艦息として転生した兄弟が逆転した世界で頑張るお話 (@naru)
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プロローグ
序章 日常の終わり


今回はシリアスメイン。
逆転要素はないです。





 

"進路調査票"

 

 

 

 

そう書かれた紙を僕は見つめていた。

ただの紙切れな筈なのに、とても大きく感じてしまうのは何故なのだろうか。

ペンを動かす気になど全くならない。

 

 

こう感じているのは僕だけ?周りの皆は?

 

 

そうして僕は周りを見回す。

そして僕は驚愕した。

 

皆が明るい顔をしてこの紙と向き合っているのだからーー。

僕には疑問にしか思えない。どうしてそんなに希望に満ちた目でこの紙と向き合うことが出来るのか。

 

 

皆には夢があるから?

将来に希望を持っているから?

 

 

 

何で‥‥

 

 

 

ずるいよ‥‥

 

 

 

自由に自分の道を決めれるなんて‥‥

 

 

 

僕なんて自分の"夢"を持つことさえ許されないのにーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

季節は秋。

鮮やかな紅葉が彩る10月中旬のこの季節。

今年は葉の色付きが早いと感じながらいつもの通学路を歩いている。

僕の名前は信川奈雄(しながわなお)高校三年生だ。

住んでいる県は‥‥っと、そんな情報はいらないよね。

まあ、関東地方とだけ言っておこう。

 

 

 

話は変わって、僕は今の季節の秋が好きだ。

これには理由が多々あるが、一つは自分の誕生日の月という事。二つ目は弟の誕生日の月でもあるから。

そう、僕には一つ下の弟がいる。

僕にとって、弟は大切な存在だ。

 

 

弟はいつも元気で、明るく僕に接してくれる。僕は今も昔も変わらず、そんな弟が家族として大好きだ。

だから僕は、その弟の誕生日が近づいていると感じさせる秋が好きなのだ。

そんな秋真っ盛りと感じさせる通学路を歩く僕は気分が高揚していた。

しかし、その高揚感が続くのも今だけ。

 

 

これから始まる一日は、僕を憂鬱にさせるだけなのだからーー。

 

 

 

 

あれから数十分後、学校に着いた。

いつも通りの校舎を目の前にし、僕は更に気分が滅入る。

僕は憂鬱感に蔑まれながらも、昇降口に入った。

そして、自分の下足入れの場所に行き、ロッカーの扉を開ける。

 

 

バサバサッ

 

 

すると、多くの紙が落ちてきた。

その紙には『消えろ』『死ね』などが書かれていた。

 

「また‥‥」

 

僕はいつも通りのこの行為に唯々面倒臭さを感じていた。もう反応する気にもならない。

だっていつも通りだから。

僕は落ちた紙を全てロッカーに押し込み、内履きを履いて自教室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

教室の近くになると、中からクラスメイトの声が聞こえてくる。外まで聞こえて来るほどの大きい声で、はしゃいでいる声や楽しそうに話している声など多々聞こえてくる。

 

 

僕は扉に手を掛け、開いた。

 

ガラガラ

 

すると、先程の話し声が嘘のように静まり返った。視線が集まる中、僕は自分の席である一番窓側の方へ向かった。

席へ向かう時にも視線が集まり、その視線は軽蔑していると感じさせる視線ばかりだった。

クスクスと笑う声が僕を馬鹿にしているという事を改めて理解させた。

 

 

そして、僕は席に着き鞄を下ろした。

鞄の中から授業に使う教科書などを取り出し、鞄を脇にかける。

すると、数人の男子がこちらに来た。

 

「おい、信川。ちょっと来いよ」

 

 

「‥‥‥分かった」

 

 

男子達はニヤニヤ笑いながら僕を見て話す。

僕は溜息が出るのをぐっと抑え、男子達に着いていく。

"これもいつものこと"

僕は自分に大丈夫と言い聞かせ、歩を進めた。

 

 

 

 

 

男子達に連れてこられた場所は人気のない体育館裏だった。

僕はグイッと男子達に押され、倉庫の方へ投げられた。

 

 

バシャ!

 

 

不意に冷たい感覚が僕を襲った。

上を見上げると、どうやらバケツに入った水をかけられたようだ。

 

 

「はは!だっせぇな!ほら、お前はみんなを守るんだろ?そんな弱っちぃお前が守れると思ってんのか?」グッ

 

数人の男子から、拳や蹴りが入る。

 

 

「ぐっ‥‥‥‥」

 

それを僕はただ受け続けている。

一発、二発とそれは間髪入れずに続く。

 

 

そして、やっとそれは終わった。

一体何発の拳や蹴りが入ったのかわからない。ただ痛みが体に残る。

男子達は気が済んだのか、早々とどこかへ行ってしまった。

 

 

僕は激痛が走る身体を何とか起こして立ち上がった。

砂だらけの制服をパッパッと払い、教室へ戻ろうと歩き出す。

 

 

「これも‥‥いつも通り‥‥」

 

 

僕はそう自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせる他なかった‥‥。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、チャイムが鳴る前に席に着くことができた。

 

一から五時間目まで難無く授業を受けて昼食を挟み、今は六時間目。六時間目はLHR。担任の教師が何やらプリントを配っているようだ。

そして僕の方にもプリントが回ってきた。

そのプリントには、『進路調査票』と書かれていた。

担任は配り終わったのを確認すると話し始めた。

 

「はい、皆さんももう少しで受験です。もう自分の将来を決めている人も多いでしょうが、皆の進路を聞きたいと思います。提出期限は明日まで。提出し忘れがないように気をつけてください」

 

 

「それではこれからーー」

 

 

 

自分の将来‥‥将来の道は自分で決めるもの?違う、僕は違う。自分で将来なんて決めれない。いや、決めることなど許されない。

僕は担任の話など一言も聞かず、ただ進路調査票の紙を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

授業が終わり、下校の時間になった。

僕はそそくさと鞄を準備して昇降口に向かう。

これから始まる有意義な時間。それは僕を楽しいと思わせてくれる。

その時間を早く過ごしたい僕は早足で向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、兄さん!」

 

僕を呼ぶ明るい声が耳に入る。

いつも聴き慣れた声。そう、弟の声だ。

 

 

「ごめんね、雅威。待たせちゃったかな?」

 

 

「ううん、大丈夫。さ!帰ろ!」

 

 

弟の名前は信川雅威(しながわかい)。歳は僕より一つ下の17歳。高校二年生だ。

明るく、気さくな性格で生徒会の役員でもある。僕の一番親しい人物でもあった。

 

 

弟はいつも僕を待ってくれていて、一緒に帰るのが恒例だ。

僕は弟と帰る事が一番の楽しみであった。

学校であった憂鬱な事も、弟と帰ることで全てが無くなるようだった。

 

 

そして、僕達はいつも通りの帰路を歩き出し、家へと向かう。

これが最後の弟との下校とも知らずにーー。

 

 

 

 

 

「はあ〜ここらは工事が多いねえ。建設ラッシュってやつ?」

 

 

「そうだね。少し工事の音がうるさいけど、新しい建物ができたら楽しそうだし僕はあまり気にしないけどね。」

 

 

僕達の家は学校から結構遠い位置にある。

市街地を一つ渡って行かないといけない。

弟の言う通り、いつも通る市街地には見慣れない工事現場がどこもかしこもにあり、工事の音が鳴り響いている。

 

 

「まあね〜。僕は事故とか起きそうで怖いんだよね」

 

 

「確かにそれは有るかも。でも、立ち入り禁止とかの看板があるから大丈夫じゃないかな」

 

 

「まあ、そうだよね」

 

弟と他愛もない話をするこの瞬間でさえ楽しく感じてしまう。自然と笑顔が出て、やはり弟と居ると楽しい。この感情が一番に来る。

そんな感慨に耽ていると、突然弟が何かを見つけたように顔を顰めた。

 

「‥‥ねえ、ちょっとさ、あの子達危なくないかな」

 

 

そう弟が指を指す方向には、二人の子供が楽しそうに話している様子だった。見た感じ、兄弟だろうか。一見見ると微笑ましい様に見えるが、その子供達は工事現場の真下で遊んでいるのだ。

しかも、立入禁止の範囲が思ったよりも狭い。十分危険を伴う場所だ。上で鉄骨を運ぶ機械や人が多数いるため、さらに危険を感じさせる。

 

 

「確かに‥‥ちょっと行こうか」

 

 

「そうだね」

 

 

そして、僕達は子供達を移動させようと小走りで近づいた。

 

次の瞬間ーー

 

 

ガンッ!

 

 

子供達の上の方にあった複数の鉄骨が外れて落ちてきたのだ。それもかなりの大きさ。高さもあるため、あれが当たったら恐らく生きている確率は無い。

 

僕と弟はそれを瞬時に理解し、鞄を投げて子供達の方へ全力で走った。

 

 

「(っ‥‥頼む‥‥間に合え!)」

 

 

僕は自分の全身全力で走る。

 

 

「(後もう少し‥‥!)」

 

 

子供達は上の鉄骨には気づいていない。

上に危機が迫っているとも知らずに話していた。

 

パシッ

 

「(‥‥届いた!)」

 

 

何とか手が届き、一人を前に押し出した。

隣を見ると、弟ももう一人の子を押し出したようだった。

 

 

僕は子供達を助けれた事に少し安堵した。

しかし、それも束の間。

上から多くの鉄骨が降ってくる。

ここで僕は悟った。

 

「(‥‥ああ、僕、死ぬんだな)」

 

 

死を覚悟した瞬間。それはとても怖かった。

それを感じると、何故か時間がゆっくりに感じた。

周りの声も、工事の音も、全てがスローモーションになった様だった。

 

 

すると、不意に手を握られる感覚が伝わった。弟の手だ。

弟はこちらを見て、微笑みを浮かべていた。

それに対して僕も微笑み、手を握り返した。

その手はすごく暖かかった。

この暖かさを感じると、先程の怖いという気持ちは嘘のように無くなっていた。

 

 

ずっと僕と一緒に過ごしてくれた大切な家族。最愛の弟に、僕が初めていう言葉、そして最後の一言を精一杯の笑顔で伝えた。

 

 

「ありがとう‥‥」

 

 

そして、僕の視界は暗転したーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥立て!早く立て!そんなもので俺の後継になれると思っているのか!」バシッ

 

 

後継?いつ僕がなりたいと言ったの?

 

 

「お前は信川家を穢す気か!お前を育てたのが間違いだった!」

 

 

何それ‥‥じゃあ僕は生まれてこなければ良かったの?

 

 

「貴方が私の子なんて有り得ないわ」

 

 

ああ、やっぱり。

 

 

「貴方なんて産まなければ良かった!」

 

 

僕は生まれてくるべきじゃなかったんだーー。

 

 

 

 

「兄さん!」

 

 

「っ‥‥‥!」ガバッ

 

 

「兄さん大丈夫!?なんか魘されてたけど」

 

 

「っ‥‥ああ、ごめんね。大丈夫だよ。それと‥‥此処は一体どこ?」

 

 

目覚めた場所はあたり一体真っ白な場所。

僕達はどうなったのだろう。死んだ?それともまだ生きている?

そう考えていると、後ろからある声が聞こえてきた。

 

 

「起きたみたいだね」

 

 

其処には白い衣服を身に纏った男性がいた。

身長は僕より高く、この人の周りは何処か輝いているようだった。

 

 

「だ、誰ですか‥‥」

 

僕は恐る恐る聞いた。

 

 

「ああ、ごめんね。私は‥‥そうだね、妖精とでも名乗ろうか」

 

 

「よ、妖精?」

 

 

「そう、妖精。まあ、君達からしたら神様の方がいいかな」

 

 

「神様、ですか‥‥ということは、僕達はやっぱり死んだという事ですか?」

 

 

「そうだね、結果的に君達は死んだ。あの兄弟を庇ってね」

 

 

「そうですか‥‥では僕達は何故ここに」

 

 

「それには理由があるよ。まあ簡潔に言おうか。君達には違う世界に転生してもらう」

 

 

「「えっ‥‥‥‥」」

 

 

僕と雅威は声を並べて驚く。

それもそのはず、一度死んだのだ。それで、もう一回生きろと言われれば誰でも驚くだろう。

 

 

「それは一体どういう事!?」

 

先ほどまで黙っていた雅威が声を上げて発した。

 

 

「言葉の通りだよ。君達には転生してもらって、果たせなかった人生を全うしてもらう」

 

 

何も果たせなかった人生。確かに僕の人生は意味のある人生かと言われればそうではない。

だけど、もう一度生きる事で自分の人生の価値を見出すことが出来るのだろうか。

僕はそれが不安だった。もう一度生きる事で、あの痛み、苦しみをまた味わうことになるのではないかと。

その不安が承諾し難い原因となっていた。

 

 

「その新しい人生は前と同じようなものになる可能性はあるんですか‥‥」

 

すると、雅威が口を開いた。

 

 

「それは勿論ある」

 

 

「っ‥‥‥‥‥」

 

その言葉に僕は息が詰まった。

前の人生と同じになることがある。

それは僕を地獄に陥れる様な言葉だった。

 

 

「だけどね、君達が転生してもらう世界は前居た世界と全く違うものがある」

 

 

「それ一体どういう事ですか‥‥」

 

 

「まず、君達が転生してもらう世界には【艦娘】というものが存在する」

 

 

「艦娘とは‥‥‥」

 

