嫉妬の炎で暖を取る (大葉景華)
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1話

「……………………」

 

「………………?」

 

「……………………」

 

「…………ねぇ、邪ンヌ」

 

「あ? どうしたのよ、マスター。 あと、私のベッドに勝手に寝転ばないで頂戴」

 

「ああ、それはごめん。 で、今何してるの? それ」

 

藤丸立香が指摘する『それ』とは今邪ンヌことジャンヌ・ダルクオルタがやっていることであり、それは一般的に恋人同士が行うようなことである。しかし、今邪ンヌがしている対象は彼女が密かに想っている相手ではない。 その相手は今彼女のベッドに寝転がっている。

今、邪ンヌがしている事。 それは、ジークの頬を抓ったり引っ張ったりしている事である。

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

「何?なんか文句でもあるの?」

 

邪ンヌは毅然とした態度でそう言い放った。 ここでようやく藤丸も上半身を起こし彼女の正面に向く。

 

「いや、俺が部屋に入った時からずっとしてるじゃん? なんでそんな事してるのか気になって。 あとジークの顔がなんとも言えない表情になってるよ」

 

恐らく藤丸が来る時間よりずっと前から弄られていたのだろう。 しかし、ジークはジークでなされるがままで困惑した表情をしている。

 

「あの妹モドキが聞いたらしいけどコイツって邪龍ファブニールらしいじゃん? だけどどう見たってただのナヨナヨしいサーヴァントのなりそこないじゃない。 だからどんなんか気になっていたのよ」

 

「リリィが聞いたって……ああ、天草四郎か」

 

「そうだったのか……それで俺は1時間も頬をいじられていたのか……。 すまないが、今の俺は本当の俺ではなくて本体から切り離された端末みたいな物だからファブニールの姿にはなれないんだ。 期待に添えず本当にすまない」

 

ジークが申し訳なさそうな表情をする。

邪ンヌが呆れたような、又は諦めたような顔をして溜息をつきながらジークの頬を強く捻った。

 

「はぁ〜……。 あんたが気にかけることじゃ無いわよ」

 

そういいながらも頬つねりを継続する。 やわらかいジークの頬は邪ンヌの赴くままに好き勝手伸び縮みする。

 

「邪ンヌ……そろそろアストルフォが来るからやめたら?」

 

藤丸が言うも邪ンヌは素知らぬ顔だ。

 

「はぁ?あの理性蒸発男女が来たって構わないわよ。 あいつに何が出来るっての?」

 

「まぁ……それはそうだけど……」

 

「そんな事ないぞマスター。 ライダーはやる時はやるぞ」

 

そうこう話しているうちに息を切らしたアストルフォが部屋に飛び込んで来た。

 

「マスター!ジークここに来なかったって……ジーク!? どうなってるの!?」

 

ピンクの長い髪を束ね、整った顔立ちのライダー、アストルフォ。 ジークを助けるべく邪ンヌに掴みかかる。

 

「ちょっと! ジークに何してるのさ! ジークを離してよ!……ぐぎぎぎぎぎぎ」

 

ライダーが顔を歪めながら邪ンヌの腕を引き離す。

 

「ジークが無抵抗なのをいい事になんてことしてるの! 羨ましい!」

 

「後半アンタの願望漏れてるわよ……。 まぁもう飽きたしそれもう連れ帰っていいわ」

 

「言われなくてもジークは僕が持って帰るもんね!」

 

アストルフォがジークと共に立ち去る。 藤丸はアストルフォが来てから一言も発する間もないほどの出来事だった。

 

「……ジーク、行っちゃったね」

 

「そうね。 ……ちょっと詰めなさい」

 

藤丸を押しのけ隣にドスンと腰を下ろす。 触れずとも感じる距離に藤丸は顔を赤くする。

 

「邪ンヌ。 ……ちょっと近いよ?」

 

「そうね。 だから?」

 

「だからって……。 邪ンヌは女の子なんだから……」

 

