特異点F ~元・ポンコツ悪魔の人理修復~ (猿野ただすみ)
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それぞれのプロローグ
桂木えり


お前を、ボクの妹として認める



~えり~

 

私は桂木えり。舞島学園高等部に通ってます。特技はお掃除とお料理。成績は、あまり良くはないですが、学園生活は充実してます。

そんな私はある日、街中で声をかけられました。その人は人理がああとか適正がどうとか言ってましたが、ハッキリ言って私にはよく判りません。唯一、魔術という言葉には些か興味を引かれましたが、私は謝ってその場を立ち去りました。

それでその話は終わったと思ってたんですけど、数日後、その人はふたりの男性を連れ立って、家までやって来たんです。

ひとりは、モスグリーンのジャケットに同色のシルクハットを被った、長いチリチリの髪の毛の人。名前はレフ・ライノールさん。

もう一人は色の薄い赤い髪の毛の、フワッとした雰囲気の人。名前はロマニ・アーキマンさん。Dr.ロマンって呼ばれてるみたいなので、ロマンさんって呼ぶことにします。

三人が通されたリビングには、私とお母さま、にーさまがいます。というかにーさま、お客様が来てもゲーム続けてるのは、流石というか何というか…。

 

「すまないが、お嬢さんとだけお話しさせていただきたい」

 

レフさんがお母さまにそう言うと、お母さまはコクリと頷いた。……? 何だかおかしいです。お母さまだったら、私の心配をして必ず何かを言ってくると思うんですけど。もしかして、何かの術でしょーか?

 

「……その話、ボクも同席したいんだが」

 

にーさまも違和感を感じたようです。だって、現実(リアル)には興味がないにーさまが、わざわざそんなことを言ってきたんですから。

 

「いや、すまないが、この話は…」

「えりの能力に関係した話だろ?」

「!!」

 

レフさんの言葉に被せるように言ったにーさまの発言に、三人が動揺するのが判る。というか、私の能力ですか!?

 

「ボクは、えりが特別な力を持ってることを知ってる。お前たちが目をつけたものと同じかどうかは知らんが、何も知らない母さんと違って聞く権利はあると思うんだが?」

「あのー、出来れば私も、にーさまに同席してもらいたいです。……ええと、私、あまり頭が良くないので」

 

私がお願いすると、レフさんがうーんと考え込む。

 

「まあ、いいじゃないか、レフ。これから話すことを口外しないって約束できるんなら」

「む、うむ、そうだな。……君は約束を守れるかね?」

 

ロマンさんのお陰で考えを軟化させたレフさんが、にーさまに尋ねる。

 

「ああ。むしろ、えりよりも口は硬いと思うぞ?」

「な、にーさま、ヒドいです~!」

 

文句を言う私を見て、ロマンさんがアハハと笑ってます。ううー、にーさまのばかぁ…。

 

 

 

 

 

内密の話ということで、私たちはにーさまの部屋に移動しました。ただ、私を勧誘してた人はお母さまに、当たり障りのない事情を話してるみたいです。

もっとも、にーさまに言わせると、

 

「捏造話の間違いだろ」

 

という事みたいですが。

 

「おおー、これはすごいねー」

 

部屋に入ったロマンさんは、中にあるモニターパネルやゲーム機、ゲーム椅子を見て感嘆の声を上げる。

 

「……さて、話してもらおうか。お前たちの目的とやらを!」

 

ゲーム椅子に座り、くるりとこちらを向きながら言うにーさま。無駄にカッコいいです。

 

「私は技術者なので、難しい方向へ話が進んでしまいかねないな。ここはロマニに任せることとしよう」

「な、ヒドいぞレフ!

ハッ! もしかしてこのために、僕を指名したのか!?」

 

どうやらロマンさんは、レフさんに指名されてここへやって来たみたいです。

 

「そう目くじらを立てないでくれ。私は友人である君を、それだけ高く評価しているのだから」

「まったく、ズルいな、レフは」

 

そう呟いたロマンさんは、小さくため息を吐いた後、軽く咳払いをしてこちらに向き直った。

 

「それでは僭越ながら僕、ロマニ・アーキマンから些細を説明させてもらうよ。

まず僕たちは、[人理継続保障機関フィニス・カルデア]からやって来た」

「じんり、けいぞく…?」

 

何だかいきなり、難しい言葉が出てきました。

 

「人理継続は、人類の将来的な存続と言ったところだろう。それを保障、つまりその環境や状況を守る機関が、フィニス・カルデアという組織なんだ」

 

ほえ~、さすがにーさまです。

 

「君、桂木桂馬君だっけ? 素晴らしい理解力だね」

「ふっ。ゲームの中では小難しい名前の組織なんて、ざらにあるからな。これくらいの読解など大したことじゃない!」

 

にーさまはこんな状況でも平常運転ですね。レフさんとロマンさんは呆れてるけど、私は安心します。

 

「ええと、それじゃあ続けるよ?

通称カルデアの目的は桂木君が言ったとおり、人類史の存続。

擬似地球環境モデル・カルデアスと近未来観測レンズ・シバによって、過去の事象から100年先の未来までを推測、人類の火が絶えていないことを証明して保障する。

……と、ここまではいいかい?」

「は、はい、何とか…」

 

要するに、過去のいろんな出来事から未来に起きる可能性を導き出して、100年後も人間は栄えているのかを確定させるって事ですね。

……あれ? でも、物凄いコンピュータでも、可能性を導き出せても証明や確定は無理なんじゃ?

……あ。

 

「どうやらえりも気がついたようだな。流石にポンコツでも、元なんたらだ」

「はい! ……って、ポンコツ言わないでくださいっ!」

 

そりゃあ確かに、私は落ちこぼれでしたけどー。

 

「ちょっといいか。君たちは何に気がついたのかね?」

「ああ。そのカルデアスやシバっていう物は、魔導だか魔術だか魔法だかは知らないが、そういった類いを応用して創られているんだろう?」

 

レフさんの質問に、にーさまが答えた。

 

「へぇ。因みにどうしてそう思ったんだい?」

 

ロマンさんが興味深げに私たちを見る。

 

「ヒントになったのは、リビングでの出来事だ」

「はい。お母さまは私たちをとても大事に思ってくれてます。だからレフさんにあの様に言われても、ちゃんとした説明を受けて納得しなければ、首を縦には振らなかったはずです。

でも、催眠術に必要な行程は見られませんでした。ということは、魔力的な何かを使った術で思考を操作したんじゃないかと思ったんです」

 

ああ、何でしょう。私が専門的な知識で解説する日が来るなんて、思ってもみませんでした!

 

「……なるほど。一般家庭の生まれで魔術に関する知識は無いものの、魔力といったものを経験的に知り得ていたということか。なかなか興味深い話だ」

 

ホントは元々知っていたんですが…。流石にそれは、言わない方がいいのかな? レフさんもそれで納得してるみたいだし。

 

「話を戻すよ。

現所長オルガマリー・アニムスフィア指揮の下、あらゆるシミュレートを行い、カルデアスは確かに100年先の未来まで、人類の火が灯っているのを確認していた。

ところがある日を境に、その灯が急速に減少していったんだ。

早急に調査を開始し究明に努めた結果、2004年の日本のある地方都市に、観測できない特異点が現れたことが判明した。我々はそれが異常の原因と定め、実験段階にあったレイシフトシステム、……まあ、タイムマシンみたいなものだと思ってくれ。その実用運行の開始、及び送り込むための適正者の選定を開始したんだ」

「それに引っかかったのがえりってわけか」

「ああ、そういうことだね」

 

ふえぇ、結構大事になってきました。

 

「魔術師側からは38人、頭数を揃えるために一般枠で10人選ばれることになったんだけど、実はちょっと問題が起きてしまってね。

現在、最後のひとりを捜しているんだけど、ここに来て一般枠のひとりが精神的に参ってしまったんだ。僕が下した診察結果はドクターストップ。

それで最終審査まで残っていた君を、スカウトすることになったんだ。ミッションまでは残り少ないからね」

 

つまり、穴埋め要員って事ですか。そうですよねー、私は何処へ行っても落ちこぼれですよねー…。

 

「えりが一旦弾かれたのは何故だ? 理由によっては、ボクは断固反対する」

 

にーさま…。

 

「えり君は、我々が想定したレイシフト適性の基準を、僅か1%下回っていたんだよ。それでも今回彼女に声をかけたのは、その魔力量とマスター適性の高さが、このまま切り捨てるのには惜しかったからだ」

 

レフさんの説明に、私は少しだけ嬉しくなった。それってつまり、少しは期待されてるって事ですよね?

 

「その1%は、許容できる範囲なのか?」

「そこは安心してもらっていい。元々基準は高めに設定していたのでね。

念には念を、というやつだよ。安全性には問題はない」

「そうか…」

 

そう呟いた後、にーさまは一旦考える仕草をして私に向き直る。

 

「えり、お前はどうしたい? ミッションがどんなものかは知らんが、送り込まれるのは特異点化した場所。最悪、命の危険だってあるはずだ」

 

命の危険。確かに、その通りです。

 

「待ちたまえ。確かに、そこにはどんな危険が待ち構えているか判らない。

しかし、メインで動くのはエリート集団であるAチームだ。えり君が配属されるであろうBチームは、後方支援に当たってもらう予定だよ」

 

レフさんが言うとおりなら、私は比較的安全な場所に配属されるみたいですが、にーさまはそれに納得してないようです。

 

「それはあくまで、前提条件だろ? 不測の事態なんていくらでも起きるものだ。

……最悪の事態を想定して行動するのは、ゲームじゃなくても当たり前のことだと思うが?」

 

にーさま、いつも慎重ですけど、今回はいつにも増してって感じです。それだけ、心配してくれてるって思っても、いいのかな。

 

「それを踏まえてもう一度聞くぞ。えり、お前はどうしたいんだ?」

 

私は少しだけ考えて。

 

「このミッションが失敗したら、人類は滅んでしまうんですよね?

影響が出始めるのって、いつ頃なんでしょーか」

「それは、はっきりとは判らないな。

もしかしたら我々が認知出来ていないだけで、すでに異変が起きている可能性もあるだろう」

 

レフさんの答えは、私が想像した以上に悪いものだった。それなら、私の答えはひとつだけです。

 

「にーさま。私はこの世界が大好きです。にーさまにお母さま、おとーさま。それから学校のみんな。全員私の大切な人たちです。

私は、そんな人たちの未来を守りたい。

だから。私はこの話、お受けしようと思います」

 

ハァ…

 

ひとつ、ため息を吐くにーさま。

 

「お前も、時々ヒロインっぽいこと言うんだよな」

 

半ば諦めたように言うにーさまは、だけどそれとは反対に、満足した表情をしてました。

 

「あの、それでにーさまにお願いがあるんですけど」

「ん? お願い?」

 

私はにーさまの耳元で、そのお願いを囁いた。

 

「……なるほど。まあ、条件次第では構わないが。

後はカルデア側が許可するかどうかだな」

 

まさか、にーさまがすんなりと受け容れてくれるとは思いませんでした。

 

「ふむ。その願いというのは何だね?」

 

尋ねるレフさんに、私よりも早くにーさまが答える。

 

「えりはボクに、一緒に着いてきて欲しいそうだ。

因みにボクは、月に50本の新作ギャルゲーを提供してくれるのなら、着いていくのもやぶさかではない。機種はPFPかPFーβ(ベータ)でたのむ」

「いや、待ちたまえ。流石に当事者以外は…」

「レフ。僕は構わないと思うよ」

「ロマニ!?」

 

ロマンさんの援護に、レフさんが驚きの色を浮かべた。

 

「考えてもみてくれ。一般枠で採用された彼女は、選考の段階で心身共に問題なしとされていたんだよ? 僕だってそう判断した。

だけど実際には精神衰弱を起こして、今では完全に引き籠もってるんだ。

なら、えり君の精神の安定となるなら、桂木君も連れて行くというのも選択肢としてはアリだと思うんだけどね?」

 

ロマンさんのこの意見が決定打となったのかレフさんも折れて、晴れてにーさまも一緒にカルデアへ行くことになりました。

 

 

 

 

 

「……それにしても、この舞島ってところは変わってるよね」

 

緊張を解いたロマンさんが、世間話をするように口を開く。

 

「魔術師は確認されてないのに、一流魔術師並の魔力を持った子が大勢いるんだから」

 

ドキリ!

 

私の、胸の鼓動が跳ね上がる。

 

「特にえり君を除いた六人は、レイシフト適正があったらスカウト間違いなかっただろうね」

 

うう~、それってやっぱり…?

 

「おい、ロマン。それってボクたちに話して大丈夫なのか?」

「いや、良くはない。……ロマニ、口を慎んでくれ」

「ああ、すまない。気をつけるよ」

 

にーさまのお陰で話は切り上げられたけど、もしかしてロマンさん、何か気がついてるんでしょうか?




あらすじにもの書いてありますが、原作【神のみぞ知るセカイ】が2010年(と言われている)の話だったのに対して、年齢設定を変えずに、2015年に原作の出来事があったように変更しています。
つまり、カルデアに勧誘される直前まで、新地獄と天界の事件に関わってたことになります。


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藤丸立香

リアルはクソゲーだ!


~立香~

 

私の名前は藤丸(ふじまる)立香(りつか)。ごく普通の一般女性だよ。

友達と一緒に遊びに行ったり買い物したり、ホントに普通のJK(笑)だ。……学校の成績は、悪くはないかな? 良くも無いけど。

そんな私は今、[人理継続保障機関フィニス・カルデア]と言うとこの施設にいる。何でそんなとこにいるのか、実はよくわかってない。

いや、だって、気がついたらここの廊下で寝てたし。

何でも、霊子ダイブの影響で半覚醒状態で移動して、結果廊下で寝てしまったらしい。よくわかんないけど。

他にも、魔術とか、レイシフトだとか、よくわからない単語を聞きながら、説明会の会場、つまりここまで連れて来てもらった。

付き添ってきてくれたのは、私が目を覚ましたときに、フォウっていうリスっぽい謎の生物と一緒にすぐそばで気にかけて見守っていてくれた、マシュ・キリエライトという少女と、ここで働く技師のレフ・ライノールさんだ。ふたりとも、ちょっと変わってるけど、親切な人たちでホント助かったよ。因みにフォウは、レフ教授が近づいた途端、どこかに行ってしまった。

それで今私は、所長だという女性の説明をその他多くの、……自分が48人目で最後のメンバーらしいので、おそらく47人と、付き添ってきてくれたふたりと一緒に聞いてるわけだけど。

なんだか段々眠くなってきた。こういうのって、聞いてるうちに眠くなってくるんだよねー。あ、あと、霊子ダイブとかいうヤツも関係してるのかも。

……あ、ダメだ。段々瞼が重くなってきて…。

…………。

……。

…。

 

バチイィィン!

 

乾いた音と頬の痛みに、私の意識は覚醒した。私の目の前には所長、確かオルガマリー・アニムスフィアって言ったっけ。その怒った顔があった。これって、もしかしなくても、私のせいだよね?

 

「あなた…!」

 

所長が私に向かって何か言おうとした、その時。

 

「すみませーん! 遅れましたーーっ!!」

 

入り口の扉が開いて、黒髪の女の子が入ってきた。年齢は私と同じくらいかな? 左手には何故か、ほうきを持っている。

 

ぞくりっ

 

背後からの禍々しいオーラにそちらへ向き直れば、そこには顔を真っ赤にして、先程とは比べものにならないほどの怒りの表情を見せる所長。それを見た私は戦慄を憶える。

 

「あなたたち、このミッションをなんだと思っているの!? 事の成否に人類史の未来がかかっているって解ってるの!?

……もういいわ! あなたたちは即刻、この場から出て行きなさい!!」

 

オルガマリー所長は、それはもうお怒りだった。

 

 

 

 

 

「はあ…、オルガマリーさんを怒らせちゃいました」

 

廊下に追い出された私たちは、途方に暮れた。これから何をどうすればいいのやら。

 

「あの、えりさん。さすがに遅刻はいけないと思いますよ?

それに先輩も、最前列であんなに堂々と居眠りしたら、所長でなくても怒ると思います」

 

デスヨネー。

因みにマシュは、私のことを「先輩」と呼ぶ。何でも私は、今まで出会った人たちの中で、もっとも「人間らしい」かららしい。

……あれ? てことは、この子は人間らしくないって事?

 

「えーと、私の顔に何か着いてますか?」

「……あ、ううん。まだ名前、聞いてなかったなぁって思って」

 

ついついその子の顔を見つめていた私は、咄嗟に話を取り繕った。

 

「あっ、確かにそうですね。えーっと、私は桂木えりっていいます。

何でも、一般枠のマスター候補のひとりが精神的に参ってしまわれて、一般枠の補欠として私が選ばれたみたいです」

 

うわー、なんだろう。このぐだぐだ感。とは言っても、私も一般枠の穴埋め要因らしいんだけど。

おっといけない。私も自己紹介しなくちゃ。

 

「私は藤丸立香。48番目のマスター候補で、最後のひとりって事みたい。何だか霊子ダイブってヤツのせいで、記憶があやふやになってるけど」

「わぁ、それは大変ですねー」

 

私の愚痴を、心配そうに聞いてくれるえり。うん、普通に人間らしい子だよね?

 

「あの、先輩。先輩を部屋にご案内しようかと思うのですが…」

 

えっ、私の部屋?

聞くと、マスター候補と呼ばれる人たちには、基本ひとりにつき一部屋提供されるらしい。

どうせ私は、よくわかってもいない作戦から外されたんだ。部屋でゆっくりと心の整理でもしよう。

私はマシュの先導で、部屋に向かうことにした。どうやらえりも、ついて来るみたいだ。

しばらく進んでいくと、一枚の扉の前で立ち止まる。

 

「ここが先輩の個室です。

私はファーストミッションに参加しないといけませんので、これで失礼します」

「うん。ありがとう、マシュ」

 

私がお礼を言うと、マシュはペコリとお辞儀をしてから去っていった。

……さて、ここが私の部屋かぁ。

期待を込めて中に入ると、そこには()()()()先客がいた。

 

 

 

 

 

「き、キミは誰だ!? ここは空き部屋で、僕らのサボり場だぞっ!」

 

ええっ!?

淡い赤毛の頼りなさそうなお兄さんが、なんか訳のわかんないことを仰ってる。

 

「落ち着けロマン。普通に考えれば、最後の候補者がやって来たって事だろ。

あと、ボクはロマンに連れ込まれただけだからな?」

 

手に携帯ゲーム機を持った、寝癖のある黒髪に眼鏡の少年が、極めて冷静なご意見を述べた。アレは確か、PFPの後継機の、PFーβ(ベータ)だっけ。

……で、この人たちは結局誰なの?

 

「あーーっ、にーさま! それにロマンさん!」

 

意外なとこから答えが出た。えりのお兄さんっていうのは、多分黒髪の少年の方だろうな。さっき彼も、赤髪のお兄さんを「ロマン」って呼んでたし。

 

「なんだ、えりも一緒か。と言うことは、やっぱりファーストミッションから外されたな?」

「やっぱりってなんですかー!?」

「遅刻したうえに説明会にほうきを持参するようなヤツを、安心してミッションに参加させる気になると思うのか?」

「ううー…」

 

えりが悔しそうに唸ってる。でも確かに、私もえりの姿を見て疑問に思ったもんなー。

 

「ええっと、えり君。彼女はやっぱり、桂木君が言ったとおり…」

「うぇ!? あ、はい。立香さんは、最後のマスター候補の方です」

「はぁ~、やっぱりそうか~。このサボり場ともオサラバかぁ…」

 

うわぁ、なんかダメそうな人だぁ。

 

「あ、自己紹介がまだだったね。僕はロマニ・アーキマン。ここ、カルデアの医療部門のトップさ。みんなからは、Dr.ロマンって呼ばれてる」

 

ロマンってニックネームだったのか。でも、この、ぽやっとした雰囲気は、確かに[ロマン]って感じだ。

 

「ボクは桂木桂馬。そこにいる桂木えりの兄だ。

えりのたっての希望と、精神的安定に繋がるなら、というロマンの後押しもあって、特例として同伴することになった」

 

特例って…。あ、そうか。えりの前の人って精神的に参っちゃったんだっけ。そりゃあ特例、認めるしかないよね。

 

「……くっ! こんなとこにいる間にも、ギャルゲーは日々、発売されているんだぞっ!

いくら定期的に供給してくれる契約とはいえ、普段ボクが攻略する数から考えれば微々たるものっ!

ウガアァァ! ボクにギャルゲーをやらせろぉ! ギャルゲーはボクの食事なんだ! 空気なんだ! 命なんだーーーっ!!」

 

な、ナニゴト!?

 

「スミマセン。にーさまはゲーム発売日の午前中には、三本はクリアしちゃうほどの極度のギャルゲーマーなんです。

それに6本同時プレイしたり、バグだらけでクリア不可能と言われたゲームをクリアしたり…」

 

何!? その強キャラ!?

