ヤンデレに愛されたいと思う今日この頃…… (龍宮院奏)
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First,ヤンデレ

ヤンデレに迷走していたら、思いついた作品です。


 『ヤンデレ』というものを、普通の人はどう思っているのだろうか?多分、『怖い』とか、『危ない』とか、そういった所だろう。

 だけど、俺はその『怖い』とか、『危ない』という部分に、いつの間に惹かれ虜になっていた。『監禁』、『拘束』、『洗脳』とか、意外と体験したいと思い始めていた。痛いのは嫌いだから、『四肢切断』をされたりするのはされたくないけど。

 何でこんな風になったかって?う〜ん?覚えてないな。思い出したくないんだろうな。

 それでも、今はっきりしているのは『ヤンデレに愛されたい』ということだけだ。

 

 教室の窓から眺める景色は何時も変わらず色は無くて、グラウンドで練習をしている運動部の声が響くだけ。日も落ちてきて、夕日が教室に差し込む。俺以外に誰も居ない空白の教室を照らし出す。

 小さく溜め息をついて、思い足取りで教室を出る。

 学校は嫌いだ……、教室という監獄に捉えられて、誰かが笑う姿が眩しく見えて目が潰れそうになる。何が楽しくてそんなに馬鹿みたいにはしゃいでいるのか……、捻くれた考えでは理解し難い光景だ。

 下駄箱で上履きを履き替え、学校から逃げるように出ていく。学校を出れば家に帰るだけだが、今日は寄るべき所があった。駅の改札を抜けて、電車に揺られること数駅。目的地が有る駅で降りる。駅から細い暗がりの道を歩いていくと、一軒の店があった。

「新作……、何か無いかな……」

店の入り口で祈るように呟き、ゆっくりと吸い込まれる様に店に足を踏み入れた。

 店内は電気が点いたり、消えたりを繰り返していて見通しは良いとは言えない。が、どこを見ても様々な商品が並べられた棚で埋め尽くされていて、これが一斉に倒れてきたら埋もれて死ぬだろうなと思うほどに。

 店の電気の明かりだけでは物足りなくて、携帯の懐中電灯機能を付けて商品を見て回る。数分後、気に入った商品が見つかり、そそくさとレジへ行き購入。店から、袋を下げて来た道を戻る。

 家に帰ると自分以外はまだ帰宅しておらず、夕飯も『先に食べてて』と書き記されたメモが有ったので、簡単に夕飯を作って食べた。使った調理器具や食器を洗い、風呂の用意をし終えると時間があった。

「課題……あったな……」

買ってきた物を楽しもうかと思ったが、敢えて課題をやることにした。その方が、より一層楽しめるから。

 風呂が沸く頃には課題も終わり、着替えを持って風呂に向かった。

「はぁ……」

湯船に浸かり、湯気の上がる体を湯冷めしないように着替える。疲れた体は風呂でほぐされて、気持ち的には体は随分と楽になった。ベッドに横になると、もう何もやる気が起きなくなる。

 しかし、机の上に置かれた物を見て、やる気のない体を起こし取りに行く。

 CDプレイヤーを出して、電源を入れる。袋から買ったものを取り出して、パッケージを開ける。取り出した中身をCDプレイヤーにセットし、イヤホンを付けて再びベッドに横になる。体勢を整えて、再生ボタンを押した。

 

『ねぇねぇ?あの女の子は誰?友達?へぇ……、友達なら何であんなに近づいていたの?何で手を繋いでいたり、抱きしめたりしていたの?変だな?オカシイな?だって君は、私の、ワタシの彼氏でしょ?ワタシのことが大好きなんでしょ?ワタシのことを愛してるんでしょ?違うの?違わないよね?そうだよね、だって約束してくれたもんね。『君だけを愛してる』って言ってくれたよね。でも、君は約束破ちゃったから、お仕置きが必要だよね。大丈夫だよ、痛くしないから。君のことは、ワタシが管理してあげる。ワタシが、君の全てを管理してあげるからね』

今回は浮気バレからのヤンデレか……、でも当たりだな……。

 音声を繰り返し、繰り返し、聞いて、聞いて、聞き続けていたら何時の間にか眠ってしまった。

 

 今日も変わらず教室は、誰かが言った何が面白いのか分からない発言に大笑いし、誰は何とかだと騒いでいた。

「消えたい……」

一人自分の席でふと呟く。

 今日の授業を終える鐘が鳴り、部活に行くもの、遊びに行くもの、バイトに行くものが溢れかえる。この人混みを行く気は無く、夕日が辺りを照らす屋上に行くことにした。

 屋上には、自分以外の人影もなく、夕日がフェンスの遠くで眩しく街を照らしていた。景色を見ることはせずに、フェンスに寄り掛かって座った。鞄から隠し持っていた音楽プレイヤーにイヤホンを挿して、中に入れておいたCD集を再生させた。街の喧騒も、鳥の鳴き声も、運動部の声も、何もかもが掻き消されて音声に意識を持ってかれた。

 

「それでは白金さんは、そちらの方の窓の鍵締めをお願いします」

「はい……」

生徒会長になってから、学校に遅くまで残ることが多くなった。それでも、紗夜さんや市ヶ谷さんが仕事を手伝ってくれるから、何とかこなせているけれど……。

 今日も紗夜さんにこうして学校の鍵締めまで手伝ってもらって……、本当にしっかりしないと……。紗夜さんが歩いて行った方向と反対に歩き始める。廊下の窓や、教室の扉が閉まっているかを確認していく。

「後は……、屋上だけ……」

廊下の窓や教室は戸締まりがしっかりしていて、問題は無かった。屋上に向かう階段を登ると、夕日が差し込んで眩しくて目元を手で少しだけ隠して登っていく。

 屋上に誰も居ないことを確認するために、扉を開けて辺りを見渡す。物陰に何か見えたので、怖いけど人が居るか確かめに行く。

「あっ……あの……」

物陰に見えていたのは、やっぱり人だった。一人の男子生徒が、イヤホンを耳に付けたまま眠っていたのだ。起きてもらおうと声を掛けるけど、イヤホンを付けてるから聞こえないんだった。

「だ、大丈夫だよね……」

恐る恐る、眠っている男子生徒に近づいて肩をそっと叩く。

「うっ……うぅ……」

肩を叩くと、男子生徒は少し嫌そうな顔をしながら目を覚ました。

「寝てたのか……」

瞼を手でこする。

「あ、あの……。下校時刻ですよ……」

男子生徒に伝えると……、

「そんな時間……、っ、失礼します……」

私の方を見て、慌てて荷物を纏めて立ち去ってしまった。先程彼が眠っていた場所には彼の物であろう生徒手帳が落ちていた。

「谷崎……灯也……」

生徒手帳に書かれた名前を読み上げる。学年はどうやら、私の一つ下のようだった。

「明日、届けに行かないと……」

そう呟いて、屋上に続くドアの鍵を締めてその場を後にした。

 

 階段を全速力で駆け下りていた。理由は単純、

「見られた……、いや聞かれたのか……」

俺があの場で『ヤンデレのボイス集』を聞きながら寝ていたのが、他の生徒に見られたことだ。普段から一人で過ごしてはいるが、ああいった不意打ちには慣れていない為に弱い。

「同じ学年ではなさそうだが……、しばらくは警戒しなければ……」

もし何も知らない人が聞けば、『学校で一体に何を警戒するんだ』と思うだろう。在るんだよ……、学校で警戒すべき点は……、星の数ほどな……。夕日が沈み、夜の顔ぶれが見え始めた空を睨みながら家路に着いた。

 

 翌日になって、自分が寝ていたこと以外の失敗に気づいた。

「生徒手帳が……無い……」

鞄の外側の方のポケットに入れていたから、慌てて持ち去った時に落ちたのか……。そうなると、あの場に居た『あの人』が拾って先生に渡しているのか?もしそうなら、担任から連絡が来るはずだし……。

 頭の中で思考が錯綜していくが、先生の所に行くのも億劫だった。仕方ないか……、やっぱり帰りに聞きに行くかな……。覚悟を決めて先生に行くことは決定したので、昼飯を食べることにした。無論、一人で食べるが?

 

「あ、あの……、『谷崎灯也』君を呼んでもらえますか……」

 

 遠くで誰かが俺の名前を言っているような気がしたが、ストレスによる幻聴だろう。そうだ、俺の名前を呼ぶクラスメイトなんて存在しないのだから。はぁ……、気晴らしにでも何か聞くか。何にしよう、『彼女モノ』、『姉・妹モノ』、『教師モノ』、『先輩・後輩モノ』、『人外モノ』……、ネタあれど何を……。

 

「谷崎くん、先輩が君のことを呼んでるよ?」

 

 どうやら、幻聴ではなかったようだ。俺を呼んでいる先輩が遣わしたであろう、クラスメイトが俺を呼んできたのだ。

 

「どこに居るの?」

正直、腹の中では今でも内蔵がひっくり返りそうな程気持ち悪いが抑え込む。

 

「あそこの扉、何か『落とし物』がどうとか?それじゃ、私はこれで」

メッセンジャーとしての役目を終えたクラスメイトは、自分の所属するクラスのグループに戻っていった。

 

  昼飯を一時中断して、指を指していた方へ足を運ぶ。そこには、案の定昨日出くわした人だった。

 

「あの……、これ……」

先輩が拾ってくれた生徒手帳を俺に手渡してきた。

 

「あ、ありがとうございます」

生徒手帳を受け取り、礼を言って教室に戻る。これで放課後に職員室に行く手間が省けた、ある意味幸いだ。

 

 すると、先輩に呼び止められてしまった。

「あ、あの……。お昼ご飯一人なんですか……?」

 

「そうですけど……」

何でだ?何故俺を誘う……。理解らない、理由が、考えが、全く持って読めない。先輩の方を見ていると、慌てたように、

「よ、良かったら……。お昼一緒に、ど、どうですか……?私も一人なので……」

先程の質問の答えと、お誘いが返ってきた。

「先輩の方が良いのでしたら……、教室からは出ようと思っていたので……」

理由はよく理解らないが、誘いを断る理由もない。教室を出ようというのは本当だ。体育館の裏の樹の下で食べようかと、割と真剣に考えていたから。

「じゃあ……、生徒会室に来て下さい……。鍵は開いてますので……」

と言い残して、先輩は名前を名乗らずに去ってしまった。

 しかしながら、あの先輩は……。ヤンデレ化したら大変楽しそうだな、と内心でとても失礼な考えを抱いていた。まぁ、それを抜きにしても綺麗な先輩だとは思う。

 自分の昼飯を取ろうと、席に向かう途中で、

『あれ、生徒会長だよね?』

 

『そうそう、白金先輩だよ』

 

『何で、白金先輩がウチのクラスに?』

 

『さぁ?でも、呼ばれてた人居たじゃん。男子だったし』

 

『恋仲かな?』

クラスのあちこちで、訳のわからない話を始まっていた。呼ばれたくらいで、馬鹿馬鹿しい……。恋仲もなにも、お互いに名前しか知らないんだから……。

会話を聞いて、少しばかり不愉快にはなったけれど。反論はせずに、黙って教室を出て生徒会室に向かった。




知っている人は、今回も読んでくれて有難うございます。
知らない人は、どうも始めまして。
今回は、『執事シリーズ』でヤンデレについて考えていたら、何時の間にかこうなっていました……。
連載作品がまだ幾つもあるのに……、他の作品もちゃんと出していきますから。
他の作品もよろしければ、読んでみて下さい。お願いします。
読んでいただき、有難うございました。
感想などをお待ちしております。


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Second,ヤンデレ

早速評価、感想をありがとうございます。


 生徒会室に向かっていく道中、廊下に生徒会が制作したと思われるポスターが目に止まった。

 別に内容に関心があったというより、名前が書いてあったのだ。『白金燐子』、さっき他のクラスメイトが言っていた名前だ。

「まさか……、生徒会長に呼ばれるだなんて……」

とんでもない人に生徒手帳を見つけられ、知り合ってしまったと後悔するも、時既に遅しだった。

 生徒会室と札が掲げられた教室に着き、扉を軽くノックする。

「失礼します……」

返事が無いのでまだ来てないのだろうと、先に教室に入って待つことにした。

 教室は整理整頓が行き届いており、使っているであろう資料を纏めたファイルは年代順に並べられている。とても几帳面な人なんだと感心していた。

「お、お待たせしました……」

遅れて扉が開き、白金先輩がやって来た。

「僕も今来たところです」

一人称を対年上モードに変更し、当たり障りの無い返事をする。

「そうですか……」

今来た事を聞いて、ほっとする白金先輩。

「あ、どうぞ……、座って下さい……」

「失礼します……」

立ちっぱなしにするのはいけないと、慌てて気を遣ってくれた。扉に一番近い席に座ると、白金先輩は一番置くの席に座った。

 座ったものの何を話すこともなく、お互いに自分の昼飯を食べ始めた。先輩の方に目をやると、小さなお弁当箱に綺麗におかずが入っていた。自分のは簡単なおにぎりだけで、謎の敗北感が襲ってくる。

「白金先輩でしたよね……」

ふと口を開き、疑問に思っていたことを尋ねる。

「何で僕を誘ったんですか?」

質問を聞いて白金先輩は、少し間を置いてから、

「えっと……、教室に届けに行った時に一人だったからなのと……」

ぽつりと、ぽつりと答えてくれた。

 けれど、その後の答えが不思議だった。

「少し前の私に似ている気がして……」

「僕がですか……」

答えに思わず疑問で返してしまう。

「あ、いえ……その……」

白金先輩はどこか寂しげな表情を浮かべて、

「生徒会長になる前……、私がもっと人と接していなかった頃に似ているなと……」

消えるような、声でひっそりと答えた。

「そうなんですか」

俺は白金先輩について何も知らないが、唯一知っているのは生徒会朝会などで壇上に上がりテンパる姿くらい。

 そして裏を返せば、白金先輩は俺について何も知らない、唯一知っているのは名前と昨日の事件について。

 理解らない、やっぱり理解らない。この断片的すぎる情報で、どうやって『過去の自分』と結びつけたのか。

「私……、失礼なこと言ってしまいましたか……?」

今にも泣きそうな顔をでこちらを見ていた。

「そんなことないですよ?何でですか?」

「凄い怖い顔で……、私のことを見ていたので……」

考えを纏めている間に、いつの間にか先輩の方を睨んでしまっていたようだ。

「すみません……、ちょっと不思議だったので、考えていたら……」

苦笑混じりに謝ると、白金先輩はホッと胸を撫で下ろしていた。

 再び何とも気まずい空気が生まれてしまい、何を話せば良いのか分からなくなってきた。

「あの、先輩は何か趣味とかあるんですか……?」

辿り着いた答えがベタ過ぎた、もうお見合いじゃないんだからさ。

 後悔で悶絶していたら、

「ネットゲームを少し……」

こんなベタな質問に返答してくれた。

「ネットゲームですか。最近だとNFOとかですかね?」

NFO・Neo Fantasy Onlineという、オンラインゲームの中では古参なゲームで、配信開始から様々なアプッデートやイベントなどを開催して、初心者でも楽しめるオンラインゲームとして親しまれているもの。

「NFO……、やってるんですか?」

白金先輩の表情が明るくなる。

「やってますよ、先輩は?」

「ウィザードでプレイしています」

「僕は最初の頃はネクロマンサーでプレイしていたんですけど、最近は少し前のアプッデートで出た『フェイカー』でプレイしてます」

「『フェイカー』でプレイしてるんですか……」

白金先輩の表情が更に明るくなる。それに、声が大きい。

 まぁ、NFOプレイヤーなら普通はこの反応だろうな。『フェイカー』は数年前のアプッデートで現れた、《運営が出したクソ職業》として親しまれているもの。

「もしかして、ネクロマンサーのレベルはカンストしたんですか?」

『フェイカー』が嫌われる理由その一、まずは別の職業でレベルを最大限にしなければならない。

「してますね……、じゃないとなれないですし」

「凄い……、じゃあネクロマンサー以外にもなれるんですよね」

嫌われる理由その二、『フェイカー』は嘘を意味する言葉。そのために職業のスキルは、『他の職業の全てを真似し、その技を使える』というもの、でも攻撃力は本職の人よりも半分以下の制限付きだけれど。

「成れますよ、『暗殺者・アサシン』、『タンク・バーサーカー』、『大剣使い・セイバー』、『弓兵・アーチャー』、『魔法使い・ウィザード(キャスター)』、『死霊術使い・ネクロマンサー』、『聖職者・ヒーラー』基本何でも出来ますよ」

ちなみにこの成れる職業のレベルを全てカンストすると、『フェイカー・キング』と成るのだ。俺は後、『聖職者・ヒーラー』をカンストさせるだけだ。

「先輩、今度一緒にプレイしてみますか?」

あまりに白金先輩の期待の眼差しというのか、NFOプレイヤーとしての興味なのか、視線があまりにも痛いので誘うことにした。

「谷崎君が良いのでしたら……、お願いしたいです……」

照れくさそうにお願いをされた。

「お願いされました」

気のない声で返事を返す。手を止めていた昼飯を食べ始めると、先輩の発言に思わず箸が落ちそうになった。

 

「あの、一緒にプレイするなら、連絡先って交換しておいたほうが良いですか?」

 

「ごっほ、ごっほ……」

先輩の発言が唐突過ぎて噎せてしまう。

 

「だ、大丈夫ですか……、い、今お茶を……」

俺の席の後ろの方に在るポットでお茶を入れてくれた。お茶を飲み一旦落ち着く。

「何でしたってけ……?すみません、よく聞き取れなかったので、もう一度言ってもらっていいですか……」

そうだ、今日ここにいきなり呼ばれて所為で、軽く幻聴でも聞いたのだろう……。

「その……、連絡先を交換したほうが、何時一緒にプレイするとかも分りやすいと思ったんですけど……」

白金先輩、そんな悲しそうな表情をしないで下さい。罪悪感が増してくるじゃないですか……。

「先輩が良いなら……、連絡先教えますね……」

近くにあった小さな紙を拝借し、そこに自分の携帯番号とNFOでのハンドルネームを書いて手渡した。

「電話番号から、L○NEは登録できますし。その名前をNFOで言えば、あってすぐに遊べますよ……」

「ありがとう、谷崎君。後で私から、L○NEは招待させてもらいますね」

受け取った紙を大事に握りしめていた。

「僕は基本暇なので、余程の事が無い限り何時でもお待ちしております」

「ふふ……、じゃあ後で連絡させて貰いますね」

白金先輩がそっと微笑むと、窓から差し込んでくる光に照らされて、何故かドキッとした。

 その後は昼飯を黙々と食べ、予鈴がなり始めたので生徒会室を後にする。扉に手を掛けようと、手を伸ばした時、

「あ、谷崎君……」

「何ですか、先輩?」

先輩に呼び止められる。

「また……、こうして私とお昼ご飯を食べませんか……」

先輩からの提案を受けて、断る理由は特には見当たらなかった。

「良いですよ、先輩がせっかく誘ってくれたんですから」

誘いを承諾すると、先輩は笑顔になった。

「約束ですよ……」

優しく微笑むその笑顔に、どこか寂しげなものを感じていた自分が居た……。

「それじゃあ、連絡待ってますね」

先に生徒会室を後にした。

 

