バトらない自分のガラルな日々 (アズ@ドレディアスキー)
しおりを挟む

1話 憑依者のガラルの夜明け

初投稿です。よろしくお願いします。

ずっと読み専だったのですが、他の作者様の作品を読むと言う形で、貰ってばかりで、自分も何か返せないかとずっと考えていました。
幸いにも書きたいと思えるテーマが浮かび、この小説を書くに至りました。

これで少しでも何か返す事が出来ればな、と思います。

……これを読んでる他の小説の作者様は「コイツこんな事言っておいて、他の小説の評価も感想も書いてねぇぞ!」と思われるかもしれません。
それに関してはアカウントを作るのが面倒だったので出来ていませんでした。後悔も反省もしておりません。

それでは長々と語ってしまいましたが本編をどうぞ。


 ポケモンソード・シールドが発売されてからしばらく経った。

 

 多くの人がガラルで旅をしたり、レイドバトルをしたり、ランクバトルなどを楽しんでいる中、俺は同じように楽しみつつもいまだに3DSを手放せないでいる。

 

 今日もjoyconを手放した後に3DSを掴み、パーティーのポケモン達とポケリフレで戯れる。まずは先頭のドレディアにポケ豆を与えるところからだ。

 ドレディアはポケリフレでかまってあげると左右にぴょんぴょん跳ねるのだが、これがとても愛らしい。

 

 ……もちろん新作の方でもチャンピオンになったし、図鑑もすべて埋めるくらい遊んでいる。

 

 ただ新作では出会えないポケモンが多いのだ。

 

過去作の伝説・準伝説は全滅。

アローラ固有のUBも全滅。

過去御三家もリザードン以外全滅。

それら以外にも細々と全体の約半分近いポケモンが新作に登場しない。

 

 そして何よりも自分の相棒のドレディアが居ない。

 

 

 …………なんで???

 

 

 100歩譲って前作に野生で出なかった草単タイプ&イッシュ出身のマラカッチに出番を譲ったからだとしよう。

 

 でもドレディアの対となるエルフーンは普通に出てるのに?

しかも、綿花が元ネタのポケモンとしてワタシラガとヒメンカが被っているのに?

しかもしかも、バウタウンにて水タイプジムの前にNPCと交換出来るという優遇もされてるのに?

 

……以前からも兆候はあった。

フェアリータイプ付与。

ポケモンカードに於ける格差。

グッズの格差。

これらの格差が更に人気に差をつけて、更に差が広がるという悪循環。

 

 なんで?ドレディア可愛いでしょ?お姫様でしょ?待機モーションめっちゃあざといでしょ?ポケモンの世界大会でもパーティーに選出される位強いポケモン&愛されポケモンなんだよ?

 

 あ゛ぁ〜、グラフィックが向上したドレディアが見たかった〜。ダイマックスしたドレディアが見たかった〜。一緒にキャンプがしたかった〜。一緒にガラルを旅したかったあ゛ぁ〜。

 

 ……畜生!あの優遇&害悪ポケモンめ!

 

 

 でも好き(熱い掌返し)

 

 

 ドレディアのポケリフレも終わり、隣のエルフーンのポケリフレに取り掛かる。ポケ豆を与えると嬉しそうにくるりと回るのだ。これがまた可愛い。

 仕方がない、エルフーンもドレディアとはまた違った可愛さがある。

 

 満面の笑みは見てるこっちが幸せになるし、ふわふわ浮いているところは癒やされるし、あのもこもこは触ってみると信じられない位ふわふわだった。流石は高級品にもなるもこもこ。

 ただ、この前勝手に俺の部屋に侵入して、あのもこもこを部屋中に撒き散らした挙げ句、大事な物入りバッグを隠すという所業をやらかしたのは許さない。

 

 ……でもあの満面の笑みを向けられると怒るに怒れないんだよなぁ。イタズラした子もバッグの中身をバラ撒いたりなどせずに、バッグのまま部屋に隠すなど、あくまでイタズラの範囲で済ましてるし。

 

 ただ許すのはあくまで可愛いエルフーンだけだ。もし手持ちにオーロンゲが居たとして、同じ事してきたらウールー用のバリカンを近くの農家から借りてきて、その長髪の色んな所に剃り込みをいれてやる。

 可愛いは正義、慈悲は無い。

 

 まぁそもそもオーロンゲが手持ちに居ないし、加える気も無いから起こり得ないんだけどな。

 

 というか、あれ?

 

 イタズラされた部屋って俺の部屋なのにこの部屋と違う?

 いや、そもそもポケモンが架空の生き物なのに、なんで会ったことや触ったことが有るんだ?

 

 

あれ?

 

 

________________

 

 

「……なんだ夢か」

 

 カーテンの隙間から覗くまばゆい朝日が間に入り、気怠げに目を擦る。

 

 目覚まし時計が鳴る前に起きた為、二度寝を決めようかと考えるも、後数分で鳴りそうだったため渋々毛布を剥がし、ベッドから降りてカーテンを広げ、部屋に光を入れる。

 

 顔を洗いに洗面台へ向おうかと考え、振り向くとサイドテーブルの上にある物が朝日を反射してキラリと光っていた。

 それはこの世界の象徴とも言える、赤と白で塗られた玉「モンスターボール」だった。

 

 それは朝日を受け、少し左右に揺れた所を見るに、どうやら自分の相棒も起きたようだ。

 

「おはよう、今日もよろしくな」

 

 サイドテーブルの高さに顔を合わせるようにしゃがみ、声をかけると先程よりも大きく揺れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話 日常と非日常

プロローグだけでは味気ないのでこちらも投稿


 廊下に出ると放熱器を置いてないためか、少し肌寒く感じ身震いした。

 

 このガラルではもう初夏とも言える時期な上、温暖な気候のターフタウンでもこう感じてしまうのは、日本の気候に比べこちらが寒いのか、それとも「この体」が前に居たと思われる場所がアローラだからなのか。

 

 さっさと顔を洗おうと早足で廊下を抜け、洗面台に着く。

 冷えた水で顔を洗うと、鈍っていた感覚が段々と鋭敏になっていき、スッキリとしたところで隣に掛けてあるタオルで顔を拭く。

 

 そしてタオルから顔を離し鏡に目を向けると、そこには寝起きだからか、下ろした髪が少しぼさついたミドルティーンの少女が映っていた。

 

 まぁ、一言で言ってしまえば「USUMの女主人公」だ。

 

 

________________________

 

 

 寝て起きたら全く見知らぬ場所だった時の感情は全く言葉に出来ない物だった。

 

 余りに混乱して、ただ動悸が収まらず虚空を見つめる事しかできなかった事は覚えている。

 

 起きた後しばらくして、ナースと思われる人が部屋に入って来たのだが、その容姿とその隣に居たモノを見て、呼吸を忘れるほどに驚いた。

 

 明るいピンク色の髪を束ね、ナースのような服装をした女性。所謂ポケモンアニメでジョーイさんと呼ばれる人が俺の目の前にいた。

 そしてその隣には、かんじょうポケモンのイエッサン(メスのすがた)がクリップボードを持ってこちらを見ていた。

 

 しばらくの間思考がショートしていたが、とりあえず話ができるまで落ち着いたあと話を聞いてみると以下のことが分かった。

 

・朝にターフタウンのウールー牧場の草原で気絶している所を牧場主が発見した。

・特に外傷は見当たらず服や荷物も軽装だった。

・トレーナーIDカードを所持していたので現在確認中

 

 話の途中で自分が男から女に変わっている事を知り、後々頭を抱える事になるのだが、当時は自分がポケモンの世界にいる事に比べたら驚きは大したことがなかった。

 そして窓に映った自分の顔を見て、自分がただの女性では無く、USUMの女主人公になってしまった事に気付く。

 

 しばらくの説明の後、今度はいくつか質問をされた。

 

Q:お名前は?

A:分からない。(名前はあるけど多分この体の名前じゃない)

 

 始めの質問から躓き、ジョーイさんの優しそうな表情が少し険しくなった。

 

Q:起きる前に何をしていたか覚えてる?

A:家で寝てた。起きたらここに居た。(性転換込み)

 

Q:お家はどこ?

A:多分アローラ。(具体的な住所を知らない)

 

Q:両親はどこ?連絡先は?

A:分からない。(そもそもこの体の両親の情報を知らない)

 

 このあたりでジョーイさんの表情は笑顔をしていても目は笑っておらず真剣そのものになっていた。

 そして次の質問を始めようとした時、部屋に少し太り気味の警察官らしき人物がやってきた。

 その警察官の風貌はまんまゲームに出てくる物と同一だったが、表情だけはゲームで見たようなヤバイものではなく至って普通の物だった。

 

 警察官がジョーイさんに耳打ちをすると、しばらくこの場を離れることを俺に伝え、部屋には俺とイエッサンだけが残された。

 

 手持ち無沙汰となると、どうしても視線がイエッサンの方に向かってしまう。それを受けてかどこか居心地が悪そうなイエッサンは、こちらをチラッと見ては目を逸らす行為を繰り返した。

 

 ただ、自分にとって架空の生き物であるポケモンと、触れ合えるかもしれない興奮を抑えることが出来なかった。

 

「あの……」

 

 遠慮がちに言ったつもりだったが意外と声が大きかったらしく、イエッサンはビクリと震えたあとこちらに目を合わせた。

 

「頭を、撫でてもいいかな?」

 

 こう言った後、イエッサンは少しキョトンと首を傾げたあとこちらに近寄ってきて頭を差し出してきた。

 これを了承とした俺は恐る恐る頭に手を置いて、ゆっくりと撫でた。

 

 見た目通りサラサラとした感触で、何より温かかった。

 

 ここで初めて俺はポケモンの世界にいる事を実感した。イエッサンやジョーイさんなどを見た時、会話の内容などで状況として理解はしていたが、どこか浮ついていてまだ夢の中に居るような感覚だったからだ。

 

 そしていざ実感してみると、自分の境遇と今後に対する不安が溢れ出た。

 自分はゲームやアニメとしてでしかこの世界を知らない。

 

ゲームに近い世界だとしたら時系列はいつだ?

自分はこの世界で生きていけるのだろうか?

退院してからの生活をどうする?

知己が誰も居ない、誰も頼れない。

 

 頭の中に沢山のどうしようが浮かんだとき、少し撫でて止まっていた手をイエッサンが優しく両手で包んでくれた。

 

 イエッサンは感情を読み取ると言われるその角で俺の不安を読み取ったのかもしれない。

 その気遣いに心の中が温かくなり、いくらか不安感が落ち着いた。何も問題は解決してないが、これ以上悪い方向に考える事は無いだろう。

 

 そして、今度は包まれている手と反対側の手を使い、気持ちを込めて撫でると、イエッサンの方から気持ち良さそうな鳴き声が聞こえてきた。

 

フィルーウ♪

 

……ゲームで見たけどちゃんとそう鳴くのね。

 

 

 

 そうしてしばらく撫でて居ると二人が部屋に戻って来た。

 何かあったのか先程よりもジョーイさんの顔が明らかに険しくなっていたが、それはおいといて、"なやみのタネ"であった俺の今後について話し合われる事になった。

 

 まず俺の今後についてだが、しばらくターフタウンに住む事になった。

 

 多分と曖昧に伝えたが、アローラ出身と伝えたため、アローラに送られるかと思ったがそんな事は無かった。どうやら俺をアローラに送るための手続きに時間がかかるらしい。

 

 当時は実質不法入国だからそういう事もあるか、むしろ捕まら無くて良かったと思っていた。後で気づいた事だがむしろ送られずに済んで良かったかもしれない。

 

 あくまでゲームだが、知識として知ってる範囲で推測すると、もし俺がアローラに送られていた場合、まず間違いなく問題が起きていた。それも割とシャレにならない奴。

 火中の栗を拾いに行くという表現があるが、俺は下手したら火中の栗の中に投げ入れられる所だった。

 

 次に俺の生活だが、なんとジムトレーナー達の寮に住みつつ、ジムのお手伝いをする事になった。

 

 理由としてはガラルのトレーナーIDを発行していないにも関わらず俺がポケモンを複数匹所持していたため、ガラルのトレーナーIDが発行されるまでその監督役としてジムトレーナー達が選ばれた訳だ。

 こちらも後々に詳しい話を聞いたところ、俺の所持していたトレーナーIDに問題が有り、普通であれば移行するだけで済むところを、新しく発行するのに時間がかかり、未許可でポケモンを所持している状態をどうにかするため、このような処置となったそうだ。

 

 話を終えると、預かっていたらしい白い肩掛けバッグと、USUM主人公の顔写真が写り、名前の欄に「コウミ」と書かれたトレーナーIDカードが渡された。

 

 先程の説明とどこか見覚えのある肩掛けバッグにもしや、と思いバッグの中を確認すると、いくつかの小物に加えて、目的の物があった。

 

プレミアボール3個

ラブラブボール2個

ゴージャスボール1個

 

 それは、寝る前にポケリフレで戯れたポケモンのボールの並びと全く一緒だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.5話 日常と非日常(裏)

もうちっとだけ導入が続くんじゃ。
あとオリキャラ出します。


「それで、なにか分かりましたか?」

 

 彼女の病室から出た後、診察室に着いた直後にジョーイは警察官のモリタカにそう聞いた。

 ただの行き倒れならまだしも、それに加えて記憶喪失のような症状を表している彼女の情報を知るためには、モリタカに預けた彼女のトレーナーIDが頼みの綱だった。

 

「いやぁ、分かったというべきか、分からなかったというべきか……」

 

 しかしモリタカの答えはどうも歯切れが悪い。手を首の後ろに回して眉間に眉を寄せてそう答える。

 

「どういうことですか?」

 

 トレーナーIDとはポケモンを所持する際に一人一人に発行される固有の文字列で、トレーナーの情報をデータベースに保存し管理するための情報だ。一部未成年でも親の管理の下、ポケモンを所持する例が認められているため、ID無しでもポケモンを所持している場合があるが、幸いにも件の彼女はIDカードを所持しており、そこから情報を得られるとジョーイは考えていた。

 

「結論から言うと、彼女のIDは存在しなかった」

 

「えっ?」

 

 IDが存在しないなど、普通の事ではない。そうなると考えたくはないが、一つの可能性を考え口にする。

 

「そんな、まさか、偽造カード……ですか?」

 

「いや、カードとID自体はアローラで正式に発行されたものだったよ」

 

 その可能性が否定されるも、余計に分からなくなった。偽造カードは非合法の人間がポケモンをやりとりするために存在する、という話をジョーイは耳に挟んだことがあったためその可能性を考えたが、どうやらそうではないらしい。正式に発行された物なのにIDが存在しない。矛盾だった。

 

「カードに貼り付けられた証明書も完璧。スタンプも問題無し。透かしや隠しIDとの整合性なんかもオールオーケー。ここまで完璧な物を偽造するなんてどこかのアングラ組織のトップでもない限り無理だ。……ただ問題はそこじゃないんだよ」

 

 言い終えるとモリタカの眉間の皺が更に深くなった。ジョーイからしてみればIDが存在しないというだけでも十分過ぎるくらいに問題のように思えるのだが。

 モリタカが目頭を押さえ目頭をもみ、深く息を吐くと悟ったような表情になり、言った。

 

「発行日がな……来年なんだ」

 

 まるで時が止まったかと錯覚してしまうくらいジョーイにとってその発言は想定外だった。

 

「えっと、冗談……じゃないんですよね」

 

「俺も最初はそう思って徹底的に調べたんだがな。調べれば調べるほど、嘘や冗談の類じゃない事が証明できてしまった事はさっき言った通りだ」

 

 ただIDが無いだけではなく、発行日が未来の日付。過去へのタイムトラベルなど都市伝説でしかジョーイは聞いたことがなかった。彼女は何者なんだろうと、考えていると不意にその考えが思い浮かぶ。

 

「あの、もし仮に彼女が未来から来たとしたら、彼女と同姓同名の方がアローラに居ると思いませんか?」

 

「俺も同じ事を考えた。幸いにもトレーナーカードに名前が載ってたことだしな。でも、アローラに彼女と同姓同名の人物は居なかった。彼女の両親も不明だ」

 

「そんな……」

 

 もう既に調べていたらしく、淀みなくその返答が帰ってきた。そして彼女の境遇が予想以上に悪い事に言葉を失う。

 

「そういえばあの子は手持ちポケモンが居たはずだよな。そっちはどうだ?」

 

 今度はジョーイが預かっていた彼女のポケモンについて聞いてきたが、ジョーイの表情は厳しいままだ。

 

「6体とも全員元気でした」

 

 今度はジョーイが歯切れが悪そうに答えた。

 

「それだけって訳じゃ無さそうだな」

 

「はい……6体のうち3体はそれぞれエルフーン、ドヒドイデ、あとガラルには居ませんがイッシュ地方のドレディアでした。でも残りの3体がポケモンセンターのデータベースで検索してもヒットしなくて……もしかしたら新種のポケモンかもしれないんです」

 

 それを聞いたモリタカ再び大きくため息を吐いたあと、上を向きながらつぶやいた。

 

「何というか、お手上げだ。正直俺の手に余る」

 

 そして再びジョーイの方に顔を向け、話を続ける。

 

「まぁ、あの子の出身とかについては、俺は国際警察の方の知り合いを頼ってみるよ。あいつらたまに信じられないような事件に頭突っ込んでたりするしな。何か知ってるかもしれない。それはそうとして、今後の彼女の扱いをどうするかについてだが……」

 

 そう言われてジョーイは件の彼女が、住む場所にも事欠く状態である事を思い出した。

 

「私が預かります。丁度部屋も空いてますし」

 

 ジョーイにとって子供の住人がひとり増えることによる負担は、決して軽いものでは無いが、心優しい彼女には見過ごすという選択肢は無かった。

 

「あ〜、決意してるとこ悪いんだが、それは出来ない」

 

 ジョーイはまさか断られるとは思わず、少し噛みつき気味にモリタカに話し始める。

 

「何でですか?面倒を見切れる甲斐性ぐらいちゃんと有りますよ。……まさかモリタカさんが預かるんですか?通報しますよ」

 

「通報って……まぁ、いい。安心しろ、俺は預からない。というより俺と君じゃ預かれない」

 

 一息置くと、早くと続きを促すジョーイからの圧を感じ、つい苦笑いになった。それで更に圧がかかり急いで理由を語る。

 

「あのトレーナーカードは確かに本物だが、データベースにIDが無い。実際は無許可でポケモンを所持してる様なものなんだ。無許可でポケモンを所持するためには保証人となるトレーナーが必要なんだが、あの子の手持ちは6体だったよな?となるといざという時のストッパーとなるトレーナーにかなりの力量が求められる事になる。普通は1匹、多くて2匹だからあまり気にならない部分なんだがな。ついでに、新しくIDを発行する際にもその保証人が必要なんだ」

 

「むぅ……」

 

そう言われるとジョーイは自分では無理だと言うことが分かってしまう。彼女はパートナーのイエッサンをとても信頼しているが、バトルなどの話に関しては別だ。

 

「俺はターフタウンのジムでしばらくの間預かってもらおうと考えてる。寮に空いてる部屋も有るだろうし、幸いにも今はオフシーズンだから手が空いてるだろうしな。ヤローさんの方には俺から話しておく。多分受けてくれるはずだ。……ヤローさんの優しさにつけ込んで、巻き込んじまうみたいな形になって申し訳ないけどな」

 

「ジムでですか?確かにあそこなら実力の有る方達が居ますけど……」

 

それを聞くとジョーイは納得しつつも、自分が何も出来ないもどかしさに不満顔になる。

 

「後はガラルの自治体のバックアップの書類とID発行の書類を用意すればオーケーだ。とりあえず今はこうするしか無いな。もしかしたら記憶が戻るかもしれないし、これ以上自分達じゃどうしようも出来ない事に悩んでても仕方が無いさ」

 

 モリタカはそう言い終えると部屋の出口に向かった。お互いに確認することは終わった上に、今後の事について彼女に伝える必要がある。

 モリタカに続いてジョーイも部屋を出るが、なにか出来ないかと彼女は考え続けた。

 余りできる事がないが、せめて彼女がポケモンセンターに寄った時に気に掛けてあげようと考え、部屋を出た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 農家の一日(朝)

やっと本編


 ポケモン世界に着いてから大体2年近くになる。

 

 この世界に着いてからしばらくは、ジムのお世話になっていたが、その後に農家として独立した。

 それまでにジムでのゴタゴタや国際警察とのゴタゴタなどあったが、今じゃガラルの優しい人々とターフタウンの綺麗な空気と水、そして数多のポケモン達に支えられて、のんびりと農家をやらせてもらっている。

 

 少し多めの朝食を取ったあと、寝間着からいつものオーバーオールにゴム長靴、日よけ帽子を被り、イモイモしい少女に変身する。

 

 そして最後に自分の手持ちポケモンが入っているボールをボールベルトに括り付け、落ちないようしっかりと固定した。

 

 先ずは家を出るとポケモン達が寝ているであろう厩舎に向かう。歩いていると、ターフタウンの特徴的な段々畑が朝霧を通した朝日の柔らかい光に包まれ、どこかノスタルジックな気持ちにさせてくる。

 

 もう既に何匹か起きて厩舎を出ているようで、チュピチュピと鳴きながら日光浴を始めている子もいるようだ。

 

 そして厩舎に着き、中に入るとそこには多くのチュリネ達が各々好きなように過ごしていた。

 

 

 そう、俺は今チュリネ農家を営んでいるのだ。

 

 

 ジムで過ごしていた時、自分で何か出来ないかと考えていた時期に、これを思いついた。チュリネの頭の葉っぱには滋養強壮効果があるので、それで農家として生計を立てられないかと。

 幸いにもゲーム時代のボックスも使えるようだったので、ボックスに居た多くのチュリネ達に協力してもらえば可能だった。

 ただ一人で出来るはずもなく、ターフ農場の方々、ジムの方々、バウタウンの漢方薬屋さんなど多くの方にサポートしてもらって、何とか開業に漕ぎ着ける事が出来た。

 

 その後もポケモンフーズの独自調合、ケアの方法、トリミングの時期、天日干しの方法など多くの試行錯誤を経て今の状態に落ち着いた。

 

 今では煎じて飲めば元気になる上に、香り高いお茶としても使えるとして、ありがたい事に結構良い評判を得ている。

 

 そんなチュリネ農場だが、一日の始まりは厩舎に居るチュリネ達を外に出す所から始まる。

 

「ドレディア、チュリネ達をお願い」

 

 ベルトからプレミアボールを外し、ドレディアを出す。キラキラとした光と共に出て来たあと、ピュイと鳴き俺に対して少し頷き、厩舎で遊んでいるチュリネ達の方に向かった。

 

 ドレディアにはいつものチュリネ達の引率みたいな事をして貰っている。進化先と進化前のコンビだからか、お互いに相性が良く、仲良く一緒に行動するのだ。

 作業を全部ドレディアに任せるわけには行かず、俺もチュリネ達の方に向かう。

 

 まだ何匹か寝床の藁の上で舟を漕いでるのだが、一匹一匹抱えて外に連れ出し、各々のお気に入りの場所へ連れ出す。

 

 最初に抱えた子は良く石の上で日向ぼっこをするのが好きな子。

 次に抱えた子は川を眺めたり水遊びが好きな子。

 その次に抱えた子は、今ドレディアと一緒に居る子と走り回るのが好きな子。

 

 そうして一匹ずつ抱えては外に連れ出す。中には俺に抱えられたいからか、たぬき寝入りしている子も居るし、ずっと俺の後を着いてくる子も居る。そういった子達の微笑ましさに頬を緩めつつ全員を厩舎から出すと、今度は厩舎の掃除を始める。その際ベルトから2つ程ボールを外した。

 

「ラティアス、ウツロイド、お掃除手伝って」

 

しゅわーん!

べのめのん!

 

 プレミアボールからラティアス。そしてゴージャスボールから少し明るすぎるくらいの光と共に全体的に黄色いウツロイドが出てくる。

 

 2匹は手慣れた様子で器用に物置の箒を掴み、厩舎を掃いていく。その作業自体、すぐに終わるので俺は次の作業の為にリヤカーを持ってくる。

 掃き掃除を終えると今度は寝床の藁を干す為に、リヤカーに乗せて外に出す作業を2匹と俺でやっていく。

 

 ラティアスは俺の近くに居たいからなのか、リアカーを引くときも隣で引き、ウツロイドは機嫌が良いようで、踊るように浮かびながら藁を乗せていく。

 

 明らかに俺よりも2匹の方が力強くリヤカーを引くし、一回に乗せる藁の量も多い。そこはポケモンと人間の差と思うかもしれないが、ただ単に俺が非力なだけである。

 ジムリーダーのヤローさんなんか、2匹が運ぶ量を一辺に運んでしまえるだろう。流石はスーパーガラル人、長年の農業で鍛えられた筋肉は裏切らないらしい。

 

 ……かと言って俺が別に貧弱という訳でもない。一度建物の3階近い高さから落ちた事が有ったが、負った怪我は何と擦り傷のみ。スーパーマサラ人やスーパーガラル人など別の人種の様に考えていたが、俺もそのような人達の仲間入りをしてしまっていた。この世界の空気にはプロテイン以上のヤバイ何かが含まれているのかも知れない。

 そんな下らない事を考えている内に、藁を全て干す場所に掛け終える。

 

 次はポケモン達の為のポケモンフーズを調合するのだが、大きなミキサーに向かう前に突如として腰のラブラブボールから白いもこもこに青い角を持ったエルフーンが出て、チュリネ達の方に向かっていった。

 あのエルフーンには直接作業を手伝ってもらって無いのだが、それでも助けてもらっている面があるので自由にさせている。

 ターフの空を漂っているワタシラガを連れてきて仲良くなり、栄養豊富の種を分けてもらったり、はぐれかけたチュリネを見つけて連れ戻したり、チュリネ達と遊んだりなどだ。

 イタズラする為の機会をよく伺っているからか、観察力が優れており、周りをよく見ている。

 

 大きなミキサーの前に着くと、エルフーンと入れ替わりにドレディアがこちらにやってきた。ドレディアもラティアスと同じように俺と一緒に行動するのが好きなのだが、エルフーンはそんな彼女の気持ちを察して交代を申し出たのかもしれない。

 

 先程の2匹にドレディアを加えて作業を進めていく。どんな料理にも合う万能きのみのオボンを多め、体に良い成分が入っているラムを少々、そして今日は少し甘めの味付けのためにモモンを適量入れミキサーを始動させると辺りに甘めの匂いが漂っていく。

 その匂いに釣られてか何匹かのチュリネがこちらに寄って来てミキサーをじーっと見つめ始める。

 食べることが好きなチュリネ達だろう。いつもミキサーを回していると、まだかな〜まだかな〜とじっと完成するまでその場を離れない子達だ。

 

 ミキサーにかけつつ熱で水分を飛ばし続けると、次第に中身が粘性を持ち始める。

 そこで中身をコンプレッサーに移し押し固め、出て来た板状の物を専用の機械で切り分ける事で、ポロックもどきとも言えるものが完成した。

 

 後はこれに釜で少し燻った市販のポケモンフーズと和えればポケモン達のご飯の完成だ。

 

 量が量なので今出ている手持ちのポケモン達全員に手伝ってもらい、いつもご飯を食べる場所まで運ぶ。

 そこには多くのチュリネ達が待っており、先程ミキサーの前に居たチュリネ達なんかは目を輝かせている。

 

 盛り付ける前に出してない残りの2匹を出そうとするが、片方は下手をすると事故が起こるかもしれないので、スペースの空いてる場所に誰も居ない事を確認した。

 

「テッカグヤ、ドヒドイデ、ご飯だぞー」

 

かがよふ!

ぽにぁー!

 

 ドヒドイデの方はポテッと出て来たのに対し、テッカグヤはその白く大きな体に相応しい重量感の有る地響きと共に現れた。農業を始めた当初はその地響きに、何事かと周りの農家さん達がやって来ていたのだが、最近ではこの農場の日常と認識され、お昼の合図とも認識され始めている。

 

 手持ちのポケモンとチュリネ達のお皿と、テッカグヤ用のブラスターで持てるマグカップにそれぞれポケモンフーズを盛り付け、全員分を盛り付け終えると、いただきますの合図と共に食べ始める。

 

 俺もテーブルに荷物を置き、長椅子に座ると昼食用のサンドイッチと作ったポロックもどきを摘みながら昼休憩を過ごし始めた。

 

 サンドイッチの具はヒメリのジャムだけなのだがそれだけでも十分過ぎるほどに美味い。

 まずパンは食パンをスライスした物だが、これがすごくふわふわのもちもちなのだ。日本のスーパーなどに置いてある物と比べると、まず密度が違う。掴んで持ち上げるとそこにはしっかりとした重さがあり、食べごたえがある。香りもジャムに負けない程の小麦の香りが感じられる。

 ターフ農場の産地直送や産地地消とも言っていいこのパンは実に素晴らしい。

 メシマズの国が元ネタの地方とはとても思えない味だ。

 

 持っている水筒を開け、喉を潤しているとラティアスが体を椅子の上に乗せ、頭を膝の上に乗せてきた。

 それに続いてテッカグヤ以外のポケモンが俺の側に寄ってきた。その巨体からかあまり動く事のできないテッカグヤは少し寂しそうに鳴く。

 

「ゴメンなテッカグヤ、でも後でちゃんと構ってあげるから」

 

 そう告げると寂しそうな鳴き声は止まり、食事を再開した。

 悪いとは思うがテッカグヤに動かれるとあたり一帯が大惨事になる上に、俺も前の世界に比べて頑丈になったと言えど、この至近距離でブラスターを放たれるとやけどを負うかもしれない。……それでもやけどで済んでしまう辺りがすごい。

 

 ラティアスは頭の辺りを、ドレディアは花弁の部分、ウツロイドは帽子のような部分、エルフーンは顎の下、そしてドヒドイデは開いている触手の内側を針に注意しながら物凄く気を付けて、それぞれ撫でる。

 

 暫くそうしていると食事を終えたチュリネ達もこちらに寄ってきてチュピっと鳴きながらこちらを見つめる。これは彼女たちの撫でて欲しいサインなので、順番に優しく撫でてあげながら、昼の時間を過ごした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 農家の一日(昼)

へあっ?!評価バーに色が付いてる。
何というか、ありがとうございます。見たときの緊張で手汗がヤバイです。


 食べる時間よりも撫でる時間が長かった昼ご飯の時間が終わり、食器などを片付け始め、この後手伝って貰うドヒドイデ以外のポケモン達は各々自由に過ごし始めた。

 

 基本的に俺の農場では食べ残しが発生しない。毎ターン回復する例のアイテムでは無く、文字通りの意味でだ。

 少ない量で余らない量にしている訳じゃない。むしろお代わり自由で皆お腹いっぱいになる程の量を作っている。一匹を除いて。

 

 うちにはテッカグヤという大食漢中の大食漢が居るのだ。

 物語に出てくる大食いキャラもかくやと言う食欲を持ち合わせている。あちらは質量保存の法則を無視しているが、こちらはそれに従った結果の大食らいだ。

 

 あれ?テッカグヤ?君ゲームじゃポケ豆数個で満足してなかったっけ?