……ん? 午前中に三本クリア? もしかしてそれ、前に[クロノスの目覚め]で取り上げてた…。

 

「ひょっとして、桂馬くんがあの[落とし神]?」

「ん? 何だ。ボクのこと知ってるのか?」

「知ってるも何も、前にテレビで…」

 

そんな私の左肩に手を置くえり。振り返ると、えりが首を横に振る。

 

「にーさまはあの番組、見てませんでしたから」

 

えりの呆れたような表情に一旦桂馬くんを見て、私は悟った。おそらくはゲームに熱中していて、番組の存在自体に気がつかなかったんだろうと。

その後、気を取り直した私は自己紹介を済ませた。

 

「ところで藤丸君もここにいるって事は、同じく追い出された口かい?」

「ええ、まあ…。

あと、私のことは名前で呼んでください。苗字だと、男の子みたいなんで」

 

周りが大人ばかりならそんなに気になんないけど、同年代の子がいると、やっぱりちょっとね…。

 

「りょーかい。それで追い出されたって事は、説明はほとんど聞いてないんだろう?

よければ、僕が説明してあげるよ?」

「えっ、いいんですか? ありがとうございます、Dr.ロマン」

「どういたしまして。あと、敬語じゃなくていいからね」

 

Dr.ロマンは、優しく親切で、人当たりがいい人だ。……さっきはダメそうな人とか思ってごめんなさい!

 

 

 

 

 

Dr.ロマンの説明で判ったこと。それはカルデアっていう組織は、シバって機械で未来を観測して、100年先までの人類存続を保障する機関だっていうこと。

ところが少し前から、シバで観測できない特異点というものが現れたらしい。その原因を調査するために集められたのが、38人のマスター適性を持った魔術師たちと、私やえりみたいな、適性を持った10人の一般人候補者だということだ。

 

「私、そんな特別な能力(ちから)があったんだ…。今まで、どこにでもいる普通の女の子だと思ってたのに」

「『普通の女の子』か…」

 

あれ? 一瞬、桂馬くんが寂しそうな顔をしたような?

 

「……にーさま。今、ちひろさんの事を思い出しませんでしたか?」

「さあな」

 

ちひろ? 誰だろう。

 

「ん? ちひろって誰だい?」

 

Dr.ロマンも同じ疑問を浮かべたみたいだ。それに答えたのはえり。

 

「ちひろさんは私とにーさまのクラスメイトで、にーさまの恋人です」

「へー、そうなん…」

 

私は頷きかけて。

 

「「ええーーーっ!?」」

 

Dr.ロマンと声をハモらせ驚いた。

 

「か、桂木君って、彼女いたの!? 言っちゃあなんだけど、キミってキモオタ系だから、てっきりぼっちだとばっかり…」

 

ヒドっ! ……いや、確かに私も思ったけどっ!

 

「ボクだって、リアル女子と恋愛するなんて思わなかったさ」

 

えーっと、そういう意味で言ったわけじゃないんだけどね?

そんな私たちの会話の最中に、アラームの様な音が鳴り響く。それはDr.ロマンの腕に取り付けられた機械から。

その機械をポチッと押すと、空間上にモニターの様なものが浮かび、先程会ったレフ教授が映し出される。

す、凄い。まるでSFみたい。

 

『ロマニ、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか?

Aチームの状態は万全だが、Bチーム以下に若干の変調がみられる。不安からくるものだろう』

「やあレフ、判った。麻酔でも打ちに行くよ」

『今、医務室だろう? そこからなら2分で着けるはずだ』

 

そして通信が切れる。……えーと。

 

「あのー、ここ、立香さんの部屋ですよね?」

「ここからだと5分はかかるんじゃないか?」

 

桂木兄妹のツッコミに、Dr.ロマンの顔が引きつる。

 

「ま、まあ、Aチームは問題ないみたいだし、少しくらいの遅刻は許されるよね?」

 

……再び訂正。この人はダメそうなんじゃない。ダメな人だった。

 

「さて、と。話に付き合ってくれてありがとう、立香君。今度落ち着いたときにでも医務室に来てくれ。その時には美味しいケーキでもご馳走するよ」

 

わぁ、Dr.ロマンはやっぱりいい人だ、……って、なんて現金なんだ、私は。

 

「……えーと」

「もちろん、えり君もどうぞ。桂木君も」

「あ、ありがとうございます、ロマンさん!」

 

気を利かせてくれたDr.ロマンに、えりは大喜びでお礼を言う。一方の桂馬くんは。

 

「ボクは甘いものが苦手だ」

「ははは、それじゃあ桂木君には、お煎餅と梅昆布茶でもご馳走するよ」

 

随分渋いチョイスだね!? てか、そこは普通に緑茶じゃないの!?

 

「ハァ…。まあ、気が向いたら行ってやるよ」

 

いいんだ!?

 

「さあ、いい加減に行かないと流石に不味いかな。

それじゃあ…」

 

そこまで言いかけた時、突然部屋の明かりが消えた。

 

「な、何!?」

「停電、ですか?」

 

だけどこれがただの停電でないことは、その後に流れたアナウンスによって知ることになった。




ロマンが桂馬を引き込んだのは、もしもの時の共犯者を作るためです。ちょっとあくどい。
作中に出てくる「クロノスの目覚め」は、神のみに出てきた「ガイアの夜明け」ネタの番組名です。立香もその番組を見ていた設定ですね。
前回に引き続き出てきた「PFーβ(ベータ)」は、「PS Vita 」と昔のビデオの規格のひとつ、「ベータマックス」(通称ベータ)から採ってます。


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マシュ・キリエライト & ■■■■

今の自分じゃ満足できないのか…?


~マシュ~

桂木えりさん。長い黒髪の、言葉づかいの丁寧な少女。初めて彼女と会ったとき、不思議な感覚が奔った。

適合者ということを除けば、至って普通の女の子。……確かにそのはずでした。

なのに何故か、私の勘が、彼女は危険だと訴えてました。

けれども同時に、彼女は信用できるとも訴えている。

 

『あの、どうかしましたか?』

『えりがあまりにもマスター候補らしくないから、ビックリしたんじゃないのか?』

『にーさま、ヒドいです~』

 

えりさんと彼女のお兄さん、桂木桂馬さんの会話を聞いているうちに、その感覚は霧散して消えたけど、一体あれはなんだったのか。未だに謎です。

その後、私は驚かされることになりました。それは、改めてえりさんの能力を測定したときのこと。

えりさんの魔術回路は20本と、平均的な魔術師と変わらないもの。けれどその質と魔力量は、今まで見てきたどの魔術師よりも遥かに優れてました。それはまるで、英霊が生きてそこにいるかのような…。

さらに、えりさんの属性がまた、規格外でした。それは五大元素には含まれず、[虚]や[無]のような架空元素でもない。[(うつつ)]と[(まほろば)]…、それがえりさんの属性、しかも二重保持者(ダブルホルダー)です。

最初、カルデアのスタッフたちは色めき立ちました。とんでもない資質の持ち主を発掘した、と。けれどそれは、すぐに落胆へと変わる事となります。

えりさんには、魔術の才能がなかった。どんなに資質に恵まれていようとも、魔術師としては落ちこぼれだったのです。

それでも魔術師にとっては、研究や、自身の血筋に取り入れるといった対象になるほどの、特異な資質。その情報を、カルデアは公表しないこととしました。その理由は所長です。

 

『我々によって巻き込まれた一般人を、これ以上魔術の世界に巻き込むことは得策ではありません』

 

その発言により、えりさんのデータの一部は最高機密となったのでした。

……魔術師は利己主義の集まりです。けれど所長は、その中でも人間じみているのでしょう。それが魔術師としていいことなのかはわかりませんが。

 

『もしもえりが酷い目に遭うようなら、こっちにも考えがあったが…』

 

ゲームをしながら淡々と言う桂馬さんでしたが、それとは裏腹に空恐ろしいものを感じました。桂馬さんは、魔術師たちに対抗する手段があるのでしょうか?

知れば知るほど、不思議な兄妹です。

 

 

 

 

 

藤丸立香さん。赤銅色の髪の左側を、シュシュでサイドアップにした、……先輩。先輩との出会いは、施設内の廊下でした。

私がPCタブレットで、青空の画像を眺めていたときのこと。傍らにいたフォウさんが突然走り出し、慌てて後を追った私は、廊下で眠っている先輩を見つけたのでした。

目を覚ました先輩に懐くフォウさんを見て、大変驚いたものです。

そのあと先輩に話を伺うと、どうも記憶が定かではないとのこと。合流したレフ教授が言うには、霊子ダイブの影響だろうという事でした。

そして先輩を、説明会の会場まで案内しましたが…。まさか寝てしまわれるとは思いませんでした。おそらくは霊子ダイブの影響が残っていたのでしょうが、それを知らない所長は怒り、先輩に平手打ちをしました。

さらにえりさんが遅刻してきたことで、所長の我慢の限界がきたのでしょう。二人揃って追い出されてしまいました。

先輩もえりさんも、落ち込んだ表情をしています。

私は先輩を、部屋へ案内することにしました。その間、お二人は仲良くお話をしていました。どうやら同じ日本からやって来たことで、意気投合したようです。

……そういえば、ドクターストップのかかった方も、日本出身だと伺いました。私はお会いしたことはないのですが…。

そもそも、適合者の発見確率がほぼ0と言われていた日本で、三人もの適合者が見つかったことが奇跡的なこと、いえ、異常なことです。

それ程にレイシフト適合者の数は少ない。そう考えたらこの偏りには、何か意味があるように思えてくる。

……そんなことを考えているうちに、先輩の部屋の前に到着です。

私はファーストミッションのため、別れの挨拶をして早々に立ち去りました。

 

 

 

 

 

そして今、爆発によって崩れた天井で下半身を押し潰された私のその目の前に、先輩とえりさんがいる。

 

「マシュ!?」

「マシュさん!?」

 

驚き、声をかける二人。

 

「待ってて! 今、助けるから!!」

 

そう言って、私を押し潰す巨大な瓦礫を退かそうと手を伸ばし。

 

「熱っ!」

 

先輩は小さく悲鳴をあげる。

 

「お二人は、逃げてください…。私は、もう、助かりませんから…」

「そんな、見捨てるなんて、できません!」

「そんなつもりなら、最初から来てないよ!」

 

そうおっしゃって、先輩はカルデアの制服の袖で掌をかくし、瓦礫の淵に手をかけて持ち上げようとする。けれど、何トンもある瓦礫はびくともしません。

 

「私に任せてください!」

 

そう言ってえりさんは、ポケットからハンカチを取り出し、……それが瞬く間に半透明の羽衣に姿を変えた!? もしかして魔術礼装なのでしょうか。

 

「羽衣さん、お願いします!」

 

そう声をかけると、羽衣の先端が瓦礫の隙間に潜り込み、押し退けようと力が加わります。けれどその時。

 

---中央隔壁封鎖します。館内洗浄まで……

 

アナウンスと共に、隔壁が降りてしまいました。もうこれでは、逃げることは出来ません。

なのに先輩は、自身も怖いはずなのに、私のことを元気づけてくれます。

えりさんは大きく動揺していましたが、それでも私に優しい言葉をかけてくれます。

そんなお二人に、私はお願いしました。

 

「先輩…、えりさん…。手を、握っててもらえますか?」

 

と。お二人は優しく頷いて、私の手を握ってくれました。

 

---レイシフト開始まで、3、2、1……

 

薄れていく意識の中、カウントダウンがハッキリと響いて、そして…。

 

 

 

 

~■■~

大きな音と共に、また部屋が揺れた。部屋の灯りは消えたまま。私はベッドで毛布を頭から被って、膝を抱えて震えている。

怖い、怖いよ…。どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの!? 私はスポーツが好きな、ごく普通の高校生なのに…!

 

 

 

 

 

ことの始まりは、テスト期間で部活が無かったある日のこと。たまには世間の役に立ってみよう、っていう、ちょっとした気まぐれと軽い気持ちで献血をした。そして献血車を出た後、声をかけられたんだ。

最初はなにを言ってるのかわかんなかったけど、どうやら平和維持のための人員を勧誘しているらしいことが判明した。

私は柄じゃないって断ったんだけど、その人が言うには、私にはその事業に必要な能力があるらしい。そんなこと言われたら、さすがに興味も湧いてくる。

でも、そうなると、しばらくは地元に帰ることが出来ないらしい。

私は、少し考えさせて欲しいと言って、連絡先を交換して家に帰った。そのあと、ひとり考えていたけど、やっぱり答えは出ない。だから私は、昔っからの友人に相談する事にした。

だけど、その時期が悪かった。彼女の通う学校では、学園祭の準備で大忙しだったから。クラスの出し物のカフェに力を入れてると語っている彼女に、結局悩みを打ち明けることは出来なかった。

そして散々悩んだ挙げ句、私は申し出を承けることにした。この町を離れたくないって気持ちも強い。……でも。

ここには、幼馴染みのアイツがいない。何年か前に出て行ったきり、返ってこないんだ。

アイツがいれば、私を繋ぎ止めていたかも知れないけど、今の私にはそこまでの理由がなかった。

 

 

 

 

 

そして私は、ここ、カルデアへとやって来た。

ここへ来て、初めて明かされた事実。それは魔術(魔法とは違うみたい)というものの存在。私にはその資質があって、それが世界を救うのに必要だと説明された。

もちろんこれは、私にとっては思ってもいなかったこと。そんな物語に出てくるような不思議な力が、実は私にもあったんだ。

最初はワクワクもした。幼い頃は魔法少女に憧れだってした。まあ、それよりも体を動かす方が好きだったけど。だから一通りの訓練だって受けた。

でも、それで思い知らされるのは、私はあくまで素質がある一般人だったってこと。どれだけがんばっても、そして短い期間では、たいした力はつかなかった。

お医者さんのロマンさんは、

 

『一般人にしては、上達は早いほうだよ』

 

って言ってくれたけど、私は私の実力のなさに落ち込んでしまった。

それからというもの、何をやっても上手くいかない。訓練にも身が入らない。強烈な不快感と、抗うことが出来ない脱力感が私を襲った。

そのうち訓練も受けなくなって、部屋から出ることも少なくなった。そんな私の元へ、ロマンさんがやってきた。

一緒に来た女医さんの診察を受けたあと、しばらくはロマンさんと、ただ雑談をして過ごす。そして一時間ほど過ぎて、ロマンさんは優しく言った。

 

『どうやら君は、心が疲れているみたいだ』

 

そう告げられた私は、ああ、やっぱりと思う。私にとってカルデア(ここ)は、私の理想とはかけ離れた場所だったんだ。

 

『ドクターストップだ。このあとどうするかはキミが落ち着いてから、キミの意向に添うことにするよ。だからキミは、心が安定するまでゆっくりしていればいい』

 

そう告げてニッコリと笑うロマンさんに、私はこくりと頷いた。

 

 

 

 

 

それからおよそ一週間。私の代わりの人がやって来た。

こっそりと覗き見ると、私と同じ年頃の女の子だ。雰囲気からすると、私とおんなじ日本人みたいだった。

彼女の隣には、眼鏡をかけた男の子がいる。多分、家族か恋人だろう。私みたいにならないために、特別に配慮されたのかも知れない。

そう思ったら、無性に腹が立ってきた。どうして私の時にはそうならなかったの? なんで私には、そういう人がいないの?

……ただの八つ当たりなのはわかってる。でも、一度芽生えたその想いは止められなかった。

それから私は、部屋からは一歩も出ていない。

 

 

 

 

 

そして今日。私は変わらず部屋に閉じこもっていた。すると突然の停電。そして大きな音が響き、部屋全体が揺れる。

 

「な、なに? なんなの!?」

 

---緊急事態発生。緊急事態発生。

中央発電室及び、中央管制室で火災が発生しました…。

 

そんなアナウンスが流れ始める。

火災…。やだ、怖い!

私はベッドの上に飛び乗り、頭から毛布を被って、膝を抱えてうずくまる。

いやだ。いやだよ。もう、こんなとこに居たくない!

……誰か、助けて。助けてよ、……ユウキ!




後半の彼女の正体、わかる人にはすぐにわかりますね。ヒントは、最後に出てきた「ユウキ」という名前。もう一つヒントを出すなら、彼女の友人の名前は「松宮宏子」です。


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特異点F ~Little devil Only Knows~
レイシフトしたらマスターだった件


ボクは、人が死ぬ展開は大嫌いなんだ!!


~立香~

フォウの鳴き声で私が目を覚ましたとき、そこは燃えさかる街の中だった。

そんなわたしの元に、上空から複数の何かが降ってきた。そこに、さっきまで息も絶え絶えだったマシュが大きな盾を持って現れて、その何かから私を守ってくれる。……って、一体何事ーーー!?

 

 

 

 

 

……ゴメン、取り乱しました。って、誰に謝ってるんだろ? でもとにかく、黒いアーマー? に身を包んだマシュが、同じく黒い盾を使って、飛来する、多分矢だと思うけど、攻撃から私を守ってくれる。

やがて攻撃が止んで。

 

「マシュ、コレって一体…。それにマシュの、その格好は?」

「あ…、これは…」

 

少し恥ずかしそうにするマシュが、何か言い出すその前に。

 

『きゃああああ…!』

 

女の人の悲鳴が聞こえた。

 

「マスター、指示を。私と先輩の二人で、この事態を切り抜けます」

 

私に指示を仰ぐマシュ。……というか、マスター?

 

 

 

 

 

マシュ、速いな!? 同時に駆け出したのに、あっと言う間に姿が見えなくなった。カルデアで話してたときは、こんなに運動が出来るようには思えなかったんだけど?

ようやく追いつくと、マシュは骸骨の化け物と戦ってた。どうやらマシュが圧倒してるみたいで、一安心。私は近くにいた女性に声をかける。

 

「あの、大丈夫ですか、……って所長!?」

 

そう。そこにいたのは、所長のオルガマリーさん。

やがてマシュの戦闘も終わって、こっちに駆け寄ってきた。

 

「所長、お怪我はありませんか」

「どういうこと!?」

 

マシュが安否を尋ねると、所長が疑問を返してきた。

 

「ここは特異点F、2004年の冬木市です」

 

2004年の冬木…。それじゃあやっぱり、私はレイシフトしちゃったんだ。

 

「信じ難いことだとは思いますが、私は…」

「デミ・サーヴァントでしょ! そんなの、見ればわかるわよ!」

 

デミ・サーヴァント?

 

「私が聞きたいのは、どうして今になって成功したかって事よ!」

「……カルデアには、事前にサーヴァントが用意されていたのは、ご存じかと思います」

 

……マシュが言うには、死の直前に英霊が現れて、能力と宝具を譲り受けたらしい。特異点の原因を、排除するのを条件に。そしてマシュはサーヴァントと融合して、デミ・サーヴァントになったそうだ。

そうか。お陰でマシュは助かったんだ。その英霊には、感謝しても足りないよ。

 

「それで」

 

所長がこっちを見る。しかもジト目で。

 

「補欠採用した一般枠がマスターに?」

「マスター?」

 

そう言えば、さっきもマシュがマスターって…。

 

「……ええっ!? 私がマシュのマスター!?」

 

驚いて、所長に右手を伸ばしかけて気がついた。手の甲に、赤い紋様があることに。

 

「その令呪が、何よりの証拠よ」

 

言われて私は、手の甲の令呪をしげしげと見つめる。すると突然、手首に巻いた機械からアラームが流れる。私が慌てて操作をすると、地面に紋様が現れて、虚空に一人の人物の上半身の映像が浮かびあがる。

 

『やっと繋がった。もしもし、聞こえるかい?』

「Dr.ロマン!」

 

そう、私のマイルームでサボってた気のいいお兄さん、Dr.ロマン事ロマニ・アーキマンさんだ。

 

『立香君! マシュ! やっぱりレイシフトに巻き込まれたのか…』

 

Dr.ロマンは、喜びと憂いを混ぜたような複雑な表情で言う。そこへ。

 

「どうして貴方が仕切っているの、ロマニ!」

 

私達に割り込んで、映像の前に佇む所長。

 

『所長! 生きていらしたのですか!?』

「どういう意味よ!」

 

いや、あの惨状を見たら、よく生きてたなぁって、私だって思う。

 

「医療セクションのトップが、どうしてその席に座ってるのよ! レフはどうしたの!?」

 

するとDr.ロマンは、一瞬言葉に詰まって。

 

『レフ教授は、あの爆発の中心部に…』

 

レフ教授が…? 私はショックを受けたけど、所長はその比じゃないんだろう。見るからに意気消沈をして、項垂れてしまってる。

 

『僕が作戦指揮を任されているのは、僕より上の階級がいないためです』

「じゃあ、マスター適正者達は!? コフィンに乗っていた46人は、どうなったの!?」

『全員が危篤状態です…』

 

そんな…。

 

『……が』

 

……え?

 

『すまない。ボクが勝手に、コールドスリープさせた。このまま死なせるよりマシだと思ったからな』

 

突然、Dr.ロマン以外の声が聞こえる。その声を、私は知ってる。

 

「桂馬くん?」

『ああ。立香達も無事で良かったよ』

 

そう言う桂馬くんの声はだけど、少し沈んで聞こえる。

 

「ちょっと、コールドスリープ、……凍結保存ってどういうこと!? 何を勝手に…!」

『じゃあ、46人が死んでも良かったのか?』

「っ! それは…!」

 

所長が言い淀む。でも良かった。言葉はキツいし上から目線だけど、人が死んで平気でいられるような人じゃなかったんだ。

 

「私に46人の命なんて、背負えるわけないじゃない…」

 

……ないよね?

