元人間の神使の日常 (片倉政実)
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第1話 平和な日常と雨の日の悲劇

政実「どうも、初めましての方は初めまして。他作品を読んで頂いている方は、いつもありがとうございます。作者の片倉政実です。今回からこちらの作品を投稿させて頂きます。色々拙いところもあるかと思いますが、温かい目で見守って頂けたら嬉しいです。どうぞよろしくお願いします」
貴使「どうも、今作品の主人公の神山貴使です。それにしても……どうしてこの作品を書いてみようと思ったんだ?」
政実「そうだね……強いて言うなら、今までに無い題材で面白そうだと思ったからかな」
貴使「そっか。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・貴使「それでは、第1話を始めていきます」


「……よし、とりあえずこんなところかな」

 ある春の日の事、小さな声で独り言ちながら俺は手を止めた後、掴んでいた竹箒(たけぼうき)を足元に置き、左手で額の汗を拭いながら自分がさっきまで竹箒で掃いていた境内(けいだい)を見回した。そして、境内が綺麗になっている事を確認した後、その事に満足感を覚えながらニカリと笑った。

「……うん、これでバッチリだな。ここ、『神薙神社(かんなぎじんじゃ)』はこの辺に住んでる人がよく来る場所だし、やっぱり綺麗になっている方が良いよな」

 うんうんと頷きながら境内を再び軽く見回していたその時、拝殿(はいでん)の後ろからゆっくりと近付いてくる足音が聞こえ、俺は竹箒を拾い上げてからくるりと振り向いた後、拝殿の後ろから出て来た人に声を掛けた。

道雄(みちお)さん、境内の掃き掃除は終わったよ。次は何をすれば良い?」

「そうだな……それじゃあ今度は手水舎(てみずしゃ)を磨いてもらっても良いかな? 用具はいつものところにあるから」 

「うん、了解!」

 神主である神野道雄(かんのみちお)さんの指示に頷きながら答えた後、俺は用具庫があるお社の裏側へ向けて歩き始めた。そして、用具庫からバケツや綺麗な布巾を取り出し、近くにある水道でバケツに水を汲んでから手水舎の方へ戻っていると、それを見ていた道雄さんがふぅと息をついた。

「それにしても……いつも手伝ってもらって本当に悪いね、貴使君。今日も学校があるのに、朝から大変じゃないかい?」

「ううん……これは俺が好きでやってる事だから、全く大変だと思ってないよ」

「貴使君……」

「それに、この神社は祖父ちゃんが大好きだった神社だから、神社が綺麗じゃなくなったら、たぶん祖父ちゃんも悲しむと思うんだ。祖父ちゃん、毎朝欠かさずにこの神社に参拝してたし、この神社の神様──祭神(さいじん)天乃実豊尊(あめのみとよのみこと)とは茶飲み話をする仲なんだぞって自慢げに言ってたから……」

「……そうだったなぁ。前に、神主の俺ですらお目に掛かった事が無いのに、お前が会った事があるわけ無いだろ、なんて言ったら、アイツはそれは信心深さが足りないからだって笑いながら言ってたよ。まあ、アイツが亡くなった今となってはその真偽の程は分からないがね」

「……そうだね」

 道雄さんの哀しそうな顔を見ながら俺は昨年亡くなった神山友二郎(かみやまゆうじろう)祖父ちゃんの事を思い出した。友二郎祖父ちゃんは俺の父方の祖父なんだが、いつもムスッとした顔をしていた事から、周囲からは気難しい人だと思われていたみたいだった。けれど、本当は結構話し好きで、孫の俺は祖父ちゃんの話に付き合っていた。そして、その時によく話題に出て来たのがこの『神薙神社』だった。祖父ちゃんは幼い頃からこの神社には参拝に来ていたらしく、それがきっかけで現神主の道雄さんと知り合い、いつしか今の俺のように境内などの掃除を手伝うようになったのだという。そして、この神社の話を聞くようになってから、祖父ちゃんは神社への参拝兼掃除の手伝いに俺も連れて行くようになったんだが、小さい頃の俺にはそんな祖父ちゃんの姿がどこかカッコ良く見え、見様見真似で祖父ちゃんと一緒に掃除の手伝いをするようになり、今ではそれが毎朝の日課となっていたのだった。

 ……そういえば、父さんもこの神社の話は祖父ちゃんから聞いてたみたいだけど、俺ほど興味は無いみたいだったし、神様と茶飲み友達だっていうのも信じてないようだったな。まあ、俺も正直半信半疑ではあるけど、あの祖父ちゃんが嘘をつくとも思えないし……もしかしたら、本当に祖父ちゃんはこの神社の神様と会った事があって、時々一緒に茶飲み話をしてたのかもしれないな……。

 水の入ったバケツの重みを感じながら俺が空を仰ぎつつそんな事を思っていると、「それにしても……」と道雄さんは少し哀しそうに溜息交じりでポツリと呟き、拝殿の方にゆっくりと視線を向けた。

「どうしてウチの孫は昔ほどこの神社に興味を示してくれなくなったんだろうか。小さい頃は、貴使君のように手伝いをしてくれたというのに……」

「……仕方ないよ。アイツは……詩織(しおり)は、今は彼氏や友達との毎日が楽しいみたいだからさ」

「そうか……まあ、人生を楽しんでいるのは良い事だが、それでも少し寂しい物があるな……。ところで、貴使君にはそういうガールフレンドとかはいないのかい?」

「あはは、残念ながらいないよ。まあ、こんな風に頼まれてもいないのに、幼馴染みのお祖父さんが神主の神社を好き好んで掃除しに来る奴を好きになってくれる女子なんていないと思うけどさ」

「そうかい? 実は、そんな貴使君の事を想っているけど、恥ずかしくてそれを口に出せずに心に秘めてるだけかもしれないよ?」

「うーん……まあ、それだったら嬉しい……かな?」

「ふふ……もしそういう子が出来たら、大切にしてあげるんだよ?」

「うん、もちろん!」

 俺の返事に道雄さんはニコリと笑いながら頷くと、そのまま拝殿の方へ歩いていき、俺も手水舎の方へ歩いていった。

 彼女、か……まあ、出来るならそれはそれで嬉しいけど、俺は今時の若者が好むような物よりもこういう神社とか伝統工芸みたいな昔ながらの物や妖とか神獣のような人ならざるモノ達が好きだし、同じような物が好きな子との出会いが無い限りは、たぶん出来そうに無いな。

「……まあ、今はそんな事よりも掃除だ、掃除。神様達が今日も一日を気持ち良く過ごせるように頑張らないとな!」

 そう言いながら手水舎の傍にバケツを置いた後、奥からやる気が満ち溢れてくるのを感じながら俺は軽く腕まくりをした。そして、バケツの縁に掛けていた布巾を水に浸した後、力を込めてしっかりと布巾を絞り、手水舎の水拭きを始めた。

 

 

 

 

 その日の夕方、授業も部活動も終えて、さっさと帰ろうと下駄箱に向かおうとしたその時、下駄箱のところに楽しそうに話すある二人組の姿が見え、俺はその仲睦まじそうな様子にどこか安心感を覚えながら息をついた。

「……アイツら、本当に仲が良いよな」

 そんな事を独り言ちてからゆっくりと近付いていくと、その内の黒いポニーテールの女子が俺の姿にニコニコと笑いながら手を振ってきた。

「おーい、貴使ー! お疲れさまー!」

「ああ、ありがとうな、詩織。祝玖(ときひさ)もお疲れさん」

「おう、サンキューな!」

 俺の言葉に俺の親友であり詩織の彼氏でもある神武祝玖(じんむときひさ)は、大きく頷きながら爽やかな笑みを浮かべた。詩織は『神社』の神主である道雄さんの孫で、お互いの祖父きっかけで小さい頃に知り合ったいわゆる幼馴染みという奴だ。そして、小さい頃に『神薙神社』の巫女になる事を夢見て、その予行練習のつもりで今の俺のように進んで掃除なんかを手伝っていたのだが、何故か中学校に上がった頃からその回数は徐々に減り、今では手伝う事すらしなくなっていた。だが、神主である道雄さんの事は今でも尊敬しているようで、こっそりと様子を見に来ていたり、神道などについての勉強をしていたりする姿を度々見掛ける事から、恐らく巫女になる夢を諦めたわけでは無いんだと思う。そして祝玖は、中学一年生の頃に向こうから話し掛けてきたのがきっかけで仲良くなった奴で、バスケ部のエースを務めている黒いスポーツ刈りにキリッとした目鼻立ちをしている俺の親友だ。因みに、二人が付き合い始めたのは、中学一年の夏からで、そのきっかけは俺が思いつきで考案した肝試し大会で二人がペアになったからだったりする。

 そういえば……二人はさっきから何を話してたんだろう?

 二人の会話の内容に疑問を持ち、俺は首を傾げながらそれについて問い掛けた。

「ところで、さっき何か話してたみたいだけど、何を話してたんだ?」

「えへへ……部活が終わった時に祝玖が学校帰りにちょっと寄り道しないかって言ってきたから、どこに行こうかって二人で話し合ってたんだ」

「へえ、そうだったのか。それで、どこに行くのかは決まったのか?」

「うーん……実はまだなんだ。ねえ、貴使だったら学校帰りにどこに寄っていく?」

「え、そうだな……それじゃあじん──」

「神社とか古道具屋さん以外で!」

「それ以外か……それ以外なら、駅前にこの前出来たっていう色んな和スイーツが楽しめるらしい喫茶店なんてどうだ? 噂によると、その店には店主が現地まで赴いて集めたっていう伝統工芸品が店内に飾られていて、それを眺めながら和スイーツと美味いお茶を堪能できるらしいぜ?」

「和スイーツかぁ……たしかにちょっと甘い物が欲しいところだったし、夜ご飯を食べる事も考えるなら、そのくらいが良いかも」

「そうだろ?」

「うん! まあ……伝統工芸品のくだりはいらなかったけどね」

「え、そうか?」

「……そうだよ。まったく……貴使は本当に相変わらずだよね……」

 詩織が溜息交じりに言うと、それを聞いていた祝玖が苦笑いを浮かべた。

「あはは……まあ、そうだな。そういえば……小学校の頃からこんな感じなんだっけ?」

「うん……夏休みにウチのお祖父ちゃんのところに話を聞きに来たと思ったら、休み明けの自由研究の発表の時に神道の歴史について発表したり、妖怪に会うには幽霊みたいに怪談を話していれば良いんじゃないかって言い始めたと思ったら、他のクラスの友達まで巻き込んでウチの神社での怪談大会を企画しちゃったりね……」

「あはは、あったな。それで、同じクラスの奴から俺と詩織は実は親公認で付き合ってるんじゃないかって言われてたっけな」

「うん……まあ、その誤解は何とか解けたけど、それを聞いた時は本当にビックリしたし、誤解を解くのは結構苦労したんだからね?」

「あー……うん、それに関しては本当にすまなかった」

「……はあ、まったく……。でも、さっきの和スイーツのお店の案はスゴく良いと思うし、今から行ってみようかな」

「そうだな。あ、そうだ……貴使、せっかくだからお前も案内がてら一緒にどうだ?」

「ん……この後は予定も無いから別に良いけど、お前達こそ良いのか? 」

「うん、もちろん大丈夫だよ。ね、祝玖」

「ああ。まあ、他の奴なら二人きりが良いなんて言うだろうけどな」

「そっか。それなら、俺もついてこうかな」

「うん! よーし、それじゃあ早速行こっ、二人とも!」

「ああ」

「おう!」

 詩織の言葉に返事をした後、俺達は詩織の後に続いて昇降口を出た後、他愛ない話をしながら件の店を目指した。そしてその道中、楽しそうに話をする親友と幼馴染みの姿を見て、俺はこんな何の変哲もない日常を送れる事に感謝を抱きつつ、これからも続いていってほしいと願った。しかし、この時の俺は現実とは小説や物語なんかよりも波瀾万丈(はらんばんじょう)な出来事が簡単に起きてしまうという事をまったく知らなかったのだった。

 

 

 

 

 あの日から数日後、二人がそれぞれの部活動で忙しく、俺が雨の中を一人で帰っていた時、ふと神薙神社の事が気になり、その場に立ち止まった。

「……この雨だし、流石に掃除までは出来ないけど、少しだけ様子を見に行ってみようかな」

 雨の中の神薙神社を思い浮かべながら俺は傘の中から黒い雲で覆われた空を見上げた。雷もゴロゴロと音を立てながら鳴り、風も少し強くなっている事から、本当なら行かない方が良いのかもしれないが、俺は何故か神薙神社に行かないといけないような気がしていた。

「……とりあえず、行ってみよう。なんだか嫌な予感がするし……」

 独り言ちながらコクリと頷いた後、まるで早く行けと急かすように鳴り始めた心臓の鼓動を感じながら、俺は跳ねた水で靴が濡れるのを気にすること無く神薙神社へ向けて走り出した。走る事数分、俺は神薙神社の鳥居の前に着くと、走ってきた事で更に速く打っていた心臓の鼓動を抑える事もせずに鳥居の前で一礼をした。

「……すみません。今から石段を駆け上がらせてもらいます……!」

 そう一言断り、俺は足が滑らせない事だけを気をつけながら急いで石段を駆け上がった。そして石段の最後の段に足を掛けたその時、遥か前方にある賽銭箱の辺りに明らかに不審な人物の姿があった。

「おい! そこで何をしてる!」

 賽銭箱へ駆け寄りながら声を掛けると、その人物はゆっくりとこちらへ顔を向け、俺の事を認めると同時に懐から何かを取り出した。そして、それの先がキラリと煌めいた瞬間、俺はそれの正体に予想がつき、急いで不審な人物から少し距離を離して立ち止まった。

「……それ、()()()か……!?」

「……だとしたら、どうする?」

 俺の様子を見たその人物──醜悪な顔をした男性は悪意に満ちた笑みを浮かべながらそう問い掛けてきた瞬間、俺は自分の目の前にいるのが誰なのかが分かった。

 コイツ……この前、この近くで連続殺人事件を起こしたって言われてる指名手配犯じゃないか……! それに、どうするって言われても……正直な事を言うなら、ナイフを持った相手に対して何も武器を持たずに立ち向かうのは流石に分が悪い。でも、目の前に指名手配犯がいるのにこのまま逃がすなんていう選択肢も俺には無い。だったら──。

「……そんなの決まってるだろ。今、警察に通報して、アンタを逮捕してもらう」

「そうか……なら、そう出来ないようにさせてもらおうか……!」

 指名手配犯は手に持ったナイフを再び煌めかせると、俺へ向けてダッと走り出した。それに対して俺は、相手の動きに注意を払いながら近くにあった木の下へと移動した。木の下へと移動した理由は至って単純。相手がナイフを使うなら、何らかの手段を用いてナイフを使えなくしてしまえば良い。その考えから俺は相手がナイフで攻撃してこようとした時に上手く避け、ナイフを木に刺さらせる事で、相手の凶器を使えなくしてしまおうとしたのだった。

 ……さて、この考えが上手く行くかは分からないけど、とりあえず今の内に警察に通報を──。

 そう考えながら通報をするためにポケットから携帯電話を取り出そうとしていたその時、雷で空がピカッと光ったのに驚き、俺は思わず携帯電話を落としてしまった。

「あ……しまった……!」

 そして、急いで携帯電話を取ろうと屈み込んだその時、再び雷で空がピカッと光ったかと思うと、体が急にカーッと熱くなりながら手足が痺れだし、それと同時に意識が急に遠退いていった。

「ま、まさか……」

 俺……雷に打たれ、て……。

 手足の痺れを感じながら体がゆっくりと倒れていく中、指名手配犯がゆっくりと俺に向けて近付いてくるのが見えたのを最後に、俺の意識はプツンと切れた。




政実「第1話、いかがでしたでしょうか」
貴使「そういえば……他の作品に比べたら、この作品は結構短めなんだな」
政実「うん。この作品は一話一話を短めにして、簡単に読めるようにしていこうと思ってね」
貴使「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
貴使「ああ」
政実・貴使「それでは、また次回」


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第2話 神使としての目覚め

政実「どうも、四季の中では春が一番好きな片倉政実です」
貴使「どうも、神山貴使です。春か……たしかのんびりと出来るし、気候も暖かくて過ごしやすいよな」
政実「そうだね。もちろん、他の季節も好きだけど、一番を決めるなら春かな」
貴使「そっか。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・貴使「それでは、第2話を始めていきます」


「……ん」

 薄らとした光を(まぶた)の裏で感じ、俺はゆっくりと目を開けながら静かに体を起こした。

「……あれ?たしか、俺……雷に打たれたはずだよな……? というか、ここどこだ……?」

 俺は自分がいるのがどこなのかを知るべく、とりあえず周囲を軽く見回した。すると、まず目に入ってきたのは、とても落ち着いた雰囲気の漆塗(うるしぬ)りの文机や和箪笥(わだんす)といった家具、とても綺麗な模様が描かれた襖だった。そして次に、自分の様子に注目してみると、何故かさっきまでの制服姿ではなく、浅葱(あさぎ)色の狩袴に深緑色の狩衣(かりぎぬ)といったの平安時代の公家の人が着ていた衣服を着ているのが分かった。

 え……なんで俺は狩衣を着てるんだ? それに、ここがどこなのかまったく分からないし……。

 ますます謎が深まる中、俺が寝かされていた布団から体を出し、更に辺りを探り始めようとしたその時、廊下からゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる足音が聞こえ、俺は動きを止めてその足音に意識を集中した。すると、その足音の主は俺のいる部屋の前でピタリと足を止め、少し安心したように息をつくと、襖の向こうから声を掛けてきた。

神山貴使(かみやまたかし)さん、お加減はいかがですか?」

「え……あ、はい。具合が悪いとかどこかが痛いとかは無いです……」

「……そうですか。それならば良かったです」

「あの……貴方は一体? それに……ここはどこなんですか?」

「そうですね……それをここで説明しても良いのですが、貴方の事をとても心配している者が一人おりますので、とりあえず私についてきて頂けますか?」

「は、はい……」

 襖の向こうにいるのが誰なのかや俺の心配をしているという人が誰なのかなど分からない事ばかりだったが、このままここにいても何も進まない気がし、とりあえずついていく事に決めた。そして、布団から完全に体を出し、襖をゆっくりと開けると、そこには俺と同じ狩衣姿のの上から青い(ひとえ)を着た長い黒髪を紫色の麻紐で結った若い男性がいた。

