ソードアート・オンライン イレギュラー・メモリー (終末好きの根暗)
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プロローグ
第0話 死と転生、不幸と幸福


皆さんどうも、新年明けましておめでとう御座います。

ご存じの方々はお久し振り、初めましての方々は初めまして。

終末好きの根暗で御座います。


今回から新年の幕開けとして、気持ちを一転しようと新作のソードアート・オンライン

遂に書いてしまった……しかし、後悔はありません。
今回からソードアート・オンラインの小説に初挑戦致します。

このプロローグは主人公の視点のみでして、キリトの出番はまだありません。

また、タグにあります転生要素ですが、この物語は転生してからが主体の話ですので、主人公の前世の名前には触れない方向でお願いします。

では、どうぞ。

**********************


 ――ここまで、かな。

 

 今まで何度も苦しめられてきたが、その中でも今回のは異質中の異質だ。

 

 周囲の音が聞こえない。

 

 周囲の景色が見えない。

 

 手足が全く動かない。

 

 痛いのかどうかも分からない。

 

 苦しいかどうかも分からない。

 

 ただ分かったのは、物理的な痛みよりも何も感じない事の方が余程自分の終わりを感じ取りやすいという事だけだ。

 

 

 

 ――そして、自分の人生の終わりを悟る。

 そんな中、ふと自分の人生を振り返った。

 思い返せば、家庭は裕福だったというのに、後悔ばかりの人生だった。

 

 簡単に言えば、自分の家はエリートコースとでも言えば良いのか、自分はその家の長男だった。

 

 父が大企業のCEOを務めており、母はその秘書だった。

 自分と双子の姉は、世間で言う所の御曹司と令嬢という扱いだ。

 

 しかし、自分と姉には決定的な差があった。

 運動も勉強も並以下の自分。 運動や勉強を初めとした様々な事を器用にそつなく熟し、完璧超人とでも言わんばかりの才覚を持つ姉。

 優秀な姉と不出来な弟という言葉通りのレッテルが貼られ、何方かに企業を引き継がせようとしていた両親は当然の如く姉に目を掛け、逆に自分には失望したと言わんばかりに冷たい視線を向けた。

 

 

 それについてどう思っていたのか、と聞かれればこう答える。

 

 

 ――本当にごめんなさい、と。

 

 

 

 虚弱体質故に運動がろくに出来ず、運動関連の学校行事に参加しても、途中で倒れ、時には死にかけ、何度も周囲に迷惑をかけ、大切な思い出を不快な記憶で塗り付けてしまった。

 勉強も、何度同じ事を教わっても上手く理解する事が出来ず、家庭教師や塾の先生、学校の先生等々教えてくれた方々を何度苛立たせた事なのだろうか。

 

 そして、恐らく期待してくれていたであろう両親に全く応えられなかった事を詫びたい。

 

 

 ――だが、何も自分は初めからそう思っていた訳ではないのだ。

 寧ろ自分の努力を認めてくれなかった周囲を恨んでいた時さえある。

 

 そんな事があった自分が変われたのは、間違いなく最愛の姉のお陰だろう。

 

「――――」

 

 

そうして()は思い出す。

 

 

 優しかった姉が気分転換という名目で僕の為に用意し、姉と僕を繋ぐ切っ掛けを作ってくれた本。

 

 病院生活になる前、姉の計らいでアニメ、更には映画すら観に行った、姉弟の最大の思い出になってくれた大好きな作品。

 

 

 

 

 ――ソードアート・オンラインの事を。

 

 

**********************

 

 一体何年前の事だったか、何時も通り自室で勉強をしていた時、休憩の時間に姉がやって来た。

 そして傍らにあの本があったのだ。

 

「●●、お疲れ様。 何時も勉強ばっかりじゃ気が滅入るでしょ? 良ければ息抜きにこれ読んで見てよ。 気分転換も大事だよ」

 

「ソードアート・オンライン?」

 

「うん。 ●●のタイプに合うかはちょっと分からないけど、きっと面白いと思うよ。 私なんか、何度も読んでるのに未だに感動してるよ」

 

「へぇ……そこまで言うなら読んでみようかな」

 

「! オッケー! それじゃこれ、アインクラッド編の一巻と二巻からだけど……」

「ちょ、ちょっとネタバレは無しにして……」

 

 

 読もうと思った切っ掛けは特に無い。

 強いて言えば、「自分の好きが相手の好きになるとは限らない」という理由から――何かを薦める事を余りしない姉が珍しく薦めてきたから、と言った所だろうか。

 

 そんな理由から読み始めた作品だったが、自分でも驚く程に引き込まれた。

 