 

「艦娘は過去にあった"あの戦争"を戦った少女達の事だよ。艤装と言う装備を身につけて、ある敵と戦う娘達なんだ」

 

 

「そのある敵とは‥‥?」

 

 

「その敵の名前は深海棲艦。突如海に現れて襲い掛かってくる。深海棲艦と戦える力を持つのが艦娘。そして、それを指揮する提督がいるんだ」

 

 

「えっと‥‥何故深海棲艦というものは襲って来るんですか?」

 

 

「ごめん、それは僕もわからないんだ。深海棲艦は突然現れて人々に襲い掛かる。その人々を守るために艦娘と提督が居るんだ」

 

 

「なるほど‥‥大体分かりました。僕達はその世界の提督になれという事ですよね‥‥」

 

 

「いや、違う。君達には艦娘の方に転生してもらう」

 

 

「「えっ?」」

 

 

またもや僕と雅威の声が重なった。

 

 

「え、そ、それはどういう事ですか?その艦娘には男性もいるのですか‥‥?」

 

 

「ううん、いないね。でも大丈夫、僕の力で何とかできるから」

 

 

「は、はあ‥‥そうですか。でも、何故提督ではなく艦娘の方なんですか?」

 

 

「それは‥‥僕の気まぐれということも一つだけど‥‥君達には誰かを守ることができる力を最初から持っている。現に君達はあの兄弟を身を呈して守った。たとえ自分が死ぬとしてもね。だから君達には直接戦う艦娘の方に転生してもらいたいんだ」

 

 

「‥‥そうですか」

 

 

僕の心には迷いがある。

このまま転生して艦娘となるか‥‥。

艦娘となって人を守る。僕にはそれがどういったことになるかわからない。

しかし、きっとそれは大変な事なのだろう。

人を守る事なんて簡単じゃない。それは身をもって僕は知っている。

だけど、僕は‥‥誰かを守ってみたい。

そんな気持ちがあった。

前とは違う、自分で自らやりたい事をやる。

その一歩を踏み出したい。その思いが僕に募った。

そして、僕は決心した。

 

 

「分かりました。僕は転生します」

 

 

「えっ‥‥‥」

 

 

「‥‥そう。分かった」

 

 

「ち、ちょっと待ってよ兄さん!良いの!?危険な目に合うかもしれないんだよ!?」

 

 

「うん、それも承知しているよ。だけど僕は自分の意思で誰かを守ってみたいんだ。雅威だって無理することはないよ。雅威がダメなら僕が頑張る」

 

 

「っ‥‥そんなのやだ‥‥でも、分かった。兄さんが行くなら僕も行く。僕は兄さんの側から離れたくないから」

 

 

「‥‥ありがと。雅威」

 

 

「それじゃあ決まったようだね。それじゃあ君達に艦船の記憶を授けるよ」

 

ポワッ

 

 

僕と雅威の周りに無数の光が現れた。

それは僕達を包むように。

 

 

「信川奈雄君、君には【航空母艦 信濃】の記憶を」

 

 

「信川雅威君、君には【戦艦 紀伊】の記憶を」

 

パアアッ

 

 

僕達の周りにある光が体の中に入ってきた。

それも不思議な感覚。サザーッと砂嵐の様な靄がありながらも、断片的に記憶が入ってきた。

 

 

「はい、これで完了だよ。大丈夫かな」

 

 

「は、はい。少し目眩のようなものがあるだけで他には‥‥」

 

 

「僕も同じです‥‥」

 

 

「多分、多くの記憶を宿したからね。負荷は相当かかると思う。でも大丈夫、そのうちなくなると思うから」

 

 

「‥‥はい、分かりました」

 

 

「後は‥‥これが艤装。せっかくだし付けてみようか」

 

パチンッ!

 

 

指を鳴らすと艤装というものが、自動的に変形しながら体に付く。

僕の右手には平べったい板、背中に矢を入れる矢筒、長い弓が付いた。

 

 

「はい、艤装は大体こんな感じ。後は和服を着ることになるのかな。どう?艤装を付けた感じは」

 

 

「え、えっと‥‥僕は弓道をしていたのであまり違和感はありませんね」

 

 

「僕は違和感だらけです。この重い主砲ってのがあって‥‥」

 

 

「まあ二人は艦種が違うからね。でも姉妹艦、じゃなくて、兄弟艦だしね」

 

 

「は、はあ‥‥そうですか」

 

 

「まあ艤装はここら辺にしようか」

 

パチンッ!

 

 

「さて、それじゃあ転生の用意といこうか」パッ

 

 

「は、はい‥‥」

 

 

「あ、忘れてた。もう一つ転生する世界に重要なことがあるんだ」

 

 

「それは一体‥‥?」

 

 

「この世界、男性の出生率が急激に減少していてね、それは男女比が1:50ぐらいにもなるほどなんだ」

 

 

「は、はい!?」

 

 

「そのこともあってか、君達の居た世界と貞操観念やら何やら逆転してるみたいだから。そこのところ気をつけてね」

 

 

「え、ちょ、ちょっと!そんなの聞いてないですって!」

 

 

「そうだぞ!僕もそんな話聞いていないんだけど!」

 

 

「あ〜あ〜、ごめんってば。まあ確かに‥‥君達顔整ってるもんね。もしかしたら襲われるかも」

 

 

え、何それ。今凄いこと言ってなかった?

というか、何でそんな重要な事を忘れているのか‥‥。

 

 

「あ、準備完了した。それじゃあ二人とも頑張ってね〜!」パアァ

 

 

「あ、ちょっと待っーー」

 

 

瞬間、周りが暗転した。

 

 

 

凄いドタバタしたが、これから始まる僕の新しい生活。

自分で自ら動き、人を助けるのだと僕は決心した。

 

 

これから始まる新しい生を全うする為にーー

 



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新たな生活と仲間
一話 転生、出会いと歓迎


今回から転生。
少しずつ逆転要素が出て来ます。
これからはほのぼのがメインになると思います。


「明石ー!建造終わった〜?」

 

 

「ああ、提督。無事終わりましたよ。後はお迎えするだけです!」

 

 

「良し!それじゃあ早速〜!」グッ

 

 

ピカ〜ン

 

 

 

「えっと‥‥航空母艦信濃です。よろしく‥お願いします」

 

 

「大和型四番艦、紀伊だよ。兄共々よろしくね!」

 

 

何故か身に覚えのない言葉が自然と出た。

そして僕は新しい世界の地に足をつける。そうすると、体のどこからか高揚感が溢れてきた。

新しい世界での初めての一歩。その事実が僕を高揚させた。だが、その高揚感に浸っている時間は長くなかった。目の前にいた女性二人が、、驚いたように目をまん丸にして僕達を見ていたのだから。

そして次の瞬間、

 

 

「「お、おと、男ぉぉーー!!!??」」

 

 

二人は僕達を見るや否や叫び始めた。

 

 

「な、何で建造したら男が!?明石!一体どういうこと!?」

 

 

「わ、私に聞かれても知りませんよ!」

 

 

二人は混乱からかギャーギャー言い争っているようだ。その様子に僕達は困り果てていた。

 

 

「こ、これから、大丈夫なのかな‥‥」

 

 

目の前の様子に、僕は先ほどの高揚感から一転、不安要素でいっぱいになった。

本当に僕達はこの世界でちゃんと生活できるのかな‥‥。

そんな気持ちでいるとも知らずに、二人はまだ落ち着く様子が見られなかったーー。

 

 

 

 

 

 

「ん〜‥‥‥‥良しっ!」

 

 

此処は鎮守府の一角の執務室。私は何かから解放されたような伸びた声を出した。

 

 

「これで今日の執務は終わり。今の時間はっと‥‥」

 

 

中央にある長机に手を置き、時計を見る。

 

 

「ヒトサンマルマル‥‥3時か。まあ、時間的には上出来だよね。っと、そろそろ明石の所の建造が終わった頃かな‥‥それじゃ、工廠に行こっと」

 

私は扉を開け、工廠を目指して歩き出す。

今日はどんな新しい仲間が増えるのだろうか。そんな期待感を持ちながら、私は歩を進めた。

 

 

此処は日本の中でも数ある有数の大きい鎮守府。横須賀鎮守府だ。

私の名前は湯川香穂(ゆかわかほ)。ここ横須賀鎮守府の提督を務めている。といっても、着任したのもここ最近。まだまだ新米ということになる。

 

何故、その新米な私がここに配属されたかと言うと、一言で言えば能力を買われたから。

 

実を言うと、私は海軍に所属したいなど思ってもいなかった。まあ、特に目立った理由はないが、海軍に所属すれば男性と会う機会が絶対と言っていいほど無い。

 

 

このご時世、ただでさえ少ない男性はこんな危険な海で仕事をしている女となど付き合いたくないだろう。

だから、私は正直海軍になど入りたくなかった。

 

しかし、現実は非情だ。

親が海軍に所属していたこともあり、私は海軍の入試試験を受けさせられた。

私は半ば無理やり受けさせられる試験に少し嫌気が差していた。だが、私は手を抜くことが嫌いだったので、全力で試験に挑んだ。

それがたまたま海軍のお偉いさんの目に止まったようで、才能があると言われ、即座に海軍に入隊するように言われた。

 

そして幸か不幸か、私を評価した人が大本営の方で私を横須賀の提督になるよう熱く推薦したそうで、それが採用されて、私がここの提督になることになった。

 

私からしたら、やりたくもない提督業を任され、しかもその役職がかなり大きい物という何とも責任が重大になった。

 

しかし、提督として務めてみると、やりがいのあるものだと気がついた。艦娘達と協力し、深海棲艦を撃退する。それがいつしか私の使命だと思った。

人の為になる事は悪いものじゃない。そう気づかさせてくれた事に感謝している一面もある。

 

そんな思いに耽ている所で、工廠に着いた。

 

奥には見覚えのあるピンク色の髪の人が目に入る。恐らく明石だろう。

 

 

「明石ー!建造終わった〜?」

 

そう声を掛け、私は明石の方に近づいた。

 

 

「ああ、提督。無事終わりましたよ。後はお迎えするだけです!」

 

 

「良し!それじゃあ早速〜!」

 

私は大きいカプセルのようなものに手を掛け、思いっきり引き上げた。

 

ピカーン

 

 

そうすると、眩しい光があたり一帯に広がる。 私は、新しい仲間とのご対面にワクワクした気持ちを抑えられずにいた。

そして遂に建造された艦娘が出てくる。

そこで私は仰天するーー。

 

 

「えっと‥‥航空母艦信濃です。よろしく‥‥お願いします」

 

「大和型四番艦、紀伊だよ。兄共々よろしくね!」

 

建造されたのは出るはずのない男だったのだからーー。

 

 

「「お、おと、男ぉぉーー!!!??」」

 

 

あまりの出来事に私と明石は叫び声をあげた。それもそのはず、この世界で少数である男性がまさか建造したら出て来るなんて思っても見なかったのだから。

 

 

私は訳が分からず、明石に問いかける。

 

 

「何で建造したら男が!?明石!一体どういうこと!?」

 

「わ、私に書かれても知りませんよ!」

 

 

だが、当然明石もこの事を知る訳がない。

その後、私と明石のほぼ言い争いとも言える物が5分ほど続いた。

 

 

「はあ‥‥はあ‥‥駄目だ‥一回落ち着かなくちゃ」

 

息が切れるほど続いた争いを一旦忘れ、私は落ち着く為にとりあえず深呼吸をする。

先程は取り乱したが、何も男性を見たことが無いわけではない。

一度どんな人かよ〜く見てみようと確かめなければいけないと思い、私は男性の方に目を移す。

 

そこで、さらに私は驚く。

 

そこに居た男性は眼を見張る程の格好良さだったからだ。

それは一度も見た事のないぐらいの神々しさだった。

そんな男性を見た私は、思わず問いかけてしまった。

 

 

「あっ、えっ、えっと‥‥あ、貴方達は‥‥?」

 

目の前に男性がいる緊張が私の声を震わせ、

挙動不審の様になってしまった。

だが、そんな私を気にせず、男性は口を開いた。

 

「僕達は艦息です。訳あってこちらの世界に来ました」

 

「‥‥艦名は先ほど言った通り、僕が信濃。隣が紀伊です」

 

 

信濃と紀伊。どちらも聞いたことのある名前だ。だが、そんな艦が実装されているのか?

もしかして、何らかの問題で未実装艦が此処に来た?