 教室に戻ると視線が一斉に集まるが、それもすぐに消える。

「何だよ……」

俺は何もしていない、何か悪いことをしたのでは無いのに、周りからの視線はまるで『罪を犯した罪人』を見るような視線ばかり。耐えられない、今すぐにでもこの場から立ち去りたい。

「そんな事が出来るならやっているか……」

 何度も、何度も思った。この場から消えれば全て終わると、しかしそれが出来ないの現状だ。学校から立ち去れば将来はどうなる、親がしてきたことはどうなる。頭の中をぐるぐると駆け巡っていく。

 でも自分以外の人間はもっと苦しい思いをしているんだ、俺のこんな気持ちなんてソイツらに比べたら小さなものだ。自分の苦しみは苦しみじゃない、心に呪いのように繰り返し言い聞かせる。俺はまだ良いほうだ、もっと苦しんでいるだ。

 壊れそうな心を更に縛り付け、学校が終わるのを待った。

 

 家に帰ると、真っ先にトイレに向かった。

 吐いたのだ、胃の内容物が全て出たんじゃないかと言うくらいに。終わると壁に寄り掛かり、そのままに床に座り込んだ。

 

「もう嫌だ……」

誰も居ない、たった一人の家で、消えるような、泣きそうな声で呟いた。

 

 あの後、水を飲んでしばらくの間横になった。携帯がアラームが煩くて無視していたが、我慢できずに確認すると白金先輩だった。

 

『あの、白金です』

『今からNFOにログインするのですが、谷崎君は来ますか?』

『今は街の道具屋さんに居るので、待ってますね』

 

「可愛いスタンプ、使うんだな……」

吐き気の後に、頭痛が襲ってきた頭を起こして、パソコンを起動させた。

「先輩が来たんだ……、約束は果たさないと」

あまりやる気では無かったが、NFOにログインした。




今回は燐子との食事会でした。
谷崎くんも、燐子との食事会は楽しめたようで何よりです。
それにしても、教室の視線は……、ありますよね……。
こう、『先生に呼び出しくらった』だとすぐに『アイツ何やったんだ?』って。
私もよくありました……。その度に辛くて辛くて……。
今回も閲覧いただきありがとうございました。
感想などをお待ちしております。


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Third,ヤンデレ

ヤンデレ回というより、ゲーム回です。


 NFOをやり始めたきっかけは、『ゲームが好きだから』、『仲間と冒険がしたい』みたいなものじゃない。単純に『キャラメイク機能が充実してた』から、それだけの理由だ。NFOが配信された時が、俺がヤンデレを好きになる要因の一つがあった時だったのだ。

 

 自分自信が嫌い、

 だから『自分じゃない誰かを作れば……作れば救われる』と思ったからだ。

 

 現在NFOを楽しんでいる人からしたら、大変無礼極まりない理由だ。

 

RinRin:「あの、狼牙《ろうが》さんですよね?」

 

聖堕天使あこ:「RinRin?この人なの、今日話してくれた『すごい人』なの?」

 

 パソコンの画面には、長い黒髪を持ち、絵本などで描かれる悪い魔女が被っていそうな帽子を身に着けた、ウィザード・RinRinさん、ツインテールで、骸骨などの装飾をしたネクロマンサー・聖堕天使あこさん、金髪で紅い瞳の持ち、紅いドレスに黒のフリルのゴシックドレスを着た幼女がいた。

 身長的には、上からRinRin、聖堕天使あこ、狼牙の順番。 

 

狼牙:「はじめまして、狼牙です!よろしくです!」

お辞儀のモーションを取る。

 

 すると携帯が着信を受け、小刻みに動き出す。

『谷崎くんのアバターの名前、《狼牙》であってますよね?』

余程心配だったのか……。白金先輩、リアルの方に確認してくるとは。

 

 パソコンの画面を写真に撮り、

『”男性”のアバターを使っていなくてすみません……』

写真と共に”男性”というキーワードを強調した、少しだけ意地悪なメッセージを添えて返した。

 

『す、すみません』

『何かイメージと違ったので』

返信のメッセージを送ると同時に既読が付き、すぐさま謝罪の返事がやって来た。

 

『まぁ、それが普通の反応ですよね』

携帯で白金先輩とやり取りをしていると、あこさん?が、

 

聖堕天使あこ:「二人共、さっきから固まってるけど?」

チャットで話しかけてきていた。

 

狼牙:「あ、すみません。少しばかり、お花を摘みに行ってました」

 

聖堕天使あこ:「そうなの?良かった……。あこが失礼なこと言って、怒っちゃったのかと

        思った」

悲しそうな顔のモーションを取る。

 

狼牙:「そんな失礼だなんて。私は『弱小ロリ野郎』とか『痛ロリ』と言われない限り失礼

    とは思わないので」

すかさず、簡単なフォローを入れる。

 

RinRin:「狼牙さん、それはどうなんですか……」

頭のこめかみを押えて頭を横に振るモーションをする。

 

狼牙:「冗談ですよ、それで今日は何をするんですか?」

立ち話をしているのも良いのだけれど、せっかく先輩が誘ってくれたのだから遊んでみたい。

 

RinRin:「今回はイベントボスの討伐をしたいと思います」

RinRinさんが誘ってくれた訳を話す。

 

聖堕天使あこ:「あこ達だけだと、倒せるか不安だったの」

 

狼牙:「イベントボスですか……」

 

 今回のイベントボスは確か莫大な金貨の報酬と、通常のイベントボスの三倍の経験値が貰えるという。

 

狼牙:「構いませんよ。どこかの大きなパーティに傭兵で参加する気でいましたから」

倒したパーティに居て、生きていれば経験値が貰えるのだから。今回は楽に《聖職者》のレベルを上げられると思っていたが……、まさか自分で戦うことになるだなんて……。

 

聖堕天使あこ:「そうなんだ。じゃあ、狼牙さんは傭兵で戦うこと多いの?」

 

狼牙:「多いですよ?この見た目なので、割と皆さん頼めばイチコロです」

親指を立ててるモーションを取る。

 

RinRin:「そ、そうなんですね……」

 

聖堕天使あこ:「狼牙さん……、だいたん……」

思い切り二人に引かれた。

 

狼牙:「まぁ……本当にイベントの時だけで……後はソロで戦ってますけど……」

引かれっぱなしも辛いので、弁解を試みる。

 

聖堕天使あこ:「やっぱり強いんだ!狼牙さん!」

 

狼牙:「強くないですよ、私なんか全然ですよ……」

褒めなれていないので、あこさんの言葉を素直に受け止められない。

 

狼牙:「でも、呼んでくれたからには仕事は果たしますよ」

 

RinRin:「よろしくお願いします、狼牙さん」

微笑むRinRinさん。

 

 こうしてメンバーの自己紹介が終わり、イベントボスの居るフィールドに移動し戦闘が始まった。RinRinさんとあこさんがメインで攻撃を担当し、後方で俺が《聖職者》に変身して回復を担当した。

 最初は中々ダメージが入らないと苦戦していたが、二人は長年パートナーでこのゲームを遊んでいたようで、抜群のコンビネーションでボスにダメージを与えていた。途中で二人のライフゲージが半分に近づく頃合いを見て、適宜回復をしていった。

 

「本当に、この二人のコンビネーション息ぴったりだな……」

画面に映る二人のアバターを見ながら、頬杖をついて傍観者気取りで眺めていた。

 眺めていたが……、

 

RinRin:「あこちゃん、危ない!」

 

 RinRinさんが防げなかったボスの特殊攻撃が、あこさんに向かっていたのだ。しかしあこさんは、それに気づくのが遅れ防御をするも間に合うかギリギリの状態であった。

 

狼牙:「はぁ……、今回はこのまま可愛くいたかったな……」

狼牙さんがチャットでそう呟くと、あこちゃんのアバターはボスの攻撃の光に飲まれてしまった。

 

RinRin:「あ、あこちゃん!」

思わずアバターでも、リアルでも叫んでしまった。私のせいで……、あこちゃんが……。後悔が心にどっと押し寄せる中、チャットに一言ぽつんと書かれていた。

 

?:「この姿にさせたのだ……、報酬は高く貰うぞ……」

 

 誰のメッセージなのか、一瞬解らなかったけど……。

 

聖堕天使あこ:「ろ、狼牙さん……」

あこちゃんがメッセージを呟いていたのだ。

 

 一先ずあこちゃんが無事だったことに安堵したが、あこちゃんと同じく、

RinRin:「ろ、狼牙さん……」

その姿に驚き、ただ名前で呼ぶことしか出来なかった。

 

 何故なら……、あこちゃんのアバターの前に全身鎧のアバターが立っていたのだから。

 

 面倒なことをしてしまった、そう後悔をするも時既に遅く体は動いていた。

?:「このクソボスが……、我の出番は無かったはずなんだ……」

あこさんを守るために《聖職者》では防御力が足りなかった。だから、変身したのだ……。

 

             セイバー

狼牙・剣:「我が名は狼牙・ 剣 。クソボス、それがお前を討ち取る戦士の名だ」

 

 

 全身を包む紅の鎧、そして紅の剣を携えた『大剣使い・セイバー』に。

 紅の剣を鞘から引き抜き、高速でコマンドを打ち込む。『大剣使い・セイバー』のみに使える最大奥義、

「喰らえ!〘エクスカリバー〙!」

目標とする相手一体に向けて『回避不可』『防御不可』『魔法回避不可』『魔法防御不可』『特殊性質防御不可』を持つ、巨大な光の剣のひと振りを浴びせた。四方八方に伸びてゆく光が、ボスの体を斬り裂き、光の中へと飲み込んだ。

 

狼牙:「……ふぅ。終わりましたよ〜!報酬早く回収しましょう!」

変身が切れ、元の姿に戻りドロップアイテムを回収する。

 

狼牙:「あれ?どうかしました?そんな所で固まって?」

二人が先程から動かないのだけれど……、もしかして失敗した……。俺がさっき『大剣使い・セイバー』になって、ボスを一撃で倒したせいで……。

 失敗した……、失敗した……、失敗した……。出しゃばったせいで、二人の活躍の場を奪ったんだ……。白金先輩に誘って貰えて、何とかやっていたけれど……。どうしよう……、急速に後悔念が頭を駆け巡り、二人の反応が怖くなり徐々に呼吸が早くなる。キーボードを叩く手が指から震えだし、手全体に震えが広がっていく。

 震える手で、「ごめんなさい」と打ち込んでいると、

 

聖堕天使あこ:「狼牙さん、さっきは助けてくれてありがとうございます!」

満面の笑顔で、あこさんがお礼のコメントがやって来た。

 

RinRin:「さっきはあこちゃんを助けてくれてありがとう。狼牙さん、カッコ良かったですよ」

優しく微笑むRinRinさん。

 

「怒ってなかった……」

二人が怒ってないことに気づき、安心して大きく背伸びをする。

 

RinRin:「あれが『フェイカー』の力なんですね」

 

狼牙:「本物の『大剣使い・セイバー』さんの〘エクスカリバー〙に比べたら全然ですよ」

本物はボスを討ち滅ぼし、周りのフィールドを消し飛ばすんだから……。流石我らの飯お……、ごめんなさい……。

 

聖堕天使あこ:「え!狼牙さんって、『フェイカー』なんですか!?」

 

狼牙:「そうですよ?RinRinさんから聞いてませんか?」

 

聖堕天使あこ:「聞いてないよ、ただ『すごい人』としか言われなかったから。

        今、ものすごくビックリしてる!」

 

狼牙:「へぇ……、聞いてないんですか……。私はてっきり話してくれているものだと……」

無言の圧をかもし出して、一歩一歩RinRinさんに詰め寄る。『暗殺者・アサシン』の職業レベルもカンストしているのだ、だから例え『死霊術師・ネクロマンサー』の状態でも幾らかは動きに自身があるんですよ……。

 

『あこちゃんには、言わないほうが盛り上がるかなって……』

『ごめんね、谷崎くん』

チャットではなく、携帯の方に着信がすぐさま送られてきた。テヘって……、くまのスタンプ……。可愛い……。

 思わず、先輩の『テヘっ』カウンターに少しばかり心を揺さぶられ、キーボードを叩けなくなってしまった。

 

狼牙:「知らないでいたのなら、それで良いですよ」

   

 

狼牙:「だって、『フェイカー』のこと好きじゃないですよね……」

 

 

聖堕天使あこ:「えっ?」

RinRin:「えっ?」

 

狼牙:「いえ、今までの傭兵プレイの際に、『フェイカー』を名乗るとあまり良い顔はされなかったので……」

 

聖堕天使あこ:「あこは嫌いじゃないよ?」

 

 初めて言われた……、『フェイカー』を嫌いじゃないって……。

 

聖堕天使あこ:「あこには、何で狼牙さんを嫌いになるのかがわからない。

        だって、こんなにかっこよくて良い人なのに」

 

狼牙:「……良い人」

何を言ってるんだ、この言葉が頭の中でまず浮かんできた。

 

聖堕天使あこ:「だって、自分の身を挺してあこを助けてくれたんだもん。

        自分のアバターを犠牲にしてまでそんな風にしてくれたの、

        RinRin以外に狼牙さんだけだよ」

 

狼牙:「……」

 

聖堕天使あこ:「だから狼牙さんはとっても良い人だと思うよ」

 

 いつ以来だろう……、誰かにこんな言葉を言われたのは……。

 

狼牙:「すみません、今日はもう落ちます」

どうしたら良いのか、どう言葉を返せば良いのか……。今の俺には、はっきりとした答えが見当たらず、その場から逃げてしまった。

 

「俺が良い人か……」

ベッドに横になり、あこさんの言葉を思い返す。空をきるように、手を何もない天井に伸ばす。

 

「俺は……」

 

 

聖堕天使あこ:「狼牙さん……」

あこちゃんが〘狼牙〙・〘谷崎くん〙に言葉を投げかけた途端に、彼はゲームをログアウトしてしまった。

 フィールドに二人残された私とあこちゃんは、ただ立ち尽くしていた。

 

聖堕天使あこ:「ねぇ、RinRin……。狼牙さんどうしたのかな……」

沈黙を破るように、突然ログアウトしてしまった〘狼牙〙・〘谷崎くん〙の事について話す。

 

RinRin:「分からないけど……、あこちゃんは悪くないよ」

 

聖堕天使あこ:「でも、あこがさっき『良い人』って言った直後に……」

 

RinRin:「きっと言われなれてない言葉で、どう答えて良いのか解らなかったんだと思う」

気休めにもならないかもしれないけど、あこちゃんは悪くない事を話す。

 

RinRin:「『フェイカー』ってさ、このゲームでは異質な職業扱いでしょ」

 

聖堕天使あこ:「うん……、ネットの掲示板でもあんまり良いコメントが無かった……」

 

RinRin:「そのせいできっと、今まで傭兵としたパーティーで色んなことを言われ続けたん

     だと思うの……」

 

聖堕天使あこ:「いい顔されないって言ってた……」

 

RinRin:「だから狼牙さんの中では、ビックリしちゃったんだよ」

 

聖堕天使あこ:「ビックリ……?」

 

RinRin:「そう、ビックリ。だから、あこちゃんが悪いことを言って、狼牙さんを傷つけた訳じゃないと思うから」

 

聖堕天使あこ:「なら……、また一緒に遊んでくれるかな……?」

 

RinRin:「きっと一緒に遊んでくれると思うよ、だって『良い人』なんでしょ?」

諭すように、あこちゃんに同じ言葉を投げかける。

 

聖堕天使あこ:「そうだよね……、そうだよね!」

元気を取り戻す、あこちゃん。

 

聖堕天使あこ:「狼牙さん、またあこ達と遊んでくれるよね?」

 

RinRin:「きっと遊んでくれるよ。だって、《良い人》でしょ」

 

聖堕天使あこ:「うん!狼牙さんは、強くて、優しくてカッコいい人!」

 

RinRin:「あこちゃん、きっと今の狼牙さんに言ったら、顔真っ赤にしてるよ」

あこちゃんの《狼牙》への不安を拭い去り、二人で残されたアイテムを回収して解散となった。

 解散の時に、『また三人で遊びたい』と言っていたので、また明日お昼ご飯の時に聞いてみよう。谷崎くんとの初の共同プレイ、あんまり二人でペアらしい事は出来なかったけど……。

 

「ゆっくり……時間を掛けてね……」

どんなボス戦でも、時間が掛かろうと攻略した時の達成感はライブの達成感と同じ位に気持ちい。それと同じで、時間を掛けて自分の物したほうが……より一層……。




お久しぶりです。
久しぶりに原稿を書いていたので、すこし変な感じがしてしまいました……。
実は私、オンラインのゲーム?ネットのRPGとか?やったことが無いので、
もしこの小説を読んでいる人で、『実際のネトゲ(言い方あってます?)と違う!』
と思いましたら、ごめんなさい……。
また次回をお楽しみにしててください。
今回もご閲覧ありがとうございました。
感想などお待ちしております。


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Fourth,ヤンデレ

 夢を見た。真っ黒な何処かに、一人立っていた。立っていると足元に何かが当たる感覚がしてきた。冷たい何か。

 それは足元に来ると思ったら消えてなくなり、再び足元に寄って来るを繰り返した。

 海だった。真っ白な月と真っ白な砂浜。砂浜の小さな波打ち際に立っていて、真っ黒な海が何処まで続いている。真っ黒な波が、真っ白で小さな波を立てて、寄せては帰ってくる。音は無い。色も白と黒の二つだけ。