 

 

 

 

 最初に注目したのはVRMMORPG――正式名称は仮想大規模オンラインロールプレイングゲームというらしい――という仮想世界を指し示す単語だ。

 

 『ナーヴギア』という流線型ヘッドギアの次世代ゲーム機を頭に被って使用する事で脳に信号を伝え、仮想世界を恰も実体験している様に感じさせるのだ。

 

 加えて、現実では体験不可能な事でも仮想現実ならば実体験と遜色ない様に感じる事も出来るのだから、これに惹かれた者は多いのではないだろうか。

 

 実際、僕はこんな物があったらと何度も感じさせられたのだ。

 

 仮想現実でなら、僕も動き回れると。

 

 

 

 しかし、それは良い面だけを見ればの話だ。

 

 ソードアート・オンラインという作品は、決して明るい面だけでは出来ていない。

 

 僕はそれを序章であるアインクラッド編で思い知る事になった。

 

**********************

 

 ――あの章について語るなら、ゲームであっても遊びでは無い、だろうか。

 

 

 2022年11月6日に仮想世界にフルダイブ出来るという新世代のゲーム『ソードアート・オンライン』通称SAOの正式サービスが開始し、βテスターの千人を含む約一万人のプレイヤーが参加するという所から物語は始まる。

 

 所が、このゲームはただのゲームでは無い。

 

 

 正式サービス開始から数時間後、SAOは開発者である茅場(かやば)晶彦(あきひこ)という男の手によって脱出不可能なデスゲームになったのだ。

 

 ログアウトは不可能、HPが全損すれば現実の自分の命も失われ、脱出条件はゲームクリアのみ。

 

 ゲーム開始から約二年が経過し、最終的にでゲームはクリアされたが、一万人のプレイヤーの内、約四千人が死亡した。

 

 世界中が注目していたSAOは史上最悪のゲームとして歴史にその名を刻んだ。

 

 そのSAOをクリアしたのが、物語の主人公である『キリト』という少年だ。

 

 彼はSAOというデスゲームの中で何度も苦悩や葛藤を繰り返し、時に仲間を失い、時に人を殺し、それでも進み続けた。

 

 そして、物語のヒロインである『アスナ』という少女と結ばれ、彼女の為に自分の命を懸けようとするまでに彼女を想い、アスナもまた彼を想っていた。

 

 

 そして、それから暫くした頃、キリトはSAOのプレイヤーの一人である『ヒースクリフ』の正体がGM(ゲームマスター)である茅場晶彦だと看破する。

 

 キリトはアスナやSAOで出会った仲間達を解放する為に単身で最後の戦いに挑む。

 

 しかし、アスナはヒースクリフの攻撃からキリトを庇い、代償としてアスナのHPは失われてしまう。

 

 アスナを失った事で絶望したキリトは自暴自棄になってしまい、自分もアスナと同じ場所へ行こうと無気力に身体を動かした。

 

 そしてキリトもまた、ヒースクリフの武器である長剣に貫かれ、HPが失われた。

 

 

 これで彼も死に、全てが終わる。

 

 

 

 

 

 ――だが、最後の最後、彼は足掻いた。

 SAOを支配するシステムに抗った。

 自分が消滅する寸前、近くとも遠いその距離を詰め、アスナの細剣でラスボスであるヒースクリフを貫き、遂にデスゲームをクリアした。

 

 

 彼は勝ったのだ。

 SAOというデスゲームに。

 ヒースクリフというラスボスに。

 システムという理不尽な力に。

 

 

 2024年11月7日。

 二年という歳月が経ち、一万人中生き残った役六千人のログアウトが完了し、ソードアート・オンラインはクリアされた。

 

 

 

 

 本来ならここで物語は終わるだろう。

 

 

 

 しかし、物語はまだ終わらなかった。

 

 

 

 クリアを達成した者だからか、本来なら死んだ筈のキリトは生き残った。

 そして、アスナもまた生きていた。

 

 

 しかし、彼女は目覚めていなかった。

 彼女は『アルヴヘイム・オンライン』という新たな仮想世界に閉じ込めてられていたのだ。

 

 そして、キリトはアスナを取り戻す為に再び仮想世界に飛び込み、新たな物語が始まった。

 

 

 

**********************

 

 アインクラッド編を読み終え、一週間で何度も周回した僕は、直ぐさま姉と感想の伝え合いを行った。

 

 時には同じ、時には違う感想を伝え、気付けば二人揃ってハマっていたのだ。

 

 

