Fate/Black Lotus 泥中之蓮 (杉田雅俊)
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うっかり反則召喚

 

 

冬木の大空洞で、勝者なき戦いが終わろうとしています。

 

そこには第五次聖杯戦争で、唯一生き残った一組のマスターとサーヴァントがいました。

 

しかし、彼女たちはけして勝者とは言えないのです。

 

自ら以外の全てのマスターとサーヴァントを倒したとしても、それは勝利ではないから。

 

マキリの聖杯は誰の願いも叶えなかった。

 

私の願いも。

先輩の願いも。

姉さんの願いも。

お爺様の願いも。

 

誰も願わなかった終結をもたらした。

 

何故こんなことになったのだろう?

 

崩れていく肢体を横たえながら、思いを巡らせる。

 

「サクラ。」

 

私の側には黒い騎士が、心なしか伏し目がちで、片膝をついてたたずんでいた。

 

私が召喚したライダーではない。だけど、結果としては私のもとで最も長く戦い、最も多くの『敵』を屠ったサーヴァント。

 

「セイバーさん。」

 

彼女の願いが叶えられることもない。

私は出来損ないの聖杯だから。

 

こんな虚しい終わりかたがあるだろうか?

 

懐かしい風景をもう一度見たい。遠坂の屋敷で姉さんと過ごした日々、先輩の家で一緒に料理した毎日。

 

化け物なんかじゃなく、かわいい妹や後輩でいられた頃に戻りたい。

 

わかってる。

これこそ叶わぬ願いだ。願う資格すら私にはないのだら。

 

 

 

 

 

 

 

 

ブシュッ‼️ドチャ‼️

 

「え・・・」

 

私は血だまりの中にいた。

さっきまでの自分のそれではない。散らばる肉片とズタズタになった紫のローブがその証。

 

月明かりが差している。地下ではない?目を凝らして見れば、ここは私が知っている場所だった。

 

柳洞寺の山門?なんで私がこんな所に?いつの間に移動したのだろう?

 

「誰か、誰かいませんか!?セイバーさん!!」

 

答える声はない。

 

困惑していると、頭の中に情報が流れ込んできた。私は・・・キャスター?反英霊として、第五次聖杯戦争にサーヴァントとして召喚された?

 

つまり、ここは平行世界のようだ。

 

魔方陣も見当たらないのにどうやって召喚したのだろう?ローブや肉片は触媒だろうか?

 

こんな特殊な召喚法ということは、御三家に属する魔術師が裏技を使ったのだろうか?

 

それならマスターはどこに?

誰が私を召喚したの?

それらしき人物はまわりにはいないようだけど・・・

 

◇◇◇◇

 

その頃、とある洋館の一室にて。

 

「うっかりしてたわ。」

 

父の遺した小細工と、父から受け継いだうっかりによって、父の決断によって引き裂かれた姉妹の物語が交わりる。

 

そして、この再会から聖杯戦争は誰も予期せぬ方向へと動き出そうとしていた。

 

 



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忘れていた匂い

そもそもお父様の遺したギミックのせいで予定が狂ってしまったのが始まりだった。

 

召喚する時刻が一時間ズレた。おまけに詠唱中に肝心なところでしくじってしてしまった。

 

こんなのは子供の頃に歌の一番いいところでミスって笑われたとき以来の失態だ。

 

その結果サーヴァントがあらわれるはずの空間には何もない。

 

「・・・召喚失敗?・・・失敗??えっ、こんなマヌケなミスで私の聖杯戦争が台無し!?」

 

いや、確かにサーヴァントとのパスを感じる。だいたいの方角はわかる。外に出よう。

 

たどりついたのは柳洞寺の山門前、朱い縦筋の入った黒服で銀髪の女性がうずくまっている。

 

間違いない!!あれが私のサーヴァント!!

 

 

「私が貴女のマスターよ!!従いなさい!!」

 

 

「えっ!?」

 

「あれ?」

 

「姉さん!!」

 

「桜!?」

 

 

 

あんなところに長居して敵サーヴァントに出くわしたらマズイので、とりあえず急いで館に戻ってきたは良いけど、どうしよう?

 

さっきから桜はうつむいて「どうして?姉さんは私が。」とか「ああ、平行世界だから。でも今さらどうしたら。」とか「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。」ぶつぶつ言ってる。

 

なんだか怖い。

 

「どうして、どうして姉さんは私なんかを呼んだんですか?」

 

・・・返答に困る。

そもそも桜を呼ぶ気などなかった。

 

「~~しちゃったのよ。」

 

「えっ?」

 

「だから、~~しちゃったのよ。」

 

「聞こえなかったんですけど。」

 

「だから!!しゃっくりしちゃったのよ!!肝心なところで!!」

 

こんなのは小さい頃合唱の一番良いところでしゃっくりして笑われた時以来の失態だ。

 

「・・・詠唱に失敗したら、たまたま私を召喚してしまったんですか?」

 

黙って頷くしかない。あっ、なによその目は。

 

「姉さんって、もっとしっかりしてると思ってました。」

 

うちの妹はこんなに言うことキツかったかしら。

 

「まぁ、そんなところよ。」

 

プイッ、と横を向きながら答える。照れ隠しも兼ねて多少不機嫌な対応になってもバチは当たらないだろう。

 

「姉さん、無理は承知でお願いします。今からでも避難できませんか?」

 

ちょっと泣きたくなってきた。妹にここまで見くびられるとは。

 

「なにそれ?自分には勝てないから今のうちに逃げ出せってこと?」

 

「えっ?」

 

なんか青ざめた顔をしたけど、そうとしかとれないわよ。

 

「その姿は聖杯戦争のために体を再度調整したってこと?英霊になれるほど大成したなら、戦争後も生き残ってるんでしょ。」

 

「・・・」

 

「それで、そっちの世界だと私はどうなったの?」

 

「・・・ごめんなさい・・・姉さん。」

 

「謝る必要なんてないわ、覚悟の上よ。気にさわったのは今からでも避難しろって方。」

 

「この聖杯戦争はまともじゃないんです。話せば長くなりますけど。」

 

「貴女には聖杯で叶えたい願いはないの?」

 

「そんなものありません。姉さんや先輩が助かってくれればそれで・・・ーーーーー‼️」

 

わっ、ビックリした。桜がいきなり、声にならない悲鳴ってやつを上げたわ。

 

「先輩が!!先輩が死んじゃう!!どうして私は・・・」

 

さっきまで生気を感じないくらい静かだったのに、今度は激しく取り乱してる。

 

「どうしたの桜?先輩って誰?綾子?」

 

「衛宮先輩です!!先輩は、毎晩魔術回路を作ってるんです!!」

 

耳を疑うというのはこの事だろう。

事情を聞いても頭がクラクラする。

 

「落ち着きなさい。今何時だと思う?これから駆けつけても鍛練は終わった後よ。明日学校で会ってから対処すべきことだわ。」

 

冷静さを取り戻したようで、桜も頷いている。

 

「今日のところはもう休むわ。召喚で魔力は空だし、いろいろ驚きすぎて・・・」

 

「姉さん!!」

 

グラついたところを桜に支えられた。

 

「大丈夫よ、ちょっとふらついただけだから。」

 

心配そうな顔をさせてしまった。・・・これは・・・

 

「どうかしましたか?」

 

「もう少しこうさせて。」

 

妹に体をよせて、深呼吸する。

 

遠くから眺めてるだけじゃ気がつかなかった。桜からはお母様の匂いがする。



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待ち合わせは計画的に

ゆさゆさ。

 

「先輩、先輩起きてください。」

 

わざわざ土蔵まで起こしにきてくれたなら、起きないわけにはいかない。

 

「おはよう、桜。」

 

かわいい後輩は、髪をかきあげながら返事をしてくれる。

紫がかったロングヘアーにパッチリした目をした、一年後輩の間桐桜は我が家の心のオアシスだ。

 

「おはようございます。ちゃんとお布団で寝ないとダメですよ。」

 

もはや日課となったやりとりである。毎日のように通ってくるのはこの可憐な後輩と・・・

 

「しーろーうー!!ご飯まだーーー!!!??」

 

腹をへらした大虎、藤ねえこと藤村大河である。いつもの朝だ。

 

・・・生徒の家になかば居候しているような状況に甘んじるのは、教師として如何なものだろうか?

 

「口に出すと後が怖いけど。」

 

「えっ!?先輩は何が怖いんですか?」

 

「いや!?何でもないぞ。」

 

いかん、思わず声に出てたらしい。

 

「ひとりごとだから気にしないでくれ。さあ、朝食の準備に取りかかろう。」

 

料理をするのは俺と桜だ。藤ねえは食べるのが専門。

 

 

 

「うん!!うまい!!桜ちゃん腕あげたね。」

 

「おい、藤ねえ。食べながらしゃべるな。」

 

騒がしくも和やかないつもの朝食である。そろそろ登校するか。

 

 

 

 

 

ピーポーピーポー・・・

 

信号待ちで救急車を見かけた。

 

「またガス漏れ事故か?最近多すぎだろ。」

 

「そうですね。」

 

朝のニュースでも新都でガス漏れ事故について特集やってたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「衛宮、今日も早いな。」

 

「おはよう一成。まあな。」

 

「うん?これは・・・」

 

なんだ?靴箱に手紙なんて、まるでラブコメの一幕のようだ。誰からだろう?内容は・・・

 

『ホウカゴニ、スグ、タイイクカンウラマデ、キテクダサイ。サモナイト■■シテ●●ニシマス。』

 

・・・定規を当てたらしき、直線だけで書かれたカタカナのメッセージだ。

どう見ても脅迫文である。

 

 

「むっ!?どうしたのだ衛宮。」

 

「ああ、一成。いや、たいしたことじゃない。」

 

ただのイタズラだろう。それでも生真面目なわが親友、柳洞一成は大騒ぎするかもしれない。

 

「そうか、ところで一つ頼まれてくれないだろうか?」

 

 

 

 

備品のストーブの修理か、構造解析は得意だ。

 

「トレース・オン。」

 

今は亡き養父である切嗣には「なんて無駄な才能だ。」と嘆かれたけど、この能力には愛着もあるし、便利だとも思ってる。

 

これも正義の味方になるための一歩だ。

 

 

授業が終われば、部活をやめた俺はすぐ帰路につく。今日はバイト先のコペンハーゲンに早めに顔を出そう。

 

 

◇◇◇◇◇

 

そのころ、体育館裏では。

 

「だーーー!!どうしてすっぽかすのよ!!」

 

「やはり、文面が悪かったのでは?」

 



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おかえりなさいませ、主人公様。

 

 

玄関を開けたら、憧れの美少女が待っていた。

緩やかに波打つ緑の黒髪。強い意志を感じさせる瞳。文武両道を地でいく学園のアイドルがそこにいた。

 

それだけならまるで夢のようなシチュエーションだろう。

その表情は間違いなく笑顔で、声色は優しげで、なのに何故か背景が歪んで見えるほどの怒気が感じられるのでは、夢は夢でも悪夢だけど。

 

「おかえりなさい、衛宮君。勝手に上がらせてもらったわよ。」

 

「な、なんで遠坂が俺の家に・・・」

 

率直な疑問を口にすると、信じられない答えが返ってきた。

 

「アンタが私の呼び出し無視したからでしょーがぁぁぁ!!」

 

な、なんのことかわからない。

遠坂からの呼び出しなんて覚えがないし、あったら忘れるわけない。

 

「まぁ、玄関で立ち話もなんだし、居間に案内してくれない?」

 

「えっ!?ああ、わかった。」

 

居間に移動し、茶をいれる。

遠坂は自然と上座に座るのがやたら絵になるな。

上品に茶を飲むと、遠坂が口を開いた。

 

「ふうっ、落ち着いた。それじゃこんな時間だし、手短に言うわ。衛宮君、貴方は魔術師ね。」

 

息が止まる。何故それを遠坂が知ってるのか。

 

「来た理由は、私が魔術師で、この冬木のセカンドオーナーだからよ。いままで挨拶もなしにモグリで魔術師やってたなんて、いい度胸してるわね。」

 

遠坂が魔術師!?セカンドオーナーってなんだ?わからないことだらけだが、『モグリ』って無免許とか無登録ってことか?

 

「いや、あの・・・魔術師ってそういうのいるのか?」

 

あっ?呆れたように頭をふられた。

 

「いるのよ。悪いけど調べさせてもらったわ。貴方の師匠は養父の切嗣?魔術師についてどの程度教わった?」

 

「ええと、魔術回路の作り方と強化と投影は知ってる。・・・あのひょっとして加盟料とか払わないといけないのか?」

 

もしそうなら困る。

加盟料なんて一度も払ったことない。延滞金とかついたらどんな高額になるか考えただけでおそろしい。

 

「別にそんなのはいらないわよ。だけど、モグリは困るの。例えるなら街中で無資格・無届けの奴に危険物を扱われちゃ黙ってられないってこと。」

 

言われて気がついた。俺には大した魔術は使えないけど、遠坂にしてみればそんなのわかるわけない。

 

「あー・・・それは確かに悪かった。この通り。」

 

ここは素直を頭を下げるしかない。

 

「わかればよろしい。それと魔術の秘匿はちゃんとしてる?」

 

そんなの切嗣から教わったことない。

 

「そんなの聞いたこと・・・ない・・・ぞ・・・」

 

「どうなってんのよあんたの師匠はーーー‼️」

 

どっかーん!!と効果音の聞こえそうな様子だ。何かまずいこと言ったらしいけど、命の恩人であり師匠でもあった切嗣をこうまで悪く言われると頭にくる。

 

「おい、親爺の悪口はやめてくれ。」

 

なんか遠坂が深呼吸をはじめた。

 

「ごめんなさい、感情的になっちゃって。・・・でも、まずは使用上の注意からはじめるものでしょう。やりながら覚えるとか危険にもほどがあるわよ。」

 

「・・・それはそうかもしれない・・・」

 

切嗣は、俺には魔術師になってほしくなかったようだから、俺がどうしてもとせがんだので仕方なく教えたから、こんなことになったのかもしれない。

とはいえ、それを遠坂に伝えたところで益があるわけでもない。

 

「とりあえず、基礎の基礎くらいは私が教えてあげる。それと、魔術は秘匿すべきものよ。人前では使わないように、みだりに魔術を教えたりするのも禁止。」

 

「わかった。ありがとう遠坂。きちんと魔術を教えてもらえるなんて願ってもない機会だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・遠坂に教わった結果、俺は毎日間違った鍛練で死にそうになっていたことがわかった。

 

遠坂は二人目の命の恩人かもしれない。

 

 



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覚悟を問う

「これでスイッチができた。もう魔術回路をイチイチ作るのはダメよ。下手をすれば命がないわ。」

 

桜から聞いてはいたけど、よく今日まで命があったものね。

いつも鍛練してる場所に移動させたら、こんな土蔵だし。

 

「ありがとう。我ながら無茶をしてたんだな。」

 

「そういうこと。自分が素人だと自覚したなら玄人、つまり私の話を心して聞きなさい。これからが本題なんだから。」

 

「本題?もっと重要な話なのか?」

 

当然でしょ。

可愛い妹の頼みはまだ半分しか終わってない。

 

「ええ、そうよ。・・・警告するわ。これから冬木は魔術師達と使い魔達の戦場になる。そんなところに魔術師である貴方がいたら巻き添えになるのは間違いない。早く逃げなさい。おそらく1ヶ月もすれば戦いは終わるでしょう。」

 

そう聞いた途端に士郎の顔色が変わった。

 

「ちょっと待ってくれ。街中で戦うっていうのか!?人のいないところで決闘するんじゃないのか!?」

 

「市街戦よ。おそらくとばっちりを食らう冬木の住人もでるでしょうね。」

 

「だったら黙ってられるわけないだろ!!」

 

「どうするって言うの?」

 

「止めるに決まってるだろ。それが無理なら街の人達を避難させる。」

 

なるほど、以前からお人好しだと聞いていたけど本当にそうなのね。だけどそれは無鉄砲すぎる。

 

「そんなことをすれば、貴方も、貴方の話を聞いた人達も殺されるわよ。『魔術は秘匿すべきもの』みんな口封じされる。」

 

何を言ってるかわからないって顔ね。魔術の基本もロクに教わってないなら無理もないけど。

 

「魔術師ってのはね、研究成果を世のため人のために使おうなんて考えないの。それどころか、少数の身内だけで独占しようとするものよ。そして、邪魔者にはけして容赦しない。私なら記憶を消す程度で済ませるけど、たいていの魔術師なら手っ取り早く殺すでしょうね。」

 

「ちょっと待ってくれ。だったらたまたま戦闘を目撃しただけでも殺されるってことか!?」

 

「そうでしょうね。ただでさえ魔術の秘匿には神経質なのに、戦争中よ。わずかでも手の内を知られたら殺すでしょう。」

 

「それならなおさら、俺だけ逃げるなんてできない!!」

 

やれやれ、桜から聞いてはいたけど・・・その桜のためにも身の程をわからせておかないと。

 

「この戦いの使い魔、サーヴァントは本来なら人間に使役なんてできないはずの最上級のゴーストライナー『英霊』よ。歴史に名を残した英雄・豪傑、あるいは、名はなくとも、それに匹敵する名人・達人、そして、それらと戦った怪物『反英霊』なのよ。貴方も多少は鍛えていて武芸の心得はあるようだけど、サーヴァントから見たら素人に毛が生えた程度。ハッキリ言って雑魚よ。」

 

意気込みは買うけど、それだけではどうにもならない。それがわからないほど馬鹿ではないでしょう?

 

「勝てる勝てないじゃない。正義の味方を目指してるのになにもしないなんてありえない。それに遠坂もその戦いに参加するんじゃないのか?」

 

いや、何よ。高校生にもなって正義の味方って。まぁ、言っても喧嘩になるだけでしょうから、質問に答えるけど。

 

「当然でしょ。私はこの冬木のセカンドオーナー。そして、聖杯戦争を始めた御三家の一角、遠坂の当主よ。」

 

「なら助太刀する。遠坂は命の恩人だから。」

 

「ちょっ!!恩に感じてるなら、なおのこと言うこと聞きなさいよ!!」

 

「もし遠坂がその戦いで死んだら、二度と恩を返せなくなるから却下だ。」

 

「私はそんな簡単にはやられないわよ!!」

 

「わかってる。遠坂は俺なんかよりずっと強い。だけどそれは守らなくても良い理由にはならないだろ。」

 

こいつ・・・歯の浮くようなことを。

しかも、どうにもならないことをわかった上で引き下がらない馬鹿とは!!

やむを得ないわ。最善は断念して次善の策に切り替える。

 

「わかったわ。共闘しましょう。勝手に先走るのは厳禁、私の言うことをちゃんと聞きなさい。少し外すけど、ここで大人しく待ってて。」

 

私は、士郎が頷いたのを確認してから土蔵を出た。

 

「ああ、月が綺麗。」

 

「姉さんの方が綺麗ですよ。」

 

そして、さきほどまで霊体化していた桜も実体となって隣にいた。

 

「ごめんなさい、桜。しくじったわ。」

 

「いえ、無理もないです。先輩って頑固ですから。」

 

苦笑いから伝わってくる。半ば諦めている感情が。

だけど貴女の姉はそんなに諦めが良くないのよ。

 

「任せておきなさい。その頑固者の手綱をとってやるわ。」

 

 



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桜の願い

できることなら、力ずくでも、記憶を書き換えてでも、先輩には冬木から避難してほしかった。

 

姉さんにもそう頼んだ。

 

だけど姉さんにこう言われた。

 

「それは相手の人生を勝手に奪う行為よ。」

 

たしかにそうだ。その方が貴方のためだから、と言って相手の人生を変えてしまう事がどれほど罪深いか、私は、それを痛いほど知っている。

 

「ところで姉さん、顔が赤くありませんか?」

 

「えっ!?そ、そんなことないと思うけど。」

 

ひょっとして、さっきの先輩の言葉が原因ですかね?

