目指すは海の果て (ワンピの風)
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目覚め

完全なる見切り発車です。気が向けば続きます。


「うぎゃ―――!!」

 

 

 

 たった今頭をぶつけて前世を思い出したので、いきなりだが自己紹介をしようと思う。

 

 俺の前世は令和の時代を生きたごく普通の日本人。トラックに轢かれて意識を失い、この世界に転生した。神様らしき人物とはエンカウントしなかったので、いわゆる転生特典とやらは貰っていない。

 

 今世での名前はルーク。現在3歳。今お世話になっているのは、コルボ山の山賊ダダン一家。0歳の時からここにいると、俺より3歳年上のエースが教えてくれた。……もう分かると思うが、ここはかの有名なONE-PIECEの世界だ。とは言っても、俺は漫画を一通り読みはしたが、主要人物の顔を覚えている程度なので、この世界を冒険することになってもあまりあてには出来ないだろう。うわあああ、もし俺がこの世界に転生すると分かっていたならもっとちゃんと漫画を読み漁ったのにいい!

 

「ルーク! 大丈夫か!」

 

 名を呼ばれ、俺は考え事を中断した。記憶を思い出した衝撃が強すぎて忘れていたが、今俺はエースと川に釣りをしに来ていたんだった。

 

「だいじょう……」

 

 顔を上げた俺の視界いっぱいに、大口を開けたワニが映った。

 

 ……え?

 

「ぎゃあああああ! エース助けてえええ!!」

 

 記憶取り戻して速攻喰われて死亡とか笑えないからああ!!

 

 悲鳴を上げていると、バコォン! という音がして、ワニのガパリと開いた口が何かに叩きつけられたかのように物凄い勢いで閉じた。

 

「ルークに何してんだてめえ!!」

 

 やだ、イケメン……!! 信じられるか、この人これで6歳なんだぜ?

 

 ワニはどうやら鉄パイプで頭を強打されたらしく、そのまま動かなくなった。気絶ではなく、間違いなく絶命している。ワニを一撃で屠った6歳児はそのままこちらに歩いてくると、尻もちをついたままの俺の手を掴み、引っ張り起こしてくれた。

 

「あ、ありがと」

 

「おう。魚は釣れなかったけど、もっといいもんが釣れたな。今夜はワニ飯で決定だ」

 

 エースは嬉しそうにワニを眺めてそう言った。

 

 

 

 ダダン一家での俺とエースの食事は、基本的に一日一回、茶碗一杯の米とコップ一杯の水が保証されている。

 

 これ以外に何か食べたければ、それは自分で調達してこなければならない。しかし、調達した食材は山賊たちに分け前を渡すことで食卓に並ぶ。なので、腹いっぱい食べたければ分け前を引かれても大丈夫なくらいの量が必要になってくる。もちろん俺は腹いっぱい食べたい。

 

 俺もこれでもこの世界で3年生きている。小さい動物なら問題なく狩れるし、食べてもいい植物もエースに習いながらではあるが大体分かるようになったので、最近はダダンから課せられる家事をほっぽりだしてエースと一緒に森に出かけている。……前世では到底考えられないだろう。記憶を思い出した今、そんな自分に戦々恐々としている。適応力ってすごいね。

 

 今日はエースの仕留めたワニと、俺が仕留めたウサギが2羽、それから二人で採取してきたキノコが食卓に並んでいる。分け前分を引いてもまだまだ量があるので、これなら腹いっぱい食べられるだろう。

 

 ウサギを丸焼きにした柔らかい肉を頬ばっていると、エースが、米とワニの肉を混ぜ合わせて炊いた「ワニ飯」を茶碗に山盛りにしてやってきた。そのまま茶碗を突き出される。

 

「ほら、お前の分だ」

 

「でもこれ、エースが仕留めたやつじゃねえのか? 俺が食ってもいいの?」

 

「お前が囮になってくれたから倒せたんだよ。遠慮してねえで食え」

 

 ぶっきらぼうに言い、そっぽを向いたエース。何て優しいのだろう。もしかしたらエース的には年下の俺に兄貴風を吹かせたい年頃なのかもしれない。かわいいかよ。

 

 正直、ワニ飯は俺の好物なので嬉しい。ありがたく頂戴した。そのワニ飯の美味さにひとしきり狂喜乱舞した後、我に返った俺は自分の皿に乗っていたウサギ肉をエースに差し出した。

 

「このウサギ、エースと一緒に作った罠に掛かってたんだ」

 

「いや、おれは」

 

「一緒に食おう!」

 

「……しょーがねぇなあ」

 

 にかっと笑顔を浮かべて言えば、流石のエースも断れなかったのか、しょーがねぇなあとか言いながらも、嬉しそうな様子でウサギ肉にガブリと噛みついた。

 

 俺は前世では両親が早くに他界していて、一人暮らしが長かったので食事はいつも一人だった。その時食べていたものと比べれば、この肉よりもっと贅沢だったけど、美味しさは断然この肉が上だ。誰かと一緒に食べるだけで、こんなにも違いが出るものなのか。

 

 エースと二人、並んでウサギ肉をもぐもぐした後、腹いっぱい食べたせいか急に眠気が襲ってきたので、その日は速めに寝た。

 

 家族って、いいなあ。

 

 眠りに落ちるその前に、そうぼんやりと思った一日だった。

 

 

 

 

 

 そんなこんな過ごしているうちに、俺は5歳になった。その頃の俺には新しい友達が出来ていた。エースが紹介してくれたサボという少年だ。彼は不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)に住んでいると聞いた。

 

 最近はその3人で町に出かけ、町のチンピラから金を巻き上げたり、レストランで食い逃げしたりしている。最初は……まあ、少しは罪悪感があったが、もう慣れてしまった。慣れって怖いね。俺の精神も大分この世界に染まってきていると思う。

 

 もうね、今世での俺のモットーは「人生楽しんだ者勝ち」で決定だ。じゃないとこの世界ではやってられない。

 

 俺たちのいるこの国の名は「ゴア王国」。ゴミ一つないことから東の海(イーストブルー)で最も美しい国だと言われている。確かに城壁で囲まれた壁内はきれいだが、それは毎日大量に出るゴミを、壁の外―――不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)、通称「ゴミ山」に押しやっているからだ。まあそのゴミを漁って生活している人もいるから、俺的にはちょっと複雑な気分。

 

 唯一壁の内側へと行ける通路は「大門」と呼ばれていて、大門をくぐるとすぐに「端町(はしまち)」に出る。端町は町の不良やチンピラが屯している場所で、もっと奥に進むと小綺麗な「中心街」。更にその中心に高い壁があり、その中には王族と貴族が暮らす「高町」がある。

 

 今日の俺たちは端町で片っ端からチンピラを襲い、金を巻き上げていた。

 

「おらあっ、それ寄越せ!」

 

「ぎゃああっ!?」

 

 エースがぶん回した鉄パイプがチンピラの顔にクリーンヒットしたのを、そこらに転がっていた樽の上に座って眺めていると、隣に来たサボが金貨の入った袋を嬉しそうにじゃらりと揺らした。

 

「今日も結構集まったな。いい感じだ」

 

「うん。幾らくらいになるかな。……あ、おかえりエース」

 

 手で持っていた札束をサボが持つ袋の中に放り込んでいると、エースが小さな箱を抱えて戻ってきた。

 

「それ何?」

 

「さあ? さっきの奴が持ってた。中身はまだ見てねえが……。とりあえず、帰ってから開けるぞ。急げ、そろそろ人が集まってきた」

 

 確かに、先程から少し人が増えてきている。捕まらないうちに逃げた方がよさそうだ。俺たちは今回の戦利品を手にさっさと端町を出た。

 

 

 不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)を出て少し森に入ったところの「中間の森」に、俺たちは来ていた。そこには大きな木がたくさん生えていて、そのうちの一本に俺たちは金を貯め込んでいた。この金は将来の為に貯めている「海賊貯金」だ。エースとサボは将来海賊になりたいらしい。俺は将来何になるかはまだ決め切れていないが、二人は俺の意思を尊重すると言ってくれている。優しい兄たちだ。

 

 木に登り、中心をくりぬいて開けたスペースに札束や金貨、宝石類をどんどん入れていく。毎日少しずつではあるが、順調に溜まっていく貯金に満足していると、サボがそわそわしながら言った。

 

「なあ、さっきの箱の中身見てみようぜ! 何が入ってんのか気になる」

 

「ああ。……ちょっと待て、意外と固いぞこの箱っ!」

 

 エースが思いっきり叩いても割れない。この箱、思いのほか頑丈にできているらしい。すこし手加減しながら鉄パイプで殴ると、箱が壊れ、小さな果物が転がり出てきた。

 

「何だ、これ? 梨?」

 

 見た目は果物だ。前世でも見たことのある、梨だ。ただ、実の表面に走る模様が問題だった。実の全体が薄くひび割れていて、半分が赤、もう半分が青に染まっている。見るからにやばい見た目だった。サボとエースは恐る恐るその実をつついたり、匂いを嗅いだりしている。

 

 しかし、俺はそれどころじゃなかった。流石の俺でも、ONE-PIECEに登場するおかしな見た目の果実には心当たりがある。

 

 ……これってもしかして、悪魔の実ってやつじゃね?

 

「これ、色すげえけど食えんのか? どうする……?」

 

「いや、どう見ても駄目だろ。多分これ腐ってるぞ……。これは捨てよ―――ってルーク!?」

 

 俺は果実を遠くに投げ捨てようとしたエースからそれを奪い取った。原作ではエースは確か……メラメラ? の能力者だった。サボは分からないが……。

 

 とりあえず、俺は二人に尋ねた。

 

「これ、俺が貰ってもいい?」

 

「いや、そりゃ別に構わねえけど……」

 

「腹壊すといけねえから、間違っても食うなよ?」

 

 二人とも「腹が減ってるなら代わりに食えるやつ探してくるから」と言ってくれる。ごめん、二人とも。別に腹が減ってるわけじゃないんだ。でも……!!

 

 俺の二つ目のモットーは「疑わしきは食ってみろ」。これまで毒に当たり腹を壊した回数は数知れず。しかし、このモットーは俺の味覚に多大な変化をもたらし、今では口に含むだけでそれが食べても大丈夫なものかわかるようになりつつある。我ながらこれまでよく死ななかったな、俺。

 

 二人はそんな俺のモットーを知っているからこそ、不安げな顔をしている。しかし、その俺の勘が言っているのだ。「食え」と。なら俺は、それに従うのみ……!!

 

「「あああああ!?!?!?」」

 

 俺は二人の静止を振り切り、果実に思い切りかぶりついた。ふむふむ、感触は完全に梨だな。シャキシャキしている。味は――――――っ!?!?!?!?

 

「うぶっ!?!?!?」

 

 未だかつて経験したことのない不味さに悶絶する。吐き出しそうになるのを堪え、何とか飲みこんだ。それだけで途方もない疲労感を感じた俺は、その場にガクリと両手をつく。

 

「バカ野郎! やっぱ腐ってたんじゃねえか!」

 

「おいっ大丈夫かルーク! さっきの吐け! 腹壊すぞ!」

 

 背中を擦られ、俺はえずきながらも何とか顔を上げて言った。

 

「く、口直しをおぉおえええ……!!」

 

 後味がしつこく口に残っている。「吐け! 吐け!」としきりに聞こえてくるが、今吐いたらもう一度あの地獄を味わうことになる。それだけは御免だったので首をフルフル振りながら「今吐いたら死ぬ……!!」と訴えると、吐かせることを諦めたのか、エースが干し肉を差し出してきた。

 

 夢中でその肉を頬張る。塩の味が濃いのが幸いして、果実の後味はすぐに薄れていった。

 

「おい、平気か?」

 

「ごめん、ありがと。落ち着いた……って」

 

 ぐったりしていると頭をエースに叩かれた。ちょっと痛いが、これは俺のせいだし、エースが俺を叩くのは俺を心配しての行動なので甘んじて受け入れる。

 

「お前ェ! 食うなって言っただろうが!」

 

「こらエース! 気持ちはわかる! わかるけど、具合悪い時に頭叩いたら駄目だぞ!」

 

「ごめん、二人とも。つい気になって……」

 

「いいか!? なんかちょっとでも具合悪くなったら絶対おれたちに言え! いいな!?」

 

「ハイ……」

 

 過保護なエースに思わず笑みが浮かびそうになるが、ここで笑うと暫く口をきいてもらえなくなりそうなので我慢する。多分サボにはバレバレだったと思うが、彼も苦笑いを浮かべただけで黙っていてくれた。

 

 




主人公ルークの一人称は「俺」で、その他の人物は「おれ」で行きます。


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能力と弟

続いた。設定とかガバガバですけどそれでもよろしければどうぞ。


 

 

 

 

 あの時俺が食べたのは、予想していた通り悪魔の実だった。能力は、手で触れたものを「破壊」することと、「創造」すること。簡単に言えば「壊す」ことと「造る」ことだな。実の名前までは分からないが、割と強い能力だ、と思う。だが、どの程度まで「壊せる」のか、どの程度まで「造れる」のか。それがまだはっきりしていない。

 

 今日はサボとエースが俺の能力の確認を手伝ってくれた。二人は俺の能力に最初は目を剥いて驚いていたが、それがあの果実を食べたせいだと気づいてからは積極的に手伝ってくれている。色々と責任を感じてくれているのかもしれないが、これは俺が望んだことなのでそんなに気にしなくてもいいんだけどね。二人の気遣いがとても嬉しく感じてしまう。

 

「じゃ、これ壊してみろよ」

 

 エースが渡してきた拳大の大きさの石を、力を込めて両手で握りしめる。すると、パチパチという静電気に似た音とともに、両手に小さな赤い光が走る。この光、「壊す」時には赤色、「造る」時には青色になる。右手で赤、左手で青の光を走らせて少し遊んでみたが、まるで電気を手に纏っているみたいでカッコいいので、俺は結構気に入っている。

 

「んぐぐぎぎ……!!」

 

 大体5秒ほど握っていると、拳大の石に赤い亀裂が入り、ばらばらと砕けて小石になった。ため息をついて、その場に座り込む。これだけですごく疲れた。

 

「うーん……壊すのはいいけど、造るのは下手くそだな、ルーク」

 

 サボが、俺がさっきそこらの地面から造った小さな机を見てそう言った。確かに、足の長さがバラバラで、机の天板はボコボコとへこみが多い。

 

「……俺、どちらかと言うと壊す方が得意かも。壊すのはさ、「壊れろ!」って思うだけでいいけど、造るのはその造りたいものを強くイメージしないといけないし……」

 