「あ、えっと……初めまして」

「ふふ……はい、初めまして。と言っても、私的には初めましてでも無いのですけどね」

「え、そうなんですか?」

「はい。ですが、こうしてちゃんと面と向かって話をするのは初めてなので、初めましてで良いとは思います。さてと……それでは早速参りましょうか」

「は、はい……!」

 少し緊張しながら答えた後、俺は男性の後に続いてさっきまでいた部屋を出て、廊下をゆっくりと歩き始めた。そして、辺りを見回しながら廊下を歩いていた時、他の部屋の襖越しに小さな黒い手足が付いた白くてふわふわとした何かがこっちを見ているのに気付いた。

「あの……さっきからこっちを見ているのに何かがいるんですけど、あれって何ですか?」

「……ああ、彼らは綿玉(わただま)という名前でして、言うならば式神のような物です」

「式神……という事は、貴方は陰陽師なんですか?」

「ふふ……いえ、違いますよ。ただ、彼らは色々な場所に入っていけるので、話を掛けてみてあげれば、中々面白いお話が聞けますよ」

「話……できるんですか?」

「はい、出来ますよ。なので、後でも良いので、話し掛けてみてあげて下さい。中には話し好きでは無い者もおりますが、基本的には話し掛けられるのがとても好きみたいですから」

「あ、分かりました」

「ありがとうございます──っと、着きましたよ」

 その言葉と同時に、男性が襖をスーッと開けた。すると、部屋の中心には市松模様の炬燵布団(こたつぶとん)が掛けられた炬燵や漆塗りの戸棚などがあり、炬燵には色こそ違えど俺と同じ服装の男性と水干(すいかん)姿の二人の女性が入っていたが、三人の男女は男性の姿を見るやいなや炬燵から体を出し、揃って正座をした。

春蛇(しゅんだ)夏弧(かこ)秋兎(あきうさ)、待たせてしまってすみません」

「いえ、問題ありません」

「そうですよ。私達は貴方様に使える者、このくらいは大した事ありませんから」

「そ、そうですよ! なので、お気になさらないで下さい!」

「ふふ、ありがとうございます。さて……それではそろそろお話をしましょうか。貴使さん、炬燵の空いているところに入って下さい。もっとも、春なので炬燵というよりは、普通の机として使っていますが」

「はい、分かりました」

 そして、空いているところに俺が入ると、男性は俺達を見回してから静かに口を開いた。

「さて……それではまず、私達が誰かという事からお話ししますね。私は天乃実豊尊(あまのみとよのみこと)、この『神薙神社(かんなぎじんじゃ)』に祭られる祭神(さいじん)です。そしてここにいるのは、全員が私の神使で橙色のツンツンとした髪をしているキリッとした顔立ちの男性が春蛇、青くて長い髪の綺麗な女性が夏狐、桃色の短い髪の可愛らしい子が秋兎です」

「神薙神社の神様にその神使の皆さん……という事は、ここって神薙神社の中なんですか?」

「はい、本殿の中に創りあげた私達の居住場所です。因みに、貴使さん達からはそう見えなかったかもしれませんし、普通には入る事は出来ませんが、『力』を持った者や私が認めた方ならば、ここを認識する事が出来、入ってくる事が出来ます」

「そうなんですね……」

「はい。そして、貴使さんがここにいる理由ですが……貴使さん、体に力を──具体的にはおへその辺りに力を込めて頂けますか?」

「え……は、はい……」

 天乃実豊尊様の言葉の真意はよく分からなかったが、とりあえず俺はその通りにしてみた。すると、体から突然強い光が放たれる同時に、体の奥から熱い『何か』が湧き上がってくるような感じがし、俺は体をくの字に曲げながらそれを必死に耐えた。

 ぐ……何なんだ、これ……! 体がスゴく、熱い……!

「ぐっ、あがっ……!」

「すみません、貴使さん。大変なのは分かっていますが、これはこれからの貴方にとって必要な事なのです」

「はぁはぁ……必要な、事……?」

「はい。なので、今だけは耐えて下さい。お叱りならば幾らでもお受けしますから……」

「はぁ、はぁ……大丈夫ですよ、天乃実豊尊様。あの死んでいてもおかしくない状態だったはずの俺が、今こうして生きているのは、たぶん貴方が助けて下さったからなんですよね?」

「……はい、その通りです」

「……なら、これはこれから俺が生きていくのに必要な事なんですよね? だったら……幾らでも耐えてみせますよ。こうして助けて頂いた以上、俺は貴方に恩返しをしたいですから」

「貴使さん……」

 驚いた顔で俺を見つめる天乃実豊尊様に対してニコリと笑いながら頷いていたが、正直な事を言うならとても辛かった。けれど、さっきも言ったように助けて貰った分は何か恩返しをしたいと思っていたので、俺はまずは今俺の中で起こっている出来事に意識を向ける事にした。そして、痛みと苦しみ、体の熱さに耐える事数分、突然感じていた物が全てスーッと消え始め、それと同時に体から放たれていた光も消え、俺はそのまま机の上に突っ伏した。

「はぁ……はぁ……終わっ、た……?」

「……はい、終わりです。貴使さん、本当にお疲れ様でした」

「は、はい……ありがとうございます……」

 机の上に突っ伏したままで天乃実豊尊様の言葉に答えていると、突然後ろからガバッと抱きつかれる感触があり、それに驚きながらゆっくりと振り返ると、そこには目をウルウルとさせながら俺を見る秋兎さんがいた。

「秋兎……さん?」

「良かった……本当に良かったですぅ……」

「良かったって……」

「ふふ、先程言った貴方の事を心配していた者というのが、実はこの秋兎なんです。秋兎はいつも神薙神社のお掃除や参拝客の案内を買って出てくれている貴使さんの事がとても好きみたいで、貴方が眠っている間はとてもソワソワしていたんですよ」

「そう……だったんですね……」

 後ろから抱きしめてくる秋兎さんの顔を見ながら答えていた時、ふと秋兎さんの事が愛おしく感じ、俺は不意に秋兎さんの頭を優しく撫でていた。その瞬間、秋兎さんはビクッと体を震わせたが、すぐに「ふにゅ~ ……」と気持ち良さそうな声を上げながら俺に更に体重を預けだし、俺は少しだけ苦しさを感じ始めていた。

 う……あんな試練みたいな事があった後にこれはちょっとキツいな。けど、秋兎さんは俺の事を心配してくれていたみたいだし、これくらい良いとしようか。

 俺に体重を預けながら今度は頬ずりまで始めた秋兎さんの姿に苦笑いを浮かべながら頭を撫で続けていたその時、襖が静かに開くと同時に、ホカホカと湯気を上げる湯飲み茶碗を五つ乗せたお盆を持った春蛇さんと夏狐さんが部屋に入ってきた。そして、湯飲み茶碗を静かに置き始める春蛇さんに対して、夏狐さんは俺に抱きつく秋兎さんの姿を見てクスリと笑った後、ゆっくりと俺に顔を近付けてきた。

「ねえ、貴方。秋兎に抱きつかれてどんな気持ち?」

「え、それは……まあ、悪い気はしないですけど……」

「ふふっ、そう。因みにこの子、貴方の事を本当に好きで、貴方が神社に来る度にピョンピョンと跳びはねていたのよ。それはまるで、恋しい人に会えて嬉しがる乙女のよ──」

「ちょ、ちょっと! 夏狐さん、いきなり何を言っているんですか!?」

「何をも何も……その通りだろう?」

「うぅ……春蛇さんまで……」

 呆れ顔で溜息をつく春蛇さんと妖艶な雰囲気を醸し出しながらクスクスと笑う夏狐さん、そしてプクーッと頬を膨らませる秋兎さんの姿を見ていた時、そんな平和な光景に俺は思わずクスリと笑っていた。

 神使と聞いて少し緊張していたけど、皆さん良い人そうだし、これからも良い付き合いが出来そうだな。まあ、これからも会えるかどうかは分からないけど……。

 そんな事を思いながらふと天乃実豊尊様に視線を向けると、天乃実豊尊様は優しい笑みを浮かべながら同じようにクスリと笑ってから、両手を軽くパンパンと打ち鳴らした。

「皆、まずは貴使さんに色々とお話をしないといけませんから、とりあえず座ってくれませんか?」

「……はい」

「畏まりました」

「あっ、はい!」

 そして、春蛇さんと夏狐さんがそれぞれ向かい合うようにして座って、秋兎さんが俺の隣に座り、天乃実豊尊様が俺達の向かいに座った後、天乃実豊尊様はコホンと咳払いをしてから静かに話を始めた。

「さて……神山貴使さん、まずは先程は苦しい思いをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。あれは貴方も予想していた通り、これから貴方が生きていく上で必要な試練のような物でしたので、私達は手助けをする事が出来なかったのです」

「あ、やっぱりそうだったんですね」

「はい。そして、あの試練にどのような意味があったかなのですが……あれは貴方の中にある私の神力を貴方の魂に完全に馴染ませるための物だったのです」

「俺の中に神力が……でも、どうしてそんな事を?」

「それなのですが……貴使さん、貴方にとっては中々受け入れづらい事かも知れませんが、貴方はあの時に一度亡くなっているんです」

「亡くなっているって……もしかして、雷が落ちた事による感電死ですか?」

「その通りです。因みに、貴方が見つけた男はどうやら神薙神社の御賽銭を盗もうとしていたようで、貴方が雷に打たれてしまった後、駆けつけてきた神主さんと警察の方によって無事に捕まえられ、今は警察のお世話になっているようです」

「道雄さんが……でも、どうして道雄さんは駆けつけられたんですか?」

「話を聞く限りでは、貴使さんが携帯電話を落とした際、偶然神主さんに電話がかかり、神主さんが物音に不信感を覚えた事で警察に通報をした上で神薙神社まで駆けつけてきたとの事でした」

「そうだったんですね……」

「そして、そんな貴方が何故ここにいるかなのですが、それは神主さんと警察の方が犯人の男を捕まえている間に、私が貴方の魂を一度私の中に回収し、ここに戻ってきた後に私の神力を使ってまったく同じ姿をした魂の器を作り、その中に魂と私の神力を入れたからです」

「……つまり、俺はもう人間では無い、という事ですか?」

「……申し訳ありませんがその通りです。今の貴方は私の力を宿した存在、言うならば私の神使の一人という事になります」

「俺が神使に……」

「はい……この神薙神社を愛し、どんな日でもお掃除などを欠かさずに行って下さった貴方を救いたいという思いがあったとはいえ、勝手にそのような真似をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした……」

「天乃実豊尊様……」

 深々と頭を下げる天乃実豊尊様の姿を見た後、俺は自分の両手や体に視線を向けた。

 人間だった俺が神使になった、か……なんだか実感は湧かないけど、これはあくまでも天乃実豊尊様が俺の事をどうにかしてくれるためにして下さった事だし、怒りなんて湧くはずは無いよな。

 そう思いながらニッと笑った後、俺は頭を下げ続ける天乃実豊尊様に対して声を掛けた。

「天乃実豊尊様、頭を上げて下さい」

「貴使さん……」

「たぶん、貴方は俺が怒ると思っていたかも知れませんが、俺は貴方に対して怒りは感じませんよ。あの時、俺はただ死んでいくだけだったはずだったのに、貴方はどうにかして救おうとして下さったわけですから、怒る方がおかしいです。むしろ、俺は貴方にお礼を言う側ですからね」

「…………」

「天乃実豊尊様、俺を救って頂き本当にありがとうございました」

「……いえ、こちらこそありがとうございます。貴方にそう言って頂き、とても安心致しました」

「……ふふ、それなら良かったです。ところで……俺が亡くなってから今までどれくらい経っていますか?」

「そうですね……今日でちょうど一週間経ったはずです。そして、貴方のお葬式は既に済み、火葬まで行われているのも確認しているので、貴方の人間だった時の体はもう完全にこの世からは消失してしまっています」

「……やっぱり、そうですよね」

 一週間も経っていたのは正直予想外だったけど、()()()()すぐに葬式を出したり火葬をしたりするよな……。

 そんな事を思いながら少しだけ寂しさを覚えていると、隣に座る秋兎さんは心配そうな顔をしながら恐る恐るといった様子で俺に話し掛けてきた。

「……貴使さん、もしかしてなんですけど……ご家族とあまり仲良く無かったんですか……?」

「……はい。ウチの家族は、俺と亡くなっている祖父ちゃん以外は神様とか妖怪とかのような物に興味が無くて、自分の家の事でも無い神薙神社の手伝いをしに行っていた俺や祖父ちゃんの事をあまり良く思っていなかったんです。だから、その事で喧嘩する事もしょっちゅうだったんです……」

「そうだったんですか……」

「まあ、俺自身はあまり気にしていなかったんですが、こうしてあまり良く思っていなかったとはいえ、すぐに葬式を出したり火葬をしたりしたのは、元家族として少し寂しいなとは思ってます。これでも、大切な家族だとは思っていたので……」

「貴使さん……」

「けど、これで踏ん切りはつきましたよ。家族がそうしてくれた事で、俺は人間の神山貴使では無くなり、天乃実豊尊様の神使として新しい人生を送られるわけですから。ただ……」

「ただ……?」

「……道雄さんや詩織、祝玖(ときひさ)の事だけが気がかりなんです……。元々は祖父ちゃんが連れてきたのがきっかけとはいえ、俺が神薙神社の手伝いをするのを断ればと道雄さんが考え、自分達が一緒に帰っていれば結果は変わっていたかもしれないと詩織や祝玖が考えていて、その事を気に病んでいたとしたら、とても申し訳ないですから……」

 神薙神社の手伝いは自分の意志で始めた事だし、あの日に一人で帰る事になったのは仕方ない事だったけど、皆優しい上に理由が理由だったから、そう考えていてもおかしくは無いよな……。

 皆の顔を思い浮かべながらどうしたら良いかを考えていたその時、「……貴使さん」と何かを思いついた様子の天乃実豊尊様が話し掛けてきた。

「天乃実豊尊様、どうかなさいましたか?」

「私に一つ考えがあるのですが、聞いて頂けますか?」

「あ、はい……それはもちろんですが……」

「ありがとうございます。それでは──」

 そして、天乃実豊尊様は俺の耳に顔を近付けると、その考えを俺に話し始めた。




政実「第2話、いかがでしたでしょうか」
貴使「なんかこの調子だと、次の第3話で一区切りみたいな感じだな」
政実「そうなるかな。そして、これからも大体3話構成でやっていくつもりだよ」
貴使「分かった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いいたします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
貴使「ああ」
政実・貴使「それでは、また次回」


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第3話 神山貴使と冬狼

政実「どうも、冬で一番好きなのは炬燵に蜜柑の片倉政実です」
貴使「どうも、神山貴使です。まあ、それって定番の組み合わせだよな」
政実「うん。後、それにプラスして温かいお茶でもあれば最高だね」
貴使「たしかにな。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・貴使「それでは、第3話をどうぞ」


 俺が天乃実豊尊様(あめのみとよのみことさま)の神使として目覚めてから数時間後の夕方、俺は神薙神社(かんなぎじんじゃ)の拝殿の陰から、拝殿の前に立つ三人の人物の様子を窺っていた。

「うん……どうやら、しっかりと集まってくれたみたいだな。後は天乃実豊尊様の考え通り、俺が皆に説明をするだけだ」

 そんな事を独り言ちながら、俺は数時間前の出来事を想起した。

 

 

 

 

 数時間前、天乃実豊尊様はニコリと笑うと、静かな声で話を始めた。

「貴使さん、先程私は貴方が私の神使になったとお話ししましたよね?」

「あ、はい」

「それによって、貴方は今の人の姿とは別に、一体の動物の姿に変化する事が出来るようになったのです」

「動物……あ、もしかして春蛇(しゅんだ)さん達の名前に動物の名前が入っているのって……」

「はい。彼らもそれぞれの名前に入っている動物の姿に変化する事が出来ます。もっとも、彼らは元から私の神使だったわけではなく、以前は別の神に仕える神使だったのですけどね」

「え、そうだったんですか?」

「はい、そして、理由(わけ)あって私の元へ来た際、名前を新たにつけたんです。なので、貴使さんもあの試練を乗り越えた事でいずれかの動物の姿に変化する事が出来るはずです」

「俺も動物の姿に……でも、それが何なのかまでは分からないんですよね?」

「そうですね。ですが、その動物に姿を変えられれば、貴使さんが気になさっている方々に会いに行き、貴使さんが伝えたい事を伝えられると思うのです」

「なるほど……たしかにそうですね。それじゃあまずは、どんな動物の姿になるのかを確認しないといけませんね」

「そうですね。では早速、どのような動物の姿に変化するのか確かめてみましょうか」

「はい!」

 そして、天乃実豊尊様から動物の姿に変化する方法を聞いた後、俺はどのように皆に話をするかを考えながら再び体に力を込め始めた。

 

 

 

 

「それにしても……俺が姿を変えられるのが『あの動物』だったのは結構意外だったな。まあ、おかげで皆を集めやすかったし、あの姿には感謝だな。さてと……それじゃあそろそろ始めようかな」

 そう独り言ちた後、俺は皆に話をするためにゆっくりと拝殿の陰から歩き出した。すると、足音に気付いたらしい道雄さんがこちらに顔を向け、「え……?」と信じられないといった表情を浮かべ、それに続いて詩織と祝玖(ときひさ)も驚愕の色を浮かべながら俺の事を見た。