 

 まぁ、それはゲーム上の仕様だとして、現実となるとその生態も合わせて、大量のエネルギーが必要になってくる。当然作ったご飯を全部平らげても足りない。

 もしテッカグヤを満足させる量のご飯を毎日作るとしたら、この農場のエンゲル係数が天元突破し、一瞬で破産するだろう。

 

 でもテッカグヤにはひもじい思いはさせていない。あの子の食事は先程のご飯ともう一つある。

ここが『ガラル地方』だからこそ取れる手段。

 

ダイマックスエネルギーの吸収だ。

 

 テッカグヤと暮らし始めた当初、テッカグヤの腹を満たすことが出来ずにどうしようか、と悩んだ時期が有った。悩んで悩んで思い出したのが、テッカグヤの故郷であるウルトラバレーの存在。

 あのぺんぺん草も生えなさそうな環境で生きてきた事を考えると、直接的なエネルギーの吸収で生きてきたのではと考えた。

 試しにワイルドエリアのエネルギーの発している場所に行き、エネルギーの吸収が出来ないか試してみたら、なんと成功した。何箇所か回る事でテッカグヤの腹を満たす事も出来、それ以来数日おきにワイルドエリアで、テッカグヤの足りないエネルギーを補充しに行っている。

 

 そうして食器を片付け終えて、使った機器の洗浄を始める。

 

「ドヒドイデ、機械のあの部分に"ねっとう"して」

 

 ドヒドイデに指示をした後専用のブラシを持って機械を掃除していく。これを怠るとまた使う時に味が混ざり、微妙な出来となるのでこの作業は欠かせない。

 

 ちなみによく、みず・どく複合タイプのドヒドイデの吐き出す水を使っても大丈夫なのかと思うが、その度に特に問題になって無いから大丈夫だろうと放置している。多分そもそも毒が無いか、解毒出来る程度の毒なのだろう。

 

 もし、はがね・どくの複合タイプがいたとしたら、その毒とは多分重金属なので問題無く見えても本格的にヤバそうなのだが、幸いにも今のところそのようなタイプのポケモンは見つかっていない。

 

 所々ドヒドイデにねっとうを打つ場所を指示し、洗い終えると、ドヒドイデは俺に手を振る様に触手を振り、近くの川へ向かった。多分使った水分を補いに行ったんだろう。

 

 そして今度はいよいよチュリネ達の頭の葉っぱのトリミングをする為に少し大きめのハサミとカゴを持って先程昼食を取った椅子に座る。

 

 俺が道具を持って椅子に座ると、それを見たチュリネ達が俺の前に並び始める。この農場を始めた当初は大声で呼んだり、手持ちポケモン達に手伝って貰っていたが、その期間はごく短い間で、直ぐに今みたいに何も言わなくても並んでくれるようになった。

 

 長椅子の上に居るチュリネを膝の上に乗せ、頭の葉っぱを検分する。そして3枚のうち状態の良い葉が2枚以上あれば、一番大きいものを切り、カゴに入れる。その中で状態があまり良くない葉っぱがあればそちらも切る。だが今回は全部状態が良かったのでそれ以上切らない。終わって膝から下ろすと、元気に先程遊んでいた場所に走っていった。

 

 そうして作業を続け、暫くハサミが鳴る音、チュリネ達の鳴き声、そしてからっとした風が草木を擦る音が周囲に流れ続けた。

 

 最後の一匹の葉っぱを切り終えると、カゴの半分くらいの量が集まった。

 今日は居なかったが、全部の葉が萎れ気味の元気の無さそうなチュリネがやって来る事がある。こういった子は切ってもあまり状態の良い葉が生えてこないので、3枚とも残し、原因を探る&治療の為にポケモンセンターに連れていくようにしている。

 

 集まった量を確認すると、それを天日干しする為に専用の網がある場所へ向かう。

 

 そこには二枚組の折り畳める網が有り、一枚の網の上に一枚一枚丁寧に広げて乗せる。網の空いてる場所を埋めると、もう一枚の網で挟み込み、近くの組まれた棒に立て掛ける。

 

 それを数回繰り返し、全部の葉を挟み終えると次の作業をする為に、少し声を張ってドレディアとラティアスを呼ぶ。

 

「おーい、ドレディアー!ラティアスー!」

 

 地上ではドレディアがそこそこの速さで、空からラティアスがやって来る。

 

 2匹とも俺の所に着くと、ドレディアは俺の横から足にしがみつき、ラティアスはおんぶのような形で後ろから俺の両肩に手を置いてきた。

 撫でられるのが好きな所を、それぞれ撫でたあと指示を出す。

 

「ふたりとも、いつもの"にほんばれ"よろしく」

 

 共に頷いたあと、2匹が互い目を合わせ少し鳴くと、ラティアスが技を発動し、周囲の日差しが強くなった。

 交代しながら"にほんばれ"をやってもらうのだが、今日はラティアスから始めたようだ。

 

 普通に干すのではなく、この"にほんばれ"をして干す作業、実は紆余曲折してたどり着いた方法だったりする。

 

 まず、チュリネ達の葉を取る作業だが、これは午前中に作業が出来ない。これはチュリネの体調と葉の状態が直結しているため、寝起きのチュリネの葉は、元気な子でも萎れている場合が多い。

 

 そこで午後から葉を取って干す作業に取り掛かるのだが、今度は時間が足りない。夜まで、または朝まで干すと、露などで干しきれず品質が大幅に落ちる。

 

 一度瞬間乾燥出来ないかと、今ボックスに居る子に"ねっぷう"を打たせてみたが、結果は葉が焦げて駄目になってしまった。

 乾燥機をターフ農場で使わせてもらう事も試したが、天日干し程の効能が出ず断念。

 

 "にほんばれ"で短時間に干し切る方法を思いつき、"ねっぷう"を打った子の特性"ひでり"であたり一面を強い日差しの状態にしたのだが、この時俺の農場はとある理由から大混乱に陥り、特性での"にほんばれ"は出来ないということが分かった。

 

 そこで技の"にほんばれ"で日差しが強い場所をコントロールして貰う事にしたのだが、一匹のポケモンだけでは使える回数の関係上、時間が足りない。そこで"にほんばれ"を2匹で交互に使ってもらう事で乾燥し切る事が出来るようになった。

 

 当時はドレディアもラティアスもにほんばれを覚えてなかったのでナックルシティで技マシンを買いに行った。これがもし技レコードだったら、エネルギーはテッカグヤに全てあげてるので、レコードを交換出来ずに、習得は困難を極めたかもしれない。

 

 干す作業を始めるとしばらくは何もないのだが、今日は資材が搬入される日なので、そろそろ着く頃だと考えていると、農場の入り口の方に大きなトラックとバンがやって来た。対応する為に網と葉っぱをドレディアとラティアスに任せ、入り口に向かう。

 

 

「こんにちは~、MCAカーゴでーす」

 

 入口に着くと企業ロゴの入った作業服を着た男性がクリップボードを持って待っていた。

 

「チュリネ農場のコウミさんですね、荷物はきのみ、ポケモンフーズ、お米で間違いありませんか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 クリップボードを受け取り、記入された物と量をチェックし、指定された場所にサインを記入する。

 

「それでは、荷物は何処に置きましょうか?」

 

「そこにお願いします」

 

 内開きの門がちょうど当たらない場所を指差し、伝える。するとトラックの後ろにいたバンから4体のカイリキーが出て来て、トラックから一辺が人の身長くらいある箱を2体で一つ持ち出し、俺が指差した場所へ運んでいく。

 何回か往復すると全部運び終わり、バンに戻る前にこちらに手を振ってきたので、俺も振り返した。

 

「はい、ではご利用ありがとうございました。失礼します」

 

 そう言うと、作業員の人はトラックに乗り込み、バンを連れて走り去っていった。

 

 俺はそれを見届けた後、置かれた箱を運ぶために、日光浴をしているテッカグヤに声をかける。

 

「おーい、テッカグヤー、重い荷物を運びたいんだー。手伝ってくれー」

 

 ふぃぅーん!と返事を貰うと、俺は一旦テッカグヤをボールに戻し、そして丁度倉庫と届いた荷物の間に改めて出す。

 

 テッカグヤが箱を運ぶ前に、近くにポケモン達が居ない事を確認する。

 そしてテッカグヤが大きな両手(?)を使い箱を挟むと、ゆっくりとクレーンの様に倉庫の前に置いていった。全部終えると俺は一旦家に戻り、綺麗なタオルと霧吹きを持ち出すと俺の意図を察したのか、テッカグヤはすぐに片手を差し出し、乗ってくるように催促した。

 

 靴を脱いで、跨るように乗ると、丁度テッカグヤの頭の高さの辺りまで持ち上げられた。初めの頃はあまりの高さに動けなかったりもしたが、今では普通に動ける。体を捻って頭の上の尖った部分を霧吹きで水を掛けたあと、タオルで拭いていく。

 何かコーティングのようなものが有るのか、汚れなどは全く無いので、基本的にマッサージみたいなものだ。

 

 片側を終えると、今度はもう片方を別の腕に乗りながら頭を拭いていく。

 そしてそれが終わった後、顔と首の辺りを拭こうとするのだが、霧吹きを顔に向けると毎回口を開けて待っている。どんな生き物でも霧吹きを口で受け止めるのが好きらしい。

 

 そして、全部吹き終えると、再びテッカグヤは日光浴を始める。

 

 俺は倉庫の途中に居たウツロイド、ドヒドイデを連れて向かい、箱を開けて中に詰まっている小分けされたダンボールを、2匹と協力して倉庫の中に運んでいく。ドヒドイデは頭の上に二本の触手で支えながら、ウツロイドは浮きながらダンボールを抱える。

 

 相変わらずどくタイプに食品を扱わせているが、多分問題無い、大丈夫、そう信じてる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 農家の一日(夜)

 量が量な為時間が掛かったが、全部運び終えるとダンボールから、ウイのみ、バンジのみをそれぞれ一個ずつ取り出し手伝ってもらった2匹にそれぞれ渡す。ちょっとしたご褒美だ。俺もモモンのみを手に取り齧り付く。

 

 倉庫の入り口から空を見上げると日がだいぶ傾いてきており、そろそろ天日干しも終わる頃だ。

 ドレディア、ラティアス、テッカグヤ用にウイのみとイアのみをそれぞれポケットに入れた。

 

 エルフーンの分は無い。と言うよりあの子は勝手に持っていく。

 こうして食糧庫から出ると、終わったタイミングを見計らったかの様に、エルフーンが数匹のチュリネ達を連れて食糧庫の方へやって来た。

 

「おーい、夕飯もあるから程々にしろよー」

 

 そう声をかけると、分かってるんだか、分かってないんだか、ニコニコとこちらに対して手を振ってきた。まぁイタズラ好きだが、今まで農作業の邪魔は一度もしてきた事がないので多分大丈夫だと考え、近くのテッカグヤに向かう。

 

 ブラスター部にちょこんとイアのみを乗せると、器用に顔の部分にまで持っていき、もくもくと食べ始めた。大きさを考えると本当に器用に使っている。

 

 そして天日干しのところに向かうと、少し疲れ気味の2匹が待っていた。それを労る様に2匹を撫でた後、ウイのみを渡す。

 2匹がきのみにぱくついてる間に、網に挟まれた葉っぱを触る。しっかりと水分が抜けカラカラに乾いていたので、問題ない事を確認した。

 

 葉を傷をつけないように網を抱え、パッケージの作業場に移動し、網を外して2枚一組で透明なポリ袋に詰めていく。

 全部入れた後、乾燥剤をそれぞれの袋に入れ、専用の機械で袋を閉じる。

 

 最後に成分表と、チュリネ農場のデフォルメされたチュリネのシールを貼って完成だ。

 

 後は緩衝材と共にダンボールに詰め、まとまった数が集まるのを待って出荷するだけだ。

 

 一通りの作業が終わり、近くの時計を見ると、もうそろそろ夕食の準備を始めないといけない時間になっており、調理場で準備を始める。

 献立だが、今日はガラル特有のカレーだ。量が多いので業務用洗米器&炊飯器と、先程使用した釜を使う。

 

 ところでゲームの主人公はキャンプでカレーを作っていたが、ルーばかり作っていてお米はどこから調達しているのだろう?ダイマックスカレーなんか本当に何処からお米を持って来ているのか謎だ。

 

 それにルーのクオリティばかり注視していたが、アウトドアのカレーはどちらかと言えば飯盒でご飯を炊く作業の方が大変&大事で、適当に作っても何とかなるルーとは違い、お米の炊き加減で大幅に味や食感が変わってくるのだが……まぁ、ゲームとしてオミットされた部分だろう。

 

 米を洗米器に放り込み、機械を回していると何匹かのポケモン達が手伝いに来てくれたのでそれぞれ指示を出す。ラティアスは洗米器に米を放り込む作業と、洗米後の米を炊飯器に持っていく作業。ウツロイドはルーをかき混ぜる作業。ドヒドイデとチュリネ達はご飯の炊きあがるタイミングの確認。ドレディアとエルフーンは食器の準備とチュリネ達の誘導。

 

 テッカグヤはそこに居るだけで仕事をしている。言ってしまえば超大きい案山子だ。

 カレーなどを作ると強い匂いに釣られて野生のポケモンがやって来ることが有るが、テッカグヤが居るだけで野生のポケモンがよって来なくなる。

 

 それでも以前何匹かのヨクバリスに食料庫を漁られた事件が有ったが、その時は今ボックスに居るノーマルタイプ絶対ブッコロガール(性別不明)と共に、誰に手を出したかを分からせてやるため、挨拶しに行った。農家は農作業を邪魔する輩を絶対許さないのだ。

 

 刻んだ野菜にオボン・オレンを均等に、クラボ・ネコブ少々を鍋に投入し炒めてもらい、小さくなってきた所に水を投入し煮込む。

 

 ……それにしても主人公がルーを溶かした状態から火を起こして煮込むとか、調理法が致命的に間違っている気がする。野菜に火が通ってない状態になりそうな物だが、リザードン級だと全部しっかりと火が通っているのだろうか?まあ、こちらもまたオミットされただけだろう。

 

 強火でしっかり煮込んだ所にルーを投入し、しっかりと溶かす。

 次第にお米も炊きあがり始めて、テーブルに持っていく様子が見える。

 そして最後にルーの入った鍋だが、とてもじゃないが俺じゃ運べないので、やけどをしないように気を付けながらポケモン達に運んでもらう。

 

 食材がテーブルの隣に全部集まると今度は盛り付けを始める。ご飯を俺が、ルーをウツロイドが皿に盛っていく。

 

 全員に回った後、いただきますの合図と同時に食べ始める。口に含むと舌先にピリっとした辛さを感じる、実にスタンダードなカレーだ。無理やりゲーム的美味しさを当て嵌めると、マホミル級だろうか。自然と次の一口が食べたくなる味だ。

 

 周りを見渡すと、ポケモン達がまくまくと勢いよく食べたり、熱くてちょびっとずつ食べたり、近くのポケモンとコミュニケーションをとっていたりしている。

 

 こうしてポケモンと同じものを食べるのは、ただ一緒に食事を取るのとはまるで違う。

 全然、違う。

 ポケモンと言葉や意思を交わす事が出来ても、何処かそこには壁が存在する。

 ポケモンバトルでどこまで一体感を得ようと、心が通じ合おうと、その立場は、指示する側とされる側。変わる事は有り得ず、同じ目線に立つことは出来ない。

 でも、一緒に同じ物を食べるこの瞬間はその壁が限りなく薄くなる。同じ味を、同じ美味しいを共有でき、同じ目線に立つことが出来る。

 

 だから俺はこの全員でカレーを食べる習慣を大事にしている。毎日は栄養面を考えると流石に無理だが、可能な限りこの機会を作れるようにしている。業務用の精米器、炊飯器を購入したのもその一環だ。

 どこかのグルメな貿易商人の言葉をなぞってまとめるのならこうだろう。

『ポケモンと一緒に食事を取る時はね、共に味を分かち合い、共感してなんというか理解できてなきゃあ駄目なんだ。価値観を考えを心を・・・』

 

 

 夕食の後片付けも終わり、日が沈む。

 

 チュリネ達は日が落ちると活動が鈍るため、朝干した藁と一緒に厩舎へ連れて行く。殆どの子は藁の上に転がると直ぐに寝始める。そして身を寄せ合って眠るので、用意してある個別スペースが使われることはあまり無い。

 

 こうして全部の仕事を終えると、家に戻って風呂に入って着替え、歯を磨き、いつでも寝れる状態になる。洗濯は数日おきに纏めてするので、今日はそのままリビングのソファーでのんびりとした時間を過ごす。

 

 そして俺の手にはゲーム機が握られている。ゲームにも出てきた持ち運びも、据え置きも出来る、例のゲーム機だ。

 世界が変わっても、やっぱりゲームは手放せない。

 

 ドレディア、エルフーンのくさタイプ組はチュリネ達と同じで活動が鈍り、ソファーで舟を漕いでる。

 テッカグヤはたまに朝まで外で過ごす事もあるが、今日は気分じゃ無かったらしく、ボールに戻っている。

 ラティアスは相変わらず俺の膝枕を堪能しつつ舟を漕いでる。

 ドヒドイデは放熱器の隣で温まっている。

 ウツロイドは帽子を掛ける用のポールハンガーがお気に入りの場所で、もはやウツロイド専用家具と化している。

 

 しばらく過ごし、時計でいい時間になった事を確認すると出ていた残りのポケモン達もボールに戻し。ベッドに向かう。

 

 サイドテーブルにボールを置いて、寝てる子も居るので少し小声で声をかける。

 

「おやすみ、今日も沢山ありがとな」

 

 そうして部屋の電気を切り、ベッドに入って、俺の一日が終わる。




活動報告でちょっとした余談を書いてみました。
気になる方はどうぞ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話 ターフタウンにて

 纏まった数が集まり、いよいよ出荷の時がやって来た。とは言っても隔週間隔で出荷しているので特に珍しいイベントでもない。

 

 ガレージの小さな自家用トラックにダンボールを置き、バンドで固定していく。良く乾燥しているので、殆どワレモノのような扱いが必要になり、しっかりと固定されているかの確認も怠らない。

 

 その作業も終わり、後は家を出るだけになると、大量のプレミアボールが入った籠を持ってチュリネ達の所に行く。そして、一匹一匹ボールに戻してボックスに転送していく。

 この時、ボールとチュリネの組み合わせをよく間違えるのだが、チュリネでは無く、ボールの区別が付かなかったりする。プレミアを謳っているが、これまで数があるとただの大量生産品にしか感じられない。

 

 そして、次々とチュリネ達をボックスに転送していくのだが、何処に転送されているかというと、何とポケリゾートである。

 一度、彼らの転送される先が気になり、ラティアスに"ゆめうつし"をしてもらった所、南国の島と巨大な豆の木とボックスに居るポケモン達が映し出された。

 

 不思議に思い、アローラのポケリゾートについて調べると、規模は小さく、特に話題にもなっていなかった。もしあの景色が実在していれば話題になってない方がおかしい。ポケリゾートにはルナアーラが居るのだ。それにその規模も全然違った。俺の見た景色は開発されきった島だった。

 推測としてはだいぶ非現実的で、更に別の謎が生まれるのだが、別の世界のポケリゾートと繋がってると考えられる。

 

 俺がこの体に憑依してしまった様に、説明できない何かが働いたと、そう理解するしか無い。一つ不思議が増えても今更感がある。

 

 全てのチュリネを転送し終えると、手持ちのポケモンも全てボールに戻してベルトに固定し、倉庫、食料庫、家の鍵を閉める。

 

 世界中で活動する巨大マフィア、大陸を増やしたり減らしたりしようとするヤバイ組織、新世界の神にマジでなろうとする頭おかしい組織、トロツキーと仲良く出来そうな過激派宗教団体、超兵器の起動をボタン一つで制御するセキュリティ意識の欠けたガンジーⅡ。

 などなどあの手この手の悪事を行う組織が跳梁跋扈していたのに対して、この世界は驚くほどに平和である。

 

 それでも鍵を閉める事を忘れない。家の近くには欲張りさんな小さい悪の組織が居るからだ。気を付けるに越したことはない。

 

 そうして家を出る準備が整い、トラックに乗車する。運転する際にはかなり気を使うので、深呼吸をした後、エンジンをかける。

 すると動き出す前に、ボールからドレディアが出て来て助手席に座り、手慣れた様子でシートベルトを付けた。ちょこんと行儀良く座る様についつい頬を緩めてしまう。

 隣のドレディアを少し撫で、ターフ農場に向けてトラックを走らせ始めた。

 

 

 

 窓の外には低い石垣で区切られた段々畑に、時折バケッチャが浮かぶ、長閑な風景がゆっくりと流れる。

 ただ俺はその風景を楽しむ余裕は無く、トラックがポケモンとぶつからないか神経を張り巡らしている。

 

ポケモンが心配だから?

それもあるがトラックとそれに乗る俺達の方が心配だからだ。

 

 この世界でトラックは、爆音で、張り手で、キックで、サイコパワーで、風圧で、などありとあらゆる手段でスクラップにされてしまう弱小種族なのだ。

 トラックが安い物であるはずも無く、交通事故でスクラップにされたら懐事情的にかなり困る。

 なので、ウールーが逃げてないか?ディグダが顔を出してないか?バケッチャが飛んでこないか?などしっかりと確認する必要がある。まだ全然新しいので、俺はこのトラックに異世界転生して欲しくない。

 

 しばらく走っていると、段々ターフタウンの中心地に近付き、建物の数も増え始め、中心にあるドームを大きく感じられるようになって来た。

 ターフ農場につく前に、寄り道でポケモンセンターの横にトラックを止め、予め用意しておいた葉っぱ入りのポリ袋を持ちドレディアと共に中に入っていく。

 

 ポケモンセンターの中は隣にあるカフェからの紅茶らしきいい香りが漂っていて、落ち着く雰囲気の中、他の農家の方達が雑談をしていたり、ポケセン定番の回復の音が鳴ったり、フレンドリィショップの方が隣の農家の方と雑談したりなどくつろいでいた。

 ……仕事しろよ、と思ったが聞こえてくる内容がリーグとジムチャレンジの話で、仕事そっちのけで雑談するのも仕方がないと思った。

 

 ガラルでこれらの二つ以上に熱狂するイベントは無く、もはや文化の一つになっている。

 もうそろそろジムチャレンジが始まる時期で、すでに様々な場所で小さな盛り上がりを見せている。今年はどんなチャレンジャーが出てくるのか、どのジムリーダーがリーグを勝ち残るのか、チャンピオンの無敗記録は伸びるのか。など話題は尽きない。

 

 それらの話題の中でも、ヤローさんの話題が他の話題よりも多く語られているのは、地元愛から来るものだろう。

 かく言う俺も、大変お世話になった関係からヤローさんを応援している。あとヤローさんに負けて悔しがるルリナさんも見たいので、是非ともヤローさんには頑張ってほしい。

 

「あ、コウミちゃんにドレディア!いらっしゃい」

 

ポケセンに入ってきた俺達を見つけたジョーイさんは、仕事の時とはまた違う笑顔で迎えてくれた。隣にはあの時のイエッサンもいた。

 

「こんにちは、ジョーイさん。イエッサンも元気?ちょっと近くを通ったんで、寄っちゃいました。これお裾分けです」

 

 そう言って俺は持ってきたポリ袋を渡す。

 

「いつもありがとう。これ、疲れてる時に効くからとても嬉しいわ。……でも他の街の親戚から手に入らない〜、っていう話を聞いたんだけど、そんな貴重な物を頻繁に貰ってもいいの?」

 

 彼女の言う事は正しく、評判になったのは良いが、最近は需要に対して供給が追いつかなくなっている。

 

「貰ってください。ポケモン達の元気が無い時とか凄くお世話になってますし。日頃の感謝の気持ちです」

 

「そういう事なら。ありがとう、大切に使わせてもらうわね」

 

 そう言うと、彼女は袋を持って裏方の方へ歩いて行った。隣のドレディアはイエッサンとコミュニケーションを取って居るので、もう少し時間を過ごす事にした。

 

 

 

 しばらくポケセンでジョーイさんと話をして過ごしたあと、今度は近くの花屋に向かう。

 

「こんにちは〜、ヒメンカちゃんに会いに来ました〜」

 

店に向かって声を掛けると、中から花屋のおばちゃんとヒメンカが出て来た。

 

「あら、コウミちゃんにドレディアちゃんじゃない。ほら、ヒメンカ遊んでおいで」

 

 そうおばちゃんが言い切る頃には、もうすでにヒメンカはドレディアと飛んだり跳ねたりして遊んでいた。

 この花屋の看板娘であるヒメンカと俺のドレディアは仲が良く、こうして近くを寄るたびに遊んでいる。

 

 近くのベンチに腰を下ろして2匹の微笑ましい絡みを見続ける。その光景は写真に収めたとしたら、とても良い絵になるだろう。

 今もこうして2匹が別々にくるくると回っていて、それがまたダンスをしてるみたいで……ん?

 

ん〜?ヒメンカ回り過ぎじゃね?

ってアレ"こうそくスピン"だ!

不味い!周りが荒れる前に止めに行かないと!

 

ピピピュィ!

 

ってドレディア〜!?お前も対抗して"ちょうのまい"を積むんじゃない!

 

 

 

「はぁ、何事もなくて良かった」

 

 ドレディアと一緒に今度はジムに歩いて向かう道すがら、先程の出来事を振り返っていた。

 ヒメンカをラティアスが"サイコキネシス"で、ドレディアを俺が直接止めに行ったのだが、止めるためにしがみついたら身体ごと振り回され、1舞、2舞、と次第に速くなっていく恐怖に顔を青ざめさせ、最終的にヒメンカを止めたラティアスに止めて貰った。

 ドレディアの方は満足したのか、スキップしながら歩いており、上機嫌である。これが見れたなら俺のあの恐怖体験も報われる。二度としたくないが。

 

 そうこう考えている内にジムの前に着き、中に入る。

 広いエントランスには人が殆ど居らず、居てもリーグのグッズショップに数人が買い物をしている程度だ。リーグが始まるとあそこは人で溢れかえるので、始まる前のこの時期に来てる人達は賢い。

 

 俺は慣れた流れで、関係者専用出入口に向かい、今はもう専用スタッフカードを持っていないので、隣のインターホンを押す。

 

「はい、ターフタウンジムです」

 

 少し待つと、インターホンから女の子の声が返ってきた。ターフジムに女性ジムトレーナーは一人しか居ないので恐らく彼女だろう。

 

「おっすミドリ、お裾分けを届けに来たぞ」

 

「コウミ?ちょっと待ってて、今行く」

 

 少し待つとターフジムのマークの付いたジャージを着た少女が出て来た。

 彼女の名前は『ミドリ』。俺がジムでお世話になっていた時に仲良くなった子だ。彼女以外とも仲良くなったが、一番よく話すのは彼女だ。

 

「お待たせ、ってドレディアも一緒か」

 

そう言うなり彼女はドレディアに抱き着いた。

 

「はぁ〜、ドレディアはやっぱりイイなぁ〜。可愛いのに優雅で、うちの子にほしぃ……」

 

次第にスキンシップが激しくなり頬ずりまでし始めた。ドレディアは少し過剰だと伝えるように、ミドリの頭をぺしぺしと叩く。

 

「ドレディアは俺の子なの、あげないよ」

 

「ダメ?」

 

「だめ」

 

「農場のチュリネも?」

 

「だめ」

 

 俺の方が駄目だと分かると今度は矛先をドレディアに変えた。

 

「ドレディアちゃん、うちの子に成らない?きのみ上げるからさ」

 

「誘拐犯かよ」

 

 少し犯罪的な発言に呆れつつツッコミを入れる。まぁ、彼女も冗談で言ってるのだろう。ドレディアを連れてると毎回こうなる。そして頭をぺしぺしされてるのにやっと気がついたのか、抱きつくのを止め、立ち上がる。

 

「今回もだめだったかぁ〜、でも本当にいいなぁ。イッシュ地方だっけ?生息してるの。今度のオフシーズンに遠征しようかな」

 

「去年も言ってなかったっけ?それ」

 

「言ったよ。でも予定立ててたら、あそこも行きたい、ここも行きたいって色々出てきちゃって。いざ船のチケットを取ろうとしたら空いてなかったんだ。……スイートルームだけは空いてたんだけどそんなお金ないし」

 

「だからずっと寮に居たのか。捕まえてきた様子もないし、いつ行ったんだろうって思ってたけど」

 

 おかしいと思っていたことが解消してスッキリしていると、本来の目的を思い出した。

 

「そうだ、はいこれお裾分け。あとジムのみんなによろしく」

 

「ん、ありがと。どうする?ジムの皆に会ってく?」

 

「いや、いいよ。シーズン近いし、邪魔しちゃ悪いし」

 

すると彼女は、すこし不満げな顔になった。

 

「わたしは邪魔してもいいんだ」

 

「良いでしょ。最後の追い込みとかしないでしょ。だからインターホンにも出たんだろうし」

 

そう言うと不満げな顔を止めた。軽い冗談だったんだろう。

 

「ん〜、まあね。あとはコンディションの維持と微調整だけだし。あ、そうだ。シーズン始まる前に一回バトルに付き合ってよ。いつもジムのメンバーとばかりやってるから、ちょっと外からの空気を入れて、リーグに合わせたいんだ。……でもアノ戦術以外で」

 

 ジムで過ごしていた時期に、手伝いの一つとしてジムトレーナーの相手をしていた事がある。俺自身はそんなに強くないが、ポケモン達は育ちきってるので、俺の指示が拙くても勝てていたのだが、一度このミドリに翻弄され惨敗した事がある。

 優勢を取られ続け、技のタイミングも外され、遂には遥か格上であるはずの俺のポケモン達に勝利を収めたのだ。

 その時に余りの嬉しさからか、普段は絶対にしない煽りを俺にして来て、ついやってしまったのだ。

 リーグでは絶対に使われる事は無い。と言うより恐らく使うという発想が生まれない戦術ゆえ、キレーに決まってしまい、彼女のポケモンをドヒドイデでじわじわとなぶり倒してしまったのだ。

 

 それ以来彼女はあの出来事にトラウマを感じてしまっているらしい。俺がついポロっと零した"受けループ"と言う言葉を親の敵のごとく嫌い、果てには名前を呼んではいけないあの人、みたいな扱いになっている。

 

 あぁ、でもあの時の泣きそうなミドリの顔は可愛かったな。ムラっけみがまもオニゴーリと言う闇を見せたらどうなるんだろう。オニゴーリ持ってないけど妄想するのは自由だからな。

 そう考えていると、それが顔に出ていたらしく、ミドリが若干声を震わせながら言ってきた。

 

「何その邪悪そうな笑顔……ねぇ、本当にやらないでよ。フリじゃないからね!アレされる前は絶好調だったのに、された後は絶不調になってリーグの成績も落ち込むし、夢にも出て来るしで散々だったんだからね!」

 

 結構大きな声で、エントランスに響いた。

 

「大丈夫、流石に友人の成績をわざと落とすようなマネはしないよ」

 

 それを聞くと安心したのか、彼女の雰囲気が落ち着いた。

 

「はぁ〜、まぁ信じるけどさ。コウミって守りに回られたら厄介どころの話じゃないのよね。リーグに出たら上位に余裕で食い込めると思うんだけど」

 

 そう褒められると嬉しいが、でもそれは出来ない。彼女にしてしまったのも事故みたいな物だ。

 

「まぁ、俺の子達は優秀だから多分出来ると思うけど……実際出来ると思う?」

 

「……間違い無く放送事故になるわね。スポンサーは怒るだろうし、観戦してる人からは酷い罵声が飛んでくるかも」

 

 あくまでリーグはエンターテイメントなのだ。華やかな熱いバトルが求められる中、泥臭いバトルをしても誰も幸せに成らない。……いや、相手の苦しむ姿を見れるから俺だけは幸せだな。

 

「だろ?それに農作業は楽しいから止めるつもりもないしな」

 

「うーん、でもコウミが活躍する所を見てみたい気もする」

 

「本音は?」

 

「みんなもおなじくるしみをあじわえばいい」

 

「俺なんかよりよっぽど邪悪じゃねえか」

 

 あまりにもあんまりな発言にため息を吐く。

 

「でもそう思ってるのは嘘じゃないよ。コウミがさ、合わないバトルスタイルでわたし達と戦ってる所を見ると、勿体無いって思っちゃうんだよ。リーグで絶対出ないし出さない戦術だから、対戦しても旨味が無くて、わたし達がアレを使うコウミと戦う事すら出来ない所なんか特に。多分ジムの皆が感じてる事だと思う」

 

 ……まさかそんな事を考えてるとは思わなかった。俺自身はバトル自体にそんな思い入れもない。ついどくまも戦術を取ったのも、惨敗して悔しかったからじゃなく、煽られて、コイツ目にモノ見せてやる!といった暴走をしてしまっただけなのだ。

 バトルに生きる彼ら、彼女らにはまた違った感じ方があったんだろう。

 

「そっか、それじゃ次バトルする時にやろうか?」

 

「あっ、さっきも言ったけどアレは無しで。絶対にやらないでよ。もしやったらやり始めた瞬間降参するから」

 

「……俺にああいった戦術をして欲しいんじゃ無いの?」

 

「それはそれ、これはこれ」

 

 あまりの切り替えの良さに吹き出してしまう。

 

「でもいつか、コウミの本気を受けても揺らがないトレーナーになるから。その時は宜しく」

 

 眠そうな目でありながらも、その瞳には決意とも言える何かが宿っていた。

 

 そうか、そうなると対策を取ってくるよな。有るとしたら"ちょうはつ"か補助技を積んでからのエースでの撃破、もしかしたらどくどくの効かないどくかはがねタイプで来るかもしれない。

 "ちょうはつ"ならエルフーンで"ちょうはつ"。スカーフトリックなんかも面白いかもしれない。

 積みはドヒドイデに"くろいきり"をさせれば。

 どくかはがねはテッカグヤでやどみがすれば。……確かミドリはラフレシアが居たな。その時だけはラティアスに出て来て貰うとして……。

 

「また悪そうな顔してる……やっぱりやめようかな」

 

 俺は妄想を巡らせ。

 ミドリは、言ったことを早速後悔していた。

 

 なおこの時、ドレディアはエントランスにやってきた小さな子供とコミュニケーションを取っており、目の前で"ちょうのまい"を披露していた。

 

 それに気付くのはもう少し先の話。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話 バウタウンにて

 ターフジムを出た後、トラックでターフ農場の本部と言うかほぼ倉庫みたいな所で商品が入ったダンボールを出荷する。

 ターフ農場には資材の搬入、商品の流通などを手伝って貰っていて、右も左も分からなかった頃から大変お世話になっている。なので俺も出荷先をターフ農場と漢方薬屋に限定している。ほぼ専売と言うやつだ。販売価格も把握しているのでマージンも取られすぎて居ない事も把握している。

 

 そしてターフ農場に商品を渡したので、今はバウタウンの漢方薬屋に向かって5番道路をトラックで走っている。

 助手席にはウツロイドが座っていて、ドアの窓から入ってくる光にあたってキラキラしている。

 ターフジムを出る時なんやかんやあって、助手席に座るポケモンはウツロイドに交代した。

 

 この子には表情というものが無いが、感情を全身で表現するので意外と分かりやすい。以前バウタウンに行った時、海の近くを飛んだからか、その日はくるくると機嫌良く回る回数が多かった。

 ……いや、もうくるくるは十分だ。この子のくるくるは癒やしのくるくるだ。

 

 まぁそんな事からも分かるように、この子は海が好きだ。だからなんやかんやが無くても行く前には交代するつもりだった。

 

 そうしてる内にトラックは預かり屋の前を通り過ぎ、巨大な橋の上を走る。

 コレだけ高い位置に有ると風で揺れそうなものだが、石橋であるおかげか全く揺れず安定感が有る。

 こんな巨大な石橋が存在しているなんて、かがくのちからってすげー。

 

 しばらくすると前方からワタシラガが飛んでくるが、直撃コースでは無いので、速度を緩めるに留める。

 ふわふわと全てを風の流れに任せて飛んでいるように見えるが、意外とコントロール出来ているので、向こうもこちらに気付き、こちらとの距離を開けた。

 俺が軽く手を振ると、向こうも笑顔で返してきて、そのままふわふわとどこかに飛んでいった。

 

 石橋を渡り終えると海は見えないが、すでに微かな潮の香りが風にのってトラックに入り、隣のウツロイドはすこしそわそわとし始めた。

 そして線路とそれを支える石橋に近づくと更に香りが強まり、短いトンネルを抜けると、キャモメ達の鳴き声が響く港町、バウタウンに到着した。

 