 言いながら、手に乗っていた小石をそこら辺に置くと、おもむろに地面に両手を突いた。青い光が走り、今度は10秒ほどしてからバチバチ音を立てて椅子が出来上がった。不格好だが、さっき造った机よりはまだちゃんとした椅子に見える。

 

今の俺はこれぐらいが能力の限界だ。多分この力も、使い続けていけばもっと色々出来るようになると思う。

 

「何はともあれ、練習あるのみだな……」

 

「にしてもすげえな。ちゃんと椅子に見えるぞ、これ」

 

 よっこいしょ、とその椅子に腰を下ろしたエースが、どすんと尻餅をついた。

 

「……」

 

「……」

 

 この椅子の材質は地面。つまりただの脆い土だ。エースの体重を支え切れるほどの耐久性はなかったらしい。椅子だった土の上で、エースは何も言わない。俺もサボも何も言わない。

 

 我慢しろ。ここで笑ったら何されるかわからないぞ。

 

「……ぶっ」

 

「ちょ、駄目だってサボ、俺だって我慢して―――ぶふっ」

 

 口に力を入れて必死に笑いを堪えていたが、サボが吹き出してしまった。俺もそれにつられてしまう。

 

「なぁに笑ってんだァ!!」

 

「うわあっ、逃げ―――!?」

 

 結局、その日はエースにあちこち追い掛け回されて終わった。

 

 

 

 

 

 能力者になってから2年が経ち、俺は7歳、エースとサボは10歳になっていた。

 

 俺も少しずつではあるが能力を扱えるようになってきた。具体的には、「破壊」で壁の一部を崩して通り道を作ったり、「創造」でちょっとした足場を造ったり。最近はちゃんとしたイメージが掴めるようになってきたので、何かを「破壊」、「創造」する時に掛かる時間も短くなってきている。

 

 ただ、「破壊」の方が「創造」よりも得意なので、どうしてもそっちばかり使ってしまう。まあそのお陰でコントロールはバッチリだけど。

 

 

 今日は俺もエースも機嫌が良かった。前々から目をつけていた大きな野牛を、ついに俺とエースの二人で仕留めたのだ。今日は御馳走だ! と二人で野牛を引きずって帰っていると、何やらダダンの家辺りが騒がしい。

 

「何だ?」

 

「さあ? 誰か来たのかも……じいちゃんかな?」

 

 ダダンの声に、ごくたまに俺たちの顔を見に来る暴力ジジイ(ガープ)の声。それに紛れて、少年の抗議するような声が聞こえる。

 

 ……あれっ、もしかして。

 

 ダダンの家に到着してみると、そこには向かい合って何かを言い争うダダンとじいちゃんの姿があった。そして、その近くには麦わら帽子を被った一人の少年が。間違いない、原作主人公のルフィだ。

 

「か、勘弁してくださいよ、ただでさえエースとルークの面倒見てるだけで参ってるのに、それに加えてアンタの孫って……っ!」

 

 結構な言われようだな、俺たち。

 

 ちょっぴり悲しくなったが、自分でも悪ガキの自覚があるので黙っておく。

 

 ルフィは俺とエースにはまだ気づいていない様子で、キョロキョロと辺りを見回している。

 

「なあエース、あいつ、多分俺と同じくらいだよな……」

 

「…………」

 

 野牛の上に座っているエースを見上げたが、彼は何故か無言のまま、じっとルフィを睨みつけていた。

 

 あー………。エースは何というか……縄張り意識じゃないけど、見知らぬ人に対しての警戒心がとても強い。「お前は狼か!」と言いたくなるほどに強い。俺が一度、不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)で知り合った気のいいおっさんと話していた時も、ずっと気を張っていたし。仲間意識が芽生えた相手にはとても甘くなるんだけどね。

 

「………ぺっ」

 

「あっ! あぁ~~……」

 

 どうしようか悩んでいると、エースが唾を吐いた。止める暇もなかった。目で追っていると、唾はルフィの頬に着弾した。それに気づかないわけもなく、ルフィがこちらを見る。

 

「おいっ!誰だお前ら!!」

 

「おお、二人とも。久しぶりじゃの! おいルフィ、あいつがエースじゃ。歳はお前より3つ上。で、もう一人がルーク。お前と同い年じゃ」

 

 へえ、俺とルフィは同い年なのか。へええ~……じゃない。どうしよう、今のところエースは敵愾心丸出しだし、ルフィも唾をつけられて怒ってる。

 

「今日からこいつらと一緒に暮らすんじゃ。仲良うせい!」

 

 じいちゃんがルフィの頭をパシンと叩きながら言った言葉に、ダダンが悲鳴を上げる。

 

「決定ですか!?」

 

「…………何じゃい」

 

「お預かりしますっ!!」

 

 じいちゃんが出した威圧に、一瞬でルフィを預かることを承諾したダダン。見ていて少し不憫になった。今度からはもう少し言うことを聞くようにしようかな。 

 

「よし! じいちゃんは帰るぞ、ルフィ! エースもルークも、また来るからの!!」

 

 そう言い残すと、じいちゃんは笑いながら山を下りて行った。

 

 諦めたようなため息をついたダダンが家の中に戻っていくので、俺とエースも野牛を引きずって家に入った。後からついてくるルフィは、不機嫌そうに俺たちを睨んだままだ。

 

 どうせこれから一緒に暮らすんだ。だったら仲良くしたい。

 

 俺はむくれた顔をしたルフィに声をかけた。

 

「えーと……ルフィ、でいいんだよな?」

 

「!」

 

「俺はルーク。さっきはごめんな。エースは気難しいだけで、根は良い奴なんだよ」

 

 謝りつつ、エースのフォローも入れておく。たちまちギロリとエースからの睨みが飛んでくるので、それに謝意を込めた苦笑で返した。ごめんごめん、そんなに睨むなって。

 

 ルフィはむくれた顔のまま、数秒俺の顔を見つめていたが、やがてニカっと破顔した。

 

「……謝ったから許す! おれはルフィだ!」

 

「うん、よろしく」

 

 うわあ、素直~っ!! 

 

 これまでダダン一家でも、エースやサボの中でも俺が一番年下だったので、弟が出来たような感じがして胸がほっこりする。いや、歳は一緒なんだけどさ。

 

 

 

 家に戻って少しすると、食事の時間になった。食卓には俺とエースが狩ってきた野牛の肉が並んでいる。やはり牛の肉は美味い。幾らでも食べられそうだ。

 

「おれ、山賊大っっ嫌いなんだ!!」

 

「黙れクソガキ! あたしらだっておめぇみたいなの預けられて迷惑してんだ! ここに居たくなきゃ好都合! 出てってその辺で野垂れ死んじまえ!!」

 

 肉汁溢れる焼きたての肉を口いっぱいに頬ばっていると、荒ぶるダダンとルフィの会話が聞こえてくる。

 

「メシ食い足りねえ。おれもあの肉食いてえ!」

 

「黙れクソガキ! あの肉もこの肉もエースとルークが獲ってきた野牛の肉だ!! あたしらに分け前を渡すことでこうして食卓に並ぶんだよ! 何か食いたかったら自分で獲ってきなァ!!」

 

 こうやって聞いてると中々厳しい環境で生きてきたよな、俺たち………。

 

 ダダンがルフィにしてもらう予定の仕事(掃除・洗濯・靴磨き・武器磨き・窃盗・略奪・サギ・人殺しのとんでもないラインナップ)をルフィに言い聞かせ、ルフィが「わかった!」と即答しているのを聞きながらチラリと左隣のエースの様子を伺う。

 

「……」

 

 無言で肉を頬ぼるエース。ただ、その眉間には深いしわが寄っていて、目には鋭い光が宿っている。その様子はただ食事に夢中になっているというわけではなさそうで、明らかにルフィを意識しているのがわかる。それとは別に前々から思っていたことではあるが、基本的にエースはダダンの家にいる間もピリピリと気を張っているように感じる。まあダダン一家からも俺たちは基本腫れ物扱いなので、それも無理もないけど……。

 

 俺が見ている先で、エースは一足先に食事を終えると、さっさと家を出ようとする。それに目ざとく気づいたルフィが後を追いかけようとするので、俺は慌ててルフィを呼び止めた。今のエースは不機嫌だ。あんまりルフィと一緒にいるのはよくないかもしれない。

 

「ルフィ! この肉食わないか!?」

 

「え? いいのか!?」

 

「俺、腹いっぱいだから!」

 

 

 そう言って肉を幾つか差し出すと、ルフィはとても嬉しそうにその肉を受け取った。腹いっぱいなんて嘘だ。正直まだ食い足りないが、肉よりもエースのほうが大事だ。

 

 ルフィの後ろで、ダダンたちが俺の行動を見て目を剥いている。俺が肉を誰かに分けたことが意外だったのだろう。それにしても少し驚きすぎな気もするけど。

 

「ありがとう! お前いい奴だなー!」

 

「まあね。よく噛んで食えよ?」

 

 少し心苦しいが、ルフィが肉に気を取られている間に、俺もこっそり家を抜け出す。エースは少し先の方を歩いていたので、すぐに追いついた。

 

「エース!」

 

「………ルークか」

 

 幸い、呼び掛けるとちゃんと返事をしてくれた。そのことに安堵しながら、隣を一緒に歩く。

 

「どうしたんだよ、ちょっと警戒しすぎじゃないか?」

 

「………」

 

 うーん、やっぱり不機嫌だ。無視されたが、めげずにもう一度呼び掛けてみる。

 

「エース~?」

 

「………」

 

「………こちょ」

 

 脇腹をくすぐってみるが、ぺっとその腕を振り払われた。今のも効果なし、かぁ。

 

「ちょっと話したけど、そんなに悪い奴じゃなさそうだぞ?」

 

「……そうかよ」

 

「そうだよ」

 

「………」

 

 駄目だ。俺はエースが思いのほか頑固なのを知っている。こうなっては、エースがルフィを何らかの形で認めない限りはどうにもならないだろう。どうなるかわからないけど……見守るしかないな。

 

長期戦を覚悟し、俺は小さくため息をついた。

 

 




「破壊」と「創造」ってノリで能力決めたけど、実の名前一切考えてなくて死んだ。


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ルフィ

文字数って大体どのくらいが丁度いいんですかね?



 

 

 

 

 ルフィに対してのエースの態度を、警戒心を抜きにして言葉で表すと、「鬱陶しい」が適切だろう。

 

 「中間の森」の木の上で、町で得た金品を穴の中に隠しながら俺はそう考えた。その場にぼんやりと寝っ転がる。エースからすればルフィは「ついてこられると邪魔」「あと単純に気に入らない奴」。そんな感じだろうか。

 

 ルフィはよく頑張っていると思う。エースに谷に突き落とされ、一週間狼に追い掛け回され、傷だらけになってもエースについていくのをやめないし、俺でもあまり通ろうと思わない場所でも、迷いなくエースについていく。ルフィが来た初日に「山賊が嫌い」だと言っていたが、その言葉通りダダンたちといるのがよっぽど嫌なんだろう。毎日どんなに傷だらけになってもルフィは追いかけることを辞めない。その根性には素直に感心する。もうここにルフィが辿り着くのも時間の問題だろう。

 

 そしていつも、ルフィは何故か俺を追いかけようとはしなかった。俺がわざとエースと時間をずらしているのもあるかもしれないけど、いつも追いかけるのはエースだけだ。

 

「ルフィ、俺じゃなくてエースだけを追いかけるのは何でだ?」

 

 いつかの夜、エースを追って怪我をしたところにグルグルと包帯を巻いてやりながら聞いてみたところ、

 

「ルークとはもう友達だからいいんだ。おれは一人じゃねぇ。でも、おれはエースとも友達になりたいんだ!」

 

 とのこと。通る道は違えども、俺の行き先が最終的にはエースと同じ場所だということを知っているのかどうかはともかく、エースを追いかけるのには目的があったわけだ。「友達になりたい」という目的が。

 

 ………ちょっと健気すぎません? 俺って今のところルフィに肉あげただけなのに、それだけでもう友達なの? 今時こんなにピュアな子いないよ? もう俺が「中間の森」までの道教えちゃってもいいかな?

 

 何度かそう思ったが、それを教えてしまうとこれまでのルフィの頑張りが水の泡だし、俺もエースに睨まれるだけでは済まなさそうだ。何より、あそこには「海賊貯金」がある。これまでの様子を見て、「海賊貯金」の存在を知ったルフィがそれを誰かに話すとは思えないが、だからといって嘘や誤魔化しが出来るようには見えない。多分、誤魔化そうとはしてくれるんだろうけど、あのピュアっぷりだ。誤魔化せる可能性は限りなくゼロに近い。

 

「………うーん」

 

 普段の俺だったら「なるようになるさ!」とか言って割り切っていたかもしれないが、こればっかりは、俺だけの問題じゃない。3人で苦労して貯めた大切な貯金……。

 

「う゛う~~~ん!!」

 

 頭を抱えて呻いていると、たんっと軽やかな足音がして、ふっと頭上に影が差した。見なくても分かる。サボだ。もう町に行ってきたのだろう、重そうな袋を担いでいた。

 

「なーに唸ってんだ、ルーク?」

 

「うんにゃ、ちょっと考え事………」

 

「またあれか、ルフィってやつのことか?」

 

「うん……結構巻き上げてきたな」

 

 「ああ」と嬉しそうに答えたサボが、じゃらじゃらと今日の戦利品を木の穴に入れていく音がする。

 

「そのルフィってやつだけど、お前がそこまで気にかけてるんだ。悪い奴じゃないんだろ?」

 

「うん。ただ、ちょっと素直すぎるんだよなぁ………嘘とかつけないタイプ」

 

「んん、そうか。……エースは相変わらずか?」

 

「変わりなし。むしろ、俺がルフィに良くしてるのがあんまり気に食わないみたい」

 

 最近のエースは俺に対してもちょっぴり不機嫌だ。サボが諫めてくれてはいるけど、そろそろ寂しいので機嫌を直してほしい。

 

「アイツも素直じゃないからなぁ………エースに懐いてたお前が、最近は何だかんだルフィの世話焼いてばっかだから面白くないんだろ」

 

「え、なにそれ」

 

 思わぬ言葉にむくりと起き上がる。サボは少し苦笑気味に「今の、エースには内緒な」と口の前で人差し指を立てた。何だ、それで機嫌が悪かったのか、エースは。

 

「………おい、からかうと怒りだすからな。やめとけよ」

 

「わかってるって!」

 

 え~~~? も~~~? かわいすぎだろ、俺の兄。表情筋に力が入らない。きっと今の俺の顔は緩みまくっているはずだ。 ちょっと今日からは暫くエースに付きまとうことに決めた。というかサボ大人すぎないか? ちょっとびっくりしたぞ。

 

「サボ! ルーク! いるか!?」

 

