、そもそもあたしは覚えてないんですよ。うちの娘も言いたくないと言うなら、是非もない」

 これは、特別な核だそうだ。

 ウィッチクラフトって言うのか。白い心臓としか言ってなかった。

 然し、申し訳ないが娘たちの過去には触れてほしくはない。

 これは、あたしたち家族の問題だから。

 あたしが名前がないのでお母さんと呼ぶ姫少女には、拒否しておく。

「……そうですか。無理には、お聞き出来ませんね……」

 前の世界とか、死人すら生き返るとか。

 そんな事すらできるといいが、あたしは知ったことじゃない。

 そんなこと、興味すらない。

 姫少女は大人しく引き下がった。

 家族がいない、メルヒェンと大差無い化け物。

 それが、うちの娘やこの子達。

 人間よりも強く、賢く、逞しい命。

 ナイトメアの、敵か。

「あ、やっぱり人間じゃないんだね。そうだと思ってたよ」

 グレーテルも、薄々分かっていった。人間じゃないと。

 血式少女という半端者。ショックは、全く感じないと笑う。

「お母さん、に……近い、なら……わたし、嬉しい……」

 人間嫌いのマーチも、そう言った。

 姫少女は唖然としていた。悩まない二人に、割り切りが早いと驚いていた。

 あとはこの子達、なんか童話の登場人物がどうとかいうが。

 あたしは、断言しておく。

「そちらの理屈なんか関係ないです。娘には変わりなく、血式少女はあたしからすれば家族ですよ。等しく、ね」

 そう。些事なこと。

 娘には変わらない。家族に変化ない。

「お母さん……」

 姫少女が、意外そうな顔で見ていた。

 ナイトメアに言われるのはそんなに意外か。

 一応ナイトメアと人間の和解は知っていると言うのでこの光景は嬉しいとも言うが。

 今度は、地上の状態を彼女に話す。

「マーチ、そこで死んでるジャック少年に火をつけなさい。ジャック少年、嫌なら起きる。今すぐ」

「うわあああああ!! 起きます、起きますので着火は止めて!!」

 血相を変えて飛び起きた。死んでいる暇があるなら、聞かせておく。

 地上に何やら夢を見ているようなので、現実を教えておくか。

 あと、あたしはジャック少年に少々用事が出来た。

 これは、早々……逃がせない。

 神妙に聞く二人に、あたしはゆっくりと……口を開いた。

 

 

 

 

 

「現在、地上は荒れ果てた文明の名残で生きています。簡単に言えば荒廃しているのですよ。コロニーという集団が出来上がり、人類同士は生き残るのに必死です。血式少女はメルヒェンと同じく化け物扱いで、殺される。迫害され、うちの娘のように居場所を無くしてさ迷う運命。そして、それに味方すればその黎明なる連中も、コロニーから狙われて殺されますよ。現代兵器に、血式少女は戦えるんですか? まだ、人殺しの道具は……現存しているので、戦争をする事に、なりますけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処からは戦争になるのだ。人類同士のよくある話。

 二人は、絶句して聞いていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 しゃんしゃんしゃんしゃん……。



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悪夢、生き残る為の天秤

 

 

 

 

 

 

 二日後。あたしは、皆を連れて再び約束通り、夕刻に都庁近辺に顔を出す。

 いるいる。近くでキャンプしながら、本当に来たあたしにありありと警戒している。

 白い霧の中、鈴の音。見上げる人間たち、血式少女。怯えがはっきりと見える。

 ……ビビりすぎじゃないか。確かに向こうから見て、あたしが如何に脅威かは姫少女に聞いたけど。

 あたし、敵意など見せてないのにこの有り様。腹が立つなあ……。

「約束通り来ましたよ。結論をお聞きしましょうか?」

 あの時は適当なことを言ったことは二人とも知っている。

 要するに、敵意はないと。

 但し、そこから先の事はあたしは話していない。

 もしも、コイツらが悪い子なら……ハラワタをぶちまけるしかない。

 代表だというあの女装男が、あたしを見上げる。

 姫少女に似た色合いの制服にズボン。何やら鶴のような意匠が見える。趣味だろうか。

 そして、聞かない名前であたしを呼んだ。

「サンタクロース! 僕達は敵じゃない! 話を聞いてほしい!!」

 ……サンタクロース? 誰それ。

 振り返り、二人に聞いた。知り合いじゃないらしい。

 娘も知らない。あたしも知らない。

 ああ、錯乱したか。いもしない誰かの名前を呼ぶなんて。

「姫少女。お仲間、錯乱しているようですが」

「ちょ、ちょっと待ってください! わたしが話してみますから!!」

 慌てた姫少女が、艝から身を乗り出して無事を伝えて、サンタクロースとは誰かを聞く。

 あたしには名前がないし、サンタクロースなど知らん。誰だそれは。

 で、逆に名前がないと聞いて向こうも慌てる。

 通じない。予想と違うとパニックになっていた。

「サンタクロース……? あぁ、母さんあれだよ」

 そして、コーヒーを水筒で啜るグレーテルが、思い出したように言った。

 以前、図書館という施設を根城にしたときに見たという一冊の本。

 そこに出てくる、赤い服装の白髭のジジイ。贈り物をくれる空飛ぶ艝に乗った人間。

 その名前らしい。

「おいそこの女装男。誰が白髭はえたジジイですか!? ぶっ殺しますよ!?」

 誰がジジイだ。頭に来た。こんな若いあたしを捕まえてジジイとかよく言った。

 決定だ。コイツら悪い子は、お仕置き! ハラワタぶちまけて……!

「……おい、そっちこそ今何て言った?」

 ……あん?

「僕が、男だって……?」

 ……何で向こうが殺気立ててるんだ。

 俯いて乾いた笑いを漏らしている。壊れた?

 怒っているのは此方だぞ。

「男なら良かったよ、ああ全く!! だけど残念ながら、僕は歴とした女だ!!」

 ……はい?

「おつうちゃん、落ち着いて! お母さんも、ね!? な、何かのすれ違いだから!! ここは穏便に!! ほら、ジャックさんも!」

「そ、そうですよ! 取り敢えず戦いは止めてください! 無闇に戦わないのは娘さんとの約束のはずでしょう!?」

 ……どういうこと?

 待って、何であんな悔しそうに唸っているのあの女装男。

 涙目で女だと主張するが……待て。おかしい。

「ねえ、姫。あんたそういう趣味? 旦那が女ってどうよ?」

「……え? 人魚、さん……?」

 娘たちもドン引きしている。

 ちょっと待とうか。確かあれ、姫少女の旦那じゃ。

 ……女装趣味じゃないのか。女の子?

「姫少女。あの王子、女と言ってますが」

「……すみません、事実です……」

 真っ赤になって謝罪された。えぇ……。

「サンタクロースっていうのに他意はないよ! 名前がないから仮名みたいなもんだから、誤解しないでくれ!!」

 ……ああ、そう言う。なんだ、あたしの向こうの決めた仮称か。

 ややこしい。いきなり女にジジイ扱いするから敵意あると思った。

 向こうが必死に宥めるので、此方も謝った。

「自己紹介は……良いかな。僕のことは聞いてるのか?」

 改めて、中空で待ってるあたしに問う旦那。

 ……ううむ。あのおっぱい、本物か……。

 じゃない、一応聞いている。

 初対面でいきなり求婚してきたストーカー王子。

「姫ぇ!? この人になんて説明したの!? ハーメルンと同じ感想言われたんだけど!?」

 真っ青で叫ばれた。いや、聞いたまんまなのに。

 取り繕う姫少女。が、娘たちが冷ややかに二日間の事を溢す。

「あんたの仲間、変態居るのによく生きてこれたね」

「……」

 グレーテルは辛辣に、マーチは関わりになりたくない顔をしていた。

 聞いている限り、血の気が多いのとキレやすいのと変なのしかいない。

 マトモなの、ジャック少年ぐらいか……。

「はぁ……。まあ、良いでしょう。交渉に入りましょう」

 バカを言う前に、さっさと次に行こう。

 大事なのは此処からだから、慎重に進めていこう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あくまで、あたしが主導権を握っている。

 残念ながら、向こうは懐柔する気のようだが、生憎とそうはいかない。

「失礼ですが、あたしは妥協や懐柔は一切受け付けません。もしも、説得して有利にしようとか思っているなら、その浅はかな考えは止めなさい。此方も生きるために話を聞くだけ。敵なら、皆殺しにするまでですよ」

 勘違いするな、と牽制はしておく。

 ジャック少年が話が違うと言うが、

「何言ってるの。あんたらさ、ちょっと夢見すぎ。地上で生きるのって、シビアだって言ったじゃん。協力とか、そんなん無理に決まってる。母さんは強いから、負けないから、死なないから、人間と停戦が出来るんだよ? 母さんよりもその何だっけ、血式少女? っていうのは弱いんでしょ? じゃあ、打算的な利害の一致以外じゃ手を組むのはできるはずがないって、話聞いてて分からなかった?」

「そんな……! あなたは無闇に殺さないって……!」

「……必要、なら……人は、殺さなきゃ……いけ、ないん、です……」

 娘たちに、その考えを否定されるジャック少年。

 本当にあなたは甘いのだ。真っ先に騙されて死ぬタイプ。

 言っただろう。ここは、そういう弱肉強食の世界だと。

 姫少女も、聞いてないと言うが。いや、言いました。説明に含めて。

「クソッ、やっぱりダメじゃんおつう! 迎撃して、二人を取り戻すしかない!」

「止めろ赤ずきん!! ここには他の人も居るんだぞ!!」

 フードつきが戦闘を選択するようだが、つうという人物が必死に制止する。

 あたしも敢えて声に出して聞く。

「そこのフードつき。……勝てると思ってるんですか? 話を聞く限り、あたしはウィッチクラフトとかいう白い核を抱えた、そちらからすれば想定外のナイトメアのハズでしょう? 良いですよ、戦争でも。但し、殺すのは悪い子のお前ではなく、後ろにいるただの人間ですけどね。お前にはそいつらのハラワタをぶちまけてやります」

「コイツ、調子に乗って……!!」

 怒ったか。ああいう反応は、あたしたちを攻撃する人間と同じか。

 血式少女とやらは、中身は人間と大差無いのか? やはりジャック少年と姫少女が例外なだけ?

「赤ずきん、核を抱えたナイトメアに勝てると思うの? あいつは今までと同じ、不死身なのよ? しかも、破壊は困難で挙げ句には攻撃が届きにくい、知性も高い……そんな相手を挑発して、全滅したら責任負えるのかしら」

 おや、向こうのグレーテルは至極冷静なようだ。ならば追撃する。

「ええ、そちらのお嬢さんの指摘通り。あたしは、不死身です。あたしの心臓を破壊する前に、お前らは全員ハラワタ塗れになる運命を辿るでしょう。というか、その前に……ジャック少年がどうなってもいいんですか?」

 そう脅すと、皆は悔しそうに歯噛みして敵意を引っ込める。

 ジャック少年が向こうの生命線。

 特にジャック少年の話に出てきた幼馴染が最早キレそうな雰囲気を必死に堪えている。

 見上げた顔は怒りと憎しみ。それを理性で抑え込む……お利口さんな血式少女。

「交渉、ですよ。物資を寄越せと言うのはまあ、適当な事を言ったので気にしないでいいです。本気じゃないので」

 そこを先ず訂正。すると、露骨に一部が安堵した。

 物資を全部と言うのはやはり大変だろうとは思うし、妥当か。

「要求は、ただひとつ。ジャック少年を、このまま逗留させます。姫少女は、返しても良いのですがね」

「なっ!?」

 後ろで、驚く声。同時に指示する。

「マーチ、グレーテル。ジャック少年を捕まえなさい」

「はーい」

「……うん」

 艝の上で振動。

 姫少女が武器を構える前に、ジャック少年の腕を左右から娘が掴む。

「グレーテルさん……マーチさん、どうして……!?」

 悲しみにまみれた声。姫少女、ゴメンね。

 これが、今のあたしに必要なことだから。

「悪いね姫。此方も事情があるの。大体分かったよ母さん。確かに、ジャックは必要だね。生きたまま」

「……悪く、思わ、ないで……。人魚、さん……ジャック、さん……」

 人質確保。下では。

「ジャック!? この、今すぐジャックを離しなさい!!」

 案の定、幼馴染が激怒して今にも襲ってきそう。

 いい反応。臨戦体勢の連中には、悪いがこっちも譲れない。

 物資の奪い合いと、人材の奪い合いはよくあること。

 仕方無い。必要なら力ずくで奪うのが一番早いし、殺さなきゃ約束は破らない。

「離してくれグレーテル、マーチ!! 僕達は争いをするために来たんじゃない!」

「だろうね。なら、黙って言うことを聞きなよジャック。あんたが従えば誰も死なない。傷つかない」

「無茶だよ!! 僕がいないと皆が……!」

「知って……ます。だから、こそ……必要、な……方法……」

「くっ……! どうして、こんなことを……!」

 姫少女を、揉めている艝の上から鎖で巻き取って回収。

「お母さん、止めてください! ジャックさんは皆にとって大事な人なんですよ!?」

「あたしにも、必要なんです。……まだ、全部話してないので知らない姫少女には、関係のない理由ですよ」

 暴れるのでそのまま引き下げて、解放した。約束は、こっちは守る。

 ジャック少年一人が手に入れば、あたしは後は大体協力すると提案する。

 住める場所が欲しいなら提供しよう。物資の回収も手伝ってやる。

 戦闘も、護衛だってしてやる。あたしはそれが出来る。

 何故ならナイトメア。不死身の存在だから。

「ジャック少年を、此方に預けなさい。交換条件です。ジャック少年は……血式少女という存在は、危険だと思われてます。これは、そちらが言うサンタクロースからの、警告です。この世界に根付くつもりなら。その化け物を切り離さないと、地上の人類も、メルヒェンも敵になるんですよ。あたしはまだいい方です。メルヒェン程度なら、そばにいれば寄って来ませんからね。でも、人類はそうもいかない。あたしだって、戦ってますよ。何度も必要に応じて殺してます。そのリスクを、正しく判断できてますか? もう一度言います。血式少女とやらは、地上では単なるリスクの塊です。抱えるには、ここの人数は多すぎる。ですから、今は安住の地を見つけてから、対応策を考えておいた方が賢明です。その為に、ジャック少年を預けろと言うんですよ。用事が終わったら、無事に返します。穏便に済ませたいので、これ以上は要求しませんが……従わない場合は、本当に駆逐します。脅しのうちに、言うことを聞いてくださると幸いです」

 わざわざ噛み砕いて説明しているのに……ダメだ。

 理屈で説いても、向こうにもメリットがあるのに、理解しない。

「五月蝿い!! お前はやっぱりただのナイトメアだ!! ぶっ殺してやるッ!!」

 赤ずきんと呼ばれた血式少女が、大きなハサミを取り出した。

 言うことを聞く耳は、持たないやつが多すぎる。

 無理だったか。ま、だろうと思った。

 仮にも戦力の生命線を貸せって言ってるんだし。

「……悪い子ですねえ、本当に。これ以上は時間の無駄。グレーテル、マーチ。血式少女だけなら、殺しても良いですか?」

「良いよ、邪魔なら人間以外は皆殺しで。姫は殺らないでね母さん」

「……血式、少女は……わたし、たちの……家族の、敵……」

 よし、了承してくれた。これで何の躊躇いも要らない。

 こっちも久々か。じゃ、サクッと殺して奪うか、ジャック少年を。

「止めてくれ、サンタクロースさん!! 皆も!!」

「ジャック、今すぐ助けるから!! 待ってて!!」

 後続の人間は殺さない。

 血式少女だけ、始末を……。

 

 

 

 ちく、たく……ちく、たく……。

 

 

 

「あっ……」

 

 

 

 あいつ、前に東のコロニーで見た爬虫類……。

 血式少女の皆さん、後ろ。いやだから、後ろ!!

 ワニ来てますけど!!

「アリス、ちょっと待って後ろ見て、なにかいる!!」

「……えっ!? あれって……何でワニ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ちく、たく……ちく、たく……しゃんしゃんしゃんしゃん……。



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悪夢、時々恋路の応援

 

 

 

 

 

 

「ちがう、こいつじゃない!! やなやつ、こいつじゃない!!」

 真っ先に異変に気づいたのは、最年少。敵は違うと、大声で叫んだ。

 彼女は五感を研ぎ澄ます。敵意は在処は……目の前の、漸く燃え上がる相手じゃない。

 最初から耳障りで規則性のある不愉快な音を混じらせるのは……遥か後方!!

 同時に、中空のナイトメアも目を丸くした。

 見ている先は、此方ではなくもっと後ろの方角。

 余所見ではない。神経はこっちに向いているのに……急速に敵意が萎んでいった。

「あのー……血式少女の皆さん? 後ろ、厄介なの来てますけど……いいんですか?」

 と、思い切り戸惑ったように皆に問う。

 何を言うのか、と訝しげな一同だが。

「アリス、ちょっと待って!! 黎明の人達が襲われてる!!」

「えっ!?」

 ジャックや最年少、ナイトメアの言う通り、背後から悲鳴が聞こえた。

 何事か、つうの手元にあるトランシーバーが雑音混じりで声を出す。

 超大型メルヒェンの襲来。人間を殺そうとして、応戦している。

 加勢を求めると、切羽詰まったように。

「メルヒェン!? クソッ、こんなときに……!!」

 ナイトメアが目の前にいるのに、超大型メルヒェンときたか。

 赤ずきんは舌打ちして一瞬迷う。

 どうする? どっちを優先すればいい?

 民間人か? 戦術的に命綱のジャックか!?

 どっちを選べばいい!?

「ワニ来てますけど……いや、急ぐならどうぞ? その内においとまするんで」

 ナイトメアは横槍でやる気が消えたと説明、行けと言った。

 自分はこのまま帰るから、死人出す前に急げ。そう言うのだ。

 超大型メルヒェンがワニとジャックも叫ぶ。

 アリスも一瞬迷う。だが。

「ジャックを置いてきなさい!」

「嫌ですー」

「このッ……!! バカにしてるの!? 赤ずきんさん、ここはわたしが何とかするから、皆でそっちのメルヒェンを!!」

 頭にきているアリスは、ナイトメアを自分で引き受けると言った。

 帰りを阻止、即ち戦いではなく足止め。死なないようにするから、そう告げて急かす。

 アリスはジャックにぞっこん故に、こういう場合普段の冷静さが欠落する。

 短絡的な思考になり、直ぐにキレて襲いかかる。

 本当に大丈夫か一抹の心配があるが。

「行くんだ、赤ずきん!! 僕も残る! 姫、お願いできますか!?」

「分かったよおつうちゃん! おねーちゃん! 迷わないで、行こう!!」

 割り切りの出来るつうが、代わりに皆に号令を出した。

 伊達に以前の世界で赤ずきん不在の際に、リーダーをやってはいない。

 こう言う非常時に彼女は強い。

 ……一度、派手に失敗して二度と間違うまいと心に誓っているから。

「……分かった! つう、アリス! こっち宜しく!!」

 皆を引き連れて、赤ずきんは迎撃に向かう。

 当然、ナイトメアに背を向けるが彼女はその背中を襲いはしない。

 そういう所謂隙をつくなんて事をしないのは、強いからか。

 あるいは……。

「帰りたいんですが」

「だから、ジャックを置いてきなさいと言っているでしょう!!」

 帰ろうとするからか。アリスは何度も言った。ジャックを返せ。

 ナイトメアも何度も言った。無理、お家帰る。

 平行線。娘たちも、面倒臭い顔になってきた。

「サンタクロースさん、お願いだから僕を離し……」

「あー、五月蝿いジャック。あんたの嫁も五月蝿いのに、あんたまで喚くの止めて」

「なんでアリスが僕のお嫁さんに!?」

「……えっ? 違う、の……!?」

「違うよ!? 幼馴染だって言ったよね!?」

 こっちも変な空気になってきた。

 アリスはジャックの嫁じゃないかと聞いていた娘二名。

 そこでお母さん、名案を思い付く。

「あぁ、そうですよ!! ジャック少年を返すのではなく、アリス少女を連れ帰ればいいのです! 正にコペルニクス的な転換!!」

「絶対使い方違うわよ!? あとわたしはお嫁さんじゃないわ! 色々と誤解があるから言うけれど!!」

 口喧嘩になっていたアリスはその性質上、理不尽を追求しないと気が済まない。

 また変な誤解をするので顔真っ赤にして、怒りじゃなく羞恥で否定。

 シリアスがシリアルした。つう、予感があったので黙って見ていたが。

 どうせこんな風になると思ってた。

 あのサンタクロース、なんか今まで見たことない奇妙な性格をしていると予想した。

 色物際もの、纏めるのは並大抵の苦労じゃないのだ。

「と言うか、わたしを連れていくなんてそっちも許さないわよ! 皆が危険になるじゃない!」

「10名近くも居るのに、ジャック少年程の戦術的な価値がアリス少女、あなたにあるんですか?」

 要は一人居ないぐらい、どうにかなるだろう。

 ジャックが心配ならお前が来い。そう言うことらしい。

「血式少女は貴重なのよ!? 一名の重さをあなたは分かってない!」

「でしょうねえ。ですが、言ったはず。リスクの塊になると。そういう意味じゃ、軽減になりますが?」

「あぁ、もう!! 本当にああ言えばこういう!」

 価値観が違いすぎる。こっちに攻撃する気はないようだが、然し事態は動かない。

 軈てジャックは、見上げるつうに目配せした。

 何か考えがあると、前の世界の相棒同士、理解して頷く。

「サンタクロースさん」

「ん? 何ですかジャック少年。アリス少女をお持ち帰りに賛成なら説得してください。同じ部屋に閉じ込めて愛の巣でも何でもお好きにする権利を贈呈しましょう。良い子にしていたので」

「尚更行かないわ!!」

「取り敢えずアリスにセクハラしないでください。僕は確かにアリスと一緒でも良いですけど、今はそこが重要じゃありません」

「ジャック!? どさくさ紛れでな、何を言うの!?」

 ヒートアップした焼き餅やきの幼馴染を静かにさせるには取り敢えず動揺させておけばいい。

 お前がセクハラするな。じゃない。

「何か提案でも?」

「この際、僕がサンタクロースさんに協力しましょう。但し、今すぐ皆に加勢してくれれば、ですが」

 彼は、真剣な表情でサンタクロースに取り引きを持ちかけた。

 手伝ってもいいが、加勢をしろ。あとアリスの回収も条件。

 経験上、アリスは離れると不安になったり怒ったり、暴走したりしてしまう。

 結果として、一度大惨事を引き起こして皆を全滅させるきっかけになった。

 と、ジャックはつうから聞いている。アリスも知っているが、自覚がない。

 依存していることを指摘してもきっと今頃抜け出せない。

 幼少時から互いをそうして支えて生きてきた。そういう話もサンタクロースにはしてある。

 主に根掘り葉掘りグレーテルとマーチに聞かれたのだが。

 そうすれば、お目付け役のアリスも問題ないし、ジャックが自分からアリスに説明する。

「ジャック、大丈夫なの……? このナイトメアは?」

「アリス、ナイトメアって呼ぶのは良くないよ。この人は、この地上で数少ないこっちに味方してくれる存在なんだ。サンタクロース、そう呼ぼうよ。それでいいですか?」

「何でも呼び方はお好きに。ま、そういう理由なら良いでしょう。加勢しますよ、ええ」

 心配しているアリスは、ジャックがそこまで言うならと渋々矛を引っ込めた。

(流石だジャック。アリスの性格を熟知している。もう、あんな結果は……ゴメンだもんな)