 それからという物、アスナを取り戻す為に『リーファ』という少女と共に戦ったフェアリィ・ダンス編、『シノン』という少女とキリトの己の過去と向き合う為に戦ったファントム・バレット編、主人公をアスナに置き換え、現実世界でのアスナの戦いに視点を置いたマザーズ・ロザリオ編、話のスケールを拡大した集大成のアリシゼーション編と読み続け、アニメ、更には劇場版のオーディナル・スケールも観に行った。

 

 また、姉はその中でも『ユージオ』と『ユウキ』というキャラクターが特に好きだった。

 

 姉は何というべきか、悪役ですらも嫌いになる事はない人だった――曰く、感情移入出来るかどうかは別だけど=嫌いになる訳じゃないとの事で、姉は『アドミニストレータ』というキャラも好きだった――のだが、その姉にSAOで好きなキャラは誰かと聞けばユウキとユージオは別格で他のキャラも『ガブリエルやヴァサゴみたいな例外を除けば大体OK』と答えたのだ。

 

 ――曰く、キリトとアスナという二人の主人公を強くしてくれて、それでいてどっちもしっかり今を生き抜いたかららしい。

 

 ユウキとユージオの共通点は作中の主要人物でキリトとアスナの同性の親友という点があるが、それ以上を上げるなら何方も命を落としたという事だろう。

 

 僕はキリトとアスナが安定で好きだったが故によく分からなかったが、姉が言うには「キリトとアスナはお互いが最大の支えだけど、ユージオとユウキが二人を個別で強く成長させた」らしい。

 

 残念な事に二人は別々の時期に死んでしまった為に絡みは無いが、二次創作では稀にあるらしい。

 

 ――正直な話、僕に取って二人は物語の序盤で死んだディアベルやサチの延長線程度にしか思っていなかった為に、姉が言った二人の良さが余り分からなかった。

 

 あくまで大事なのは今ある物で、失った物や消えた物ではないのではないかと、そう思っていた。

 

 だからキリトがサチやユージオの死を引きずって自分を責めるのも、ユウキがアスナに自分の姉を重ねて涙を流したのも、理由がまるで分からなかったのだ。

 

 

 

 ――あの日、姉が死ぬまでは。

 

**********************

 

 少し話を戻すが、僕は所謂虚弱体質という奴で体が弱かったのだ。

 そして、色々な病気に何度も掛かった。

 

 それが周囲には鬱陶しく映ったのか、次第に僕は暴力や嫌がらせ等の虐めを受けた。

 

 給食に蝉の亡骸を放り込まれたり、机や教科書に落書きされたり、全員に配られる筈のプリントを僕の分だけ隠れて捨てたり、数え出したらキリが無い。

 

 そしてそれは、双子故に同じ学校に通っていた姉も例外ではない。

 姉は僕と違って多くの人から信頼されていたが、その一方で何でも出来る部分に嫉妬した一部の者が差別をしていたのだ。

 

 僕と違って我慢強かった姉は何をされても大丈夫と言って笑っていたが、それが痩せ我慢である事は流石の僕にも分かった。

 

 両親や先生に相談しようと持ちかけたが、それは却って親を怒らせると言われてしまった。

両親は僕に失望する一方で、姉にも過度な期待を掛けていた。

 故に虐めなんて自分の力で何とかしろで片してしまうのは容易に想像出来た。

それが姉を何れ程追い詰めていたのかは、弟の僕でも計り知れない。

 では先生を頼ろうと思ったが、これも駄目だ。

 巫山戯た話だが、僕達の通う学校は虐めなどを黙認する教師ばかりで、誰も彼も見て見ぬ振りだ。

 

 

 しかし、それでも姉は学校生活を続けた。

 今を耐えきれば、何時かきっと何とかなる。

 そうやって、希望を求めて生き続けた。

 

 

 ――でも駄目だった。

 病は気からという言葉がある様に、精神的に限界を迎えた僕は一年程前に重病に掛かり、とても学校に通うことは出来ず、退学。 病院の無菌室で生活を送る事になったのだ。

 

 そして、学校に残っていた姉は病原菌の弟を持つ疫病神として扱われ、僕を庇った姉は学校の不良集団に目を付けられ、何度も暴力を受けたそうだ。

 

 

 ……そして僕が病院生活を送って半年、つまり約半年前の出来事だ。

 

 過度な暴力を受けた姉は――、

 

 ――。

 ――――。

 ―――――――。

 

 

 

 ――命を、落とした。

 

 

 

**********************

 

 

 僕のせいだ。

 僕が強引にでも両親に虐めを伝えていれば、あんな事にはならなかったんだ。

 それか、警察に伝える事だって……

 