 

『それに考えてもみろ。カルデアは国連も絡んでる機関だ。ならお前が指示したならともかく、一般人のボクが人命優先で勝手にやったことを、魔術師とはいえ強く批判は出来ないんじゃないか?』

「……そうね。表面的には黙らざるを得ないでしょうね」

 

表面的にはって、それじゃあ裏じゃ?

 

『……もちろん、擁護くらいはしてくれるよな? 人理継続保障機関[フィニス・カルデア]所長、オルガマリー・アニムスフィア?』

……庶民風情にいいように(あしら)われるのも癪に障るけど、彼の行いに助けられたのは間違いないし…。

……わかりました。貴方の身の安全は、我々が保証します」

 

凄いよ、桂馬くん。所長と対等に渡り合ってる。

 

「けれどひとつ、聞かせてくれないかしら?」

『……何だ?』

「どうして貴方は、46人を助けようと思ったの? それこそ貴方には、関係のない人達でしょう?」

 

……それはそうだ。私はマシュを助けたかったから行動したし出来たけど、それがなかったらきっと、マイルームに閉じこもってたと思う。

 

『……ボクは、人が死ぬ展開が嫌いだ。だからこれ以上、人を死なせたくなかった。それだけだ』

 

これ、以上…。そうだ。Dr.ロマンが言ってたじゃない。自分より上の階級がいないって。つまり、Dr.ロマンより上の人はみんな…、ううん。多分下の人も、大勢死んだんだ。

……桂馬くんの声が沈んでた理由、ようやくわかったよ。

 

『桂木君、替わるよ』

『ああ。ロマン、後は頼む』

 

桂馬くん、かなり辛そうだ。

 

「彼、かなり無理をしてるみたいだけど、大丈夫なの?」

『所長がそれを言いますか』

「何ですって!?」

『ああ!? すみませんっ!!』

 

余計なことを言って叱られる、Dr.ロマン。でも、どういうことだろう。所長は何か、無理をしてるって事?

そんな私の疑問はお構いなしに、所長とDr.ロマンはカルデアの立て直しについて話し始めた。

……。

…………。

暇なので、とりあえずフォウと戯れてよう。

 

 

 

 

 

それからしばらくして。

 

『……通信が回復次第補給を要請して、カルデア全体の立て直し、といったところですね』

「結構よ。納得はいかないけど、私が戻るまでの間カルデアを任せます」

 

どうやら話は纏まったみたいだね。

 

『……にしても、英霊と人間の融合デミ・サーヴァント。このタイミングで成功するとは』

 

成功? そう言えば、所長もそんなこと言ってたよね?

 

「ではこれより、藤丸立香、マシュ・キリエライト両名と、特異点Fの調査を…」

「あっ! ちょっと待ってください!」

 

私は慌てて声をかける。

 

「どうかしたのですか、藤丸」

「私のことは立香って、……ってそうじゃなくて。Dr.ロマン、えりは無事なんですか?」

 

そう。あの時管制室には、私とマシュの他にえりもいた。だったらえりも、この特異点に来てる可能性があるはずだ。

 

「まさか、桂木えりも特異点Fに来ているというの!?」

「はい。レイシフトの直前、私の他にえりも、マシュの手を握ってました。だから可能性はあると思います」

 

所長に訴えるように言った後、Dr.ロマンに向き直り。

 

「それで、えりは無事なの?」

『残念だけど、最初に通信が繋がったのが立香君達なんだ』

「そう、なんだ…」

 

えり…。

 

『落ち込まないでくれ。連絡が取れないだけで、何かあったと決まった訳じゃないんだ。もちろんこちらも、えり君の捜索を継続してるから』

「……はい、そうですね。Dr.ロマン。えりを、お願いします」

『ああ、任せてくれ』

 

 

 

 

 

所長がカルデアとの通信を切ると、マシュが所長に尋ねる。

 

「よろしいのですか? ここで救助を待つという案も…」

「……今回の事で、協会からどれだけの抗議があるか。手ぶらでは帰れないわ!」

 

そうかぁ。所長も色々大変なんだ。さっきDr.ロマンが言ってたのって、こういうことなのかな?

 

「……悪いけど、付き合ってもらうわよ! マシュ! 藤丸!」

 

うん。私は別に、構わない。……けど。

 

「了解しました」

「私のことは立香って…、あ、いえ、はい! 了解しました!」

 

マシュの返事の後、抗議しようとして諦めた。だって所長の目、怖いんだもん。

と、そこで再び鳴るアラーム。所長は苛立ちながら通信を開き。

 

「しつこいわね! 一体なn…」

『今すぐそこから逃げてください!』

 

それはDr.ロマンからの警告。そして。

 

「敵影反応あり! これは…」

 

盾を構えたマシュが言った。

 

「サーヴァント!」

 

 

 

 

 

私達は走る。サーヴァントから逃げるために。

 

「……ど、どうしてこんな所にサーヴァントが!」

「聖杯戦争です」

 

私が投げかけた疑問に、マシュが応える。

 

「2004年のこの街で、聖杯戦争と呼ばれた儀式が確認されています。

あらゆる願いを叶えると言われている魔法の釜、聖杯。冬木の魔術師は聖杯を完成させ、その起動のため七騎の英霊を召喚しました。

七人のマスターが競い合い、最後に残った者、勝者が聖杯を手にする。

……その結末までは記録されていません。成功したのか、失敗したのか」

 

そんな大きな出来事が、日本の地方都市で起きてたなんて…。

 

「どうあれサーヴァントの活動は、人々に知られることなく終わったはずでした」

 

だから私は、……ううん、歴史上には、そんな話は噂にも上がらなかったんだね。

 

「でも、だったら何で…」

 

そう。だったら何で、ここはこんな事になってるの? こんな酷い状況だったら、歴史に残らないはずがない。十数年前の出来事なら、当事者の記憶には鮮明に残ってるはずの悲惨さだ。

そんな疑問が頭の中を駆け巡ってたけど、状況は一変してそれどころじゃなくなった。

川に沿って延びる土手下の遊歩道。その進行方向に鎖が張り巡らされていて、行く手を阻んでいる。

私が手を伸ばすと。

 

「ダメよっ!」

 

所長が静止をかけた。その瞬間、鎖がまるで生きてるかのように、私を絡め取ろうとする。慌てて身を引いた私は、尻餅をつく。……痛い。

 

『あら、残念。新鮮な獲物を逃がしてしまいました』

 

突然声が聞こえたかと思うと、土手の上の少し離れた場所に、ローブを目深に被った背が高くてプロポーションのいい女の人が、忽然と現れた。右手には柄の長い、鎌のような、槍のような、そんな武器が握られている。

 

「サーヴァントです! でも、マスターの姿が…」

 

マシュが盾を構えて、私達の前に出る。

 

「ここはもう、狂った世界よ! マスターのいないサーヴァントがいても、おかしくないわ!」

 

狂った世界。そうか。本当の、実際に起きた聖杯戦争じゃ、こんな事は起きなかったんだ。もしかしたら、少しは何かあったかもしんないけど、きっと隠蔽できるくらいの出来事だったんだろう。

でも、この世界は狂ってしまったために、こんな災害が起きちゃったんだ。

ローブ姿のサーヴァントは土手の上を、こちらに近づいてくる。そして気がついた。土手の上にはいくつもの石像があることに。

 

「あれって…」

「元人間よ」

 

そんな…!

サーヴァントは石像の一体に近づくと、その首をもいだ! 石像からは勢いよく血が噴き出す。

それじゃああの人は、今まで生きて…。

 

「ご心配なく。一体減ってしまいましたが、三体加わることになりましたから」

 

そう言って、頬についた血を舐め取るサーヴァント。

 

「……闘うしかありません」

 

盾を構えたマシュは、そう宣言した。




今回はアニメ【First Order】と余り変わりません。通信で桂馬が関わったとこくらいですかね、ハッキリと違うところは。


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FATE(フェイト) 元・ポンコツ悪魔 冬木にて、斯く彷徨えり

危ないことするなよ


~えり~

……ええと、ここはどこなんでしょうか?

立香さんと一緒に、マシュさんの手を握っていたところまでは覚えてるんですけど、いつの間にか気を失ってて、気がついたら燃えさかる街の道の真ん中でした。

 

「立香さーん! マシュさーん!」

 

取り敢えず呼んでみましたが、返事はありません。どうやら私一人みたいです。

ぶるり、と体が震える。どう、しよう。ここにはにーさまも、立香さんもマシュさんも、オルガマリーさんもロマンさんもレフさんもいません。私一人じゃ…。

いえ、弱気になっちゃだめ! 私は、みんなのいる世界を救うって決めたんだ。こんな所で挫けるわけにはいきません!

そうと決まれば、まずやることは…、え~とぉ…。そうです、「情報」です! にーさまもよく言ってたじゃないですか!

ええと、こういう時は確か…、あ、ありました。電柱。大概側面部分には、住所が表示してあるんですよねー。

うーんと、ここは…、[美山町]? あ、下にアルファベットで…、F、U、Y、U、K、I…。えっと、ふ、ゆ、き? あっ、冬木市! カルデアで小耳に挟んだことがあります! 2004年の冬木市が特異点化したので、その調査のために私達が集められたとか。

……えっ!? ということは、ここは2004年の冬木市? 私、レイシフトしてしまったんですか!?

 

「……ええーーーっ!?」

 

私は思わず叫んでしまった。

 

 

 

 

 

……ふう、ようやく落ち着きました。にーさまがいないと、私一人じゃ立ち直るのにも時間がかかってしまいます。とはいえ、嘆いてても仕方がありません。

とにかく、レイシフトしてしまったんですから、本来の目的を遂行した方がいいんでしょうか。解決は無理でも、原因の調査くらいはしないとマズいですよね。

あと、もしかしたら立香さんとマシュさんも、こちらに来ているかもしれません。それなら、なるべく早く合流したいです。特にマシュさんは、あの大怪我です。何とか延命をして、カルデアに送り返してあげないと!

私は、自分の持ち物を確認することにした。

左手には箒、羽衣さんは纏っていて、ガルデアの制服のポケットには、電源をオフにした駆け魂センサー。それに特殊技術で、羽衣の中に勾留ビンを数個、隠し持っている。……なんだか、駆け魂隊に戻った気分です。それならいっそ…。

私はヘアバンドを外したあと、羽衣でリボンを作り、髪をまとめてポニーテールにする。そして頭の左側に、駆け魂センサーを髪留めとして着けた。

久々の桂木エルシィバージョンです。衣装が、あの頃の普段着や舞校の制服じゃありませんが、さすがにこの服を替えるわけにもいきませんし。

ではさっそく、調査開始です!

……この時の私は緊張感で、精神が昂ぶっていたのかも知れません。何しろ、左手の甲の痛みに気づいてなかったのですから。

 

 

 

 

 

で!

歩き始めたものの、何を調査したらいいのか、皆目見当がつきません(涙)。いえ、特異点の原因を調べるのはわかるんですけど、どう調べたらいいのかがわかりません。何か切っ掛けでもあればいいんですが。あるいはカルデアと連絡が着けば。

生憎と、カルデアの連絡ツールも、羽衣で作った特殊なケータイも繋がりません。しばらくは、あてもなく歩き続けるしかないんでしょーか。

 

ガシャリ

 

ん? なんの音でしょう?

先の十字路を折れた右側から聞こえた音。私は慌てて駆け出し、角を曲がるとそこには、剣を持った一体のスケルトンさんが。ドクロウ室長の擬体、リアルタイプだったらこんな感じだったのかなぁ? って、それどころじゃありません!

スケルトンさんは私に向かって剣を振り上げました。

 

「は、羽衣さんっ!!」

 

私は羽衣を使って、慌てて防御壁を作って剣から身を守る。一撃を凌いで、慌てて走り出す私。だけど。

 

ガチャッ

ガシャリ

 

わらわらとスケルトンさんたちが集まってきた!? と、とにかく逃げます!

 

ガシャガシャガシャ…

 

「追いかけてこないでくださ~い!!」

 

無駄だとわかってても叫ばずにはいられません!

ガムシャラに走ってると、先方に小さな路地が見えました。うう~、他のスケルトンさんが居ませんように!

祈りながら路地へ飛び込みます。その願いが通じたのか、そこには誰も、何も居ませんでした。

私は慌てて羽衣で全身を覆い、姿と気配を消します。そこへ追いついたスケルトンさんたちはだけど、私を見失い去っていきました。

ふう…、取りあえずは一安心ですね。しばらくはこのまま移動することにします。

 

 

 

 

 

それからどのくらい歩いたでしょうか。途中何度もスケルトンさんと遭遇しましたが、羽衣のお陰で見つからずに済んでます。

そして。

 

「ここって…?」

 

一軒の家が目に止まる。そこは若干古びてはいるものの、オシャレな洋風のお屋敷です。だけど、気になったのはそこではなくて。

 

「僅かに感じる魔力…。これは、結界でしょうか?」

 

そうです。おそらくは、入り込んだ者を逃がさない、トラップタイプのもの。そして、こんな事が出来るということは、ここは魔術師の家、なんでしょう。

……中からは、人の気配はしません。息を潜めている可能性もあるけど、街の様子からすると、本当に誰も居ないんじゃないかなって気がする。

……よし、入ろう! ここが魔術師の家なら、この異変の原因が何かわかるかも知れません! それにこれくらいの結界なら、羽衣の機能で誤魔化すことも出来ます! ……多分。

私はそう、自分に言い聞かせて、屋敷の中に入ることにした。

扉には鍵がかかっていたけど、羽衣で鍵を作り、解錠して中へ入る。一階から順に二階の部屋までを回ってみたものの、魔力付与した品は見つかったけれど、肝心の異変の原因解明の鍵になるようなものは見つからなかった。

落胆しつつ一階まで降りてきたとき、違和感を感じた。なんというか、魔力の流れがおかしい気がしたのだ。きっとハクアだったら、入って直ぐに気づいたんだろうけど、落ちこぼれの私は今まで気がつかなかった。

落ち込みそうになるのをぐっとこらえて、魔力の流れを頼りに辺りを調べ直し、私は地下へ続く階段を見つける。

ゴクリと唾を飲み込み、階段を降っていく。そして辿り着いた先の部屋に入ると、その中央には魔法陣が描かれていた。……この様式からすると、召喚のためのものでしょうか? 私が確認しようと近づこうとした、その時。

 

ピロロロ、ピロロロ…

 

突然ケータイの着信音が、……って、ケータイ!?

私は慌ててケータイを取り出し、耳に当てる。

 

「も、もしもし?」

『……ああ、ようやく繋がったか』

「にーさま!!」

 

ああ、にーさまの声です。夢なんかじゃありません。

 

『えり、お前は無事なのか?』

「はい! 今、魔術師の家の中を調べていて、地下室で魔法陣を見つけたところです」

 

私が説明をすると、にーさまは、ふむと呟いて言った。

 

『そこはおそらく、霊脈の上なんだろう。だから霊的、魔力的に安定して連絡が着いたんじゃないかな』

「なるほど。確かに魔術師なら、霊脈の上に家を建ててもおかしくありませんね」

 

霊脈の力を使って魔術の効率や効力を上げる。私達が羽衣を使うのと、理屈はおんなじですね。

 

「……ところでにーさま。ロマンさんたちは無事ですか?」

 

私が尋ねると、にーさまはしばらく沈黙をして言った。

 

『……ロマンは無事だ。だけど、多くの職員が爆発や火災に巻き込まれて、亡くなった』

 

胸がズキリと痛む。もちろん亡くなった方達に対してもだけど、にーさまが今、どんな思いでいるのかを考えると、余計にその思いが強くなる。

にーさまは優しい人だ。それ故に、人が傷つくのは嫌いでもある。

……いえ、確かににーさまはよく、バリゾウゴンを浴びせたりしてますけど、本当に心を傷付ける様なことはしてませんし、怪我させる様なこともしません。だから、人が死ぬようなことはきっと嫌なはずです。

実際、にーさまの声は若干沈んでます。にーさまもそれに気づいたんでしょう。軽く咳払いをして話を続けた。

 

『ええと、立香とマシュ、あと、オルガマリーは無事だ。三人はえりと同じく、特異点Fに居る』

「そうですか。良かっ…、って、ちょっと待ってください! マシュさんって大けがしてたんですよ!? それなのに無事って、どーいう事なんですか!?」

『横から話を聞いてただけだが、マシュは英霊と同化する半英霊(デミ・サーヴァント)になることで、命を取り留めたらしい』

 

英霊と同化…。

 

「命を取り留めたのは良かったですけど、その方法って結構乱暴な気がします」

『ボクもそう思う。だが今は、それを問い詰めてる場合じゃないからな。

まあ、それは置いておくとしてだ。立香達と連絡をとった後、カルデアはえりの捜索をしていたが中々見つからない。それで試しにと、ボクがこれで連絡を取ることにしたってわけだ』

 

あわわっ!? 私、カルデアじゃ行方不明だったんですか!?

 

「でもにーさま、ケータイで通信なんて、よく信用されましたね?」

 

自分で作っといてなんだけど、普通に考えたら有り得ないことですから。

 

『黙って見てろって言っただけだ。今もダ・ヴィンチが、興味深げに見てる』

「あ、あはは、そうですか」

 

まあそこは、さすが天才、というかなんというか…。

と、そこで、手首に着けた機械からアラーム音が流れる。慌ててスイッチを押すと、ロマンさんの姿が映し出された。

 

『ああ、ようやく繋がった。えり君、無事…、なのはもう確認済みか。とにかく良かった』

『えり、こちらは切るからな?』

「はい、にーさま。ロマンさんも無事で良かったです」

『ありがとう、えり君』

 

カルデアは大変なはずなのに、ロマンさんは私に優しく微笑んでくれた。

 

『さて、実は急を要するんだけど、所長、マシュ、立香君達は謎のサーヴァントに補足されて、川の方に向かって移動中だ。

えり君も出来るだけ早急に、みんなと合流してほしい…』

「待ってください!」

 

私は被せ気味に言った。

 

『どうかしたのかい?』

「ロマンさん、見えますか? この魔法陣なんですけど、ひょっとしてサーヴァント召喚のものじゃないでしょーか?」

『ええと、……今確認した。確かにそれは、英霊召喚用の魔法陣だね』

 

やっぱり!

 

『それで、えり。お前はどうしたいんだ?』

 

にーさまの姿が割り込んできて、私に質問する。私はもう一度、魔法陣を見てから。

 

「私、この魔法陣を使って英霊の召喚をしてみようと思ってます」

 

私が答えると、にーさまは顎に手を当てて考え込む。そこへ再び、ロマンさん現れ。

 

『待つんだ、えり君! その魔法陣を使って召喚をしたら、令呪の回復は出来ないぞ? 確かにカルデアの召喚システムは、聖杯戦争の英霊召喚システムを基にしてるけど、その細部は異なってるんだ』

 

すると今度は、ダ・ヴィンチさんが割り込んできた。

 

『それならいっその事、[システム・フェイト]と接続してみたらどうだい?』

『なっ、レオナルド!?』

『そんな事可能なのか?』

 

何だか向こうは大わらわみたいです。

 

「あの、それで実際の所、どうなんでしょうか?」

『もちろん可能さ。そもそもレイシフト先で拠点を作るとき、簡易的な召喚システムを作れるようになってるからね。

ただし正式な接続じゃないから、そちらで呪文の詠唱をしなきゃならないんだけど。……前に予備知識として、レクチャー受けたはずだよね?』

 

そ、そういえばそんな気も…。でもそんなの、覚えてませんよぉ。

 

ピロリン…、ピロリン…

 

ふぇ? またケータイが。今度はメール?

慌てて開くとそこには、法則性を持った文章が羅列していた。これって、例の呪文ですか?

 

『えり、それを読み上げろ』

「にーさま…。はい!」

 

 

 

 

 

『……よし、接続完了。これでカルデアの英霊としての召喚が可能なはずだ』

「ありがとうございます、ダ・ヴィンチさん」

 

お礼を言ってから、私は魔法陣を向き、何となく左手を前に突き出し…、あれ? 左手の甲に痣のようなものが。そういえばさっきから、ズキズキと痛かった気がします。

……あ、ひょっとしてこれが令呪でしょうか? だったら、この召喚の魔法陣で、きっと召喚できるはずです!

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公…」

 

私は、にーさまから送られてきたメールを読み上げていく。

 

「……汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

呪文を唱え終わると、魔法陣から眩い光が立ち上る。これはやっぱり、英霊召喚の魔法陣!

光が治まると、魔法陣の中央には一人…の……、え?