 基本的にジャック大好きなアリスは好意は絶対に認めない。

 からかう周囲は多いので、認められないと言うか。

 が、行動の基盤がジャック優先、ジャック絶対が魂に刻まれたアリスの脳内はジャックの言葉は魔法の言葉。

 耳元で囁かれた日にはきっとアリスの理性は一瞬で蕩けることだろうとつうは予想する。

 お前らいい加減結婚しろよ、という焦れったい関係なのであった。

「いいの、母さん?」

「ジャック少年は必ず必要ですしね。それに、ジャック少年のお嫁さん……」

「違うって言ってるでしょう!?」

「……などと本人は頑なに認める気はないですが、取り敢えず尊い関係のようなので応援してますし良い子のカップルは歓迎です。プレゼントに愛の巣を提供しましょう」

 グレーテルが確認するとジャックが味方するなら此方には有難い譲歩した結果。

 顔を真っ赤にしたアリスが怒鳴って否定するが、バレバレであった。

「うわ、なにあのベタな幼馴染カップル。もう早くくっついて早めに幸せになりなよあんた」

「……甘った、るい……」

 心底うんざりした顔で見下ろす娘たちに、珍しく悔しそうに我慢しているアリス。

 プルプル震えていた。色んな意味でジャックと大差無かった。

 で、話は決まった。加勢するからジャック少し借りる。理由は仕方無い、後で説明する。

 降下して、着陸する。彼女は、心配そうに駆け寄るアリスにボソッと一言。

「お幸せに」

「皮肉じゃないのが心底腹立つわ……ッ!!」

 純粋にサンタクロースに無表情で祝福されて恥ずかしさで悪態をつく。

 なんでナイトメアに恋路を応援されにゃならんのか。理不尽すぎるので追求したかったが我慢。

 ジャックは、兎に角今は皆が心配なので、助けに行くと提案する。

 人生二回目、散々手こずっていたナイトメアが、利益の関係で完全に味方。

 共闘に至っては人生初だった。

「やるじゃないか、ジャック。相棒は伊達じゃないね」

「……僕も、皆を不幸にしたくないんだ。僕らのせいで、ね……」

 あの惨劇を繰り返したくないのは、皆同じ。

 そう、微妙な顔をしてジャックはつうに言った。

 で、落ち着いて深呼吸した今回は暴走しないでネタにされている尊いアリスはグレーテルとマーチを見て聞いた。

「ねえ、二人は一応血式少女なのでしょう? 戦えないの?」

「はぁ? なにいってるのあんた。素人に戦えるわけないじゃん。訓練してるそっちとは違うんだよ。私達ただの血式少女って奴。戦えるわけないのは当然でしょ」

「戦いは……いや……です……」

 無縁の生活をして来たのに出来るかと即座に否定。

 が、ジャックが言うには監禁されてたアリスも似た感じで突然ぶちこまれた。

 普通に戦えた。で、普通に勝てた。

「……へっ? ジャック、あんたの嫁何なの? いきなり戦えた? 暴れたじゃないの?」

「暴れたのも間違いじゃないかな……」

 ドン引きのグレーテルに、そろそろアリスは不機嫌になりそうだった。

 苦笑いのジャックも予想した反応だった。

 何でこんな扱いをされるのか。この親子、何かムカつく。

 至って人間からすればこの反応はジャックが言う通り間違いじゃない。

 普通は有り得ない。グレーテルも、言われてもやりたくない。

 戦う理由がない。ナイトメアの娘がその必要があるのか?

「ん? 良いですよ、あたしやるんで。ほら、アリス少女。そっちの旦那。乗りなさい。さっさと向かいますよ」

「僕は旦那固定なのか……」

 二人を乗っけて、再び上昇。

 つうも案の定旦那扱いで項垂れるが、今は急いで救援に向かう。

 後方では……皆が、大きな爬虫類と激しく戦っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「然しですね、アリス少女」

「……何かしら」

「そんな細腕で戦闘は大丈夫ですか? 聞けば幼少時から監禁され、栄養状態は宜しくなかったとか」

「日頃から鍛えているから大丈夫。けど……そうね。昔は生きていくだけで精一杯だったわ」

「やはりですか。ジャック少年も、非力なのはちゃんと食べてないから……と。痛ましい」

「ナイトメアに食事を心配される日が来た方がショックだけれど……」

「その影響で、今でも細くて貧相なんですね」

「……」

「体型にも栄養状態は出ます。どこもかしこも繊細で小さくて柔いというか……」

「…………」

「あたしが見ている限りはしっかりと食べていただきます。悪い子にはモツ煮のお仕置きです。あ、でもアリス少女には砂肝にしましょうか?」

「恐らくは純粋に心配されるだけなんでしょうけど、物凄く殺意が沸いたわ。斬っても良いわよね?」

「良いですが死にませんよ貧乳アリス少女」

「今ハッキリ言い切ったわね。戻ったら叩き潰す」

「ジャック少年は小さい方が好きだそうです」

「そうなのジャック!?」

「僕に聞くの止めて!? 反応に困るよ!!」

「……平和だなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 しゃんしゃんしゃんしゃん……。



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悪夢、氷の鉄槌

 

 

 

 

 

 

 

 氷の艝は空を往く。

 いくのはいいが、下がパニックに陥っていた。

 サンタクロースまでもが殺しに来たと喚いている。

 ナイトメアと超大型メルヒェンの襲来など、想定外だったようだ。

 地上に来てからというもの心細く、同じ人類にさえ攻撃されて現状の把握が出来ていない民衆。

 彼らの精神のバランスはとうとう崩壊してしまった。

 口々に叫ぶ。ナイトメアだ、奴を殺せ! 血式少女は何をしている!?

 我々を守るのが役目じゃないのか!? 戦え、戦え!!

 余裕が抜け落ちたエゴ丸出しの、身勝手な主張が全体に波及していた。

「なっ、これは……!?」

「分かりますか旦那。これが、人間と言うもの。己の安全を保証できない化け物など、受け入れる筈がないんですよ。驚きましたか? 自分達とともに来た人が、こんなことを叫ぶ光景なんて、想像しなかった……と言うなら、あなたは所詮現実の、人の悪意を知らない脳内お花畑の楽観主義になります」

 つうが驚愕して人々の声を聞かせた。

 艝の縁を大きくして身を隠せと事前に言ったのは、皆が裏切り者と呼ばれないように隠すためだった。

 利害の一致である以上は、向こうの損害は此方の不利益。

 サンタクロースは至極冷静で、まるでナイトメアのグレーテルのような分析をしていた。

 屈んでいるジャック、アリスは知っているとマーチやグレーテルに言った。

「人間の悪意なんか、痛いほど知っているわ……」

「……うん。こればかりは、仕方無いことなんだ」

 迫害を幼少時から受けているのは娘たちもジャックに聞いた。

 故に、そこは共感する。

「だろうね。私もそう。私はコロニーから捨てられたしさ。多分ジャックと嫁と同じ理由で。だから、その深い繋がりは理解できるよ」

「グレーテルさん……」

「ただ、愛の巣で子作りはしないでね」

「しないわよっ!!」

「アリス、落ち着いて! グレーテルさんもセクハラしないでお願いだから!」

 アリスは怒りを、ジャックは諦念を浮かべ、グレーテルは勝手な言い分と嘲笑う。

 そしてアリスにセクハラする。一種の弄りが気に入ったのか面白そうにニヤニヤしてた。

「グレー、テル……。アリス、さんに……失礼……」

 マーチが止めろと言いながらも、余計な火種を放り込む。

「ジャック、さんは……ケダモノに、ならない……でね?」

「ジャックはケダモノじゃないわ……」

「前に聞いたよそれ……」

 マーチはジャックにセクハラしていた。

 すっかり夫婦扱いで既にアリスは色々申し開きがあったが。

 前で、つうとサンタクロースが真面目に話し合っていた。

「見なさい旦那。これが、人間の本性ですよ。分かりますか?」

「……確かに、君の言う通り人は醜い部分もある。だけど、それだけじゃないだろう?」

「いいえ、違います。極限の環境では、それしかありません。それ以外を持つと、死にます」

 悪意だけが人間じゃないと言うつうに、真っ向からサンタクロースは否定する。

 悪意だけしか、環境的に残らない。残せない。そういう話なのだと。

 善意を悪意につつかれて、そのまま死ぬ。余裕のない人類はエゴのみで生き残る。

 サンタクロースの言い分は、今まで見てきた民衆とはあまりに違って。

 つうは、納得したくないが……何処かで、そう思うしかないと感じる。

 地獄。あの教団で聞いた、例え。それが、地上なのだと。

 教団という集団が一際喚いているのを見て愉快そうにサンタクロースは言った。

「奴等は太陽を崇拝しているようですが、人間は太陽には触れることすら出来ませんよ。太陽は簡単に隠れてしまう。地上じゃ当たり前なんですが。それって、信じるには不安定すぎると思いませんか? 雲がかかれば光は途切れ、夜になれば姿すら見失う。しかも、それが毎日。あの連中は見たことのない太陽を想像で語っていただけ。現実の太陽は、暑さで生き物を殺します。水分を奪い、時には命を焼きます。太陽と言うのは、純粋な力。どうにもできない、単なる大きな存在なんですよ。命を育む? いいえ、ただの偶然です。人間が勝手に、自分の都合に合わせて解釈しただけ。可能性と言うもののよい部分しか見ないのと同じ。本来そう言うものは、清濁合わせて語るべきなのに……どうしてこう、ちゃんと理解しないんでしょうかね?」

「…………」

 バカな連中。そう、彼女は嘲笑した。

 つうは否定できない。現に、人間の身勝手さなど、前の世界でグレーテルから嫌と言うほど聞いている。

 信用できない。信じるに値しない。口先だけ。そういう生き物。

 だから殺す。ああ、分かった。つうにも今、解せた。

 彼女の思考は、判断は前の世界のグレーテルをより狂暴に、利己的に、凶悪にした判断だった。

 最早その考えは、アリスを過激にして、グレーテルのように良し悪しの判別を簡略して実行するもの。

 人間の善悪などナイトメアには通じない。ジャックや人魚姫だから、聞いてもらえたのだ。

 アリスの基準はジャック。即ち親しいもの。グレーテルの基準は理屈。即ち損得。

 その反する二つを纏めて拗らせて歪めたのがサンタクロース。

 恐らくは、サンタクロースには此方の常識を説いても分からない。

 そして、地上では通じないのだ。厳しい生存競争。その真っ只中では、理性は要らない。

 生きるために野生で判断する。損得で選ぶ。成る程、相反する。

「サンタクロース」

「何でしょうか?」

 一つ、彼女の内面が分かった気がする。

 その上で、一つ気になる。

 彼女は、時折こう言ってた。

 悪い子、良い子。ハラワタ。プレゼント。

 まさか、と思うが……念のため。

「君も、血式少女なのか?」

「違います。ナイトメアですよ」

 つうは感じていた。本人は否定しているし、確かにナイトメアだ。

 だが、そもそも血式少女はメルヒェンの胎で生まれる化け物。

 要するに雑な言い方をすればナイトメアも親戚みたいなもの。人に近いなら尚更だ。

 気になって、娘たちに問う。

 サンタクロースはメルヒェンの血を浴びたことがあるかと。

「無いよ。母さん、返り血受ける前に全部それ空気中で凍結するの。浴びる前に消えるからさ」

「ああ、やっぱり……」

 あれだけ常時強烈な冷気を放つナイトメア。

 受ける前に凍りつけば知らないのも無理はないか。

 ナイトメアの血式少女。有り得なくはない。ないが……。

(外見が異形だから、受け入れは無理だよな……)

 見た目が完全に化け物である以上は共に来るのは不可能だろう。

 大体、『伝承』の血式少女など前代未聞。

 地上には、こんなのがたくさんいるのか。

 まだまだ、未知数過ぎるとつうは胸に閉まっておく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、大きく散開して取り囲み、全員で袋叩きにしていた。

 然し強い。巨体に見合うパワー、それ以上に鋭く素早い動作。

 ラプンツェルと殴りあいを専門にする徒手空拳のシンデレラですら、速度で負けた。

 超巨大なワニ。然し目玉は時計の文字盤になり、短針と長針が忙しなく回っていた。

 しかも遅くなると一撃の重さが増していき、速くなると動作が加速する。

 そこまではグレーテルが分析した。攻撃パターンも多い。

 尾っぽの凪ぎ払い、表面のトゲがミサイル宜しく飛んで爆破。

 挙げ句にはそもそもその巨体で飛びかかり、噛み殺す。潰そうとしてくる。

 口から火炎も吐き出す。最早ナイトメアだ。

「皆無事!?」

 一同、疲労困憊。

 返答が息が上がっていて、疲労が蓄積している。

「なんなんですのこいつは……?」

「うー……なぐってもけってもきいてないよ」

 と、最も手数の多い二名がぼやく。

 ラプンツェルに至っては噛みついてみたが、生臭く何時ものメルヒェンの味とは違う。

 ある意味貴重なデータだった。怪我はないが疲れる。

 回復するのだ、ナイトメアに同じような速度で。

 焼けば多少は遅いが加速すると一瞬で完治。

 乾いた笑いが出てきている赤ずきん。

 弱点がない、とグレーテルも匙を投げた。

「有効な攻撃は再生を越える手数と火力、あるいは一瞬で即死させるか……。まあ、魔術も大して効果はないようだし、詰みね。諦めて逃げる?」

 撤退推奨。真面目に戦うだけ体力と時間の無駄。

 と、グレーテルは下した。概ね賛同。

 鬱陶しい。加速してもラプンツェルとシンデレラならギリギリ追えるし、重たくても赤ずきんの馬鹿力でどうにかなった。

 足りないのはたくさんある。魔術も効果がない相手には、もっと別の方法で……。

 

「ちわー。サンタクロースの宅配便でーす」

 

「真面目にやれえ!!」

 

 で、皆で考えている頃に鈴の音が聞こえた。

 見上げれば、ジャックたちが乗っかった氷の艝が景気よく鳴らして着陸。

 棒読みで宅配便とか抜かしおったナイトメアに、思わず赤ずきんが怒鳴った。

 かなりの速度で強行着陸したせいで、艝の上からジャックとつうとアリスが吹っ飛ばされた。

 娘たちは眺めている。水筒啜って。

「ジャック少年に口説かれたので加勢します。お約束でジャック少年とアリス少女は何日かお持ち返りしますので悪しからず」

「ジャック、あんたはアリスがいながら何やってるの!?」

「サンタクロースさん悪乗り止めて!? 面白がってるよね!? 赤ずきんさん、誤解です!!」

 サンタクロース、乱入してきて引っ掻き回す。

 皆の間に入って油断したように棒立ちで説明していた。

 ワニが咆哮して、サンタクロースの艝に目掛けて突っ込むも、

「悪い子はハラワタぶちまけなさい」

 と、余った鎖を背後に凄まじい速度で射出。

 危ないとアリスが言う前に、飛び上がったワニを器用に串刺しにした。

 交差するように左右から脇腹に突き刺して、一瞬で全身が凍結。

 刹那でワニの氷像の出来上がり。そのまま叩きつけて、破壊した。

 凍死させて物理で壊す。特に意識せずに、あんだけ苦労していたワニを一撃で破壊。

 口を半開きにする赤ずきん。何が起きたのか分からない。

 その場には、粉々になったワニが粉末になって風に流れていた。

 全員絶句。規格外と言うのは伊達じゃない。

 戦うと言う意思すらなく、路傍の石ころを蹴り飛ばすように。

 戦意すら見せずに殺してしまった。

「で、何でしたっけ? ああ、そうだ。皆さん頑張ったようなので何かあとで差し入れ持ってきましょうか。良い子にはプレゼントです」

「……あ、はい……」

 気にしてない様子でサンタクロースは続けた。

 グレーテルですら、流石に眼鏡がずれている。

 理解出来ない。そういう顔だった。

 悪夢と言うのは、メルヒェンの親玉。

 まあ、簡単に言うとだ。

 地上のナイトメアは、大体こんなのばっかりだったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あの子を救うのです)

(西のコロニー……。あそこでまだ、封印している)

(ジャック少年が居れば、今度こそ……)

(あたしが、あなたを守ります)

(待っててください。コッペリア……)

 

 

 

 

 

 

 

 しゃんしゃんしゃんしゃん……。



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悪夢、悪夢にお人形

 

 

 

 

 

 

 

 悪夢は地上に無数にいる。

 それは、白いナイトメアだけではなく……。

「俺は無敗、俺は最強……詰まり、俺は無敵だあああああああ!!」

(何を言ってるの彼女)

 腕を空に振り上げて雄叫びをあげる悪夢は、バカだった。

 単なるバカ。そう、繰り返すが致命的に知性の足りないバカだった。

 その悪夢の特色は破壊、殺戮。今まで数多くのコロニーを破壊し人を殺した。

 意味などない。面白いからぶっ殺し、楽しいからぶっ壊す。

 本人の趣味とも言えた。本能的な快楽を行う、ある意味正しい悪夢の姿。

 座右の銘は『パワーこそ力』。申し訳無いがこのバカは表すなら本当にこれ。

 恐らくは中身はこれだが、単純明快故に黎明の血式少女たちとは和解できるかもしれないが、いかんせんバカすぎて話が通じない、騙されやすい、思い込みが激しい、話を聞かない、血の気が多い、などなど短所が多すぎる。

 一応美学があるが、取り敢えず人間は皆殺し。それは間違いない。

 頭脳プレーが行えず、HPとATKとDEFとSPDにパラメーターを全部振り切り、体力自動回復をつけて暴走させた、と言う感じか。

「まだだ、俺の戦いはまだ終わっちゃいない……!!」

(もう終わってるじゃないの。こんなにぶっ壊してまあ……)

 この日もさ迷う流離いの悪夢。

 目の前には巨大な壁があった。

 コロニーの外壁だったわけだが、邪魔と言う理由でぶん殴って破壊して侵入。

 実に堂々と真っ向から悪夢は突き進む。意味もなく胸を張って。

「俺はここにいる!! さぁ、文句があるならかかってこい!!」

 自分から壁をぶち壊して、入ってきて腕組みして開き直る。

 普通こんなこと意味もなくされれば怒るし襲う。

 全員逆襲されて全滅したが。加減を知らないバカは血塗れの拳を見て呟く。

「ふっ……弱者め。俺の圧倒的パワーの前には敵はない。そうだろう、姉妹!?」

(一緒にされたくない……。もっと静かにやればいいのに)

「姉妹!? なぜ無視する!? 泣くぞ、俺泣くぞ!?」

「五月蝿い死ね」

「うわああああああああん!!」

 全滅、全壊し瓦礫となったコロニーを通りすぎて、腹が減ったので飯を奪って貪りながら進んでいく。

 無視したらマジで泣いた。面倒臭い。

 こいつらの通ったあとはゴミの山しか残らない。

 もう一体の悪夢は個性的で異様な能力を保持していた。

 擬態能力。簡単に言えば、変身だ。

 メルヒェンの基本的な能力であり、稀に起こす、自覚がない変容。

 自分自身すら偽者と分からないほど高度なそれをこいつは自分で行える。

 触れなければならないというリスクがあるが、それだけで記憶から何から何まで全て手に入り外見を自在に変化できる、地上の悪夢のなかでも一際危険な能力を持っている。

 しかも本人も相方のバカと同等の戦力を持ち、同時にとてもずる賢くこの能力を活用して生活をしていた。

 ただ救いなのは、こいつも相当狂暴だが自覚をして、自制をして自らの力を客観的に判断できる理性がある。

 荒事は好きじゃないし、大人しい生活を好むのもある。

 なんで一緒にいると言うと、共通の目的があるわけで。

「今日も見当たらないな、姉妹。俺の宿命の相手はこの広い世界のどこにいるんだろう?」

(居ないでいいけど。此方はこんな本能なんかに縛られたくないし)

 二人は、何故だかある人物を探していた。

 理由もわからず、ただ見つけてぶん殴る。以上。

 というノリだった。殺すつもりはないが多分死ぬ。

 ナイトメア顔負けの死なないパワーオブ悪夢と、変幻自在で無駄にずる賢い知性派悪夢。

 さ迷う悪夢は、今日も流離う。宿命の人物を求めて。

「おっと、姉妹。その持った物体を置こうか。ガラスは遠慮するぜ。特に剣はダメだ。それはいけねえ」

「……」

「姉妹、無視やめて。俺メンタル死んじゃう。暴れないと死んじゃう」

「くたばれ野獣」

「違う!! 俺は野獣じゃない! 怪物だ!」

「…………」

「聞いて!?」

「死ね」

「わあああああああんっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。こっちはメルヒェンの駆除もお仕舞い。

 だからほら、ジャック少年とアリス少女を寄越せ。

 妥協しない。約束は守った。ジャック少年、言い出しっぺが反故にしたらモツ煮を食わすぞ。

「止めて!! 内臓はもう要らない!! 勘弁して!!」

「ジャックに何てものを食べさせたの!? 許せない……ッ!!」

「いや、嫁。あんた生を想像してない? 立派な料理よモツ煮」

「……すぐ、準備……する、から。待って、て……?」

 数分後。

「あら、意外と美味しい……」

「……アリス? それ、美味しいって言った?」

「ええ。癖が強いけれど、病み付きになりそう」

「……そんな……。僕が好き嫌いが激しいのか!?」

 現在。

 あの変なワニを撃破したあたしを見て、皆怯えたのか大人しくなっていた。

 東のコロニーには、沢山居るんだけどあのワニ。と教えると向こうは行かないと決めていたようだ。

 取り敢えず、一度皆を置いて帰宅する。夕飯持参で、再度合流。

 民衆たちは教団とかいう連中が纏めているが、いい加減不満も限界らしい。

 安住の地を寄越せと抗議やデモを起こしている、と。だろうなぁ。

 あんなものに頻繁にあうと言えば誰でもああなろう。

 夜。寒空の下で、ドラム缶に廃材をぶちこみ明かりと暖を取りながら一同と初めて顔を合わせた。

 ダブルグレーテルと言われて、初見の向こうのグレーテルに聞かれた。

「ねぇ、サンタクロース。あなた、何者?」

「さぁ? 答える義理はないですよ、グレーテル?」

「……そうよね」

 何者って、あたしはナイトメアだって言ってるのに。

 夕飯プレゼントしたのだがら、ジャック少年とアリス少女を寄越せ。

 二人の愛の巣を贈呈しないといけないって言うのに。

「まだそれに拘るの!?」

「ジャック少年。この際、アリス少女になら襲いかかっても宜しい。あたしたちは一向に構いません」

 ジャック少年。若い身には、性欲を発散できない日々は苦痛だっただろう。

 そこら辺もあたしは理解がある。問題なくアリス少女に劣情をぶつけるといい。

 此方は配慮すると言うと、血式少女の皆さん軽蔑した目でジャック少年を睨んでいた。

 グレーテルとかはニヤニヤ笑って、最年少の可愛い女の子はシンデレラなる女性に耳を塞がれ首を傾げていたが。

「ジャック……?」

 アリス少女、なぜ怯える。愛しのジャック少年なら問題ないはずでは?