 波に足が飲まれていくのが心地良いのか、何時の間にか目を瞑っていた。

 体が軽くなるような感覚と、何かが体を包んで冷たい。閉じた目を開けた時、海の中でゆっくりと沈んでいた。あぁ…波に飲まれたのだろうか……、それとも自分で知らぬ間に海に入っていたのか……。

 でも、今はそんな事はどうでも良かった。真っ暗で、光が一筋も入ってこない場所に、誰の声も何の音も聞こえない静寂が支配する場所に、堕ちているのだから……。

 このままおちて、落ちて、堕ちた先には何があるのだろうか……。今まで感じなかった恐怖が、心に、体にほとばしる。

 

 このままきっと堕ちた先で、俺は死ぬのだろうな……。

 

 単純過ぎるのかもしれないが、今の頭ではその『死』という単語が異常なまでに脳裏に焼き付いて離れない。

 

 死にたくない……、死にたくない……。

 

 落ちることに、堕ちることに、何の疑問も、恐怖も感じていなかったのに、『死』、この単語の出現のせいで大きくなっていく。

 

 助けて……。

 

 人は、人間は、自分が恐怖を感じた時、身の危険を感じた時に、誰かに、自分以外の第三者に助けを求める。

 

 助けてって……、誰に言っているんだ……。

 

 人との関わりを断絶し、人を信じることを辞めた俺が……、今になって助けを……。

 

 あまりにも身勝手な考えだ、そう気づいた時、伸ばしていた手を下げてしまっていた……。

 

 求めてしまってはいけないんだ……、俺が何かを……、幸せを、願いを、救いを求めちゃ……。

 

 何かを求めることを諦めた手を下ろして、再び真っ暗な海の奥底に沈んでいった……。

 

 携帯の機械的なアラーム音に意識が掻き消され、ベッドから勢いよく起き上がる。アラームを止めると、胸元の辺りがギュッと締め付けられるような感覚がし、直後に口内が酸っぱくなった。

 この感じは……、意識が完全には目覚めていない中でも、慌てて駆け込んだ。無論その先は……。

 朝から催すだなんて……、最悪にも程がある……。目覚めた時に、夢で感じた恐怖が突如として吐き気として襲いかかってきたのだ。その所為で食欲がわかずに、コンビニで野菜ジュースと水、大豆バーを買って学校に向かって重い足を運ばせていた。

 登校の時間帯で、他の学校の生徒たちも各々学校に歩いているのが視界に入り込んでくる。楽しそうに笑う声、憂鬱な溜息、さまざまな声が雪崩込んでくる。

 再び襲ってくる胸騒ぎに、ヘッドホンで音楽を聞くことで対処する。ノイズを通さないおかげで、先程まで聞こえていた声が聞こえず落ち着く。学校が見えて来たためにヘッドホンを鞄にしまい、自分で『聞くべきもの』『排除するもの』の線引きをする。線引きをするのは、心が保たないからだ……。

 

 授業には参加する、先生から指名され問題を解けと言われれば解く。それを繰り返す内にあっという間に、午前中の授業が終わりを告げた。昼休みになり、昼食を摂ろうとしたが……。自然と携帯を確認する。

『今日も良かったらどうですか?』

学校に来て、教室についた頃に白金先輩からのメッセージが来ていた。メッセージが来ていた事に、不意に安心感を覚えていた。理由は理解らなかったが、今はまず先輩の所に行こう。足がそれを急かすように動き出し、コンビニ袋を提げて生徒会室に向けて歩き始めた。

 

 生徒会室には、既に白金先輩がテーブルの奥の方に座って待っていた。

「待たせてしまいましたか?」

不安な思いが心に広がっていくが、

「私も今来たところで…、待ってないですよ…」

優しく微笑む先輩の笑顔が、不安を消し去ってくれた。

 先輩と二つほど席を開けた所に座ったのだが、先輩の要望で隣に来て欲しいと言われて、席を半分ほど開けた距離で隣に座ることにした。

 最初はビックリして断っていたけれど、先輩が『座ってくれないと……』答えを聞くのが怖い脅しをしてくるので渋々ながらに隣に座った。

「今日はお昼、それだけなんですか…?」

コンビニ袋から取り出した大豆バーを食べていると、先輩が心配そうに尋ねてきた。

「えっと……、ちょっと体調不良で……」

嘘は言っていない、先輩に嘘を付く必要は本当は無いが、心配を掛けたくないので簡単に誤魔化しを入れる。

「大丈夫…じゃないよね…」

先輩が箸を止め、こちらを見つめる。見つめてきたと思ったら、先輩の手が俺の額に触れていた。

「熱があるわけじゃない…?」

「はっ、はい……」

少し体温が低いのか、先輩の手の感じがはっきりと伝わる。

「谷崎君、顔が真っ赤だけど…。あ、ごめんさい」

先輩の手が額から離れると共に、自分の顔が真っ赤になっていることを知る。

 お互いに沈黙し、それぞれ自分の昼食を食べ始める。大豆バーを食べ終え、紙パックの野菜ジュースを飲んでいると、

「き、昨日はありがとう…。急なお誘いだったのに、一緒にボスの攻略をしてくれて…」

先輩から昨日のNFOの話をして来てくれた。

「そんな……、お礼を言うのは僕の方で。というか、謝らせてください……」

昨日は先輩の知り合いのプレイヤーさんの言葉に戸惑って、急にログアウトしてしまったのだから。

「昨日は、急にログアウトしてすみません……。あまり言われ慣れてない言葉……、どうしていいか理解らなくて……」

誠心誠意、頭を下げて謝罪する。

「本当にすみませんでした……」

「そ、そんなに謝らないで…。私も、あこちゃんも、谷崎君が慣れないことを言われたからで戸惑っちゃって、あんな風にログアウトしちゃったって思ってたの…」

「先輩と先輩のお知り合いに、そこまで気を遣わせてしまって……」

先輩が、僕がログアウト後にフォーローを入れてくれていた……。それを知って、尚の事謝らずには居られなかった。

「本当にすみません……」

「だ、大丈夫ですから…。あこちゃんも、『また、一緒に遊びたい』と言っていたので…」

あこさん…、ありがとう……。本名とかは知らないけど、ありがとう……。

「こんな僕でよろしければ……、いつでも協力させて頂きます……」

再度、先輩に頭を下げる。

「私の方こそ、よろしくお願いします」

何故か、先輩も頭を下げていた。

 頭を上げると、再びの沈黙が立ち始めていた。そもそも、女子の先輩と普通の人は何を話してるんだ……。

 テレビか?テレビ見てないから無理だな……。芸能人?テレビ見てないのに分かるかい!天気か?いや、今さらすぎる……。

 会話のキッカケが中々見当たらず、悩み続ける。本当に見つからない……。

「あ、そういえば。谷崎君のL○INのアイコン、《狼牙》さんにそっくりな人でしたよね」

悩み続けていた所に、先輩からの救いの一手が舞い込んできた……。

「あ、えっと……」

「?」

舞い込んできたのは有り難い、有り難いが……。その話になるとは……。

「昔見ていたアニメの好きなキャラ何ですけど、知ってますか?」

「すみません…、このアニメのキャラクターは知らないです…」

「そうですか……」

少しだけ、先輩がこのキャラを知っていてほしい自分と、知らないでほしい自分がいた。会話がここで途切れるかと思っていたが、

「谷崎君、アニメ好きなんですか?」

アニメの話をしてくれたことで、途切れることはなかった。

「まぁ、好きですよ……」

「何かオススメの作品とかありますか?」

「オススメ……、個人的な趣味思考で言うと……。『コードギアス反逆のルルーシュ』、これは人生観が変わります。後は、『落第騎士の英雄譚』、主人公の姿に涙して勇気を貰いました……。あ、これはかなりオススメですよ!『Fate/EXTRA Last Encore』、とにかくネロ様が格好良くて、可愛くて、それに……言葉が……言葉がすごく響くんですよ……」

泣きそうになりながら、自分の中でのお気に入りをいくつか挙げていく。

「でも、今挙げた三作品はバトル物で、恋愛だったら『中二病でも恋がしたい!』、『ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?』、『冴えない彼女の育て方』とかが個人的なオススメですね。ミステリーなら、『UN-GO』、『TRICKSTER -江戸川乱歩「少年探偵団」より』、『ID:INVADED』。日常系なら、『日常』、『僕は友達が少ない!』。とか、後は……」

今更ながら、一つ気付いたことがある。白金先輩の動きが……、動きが止まってる!

 ヤバイ、言い過ぎた?いっぺんに言ったから、先輩の脳内が混乱してるのか?どうしよう、どうしよう……。先輩に対しての焦りが、徐々に自分に対して降り掛かってくる。その焦りが次第に頭痛に変わり始め、吐き気へと繋がる……。

「あ、あの…。今度時間があるときにビデオショップで、『コードギアス』?を借りて見てみます…」

突き刺さるような頭痛と、今にも催しそうな吐き気の念を越えて、先輩の声が耳に入ってきた。

「見てくれるんですか……」

自分であれ程までに言っておいて、いざ言われると本当かどうか疑ってしまう。

「谷崎君が…、オススメを紹介してくれた時に最初に紹介してくれたから…。だから、見てみようかな…って…」

少しだけ先輩の頬が赤くなっているような気もしたが、

「先輩……、TVシリーズを見た後には、ちゃんと劇場版と外伝もお願いします……」

『コードギアス』の魅力を知って貰いたいが為に、パイプ椅子の上で本気の土下座でお願いしました。

「外伝もあるの?」

不安そうな声が先輩から漏れ出る。

「あ、ありますけど……。本編から派生した一つの独立した物語、として見ていただければ……」

「はぁ…」

「一応、ボックスでシリーズ全種類家に置いてあるので貸しましょうか?」

「良いんですか…?だって、そういうのって高いんじゃ…?」

まぁ、高いことは高いですよ……。でも、より多くの人が『コードギアス』の魅力を知って貰うためなら。

「良いですよ、先輩なら貸しても大丈夫だと思うので」

「どうして…?」

「昨日のNFOの事へのフォローの件で、大丈夫かなと思っただけですよ……」

自分自身、本当に都合の良い人間だと思ってる。たった一回の優しさで、こうして信じてしまっているのだから……。

「じゃあ…、有り難く借りさせて頂きます…」

でも、信じるのも無理はないと思う。この人の、ふとした時に見せる笑顔が……、それはそれは綺麗なのだから……。




谷崎君が紹介したアニメは、作者が好きなアニメから厳選しました。
アニメについて語った部分は、作者の個人的な感想です……。
燐子をそろそろ本格的なヤンデレにしていこうかた考えています。
出るとしたら……、一話か二話くらい先にでも……。出せるように頑張ります……。
今回もご閲覧いただきありがとうございました。
感想などがあれば、お待ちしております。


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Fifth,ヤンデレ

 今日もまた夢を見た。昨日と同じ真っ黒な海に沈んでいく夢。でも今回は……、怖くなかった……。

 端的に言えば、慣れだ。一度体験しているからなのと、もう一つはっきりとした確証はないが思い当たるものがあった。光だ、光がこの真っ黒な海に差し込んできたのだ。

 

 その光は、けっして眩しいものでもなければ、苦しいものでもない。ただ差し込むだけの優しげな光。

 その光を掴めないと解っていても、分かっていても……。

 

「助けて……」

この手を伸ばしてしまうのだ……。

 

 先輩との生徒会室の昼食が、少しだけ楽しいと思い始めた。今までとは違った、あの場に、あの人に、少しだけ心が開けている気がする。けれど、現実は反比例して、家に帰ると収まらない吐き気と頭痛、学校のクラスの視線が増している気がする。

 それでも、今日も携帯を確認している自分がいる。今日も白金先輩からL○INが着ている……。

 

『すみません、今日は生徒会の会議で…』

『今日は、お昼ご一緒できそうにありません』

クマのスタンプと送られたメッセージを読んで、何かにひびが入るような気がした。

 

 しかし、元々招待してもらっている身……。先輩が謝る必要は無いのに……、携帯を見るか分からないが、

『分かりました』

『また、後日に』

既読しておいて返信をしないのは失礼なので、簡単に返事のメッセージを送る。

 今日はいつもどおりに戻るだけ……、ここ最近が偶然の産物のようなものだったのだから……。言い聞かせるように、心にひたすらに言い聞かせるようにして、昼飯を持って教室を後にした。無論、向かう先は……。

 

「久しぶりだな……」

 

 体育館の裏にある小さな林。学校の中には中庭が……、今日は日当たりも良く雲ひとつ無い晴天と来た……。つまりは、『日差しに当たりたくない』、『人が大量発生するところに近づきたくない』という理由だ。

 ここはとにかく静かで、人の来る気配が全くと言っていい程ない。だから、誰かの視線を、誰かの声を、気にする必要が無いのだ。

 前と同じく一本の樹の下に座り、今日も朝から催したので水分の無い大豆バーを野菜ジュースで流し込む。ここ最近同じものを食べているのに、味がしない。普段、何かを食べている時には何かしらの味を感じるのに……、今日はそれがない。普段と違うことに不快感を覚え、胸の中で胸騒ぎがするのでイヤホンをつけて音楽を流す。

 樹々の間を通り抜けていた風が奏でる音楽から、イヤホンから流れる重厚な楽器の音色に意識が染め上がっていく。

 

 

 白金先輩……、会議長引いているのかな……。

 

 

「うっ……、ふわぁ……」

まただ……、また何時の間にか寝てしまっていたらしい。やばいのかな?最近一人でこうして音楽聞いてると寝れるんだけど。

 

「あ、起きた」

 

 俺以外の声が聞こえる。白金先輩の声でも、クラスで何か話している奴らの声でもない。全く知らない声、幻聴だろうか。幻聴であってほしいと、淡い期待を持ちながら寝起きの意識を集中させる。

 

「何聞いてるの?音楽?」

幻聴じゃなかった……。

 

「どうしたの?そんなに驚いた顔して?」

幻聴じゃ無かったけど……、顔が近い……。

 

「まず聞いてるのは音楽……」

 

「へぇ〜、どんなの?」

どんなの?どんなのと言われても……。説明しても本質は伝わらないし、でも聞かれてるし……。

 

 この時、やはりまだ俺の脳は本調子じゃ無かったようで、

 

「聞くか?」

何故か右耳のイヤホンを取り外し、手渡していた。

 

「うん、聞く」

あっさりと帰ってきた返事と共に、イヤホンを受け取ると隣に座った。

 

 聞いたというか、流していた曲を先頭に巻き戻し、再び流し始めた。ちなみに聞いていたのは『PENGUIN RESEARCH・敗者復活戦自由形』。アニソンじゃないのは偶々、でもPENGUIN RESEARCHは『デュラララ!!・第四期ED』を担当しているので、それから知った。

 

「ギターの音凄い……」

曲が終わると真っ先に口を開くとそう言った。

「何度聞いてもカッコいいよな……」

自然と同じように感想が溢れる。

 音楽の連続再生を止めたので、イヤホンの音は消え風の音が再び耳を包む。

「で、誰なの?」

思わず勢いで曲聞かせてたけど、本当に誰なの?

「えっとね〜、ギタリスト?」

何で疑問系?俺、アナタに質問したよね、それが疑問で帰ってくるのはなんで?

「ギタリストって……」

「信じてないの?」

「信じるも何も、名前も知らない奴の言葉を信じる理由が解らないだが?」

屁理屈を言ったつもりは無いのだが、機嫌を悪くしたのか頬を膨らませる。

「そんなに人のことを信用できないと、人生楽しくないよ?」

「信用ね……」

呆れてそっぽを向こうとすると、

 

「えい」

 

向こうとした方向に指が向けられていて、頬に指が突き刺さる。

「疑っている割には、簡単だね」

思う壺だったのか、嬉しそうに笑みを浮かべる。

少しばかり怒りが湧き上がるが……、ここは冷静に行こう。

「お前な、いき」

 

「あ、もうすぐ授業始まっちゃう」

その言葉通りに直後に昼休みの終わりを告げる予鐘がなる。予鐘を聞くなり、立ち上がりその場を去ろうとする。

 

「じゃあまたね、居眠りの人」

「誰が居眠りだ」

確かに寝てはいたけど……。

「って、お前の名前は何だよ」

思わず大事な事を聞きそびれる所だった、ギタリストってだけじゃ納得できないし。

 

「私?花園たえだよ」

 

「花園か……、俺は」

名前を聞いたので、礼儀として名前を名乗ろうとする。

 

「谷崎灯夜でしょ?」

 

「え?」

俺の名前をしって……。

 

「じゃあこれで本当にまたね」

驚きのあまりその場に立ち尽くしていると、綺麗な黒髪をたなびかせて、透き通るエメラルドの瞳で笑顔で微笑まれて行ってしまった。

 

 俺は彼女・花園たえを知らない。名前は疎か、姿、声すら知らなかった。なのに何故だ……、変だ、可笑しい、奇妙だ、謎だ。グルグルと思考を掻き乱していく中で『オモシロイ』と思う自分が微かにいた。

 自分の周りに俺の名前を呼ぶやつは居なかった、けど先輩と出会ってからは先輩が呼んでくれた。『谷崎君』と。

 けれど、どういう経路で俺の名前を知ったのかが解らない以上警戒は必要か……。そんな事を考えていると午後の授業はあっという間に終わり、下校時刻となった。何時ものように少し時間をずらし、下駄箱で靴を履き替え校門に向かう。

 

「あ、た、谷崎君……」

校門に近づき、カバンからヘッドホンを取り出そうとすると、門の側に僕の名前を呼ぶ、

 

「白金先輩……」

が立っていた。

 

「どうして……」

先輩とは昼休みにしか会っていないから、違う時間帯に会えるの珍しい。

「今日は…、一緒にお昼を取れなかっので…」

「あ、いえ……。僕の方は招待されている身ですから、生徒会の仕事なら仕方ないですよ」

「ありがとう…、谷崎君」

朝L○INにメッセージで伝えれくれたのに、こうして直接言ってくれるだなんて……。

「それにしても、先輩は今から帰りですか?」

俺は時間をずらして下校をしているから、他の生徒よりも遅いのだが。

「え、えっと…、今日はその…」

何か言おうとしているのだが、先輩緊張しているのか中々言い出せないでいた。

 

「一緒に帰りませんか…?」

 

「……、い、良いですよ」

間が空いてからの返答だったけれど、先輩と下校か……。取り出したヘッドホンをしまい、断る理由も無いので頷く。

 