 

「サーヴァント・アーチャー、召喚に応じ参上しました。

……貴女が私のマスターですか?」

 

その女性(ひと)はニッコリと微笑み、私に向かってそう聞いたのでした。




オマケ劇場


~third person~

えりは人理修復の手がかりを得るため、家の中を探し回っていた。そしてある部屋に入ると。

「……この箱は何でしょう?」

部屋の片隅に置かれた、大きな箱。調べてみると、魔術で厳重に鍵がかかっていた。

「これは、何か手がかりがあるかも…」

そう思ったえりは、魔術を読み解き鍵を開ける。……かかっていた魔術はえりが知るものとは違うが、彼女が知る一世代前の術に近かったため、何とか解析できたのだ。
えりはゆっくりと、箱のフタを開ける。すると中から。

『いやー、やっと出られましたよー。助けていただき、ありがとうございます』

そう言いながら、輪っかの中にペンタグラム、両脇に羽根の飾りがついたステッキが飛び出してきた。

「えっ、ええーーーっ!?」

予想外の出来事に、えりは開いた口が塞がらない。

『私はカレイドステッキのマジカルルビー、いわゆる魔法のステッキです!』

ルビーはえりの顔の前に、自分の顔(?)を近づけてくる。

『というわけでお近づきの印に、(ルビーちゃんにとって都合のいい)魔法少女、なってみませんか?』

後付けされた機能によって、本音ダダ漏れで聞いてきた。

「え、えーっとぉ…、羽衣さん、お願いッ!!」
『えっ、ちょ…!』

バタン!

えりはルビーを、羽衣でぐるぐる巻きに封じて、箱に閉じこめる。

「再封印完了ですっ!」

封印の術を念入りにかけ直してから、えりは言った。

「これは、開けてはいけないパンドラの匣だったようです…」

そう言って汗を拭い、くるりと踵を返し。

「さて、捜索を続けましょー!」

何事も無かったかのように、調査に戻るえりだった。





というわけで、えりと愉快型魔術礼装との出会いでした。
ちなみにルビーが無事だった理由は、箱にかけられた封印とルビーが持つ第二魔法の一部を行使出来る能力、そしてあくまで魔術礼装だから。これが上手く噛み合ったという、ご都合設定です。
あと、本来この魔術師の家はクレーターとなっていて存在しませんが、この小ネタのために、この話の中では消失してないことにしました。


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盾の英霊の成り代わり

「悩み」はボクらのキラカード
命かけても手に入れな!!


~マシュ~

「私では敵いません。逃げて下さい」

 

私はマスターに告げる。

今までこのサーヴァントと闘っていて思い知らされたのは、私はこの、名前も知らない英霊の力を譲り受けただけだということ。私はこの力を、使いこなせてはいなかった。

相手は曲がり形にも本物の英雄。私なんかでは到底歯が立ちません。

……でも。それでも。せめてマスターが逃げる間だけでも、私は身を挺してでも、あのサーヴァントを止めてみせる!

そんな覚悟を決めた、その時。上空から一条の蒼い閃光が、サーヴァント目がけて飛来する!

 

「くっ!?」

 

サーヴァントは咄嗟に避け、地面に突き刺さったのは、一本の魔力で編まれた矢。突き刺さった矢は、すぐに霧散して消えた。

 

「みなさーん、だいじょーぶですかー?」

 

上空から聞こえたその声は…。

 

「えり!?」

 

そう、桂木えりさん。見上げるとそこには、白い大きな翼を背中から生やしたセーラー服姿の女性が、左手に弓を持ち、えりさんがその女性にしがみ付く姿があった。

女性が私達の前に降り立つと、魔力の矢を弓に番え敵サーヴァントに対峙する。その隙にえりさんは私達に駆け寄り。

 

「ハァ~、良かった。皆さん無事でした~」

 

安堵のため息を吐きながら言った。

 

「ちょっと、桂木えり! あの女性はまさか…!」

「ああ、はい。私が呼び出した、アーチャーさんです」

 

所長の問いかけに、えりさんはこともなげに言った。

 

「漂流者が呼び出したサーヴァントですか」

 

敵サーヴァントは目を細めてアーチャーさんを見つめる。一方のアーチャーさんは、敵サーヴァントを…、いえ、おそらく敵の武器を見て、僅かに顔色を変えた。

 

「……そうですか。貴女は…」

「おや、私の正体をご存知なのですか」

 

え…、敵サーヴァントの真名を!?

 

「貴女をその様にしたのは、出典を異にする私の妹なので…」

 

瞬間、敵サーヴァントの殺気が膨れ上がる。

 

「そうでしたか。貴女は、私に呪いをかけた、あの女の…!」

「カルデアの皆さん。本当は共に闘うつもりでしたが、ここは私とマスターに任せてもらえませんか? 直接ではありませんが、彼女とは因縁があるもので」

「何を…!?」

 

反論しようとしたのでしょう、所長が声を荒げますが、すぐに言葉が詰まってしまいます。でも、それも致し方ない事です。言葉こそ伺いを立てているようですが、その実、一切の反論を拒否する雰囲気を纏っていたのですから。

 

「……ッ! 仕方がありません。その代わり、必ず勝つと約束しなさい!」

「……そうですね。()の言う所の[死亡フラグ]っぽいですが、必ず勝つと約束しましょう」

 

……え? それって。ふと先輩を見れば、同じく疑問を浮かべた表情になっている。

 

「さあ、始めましょう。英雄に討ち取られた、呪われし怪物よ」

「ええ、いいでしょう。あの女の代わりに、貴女を八つ裂きにしてあげます!」

 

お互いが語り終えた瞬間、アーチャーさんが矢を射ましたが、敵サーヴァントは武器を、下から上へ振り上げながら矢を弾き、その武器をアーチャーさんの頭上へ振り下ろした。けれどアーチャーさんは、弓を消して右手に魔力を纏い、手刀を刀身と柄との基部に当てて軌道を逸らしながら一歩踏み込む。

 

「くっ!」

 

敵サーヴァントは後ろへ飛び退きながら、生み出した鎖でアーチャーさんを絡め捕ろうとしますが、魔力を放出して鎖を弾き飛ばします。しかし一転、一瞬動きの止まったアーチャーさんに向かって、踏み込みながら横薙ぎに武器を振るった。さすがにこれは逸らせなかったのか、今度はアーチャーさんが後ろへと飛び退く。その折、右手で拳をつくり、腰だめに構え。

 

神威の必罰(デバイン・パニッシュメント)!」

 

着地と共に拳を繰り出すと、拳圧のかかった魔力弾が放出される。敵サーヴァントはこれも弾こうと武器を振り上げ…。

 

炸裂(ブレイク)!」

 

瞬間、魔力弾が閃光を放ち、私達の視界を奪った。

 

「目がッ! 目がァァァ!!」

 

先輩は目を押さえながらうずくまっています。が。

 

「ちっ、小癪な真似を!」

 

相手はサーヴァントゆえ、私もデミ・サーヴァントだったために眼を焼かれることもなく、光が治まれば正常に戻る。アーチャーさんは…、位置を変えずにいます。

アーチャーさんは再び弓を構えますが。

 

「遅いですよ!」

 

敵サーヴァントが武器を突き出し、アーチャーさんの胸を…!

 

「アーチャー!?」

 

どうやら、咄嗟に目を庇ったらしい所長が叫ぶ。

でも、確かにまずいです。あのサーヴァントは言っていました。傷を受ければどんな神秘でも直すことが出来ない、不死殺しの槍だと。

いえ、そもそも胸を穿たれたら最悪、霊基が破壊され消滅してしまう。

けれども、そんな予想を覆すことが起きました。

 

パアァァァン!

 

なんとアーチャーさんは消滅するのではなく、爆ぜてしまったのです!

 

「な…!?」

 

これには敵サーヴァントも、驚きを隠せずにいます。そして。

 

---降り頻るは我が矢弾…

 

その声に気付き見上げれば、いつの間にか矢を番えたアーチャーさんが上空にいた。

 

千条矢弾(サウザン・マジック・レイ)!」

 

放たれたそれは、無数の光の矢となって、敵サーヴァントに降り注ぐ!

 

「アアアアアアアアア!」

 

敵サーヴァントは雄叫びにも似た悲鳴をあげ。矢が降り止んだ後、光の粒子となって消えていった。

 

「え、あれ、どうなったの?」

 

ようやく視覚が回復してきたのか、眼をしばしばさせながら先輩が尋ねてきた。

 

「ええと、アーチャーさんが勝ちました、けれど…。あの爆ぜたアーチャーさんは一体…」

「それは私の羽衣人形です!」

 

そう言って私達の目の前に、えりさんの姿が突然現れた。

 

「桂木えり!?」

「えええ!? 一体どうやって!?」

 

所長も先輩も驚いています。斯く言う私も、驚かずにはいられません。

 

「えーと、それは…」

「その疑問は後回しです」

 

えりさんの横に降り立ったアーチャーさんはそう言って、ぐるりと辺りを見渡しながら。

 

「見ているのでしょう? いい加減、姿を見せたらどうですか!」

 

アーチャーさんが声を張り上げる。すると。

 

「いや、ワリィ。本当は手助けするつもりだったんだが、因縁がどうとか言ってたから静観させてもらったわ」

 

そう言いながら、フードを目深に被りスタッフを手にした、声からするとおそらく男性のサーヴァントが姿を現した。

 

 

 

 

 

彼はキャスターのサーヴァント。この聖杯戦争で唯一負けていない、最後の生き残り、ということでした。

キャスターさんの話によると、今回の聖杯戦争はある日を境に、全くの別物にすり替わっていたそうです。街の人達は消え、当然マスターも。

そんな中、真っ先に闘いを再開したのがセイバーのサーヴァント。次々と降していき、残ったのはキャスターさんただ一人。しかも倒されたサーヴァントは、セイバーの配下として復活しているそうです。

 

「ランサーはアーチャーの嬢ちゃんが倒して、ライダーとアサシンはオレが既に倒した。バーサーカーは何故か動かねえからほっとくとして、残りはセイバーとアーチャーの二人だ」

 

アーチャー…。おそらく先程、先輩を狙ったのがそうなのでしょう。

 

「セイバーを倒せば、聖杯戦争は終わる」

「そうすればこの特異点も消える、という訳ね?」

「そういう事になるな」

 

所長が確認を取り、キャスターさんはそれを肯定した。

 

「……わかりました。それでは一旦その話は置いておくとして…。次は貴女達の番よ」

 

そう言って所長は、えりさんとアーチャーさんに向き直る。

 

「桂木えり。そして、そのサーヴァント・アーチャー。貴女達は何者なの?」

 

その視線はかなりきついものだった。

 

『僕も、是非とも知りたいね。魔術の才能がないえり君が使う、高度な魔術。

そして。どうしてこの少女が、サーヴァントとして呼び出されたのか』

「え? どういうこと?」

 

通信越しのドクターに疑問を投げかける先輩。

 

『彼女は鮎川天理。高い魔力値のためにマスター候補に挙がったものの、レイシフト適性が無かったために外された、一般人の少女。そして何より、桂木君の家の、お隣さんだよ』

「「「えええ!?」」」

 

そ、それは驚きです! つまり彼女は、現代、もしくは未来の英霊という事でしょうか!? けれど言われてみれば、彼女の衣装は日本の女子生徒の制服として採用されている、セーラー服です。

 

「そうですね。お話するのは構いませんが、少し込み入ってますので、ここではちょっと…。どこか身を隠せる場所を見つけて、そこで改めて、ということでどうでしょうか」

「え、あ、ええ、いいでしょう。どのみち休息は必要です」

 

体裁を取り繕った所長は、気恥ずかしさを誤魔化すためでしょうか、コホン、と軽く咳をした。

 

 

 

 

 

私達は冬木の街を歩いて行く。とは言っても、あてもなく彷徨っているわけではありません。身を隠すのに適した場所を探しながらも、セイバーがいると思われる聖杯が眠る地、円蔵山へと向かっているのです。

 

「……にしても、珍しいな。アンタ、マスター適性がないのか?」

 

陥没し断裂した道で、所長を引き上げたキャスターさんが言った。……そう、所長にはマスター適性が無かった。レイシフト適性はマスター適性のある者の中にしか存在しない。その為所長は、カルデアから指揮をする事に甘んじなければならなかったのです。

 

「魔術師としては一流なのに、マスター適性だけが無いとはなぁ。……何かの呪いか?」

「どうでもいいでしょ!」

 

キャスターさんと所長のやり取りを見ていて、私の気持ちは段々と沈んでいく。別にお二人が悪いとかではなく、私自身の問題で。

 

「マシュ?」

「どうかしたんですか?」

 

先輩とえりさんが、私の様子を気にかけてくれたんでしょう。なら、応えない訳にはいきません。

 

「先輩、えりさん。私はまだ、宝具が使えません」

「「宝具?」」

「サーヴァントが扱う武器の事よ」

 

お二人の疑問に、所長が答えてくれます。

 

「でも、マシュは…」

「いえ、この盾は、まだ真の姿を見せてはいません」

 

私には、この盾の真名を開放出来なかった。

 

「ハァ…、融合したサーヴァントがわからないって言うから、そうじゃないかと思って…」

「いいえ、それは関係ありません」

「え?」

 

アーチャーさんの発言に、所長は意表を突かれたようだった。

 

「おう、アーチャーの嬢ちゃんが言うとおりだぜ。

宝具ってのは本能だ。本能が呼び起こされるような事が起これば、自ずと目覚める」

 

そう言ってキャスターさんは右手を挙げて、先輩を指差すようにピタリと止める。

本能を、呼び起こす…? まさか!?

私は慌てて先輩の前に躍り出て、盾を構える。更にその前に所長が飛び出し、両手を広げて私達を庇ってくれた。えりさんは訳がわからないのか、オロオロとしているだけです。

数秒ほど膠着状態が続き、そして。

 

「……フッ」

 

キャスターさんは軽く笑い、霊体化して姿を消してしまった。

 

「フゥ…。あのキャスターは、思考が体育会系のようですね」

 

愚痴ともつかない事を呟いてから、アーチャーさんはこちらへと視線を移す。

 

「……ですが、彼が言うことも間違ってはいません。そうですね、もう少しわかりやすく言えば、闘う意志でしょうか」

「闘う、意志…」

 

私に闘う意志は、あるのでしょうか。

 

「あの、ディ…、アーチャーさん。盾使いのマシュさんに闘う意志っていうのは、どうなんでしょーか?」

 

……ディ?

 

「……どうもまだ、説明のしかたが悪かったようですね。私が言いたいのは、闘いに赴く為の意志、ということです」

 

闘いに赴く為の意志…。なるほど、確かにそれなら理解が出来ます。……ただ、今の私には結局、それに思い当たる想いに見当がつかないのですが。

 

「まだ何をもって闘うのか、それが定まっていないようですね。ですが、それは貴女の心の内にあるもの。貴女自身にしか見つけることは出来ません」

 

そしてアーチャーさんは軽く微笑み。

 

「けれど焦る必要はありませんよ。必要に迫られれば、自然と答えを得られるものですから。

……そういう意味では、あの森の賢人(ドルイド)のやり方も間違ってはいないのでしょうね。乱暴な事には変わりありませんが」

 

そう諭してもらった。お陰で私は、少しだけ心が軽くなりました。

それにしても、「ドルイド」と言ったアーチャーさん…。もしかしたら、キャスターさんの正体に気づいているのかも知れません。

 

「ほら、お喋りはそれくらいにして、先へ進むわよ。とにかくベースとなる場所を見つけなくちゃ、落ち着いて体を休めることも出来ないわ」

 

確かに、所長の言うとおりです。みんなもこの意見に納得したのでしょう。文句も出ずに歩き始めました。

そして。しばらく坂道を進んだ所に、大きな庭のある大きな建物が現れました。おそらくこの建造物は。

 

「学校…ですか?」

「うん、学校だね」

 

先輩が頷きながら答えてくれます。

 

「そうね。他に良さそうな建物はないし、ここをベースとしましょう」

 

所長に言われ、私達は学校の敷地へと足を踏み入れるのでした。




というわけで、キャスニキの活躍の場は無くなってしまいました。
アーチャーがランサーに言った言葉に違和感を感じた【神のみ】読者(もしくは視聴者)の方、それはわざとです。


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女神ですが、なにか?

たかが情報にムダな演出が多すぎるんだ、お前ら。


~えり~

私達は、発見した学校の中に入ることにしました。校舎の中は、私が通う舞島学園よりもわかりやすい構造です。

 

「造りはしっかりしてるようね。遮蔽物もあってそれなりに身を隠すことも出来るし、屋上に出れば監視もしやすい。身を隠すにはまあまあってとこかしら。一旦侵入されると制圧されやすいのが欠点だけど」

 

ふわぁ、オルガマリーさん、凄いです。私にはそんな分析、とてもムリですよ~。

 

「そこはキャスターに任せましょう。先程私に、『結界を張ってくる。念には念をってやつだ』と言付けをして行きましたから」

「ちょっと、何を考えてるの!? そういう事はまず、指揮官である私に言うものでしょう?」

「いえ、私に言われても…」

「貴女もよ、アーチャー! 言付けを承けたのなら、早急に報告するべきでしょう!」

 

オルガマリーさん、また怒ってます。あんなに怒って、疲れないんでしょーか?

 

「……すみませんでした」

 

ディアナさんは、不承不承といった感じで謝りました。

 

「おいおい、何ケツの穴の小せぇ事言ってんだ。リーダーならドッシリと構えてりゃいいんだ」

「な…、ケ、なっ!?」

 

突然姿を現したキャスターさんのセリフを聞いて、オルガマリーさんは顔を真っ赤にしてます。でも、これは怒りと言うより。

 

「キャスター! 女性に対して、その言葉選びは何ですか!!」

「うん、アーチャーが正しい!」

「私も先輩と同意見です」

「キャスターさん。もう少しデリカシーを持った方がいいですよー?」

 

私達のバッシングを受けて、少しヘコんだ顔をするキャスターさん。

 

「俺が悪いのかよ…」

 

はい!

 

「ハァ、もういいわ。それより随分と早かったわね?」

「ああ…、結界っても、侵入者の感知くらいなもんだからな。だが、霊体化した相手でも感知できる優れものだぜ」

 

キャスターさん、凄い自信です。出来る男、って感じです。

 

「そう。それなら、貴女達の話をじっくりと伺うことも出来るわね?」

 

そう言って私達を見るオルガマリーさんは、悪魔のような笑顔を湛えていました。

 

 

 

 

 

「さて、話してもらおうか。えりとアーチャーの秘密とやらを」

 

教室の椅子に腰かけた立香さんは、不敵な笑みを浮かべながら言った。立香さん、にーさまみたいです。

 

「何で藤丸が仕切ってるのよ!」

「えっと、ノリ?」

『ハハハ、立香君はノリがいいね』

「ロマニ、貴方まで!」

 

何だか姦しいですねー。ロマンさん、男の人ですけど。

 

「所長、落ち着いてください。それよりもお二人に話を聞きましょう」

「ッ! そうね。こんな些細なことで目くじらを立ててる場合じゃなかったわね。

だけどマシュ。話を聞くのは、この二人にだけではないわ」

「え、所長。それはどういう…」

『もちろん、ボクも関係者だからな』

 

画像越しににーさまが言うと、マシュさんが、あっという表情になった。

 

「桂木は、随分と潔いのね」

『ある程度の情報開示をしなければ、信用は得られないだろ? ゲームでも、ここで選ぶべき選択肢は、秘密を明かす一択だ』

 

さすがはにーさま。こんな時でもゲーム準拠ですか。

 

「貴方、何をふざけて…!」

「いえ、にーさまはリアルと関わるときは、大体ああですから」

「……本当に?」

「はい」

 

まあ、慣れてないと、ただの気味の悪い人ですからねー、にーさまは。それでも今は、ゲームをしていない分、かなり真剣なんだと思います。

 

「わかりました。桂木の事は、深く考えない方がいいようね。

では早速、説明してほしいのだけど」

「それでは、私から始めましょう」

 

そう言ってディアナさんは、軽く咳払いをしてから説明を始めました。

 

「私は天界の住人で、真名をディアナと言います」

 

しばしの沈黙。そして。

 

「「『えええええ!?』」」

 

オルガマリーさん、ロマンさん、マシュさんがとても驚いてます。

 

「えっと…、みんな、なんで驚いてるの?」

「先輩、わからないんですか?」

「天界の住人でディアナと言えば、ローマ神話の大神ユーピテルの娘、ディアーナでしょう!」

『立香君には、ギリシャ神話のアルテミスと同一視されている女神、と言った方がわかりやすいかな?』

 

なる程、そーだったんですかー。……って、私まで感心してどうするんですか。

それで、立香さんはと言うと。

 

「……ええっ!? それじゃアーチャーって女神様なの!?」

 

どうやら今まで、理解が追いついてなかったみたいです。何だか親近感が持てますねー。

 

「確かに私は、人間が言うところの神です。しかし同時に、ローマ神話の女神ディアナそのものではありません」

「え? どういうこと?」

『立香君。我々が召喚するサーヴァントは、様々な偉業を為した英雄の霊、英霊だ。それよりもランクの低い幻霊では、現世に留めるための力がないし、ランクの高い神霊では、召喚そのものが出来ないんだ。……普通ならね』

 

あ~、サーヴァントの召喚について習ってたときに、そんな事言ってたような気がします。

 

『だけど、神格を大きく削り、人間の体に降ろせば、理屈の上では召喚も可能になってくる。

女神ディアナ。貴女は人間の少女、鮎川天理の体に宿る形で顕界した、デミ・サーヴァントではないのですか?』

 

ロマンさんの推測にディアナさんは、軽く微笑んでから言った。

 

「そうですね。ある種のデミ・サーヴァントというのは間違ってはいませんね。

けれど、私と天理の関係は、デミ・サーヴァントのそれとは違います」

 

オルガマリーさんは少し考え込んで、ディアナさんに尋ねます。

 

