転生者だけどDIOに目を付けられました。【没作品】 (家葉 テイク)
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ACT1:転生者、DIOに会う! その1

当SSは投稿前に筆が詰まりお蔵入りしたものをそのまま蔵出ししたものです。
七話以降はございませんので、ご注意ください。


 ――走馬灯、という言葉があります。

 死に直面した時に、それまでの記憶が急に思い返されていく、というアレです。

 本来の用法は『記憶が走馬灯のように駆け巡る』みたいな感じで、走馬灯っていう単語そのものが記憶のリフレインというような使い方は間違ってるらしいですけど、最近はもう間違った使い方が浸透しすぎて誤用じゃなくなってるらしいですね。

 そしてその走馬灯の正体は『今までの記憶を高速で検索することにより、現在直面している危機的状況を打破する為の材料を探している本能の働き』、なんだとか。

 まあ、往々にしてそこまでやろうとしてる場合は死ぬことになるので、最後に思い出に浸る為の時間になったりしますが。

 で、その走馬灯なんですけど、私、見たことがあるんですよ。っていうか、今見たんですけど。

 話は、少々遡ります。

 

 

「何を怖がっているんだね…………?」

 

 

 両親に連れられて、冬休みに行ったエジプト旅行。なぜか夜眠れず、トイレに行こうと部屋を出た、その途中のことでした。

 ばったりと出くわした男が声をかけてきたのです。

 男はヨーロッパの人間らしく、金色の髪に、女の私よりもきめ細かい白い肌をしていました。……男の人のはずなのに、奇妙な色気すら感じさせる佇まいでした。多分、めちゃくちゃモテるんだろうな――と見た瞬間に思ったものです。

 その男の表情は暗がりで見えませんでしたが、多分見えても何も変わらなかったと思います。

 

「桜ヶ丘桜子…………だね?」

 

 男はゆっくり、じりじりと、しかし余裕を感じさせるたたずまいで少しずつ私との距離を縮めようとしていて、私は男から目を離さず後退りすることしかできませんでした。

 彼我の距離は、およそ一〇メートル強。

 この距離が一〇メートル以下まで縮まった瞬間、自分が『死ぬ』ということを私は()()()()()()()

 だから、慎重に距離をとりつつ私はにらみ合いを続けるのです。

 何故なら、私はこの男が何者かを知っているから。

 

「そんなに警戒する必要なんかないじゃあないか。おそれることはない……友達になろう?」

 

 その瞬間、窓から月明かりが差して、一瞬だけ男の顔が見えました。

 鋭く輝く赤い眼光、思わず身を任せてしまいたくなるように蠱惑的な笑み、そして――左耳の耳たぶにある、三つのホクロ。

 先程も言いましたが、私は、彼が誰かを知っています。

 

 ディオ・ブランドー……いや、邪悪な吸血鬼DIO。

 

 そいつが今、私の目の前にいます。

 ……ね? 走馬灯を見るのも、仕方がないと思いません?

 

***

 

ACT1:転生者、DIOに会う! その1

 

***

 

 私こと桜ヶ丘桜子は、一九七一年の四月、M県S市は杜王町に生を受けました。

 考古学者の父と専業主婦の母のもとで、私はたっぷりと愛情を注がれて成長しました。考古学者の父の影響で好奇心旺盛だった幼少時代、私はいろんな場所を探検しては親や先生がたの手を焼かせていたそうです。今? 今はそんなことないですよ。品行方正な生徒会長で通っていますから。

 そんな私が変わったきっかけは、小学校一年生の夏でした。

 いつものように家で走り回ったりして遊んでいたところ――家の階段から足を踏み外して転落してしまったのです。

 結果、私は頭を強く打ち、頭蓋骨を骨折して一週間ほど昏睡状態に陥りました。その時の傷は、髪で隠していますが今もオデコに残っています。女の子の顔に一生ものの怪我なんて、あんまりな話ですけど。

 それから目を覚ましたとき、私はあることに気付いたのです。

 つまり、前世の記憶がある、ということに。

 

 前世の私は、二八歳で交通事故により死んだOLでした。ジョジョの奇妙な冒険を愛読し、一番好きな部は七部で、死ぬ前に出ていた新刊は八部ジョジョリオンの九巻でした。

 まあ、七部が好きと言っても、そこはそれ、ジョジョ信者であれば大体の部の内容には精通していて当然ですから、私はすぐに気付きました。杜王町、という地名から、私が生まれ落ちた世界がジョジョの世界であるということに。

 それだけではにわかに信じがたいものがあったのも確かなんですが、昏睡状態から目覚めたと同時に何の因果かスタンドに目覚めてしまったのですから、もう疑いようはありませんでした。

 私はこの能力を『バーニン・ブリッジ(炎の橋)』と名付け、人生に役立てることにしました。

 これがまあ、――ここで詳しく語ることはしませんが――非常に便利な能力でして。というのも、人には見えない能力ですから、好き放題できるのです。たとえば、カンニングとか。私のスタンドは遠くまで飛ばすことも可能なので、そういう小技めいたこともできるのでした。もっとも、学生の本分が学業というのであれば、この桜子さんはカンニングがなくとも成績優秀なのは変わりませんが。

 なら何故カンニングをするのか? プロは少ない労力で最高の結果を叩きだすものなのですよ。

 

 ともあれ、そんな風にスタンドによって人生をエンジョイしていた私でしたが、ある時、お父さんがこんなことを言ったんです。

 

「仕事の都合で、今度の連休にエジプトへ行くんだ。せっかくだし、家族みんなで旅行ってことにしないか」

 

 お父さんは考古学者で、大学の教授もやっていました。そういう都合もあって家を空けることが多かったのですが、実はついこの間、そのことでお母さんと大喧嘩をしてしまい、あわや離婚の危機に陥ってしまっていたのでした。

 私の『そういえば承太郎もこんな感じで離婚してたのかなー』と思いながらの仲裁によってなんとか仲直りし、今はもう前にもましてラブラブ夫婦なのですが、その反動かお仕事の旅を家族サービスの旅行にしようと考えたようです。

 正直エジプトなんて衛生観念がなさそうだし不潔で嫌だったのですが(完璧にジョジョの三部のイメージですよね)、せっかく夫婦円満になったのを私が邪魔するのも嫌だったので、OKしたのです。

 で、エジプトにやって来ました――――……。

 

 ――そこまでを、走馬灯で見たのです。

 

 何で走馬灯に見るほどびっくりしたのかって、私、この流れ知ってるんです。ほら、アレですよ。花京院典明。エジプト旅行中にDIOと出会い、そして肉の芽を植え付けられてDIOの手先にされた――というお話です。そしてシチュエーション的に、私の用件も同じに決まってます。第一に私はスタンド使いですし、それに勧誘目的でなければDIOが自ら出向いてくるはずがないですし。

 私は、肉の芽(アレ)嫌です。絶対に嫌です。死んでも嫌です。

 だって、植えつけられたら最期、命が助かる保証なんてどこにもないんですから。

 運よく承太郎一行と戦うことが出来たなら最高です。肉の芽を引き抜いてもらえれば完璧でしょう。私は旅に同行する気なんてありませんし、そのまま日常に戻ります。

 でも、肉の芽を引き抜いてもらえるかどうかは分かりません。私のスタンドはかなり強力ですので、手加減できずそのまま殺されてしまう可能性だってかなりあります。

 承太郎たちに会えない可能性だって十分あります。何せ、億泰と形兆のお父さんなんかは承太郎に会えないままDIOが殺された為に肉の芽が暴走して、醜い生き物になってしまったのですから。

 総合的に言って、肉の芽を植え付けられた時点で敗北と言って差し支えないでしょう。そして黄金の精神に満ち溢れた桜子さんが肉の芽を植え付けられるのは必定。

 …………そして相手は、時を止めることができる吸血鬼。

 ――早急に、手を打たなければなりません。

 

「桜ヶ丘桜子……ぶどうが丘学園高等部三年生…………一八歳。学業は成績優秀、運動神経も良好、性格も()()()()()()()()()()()()()()()()()…………その年齢で素晴らしい才覚だ」

 

 そう言って、そいつは――DIOは、ぱちぱちと手を叩きます。

 

「だが……きみは現状に満足していない。違うかい? きみの才能は辺境の島国のいち地方都市で留まるようなものじゃあない。そしてきみの本質はこんなものじゃあない。実はわたしは優秀な仲間を探していてね……どうだ? わたしのもとで、振るってみる気は……ないか? その力を……」

 

 どこでどう調べたのか――多分、ジョナサンの肉体に宿るスタンドじゃないでしょうか――私の素性を読み上げていますが、私はゾッとする以外の感情を全く抱きませんでした。……DIOって、凄いカリスマがあるというので、私も面と向かえば魅入られてしまうかな――という危惧はあったのですが、それは全くありません。

 まあ、それもそうですよね。何せ私ですし。DIOは自分のスタンドを『全世界のすべての生き物をブッチギリで超越した(うろおぼえ)』とか言ってましたけど、スタンドはその通りとしても『スタンド使いとして』そうかは別ですし、この桜子さんが気圧されるはずもないです。むしろDIOを返り討ちにするまであります。

 それに……現時点では起こっていないことですし、これから起こるかどうかも不明なことですが、私と同い年の少年にプッツンされたってだけで負けそうになり、『過程や……方法など……どうでもよいのだァァ――――ッ‼』なんて言っちゃう人に、どうやってカリスマを感じろというのでしょう。

 どうやら、直前までの走馬灯は、DIOのカリスマを無効化するという意味で上手く働いてくれたようです。

 

「ほう? ……面白い目をする……その目はこのDIOを恐れていない目だ、な……。『逆にこのDIOを倒すことさえできるッ!』と確信している目だ」

「仮にそうだ、と言った場合は?」

 

 そう言いながら、私は相手の一瞬の動きも見逃さないように、警戒します。

 

「――――やめておいた方が良い。きみのスタンド能力は既に()()()()()。ちょいとばかし近接戦でパワーを発揮できるようだが、このわたしに立ち向かおうとするのは『お勧めしない』……」

 

 次の瞬間。

 一〇メートル以上は先にいたはずのDIOが、いつの間にか私から二メートルほど先の位置に移動していました。

 ええ、知っていますよ。

 最強のスタンド能力――――『世界(ザ・ワールド)』。

 前世では立派なジョジョヲタで馴らした桜子さんです。大統領の無敵の能力『D4C――ラヴ・トレイン――』を蹴散らした『(タスク) ACT4』でさえ、Dioの『THE WORLD』には勝てなかったのです。そして『ザ・ワールド』に勝利した承太郎の『星の白金(スタープラチナ)』は名実ともに最強のスタンド能力。そしてその射程距離は――最終決戦の時点では――一〇メートル。つまり、この時点で私は生と死の境にいると言っても過言ではありません。いかに桜子さんの『バーニン・ブリッジ』とはいえ、真っ向から戦えば敗北は確実なのです。

 もっとも、この桜子さんがそんな凡策に手を出すはずもありませんが。

 

 直後。

 

 私とDIOの間で、爆発が起きました。

 ドムッッン‼ という爆音が響き、DIOはもと居た方向に吹っ飛ばされます。

 この行動は、DIOの『時間停止』を計算にいれて計画していた行動です。時を止めた直後で油断しまくっていたDIOに、察知する術はないでしょう。

 

「ひゃあッ!」

 

 軽くよろけながらも私は姿勢を立て直し、そのまま起き上がってDIOを見据えます。

 DIOの『ザ・ワールド』……この世の時を止めることができる能力は確かに凶悪で、真っ向勝負ではこの桜子さんの『バーニン・ブリッジ』よりも強い能力でしょう。

 しかし、私は知っています。DIOはまだ、この段階では身体が()()()()おらず、時を止めるのもほんの一秒程度、射程距離だって最終決戦時よりも多少短く……そして身体も完全な不死身ではないということを。

 

「貴方のスタンド能力が何かは知りませんが、今のではっきりしました。射程距離は長くとも一〇メートル以下。そして相手を『一瞬のうちに』始末できる能力がある」

 

 煙が……爆発によって生まれた、()()()煙が晴れた時、そこには無傷で佇むDIOの姿がありました。怪我は見当たらず、大方スタンドでガードしたか、あるいは自然回復でもしたのでしょう。並の人間なら防御も出来ず一発で再起不能なタイミングに能力を使ってやったというのに、本当にでたらめな性能です。