「問題あるに決まってんだろうがこのエロナイトメアァッ!!」

 拳骨で、顔を真っ赤にした赤ずきんなる女に後頭部を殴られた。

「いったぁ!?」

 効いてない。迂闊に殴ると、接触する前に分厚い氷の壁を殴ることになる。

 反射的に、いつも娘以外に触れられる場合は防御するから……痛そう。

 赤ずきんは凍傷になっていたのでお湯に拳を突っ込んで解凍。

「サンタクロースさん、少し黙ってください……」

 ジャック少年に言われても従わない。

 項垂れて悄気るジャック少年。周囲警戒されるのは普段紳士じゃないからだ。

 本題に戻ろう。取り敢えず、娘のグレーテルに反抗したジャック少年に再びモツ煮を強引に食わせて話す。

 先ずは、なぜそこまでしてジャック少年が必要かと言うと。

「まー、正直に言いますよ。手の内明かせばいいんでしょう? ちょいと、暴走した血式少女を、解放したいんですよね。近場に一人、氷の棺にして封印してあるんで。コッペリア、という女の子なんです」

 信用されるためではなく、ジャック少年を貸し出しを受ける以上は筋を通しておこうと思う。

 じゃないと、またごねて話が続かない。そう言うと、真面目に皆は聞いてくれた。

「ちょ、もう無理……!」

「食うんだよ、無理でも何でも……今すぐに!」

「ジャック……さん、次は……レバー、を……」

「レバーは良いけどモツは止めてェ!!」

 向こうは楽しそうにじゃれているが、ほっとけ。

 あたしは語った。コッペリア、あの子は救えなかった血式少女。

 多分。条件は同じで、迫害も同じ。あの暴走した姿……ブラッドスケルターという状態になったまま。

 今も大きな氷のなかにいる。あたしが戻せないが殺したくないからそうした。

 西のコロニーに住んでいたが、あたしを良く思わない連中に誘き出す囮にされた。

 で、暴走してそいつらを皆殺しにして襲ってきたので迎撃、封印しておいた。

 そういう流れ。

「コッペリア……? 聞かない名前ね……。一体原典はなに?」

「さあ? 少なくとも、そちらのいう童話じゃないのは間違いないですね。そんなの、見たことないので」

 眼鏡のグレーテルが聞かないと言う。向こうの参謀が知らないと言うなら、特殊な事例か。

 自分で名乗っていた。コッペリアと。大体、名前がおかしいのはうちの娘もそうだ。

 マーチは本名じゃない。あたしがあげた、名前だ。あたしが『お母さん』と名もない頃に貰ったように。

 マーチにも名前をあげた。本名は『マッチ売り』というあんまりな名前だから。

 それを聞くと、アリス少女は違和感があったのはそれだったと納得した。

 此方も赤ずきんとか変な名前が多いので気になったが、意味があるのか。

 まあ、どうでもいい。

 ブラッドスケルターの外見を聞かれた。

 何て言えばいいんだ、あれは。例えに困る。

 強いて言うなら、全身の関節が球体になり、服のような桜色の変な光を着た、白い髪の毛の女の子。

 丁度姫少女並みには髪の毛が長い。武器はないが、何分関節が外れるのが怖い。

 下手すると、あの子はバラバラに身体がパーツ単位で外れて分散する。

 どう見ても人間じゃなかった。

「腕が取れたり生首になったりするんですよコッペリア。人形みたいに」

「ひぃぃ!?」

 赤いツーテールの小さいのがビビったように悲鳴をあげる。

 確かにコッペリア、ああなるとホラーだから……。

 あたしの時にすら、四肢と生首、あと身体で飛びかかってきた。

 あれで自在に変形して合体して戦うから怖すぎる。時々肋骨とか胴体から出てきて捕獲してくるし。

 プラモデルかっての。どこの世界に首に右足くっつけて逆さまにして逆立ちした挙げ句、両足に腕つけて左足を左腕に接続して顔を右腕に接続する女の子がいる。

 コッペリア、見た目だけはナイトメアよりも迫力あった。

 ぶっちゃけあたしよりも恐ろしい見た目してしたのをよく覚えている。

 しかも爆笑しながらやるからもう、ね。あたしもあれは見たくない。

「……えっ? それに勝ったのサンタクロース……?」

「一応は。メンタル死にかけましたが。いろんな意味で」

 シリアスに言うなら間に合わなかった無力感とか。

 あとは単純にナイトメアが悪夢に見た。二度とコッペリアは暴走させない。

 だって、知り合いだし互いに知ってるからあの大惨事は御免なのだ。

 高笑いの全身バラバラ変形合体。悪夢合体血式少女! って漫画でも笑えないよ。

 だから、コッペリアは早く戻したい。面倒見ると決めたのと、彼女のブラッドスケルターは精神に来る。

 赤ずきんに聞かれて、答えると顔面蒼白の大半が、ジャック少年に頼るなら何人か同行すると震えながら言った。

 相談の結果、姫少女、アリス少女が来てくれるという。旦那は防衛に回ると言うので、お借りする。

「生臭い! レバーはこんな味しちゃいけないと思うんだけど!?」

「貧血予防だよ! 今から食って備えろおらぁ!!」

「沢山……食べ、て……元気で、……頑張って……」

「うわあああああ!!」

 近いうちに実行する。

 特にアリス少女は、人間相手でも容赦はしないと確認できている。

 有難い。では、レバーに大敗したジャック少年たちと共に向かおう。

 待っててね、コッペリア……!

 

 

 

 

 

 

 

 

(お母様、コッペリアは間違っていた?)

(恋人は、異性の恋人は殺さないといけない)

(そんな強迫観念がくるのお母様)

(コッペリアがおかしい?)

(でも、お母様)

(コッペリアは、許せないの)

(何も悪くなんかないのに、コッペリアは殺されそうになった)

(窓辺で本を読むのはいけない? お母様)

(何がいけないの? コッペリアは、おかしいの?)

(お母様……コッペリア、分からない……)

(分からないから、全部殺しても、いい?)

(コッペリアは、生きたい。だから、抵抗する)

(お母様が、迎えに来る日まで……待ってる)

(ここで。コッペリアは、ここにいるのお母様)

 

 

 

 

 

 

 

 しゃんしゃんしゃんしゃん……めき、めき、めき……。



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悪夢、人類への行動

 

 

 

 

 

 

 

「安住の地なら、案内しますよ。但し、交換条件ですがね?」

 と、そうナイトメアは邪悪に笑う。

 突如、呼び出しを受けたナイトメア。

 応じると、人間たちの集団のトップ……あの教団の教祖がお告げを受けたという。

 白い核のナイトメアに頼れ。彼女は、拠点を持っている。

 そういう、お告げ。実際ハルという眼帯の男と視子という女性が顔を見せた。

 提供できないかという相談を、物資を寄越せと案の定要求する。

「お前、本当にナイトメアか……? 随分と俗っぽい事を言うじゃねえか」

「地上暮らしは世知辛いんですよ。ま、生きたいなら余計な人間は放逐すれば良いだけですがね。それが出来ない時点で、時間に殺されるか環境に殺られるか……選べるのはこれだけ。数の多さは致命的だと、足手纏いになると分かっていたんじゃないですか? 頭では到底無理だと思っていてもなんとかなると思っていた、あなたたちの落ち度でしょうに」

 彼らの今までを聞いて、尚彼女は笑う。

 愚かな連中。生きたいなら、口を減らせ。そう言うのに感情論で出来ないと踏み止まる甘さを。

 地上では口減らしは当たり前で、人間の命は消耗品なのに、理解しない愚行を繰り返す救いがたい集団が、彼ら。

 辛辣に言うナイトメアに、眼鏡の女性は苦言を呈する。

「こっちも……必死だったのよ。あの場所から抜け出すのに」

「目の前の問題しか解決できない人間が、新天地で生きていけると思っていた甘さが今、支払いの時なのですよ。……身の程を弁えたらどうです?」

 言い訳をするな。ならば地底で大人しく地獄を甘受していれば良かった。

 他人に救いを求めている身の程を分からないなら、このまま終わらせてやろうか。

 そう、ナイトメアは二人に言った。

「あたしには負担しかないんですよ。あんな人数、個人が背負えると思いますか。況してや文明崩壊の地上で、役にも立たない頭数ばかりの無能な穀潰しを賄える場所など、無いんですよ。権利ばかりを求め、保護されるのを当然のように受け入れ餌を欲して口を開けるようなブタに、与える慈悲はありません。悪い子はハラワタぶちまけて死になさい。それが摂理。従えないなら、勝手にメルヒェンの餌になってなさい。あたしは神じゃありません。ナイトメアです。話を応じるだけ有難いと思いなさいな」

 徹底的な正論で、見返りがないなら死ねと言い切った。

 流石に言い方は酷くとも、大人にはナイトメアの言い分が正しいとも分かった。

 だから言い返せない。理想の限界……現実に屈するときが来た。

 なにもしない民衆など最早邪魔。捨てろと、ナイトメアは要求する。

 植物の剪定のように、無駄な部分を減らせば救ってやる。

 所定の人数まで減らして、安定できる人数になれば案内してやろう。

 それに加えて、見返りを寄越せと平気で言った。

「……お前、本当にリアリストだな。情の欠片もねえ……」

「エゴは地上で生きるのに必須の欲望です。甘えた顔をするなら、ハラワタをぶちまけなさい」

 ハルという男に、吐き捨てたナイトメア。

 タバコを吸いながら、大きなため息をすることになった。

 内部の事情などあのナイトメアには関係無い。

 現実の数字を見せて、その上で言ったのだ。

 間引け。殺せ。捨てろ。そういう言い方で。

 厳しい相手だ。ただ、皆殺しにする知っているナイトメアのほうがまだ優しい。

 半端に救いがあるから、余計にキツく感じるのは、彼女はサンタクロースという、良い子にプレゼントを与える伝承。

 悪い子はハラワタぶちまけて死ねという、一種の口癖なのだろう。

 去っていく彼女の背中。尾てい骨にあたる部分には凍りついた小さい体躯には釣り合いの取れない白い核。

 白い輝きを見せながら消えていくのを、視子は見送る。

「……ねえ。彼女、血式少女かしら?」

 ふと、気になる彼女は呟いた。

 サンタクロース。後に調べると、伝承という形で伝わる、童話の似た存在であった。

 ならば、ナイトメアの血式少女も、有り得るのではと考えたのだ。

「さあな。ナイトメアの血式少女は、グレーテルで似たようなもんはあったが……ありゃ普通にナイトメアじゃねえか? サンタクロース……また、珍しいもんが地上にはいるな。世界は広いわ」

 などと興味があるのか視子がハルに問うも、彼も知らないと首を鳴らす。

 少なくとも、サンタクロースはあんなもんじゃないし、平和なときはもう少し穏やかな存在だった。

 何でブラックサンタクロースの事象まで現れているのか、ハルにも理解できない。

 正直言うと、あの白い輝きを含めて理解の範疇を超えている。核に関してはオカルトみたいなものだ。

 色々ハルも見てきたが、思うことは。

(奴なら間違いなくハラワタの絨毯を広げるだろうな……)

 メルヒェンの血液をかけようなどと思えばその瞬間に敵対と思われる。

 ただでさえ利害の一致に過ぎない、ジャックという繋がりがあるから大人しいだけ。

 関係悪化は忽ち全滅する危険な爆弾。

 それが、サンタクロース。プレゼントフォーユーの中身がナイトメアにだってなる。

 真っ赤で、真っ黒で、真っ白な存在なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で。

「罰を受けるのです、ジャック少年。さあ、このモツを流水で洗う!!」

「……何でこんな目に遭うんだ……」

 今回のジャック。

 夕飯を共にして、その日のうちに一緒に戻ったのはいい。

 一通りの荷物を抱え、本当にアリスと同室にされて困惑する二名に、サンタクロースは。

「どうぞ、ごゆっくり」

 と応援しているスタンスで閉じ込めやがった。

 出せとアリスが求めたが、扉が氷付けにされて監禁された。

 なんという強引な応援か。

 絶句して唖然とするジャックと完全にジャックがその気となっていると誤解して怯えるアリス。

 誤解だと何度説明しても、道中人魚姫とアリスにセクハラしまくった娘たちのせいですっ飛んだ。

 ベッドは一つしかない、これみよがしにそっちの道具がおいてある……ここはラブホか。

 完全にショートして、アリスは結局メンタルが追い込まれ、失神してしまった。

 暴走しないで良かったが、多分それはジャックが一緒だったのでその余裕すらないから。

 初心な幼馴染に、煩悩を払った紳士はベッドを譲り、自分は汚いソファーで一夜を明かした。

「ちょっと、真面目に勘弁してください!!」

「なら早くモノにしなさい」

 翌朝、直球で抗議するも、嫌なら早くつうを見習えと一撃で斬られた。

 どう見てもアリスは待ってるのにいつまでもお預けをするいけずで罪作りな男。

 ジャック少年にはお仕置きという謎理論で、結局モツ煮を作る仕込みを手伝いをさせられる。

 下準備に茹でた内臓を流しておくという素手で内臓を触っている拷問という調理中。

 レトルトにする材料を冷凍保存するべく、色々南のコロニーから仕入れた生鮮食品を加工していた。

「……そうよね。ジャックも、男の子だものね……ええ、わかってはいるの。頭では……」

 で、サンタクロースと仕込み中のジャックを待っている嫁は。

 顔に手を当てて、真っ赤になって湯気を出していた。

 因みに普段は寧ろ冷静でクールな美少女。ここでは弄られる素直になりたい可愛い女の子。あれ?

「あのさー。男の性欲なめないほうがいいよ、嫁。姫も。地上じゃ、女は若ければ若いだけ餌食になるの」

「性、犯罪が……一番、用、心……しないと、ダメ……」

 いや、ビビりながらも人魚姫も懸命に聞いていた。

 地上では野獣となった男たちが彷徨く。

 血式少女と言えど数の暴力で襲われると想像もしたくない恐ろしいことになる。

 グレーテルとマーチは、そういう話も知っているのでよくよく教えておく。

 女の子なんだから、自衛はしないとだめ。つうやジャックだけを頼ったら危ない。

 と、教えていた。アリスはジャックを例えに出されて、たじたじになっていた。

 彼も男、我慢させれば野獣になるとリアリティーのある生々しい話も交えて吹き込む。

 で、ジャックが死にかけた顔で戻ると。

「……」

「ねえ、グレーテルさん? アリスになに吹き込んだの?」

 壮絶な覚悟を決めたアリスが恐る恐る、近寄って来る。

 今までの気安い関係だったのに、何でこうなった。

 頑張ってジャックがなんというか、男の暴走をしないように幼馴染として頑張るそうだ。

 いい加減慣れてきたジャック、グレーテルに問い詰めると。

「え? 地上における、女の心得。男は皆野獣。ジャックはケダモノ」

「またその答え!? いや、前者は良いけど、分かるけど!! 後者は違う! 僕は健全!」

 コイツらはまただった。

 好意的なのはいいがデフォルトでジャックケダモノ説を語るのはなぜだ。

「おつうちゃんとはまた、違うんだねジャックさん……」

「何故だか微妙に避けられてる……!?」

 人魚姫も、無法者しかいない地上は野獣の楽園なので男は信用するなと言われた。

 ジャックは別格で聖人かもしれないが、男好きか不能でない限りは油断しちゃダメ。

 という、あんまりなマーチの理屈にそろそろジャック、キレそうだった。

「君達は……!! 僕は完全に健全で、普通だって言ってるだろう!!」

「普通だって、マーチ」

「普通、の……ケダモノ……?」

 性欲の野獣扱いは納得できないと今回は言い返す。

 見ろ、地上の事情を知らないアリスがジャックに暴走を止めようとしてる。

 余計な情報を吹き込むなと怒る。ヘタレなジャックにしては、珍しい反論。

 我慢の限界だったが、そこに母サンタクロースも混じった。

「はい? ジャック少年が野獣?」

「サンタクロースさんが元々の元凶ですよね!? 風評被害なんですが!?」

 謂れもないセクハラ疑惑を吹っ掛ける彼女たち。

 アリスが徐々に適応しつつあるのが怖い。結構正論混じりなので。

 仕込みを終えたサンタクロース、マイペースにジャックの命懸け抗議を無視。

 ジャックは精神的ダメージを受けた! ジャックは気絶した!!

「って違う!! グレーテルさん、ノリノリで変なナレーション止めて!!」

「ちぇ、バレたか。でもジャック、面白いやつだよね。私達、人間相手にこんな風になるの久々だよ」

 ばか騒ぎするのは、グレーテルやマーチの交流のようだった。

 そう言えばこんな風に、振る舞っているが彼女たちは捨て子。

 しかも事情はジャックとアリスにそっくりで。一歩間違えば死んでいた。

 でも、境遇は同じ。地上では迫害される血式少女とその同類

 挙げ句にはナイトメアと一緒にいる経験すらある人魚姫。

 ここでは、普通がいない。人間がいない方が、バランスが取れて平和的だった。

「さ、じゃあ行きますよ。支度をお願いします」

 本題に入ろう。

 暴走した、彼女の救済。そして、迎えにいく。

 武器や荷物を用意して、皆は西に向かう。

 封じられた少女、コッペリアを助けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西に向かい、山に差し掛かる。

 山中に敵対する西のコロニーはあると説明して、襲撃には気を付けろと言いながら走る艝。

 昼前に到着。その惨事の起きた現場は……。

 

「うぐっ!! ふぬっ!! うらぁ!!」

 

 ……何あれ?

「あらら? コッペリア……封印壊してますね?」

 何か悪戦苦闘している、生首?

 地面から突き出た大きな氷の塊。

 氷柱のようになっているそれは昼間も強烈な冷気を放って霧を出していた。

 上空から見下ろすと、何やら声が聞こえた。

 そこには、桜色の炎を纏った……多分生首が、怒るように唸りながら氷に頭突きで削っていた。

 長い銀髪が汚れてるのに気にせず、何度も何度も氷に突っ込み突進。

 首の部分には燃え上がる桜色が、球体関節になり跳び跳ねていた。

 生首が動く。ブラッドスケルターと言えど、あれは……別物。

 見ていた人魚姫は、ふらっと気を失った。ショックが大きすぎた。

 アリスは目を丸くした。ジャックは息をするのを忘れた。

 頭だけ自由になったコッペリアは、気付かず何度も繰り返す。

 胴体は氷の中に入ったまま。頭だけ砕けて妖怪のように、なっていた。

「……なんで生きているの……?」

「分かりません」

 アリスの絞り出す質問にも答えられず。

 取り敢えず、先ずは生首捕まえることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しゃんしゃんしゃんしゃん……。



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悪夢、人形と裁きの理不尽

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、バラバラ人形コッペリアとの戦いが始まる頃。

 黎明の人間たちも、新たな戦いを……そして、つうには二回目の悲劇となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初は、見張りをしていた誰かが言った。

 人が近づいてきている。迎撃して殺そうと。

 なんとこいつら、自分達から相手も知らずに殺そうと提案していた。

 警備を担当する男たちは、どうせ盗賊だと決めつけた。

 双眼鏡で覗いた人数は二人。女性と思われる。

 その時点で、地上に来てから緊張してばかりの民衆は悪手を選ぶ。

 女であろうが、人間だろうが、ぶち殺せ。

 寄ってくるものは全て敵だと主張した。

 教祖は止めろと言った。然し、この頃には教祖の言葉も効力を失っていた。

 彼女のお告げは確かに当たる。だが、当たっただけで進展しない。

 先に進まない。打開策は出るが、相手が悪すぎる。

 彼女の予言は、言うなれば地下と言う閉鎖空間なら当たるかもしれない。

 が、地上と言う世界における不安定な外的要因を含めると、特定の一部分しか当たらない。

 地下は限定された状況、情報から導き出される事柄の事象しか起こらなかった。

 そういう風に、環境がなっていた。

 地上では何処から余計な因子が入るか、彼女のお告げが追い付かない目まぐるしい変化が随時起きている。

 だから、現状は打開ができていない。

 地上では、彼女の神託は最早無意味だと、信者以外の多くが悟ってしまった。

 とうとう、恐れていた事態が起きた。

 メルヒェン、人類の襲撃に、化け物みたいなナイトメア。

 理解できない地上の環境、積もりに積もった不安や不満。

 そう言うものが爆発して、信者のようなすがりつくものがない連中が、勝手に行動。

 彼らがもたついていて何しないなら、自分達が考えて生き残る。

 他者に思考を委ねない。生きたいなら、己で判断すると言う事を無視したのだ。

 確かにその言い分は正しかった。彼らは所詮、烏合の衆。

 教団という精神にすがる集団と、血式少女という拠り所があったから生きていた。

 だが、その血式少女は守りに追い付かず、ナイトメアがメルヒェンを勝手に倒している始末。

 見ていた人間が、あとで広めた。黎明の血式少女の力じゃあのナイトメアには勝てない。

 挙げ句には教祖がナイトメアに頼れと言い出してさえいる。

 聞いていた話と違う。地上は、あの場所よりも救いがあるんじゃないのか!?

 これならば、多少の不安と不自由があっても地下にいた方が余程安定していた。

 何しに、自分達はこの地上を目指していたのだ!?

 奴等は、なぜ地上に我々を導いた!? こんな、地下よりも地獄の世界に!!