「……どういうことなのか、説明してくれるかしら?」

「はい。少し古い時代からになりますが…」

 

そう前置きして、ディアナさんは語り始めました。

 

 

 

 

~ディアナ~

---今から300年以上前の事です。冥界では、天界と人間界の三界を制覇しようとする古悪魔(ヴァイス)と、それを阻止しようとする新悪魔の争い、アルマゲマキナが勃発しました。

熾烈を極めた争いは古悪魔が優勢に進んでいきますが、新悪魔達は切り札として、天界に助けを求めてきました。

それに応え志願したのが、私達[ユピテルの姉妹]です。

 

 

 

「ユピテルの姉妹、ですか?」

 

シールダーの少女、マシュさんが尋ねてきました。とはいえ、これは予想の範囲内ですが。

 

「[ユピテルの姉妹]とは、(いにしえ)の天界の王の子供達の血と名を受け継いだ、天界の巫女達です。私はディアナの名を受け継ぎました」

「なる程な。それで『ディアナ』そのものじゃねぇ、ってわけか」

 

キャスターは感心した様に言ってますが、どこか確信めいているようにも感じます。

 

「……あれ? でもさっき、ランサー相手に『出典を異にする妹』とか言ってなかったっけ?」

 

藤丸立香さん、でしたか。あの状況でも、聞くべき事は聞いているようですね。ですが。

 

「それは後ほど。今は話を続けさせてもらいますね」

 

そう断りを入れ、私は続きを語り始めた。

 

 

 

---私達[ユピテルの姉妹]は新悪魔達に力を貸し、古悪魔達と戦いました。そしてアルマゲマキナ最終決戦の地、グレダ東砦にて、私達姉妹が人柱となって古悪魔達を封印したのです。

こうして冥界には平穏が訪れるはずでした。しかしそれは、上辺だけのモノだったようです。

それから300年後の現在、……この時間軸から1年後の7月に冥界の…、現在は新地獄と呼ばれているそこで活動する違法組織、[正統悪魔社(ヴィンテージ)]によって封印の一部が破られ、地上、人間界に古悪魔達の魂が逃げ出し、同時に私達姉妹も解放されたのです。

その時、新地獄と人間界を結ぶ道に迷い込んでいたのが、当時7歳の天理と桂木桂馬さんでした。

 

 

 

「ええっ!? 桂馬くん!?」

 

藤丸さんは桂木さんの名を聞き、とても驚いているようですね。オルガマリーさんとロマニさんも声には出さないものの、その表情を見れば同様に驚いているのがわかります。

 

『ああ。もっとも、その時ボクは気を失ってたから、ディアナの事を知るのは、ずっと後だけどな。

因みに余談だが、天理の誕生日は1月3日だから、この時はまだ6歳だ』

「細けぇよ!」

 

全く、キャスターの言うとおりですよ。今更ですが。

 

「……話、続けますよ」

 

 

 

----古悪魔達に囲まれていた二人を助けるため、私は天理の体に入り込みました。とはいっても同化したわけではなく、天理を宿主として間借りしている状態ですが。

私は桂木さんを抱え逃走し、無事地上へ逃れることが出来ました。

その後、ヴァイスの大脱走の際に起きた地震によって、天理の家と桂木さんの家が倒壊していたため、天理と桂木さんは別々の地への引っ越しを余儀なくされます。

二人が再会したのは、十年後の事でした。

 

 

 

「……これが、私と天理の出会いの顛末です。後は…、桂木…桂馬さんの話の後にしましょう」

「……何故、桂木なの?」

 

オルガマリーさんがおかしな事を聞いてくる。

 

「それは、これから先の話は、私達は途中から関わったことなので…」

「そうじゃなくて! 何故、我々の疑念の渦中にある、桂木えりの話ではないのかと聞いているの!」

 

ああ。そういう事ですか。けれど、もしえりさんに話を振ったら、余計なことまで口にしそうなんですが。

 

『それは、これから話す出来事に巻き込まれた中心人物が、ボクだからだ』

「え?」

 

なる程。確かに間違ってはいませんね。巻き込まれた中心人物は桂木さん。まあ、実は天理も一枚噛んでいたみたいですが。

 

『それに、えりに長い話をさせてみろ。話がとっちらかって、中々先に進まなくなるぞ?』

「うえぇ!? にーさま、ヒドいです~!」

 

こちらも、まあ、間違ってはいませんね。

 

『と言うわけでボクから話をさせてもらう。

……だがその前に、ディアナ。今もお前と天理は一緒なのか?』

 

そういえば、その説明はしてませんでした。

 

「はい。今は私が表に出てますが、天理と代わることも出来ますよ。……代わりますか?」

『そうだな。紹介も兼ねて代わってもらえるか?』

「わかりました」

 

私は頷いてから、天理と体の主導権を切り換えた。

 

 

 

 

~桂馬~

天理の体が輝いたかと思うと、背中の翼が一瞬にして消えた。

 

『あ、あの、初めまして。鮎川天理です』

 

モニター越しの天理が、みんなに挨拶をしている。

 

『え、えーと、その…』

 

ごそごそ

 

プチッ、プチッ…

 

『(気泡緩衝材を潰し始めた!?)』

『(天理さん、相変わらずですねー)』

『(ってゆーか、英霊になってもプチプチ持ち歩けるの?)』

『(自分を構成する大事な要素なら、有り得なくもねぇが…)』

『(それは、大変奥が深い話です)』

 

なんかコソコソ話してるけど、バッチリ聞こえてるぞ? あと天理。プチプチがお前を構成する一部って言われてるけど、いいのか?

 

「あー、天理。もういいからディアナに代われ」

『ふぇ!? あ、うん。

…………あの、桂馬くん』

「ん? なんだ?」

『頑張ってね』

「頑張るのはえり達なんだが。だが、まあ、ありがとう」

 

ボクがお礼を言うと、天理ははにかむように笑った。……天理は、辛くはないのか? だってボクは…。

 

『桂木さん?』

 

いつの間にか天理と入れ代わったディアナが、ボクに声をかける。

 

「……いや、何でもない。

さて、いつまでも待たせるわけにいかないな。それじゃあ話すぞ。ボクが巻き込まれた出来事を」

 

そう言ってボクは、あの出来事を、駆け魂狩りと女神探し、そして全ての始まりのことを語り始めた。




始まった【神のみ】説明回。次回はダイジェストで【神のみ】本編です。


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攻略はメールとともに。

まるでウロボロスみたいなもんだ。


~桂馬~

---ボクの名前は桂木桂馬。又の名を落とし神。ギャルゲーとゲームヒロインをこよなく愛する高校生。

それはある日のこと。一人慎ましやかにPFPを嗜んでいると、一通のメールが送られてきた。

 

落とし神へ

どんな女でも落とせるという噂を聞く。

まさかとは思うが、本当なら攻略してほしい女がいるのだ。

自信があるなら「返信」ボタンを押してくれ。

 

PS:ムリなら、絶対に押さないように!!

ドクロウ・スカール』

 

また一人、迷える者が現れたと、ボクは返信ボタンを押す。すると突然、空から一人のリアル女が降ってきた。

彼女の名前は、エリュシア・デ・ルート・イーマ。地獄から駆け魂を捕まえるためにやって来た、駆け魂隊の悪魔だという。

 

 

 

『かけたま?』

「かけ玉汁じゃないぞ? 駆け足の『駆け』るに『魂』で『駆け魂』だ」

 

立香の疑問に答える。

 

「先に言っておくが、駆け魂はさっきディアナが言っていた古悪魔、ヴァイスの魂の事だ。新悪魔達は脱走した古悪魔を駆け魂と呼んで、結成した駆け魂隊が回収していたんだ」

 

それだけ言うと、ボクは続きを話し始めた。

 

 

 

---ボクはエルシィ…、エリュシアの愛称だが、彼女の協力者(バディー)になってしまったらしい。首には契約の首輪が着けられ、契約不履行、失敗、そしてどちらかが死んだ場合、首輪が作動して首をもぎ取るそうだ。

命がかけられたボクは、ゲームではない、リアル女子を恋に落とさなくてはならなくなった。何故なら、駆け魂が潜む場所は女性の心のスキマだからだ。

予め言っておくが、駆け魂は女性の心のスキマに入り込み、負の感情を糧に力を蓄え、その女性の子供として転生を図ろうとしている。

それを阻止するには心のスキマを埋め、駆け魂を追い出してつかまえるしかない。そして、心のスキマを埋めるのには恋愛が一番! というワケのわからん理由で、ボクがバディーに選ばれたそうだ。

まあ、そんなワケでボクは、ゲーム理論を駆使して女の子達を恋に落としていったんだ。

 

 

 

『ヒュウ! ボウズ、見た目と違ってやるじゃねえか』

 

キャスターが感心したのか、ボクを誉める。嬉しくはないが。

 

『何言ってるのよ。こんなのただの、サイテー男じゃない』

 

オルガマリーの言葉が耳に痛い。流石にボクも、サイテーの事をしていた自覚はある。命がかかってなかったら、絶対にやらなかっただろうな。

 

『まあまあ、桂馬くんも命がかかってたんだから』

 

そう言いつつも、立香は苦笑いを浮かべている。人の心がわからんボクでも、思うところがあるのくらいは予想がつく。

 

「いいさ。女の子達を誑かしていたのには違いないんだ。だがお互いに救いがあったのは、攻略された女子からは、攻略の記憶が消えるって事だ。だから、お互いその事に振り回されることもない」

「それは、寂しくはないのかい?」

「……さあな」

 

ロマンの問いかけに、ボクは素っ気なく答えた。

 

 

 

---エルシィはボクの腹違いの妹として我が家に入り込んだ。ボクとエルシィが常に一緒に行動できるように、ドクロウが仕掛けたらしい。

ボクは駆け魂を持つ子を発見する度に、彼女達を恋に落として駆け魂を追い出していくことになった。

そして一学期の終業日、ボクの家に、母親と共に天理がやって来た。まあその時のボクは、天理の事なんてすっかり忘れていたが。

 

 

 

『そうです! あんな目にあったというのに、どうして忘れられるんですかっ!』

「話し始めてすぐに横やりを入れるんじゃない! 確かに悪かったとは思うが、思い出したんだからいいだろ!?」

『そういう問題ではありません! 天理は十年の間、どれだけ桂木さんの事を想っていたと!』

 

思わずヒートアップしそうになるが、その時。

 

『待ってください、ディアナさん! 天理さんが想っていたにーさまは…』

『……! そう、ですね』

 

えりのお陰で、ディアナの暴走は抑えられたようだ。

 

『えっと、どういうこと?』

「すまない、立香。今話すと話の流れがおかしくなる」

『……うん、わかった』

 

どうやらこちらの意図を汲んでくれたようだ。ボクには出来ない芸当だな。

 

 

 

---エルシィが天理に近づくと、一瞬だが駆け魂センサーが鳴ったそうだ。ボクは気づかなかったが。

因みに駆け魂センサーは、今、えりが髪留めとして使ってるドクロの奴だ。駆け魂が近くにいると知らせてくれる。

そんなこんなで翌日、隣の市に買い物に向かうと、天理と遭遇。おかしな挙動で危険な目にあったりして文句を言うと、突然雰囲気が変わり、よくわからないことを言って去っていったんだ。

まあ、今ならそれがディアナだってわかるが、その時ボクは、駆け魂の影響で天理の抑えられていた人格が現れたんだと思っていた。今までも駆け魂の影響で、おかしな行動や異常現象を起こすやつがいたからな。

だが天理は既に、他の駆け魂隊に攻略対象として登録されていた。そいつの心のスキマの埋め方は、願いを叶えること。

そいつは天理の心のスキマが、天理がボクに惚れていて、その愛憎だと勘違いした。そしてボクを殺そうとしたんだ。

ボクは殺されたくないし、ボクが死んだらエルシィも死ぬ。それでボクは天理、そしてもう一人の天理と手を組んだ。

逃走の途中、もう一人の天理との情報交換で、古悪魔がヴァイスと呼ばれていたこと、十年前の出来事、彼女は天理の別人格ではなく、ヴァイスを封印した存在だということ、そしてディアナという名前を知ったんだ。

因みに天理の中には実際駆け魂がいた。ディアナに取り付けられていて一緒に入ったらしいが、天理には欲望とかが無くて、駆け魂は成長できずに弱っていたそうだ。

それでボクたちは一芝居打って、ボクが駆け魂を追い出したように見せかけて、その駆け魂隊に回収させたってワケだ。

 

 

 

『そうでしたね。そのせいで、桂木さんを好いている天理はともかくも、体を一緒にしている私のファーストキスまで奪われたのですから』

 

一瞬にして空気が凍る。待て、ディアナ。ここでそんなこと言うか、フツー!?

 

『ちょっと待って。……ねえ、桂馬くん。恋に落とすって、どういうことするのかな?』

 

立香は笑顔で言うが、その目は据わっている。

 

「……その子の悩みを解決しながら距離を縮め、最後はキスをする」

 

ボクは努めて冷静を装って言う。

 

『……サイテーだね』

『サイテー男ね』

『ええ、桂木さんはサイテーです』

 

くっ、流石に今度は、何の擁護も無しか。えりとロマンは他人事のように目を逸らすし、キャスターは感心した様な視線を送っているが、流石に女性陣からの総スカンを喰らう気は無かったらしく、無言を貫いている。マシュだけは、よくわからないという顔をしているが。因みにダ・ヴィンチは、離れたところで笑いを噛み殺している。ダ・ヴィンチ、いつか倒す!

 

「……話、続けるぞ」

 

 

 

---後日、天理が隣りに引っ越してきたことで、ディアナから話を聞くことが出来た。曰く、自分は天界の住人、神であり、駆け魂を封印した者。そして駆け魂とは違い、愛によって力を取り戻すと。

まあ、ボクはしばらく、その話を置いておくことにしたんだが。まだ、それを裏付けるだけの情報が無かったからな。

そして夏休み、更に新学期からも駆け魂狩りの悪夢からは逃れられず、ある日ディアナから姉妹を探してくれと頼まれた。ディアナの話にもあった[ユピテルの姉妹]だ。ディアナが言うには、他の姉妹も駆け魂を着けられていた可能性が高い。なら、ボクが攻略した女性の中に姉妹がいるかもしれない、というワケだ。

しかも、女神がいる女性には攻略の記憶があるかも知れない、と。

 

 

 

「桂木君、それはどういうことだ?」

「攻略を受けた子は、地獄の技術で記憶を消される…、まあ記憶操作の方が近いみたいだが。だが女神がいる子には、その女神から記憶のバックアップがあるってことらしい」

 

ロマンの疑問に答え、更に話を続ける。

 

 

 

---この話を聞いたボクは、ゲームと攻略の合間、手が空いてるときに調べようと悠長に構えていた。だが、それが悲劇を生むことになってしまったんだ。

中間試験の二日目、ある攻略女子が女神の宿主だとわかったんだが、その子は正統悪魔社(ヴィンテージ)の下っ端に刺されて意識不明になってしまった。

 

 

 

『にーさま。その方は有名人なので、変に隠さないでハッキリと言った方がいいと思います。後でバレた方が怖いと思いますよ?』

『有名人?』

 

立香が聞き返す。……確かに、えりが言う事にも一理あるか。

 

「……そうだな。その少女はクラスメイトの、中川かのんだ」

 

腹を決めたボクが、その名を告げる。

 

「『ええっ!? かのんちゃん!?』」

 

立香はともかく、ロマンも驚くとは思わなかったが。

 

『あの、先輩。中川かのんとはどなたなのですか?』

『かのんちゃんは日本のトップアイドルだよ!

……そういえば少し前、かのんちゃんが学校で告白したって噂が立ったけど…』

「……ボクのことだな。かのんには攻略の記憶が残って…、いや、戻っていたからな。刺されたのはそのあとだ」

 

今考えても、何故あの時引き止められなかったのかと悔やまれる。無事解決したとはいえ、刺されたことが無かったことになるわけじゃないからな。

 

 

 

---かのんに突き立てられた剣には呪いがかかっていて、引き抜くことも出来ず、更に最悪呪いによって、アンデッド化する可能性もあるという。不幸中の幸いだったのは、かのんの中の女神アポロのお陰で、多少時間に余裕があったことだが。

かのんの大ファンであるエルシィを彼女の代役に立て、エルシィの友人のハクアという悪魔にエルシィの代わりを頼み、ボクは他の女神を探すことにした。

ああ、かのんの代役の方は、今、えりが身に着けてる羽衣で髪を造り、錯覚魔法で誤魔化したそうだ。

ともかくボクは、何者かの意志でボクの近くに女神達が集められていると予測を立て、可能性の低い子を排除し、五人の候補の中から残り四人を見つけるために、再攻略を始めたんだ。

 

 

 

『えっ? なんでそんな事になるの!?』

 

立香の疑問に答えようとすると、そっとディアナが言った。

 

『それは、愛の力で姉妹の力を取り戻すためですね? もし姉妹達を見つけられても、またヴィンテージに襲われるかも知れないから』

『あ…』

 

複雑な表情で言うディアナに、立香は二の句が継げないでいる。

 

「そういう事だ。……続けるぞ」

 

 

 

---ともかく、ボクとしても余り言いふらしたくないから割愛するが、女神の一人、ウルカヌスによってかのんの剣は抜かれ、命の危機は脱した。だが防御の魔法で目覚めないかのんを目覚めさせるために女神探しを続行し、なんとかマルス、ミネルヴァまで無事に見つけることが出来た。

しかし最後の一人メルクリウスの宿主を攻略中に、ヴィンテージが動いてディアナ、……いや天理、そして最後の宿主とあと一人以外のボクの攻略女子が、全員拉致されてしまった。ボクの攻略相手の中に女神がいると、感づかれたらしい。

ボクは望みをかけて、何とか最後の女神を復活させ、更に駆け魂隊の活躍で、どうにかヴィンテージの野望を阻止したんだ。

……だがそれは、始まりのための結末だった。

一週間後、ボクは、ボクの魂は、女神達の力で十年前のボクの体へと飛ぶことになったんだ。

 

 

 

『過去ですって!? それはもう魔術ではなく、魔法じゃないの!』

「ボクにそっちの世界の常識はわからんが、相手は神や悪魔だぞ。人間以上の能力を持ってるのが当たり前だろ?」

『ぐ…』

 

ボクの反論に、オルガマリーは口ごもる。

 

「それに流石に、六人の女神が力を合わせて発動させたんだ。俄に出来ることじゃないのは確かだろ」

 

大体、ほいほいタイムスリップ出来るんなら、封印以外の方法でヴァイス達をどうにか出来たはずだからな。

……そう言やレイシフトって、どういう扱いなんだ?

 

 

 

---ハッキリ言って、このタイムスリップは繰り返しとか複雑に絡んでくるから、かなりザックリ割愛するぞ。

まずタイムスリップの目的は3つ。

・1つ、ある少女と会うこと。

・2つ、天理と会うこと。

・3つ、女神が宿る予定の子の心に、スキマを開けること、だ。

ただしこれらは、この事を意図した者から一切聞かされることなく、ボクは過去へと送られた。ただ、一緒に送られたオーブに導かれて、ボクが独断でやったことだ。

つまりボクがしたことは、女神を復活させたボク自身が、過去でその準備をしたってこと。

天理とはその準備のために協力関係になって、……その時にボクのことを好きになったらしい。だから天理が想っていたボクは、未来のボクだったってことだ。

 

 

 

『そうか。さっきのえりのセリフって…』

「ああ。そういう事だ」

 

過去、駆け魂に囲まれたときにボクを助けようとしたのは、ボクのことを想ってというのもあるだろう。だけどそれ以上に、未来のボクと再会する、という想いが強かったからじゃないのか? 天理には、ボクの答えはわかっていたはずなのに。

 

「……さて。ここでもう一度、ディアナにバトンタッチした方がいいかな」

『そうですね。その方がいいでしょう。この、大きな時の輪を相手取った事件の、その結末を語ることとします』

 

そう言ってディアナは一つ息を吐き、結末に向けて語り始めた。




Fate組の方、もう少しご辛抱ください。次回の途中で【神のみ】ダイジェストは終わる予定ですから。


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藤丸立香の憂鬱

現実(リアル)女をだましてやったんだよ。
バーカ!!


~ディアナ~

---桂木さんが過去へと旅立ったあと、こちらでも事態は動いていました。

サテュロス。その存在を知ったのは全てが解決した後ですが、古き悪魔の名を冠したその組織は、新地獄の暗部そのものであり、ヴィンテージですらその末端でしかないそうです。

この者達の目的は、私達女神を捕らえ、アルマゲマキナに使用された兵器を復活、再び戦争を始めることでした。

私達は、時が来るのを待ちながら宿主の内に潜んでいましたが、原因はわかりませんが、敵に私達の事が知られてしまいました。

私達は協力者の方によって助けられ、桂木さんを呼び戻すための装置、[渡航機]へと向かいましたが、そこで異変が起きます。世界から何も無くなってしまったのです。

 

 

 

「何も無くなった、ですか?」

 

マシュさんの問いに、私は首を縦に振る。

 

「本当に何も無い、真っ白な世界でした」

「なんだか[精神と時の部屋]みたい」

 

精神と時の部屋? 藤丸さんは、何の話をしているのでしょう?