「じゃ、じゃあ…、帰りましょうか…」

何故か顔を真っ赤にする白金先輩。理由は解らないので考えないことにした。

「今日はどんな仕事をしていたんですか?」

帰り道、何も話さずに居るのは気まずいので、お昼の生徒会での仕事に付いて話をふる。

「今日は…部活の予算決めと最近の構内での風紀について…」

「予算決めも生徒会なんですね……」

「はい…各部活が予算を上げて欲しいと言うので…。無理に決まってるじゃないですか……」

今一瞬先輩の闇が見えたような気がするが、それだけ仕事が大変なのだろう。

「生徒会のお仕事お疲れ様です、先輩のお陰で後輩一同の学校生活は平和ですよ」

お金に換算すれば一円も価値は無いだろう(自分で言っておいて何だが)けど、慰めに言葉を掛ける。

「ありがとう…」

疲れていながらも、そっと微笑む先輩。

その後も、NFOの話やアニメの話をしていると、結果的に先輩を家まで送り届ける形と成った。

「じゃあ…また明日生徒会室で…」

「はい、お昼に生徒会室で」

先輩が家に入っていくのを確認してから、ゆっくりと自分の家路に足取りを向ける。

「そういえば、先輩に話さなかったな……」

違う、話さなかったのではなく、話したくなかったのだ。

 

「花園たえか……」

あの突然現れ、俺の名前を知るアイツの名前を出すことを恐れたのだ。先輩に言っても何かが変わるわけでもないが、何故か先輩には話せなかった。

「言わぬが仏か……」

もしもだ、もし仮に俺と先輩が一緒に居るところ、俺と花園が一緒に居るところを、先輩が、花園が、見た時どんな反応をするのだろう。いや、何でこんな事考えてるんだ……。

 家に向かう重い足を早めて、考えを捨て去るように音楽で蓋をして歩き出した。

 

「ねぇ、おたえ?」

 

有咲の家の蔵での練習、蔵練の最中に香澄がお昼のことを聞いてきた。

「何?」

「今日お昼の時、お弁当食べた後どこ行ってたの?」

「ん〜とね、迷子のうさぎがいたからついて行ってみた」

質問に答えると、

「はぁ?迷子のうさぎだ?」

有咲が信じられないと声を上げる。

「おたえちゃん、本当にうさぎが居たの?」

りみりんがチョココロネを食べる手を止めて不思議そうに聞いてくる。

「居たよ、寝てたけど」

あの寝顔を可愛かったな……。

「そのうさぎはどうしたの?」

沙綾が心配そうな顔をしているが、

「もしかして連れてきたの?」

香澄と有咲が同時に驚く、本当に仲が良いな。

「んん、逃げられちゃった…」

「捕まえようとしたんだ……」

「でも、そのうさぎって野生のかな?」

「いや、誰かが飼ってるうさぎじゃなくてか?」

「まさか…脱走!」

香澄たちがうさぎについて考えているようだけど、

 

「大丈夫、今度は捕まえて私の花園ランドに入ってもらうから」




お久しぶりです。
今回は燐子をヤンデレ化に向けての第一回でした。
でも内容は……、花園ランドの主がメインに……。
たえが言う『花園ランドに入ってもらうから』とは……、
これから主人にどう絡んでいくのか、キーマンですね。
燐子の出番を増やしていきたいです……。
今回もご閲覧していただきありがとうございました。
感想などをお待ちしております。


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Sixth,ヤンデレ

お気に入り登録100人突破ありがとうございます。
少し遅くなりましたが、100人突破記念話を書きます。
今回は割と長めです。


「何でこうなったんだろう……」

心の呟きが思わず言葉に出てしまう。

「りんりん、ごめんね……」

私の不安げな顔を見て、責任を感じてしまったのかあこちゃんが謝ってきた。

「ち、違うよ…、あこちゃんは悪くないよ……」

そう、悪いのは私なの……。私があの時にちゃんと断っていれば……。

 

「それで貴方は一体燐子とどういう関係で?」

 

「それでうちの燐子とはどう一体関係なのかな?」

 

「それで白金さんとはどういうご関係でなのですか?」

 

 谷崎君が皆から、質問攻めに合わなくて済んだのに……。

 

 事の発端は昨日の練習終わりに遡ります。

「今日はここまでにするは…」

私が所属するバンド・Roseliaの練習が終わり、湊さんが宣言する。

「今日も疲れた〜……」

「お疲れ様、あこちゃん」

「ありがとう、りんりん」

ドラムセットの椅子で背中を仰け反らして倒れそうになる。そんなあこちゃんに、タオルとドリンクを渡して倒れないようにフォローしておく。

 あこちゃんが水分補給をしている間に機材を片付けていると、

「白金さん、今日も調子良かったですよ」

「あ、ありがとうございます」

紗夜さんに演奏を褒められた。

「あれ?紗夜が褒めるなんて珍しいね」

今井さんが紗夜さんの言葉を聞いて、口角を上げて口元を手で押さえて見つめる。

「べ、別に私だって褒めることだってあります」

からかいに頬を赤く染めて反論する。

「でも、最近燐子の演奏が格段に上手くなってるよね」

「今井さんまで…」

「あこもそう思う!ここ最近りんりんのキーボードの音がいつにもまして綺麗だよ」

「あこちゃん…」

そんな急に褒めないで…。

「あ〜、燐子顔真っ赤だよ」

私の顔を覗き込んで笑う今井さん。

「リサとあこが言うように、最近演奏が素晴らしいわ」

まさかの湊までに褒められてしまった。

 

「友希那が褒めた…」

 

「友希那さんが褒めた…」

 

「ちょっと、何よその反応?紗夜と同じじゃない」

今井さんとあこちゃんの反応に不服だったようで、拗ねるて顔を背ける友希那さん。

「でも、友希那が褒めるってことは、やっぱりそれだけ調子良いんだ」

何故か先程から笑みが絶えない今井さんだが。

 

「ねぇ燐子?最近何かあったの?」

 

「え、えっと…。な、何も無いですよ…」

やましい理由も無いのだが、ふと目線を下に向ける。

 

 この僅かな動きを見逃さなかったのが、

 

「りんりん、何か隠してない?」

 

「そ、そんな事無いよ」

ずっと側にいるあこちゃんだった。もう、気づくのが早すぎだよ。

 

「リサ姉、絶対何か隠してる」

 

「うん、絶対何か隠してる」

どうしよう…、今井さんの顔が笑顔だけど、今はその笑顔が怖い…。

 

「ねぇ、燐子。知ってる?」

ゆっくりと詰めるように近づき、

 

「急に女の子が変わるのって〜、好きな人が出来た時が多いんだって〜」

 

「なっ…」

 

「「「えっ!!!」」」

 

「もしかして好きな人でも出来たの?」

 

「「「嘘!!!」」」

予想を裏切らない、今井さんらしい質問がやって来た。

 

「りんりん…、す、好きな、ひ、人が、い、居るの?」

 

「し、白金さん…、あ、貴女…」

 

「燐子が……」

何か盛大な誤解が生まれて居るんですけど…。

 

「ち、違います…。す、好きな人なんて…」

誤解を解くためにしっかりと否定をする。続けて、

 

「調子が良いのは……、最近お友達が出来たので……」

ちゃんと理由を話す。

 

「りんりんにお友達!」

 

「人見知りの燐子が友達!」

 

「白金さんが友達を!」

 

「貴女が私達の知り合い以外の友達を!」

あの…皆さんは私にどういったイメージを……。確かに人見知りで、皆さん以外には他のバンドの皆さん以外に居ませんけど……。

 

「これはお祝いすべき?」

あれ?

 

「そうだよ、りんりんの人見知りの克服に一歩前進したんだから」

あれあれ?

 

「そうですね、白金さんの苦手克服は素晴らしいことです」

あれあれあれ?

 

「仲間の成長を祝うのは必要ね」

あれあれあれあれ?

 

「それじゃ、明日は『燐子、人見知りの克服を一歩前進のお祝い』をしよう」

 

「「「お〜!」」」

 

「えっと、あの〜……」

 

「それと折角だから、ショッピンモールに行こうよ。あそこに美味しいケーキのお店あるから」

 

「あこ、ショッピンモールで見たいお店があるんだけど」

 

「じゃあ、それも見ようか」

 

「では、明日はモールに集合ですね」

 

「みんな、明日は絶対時間に遅れないように」

 

「「「はい!」」」

何でか、私のお祝いに成っているんですが……。それと、私のお祝うなら私の意見を聞いて下さいよ……。

 結局、今井さんの独断に乗ってしまったあこちゃん、紗夜さん、友希那さんの勢いに押し切られ行くことになりました。

 

 翌日、待ち合わせ場所のショッピンモールに行くのに、あこちゃんと待ち合わせをして行きました。一人で行くのには、人混みが多くて……。

 時間には余裕を持って着いたつもりだったのですが、

「おはようございます、白金さん、宇田川さん」

すでに紗夜さんが待っていました。

「おはようございます…」

「おはようございます、紗夜さん」

私もあこちゃんも挨拶をしていると、

「あ、みんな来てるじゃん」

「待たせてしまったかしら」

今井さんと湊さんがやって来た。

「私達も今来たところです」

紗夜さんが颯爽と答えると、

 

「それじゃあ、今日は燐子の苦手克服一歩前進&お友達ができた記念のお祝いを開催します〜!」

 

「「「お〜(ぱちぱち)」」」

あの地味に拍手するのやめて下さい……、何か恥ずかしいです……。

 

 今井さんの先導の元、まずやって来たのは……、

「今井さん……」

お店の中を見て思わず尋ねてしまう。

「どうしたの燐子?」

「何でここなんですか……」

「え、せっかくみんなで来たから、色々見たいし。それに衣装のレパートリーも増えるかなって?」

「だとしても……」

「とりあえず、ほら行くよ」

少し強引ですけど、腕を引かれてお店の中に入っていきました……。そうです…、洋服屋さんです…。

 別に洋服を見ることに興味が無いということは無いんですが……、店員さんがグイグイ来るのが苦手で……。今井さんとあこちゃんが楽しいそうに洋服を眺めて、紗夜さんは店員さんと何かを話していた。

 

「あの燐子……」

 

「は、はい…」

友希那さんは今井さんと洋服を見に行くかと思ったのけど、

 

「私、あまりこういうお店に来たことが無くて……」

やっぱり友希那さんも緊張して、

 

「店員さんに勧められて試着して見たのだけれど……」

予想を斜めにいく行動をしていました。まさか、すでに試着してそのまま来たという。えっと……、感想を言えば良いのかな?

 

「とっても似合ってますよ…」

 

「そう…、燐子が言うなら…。リサ達にも見せてくるわ」

 

「あ、友希那さん」

引き留めようとしたけれど、聞こえてないのか行ってしまった……。

 その後、今井さん達に褒められに褒めれ、『友希那、値札が見えてるよ!』と着ていた服から値札が徐に見えてしまっていた事で焦っていました。だから引き止めようとしたのに……。

 

 洋服を今井さんと友希那さんが買ったところで、今度はあこちゃんが行きたいと行っていたお店にやって来ました。

「あこちゃん、もしかして……」

再びやって来たお店の前で立ち尽くしてしまいましたが、今度は驚きでまじまじと見てしまいました。

「そうだよ、今日ここでNFOのコラボイベントがあるってサイトであったから、本当はあこが誘って行こうとしたんだけど……」

そう言えば、運営のサイトに『コラボイベント開催中、限定グッズ発売!』って書いてあった。

「ほら、りんりん行こう!」

「う、うん」

NFOが大好きな二人だからこそ、こういうお店に来るのは凄く楽しい。それにしても、自分の身の周りのお店でやってるところがあるだなんて。

 中を見てみると、モンスターの縫いぐるみやキーホルダー。各職業をイメージしたデザインのアパレルグッズが販売されいた。私の《魔法使い・ウィザード》は水晶のアクセサリー、あこちゃんの《死霊術使い・ネクロマンサー》は骸骨の指輪とコウモリのヘアーアクセサリーだった。

 

「あれ?あこちゃん?」

色んなコラボ商品に目移りしていて、一緒に居たはずのあこちゃんを見失ってしまった。店内はそこまで広くないので、ゆっくりと歩きながら探していると、

 

「あ、あこちゃん…」

少し高い棚にある《死霊術使い・ネクロマンサー》のコラボ商品のコウモリの縫いぐるみを取ろうと背伸びしていた。中々取れずに居るので、取ってあげようと近づいていくと、

 

「これで良いのか?」

黒いパーカーの男の人が棚から一つ縫いぐるみを取ってあこちゃんに渡しました。

 

「あ、ありがとう」

突然のことで驚いているのか、あこちゃんも何時もより落ちつた様子でお礼を言う。

 

「おう……」

お礼を聞くとその場からこちらへ歩いて来たので、どんな人なのかふと気になって横切る時に顔を伺う。

 

「た、谷崎君?」

 

「え……、し、白金先輩……」

思わず声が出てしまい、ふいに名前を呼んでしまった。そして彼も名前を呼ばれて、驚いた様子で振り返る。

 

「な……、何で……」

すごい驚かれているんだけど、でも私もすごいビックリしているんだけど……。

 

「あ、りんりん」

固まる私と谷崎くんの元にあこちゃんが縫いぐるみを抱えてやって来た。

 

「あれ?さっき縫いぐるみを取ってくれた人だ」

やって来たあこちゃんを見ると、

「白金先輩の知り合いですか?」

「えっと…うん、同じバンドの子……」

関係を聞いてきたのでざっくりと答える。

「先輩、バンドやってるんですね……」

「うん……」

お互いにこんな所で合うだなんて思っても居なかったので、会話に詰まる。

「ぼ、僕は買い物済んだので……」

詰まる空気に終止符を打ったの谷崎君だったけど、もう帰ってしまうのか……。せっかく会えたのに……、心で密かに思いながら谷崎君を見送ろうとすると。

 

「燐子とあこ、ここに居たか〜」

 

「い、今井さん……」

私達を探し回っていたのか、少し息が荒くなっていた。

 

「もう、二人共どんどん先に行っちゃうから……」

私とあこちゃんに向けられていた視線が少しづつ動いて居る気がし……!

 

「ねぇねぇ?この子は一体何かな〜?」

口元を緩めながら、谷崎君を指さして聞いてきた。

 

「えっと…、その…」

解答するのに戸惑っていると、

 

「あこが欲しかった縫いぐるみを取ってくれた、りんりんの知り合いだよ!」

あこちゃんが私よりも先に答えてしまった。別に答えても良かったのだけど、

 

「へぇ〜……、燐子の……」

今井さんの目が次第に細くなっていく。谷崎君も今井さんに見つめられて、緊張しているのか直立不動で動こうとしません。

 

「あ、リサ達ここに居たのね」

 

「ようやく見つけました……」

手に商品購入の目印の袋を下げた、友希那さんと、紗夜さんがやって来てしまった……。二人も私とあこちゃん、それに今井さん以外にいる、彼に視線が自然と向かい。

 

「「貴方(は)、何者(ですか)?」」

即座に質問をしていた。

 

「えっと……」

谷崎君が口を開こうとすると、

 

「何かこの子、燐子知り合いだって…」

 

「「嘘!」」

今井さんが封じ込めるように情報を伝え、聞いた直後に私と谷崎君を目で行ったり来たりを始める。

 

「じゃあ白金先輩また……」

想定外の事態に固まっていた谷崎君だったが、ようやく動き出し店を出ようとする。それを今井さんが、

 

「ねぇ?」

 

「はっ、はい…」

 

「折角だから、私達とお茶しない?」

 

「え?」

今井さんの突然の提案に驚いているが、間髪入れずに。

 

「燐子もこの子が居るほうが良いよね?」

 

「えっと……、その……」

 

私に質問してくるので、思わず。

 

「はい」

ときっぱり言ってしまったのだ。

 

 そして今現在に至るわけなんだけど……。

 

「同じ学校の先輩と後輩という関係なだけですけど……」

突然先輩の知り合いからお茶に誘われて、カフェでこうやって話(事情聴取)を聞かれているわけだけど……。目の前の三人の視線がどうにも怖い、隣に座る先輩は固まってるし、もう片方の隣に座る先輩?は見つめてくるだけだし……。

 

「ねぇ燐子?本当に?」

初対面で信用無いのは分かるけど、ここまで無いのは辛い……。

 

「ほ、本当です」

白金先輩が僕の身の潔白を証明しようと頑張っているが……、どうにも上手くいきそうにない。

 重い空気に耐えきれず、自分で頼んだアイスコーヒを飲む。そのままでは苦いので、ガムシロップとミルクを入れて、氷がカラカラと音を立てながらかき混ぜる。コーヒーと飲んで少し落ち着いた所で、

 

「そう言えば、名前聞いていなかったけど。何て言うの?」

名字しか聞いていなかったのを思い出したのか、名前を聞いてきた。

 

「灯夜です、谷崎灯夜。灯籠の灯に、月夜の夜です」

 

「灯夜って言うんだ」

 

名前を聞くと、もう一つ思い出したようで。

 

「私も自己紹介してなかったね、私は今井リサ。燐子と同い年だから、気軽にリサ先輩って呼んでね」

 

「は、はぁ……」

最初から思っていたけど、このリサ先輩見た目はギャルなのに凄い優しい……。

 

「それでこっちが」

 

「湊友希那よ、私も燐子とは同い年よ」

 

「あ、はい……」

湊先輩は何と言うか、綺麗だけど近寄りがたいタイプだな。

 

「そして」

 

「氷川紗夜です、貴方とは一応同じ学校なのだけれど」

 

「え、そ、そうなんですか……」

氷川先輩が同じ学校の先輩なんだ、でも見たこと無い……。

 

「すみません、見たことないです……」

 

「あの門の前に居る風紀委員なんですけど……」

なんか徐にがっかりされているんだけど、でも本当に見たこと無いし。

 

「そして最後に」

 

「りんりんの大親友、大魔王宇田川あこなり!」

盛大な自己紹介をする宇田川先輩?みんなよりも言い方失礼だけど、背は低い……。

 

「あこちゃんは、高校一年生だから谷崎君の後輩だよ」

心を呼んだのか、白金先輩からの的確な情報がやって来た。

 

