天使と不死身の殺され愛 (放仮ごdz)
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七星霧依という女
過去作「東方ウィザード」などでお馴染みキリエとロードで恋愛を書いてみたお話。
現実は小説より奇なりと言うが、少なくとも小説には夢がある。現実ではないから、抱いた幻想は決して壊れない。理解不能の展開だろうと、あとから説明されるから、訳が分からず悩み続けることはない。本人さえ理解できてないややこしい女なんて、小説のヒロインだけで十分だ。だが少なくとも。
「おはよう。そして死ねえ!」
出会いがしらに鋼鉄バットで撲殺してくる女を俺はヒロインとは認めない。
「…痛いだけなんだが」
「これでも無理か。どうやったら死んでくれるのよ道也君」
側頭部への激痛と共にへし折れた首を両手で掴んで元の位置に戻しながら睨み付けると、血に濡れた鋼鉄バットを片手でぶらぶら揺らしている美少女は不服そうに頬を膨らませる。一見可愛いが言動で台無しなんだよなあ…。
そう、この一つ年上の先輩は美少女だ。綺麗な紫がかった銀髪をグラボブレイヤーとかいうもみあげ部分を流したショートカットなんていうあまり見ない髪型にした、学校指定のブレザーを身に着けて胸元に銀細工の十字架のネックレスを下げた端整な顔立ちの、俺より少し背が低いが女性の中では高身長と言ってもいい少女は、鋼鉄バットをもう一度振りかぶると今度は正面から殴りつけてきた。無駄に綺麗なスイングで叩き込まれたバットを右腕で受け止め、折れた右腕を押さえて治しながら溜め息を吐く。本当に痛いだけなんだから、勘弁してくれ。
「生憎、寿命が来るまでは無理だな。いい加減諦めてくれ七星先輩」
「ちっ。不死身だなんて本当に卑怯な怪物ね?」
「好きでこんなんじゃない。生まれつきだ」
「この世に生を受けたことを後悔するがいいわ!」
「とっくに後悔しているよ、アンタみたいなのに目を付けられたんだからな」
血塗れの顔をハンカチで拭いながらいつもの様に返すと、あからさまに舌打ちしたあと憎悪に満ちた黒い笑みを浮かべるこの世のものとは思えない絶世の美少女。実際この世の理から外れた人らしい。
――――
「それはそうと急ぐわよ。死ななかった以上、遅刻したら許さないんだから」
「どの口が言うんだ先輩…」
そう言って血を拭ったバットを鞄に仕舞って学校への道をスタスタ早歩きで歩いて行く生徒会長に追従する。…人通りの少ない場所でだけ襲ってくるのはいいことなのか悪いことなのか。入学早々体育館裏に呼び出されたりしたし悪いことだな、うん。
やることをやったら即座に生徒会長の言動になる公私混同しない裏表の激しい人で、糞真面目で嫌いなものは嫌いと言える、なら聞こえはいいが真面目すぎて融通が利かず、頑固で思い込みが激しい。どっかのラノベのヒロインみたいな女だが絶対死んでも認めねえ。
で、そんなのに目を付けられた俺は小さい頃から骨折ぐらいの怪我なら数秒で治ってしまうというよくわからん体質で…普通なら即死するような重傷を負っても治ってしまう、つまり不死身…らしい。ここまで死なないとは、入学早々この人に呼び出されて不意打ちで脳天かち割られるまで知らなかった。知らない方が幸せだったかもしれない。何度も殺されて蘇生する羽目になってるのだから。
それからずっと目を付けられてて勝手に行動を共にされている一ヶ月。どうも家が遠いってのにわざわざ遠回りしてまで俺のアパートまで迎えに来るんだからたまったもんじゃない。変に騒がれるぐらいなら、としぶしぶ毎朝登校を共にしているが…見張っているつもりなんだろうか。
「あー、先輩?俺、そこの銀行で今日の学食代を引き出してくるから先に向かって―――」
「あらそれは大変ね。私もついていくわ」
「なんでだよ」
「逃げられたら昼に襲えないじゃない」
「あ、はい」
逃げた所でこの先輩なら地獄の底まで追ってきそうだから逃げるつもりは毛頭ないのだが…この女、暇さえあればずっとついてくる。端的に言えば俺のストーカーだ。しかも堂々とついて来ようとする性質の悪いストーカーだ。警察に逃げ込もうものなら俺の頭を疑われるだけだろう。自分を殺した相手から逃げてます、なんて誰が信じるというのか。