 

ちょっとイタズラしてみたくなってしまいました。

 

「姉さん、安心してください。私が守ってあげますからね。」

 

後ろからギュッと抱きしめながら耳元で囁いてみた。

 

「あう、あう、あうあう。」

 

やっぱり守ってもらうことに免疫がないんですね。

 

「強くなったからといって、誰かに頼ってはいけないなんてことはありませんよ。」

 

「きゅう~・・・。」

 

姉さん、可愛い。

 

「ちょっと桜!!私で遊んでるでしょ!!」

 

いけない、ちょっと怒らせてしまった。

 

「でも姉さんに叱られるのって、久しぶりだから嬉しいです。」

 

思わず頬が緩む、それは姉さんも同じのようだ。

 

「・・・確かにそうね。本当に久しぶり。でも、今はしんみりしてる場合じゃないのよ。」

 

「ええ、では次善の策に移るのですね。」

 

「そういうこと、衛宮君にサーヴァントを召喚させるわ。もしセイバーを引けるなら、これ以上ない前衛になるんだから。」

 

「そして、先輩にはしっかり訓練を受けてもらって、無茶をしないようにしてもらうのですね。」

 

「そういうこと、任せておきなさい。それじゃ戻りましょう。」

 

◇◇◇◇◇

 

土蔵に戻って姉さんの説明が再開された。

 

「待たせたわね。それじゃ衛宮君は聖杯戦争に参加するってことで良いのね。」

 

「そうなるのかな?遠坂の助太刀はするつもりだけど。そもそも何がきっかけの戦争なんだ?」

 

「名前の通り、万能の願望器である聖杯を手に入れるための戦いよ。」

 

「キリストの血を受けた!!」

 

「まさか?それなら今頃は・・・ええと、聖堂教会ってわかる?」

 

「ああ、それなら、・・・そうだな、そんな聖遺物なら教会の人間が大挙して押し寄せてるよな。」

 

「そういうこと、だけど願望器としては聖杯の名に恥じぬ代物のようよ。だから、魔術師だけではなく、普通なら人間の召喚になんて応じない英霊たちも、この冬木にやってくるの。」

 

「そんなことになってたのか・・・ずっとこの街に住んでいたのに気がつかなかった。」

 

姉さんが目配せしてきた。いよいよ私の出番ですね。

 

「すでに私は、その英霊を召喚してるわ。・・・キャスター!!」

 

霊体化を解き、先輩の目の前に姿を現す。

もっともローブで体にラインを、仮面で顔を隠してるので正体がばれるおそれはない。

 

「はイ、まスター。」

 

先輩は首を傾げてる。

 

「あの・・・遠坂?なんか声が変だけど?」

 

「英霊は正体を隠すものなの。有名なら有名なほど、手の内が知られているでしょ?」

 

「ああ、なるほど。」

 

「いまから衛宮君にも英霊を召喚してもらうわ。方法は教えるから、召喚できたらまず私たちは味方だと伝えて。敵と思われて、出会い頭に攻撃されたらたまらないわ。」

 

「わかった。言われたとおりにする。」

 

ここまでは順調。どうか先輩が良い英霊を召喚できますように。セイバーさん、今度はしっかり先輩を守ってくれるとよいのですけど。

 

姉さんが召喚の説明を終えたので、私たちは土蔵を出た。

 

「よう、お嬢ちゃんたち。ちょっと突きあってもらうぜ。」

 

そこに、ランサーさんがいました。

 



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真剣なお突き合い

 

青髪に青いタイツ状の戦闘装束。どこからどう見ても一般人のはずがない若い男性が、威圧感を振りまきながら視線を送ってきました。

 

カラカラと今さら結界が警報を鳴らしています。

ランサーさんが一気に飛び込んできたのか、それとも魔術で結界を誤魔化したのかわかりませんが、ピンチです。

 

「貴方はランサー?」

 

姉さんの問いに対して、ランサーさんはくだけた調子で返答しました。

 

「わかるか?まぁ、俺はわかりやすいよな?」

 

真紅の槍をたずさえた大男なんですから、これ以上なくわかりやすいです。

 

会話で時間を稼げれば良かったのですが、あちらにはその気はないようで、すぐに槍を構えて攻撃姿勢をとってきました。

 

マズイ、ランサーさんは私にとって相性最悪な一人と言っても過言ではありません。まだ、バーサーカーさんの方がマシです。

 

「クらえっ!!」

 

先手必勝!!魔力の塊をぶつける。

宝具並みの攻撃だけど、簡単に回避されてしまう。いや、回避ではない?

しまった。矢避けの加護がありました!!

 

「残念だったな。」

 

あっさり懐に入られた。槍の穂先が心臓へと走ってくる。避けられない。

 

「セット!!」

 

ガキン!!と音を立てて槍は弾かれた。

姉さんのエメラルドで作られた、緑の結晶状の盾がわたしを守ってくれた。

 

ランサーさんは飛び退いて、距離をとりました。

 

とはいえ状況は以前こちらに不利です。

首や腹なら大穴を空けられてもなんとかなりますが、ランサーさんは心臓を狙ってきます。その上対魔力があり、矢避けの加護まであるのでは、私や姉さんのほとんどの攻撃手段が通じません。

 

「飛ビ道具が当たラないなラ!!」

 

触手で攻撃する!!

 

「よっ!!ほっ!!単調だなぁ・・・もうちょっと楽しませてくれや。」

 

当たらない、手詰まりです。

でも先輩をや姉さんを置いて逃げるわけにはいかない。

 

「 こ ち ら を 向 け ラ ン サ ー 。」

 

土蔵の出入口に立つ。

それだけなのに、彼女の姿はまるで一枚の絵画のようだった。

 

白銀の板金と蒼い衣。金髪に翠の瞳。そして見えざる剣。かつて私が呑み込んだ、私のサーヴァントであった彼女がそこにいた。

 

「本来なら二人がかりなど主義ではないが、マスターの命令だ。悪く思うな、ランサー。」

 

歩みよりながら得物を掲げる。

ああ、なんて頼もしい。

 

「見えねえ・・・剣か?」

 

「杖かもしれんぞ、ランサー。」

 

威圧に軽口で返すその姿は、英霊の名にふさわしい。これで一気に形勢逆転です。

 

「セイバーは味方?召喚に成功したのね。」

 

「ええ、そうですよメイガス。私の対魔力はA。同士討ちを気にせず援護を!!」

 

「無駄よ、ランサーには矢避けの加護がある。」

 

「なるほど、厄介な。では貴女とキャスターは防御と周囲の警戒を頼みます。」

 

「俺を無視すんじゃねえ!!」

 

吠えながらランサーさんは槍を繰り出すが、穂先はまるでセイバーさんに届かない。

 

「頼んだぞセイバー!!遠坂たちを守ってくれ!!」

 

土蔵から先輩まで出てきてしまいました。

先輩は身を守る術がないんだから、大人しく隠れててください。

アレ?なんだかセイバーさんの動きが先ほどより良くなったような・・・待ってください、姉さん・・・

 

「令呪ノ説明しテましタか?」

 

「・・・うっかりしてたわ。」

 

私も説明を聞いていながら今まで忘れてましたけど、三つしかない令呪を早くも一画消費してしまうとは!!

 

「クソッ!!引き揚げだ!!」

 

あっ、ランサーさんが逃げます。でもセイバーさんは追撃しません。先輩のそばを離れるのが不安なのでしょうか?

 

「・・・マスターの令呪により、貴女たちから離れることができません。」

 

美人が睨むと怖いですね。

 

「うっかり、とはなんのことでしょう?」

 

聞こえてたようです。バレてますよ姉さん。

 

「納得のいく説明を求めます。」

 

逃げられませんよ、姉さん。

 



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セイバーの提案

 

「問おう、貴方が私のマスターか。」

 

思わず見惚れていた。

 

金糸のような髪に翠の瞳。

 

蒼いドレスに白銀の板金をあてた鎧。

 

ほっそりとした小柄な体躯の少女。

 

静謐で幻想的で、たとえ他の全てを忘れてしまったとしても、この瞬間だけは覚えていられそうなほど、彼女は輝いていた。

 

「ラインを確認しました。これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。ここに契約は完了した。」

 

「あ、ああ。」

 

従ってくれるらしい。

 

いや、でも、まずいぞ。

可愛い女の子を召喚してどうするんだ?俺は聖杯戦争で遠坂を助けるために、強いサーヴァントを喚ばないといけないんだ。

 

ってアレ?

セイバーのようすが・・・

 

「外で戦闘が起きているようです。」

 

敵か!?

 

ー カラカラカラ ー

 

結界が反応してる!!間違いなく侵入者だ!!

 

「黒髪で赤い服の女の子とキャスターは味方だ。助けてくれ!!」

 

俺が言い終わる前にセイバーは駆け出していた。

 

◇◇◇◇◇

 

セイバーは凄く強かった。

見た目で判断しちゃダメだな。

 

無事ランサーを退けた俺たちは、居間で改めて自己紹介した。

 

そして遠坂は正座している。凄く縮こまりながら。

 

「え~と、つまり、私の説明不足で令呪を無駄遣いさせてしまったわけだけど、けっしてわざと足をひっぱったわけではなく・・・」

 

そして、なんか言い訳してる。

 

それを聞くセイバーも正座だ。

 

テーブルを挟んで遠坂の正面に陣取って、生け花、あるいは茶道の家元かと思うほど見事な正座である。

そして、表情が動かない。

凛とした静かな面持ちのまま動かない。

 

これは怖いな。

怒っているのか、そうでないのか、顔色からは全く判断できない。

 

「話はわかりました。謝罪を受け入れましょう。」

 

良かった。セイバーは優しい娘のようだ。

 

「そうしてやってくれ。遠坂は悪い奴じゃないから。」

 

「心得ました、マスター。」

 

「それじゃ、早速教会に行って聖杯戦争に参加するって宣言しましょう。」

 

そう言って遠坂は立ち上がろうとしたが、セイバーが制止した。

 

「待ってください。教会に赴く前に、一つ提案があります。」

 

そういうとセイバーは俺の方に向き直り、手をついて頭を下げた。

 

「無礼を承知でお願い致します。切嗣の墓をあばかせていただきたい。礼装を造るのに必要なのです。」

 

!!!何を言い出すんだ!?

 

「え~と、切嗣って誰?」

 

遠坂の疑問に答えようとしたが、先にセイバーが口を開いた。

 

「衛宮切嗣。第4次聖杯戦争において私のマスターだった魔術師です。」

 

アレ?遠坂の顔色が変わったぞ?

いや、切嗣が前回ではセイバーのマスターだったってのは驚きだけど、そんなに怖い顔をすることか?

 

「衛宮君はわかってないようだけど、サーヴァントが前回参加した聖杯戦争について覚えてるなんてあり得ないのよ。現界してるサーヴァントは座の本体のコピーみたいなもの、そして、コピー同士は記憶を共有できないの。」

 

「え~と、おなじ型式の別の個体みたいなものか?」

 

「そうね、そういうこと。セイバー、貴女の言うことを嘘だと決めつけることはないけど、にわかには信じられないわ。」

 

「たしかに通常のサーヴァントはその通りです。しかし、私は特殊な例外なのです。剣と騎士の誇りに誓って、嘘偽りはありません。」

 

それを聞いた遠坂は、キャスターに視線をおくる。その視線にキャスターは頷いた。セイバーを信用すべきって意見か?

 

「なるほど、でもそれって今すぐやらないといけないことなの?」

 

俺抜きで話が進んでいくが、口を挟むと怒られそうなので黙って二人の会話を見守る。

 

「はい。教会に赴く途中に、敵のサーヴァントの待ち伏せをうける危険があるのです。なので事前に戦力の強化が必要です。」

 

「あー・・・たしかに、街中を探し回るより、教会で待ち伏せした方がマスターを見つけるには簡単ね。サーヴァントを召喚したばかりで、魔力不足なら狙いやすいし。」

 

「その通りです。すぐに教会に向かうのは悪手と言えるでしょう。」

 

そこまで言うと、セイバーは再び目線を俺に向けた。

 

「切嗣は自身の骨から、起源弾という礼装を造りました。この礼装の利点としては、魔力回路を破壊して、相手の魔術師を殺さずに無力化できる。ということが挙げられます。」

 

!!!

 

それは、大きい。俺は遠坂を死なせたくない、俺だって死にたいわけじゃない。だけど、そのために相手を殺すのにも抵抗がある。殺さずに相手を無力化できる武器があるなら、それは・・・たとえ罰当たりな息子になったとしても手に入れたい。

 

 

果たして俺はセイバーの提案を受けるべきか、受けざるべきか。

 

 

 

 

 



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矜持と後悔

 

 

言い訳せず、潔くあることが私の務めだと思っていた。

 

しかし、私が成そうとしたことは言い訳どころか失態を隠蔽する行為だったのではないだろうか?

 

いや、そうだったとしても成さねばならぬ。

彼らは救いを求めていた。死にたくなかったはずだ。

ならば、このままにはしてはおけない。

 

たとえそれが道理をねじ曲げるものであったとしても、どうしてもやり直したい。

 

そのために再び剣をとった。

 

そして恨みもない相手を殺した。罪もない人々を巻き込んでしまった。

 

わかっていたはずだ。戦なのだから、どれほど気を付けたところで、関係ない者にも被害はおよぶ。

 

徒に犠牲を増やしているのではないか?

 

己にそう問いかけたところで、私にできることは剣を振ることしかない。

 

人として女としての幸せなど、とうの昔に諦めた。

 

戦い続ける他に、望みを叶える術など知らない。

 

◇◇◇◇◇

 

「わかった、セイバー。お前の提案を受ける。」

 

新しい私のマスター、衛宮士郎はそう答えてくれた。

 

そして、いま私はかつてのマスターの墓の前にいる。

 

「恨んでくれても構いませんよ、切嗣。」

 

「それはない。恨まれるとしたら俺だ。」

 

振り返るとシロウが立っていた。

 

「セイバーは提案しただけだ。決めたのは俺だから。」

 

私に気を遣ってくれているのか、それとも彼が内罰的すぎるのか、判断に迷います。

 

「衛宮君・・・いえ、士郎でいい?」

 

「いいけど、なんだ?」

 

「アンタって何でも抱え込むっていうか、極端な奴ね。ブレーキ役がないと危なっかしいわ。」

 

「私も同意します。」

 

不服そうな顔をしているが、反論したところでこの件ではシロウに対する認識は満場一致です。

 

「・・・キャスターまで頷くなよ・・・」

 

なので骨壷を凛に渡すシロウは声に力がない。

 

「これから起源弾を造るわ。試作品なら明日の夜には完成する。そしたら教会に行きましょう。」

 

 

 

 

そして、墓地からの帰り道で。

 

「呼び出したんだね。今度は夜に会いましょう。お兄ちゃん。」

 

敵となるマスターと出会いました。

 

「えっ!?いや、こんな小さい女の子がマスターなのか?」

 

外見からすると12歳ほどと思われる少女。

白い髪に赤い瞳、紫のコートと帽子の可憐な装い。

およそ、戦いには相応しくない。

士郎が思わず声をあげるのも無理はないでしょう。

 

「失礼ね、立派なレディよ。」

 

「あっ、悪かった。でも女の子に戦わせるなんて親は何を考えてるのか・・・」

 

「・・・いないわ、どちらもね。」

 

「ずいぶん・・・込み入った事情があるんだな。」

 

「お兄ちゃんもその事情の中に入るんだけどね。」

 

それはどういう事か?

そういう表情をシロウが浮かべたが、それを口に出す前に凛が問いを発した。

 

「・・・貴女は、アインツベルンの人間?」

 

「ええ、そのとおりよ。はじめまして、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ。」

 

コートの裾をつまみ、イリヤはお手本のように優雅な礼をした。

 

「私は遠坂凛。士郎のことは知ってるようね。今日は宣戦布告しに来たの?」

 

「そんなところ、日が出ているうちから戦うつもりはないから、今日はこれで帰ってあげる。」

 

踵をかえして去っていく、そのあまりにも小さな背中から、私は生を突き放した印象を感じざるを得なかった。

 

「殺さないし、死なせない。絶対に。」

 

決意を新たにした様子のマスターに対して、私が誓うべきことは一つだ。

 

「貴方がそれを望むなら、私はその為に戦います。」

 

「ありがとう、頼りにしてるぞ。セイバー。」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

遠坂邸にて、私は姉さんに確認した。

 

「では本当にその礼装なら、相手を殺さずに無気力できるんですか?」

 

返答する姉さんは苦々しい表情だ。

 

「ええ、でも魔術回路を破壊するわ。士郎はわかってなかったようだけど、一生麻痺が残る代物よ。それがわかったら士郎が反対するだろうからセイバーは黙ってたようだけどね。」

 

先輩ならそうだろう。

 

「早くも自分のマスターの操縦法がわかってるんだもの。大したものよ、あのセイバーは。」

 

ひょっとしたらと少し期待してしまったが、やはり私は当初の計画通り行動せざるをえないようだ。

魔術回路が無ければ、蟲さえなんとかすれば、そう思ったが、一生麻痺が残ったりしたら、先輩か姉さんか、あるいは両方に大きすぎる負担をかけてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やはりこちらの私を殺すしかない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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自分が可愛い自分が嫌い

「これでよし。名付けて試作『起源剣』よ。」

 

「ダガーのようですね。」

 

「ええ、ナイフのように突き刺してもよし。クナイのように投げてもよし。我ながら上出来よ。」

 

鈍色に濡れたような光沢を放つシンプルな短剣。一夜で造ったとは思えない強力な礼装が手に入った。

 

そして姉さんは、今後の方針について語りだした。

 

「慎二は放置してると、よりにもよって学校で魂喰いをはじめるのよね。とはいえ慎二を倒すとこちらの桜が出てくるし、ライダーから確実に倒すべきかしら。」

 

「はい。でもそれだけだと不十分かもしれません。サーヴァントを失っても、こちらの私がマスターであることは変わりませんから。」

 

「あー、臓硯が反則召還したサーヴァントを与えるかもしれないわね・・・」

 

姉さんは、私が話すことのできた断片的な情報だけで戦略を立てている。

いくら姉さんの考えた計画でも、これでは不測の事態が発生するのは避けられないでしょう。

 

「姉さん、姉さんにどうしても伝えなければいけないことがあります。」

 

できれば知られたくない。でも伝えなくてはならない。

 

あのとき私は正気じゃなかった。だけど、あの感情は植え付けられたものではない。間違いなく私の裡から出てきたものだった。

 

「私はまともな魔術師ではありません。やがて厄災を撒き散らすようになります。兄さんのような魂喰いどころではなく、もっと大規模なそれに手を染めてしまいます。だから・・・」

 

言うんだ、でないと私はまた化け物になってしまう。

 

「だから、今のうちにこちらの私を殺すべきです。」

 

姉さんの表情が消えた。

 

「そうまでして聖杯がほしかったの?」

 

「聖杯なんかを手に入れたかったわけじゃないんです。ずっと姉さんに勝ちたかったんです。姉さんが妬ましかったんです。姉さんが選ばれて、選ばれなかった私は遠坂の家に居られなくなって、遠坂を名乗ることもできなくなった。だから勝ちたかったんです。」

 

ちゃんと目を合わせないとだめなのに、弱虫な私は顔を伏せてしまう。

 

「姉さんに無視されたくなかったんです。姉さんをひれ伏せたかったんです。それで、もう自分を抑えられなかったんです。」

 

頬に手を添えられて、静かに顔をあげられて、姉さんと目があった。

 

「ありがとう、桜。言いづらかったでしょ。」

 

まだ、まだ私はほんの一部しか伝えられてない。体のなかの蟲のこと、聖杯のカケラのこと、化け物になった私はサーヴァントに対して無類の強さを発揮すること。

 

全てを白状しなければならないのに、言葉が続かない。

 

すると姉さんの顔に表情が戻り、歩み寄って来てくれた。

 

「貴女は私に真剣に向き合ってくれたから、私もちゃんと言うわね。貴女が私を妬んでいたというなら、私は貴女を侮っていたわ。」

 

そんなことはない。私は化け物になっただけ。姉さんのように魔術師として大成したわけではないのだから、それは侮ったのでなく、正当な評価なんです。

 

「私の中の桜のイメージは、いつまでも、私の後ろをついてくる小さくて引っ込み思案な桜のままで、とても戦えるように思えなかった。元々の属性をそのまま伸ばしてる私と違って、桜は属性を変えてる。つまり遠回りしてるのだから、そんなに早く追い付かれるはずがないって。思い上がりよね。」

 

赤いヒビのように頬をはしる線をなぞって、姉さんは撫でてくれた。

 

「二度も体をつくりかえるのは大変だったでしょ。」

 

「辛かったです。姉さんともう何もお揃いじゃなくなって。悲しかったです。」

 

「でもリボンは着けててくれたのね。」

 

私の頬に当てていた手を下ろし、今度は自分の腰に当て、姉さんは高らかに宣言した。

 

「もう侮ったりしない。間違いなく桜は強敵。だからこそ、不意討ちなんかじゃなく、魔術師同士の決闘で雌雄を決したいの。」

 

「でも、それは・・・」

 

「悪手だってことはわかってる。だけど、サーヴァントも連れてないところを貴女と二人がかりで倒しても、ちっとも嬉しくないというか、私のプライドが許さない・・・わぷっ!!」

 

感極まって、思わず姉さんに抱きついてしまった。

 

「姉さん!!それでこそ私の姉さんです!!姉さんなら誰にも負けません!!私は信じてますから!!」

 

やはり生き残るべきは姉さんだ。

 

たとえ嫌われたって構わない。今度こそ間違えはしない。

こちらの私は必ず殺す。

 

 

 

 

 



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家に帰るまでがおでかけです

士郎の家の前で妹を待つ。

朝は苦手なんだけど、なんとか起きれた。

 

ああ、来たわね。

 

「おはよう、間桐さん。」

 

ひさしぶり・・・になるのかしら?私から妹に声をかけた。

 

「っ!?なんで、なんで遠坂先輩がここにいるんですか?」

 

本当にわかりやすく動揺するのね。油断させるための演技?それともこの段階ではまだ覚醒してないってことかしら。

 

「それは私が衛宮君と同盟を結んだからよ。」

 

「先輩と・・・」

 

「いつまでもそうしてないで、早く報告に行ったら?『監視役さん』でしょ。」

 

そんな青ざめた顔なんてさせたくなかったけど、心を鬼にして宣言する。

 

「ハッキリ宣言しとくけど、遠坂の屋敷、この家、私や衛宮君のまわりをウロチョロしてるなら敵対行為とみなすわよ。そのつもりでね。」

 

「!!!」

 

声にならない様子で、俯きながら駆け出していく妹の背中を見ながら確認する。

 

「これでいいのよね、桜。」

 

「ええ、理想的な滑り出しです。姉さん。」

 

もう一人の妹はそれは綺麗に微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

さて、家に入って・・・土蔵か。また土蔵で寝てるのか、士郎は。

早く起きろ、コラ。

 

ユサユサ、ダメか。

 

ゲジゲジ!!