藤丸がそういうも邪ンヌは素知らぬ顔だ。

 

「はっ! そういうのは女の方がか弱いから言うセリフよ。 例えアンタが襲ってきたってサーヴァントの私に勝てるとでも?」

 

邪ンヌが挑発するように言う。 藤丸が少しムッとした様な顔をするが、藤丸を煽るのに夢中な邪ンヌは気が付かない。

 

「まぁ? 仮にアンタがなけなしの勇気を絞り出して私に全てを捧げるって違うなら少しくらい寵愛を向けてあげても良くってよ?」

 

「……じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

「へ? アンタ何言って……きゃあ!」

 

いくらサーヴァントとはいえ、油断していてはどうしようもない。 肩が触れ合う寸前の藤丸がいきなり体を捻り引き倒す形で邪ンヌをベッドに押し倒し馬乗りになる。

 

「ちょちょちょ! 本気!? 待ちなさいよ! まだシャワーとかも……」

 

「俺はそんなこと構わないよ?」

 

「私が構うの! 気が利かないわね!」

 

「気が利かない? それは邪ンヌの方じゃないか」

 

「は?」

 

「わざわざ俺の部屋に来たのに……ジークに構ってばかりじゃないか」

 

「……なるほどね」

 

邪ンヌが手探りで部屋の電気を消す。

 

「邪ンヌ?」

 

「カルデアは寒いわ。 ……ねぇ、マスター。 私、寒いのは嫌いよ」

 

「……じゃあ俺が暖めてあげるよ」

 

生前の最後。 最後まで神を信じ、その身を炎に包まれた聖女は墜ち、今はその身を愛の炎を包まれている。




おかしい……俺はアスジクを書くはずだったんだ……
供養のための投稿


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モノクロの聖女

藤丸の部屋から出て、自室へと向かうこの瞬間。 この時が落ちた聖女、ジャンヌ・ダルクオルタが嫌うものだ。

自分の生まれた意味を忘れ、女の喜びを体に刻まれる。 行為の後は所詮自分はオルタナティブ。 ただの代わりでしかないと藤丸から逃げるように退室する。 その事を藤丸は理解して、黙っていてくれる事を知っているから余計自己嫌悪に浸る。

 

(今日もアイツから逃げてしまった……。 もう何度も体を許しているというのに、私はまだアイツを……。 他人を信用出来ないんだわ)

 

カツン……カツン……と自分のブーツの音だけが廊下に響く。 時間はとっくに深夜を回っており、オルタ以外に起きてる人は夜勤のスタッフだけだろう。 そのスタッフもこんな所には来ない。 外の景色は相変わらず吹雪だ。 故郷のフランスでもここまで降ることはあまり無かった。

 

ふと、何か飲みたくなって食堂に向かう。 普段はエミヤやタマモキャットらが賑やかに食事を振る舞い、ドレイク達が酒を呑み明かすこの場所も、この時間では電気も落ち静寂に包まれている。

 

(冷蔵庫には……何も無いか)

 

自分で紅茶を入れることも考えたが、さすがに面倒くさくなり、自室の備え付き冷蔵庫の中身を思い出しながら部屋に戻る。

そのせいで失念していた。 なぜ自分が今夜藤丸の部屋に行っていたのかを。

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

「あら、遅かったですね。 リリィはもう寝てしまってますよ。 さっきまでは貴方とトランプをするんだってはしゃいでましたけど」

 

自室にはすでに自分がいた。 ただし本物の方の。

 

「……忘れていたわ。 今日はアンタ達が押しかけてくることを」

 

部屋の中央で幼子に膝枕しながらこちらに向いたのは自分と瓜二つの容姿をした女。 ジャンヌ・ダルク。 かつて藤丸達が赴いたオルレアンの地で戦い、そして私を殺した女。

オルレアンの地で消える時、少しほっとしていた。 もうこれでオリジナルの私には会わないと。 そう思っていたから。 しかし、私がカルデアに召喚された時。 すでにこの女はカルデアにおり、私達は相部屋になった。