満面の笑みを俺に向けながらぴったり横についてくる先輩を連れてこの町で一番デカい銀行に入る。周りがざわついてるがこの先輩、美少女だから目立つんだよな…さっさと引き出してとっとと出よう。そう考えながら前に視線を向けると、そこにはあっけらかんとしているなんか縛られた老若男女さまざまな人達と、目だし帽を被ったあからさまに強盗な三人の男達がそこにいた。
「「「………」」」
「………お邪魔しました」
「ちょっと待てや兄ちゃん。自動ドアに貼って置いた「本日休業」の紙は見えんかったのかなあ~?!」
入り口に近いところに突っ立っていた小男に銃を向けられ、すごまれたので見てみると確かになんか紙が貼ってあった。シャッター閉めたら逆に不自然だからあんなもんですまそうとしてたとか馬鹿なのかな?せめて鍵は閉めとけ、そしてそれに気付かない俺も馬鹿。俺に(悪い意味で)夢中で気付きもしない先輩もホント馬鹿。とりあえず何とか逃げようそうしよう。
「いやー、ちょっと考え事してまして。邪魔ならさっさと出るんで。警察に連絡なんかしないし、なんならこの女置いていきますんで」
「いい度胸ね道也君」
「彼女置いてくとか男の風上にも置けねえなああん?!おめえも人質の仲間入りだよオラァ!」
まあただ死なないだけの高校一年生な俺にはどうすることもできず。先輩も何も抵抗することなく鋼鉄バットを没収され、手足を縛られて転がされる。こんなときまで優等生モードを保たなくてもいいと思うんですがねえ?本性出したらなんとかできただろう、先輩…
「なんか失礼なことを考えているみたいだけど。さすがの私も拳銃持ちの大の男三人を相手に誰も犠牲にしないで助けるとか無理よ。人を救うのが天使なのに、悪人倒すために無垢の人々を危険に晒しちゃ駄目でしょ?」
「さいですか」
そういやこの人、自称天使だったな。めんどくせえ…。でもこんなお粗末な銀行強盗、窓をカーテンで覆っていようが外から異変を察知した誰かが通報しているはずだ。それまでこの男たちをできるだけ刺激せずにやり過ごせば助かる筈だ。だが忘れていた、この女は糞真面目だということに。
「そもそもねえ。私達を簡単に入れてしまうぐらいちんたらしていてお粗末な強盗を企てて実行に移すなんてなんて馬鹿なのよ。警察が来ることもわからないのかしら」
「なんだとアマァ!」
縛られているってのにこの女は真っ向から強盗共に蔑んだ視線を向けた。銃を向けられようと決して怯まない。自分が時間を稼いで囮になろうとしているのか、万が一にも他の人間に手出しさせないために。何か考えがあるんだろうな。理不尽ではあるが、その正義感だけは本物、か。…その正義に否定され続ける俺ってなんなんだろうな。
「浅はかで無知な人間をどうして神はこの世にお生みになさったのかしら。悪人なんて愚かなだけで何の役にも立たないじゃない」
「言わせておけばぁあああ!そんなに神が好きなら神の元に送ってやるよお!」
「っ…!」
激高した男が銃の引き金に手を掛ける。その瞬間、初めて少女の顔に焦りが見えて、その時察してしまう。この女、無策で挑発していたのだと。考えるより先に体が動いていた。そりゃそうだ、この人は自分が天使の生まれ変わりだと思い込んでいるただの人間で、そして・・・
「させるか!」
「まとめて地獄に送ってやるよお!」
少女を庇うように前に飛び出すと同時に、引き金が引かれた。目前に迫る弾丸に、ゆっくりとなった世界の中で死の恐怖が襲う。生き返るとしても、死ぬのは、怖い。それでも、それでもだ。そうだ、こんな俺を殺そうとする女でも……不覚にも、俺の初恋だった女の子なんだ。絶対に殺させない!
あ、死んだ――――――
そう思って目をつぶって数秒。俺は、生きている。死んでもいない。あまりの痛みについに昇天したのか?と目を開ける。そこには、白い羽毛が目の前一杯に広がっていた。
「なにやってんのよ、馬鹿」
「な、な、ななななな……!?」
倒れ込んだ俺を抱える細腕に、見上げてみると息をのむ。絶世の美少女の呆れた顔がそこにはあった。ドアップは心臓に悪いぞ。バサッという音とともに羽毛の壁が取り除かれると、そこには銃を構えたまま驚きで固まっている小男。他の男二人も、唖然としてこちらに視線を向けている。見れば人質たちも同様だ。撃たれても死なない俺…じゃなくて、後ろ…?