 

「うわっ!!なにすんだ!!」

 

ようやく起きた。

 

「おはよう士郎。はい、『起源剣』よ。これで大幅な戦力強化ができたわね。」

 

「ああ・・・ありがとう遠坂。感謝する。」

 

「ああ、それと桜にはしばらくここには寄り付かないように言っておいたから。」

 

「えっ!?なんでさ??」

 

「これから戦争なのよ。巻き込みたくないでしょ。あと、場合によっては桜と戦うことになるかもしれない。間桐も魔術師の家なのよ。」

 

「桜が!!」

 

「そうよ。おおかたアンタの家に来るようになったのも、監視、そうでなければ敵になった時に一服盛るための布石でしょ。」

 

「おいっ!!桜はそんな娘じゃない!!」

 

そうね、確かに桜はそんなことができる娘じゃない。

 

「・・・ごめんなさい。だけど本人にそのつもりはなくても、桜が騙されて利用されるくらいは覚悟した方がいいわよ。」

 

ん?なんか思案顔になったわね。

 

「遠坂って桜と親しかったのか?名前で呼ぶのは綾子くらいだよな?」

 

やばっ!!つい、うっかり。

 

「え、ええ・・・昔ちょっと。ホラ、無駄話してないで、今から教会に行くわよ。日があるうちなら、魔術師は人目を避けるから襲撃される確率も低くなるわ。」

 

なんか釈然としない顔だけど、士郎は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

姉さんの協力のおかげで、こちらの私を先輩から引き離すことができた。

 

霊体化しながらも、道中は周囲を警戒していたが、幸い何事もなく教会に辿り着くことができた。

 

しかし、想定外のことも起きてしまった。

セイバーさんが霊体化しているとは!!

 

私の知っているセイバーさんならありえない。だけど、まさか「なぜ霊体化できるのですか?」なんて質問したら怪しまれるだけだ。

姉さんには後で伝えるとして、今は平然としていよう。

 

中に入っていったのはマスターだけ、私たちサーヴァントは教会の外で姉さんたちを待つ。

セイバーさんは無口だし、静寂が続くと思っていた私の予想は早々に外れた。

 

「キャスター、桜というのは凛の妹ですか?」

 

「!! なんデそウ思ったんです?」

 

「凛が名前で呼ぶのは近しい者のみですのようなので。しかも、聖杯戦争関係者ならば、同門か親族ではないかと推察しました。」

 

姉さんのうっかり!!

 

この場合は、セイバーさんにどう答えるべきでしょう。

 

「いえ、失礼しました。勝手に主の事情を話せるわけもないですね。」

 

そういうと伏し目がちになりながらセイバーさんは言葉を続けた。

 

「もし、私の直感どおりなら難儀なものです。私の時代の諸侯もそうでしたが、家を継げるのは一人だけ。どんなに仲の良い兄弟姉妹でも、いずれは君と臣とならねばならない。」

 

それはそうだ。たとえ遠坂の家に残れたとしても、私はせいぜい姉さんに万が一のことがあった時の予備程度に扱われただろう。そうでなければ、後を継ぎたくば姉さんを蹴落とせと命じられたかもしれない。

 

どの道、魔術師の家に生まれた私たちは、『仲の良い姉妹』でいることなんて出来るわけなかったんだ。

 

「せめて私たちのマスター同士は、対等で、仲違いすることなく、この戦いを生き残れるようにしましょう。」

 

「はイ、せいバーさン。」

 

今度は最初から仲良くしましょうね。セイバーさん。

 

 

 

 



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同類との衝突

 

 

ギィ・・・バタン。

 

先輩たちが教会から出てきた。

先輩、すごく嫌そうな顔ですね。

 

「なんなんだ、あの皮肉屋の神父は?」

 

質問と言うより、思わずこぼれた本音ですね。それに姉さんが答えます。ウンウンと頷きながら。

 

「むかしから、誰に対してもああいう奴なのよ、綺礼は。」

 

先輩はさらに、ゲッソリとした表情になりました。

 

「なんでさ・・・よく神父がつとまるな。」

 

「私もそう思う。」

 

コクコクコクコクと頷きながら姉さんが同意してます。

 

おじさまのおかげで、姉さんと先輩が共感しあえてます。

 

「とりあえず、家に帰りましょう。」

 

姉さんの提案どおり、家路についてしばらくしたところで・・・

 

「また会えたね、お兄ちゃん。」

 

敵のマスターに会ってしまいました。

 

「「!!!!」」

 

「安心して、人払いの結界をはったから、魔術の秘匿は万全よ。バーサーカー!!」

 

鉛色の巨体。

鎧どころか、腰にボロ切れを纏う程度で衣服すらまともに身に付けていない。

手に持つのは剣とも斧とも言い難い石片に取っ手をつけたような武器。

赤黒く光る眼光のサーヴァントが現れた。

 

 

「なるほど、あれは見るからにバーサーカーね。」

 

「そうよ。私のバーサーカーは最強のサーヴァントなんだから。」

 

腰に手を当て、可愛らしく胸を張る。

そんな仕草すら、おそろしい。

 

「士郎。持久戦に持ち込むわよ。バーサーカーは理性と引き換えにステータスを上昇させたサーヴァント。だけど弱点もある。」

 

「弱点?」

 

「燃費が恐ろしく悪いの。今までの聖杯戦争で、バーサーカーのマスターはことごとく魔力切れで自滅してる。」

 

そう説明しながら、姉さんは魔術回路にスイッチを入れる。

 

「それに対して、私のキャスターは燃費いいのよ。そして私は魔力量に自信があるわ。さらに、遠坂は代々宝石魔術を得意としてるわ。もちろん私もね。言うなれば予備タンクを常備してるってわけ。」

 

「作戦会議は終わった?じゃあ殺すね。やっちゃえバーサーカー。」

 

「■■■ーー!!!」

 

「フッ!!!」

 

バーサーカーさんが突進してくる!!

それに合わせてセイバーさんも前に出て、二人は激突した。

お互い真っ向勝負を得意とするようです。

 

「士郎、指揮は私に任せて。」

 

「わ、わかった。」

 

「バーサーカーはセイバーに任せたわ。キャスターは私と士郎を守って!!私が敵のマスターを仕留める!!」

 

「えっ!?ちょっと待て、遠坂!!あんな小さな女の子を・・・」

 

「キャスター!!」

 

「ハい。」

 

ぐるぐる巻きにします。触手で。

 

「むー!!むー!!」

 

そんなにあわてなくても、窒息しない程度には加減してますよ。これぐらいやらないと先輩はすぐ死に急ぎますから。

 

「あら?私と魔術勝負する気?凛ったら自信家なのね。」

 

そういうとイリヤちゃんは、白銀の針金細工でできた鳥のような使い魔を造り出した。

 

「ガンド!!」

 

「フフッ、なにそれ?可愛らしい攻撃ね。」

 

姉さんの指先から放たれた黒い魔力の弾丸、ガンドと呼ばれるそれは、使い魔に防がれる。イリヤちゃんを庇って被弾したのにまるでダメージが感じられない。

 

「チッ!!ならこれはどう!?」

 

宝石に魔力をこめ、威力を増加させてる。

これならサーヴァントでも喰らえばタダでは済みません。

 

「ムダな事よ。」

 

使い魔の形状が変化した!?

盾の形になった使い魔は宝石魔術を弾いて、さらに、剣の

形に変わった。

 

「つまんない、これで終わりにするわね。」

 

させません!!

 

「あら?キャスターなのに変わった能力ね。」

 

触手で絡めとって、泥に引きずりこむ。

たとえ強力な使い魔でも、こうすれば容易に溶解・吸収できます。

 

「ふーん、遠坂のサーヴァントなのに間桐みたいな魔術ね。ちょっと厄介・・・バーサーカー!!キャスターから片付けなさい!!」

 

ウソ!?

 

セイバーさんを相手にしていたのに、容易に彼女を振り切って、こちらに突進して来ます。

 

いったん下がって・・・

 

「させないわよ。」

 

「ちょっ!!アンタ何者!!そんな使い魔を何度も!!」

 

さっきの針金細工のような使い魔が、今度は最初から剣の形で造られました。

 

姉さんを庇わないと、最悪でも私が消滅するだけなら、構いません!!

 

「ストライク・エア!!」

 

「あらっ!?」

 

使い魔がセイバーさんの攻撃で吹き飛ばされた。

この隙に姉さんと先輩を触手で保持して、距離をとる!

 

セイバーさん、助かりました。

 

「無事ですか?凛、キャスター。」

 

「ええ、なんとか。」

 

「おかゲ様で。」

 

それにしても、いくらなんでも異常です。

バーサーカーを使役しながら、宝石を使ってる姉さんと魔術を撃ち合って圧倒できるなんて・・・まさか、私と同じ!?

 

「キャスター。私の宝具を使います。」

 

「できれば奴に上をとらせたい。そうでないと周囲の被害が大きすぎますので。」

 

それしかなさそうですね。姉さんも頷いてます。

それなら、やってみせますとも。

 

 

 



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もどかしさはいつも感じてた。

 

 

なんで、なんで俺はなにもできないんだ!?

 

正義の味方になる。

 

そう決めて、日々を過ごしてきた。

 

魔術の才能なんてない。

 

それでも自分なりに、鍛練を怠らずに生きてきた。

 

それなのに、俺は今なにもできてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイバー!!頼んだわよ。」

 

「任せてください。ハァッ!!」

 

セイバーが最後尾でバーサーカーを食い止めている間に、俺たちは坂道を駆けおりる。

 

「撃ちマす!!」

 

キャスターが、セイバーとつばぜり合いしているバーサーカーに向けて魔力の塊を放つ。

 

セイバーにも当たったが、ダメージを受けたのはバーサーカーだけだ。

 

この隙にセイバーも退却する。

 

「アハハハ、やるじゃない。」

 

しかし、バーサーカーはすぐに体勢を立て直し、イリヤを肩に乗せ追いかけてくる。

 

突破口が見えない。このままじゃジリ貧だ。

 

「むー!!ムー!!」

 

なのに俺は簀巻きのまま、なにもできない。

 

「ちょっと士郎!!うるさいわよ!!今はアンタに構ってられないの!!」

 

凛に叱られた。

 

「ここまでくれば、・・・いけます!!宝具を放ちます!!」

 

宝具、サーヴァントの切り札のことか!?

坂の上から突進してくるバーサーカーに向かって、見えない剣を大きくふりかぶる。

セイバーの剣がまばゆく輝き、彼女の咆哮が辺りに響きわたる。

 

「エクス!!」

 

あれは・・・まさか!?

 

「カリバー!!!!」

 

バーサーカーは、咄嗟にイリヤを投げて彼女を助けた。光の奔流がバーサーカーを呑み込んでいく。

 

「敵ながら見事な最期だったわね。」

 

遠坂はそう呟いたが、セイバー、そして、キャスターは首を横にふっている。

 

「重力軽減っと、みくびってもらっては困るわね、凛。」

 

ミンチになったバーサーカーにイリヤが視線を送る。すると、目を疑う光景があった。

 

まるで映像を逆再生してるかのように、バーサーカーの体が元に戻っていく!!

 

「そんな・・・なんで!?」

 

呆然とした遠坂の呟きに、イリヤが答えた。

 

「フフン、教えてあげる。私のバーサーカーの真名はヘラクレス。そして宝具は十二の試練。命のストックが十二あるのよ。」

 

可愛らしく胸を張る仕草は可愛らしいが、俺たちにとっては死刑宣告に等しい。

 

あんな相手に十二回も致命傷を与えなければいけないのか!?こっちは一度死んだら終わりなのに!!

 

「安心して、いくら人払いの結界があるとはいえ、あれだけ派手に宝具を放ったのだから、そろそろ引き上げるわ。」

 

踵をかえしながら、イリヤは可愛らしく手をふる。まるで、また遊ぼうね、とでも言うように。

 

「また会おうね。お兄ちゃん。」

 

本当にそんなノリなのか!?

 

「ほンとうニ去っていキましたネ・・・」

 

「どんだけマイペースなのよ?それとも、情けをかけたの?」

 

「とりあえず、人目につく前に私たちも帰りましょう。」

 

「むーむーむー!!」

 

結局俺は足手まといのままか。

 

 

◇◇◇

 

 

 

「士郎ったら、家に帰るなり土蔵にこもったままね。」

 

「鍛練してるみたいですね。」

 

「せっかく私が教えてあげようとしてるのに・・・まぁ、今は気持ちを落ち着けさせるのが良いのでしょうけど。」

 

焦んなくても、アンタに出番は嫌でもあるのよ。可愛い妹から、レアな能力の持ち主だって知らされてるから。

 

「明日もありますし、姉さんはそろそろ寝てください。」

 

「そうするわ。お休み、桜。」

 

明日は学校に仕掛けられた魔術を破壊するので、忙しくなりそう。

 

 

 

 

 



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目立ちたがり屋は魔術師に向かない

せめて、この男の魔術回路が開いていれば、この行為に付き合わされるのにも意味があったのに、私がベッドの上で異常に気づいたのはそんなことを考えているときだった。

 

 

「ちょっと待ってください、シンジ。」

 

「なんだよ、もうへばったのか?」

 

そんなわけないでしょう。

飽き飽きしてはいますが・・・

 

「何者かに、学校に仕掛けた術式が破壊されています。」

 

「なんだって!?早く言えよ!急げ!!」

 

それならまず私の上からどいてください。

 

アタリのはずのマスターに召喚されたのに、とんでもない代役を押し付けられた聖杯戦争になってしまった。

 

◇◇◇◇

 

私は妹のおかげで苦手な朝もバッチリ。それに対し、廊下で顔をあわせた家主の方は・・・

 

「おはよう衛宮君。よく眠れた?」

 

「眠れるわけないだろ・・・色々ありすぎだった。」

 

まぁ、それはそうでしょうね。

 

「アーサー王が女の子なんて驚きね~。」

 

本当は桜から聞いて知ってたけど、ここは驚いたフリをしておかないとね。

 

セイバーは士郎のとなりで相も変わらずポーカーフェイス。

 

「そこにはあまり触れないで頂けると助かります。」

 

「わかってるわ。同盟相手に無用の詮索はしない。家名にかけて誓うわ。」

 

 

居間に移動し、日課になりつつある朝食をとりながらの作戦会議をはじめる。

 

 

「バーサーカーについては一時保留よ。もし遭遇したら、サーヴァントに時間を稼がせてる間に、私たちマスターは逃げる。十分な距離をとったら令呪でサーヴァントを呼び寄せる。これしかないわ。」

 

「倒す方法はないのか?」

 

「バーサーカーの宝具は序盤で反則的な強さよ。だけど、終盤ならどうかしら?他のサーヴァントやマスターが、命のストックを減らしてくれてると思わない?思うでしょ!!思いなさい!!思 わ な い で た ま る か !!!!」

 

「わ!!わかった!!・・・遠坂の言うことはもっともだ・・・」

 

希望的観測かもしれないけど、そうとでも思わなかったらやってられないわよ!!

 

 

 

登校すると、・・・やはりあった。

桜から教えられてなければ気づかなかっただろう。

 

「ちょっとまって。あそこの床、何か感じない?」

 

「・・・たしかに。これってまさか?」

 

「やはり、人間を溶解して魔力を吸収する魔術が施されているようね。」

 

「!!なら、すぐ解除しないと!!」

 

相変わらず頭に血が上りやすいのね、お人好しなのに。

 

「そしたらこれを仕掛けた奴に感づかれる。不完全な状態でも発動させるかもしれないわよ。そんなことになったら大惨事。わかる?」

 

「だったらどうすれば!?」

 

「今のうちにどこに仕掛けられてるか調べて、夜にもう一度学校に来るのよ。一晩のうちに全部解除してみせるわ。」

 

私の言ってることを聞いて、士郎はようやく少し落ち着いてきたみたい。

 

「それなら、うまくいけば相手を夜の学校に誘きだせる。まわりを巻き込むおそれもないな。」

 

「そういうこと、じゃあ、手分けして今のうちに探すわよ。」

 

 

 

 

◇◇◇

 

夜の学校につき、異変の元凶を見つけたは良いのですが、不意をつくチャンスを早々に潰されてしまいました。

 

「おおお、お前らーー!!」

 

この代役のせいで、何故そのような大声を出すのです!?

 

「あら間桐君、ごきげんよう。そんなに血相変えてどうしたのかしら?」

 

涼しい顔をしたこの少女が敵のマスターのようです。そして、その背後に寄り添うのがおそらくサーヴァント。ローブをまとうということはキャスターでしょうか?

 

「どうしただあー!!お前らなぁ!!なんてことしてくれたんだ!!」

 

「それはこっちの台詞ね。よくも遠坂の管理地でこんな真似をしてくれたわ。」

 

「不完全でもいい、ライダー!!宝具を発動させろ!!」

 

やむを得ませんね。

 

「ブラッドフォートアンドロメダ!!」

 

私の宝具である鮮血神殿(ブラッドフォートアンドロメダ)によって周囲の視界が赤く染まり・・・これは!?

 

パキン!!

 

「あら?戻った。どうやら全て破壊し終わったようね。」

 

まさか、他にも仲間がいるのですか!?

 

「ブラッドフォートアンドロメダ。アンドロメダってことは、ギリシャ神話の英雄、あるいは怪物かしら?ライダー、貴女の髪は長すぎるほどに長い、そして、綺麗ね。女神も嫉妬しそうなくらいに。」

 

「まさか・・・それだけで・・・」

 

シンジ、せめてポーカーフェイスを保ってください。誤魔化せるとは思えませんが、なぜそんなにもバカ正直に動揺してしまうのですか!?

 

「やはり、真名は『メドゥーサ』ね。」

 

スチャ!!

 

「魔眼殺しのメガネまで持ってるのかよ!?」

 

いちいちリアクションしないでください。用意が良いとはおもいますが、私が『メドゥーサ』と気づいたなら、魔眼殺しを持っていれば装備するのが当然でしょう。

 

・・・一見すると普通の眼鏡ですが、かなり手の込んだ礼装と見受けます。これでは石化させるのは無理でしょう。しかし、一時的に動きを鈍らせるくらいならできるかもしれません。

 

「シンジ、ここは撤退すべきです。」

 

「ハァッ!?ふざけたこと言うな!!」

 

しまった。このマスター代理が素直に意見具申を受け付けるはずがない。

私も動揺してしまっていたようです。

 

「いい機会だから教えてあげる。魔術は秘匿すべきもの。アンタみたいな、目立ちたがりで見せびらかしたがりは、そもそも魔術師に向いてないのよ!!」

 

「遠坂ぁぁーー!!やれ!!ライダー!!命令だぞ!!」

 

この状態で、戦うしかないようです。

 

 

 

 

 



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貴女にお礼をいいたくて

 

 

ライダー、かつて私が呼び出したサーヴァント。

 

思えば彼女には申し訳ないことをしてまった。私は戦いから逃げて、ライダーのマスターとしての責任を放棄した。

 

そして、私が押し付けてしまった代わりマスターはあの有り様だ。

 

「オイ!!なにやってんだ!!さっさと片付けろよ!!」

 

兄さんが理不尽にライダーをなじるのを目の当たりにすると、自責の念は一層強くなる。

 

本当はライダーの力はこんなものじゃない。

 

私からの魔力供給が断たれてるから、兄さんの魔術回路は閉じているから、思うように戦えないのに。

 

鎖でつながれた釘は、私の影の触手で全て叩き落とされる。

 

その度に兄さんは、露骨に舌打ちしてライダーをなじる。

 

ライダーが実力を発揮できないのは、魔力不足だけが理由じゃない。身を守る術を持たない兄さんを庇いながらの戦いを強いられているせいでもある。

 

ライダーが私を倒すことばかりに気をとられてしまえば、その隙に姉さんが兄さんを倒すだろう。彼女にしてみれば八方塞がりです。さぞ悔しいでしょう。

 

ごめんなさいライダー。貴女のことも助けたい。だけど、先輩や姉さんにはかえられない!!

 

「ッ!!新手ですマスター!!」

 

「慎二!!お前だったのか!!」

 

先輩もセイバーさんを連れて駆けつけた。

一対一でも勝てないだろう相手からの挟み撃ち。もう兄さんとライダーは『詰んでいる』でしょう。

 

本来ならマスターが撤退を指示しなければならないのですが。

 

「オイ!!ライダー!!どうするんだこれ!!」

 

やはり、そうなりますよね。

本当に、兄さんを押し付けてしまって申し訳ないです。

 

「おとなしく降伏しなさい。そうすれば命は助けてあげる。」

 

姉さんが降伏を勧めますが、兄さんがそれを受け入れることはありませんでした。

 

「ふざけんなぁ!!見下しやがってえぇ!!」

 

ライダーが覚悟を決めた表情をしています。

騎英の手綱(ベルレフォーン)を使うつもりなのね。

 

「私の疾走は、誰にも止められません。」

 

ライダーは首に釘を突き立て、噴き出した血潮が魔方陣を描く。

まばゆい輝きとともにペガサスが現れ、それに騎乗したライダーは兄さんを連れて疾駆する。

 

「ベルレフォーン!!」

 

追撃は無理だろう。

近いうちには倒さなければならない。せめて、その前に一言貴女に感謝を伝えたい。

 

「・・・・・」

 

だけど、私はただ視線を送ることしかできなかった。

ごめんね、ライダー。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

間桐の屋敷に撤退するや否や、予想通りにシンジはわめきだした。

 

「ああ、クソッ!!お前のせいで負けただろ!!」

 

今はそれどころではないのに。

 

「シンジ、すぐに移動しなければなりません。ここは敵のマスターにも知られているはずです。」

 

そう言われると、実にわかりやすく顔を青くして慌て出した。

 

「荷物をまとめるぞ!!手伝え!!」

 

やりますけど、そもそも戦争に参加するなら予め準備しておくべきでした。

自分が追い込まれるはずがないという、根拠のない自信がこの事態を招いた反省など、この代役に求める方が無理ではありますけど、歯痒いものです。

 

魔力不足は解決できないまま、宝具を使用してしまった分むしろ状況は悪化しています。

 

「こうなったら!!片っ端から魂食いして魔力を集めろ!!」

 

そうなるのですね。そうでしょうね。

 

それはそうと、どうしても気になります。あのキャスターは私の知己なのでしょうか?