結論から言うと最悪の一言に尽きる。 最初はいつこの女とマスターである藤丸を焼き殺そうかと思っていたくらいだ。いや、今でもこの女は苦手だ。 いくら拒否反応を示そうとも構わず私のテリトリーに入り込んでくる。 挙句の果てに妹呼ばわりしてくる始末。

 

「遅かったですね。 今日は出撃の予定は無かったはずですよね?」

 

あまりの衝撃に過去の追想をしていた所を、現実に引き戻される。 まずは今夜の平穏を得る事が先決だ。

 

「別に、どこに出かけていようと勝手でしょ。 それより、そのちっこいの連れてさっさと帰ってくれないかしら? もう寝たいんですけど」

 

キツい口調と目付きで突き放すも、何処吹く風で笑顔を見せる。 同じ顔でこんな表情が出来るなんて未だに信じられない。

 

「なら、折角ですし三人で川の字になって寝ませんか? 昔はよく村の同世代としていたのを覚えています?」

 

まるで効いていない。

 

「お断りです。 私のベッドは一人用です。 この部屋で寝たいならアンタ達は床で寝てなさい」

 

「なら、リリィだけでもベッドで寝かせてあげられませんか?

朝起きて、貴方と一緒に寝ていたら喜びますよ?」

 

「嫌よ気色悪い。 どうして自称過去の私なんかと寝なきゃいけないのよ」

 

いい加減にこの問答も疲れてきた。 深夜に加え、藤丸とのやり取り。 それにいつまで経っても自分に愛想を尽かさない二人。

 

「そんな事言ってあげないで。 ね? リリィはあなたが帰って来るのをずっと待ってて……」

 

「嫌って言ってるでしょ!」

 

自分の声が嫌になるくらい響いた。

 

「ほんとアンタ達なんなの!?毎日毎日絡んできて!鬱陶しいのよ! 目障りなのよ!私は所詮オルタ! アナタの代用でしかないのよ! 関わらないで!」

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

日が昇るまで一睡も出来なかった。 私の叫び声で起こしたリリィと白い方の私の表情が焼き付いて離れない。

 

起きなければ……今日はレイシフトの予定だ。 ノロノロとベッドから這い出し……。

 

「……これ。 アイツらが残していったトランプ……」

 

普段なら突き返すが、流石にそんな気になれず何となくしまっておく。

 

レイシフトの前のブリーフィングルームに向かうと、藤丸とマシュは既に到着していた。

 

「あ、おはよう。 よく眠れた?」

 

「別に」

 

普段なら皮肉の一つでも返す所だが。 今日はそんな気になれずつい素っ気ない返しをしてしまう。 藤丸とマシュも邪ンヌが不機嫌になるのはよくあるから特に気にすることなくブリーフィングを始める。

 

「じゃあ……今日のメンバーは邪ンヌと……ジャンヌだね」

 

「は?」

 

思わず声が出る。 すると同時にドアが開き、よく見なれた姿が現れる。

 

「すみません。 遅れてしまいました」

 

昨日の夜。 一方的に別れてしまったアイツとレイシフト……。

 

「すみません。 リリィの相手をしていたら時間が経っちゃって……」

 

「別に大丈夫だよ。 最後のちょっとした確認くらいだから」

 

「それで今日の編成は……。 私とオルタですか」

 

その言い方にカチンとしてしまい、また口が悪くなる。

 

「なんですか? 半端者のオルタと一緒じゃ不安ですか?」

 

「そういう訳じゃ……」

 

「邪ンヌ。 今日はどうしたの? いつも以上にピリピリしてるけど……」

 

藤丸が見かねて声をかけるも、邪ンヌの耳には届かない。

 

「別に、今まで通りに敵を倒せばいいだけでしょ? なら、さっさと始めましょ」

 

レイシフト用のコフィンに入る時まで、一時もジャンヌの方に目を向けなかった。

 