そんな事だとしたら‥‥めちゃくちゃ運が良いではないか‥‥。

そんな邪な気持ちを持つ自分がいた。

 

 

「えっと‥‥貴方達は未実装艦という事でしょうか?貴方達を一度も見たことがないのですが‥‥」

 

 

そんな中、私と同じ考えに至ったのか、明石はそう問いかけた。

 

 

「未実装艦‥‥そうかも知れません。ですが、恐らく僕達はこの二人だけ。他の所に僕達が現れることはないでしょう」

 

 

「‥‥何にもこの世界の事分かってないので‥‥よ、よろしくお願いします」

 

目の前の男性、いや、信濃と紀伊は頭を下げた。信濃の手を見ると、手が震えているように見えた。

それもそうだ。こんな女所帯の場所で、しかも男性でありながらあの深海棲艦と戦う。

その様な状態になれば、震えが出るだろう。

 

 

そんな二人を見て、私は微笑みながら発する。

 

「はい、何はともあれ、歓迎しますよ。信濃、紀伊。ようこそ、横須賀鎮守府へ」

 

先程の邪な気持ちなど無しにして、私は精一杯の歓迎を示した。

すると、信濃の顔が柔らかくなったような感じがした。

 

私と明石の顔も私が笑顔になっていた。

新たな仲間が増えた。この事実に変わりはない。

私はその事実に幸福感でいっぱいになった。

 

 

‥‥ちょっと信濃の微笑む顔に見惚れていたのは内緒にしておこう‥‥。

 

 

 

 

 

 

ザワザワ

 

艦娘達が集まる食堂。

いつもは食事の時などに集まる事が多いのだが、今日は違う。

司令官の招集によって呼び出された。

私こと、吹雪はその招集に少し疑問を抱いていた。

 

「何だろうね。いきなり招集して」

 

「ただの出撃とかじゃないの?」

 

「ん〜でも、皆が集まることなんてほとんど無いし、何か連絡でもあるんじゃないかな?」

 

「まあ、私はなんだって良いけどね〜」

 

妹達は各々の思いを口にする。

 

 

パンッ

 

すると、目の前から手を叩く音が聞こえ、皆一同注目する。

 

 

「はいはい、静かに〜。今日は重要なお知らせがあるので皆を招集しました。実は、今日から新しい仲間が増えます」

 

その言葉に周りは騒つく。

新しい仲間。この言葉に期待感を覚えるのは私だけではないはず。

今日から新たな仲間が増えるのだ。その言葉が私を高揚させた。

 

「へえ〜新しい仲間ねぇ‥‥」

 

 

「いったい誰が来るんだろう」

 

 

「まあ、本当は訳ありな艦娘なんだけど‥‥それはともかく、早速来てもらおうか。入って来て良いよ!」

 

「‥‥‥?」

 

訳あり?それは一体どういうことだろう。

私は唯々それが疑問だったが、司令官の呼びかけからある二人が入ってくる。

 

そこで、私は仰天する。

 

「し、信濃です‥‥えっと、これからよろしくお願いします」

 

「紀伊です。兄共々よろしくお願いします」

 

呼びかけから出てきた二人は男性だったの

だ。

 

「お、男おおぉぉぉぉ!?」

 

 

叫び声が何処からと聞こえる。

それもそのはず、皆男が出てくるなど誰一人予想していないはずだ。

皆、男性が出てきたことに驚いている様子だった。

まだ驚きが隠せない中、司令官が言葉を発する。

 

「はいはい。驚くのも無理ないけども静かに。実は訳あって今日からこの二人が着任しました。二人は男性だけど艦娘の力を持っているの。それと、艦種は信濃が正規空母。紀伊が戦艦だよ」

 

ザワッ

 

正規空母組の方と戦艦組の方がざわつき始める。

恐らく、自分のグループに男が入ることに喜んでいるのだろう。

 

 

「二人は着任したてだから、皆優しく教えてあげてね。それと、歓迎会を行う予定だから、夜に食堂に集合するように。それじゃあ、解散!」

 

司令官が二人を連れて何処かに行った。

私は急な出来事に、頭が混乱していた。

まず、この鎮守府に男が着任したということ。これはとても嬉しい事だ。

 

男性とほとんど会うことが無い私達からしてみれば、よほど幸運といっても良いだろう。

しかも、あの二人の容姿は神々しさを感じるほど綺麗だった。

そんな中、妹達が話し始める。

 

 

「ねえ、今の見た‥‥?私達の鎮守府に男が来るなんて‥‥」

 

「うん‥‥しかも凄く格好良かったよね」

 

 

「あの二人艦娘なんでしょ?てことは一緒に戦うのよね‥‥」

 

 

「っ‥‥私、演習場に行ってくる」

 

 

「あっ、吹雪ちゃんずるいー!良いとこ見せたいからって!」

 

 

「私も行く!」

 

 

「あっ、ちょっと、皆〜!」

 

 

 

 

 

「弟か‥‥‥‥‥」

 

 

「ふふっ‥‥信濃と紀伊がまさかこちらの世界に来てくれるなんて嬉しいですね」

 

 

「‥‥ああ、嬉しいことだな。だが、弟としてとは思っても見なかったが」

 

 

「あら、いいじゃないですか。可愛い弟でしたよ」

 

 

「‥‥そうだな」

 

 

「‥‥絶対守りましょう。あの二人、いや、弟達を」

 

 

「‥‥ああ、当たり前だ」

 

 

 

『何があっても必ず守るーー』

 

 

 

 

 

 



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二話 ご褒美という名のハプニング

テンプレって良いよね‥‥





「寮は‥‥2人一緒の方がいいよね。それじゃあここにしようかな」

 

 

「すいません‥‥ありがとうございます」

 

 

「大丈夫大丈夫。じゃあ私はそろそろ行くね。それと、夜の歓迎会忘れずに来てね」

 

 

「分かりました。それでは‥‥」

 

 

「うん、それじゃあね」

 

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 

提督に僕達の自室を案内してもらい、提督は何処かに行ってしまった。

そして、僕と紀伊の二人きりになる。その間には気まずさを感じさせる沈黙が続く。

僕はその雰囲気を変えようと、言葉を発した。

 

 

「中に入ろうよ」

 

 

「‥‥うん」

 

紀伊は少し口ごもったように言う。

そして、僕はドアノブに手を掛け、それを捻った。

中に入ると、まず真っ先に二つのベッドが目に入る。壁にはシンプルな壁紙が貼られ、タンスやテレビといった家具が揃えられ、十分に生活できる部屋だった。

 

「うん、部屋は綺麗だね。前にいた世界とほとんど変わらないし」

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

部屋を見て高揚している僕とは相違い、紀伊は落ち込んでいるようだった。

僕は疑問に思い、紀伊に問いかける。

 

 

「‥‥紀伊、どうかしたの?やっぱり不安?」

 

「っ‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

紀伊は未だに沈黙を貫く。

その顔はどこか悲しさを感じさせるものだった。

やっぱり、不安なのだろうか。確かに、今までとは全く違う環境で生活する事にすぐ慣れろと言われても無理がある。

それは僕も同じ。正直不安要素が僕だっていっぱいだ。

前世に戦った艦船の記憶が僕の中に入ったことで、今までの僕とは違った異様な感じが渦巻く。それが負荷になり、様々な感情が入り乱れるのだから。

 

 

「ねえ、どうせだったらこの鎮守府を回って見ない?」

 

 

僕はその重い負荷を忘れようと、気分転換に鎮守府を回ろうと言う。

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」フルフル

 

しかし、紀伊は首を横に降る。

 

「そう‥‥分かった。それじゃあ、ちょっと僕行ってくるね」

 

 

僕はそれに対して追求せず、一人で回ると伝えた。紀伊は僕の言葉に対して首を縦に降る。

今はそっとしておいた方がいい。僕はそう判断した。

弟とは長い付き合いだ。相手の感情を察せれるくらいにはなっている。

僕はドアノブに手を掛け、部屋から出た。

 

 

 

 

 

「さてと、当てもなく鎮守府を見て回る訳だけど‥‥どこに行こうかな」

 

言葉の通り、当てもなく鎮守府を回ろうとしていた僕は右往左往していた。

鎮守府の軽い案内は提督にしてもらったが、全てを把握しているわけではない。

「と、というか‥‥な、何でこんな格好‥‥」

 

今更だが、今の僕の服装は何故か紫色が目立つ巫女装束の様なものになっている。

それ故、下はスカートだ。長さはミニスカートまでとは言わないが、膝ぐらいまでしかない。

貞操が逆転していると言っても、別に服装自体が変わっているわけではないのに何故か僕の服装は女性ものだ。

無論、紀伊も柄は違うが和服にスカートであった。

歩く度に足元がスースーする感覚が僕を悩ませる。

 

 

「あれは‥‥‥」

 

 

「ああ、確か今日から着任した信濃さんですよね‥‥」

 

 

そんな中、前方から二人の人物が見えた。

僕と同じような赤と青の巫女装束を着た人達だ。僕と目があったことに少し驚いた様に見える。

すると、その人達は僕の方に近づいて来た。

 

 

「えっと、信濃さんでしたよね。私は赤城です。よろしくお願いしますね」

 

 

「‥‥加賀です。よろしくお願いします」

 

 

「あ、はい!こちらこそよろしくお願いします!」

 

 

僕も挨拶を返す。見た目的にも僕と同じ艦種だろう。

 

「確か、貴方も空母でしたよね?」

 

赤城さんも僕と同じように考えたのか、そう聞いてきた。

 

 

「はい、そうです。赤城さん達も空母ですよね」

 

 

「あら、知っているんですか?ということは後輩が増えましたね、加賀さん」

 

 

「え、ええ。そうですね‥‥」

 

 

「あら、加賀さん。緊張してます?」

 

 

「そ、そんなことはないです。私はいつも通りですよ」

 

と、言っているが明らかに動揺しているように見える。やはり男性が少ないこの世界では、男性と話す機会はほとんどないのだろうか。

 

「そう言えば、信濃さんは何か用事でも?」

 

 

「いえ、特には‥‥ただ鎮守府を見て回ろうかと」

 

 

「そうでしたか‥‥それでは私達が案内致しましょうか?」

 

 

「えっ?良いんですか?」

 

 

「ええ、構いませんよ。ね?良いですよね、加賀さん」

 

 

「‥‥はい、大丈夫です」

 

 

突然の赤城さんからの提案。確かに教えてもらった方が良さそうだ。このまま右往左往している訳にはいかないし、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。

 

 

「では、すいませんがよろしくお願いします」

 

 

「はい、それでは行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば信濃さんには弟さんが居ましたよね?確か、紀伊さんでしたっけ?」

 

 

「ええ、そうなんですが‥‥ちょっと体調が優れないようで」

 

 

「そうなんですか‥‥まあ、こんな女所帯ですし、そうですよね‥‥」

 

 

「あ、いえ!そう言うことでは無くて‥‥本当に体調が悪いみたいなだけなので‥‥」

 

 

「そうですか‥‥早く治ると良いですね」

 

 

「はい、ありがとうございまーー」ズルッ

 

 

バタン!

 

余所見をしていたせいか、僕は躓いて顔から前に転んでしまった。

転んだこともそうだが、何もないところで転んだことがさらに僕の羞恥心を募らせ、僕は顔を覆いたくなった。

 

 

「あっ‥‥‥‥///」

 

「っ‥‥‥‥‥///」

 

 

「い、痛い‥‥」

 

 

僕は顔を抑えながら体をなんとか起こす。

 

 

「ご、ごめんなさい。余所見をしていて転んでしまいました‥‥」アハハ

 

 

僕は少し苦笑いで赤城さん達の方を見る。

すると、赤城さん達は何故か顔を赤くしていた。

あれ?僕何かしたのかな?

 

 

「ど、どうしたんですか?赤城さん?加賀さん?」

 

 

「い、いえ。何でもありませんよ‥‥」

 

 

「流石に気分が高揚します‥‥」

 

 

「‥‥‥えっ?」

 

 

気分が高揚って‥‥一体どうしてだろう。

何か嬉しい事でもあったのかな?

 

 

「何か良いことでもありましたか?」

 

 

「あっ、い、いえ、何でもないでーー」

 

 

「信濃〜!ちょうど良いところに!ちょっと用事があるんだけど良いかな?」

 

 

加賀さんの言葉を少し遮って来たのは提督だった。赤城さん達に案内してもらうところなのだが、用事があるのならば断るわけにはいかないだろう。

 

 

「えっと‥‥すいません、せっかく案内してもらおうとしてたのに‥‥」

 

「いえ、大丈夫ですよ。提督から用事があるようですし、また今度案内しますよ」

 

 

「ありがとうございます!それでは、少し行って来ますね」ペコッ

 

 

赤城さん達に一礼をし、僕は提督の方に向かった。

 

 

 

 

 

 

「‥‥加賀さん。さっきの見ましたか‥‥」

 

 

「はい‥‥バッチリ見ました‥‥」

 

 

「"白"‥‥でしたね‥‥///」

 

 

「はい‥‥///」

 

 

「これからはこのハプニングに遭遇する可能性が大いにあるんですよ‥‥」

 

 

「っ‥‥流石に気分が高揚します」

 

 

 

 

 

 

 

「提督、僕を呼んでどうしたんですか?」

 

 

「えっとね、少し早いと思うんだけど着任したわけだし、秘書艦に慣れてもらおうと思って」

 

 

秘書艦?秘書艦って一体なんだろう。

提督の秘書をするって事かな?

 

 

「あの‥‥秘書艦って‥‥」

 

 

「ああ、ごめんごめん。それは今から説明するね。秘書艦は日替わりで交代しているんだけど、簡単に言うと私の書類作業とかを手伝ってもらう役目だね」

 

 

「成る程‥‥書類作業ですか‥‥」

 

 

「うん。書類は少ない時もあるんだけどここは大きい鎮守府だから何かと書類が多くてね。私一人では全然終わらないから‥‥申し訳ないんだけど今日の秘書艦を引き受けてくれないかな」

 

 

「はい、別に構いませんよ」

 

 

「えっ!?本当に!?」

 

 

な、何でそんなに驚くんだろう‥‥。

皆、交代交代でやっている中、僕だけやらないとか不公平じゃないかな?