 

やけに視線を感じました。

生前にたびたび感じた憎悪や功名心ではない。親しみでしょうか?

しかし、私にそんな感情を寄せる英霊などいるでしょうか?

 

 

あのキャスターはいったい・・・・

 

 

 

 

 



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『登場人物紹介』

 

 

 

『黒桜』

 

本編の主人公。

 

反英霊としてサーヴァントになり、アンリマユの影響からは脱した桜。

強い後悔と自己嫌悪に苛まれている。

 

本人もサーヴァントなので、他のサーヴァントに対して聖杯としての優位性は持っていない。

 

凛や士郎のことは大好き。自分のことが大嫌い。

最善を目指すと言うより、最悪の事態だけは避けようとする。

 

おもいっきり姉に甘えられて幸せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『遠坂凛』

 

言わず知れた桜の姉。

 

黒桜のことは、まっとうに魔術師として大成した姿と思っている。

ヘブンズフィールルートの戦いについては、断片的にしか知らない。

 

令呪は三画全てそろってる。

 

おもいっきり妹を可愛がれるので幸せ。

 

 

 

 

 

 

 

『衛宮士郎』

 

原作の主人公。

 

桜が自分を監視していたことに驚きつつも、騙されたとはおもってない。

 

令呪は遠坂のうっかりで一つ使ってしまい、残り二画。

正義の味方になるため頑張ってる。

 

桜に対しては、今のところ異性としては意識していない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『セイバー(アルトリア)』

 

士郎のサーヴァント。

 

原作と違って、キチンと手順に則って召喚されたのでラインからの魔力供給に問題はない。宝具を使っても安心である。

 

黒桜には、『いつも無口・無表情でなにを考えているかわからない』せいで苦手意識を持たれていたが『末っ子であり、姉と兄がいる。』という共通点が見つかり、少し親しみを持ってもらえている。

 

 

 

 

 

 

『間桐桜』

 

人間の桜。

 

凛により、自らと士郎に近づかないように警告される。今のところ、マキリの聖杯になる様子はない。

 

黒桜に命を狙われている。

 

士郎にも姉にも近づくことができないので、不幸のどん底。

 

 

 

 

 

 

 

 

『間桐慎二』

 

ワカメ。

 

桜の血の繋がらない兄。

 

偽臣の書によってライダーのマスター代理をしている。その指揮は到底的確とは言いがたい。学校で魂喰らいをしようとしたため、士郎と凛を敵にまわしてしまった。

 

現在、ライダーに大絶賛責任転嫁中。

 

 

 

 

 

 

 

『ライダー』

 

真名はメドゥーサ。

 

慎二のお守りをしている苦労人。

 

魔力不足で力が発揮できない。

彼女の受難はまだまだ続く予定。

桜のことが大好き。

 

 

 

 

 

『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』

 

バーサーカーのマスター。

 

桁外れの魔力量を誇り、凛を圧倒した。

その際に黒桜に正体を気づかれている。

 

お兄ちゃん(士郎)のことが殺したいくらい大好き。

 

同じヤンデレ?同士なので桜とは相性が良いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

『バーサーカー』

 

■■■■ーーーー!!!!!!

 

真名はヘラクレス。

理性はないけど技能は健在。

彼の宝具、十二の試練はチート級。

 

 

 

 

 

 

『ランサー』

 

真名はクーフーリン。

 

バトル大好きの青タイツ。

彼の宝具『ゲイ・ボルグ』は確実に心臓に命中する上、回避には高い幸運が必要なため、黒桜にとって相性最悪。

 

 

 

 



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守りたいのは誰か?

 

「逃げられたか、あの速さでは追うだけ無駄ね。帰りましょう。」

 

凛がそう考えるのも当然でしょう。しかし、まだ私にはやらねばならないことがあります。

 

「士郎、市内の偵察の許可を求めます。会敵すればラインを通じて直ちに知らせますし、朝までには帰りますので。」

 

「えっ!?なんでさ?」

 

「ライダーは魔力不足に陥っています。追い詰められれば、人目を憚らず魂喰いをすることも判明しています。今この瞬間も人を襲おうとしているかもしれません。」

 

私の言葉を理解して、士郎と凛の顔色が変わった。

 

「私はサーヴァントですので、睡眠は必要ありません。本来はマスターの側を離れたくはありませんが、凛とキャスターを信じます。」

 

「わかりマシた。」

 

「ええ、任せておいて。」

 

「いや、待てよ。セイバーをおいてノンキに寝てられるわけ・・・ぶっ!!」

 

「あら便利ね。簀巻きにすると簡単に運べるわ。キャスター、そのまま家までお願いね。それじゃ、セイバー。くれぐれも無理はしないでね。」

 

「心得ました。」

 

 

 

皆が去ったあと、ふと空に目をやると、夜のとばりの深さが増したように見えた。これは私の心が疚しさを感じているからか。

 

「私は、マスターを謀った。騎士を名乗る資格をなくてしまっているのかもしれませんね。」

 

 

 

 

 

 

 

戦場と化した学校から無事帰還、綺礼に慎二たちの魂喰いを通報して対処を要請したのち、土蔵に入ってから、士郎に魔術を教える。

 

眠れないっていうなら徹夜で特訓といきましょう。

 

魔術師の工房とは言い難い場所だけど、長年ここで鍛練してたなら、この場所が最適でしょう。

 

ああ、メガネを忘れちゃダメね。

 

スチャ!!

 

「さて、それでは説明をはじめるわよ。」

 

「ああ、頼む。」

 

えっ、正座するの?

変なところで真面目というか、まぁそれで集中できるならいいけど。

 

「貴方の強みは、まず『解析』よ。無駄な才能だなんてどんでもない。巧妙に秘匿された術式でも一目で見破れる。これはれっきとした才能よ。」

 

言いたいことは山ほどあるけど、へこませ過ぎてやる気を削ぐのは不味いから、ここは誉めておこう。

 

「そして、魔力で物をつくる『投影』ね。外見だけでなく礼装の技能すら再現できるなら、これも大きな強みよ。」

 

いまいちピンときてない顔してるわね。

 

「いい?解析と投影を組み合わせれば、一目見ただけで礼装を複製できる。この特殊技能を活かさない手はないわ。」

 

「そうなのか?」

 

あきれた、本当にわかってないのね。これは骨が折れそう。

 

「そうなのよ。しかも、相手にしてみれば対策が立てづらいの。能力を発揮しなくても、見られただけでコピーされてしまうのだから。」

 

私だったらまず正面からは戦いたくない。確実に仕留められる状況になるまで、遠くから監視するにとどめるでしょうね。

 

「見られたらコピーされる。そうわかったら相当イヤなはずよ。せっかくの切り札も使うことを躊躇せざるをえないわ。」

 

潜在的脅威ってやつよ。実際にはそこまで万能ではないけど、相手にしてみればどうしても悪い方に想像をしてしまうでしょう。つまり、なんでもすぐコピーできてしまうと錯覚しても不思議はない。

 

そんなハズない、限界があるはす、とおもっていても具体的にどこに限界があるかわからなければ、念のために士郎の投影を過剰に評価して、用心せざるをえないはず。

 

「使わなくても、知られてしまっても、相手にプレッシャーをかけ選択肢を制限することができる。これは大きなアドバンテージよ。」

 

「なるほど!!そうなのか。」

 

どうやら自信をもったようね。

やる気がでたのは結構、だけどコイツはほっとくと突っ走りそうだから釘をさしておきましょうか。

 

「まあ、私から見たらアンタはへっぽこもイイトコなんだけどね。基礎固めなんてしてる暇ないから、解析と投影だけを重点的に特訓していくわよ。」

 

「おっ、おう。」

 

オイコラ、なんだそのひきつった顔は。あかいアクマって聞こえたゾ。

 

「わかったら特訓開始。まず、コレを投影してみて。」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

路地裏で通行人を襲おうとした天罰でしょうか。やはり私は神という神に心底嫌われているようです。

 

私も神は大嫌いですが。

 

「やはりココでしたか。」

 

そう呟きながら、少女の姿をした絶望が現れた。

 

「まずはお前からだ。」

 

「うわぁぁぁ!!」

 

偽臣の書を斬られた慎二は、情けない悲鳴をあげながら逃げていく。

それを追うこともなく、セイバーは私に向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いことはいいません。ライダー、本来のマスターの元に戻りなさい。彼女を守るのです。」

 

 

 

 

 



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赦して愛して誓いを立てた

 

ようやく家に着きました。

ラインを通じて、ライダーを退けたことは報告しましたが、すっかり遅くなってしまった。シロウも心配してるでしょう。

 

「おかえり、セイバー。」

 

「シロウ!?起きていたのですか。もうすぐ朝になってしまいますよ。」

 

「寝てられなくてさ。無事でなによりだ。」

 

伝えておきたいことはあるが、いままでずっと起きていたなら無理は禁物だろう。

 

「少しでも寝てください。報告は後にしましょう。」

 

「そうだな。明日・・・もう今日になったか・・・は休みだし、ちょっと起きるのが遅くなっても大丈夫だろうし。」

 

あくびをしながらシロウは寝室へと入っていく。

 

休みならちょうど良い。凛やキャスターにも時間をとってもらおう。

 

ようやく確信が持てた諸々について、しっかりと説明しておきたいのだから。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

私の姉さんは朝が苦手だ。

 

だから私は、朝早くから姉さんの為に準備をする。洗面器とタオルとうがい薬を用意して、寝室で姉さんが起きるのを待つ。

 

姉さんの寝顔を眺めていられる至福の時だ。

 

それなのに、いつもは穏やかな寝顔がひどく険しい。うなされている!?起こした方が良いのでしょうか?

 

「ッ!!イヤアアァァァァーーーー!!」

 

姉さんは、悲鳴をあげながら跳ね起きたかと思うと、私を見て、怯えたような顔をして、怒ったような顔をして、ついには泣きそうになりながらうつむいてしまった。

 

「怖い夢でも見たんですか?」

 

そう声をかけたら、視線を合わせてくれないまま、姉さんが声をしぼりだした。

 

「どうして・・・言ってくれなかったの・・・」

 

・・・・ああ、知られちゃったんだ。隠しておきたかった、隠しておけるかもしれないと思ってしまった。

 

私は馬鹿だ。

 

サーヴァントとマスターなんだから、夢を介して記憶を共有することがある。わかっていたのに。

 

「・・・もう少しだけ・・・姉さんの可愛い妹でいたかったんです・・・」

 

でも、もうそんな時間も終わりなんですね。夢のような日々でした。

 

これからは姉妹ではなく、魔術師とサーヴァントの関係になるのでしょうか?

 

それでも、姉さんのそばにいられるなら、そばにいることを許されるなら、私は死力を尽くして戦います。

 

だから、どうか私を捨てないで。

 

「マスター・・・」

 

「やめて、妹にそんな呼び方されたくない。」

 

「!!・・・ありがとうございます。姉さん。」

 

まだ私を妹と呼んでくれるんですね。

 

「知られたくなかったけど、言わなくちゃならなかったことは、もう姉さんに伝わってるんですよね。・・・それなら、間桐桜を生かしておけないことも、わかってくれますよね。」

 

「まって!!こちらの桜は・・・まだ・・・誰も殺してないじゃない・・・」

 

「そんなに言いにくそうにしなくても良いですよ。そう、私と違って『こちらの私』はまだ誰も殺してませんね。」

 

「だったら!!まだ命まで奪わなくてもいいじゃない!!」

 

「姉さん?もしかして、こちらの私を見逃しても、犠牲になるのは顔も知らない他人だと思ってませんか?」

 

気が動転してるようだけど、私に言われずとも、いつもの姉さんならわかるはずです。

 

「化け物になった私には、顔見知りをさけるような理性はないんですよ。・・・もしかしたら、最初に食べてしまうのは美綴先輩かもしれません。」

 

そう、化け物になった私には理性なんてない。もう、自分でも自分を止められなくなってしまう。

 

「あるいは藤村先生かもしれません。藤村先生だって先輩の『家族』なのに。」

 

私は先輩の家族だったかもしれない。

 

だけど、家族は私だけじゃない。それに、先輩ならすぐ新しい家族だってつくれるでしょう。

 

以前はそれが恐ろしかった。でも、今は違う。

 

「そんなことになってからじゃ遅いんです。そんなことになったら、助かったとしてもどんな顔をして暮らしていけばいいんですか?どんな顔で先輩のそばにいられるんですか?」

 

姉さんは、ゆっくりと天を仰いで何やら思案をはじめたようです。

 

葛藤しているのでしょう。でも、再びこちら顔を向けてくれたとき、その目に迷いはありませんでした。

 

「わかったわ。たしかに桜は殺すべき。だけど、それは貴女がやってはダメよ。」

 

「え?」

 

「自分で自分を殺す。そんなのいくらなんでも矛盾が大きすぎる。いくらサーヴァントの貴女でも消えてしまうかもしれない。」

 

ああ!!そうだ!!そのとおりだ。

 

やっぱり姉さんは賢い。私は私を殺すことばかり考えてて、そこまで気がまわらなかった。

 

「だから・・・桜は私が殺す。貴女は邪魔が入らないようサポートにまわって。」

 

目に涙を溜めながらも、その視線には強い覚悟と決意がある。本当に姉さんは強くてかっこいい、私の憧れ、私の理想。

 

「遠坂として、魔術師として、やるべきことは・・・ちゃんとやり遂げるから・・・だから・・・だから、貴女だけはいなくならないで。」

 

姉さんに抱き締められながら、姉さんを抱き締め返しながら、私は誓いを立てた。

 

「はい、ずっと姉さんのそばにいます。」

 

 

 

 

 

 



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ドッペルゲンガー?いいえサーヴァントです。

 

 

 

 

 

 

私たちは、日課になった居間で食事を摂りながらの作戦会議をはじめる。

 

「ちょっと今日は街に出るのは無理ね。」

 

「どうかしたのか?」

 

「体調不良よ。」

 

なるべく無愛想に答える。それでもかまわず心配するのがこの同盟者なんだけど。

 

「だったら医者に診てもらわないと。」

 

「風邪とかじゃないのよ。・・・女の子の日よ。」

 

「えっ、あっ、その・・・」

 

本当に単純というか、純情なのね。顔真っ赤にしちゃって。

 

「わかったら部屋には近づかないでね。今すごくイライラしてるの。」

 

それだけ言いきって席を立つ。部屋に戻ってから本当の作戦会議だ。

 

「凛、そういうことなら今はやめておきますが、後で改めて伝えたいことがあります。」

 

「・・・わかったはセイバー、後でね。」

 

・・・だいぶ後になりそうだけど、それは伏せておくべきね。

 

 

 

 

 

 

部屋に戻って、万が一にも盗み聞きされないように魔術をかけて・・・ヨシ。会議を始めるわ。

 

「姉さん・・・悪女ですね。」

 

「話そらして部屋に近づけないようにするにはアレが一番よ。」

 

さあ、大博打の始まりよ!!

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

スパーン!!

 

俺がセイバーに竹刀で打たれる音だ。

 

街の探索が無くなったので、彼女に剣の稽古をつけてもらうことにした。

 

セイバーは「付け焼き刃ではどうにもなりませんよ。逃げ足でも鍛えた方が建設的です。」と言いながらも付き合ってくれている。

 

覚悟はしていたが一本もとれてない。

 

こちらの竹刀はセイバーにかすりもせず、一方的に打たれっぱなしだ。

 

怪我をしない程度に加減してもらってるが、これは精神的にこたえる。何をやっても通用しない。

 

「理解できたと思いますが、筋力や反射速度がサーヴァントと人間では土台から違います。さらに、英雄として名を馳せた者なら技術面でも常人の及ぶところではありません。」

 

痛いほどわかる。わかってはいるが、だからと言ってへこたれないのが俺の取り柄だ。

 

「ん?セイバー、どうかしたのか?」

 

「いえ、少し思い返していまして。やはり・・・」

 

思案顔でうつむいていたかとおもえば、セイバーは急に視線をあげた。

 

そして歩きだして・・・おい、ちょっと待て!!

 

「えっ!?そっちは遠坂の部屋だぞ。いまは・・・」

 

ちょっと待ってくれ、そっちは本当にまずい。

 

スパン!!

 

勝手に遠坂の部屋に入った!!って、アレ?

 

「誰もいませんね。前回はこんなことはありませんでしたし、悪い予感があたりました。」

 

前回?なんのことかわからないが、それより気になるのは・・・

 

「なんで、遠坂たちはどこに?」

 

俺たちを置いて探索に出たのか?何故?

 

「!!桜に連絡を、早く!!」

 

逆らってはいけない感じがしたので、すぐ言われたとおり携帯を操作する。

 

「あれ?・・・携帯が繋がらない・・・」

 

「こころ当たりは?たとえば綾子なら、なにか知っているかもしれません。」

 

「そうだな。」

 

何かよくわからないけど、確かに嫌な予感がする。すぐに桜のそばに居てやらないと、一生後悔するような予感が。

 

 

なんでセイバーが綾子を知っているんだ?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

私は外出した。

 

とくに目的はない、間桐の家にはいたくない。だけど、先輩の家にもいられない。なにをするわけでもなく新都の街をふらついていた。

 

我ながらなんとも非生産的なことだと思う。

 

でも、もう日が落ちる。帰りたくもないけど帰らないといけない。

 

「?」

 

ふと視線を感じて路地に顔をむけると、そこには顔を仮面で隠し、ローブをまとった不審者が立っている。

 

不審者・・・違う。ただの不審者は魔力なんて持ってない!!服を触手のように変化させたりしない!!

 

正体不明の黒いローブのサーヴァント。私が魔術師でマスターだと知られてる!?

 

逃げなきゃ、死にたくない!!

 

それでも黒いサーヴァントの触手は、執拗に私を狙ってきて、ダメだ・・・避けられない・・・

 

 

 

 

 

 

「ーさせませんー」

 

 

 

 

ジャラジャラシャラ!!

 

鎖の音がしたと思ったら、触手のすべてが叩き落とされていた。ライダー、私が召喚したサーヴァントが守ってくれた!?兄さんといっしょにいるはずなのに?

 

だけど兄さんの姿は見当たらない、何があったのだろう?

 

「ここは私が引き受けます。はやく逃げてください。」

 

理由はわからないけど助かった。言われたとおりに逃げようとした、そのとき、信じられないものを耳にした。

 

「そう・・・邪魔するのね。ライダー。」

 

私の口ではないのに、私の声が聞こえた。

 

 

 

 

 



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蛇のぬけがら

 

 

 

 

 

 

「なんで・・・私と同じ声・・・」

 

サーヴァントが仮面を外すと、そこには色違いの髪の私の顔があった。

 

「知りたい?私が誰がなのかを。」

 

見れば見るほど同じ顔、そして同じ声。貴女は誰なの?なぜ、私をマスターと知っているの?なぜ、そんな光のない目で私を見ているの?

 

「耳を貸してはなりません!!姿形を真似る魔術などいくらでもあります!!はやく逃げてください!!」

 

ライダーの声で体のこわばりがとれた。そうだ、そうに決まってる。惑わされずにすぐ逃げるべきだ。

 

私は踵を返して走りだした。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

ライダーと戦うことは覚悟していた。彼女が私のやろうとしていることを知ったら止めようとするだろう。

 

腰を高く、頭を低く、四つん這いで飛び掛かろうとする構えはまるで猫科の獣のよう。

 

しかし、ライダーは構えたまま動かない。

 

できれば彼女は殺したくない。一度飲み込んで味方にできるだろうか?退いてもらてるならそれが一番なのだけど。

 

ジャラジャラジャラ!!

 

「失せなさい。」

 

平坦な声と共に、鎖とつながれた杭が向かってくる。でも宝具でもないただの杭ならば、私の触手と泥で迎え撃つのは難しいことではない。それに・・・

 

「急所は外してくれるのね?なら、わかってるでしょ。私も桜だということが。」

 

ごとごとく攻撃を撃ち落としてから語りかけた。やはりライダーは私に甘い。明らかに本気ではない。

 

「・・・」

 

「邪魔しないで、私の気持ちはわかるでしょう?もし、貴女がお姉さんたちを食べてしまう前の自分にあったらどうするの?」

 

ライダーの足が動かなくなった。もう一押し。

 

「今の私はちょうどそういう状況なの。」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

形のない島で、私は上姉様と下姉様を■べた。どれほど後悔したかしれない。ああなる前に死んでおくべきだったのだろうか?いや、それでは姉様たちを守れない。ならば、神の怒りを買う前に死ねば、あるいは私のような妹など最初からいなければ、姉様たちは幸せだったのだろうか?