 

 

 出荷先の漢方薬屋は坂を降りた所から入る広場に屋台を構えている。そこまでトラックを動かし、広場に入ると向こうも気が付いたのかこちらに手を振ってきた。

 

 屋台のそばにトラックを止め、俺とウツロイドは車を降りる。そして荷台の中からダンボールを出し、俺は2個重ねて、ウツロイドは1個を抱えて持ち出す。

 

「こんにちはー、チュリネの葉を届けに来ました」

 

「らっしゃい!コウミちゃんにウツロイドちゃん!いやー待ってたッス」

 

 元気でノリの良い、と言うより良すぎるこの人がバウタウンの出荷先の漢方薬屋さんだ。

 この人にも色々試行錯誤していた時期にターフ農場の紹介で、俺じゃ分からなかったチュリネの葉の良し悪しで見るべき場所、気を付ける事等を指導してもらった時期がある。

 この人は一見軽そうに見えるが、漢方薬とそれに類する薬品に関する知識が豊富で、アルセウス製薬の研究室室長でもあったすごい人なのだ。ただ漢方薬に対する愛が深すぎて会社を辞め、漢方薬の良さを布教する!とほそぼそとこの広場で屋台を開いている。

 ただ、葉の良し悪しの判別の仕方を教えて貰ってた時に、関係の無いちからのねっこの素晴らしさを布教してきたのは、頭が混乱するのでやめて欲しかった。

 

「最近だとしばらく置いておいたら、すぐなくなっちゃうんスよ。同じくらいちからのねっこが売れてくれたら良いんスけどねぇ。一緒に買っていかれる人が増えたから、ちからのねっこの売上は伸びたんスけど。今回も前回と同じくらいの量ッスか?」

 

「そうですね。これと、あとトラックの中に数箱って所です」

 

 そう言うと彼は腕を組んで悩み始めた。

 

「うーん、売れ行きを考えるともっと欲しい。でもせっかくのチュリネの葉だから最高の品質のものを提供したい。ジレンマッスね」

 

 そう、量を増やさない高級路線を勧めてくれたのはこの人だったりする。

 売れ行きが伸びてきて、いつも捨てている元気の無い葉も廉価版として出そうか聞いてみた所、即行で却下された過去がある。

 元気の無い葉でも味や香りは同じだが、栄養は天と地程の差が有るらしいのだ。そんな物は売りたくないし、売って欲しくないッス!と彼の趣味が多分に含まれた意見には、その勢いに若干押された部分は有るものの納得しているので、今でもチュリネ印の農場は大きな葉だけを提供している。

 

 そしてトラックの中身を全部運び終えると、ここに商品を持ってくるたびにお願いしている作業を頼む。

 

「そうだ、今回のチェックもお願いします」

 

「ん、了解ッス」

 

 ダンボールから袋を一つ取り出し、ハサミで袋を丁寧に開け、葉を取り出した。しばらく葉を眺めた後、匂いを嗅ぎ、少し齧る。

 真剣に行う様は、高級ワインのテイスティングをするソムリエのようだが、実際に起きてる様子を表すと、オーバーオールを着た青年が真剣にハッパを検分するという、なんとも犯罪臭のする字面になってしまう。

 その考えが頭に思い浮かんだとき、思わず吹き出しそうになるが、真剣に検分している所を邪魔しては申し訳無いので我慢する。

 

「うん!葉の大きさも十分で、乾燥ムラも無し。香り高くて味にも雑味がない、とても良い状態ッス!はなまるッス!」

 

 その道のプロからはなまるを貰いホッと安心する。はなまる以外を貰うことが少ないのだが、それでもやはり安心はするのだ。

 

「それじゃとりあえず納品は終了って事で、どうッスか?今日のちからのねっこは苦さ控えめ、栄養据え置きの一品ッス!苦さマシマシのやつを置いたら全く売れなかったッスから、こいつはあんまり苦く無いッスよ!」

 

 納品が終わったので、何時もの布教が始まった。彼には助けてもらっているし、感謝もしているのだが、それとこれとは話が別だ。

 もちろん漢方薬は彼から買わせてもらっているが、風邪などをひかない限り消費しないので中々減らない。常飲したいとは俺も、俺のポケモン達も思わないのだ。苦い味が好きなドヒドイデでも漢方薬は避ける。

 それに彼の販売する漢方薬は効能が素晴らしく、少量でも効果が得られるため、更に減りにくい。しかも管理をしっかりとすれば(管理方法は無理やり叩き込まれた)長期保存も出来るので更に更に減らない。

 つまり彼の店の常連と言える様な客は漢方薬を常飲出来る、ごく僅かな奇特な方やポケモンだけなのだ。

 漢方薬の布教の道は険しい。

 

「まだ家にストックが残ってるので大丈夫です」

 

 そう俺が言うと彼は、少ししょんぼりした。

 

「そッスか。うーん、うちのポケモン達は大喜びだったッスから行けると思ったんスけどねぇ」

 

 そうは言うが、漢方薬をあげてるとなつくなんて状態が異常なのを理解して欲しい。言葉にすると更に落ち込むと思われるので言わないが。

 

「それじゃまた再来週辺りに宜しくお願いします」

 

「はいッス。また再来週ッス」

 

 そうして挨拶を交わし、せっかくなのでウツロイドと海を散歩しようと振り返ると、さっきまで居たウツロイドが居なくなっており、辺りを見回すと、お香屋の前でゆらゆらと浮かんでいる。

 近づいてみると片手を口の所に置き、一箇所をじーっと見つめていた。

 

「お嬢ちゃん、このポケモンあなたの子?さっきからずっと『うしおのおこう』を見つめちゃってるの。今ならセットでサービス中だし買っていかない?」

 

 店員さんの声で俺が居る事に気が付いたウツロイドは、うしおのおこうを指差し、それが欲しい事を主張してきた。

 特に高い買い物でもなく、よっぽど欲しそうにしていたので購入を決める。

 

「それじゃ、『うしおのおこう』を1つ……それと『おはなのおこう』も1つ」

 

「お買い上げありがとうございます。それじゃ2つならサービス価格でこれくらいね」

 

 提示された金額を払い、商品を購入する。『おはなのおこう』はチュリネ達のお土産用だ。もし気に入る子が多かったらまた買いに来ることにしよう。

 受け取った袋からおこうの入った箱を取り出し、ウツロイドに渡す。すると、ぴゅるる〜と鳴きながら箱を両手で持って踊り始めた。

 

 そして『おはなのおこう』をトラックに置いて、上機嫌なウツロイドと海沿いの道を散歩し始めた。

 

 

 

 潮風に吹かれながら、海沿いの道をウツロイドと歩く。波が船に当たる重い音に混じって遠くからポケモンバンドの路上ライブの音や、キャモメ達の鳴き声が聞こえてくる。ジムチャレンジ中は歓声などに紛れて聞こえない、バウタウンの日常の音だ。

 ターフタウンの牧歌的な日常も良いが、バウタウンのこんな日常もまた良い。

 

 船が並ぶ船着き場に降り、近くに居た釣り人に近づき釣果を聞くと苦笑いしながらボウズだと返ってきた。頑張ってくださいと励まし、通り過ぎて壁側に有るベンチに腰を下ろす。

 ウツロイドはおこうの入った箱を俺に預けると、海の方へ向かっていった。そのまま潜るのかと思いきや、少し触手の先で触るだけに留め、そのまま海の上をふよふよと揺蕩い始める。

 

 携帯していた水筒で少しだけ喉を潤すと、海の様子が気になり、荷物をベンチに置き、しゃがんだ状態で桟橋から顔を出し海面を見る。

 

 桟橋の壁には何匹かのコソクムシが居たが、俺に見られている事に気付くと、ものすごい勢いで壁を伝って逃げていった。その近くに張り付いているバチンウニ達は我関せずと特に何もアクションをおこさない。

 海中は透き通っておらず、深い青色の中にキラキラと微かに反射する魚影が見えた。多分ヨワシの群れだろう。

 

 しばらくバチンウニ達ののそのそとした動きを観察していると、視界の端にこちらに戻ってくるウツロイドが映る。

 そしてそのまま頭の上にすっぽりと覆い被さってくる。

 

 ウツロイドが頭の上に被さってきても、特に慌てず、顔の横にたれているウツロイドの触手を撫でる。

 この子とは十分な信頼関係を築いている。だからこの子が神経毒を打ち込んで来る事は無い。

 

 大丈夫、そう信じている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話 よく晴れた日

あ〜、本日は晴天なり

本日は晴天なり

本日は晴天なり

 

……はぁ、遂にこの日が来てしまった。

 

 数日前からガラル地方の天気予報で既に知っていたとはいえ、心の中ではどこか外れて欲しかったが、ダイニングの窓から入り込む日差しが今日は『ひざしがつよい』事を如実に示していた。

 

 本来であればもう既に家を出ている時間なのだが、まだパジャマ姿のままダイニングで現実逃避している。

 でも現実は悲しい事に変わる事がないので仕方なく何時もの行動を取る。朝食のシリアルの箱を棚から出し、器も別の棚から取り、椅子に座って器に注ぎ込んだ。

 

ぽとぽと。

 

 箱から出て来た小さいもこもこに俺の時間が止まる。俺はこのもこもこを知っている。こんな事をする奴を知っている。

 周りを見渡すと近くの窓の外からエルフーンがこちらを見てニコニコ笑っていた。

 それと一緒に見たくないものも見えてしまった。

 

 エルフーンは全て計算してコレをしている。

 

 俺が現実逃避して普段よりも注意散漫で、シリアルの箱が一個多い事に気が付かない事。

 同じ様に既にエルフーンがボールを出ている事に気が付かない事。

 姿をわざと見える位置に置き、今俺が一番見たくない物を一緒に見せる事。

 農作業の邪魔では無いし、本当にちょっとしたイタズラなので強く怒れない事。

 

 エルフーンはイタズラが成功して満足したのか、窓から離れ、ふわふわと飛んで行った。

 

 エルフーンが視界から外れ、そして時は動き出す。

 エルフーン、タイミングを考えてほしい。ホントに。

 

 テンションは更に下がりながら、廊下の物置からもこもこの詰まった袋を取り出し、シリアルの空箱に詰まったもこもこを入れていく。

 

 イタズラされた際のもこもこを取っておいているのは、エルフーンのもこもこが高級品で、布袋に詰めただけで素晴らしいクッションになるからだ。

 イタズラされた分せめて有効活用してやるという意地も有る。

 今日の分で丁度クッション一個分になるなと虚しい考えが頭を過ぎった。

 

 

 

 

「チュリネ゛ぇ゛〜!止まれ゛ぇ゛〜!!!」

 

 とても年頃の少女から出たとは思えない叫びが農場に響き渡る。

 

 今俺は特性"ようりょくそ"で元気一杯なチュリネを追っかけている。

 そう、日差しが強い時、すばやさが倍になるあれだ。

 

 コレがただ素早くなるだけならこんなにも必死にならない。

 "ようりょくそ"持ちは速く動けるだけでは無く、それに見合った元気も手に入れる。

 

 つまり『最高に「ハイ!」ってやつ』になってしまう。

 

 この状態のチュリネ達はところ構わず爆走し、場合によっては障害物を無視して爆走する。

 初めてコレを体験した時は、一匹のチュリネが木製の厩舎の壁をブチ抜いた上に扉を逆パカしている。それをしでかしたチュリネに怪我は全く無かった。強すぎる。

 

 開けた場所で暴走する分には全く構わないのだが、時折予想外の方向に爆走する子が居る。今俺が追いかけている子は直進すれば、農場の門をブチ抜くか逆パカして外に飛び出してしまう。

 外に飛び出すのは本当に不味い。

 うちの農場の被害なら多少は問題ないが、他の農家さんの農場に被害を出されたらたまったもんじゃない。

 

 最悪の考えが浮かんで居ると、俺の後ろからものすごい勢いで影が飛び出してきた。そしてその影は俺とチュリネを追い抜き、正面に止まると暴走したチュリネをドスッとした音を立てつつ受け止めた。

 

 俺はそれを確認し、走るペースをゆっくり落とし追いつくと声をかける。

 

「はぁ、はぁ、ナイスだ、ドレディア。」

 

 この『ひざしがつよい』なか、チュリネ農場最速はドレディアだ。そのドレディアには暴走して危なそうなチュリネを追いかけ捕まえてもらってる。この子も"ようりょくそ"持ちなのだが進化しているからか、元気は有るがしっかりと考える余裕がある。

 うちには通常時・農場最速ガール(性別不明)も居るのだが、彼女はチュリネを受け切る耐久力が無いので、この時には出番は無い。

 

 ドレディアに抱えられてるチュリネはチュピピピピと、まだまだ動き足りないようで、両手とも言える突起を風切り音が鳴るくらい高速で上下に振っている。

 そしてドレディアが抱えた子を地面に下ろすと、シュゥーンと開いている場所に戻って行った。

 

 フゥーン!!!

 

 ありがとうの気持ちを込めてドレディアを撫でていると、空からラティアスの鳴き声が聞こえてきた。

 

 暴走チュリネが危険なコースに入った合図だ。

 

 急いで空を見上げ、ラティアスが指差す方向を見る。

 テッカグヤ、ウツロイド、ラティアス、エルフーン組は上空、もしくは高い位置からチュリネ達を観察している。そこで危ないと思ったチュリネが居たら、地上の俺やドレディアに合図を出す。

 ドヒドイデは日向ぼっこをしている。こちらは必死なのだが、残念ながらドヒドイデに手伝ってもらえる事は無い。そして温暖な日が好きなあの子の邪魔をするのも忍びない。

 

 ラティアスが指差した場所には2匹のチュリネが農場の壁沿いに競争していた。何時もなら微笑ましい追いかけっこだが、今日はそうも言っていられない。

 

 2匹は農場の石壁を右手に爆走している。このまま壁沿いを走ると、緩い右カーブの後にきつい左カーブだ。

 そして左カーブの角には石が有り、曲がりきれないとそれがジャンプ台となってしまい、チュリネがターフの空にフライアウェイしてしまう。 

 

「ドレディア!」

 

 俺が叫んだ時には既にドレディアは駆け出していた。急いでハンドサインでラティアスに飛んでしまった場合の位置に向かわせる。

 しかし2匹のペースでもあの曲がり角には間に合わない。

 

 2匹のチュリネが最初の緩い右カーブを曲がり始めた時、後続のチュリネがスピードを上げ前のチュリネを追い抜いた。

 

 待て待て待て!目の前!ジャンプ台!すぐそこ!

 

 曲がったすぐ先に左カーブがあり、減速するスペースはもう無い。

 もう駄目か、と諦めかけたその時、追い抜いたチュリネが右に曲がった時の勢いを利用し、体を左に捻り、その勢いのままカーブを曲がりきる。

 

 かっ!慣性ドリフトだとっ!!!

 

 衝撃的な出来事に驚いているうちに、追い抜かれたチュリネもフライアウェイせずに曲がりきる。

 

 ただまだ安心出来ない。更に先にあるカーブを曲がると、今度はその直線上に厩舎がある。

 また穴が開く事態は避けなければならない。

 そのためには2匹いる内の片方をドレディア、もう片方を俺か他のポケモンが受け止める必要があるので、カーブの先までにはドレディアに追いついて貰わないといけない。

 万が一を考えると、空からの観察を怠りたくないので、あまり観察してるポケモンを多く動かしたくない。

 

 俺がカーブの先に先回りすると、カーブ直前で2匹のチュリネ達の後ろにドレディアが追いつく。

 そして俺の隣に、朝に一発かましてくれたコンチクショウが来たが、ナイスだ。手伝ってくれるなら朝の事は無かったことにしてやる。

 

 丁度3匹が直線に並んだ状態でカーブに差し掛かる。何としてでもドレディアにはあのカーブで追い抜いて貰わないといけない。

 

 チュリネ達はインコースを、ドレディアはアウトコースを取った!

 チュリネ達のコースが大きく外側に膨らむ!

 スピードが乗りすぎてるんだ!

 2匹と1匹のラインが……クロスした!

 

 カーブを抜けた後、追い抜いたドレディアが片方を受け止める。

 そしてそれに合わせてこちらも準備する。

 

「エルフーン!コットンガードだ!」

 

 受け止めるという意味では最高とも言える技を指示した。大きいまりもと化したエルフーンが止まらなかったもう片方のチュリネを、ボフッと空気が抜けるような音をさせながら受け止める。

 

 とりあえず2匹が止まって安心する。

 エルフーンが受け止めた子はそのままエルフーンのもこもこで遊び始め、ドレディアが受け止めた子もそれに加わった。

 観察要員が減るのは痛いが、代わりにこの2匹を見てくれるので良しとしよう。

 

 フゥーと息を吐きながら天を仰ぐと、まだ太陽は登りきってないのが分かる。

 よく晴れた一日は特に長く感じてしまう。

 

 その事実から目を背け、遠くを見つめてターフタウンの長閑な風景に癒やされようとした。

 

 遠くには逃げ出したウールーをにこやかに追いかけるヤローさんの姿が見える。

 強い。

 強すぎる。

 俺にもその心の余裕を分けて欲しい。

 




ボツサブタイトル 頭文字D
某アニメとドレディアのダブルミーニング
ただネタバレがすぎるのでボツ

あと、重心的に考えて慣性ドリフトとか無理だろというツッコミは無しでお願いします。ただやってみたかっただけなので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編1 航空管制官のガラルな日常

※今回は主人公も出ませんし、ポケモンも出ません。


「AMG112、高度500を維持せよ」

 

『高度500を維持、AMG112』

 

 エンジンシティの普段は使われないからか埃っぽい建物の中で男の声が響く。

 午前中の便は今担当しているものが最後で、他の管制官達はそれぞれ担当する場所でティーブレイクをしている。

 

 ここはジムチャレンジ中やリーグ中にのみ運用される臨時管制タワーで、一緒に居るメンバーも他の空港からの出向組だ。

 この期間は普段よりも遥かに多くの人々が行き交うため、普段は航空管制の必要の無いアーマーガア便の航空管制を、ガラル交通が依頼してくるのだ。

 

 今日のイベントはジムチャレンジ開会式で、今担当している最後の便を終えた後この臨時管制塔のメンバーで、運良くスタジアムのチケットを入手出来た組はスタジアムへ、出来なかった組は近くのパブで酒を飲みながら中継を見る予定だ。

 そんな最後の便を現在担当している男は、残念ながらチケットを入手出来ず、悔しさを紛らわすために、パブに入って最初に頼む酒を一気飲みする事を決めている。

 

『エンジンタワー!こちらAMG112!』

 

 そんな男のヘッドホンにパイロットの切羽詰まった声が聞こえてきた。急な出来事に男の鼓動が速くなる。管制官にとって聞きたくない類の声色だからだ。周りの管制官達も男の雰囲気が変わった事に気付き、部屋の中に緊張感が漂う。

 

 緊急事態宣言の類ではないため、もしかしたら違うのかもしれないが、最悪の事態を想定して通信に望む。

 

「AMG112、どうされました?」

 

 努めて冷静に返答をする。そして次に出てくる言葉の一言一句を逃さないよう集中する。

 

『ワイルドエリア、ハノシマ原っぱ上空を飛行中!真下にリザードンを連れたチャンピオンがナックルシティに向かって歩いているのを発見した!多分何時もの迷子だ!籠に乗せて連れて行くためにここで一旦着陸したい!』

 

「よく聞こえませんでした、もう一度どうぞ」

 

 二重の意味で予想外な発言につい聞き返してしまう。

 はじめに何か緊急事態でもあったのかと見構えたが、予想以上に平和な事態であった事。

 そしてもう一つは何故そこに居る、という事だ。

 

 通年通りであればチャンピオンも開会式に参加するはずなのでエンジンシティに居る、または向かって無ければおかしい。

 時間的に見ても、ナックルシティに徒歩で向かい、着いた後に電車でエンジンシティに向かっても恐らく間に合わない。

 とするとガラルで有名な彼の癖が出て来てしまったと言う、AMG112便のパイロットの推測は正しいのだろう。

 

『チャンピオンがナックルシティに向かって歩いてる!籠に乗せてエンジンシティに向かいたい!着陸の許可を!早くしないと見失っちまう!』

 

「分かりました、AMG112、その場の着陸を許可する」

 

『その場の着陸を許可、AMG112』

 

「AMG112、離陸時の無線は118.10」

 

『離陸時の無線は118.10、AMG112』

 

 指示を出した事で張っていた緊張が解け、椅子の背もたれに寄りかかる。

 周りのメンバーにも軽く手を振って問題無い事も伝え、しばらくするとAMG112はレーダーから消失した。

 

 全くあのチャンピオンの迷子癖は有名だが、まさか自分が関わる事になるとは男は思わなかった。と言うより反対側に歩き始めるチャンピオンには世界がどう映っているのか気になる所だ。

 そういえば、とチャンピオン繋がりで浮かんだある噂を思い出す。

 

 その噂とは"チャンピオンが推薦したトレーナーが今回ジムチャレンジする"というものだ。

 

 少し前からリーグのコアなファン達の間で広がっている噂だ。もしも噂が本当だとするなら、あの無敗のチャンピオンが推薦したトレーナーだ、弱いわけがない。そうなるとジムチャレンジの試合の内容にも期待が持てる。

 開会式前は情報が公開されてないので、開会式後にはその噂の真偽が分かる。

 

 但しあくまで噂だ。もしかしたら間違っているかもしれない。

 以前、確度の高い情報として、スパイクタウンのジムリーダーのネズの親類がジムチャレンジをする、という情報が回って来たが、その情報が回ってきた年のネズの推薦を受けたトレーナーは、スパイクタウンに縁はあるものの、ネズの親類では無かった。

 ネズはインタビューなどで妹の話題を取り上げる事が有り、一部のファンがその発言を曲解して情報を発信したのだろう。

 

 さて、あと少しこの業務を遂行したら騒がしく雑多で、人で歩くスペースが無いくらい狭くなったパブの、音の大きすぎるテレビで噂の顛末を見るのだと考えていると、無線の通信が来たのか左後ろにいる同僚が椅子に座り直した。

 

『………………』

 

「AMG112、エンジンタワー、離陸を許可する」

 

『………………』

 

「AMG112、そちらをレーダーで捉えた」

 

「AMG112、高度500まで上昇せよ」

 

『………………』

 

「AMG112、クロフト地点に直行し、飛行計画通りの飛行を再開せよ」

 

『………………』

 

「AMG112、以降は経路指示に従え、無線は126.35」

 

『………………』

 

 通信を終えた同僚が俺にサムズアップをした。

 どうやらパイロットは無事にチャンピオンを乗せることに成功したようだ。

 

『エンジンタワー、こちらAMG112、クロフト地点、高度500で待機中、エンジンシティまでの経路指示が欲しい』

 

「AMG112、速度60で経路P6を使用しろ」

 

『速度60で経路P6を使用、AMG112』

 

 この通信の後、AMG112便とそれに乗っていたチャンピオンは無事エンジンシティに到着した。

 後にこの出来事がリーグ関係者に伝わり、AMG112便のパイロットと担当した航空管制官はポケモンリーグから感謝状が贈られる事となる。

 

 

 

 最後の便を送り届けた後、男とその同僚達は出向する度に行っている行きつけのパブに向かって歩いていた。すると隣の同僚がつい抑えられなかったとばかりに大きな独り言を呟く。

 

「いやー、こんな時間から飲む酒も楽しみだけど、いよいよチャレンジャー達の情報が公開されるのも楽しみだ!」

 

 既に多くの人達は視聴するための準備を始めているのか、いつもよりも遥かに人通りの少ない道で同僚の声はよく響いた。

 ジムチャレンジの開会式は今季のリーグの始まりを飾る式典でもある。

 なのでガラル中が噴火前の火山のような、エネルギーを溜め込んでいる異様な雰囲気になる。

 

 そんな火山の噴火に合わせて多くの企業や店が休みになる。そんな中でもパブが開いているのは、店主も一緒に楽しみたいからだろう。

 

 小さいビルの横にある、地下へと続く入り口に着く。

 人ひとりがギリギリ通れる狭い階段を降り、木製のドアを軋ませた音を鳴らしながら開けると、多くの人が既に酒を片手に楽しんでいた。

 もう何人かは既に出来上がっているみたいで、肩を組みながら大笑いしている。

 

 まず店主の居るカウンターに向かい、酒とツマミを頼む。

 

「アップリューエールのシャンディ・ガフを一つと、チップスを一つ」

 

 料金を提示され、提示された金額を払う。

 

「俺はアップリューエール一つ」

 

「わたしは……」

 

 後続が次々と頼んでいき、男の頼んだものが目の前に置かれると、酒の入ったグラスとフライドポテトの入った紙コップを受け取り、そのまま少しスペースのある所に歩いてく。

 

 大抵のテーブルやカウンターなどは取られており、立ちながら飲食をする必要があるようだ。

 

 全員が飲み物や食べ物を受け取ると、タイミング良くテレビのライブ中継が始まりリーグ委員長のローズ、そしてチャンピオンのダンデが挨拶を始める。

 

 無事開会式にも間に合ったようで、密かに男はほっとする。

 

 そして挨拶が終わると、カメラがバトル会場の入り口にフォーカスされ、パブの中の熱狂も高まってきた。

 

 ……そしてリーグ開幕の狼煙を上げるトレーナー達が、スタジアムのスポットライトを浴びながら出て来た。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話 挑戦者達(前)

 今日も今日とて、チュリネ農場は平和である。

 

 特に晴れ過ぎてなく、雨が降っているわけでもない。

 暇なポケモン達は各々自由に過ごし、俺は作業を手伝ってくれているポケモン達と共に農作業を行う。特に変哲もない日常の1ページだ。

 

「うぉわぁっ?!なにあれぇ?!」

 

 ただこの時期はそんな日常にポケモントレーナー達の驚いた声、と言う非日常の一文が加えられる。彼らに加えてバックパッカーが驚く事もあるが、バックパッカー達は割と頻繁に遭遇するので最早少し珍しい程度の日常だ。

 

 まず彼らは一体誰なのかと言うと、ジムチャレンジ中のポケモントレーナー達だ。

 

 つい先日、エンジンシティでジムチャレンジの開会式が行われた。俺自身はそこまでリーグに熱心では無い程々のファンなので、テレビで録画した物を見て、楽しんでいる。

 そしてそれを見て今年も騒がしくなるなと考えたが、去年と同じ様に今年もそうなった。

 

 彼らが一様に何に驚いているかと言うと……まぁ大きさに驚くと言ったらあの子しか居ないのだが、そう、テッカグヤだ。

 

 ターフタウンは長閑な田園風景が広がる町で、ビルなどと言った高い建物がない。一番高い建物もターフスタジアムだ。

 そんな中、高さが10メートル近くあるテッカグヤが目立たないはずもなく、出ている間はターフタウンの新しいランドマークとも言えてしまうくらい目立つ。

 そのせいか、バックパッカーが地上絵に着いても、事前に見たテッカグヤのインパクトに負けてしまい、相対的に地上絵の人気が落ちてしまったらしい。

 ターフタウンの地上絵の広報活動をしている方には申し訳ないが諦めてもらうしかない、うちのテッカグヤが大きくて可愛いのだから仕方がない。

 

 そして、先程驚いた声がした農場の門の近くには少年が来ており、顔を見上げて口を開けて呆けていた。

 バックパッカーにしては軽装で、どこか旅慣れていなさそうな所を見るに、リーグからバックアップを受けているジムチャレンジャーで間違いないだろう。

 と言うより開幕式が終わった後の数日間はほぼジムチャレンジャー達だ。理由はターフジムが最初のジムで、チャレンジャー全員が寄る場所だからだ。

 ジムトレのミドリはこの期間を楽しいけど、死ぬ程大変だとぼやいていた。その時、これ飲んで頑張れよと『ちからのねっこ』を渡そうとしたが普通に拒否された。まだ家の在庫は減りそうにない。

 

「あのー、すみません」

 

 入り口で呆けていた少年チャレンジャーが、農場で作業している俺に声を掛けてきた。無視する訳にもいかず、一旦作業を中断しそちらに向かう。ただ、大体呼ばれる理由は察しがついている。

 

「あ、お姉さん。あのポケモン、お姉さんのポケモンですか?ダイマックスして無くてもあんなに大きいポケモンを見たのなんて初めてで、一緒に写真を撮りたいんですけどいいですか?」

 

 大体予想通りの写真撮影の申し出が出て来た。

 

「あ〜、ごめんね。そこに立ててる看板にも書いてるんだけど写真撮影はダメなんだ」

 

「え?……あっ、本当だ。すみません」

 

「いいよいいよ、あの子を見上げてると、看板なんて目に入らないだろうし。君はちゃんと俺に許可を取りに来てくれたしね」

 

 少年は謝ってくるが、俺は気にしていないと片手を振りながら伝える。寧ろちゃんと確認に来てくれたこの少年は良い子だ。

 

「"俺"?……まぁいいや。あの……どうして写真撮影が駄目なんでしょうか」

 

 少し俺の一人称に疑問を持ったらしい。初めて会う人は皆疑問に思うが、彼はスルーしてくれたようだ。

 そしてこちらの質問も撮影を断るとよくされる。なので、俺も何時ものように答える。

 

「写真撮影が駄目な理由はな、国際警察の方から撮影NGを言い渡されてるからなんだ」

 

「こっ、国際警察?!」

 

 国際警察の名前を出して驚かれるのも、最初のうちは反応を楽しんでいたが、回数を重ねていく内に飽きてきた。今では相手が驚く事に何の感情も浮かばない。

 

 それと国際警察から撮影NGが出されている理由。それは、のほほんと過ごしているので忘れがちだが、テッカグヤもウツロイドもウルトラビーストだからだ。本来であればポケモンの中でも危険な部類のポケモンである。

 なので、彼らに親近感を持たれると不味い。もし仮に別個体が出現した時に、不用意に近付くと下手したら怪我では済まないかも知れない事態に陥る可能性がある。特に今挙げた二匹はウルトラビーストの中でも危険度は上位に位置しているので、国際警察の方からしっかりと写真撮影を断るよう言い含められている。

 

「あっ、あの、もしかして僕捕まっちゃうんですか?」

 

「いやいや大丈夫、それは無いから。それに君は何もしてないだろ」

 

 そう、撮影NGを破らない限りペナルティは発生しない。それにもし無断で写真を撮られて、ネットにアップされたとしても、国際警察驚異の調査力で写真を消されるだけだ。

 まぁ、俺のテッカグヤとウツロイドは色違い個体なので、一発で新しく出現した個体かどうかは分かるらしい。

 

「ほっ……あ、安心しました」

 

「うん、良かった。あの子を見る分には構わないから。あと撮影出来ない事に対するお詫びと言っちゃなんだけど、はいコレ。うちの農場のステッカーときのみをあげよう」

 

 そうして彼に、うちの農場のマークの付いた少し大き目のステッカーとオボンのみを何個か渡す。

 ちょっとしたお詫びでもあるがそれだけじゃない。渡したステッカーをどこかに貼ってもらい、あわよくば彼らに広告塔になって貰おうと言う作戦だ。きのみはステッカーだけじゃ申し訳ないのでついでにあげている。

 

「わぁ、ありがとうございます」

 

 ガラルに居ないポケモンが描かれたステッカーだ、珍しかろう。ジムチャレンジをするようなトレーナーはポケモン好きな事が殆どだ。そんな彼らにこのプレゼントは毎度の事ながら受けが良い。

 

 

 

「うわっ、すごく大きいポケモンだぞ!」

 

 先程のチャレンジャーが去っていったあと農作業を続けていると、今度は別のチャレンジャーがやって来た。

 今度は誰だろうと目を向け、ついに来たか、と少し目を細めた。

 

 録画した開会式を見た時から、俺にとって今年のジムチャレンジとリーグが特別になる事を予感していた。

 そこにはゲームをしていた時に見た、主人公を含めた4人が映っていたからだ。あそこから彼らの冒険・物語が始まる。と録画を見ていた時少し興奮してしまった。

 

 そんな俺が勝手に特別視している4人の内の一人。ホップが、相棒のウールーを連れて先程訪れたトレーナーと同じ様にテッカグヤを見上げていた。

 

「こんにちは、ホップ君。俺の農場に用かい?」

 

「こんにちはお姉さん、ってあれ?オレ名前言ったっけ?」

 

 農場の前で立ち止まっていた所を、俺から声を掛ける。そしてホップからは出て当然な疑問が出て来た。

 ジムチャレンジ中で無ければホラー物なのだが、この期間はしっかりとした理由付けが出来るため、犯罪者にならずに済む。

 

「チャンピオンの弟でチャンピオンから推薦状貰ったチャレンジャーだろ?君は君が思っている以上に有名だと思うよ。かく言う俺も君のファンの一人だ」

 

「そうなのか!オレは無敵のアニキを倒してチャンピオンになるから、これからも応援よろしくな!」

 

 ものすごく明るくてエネルギーに溢れた挨拶を聞き、こちらも笑顔になる。

 

「ははっ、これからも応援するよ。そんな元気な君にファンからの差し入れだ」

 

 そして俺は先程と同じセットに加えシルクのスカーフをホップに渡した。このシルクのスカーフは掘り出し物屋で買って、結局使わなかった物だ。ホップの相棒にはちょうどいいだろう。

 先程のトレーナーに比べてサービスが良いが、ファンの差し入れとなれば違いが出て当然だ。

 

「おおっ、コレ貰っていいのか?!」

 

 ホップは貰ったステッカーやきのみにも喜んでいるが、何よりシルクのスカーフに喜んでいる。渡した物の有用性を理解しているのだろう。 

 

「サンキュー!オレの相棒にピッタリのアイテムだ!」

 

「どういたしまして。ところでお願いが有るんだけど、ホップ君のウールー、撫でてもいいかな?」

 

 ホップに会ったら頼みたいと思っていた事を頼む。実際に会ってみると中々の毛並みで、モフりたい欲が強くなる。多分断られないと思うが、まぁ断られたらその時だ。

 

「おう!ウールーがいいって言ったならいいぞ!」

 

 ホップから許可は貰ったので、今度はウールーに話し掛ける。

 

「撫でたいんだけど、いいかな?」

 

うめぇ〜♪

 

 そう鳴いたあと俺の方に歩いてきたので、了承と受け取り、モフり始める。

 

なでっ……もふぅ……

 

お?これは……

 

モフわぁ……もももふっ……

 

 ふ、深い。重い。それに大味と言うか、エルフーンのもふもふと違って繊細じゃないけど、それがいい方向に作用していて、でもしっかりと柔らかくて……なんだこのもふもふはっ?!イイ!!