 ゴロゴロ転がっていると、下から声が聞こえた。(くだん)のエース君の登場だ。

 

「いますよー!」

 

 飛び起きてから声を投げかけると、怪訝な顔をしたエースがスルスルと木を登ってくる。

 

「わりぃ、遅くなった。……何でルークはそんなに上機嫌なんだ?」

 

「んー……さあな、おれにもわかんねぇ」

 

 サボがそう言いながら、意味ありげに片眉を上げた。その顔は少しニヤついている。俺とサボの顔を見たエースが一歩後ずさった。

 

「何だよ、二人して気持ちわりぃ顔しやがって。何かあったのか?」

 

 辛辣だなオイ。思わず真顔でサボと顔を見合わせてしまったじゃないか。

 

「んー? 別に何もないですけど?」

 

「? そうか。それより、見ろよこれ!」

 

 エースがこれまた重そうな袋を俺たちの前に置く。その中には大量の札束と金貨が入っていた。これまでで一番の金額かもしれない。

 

「!? うわあ、すげえ! おれよりすげえ! 大金だぞ!? どうしたんだこんなに」

 

「大門のそばでよ、チンピラ達から奪ってやった!! どっかの商船の運び屋かもな」

 

「商船か……俺も次からは運び屋を狙おうかな」

 

 何人も襲って少額の金を奪うより、一人だけ狙ってドカンと大金を奪うのであれば効率もいい。次のターゲットを探す場所は大門のそばで決定だ。ムン、と気合を入れていると、サボが笑って言う。

 

「もう結構貯まってきたけど、幾らぐらいあれば海賊船なんて買えるんだろうなー!」

 

「2億とか? 船の相場なんて正直全くわからんけど」

 

 実際幾らぐらいなんだろうか、船って。想像もつかないので適当な金額を言ってみたが、別に笑われたりはしなかった。エースもサボも、船の相場は知らないらしい。ちょっとこれからは本とかを読んで勉強してみようかな。いやそもそもダダンの家には本がない。結局は町で集めるしかなさそうだ。

 

「さあなァ。早くしまえよ、誰に見られるかわからねぇ……」

 

「海賊船~!? お前ら海賊になんのか!?」

 

 突然、木の下から無邪気な声が聞こえてきた。この声は、ルフィだ。そろそろ来るとは思っていたが、まさか今日来るとは思ってなかった。

 

「「「!?」」」

 

「おれも同じだよ!!」

 

 下を覗いてみると、ぶんぶん手を振るルフィの姿が。バッチリこっちを見上げている。

 

 とりあえず木から降りると、ルフィは俺も一緒にいるとは思っていなかったのか「あれ、ルーク!? お前もここに来てたのか!?」と驚いていた。「うん」と短く答えながらも、俺は気が気じゃなかった。なぜって、後ろにいるエースの機嫌が最高に悪くなっていくのがわかったからだ。

 

「お前がルフィだな? 二人から話は聞いてるぞ」

 

「とうとうここまでついてきやがったのか……人が通れるような道は通ってねえのに」

 

 エースのその言葉に、サボがルフィをまじまじと観察する。身体にある幾つもの傷に気づいたのだろう。サボの顔に少し感心したような笑みが浮かんだ。

 

「お前、意外とタフなんだな……そんで、エースについていくだけの度胸と根性もある」

 

「? お前誰だ?」

 

「おれはサボ。ルークとエースの友達だ」

 

「そうなのか! じゃあおれとも友達になろう! おれはルフィだ!」

 

 ふんふん、見た感じサボとルフィの相性は悪くなさそうだ。お互いに名乗りあう二人の様子は朗らかで、俺としてはこのまま仲良くしてほしい。

 

 エースがそれを見て面白くなさそうに顔を顰めた。その時。

 

「おい、森の中から声が聞こえたぞ! 子どもの声だ!」

 

「探せ! お前らがやられたっていうガキかもしれねえ……」

 

「「「!?」」」

 

 誰かのそんな声が聞こえてきて、俺たちは一斉に口を噤んだ。ルフィだけが、「何だ? どうしたんだよ?」と呑気に首を傾げている。

 

 何故子どもが探されているのか、理由はわからない。が、このあたりで知られている子どもと言えば、それは俺かエース、サボの三人だけだ。奴らが探している「子ども」は十中八九、俺たちの中にいる可能性が高い。

 

「マズイ、ここにいたらおれたちの宝が見つかっちまう……!! オイ急げ、こっちだ!」

 

 慌てた俺たちが、少し離れた場所に群生している茂みに身を隠すのと、声の主が木々の間から姿を現したのはほぼ同時だった。

 

 四人の男だ。そのうちの三人は怪我をしたのかあちこちに包帯を巻いている。最後の一人―――シミターを片手にぶら下げた大柄な男が、声に不快感を滲ませて言った。

 

「エース、サボ、ルーク……ここいらじゃ有名なガキだ。お前らから金を奪ったのは、そのエースで間違いねえんだな?」

 

「はい……情けねえ話です。油断しました」

 

「呆れたガキだぜ。ウチの海賊団の金に手ェつけるとはな……!! これがブルージャム船長の耳に入ったら……おれもお前らも命はねえぞ」

 

 ブルージャムとは、少し前からこの島にいる海賊団の船長の名だ。今は不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)の「海賊の入り江」に船を泊めている。

 

 じゃあつまり、エースが手を出した金はブルージャムのだったってことか……!

 

「……やべえ金に手ェ出しちまった!」

 

「しょうがないさ、大金持って無防備にウロチョロしてる方が悪い。襲ってくれって言ってるようなもんだし。とりあえず俺たちは、ほとぼりが冷めるまで身を隠そう」

 

 エースの肩を叩いて励ます。エースと同じ立場だったら、俺も間違いなく襲ってしまうだろう。カモがネギ背負って歩いてくるみたいなものだ、見逃すなんてことはできない。仕方のないことだ。今回はちょっと相手が悪かっただけさ。

 

「ルーク、お前最初は食い逃げにすら罪悪感持ってたのに、随分成長したな……!」

 

 ちょっと感動したようにエースが目を潤ませるものだから、俺は少し誇らしくなって胸を張った。俺だって日々成長してるんだ!

 

「いや、おれが言うのも何だけどよ、人としては最低だからな、それ」

 

 サボが何か言っているが、聞こえなかったふりをした。

 

「ま、まあそれは置いておくとして…………。見ろよ、手下のポルシェーミだ! 知ってるか、あいつ、戦って負けたやつの頭の皮を生きたまま剥ぐんだ!」

 

「まじか!? 絶対捕まりたくねェ……あれ、おいあのチビはどこ行った!?」

 

 その言葉に慌てて茂み周辺を確認するも、どこにもルフィの姿が見当たらない。一体どこに―――?

 

「あ」

 

 エースの視線が一点に向けられ、止まった。つられて俺とサボもそちらを見る。そこには、ポルシェーミに首根っこを掴まれたルフィの姿が。

 

「放せーー!! こんにゃろーーー!!!」

 

「何だこのガキ?」

 

 何で捕まってんだよ―――!!! おかしいだろ、ついさっきまで俺の隣にいただろうが!? 何をどうしたら捕まるんだよ!?!?

 

「助けてくれーー!エースーー!!!」

 

 ちょっ!! ここでエースの名前呼ぶのはアウトだぞルフィ! 怖いのはわかるけどさぁ!

 

 案の定、ポルシェーミはルフィが何か情報を持っていると思ったのか、ルフィをどこかへ連れて行ってしまった。

 

 

 




わあたたたたた!


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救出

わああああああああ! お気に入り&評価ありがどうございます!


 

 

 

 

 ルフィが連れていかれて暫くした後、俺たちは茂みから出た。

 

「おい、あいつが「中間の森(ここ)」のこと喋ったら、今回の金だけじゃねぇ。おれたちで集めた宝、丸ごと全部持ってかれちまうぞ!!」

 

 焦燥を滲ませた声でエースが続ける。

 

「いつ来るかわからねえんだ! 早く宝を別の場所に移してしまわねえと!」

 

 大急ぎで俺もサボも緊急用にと準備していた袋に宝を詰める。が、連れていかれたルフィのことが頭から離れない。ルフィは連れていかれた先で、一体どうなるのか。口を割って助かるのであればまだいい。だけど、捕まった相手はポルシェーミだ。口を割ったからと言って何もせずに逃がしたりはしないだろう。

 

 それに、万が一ルフィが口を割らなかった場合は……。

 

「……? どうしたルーク。急がねえと」

 

 自然と手が止まった。訝しげな顔をしたサボが俺を急かすが、考え事に夢中で頭に入ってこない。

 

 万が一、じゃない。原作をぼんやりとしか知らない俺でも、あいつがどんな性格かは、ルフィがダダンの家に来てからのこの三ヶ月で、嫌というほど知っている。

 

「……ルフィは、絶対口を割らない」

 

「お前それ、何を根拠に」

 

「根拠はない。ないけど、わかるんだ。ルフィは、エースと友達になりたがってたから。それに、もう同じ釜の飯を食った仲だ。ほっとけない」

 

 俺がそう言うと、二人とも作業の手を止めて黙り込んだ。難しい顔をしている。長年かけて貯めた海賊貯金だ。このままにしておくのも危険だ。宝はやはりどこか安全な所に運ばなければいけない。

 

 俺は口を軽く噛んだ。

 

 ……何も、真っ向から戦うわけじゃない。俺はまだ7歳のガキだが、いざとなれば能力もあるし、一人でも敵の目をかいくぐってルフィを助けることくらいは出来る筈だ。

 

 二人は宝を移してて、と言いかけたその時。

 

「おれとルークで行く。サボは宝を隠しといてくれ」

 

「わかった」

 

「!? え、エース?」

 

 驚いてエースの顔を凝視すると、少し気まずそうな顔をした後に、ぼそりと呟きが聞こえた。

 

「……お前一人じゃ危ねえからな。それに、今回の件はブルージャムの金に手を出したおれのせいでもある」

 

「素直になれよ、エース。お前もルフィのこと、ちょっとは気にかけてたんだろ?」

 

「だまれ」

 

 茶化すようなサボの声にぴしゃりと言い返したエースは、近くに置いてあった俺の鉄パイプを渡してくる。俺がそれをしっかり受け取ったのを確認して、エースも自分の鉄パイプを拾い上げた。

 

「こっちは任せとけ! ちゃんと隠しとくからよ」 

 

「うん。サボ、ありがとう」

 

 木の上からぐっとサムズアップしてくるサボに手を振って答えてから、俺はエースに向き直る。

 

「ありがとう、エース」

 

 正直、一人は心細かったので、エースが一緒に来てくれるのはとても心強い。鬼に金棒だ。(本人が気にするのでエースの前では「鬼」というワードは出さないようにしているが、この時ほどこの(ことわざ)がぴったりだと思ったことはない。)というか、エースもルフィを気にかけてはいたんだね。普段のルフィへの態度が容赦なさすぎて全く気づかなかった。

 

「礼はいい……さっさとあいつ取り返すぞ」

 

「おう!」

 

 俺たちは、ポルシェーミたちが消えていった不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)、そこに住む人間たちの言葉で言うところの「ゴミ山」に向かった。

 

 

 

 

 

 

 道の途中でガラクタを漁っていたおっさんたちにポルシェーミの行方を聞くと、すぐに教えてくれた。

 

「ポルシェーミの野郎なら、あっちの方に行ったぜ。武器持ってたから気ィつけなぁ」

 

「ありがと!」

 

 ゴミ山に住んでいる住民たちは、こんな環境だからか助け合いながら生きているので、仲間意識が強く、よそ者には敵対心が強い傾向にある。そして、悪ガキと呼ばれている俺たちにも仲間意識が働いているのか、意外と親切な人が多かったりする。まあ、普通に危ない奴もいるけど。

 

「ルフィのやつ……殴られてるだけならいいけど」

 

「? いやダメだろ」

 

「? あ、そっか。エースは知らないんだっけ? ルフィは「ゴムゴムの実」ってやつを食べて、ゴム人間になったんだって。だから、打撃は効かないみたい」

 

 本人から許可を貰って頬っぺたを引っ張ったり、殴ってみたりしたから間違いない。というかルフィっていつから能力者だったんだろう。えーと………確か赤髪のシャンクスと一緒にいる時に食べたんだよな。

 

「ゴム人間!? そうか、だから谷に落ちても死ななかったのか…………お前とはまた違う能力なんだな」

 

「うん。俺が谷に落ちたら普通に死ぬ」

 

 落ちてる最中に壁に取っ掛かりを造れたら助かるかもしれないけど、落ちながら造るほど俺の創造スピードは速くない。こう考えると、ルフィって高所落下のダメージがないから凄いよなあ。……じゃない! 今はルフィだ。ずれた思考を軌道修正する。

 

「あいつはシミターを持ってた。だから……」

 

「……急ぐぞ」

 

 俺が口を噤んだ先を、エースも考えたんだろう。

 

 走る速度を上げて、俺たちはゴミ山を駆け抜ける。

 

 

 

 

「麦わら帽子のガキ? それならポルシェーミが向こうに連れてったぞ」

 

親切な人から話を聞きながらあちこち走り回り、ついたのは、このゴミ山にしては少し大きめな建物。周囲に人だかりが出来ていたのですぐにわかった。

 

「このガキ! いい加減口を割りやがれ!!」

 

「痛てえよおおお! 助けてくれ―――!!」

 

 苛立ったようなポルシェーミの声と、ルフィのバカでかい悲鳴が聞こえる。良かった、最悪殺されてるかもって思ってたけど、まだ大声を出す元気はあるみたいだ。でもだからといって安心出来る状況ではない。エースがギリリと歯を噛みしめた音が聞こえる。

 

「あいつ……行くぞ! おれから離れんなよ、ルーク!」

 

 そう言ってエースが建物に突っ込んでいくので、俺はエースの手を掴んだ。

 

「ちょっと待って」

 

「?」

 

「念の為、仕掛けをね……ふん!」

 

 俺は建物にそろそろと近づくと、壁に手を着く。小さな赤い光がパチパチと弾けた。

 

 中にいる人数が定かではないので、一応何時でもこの建物を崩せる様に、建物の壁面だけを少しずつ破壊していく。目安としては、壁が天井を支えきれなくなるギリギリくらいまでだ。こうしておけば脱出時にポルシェーミ達が追いかけてきても、壁に衝撃を与えるなりすれば脆くした壁は崩れるはずなので、建物の下敷きにして足止めできる。

 

 ちょこっと触るだけでこのくらいの大きさの建物を壊せるのが将来的な俺の理想だが、今の俺には無理なので、こうやってちまちま仕込みをして壊すしかない。

 

 小声でエースに説明すると「おお……お前すげぇ事考えるな」と感心していた。しかしその直後、エースが壁をちらりと見上げて眉を寄せる。

 

「それはいいんだけどよ、もうそろそろ辞めとけよ。この壁、反対側はゴミの寄せ集めだからあんまり壊し過ぎると―――」

 

 ビキッ、ミシミシミシ……!