 ――けれど、もう遅いのだ。

 どんなに後悔した所で姉は戻らない。

 失われた命は戻らない。

 ……もう二度と、姉には会えないのだ。

 

 

 

**********************

 

 

「――――」

 

 ――少しだけ話を戻そう。

 

 僕は先程、姉を失った事でキリトやユウキの気持ちが分かったかの様に呟いたが、正直憶測だ。

 

 自分のせいで大切な人を失ったというのは、サチやユージオを失った時に自分を責めたキリトと共通点の様な物だが、全く同じ気持ちとは限らない。

 

 ユウキがアスナを姉のランに重ねて涙を流したのは、ランがもう居ないという事実を突き付けられる感覚だったのかもしれないと考えたが、これも同じく憶測の域を出ない話だ。 しかし、双子の姉という自分の半身の様な存在が居なくなった苦しみは何となく分かった気がした。

 

 

 ――ただ、仮に僕の推測が正しかった場合、彼等は僕と同等、いやそれ以上の苦しみにずっと耐えながら生きていたという事になる。

 

 

 

 なんて強いのだろう。

 自分のせいで大切な物を失ったという苦しみ、最も近しい存在が居なくなったという恐怖、それらを味わって尚も彼等は生きているのだ。

 彼等は僕よりも余程強い精神の持ち主だ。

 

 

 ――僕にはとても無理だ。

姉を失った苦しみからか、病状が悪化してろくに動けなくなった僕には、とても……

 

 

 以前姉に「もしソードアート・オンラインの世界に行けたらどうする?」と聞かれた事がある。

その時の僕は「分からないけど、僕は楽しめればそれで良いかな」と答えた。

 

 では姉はどうなのか、僕は訪ねた。

 すると姉はこう言った。

 

 

『……私は戦おうとすると思う。 例え命懸けの戦いだったとしても、自分の命で誰かが救えたら、きっと自分も凄く救われると思うし。 それにね。 私は何もしないで誰の記憶に残らないよりも、何かをして誰か一人の記憶にでも残っててもらえたらそれで良いんだ。

だって、距離の違いはあるかもだけど、その人の心の何処かには私が居て、私はその人にそれだけ近付けたって事だから。 ……って、ユウキが言ってた台詞に似せただけなんだけどね』

 

 

 ――あの時の姉の言葉は鮮明に覚えてる。

 あの時僕は、絶対に姉に勝てないと感じた。

 姉が誇らしいと感じた。

 

 ――でも、何よりも、姉が遠く感じた。

 

 

「――――」

 

 恐らく姉は、あの作品から多くの物を、僕よりもずっと得ていたのだ。

 

 過去や今、自分と他人、様々な物と向き合う事の大切さと向き合った者の強さ。

 受け入れがたい事実を受け入れる寛容さ。

 伝えたい事を伝える為にぶつかる勇気。

 

 あくまでもしの話だが、姉があの世界に行ったらきっと僕よりもずっと強くて、キリト達の仲間になる事だって出来るのではないだろうか。

 

 

 ――そう思った時、僕は願った。

 

 彼等の様な強さが欲しい。

 彼等の様に強くなりたい。

 例え作られた物語だとしても、彼等の様に苦しみに耐えて生き抜く強さが、僕は欲しい。

 

 

 ――けれど、その強欲な願いは、やはり不可能なのだと思い知らされた。

 例え何れ程願っても、手の届かない物がある。

 

 

 

 

 

「――――」

 

 ――ほら、その証拠に遂に迎えが来た様だ。

 どうやら僕は、戦う事さえも許されないらしい。

 全く理不尽な話だ。

 せめて体だけでも自由に動かしたかった。

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 

――まだ生きたい。

 

 

 ただそれだけの願いが、思いが、何時までも、何処までも膨れ上がっていく。 掻き消えそうな命は最早風前の灯火だ。

 それに比例するように、再現なく生への渇望と死への拒絶が肥大化していく。

 生きて何が出来る訳でも無いのに、ただ死を待つだけしか出来ないのに、それでも……

 

 

「――――」

 

 ――死にたく、ない。

 

 

だがその願いが聞き届けられることは、許さないと言わんばかりに決して無かった。 急速に低下していく体温と体中から流れ出る膨大な血液は、避けようのない死の運命を確実に宣告している。

 

既に痛みなど無い。いや、痛むのかもしれないがそれを伝える神経がもうとっくに機能していないのだ。 最早指一本は愚か瞼すら全く動かせず、肉体はとうにその役目を放棄してしまっている。

 

 

