未来転生(仮)ーチートなんてなかったんだー (TAROH)
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異世界召喚されちゃいました

「じゃあ、ここの問題をユウキ!」

講義室の中に響く声。

「えーっと……わかりません」

教師の問いに起立して答えたのは黒髪の青年。

まだ若い。学生であれば当然とも言えるが、講義室の中にいる他の学生と比べても極めて若く見える。

「おいおい、次元航法論の基礎だぞ。試験にも出るからよく勉強しておくように。着席していいぞ」

「すみません」

じゃあ次、と教師が講義を続ける。教師の注目が外れたことに気付いた、黒髪の青年:ユウキは窓の外を眺めていた。

一瞬、大きな影が目の前を過る。

緑色の皮膚を持ち、翼を広げて大空を舞う。古来、創作物に登場する最強の魔物との呼び声も高いその生き物、ドラゴン。

「今日は隣のクラスが屋外演習だったかな……」

ドラゴンに乗る少女の姿に見覚えがあったユウキは、隣のクラスの時間割を思い出していた。

また、影が窓の外を過る。

金属の皮膚を持ち、翼は両側に広がる固定翼。大空を舞うことはないが、高速度飛行を可能とするその物体、飛行機。

ドラゴンと飛行機が空中演習を広げるその景色もユウキにとっては見慣れたもので。

「どうしてこうなったんだっけか……」

 

ユウキは、自分が何故ここにいるのか、その始まりとなる2ヶ月前の出来事を思い返していた。

空中演習は、ドラゴンが戦闘機を撃墜して終了した。

 

 

 

暗闇の中。ユウキはそこにいた。

「ここは……」

昨夜。確かにいつも通りユウキは就寝した。

両親に挨拶をし、最近夜更ししがちな妹に扉越しに声を掛けて就寝した。

何も変わらない、普段と全く変わらない行動だった。

「夢、か……?」

ユウキは周囲を見渡した。

周囲には何も見えない。

一寸先は暗闇だった。正面にある巨大な扉を除けば。

「痛っ。夢じゃなさそうだ」

古典的な覚醒手法である、頬つねりで夢じゃないことをユウキは確認した。

「ここに入れ、ってことか」

扉からは光が漏れ出している。

扉が、誘っているようだった。

ユウキが恐る恐る扉を押し開けると、目を潰さんばかりの光が飛び込んできた。

「うわああああ」

思わず腕で目を隠すユウキ。

 

よく前が見えないまま歩いていると、足元の感触が不意に変わる。

これまでの雲を踏んでいるような踏み心地から、柔らかい絨毯のようなものの上を歩いている感触。

 

「おお! 召喚に成功したようだぞ!!」

気がつくと強い光は収まっていた。

恐る恐る腕をどけると、目の前には3人の男女。

金縁の豪華な椅子に座る、かなり年配の老人。

その右側に立つ腰に剣を、全身に甲冑を装備した偉丈夫。

椅子を挟んで反対側に立っていたのはユウキが見たことのないくらい綺麗なドレスを着た少女。

「時間を掛けた甲斐がありましたわ」

そう、得意気な表情をした少女が言った。

ユウキが視線を向けると、それに気付いたのか少女が笑みを浮かべる。

(か、かわいい……)

思わず見惚れてしまったユウキ。

ぼーっと呆けてしまったユウキに、中央の椅子に座った老人が声をかける。

「うむ、よく来た異邦の者よ。歓迎するぞ」

「これは異世界召喚ってやつだ!」

ユウキは思わず叫んだ。

 

 