 

「あっ」

 

 慌てて手を離すが、遅かった。俺たちが見守る中、目の前の建物の壁に、大きな亀裂が入っていく。

 

 その亀裂はみるみるうちに壁全体に広がり―――

 

 

 ドオオオーーン……!! 

 

 

 未だポルシェーミやその部下達、そしてルフィを建物中に残したまま、それなりに大きかった建物がゴミ山に轟音を響かせて倒壊した。

 

 

 

 

「あーあ☆」

 

「バカ野郎!!」

 

 

 

 

 周囲のゴミ山の住民たちがワーワーと逃げ回る中で、珍しく焦った様子のエースに頭を叩かれながら俺が現実逃避していると、倒壊し、ただのゴミと化した建物跡の一部から、見覚えのある麦わら帽子が見えた。一瞬で覚醒し、そばに駆け寄る。

 

「っ! ルフィ!」

 

「ゲホッ、うえっほ!」

 

 瓦礫を蹴散らし、エースと二人でルフィを引っ張り出す。身体を引っ張った時の感触にエースが目を剥いていた。ゴム人間だとは教えたが、本当に伸びたことにびっくりしたんだろう。

 

「大丈夫か!?」

 

 涙目で咳き込むルフィの身体をさっと確認した。あちこち血が滲んでいるが、命に関わるような怪我はない。涙で顔がぐちゃぐちゃになっていたので軽く拭ってやる。

 

「もう大丈夫だ。よく頑張ったなルフィ!」

 

「ルークゥウ……エーズ……ヴゥ……!!」

 

「へにょへにょ言うのは後にしろ! ルーク、先導頼めるか?」

 

「オーライ、任せろ!」

 

 エースがルフィを背負ったので、俺がエースの分の鉄パイプを持つ。倒壊の衝撃で舞い上がった土煙を突っ切っていると、瓦礫から起き上がろうとするシルエットが見えた。ポルシェーミだ。

 

「はいおやすみィ!」

 

「ぶるまっ!?」

 

 こちらの姿が視認される前に鉄パイプ二刀流で殴りつけておく。シルエットの動きを見るに、そのまま意識を失ったようだ。グッナイ、いい夢を。

 

「ゔぅゔぇええ……!」

 

「うるせえ、落とすぞ!」

 

 前方を警戒しながら走っていると、後ろから二人の声が聞こえてきて、微笑ましい気持ちになる。

 

 建物から聞こえてきたポルシェーミとルフィのやり取りで明らかになったが、ルフィはやはり口を割らなかった。

 

 そのことがエースの信頼を勝ち取ったのだろう。口は少々……いやかなり悪いが、エースは何だかんだ言って面倒見がいい優しいやつだ。そしてルフィはとても素直だ。二人の相性は良いと思う。きっとこれから仲良くなれるだろう。

 

「せっかく助けに来たのに、落として帰ったら意味がないよ、エース?」

 

「がああ、黙ってろルーク! おい、いつまで泣いてんだ! おれは泣き虫は嫌いなんだ! 泣くな!!」

 

「ゔんん……!」

 

「お?」

 

 ず、と鼻を啜って泣き止んだルフィ。やっぱり素直だよなあ。エースも一度だけ「フン」と鼻を鳴らすと、ルフィをしっかり背負い直した。

 

 未だ土煙がもうもうと立ち込める中、俺たちはゴミ山を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「どういうこったこりゃあ!! エース、ルーク、ルフィ! 誰だコイツは!? 何でガキがもう一匹増えてんだよ!?!?」

 

「家族が増えるのって、とっても喜ばしい事だと俺は思うけど」

 

「黙れルーク! お前だけはまだマトモな方だと思ってたのによぉ!!」

 

「あは!」

 

「何笑ってんだぶっ飛ばすぞ!?!?」

 

 

 俺たちはダダンの家に帰ってきた。サボも一緒に。

 

 ゴミ山から帰還した俺たちと合流したサボは、まだ宝を新しい場所に移し終えていなかった。なので、途中からではあるが俺とエース、そしてルフィも宝運びに参加し、日が暮れる頃にようやく運び終えた。ルフィが口を割らなかったおかげで、追手は来ず、安全に宝を運ぶことが出来た。

 

 エース、サボ、ルフィ、そして俺は、今回の件で本格的にブルージャムの一味に命を狙われる事になるだろう。先にブルージャムの金に手を出したのは俺たちだし、これはしょうがないよね。

 

 まあそれでも俺とエースとルフィはこのコルボ山に住んでいるので問題ない。しかし、サボが一人で住んでいるのはゴミ山だ。そしてゴミ山はブルージャムの縄張りの範囲内。流石にそこで暮らすのは危険なので、ここに連れてきた。

 

 ダダンは激おこだが、ここ以外に安全な所はないので、悪いけどこれは決定事項だ。それに俺たちの中ではサボが一番コミュ力が高いので、山賊一家の中でも上手くやっていけるだろう。

 

「よう! ダダンだろ? おれはサボ」

 

 ほら。挨拶だってちゃんと出来る。ルフィとの邂逅(かいこう)一番に唾を飛ばしたエースとは大違いだ。

 

「サボ!? 知ってるよその名前。おめぇもよっぽどのクソガキだと聞いてるよ!!」

 

「そうか……おれもダダンはクソババアだと聞いてるよ!」

 

「余計な情報持ってんじゃねェよ!!」

 

「何だ、もう仲良しじゃないか。心配して損した」

 

「おめぇは一体何を見聞きしてそう判断してんのかい、ルーク!?!」

 

 俺はひらひら手を振ってダダンの叫びを受け流す。そして、サボに手を差し出した。

 

「改めて、これからもよろしくな、サボ」

 

「おう! こっちこそよろしく、ルーク」

 

 そう言ってサボは満面の笑みを浮かべた。

 

 

 




原作よりもルフィを助けに行くのが早かったので、ルフィはあまり怪我をしていません。ついでに言うとルークが建物を倒壊させたので、ルークもエースも無傷です。平和。


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悪童四人組

この話を書き上げてから気づきましたが、風呂桶と聞いて人が思い浮かべるものは二つあるみたいですね。
木製の浴槽or洗面器
私は前者です。なのでこの作品の「風呂桶」は「木製の浴槽」と解釈してください。
今回は日常回です。


 

「食い逃げだぁあ〜!! 誰かそこのガキを捕まえてくれ!」

 

 中心街に男の必死な声が響く。が、俺たち四人を捕まえようとする大人はいない。何故って?

 

「どけどけ、邪魔だァ!」

 

 先頭を走るエースが人を殺しそうな声と表情で周囲を威嚇しているからである。荒事に慣れていない中心街の住民たちはその威嚇に怯え、サッと道を開ける。

 

 大の大人が怯える程の圧力を周囲に与えているエースの隣にはサボ。彼も鋭い目つきで周囲の大人たちを睨みつけている。そしてその後ろにルフィと俺が続く。もちろん全員、鉄パイプで武装している。

 

「オラどけカス共! その首叩き折るぞ!!」

 

 ……うん、どこのチンピラかな?

 

 ルフィもエースを真似て威嚇しようとしているが、上手い言葉が出てこないらしい。先程からずっと「バカ! アーホ!」と繰り返している。ルフィはちょっと語彙力が貧相だということが判明した。

 

 そのまま休む事なく街とゴミ山を走りぬけ、あっと言う間にコルボ山についた。新しい宝の隠し場所で、俺たちは足を止める。

 

「ゼー、ゼー、ゲホッ」

 

「おーい、大丈夫か?」

 

 ルフィも体力が増えてきたのか、最近は俺たちのペースについて来れている。ただ、ここまでぶっ通しで走ってきたのは流石に堪えたらしく、苦しそうだ。

 

 背中を擦ってやりながら、俺も息を整えた。最初は辛いもんな、わかるわかる。しかもこれは食い逃げだ。走るのは食事後の逃げる時だし、タイミングとしては最悪である。これに馴れてしまった俺の胃は大丈夫だろうか。

 

「おれも最初の頃は辛かったけど、一回慣れたら平気になるからな」

 

「ルフィは鍛え方が足りねえんだよ。胃を刺激しない走り方を覚えりゃこんなの楽勝だ」

 

 サボとエースは平気そうだ。ぴんぴんした様子でそう(のたま)った。そんな二人を尻目に、ルフィは苦しげに口を押さえている。

 

 …………というか、胃を刺激しない走り方って何?? 初めて聞きましたけど。

 

「おいおい。次行く時は留守番しとくか?」

 

「……!!」

 

 エースの問いに、口を押さえながらも首をぶんぶん振ったルフィから、か細い声が漏れる。

 

「次、は……肉!」

 

 ………。

 

 今にもリバースしそうな状態で食べ物のことを考えられるとは思ってなかった俺たちは、思わず真顔で視線を交わした。間違いなく、ルフィの食い意地はこの四人の中でもトップだ。

 

「……そうだな、次は肉にしような」

 

「……ああ!」

 

 優しくサボが笑いかけると、ルフィが元気を取り戻した。いや回復早っや。どんだけ肉好きなの!? もしかして胃が強いのか。それともメンタルが強いのか。いや多分両方だな、うんきっとそうだ。

 

 

 

 

 これまで三人組だった俺たちだが、ルフィが新しく増え四人組になったということで、街ではちょっとした話題になっているらしい。夕食後、風呂をダダンに借りている時にサボが教えてくれた。

 

「今じゃ「悪童四人組」って言われてるらしいぞ~、おれたち」

 

「へえ……」

 

 身体を洗い終えた俺は、風呂桶に張ってあるお湯に浸かっていた。普段よりも柔らかい雰囲気が俺たちの間に漂っている。皆リラックスした様子で、思い思いにくつろいでいた。

 

 ちなみにこの桶は、俺が造ったものだ。元々あった風呂桶は少し古くなっていたので、古いやつを参考にしながら新しい風呂桶を造ってみた。水が漏れたりしないように、じっくり時間をかけて造ったので、割といい出来だ。これにはダダンも喜んでいたし、俺も満足している。今度はジョッキとかも造ってみようかな。

 

 そんなことを考えながらお湯にのんびり浸かっていると、どうしても気が抜けてしまう。

 

「……あ、ちょっガボボボ」

 

 ついでに力も抜けた。ぶくぶくと身体がお湯に沈んでいく。

 

「おめえは毎回毎回……!」

 

 溺れかけた俺をエースが引き上げてくれる。風呂のたびに溺れるので、皆もうすっかり慣れてしまった様子だ。ちょっと申し訳ないけど、目の前にお湯が張ってあったらどうしても入りたくなる。日本人の名残りかな。

 

 ちなみに、ルフィは石鹸で床を滑って遊んでいる。前に俺も一緒にやってみたが、トリプルアクセルを決めようとして転び、お腹を擦りむいてしまったので即やめた。あの時はお湯が沁みて、とてもお湯を楽しむどころじゃなかった。もう二度とやらない。擦り傷ってどうしてあんなに沁みるの? わけがわからないよ。

 

「はあ~………」

 

 お湯の温かさがじんわりと疲れた身体に広がっていく。その感覚を味わいながら目を閉じる。ああ、これぞまさに至福の時だ。

 

「ルーク、お前って風呂好きだよな。毎回死にかけてるくせに」

 

「やかましいわ。俺だって好きで溺れてるんじゃねぇやい! 風呂は大好きなんだけどな……能力者だし、こればっかりはしょうがない」

 

 悪魔の実を食べるとカナヅチになる。この話は有名だ。俺は実を食べる前までは泳ぎは得意だったが、食べてからは全く泳げなくなってしまった。泳ごうとしても力が抜けてしまうのだ。雨を浴びても力が抜けたりはしないが、海水や川の水、お湯などに全身浸かるとどうしても力が抜けてしまう。

 

「まあ、泳げなくなる代わりに能力が使えるようになるんだから、イーブンかな。なあ、そこんところ、ルフィはどうなの?」

 

 多分ルフィも泳げなくなったとはいえ、悪魔の実を食べたことは後悔してないんだろうな。打撃が効かないって何かと便利だしね。

 

 そう思い、俺はもう一人の能力者であるルフィの方を見たが、ついさっきまで石鹸で床を滑って遊んでいた筈のルフィは、いつの間にお湯に浸かったのかは知らんが、静かに溺れていた。

 

「……」

 

 気づいたサボが、無言でルフィを引き上げる。

 

「ぶふぁ! 死ぬかと思った……ありがとうサボ」

 

「おう。……次からはもう少し騒がしく溺れてくれ」

 

「わかった!」

 

 騒がしく溺れてくれって……いや、でもわかるよ、サボ。静かに溺れられたら気づかないもんな。ここは先輩である俺が、ちゃんとルフィに教えないと……!

 

 俺は湯の中で腕を組み、厳かな声を作ってルフィに語りかけた。

 

「ヘイ、ルフィ。君は俺を見習うべきだ。なんてったってこの俺は、救出(された)回数100超えのベテラン。助けてもらうことにかけて、俺以上の者はいない!」

 

「言ってて恥ずかしくねぇのかそれ……」

 

「むしろお前がルフィを見習え。ルフィは毎回溺れたりしねぇぞ」

 

「ひゃい……」

 

 轟沈した。いや、俺も途中からちょっと「あれ?」って思ったもん。俺、情けなさ過ぎ……? 