 諸悪の根元は、黎明と教団だ。あいつらは敵だ、信じちゃいけない。

 そんなことを、言い触らす。

 愚かなことに、絵空事の理想だけで民衆を連れてきた罰が、下ったのだ。

 民衆のクーデター。自分達はもう、自分の意思で生きていく。

 だから先ずは、あの寄ってくる余所者を殺す。

 一部は物資を自分で奪って逃亡ついでに、その進路上にいる女性を殺そうと襲っていった。

 地上に民衆の方が早く適応していた。そう、それは正しい。

 正しい……が。

 

「ぬおお!? なんだてめえは!? この俺に仕掛けてくるとは良い度胸だ!! 良いだろう、死ぬがいい!!」

 

 相手を選んだ方が、良かった。

 襲いかかった人間は、迎撃した女の拳に顔が当たって粉砕された。

 生の拳が、頭蓋を丸ごと脳味噌から肉から筋から全部纏めて砕いて頭が無くなった。

 汚い赤い噴水が出来上がり、返り血を服に浴びた女は叫ぶ。

「何だか分からんが、その殺しあい買ったぁ! 俺に挑む愚行を教えてやるぜ!!」

(また始まった……。随分好戦的ですこと)

 彼らの集団が挑んだのは。

 サンタクロースよりももっと危険な人間そっくりの、狂暴なナイトメア。

 そして、エゴを貫く相手を間違えた愚者への、裁きの時間であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、此方は。

 戦闘開始。というか、ジャックが腕につけたメアリガンという彼の血を相手にぶっかける装置で浴びせれば勝ち。

 戦う前に適当に静めれる。サンタクロースが。アリスはジャックの護衛。

 人魚姫は失神しているので、仕方無い。艝を空中に固定する。

 自分に繋いでた鎖を切り離し、代わりに艝から鎖を生成。

 空中で氷で作った動物に繋げて滞空させていた。

 ジャックたちは知らないが、それは冷気を放つ氷の馴鹿。

 浮かぶのに必要らしく、本人は四本の鎖を自由に使え、二人を抱えて降下する。

「頑張ってね、母さん! あと特殊な性癖がバレたジャックー!」

「僕を変態みたく言うの止めてくれないかな!?」

 女の子に自分の血をぶっかけると事実を曲解させて弄りのネタにするグレーテル。

 仕方無いのは分かった。でも実際猟奇的で変態なことしていると邪悪に笑った。

「……本当に彼女は良い性格しているわ……」

 アリスが不機嫌そうに呟いた。

 こっちのグレーテルは悪意が一切ないが、同時に配慮も一切ない。

 言いたいことはハッキリと言う。知っているグレーテルと違って理屈じゃない。

 言い方は柔らかいが内容はどっこいどっこい。

 時には辛辣にも言うし、あとオブラートに包むこともしない。

 マーチは控えめで、自己主張が少ないが一緒に面白がっている。

 戦友ではなく、悪友的な。そんな感じだろうか。

 今まで見たことのない周囲。戦いを共にしない、普通の血式少女。

 そう言うものを知らないアリスは、苦手意識が芽生えていた。

 ジャックは慣れてきた。赤ずきんのノリに下ネタ解禁して悪化させた。

 そういう二人。慣れてしまえば、漫才的な会話で向こうもあれこれ教えてくれる。

 ただ、本気でセクハラはもう要らない。

 今度は余裕ができてきているジャックの性癖を知ろうと悪乗りして聞いてくる始末。

 ジャックにはそんなものはない。気付いていないだけだが。

「自分の血を女性に浴びせるとは……ジャック少年、必要なことでもそれは一般的に言えば、変態と言う所業だと忘れないように。罵倒されますよ?」

「ナイトメアに常識言われるなんて……」

 何よりサンタクロースが、人間と言うか民衆に近い感覚のせいで、自分が浮き彫りになるというか。

 言いたいことはまあ、分かる。しっかり食べろとか、こういう常識とか。

 その癖アリスとジャックの縁結びしようとしてくるが。

 お節介の母親か。ジャックは彼女をそう、捉えた。

「ジャックは変態ではないわ……」

「ケダモノですけどね」

「違うよっ!!」

 あと、誰もが若いからと言って性欲をもて余すとかの偏見はやめてほしい。

 実際根拠の理屈が地上の野郎のせいだとは分かるけど。

 ……然しジャックも健全な男の子。アリスに興味ないとは、言ってない。

「ジャ、ジャック……? なんか一瞬、怖い何かを感じたんだのだけど……?」

「ごめんアリス。数秒前の僕を殴りたい」

 あとあまりに、今は必要かもしれないが生々しい性教育をあの二名にされてしまったアリスが怯える。

 鎖を手で掴んでぶら下がるアリスは、ぐるぐる巻きのジャックに困惑した顔で聞く。

 慌てて煩悩を退散。サンタクロースがまたニヤニヤ笑っていた。

「イチャイチャしてますねえ……。良いぞもっとやれ」

「最悪ですねあなたも!」

 幼馴染同士のイチャイチャを悪い笑顔で楽しんでいる外道がいた。

 思わずツッコミを入れつつ着地。

「……!」

 で、生首がこっちに気付いた。

 一応メインはサンタクロースがやるらしい。ジャックはトドメ。

 が、彼女は言った。

「気を付けてくださいね。一瞬でバラバラになるんで、四方八方から何が飛んでくるか分かりませんよ」

 と、言い残して一瞬で消えた。

「!?」

 それが、彼女の本来の戦闘時の加速だと知るのは、遠くで封印の氷が自壊して、音を奏で崩壊していくのが見えたとき。

 ジャックを庇いながら上段に剣を構えるアリスにすら、目視出来ない超加速。

 氷の中から、胴体が桜色に煌めいて飛び出す。

 彼女はゆっくりと羽ばたいて目の前に佇む。

「がああああぁぁあ!!」

「コッペリア、お久しぶりです」

 吠える生首、そして全身が一瞬で崩れる。

 パーツ状態になり、全方位からサンタクロースに襲いかかる。

 が、迂闊にサンタクロースに接近すると、彼女の冷気は領域となる。

 白い核が一際輝きを増していく。呆然と見守る二人と娘。

 周囲にある、木々が樹氷のように一気に凍っていく。

 地面も大気も木々も、環境が絶対零度に蝕まれていく。

 彼女は動かない。必要もない。

 前回は、閉じ込める為に手間が増えて多少負傷した。

 だが、今回は動きを止めて向こうに連れていく。

「ぐぅ……!?」

 暴走したコッペリア、危険を察知して交代するも、足と腕が一本ずつ凍って落ちた。

 完全に凍結しており、動かない。

 残ったパーツが、後ろにいるアリスを発見、更に細かく分散して森の中に隠れた。

 そっちにいった、とパーツを回収していくサンタクロースが呑気に教えた。

 生首も見えない。パーツが小さい、早い、多いで目で追いきれない。

 焦るアリス。未知の相手、しかも暴走した血式少女には楽に勝てたことなどない。

 ジャックを背中に、気を張っていく。

 そこらじゅうでする物音、気配もどこから来るか察知しにくい。

 大きな気配、五時の方角。初手!

「ジャック、退いて!」

 阿吽の呼吸で、位置をずらして草むらから飛び出す……左腕を叩き落とす。

 鈍器のように叩くと、生身とは思えない金属的な感触、重さと威力に顔をしかめた。

 弾いた腕は、直ぐ様合流したサンタクロースが鎖で回収、凍結して再度封印。

 ジャックを狙っているのか、今度はジャックの直下。

 小さいが、より速い。ジャックは思わず、

「うわっ!?」

 ぐしゃっと踏んだ。自分の足で。

 靴底には、どこかの骨が動いて抵抗していた。

 ナイスジャックと、サンタクロースがさっさと持っていく。

 次、なんと肋がジャック狙って背後から不意討ち。

 彼を捕縛して締め付ける。

 結構痛いが、それ以上に白い女の子の骨は見た目がホラーだった。

「うわあああああ!?」

 ナイトメア以上のナイトメアに、絶叫のジャック。顔色は真っ青だった。

「また肋骨を使って、まったく……」

 腕ごと骨で挟まれ捕縛と思いきや戻ってきたサンタクロースが背骨の部分をワイルドに掴んでひっぺがした。

「あはははあはああっ!!」

「生首なのになんでこんなに力が強いのよ!?」

 剣を頭突きで弾かれて、徒手空拳で生首と戦うと言う意味不明な事をするアリス。

 一番大きな胴体は、先ほどアリスが突進されて、咄嗟に受け止めた。

 四肢のない胴体は色々と柔らかかった。地味な巨乳に場違いに殺意が沸いたが。

 で、残った足はジャックの後頭部を反応の鈍い彼の顔に直撃。

 鼻っ面を殴打されて、ぶっ倒れる。幸い威力は無かったが、貴重な鼻血が溢れた。

 着地した足を、腕を伸ばしてジャックが懸命に掴んだ。

 暴れる大きな魚を持っているような気分。直ぐにサンタクロースに渡した。

「いたた……」

 足に鼻血がつくと、途端に動きが鈍った。効果覿面。流石はジャック。

 と、サンタクロースは褒めて身体を氷付けにして、組み立てていた。

 肋は無理矢理胴体に押し込んだようだ。どうやったは見てないが。

 最後は頭部のアリス。高笑いして、アリスのショートヘアに噛み付く。

「痛い痛いっ!! 何するのよ!?」

 なんと言うか、キャットファイトだった。

 怒るアリスが生首掴んで頭突きを仕返し、生首が今度は腕に噛み付く。

 戦闘じゃなくて、単なる喧嘩。ジャックにティッシュをあげたサンタクロースが見ていて言った。

「なんと言うか……良いですねえ、キャットファイト」

「どんな趣味してるんですか……?」

 もう安全と頭部以外は全部集まったというサンタクロースは、ニタニタまた笑っていた。

 アリスが取っ組み合いしているのを見て喜んでいた。ドン引きのジャック。

 数分かけて、とっちめたアリスは乱れた呼吸で怒る生首を差し出した。

「やりにくい……まったく、子供みたいに噛みついて……」

「ありがとうございました。じゃ、くっつけて仕上げましょうか」

 がるがる吠えるコッペリアを、受け取った彼女が首を凍って横たわる身体に嵌め込んだ。

 何やら嵌め込む音をさせて、トドメにジャックが血液を吹き掛けた。

 すると、白い煙をあげて爆発する。爆風に目を閉じる二人と、ずっと見つめるサンタクロース。

 ……煙が晴れると。

 

「……お母様?」

 

 素っ裸の女の子が起き上がっていた。

 アリスがジャックの目を両手で素早く隠した。

 真っ赤になった彼女は、ジャックに大人しくしろと言ってあっちを向かせる。

「コッペリア、お久しぶりです」

「……コッペリア、いったい何が?」

 首を傾げる女の子。あらかじめ持ってきた服を着せておく。

 言われた通りにする彼女は淡々と話した。

 事情を聞いていると、羊何故か次第に表情が険しくなる。

 ジャックを睨んでいた。

「コッペリアの足、抱き締めたって。女居るくせに……許せない、殺す!」

「止しなさい。ジャック少年はアリス少女という嫁がいるのです。カップルではなく、夫婦。これは救助活動、浮気ではない。オーケー?」

「……夫婦? じゃあ、許す。手を出すなら、自分の嫁にして」

 何が良かったのか、コッペリアは殺気を引っ込めた。

 とても長い焦げた朱のロングヘアー。

 顔立ちは大人びた女性で、ブルーの瞳は純粋にサンタクロースを母と見てた。

 背丈もジャックより少し大きい。

 あられもない姿に、改めてサンタクロースは紹介した。

「この子はコッペリア。あたしが、前回は間に合わなかった……でも、引き取ると言ってある、うちの娘です」

「……ありがとう。助かった。名前、コッペリア。よろしく」

 頭を下げた女性。三人目のサンタクロースの娘、人形コッペリアの合流だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーっはっはっはっ!! 魔王とその家臣、討ち取ったりぃ!! この世の理不尽は貴様のせいだな!? ならばその災禍を、己の命で購うのだぁ!!」

「お、おにょれぇ……!」

「俺は無敵だ、魔王よ! 覚えておくのだな! ついでに冥土の土産に聞かせてやろう! 我が名は、怪物ジャバウォック! そして俺の姉、バンダースナッチ! 勝てると思うなよ魔王!」

「五月蝿い」

「姉妹!? 決め台詞は重要だぞ!?」

「……」

「お願い無視しないで姉妹」

「死ね」

「うわああああああんっ!!」

(な、何なんだこいつらは……!? 強すぎる……! ジャック、今は頼むから戻ってくるなよ……!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 しゃんしゃんしゃんしゃん……ふははははははははっ!!



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悪夢、真なる悪夢

 

 

 

 

 

 

 

 どうして、こうなった。

 騒ぎがあったから、心に複雑な気持ちをしまって何を言われても助けに向かうと決めた。

 なのに。

 ……何故、あの悲劇が繰り返される。

 死んでいく仲間、庇っていく仲間、時間稼ぎをする仲間。

 そして生き残った、偽りの世界を壊す自分と彼女と、白い核。

 脳裏に焼き付いた光景が、惨事が、ちらつく。

 ノイズの走るイメージ、耳障りな雑音、広がる血の池。

 誇りをもって、仲間を信じて戦う彼女たちの諸悪の根元は何だった。

 ……ナイトメア。

(止めろ……人を殺すな……)

 サンタクロースだって、生きるために殺すと言った。

 ならば、あの光景はなんだ。あの女は、なぜ笑う。

 あの女は、なぜ見ている。

 人間が散っていく。逃げ惑う人間を、悪夢が遊ぶように潰していく。

 なぶっているのか? 遊んでいるのか?

「お前らが仕掛けてきたんだ、死んでも文句を言うんじゃねえぞッ!!」

 ……なに? 何を言っている?

「だから、止めろと言ったんだ! あのナイトメアみたいに此方に協力的とは限らないのに……!!」

 教祖に近い立場の人間が叫ぶ。勝手なことを。止めたはずなのに、この惨事は因果応報。

 力もない癖に傲慢にも自分で判断を下して行った結果がこれか。

 無関係の人間までもが死んでいく。積み重なる死体の山、血塗れの悪夢が青空の下で笑っていた。

 民衆は散り散りに逃げていく。それを追いかけ、暴力の嵐が凪ぎ払う。

 拡散していく、悲劇の連鎖。血式少女が制止にそいつに飛びかかり、止めた。

 魔王の目の前でそれは許さない、と仲間が叫んだ。

「なにぃ!? 魔王……だと! ならばこの世界の異変は魔王たる貴様らのせいか!! 知っているぞ、魔王と言うのは大半の黒幕、即ち諸悪の根元! よくぞ言った魔王!! 是非もない、貴様を倒せばこの地上も平和になるのだとすれば貴様ら魔王軍に生きる価値なし!! 俺の美学に反するが、仕方あるまい! 醜い人間諸とも絶滅させてやるぞぉ!!」

 何を言ってる? あの黒髪のポニーテールの女は。

 傍らの、同じく黒髪のサイドテールの女はため息をついているようだ。

 唇が動く。独り言か。

(平和の意味も、魔王の理由も分かってないくせに……?)

 ……何なんだ、あの二人は。

 一人はダメージジーンズにスニーカー、寒いのにドクロの絵柄の半袖にポニーテール、八重歯が特徴の全身真っ黒の女。

 もう一人は、あれはスーツか? なぜかおかしな正装をしている、サイドテールの女。

 呆れているスーツの女は、のちにバンダースナッチと教えられ。

 ドクロの絵柄の女はジャバウォックという名を持つ、完全な人の姿のナイトメア。

 沢山の民衆を、彼女たちの抵抗空しく、虐殺した悪夢の名前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャバウォックは先制攻撃された。

 ただ、放浪していたらいきなり。理由? そんなもん知らない。

 で、襲ってきたんで腹立って逆襲。近くに人間の集団発見。

 憂さ晴らしにぶっ殺すことにした。

 姉は勝手にしろとなにもしない。放置を決め込む。

 なので好き勝手に惨殺していく。まあ、毎度のこと。

 然し、今回は違う。

 妙に強い連中が、怒り狂って迎撃してきた。

 ナイトメアか、と叫ばれる。

 内藤めあ? 誰それ?

 なんかいきなり炎が飛んできた。当たったが温い。

 服が焼けそうになったので、地団駄で地面に穴開けて解決。

「はぁ!? なにそれ、意味わかんない!!」

 正確に言うと、地面を思い切り踏みつけてその衝撃で自分の周囲を爆風で吹っ飛ばして相殺。

 赤いツーテールのチビがなんか驚いていたが何でもいい。

 面白い。意味のわからんインチキで焼き殺すなどどんな大道芸だ?

 ジャバウォックは笑った。

「んふわはははは!! なんだ今のは!? そんなインチキで俺を殺せると思ったか!! まだ温泉のほうが温かいなあ!」

「何ですってェ!?」

 事実を言うと逆上した。だったらもっと焼いてやると巨大な火の玉を頭上に作る。

 大道芸にしては立派なもんだ。肌で感じる熱までそっくり。

「だったらわたしの最大火力で灰にしてやるわよっ!!」

「面白い、やってみろ!!」

 挑発したら本当にぶちこんできた。

 回避しない。必要ない。言葉通りか試したい。面白そう。

 直撃、大爆発。この熱量、確かに大言壮語では無さそうだ……。

 だが、甘い!!

「ぶるぁああああああああああーーーーー!!」

 思い切り雄叫びをあげて、爆発以上の気合いで熱を吹っ飛ばす!

 シャウトは魂の現れ。それは手品如きに消せるものじゃない。

「効かないと言っているだろうが、チビが!! 斬新さが足りんッ!! 出直せ大道芸!!」

 腕を豪快に振るって熱を凪ぎ払う。服が少し焼けたじゃないか。

 折角あの化け物の革で補強したのに。

「う、嘘……!? 本当に効いてない!?」

 なぜ驚く。痛くも痒くもない。熱くもない。

 ごきごきと首を鳴らして邪悪にジャバウォックは笑う。

 バンダースナッチが適当に殺せと提案。相手するだけ疲れるらしい。

 キレたチビが放つ。

 次は水鉄砲か。そんなもの、飲み干してやる。ごくごく全部頂きます。

 鉄臭い味がした。不味い。

「ふぅ……弱いなぁ、お前は。なんだその杖は? 子供の遊びか? おままごとで俺は殺せないぜ? 遊びなら、お家に帰るんだな。まっ、お前にお家があるならな!!」

 バカ笑いしてしまう。あんな以前見た漫画のまほーしょうじょ? 的な格好で殺そうなどとは。

 正に児戯。正におままごと。怒り狂う次の相手が、ジャバウォックに襲いかかる。

 素早い動きのインファイト。背面をとって、勝ったつもりか?

「甘いなぁ、遅いなぁ、チビ。お前、もうちょい早く走れよ」

 すぐに振り返り、その小さい拳を受け止めた。

「うぅー!! はなせ、やなやつ!!」

 ……可愛い。なにこの生き物。

 拳を掴んで持ち上げる。バタバタ暴れていた幼女……?

「ふむ、可愛いから手加減しよう」

「うるさいしね!」

 膝で鼻っ面を蹴られた。可愛いから許す。

 取り敢えず、小さい身体に腕を回して捕獲。

「はなせー!!」

「よーし、離すぞチビ! 飛んでけ!!」

 軽く投げた。軽くと言っても相当な早さ。

 少なくとも本人が反応できずに地面に顔から激突。

 そのまま失神するぐらいの威力があった。

 で、もう一人のチビは落ちていた石ころを拾って投げる。

 凄まじい速度のモーション。何か準備していたチビは、頭に直撃。

 吹っ飛んで、流血して倒れた。

 これも手加減。美学に準ずる。やっぱこれは大事。

「……」

「良いの? なにもしないで」

 バンダースナッチのほうは、眼鏡の白衣が笑って襲いかかる。

 此方は杖を掲げた上空に巨大な土塊を浮かべて、どういう原理か叩きつけるが。

 粉砕される土塊。土煙が流れるが。

「無駄な真似は良くないんじゃないの?」

 バンダースナッチは避けてない。耐えた。

 伸ばした右腕、その先を大きな金属の板に変換して。

「あら……面白い能力を持っているのね?」

「そういうそちらも。けど、こっちは時間の無駄は嫌いなの。死んで頂戴」

 ぎゅご! と聞きなれない音がした。

 場違いにワクワクしていた眼鏡が見たのは、右手を大きな銃に変えた女が銃口を向けていた。

 回避以前に発砲が反応を超えていた。インテリにこれは無理があった。

 で、脳天にぶち当たり、こっちも倒れる。こいつは満足そうに笑ったまま気絶した。

「貴様、ふざけるなぁ!!」

「よくもあたしの大事な仲間を!!」

 槍を持った魔王とハサミを持ったフードがそれぞれ襲いかかるが。

「待ってたぜ魔王! って言うことで死ねやおるぁ!!」

「仲間なら制止なさい」

 ジャバウォックは魔王の腹をグーで殴り飛ばして視界から消した。

 普通のパンチのしておいた。大量の吐血をしていたが。

 バンダースナッチはサイドテールを伸ばし、ナイフにして横に一閃。

 フードの目を斬ろうとして、思わず目を閉じた彼女のそこを薄く切る。

 いい判断をした。咄嗟に無理矢理な体勢で身を引いた。よく訓練されている。

 視界を奪われてもまだ来るのでそいつも発砲しておいた。

「皆さん!? このっ!!」

 で、チャイナ服みたいな格好の女がジャバウォックを蹴り殺そうとするも、

「美しい脚線美……おいおい、お前綺麗じゃねえかよ。手加減しよう、そうしよう」

 脚線美の美しさに感激、手加減決定。

 軽く受け止め、片手で振り回す。

「きゃあああああああ!?」

 頭の上でメリーゴーランドをされた挙げ句に適当に投擲。

 遠くで墜落したのを確認。死んではないだろう。多分。

 悲鳴が聞こえたので、その時までは生きてた。

「み、みんなが……!?」

 腰を抜かして、戦えない奴がいた。ショートボブの少女。

 怯えている彼女を見てバンダースナッチは言った。

「……恥じゃないわ。相手を見ないで戦うのは命知らずのバカだけ。利口なやつは、生き残る」

 怯えているのは当然で、バンダースナッチはなにもしないと言っておく。

 警告だ。襲えば潰す、そういう意味で。

「…………」

 茨の少女が、浮かぶ椅子に座った途方にくれる少女を庇うように銃を向けた。

 後ろの奴は戦意喪失。全員殺されたと思ったのか、反応はなかった。

「ふっ……その震える戦意は、絆か。良いだろう、その絆に免じて見逃してやるよ。仲間意識って、綺麗だぜ……」

 ジャバウォックは、降参するなら認めてやると言った。

 最後に残ったのは……。

「お前らは……絶対に許さないッ!!」

 剣を構える……白い服装の女。

 怒りに燃えている彼女が最後の相手か。

「ほぅ? お前、結構いい根性してんな。良いぜ来いよ! 文句あるなら、拳で訴えな!!」

 ノリノリでジャバウォック、飛びかかる。

 近くで溜め息をついて、バンダースナッチは眺めていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果として、勝てるわけもない。

 戦意喪失も仕方無い。

 前には白い核のナイトメアを見ていて、地上にいる悪夢の脅威を知っていた。

 コイツらは呆気なく皆を粉砕した化け物。

 気絶や大ケガで済んだのは、相手の慈悲……美学による手加減。

 意識が落ちていた皆が起き上がる頃には、大惨事になっていた。

「ふーっ……スッキリしたぜ」

 満足していたジャバウォックの背後。

 ……沢山の死骸が山積みになっていた。

 残酷に殺したそれらが、折り重なる地獄絵図。

 見るも無惨な悪夢が、血塗れの人間だったものの、後が転がっていた。

 ぐちゃぐちゃに潰れて混じって原型がない、酷い有り様。

 人間がミンチになっていた。

 そして、結局は僅かに残っていた使命感で阻止しようとした皆も大ケガをして倒れている。

「愚行をするのね。忘れないことね。仕掛けたのは、そちらよ?」

 バンダースナッチが呆れて倒れる皆を見下していた。

 言葉を失う一同。絶望。そう、そこには絶望があった。

 あれは、民衆だったものたち。今は単なる廃棄物の生ゴミとなった冷えた肉。

 魔王に対して、魔王は許さないとジャバウォックは告げる。

 何が言いたいのか、理解できない。

 こんなやつに、こんなやつに……皆は事実上、惨敗したのだ。

 嘗てあった惨敗の記憶。

 また、負けたのだ。皆は知らない、彼女だけがこの場で知っている辛い記憶。

(僕は……)

 頼むから相棒と愛しの姫よ、帰ってくるな。

 コイツらはジャバウォック、バンダースナッチと名乗った大虐殺を起こした化け物。

 今戻ってくれば、彼らも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――随分と雑な間引きをしましたね。定数以上に死んでいるようですが?」

 鈴の音。そして、その光景を見て絶叫する姫の声と、淡々とする悪夢の声。

「あん? なんだお前? コイツらの仲間か?」

「仲間、とはご冗談を。単なる取引相手です。おきになさらず。いくらここの人間が死のうが、あたしには関係のない事。……ジャック少年、止めなさい。死ぬ気ですか」

 氷の艝が空に浮かぶ。見下ろす白いナイトメア。

 そして、無事だった三人が激怒して二人と戦おうとする。

 仲間の為に。人間のために。あるいは、使命の為に。

 だが。

「止めなよ嫁。母さんが言うんだ、確実に死ぬ。それは私も勘弁だよ」

「ジャック、さん……ダメ。それは、いけない……です……」

「人魚、だった? 仲間は恐らく、無事。落ち着いて、人間が死んだだけ」

 新たな娘も含めて無理矢理座らせた。

 無意味な戦うはするなと。今さら死んでいる有象無象に構うなと冷酷に告げた。

「でもっ!!」

「自分の価値と、バカな人間の価値を天秤にかけなさい。……それでも、尚戦うというなら。ジャック少年。あたしが、相手になりますよ」

「!!」

 語彙を強めた。自分を軽んじる真似は許さない。

 此方の約束を無視するなら、代わりに白いナイトメアが、相手になる。

 そう、脅した。流石にその言葉には、憎しみや怒りを見せながらも堪えて座る。

「んー? おい、要するにお前は何だよ?」

「取り引きに戻ったんですよ。で、この有り様でした。殺ったの、あなたですか?」

 ジャバウォックにサンタクロースは訊ねる。

 襲ってきたから皆殺しにした、とジャバウォックとバンダースナッチと名乗る二名は言った。

「はぁ。要は自滅ですか。因果応報ですね。なら、良いです。そこの女の子たちは仕事で迎撃したのみ。護衛対象が死ねば戦う理由はありません。ですんで、お引き取りを」

「あー……そうさな。襲ってきた人間はぶっ殺したし、あいつらはなんかもういいや。殺りたくねえ」

 ジャバウォックは満足したし、乗り気じゃないので分かったと言って、バンダースナッチは聞く。

「姉妹も良いよな?」

「別に。特に、此方は戦う理由などない。襲ってきたからお灸を据える意味で皆殺しにした。それだけ」

「だとよ。そんじゃ、次は襲う相手を考えろよ人間。懲りたらもう迂闊に調子に乗るなよな。そんじゃーなー!」

 死屍累々の惨状を作り上げた化け物は、あっさりと話し合いに応じて去っていった。

 唖然とする皆は、理解できない。なんで……退いた? 言葉で、退いたのだ?