 

「貴女は・・・いったい。」

 

「救われなかった間桐桜。他の何に見えるのかしら。」

 

「何があったのです。」

 

「貴女もわかってるはず。」

 

「答えてください!!」

 

聞きたくはない。しかし、確かめなければいけない。

 

「『化物になった』間桐桜よ。姉さんも先輩もみんな食べてしまった。そして、やはり無理があったのでしょうね。体はすぐに崩壊したの。お爺様にしてみれば、願いを叶えるまでもてば、そのあと聖杯が壊れても問題ないのだから、耐久性なんて考えてなかったのでょう。」

 

血の気が引いていくのが自分でもわかった。

 

「貴女の世界の私は、貴女を守れなかったのですか・・・」

 

「恥じることはないわ。誰にもできなかった、私自身ですら諦めていたのだから。」

 

「今度は貴女の協力があれば、あるいは・・・」

 

言い切る前に黒い帯のような触手が、先程まで私がいた場所に突き刺さった。

 

「もう一度失敗したらどうするの!!」

 

桜は肩を怒らせながら絶叫していた。うつむいたせいで表情は読めない。

 

説得は無理なようです。やむを得ない。なんとか殺さずに撃退を・・・

 

バシャッ。

 

「!?」

 

いつのまに泥が!!足元まで!?

 

ガン!!

 

触手で打たれた衝撃で泥に手をついてしまった。これで手足ともに泥で動きが封じられた。

 

しかし衝撃で眼帯が外れたのは好都合だ。なんとかあの桜を石化させる。

 

「私には効かない。」

 

そう宣言しながら、黒い桜は近づいて私の頬に手をそえた。

 

「そんな、なぜ・・・」

 

私の魔眼を至近距離で受けているのに。

 

「姉さんにもらった魔殺しのコンタクトレンズがあるもの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「安心して、貴女を傷つける気はないの。しばらく私の中でねむっていてね。」

 

体に泥と触手が次々とまとわりつき、そこで私の意識は途絶えた。

 

 

 

 



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罪人と騎士と虞犯者

 

 

 

 

 

 

「はっはっはっはっ!!」

 

逃げなきゃ、死にたくない、死にたくない。ビルの乱立した夜の新都を走り続ける。ライダーは無事だろうか?マスターなら令呪で呼び戻すべきだろうか?

 

「どこへ、行くの?ダメじゃない、ジタバタしちゃ。」

 

ビルの間から声がした。

 

そして路地から私と同じ顔をしたあのサーヴァントが現れた。ライダーが足止めしてくれていたはずのサーヴァントが。

 

「そんな・・・ライダーは・・・」

 

「ライダーは眠っているだけ。すぐに解放するから・・・貴女を殺した後に。」

 

「どうして私を殺そうとするの?」

 

「クスクス・・・私はやっぱり『知らないふり』が得意なのね?自分が何者なのか、本当はわかってるでしょう?私は貴女、貴女は私。姉さんによって、この聖杯戦争のサーヴァントとして召喚された。『化物になった桜』それ以外に見える?」

 

彼女は自嘲の笑みをうかべながら、芝居がかった仕草で手を広げ、天を仰ぐ。

 

「そもそも私が救われるはずなんてなかった。そんな資格も価値も私にはない。先輩や姉さんとは違う。強くもなければ優しくもないのが私だもの。」

 

そう言いながらこちらに近づいてくる。

 

「先輩は私の体に気づかないだけだったけど、私は間違った鍛錬で死の危険があると知っていながら先輩のことを見捨てていた。救われる資格なんてない。」

 

どうしてそれを知っているの?

 

「姉さんが選ばれた。私は選ばれなかった。そのせいで自分だけが辛い思いをしなければならない。姉さんが憎い。」

 

貴女になんでわかるの?

 

「姉さんにも同じ思いをさせてやりたい。」

 

思わず手が出た。

 

「私はそんなこと思ってない!!貴女なんか!!私じゃない!!」

 

誰かに平手打ちするなんていつ以来だろう?それでも我慢できなかった。認められない。認められるわけがない。

 

「クスッ。」

 

「何がおかしいの!!」

 

唇のはしから一筋の血を滴らせながら、薄気味悪い笑みを浮かべる私と同じ顔。寒気がする。

 

「じゃあ、貴女はお爺様相手に戦えるの?」

 

「お爺様・・・と・・・戦う・・・お爺様に・・・逆・・・らう・・・」

 

「お爺様が何をしてきたか?何をしようとしているか?それを先輩や姉さんが知ったら戦うに決まってるでしょ?そうなったら貴女はどうするの?」

 

「わ・・たし・・・は・・・」

 

「ああ、やっぱり貴女は私。どんなに健気にふるまって見せても、結局は自分が一番可愛いくて仕方がない。それが『死ぬまで直らない』のが間桐桜という人間なのだから。」

 

ちがう・・・ちがう・・・そう言いたいはずなのに・・・

 

「本当はすぐに消してしまいたい。だけどダメ。姉さんと約束したから。」

 

「約束?それって・・・」

 

姉さんがこの黒い私のマスター?私を殺さないように命令してくれているの?

 

「助けてもらえると思ってるの?そんなはずないでしょう?姉さんはこの街のセカンドオーナーで、真っ当な魔術師だもの。危険すぎる存在を放置するわけないじゃない。貴女に引導を渡しに来るのよ。」

 

「そんな・・・どうして・・・姉さっ、グッ!!」

 

「姉さん?姉さんって言おうとした?そうじゃないでしょう?『遠坂先輩』でしょ?」

 

お前は遠坂凛の妹じゃない。暗い朱の目がそう言っていた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

さて、言いたいことはだいたい言ったかな?

あとは姉さんが来るまで・・・殺気!?

 

ズガン!!

 

私と私の間に何者かが降り立った!?

 

「だれ?」

 

こちらの私とは初対面なのだろう、だけど私はこの騎士を知っている。頼もしい味方であるが、こういったことには理解がまるでなさそうな彼女を。

 

「貴女が何をしようとしているかは察しがつきます。それを止めに参りました。」

 

「察しがつくなら遠慮してくれませんか?」

 

「できません。・・・たとえ、過去の自分を消すことで大切な人々を助けられたとしても、今度は、やはり自分など最初からいなければ良かった、という後悔に苛まれることになる。それが救いですか?貴女が望む奇跡はそのような・・・」

 

スガガガッ!!

 

「貴女には・・・セイバーさんにだけは!!言われたくありません!!」

 

 

 

 

 

 

貴女にだけは負けたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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宿業断ち斬る剣

 

 

 

 

 

「あ、あの貴女は・・・」

 

「シロウのサーヴァントです。サクラを助けに来ました。早く逃げてください。」

 

「先輩の・・・」

 

「そうです。ここは私に任せて、早く!!」

 

弾かれるようにこちらの私はかけ出していく。追いかけたいが、セイバーさんほどの強者の前でそれは致命的な隙だろう。

 

まずは彼女から片付ける。

 

対魔力Aのセイバーさんには、魔力の塊をぶつけても効果はない。

 

触手しかない。

 

「消えて!!」

 

手数で押しきれば!!

 

「ストライク・エア!!」

 

ダメだ。ひらひらした私の触手は風の抵抗をモロに受けてしまう。

 

あせりを表情には出すな、薄ら笑いを浮かべ続けて移動しながら攻撃を続行するのが正解のはず。

 

触手は攻撃手段というだけではない、張り巡らしたものを使って、高速で、立体的に移動する手段にも使える。動きをとめたら一気に懐をとられる。そうなったら私にはセイバーさんの剣をかわすことはできない。たえず動き回らないと。

 

 

ヒュンヒュンヒュン!!

ガンガンガンガンッ!!

 

地面に、ビルの壁面に、次々と私の触手が突き刺さる。セイバーさんにはかすりもしない、だけどそれでいい。

 

鉄骨に触手を巻き付けて、引き倒す!!

 

「潰れろ!!」

 

宙を舞った私から放たれた触手が、鳥籠のようセイバーさんを取り囲み、ビルの壁面が崩れ、彼女目掛けて降り注ぐ。

 

「エクスッ・・・」

 

宝具を放とうとして躊躇してる。やはり彼女は英雄だ。強力すぎるエクスカリバーが周囲に及ぼす被害を考慮したのだろう。

 

だけど、それが命取り。

 

ガラガラガラ!!

 

「ハアッハアッ・・・やった。これならセイバーさんでも・・・」

 

容赦なく降り注ぐ瓦礫の下敷きになったのだ。いくらなんでもこれで無事ということはないだろう。

 

ドンッ!!ガラッ!!

 

「見事です。」

 

瓦礫を蹴りあげて姿を現しながら、称賛の声をあげる。憎たらしいほど強者の風格を漂わせながら。

 

「そんな!!」

 

「すっかり戦いなれしていますね。以前とは大違いですよ。」

 

そう声を投げ掛ける表情には見覚えがあった。私の騎士だった『彼女』のそれが、なんでココに。

 

「まさか?・・・貴女も・・・私と同じなんですか?」

 

「ええ、挨拶が遅れて申し訳なく思いますよ。元マスター。」

 

「だったら!!だったら私の言ってることがわかりますよね!?また先輩を死なせたいんですか!?なんで邪魔するんです!?」

 

「シロウの望みを叶えるためです。」

 

「いま・・・なんて?」

 

「シロウは貴女の事情を知っています。私の知り得る範囲ですべてを伝えました。その上で、いかなる困難がともなおうとも、シロウはサクラを助けると決断したのです。」

 

先輩に知られてる!?なんてことを!!

 

「ならば私は、シロウの宿業断ち斬る剣となる。」

 

どうしてそうなるんですか?

どうして話してしまうんですか?

どうして引き止めないんですか?

 

先輩の命令なら、先輩を死なせることでもするんですか?

 

貴女はもっと強い意思を持つ人だと思ってました。

 

「わかりました・・・セイバーさんは私を恨んでるんですね?」

 

「???何を言っているのです?臓硯ならいざ知らず、サクラに恨みなどあろうはずがありません。」

 

「隠さなくてもいいですよ。考えてみれば恨まれないはずがないですから。でも、まさかその為にここまでするなんて!!」

 

「私が私怨で戦うとでも言うのか!?それは侮辱だ!!聞き捨てなりません!!」

 

「なら力ずくで黙らせればいいでしょう!!」

 

触手を高々と掲げて、雨あられと振り下ろす。

 

わかってる、セイバーさんには私の単調な攻撃なんて当たらない。

これは目眩まし。

派手な動きを意識させて・・・足元に忍び寄らせた泥で・・・

 

タンッ!!

 

飛び上がって避けた?なんで?足元なんて見てなかった!!まさか直感だけで!?

 

あっけにとられてる場合じゃない。セイバーさんは私の背後に着地した。後ろをとられた。触手を盾にして防御!!

 

ガギンッ!!

 

「その『泥』は前回見た!!」

 

曇りのない力強い視線で射ぬかれた。

 

「同じ轍は二度と踏まない!!剣の英霊を侮るな!!」

 

わかってる。セイバーさんは諦めることを許さないと言っている。だけど・・・

 

 

 

 

「私だって!!今度は自分で決めたんです!!姉さんとも相談して、出した答えがコレなんです!!だから!!私を殺すのが一番いいんです!!」

 

 

 

 

 



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新都騒擾

 

 

我ながら他人には親切にしてきたつもりだ。

 

だけど、それは頼まれればなんでもするってだけで、気が利くわけじゃない。

 

自分がそういう人間であることはわかってた。それが性分だと。

 

それでも何故家族の異変に気づかなかったのだろう?最初に会ったときから桜が抱えている問題は変わらないのだから、異変とは言えなかったのかもしれない。

 

むしろ、だんだん明るくなっていくようにすら思えた。

 

ひょっとしたら俺と過ごす時間は、桜にとってかけがえのない癒しだったのかもしれない。

 

だけど、それじゃ根本的な解決にはなってないんだ。

 

「正義の味方は、呼ばれずとも、讃えられずとも、勝算なんかなくても人を救う者なんだ。」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

タッタッタッタッ!!

 

「だから待て遠坂!!桜は俺が助ける!!」

 

「ああ、もう。バカだバカだって桜から聞いてたけど、本当にバカなのねあのバカは!!」

 

「おい遠坂!!お前結構いい奴だから、桜を殺したら絶対後悔するぞ!!それでもいいのか!!」

 

「誉めるのか貶すのかどっちかにしなさいよ!!ガンド!!」

 

「うおっ!!危な!!」

 

振り向きざまに撃ってきた!!

 

「桜!!聞こえる?・・・わかったわ。大丈夫、使い魔で姿を捉えた。」

 

遠坂は一気にダッシュしながら、桜・・・おそらくはキャスターの方と話をしてる。

 

引き離されるわけにはいかない。きっとその先に桜がいるはずだ。

 

「ッ!!わかった!!」

 

え?遠坂が街路樹の陰に身を隠した?

 

ドッガアァァンン!!

 

「うおっ!!」

 

なんか黒い、絡まったテープみたいなのがビルの壁を破って飛んできた!!

 

アレ?なんか見覚えがあるような。

 

「ッ!!先輩、来てしまったんですね。」

 

「桜!?どうしたその頬?血か?怪我したのか?」

 

「そこはセイバーさんから聞いてないんですね。先輩には見られたくありませんでした。」

 

そうか、この桜はキャスターの方か。

 

「安心して!!後で士郎の記憶は操作しておくから!!それより桜はどこ!?」

 

いま恐ろしいことを言わなかったか!?

 

「あのビルに逃げ込みました!!」

 

「任せて!!士郎とセイバーの足止めお願い。」

 

セイバー?

 

「そうはいきませんよ、凛。」

 

壁に空いた穴から、セイバーが現れた。そうか黒い桜はセイバーに吹っ飛ばされてきたんだ。

 

「行かせません。先輩もセイバーさんも邪魔しないで下さい。私はここで死んだ方がいいんです。私が言うのだから間違いありません。」

 

なんだって?それだけは認めるわけには行かない。

 

「馬鹿なこと言うな!!そんなことがあってたまるか!!」

 

「ッ!!」

 

「桜は必ず救う!!桜がそれを望まなくても!!これからすることが俺のエゴにすぎなくても!!そんなことは関係ない!!」

 

黒い桜の動きが止まった。わかってくれたのか?

 

「・・・ありがとうございます、先輩。その言葉だけで十分です。」

 

駄目か。

 

「ストライク・エア!!」

 

「くっ!!セイバーさん・・・」

 

ガシッ!!

 

「シロウ!!行って下さい。」

 

「え!?うわぁ!!」

 

パリィン!!

 

「なんて無茶を!!」

 

「がはっ!!」

 

ビルのガラス面に投げつけられた。おかげでショートカットできたけど、セイバーってこんなに荒っぽいのか。

 

あっ、黒い桜がものすごく怒ってる。

 

「貴女はいつもそうやって!!」

 

ガンガンガン!!

 

「先輩を危険に巻き込んで!!」

 

シュンシュンシュン!!

 

「今度はわかりあえると思ったのに!!もう赦しません!!」

 

ギンギンギン!!

 

四方八方が切りつける黒い触手を、セイバーは来る方向とタイミングを予め知ってるかのように防いでいる。

 

「シロウ!!はやく行って下さい!!」

 

「わかった。任せたぞセイバー!!」

 

遠坂に追い付かないと。いた!!

 

「ああもう、しつこい!!」

 

ガチャ!!バシュウゥゥ・・・

 

???なんかへんな音がしたぞ。

 

「あっつっ!!」

 

遠坂に続いて部屋に飛び込もうとドアノブを掴むと、恐ろしく熱い。

 

「まさか?ゲッ!!」

 

隙間から覗こうとすると、金属製の扉が溶けて変形してるのがわかる。

 

そして向こう側から声がする。

 

「階段にはその扉を通らないとたどり着けないわよ。諦めることね。」

 

「・・・トレース・オン。」

 

パリン。

 

「へっ!?」

 

「ヨシ!!失敗だけど成功だ!!」

 

強化に失敗すると対象となったものは脆くなる。狙いどおりだ。

 

「あー!!アンタはバカの癖に何でそんなとこだけは頭がキレるのよ!!ガンド!!」

 

ガンド乱れ打ちだ。だけどそれは予測済みだ。投影した槍で打ち落とす。

 

「ひどい怪我はしない程度に加減するから、勘弁してくれよ、遠坂。」

 

「あら紳士なのね?桜が惚れるのもわかるわ。きっと泣いて喜ぶでしょうね、『先輩も姉さんも、私のために争わないで!!』って。」

 

「!!遠坂ぁぁ!!」

 

「不用意。」

 

宝石魔術!?

 

「ガッ!!」

 

痛い・・・だけじゃない。なんだ?食らったところから力が抜けていく。

 

「アンタがお人好しのうえにカッとなりやすくて良かったわ。ひどい怪我はしない程度に加減したから、次からは挑発に乗らないようにね。」

 

 

カツカツカツ・・・

 

「まて、遠坂・・・桜を・・・」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

親都のビルの屋上にて、久々に妹に会った。

 

「ガンド。」

 

桜は非常用はしごを降ろして逃げようとしていたが、破壊する。

 

「せっかく会いに来たのだから、逃げないで。」

 

そろそろケリをつけましょうか。



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空のハート

 

召喚した妹から聞いた話の感想は、なんだその地獄は?だった。

 

参加するマスターは姉である私、ひそかに想いを寄せてる士郎、義理の兄の慎二。

 

聖杯戦争の参加者のほぼ半数が身内、どう立ち回ったところで誰かは倒さなければならない。ハッピーエンドはあり得ない。

 

それでまだ序の口。

 

結局桜はその全てと、自分自身も喪った。

 

さぞや辛かったでしょうね。でも、そんな日々ももう終わるのよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

ようやく妹と二人きり、だけど桜は構えらしい構えもとらない。否、構えなど知らないのだろう。

 

私はアゾッド剣を取り出し、刺突の構えをとる。

 

「動かないでね、外してしまうから。」

 

まぁ、そう言われてジッとしてる奴はいないだろうけど。やはり、青い顔して何か喚きだしたわ。

 

「まって下さい、姉さん!!私はまだ・・・」

 

ザクッ!!

 

問答する暇はない、懐に飛び込み、寸分違わず妹の心臓をアゾッド剣で貫いた。これで良し。仕留めた!!

 

ブウン!!ブウン!!

 

ン?羽音?

 

胸の傷口から何か飛び出して来た!!

 

「おのれ!!遠坂の小娘!!」

 

こいつ、こいつが諸悪の根元。妹に寄生していた腐れ外道!!

 

「くたばれ!!ガンド!!」

 

こいつを仕留め損ねるわけにはいかない。

 

「死なぬわ!!ワシはまだ死なぬ!!」

 

この蟲爺!!ちょこまかと!!何年生きれば気が済むの!!あーでも逃げ足早い。

 

「無駄なことよ。手駒一つ奪った程度でワシに勝ったつもりか!?」

 

シャクに触る捨て台詞を吐くな!!追撃は・・・無理ね。それより先にやらないといけないことがある。まずはこのルビーで・・・

 

シュバッ!!タン!!

 

「やりましたね!!」

 

セイバーを倒したか、振り切ったのか、屋上に飛び降りてキャスターの桜がそばに来てしまった。

 

「まだ処理が残ってるわ。」

 

「そうですね。任せてください、邪魔はさせません。」

 

ダン!!

 

「何を言っているのです!?」

 

セイバーも駆けつけてきた。厄介なことになったわね。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

遅かったか。桜を助けるには一歩及ばなかった。すでにその心臓には刃が突き立てられている。

 

それだけではなく、気になる言葉を聞いた。『処理』とはなんのことだ?

 

「死人に一体何をするつもりなのですか。」

 

「私の死体の処理を、言峰のおじさまには任せられません。聖杯のカケラや架空元素の持ち主の魔術回路を悪用されるおそれがあります。わかりますよね?」

 

「それは・・・たしかに。」

 

「私が跡形もなく『食べて』しまえば証拠隠滅も兼ねることができますが、それでは勿体ないでしょう?姉さんに活用してもらえば安心です。だから邪魔しないで下さいね。」

 

理屈はわかる。しかし、『らしく』ない。例え勝利のために合理的だろうと、妹の亡骸から魔術回路を剥ぎ取るなど、私の知っている凛がすることではない・・・いや?これは・・・

 

宝石魔術で、治療しているように見えるが?

 

「姉さん・・・何をしてるんです?なんで、切り札のハートのルビーの魔力が空に・・・なってるんです?」

 

桜の顔に生気が戻り、胸が上下している。やはり蘇生されているようだ。

 

「ごめんなさい・・・やっぱり妹は殺せない・・・」

 

「・・・最初からですか?止められて止まるように見えなかったから、私の話に乗ったふりをして、最後の最後でこうするつもりだったんですか?」

 

「・・・そうよ。」

 

ああ、なるほど。凛は嘘が、というか口が上手かったですね。大河をものの見事に丸め込んで、シロウの家に住むことを納得させていたのを思い出します。

 

凛は片手で桜を抱き締めながら、もう片方の令呪の刻まれた手の甲を差し出して懇願する。

 

「こんなマスターは信じられないって言うなら、この場で令呪を全て放棄してもいい。お願いだから力を貸して。」

 

「・・・姉さんはズルイです。」

 

桜の声が震えている。

 

「私なんかが、先輩のそばにいちゃいけないってわかったから、だから、私にはもう姉さんしかいないんです。令呪なんかなくたって、私が・・・姉さんに逆らえるわけないんです。」

 

桜の表情も悲痛ですが凛はそれ以上です。それはそうでしょうね。そんな理由で従われて喜べるはずもありません。

 

それと、こうなると私がやったことは余計なお世話だったかもしれませんね。謝罪が必要でしょうか?