「異邦の者よ、名を何と言う」

「お、臣塚ユウキと言います。ユウキが名前で、臣塚は家名です」

「ユウキ殿か。改めて言うが、よくぞ我が国に来てくれた。私はこの国の王、カグラという。早速だがルドルフ、あれを」

ルドルフと呼ばれた甲冑の偉丈夫が、ユウキの下へ歩いてきた。

「王国騎士団長のルドルフと申す。突然ですまないが、この指輪を嵌めてもらえるだろうか」

そういってユウキが渡されたのは、装飾は何も付いていない指輪だった。

「こ、これは?」

困惑した素振りのユウキに答えたのはカグラ王の横に立つ少女。

「それは能力判定の指輪よ」

「の、能力判定?」

そうよ、と返した少女が続けて言った。

「その指輪を装着すると、装着した人の基本情報が参照できるようになっているの。

 魔力がいくつあるのかとか、筋力がいくつあるのかとかね」

魔力、その言葉を聞いた時にユウキは嬉しそうな笑みを浮かべた。

「魔力! この世界では魔法が使えるのか」

指輪を嵌めるユウキ。

途端、ユウキの周りに文字が浮かび始めた。

「こ、これはなんて書いてあるんだろう」

白文字のそれは、ユウキには読めなかった。

「暫く待っていてね、その指輪が貴方の情報を読み取っているわ」

言われたとおりユウキが待っていると、やがて文字が消えた。

その様子を確認したルドルフが指輪を回収し、少女に渡す。

「ふむふむ……、お祖父様、彼は普通の人です!」

「おお、そうか……普通の人か」

カグラ王が言う。

「魔力はありません。筋力は多少ありますが、年齢相応です。ユウキ、貴方は16歳で間違いないわね?」

「そうですけど……」

ユウキは落胆していた。

異世界召喚。最近の創作・文芸界隈で1ジャンルとして整いつつある新しいテーマ。

異世界に召喚された主人公は大抵の場合高い能力を付与され、召喚先で力を奮い勇者として世界を救うのが定番だ。

そういった主人公に憧れる所があった彼は、それが果たされなさそうな状況に落胆したのだ。

(いや、でもまだ内政チートとか現代知識とかでやっていけるよな)

高い能力が付与されていなくても、召喚先の世界より技術が発展しているところから来ていれば、その知識を活かして召喚先の世界で活躍することが出来る。

ユウキは若干元気を取り戻した。

「王様、皆さん、どうやら僕は皆さんのご期待には応えられなさそうです」

だから他の勇者を呼んでください、と続けようとしたユウキだったが、ルドルフに遮られた。

「ユウキ殿、我々は勇者を喚んだわけではないのじゃ」

「えっ……召喚をしたんですよね? 勇者召喚を」

少女が言う。

「違うわ、あれは我が国の技術省が開発した新技術を使って試したゲートなの」

「元々あのゲートは、無作為かつ不定期に異世界と接続される力を持つものなのじゃ」

それは、制御不可の力。

1ヶ月間隔で連続して接続されたときもあれば、千年間も繋がらなかったこともあるゲート。

これを介して召喚されるのはただ1つ。

それは人間種に拘らない。

「ある時は謎の昆虫が召喚されたこともあったわ」

「はた迷惑な扉だ……」

ユウキはそう呟いた。

「この扉が接続されると、国内の魔力が大量に消費されてしまうの。接続は止められない。それならばせめて召喚される者を篩にかけて、

少なくとも言葉が通じる相手が召喚されるような技術を開発したの」

虫一匹に国内の魔力を消費するのは極めて無駄である。

「それで、今回の召喚がその技術実験だったのか……」

ユウキはなんとなく理解した。

 

「ちなみに、元の世界に帰ることはできるんですよね?」

ユウキの言葉に3人は顔を見合わせた。

カグラ王が重々しく口を開けた。

「すまんがユウキ殿、このゲートには送還能力は存在しておらぬ。目下技術開発中じゃ」

ユウキはショックを受けた。

元の世界には家族だっている。

学校生活は平凡だったが、両親や妹に会えないのは辛い。

「儂らが言えることではないが、この世界は広い。きっと帰れる手段がどこかにあるはずじゃ」

カグラ王の慰めの言葉が痛い。

「陛下。この者が落ち着くまで私が世話をしましょう。ユウキ、と言ったな。悪いが暫くは保護下に入ってくれ」

「よ、よろしくお願いします……」

 

能力チートを得られなかった世界で、ユウキはこの先の危険に恐れを抱いた。

「ユウキ殿、この世界は君が想像しているよりは安全なはずじゃ。ゆっくりしていかれよ」

カグラ王からのそんな言葉がユウキの耳を抜けていく。

「チートがなくてどうやって生きていけば良いんだ……」

 

落胆する彼の目に映ったのは、少女だった。

破顔した少女は言った。

「ようこそ、ラパナ王国へ」

せめてこのお姫様に会えたことは、ユウキにとって救いだったのかもしれない。



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ユウキの庇護者



書き溜めはないので、書いたら出す方式で。

プロットと本文が同時進行。次々現れる用語に自分で用語集を作りながら執筆。

何一つ計画通りではない展開ですね。



王の間を辞したユウキは、城の中をルドルフに先導され移動していた。

「ユウキ、と呼ばせてもらうがよいな」

「よろしくお願いします。えっと、ルドルフさん」

ユウキの返答にルドルフは頷いた。

「私もユウキって呼ばせてもらうわ。よろしくねユウキ」

ユウキの後ろを付いてきたのは先程の少女。

「えっと……」

「あ、名乗っていなかったわ。私はユカ。お祖父様―カグラ王の孫娘よ」

ユカと呼んでちょうだい、と続けた少女をまじまじと見るユウキ。

キメ細かい肌。薄いピンクの唇。華奢な身体を持つ少女。

最も印象的なのは肩に届かないくらいの燃えるような赤い髪。

 