 

「ええと、[精神と時の部屋]というのはわかりませんが…。ともかくそこに存在したのは、私を含めた[ユピテルの姉妹]の宿主と、十年前の桂木さんの魂が入った現在の桂木さんの体。そして壊れた[渡航機]だけでした」

「それは[渡航機]が壊れ、[過去]と[現在]が繋がらなくなったために[現在]が消失したという事?」

「おそらくは」

 

オルガマリーさんの質問に、やはり首を縦に振りながら肯定をした。

 

『ま、待ってくれ』

 

ロマニさんが困惑した表情で待ったをかける。

 

『確かにしばらく前に、日本で高魔力反応が現れて高レベルの時空振動が現れたのを確認したけど、次の瞬間には全くの正常値に戻っていたことがあった。……いや、データを遡っても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あくまで僕達の記憶にのみ残っている現象だったんだ。だから、その話が真実なのは間違いないだろう。

だけどそれならば何故、[現在]が消失したのに君達は存在していたんだ?』

 

それはもっともな意見です。実際あの時は、私達も疑問に思っていたことですから。

 

「それはエルシィさんが、私達の存在を維持してくれたからです」

「ま、待ちなさい! いくら悪魔だからといって、消失した世界に存在を維持させるだなんて、魔法レベルの奇跡よ!?」

『そのエルシィという悪魔の少女は、とても優秀だったのかい?』

 

その質問に答えようとすると、通信の向こうから桂木さんが答えた。

 

『いや。エルシィはポンコツ悪魔だぞ。ドジでのろまで、すぐに地獄の常識で物事を進めようとする、厄介事を撒き散らすバグ持ち悪魔、略してバグ魔だ』

「に、に~さま~…」

 

えりさんが不満の隠った声で桂木さんを呼んでいますが、ここは敢えて無視をしましょう。

 

「エルシィさんのことは後で触れましょう。話を続けさせてもらいますね」

 

 

 

---消失世界で私の姉、ウルカヌスによって、[渡航機]の核であるオーブを修復し、過去の桂木さんと連絡をとり合いました。桂木さんは残っていた作業を進め、私達はそれを待っている。

その間にもちょっとした騒動はありましたが、それは些細なことですね。

桂木さんは作業を終え、私達は桂木さんの魂を呼び戻します。そして繋がった歴史(セカイ)は存在を取り戻しました。

私達は満を持して戦いの狼煙を上げ、地獄の反乱分子を制圧します。あ、命は奪っていませんよ? 宿主の精神衛生上宜しくありませんし、無駄な殺生は好みませんから。

こうして騒動は収まったのですが、桂木さんが目を覚まさなかったのです。

この時桂木さんは、精神世界にいました。その相手はエルシィさんです。

駆け魂を回収し、女神(わたしたち)を復活させ、現在(いま)過去(むかし)を繋ぎ、全てが終わった桂木さんにエルシィさんが伝えたのは、エルシィさんの正体がラスボスだったという事でした。

 

 

 

「『……は?』」

「え、ちょっと待って? そのエルシィって子がラスボスって、その子が黒幕だったって事?」

「あの、理解が追いつかないのですが」

 

ああ、桂木さんから説明を受けたとき、私と天理もこの様な感じでしたね。

 

「この場合は、桂木さん的な言い回しで言うラスボスですね。つまりゲームで最後に戦うボス、という意味です。

……エルシィさんは、サテュロスが復活させようとしていた兵器から、ドクロウ・スカールが悪魔に転生させた存在だったのです」

 

皆さん唖然としています。まあ、気持ちはわかりますが。

 

「先程の、エルシィさんが私達を維持できたのも、その兵器が持つ莫大な魔力を利用しての事ですね。ハッキリ言って、アルマゲマキナの時にそれを倒すのではなく封印をしたのは、まともに戦うにはあまりにも危険な存在だったからです」

「そ、それで、エルシィはどうなったの?」

「この世界を気に入ってくれたエルシィさんは、桂木さんとの契約を解除して、兵器とはならずエルシィさんとして消えました。一部の関係者以外、悪魔達でさえエルシィさんを憶えている者はいません」

 

消えたと聞いて、みんなが神妙な面持ちで黙り込む。

 

「これが私達に起こったことです。

因みにえりさんが身に着けているのは、エルシィさんが残した地獄の道具です。えりさんが上手く扱えるのは、えりさんの魔力の質がエルシィさんと極めてよく似ているからですね」

「悪魔とよく似た魔力って…」

 

オルガマリーさんがどう突っ込むべきか、わからずにいます。私だってわかりません。

 

「さて、話は最初に戻ります。私が神話にあるディアナそのものではない理由ですが、私がディアナの名を継いだ巫女である事も然る事ながら、私自身がディアナの霊基の一部を取り込んで顕界している為なのです」

『なっ、霊基の融合だって!?』

『人格はどうなってるんだ?』

 

人格…、考えてもみませんでしたが。

 

「そうですね…。普段は巫女である私だと認識してますが、戦闘の時には神話の方のディアナが三割ほど出てきます。

記憶に関しては、私の記憶にディアナの記憶が加わって、更にギリシャ神話とローマ神話を同一視する影響で、アルテミスの逸話が混ざっている…というか汚染されている感じですね」

「だから『出典が違う』だったのかぁ」

 

藤丸さんが、ようやく納得出来たとばかりに頷いた。

 

「あのー、ディアナさん。天理さんはどうなんですか?」

「天理は影響を受けていません。そもそも霊基を取り込んでいるのは私であって、天理ではありませんから」

 

えりさんの疑問に答えてから、私は更に説明をする。

 

「私は神とは言っても、力の殆どを使い果たし、天理の体に住まわせてもらっている状態です。ある程度力も戻り、頭上の輪と翼を取り戻しましたが、全盛期には程遠いと言わざるをえません。

そして、サーヴァントとして呼び出されるほどの知名度や伝承もありません。ですが、私が受け継いだ名前が縁となって、神話にある女神の力の一部を取り込むことによって、ようやく顕界する事が出来たというわけです」

 

そう、私はサーヴァントとしては、出来損ないです。事実、受け取った宝具以外は、彼の女神の技能を私の技能レベルに落とし込んでいるに過ぎず、後は自分自身の技能で騙し騙し闘っているに過ぎません。

ですが、それが闘わない理由にはなりません。むしろ、人類史の危機に闘うための力を得たことは、嬉しく思います。……天理には申し訳ありませんが。

 

「……わかりました。若干納得のいかないところもありますが、貴方達の話を信じましょう。

他に確認したいことがある者はいる?」

 

オルガマリーさんが確認をとると。

 

『ああ、それじゃあ僕から』

 

ロマニさんが名乗りを上げ、ひとつ咳払いをし。

 

『貴女達女神の宿主として、鮎川天理、中川かのんの名前が挙がっていたけど、後の四人はひょっとして、高原歩美、九条月夜、汐宮栞、五位堂(ごいどう)結で合っているかい?』

 

な、ロマニさんはどうしてそれを!?

 

『なるほど。ボクの家で言っていた、魔力の高い六人の中に、天理とかのんが入っていたんだろ。そして残りの四人が、歩美、月夜、栞、結だったって訳だ』

 

ああ、そういう事でしたか。確かに同じ六人で、その内の二人が女神の宿主なのですから、容易に想像が出来ますね。

 

『その通りだよ、桂木君。それで、実際どうなんだい?』

『答えるその前に、なんでそんなことを聞く? かのんは、後でバレて追求されるよりもマシと思って名前を出したが、他の四人は一般人だし、プライバシーだってあるからな』

 

か、桂木さんが他人を思いやっている!? そんな…、何か凶事の前触れですか!?

 

(ディアナ。いくらなんでも、桂馬くんに失礼だよ?)

 

う…、確かに天理の言うとおりですね。ですが、以前の桂木さんでは考えられないのは事実です。

 

『確かに桂木君の言うとおりだ。ただ、以降もサーヴァントの召喚を続けていくことになったら、他の女神達も召喚される可能性もあるし、予め聞いておこうと思ってね。ほら、君達の説明って、なんだかフラグっぽかったじゃないか』

『ぐっ、確かに。説明で名前の上がった人物が後々登場するのは、ゲームの展開上よくある事だからな』

 

またゲームですか。まあ、ゲームに留まらず、物語では確かに有りがちですが。

 

『仕方がないか。ああ、確かにその四人が女神の宿主だ。上から順に、ウルカヌスが月夜、アポロがかのん、ディアナが天理、ミネルヴァが栞、マルスが結、そしてメルクリウスが歩美、以上だ』

『わかった。ありがとう、桂木君』

「それでは、私もいいでしょうか」

 

次に名乗りを上げたのはマシュさん。勿論と、私は軽く頷いた。

 

「あの、それではえりさん。姿を消したり、ディアナさんそっくりの動く人形を作ったりと、その羽衣はどういったものなんでしょう?」

「あわわっ!? は、羽衣ですか? えっとこれは、なんでも出来る凄い羽衣なんですっ!」

 

えりさん…。

 

『落ち着け、えり。お前いま、物凄く頭の悪いこと言ってるぞ?』

「あうぅっ。お、落ち着け、私…。

ええと、これは正式には[新魔布]と言って、電魔ナノマシンのゲルを帯状にした物らしいです」

「意外と科学的!?」

 

予想外の[ナノマシン]という単語に、驚きの表情を浮かべるオルガマリーさん。斯く言う私も、天理と十年間一緒にいなければ、科学的な単語についていけなかったと思いますが。

 

「なんでも魔力のロスが無いので、僅かな魔力でも扱えるそうです。組み込まれてる魔法…、あ、魔術でしたっけ? とにかく、その中でも簡単なものなら、普通の人間にも使えるみたいですよ?」

『ああ。実際ボクも、その羽衣で透明化したことがあるからな』

 

成る程。ヴァイスよりも能力の低い新悪魔が、それを補うために魔法科学を高めていった様ですね。

 

「えっと、こんな回答でいいでしょーか?」

「あ、はい。ありがとうございます、えりさん」

 

どうやらマシュさんには納得してもらえた様ですね。

 

「ねえ。キャスターには何か聞きたいことある?」

「いいや。そもそも、それ程興味があるわけでもねえしな」

 

藤丸さんの問いに、本当に興味なさそうに答えるキャスター。藤丸さんは軽く頷いて、画像越しの桂木さんに視線を向け。

 

「それじゃあ最後に、凄く個人的なことだけど」

 

そう前置きをして藤丸さんは尋ねた。

 

 

 

 

 

~立香~

私はディアナや桂馬くんの話を聞きながら、モヤモヤしたものを感じてた。でもこれは、今の私達には関係ない話。そう思って黙ってたけど、話が終わって、質問する人も他にいないんだから、聞いちゃってもいいよね?

 

「桂馬くんって彼女いたよね? ちひろって言う」

「ええっ!?」

 

あ、所長もやっぱり驚いた。うん。これが普通の反応だよね。むしろ普通に、「そうなんですか?」って表情で桂馬くんを見るマシュの純粋さの、何たることや。くうぅ、なんだか無性に庇護欲をかきたてられるんだけどっ! 守ってあげたい、キミの笑顔っ!

……いけない、(思考)が逸れた。

 

「桂馬くんは彼女がいるのに、()()()()()してたの? いくら、悪魔と契約してたからって。だったら、ちひろって子があまりにも可哀想…」

「それは、違うよ」

 

気がつくと、ディアナの翼が消えてた。つまりこの子は。

 

「えっと、天理?」

「小阪さんは、桂馬くんに選ばれたんだよ」

 

選ばれた?

 

「ヴィンテージにみんなが襲われたとき助かったのは、私と高原さんと、あと一人。その人が小阪さんだよ」

 

……え?

 

「小阪さんも駆け魂が入っていた子で、女神の宿主候補の一人だったんだ。実際は違ったけど」

 

そう言えばさっき、五人の中から四人を探すって…。私は桂馬くんを見る。

 

『ちひろは、駆け魂の攻略の時も女神捜しの時も、攻略に失敗した女子だ。

駆け魂の時は、ちひろの心のスキマを読み違えた。女神捜しの時には、ちひろに攻略の記憶があって恋愛が続いてると思ってたが、なんて事はない。最初の攻略以前から、ボクのことが好きだったんだ』

 

桂馬くん、表情は変わってないのに、なんだか辛そうに見える…。

 

『最後の女神の宿主再攻略のためとはいえ、そんなちひろをボクは、ヒドい言葉で振ったんだ』

「もういい! もういいよ、桂馬くん!

……ごめん、桂馬くん。桂馬くんは充分に辛い思いをしてるのに、私の浅はかな考えで桂馬くんのこと…」

『別に構わないさ。それにもしかしたら、誰かにちゃんと聞いてほしかったのかも知れない。ちひろ本人に、こんなこと言えやしないからな』

 

そうだ。彼女は攻略の記憶が無いんだ。

 

「あー、ンンッ!」

 

私が項垂れてると、所長がわざとらしい咳払いをして。

 

「もう、これといった質問も無いみたいね。それではアーチャー・ディアナ、桂木桂馬及びえり兄妹(きょうだい)に対しての聴き取りを終了します」

 

そう言って、所長は強引に話を()()()()()()()()

 

 

 

 

 

それからしばらく経って。私は廊下の窓から外を眺めながら、ため息をひとつ吐く。

 

「先輩」

 

そんな私に、マシュが声をかけた。

 

「先程のこと、気にかけているのですか?」

「まあ、ね。桂馬くんはいいって言ってくれたけど、やっぱり気にしちゃうよ」

 

最後に笑顔を作って見せたけど、上手く笑えた自信はない。

 

「……桂木さんは、どんな想いで駆け魂というものを追い出していたんでしょうか」

「うん?」

「命がかかっていたから、やはり恐怖なのでしょうか? それとも、理不尽故の憤り?」

 

マシュの疑問に思考を巡らせて。

 

「私にはわかんないや。知り合ったばかりだし、気持ちを汲むことも出来ないよ。

……でも、もっとわかんないのは、えりだね」

「えっ? えりさんですか?」

 

少しだけ驚いた表情で、私を見るマシュ。

 

「えりにはね、きっと大きな秘密があるんだよ」

「そうなんですか?」

「うん。だってさっきの話の中で、悪魔の道具に関わるとき以外、えりの名前は一切挙がってないんだよ? あんな道具を受け取ってるくらいなんだから、駆け魂の攻略の時にも関わってたはずなのに。

……何より、えりにはちゃんと記憶があるみたいだしね」

「あ…、言われてみれば」

 

ハッとした表情のマシュ。

 

「多分、所長とDr.ロマンも気づいてるんじゃないかな。今思うと、最初に桂馬くんが言った『()()()()()情報の開示』って、隠し事はあるよって意味もあったのかもね」

 

ホント、今更だけどね。

 

「お二人で何を話されているのですか?」

「あ、ディアナ…、って、真名で呼んじゃってもいいのかな?」

 

と、こちらも今更ながら、こっちへやって来たディアナに尋ねる。

 

「ええ、構いませんよ。聖杯戦争なら兎も角、現段階において真名を伏せる意味は薄いですから」

「あの、ですがキャスターさんは…」

「彼はこの聖杯戦争の生き残り。どこでセイバーやあちらのアーチャーの耳に入るか、わかりませんからね」

 

そっかぁ。聖杯戦争のサーヴァントとカルデアのサーヴァントじゃ、立場も変わってくるんだね。

 

「それで…」

「ああ、ゴメン。何を話してたか、だよね。

桂馬くんに悪いことしたね、って事と、えりにはどんな秘密があるんだろ、って事」

「先輩!?」

 

マシュが慌てるけど。

 

「大丈夫だよ。きっと二人は……ううん、天理も含めて三人は、こんなこと想定済みだと思うから。……えりはどうだか知んないけど」

「えりさんはむしろ、よく誤魔化せたと感心していると思いますよ」

 

苦笑いを浮かべながら、ディアナが答える。

 

「ディアナさん、随分とあっさり認めるんですね?」

「私も桂木さんも、もちろん天理も、誤魔化しきれるとは思っていませんから。

ですが勘違いしないでください。先程の話で隠していることはありますが、嘘偽りは一切有りませんから」

 

真剣な表情で言うディアナに、今度は上手に出来た、……と思う笑顔を浮かべて私は言った。

 

「二人が嘘ついてるなんて思ってないよ。信用を得るため、とか言って嘘ついたら、信用どころの話じゃなくなっちゃうし、桂馬くんはともかくディアナは、嘘をつくには真面目な性格してそうだから」

「う…、確かに姉妹達からは、生真面目で重い女と言われましたが…」

 

オウッ、私、英霊…じゃなくて神霊の心にクリティカル攻撃しちゃった!?

 

「えっと、なんかゴメン」

「……いえ、気にしないでください。

それよりも、えりさんの事です。藤丸さんはえりさんの秘密を知りたいのですか?」

「……うん、知りたいよ? でも、無理矢理聞き出そうとは思わないかな。必要に迫られれば仕方がないけど、誰にだって隠しておきたいことはあるからね」

 

私も話したくない黒歴史はあるし、きっとマシュや所長、Dr.ロマンにだって、何か秘密はあるだろう。

 

「ありがとうございます、藤丸さん」

 

そう、お礼を言ってくれたんだけど。んー…。

 

「……藤丸さん?」

「えっと、私のことは『立香』って呼んでほしいな。ほら、藤丸だと男の子っぽいじゃない?」

 

所長には不発だったお願いをディアナにしてみた。すると一瞬目を丸くして、すぐにクスリと笑う。

 

「そうですね、わかりました。それでは『立香さん』と呼ばせてもらいます。

……天理も了解したそうです」

 

そう言えば天理も、苗字にさん付けで呼んでたね。

 

「さて、それでは失礼します。えりさんの事、本当にありがとうございます」

 

ディアナはお礼を重ねて去っていった。どうやら、えりの事を気にして接触してきたみたいだね。もしかしたらこの後、所長にもお伺いをたてるのかも知んない。

 

ふう…

 

私は一つ、息を吐く。

 

「いつまでも気にしてたって、しょうがないよね。まずは休んで、次の戦いに備えなくちゃ」

「! ……そう、ですね」

 

戦いって言葉に、過剰に反応するマシュ。でも、仕方がないよね。闘うのはマシュだし、そのマシュは、戦いは素人同然なんだから。

 

「大丈夫だよ、マシュ。キャスターやディアナもいるし、所長だってついてる。頼りないけど、私やえりもいる。カルデアでは、Dr.ロマンや桂馬くんも色々頑張ってくれてる。

マシュ一人で戦わせたりなんかしない。だから、きっとなんとかなるよ!」

「先輩…。はい!」

 

力強く返事をするマシュに、私は優しく微笑みを返した。




今回は結構長くなってしまいました。その訳は、次の話に持ち越したくない、と言うか、次の話のメインが伏せ字になってるあの子だからです。
次回、伏せ字の子の名前、解禁です。


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扉を開けて

駆け魂持ちの()たちは…
みんな…、こんな思いをしてたのか…



~■■~

私が毛布を被って籠もってから、結構時間が経ったと思う。ふと気がつくと、毛布の裾の隙間から淡い光が差し込んでいる。

恐る恐る毛布を捲ってみると、部屋の中は仄かに明るくなっていた。もしかすると、非常電源が入ったのかも知れない。

私は毛布から這い出し、ベッドに腰掛ける。しん、と静まり返った部屋。私は人知れず身震いをする。

……外は、どうなってるんだろう?

心の中から疑問と興味が湧き出してくる。

……でも。外に出るのは、怖い。誰にも、会いたくない。このまま、一人で居たい。

そんな思いが心を支配してる。

だけど。それとは裏腹に、外が気になる。他の人は無事なの? そして何より、一人でいる方が恐怖が募ってくる。

今の私は部屋の外への恐怖より、何もわからない恐怖の方が(まさ)っていた。

私は恐る恐る扉の前まで行き、ロックを解除した。すると扉はシュッ、という音とともにスライドする。

もう、後戻り出来ない。

そしてふと、海外のホラー映画やパニック映画を思い出す。こんな状況に追い込まれた登場人物が様子を見に外へ出ると、大概ゾンビや殺人鬼に襲われたりする。恐竜なんてのもある。

あれを見ていつも、「どうして外に出るんだろう?」と思ってたけど、こうして自分が体験するとよくわかる。未知の恐怖は果てしないって事が。だから、少しでも安心したくて外に出るんだって。

そんな事考えてたら、なんだか少し吹っ切れた気がする。恐怖心は変わらないけど、なんとなく心が軽くなったというか。そう。なんて言うか、開き直った? 少なくとも、閉じ籠もってるよりかはマシだと思おう。

部屋を出た私は、廊下を恐る恐る歩いてく。開き直ったって言っても、怖いものは怖い。他の人の安否は気になるけど、会って話をする気になるほど心を持ち直した訳じゃない。というより、わからない不安の方が勝ってるだけで、不快感と脱力感は未だに続いてるんだ。

私は施設の案内図を確認しながら、色々と回ってみた。だけどある場所は閉鎖されてたり、また別の場所は天井が崩れて通れなかったりしていた。でも、その先に行こうとは思わない。その先を見たらきっと、立ち直れなくなる気がしたから。

それからもしばらく彷徨って、ある扉の前に差しかかったとき。突然扉が開き、部屋の中から絶世の美女が現れた。……あれ? でもこの人、どこかで見た気がする?