 

 

「ええ、大丈夫ですよ。何をそんなに驚いているんですか?」

 

 

「だ、だって、秘書艦って常に私と二人きりで作業する訳だし‥‥女と二人きりで作業するなんて嫌でしょ?」

 

 

別に嫌だとは思わないけどな‥‥。

提督は明るくて良い人そうだし。

それに‥‥可愛いし‥‥。

 

 

「僕は嫌だとは思いませんよ。それに、提督は優しいですから」

 

 

「て、天使だ‥‥駄目元で頼んでみたんだけど、まさか引き受けてくれるなんて思ってもみなかったよ‥‥本当にありがとう!」

 

 

「ふふっ、そんなに喜ぶなんて面白いですね」

 

僕は思わず笑みが溢れた。

 

 

「そ、そりゃそうだよ!男の人と一緒に執務ができるなんて思ってもみなかったし!しかも、こんな美少年と‥‥」

 

 

「び、美少年って‥‥///そんなに僕は格好良く無いですって」

 

 

「いやいや!充分信濃はカッコイイよ!もっと自信持ちなって!」

 

 

「あ、あはは‥‥ありがとうございます‥‥///」

 

 

僕は少し照れながら笑った。

何度も褒められると、少しむず痒くなる。

褒められることに慣れていないからか、羞恥心が募り、体温が上がってくるのがわかる。

 

「と、そう言えば紀伊は?一緒にいなかったみたいだけど」

 

 

「えっと‥‥紀伊は体調が悪いみたいで‥‥でもそんなに重傷ってわけでも無いのでそのうち治ると思います‥‥」

 

 

「そっか‥‥うん、分かった」

 

 

「それじゃあ、執務を始めよっか」

 

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

執務を初めて三十分が経ちました。

どうも提督こと香穂です。

訳の分からない挨拶を誰かにした所で、私は今、執務に全く集中出来てません。

その理由は言わずもがな‥‥

 

 

「んーーっ!」グッ

 

 

天使(信濃)の所為です。

だってずるいでしょ!頑張って手を伸ばして棚にあるファイルを取ろうとする信濃が可愛いんですもん!

 

「んーーーんーーっ!」グッ

 

 

ああもう、背伸びして頑張ってるところが本当に可愛い!

 

もっとその姿を見ていたいけど、時間も時間だしそろそろ取ってあげなくては。

そう思い、私は席を立った。

だが、そこで事件は起こる。

 

 

「んーー!あっ、取れ‥‥うわっ!?」

 

 

「えっ!?ちょっ‥‥危なーー」

 

バタン!

 

 

信濃がファイルを取り、その衝撃で棚にあるファイルが全て落ちてくる。

信濃はそのまま体勢が崩れ、転びそうになった。私は信濃を受け止めようとするが、信濃と一緒に倒れこんでしまった。

 

「い、いたた‥‥信濃、大丈夫ーー」

 

 

「っ‥‥!///」

 

 

「んっ‥‥だ、大丈夫‥です」

 

周りに散らばる多くのファイル。

目を開いて体制を確認すると、目の前には藍色の綺麗な髪がある。

なんと、私は信濃を押し倒した様な状態になっていた。

 

 

「あっ‥‥えっと‥‥///」

 

信濃は困惑した表情をしながら、顔を赤らめていた。

改めて近くで見ると、本当に整った顔だと認識させる。

青色の瞳に、サラサラな髪の毛。真っ赤な頬が目立つ顔。それは言葉では言い表せない程の綺麗さだった。

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 

思わずジッと信濃の顔を見つめていた。

 

 

「っ‥‥‥///」

 

すると、信濃の顔が更に真っ赤になる。

 

 

「あ、あの‥‥は、離れてください‥‥」

 

 

私は信濃の言葉でハッと我に帰った。

この今の状態を他の誰かに見られたら、もう憲兵案件だろう。私は速攻で牢屋行きだ。

 

 

「ご、ごめん!今すぐ退くかーー」

 

 

バンッ!

 

 

「司令官!今日着任した信濃さん達のことで取材をーー」

 

急な執務室への来訪者。

それは絶対に来てほしくないと私は望んでいた。

だが、現実は違ったーー。

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

静まる異質な空間。

それはさっきのようなピンク色の空間では無かった。

色など付かない、絶望の空間だ。

私は血の気が引くような感覚に襲われた。

そして、私を絶望に落とす言葉が出る。

 

 

「き、キャッホォー!!スクープですよスクープ!これは今日の見出し決定です!

『着任初日から提督に襲われた信濃さん!?』これで決まりですね!」

 

 

「っ‥‥‥‥‥‥‥」プルプル

 

 

「えっ!?ちょ、ちょっと待って!これは誤解だから!提督は悪く無いからー!」

 

 

「あ、青葉ワレエエェェェェ!!待てやーー!!」ダッ

 

私は羞恥心と怒りが爆発し、青葉を追いかけた。

 

 

「あっ!提督ー!!このファイルどうするの〜!!」

 

 

 

 

「‥‥行っちゃったよ」

 

 

「‥‥‥はあ。本当に大丈夫かな‥‥この鎮守府」

 




不安‥‥?
期待でいっぱいです(艦娘達)



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三話 兄弟の想い(紀伊視点)

今回は重めのシリアス。
次回は信濃視点を出すつもりなので、よろしくお願いします。

この兄弟、大丈夫でしょうか‥‥不安です‥‥。(大和)

後、さらっと書き上げたので内容が薄いかもしれません

この作者、不安です‥‥。(大和)


バタンッ

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

兄さんが部屋から出て行き、部屋の中には僕一人。

この静かな空間に取り残された様な虚しさが僕の心に響く。

 

僕は部屋のベッドに腰を掛けた。

ふと、前を見ると、正面には全身が映る大きな鏡があった。その鏡には前世の僕と何一つ変わらない姿が映っている。

 

すると、前世の記憶が鮮明に蘇ってきた。

それも、全てでは無い。僕が死ぬ直前だ。

あの兄弟を助けようとした時の場面が僕の脳に映し出される。

 

僕はあの兄弟に、何故か既視感を覚えた。

容姿が似ている‥‥。たったそれだけ?

 

いや、違う。もっと違う何かがある。

だか、その既視感を明らかにさせる理由は僕の中からは出てこない。

でも、それがあったから、僕は一目散にあの兄弟を助けようと走り出せたのだと思う。

 

それに、兄さんだってそうだった。

僕と同じ理由かは分からないけど、兄さんだって助けようしていた。現に助けたのだから。

 

 

「兄さん‥‥」

 

呼び慣れた愛称なのに、その言葉を口にすると、様々な感情が入り乱れた。

 

僕は今、兄さんに対して恐怖感を抱いている。別に兄さん自体が怖いわけじゃ無い。兄さんに現れている変化が怖いのだ。

 

変化と言っても、些細なことかもしれない。

だが、僕にとってその変化は大きなものだった。

 

兄さんが僕の事を『雅威』としてじゃなく、『紀伊』として認識しているからーー。

 

僕はそれが受け入れられなかった。

兄さんが僕の事を紀伊と呼ぶたびに、前世の僕はもういないと実感させられた。

それが怖かった。今まで抱いたことのない恐怖感が僕を埋め尽くした。

もう前世の僕は存在しない。その事実を突きつけられている様だから‥‥。

 

僕だって、今までの愛称であった『兄さん』という言葉にさえ、違和感を覚えてしまった。

一度も発したことのない、『信濃兄』という単語が、僕の頭を一杯に埋め尽くす。

この変化を実感する度に、僕は恐怖していた。

 

奈雄、雅威という名が、僕達に違和感を感じさせる。

僕達はもう信川家の人間では無いと思わせるほどに。

 

それに対して、兄さんは僕達の変化を気にしていないと思わせるほど変わらず、明るく他の人達と接していた。

 

『どうして』この一言が真っ先に出た。

 

兄さんは変化に気付いていない?

いや、その可能性は低い。僕を紀伊と呼ぶたびに兄さんの顔が少し引きつっているように見えた。

 

それじゃあ、気にしていないだけ?

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

何それ‥‥。

それじゃあ、僕が‥‥。

 

「僕だけ気にして‥‥馬鹿みたいじゃないか‥‥」

 

 

ガチャ

 

扉の開く音。それは誰かが入って来たとすぐ認識させた。

僕はドアの方に目を向ける。勿論、入って来たのは兄さんだった。

 

「‥‥‥紀伊」

 

兄さんは見るからに悲しそうな表情をしていた。

それはまるで、先程の僕の言葉を聞いていたと思わせる様な顔。

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 

僕と兄さんの間に沈黙が続く。

その沈黙を先に断ったのは兄さんだった。

 

「‥‥ごめんね。紀伊の気持ちを考えないで、紀伊だけを不安にさせて‥‥」

 

急に発せられた謝罪の言葉。

 

 

「紀伊が不安なのは分かってる。僕だってまだ不安要素が沢山あるよ」

 

不安なのは分かってる?

なら‥‥どうしてさ‥‥。

 

「でも、一緒に頑張ろう、紀伊」ニコッ

 

どうして僕の名前を呼んでくれないの‥‥。

 

「兄さんは僕の気持ちを理解してる?」

 

僕は笑顔を作り、平然と兄さんに言葉を返す。

その言葉は本心から望んだ言葉じゃ無い。本当は言いたくもない。

それでも自然と出た言葉に、自分でも驚いた。

もう、僕の自制心は崩れかけていたーー。

 

「‥‥うん、理解してる。だって僕達は兄弟だから。紀伊の事は何でも知ってるって自負してるよ」ニコッ

 

兄さんは笑顔を崩さない。

僕が好きなはずの兄さんの笑顔は、今ではさらなる怒りの原因となる。

 

「っ‥‥‥嘘つき」ボソッ

 

ここで僕の自制心は完全に崩れた。

 

 

「えっ‥‥紀伊?今、何てーー」

 

 

「嘘つき!」バッ

 

僕は兄さんを壁の方に突き飛ばした。

一度も兄さんに対して向けたことのない感情が、僕の心をどんどん支配する。

 

「僕の気持ちを理解してる!?嘘だよそんなの!!」

 

「ぼ、僕は嘘なんて‥‥」

 

「じゃあ何で僕のことを"紀伊"としか呼ばないの!?僕はもう"雅威"じゃなくなったの!?信川奈雄の弟は僕一人。信川雅威だ!!

なのに兄さんは僕を紀伊としてしか見ない。

僕を大和型四番艦の紀伊としてしか見てくれない!!どうして‥‥信濃兄‥‥っ、どうしてなの‥‥?」

 

僕は喉が枯れるほどの大声で叫んだ。

今の僕の気持ちを。耐えられない今の境遇を。

僕の顔はどうなっているかわからない。

だが、例え涙を流していようと、目が真っ赤になっていようと。

僕は真っ直ぐ兄さんの瞳を見つめる。

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

兄さんは一度沈黙した後、言葉を紡いだ。

 

「‥‥ごめん」

 

たったその一言。

違う、僕は謝罪の言葉を聞きたいわけじゃ無い。

 

「謝罪なんていらないよ‥‥何さ、兄さんは自分の心の変化に対して怖いと思わないの‥‥」

 

「それは‥‥‥」

 

 

「そんなに口籠るってことは無いって事‥?何でさ‥‥僕の事はどうでもいいの‥‥?」

 

 

「そんな訳ない!!」

 

 

突然、兄さんの声が部屋中に響いた。

僕はハッと兄さんの方を改めて見る。

兄さんの瞳からは涙が流れていた。

 

「雅威は僕にとって大切な存在だ!!雅威が居れば僕は幸せだった!僕の存在を唯一認めてくれる。雅威は僕の生き甲斐だった‥‥」

 

「それなら‥‥何で‥‥」

 

 

「‥‥僕も怖いよ。自分の変化が‥‥」

 

 

「えっ‥‥‥‥」

 

兄さんの突然の告白。

僕は思わず声が出た。

 

「雅威を紀伊と呼ぶ度に、いつも心が痛かった。雅威を紀伊と自然に認識している自分が怖かった。だけど、それを怖がる感情も徐々に消えてくる‥‥」

 

「じゃあ、さっき口籠ったのは‥‥」

 

「雅威を不安にさせたくなかったから‥‥。

でも、逆効果だったみたいだね。本当にごめん‥‥僕は兄失格だよ‥‥」ニコッ

 

さっきの笑顔とは違う。

今の兄さんの笑顔からは弱々しさを感じた。

僕は兄さんの言葉を急いで否定した。

 

「っ‥‥そんなことない!!僕には勿体無いくらいの兄さんだよ!!いつも優しくて、いつも僕を気にかけてくれて、いつも‥‥ぼくを助けてくれて‥‥」

 

僕は嗚咽が混じりながらも、気持ちを精一杯伝える。

 

「そんな兄さんが兄失格な訳ない‥‥!」

 

目から涙が祟る。

涙を何とか抑えようとしても、どんどん出てくる。

まるで、壊れた蛇口の様に。

 

「‥‥‥‥‥‥‥」ギュッ

 

不意に、暖かな温もりが僕を包んだ。

兄さんが僕を抱きしめていた。

 

「ありがとう、雅威。本当に雅威が弟で良かった‥‥」

 

僕の心にあった恐怖感と、兄さんに対する怒りは全て消えた。

今は、兄さんの温もりが全てを光に変えてくれる。

同時に、先程までの自分が憎く思う。

 

「兄さん‥‥僕は不出来な弟だよ‥‥兄さんと違って‥‥」

 

「ううん、そんな事ないよ。雅威が不出来なら僕も不出来な兄だよ」

 

「あははっ、何それ‥‥」

 

自分を蔑む言葉も、兄さんがいることで笑顔に変わる。

 

 

僕は改めて思った。

兄さんは、僕の"大切な人"だと。

改めて、そう実感したーー。

 

 

「そういうことで‥‥」

 

すると、兄さんは僕から手を離し、扉の方に振り向いた。

 

 

「姉さん、僕達、不出来な兄弟をよろしくお願いします」

 

 

「はい!承りました!」

 

「うむ、よろしく頼むぞ」

 

扉の方には、ひょこっと顔を出す、二人の女性。

その二人は、艦船の記憶に残る重要な人。

確か、僕達の姉‥‥。

 

ん‥‥ん?