――嗚呼(ああ)嗚呼(ああ)。 無様で惨めなな人生だった。

 

 

脳裏を走馬灯が走り抜けている。

それを見ていると、ひたすらにそんな感想が浮かび続けた。

まともな成功が無い所か、失敗だらけの人生。

身も蓋もない言い方をすれば、他人の人生を汚すだけの最悪の人生。

だがそれもここで終わりを告げる。

そしてそれは、既に確定している事象なのだ。

 

 

――生きたかった。

 

 

何かを生み出す事も出来ず、何かを与える事も、誰かを救う事も出来ず、望みはあれど、何も成せぬままただ死んでいく。

 

その事がひたすらに悔しくてたまらない。

 

 

 

死にたくない。 生きたい。 死にたくない。生きたい。死にたくない。生きたい。死にたくない。 生きたい。

 

 

何だって良い、この人生が駄目ならそれこそ来世でも別に構わない。

ただ生きたい。

誰にも覚えて貰えずに忘れられさられて消える事が何よりも恐ろしい。

 

何処かに何かを刻みたい。

 

僕という人間が、この世界で生きていたという事を証明する為に。

 

何かを作りたい。

何かを与えたい。

何かを成したい。

誰かを救いたい。

 

僕という存在の価値を証明する為に。

姉に負けない事があるんだって胸を張る為に。

誰かが必要としてくれる自分に成る為に。

 

 

 生きたい。生きたい。生きたい。

 

僕はまだ、死にたくない―――。

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 

 

――でも、本当に終わりの様だ。 仕方ない。

 

 

普段は無い物ねだり等しないし、神様を信じるという事も別に無い。

だが、今回ばかりは神に祈って次回に賭けよう。

それが今の僕が出来る最後の事だ。

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 

 

――嗚呼(ああ)、神様。

もし生まれ変わりという物があれば、どうか、どうか次こそは。

 

 

 

「――――」

 

 

――自分の弱さと、理不尽な運命と、どうか戦わせて下さい。

 

 

 

 

――。

――――。

―――――――。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

――その日、一人の少年が命を落とした。

誰に知られる事も無いまま、静かに息を引き取っていたのだ。

その事実は後に少年の家族が知っても尚、変化は訪れる事なく、悲しむ者は誰も居なかった。

少年を知る者に取って、少年は居ても居なくても何も変わらない存在だったのだ。

故に、誰も悲しまない。

故に、誰も求めない。

その事実を突き付けられる事を恐れた少年がその事実を知る前に命を落としたのは不幸中の幸いか、或いはもっと残酷だったのか。

 

――それは誰にも分からない。

 

 

 

 

**********************

 

 

――此処は、何処だろう。

何も見えない。

何も聞こえない。

ただ、何処かへ向かっているのは分かる。

何かに引き寄せられる様にして、何処へ。

尤も、登っているのかも降っているのかも分かりはしないし、何処へ向かっているのかも分かる筈も無いのだが。

 

 

「――――」

 

すると、突然体が止まる。

何が起きたのかは分からない。

可能性として高いのは、目的地に到着したか障害物に阻まれたという辺りだが、その仮説が正しいのか確認する術は無い。

 

 

――すると、周囲から光が差し込む。

 

「…………!」

 

その光は、命を感じさせる暖かさで、暗闇に覆われていた周囲を優しく照らす。

 

「………………」

 

――そして、その光に飲まれた僕は……

 

**********************

 

 

 

――今の内に持ち物の確認をしておこう。

スマホはある。 合鍵も持った。 鞄と、お気に入りの本も持った。

ゲーム機もあるし、これで困る事は無い。

よし、それじゃあ――

 

「――紅人(くれと)! そろそろ行くわよ!」

 

「はーい」

 

母に呼ばれたので急いで玄関に向かう。

余り怒らない母だが、怒ると我が家で一番怖いので急がなくては。

正に母は強しである。

 

「お待たせ、母さん」

 

「忘れ物は無い?」

 

「さっき確認したから大丈夫だよ」

 

「そう。 それじゃあ行きましょうか」

 

「はーい」

 

そう言って、母と共に家を出る。

 

少し歩けば、父が車の中で待っており、姉も既に席に着いていた。

姉は本を読んでおり、僕に気付くと軽くジト目で睨み付けてくる。

 

「遅いよ、紅人。 またゲームしてたの? それとも昨日の変な勉強の続き?」

 

「まあまあ朱花(しゅか)。 余り責めないで上げなさい。

それに、紅人のやってる勉強は、朱花よりもちょっと進んでるだけで、別に変な物じゃないよ」

 

「……は-い」

 

「あはは……」

 