「じゃあ準備はいいかい? レイシフトしたら真っ先に藤丸君の安全を確保して、召喚サークルを建てられる場所の確保だよ?」

 

「うっさいわね。 早く始めなさい」

 

「……了解。 レイシフト開始。 ……気をつけてね」

 

レイシフトする瞬間。 チラリとジャンヌの方のコフィンを見ると。目を瞑り、両手を組んで神に祈りを捧げている。

 

彼女は一体何を願うのだろう。

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

レイシフト先の草原に降り立つ。 ジャンヌと共にそれぞれの色の甲冑に身を包み、旗を持ち並ぶ。

 

「聞こえるかい? 返事をしてくれ」

 

「ええ、ジャンヌ・ダルク……オルタ。 いるわ」

 

「ジャンヌ・ダルク。 います」

 

いくら返事を待ってもそれ以上は無かった。

 

「まった。 藤丸君とマシュ君はどうした? そこに居ないのか?」

 

「……らしいわね」

 

「急いで探さなくては!」

 

「ああ。 少し待ってくれ……。 よし!見つけた。 ナビゲートする。 西へ五キロ!」

 

「分かったわ!」

 

「了解!」

 

二人が同時に大地を蹴り、白黒二色の風となる。 数キロなどの距離など、本気となったサーヴァントにとって瞬きの時間で辿り着く。

しかし、時すでに遅し。 たどり着いた時には戦闘は始まっていた。

 

マシュは確かに優秀なサーヴァントだ。 しかし、本質は守り。 自分諸共仲間への攻撃を守ることに特化した英霊のマシュでは囲まれた状態を突破できない。 同じくジャンヌも守りを旨とするサーヴァント。 今、この状態を突破出来るのは破壊の力を司るジャンヌ・ダルクオルタのみ。

 

「けど……この数は……!」

 

「先輩。 危険です!下がって!」

 

「マシュ! マスターを任せます! オルタは私がまも……」

「いらない!」

 

ジャンヌの動きがピタリと止まる。

 

「あんな奴ら、私一人で十分! アンタはマスターを守ってなさい!」

 

あんな奴の力なんていらない。 それに、アイツに守られるくらいなら死んだ方がマシだ!

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

もう……何体の魔獣を屠ったのだろうか。 視界が暗み、手が痺れ、膝が震える。 自分がたっているのが信じられないくらいだ。

でも私は旗を振る。 私が私である為に、アイツに私を見せつける為に。

敵からいくら攻撃を受けようとも、それ以上に敵を倒す。 私にはもう……それしかないのだから。

 

遂に終わりが訪れた。 背中からの衝撃に耐えきれず、地に膝をつく。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……まだまだぁ!」

 

吠えるが、それに応える自分の体は既にない。 あと一撃でこの体を保つ事が出来なくなるだろう。

 

眼前の敵を伏しながらも薙ぎ払う。 しかし、もうこれで終わり……。

 

「ごめん……マスター……」

 

魔獣が振り上げた腕を見つめることしか出来ず。その腕による衝撃により意識を……

 

「…………?」

 

衝撃が来ない。 うっすらと目を開けると。 そこには白い甲冑を己の鮮血で染める自分と瓜二つの容姿をした者。

 

「なん……で……? アンタ……宝具を使いなさいよ……」

 

「つい……体が勝手に動いてしまったんですよ。 無事ですか?」

 

ジャンヌの体が倒れる。

 

「危なっ!」

 

咄嗟に抱き留める。

 

「なんでなの? なんでよりによってアンタが私なんかを助けるのよ!?」

 

「……貴方は……私の大切な……妹なのですから……」

 

そう言って消えた。 ジャンヌ・ダルクとしての象徴とも言える白い旗を残して。

 

「…………」

 

「くそ! 邪ンヌ! 撤退だ! 宝具で道を切り開いてくれ!」

 

「…………」

 

「邪ンヌ? 」

 

「……嫌よ」

 

「邪ンヌさん?」

 

「アイツ! バッカじゃないの! なんであんな事言ったのに私を守って消えるなんて!」

 

それなら!お望み通りにやってやる! アンタに救われた命! アンタの理想通りに使ってやる!