 あはは……まあ、仕方ないよな。死んだはずの俺が、普通に歩いてきてるんだから。

 皆の顔を見ながら苦笑いを浮かべた後、俺は皆の前に立ち、一度礼をした。

「皆、久しぶり……で良いのかな?」

「あ、うん……一週間振りではあるから、そうだと思うけど……」

「そ、そうだな……」

「えっと……君は貴使君……なんだよね?」

「はい、そうです。もっとも、もう人間では無いんですけどね……」

「人間じゃないって……まさか、幽霊だとでも言うのか?」

「いや、正確にはこの神薙神社の祭神(さいじん)の天乃実豊尊様の神使として生まれ変わったんだよ」

「神使として……?」

「ああ、どうやらそうみたいなんだ。さっき、お前達の所に何か来ただろ?」

「うん、綺麗な毛並みの白い狼みたいのなのが貴使からの手紙を咥えて来たけど……え、まさか……!?」

「ああ、あれは俺だよ。神使になった事で、狼に姿を変えられるようになったみたいなんだ。まあ、狼の姿だったのは、自分でも意外だったけどさ」

 俺がニッと笑いながら言う中、詩織が少し安心したように「そっか……」と言った後、俺はふぅと息をついてから再び口を開いた。

「……さて、それじゃあそろそろ本題に入ろうか。皆、俺の気にしすぎだったら良いんだけど、俺が雷で感電死した事について自分に少しでも原因があると思ったり気に病んでたりしないよな?」

「……あ、えっと……」

「それは……まあ、うん……」

「……正直な事を言えば、そもそも貴使君が神薙神社の手伝いをしたいと言った時に断っていればとは思っていたよ……」

「やっぱり……か。でも、俺が死んだのはあくまでも俺が自分の意志で神薙神社に行ったからで、皆のせいなんかじゃない。だから、これ以上は気に病まないで欲しいんだ」

「貴使……」

「まあ、人間では無くなった以上、詩織と祝玖とはもう一緒に学校には行けなくなったけど、たぶんこれからは神薙神社で皆の事を見守りながら神使としての務めを果たしつつ、これまで通りに神薙神社の掃除なんかを──」

「でも……!」

「……詩織?」

 突然大声を上げた詩織に対して俺が疑問の声を上げると、詩織は目に涙を浮かべながら声を震わせて言葉を続けた。

「私……貴使が死んだって聞いた時、スゴく後悔してた……。あの時、貴使に少し待っていてもらうように頼んでいれば、貴使が死ぬ事は無かったんじゃないかって、スゴく思ってたの……!」

「詩織……」

「……詩織の言う通りだな」

「祝玖……」

「俺も……実はそうだったよ。考えても仕方ないって分かっていても、頭の中でずっと自分の事を責めてた。なんでアイツを一人で帰らせたんだって、ずっと思ってたんだ……」

「二人とも……」

 暗い表情で俯く二人の姿を見ていたその時、「でも……それじゃあいけないよな」と道雄さんがポツリと言った事で、俺達の視線が道雄さんに集中した。

「お祖父ちゃん……?」

「だってそうだろう? たしかに私達にはそれぞれに貴使君についての後悔があり、それは決して消える事は無い。けれど、それを引きずったままでは、私達は絶対に前に進めないし、貴使君だって気に病んだままになってしまう。それならば、もう自分を責める事はやめ、貴使君が天乃実豊尊様の神使となった事などを受けとめ、これからまた共に歩んでいく事にしたら良いと思うんだ」

「け、けど……」

「まあ、すぐにはそう思えないだろうし、私だって実はまだそう思い切れていないところはある。けれど、それが私達に出来る事ならば、私はそうしようと思うが、二人はどうする?」

「わ、私は……」

「俺は……」

 道雄さんの言葉を聞き、詩織と祝玖は不安げに顔を見合わせた。しかし、すぐに覚悟を決めた様子でコクンと頷き合った。

「……やっぱり、このままじゃいけないもんね」

「だな……今俺達が出来る事は、ただ後悔する事じゃなく、貴使が神使になった事を受け止めて、その上で貴使の助けになる事だからな。貴使、神使となった以上は何かやらないといけない事はあるんだろ?」

「んー……まあ、まだ詳しくは訊いてないけど、たぶんあると思う」

「それなら、俺達にもそれを手伝わせてくれ。もちろん、俺達じゃ出来ない事もあると思うけど、精一杯サポートするからさ。なっ、詩織、道雄さん」

「う、うん……! もちろんだよ!」

「まさかこの歳になってから、天乃実豊尊様やその神使となった貴使君の役に立てる事になるとは思わなかったが、私も精一杯頑張らせてもらうよ」

「皆……うん、ありがとう」

「どういたしまして。……そうだ、貴使。せっかくだから、祭神の天乃実豊尊様やその神使について色々話を聞かせてくれないか?」

「……ああ、もちろん良いぜ」

 そう言いながら賽銭箱の前の階段に座り、皆も揃って周りに腰を下ろした後、俺は安心感を覚えながら天乃実豊尊様や春蛇さん達の事について話を始めた。

 

 

 

 

 話し始めてから数時間後、空がすっかり暗くなったのを確認し、俺は「そろそろかな……」と言いながらその場に立ち上がった。

「もう結構良い時間みたいだし、そろそろお開きにしようか」

「ん……そうだな」

「ちょっと名残惜しいけど……神社に来ればまた会える……んだよね?」

「そうだな。まあ、俺のこれからの事については聞いてないから、まだ何とも言えないけど、少なくとも神使として神社で何かする事にはなるだろうから、神薙神社に来てくれれば会えると思う」

「そうか……それなら、私は毎朝会える事になるのかな?」

「あはは、そうですね。さてと……それじゃあ皆、気をつけて帰れよ」

「ああ。それじゃあまたな、貴使」

「またね、貴使!」

「それじゃあ貴使君、また明日」

 手を振りながら去っていく皆の姿を同じく手を振りながら見送っていると、「……どうやら、どうにかなったようですね」と背後から話し掛けられ、俺はクルリと振り返った。すると、賽銭箱の横にいつの間にか天乃実豊尊様が立っており、俺はニッと笑いながらコクンと頷いた。

「はい。おかげさまで伝えたい人達にはしっかりと伝えられました」

「ふふ、それなら良かったです。さて……それでは、そろそろ私達も中に入りましょうか」

「はい」

 そして、天乃実豊尊様の後に続いて拝殿の中に入り、そのまま本殿の中へ入ると、そこには春蛇さん達や綿玉達の姿があった。

「皆さん……」

「ふふ……皆、新しい仲間の事が心配だったようで、貴使さんがお話をしている間、ずっとここで見守っていたんです。それで、話を終えたところを見計らって、私が声を掛けに行ったというわけです」

「そうだったんですね……皆さん、本当にありがとうございます」

「……礼には及ばん」

「ふふ……そうよ。同じ仲間なんだから、これから仲良くやりましょう」

「貴使さん、これからよろしくお願いいたします!」

「……はい! こちらこそよろしくお願い致します、皆さん!」

 そう言いながら皆さんに対してペコリと頭を下げると、天乃実豊尊様はニコニコと笑いながら俺達を見回した。

「さて……それではそろそろ居間へ戻りましょうか。貴使さんのこれからについてもお話をしないといけませんからね。そして綿玉の皆、全員分のお茶の用意をお願いしますね」

「はい!」

「畏まりました!」

 綿玉達の内の何体かが可愛らしい声で答えながらぴょんぴょんと跳びはねる姿を見てクスリと笑っていると、天乃実豊尊様は俺の肩をポンと叩いてニコリと笑った。

「さて、私達も行きましょうか、貴使さん」

「はい!」

 天乃実豊尊様に返事をした後、俺達は揃って居間へ戻り、再び炬燵へと入った。そして、天乃実豊尊様はコホンと咳払いを一つすると、ゆっくりと話を始めた。

「さて……まずは貴使さん、本当にお疲れ様でした」

「あ、ありがとうございます。でも……正直な事を言えば、道雄さんがああ言ってくれたから詩織と祝玖も納得してくれたところはあるかもしれませんけどね」

「ふふ、そうかもしれませんね。けれど、私は貴使さんの気持ちが神主さんに通じたからだと思っていますよ。だから、もっと自分に自信を持って良いと思います」

「天乃実豊尊様……はい、分かりました」

 俺の言葉に天乃実豊尊様は満足げに頷くと、ニコニコと笑いながら再び話を始めた。

「次に……貴使さんに私の神使となって頂いたお詫びと言ったらなんですが、あの部屋はもう貴使さんの部屋という事にしておりまして、貴使さんが神主さん達を呼びに行っている間に貴使さんが住みやすいように綿玉達に手入れをしてもらっていたので、今日から自由にお使い下さい。もちろん、何か必要な物があれば、すぐに手配をしますので、遠慮無く申し出て下さいね」

「あ、はい」

「そして次なのですが……貴使さん、とても心苦しいのですが、貴方にはある事に協力をして頂きたいのです」

「ある事……ですか?」

「はい。それは……この神薙神社への信仰集めです」

「信仰……集め?」

「その通りです。実は……我々祭神というのは、その地域に住む方々の信仰を糧として力を発揮しているのですが、最近は神社に参拝をしにいらっしゃる方も少なくなり、私の力も以前よりは弱まっているのです」

「そんな事が……」

「そして、力の弱い祭神を祭る神社には、高天原から使いがいらっしゃり、注意や警告を受けたり、最悪の場合祭神を交代させられたりするのです」

「で、でも……流石に天乃実豊尊様が交代をさせられるなんて事は……無いですよね?」

 俺が声を震わせながら訊くと、天乃実豊尊様は哀しそうな表情を浮かべながら首を横に振った。

「実はもう既に警告を受けていて、次はもう無いと言われているのです。なので、このままでは高天原からの使いがいらっしゃり、私は祭神の座を降りる事になるでしょう」

「そんな……」

 哀しそうに言う天乃実豊尊様の言葉を聞いて俺も同じく哀しみを感じていたが、ふと春蛇さん達を見ると、春蛇さん達はそれよりも哀しそうな顔をしており、秋兎さんに至っては目に涙を浮かべていた。

「天乃実豊尊様……もしかしてなんですけど、春蛇さん達は元々別の祭神に仕えていた神使だったんですか?」

「その通りです。本来なら交代をさせられた祭神に仕える神使は、次の祭神に仕える決まりになっているのですが、春蛇達はそれを拒みまして、高天原の決定に背いたという事で存在を抹消させられそうになっていたところをそれぞれの祭神の懇願によってどうにか免れ、結果として彼らの共通の友であった私の元へ来る事になったのです。なので、春蛇達にとっては今回の件は私以上に辛い出来事なのですが、私にとってもこの神薙神社の祭神で無くなってしまうのは絶対にあってはならない事なのです。あの約束を果たし続けるためにも、私はこの祭神である必要があるのです」

「あの約束……?」

「はい……数十年前、私はある人間の方と出会いました。彼はとても強い霊感を持っており、元々この神社とは何の縁もゆかりも無かったのですが、偶然参拝に来た事がきっかけで幼かった頃の神主さんと出会い、その数日後に私とも出会いました。最初はとても驚きましたよ。私の姿を視る事が出来る事に驚いたのはもちろん、まるで同じ人間と接するかのように私に話し掛けてきたのですから。けれど、私はそんな彼の裏表の無い性格が気に入り、いつしか私達は掛け替えのない友となり、長い月日を共に過ごしてきました。そしてそんなある日の事、彼は自分の孫を連れて、この神薙神社を訪れると、その孫もこの神薙神社を気に入ってくれ、今では亡くなった彼の後を継ぐようにこの神薙神社の掃除や参拝客の手助けをしてくれるようになりました」

「……天乃実豊尊様、もしかしてそれって……」

「はい。もちろん、それは貴方の事で、私の友というのが貴方のお祖父様である神山友二郎(かみやまゆうじろう)です。彼は私にとってとても大切な友人で、彼と共に過ごす毎日はとても満ち足りた物でした。そんなある日の事、彼と共にいつものようにお茶を飲みながら話をしていた時、ちょうど高天原からの使いがいらっしゃり、視察をされて警告を受けた後、私は彼にも先程お話をした事を話さないといけなくなりました。すると彼は、ニッと笑いながらこう言ったんです。

『それなら俺にも手伝わせてくれ、天乃実豊尊。なに、俺はただの人間に過ぎないし、周囲からは偏屈に思われてるみたいだが、道雄を含めて何人かは人間の友人もいるから、ソイツらの願いを協力して叶えてやれば、きっと信仰集めも捗るはずだ』と。

 正直な事を言えば、とても申し訳なかったのですが、彼のその気持ちはとても嬉しかったですし、彼と一緒ならどうにかなると思っていたので、彼にも協力してもらう事にしたのです」

「…………」

「そして、そんな毎日が過ぎていったある日の事、年取った彼は自分のお孫さんの貴使さんを神薙神社へと連れて、私に会いに来てくれました。お孫さんがいる事は聞いていましたし、その時は特に驚きませんでした。そして、幼い貴使さんを連れて帰った後に彼は再び神薙神社を訪れると、信仰集めが上手く行っていない事を謝った後、私にこう言いました。

『天乃実豊尊、恐らくだが儂ももう長くは ない。だから、無二の親友であるお前に頼みがある。もし、儂に何かあった時は貴使の事を代わりに見守り、貴使に何かあった時には助けてやってくれ。アイツの両親はお前達神や妖怪のような物について興味は無いし、今日のように神社へ連れて行く事をあまり良くは思っていない。だから、儂が死んだ後はあまりここへは来ないように言うかもしれないが、たぶん貴使はそれを無視してここに来るだろう。だが、アイツは自分の身を守る術は持っていないし、儂のような霊感持ちでも無いから、悪意を持った輩に襲われたらどうしようもない。だからこそ、そうなった時のためにお前に貴使の事を託したい。お前ならば信用がおけるし、もしも何かあったとしても全力で助けてくれそうだからな』と……」

「祖父ちゃんがそんな事を……」

「そして、その後に私は約束を交わしたのです。この神薙神社の祭神として彼が亡くなった後は私が彼に代わって貴使さんを見守り、何か起きた際には全力を以てお助けする、と。もっとも、そんな約束を交わしておきながら私は貴使さんに命を落とさせてしまったのですけどね……」

 天乃実豊尊様が哀しそうな表情を浮かべながら俯く中、俺は「天乃実豊尊様」と声を掛け、それに対して天乃実豊尊様が不思議そうに首を傾げた後、俺はニッと笑いながら首を横に振った。

「天乃実豊尊様は今でもしっかりと約束を果たしていますよ。実際、死んでしまった後にすぐに魂を回収して、こうして神使という形で生まれ変わらせてくれましたし、部屋や家具だって提供をしてくれた。それに、俺の死因だって雷による感電死という状況としてはどうしようもない物でしたから、祖父ちゃんだってそれに関して恨むような事は無いと思います」

「貴使さん……」

「天乃実豊尊様、先程お話をされていた神薙神社の信仰集め、俺も喜んで手伝わせてもらいます。俺だって天乃実豊尊様が祭神でなくなったり、新しい神様に神使として仕えたりするつもりは無いですし、そんな事になったら祖父ちゃんも哀しむと思いますから」

「……貴使さん、本当にありがとうございます」

「お礼なんて良いですよ。後、俺の事はさん付けで呼ばなくても良いですよ、天乃実豊尊様。一応立場としては、俺の方が下に当たるわけですし、そういう呼ばれ方はあまり慣れてないのでくすぐったいというか……」

「……ふふ、分かりました。それでは、これからは貴使君と呼ぶ事にしましょうか」

「はい。それと、春蛇さん達も俺の事は好きなように呼んで下さいね」

「……ああ、そうさせてもらうぞ、貴使」

「改めてよろしくね、貴使」

「貴使君、改めてこれからよろしくです!」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 そう言ってから天乃実豊尊様や他の神使の皆さんに対してペコリと頭を下げたその時、「……そうだ」と天乃実豊尊様は何かを思いついた様子でポンと両手を打ち鳴らすと、ニコニコと笑いながら話し掛けてきた。

「貴使君、せっかくなので神使としての名前も決めておきませんか?」

「あ、それもそうですね。それなら……皆さんの中に『冬』がつく方はいないようですし、俺の動物の姿は狼だったので、それを合わせて『冬狼(とうろう)』はどうでしょうか?」

「冬狼……はい、私はとても良いと思いますよ」

「……私も異論はない」

「同じく異論は無いわ」

「わ、私もスゴく良いと思います……!」

「分かりました。それじゃあ神使として誰かの前に出る時は、冬狼と名乗る事にします」

「分かりました。それでは……貴使君、改めてこれからよろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 そして、天乃実豊尊様と握手を交わすと、天乃実豊尊様から伝わってくる『温かさ』と『温かさ』に心から安心感を覚えた後、俺は綿玉達が運んできてくれたお茶を飲みながら天乃実豊尊様達と色々な話をした。

 

 

 

 

「……ふぅ、いい湯だったなぁ……」

 数時間後、夕食と入浴を済ませた俺は、着ていた狩衣の代わりに誰かが用意してくれたらしい寝間着に着替え、自分の部屋に向けて月明かりと縁側に置かれた行灯の明かりに照らされた廊下を一人で歩いていた。

 それにしても……この寝間着は一体誰が置いておいてくれたんだろう? 夕食の時に天乃実豊尊様から、自分でそういう物は持っていかなくても良いって言われてたから持っていかなかったんだけど……。

 そんな疑問を抱きながら歩いている内に自分の部屋に着き、俺は中に入るために襖に手を掛けた。するとその時、中からバタバタッという大きな音が聞こえ、それと同時に焦った様子の誰かの声が聞こえだした事で、急いで襖を開けると、中では天井から吊された幾つかの行灯の灯の中で三体の綿玉がどうしたらいいか分かっていない様子であたふたとしており、綿玉達の視線の先には畳に落ちた敷き布団と掛け布団があった。

 え、えっと……何があったんだ、これ……?