「なに勝手に死のうとしているの、許さないわよ」
「はあ?アンタは俺を殺したいんだろう?なら、放っておけば…」
「馬鹿ね。私が貴方を殺したいの。だって愛してしまったんだもの。責任とって殺さなきゃ、神様に顔向けできないわ」
「何を言って…」
見れば、羽毛の壁は七星先輩の背中と繋がっていて。それは、まるで天使の様な白い翼だった。いや、まるでじゃない。本当に、天使…?七星先輩は何時になく目をギラギラさせながら恍惚の表情を浮かべて俺を抱きしめてきた。なにがなんだかわからないんだが!?
「この姿を見られちゃったならしょうがないか。輪廻転生って知ってる?私とあなたは以前、愛し合っていたの。なのに貴方は異形の者だということを隠していて…私、許せなくて殺したの。でも貴方以外を愛せなくて、でもその繰り返しで。やっと、やっと人間として再会できたと思ったら今度は前世の体質引き継いでいるんだもの。だから私が責任を持って殺すの。だって愛してるんだから」
そう言いながら翼を広げ、強盗達を吹き飛ばすと簡単にノックダウンしてしまう。でたらめすぎる…さらに羽が舞い、それが強盗達や人質達の頭に触れると消えて眠りについた。慌てる俺に、安心させるように一指し指を立てて笑う少女。確かにその姿は、天使の様だった。
「彼等から私達の記憶は消したわ。あとは警察に任せましょう。遅刻してしまうからさっさと学校に行こう?」
「…七星、先輩。アンタは…一体…」
「学校以外ならキリエでいいわよ。私は貴方を私以外の手で殺させない。これからも殺し続けるから覚悟しなさい、
「ええ……」
どうやらこの女は非日常な存在で俺のヒロインらしいが、それでも俺はこの女をヒロインとは認めない。
・七星霧依/キリエル・セブンスター
容姿端麗の完璧超人で模範的な、道也の通う高校の生徒会長。高校二年生で17歳。趣味はピアノと野球とチェーンソーアート。
その正体は仕える神様の願いを勝手に自己解釈して自分の使命にして暴走した結果追放された挙句、罰として永遠に不老人間として生き続ける堕天使。不死ではないが死んでも同じ容姿、同じ人格で生れ落ちる拷問に近い罰だがそれでも神は分かってくれると信じ続ける狂信者だが、あまりにも長い時間を人間社会で生き続けたため精神を病んでいる。
ある時、心の拠り所にして愛した少年があろうことか自分が消すべし(と思い込んでいる)異形の者だと発覚して思わず殺してしまい輪廻転生する度に人間かどうか確認して殺し続けているサイコパス。
正義を愛し、悪を憎む勧善懲悪の心の持ち主だが、その「悪」は異形という人間ではない存在も含まれ、人々の間で語られるなどして表に出て来た「異形」は全て駆逐して歴史の闇に葬った。天使としての力はないが、記憶操作のために翼だけ出せる。
・八坂道也
入学早々キリエに一目惚れし校舎裏に呼び出されて期待して向かったら殺されて不死身な体質が発覚してそれから付け狙われる可哀そうな高校一年生。前世は人に化けて交流していた蛇神の化身。蛇は「再生、永遠」を示すため、不死身だと言わんばかりの超再生能力を持つ。例え頭蓋骨を粉砕されてもすぐ復活する。死んだらすごく痛いためできれば死にたくない。苗字の八坂は某守矢神が由来。
純愛ですね(にっこり)。ねずみ年を迎えるのに天敵の蛇の話を書いてるとか馬鹿なのかな。感想をいただけると嬉しいです。ではよいお年を。
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とある休日の話
バイオレンスな前回と違ってギャグ大目でわりと正統派なラブコメ回となってます。うちのキリエは可愛いのだと、全力で叫びたい。楽しんでいただけたら幸いです。
目を覚ます。そこには、正直見たくもないが美少女でつい顔を赤らめてしまう女が、青空をバックに興味深そうに見下ろしていた。
「おはよう道也君。って死んでるからもう生意気な口も開けないかしら?」
「…あーおはよう七星センパイ。朝からなんて不幸なんだと思ってたが、アンタの仕業だよなあそりゃあ」
休日に、あの厄介な女がいないからと朝早く一人で外出したら建設現場から降ってきた鉄骨の山の下敷きになった俺を見下ろして笑顔でそう言ってきたのは相変わらずの七星霧依。鉄の布団に俯せに押し潰されて伸びていた俺をにやにやと見下ろしているその姿は実にうざい。…だがこの女、天然なのか結構隙だらけだ。
「休日までストーカーとは生徒会長さまが聞いて呆れるなセンパイ?」
「あの手この手で殺す方法を考えないといけない私の身にもなってほしいわ後輩君?」
「そんなの知りたくもないが、アンタのパンツが白ってのは分かるぞ。丸見えだ」
「っっ!?バカ!変態!!」
「ぎゃっ」
指摘すると黒のパーカーと紫色のスカートという私服姿で踏ん反り返っていたその顔がみるみる赤く染まり、頭を踏みつけてきて俺はコンクリートとキスした。…普通に痛いんだが、今のは俺が悪いのか?