父の言葉に姉は渋々納得したらしい。

 

そんなこんなで僕と母も車に乗り込み、目的地へと出発する。

 

 

 

 

 

 

 

――僕の名前は緋咲(ひざき)紅人(くれと)

現在は7歳の小学一年生だ。

家族構成は両親と姉と僕の四人家族。

父はとある企業の社員。 母は中学、高校、大学を転々とする教師。 姉は三つ上の小学四年生。 という立場になっている。

因みにだが、姉が言っていた変な勉強とは高校の問題の話である。

 

では、何故小学一年生の僕が高校の問題をやっているのかを説明しよう。

 

 

唐突ではあるが、僕は所謂転生者という奴になっているらしい。

 

というのも、実は僕、5歳になった辺りから前世の記憶を思い出し始めたのだ。

と言っても、何故だか思い出す以前の記憶は余り覚えてないんだけどね。

 

前世の記憶はある程度覚えているが、その頃の自分の名前や嘗ての家族の名前は覚えていない。

 

顔も、正直思い出せない。

姉の事も、思い出せない。

 

 

 

――でも、良いのだ。

 

 

今の僕には、家族が居る。

必要としてくれる、愛してくれる家族が。

 

前世の姉の顔を思い出せないのは残念だが、それはもう過去の話なのだ。

それに、言葉や思い出は確かに残っている。

忘れた訳ではないのだ。

 

 

――だったら、後ろを向かずに前を向こう。

暖かい家族。

暖かい友人。

自由に動かせる身体。

前世では何れだけ望んでも手に入らなかった物、それが今は確かにあるのだ。

 

 

――話が少し逸れたが、要するに僕は前世の記憶持ち転生者であり、高校の問題をやっていたのは前世で覚えた事を忘れない様に現役の教師である母にプリントを作って貰ったという訳だ。

 

因みに最初の頃は大層驚かれた物だが、最近はどうも当たり前になりつつある様だ。

以前に何度か学年を上げないかという話を切り出された事があったが、今度こそ楽しい学生生活を送りたかった僕はそれを蹴った。

 

僕からすれば、良い学校に行って勉強三昧な日常よりも普通の学校で友達と楽しく過ごした方がずっと有意義なのだ。

 

しかし、それでも何時かに備えて進路の選択肢を増やしておこうと思い、そこそこ偏差値の高い学校に通っている。

 

 

 

――さて、ではそろそろ何処に向かっているかの説明をしておこう。

 

聞いた話では、我が家は日本有数の名家という事になっているらしく、それ故に様々な良家の方々と交流する機会がある。

 

今日はその中でも特に中の良い二人の友人の内の一人の自宅に行き、もう一人も含めた三人で遊ぶ時間を設けて貰ったのだ。

 

と言っても、親同士は家の都合で別室で会話をしている最中に、やる事が無い退屈から子供達に騒がれない様に会わせているだけ、という感覚なのかもしれない。

 

だが、それでも友人が出来たのは間違いない。

それが何れだけ嬉しかったのか、きっと他の誰にも分からないだろう。

 

 

――しかし、今では友人である彼等と仲良くさせてもらっているが、友情を結ぶ前に彼等が誰なのかを知った時は本当に驚いた物だ。

 

 

何故なら僕は、彼等を、いや言ってしまえばこの世界を知っていたのだから。

 

 

 

――この世界は、嘗て憧れた作品。

姉と共に読み、姉と共に観て、姉との思い出になってくれた作品。

一言では言い表せない作品。

 

「――――」

 

 

――ソードアート・オンラインの世界だったのだ。

 

 

死んだ筈の僕がどうして記憶を持ったままこの世界に転生したのかは分からない。

 

だが、この世界はソードアート・オンラインの世界なのだと、そう確信させる出来事があった。

 

 

 

 

**********************

 

――突然だが、この世界の僕には父の弟、つまり叔父が居る。

その叔父の名は緋咲(ひざき)幻徳(げんとく)

東都工業大学の重村ラボに務めている。

 

 

――重村ラボ。

それは重村(しげむら)徹大(てつひろ)という男が設立した研究室であり、SAO事件における全ての元凶とも言える男の茅場晶彦やその恋人だった神代(こうじろ)凛子(りんこ)を初めとした作中に登場する数々の天才科学者を排出した場所の名だ。

 

叔父はそのラボで茅場晶彦と同期であるらしく、研究者としてとても優秀なのだそうだ。

しかし、その一方で何処か人情に欠けている面があるらしく、祝い事にも全く参加しないそうだ。

 

僕はまだ会った事が無いが、もしかしたら茅場晶彦の様な大事件を起こすのではないか?