 状況がまったく分からなかったため、綿玉達を見ながら小首を傾げていると、綿玉の内の一体が俺へ視線を向け、「はわわっ!?」ととても驚いた様子で声を上げ、急いで俺の目の前へと飛んできた。

「も、申し訳ありません、貴使様! ただ今、お布団を敷きますので!」

「あ、いや……別にそれは自分でやるから良いんだけど、一体何があったんだ?」

「え、えっと……実は、先程お布団の準備を進めていたのですが、仲間の一体が体勢を崩した瞬間、その仲間を巻き込んだままお布団を落としてしまいまして、今どうにかして助ける手段を考えていたところだったのです……」

「そういう事か……分かった、とりあえずその仲間を助けてやるか。皆、ちょっと離れててくれるか?」

「は、はい……!」

「「畏まりました……!」」

 そして、綿玉達が離れた後、俺は布団へと近付き、そっと持ち上げた。すると、布団の下で一体の綿玉が目を回しており、俺は怪我が無い様子なのに安心した後、布団を静かに裏返し、目を回している綿玉をそっと持ち上げた。

「おーい、大丈夫かー?」

「う、うぅ……?」

 そして、綿玉はゆっくりと開け、俺がいる事に気付くと、途端にとても慌てた様子を見せた。

「た、貴使様!? お見苦しいところを見せてしまい、大変申し訳ありませんでした!」

「いや、それは別に良いんだけど……大丈夫か? 怪我とかはしてないか?」

「あ……はい、特に痛む箇所は無いので、大丈夫だと思われます……」

「……そっか、それなら良かったよ。さてと……それじゃあそろそろ寝る準備をしようか。皆、ちょっと手伝ってくれるか?」

『はい!』

 綿玉達が揃って返事をした後、俺は綿玉達と共に布団や枕の準備を始めた。そして準備が整い、ようやく布団に腰を下ろした後、俺はふとある事が気になり、それを綿玉達に尋ねた。

「ところで……さっき狩衣の代わりに寝間着を置きに来てくれたのってもしかしてお前達なのか?」

「はい。私達は貴使様のお世話係を天乃実豊尊様より仰せつかっておりますので」

「そうだったのか。ありがとうな、皆。でも、どうしてお世話係なんて?」

「それは……私達が自ら希望をしたからです」

「実は私達は……仲間の中でも落ちこぼれと呼ばれている四体で、他の仲間に迷惑をかけて、いつも怒られているのです」

「それで、貴使様がお出かけになっていた際、天乃実豊尊様が他の神使様のお世話係を務めている綿玉以外の全員を招集致しまして、その中から貴使様のお世話係を務めたい者はいるかとお尋ねになったのです」

「もちろん、他にもやりたいという綿玉はいましたが、私達にとっては自分達の成長に繋がるとても良い機会だと思いましたので、揃って天乃実豊尊様にお世話係を務めたいと申し出たところ、こうしてお世話係をお任せされたのです」

「ですが……やはり、私達では力不足でした……。せっかく名誉挽回の機会を与えて頂けたのに、全然貴使様のお力になれないどころかお手を煩わせる結果となってしまいましたし……」

「うぅ……やっぱり落ちこぼれは落ちこぼれなのかな……」

 綿玉達が揃って項垂れる中、俺は手の中に落ちてきた綿玉の頭を優しく撫でながら話し掛けた。

「落ちこぼれなのって、そんなに悪い事かな?」

「……え?」

「落ちこぼれっていうのは、その組織の中でも一番ついて行けてない奴の事を指す。つまり、後はもう下がりようが無いから上がっていくしか無いだろ? 言ってみれば、その組織の中の誰よりも伸びしろがあって可能性があるって事にもなるんだよ」

「誰よりも伸びしろがあって……」

「可能性がある……」

「そう。だからさ、これからは俺と一緒に色々な事をやって、どんどん可能性を広げてみないか? こうして出会えたのも何かの縁なわけだしさ」

「貴使様……」

「まあ、俺もまだ力や知識が不足してるところはあるけど、一緒に色々な事をやっていけば、きっとそれはこれからのための力になるって思ってる。努力は決して裏切らないなんて言葉もあるしな」

「そう……かもしれませんね」

「頑張れば……他のみんなにも馬鹿にされないようになるかもしれない……!」

「ああ、きっと誰もが羨むような綿玉になれるはずだ。だから、そうなれるように一緒に頑張っていこうぜ」

『はい!』

 綿玉達が嬉しそうに返事をする様子を見て、俺も嬉しくなりながらコクンと頷いていたその時、俺は再び気になる事が出来、それを綿玉達へ尋ねた。

「そういえば……お前達綿玉には名前ってあるのか?」

「名前……いえ、個人名などはありません」

「よく見て頂けるとお気づきになるかと思いますが、私達にはそれぞれどこかしらに個人を特定出来る特徴が有ります」

「……あ、言われてみれば確かにそうだな」

「なので、個人名を持つ必要はないのです」

「そういう事か……でも、なんだかそれだと味気ない気がするし、せっかくだからお前達だけにでも名前をつけてみようか?」

「え、よろしいんですか?」

「ああ、もちろんだ。だから、ちょっと待っててくれるか?」

『は、はい……!』

 綿玉達がワクワクした様子で答えた後、俺はさっき綿玉達から聞いた特徴を確認してから、綿玉達にピッタリな名前を考え始めた。そしてそれから数分が経った頃、良い名前が思いついた事を嬉しく思った後、俺は期待の視線を向ける綿玉達に話し掛けた。

「とりあえず思い付いたから、聞いてもらっても良いか?」

「は、はい!」

「もちろんです!」

「分かった。それじゃあまずは、白い毛の中に黒い毛が一本混じってるお前は水亀(みずき)だ」

「水亀……ですね」

「ああ。それで、青い毛が一本混じってるお前は木龍(きりゅう)、朱色の毛が混じってるお前は火雀(かじゃく)、そして銀色の毛が混じってるお前は虎金(こがね)だ」

「私が木龍で……」

「私が火雀……」

「そして、私が虎金……ですね。あの、由来とかはあるのでしょうか?」

「由来は……中国神話に伝わる四神という霊獣で、それぞれが事なる力を持っている上に色や方角が当てはめられてるんだよ。それで、皆の特徴や皆が四体だという事から四神が良いなと思ってそうつけてみたんだけど……どうかな?」

「はい、とても良いと思います!」

「こんなに素敵な名前をつけて頂けてとても嬉しいです!」

「名付けて頂けたせいか、スゴく力が湧いてきた気がします!」

「貴使様、本当にありがとうございます!」

『ありがとうございます!』

「どういたしまして」

 嬉しそうに言う綿玉達に返事をしていた時、「ふわぁ……」と欠伸が漏れ、それと同時に強い眠気に襲われた。

「さてと……そろそろ寝るかな。皆、行灯の灯りだけ消してもらっても良いかな?」

『はい、もちろんです!』

「うん、ありがとう」

 そして布団へ入り、枕に頭を載せた瞬間、行灯の火が静かに消え、それと同時に部屋は闇に包まれた。

「それじゃあ……皆、おやすみ」

『はい、おやすみなさいです!』

 その声と同時に目を閉じた瞬間、俺の意識はスーッと落ちていき、やがて俺は眠りについた。




政実「第3話、いかがでしたでしょうか」
貴使「これでとりあえず一区切りだな」
政実「そうだね。言ってみれば、これでプロローグ的なのが終わりで、ここからストーリーが本格的にスタートしていく感じだよ。尚、作中の虎金の名付けについてちょっと解説を加えるなら、綿玉達は元々が白くてふわふわとしたモノだから、白虎の『金行』のイメージである金属から、銀色の毛が混じってる綿玉に虎金って名付けることにした感じかな」
貴使「分かった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
貴使「ああ」
政実・貴使「それでは、また次回」


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第4話 新たな朝と意外な来客

政実「どうも、欲しい能力は万物創造の片倉政実です」
貴使「どうも、神山貴使です。万物創造ねえ……汎用性は高いと思うけど、その分デメリットも多そうだよな」
政実「だね。けど、使いこなせれば色々な場面で役立つはずだし、欲しい事は欲しいかな」
貴使「そっか。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・貴使「それでは、第4話をどうぞ」


「ん……」

外から聞こえる小鳥の(さえず)りと(まぶた)の裏に感じる陽の光で目が覚め、俺はゆっくりと目を開けながら静かに体を起こした。

「ふあ……朝、か……」

口から欠伸が漏れる中、目を擦りながら独り言ちていたその時、俺はふとある事を思い出した。

「……そういえば、昨日の夜に日記を書くのを忘れてたな。一応、人間の時の小さい頃からの習慣だったわけだし、今更だけど書いてしまおうか」

そして、布団から体を出して文机に近づいた後、文机の一番上の引き出しから新品の日記帳と筆と(すずり)を取り出していたその時、部屋の(ふすま)が静かに開く音がし、俺はそちらに視線を向けた。すると、そこには白くてふわふわとした毛で覆われた丸々としたモノ――綿玉が四体おり、その姿を見て俺はニッと笑いながら声を掛けた。

「おはよう、皆」

「はい、おはようございます、貴使様」

『おはようございます、貴使様』

「うん。あ、そうだ……すまないけど、一つ頼み事をしても良いかな?」

「はい、なんなりと!」

「それじゃあ……今から昨夜書かなかった分の日記を書くんだけど、墨を()るために水が必要だから、少し汲んできてくれるかな?」

「はい、畏まりました! よし……みんな、行こう!」

『おー!』

綿玉の内の一体である水亀(みずき)の声に他の綿玉達が小さな手を挙げながら応えると、水亀達はふよふよと飛びながら部屋を出ていった。そして部屋に用意されていた白衣と浅葱色の袴に着替えながら待つ事数分、水亀達は協力しながら水の入った桶を運んで部屋へと入ってきた。

「お、お待たせしました……貴使様……」

「ありがとう、皆。これで墨を擦る事が出来るよ」

お礼を言いながら俺は桶を受け取った後、それを文机の横へと置き、少し疲れた様子の水亀達をそっと撫でた。そして、それによって水亀達がほわんとした表情になっているのを見て、心が癒やされていくのを感じた後、俺は文机ヘと向かい、墨を摺ってから昨日の出来事を日記帳に書いていった。

「……よし、こんな感じかな。ところで……皆、ちょっと質問しても良いか?」

「はい、もちろんです」

「水亀達はたしか式神のようなモノなんだよな?」

「はい。私達はさる陰陽師によって打たれた式でして、天乃実豊尊様がその陰陽師の命をお救いになった際、そのお礼として私達がこうして天乃実豊尊様や皆様のお世話係として贈られたのです」

「なるほど……って事は、天乃実豊尊様や俺達神使が寝静まった夜には、物語に出てくる式神みたいに紙に戻ってるのか?」

「いえ。こちらへ来た初日に私達も天乃実豊尊様より神力を分け与えられましたので、それを糧として常に動き続ける事が出来ます。もちろん、それを回復するために睡眠や食事は取っていますが、基本的には三日三晩動き続ける事が出来ます」

「へえ……そうなのか。因みに、綿玉達の力って、高める事は出来るのか?」

「はい、可能です。因みに、一時的にではありますが、天乃実豊尊様や神使の皆様と神力を同期させれば、その神力の一部を私達が使う事も出来ますし、その『能力』も使う事が出来ます」

「『能力』……?」

「はい。他の神使の方については分かりませんが、春蛇様達にはそれぞれ固有の『能力』がございまして、神使の皆様と神力を同期させれば、私達もそれを使う事が出来ます」

「なるほど……それじゃあ俺にも『能力』があるのかな?」

「あるはずですが……貴使様の『能力』は私達には分かりかねますので、天乃実豊尊様に『能力』の鑑定をして頂くか貴使様ご自身で目覚めさせて頂くしかありません」

「そっか……まあ、それなら仕方ないし、後で天乃実豊尊様にも話を聞いてみるよ」

そう言いながら水亀達に微笑みかけていたその時、突然腹から大きな音が鳴り、俺は水亀達を見ながら苦笑いを浮かべた。

「あはは……悪い悪い、流石に腹が減ってたみたいだ」

「ふふ……お起きになったばかりですので仕方ありませんよ」

「先程、お台所で料理係の仲間達が朝ご飯が出来たと言っておりましたので、今から居間へとお向かいになればちょうどよろしいかと」

「うん、それじゃあそうしようかな。あ、それと……桶はまだ使うから、そのままにしておいてくれるか?」

「畏まりました。お部屋の掃除はいかがいたしましょう?」

「うーん……もう学校には通わないわけだし、後で自分でやるよ」

「畏まりました。それでは、いってらっしゃいませ」

『いってらっしゃいませ、貴使様』

「うん、行ってきます」

恭しく礼をする水亀達に返事をした後、俺は部屋を出て、そのまま居間へと向かった。そして居間に着くと、そこには炬燵に入りながら話をしている白衣に白紋姿の天乃実豊尊様と白衣に紫色の袴姿の春蛇さん、巫女服姿の夏狐さんと秋兎さんの姿があった。

「皆さん、おはようございます」

「……あ、おはようございます、貴使君」

「……おはよう、貴使」

「貴使、おはよう」

「おはようございます、貴使君!」

天乃実豊尊様と先輩神使の皆さんが返事をしてくれた後、俺はそれに対してニコリと笑いながら頷き、先輩神使の一人である秋兎さんの隣に座った。すると、向かい側に座っている天乃実豊尊様はニコッと笑いながら俺に話し掛けてきた。

「貴使君、先程綿玉達から聞きましたが、君のお世話係に任命した綿玉達に名前を付けて下さったそうですね」

「はい。ただ綿玉と呼ぶのは味気ないので、彼らだけでも何か名前があった方が良いかなと思ったので、特徴から名前を付けてみたんです」

「ふふ、そうでしたか。彼らもその名前をとても気に入ってるようでしたので、もし他の綿玉達からも要望がありましたら、その時は付けてもらっても良いですか?」

「はい、もちろんです」

「……あ、それならその時は私のお世話係の子達もお願いしても良いですか? 今朝、お世話係の子達がスゴく羨ましそうに話をしていたので……」

「あら、それならウチの子達もお願いしようかしら?」

「……出来そうなら私のお世話係も頼む」

「はい、任せて下さい!」

頼られる方向性が何だか違う気もするけど……まあ、頼られるのは悪い事では無いし、その時が来たら水亀達の時みたいに精一杯考えてみよう。

そんな事を考えながら少しだけ誇らしさを感じていた時、「皆様、お待たせ致しました」と言いながら配膳係だと思われる綿玉達が協力しながら一人分の朝食が載ったお盆を1枚ずつ居間へと運んでくるのが見え、俺はスッと立ち上がった。そして綿玉達が運んできたお盆をそっと受け取った。

「あ……」

「俺も手伝うよ。この中では新参だし、お前達だって流石に重いだろ?」

「あ、ありがとうございます……」

「助かります……」

「どういたしまして」

綿玉達のお礼の言葉に対して微笑みかけながら答えた後、俺は綿玉達と協力しながら朝食を次々と炬燵の天板の上へと並べていった。そして数分後、ペコリと頭を下げてから空になったお盆を運んでいく綿玉達に軽く手を挙げて応え、俺が再び秋兎の隣に座ると、天乃実豊尊様は再びニコッと笑いながら話し掛けてきた。

「貴使君、実に自然に手伝いを始めていましたが、もしや人間だった頃もご両親の配膳のお手伝いをしていらしたんですか?」

「あ、はい。中学生くらいからはこの神薙神社(かんなぎじんじゃ)の手伝いの件で言い争いをしたり目を合わせない時があったりはしましたけど、昔はそれ程仲も悪くなかったので、その頃のクセで手伝いだけはしていたんです。もっとも、ありがとうとか助かったとかみたいな言葉を掛けられる時はあまり無かったですけどね」

「ふふ、そうでしたか。ですが、先程の綿玉達のように手伝ってくれる事はありがたいわけですから、ご両親も本当は感謝していたと思いますよ」

「そう……だったら良いですね……」

「はい。さて……それでは、そろそろ頂きましょうか。では……いただきます」

『いただきます』

声を揃えていただきますの挨拶をした後、俺達は朝食を食べ始めた。今朝の朝食はとても脂ののった焼き鮭とほうれん草のお浸し、ホカホカと湯気を立てながらピカピカと輝く白ご飯に油揚にわかめの味噌汁、とメニューだけ見れば一般的な和食だったが、そのどれもがとても美味しく香りもとても良い物だった。

「……昨日も思いましたけど、スゴく美味しいですね」

「ふふ、これらは全て綿玉達が作っていますから、そう言ってもらえて彼らも誇らしいでしょうね」

「そうかもしれませんね。ところで、これらの料理の食材はどこから仕入れているんですか?」

「仕入れ、というよりは届けてもらっていると言うのが正しいですね。大部分はひと月に一度高天原から届けてもらっていますが、他にも以前あるきっかけで出会って力を貸した事がある人間や妖怪や友である神々達の神使、他にも山に棲む獣の方々からも届けてもらっていますよ」

「そんなに……」

「もっとも、その方々もこの前いらっしゃったばかりなので、すぐにはお会いできないかもしれませんが、いらっしゃった時には貴使君にも紹介しますね」

「はい。あ、そうだ……天乃実豊尊様、さっき水亀達から春蛇さん達には固有の『能力』があると聞いたんですが、俺にもそういうのはあるんでしょうか?」

「あるはずですが……そういえば、まだ鑑定を行っていませんでしたね。では、ちょっと見てみましょうか」

そう言った瞬間、天乃実豊尊様の目の色がスーッと薄くなっていくと同時に、俺の胸の辺りから三つの光輝く水晶がゆっくりと現れた。

「天乃実豊尊様……これは一体……?」

「これは『力晶(りょくしょう)』といって、君の『能力』の結晶なのですが……まさか三つもあるなんて思っていなかったので、正直私も驚いていますよ」

「え、そうなんですか?」

「はい、『能力』はあっても二つまでしかありませんから。ですが、三つあるのは間違いないですし、これは君が人間だった事が理由なのかもしれませんね」

「ですね……」

つまり、俺の『能力』は狼の姿としての二つの『能力』の他に人間としての『能力』があるわけか。でも、一体どんな『能力』なんだろう……?