「なんでもいいが早くこれをなんとかしてくれないか。死ねないから苦しいんだ」
「…ふう。まあ永遠に苦しめるのも人としてどうかと思うし、死ね」
「痛い。アンタ元天使だろ…」
今度は執拗にゲシッゲシッと顔を蹴られた。ふざけんな。いいからどけろと恨みがましく睨み付けると、観念したように背中からでかい翼を出して鉄骨の山をどかしてくれる七星センパイ。…あれから三日たったがこの非常識な光景にいまだに慣れない。でも俺が全力込めてもうんともすんとも言わなかった鉄骨をどかしたパワーは信じざるを得ない。そしてここが街のど真ん中で周りに人々が歩いていて人通りの多いここなら襲ってこないだろと安心していたついさっきまでの自分を思い出して尋ねてみた。
「…そういえば、人が事故にあってんのに何でみんな知らんぷりで歩いて行くんだ?」
「だって翼の事を知られて初めての休日なんですもの。もう隠す必要も無かったから最大限に活用しようかと、人払いの陣をかけたわ。私の羽はね、けっこうなんにでも使えるのよ。簡単に今の状態を説明すると、私と貴方がド●えもんの石ころ帽子を被っている状態だと考えればいいわ」
「……アンタが自分の翼のことを隠そうとしていたからこれまでの休日は割かし大人しめだったと」
「そうよ」
「あんなに自分が天使だって自信満々に言ってたのに?」
「…敵を騙すにはまず味方からって言うじゃない?」
「それ意味が違う上に使う場所間違えてるぞ。アンタ馬鹿だろ」
「これでも全校生徒の憧れの学年トップの秀才ですぅ!」
「うるせえロリBBAの転生チートが」
「私は永遠の17歳よ!BBAなんてひどいじゃない!ロリでもないし!」
単に反目するつもりがしょうもない言い合いになってしまった。この人頭はいいんだろうけど倫理観が抜けてるし、糞真面目だし、凶暴だし、外道だし、下種だし、天然だし、自分勝手だし、ナルシストだし、自己顕示欲高いし、一周回って馬鹿だ。残念な美少女、ヒロイン(笑)ってのはこの人のことを言うんだろう。
「…ふん!まあいいわ。それで、今日は何しに行くのよ?」
「なに普通について来ようとしてるんだ。今日はついてこないでくれ、幼馴染のところに薬をもらいにいくんだからな」
「は?持病でもあるの?そんな情報はないんだけど」
メモ帳を取り出して捲りつつにらめっこしながらそう言ってくる。…というか俺の情報集めてたのか、こわっ。
「幼馴染って言うと…
「そこまで知っているのか」
「全校生徒の事を把握しているのは生徒会長として当然のことよ」
「…前世?の俺のことを覚えているといい、無駄に記憶力はいいのな」
「何千年も生きているから当然よ」
ふんすっ、と自慢げに鼻を鳴らして無い胸を張る七星先輩を横目で見ながら少し考えてしまう。無駄に記憶力がいいから、悲しみとかも覚えてしまってるってことか。そりゃこの人がこんな狂ってしまっていてもしょうがない。咎めることはできない、するとしたらこんな過酷な罰を与えたという神にだろう。神を恨むことも出来ないぐらい真面目だったから、俺に矛先が向いてしまったと。どうすりゃいいんだ一体。
「それで、歩いて行くのかしら?隣の県に住んでるらしいけど」
「そんなことしてたら日が暮れるぞ。駅から電車で行くんだよ」
「そりゃそうよね。えっと、メモによると貴方も以前は隣の県に住んでいたけど小学五年生の時に引っ越して離れ離れになり、高校で再会した幼馴染と。…ふーん、まるでギャルゲの主人公の様な運命の再会ね」
気に入らないのかあからさまに不機嫌になった先輩が八つ当たりで俺を殺して来ないうちに矛先を変えるべく気になったことを尋ねる。
「なんでギャルゲなんか知ってるんだ…?」
「だって貴方がいなかった時間は基本的に暇なんだもの。ゲームは大体やりこんだわよ」
「…まさか才色兼備の完璧生徒会長さまがゲーマーとはな」
「あ、あとでFG0(fight/grotesque zero)のガチャ回してくれない?私の引きたい欲だと星5逆に来てくれないみたいで…」