そう密かに危惧している。

 

 

――何れにせよ、SAOの作品に登場するキャラクターの名前がその時点で五人は確認出来た。

このまま行けば、茅場晶彦がSAO事件を起こす可能性は非常に高いだろう。

 

その時点ではまだ記憶が戻っていなかったが、これから会う友人との出会いが僕の前世の記憶を呼び起こしたのは間違いない。

 

 

――しかし、時々思う。

仮にこのまま時が経ち、茅場晶彦が原作通りにSAO事件を起こしたとして、僕はどうするのか。

 

友人の片割れはSAO事件の被害者だったので巻き込まれる可能性は高い。

ならば、僕は一体どうするのか。

 

――。

――――。

―――――――。

 

――その答えは、未だに見付からない。

 

 

**********************

 

 

 

 

――出発から数時間掛けて、漸く友人の片割れの自宅に到着した。

友人の片割れは所謂企業令嬢だからか、家は巨大で中もかなり広い。

車を降りて荷物のチェックをする。

 

「よし、全部あった」

 

「紅人、もう行くのかい?」

 

「うん。 二人を待たせたくないし」

 

「そうか。 それじゃあ楽しんでくるんだよ」

 

「はーい」

 

父との会話を手短に済ませて走り出す。

そうして玄関まで向かい、少し高い位置にあるインターフォンのボタンを押す。

すると、女性の声が聞こえてきた。

 

 

『はい。 此方結城で御座います。 来客の方で御座いますでしょうか』

 

この声の主は、ずっと昔からこの家に仕え続けているという家政婦の佐田(さだ)明代(あきよ)さん。

前世では家政婦に会う事は愚かただの一度も見る事すら無かったが、そんな僕の人生の中で初めて対面した家政婦が佐田さんだ。

 

両親が言うには家政婦としても人としても好印象を与える凄い人との事で、僕も何度かの会話でそれを感じた物だ。

 

 

「はい。 結城明日奈(ゆうき あすな)さんの友人、緋咲紅人と申します。 明日奈さんはいらっしゃいますか?」

 

『あら、紅人君でしたか。 扉を開けますので少し待っていて下さい』

 

佐田さんがそう言うと、数秒後にインターフォンの音が切れる。

それから数十秒後、扉が開き始めた。

 

――いやしかし、我ながら小学一年生の挨拶とは程遠いよな、と思う挨拶だった。

両親は結城家の人達に小学生離れした行動や言葉遣いをする時があると説明したらしいが、よくそれで納得してくれた物だ。

 

そんな事を考えながら扉に向かい、その手前で待ってくれている佐田さんに挨拶をする。

 

「紅人君、いらっしゃい」

 

「佐田さん、こんにちは。 えっと、明日奈と恭二ってもう部屋ですか?」

 

「ええ、二人共貴方を待っているわ。 扉は私が閉めるから早く行ってあげて」

 

「はい。 お邪魔しまーす」

 

そう言って会釈を済ませ、結城家の中に入る。

家政婦としての仕事人の真面目な顔と、子供達を見守る年長者としての暖かい顔、その両方をこうも見事に使い分けるのだから、世の中には凄い人も居るんだなぁ……と感服する。

 

 

 

 

「――あっ、緋咲君。 ちょっと遅いよ」

 

「明日奈。 ははは……ゴメン」

 

 

 

そう言って階段から降りてきたのは、この家の令嬢で僕の友人の少女、結城(ゆうき)明日奈(あすな)

 

僕より二つ年上の小学三年生で、偏差値も僕の通う学校より上の女子校に通っているらしい。

 

 

 

「もう……新川君も待ってるよ」

 

「オッケー、じゃあ行こう」

 

そう言って明日奈に付いて行く。

今日は何をしようか。

 

そんな事を考えながら階段を上がっていくと、明日奈が話題を振ってきた。

 

 

 

「そう言えば、今日は何をするの?」

 

「……テストの勝負の続きとか?」

 

「嫌だ。 私達絶対に勝てない」

 

「こっそり持ってきた格闘ゲームは?」

 

「……前に私のミスで爆笑してたじゃない」

 

「明日奈の方からは何か無いの?」

 

「……思い付かない」

 

「それじゃあ恭二に決めてもらおうよ」

 

「うーん……それもそうだね」

 

――さて、もうお分かりかと思うが、一応念の為に補足しておこう。

 

そう、彼女は原作のソードアート・オンラインにおけるメインヒロインにしてもう一人の主人公であるアスナ本人である。

 