 

「あ、そうだ!お姉さんのあの大きいポケモン、もっと近くで見ていいか?」

 

 俺がモフリエストになっているとホップがそう俺に頼んできた。断る理由がないので直ぐに答える。

 

「良いよ。ただもし撫でたい時は本人に確認を取って、しっかりと強めに撫でるようにね。弱いとあの子くすぐったがって、不意に大きく動いて危険だから」

 

「おう!わかったぞ!」

 

 そう言うなり、直ぐにかけていった。俺はもうしばらくもふりに専念する。もちろん独りよがりじゃなくて、ウールーの撫でられて気持ちの良いところを探しながらだ。

 

おめぇ〜♪

 

お?ここがええんか?よしよしよし……

 

 

 

 そうしてしばらく撫でて、十分に満足したのでホップにウールーを返そうと振り向いたら、俺の農場のポケモン達と戯れているホップの姿が見えた。殆ど初めて会うポケモンの筈なのにしっかりと適切に対応している。

 

 こうした彼の姿を見ると、やはり彼の本質は優しいものなんだと思えてくる。

 これから彼は自分の夢と食い違う本質に板挟みにされて大いに悩むのだろう。

 

 でも外野の俺はそれに気付いても、指摘はしない。手も貸さないし、ヒントも出さない。それは、俺が伝えてはいけない物だ。

 

 俺は彼の成長を見守ろう。

 幸いにも彼にはライバルも、支えてくれる人も居るから大丈夫だろう。

 

 あとエルフーン、彼にじゃれつくのは良いが、その隙にお前のもこもこと彼にあげたシルクのスカーフをすり替えるな。

 すり替えたスカーフを別のポケットに入れても駄目だ、ちゃんと戻しなさい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話 挑戦者達(後)

 しばらくポケモン達と戯れた後、ホップはリーグカードを俺に渡して、ターフジムに向かって走って行った。

 どこまでも素直で真っ直ぐな気持ちの良い奴だった。

 

 そんな彼と戯れてたポケモン達はご機嫌だ。遊んでもらえて嬉しいチュリネ達。

 撫でてもらえて満足なドレディア、ドヒドイデ、ウツロイド。

 ハイタッチが出来てノリノリのラティアス。

 俺以外に構ってもらえて興奮して両腕をくるくる回しているテッカグヤ。

 イタズラは阻止されたけど満足げなニコニコ笑顔をするエルフーン。

 

 ……と言うよりお前、その笑顔。やったな?俺の見えない所でやりやがったな。

 

 まぁ、もう行ってしまったので確認する術は無いが、軽いイタズラである事を祈るしかない。寧ろこの短時間でエルフーンにイタズラされる程心を許されている証だ。多分どこかにもこもこを詰められたと思うが勲章として受け取って欲しい。

 

「うわー、大きかー」

 

 去年も体験したが、この時期は作業が出来ないな。次から次へとジムチャレンジャー達がやって来る。今度は誰か?と確認するとモルペコを連れたアノ子が入り口で立っていた。

 それとその子を応援している人達が遠くから見守っているのも見えた。

 

「こんにちは、うちのテッカグヤ大きくて可愛いでしょ」

 

「こんにちは、こんな大きいポケモンみるの初めてやけん。ほんと大きくて凄か」

 

 さっきから感嘆しか上げてないが、それだけ衝撃が大きかったんだろう。俺が近くにいるのに、未だに呆けているのが証拠だ。ただ可愛いがさり気なくスルーされたのは地味に傷ついてる。テッカグヤ……可愛いのに。

 

「それで、ジムチャレンジャーのマリィちゃんだよね?」

 

「?!びっくりした……。お姉さん前にあたしと会ったことあると?」

 

 もう一度声を掛けるとしっかりと認識してくれたようで、ついでに少し驚かせてしまったらしい。

 

「いや、初対面だよ。でも開会式見てからファンになったんだよね。はいこれ。差し入れだよ」

 

 そう言って、ステッカー、きのみに加えてくろいメガネを渡す。彼女のパーティーならどの子でも使えるはずの道具だ。

 

「ありがとう、エール団や家族以外に応援されるの初めてやけど、応援に応えられるようがんばる」

 

 俺が差し入れを渡すと丁寧にそれを受け取った。素直な子な印象を受ける。そして多くの人に応援されているにも関わらず、自然体でいられる芯の強さも持ち合わせてる。

 

うらら!

 

「モルペコもありがとうだって」

 

「そっか、君も応援してるからな」

 

 しゃがんでモルペコに目を合わせ、そう答える。

 

うらら♪

 

 そうして短い間だったが俺がリーグカードを貰った後、お互いにさよならの挨拶をし、マリィはターフジムに向けて歩いて行った。

 地元の期待を一身に背負っているのに、応援を力に変えられる凄い子だ。

 

 俺はそんな彼女を応援しよう。

 きっとそれが彼女の力になると信じて。

 

 そう考えていると、遠くで待機していたエール団の方々がこっちにやって来た。

 はい、何か用でしょうか?

 ……はい、ふむふむ。

 お気持ちはありがたいのですが、流石にメイクと服まで準備して応援する程ガチれないので、タオルだけ買わせて下さい。

 はい、一緒に彼女を応援しましょう。

 

 

 

 エール団の方から買ったタオルを家のリビングに飾って、農場のポケモン達がいる所に戻ってくる。

 それにしてもあのタオルのデザインをした人は凄い。マリィの可愛さとクールさをよく表現している。

 

「おー、大きいー」

 

 Here comes a new challenger!とばかりに次々とチャレンジャーがやって来る。チャレンジャーの入れ食い状態だな。

 

 今度は誰だろうと入り口を確認すると、ボブカットの髪型にニットベレーを被った少女が立っていた。もしかしなくてもユウリだろう。

 

 実は録画してある開会式の動画を見るまで、ユウリかマサルか分からなかったのだが、確認した時は少し喜んだ。すまないマサル。野郎じゃ俺はあまり喜べんのだ。

 

 そんなどうでもいい事を考えつつ、棒立ちしている彼女の所に歩いて行く。

 

「こんにちは、ユウリちゃん。俺の農場にようこそ」

 

「あ、こんにちは……ってえっ?わたしの名前?それに"俺"?お姉さん、あれ???」

 

 急に話しかけられた内容に少し混乱したようで、彼女の頭の上にヒヨコが飛んでいるのが幻視出来た。

 

「あはは、俺の自分の呼び方だから余り気にしないで。あと、君の名前は開会式で見たからかな。チャンピオンに推薦されてるんでしょ、応援してるよ。はい、これ差し入れ」

 

 そう言い切ると、チャレンジャー応援セットに加え、きあいのハチマキを渡す。

 彼女の手持ちは知らないので、どの子でも使えるはずのアイテムを渡す。多分いざという時に使えるアイテムのはずだ。

 

「これ貰っていいんですか?ありがとうございます!」

 

 彼女からは元気の良い返事が返ってきて、俺に彼女のエネルギーを分けてもらった様な感覚がした。

 

「あのー、あのポケモンお姉さんのポケモンですよね。なんて名前なんですか?どこでゲットしたんですか?」

 

 初めて見るポケモンに興奮しているのか、目を輝かせながら質問をしてきた。ちょっと答え辛い物もあるが、上手くぼかしながら答える。

 

「あの子の名前はテッカグヤだ。ゲットした場所はアローラ地方なんだけど、何処に生息してるのかまだ明確に分かってないらしくてね。今のアローラには居ないと思うよ」

 

 このテッカグヤの生息地について、俺は詳しく知っているが、これも国際警察の方からストップがかかっている事案だ。と言うよりも行く方法が今の所判明していなかったりする。ウルトラ調査隊が居ないのでワープライドが出来ないのだ。

 いつか里帰りをさせてあげたいので、国際警察の方々にはウルトラ調査隊を探してもらっている。

 

「はー、テッカグヤって名前なんですね。他にもわたしが見たことないポケモンが一杯居るんですけど、遊びに行っても良いですか?」

 

「ポケモン達が受け入れてくれたなら俺は構わないよ。あ、でもテッカグヤは撫でるときは強めにね。それとあの黄色いブルンゲルみたいなポケモン、ウツロイドって言うんだけど、帽子みたいだからって絶対被っちゃ駄目だからね。気を付けてね」

 

「やった!わかりました!気を付けます!」

 

 そう言うと彼女はカバンからポケじゃらしを取り出してポケモン達の方にかけていった。

 

 良く考えてみれば、ホップがポケモン達と構っていたとき、俺はモフリエストになっていて気が付かなかったが、ウツロイドともコミュニケーションとってたんだよな……。

 注意もして無かったしニアミスすぎる!あっぶねぇ!今気付いて嫌な汗が背中を伝った。

 

 いや、ホップ。エルフーンの件も含めてすまねぇ。今度また会うときが有ったら何かお詫びの品を渡すよ。

 

 俺がそんな事を考えている内にユウリは既に多くのチュリネ達に囲まれていて。その数の多さからか、若干押されつつもしっかりと構っている。

 

 こんなほっこりとしたシーンを見ていると、彼女がチャンピオンになる程のトレーナーになるとは思えないが、多分なるのだろう。

 余りゲームの話と言う色眼鏡を通して見るのは彼ら彼女らに失礼かも知れないが、開会式であの四人が同時に出てきた時からどうしても頭に浮かんでしまうのだ。

 特にユウリは元プレイヤー視点の人物と言う事も有り、それが顕著だ。

 

 だから俺は彼女の物語を見届けよう。

 見届ける中で、色眼鏡を外していけるよう努力しよう。

 

 ……エルフーン、彼女の帽子のポンポンを増やすな、大きくするな。

 

 そしてしばらくポケモン達と遊んだ彼女も、リーグカードを渡して、ターフジムに向かって行った。

 

 なお、この後何人か他のジムチャレンジャーがやって来たが、その中にビート君の姿は無かった。

 せっかく彼の今後を見据えてせいれいプレートを準備していたのに無駄になってしまった。




すみません、今までの更新は、自分の執筆ペースを超えた頻度だったようで遂に上げつつも作っていたストックが無くなりました、推敲の時間も欲しいですしこれからは更新頻度が下がると思います。
楽しみにしていただいている方には申し訳無いのですが、ゆっくりお待ちいただければと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話 スタジアムにて

 チャレンジャー達と遭遇してから数日後、俺はチュリネ達をボックスに送り、手持ちを連れてターフスタジアムにやって来ていた。

 

 服装はいつもの農家スタイルでは無く、ツボツボカレーTにジーンズと赤いパーカーと言う休日のお出かけ用の服装だ。

 

 エントランスホールは人で溢れており、グッズなどを販売しているショップはすし詰め状態になっている。先日人が少ない時期に購入していた人達はこれを予見して買い物をしていたのだろう。まぁ、中には当日限定のグッズも存在するので、早期にショップに寄る事は一長一短だが。

 

 そんな中俺が何をしにジムスタジアムにやって来たかと言うと、目的はここに居る殆どの人と同様にジムチャレンジャーのジム戦を見に来ている。数日前にジムに向かった彼ら彼女らの観戦をするためにだ。

 

 ゲームではジムに着いた直後にジムチャレンジを敢行していたが、実際にはそれよりも若干期間を開けてからジムチャレンジが行われる。

 

 理由は二つ、ジム側の準備期間が必要なのと、着いた直後に挑むなど興行的にマズイからだ。

 

 ジム側は、常にスタンバっているなど不可能で、ギミックの整備、ポケモン達のケア、ジムトレーナーやジムリーダーの休息などの期間を確保するため。

 

 興行は、直後に始めてもスタジアムに人は入らず、テレビの生中継も旨味が少ない上に枠の確保が厳しすぎる。運営側も、せっかくのイベントなのだからチケットは捌きたいだろうし、ゴールデンタイムにも合わせたいのだ。

 

 なので、実際のジムチャレンジの流れとしては、以下の様になる。

 

①チャレンジャーがジムで申し込みをする。

②チャレンジを行う日が決まり、数日間の準備期間が設けられる。この間にチケットが販売され、テレビでは枠が確保される。

③チャレンジ当日の午前にギミックの部分を行う。ジムリーダーとの対決の直前にこれのダイジェスト版がネットやテレビで公開される。

④午後にジムリーダーとの対決を行う。ただジムリーダーは連戦するので、一戦ごとに適度なインターバル時間が設けられる。

 

 そして今は④のジムリーダー戦が始まる前の時間で、選手達やヤローさんは控室で待機しているのだろう。

 

「ボル?」

 

「ゲェッ……」

 

 ヤローさんや選手達の事を考えながらエントランスホールを歩いていると、ヤバイ奴に目を付けられてしまった。声を聞いて目があってしまい、ヤツは足元に居る子供達にすぐに戻る事を伝えてこちらに向かってきた。気が付かないふりをして避けるのも今更無理なのでしょうが無く対応する。

 

「君はいつぞやのオシャレボール少女ボルね〜!お久しぶりボル〜。ボールガイだボルよ〜!」

 

「あ、あはは。お久しぶりです」

 

 高身長かつマッシブーンを連想させるマッシヴな体型、そして常に笑顔の被り物から溢れる圧力に押されつつ返答する。彼の言動は奇行そのものなのだが、奇行に目を瞑れば紳士的なので冷たくあしらうわけにも行かない。

 

「うーん、いつ見てもコダワリを感じるボールのラインナップボルね〜。特にラブラブボールを二つも使ってる所なんかさすがだボル〜」

 

 彼は考える様に片手を顎に持っていき、そう言ってきた。

 確かに俺はオシャボ勢だが、そのせいでボールガイ(非公式)に目を付けられるなんて思いもしなかった。初めて遭遇した時も、ボールを着けたベルトを見られて話しかけられたのだ。

 彼のボールに対する愛と知識は凄く、俺のベルトに着けたボール群を見た時は、同士を見つけたと思い話しかけたらしい。確かにある意味同士とも言えなくも無いが、頼むから普通の服装の状態で話しかけて欲しい。体型とマスコットの顔が致命的に合わないが故の、シリアルキラー感が滲み出ていて怖いのだ。

 

「今日もボールを配っていたんですか?」

 

「そうボル。特にチャレンジャー達にはボールの奥深さを知ってもらうために、フレンドボールを配ったボル!」

 

 この人は軽く言っているが、それがどれだけ凄い事なのかは少しボールについて知れば分かる事だ。

 

 彼が配ったフレンドボールは現状、人間国宝のガンテツ氏しか作ることのできない超貴重な品なのである。いわば人間国宝の工芸品とも言える。しかも彼は偏屈である事でも知られ、そのボールの価値は天井知らずなのだ。

 そんなフレンドボールをこのボールガイは配っているのである。売ればひと財産になる物をである。

 まぁ、そんなボールガイだからこそガンテツ氏が彼にボールを作っているのかも知れない。お金の力をもってしても入手が困難な品故に、俺は彼がガンテツ氏と直接パイプを持っているのでは?と俺は睨んでいる。

 

「所で先程相手をしていた子供達は大丈夫なんですか?」

 

「おっと、久し振りにボール好きの少女と会ってつい興奮してしまったボル!そうボルね〜。それじゃボールガイは子供達にボールの素晴らしさと奥深さを伝えに戻るボル!」

 

 短い会話だったが、ちょっとした挨拶だったんだろう。互いに手を振って別れの挨拶をすると、ボールガイは先程交流していた子供達の所に戻って行った。

 戻ってきたボールガイに対して子供達は大喜びだ。彼は意外と言ってはなんだが、子供達に人気がある。明るいキャラクターが良いらしい。近くに控えている親御さん達もその光景を和やかに見守っている。

 

 ただ親御さん達、ソイツ、非公認なんですよ。クオリティは高いけど、勝手にリーグマスコットに扮して玉配ってる不審者なんですよ。

 

 でもそれを伝えたところで皆が不幸に成るだけだ。彼は見方によればこの上ない紳士なのだ。リーグスタッフもそれを理解しているためあえて放置している。周りにそう認知されている彼が公式化する日も近いかも知れない。

 

 

 

 スタジアムの飲食店でタルップルサイダー(酒)一つとカレーパイ何個かをかなり高いと思える値段で購入し、友人に確保してもらった席に向かう。

 

 スタジアムの中に入ると、空はオレンジ色に少し蒼みがかった色が混じり始めており、スタジアムの照明が強くスタジアム内を照らしていた。

 満員御礼とばかりにスタジアム内は人がひしめき合っており、階段を降りていくと周りに比べて不思議と席が空いてる場所に着く。空いている席の様子を見るにまだ午前の後始末が終わってないらしい。

 

 空いている席に座ると腰のボールベルトを外し、膝の上に置くとドレディアをボールの中から出す。そして隣の空いてる席にちょこんと行儀良く座った。

 そしてドレディアと一緒にパイを摘みながら試合が始まるのを待っていると、人の集団がこちらにやって来た。

 

「あれ?コウミってば先に着いてたんだ」

「コウミさん、お久しぶりです」

「お久しぶりです」

 

「おー、皆おつかれ。あとソウタとセイヤは久しぶり」

 

 やってきたのはジムトレーナーのソウタ、セイヤにミドリだ。午前中のチャレンジの後片付けを終わらせてバトル観戦にやって来たのだろう。

 ミドリがドレディアを挨拶代わりに少し撫でたあと俺の隣に座り、男子二人組はその更に隣に座る。

 

「それにしてもわたしにチケット確保を頼んでまでバトルを見たいなんてどうしたの?珍しいじゃない」

 

 そうミドリが俺に話しかけてきた。本来ジムチャレンジのチケットは争奪戦で、簡単に入手できない物なのだが、今回はチャレンジャーがチャレンジャーなのでその入手難易度は更に上がる。それでも俺は今回のバトルは生で見たかったので、ミドリと言うコネを使ってチケットを確保したのだ。

 

「ちょっと推しのトレーナーが出来てね、見たいと思ったんだ」

 

「ふーん、なんか心境の変化でもあったの?」

 

 鋭い。バカ正直に言う訳にも行かないのでぼかして伝える。

 

「まぁ、そんなところ」

 

 そう伝えた後、それ以上の追求は無かった。

 度々俺は彼女に対して隠し事がある事を匂わせるような言動をする事があるが、それを深く聞いてこない彼女との関係はありがたい。

 

「所で今年のジムチャレンジはどう?見込みのある子は居た?」

 

「…………はぁ、せっかくこっちが追求しないであげてるのにそれを言う?前々からコウミは色々ちぐはぐで不思議な子だとは思ってたよ。でも今回チケットや今の発言は流石にどうかと思うわ」

 

 ミドリの言動を聞く限り、やはり相当凄かったのだろう。

 

「そうね、今年は凄かったわ。輝いてる子が4人も居た。全員まだ未熟だけど、才能は間違いなく一級品揃い。今年のセミファイナルトーナメントは凄い事になるよ」

 

 やはりあの4人は他のチャレンジャーに比べて突出しているようだ。

 

「そして、コウミ。なんであんたはピンポイントでその子のチケットをわたしに頼めたの?最初のジムだしまだ彼女のバトルは公開されて無いはず。わたしも実際にバトルして凄さを実感したのに、バトルをあまりしないあんたが彼女とバトルしたとは思えない。出身地も全然違う所だし知り合いでも無い。チャンピオンからの推薦状があったにしても、さっきの発言は確信を持ちすぎてる」

 

 そして出るわ出るわミドリの疑問が止まらない。でも申し訳ないが俺にはその疑問は答えられない。情報源は簡単に口に出来るような事柄じゃ無いのだ。

 

「まぁ、ちょっと予知夢を見たんだ」

 

「あんたねぇ……はぁ、もういいわ。そのカレーパイ一個ちょうだい。それで我慢してあげる」

 

 俺がそう言うと、ミドリはジト目になりながらツマミを要求してきた。確かに今の俺の返答は"何か隠してますよ〜"と言わんばかりのものだった。そんな隠す気が有るんだか無いんだか分からない発言に呆れたんだろう。

 俺も苦笑いをしながらパイを一つ渡す。

 

 二人と一匹がカレーパイをつまみながら時間を過ごす。もう二人は今回のチャレンジの反省点を話し合っている。わざわざバトル観戦の直前までしなくてもいいのに、彼らは本当に真面目だ。

 

 サイダーを口に含むと、甘いリンゴの香りが鼻を突き抜け、ちょっとした炭酸が喉を潤す。それを見たドレディアが俺に飲み物要求してきて、農場で汲んだ"おいしいみず"を入れた水筒を渡すのを忘れていた事を思い出した。

 水筒をドレディアに渡すとくぴくぴと美味しそうに飲みだした。

 

「やっぱりわたしも飲み物とか買ってくる。目の前でそんな美味しそうにされたらたまらないよ」

 

「バトルまでに間に合う?」

 

「多分大丈夫」

 

 そんな俺とドレディアを見て喉が乾いてきたのか、ミドリが飲食店に向かうため、階段を上り始めた。

 

 少し時間が経ち、ミドリがサイダーとフライ盛り合わせを持って戻ってくると、ちょうどモニターにカウントダウンが表示され、それが終わると選手登場出入口からユウリとヤローが出てきた。

 彼らの登場に合わせて会場の歓声も大きくなる。

 

 そして二人が中央で向かい合い、いくつか言葉を交わすと、所定の位置に着いた。

 

 いよいよバトルが始まる。

 




DLCが発表されましたね。
ラティアス参戦が嬉しい作者です。
これで他のポケモン達にも希望が生まれましたね。

ただ発表後でもこの小説のポケモン達の扱いは変えません。DLCをストーリー後のイベントとして扱い、ガラルに居ないポケモン達として扱います。

あと、地味にぼんぐり要素の今後の情報が気になりますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話 ポケモンバトル

 大きな歓声がスタジアム内に響く中、ヤローさんはヒメンカを、ユウリちゃんはジメレオンを先発のポケモンとして出した。

 タイプ相性的に不利で一見選出負けのようにも見える。交代を指示するのが妥当だ。

 

「ヒメンカ!"マジカルリーフ"だ!」

「ジメレオン!左に跳んで避けて!」

 

 しかし、ユウリちゃんはジメレオンをバトルに居座らせた。

 二人の指示と同じタイミングでポケモン達が動き出し、ヒメンカは"マジカルリーフ"を打ち出し、ジメレオンはマジカルリーフにかすりながらも、身軽さを活かして左に大きく跳んだ。ジメレオンにそこまで大きなダメージが有るようには見えない。

 

 バトルにおいて、トレーナーの指示は技に留まらない。バトルのルールにおいてトレーナーに対する攻撃などの禁止されている事柄以外全てが許されている。

 そして"マジカルリーフ"を射出し終えたヒメンカの動きが一瞬硬直する。

 

「ジメレオン!"なみだめ"!」

 

 ユウリちゃんはそのタイミングを逃さず、ヒメンカにジメレオンの"なみだめ"を決める。

 

「ヒメンカ!周りの葉を巻き上げながら"こうそくスピン"!」

「ジメレオン!"ふいうち"!」

 

 ヒメンカが回り始めた瞬間にジメレオンが接近して"ふいうち"が決まり、ヒメンカの回転のスピードが抑えられる。そして接触時にジメレオンも回転しているヒメンカのダメージを食らう。

 

 ジメレオンが弾かれると、ヒメンカの周りには小さな竜巻のように葉が舞っている。そのせいか、ヒメンカの姿が若干見え辛い。

 

「ヒメンカ!続けて"こうそくスピン"!」

「ジメレオン!よく狙って"とんぼがえり"!」

 

 ヒメンカが更にスピードを上げ、舞い散る葉と共にジメレオンに迫り来るが、ジメレオンはじっとヒメンカが居るであろう場所を見つめ、"とんぼがえり"を打った。

 そしてそれは正確にヒメンカに命中し、ジメレオンは再び"こうそくスピン"のダメージを受けつつも、モンスターボールに戻り、ヒメンカは倒れて目を回していた。

 

「ヒメンカ、戦闘不能!」

 

 バトルステージの側にいたジャッジがそう告げた時、会場が音で溢れかえり、振動が体の中まで響いて来た。

 ヤローさんはヒメンカをボールに戻すと、ぽんぽんとボールごとヒメンカを労り、こちらには聞こえないが何かをボールに呟いていた。

 

「……凄い」

「そうね、とても最初のジムとは思えない内容ね」

 

 俺の口から思わず出た発言に、隣のミドリが賛同した。

 ユウリが行った事は不利な相性のポケモンで相手を倒したの一言で済ませて良いものではない。

 

 ヤローさんのヒメンカが出す"マジカルリーフ"+"こうそくスピン"のコンボは中々に厄介で、多くのチャレンジャーが苦戦する。

 マジカルリーフで場に葉をばら撒き、こうそくスピンでそれらを巻き上げる事で、ヒメンカの視認性を下げる戦術だ。

 ターフジムに挑戦するチャレンジャー達の多くは、その対策としてコンボが決まる前に倒す速攻戦術で対応するか、相性の良いポケモンで耐えつつ倒すかの二択に分けられる。

 

 ただ、ユウリちゃんはそのどちらも取らずその戦術に真っ向勝負を挑み、そして勝利した。

 

 まず、最初の"マジカルリーフ"で"ふいうち"を打たず、"こうそくスピン"のタイミングで打ち、回転の速度を落とし、巻き上げる葉の数を減らした。

 

 "ふいうち"と言う技はゲームでは威力が固定されていたが、現実では打つ度に威力が落ちていく技だ。理由はふいうちと言う名前の通り、不意を打つ技なので、回数をこなす程不意では無くなるからだ。なので最も威力の大きい時を"こうそくスピン"の時に合わせたのだ。

 

 そして最初に"ふいうち"を打たない代わりに"なみだめ"を打つ事で、その後の接触時のダメージを減らしている部分も地味に良い行動をしている。

 

 そうやって舞わせる葉を減らし、視認性を良くした状態で、よく狙わせ、確実に"とんぼがえり"を決めて一体倒したのだ。しかも交代のタイミングも"とんぼがえり"でヤローさんと合わせている。

 

 多少は事前に戦術を決めていたのだろうが、それでもこの大衆が見る中で、状況が変わり続けるバトルの中、状況を把握し、ミス無くそれを行えるのは、とてもじゃないが俺には出来ない。

 

「『コレ』で未熟なのか?」

 

 先程ミドリが言っていたことが気になり問いかける。俺が思うに未熟な訳がないのだが。

 

「ん?あぁ、コウミが聞いてきてる部分は全然未熟じゃ無いよ。むしろバトルセンスは少なくともリーグ最上位レベルなんじゃないかな?わたしが言った未熟って言うのはポケモンの育ち具合の事。そこもトレーナーの資質の内の一つだからね」

 

 そう言われて納得する。確かにまだジメレオンには進化が残っているし、育ち具合に大きな差が有れば最初の"ふいうち"で決まっている。

 

「なるほどな〜、確かに育ったら凄そうだもんな〜」

 

「はぁ、これだからコウミは……」

 

 俺が彼女の説明に納得していると、呆れたような声が返ってきた。今日は良くミドリに呆れられてる気がする。

 

「どうしたん?」

 

「あのね、コウミは軽く流したけどポケモンは育てるのも大変だし、育った後のポケモンに言う事を聞かせるのも大変なの。あんたみたいな非常識は本当に稀なの」

 

 非常識とまで言われてしまっているが、言い返せない。確かに俺の存在はある意味非常識だ。しかし、『言う事を聞く』の部分は少しだけ反論する。

 

「でもほら、うちの子達は皆良い子だから」

 

「絶対に『良い子』の一言で済ませて良いものじゃないのに……。コウミの手持ちの中に国際警察が出張ってくるような、危険なポケモンが居るのを知ってるんだからね。と言うより詳しい話は聞けなかったから知らないけど、それって絶対テッカグヤでしょ?」

 

 反論したら過去の事件の話に飛び火してしまった。確かに詳しい話は俺との間でしかして無かった気がする。あとは、その当時の身元保証人だったヤローさん位だろう、詳しい話を知っているのは。

 国際警察から話してはいけないことは、生息地とウルトラホールの存在位だったと記憶しているので、正直に話す。

 

「うん、まぁ、テッカグヤとウツロイドがそうかな。でも本当に良い子なんだって」

 

 そう言いつつ膝の上にあるボールのうち二つのボールを撫でる。気持ち少しボールが揺れた気がした。

 

「やっぱり。ダイマックスしないであの大きさだしそうだと……え?ウツロイドも?」

 

 そうミドリと話してる間にユウリちゃんが出すポケモンを決め、ヤローさんはワタシラガを、ユウリちゃんはアオガラスを出した。

 

 ユウリちゃんはジメレオンを含めてもう二匹手持ちがいるが、ヤローさんの方は最後のポケモンだ。

 先程の華麗なバトルに加えてジムリーダー最後のポケモンと言う事もあり、会場は大盛り上がりだ。観客達の応援歌もボルテージを上げる要因となり、自分も興奮してベルトをつけ直し立ち上がってそれに加わる。

 隣のドレディアも興奮してぴょんぴょん跳ねている。

 

 バトルの展開としてはお互いダイマックスしてのバトルだろう。タイプ相性と残りのポケモンから見て、勝負はほぼ決まってしまっているが、それでもそれが盛り下がる要因にはならない。

 ダイマックス同士のバトルは、ド派手で大迫力のバトルになるのだ。盛り上がらない訳が無い。

 

 ミドリが焦りながら俺に何か聞こうとしているが、音が大きくて何も聞こえない。後で、のジェスチャーで答えて、俺も応援歌に加わる。

 

 そして二人同時にダイマックスする動作を始める。二人がボールにポケモンを戻し、ボールを巨大化させ後ろに投げる。

 激しい光と共に、ダイマックスしたアオガラスとワタシラガが大きな雄叫びと共に姿を表した。

 

「ワタシラガ!"ダイソウゲン"だ!」

「アオガラス!"ダイジェット"!」

 

 お互いに初動は同じタイミング。アオガラスのダイジェットとワタシラガのダイソウゲンがスタジアムの中央でぶつかり合い、ほんの少し勢いが拮抗する。

 しかしタイプ相性的に不利なダイソウゲンが次第に押され始め、ダイソウゲンを維持出来なくなったワタシラガにダイジェットが襲いかかる。

 

 スタジアム内にも暴風が吹き荒れ、響いていた応援歌が止まり、観客達は転んだりしないよう、近くにある物に捕まる。

 

 スタジアム内が振動し、吹き荒れた暴風が治まった後、バトルステージにはダイマックスしたまま飛び続けているアオガラスと、ダイマックスが解け、倒れて目を回しているワタシラガが現れた。

 

「ワタシラガ、戦闘不能!よって勝者、ユウリ!」

 

 ジャッジが叫んだ瞬間、観客達の歓声によって再びスタジアムが揺れた。様々な人の雄叫びや拍手に混ざって、時折ピィーと大きな口笛が鳴り響く。

 勝利宣言をされたユウリちゃんはアオガラスのダイマックスを解き、嬉しさを顕にしてアオガラスと共にポーズを取った。スタジアムの大きなスクリーンにその可愛い様子が映し出される。

 

 ヤローさんがワタシラガをボールに戻し、ボールごと少し労ると、バトルフィールドの中央に歩き出した。それに合わせてユウリちゃんもアオガラスをボールに戻し、中央に向かう。

 互いに一言二言話し、握手をした。

 

 こうしてユウリちゃんは最初のジムを突破した。

 

 

 

 あの後、インターバルを挟みながら何試合か行い、今日のジムチャレンジの日程は終了した。

 俺は全部のバトルを見終わった後、ポケモン達へのお土産として帰り道にパイ屋に寄ってカレーパイを買い、パイがたくさん入った袋を片手に下げ、スタジアムとは打って変わって静かな帰り道を歩いていた。

 月の明かりは雲に隠れており、スタジアムの眩い光が道を照らしている。

 隣にはドレディアが一緒だ。

 

 いつも見ているテレビのバトルと違い、生のバトルは迫力が違った。空気が違った。

 そして、あんなバトルが出来る人達が少し羨ましく感じた。

 

 俺のポケモン達は間違いなく強い。資質や育ち具合だけで言えばチャンピオンをも凌ぐだろう。

 でも、肝心のトレーナーである俺はダメダメだ。

 同じポケモン、同じ育ち具合、同じ技で彼らの様なポケモンバトルをするとしたら、俺はそこら辺の子供にすら勝てるかどうか怪しい。

 常にバトルの状況を読み、把握して、的確にポケモンに指示を出す。それをバトル中の一瞬に全てこなしている彼らの様な真似は出来ない。

 

 だから俺は守りで常に相手の後手に回り、状況をある程度無視して技選択だけを気にしていればいい状況を作り出し、その状態を維持しつつ持続ダメージで倒す戦法が得意なのだ。

 

 ただそのバトルでは、彼らの様な熱いバトルにはならない。

 俺のポケモン達もポケモンバトルは好きだ。バトルをする際には嬉しそうにボールから出てくる。

 だから俺のせいで、ポケモン達に満足の行くバトルをさせてやれて無いんじゃ無いか、と不安にもなるし、もしあんなバトルが出来たらと羨んだりもしてる。

 

 そう考えていると、不意にお土産を持ってない方の手が掴まれ、足が止まる。掴まれた方に目を向けると、ドレディアが少し不安そうな目をして、俺を見ながら手を掴んでいた。

 

 ネガティブな雰囲気になっていた俺を心配してくれたんだろう。……少し情けないが、少しだけ、その優しさに甘える。

 

「なぁ、ドレディア。俺がさ、お前のトレーナーで良いのかな?」

 

ピュイ!