「しかも廃課金か!」
駄目だこの生徒会長、早くどうにかしないと。
「いきなさいワーウルフ!ツクスカリバー!…っと。そういえばさ、道也君」
「なんだ。電車の中でも恥ずかしげなくゲームの単語を叫んでいる自称完璧生徒会長」
「貴方にしか聞こえない声量で言ってるから問題ないわ。それよりさ」
電車で揺られること五分。結局ついてきて、混んでいる土曜日だというのに持ち前の笑顔と迫力で二人分の席を取って俺の隣に座りながらスマホでゲームをしていた先輩が思い出したかのように聞いてきた。
「結局、何の薬をもらいにいくの?」
「ああ。よく眠れる薬だ」
「は?」
そんなものをわざわざ?普通の睡眠薬でよくない?と語っている馬鹿を見るような視線を向けてくる先輩に溜め息を吐きつつ答える。
「俺は元々薬が効きにくい体質なんだ。まあ多分この不死身のせいだろうとつい最近知ったが…それが何故か、イトマのくれた薬だとよく眠れてな。一時期ノイローゼで悪夢に苛まれたことがあって、駄目元で相談してみたら彼女の持って来た薬でよく眠れたんだ」
「へえ。…それ、大丈夫な薬なの?」
「医者の娘で子供の頃から仲良くしている、俺なんかのために薬を処方してくれる女の子だぞ?アンタと違って疑う要素がない。死んだようによく眠れるんだ。高校に入ってから誰かさんのせいで夜もろくに眠れないから、高校で再会して駄目元で頼んでみたら処方してくれるんだそうで、毎週もらいに行ってるんだ。今日は二回目だな」
「それは申し訳ないわ。これからももらえるように私も頼もうかしら。いや、ここで息の根を止めるのが鈴鳴さんのためになるかしら?」
「こいつ…!」
心底愉快そうにニヤニヤ笑うので、いらついた俺は彼女のスマホの画面を適当に連打。すると「ああー!?」と痛快な絶叫を上げる七星先輩。負けてしまったのか涙目で、怒ろうにも自分が悪いと分かっているからか真面目なことが災いしてぷるぷる震えながら、ポカポカといつもより力のない拳をぶつけてくる。いつもこれぐらいなら可愛げあるのにな、と心の中で毒づきながら束の間の勝利の味を噛み締める。窓を覗くと、話しているうちにかつて住んでいた町に入ったところだった。…この生徒会長をどう説明したものかな。
「ですからね、あの場面。宝撃を叩き込んでいれば勝っていたのよ。それを貴方が勝手に通常攻撃のコマンドどころか自爆スキルまで使っちゃうから形勢逆転して…」
「わかった、わかったから。あとでそのソシャゲのガチャを引くから、専門用語だらけの恨み言はやめてくれ。ついたぞ」
駅から五分ほど。根に持った先輩の恨みつらみを聞きながら辿り着いたのは、この町一番の大きな病院。イトマの父親はこの院長だ。…我ながらすごい幼馴染を持ったものだと達観してると、春の陽気が温かい門先に見慣れた顔の少女がそこにいた。
「こんにちは道也さん。昨日ぶりですね」
「ああ、イトマ。いつも悪いな」
お嬢様のような紺色のドレスの上にストールを羽織り、青がかった宝石の様な煌めきを持つ黒の長髪をツインテールに纏めた、翡翠色の瞳で幼い顔立ちの少女…幼馴染の鈴鳴愛真は、青い日傘の下でお淑やかに笑っていて。後ろの先輩とは違う正真正銘の美少女だなと、そう思った。
「痛い」
「なんか失礼なことを考えたでしょ」
後ろからはたかれた後頭部を押さえる。そういうところだぞ、七星霧依。
一話の長さは三千字超えたぐらいでちょうどいいのかどうか。他の作品を長めに書いてしまってるのでちょっと実験的なものとしてここで切りました。
そんなわけで新キャラ、鈴鳴愛真ことイトマさん登場です。彼女も過去作のキャラが元のキャラですね。キリエと違って純人間です。変な名前だけど親はきっと真の愛を持つようにって名付けたんや、きっとそうや。ちなみに親の名前は鈴鳴
え、幼馴染という強力なライバルも出てきて普通のラブコメになってるって?あんなタイトルなのに普通のヒロインが出てくるとでも…?