 

先ずはアンタの旗! 借りるわよ!

この黒気甲冑に身を包んでから。 二度と神には祈らない。 そう思っていた。 でも、今だけは……守りたいものを守るためにこの二振りの旗を使う!

 

「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ! 『我が神はここにありてリュミノジテ・エテルネッル』!!!」

 

白き旗に天からの光が降り注ぎ、邪ンヌとマシュ。 そして藤丸を包む。

 

「傷が癒えてゆく……!」

 

「邪ンヌ!」

 

そして、私本来の力で敵を薙ぎ払う事で皆を守ることに!

 

「これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮……

『吼え立てよ、我が憤怒ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン』!!!」

 

黒き旗からは燃え盛る炎が舞い上がる。 かつて自分を焼き葬った炎を自在に操り、眼前の敵を灰塵とする。

 

しかし、宝具の連続発動のツケがやってきた。

 

「邪ンヌ!体が……!」

 

「透けてきたわね……肉体を保つ事がもう出来ないみたいね……」

 

「待ってて下さい! 今召喚サークルを設置して」

 

マシュが走り出そうとする所を止める。

 

「もういいのよ。 もう体が持たない。 次の敵が沸く前にカルデアに帰りなさい」

 

二本の旗を握りしめる。

 

「最後の最後で自分の気持ちに気がついたのよ。 この気持ちを抱きながら消えるわ」

 

「え……邪ンヌさん。 消えるって……?」

 

「霊気が足りなくて肉体を維持できなくなったのよ……。さようならマスター。 アナタとの生活はまぁまぁ楽しかったわよ」

 

視界が眩む。 今回は先程のソレとは違い心地の良い感覚だ。

今際の際になってようやっと気づいた気持ち……。 それを抱えながら二回目の眠りに着く。

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

目を覚ますとそこはカルデアだった。

 

「……は?」

 

「あ、おはよ。 邪ンヌ 体調は大丈夫?」

 

「え?……え?……え?」

 

意味が分からない。 私はあの時死んだはずじゃ?

 

「あ、やっぱり分かってなかったの? レイシフト先で倒されたサーヴァントはカルデアに戻るだけだよ? 死ぬのは俺とマシュだけだよ」

 

……知らなかった……。って事はアイツも!

 

「あ! 起きましたね! もう体調は大丈夫なのですか?」

 

やっぱり! アイツも生き返っていた!

 

「うわっ! 来たな白い方!」

 

「白い方なんて言い方よして下さい! 是非お姉ちゃんと呼んでください!」

 

「絶対にやだ! 」

 

「聞きましたよ! 私の旗を振るってくれたんですよね!? これはもう実質セ」

 

「黙れ!」

 

ふと、ポケットの中のトランプを思い出す。

 

「そうだ。 これアイツに渡しておいて」

 

「これは……リリィのですか?」

 

「私の部屋に私物を置かないで。 ……キチンとその都度持って帰りなさいって」

 

その言葉を聞くと、聖女様は目を輝かせた。

 

「つまり! これからは部屋に行っても良いんですね!?」

 

「…………。 ……まぁ……たまに……なら。 許しましょう」

 

そして、あと一言言わなければならない。 ケジメとして……。

 

「あと……。 悪かったわね」

 

「……はい! 許しません!」

 

は?

 

「許さないって……え?」

 

「許して欲しいなら……仲直りのキスを所望します!」

 

は? ……は? キス!? は?

 

「何言ってるの!? 何言ってるの!?」

 

「姉妹なら、家族なら別に良いでしょ? ねぇ?」

 

「い、いや……でも、周りが見てるでしょ?」

 

周りを指さすも、スタッフは会議をする振りをし、マスターとマシュは既に逃げ出していた。

 

「……~~~~~~~~~~~~!!! 目を瞑りなさい!」

 

「……! はい!」

 

目を瞑って少し上目遣いになる。

恥ずかしさで顔から火が出そうだ。

 

何が恥ずかしくて自分と同じ顔をした女とキスを……。~~~~~~~~~!!!