姉‥‥ということは‥‥姉さん?

 

「えっ‥‥‥えええぇぇぇ!!?」

 

 

もしかしたら、僕の大切な人は増えるかもしれません‥‥。

 

 



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四話 兄弟の想い(信濃視点)

さて、今回は信濃視点。
次からはほのぼのに入るのでご安心を〜。




「本当にすいませんでした」ドゲザッ

 

 

何処ぞの有名人のような綺麗な土下座。

今、僕の目の前で提督が土下座をしている。

何ともシュールな絵。と言ったら失礼かもしれないが、僕からしたら受け入れ難い現実だ。

 

提督がいなくなった後、僕は何やかんやでファイルを整頓し、提督が来るまで書類の整理をしていた。

そうしたら、いきなり提督が執務室に入って来て今の様な土下座を決め込んだのだ。

別に僕は先程の事をそれほど気にしていなかったので、提督の土下座状態を何とかやめさせたい。

 

 

「も、もう大丈夫ですよ!僕は気にしていませんので!」

 

「いや、これは私の失態。自分の秘書官を押し倒すなんて有るまじき行為です‥‥。しかも男性に‥‥こうなれば腹を切って自害を‥‥」

 

そう言い、提督は脇差しにある、小刀を取り出した。

それを僕は慌てて静止させる。

 

「わーわー!ダメですよ!」

 

僕は提督が持つ小刀を奪おうと思い切り手を伸ばした。

すると、勢い余って、提督の方へ倒れこむ。

 

バンッ

 

「へっ‥‥‥‥」

 

「あっ‥‥‥‥」

 

物音一つしない執務室。

まるで時が止まったような空間に異質な光景が目の当たりになる。

 

何と、今度は僕が提督を押し倒した状態になってしまった。

 

「‥‥‥‥‥‥///」カァァ

 

「あの〜‥‥信濃さん?」

 

提督は困ったように僕の名前を呼んだ。

それに対して、僕の体温が見る見る上がる。

恐らく、顔は真っ赤になっていることだろう。

 

「ご、ごめんなさい!!今すぐ退きます!!」

 

僕は恥ずかしさに耐えかね、すぐさま謝罪して起き上がった。

提督も起き上がり、あははと頰を掻きながら苦笑いをしている。

 

「ほ、本当にごめんなさい!提督に何て事を‥‥」

 

僕は思い切り頭を下げて改めて謝罪をした。

 

「だ、大丈夫だよ。今のは事故だし‥‥それに、私にとってはご褒美と言うか‥‥」ボソッ

 

「えっ‥‥?」

 

「ああ、何でも無い何でも無い!私は気にして無いから大丈夫だよ!」

 

「そ、そうですか‥‥」

 

僕は許してもらえたことに少し安堵し、改めて提督の方を見る。

 

「えっと、提督。これからなのですが‥‥書類作業は一通り終了していて‥‥」

 

「え!?う、嘘!終わったの!?」

 

提督は見るからに驚いた表情をしてこちらを見た。

 

「は、はい。提督が何処かに行ってる間に進めました」

 

「そうなの!?ご、ごめんね!私が不甲斐ないばかりに‥‥」

 

「いえいえ、そんな事ないですよ。それで‥‥執務が終わったということは自室に戻ってもいいのでしょうか?」

 

「あっ、う、うん。大丈夫だよ」

 

「そうですか。それでは一度部屋に戻りますね。ありがとうございました」

 

「ううん、こちらこそありがとね。また今度宜しく頼むよ」

 

「はい。分かりました」

 

僕は提督に一礼をし、執務室を後にした。

色々あった秘書艦だが、一つ学ぶことが出来て良かった。

僕は一つ経験が出来たことを嬉しく思い、紀伊が居るであろう自室に向かう。

 

 

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

自室に向けての廊下を歩く中、僕は重大なことに気がつく。

 

「‥‥迷った」

 

そう、迷った。迷ったのだ!

何故強調したかはさて置き、これは重大だ。

これでは自分の部屋にたどり着くことができない。

まあ、自室への道を覚えていない僕が悪いんだけど‥‥。

 

 

‥‥だってこの鎮守府広いんですもん!

もう前世で言ったら、ホテルだよホテル。

階数は少ないけど広さがすごいんだよね。

 

 

そんなこんなで、僕、道に迷いました。

これからどうすればいいんでしょうか‥‥。

 

 

「あら、あれは‥‥ふふっ、武蔵あれ」

 

 

「ん?どうし‥‥‥あれは‥‥信濃か」

 

 

「ええ、初の弟との会話ですよ。準備はいいですか?」

 

 

「ああ、準備も何も最初から心構えはできているさ」

 

 

「そうですか。それでは行きましょう」

 

 

 

 

「あ〜もう、何で僕はこんなに馬鹿なんだ‥‥!だいたい何で道を覚えてないんだかーー」

 

「信濃」

 

自分があれこれ言ってるいるところに、後ろから聞こえる一つの声。

僕は、その声に何故か懐かしさを覚える。

後ろを振り向くと、二人の女性が立っていた。

 

「っ‥‥ね、姉‥‥さん」

 

 

「はいっ!貴方の姉の大和です」

 

 

「武蔵だ。宜しくな」

 

その二人は僕の"姉"。大和姉さんと武蔵姉さんだった。

僕に姉はいない。それは前世の話だ。

しかし、前世の記憶が残っている中、新しく姉弟が増えるとなると違和感がすごい。

だが、嫌悪感はない。姉が増えた事により、僕は弟になる。ちょっと新鮮な感じ。

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 

「信濃?どうかしたの?」

 

僕が黙っていたことに不安を感じたのか、大和姉さんが問いかけてきた。

僕はハッと現実に戻り、改めて姉さん達の方を見る。

 

「あっ‥‥ごめん。ちょっとぼーっとしてて‥‥えっと、こちらこそよろしくね。大和姉さん、武蔵姉さん」

 

 

「はい!よろしくお願いしますね」

 

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 

「そう言えば、何やら困っている様子でしたがどうかしたのですか?」

 

僕が道に迷っていた様子を見ていたのか、大和姉さんは首を傾げて聞いてくる。

僕は少し恥ずかしがりながらも、その理由を口にした。

 

「自室に行こうとしているんだけど‥‥実は道に迷っちゃって‥‥」

 

僕は苦笑いをしながらそう答えた。

 

「ふふっ、そうなんですね」

 

「まあ、来たばかりなのだから仕方がないだろう」

 

姉さん達は僕の言葉に驚いたのか、少し愛想笑いをしてそう言う。

 

「信濃の自室か‥‥確か執務室の近くだったな」

 

「え?武蔵姉さん僕の部屋の場所知ってるの?」

 

「ああ、先ほど執務室に立ち寄ろうとした時に扉の前に『信濃・紀伊』という表札が貼られた部屋があったのでな。もし良かったら私達が案内しようか?」

 

 

「凄くありがたいのだけど‥‥良いの?」

 

 

「ああ、私は構わないぞ。大和もどうだ?」

 

 

「はい、私も大丈夫ですよ」

 

 

「うむ、なら行こうか。私達が案内するぞ」

 

 

「姉さん‥‥本当にありがとう。優しい姉を持てて嬉しいよ」ニコッ

 

 

「っ‥‥‥そうか///」

 

 

「ふふっ‥‥///」

 

ん?一瞬大和姉さんの目が凄いことになってた気がしたんだけど‥‥気の所為かな?

武蔵姉さんはあんまり表情変わってないし。

 

「では行きましょうか」

 

 

大和姉さんは柔らかい笑顔で僕に手招きをしている。

やはり、先程のは気のせいだろう。

 

僕は改めて思う。優しい姉を持てて良かったと。

僕達兄弟と、姉さん達姉妹。二人の姉さんが加わったことで、さらなる幸福が僕を埋め尽くしてくれるようだった。

その幸福感を僕は噛み締め、転生して初日、これからの生活に初めて期待感を持つ出来事になったのであった。

 

 

 

 

 

「そう言えば、紀伊はどうしたのだ?」

 

自室に向かうため、廊下を歩いてすぐ。

突然武蔵姉さんがそう聞いてきた。

 

「紀伊は‥‥体調が悪いみたいで。だから部屋で休んでると思う」

 

 

「そうですか‥‥大丈夫でしょうか」

 

 

「私としても不安だが本当に大丈夫なのか?」

 

 

「うん、多分大丈夫。そんなに重症って訳でもないから‥‥きっとすぐ治るよ‥‥」

 

 

「そうか‥‥‥」

 

 

僕は言葉に詰まりながらも姉さん達に伝える。

実際、今の紀伊は体調が悪いわけではない。

多分、新しい世界での生活に不安なのだと思う。ただ、整理が追いつかないだけ。

その内、紀伊は必ず立ち上がる。

この時点で僕はそう思っていた。

 

だが、その思いは現実とかけ離れたものだと、今の僕は知らないーー。

 

 

 

 

「ん‥‥着いたみたいだ」

 

 

廊下を歩いて数分。

武蔵姉さんが一つの扉の前で止まる。

その扉には、『信濃・紀伊』という表札。

ようやく自分の自室に着くことができた。

 

「本当ですね」

 

 

「姉さん達、ありがとう。無事辿り着くことができてよかったよ‥‥」

 

 

「ふふっ、まあ、今日着任したのですから。

道なんて少しずつ覚えていけばいいんですよ」

 

「大和の言う通りだ。もし、困ったことがあれば私達に頼ると良い。何せ、私達は姉なのだからな」

 

姉さん達は柔らかい笑みを浮かべてそう言った。

僕は思わず瞳から涙がこぼれそうになる。

紀伊といる時の様な、心地良い暖かさが僕を包んでくれる。

自然と気持ちが晴れるようだった。

 

僕は、溢れそうになる涙をぐっと抑え、笑顔で言葉を返す。

 

「ありがとう」

 

ふわっと辺り一帯に風が吹く様な感覚。

姉さん達は一瞬驚きの表情を見せたが、姉さん達は直ぐに柔らかな笑顔に戻る。

 

 

「こちらこそ‥‥な」ボソッ

 

 

「んっ‥‥武蔵姉さん何か言った?」

 

 

「ああ、何でもない。‥‥そうだ。どうせだったら紀伊とも会おうか」

 

 

「ええ、そうですね。ちょうど部屋まで来たのですし」

 

 

「うん、僕もいいと思う。けど、少し待っててくれるかな?僕、紀伊の様子を一旦見てくるから」

 

 

「分かりました。ここで待っていますね」

 

 

僕は姉さん達を扉の後ろに待機させ、ドアノブに手を掛ける。

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

少し緊迫した感覚が僕を襲った。

今、紀伊はどんな状態か。

いつもの明るい紀伊に戻った?それとも、まだ不安な状態なのだろうか。

 

頭で色々な憶測を考えているところに、ある言葉が僕の耳に入ってくる。

それは、僕が思いもよらない言葉。

 

『僕だけ気にして‥‥馬鹿みたいじゃないか‥‥』

 

その声はとても弱々しかった。

僕は咄嗟にドアを開ける。

 

 

ガチャ

 

 

「っ‥‥‥‥‥」

 

部屋の中には、ベッドの上に腰をかけた紀伊一人。

紀伊が部屋にいるのは分かっていた。

だが、紀伊の瞳から流れ出る涙。それを予測してはいなかった。

 

 

「紀伊‥‥‥‥」

 

 

僕は紀伊の名を呼ぶ。

その声は自分でも分かるほど、悲しいという感情を含んだ声だった。

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 

僕と紀伊の間に沈黙が続く。

その沈黙は、気まずさを感じさせると共に、僕の不甲斐なさを実感させる。

 

紀伊の気持ちを分かっていたのに、紀伊をなぜ助けようとしなかったのか。

自分は兄だということの自覚が足りない。それを改めて気づかせられた。

 

 

「‥‥ごめんね。紀伊の気持ちを考えないで、紀伊だけを不安にさせて‥‥」

 

 

先に沈黙を断ったのは僕だ。

 

 

「紀伊が不安なのは分かってる。僕だってまだ不安要素が沢山あるよ」

 

 

「でも、一緒に頑張ろう、紀伊」ニコッ

 

 

一切偽りのない言葉を紀伊に告げた。

紀伊の不安要素を少しでも無くそうと投げかけた言葉。

しかし、紀伊の表情はどんどん曇っていく。

そして、紀伊が言葉を発する。

 

 

「兄さんは僕の気持ちを理解してる?」

 

 

そう聞いてくる紀伊の顔は、涙の跡が残りながらも笑顔だった。

だが、その笑顔はきっと本心じゃない。

作り物の笑顔。それは見ていたくないと感じさせるものだ。

 

「‥‥うん、理解してる。だって僕達は兄弟だから。紀伊の事は何でも知ってるって自負してるよ」ニコッ

 

 

そうだ、自負していた。僕はそう思っていた。いや、自負しているつもりだったのだ。

それを理解させたのは、紀伊の言葉だった。

 

 

「っ‥‥‥嘘つき」ボソッ

 

 

「えっ‥‥紀伊?今、何てーー」

 

 

僕は思いもよらない言葉に、思わず紀伊に問いかける。

 

 

「嘘つき!」バッ

 

 

僕は壁に突き飛ばされる。

背中には痛みが走るが、そんなことは気にならなかった。

目の前の現実に対しての驚きの方が大きかったからだ。

 

紀伊から一度も向けられたことのない感情。

それは僕を絶望に陥れる様なものだった。

 

 

「僕の気持ちを理解してる!?嘘だよそんなの!!」

 

 

「ぼ、僕は嘘なんて‥‥」

 

 

「じゃあ何で僕のことを"紀伊"としか呼ばないの!?僕はもう"雅威"じゃなくなったの!?信川奈雄の弟は僕一人。信川雅威だ!!