王の間で対面した時はユウキと距離があって細部まではわからなかったが、やはり美人である。

「ユウキよ。先程陛下にも伝えたとおり、貴殿の保護は私が担当となる。暫く面倒を見るがよろしく頼む」

「すみません。右も左もわからなくて……。それで、どこに向かっているんですか?」

ルドルフへの質問だったが、答えたのはユカだった。

「ルドルフは王国騎士団長。王の懐刀だから城内に詰所、というか部屋を1つ分けて住んでいるのよ」

「ユウキには家で暮らしてもらおうと思ってな」

 

一行が廊下を歩いているとやがて1つの部屋に辿り着いた。

「ここだ。少し待っていてくれ」

ルドルフはそう告げると、部屋に入っていった

「アルマ、戻ったぞ。客人がいるので茶を用意してくれ」

「わかりました。姫様ですか?」

「姫様ともう一人別にいる。よろしく頼む」

ルドルフと若々しい女性の声が聞こえる。

「ルドルフさんの家族かな」

「そうよ。とても優しい方なの」

 

ユウキがユカと話をしていると、扉があいてルドルフが顔を出した。

「ユウキ、姫様。待たせて申し訳ない。どうぞ入ってくれ」

ユウキが案内された部屋は広かった。

3つに仕切られた部屋は、真ん中に丸テーブルと椅子があった。

「椅子にかけていてくれ」

ルドルフに従い、ユウキは座った。

ユカは1つだけ装飾が付いている椅子に座った。

「もしかしてその椅子って……」

「私もよくここに遊びに来るの。いつからかアルマが用意してくれていたわ」

 

「姫様にせっかくお越しいただくのですから当然です」

奥の部屋からパタパタと茶器を持って現れたのは長い金髪の美人。

ルドルフの娘だろうか。

「アルマ、済まなかったな」

「いえいえ、せっかくのお客様ですもの。ようこそおいでくださいました」

「は、初めまして。ユウキといいます」

「ユウキ、彼女はアルマさん。ルドルフの奥さんよ」

「お、奥さん!?!?」

ユウキは驚いた。どう見ても親娘にしか見えない。

「初めまして。ルドルフの妻のアルマといいます」

柔和な笑みを浮かべた美女。

 

「アルマ、実はこのユウキを今日から私が預かることになった」

「あらあらまあまあ」

ルドルフがアルマに、王の間であった出来事を説明する。

話を聞いたアルマは、ユウキに言った。

「大変でしたね……。大したお構いは出来ないですが、どうかお家だと思ってゆっくりしていってくださいな」

「あ、ありがとうございます。アルマさん」

アルマの優しい言葉に、どこか緊張感が顕れていたユウキは破顔した。

 

しばらく雑談が続く。

ユウキのいた世界に話が飛ぶと、ユカが言った。

「ユウキは元々学生だったのよね?」

「そうです。私の国では18歳まで学生生活を送ります」

「あと2年間は学生生活を送るところだったのか……」

考え込むルドルフとユカ。

 

「そうよ! ユウキも学校に通えばいいのよ」

「学校ですか?」

そうよ、とユカが話始めた。

ラパナ王国にも教育機関が存在する。

初等教育として7年間。高等教育として5年間を過ごす。

初等教育で生きていくための知識・経験を積み、一部の学生は更に高等教育に進むことが出来る。

「ユウキは多分高等教育の残り2年分を過ごせばいいのよ」

日本で受けていたときと同様に12年間の基礎教育ならば、きっと同じようなカリキュラムで進むはずだ。

ひとまず腰を落ち着けられそうな環境を与えられたユウキは、異世界での生活に好奇心が湧き上がってきていた。

「学校、行ってみたいです」

現代知識があれば、魔法は別としてもある程度理解が出来るはずだ。

魔法も勉強してみたいと思っていたユウキは前向きな答えを返した。

 

「ですが姫様、転入の手配は……」

心配するルドルフにユカが返す。

「大丈夫よ、そろそろ来るはずだわ……っと」

 