 

 何言ってんの!とばかりにキリッとした顔でそう答え、そして繋いで無い方の手でぺしぺしと腰の辺りを叩いてきた。その気遣いを嬉しく思いつつも、やっぱり情けなかったなと思い、その事について考える事をやめ、雰囲気を変える。

 

「そっか……ありがとな」

 

ピピピュィ

 

 ドレディアに感謝を伝えて、雲が晴れて顕になった月の光と、スタジアムの光を背にしながら、再び静かな道を手を繋いで家に向かい歩き始める。

 ドレディアと繋いだ手の温もりを心地良く感じ、俺も少しだけ力を入れ、その手をそっと握り返した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話 ラテラルタウンにて

 ここは本当にガラルなのだろうか?

 

 毎回ラテラルタウンを訪れる度に思う疑問だ。日差しが強く辺りを照りつけ、空気が乾燥し、風が砂を巻き上げる光景は、とてもじゃないが俺のよく見る田園風景と同じ地方に有るとは思えない。

 更に砂レンガで出来ているであろう家屋や、賑やかで様々な香りが漂うバザールの様子などを見ると、全く別の文化圏が独立して存在しているように見える。

 アローラのコニコシティやマリエシティはまだアローラに存在する事を認めることが出来る。何故なら少なくとも二つの町は文化を輸入した結果出来上がった町で有ることが伺えるからだ。

 

 だがラテラルタウン、お前は何なんだ?

 

 地理的な背景に基づく必然性から見たら、家屋の件は認める事が出来る。乾燥かつ高温な場所の建材として砂レンガは優秀だからだ。建築方式の違いも建材が違うという理由で一応説明出来る。

 

 ……でも本当にバザールだけは理解が出来ない。商業の方式が地域によって多少違うのは、地域に住む人々の気質が違う事によって起こりうるので、ありえない訳じゃ無い。

 ただラテラルタウンのバザールはその枠から逸脱してしまっている。

 露天商がデフォルトなど、何がどうしてそうなったと疑問符しか浮かばない。

 

ぽにゃ〜?

 

 そう考えていると、隣からドヒドイデの不思議そうな声が聞こえてきた。入り口の門に入った後に立ち止まったら、それは疑問に思うだろう。少し考えに没頭し過ぎてたのかもしれない。

 

「何でもないよ。さ、行くか」

 

 そう言った後、俺とドヒドイデはラテラルタウンのバザールに向かって歩き出した。

 

 バザールの通りを歩く人やポケモンの数はそこまで多く無いが、辺りは不思議と活気に満ち溢れている。多分、所狭しと様々な商品が置かれている雑多な雰囲気が、物言わぬ賑やかしとなって活気を創り出しているのだろう。

 

ヘイヘエイ!

 

 近くから呼び込みの声が聞こえてくると、そちらにはマラカッチがノリノリで踊りながら呼び込みをしていた。元気なのはいい事だがその鳴き声はヘイガニの物だ、訴えられないのだろうか?

 目を向けていると、マラカッチの前には様々なフルーツ類が置いてあり、どれもこの辺りでしか採れないものばかりだった。

 

ぽにゃ

カラコロン

 

 俺が様々なフルーツを見ていると、ドヒドイデとマラカッチが世間話のようなものを始めた。マラカッチが色々なフルーツを指差しながら鳴き、ドヒドイデがそれに対して相槌を打つように鳴く。

 しばらくそのやり取りが続いた後、ドヒドイデがドラゴンフルーツの様なフルーツを掴んで俺に見せてきた。

 

「それが欲しいのか?」

 

ぽぽにゃ〜

 

 そしたら今度は掴んでない方の触手で別の場所を指した。指した先を見ると、そこには香辛料を売っているであろう、広げた袋の中に大量の香辛料を詰めたものを陳列している屋台があった。

 

「カレーの具材に使いたいって事か」

 

ぽにゃ〜♪

 

 指さした先にあった物から連想した内容だったが、どうやら合っていたらしい。確かにフルーツカレーは試してみても良いかもしれないと思い、予定には無かったが、購入を決める。ただし、今購入してしまうと荷物が多くなってしまうため、しばらく買い置きしてもらう事にする。

 ドヒドイデとマラカッチにそう伝えると、ドヒドイデは嬉しそうにしながら、手に取ったフルーツを戻し、マラカッチはマイドアリ!とばかりに手を振って踊りだした。

 

 

 

 マラカッチのフルーツ屋で買い物を済ませた後、今日本来の目的地である掘り出し物屋に向かう。道路の両脇には屋台が沢山並んでおり、ついつい先程のように目移りしてしまう。その中には軽食屋などが有り、様々な香辛料の効いた匂いが混ざって漂い、大してお腹が減っていないのに食欲が湧いてくる。

 ……いや、ほんとここガラルだよな?ヒジャブ着てる人が出て来ても全く違和感が無いぞ。

 むしろ、露天商や買い物客が全員旅行者に見えて違和感を感じてきた。

 

 またラテラルタウンの不思議に頭を悩ませながら歩いているとついに目的地に着いた。

 そこは露店としてはこぢんまりしており、知らない人から見ればガラクタが揃っている、変な店に見えるだろう。ただ俺やポケモントレーナー達にとっては宝の山に見える。

 そんな『掘り出し物屋』の店の主に俺は気軽に話しかける。

 

「こんちわ〜、何か良い掘出し物ないですか?」

 

「ん?おお、嬢ちゃんか。今日は良いもんがそろってるよ」

 

 軽く挨拶を終えたあと、話し掛けながら陳列されている商品を見る。ただその殆どはわれたポットだった。

 

「掘出し物屋って名乗ってるんですから、本物の掘出し物とか出してくださいよ、ポイントマックスとかガンテツボールとか。最近われたポットしか見てませんよ。せめてかけたポット位無いんですか?」

 

「いやいや、ちゃんと掘出し物してるだろ。と言うより、ポイントマックスは薬品だから俺は扱え無いし、ガンテツボールはボールガイが持ってるだろ。われたポットは売れ行きが良いから置いてるんだ。むしろかけたポットを買う奴なんて嬢ちゃん位だろ?」

 

 話を聞きながら商品を全部見終わり、特に目ぼしいものが無いのが分かり、少し落胆する。

 

「うーん、特に新しいものはないか」

 

 そう気落ちしていると、店主がニヤニヤしながら話しかけてきた。

 

「そんな嬢ちゃんに朗報だ。前から嬢ちゃんが欲しがってた例のブツが手に入ったぞ」

 

「えっ、マジですか?」

 

「マジだ」

 

 そう言い、店主は後ろの暗がりに置いてる箱の中から毒々しいナニカが詰まった瓶を取り出した。

 

「おー、くろいヘドロ、手に入ったんですか」

 

「まぁな、珍しくエンジンシティで発見されたものらしいぞ」

 

 くろいヘドロは毒タイプ専用たべのこしと言った立ち位置だが、それだけじゃなく毒タイプは持っていると喜ぶらしい。そこで、ウツロイドはうしおのお香を持っているので、ドヒドイデにこれを上げる予定だった。

 ただ、ガラルではガラルマタドガスが辺りを浄化しまくるので中々入手できず、輸出入禁止品でもあるので入手は困難だったが、やっと手に入れる機会を得ることが出来た。

 

「買います、幾らですか?」

 

「そうだな、嬢ちゃんにはいつも他にも買ってもらってお世話になってるし、こんな値段だな」

 

 提示された値段は他の商品に比べたら高い値段だが、入手難易度の割に安く抑えられていた。

 

「そうですね……もくたんを優先して入荷して、俺の為にキープしてくれるならこの値段で買います」

 

 そう言い俺が提示した金額は提示された金額よりも高めの値段だった。そんな俺の発言に対して店主は思わず間抜け面を晒してしまう。

 

「……俺この店やってて、交渉で値段を釣り上げて来る奴とか初めて見たよ」

 

「まぁ、予約と言うか、依頼と言うか。そんな所です」

 

「緊急で必要なのか?だったらもうちょっと払ってもらえれば、しっかりと早く確実に入荷できるぞ」

 

「いや、そこまでじゃないです。あったらいいな〜程度で」

 

「なるほどな、それじゃその値段で売らせてもらうよ。あと、もくたんについてだが気に掛けておく」

 

 値段交渉が終わり、自分で提示した値段を払い商品を受け取ると、それを隣のドヒドイデに渡す。中身については察しが付いているはずだが、どこか疑問符を浮かばせている様な不思議そうな雰囲気を出していた。

 

 

 

 買い物を終え、フルーツも受け取り、寄り道で今俺とドヒドイデはラテラルタウンの壁画の前で休憩していた。

 俺は鉄の柵に寄りかかり、ドヒドイデはビンの中身を少ししゃぶった後日光浴をしている。

 

 こんな乾燥している場所でもドヒドイデを出しているのは、この子が暖かい日差しが好きだからだ。むしろ暑い位が好きなのかもしれない。

 また、ここの近くには池も有って水分補給も容易に出来る良い場所なのでここで休憩している。

 

 ドヒドイデがじっと動かず、全身で太陽の光を浴びている間は暇なので壁画に目を向ける。

 

 一言で表すのなら、芸術だ。

 

 ふざけている訳じゃ無い。真剣に考えた上での結論だ。

 人々が芸術的だと感じる瞬間は言葉に出来ない感情的なゆらぎが生まれる。こんな理由が有るから素晴らしい!では無く、ただ理由もなく感覚で感動を得る。その感覚の原因を探り、論理的に感動を生み出すのもまた芸術だ。

 ただ個人的には理由が分からない感動を得られる芸術の方が、先に広がりが有るようで好みではある。

 

 そしてこの壁画は、何故かは分からないが、見ている者を不安定にさせるような、脱力感を得られる様な不思議な壁画である。

 

 故に芸術だ。

 

 ただ、奥にあるはずのザシアン・ザマゼンタの石像の方が見たいので、さっさとぶっ壊れて欲しい。

 ポケモンと言う芸術に比べたら、あの壁画に価値は無い。

 

 今度来る頃には、石像が見られるようになっていると良いな、と思っていると、水を浴びたいのかドヒドイデが持っている瓶を俺に渡してきた。それを預かり、一緒に湖の方へ行く。もう少し日光浴をしたら帰ることにしよう。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話 ワイルドエリアにて

 エンジンシティの長く大きな階段を降りると、ターフタウンの管理された自然とは違う、手付かずの雄大な自然が晴れた青空のもとに広がっていた。

 

 今日はテッカグヤのエネルギー吸収の為にワイルドエリアにやってきたが、毎回来る度に圧倒される。ただそこに居るだけでエネルギーが、体の内から湧き出てくるような不思議な感覚になるのだ。

 しかしそれではテッカグヤのお腹は満たされないので、ダイマックスエネルギーが集中するポケモンの巣へ向かう事にする。そして歩き出す前にボールが付いているベルトに手を伸ばす。

 

 ワイルドエリアでは厳しい自然がそうさせているのか、強いポケモンが多い。中には通りかかった人に問答無用で襲いかかって来るポケモンも居る。

 そういったポケモン達への対策として、強い手持ちポケモンを連れている場合、連れて歩くと良いとされている。攻撃的なポケモンでも力の差を感じ、襲い掛かってくる事が減るからだ。

 

 俺がそのために掴んだボールは、何の変哲も無いモンスターボールだ。そしてそのボールを投げ、中にいるポケモンを出す。

 

「一緒に行くよ、ジュナイパー」

 

ホロロゥ♪

 

 ジュナイパーはボールから出てくるなり、俺の方に寄ってきて体を密着させ、スキンシップを要求して来た。もちろん断る理由も無いので首辺りを撫でる。

 

 テッカグヤのエネルギー吸収の際の俺の手持ちは、テッカグヤを除いて全員違う。全員普段から農場で過ごす事が出来ない子か、農場で過ごす事があまり好きでは無い子達だ。

 今出しているジュナイパーはチュリネ達がたまに起こす突発的な行動に驚き、パニックなどを起こしてしまうので、農場で過ごすのは苦手な子だ。

 

「それじゃジュナイパー、ポケモンの巣を探すの手伝って」

 

ホロロゥ 

 

 撫で終えた後俺がそう言うと、ジュナイパーは音を立てずに一瞬で上空に舞い上がった。

 ジュナイパーにはいつも上空からエネルギーの豊富そうなポケモンの巣を探してもらっている。エネルギーが豊富な巣ほど明るく輝くので、比較してより明るい方に連れて行ってもらうのだ。

 

 しばらく待っていると、ジュナイパーが降りてきて『巨人の腰掛け』の方を指差したので、一緒にそちらに歩き始めた。

 

 今日のワイルドエリアの天候は天気予報通りの、全体的に温暖な晴れだ。暖かい日差しを体で受けながらジュナイパーと一緒に歩く。

 たまに草むらからポケモンが飛び出して来ようとするが、出てきた瞬間にジュナイパーに睨まられて引っ込む。その様子はまるでボディーガードの様でとても頼もしい。

 これが今連れている他のポケモン達だとこうは行かない。

 

テッカグヤは移動するだけで自然破壊がおきる。

あの子は片っ端からある技を仕掛けようとする。

あの子は魅了で逆にポケモンを引き付けるかも。

あの子はテッカグヤ並に目立つので連れ歩くには不適格、乗って移動するのはいいのかも知れないが俺はその免許を持ってない。

そしてあの子は歩くのが遅い。

 

 そんな中、今もボディーガードのような事をしてくれているジュナイパーは連れ歩くのに最適なポケモンだ。

 そしてテッカグヤのお腹を満たすために何箇所か回らなければいけないので、少し歩くペースを上げた。

 

 

 

 ポケモンの巣に着いて、テッカグヤを出す前には何個か確認する事がある。

 まず、テッカグヤを出しても問題無い広さが有る事。

 そして、ポケモンの巣に居るポケモンと交渉する事。

 

 最初の条件は良いとして、二つ目の条件はバトルに発展させないために必要な事だ。

 もし交渉もせずいきなりテッカグヤを出すと、驚いた巣のポケモンはダイマックスして襲い掛かってくる。いきなり巣の隣に巨大なポケモンが出てくるので、襲い掛かるのも当然だろう。

 初めのうちはそれを怠って、何回もバトルに発展してしまった事がある。勝ちはするのだが余計な時間と労力がかかってしまうので、避けるようにしている。

 

「すいませーん、誰か居ますかー?」

 

 ポケモンの巣穴の前でこんな事を言っている姿は、他人から見たらかなり滑稽に見えるだろうが、俺は至って真剣にこれをやっている。

 

「すいませーん」

 

 一回の声掛けでポケモンが顔を出してくれる事はほぼ無い。巣に居るポケモンに警戒されない様になるべく優しく、郵便物を配達する人の様に落ち着いて声を掛ける。

 

ガラゴロン……

 

 するとポケモンの巣穴からドータクンの頭が出てきた。

 まだこちらの様子を伺っているようで、じっとこちらを見続けている。そんなドータクンを笑顔で手招きし、カバンの中からオボンの実を出す。

 するとこちらに敵意が無いことを察してか、巣穴から出てこっちに寄ってきた。俺からしてもドータクンが俺に対して敵意が無いのは嬉しい事だ。

 

 そして目の前まで来たドータクンにオボンを渡す。

 それに対してドータクンは若干困惑しているようで、渡したオボンと俺を交互に見る。

 

「ちょっとお願いが有るんだけど、巣のエネルギーを分けて貰っても良いかな?」

 

 そう言うとドータクンは合点がいったのか、巣と俺の間に置いていた体を退けた。ありがたい事に了承してくれたらしい。

 

「ありがとう。あと、エネルギーをもらう時に大きなポケモン出すんだけど、大丈夫かな?巣を壊さないように細心の注意は払うよ」

 

ゴロン

 

 俺がそう言うとドータクンは頷いた。このドータクンが優しいポケモンで良かった。狂暴なポケモンだと問答無用でダイマックスして襲い掛かって来るのでとても助かる。

 

 周囲に十分なスペースがある事を確認し、テッカグヤの入ったボールを慎重に投げる。

 

フゥーゥ

 

 巨大な質量からくる地響きに近くの木々に止まっていた鳥ポケモン達が一斉に跳び上がった。草むらも驚いたポケモンが居るのか少しざわついている。

 近くに居るドータクンは事前に知っていたからか、驚きは無いようだが、少し動揺している様にも見える。……すまんドータクン、巨大って言ったけど、マジで巨大なんだ。

 

 そして場に出てからテッカグヤは特に動いていないが、何もしてないように見えてしっかりとダイマックスエネルギーを吸収している。暫くしたら巣の明るさも減り、エネルギーの吸収も終えるだろう。

 

ガラゴロン

フゥーゥ

 

 そう考えていたら、いつの間にかドータクンとテッカグヤが世間話のようなものをし始めた。お互いにはがねタイプと言う事もあり、何か有るのだろう。

 その会話を眺めつつ、のんびりとテッカグヤのエネルギー吸収を待った。

 

 

 

 テッカグヤのエネルギー吸収が終わり、ドータクンにお礼と追加のきのみを渡した後、今度はハノシマ原っぱの巣にやってきている。

 今度も何事も無く済めばいいな、と考えていたがどうやら今回はそうは行かないらしい。

 

 巣穴に声をかけたあと出てきたポケモンはヨクバリスだった。よりによってヨクバリス。

 

 一抹の希望にかけて交渉を試みるも1個のオボンでは満足出来ないらしく、目の前に居座り続けた。おそらく手持ちの全部のきのみを渡さない限り退いてくれないと思い、別の場所に向かおうとしたらダイマックスして襲い掛かってきた。

 

 そして今、目の前にダイマックスしたヨクバリスが居て、俺はベルトにあるボールに手を伸ばしている。

 

 良いだろう。そっちが暴力で解決しようとするなら、こっちも暴力で対抗してやる。食料庫を襲った個体と別個体だからと、甘さを見せたのが失敗だった。

 

「良かったな、お前の好きな"げきりん"が打てるぞ」

 

 そう言いながらベルトに付いているムーンボールを掴むと、微かに掴んだボールが揺れた。やる気は十分らしい。

 一体だけでは対応しきれないので別のムーンボール、ゴージャスボール、モンスターボールを掴み、同時に投げる。

 

「行くぞオラァー!」

 

 両手で掴んだ四つのボールをヤケクソ気味に投げる。普段はバトルに発展してもここまで荒れない。相手がヨクバリスだからこそだ。

 

ギュアーン!

マヒナペーアッ!

かぶりん……

フンッ!

 

 それぞれのボールから、ガブリアス、ルナアーラ、フェローチェ、コータスが出て来る。

 

 ガブリアスは、げきりん?げきりん打てるの?げきりん!げきりんだ!とばかりに興奮している。その様子はプレゼントを前にした子供のようだが、内容はそこそこ物騒だ。

 この子は、何というか、げきりんが好きだ。俺の指示にはちゃんと従ってくれるが、げきりんを打てる状態ならげきりんを打ちたいアピールをしてくる。まるでどこかの爆裂好きな紅魔族みたいな奴だ。

 

 ルナアーラはただただ元気一杯だ。ちらりと撫でてほしそうに、こちらを向いて来たりしている。後で撫でる事を伝えると、やる気を出してヨクバリスと対峙した。

 この子は国際警察に伝えていなかった手持ちだ。この世界に迷い込んだ当時は、エーテル財団の事件のニュースも出ておらず、見つかった場合ロクなことにならないと考え存在を秘匿していた。

 でも今ではエーテル財団の事件も発生しており、ウルトラ調査団を探してもらう際に一度見せている。しかし、その力を欲する集団が現れないとも限らないので、あまり一緒に居てやれない。なのでこういった周りに人が居ないタイミングで一緒の時間を過ごしている。

 

 フェローチェは優雅にヨクバリスと対峙している。しかしクールに見えても、撫でてあげたりすると意外と喜ぶのだ。

 この子はしっかりと俺の指示やお願いも聞いてくれる良い子なのだが、いかんせん農作業との相性がよろしくない。多分お願いすれば手伝ってくれるだろうが、結構なストレスになると思われるので農場には出していない。

 

 コータスは最初の鳴き声を出した後、どっしりとその場に留まっている。寡黙な子だが、しっかりと信頼関係は築いている。後でやけどに気を付けながら甲羅を拭いてあげよう。

 この子はチュリネ農場出禁を食らっている。と言うより俺が食らわせた。理由は"ひでり"、以上。今の俺の手持ちのポケモン達は少なくとも農場で過ごす事は出来る。でもこの子だけはそれも出来ない。俺の胃が死ぬ。

 なのでこういった農場に居ない機会でしか一緒に居れない。

 

「ガブリアス、"げきりん"!ルナアーラ、"サイコキネシス"!フェローチェ、"とびひざげり"!コータス、"ふんか"!」

 

 四匹全てに技の指示を出す。相手はダイマックスしているので、狙う場所には事欠かない。

 ガブリアスが活き活きと理性のタガを外し、雄叫びを上げながらヨクバリスに突っ込む。

 ルナアーラが技を放つと、当たった場所周辺が歪んでいるように見えるほどのエネルギーが生まれていた。

 フェローチェは多分"とびひざげり"を繰り出しているのだろうが、俺には全然見えない。ただガブリアスの"げきりん"の打撃音とは別の打撃音が聞こえてくるので攻撃しているのだろう。

 コータスは力を溜めている。おそらく後もう少ししたら放てるようになる。

 

フンッ!

 

放つ直前の力む動作に入ったので他のポケモンに指示を出す。

 

「フェローチェ下がれ!」

 

 指示を出した直後、俺の目の前にフェローチェが現れる。狙いを定めるような技では無いので、下手をするとフレンドリーファイアしてしまう。

 ガブリアスは放置しているが、"げきりん"中なので指示が届かない。最悪当たってもタイプ相性的に今ひとつなので大丈夫だろう。あの子もそれを知っていても"げきりん"を打ちたいだろうし。

 

ドーン!!!

 

 コータスの甲羅から大きな火の玉が溢れ出し、ヨクバリスに直撃する。ひでりの効果も有るが、肌が焼けるような熱さに当てられ、汗が流れた。

 

 "ふんか"による眩しさが収まるとそこには仰向けに倒れたヨクバリスが居た。その体は段々と小さくなっていき、通常の大きさよりも小さくなって、最終的には見えなくなった。

 

 バトルが終わるとふぅ、と腕で流れた汗を拭う。何時もならここまで一方的にならないのだが、全員の強力な技でゴリ押ししたので一瞬で終わってしまった。

 ヨクバリス、強欲は身を滅ぼすことを実体験で学べたんだ。もう少し控えめになる事も覚えたほうが良いぞ。

 

 すると、"ふんか"の余波に巻き込まれたのか、煤にまみれたガブリアスがマヌケな顔をしながらこっちに歩いて来た。

 

ぎゅぁ〜?

 

 その鳴き声もふにゃっとしているが、どこか満足げである。煤まみれの肌を見ると、少しダメージを受けているようで、煤落としと治療を始める。 

 その間ルナアーラは興味深そうに周りを見渡し、フェローチェは静かに佇み、コータスは"ふんか"のクールダウンをしていた。

 

 

 

 ガブリアスの治療を終え、その後もたまにバトルやキャンプを挟みながらテッカグヤのエネルギー吸収を終えると、空が橙色に染まっていた。

 

 今から帰ればちょうど日が落ちると考えながら、エンジンシティに向かっていると、エンジンシティの方からロトム自転車に乗ってこちらにやって来る人が居た。

 道を譲る為に少し左に避けると、何故かロトム自転車に乗っている人から手を振られた。

 知り合いだったか?と疑問を感じながら手を振り返すと、その人の背中にジメレオンが張り付いているのが見え、乗っている人が誰なのかを察した。

 

 その人は俺の隣にいるジュナイパーが気になるのか、少しだけ眺める。しかし急いでいるのか、手を振り終えすぐに隣を通り過ぎた。

 周りの野生ポケモンやポケモンの巣に目を向けず一直線にナックルシティに向かっている。

 

 多分そういう事なんだろう。

 

 その自転車の人が米粒の大きさになるまで背中を見届けた後、俺も家に帰るために再び歩き始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話 小さなお客さん達

 今日も今日とてチュリネ農場は平和である。

 

 心地よい風が頬を撫で、土の香りが心を落ち着かせる。

 ちょうど昼食後の空いた時間で各々のポケモンがのんびりと自由に過ごす、何の変哲も無い日常の1ページ。

 

ポップンカラン

 

 そんな長閑な休みを取っていると、石垣を超えてこちらにふわふわとバケッチャが風にのって飛んで来た。

 すぐに迷子か?と思ったが、何匹かのチュリネ達がバケッチャの方に走って行ったので、飛んで来た子はチュリネの知り合いのちょっとしたお客さんらしい。

 

 この農場にはテッカグヤと言う巨大なカカシ代わりのポケモンが居るが、全てのポケモンがテッカグヤに恐れて近づかない訳じゃ無い。

 テッカグヤはどうやらポケモンが近づいてきた時に、悪さをしようとするポケモンだけを狙って威圧しているらしい。特性にいかくもプレッシャーも無いが、レベル差とも言える実力差+巨体の圧でやっているみたいだ。

 

 そんな訳で、ターフタウンのポケモン達がたまにこの農場に入り込んで、この農場のポケモン達と交流する事が起きる。

 先程のバケッチャは走ってきたチュリネ達とすぐに遊んでいるので、以前に会ったことが有るのだろう。そのチュリネ達とバケッチャは踊りの様な、儀式の様なよく分からない遊びをしている。

 ……バケッチャからはおどろおどろしいナニカは出て居ないので"のろい"で遊んでいないとは思うが、もしそうだったらヤバすぎる。

 

ろとわふ〜

 

 のんびりと、チュリネ達とバケッチャの方を眺めていると、今度は別の方向から鳴き声がして来た。

 そこにはふわふわと石垣を超えて農場にやって来たマホミルが居た。

 マホミルが農場にやって来ると、今度は別のチュリネ達がマホミルに向かって行き、遊び始める。

 

 そんなクルクル回って遊び始めたマホミルを見て、俺はその進化系であるマホイップに思いを馳せる。

 マホイップは可愛い。あざとい見た目に、あざとい動き。あざといの塊だ。でも良い、取り繕っているのでは無く自然にそうなっているのだから、いくらあざとくても何も問題は無い。

 何もしてない時にしているキョトンとした顔、歩いている時の揺れる体に聞こえてくる足音、嬉しさを全身で表す所と笑顔。良い。

 

 色々マホイップの事を考えて、マホイップをうちに迎えて一緒に過ごしたくなるが、思い留まる。

 ただでさえ、現状の手持ちの数も多いのにこれ以上増やす事は、加える子もそうだし今居る子にも世話が行き届かなくなる事になる。

 これ以上に手持ちを増やす事は俺のキャパオーバーになってしまい、俺も俺のポケモン達も不幸になってしまうだけだ。故に俺はガラルで新しいポケモンは一匹もゲットしていない。

 

 それに、マホイップと交流したい時はナックルシティのマホイップカフェに行って、そこに居るマホイップと交流すればいい話だ。

 そこそこの頻度で通うからか、店のマスターにも顔を覚えられて居る。

 

 ただ、カプチーノをすばやく飲み干して、マホイップと交流しながら感極まってつい口から零してしまった「マホイップ最高」の言葉に何とも言えない複雑な表情をしながら「うちのマホイップが褒められるのは嬉しいけど、少し複雑だね」と言わせてしまったのは、少し悪かったと思っている。

 直後にカプチーノも美味しかった事を伝えたので問題は起きずに未だに通えているが、カフェのマスターは俺の『マホイップ>カプチーノ』の式が絶対に変わらない事に気が付いている。そこは俺がカフェに行く目的がマホイップなので多目に見て欲しい。

 

 あと、カフェのマスターからはバトルを提案された事が有るが断っている。バトルをしたらまず間違いなくカフェが吹っ飛ぶので、そんな事で憩いの場を壊したくない。

 

ピィーッカァ!

イッブイ!

 

 今日はよく小さなお客さんが来る日だな。目を向けなくても、鳴き声で誰が来たか分かる。

 ピカチュウとイーブイである。残念ながらポケモンごっこの子供達では無い。

 と言うよりポケモンごっこ達を俺は見たことが無い。ゲームではあんなに4番道路を走っていたのに、一人も居ない。祭りの時には仮装でなっている子は居たが、流石に普段着にはしないらしい。

 とても……とても残念だ。

 

 そんな考えをしている内にやって来た二匹はチュリネ達と合流し、遊ぶ相談をし始めているようだ。そして、直ぐに相談が終わると二匹のチュリネ達はこちらにやって来て倉庫の方を指差し始めた。

 

「ん?何か必要なのか?」

 

チュピ!

チュピピ!

 

 俺がそう答えると、近くのチュリネが頭の葉を使って輪っかを作った。

 

「ボールが必要って事?」

 

チュピ♪

チュッチュピ♪

 

 どうやら当たっていたようで、俺の服の端を引っ張って早く倉庫に連れて行こうとしている。

 

「分かった分かった、今すぐ出すから待ってろ」

 

 引っ張るチュリネ達に気を付けながら、倉庫に向かう。

 隣を歩くチュリネ達はスキップをするように歩いている。

 

 倉庫に着き、倉庫の中からチュリネと同じ位の大きさのボールを渡すと、それを頭の上に乗せ、ピカチュウ、イーブイや他のチュリネ達が待っている所へ走り始めた。

 

 

 先程まで座っていたベンチに戻ると、来客が多いからか、何時もより農場が賑やかになった気がする。

 

 多くのチュリネ達は元気よく遊んでいるが、中には昼寝をするために離れた場所にまとまっているチュリネ達も居る。

 

イヌヌワン!