そんな事を考えながら天乃実豊尊様が『能力』の鑑定をする様子を先輩神使の皆さんと一緒に見守る事数分、天乃実豊尊様の目の色が戻ると同時に力晶は俺の中へと戻り、天乃実豊尊様はそれを見届けた後、ニコリと笑いながら静かに口を開いた。

「貴使君、君の『能力』が分かりましたよ。どうやら君には、『走力強化』と『嗅覚強化』、『気持ちの共有』の『能力』があるようです」

「『走力強化』と『嗅覚強化』はまだ分かりますけど、『気持ちの共有』っていうのは、具体的にはどういう『能力』なんでしょうか?」

「そうですね……具体的に言うなら、対象に触れる事で、相手の表層の気持ちから心の奥底に秘められた気持ちまでが分かり、それとは逆に自分の気持ちを相手に伝える事が出来る『能力』といったところでしょうか」

「なるほど……」

ようするに、超能力のサイコメトリーとテレパシーを足したような『能力』って事か。信仰集めをする上ではかなり役立つけど、基本的には心の奥底の気持ちなんて知られたくない物だろうし、余程の理由が無い限りは使わない方が良いだろうな。

『気持ちの共有』の『能力』についてそう考えた後、俺は春蛇さん達に話し掛けた。

「ところで、春蛇さん達の『能力』はどんな物なんですか?」

「……私は『軟体化』と『透視』の『能力』を持っている」

「私は『変化(へんげ)』と『幻術』の能力を持っているわ。それで、秋兎は――」

「あわわっ! それくらい自分で話します! えっと……私は『聴力強化』と『跳躍力強化』の能力を持っています」

「ふむ……となると、『能力』はやっぱりそれぞれの動物の姿に関する物になるんですね」

「そうだな……因みに、『能力』を使う時は自分が使いたい『能力』を思い浮かべる事で、どんな時にでも使う事が出来る。」

「貴使の場合は、『速く走る自分』を思い浮かべる事で『走力強化』の『能力』が、『誰かと自分の気持ちを繋げたい自分』を思い浮かべる事で『気持ちの共有』の『能力』が使える感じね」

「最初は慣れないかもしれませんけど、使っている内に何となくは分かってくると思うので、色々試してみて下さいね」

「はい、分かりました」

先輩神使達からのありがたいアドバイスを貰った後、俺はこれからの事や『能力』の事について考えながら再び朝食を食べ始めた。

 

 

 

 

「さーて、それじゃあ今日も神薙神社(かんなぎじんじゃ)の掃除を始めようかな」

朝食を食べ終え、綿玉達と協力して食器を下げ終えた後、俺は狩衣に草履といった格好で拝殿の前に立っていた。本来なら死んでるはずの俺が動物の姿にならずにこうして表に出てくるのはあまり良くないのかもしれないが、天乃実豊尊様曰く、神力や妖力を持っているモノは、その『力』を薄く広げてそれを纏うようにする事で、そういう『力』を持ったモノ以外から姿を隠せるらしく、いざとなったらそれを使えば問題ないと判断したため、こうして表に出て来たのだった。

「まあ、天乃実豊尊様から話を聞いただけで、まだ試して無いから何とも言えないけど、後で詩織や祝玖(ときひさ)に協力してもらって、『能力』の件と一緒に試してみるか。さてと、まずは掃除用具の準備を……」

そう言いながらいつもの要領で掃除用具の準備を始めるため、用具庫へ向けて歩き始めたその時、「あの……」と突然背後から声を掛けられ、「はい?」と言いながら背後を振り返った瞬間、俺はその人の姿に言葉を失った。

え……なんで、この人が……?

その人の姿に俺が困惑する中、その人――俺の従姉妹である神山凛(かみやまりん)姉さんは、俺を見ながら嬉しそうだがどこか儚げな笑みを浮かべた。

()()()……久しぶり、だね」




政実「第4話、いかがでしたでしょうか」
貴使「『能力』の存在に凛姉さんの登場か……これは次の回からも色々詰め込まれていきそうだな」
政実「そうなるね。だけど、読みやすさや矛盾の無さが無いように気をつけながらどうにかしていくよ」
貴使「分かった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
貴使「ああ」
政実・貴使「それでは、また次回」


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第5話 再会と初依頼

政実「どうも、お賽銭はいつも5円や10円を入れる片倉政実です」
貴使「どうも、神山貴使です。5円だけにご縁がありますようにみたいにお賽銭に意味を持たせる感じだな」
政実「そんなところだね。まあ、そうしたからといって願いが叶うわけじゃないけど、これからもそうしていくつもりだよ」
貴使「そっか。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・貴使「それでは、第5話をどうぞ」


 突然現れた凛姉さんの姿に俺が困惑していると、凛姉さんはそのサラサラとした黒いロングヘアを風でなびかせながらゆっくりと俺に近付いてきた。

「亡くなったはずのタカ君が、どうしてここにいるのかは分からないけど……とりあえずまた会えて良かったよ、タカ君」

「……え、えーと……誰かと間違っていませんか? 私の名前は冬狼(とうろう)といいますし、最近になってからこの辺りに住み始めま──」

「突然ですが、ここで問題です。神道とは、一般的にどのような物を指す?」

「……神道とは日本に古くから伝わる宗教の一つで、その原点は古来の民間信仰や儀礼の複合体であり、八百万(やおよろず)の神と言葉があるように動物や植物などの生命を持つモノから水や火などの自然的な物にまで神や神聖なモノを認める精霊信仰(アニミズム)的な宗教、ですが……?」

「うんうん……それじゃあ次の問題、この神薙神社にはどのような祭神がおり、どのような御利益があるでしょう?」

「神薙神社の祭神は、豊穣と武芸を司る神様である天乃実豊尊(あめのみとよのみこと)様で、その御利益は五穀豊穣や学業成就などで、恋愛も司っている事から縁結びの神様としても知られている……でどうでしょう?」

「うんうん、またまた大正解。それじゃあ最後の問題、私とタカ君が次に会った時にすると言った約束はなんでしょう?」

「え、それは凛姉さんの方から神道と神薙神社についての問題を──」

 その瞬間、俺はしまったと思いながら急いで口を噤んだが、凛姉さんは口許に手を当てながらクスクスと笑った。

「やっぱり、君はタカ君なんだね。その約束を知っていて、私の事をそう呼ぶのはタカ君だけだから」

「え、いや……」

「タカ君、安心して? 私は別に伯母さん達にこの事を言うつもりは無いから。まあ、お葬式の時に伯母さん達がスゴく悲しそうだったから、伝えてあげたらすぐにでも来てくれるとは思うけど、タカ君はそれを望んではいないでしょ?」

「……まあ、それは……」

「ふふ……そうだと思った。タカ君達、元々は仲が悪くはなかったのに、この神薙神社の事になると、スゴく仲が悪くなってたからね」

「……それは仕方ないよ、凛姉さん。俺や友二郎祖父ちゃんはこの神薙神社の事や手伝いをするのが好きだけど、母さんや父さんにとってはあくまでも他所の事だし、神様や妖怪についてはまったく興味が無いんだからさ」

「……そうだったね」

 その時の事を思い出したのか凛姉さんはクスリと笑いながら答えると、少し不思議そうにしながらその色白で端正な顔をゆっくりと俺に近付けてきた。

「それで、タカ君はどうしてここにいるの? 亡くなったのは間違いないんだよね?」

「……うん、賽銭泥棒をしようとした指名手配犯をどうにかしようとしたら、そこの木のところで雷に打たれてそのまま。けど、今は天乃実豊尊様の神使として新たな命を貰ったから、こうして生きている感じだよ。もっとも、すぐには信じられないと思うけど……」

「まあ、たしかに普通なら信じられないと思うけど、私は信じるよ。だって、タカ君はこの神社の事がとても好きだったし、風邪を引いたり修学旅行なんかで来られなかったりした日以外は毎日掃除や手伝いをしに来ていたって聞くから、それくらいの事が起きてもおかしくは無いから」

「凛姉さん……ありがとう」

「どういたしまして」

 俺の言葉に対して凛姉さんがニコリと笑いながら答えていたその時、神社の階段を上ってくる複数の足音が聞こえ、俺達がそちらへ視線を向けると、そこには話をしながら境内を歩いてくる道雄さんや詩織の姿があった。

「ん……あれは道雄さん達か」

「そうみたいだね。そういえば、道雄さんや詩織ちゃんにはもうこの事は伝えてあるの?」

「うん、昨日の内に全て伝えたよ。」

「ふふ、そっか。タカ君が無くなった翌日、詩織ちゃんと電話で話した時にスゴく悲しそうな声だったから、かなり心配してたんだ。でも、もう心配はいらないみたいだね」

「うん」

 楽しそうに話をしながら歩いてくる詩織達を見ながら安心したように言う凛姉さんの言葉に返事をしていたその時、詩織はふと俺達に視線を向けると、とても驚いた様子を見せ、早足で俺達へと近づいてきた。

 あはは……まあ、詩織がそんな風になるのも仕方ないよな。

 そんな事を思った後、俺達の目の前で足を止めた詩織にニッと笑いながら話し掛けた。

「詩織、おはよう。今日も良い天気だな」

「うん、おはよう。おはようなのは良いんだけどさ……どうして凛さんがここにいるの?」

「……あ、そういえばまだ聞いてなかったな」

「聞いてなかったって……貴使、なんですぐにそれを疑問に思わなかったの?」

 ジトッとした視線を向けながら聞いてくる詩織に対して、俺は頭をポリポリと掻きながら答えた。

「いや……いきなり来たのに驚いたのもあったけど、どうにか誤魔化す事の方が大事だったからさ。ほら、俺って一応死んでるわけだし、神使として目覚めた事は基本的に隠した方が良いだろ? そうじゃないと、色々騒ぎにもなるし」

「……まあ、それはそうだね。それで、凛さんにはもうその事は伝えたんだよね?」

「伝えたし、何も疑わずに信じてくれたよ」

「……そっか。良かったね、貴使」

「……ああ」

 ニコリと笑いながら言う詩織の言葉にクスリと笑いながら答えていると、凛姉さんはニコニコと笑いながら詩織に話し掛けた。

「詩織ちゃん、久しぶり──と言っても、つい最近電話で話したから、あまり久しぶりって感じはしないかな」

「そうですね。あの……この前は、慰めてもらったり話を聞いてもらったりして本当にありがとうございました」

「ふふ、どういたしまして。また何かあったら、遠慮無く電話を掛けてきて良いからね」

「はい、ありがとうございます」

 詩織と凛姉さんがまるで姉妹のように仲睦まじい様子で話をしていると、ようやく道雄さんと一緒に追いついた祝玖がこそっと俺に話し掛けてきた。

「……なあ、貴使。この人って誰なんだ? なんだか詩織と仲が良いみたいだけど……」

「……ああ、そういえば祝玖は会った事無かったな。この人は俺の一歳年上の従姉妹の神山凛。家は関西の方にあるんだけど、昔からウチによく遊びに来てて、その時に俺と一緒に友二郎祖父ちゃんにこの神薙神社に連れてきてもらう事が何回かあって、道雄さんや詩織とも仲良くなった感じだな。ですよね、道雄さん」

「そうだね。最初はまた自分の趣味に親族を付き合わせてると思っていたけど、凛ちゃん自身もこの神薙神社を好きになってくれたみたいだったから、今では友二郎には感謝してるよ」

「なるほど……」

 俺と道雄さんの説明に納得顔で頷いた後、祝玖はスッと凛姉さんに近づき、凛姉さんと自己紹介をし合った。そしてそれが終わり、道雄さんと凛姉さんが挨拶し終わった後、詩織は「あ、そうだ」と何かを思い出したように声を上げると、ニコニコと笑いながら俺に話し掛けてきた。

「貴使、実はね……私、またここの巫女さんになるための勉強と神社の掃除を始める事にしたの」

「ん、そうなのか?」

「うん、それに……祝玖もここの職員になるための勉強を始めてくれる事にしたんだよね?」

「ああ。昨日の夜、これからは俺と詩織、そして神使であるお前が一緒になってこの神薙神社を盛り上げていけば良いなって思ってさ。そのためには、ここの職員になるのが一番だと思って、そうする事に決めたんだ」

「そっか……」

「だから、その第一歩として俺も神社の掃除を手伝う事にしたよ。何回も神薙神社には来てるし、貴使や詩織から話は聞いてるけど、ここの事を更に知りたいし、そういう所から始めていくのが大切だと感じたしな」

「そうかそうか……それなら、これからはビシバシと鍛えてやるからな、祝玖」

「お、おう……」

 少し怯んだ表情を浮かべる祝玖を見ながらクスリと笑った後、俺は皆にも伝えないといけないある事を思い出し、それを話すために真剣な表情を浮かべた。

「それで、皆。ちょっと話さないといけない事があるんだけど、良いかな?」

「あ、うん」

「もちろん、良いぜ」

「私も問題ないよ、貴使君」

「えっと……私も聞いていて良い話なのかな、貴使君?」

「うん、別に構わないよ。それで、その話っていうのが……」

 そして俺は、昨晩天乃実豊尊様から聞いた話を皆に話した。すると、皆はとても驚いた様子を見せた。

「まさか……天乃実豊尊様にそんな危機が訪れていたとは……」

「つまり、その信仰集めっていうのを頑張らないと、天乃実豊尊様が神薙神社の祭神じゃなくなっちゃうんだよね……?」

「そういう事。だから、友二郎祖父ちゃんも色々頑張っていたみたいだけど、その危機が去っていないところをみるにやっぱり難しい問題ではあるみたいだ」

「そっか……けど、要するに誰かの願いを叶えて、参拝客を増やしていけば、信仰は集まるって事だよな?」

「恐らくな。だから、日常生活の中でそういう人がいたら、無理に連れて来なくても良いから、ここに来るようにさりげなく誘導してくれると助かる。そうすれば、俺や先輩神使の皆さんでその願い事を叶えられるかもしれないからさ。まあ、凛姉さんに関しては本当に難しいかもしれないけど……」

「ふふ、大丈夫だよ、タカ君。こっちにも友達は何人もいるし、たまに連絡を取ったり一緒に遊んだりもしてるから、私も協力はできるよ」

「……そっか。それなら、その時はお願いするよ」

「うん。あ……そうだ」

「ん……凛姉さん、どうかした?」

「ふふ、それなら私が初めての依頼人になろうかなと思ってね」

「え、何か悩みでもあるの?」

「うーん……悩みというかは、ちょっとした探し物かな?」

「探し物……?」

「うん、そう。だから、それを探して欲しいんだけど……出来るなら明日──日曜日の夜までに探して欲しいんだ」

「明日まで……結構急だね」

「ふふ、まあね。とりあえず、明日まではタカ君のお家にお母さん達と一緒にお世話になってるし、明日の夜になったらまたここに来るから、見つけられたらその時に渡してね」

「あ、うん……それで、その探し物ってどんな物なのさ?」

「それはね……内緒。でも、タカ君なら分かると思うよ」

「俺なら分かると思うって……」

 凛姉さんの言葉に俺が困惑していると、凛姉さんはクスリと笑ってから神社の階段の方へクルリと体を向けた。

「それじゃあ、私はそろそろ行くよ。貴使君、探し物の件はお願いね」

「う、うん……」

 そして凛姉さんは、そのまま静かに去っていき、その場には俺達だけが残された。

「凛さんの探し物……一体何なんだろうね?」

「さあな。貴使、何か覚えはないのか?」

「そうだな……」

 祝玖から問い掛けられ、俺は凛姉さんが大切にしていて、且つ俺に関係有りそうな物を次々と思い浮かべたが、それらしい物がまったく思いつかず、俺はただ頭を振った。

「……ダメだ、まったく思いつかないよ」

「そうか……でも、凛さんはお前なら分かると思うって言ってたわけだし、まずは考えてみて、それでもわからなかったら、凛さんにヒントを貰ってみれば良いんじゃないのか?」

「……ああ、そうだな」

 祝玖の言葉にニコリと笑いながら答えたが、その判断に俺は少しだけモヤモヤした物を感じていた。たしかにヒントを貰ってはいけないとは言っていなかったが、凛姉さんは本当に俺なら分かると思って、今回の依頼をしたんじゃないかと心の底で思っていた。

 ……だとしたら、ヒントを貰うのは凛姉さんの期待を裏切る事になるわけだし、やっぱりノーヒントでこの依頼をこなすのが一番だよな。でも、どうやってその物を当てれば──。

 凛姉さんの言う物を当てる方法について考えていたその時、突然たったったと走ってくる足音が聞こえ、俺達はそちらに視線を向けた。すると、賽銭箱の前に先輩神使の秋兎(あきうさ)さんが立っており、その姿に詩織達は不思議そうな表情を浮かべた。

「ねえ、貴使。もしかしてこの人が貴使の先輩神使さん?」

「ああ、そうだけど……秋兎さん、どうかしたんですか?」

「あ、あの……! 私にもその依頼を手伝わせて頂けませんか!?」

「えっと、それは助かりますけど……もしかして『聴力強化』で聞いていたんですか?」

「は、はい……貴使君があまり見ない人と仲良くお話をしていたのを見掛けて、どんなお話をしているのか気になったので……。本当にすみませんでした……」

「いえ、それは構いませんよ。別に聞かれて困る事は話してなかったので」

 申し訳なさそうな様子の秋兎さんに対してニコリと笑いながら言うと、秋兎さんはホッとした様子で小さく息をついた。

「……ありがとうございます、貴使君。私、貴使君が依頼を完遂出来るように精いっぱい頑張りますね!」

「はい、よろしくお願いします、秋兎さん」

「はい!」

 とても嬉しそうに秋兎さんが返事をし、早速凛姉さんの探し物について再び考え始めようとしたその時、俺の肩がポンと叩かれ、俺がそちらに視線を向けると、祝玖が笑みを浮かべているのが目に入ってきた。

「祝玖?」

「貴使、俺も手伝うぜ。昨日だって、お前の事をサポートするって約束したしな」

「もちろん、私も手伝うよ、貴使!」

「私に出来る事があるかは分からないが、何か手伝えそうな事があったら、遠慮無く言ってくれよ、貴使君」

「皆……うん、ありがとう。でも、まずは……」

「まずは?」

「神薙神社の掃除をしないとな」

 そう言った瞬間、詩織達はポカーンと口を開け、道雄さんはとても愉快そうに笑い始めた。

「あはははっ! たしかにそうだな、元々神薙神社の掃除をしに来たわけだし、まずは天乃実豊尊様に本日も気持ち良く過ごして頂くために掃除をしないとな」

「ですね。という事で、まずは掃除から始めよう!」

「お、おー……?」

「う、うん……?」

「は、はい……!」

「うむ!」

 まだ状況を飲み込みきれていない様子の詩織達や少し緊張した面持ちの秋兎さんを引き連れて道雄さんが用具庫へ向けて歩き始めた後、俺はそんな皆の姿を見てクスリと笑ってから皆の後に続いて歩き始めた。