 ですが、私の能力はDIOにダメージを与えうる。そして最悪殺すことも可能である。DIOは用心深いので、そのことに気付いたことでしょう。そして人が集まって来ればDIOも本調子でないのに騒ぎを大きくすることはできないから、それまでに何らかの決着をつけなくてはいけない。

 

「その距離です」

 

 そう言って、私は再度状況を仕切り直します。派手に吹っ飛んだこともあり、彼我の距離は再度一〇メートル強。何か策を練らない限り、また時を止めて接近しようとしても私に肉薄することは不可能。

 DIOがその策を練る前に、こちらも勝負に出ます。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 DIOの動きが、にわかに止まります。

 私の言っていることが意外だったのでしょうか? ですが、こちらとしては、最初からDIOと真正面からかち合うつもりなどありません。

 

「何…………?」

 

 さて、DIOが乗って来るか否か。

 桜子さんにとっても、一種の賭けですね。



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ACT2:転生者、DIOに会う! その2

ACT2:転生者、DIOに会う! その2

 

***

 

「……ほう? 話を聞く気があったとは驚きだ」

 

 DIOの方は、本当に意外な調子で言ってきました。

 失敬な。桜子さんはポルナレフのような直情径行型のアホとは違いますよ。

 ともあれ、賭けはうまく行ったようです。

 

「私の『バーニン・ブリッジ』は近距離パワー型でありながら遠隔操縦することも可能な脅威の全距離対応型スタンド――はっきり言って、状況さえ整っていれば貴方にさえ負けないのは間違いないですが、流石に今は状況が悪いです。『桜子さんに不都合があるなら始末する』意志はありますが、別に積極的に争いたいわけではないですよ。桜子さんは平和主義ですから」

「平和主義……フフフ」

 

 何故笑うのでしょう? 私には理解できません。

 

「……『火のない所に煙は立たぬ』ということわざがあるが……」

 

 DIOは辺りに微妙に漂う煙を一瞥しつつそう言って、くっくと笑いながら腕を組みました。

 

「ミス・桜ヶ丘――きみの『バーニン・ブリッジ』は、我が部下の情報通りに『油断ならない』能力というわけだ……。それだけじゃあない。『噂通り』の凶悪さだ、きみというスタンド使いは。分かった。ミスの強さと用心深さに敬意を表し……要望通りこの距離から話をしようじゃあないか」

 

 ドドド、と空気が震動するような圧迫感を、私は感じました。

 ……よし! これで第一関門はクリアです。DIOってこんなに話が早い人だったかと疑問に思う気持ちもありますが、本気じゃないときのDIOはわりと相手を侮っているような気もしますし、そういうものでしょう。

 

「単刀直入に言おう。わたしの部下にならないか?」

「部下……ですか」

 

 私は、あえてすっとぼけて首をかしげて見せます。

 ほんとは、知っています。DIOって世界中でスタンド使いを生み出したり、スタンド使いを金で雇ったりしてジョースター一行を始末しようとしてましたからね。私もその一環――ということなのでしょう。そして、その部下の勧誘方法は大きく分けて二つ。

 一つは『肉の芽』。花京院やポルナレフ、(未遂だけど)アヴドゥルなど、信用ならない者には、裏切り防止の為の装置として肉の芽が植えつけられます。これを植えつけられたら八割死亡なので、絶対に回避したい。

 そしてもう一つが、『金』です。ラバー・ソール(うろ覚え)、鋼入りの(スティ―リー)ダン(うろ覚え)などは、DIOからお金をもらっていましたよね。それでいて肉の芽を植え付けられていたような様子もない。こっちなら、上手く立ち回れば『死亡』はない。ホルホースやオインゴボインゴなんかは死なずに再起不能で済んでますし、私もそっちのコースに乗っかれば安全に生き残れるはずです。

 私が狙っていたのはこれでした。DIOとカネで契約を結び、そしてフツーの刺客としてジョースター一行に戦いを挑み、死なない程度に負けて、再起不能を装って離脱するのです。

 ……痛い思いをするのは確定なわけですが、万一本気を出したら桜子さんの勝ちは火を見るよりも明らかですし、ジョースター一行に勝ったら、DIOを倒す役目は私が担うことになってしまって非常に面倒です(勝てますけど)。だから、私が選べる選択肢の中ではこれが一番安全なはず。

 

「先程も言った通り、わたしは優秀な仲間を必要としている。その協力をしてくれるだけでいいんだ」

「それだけの能力を持っているのですから、自分で動けば良いのでは?」

「そうしたいところだ、が……見ての通り、()調()()()()()()()()()……」

 

 その台詞は、『テメーがオレにいっぱい食わせることが出来たのはオレが本調子じゃなかったからだぞッ!』――という言い訳を含んでいるように思えました。いや、そんな雰囲気ではないんですけど、漫画を読んでDIOの本性を知ってると、そんな感じがしちゃうんですよね。あれでけっこう、負けず嫌いな性格ですし。

 

「……当然、タダ、とは言いませんよね?」

「もちろんだとも」

 

 私がそう問いかけると、DIOはそう言って鷹揚に頷きます。目元が陰になっているので表情は分かりませんが、機嫌が悪いというわけではないでしょう。

 ――と、私が気付いた瞬間、DIOの手元に掌いっぱいに収まるほどの大きさの『袋』が現れました。ゴツゴツした感じから言って……あれは、中には大量の金貨が入っているのでしょう。間違いなく、ひと財産築けるほどの金額のはずです。多分、どこかに隠し持っていたのを、時を止めているうちに取り出して掌の上に置いたのでしょう。相変わらず、へんなところで芸が細かい奴だと思います。(ポルナレフを階段から降ろしたり、蜘蛛の巣を破らないようにくぐってホルホースの背後に立ったりしてますからね)

 

「これは前金だ――受け取ってくれ」

 

 そう言って、DIOは無造作に私の方に袋を放り投げてきます。

 いかに桜子さんでも、基本的にはお金がないと生きていけません。なので、いきなり放り投げられたお金の方に視線が行ってしまうのは仕方がないことなのでありますが―――、

 

「……ミスは警戒心が強いが……執着心の方は、少し断った方がよさそうだ」

 

 そちらに意識を向けていた一瞬のうちに、私の横にDIOが移動していたのでした。

 そのまま、DIOは私のオデコのあたりを撫でようとして、

 

 ジュウウオオオオオ! と。

 

 手の先から炎上しました。

 

「ぬうッ! この炎は……『バーニン・ブリッジ』を気付かれないように()()()()()()()……⁉」

「そういう貴方は、もう少し警戒心を持つべきですね」

 

 バッッ‼ と腕を振るって炎を一瞬のうちに鎮火させたDIOに、私は渾身のドヤ顔で言い放ち、そして即座に先程と同じように『爆発』によってDIOを一〇メートル近く吹っ飛ばし、安全な距離を確保します。これで、DIOが私に近づこうとしても堂々巡りになります。……飛び道具を使って来たりしない限りは。まあ、その時はその時で別の作戦を用意してありますが。

 

「……フフ、これは一本とられた……な。良いだろう。きみは、あのジョースターのくだらない精神とは無縁のようだし――その()()()精神を信じて、このまま退散するとしよう」

 

 DIOは焼けた手をさすりながら、廊下を歩いて闇となっている奥の方へ消えて行きます。

 ……流石に今みたいな古典的な作戦で来るとは思っていませんでしたが(でなければ余裕で対応していました!)、相手はDIOですし、いずれ私が追い詰められることは計算済みでした。そして、私程の実力者は、カネで雇おうとしても完全には信頼できず、何だかんだ言って肉の芽を植え付けようとするってことも、何となく読めていました。なので、もういっそ近づかせないことは諦めて、近づいて来たところで攻撃を加えてやろうと思ったわけです。

 DIOはまだ本調子じゃない。だから、肉の芽を植え付けられない(ゆえに)今ここで殺す、という判断になったとしても、『殺せるがその代わり自分も大きな負傷を負う』となったら、妥協してくれるだろうと踏んでいましたが、ドンピシャでした。流石は私です。

 

「詳しい話は、追って連絡しよう……近くきみのもとにわたしの『仲間』がやって来るだろうから、それと行動を共にすると良い」

「ええ、そうさせてもらいます。……では、ごきげんよう」

 

 そう言って、私は歩を早めます。

 ……色々あったので忘れていましたが、私はトイレに行く途中だったのです。かなり大立ち回りなんてしてしまったので、けっこうヤバいです。……これは、ちょっと、まずいッ……!

 

***

 

 ――――エジプト、カイロのとある邸宅。

 吸血鬼DIOは、悠々とそこにある自室に帰還していた。その右手はまだ無惨に焼けただれ、それが『彼が本調子ではない』ことを証明していた。

 

「DIO様ッ!」

 

 彼が戻って来るなり、暗闇の奥の奥からヒステリックな声がかけられる。バタバタと落ち着きのない足音がしてから数瞬後、腰の折れ曲がった老婆が老婆らしからぬ勢いでDIOに駆け寄って来る。

 杖を振るう老婆は、そのままの勢いでDIOに詰問した。

 

「なぜ、なぜですじゃッ! なぜゆえあの女を始末しなんだッ!」

「――エンヤ婆」

 

 そう窘めつつ、DIOはキングサイズのベッドに座り込む。横にあるテーブルの上に置いてあったワインボトルを手に取り、グラスに注ぎながら、

 

「あの女――というのは、ミス・桜ヶ丘のことかな?」

「他に誰がいるというのですじゃ――――ッ‼‼」

 

 エンヤ婆はことさらヒステリックに喚き、

 

「あの女は不吉じゃッ! DIO様をちっとも恐れないッ! それに彼奴の略歴はDIO様自らご存じでしょうッ!」

「ああ…………」

 

 そう言って、DIOはなみなみと注いだワイングラスにもう片手も添える。バヂバヂバヂィッ! と紫電が迸るようなイメージと共にワインの表面が波立ち――そして、映像が映り出す。

 そこには、ガラの悪い男達を踏みつけにしている少女――桜ヶ丘桜子の姿があった。高笑いをしており、非常にコミカルな絵面のように見えるが――男達の方は、ボコボコの重傷だ。

 それだけではない。あたりには小さな火が湧いており、そこから立ち上る煙は何故だか『無数の目』が浮かび上がっていた。

 

「確かに、少々『お転婆』だったな……部下からの報告通り。……『火のない所に煙は立たぬ』……と言うが……」

「ワシがヤツのスタンド名を知る為にタロットで占った時のことですじゃッ!」

 

 DIOの言葉を遮るようにそう言って、エンヤ婆は話を始める。

 これは、DIOも知っていることだった。何度も話され、そのたびに『不吉だから殺せ』と言われたことだった。

 

 エンヤ婆がスタンドの名前を決める――というより、そのスタンドが暗示しているものを知る――時には、タロット占いを使う。

 〇から二一までの二二枚のタロットカードの中から無作為に一枚選び、その図柄でスタンド名を判別するのだ。その占いの最中……、

 ガッ! と、エンヤ婆は誤って肘で燭台を倒し、長年使ってきた仕事道具のタロットカードを全て燃やしてしまったのだ。

 プロの占い師であるエンヤ婆にとって、こんなことは新人のときから数えても初めての経験だった。自分の不注意以上の『大きな何か』が存在しない限り、そんなことは起こり得ないはずだった。

 

「しかも彼奴めのスタンド名は『バーニン・ブリッジ(炎の橋)』! 燃え上がる虹の『橋』(ビフレスト)の暗示! それは『吊られた男(オーディン)』の国の凋落の前兆ですじゃッ! あのアマは不吉の象徴であるだけでなく、『吊られた男』のタロットの暗示を持つワシの息子J・ガイルの危機をも暗示しているのじゃああああ――――ッッ‼‼」

 

 一説によると、『吊られた男』のタロットの絵柄のモチーフは、全知全能の力を得る為に右の眼球を抉り、ニワトコの樹に吊られて自分自身を生贄にしたという北欧神話の主神オーディンとも言われている。

 そして神々の国アースガルズと人間の国ミズガルズを繋ぐ虹の橋『ビフレスト』の炎上は、神々の黄昏――オーディンが戦死することになる最終戦争『ラグナロク』の始まりを告げる事件の一つとして数えられているのだ。

 

「落ち着けエンヤ婆……神話は神話だ」

「それにあの女はDIO様には遠く及ばないにしても『女帝』の性質があるッ! 自分が一番上に立たなくては、ナンバーワンにならねば気が済まないという性質ですじゃッ! いかにそれが自分の力量に対して分不相応だとしても! そういうヤツこそ組織の中では危険なのですじゃ! お考え直しくだされDIO様!」