なのに兄さんは僕を紀伊としてしか見ない。僕を大和型四番艦の紀伊としてしか見てくれない!!どうして‥‥信濃兄‥‥っ、どうしてなの‥‥?」

 

 

紀伊は嗚咽を吐きながらも言葉を発する。

紀伊の瞳からは先程よりも涙が溢れ、目が真っ赤になっていた。

それでも紀伊は僕の目を真っ直ぐ見つめる。

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 

僕は直ぐに言葉が出てこなかった。

紀伊の気持ちを理解していると思っていた僕は、本当は全然理解できいなかった。

その事実が僕の不甲斐なさをさらに感じさせる。

 

 

「‥‥ごめん」

 

 

やっとの事で出た言葉はその一言だった。

僕は紀伊にかける言葉がなかった。

この一言を紀伊はどう感じたのかわからない。

 

「謝罪なんていらないよ‥‥何さ、兄さんは自分の心の変化に対して怖いと思わないの‥‥」

 

 

「それは‥‥‥」

 

 

僕は言葉が詰まる。

 

 

「そんなに口籠るってことは無いって事‥?何でさ‥‥僕の事はどうでもいいって言うの‥‥?」

 

 

「そんな訳ない!!」

 

僕の声が部屋中に響く。

瞳からは涙が溢れ、体温が上がるのがわかった。

紀伊は驚いたように僕を見つめる。

 

「雅威は僕にとって大切な存在だ!!雅威が居れば僕は幸せだった!僕の存在を唯一認めてくれる。雅威は僕の生き甲斐だった‥‥」

 

 

「それなら‥‥何で‥‥」

 

 

「‥‥僕も怖いよ。自分の変化が‥‥」

 

 

「えっ‥‥‥‥」

 

 

僕の突然の告白に紀伊は驚いたようだった。

 

「雅威を紀伊と呼ぶ度に、いつも心が痛かった。雅威を紀伊と自然に認識している自分が怖かった。だけど、それを怖がる感情も徐々に消えてくる‥‥」

 

「じゃあ、さっき口籠ったのは‥‥」

 

「雅威を不安にさせたくなかったから‥‥。

でも、逆効果だったみたいだね。本当にごめん‥‥僕は兄失格だよ‥‥」ニコッ

 

 

僕は喉を枯らして全ての気持ちを叫んだ。

自分でも分かるほど、いつもとは違う弱々しい笑顔が現れる。

 

自分は兄失格。その言葉は僕にお似合いの言葉だと自分でも思う。

 

紀伊の事を第一に考えていたと思っていた。

だが、それは違った。

逆に自分が紀伊の事を不安にさせていた。

僕は思う。自分が紀伊の兄で良いのかと‥‥。

しかし、その思いは紀伊の言葉で変えられる。

 

「っ‥‥そんなことない!!僕には勿体無いくらいの兄さんだよ!!いつも優しくて、いつも僕を気にかけてくれて、いつも‥‥ぼくを助けてくれて‥‥」

 

 

「そんな兄さんが兄失格な訳ない‥‥!」

 

 

紀伊の頬に涙が祟る。

紀伊は嗚咽交じりに言葉を発した。

その言葉一つ一つが僕の心に響いた。

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥」ギュッ

 

 

僕は紀伊を抱きしめた。

大切な弟の温もりが、僕の心を満たしてくれる。

 

 

「ありがとう、雅威。本当に雅威が弟で良かった‥‥」

 

 

雅威と呼ぶ事に対しての違和感よりも、雅威が弟で良かったという幸福感が僕を包んでくれた。

 

僕達は兄弟。それを改めて実感した。

辛い時があれば助け合い、一緒に乗り越える。

例え、誰かに離れさせられようと、僕達の絆は切れない。

兄として、僕は雅威のそばに居続ける。そう改めて誓った。

 

 

「兄さん‥‥僕は不出来な弟だよ‥‥兄さんと違って‥‥」

 

「ううん、そんな事ないよ。雅威が不出来なら僕も不出来な兄だよ」

 

 

「あははっ、何それ‥‥」

 

 

僕達は常に一緒。

大切な家族、大切な弟、新たな世界でもその事実は変わらない。

僕は改めてそう実感したーー。

 

 

「そういうことで‥‥」

 

僕は雅威から手を離し、後ろに振り返る。

 

 

「姉さん、僕達、不出来な兄弟をよろしくお願いします」

 

 

「はい!承りました!」

 

 

「うむ、よろしく頼むぞ」

 

扉からひょこっと顔を出す姉さん達。

雅威の方を見ると、口を開けて驚いているようだった。

まあ、そうだよね。雅威は姉さん達と会っていないし。

それに、この話を聞かれてたとなると‥‥。

 

 

「えっ‥‥‥えええぇぇぇ!!?」

 

 

まあ、そうなるな。

 

 

っ‥‥何か今、頭の中に‥‥。

 

 

っと、そんな事よりも、これから姉弟四人で頑張らないとね。

 




まあ、そうなるな。(どこぞの伊勢型航空戦艦)



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五話 ところで‥‥‥

今回は前回と打って変わって明るめのお話。
というか一話一話の進み方が遅いよね‥‥。
これ5話目だけどこのお話的にはまだ初日という‥‥。


まあ、頑張りマッス( ˙꒳˙ᐢ )ウィッ


「えっと‥‥この人達が僕の姉さん‥‥?」

 

「うん、そうだよ」

 

「大和です。よろしくお願いしますね」

 

「武蔵だ、同じくよろしく頼む」

 

姉さんと称される女性二人。この二人が僕の姉の大和姉さんと武蔵姉さん。なんかしっくりこないな‥‥。いや、姉が増えることに関してだけどね。

前世の記憶があるわけだし、姉さんが増えるとなると少し違和感がある。

 

兄さんは‥‥いや、信濃兄(しなのにい)と呼ぼう。例え呼び方が変わろうと兄さんであることに変わりはないからね。もう心に決めたし。

 

信濃兄も僕と同じように感じたのだろうか。

でも、不思議と嫌悪感は無い。逆に嬉しく思う。

新しく増える姉弟。それは決して悪いものじゃない。

寧ろ、僕にとっての大切な人が増えるかもしれない。

その期待感が僕を少し高揚させた。

 

「えっと、大和姉さんと武蔵姉さんだね。こちらこそよろしく」

 

僕は微笑みながらそう返し、歓迎の意を示す。

 

「うむ‥‥こう見ると‥‥やはり二人とも綺麗な容姿をしているな」

 

容姿か‥‥。そういえばこの世界は前にいた世界と違い、貞操が逆転しているんだったよね。

僕はいまいちその価値観がまだ分かっていないけど。

それについて知っておきたい気持ちもあり、僕は姉さん達に問いかける。

 

「そういえばさ、僕達まだこの世界のこといまいち分かってなくてね。姉さん達に教えて欲しいのだけど良いかな?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

「そうだな、何でも聞くと良い」

 

「それじゃあまず僕から聞かせてもらうね。一般的に見ると男性と女性ってどっちが多いの?」

 

「そうですね、一般的に見て、やはり女性が多いですね」

 

「比率で言えば‥‥1:50ぐらいか?でも、街に行けばたまに見るがな」

 

「そうなんだ‥‥」

 

なるほど、世間一般的に見れば男性が少ないらしい。

だが、一度も見たことがない、というわけではないみたいだ。

まあ、学校で言えば学年に数人はいるぐらいだろう。

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

僕は一度、信濃兄の方に視線を移す。

信濃兄は特に喋らず、ただ姉さん達の話を聞いているようだ。

 

「信濃兄は何か聞きたいことある?」

 

「っ‥‥えっと、特には、無いかな」ニコッ

 

兄さんは少し驚いたような表情をしていたが、多分僕が信濃兄と呼んだことに対してだろう。

でも、兄さんの事だ。すぐに僕の気持ちを理解していつも通りに接してくれる。その証拠に、いつもの明るい笑顔を僕に向けてくれた。

僕は兄さんが自分の気持ちを理解してくれたことに少し歓喜しながら、次の質問を姉さん達に投げかける。

 

「それじゃあ、僕からもう一つ。ここがどんな場所が少し教えてほしいな」

 

「どんな場所、か‥‥まあ、此処を一言で言えばとても良い場所だ」

 

「提督や他の艦娘の皆さんもお優しいですし、何より、すごく楽しいですからね」

 

「うむ、きっと直ぐに皆と打ち解けられるさ。だが、此方としては信濃達が襲われないか不安なのだが‥‥」

 

「襲うって、流石にそんなことあるわけ?」

 

「う〜ん、やはりここは女所帯ですしね。男性の前で言うのも何ですが皆さん性に飢えてますし‥‥」

 

性に飢えてるって‥‥それもそうか。

男が全くいない中で生活してきたのに、いきなりそこに男性が現れる。

しかも、その男は容姿が綺麗。

まあ、元の世界で言えば男しかいない職場にめちゃくちゃ美人な女の人が入ってくるようなもんだよね。んで、その男達は性に飢えていると。

それって少し怖いな‥‥。

自分で容姿が綺麗って言うのは少し恥ずかしいけど‥‥。

 

「そうなんだ‥‥まあ、気をつけるよ」

 

最悪、襲われそうになったら僕はその人を引っ叩いて黙らせると思うが、心配なのは信濃兄だ。

信濃兄は何というか、天然だ。いつもはしっかりした様に見えるけど、こういう性知識には疎い。

故に、貞操観念も弱いし、凄く心配になる。

 

「‥‥‥‥?」

 

「信濃兄?どうかしたの?」

 

信濃兄は疑問符を浮かべた様な表情をしながら、首を傾げる。

一体何に対して疑問なのだろう。

僕はそれほど疑問に思うことはなかったのだけれど。

 

「性に飢えてるって‥‥どういう意味?」

 

「はい?」

 

「「!?」」

 

突然発せられた信濃兄の爆弾発言。

先程の空気から一転、修羅場の様な重々しい空気が辺り一帯を取り巻く。

僕は兄さんのあまりの疎さに驚きを隠せなかった。

姉さん達も口を半開きにして驚愕している様子だ。

 

「あ、あのね、信濃兄。そういうのをここで言うのは‥‥」

 

「え?聞いちゃいけないことなの?」

 

苦しくも、信濃兄の純粋な心が僕を困惑させる。

僕は兄さんの言葉に対して否定も肯定もできない。

正直、そんな事も知らないとは思いもしなかった。

 

「ちょ、ちょっと紀伊!?これはどういうことですか!?」コソコソ

 

「そ、そうだぞ。信濃は一体何を言っているんだ‥‥」コソコソ

 

姉さん達は信濃兄に聞かれないようにする為か、コソコソと話しかけてくる。

というか、そんな事を僕に聞かれてもどうしようもないんですけど‥‥。

まあ、ありのままの事実を話すしかないよね。

 

「えっと、信濃兄は何て言うか‥‥こういうのに凄く疎いんだよね。どうしてここまで疎いのか僕もいまいち分からないんだけど」

 

「そ、そうなのか‥‥」

 

「では、今、信濃は本心から聞いている訳ですよね‥‥」

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

確かに大和姉さんの言う通りだ。

信濃兄は純粋な疑問からあの言葉を発した。

そうとなると、なんて答えれば良いのか。これが今一番の問題。

 

素直に本当のことを教える。これは僕的にNGだ。

信濃兄にはいつまでも純粋でいてほしい気持ちがある。

そうとなれば、結論は一つ。

 

「信濃兄」

 

「うん?何?」

 

「性に飢えるってのはね‥‥」

 

「‥‥‥‥」

 

皆が沈黙する中、一度大きく息を吸う。

そして、僕が出した結論を言葉にする。

 

「兄さんには必要ない言葉だから大丈夫だよー(棒)」

 

そう、僕は誤魔化した。

 

「へっ‥‥‥?」

 

自分でも分かるくらい言葉が棒読みだったけど、そんなの気にしない。

 

「ね。そうだよね、姉さん」

 

僕は姉さん達の方に応援を兼ねて問いかける。

 

「え‥‥ああ、はい!確かに信濃には必要のない言葉ですね!」

 