部屋の扉が叩かれる。

ルドルフが応じると、青年が一人入室してきた。

「失礼します! 内務局の者です。ユウキ=オミツカのパスポートを用意しました」

「パスポート?」

ユウキが手渡されたそれを開くと、ユウキの情報が事細かに書かれていた。

名前、誕生日、年齢。現住所はこの城になっている。

「さっき指輪で調べたデータがすべて記載されているの。他の人は基本的に読み取れないようになっているわ」

このパスポートが、生活の上での必携装備となる。

「生活していくならば、これがあれば大丈夫よ」

「ユウキさん、後で家の情報も確認させて頂戴ね」

ユカとアルマから説明される。

「このパスポートは決済機能もあるの。王国政府からある程度の準備金が与えられているはずよ」

ユカの言うとおり、次のページに数字の記載があった。

「あっ、そうだわ。最初に設定を済ませておかないと」

「設定?」

「そう。パスポートの表紙の真ん中にある丸印を親指で触ってみて!」

ユウキは言われたとおり、少し窪んだ場所に触れた。

すると、パスポートの周りに白い文字が顕れた。

「初期認証を行っているの。文字が消えたら手を離していいわ」

 

2分ほど待つと、文字が消える。

「もう一度パスポートを開いてみて」

ユカの言葉を聞いたユウキが開くと、最初のページにユウキの顔がプリントされていた。

「おぉう……ハイテクだ」

思わず溢すユウキ。

「これは魔法具なの。身分証明も兼ねているから無くさないでね……といっても、紐付けされているから万が一盗まれても大丈夫なんだけれど」

ユウキはこの世界の技術力が気になった。

「魔力がなくても使えるんだ」

「ええ。魔法具は大体その中に魔力が封入されているから、魔力がない人向けの道具なのよ」

「なるほど」

 

ページをめくっていくと、ユウキは見慣れないものが書かれていることに気がついた。

「あの、このグラッドストーン学院3年生っていうのは」

「ほう、グラッドストーン学院に行くことになったのか」

「あらあらまあまあ」

どうやらさっき話にあがった、ユウキが通う学校のようだった。

「多分内務局で手配してくれた学籍よ。結構有名な学校だから、きっと楽しいわ」

 

ユウキにパスポートを渡した内務局員が言った。

「ユウキ殿の転入は次の学期からとなります。現在は丁度休暇期間に入っていますので」

「あらあら、それは7日後ですね。ユウキさんの転入準備をしないと」

「そうだな……。すまんがアルマ、用立ててやってくれないか」

「わかりました。ユウキさん、明日お買い物に行きましょう」

「よろしくお願いします」

ユウキはアルマと買い物に行くことになった。

 

「それでは失礼いたします!」

内務局員が去ると、入れ替わりに年配の女性が入ってきた。

「姫様!探しましたよ!お勉強の時間です」

「げっ、何でわかったのよ!」

ユカの表情が変わった。

「ルドルフ騎士団長から連絡がありました。さぁ、予定の時間はそろそろですよ」

「ルドルフ、図ったわね!」

ユカの睨みにもルドルフは気にすることなく答えた。

「陛下からも言われております。姫様、どうか」

「姫様、そのお茶はどうか飲んでいってくださいな」

アルマに言われたユカはお茶を飲み干して部屋を後にした。

「アルマ!お茶美味しかったわありがとう! ユウキ、またね」

女性―教育係に連れられていった。

 

 

「今晩はユウキさんの歓迎会ですね」

ユカが出ていった後、アルマが言った。

「そうだな、細やかで済まないがどうか楽しんでいってくれ」

「ありがとうございます」

 

アルマが手ずから作った晩餐は、ユウキをホッとさせるのに十分な美味しさであった。

ルドルフとアルマの下に預けられてよかったとユウキは心底思ったのだった。



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買い物に行こう(1)

「ユウキさん、お買い物に行きましょう!」

ユウキの歓迎会の翌日、朝食の時間中にアルマが言った。

ルドルフは既に出仕している。

「よろしくお願いします。アルマさん」

昨夜のうちに打ち解けていたユウキは普段の調子に戻っていた。

昨日は城の外に出ることはなかったので、ユウキが異世界の空気を吸うのは今日が初めてになる。

まだ見ぬ異世界の景色にユウキは好奇心を抱いていた。

 

「転入に必要なもの以外にも、服とか買わないといけないわね〜」

ユウキは昨日召喚されたときの服のままだった。

洗濯魔法具、と言われるどう見ても外見が洗濯機の魔法具で選択されたユウキの服は、1時間余りですぐに乾いていたので、

替えの服がいらなかったのだ。

 