 

 事実、それが桜ヶ丘桜子という人間の性質だ。

 自分が一番すぐれていると信じ、そして実際に一番でなければ気が済まない……。実際、それなりに一番になれる資質は備えているのだが、やはりその資質は本当の頂点に立つには『器不足』。かといって積極的に他人を蹴落としにかかるような悪人ではなく、本来であればそれはただの『思春期特有の感情の動き』で片付いていたはずなのだが、なまじスタンドなんてものを手に入れてしまったために、よけいに助長されているという状況だ。(つまり、桜ヶ丘桜子は『二八+一八歳にも拘わらずスタンド能力を手に入れたせいでハイになって、未だに中二病を発症し続けているちょっとイタイ子』ということになってしまうのだが)

 

「だが、それでも『魅力的』だ」

 

 そう言って、DIOはさらにワインの表面を覗き込む。意味の通らない言葉をどう勘違いしたのか、エンヤ婆の喚き声がさらに大きくなるが、DIOはもうそんなこと聞いていなかった。

 ……エンヤ婆の忠告はまさにその通りで、下手にやり方を間違えれば桜子は確実にDIOに牙を剥くし、通常であればDIOはそんなヤツを生かしてはおかない。あの局面で桜子を始末できる可能性は――本気になって戦っていれば、の話だが――あった。にも拘わらずそれをしなかったのには、理由がある。

 

 ワイングラスには、ワインの成分によって発生した濃淡で描かれた『モノクロトーンの絵』が映っていた。

 エジプトへ向かう五人の男達の絵。

 闘士のスタンドを伴い戦う学ランの青年。

 そして、それとぶつかりあう金髪の男。

 ――――最後に、敗北して粉々になる金髪の男。

 

「何故、彼女を念写してこんなものが映るのかは知らないが――」

 

 これはエンヤ婆にも見せていない念写だ。

 だが、DIOはこの映像に強い興味を持っていた。これが現実に起こり得る『運命』なのだとしたら……その詳細を知り、『運命を克服する』必要がある。試練は必ず『克服して殺す』。それはDIOの研究にも関わってくることだ。

 だから、桜子を殺す訳にはいかない。ジョナサンのスタンドは、身体が馴染むにつれてスタンドパワーを『ザ・ワールド』にとられており、今はもう既に相手の心の中を読むほどの力はない。だから、肉の芽を植え付けて完璧に洗脳して話を聞きだす必要があるのだ。

 そう考え、DIOは小さく嘯く。

 

「願わくば、ジョースター一行を相手に『死なない程度に負けて』くれるのを祈るだけだな」

 

 そうなってくれれば、精神的に弱っている桜子に肉の芽を植え付けて洗脳することなど容易い。

 

 

『私が狙っていたのはこれでした。DIOとカネで契約を結び、そしてフツーの刺客としてジョースター一行に戦いを挑み、死なない程度に負けて、再起不能を装って離脱するのです』。

 

 

 ――――彼女が考えていた『安全に問題から遠ざかる方法』は、間違いなく『最悪の選択肢』の一つだった。



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ACT3:No.1とNo.2

 その後、私はそのままDIOの配下と合流することになりました。

 お父さんとお母さんには、『ホテルで出会ったエジプトの資産家と仲良くなって、ちょっとの間色々と話を聞けることになったから、先に帰ってて良いですよ』と伝えておいた。元々能天気な上に最強な私のことだからと、両親はそんなに心配したそぶりも見せずにOKを出してくれました。

 色々と不用心だと思わなくもないですが……まあ、桜子さんが危ない目に遭うなんて想像をする方が無理のある話ですしね。

 

 しかし、やって来た配下の男を見て、私はまた驚愕しました。まさか、人生の中で『コイツ』と出会うことになるとは思ってもみなかったのですから。

 

「……レディに会えると思ってウキウキしてたんだけどよお~~」

 

 その男は。

 カウボーイハットを被り、しなびた咥え煙草をしているその男は、そう言って肩を竦めました。

 年の頃は――老け顔ですが――二〇代後半から、ギリギリ三〇代と言ったところでしょうか。多分、ポルナレフとそう変わりません。

 私は、この男も知っていました。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()便()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 その男の名は――ホル・ホース。

 ……この桜子さんを捕まえて『チンチクリン』とは、良い度胸してますね、コイツ。

 

***

 

ACT3:No.1とNo.2

 

***

 

 ホル・ホースがエンヤ婆からその指示を受けたのは、カルカッタでJ・ガイルと共にジョースター一行を待ち構えているちょうどその時だった。

 

『ホル・ホースッ! エジプトのカイロに戻るのじゃッ! そこでお前を待つ「新たな仲間」と合流し、ジョースターを始末するのじゃッ‼』

 

 エンヤ婆の指示はあまりにも突然だったが――元々ホル・ホースは雇われの身。拒否権など存在していなかったので、言われるがままにカイロに戻り――そしてその少女と出会った。

 立ち居振る舞いからして、年の頃は中学生くらいだろうか? にしても際立つ低身長。プロポーションもお世辞にも良いとは言えず、総じて『ジュニアハイスクールに絶賛通学中』という感じの少女だった。

 まあ、これは日本人が欧米人から見れば童顔に見える、といった事情も関係しているのだろうが。

 

 J・ガイルは良かった。

 クズではあったが、元々『コンビ』の相手には『仕事ぶり』以外には興味を持たないホル・ホースだ。おそらくスタンドを使って『仕事』以外の犯罪行為に手を染めているのであろうことは想像がついたが、だからといって咎めるほどの正義感は彼にはない。

 そして、スタンドの強さでいえばJ・ガイルは優良物件だった。

 スタンドヴィジョンが光となって移動することができる能力。ホル・ホースの『皇帝(エンペラー)』はその能力の為に利用できる反射物を撒き散らすことに優れているし、その点で言えばこれまで組んだ中でも有数の『使える』パートナーだったのだ。

 それが、今度のパートナーは東洋人のチンチクリンである。これではまるでお守りだった。

 

(もっとも、おれはこんなチンチクリンであろうと『女性』である以上尊敬はするがよお~~)

 

 目の前の彼女は、幼さは感じられるが顔のパーツ自体は悪くない。このまま成長するのであれば、確かに美人になるだろう。ホル・ホースの専門ではないが、この世には『青田買い』という考え方もある。

 ……のだが、ホル・ホースは知らないことだが、目の前の少女は一八歳だ。もう成長期などとうに終わっている。

 

「桜子さんを馬鹿にしているのですか?」

 

 目の前の少女は、そんなホル・ホースのやる気のなさを悟ったのかどこか不機嫌そうに言ってきた。イカン、とホル・ホースは思う。いくらチンチクリンだとしても女性であり、これから組むことになるパートナーである。こんなところで不興を買うのはマズイ。

 

「いや! 今のは見間違いだった! 良く見たらヒジョーに美人だったッ! オーマイガッ!」

「……やはり馬鹿にしているのですね? 二番手の癖にこの桜子さんを馬鹿にしているのですね?」

 

 少女のこめかみには、明らかに青筋が浮かんでいた。完璧に怒っている。

 

「そんなこたあ……あん?」

 

 それでも一応弁解しようとしたホル・ホースは、そこで()()()()に気付く。

 少し……空気が煙っぽくなっているような……砂埃が酷くなっているような感覚。

 

(いや、違う……この『無数の目が浮かび上がった煙』は……まさか、この『煙』がコイツの!)

 

 スタンド攻撃。

 その可能性に思い至ったホル・ホースは、慌てて桜子を制止しようとする。

 

「……おいおい、待てよ嬢ちゃん。おれぁ別に……」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。桜子さんがじきじきに教育してあげましょう」

「待っ、」

 

 ドガバギドゴグシャ‼‼ という暴力の音が連続し。

 

 ギニャアアア―――――ッ‼‼ というギャグマンガみたいな悲鳴が響き渡った。

 

***

 

 まったく、無礼な男でした。

 ……いや、過去形で彼を語るのは、まだ一緒に行動を共にしているのでちょっと違うのですが、まあニュアンスが伝わればよし。

 

 で、今私達は何をしているのか、というと。

 ホル・ホースにちょっとした『躾け』をしてから互いに自己紹介をして、カイロのカフェで二人仲良く作戦会議をしているのでした。

 コーヒーを啜りながら、顔を惨めに腫らせたホル・ホースが言います。

 

「……で、これからどうするつもりだね、桜子」

「ずばり、我々が狙うべきは『各個撃破』です」

 

 それに対し、私は自信満々といった風で言い切りました。

 

「相手は五人組。対して我々は二人だけ。『DIOの軍勢』と考えるとこちらの方が大人数ですが、こうして少人数で動いていると考えると、どう考えても多勢に無勢なのです。ですから、相手が一人になったところを狙う。それが一番賢いやり方でしょう」

「まあそりゃあな。で、誰を狙うよ。ポルナレフか? まあアイツはJ・ガイルの旦那がヤるだろうがよ」

 

 ニヤニヤと、ホル・ホースは笑っています。

 そういえばこの男はあえてポルナレフの前に姿を現す、という方法でポルナレフを挑発、単独行動をさせた上で二対一に持ち込む、という戦い方をしていましたっけ。まあ、あのやり方ならホル・ホースがいなくともポルナレフは倒せる――可能性はあります。

 まあ、その程度で彼らが倒されるとは、私には思えませんが。

 そう思いつつ、私はさらに提案します。

 

「まずはそのJ・ガイルをやりましょう」

「は?」

「ですから、J・ガイルを承太郎たちの代わりに()る、と言っているのです。ああ、きちんと彼らに分かるように始末するのですよ」

「はああァァァァあああああああああああああああ~~~~ッッ⁉⁉⁉」

「うるさいですよホル・ホース」

「バッ、テメッ……何考えてやがる⁉ J・ガイルの旦那はおれらの味方だぞ! 殺す理由がどこにあるって言うんだ!」

「味方? ジョースター家という共通の敵を持っているだけでしょう。敵の敵は味方が通るほど世の中は甘くありませんよ」

 

 それに、と私は付け足し、

 

「J・ガイルを倒せば、ジョースター一行は我々に対する警戒を緩めるハズです。ジョースター一行もそう考えるでしょうしね。そうすれば我々はジョースター一行に深く食い込める。先程話した『各個撃破』がやりやすくなります」

「……そうかてめーは知らねーのか。やめておけッ! ヤツはエンヤ婆……DIO様の側近の息子だッ! そんなことしたら確実にエンヤ婆が……DIO様が敵に回る! おれ達の命はねーぜッ!」

「果たして本当にそうですか? J・ガイルをやったっていう功績はジョースター一行に押し付けてしまえば良いだけの話じゃないですか。それに、一行に食い込むと言っても旅を共にするというわけではないです。連絡先を教えて、協力関係を装うという意味です。ジョースター一行が口を割らない限りバレたりはしませんよ」

「う、うむう……」

 

 ホル・ホースは思わず唸ってしまいました。彼も馬鹿ではないでしょうし、私の言っているやり方が『自分達の安全を確保する』という点で見れば理に適っていることは分かっているはず。J・ガイルが義理立てする必要のないクズであることも分かっているでしょうし、そもそも彼はそういう騎士道精神とは程遠い暗殺者のはずですからね。ただ、エンヤ婆にバレた時の、DIOを敵に回した時のリスクが大きいと思っているのでしょう。

 ですが、私としてはジョースター一行に深く食い込んでおく必要があると思っているのです。

 まず、彼らと行動を共にすれば情を沸かせることができる。

 次に、彼らと行動を共にすればその行動パターンを把握できる。

 最後、彼らと行動を共にすれば行動をある程度誘導できる。

 

 特に、二つ目と三つ目は重要です。何故なら――、

 

「じゃ、じゃあ仮にそうするとして、だ。まず誰から狙う?」

「まずはジョセフからです」

 

 ――このように、戦う相手をある程度選ぶことができる、という利点がありますからね。

 

「どうやってだ?」

「ジョースター一行の仲間だと連中自身に誤認させることができれば、その中に深く食い込むことで仲間割れを誘発させたり、行動を誘導したりすることで狙った相手を炙り出して倒すことができます」

「だが……もし仮にバレたら、おれらはタコ殴りだぜ。逃げ場もねー」

「だからまずジョセフを狩るのです。彼は一行とSPWの連絡役であると同時に頭脳でもありますから。私のスタンドなら暗殺が可能。それでジョセフを始末すれば、バレる可能性は格段に減ります」