感想と評価などをいただけると嬉しいです。次回もお楽しみに。
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鈴鳴愛真という女
なんでみんな疲れているのに、ゆっくり休むことができないんだろう。眠いのに何で仕事に勤しむのだろう。眠らないとどうなるのかわかってないのかな。私のお母さんは眠らなかったせいで、二度と起きることがなくなったのに。お父さんは苦しみから解放されたんだよ、って言ってたけど。
小さい頃は今より病弱で、たまに体調が良くなる時以外は床に伏せっていた私にとって、眠りとは苦しみから唯一逃れることができる「救い」だった。苦しむぐらいならずっと寝ていたい、そう思っていた。だから、お母さんが眠りについて、私はそれを心から喜んだんだ。私以外の人々にとっても、
だから私は、みんなが救われるにはどうすればいいかを知るために精一杯勉強した。私も医者になるのだとそう言ったらお父さんは喜んで勉学書を与えてくれた。お父さんは外科医術に精を出していたけど、それじゃ駄目だと判断した私は薬学を勉強した。将来の夢が薬剤師になり、小学生になる頃には自信作の薬が完成していた。苦しんでいた動物たちや、病院で出くわした「寝られない」と困っている人たちに試供品として薬を処方し、効果もちゃんと出ていることに満足していたある日。幼馴染だった君に、相談されたんだ。
でも私の力が足りずに君はすぐに目を覚ましてしまって。君は何度も悪夢に魘されて。それまで救えていたのが嘘の様に救えなくて、それから君を眠らせるために研究に没頭して。あれからもう十年経つ。君は優しいからいつも満足してくれるけど、まだ約束を果たせてない。
10歳の時に離れ離れになって、それから五年間も君に薬を処方できないっていう罪悪感に押し潰されそうで。手紙にも何度も綴ったけど、電話で何度も謝ったけど、君は笑って許してくれた。大好きな君が今も苦しんでいるだろうと思うと夜も眠れなくて苦しかったけど、自分に薬を服用することは全部を無責任に投げ出すことだから、できなかった。他の人に処方するのは心配だったから動物たちで試して研究し続けた。いつか、君に再会できると未来に希望を持つことにしたんだ。
そんな時、高校生になる頃に君が隣町の高校に通うってことをお手紙でくれて。お父さんにお願いして無理に入学したけど再会できて、本当に嬉しかった。前みたいに私を頼ってくれて、嬉しくて。でも、五年も研究して改めて処方した自信作は、君には全然効かなくて、でも睡眠不足で苦しんでいる君を救いたかった。
でも安心して。昨晩、お父さんが疲れていたから、君には悪いけどお薬を処方したの。大成功だった。みんな大騒ぎだったけど、お父さんはお母さんと同じように救われたよ。これなら君を救える、そう思うと約束の時間を待つ間、浮足立った。いつもは走れない足も、私の気持ちを表す様に軽くてスキップで向かった。ああ、楽しみだな。君を救えたら世界中のみんなを救えるよ。私がみんなに
安心してね、道也君。
私が責任を持って、
君と世界を救って見せるから。
――――「こんにちは道也さん。昨日ぶりですね」
七星先輩に小突かれた後頭部を押さえながら返事を返すと、嬉しそうに微笑むイトマ。絵になる美しさに見惚れていたら、また小突かれる。…無視しよう。
「いつも助かる、イトマ」
「ううん、私が好きでやっているし、それに約束だから。気にしなくていいよ道也さん。…それよりも、なんで生徒会長が一緒に…?」
「えっと、それはだな…」
「この近辺で猟奇事件があったって聞いてね、個人的に調べにきたの。この駅についたら彼と会って、貴方がここに住んでると聞いてついてきたの」
嘘八百を笑顔で並べる先輩に思わず感心してしまう。猟奇事件ってのは確かここ最近この辺りで起きている、野生ペット問わずに動物が大量に急死しているという事件だ。ニュースによると血塗れとかではなく、眠る様に息を引き取っていて死因が心臓発作というぐらいで原因も不明なんだとか。10年近く前にもこの辺りで同じような猟奇事件が、それも動物だけでなく人間が何人か死んだ事件があったとかで同一犯もしくは愉快犯かと関連性が疑われている、らしい。当時この町に住んでいたが、正直あまり覚えてない。
「…でも、道也君と一緒にいる理由にはなりませんよね?」
「そうね。でも、一緒にいちゃいけない理由もないんじゃない?」
ジト目で睨んでくるイトマに物怖じせず上から目線でマウントを取ろうとする先輩。…なんなのかわからんが、大人げなくないか?