「勘弁してくださいよ。なんで勝ち目ないのに挑むんですか、バカなんですか本当に。これ、誰が片付けるのです? あぁ、もう……」

 疲れたように、サンタクロースは皆殺しの現場を見て信じられないことを言った。

「あなた、何を言っているの……?」

 アリスが震える声で問う。

 このナイトメア、嫌そうにしているのか。

 気持ち悪いとか、片付けが面倒臭いとか、そんな無神経なことを。

「はいっ? だから、何度も言ったでしょうに。これが、当たり前の世界なんですよ此処では。弱者がでしゃばればこの在り来たりな結末は当然としか言えません。愚かな……身の程知らずが、下手に戦争を仕掛けるから、こんな汚い事になる。これに懲りたら、挑む相手を少しは選んでください」

 鬱陶しい、とサンタクロースは悪い子にはハラワタの罰が相応しいとすら言う始末。

 正に現実主義。損得の極み。損になるならこの辛辣な言い様。

 改めて皆は思う。地上は、地獄だと。

 

 

 

 

 

 

 しゃんしゃんしゃんしゃん……。



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悪夢、血式少女の分裂

 

 

 

 

 

 

 

 新しい娘、コッペリアを救出した。

 これは、サンタクロースにとって最大に喜ぶべき。

 だが、周囲は意気消沈。悲劇の起きた夜に、血式少女たちは集う。

 ドラム缶に廃材のぶちこむ簡易的な焚き火を囲って、座っている。

 イラついたようにサンタクロースがサービスで持ってきた医療道具で手当てをして、包帯や止血をしておいた。

 流石は血式少女。内臓のダメージも、治癒魔術とか言うインチキで治してしまった。

 それはともかく、精神的なダメージが蓄積してジャックの浄化を受けた皆は、恐ろしく不機嫌なサンタクロースの出方を待つ。

 怒っていた。そう、サンタクロースも激怒している。

 それは、ジャバウォックやバンダースナッチにではなく。

 ここの人間たちに、対してだった。

「……話を纏めましょうか」

 ドラム缶の上でふわふわ浮いている彼女は、腕組みして話を纏めて、今回の原因を言った。

 先に手出しをした人間が悪い。それに限る。同席する娘たちも同感と頷いた。

「バカなんですか、あなたたちは? あたしの話を、伝えていたんですか? 分かっていてやったのなら、脳ミソの代わりに豆腐でも入ってます?」

 俯いている彼女たちに、ぶつけられる遠慮のない苦情と文句。

 感謝は消えた。いや、ジャック個人に恩義はあるが……黎明、教団には愛想が尽きた。

 不愉快そうに、満身創痍の皆にぶつけた。

「もう一度言います。バカなんですか」

「五月蝿いわね……ナイトメアに何がわかるのよ?」

 一人が噛みつこうと、サンタクロースに言い返すように顔をあげて怒気を放つ。

 然し、身内のグレーテルがそれを拒む。数少ない、ノーダメージの彼女は言うのだ。

「間違ってないでしょう? サンタクロースの言い分は、警告を仇で返されたのよ。怒って当然でしょうに」

「グレーテル! あんたはどっちの味方なのよ!?」

「サンタクロースね。私も同感よ。今回の一連の騒動は、制御のできない黎明や教団に落ち度があるわ。そして、同時に地上のメルヒェン及びにナイトメアの戦力に、私達は完全に力負けしていることも判明したじゃない。ここの連中は、はっきり言えば都庁のメルヒェンよりも強いもの。だから、つうも負けてる」

 グレーテルはジャバウォック、バンダースナッチの言い分が嘘ではないと人間の方の言い分も一致したと言った。

 完璧に此方の落ち度。サンタクロースは寧ろ被害者だ。余計な負担を強いられた。

 そう、グレーテルは皆に言う。

「此方の私は物分かり良いじゃん? そうだよ、私達は被害者。って言うか言い換えれば、ジャックたちも尻拭いとかとばっちり受けてたし、同じじゃない?」

「……面白い事を言うのね、そちらの私は。興味深いわ。あと、傷が痛むのよ。ねぇ、お菓子貰える?」

「あいよー」

 娘のグレーテルも、笑ってグレーテルにビスケットを放り投げる。

 血式少女の中で最も向こうに近い感性のグレーテルは、適応していた。

 正論にして、否定できない事実に皆は尚更落ち込んだ。

 力なく項垂れるつうも、ぼやくのだ。

「地上のメルヒェンやナイトメアは、大元のジェイルの発育環境が良いんだろうね。ジャックには言ったけど、地下は発育環境が悪かった。都庁の連中が強かったのは、やっぱり地上に出ていたからなんだろう。でも、閉鎖空間だから成長に限度があった。でも、地上のジェイルは本物の太陽を浴びて育って、空気も水も汚染されていても結構綺麗なまま。そりゃ、すくすく成長するさ。植物が本来育つ環境なんだから」

 環境が良いから、バカみたいに強いナイトメアやメルヒェンが蔓延っている。

 そしてそのなかで生きる人類は尚更強かで、生きるのに必死になる。

 地下で育った人類より、この地上には余程適応している。

 環境に殺されるとは、こういう意味なのだ。

 そこに住まう、先住の存在に適応しないと、順応しないと、あとから来た連中は殺される。

 郷に入れば郷に従え。一言で言うなら、つうはこうだと纏める。

「僕達が、甘いんだ。そして、弱いんだよ。見て分かるだろう? 何でサンタクロースが悠々自適に、この世界で生きていけるか。彼女は、特級に強い。我を通せる強さがあるんだ。結局、地上は強いものが好きに振る舞える世界。……地獄だ。ここは、地下よりも人間の価値も命の尊厳も薄い、自然環境。新たな地獄だったんだ、地上と言う世界は」

 悔しさを噛み締めるつうは、よく摂理を分かっていた。

 弱いからいけないのだ。バカだからいけないのだ。

 ここの人間は、血式少女は、弱いから苦労する。愚かだから、自滅する。

 痛感した彼女は、希望など無かった。そう締めくくる。

「おつうちゃん……」

 人魚姫が弱々しい王子に、心配していた。

 彼女も大きな精神的なダメージは受けた。

 然し、あの様変わりしていた人々の言葉が、優しい彼女の心にすら影を差していた。

 知っている。アリス、ジャックなどが幼少時受けた迫害を。

 似たようなモノを、実際自分の目で見た。

 一方的な言い分で勝手に非難している傲慢な人類に、初めて疑問を感じてしまう。

「言うまでもない。お母様、指摘すればいい。言葉、選ばなくても。所詮、人間の、奴隷」

 見ていたコッペリアが、見下すように一瞥して、火種を放り込んだ。

 怒りを加熱するような酷いことを、彼女は言った。

「なんだと……?」

 赤ずきんが、その罵倒に激しい怒りを感じて、殺気を放った。

 途端に、サンタクロースが彼女を牽制した。

「何です。やる気ですか。じゃあ、今度は安楽死させてあげましょう」

「止めろ赤ずきん!! これ以上犠牲を増やすな!!」

「そうよ。サンタクロース達の視点じゃ、私達は奴隷に見えても仕方がない」

 此方は今回、サンタクロースに多大な迷惑をかけていた。

 あの惨劇の処理はサンタクロースが一人で行い、血塗れの物資を回収して洗浄して。

 娘たちは手当てに尽力して、渋々だが助けてくれた。

 コッペリアですらそうだった。散々重荷を与えた。

 挙げ句には、ジャバウォックとバンダースナッチと話をつけたのもサンタクロース。

 グレーテルは眼鏡のレンズを布で拭きながら言った。

「あのまま行けば、もう少し被害が広がっていたわ。最悪、この面子で死人が出てないのは手加減されたのと、彼女があの二人に言外に言ったことが効いたわね」

「……何が言いたいのさ」

 不機嫌な赤ずきんが問う。

 グレーテルは分からないのかと、逆に聞いた。

 サンタクロースは、意図を汲んだ彼女に礼を言った。

「此方が役目があって襲ったと説明して、尚且つそれが終わったなら敵対する理由はない。だから帰れって。そう、言ったでしょう? これはね、裏を返せば……これ以上するなら、サンタクロースが代わりに戦ってやるという、遠回しの警告。私達、彼女に救われたのよ? 少なくとも、ジャバウォックとかいうあいつはハーメルンには殺意若干残っていたし。けど、サンタクロース相手じゃ無理があるってあいつもわかったんじゃないかと推測するけど」

 ……意外そうにジャックが彼女を見た。

 あんな損得勘定以外じゃ助けてもくれない彼女が、何故?

 グレーテルは、多少の罵倒も我慢しろと赤ずきんや怒っている周囲に言った。

 怒る相手が違う。ジャバウォックや、バンダースナッチ……何よりも弱い自分と、原因の連中を怒れと。

「あんた……人間を恨めって言うの!? 今まで守ってきた相手を!?」

「赤ずきん、いい加減目を反らすのを止めたら? あなたはね、恵まれていたのよ。何度も言わせないで。理解者が全員にいると思うの? 私は元々ジェイルで戦っていたからサンタクロースの理屈がよくわかるわ。人間のバカさ加減を、敵対していたから。聞いた限りじゃつうも、人魚姫も知っているんじゃない? ジャック、アリス。かぐや。過去に味方の居ないあなたたちは、どう思う?」

 姉妹という三人や赤ずきん、シンデレラは人間を恨むのはおかしいと反対する。

 人間を未だに、一途に信じている証拠。

 ならば、迫害の経験者やそれを見たことのある血式少女は?

「わらわは……もう、疲れました……。人を信じるのは嫌です」

 嫌だと、ハッキリ浮かぶ椅子の少女は言った。

 仲間は信じる。然し、人間はもう嫌だ。

 あんな自分勝手で現金で浅ましい連中、守りたくない。

 鬱憤を吐き出すように、ぶちまけた。

「かぐや……」

 つうも、彼女の言い分は分かるし詳細も聞いている。

 知っているから、皆は否定しない。

「……そうね。感情論を抜きにすれば、わたしもサンタクロースさんの言うことは正論じゃないかと思う」

 条件をつけたが、アリスも概ね賛同。サンタクロースは正しい。

 警告はした。それは彼らに伝わっていたはず。

 不満を理由に暴走した結果の大惨事。その根本は傲慢な思考のエゴ。

 生きようと努力もしない愚者の権利だけの主張だと断言した。

「アリス……」

「ごめんなさい、ジャック。あなたは人を信じたいと思うでしょうけど、わたしは無理……」

 素直に、ジャックに白状する。辛そうに。

 ジャックは、まだ信じていると言い切った。

 つうや人魚姫は悲しいが、続ける自信を失いそうとだけ言った。

 中立の血式少女も今回は人間が原因だろうと客観的にみて同調。

 一名、幼すぎて理解できてないのがいたが。

「みんな……」

「分かった? 信じるという行為は、関係が良好だから言えるのよ。いえ、片方が良好だと思った結果が、あの盛大な裏切りだったわけだけど。……そろそろ、やり方を変えたほうがいいんじゃないかしら? 内部分裂も時間の問題ね」

 グレーテルは、再び眼鏡をかけて冷静に言った。

 血式少女ですら、もう内部で共通の目標も終わって、言い分がバラバラになりつつある。

 唖然とする赤ずきん、そしてジャック。嫌な空気が突然出てきた。

「グレーテル!? いきなりなに!?」

「ジャック。……限界なのよ。地上という世界で、私達が一緒にいるのは。ただでさえ化け物扱いの血式少女が、無法の地上で、果たして本当に人間と共存できると思う?」

 試すように、笑った彼女は周囲を見て言った。

 この集団も、地上での生活に対応するべきじゃないかと提案する。

 即ち。

「一緒にいるのをやめない? 私は人間と共倒れする気はないわ。死ぬなら、勝手に死ねばいい。各々、自分の考えで動くべきよ。柔軟に、誰かの同調圧力に従うのではなく、自分がどうしたいか。生き方を決めるときが、来たのよ。巣立ちの時じゃないかと思うわ」

「グレーテル!?」

 事実上の解体。皆がもう、別々のことを考えているなら仲違いする前に穏便に済ませようと。

 つうがその言葉に叫ぶ。

「何を言うんだ、突然!?」

「そうかしら? 今まで地上に来るという共通の目標があったから、来ただけ。終わったなら、何時までも人間といっしょにいたら、地上じゃ生きてはいけない。そう思ったのだけど」

 グレーテルの提案は、不協和音は離れて戦争を起こすなという、無駄な血を流すのを回避するためのモノでもあった。

 詰まりは、

「あんたは!! 皆を見捨てる気なの!?」

 そう言うことだ。

 赤ずきんがとうとう怒鳴った。

 価値観の違いが、共通の目標を失ったことで仲間という内輪揉めに発展していた。

「……良いですよ。じゃ、グレーテル。あたしの場所に来なさい。同じ名前が増えても気にしません」

 挙げ句にはサンタクロースも口を挟む。

 そのやり方は此方も受け入れる。そう、サンタクロースは言った。

 約束通り、安住の地は提供する。余計に血式少女は減っても大丈夫じゃないかと。

 全員が口論に発展した。もう、始まった見解の相違は止まらない。

 笑ってサンタクロースは加熱させていく。

「サンタクロースさん、これ以上皆を刺激しないでください!!」

 ジャックが止めても、彼女は止めない。

「いいえ、生きたいなら後ろから殺しに来るような連中と一緒じゃ長生きできません。自由になればいいんですよ。これで分かったでしょう? バカに付き合うと、巻き添えで死にますよ皆さん。奴隷が嫌なら、言いなりを止めて自分で人生を決めなさいな。あるいは、応援してあげても良いです。じゃ、後は皆さんお好きにどうぞ。あたしは帰りますんで」

 娘たちに帰ると言って、彼女は艝を出して乗っけた。

 大喧嘩になっていたが、彼女には関係ない。

 思うところがあるなら、好きに振る舞えばいい。

 バカな人間に愛想を尽かすことを仕出かしたあいつらが悪いのだ。

「サンタクロース!! なんで悪化させたんだ!?」

 つうが帰り際、去っていく彼女に聞いた。

 分かっていながら止めないで加速させた。

 怒るつうに、彼女は。

「ふふふ……分からないんですか? 人間は、足手纏いですよ。化け物にはね。化け物には化け物の幸福がある。すがらないと生けていけない弱者にはハラワタで十分。平穏に生きたいなら、化け物になればいい。現実は単純明快。あたしは良い子にはプレゼントを差し上げます。こっちに来るなら自由をあげましょう。見限りの時期になって、無理に従う事もない。選択できるんです、皆さんも。……自分で納得できる選択肢を、選んで下さいね」

 一緒にいるのは強制じゃない。自由を与えてもいいじゃないか。

 ジャックが居なくても、そもそも戦いがないならリスクももっと低くなる。

 無理に付き合えば、それこそ奴隷だ。ジャックからも、ジャック自身も。

 自分のあり方を今一度考えてみろとサンタクロースは告げた。

 好きに生きろ。去っていった彼女は、揉める皆に残して消えた。

 翌日には、結果は……言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 しゃんしゃんしゃんしゃん……。



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悪夢、彼女たちの生き方

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道。コッペリアは、母に聞いた。

 あの連中、昔は何をしていたのか。

 伝聞で悪いが、と前置きして説明しておく。

 すると、コッペリアは大きなため息をついた。

「……救いようもない。おだてられ、利用され、必要ないなら、廃棄処分。そんな結末が、関の山」

 彼女は、暴走していた自分が言うのも何だけれど、哀れとすら思うと告げる。

 グレーテルは、暴走と聞いて笑っていた。

「……多分さあ、あいつら気づいてないよね。血式少女っての、必ず暴走する訳じゃないって」

 それは、恐らく向こうのグレーテルも気付いている。

 即ち、ジャックが居なくとも……限りなく理論上に近いが、平穏であるならば彼は必要なくなる。

 ジャックが必要なのは、地上に出てくるために強行するためだったと思われる。

 哀れな血式少女。ジャックが必要不可欠と刷り込まれて、疑いもしない。

 それを刷り込んだのは、黎明という人間の都合。

 元より化け物の精神が、彼らの言った穢れなるストレスで、暴走すると思っているのか?

 暴走の条件に、性格が無関係とでも? 教育されてしまった血式少女は分からない。

 自覚できない。そう言うもの、前提がそうだと教えられた始末があれだ。

 向こうのグレーテルは、賢い。ジャックという命綱が無くとも、生きていける。

 ナイトメアという、強大な存在となら。その性格によるが、彼女は問題ないだろう。

 なぜ、そう思うのか? なら、逆に問おう。

 

 ――どうして、サンタクロースの近くにいたグレーテルとマーチは、暴走しない?

 

 解決策はジャックのみ。だが、彼女たちはこの弱肉強食の地上で何年も生きてきた。

 その間、暴走など一度もない。見たことはあっても、それが何なのかそもそも知らずにいた。

 知らずとも、問題なかった。ストレスで瞳が桜色になど、ならなかった。

 メルヒェンの血を浴びて変色しても、それのみで。

 自分から暴走など、素振りすらない。自覚すら感じない。

 詰まり、これが答えなのだ。暴走とて、条件がある。

 そしてそれは個人の内面に比例して、マーチのような臆病で怖がりな存在でも発狂しない。

 彼女たちは、平穏に過ごせば生きることも理論上可能だった。

 それに、彼女は分かっている。あの中で、唯一。

 もっと言えば、血式少女を暴走を誘発する環境に置いたのは、誰だ?

 返答は、黎明の人間たち。戦えと、戦場に血式少女をけしかけた犯人。

 本当の血式少女の敵は、身内の人間だった。そうとも言える。

 ……皮肉なものだ。

 たとえ悪意がなかろうが、結果論で言えば暴走させるだけの極度のストレスを与えた環境は戦場で。

 そこに向かえと命令したのは人間だったのは紛れもない、事実だろう?

 だから、化け物は化け物の幸福があると、サンタクロースは教えた。

 ……でも。サンタクロースだって、散々人間は敵と笑ったくせに。

 また、人間と適度な距離を保って接している。それも事実。

 利用できるから。それもある。然し、娘にすら本音は言わない。

 サンタクロースにも、サンタクロースの思惑があって。

 それは、まだ続いている。

(……血式少女。受け入れてくれる人間がいれば、救われると思っていたんですけど。幸運でした、バカが自滅して彼女たちを使おうとする害悪が死んだのは。黎明の人間は甘言で騙したでしょう。利用もするでしょう。愚かなのは、厚かましいのは同感です。然し、血式少女は化け物とは言いますけどね……半端者なんですよ。ナイトメアほど強くもない、人間ほど弱くもない。簡単に死ねない、だからと言って死なないわけでもない。人間と化け物の狭間。そんな命には、居場所など何処にも在りはしない……。向こうのグレーテルは、それすら恐らくは自覚しているんでしょうねえ。あたしの魂胆も見え見えですか、恐ろしい)

 自然発生した中で血式少女は、半端過ぎた。

 ……人間には利用され、普通のナイトメアには殺されて。

 じゃあ、彼女たちの幸福はどこにある?

 健気に人間に尽くした少女たちに救いはないのか?

 人といる。なら、彼女たちを受け入れる個人を探すしかないだろう?

 半端者なんだ。なら、どっちで生きようが、それも自由。

 娘たちにも、何時かは人間として生きてほしいと思ってはいる。

 もう、殆ど諦めているけど。ナイトメアじゃ、血式少女は幸福にはできない。

 良い子に送るプレゼントにも限界はあるから。

 共にいる。それもいい。何年でも付き合おう。どうせナイトメアは不死身。

 漸く見つけた受け入れてきた人間。なのに実情は……コイツらも利用しただけ?

 結局重なった思惑に翻弄されただけというなら。

 サンタクロースは、黎明を滅ぼすだろう。

 然しあの様子じゃ、どうにも彼女たちは家族と思っている人間が少なくともいる。

 それが、人間たちにはどう見えているかは知らないが。

 一度は裏切りを受けたのに……ジャックもまだ信じたいと願っていた。

 人間は、バカだ。救いがたいバカな種族。否定などない。

 サンタクロースは、人間という大きな種族は愚かと笑うが。

 個人を、否定する気はない。もしもあの中に、命懸けで共にあると選んだ人間が、個人で居たら。

 ……救ってやろう。それはサンタクロースの思う、良い子。

 だから、血式少女に死なれては困る。自分の未練も断ち切る判断材料が欲しい。

 娘たちを完全に化け物に墜ちて生きていくか。まだ探すか。

 踏ん切りがつかない未練がましいのはサンタクロースも同じだった。

「お母様? なにか?」

「いえ、気にしないでください」

 血式少女に救いがあれば。いや、地下にも地上にもそんな場所などないのかもしれない。

 誰か、サンタクロースに教えて欲しい。

 血式少女に、普通の幸福は……あっては、いけないんだろうか?