「……報告じゃあ、これまでジョセフはそんなに活躍してねーただの老いぼれって聞くけどよお。連絡役であるのは分かるが、頭脳ってのはどうだ?」

「たとえば、旅程を決めているのはおそらくジョセフでしょう。承太郎と花京院は学生だから旅程を組んだりする知識はないですし、アヴドゥルはかなり直情タイプで口下手なのでリーダーには向いていない。ポルナレフは旅慣れているでしょうが……一番の新参である彼が一行の中でリーダーシップをとることはできません。一番年長で、アヴドゥルなどからの信頼も高いジョセフが一行のチームワークの核になっているのは間違いないはずです」

 

 そこまで、私は一息に言い切りました。

 まあ、こんなのはホル・ホースを納得させる為の言い訳で、実際には『ジョセフが一番手心を加えてくれそうだし、スタンドも直接攻撃力がないから後遺症が残りづらい』ってだけなんですけどね。

 まあ、此処まで理屈を並べ立ててやれば、向こうも信じてくれることでしょう。流石は桜子さんですね。

 

***

 

 ホル・ホースは、自分の見る目のなさに愕然としていた。

 目の前の少女は……一体『何』だ? 日本という平和ボケの国で二〇年足らず過ごしていた程度の少女が、これほど筋道だった『戦略』を語ることができるのか? まるで『最初から知っていた』かのように的確な分析と作戦……間違いなく、ジョースター一行のアキレス腱を一撃で叩き斬るに違いなかった。

 

(この女……ただのチンチクリンだと? とんでもねえッ! コイツの戦略眼があれば、どんな敵だってマジに始末できるぜッ! 二人でなら承太郎すらやれるかもしれねえッ! J・ガイルの野郎なんか目じゃねーぞ……コイツ、最高の相棒(パートナー)だぜッ)

 

 ホル・ホースは現金な男だ。

 だが、それは彼の住む裏世界においては『切り替えが早い』という長所に変換される。そして、この界隈において過去を引きずらない(考慮しないこととは違う)ことは生き残る最大のコツの一つでもある。

 

「よし、分かった。あんさんの言う通りにしよう。今からおれのブレインは桜子、おめーだ。おれはおめーの指示に従うぜッ!」

 

 調子の良いこと山の如しなホル・ホースの発言だったが、桜子はというとけっこうおめでたい頭をしているのか、『ブレイン』という役割を与えられた途端にふふんと得意げに鼻を鳴らして胸を張っている始末だった。多分、命の危険とかになってくると敏感に反応して本能的に策略を張り巡らせたりするタイプなのだろう、とホル・ホースは思うことにした。

 たまにいるのだ、いつもはおちゃらけている癖にいざというときになると『野性的な勘』としか言えない的確な思考で危険を打破するタイプの強者が。ちなみに、ホル・ホースも意外とそういうタイプである。

 

「で、そういえばホル・ホース、あなたは少し前までJ・ガイルとコンビを組んでいたんですよね? それなら、J・ガイルがどこにいるのか知っているんじゃないですか?」

「ああ」

 

 桜子の問いに、ホル・ホースは自信ありげに頷く。

 

「インドの『カルカッタ』。俺達はそこでジョースター一行に仕掛けるつもりだった。まずポルナレフを挑発して、逆上したポルナレフを殺してから一人一人始末していく形でな」

「で、今ジョースター一行はどのあたりにいるんです?」

「さあな……確かオレが聞いたときには、まだシンガポールに着いたばかりだったはずだぜ」

「なら……今からカルカッタに行けば間に合いそうですね。ホル・ホース! 急ぎましょう! 足はDIOが用意してくれているんでしょう?」

 

 そう言いながら、桜子は善は急げとばかりに進んで行く。

 その後姿は、遊びに行くのに待ちきれない子供のような無邪気さすら感じられるが――、

 

(だが、必要とあればDIOにすら刃向いかねない気概ってヤツを感じたぜ)

 

 ホル・ホースは、自らの手の中に『拳銃』を意識する。

 桜子がDIOにすら刃向う気概を持っているのは良い。だが、ホル・ホースはそうではないし、DIOの手勢に自分達まで狙われることがあってはならない。『呪いのデーボ』や『灰の塔(タワー・オブ・グレー)』、『鋼入りの(スティ―リー)ダン』などをはじめとする世界中に広がるスタンド使いの『業界』全体からつまはじきにされる可能性すらある。

 危険はそれだけではない。もし仮にジョースター一行の味方の振りをして、その途中でDIOの手先であることが相手側からバラされてしまえば、ホル・ホースまで巻き添えを食う危険性がある。

 もし、桜子がそういった状況に追い込まれたなら、その時は。

 

 ホル・ホースは、一つの決意をした。



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ACT4:裏切りの皇帝 その1

 私とホル・ホースはカイロを出てインドのカルカッタにやってきていました。

 ホル・ホースの(得体の知れない)情報網によると、ジョースター一行は既にカルカッタ入りしているらしく、今頃はホテルで一休みしているだろうとのことでした。

 

「どういう情報網なんですか?」

「へっへ、お嬢ちゃんの桜子には少し早えーかもなあ」

「……」

 

 バカにされていると感じたので無言で脛を蹴りつつ、移動すること数分。

 

「バクシーシ‼」

お金恵んで(バクシーシ)ィィィ~~旅のお人ォォォ~~」

「両替スルヨー」

「タクシー乗ってかない? 安くしとくよ!」

「そこのお嬢さんお守りはいかが?」

「お恵みしないと来世でひどい思いをするぞォ」

「バクシーシっつってんだろコラ!」

 

 インドの雑踏に巻き込まれてしまっていました。

 対人交渉の専門家と言って良いコミュニケーションスキルを持っている桜子さんの技量を以ってしてもこの喧騒は捌けそうにありません。

 能力を使う手も考えましたが、流石に一般人相手にスタンドを使うのは桜子さんの矜恃が許さないのでした。

 ……っていうか、転生者である私に来世の話とかある意味笑えませんよね。桜子さんはどんな世界であろうと幸せになるので、別に来世がどうとかはあまり関係ないですけど。

 まあ、そこはあんまり大きな問題ではないのです。もっと大きな問題は、

 

「やっとの思いで雑踏を抜けたと思ったら、荷物をすられていました、と」

「おれがやったみてーな言い方だが、荷物を持ってたのはてめーだからなッ⁉ どォォ――――すんだこの状況ッ! 路銀も吹っ飛んじまったぜッ!」

「ちがいます。すられたのではなく恵んだのです。ほら……来世の為とかで……」

「来世なんか信じるタイプじゃあねーだろうが! おめー!」

「いえ? 桜子さんは意外と信心深いですよ。鰯の頭も信心からって言うでしょう? ……それに、今話すべきは誰の責任とかそういうことではないはずです」

 

 私の超建設的意見に感動したのか、ホル・ホースは何も言えなくなったようです。

 そう。荷物をすられたということは、路銀以外も失っているわけなのでした。たとえば――地図、とか。そして地図がないということは、土地勘のない我々はジョースター一行の居場所が分からないということにもなるわけで。

 

「さしあたって……どうやってJ・ガイルとジョースター一行の戦闘に介入するか、ですね」

 

 どうしようもないじゃねーか! とホル・ホースが喚いていますが、これは黙殺することにします。

 

***

 

ACT4:裏切りの皇帝 その1

 

***

 

 どうしようもない、とホル・ホースは言っていましたが、案外割と何とかなってました。桜子さんのスタンドは遠隔まで飛ばすことができ、独自の感覚も備えています。つまり上空まで飛ばして街を一望することだってできるわけです。

 

「これが桜子、おめーの『バーニン・ブリッジ』か」

 

 立ち上る、『無数の目が浮かび上がった煙』を見て、ホル・ホースが感心して呟きます。前に見せたことがありましたが、その時はじっくりとって雰囲気ではありませんでしたしね。

 

「この桜子さんに感謝するんですね」

「てめーが蒔いた種だろうがッ! それにおれが言うまで気付かなかったくせによォー」

「失敬な。桜子さんだって真っ先に思いついていましたよ。ただスタンドを見せびらかすことでJ・ガイルやジョースター一行に我々の存在がバレてしまうことを警戒していたのです」

「へいへい」

 

 全く信じていないホル・ホースを伴って、私達は足を進めます。

 先程見た時ポルナレフは既にジョースター一行とは別行動をとっており、市街地から郊外へ移動しているところのようでした。彼の周囲を光が飛び交い、『シルバー・チャリオッツ』が次々と反射物を破壊していることから、どうやら既に戦闘中みたいですね。その体は大小様々な切り傷でいっぱいで、J・ガイル相手に苦戦していることがありありと分かります。

 

「しかし解せねーな……」

 

 歩を進めながら、ホル・ホースがそんなことを言います。

 

「どうしました?」

「いや、J・ガイルはおれと組んでるとき、おれを目の前に立たせて自分は後ろから狙うって作戦をとってたんだ。なのにおめーの話だと『ハングドマン』はポルナレフの背後を狙ったりはせず、致命傷にならない程度の傷を負わせているんだろう?」

「おかしくはないのでは? ポルナレフの『シルバー・チャリオッツ』が単純に想像以上のスペックだったのかもしれませんし」

 

 そう返しつつ、私も内心ではホル・ホースに同意していました。なにせ移動スピード自体は光の速さなのです。姿をくらませて鏡に映ったポルナレフを暗殺すれば良いのに、そうせず真っ向勝負を挑むのは、漫画で清々しいまでのゲス野郎っぷりを見せたJ・ガイルに似つかわしくありません。

 そう思って、私は足を止めます。

 スタンドを発現し、ヴィジョンを上空に飛ばし、辺りを確認……、

 

「! ホル・ホース!」

「なんだなんだ、何があった⁉」

「ジョースター一行です! アヴドゥルがポルナレフを追い、花京院が買い取ったトラックに乗り込み、承太郎とジョセフが路地裏を抜けてショートカットしてポルナレフを先回りしようとしているようです! ポルナレフの向かう先には鏡を散りばめたり立てかけたりした広場があります。……けっこう人がいますよ」

 

 スタンドの視界からカルカッタの街を一望している私は、その全景がしっかりと見えていました。

 ポルナレフとJ・ガイルの戦闘で割れる反射物に驚いた通行人がびっくりしてズッこけているのも。

 走るアヴドゥルに怪訝な表情を向けている通行人の顔つきも。

 そんな光景とは関係なく休憩してコーラを飲んでいる少年の姿も。

 花京院から札束をもらってニヤニヤと笑うトラックの持ち主の表情も。

 ニヤニヤ笑いのトラックの持ち主を見てさらに悪巧みをしているゴロツキも。

 承太郎とジョセフが道脇に置いてあった空き瓶を盛大に蹴り飛ばしたのも。

 その近くで物音に首を傾げているご婦人も。

 それらから離れた位置に私とホル・ホースが立っているのも。

 そして、その後方にいる()()が荷物をすられた物乞いの集団も、全て見えていました。

 

「なるほど、J・ガイルは仲間が追ってくることを見越して、むしろ一網打尽にするつもりなのかッ!」

 

 漫画ではホル・ホースと組んでいた為に、ホル・ホース任せにしていた部分を事前に準備していた、ということのようですね。流石にJ・ガイルも馬鹿ではない、ということでしょうか。

 いえ、問題はそこではなく……、

 

「ヤバい……ヤベーぜ桜子! ここから広場まで最短でも徒歩なら一時間かかる! ただ歩いてるだけじゃ、まず間違いなく! おれらが向こうに到着する頃には戦闘が終わっているぜッ!」

 

 ……どうやって、戦闘に間に合うように合流するか、ですね。

 

***

 

 J・ガイルはスタンドを操作しながら内心でほくそ笑んでいた。車に乗った花京院はアヴドゥルを途中で拾ってポルナレフを追っているようだが、人混みの多いカルカッタの街で道を知らない余所者がそこまで速度を出せる訳ではない。ポルナレフはもはやJ・ガイルのいる広場からは目と鼻の先。広場に入った瞬間に散らばった鏡の破片でポルナレフをかく乱させ、動けなくしたところで始末してやれる。

 それにもしそれを切り抜けたとしても、物乞いにカネを渡して『左手を隠すように』と指示を出してあるので、それでポルナレフの気を惹ける。その間に不意打ちで始末するチャンスもあるのだ。

 完璧なプランだった。

 J・ガイルは強力なスタンド使いだが、同時に狡猾で下種だ。だから、他人を巻き込むような手も平然と遂行できてしまう。

 

「野郎ッ! J・ガイル、テメー此処に潜んでいやがるなッ! とうとう追い詰めたぜッ!」

 

 広場に到着したポルナレフは、呑気にそんなことを言っている――が、すぐに表情を変える。

 

『ククククク……いいや違うぞポルナレフ……追い詰められたのはきさまの方だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ァ――――ッ‼‼』

「うッ、うおおおおッ‼ この鏡の破片はッ‼」

 

 キラ! キラ! キラ! と、散らばった鏡の破片の間を『ハングドマン』が飛び交っていく。

 ……『ハングドマン』は『鏡面に映り込む「鏡像」のスタンド』だ。つまり、本質的に『光』の性質を備えていると言って良い。だから鏡面から鏡面の間を飛び交う時は『光のような状態』になり、そのスピードは『光速』に近い。

 だが、その動きはきわめて直線的であり、ポルナレフの『シルバー・チャリオッツ』の早業を以てすれば、軌道さえ読めていれば斬りつけるのも難しくはない。そう……()()()()()()()()()()

 達人並の剣裁きがあるとはいえ、無秩序に鏡面の間を飛び交う『ハングドマン』にダメージを食らわせるなど、正確無比な狙いと電光石火の速さを誇る『スタープラチナ』くらいしかできまい。少なくとも『シルバー・チャリオッツ』には不可能な芸当だった。

 

(ククク……! 攪乱されているぞォ、この次の攻撃で仕留めるッ!)