 

いえ、他人の私がこの場にいる方が野暮かもしれません。謝罪なら後でできます。黙って立ち去るのが正解でしょう。出口は・・・というか階段はあっちですね。

 

おや、下の階から足音が。

 

「いったい・・・この状況はなんなんだ?」

 

ふらふらしながらシロウが階段を上がってきました。

 

「シロウ、タイミングが悪いですね。」

 

「なんでさ。」

 

どう説明したものでしょう?

 

 

 



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妹を送り出す姉の心境

 

 

 

 

 

 

 

この兄弟子をここまで頼もしく思ったのははじめてかもしれない。

 

「なんとも厄介な治療だった。だが、上々には仕上げて見せたぞ。完全ではないがな。」

 

仏頂面で長身の神父。妹の話だといずれ倒さなければならないだろうが、今は感謝すべき相手だ。

 

いつまでも新都のビルの屋上で固まってるわけにもいかないので、士郎の簡単に事情を説明してから桜を教会に運び、治療を受けさせた。

 

「ありがとう綺礼。感謝するわ。」

 

桜を救うためにクリアすべき条件は多い。

 

心臓に寄生してる臓硯の排除。これは私がやったが、臓硯は生きている。このまま黙っているはずがないのだから要注意ね。

 

聖杯のカケラ。これも臓硯とともに排除した。

 

そして刻印蟲の除去。これは綺礼がある程度やってくれた。あとは対症療法で騙し騙しやっていくか・・・本人が望むなら思いきって人形師を頼る手もある。体そのものを入れ替えてしまえば蟲に苛まれることなくなるだろう。

 

だけどまだ問題はある。属性が完全に水になっていたなら良かったが、架空元素が残っているようだ。

 

貴重すぎる才能が、穏やかに過ごすことを許さないだろう。起源剣で魔術回路を破壊すれば話は別だが、あまりにも危険が大きすぎる。

 

それでも、とにかくなんとかする。やってみせる。

 

「もう桜を家に移動させてもいい?」

 

「問題ないぞ。じきに目も醒ますだろう。」

 

もう妹を手放すつもりはない。本人が自分の意思で出ていかない限りは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士郎の屋敷で、私が間借りしている部屋のベッドに桜を寝かせる。

 

「桜が目を覚ましたら知らせるから、部屋の外で待ってて。」

 

「ああ・・・わかった。」

 

なんか上の空ね。・・・ひょっとして綺礼に何か言われた?あの他人の傷口に塩を塗り込むのをライフワークにしてる、悪趣味神父ならやりかねない。

 

けど士郎にまでかまってる暇はない。

 

ベッドに目をやると、キョロキョロと桜は周囲を見渡している。

そして私を見つけると後ずさる。無理もないけど、ちょっと堪える。

 

「起きた?そんなに怯える必要ないわよ。それと、臓硯はもう出ていったから。」

 

「お爺様が?」

 

「もう貴女の体にいないわ。刻印蟲も取り除けるのは取り除いたから魔力不足にもなってないでしょ?」

 

何か迷うというか、躊躇して言いづらそうにしてるわね。

 

「私のことは好きに呼んでいいわよ。」

 

「姉さん・・・」

 

「なに?」

 

「先輩に知られちゃいました・・・」

 

桜は顔を覆って静かに泣き出した。

 

何か気の聞いた慰めでも・・・と思ったが。それは私にできることではないと気づいた。

 

部屋を出て、正義の味方を呼んでこよう。

 

 

 

 

凄くシャクだけど。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

俺は結局盛大に空回りしただけだった。それにセイバーも巻き込んでしまった。

 

心臓に寄生していた臓硯を追い出したのは凛。

 

刻印蟲を取り除いたのは言峰。

 

俺は何の役にも立ってない。

 

「なにが正義の味方だよ。」

 

そう呟いていたら、背後から気配がした。

 

「桜が目を覚ましたから、慰めてきなさい!!」

 

ゲシッ!!

 

「イタッ!!なんでさ!!」

 

「わからないの!?」

 

「わかるわけないだろ!?遠坂が行けばいいじゃないか!!」

 

そもそもどんな顔して会えばいいんだ?間抜けすぎて穴があったら入りたい気分だぞ?

 

「ダメなのよ!!私じゃ!!私がご立派なこと言えば言うほど桜を追い詰めてコンプレックスを与えるの!!姉さんはあんなに凄いのに私は・・・ってね。」

 

コンプレックス・・・それはそうだろうけど、なおさら俺にはどうしようもない気がすんだが。

 

「アンタじゃなきゃダメなのよ!!上手くいかなくても根拠なんてなくても諦めないアンタじゃなきゃ!!アンタはなにがあろうと下向いてちゃダメなのよ!!・・・そういうアンタが桜には必要なの。」

 

「そんなんでいいのか?それはそれで別の種類のコンプレックスを与えそうだけど?」

 

「ええ、与えるでしょうね。」

 

「オイッ!!」

 

ダメじゃないか、それじゃ。

 

「それでも一人にしたり、私が側にいるよりマシなのよ。今の桜には私は『存在自体がイヤミ』になるの!!わかったらとっとと行って来なさい!!」

 

ビシッ!!と扉を指差す遠坂。

 

恐る恐るノックしようとすると。

 

「まどろっこしい!!行け!!」

 

ガチャ!!ドンッ!!

 

「なんでさ!!」

 

ゴロゴロ!!

 

「キャッ!!」

 

ごめん桜。驚かせて。

 

「あとは任せた。」

 

ガチャ!!

 

強引すぎるぞ遠坂!!

 

「えーと、あの、・・・なんで桜は土下座してるんだ?」

 

「ずっと・・・先輩を騙していました・・・」

 

「その・・・まずは座ろう。」

 

二人でベッドに腰かける。すると桜は堰を切ったように喋りだした。

 

「本当はわかってたんです!!先輩は私がいなくても何も困ることなんてない!!私が甘えさせてもらってるだけだって!!でも嬉しくて!!やめられなくて!!私はずるいんです!!」

 

気にしてない・・・って言ってもなんの慰めにもならないんだろうな、それくらいは俺にもわかる。

 

今伝えるべきことは・・・

 

「桜は家族だ。俺にとっての家族っていのは、世間で言うのと少し違ってさ。俺にだって血の繋がった家族がいたんだろうけどさ、そんなの全然覚えていないんだ。俺のいちばん古い記憶は焼け崩れた冬木の街を一人で彷徨い歩いているところからはじまるんだ。」

 

「それ・・・私が聞いてしまっていいんですか?」

 

「俺だけ桜の事情を知ってるのも不公平だし、そこから話さないと伝わらないと思うから。」

 

興味を引けたようだから、たぶん話の方向としては合ってるな。

 

「燃える瓦礫の山の中で、最初の家族に会った。切嗣だ。立場上は保護者なんだけど、むしろ俺の方が世話したよ。家事がまるでできない親父でさ。」

 

「・・・幼い頃から苦労してたんですね。」

 

「苦ではなかったよ。好きでやってたから。そのうち家族が増えていった。藤ねえだ。例によって藤ねえも家事はできないけど。一緒に居れるだけで嬉しかった。・・・困るとか困らないとかいう問題じゃない!!甘えてくれていい!!例えやお世辞じゃないんだ!!本当に・・・言葉どおりの意味で、桜は俺の家族だ。喪いたくない!!」

 

そう言いながら思わず桜を抱きしめてしまった。嫌がられるかな?だけどこうしていないと、どこかへ消えてしまいそうな儚さを桜から感じたから、そうせずにはいられなかった。

 

「本当に・・・私が・・・先輩の家族でいいんですか?」

 

勿論だ、声にならないので何度も頷いてみせる。

 

理解できたようで、桜は目に涙を溜めて俺の胸に頬をよせてきた。

 

よかった伝わって。もう空回りもすれ違いもごめんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

つい気になってしまった。

姉さんに嫉妬しないようになったら、今度は並行世界の自分に嫉妬とは我ながら進歩のないことです。

 

早々に立ち去りましょう。ふたりは結ばれるべくして結ばれ、救われるべくして救われるんです。

 

私のような、救われなかった不吉な存在はこの場所に相応しくない。

 

そう思ったのに。

 

「あの・・・もう一人の桜。もし近くにいるなら出て来てくれないか?」

 

どうして私を呼ぶんですか?

 

 

 

 

 

 

 



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今度こそ絶対間違えない

 

 

 

 

 

 

「なんの用ですか?先輩。」

 

聞こえないふりをして、立ち去ることもできたのに、私は実体化してしまった。

 

私はずるい。こうすれば先輩が私をほおっておくはずがないとわかってるのに。

 

「遠坂に頼まれたんだ。妹を頼むって。だからどちらの桜も救わないと片手落ちだろ?」

 

先輩は何を言っているのだろう?

 

「セイバーさんから、話を聞いてなかったんですか!?」

 

「桜のそんな怖い声、聞いたことなかったな。」

 

凄むつもりはなくても、思わず声が剣呑になってしまったんです。

 

「私は!!そっちの私とは違うんです!!本当に汚れてるんです!!殺してるんです!!もう引き返せないんです!!」

 

「なんで?アンリマユが悪いんだろ?」

 

本気で言ってそうなのがイライラします。

 

「私が持っていた感情が引き起こした惨劇だったんです!!」

 

「抑えていたのを、無理やり引き出されたんだろ?」

 

「そうなることはわかってたのに・・・死ねなかったんです!!自分が可愛くて・・・気を強く持てばなんとかなると思い込んで・・・でもダメでした。」

 

そうだ、あの時は希望的観測にすがり、先輩にすがり、結局みんなダメにしてしまった。

 

だから二度と間違いないように、ああなりたい、こうなりたい、などという欲は捨てて、最悪の事態だけは避けようと誓いました。

 

「だから今度はそうならないように戦うと決めたんです。その為にこちらの私を殺そうとしました。どう立ち回っても、私に関わった時点で不幸になるって決まってるから。」

 

晴れて恋人になったこちらの私の前で、こんな事を言ったら嫌われてしまうでしょう。それがわかっていても、もう止まらない。

 

「だから姉さんを説得したしました。でも私は馬鹿だったんです。通じあったと思ったのは私だけでした。全部姉さんの手のひらの上でした。」

 

姉さんは最初から私を救うつもりだったのでしょう。説得を諦めて話にのったふりをして・・・私を欺き、先輩やセイバーさんの妨害をものともせず、お爺様と聖杯のカケラを私の心臓から取り除いた。

 

やはり、私は姉さんには敵わなかった。

 

先輩はあっけにとられながらも、何か言葉を探してるようにして・・・ちょっとまってください。恋人の前で他の・・・同一人物なので他といえるか解らないですけど、私の肩に手を置くのはやめた方が良いですよ。

 

「あの、そっちの俺だけどさ、確かに途中で倒れたのは無念だったろうけど、桜を選んだことを後悔なんてするはずがないんだ。」

 

なんでそんな事を、真っ直ぐな目で言えるんですか?

 

「助けるべき人に気づかず通りすぎたり、泣いてる女の子を見捨てたら、どのみち正義の味方なんて名乗れないだろ。」

 

言われてはじめて自分が泣いていることに気づきました。泣いてる場合じゃない、こんなモノで先輩の気を引こうとするな、自分にそう言い聞かせてるのに、もう止まらない。

 

目をそらそうとしたら、今度は頬に手を添えられてしまいました。

 

「そんなに優しくされたら、欲がでてしまいます。やっと姉さんを見ても『私のものになるかもしれなかったものを全部持ってる』とか、先輩を見ても『私だけに優しくして欲しい』とか、思わないようになれたのに。」

 

「いいんだ、『誰もが持ってる欲を』桜だけが持っちゃいけないなんて、そんな馬鹿な話があるもんか。」

 

ああ、これは先輩が悪いんですからね。もう、我慢してたものが堪えきれません。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

流れてきた記憶の桜には、もっと未練があった。執着があった。あんな自己犠牲の塊ではなかった。自分を抑えこんだ姿は痛々しい。

 

とはいえ、私は思わずドストレートに発破をかけてしまうだろうから桜を励ますには向いてない、士郎に伝えたように、そもそも何を言っても嫌みになる虞もある。

 

士郎は口下手っぽいけど、だからこそ桜の思いを受け止め、その上で桜が受け止められる程度の優しい発破のかけ方をしてくれるだろう。

 

してくれるわよね?しくじったらネジ切る!!

 

なんだか心配になってしまった。ちょっと様子を見てこよう。

 

 

 

「うわーーーーん!!先輩のバカバカバカーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 



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可哀想な蛇

 

 

 

 

 

キャスターは言った、自分は『化け物になった間桐桜』だと、私もいずれそうなると。

 

信じられなかった、それは、その言葉を受け入れがたいだけではなかった。

 

私はあんなに堂々としてない。姉さんと向かい合えない。姉さんに頼りにされたりしない。サーヴァントになるほどの大物でもない。魔術師としても半端者で、キャスターのクラスに該当するなんて思えなかった。

 

「バカバカバカー!!」

 

でもあの姿を見ると、あれは私だとわかる。

 

「どうして死んじゃったんですか!!私なんて見捨てて逃げればよかったのに!!バカバカバカー!!」

 

ポカポカと先輩の胸板を叩く。私も何度そうしようとしたことか。

 

「ご、ごめん。だけど俺は死なないから、心配いらな、っで!!」

 

あ、キャスターの私が先輩に平手打ちした。

 

「先輩の心配いらないは信用ならないんです!!」

 

「へぶぅっ!!」

 

「先輩はいつもそう言って!!」

 

「びぶぅ!!」

 

「待たされる側の気持ちも知らないで!!」

 

「ずぁっ!!」

 

間違いなくわたしだ。往復ビンタ、私もやりたかった。

 

「あ、あのキャスターの私。私もやっていいですか?」

 

「どうぞ、人間の私。」

 

「なんでさ!?」

 

「えいえい!!」

 

二人で先輩をぺしぺし叩く。そうすると先輩は困惑しながら尋ねてきた。

 

「なんでさ!!桜!?俺のことが嫌いなのか!?」

 

「「そんなわけないでしょう!!先輩は全然わかってません!!」」

 

そんな騒ぎに気づいて、姉さんたちもやって来た。

 

「えー・・・と、これどういう状況。」

 

「「姉さん。」」

 

「説明してくれるかしら?」

 

「「はい、それは・・・」」

 

「・・・キャスターの方の桜が説明して・・・」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

桜から話を聞くかぎり、とりあえず士郎は期待どおりの働きをしたようね。

 

「そう、ならもう二人とも大丈夫ね。」

 

「「はい、おかげさまで。」」

 

妹たちの顔はまさに、憑き物が落ちたと表現できるほど清々しい。

 

「それなら答えを聞かせて、今なら嫌だったら断れるでしょ。」

 

「姉さんと一緒に、『みんなで幸せに』なれるよう戦います。」

 

こちらは良し。なら今度はもう一人の方ね。

 

「胸の傷は大丈夫?桜。」

 

「えっ!?あっ、ハイ。大丈夫です・・・その・・・」

 

もう家同士の約束にこだわるような事態ではないけど、遠慮するのが習慣になってしまっているようね。甘やかしすぎかもしれないけど、こちらから助け船を出しましょうか。

 

「好きなように呼んでいいわよ。」

 

「大丈夫です。姉さん。」

 

くぅ、可愛い。だめだ。まだ笑うな。クールビューティーな姉のイメージを守れ。だが、これは・・・

 

「そう・・・それで貴女はどうする?戦う力がないなら、しばらく冬木を離れた方が賢明よ。」

 

「わ、私も力になりたいです。戦い方なんて知りませんけど、でも傍観者でいるのは・・・いやです。それに、ライダーのこともありますし。」

 

サーヴァントのことも考えてるあたり、優しいのね。

 

「あ・・・」

 

ん?ライダーの話が出たら、キャスターの方の桜の顔色が悪くなったわ。

 

「どうしたの??」

 

「ラ・・・ライダーのこと、どうしましょう?」

 

「ライダーをどうしたの?まさか?」

 

「いえ、殺してはいません。いませんけど、呑み込む前に、私はライダーに『絶対言ってはいけないこと』を・・・」

 

あー・・・うん。大体想像できた。ライダーことメドゥーサの神話から察しはつくわ。『絶対に言ってはいけないこと』ね。

 

「いっしょに謝ってあげるから、はやく解放してあげなさい。」

 

「・・・はい・・・」

 

とは言ったものの、正直よくわからないのよね。ライダーってどんなサーヴァントなんだろう?

 

 

 

 

 



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同じ痛みを知る人よ

 

 

 

 

 

なんだかよくわからない状況です。

とりあえず桜が無事なのは良かった。

 

シロウが状況を説明してくれました。桜が慕うだけあって人が良いのですね。

 

セイバーは彫刻のごとく座するのみ。

 

黒い桜が土下座してるのはシュールです。私はどうかしてしまったのでしょうか?

 

私の困惑を見てとったのか、遠坂凛が場をしきりはじめました。

 

「桜が貴女に謝りたいんだって。絶対に言ってはいけないことを言ってしまったから。」

 

なるほど、それでこんなにもおびているのですか、心配せずとも、私が桜を嫌いになるなどありえません。

 

ですが、せっかくなのでこの機会を生かすのもよいでしょう。今なら答えづらいことも答えてくれそうですし。お願いきいてくれそうですし。

 

「桜、先ずは顔をあげてください。これでは話しづらいです。」

 

「・・・は、はい。ライダー・・・」

 

おずおずと顔をあげたものの、こちらを正視できない様子です。なんだか調子が狂います。

 

いえ、むしろこちらが彼女らしいと言えば彼女らしい。やはり、無理をして強気にふるまっていたのでしょう。すこしホッとします。

 

「桜と二人きりで話したいのですが、よろしいですか?」

 

黒い桜がキョロキョロしてますが・・・おや、遠坂凛は首を横に降ってます。黒い桜の方を見て。

 

「わかったわ。士郎たちもいいわね。」

 

黒い桜はすがるような目をしていますが、やはり遠坂凛は部屋を出ていきます。わりと厳しい姉のようですね。

 

「ちゃんと自分で向き合いなさい。終わったらいくらでも誉めるし、慰めてあげるから。」

 

「・・・わかりました。頑張ります。」

 

うなだれながらも納得したようですね。

 

「頑張れよ、桜。」

 

「上手くいくといいですね。私。」

 

「サクラなら首尾よくできると信じます。」

 

みな一言のこして退出してくれました。

 

「さて、二人きりですね。桜。」

 

「え、あの、はい。」

 

「気を楽にしてください。恨み言はありません。」

 

信じられない顔をしていますが、これは偽らざる本音です。

 

「もう桜を殺すつもりはないのですね。」

 

「ええ、もうそんなつもりはない。そんな必要もないから。・・・あの、本当にごめんなさい。私はライターに酷いことを言ってしまったから・・・許してもらえないかもしれないけど

、ごめんなさい。」

 

そういって桜はすぐ下を向いてしまう。これは骨が折れそうです。順を追って少しずついきましょう。

 

「たしかに貴女の言ったとおり、私が『姉様達を食べる前の私』にあったら殺そうとするでしょう。どの道、化け物になってしまえば生きていても意味がない。姉様達だけでも生き残れるならよしとするでしょう。・・・そして、私は桜に私と同じになってほしくないのです。」

 

「同じになってほしくないって?」

 

「化け物になるのはもちろん、死んでもほしくありません。幸せになるところが見たいのです。私に言わせてみれば、桜は誰より幸せになるべき人ですよ。」

 

「私が?」

 

心底不思議な様子なのが心苦しい。

 

「そうでなければ、あまりにも救われません。先ほど確信しました。桜が不幸なら、私も、きっと凛も、そしてシロウも、幸せにはなれません。近しい者を見捨てて自分だけ幸せになることを喜ぶような人たちには見えませんでした。うしろめたさに苛まれるでしょう。」

 

「あっ・・・」

 

ようやくわかってくれたようですね。

 

「貴女の思いを寄せる人は、貴女を置き去りにして、自分だけ幸せになろうとするような、そんな薄情な人ではないでしょう?もちろん私もそうです。私は桜にだけ特別の厚意を持っていますが。」

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。」

 

泣き崩れてしまった桜を抱き起こしながら、念押しします。

 

「幸せになることを誓ってくださいね。」

 

涙ぐんで頷く桜を見ていると、可愛らしくてたまらなくなります。これほどまでに庇護欲をそそる存在はほかにありません。

 

すると、おもむろに桜は私の胸に両手を添えました。・・・艶っぽい空気になってくれれば良いのですが、単に一度離れるだけですね。残念ながら。

 

それでも改めて言いたいことがあるのなら聞いておきましょう。

 

「あの・・・一つだけいい?私は、ライダーみたいになれたらな、って思ってる。ライダーのことをカッコいい、姉さんみたいだって思ってるから。」

 

ピシッ!!

 

「あ、あの、ライダー?どうして固まってるの?嫌だった?」

 

今こそ伝えねば!!もう我慢できません!!