「いいですよ、アルマさん。この洗濯魔法具があれば、着替えは要らないと思うんですけど」

「まあまあ、学生生活は寮になりますし、ユウキさんの服は結構物珍しくて目立っちゃうと思うわよ〜」

「それは嫌だな……」

 

目立つことに耐性のないユウキはアルマの意見を素直に聞いた。

少し支度をするから待っていて、というアルマを待ちながらユウキは考えていた。

(確かに中世の技術レベルだと現代の服は性能もいいし、縫製とかもしっかりしてて目立つっていうのはよくある話だもんな)

 

「お待たせしてごめんなさいね、行きましょうか。パスポートは持ったかしら」

「はい、持ちました。よろしくお願いします」

外出着に着替えたアルマに付いて、ユウキは部屋を出た。

 

ルドルフ・アルマ夫妻の部屋は城の中枢に近いところにあり、城外に出るために時間がかかる。

廊下を歩いていると、ユウキ達は城勤めの人々と頻繁にすれ違った。

 

「ごきげんよう、アルマさま」

「ごきげんよう。今日もいい天気ね」

 

「おはようございますアルマさま。本日はどちらへ?」

「夫が面倒を見ている子のお買い物に行くのよ〜」

 

その間、アルマはよく声を掛けられていた。

衛兵やメイド、文官や武官といった様々な人物から声を掛けられる。

城外に出る門が近付いてきた時、ユウキは尋ねた。

「あの、アルマさんは城の人たちによく顔を知られているんですね」

「そうかしらね〜。貴族さまの側仕えの子達にはよく行儀指導をしていたりするし、兵士さんたちはあの人の部下ばかりだから」

なるほど、とユウキが頷いていると、急に声が聞こえてきた。

ユウキにとっては見覚えのある赤髪の少女と、城門の兵士が言い争っているように見える。

「だから今日はただの外出だって言ってるでしょ!」

「そうは仰いましても姫様、先日の事故の時に大臣から色々言われていたじゃありませんか」

「ぐぬぬ……それは」

カグラ王の孫娘、ユカが言葉に詰まっていたところで、ユウキ達と目が合った。

目が合ったユカがユウキ達の下へと駆け寄ってくる。

 

「おはようアルマ。ユウキも昨日ぶりね!」

「ごきげんよう姫様。今日も元気いっぱいで何よりですわ」

「おはようございます」

三人が挨拶を交わす。

 

ところで、とユカが小声で言った。

「二人共、今日はユウキの買い物に行くのよね?」

「そうです。アルマさんが付き合ってくださるので」

そこまで聞いたユカは、両手を合わせて合掌のポーズを取った。

 

「お願い! 私も同行させてほしいの!」

ダメ?と聞くユカに慄くユウキ。アルマの方に視線を合わせると、アルマはやれやれといった素振りを見せた。

「姫様、先日大臣から叱られていたじゃありませんか。姫様がお出かけされると何かが起きる、と大臣が愚痴を零しているのを聞きましたわ」

うっ、とユカが唸る。

「姫様、何かやっちゃったんですか?」

「そ、それは……」

言葉に詰まったユカの代わりにアルマが答えた。

「先日、技術省主催の新しい魔法具の実験があったのですが、それを聞きつけた姫様が実験会場で魔力を使っていたずらをしてしまって爆発事故を起こしてしまったの」

「爆発!?」

ユカの行動に驚くユウキ。

「違うわよ!あれは魔法具のキャパシティが小さすぎたせいよ!技術省の怠慢だわ!!」

ユカがアルマに反論する。

「ともあれ、そういうことがあったから王様が大臣に命じて、姫様の行動に目を光らせてるの」

「なるほど」

ユカが兵士と口論していたのは恐らくこのためだろう。

「ユウキ、ダメかしら?」

再びのお願いに折れたのはアルマだった。

「姫様、じゃあユウキさんの買い物に付き合っていただけるならばいいですわ」

「ほんと?ありがとアルマ!」

その代わり、とアルマは続けた。

「夫には伝えておきますので」

「ぐぬぬ、仕方ないわね」

ここが落とし所だと思ったのだろう、ユカはそれ以上言わなかった。

 