「わかりました……」

自分より年下が居て、先輩ばかりじゃなくて安心はしたけれど……。

「あのあこさんだっけ……」

「あこで良いよ、灯兄のほうが歳上なんだから」

「あ、うん……」

早速のあだ名?灯兄?俺の名前が灯夜だからなのか……。それはそれとしてだ。

「何でそんな見つめてくるの……」

連れてこられてからずっと、ずっとあこからの視線が飛んできているのだ。

「だって、人見知りのりんりんのお友達って言うから気になって」

何だ、そうい事か。それもそうか、あこや他の先輩方は同じバンドのメンバーで白金先輩の事をよく知っているのだから、こうして驚くのも無理もないのだろう。

「灯兄もさっきあのお店に居たけど、NFOってやってるの?」

視線が持っていた袋の方へと向かっていく。

「まぁ、多少は……」

「谷崎君、かなりNFOをやりこんでるんだよ」

「ちょ、白金先輩……」

楽しそうに笑みを浮かべながら、人のNFO歴をばらそうとしてきた。さっきまであんまり喋ろうとしなかったのに、

「そうなの!何の職業!レベルは!」

白金先輩の言葉に火を付けられてしまったようで、さらに見つめる視線が輝いている。

 

「えっと……『死霊術使い・ネクロマンサー』」

 

「あこと同じ職業だ!」

 

「レベルはカンストしてます……」

 

「「「「え?」」」」

この事実を知っている白金先輩はクスっと笑みを浮かべ、知らないあこと先輩方からは驚きの声が上がる。

 

「ちなみに今の職業は『フェイカー』です……」

 

「嘘!」

あこから盛大に驚きの声と共に、座っていた席を立ち始める。

 

「灯兄……、本当なの? だって、『フェイカー』って……」

「そうだよ、何か一つの職業のレベルをカンストさせなくちゃいけない」

「凄すぎ……、凄すぎだよ!あこだってもう少しでレベルはカンストするけど、灯兄凄い!」

同じ職業でプレイしていることもあり、共感してくれながら凄いって言ってくれるのが嬉しい……。

「今度、一緒にNFOの中で遊ぼうよ」

あこからのお誘いが来たところで、白金先輩がとんでもない爆弾を投下してきた。

 

「あこちゃん、あこちゃんと谷崎君は一回一緒に遊んでるよ?」

 

「「嘘(ですよね)!?」」

 

「谷崎君、あこちゃんの名前に聞き覚えない?」

あこの名前?名前……、名前……。

 

「あ、最近先輩と一緒に遊んだ時の『聖堕天使あこ』って人と名前がいっ……」

まさか、あの人と名前が似ているだけでは……。そう願いながら、あこの方に視線を向けると……。

 

「それ、あこのアバターの名前……」

同一人物でした。

 

「それじゃあ、もしかして……『狼牙』さん?」

俺が『聖堕天使あこ』の事を思い出したように、あこも俺のアバター『狼牙』を覚えていた。

「あの金髪で紅い瞳の幼女の『狼牙』さんが、灯兄……」

俺がネトゲでネカマしてることがバレました。何で俺のキャラの設定バラしちゃうのさ!無言で先輩方から冷たい視線が飛んでくるんだけど。

 そうですよ、リアル世界では黒髪に、真っ黒な瞳の身長割と高めの高校生だけど、ゲームの世界では金髪で紅い瞳の幼女ですよ。悪いですか!

 

「そうです……、谷崎灯夜こと『狼牙』です……」

バレてしまったことは仕方がないので、コーヒーを飲み干し声たからかに名乗り出る。

 

「良いじゃないですか……、ネトゲくらい好きなキャラクターにして……」

半ば逆ギレ状態で、けどそこまで言い切れる気力もなく段々と声が小さくなる。

 

「別に何も言ってないじゃないですか」

氷川先輩だっけ?先輩、言葉で言わなくても目が語ってくれてますから。

 

「でも、灯兄のアバター凄く可愛いよ」

あこが横からフォーローをしてくれる。

 

「どんな感じなの?谷崎君のアバター」

今井先輩が興味津々に聞いてきたので、カバンからスマホを取り出しアバターだけの写真を見せる。

 

「これが僕のアバターです、少し前のイベントの時の」

期間限定イベントで一人でやるのが大変だったので、傭兵として参加した時の衣装だが。

 

「こ、これが谷崎君のアバター……」

そうですよね、普通の反応ですよ。そりゃひき、

 

「可愛いじゃん!というか、本当にこれ君のアバター!」

引かれて無い?

 

「あら、案外綺麗なものじゃない」

 

「本当に、これを貴方が?」

今井先輩の後に続き、湊先輩と氷川先輩が写真を見て感想を述べてくれた。

 

「えっとまぁ、はい。一人でコツコツとアイテムを買い集めて……」

「これだけ集めるなら、そりゃレベルもカンストしそうだね……」

写真の中の『狼牙』を改めて見ながら、うんうんと頷く今井先輩。でも何故か、心の何処かが痛むような気がしたが気にしないでいこう……。

 話をしていると、何時の間にか時間も進んでお昼時に成っていた。これを好機に、帰らせて貰おうかな……。

 

「あ、そういえばお昼まだだったよね?」

今井先輩が、心を読んだのか時計を見ながら言うと、

 

「そう言えば、そうですね……」

氷川先輩もスマホを取り出して確認し始めた。

 

「このままお昼にしてもいいんじゃないの?」

湊先輩!ちょっ、俺の退路を塞がないで!

 

「あこもお腹空いてきた〜」

ねぇ、あこもなの?君も僕の退路を塞ぐのかい?

 

「じゃあ、今からお昼にしよっか」

今井先輩が、完全に俺の退路を塞いだのでいわば『GAME OVER』状態だ。

 項垂れたり、あからさまな嫌悪は示さないようにするが、やっぱり帰りた。

 

「あ、あの…、大丈夫ですか?さっきから反応が良くないので…」

白金先輩が、上着の裾の所をくいくいと引っ張りながら小さくか細い声で尋ねてきた。卑怯なのはこの上ないのだけど、追い打ちをかけるように上目遣いを……。

 

「先輩……」

今日は何処までも、何処までも上手くいかないようだ……。慣れないことはしない、自分らしくないことはしない、今日俺が学んだ教訓だ。

 

「はぁ……、何食べますか?先輩は?」

中々返事の帰ってこない事を心配していたようで、返事をした時白金先輩が……。

 

「一緒に選びませんか?」

と笑顔が輝いていたのは黙っておこう。




今回の話は燐子メイン回です、本当はヤンデレ濃密で書きたかった……。
もうしばらくしたら、燐子がヤンデレの片鱗を見せるでしょう。
ですので、もう少しだけ燐子と谷崎君の平和な日常をお楽しみにしててください。
今回もご閲覧していただきありがとうございました。
感想など、お待ちしております。


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Seventh ,ヤンデレ

前回の続きです。
それと、色んな物を詰め込んだので長めです。


 結局、先輩たちとは一緒にお昼を食べることになりました。まぁ、食べている時にかなり軽めの物を選んで食べていたので、今井先輩から『谷崎君、本当にそれだけで足りるの?』と心配され、先輩が少しご飯を分けてくれたのだった。

 美味しかったか?うん、まぁ……。隣に居た白金先輩の反応が何故か怖くて、味わうひまがそこまで無かった。

 昼食を終えて、本当にこれで帰れると思っていたのだが……。

 

「じゃあ、次は何処のお店見に行く?」

今井先輩が指揮をとると、

「五線紙が切れてきたから、楽器屋に寄りたいわ」

「私も弦の交換をしようと思っていましたので、楽器屋さんで新しい弦を見ようかと」

湊先輩と氷川先輩が、それぞれバンドで使うものを求めて楽器屋に行くことを希望した。

「あこと、燐子は何処か行きたい所ある?」

続いて、あこと白金先輩に解答権が周り、

「あこも楽器屋さん見に行きたい!」

「私も、新しい曲の譜面を見たいので…」

同じように二人共楽器店に行くことを希望した。

 やっぱりバンドをしているから、休日でも演奏の事を考えているだな。そう感心して内心頷きながら、食器類をまとめて返却口に返していた。よし、これで俺の役目は終わったし、本屋寄って帰ろう……。

「じゃあ先輩方、僕はこれで……」

何事もなく、後腐れもなく、帰れる内に帰ろうとした……、したのだが……。

 

「っ…?」

何故か、前に歩き出せないのだけれど?それに何か後ろから引っ張られているような気がし……。

 

 現実とは、何処までも想い通りにはいかないようだ。

 

「灯兄、帰っちゃうの…?」

あこが服の裾をちょこんと抓みながら、若干目をうるうるさせて見つめていた。まるで、捨てられて新たな飼い主を待つ子犬のような目を。

 

「えっと、まぁ…。僕、偶々先輩と会って来ただけだから。先輩たちだけで遊んでたりしたんだから、居たら何かな〜って……」

決してきっぱりとは言わず、やんわりと、そうやんわりと断る。

 

「そ、それに僕、基本的アニメとゲームの事しか知らないし。ほんと、基本家に引きこもってるタイプだから」

そしてここで、悪態を晒すわけだはないが『谷崎灯夜』という人の生態を示し、

「ということで、皆さんで楽しんで来てください」

あこの方に向き直り、深々とお辞儀をしてその場を脱する。後悔?まぁ、無いとは言えないけど…。今は誰かと何をしたいという気分では無いのだ。

 

「あ、あの谷崎君…」

立ち去る寸前、今度は白金先輩が僕の名前を呼んで引き止めた。

 

 

「も、もし一緒にき、来てくれたら……」

 

 

「私が何かアニメのグッズを一つ買ってあげます!」

 

 

「先輩、それは『フィギュア』、『ドラマCD』、『アクリルキホルダー』も可ですか?」

 

「えっと、は、はい!」

 

「先輩……」

まぁ、こんな提案で乗ってしまえば『どんだけだよ!』、『引くな!』と思われそうですが、プライドは無いのかと言われそうですが。

 

「谷崎灯夜、全身全霊を持って皆様のお荷物をお持ちし、行動を共にしても宜しいですか」

こういう時の行動力は素早く、立ち膝までしていた。

 

「え、えっと……」

突然の行為に驚き慌てふためく白金先輩、助けを求めて他の先輩方を見渡すも唖然としてピクリとも動いていなかった。あこに関しては、光り輝くほどの笑顔を見せていた。

 

「この後もよろしくね、谷崎君」

判断を自分で行うことと成った先輩は、結果あこと同じくらいの笑顔で僕に笑いかけるのであった。

 

 

「先輩、一つ聞いていいですか?」

「何かな?」

先輩たちに連れられて、楽器屋に来たのだけれど。どうしても一つ気になることがあった。

「何であこは基本的に僕の後を付いて回ろうとするんですか?」

俺は本当に楽器系、音楽系の知識が壊滅的(アニソン関連は別)なので、白金先輩に付いて回っているだけれど。

「それは、私じゃなくてあこちゃんに聞いたほうが早いと思うんだけど」

えっと、そうなんですけど。何と言うか……。

「視線から感じる『期待』がどうにも僕には厳しくて……」

ずっと何かを期待されているような目をしているのだ。

「そんな事、ありますね…」

僕の言葉を聞いてあこに目を向ける白金先輩、最初は疑っていたようだったけど僅か数秒で納得してくれた。

「あこちゃん、谷崎君に何か聞きたいの?」

納得すると、すぐに白金先輩はあこに事情を聞いてくれた。

「えっと、聞きたいことじゃないんだけど…」

何故か口籠るあこ、先程の無邪気さとはうって変わって不思議な感じになる。

 

「なんか、りんりんと灯兄が並んで同じものを見てると、こうカップルみたいだな〜って」

 

「「……」」

あこからの唐突すぎる爆弾発言に、俺も白金先輩も顔が真っ赤に成っていた。

 

「あ、あこ…あこちゃん…。そ、そんな事無いよ…」

声を震わせながら、あこの肩に手を乗せる白金先輩。でも、滅茶苦茶手が震えてるんですけど。

 

「そ、そ、そうだぞ…あこ…。だ、大体、僕と先輩、し、知り合ってまだ数週間だし…」

他人事で先輩の事を見ていたけど、実際には俺自身も先輩に負けじ劣らずの声の震えっぷりを見せていた。

 

「そうなんだ……、でも何かりんりん凄く楽しそうだから」

この時、あこの顔は確かに笑顔だった。笑顔だった……けど……。

 

「あこちゃん、確かに谷崎君と話したりするのは楽しいよ。でも、それと同じくらいあこちゃんと話をしている楽しいよ」

 

「りんりん……」

先輩の言葉を聞いて、抱きつくあこ。それにして先輩、気づくの早いな。

 

 あこの笑顔を見て何故深く考えたのか……、それは知っているからだ。現実の体験、実体験では無いにしろ、アニメで、漫画で、ゲームで、同じような光景を何度も目にして来たからだ。

 あの時の笑顔には、『白金先輩が離れてしまう』、『白金先輩が幸せになら良いかな』と、極論を言えばこういった感情が混ざりあった笑顔だったから。

 

「恋人ね……」

そう一言、自分にとっての****の言葉を口にした。

 

 先輩とあこが軽く抱きしめあっているなか、鞄にしまっていた携帯が着信の音を鳴らし始めてきた。普段携帯が着信の音を鳴り響かせることは無いのだけれど……。

「誰だ…?」

親だろうかと、安直すぎる予想を立てながら携帯を取り出して確認してみると、

『非通知』

と画面に表示されていた。

「……」

知らない番号からの電話?無視するべきなのだろうか……。

「先輩、すみません。電話に出るので、一旦僕お店出ますね」

本来なら出ないほうが得策なのだが、宣伝か何かかもしれないので一応出ることにはした。

「分かりました、じゃあ一度荷物は私の方で持っておきます」

了解を得て、先輩に荷物を一度預けて慌てて楽器屋を出た。

 

「灯兄、誰から電話だろう?」

「親御さんじゃないかな?」

 

 楽器屋を後にして人混みの少ない通路で、携帯を耳に押し当て電話にでる。

「もしもし」

『ようやく出た、遅かったね』

携帯のスピーカーから聞こえてくる口調は、こちらを嘲笑っているように感じさせるものだった。それともう一つ。

「……」

『どうしたんだい?急に黙って』

声だ、声が何よりも俺の心を不快にさせる。機械的な、ドラマとかに出てくるボイスチェンジャーの声が。

「何かの嫌がらせか?」

苛立つ心を押させながらも、口調は見ず知らずの相手に強気になる。

『何でそんな事を』

「じゃあ何で機械じみた声で電話越しに話してるんだ」

『はは、今君に私の声を聞かれるのは困るからだよ』

質問をするも、声の主は愉快そうに笑っている。

『それはそうと、君は何で彼女達と行動を共にしているのかな?』

笑っていた、愉快そうな口調から一変して、何か見えない恐怖を感じさせる口調に変わった。それに、何て言った……。

『彼女達と行動を共にしているのかな?』と、今謎の電話の主はそう言ったのか。

『もしかしてびっくりしてるのかな?』

再び愉快そうに、こちらを嘲笑うかのような口調に戻った。

「俺の事を見ているのか?何だ、ストーカーか?」

焦る心で辺りを見わしながら、電話の主のとの対話を続ける。

 

『ストーカーって良い方は心外だな、私は君の過去を知る者だよ』

 

「俺の過去……」

 

『そうだよ、君の過去。君がどんな人生を送ってきたのか、例えば家族構成、学校、さらには友達や恋人についてね』

 

「俺の過去を知ってどうするつもりだ……」

電話を握っていない片方の手をぎゅっと握りしめる。

 

『ようやく自分が脅されている事に気づたみたいだね……』

 

「それで目的は何だ、金なら正直あんまり無いぞ……」

口封じの定番の金が目的なら、最小限の被害で抑えたい。

 

『お金なんて、別に興味は無いよ』

 

「何……」

お金が目的じゃない、お金じゃない無いなら……。

 

『私が欲しいのはただ一つ、決して人を信用しようとしない真っ黒な瞳を持った兎が欲しいんだ』

兎……だと?いや、でもそれにしては変わった言い方をするが……。

 

『でも、その兎は人を信用しようとしないから外に誘き出すのも困難だったけど……』

突然として背後に気配を感じて振り返る。するとそこには……。

 

「久しぶりだね、居眠りの人。突然だけど、君を花園ランドに迎えに来たよ」

あの時の、ギタリスト・花園たえが、俺を見つめていたのだ。

 

 谷崎君が電話に出るためにお店を出てのだけれど、

「ねぇ、りんりん。灯兄遅いね……」

あこちゃんが心配そうに私を見つめる。

「そうだね…」

私も少しばかり心配になってきた。だって、もう二十分近く経っているのに、一向に戻ってくる気配が無いのだ。

「あこちゃん、私ちょっと見てくるよ…」

「え、じゃああこも…」

付いて来ようとあこちゃんを止めて、

「私が誘ったんだから、私が探してくるよ。友希那さんたちには、あこちゃんから説明してもらえる?」

代わりに伝言を言い渡してもらう役目を託した。

「わかった、りんりん」

「何、あこちゃん?」

行こうとする私の手を掴み、ぎゅっと両手で握りしめる。

「何かあったらすぐあこを呼んでね」

「大丈夫だよ、少し見に行くだ…」

あこちゃんはその少し行くだけでも、私に何か有ったらと思ったようでその瞳は私を真っ直ぐに見つめていた。

「分かった…、何か有ったらすぐにあこちゃんを呼ぶから…」

握る手を、今度は私が包み込む。

「それじゃあ、谷崎君を探しに行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」

あこちゃんの見送りで、お店を後にしたものの……。

 

「何処に行けば良いの…?」

開始わずか数秒で、私は作が尽き困り果てました……。とほほ……。

 

 

 

 

「何で……、何で、お前がここに居るんだよ……」

俺の背後に居た花園の手には、確かに携帯が握られていた。それも怪しい機械の付いた。

 

「あれ、びっくりした?」

何故か飄々として、笑顔を見せる花園はゆっくりと俺に近づいてきた。

 

「ねぇ、何で離れようとするの…?」

突然の事に恐怖を覚え、体が自然と後方へと足を進める。そして、そんな俺とは反対に花園は距離を詰め寄らせる。

 

「捕まえたよ…」

下がるにも限界があったようで、下がる先に壁がありぶつかってしまう。壁に当たると、俗世間で言う『壁ドン』をされた。

 てか、こんな時に言うのも何だけど『壁ドン』って、普通(男)が(女)にするんじゃないの?恋愛モノのアニメではそう言われてたんですけど?