 

「好きです。この戦争が終わったら結婚してください。」

 

「え?」

 

「好きです。この戦争が終わったら結婚してください。」

 

「ちょっと待って!?」

 

どうやら同性は恋愛対象ではないようですね。それでも気持ちを伝えられたならヨシ!!です。

 

「あ、あの、その、ライダーの気持ちは嬉しいんだけど・・・」

 

「返事を急かすつもりはありませんよ。私の気持ちを知ってほしかったのです。」

 

「・・・そう、・・・あの、もう一人の私とも話をする?」

 

「ええ、代わっていただけますか?」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

もう一人の私が部屋から出てきた。ライダーとは仲直りできたみたい。

 

「こっちは終わったわ。今度は貴女をライダーが呼んでる。」

 

「わかったわ。私・・・何か他にあるの?」

 

「あの・・・あとで、落ち着いたら、話をできる?」

 

確かに話したいことはある。聖杯戦争の最中なのだから悠長なことなど言わず、直ぐに話すべきだと思うけど、まだちょっと怖いというか、自分相手に変な話だけど胸の内を晒せない。

 

「わかった。落ち着いたらね。」

 

「ありがとう。私。」

 

自分同士のやり取りを済ませ。私はライダーの待つ部屋に向かった。

 

 

 

 



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白い小悪魔が来たりて笛をふく

 

「バーサーカーは強いね。」

 

何度思ったかわかんないけど、やっぱり私のバーサーカーは最強のサーヴァント。そして私、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンも最強のマスター。

 

「アーチャーも、そのマスターもどこの馬の骨か知れない雑魚だったし、想像以上につまらない聖杯戦争になりそう。」

 

早速一組脱落させたのは良いけど、こんなにも味気ないとつまらない。

 

私にとってこの聖杯戦争は最期の思い出作りでもあるのに、あっさり終わるのは嫌だなぁ。お兄ちゃんは少しは楽しませてくれるかな?

 

「そろそろ帰ろうバーサーカー。遅れるとセラがうるさいから。」

 

夜の散歩も悪くはないけど、なんというか新しい街並みは無国籍な感じで面白味に欠ける、どうせならもっと歴史を感じさせる赴きだったら気分良く行き来できたのに。

 

「次はどんなサーヴァントを倒そうかな?」

 

アインツベルンの城に向かって走るバーサーカーの肩の上で、次の獲物に想いを巡らせる。

 

「お兄ちゃんはあっさり殺したらつまらないな?あっ、でも同盟を組んでいる凛を殺すのはいいかも?目の前で凛とそのサーヴァントを殺して、セイバーも殺して、最後にお兄ちゃんを殺してあげたらすごく楽しそう。」

 

あっという間に人里を離れて森に入ったら、切嗣とクルミの芽を探したことをチラリと思い出しちゃった。切嗣はもういない、私を置いてきぼりにして、自分は新しい家族をつくって、実の娘である私にはなにも残さず逝ってしまった。ならその分お兄ちゃんに責任とってもらわないと。

 

「決めた!!明日の夜は凛とそのサーヴァントを殺すわよ!!バーサーカー!!」

 

「■■■ーーー!!」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

こちらの私といっしょに部屋から出てきたライダーは震えている。

 

ガクガク!!ブルブル!!

 

どうしたと言うのだろう?先輩も姉さんも愕然としている。セイバーさんは相変わらずの能面のような無表情だけど。

 

「ライダーとも話し合いました。私も聖杯戦争に本格的に参加します。」

 

耳を疑うとはこのことだ。しかし、それどころではない。表情はほがらかな笑顔のはずなのに、こちらの私からは凄まじいプレッシャーを感じてしまう。

 

「ねえ私!!ちょっと折り入って話があるの、二人きりで!!」

 

えっ!?私ってこんなに押しが強かった?ぐいぐい腕を引っ張られる。そもそも、私のことが怖くないの?殺されかけたのに??

 

となりの部屋まで連れていかれると、こちらの私は私の両肩を掴みながら迫ってきた。

 

ドン!!と壁に押し付けられる

 

少しうつむきがちで、前髪のせいで表情はわからない。だけど、プレッシャーはさっきより増している。そして地を這うような低い声で尋ねてきた。

 

「セイバーさんから聞いたの。ねえ、私。貴女は先輩の恋人だったのね。」

 

セイバーさんのおしゃべり!!やっぱり貴女とは仲良くできません!!

 

「最後までいったんだぁ、ねえ、気持ち良かった?先輩は激しかった、それとも優しかった。」

 

デリカシーないんですか!?セイバーさん!!

 

そもそもなんでそのことを・・・あ、愚痴を言ってた気がします。先輩ったら私のことを抱いておいて、姉さんやイリヤさんと・・・みたいな。

聞かれていたんですか?恥ずかしい!!

 

「黙ってないでこたえて。どうなの私?」

 

ようやく顔をあげた私。その目には光がない。

 

「わ、私はもう先輩のことはあきらめて・・・」

 

わあ、無言で押し倒してくる!!

こう、横に捻ってズリズリっと。

 

完全に押し倒されました。上からのし掛かられてます。・・・もちろんサーヴァントとなった今の私なら、人間の私をはねのけるなんて造作もない・・・はずなんですけど、なぜか逆らえません。

 

「先輩のことを諦めた?嘘ばっかり。貴女は私なんだもの、先輩のそばでいつまでも自分の気持ちを抑えられるわけない。」

 

怖い、そう怖い。ハイライトの消えた目で迫られると怖い。

私って客観的に見たらこんなに怖い女だったんだ。

 

「で、でも、戦いなんてできないでしょ?戦闘はおろか、まともな魔術の使い方すら教わってないのに。」

 

そもそも戦いが嫌で兄さんにライダーを預けたのに。なんでこんなにもノリノリなんでしょう。

 

「これだけは覚えていて『恋する乙女は無敵』」

 

「あっハイ。」

 

「貴女にできて、私にできないはずがないもの。」

 

自信をつけちゃってる。

 

そう言えば、こちらの私のセイバーさんを見る目がやたら輝いていたような気がする。

 

『殺されそうになったところに颯爽と助けに現れる』『有益な情報を提供』『私と違って悪印象を持つようなイベントが発生してない』

 

こちらの私はセイバーさんとうまくやっていけそう。

 

魔術に関しては姉さんもライダーもいるし、なんとかなるかな?なるといいな。

 



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登場人物は全員18歳以上です

 

 

 

 

このような辛気臭い教会など、本来は我が足を運ぶような場所ではない。酒蔵としてはそこそこ品揃えは良いが、それもとうの昔に飽きた。

 

退屈こそ我の大敵である。

 

この世界全ては我を、英雄王ギルガメッシュを楽しませるために存在すべきなのだ。それを怠るとはなんと不敬なことか。

 

「そろそろ雑種どもの小競り合いを見物するのも飽きた。セイバーを娶りに行くとしよう。」

 

言峰は何やら思案しているようだが、あやつの思惑などどうでもよかろう。

 

聖杯を確保し、六体のサーヴァントを捧げ、聖杯の泥をセイバーに与えれば良し。変質して正気を失ったのなら、それまでの女だと思うまでだ。

 

それに凡人は狂い方も平凡だが、傑物なら狂うにしてもさぞ面白い狂いようを見せてくれるだろう。それも一興ではないか。

 

「さて、まずはどのサーヴァントから刈り取ろうか?」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

聖杯戦争に本格的に参加すると決めたけど、やはり私は先輩の家でごはんを用意するのが日課であることは譲れない。

 

・・・もう一人の私が姉さんをそそのかして私を先輩の家に近づけなくしたせいで、その日課をずいぶん出来ずにいた。

 

もう我慢することもない。美味しい料理を腕によりをかけて作るため、買い物しようと街まで出掛けたら、作り物めいたくらい可愛い10歳くらいの女の子を見かけた。

 

キラキラしたプラチナブロンドの髪は遠目にも目立っていて、上品なセミフォーマルの洋服とスカートも良く似合っていた。思わず見惚れてしまうくらい・・・

 

あれ?こちらに気づいた?トトト・・と可愛らしく小走りして近づいてきます。

 

「あら?貴女はひょっとして凛と一緒にいた・・・サーヴァントの色違い?」

 

小首をかしげて見上げる仕草が愛らしい。思わず頬が緩んでしまう。でも、その瞬間に悲鳴のような警告が聞こえた。

 

「サクラ!!その少女はマスターです!!」

 

霊体化して着いてきてくれたライダーが知らせてくれる。こんなお人形のような少女がマスターだなんて思いもしなかった。

 

どうしよう!!こんな商店街の大通り、しかも昼間に戦うわけにはいけないし、逃げる?逃げ切れる?

 

「やめなさい。お昼から戦っちゃダメなのよ。知らないの?」

 

よかった、どうやらこの娘に戦う気はないみたい。

 

「あ、あの貴女はマスターなの?」

 

「そうよ。私はマスターで、名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。」

 

「その、イリヤちゃん?」

 

敵なのかも知れないけど、いえ、アインツベルンということはすでに敵のはずなんだけど、こんな小さな子に威圧的な態度なんてとれない。

 

話してみたら良い子かもしれないし、穏やかに話しかけてみた。でもなんだかイリヤちゃんは眉間にシワをよせて不機嫌な様子になってしまいました。

 

「イリヤ『さん』よ。私は桜より年上なんだから。」

 

「えっ!?」

 

「聞こえなかったの?私はこう見えて桜や士郎より早く生まれてるの。もう18歳よ。」

 

「えええ!?」

 

とても年上には見えない。背伸びしていってるのかな?でも真剣な表情。

 

「・・・複雑な家庭の事情があるのよ。」

 

「・・・苦労してるんですね。」

 

私も相当なんだろうけど、凄い人生を歩んでるのかな?イリヤちゃ・・・イリヤさんは。

 

「貴女はシロウの知り合い?」

 

「先輩は・・・私のことを家族だって言ってくれてます。」

 

「シロウの家族?結婚してるの?」

 

ボンッ!!と顔が赤くなるのを自覚した。

 

「ち、違います!!」

 

いずれはそうなりたいと願ってますけど。

 

「なら恋人?恋人は家族じゃないでしょ?」

 

「先輩は、恋人になる前から私を家族だって、理由はわかりませんけどそう呼んでくれてるんです。」

 

「・・・変なの・・・」

 

そういってうつむくイリヤさんは、少し寂しそうだった。

 

「結婚したわけでも、子供を産んだわけでもないのに、家族って作れるの?そんなの教えてもらったことないよ。」

 

なんだか不憫に見えてきました。なんというか、家庭に恵まれてなさそうな・・・それを言ったら私も姉さんも先輩もそうですけど。

 

「あの、良かったらこれからお昼ごはんをご一緒しませんか?イリヤさん。」

 

ここでイリヤさん誘うべきだ。なぜか私は強くそう思った。

 

 

 

 



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昼下がり

 

 

 

 

「士郎、アンタの悪影響よ。」

 

「なんでさ?」

 

「アンタの度を越したお人好しが、桜に移ったのよ。」

 

姉さん、それはあんまりです。というか、先輩のお人好しが移ってくれるなら、私は大歓迎ですよ。

 

「ちょっと、さっきからうるさいわよ。凛ったら淑女としての嗜みがなってないのね。」

 

イリヤさんは辛辣ですね。でも普段はこうじゃないんですよ。

 

「あの、姉さんはいつもはもっと、こう・・・」

 

「ネコをかぶってますね。」

 

違います!!せめてもう少し言い方をオブラートに包んでくださいよ、セイバーさん。

 

「イリヤ!!桜!!セイバー!!」

 

ひとまとめにして叱られてしまいました。私は悪く言うつもりなんてなかったのに。でも気を取り直して、和やかにもっていきましょう。

 

「あの、できれば戦わずにすませられるかもしれませんし・・・」

 

女三人よれば姦しいというが、私、もう一人の私、姉さん、セイバーさん、ライダー、イリヤさん、六人よれば何と言えば良いのやら。

 

とにかく一通り説明しましょう。

 

「ふーん、それにしても同一人物が並行世界からサーヴァントとして召喚されるとはね。」

 

「イリヤさんもご存じのはずです。冬木の聖杯は汚染されています。ましてやイリヤさんが聖杯になってしまってはあんまりです。それなのに何故戦わなければならないのですか?」

 

「なんで?そんなの決まってるじゃない。御三家の魔術師なら当然でしょ。」

 

「あー・・・このメンバーだとそれを理解できるマスターは私しかいないわ。」

 

そうですね。『魔術師として』まともなのは、イリヤさんや姉さんくらいでしょう。

 

「へんなの?」

 

「士郎にいたっては、魔術師になることを切嗣から反対されてたようなのよ。」

 

「・・・私のことも聞いてないの・・・」

 

「ごめんな、爺さんからは娘の話なんて聞いたことなかった。」

 

「・・・そう、やっぱり。」

 

なんだかイリヤさんはしょんぼりしてます。痛ましいくらいに。

 

「・・・えっ?・・・それって実の娘をほっといて、士郎を養子に迎えていたってこと?最期まで黙ったまま?」

 

姉さんも戸惑っているようです。それに・・・

 

「・・・私は・・・なんとなくイリヤさんの気持ちがわかる気がします。」

 

言葉に実感がこもってしまいます。

 

「血の繋がりはないけど、兄弟姉妹なんですよね。そして、『自分が貰えるはずだった愛情』を受け取っていた他人でもありますよね。」

 

最初からそんなもの無かったならまだ耐えられた。でも『貰えるはずだった』と思えてしまえばそうではいられない。私が姉さんを慕いつつも妬んだように、イリヤさんも先輩をそういう目で見てしまうのだろう。

 

「あー・・・なるほどね。そりゃ複雑だわ。」

 

「俺は、恨まれてもかまわない。だけど、戦いたくない。ましてやイリヤが・・・妹?姉?・・・どちらにせよ、兄弟姉妹の関係ならなおさらだ。戦うどころか守ってやらなくちゃいけない存在だろ。切嗣がその役目を放棄したっていうなら、その分まで俺がイリヤを守る。」

 

先輩・・・それ私の前で言いますか?先輩らしいですけど。

 

「士郎・・・アンタ半人前のくせに一人で何人守るつもりよ。」

 

姉さんも呆れています。

 

「わかってる。イリヤの方が俺よりずっと強い。だけどそれは「以下略しなさい!!」だろ?」

 

おや、おやおやおやおやおやイリヤさんの様子が・・・

 

「お、お兄ちゃん・・・」

 

目がハートマークですよ。イリヤさん。ちょろインだったんですか!?



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不屈の心はこの若布に

 

 

 

 

 

「■■■ーー!!!」

 

!!

何事!!バーサーカーが突然実体化して外に・・・敵!!

 

カラカラカラカラ・・・

 

間違いない!上等よ、返り討ちにしてやるわ!!そう思っていた時期が私にもありました。

 

何アレ?拍子抜けもいいところよ。

 

「はははは、おいライダー!!もうお前なんていらないんだよ!!役に立ったのはベッドの上くらいなお前と違って、僕に相応しい強いサーヴァントが手に入ったからな!!」

 

結界が反応したので迎え撃ちに行ったら、あら?影の薄い若布が庭にいたわ。

 

「なに、アレ?えっ!?桜の兄?アレが間桐の?うわ。」

 

イリヤもドン引きしてる。そりゃそうよね。下品すぎ。それより気になるのはサーヴァント。桜から聞いていた特徴から推察すると。

 

「ギルガメッシュ・・・」

 

金ぴか鎧で目がチカチカする。俺様キャラ丸出しの金髪赤目のサーヴァント。

 

「ほう、少しはわかっているではないか?だが王の前で平伏せぬとは無礼であろう。」

 

こいつは俺様すぎてマトモな会話は成り立ちそうにない、無視して桜とアイコンタクトする。

 

『距離さえ詰められれば泥で消化できます。』

 

桜からは念話でそう返事がきた。

厳しいけどやるしかない。

 

「アンタこそ、状況わかってるの?こっちはセイバー、キャスター、ライダーにバーサーカーまで揃ってるのよ。勝てると思う?」

 

「哀れなまでに蒙昧な小娘よ。数を頼んだところで、この英雄王に抗えるはずもない。」

 

 

 

「やっちゃえバーサーカー!!」

 

「お願い!ライダー!!」

 

「ふん、つまらぬ。」

 

空中に金色の波紋が現れ、そこから伸びる鎖に二人は絡めとられた。

 

「くっ!!」

 

ライダーは怪力スキルで脱出したけど、筋力がライダー以上のはずのバーサーカーは動けない。

 

「解析した!!あれは神性が高いほど効果を発揮するぞ!!」

 

なるほどね。ヘラクレスには相性最悪だわ。そして、やっぱり士郎の能力って偏ってるけど便利ね。

 

「はやくも一人はデクと化したな。所詮は有象無象よ。」

 

「侮辱するな!!」

 

セイバーが斬りかかると、ギルガメッシュも剣を手にしてつばぜり合いになる。

 

「お前だけは我が愛でる価値がある。手向かわず我の妻となれ。」

 

セイバーは答えずに間合いをとり、構え直す。

 

「ここまで傲慢な口説き方は神代でも珍しいですね。」

 

「・・・兄さんと気が合いそうですね。」

 

ライダーともう一人の私も構える。

 

「さえずるな塵芥。口を開く許しを誰がした?」

 

挑発・・・いえ、本気で思ってることをそのまま口に出してる。取り繕うってことをしないのね。

 

うん・・・何?なんか上を気にしてる?

 

「雨か、濡れる。帰るぞ。」

 

「はっ!?いや、おい!!待てよ!!」

 

・・・嘘。

いや、言ってはなんだけど、有利な戦いをそんなことで放棄する???

あ、でもホントに帰ってった。慎二はあわれね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

疲れた。

でも、助かった。

 

セイバーもバーサーカーも、ライダーも霊体化して、士郎も桜もイリヤも家のなかに戻っていった。あら、キャスターの桜がなんだか言いたげね。

 

「なにか?言いたいの?」

 

「兄さんが、戦いから手を引いてくれないのが辛くて・・・前回は私が殺してしまいましたから。」

 

あんなのでも兄だからか、桜の表情は暗い。

 

「ちなみに、なんで殺したか覚えてる?」

 

「私に・・・その、私に性的な乱暴をしようとしたので、つい叩いてしまって。」

 

「・・・慎二の自業自得じゃない。気にやむことないのに。」

 

というか、そこで生き残っても私が殺してたかも。

 

「でも、今度は助けたいです。・・・私のまわりには善悪両極端な人しかいませんでした。兄さんは、良くも悪くも普通の人なんです。聖杯戦争なんて関わるべきじゃなかったんです。」

 

あー・・・なんとなくわかるような・・・しかたない。心の贅肉だろうけど、妹のため一肌脱ぐとしましょう。

 

 

 

 

 

 



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『番外編』小ネタ集

 

 

『瞳はサファイア、心は鉛』

 

 

「一度やってみたかったんです。」

 

桜がそうねだるので、お願いを聞いてあげようと思った。俺に膝枕をしながら読み聞かせがしたかったそうだ。

 

縁側に移動して、日向ぼっこしながら穏やかな時間を過ごそうと思った。思ったんだけど・・・

 

「あの・・・桜?怒ってるのかな?」

 

「いえ、なんでそう思うんです?」

 

よりにもよって本のタイトルは『幸せな王子』である。

 

ツバメに協力してもらって、文字通り体を削って貧しい人を助ける。しかし、人助けをしていたせいでツバメは冬を越せずに死んでしまう。

 

王子様も自己犠牲の果てに鉛の心臓が砕けてしまうのである。

 

「なんか含みがあるような?」

 

自分がお人好しな自覚はある。それに対して、桜は言いたいことがあるのだろうか?

 

「おかしなこと言わないでください。」

 

柔らかい笑みを浮かべている。そうだよな、桜は乙女だものな。

 

桜は物語を読み進める。絵本は読んだことはあるが、今回読み聞かせされてるのは原作小説だ。

 

俺が知ってるストーリーとは細部が違う。へー・・・ツバメは結構軟派というか、惚れっぽいやつだったんだな。

 

「『貴方の手にキスしていいですか?王子様。』『唇になさい、ツバメさん。』私はこのくだりが大好きなんです。」

 

「そのツバメはオスだよな!?」

 

もうなんでもイイのか!?ストライクゾーン広すぎるぞ!!

 

「愛は全てを乗り越えるのです。」

 

そうだよな、桜は乙女だものな。もうそういうことで納得しよう。

 

そして・・・

 

「先輩は王子様です。私はツバメ。」

 

「やっぱり含むところがあるじゃないか!!」

 

「だけど私達はいっしょに冬を越えるのです!!」

 

「わかった、わかったから、だから押し倒すのはやめてくれ!

おい!!桜!!あーーーー!!」

 

 

 

 

『末っ子三人娘』

 

 

 

「意識しなかったけど、私達全員末っ子ですね。」

 

「サクラとお揃いなのは良いですが、ですが・・・」

 

「確かに、私にも兄と姉がいます。」

 

私、ライダー、セイバーの以外な共通点です。

 

黒い私は姉さんと遠目に見てるだけで、会話には入ってくる気配はない。

 

というか黒い私は姉さんに甘えるのに夢中だ。姉さんは何かニヤニヤと面白そうに観察してくる。

 

「私の場合は、姉とは敵対していたので良い思い出はありませんね。兄は・・・口の減らない人でしたが私を妹として可愛がってくれました。」

 

「私は、ずいぶんと振り回されましたけど、姉と暮らしていた時は良い思い出がたくさんあります。」

 

セイバーさんもライダーさんも、当たり前だけど子供の頃の思い出があるんですね。

 

「私は・・・」

 

姉さんの方をチラッと見ると、ニヤニヤがソワソワになってる。可愛いですね。

 

「正直に言うと、昔いっしょに暮らしてたことはほとんど覚えてないですね。」

 

あっ、露骨にガックシきてます。黒い私が頭を撫でて慰めはじめました。フォローしますか。

 

「でも大切にしてたリボンを譲ってくれたことは覚えていますよ。姉さんとの絆ですから。」

 

あっ、わかりやすく復活しました。おやおや姉さんは可愛いですね。

 

「これから新しい思い出も作れますし。」

 

ライダーは涙目で頷いてます。我がことのように喜んでくれている。ライダーに遭えて本当に良かった。

 

「三姉妹仲良く、これに勝る幸福はありません。」

 

三姉妹?