 

 放心状態で背を風呂桶の縁に預けていると、ルフィが隣にやってきた。何が面白いのか「にしし!」と笑っている。なーに笑ってんだ、こんにゃろめ。

 

「みょーんみょーーん、うわすっげえ伸びるんだけど……痛くないの?」

 

ひひゃくにぇーぞ(痛くねぇぞ)!」

 

「ほーん、じゃあどんだけ伸ばせるかやってみていい?」

 

「んん!」

 

 風呂桶から出ても、ルフィのほっぺはまだまだ伸びる。ルフィのほっぺたの限界を目指して引っ張っていると。

 

「あっ」

 

 俺の足が何かを踏んづけ、滑った。恐らく床に落ちていた石鹸だろう。その場に尻もちをついた俺は、うっかり手を離してしまった。ばぢぃん!! ともの凄い音を立ててルフィのほっぺたが戻った。

 

「うっわ! ごめんルフィ!」

 

 戦々恐々としながらルフィの顔を覗き込むと、平気そうにしている。ええー、いや凄いけど。

 

 そんなこんなして遊んでいると、風呂場の窓の外から、香ばしい香りが漂って来た。こ、この香りは……

 

「肉だ!」

 

「待て! ただの肉じゃねぇ。この香りは……野牛のヒレ肉だな? それも超絶レアな部位であるシャドーブリアンを焼いてやがる!!!」

 

「ダダンの奴ら、さては隠してたな? おれたちがいない間に一番美味いところをステーキにして食うつもりだぞ! 許せねぇっっ!!!」

 

「君らの嗅覚は一体どうなっているの??」

 

 口々に叫びながら、俺以外の三人は外へ駆け出していった。すっぽんぽんのまま。待って。ねえ待って。色々ツッコみたいところが多すぎて軽くパニックだ。部位の匂いなんて俺全然わかんないよ。ホントにアイツらの嗅覚はどうなってんの?? そりゃあ、肉を焼いてる匂いだってのは俺もわかったけどさ。というか……

 

「せめてタオルぐらい巻いていけよ!!」

 

 自分の腰にしっかりとタオルを巻きつけ、三枚のタオルを手にした俺は馬鹿共を追いかけた。

 

 

 



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修行兼金策

 皆さんこんにちは。生きてます(生存報告)

 作る、造る、創る
 この3つはそれぞれ意味や表すものが違いますが、あえてルークが能力で創造したものは『造る』という表記で統一していきます。ご了承ください。


 

「うーん……」

 

 俺は一人で唸っていた。場所はダダンの家。今日はもう風呂を済ませたので、あとは寝るだけだ。エース達は近くで枕投げをしている。後で混ざろ。

 

 目の前には、能力を使う練習として造った握りこぶし大の木彫りの置物がある。……正確には『彫った』わけじゃないから木彫りと言ってもいいのかは微妙なところ。まあそれはどうでもいい。

 

 狼をチョイスしてみたんだけど、まだまだ細部が荒い。細かく造り直していくと、まあ満足する出来になった。

 

「わ、それ狼か? 上手いな」

 

 枕投げで戦死したサボが俺が造った狼を見て褒めてくれた。普通に嬉しいけれど……。

 

「なんか、茶色一色って寂しくない? まあ、材料が木だからしょうがないんだけどさ」

 

「お前らなんの話してんだ?」

 

 休戦したらしいエースとルフィが合流してきた。俺の手元の狼を見て、二人とも目を輝かせる。

 

「これ、能力で造ったのか? すげえ!」

 

「ルーク、お前こんなに細かいもの造れるようになったのか。順調に上達してきてんじゃねぇか?」

 

「ありがと二人とも。自分でも上達してきてるとは思うけどさ。茶色だけってなんか寂しいから、目の色だけでも変えようと思って」

 

「絵の具……はここには無いもんなぁ」

 

 四人で考える。「木の実を潰して汁をつける!」とルフィが元気よく叫んだ。次いでエースが「血で染める」と真顔で言った。木の実か。悪くはなさそうだけど、変色するかもしれないし……あ、ごめんけど血は論外。殺伐としすぎでしょ。

 

 ふて寝したエースをルフィとサボが慰めてる。ちょっと見てて面白い。

 

「いっそ宝石とか埋め込んでみるかなぁ……」

 

 寝っ転がって、天井を眺めながら呟いた。………待って、普通にありだな。それを売ればもしかしたら良い金になるかもしれない。俺は飛び起きて、大部屋で酒を飲んでいたダダンに突撃した。

 

「ダダン、宝石二つ持ってない?」

 

「ああ〜? お前にやるような宝石はないよ。ガキはとっとと寝な!」

 

「これの目にしたいんだ」

 

「無視してんじゃねぇよっ! って……」

 

 俺が手に乗せた狼の置物を見せると、ダダンは静かになった。まじまじと狼の置物を見つめている。

 

「これもお前の能力で造ったってのか?」

 

「うん」

 

「……色は決めてんのかい?」

 

「決めてない」

 

 おもむろにダダンが腰のポーチに手を突っ込んで、宝石を掴みだした。手のひらには大小様々な色とりどりの宝石が乗っている。

 

「二つだけだ。選びな」

 

「さてはお前偽物だな? 本物をどこにやった!」

 

「本っ当に失礼なガキだなテメエはよぉ!!」

 

 「冗談だって」と言いつつ、ダダンの手から紫の宝石粒を二つゲット。初めての作品だし、目の色は俺とおんなじ色にしとこう。手のひら大の狼にはこれが丁度いい。

 

 ちょちょいと作り直せば、紫に輝く両目を持った狼の完成。うんうん、なかなかいいんじゃないの? 我ながらいい出来だと思う。裏には小さくLuke(ルーク)の頭文字であるLを刻んである。俺の記念すべき第一作目だ。

 

 俺は出来たばかりの狼を、ダダンに差し出した。

 

「なんのつもりだい?」

 

「宝石くれたからこれ、ダダンにあげる。俺の記念すべき第一作目だから大事にしてね」

 

「こんなもんどうしろってんだ……」

 

 とかぶつくさ言いつつ受け取ってくれるダダン。何だかんだ言って根は優しいよね、ダダンって。近くにいたドグラとマグラがにこにこしてるのが印象的だった。

 

 

 

 

 

 次の日、俺はその辺のチンピラからちょろまかした宝石を、能力で造った置物に埋め込んだりと細工を施して、中心街に売りに行ってみた。今日はサボと一緒だ。

 

 エースとルフィは「売りにいくならついでに強奪するか」とか言ってたので置いてきた。これから取引先になるかもしれないのにそんなことしたら、二度と買い取って貰えなくなるから却下。容赦なく置いてきた。

 

「どれぐらいになるかな?」

 

「さあ? でも元の値段より下がるってことはないんじゃねえか?」

 

 店の最低条件は、買取価格をケチったり、誤魔化したりしない店。いくつか店を覗いて、良さそうな店を物色する。

 やがて見つけたのは、中心街の隅っこにひっそり立っている古い骨董屋だった。奥のカウンターには頑固そうな白髪のおじいさんが一人。

 

「いらっしゃい。……何だガキ共。うちの店には金目のもんなんてないぞ。帰んな」

 

「おれたちのこと知ってるんだな」

 

「有名だからな、お前らの悪ガキっぷりは」

 

 心底どうでも良さそうな顔で、おじいさんはそう言った。木造の置物を布で丁寧に拭いているおじいさんのカウンターの前に、持ってきた置物を三つ並べる。

 

「これ、拾ってきたんだ。買い取るとしたら幾らになる?」

 

「……宝石はいいな。だが他が駄目だ。てんでなってない。こんなもん買い取れないな」

 

「なっ!」

 

 何か言いかけたサボを手で制する。正直、こうなることを予想してなかったわけじゃない。寧ろこうなるだろうとは予測出来てた。

 

「おじいさん的には、どこが駄目だった?」

 

「小僧が作ったわけでもないだろうに、それを知ってどうする」

 

「ごめん。拾ったってのは嘘。俺が造ったんだ」

 

 そう言うと、おじいさんはまじまじと俺を見下ろした。

 

「金がほしいだけならこれまでと同じように振る舞うといい。おれはガキに付き合ってられるほど暇じゃないんだ」

 

「稼ぐ手段が欲しい。それに、こういう作業は好きだから」

 

 これは本音だった。俺はまだ自分の将来を決めきれてないけど、稼ぐ手段を持っておくと将来必ず役に立つ。それに能力の練習にもなるし。

 

 沈黙が場に満ちる。暫くして、おじいさんはため息を一つついた。

 

「細かい箇所が雑。誤魔化せばいいと思ってるのが見え見えだ。もっと丁寧に仕上げろ。これ全部だ。それと木の痛みが酷い。何をつかってもいいってもんじゃない」

 

「木材はどんなのがいい? この店に置いてるなら買うけど」

 

 黙って指さされた先に、小さめの四角に切られたブロックが積んであったので、一つ買った。値段はそんなに高くはない。

 

 俺は机の上の置物を持ってカバンに丁寧に仕舞った。ブロックは風呂敷に包んでもらったので、それを担ぐ。

 

「ありがとうおじいさん。また来る。行こうサボ」

 

 店を出てから、家に帰るまで、サボは俺の造った置物を見て不満そうにしていた。

 

「おれはルークの造った置物好きだけどよ! あのじいさんの言い方はないだろ」

 

「はっきり言ってくれた方が、後々為になるしいいよ。怒ってくれてありがとなサボ」

 

「ん。まあいいけどよ……この三つ、どうするんだ?」

 

「うーん……あ、宝石くり抜いて海賊貯金に入れといてもいいよ」

 

「そんなことしねえよ!?」

 

 結局、ダダンの家の棚に飾ることにした。地味に皆から人気が出てて、製作者としては嬉しい。こっそりドグラとマグラが教えてくれたが、俺が最初に造った紫の目の狼は、ダダンの部屋の机に飾ってあるんだとか。

 それを聞いてからにこにこ顔でダダンを見ていたら普通に気持ち悪がられました。悲しみ。

 

 

 



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果てを望む

 

 

 毎日チンピラを襲った後にせっせと置物を造っておじいさんの元へ持ってってを繰り返し、やっと買い取ってもらえるようになってきた数日後。

 

 俺たちは今日も四人仲良く食い逃げをかましてきたわけだが、逃げている最中、サボが一人の男に名を呼ばれているのを聞いた。

 

 今では一緒に生活しているが、これまで数年間一緒に海賊貯金を貯めていたエースも俺も、そしてルフィも、サボが俺たちと出会う前に何をしていたのかは一切知らない。興味を持つのは当然の事だった。

 

「あの男は何だよ。お前を呼んでたよな。一体どういう関係だ?」

 

 いかにも不機嫌といったエースの低い声を聞いて、サボの表情に僅かな緊張が走った。

 

「別に……何の関係もねぇよ」

 

「おれたちの間に秘密があって良いとでも思ってんのか? それは大きな間違いだぜ、サボ……」

 

「エースの言う通りだ。さあ、とっとと吐いちゃいなよ。楽になるぜ?」

 

「そうだぞ、吐け!」

 

「だから、何もねぇって!」

 

 エースとルフィ、そして俺の三人は今現在、森の外れ、海を一望出来る場所でサボをぐるりと囲んでいた。エースとルフィは二人揃って不機嫌。サボに隠し事をされているのが気に食わないらしい。俺は不機嫌と言うよりは、寂しさの方が勝るかな。ただ、やっぱり気になるので大人しく諦めたりはしない。

 

「サボ…俺たちには、言えないようなことなのか……?」

 

「……っ!!」

 

 俺はとびきりの濡れた子犬の様な顔をして、サボに悲しげな声を投げかけた。顔も声もかなり頑張ってみたが、効果はどうだろうか。……我ながらちょっとどうかと思わなくもないけど、しょうがない。だって気になるんだから。この溢れ出る好奇心には勝てなかったよね。私、気になります!

 

「あいつは……父親だ」

 

「は? 誰の?」

 

「おれだよ」

 

「「で?」」

 

「お前らが質問したんだろ!!!」

 

「ほーん。そうだったのか」

 

「お前も聞いたわりには適当だなルーク!」

 

「適当じゃないよ。色々考えてるところ」

 

 貴族出身のサボがわざわざゴミ山に来るなんて、普通じゃ考えられない。なら、それ相応の理由があったんだと思う。

 

「お前らにはウソをついてた。ゴメンな」

 

「謝ったからいいよな!! 許す!」

 

「俺も別に気にしてないし、いいよ」

 

 というか俺は親すらよくわかってないからな。どっかの島に置き去りだった俺(推定0歳)を、じいちゃんが拾ってダダンに預けたってだけで。まじこの世界やべえ。俺は黒髪に紫の目だけど、紫の目ってこの辺りじゃ見ないから、誰が親かなんて皆目検討もつかない。きゃはっ☆(思考放棄)

 

 まあ俺自身、誰が親とか興味ないから、サボが誰の子どもとかどうでもいいけど、エースにとっては違ったらしい。サボに背を向けている。

 

「コトによっちゃおれはショックだ。貴族の家に生まれて……なんでわざわざゴミ山に」

 

「………!!」

 

 サボが言いづらそうに顔を伏せる。優しいサボは、親のいない俺たちには言いにくいだろうな。

 

「……まあ、そう言うなよエース。親がいるからって幸せだとは限らないよ」

 

 ……どんな形であれ()()()()()()()()からこそ辛い思いをすることだってある。最初から持ってないものには何の感情も抱けないのと同じ。持ってるからこそ味わう悲しみもある。

 

「ルークの言うとおりだよ……あいつらが好きなのは「地位」と「財産」を守っていく誰かで、おれじゃない。おれの居場所なんて、あの家にはなかった」

 

 サボの目は暗かった。

 

「お前らには悪いけど……おれは親がいても"一人"だった。貴族の奴らはゴミ山を蔑むけど……あそこで何十年先も決められた人生を送るよりいい」

 

「……そうだったのか」

 

 ぱ、と顔を上げたサボの表情に暗さはもうなくて、かわりに笑顔を浮かべていた。

 

「なあ、エース、ルーク、ルフィ! おれ達は必ず海へ出よう! この国を飛び出して、自由になろう!! 広い世界を見て、おれはそれを伝える本を書きたい!航海の勉強なら全然苦じゃないんだ。そして、もっと強くなって海賊になろう!!」

 

「ひひ! そんなもんお前に言われなくてもなるさ!!」

 

 サボの言葉を聞いたエースが、海に向かって叫ぶ。

 

「おれは海賊になって勝って勝って勝ちまくって、最高の名声を手に入れる! それだけがおれの生きた証になる! 世界中の奴らがおれの存在を認めなくても、どれ程嫌われても!! "大海賊"になって見返してやんのさ!! おれは誰からも逃げねェ! 誰にも負けねェ! 恐怖でも何でもいい! おれの名を世界中に知らしめてやるんだ!!」

 

 すごい目標だ。スケールがデカくてびっくりしたけど、エースなら叶えられる。そんな気がする。

 

 ルフィも目をキラキラさせて、海に向かって声を張り上げる。皆大きな夢があって、聞いてると俺までワクワクさせられる。

 

「おれはなァ!! 海賊王になる!!!」

 

「「は?」」

 

「いいじゃん、海賊王」

 

「なっはっはっは! そうだろ?」

 

 誰よりスケールが大きかったルフィの夢に、エースとサボが二人揃って口をぽかんと開けた。海賊王と言えば、それはゴールドロジャーを示す通称だ。

 

「お前は……何を言い出すかと思えば……」

 

「あははは、面白ェなルフィは! おれお前の未来が楽しみだ!!」

 

「にしし! なあ、ルークは将来どうするか、決めてるのか?」

 

「俺?」

 

 三人の視線が俺に集中する。少し前まで、俺は将来の夢とか決めてなかった。やりたいことも思い浮かばなかった。それはきっと『今』が楽しかったからだ。でも、もうそれを自覚出来た今、やりたいことは決まってる。

 

「まだ決まってねぇなら、これからゆっくり決めればいいさ。おれ達はお前の選んだ夢なら応援するからよ」

 

「いや、いいよ。俺も海賊になる。今、決めた」

 

 多分、ありふれた夢だと思う。前世での日本なら誰しも一度は考えたことがありそうな、そんな夢。

 

 俺は幸運なことに、それを目指せる環境にいる。なら、俺は自由に冒険してみたい。気心しれた仲間と一緒に、この目で世界を見てみたい。

 

「この国にいても何もやることなんてないんだ。なら、あちこち自由に冒険して、この海の果てを見てみたい」

 

「ルーク、お前……!」

 

「まさか、じいちゃんみたく止めたりしないよな?」

 

 どこか嬉しそうなエースにニヤリと笑いかけると、エースもニカっと笑った。

 

「ンなわけあるか! お前()歓迎するぜ、おれの船に!!」

 

「ああ、よろし……」

 

 言いかけたところで、サボが「ちょっと待て!」と叫んだ。何だ何だどうした?