政実「第5話、いかがでしたでしょうか」
貴使「今回の話も次で終わりな感じか?」
政実「そうだね。正直、まだ次回をどんな内容にするかは決まってないけど、近い内に更新するつもりだよ」
貴使「分かった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
貴使「ああ」
政実・貴使「それでは、また次回」


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第6話 幼い日の約束と新たな絆

政実「どうも、好きなアクセサリーはペンダントの片倉政実です」
貴使「どうも、神山貴使です。ペンダントか……想像通りと言えば、想像通りだな」
政実「まあ、ブレスレットや指環なんかも好きではあるけど、一番を決めるならペンダントになるかな?」
貴使「そっか。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・貴使「それでは、第6話をどうぞ」


「……よし、これで掃除は完了だな」

 掃除を始めてから一時間後、満足感を覚えながら賽銭箱の前から綺麗になった境内を見ていると、白衣と松葉色の袴に着替えた祝玖(ときひさ)が柱にもたれ掛かりながら少し疲れた声で話し掛けてきた。

「……話には聞いてたけど、結構大変だな。これ……」

「はは、慣れるまではそうかもな。けど、これからはこれが日常になるわけだし、早めに慣れといた方が良いぞ」

「……だな。ところで、例の探し物は何か分かったのか?」

 その祝玖からの問い掛けに俺は静かに頭を振った。

「いや……サッパリだ。掃除しながら色々考えてみたけど、それらしい物は思いつかなかったな」

「そっか……」

「でも、依頼を受けた以上、絶対に見つけてみせるさ。凛姉さんも俺なら分かるって言ってたわけだし、分かりませんでしたで終わらせるわけにもいかないしな」

「そうだな。さっきも言ったように俺達もサポートするし、見つかるように頑張っていこうぜ!」

「ああ」

 祝玖と笑い合いながらお互いの拳をコツンとぶつけ合っていると、「おや……何やら楽しそうですね」と背後から話し掛けられ、祝玖と一緒に振り向くと、そこには和やかな笑みを浮かべる天乃実豊尊様(あめのみとよのみことさま)の姿があった。

「あ、天乃実豊尊様」

「天乃実豊尊様って……え、もしかしてこの人が……!?」

「ああ、この神社の祭神である天乃実豊尊様だよ。」

「そ、そうなのか……。は、初めまして……貴使の親友の神武祝玖(じんむときひさ)といいます……」

「はい、初めまして。この神薙神社の祭神である天乃実豊尊と申します。これからよろしくお願い致しますね、祝玖君」

「こ、こちらこそよろしくお願いします……!」

 とても落ち着いた様子の天乃実豊尊様に対して、とても緊張した様子の祝玖という対比に思わずクスリと笑ってしまった後、俺は天乃実豊尊様に話し掛けた。

「ところで、どうかなさいましたか?」

「いえ、貴使君が祝玖君と何やら楽しそうにお話をしている様子だったので、どんなお話をしているのか訊きに来てみたのです」

「そういう事でしたか。実は──」

 そして、天乃実豊尊様に凛姉さんの事や件の探し物の事について話すと、天乃実豊尊様は「なるほど」と納得顔で頷き、ふいに俺が亡くなった辺りへ視線を向けた。

「貴使君のお話の通り、その凛さんという方はたしかに貴使君と一緒に友二郎に連れられて、幾度かこの神薙神社(かんなぎじんじゃ)を訪れていましたが、少し前にもこの神社の境内を歩いているのを見かけましたよ」

「え、そうなんですか?」

「はい。数ヶ月前、神主さんがいない時にふらっと境内に入ってきたと思ったら、何かを探すようにきょろきょろとしながら境内を歩いていたので、この神社の神職のフリをして話し掛けようとしたのです」

「そういえば、前に来た時に俺が神社の手伝いを終わって帰ってきた時に入れ替わりで散歩に行くって言って、カバンを持って出てった時があったけど、もしかしてその時だったのかな……」

「はい、恐らくは。ですが、私が姿を現す前に凛さんは何か良い物を見つけたような笑みを浮かべながら別の樹に近づくと、持っていたカバンから小さなスコップを取り出してその根元を掘り始めたのです。そして、浅めの穴を掘ると、そこに何か小さな箱のような物を置き、スコップでその穴を埋めて、そのまま帰っていきましたよ」

「何かを……埋めた?」

「天乃実豊尊様はそれが何かは見てらっしゃらないんですか?」

「はい、流石に黙って見るのは申し訳ないので見ていませんよ。ですが……恐らく、貴使君なら見ても問題は無いと思います」

「え……?」

「それってどういう事ですか?」

「実は私も貴使君のように相手の気持ちを読み取る事が出来るのですが、凛さんが何かを埋めていた時にふと気持ちを読み取ってみたところ、貴使君の姿が頭に思い浮かんだのです」

「俺の姿が……」

「はい。そこから考えるに、埋めた物は恐らく貴使君に関する何かなのだと思いますが、貴使君は何か覚えはありませんか?」

「覚えは無いですが……ちょっと見てみます。天乃実豊尊様、その木というのは……」

「ちょうどあそこに植えられている桜の木ですよ」

 天乃実豊尊様が件の木を指差した後、俺と祝玖は頷き合ってから天乃実豊尊様にお礼を言い、そのまま裏にある用具庫へと向かった。すると、そこには秋兎さんと話す巫女服姿の詩織と道雄さんの姿があり、道雄さんは俺達の姿に気付くと、軽く手を挙げながら声を掛けてきた。

「おお、貴使君達。境内や手水舎の掃除は終わったのかな?」

「はい、バッチリです」

「詩織達は何を話してたんだ?」

「えへへ、実は秋兎さんから神使の事や天乃実豊尊様の事について色々訊いてたの。ほら、貴使だって今ではこの神薙神社の神使なわけだし、人間側の私達も何か知ってた方が貴使のためになるでしょ?」

「たしかにな……」

「ところで、貴使君達はどうなさったんですか? もしかして天乃実豊尊様から何かご命令でもありましたか?」

「いえ、命令は何もありません。ただ、天乃実豊尊様から少し気になる話を聞いたので、用具庫のシャベルを取りに来たんです」

「天乃実豊尊様からって……ええ!?」

「天乃実豊尊様が……今、いらっしゃるのかい!?」

「あ、はい」

「まだ表にいると思いますから、今行けばお話しできると思いますよ」

 その言葉を聞き、道雄さんはとても嬉しそうな表情になると、すぐさま表に向かって走り出し、その姿を見た詩織はやれやれといった様子で首を横に振った。

「お祖父ちゃん……いくら天乃実豊尊様に会えるからといってあんなに急がなくても……」

「はは、それは仕方ないって。道雄さんはこの神薙神社の神主さんなんだからさ」

「それもあると思うけど……お祖父ちゃん、貴使のお祖父さんが天乃実豊尊様の茶飲み友達だったっていうのをかなり羨ましがってたんだよね」

「なるほどな。そういえば、詩織は天乃実豊尊様にお目にかからなくても良いのか?」

「うーん……私は後で良いよ。それで、天乃実豊尊様からはどんなお話を聞いたの?」

「えっとな……」

 俺は先程天乃実豊尊様から聞いた話を詩織達に話した。そして話し終わると、詩織は顎に軽く手を当てながら難しい顔をした。

「天乃実豊尊様の言う通り、たぶん凛さんが埋めていたのは貴使に関する物なんだと思うけど……どうしてそれを埋めたんだろうね?」

「たしかにそうですよね。もしそれが思い出の品だったらわざわざ埋める必要なんて無いのに……」

「そうだよな……あ、もしかしてタイムカプセルみたいな事をしようと思ったとか?」

「だとしても、わざわざ神社まで来る必要はあるか? たしかにここも俺と凛姉さんにとっては思い出の場所みたいな物だけど、そういう場所なんて幾らでもあるし、もしやるなら俺も一緒にやる事になりそうだし……」

「そっか……となると、やっぱりそれが何なのかを確かめるのが先かもな。物が何なのか分かれば、貴使も何か思い出すかもしれないしな」

「そうだな。よし……それじゃあ早速、シャベルを持っていこう」

 それに対して全員が頷いた後、俺は用具庫からシャベルと土仕事用の軍手を取り出し、再び拝殿の方へと歩いていった。そして、和やかな笑みを浮かべる天乃実豊尊様とさっきの祝玖のように緊張した面持ちの道雄さんが賽銭箱の前で話しているのを見て再びクスリと笑った後、俺は件の木へ向かって歩き、その根元で足を止めた。

「さて……これがその木だけど、天乃実豊尊様の話から考えると、シャベルならすぐに掘り出せそうだな」

「だな。けど、俺達まで見ても良いのか?」

「ああ、良いと思う。凛姉さんが人に見られて困る物をこの神社に残してくとは思えないし、いざとなったら俺が謝るよ。さてと、それじゃあそろそろ掘っていくか」

 その言葉に祝玖達が緊張した面持ちで頷いた後、俺は桜の木の根元を静かに掘り始めた。そして、掘り始めてからすぐカツンと何か硬い物にぶつかり、今度は軍手をはめた手で土を掘り始めたその時、土の中からハンカチに包まれた漆塗りの小さな木箱が出てきた。

 ……え、これってもしかして……。

「これが凛さんが埋めた物……か。貴使、何か心当たりはあるか?」

「……あるよ。これは……小学生の時に俺が凛姉さんにプレゼントした物だからな」

「え、そうなの?」

「ああ。家の近所にこういう漆塗りの小物入れや組紐なんかを扱ってる店があって、ふらっと立ち寄った時にちょうどこれを見つけて、凛姉さんにあげようと思って買ったんだよ。その時、凛姉さんの誕生日も近かったし、小物を入れる物が欲しいって話してたから、ちょうど良いと思ってな。それで、その時に一緒に別のも買ってたんだけど、もしかして……」

 そう言いながら漆塗りの小物入れの蓋を開けると、そこに入っていたのは俺が予想していた物とは別の物だった。

「……違うな」

「違うって、入っている物がですか?」

「ええ。俺がその時に買ったのは、ピンク色のペチュニアのブローチなんですが、これは……」

「赤い薔薇(ばら)の装飾のブレスレット……だな。でも、なんでペチュニアのブローチだったんだ?」

「その頃、花言葉にスゴくハマっていた俺的にペチュニアの花言葉が凛姉さんへの思いを表すのにピッタリだったからだよ。だって、ペチュニアの花言葉は──」

 その瞬間、俺の脳裏にある出来事が想起され、それと同時に薔薇の装飾のブレスレットが入っていた事や凛姉さんが漆塗りの小物入れを埋めた理由がハッキリと分かった。

 ……そうか、そういう事だったのか。となると、俺がやるべき事は一つだな。

 そう思いながら小物入れの蓋を静かに閉めた後、俺は不思議そうに俺を見つめる祝玖達に幾つか頼み事をした。そして、祝玖達がそれを笑みを浮かべながら受けてくれた後、俺は自分のやるべき事をするために行動を始めた。

 

 

 

 

 その日の夜、俺は冬狼(とうろう)としての姿である場所へ向けて街中を駆けていた。今まで二足歩行の人間として生きてきた分、狼としての四足歩行にはまだ少し違和感があったが、一度詩織達を呼ぶために走った経験があった分、その時に比べればまだ走りやすかった。

 さて……凛姉さんはもう来てるかな?

 そんな事を考えながら走る事数分、目的地である公園に着くと、俺はそのまま公園の中へと入った。そして、ブランコに座りながら楽しそうな笑みを浮かべる凛姉さんの姿が目に入ると、俺は凛姉さんへと近づき、冬狼の姿のままで凛姉さんに話し掛けた。

「……お待たせ、凛姉さん」

「……あっ、タカ君……なんだよね?」

「うん、そうだよ。ゴメン、こんな姿で……」

「ううん、別に良いよ。流石にちょっと驚いちゃったけど、詩織ちゃんから予めタカ君が狼の姿になれるのは聞いてたからね」

「そっか。それじゃあ早速……」

「うん、行こっか。どうやら例の探し物は見つかったみたいだしね」

「うん」

 そして、凛姉さんと一緒に公園を出た後、神薙神社へ向けて話をしながら歩いていた時、ふと凛姉さんは俺の事をジッと見ながら少し不思議そうに首を傾げた。

「そういえば、どうしてタカ君の動物の姿は狼なんだろうね? 他の神使さん達は狼の姿じゃないんでしょ?」

「うん。でも、先輩神使の皆さんは全員神様に関連した動物に姿を変えられるみたいだよ」

「そっか。ところで、その姿で来たのによく騒がれなかったね」

「ああ、それなんだけど……実は『力』を持ったモノ達は、その『力』を体に纏うことで姿を隠せるみたいで、俺も公園に入るまではそれを使って走ってきたんだよ。もっとも、さっきも今みたいに人通りは殆ど無かったから、隠す必要は無かったかもしれないけどね」

「へー、そうなんだね。世の中ってまだまだ私が知らない事で溢れてるんだなぁ……」

「はは、そうだね。でも、だからこそ神使として生きていく中で、そういう事も含めてゆっくりと学んでいくつもりだよ。もちろん、皆と一緒にね」

「タカ君……うん、そうだね」

 俺の言葉に凛姉さんはニコリと笑いながら頷いた後、楽しそうな様子で鼻唄を歌い始め、俺はそんな凛姉さんの姿に心の奥底がポカポカと暖かくなっていくのを感じつつ歩き続けた。そして歩く事数分、目的地である神薙神社に着き、境内へ続く石段を登ると、境内にはニコニコと笑う天乃実豊尊様の姿があり、俺は天乃実豊尊様に近づいてからペコリと頭を下げた。

「天乃実豊尊様、お待たせしました」

「天乃実豊尊様って……ねえ、もしかしてこの人が神薙神社の祭神様なの?」

「うん、そうだよ」

「そうなんだ……あ、初めまして、神山凛と申します」

「ふふ、ご丁寧にありがとうございます。私は天乃実豊尊、神薙神社の祭神です。どうぞよろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 凛姉さんと天乃実豊尊様が自己紹介をし合う中、俺が冬狼から神山貴使の姿へ戻ると、天乃実豊尊様は俺達を軽く見回してからニコリと笑った。

「さて……それではそろそろ中へと入りましょうか。皆さんも既に中にいらっしゃいますから」

「「はい」」

 そして、そのまま拝殿へ向かって歩き、賽銭箱の横を通って扉を開けて、俺達の居住空間へと入ると、凛姉さんはとても物珍しそうに周囲を見回し始めた。

「ここがタカ君達の住んでいる場所……なんだか厳かな感じだけど、どこか落ち着くところだね」

「あははっ、たしかにね。あ、そういえば……天乃実豊尊様、凛姉さんもこれからはここに入る事が出来るんですよね?」

「はい、大丈夫ですよ。先程、自己紹介をさせて頂いた際にここに入るために必要な『許可』を体の中に精製する術をかけさせて頂いたので、これからはいつでもここに入る事が出来ますよ」

「分かりました。ありがとうございます」

「どういたしまして」

 天乃実豊尊様がニコリと笑いながら答えた後、俺達はそのまま居間へと向かった。そして居間に入ると、天乃実豊尊様の言う通り、中には春蛇さん達先輩神使の皆さんと詩織達が揃っており、炬燵の上には蓋が開いて中のブレスレットが露わになったあの漆塗りの小物入れが置いてあった。

「あ、それ……本当に見つけてくれたんだ」

「うん……と言っても、俺が見つけたというよりは、天乃実豊尊様が見ていたんだよ。探しているはずのそれを埋めている凛姉さんの姿を」

「え……?」

 その言葉を聞いて、凛姉さんが天乃実豊尊様に視線を向けると、天乃実豊尊様はそれに対して静かに頷き、凛姉さんは諦めたように小さく息をついた。

「そっかぁ……やっぱり、神社に埋めるのはリスクが高いと思っていたけど、まさか天乃実豊尊様に見られていたなんて……」

「神様はいつだって俺達の行いを見ているって事だよ。さてと……それはさておき、凛姉さんがどうしてそれを埋めたのか、そしてその中に入っていた物が違った理由を話したいんだけど、良いかな?」

「……つまり、全部分かってるんだね?」

「あくまでも憶測に過ぎないけどね」

「……うん、分かった。話して、タカ君」

「分かった。さて……それじゃあ何故、凛姉さんがこれを神社の桜の木の根元に埋めたかだけど、それは凛姉さんが()()()()を果たすためだったんだよ」

「ある約束……ですか?」

「ええ。小学生の頃、俺はこの小物入れとペチュニアのブローチを誕生日プレゼントとして、凛姉さんにプレゼントしたんですが、実はその数日後に凛姉さんからある事を言われたんです。

『タカ君、いつかこの小物入れに私の気持ちを入れて、どこかに隠しに行くから、その時は絶対に見つけてね』

 と」

「え、それって……」

「そう。今回の凛姉さんの依頼は、実は約10年越しの依頼だったんだよ。スゴく申し訳ない事に約束をしたはずの俺はその事を忘れてしまっていたんだけどな。そして、その約束のために凛姉さんは中に入れていたペチュニアのブローチとある物を取り替え、神社の桜の木の根元に埋めたまでは良かったけど、ここである問題が発生してしまった。それは……」

「……お前が雷に打たれて死んでしまった事、か……」

「ああ。だからあの日、凛姉さんはもう約束は果たされないと感じ、自分で掘り返そうと思って神社まで来た。だけど、そこには神使として生まれ変わった俺の姿があり、凛姉さんは今度こそ約束が果たされるように俺に依頼をしたんだよ。俺の信仰集めを手伝う体でな」