 

 そして、鏡像の中で適度にポルナレフをいたぶったJ・ガイルは、次でトドメを刺そうと思ってポルナレフの背後に位置する鏡に転移しようと動き――、

 

 ドッギュウンッ! と。

 

 まさにその途中で、軌道内に入り込んできた『銃弾』に『映って』しまった。

 

『何ッ! このスタンド能力は!』

 

 不自然に旋回する『銃弾』に映り込んだままの『ハングドマン』は、周囲を見渡す。『そいつ』はそこにいた。ポルナレフの後方二〇メートル。車の傍で、少女を傍らに伴わせて拳銃を構えているテンガロンハットのその男を、『ハングドマン』は、J・ガイルは知っていた。

 

『きさま、何故――』

 

 思わず声を書けようとする『ハングドマン』だが、テンガロンハットの男の攻撃はそこでは終わらない。『銃弾』はそのまま大きく旋回し……そのまま本体J・ガイルの方へと移動していく。

 

『う、うおおおおッ!! きッきさまッ!』

 

 それを悟った『ハングドマン』は、急いで本体の方へと戻る。キラ! キラ! キラ! と、相手――ポルナレフに自分の居場所を悟られないように攪乱しつつ移動すると、『ハングドマン』は広場の装飾の一つを殴り壊す。

 ゴボガギャア‼ と瓦礫片が飛び散り、それがちょうど『銃弾』の通過する場所と重なって、『銃弾』の勢いを完全に奪う。

 無事に『銃弾』の無力化に成功した『ハングドマン』は、ふうと安堵して一息つく。この『銃弾』の能力を、彼は既に知っていた。ここまでやれば『銃弾』は無力化される、とあらかじめ説明をされていたので大丈夫だろう。

 もう無理だと判断したのか、像を解除された『銃弾』を横目に見つつ、『ハングドマン』は呟く。

 

『しかし…………いったい何のつもりでこのおれを裏切ったんだ……「ホル・ホース」のヤツは』

 

 腕を組み、考えるが答えは出ない。

 ホル・ホース。

 銃弾の軌道を自在に変えることができる拳銃のスタンド『エンペラー』を扱うスタンド使い。

 J・ガイルが前に組んでいた、金でDIOに雇われたしがない女好きの殺し屋だった。まさか金を独り占めする為に他のDIOの刺客を殺すほど金にガメツい男ではなかったし、そこまでの野心もない。

 考えられるとすれば……、

 

『確か、ニッポン人のメスガキのお()りに行ったんだったか……とすると、女好きのホル・ホースのことだし、うまく口車に乗せられたか?』

 

 そこまで考えて、『ハングドマン』は『まあ良い』とホル・ホースが裏切った経緯について思考を放棄する。

 問題なのは、向こう側が『何故か』本体J・ガイルの居場所を突き止めている、というところだ。つまり相手は何らかの方法でこちらを監視している、ということに他ならない。

 幸いなのは、ホル・ホースのスタンド能力『エンペラー』の射程距離がせいぜい五〇メートル程度というところだろうか。現状でもかなり射程ギリギリのはず。J・ガイルが位置を変えれば、『エンペラー』の弾丸はJ・ガイルには届かなくなるだろう。

 そう考え、ひとまず本体を移動させて『エンペラー』の射程距離外に逃れつつ、『ハングドマン』は空を見上げる。

 ホル・ホースにこの周辺に監視の為の設備を用意する時間はなかった。であれば、ホル・ホースが組んだ少女――桜ヶ丘桜子の能力に依るものだと考えるのが妥当だ。

  そしてJ・ガイルは、桜ヶ丘桜子の能力をエンヤ婆から聞いていた。

 

(『煙』のスタンド能力……クク、上空に飛ばしてオレを見ているようだが、あいにくそれは、オレに居場所を教えているようなものだぞッ!)

 

 キラ! と『ハングドマン』の身体が光になって、別の反射物へと移動する。

 その直前に『ハングドマン』に浮かび上がっていた表情は、愉悦に歪んでいた。まるでここからはおれの独り舞台だ、とでも言わんばかりに。



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ACT5:裏切りの皇帝 その2

「何だかよく分からんが、とりあえずこれで言われた通りにしたぜ。毎度ありー」

 

 そう言って、私達が先程まで使っていたタクシーの運転手は手を振ってもと来た道を戻って行きました。ドルルルン、とエンジン音を響かせて去って行くタクシーを見送った私は、改めて目の前の男――――ポルナレフを見据えます。

 さて、話を進める前にまず、私達がどうやってこの広場に『二番乗り』したのかの説明をしておかないといけませんね。

 

***

 

ACT5:裏切りの皇帝 その2

 

***

 

 最初に言っておくと、あの時私が見たものの中に条件は全て揃っていました。

 

 ポルナレフとJ・ガイルの戦闘で割れる反射物に驚きズッこけている通行人。

 走るアヴドゥルに怪訝な表情を向けている通行人の顔つき。

 そんな光景とは関係なく休憩してコーラを飲んでいる少年の姿。

 花京院から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の表情。

 ニヤニヤ笑いのトラックの持ち主を見てさらに()()()()()()()()()()()()

 道脇に置いてあった空き瓶を盛大に蹴り飛ばした承太郎とジョセフ。

 その近くで物音に首を傾げているご婦人。

 それらから離れた位置に立っている私とホル・ホース。

 そして、その後方にいる()()()()()()

 

「……いえ、一つだけ方法があります」

 

 にわかに考え込んでいた私でしたが、さすがは桜子さん、すぐさま打開策をひらめきました。天才すぎるというのも時に困りものですね。あらゆるバトルに緊張感がなくなってしまいますから。

 

「なんだよ、その『方法』ってのは」

「……良いからついて来てください。説明するのも面倒です!」

 

 そう言って、私は走り出しました。此処から、花京院が車を買い取った路地まではほんの数百メートル……今から急げば、十分に間に合うはずです。

 そして、走りに走った先には、

 

「ひッ、なんだよォお前ェェ~~……」

「だからよ~、お金恵んで(バクシーシ)っつってんだよォ。そんな金ちらつかせてんだから少しくらい良いだろォ?」

「だッ誰かッ」

「オラッ!」

 

 花京院にトラックを売った男は、ゴロツキに金をむしり取られている真っ最中でした。あ、助けを呼ぼうとして殴られましたね。

 

「桜子? こいつは……」

「花京院にトラックを売った男です。大金の受け渡しをゴロツキに見られていて、格好の標的になったってところですね」

「なるほど、つまりコイツを助けりゃあ良いって訳だ」

 

 そう言って、ホル・ホースは『エンペラー』を構えます。一発撃つと、ゴロツキの耳を何の躊躇もなく破壊しました。

 

「うげッ、ぎゃあああああ~~~~~~ッ⁉」

「おっと邪魔だ退いときな……。そこのあんさん、危なかったなァ~~おれ達が助けに入ってなかったら全部掻っ攫われていたぜ」

「あ、ありがとうございます……? ??」

 

 転がるゴロツキと代わるようにトラックの持ち主の前にやって来たホル・ホースに、トラックの持ち主は意味が分からなさそうに首を傾げました。まあ、これで全部とられることはなくなる訳ですから幸運であることに違いはないですよね。

 

「じゃ、お助け料ってヤツをもらいたいんだがよォ~~」

「ッ!?」

「なあ~~に全額とは言わねえ……そのカネのうち一〇%をくれりゃあそれで良いからよ……トラックの元の価値よりずっと高いカネを積まれてんだろ?」

「う、うう……」

「決断は早い方が良いぜ……せっかくのトラック代を、耳の治療費に変えたかねーだろ」

「ひ、ひィィいいいいッ⁉ は、払います! 払いますゥゥ~~ウヒヒヒィィ~~~!」

「それで良い」

 

 さくっとお助け料を回収したホル・ホースはこっちに戻ってきます。……大体一〇〇万円弱ほどブンどってるんですが、流石にアウトローだけあってあくどいですね……。

 

「で、これからどーすんだ。カネがあろーがおれらには足がないぜ。このままじゃあ間に合わねーぞ」

「なあに、足のアテはありますよ。私はこれでも結構記憶力の良い方で、一度言われたことは長い間覚えているのです。そして、この桜子さんによれば、『彼ら』はあの時こんなことを言っていたじゃないですか」

 

『バクシーシ‼』

お金恵んで(バクシーシ)ィィィ~~旅のお人ォォォ~~』

『両替スルヨー』

()()()()()()()()()()? 安くしとくよ!』

『そこのお嬢さんお守りはいかが?』

『お恵みしないと来世でひどい思いをするぞォ』

『バクシーシっつってんだろコラ!』

 

 細かい所はぶっちゃけどうでも良いです。重要なのは、タクシー、という一点。

 

「私達の後方にあった物乞いの集団周辺には、タクシーがありました。お金は確保しましたから、今度はそのタクシーを使いますよ! タクシーなら地元の人間が運転しているから土地勘があるので花京院達よりも早く目的地に到着できます!」

「なるほどな……だが、また走るのかよ、うげぇ……」

 

 贅沢を言うんじゃありません。この作戦以上に素早く移動する方法なんて思いつかないでしょう。

 

***

 

 では、種明かしも終わったところでポルナレフとの接触を始めましょう。

 

「おい、テメーら……いったい何者だッ!? 新手のスタンド使いか!」

 

 と、私達の方に気付いたポルナレフが詰め寄ってきます。助けてやったのに態度のデカいヤツですね。まあ良いですけど。

 

「おいおい……助けてやったのにひでー態度だな」

「ホル・ホース、そこは流しましょう。……新手のスタンド使いは新手のスタンド使いですが、私たちは別に敵じゃないですよ。私達もヤツ……J・ガイルを追っているのです」

「……そーいえば、さっきJ・ガイルのヤツがそっちの男を知っている風だったが……」

「彼は身内をJ・ガイルに殺されていて、復讐を誓っているのです」

「何だって⁉」

 

 私が言った芸術的な嘘に、ポルナレフは目を丸くします。ホル・ホースも目を丸くしましたが、ポルナレフには気付かれていないようです。せっかく私が吐いた嘘が台無しになりかねないのでもうちょっと真顔を保ってほしいですね。

 

「(口裏を合わせてください)」

 

 ポルナレフに聞こえない程度の声量で言うと、ホル・ホースは目だけで頷きました。

 

「そして私は、旅の少女です」

「てめーがそこをボカしてんじゃあねええ――――――よ‼」

 

 ホル・ホースが口角泡を飛ばす勢いで私にツッコみます。

 でも仕方ないじゃないですか。ただの女子高生がこんなところにいるなんておかしいですし。承太郎と花京院は色々と理由があるから許容されているだけなんですよ。

 ……と思っていたのですが、ポルナレフはこくりと頷いて、

 

「なるほどなぁ。それでそこの男について行っている、って訳だ」

 

 そんな風にあっさり納得していました。

 …………ああ、そういえば、今思い出しましたけどこの前のシンガポールまで、家出した少女と一時的に旅を共にしていたんでしたっけ。既に前例を見ているから、旅の少女と言っても気にしないわけですか。今の私は当然ながら制服ではなく私服ですから学生とも分かりませんしね。