 地獄の中を鈴を鳴らして去っていく。

 今は、コッペリアの帰還を喜ぼう。

 彼女は帰る。愛しい娘たちを乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。再び用件を果たしに向かうと。

「見事に分裂したわ。それじゃ、お言葉通りご厄介になるわね、サンタクロース」

「…………」

 何でか傷だらけのグレーテルがひび割れた眼鏡をかけて笑って言った。

 大きな荷物を抱えて、隣には浮かぶ椅子の改造和服の少女……名前はかぐや姫という大きな黒い輪をつくる奇妙な髪型の少女も一緒だった。

「……あのさ、そっちの私」

「何かしら、そちらの私」

 上下ジャージの娘が目を丸くした。

 コッペリア、マーチも目が点になった。

 白衣が薄汚れて焼けたり割けたりしている。

 何事だいったい。

「なしてボロボロ?」

「昨晩、死闘があったのよ。内部で」

「……ジャック、こいつにあんたの性癖、ぶちまけよろしく」

 どうやら乱闘になったらしい。

 見れば、大なり小なり皆明らかに別の怪我していた。

 で、ジャック少年顔色悪い。ふらふらしていた。

「わ、分かった……分かったから少し待って……」

 何だろう、この一晩中頑張ったみたいな顔は。

 コッペリア、思わず聞く。

「嫁相手に、頑張った?」

「待って、言いたいことは察した。違うから、アリスになにもしてないから!! その貧血じゃないんだけど!?」

 言いたいことを経験で察するジャック。

 もうコッペリアもサンタクロース色に染まっていたので速攻否定。

 コッペリア、同じく若干体調の悪そうなアリスを見る。

「……」

「なぜわたしを凝視するの、コッペリアさん」

「……違う?」

「違うわ。ジャックは野獣じゃないの。紳士なのよ」

「真摯……?」

「……そっちの真摯でもあるわね」

 ジャックは真摯な紳士。アリスはそう説明。

 マーチがボソッと呟く。

「……ヘタレ……?」

「僕の扱い本当に散々なのなんで!?」

 ジャックはいつも通り。

 不貞腐れる皆をサンタクロースは一瞥する。

 赤ずきんは特に不機嫌さを放っていた。

 グレーテルを浄化して、娘のグレーテルからお菓子を貰っていた。

「あんた、暴走しても知らないよ。まあ、裏切ったりしたわけじゃなくて、単なる解散だってのを誤解したことは謝るけど」

「気にしないでいいわ。暴走に関しても、仮説の実証もあるからね。無意味な戦争を回避するために、火種の私達が分散するのは当たり前でしょう? 分かれて互いに防波堤になればいい」

「そこまで考えてるなら言ってよ……」

「聞く耳持たずだったのは誰?」

 何やら誤解で乱闘に発展したのか。

 サンタクロースはまだ、余裕あるから来てもいいと誘う。

「あぁ、ジャック少年は置いていきます。戦術的に重要なので」

「えっ!? いいの!?」

 それには驚くジャック。

 サンタクロースはジャックに価値を見いだしていた。

 取引にならないとジャックは言うが、滅ばれても困るので要らない。

「然しアリス少女は、頂きます」

「お断りよ!!」

 ジャック要らんがアリスを寄越せ。要求はそれだ。

 ニヤニヤしながら言い出すサンタクロースに断固拒否のアリス。

「これ以上セクハラされてたまるものですか!!」

「心外ですねえ、ジャック少年とイチャイチャしているのを見ているだけじゃないですか……」

 この反応が見たかった。今日も絶賛良い反応。

 弄られているのを分かってないアリスに、赤ずきんが教える。

「くっ……! そのニヤニヤ顔を止めて頂戴!」

「そうですよ、アリスが困っているじゃないですか!」

「来ましたねジャック少年、この介入を待ちわびた甲斐があったと言うもの!」

「毎度なにがしたいんです!?」

 ジャックが庇うとジャックにまで飛び火して、弄られる。

 アリスが制止を言うが無視。悪化していく。

「あのエロナイトメア、何時もあんなノリなの……?」

「あんな感じだよおねーちゃん」

 こそこそ話している外野は別として。

「さぁ、人目を憚らずイチャイチャしなさい!! もっと、もっとですよ! さぁ!!」

「ジャ、ジャック……!」

「確かに戦いじゃ僕は無力だけど、こんなときぐらいは僕がアリスを守る!! サンタクロースさん、それ以上近づくと命懸けで血を吹き掛けますよ!?」

「上等、と言いましょうか……やってみなさい!」

 よくわからない攻防をしながら、貧血なのにマジで血をぶっかけるジャック。

 サンタクロースに気圧されジャックに思わず頼るアリス。

 主にサンタクロース、これが見たかった。

 男らしいジャックと女の子らしいアリスとか尊い。

「うわー……イチャイチャしてるじゃん嫁。いいよ母さんもっとやっちゃえ!」

「お、お嬢が……押されている!?」

 裸マントと思われる血式少女がアリスの怯え具合は珍しいのか大袈裟に驚く。

 ヤジを飛ばす娘。マーチも水筒のお茶を啜りながらのほほんと観戦していた。

「何なのあのナイトメア……?」

 今回は素直に直撃、目に入って苦しむサンタクロース。

 姉妹の長女がバカを見る目で見ていた。

「今回は……ジャック少年の奮闘に……免じて潔く退きましょう。然し、あたしは諦めませんよ……アリス少女と、ジャック少年が素直になるまでは!」

「あんたは変態かッ!!」

 長女、隙を見てツッコミを思わずいれた。

 で、油断しきった変態は直撃……したが、何時もの冷気の防御で防ぐ。

 杖は後頭部を殴ったと思ったら折れた。

「折れたぁ!?」

 まさかの破損。

 無防備なのに無駄に硬いナイトメアであった。

「さて、遊ぶのはそれぐらいにして。真面目にします」

 ニヤニヤダブルグレーテルにも見られてアリスは恥ずかしいのを我慢する恥辱を受けた。

 思い知らせてやると思いつつ、ジャックが男らしいのを見てときめきを感じたのは言うまでもない。

 サンタクロースは呆れている周囲に詳細を明かす。

 残った民衆の安住の地に、以前占拠した北のコロニーの地図を渡した。

 物資は兎も角設備はそのまま残っている。

 使いたければ勝手に使えと赤ずきんに渡した。

「……えっ? なにこの地図!?」

 内容はちょっとした村並みの広さの敷地で、結構な人数が長期間住めるような面積があった。

 以前は多すぎたが、虐殺され減ったので拠点にするまでの自給自足は何とかしろと。

 きっちり計算しておいたのだ。大丈夫とサンタクロースは告げた。

 赤ずきんは驚いた。どうせ適当だと思っていたのに……彼女は本気で助けてくれた。

 どうやら、誤解があったのは仲間だけじゃないようだった。

 素っ気ない彼女は、他にも共に来るかのほうに向かっている。

「一応、私とかぐやだけよサンタクロース」

「あら、少ないですね」

「まだ、皆は決めかねているそうだわ。あとでもいい?」

「全然構いません」

 護衛はしないから、勝手にやれと言ってさっさと戻る。

 即決の二名だけお預かり。終始無言のかぐや姫は、警戒をしていた。

「ん? あんた名前は?」

「……わらわは」

 ポツポツ会話をする。

 かぐや姫に、娘たちは歓迎すると笑っていた。

 ナイトメアの身内。無警戒とすら言えるような言動に困惑のかぐや姫。

 が、速攻で洗礼を受ける。

「かぐや」

「……何でしょう?」

「あんた、着痩せしてんしょ?」

「!?」

 突発的セクハラ。瞬時に顔が真っ赤になるかぐや姫。

 グレーテル、鋭く胸元を見ていった。

 サイズがあってない。鯖読みして数値を誤魔化したなと。

「なんでいきなり!? セクハラですっ!」

「我が家ではこんなの当たり前だって!! 母さん、帰ったらかぐや脱がそう」

「はいはーい」

「ちょっ!?」

 さっさと今日は帰る。新入りに歓迎をしないといけない。

 色々な意味で。意味深で。

「は、話と違……!?」

「面白そうね。私も手伝うわ」

「そっちの私、ありがと!」

「良いのよ、そちらの私」

 恐怖のダブルグレーテル降臨。

 恐ろしい笑顔で追い込まれるかぐや姫。舞い上がり、戻っていく。

 皆は見上げながら、青ざめて裏返った悲鳴をあげるかぐや姫を見送るのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しゃんしゃんしゃんしゃん……あーれー!?



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悪夢、地獄の楽園

 

 

 

 

 

 

 こうして黎明の血式少女は分散した。

 己の時間を選び抜いたかぐや姫とグレーテル。

 仲間から離れて、人間を捨ててナイトメアについていく。

 その先にあったのは。

「……自由ですね~。なんと言うか、ストレスフリー?」

「でしょ? 人間なんか離れた方が気楽じゃん」

「まあ、概ね同感です~。ただ、多少の罪悪感がありますけど~」

 のびのび生きていた。但しサボりは厳禁。

 皆で拠点に戻り、かぐや姫はひんむかれて、絶叫したがまあおいておく。

 仕方ない。服のサイズを計るためだから。で、サンタクロースは半泣きのかぐや姫を見てニヤニヤ笑っていた。

「そなたは鬼畜ですか!?」

「ナイトメアです」

 糾弾も何のその。そのまま、何やら優美な着物なる衣装をわざわざ持ってきていた。

 ただ、若干汚いのが気になるが。いわく、洗濯できないそうだ。技術がない。

「……こんなもの、何処から……?」

「要らない物資を貯めた、遠方の倉庫からですよ。ふふふっ、スゴいでしょう? ナイトメアの移動距離は人間の比じゃないんです。結構な速度で移動できるので、その気になればこのご時世でも旅行すら可能なんです。安全ですし」

「……け、桁が違いますねえ~……」

 唖然とするかぐや姫。生きていくのに精一杯の地獄で旅行できる余裕がある。

 もう、こいつの方が余程人間らしい生活していた。

 物資のある部屋は殆ど冷凍庫状態で大量の食料が備蓄され。

 挙げ句には今まで移動してきた場所に保存用の氷室まである始末。しかもきっちり地図あるので回収可能。

 人間ならば乗用車と高速道路が必要な距離を空路ですっ飛び持って帰ってきたそうだ。

 危険などない。何せ死なないナイトメア。しかも空飛ぶ。どうしろと。

 現在の地上の人間の戦力は、サンタクロースはかぐや姫とグレーテルに教えた。

 資料に大量の百科事典を持ち込み、グレーテルは目を輝かせて速攻で食いついた。

 お菓子で釣られた時に似ている。

「お二人にお教えしますが、現在の人間の程度は……大規模のコロニーでは嘗てこの国にあったという自衛隊、という連中の装備を使用しています。此方も調べた限りなのですが、年々、規模は縮小傾向にあります。大型の兵器は、メンテナンスや燃料、操縦も含めて難があり、多用できません。決戦兵器と思ってください。専ら主流は白兵戦。銃弾は貴重なので接近が多いようです」

「……魔術は?」

「そんなファンタジーなもの、使えるのは血式少女とメルヒェンとナイトメアだけですよ。地上の人間はあくまで科学的な戦いしかできません」

 かぐや姫もそこはほっとしていた。

 グレーテルは、ページをハイペースで捲りながら質問。

「重火器はないのは理解したわ。なら、人間の実力はどう?」

「訓練した奴等も居ます。が、人数がで攻めてくるので基本的には有象無象のメルヒェンと同じ対処で宜しいかと。時折ロケットランチャーをぶっぱなす戯けが居ますのでご注意を。過去に撃たれました」

 ロケットランチャーの項目を探し、素早く理解。グレーテルは敵の規模も片っ端から想定していく。

 かぐや姫は思う。地下にいた頃にはその不死身な性質と純粋な戦力から逃走を余儀なくされたナイトメア。

 理性のあるナイトメアは知っているが、サンタクロースが頭も規格外だ。

 経験と知性があるナイトメアは、血式少女など軽く凌駕する。

 性能で負けて、頭脳で負けたら最早打つ手がない。

 あれだけ厄介だったナイトメアが、味方になるだけで心強いを通り越してこの世界でも生きていけそうな気がする。

 散々知った気苦労が裏付ける、サンタクロースの強さ。

 グレーテルも、読みながら語った。

 ナイトメアの兄はいたが、サンタクロースはそれ以上に頼れる相手。

 以前は任せきりだったが、今は生活を共にする。故に尽力すると。

「グレーテル……」

 かぐや姫は、彼女も前向きに生きていこうと思っていることも知った。

 切り替えの速い奴だ。確実に生きていける方法を真顔で提案する図太さも大概だが。

「んー? あんたもお兄ちゃんいたの? 私もいたよ、人間だったけど」

 娘のグレーテルは菓子をかじりながら口を挟む。

 義理の兄だが彼女もいた。

「名前は?」

「……あれ? 出てこないや。ゴメン、何年も前だし結構仲が悪かったから思い出せない」

 けらけら笑って彼女は言った。

 娘の方はコロニーに拾われて、貧乏な家に引き取られた。

 なぜかと言えば労働力。奴隷のような扱いで、普通に生きていた兄とは違い酷い生活をしていた。

 が、当時はグレーテルは親に歯向かう気力もない。というか、生きた屍だった。

「あの頃はねえ……毎日毎日、朝から晩まで働きづめで、歯向かう気力もなかったよ。疲れてて」

「不当な扱いね」

「無関心だったから。でも、自由はあったよ。飯もお風呂も着替えも自分で用意しないといけない状況だったんで、その辺は好きにしてた」

 寝床だけは粗末な藁や枯れ草などを与えてあばら屋に住まわせていた。

 それは感謝していると言う。幸い彼女も血式少女。怪我なども放置で治り、病気もない。

 化け物と知られても、ある程度は居場所をくれたのは感謝している。

 まあ、労働力扱いだったが。

 風呂はゴミを燃やしてドラム缶にお湯を沸かして、食事は適当に食べるぶんだけ受け取ったそれで済ませて、着替えは最悪外で拾って洗っていた。

 故にグレーテルは家事も出来る。

 だが、彼女のいたコロニーで疫病が発生し、親もかかった。

 何とか生きるために子供を放逐して、食い扶持を減らしたそうだ。

 童話通りじゃないかと眼鏡を揺らして告げる彼女。

「……なんともまあクズな両親だこと」

「最悪ですね~……」

「ん? 気にしないよ。恨みもないし。ただ、人間はそんなクソみたいな連中だから嫌いなだけ」

 そう言えるグレーテルは、大人びた踏ん切りの出来る顔をしていた。

 地獄の中では仕方無いと、自分で諦めて助けを求める兄貴をぶん殴り、メルヒェンに恐れているときに囮にして逃走。

 そこから……。

「……ゴメン。母さんとの出会いは、言いたくないや。まだ母さん、完全な化け物だった頃だからさ」

 気になるところで、グレーテルはお茶を濁す。

 完全な化け物? と二人がサンタクロースに問うが。

「あー……ジャック少年には言いましたが、あたしその頃の記憶ないんですよ。ですんで、気遣ってくれているんです。ごめんなさい」

 と、本人もわからないと言っておいた。

 まあ、約束とかのことは家族の思い出。

 おいそれと話したい記憶じゃない。

 話を戻す。人間は血式少女には勝てないだろうが、精神的な問題もある。

 戦いはサンタクロースがやるから気にするなと言うが。

「私は平気よ。人殺しには慣れているの。だから、ストレスは溜まらない。割り切りできるもの」

「……ですよね~。グレーテルは、元々完全な敵対でしたし~」

 暴走のことは気にするなと、グレーテルは言うのだ。

 娘が聞くと、あくまで仮説だがと前置きして読みながら教えた。

「赤ずきんは私が合流するまで暴走しなかったのは幸運や偶然と言っていた。けれど、それは過ちだと思うわ。何故なら、私は人殺しに躊躇いがない。日常だった光景にストレスを感じる人間がどこにいると言うのかしら?」

 人殺しになにも感じない。必要経費。故に殺す。

 かぐや姫は無理と言うが、グレーテルは心構えが完璧に出来ている。

 三度の食事と同じとすら言い切った。成る程、と娘たちも言った。

「はいはい、分かるわ。私ら一回も暴走ないしね。コッペリアはしゃーないとしても」

「あれは、人間のせい」

「…………」

 コッペリアは露骨に嫌そうにして、マーチは微妙な顔をした。

 ストレス感じるけど我慢してしまうと言う体質らしい。

 そう、娘グレーテルが語る。

「溜め込んだら危ないわ。よく大丈夫だったわね?」

「あー……気晴らししたから。ジャックが言うけどさ、あれって急速なストレス浄化だよね。しかも、無理矢理な」

「……どういう意味です~?」

 思っていたことだ、と娘も言った。

 暴走とはいうが、事実娘たちには経験はない。

 理由として、先ずストレス感じない環境。

 殺される事がない。殺すのは当たり前。慣れている。

 で、ストレスの発散はしている。趣味とかもある。

 要するに日常的な普通の生活におけるストレス発散。

 それが、黎明の血式少女には出来ない。

 積み重なる戦争のストレスが暴走で発散される。

 それを無理矢理な外的方法で浄化するのがジャック。

 分かりやすい例えがある。

「つまり、風邪です。うちの娘は自然治癒で治せる環境にあって、予防もできた。だからそもそも風邪になる事もなく、重度になることも皆無。血式少女は多忙で予防の暇もない。結果風邪になりやすく、なっても休めない。ジャック少年の血液という風邪薬で、無理矢理治してお仕事を続けるしかなかった」

「……成る程。興味深いわ。それ、私が考えた仮説と同じなの。やっぱり、そうなのね」

「あぁ、そういう……」

 サンタクロースが身近で例え、理解しやすくなった。

 地上でナイトメアと暮らす方が、自由気ままに楽しく快適に、安全に暮らせていけるという皮肉な答え。

 特にサンタクロースはそれを心がけている。

 サンタクロースだからこそ、と言えるかもしれない。

「人間には無理ってことになるわね」

「あたしは娘しか養いません」

「……とんでもないナイトメアですね~……」

 人間には不可能という事に辿り着くのだ。

 二人は素直に思うのは、ここ正解だった。間違いない。

 ナイトメアという前提が真実を曇らせた。楽園は、想像していた地上は……サンタクロースのそばにあった。

「皆は、こっちに来ませんかね……?」

「数に限りがございます」

「ですよね~……」

 但し先着。限界あり。

 遊牧民みたいな生活を許容できる相手と人殺しも許せる人だけ。

 ……彼女たちには恐らくは出来ない。ジャックに依存している彼女たちには。

 離れるには、戦争を止めるしかないのにその可能性をナイトメアという見た目で決めていた。

 経験上分からなくはないが、どうしてこう柔軟な発想が出来ないのか。

「赤ずきんは頭が固いし、人間に肩入れしているわ。あのまま、ずるずる自滅していっても……私は、助言するけど助ける気はない。自分の決めた責任だもの」

「お利口ですねグレーテル。プリンでも如何ですか?」

「えぇ、是非」

 笑うグレーテルは、責任もあるとして、その結末には口出しはしないと言った。

 皆がどう選ぼうが、二人はサンタクロースと共存を選んだのだ。

 古い格式を捨てないと、前には進めない。

 それが、グレーテルとかぐや姫の答えだから。

「面白そうなことがたくさんあるのね地上は。サンタクロース、一度旅行に行きたいわ。いったことないから」

「良いですよ、あまり選べませんが。温泉でも行きましょうか。遠方ですが良いところがあるんですよ」

「……温泉?」

 そんなものもあるのか。

 かぐや姫も若干心踊る単語は出てきた。

 グレーテルの要望で急遽明日から旅行決定。

 行き先は内地の秘境。日数跨いで出掛けることにした。

 ……グレーテルもかぐや姫も、本当にエンジョイしてやがるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「止めてくれ! 僕たちは、戦うために……!」

「うるせえ!! 殺せ、化け物は皆殺せ! やるぞてめえらー!!」

「クソッ! 何で聞いてくれない!?」

「つう、逃げよう! ここじゃ無理だよ!!」

「戻れば皆が危険だろう!? 僕らで何とかするしかないんだ!」

「……くっ! 分かった、援護は任せて!」

「ああ、行くぞジャックッ!!」

「うんっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「アリス……どうして……?」

「……ジャック、わたしは……あなたを、失うぐらいなら……人を殺す覚悟はあるわ」

「えっ……?」

「わたしたちの物語は終わりじゃなかった。寧ろ、今始まったの。生きるために人間を殺す最悪のお話が……」

「アリス……?」

「なんだ、大したことないじゃない。怖くなんかない、わたしは……ジャックを……」

「アリス、大丈夫!?」

「ふふふっ……! そうよ、ブラッドスケルターは……これさえつかえこなせれば、ジャックと自由に……!」

「アリス、ダメだ!! 落ち着いて!!」

「あはは……あははははあはははははははっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ジャック?」

「嘘、何で……?」

「なにが? どうしたの?」

「アリス、君なんだよね……?」

「ええ。そうだけど……」

「えっ……? 本当に、何が起きているんだ!?」

「ジャック、なに?」

「アリス、君は……」

 

 

 

 

 

 ――なぜブラッドスケルターになって、意識がハッキリしてるんだッ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 しゃんしゃんしゃんしゃん……。



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悪夢、少女の狂愛

 

 

 

 

 

 ナイトメアが温泉行こうとか能天気に向かっている頃。

 此方では、貰った拠点の整備中。

 残った民衆は既に黎明も教団も信用せず、黙ってついてきた。

 勝手に動けば何かに殺される……そんな恐怖が、暴動を鎮めたらしい。

 あの化け物と必死に戦った皆を評価したのではない。

 勝手な行動をすれば、更に酷くなると学習していた。

 妥協した、という形だ。騒ぎ立てて、自分達だけで生きていけるのか。

 そんな事を考えて今は黙って従っている。

 だが、この設備が手に入れば。マンパワーはこっちが上。

 人間は殺さないと明言して安心しさせようとする皆の感情を利用する。

 ……皆は気づかない。勝手に動けば殺される。ならば基盤を奪取して、反撃に出る。

 口だけの教団、暴力だけの黎明……そんな能無しと化け物の集団は追い払えばいい。

 生きていく場所さえ手に入れば。そんな反逆を企てているとも知らずに。

 頭のいい血式少女と不信感を抱いていた血式少女が減ったのもチャンスだ。

 他の人類とも話し合えば、と化け物に襲われたせいで感覚が鈍っていることも理解しない。

 愚かな民衆。だから白いナイトメアは言っただろう。

 人類も敵なのだと。ただ、この北のコロニーの規模ならば可能かもしれない。

 間引きされたとはいえ、ギリギリの収容人数という結構な人間が存命。

 バカな民衆と言えど、そこには日常生活を行うには申し分ない人材もそれなりにいる。

 地下の町は、黎明だけのモノじゃない。管理は、民衆もやっていた。

 つまり、黎明の人間は管理を上でしていた。民衆は現場でしていた。

 現場の人材さえいれば、当面はなんとかなる。それぐらいの施設はあのナイトメアが本当に提供した。

 誰かがいう。感謝は黎明でも教団でもない。あの白いナイトメア。鈴のナイトメアだと。

 聞けば彼女は取り引きならば人間とも応じるという。

 だったら、彼女がいてくれればいいじゃないか。彼女と取り引きしよう。

 黎明と教団を、あのナイトメアに追い払ってもらえばいい! 要求される物資は今のうちに確保しよう。

 秘密に、彼女と結託して、奴等を追い出してここを自分達のモノにしようと皆は考えた。

 そこだけは悪知恵が働くというか。因みに本当にそうなる場合は……サンタクロースは、応じるだろう。

 グレーテルもかぐや姫も、敵対するなら殺すなと提言はするが助けない。

 そういう事も、覚悟した上でサンタクロースについたのだ。

 黎明の人間や教団相手でも、かぐや姫は特に信者を嫌っている。

 殺しても、見なければそれでいい。サンタクロースの判断に任せるのだ。

 何せ嫌いな奴が死のうが彼女には無関係。

 血式少女たちは、窮地を迎えていた。

 外側の人類。内側の人類。双方を相手にしないといけない。

 そして、……次なる己の生き方は。

(わたしは、ジャックさえ居れば……)