 

「どうしてかな?どうして、君はあの女共と一緒に居るの?」

そうだ、現実は訳も判らず脅迫されている最中だったんだ。壁ドンに気を取られて忘れていた。

 

「どうしても、こうしても、俺は普通にNFOのグッズを買いに来て、そしたら先輩たちと会っただけだよ」

現実に向き直り、ありのままの事実を花園に伝える。

「そうなの?」

暗く、光の無い真っ黒な瞳、まさにブラックホールと言い表した方が良いのだろうか、そんな瞳で俺の顔をじっと見つめ……、

「そんなに怯えなくて良いよ、疑ってるわけじゃないから。というか、疑う必要性も無いわけだし」

淡々と、冷めきった表情で答える。

「だって、私言ったでしょ。『君の過去を知る者』って……」

そう言って花園は鞄から何か小さなノートを取り出し、パラパラとページをめくりある所でその手を止めた。

 

「高校一年生 4月25日 学校で君が携帯を気にしていた回数 合計33回

           学校で君が携帯の着信に笑顔を見せていた回数 合計25回

           学校で君が窓の外を眺めて、何かを考えていた時間 合計1時間33分

           学校で君が他の女共と接触、会話した回数 合計10回 内3回は教師

           学校で君がカップルを見かけて溜め息をついた回数 合計19回

           学校で君がカップルを見かけて『同じ学校か…』と呟いた回数 合計5回」

 

「え……」

次々に、機械的に花園の口に出る言葉に唖然とする。

「まだあるよ、どうする?続ける?」

唖然として頭の中が危険信号で駆け巡る中で、しっかりと判断を下そうと試みる。

「どっちも聞きたくない、それより別の事が聞きたい」

 

「何かな?」

 

「花園、お前が俺の事を『観察』していた理由が知りたい」

実際の所、かなり驚きも有るのだが……。その何だ……、ヤンデレボイスの定番が実際に起こったわけで……、恐怖と好奇心がせめぎ合っている。

 

「知りたい?本当に知りたいの?」

俺からの問に、不気味な笑みを浮かべる花園。

 

「じゃあ、一つ条件ね……」

 

「何だ、言ってみろ……」

この時、ようやくしっかりとした後悔が生まれた。

 

 

「最初に言ったとおり、『君を花園ランドに迎えること』、

それから『私以外に君の側に女が居ると邪魔だから死んでもらう』って事かな」

 

 

「え……、いや、今なんて言った……」

頭に、耳から入ってきた情報が、処理できずに漂い始めた。

 

「もう、二度も言わせないでよね」

静かに、ただ静かに笑みを浮かべて花園はもう一度俺に告げた。

 

「『私の、花園ランドに永遠に入って貰うこと』、

『私以外の女は必要ないから消えて貰うこと』だよ」

俺に、ぞっとする程の満面の笑みを浮かべて。

 

「最初の提案は理解し難いものがあるが……。二つ目の……本気じゃないよな……」

自分でも判るほどに声が震えている、それに足も力が入らなくなりかけている。

 信じていたかった、花園言葉が嘘であることを……。

 だけど……。

「ねぇ、君は『ヤンデレに愛されたい』って願っていたんじゃないの?」

 

「……」

その一言に、俺は黙る。

 

「だって、私知ってるよ?君がどうしてそこまで『ヤンデレ』にこだわるのか」

 

「止めてくれ……」

 

 

「君はただ怖いんでしょ?」

 

 

「止めてくれ……」

 

 

「君が『好意を向けて、信じていた人から裏切られる』のが……」

俺の願いは花園に届くことは無く、突きつけられた現実に膝から崩れ落ちることしか出来なかった。

 

「大丈夫だよ、私はちゃんと分かってるよ……」

俺をこの場に留めていた何かが事切れ、意識が次第に消えていく。そんな俺の頭をそっと撫でる花園。

 

「私は全部知ってるんだから……」

 

   ・・・

「君がアイツの事でどれだけ悩んだのか、どれだけ苦しんだのかもね……」

撫でるだけでは止まらずに、花園はこと切れかけた俺に……。

 

 

「だからさ……、もう楽になろうよ……」

悪魔の甘い囁きが、俺を深き闇へと誘い始める。

 

「もしも君が私のモノに成ってくれるのなら、私が君を永遠に愛して、あいして、アイしてあげるよ」

 

「お、俺は……」

悪魔から差し伸べられた、深い闇への誘いの手に無意識に手を伸ばし始めていた。

 

 

「は、離してください!」

何処からか、突然あの人の声が聞こえてきた……。

 

 

「良いじゃねかよ、ちょっと位付き合えよ」

その直後に声からして柄の悪そうな男の声が聞こえてきた。

 

 

「ほら、暴れんなって!」

 

 

「い、嫌!」

あの人が、あの人が、今誰かに危害を加えられている……。

 

「待って、何処に行くつもりなの……」

 

「え……」

気づけば崩れ落ちた膝は立ち上がり、声のする方へと向かい始めていた。そしてそれを止めるように、花園は俺の手首を掴んでいた。

 

「……助けなきゃ」

消えかけた意識の中で、ただ一点に燃え始めた言葉を口にする。

 

「白金先輩を……、助けなきゃ……」

そして今度は、しっかりとあの人の名前を口にする。名前を口にすると、花園の手に力が籠もる。

 

「行かせない……、君は私のモノになるんだから!」

俺の目を見つめ花園は宣言する。

 

 しかし、その言葉に反して俺は……、

「俺はお前のモノにはならない……。俺は絶対に成らない……」

悪魔の誘いを、花園の誘いを断り、掴んでいた手を引き離した。

 

 

「どうして……」

俺の確固たる意思を聞いて、手を離された花園が今度はその場に膝をついた。そんな花園を俺は振り返ること無く、ただ先輩の元へと駆けていった。

 

「おい……」

花園と話していた通路から、少し走った所に先輩とその男は居た。

「先輩から……、俺の先輩から離れろ……」

一点に、先輩の腕を掴み無理矢理に連れて行こうとする男を睨みつける。白金先輩が僕の声に振り返ると、男の方も振り返り、

「あんだ、てめぇ?いきなり現れて、『俺の先輩から離れろ』だ?」

俺の方を睨み返してきた。

「言っておくがな、俺はこの譲ちゃんと少しお茶をしようってだけなんだよ」

「へぇ〜、嫌がる女の子を無理やり連れて行こうとするのが、大人のお茶のお誘い方なんですね」

「何だと……」

軽く発破を掛けて、男を小馬鹿にする。直後に男は先輩から手を離し、怒りに任せて勢いよく殴り掛かって来た。

 

 けれど、その拳は空を切るだけに終わり、何かに当たることは無かったのだ。いや、出来なかったのだ。何故なら、向かってくる拳よりも早く、男の腹に向けて回し蹴りを喰らわせる。

 

「お、お前・・・」

口から僅かに胃液らしき物が出てきたが、男は衝撃に耐えられずその場にうつ伏せに倒れ込んだ。

 

「俺の先輩に手を出すなって言っただろうが……」

 

 

 何が起こったのか、今自分の目の前で何が起こったのか整理が追いつかない。でも一旦落ち着こう……。

 えっと…、谷崎君を探している内に知らない男の人に絡まれて、心の中で『誰か助けて』と助けを求めていたら突如として彼が現れたのだ。

 

 『先輩から……、俺の先輩から離れろ……』、確かにそう言ってくれた。口調や、身に纏う雰囲気が何時もと違っていたけれど、紛れもない彼だった。

 

「白金先輩、大丈夫ですか?」

私の顔を覗き込むようにして、心配そうに手を差し伸べてくれる谷崎君。

 

「だ、大丈夫…」

びっくりして、大きく手を振りながら答えてしまった。

 

「良かった……」

私が『大丈夫』と、この一言が彼に伝わると胸を撫で下ろして安堵していた。

 

「あ、ありがとう。谷崎君?」

 

「何で疑問系なんですか?」

案の上、彼にツッコまれました。

 

 

「そう言えば、何で先輩はこんな所に?」

楽器屋さんに戻る前に、谷崎君が理由を尋ねてきた。

「あの…、あまりにも帰りが遅いので、あこちゃんと心配だったの…」

「……、すみません」

素直な理由を伝えると、頭を下げて謝ってきた。

「僕の所為で、先輩に多大な迷惑を……」

谷崎君から反省の意思と、物凄い後悔の念がひしひしと感じ取れる。

「そんなに気にしないで…、私が自分で探しに行ったんだから…」

「だとしても、すみませんでした……」

中々、私の許しを受け取ってくれないので、先輩は意地悪をしたいと思います。

「あ、あの、そこまで謝るなら…。私のお願いを一つ聞いて貰って良いですか…」

「良いですよ…、煮るなり焼くなり……」

待って、君の中で私のイメージってどうなってるの?いけない、気を取り直して…。

 

「これからも私と一緒に遊んでくださいね」

 

「えっと…、そのくらいなら…、というか寧ろこちらからもお願いします…」

私のお願いを聞いて、すんなりと聞き入れてくれた。確かにその場で考えたから、これっていったアイデアは思いつかなかってけど……。

 あんまりにも谷崎君の反応が淡白なので、

 

「やっぱり、もう一つお願いを聞いて貰うことにします…」

 

「一つのはずじゃ…、でも良いですよ」

一瞬驚いて慌てたけれど、自分に負い目があると余程感じて居るようで反論は帰ってこなかった。

 

「じゃあ…灯夜君…」

私の前を歩く彼の動きが一瞬にして止まり、私の方に振り返ってきた。

 

「これからは『谷崎君』じゃなくて、名前で呼ばせてもらうね」

 

「は、はい…白金先輩…」

名前を初めて呼ばれた彼は、顔から湯気が出そうな程真っ赤だった。そして、私も同じように何故だか顔が急に熱くなってきたのだった。

 

 

「あ、りんりん!灯兄!」

楽器屋に付くと、先輩たちがお店の前に勢揃いしていた。あこは白金先輩に真っ先に抱きついていたけど。

「もう、二人共!何処にいたの?」

今井先輩が携帯を片手に、顔を強張らせて怒っていた。

「燐子には電話を掛けても通じないし、谷崎君に関しては燐子しか連絡手段無いんだから」

「「すみませんでした…」」

「それで、何をしていてたんですか?電話にしては長いと思うのですが?」

今井先輩に続いて、今度は氷川先輩からの説教が始まろうとしていた。

「い、いや、電話が終わった後に、帰ろうとしたら迷子の子供が居て…」

その場で考えた安易な誤魔化しを試みる。

「その子の親を探していたら、遅くなりました……」

「それは本当ですか?」

氷川先輩の目から凍てつくような厳しい視線が突き刺さる中、

「ほ、本当です……」

真実は言えないので嘘で誤魔化す。

「それで燐子、貴女の方はどうしたの?」

氷川先輩から俺の質問が終わり、今度は湊先輩から白金先輩への質問に切り替わる。

「えっと…、谷崎君を探しに行ったのは良かったんですけど……」

白金先輩の表情が明らかにテンパっているようだが、

「何処に居るのか検討がつかないで、半分迷子状態に成ってました……」

「それって、僕が電話出てると思って電話掛けられなかったせいじゃ……」

少しの間を置いてから、こくりと小さく頷く白金先輩。

 

「本当にすみませんでした……」

切り替え早く、白金先輩に頭を下げる。

「もう見つかったので、大丈夫ですよ」

白金先輩が優しく微笑む。

 

「この後、最後に雑貨屋さんに行くんだけど。どうかな?」

先輩たちで俺と白金先輩が居ない間に話し合っていた提案を聞く。俺にも行くのか聞かれたのだが……。

「僕も先輩ともう少し遊びたいので、ご一緒させてください」

先輩の笑顔が見たいと、一緒に居たい思ってしまったのだった。




燐子メイン、谷崎君メイン、のダブルメインで書かせてもらいました。
本来ならここで燐子をヤンデレ覚醒に繋げる予定だったですけど、
作者の興がのり、たえを谷崎君に絡ませてみました。
たえちゃんの雰囲気出すのは難しいです……。花園節は難しい…。
谷崎君の過去を知る者と名乗りましたけど、一体どういう事なんでしょう。
それに谷崎君も気になる所が多々……。
これからの物語の展開にご期待ください。

今回もご閲覧していただきありがとうございました。
感想などお待ちしております。


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Eighth,ヤンデレ

今回は闇・病みしかありません。ご注意を。



 先輩たちとの買い物から数日がたとうしていたある日、

「38.5℃か……、薬あったけ……」

盛大に熱を出してしまった。

 理由という理由は無いのだが、おそらくストレスのせいだろう。先輩と知り合ったあの日から、俺の日常に『先輩』という『非日常』が加わったわけだが、それも必ずしも良いことだけではないのだ。

 先輩がクラスを尋ねて来たあの日から、クラスで浮いていた俺は更に浮き始めていた。幻聴だと思い込むようにしていたクラスから這い出てくる声も、幻聴だと思い過ごせない程に話されるようになった。聞こえてくるさ、『陰口』と呼ばれる声には人一倍に敏感で、それを掻き消すために音楽をどれだけ流そうとも耳に聞こえてる。

 

 学校でどれだけ逃げ出そうと考えても、逃げ出せることは出来ない。だから貯まる、溜まっていく。

 

 そして、家に帰ると溜まったものが、どっと押し寄せてくる。あれよあれよと、止まることを知らない物が中から這い上がってくるのだ。抵抗なんてしない、抵抗なんてしたら俺が壊れてしまう。

 

 だから吐き出す。何かもを、吐き出して、吐き出して、吐き出して、吐き出してしまう。

 

 吐き出した先に待ってるのは、喉を刺すような痛みと、口の中に広がる酸っぱいような感覚。そして、自分に対して向けられる、無力、絶望、怒り、数えきれない憎悪の感情が駆け巡っていく。

 

 俺は何時からこんな風に成ってしまったんだろう……、解ってる、分かってるさ……。あの頃だ、あの頃から、俺は何も変わっていないんだ。変わろうとして、変わろうとして……、変われていないのだ……。

 

「薬……、買いに行かなきゃ……」

台所の戸棚に置いてある救急箱に普段飲んでいる風邪薬が有ると思っていたが、今日に限って切らしていた。

 朦朧とする意識の中で、パジャマから簡単なシャツとパーカーに着替えてズボンを履く。マスクを着けて、雲の切れ間から太陽の光が射し込む街へと出かけた。

 

 

 

 

 

「灯夜君、遅いなぁ…」

灯夜君とRoseliaの皆で買い物をして数日、私と灯夜君それにあこちゃんの仲がより良くなった気がする。

 理由は、NFOの話になってしまうけど、現実でお互いの面識がある所為か灯夜君のプレーに少しずつ『私達に対する遠慮』という物が感じられなくなった。悪い意味で言ってる訳ではなく、何かモンスターを倒すたびに『すみません、僕が勝手に』というのが無くなり、『ここは僕が』と積極的に協力してくれるようになったのだ。

 おかげで、私もあこちゃんもレベルの上がりは段違いに早くなったし、イベントボスも何度も倒してレアアイテムも多くドロップできるように成ったから、本当に感謝している。

 

「携帯は…、見てないのかな…?」

学校では校則で本来携帯の仕様は禁止されているのだけれど、こうして偶に私も連絡の手段で使わせて貰っています。もちろん、授業中には使ってないのでご安心を。でも、紗夜さんにバレたら怖いな……。

 

 そんな事を考えながら、私は生徒会室を出て灯夜君の居るクラスの教室に歩き始めた。

 

「え?谷崎君ですか?えっと……、ねぇ誰か谷崎君の事知ってる?」

教室に着くと、お昼休みで大分賑わっているようすでした。けど、その教室にも彼の姿は何処にもありませんでした。

 

 近くに居た女子生徒に話を聞いてみたけれど、彼女も知らないようで他のクラスメイトに尋ねると、

 

「そう言えば、アイツ今日は休みって先生が言ってなかったけ?」

何処からかそんな声が不意に聞こえてきました。

 

 

              灯夜君が休み?

 

 

「オッケー、先輩も聞こえたと思うますけど、一応谷崎君休みだそうです」

 

「そうなの…、ありがとうね……」

灯夜君が休みだという事実を知って廊下に戻ろうとすると、

 

 

「ねぇ、先輩?先輩と谷崎君って付き合ってるんですか?」

 

 

 唐突に尋ねた女子生徒から、今度は逆に質問された。

 

 

「わ、私と谷崎君が…?」

この前もあこちゃんに同じことを聞かれたけど、慌てふためいてしまう。

 

 

「つ、付き合ってないけど…。どうしてかな?」

それでも冷静に質問に答える事は出来た。

 

 

「ですよね〜、先輩と谷崎君じゃ釣り合わないですもん」

 

 

 

              え?