 

「だが! 同じ目的を持っているとは親近感が湧くが、悪いが協力はできねー……ヤツはこの手で殺すと決めてる! これはおれの戦いなんだ……ヤツを殺す為に青春をささげて来たのだッ!」

 

 拳を握るポルナレフをよそに、ホル・ホースは『どうする?』とアイコンタクトをとってきます。まあ、こんな風に登場しても自惚れ屋のポルナレフのことですし、共闘が拒まれるというのは分かっていました。漫画で花京院と共闘したのは、あくまでアヴドゥルに命を救われ、しかもなおかつアヴドゥルが命を落としたから。いくら命を助けたとはいえポッと出の私達の説得で考えが変わるとは思えません。

 それでも私は、ホル・ホースに『どうにか丸め込めろ』と視線を送ります。ホル・ホースはげんなりしましたが了承したようです。……桜子さんは、あなたの口先には意外と一目置いているんですよ。大丈夫、できますって。

 

「あっあーッ。熱くなってるとこ悪りいがよお、あんさんJ・ガイルのスタンドをどう切り崩すかってことについては考えてるのか?」

「…………」

 

 ポルナレフは答えません。っていうか、答えられないでしょう。怒りに身を任せて突進してるだけですから。そこでポルナレフに反駁させるのではなく、与えた圧を逃がすようにしてホル・ホースは続けます。

 

「……トドメの方はあんさんにくれてやるよォ。そもそもおれは『J・ガイルが罪の報いを受ける』って結末さえあれば満足だからよお~……そのためにおれが無用なリスクを受けないようにするんなら何でもいい。『No.1よりNo.2』だ。おれぁ『復讐』っていう舞台の末席に加われればそれで満足なのよ。だからこそ、この桜子を連れてるんだゼ」

「…………おめー……J・ガイルに恨みがあるんじゃあねーのか? そんな半端な結果で良いっていうのかよ?」

「ああ! 復讐ってのはそれそのものが『目的』じゃあねー」

 

 ホル・ホースは、そこだけは妙にハッキリと断言しました。

 

「復讐の為に何もかも投げ打つのは馬鹿のすることだぜ……。復讐ってのは『人生の決着』! その後の人生をスガスガしく過ごせるようにする為の通過儀礼よ! 重要なのは『仇』が報いを受けて死んでいくのをこの目で見ること! そのために『死んでも良い』って気持ちでやるのは馬鹿げた発想だ! ……と、このホル・ホースは思うね!」

「………………」

 

 ……なにか、いつものホル・ホースみたいに胡散臭い感じがないですね……。不真面目ではありますが、一定の説得力が感じられる気がします。『経験者は語る』みたいな。やはりホル・ホースも殺し屋なんて仕事に身をやつしているだけあって、そのルーツにはまた難しいものがあったりするんでしょうか。まあ、過去にどんなことがあろうともホル・ホースはホル・ホースなので、桜子さんにとってはどうでもいいですけど。

 

「……『復讐は通過儀礼』……か」

 

 ただ、同じく復讐を目的にしていたポルナレフにとっては感じ入るものがあったらしいです。神妙に頷くと、

 

「おれは……おれは今更自分の生き方を変えることはできねーし、したくもねー。やっぱり、J・ガイルはこの手で殺さなくちゃあ気が済まねえ」

「…………」

「だが! 目の前におれと同じ『仇』を追っているヤツがいるってのに()()()()()意地を張って獲物をとりあってそいつと敵対するのは馬鹿らしいことだとも思う」

 

 ……おや、風向きが変わりましたね。

 

「だから『共闘』はできねーが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ふん、自惚れの強い男だ…………だが、おれはそれで構わねー! 桜子、おめーもそれで良いよな?」

「ええ。桜子さんはもともとホル・ホースの付き添い……かたき討ちとは無縁の人間ですし。それで構いません。しかし……、」

 

 そう言って、桜子さんは頭上を指差します。

 

「あん? そう言えばこの『煙』は……」

「桜子さんのスタンドです(能力は秘密ですがね)。先程の『エンペラー』の弾丸はこの『煙』からの視界情報でサポートしていたので本体を精密に追尾していましたが……それは同時に、向こうからもこちらの居場所を教えることになります。つまり……」

「来るぜッ! J・ガイルの『ハングドマン(吊られた男)』の反撃がよォォ――――ッ!」

 

 キラ! とその時、視界の端に光が迸るのが見えました。

 

「来たぞッ! J・ガイルの野郎だ!」

「だが妙だぜ……野郎、さっきのように攪乱したりしねェー! まるでおれ達のことを無視してるみてーに!」

 

 そこで、私は気付きました。ポルナレフのことを意識していた為疎かにしていましたが、私は先程からずっと、『バーニン・ブリッジ』を上空に飛ばして周囲の様子を見ていたのです。改めて意識を戻せば……当然ながら、気付けることもあります。

 

「いえ、違います! 『無視しているみたいに』ではありません! 実際に無視しているんです!」

 

 私はそう言って、指を差します。

 

「能力を知っていて、対策も練れる可能性のある桜子さん達よりも、よっぽど簡単に始末できるヤツを見つけたから無視して後回しにしたんです!」

「なん、だと……誰だそいつは! おれは一人で此処まで来たんだぜ! 他に現れるヤツがいるとは思えねえ!」

「では何故、あの車に向かって『ハングドマン』が向かっているんですッ⁉」

 

 そう。

 私が上空からの監視を意識して気付いたのは、彼らの姿です。花京院と、アヴドゥル……彼らがトラックに乗ってこちらに接近しているのが分かります。そして、それを指摘されたポルナレフは絶句しました。

 

「ば、馬鹿な……! あいつら、あんな風に別れていたのにおれのことを追って来たって言うのか……⁉」

「おい! 急げ! ()()()()、早く攻撃を知らせないとアイツら真っ先に殺されちまうぞ!」

「う、ううッ!」

 

 ポルナレフは、一瞬口を噤みました(直前のことを思い出しているのでしょう。今回はどうだか知りませんが、漫画の時はあれだけ啖呵を切っていたんですし)が、すぐに決断しました。

 

「く、来るなーッ! アヴドゥル、花京院、こっちに来るんじゃあねーぜッ! 『ハングドマン』は既にそっちに向かってる! そのままだとモロに攻撃を食らうぜ――ッ‼‼」

 

 そう言って、ポルナレフはダッ! と走り出します。

 何だかんだ言って、ポルナレフの方にも仲間の情はあったようですね。いや、それを素直に表せる精神状態になった、というべきでしょうか……。

 ………………。

 ここまでは計算通り。ここからが、本番です。



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ACT6:裏切りの皇帝 その3

「く、来るなーッ! アヴドゥル、花京院、こっちに来るんじゃあねーぜッ! 『ハングドマン』は既にそっちに向かってる! そのままだとモロに攻撃を食らうぜ――ッ‼‼」

 

『ハングドマン』は自らを追いかけようと健気に走るポルナレフを見てほくそ笑んでいた。

 実は、花京院とアヴドゥルを狙う……というのは完全な『ポーズ』。そう見せかけて、二人を助けようと向かっている真っ最中のポルナレフが、『ハングドマン』――J・ガイルの真の標的だ。

 確かに花京院とアヴドゥルは『ハングドマン』の能力を知らない。殺すのはたやすいだろう。しかし――、

 

(人間、誰かを助けようとするときが最も無防備になるものよのォォ――。()()()()()……お友達を助けようとしたその瞬間が一番無防備で『狙いやすかった』ぜェェ――――ッ‼)

 

 能力の弱点を知る者を簡単に殺すことができる機会が来たとなれば、真っ先に狙うのはそいつだ。

 キラ! と光が一閃する。

 鏡面の一つから、ポルナレフの足元へ飛び、ポルナレフが『ハングドマン』を見失った一瞬でポルナレフの背中を一突きする。完璧な作戦だった。

 

 ジュウウオオ! と、ポルナレフの足元の鏡面に飛んだ瞬間、『ハングドマン』の全身が燃え上がっていなければ。

 

『ウギャアアアアアアアアアア⁉⁉⁉ ば、馬鹿なッ! な、なんだこのスタンド能力はッ⁉』

 

 炎を自在に操るアヴドゥルの『マジシャンズ・レッド』ではない。アヴドゥルからはまだ射程距離外だ。ならば――と考え、『ハングドマン』は自身のいる鏡面の周囲に、うっすらとだが――――『無数の鋭い眼が浮かび上がった煙』のヴィジョンがあることに気付いた。

 

『ま、さか……桜ヶ丘桜子ッ! このJ・ガイルの戦略を見抜いて、あらかじめ足元の鏡面にスタンドを仕込んでいたと……これはきさまのスタンド能力……ウゴアア!』

 

 慌てて別の場所に飛ぼうとして――『ハングドマン』はさらなる異常に気付いた。鏡面が……粉々にされているのだ。もはや何も映らないくらいバラバラに、打ち砕かれている。おそらくは、ホルホースの『エンペラー』によって。

 

『ば、馬鹿なアアアア~~~ッ! こいつら! 最初からおれがヤツを狙うと分かっていて、全員がこのおれの挙動に意識を向けているその時に罠を仕込んでいたというのかァ――ッ! ぐげっ』

「ふふん。見ましたか。これが桜子さんの戦いの年季ですよ」

「二〇にもなってねーガキが何言ってんだか……だが()()()おれ達のサポートは完了したぜ」

「ホル・ホース、桜子、おめーら……」

 

 ポルナレフが感じ入っているその足元で、火傷の激痛をこらえて『ハングドマン』は思考する。

 

(ぐ、グゲグググ……ククク……油断しおってッ! 確かに重傷だがこのおれのダメージはまだ再起不能ではないッ! あそこにいるアヴドゥルと花京院とのラインはまだ潰されていないのだッ! あそこに行って連中を始末し、精神的ダメージを受けて弱っているポルナレフを始末してくれるッ! そうすれば一旦退くことができる……ホル・ホースと桜子のことは予想外だったが、このことをDIO様に報告すればさらなる援軍が呼べるはずだッ!)

 

 キラ! と、『ハングドマン』は人知れず移動を繰り返し、そしてアヴドゥル達の乗るトラックのサイドミラーに映る。アヴドゥルと花京院は、ポルナレフの様子を見て何やら話しているようだった。

 

「ポルナレフのあの様子……どうやらぼくたちの言っていたことを理解してくれたようですね」

「ああ……わたしも彼を侮っていたのかもしれない。うぬぼれが強く、すぐに油断する性格だと……ああやって、わたし達のことを省みるやさしさも持っている男だったのだ」

 

 そう言っている間にも、鏡像に映り込んだ『ハングドマン』はアヴドゥルの背後に回り込む。『ハングドマン』にとってアヴドゥルの炎は致命的なまでに相性が悪い。此処で、殺しておくに越したことはない……。と、腕を振り上げたその時。

 

「しかし、あの不思議な少女……一体何者なのだろうか」

 

 アヴドゥルの言った言葉に、『ハングドマン』は思わず手を止める。

 そんな『ハングドマン』の様子を知ってか知らずか、二人はさらに話を続けていく。

 

「ええ。あのテンガロンハットの男と一緒にポルナレフと戦っているだけでなく……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『ナニッ』

 

 言われて、『ハングドマン』は慌てて桜子の方を見た。

 そこには――――、

 

 

『BURN THE MIRROR(鏡を焼け!)』

 

 

 の文字。

『バーニン・ブリッジ』は煙のスタンド……つまり不定形。ということは、煙の形を変形させて文字を形作ることもできるということ。これをずっと、アブドゥルたちに見せていたのだ。移動に必死な『ハングドマン』には絶対に気付かれないように。

 

「よく分からんが、この『スタンド』が映っている鏡を焼けばすべてに決着がつくのだというのであれば、喜んでそうしよう。『マジシャンズ・レッド』ッ!」

「おっと……きさまが『鏡から鏡へ映る』スタンドだということには既に気付いている。この車のすべての鏡面にはぼくの『法皇(ハイエロファント)』を忍ばせている。映り込めるとは思わないことだな」

『ナアアアアアアアアアアニイイイイイイイイイイ‼‼‼』

 

 そして、鏡を粉砕され、車の鏡面も塞がれ、唯一自分が残る鏡面も焼かれて鏡面として成り立たなくなった『ハングドマン』が次に行ける場所と言えば。

 

『まッ、まさ……か……ポルナレフの……!』

 

 ポルナレフの――『瞳』のみ。

 