 

 ボールで遊んでいる子達の所に石垣を超えて、今度はイヌヌワンがやって来た。……いやワンパチだった。語呂が良すぎてたまにどちらが名前なのか分からなくなってしまう。進化系の名前がパルスワンなだけに違和感も無いからだ。

 

 周りのポケモンは、突然乱入してきたワンパチに驚くも、直ぐに順応して遊び始める。

 あの異常にボールに執着している所を見ると、もしかしたらあのワンパチの特性はたまひろいかも知れない。でも、もともとワンパチと言うポケモン自体がボール遊びが好きなので、そうでは無いのかもしれない。

 ただ……このワンパチ、どこかで見たような気がする。

 

「おーい、ウールー!待っておくれよー。ワンパチも戻ってきておくれよー」

 

 あっ。と聞こえてきた声で全てを察してしまった。

 このワンパチ、ヤローさんの所のワンパチだ。

 

 おそらく一緒に逃げ出したウールーを追いかけていた所、ボール遊びをしている所を見つけてしまい、我慢出来ずにこっちに来てしまったんだろう。

 

「みんな!ワンパチを捕まえるのを手伝って!」

 

 そう俺が大きな声で言うと手持ちのポケモン&チュリネ達VSワンパチの追いかけっこが始まった。

 俺が思ってた以上に多くのポケモンが追いかけ始めたからか、ワンパチは驚いて必死に逃げ始めてしまう。

 

 後から考えてみれば、小さいボールを倉庫から出して、それでワンパチを釣るなど他の方法があったにも関わらず、こんな強引な手段を取ってしまったのは、俺もびっくりして良く考えて無かったからだろう。

 

 結局、ワンパチが捕まったタイミングと、ウールーが捕まったタイミングはほぼ一緒だったようで、ウールーを連れたヤローさんに疲れてぐったりとしたワンパチを届けた時は、俺は不毛さを感じて少しため息を吐いてしまったが、ヤローさんは事情を聞いて面白かったのか、からからと笑っていたのが印象的だった。

 

 

 

 チュリネ達を遊ばせつつも、しっかりと農作業を進め終えると、空は茜色に染まっていて、先ほど一緒にいたポケモン達が帰り始めた。

 

 バケッチャは日が高い時よりも、むしろ若干元気になっており、ふわふわと空に飛んでいった。

 反対にマホミルは、少し疲れたのかゆっくりと石垣を超えていく。

 ピカブイ組も似た感じで、動きに俊敏性が無く、ゆっくりと去っていった。

 

 夕日が作り出すどこか寂しい雰囲気が、別れに手を振り続けるポケモン達の様子を見ている俺を感傷的な気持ちにさせる。

 

 ずっとそのままノスタルジーに浸っているわけにも行かず、俺は夕食のための準備を進めるため、食料庫に向かう。

 

 昼の時は、ポケモンフーズメインの料理を考えていたが、たくさんチュリネ達が遊んでいてガッツリとした物を食べたいだろうから、カレーを作る事にする。あと、疲労回復のためにも酸味が強めのイアの実とゆでたまごを加える事にしよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編2 客室清掃員のガラルな日常

 早朝の従業員休憩室で椅子に座ってコーヒーを飲みながら、清掃員の男は手持ちのタブレットに表示されている清掃予定の部屋一覧を確認する。

 もう既にチェックアウトを済ませているお客様も居るようだが、まだ一組二組程度で清掃を始めるにはまだ早い。

 

セーソー

ポッポンポー

 

 相棒のヤブクロン達は男の隣で作業が始まる時間を待っているが、ご飯が待ち遠しいのか、少し落ち着きが無い。

 男は無言でヤブクロン達を撫で、落ち着かせる。ヤブクロン達も静かにそれを受け入れ、気持ちが良いのか目を細める。

 男はタブレットで空いた部屋が増えていないかチェックするが、先程確認した時から何も変化は無かった。

 

 男が勤めているホテルイオニアでは、おそらく他のガラルのホテルに比べてお客様がチェックアウトギリギリの時間までホテルに居ることが多い。

 誰もが好んで凍える早朝の時間帯に外出したいとは思わないのだ。

 

 今はジムチャレンジ期間なので普段よりも泊まる人は多いが、その肝心のジムチャレンジも夕方以降から始まるので、早朝にチェックアウトする人は増えない。

 

 作業が増える事を想像して少しため息を吐きつつ、空調機の低音が部屋の中で鳴り響く中、男はヤブクロンを撫でて時間を潰す。

 

ピコン

 

 ヤブクロンをしばらく撫でつつ、考え事をしながら時間を過ごしていると、タブレットに通知が届いた音が部屋に響いた。

 

 お客様がチェックアウトして、部屋が空いた事を知らせる音だ。

 ヤブクロンを撫でるのを止め、タブレットを確認すると通知音の通り客室が一つ空いたのが確認出来た。

 そしてタブレットに表示されている時間を見ると、もうしばらくしたらチェックアウトの時間になる事が表示されていた。

 

 それを確認した男は、そろそろ始めるか、とゆっくりと椅子から立ち上がり、清掃用具を詰め込んだカートを取りに、ヤブクロンを連れて休憩室を出る。

 

 

 

 ノックをして人が居ないことを確認し、客室に入ると、隣を歩いていたヤブクロンと、カートの上に乗っていたヤブクロンが我先にと部屋の中に走って行った。

 その二匹を見送りつつ部屋を見回し、清掃する場所に目星をつける。

 

 幸いな事に、この部屋を利用していたお客様は特に変な汚し方などもしておらず、少し飲食類のゴミが散乱している程度で、それ以外に目立った所はない。

 それらのゴミもヤブクロンがもしゃもしゃと食べていて、男が手出しする必要が無い。

 

 しかし、もう一匹の方のヤブクロンは部屋に備え付けてあるゴミ箱に体を突っ込んでゴミを食べていたので、男はそこに近づき、ヤブクロンを両手で掴んで引っ張り出す。

 男がヤブクロンに目線を合わせて首を横に振ると、ヤブクロンは分かったとばかりに鳴き声を上げ、ゴミ箱以外の場所にゴミが無いか探しに行った。

 

 ゴミ箱にあるゴミは一旦収集した後、改めてヤブクロンに与える事にしている。先程のようにゴミ箱に突っ込んで食べると、ゴミが部屋に散乱する恐れがあるからだ。

 

 机やサイドテーブルの中などを確認しつつ、アメニティなどもチェックしていく。クローゼットは要注意ポイントだ。

 

 キルクスタウンは他の街よりも特別寒い気候だからか、普段は着ない服装を着て来られるお客様が多い。そのせいか服の忘れ物が頻発するのだ。酷い時は二三着クローゼットに掛けて忘れて行かれたお客様も居る。

 今回はハンガーだけが掛かっていたので問題は無さそうだ。

 

 ある程度寝室を片付けて、今度はバスルームに向かう。

 

 拭き掃除等を始める前に、使用済みのタオル類をカートに放り込む。使用済みアメニティは、男がバスルームに入ったのを見計らって一緒に入ってきたヤブクロンに渡した。お腹が空いているからか、渡したそばから口の中に放り込んでいる。

 

 バスルーム内が片付くと、男は掃除用具をカートから取り出し、バスルーム全体を拭き掃除して行く。

 寝室の方に居たヤブクロンも、あらかたゴミを食べ終えたからかバスルームに入って来たが、男の作業を邪魔しないようにと静かにし、先に来ていたヤブクロンからゴミを分けてもらい一緒に食べ始めた。

 

 バスルームの拭き掃除を終え、今度はベッドに取り掛かる。

 シーツを全て剥がし、カートに入れ、新しいシーツを出すとヤブクロン達が手伝うためにベッドの反対側に待機し始めた。

 

 シーツの端をそれぞれのヤブクロン達に掴んでもらい、ベッドの上に敷く。そしてシーツをそれぞれの角に織り込んでマットレスの下に挟んでいく。ヤブクロン達も慣れた様子でシーツを折りたたみ挟み込む。

 

 ベッドのシーツ交換を終え、枕も交換する。後は寝室の拭き掃除と、掃除機掛けと、アメニティ交換なので、先程集めたゴミをヤブクロンに袋ごと渡す。ヤブクロン達も待ってましたとばかりに、袋に飛び付いて邪魔にならない場所に向かって行った。

 

 

 

 いくつかの客室を清掃し終えると、通路の方が少し賑やかになる。客室に備え付けてある時計を確認するとチェックアウトの時間が近づいている事が分かった。

 

 これから加速度的に清掃が必要な部屋が増えて行く事を感じ、手間を考え少しため息を吐く。

 

 そして一部屋終え、次の部屋に取り掛かろうとすると、男が向かっている方向からリュックを背負った少女がダッシュでこちらに向かって来ていた。隣には赤と白色の浮遊している見たことが無いポケモンを連れている。

 

「やべぇ!余裕こいてギリギリまでテレビ見るんじゃなかった!」

 

フゥーン!

 

 勢い良く男の隣を通り過ぎると、少女はエレベーターのボタンを連打し始め、その様子を隣に居るポケモンが心配そうに見つめていた。

 

 男は少し驚いたが、いつもの事だと考え次の部屋に再び向かい始める。

 チェックアウトギリギリの時間にお客様が取る行動は大して変わらない。

 全員焦った様子でエレベーターに向かい、エレベーターが着くまでの間に腕時計と今エレベーターが有る階を往復して見るだけの生き物になる。

 先程の少女はよほど焦っていたのか、それに加えてボタン連打もしていた。あのお客様がしっかりと時間に間に合う事を祈りながら男は再び歩き始める。

 

 

 

 連泊して部屋に泊まっているお客様以外が全員チェックアウトをした事で、ホテルは再び静かな落ち着きを取り戻す。

 

 男も心を無心にしながらテキパキと作業を進めていく。

 

「あのー、すみません」

 

 作業をしていると、後ろの方から声を掛けられる。

 作業中にこえを掛けてくる人は少なく、ホテルの従業員かと思い振り返ると、そこには予想外の人物が立っていた。

 

「あの、このヤブクロン撫でても良いですか?ヤブクロンに会うの初めてなんです」

 

 男の記憶が正しければ、その少女はジムチャレンジャーのユウリだ。凄い勢いでジムを突破している期待のジムチャレンジャーだ。

 そしてそんな有名人がパートナーのヤブクロンを撫でたいと言っている。

 

 丁度、この部屋でのヤブクロンの作業が一段落した所で、男は問題なく、ヤブクロンの方も満更では無さそうだ。

 

 男は、ユウリに対して頷きつつサムズアップする事で問題ない事を伝える。

 

「えっと、大丈夫って事で良いんですよね?」

 

 再び男が頷くと、ユウリは笑顔で感謝を伝えながらヤブクロンとコミュニケーションを取り始めた。

 普段から男以外の人とは余り関わらないからか、少しおっかなびっくりになりながらユウリとコミュニケーションを取り始めた。

 

 その様子を見届け、男は再び清掃業務に取り掛かる。

 

 

 

 男は全ての業務を終えると、普段着に着替えてホテルイオニアを従業員専用出入口から出る。

 少し細い通路を歩くと石畳の大通りに出た。

 モンスターボールに収まっている相棒達は大量にご飯を食べたからか、満足して寝ている。

 

 夕日が全体的に白いこの街を赤く染めていた。雪は降って無いが相変わらず寒く、男は首に巻いたマフラーに潜るように首を引き、両手をポケットに突っ込みながら歩き続ける。

 

 しばらく男が歩いていると、立ち止まらず慣れたようにステーキハウス、おいしんボブに入店した。

 

 店内に入るとマルヤクデが入口で待機しており、マルヤクデも男が常連だからか慣れたように、いつも男が使うカウンターの定位置に案内を始めた。

 

 男は案内された場所に着くと、注文を取りに来たシェフにメニューのステーキとウォッカを指差し頼む。

 シェフの方も一応確認をしに来ただけのようで、再確認をせずにそのまま厨房に戻って行った。

 

 注文を聞きに来る際にシェフが置いていった水で喉を潤しながら、料理が来るのを待つ。

 周りには家族連れなどが居て、店内は騒がしい状態だが、男は特に気にせず待ち続ける。

 

 注文した品が届くと、男は大き目にステーキを切り分け口に運ぶ。そして飲み込んだ直後にウォッカをグイッと飲み、大きく息を吐く。

 男は最初の一口は豪快にして楽しみ、その後はちびちびと楽しむ食べ方をいつもしている。

 

 店内に備え付けられているジムチャレンジのテレビ中継を見つつ、男は今度は小さく切り分けたステーキを口に運んだ。

 周りはチャレンジャー達の激闘に声を上げて楽しんで居るが、男はただ静かにテレビを眺め、食事をしつつそれを楽しんだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話 キルクスタウンにて

「ぎ、ギリギリセーフ……」

 

フゥーン……

 

 イオニアホテル西館でチェックアウト時刻ギリギリにカウンターに駆け込んだ後、ロビーに有るソファーで息を整えながらそうつぶやいた。隣にいるラティアスも安心したのか、片手で胸の辺りを押さえてホッとしている。

 

 今俺はキルクスタウンに来ているが、その目的はジムチャレンジ観戦と観光だ。特別な目的が無い限り、俺がこの町を訪れる機会はほぼ無い。

 ターフタウンとキルクスタウンは地理的に離れている事に加えて、両方とも電車が通っていないので、気軽に行く事が出来ない。なのでアーマーガア便を使って行くことになるのだが、このアーマーガア便、そらとぶタクシーの名の通り、使う感覚はよく知るタクシーと同じだ。

 つまり何が言いたいかというと、そこそこお値段が張る。

 

 ジムチャレンジャー達はポンポンと気軽に使っているが、それが出来るのはリーグがスポンサーとなって費用を気にしなくて良い事と、そらとぶタクシー利用の優先権を持っているからである。

 リーグのシーズン中はそらとぶタクシーの利用客が増加するので、優先権もさりげなく重要な部分だ。

 そして金額についてだが、オフシーズンでもそこそこの値が張るのに、シーズン中ということもあり運賃が通常よりも割高になっている。

 

 そんな割高な時期にアーマーガア便を使ってまで来た理由は、そのアーマーガア便のチケットを割安で漢方薬屋さんから譲ってもらえたからだ。

 

 漢方薬屋さんはキルクスタウン周辺の気候に分布している『ふっかつそう』を目当てにチケットを予約していたらしいが、行く前により良い状態の『ふっかつそう』の群生地をワイルドエリアで発見したらしく、行く意味が無くなったので、チケットの使い道に困っていたらしい。

 そこにチュリネの葉を納品しに来た俺がやって来て、余ったチケットの話をした所、俺が予約時の値段で買い取る事になったと言う訳だ。

 

 話をされた当時は、既に推しのチャレンジャー達がアラベスクタウンに着いている、又は突破しているのを知っていたので、観光ついでに運が良ければ遭遇出来ると考えていた。また、もしかしたらスタジアムでジムチャレンジを観戦できるかもしれないとも考えていた。

 

 そして運が良い時は連続して良い事が起きるようで、何とジムチャレンジの日が俺の行く日と重なっただけじゃ無く、スタジアムのチケットも取れてしまったのだ。

 キルクスタウンの辺りになると、チャレンジャーの数も減り、以前のジムなどの戦いの放送からファンが増えている時期であり、超人気のユウリちゃんのチケットなど取れないだろうとダメ元で抽選に応募したのだが、取れてしまった。

 

 推しの4人……いやもう3人か。ホップ、マリィ、ユウリの三人は、様々なジムチャレンジが放送された事でその人気は増え続けている。

 もう一人のビートくんはジムチャレンジ権を剥奪されている事を、ジムチャレンジ観戦のチケットを購入する時に、リーグのホームページで確認出来た。

 最近のニュースは連日ラテラルタウンの石像の発見のニュースばかり流れていたので察しては居たが、壁画を壊した人の名前が一切出なかったので、実際に剥奪のページを確認するまでもしかしたら別の人がやったのでは、と考えていたが、彼はしっかりとやらかしていたらしい。

 ただ、ニュースに一切名が出ていない事からローズ委員長の優しさが垣間見えた気がする。

 

「ふぅ、落ち着いたしそろそろ行く?」

 

フゥウーン

 

 しばらく座っていると、走って上がっていた息も戻っていたのでラティアスにそう聞く。ラティアスの方も問題無さそうだったのでテーブルに置いたリュックを背負い、ホテルの人に見送られながらホテルを出た。

 

 

 

 街全体に温泉が張り巡らされているからか、外はそれほど寒くない。だが風が吹くと、耳に刺すような寒さを感じる事ができ、ここがガラルの寒冷地である事を思い出させる。

 

 細い路地の階段を下りて、むき出しの温泉の近くに着く。隣にいるラティアスは温泉の流れが気になるのか、湯気で暖を取りつつ流れる温泉を見ている。

 

 温泉の近くにある段差の上の少し降り積もった雪を払い、座ってラティアスの様子を眺める。

 

 この子は川などの流れている水の側にいる事が好きだ。ターフタウンの農場の近くに流れる川によくドヒドイデと一緒に居ることが多い。

 

 実際にゲットした瞬間は、液晶の向こう側の存在だったので詳しくは分からないが、確か大きな滝があった場所で捕まえた筈だ。

 アルトマーレに居る個体も考えると、種族的に水の豊富な場所が好みなんだろう。

 

シャラシャラ〜

 

「ん?」

 

 近くから何か鳴き声が聞こえてきて、音の出処の方に向くと、ユキハミが通路の反対側で雪だるまとにらめっこしている様子が見えた。

 

 ユキハミが気になり、ラティアスの様子を見てラティアスが小さな温泉の滝に夢中になっているのを確認して、立ち上がりユキハミの方に向かった。

 

シャラ〜ン?

 

 突如目の前に来てしゃがみ、目を合わせる俺を不思議に思ったのか、ユキハミは少し頭をかしげながらこっちを見た。

 

 そして俺はゆっくりと人差し指をユキハミのほほに近づけ、それをした。

 

ぷにぷに

 

シャラーン

 

 少し冷たく、かなり弾力性のあるもちもちだ。肉厚で、押した指が周りの肌に包まれることなく、押し返される。

 

ぷにぷに

 

シャラーン

 

 質感は『スベスベ』と言うより『すべすべ』のような、どこか柔らかさを持った滑らかさだ。

 

なでなで

 

シャラーン

 

 撫で心地も、さらさらとした肌で撫でていて気持が良い。ただ、やはり冷たいので長時間撫でたりなどといった事は出来なさそうだ。

 

ぷにぷに

 

シャラーン

 

 ……先程からこのユキハミは俺にされるがままになっているが、よく見るとつぶらな瞳を閉じてユキハミも俺のそれを受け入れている。

 雪だるまとにらめっこしていた時から思っていたが、この子はとてものんきな性格みたいだ。

 

フゥ?

 

 ラティアスは何かしている俺が気になったのか、俺の所にやって来て、肩越しにユキハミを見つめ始めた。

 

シャラ〜ン?

 

 俺がやって来たラティアスに気を取られて、撫でる手が止まった事を訝しんだのか、ユキハミは閉じていた目を開き、再び頭をかしげてこちらを見始める。

 

ぷにっ

 

シュラーン

 

 先程の俺とユキハミのやり取りを見ていたからか、ラティアスもユキハミのほほをつついた。ただ押す力が強く、ユキハミの顔の形が大きく変形するほど押している。見え方によっては顔を殴られているようにも見えなくも無い。

 しかしユキハミは相変わらずそれを受け入れ、のほほんと鳴き声をあげた。

 

あいすす?

 

 先程からずっとしゃがんだ体勢だったので、楽な体勢に変えるため、近くの段差の雪を払って腰を下ろし、そっとユキハミを両手で掴んで太ももの上に乗せた。

 少しズボン越しに冷たさを感じるが、気になるほどでは無かった。

 

ぷにぷに

ぷにぷに

 

シャラーン

 

 そうしてしばらくの間細い路地で、一人と一匹がユキハミのほほをぷにぷにし続ける光景が続いた。

 

 

 

 ユキハミにお礼のきのみを渡して、別れを告げた後、俺とラティアスはキルクス温泉にやってきた。

 

 温泉と聞き、元日本人としてとても入りたくなるが、残念ながらキルクス温泉はポケモン専用の温泉で、人は足湯でしか入る事ができない。

 もちろん人用の温泉もキルクスタウンにはあるが、悲しい事に温泉と言うよりもスパなのだ。温かいと言うには少しぬるく感じてしまう温度である。それに加えて水着着用となるため気分は温水プールに入りに行く感じだ。

 入りに行ったら余計に熱い温泉が恋しくなってしまうだろう。

 それに女性としての生活にも慣れたが、未だに水着など女性らしい物を着るのには抵抗が有るので、余計に入りたくない。

 

 そんな考えをしている内に、温泉の側に着いた。周りには立ち話をしている人達、足湯をしながら談笑している人達、温泉に浸かるポケモン達。などなどこの場所が一種の社交場として機能していることが伺える。

 

 俺もそんな彼らに倣い、ベルトに付いているボールを掴み、ポケモン達を出す。

 

「でておいで〜」

 

ピピュイ

もふふーん

ぽにゃー

べのめのん

 

 テッカグヤを除いた5匹を出した。申し訳ないが、テッカグヤは今回は我慢して欲しい。ここで出したら、貴重な重要文化財が崩壊してしまう。ビートくんの後追いはしたくない。

 

「ゴメンな、今度埋め合わせするから」

 

 そうテッカグヤの居るボールに語りかけると少しボールが揺れた。

 

 顔を上げ出したポケモンたちの方を見ると、ドヒドイデはもう既に、温泉の真ん中あたりでくつろいでいた。温かい物好きのあの子なら当然だろう。

 ドレディアは周りの人の様に足湯として楽しんでいる。リラックスしているようで、目を瞑ってのんびりとしている。

 エルフーンは温泉に入っているポケモン達の上をふわふわと浮きながらコミュニケーションを取っている。多分温泉に浸かったら満足に動けなくなるので、浸かることはないだろう。

 ウツロイドは体の殆どを温泉に沈めており、唯一露出している頭の部分だけを見ると、透明な饅頭が浮かんでいるようだ。

 ラティアスは変わらずに隣に浮かんでいる。

 

 入らないのかと疑問に思うが、ラティアスも特に入りたそうにしている訳じゃなさそうなので、そのまま俺も足湯に浸かる準備をする。

 

 温泉の近くは温かいと言っても、石畳はとても冷えているので、温泉の側で靴や靴下を脱ぎ、そのまま温泉に足を浸け、腰を下ろす。

 足が冷えていたからか、入れた最初は刺激の強い熱さが足を襲ったが、次第に慣れてきて心地よい温かさに変わっていく。

 

 リラックスして少し後ろに体重を傾けると、ラティアスが膝の上に頭を乗せてきた。

 なるほど、とラティアスが温泉に入らなかった理由に合点がいく。

 

 先程のユキハミを膝に乗っけた時に自分もして欲しいと機会を伺っていたのだろう。

 その期待に応えるように、額の辺りをゆっくり、しっかり撫でていく。

 

フゥーン♪

 

 周りの話し声が建物内を反響する中、俺と俺のポケモンたちの時間はゆっくりと流れていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話 よく風が吹く日

 今日も今日とてチュリネ農場は平和である。

 

 たまに吹く強い風が髪を揺らし、さらさらとした葉の擦れる音が辺りに流れる。

 ポケモン達はそんな中気にせず過ごす子、全身で風を捉える子、"にほんばれ"で干している網を飛ばないように俺と一緒に押さえる子、風に乗ってどこかに飛んでいきそうになる子、などそれぞれが少し変化の加わった日常を過ごすそんな1ページ。

 

 ……ってエルフーン?お前ちょっと飛び過ぎでは?

 風に乗って空を遊覧飛行する分には全然構わないけど、戻って来れるよな?相変わらずニコニコしてたけどもう結構遠くまで飛んでいってる様に見えるぞ。

 

 そう考え、そのまま網を押さえながらエルフーンの方を見ていると、米粒位の大きさになった所で地面に下りる所が見えた。

 無事に下りられた事でホッとする。

 

 ポケモン達には基本的に自由に過ごさせており、農場の外に出る事については特に問題視はしていない。チュリネ達も仲のいい野生のポケモンと遊ぶ為、偶に農場の外に出る事がある。

 

 一見無責任の様にも見えるが、認めているのにはしっかりと理由がある。

 まずはターフタウン近郊位の距離なら絶対に迷子にならないからだ。理由はもちろんテッカグヤ。この農場には現チャンピオン並の方向音痴は居らず、普通に目立つテッカグヤを目印にして皆帰ってこれるのだ。

 次にこの辺りの野生のポケモン達にはまず負けないから安全である事。手持ちのポケモン達はもちろんチュリネ達も結構強い。勢いで厩舎の壁をぶち抜いてしまう程度には。

 

 それでも一応把握しておく為に農場を出る時には俺に言いに来るようにポケモン達には伝えている。

 

 例外はよく晴れた日のチュリネ達だけだ。ハイテンションなあの子達は、他の農場に被害を出すかも知れないし、勢い余ってテッカグヤの見えない位置まで行って迷子になってしまうかもしれないのだ。

 そのような日以外はちゃんと出る時には報告してくれるし、もし忘れていたとしても俺が直接見ていて気付くか、他のポケモン達の誰かが教えてくれる。

 

 そして現に俺や他のポケモン達の目の前で飛んで行ってしまったエルフーンは、まだテッカグヤの見える距離だったので問題視はしてない。

 ただ再び風に乗ると先程のようになるので、歩いて帰ってくると思うのだが、いかんせん足が早い訳じゃ無いので少し時間がかかるだろう。

 それにあの子は色違いなので、もしトレーナーと遭遇したらゲットしようとバトルに発展する可能性がある。

 

 もちろん俺の手持ちなのでゲットは出来ないが、もしバトルに発展した場合、イイ性格をしているあの子の事だから、おちょくるだけおちょくって逃げるか、捕まりそうな雰囲気だけを出して自らボールに当たって捕まえられない事をトレーナーに分からせ徒労を感じさせる等のイタズラを仕掛けるだろう。

 

 幸いにもここはオーレ地方でも無いし、スナッチ団は存在を確認出来なかったので絶対に大丈夫だ。

 

 考えを終え視線を押さえている網の方に移すと、一緒に押さえているドレディア、ラティアスと目が合う。

 この二匹も飛んで行ってしまったエルフーンを一緒に見ていたが、俺と同じ様にエルフーンが地面に下りられた事で目で追うのを止めたのだろう。

 

「ちょっと網を固定する道具を持ってくるから俺のも押さえててくれる?」

 

ピュイ

フゥーン

 

 このまま押さえているのは疲れる上に、動く事が出来ず不便なので、ロープ等の道具を取りに行く事を二匹に伝える。

 そして二匹から了承を得ることができたので、俺が押さえていた部分を二匹に押さえて貰い、俺は倉庫に向かって歩き始めた。

 

 

 

「あのー、すみませーん」

もふふーん

 

 葉を干している網をロープで固定し終えた所、不意に農場の入口から人とポケモンの鳴き声が聞こえてきた。

 

 声のした方向を見ると、そこには先程飛んで行ったエルフーンを抱えたバックパッカーの女性がやって来ていた。

 彼女の腕の中からエルフーンは笑顔でこちらに手を振っている。

 何も問題なく帰ってくるとは思っていたが、まさか人に抱えられて帰ってくるとは思わなかったので、少し動揺している。

 

「あっ、すみません!その子うちの子なんです!連れてきて下さってありがとうございます!」

 

 少し駆け足気味で入り口の方に向かい、女性の目の前に立つ。

 

「どーいたしまして。急に空から降ってきた時はびっくりしたけど、人懐っこいしふかふかだったしで、こちらこそありがとうって奴だね」

 

 そう言いながら両手でエルフーンをこちらに渡してくる。

 ただ、エルフーンの事だからイタズラしてないか気になったが、エルフーンの笑顔を見る限りやってはいない、はず。

 

「あの、エルフーンからイタズラとかされていませんか?」

 

「ん?あぁ、"いたずらごころ"な子だったんだ。大丈夫。私の相棒のバックパックは"てっぺき"だからね。もしイタズラされてもどうってことは無いさ」

 

 彼女は自慢げに、ところどころ解れている部分も見える年季の入ってそうなバックパックを叩いてニカッと笑った。

 

「それにしても、遠くから見えてたけどあのポケモン、近くで見ると迫力があって凄いね。他にも色んなポケモンが農場に居るし、ちょっと見学していきたいんだけど良いかな?」

 

「大丈夫ですよ、うちの子達も構ってくれる人なら歓迎すると思いますし」

 

 農場の見学を申し込まれたが、特に問題無いので了承する。バックパッカー等の旅人から見学の申し込みが有るのは、珍しい事じゃない。

 エルフーンをわざわざ連れてきてくれる良い人だし、丁度農作業も一区切りした所だ。好奇心旺盛な子達は先程からこちらを見続けている子も居る。逆に人見知りな子は、遠くからこちらを見ている。

 

「それじゃ案内しますよ。とは言っても余り大きい農場じゃ無いので見える範囲が全てですけど」

 

 そう言って、まずは一番気になるであろうテッカグヤの所に案内しようと歩き始める。

 すると彼女は俺の後ろに付いて少し歩くと、途中の葉を干している場所を見つめて足を止めた。

 

「…………まさかこんな所でアルトマーレの守り神様と出会えるとはね……」

 

 独り言だったのだろう。その呟やかれた発言に対し俺も驚いて足を止める。

 

「……知っているんですか?」

 

「うん。ホウエンの旅の途中でアルトマーレに寄った時にね。ゴンドラに乗りながらゴンドラ乗りのお兄さんから伝承を聞いたんだ。だからまさか遠く離れたガラルで、本物と会うことが出来るなんて思わなかったよ」

 

 今まで様々な人を農場に招いたが、初めてラティアスをただ珍しいポケモンと捉えない人と会った。

 しかしよく考えてみれば、アルトマーレが一地方の一都市だとしても結構な観光地なので、訪れる人の中には伝承を覚えて帰る人が居ても不思議じゃない。

 

「…………」

 

「ん?あぁ、ゴメンゴメン。警戒させちゃったかな?別に私はあのポケモンに対してどうもしないし、黙って居て欲しいのなら黙っておくよ」

 

 そう言いつつ彼女は身振り手振りであたふたしながら俺に伝えてきた。そして俺も警戒して体に力が入っていた事に気付き、力を抜く。

 

「ふぅ。そうですね、出来れば他の人とかに伝えるのは避けて頂けると助かります」

 

「うん、お口チャックしておくよ。厄介事は不意に起きると日常のスパイスになるけど、常に晒されるとたまったもんじゃないからね」

 

 口チャックのジェスチャーをしながら、あっけらかんに喋って居るが、多分彼女は信用出来る。

 ラティアスを見ていた時も、その表情は驚きと憧れと出会えたような喜びが有り、欲の色は欠片も見えなかったからだ。

 もし不意に他の人に伝わったとしても、その時はその時だろう。現に国際警察の人には知られているからもう一人二人は増えた所でといった感じだ。

 

「所であの、ラティアス……であってるのかな?撫でても良い?お供え物とか必要だったりする?」

 

「ラティアスであってますよ。触るのはラティアスに確認とってオーケー貰えたなら良いですよ。……あとうちのラティアスはアルトマーレ出身でも無いし、守り神でも無いのでお供え物とかは必要無いです」

 

 えっ、そうなの?と驚いた表情をしながら彼女はこちらを見て、そしてラティアスを見た。

 先程からラティアスは話題に上がったり、ちらちら見られているからか、少し恥ずかしそうにしながらふわりふわりと網の周りを漂っている。

 

 そして彼女はゆっくりとラティアスに近付き、確認を取ると、ラティアスが頭を差し出した。それを了承と受け取っていいのか判断のつかなかった彼女は、一旦俺の方に顔を向ける。

 俺はその仕草をよく知っているので、頷いて大丈夫である事を伝える。

 それを見た彼女は、少し慎重になりながら、差し出された頭を撫で始めた。

 

「それにしてもアルトマーレに行ったことが有るんですか。どんな場所でした?」

 

 ガラルの外を知識でしか知らない俺は、彼女の体験が気になり、そんな話題を振る。

 知識で知っている事と体験で得たものの間には大きな隔たりがあるので、それが気になった。

 

「町全体が入り組んだ路地みたいな町だったよ。目に見える場所に辿り着くために大回りしなくちゃいけない所とか大変だったな。そして入り組んだ路地の間を流れる水路が凄く綺麗なんだけど、特に水路が完全に町に溶け込んでる所に感動したんだ。流石は水の都と呼ばれるだけはあったね」

 

 彼女の話を頷きながら聞く。こういった話は聞いていて面白いし、楽しそうに話している人を見るとこちらも嬉しくなる。

 

「へ〜。他にはどんな所に行ってたんですか?」

 

「んー、ホウエン、ジョウト、カントーは一通り回ったかな。シンオウは時期が悪くて行けてなくて。ガラルに来る前はアローラにいた感じ」

 

 俺が、他に行ったことのある場所を聞いてみると、彼女は指を折りながらそれぞれの地方の名前を上げていく。

 

「それじゃカントーはどうだったんですか?」

 

「カントーはね〜……」

 

 そしてそれぞれの地方や町の話を俺がねだり、彼女がそれに答える、と言う会話が続いていく。

 その間、遠くで見ていたポケモン達も近寄ってきて農場の皆で話を聞く態勢になる。エルフーンが気を利かせて折りたたみ式の椅子を持ってきた時は、準備の良さに俺と彼女も思わず笑ってしまった。

 

 彼女を中心として、俺やポケモン達が地面に座り、彼女の旅の話を聞く時間がしばらく続いた。

 

「あの、まだ途中だと思うんですけど、ガラルはどうでした?」

 

 やはり地元がどう見られているのかは気になる所だ。そこそこ濃い二年間を過ごしたからか、俺もガラルに地元愛といったものを持っている。

 

「ガラルかぁ〜。まだシュートシティとエンジンシティとここしかこれてないから、ちょっと偏ってるかも知れないけど」

 

 そう言い、彼女は少し俯いて考える様子を見せ、再び顔を上げて語り始めた。

 

「このガラルには大きな風が流れてるね。大きくて、一途な、勢いのある風が」

 

「風……ですか?」

 

「うん、そう。風。」

 

 いまいちピンと来ないで、少し頭を傾げる。周りのポケモン達も少し頭を傾げてる子も居る。

 

「さっきアローラの風について話したでしょ。あそこはのんびりとした、優しい雰囲気だったって」

 

 そこで一旦皆が頷く。

 

「このガラルはね、リーグ期間っていうのもあるのかも知れないけど、道行く人達が皆同じ様な雰囲気を発していて、一体感を感じるんだ。そこに私みたいな余所者が来ても、巻き込んでいく強さもある。私自身ガラルに来てからジムチャレンジに興味を持ち始めたしね」

 

 解説されて、なるほどと周りの皆で頷く。中にはただ周りに合わせて頷いて遊んでる子も居た。

 そしてその話を聞き頬が緩んでいることに気付く。地元が褒められるのは嬉しく、それを喜べる様になった自分にも、少し嬉しくなった。

 

 その後、彼女の小さな講演会は日が傾くまで続き、お礼として農場で夕食をご馳走し、彼女は宿をもう確保していたようなので、食事の後に農場の皆で見送りをして別れた。

 

 そして残っていた農作業を終え、チュリネ農場の一日が終わる。

 

 今日はよく風が吹く日だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話 ルミナスメイズにて

 迷った。

 

 辺りには妖しい光をほのかに発する謎のキノコと、よく分からない光るふわふわが宙を浮いて、昼なのに暗い森の中を照らしている。

 多分大丈夫だとは思うが、どうしてもその光景で腐海の森のイメージが浮かんでしまい、呼吸を浅くしてしまう。

 

 しかし呼吸が浅くなっている原因はそれだけでは無い。もう一つは肩掛けの小さなバッグの中に入っている一通の手紙が原因だ。

 

 この手紙はマホイップと戯れる為に、ナックルシティのカフェに通った後の帰り道に託された物だ。

 

 マホイップと戯れ、カフェのマスターから何時ものように微妙な表情を向けられた後、駅の近くで困った顔をしている女の子を見つけた。

 始めは迷子かと思い話しかけてみたが、話を進める内に段々話の内容にデジャブを感じ、女の子が懐から出した、年季の入ってそうな少し変色している手紙を見た瞬間に俺は全てを察した。

 

 気付いた時は背中に汗が流れ、呼吸をするのも忘れてしまいそうになった。

 でも、その時の、少女の少し悲しそうな苦笑いを見て俺は彼女の願いを聞き届ける事にしたのだ。

 

 ポケモンのタイプの中にゴーストが有る様に、霊と言う存在は意外と身近な存在だ。ボックスに居るジュナイパーもくさ・ゴーストなのだ。ただ、俺は未だにあの子がゴーストタイプである事に疑問を抱いてしまうが。

 

 そんな考えで、よく分からない存在と言うだけで悲しそうな顔をしている子供を放っておけず、依頼を受けたのだが、それで今迷子になってしまっている。

 

 アラベスクタウンに行く方法としてはアーマーガア便を利用した空路が一般的だ。

 ルミナスメイズを経由した陸路で行くのは、ジムチャレンジャー達やバックパッカー、その他特別な理由が無い限り使われる事は無い。それでも陸路を選んだ理由は、単純に交通費を削っただけである。

 

 手元のロトムの入ってないスマホとにらめっこしながら歩いて、おかしいなと感じた時には既に戻る道も分からなくなっていて、途方に暮れてぼーっと佇んでいる。

 そしてただ佇んでいてもバッグの中から特別に霊感がある訳でも無い俺でも分かる、ヒヤリとした空気が出ていてもう頭の中が真っ白になってる。

 

キャッキャッ

 

 精神が溶け果てて抜け殻になった顔を音のした方に向けると、光るキノコの周りにベロバー達が集まりこちらを指差して笑っていた。

 そして彼らの手には道の目印となる木に巻き付けてある筈のリボンなどが握られていて、彼らのせいで今迷ってしまっている事に気付く。

 

「……テッカグヤ」

 

 腰のベルトからプレミアボールを掴み、中にいる子の名前を呼びながら投げる。

 

フゥーウ!