 

 

 

「ここだけの話なんですけどね、谷崎君ってある日をきっかけに完全に孤立し始めたんですよ」

 

「前はもっと明るくて、まぁ多少は優しかったんですよ」

 

「男子の中でも少なからず友達も居たみたいで」

 

 

              何、この子……何で……。

 

 

「でも、男子が言うには『アイツ、彼女にフラレてから付き合いが悪くなった』って言ってるんですけど」

 

「まぁ、実際に付き合いは悪くなりましてけど」

 

 

              灯夜君の事をそんな……。

 

 

「だってクラスじゃ、話しかけても返事はこないし」

 

 

「今となっては完全に空気みたいな奴ですよ」

 

 

              悪く言うの……。

 

 

「先輩?どうかしました?」

尋ねた女子生徒からの声にハッとし、

 

 

「そうなんですね…、教えてくれてありがとう…」

谷崎君のクラスの教室を足早に後にした。無論向かうのは生徒会室だ、明けたままの鍵を閉め無くてはいけなのだから。

 

 

「あ、あれ……。何で私、今こんなに……」

 

 

 灯夜君が居ないことに『寂しい』って、彼女に灯夜君の悪口を言われて『腹立たしい』って思ってるんだろう……。

 

 生徒会室に着き、机の上に置いてあった自分のお弁当箱を手に持って扉を施錠して、

 

「灯夜君のクラスって、何組だったけ……」

 

 自分のクラスの教室とは別の、職員室に向けて今度は歩き始めた。

 

 

 

 

 

「頭痛い……」

薬を買いに出掛けたものの、朦朧とする意識の中では近くにあるコンビニたどり着くので精一杯だった。しかし、最近のコンビニでは多少の風邪薬なら売っているので、それで済ますことはできた。

 それと、食欲は無いのだけれど、飲み物が欲しかったので味の無い炭酸水を一本買って帰ってきた。帰ってきたは良かったのだが、

「もう限界……」

玄関先で靴を脱ぐと、必死に保っていた意識が遠のきその場で倒れてしまった。

「床が、冷たい……」

掃除はしておいたので、多少は綺麗なフローリングの床のひんやりとした冷たさを感じながら眠ってしまった。

 

 

 

 

 

「灯夜君、灯夜君」

 

誰だ?俺の名前を呼ぶのは……。

 

「灯夜君……」

 

「だ、誰……」

あれからどれだけ眠っていたのだろうか、体の節々がより一層痛む中で目を開けると……。

 

 

「何で白金先輩がここに居るんですか……?」

 

 

「えっと、説明する前にとりあえず、ここから起き上がろうか?」

制服姿の白金先輩が屈んだ姿勢で、僕の目の前に居たのだった。幻覚を見ているのだろうか、そう思って重たい腕を動かして自分の頬を抓る。

「夢じゃない……」

夢じゃないなら、今目の前に居るのは、正真正銘の白金先輩ということになるな……。

 

「白金先輩!何でここっ」

慌てて立ち上がろうとすると、激しい頭痛に襲われて体制を崩して再び倒れかかる。

 

「急に動いたら危ないよ…」

けど、倒れかかる僕を先輩が受け止めてくれた。受け止めてくれたのだが……。

 

「先輩、苦しい……」

先輩のその胸に……当たって……息が出来ないのだ……。

 

「っつ…!ご、ごめんさい…」

先輩の方も気がついたようで、胸元に捕まっていた僕をゆっくりと離してくれた。

 

 

「それで先輩は何でここに?」

リビングにあるテーブルに買ってきた物を置いて、向かい合った状態で座り先輩と話を始める。

「灯夜君がお昼休みに生徒会室に来なくて、L○INしたんだけど返事も無かったから…」

慌てて、慌ててというのもゆっくりとだが部屋に行き、携帯を取りに戻る、充電器に繋がれた携帯を確認すると、

 

『灯夜君、今日は何かありましたか?』

『一応、生徒会室は開いてますから』

と二件ほどメッセージが来ていた。

 

「完全に携帯の存在を忘れてた……」

忘れていたというより、気づいていなかったのほうが正しいだろう。

 

 

「先輩、携帯確認し忘れていました……」

リビングに戻ると同時に先輩に素直に事実を伝える。そして伝える中で再燃する疑問が一つ。

 

「それで何で僕の家?というか、どうやって場所を?」

先輩に玄関先で出会い、介抱されて一段落してからの遅すぎる質問だった。

 

「えっとその……」

質問に対して先輩は若干申し訳なさそうに萎縮しながら、話してくれた。俺のクラスの教室に行ったこと、担任の先生と会って『お見舞いに行きたい』と言って住所を教えてもらったことを。

 

「はぁ……、何で担任は教えるんだよ……」

テーブルの上に顔をうつ伏せ文句を言う。しかし、すぐに起き上がり先輩に、

「とりあえず、今お茶淹れますね」

一応ご客人なので、こんな状態ながらもお茶を振る舞うことにした。

 戸棚な客人ようのコップを取り出し、湯を沸かす。

「コーヒーと紅茶しか無いですけど、どっちにします?」

「えっと…コーヒーで…」

「分かりました…」

少し高いインスタントのコーヒーを取り出し、時間を掛けてコーヒーを淹れて差し出す。

「来て頂いて何もないのも失礼なので……、どうぞ…」

「あ、ありがとう…」

差し出したコーヒーを冷ましながら、ゆっくりと飲む白金先輩。それに足して、先程コンビニで買った炭酸水を飲む俺。

「美味しいです…」

「インスタントですが、良かったです…」

コーヒーの感想を先輩がのべ、それに答えると沈黙が生まれしまった。

 

「そ、そう言えば…、体調の方は…」

本来お見舞いできた白金先輩がその目的を果たすために聞いてきた。

 

「さっき床で寝てたので体は痛いですけど……」

「灯夜君、私が呼んでも起きなかったもんね…」

「あれは忘れてください…」

あまりにも恥ずかしいのだ。

「後は、多少の熱で頭痛はしますけど、薬飲んで寝ていれば大丈夫ですよ」

炭酸水を再び口にして、気分を少しでもよく使用する。

「で、でもお薬を飲む前に何か食べたほうが良いと思うんだけど…?」

「そうですね……」

白金先輩が食事の話をするので、思い出したのだが、

「朝から何も食べてない……」

「それって…?」

唐突に思い出した事実を口にして、それを聞いた先輩は驚いていた。

「昨日軽くご飯を食べて、今日は朝から体調不良で食べて無いんだった……」

自分で状況を改めて確認し直すが、我ながらに不健康過ぎる……。でも何か食べようって気も起きないし……。

「じゃあ、これ買ってきて正解でしたね……」

「?」

先輩が鞄の中をゴソゴソと漁っていると、

 

「じゃ、じゃじゃーん……、れ、レトルトのおかゆです…」

スーパの買い物袋が現れて、その中から出てきたのだった。あの先輩、そんなに顔を真っ赤にするならやらないで下さい……。見てる僕の方がやらせたみたいで恥ずかしいです……。

 

「今井さんに風邪の時のご飯は何が良いのか聞いたら、『おかゆなら食べやすいと思うよ』って言われて……」

 

「あ、ありがとうございます…」

おかゆのパッケージを顔を隠すように持つ白金先輩。

 

「本当に助かります…、自分だと何も食べなさそうだったので…」

感謝の言葉を伝えると、次第に白金先輩から笑顔が溢れる。

「そ、それじゃ今から湯煎して作りますね…」

「い、良いんですか…?」

買ってきてくれたのに、作ってもらうだなんて…。

 

「灯夜君は今風邪で熱を出してるので、これくらいは良いですよ」

先輩の優しげな微笑みに、ふと安心感を覚える。

「あ、あと、作る間に着替えてきたらどうですか?その格好だと、キツくないですか?」

先輩に言われて、自分の服を再確認してみる。そうだ、外に出るから部屋着から着替えていたのだった。

 

「じゃあ…先輩のお言葉に甘えて…」

一度リビングを後にして、自室にて着替えることに決めた。

 

 

「あ、温かい格好の方が良いですよ」

リビングの方から、心配してくれたのか大きな声で言ってくれた。

 

 

「は〜い」

この時の白金先輩に昔のアイツの面影を感じたけれど、すぐに頭から消した。

 

 

 

「先輩〜、着替えて来ました〜」

 

 レトルトのおかゆを湯煎し終えて、食器を探して居ると着替えを終えた灯夜君の声がしてきた。してきたけど、何処か何時もと様子が違う。

 

「ちゃんと温かい格好にしてきました〜」

 

「じゃあ、そこにすわ…」

食器を見つけ取り出そうとしたその時、

 

「と、灯夜君?」

黒くてダボッとしたパーカーを着ていました。そこには飾りなのか袖に包帯と、片方が包帯付きの猫耳がフードに付いていた物を。ちなみに今彼、顔を真っ赤にしながら猫耳フードを被った状態です……。

 

 

「先輩…?」

こくりと私を見て首を傾げる灯夜君。

 

 

「あ、ご、ごめんね…」

どうしよう、普段はすっごく緊張しているというかピンと張っているような彼が、この前の『俺』と言っていた彼が、熱を出すともの凄い……、ふわふわした感じになるだなんて。

 

 

「今、お皿に移すから」

 

 

「ごはんですか…?」

 

 

「そ、そうだよ…」

どうしよう、何か顔に力が入らない……。

 

 

「わ〜い、先輩のごはん〜」

駄目だ、普段からあこちゃんから甘えられる事は有るけど……、ギャップがありすぎる……。でも、これは風邪のせいなんだから。ちゃんと看病してあげないと、そのために来たんだから。

 

 

「と、とりあえず、椅子に座って待って……」

少し考え事をしていた空きに、さっきまで居た灯夜君の姿が見えない。

 

 

「灯夜君?」

キッチンから覗くだけでは見当たらないので、リビングの方に足先を向ける。リビングに近づくと、テレビの音が聞こえてきた。どうやら、こっちに居たようだった。

 

 

「灯夜君、おかゆもう少しで移し終わるから…」

 

 

「は〜い…」

返事は返してくれたんだけど……、テレビの方に夢中でした……。何かこう、敗北感が胸の中で蹲るような感じがする……。

 

 

 お皿に盛り付けた出来立てのおかゆを、灯夜君に出すと一口ずつ冷ましながら食べていた。私はその様子をコーヒーを飲みながら見守る。

 

「先輩はさ、学校すき?」

おかゆを食べながら、灯夜君からの唐突な質問に、

 

「えっと、好きと言えば好きかな…」

慌てて答える。

 

 

 それを聞いた灯夜君は、

「俺は嫌いですよ……」

先程までの幼児化は消え、何時もどおりの口調に戻りながら答えた。でも、未だに意識はぼんやりしているようで、目が虚ろだった。

 

 その虚ろな瞳を私に向けて、彼は食べる手をゆっくりと止めた。

「教室に行けば、『奇異の視線』、『聞こえてくる、陰口』、普通かもしれないですよね。こんな事……」

 

 そして、灯夜君は溜め込んでいた何か吐き出し始めた。

 

「俺以外にもっと辛い経験をしている奴らが居る、だからこんな日常は普通だって言い聞かせてたけど……。その所為で、終わらない頭痛、永遠と鳴り響く耳鳴り、突き刺さるような胃痛、耐えられないですよ……」

 

「と、灯夜君…」

ぽつり、ぽつりと言葉を零す灯夜君、その勢いは止まることを知らなかった。

 

「自分が悪いのは分かってる……。何時までもアノ事を引き摺ってるから、今の状態に成ったままだって……。

 でも、俺にとっては全てだった……。俺にとっての始めてで、失いたくなかった……。だから怖かった、不意に消えてしまいそうだから……。信頼してない、そんな事を言われるだなんて……。信頼してても、心の何処かで怖いんだよ。

 

 

     いなくならない、そう言ってくれたのに……。俺の前から居なくなったじゃん……。

 

 

              嘘つき、うそつき、ウソつき!

 

 

 何が悪かったの、ねぇ、何が悪かったの……。俺、一生懸命に頑張ったんだよ……。色々何が良いのか、どんな時にはどんな対応が良いのか、いっぱい調べて、調べていたんだよ……。

 

           笑顔が、その優しい笑顔が見たかっただけなのに……。

 

 学校違うから、帰り道とかで会えないけど連絡とってたのに……。大丈夫、アイツなら大丈夫、神様に毎日お願いして、何も起きず無事に一日が終わるのを願ってた。

 

 でも結局は、俺が邪魔だった……。俺が居るせいで、俺がお前を縛るせいで、他の『男友達』と話が、楽しい話が出来ないって……。ずっと友達から言われてたんだよな、『何で、あんな奴と付き合ってるの?』、『早く別れなよ』って……、だから別れたんだよな……。

 

 お前の意思が、お前の思いが全く見えないよ……。他人に言われたからそうとしか思えないよ……。

 

      何で、難で、南で、なんで、ナンで、ナンデ?何がいけなかったの?

 

 

 俺が君のために全てを投げ出そうとしたから?

 

 

 俺が君以外には何もいらないって言ったから?

 

 

 俺が君の事を心配して危害を加えた奴らを消そうと思ったから?

 

 

 俺が君の交友関係で相談を受けた時に動いたけど、失敗したから?

 

 

 ねぇ……、本当に何が悪かったの……。

 

 

 重いよね、気持ち悪よね、醜いよね。でも、それだけ好きだった、大好きだったんだよ。

 

 

 君を俺以外の誰にも見せたくない、君を俺以外の誰にも触れさせたくない。

 

 

 汚れた世界の空気を吸う必要はない、汚れた世界なんて見る必要はない。

 

 

 綺麗な、可愛い君にはこの世界は毒なんだから。

 

 

 だからさ、側に居て欲しい。あとには何も望まないから。

 

 

 嫉妬と独占にまみれだけど、何よりも君の愛が欲し…かっ…た…」

 

 灯夜君が自分の中に有る『深い闇』が全て出し切ると、再びおかゆを食べ始めた。丁度いい感じに冷めたようで、黙々と食べ進めた。虚ろな、真っ黒な瞳に涙を浮かべながら。

 

「……」

何か声を掛けようとしたけれど、今の私には何も、何を言えば良いのか解らなかった……。

 

「ねぇ、先輩?」

さっきまでの普段の口調からの灯夜君は、再び幼児化したような雰囲気になって私を呼んできた。

 

「先輩と知り合ってから、俺少しだけ学校が楽しいですよ」

灯夜君……。

 

「先輩は優しいし、話してて心地が良い……。最初はお昼ご飯誘われてびっくりしたけど、NFOでも一緒に遊んでて、本当に楽しくて……」

先程の何かに取り憑かれたように、暗い過去を話していた彼とは思えない笑顔で、

 

 

「今、俺、先輩と知り合えて幸せだと思ってます」

 

 

 涙を頬に伝わせながら、確かにそう言ったのだった。

 

 

「灯夜君、私は……」

 

 

 彼の言葉に、今度こそ返そうとしていた矢先、机にゴンッと鈍い音共に灯夜君倒れてしまった。慌てて駆け寄ると、

「すぅ……、すぅ……」

ご飯を食べて落ち着いたようで、それにさっきの事で何かから少し開放されたようで、安心しきった表情で眠ってしまっていた。

 

「じ、自由すぎるよ……」

本当に灯夜君は不思議である。

 

 屋上で出会ったあの時から、お昼ご飯を生徒会室で一緒に食べるようになり、共に下校し、出掛けた先で偶然にも出会い一緒に遊んで。

 

 でも、私はまだ何も知らなかった。灯夜君の中に抱える『深い闇』を。クラスで聞いたあの陰口は、灯夜君も分かってはいたんだ。だけど、自分のせいだと蓋をして、誰にも言わずに溜め込んできていたものを。

 

「い、意外と軽い……」

身長が男の子中では高い(目測)方だと思っていたけど、見た目より、むしろ心配になるほどに軽い。椅子からゆっくりと体を起こし肩に手を通して担ぎ上げる。

 

「よいしょっと……」

運びづらさはあるものの、バランスを取ればそれ程難しくはない。だから、灯夜君を一旦部屋に連れて行かないと。

 

「灯夜君、灯夜君、部屋はどこ?」

寝てしまっているけれど、試しに聞いてみる。

 

「あそこ〜」

あれ、起きてる?いや、でも指さしたらすぐに手を引っ込めちゃったし。

 

「ありがとう…」

それはそうと今は部屋に運ばないと……。

 

 あれから四苦八苦しながら、何とか運び込むベッドの上に寝かせることが出来た。寝かせる際にも何か寝言で『わ〜』とか『い、いや……』とか言っていたけれど……、貴重な灯夜君の寝顔が見れたということで。

 

「それじゃあ、私は帰……」

部屋を後にしようとしていた時、ふいに電源の入ったパソコンの画面が目に止まった。その中にある『****』とうファイルに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあね、灯夜君……」

管理人さんから借りたマスターキーで扉を施錠し、眠る彼を起こさぬように部屋を後にした。

 

 

 

 鞄の中に、来るときには無かった二つの新しい荷物をを入れながら……。




今回は感想の方で文章のアドバイを頂いたので、
それに沿うような形で試しに書かせてもらいました。
アドバイスありがとうございます。
えっと、今回は盛大な灯夜の病み回ということでした……。
一部は作者の個人的な感情と私情が混ざり込んでおります。
灯夜は重いのですかね……、作者はもう分かりません…。
それと、燐子ですが最後の部分で何をしていたのでしょうかね?
次回からの燐子をお楽しみに。
今回もご閲覧していただきありがとうございました。
感想などお待ちしております。


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Nineth,ヤンデレ

連続して病み成分多めです。
今回はたえの病みがメインです。


 私には好きな人が居る。うさぎと、ギターと同じくらい好き。同じくらい?やっぱり、彼の方が好きかな?

 私が彼を好きに成ったのは、中学生の頃だったんだ。

 

『また花園さん、訳の分からない事言ってるよ…』

 

『花園は宇宙人だからな、俺らとは違うんだよ』

 

 学校の教室では何時も皆が私の事を『異物』、『変人』、『宇宙人』と扱う。それは大きな声で言う時もあれば、影で聞こえるか聞こえないかの声で、あとは紙に書いてやり取りしてるのも見たことも有る。

 自分では、何がおかしいのか分からない。私は、私らしくしているのに……。

 

 

「お前らさ、いい加減飽きないのか?」

 

 

 そんな教室の異常な日常に、彼がふいに爆弾を落としてくれた。

 

 

「毎日、毎日、他人に対して『あ〜だ』、『こ〜だ』って……。よっぽど暇なのか?」

教室で、特定の人を持たず、その場その場で交流を持つ子が声を上げたのだ。

 

 

「なんだよ、お前『宇宙人』の味方するのかよ?」

 

「だ・か・ら……、そう言うのが暇なのかって聞いてるの?愚息虫」

 

「お前……」

私を『宇宙人』と呼んでいた男子に『ぐそくむし』?と、少し強張った声で言い放つ。

 

「そうやって他人を馬鹿にしてないと、自分が惨めに見えるんだろ?いやぁ、本当に厭らしね、あぁ厭らしい……」

 

彼は言葉を止めることはせずに、今度は笑みを含んだ声で言い放つ。

 

「ば、馬鹿にすんなよ!何で俺がそんな事をお前なんかに、大体俺以外にもコイツを『宇宙人』って呼んでるんだぜ」

 

私を指を指しながら、今度は教室の皆を見渡しながらその男の子は話した。

 

「周りの奴らも皆そう思ってんだよ、だから俺だ」

話たけれど、結果はその途中で終わってしまった。

 

 

「それがどうした?蛆虫?お前は自分が彼女に向けて言っていたことは、『周りの共感があるからやりました』、『周りの皆も同じ意見で居るのでやりました』、そう言いたいのだろう?