と言っても、時期的にはまだだいぶ先の話ではあるのだが、彼女は後のアスナなのである。

 

しかし、綺麗な栗色の髪に整った顔立ち、それでいて勉強も運動も料理も得意ときたのだから、本当に恐ろしい物である。

というか、前世では作品の世界だからって割り切って見てたけど、転生して生で見てみたらこんなに美人だとは思わなかった。

 

あの年齢で容姿端麗、文武両道、才色兼備っ振りを既に発揮しているのだから、今後はもっと凄い事になるだろうなぁ……本当に現実離れしてるよ。

 

 

 

因みにもう一人の友人はキリトではない。 まあ恭二って名前が出た時点でそれは分かるか。

キリトにも早く会ってみたいんだけどなぁ……

 

などと考えていると――、

 

 

「あっ、紅人。 やっと来たんだ」

 

「お待たせ、恭二」

 

 

階段を上がった先の部屋の一つで本を読んでいる少年と遭遇した。

 

この少年は明日奈と同じく僕の友人の新川(しんかわ)恭二(きょうじ)である。

 

彼の家は医療関係の家柄であり、彼は総合病院の院長の跡取りだそうだ。

その為、かなり勉強三昧な日常を過ごしていると愚痴を聞かされる。

学校は違うが、偏差値は僕の学校と同じ位の共通校に通っているらしい。

因みに僕と同い年で小学一年生だ。

 

 

 

――気付いているか分からないが、彼は後の死銃(デス・ガン)の一人である。

 

つまり、ファントム・バレット編で発生した殺人事件の首謀者なのである。

 

しかし、今の彼は別に何か悪巧みをしているという訳ではないので、彼をどうこうしようとかは別に思ってないのだ。

 

まあ、大半の人は彼の事をシノンを襲ったクズ位にしか捉えていないのだろうが……

 

 

――しかし、奇妙な縁もある物だ。

 

 

「今日は何をして遊ぼうかな?」

 

「私は成るべく三人で遊べる物が良いかな」

 

「僕もそれが一番かな。 紅人は?」

 

 

姉と共に憧れたソードアート・オンラインの世界に転生したと思ったら、原作のメインヒロインと悪役が幼馴染みとして一緒にいて、それがもう二年に成るのだから。

 

因みにこの二人は原作で一切絡みが無いので、そう言う意味でも新鮮な気持ちを味わえた。

 

 

「紅人? おーい」

 

 

さて、それではこの二人とどの様に出会ったのかを説明したいのだが……

 

「緋咲君? 聞いてる?」

 

「……ゴメン、考え事してた」

 

「なら良いけど、紅人も話に参加してよ」

 

「そうそう。 こう言うのは三人一緒じゃないと」

 

「――――」

 

 

――。

――――。

―――――――。

 

「――うん。 それじゃあ、こんなのはどうかな?」

 

 

その話は、また後にしよう。

 

 

それに、僕はこれからこの世界で何が起きるのかを粗方知っている。

何か起きたら、その知識を頼れば良い。

これから起こる危機の中には事前に知っていたら対処出来る事態もかなりある筈だ。

 

だから、今はこれで良い。

 

 

――今はただ、友人と一緒に遊ぼう。

この世界で出来た、初めての友達と。

 

――僕を必要としてくれる、友達と一緒に。




如何でしたでしょうか。

2020年をスッキリした気持ちで始めたいと思ったが故に書き出した物でもありますが、今後も続けていきたいと思います。

そして原作キャラ最初の友人は原作ヒロインの明日奈とファントム・バレット編のアンチ枠の新川恭二です(因みに二人とも好きなキャラです)

次回は明日奈、恭二との幼馴染み故のエピソード等を書いてみたいですね(作中事情により出会いのエピソードは後になります)

原作のキリト、ユージオ、アリスとはまた違った幼馴染み関係を楽しんで頂けたら幸いです。

因みに主人公の原作の知識はアインクラッド編からオーディナル・スケールを含むアリシゼーション編まで、ゲーム知識はホロウ・フラグメントから千年の黄昏までであり、メモデフなどは知らないと言った具合になります(因みにスピンオフはキャラ位しか知りません)

その為、原作の最新章のユナイタル・リング編は知りません。

因みに、前世の主人公のSAOの思い出は勉強よりもずっと色濃く残っている為、結構覚えてます(但し、スピンオフは例外)

また、勉強に関しては前世の難易度が高過ぎただけで別に勉強が出来ない訳ではありません(偏差値だけなら結構高いです)


質問などがあれば受け付けますので、今後とも宜しくお願い致します。


では、次回も楽しみにして頂けたら幸いです。


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