「……まあいいですが。それよりもごめん、道也さん。今ごたごたしていて…今日は薬を渡すだけで」
「どうした、なにかあったのか?」
「今朝、心臓発作でお父さんが倒れたの。無理が祟ったみたいで…」
「…へえ」
「栗人さんが!?」
悲痛の面持ちで告げられた言葉に面食らう。子供の頃、お世話になったイトマの父親…鈴鳴栗人が亡くなった、だって?いきなり告げられたことに真実味が帯びないのはきっと、俺が毎日殺され続けているからってのもあるのだろう。俺を殺している張本人は不謹慎にも興味津々ですって顔をしているが腕を抓って黙らせる。だけどあまりにも衝撃的で…いつも通り笑っているイトマに、申し訳なくなってきた。
「……悪かった。俺のために待っていてくれたのか?」
「うん。約束は守らないと。お父さんもきっと許してくれる、他でもない道也君との約束だもの。道也君も気を付けて帰ってね。その薬があればお父さんみたいに寝不足で倒れることも無くなるはずだから…」
「あ、ああ。大切に使うよ。…また、学校で…いや、通夜でになるのか?」
「そうなる、のかな?そうならないといいんだけど…」
「どういうことだ?」
「ううん、なんでもない。じゃあまたね、道也君」
そう言ってとてとてと上手く走れない足で急いで病院に戻って行くイトマを見送り、俺と先輩は帰路に着いた。
「心配だなイトマ…栗人さんの死、まさかさっき言ってた猟奇事件が関係していたりするのか?悪いウイルスとか?」
「どうだかね。死因は一緒みたいだけど。詳しく調べてみないと分からないけど警察発表では心臓発作で死んだ以外特に原因は分からないってあったし。…ねえ道也君。十年前もこの辺りで似たような事件が起きたのよね?」
「ああ、確かそうだ。最初に死んだのは確か、イトマのペットだったな。無表情で悲しんでたあいつを覚えている。生まれた頃から一緒だった老犬だった。母親、ペットに続いてまた家族を失ったのか…イトマも辛いだろうな」
「…それはどうでしょうね」
「は?」
そう言うなり、ジーッと俺の手に握られたイトマの薬が入れられた袋に視線を向ける先輩。なんだ、何か気になる事でもあるのか?
「…十年前って言えば、まだ貴方がこの辺りにいた頃よね?正確には五年前越したんだっけ」
「そうだな。事件がぴたりと止んだのは、俺がイトマに薬をもらった時期だな、確か」
「なるほどね。大体分かったわ」
「なにがだ?」
「なんでもないわ、貴方には関係ないことよ。とりあえずその薬は没収」
「はあ!?」
いつもと違う、真剣な雰囲気で俺から袋を奪い取る先輩に咄嗟に手を出すが、簡単に抑え込められたばかりか極まり肩が外されてしまう。骨折ぐらいならすぐ治る不死身でも再生できない激痛に悶絶しているうちに駆け出して離れていく先輩の、いつも俺から決して離れなかった彼女の異常な行動に思わず疑問の声が出る。
「なんのつもりだ!?嫌がらせか!」
「そうよ。貴方に安息の眠りは与えないわ。苦痛に塗れて永遠の眠りにつくのがお似合いよ!」
「そんな悪趣味にイトマの優しさを巻き込むんじゃねえ!」
無理やり肩をはめ直し、ひらひらと見せびらかす様に袋を振り回しながら逃走する先輩を全速力で追いかける。昼過ぎの人通りが少ないまでもちらほらと人が見える商店街を駆け抜ける。通りがかりのおばちゃんに「あらあらまあまあ」などと優しい目で見られたがそれどころじゃない。
イトマをこれ以上悲しませることなんか、できるわけがない!五年前とはいえこの辺の地理に長けている俺に不利を悟ったのか路地裏に入り込み、常人離れした速力で壁を駆け上がって屋根に乗り出した先輩を、フェンスに引っ掛かって傷だらけになりながらも追いかける。どうせすぐ治る体を気にしている余裕も無かった。
「ああもう、しつこいわね!そんなに心配しなくても、あとからちゃんと貴方にはガチャを引いてもらうから今日は大人しく帰りなさい!」
「お前、おかしいぞ!いつもは俺を殺すために絶対に離れないくせに!薬を毒とすり替えるにしてももう少しばれないようにするだろアンタは!」
「私のことを知って来てくれて嬉しいけど、今はそれが腹立たしいわね!この薬は私が使わせてもらうわ!だって貴方を殺せない寝不足で死にそうなんだもの!」
「嘘付けいつも元気有り余ってる癖に!」
「ぐっ…何で今日に限ってそんな情熱的なのよ!そんなにイトマさんのことが好きなの!?」
逃避行中の問答で言い返せなくなったのか、真っ赤な顔で頓珍漢なことを叫んできた先輩に思わず呆ける。………俺がイトマのことを好き、だって?