改めて3人で城門に向かう。

ユカと揉めていた城門の兵士が一瞬苦笑いを浮かべたが、アルマを見るとほっとした顔をした。

「アルマさん!おはようございます。外出ですか?」

「ええ、こちらの彼の買い物に行くの」

「こちらは? 初めて見る方ですね」

兵士がユウキをじっと見る。

「王命で夫が世話をしている子なの。暫くは城内にいるから、よろしく頼むわね」

王命、と聞いた兵士はそれ以上の追求をやめ、今度はユカの方を見た。

「承知しました! それで、姫様も同行されるので?」

「ユウキは私と年が近いから、私も街の案内をすることにしたの!」

自信満々に言うユカと、すべてを察した表情の兵士。

「わかりました。外出報告は纏めてあげておきます。くれぐれも……」

兵士の言葉を遮ってユカが言った。

「大丈夫、わかってるわ。大人しくしているから」

だと良いんですが、と兵士は持っていた帳簿に何かを書いて言った。

「城門開けろ!外出だ!」

カラカラカラ……と音がして、門が開いていく。

「行ってらっしゃいませ、皆様! お帰りをお待ちしています」

兵士に見送られ、3人は城の外へと踏み出したのだった。

 

 

 

「うわぁ……!」

城を出たユウキは思わず声を上げた。

王城は小高い丘の上にあった。

周囲を堀に囲まれ、堀から流れる川が丘の下に広がる街に向かっている。

街も大きい。

「ユウキは初めて外に出るんだったわね。あの丘の下にある街がこの国、ラパナ王国の王都、グランデリアよ」

王都グランデリア。

戸籍登録者数7000万人を誇るラパナ王国の王都で、そのうちの2000万人が居住する大都市である。

よく見ていると、王都の空を何かが飛んでいるのを見つける。

「姫様、あれは何ですか?」

「あれは機龍よ。人や物を運んでくれるのよ」

ユウキが指差した飛行物体を見てユカが言った。

「取り敢えず街に行きましょうか。姫様、ユウキさん、あの機龍に乗りましょう」

そう言ってアルマが懐から取り出したのはユウキの持つパスポートに酷似したもの。

「アルマさん、それは? パスポートですか?」

ユウキの質問に、アルマが首を横に振って答えた。

「うーん、近いけど正確には違うわ〜。これは個人認証端末。専門家の人たちはパーソナルアシスタンスデバイス(PAD)と呼んでいるみたいよ。

ラパナ王国の国民が1台ずつ貰っているの」

「ユウキが持っているパスポートは一時滞在者用なの。アルマが持っているものと比べて機能制限があったり、旅行者向けのガイドがセットされていたりするのよ」

ユカとアルマの説明に、ユウキはたじろいだ。

(もしかして、この世界って技術レベル高い?)

アルマが操作を終えると上空に黄色く光るものが射出された。

すると、ユウキがさっき指差した機龍が一行の下へ近付いてくる。

 

「な、なんか近付いてきましたよ!」

どこか焦った様子で声を上げるユウキ。

「国民はPADを使って機龍を自在に呼ぶことが出来るのよ。移動手段に使う人も多いわ」

「混んでたりするとなかなか来てくれないのよね〜」

3人に影が落ちた瞬間、機龍が降下した。

 

機龍は神話に登場するドラゴンのような外見に、所々機械で出来た部分がある。

しかし、その目は生物の持つ圧のようなものを確かに感じさせるものであり、ユウキは若干足が竦んだ。

「大体5人位までは同時に乗れるのよ」

ユカの説明はユウキの耳に余り届いていなかった。

「で、でかい」

「あらあら、初めは驚くわよね〜。旅の人たちも初めてみた時は同じような反応だわ」

 

「それで、どこから行くの?」

ユカが尋ねた。

「買わなきゃいけないもののリストは今朝内務局の人が転送してくださったわ」

そう言ってアルマが取り出したのはPAD。

アルマが操作をすると、ホログラムが3人の目の前に表示された。

「教科書とかは学院で貰えるみたいね。武具の類も貸与されるみたいだし……。あんまり買う物無いんじゃない?」

一通りリストを眺めたユカが言う。

「でしたら、街案内とか昨日言った服を買いに行くことにしましょうか。姫様、お付き合い頂いてもよろしいですか」

「いいわよ! バッチリ案内してあげる!」

「よろしくお願いします」

 

「取り敢えず街の中心まで機龍に運んでもらいましょう」

アルマが機龍に近付いて何かを言うと、機龍が吠えた。

吠えると同時に、上空で光っていた玉が消える。

「あの光が消えると、依頼を受諾したことになるのよ」

「なるほど」

どうやら、ユウキが思っているより技術の発展した世界のようだった。

 




まだまだ続きます。


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