「なるほどね……でも、どうして凛さんは中に薔薇の装飾のブレスレットを入れていたのかしら?」

 夏狐さんがそう問い掛けてきた後、俺はニコニコと笑いながら俺を見ている凛姉さんがを見つめ返しながら静かに口を開いた。

「薔薇の花言葉、『あなたを愛しています』が凛姉さんの気持ちだから……そうだよね、凛姉さん?」

「……正解。流石はタカ君、だね」

 頬を軽く染めながら凛姉さんが言うと、詩織はとても驚いた様子を見せた。

「え……? 凛さん、貴使の事が好きだったんですか!?」

「うん……小学校の頃からずっと想ってたんだ。だって、まるで自分の事のように色々な人のために頑張れるんだもん。そんな皆のヒーローみたいな姿を見てたら、好きにもなっちゃうよ。でも……やっぱり、世間の目っていうのはとっても気になったんだ」

「本来、それは別におかしな事では無いけど、従姉弟同士が好きな事を知って、それを変な目で見る人っていうのは、いないわけじゃないしね。それに、本人達だけじゃなく、その家族まで変な目で見られる可能性もあるし、そう思うのは仕方ないよ」

「うん……でも、いつになっても私はこの気持ちを諦める事は出来なかった。だから、私はこの小物入れとペチュニアのブローチを貰って、少し経った後にタカ君に約束を交わしてもらったの。この気持ちに嘘をつかなくても済む程、私自身が強くなった時にタカ君に告白をするため、そして自分自身が逃げないようにするために」

「凛さん……」

「それから約10年後、今なら大丈夫だと思って、私は小物入れを桜の木の根元に埋め、その時はその約束の事には触れずに帰った。そして、次に会った時にはタカ君にこの小物入れを探してもらい、私の気持ちを知ってもらった上で改めて告白をしようとしたけど、タカ君が亡くなったって聞いて、私は悲しみに暮れながらお葬式に出たよ。もうタカ君には会えないんだ、話す事も出来ないんだって思いながらね。そして、お葬式や火葬も済んで、心にぽっかりと穴が空いたままで学校生活を過ごしていた一昨日の夜、お父さん達がタカ君達の家にちょっと用事があるから、よければ私も一緒に来ないかって誘ってくれたの。それを聞いた瞬間、私はすぐに行くって答えた。タカ君が亡くなった翌日に電話越しに聞いた詩織ちゃんの暗い声が心配だったのもあるけど、やっぱりそれを回収しないといけないと思っていたから。そして、その日の内に準備を終わらせて、次の日の学校帰りにすぐ新幹線に乗ってここまで来て、今朝こっそりと回収にし来たら、神使になったタカ君と再会したんだ」

「なるほど……」

「後はタカ君の言う通りだよ。神使になったタカ君の手助けがしたかったから、信仰集めの話の時に私からの依頼として、小物入れをタカ君に探してもらい、言えずじまいになっていた言葉をブレスレットと一緒に贈る予定だったんだけど、まさかこんなにも早く見つけちゃうなんてね。本当にビックリしちゃった」

 凛姉さんはクスリと笑いながら言った後、真剣な表情で俺を見ながら静かに口を開いた。

「タカ君──ううん、神山貴使君。ずっと前から貴方の事が好きでした。どうか……私と付き合って下さい……!」

「凛姉さん──いや、神山凛さん。ゴメン……その告白は受けられないよ」

「……やっぱり、従姉弟同士なのはダメ……かな?」

「ううん、そうじゃないよ。凛姉さんの気持ちは嬉しいし、凛姉さんみたいに綺麗な人に好きになってもらえたのはスゴく光栄な事だと思うよ。けど……俺にとって凛姉さんはペチュニアの花言葉通り、一緒にいて心が安らぐ相手であってそういう相手じゃないから……」

「……そっか」

「だから、ゴメン。その想いとブレスレットは受け取れないよ」

「……分かった。しっかりと答えてくれてありがとうね、タカ君」

「……うん」

「……でも──」

 その瞬間、凛姉さんは俺の胸に飛び込んでくると、胸に顔を深く埋めた。

「凛……姉さん?」

「今だけ……今だけは、泣かせてもらっても……良い、よね……?」

「……うん、良いよ」

「……あり、がとう……」

 そして、居間に凛姉さんの泣き声が響き渡る中、俺は自分の胸の中で泣き続ける凛姉さんをただ見ているだけしか出来なかった。自分の出した結論に後悔は無い。けれど、もっと別の解決方法もあったのでは無いかとは思っていた。

 ……やっぱり、俺は年齢的にも精神的にもまだまだ未熟な子供だ。でも、いつかはこういう形で誰かを悲しませないような解答を出せるようにならないといけないな。

 悲しみの涙を流す凛姉さんを見ながら、俺は心の中で静かにそう誓った。

 

 

 

 

「……さて、今日も元気に境内の掃き掃除から始めるか」

 翌日の朝、朝食を食べ終えた俺はそう独り言ちた後、いつものように神薙神社の掃除をするために表へ出て、竹箒などがある用具庫へと向かった。そして、用具庫から必要な用具を取り出す中、俺はふと昨夜の出来事を想起し、小さく溜息をついた。

「……やっぱり、本心を言ったとは言え、凛姉さんを悲しませてしまったのは、少し失敗だったな……。あの後、しっかりと送っていったけど、その道中は一切会話が無かったし、これから凛姉さんとどうやって接していけば良いかな……?」

 そんな事を思いながら再び溜息をつき、それらを抱えながら表へと戻ると、そこには──。

「……あ、おはよう。タカ君♪」

「り、凛姉さん!?」

 昨日と同じように突然現れた凛姉さんの姿に俺が目を丸くしていると、凛姉さんはクスクスと笑いながらゆっくりと俺に近付き、右手の人差し指で俺の額をちょんと突いた。

「そんなに驚かれると、流石にちょっとショックかな?」

「ご、ゴメン……」

「ふふ、冗談だよ。今から境内のお掃除?」

「うん。凛姉さんは散歩?」

「ううん、タカ君に会いに来たの。昨日の事、改めてお礼を言おうと思ってね」

「昨日の事って……送っていった事は別にお礼を言われる程の事じゃ……」

「それだけじゃなく、しっかりと私からの気持ちに対して、タカ君自身の気持ちで答えてくれた事、そして泣き始めちゃった私に胸を貸してくれた事だよ」

「凛姉さん……」

「ふふ……タカ君、本当にありがとうね。タカ君がああ言ってくれたから、私もこれからの指針をしっかりと立てられたよ」

「これからの指針?」

「うん。タカ君にとって、ただ心が安らぐ相手じゃなく、一生一緒にいたいって思えるだけの相手になる。それがこれからの私の目標かな」

「え……り、凛姉さん……!?」

「……なーんて、半分冗談だよ」

「な、なんだ……じょうだ──ん?」

「さあ、早く掃除をしないと詩織ちゃん達が来ちゃうよ、タカ君♪」

「いや、ちょっと待ってよ、凛姉さん! 今、半分冗談って言わなかった!?」

 凛姉さんの言葉に俺が焦りを感じる中、凛姉さんはそんな俺の様子にクスリと笑ってから、右腕にはめたあのブレスレットを陽の光で煌めかせながら静かに微笑んだ。

「タカ君、改めてこれからもよろしくね」

「凛姉さん……うん、こちらこそこれからもよろしく」

 ……凛姉さん、本当にありがとう。

 心の中で凛姉さんにお礼を言った後、桜の花弁を乗せた爽やかな春風が吹き抜ける中で、俺は凛姉さんに対して微笑み返した。




政実「第6話、いかがでしたでしょうか」
貴使「そういえば、今回は俺の『能力』の出番は無かったけど、次回以降から使っていく感じなのか?」
政実「そうだね。必ずしも使うわけではないけど、使えそうなタイミングがあったら、積極的に使っていく形にはする予定だよ。それと、何となく気付いてると思うけど、凛さんにはこれからも度々登場してもらうつもりだよ」
貴使「分かった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
貴使「ああ」
政実・貴使「それでは、また次回」


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第7話 神友と第二の依頼

政実「どうも、一番好きな神話は日本神話の片倉政実です」
貴使「どうも、神山貴使です。日本神話か……他の神話に負けず劣らずたしかに色々な神様がいるし、そういう神様の説明を見てても楽しいよな」
政実「うん。まあ、だからそんな日本神話の神様達が出てくる話も書いてたりするんだけどね」
貴使「そうだったな。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・貴使「それでは、第7話をどうぞ」


 凛姉さんからの依頼を完遂した二日後、いつものように神薙神社(かんなぎじんじゃ)手水舎(てみずしゃ)の掃除をしていると、近くで掃き掃除をしていた祝玖(ときひさ)が「ん、そういえば……」と何かを思い出したように声を上げ、竹箒で掃除をしながら話し掛けてきた。

「なあ、貴使。俺達が集めないといけない信仰って、どうやったら確認できる物なんだ?」

「どうやったらって……あ、言われてみたらまだ天乃実豊尊様(あめのみとよのみことさま)に確認したこと無かったな」

「はあ……そんな事だと思ったよ。お前って、時々抜けてるからな……」

「はは、悪い悪い。でも、やっぱり確認はしないと──」

 その時、「それなら、今お教えしましょうか?」という声が後ろから聞こえ、俺達は揃って後ろを振り返った。するとそこには、ニコニコと笑いながら俺達を見ている天乃実豊尊様の姿があり、祝玖はとても驚いた様子で天乃実豊尊様に話し掛けた。

「天乃実豊尊様……いつからそこにいらっしゃったんですか?」

「ついさっき──正確には、祝玖君が貴使君に話し掛けようとした辺りでしたか。祝玖君が貴使君に何を言うのかが気になったので、こっそりと二人の後ろまで来てみたのです」

「そうだったんですね……それで、信仰についてなのですが、これはどうやって集め具合を確認したら良いんですか?」

「それはですね……私の部屋にある信玉壺(しんぎょくこ)を確認すれば分かりますよ」

「信玉壺……?」

「はい。生き物は神を信仰した際、知らず知らずの内にその生命エネルギーを使って、信玉(しんぎょく)と呼ばれる物を創り出します。そしてそれは、その神自身に宿るか私のようにそれ専用の入れ物へと入り、力の糧となるのです」

「つまり、信仰してくれるモノが増えれば増える程、神様にとっては良い事づくめなんですね?」

「そうなります。因みに、信玉が創り出される基準ですが、その神の存在を信じ、一度でも参拝をする事なので、とりあえず神頼みをしてみようという思いでは、信玉は創り出されません。なので、こうして貴使君達に信仰集めのお手伝いをお願いしているわけです」

「なるほど……あ、因みになんですけど……一つ質問しても良いですか?」

「はい、もちろんです」

「こんな事を神様に訊くのもアレなんですが、学業成就や宝くじの当選を神様にお願いした場合、どれだけの効果があるんですか?」

「そうですね……学業成就に関しては、結局のところ皆さん自身の頑張り次第です。私達に出来るのは、皆さんにとって解きやすい問題が来るように少しでも祈りをこめる事であって、全ては皆さんの意識次第ですから。そして宝くじの当選などですが……以前、金運向上を司る神から聞いたところによると、たとえ神頼みで宝くじに当選しても、それは皆さんの幸運の前払いをしているに過ぎないとの事でした」

「幸運の前払い……ですか?」

「はい、その通りです。実は生き物にはそれぞれ生まれつき幸運が訪れる回数というのが決まっているのですが、その神曰く、ただ幸運の前払いをしているだけだから、後で大なり小なりその分のツケを払う事にはなるとの事でした」

「そうだったんですね……」

「尚、笑う門には福来たるというように常に明るくニコニコしている方や自分の事を後にしてでも誰かのために精一杯になっている方には、ボーナスとして決まっている数以上の幸運が訪れる事はあるらしいですよ」

「ちょっと違うかもしれませんが、情けは人の為ならず、みたいな感じですね」

「そういう事です。後、恋愛成就などの縁結びについてなのですが、これはその人その人が生まれついて持っている『(えにし)』を結び合わせて、出会いの機会を提供している形です。もっとも、海外にいらっしゃるキューピッドさんはまた別の方法で縁結びをなさっていますけどね」

「つまり……最終的にはその人自身が勇気を出すしかない、と……」

「そういう事です。なので、恋愛成就を司る身として凛さんの事もどうにかしてあげたかったのですが、個人の気持ちを変える事は出来ませんので……」

 そう言うと、天乃実豊尊様はとても申し訳なさそうな表情で静かに頭を下げた。

「貴使君と凛さんにとても辛い思いをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「天乃実豊尊様……いえ、良いんです。あれは俺達には必要な事でしたし、昨日の内に凛姉さんとはこれからも今まで通りにしていこうと一緒に話して決めましたから」

「貴使君……」

「それに、あの事があったおかげで、凛姉さんとは前よりも仲良くなれた気がしますから、むしろ感謝をしてるんです。だから、天乃実豊尊様ももう気に病まないで下さい」

「……分かりました。ありがとうございます、貴使君」

「いえいえ」

 ニコリと笑いながらお礼を言う天乃実豊尊様に対して、同じように笑みを浮かべながら答えていると、天乃実豊尊様はどこか懐かしそうな表情で空を見上げた。

「それにしても……今の貴使君は、友二郎に本当に似ていましたよ。彼も私が迷惑をかける度に今の貴使君のような事を言っていましたから」

「あ、そうなんですね」

「はい。まあ、これまでに『神友(じんゆう)』になってもらった方々は、どなたも素晴らしい方ばかりでしたけどね」

「『神友』……?」

「ああ、そういえばまだ説明をしていませんでしたね。生前の友二郎や今の祝玖君達のように信仰集めのお手伝いをして頂いている人間の事を高天原では神に仕えると書いて『神仕(かみづかえ)』と呼んでいるんですが、私はその呼び方は好きではないので、最初に神仕になって頂いた方と一緒に神の友と書いて『神友(じんゆう)』という別の呼び方を考え、そう呼ぶようにしているんです」

「『神友』……はい、スゴく良いと思います。な、祝玖」

「ああ、俺も『神仕』よりは『神友』って呼ばれた方が気分は良いかも。なんて言っても、神様の友達だからな♪」

「ははっ、そうだな」

 とても嬉しそうな祝玖に対して笑いながら答えていたその時、石段をゆっくりと登ってくる足音が聞こえ、俺は体の奥にある神力を目覚めさせた。

「……どうやら参拝客みたいだ。祝玖、ちょっと姿を消すぞ」

「ああ、分かった。あ、そういえば……天乃実豊尊様はどうなさいますか?」

「そうですね……せっかくなので、祝玖君と一緒に参拝客の方をお出迎えします」

「分かりました。それじゃあまた後でな」

「ああ」

 返事をした後、俺は神力を使って姿を隠し、祝玖達と一緒に参拝客が来るのを待った。そしてそれから数十秒後、石段を登ってくる参拝客の顔がチラリと見えた瞬間、天乃実豊尊様は「……おや」と少し驚いた様子を見せた。

「天乃実豊尊様、知っている人なんですか?」

「ええ……少し前にフラリと立ち寄られた方で、その時はお願い事はされてなかったのですが、この神社には興味を持たれていたようでした」

「そうですか……」

 興味を持っていて、且つ今日来たって事は何かお願い事があるんだろうけど、一体どんな人なんだろう?

 そんな事を思いながら参拝客の事を待つ事数分、参拝客がゆっくりとこちらに近づくにつれてその姿が露わになると、祝玖は「ん……?」と小さく声を上げた。

「あれ、祝玖も知ってる人なのか?」

「ああ、一応な。でも、お前だってこう言えば聞き覚えがあるはずだぜ? ()()()()()()ってな」

「スイーツ王子っていうと……たしか家庭科部に所属してるっていうあの?」

「ああ。名前は恋野凛斗(こいのりんと)、お前の言うように家庭科部に所属してる1年上の先輩で、他の料理を作らせたり裁縫なんかをやらせたりしても家庭科部の中では一流だけど、何よりスイーツを作らせたら右に出る者はいないとも言われてる程の腕前の人で、女子からの人気がとっても高いらしいんだよ」

「なるほどな……でも、どうしてそこまで知ってるんだ?」

「同じクラスの家庭科部の女子からそう聞いたんだよ。それにしても……恋野先輩は一体何をお願いしに来たんだろうな?」

「さてな……」

 姿を隠したままで祝玖と会話をしながら、俺は恋野先輩ヘと視線を向けた。サラサラとした短めの黒のストレートヘアに優しげな雰囲気を醸し出す二枚目顔、そして少し背丈の高いスラッとした体型に学校の制服をキチッと着こなしているところから感じ取れる真面目な性格、とその姿からも女子からの人気が高いのだろうと察せられた。

 それにしても……恋野先輩は神薙神社に何を願いに来たんだろう?