 

 出てきた瞬間大地が響き、木々が揺れ、木で休んでいたであろう鳥ポケモン達が一斉に羽ばたく音が聞こえてきた。

 テッカグヤを出した辺りは少しの木をなぎ倒して居て無理やりスペースを作っている様だ。

 

 テッカグヤもボールの中で先程のやり取りを聞いていたのか、俺が何をしようとしているのかを察して少し上機嫌に見える。

 

 普段だったら仕方がない程度で済ましてこんな事はしないが、タイミングが悪かった。カバンの中にあるブツのせいで余裕が全く無く、そんな所にこんな事をされたら黙ってられない。

 

「こいつ等に鉄槌を下せぇッ!ヘビーボンバァァー!!!」

 

 怒りを込め、叫ぶような声でテッカグヤに指示を出すと、テッカグヤは両手を高く上げる。

 先程からベロバー達はテッカグヤに驚いて動かずに居たが、テッカグヤが手を上げたことで我に返って逃げ出し始める。が、既に手遅れでテッカグヤの射程から逃げ出すことが出来無い。テッカグヤはそんな奴ら目掛けてはがねの大質量の両腕を振り下ろした。

 

 先程森を揺らした衝撃よりも大きい地響きが鳴り、木の葉がゆらゆらと落ちて来る。

 攻撃が当たった所の土煙が晴れると、そこにはベロバー達が某ヤがつくムチャする人のような姿勢で段々小さくなっていき、最後には見えなくなった。見た目のポジション的には爆発した方だと思うが、まぁいいだろう。大したことじゃない。

 

 そうしてバトルと呼ぶには一方的な蹂躙が終わり、テッカグヤの方を見ると久しぶりに大きく動けて少し嬉しそうで、両腕をくるくると回してしる。

 

「さっきの大きな音はここからか?!」

 

 そしてテッカグヤを労ろうとしたら、俺の後ろの方からガサガサと草木を掻き分ける音がして、大きな声と共にコックの格好をした男性が出てきた。

 

 

 

「いやー、助かりました。迷子になって途方に暮れてて、最悪無免許飛行をしようかと思ってた所でした」

 

「あはは、危ない時は多少その辺りを臨機応変に対応しても大丈夫だと思うけどね。でもルミナスメイズの森に初めて入るのに、何の準備もして無いのは頂けないな。次からは注意した方が良いよ」

 

「はい、反省してます。まさかあんな事が頻繁に起こるなんて思わなかったですから」

 

 ベロバーを倒した後、俺はこのコックさんにアラベスクタウンまでの道のりを教えてもらいながら歩いている。

 

 道がわかる人が居るからか、先程よりも余裕が出来てコックさんと色々な話をしている。

 話の内容は俺の知らない事が多く、興味深い話が多く勉強になる。

 

 彼が言うように、ルミナスメイズの森は気軽に入って良いものじゃ無いらしく、先程のベロバーのイタズラも割と頻繁に起きるようで、土地勘の無い人が気軽に入るのは推奨されないらしい。

 

 ジムチャレンジャー達はセーフティとして、発信機を持つなどの対策をしている。

 言われてみれば子供が森の中を何の保険もなしに歩くなど自殺行為にも等しく、自分がそれに似たような事をしていたと考えると彼が注意するのも分かる。反省もしている。山も森も舐めてはいけない。

 

「そこそこワイルドエリアに行ったりしてるので、自然の怖さを忘れてましたね。慣れって怖いですね」

 

「私からしたらワイルドエリアで自然の怖さを忘れるという方が怖いけどね」

 

 苦笑いしながらそう言った後、彼は少し顎に手を当て考えるような仕草をした。そして考えが終わったのかこちらに真剣な顔で話しかけてきた。

 

「ねぇ、もしかして君ってターフタウンのチュリネ農家の子?」

 

「えっ?……あっ、はい。そうですけど」

 

 急に予想外の事を尋ねられ、びっくりして目を見開く。

 

「やっぱり!レア食材のチュリネの葉について調べてた時、巨大なポケモンと一緒に過ごしてる農場の話を聞いてたから、もしかしてと思ったけどそうだったんだ!」

 

「あぁ、なるほどそれで判断したんですね」

 

 遭遇した時のテッカグヤで彼は判断したんだろう。急に正体を当てられ、何事かと思ったが納得してホッとする。

 

「ねぇ、お願いが有るんだけどさ。チュリネの葉を直接買わせてもらっても良いかな?市場に出回る数が少なくて全然手に入らないんだ!他の地方からの輸入品とは香りが全然違うらしいし!ぜひともハーブとしてカレーの具材に使ってみたいんだよ!」

 

 急にテンションが高くなって話しかけて来て少し怖いが、嫌悪感は沸かない。好きな事を話す人は皆似たようなテンションになるし、現に彼の目は輝いて見える。

 

「あ〜、すみません。契約でターフ農場とバウタウンの漢方薬屋以外に売れないんですよ」

 

「あっ、そうなんだ……。なんか無理を言ってしまったみたいでごめんね」

 

 俺が売れない理由を告げると彼は急にテンションが下がりつつ、こちらを気遣ってそんな事を言ってきたが、俺は別に『売れない』と言っただけで、そこで話が終わりじゃない。

 

「でも、案内してくれたお礼として一袋差し上げますよ。凄く助かりましたから」

 

「え?……ほ、本当かい?!」

 

 彼が驚いた表情をしてる所に俺が頷くと、先程の落ち込みようが嘘のように、再びハイテンションになった。

 

「やった!これで新しいアクセントに挑戦出来るぞ!チュリネの葉は刻んで最後にルーの上?……いや、ライスの上に撒いて香り付けして、ルーのキノコの香りは少ないやつを選ぶ。苦味が追加されるからルーは濃いめにして……でもここはあえて薄めにして苦味を活かすのもアリだな」

 

 俺が頷いた後、彼は早速チュリネの葉の使い道を考え始めた。ブツブツと目を輝かせながら考える様子は、見ているこっちが嬉しくなる程楽しそうだ。

 彼は考えに没頭しながら歩いているが、その足取りは迷いが無く、目印を気にしなくても歩けるほどルミナスメイズに来ていることが伺える。

 今の状態といい、料理をするのが本当に好きなんだろう。

 

 その後、無事にアラベスクタウンに到着し、手紙を届け終え肩の荷を下ろすと、一緒に歩いた彼の店に行って彼の作るカレーを食した。

 

 自分が作る時とはまるで違う味と香りに驚いて、ついついどうやって作ったのかと聞いてしまったが、レシピは料理人の命だと言われ笑いながら断られてしまった。

 でも食べ終わった後、俺のカレーの作り方を聞いてアドバイスを教えてくれた。

 

 ルミナスメイズに迷って一時はどうなる事かと思ったが、結果的には迷って良かったかもしれない。

 でも次回からは無計画に行動するのは止めようと思った一日だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19話 テレビな日

 何時もと違い、シリアルを食べるためのスプーンが今日はちょっと重く感じる。

 

 今日は目覚し時計が鳴る前に起きるし、顔を洗う前から目は覚めてたし、今もシリアルを食べながらどこかふわふわとした妙な感覚に陥っている。

 

 この違和感の原因はこの後に有るイベントのような物のせいだ。

 数日前から予定に組み込まれていたので、心の準備は出来ていたと思っていたが、いざ当日になるとそれらの準備はまるで意味が無かった。

 

ひゅわわわ〜

 

 何時もよりゆっくりと朝食を取っていると、不意に、後ろから肩をとんとんされた。鳴き声からして恐らくウツロイドだろう。いつの間にかボールから出ていたようだ。

 

 何か伝えたい事でも有るのかと思い振り向くと、そこには『うしおのおこう』を両手で持ったウツロイドが浮かんでいた。

 俺が振り向くと、ウツロイドは持っていたそれを俺に差し出して来る。それで呼ばれた理由はなんとなく分かったが、念の為それを受け取り確認する。

 

「……量が少ないな、もうそろそろ買い替え時か。分かった、次バウタウンに行く時に新しいのにしよう」

 

ひゅわ〜♪

 

 そう言うとウツロイドはその場で嬉しそうにくるくると回った後、俺から『うしおのおこう』を受け取り、そのままリビングの方にゆらゆらと向かって行った。恐らく作業の時間までお気に入りの場所でゆっくりと過ごすつもりなんだろう。

 

 そんなマイペースなウツロイドを見て、先程までの妙な違和感が軽くなった。

 浮ついた気持ちが、ウツロイドと交流していつも通りののんびりとした気持ちに変わった感じだ。

 多分ウツロイドは俺のそんな気持ちを察して聞いてきた訳では無いと思うが、とても助かった。これでいつも通りの気持ちでイベントに望めそうだ。

 

 そしてテーブルに向き直り、再び朝食を食べ始める。

 食べているのは何時もの少し甘めのフレークにミルクでふやけた乾燥フルーツの入ったシリアルだが、先程まではそれらの味を楽しむ余裕が無く、余り感じられなかった味が今ではしっかりと分かるようになった。

 しっとりとしたフルーツの酸味や甘みを感じ、口の中で転がすと自然と頬が緩む。

 

 その後ゆったりとしながら、朝食を楽しんだ。

 

 

 

「こんにちは、マクロコスモス・ネットワークです。本日は取材を受けていただきありがとうございます」

 

「はい、本日はよろしくお願いします」

 

 朝食を終えた後、少し農場の門の前で待っていると予定されていた時間にテレビクルーと思われる男女の二人組が小さいバンに乗ってやって来て、リポーターと思われる女性と話している。

 

 そう、今日あるイベントとはテレビの取材だ。

 ターフ農場経由で今回の話が上がってきて、深夜のニュース番組のコラムに出演する事になったのだ。

 話を聞いた時は冗談か何かかと思ったが、取材オーケーをターフ農場に伝えた後、直接メールが届いた時に実感が湧いて、その後はずっと心の準備をしていた。結局ウツロイドに助けられたのでそれらは意味がなかったのだが。

 

「それで今日の取材の予定ですが、メールで伝えたように、話題のチュリネの葉が出来るまでの作業を密着して取材させて頂きたいと思います」

 

 既に聞いていたことだが、再び予定を聞いてお互いに内容に相違が無いことを確認した。そしてその内容に少し疑問が湧いたので、その疑問を聞いてみる。

 

「あの、出来上がるまでとなるとかなり時間がかかりますよ?コラム自体は十数分と聞いていますが、それをそんな長い時間を掛けて大丈夫なんですか?」

 

「それなら大丈夫です。もともとこの企画自体が低予算で組まれています。テレビクルーも見て頂いて分かるように、リポーターの私とカメラマンの彼しか居ません。それに、放送するのは多く録画した内の一部分なので、素材が多いほど後の編集が楽になります」

 

「なるほど」

 

 リポーターの方が答えてくれた内容に納得し、頷く。

 ほぼ密着取材のような物を、短いコラムにしてしまっても大丈夫なのかと思ったが、どうやら問題無いらしい。

 確かに言われてみれば、クルーが二人だけと言うのもかなり少ない。照明やディレクター等他の役職の方達が見当たらない。恐らくディレクターに関しては二人の内のどちらかが兼任しているのだろう。

 

「それでは確認も終了致しましたので、これから導入部分を撮りたいと思います。その後は、基本的に普段通りの農作業をして頂いて、時折私が質問等をすると思うのでそれに答えていただけたらと思います。それでは改めまして、よろしくお願いします」

 

「はい、今日一日よろしくお願いします」

 

 そう挨拶を交わしたあと、二人は導入部分を撮る為に一旦農場の外へ、俺は農場の門の前で待機する。

 事前に何が起こるか知ってる身からすると、殊更茶番感を感じてしまい、うまく受け答えが出来るか不安になる。

 

ピュイ?

 

 そんな考えを巡らしていると、隣にいつの間にか居たドレディアが不思議そうにこちらを見つめていた。

 とりあえず丁度いい位置に居たので、何も考えずに撫でるとドレディアはそれを気持ち良さそうに受け入れた。

 

「本日はこちら。最近密かに流行っている手に入らないあのチュリネの葉を売っている『チュリネ農場』にやってきております!」

 

 撫でて少し時間を潰している内に、二人組が農場の入り口に撮影しながら向かって来ているのが見えた。あと少ししたら俺の軽いインタビューが始まり、それが終わった後に本格的な密着取材が始まる。

 

 そして二人組がやってきたので、ドレディアを撫でるのを止め、聞かれる質問を思い出しつつ準備した。

 なお、その時は台詞を噛んでしまい一回NGを出されたが、それで緊張がほぐれ、その後は特に何も問題が無いまま導入部分の撮影が終わった。

 

 

 

「とりあえず午前中の撮影お疲れ様です」

 

「はい、お疲れ様です」

 

 導入部分の撮影が終わった後、特に何も問題が無いまま午前中の作業が終わり、昼食の部分を一部撮影して全員で昼休憩を取っているところだ。

 レポーターはサンドイッチを食べながら俺のところに来て挨拶をして、カメラマンは同じ物を食べながら機材のチェックをしていた。

 チュリネ達は昼食を食べながらそんな事をしているカメラマンが気になるのか、近づいて作業を見ている。

 

「それにしてもあのポケモン達、テッカグヤとウツロイドでしたっけ?あの二匹を撮影出来ないのはとても残念です。片方はダイマックスしないでもあの大きさですし、もう片方はキラキラしていて映像映えしそうな見た目で勿体なく感じてしまいますね」

 

「あはは、すみません。それに関しては国際警察の方から過度な拡散はNGだと言われているので」

 

 そう会話していると、俺の返しにレポーターの方がクスッと思わず吹き出したような反応をした。

 

「それじゃまるで芸能事務所に所属している方みたいですね」

 

「確かに……言われてみればそんな風にも捉えられますね」

 

 公権力が事務所のような物だと言われ、そのギャップにこちらもくすりと笑ってしまう。

 国際警察が芸能事務所に置き換えると、さしずめハンサムさんはプロデューサーで、リラさんはアシスタントプロデューサーだろうか?

 思わずプロデューサースタイルなハンサムさんとそれに付き添うリラさんの姿を想像し、そのギャップから余計に吹き出してしまう。

 

「まぁ、あの二匹を映像に収められないのは残念ですけど、それが無くても十分に良い映像が撮れたので大満足です」

 

「そんなに良い映像が取れたんですか?」

 

 一通り笑うとレポーターからそんなことを言われたが、疑問に思い聞き返した。

 彼女は良い映像だと言ったそれは、俺からしたら何の変哲もない日常で、特に代わり映えの無いものだ。そんなものが良い映像と言われ気になった。

 

「はい。まるでチョロネコやワンパチを見てる時のような癒やしの映像が撮れました。特に作業しているコウミさんの後ろをタイレーツのように後ろについて回るチュリネ達の映像はぜひとも使いたいシーンですね」

 

 そう言われなるほどと頷いた。確かに俺にとっては日常だが初めて見る人からしたら微笑ましい光景なのだろう。

 

「そう言ってもらえて光栄です。そうだ、ポロックモドキ食べますか?美味しいですよ?」

 

 少し照れてしまい、それを隠すために食べようと用意していたポロックモドキを彼女に薦めた。

 すると俺の言葉が意外だったのか、彼女は少し目をぱちくりとさせた。

 

「あれ?それってポケモン達用と聞いていたと思うのですが、食べるんですか?」

 

「あれ?言ってませんでしたっけ?人でも美味しく食べられるように調合しているので、自分用でもあるんですよ」

 

 そう言いながらポロックモドキの入っている皿を彼女に差し出すと、その皿をしばらく見つめた後にカメラマンの方に振り向いた。

 

「ちょっと食レポしたいんだけど今カメラ回せる?」

 

「ゴメン、テープの確認してるから今は無理」

 

 そんな短いやり取りがテレビクルーの二人の間であった。

 彼らからしたらそれが日常なのだろうが、俺からしたら彼らのスピーディーなやり取りが新鮮に感じた。

 彼女がチュリネ達の行動を良いと思った感覚はこんな感じなのかもしれない。

 

「うーん、それじゃすみません、これ頂きたいんですけど食レポの時まで残しておいて頂けますか?」

 

「はい、全然良いですよ」

 

 彼女は少し申し訳なさそうに俺にそう言ってくるが、俺は全然構わない。主食はあくまでサンドイッチでポロックモドキは副菜のような立ち位置なので食べなくても別に困らない。

 ただ、もしかしたら食レポが終わって余るかもしれないので、その時はつまみながら作業をするとしよう。

 

 俺が答えた後、彼女はテープ交換をしているカメラマンを急かすように近くに行って作業を見つめ始めた。

 少し離れた場所から見ると、チュリネ達&レポーターの女性に囲まれて作業をするカメラマンと言う、なんとも言えない奇妙な光景が広がっていた。

 そんな中我関せずと黙々と作業を続けるカメラマンは、どことなく雰囲気がウツロイドと似ているので、意外とウツロイドとあのカメラマンは仲良く……出来るのか? マイペース同士はどんな交流をするんだろう?

 

 そんなくだらない考えをしながらサンドイッチを食べ、昼休憩の時間が過ぎていった。

 

 

 

「もうそろそろしたらCMが終わるな」

 

フゥーン

 

 昼食後、滞り無く取材を終えてテレビクルーの二人と別れた後、俺はポケモン達と皆でリビングのテレビを見ている。

 俺がそう呟いたあとに返事をしたのは、膝の上に居るラティアスだ。

 手持ちのポケモン達以外にも、広いリビングはほとんどチュリネ達で覆い尽くされており、リビングの中で草の香りが強く漂う。

 

 皆でテレビの鑑賞会をすると大体何時もこんな感じになる。

 チュリネ達の中にはテレビに興味の無い子も居るので、そういった子達は厩舎で既に寝ている。しかしそういった子達は少数派で、ほとんどのチュリネ達は鑑賞会を楽しみにしている。

 テッカグヤは物理的に家に入れないので、プレミアボールの中から観戦する形だ。

 

 そうやって皆で集まって何を見るのかと言うと、今日取材された番組ではない。その番組は数日後に放送される予定なので、そちらもまた鑑賞会を開く予定だ。

 

 それでは今何を見ているのかと言うと、ガラルリーグ、セミファイナルトーナメントだ。

 

 ジムチャレンジの期間はすでに終わり、数日前からトーナメントの発表がされている。

 その組み合わせの中にユウリ、ホップ、マリィの姿が有り、どのような試合を見せるのかとても気になる。

 

 現地で見る事も考えたが、最近ジムチャレンジを見る為に農場を空けがちであったため、この試合に関しては家のテレビで見る事にした。

 

 欲張りの化身が採用されたCMが終わると、ポケモンリーグのロゴが流れ、そこから実況と解説の人の挨拶が始まる。

 CMで見る分にはヨクバリスは笑顔がキュートな可愛いポケモンだ。しかし、起用されたヨクバリスはスポンサー企業に対してどのような報酬をねだったのか気になる所だ。謙虚なヨクバリスはもはやヨクバリスでは無いナニカなので、恐らく何かをヨクバリスしたのだろう。

 

 そんな事を考えていると、実況と解説の挨拶が終わりいよいよチャレンジャー達が登場する場面になる。

 チャレンジャー達の紹介はもう既に少し前に終わっており後はバトルを待つのみである。

 

 テレビにはバトルフィールドの中央に向かって歩くユウリとマリィが映っていた。会場の盛り上がりはテレビ越しでも分かり、それに合わせてポケモン達は各々盛り上がりを見せていた。

 家の外からは微かに雄叫びが聞こえて来て、他の人も同じ番組を見ていることが伺える。

 

 そして二人が中央に立ち、向かい合うとスンッと会場が静まり返る。これから彼らの会話を聞き逃さない為だ。

 

『あんたならジムバッジを集めここに立つとわかっとったよ』

『アニキのこととかスパイクタウンを盛りあげるとかいろいろあるけど……』

『けっきょくあたし自身がチャンピオンになりたか!!』

『だからあんたのチーム気持ちよくおねんねさせちゃう!』

 

『わたしもマリィちゃんならここに来るって分かってた』

『マリィちゃんとは違って背負うものが少ないわたしでも……』

『一緒に旅をして来たポケモン達の為にも勝ちたい!!』

『だからマリィちゃんのポケモン達を全力で倒す!』

 

『モルペコ!!!』

『インテレオン!!!』

 

 互いに啖呵を切った後、腰に付けているボールを同時に投げる。

 ボールからポケモンが出てきた瞬間、再び会場が歓声に包まれ、実況席にも伝わり、それがテレビに流れる位の盛り上がりを見せる。

 

 ファイナルトーナメントの出場権を賭けた戦いの幕が切って落とされた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話 夜の日

 昼なのに辺りは妙に暗く、空は赤みがかった雲に覆われており、天から差し込む光まで若干赤い。

 そんな光景から、まるで自分達が世界の終わりを体験しているような気分になる。

 

 これが所謂ブラックナイトと言うやつなのだろう。

 

 セミファイナルトーナメントを勝ち抜き、ファイナルトーナメントにも勝利したユウリちゃんがチャンピオンであるダンデに挑む直前にこれが始まった。

 

 その時俺とポケモン達は家のリビングで鑑賞会を開いており、いざ二人のバトルが始まろうとしたその瞬間にテレビがジャックされ、ローズ委員長の短い演説と共に空に変化が訪れた。

 やはり起きてしまったかと感じると共に、俺はポケモン達が不安にならないように全員とコミュニケーションを取ろうとした。

 

 ……でも俺のその考えは杞憂だったらしい。

 

 今俺とポケモン達は農場の開けた所に居るのだが、ほとんどのポケモン達は余り不安を感じず、何時ものように過ごすか、それどころかまるで祭りでもあるかのようにはしゃいだりしている。

 

 チュリネ達は若干赤みがかった地面や普段と色の違う他のチュリネ達に興奮して、そんな赤い部分などを触ったりしてはしゃいでいる。

 ドレディアとエルフーンはチュリネ達と一緒にはしゃいだり、はしゃぎ過ぎている子を注視して気に掛けたりしているようだ。

 ラティアスは空から何かを感じたのか、空が変化してから少しの間顔をしかめていたが、今では何事も無かったように俺の背中を占領してリラックスしている。

 ドヒドイデとウツロイドは農場にある小さな池で自由に過ごしており、ドヒドイデは池の縁に張り付きながら水浴びを、ウツロイドは頭だけが水面に露出した状態でぷかぷかと浮かんでいる。

 鑑賞会が終わり、ボールから出したテッカグヤは先程からずっと空を見上げたままだ。どこか物欲しそうな顔をしている事から、ダイマックスエネルギーを食べているあの子からすると、今の空一面がご飯だらけに見えるのだろう。

 

……チュピピ

 

「ん、怖くないよー、大丈夫、大丈夫」

 

 椅子に座りながら両手で抱えているチュリネが不安そうな顔をしながら、弱く鳴いた。頭の葉もしっかりと立っておらず、へにょんとしていて元気がない。

 そんな子を落ち着かせる様に優しく声を掛ける。

 

 殆どのポケモン達は特に怯える事は無かったが、中には今俺が抱えているチュリネの様に臆病で不安になっている子も居る。

 抱えている子以外にも、座っている椅子の隣で腰にしがみついて顔をうずめている子、足のズボンの端を掴んで離さない子も居る。

 

 波動やサイコパワー等に疎い俺でさえ、あの赤みがかった雲からは不吉な何かを感じ取れるのだ。臆病な子達が怯えるのは何もおかしい事じゃない。

 

 そして俺の声に少し安心出来たのか、抱えている子の頭の葉に少し元気が戻った。

 

 逆に顔をうずめている子は緊張しっぱなしのようで、体も頭の葉もピクリとも動かない。

 今度は抱えている子を膝の上に下ろし、空いた手で顔をうずめている子の後頭部をゆっくりと撫でる。

 

 するとターフタウンの方から人々の混乱した声が少しターフタウンから離れているこの農場まで聞こえて来た。

 そんな声が聞こえたからか、顔をうずめている子は頭の葉がこれ以上無い位上に向かってピンと伸びている。

 

「大丈夫。そのうち普通の空に戻るから。そんなに怖いならとりあえず今はポケリゾートの方に行く?」

 

 そう俺が聞くと全く動かなかった子は顔を擦りつけながらイヤイヤと首を振った。どうやら今は離れたくないみたいだ。

 それを受けた俺はその後も声を掛けながら頭を撫で続ける。

 

 ターフタウンの方から聞こえてきた混乱の声は、今撫でている子をより不安にさせたが、それはしょうがない事だと感じた。

 むしろこんな天変地異が起きているのに、ここまで落ち着いている俺やポケモン達が異常なのだろう。

 

 俺はこれが近い内に収束する可能性が高い事を知っているし、ポケモン達はそんな動揺していない俺を見て安心している。

 実際にテレビで見たユウリちゃんは驚く程に強くなっていた事から、この天変地異の原因でもあるムゲンダイナの捕獲も出来るだろうと踏んでいる。

 

 それにもし、彼等が失敗したとしても、最悪俺が動けば何とかなると楽観視している部分もある。

 

 対人のポケモンバトルは余り得意では無い俺だが、野生のポケモンバトルはほぼポケモンの能力が勝敗に直結する。そんなバトルが余り得意では無い俺でもポケモン達の力を借りれば多分大丈夫だろう。

 いざという時は色々な法律などを無視して、リゾートで過ごしているポケモン達も連れて行って全力であたれば、力負けする事は無い筈だ。

 

 ……そんな考えを抱く度に何処からか強烈な波動を感じる。『げきりん』をしたいという波動が。

 彼は遠く、もしかしたら次元すら違っているリゾートに居るはずなのにここまでその念を届かせるなんて渇望がヤバすぎる。俺はこういった波動とかは全然なのに。

 

 どこかでアップを始めている彼には申し訳無いが今回は我慢して欲しい。

 その最終手段はとにかく諸刃の刃なのだ。

 

 まず移動する時の手持ちは最大6匹という法律を破る事になるし、バトル時の指示は大雑把になり、恐らくナックルシティの城が崩壊する。

 最大火力を出すとなると、ヘビーボンバー、りゅうせいぐん、ふんか等周りにも被害が及ぶであろう技を出し惜しみする余裕はない筈なので、恐らく城があぼんして、下手したら町も大打撃を受けるかもしれない。

 その被害額を補填できる程の財力を一農家である俺は持っていないので、本当にやりたく無い。

 

 そしてこの件に関しては俺は完全に部外者で、急に出て行って、『誰だお前?』となるのは少し凹む。くだらなく感じるかも知れないが、そんな目をむけられたら指示に集中出来る筈もなく、より指示が大雑把になって被害額が更に増えるだろう。

 

 もしそうなった時の被害額や借金に顔を青くしていると、南東の方角から二つの流星の様な光が、北東の方角に向かって飛んで行く所が見えた。

 

 ポケモン達は興味深そうにそれを目で追って、俺は先程まで考えていた最終手段をしなくても良くなったと安堵した。

 

 一対の流星からは闇を払うような聖なる何かが発されており、赤みがかった雲を切り裂くように一直線に飛んで行っている。

 光の隙間からちらりと見えた姿に、柔らかそうという感想を感じたのも最終手段に手を染める必要が無くなって安堵したからだろう。

 

 それらはしばらく空を飛んだ後、ある地点で地面に向かって落ちて行った。

 位置的に丁度ナックルシティの辺りだろう。

 

 俺から完全に緊張が取れたのを察したのか、背中のラティアスや側に居るチュリネ達が反応した。

 ガラルの一大事なのに随分と俗な悩みに振り回されていた気もするが、一般人的感覚からすれば、世界の命運よりも身近な悩みの方がイメージしやすい。

 正義のヒーローなど柄ではないし、もし成るのだとしてもそれは身近な誰かの為にだろう。

 

 ただその責を自分よりも年下な少年少女におしつけてしまう形になってしまったのは少し心残りだ。

 果たして大人な自分がこんな風に傍観しても良かったのだろうか?被害等を無視して駆け付けるべきでは無かったのか?と考えを巡らす。

 

フゥーン

 

 そんなもう過ぎてしまった事に悩み始めると、背中からラティアスが俺の肩を叩きながら柔らかい声で鳴いた。それはまるで先程抱えていたチュリネを俺が撫でた時の様だった。

 ラティアスだけでは無く、近くに居る他のポケモン達もそんな俺を心配そうに見ている。

 

「ありがとう、もう大丈夫」

 

 そんな彼らを見て、考える事を止めた。

 俺にとってはこの子達や、この子達と一緒に暮らす農場が一番大切だ。

 それを犠牲にする可能性がある位なら、やらない方が良い。

 

 そうして考えを落ち着けると、再び側に居るチュリネ達を撫で始めた。

 

 

 

 その後しばらくすると雲が晴れていつも通りの空に戻った。

 ポケモン達はいつも通りの農場に戻って少し残念そうにしている子、何も変わらない子、安堵している子等その反応はまちまちだ。

 

 そんな中、先程まで俺の近くを離れなかった子達は一日中俺の側を離れる事なくずっとついてきて、最終的には寝る時のベッドの中まで潜り込んできた。

 

 しょうがないなぁ、とその日はそのまま一緒に寝る事になったのだが、それ以降他のチュリネ達や手持ち達もたまにベッドに潜り込んでくるようになり、後にベッドをもう少し大きい物にしようかと検討する事になる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話 バトる日

投稿が遅くなってしまいすみません。
活動報告でも書いたのですが、少しゴタゴタが有りまして執筆出来ませんでした。
でももうひと区切り着いたので再開します!
とはいえ次回最終話なのですが……
それでは大変お待たせ致しました、今回は少し長めです。


 静かだ。

 

 普段ジムバトルが行われるターフスタジアムの中心に立ち、目を閉じて静寂をその身に受けて思う。

 

 もちろん風の音など微かな物は感じられるが、瞼の裏に広がる華やかな光景を思うと、むしろ逆にその静けさが際立つ要因となっている。

 

 瞼の裏では俺がヤローさんに対してジムチャレンジを挑んでいる光景が浮かんでいる。

 観客席からは空気が震える程の声援が届き、俺とヤローさんのポケモンが技を繰り出す度にそれは大きくなる。

 

 あり得ない光景だが、ここ何週間かジムチャレンジを含めたリーグを見て感化されて、不意に妄想してしまう。それも新たなチャンピオンが生まれた試合を見れば、ポケモンバトルに少しでも心得の有る者なら似たような妄想をするだろう。

 舞台がターフスタジアムで相手がヤローさんなのは、ただ単に今俺が居る場所がターフスタジアムなだけで、他の人は恐らく歴史が動いたシュートスタジアムでそれを思い浮かべると思う。

 

 事は数日前、ガラル全土を巻き込んだブラックナイトが二人と二匹の英雄によって解決され、それが周知の事実として広まった頃。そして、その事件によって怪我を負ったチャンピオンが完治した時。例の事件によって中断されていたガラルで最も注目されるイベント『チャンピオンマッチ』が再び開催された。

 

 ブラックナイトやローズ委員長の自首、等の混乱の多い三日間であったが、ガラルの人々はそれを乗り越え、試合当日は大変な盛り上がりを見せた。

 

 無敗の英雄。

 ブラックナイトを鎮めた英雄。

 

 この二人の英雄のバトルは、それはもう頂上決戦と呼ぶにふさわしい白熱したバトルだった。

 

 一進一退の攻防。

 高度で複雑な駆け引き。

 ポケモンとトレーナーの一体感。

 

 そのどれもがテレビ越しでも熱を感じられる位に白熱していた。

 

 そしてお互いに最後の一匹。

 ユウリはインテレオン、ダンデはリザードンと奇しくもお互いのパートナー対決となり、互いのダイマックス(キョダイマックス)が切れてもしばらく続いた戦いは、流石に相性の差を覆し切れなかったリザードンがインテレオンの正確無比な"ねらいうち"を急所に受け、地面に伏せた所でこのガラルに新しいチャンピオンが生まれた。

 

「ふぅ……」

 

 息を吐きながら妄想を止め、目を開く。そこには先程の妄想とは正反対の光景が広がっており、妄想で少し高ぶっていた心を落ち着かせる。

 

 今から自分が行うバトルは妄想の様な華々しさからは程遠い物になるだろう。

 歓声も無い、勝利の栄光も無い、記録に残らない勝敗が互いの胸に刻まれるだけの小さなバトルが行われる筈だ。

 

 だけどそれでも構わない。

 "それ"を求めているのでは無く、ただ恩人や友達に対する小さな恩返しとお節介がしたいだけだ。

 

 そんな気持ちでここに立っていると言うのにあのような妄想をしてしまうなんて、あのバトルの影響力は計り知れないな、と苦笑いする。

 

……カツン

……カツン

 

 ……どうやら待っていた相手が来たようだ。

 

「やれやれ……セレブなワレワレが来たというのにレッドカーペットの一つも無いとは」

 

「全くですな兄者。ここの平民はワレワレが来るという事の重要性を全く理解出来てない様子……ですがそれもこの計画が成功すれば変わるでしょう。暗愚な平民達にワレワレやご先祖様が偉大であるという事を改めて知らせてやるのです」

 

 そう言いながら選手用出入口から出て来たのは、片方は赤いスーツに盾のような髪型をした男。

 もう片方は青いスーツに剣のような髪型をした男。

 ガラルの王達の末裔のシーソーコンビだ。

 

 そして髪の毛の形を整えるためなのだろうか、ジェルで固められているようで、空から差す光が髪に当たり妙にキラキラと輝いている。

 

「……おやおーや?なにやらスタジアムの中央に人が居るみたいですね。確か今の時間ココに人は居ないと聞いていましたが?」

 

「えぇ、兄者。ワレもそのように聞いていますが、どうやら情報に誤りが有った様子。ですが見たところただの平民。ワレワレの威光を示せば自ずとワレワレの指示に従うでしょう」

 

 俺と例の二人の目が合い、向こうはなんとも失礼な会話をし始めた。元からこんな人達である事は知っていたが、いざ対面してみるとその言動に面食らってしまう。

 ただ、目的の彼等が来たので俺もただ立ち続けるだけじゃなく行動を起こす。

 

「こんにちは、二人はターフスタジアムに何か用でしょうか?」

 

 彼等の目的を知っている上でとぼけて話しかける。その事実を意識し過ぎたせいか、前から考えていた台詞が棒読みになってないか心配になる。

 

「えぇ!えぇそうですとも!」

 

「ワレワレはある計画の為にココに来たのです!」

 

 ……どうやらバレなかったようだ。これは俺の話し方に違和感が無かったのか、彼等の仰々しい話し方に比べたら小さすぎる違和感なのか判別に困るがとりあえず上手く行っているので良しとしよう。

 

「そうですか、でもおかしいですね。今日は来客の予定は無いと言う話をターフジムの人達から聞いているんですよね」

 

 とりあえずの牽制。これでここから手を引いてくれれば万々歳だが……

 

「やれやれ……それは当然の事。何故ならワレワレ、アポ無しでココに来ているのです!」

 

「しかし! ワレワレはガラルの純血なる血族! 故に! 突然の訪問でも歓待を受けるべきセレブリティ!」

 

「よって少女よ、ココをワレワレに差し出しなさい!ワレワレには重要な計画があるのです!」

 

 ……何となく結果は読めていたが、まさか開き直るとは思わなかった。

 それに思考がジャイアニズムを想起させるような横暴っぷりだ。ガラルの高貴な血筋=ジャイアンの図式が頭に浮かんでしまい、思わず吹き出しそうになるが、無理やり息を飲み込み抑えた。

 

 そして彼らはその意志を変えるつもりは無いように見えるので、彼らが来る前から考えていた台詞を言う。

 

「なるほど、でも私もスタジアムに用が有ってココに居るんです。でもお二人もここを使いたいご様子。でしたらバトルで勝った方が使えると言うのはどうでしょう?」

 

 若干理由としては苦しい部分があるが、それでも俺の予想通りなら、彼らはこの提案に食いつく筈。

 

「なんと野蛮な!そしてワレワレの威光を前にしても意見するとは何たる無礼!」

 

「しかし!ワレワレ、売られた喧嘩は二倍の値段で買うセレブ!」

 

「あなたはこのソッドがお相手しましょうぞ!」

 

 そう言い、青いスーツの方が俺の前にやって来た。

 チョロい。

 チョロすぎる。

 こんな雑にバトルを挑んでも即それに応える様子はなんだかんだ言ってポケモントレーナーだ。

 でもこれで、後はバトルをするだけだ。

 

 俺は中央に立っていたので、ソッドに背を向けトレーナーが指示を出す場所へ歩き始める。

 ソッドも反対側に歩き始めた。バトルの直前だからか、今の俺は背中越しの革靴の音しか聞こえない。

 

 そしてお互いにバトルするための定位置に付く。

 

 妄想の内容と立っている位置は一緒だ。

 

 ただ周りに居るのはシーソーコンビの片割れだけ。

 

 先程少し妄想していた光景は、俺のスタイルでは有り得ない物だ。

 

 だからこの状態がベスト。

 

 勝利を掴むのに余計な柵は一切無い。

 

 そして互いに最初に出すポケモンのボールを掴み、準備が完了する。

 

 

 

 ポケモントレーナーのソッドが勝負をしかけてきた!