 自分の全て、自分の中心。愛しの幼馴染と仲間との間で板挟みの彼女の番だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ジャック。君は僕を怒らせることをした自覚があるかい?」

「ないよ!? 何突然!?」

 ある夜。見張りをするため、入手したコロニーの外側から離れた場所で歩いて哨戒するつうとジャックがいた。

 他にも人魚姫とアリスが、二つに分かれて見回りをしている。

 毎晩、こうやって血式少女と門番の眠そうな巨漢、そして男たちが見回りを担当している。

 襲撃に備えて、こうして常に結構な広さの周囲を誰かしら見張っていた。

 このコロニー、何せ周囲は氷の剣山で囲まれている。

 出発前に聞いたのだが、サンタクロースいわく。

「まあ、あたしの使わない物資が残っていますのでついでに差し上げます。どうせゴミですので。で、周りが要塞になっていますが、無人の時に侵入できないようにしてありまして。あの氷はあたしが死ぬまで溶けない、永久的に空気中の水分を吸収して冷気を放ちます。あたしは、不死身。故にあれは溶けません。迂闊に触ると凍結するんで、加工したければしても良いですが万全の注意をしてくださいね」

 ナイトメアの氷。常に冷気を吐き出す、某武器を作る中年もビックリの素材。

 科学者の女性も目を疑った。

「すげえ! この氷、自己再生しやがる……! マジで生き物か!? 水さえあればほぼ無制限じゃねえか!」

「ど、どうなってるのこれは……!?」

 細心の注意をして加工して削り、武器にしてみたらしい。

 驚いたのが人間でも加工次第じゃメルヒェンに通用する氷の武器が出来るらしい。

 水をぶっかければ、何時でも再生する。何処かで見たような性質だった。

 相当硬く、熱に強い氷は地道に削って再生を利用して思うがままにしていくしかない。

 新しい資源になっていたのである。しかも生存率に直結する武器で。

 その他、妙な機械やら何やらと直せる連中が直して、何とか食料も確保した。

 何でか農業用の道具がたくさんあり、畑などには汚染されてない天然の食用の植物も自生していた。

 川も流れており、上部では川の中にゴミを塞き止める氷のフィルターが差し込まれていた。

 そこを掃除していれば常時水に浸るフィルターは手入れが要らない。

 代償として川の水はキンキンに冷えており、魚が住めるような温度ではないことぐらい。

 あとは湧き水やらあと野生化したと思われる家畜まで放置されていた。

「あいつ、なんつうもんを個人で所有してたんだ……。いくら制圧したって言っても無関心過ぎるだろうよ……」

 あとは、中に死体が放置されていたことか。

 恐らくサンタクロースが雑に制圧した際に、中身の人間だけを氷像にしたのだろう。

 中に先に潜入していた血式少女と中年が見たのは、無数の凍った死体。

 瞬間冷凍されていた住人の姿だった。

 彼女は死体を片付けずに倉庫の代わりに使用していたのか。

 無神経すぎて、血式少女たちが嫌そうに死体を破壊して、丁寧に埋葬しておいた。

 触れるだけで塵になる以上はその粉を埋めるしかできなかったが……。

 中年がぼやきながら、数日かけて漸く落ち着いた。

 そして、つうとジャックのコンビが今晩の見張りだった。

 歩きながら、用件を教える。

 愛しの姫が言うには、ジャックはケダモノとサンタクロースに呼ばれていたらしい。

 姫に何かしたのか、と誤解で凄まれる。

「いくら相棒でも、姫にちょっかいを出すのは看過できないな」

「出してないよ!? 寧ろちょっかい出されたの僕とアリス! セクハラされたの僕ら!!」

 と、向こうの生活を話すと……次第につうは哀れみを浮かべていた。

 アリスも気の毒に、と何故か違うことを言う。

「……はい?」

「サンタクロースも良いことを言うな。いや、襲えとかイチャイチャとかはあれだけど。ジャック……もう、年貢の納め時だよ。早くアリスに応えてあげるべきだ」

「つうまで!?」

 いい加減アリスに好きと言えと、つうも言った。

 前の世界で自分を二等分するまで大事に思う幼馴染。

 好きなんだろう? と悪友のノリで話しかける。

「ぐっ……!」

 怯むジャック。

 つうが珍しくからかってくる。確かに、ジャックはアリスが大事だ。

 然し、好きかというとそれ以上としか……言えないというか。

 そんな気持ちはとうに過ぎていて大事という、支えていくという認識というか。

「僕と姫のような?」

「……否定できないかな」

 のろけでもない、けろっとしているつう。

 好きという前に最早家族と言えばいいのか。

 互いに必要な、恋など……恋慕など無くとも一緒にいたい。

 ぐちゃぐちゃな気持ちなのだそうだ。

「また、大変な気持ちだね」

「つうは分かってくれるんだ。初めてだよ、僕の気持ちを話したのは……」

 伊達にナイトメアやりながらストーカー王子やってないと軽口で答えるつう。

 あの世界でマトモな恋愛などできない。できるはずがない。

 然しその気持ちは……間違いない。本物の愛だった。

 見張りをしながら、ジャックが初めて本音を打ち明けたのは相棒。

 これから、あれこれ相談しようとつうの決め台詞、

「こいつは貸しだよジャック」

 と、言った所で。

 事件は、発生していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、突然の事。

 突然、近距離で爆発。オレンジの明かりが視界を照らした。

「うわぁ!?」

 それが、炎と分かるまで熱を感じたジャックは逆に背筋が冷えた。

 割れる音。誰かの息遣い。走る足音。……これは。

「ジャック、誰かが襲ってきてる!! 身を隠せ!」

 剣を抜いたつうが鋭く叫ぶ。

 続けて、薄い闇の中で剣を振るう。また、割れる音。

 燃え盛る炎の近さ。見たことのない武器を使ってきていた。

(魔術……!?)

 それを同類と見てしまうのは経験不足。

 もっと単純な物だった。

 つうが腕力で起こした風で炎を吹き飛ばす。

 遠くで明かりが見えた。無数に。

 あれは、松明……なのか。

 予想できるのは、人間の襲撃。ジャックは伏せながらつうが停戦を呼び掛けるのを聞いていた。

 然し、相手は大人の男。無視して走り接近。

 何人も近づいて炎を放つ。

「おい、なんだこいつら!? 全然効いてねえぞ!!」

「畜生、話に聞いてた化け物か!! 怯むな、あいつらはあのワニと大差無い化け物だ!! 殺せー!!」

 相手は完全に殺意があった。

 過剰攻撃でその炎を何発も入れてくる。

 接近して殴り殺そうともしてきた。

 大きな金属の棒を受け止め、つうは叫んだ。

「止めろって言っているだろう!? 何をするんだ!」

「うるせえ!! 化け物が、同じ言葉で喋るな!!」

 増え続ける男たちが、何人もつうを囲んで袋叩きにしてきた。

 戻れば皆が窮地になる。つうはここで対応すると、ジャックに先程言った。

 このままではと、咄嗟にジャックが庇おうとするが、見つかる。

「お前も化け物か!! おい、此方にも居るぞ!!」

 そして、ジャックは普通の子供。

 彼が覚えている光景は捕まり、腹を殴打された痛み。

 激痛で意識が飛びかけて二回目で飛んだ。

 大の男に、囲まれて……彼も、同じ目に遭うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逆鱗だった。

 騒ぎに気がついたアリスが人魚姫と駆けつけたときに見た光景は。

 つうが応戦しながらジャックの名前を叫ぶ。

 その先では、男に囲まれて暴行を受けるジャック。

 意識がないのか目を閉じて、腫れ上がった顔が如何に酷いかを物語る。

(ジャック……!)

 コイツら。ジャックを、傷つけた。

 怒り。ああ、そうだ。これは怒りだ。

 目の前で暴行を受ける幼少時のように。

 ジャックが、また傷を……。

(ふざけるな……よくもジャックをッ!!)

 アリスの一番大事な人。

 アリスが一番思う人。

 それを、コイツらは……ッ!!

 怒りが、頭を……冷静さを侵食する。

 ダメだ、怒りしか出てこない。人魚姫が制止しても聞こえない。聞きたくない。

(人間が……ただの人間が、わたしのジャックをォッ!!)

 嗚呼、そうだ。サンタクロースも言っていた。

 人間は愚かな生き物と。その通りだ。

 血式少女の聖域の存在、ジャックを土足で踏みいって傷つけた。

 万死に値する罪だ。理屈など関係ない。この沸き上がり、狂う激情こそが正解だ!

「アリスさん、ダメッ!!」

 五月蝿い、煩い、うるさいっ!

 

 

 

 

 ――殺してやるッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……気がつけば、真っ赤に染まっていた。

 意識が戻ったジャックに振り返り、アリスは言った。

「あなたを失うぐらいなら、わたしは人を殺す」

 呆然と見ている周囲は惨殺した人間の死骸が無惨に転がり、その中心で彼女は思う。

 戦いばかりの世界。地下も、地上も。もう、沢山なのに。

 飽きてきた。下らない戦争。奪い合う摂理に。

 ただ、アリスはジャックと居たいだけ。それだけなのになぜ邪魔するのだ。

 嗚呼、心が不安定。怒りや憎しみしか感じない。

 呆気ない。殺人なんか、メルヒェン殺しと何が違う。

 大したことない。殺せる。人間は殺せる。もう、守られている弱いアリスじゃない。

 普段の浴びる血が、桜色か真っ赤な程度の変化。

 言葉を失うつうや人魚姫。青ざめていた。

(ジャック……あなたさえいればいいの)

 人間なんかクズ同然。

 ジャックに傷をつけるなら悉く死ねばいい。

 ああ、そうだ。憎しみがあればジャックを守れる。

 そう、狂うほどの憎しみや怒り。人間が憎い。

 憎いから殺す。それが地上での生き方だったんだ。

「あははは……あはははははあははあああははは!!」

 笑えてくる。こんな簡単なことを躊躇う自分に。

 憎め。人類を。怒れ、人類に。

 そうだ。血式少女の穢れ……精神的な不安定なそれを、力に変えれば!!

(ブラッドスケルター……これさえあれば!!)

 最強の血式少女の能力。暴走するこの力さえあれば!!

 ジャックを守れる!!

 

(違うわ。ブラッドスケルターは、ジャックを傷つけた。一度ならず同じ過ちを繰り返すの?)

 

 ……?

 ブラッドスケルターは、ジャックを傷つけた?

 ああ、そうか。一度暴走したんだった。

 違う自分が否定する。これは、制御しなさいと。

 憎むのはいい。怒りもいい。然し、自分の一部にしろ。

 ジャックを二度と傷つけるな。そうすれば、アリスの中でナイトメアが生まれそうで怖い。

 誓っただろう。ジャックと共に。ジャックのために。

 思い出せ。そもそもブラッドスケルターはジャックの血で制御できる。

 アリスには、他の血式少女にはない特色がある。

 幼馴染という、関係だ。

 思い返せ。アリスは生きていくために拷問時に何度も舐めていた。

 アリスにならブラッドスケルターを、自分のものに出来てもおかしくないじゃないか。

 アリスの中にはジャックがいる。アリスの血には、ジャックの血がある。

 アリスはジャックを一部にしている。それなら。ジャックに甘えなくてもいい。

 アリスはジャックにいつまでも寄りかかる。暴走してもジャックがいると思っていた。

 甘えるな。地上じゃそんなの通用しない。

 アリスはジャックに、何度助けて貰うのか。

 いい加減、彼を完璧に守れる強いアリスになろう。

 地上での生きていくために。ジャックが、自由になるために。

 負担を減らそう。素直になろう。サンタクロースも茶化していた。

 素直になれ。そう、生き方は気持ちに従うこと。

 アリスは、ジャックを、どう思う?

(……わたしは)

 そう、守りたい。守られたい。

 でも、今のままじゃ弱すぎる。

 じゃあ、どうしようか?

(……大丈夫。わたしなら、できるわ)

 だってアリスはジャックの幼馴染。ずっと一緒の家族だから。

 二人で生きて、此れからも過ごすために。

 ブラッドスケルターも、自分の一部。否定しない。

 暴走する自分だって、同じ自分。気持ちは、重なる。

 憎しみだけじゃ、足りないから。怒りだけじゃ、寂しいから。

 本音を、一緒に持っていけ! アリスの本当の力を、目覚めるために!

(……ええ。そう、黒いわたしも愚かなわたしも、弱いわたしも全部アリス)

 信じろ。自分を、自分を信じるジャックを。

 抑えきれない感情? ない! あったとするなら、それは!

(わたしは、どうしようもなくジャックを愛していると言うことよ!!)

 ……愛するから強くなる、それ以外に理由は要らない!

 さあ、目覚めろ血式少女の本当の力。ブラッドスケルター!

 ジャックを守りたいなら、その全て共に来い!!

 アリスの気持ちに、お前も応えろ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が起きた。なんだこれは?

「アリス!?」

「なに?」

 慌てるジャック。何かあった?

 いや、あったに違いない。

 なのこの腕。ブラッドスケルターの腕になってる。

 右腕は反り返った黒と桜の色合いの刀。

 左腕は……鉤爪。燃え上がる桜色。

 髪の毛は銀色に、瞳も桜色なのに服は無事。

 意識もある。ブラッドスケルターのまま、何ともなかった。

「アリスが……ブラッドスケルターに……?」

「大丈夫よ。ちゃんと意識はあるから、心配しないで」

 そう、意識はある。暴走なんかもうしない。

 幼馴染は、伊達じゃないから。

「えっ?」

「やっぱり、地上で生きるにはブラッドスケルターも制御しないといけないわね。あとは、素直にならないといけないのも思い知ったわ」

 呆然とするジャック。アリスは自分が作った人間の死骸の中で、満面の笑みで言った。

 新たな、狂気の誕生を祝う言葉を。

 

「安心して。わたしはあなたを傷つけないわ。だって、愛しているもの。世界中の、誰よりも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しゃんしゃんしゃんしゃん……。



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悪夢、ジャックの未来

 

 

 

 

 

「いやぁ、極楽ですね~。生き返ります~……」

「……そうね。でも、これ……変な味がするわ。硫黄?」

 闇夜にぶちまける血の池の少し前。

 遠方では、少女たちが温泉に浸っていた。

 サンタクロースご一行である。

 内地の山の中に涌き出る天然温泉に勝手に入って満喫していた。

 大きな川に近い山場。その剥き出しの岩肌の間にそれはあった。

 はっきりいって足場は危険で、脱衣場も満足にない、穴場だった。

 回りは岩の間の窪み。見上げる夜空は星空で美しい。

 誰もいないと言われても羞恥心を感じていたかぐや姫。

 然しよく見れば居るわけがない。ここ、かなり切り立った山の中腹にある。

 人間がこのご時世、呑気に登山してくるとは思えないしそもそもここ岩しかない。

 精々野性動物が関の山と、サンタクロースが言うだけある。

 持ってきた大きなかごに着替えを突っ込み、皆で豪華な風呂を楽しむ。

 ……眼鏡のグレーテルは、温泉の主成分が気になると言うので昔の情報紙を適当に探して与えておいた。

 源泉が熱すぎて入れないのでサンタクロースご自慢の氷を浮かべて無理矢理冷まして入っていた。

 ……然し。

「母さん、どんだけ持ってきたの……? うわ、濁酒の瓶、もうこんな空いてる……」

「やっぱり温泉とお酒の相性は最高ですねえ!! 娘とお風呂に入りながらいっぱいやるの、久々ですし! ひゃーっはっはっはっはっ!!」

 ロリのサンタクロースが地元のコロニーで交換してきた清酒をがぶ飲みしていた。

 泥酔している始末であった。

 何でもここいらも元々いた場所で数年前にお引っ越し。

 その際にまた来たときにはよろしくどうぞと約束しているコロニーがあったようだ。

 同席したが、道理で大量の荷物をもっていく。向こうに必要な物資を覚えていた。

 果実酒と濁酒、吟醸酒など片っ端からモノと行為で交換してきた。

 驚いたものだ。ナイトメアが野性動物の解体を行えるとか。

 非常にグロい光景だったが此方のグレーテルは興味津々で見ていた。

 ……あの巨大な豚は一応汚染されない食用。

 野山で汚い雄叫びをあげる豚を一撃でサンタクロースが狩猟していたが……なんと言うサバイバル技術。

 全部食えるそうだ、あの豚。美味しいらしい。

 内地は監獄塔の影響が少ないと言っていたが事実で、ここいらは治安も安全のようだ。

 監獄塔が見えない地域のようで、標高が高いのと切り立った地形のお陰でメルヒェンも早々入ってこれない。

 ……当然だが湯気がすごいのと、周囲はめちゃくちゃ寒いが、温泉が温かいので相殺。寧ろ熱い。

 で、背中の白い核が無駄に速く脈動しているサンタクロースは、コッペリアがお酌をするなか酒をがぶ飲み。

 尚、人間がやると危ないので注意されたし。こいつ、見た目幼女で中身化け物。

 足の氷が溶けて、核の氷だけは保ったまま、風呂に入ると今ごろ聞く。

「グレーテルも飲みます?」

「いや、ダメですよ!? グレーテルは未成年……」

「ジェイル出身の血式少女に年齢などないわ」

「待ちなさい!! こんなときだけ血式少女の立場を悪用しないでください!!」

 娘は明確に未成年。あとアルコールが嫌いなので遠慮。

 こっちのグレーテル、かぐや姫の制止を興味で負けて屁理屈で無視する。

 自称ナイトメア、実際年齢不明の監獄塔暮らしのグレーテル。

 見た目は子供、年齢などメルヒェンしかいないなら数えられない。つまり不明。

 大体、こんな文明崩壊の世界で未成年もへったくれもない。だから飲む!

 徳利をそのまま差し出されたの素早く奪い、豪快に煽る!!

「ぐふっ……!」

 速攻敗北。度数の高い吟醸をそのまま一気飲みするから、喉が焼けてダメージ。

 挙げ句には初のアルコールと温泉の加温で意識が朦朧。

 繰り返すがグレーテルは血式少女。人間じゃないので決して真似しないように。

 人間は死ぬ。血式少女ですら、お目目ぐるぐるで沈んでいくのだ。無理はいけない。

「刺激的……ね……」

「グレーテル!?」

 結局気絶した。

 マーチが静かに引っ張りあげて湯冷めさせつつ横たえる。

 グレーテルなら習った治癒魔術とかいうのを試す丁度良さそうなチャンス。

 マーチが風呂に入りながら素っ裸で気絶するグレーテルに実験台にしてみた。

 かぐや姫、ため息が出てきた。好奇心はなんとやら。酔っぱらってバカ笑いをしているサンタクロース。

「アホなの?」

 呆れるコッペリアにも言われる始末。娘も冷えた茶を飲みながら笑っていた。

 初めて入った天然温泉に、お酒の味。

 旅行と言うのも未経験だった二人には、良い息抜きになった。

 戻る頃には、無視できない大問題が発生していたのだが……まだ、知るよしもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日たっぷりと楽しみ、戻って一応様子を見に行くと。

 ……なんか、内部の様子がおかしい。

 内部の民衆が、一部の建物に向かって……デモを行っている?