 

「おや?」

 

彼女は私に視線を向けると、顎に手を当てて一瞬考える仕草をして、言った。

 

「ひょっとして君は、緑川理香君かい?」

「あ…、はい」

 

動揺しながらも、私は頷いた。

 

「ああ、やっぱりそうか。いや、無事で良かったよ。ロマニが心配してたけど、今はとても手の離せる状況じゃないからねえ」

 

ロマニ…、ロマンさん。親身になって、私の相談にも乗ってくれたお医者さん。こんなになってから完全に引き籠もるまでの間は、唯一まともに会話をしていた人だ。

心配してくれたんだ。ちょっと嬉しい、かな。

 

「それで君は、何をしていたんだい? ……なんてのは愚問だったね。部屋の外が気になって、居ても立ってもいられなかった、ってトコだろう?」

 

私は黙って頷いた。……この人、凄い。私の思考を完全に読んでる。

 

「フム…。ロマニによると、君は所謂、精神衰弱状態だって話だけど、私と一緒に来ることは出来るかな?」

「あ…、あまり人とは…」

 

正直、この人との会話も、余りしたくない。無事な人がいるってわかっただけで、私としては充分だから。

 

「成る程。だけど、カルデアがどういう状況なのかは知りたいんだろう?」

 

軽く頷く私。

 

「そうか。なら私に着いてくるがいい。何、みんなと話す必要は無い。なんなら隠れてたって構わないよ。ただ、現場の空気に触れ、会話を聞くだけでも、現状を把握することは可能なはずさ」

 

そう言って彼女が微笑んだ瞬間、彼女が誰なのかわかってしまった。

 

「モナリザ…?」

「ようやく気づいてくれたね? そう、私の最高傑作と名高い[モナ・リザの微笑み]…、その姿をもって召喚された私は、万物の天才レオナルド・ダ・ヴィンチさ」

「……………………は?」

 

ええと、この人は何言ってるの? その顔と佇まいは、美術室や図書室に飾ってある[モナリザ]の絵にそっくりで、でも、この人自身は作者の、レオナルド・ダ・ヴィンチだって言ってる。これって、想像の範囲外なんだけど。それとも、私が本調子じゃ無いから理解できないのかな?

 

「ハハハ、君も習ってはいるだろう、英霊の召喚システム。私はその、成功例第三号さ」

 

英霊。過去の英雄が、死後に[英霊の座]に至った存在。その英霊を使い魔として召喚するシステム。うん、確かに教わったけど。

 

「でも、モナリザ?」

「モナ・リザは私の最高傑作にして究極の美。ならば私自身が体現したとしても、不思議じゃないだろう?」

 

うーん、よくわかんない理屈だけど。

 

「……それって、コスプレイヤー心理みたいなもの?」

 

別にダ・ヴィンチさんに言ったわけでもない呟きに、彼女…、彼? は嫌がった表情になる。

 

「コスプレイヤーに例えたのは、君が二人目だよ」

 

あ、私の他にも同じこと考えた人、いたんだ。

 

「そう言った彼は、あろうことか私を、『万物の天才とは言っても所詮は、そこらのオタクと同レベルって事か』なんて宣ったんだ」

 

うわぁ、辛辣だなぁ。私だってさすがに、そこまでは思ってないよ。それじゃあダ・ヴィンチさんの存在意義を否定…!?

 

どくんっ!

 

突然、動悸が激しくなる。呼吸も荒くなって、それとともに段々と息苦しくなってくる。

 

「理香君!?」

 

ダ・ヴィンチさんが私に近寄って様子を伺い、息を止めろって言う。でも、私の意思じゃどうすることも出来ずに、首を横に振った。

するとダ・ヴィンチさんはタオルの様なものを取り出して、私の口と鼻を覆う。

 

「落ち着いて。ゆっくり、浅く息をするんだ」

 

必然的に酸素を取り込む量は減って、だけど息は段々と楽になっていった。

 

「……よし、もう大丈夫だろう。過換気症候群による、血中二酸化炭素量の減少によって引き起こされた、過呼吸症状だね。息を止めて二酸化炭素量を増やせば自然に治まるんだが、無理っぽかったのでね。少々荒療治をさせてもらったよ」

 

そう、なんだ。なんだか迷惑をかけちゃったな。

 

「……まあ、実際にやったのは初めてだったから、内心ドキドキしていたけどね?」

 

…………え゛?

 

「何、天才にだって初めての事はあるものだよ」

 

私、実験台にされた!?

 

 

 

 

 

私が連れて来られた部屋には、SFアニメで見るような、計器やスイッチの沢山付いた長机が何列も並び、そこで作業をする人達の姿。一段下の中央の座席には後ろ姿のロマンさんに、一週間くらい前に見かけた、私の代わりの子に付き添って来た人。

ダ・ヴィンチちゃん…、来る途中でそう呼ぶように言われた…が、机の計器類を操作していた人に耳打ちをして、その人達がそっと退室した。

ダ・ヴィンチちゃんは私にウインクする。どうやら私のために口を利いてくれたみたいだ。

私は机に隠れながら前を見る。大きなスクリーンには、大盾を持った少女と、鎌のような刃の付いた武器を持った女性が戦う姿が映し出されていた。大盾の少女の方が分が悪いのは、素人のわたしの目にも明らかだ。

だけど状況は一変する。突然現れた、セーラー服姿に天使のような輪と羽根を持った少女が、鎌?使いの女性を倒してしまったんだから。

 

 

 

 

 

覗き見ていてわかったのは、私の代わりの子が桂木えり、同伴してたのがお兄さんの桂木桂馬。赤毛の少女が藤丸立香で盾の少女がマシュ。あと、私も知ってるオルガマリー所長。

更にローブ姿の男がキャスターで、天使のような少女がアーチャー。この二人は英霊、サーヴァントらしい。

所長達は想定外のレイシフトをしたみたいで、今は人理修復の最中、ということだ。……想定外って、あの火災のことだよね?

移動先の学校でアーチャーと桂馬くんがしていた説明は、私には信じられないものだった。アーチャーはディアナっていう女神様で、地獄の悪魔を封印したとか、桂馬くんが女の子から悪魔の魂を追い出してたとか。こんな非日常的な状況じゃなきゃ、絶対信じてなかったね。……まあ、人気アイドルのかのんちゃんの中に女神がいるっていうのは、すんなりと納得がいったけど。むしろ、かのんちゃんが女神様でもおかしくないし。

……だけど。それよりも衝撃的だったのは、ディアナさんが説明を終えた後の、ロマンさんの質問だった。

 

「貴女達女神の宿主として、鮎川天理、中川かのんの名前が挙がっていたけど、後の四人はひょっとして、高原歩美、九条月夜、汐宮栞、五位堂結で合っているかい?」

 

……なんで? どうして彼女の名前が?

高原歩美。舞島学園高等部2年の陸上部。専攻種目はハードル走。県大会でぶっちぎりで優勝した、期待の新人。

先輩の応援のために大会に来ていた私は、彼女の走りに目が奪われた。そして気がついたら声をかけていた。

彼女、歩美は面倒見のいいさっぱりした性格で、私達はすぐに打ち解けた。アドレスの交換もした。さすがに舞島市と木梢(こずえ)町じゃ、簡単に遊びに行くって訳にもいかなかったけど。でも一度くらい、デゼニーシーに行っても良かったかなって、今更ながら思う。

 

「ああ、確かにその四人が女神の宿主だ。上から順に、ウルカヌスが月夜、アポロがかのん、ディアナが天理、ミネルヴァが栞、マルスが結、そしてメルクリウスが歩美、以上だ」

 

桂馬くんがロマンさんの疑問を肯定した。

そんな、どうして歩美なの? ……まさか歩美の足の速さって、女神の力? ううん、歩美がまさかそんなズル…。ああもう、頭ん中がグチャグチャして訳がわかんない!

 

『……それではアーチャー・ディアナ、桂木桂馬及びえり兄妹に対しての聴き取りを終了します』

 

所長はそう言った後、ロマンさんと少し会話をして通信を切った。

 

「……なんで」

「え?」

「ん?」

 

私の呟き声に反応して、二人が振り返る。

 

「なんで、歩美に女神がいるの?」

「君は緑川君!?」

「歩美の知り合いか?」

 

二人がそう言ったあと、ロマンさんは私に近づこうとする。

 

「やだっ! 近寄らないでっ!!」

 

叫んだ瞬間。

 

「うわっ!?」

「あてっ!」

 

見えない何かがロマンさんを押し返して、桂馬くんとぶつかった。

え、なに? 一体何が? ……まさか、私がやったの!?

 

「理香君?」

 

ダ・ヴィンチちゃんに声をかけられ、私は我に返った。それと同時に、途轍もない恐怖心が私の心を占める。そして私は部屋を飛び出していった。

 

 

 

 

~桂馬~

「待つんだ、緑川くがはっ!?」

 

部屋から飛び出した子を追いかけようとするロマンの服の襟首を、ボクは後ろから掴む。

 

「ゲホッ、か、桂木君、何を…」

「追いかけるよりも先に、ボクに彼女の情報を教えろ。情報がないと、ボクには何もできん。

……というわけでダ・ヴィンチ、彼女を頼む」

「ああ、任せたまえ」

 

そう言ってダ・ヴィンチが部屋を出ていった。

 

「はぁ、桂木君も大概な性格してるね…」

 

ロマンは呆れたように…本当に呆れてるのかもしれないが、ボクには人の気持ちはわからない…ボクに言っているが、それでも情報は開示してくれた。

 

「彼女は緑川理香、木梢町出身の高校2年だ。生年月日は…」

 

ロマンの情報に耳を傾ける。攻略、……が必要かはわからないが、無駄になることはないはずだ。

 

「学業に関しては、成績は中の上。普通よりは上といった所だね。

所属する部活動は陸上部。こちらの成績はなかなかみたいだよ」

「成る程。さしずめ県大会あたりで、歩美と知り合ったって所か」

 

ということは、歩美と知り合いではあるけど、親交はそれ程でもないんだろう。だからこそあの話を聞いて、歩美を信じ切れなかったんだろうな。

 

「桂木君、県大会ってどういうことだい?」

「なんだ、知らないのか。まあ、外国人が日本の一地方都市に詳しいわけないな。

ボクの暮らす舞島市と理香が暮らす木梢町は、県内で隣接してるんだ。まあ公共交通機関を使う場合、両方が接する鳴沢市に、電車で出ないと行けないんだが」

 

そういえば誰だったか、木梢町から通ってるやつがいたよな。ご苦労なことだ。

 

「所でロマン。さっきの現象はなんだったと思う?」

「僕が弾かれたやつだね」

 

ロマンは少し考える仕草をし。

 

「世間一般に言う超能力、その[念動力(PK)]っぽい感じだね。専門外だけど、精神的に不安定な若い女性に現れやすいって聞くし」

「そうか」

 

だが、本当に超能力なのか? ……いや、どうせまだ結論は出せないんだ。今は可能性として考慮するに留めておこう。

 

「さて、それじゃあ理香の所に向かうとするか」

 

 

 

 

 

ダ・ヴィンチと連絡を取り、やって来た場所。そこはサーヴァントの召喚ルーム。理香はその中に立て籠もっているらしい。

 

「いや、おかしいでしょ? なんで自分の部屋じゃなく召喚ルーム?」

 

確かにロマンの意見はもっともだ。だが、推察くらいならボクにも出来る。

 

「マスターに用意された部屋は、この先の区画だ。そして理香はおそらく、この部屋に入れることを知っていた」

「その通りだよ、桂木君。理香君とは、この部屋を出たところでばったりと、だったからね」

 

そうか、向こうの召喚陣との接続が終わったときの事だな?

 

「それで、これからどうするのかね?」

 

ふむ、そうだな。

 

「音声だけでいい、中と繋いでくれ。理香と話がしたい」

「わかった」

 

ダ・ヴィンチは応えると、腕の端末をいじる。

 

「これでよし。周りの音を拾わないよう、集音量を抑えたから、私の腕に近づけて喋ってくれたまえ」

 

ほう、わかってるじゃないか。ならば遠慮なく。

 

「聞こえるか、緑川理香。ボクは桂木桂馬。オマエと話がしたい」

『…………私と、話?』

 

どうやら、完全に拒否してるわけではないようだな。

 

「ああ。っと、その前に。ボクの周りにはロマンとダ・ヴィンチがいるが、それ以外はいない。その事は踏まえといてくれ」

『……うん』

 

よし、言質はとったぞ。

 

「まずオマエに言っておきたいのは、歩美の事だ」

『歩美…』

 

そう。まずはこれを解消しなければならない。

 

「オマエはおそらく、歩美の中に女神がいたことに、不信感を抱いているんだろ? さしずめ、歩美の記録は女神が関わってるんじゃないか、なんて思ったってトコか」

『な、なんでそれを!?』

 

ふん、やっぱりな。

 

「こんなの、ゲームじゃよくあること、……と言いたいところだが、なんて事ない。ボクも同じ疑問を感じて、歩美に直接聞いたんだ」

『それで、歩美は?』

「思いきり蹴られた」

『は?』

「蹴られてから、言われたよ。『私は走ることが大好きなの! だからたとえメルだろうと、私自身の走りを邪魔させない!!』ってな」

 

メルはメルクリウスの愛称だが、まあ、伝わるだろ。

 

「だからオマエは歩美の事を、これからも信じてやれ。オマエが信じることは、オマエにしか出来ないことだからな」

『なによ、それ? ……うん、でもわかった。ありがとう、桂馬くん』

 

よし。これで理香の懸念材料の()()()()消えたな。

 

『所で桂馬くん。キミは私のこと、攻略するつもりなの?』

 

理香から来たか。ということは…。

 

「……そうだな。ハッキリ言わせてもらおう。ボクはオマエを攻略しない。いや、攻略する必要がない、か。オマエにはボクの助けは必要ない」

「え? それってどういう、……というか、緑川君に駆け魂がいたかも知れないって事?」

 

ロマン、今更気づいたのか。あと、そんな事聞くんじゃない。ホントに、ダ・ヴィンチが集音量を下げといたからよかったが、ここは理香自身に考えさせなければいけない所だぞ。

 

「理香、ボクの言葉の意味、わかるな? あとはオマエ次第。答えを出すのは、理香自身だ!」

 

ロマンの事は無視して、ボクは理香と話を続ける。

 

『……桂馬くん。嘘は、吐いてない?』

「吐いてない。あるのなら、嘘発見器にかけてもらってもいいくらいだ」

 

ボクが答えると、しばらく沈黙が続き、そして。

 

シュッ…

 

召喚ルームの扉が開き、理香が顔を出した。

 

「……部屋に戻る」

 

理香は呟くように言うと、とっとと歩き出した。

 

「理香。ダ・ヴィンチに付いてってもらえ」

「理香って言うな! ……でも、ありがとう」

 

まるで歩美のような返しだな。

 

 

 

 

 

「……しかし、緑川君に駆け魂がいないようで安心したよ」

 

管制室に戻ってからロマンがそう口にする。が。

 

「なんでそうなる。さっきの現象といい、理香の中に駆け魂がいる可能性は充分にあるぞ?」

「ええ!? でも…」

 

まったく、浅はかだな。

 

「あくまで()()()()()()()()と言っただけだ。もし理香に駆け魂が入っていたとしても、それを追い出すのはボクの役目じゃないって事だ」

「それって、わざと勘違いさせたって事じゃ…」

「そうとも言う」

「な、桂木君!」

 

ボクの軽口を聞いて、さすがにロマンでも腹に据えかねたらしい。

 

「まあ、待て。ボクの助けは必要ない、と言うのはホントの事だ。

そもそも理香に駆け魂がいなければ、その仕事はロマンのカウンセリングに任せるしかないし、いたとしても、おそらく理香に恋愛要素は必要ない」

「必要ない?」

 

そう、必要ない。何故なら。

 

「理香は自分から、ボクが攻略するのか聞いてきた。これはボクの攻略にとって二つの意味がある。

ひとつは、ボクの恋愛を使った攻略が非常に難しいという事。嘘の恋愛だってわかってて恋には、簡単に落ちないからな。まあ、それ用の攻略パターンもあるにはあるが、不安定で時間のかかるルートだ。現実的じゃない」

 

いわゆる許嫁ルートに有りがちな、嘘の恋愛を周りに見せつけているうちに、お互い意識していくパターンが有名どころだな。だが、状況が違いすぎるのでそのまま使えないし、何よりめんどくさい。

 

「そしてふたつ目だが、理香は意外と前向きだって事だ。駆け魂がいると、猛烈な不快さと一切抗いきれない脱力感がある。だが理香はまだ、それに抗おうとする気持ちが残っている。なら、理香の心のスキマを埋めるのには恋愛よりも、他人から認められることだと思うんだ」

 

ロマンは少し考え込み。

 

「緑川君の精神衰弱の原因が自信の喪失だと考えれば、確かにそうかも…」

「あと、存在意義を自己否定しているのかも知れないね」

 

いつの間にか戻ってきたダ・ヴィンチが発言した。

 

「レオナルド、それは?」

「彼女と会ったとき、桂木君に言われた『万物の天才とは言っても所詮は、そこらのオタクと同レベルって事か』って発言について話した直後に、彼女は過呼吸を起こしたんだよ」

 

なるほど。

 

「確かに、ダ・ヴィンチの存在意義を否定するような発言だ。自信の喪失と照らし合わせて考えれば、存在意義の否定に反応した可能性は高いな」

 

そこで一旦言葉を区切り。

 

「どちらにしても、えりが戻ってこないことには駆け魂の有無がわからない。ここから先はその後だな」

 

ボクはそう締め括った。




大変お待たせしました。そして今回もまた、Fate勢置いてけ堀の話でした。
途中でロマンがしていた念動力(PK)の考察は、小野不由美の【悪霊(ゴーストハント)シリーズ】でなされていた説明からの引用です。


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元・ポンコツ悪魔@がんばる

あいつは頭はほぼからっぽだが、言われたことは結構ちゃんとやる。


~えり~

私達は今、聖杯の下に向かっている。キャスターさんによると聖杯は、円蔵山の中腹にある洞窟の最奥にあって、それをセイバーのサーヴァントが守っているそうです。

私達は柳洞寺と言うお寺に続く階段を登り、途中を林の中へ分け入っていった。途中オルガマリーさんが(トラップ)の底なし沼に嵌まったりもしたけど、概ね順調に進み、今は洞窟の入り口の前までやって来ました。

 

「大聖杯はこの奥だ」

 

キャスターさんが言います。

 

「天然の洞窟に見えますが…」

「これって元からここに在ったんでしょうか?」

 

マシュさんの言葉を引き継いで、私は疑問を口にした。

 

「これは半分天然、半分人工よ。魔術師が長い年月をかけて広げた、地下工房ね」

 

はわぁ、魔術師さん凄いです。……なんて思ってたら、突然フォウさんが唸り声を上げた。

 

「おう、言ってる傍から信奉者の登場だ」

 

キャスターさんが言い放つと、洞窟入り口の向かいの崖の上に、ひとりの男の人が現れました。

 

「おい、アーチャー。相変わらずセイバーを守ってんのか?」

「信奉者になったつもりはないがね。つまらん来客を追い返す程度の仕事はするさ」

 

煽るように言ったキャスターさんのセリフには乗らずに、その人、アーチャーは淡々と返します。

 

「何からセイバーを守ってんのか知らねえが、ここらで決着着けようや」

「悪いがそこまで暇では…ない!」

 

そう言い返しながら、何処かから取り出した弓に矢を番えてこちらに放つ。……って、ええーっ!?

 

「エイワズ!」

 

あ…、キャスターさんのひと声で、矢が消滅しました。こんなのきっと、ハクアでもムリ。キャスターさん、やっぱり凄いです。

キャスターさんは敵のアーチャーに語りかけながら、攻撃を仕掛けます。アーチャーはそれを避けて、後退して距離を取った。

 

「今の内に行け! セイバーはあの中だ!」

 

キャスターさんの言葉に、みんなが一斉に振り返った。

 

「行くわよ!」

 

オルガマリーさんが言います。でも…。

 

「えり?」

 

立香さんが声をかけてきた。私は意を決して言う。

 

「私は、ここに残ります」

「「「「えっ!?」」」」

「ああん?」

 

みんなが驚いてるけど、当たり前ですよね。私は代表でオルガマリーさんを見て、理由を言った。

 

「私は一時的でも、()()()()()()()()()()()()()()

 

そう。キャスターさんとは、魔力量が多くて安定している私と契約した。いくらカルデアからの供給があるとはいえ、立香さんはマシュさんに専念させた方がいいって言うオルガマリーさんの意見でこうなった。

 

「だからマスターとして、キャスターさんと一緒にいます」

「貴方、こんな時にそんなわがまま…」

 

オルガマリーさんが文句を言っている、その途中で。

 

「戦闘中に余所見など、愚の骨頂だな」

 

その声に振り向いた瞬間目に映ったのは、先程の矢が放たれたところでした。

 

「させませんっ!」

 

ヒュッ、と私の顔の横を、何かが通り過ぎる。それは、ディアナさんが放った矢でした。ディアナさんの矢はアーチャーの矢に命中して、相殺して消え去った。

 

「みなさん、行ってください! ディアナさんも、みんなをお願いします!」

「しかし!」

『えりの言うとおりにしろ!』

 

そんな私を援護してくれたのは、なんとにーさまでした。

 

『残念だが、こういう時のえりは頑固だ。議論している暇はない。お前達はさっさと行け!』

「……藤丸、マシュ、アーチャー、……行くわよ!」

「っ! はい!」

「了解、です」

「……仕方がありませんね」

 

---えりさん、気をつけてくださいね。

 

ディアナさんが最後に念話でそう付け加えて、みんなが洞窟の中に向かって駆け出した。

 

「させるか!」

「させないのはこっちだぜっ!」

 

こちらへ向かうアーチャーに対し、キャスターさんが杖の先細っている方を地面にトン、と叩きつけると火が生み出され、アーチャーへと向かっていった。炎に飲まれたアーチャーは身を翻す。

 

「行くぜ、……()()()()!」

「……! ハイ、()()()()()()()さん!」

 

私はディアナさんから聞いた、キャスターさんの正体を口にした。

 

「やっぱり気づいてやがったか」

 

キャスターさんはニヤリと笑い、駆け出す。私も羽衣のアシストを受けながら、その後を追いかけた。

 

 

 

 

 

柳洞寺の境内。キャスターさんとアーチャーが闘っている。

上空へとジャンプしたアーチャーが、地上にいるキャスターさんへ矢を放ち、それをキャスターさんは、木の根と思われるものを複数召喚し、盾として防ぐ。

アーチャーは寺の屋根に着地をし、ドリルの様に捻れた槍のようなものを矢に変型させて、再びキャスターさん目がけて放った。

……って、この矢はかなりヤバいですよ!?