『ひ、ひィィィえええええェェェええええええええええええ~~~~~~~ッ‼‼ や、やめてくれッ! それだけはやめてくれェェえええええ~~~~~~ッ‼‼』

 

 その瞬間。

 ポルナレフからは遠く離れているはずの『ハングドマン』にも、その声は聞こえた。

 『ハングドマン』の移動は、一度発動すれば本人にも止めることはできない。ゆえに強制的に近づいて行く銀の騎士を見ながら、『ハングドマン』は――、

 

『や、やめろォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおお』

「食らえ! J・ガイルッ‼‼」

 

 ゾバンッ‼‼ と。

 風をも断つその刃が、光を貫いた。

 

***

 

「ひっ、ひっ、ひっ……! に、逃げなくては……グギギギ……生き延びなくては……」

 

 J・ガイルは――――、

 まだ息があった。息があるどころか、這いつくばりながらもその場から逃げるくらいの生命力を持ち合わせていた。頬から首筋に至るまでの貫通痕、全身の大火傷など、殆ど再起不能の様相を呈しているものの、それでも辛うじて生きている。

 ズリザリザリ、と這って移動していくJ・ガイルには、解せない点が一つあった。それは桜子とホル・ホースのことだ。

 

(しかし何故……何故あの二人は……いや桜子はこのおれを裏切った? DIO様を裏切ればジョースター一行と同じようにどこにいても刺客に追われる、心安らぐ時のない生活を送らなくてはならないのに……大金も得られないのに……)

 

 と、そこまで考えてJ・ガイルはハッとする。

 

(まさか……まさかだが、あの女……()()()を狙っているのか⁉)

 

 DIOの財産は莫大だが、当然ながら追手にその全てが支払われるわけではない。だがDIOを殺してしまえば、その財産は丸々乗っ取ることができる。エンヤ婆はJ・ガイルに『桜子にだけは気を付けろ、ヤツもまた女帝の器を持つ人間だ、分不相応な器ではあるが……』と忠告していた。そのことからも可能性は十分にあり得る。(実際には、桜子が肉の芽を植え付けられ心からDIOの部下になるというのを嫌っただけなのだが)

 

(や……ばい! この事実を! 桜子の裏切りを伝えねば……我が母エンヤに知らせねば!)

 

 ズリ、ズリズリ、とJ・ガイルはさらに這いつくばって――そして自らに差す陰の存在に気付いた。ハッとして顔をあげると、そこにはポルナレフ、桜子、ホル・ホース、アヴドゥル、花京院の姿があった。

 万事休す――――J・ガイルの脳裏にその四文字がよぎる。

 そして、その刹那、桜子と目が合った。

 

「………………」

 

 桜子は何も語らなかったが、しかしその目は冷徹にJ・ガイルを見据えていた。ポルナレフやアヴドゥル、花京院のように仇敵を倒す高揚もなければ、ホル・ホースのように敵を無事始末できる安堵もない。ただ、これからこなすべきタスクの一つとして……機械的にその『始末』を観察するだけの眼差し。そこには、なんの感情の色もない。

 

「やはりな……J・ガイル。まだしぶとく生きていやがったか。桜子のスタンドでとらえていなければ、まんまと逃がしてしまっていたかもしれねーぜ」

「ま、また桜子か……」

 

 ポルナレフの言葉に、J・ガイルは思わず呻く。その呻きは、やがて罵声に変わっていく。

 

「ウグググゲゲ…………やはり母エンヤの言っていたことは正しかった!」

「何だコイツ? 何を言っている?」

「……! ポルナレフ! 何か策しているのかもしれません! 早くトドメを!」

「『バーニン・ブリッジ』! タロット占いですらはかることのできない『焼失する「運命」』の暗示のスタンドよ……! DIO様を裏切っておいて、生きていられると思うなよ‼‼」

 

 J・ガイルがそう言った瞬間。

 確実に、空気が凍りついた。

 

 

***

 

 桜子がDIOにすら刃向う気概を持っているのは良い。だが、ホル・ホースはそうではないし、DIOの手勢に自分達まで狙われることがあってはならない。『呪いのデーボ』や『灰の塔(タワー・オブ・グレー)』、『鋼入りの(スティ―リー)ダン』などをはじめとする世界中に広がるスタンド使いの『業界』全体からつまはじきにされる可能性すらある。

 危険はそれだけではない。もし仮にジョースター一行の味方の振りをして、その途中でDIOの手先であることが相手側からバラされてしまえば、ホル・ホースまで巻き添えを食う危険性がある。

 もし、桜子がそういった状況に追い込まれたなら、その時は。

 

***

 

ACT6:裏切りの皇帝 その3

 

***

 

 

「何を……何を言っているんだJ・ガイルッ⁉」

「ポルナレフ! 話を聞いてはいけません! 相手はこちらを動揺させて逃げ切る気でいるんです‼」

「その『ポルナレフ』もだ! さっきからだが、そう言えば……おれはおめーに一度も名乗ってねェーぜ!」

「あっ……」

 

 桜子のマヌケな声が、決定打になった。背後にいる花京院とアヴドゥルまでもが、桜子を警戒しだす。

 その様子を見て、あくまでもホル・ホースは冷静に思う。

 

(やっぱりなァ~~……こうなっちまったか……)

 

 J・ガイルは桜子とホル・ホースがDIOの手先であることを知っている。だから余計なことを言う前に始末したかったのだが……こうなってしまう可能性も、当然ながらホル・ホースは考えていた。こうなってしまえば、どさくさに紛れてJ・ガイルは逃げるだろう。

 そうなれば、ホル・ホースもまた命を狙われることになる。だが、ホル・ホースは慌てていなかった。最悪の事態を回避する為の方法は非常にシンプルだからだ。

 ここで『エンペラー』をブチかまして全員殺せば良い。まず桜子を撃ち抜いてから殺せるだけ殺せばそれで済む。J・ガイルはこの負傷だ。ここで取り逃してもDIO陣営に連絡を入れる前に居場所を突き止めて殺すことは容易だろう。よしんば失敗しても、ジョースター一行三人の首をDIOに送れば、エンヤ婆の敵対は避けられないが首の皮一枚は繋がる。

 今はまだ、疑惑の目は桜子一人に向いている。J・ガイルに身内を殺された男()()()()()()()()()()()ホル・ホースがDIOの手先とは、三人は夢にも思っていない。

 

 この引き金を引けば。

 桜子を裏切れば、まだホル・ホースは安泰な生活に戻れる。

 

(悪いなァ――――)

 

 そして、引き金を引く。

 

「……ぎゃああああああああァァあああああッッ⁉⁉」

 

 ――――J・ガイルに向けて。

 

(J・ガイルの旦那よォ。おれぁやっぱり、女を傷つけることだけはできねーぜ)

 

 ドッサァ! と右手を撃ち抜かれたJ・ガイルはそのままのたうち回る。それを目の前にして、ホル・ホースが銃口を上に向けて、残る硝煙のヴィジョンを吹き消すように息を吹きかける。

 

「ナメんなよぉ、J・ガイル。このホル・ホースがそれしきのことを知っていねーとでも思ってんのか。おれらを動揺させてその隙に逃げてやろうって魂胆が見え見えだぜ」

「なっ、あっ、あがっ……」

「……そーだったな。J・ガイル。きさまが心底のクズだってことをようやく思い出したぜ……。桜子のことは気になるが、後回しだ。まずはてめーの……裁きからだぜッ!」

「ひっ、ひっ、ひっひッ……ひィィェェエエえええええええええええええええええええ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ‼‼‼ や、やめてくれっ、助けてくれ! 頼む! 頼むゥー!」

 

 最後の力を振り絞ってか、J・ガイルはポルナレフに縋りついた。

 血まみれの醜い男を前に、ポルナレフは興味深そうな表情をして問いかける。

 

「ほ~お? それじゃあ質問だ。きさまはそう言って許しを乞うた相手にこれまで何と言ってきた?」

「え、あ、ひ……『許す訳がない』……」

 

 剣閃。

 光が煌いたかと思った次の瞬間には……J・ガイルの両目が穿たれていた。

 

「じゃあ――――答えはそれだッ‼ 許しは地獄で、閻魔大王にお願いしな! もっとも許してもらえるとは思えねえがよお~~ッ‼」

 

 嵐の夜の雨粒のような激しさで、J・ガイルの全身に斬り穿たれた傷が量産されていく。

 どのタイミングでJ・ガイルが絶命したのか、ポルナレフにも分からない。

 ただ、結論は至ってシンプル。

 

「……これが本当の『吊られた男(ハングドマン)』か……心底ゲス野郎だったな」

「当然の報いだ。地獄でたっぷりと償いをするが良い」

 

 数瞬で幾千もの穿ち傷を作ったJ・ガイルは、広場の鉄柵に引っかかって、逆さ吊りになって死亡する――という結論だけだ。

 

 

          J・ガイル。

          スタンド名――『ハングドマン(吊られた男)』…………死亡。再起不能。



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ACT7:そして虎穴へ

「……さて」

 

 両右手の――余計なことを口走りやがってくれたド外道野郎J・ガイルを無事殺したポルナレフは、そう言って私の方へ向き直りました。アヴドゥルと花京院も同じく警戒しています。

 ……ヤバいです。非常にヤバいです。まさか完璧と思われた桜子さんの作戦に、こんな隠された穴があるとは思ってもみませんでした。J・ガイルはよく考えればエンヤ婆の息子。私の事を聞いていても不思議ではありませんでしたね。

 ホル・ホースももっと早く銃撃してくれればよかったものを……彼のスタンドは『マジシャンズ・レッド』とは相性が悪いですから、此処は私が主体になって切り抜けなければなりません。というか、私のスタンドも彼とはあまり相性がよくないんですけどね……。

 まずさしあたって、『バーニン・ブリッジ』で、

 

「待て待て、あんまり厳しい感じのはナシで行こうぜ。な?」

 

 ――なんて思っていたところで、ホル・ホースが間に割って入りました。

 

「ホル・ホース? そう言やあーおめーもさっき、『それしきのことを知ってねーとでも』って言ってたよな。おめーも桜子がDIOの手先だって知ってたのか?」

「正確には、DIOの手先の振り、だがなあ」

 

 そう言って、ホル・ホースは私の前髪を持ち上げます。

 

「あっ馬鹿……!」

 

 私は一瞬頭の中が真っ白になるくらい焦って、ホル・ホースの手を払いました。

 

「いきなり何をするのですか! 桜子さんのおでこは誰にも見せられない神秘の領域なんですよ‼」

「ってて……悪い悪い、だが、今ので見えたろ?」

「あ、ああ……? 傷がある以外には普通の額に見えたけどよ……」

「ああああ! もう! よくも! 見せましたねえ! この‼」

「いでっ、いでで……! ごめん! 悪かった! スマン‼」

 

 わたしは思わずカッとなってホル・ホースを殴ります……が、手が届かない。くう、フィジカルの差……! こればっかりは桜子さんを以てしても如何ともしがたいです。スタンドは、流石に暫定敵のジョースター一行の前で全部見せる訳にも行きませんし。

 まあ、多少殴って気分は落ち着きましたが……額の――顔の傷なんて、女の子にとっては恥部に等しいのですよ。それこそ夫になる人くらいにしか見せたいものではありません。女好きを標榜してるわりにデリカシーがないですよコイツ。

 

「……つまり、『肉の芽』はついてねェーっつってんだ。この桜子は、DIOに出会ったが『肉の芽』をつけられないように上手く立ち回って『仲間の振り』をしていたのさ」

「なんだと⁉」

「それは本当ですか!」

 

 ホル・ホースの説明(まあ一〇〇%真実ですが……)に反応したのは、肉の芽を植え付けられそうになって必死こいて逃げ去ったアヴドゥルと、逃げられず肉の芽を植えられてしまった花京院です。

 まあ……並のスタンド使いでは信じられないでしょうね。……ふふん。スタンド使いの中でも選良である私くらいしか、DIOの『ザ・ワールド』を相手にして交渉なんて真似はできないでしょう。例外は承太郎の『スタープラチナ』くらいでしょうか。

 

「ええ、事実ですよ。肉の芽を植えてこようとするDIOを上手く出し抜いて、金銭で雇う契約を結んだのです。桜子さんは歴戦のネゴシエーター顔負けの交渉術を持っているので」

「まあコイツの交渉術はともかくとして、そういう事実があんだ。その話を聞いて、おれはJ・ガイルへの復讐の旅の仲間にこいつを加えたってわけさ。おれもDIOの噂は聞いている。スタンド使いを集めている妙なヤツがいるってよお。そいつと正面切って交渉できるってんだから、相当の実力者だってことは分かったしな」