 

「エース、おれ船長やりたいんだけど」

 

「おれもだぞ!」

 

 口々に騒ぎ出すサボとルフィに、エースが頭をかいた。

 

「え? ルフィはまあわかるが……サボ、お前もか。思わぬ落とし穴だ。お前はてっきりウチの航海士かと」

 

「お前らおれの船に乗れよー」

 

 ふむ、なりたい役職が被ってるのか。船長でいいのなら……。俺は思わず口を挟んだ。

 

「君らは仲良く一つの船に乗るという道はないの? ほら、三大船長みたいな感じでさ」

 

「「「嫌だ」」」

 

 oh……何ということでしょう。ここに来て主張がバラけだしたぞ。俺は船長とかそういうこだわりないけど、他の三人はどうやら違うらしい。ごちゃごちゃ言い合っていたけれど、結局それぞれの船の船長になることで落ち着いた。いや、まあ俺も三人と一緒に海賊やれるとは思ってなかったけどね。

 

「ルークも船長になんのか?」

 

「いや、俺は別に船長じゃなくても「ならおれの船に乗れよ!」「いーや、おれの船だろ」「お前ら馬鹿言ってんじゃねえよ。おれの船で決まりだ!」……おーい、ちょっと聞いてる?」

 

 もみくちゃになって俺を取り合っている三人。

 

「おれの船に来れば、ルークは飢えさせねえ! 毎日腹いっぱい食わせてやる! 絶対にだ!!」

 

「そんなの当然のことだろルフィ!? おれと来ればルークに海の果てを見せてやれる!」

 

「いいか! おれならルークの望むもの全て用意する。絶対後悔させねぇし、あいつの夢も必ずおれが叶えてみせる!!」

 

 思い思いにわーわー騒ぐ三人を見て、思わずため息をついた。いや、皆俺のこと真剣に考えてくれて嬉しいよ。嬉しいけど……。

 

 こういう時、普通に介入したら巻き込まれるのはこの数年間でわかってる。俺は片手を地面についた。

 

「わっ!?」

 

「ぶへっ!」

 

「おわあっ!?」

 

 走る青雷。たちまち地面からせり上がった1メートル程の高さの土壁が、もみくちゃの三人をあっという間に引き離した。ふふん見たか、最近は毎日置物造ってるからな。破壊の細かい調節も創造スピードも上達してるんだぜ? 

 

 ついでに懐も潤ってきてる。海賊貯金に出来る分も、チンピラから巻き上げてただけの前より増えつつある。芸術品って以外と高く売れるんだよな。

 

「お、お前いつの間にそんなに速く能力使えるようになったんだよ」

 

「俺だって日々成長してるんだ。近いうちに組手の戦歴も塗り替えてやる」

 

 本気だ。ただ追いかけるだけじゃないぞ、俺は。歯を見せて好戦的に笑った。

 

 ちなみに俺はエースとサボに負け越してる。能力ありと無しの状態で分けて組手してるけど、能力ありなら勝てることも偶にあるけど、無しだと全然勝てない。「し、身体能力お化け(虚無)」ってなっていつも負けてる。悔しい。

 

 ルフィにはどっちの状態でも勝ち越してるけど、それはルフィが能力を使うことにこだわってるから。ルフィが能力を使いこなせるようになったらわからない。ゴムの身体は打撃を全部無効化するからな。今のところはまあ……自滅してばかりだけど。

 

「……それと、乗る船だけど。今から俺が言ったことに当てはまるやつの船に乗るから!」

 

「「「!?」」」

 

「よく聞いて、考えて。自分が当てはまると思ったら手をあげて元気よく返事してね。はい、じゃあ……」

 

 緊張した面持ちの三人に、俺は無慈悲に告げた。

 

「この中で一番、自分が死にやすいと思う人!」

 

「はあーっ! んぐ!」

 

 エースがフライング気味に手を上げかけて、瞬時に下ろした。開きかけた口をしっかり噤んでいる。

 

 口を噤んだエースとサボが目を合わせて、流れるような動作でルフィを見た。ルフィはそれに気づいてない。エースとサボがじっと無言で俺を見たので、一つ頷いてみせる。

 

 俺の言いたいこと、伝わったみたいで何より。

 

「やめだ」

 

 そっとエースが戦いの終戦を宣言した。そして俺に言う。

 

「ルーク、ルフィを頼むな」

 

 サボが優しい目をしてルフィを見る。

 

「ルフィ、ルークにあんまり無茶させないようにしろよ? 船員を守るのが船長の仕事だからな?」

 

「? わかった! じゃあ、ルークはおれの船に乗るんだな!?」

 

「ああ。一緒に頑張ろうな、ルフィ船長」

 

「やったー!」

 

 こうして、俺が乗る船が決定した。エースとサボは残念そうにしていたけど、ルフィを一人には出来ないという結論に至ったらしい。だって多分、ルフィ一人で海に出たら色々と大変なことになるよ? カナヅチだし。いや、カナヅチは俺もなんだけどさ。

 

 それから、俺達四人で酒を飲んだ。何でも、盃を交わすと"兄弟"になれるという。所謂兄弟盃ってやつだ。これで俺達四人は、切っても切れない強固な絆を持つ兄弟だ。

 

「たとえ何処にいようと。それが世界の裏側でも。お前らはいつもおれと一緒だ。おれ達四人はずっと兄弟だ」

 

 そう言ったエースが嬉しそうで、俺も何だか嬉しくなった。そうか。今日から俺達は兄弟か。前からぼんやりと自分達の関係性を考えて「兄弟がいたらきっとこんな感じ」とか考えてたから、こうして正式に兄弟になったことがたまらなく嬉しかった。きっとそれはサボとルフィも同じだ。

 

 意味もなく笑いがこみ上げてきて、暫く四人で馬鹿みたいに笑いあった。

 

 

 

 

 

 帰りに野牛を二人で一頭ずつ仕留めてダダンの家目指して引き摺っていると、一緒に引き摺っていたエースが言った。

 

「そういやさっき言ってたけどよ。お前、親を探したりはしねぇのか?」

 

「……産んでくれたことには感謝してるけど。探しはしないかな。俺はじいちゃんに拾われてこの島に来てよかったと思ってるから」

 

「なんでだ?」

 

「お前達に会えたから」

 

 俺の名付け親が実はエースだってこと、知ってるよ。じいちゃんがつけ忘れてたらしい名前をダダンの家で皆で考えて、当時3歳だったエースがつけてくれたって。……というかじいちゃんは名前つけ忘れるとかヤバいだろ。まあ、そのおかげで俺は今『ルーク』って名前を名乗れてるんだけどさ。

 

「……そうかよ」

 

「そうだよ。何、照れてんの?」

 

「は? 寝言は寝て言え」

 

「寝言じゃない。本心」

 

「……」

 

「ゴメンて。怒るなよー、兄ちゃん!」

 

 無言で歩くペースを早めたエースを、俺も早足で追いかけた。

 




打撃無効化ってかなり強いと思う。


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愛(暴力)

 ようやく実の正式名が判明します。


 

 

 

 いつものように骨董屋に置物を売りに行った時に、俺はおじいさんが読んでた本に見覚えのあるものを見つけてしまった。

 

 おじいさんが読んでいたページ。ひび割れが走り、半分は赤、半分は青に光る奇妙な梨のイラストが目に入って、思わず二度見した。いいい、今のって……。

 

「お、おおおじいさん! それちょっと見せて!」

 

「? 何だ小僧、とうとう本性を現したか」

 

「いや違うから、ちょっと読ませてもらうだけだから!」

 

 おじいさんから本をぶんど……お借りして、俺はさっきのページを開く。やっぱりこれ、俺が食べた実だ。

 

 これは『マテマテの実』。食べた者をマテリアル人間にする悪魔の実……だってさ。分類は超人(パラミシア)系。手で触れた物質を材料に『創造』する、または『破壊』する能力。

 

 マテリアルって、確か物質や材料を意味する言葉だったはず。

 

「何だ、小僧もこの悪魔の実が気になるのか。おれも食うならこの実がいい。便利そうな能力だからな」

 

「便利だよ実際。クソ不味かったけど」

 

「あ? 何だって?」

 

「何でもない」

 

 思わず普通に感想とか言っちゃったけど、おじいさんには聞こえてなかったっぽい。胸をなでおろして続きを読む。

 

 とうやら俺があの日食べた実は、結論で言えばアタリだった。手で触れたものを元にしてイメージした通りの物を創造する、または破壊することが出来る能力。かなり使い勝手がいいし、俺も気に入ってる。いろんなことに使えるしね。

 

 ただ、弱点が一つある。それはズバリ、光だ。

 

 この能力の最大の特徴は、能力発動時に起こる干渉光と呼ばれる光だ。創造する際は青く、破壊する際は赤く光るあれね。あのパチパチ鳴る雷みたいなやつ。

 

 あれ、能力発動中に出したり消したりなんてのは出来ないらしい。だから、対峙する相手に干渉光の色で「破壊」か「創造」のどちらの攻撃が来るかを予測される可能性がある。というか確実にされる。

 

 能力を使う際の予備動作(モーション)とでも言うべきか。これはかなり痛い。

 

「もう読まないんだな?」

 

「あ、ちょっと待って。他の実のこととか書いてない?」

 

「あー?」

 

 おじいさんがどこかに持っていこうとしていた本をもう一度借りて開く。が、他の実の情報は書いてなかった。……というか、これ。どこかの風景や動物の姿が無造作に書かれていたり、かと思えばつらつらと文章だけを綴ったページもある。旅費の計算がされたようなページも。ページを何度も継ぎ足して、一冊の本みたいに革紐を通してある。これはきっと、誰かの旅の記録だ。

 

「これ、日記?」

 

「ああ。そいつはおれの日記だよ。おれは探検家だったからなァ。相方と二人、あちこち旅してまわった」

 

 懐かしそうに目を細めて「昔の話だ」と言いながら俺の手から日記を取り上げたおじいさんが、それをカウンターの上に丁寧に置いた。

 

 他に悪魔の実に関する情報があるなら調べておくべきだ。絶対に。

 

「ね、悪魔の実について書いてあるのはその日記だけ? 他にあったりしないかな」

 

「実について書いてあんのはこれだけさ」

 

 何だ、そうなのか。がっかりした俺の様子におじいさんは首を傾げていたが、やがて思い出したようにカウンター上に置かれた革袋を掴んだ。

 

「今回は良い出来だった。お前の金だ。持っていけ」

 

 このおじいさんは絶対に甘いことは言わないから、良い出来だったのは本当なんだろう。褒められたのはちょっと嬉しい。

 

 差し出されたずっしりと重たい袋を受け取る。このおじいさんは口は悪いけど、俺への代金をちょろまかしたりはしない。一度ダダンの知り合いに頼んで、俺が造った置物の相場を見てもらったから間違いない。俺達は悪童として有名だから、おじいさんの俺への対応は本当に意外だった。

 

「おじいさん、俺が悪ガキだからってちょろまかしたりしないよね。何で?」

 

「あ? ちょろまかしていいのか」

 

「いや駄目」

 

「なら黙ってろ。用が済んだならさっさと帰れ」

 

「はーい」

 

 俺の疑問には答えてくれなかったけれど……悪い人じゃないんだよな、この人。

 

 

 

 

 帰って早々に兄弟達に俺の能力について報告した。俺の話を聞きながら、腕を組んで難しそうな顔をしているエースとサボ。この二人は兄になってから一段と団結力が増した気がする。頼み事をしても、昔に比べてやる気が凄い。俺とルフィという弟が出来たから、頼られたいお年頃なのかも。

 

「光を見ての攻撃予測はおれ達もやってたけど、やっぱ光は消せねぇのか。なら、予測されても対処できる立ち回りが出来るようになればいい」

 

「海賊として名を上げれば、いずれ能力は知られるんだしな。どのみちいつまでも隠せるもんでもねェんだ。要は、相手に知られていてもそれを叩き潰せるくらいにルークが強くなればいいって話だろ」

 

 サボとエースが交互に言って、拳を俺に向けた。待って、何なのその構え。嫌な予感しかしない。ジリジリと後ろに下がる。

 

「ルフィ! お前は審判な。今日から二対一での組手もやるぞ」

 

 今なんか聞こえた気がする。二対一? いや能力ありでも勝てない身体能力お化け二人に俺一人は厳しいと思うんだ。

 

「ええー、審判〜?」

 

 ルフィがつまらなさそうな声を出した。二人ともわかってないな、俺とルフィはいずれ同じ船に乗るんだから、今のうちに連携出来るようにしておくべきだ。

 

「来てくれルフィ! 的が増えたほうがダメージは分散……将来同じ船に乗るんだから、共闘の経験積んどいた方がいいだろ!!」

 

「そうだな! よし、おれも……的!? 今的って言ったか!?」

 

「ルフィ、審判やるならこの干し肉やるぞ」

 

「審判やる」

 

「ルフィいいいい!!!!!」

 

 俺の叫びを皮切りに、サボが先行して突っ込んでくる。

 

「おりゃっ!」

 

 掛け声一閃、斜め下からの蹴りを半身引いて躱す。流れるような拳打をいなし、弾く。

 

「どうした! 能力は使わねぇのか?」

 

「こんにゃろー……!」

 

 サボの攻撃を捌くのに精一杯で、手を地面につく暇がない。

 

 何とか距離を稼ごうとして―――不自然に地上の木漏れ日が陰る。反射で横に飛ぶ。

 

「上っ! から、かよ!」

 

 頭上からの踵落としを横にゴロゴロ転がって避けた。放った張本人、エースが傲然と笑う。

 

「成長してんだろ、能力! なら今ここで見せてみろよ!」

 

「そうかそうか、成長しておるのか」

 