「…子供の頃はそりゃあ、気にはなったが…」
「ふん!そうよね、私なんかよりも美人で気が利いて寄り添ってくれるものね!そんなに好きだったらイトマさんの側にいてあげたらいいでしょ!私もさすがに無関係の人間の側で殺そうとは思わないから最良の案じゃないかしら!」
「たしかに気にはなってたがな!」
なんか知らんが、涙目で叫んでる勘違いしているこの女に一言言っておきたい。たしかにあんないい娘はそういないさ。俺の悩みにも真剣に悩んでくれて、五年前は確かに好意を持っていたと思う。だけどな。
「あの日、入学式で出会ったアンタに恋してしまったんだよ!あんないい娘を忘れらせるぐらいの衝撃、一目惚れって奴だ!責任取れ馬鹿野郎ーーー!」
もう疲れてて頭が回らなかったがゆえに出てしまったこの馬鹿な告白に、真っ赤な顔でぐるぐる目を回していた先輩が雨どいに足を引っかからせて頭から落下、コンクリートの道路に叩きつけられたことでこの追跡劇は幕を閉じた。
「っはあ!?や、やろうじゃないし!私に恋するとか当り前だし!いきなり何てこと言い出すのよ道也君は!?ここで殺してやろうか!?いや、今殺す殺してやる!地べたにこすり付けてすり潰してやる!」
「…ほんと、黙ってりゃ美人なんだがな」
上半身だけ持ち上げて混乱してあわあわしている先輩に思わず可愛いなと感想を思い浮かべながら疲れた足で飛び降りようとしてつんのめって頭から先輩の真横に転げ落ちる。その際首の骨が変な方向に折れてしまって軽くホラー映像になってしまったが、周りに誰も人がいない事幸いと先輩に戻してもらった。
「さてと、落ち着いたことだし話してもらえるか?」
「…何をよ」
「とぼけるな。アンタが変な行動をとるってことは、銀行強盗の時みたいな俺の命が誰かに奪われるときぐらいだろ。それでなんでイトマの薬を持っていったのかは知らないが」
「鋭いのかそうじゃないのかどっちかにしなさいよ。…わかったわ、全部話す。蛇みたいにしつこい男ね、まったく。せっかく貴方の知らないところで終わらせようと思ったのに、私の気遣いを無視するんじゃないわよ空気の読めない男ね」
「余計なお世話だ」
呆れ顔の先輩に続きを促すと、立ち上がって服についた汚れを落として整えながら先輩は袋を突き出してきた。
「キリエさんは優しいから順を追って説明します、まずこれだけど。毒薬よ、それも劇薬。貴方を殺してしまうかもしれないほどのね」
「はあ?」
「で、多分猟奇事件の犯人はイトマさん。この薬を作る過程においての実験ってところかしら。父親まで殺したのはなんでか分からないけど。悪意がまるで見えなかったから私もあの光景を見るまで気付けなかったわ」
「ちょ、ちょっと待て。イトマが、殺人?…栗人さんを、殺した?」
「そうね。で、多分貴方は子供の頃に一度殺されてるわ」
さらりと語られた真実に、理解が追い付かない。理解したくない、その言葉に俺の脳裏は真っ白になった。………そういうところだぞ、七星霧依。
なおこのサイコパス、純粋な人間である。
結月ゆかりが元ネタのキリエさんに続いて、イトマは容姿が初音ミク、そして悪ノPさんの楽曲「眠らせ姫からの贈り物」をリスペクト、イメージしたキャラとなります。七つの大罪シリーズが好きです。
不死身の道也を死んだように眠らせる薬って時点でお察しであった。自殺願望持ちの破滅系善意ばら撒きサイコパスヒロイン、イトマさん。彼女とキリエどっちがましなんですかねえ?私にもわからん。
感想と評価などをいただけると嬉しいです。次回もお楽しみに。
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