「だが、形ばかりとはいえDIOの部下になっているなら、いったい何故われわれを討伐しようとせず、むしろ味方した? 静観するという選択肢だって、あるにはあったはずだ。われわれに味方するのはリスクが高すぎやしないか?」

 

 ホル・ホースが視線を向けて来るのを感じます。

 ええ、分かっていますよ。此処で一つ、カッコいいセリフをキメてジョースター一行の信頼を勝ち取れってことですよね。そのくらい桜子さんにとってはお茶の子さいさいです。

 

「そんなの決まっているじゃないですか。DIOなんてちっともこわくないからですよ」

 

 そう言って、桜子さんは自信満々に胸を張りました。

 ……ふふん。桜子さんのあまりの『スゴみ』に、さしものジョースター一行も二の句が継げないようですね。

 

「一度戦ってみて分かりました。この桜子さんにとってDIOは大した相手ではない、と! それに(J・ガイルを追っていたことになっている)ホル・ホースとの約束もありますし、何より後味の良い方についた方が良いに決まっていますからね」

「………………」

「(アヴドゥルさん、ポルナレフ、ちょっとこの子本当に大丈夫なんでしょうか……?)」

「(お、おれにも分からねー……ただ、かなり頭の回るヤツだってことだけは確かだから、あながち強がりとも……)」

「(だがポルナレフ、それにしたってお前以上に自惚れの強そうな性格だぞ……)」

 

 なんかざわざわ言っていますね。サインを求めるかどうか考え中なのでしょうか? まあ桜子さんはエンターテイナーの道にも長じていますので、サインの一つや二つや三つくらい練習してありますけどね。今日はタイプAの気分です。

 

「……分かった。二人の言うことを信じよう。疑ったりして悪かった」

「いえ、疑いたくなる気持ちも分かるので、お気になさらず。それでサインはどうしますか?」

「サイン? 何のことです?」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 ……おかしいですね? サインの話をしていたのでは……?

 

「うぉっほん。それで、無事J・ガイルは倒せたわけだがよ。おめーら二人はこれからどうするんだ?」

「あ、ああ。おれらはDIOを倒す為に旅を続けるつもりだぜ。身内の仇は討ったとはいえ、やはり諸悪の根源はDIOだしよォー」

「やはりそうか。では、われわれと一緒に旅をするつもりはないか? もし来てくれるなら旅のバックアップもしよう。……実は、われわれの仲間である承太郎の母であり、ジョースターさんの娘であるホリィさんはDIOの呪縛でスタンドが暴走していて、このままだと命がない。だからDIOを討ち、スタンドの呪縛から解き放つために、我々はエジプトまで旅をしているのだ」

 

 私にとってはとっくのとうに知っている事前知識でしたが、ホル・ホースはびっくりして目を丸くしていました。

 ……ああ、そういえば、ホリィさんが危篤状態だとDIOが知っていたなら、確実に手先を日本に送り込んで、一行を日本に縫い止めようとしますよね。そうしなかったということは、ホリィさんが危篤であることをDIO自身が知らなかったということなのでしょう。普通にどこかに身を隠しているとでも思っていたんじゃないでしょうか。

 ですが、私達としてはジョースター一行と旅を続けるわけにはいかないわけです。なぜなら、恒久的に旅を続けているとDIO側に私の反逆がバレてしまうから。別にジョースター一行を害するつもりはありませんが、かといってDIOと敵対するつもりも私にはないのですしね。

 

「…………」

 

 ホル・ホースが視線を向けて来るのが分かります。どうするのか、というところでしょうね。

 

「……有難い申し出ですが、やめておきましょう」

 

 つとめて厳かな表情を作って、そう返します。

 

「あまり人数が多くなりすぎても、今度は却ってDIO側からの脅威度を上げて、追手の数を増やすだけでしょう。正体のわからない敵が二人になるだけで、戦闘は一気に複雑になりますから。それなら分散させてDIOの追手を散らした方が、最終的な負担は減るはずです」

「……それは良いんだがよ、桜子。旅費はどーすんだ? インドに来て早々すられたよな?」

 

 そこで、桜子さんの超絶的演説の腰を折るホル・ホースのツッコミが入りました。本当に無粋ですね。お金ならあるでしょうに。ゴロツキから得た一〇パーセントのお助け料。確かあれだけで一〇〇万(日本円換算)くらいにはなったはずです。世界旅行がいくらかかるか分かりませんが、此処からエジプトまで、ジョースター一行とつかず離れずの位置を旅するのには十分でしょう。

 

「それなら先程稼いだじゃないですか。ほら、此処に……」

 

 そう言ってポケットを漁って……、

 ……あれ? おかしいですね?

 桜子さんのポケットの中にしまっておいた一〇〇万がありませんよ? おかしいですね……そう簡単に落とすような大きさのものではないはずなのですが……。

 

「……さっきのタクシーですられたんじゃねーか?」

「…………そんなはずはありません。多分ホル・ホースのポケットにしまったのです。ホル・ホースが持ってるはずです」

「っつーか、荷物全部すられたんだから一〇〇万のうちいくらかは着替えやらパスポート再発行やら生活必需品やらに回さないといけねーよな。そんなんでカネ残るのか? っつーか、パスポートがなけりゃ俺達この国に足止めだよな?」

「……………………………………………………」

 

 ……。

 

「……あー、えーと、もう一度聞くが、わたし達と一緒に旅をする気はないか? ……どーしてもついて来てほしいんだ。頼む」

「…………どうしてもと言われてしまっては、仕方がありませんね。そこまで言われてしまっては、断るのも気が引けます。旅費は絶対にどこか、今はちょっと出せませんが肌身離さず持ち歩いているのですが――どうしてもと言うのであれば、旅費とかその他諸々の工面とかしてくれるのであれば一緒に行ってあげないことも、ないですよ?」

「……おれからも、頼む。どうかついて行かせてくれェ……」

 

 力なく頭を下げるホル・ホースに、三人が同情的な視線を向けて来ました。

 

「……なんですかその目は。この桜子さんがマヌケにも二回もお金をすられたと思っているのですか? いいえ、それは間違いです。一度目は哀れな乞食にお金を恵んであげただけ、二度目はタクシーをなるべく速く此処に到着させる為に、最大限急がせたチップとして支払ったにすぎないのです。必要経費なのです」

「さっきと言ってることが違うじゃねーか」

「細かいことを気にするんじゃありません。ハゲますよ」

 

 ……そんなことを言いながら、私は考えます。

 この状況、一見するとDIO側にわたし達が裏切ったと思われるピンチな状況ですが……実はそうでもないのではないでしょうか。DIOは『貴様見ているなッ』の後に念写のスタンドを使ったことはなかったはずです。多分。きっと。少なくとも思い返す限りでは。……確かあのスタンドはジョナサンのスタンドですから、身体に馴染むたびに使えなくなっているのでしょう。

 ということは。ということはですよ? ……追手をいちいち再起不能にして事情聴取不可にしていけば、我々がジョースター一行と一緒に旅している事実は気付かれないのではないでしょうか。確か、イギーも結局最後までSPW財団の助っ人だってDIO側から認知されてなかった気がしますし。多分。

 とか何とかやっていると、

 

「おォーい! ポルナレフ! アヴドゥル! 花京院! 大丈夫か!」

 

 陽気そうな老人の声。幅広帽をかぶった、筋骨隆々な姿……インディ・ジョーンズみたいな、という形容がぴったり当てはまる、おじいちゃんというよりはおじさん。

 ジョセフ・ジョースター。

 目下、私にとっては最大の獲物です。

 

「ジョースターさん! それに承太郎も!」

 

 ポルナレフが駆けて来る二人に手を振って出迎えます。別れる時にはかなり言い争っていたようですがもうすっかりそのことは頭から抜けてるんでしょうね。おめでたい頭ですが……ジョセフと承太郎の表情からしてそれは快く受け取られているようですね。私はムカつくことがあったなら絶対に謝らないと許しませんが。

 ……ねえ、ホル・ホース。

 

「…………」

「……うっ、何だよその目は……。デコ見たことならさっき謝ったろ? 悪かったよォ~悪気があった訳じゃなかったんだ。もうしねーから機嫌直そうぜ、な?」

「……ふん、次はありませんよ」

「(意外と根に持つタイプだぜ、コイツ……)」

「何か言いましたか?」

「いや! 何にも‼」

 

 …………反省してないようですね。まあジョースター一行の目の前だからスタンドを使うのは勘弁しておいてやりますか。

 

「ええと、それでそこの御仁とレディはどなたかな?」

「ああ、J・ガイルを共に倒してくれた方です。彼女達がいなければ、我々はもっと大きな被害を受けていたでしょう」

 

 私達の素性をたずねたジョセフに、アヴドゥルが手で指し示して紹介します。自己紹介するならこのタイミングですね。

 

「桜ヶ丘桜子と言います。カイロ旅行中にDIOに仲間に誘われた為、ヤツに雇われたフリをして裏切りました」

「ホル・ホースだ。身内の敵討ちにJ・ガイルを探している最中に行き倒れかけてたコイツを拾った」

「ちょっと待ってくださいホル・ホース。行き倒れかけていたとは何の話ですか? 変な嘘を吐かないでください」

「はいはいよー」

 

 非常に不名誉な嘘を吐いてきたホル・ホースに私はすぐさま反駁しますが、この馬鹿は取り合おうともしません。しかもなんかポルナレフ達は納得してる感じです。何ですかその生暖かい目は。この桜子さんが行き倒れなんてする訳ないでしょう。不届きですね。

 

「DIOを騙して――とは。こいつは驚いたわい。おっと、挨拶が遅れてすまんのう。わしはジョセフ・ジョースター。そしてこっちが孫の空条承太郎じゃ」

「ジョースターさん。此処で共闘したのも何かの縁、二人を旅の仲間に加えたいと思うのですが」

「ほお。わしは大歓迎じゃぞ。カワイイ女の子と一緒に旅できるしのお――っ! ただ、そちらさんの方は良いのか? 見ての通りムッサイ男所帯じゃが……」

「別に私は気にしませんよ。それにムサイというのならコイツで慣れました」

「言ってくれるじゃねーか……」

 

 私が親指でホル・ホースを指し示すと、向こうもひくひくと頬をひきつらせ始めました。するとジョセフが苦笑しながら仲裁に入りました。

 

「まあまあ。二人とも仲がいいのは良いことじゃが、ひとまずホテルに戻ろう。情報を共有したいし、人が増えるとなるとこの先のアシや旅程にも調整を入れんといかんからな」

 

 私はジョセフの言葉に素直に頷き、花京院が乗って来た車に乗り込んで行きます。女の子であるところの桜子さんは当然ながら助手席です。他の男達は後部座席にもみくちゃになりながら……あ、承太郎が自分から荷台に移動しましたね。もみくちゃよりも荷台を選んだようです。

 

「…………やれやれだぜ」

 

 これから何度となく聞くことになるその台詞を耳に。

 

 私達を乗せたジープはエジプトへの道を進み始めました。




以上で終了となります。
おそらく、書いていた当時の私はキリのいいところまで書いて満足したのでしょう。
以下、主人公のスタンド能力。(この次のエピソード(VSエンヤ婆)で開示予定だった)

    本体名   ―― 桜ヶ丘 桜子

    スタンド名 ―― バーニン・ブリッジ

 

  破壊力 ― B スピード ― B 射程距離 ― B

  持続力 ― B 精密動作性 ― B 成長性 ― B

 

内部に『鋭い眼』が浮かび上がった煙状のスタンド。

密集させることでアラビア風の女性型スタンドに変化する。

不定形の為打撃や斬撃には無敵だが、温度変化や化学変化には弱い。

最大拡散時は五〇メートルまで遠隔操作が可能だがパワーは低く、

最大密集時は高いパワーを誇るが射程距離は二メートルまで縮まる。

 

『火のないところに煙は立たぬ』を体現する能力。

スタンドの煙を収束させると、煙という結果を穴埋めするように、

その煙の状態に応じた過程の『発火現象』を起こすことができる。

『発火現象』の種類は火花のようなものから普通の炎、

果ては爆発まで、『煙の動き』さえ再現できていれば発動可能。

『発火現象』そのものの威力も『煙』の濃さに応じて変化する。

 

人型ヴィジョンの状態では格闘戦を行うことも可能で、この状態では

強力な打撃が使えるが、反面『発火現象』は火花程度しか起こせない。


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