 俺の後ろから、この場で聞こえないはずの声がした。い、いいいい今のは幻聴だ、そうに決まってる。

 

 ビシリと固まったエースとサボ。審判役のルフィがあんぐりと口を開ける。

 

「じ……じいちゃん……」

 

「おう。三人とも元気じゃったか?」

 

 ゆっくりと振り返る。アロハシャツを着た暴力ジジイ(ガープ)と目があった。奴は俺達に向けて親しげに手を上げている。

 

「……じいちゃん? もしかしてこの人、お前らのじいちゃんか!?」

 

「ん? 何じゃ小僧。三人の友達か?」

 

「ああ! おれはサボ。よろしくな!」

 

「おお、そうかそうかサボと言うのか」

 

 じいちゃんと会うのが初めてらしいサボが、フレンドリーな様子でじいちゃんに近づいていく。正気か? ジジイの隙を伺っている俺達は、それを黙って見つめることしか出来ない。

 

 じいちゃんも孫達に友達が出来たのが嬉しいのか、機嫌良さそうだ。逃げるなら今、このタイミングしかない。

 

 前回無言で逃げた時は散々な目に遭ったので、今回はじいちゃんが納得出来るような、これ以上ないくらい完璧な言い訳をちゃんと事前に考えてある。過去の自分に拍手したいくらいだ。

 

「なんか急に走りたい気分になってきた。ばいばい」

 

「急に腹減ってきた。またな」

 

「ダダンに頼まれた仕事忘れてた。じゃあな」

 

 それぞれ考えた渾身の台詞を言い残すと、俺達はサボを置いて一目散に走り出した。ルフィとエースも一緒だ。ごめんな兄弟(サボ)、お前のことは一生忘れないから。

 

「高町を目指せ! 俺の予想では、あそこまでジジイは追ってこない!!」

 

「なるべく痕跡を残すな!!」

 

 森に逃げ込み、立ち止まらずに走り続ける。目指すのはゴミ山を越え、中心街を抜けた先の高町だ。俺の予想では、あそこまでじいちゃんが探しに来ることはほぼ無い筈。海軍の英雄と言えど、貴族の暮らす町で暴れることは出来ない(そう信じたい)。

 

 その時、背後からじいちゃんの怒号が響いた。

 

「まずいぞ、(サボ)が機能してない!!」

 

 俺の想定ではあと10秒は持ちこたえてくれる筈だったのに! エースが鬼気迫る形相で怒鳴った。

 

「止まるな! 恨みっこなしだバラバラに逃げろ! 他がやられてる間に助かるかもしれねェ!!」

 

 頷きあって、それぞれ別の方向に別れる。捕まったら、なるべく時間を稼ぐ。これは俺達の約束だった。一人でも多く仲間を逃がす為の。

 

 数秒後、(にわか)に森が騒がしくなる。誰かの悲鳴が聞こえた。……この声は、ルフィ! 捕まったのか!! 健気にも時間を稼ごうとするルフィの声が聞こえてくる。

 

「お、おれ腹が減ったんだってじいちゃん! さっき美味そうなイノシシがいたから一緒に―――み゜ッ」

 

 ―――ルフィがやられた。静かになった森にギリ、と俺が歯を噛み締めた音が鳴る。次の犠牲者はエースか、それとも俺か。

 

「……捕まるわけにはいかない。何としても辿り着くんだ」

 

「ほう。どこへ行くつもりじゃ?」

 

「!?!? ―――クソぁ! 早すぎんだろが!!」

 

 横向いたらじいちゃんの顔がドアップになってた。どんなホラー映画だよ、怖すぎて一瞬呼吸が止まってた。畜生、痕跡を隠しながら逃げてきた筈なのに、何で見つかったんだ。ダミーの痕跡まで造ったのに!

 

 ここまでだ。その場で足を止めた。俺はもう助からない。だから、今からはエースが逃げるための時間を稼ぐことだけを考える。

 

 じいちゃんの腕には白目を向いたルフィが抱えられている。次は俺の番だと考えると震えが止まらない。

 

「クソじゃと? ルークお前、今じいちゃんに向かってクソと言うたのか?」

 

 この瞬間、かつてないほどのスピードで俺の脳みそが働き出した。この危機を乗り越えるために俺の脳みそが弾き出した答えは―――

 

「「草生えすぎだろ」って言ったんだよじいちゃん。やだな、俺がじいちゃんに向かってクソとか言うわけないじゃん。酷いな、俺傷ついたよ」

 

「おおすまんな。儂の聞き間違いじゃったか」

 

「あはは。じいちゃんってばボケるのはまだ早」

 

「―――とでも言うと思ったのか?」

 

「――ッッ!!」

 

 恐ろしいスピードで落ちてきた拳骨を本能で回避する。巻き起こった風が俺の髪を逆立たせた。じいちゃんを相手にした時、頼りになるのは本能だけだ。

 

「お前達はいつもいつも、儂の顔を見る度に逃げ出しおって……」

 

「俺は急に走りたくなっただけだし、ルフィは急に腹が減っただけだよ。じいちゃんだってよくあるでしょ、そういう時」

 

「確かにしょっちゅうあるが……それで騙されると思っとるのか? 儂は悲しいぞ」

 

 くそ、この言い訳は駄目だったか。てか、会うたびに殴るんだから逃げられて当然でしょうよ。何で孫達に逃げられてるのか、もっと自分の行動を振り返ってほしい。

 

「俺も毎回殴られて悲しいよ」

 

「そうか。どうやら儂の愛は通じておらんようじゃな……」

 

「暴力という名の愛ならいらない」

 

 そろそろエースはゴミ山くらいまでは辿り着いただろうか。冷や汗を拭う。目を細めたじいちゃんが、大きなため息をついた。

 

「今はそうかもしれんな。だがしかし、お前も大人になればわかるじゃろう。儂の愛の大きさをな―――どれ、そろそろエースを捕まえにいかんとな。エースの気配は……あそこか」

 

 ! またこれだ。何故か毎回、どこに隠れていてもじいちゃんには居場所がバレる。気配がどうのこうの言ってるけど、じいちゃんは能力者じゃない。海で泳いでるの見たことあるし。たしか「ハキ」がどうのこうの言ってた気がするけど、それは今はいい……今の俺に出来るのは、一秒でも多くの時間を稼ぐことだけだ。

 

「簡単には行かせな―――ぱみんっ!!」

 

 ごめんエース、無理だったわ。頑張って逃げて。

 

 目で追うことの叶わない一撃。頭部に走った衝撃に、視界が一気に暗くなった。

 

 

  



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ASLL

暑すぎて溶ける


 誰かに身体を揺すられている。結構雑な揺らし方。後頭部に鈍い痛みがある。もしや俺、人攫いに狙われてる? そこまで考えて、一気に意識が覚醒した。俺は知ってるんだ、人攫いは総じて持ち金が多いってことを。絶対に逃さない。

 

「金目のモン置いてけやぁ!」

 

 相手の顔があるであろう場所にピンポイントに拳を付き出す。だが、殴った感覚がしなかった。あれ?

 

「うっわ、完全にエースと同じ起き方」

 

「はあ? あれ、サボ?」

 

 起き上がると、呆れた顔のサボがいた。近くにはエースとルフィもいて、二人とも何故か頭を氷嚢で冷やしている。いつの間にか、ダダンの家に戻ってきたらしい。大部屋の隅っこでダダン達が怯えているのが見える。

 

 氷嚢とダダン達の様子で思い出した。そうだ、俺はじいちゃんに殴られて……!

 

「起きたか、ルーク」

 

「最悪の目覚めー!! ……嘘だよじいちゃん。冗談だから泣かないで」

 

「泣いとらんわい。起きたなら外へ行くぞ。お前達の成長具合を見る」

 

 エースとルフィが露骨に嫌そうな顔をした。サボも苦笑している。彼は俺達に囮にされたことを最初怒っていたらしいが、意識を失って帰ってきた俺達を見て怒る気も失せたそうだ。

 

 そうそう、じいちゃんはサボに何かするよりも速く俺達を捕まえに動いたから、サボは今のところ無傷。流石に初対面の子どもを殴ったりしなかったらしい。

 

 外に出て、早速エースとルフィがヤケクソ気味にじいちゃんに飛びかかった。それを眺めながらサボと俺は適当な場所に座る。

 

「サボは器が広いな。もっと怒るかと思ってたのに」

 

「おれは被害受けてないし、あれ見てたらお前らが逃げ出す理由もわかるからなぁ……」

 

 俺達の目線の先では、エースとルフィか二人同時に投げられていた。全く歯が立ってない。じいちゃんに良いように弄ばれている。

 

 ぼんやり眺めていると、じいちゃんと目が合ってしまった。カッと見開かれるジジイの目。

 

「嫌だなあ……」

 

「なァに休憩しとるんじゃルーク! そんなんじゃ強い海兵にはなれんぞ!! お前もこっちへ来んか! サボ、お前もついでに鍛えてやろう。さあ、かかってこんかい!!」

 

「あー」

 

 たった今「こっちへ来い」とか言ったのは誰ですかね? こっちから行く暇もなく、気づけばいつの間にかじいちゃんに襟首を掴まれている。

 

 俺、猫じゃないんですけどね。これで何回目だろう。もはや抵抗する気も起きない。じいちゃんの左手に首根っこを掴まれたまま脱力する俺。

 

 同じく右手に掴まれているサボが目を白黒させているのが面白かった。

 

「この人いつもこうなんだ」

 

「そ、そうなのか。何か納得したよ。お前らの爺さんらしいや」

 

 振り回される直前、俺とサボは最後にそんな会話をした。

 

 

 

 

 

「ぶわっはっはっは! まだまだじゃが、なかなかどうして悪くない。腕を上げたなお前達!」

 

「俺以外誰も聞いてないよ……」

 

 じいちゃんが褒めてくれたが、意識があるのは俺だけ。周囲に死屍累々と転がる三人は絶賛気絶中だ。俺も数秒前までは気絶してた。……くそ、力入んない。こりゃ暫く動けなさそうだ。

 

「ねえじいちゃん、ルフィはゴムだよな?」

 

 地面に寝転がったまま、俺は岩に座っているじいちゃんを見上げた。

 ……うわ、星空が凄く綺麗。

 

「ん? そうじゃな。それがどうした?」

 

「何でじいちゃんの打撃はルフィに効くの? ゴムなのに」

 

 ちょっとした疑問だった。ルフィはゴム人間だから、打撃は効かない。俺達が幾ら殴ったところで、ゴムの身体には痛みも無ければダメージも無い。けど何故かルフィはじいちゃんの拳骨を痛がる。単純に力の差かと思ってたけど、それも多分違うよね。

 

「ふむ……ゴムに打撃は効かんと思っとるのか、ルークは」

 

「? 普通に考えたら効かないだろ」

 

「その「普通」を忘れろ。それは強くなるのに必要ないもんじゃ」

 

 その時のじいちゃんは何故か機嫌が良くて、少し饒舌になっていた。例えば俺達を見て「背が伸びたな」とか言ってくれたり、わざわざ遠くの島から「土産じゃ」とか言って何か持って来てくれたりする時の、少し優しくなる表情と同じ。

 

「いいかルーク。今はまだわからんでもいい。じゃが覚えておけ。どんなに霞のような存在でも「殴れる」と思えば「殴れる」んじゃ」

 

「何それ?」

 

 まるで言葉遊びのような、何でもはっきり物を言うじいちゃんにしては珍しい曖昧な答えに首をひねる。

 

「何でもいい。「殴る」「蹴る」「見る」……全て、信じることが大切なんじゃ。固定観念に囚われないこと。自分なら出来ると強く信じること。よく覚えておけ」

 

 聞き分けのない子どもに言い聞かせるように、じいちゃんは辛抱強く言葉を繰り返した。

 

「つまりじいちゃんは、信じたからルフィのゴムの身体に攻撃を通せたの?」

 

「そうじゃな」

 

 何だそれ。そんなので強くなれるなら誰も苦労はしない。そう言って笑おうとしたけど、じいちゃんの目は真剣だった。冗談を言う目ではなかった。

 

「誰でも出来ることではない。しかしお前達ならば出来る。何せ、儂の孫じゃからな!」

 

「何その根拠のない自信。それに俺、じいちゃんとは血繋がってないでしょ」

 

「信じることじゃ、ルーク」

 

「……わかったよ。忘れてなかったら、いつか思い出すから」

 

 おざなりな返事だったけれど、それでもじいちゃんは満足げだった。

 

 

 

 

 

 じいちゃんが帰って数日後。

 

 俺達は独立することを決めた。ちなみに言い出しっぺが誰だったかは忘れた。多分誰かが「秘密基地作ろう」的なことを言い出したんだと思う。

 

 独立するにあたっての準備はあっという間だった。準備と言っても、何せ手荷物なんて無いから、紙に「独立する ASLL」と書いて部屋に置いただけ。ちなみにASLLは俺達の名前のAce(エース)Sabo(サボ)Luke(ルーク)Luffy(ルフィ)の頭文字をとったものだ。

 

 独立すると決めてから5分もしないうちに準備は完了した。

 

 基地を建てる場所はすぐに決まった。森の中で一番大きくて太い木の上だ。皆で材料になる木材と釘をあちこちから拾い集めてきて、一からツリーハウスを組み立てた。ここでは俺の能力が大活躍だったおかげで、二日間でツリーハウスが完成した。

 

 完成したお祝いに美味い飯をここで食おう! という話になって、俺達はそれぞれ思い思いの「美味い飯」の調達に向かうことになった。

 

 調達に向かってから、大体一時間後くらいかな。基地がある巨木の根本に向かうと三人はもう帰ってきていて、俺が最後だった。

 

「皆早くない?」

 

「遅えぞルーク! おれはワニ狩ってきたぞ!」

 

 ルフィは狩ってきたと思しき中型のワニをぺしぺし叩いている。大型じゃなければ俺達はもうワニを一人でも狩ることが出来るようになっていた。一人でワニを狩る子ども……いや、何も言うまい。

 

「おれは蛇と魚だ。蛇は蒲焼きにしような」

 

 サボがそう言って5メートルはありそうな大蛇をズルズルと引き摺ってくる。背中に背負っている籠の中には大きな魚が6匹。大量だ。

 

「脂が乗ってて美味そうだな〜!」

 

「どこでこんなに釣ったんだ?」

 

「滝壺から少し下ったところだよ。まだまだ居そうだったから、今度皆で釣りに行こうな」

 

 サボは俺達の中で一番釣りが美味い。二番目は俺で、三番目はエース。一番下手っぴなのがルフィ。エースとルフィはじっと待つことが苦手だから、まだ手掴みのほうが捕れると思う。

 