 

自分とのキスは予想以上に心臓が跳ね躍った。

 

「……。 はい!おしまい! もう二度としないわ!」

 

「いいえ、まだあと一回してもらわなくてはなりません」

 

「あと一回って……。 !? まさか!? あのちっこいのと!?」

 

驚愕の声を上げると、最悪の首肯をされる。

 

「嘘でしょ!?」

 

「嘘な訳ありません! リリィも心配していたのですよ?」

 

「む……。 ……はぁ、分かったわよ」

 

「なら今日は貴方の部屋でトランプをしましょう? リリィを今呼んで来ますね!」

 

言うが早いか、部屋を飛び出して行く。

 

今夜もうるさくなりそうだ。 ……まぁ紅茶の準備くらいは……しておこうかな。



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君の味は

カルデアの設備は一部サーヴァントの助力によって成り立っており、前医療スタッフ最高責任者がいなくなってからは医務室は殆ど医療系サーヴァントが仕切っている。 元より魔術設備のメンテナンスはダヴィンチちゃん(大きい方)が管理していた事もあり、それ自体は問題はなかった。

しかし、それは管理するサーヴァントがまともで現代に即した思考回路を持っている場合である。 具体的にどういう事かというと……。

 

「待ちなさい! 今日こそ診察を受けてもらいます! 最低で舌の切除! 最悪の場合肺を摘出しなければ……」

 

「断る! そんなことをすれば余程のサーヴァントでなければ死ぬだろう馬鹿!」

 

「む、坊主。 そんなに急いでどこに向かうんだ?」

 

「丁度良いです。 そこのサーヴァント。 彼を抑えて下さい!」

 

「ふむ、承った。 おい、坊主。 大人しろ。 背だけ伸びてもまだまだ坊主のままだな」

 

「離せよライダー! それに、僕はお前と戦った時から10年も……。 うわあ!」

 

 

 

 

「いい加減にこの予防接種を受けるんだ! この愚患者め!」

 

「うわあああああああ! おかーさん! 蛇が追ってくるううううう!」

 

 

 

 

「先生! 俺は不死身なんだから治療とかはいらないって……」

 

「いけませんよ。 皆受けているのです。 それに、あなたの不死は後付けによるもの。 定期的に検査しとかないと」

 

「じゃあその拳は何ですか!?」

 

「不死かどうか殴って確かめるのです。 動いても構いませんけど痛いですよ」

 

 等の事件が発生している。 基本自由奔放なサーヴァント達にとって健康診断なんて迷惑千万、素直に従う方が珍しい。 定期健康診断はさながら戦争だった。

 逃げるもの。 戦う者。 賄賂を贈るもの。 等々人それぞれだ。

 そんな中、人類最後のマスター。 藤丸立香が検診を終え、自室に帰ろうとしている。

 

(ふう……。 やっと終わったなぁ。 丸一日かかったしもう今日は寝ちゃおうか)

 

 そう思いながら自室のドアを開けようとカードキーでロックを解除しようとする。

 

(あれ? 開いてる?)

 

 侵入者を疑い、咄嗟に誰かを呼び出せるように令呪を構え部屋を開ける。 しかし、そこにいたのは敵の侵入者ではなく、布団に包まってブルブル震えてる何かだった。

 

「えっと……。 誰?」

 

 布団から視線だけを出して俺を視認すると、安心したように何か。ジャンヌ・ダルク・オルタ。 ジャンヌ・ダルクの作られた悪の側面として生まれたものが彼女だ。 ジャンヌは俺に扉を閉めるようにジェスチャーをする。 言われたように扉絵を閉めてついでに気づかれないように鍵も掛ける。

 

「こんなところでどうしたの?」

 

「あんた、マスターならもう少しサーヴァントの制御くらいしなさいよ。 あのバーサーカー、人の話を聞く気ないわよ」

 