 そんな事を考えていたその時、恋野先輩は祝玖達がいる事に気付いた様子を見せると、和やかな笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてきた。

「おはようございます。皆さんはこちらの職員の方ですか?」

「私はそうですが、こちらの祝玖君は毎朝神社の掃除などをお手伝いしてくれている地元の高校生です」

「あ、そうだったんですね。少し大人びて見えたので、てっきり年上なのかと思いましたよ」

「あはは、そう言ってもらえて嬉しいですよ。『スイーツ王子』こと恋野凛斗先輩」

「それを知っているという事は……もしかして君は同じ学校の生徒なのかな?」

「はい。あ、自己紹介がまだでしたね。俺は先輩と同じ学校に通う二年の神武祝玖っていいます。それでこちらが……」

「この神薙神社に勤めている天野尊(あまのたかし)と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」

 恋野先輩がゆっくりと一礼をしていると、祝玖は少し不思議そうに小首を傾げながら恋野先輩に話し掛けた。

「ところで、恋野先輩は今日はどんな理由があって神薙神社にいらしたんですか? もしかして、何か神頼みしたいことでも?」

「あはは……実はそうなんだ。恥ずかしながら好きな人がいてね。クラスの友達からこの神社には縁結びに御利益があると聞いて、この前も来てみたんだけど、その時はちょっと怖じ気づいてそのまま帰っちゃったんだ。でも、やっぱりどうにかしたくて、今日は神様にお願いをするために来てみたんだ」

「そうだったんですね。それにしても、恋野先輩に好きな人がいたなんて……その人って同じ学校の生徒なんですか?」

「うん。でも、僕とは正反対な人だし、恐らく僕には興味が無いと思うんだ。それに、噂だと甘い物や可愛い物が好きじゃないらしいから、僕にはあまりアピールのしようも無いしね」

「そんな事──」

「そんな事、無いと思いますよ?」

 祝玖の言葉を遮るようにして言った天乃実豊尊様の言葉に、恋野先輩が「え……?」と不思議そうな表情を浮かべる中、天乃実豊尊様はニコリと笑った。

「噂なんて所詮は噂ですし、あまり気にしない方が良いと思います。それに、もしも噂が本当だったとしても、アピールの方法なんて他にも色々あるわけですから、恋野さん自身の気持ち次第でどうにでもなりますよ」

「僕自身の気持ち……」

「はい。神頼みも時には自分を安心させるために必要ですが、やはり一番重要なのはその人の事をどう想い、どうなっていきたいかを明確にしていく事です。せっかく両想いになれても、その後の事を考えていなければ、徐々に関係に綻びが生じ、最終的には悲しい結末を迎えてしまうなんて事もあり得ます」

「…………」

「ですから、恋野さんもご自身にもっと自信を持って良いと思います。先程、祝玖君からお話を聞きましたが、恋野さんには誰にも誇れる特技があるようでしたから」

「特技……」

 恋野先輩は天乃実豊尊様の言葉を繰り返しながら自分の手を見つめた後、祝玖達に視線を戻してからクスリと笑った。

「そうですね。嬉しい事に僕の料理や裁縫の腕前は家庭科部の中で一番だと言われていますし、それを武器にもう少し頑張ってみようと思います」

「はい、私達も恋野さんの恋が実るよう応援しています。そうですよね、祝玖君?」

「はい、もちろんです! なので、もし何か手伝える事があったら、遠慮無く言って下さいね!」

「うん、ありがとう。さてと……せっかく来た事だし、神様のお力も借りる事にしようかな」

 そう言って恋野先輩は拝殿へ向かうと、真剣な様子で参拝を始めた。そして参拝を終えると、祝玖達に向かって静かに一礼をした。

「それじゃあ僕はこれで失礼します」

「はい。あ、そうだ……恋野先輩、一つ質問しても良いですか?」

「うん、何かな?」

「実はあまり公にはされてないんですが、この神社には参拝者の願いを叶える手伝いをしてくれる存在がいると言われているんです」

「願いを叶える手伝いをしてくれる存在……」

「はい。それでなんですが、恋野先輩はその存在にその恋の成就という願いが叶う手伝いをしてもらいたいと思いますか?」

「……うん、出来るならしてもらいたいかな」

「分かりました」

「それでは、私達の方でその存在にお願いをしておきますね。あ、もちろんお代などは大丈夫なので心配はなさらないで下さいね」

「分かりました。それでは、また」

「「はい」」

 そして、少し晴れ晴れとした表情で恋野先輩が帰っていった後、俺は姿を現しながら静かに息をついた。

「ふぅ……」

「お疲れ、貴使。やっぱり、姿を隠すのって疲れるみたいだな」

「まあな。それにしても……天乃実豊尊様がいきなり人間らしい名前を名乗った時は、本当にビックリしましたよ」

「それに、貴使と同じ読みだったし……天乃実豊尊様、どうしてその名前にしたんですか?」

「ふふ、『天野』の部分は名前に入っているからですが、『尊』の部分は貴使君が姿を隠している時に祝玖君達が間違って名前を呼んでしまっても私の事を呼んだと言って誤魔化せるようにするためです」

「あ、なるほど……」

「ふふ……さて、貴使君。これで間接的に恋野さんから依頼を受けたわけですが、どのように叶えていくかなどの考えはありますか?」

「いえ、まだです。でも、あそこまで真剣に悩んでいる人がいるわけですし、出来るだけ早めに叶えてあげられたらなと思っています」

「分かりました。もし、何か手伝える事がありましたら、遠慮無く言って下さいね」

「もちろん俺も手伝うから、その時は遠慮無く声を掛けてくれよな、貴使!」

「ああ、分かった」

 祝玖達の言葉にニッと笑いながら答えた後、俺は恋野先輩の願いを成就させる方法を考えながら再び手水舎の掃除を始めた。




政実「第7話、いかがでしたでしょうか」
貴使「今回の話でまた信仰集めについての情報なんかが出てきたな」
政実「そうだね。まあ、これからもちょくちょく出していくつもりだよ」
貴使「分かった。そして最後に、今作についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
貴使「ああ」
政実・貴使「それでは、また次回」


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第8話 秋の兎と剣道少女

政実「どうも、習ってみたい武道は剣道の片倉政実です」
貴使「どうも、神山貴使です。剣道か……まあ、習い事ならいつから始めても良いわけだし、時間に余裕を見つけてからなら始めてみても良いんじゃないか?」
政実「そうだね。そして、もし本当にやるようになったら、出来るところまで頑張ってみるつもりだよ」
貴使「ああ、頑張れ。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・貴使「それでは、第8話をどうぞ」


 神社の掃除も終わり、学校へ行く準備をしに行った祝玖(ときひさ)と詩織を見送った後、俺達は今朝の恋野先輩の願いをどうにか叶えるために本殿の中にある居間で作戦会議を行っていた。

「……さて、どうやったら恋野先輩の恋を成就させてあげられるかな……」

「どうやったらも大切だけど、そのお相手がどんなの子なのかが分からないと、対策の立てようがないんじゃないかしら?」

「あ、言われてみれば……」

「その恋野という人間曰く、その想い人とやらは自分とは正反対な性質で、甘い物や可愛らしい物が苦手だという事だが、それだけではどうにもならないからな」

「たしかにそうですね……その恋野君という子が、どのような子なのかもまだしっかりとはわかっていませんし、そこも祝玖君や詩織から訊く必要がありますね……」

「そうですね……」

 可愛らしい物や甘い物が苦手だという情報や恋野先輩とは真逆の性質を持つという点を踏まえて、今朝見た恋野先輩の姿や人となりから想い人がどんな人なのかを考えるなら、恐らく運動部に所属している自分にも他人にもとても厳しい人なのかもしれない。けれど、道雄さんの言うようにまだ恋野先輩が正確にはどんな人なのは分からないわけだから、断定する事は出来ないよな……。

 恋野先輩の想い人がどんな人なのかあれこれと考えていたその時、「そういえば……」と道雄さんは何かを思い出したように声を上げたかと思うと、ニコニコと笑いながら俺達の話し合いを聞いていた天乃実豊尊様(あまのみとよのみことさま)に話し掛けた。

「天乃実豊尊様、その恋野君とお話しになっていた時、心の中を視てはいませんか?」

「はい、視ていましたよ。彼、恋野君は話をしている時に長い黒髪を一本に束ねた剣道着姿のとてもお綺麗な色白の女の子の姿を想起していました」

「剣道着姿……という事は、恋野先輩の想い人は女子剣道部の生徒って事になるのか。天乃実豊尊様、剣道着の垂名札には何て書いてありましたか?」

「『愛染(あいぜん)』と書かれていましたよ」

「愛染……それじゃあ後で祝玖達には剣道部の愛染という生徒について調べてもらう事にすれば良さそうかな」

「そうですね。後は想いを告げる機会をどうやって作るかですが……」

「それに関しては、二人の情報が集まってからでも良いんじゃない? どういう状況が一番良いのかは個人個人によって違うのだから、現時点で決めようとしたってあまり意味は無いでしょ?」

「う……それもそうですね……」

「では、それについては祝玖君達に情報を集めてもらってからにして、とりあえず今は祝玖君達待ちという事にしましょうか」

『はい』

 全員で揃って返事をした後、皆はそれぞれ自分のやるべき事をするために居間を次々と出ていった。

 さて……俺は何しようか。せっかくだから、水亀(みずき)達と一緒に部屋の掃除でもしようかな。

 そんな事を考えながら自分の部屋へ向かおうとしたその時、「あ、あの……」と秋兎(あきうさ)さんから声を掛けられ、俺は秋兎さんの方を向いてから首を傾げた。

「どうしたんですか?」

「今、拝殿の前にどなたかいらっしゃるみたいなんですが……その方、何やら悩み事があるようなんです」

「悩み事……ですか?」

「はい。あ、でも……! もしかしたら私の勘違いかもしれませんし、何かご用事があるようでしたら、私だけで見てきますよ!」

「いえ、今のところ用事なんて特に無いですし、もしかしたらまた別の依頼人候補かもしれませんから、俺も一緒に見に行きますよ」

「貴使君……ありがとうございます!」

「どういたしまして。さあ、それじゃあ行きましょうか」

「はい!」

 嬉しそうに返事をする秋兎さんに対してコクリと頷いた後、俺達は外へ向けて歩き始めた。そして姿を隠した状態で外へ出てみると、そこには俺が通っていた学校の女子用の制服姿の長い黒髪を一本に束ねた一人の女の子が立っており、秋兎さんが聴き取った通り、何か悩み事がある様子で小さく唸り声を上げていた。

「どうやら本当に悩み事があるみたいですけど……って、あれ? 貴使君、この方の容姿……天乃実豊尊様が仰っていた方とそっくりじゃないですか?」

「言われてみれば……それじゃあもしかしたらこの人が、恋野先輩の想い人なのかもしれませんね」

「そうですね。でも……一体何をお悩みになっているんでしょうか?」

「そこまでは何とも……とりあえず話を聞いてみましょうか。ただ……」

「……あ、貴使君はそのままで大丈夫ですよ。私が姿を現して訊いてみるので」

「……すみません。それではお願いします」

「はい、任せて下さい!」

 ポンと胸を叩きながら言う秋兎さんの姿に俺が頼もしさを感じる中、秋兎さんは拝殿の陰へと移動して、ゆっくりと姿を現した。そして、ゆっくりと女の子へ近づくと、静かに声を掛けた。

「あの、すみません……」

「……ひゃい!?」

「お、驚かせてしまってすみません。何だか難しい顔をなさっていたので、どうしたのかなと思って声を掛けさせて頂いたんです」

「……あ、そうだったのですね。すみません……初対面の方にそこまで心配をお掛けしてしまって……」

「いえいえ。それで、何かお悩みですか? もし、私でよければお話を聞きますが……」

「え、よろしいのですか?」

「はい。私もこの神薙神社の職員ですから、参拝客の方が何かお困りならお話を聞くのが務めですので」

「職員の方……それなら、少しお話を聞いてもらっても良いですか?」

「はい、どうぞどうぞ。あ、せっかくなのでこちらにどうぞ」

 そう言いながら秋兎さんが賽銭箱の下の階段を指し示すと、女の子はコクリと頷いてから静かに座った。そして、隣に座ってから和やかな笑みを浮かべながら秋兎さんが話を促すと、女の子は少しだけ安心した様子で静かに話を始めた。

「……私、この近くの高校に通っている高校三年生で、愛染美姫(あいぜんみさき)というのですが、実は同じ学校の生徒でお慕いしている方がいるのです」

「わあ……それは素敵ですね。その方はどんな方なんですか?」

「その方は家庭科部に所属している同じ三年生で、その料理や裁縫の才能──特にお菓子作りの才能が評価されて、周囲からは『スイーツ王子』なんて言われているの です」

「ほうほう……」

「それで、どうして私のその方をお慕いするようになったかなのですが、あれは私が中学一年生の頃、剣道部の練習の休憩中にふと被服室の近くを通った時の事でした。その時、その方が偶然可愛らしい小物を作っているのを見かけて、何を作っているのかが気になってこっそりと見ていたのですが、作っている時の姿や作品を作り終えた時の笑顔に心を惹かれてしまい、それ以来ずっと片想いをし続けているのです」

「なるほど……でも、美姫さんも素敵な方ですし、告白してしまえばそのお相手さんも喜んで受けてくれ──」

「こ、告白なんて……! そんなの……恥ずかしくて出来ませんよ……。それに、その方はとても女子生徒からの人気が高い方ですし、私とは何の繋がりもありませんから、いきなり私なんかが告白をしても迷惑かもしれません」

「そんな事は無いと思いますよ。それに、繋がりが無いというなら、今からでも何か繋がりになる物を見つけるなり作ってしまうなりしてしまえば良いと思います。例えば……美姫さん、可愛らしい物や甘い物はお好きですか?」

「え? あ、はい……実は周囲には隠しているのですが、私も結構そういう物が好きで、部屋にはぬいぐるみを飾っていたり、休日になるとレシピ本を片手に甘い物を作ってみたりしているのです」

「そうなんですね。でも、どうして隠しているんですか?」

「それは……私には似合わないからです」

「似合わない……ですか?」

「はい……なので、周囲にはそういう物はあまり好きじゃないという風に言ったり、友達を部屋に呼ぶ時にはその時だけ押し入れに隠したり、と色々な事をしているのです。そして、好きだと言えない弱い自分をどうにか鍛えるためにひたすら剣道の腕を磨く内に、いつしか『麗しの剣姫』などという異名までついて、もっと言い出せなくなってしまったのです……」

「そうだったんですね」

「ですが……その方は、甘い物はもちろん、可愛らしい物も好きだという事なので、今のままでは告白どころか話をする事すら出来ません……」

「美姫さん……」

 シュンとしながら(うつむ)く愛染先輩を前に秋兎さんは心配そうな表情を浮かべた。けれど、すぐに笑みを浮かべると、秋兎さんは愛染先輩の肩に両手を置きながら優しく声を掛けた。

「……大丈夫ですよ、美姫さん。貴女の想いはきっとその方に届きますから」

「そう……でしょうか……」

「はい。以前、私の尊敬する方が仰っていたんです。想いというのはその人の声や所作にしっかりと表れる物で、その想いを持ち続けていれば、伝えたい相手にいつかは絶対に伝わる物なのだ、と」

「…………」

「たしかに、今はその方との繋がりはあまり無いかもしれませんが、同じ学校だというのなら、接する機会は幾らでもあるはずです。なので、その機会を上手く利用して何か話題を見つけて、少しずつ距離を縮めていけばきっと想いは伝わりますよ」

「距離を……少しずつ縮める……」

「はい。美姫さん、私も応援しますから一緒に頑張ってみましょう」

「は、はい……! ありがとうございます、えっと……」

「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私の名前は秋月兎(あきづきうさぎ)といいます」

「秋月兎さんですね。えっと……それじゃあ改めてありがとうございます、兎さん。私、あの方に想いを告げられるように頑張ってみますね」

「はい、その意気です! あ、そうだ……せっかくなので、お参りをしていきませんか? この神薙神社の神様である天乃実豊尊様は、縁結びの神様でもありますし、参拝客の方の願いを叶える手助けをしてくれる不思議な存在もいるのでオススメですよ」

「不思議な存在……剣道部の後輩がこの神社のお話をしていて興味を持ったので来てみたのですが、その存在については初めて聞きました」

「まあ、知っているのも私達職員を除けば、数人程度ですから、それは仕方ありませんよ。けれど、願いをこめながら参拝をすると、その不思議な存在が天乃実豊尊様と共に願いを叶えるために手助けをしてくれるらしいとの事ですよ」

 優しく笑いながら秋兎さんが言うと、「そうなのですね……」と愛染先輩は納得した様子を見せた。そしてスクッと立ち上がると、そのまま賽銭箱の前に立ち、参拝を始めた。

「愛染さん……」

「……想い人との縁に悩む私が、縁結びの神様の話を聞いた事や貴女と出会えた事も何かの縁ですから。それに、神様やその存在にも味方をして頂けた方が私も気持ちが楽ですしね」

「ふふ、そうかもしれませんね」

「はい」

 そう言って秋兎さんと愛染先輩が仲良く笑い合っていたその時、祝玖と詩織が石段を登ってくるのが見え、俺は姿を隠したままで祝玖達へと近付いて声を掛けた。

「祝玖、詩織」

「……ん? 貴使か?」

「姿を隠したまま話し掛けてくるなんて珍しいけど……何かあったの?」

「ああ、今参拝客──それも恋野先輩の想い人がいらしてたからな」

「え、マジか!?」

「ああ、マジだ。それでなんだけど──」

 俺は先程の愛染先輩と秋月兎さんこと秋兎さんの会話を祝玖達に話した。そして話し終えると、詩織は顎に軽く手を当てながら「なるほどね」と呟いた。

「恋野先輩と愛染先輩は両想い。けれど、お互いに相手にとって自分は興味が無いか繋がりが無いと思っている、と……」

「これはかなりもどかしいよな……恋野先輩と愛染先輩にさっさと気持ちを伝え合ってもらえば解決する話ではあるけど、そう簡単にはいかないわけだし」

「そうだな。だから、ちょっとお前達に手伝ってもらいたい事があるんだ」

「うん、何?」

「遠慮無く言ってくれ、貴使」

「ああ、ありがとうな」

 祝玖達に心からの感謝を伝えてから、俺は愛染先輩と秋兎さんが話している時に考えていたアイデアを祝玖達に話した。そして祝玖達が喜んでそれを受けてくれた後、俺達は揃って愛染先輩と秋兎さんへと近付いた。

「うーさぎさん♪」

「……あっ、詩織さんに祝玖君。さっきぶりですね」

「はい、さっきぶりです」

 祝玖と詩織はニコニコと笑いながら秋兎さんに話し掛けた後、少し驚いた様子で自分達を見る愛染先輩に顔を向け、笑みを浮かべながら自己紹介を始めた。

 さて……これで第一段階はオッケーだ。ここからどう転ぶかは分からないけど、今回も依頼達成のために頑張らないとだな。

 楽しそうに話をする祝玖達やそれに笑みを浮かべながら答える愛染先輩達の姿を見ながら俺は依頼の達成へ向けてやる気を静かに高めた。




政実「第8話、いかがでしたでしょうか」
貴使「次で今回の話も終わりだけど、本当に終われそうなのか?」
政実「うん、そのつもりで進めてるよ」
貴使「分かった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととてと嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
貴使「ああ」
政実・貴使「それでは、また次回」


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