そんな私の危惧も、キャスターさんが発動させたルーンの結界によって消える矢を見て、杞憂へと変わる。

ルーンは上空にも布かれていて、私達を結界内へと閉じこめた。

でもこの術式って、新地獄で見た気がします。確か昔、遙か西の方の門番さんが使ってた術だって、習った気が…。

 

「---俺の師匠にゃ、冥界の門を呼ぶ術があってな。それの応用、パクリってやつさ」

 

ええっ! それじゃキャスターさん…、クー・フーリンさんって、その門番さんのお弟子さんだったんですか!?

なんて驚いている間に、アーチャーは双剣を構え、キャスターさんは杖を槍のようにしてお互いが打ち合っている。……あれ? お二人はアーチャーとキャスターですよね? セイバーとランサーじゃありませんよね?

 

『……おい、えり。聞こえるか?』

 

羽衣製のケータイから、にーさまの声が聞こえる。カルデアの通信は立香さん達の方で使うため、ここへ向かっている途中でケータイを繋いでおいたのだ。……にーさまが。私の頭で、そこまで要領よく出来ませんから。

 

「にーさま、何ですか?」

『現状を詳しく説明しろ。携帯からじゃ、そっちの様子がわからん』

 

ああ、それはそうだ。

 

「ええと、現在柳洞寺の境内で、キャスターさんとアーチャーが闘ってます。キャスターさんが張った結界で外に出られないようにしていて、アーチャーは双剣、キャスターさんは杖を槍のようにして打ち合ってます」

『なるほど。……アーチャーには何か特徴はないか? クー・フーリンは槍を得意とした、アルスター物語群の英雄だが、アーチャーに該当する英雄は思いつかない。だから、せめて情報が欲しい』

 

あ、それでキャスターさん、あんな戦い方を。……それにしても、アーチャーの特徴、かあ。

 

「そーですね、アーチャーは弓と矢を、何もないところから出現させてました。洞窟前で射た矢は二本とも同じもので、こちらで使った強力なものも含めて、かなりの魔力…、魔術の世界で言うと神秘でしたか? それが込められていました」

『……神秘の込められた武器を、使い捨てだと? ……いや、しかし同じ武器が二つ…?』

 

にーさまが何かぶつくさ言っている。

 

『えり、アーチャーが今使っている武器はどうなんだ?』

「あ、あの双剣にも神秘が込められてるみたいです。……そういえば、アーチャーが放つ矢は最初、剣とか槍みたいな感じで、それを矢に変形させてますね」

『武器の変形…。込められた神秘…。どうやら武器そのものが宝具、って訳ではないみたいだが…』

 

え? でもさっきの捻れた矢は、充分強力な武器だったと思うんだけど?

 

『もしかして、武器の創造能力か? いや、だが創造武器に神秘を込められるものなのか?』

 

確かに。羽衣使って武器を作っても、羽衣の能力以上の能力は発揮できない。つまり創造武器に、創造者の能力を超えた神秘は付与できないはずです。

 

『……そうか、複製能力か! アーチャーは宝具クラスの武器を、能力も含めて複製してるんだ!』

「ええっ!? そんな能力、ムチャクチャです!」

『だが、それなら納得出来るんだ。自分の能力で複製したのなら、それを改造出来ても不思議じゃないし、使い捨てにしても、また次を複製すれば済むことだ!』

「それは、そうですけど…」

 

それにしたって、かなり特別な能力です。しかも自分の魔力量を無視しての神秘の付与って、悪い人達に狙われそうな能力ですよ?

 

『しかしそうなると、あの手は使えないか? いや、やりようはあるな。

……えり、悪いがキャスターに念話で確認をとって欲しい』

「はい?」

 

 

 

 

 

キャスターさんとアーチャーが打ち合いを続けている。やがてキャスターさんが、アーチャーの双剣の片方を弾き飛ばす。ここぞとばかり詰め寄るキャスターさん。

だけど飛ばされたはずの剣は弧を描き、アーチャーの元に戻ってくる。それをアーチャーが手に掴もうとして。

 

「させません!」

「何!?」

 

私は羽衣を飛ばして、再び剣を弾き飛ばした。キャスターさんとアーチャーは共に後ろに下がり、距離をとる。

 

「どうやら、ただのマスターではないようだな」

 

そう言って私を睨みつけるアーチャー。そしてその間に割り込むキャスターさん。

 

「仮初めとはいえ、俺のマスターに手出しできると思うなよ!」

 

キャスターさんが再び、杖を槍のように構え対峙する。アーチャーは再び戻ってきた剣を掴み、やはり構えをとる。

二人は同時に飛び出し、お互いに攻撃を繰り出し、それを防いだりいなしたりを繰り返す。

そしてあるタイミングで、キャスターさんが杖でアーチャーの足下を狙うように薙いだ。アーチャーはそれを一歩下がって躱し、次の一歩でキャスターさんとの距離を縮める。

大振りで隙が出来たキャスターさんに剣を振るおうとして、だけどその動きが止まる。次の瞬間、キャスターさんの右拳がアーチャーの顔面目がけて飛んでくる。アーチャーは慌てて双剣を交差させて、その腹で拳を受け止めた。その際、アーチャーは数メートル後ろへ飛ばされる。

そして。いつの間にかキャスターさんが手に握っていた数個の石を、アーチャーの顔に投げつけた。その石は閃光を放ってアーチャーの視界を奪う。

 

---マスター!

 

このタイミングだ! キャスターさんの指示が出るまでもなく思った私は、にーさまの作戦どおり令呪に願う。

閃光が収まって。

 

「何!?」

 

アーチャーが驚きの声を上げる。その視線の先にいるのは、青い、タイツの様な衣装に姿の変わったキャスターさん。アーチャーは視線を私、正確には左手の甲に移す。

私の左手の甲には、一画を失った令呪がある。

 

「まさか、そんな事が有り得るのか?」

 

有り得ないものを見た、という表情を浮かべているアーチャー。

 

「おう! 余所見だなんて、愚の骨頂じゃあなかったのか、アーチャー!!」

 

その声にアーチャーは視線を戻す。キャスターさんはニヤリと笑い、大きくジャンプをする。その手には、血のように真っ赤な槍が握られていた。

 

「その心臓、貰い受ける!」

「チィッ!!

体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)…!」

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!!」

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 

キャスターさんが槍を投げ、アーチャーが七枚の光の盾を展開する。

そして次の瞬間、アーチャーが目を見開く。どうやら気づいたようだ。キャスターさんが投げた槍が、()()()()()()()()()()()()()()()

羽衣の衣装を解除して元の姿に戻ったキャスターさんは、上空の結界を蹴って急降下、アーチャーの真後ろに着地して、間髪入れずに杖をアーチャーに叩きつけた。

 

「かふっ!」

 

アーチャーから小さく声が漏れる。

 

「これで仕舞いだ!」

 

続け様に発動させた術で、植物で編まれた大きな腕を召喚、その手に掴まれたアーチャーは地面に叩きつけられ。

魔術的な作用があったんでしょう。大きくダメージを受けたアーチャーは、光の粒子となって消えていった。

 

 

 

 

 

「どうやら上手くいったみたいです~」

 

私は安堵のため息を吐く。

 

「ああ。嬢ちゃんの兄貴の策、上手く嵌まったな」

 

そう。にーさまの作戦は、アーチャーの混乱に乗じてクー・フーリンさんがランサーになったと思わせるもの。その為に()()()令呪を一画消費させた。もちろん無駄遣いじゃなくて、キャスターさんを一時的に強化させている。

後は()()()()()宝具を使うように見せて、キャスターさんから聞いた魔力の盾を使わせて一時的に動きを止め、その隙を突いて攻撃・撃破をするという筋書きだ。

 

「……ランサークラスで召喚されてたら、こんな搦め手は好まないが。だがまあ、今はキャスタークラスだし、何よりあのアーチャーに一泡吹かせられたんだ。こんな愉快なこたぁねえ」

 

……キャスター…、クー・フーリンさんは、あのアーチャーと何か因縁があるんでしょうか?

 

「さて、と。こんな場所でのんびりしている訳にもいくまいよ。聖杯の下ではまだ、赤毛の嬢ちゃん達が頑張っているはずだ」

 

あ、そうです! 立香さんにマシュさん、ディアナさん、オルガマリーさんが頑張ってるはずです!

 

「キャスターさん、行きましょう!」

「おうよ」

 

私達は洞窟に向かって駆け出した。




底なし沼はプリヤ2weiのオマージュです。
しかし、影の国の女王を門番扱いするえりって…。


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みんなを護りたいので防御力に極振りしたいと思います。

お前だって……
望めばなんでもできる!!



~マシュ~

私は洞窟の中を駆け抜ける。所長、先輩、そしてディアナさんと共に。

そして辿り着いたのは大きな大空洞。目の前は岩盤が小高い丘の様に盛り上がった、大きな台座のような物があります。

 

「何、これ?」

「超抜級の魔術炉心じゃない! これが大聖杯だっていうの!?」

 

先輩の疑問に答えたのは、やはり所長でした。と、そこへ。

 

「ほう…。面白いサーヴァントがいるな」

 

私達に、……いえ、おそらくは()()かけられた声。見上げれば、魔術炉心の上に立つ人影。

黒いバトルドレスに黒い甲冑、くすんだ金髪に金の瞳をした、剣を携えた女性の姿があった。

 

「あれがセイバー?」

「なんて魔力なの!」

 

先輩と所長の言葉を聞き、私は盾を、ディアナさんは弓矢を構える。

 

「盾か…。構えるがいい、名も知れぬ娘」

 

ディアナさんを無視して語るセイバー。

 

「その守りが真実か、確かめてやろう!この剣で!!」

 

そう言い、剣を構え。

 

「……私は無視ですか」

 

隣りに立つディアナさんは、物凄く不機嫌になっていた。……ええと、ドンマイです。

 

 

 

 

 

セイバーが振るう剣を、私は何とか盾で捌いている。しかしその威力は、途轍もなく強力なものです。

 

「---ふっ!」

「! ちぃっ!!」

 

ディアナさんが矢を放ち、気づいたセイバーが一端身を引く。そしてその間に私は立て直しを図る。

私達は先程からそれを繰り返していた。先輩は少し離れたところで、防御壁を張った所長と共にいる。

ハッキリ言って、ディアナさんには大変助けられています。ここまで攻防が続けられるのも、ディアナさんの援護あっての事。もし私ひとりだったら、恐らくもっと疲弊していたはずです。

セイバーが数度剣を叩き込み、私は今までと同じく盾で捌いていく。しかし今度は、ディアナさんが矢を放つまでもなく、セイバーは大きく距離を取った。

 

「……ふん。このままでは埒があかぬか」

 

そう言って剣を大上段に構え。

 

「なら、この攻撃には耐えられるか?」

 

刀身へと魔力が収束してゆく。これは、宝具の解放!?

 

「---卑王鉄槌。極光は反転する…」

「させません!」

 

ディアナさんが矢を射ますが、それは黒い魔力の奔流によって弾かれてしまう。

 

「光を呑め!

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)

「マシュさん!」

 

ディアナさんが素早く私の後ろに位置取ると、盾に魔力を纏わせた。けれども鈍い音と共に魔力は弾け飛び、セイバーが放った攻撃は、私の盾一枚によって耐えている状態になってしまう。

 

「くっ、ミネルヴァの結界ならマシュさんの助けになったのでしょうが…」

 

ミネルヴァ。ローマ神話におけるユピテルの娘で、ディアナの妹とされる女神。この場合はユピテルの姉妹の一人という事でしょうか。

 

「マシュさん、何とか攻撃を凌ぎきってください。そうしたら私が…」

 

……え。いえ、確かにそれなら。しかし、ディアナさんのお陰で多少余力のあった私ですが、この攻撃に段々と力が奪われていくのがハッキリと分かります。

やがて。少しずつ身体中の力が入らなくなり、徐々に圧され始める。ディアナさんは次の一手の準備をしています。彼女の力を借りることは出来ません。

しかし(とど)まることを知らない攻撃の圧に、わたしの意識がもうろうとしてくる。

いけない。このままでは、うしろにいるディアナさんも巻きこんでしまう。それに、わたしが倒れたら、所長やセンパイの、いのちだって…。

そんなのは、いやだ。わたし、は、せん…ぱい……を…………。

…………。

……。

ふと、意識が浮上する。

崩れ落ちそうだった私の体を支えるために、腰に回された左腕。そして盾を掴む手に添えられた、令呪の浮かんだ右の手。

 

「……せん、ぱい?」

「大丈夫。私も力を貸すから…」

 

そう言って、先輩はにこりと微笑む。そして右手の令呪が一画輝き、私へと力が注がれる。

 

「はい、マスター! 見ていてください!」

 

そう。今の私なら必ず出来る。根拠はないけれど、何故だか確信は持てる。

私は盾へと意識を集中させる。

 

---宝具ってのは本能だ。本能が呼び起こされるような事が起これば、自ずと目覚める。

 

---私が言いたいのは、闘いに赴くための意思、という事です。

 

キャスターさんやディアナさんが仰っていた事。今はハッキリと言える。

たとえ新米で出来損ないだとしても。私は。私はどんな敵のどんな攻撃だろうと、この盾で! この英霊の宝具で! 先輩を、みんなを護りたい!

その想いに応えるかのように、盾は輝き、眼前には光の城壁が現れて黒き輝きの奔流を押し留める。……これが、盾の英霊(わたし)の宝具…。

 

「な…、その盾は…!!」

 

何かを確信したかのように、驚きの声を発するセイバー。私は構わずに全力で抗うと、セイバーの攻撃を徐々に押し返してゆき、やがてセイバーへと跳ね返した。

自らの攻撃を喰らい、ダメージを受けるセイバー。しかし私も、力のほとんどを使い果たし、先輩に支えられてようやく立っている状態。宝具である壁も、徐々に解除されていく。

そんな中、セイバーは再び魔力を高め、剣を大上段に構え。

 

約束された(エクスカリバー)…」

 

二度目の宝具開放に入る。けれど。

 

「私の役目はここまでです」

 

そう言って私は、先輩にもたれかかるようにして横に移動した。

 

「ええ、よく持ち堪えてくれました」

 

そう応えてくれたディアナさんは、ロングボウに銀色に耀く矢を番えていた。これが、ディアナさんの宝具…。

 

「我が一矢、当たること違わず…!」

 

ディアナさんは短く言葉を紡ぎ。

 

必中せし白銀の矢(イーオケアイラ)

 

矢を解き放つ!

 

「くぅっ!」

 

セイバーは咄嗟に身を躱す。しかし、次の瞬間。

 

「カハァ!?」

「……え。いつの間にか、矢が当たってる?」

 

矢が胸を貫き、短く声を洩らすセイバー。その様子を見て、先輩が疑問を述べた。

 

「……神話において、ディアナと同一視されるアルテミスは弓の名手だったそうです。その腕前は百発百中。狩りの女神ともされています。

その逸話が昇華された宝具。それがディアナさんの、命中するという結果を造り上げてから放つ因果逆転の矢。その名も[必中せし白銀の矢(イーオケアイラ)]です。

……全てディアナさんから聞いたことですが」

 

私の説明に先輩はなるほどと頷く。そこへ。

 

「なんだ、俺の出番は無しかよ」

「皆さん、無事ですか~?」

 

大空洞の入り口から、キャスターさんとえりさんが現れた。その様子を見たセイバーは小さく笑い、独白するように言葉を紡いだ。

 

「……守る力の勝利か。穢れなきあの者らしい。結局どう運命が変わろうと、私一人では同じ末路を迎えるというわけか…」

「どういう意味だ? テメェ、何を知ってやがる」

 

思わせぶりなセイバーに、キャスターさんが訊ねますが、それには答えず。

 

「いずれ貴方も知る。アイルランドの光の御子よ。グランドオーダー、聖杯を巡る戦いは、始まったばかりという事だ」

 

そう言葉を残し、光の粒子となって消えていった。

 

「おい! それはどういう…!? ちぃっ!」

 

そしてまたキャスターさんも、徐々に光へと還り始めている。

 

「嬢ちゃん達、後は任せた。次があったら、そんときゃランサーとして呼んでくれ」

 

そう言い残して、キャスターさんもまた消滅していった。

 

 

 

 

 

「セイバー、キャスター、共に消滅を確認しました。……私達の勝利、なんでしょうか?」

 

私は実感の湧かないまま、先輩に現状を説明する。するとその時、カルデアからの連絡が入った。

 

『みんな、よくやってくれた。どうやらそこは映像が繋がらないらしくて、喜ぶ君たちを見られなくて残念だよ』

 

緊張感のないドクターの声に、私は先輩と一緒に笑みを浮かべてしまう。

そしてえりさんに目を向けると、彼女はキャスターさんが消滅したことが悲しかったのか、沈んだ表情をしています。

次いで所長を見ると、何やら深刻な表情で考え込んでます。一体どうしたのでしょう?

 

「所長?」

 

先輩が声をかけるとハッとした表情をしてから、軽く笑顔を浮かべる。

 

「よくやったわ。マシュ、()()

「「え…」」

 

私と先輩の声が被る。所長は先輩の事を藤丸って…。

 

「何よ。名前で呼んでほしかったんでしょう?」

「あ、はい!」

 

嬉しそうに答える先輩。どうやら所長も、先輩の事を認めてくれたみたいです。

 

「……それからアーチャー・ディアナ。貴女のお陰で、セイバーを無事に倒すことが出来ました。お礼を言います」

「いえ。それが私の使命ですから」

「そして、桂木えり」

 

名前を呼ばれて、落ち込んでいたえりさんがビクリと震え、所長を見た。

 

「敵アーチャーを無事に倒すことが出来たみたいね。

本当ならキャスターにも声をかけたかったのだけど、それはもう適わないわ。なので貴女に言います。二人とも、ありがとう」

「あ…、オルガマリーさん」

 

えりさんは感極まったのか、うっすらと涙を浮かべています。

そして再び所長へ顔を向けると、所長もこちらを見て優しく私に語りかけた。

 

「マシュ。未熟でもいい、仮のサーヴァントでもいい。そう願って盾を開いたのね」

 

私は小さく頷く。所長はちゃんと、私の想いを理解してくれていた。それが私には、とても嬉しかった。

 

「貴女は真名を得ても、英霊そのものになる欲が全くなかった。だからきっと宝具も、貴女に応えたんでしょうね。……ハァ、とんだお伽話ね」

「は…?」

 

お伽話、ですか?

 

「ただの嫌味よ。気にしなくていいわ」

 

……よくわかりません。

 

「でも、真名が無いと宝具を使うのも不便でしょう? いい呪文(スペル)を考えてあげる。そうね…。[人理の礎(ロード・カルデアス)]はどう? カルデアは貴女にも、意味のある名前でしょ?」

 

あ…。

 

「はい。ありがとうございます」

 

私はお礼を言うと、この英霊を象徴する盾を撫でながら、仮とはいえ、この宝具の名前を呟いたのだった。

 

 

 

 

 

パチ、パチ、パチ……と。ゆっくりと鳴り響く、拍手の音。

 

「いや、まさかキミ達が、ここまでやるとは思わなかったよ」

 

私達はその音と声の出所、魔術炉心の上へと視線を向ける。

 

「計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ」

 

そこにいたのは。

 

「あなたは…」

「レフ教授」

「レフさん、生きてらしたんですか!?」

 

そう。魔術炉心の上に佇んでいたのは、爆発に巻き込まれたはずのレフ教授だった。




すみません。2022年中に書き上がらなかった上に、いつもより短いです。
とりあえず近いうちにもう一本書き上げて、特異点Fでの活躍は終わらせたいですね。緑川理香を何とかしてあげないと、終わるに終われないので。


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