 ルフィと俺はカナヅチだから、魚を捕る手段があんまりないんだけどね。ちなみに俺は、追い込み漁が一番得意。

 

 エースが大きなイノシシと、大きな紙袋を俺達の前に置いた。

 

「次はおれだな。街の店から盗ってきた肉饅頭と、さっき狩ってきたイノシシ。あとおまけでチンピラから金も巻き上げてきた」

 

「あれ、エースも街に行ったの? 俺もほら、肉饅頭」

 

「お? ルークもか? しまった、被っちまったかな」

 

 おんなじ紙袋を俺も差し出す。前世(むかし)よく食べてた肉まんそのまんまの味だからか、たまに無性に食べたくなるんだよね、これ。

 

 サボが笑って言った。

 

「被っちまうのもしょうがねぇよ。だってこれ美味いし。結構数あるみたいだから、他の肉とか焼いてる間に食おうぜ」

 

「うん。あ、鹿も狩ってきたよ。それとこれ」

 

 引きずっていた鹿と、背負っていた麻袋を下ろす。中身は大量のキノコや果物だ。

 

「いいな! 肉と一緒に焼こう」

 

 ずらりと並んだそれぞれの獲物。こうして見るとやっぱり、肉が多い。エースが苦笑した。

 

「肉ばっかだな」

 

「俺達らしくていいじゃん」

 

 それぞれ思い思いのものを持ってきて、それを皆で食べる。何でもないような、たったそれだけのことでも俺は楽しかった。多分、今日誰がどんなものを持ってきても俺は同じ様に笑ったはずだ。

 

 俺にとってエース、サボ、ルフィとの日々は、いつしか当たり前になった。この先もずっと、続いていくと思って疑わなかった。

 

 約束された未来なんて、どこにもないと知っていたのに。

 

 



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奪還

ふとお気に入り見てみたら急に増えててびっくりしました。読んでくれている皆さん、ありがとうございます。


 

 

 その日は突然、何の前触れもなくやってきた。俺達は街で食い逃げして、チンピラから金品を奪った。それはいつも通りの、少し殺伐とした日常だった。いつも通りなら、俺達は今頃その日の夕飯を皆で調達するはずだった。

 

 

 

 

「サボが、父親に連れて行かれた……?」

 

 街から戻った俺を待っていたのは、エースとルフィの暗い顔だった。場所は秘密基地。夕焼けが景色を赤く染めている。

 

 落ち込んだ様子の二人に話を聞くと、ゴミ山にいたエース達の元に、急にブルージャムとサボの父親、そして銃で武装した部下達がやってきて、サボを拘束。そのまま連れ去っていった。二人はその後荷運びの仕事を頼まれたけれど、そんな気分じゃないと言って断ったらしい。

 

 話を聞いている間、すっと指先が冷えていく感覚がした。エースがぽつりと言った。

 

「……ブルージャムに言われた。貴族に生まれるってことは、幸福の星の下に生まれる事だって」

 

「………」

 

「でも、おれはサボがいねぇとイヤだ」

 

 ルフィがぽしょりと言った。

 

「おれだってそうさ……! でも、おれ達は兄弟だけど……、本当のサボの幸せが何なのか、おれはわからねぇ」

 

 どこまでも突っ込んでいくあのエースが、真剣に悩んでいる。そうだよな。大事な兄弟だもん。俺もいろいろ考えなきゃいけないけど、その前に一つ、聞かなきゃいけないことがある。

 

「なあエース」

 

「何だ?」

 

「……サボは、どんな顔してた? 迎えが来て、何て言ってた?」

 

 声は震えはしなかったし掠れもしなかったけれど、淡々としていた。内心はとっ散らかってるのに、意外と落ち着いた声が出て自分でもびっくりしてる。

 

 目が合う。エースは目を見開いていた。

 

「サボは、喜んでた?」

 

「……あいつ、泣いてた」

 

 そっか。サボは泣いてたんだね。

 

 俺が何か言うよりも早く、座っていたエースが立ち上がる。

 

「迎えに行こう。サボにとっての幸せは、きっと高町(あそこ)には無い」

 

「うん、そうしよう」

 

「やっぱりおれ達にはサボがいねぇとな!」

 

 エースとルフィの目に力が戻った。やっぱりこうじゃないとな、俺達は。あと一人、多分フニャけてるであろう兄弟を迎えに行く為、俺達は準備を始めた。

 

 

 

 

 腹が減っては戦は出来ぬ。というわけで、俺達は焼いた肉や魚を頬張りながら作戦会議をしている。

 

 もうすっかり夜は更けていて、揺れる焚き火の炎だけが周囲を照らしていた。とは言っても、月が出ているのでそれほど暗くはないんだけどね。なんだか風情があっていい。サボともこの景色を一緒に見たかったな。

 

 サボの父親は貴族だと聞いている。貴族なら家は高町の方にある筈。高町は全体を高い石壁で囲まれている為、高町に行くには銃を持った見張りのいる検問を抜けないといけない。しかしそれは却下だ。俺達は顔を知られているから、まず通してもらえることはない。

 

 なので、石壁をぶち壊すことにした。

 

 地中にトンネルを造ることも考えたけど、まだ俺の能力にはそこまでの練度がないことと、石壁の重みでトンネルが潰れてしまうかもしれないから却下した。生き埋めは嫌だ。

 

「三人だと目立つから、高町に入るのは俺だけだ。二人には中心街で騒ぎを起こして、警備員達を引きつけてほしい。その隙に俺が壁を破壊して侵入する。サボを連れ戻したら一緒にそっちに合流して、撤退する」

 

 問題はサボの家を見つけないといけないところだ。少し手間取るかもしれない。どうしても見つけられなかった場合は貴族の家の壁を片っ端から破壊してサボを探すことにした。これでも見つけられなかったら、これからサボが見つかるまで毎日通うことにする。

 

「それはいいけどよ。ルーク一人で平気か?」

 

「逃げ回るのは得意だから大丈夫。能力もあるしね」

 

 もしも追手がいる場合は、人通りの多い場所を選んで逃走する。能力で足止めも出来るだろうし。

 

「シンプルに纏めるよ。俺は侵入してサボを救出。エース達は中心街で暴れる。OK?」

 

「おう」

 

「わかった!」

 

 言いながら、焚き火で(あぶ)っていた魚串を頬張る。身がホクホクで美味しい。いい焼き加減だ。それにしても……。

 

「……いつも思うけど、俺達の計画って結構雑だよな」

 

 自分で考えといて言うのもおかしな話だけどね。

 

「わかりやすくておれは好きだぞ。ってあちぃ! あちっ!」

 

「これに置きな。ほら、水」

 

 熱かったんだろう、ルフィが焼き上がったばかりの肉をお手玉してるのが見えたので、皿代わりの大きな葉っぱを渡しつつ、水の入ったバケツを差し出す。その様子を見ていたエースが笑った。

 

「落ち着いて食えよ、ルフィ。それと作戦についてはルフィに賛成だ。難しくて複雑よりはいいじゃねえか。救出は明日の夜……日が沈んだ頃くらいでいいか?」

 

 肉に噛みつきながらエースがそう聞いてきて、俺とルフィは同時に頷いた。

 

「ならこれ食ったら寝るぞ、明日に備えなきゃなんねぇ」

 

 うん、と返事をしながら、俺はむしゃりと魚を骨ごと平らげた。

 

 

 

 

 翌日、俺はエースとルフィと別れ、昼間のうちにある程度の侵入ルートを決めた。中心街の比較的人通りが少ない場所だ。周辺の街灯は既にこっそりと破壊してあるから、夜になればこのあたり一帯は真っ暗になる。人工的な明かりに慣れた町の人にはさぞかし見えにくいだろうな。

 

 時間も着々と過ぎていき、今はもう日が落ちている。そろそろエースとルフィが騒ぎを起こしてくれる筈だ……。

 

 耳を澄まして静かに待っていると、ざわめきが聞こえ始めた。その方向を見れば、遠くで二人が暴れているのが見えた。警備員達を引き連れて離れていくエースとルフィ。ざわめきが遠のいた。ありがとう二人とも!

 

 周囲に人は……いない。よし、待ってろサボ、今行くぞ。

 

 一人気合を入れた俺は、壁を破壊しにかかった。能力を発動して壁に触れる。あっ待ってこの壁、意外と分厚いわ。能力使ってるからかなんとなくわかるけど、多分壁の厚さは5メートル近くある。

 

「ふっ……んぬぬ!」

 

 石壁全てを壊すんじゃない、穴を開けるだけだ。そう、言うなれば貫通させるイメージだ。破壊を示す雷光の赤が強くなる。音がバチバチからバリバリへと、より低い音へ変化する。

 

 壁に触れている手のひらに意識を集中した。駄目だうまくいかない。くそ、自分が考えた作戦なのに最初から失敗するとか笑えないだろ!

 

「クソが! 穿孔(パーフォレイト)! なんちゃってえええ!?」

 

 脳裏に浮かんだ中二言語を半ばやけくそに叫んだつもりだったけれど、叫んだ途端ドウン、という鈍い音が響いて呆気なく壁に大穴が空いた。砕けた瓦礫が壁の向こう側に積もっているのが見える。

 

 今ようやく俺はルフィが「ゴムゴムの(ピストル)!」とか言って技の名前を叫ぶ気持ちがわかった。叫んだらイメージがしっかりするからだ、多分。あと気合が入る。

 

 そろそろと壁の向こう側に渡る。もうもうと上がる土煙に紛れて物陰に隠れ、周囲の様子を伺った。壁に穴を開けた時に大きな音がしたけれど、夜だからか今のところ人の姿はない。でも、いつ警備員が来るかわからない。

 

 内心ヒヤヒヤしつつ、俺はここらで一番大きな家の屋根に登って高町を観察した。見えるのは過度な装飾が施された無駄にお金のかかってそうな家ばかり。ちょっとげんなりしつつもあちこち見渡していると、何やら空が赤く染まっていることに気づく。その方角は―――

 

「……ゴミ山、燃えてんじゃん」

 

 呆然と呟いてから、やっと飛んでいた思考が戻ってきた。

 

 ……ちょっと待って、あの規模の火事はやばいだろ。あそこには沢山人が住んでる。病気で動けない人も、老人も。まだ幼い子どもだっているのに。エースとルフィが中心街にいることはわかってはいたけど、それでも動揺を抑えきれなかった。

 

「いたぞ、あの子どもだ!」

 

 下から聞こえてきた声に反射的に身を竦めながら、ここが屋根の上であることを思い出して息をつく。

 

 隠れた屋根からそっと顔を出すと、複数の警備員達が一人の少年を追っているのが見えた。鉄パイプを持つ、特徴的な帽子を被った金髪の少年。間違いない、サボだ。あちこち逃げ回ったのか、息を切らしている。

 

「エース、ルフィ、ルーク! ゴミ山から逃げろォ〜〜〜!! 逃げてくれ〜〜〜ッ!!!」

 

 どれだけ叫んだのか、サボの声は枯れていた。苛立ったように、追手の警備員が怒鳴る。

 

「諦めろ! あの光景を見ればわかるだろ、そいつらはもう焼けて死んでるよ!!」

 

「うるせぇ! おれの兄弟がそんな簡単に死ぬわけねぇ!!」

 

「そうだぞ、勝手に殺すな!」 

 

 屋根から飛び降りてクッション代わりに警備員を踏みつけると、その衝撃で警備員は気絶した。目を丸くしたサボがポカンと俺を見る。

 

「サボ! 探す手間が省けたよ」

 

「ルーク!? お前、なんで」

 

「説明は後! 逃げるぞ!」

 

「お、おい、そっちは検問じゃないぞ! 高町は検問からじゃないと出られない!」

 

「知ってる!」

 

 高い壁を造って追手を邪魔しつつ、中心街と高町を隔てる石壁の元へ走る。最初に穴を開けたところを遠目で見ると、結構な人だかりが出来ていたから、そこから少し離れた場所へ向かう。

 

「おいルーク! エースとルフィはどうした!? ゴミ山にいたりしねぇよな!!」

 

「大丈夫、二人は中心街にいる! ってかあの火事やばいだろ、なんだよあれ」

 

「偉い奴が来るからこの国の汚点を消すって言ってた! 『可燃ゴミの日』って言って、住んでる人ごとゴミ山を燃やすって……!!」

 

「イカれてんな。……ひとまずここから中心街に行こう!」

 

「ここからって、どうやって? というかルーク、お前どうやってここまで来たんだ?」

 

 追手は全員撒けた。壁の前で立ち止まった俺をサボが戸惑った目で見ている。

 

「こうするのさ。穿孔(パーフォレイト)!」

 

 少しの気恥ずかしさを押し殺して、壁に両手を当てて叫ぶ。イメージが固まってきたのか、スムーズに能力は発動した。

 

「なっ……!?」

 

 ドウン! という轟音と共に大穴が開いた壁を、サボがあんぐりと口を開けて凝視した。

 

「ルークお前、いつの間にこんな……」

 

「まあ、成長期だからね。それよりサボ」

 

「何だ?」

 

 これだけは、どうしても聞いておかないといけない。俺達はサボを連れ戻そうとしてるけど、サボの意思をまだ聞けてなかったから。

 

「もしも、サボが家に……両親の元に戻りたいなら、今が最後のチャンス。俺達は兄弟だ。だから、サボの意思を尊重したいって思ってる」

 

「ルーク……」

 

「でもその、サボがいなくなったら、皆釣るの下手くそだから魚を食べられる機会が減るし、組手も二体二で出来なくなるし、エースもルフィも寂しがると思うし……だからえっと、つまり……行かないでほしい」

 

 そう言うと、サボが目を見張った。

 

 しまった、つい本音を溢してしまった。尊重したいとか言っておいて、これは駄目だろ。……でも、しょうがないよな。だってずっと一緒にいたんだから。寂しいのは当たり前のことだよ。

 

「あのなあ、ルーク」

 

 呆れたようなサボの声がして、いつの間にか俯いていた顔を上げる。

 

「両親の元に帰りたいんだったら、今おれはお前と一緒にいないよ。おれの居場所はお前たち兄弟のところだ。だから、そんなに不安そうな顔しなくていい」

 

「―――穿孔(パーフォレイト)ォオオ!!!」

 

 壁にさっきのとは比べ物にならない大穴が開いた。サボが目を向いて叫ぶ。

 

「なんでそうなった!?」

 

「ごめん嬉しくて能力が滑っちゃった。今なら何でも破壊出来そうな気がする」

 

「わかったわかった、お前が嬉しいのはわかったよ、だから落ち着け」

 

「うん。じゃあ、二人と合流しようか。丁度向こうから来てくれたみたいだし」

 

 大穴の向こう側で、エースとルフィが手を振っているのが見える。サボは二人を見て嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 



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