 

 

 

「行ってこいガブリアス!」

「ネギガナイト、セレブなワレに勝利を!」

 

 ギュァッ!

 ガグワァ!

 

 互いの先発のポケモンが出てきて睨み合いになる。

 俺の先発はバトルが始まる前からやる気をボールの中から感じたガブリアスだ。この子の『それ』が出来るチャンスだと感じたら一直線な所は相変わらずだ。現にネギガナイトと対峙している中俺の方をチラ見してきている。そして俺もその期待に応えるように頷いてみせる。

 

「ネギガナイト!"スターアサルト"!」

「ガブリアス!"げきりん"!」

 

 指示は少しだけソッドの方が早かったが、ガブリアスはその差を覆す勢いでネギガナイトに迫る。

 "スターアサルト"の予備動作の時点でガブリアスはネギガナイトの懐に潜り込み、その後の動きは速すぎて俺には見えなかった。

 

 ガスッ、と鈍い音が響き、その音に反応出来た時にはネギガナイトが離れた場所で剣を支えによろめいているのが見えた。

 

「ネギガナイト?!」

「そんなっ?!兄者のネギガナイトが押し負けるなんて!」

 

 その一瞬の攻防の結果にシーソーコンビは驚きを露わにして叫ぶ。

 そして俺も叫びはしないが内心でガブリアスの"げきりん"を耐えたネギガナイトに驚いていた。ほぼクリーンヒットの状態で、下手したら急所に当たっていてもおかしくない一撃を耐え、よろめいてはいるものの大きな隙が有るようには見えない気迫を放っている。

 

ギュアアッッ!!!

 

「ッ!ネギガナイト!盾で防いで"たたきつける"!」

 

 もう一度"げきりん"を放てるのが嬉しいのか、ガブリアスは先程よりも大きな叫びと共にネギガナイトに突進する。

 それに気が付いたソッドは急いでネギガナイトに指示を出した。

 

 そしてネギガナイトが構えた盾にガブリアスは頭からぶつかる。だがそれでガブリアスの勢いは止まらず、二匹はズザザとぶつかった状態のまま勢い良く地面を滑った。

 次第に勢いが収まり始めた時、ネギガナイトはもう片方の手に在る剣を掲げ、ガブリアスに振り下ろした。

 

グワァッ?!

「んなっ?!」

 

 ガブリアスは体勢を崩さず、その体で剣を受け止めていた。

 一人と一匹はその事実に驚く。ガブリアスは突進した状態で前のめりの所を上から"たたきつける"を受けたのだ。普通はそのまま地面に叩きつけられてしまうだろう。

 だがガブリアスは強い意思で踏み留まり、その眼光をネギガナイトに逆に叩きつけている。

 

 一人と一匹はその強い意思に戦慄している様だが、俺には分かる。

 

 あいつ"げきりん"打つ以外何も考えてねぇ、と。

 

 "たたきつける"を耐えたのも、"げきりん"を打ちたいが為に気合で無理をしているのが分かる。恐らく普通に食らうよりも大きいダメージを負った筈だ。

 

ギュァッ!

グワッ――

 

 そして彼らの意識の隙をつき、抑えつけられていた盾と剣を弾き、無防備の体をもう一度ガブリアスの"げきりん"が貫いた。

 

「ネギガナイトッ!」

「そんな、兄者のネギガナイトが……」

 

 二度目の"げきりん"をその身に受けたネギガナイトは大きく吹き飛び、地面を転がった後に仰向けで目を回していた。審判が居なくても分かる。ネギガナイト戦闘不能だ。

 

ギュアァァッ!!!

 

 勝利の雄叫びの様な鳴き声を上げているが、あれはただ単にもっと"げきりん"を打ちたいと言う意思表示なだけだ。ガブリアスにとっては勝利よりもそちらが優先される。ただ……

 

「ガブリアス、お疲れ様」

 

 今回はこれで我慢して欲しい。このままでも勝てない事は無いだろうが、勝利条件が満たされない。少し残念そうな波動がガブリアスの収まったボールからしてきたが、それと一緒に満足げな波動も伝わってきた。……いやだからなんでお前が波動っぽいもの使えるんだ。

 

「ドヒドイデ、後は頼んだ」

 

ぽにゃー!

 

 そして今度はドヒドイデを出す。表情は見えないが、やる気十分な鳴き声が聞こえる。

 

「よくもワレのネギガナイトを……仇を取るのです、グソクムシャ!」

 

グオォ゛ォ゛ォ゛!

 

 ガブリアスの雄叫びとはまた違った迫力が在る雄叫びがスタジアムに鳴り響く。それに対して俺とドヒドイデに動揺は無い。

 互いに二匹目のポケモン。まだまだこれからといった所だが、ここからが長くなる、いや『長くする』。

 

「グソクムシャ!"であいがしら"です!」

「ドヒドイデ!"まもる"!」

 

グオォ!

ポニャ!

 

 ドスっと確かにグソクムシャの"であいがしら"は当たったようだが、ここから見えるグソクムシャの表情は虫なので分かり辛いが、困惑している様だ。

 それもそのはず、恐らく手応えがほとんど無かったのだろう。守りに徹したドヒドイデを抜くのはそう簡単な事じゃない。そして何時もならこの隙に"どくどく"を放つのだが、それはしない。

 彼らにはまだまだ付き合ってもらう必要がある。

 

「耐えられましたか、それなら"アクアジェット"!」

「"ねっとう"!」

 

 放たれた"ねっとう"は俺が狙う場所を指定しなかったからか、グソクムシャに当たらず、逆にグソクムシャの"アクアジェット"が決まる。

 

「ハーッハッハ!どこに向けて放っているのです!」

「……」

 

 煽られるが黙ってそれを受け止める。防御一辺倒では張り付かれて必要以上のダメージを食らってしまう。そこで当たらなくても攻撃は行う事で相手に防御だけでは無いと思わせる。

 そして当てるつもりも無い、と言うより当てられない。

 今自分はドヒドイデの状態と攻撃が飛んでくるタイミングに全神経を注いているのだから。

 

 早すぎてもダメ。遅すぎてもダメ。

 ちょうどいいタイミングに指示をしなければ成功しない。逆にそれさえ出来れば大丈夫だ。

 

「もう一度"アクアジェット"!」

「"まもる"!」

 

 そしてそんな攻防がしばらく続く。

 

 アクアジェット、じこさいせい、シザークロス、まもる、シザークロス、ねっとう、シザークロス、まもる、ふいうち、まもる、アクアジェット、ねっとう、ふいうち、じこさいせい……

 

 タイミングだけでは無く"ふいうち"にも気を回しながら、技を選んでいく。

 初めの内は手を出せていないこちらを、余裕綽々と見つめていたソッドも、技の応酬で考えを変えたのかその顔からは笑みが消え、冷静に状況を判断し技を指示する。

 しかしそれでも有効打は出ない。

 

 タイミングを外してシザークロス、ねっとう、遠くから勢いをつけてアクアジェット、まもる、連続でアクアジェット、じこさいせい、ふいうち、まもる、ふいうち、じこさいせい……

 

 

 

 プルル……プルル……

 

 そんな技の応酬が長く続いてお互いのポケモンとトレーナーに疲れが出てきた頃、側でバトルを見守っていたシルディのロトムフォンの着信音と思われる音が鳴ってきた。

 

「おっと、ワレに電話が来たようです……」

 

そう言い、会話をはじめたようだ、俺は次に繰り出される技とタイミングを図る為そちらを向けないが聞こえてくる音で電話に出ている事が分かった。

 

「はい、セレブリティ…………えぇ、…………なんとっ!…………連絡ご苦労でした」

 

 そう言い通話を切る音をさせた後シルディはバトル中にもかかわらず、ソッドに声を掛けた。

 

「兄者、計画変更です。次の場所に早く向かわねばならなくなりました。ココでの計画を中止して今すぐ向かいましょう」

「なんと!もうそんなに時間が経って……クッ、勝負を投げ出さなければならないとは!」

 

 片手で顔を覆い劇場の様に大げさなアクションを起こし、ほんの少しそうしていた後、顔から手をどけた。

 

「しかし、ワレワレは物事を見極める事のできるセレブリティ!ココは戦略的撤退を選ぶのです!戻りなさいグソクムシャ!」

「う〜ん、セレブリティ!」

 

 ……もはやセレブがゲシュタルト崩壊しそうだ。

 セレブとは……

 

「と言う訳で少女よ!グッドバイ!」

 

 グソクムシャをボールに戻し、妙な別れの挨拶をした後、彼らは元来た道を歩いて戻って行った。

 電話が来てからの一連のやり取りは流れが速く、彼らの計画を知らない人間であったら呆気にとられてしまうだろう。

 でもこれで肩の荷が降りた気分だ。もうここで彼らがダイマックスをする事は多分無い……はず。

 

「おつかれドヒドイデ」

 

ぽにぁ〜♪

 

 長いバトルを終えたドヒドイデを労るために近づいて撫でる。バトルを行ったにしては余り傷が見えないが、"じこさいせい"で無理やり癒やした分、エネルギーを使って疲れているだろうと、持っていたヒメリの実も一緒に渡す。

 

 

 

 

「コウミが空いてるスタジアムを使わせて欲しいなんて珍しい事を言うから用事を速攻で終わらせて来てみたけど、さっきのバトルは何?あの二人は誰?」

 

「あ、ミドリ。来てたんだ」

 

 ドヒドイデを労っていると、後ろから声をかけられて振り向くと、そこには困惑顔のジムトレーナーのミドリが立っていた。

 

「ちなみにヤローさんも気になって……ほら、あそこに居るわよ」

 

 ミドリが指差した先を見ると、観客席の一つに座ってこちらを見ていた。そしてこちらが見ている事に気が付くと笑顔で手を振ってきたので、俺は軽く頭を下げてそれに応えた。

 

「あー、それでさっきのバトルだっけ?それがどうしたの?」

 

「いや、どうして"どくどく"を打たなかったのか気になって。少なくとも打てるタイミングはたくさん有ったし、あんたなら当てられたでしょ」

 

「あ〜、なるほど。あれはね『わざと打たなかった』んだ。打ったら倒しちゃうから」

 

「……はぁ???」

 

 先程よりも困惑が強くなって、まるで訳のわからない生き物を見るような目で俺を見てくる。

 

「まぁ、時間切れで勝つためにやったって事」

 

「えぇ……あんたを今以上に理解出来ないと思ったことはないわ。時間切れって…………なんで普通に勝つのじゃダメだったの?」

 

「普通に勝ったら彼らの邪魔が出来ないから。ターフスタジアムを守るついでに時間を無駄に使わせてやろうって思ったんだ」

 

 そう言ったあと、ミドリは頭を抱える。

 

「性格悪いわよ、なんでこんなのにポケモン達はなついてるんだか……」

 

 こんなの呼びとは失礼な。でもまぁ今回のバトルに関しては頷くしかない。時間切れで勝利なんてイイ性格してる人しか使わない戦法だ。……いや、この世界のバトル事情を考えると使ったのは俺だけか?

 

「所で、そんな邪魔をしたあの二人だけど、結局何者なの?」

 

「犯罪者予備軍」

 

「ちょっ?!」

 

 俺が端的に彼らを表す言葉を告げると、それに驚いたミドリは俺の肩を掴んで揺すってきた。もしかしたらセレブリティの方が良かったか?

 

「なんであんた一人でそんな連中と相対してんのよ!」

 

「いや、ほら、あくまで、予備軍だし、バトルすれば、おとなしく、引き下がる、人達だし」

 

 揺すられながら、とぎれとぎれに成りつつ言いたい事を言う。言葉だけを捉えれば俺は結構危ない事をしていた様にも見える。そんな俺を心配してミドリは怒ってくれてるんだろう。

 

「うーん、それなら……っていやいや、騙されないからね。なんで警察を頼らないのよ」

 

「だってまだ何もしてないし」

 

「うっ、で、でもほら、ターフジムのみんなで言えば」

 

「あ〜、そんなに心配しなくても大丈夫。今新チャンピオンと旧チャンピオンの弟とジムリーダーのネズさんがこの件の解決に動いてるからそのうち解決すると思うよ」

 

 俺がそう言うと、先程まであたふたしていたミドリも落ち着く。三人のビッグネームが事件解決に向けて動いていると言う事が彼女を一旦冷静にさせたのだろう。

 

「……はぁ、あんたいつもの事ながらどこからそんな情報を仕入れてくるのよ」

 

 ……どうやら違ったようだ。俺の謎情報網にあきれていただけだったみたいだ。

 

「"みらいよち"」

 

「いいわよ、マトモな答えなんて期待して無いんだから」

 

 少しそっけなく感じるが、この手の話題になるといつもこうだ。それで助かっている部分もあるので、これが彼女の優しさだと思い少し笑う。

 

「それで、もうスタジアムは良いの?もう用事が終わったなら掃除を始めようと思うんだけど」

 

「あぁ、もう大丈夫。あと掃除手伝うよ。俺がバトルしたんだし」

 

 そして二人と一匹で掃除用の車両を出してスタジアムの掃除を始めた。もちろんドヒドイデは運転できないので俺の側に控えてるだけだ。

 

 運転しながら今後の事について考える。

 恐らく自分が明確にあの二人に関わるのはこれで最後だろう。ターフスタジアム以外のスタジアムまで追うとなると農場を空けなければいけなくなるため、それは出来ない。

 後はあの三人に頑張ってもらおうと思いながら運転を続けた。

 

 静かなスタジアム内に清掃車の重低音、俺とミドリ、そしてヤローさんの話し声が響き渡る。

 華やかなスタジアムも好きだが、こんな落ち着くスタジアムもまた良い。そして掃除を続けながら先程のバトルの熱を冷やしていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22話 バトらない日

 今日も今日とてチュリネ農場は平和である。

 

 農場に居るチュリネ達は、日向ぼっこ、追いかけっこ、水遊び、等自由に過ごしている。

 手持ちのポケモン達もそんなチュリネ達を見守りつつ、のんびりとした時間を過ごしている。

 

 時刻はちょうど太陽が真上に来た辺りで、昼食もちょうど終わり、俺は側に居るポケモン達と地面に寝転がって一緒に空を見ている。

 そしてそんな事をしながら普段は頭の中を空っぽにしたりするのだが、今回はガラルで起きた一連の事件の顛末について考えていた。

 

 ターフスタジアムのバトルの後、あの強烈な印象を残していった兄弟は順当にターフ以外のスタジアムで問題を起こしていった様だ。

 その一連の出来事はガラルの王族が起こした事もあって、一時期はテレビやネットのニュースで大きく取り上げられていた。

 しかしその事件がもう既に二人が自首している事で決着が付いているので、意外と早くその事が報道されなくなり、最近では話題にも上がらなくなって来ている。

 

 最近テレビで見るニュースは、どこそこのカフェが話題、バトルタワーのバトル情報、リーグのオフシーズン中の各ジムリーダー達の動向、ヨロイじまに居る新しいジムリーダー候補達の情報、等明るい物が多い。

 

 テレビと言えば、ついこの間受けた取材も取り上げられていた。

 

 放送された日は何時もの様にリビングで集まっての鑑賞会となったが、一緒に見ていた子達がはしゃいでいたのに対して、俺はテレビに映っている自分に対して少し気恥ずかしさを感じた。

 これが1年位前ならテレビに映っていた姿が自分の物とは思えず、ここまでの気恥ずかしさを感じる事は無かったと思う。

 

 そうして放送された後の反響はそこそこあり、ターフ農場や漢方薬屋さんからは更に品薄状態になった上に、今まで以上に問い合わせの件数が増えたと困り顔で伝えてきてくれた。

 俺も放送直後に漢方薬屋さんに出荷した時の出待ちしていた人達を見て驚いたのだ。

 

 そして、このようにメディアで取り上げられなくなってから、ガラルで起きた一連の大事件は人々から忘れられ始めていた。

 俺もその事件が記憶として過去の物になり始め、それから今後の事についてこうして考える事が増えた。

 

 今まではある意味行動の指標となる様な出来事を知っていた為、それが無くなった今の自分の心境はちょうど空に浮かんでいる雲のようにふわふわとしている。

 むしろこうした他の人と同じ様な状態で過ごす事こそ、自分がこの世界の個として根を下ろしたとも言えるのだが、いざ直面すると何とも言葉にし辛い虚無感の様な何かが時折こうして自分を覆う。

 

 チュピッ!

 

「おふぅ?!」

 

 そんな事を考えているとどこからかやって来たチュリネが、仰向けに寝ている俺の腹にダイブインして来た。痛みなどは全然無いが、急にやって来た事で吸い込んでいた空気が一気に吐き出された。

 

 ピュイ?

 

「あ〜、大丈夫。ビックリしただけだから」

 

 そしてそんな声が聞こえたからか、近くに居たドレディアが上から覗き込むような形でこちらを心配そうに見ていた。他の子達もこちらをチラチラ見ているのだろうか、少し視線を感じる。

 ドレディアに対しては大丈夫だと伝えながら軽く手を振り、乗ってきたチュリネにはやったなコイツめ!と少し強めに上から押さえつけるように撫でる。

 

 そして何かがこちらに向かってサササっと走って来ている音が聞こえ、そちらに顔を向けると一匹のチュリネが俺目掛けて走って来ているのが見えた。

 あの子もダイブするつもりなのだろうと、お腹に力を入れて待機したが……

 

 チュピピ!

 

「……そうきたかー」

 

 その子がダイブしてきたのはお腹では無く、俺の顔だった。ちょうど目の辺りに立っているようで口と鼻は塞がれておらず、そこそこ重量のある立体的なアイマスクと化している。

 

 力んでいた息を吐き、鼻から息を吸うとチュリネの香りらしい少し甘さを感じる清涼な青葉の香りと、走り回った時に付いたと思われる土の香りがした。

 チュリネの香りはミントほど暴力的なものでは無く、優しくて安らぎを感じられるもので、近くでずっと嗅いでいられる。

 顔に乗ってきた子は俺の反応が余り大きくないからか、側頭部をペチペチと叩いてきたので、お返しにデコピンをプレゼントした。

 

 チュピ!

 チュピチュピ!

 

 そうしてお腹の重しと立体的アイマスクと化したチュリネと過ごしていると、周りで一緒に寝ていたチュリネ達も一緒になって俺の体に乗っかかってきた。

 遠くからも先程と似たような走って来ている音も聞こえてきたので、それ以外のチュリネ達も来ているようだ。

 

 どんどんチュリネが体の様々な所に乗り始め、体の至る所に重さを感じ始めた。

 それに加えチュリネの体の柔らかい部分のせいか、体がスライムに包まれているような錯覚がする。

 

 そのまま体で乗れる場所が無くなり、大量のチュリネに包まれた俺はさしずめチュリネのプランターだろうか?

 乗れなくなった後も、周りにチュリネ達がやって来て、それに同調する形で手持ちの子達も周りにやってきているのが気配で分かった。

 

 そんな体全体を、チュリネ達のむにゅむにゅに包まれ、手持ちの子達に囲まれた俺は、先程まで感じていた雲のような感覚は無くなっていた。

 この子達が一緒に居る事で、実感を得ることが出来ている。

 

 テレビに映っていた自分を見た時の感覚の様に、時が経てばあの雲のような感覚も無くなるだろう。

 

 このターフの小さな農場で過ごすスローライフ。

 

 ポケモン達に囲まれて過ごすそんな穏やかな日々。

 

 そんな何気無い日々が続いてくれる事を願う。




まずはこの小説をここまで読んで頂いた読者の皆様に感謝を。

そして感想や評価やお気に入り登録をして頂いた皆様にも重ねて感謝を。

書き始めた当初から絶対にエタらない事を目標に書き続けていましたが、そこに皆様の応援の有無が無関係であったかというとそんな事は無く、そのおかげでひとまず完結と言える形に持っていけることができました。

今後についてなのですが、彼女たちのその後の小話や、どう足掻いてもストーリーに絡ませることが出来なかった話等を書くかも知れません。

あとエキスパンションパスでドレディアが出てきたら書きます。

ではより詳しい事は後で活動報告に書くとして。

本作を読んで頂き、本当にありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編3 遊戯な日

ただ一言言わせてください。

大勝利!!!

超特急で仕上げたお話なので誤字脱字や矛盾点多めかもしれません。


 タンッ……

 

 薄暗い空間で小さく鈍い音が響く。

 俺はその音の出処に目を向けつつ、自身の手元を見て眉間にシワが寄るのを感じる。

 現在俺と手持ちの三匹が一つのテーブルを囲うようにして一つの遊戯をしているのだが、俺と二匹の表情は苦しい表情だ。……もう一匹はそもそも表情が存在しないのだが雰囲気からして機嫌が良さそうだ。

 

 タンッ……

 

 今度は左前から先程と同じ様な音が聞こえ、俺の番になる。もうほぼどうしようもない状態だが、順番を回すためテーブルの上にある小さいモノを掴み……そのまま目の前に置いた。

 

 そして右側に順番が回り……

 

 べのめのん!

 

 "上がり"の宣言がされた。

 

 その宣言に合わせてウツロイドが手元にあるモノを開示する。13個もあるモノを器用に波打つように前に倒し、最後に自分の掴んだモノをその隣に置く。

 

 平和・ツモ・ドラ2……そして"海底摸月"

 

 親満で4000オール。

 

 俺と他の二匹はそれぞれ手元にある点棒を苦々しい表情をしながらウツロイドに渡す。

 

 そう、俺達は今"麻雀"と言う遊戯をしている。

 

 

 

 南1局一本場

 

 使った牌を全てテーブルの真ん中の空いた穴に押し入れ、穴を閉じるとテーブルからガシャガシャとやかましい音が聞こえてくるが、そんな事を気にしている余裕は無い。

 

 現在半荘戦を行っており、宅を囲むメンバーは

 

 俺(南)

 ウツロイド(東)

 エルフーン(北)

 ドレディア(西)

 

 そして既に東場が終了し、現在の順位は

 

 一位 俺

 二位 ドレディア

 三位 ウツロイド

 四位 エルフーン

 

 そして先程ウツロイドが親満をかまして、一本場に突入している。

 これが唯の一本場なら何の問題も無いが、ウツロイドの連チャンだけは不味い。

 ウツロイドの"オカルト"は連チャンし始めたら手が付けられなくなる。

 

 "ビーストブースト"は連チャンする回数に応じて場の支配を強めていく。つまりこのまま上がり続けると、誰もウツロイドの"海底摸月"を止める事が出来なくなるのだ。2本場になれば手牌が一気に進まなくなり、3本場になればほぼ場を手中に収めていると言ってもいい。

 

 テーブルからの騒音が鳴り止み、牌がせり上がってくる。親のウツロイドが真ん中のサイコロを転がし、それぞれの手元に牌を持ってきて、再びゲームが始まる。

 

 先程は特に場の支配も無かったのでそれぞれが自由に役を作っていたが、運悪く上がりまで持って行けず、ウツロイドに海底を掴ませる事態に成ってしまった。

 故に、今度は場の支配がまだ弱い内に子の一人と二匹で親を流す事に集中する事をアイコンタクトで確認する。

 

 そして確認した後の数巡後、ドレディアの捨て牌に反応してそれを鳴く。

 

「ポン」

 

 白3枚を脇に寄せ、牌を捨てる。

 俺が役牌を鳴いたのを見たからか、エルフーンとドレディアは協力して俺の当たり牌になりそうな物を捨てに行く。

 順位で言えばトップである俺に振り込むのは余りよろしく無いのだが、そのような事は"ビーストブースト"の脅威の前には瑣末な事だ。今一番必要なのは早さと言う事を互いに理解している。

 

 俺も最低限の役ができた事で、ただひたすら早さだけにこだわった手作りをしていく。そして何巡か一向に手が進まない状態になったが、それでも早い段階から協力したからか海底数巡前に何とか完成させる事が出来た。

 

「ロン、白のみ。1000点」

 

 鳴き続けて、最後には裸単騎の状態になったが、そこにドレディアが上手く差し込みをしてウツロイドの連チャンを止められた。

 俺とドレディアは何とかなったと安堵し、ウツロイドは親が流された事に少し悔しそうだ。

 

 

 

 南2局

 

 親がエルフーンに移り、エルフーンがニコニコしながら真ん中のサイコロを転がす。

 ……だがその笑顔に対してどうしようもない違和感を感じる。ただ自分の親番が回ってきて嬉しいのは解るが、それだけじゃ、あそこまでの笑顔には成らない。そう、あの笑顔は"イタズラ"が成功した時の――

 

「……まさか」

 

 出た賽の目は「5」。山から牌を取っていくに連れて嫌な予感が加速する。そしてその予感は正しく、牌が全員に行き渡った時にソレは起こった。

 

 ぷぷわ〜ん♪

 

 エルフーンが手牌を前に倒す。文句のつけようが無いくらいちゃんと上がりの形が出来ていた。

 

 天和、役満だ。

 

 …………コイツ、やりやがった。証拠は無いが今浮かべてる笑顔だけで確信を得るには十分すぎる。ただ、言いたい事が色々有り過ぎる。

 

 自動卓で積み込みとかふざけんな!!!

 

 お前の"いたずらごころ"で"イカサマ"や"トリック"をしていたとしても自動卓でどうやったんだよ!

 それにお前だけ世界観が違ぇ!俺含めて周りが百合オカルト麻雀バトル物してるのに、お前のソレは戦後日本玄人麻雀バトルだ!しかもやるなら「2の2の天和」だろ!「5の天和」とか意味不明すぎる。どうやって他家の山に積み込んだんだ!

 

 何だエルフーン?ジェスチャーか?……そんな……オカルト……ありえません?

 

 お前が言うな!

 いやそりゃあオカルト使ってないだろうよ!でも物理でやったにしろ玄人が自動卓で積み込みとかもはやオカルトだろ!

 

 ……何々、レベルを上げて……物理で……殴れば良い?

 

 オカルトを物理で殴るな!

 

 その後の南2局一本場は子の視線が全員エルフーンに向いていた事もあって、悪さが出来なかったのか、ドレディアの安手でエルフーンの親が流れる。

 

 

 

 南3局

 

 現時点の順位は

 一位 エルフーン

 二位 俺

 三位 ドレディア

 四位 ウツロイド

 

 役満を上がったエルフーンが一つ頭抜けており、それに続く形で俺とドレディアがほぼ横ばい。そこから少し離れてウツロイドだ。

 俺とドレディアはまだ親が残っており、点差も東場での点差が効いているのか、逆転はまだまだ可能な点差だ。逆に親がもう無いウツロイドはかなり高めの役を二回上がらなければ逆転出来ず、かなり厳しい状態だ。

 

 全員の手元に牌が行き渡り、先程のような特におかしいイベントも起きる事なく、粛々と牌を掴んでは手牌と入れ替えたり、入れ替えなかったりを繰り返す。

 

 数回それを繰り返して、一向聴から手が進みテンパった牌を見て考える。そこには満貫の手が出来ていた。

 タンヤオ・平和・ドラ2

 リーチを掛ければツモか裏1跳ね。ダマってればツモで満貫、ロンで7700。

 順位を見ればエルフーンからのロン上がりが一番だが、そうそう都合よく刺せる自信はない。河を見る限り、上がり牌はまだ山に残ってる。次の親で連チャン出来る保証も無し、ここは勝負に出る所!

 

「リーチ!」

 

 宣言と共に字牌を横向きにして河に置き、リーチ棒を出す。

 待ちはピンズの両面待ち。

 悪くは無い待ちのはず。

 

 そしてリーチ宣言と共にゲームの流れが少し遅くなる。

 ウツロイドは現物を切ってきたが、河を見る限りオリでは無い。

 エルフーンはベタオリだ。ノータイムで現物を切ってきた。

 ドレディアは……攻めてる。スジではあるがピンズを切ってきた。だが残念な事に当たり牌ではない。

 

 そのまま一発が付く事も無く、ドレディアとウツロイドが全ツッパして、エルフーンが俺だけではなく他の二匹にも注意を向け初めた頃に、俺はどうしようもない危険牌を掴んでしまう。

 

 ソーズの2

 

 恐らく上家のドレディアの当たり牌。ドレディアの河は一貫してマンズとピンズで埋まっている。最低でも混一色、下手したら清一色。

 しかしリーチを掛けてるのでそのままそれを河に出す。

 

 ピュイ

 

 案の定ドレディアの鳴き声が聞こえ、仕方無いかと思っていると、ドレディアは"13枚"では無く"3枚"の牌を倒した。

 

 あっ……

 

 ロンじゃない、カンだ。普通ならリーチを掛けているのでそのカンは有り難いのだが、この場合そんな事を言ってられない。

 

 ピュイ!

 

 王牌から掴んできた牌をそのまま暗槓。そしてドレディアの手は再び王牌へと伸びる。

 もうオチが既に見えてしまっている俺は呆けた顔でドレディアを見つめる。

 

 ピピピュイ!

 

 もう一個カン!と恐らく言っているのだろう。そしてドレディアは掴んだ牌を静かに倒し、縁に寄せた時、"はなびらのまい"が見えた気がした。

 

 ピピピピピュイ

 

 清一色・対々和・三暗刻・三槓子……そして"嶺上開花"

 

 数え役満。

 

 ただし大明槓の責任払い。

 

 俺は飛ぶ。

 

 避けようの無い災害を受け、FXで有り金全部溶かした顔をしながら点棒を渡す。

 最終結果は

 一位 ドレディア

 二位 エルフーン

 三位 ウツロイド

 四位 俺(飛び)

 

 自分に親が回らずに半荘は終了し、例の顔に成りながら俺はめのまえがまっくらになった。

 

 

 

……

………

 

 

 

「酷い夢を見た」

 

 ベッドの上で目を擦りながら朝日を顔に浴びる。まだ一日が始まってすらいないのに、とても疲れた顔をしながら、今日もまた農家の一日が始まる。




なお他のポケモン達の能力一覧

ドヒドイデ マイナス収支の時上がりやすい(じこさいせい)
ラティアス ピンズの清一色特化(こころのしずく)
テッカグヤ 上がるほど差し込みも放銃も出来なくなる(ビーストブーストB↑)
ジュナイパー ステルス&オリれない(かげぬい)
ルナアーラ 月齢での海底撈月
フェローチェ 上がるほど点数が高くなる(ビーストブーストA↑)
コータス ドラ爆(ふんか)
ガブリアス 脳死リーチ


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。