たった今自分の言葉を無視された藤丸からすれば愉快な物だろう。 改めて彼女の話を聞くに、彼女は健康診断をしているナイチンゲールから逃げるために藤丸の部屋に来たはいいが、肝心の藤丸本人がいない。 しょうがないから持っている合鍵で入り、隠れていたという事らしい。

 

「それがこの結果ってことね……。 あの竜の魔女と言われたジャンヌがこのありさまとはね……」

 

ジャンヌが涙目になりながらも藤丸を睨み付ける。 しかし、その気の強さも庇護欲をそそるスパイスの様な物でしかない。

 

「ところで、なんでジャンヌは婦長から逃げていたの? 特に問題ない人には優しいよ?」

 

事実。 日ごろから健康には人一倍気を使っている藤丸はスタッフの中でも一番の健康体だと言われ、ご褒美にと子供サーヴァント用の飴玉をもらった。

ジャンヌは藤丸から奪い取った飴玉を口で転がしながらポケットの中身を放り出す。 銀製のライターとポケットに入れていたせいで少し潰れている煙草の箱だった。

 

「何よ。 文句ある?」

 

「いや、サーヴァントなんだから別にいいけど……」

 

藤丸がそう言うと、ジャンヌは少し拗ねた様な顔をする。 椅子に座っている藤丸を無理やり自分の隣に座らせ、煙草が美味しいからしょうがないだの、サーヴァントは煙草で体が悪くなったりしないだのブツブツ文句を言っている。

 

「でも俺はジャンヌにはあんまり煙草を吸ってほしくはないかなぁ」

 

「ふん。 なんでアンタが私の心配をするのよ」

 

「だってジャンヌは俺の恋人だしね」

 

「……ふん」

 

ジャンヌは恋人という単語を聞いて満足そうに鼻を鳴らした。

 

「なら、泣いて私の物に成りたいと懇願した哀れなマスターに免じて少しは減らしてあげましょうかね」

 

無論。 恋人になりたいと涙目で言ってきたのはジャンヌの方なのだが、それを言うと数時間は口を聞いてくれなくなる(その後、自室に一人でいる藤丸の所にオズオズと入ってくる)ので決してそのことを言わない藤丸なのである。

 

「それに……煙草って少し臭くない? 美味しいの?」

 

「気になるなら吸ってみる?」

 

そう言いながら渡してくるが、藤丸は苦笑いしながら首を振る。 ジャンヌは分かっていたように煙草をポケットにしまおうとする。 その手を笑顔のまま藤丸が掴む。

 

「ジャンヌ?」

 

「……」

 

「……」

 

「…………。 はぁ。わかったわよ」

 

観念したように煙草を手渡すと藤丸の笑顔がより満面になり、そのままジャンヌを抱きしめる。 ジャンヌもいつもの事と抵抗なく彼の腕の中に納まる。

 

「ふふっ。 そういえばジャンヌはどうして煙草を吸うようになったの?」

 

藤丸は自分におとなしく抱かれているジャンヌに問う。 全身を藤丸に預け安心しきった表情を見せているジャンヌはその問いを聞いて少し思案顔になるがすぐに目を閉じて再び藤丸にもたれかかる。

 

「さあね、忘れてしまったわ。 大した理由なんて無いわ。 所詮嗜好品なんてそんなものね」

 

でも、とジャンヌがジャンヌが藤丸の首に手を回しながら続ける。

 

「貴方が恋人になってからは本数は減ったわね」

 

そう言いながら唇を重ねる。 煙草の苦みと、飴玉の安い甘みが溶け合っている。

 

「……ん……」

 

「……はぁ。 どう? これが煙草の味よ」

 

「なんか、あっまいね」

 

「大人の味よ」

 

「おかわりはある?」

 

「しょうがないわね。 おいで」

 

そのままどちらともなくベッドになだれ込む。 そのままお互い見つめあいながら布団をかぶる。

お互いを誰にも見せないように。



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