「う、うむ。そうだな。信濃には必要ない」

 

「う、う〜ん‥‥」

 

当然というか、必然というか‥‥信濃兄は疑問の表情を浮かべる。

だが、僕達の言葉に押されたのか、徐々に信濃兄の表情は明るさを帯びてきた。

 

「‥‥うん、分かった!」パアア

 

信濃兄の純粋な笑みが僕の心に刺さる。

余りの純粋さに本当に心が痛くなる。

ま、まあ取り敢えず無事誤魔化すことができた。

それで良しとしよう。

 

「こ、これで良かったのでしょうか‥‥」

 

大和姉さんのなんとも言えない複雑な表情。

確かにこれで良いのか分からないけど、いずれ信濃兄は知ることになるんだ。今はこのままにしておこう。

 

「大丈夫だよ大和姉さん。信濃兄は純粋でいた方が良いから」

 

「‥‥そうですね」

 

「っと、そろそろ時間も時間だな。私達はお暇しよう」

 

今の時間は5時直前。確か歓迎会は六時からだった為、時間の猶予は後一時間だけだ。

 

「もう、そんな時間ですか。時間はあっという間ですね」

 

「ああ、そうだな。だが、これから一緒に過ごす訳だ。いつでも話す機会はあるだろう」

 

「うん、また話そうよ。僕は楽しかったし」

 

「ちょっと分からない言葉もあったけど、僕も楽しかったよ。今度は歓迎会でね、大和姉さん、武蔵姉さん」

 

「ええ、勿論です」

 

「うむ。では、それじゃあな」

 

 

姉さん達を部屋から見送り、残った僕達。

歓迎会までまだ一時間程ある。

特にすることは無いが、ただ時間を持て余すのも勿体無い。

 

「ねえ、紀伊。姉が新しく増えた事に何も嫌悪感は感じないし、むしろ嬉しいと思うのって、やっぱり姉さん達が優しいからかな」

 

突然発せられた信濃兄の言葉。

その言葉に僕も共感できた。

 

「そうだね、僕はそう思う。僕も姉さん達が居て嫌だとは思わない。

すんなり歓迎できたし、話してて楽しかった」

 

「そっか‥‥そうだよね。僕はまだこの世界の事よく分かってないけど、凄く良い所だと思ったよ。これからの生活には多分辛いこともあると思う。でも、二人で‥‥いや、此処の皆と一緒に頑張ろうね。改めてよろしく、紀伊」

 

信濃兄から手を差し出される。

僕達二人だけじゃない。此処の皆と一緒に頑張る。

その考えを僕はすぐに肯定した。

 

「うん、一緒に頑張ろう。信濃兄」

 

改めて結んだ信濃兄との約束。

それは決して簡単には破れない、固い誓い。

新たな世界で、新しい生活。それは簡単なものじゃない。初日からそう実感させられた。

でも、すぐ諦める訳にはいかない。

僕は決めたんだ。信濃兄と一緒に歩む。新たな生を全うすると。

そう、誓ったのだからーー。

 

 

 

 

「そういえば、あの言葉って本当にどういう意味なんだろう‥‥?」

 

信濃兄には困った事もあるけどね‥‥。

 



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六話 歓迎会

今更ながらざっくりとしたキャラ紹介(後から追加する予定)

○信濃
現代から異世界に艦息として転生した主人公。
身長は162㎝。容姿は整っており、少し藍色が入った髪の毛で、巫女装束の様な格好をしている。
前世の教育により、知識に偏りがあるが頭は良い。
温厚な性格で、弟を家族として信頼している。転生した逆転している世界をいまいち理解できていない状況。

○紀伊
同じく一緒に艦息として転生した信濃の弟。
身長は165㎝。兄と似た美形で、茶色が掛かった髪に和服を着ている。
兄のことを非常に大切に思っており、兄に危害を加える人物には容赦しない。
性格は明るく、誰ともすぐに親しく接する。
知能は凡人並みで、逆転した世界を少しずつ理解している。







「では、信濃と紀伊の着任を祝って〜‥‥カンパーイ!!」

 

『カンパーイ!!!』

 

 

 

「あ、ちょっとそれ取って〜」

 

「おい、それ私のなんだが!」

 

「早い者勝ちだよ〜!」

 

彼方此方から和気藹々とした様子が見られる中、僕達の歓迎会が始まった。装飾された会場。テーブルには沢山の料理。お酒やジュースなど、まさに僕達の着任をお祝いしてくれているのだと感じさせる。

 

「す、すごい人数だな‥‥」

 

最初に挨拶した時から感じていたことだが、あまりの人の多さに驚いた。百人は居るだろうか。

でも、この賑やかな感じ、僕は嫌いじゃない。

前世ではあまり体験したことがないが、皆の笑っている顔から、本当に宴会を楽しんでいるのだと分かった。

その様子を見ていると、心がほんわかする。

 

「し、信濃さん。す、少しよろしいでしょうか」

 

後方から声を掛けられ、振り向くと、そこには少女が数人。

見た目的には‥‥中学生?全員同じような制服を着用し、少し童顔な可愛らしい人達だ。

 

「うん、大丈夫だよ。えっと、君達は‥‥」

 

「あ、わ‥‥私は吹雪って言います!」

 

「私は白雪です」

 

「深雪さまだよ!」

 

「磯波です」

 

「あ、あの、私達は姉妹で、よ、よろしくお願いします!」

 

「僕は信濃。うん、皆よろしくね」ニコッ

 

「あっ‥‥は、はい!」

 

似たような制服なのは姉妹だったからか。

えっと、吹雪‥‥さんでいっか。吹雪さんは緊張しているのか、少し体が震えているように見えた。

 

「吹雪さん、もしかして緊張してるかな?体が震えてるようだけど」

 

「あ、い、いえ!そんな事は‥‥」

 

「吹雪ちゃんは信濃さんと話す為に練習していたんですよ。この宴会が始まる前からずっと」

 

「わーわー!白雪ちゃん!それ言わないでよ!」

 

「そうなんだ‥‥ふふっ、大丈夫だよ、吹雪さん。緊張しなくても」スッ

 

吹雪さんの手を取り、握手をするよう手を合わせる。吹雪さんは動揺しているのか、あたふたとしていた。後ろの三人も驚いたように目を見張る。

だが、やがてその慌ただしさは無くなり、吹雪さんは手を握り返してきた。

 

「‥‥分かりました。それと、呼び方は吹雪で良いですよ」

 

「そう?それじゃあ、吹雪。改めてよろしくね」

 

「はい!よろしくお願いします!」キラキラ

 

明るい眼差しが僕に向けられる中、吹雪は気づいていないのか、後ろ三人のオーラがすごい‥‥。

まるで、早く離れろと言っているように。

 

「さあ、吹雪ちゃん?そろそろ行こっか」

 

「着任した人はもう1人いる訳だしな!」

 

「それと、少しお仕置きも兼ねてね」

 

「え?何のお仕置きーー」

 

「ちょ、ちょっと!?何で引っ張るの!?は、離してよ。ちょ、し、信濃さ〜ん!」

 

ズルズルと引っ張られていく吹雪をただ僕は見送った。

何故吹雪が連れていかれたのかは分からないが、取り敢えず吹雪の無事をただ祈ろう。‥‥頑張って、吹雪。

 

 

 

歓迎会が始まってから約二時間近くが経過した。ここに居る艦娘の人達ほぼ全員と挨拶を済まし、僕は少し疲れを見せながらもこの会を楽しんでいた。僕は今、一人で席に座り飲み物を飲んでいる。

 

「し、信濃兄‥‥やっと会えた‥‥」

 

掠れた様な声が聞こえ、見るからに疲れた表情をした紀伊が僕の隣の席へ座る。恐らく、皆に挨拶を為回のに疲れたのだろう。

紀伊は僕と別の場所に居た為、どれほど苦労したのか分からないが。

 

「だ、大丈夫?」

 

「はあ〜もうクタクタだよ。次から次へと人が来て‥‥挙句には質問攻め。一つ一つを返していたら切りが無い」

 

「あ、あはは‥‥でも、僕は楽しかったけどね」

 

「それは僕もそうだけどさ、やっぱり疲れるって言うか‥‥」

「二人とも、此処、良いかな」

 

前方から声を掛けられ、 声を掛けられた先には提督が居た。

 

「あ、提督。はい、構いませんよ」

 

「僕も大丈夫だよ」

 

「ありがと。それじゃあ、失礼してっと」

 

そう言い、提督は向かい側の席に座る。

 

「皆とはどう?仲良くなれそうかな?」

 

「はい、皆さん優しくて。問題ありません」

 

「僕もこれと言って問題はないよ。ただ‥‥あの人達が‥‥」

 

紀伊が口ごもる様に言う理由。確かに、僕も少し変だなと思う人がいた。

 

「もしかして、あそこの?」

 

「うん‥‥」

 

提督が指を指す方向。そこに居るのは、空母グループの人達。そのグループには、赤城さん、加賀さん、飛龍さん、蒼龍さん、翔鶴さん、瑞鶴さんといった、正規空母のグループだった。

 

「はあ、やっぱりか‥‥」

 

提督は納得した様に溜息をつく。まあでも、変といってもそんなに気にするほどではないと思う。

何かちょっと会話が変というか、よく分からないっていうか、なんて言えば良いかよく分からない。

 

「(それで、信濃兄は物凄く‥‥何て言うか、あっちのことに疎いんだよね。しかも自身の貞操は弱いし)」ゴニョゴニョ

 

紀伊が一度僕の方を見て、何故か提督の耳に何か囁いている様だった。

僕は頭の中で疑問符が浮かぶ中、紀伊は顔を少し歪めた。それに対して提督は驚いた様な表情を浮かべる。

 

「そ、それ、本当なの?」

 

「うん、本当だよ。だから少し危険っていうか‥‥」

 

「そ、そういうことね。ま、まあ私からも少し言っておくから」

 

「ありがとう、本当に助かるよ」

 

「ねえ、二人で何話してるの?僕だけ仲間外れみたいなのだけど」

 

会話に入れないことに少し寂しくなり、二人に問いかけてしまった。

 

「ああ、ごめんごめん。そういうつもりはないんだ」

 

「そ、そうそう。信濃兄には関係ないって言うか、まだ知らなくて良いと言うか‥‥」

 

「うん?何それ‥‥?」

 

「はいはい、この話は一旦ここで終わり。歓迎会だから楽しまなくちゃね」

 

紀伊が手をパンっと叩き、話が移り変わる。

 

「そういえばさ、二人はお酒飲まないの?」

 

「お酒ですか‥‥」

 

正直、こちらでの年齢がわからないので、お酒には手を出さない様にしている。前世では高校生だった為、未成年ということになるのだが。

 

「う〜ん。て、提督は僕達が何歳に見えますか?」

 

「え!?え、えっと‥‥」

 

提督は悩み込む様に考えている。何もそんなに悩むことかな?

でも、そうか。前世で見たら、女性に何歳に見えると聞かれているようなものという事になる。確かにちょっと答えづらいかも。

 

「私的には‥‥二十歳ぐらい、かな?」

 

二十歳という事は、成人してると思われてるのか。ちょっと意外。

紀伊はともかく、僕は少し身長が低めなのにそう見えるのだろうか。

 

「そうなの?僕は成人してないと思われてると思っていたのだけど」

 

「え、そうかな?私から見ると何か言動とか仕草とか大人っぽく見えるけど」

 

「そ、そうなんだ」

 

まあ、大人に見られていると知ると、少し嬉しい。というか、この場合お酒を飲んでも大丈夫ということになる?