 何が起きているのか見えない。

 サンタクロースが気になって、正門近くの脇道にジャックとつう、人魚姫を呼ぶ。

 いない間に何があったと訊ねると。

「…………」

 ジャックは悲痛な顔になり、つうは言葉に迷い、人魚姫は表情を凍らせる。

 経験上サンタクロースは察して問いかける。

「アリス少女が、人でも殺しましたか?」

 上空で待っている皆は何が起きているのか、分からないので不安そうなかぐや姫、グレーテルは……変わらない。

 娘たちは関係ないので無関心。駄弁って待っていた。

 聞かれると、ジャックは肯定した。

 アリスが、襲撃してきた連中を皆殺しにした。

 たった、一人で。意味のわからない状態で。

「ジャック少年。要点を纏めて、手身近に。あなたの動揺する気持ちは理解しますが感情が先走っていて内容が伝わりません」

「す、すみません……」

 先ずは、順を追って聞くと。

 ジャックとつうは、見張りの仕事をしていた。

 アリスと人魚姫も別の場所で同じく。

 で、人間に襲撃された。相手は何やら炎の武器を使ってきた。

 応戦するつう。そしてジャック。然しジャックは本来戦えない。

 人間相手でも。ジャックは捕まり、暴行を受けた。

 治癒魔術で治しているので今は大事ないが、それはいい。

 それを運悪く合流したアリスが目撃、キレて逆襲を開始した。

 人魚姫が殺しは止めろと言ったが聞かずに、激昂して全員殺した。

 挙げ句の果てには、終わった直後例の暴走の兆しが見えてジャックが止めるも、なんと彼女は意識があった。

 いわく、何ともない。完全に制御できると言っていると。

 実際暴走の状態のまま会話をして、自分の意思で変身を解除した。

 ジャックの事を愛していると言いながら、浄化を受けずに。

 問題は、このあとコロニーの連中と血式少女の仲間に殺人が知られた。

 アリスの弁明を聞かずに、既に隔離されて現在幽閉されている。

 ジャックたちは、皆を守るためと説明したが血式少女も、この状況での人殺しは看過できないと言い切った。

 アリスは暴走したとして聞かないし、民衆も人殺しは出ていけと、アリスを追い出せと要求している。

 つまり、アリスは……孤立した。

「……」

 サンタクロースは、心底呆れていた。そして、何よりも軽蔑した。

 ここの人間たち、正確に言えば民衆と彼女の仲間を。

「サンタクロースさん……僕は、アリスを守れませんでした」

 ジャックは項垂れる。力なく、懺悔のように漏らした。

 アリスはジャックを守るために得体の知れない変容を起こしてでも戦ったのに。

 人殺しをいとわない覚悟をもって、リスクを受け入れたのに。

 また、流されるままなにもできずにただ守られて手遅れ。

 後悔ばかりが、ジャックを苛む。

「……僕も、もう限界だ。もういい、このコロニーを僕は出る」

 つうも、嫌気がしたとサンタクロースに告げる。

 その顔は、失望の一色。

「僕は何度も停戦を呼び掛けた。なのに返ってきたのは化け物が同じ言葉を喋るな、だったよ。しかもあれ、投げてきたのは火炎ビンとかいう、即席の武器だってね。しかも、焼き殺すための。……そんなものを、僕らに投げてきたんだ。話は聞かない、一方的に殺しに来る。しかも、仲間を守るために停戦を無視した相手を殺せば味方にもあんな風に扱われ、出ていけと言われる……。限界だよ。僕は黎明の人は良いけど、もうあんばバカのために命を張るのはゴメンだ。姫が同じことをされれば、僕だって同じようにした。アリスの気持ちが今ならよくわかる。彼女はああするしかなかった。なのに、その場にいない赤ずきんはやり過ぎたとつかみかかって、どうして殺したと責めてきた。アリスが我を忘れたせいだって。アリスもそこは自覚して反論しなかった。おかげで皆に言いたい放題言われ、ジャックの立場を悪くしたとさえ彼女は言われた。血式少女の居場所を奪う気か……って」

 保身か、と怒りさえ浮かべていた。

 彼女の気持ちが、つうには……愛してやまない大事な人がいる彼女は分かった。

 故に、人魚姫も……悲しそうに言うのだ。

「おねーちゃんは、正しいと思うの。けど、わたしたち……知ってるから。前の世界で、ジャックさんとアリスさんがどれだけ互いを大事に思っているか……見てきたから。だから、あんな風に言われて……悲しかった。おねーちゃんは、あくまで血式少女と……普通の人たちが、大切なんだって。立場が、もう……全然違うの」

「だから、決めたんだ。サンタクロース、僕たちもそっちにいく。知り合いのために戦えない、愛する人を守れないこんな環境、ジェイルよりも堪えられない。頼む、連れていってくれ!!」

 二人も、引き裂かれるのは何よりも怖い。

 サンタクロースは悟った。身近に大事な、愛している存在が居ないから、他人を優先できる。

 恋人がいない血式少女に、アリスやつう、人魚姫の気持ちなど理解できまい。

 彼女たちは決意した。人間など真っ昼間ゴメン。失うのは嫌だ。

 守っても迫害してくる連中など、守る価値もない。

 どうせ選べない世界だ。だったら、自分の大事な人を守る。

 たった一人の、愛する人を。

「良い子には、プレゼントを贈る。それが、あたしです。……乗りなさい、あたしの艝に。新たな家族を、あたしは歓迎します」

 サンタクロースは来いと言った。

 その未来を、祝福する。夫婦を、受け入れると。

「ありがとう」

「……ありがとうございます」

 夫婦に、あとは任せろとサンタクロースは言って。

 ジャックに、聞いた。

 

「さぁ、ジャック少年。あなたの未来はどうするんですか?」

 

 顔をあげた彼に、彼女は容赦なく、告げた。

「情けない顔をやめなさい。アリス少女は覚悟を決めた。あなたのため、あなたを守るという行動に出ました。後悔するならその前に動きなさい。今すぐここで。アリス少女に、あなたは応えるのですか。それとも、血式少女とまだ一緒にいるんですか。人間たちの味方を止められない、あの哀れな連中に。あなたに依存するしかない、あなたの為に真に何かをすることすら余裕のない仲間と。アリス少女は、行動したのです。あなたを死なせないために、人間を殺し、強くなり、素直になり、自分の意思であなたを救った。……ジャック少年。もう一度言います。決めなさい、自分の意思で。仲間か、アリス少女か。どちらかを」

 取捨選択の期限が来た。選べ、今すぐに。

 そう、サンタクロースは迫った。

「……僕は」

 両方大事な存在。迷うジャック。

 選ばないという選択もある。然し、それは最悪を選ぶとサンタクロースは警告した。

 このままいけば、庇いきれずに血式少女たちはアリスを放逐する。

 人間の味方を続けるならば人殺しを飼い慣らすことなど不可能。

 自分達がまず化け物扱い。心象はさらに悪化してしまう。

 要求通り、罪悪感を残しつつ穏便に苦渋の決断を行うだけ。

 そんなことはしない? 仲間だから?

 違う。環境がそれを強いる。曖昧な優しさはこの世界では命取り。

 今度こそ内戦が起こるだろうとサンタクロースは断言した。

 両方を選ぶというのは、止めろとつうが言った。

「ジャック。相棒として言っておく。君はもう、人間だ。両方は救えない。前のこと、聞いてる君なら理解できると信じるよ」

「…………」

 前の世界で自分を真っ二つにして、全部を選ぶも待っていたのは惨劇だけ。

 全員死んだ。アリスも、自分も、仲間も。

 全部失った。欲張りをして、仲間とアリスの死体しか残らなかった。

 ナイトメアと核があっても出来ないことを、今のジャックに出来るのか。

 ……不可能。出来るわけがない。

 故に、ジャックは選ぶしかない。

 運命の選択肢を。この地上で生きる、隣にいる存在を。

 時間をかけて、再び俯く彼は……軈て。

 ゆっくり、顔をあげた。表情には、決意をもって。

 

「僕は……アリスと生きる」

 

 ジャックは、仲間を諦めた。

 アリスにはジャックしかいない。

 血式少女には、そばに皆がいる。

 もう、仲間という……血式少女という括りに囚われるのは止める。

 元々今日まで生きてこれたのはアリスがいたから。

 人生の支柱に彼女はいるのを思い出す。

 そうだ。仲間か、アリスか……迷うことはない。

 選べというなら、無情になれと言うならば。

 天秤は、アリスに傾く!

 

「――待っていましたよ。ジャック少年。あなたの、その言葉を!!」

 

 その瞬間、サンタクロースは嬉しそうに大声で叫んだ。

 見たことのない満面の笑みで、彼の両手をつかんで言うのだ。

 

「小さい頃から、辛いことを一緒に堪えてきた、いとおしい人を選ぶ……それこそが、あたしが認める良い子の証!! 宜しい、ならばあなたとアリス少女には、特大のプレゼントをお贈りしましょう。日差しの下で流れる血の先のある未来……新たな二人の関係を、このナイトメア・サンタクロースが祝福しますっ!! さぁ、受け取りなさいジャック少年! 靴下などなくても、あたしのプレゼントは、とっても大きいですよ!!」

 

 喜びの感情が、白い核に伝播する。

 背中の核が、一際白く輝き出す。同時に聞こえる、鈴の音。

 見たことのある、この光景は。

「ウィッチクラフトで、願いを叶えるつもりかサンタクロース!?」

 つうが驚愕する。あの奇跡を、今度は人為的に目にすることになるとは。

 ウィッチクラフト。願いを擬態する白い核。常識も理すら無視する、奇跡の力。

「季節外れのクリスマスプレゼント! 刮目しなさい、今のあたしは最高にハッピーです!  そんじゃ一先ず、アリス少女を迎えに行きましょう! ジャック少年、あなたはもう、戦えるんですから!!」

 願いを叶える。共に生きる未来の願いをプレゼントする季節外れのクリスマス。

 垂直に舞い上がるサンタクロースと、ジャックも飛翔する。

「うわあああああ!?」

 悲鳴をあげる彼に、サンタクロースは笑顔で教えた。

「その願いを叶えましょう! 戦う力……即ち、あなたにあたしが差し上げます、ナイトメアの力を!」

 ウィッチクラフトは、素直に願いは叶えない。

 サンタクロースの補正あり。戦え、ジャック。愛のために。以上。

「いや、ちょっと待って……わああああーー!!」

「カチコミじゃおるぁああああああーーーー!!」

 コロニー内部にサンタクロース突進。ジャック、巻き添え。

 喜劇の始まりだ。ジャックとアリス、この二人に祝福を!

 悲劇の上に真っ赤なプレゼントをご照覧あれ!

 

 

 

 

 

 

「なにこのパワー!? 僕までブラッドスケルターになってる!?」

「ひゃっはー!! アリス少女の奪還だぁー!! メリークリスマスっ!!」

「時期遅いよ!!」

「ジャック、何でこんなことを……!」

「ごめんなさい、でも……アリスを苦しめるなら、僕だって戦うよ赤ずきんさん!」

「ジャックあんた、裏切る気!?」

「邪魔をしないで親指姫!!」

「ひゃっはー!! 祝福のウィッチクラフトがなーるー!!」

「変な歌で茶化さないでサンタクロースさんは!!」

「ノリと勢いでなにしてんだおまえら!?」

「アリス少女はジャック少年のもんだー!! メリークリスマスっ!!」

「ぐふぅっ!?」

「落ち着いてサンタクロースさん! ハルさんは危ないんで退いてください!!」

「ジャッ、ジャック!? なにこの騒ぎ!?」

「アリス! こっちに来て!」

「えっ!?」

「メリークリスマスっ!! 祝福の鈴の音ェっ!!」

「きゃああああああ!?」

「ちょおおおお!? 誘拐じゃないですかこれ!!

「ひゃーっはっはっはっ!! ナイトメア・サンタクロースのプレゼント甘く見るなぁ!!」

「ストップ! コロニー破壊はダメえええええ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しゃんしゃんしゃんしゃん……メリークリスマスッ!



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悪夢、すれ違う未来

 

 

 

 

 

 

 

 コロニー内部に突撃していったサンタクロース。

 上空では、騒ぎが聞こえたらしいグレーテルが皆に説明。

 冷たい目で、かぐや姫はその騒ぎを見下ろしていた。

「……止めます~?」

「必要ないわね。私達が止めるのはあくまで『内戦』。人間と血式少女の殺しあう事であって、サンタクロースの介入は赤ずきんたち自身の責任よ。自分達の行いがあのナイトメアを介入させた。アリスのやり方も地上じゃ何も問題ないし。それよりもあのウィッチクラフトの祝福の方が私は気になって仕方ないの」

 グレーテルはかぐや姫に言う。

 事前に止めるのはあくまで、人間と血式少女による自滅。

 それを防ぐため、分散した。故に、この事態は想定外。

 勝手にしろと、サンタクロースの方が気になっているので蚊帳の外。

 アリスの行為を皆は正当なものであって、あの措置は人間への肩入れと糾弾する娘たち。

「やはり、殺せばいい。かぐや姫、お前の同類は、考えるまでもなく、救えない」

「……」

 コッペリアの吐き捨てるのも、彼女も悪意で死にかけた。

 その気持ちが同調できる以上、あの幸せな連中に加担する理由もないか。

 結局、過去に人の悪意を満足に知らない充実な幼少時を過ごした奴ら。

 かぐや姫は、首を振った。もういい、庇いきれない。

 このあとの未来も知れている。戻ってくる因果にいい加減自覚してもらおう。

 皆は、見ていることにした。

 ウィッチクラフトの祝福と奇声をあげて突撃していく阿呆の行く末を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふっ……人間はあたしに任せて、ジャック少年は戦闘をする準備をなさいな」

「へっ!? いや、戦うってなに!?」

「ジャック少年の願いですが」

「してませんよ!! まさか、願いを曲解したんですか!?」

「曲解とは失礼な。愛の戦士、ジャック少年の誕生にしただけ」

「頼んでないよそんな願い!!」

「戦わなければ、愛は貫けないのです。喜びなさい、相思相愛のアリス少女の純潔はあなたのモノです」

「下ネタ止めて!! まだその気はないしそもそも僕はケダモノじゃないんだぁ!!」

「ごー、あーすー」

「話を聞いてええええええーーーー!!」

 相変わらずだった。取り敢えず中空から落とす。地面に。

 絶叫して墜落していくジャック。だが、空中で身を翻し華麗な着地を披露した。

「……なんで僕無事なんだ……」

 自分でもよくわからないが、無事だった。

 どうやらジャックを使ってサンタクロースは喚く民衆の注目を集める気だったようで。

 慌てて隠れて、サンタクロースは大声を張り上げる。

 

「皆さーん!! ちょっといいですかー!!」

 

 呼び掛けに応じる民衆。白いナイトメアだ、と誰かが叫ぶ。

 希望が来たぞと皆がざわめき、視線が集まった。

 サンタクロースは民衆たちが口々に勝手なことを言うのを聞く。

 総合すると取り引きしたいと言う申し出。

「今回は忙しいので、取り引きは出来ませんが、出血大サービスです! 気分がいいので、そこのプレハブに幽閉された人殺しをあたしが身請けしておきますよー! 何か異議はありますかー!?」

 要するに隔離されたアリスを自発的に回収すると言うと大喜び。

 ありがとう白いナイトメアと礼を叫んでいた。

(……それが本音だって言うのか……!?)

(吐き気がしますね~……)

 地上ではジャックが、空ではかぐや姫が嫌悪感を丸出しにして睨む。

 民衆たちは白いナイトメアこそが我々の救世主だと崇めているように、今はそれでいいと言っている。

「取り引きは次回にして下さいな! ただ、あたしからも皆さんにお伝えしたいことがありますー!」

 今回は急ぎなので済まないと言いつつ、民衆は望みが叶うので暴動に発展しない。

 目の前の欲望が叶っていて、満足しているからだった。

 サンタクロースの言葉にも突然静粛になり、耳を傾ける。

 現金すぎる連中だが、今はいい。こう言っておけば。

 

「ここで、黎明の血式少女をぶちのめしてそこの幽閉された人殺しを回収がてら暴れるので避難してください! 巻き添えで死にますよー!」

 

 と、避難勧告。邪魔だから退けと指示する。

 すると、尚更お望みの展開なのか皆一堂に撤退していく。

 駆け足だった。我々の敵に正義の鉄槌を、と頼まれる。

 酷い有り様。これが、地上の人間の生き方。

 これでも尚、守るとか張り切るとは……哀れ以外に何がある?

 退いていく民衆が消える頃に、何処からか激昂した赤ずきんが現れた。

 ニコニコ笑うサンタクロースを見上げて吠えた。

「サンタクロースッ!! 一体何のつもりよ!?」

「喧しいですよ、人間の奴隷風情が。正しいことをして、仲間を守った彼女を閉じ込めて主様のご機嫌を窺っているなんて、奴隷は大変ですねえ? 可哀想に、ひゃははははははっ!!」

 手を叩いて大爆笑。指差し、愉快なものを見るように挑発する。

「何をッ……!! あたしたちの気持ちも立場も知らないで!!」

「選んだのは自分でしょ? ならそんな言い訳しないで、素直に受け取りなさい。何が立場ですか、バカが。自滅の同伴を分かっていたのに、不協和音が出れば排除ですか。大した仲間意識ですね、クズ」

 腹を抱えて爆笑するナイトメアに、赤ずきんは短気だったが今回は真面目にキレた。

 人のことも知らない化け物が、血式少女を笑った。

 彼女をどうするか話し合っていたのに乱入してきて民衆を味方につけ、挙げ句アリスを奪うと?

「ふざけんな!! 勝手なことを言いやがって! もう許さない、ぶっ殺してやるクソナイトメアァッ!!」

 得物のハサミを取り出して、跳躍。

 浮遊するサンタクロース目掛けて振り上げる。

 血式少女の集団のうち、ナイトメアをぶっ殺すと言う思考を固まっているのは赤ずきん。

 基本的に敵を殺すと言う認識に固まるから、直ぐに勝てない相手にも挑もうとする。

 浮かんでいたサンタクロースが、四本の鎖をニヤニヤ笑って構えている。

「さぁ、始めましょうか……季節外れの、楽しいクリスマスパーティーをねぇ!!」

 今回は、サンタクロースもアリスの救出は譲れない。

 そして、自分の未練も断ち切れた。やっぱり無理だ。

 コイツらも血式少女を幸福にはできない。出来るのは、自分だけ。

 人間などクズの集団。利用する以外に価値はない。

 それを守るなど抜かして正しきアリスを、本当の意味で見捨てる輩は、お灸を据えておこう。

 素直になったアリス、選んだジャックの事が嬉しくてたまらない。

 今は最高にハッピーな気分なのだ。派手に暴れてやろう。

 

「メリークリスマスっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乱闘騒ぎの始まりである。

 赤ずきんを鎖の凪ぎ払いで横に吹っ飛ばして、叩きつける。

 体勢を空中で立て直して着地するも、眼前には拳大の雹が埋め尽くす。

「ひゃっはー!! メリークリスマスっ!! 精々悪い子にはハラワタのプレゼントを堪能なさい!!」

 バカ笑いして、どかどかとぶちこむサンタクロース。

 防御を気にしない氷の弾丸が、赤ずきんをあっという間に傷つける。

 血を流す赤ずきんは防戦一方。下品な笑いが木霊する。

 その間に、ジャックは走る。プレハブに閉じ込められた大事な彼女を救うべく。

 表で派手にメリークリスマスと狂喜乱舞のサンタクロースに血式少女が陽動と知らずに突っ込んでいく。

 仲間と戦うサンタクロース。皆はあんな光景を見てよくもまあ戦意が出てくる。

 選んでみると、信じられない心理をしていると、ジャックも思ってしまう。

(あの人意外と作戦考えてた……ノリと勢いと思ってたのに……)

 不死身のサンタクロースなら囮には持ってこい。しかも強い。

 ジャックに美味しい部分を譲ると言う意味でも、最高の采配。

 単なるノリかと思っていたジャックは申し訳ない気分になった。

 ジャックは知らない。事実はノリと勢い。喜びの発狂だった。

 尊い幼馴染が素直になってずっと一緒。こりゃめでたい。

 ウィッチクラフトの祝福も滅多にしないのにイチャイチャが見れて幸福になったサンタクロースは自重しない。

 詰まりこの戦いは、変態の自己満足なのである。深い意味などない。

 悪い子の血式少女にキツいお仕置きをしつつ、笑いが止まらない。

 シリアス? 残念、シリアルでした!

「ジャック!? あんた、何してるのよ!?」

 途中、うっかりジャックは親指姫と出会した。

 サンタクロースが仕掛けてきたから手伝えと言われるも、

「邪魔をしないで親指姫!!」

「ジャックあんた、裏切る気!?」

 ジャックは押し通す。己の意思を。己の覚悟を。

 一気に祝福を解き放つ。ジャックが、サンタクロースから貰ったプレゼント。

 髪の毛が銀色に、瞳は綺麗な桜色に。

 薄紅の炎が両手にまるで、植物の蔦のように巻き付いて燃え上がる。

 ……その姿は。

「ジャック……!? な、何でブラッドスケルターになってるの!?」

 アリスと同じ、ブラッドスケルター。意識がしっかりと保ったまま、彼も覚醒していた。

「これが、僕の覚悟だッ!! 後ろで庇うだけの、援護するだけの無力で弱い僕はいない!」

「……ッ! ちょっと力を手に入れたからって、調子に乗るんじゃないわよこのバカがッ!!」

 カードを構える親指姫。魔術で焼くのか。本気で止めようとする。

 怒りを浮かべる幼い顔。分かりやすい裏切りへの失望だった。

「今まで見ていただけのあんたに、何が出来んのよ!」

「見ていたからこそ、分かるんだ……その弱点もね!」

 カードが焔になる前に、纏った蔦を素早く放つ。

 この力は……こうやって使う。直感が、親指姫の反応をも越える。

「!?」

 槍のように一点を絞った一撃はカードを貫き灰にする。

 そして豪快にジャックはそのままタックルをかました。

「かはっ!?」

 親指姫は軽々と吹き飛び喀血。

 破壊力のある本来の男としてのジャックの力強さを思い知った。

 無様に転がり、よろよろと理解できない彼女は混乱していた。

「魔術に頼りきりの親指姫はね、接近されると迂闊に火力の高い術は使えない。自滅が怖くて一瞬使う術を判断に迷う。だから、遅れるんだ。大体、反応速度を白兵戦に置いては重要なファクターだって、理解してないじゃないか。皆が居るから、援護に専念できた。それを分かってないのは親指姫、君の方だ」

「このっ……裏切り者……!!」

 親指姫は援護を中心にする魔術師。

 それを、ブラッドスケルターの能力と同等の祝福を受けたジャック一人で挑む……その時点で敗北は決まった。

 己の特色を経験で知るだろうに、ジャックの能力を把握する前に戦おうとするから。

 情報を知る、ジャックが有利だった。

 憎しみを込めて、睨み付ける親指姫。

 一応慈悲に、鮮血を浴びせておく。暴走されたらアリスが危険。

「何よ……情けのつもり!? なんで……なんで裏切ったのよ、バカ!」

「……失望しただけだ。人間と言う存在に。……どうせ、アリスを追い出すんだろう?」

「!」

 話し合いにはジャックは居なかった。

 だが、親指姫は知っている。

 民衆たちの空気が全体的に強かった。

 人を殺した時点で手遅れ。アリスを遠ざけよう、あるいはサンタクロースに押し付けよう。

 そういう言葉を選ばないなら率直にそうなったのは、事実だった。

 自分達の立場と、アリスを天秤にかけて保身的になった。そうしないと、生きていけないから。

「……でも、それは!」

「アリスが悪いって言うのか? 彼女のやったことは、地上では正しい対処だった。僕だってもう、分かるよ。……それでも、人間と一緒にいると決めたのは皆だ。アリスを苦しめるなら、僕は出ていくよ。選んだんだ、僕の意思で」

「……あぁ、そう! あんたはそんなにアリスが大事ってこと! じゃあ行きなさいよ、勝手にどこにでも!!」

 理屈じゃジャックが正しい。

 けれど、こっちの感情だって分かってくれる。

 そんな淡い希望は失望の目をしたジャックによって打ち砕かされる。

 本意じゃないのは知っての上で、苦渋の決断と知っていて敢えて自分から出ていくのか。

 此方が悪かったとしても……あの穏健なジャックが暴力で訴えた。

 それ程に我慢の限界だったのか。

 なら、いい。行け。分かっている。その感情を。

 親指姫は、怒鳴った。

「行きなさいよ! 自分で選んだ道なら! わたしたちは道を違えた、だったらこれも必然よ! 気にしないで、進みなさい! ほら、速く!!」

 ……それでいい。親指姫も理解している。

 これ以上は此方も多分無理だ。近々自分等も追い出されると思う。

 嫌われていると分かっているんだから、ジャックのように堂々と出ていくのも……正解。

 裏切りと言ったことは謝罪する。これも、運命だと思おう。

「ありがとう、親指姫……そして、さようなら」

 言葉は悪かったが、乱暴だったが、伝わった。真意を見てくれた。

 倒れた横をすり抜けて走り去る。

 仲間と戦う程の腹を括ったか。力なく再び倒れる親指姫は、思う。

(あいつ、男らしい顔しちゃってさ。あんな壮絶な表情、初めて見たわ……。頑張んなさいよ、ジャック。あんたみたいな良い奴、苦労すると思うけどサンタクロースってナイトメアなら助けてくれると思うから……。この地獄でも自立しなさい。そして、その未来に、幸あれ)

 応援しよう。アリスのためにこんなことを仕出かしたのなら。

 気を失う親指姫。彼女はやはり長女だった。

 誤解なく、ジャックの行動を……受け入れられたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 しゃんしゃんしゃんしゃん……。



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