 

私ともう一人の私と姉さんが・・・三姉妹?あっ、黒い私が・・・なんか腹立つ顔をしてます。

 

 

 

 

 

「私の方がお姉ちゃんなので、敬ってください。」

 

 

 

 

 

 



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後悔も懺悔もない

 

そもそも期待などしていなかったが、こうもありきたりな反応ばかりでは愉悦の種としてもつまらない。

 

「おいどうなってんだよ!!このサーヴァントは!!」

 

静謐であるべき教会に、場違いな罵声が響き渡る。あまりに滑稽すぎて、あのギルガメッシュが『このサーヴァント』呼ばわりされて涼しい顔とは、考えてみれば英雄王を目の前にこうも無神経に振る舞えるとは、この慎二という少年は稀有な才能の持ち主かもしれぬ。

 

「何か問題でも?」

 

「あと一息で勝てるってとこで『雨で濡れる』って帰ってったんだぞ!!マスターの僕を置いて!!」

 

そもそも『偽臣の書』すらなく、預かっただけのサーヴァントにマスター顔もは恐れ入る。

 

「ほう・・・では他のサーヴァントに変えるかね?」

 

「なんだよ、あるなら早く言えよ」

 

「いささか時間がかかるが調達できるだろう」

 

それまで待ってくれ、そう言ってやるとアッサリ信じてしまう。なんとも無警戒なことだ。

 

彼の少年が去ると、ようやく教会に静けさが戻った。その時であった。

 

 

 

ボトッ・・・

 

 

 

自分の手首から先が無くなり、地面に落ちた。そう理解して、背後に気配を感じふりかえる。

 

「はじめまして、おじさま」

 

「キャスター・・・か?」

 

見覚えがある。妹弟子のサーヴァントがそこにいた。驚いたことに、フードをとったその顔は以前治療した少女のものだ。

 

「ええ、平行世界の桜です。こちらの私がお世話になりました。できれば恩を返したいですが、『貴方は生かしておくには危険すぎる』私には言う資格がないですけど、姉さんに代わってということで言わせてもらいます」

 

なんと、これではこちらの手の内がバレているのも無理はない。言い訳も通用しないだろう。なるほど、さすが『聖杯』ありえざる奇跡を目の当たりにさせてくれる。

 

「気にすることはない、自分が度しがたいことは重々承知だ」

 

令呪を手ごと切り落とされては最早抵抗するだけ無駄だろう。

 

「せめて最期に言い残すことがあればうかがいます」

 

なんとも殊勝な心がけだ。巡り合わせが違えば、聖女と讃えられる存在になっただろう・・・それではつまらないがな。

 

「私には後悔も懺悔もない、しいて言えば新しい命であるアンリ・マユの誕生を祝福できないのが心残りだ」

 

「・・・すいません。その願いを聞き届けるわけにはいきません」

 

服から変化した触手が、まるで鎌首をもたげる蛇のようにこちらに狙いを定める。

 

そうだろうな、元より期待などしていない。その本心から申し訳なさそうにする顔を見ながらの最期なら悪くなってない。愉悦こそ我が人生ゆえ・・・

 

ドンッ‼️

 

「あ・・・」

 

私の体から、剣が突きでて・・・

 

「姉さん!!」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ごめんなさい。あんまり憎たらしいもんだから、つい段取りを変えてしまったわ」

 

兄弟子をアゾッド剣で刺し殺した姉さん。例え手負いでも言峰のおじさまは油断ならない相手。姉さんは私がトドメを刺すまで隠れている予定だったし、出来ればこんなことは私がやっておきたかった。人殺しなんてやらせたくなかった。

 

「姉さんは本当に私に甘いですね」

 

「桜こそ、汚れ仕事は自分が、なんて考えないでよ」

 

「・・・ありがとうございます。自分を大切にしますね」

 

私は本当に良い姉に恵まれた。ちょっと愛情表現が不器用だけど、優しくて面倒見の良い姉に。

 

「ここからは時間との勝負よ。ギルガメッシュが大人しく魔力切れで消滅なんてするわけないんだから」

 

「はい、アーチャーのクラスですから『単独行動』スキルもありますからね。それと、地下は・・・」

 

「ダメね。予想通り、一思いに楽にしてあげた方が慈悲という有り様よ」

 

魂喰いでサーヴァントを維持する。外道な手段も辞さないあたり、やはり魔術師であったおじさま。それに嫌悪感を示す『魔術師らしかなぬ』姉さん。

もっとも、魔術師らしくないなんてとても本人の前では口に出せないけど。

 

「ギルガメッシュが魂喰いを始める前に仕留めるわよ。敵は一つ一つ囲んで棒で叩いてやるわ‼️この際優雅でなくて構わない‼️」

 

 



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単独行動は我様の特技

 

 

 

 

 

「おお言峰よ、死んでしまうとは情けない」

 

我は王なので、言ってやらねばならぬ気がした。はたしてあの背徳神父に届いただろうか?

 

まあ長生きした方だろう、もとよりロクな死に方をする男ではなかった、あやつも損得や善悪はおろか、自らの生き死になど頓着せずひたすら愉悦を求めることを貫いていた。そういう意味では純粋であり、潔かった。

 

「言峰が死んだ!!なんてこった!!これからどうするんだよ!!」

 

マスター気取りの道化はやはり狼狽えている。下僕なら指示をあおぎ、マスターならば我に献策するべきだが、道化にそんなものは不要。むしろせいぜい我を楽しませるべきだろう。

 

「さて、どうするかな? お前は何か思い付かんのか?」

 

「はぁ!?こんなの想定できるわけないだろ!!とりあえず、魂喰いで現界を維持できるようにするしかないだろ!!」

 

単独行動スキルを有する我は、マスター無しでもしばらくは問題ない。しかし、魔力の供給元はいずれ必要となる。

 

「だが・・・下々の者に魔力を献上させるならともかく、我がわざわざ集めて回るのはつまらんな・・・」

 

それよりもっと王にふさわしい糧があるではないか。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「大聖杯は柳洞寺の地下にある大空洞にあらわれます。本来なら聖杯はサーヴァントが残り二騎になって姿を現し、一騎になって完成ですが、あのアーチャー、ギルガメッシュさんは一人で三騎分ありますので、ギルガメッシュさんと他に二騎倒せば聖杯が現れるでしょう」

なるほど、それなら戦略の幅が大きく広がるわね。

 

「アーチャーはすでに私のバーサーカーが倒してるわ。あと一騎ね」

 

桜にイリヤ、そして私。はじまりの御三家の人間が士郎の家のお茶の間に勢揃いして聖杯戦争を終わらせようとするなんて、事実は小説どころかたちの悪いジョークより奇なりね。

 

「お爺様が気になりますが、危険を冒して行動するより勝てる機会まで待つのが信条の魔術師です。まずはギルガメッシュさんの排除を優先すべきでしょう」

 

「それで、ギルガメッシュは次にとる行動はなんだと思う?セイバーに固執してるのは間違いなさそうだけど」

 

私がみんなに意見を募る。そうするとイリヤは「何をわかりきったことを・・・」と言い出した。

 

「そんなの新しいマスター、あるいは魔力の供給源の確保に決まってるじゃない」

 

「それはそうでしょうね。だけど具体的にどこでどうやって確保するかわからないと、対策の立てようがないわ」

 

「あくせく獲物を探してまわるタイプには見えなかった。シンジには魔術は使えない。そうなると手段は限られてくるわ」

 

みなまで言わずともわかってるでしょ、と言わんばかりの視線を向けてくる。

 

「探しまわらなくても、あちらから私たちを襲ってくるわけね」

 

「ええ、しかも時間制限がある。近々襲撃があるはずよ」

 

「持久戦に持ち込めば、あちらの自滅を狙えるわ」

 

士郎が顔色を曇らせる。

 

「そうなったら、ギルガメッシュは冬木を離れて魔術師を探すか、俺たちをおびきだすために街で暴れるんじゃないのか?」

 

「ありそうね」

 

イリヤは「それがどうしたの?」といいたげな目をしてるが、そんなのほっとけるわけがないじゃない。

 

「よろしいでしょうか?ギルガメッシュはプライドが高く、見え透いた挑発にも容易くのってしまう傾向があります。前回の聖杯戦争でもそうでした」

 

なんでも第四次聖杯戦争では、ライダーの口上に我慢ならずド派手な格好で登場したらしい。アーチャーなんだから遠距離から姿を隠して一撃離脱した方が絶対有利なのに・・・

 

「なるほど、たとえこちらが有利な状況でも向かってくるわけね。自信家なこと」

 

自分が圧倒的有利でも気分が乗らないとアッサリ撤退してたし、これは分かりやすい弱点ね。それだけ自分の力を絶対視してるんでしょうけど、それが命取りよ。

 

「挑発に乗りやすいのは兄さんも同じですし、決戦を仕掛けるのは難しくないですね」

 

 

そう、決戦よ。全ての因縁にけりをつける。



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駆けつけ三杯

 

 

 

 

 

 

 

 

『歓迎❗❗英雄王御一行様❗❗』

 

衛宮の家の庭にデカデカと横断幕が掲げられてる。あれは、花火?家庭用の打ち上げ花火まで使ってるのかよ。

 

「む、我が妻が宴を催すようだ。これはおおいに寛いでやるのが王の嗜みというもの」

 

金ピカの空飛ぶ宝船に乗ってクルージングしてたらトンデモないことになった。

 

「いや、ちょっ待てよ❗❗」

 

あまりの驚きにキ○タクのモノマネみたいになってしまった。何を言ってるんだこの金ピカサーヴァントは?頭良さそうなのに馬鹿なのか???

 

「む?なんだ?我に具申したき議でもあるのか愚臣よ」

 

「誰が愚臣じゃぁぁぁ❗❗愚かなのはお前だろぉぉぉ❗❗どっからどう見てもあからさまな罠だろうがァァァァァ❗❗こんなのに突っ込む奴にツッコムなってほうが無理でしょぉぉ❗❗」

 

「ふむ、なかなかだな道化。魔術師なんぞよりキレ芸人になった方が大成できようぞ。カンニ○グ竹山も大○洋も霞むだろう」

 

そんな道で大成しても嬉しくない。僕は魔術師として間桐の中興の祖になるんだ。

 

というかなんで現代の芸能人に詳しいんだ、このサーヴァントは?

 

「そもそもだ、あからさまな罠だからこそ出向くのだぞ。罠だから避けろというか?この我に?そのような発想は凡夫のそれだ、英雄王たる我に左様な小物臭い振る舞いをせよと言うか?」

 

小物臭い・・・だと・・・

 

「そうだ、小物臭い。慢心せずして何が王か?不利な時は息を潜め、有利と見るやしゃしゃり出るなど、まるで格下にばかり粋がるチンピラの如き醜悪さよ。そのような小賢しさ、我には無用。だが、我に対して小賢しく振舞うことは慈悲を持って許そうではないか、むしろ蹴散らす愉しみが増えるというものよ。」

 

蹴散らす愉しみ・・・

 

「正面からでは敵わぬと知りつつ、策をろうせばあるいは?と希望を抱いた相手に、そんなものは幻想だったと思い知らせるその痛快さ、お前は知らんのか?」

 

力を見せつけてやりたくないのか?

覗き込むように僕に視線を投げ掛けて来る。

そう問いかける目をしてる。そうだ、コイツは強い。サーヴァントでも別格だ。

 

最強の手駒が手に入った、いま勝負に打ってでなければ、僕はずっと負け犬だ。

 

『普通』の世界で、そこそこ優秀でそこそこ女にモテて、そんな人生で満足か?僕は『特別』になりたいはずじゃなかったか?それなら・・・修羅場の一つや二つくぐり抜けるのは当たり前じゃないか❗❗

 

「やってやる、やってやるぞ。やってやろうじゃないかあああ❗❗」

 

「いいぞ、少しはマシな面構えになった。吠えることすらできない輩は負け犬以下のクズだからな」

 

宝船は一層まばゆい光を放ちながら。衛宮の家の上空で停止、まるでスポットライトでも当てるかのように下界を照らしながらゆっくりと降下していく。

 

まるで「撃ち落とせるなら撃ち落として見ろ」と言わんばかりの威容だ。

 

これこそ僕が求めてやまなかったものだ❗❗

魔術は秘匿すべきもの?そんなのはかび臭いジジイどもの考えだ❗❗

 

僕は違う、僕は特別なんだ❗❗

 

 

 

 

 

 

「遅かったですね、ギルガメッシュ。まずは一杯やりなさい。いえ、この国では『駆けつけ三杯』なる風習があるそうです。三杯やりなさい」

 

なんでこのセイバーは大吟醸の一升瓶なんて持ってるんだ?

 

「うむ、三杯は持ってこい」

 

お前はなんで金杯を持って席に座ってるんだ?

 

「うむ、じゃないだろおぉおぉ❗❗なんで普通に宴会なんだよ❗❗エプロン着けてんなよ衛宮❗❗テーブル出すな❗❗戦うんじゃないのかよおぉぉ❗❗❗」

 

おい、僕を無視して料理を並べるな❗❗

美味そうな船盛りだなオイ❗❗

えっ?なんだこのグラス??

未成年だからノンアルコール??殺し合いやってるのに今更??

なんでガーデンパーティーがはじまってるんだ???

 

 

 

 

誰か、誰か僕に説明してくれ。

 

 

 

 



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世界一受けたくない接待

 

 

 

 

 

 

 

俺は料理を準備して給仕やるだけだが、シンジがいい感じにツッコミ役をしてくれてるおかげで誤魔化せそうだ。このままの空気でいてほしい。

 

ん?シンジが何か冷静な表情になったぞ。まさか・・・

 

「わかったぞ、酔い潰れたところを襲う気だな❗❗そうだな❗❗おまえが飲んでるのは水だろ❗❗」

 

良かった。いつものシンジだ。

 

「こんな透明な一升瓶でどうやって自分にだけ水を注ぐのです?私はキャスターでも手品師でもありませんよ」

 

そもそもサーヴァントがアルコール程度でどうこうなるわけないでしょう。とセイバーは呆れ顔だ。

 

「なら毒だ❗❗毒を盛ってるだろ❗❗」

 

「だからどうやってギルガメッシュにだけ盛るのです?その金杯は自分で出しましたよね?」

 

ギルガメッシュも鼻で笑ってる。

 

「一服盛る?そんなことができるようなら、不貞な妻や不義の騎士など表向き病死で片付けられただろう。国が滅ぶこともなかっただろう。こやつはそんな王に相応しい振る舞いなどできぬ女だ。女子供の憧れるような名君の真似事をいつまでもやめられず、かといって演じきることもできず、哀れな末路を辿った騎士王だぞ、忘れたか」

 

言いたい放題言ってくれるな、セイバーは涼しい顔してるけど、作戦がなければぶん殴ってやるところだ。俺が返り討ちにあうだろうけど。

 

「仕える者がなければ、民や国がなければ王ではない、意のままにならぬからと殺しては騎士の名折れ、確かに私は守れなかったが、皆を守ろうとした事はもう悔いはしない。哀れみなど無用です」

 

「違うな、王の下にあるからこそ、国であり民だ。たとえ一人でも王は王。いつしかまがい物どもが『王は国家第一のしもべ』などと世迷言をほざいたそうだがな」

 

「だから後世の王たちを有象無象と言ったのか?あたなは」

 

「いかにも、選定侯?教皇の信任?そんなものは生まれながらの王には必要ない。まがい物が王の真似事をしているに過ぎぬ。戴冠式など児戯の類、ままごと、ごっこ遊びに過ぎぬ」

 

「それでは示しがつかないではないか」

 

「示しをつける必要などどこにある?王は値踏みする側なのだ、逆はない。我が宝といえば宝」

 

見せつけるようになみなみと注がれた金杯を掲げ・・・

 

「ゴミだと言えばゴミだ」

 

ビチャビチャと船盛りにぶっかけやがった。唐揚げに勝手にレモンかけるやつの10倍ムカつく。殴りたいその笑顔。

 

「喜べ、我が認めてやろう。お前は我の寵愛を受けるべき愛い奴だ」

 

最低の口説き方だな。やはり王としてのあり方がセイバーとコイツでは正反対だ。決して相容れぬ平行線。だからセイバーはコイツを拒絶するしコイツはセイバーが欲しいんだろう。

 

「女はお前一人いれば良い。他の女どもの姿がないことも我には些末なことよ」

 

バレてる、わかってたのかよ。

 

「そうだ、遠坂たちがいない❗❗お前ら何を企んでる❗❗」

 

「我の前に雑魚を片付けてから、我に全力で挑む策ということか?」

 

「ご明察、そして、それをわかった上で乗ってくると思っていました」

 

そうだ、セイバーのプロファイリングならそうなる。

 

「その策とやらを語ってみよ、我を退屈させるな、伽を務めるのだ」

 

コイツは鷹揚に話の続きを促した。

 

「二正面作戦など愚の骨頂。まずはマキリを先に片付けます。見つけるのは至難の業ですが、おびき出すのは容易い。聖杯戦争のシステムの要、大聖杯を破壊する動きを見せればよいのです。我々は聖杯など求めていません。あれは破壊しか能のない欠陥品ですから」

 

「なんだ、聖杯がガラクタとわかっても澄まし顔のままとは残念だ。まあいい、そういうことなら乗ってやろう、せいぜい我を気持ちよくして時間を稼ぐが良いぞ。おいおい、盃が空ではないか。酌をしろ女」

 

お前が自分でひっくり返したんだろうが・・・

 

「末期の酒です。ゆっくりと堪能しなさい」

 

言うなー、涼し気な表情はそのままなのに冷や汗が出てくる。

 

こんなピリピリした接待は俺なら絶対に嫌だけど、本当に愉快そうに振舞うアイツはやはり大物なんだな。

 

全く尊敬できないけど。

 

 

 

 

 



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冷や汗ダイエット

 

 

 

冬木の霊脈が集う地下、そこに大聖杯が現れる地点がある。聖杯戦争を作り出すシステムの根幹が存在する。これを破壊してしまえば、もう聖杯戦争なんておこらない。

 

とはいえ、大聖杯が姿を現すのはもっと多くのサーヴァントが脱落したあとの話なんだけどね。

 

「こんな段階でここへ来て、凛は一体何をするつもりなの?」

 

「別にいま大聖杯があると思って来たわけじゃないのよ。大聖杯が出現したら直ぐ作動するトラップを仕掛けて置けばいいんだから。幸い宝石は山ほどあるし」

 

「私のお金で買ったやつね。いくらなんでも遠坂家の財政傾きすぎよ」

 

やれやれと溜め息をつく銀ピカロリなスポンサーがうるさいわね。

 

「あの全部あのクソ神父言峰のせいよ」

 

あー、あんなのでも兄弟子と思って顔を立てたのが一生の不覚。いつまでも引きずるのは心の贅肉とわかってるけど、腹立つわ〜。

 

「そして、そんなトラップを仕掛けられてるとわかったら、絶対妨害してくる奴がいるわけよ」

 

ヒュン!!

 

バチッ!!

 

軽い風切り音がしたと思えば、桜の触手でダガーが撃ち落とされて地面に転がった。

 

「アサシンか、不意打ちとは蟲らしい小賢しさね。優雅さの欠片もないわ」

 

「カカカカッ、格好など気にしては大願成就がかなわんからの」

 

耳障りな羽音とともに、蟲とアサシンを引き連れた和装の老魔術師が現れた。

 

仮面をつけた黒ずくめの痩せぎすな体格で、いかにも暗殺者という風貌、あれがアサシンか。包帯でぐるぐる巻きにした左腕に何か隠してそうね。

 

私は桜に視線をおくる。それだけで妹には通じる。

 

「イリヤさん、先に行っていて下さい。ここは私たちが食い止めます」

 

「そうね。大聖杯のシステムならアインツベルンの私が一番熟知してるわ。すぐに仕掛けを完成して見せる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我ながら肝が座りました。お爺様が目の前にいても、なんら動揺することはありません。軽口なんて羽音と同じです。

 

「カカカカ、まさか姉のサーヴァントになるとはの。器が違うと悟ったということか、やはり姉の方を貰っておけばよかったのぅ」

 

「あー久しぶりに聞きましたよ、お爺様のそのセリフ。そうやってことあるごとに、姉さんに対する敵愾心と劣等感を私に植え付けてきましたね。本当は私一択だったくせに。架空元素が目当てだったんですよね」

 

あっ、いけません。お爺様を挑発するつもりが姉さんの逆鱗に触れてます。怒りのオーラが背後からロウリュのように吹いてきます。

 

汗が止まりません。人間なら良いダイエットになりそうですけど、サーヴァントなのでもう体型は変わりません。ジトジト不快なだけです。

 

これも全部お爺様が悪いんです。そうに決まってます。諸悪の根源をプチッとつぶしましょう、そうしましょう。

 

「長生きのしすぎで耄碌したようね、臓硯。無勢ってわからないのかしら?諦めてさっさと逃げ出した方が賢いわよ」

 

「カカカカ、お気遣い痛み入る。しかし若い衆にばかり働かせるのも気が引けると言うものよ、この老骨も働かねばな。ああ、それと・・・・お主ら、帰る家の心配はしなくて良いのか?」

 

何ともわざとらしい揺さぶりですね。姉さんはポーカーチェイスのままです。

 

「ご心配なく、うちの留守番はしっかりしているのよ。」

 

決着をつけましょう、お爺様。

 

 

 

 

 

 



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