 

「それじゃあ、お酒飲めるって事?信濃兄」

 

紀伊が小さな声で僕に問いかける。確かに、ここではそうなるのかもしれない。まあ、僕はあまり気が進まないけど‥‥。

 

「うん、多分‥‥」

 

「‥‥‥‥‥?」

 

「まあ、お酒は控えてます」

 

「そうなんだ。まあ、お酒弱い人もいるし、そうだよね」

 

少し誤魔化しながらも、提督は納得してもらえた様だ。

でも、多分お酒を飲む日が来ることになるよね。その時はちょっと覚悟しておこう。

 

「んっと‥‥もう九時か」

 

時刻はフタヒトマルマル。午後九時だ。

始まってから三時間近く経過したのか。時間の経過が少し早く感じる。

 

「明日も仕事があるし、そろそろ片付ける時間かな」

 

「そうですか。では、僕も手伝いますよ」

 

「あ、僕も手伝うよ〜」

 

「ううん、今回の主役さんに働いてもらうわけにはいかないよ。先に部屋に戻ってもらって良いよ」

 

「し、しかし、本当に良いんですか?」

 

「うん、大丈夫大丈夫。此処は人数が多いんだし、皆やればすぐだよ」

 

「‥‥分かりました。お言葉に甘えさせてもらいます」

 

「ありがとうね、提督」

 

「全然気にしないでよ。あ、でもね、明日紀伊には秘書艦やってもらうから」

 

「え〜何それ。絶対面倒臭い奴でしょ」

 

「き、紀伊。あまり提督を困らせたらダメだよ」

 

というか、今更だけどいつからそんなフレンドリーに話せる様になったのか‥‥。敬語も使わず話してることにちょっと違和感。

まあ、紀伊らしいと言えば紀伊らしいのだけど。

 

「む〜‥‥‥まあ信濃兄が言うなら分かったよ。やれば良いんでしょ」

 

紀伊は口を尖らせながらも承諾する。

 

「それでは、僕達はここで失礼致しますね。歓迎会、凄く楽しかったです。ありがとうございました」

 

「ふふっ、楽しんでくれた様で何よりだよ。改めてよろしくね、信濃、紀伊」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「うん、よろしく」

 

提督と改めて握手を交わす。

此処の皆は凄く優しい。それを実感させる歓迎会だった。前の世界とは比べ物にならないくらい、居心地が良い。

例え他愛のない話でも、自然と笑顔が溢れた。あまり味わったことのない不思議な感覚が僕を包み、心を温める感覚。

前世のことなど微塵も感じさせない、此処は安らぎの場所の様だった。

もう不安は殆どない。ちょっと異色なところもあるけど、この世界には希望を持てた。あの地獄の世界とは違って‥‥。

 

「信濃兄?どうかしたの?」

 

「っ‥‥ごめん。ちょっとぼーっとしてた」

 

「そう‥‥信濃兄は先に部屋に戻っててくれない?」

 

「うん?‥‥えっと、分かった」

 

紀伊は一体何をする気なのだろう。僕は少し疑問に思ったが、身体にのしかかる疲れにより、早々に部屋に向けて歩き出した。

 

 

 

「さて、提督」ニコッ

 

「は、はい。どうかしたのかな‥‥?」

 

何故か信濃を先に戻らせ、残った紀伊が私を呼んだ。

笑顔でいる紀伊から、嫌な予感が取り巻く。

 

「これさ〜‥‥一体どういうこと〜?」バン

 

そう言い、一枚の紙が机の上に乗せられる。その紙には見慣れた文字が右端に書かれている。

 

『鎮守府通信』

 

「これは‥‥青葉の新聞だよね。それがどうかしたの?」

 

何度も見慣れた青葉が出している新聞。嘘か本当の事かいまいち分からない内容が載っている新聞だが、面白い内容が書かれていることもあるため、私自身容認しているものだ。

 

「この新聞の裏面」

 

「裏面?それが一体どうしーー」

 

[提督が着任初日の信濃さんに強姦!?決定的証拠が写真に!]

 

「は‥‥‥‥‥‥‥」

 

裏面にでかでかと書かれた見出し。そこに書かれた文章は誰もが異議を申し立てる言葉。

 

「はああぁぁぁ!?私が強姦!?そんなことした訳ないでしょ!」

「じゃあ、この写真は?」

 

紀伊の指差す方向には一枚の写真。その写真には私が信濃を押し倒している写真だった。

 

「こ、この写真!今朝の執務の時の‥‥」

 

お、おかしい。この時に撮られた写真は、青葉を取っ捕まえて消したはず。それなのに新聞に載せられている。い、一体‥‥。

 

「この新聞、まだ皆には届いていないものだよ。さっき青葉さんから『信濃さん、さっき襲われてましたけど大丈夫なんですか?』って言われてね」

 

「(あ、青葉あぁぁぁぁ!!あんにゃろぉ覚えてろよ!)」

 

「さて、提督」ニコッ

 

「ひ、ひゃい‥‥」

 

後ろから感じる黒いオーラ。あ、これ、まずい。人生終わった。

私の儚い人生、楽しかったよ‥‥さようなら‥‥。

 

「提督は優しい。僕は話した時そう思ったんだけどね」ガシッ

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」ガクガク

 

「これは‥‥ダメだよねぇ」クルッ

 

「‥‥‥‥へ?」

 

「あはは!提督ビビりすぎ!」

「ど、どういう‥‥こと?」

 

「だーかーらー。ただ脅かそうと思っただけ。提督がこんなことしたとは思ってないよ。どうせ、足を踏み外してこうなったとかでしょ?」

 

ご、ご名答だ‥‥‥。

先程、肩を掴まれ、体を紀伊の方に向けられたかと思うと、紀伊の手には『怒ってないよ』と書かれた紙。

それを見たとたん、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「この新聞は青葉さんが持ってたもの。速攻取り上げたんだけどね。というか、何でこんな記事書いてるんかね」

 

「は、はあ‥‥」

 

「ま、ちょっと提督を驚かそうかなって思って。ごめんね」

 

「よ、良かった‥‥悪戯で」

 

私は思いっきり息を吐く。どうやら私の人生はまだ終わらないみたいだ。憲兵のお世話になることもない。

 

「そ、そんなにビックリした?」

 

「あ、当たり前じゃん。もう、私の人生終わったかと思ったよ」

 

「そんな大袈ーーそ、そっか。そうだよね」

 

紀伊はひとりでに納得した様に頷く。

 

「‥‥?まあ、悪戯で良かった‥‥」

 

「あ、でもさ〜」

 

「うん?どうかした?」

 

「どさくさに紛れて信濃兄の体触ったりしてないよね?」

 

「っ‥‥‥‥」ギクッ

 

「まあ、まさかね。こんなにも優しい提督がそんなことする訳ないよね〜」

 

「あ、当たり前でしょ〜。そんなことしたらセクハラだし〜‥‥」

 

「そうだよね〜」

 

『あはははははは』

 

ま、まあ、少し太腿に触れたのは内緒だけどね‥‥。

 

「有罪」

 

「はい!?」

 

 

 

 

 

○おまけ 空母組の会話

 

「加賀さん!それ本当なんですかぁ!?」

 

「ええ、本当よ。この目でバッチリ見たもの」

 

「ずるいです〜!そんなラッキースケベに合うなんて!」

 

「というか、赤城さんも見たんでしょ!」

 

「あ、あのですね、見たというか‥‥見えてしまったのですーー」

 

「そんなの関係ないですよ!ああ〜私もそんなハプニングに出くわしてみたい〜!!」

 

「貴方の姉は大丈夫なのかしら‥‥」

 

「翔鶴姉はこれで通常運転だよ‥‥」

 

「私もそう言うのに遭遇してみたいなあ〜。ねえ、飛龍」

 

「確かに一理あるかも‥‥」

 

「いやいや、なにそんな真面目な顔で言ってるんですか」

 

「でも、確か信濃さんは正規空母なのよね」

 

「という事は‥‥私達のグループに入る!?」

 

「本当!?やったぁ〜!」

 

「ち、ちょっと!そんな邪な気持ちで迎え入れるのは‥‥」

 

「赤城さん、正直になりなよ。本当は見えて嬉しかったでしょ?」

 

「そ、そんな事は‥‥」

 

「そうでしょ?男の下着なんて滅多に見れないんだから。しかもあの美少年の。嬉しくない人達は‥‥あっちの人だけでしょ」

 

「う、ぐぅ‥‥‥」

 

「さて、邪魔者が黙ったところで作戦会議といきますか」

 

「そうですね‥‥これからどういう風に自然と遭遇できるか‥‥」

 

「私はこれが良いと思いーーー」

 

 

 

「信濃さん‥‥ごめんなさい‥‥」

 

 




ここの空母、大丈夫でしょうか‥‥。


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七話 朝の鍛錬と芽生える恋心

今回は鳳翔さんメイン。
ちょろいとか言うの無しでお願い‥‥<(_ _)>〈 ゴン!〕




バシッ

 

「‥‥よし、大分慣れてきた」

 

前日の楽しい歓迎会も終わり、翌日の朝、僕は訓練などに使われる道場で弓矢を引いていた。

空母は攻撃手段として艦載機を発艦する。その発艦は矢を飛ばすことで実現するため、僕は感覚を少しでも見につけたいと思い、その為に弓矢を引いている。

 

「実践してみようか‥‥」

 

今まで使っていた練習用の矢とは違う、実際に艦載機を発艦する用の矢に取り替える。

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

艤装を身につけた事で、少しの緊張が走った。

僕は一度心を落ち着かせ、集中力を保つ。

そして、目の前の的をじっと見据え、矢を弓に掛ける。

キリキリと鳴る弦がより僕の集中力を高めた。

その高い集中力を維持したまま、的目掛けて矢を引く。

 

バシュ!

 

放った瞬間、鋭い弦音が鳴り響いた。緑の模様に日の丸が入った矢羽。鏃は吸い込まれる様に的へ向かう。

すると、矢は突然光を帯び、一機の航空機へと姿を変えた。

 

ババババッ!

 

機関砲の鈍い音が鳴り、灰緑色の機体は瞬く間に標的を破壊する。

 

「凄い‥‥‥‥」

 

その後、航空機はこちらに戻って来た。姿を今度は矢に変え、僕の矢筒へと収まる。

僕はポカンとした顔で壊された的を見つめていた。

初めての発艦に成功した。この事に感嘆するよりも、僕は驚きの方が強かった。

前世の弓道と何も変わらない動作をするだけで攻撃が出来る。この腕に付いている甲板も、今ではあまり違和感を感じない。

前世ではあり得ない現実を目の当たりにしても、もう自分は艦。この考えが僕の心を支配している。

昨日も感じた、僕という存在が徐々に"信濃"に変わっている現状に少し不安を取り巻く僕がいた。

 

「‥‥でも、決めたんだ」

 

二度目の人生。此処で、僕は自分の考えた通りに動く。前世では実現出来なかった自分の夢も、想いも、それを叶える為に。そう決めたのだから。

 

 

「朝から鍛錬とは、精が出ますね」

 

突然掛けられた声に少し驚きながら、後ろを振り向く。

 

「あ、鳳翔さん。いえ、ただ少し感覚を覚えようかと」

 

そこには和服を身に包んだ女性が一人。

にこやかに微笑みながら言葉を掛けてきたのは鳳翔さんだった。

その整然とした雰囲気から、まさに大人の女性だと感じさせる。

 

「そうですか。‥‥では、一度拝見させて頂けないでしょうか」

 

「はい、構いませんよ」

 

その鳳翔さんのお願いを断る理由もない僕はすんなり承諾した。

 

「ですが、普通の矢でも良いですか?」

 

「ええ、勿論です」

 

そう言われ、僕はもう一度先程の位置に付いた。

人から見られるとなると、少し緊張する。体が強張る感覚が僕を襲った。

だが、今以上の緊張を何度も経験してきた。今更怖気付く事はない。

全身の神経を一点に集中させ、僕は目の前の的を見据える。

矢を引き、手がぶれない様に固定して準備は完了。

やる事は先程と変わらないんだ。

そして、僕は矢を放った。

 

バシュッ

 

二度目の鋭い弦音。

放った瞬間、僕は直感で感じた。

 

これはーーー当たる。

 

____________________________________________

 

「‥‥‥‥‥‥‥」パチパチ

 

沈黙を断つ一つの拍手。

その拍手からは歓喜の意が感じ取れた。

 

「お見事です。素晴らしい腕前でした」

 

僕の放った矢は的のど真ん中。直感通り、真ん中を捉えることができた。

 

「ありがとうございます」

 

僕は鳳翔さんの方に向き直り、一礼をする。

 

「動作、射角、的を見据えるその眼差し。全てが見惚れる程に綺麗でした」

 

鳳翔さんは恍惚とした表情で次々と言葉を並べる。

その誉め殺しに僕は少し気恥ずかしさを覚えながらも、素直にその言葉を受け取った。

褒められて悪い気はしない。率直に嬉しいと思えた。

 

「あ、あはは、そこまで褒められると少し恥ずかしいです‥‥」

 

「あっ‥‥ご、ごめんなさい。一人でペラペラと‥‥」カァァ

 

鳳翔さんは顔を下にして俯き、顔を赤くした。僕はその様子を見て、少し笑みが溢れた。

そんな鳳翔さんの耳元に囁く様に言葉を掛ける。

 

「大丈夫ですよ、僕はとても嬉しかったですから」

 

「っ‥‥‥‥///」ビクッ

 

鳳翔さんは飛び跳ねる様に驚く。

その顔は更に赤くなり、真っ赤な林檎の様だった。

 

「あ、い、いい一体何を!?」

 

「ご、ごめんなさい、そんなに驚くとは‥‥でも、先程の言葉の通りですよ。僕はとても嬉しかったですから、あまり気にしないでください」

 

「は、はい‥‥」

 

時計に目をやり、確認すると時刻はマルナナマルマル。午前7時だ。

 

「っと、そろそろ朝食の時間ですよね。僕は一度部屋に戻るので、それでは」

 

「わ、分かりました‥‥」

 

そう鳳翔さんから言葉を受け取り、僕は部屋に向かう為の帰路を辿る。

 

 

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

信濃さんを見送り、私はその場に立ち尽くしていた。

 

『大丈夫ですよ、僕はとても嬉しかったですから』

 

「っ‥‥///」

 

先程から耳の中で反響する信濃さんの声。その言葉を繰り返し思い出すたび、顔が赤くなるのを自分で感じた。

 

信濃さんの一矢を見た時、思わず見惚れた。腕前もそうだが、一番はその時の表情。

凛とした凪の様な表情は大和男子そのものだった。

それを見たから、ペラペラと褒め称える言葉が出てきたのだと思う。

 

「(鼓動が煩い‥‥)」

 

早まる心臓の鼓動。それは治ることなくどんどん鳴り続ける。

体温も上がり、ドキドキするこの感情は一体何なのだろうか。

 

いや、答えはもう分かっている。

 

「格好良かった‥‥です‥ね」

 

この感情を誰にも譲る気はない。例え、それが上司だったとしても。

 

これは、初めての恋情なのだからーー。

 

 




鳳翔さんって可愛いよね。


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