 

お前、それはどうしようもないクズだな。おっと、お前は元からクズだったな」

彼が男の子よりも早く、そしてより一層の強張った声で言ったから。

 

 

「猿真似同然の行為を何胸張ってんだ?馬鹿か。それに何をどう見たら、コイツが『宇宙人』になるんだ?あ、そうか!お前が地球外生命体だからそう見えるのか。そうかそうか、そうだよな。お前が本来住んでいる『ゴミクッズ星』からしたら同じ宇宙に存在する星の生命体は宇宙人に見えるんだよな?なぁ、そう言うことだろう?違うの?まさか、そんな筈は無い。だって、お前は『宇宙人』ってコイツを断言して、固有名詞を使って断言したもんな。

 いや、否定は受け付けないから。だって今現在地球の天文学において、明確な地球人以外の生命体を確認されていない、のにも関わらず『宇宙人』と『固有名詞』を使ったんだからさ。え、嘘?冗談?そうなんだ、なら『名誉毀損罪』かな?彼女自身名前が有るだろうにね、そうだろう」

 

「え、あ、うん……」

突然私も会話に参加させられたので、びっくりして取りあえずの返事をしてしまった。でも、正直目の前の事すらまだ理解が追いついていなのだけれど。

 

 

「彼女にも名前が有るようだ。なのにお前は『宇宙人』と言った、さっきのは俺からの警告だったのに……。あっさりと無視してくるから、でも代わりにもっと後悔を仰ぐには良い材料が手に入ったんだけど」

 

 

 理解の追いつかない頭で必死に彼の言葉を理解しようと試みて、頭をフル回転で使った時ようやく彼の言葉を理解した。

 

 

「自分達とは『何かが違う』、その『違う』を理由に『恐怖』や『不気味』と感じる事は有るのだろうがな……。その生まれ出てきた感情をそのまま言葉に出していいという事はないんだよ!その事すら考えられないお前たちの方が、余程の『阿呆』と言えるだろうよ」

 

 

 彼は私に向けられた言葉を否定してくれた、彼は私を助けてくれた。

 

 

「それとお前たちの会話全て時刻、場所、俺の知りうる限りで記録しているからな。あぁそうだな……、俺も大層な暇人だよ。だけど、お前らよりはマシだけどな、だって『人を虐める』『人を貶める』害虫を掃除できるんだからな」

 

 

「ちなみにもしこの場で俺に何かしてみろ、俺が書きに書き溜めたノートを全て警察、学校、親に差し出すからな。分かったら、俺に手を出そうだなんて考えるなよ?」

声高らかに笑いながら宣言する彼は、授業のチャイムが鳴ると共に自分の席に戻ってしまった。

 

 そしてそれからは、私に対しての『宇宙人』などと言われる陰口は一切聞こえなくなった。

 

 助けてくれたあの日から私はまだ彼の名前すら知らなかった。座席表で確認すると『谷崎灯夜』と書かれていた。どうにかして、お礼を言いたいと思って彼に話をしようとするのだけれど、何故か向かおうとすると何時も居ないのだ。

 

 

「どこに居るのかな?」

 

 言葉に出してみれば変わると思った現状は変わることはなく、代わりに私の中での変化は巻き起こっていくのだった。

 

 

「誰だ?お前?」

探し始めて数週間が立った頃、偶々入ってみた体育館の二階のフロアの隅の方に寝ている彼を見つけた。私が彼を見つけると、彼も私に気づいて寝ている体を起こし尋ねてきた。

 

「この前助けてくれて、ありがとう…」

 

「助けた?俺が助けるだなんて……」

まさか、あれだけ教室で多分クラスの半数以上を敵に回していたのに、覚えてないの?

 

「そうか、あの蛆虫共に絡まれていた……。俺はお前を助けたつもりはない、単純に見ていて気分が悪いから潰しただけだ……」

口では無愛想に言ってるけど、こっちの顔見ないでいる。少し見えだけ見えたけれど、顔が赤いから照れているんだと思う。

 

 

「ねぇねぇ、何でここに居るの?」

 

 

「俺か?俺の自由だろ?」

会話をしようとすると、わずか二言で終了。

 

 

「ねぇねぇ、ここ温かいの?」

午後の暖かな日差しが射し込む窓辺の日が当たる場所に、学生服を掛け布団代わりに寝ている。

 

 

「あ、温かいね」

返事が無いので、勝手に隣に座る。

 

「お前はアイツらの事どう思ってる?」

 

「う〜ん?特には、ただあんまり良い人じゃないって思うくらいかな?」

口を開いたと思ったら、私ではなく彼らの事を尋ねてきた。

 

「俺から見れば、アイツらに存在は価値は無いと思うがな……。『自分の中にある絶対的なモノ』、それが無い事をアイツらは恥じている……。だから、お前や俺を『邪魔者』、『忌み嫌う存在』として扱う事で心の平穏を保っている……。そんな奴らと、長い昼休みを一緒に過ごそうだなんてまっぴらだな」

 

「『自分の中にある絶対的なモノ』?何それ?」

 

「はぁ?だから、『何が有っても譲れないもの』、『他人に奪われたくないもの』、『失いたくないもの』だよ……」

彼の言うことにいまいちイメージがわかなくて、もう一度聞き直すと今度はちょっぴり判り易い答えで返ってきた。

 

「『ギター』とか?」

頭にまず思い浮かんだのは、小学生の頃『神』が教えてくれたギター。これは私にとって、一番大事なもの。

 

「へぇ〜、『ギター』やるんだな……」

今まで反応を示さない彼が初めてちゃんとした反応を見せた。

 

「そうだよ、何か好きな曲あるの?」

このチャンスを逃すまいと、私は質問してみた。

 

 

「『コノハの世界事情』、『六兆年と一夜物語』だな」

 

 

「どんな曲?」

 

 

「お前、知らないのか」

今度は起き上がって、私の方をまじまじと見つめながら、

「『コノハの世界事情』は『じん(自然の敵P)』っていう人が作ったシリーズ系の曲の一つ。『じん(自然の敵P)』の曲はどれもストーリー性があって曲を聞くだけで頭に情景が浮かんでくるんだよ!

『六兆年と一夜物語』はボカロの中でも人気が高くて、曲から小説に成ったやつだ。まぁ、『じん(自然の敵P)』さんはアニメ・劇場アニメ・小説・漫画化したけどな……。

それはそうと、これは本当に泣ける。曲良し、歌詞良し、MV良し、何処をとってもとにかく泣ける。歌詞だけで想像しても泣けるのに、MVと合わせてみたらそれはもう……」

 

「何がそんなに可笑しいんだ?」

 

「だって、教室に居る時の君からは全く想像も出来なかったから」

曲について、熱く、表情豊かに、身振り手振りを着けながら、語ってくれた。

 

「まぁ、そんな所だ……」

私が言ってしまったのが悪かったのか、彼はまた教室に居る時の『無表情』に戻ってしまう。

 

「ねぇ、それを私が弾いたら聞く?」

少しだけ寂しいと思っていた。

 

「そうだな…、お前が弾けるようになったら聞いてやる…」

 

「じゃあ約束だね」

彼のあんなに心が現れた顔が、私に見せてくれた顔が、無くてってしまうのが……。

 

 

 この日からだった、私が彼と交流をし始めていったのは。

 

 

「あ、おはよう。ねぇねぇ、これなんだけどさ」

最初は朝の挨拶をして、聞いた曲から曲想が似ているものを聞いて話を振ってみたり。

 

「ねぇねぇ、今日はあそこ行かないの?」

慣れてくると、昼休みに彼が寝ている体育館の二階で私が話しかけてみたり。時々、彼の琴線に触れるものも有るようで、その時はまた色んな顔を見せてくれた。

 

「偶には、一緒に帰らない?」

そして何時の間にか、私と彼は家から学校までの道のりも一緒に行き来するようになった。

 

 私にはこの時間がとっても幸せな時間だった。大好きな兎に囲まれている時、大好きなギターを弾いている時みたいに、胸が高鳴るようでドキドキする。だからこそ、彼が変えてくれた日常は今までよりも綺麗だった。

 

 

 

 

「彼女が出来た……?」

 

 

 

 

 あの事件から一年近くがたち、中学生の私達は受験期の三年生になったのだ。勿論、彼とはクラスが一緒で本当に嬉しかった。今までみたいに、話したり、一緒に帰ったりが出来るし、その一つ一つを大事にしようとしていたのだけれど……。

 

 

 現実は、私から彼をいとも容易く奪い去っていった……。

 

 

 彼は三年生に成った時、内申の為だと委員会に入ることにした。入ったのは図書委員会、理由は『仕事少なそうだし、うちの学校の図書室人来ないし』というもの。理由があまりにも彼らしくて、思わず笑ったけど。

 勿論、彼との時間を削りたくないから、誰も居ない放課後の図書室に二人で勉強も兼ねて通い始めた。来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、来る日も、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日。

 

 でも、図書室だから偶には誰か来ることもある。私以外の女の子、同じ学年のようで上履きの色で分かった。

 

「あ、あのこれの貸出良いですか……」

 

「はい、これですね」

委員会の仕事をしている時の彼は無表情ながらに、教室で放つ『人よけオ〜ラ』(私が考えた)を出さずに事務的にこなしていた。

 

「この本、もしかして〇〇先生のファン?」

 

「は、はい…!私、この先生の第一作から読んでいて……」

 

 この時に気づくべきだった……、私が彼に向けて好意を抱いていることに……。

 

「それで、この作品なんだけど……」

 

「あぁ、それか?読んだけど、俺にはあんまり……」

 

「え、そうなの?これ凄く面白いよ?」

 

「何と言うかさ、こうモヤっとするんだよ。最後の締め方がハッキリしないからさ」

 

「それが良いんだよ。だって、この方が読み手に考えされるでしょ?」

 

「そうなんだろうけど、俺は好かんな」

 

 時間が経つにつれて、あの時彼と話した女の子と彼はよく此処で話すように成った。趣味が同じようで、私の知らない漫画やアニメの話をしたり、ゲームや同人?の話をして、私はその会話に入ることが出来なかった。

 

 私の方が、私の方が彼と居たのに、私の方が先に彼と居たのに……。二人の会話を見ていると込み上げてくる胸のモヤモヤ、何かじっとりとして離れないような感覚が胸を締め付けてくる。

 

「遠くに行かないよね……」

帰り道で、そっと彼の隣で呟くも聞こえることは無かった。だって……、あの女の話しを私にしてくるんだから……。

 

 

 

 そして叶って欲しくない、望んでいないものだけが、私の前には溢れていく。

 

 

 

 彼女が出来たからしばらくは一緒に帰れない。私と、彼だけの静寂の図書室で、彼はその時目も合わせてはくれなかった。

 

「ま、また、一緒に帰れるよね……。また、一緒にお昼休みに……」

 

「……」

彼からは返事すら帰って来なかった……。

 

 この時、私の心の中で明確に何かが音を立てて壊れていくような気がした。薄々は気がついていたけれど、あの女が来てから『彼は笑顔』に『私は心にヒビが入る』そんな毎日だったのだ……。そして今日、目を背けてきた現実に向かい合う時がやって来たのだった。あまりにも突然で、あまりにも残酷な、運命の日……。

 

「じゃあさ、こういうのはどう?」

そんな運命……、私は嫌だ……。私の方が、私の方が先に、先に彼と出会っていたんだ……。

 

「もしもその彼女と別れたらさ……」

初めて……、初めて私を助けてくれた。初めて……、初めて私の前で笑顔を見せてくれた。

初めて、私を……普通な人って見てくれた……。

 

 私の一方的な思いかもしれない、だけど私は思っていたんだよ……。

 

「私のモノになってよ。私の、ワタシだけのモノに……」

なのに君は私を裏切ったんだ……。だからさ、今は一度解らせてあげる為に時間をあげよう。

ワタシは優しいもん……。

 

 君が好きな彼女はきっと裏切る……、君がどれだけ好きで居ても、君がどれだけ彼女の為に動いても、きっと無駄なんだよ……。

 

 だから、今はしっかりと身に刻んでよね。ワタシを裏切ったその身にじっくりと……。

 

 私が君から感じさせられた、この胸を抉るような痛みを、心が張り裂けるような悲しみを、何処までも真っ暗な恐怖をさ……。

 

 

 君は笑った、あの女の前で私の前で見せた笑顔を見せていたね。

 

 今日は楽しかったの?またいっぱいお話していたもんね、私聞いてたよ。

 

 何で、君はそんな彼女と近づくのさ……。それに何であの女も、彼の手を握るの……。

 

 彼の笑顔も、彼の温もりも、彼の優しさも、彼の声も、彼の言葉も、彼の時間も、彼の、枯れの、狩れの、涸れの、刈れの、穫れの、嗄れの、借れの、駆れの、苅れの、カレの、カレノ、カレノ……。

 

 あぁそうだ……、これは彼が受けるべき罰の下準備なんだ……。そうだった、私ったら……焦っちゃ駄目だよ……。

 

 彼はだって私のモノになるんだからさ、決まってるんだよ……。だから、私はワタシで頑張らなくちゃ……。

 

 

「二人の、フタリダケのエイエンノ花園ヲつくろうネ……」

 

 

 明日も、彼がいっぱいいっぱい幸せでありますように。

 

 そして、一日でも早く…ワタシノモノニナリマスヨウニ……。

 

 真っ黒な、真っ黒な表紙のノートには、びっしりと書かれていた。彼の生活リズム、彼の話した言葉、彼の人間関係、彼の携帯の履歴、彼のパソコンの履歴、彼の好きな物、彼の嫌いな物、彼の苦手な物、彼の得意な物、彼が恐れる物……。

 

 彼が心から願う望みについても……。

 

 私はあれから待ち続けた、果報は寝て待てって本当にそうだとも思った。だってさ……、私のお願い……、神様が叶えてくれたんだもん……。

 

 

 高校一年生、彼はあの女とは違う学校。けれど、私とは同じ学校、同じクラス。何で違うのか?何か、彼には彼の目標が有って、あの女にも目標があるから別にしたんだって。

 彼は『お互いの夢の為』って言っていたけど、本当にそれで上手く行くのかなって、私は薄ら笑みを心の中で浮かべた。最初の頃は彼もクラスの男子とも仲が良くて、人によりけりだけど前よりは楽しそうだった。

 その時の彼の笑顔は本当に穏やかで、私まで見ていてホッとするほど。高校生に成って、バイトを始めたり、バンドを組んだりして、彼への『監視』を行うのも大変に成っていた……。

 

 

 けど、彼は戻ったのだ。私が知る、中学校の頃の無表情な彼に。

 

 

 理由なんて一つしか無い、『彼女と別れた』のだ。私はその経緯も全て知っている。だから言ってしまうけど、彼は確かに無表情で愛想が無く、人に対しての遠慮なく物事を突きつけていた。

 

 けど、それが原因のきっかけだったのだ。あの女には少なからず友達がいたようで、それも割と付き合いの長い……。簡単で、あまりにも簡単で、正直言えば私は心のそこから笑った。

 

 

『別れたほうが良いと思うよ』

 

 ただこの一言でさ。

 

 

 あの女の友達、調べてみれば私を『宇宙人』と呼んでいた人の中の一人だった。まさか、直接彼に復讐することなく、彼の大事な人を使って復讐してくるだなんて……。あぁ、だから彼は『愚息虫』って呼んでいたんだ。

 

 彼の事をずっと見ていたから分かるけど、前に比べて明るい彼は本当に孤立を選んでしまった。

 

 家に仕掛けてある盗聴器からも、永遠と泣き止むことなのない嗚咽した声。意思の見えない、最後まであの女に対する謝罪の声……。羨ましい、妬ましいと、彼にそれだけ思われていたんだから……。

 

 そして彼は心を閉ざした。『もう……、信じない……』、別れてから数週間が経った頃に彼は部屋で呟いたのだ……。それから彼は心を閉ざし、考えを変えた。『信じても裏切られるなら、最初から自分の事だけを見てくれて、愛してくれる人が良い』と。結論が『ヤンデレ』だった。

 アニメや漫画が好きだった彼だから、少なくともそういう物に触れる機会は多かったようで、誰も居ない締め切った暗がりの部屋で『アイシテル』、繰り返すようにその言葉を聞き入るように。

 最初は小説から、次に漫画、最終的にボイスドラマと呼ばれるものに行き着いたのだった。本当は私以外の女の声で、彼の心が満たされいくのが苦しかったけど、彼が私に負わせた苦しみを知って貰うのには良い機会だった。

 

 濁りはなく、ただ真っ黒な瞳の彼。けれど、今は濁り、くすみ、どろどろした黒の瞳の彼。

 

 決して人を信用すること無く、ただ一心に自分を呪っている。呪い、恨み、悔み、苦しみ、その苦しいから開放されようと死を考えたり。時には、何も考えないように音楽を聞いたり、ボイスドラマを聞いていたり。

 

 

「私の痛みが解ったでしょ……、貴方が私にもたらした痛みが……」

 

「約束、覚えてるよね……。私は準備万端で、その為に頑張ってきたんだよ……」

 

「胸の中をどろどろした何かが蠢く中で、嫌になるような光景を目に焼き付けていく中で、君が目の前から奪われていく中で……」

 

「私と君の理想郷、私が君を愛して、君が私から愛される。もう二度と離さない、もう二度と裏切られない」

 

「お互いが、お互いの望みを叶えるんだよ?君が、泣き叫んでいた、嗚咽していた中で言ったんだよ?」

 

  『もう二度と裏切られたくない……、もう二度とこんな思いをしたくないって……』

 

「だからおいでよ、『花園ランド』に。君が望むものは此処に在る、君が失ったものは此処に在るんだから」

 

「十分、充分、君は感じたんだから……。もう、もう本当に堕ちてしまおうよ……」

 

 貴方がどれだけ世界を敵に回しても、君だけを助ける、君だけを守り抜く、って誓った所で彼女は裏切った。

 

 けど、私は裏切らない。貴方が私を助けてくれる、私だけを守ってくれる、その言葉に私は身を委ねる。

 

 そして、私は貴方を何処まで愛し続ける。世界が貴方を拒んでも、世界が貴方を否定したとしても。

 

「私の花園は目の前に、君の花園は目の前に。

 

 近くに在って、遠くにある。

 

 ぐるぐる回る、メリゴーランドのように、私は君を捕まえて。

 

 真っ白な兎は信じて跳んでいた、そこに光があると信じてね。

 

 真っ黒な兎は後ろから見ていた、そこに光が無いことを知っていて。

 

 落ちた穴の中は真っ暗闇、君の白さも此処では見えない。

 

 染まる白色、染め上げる黒色。溶け合って、混ざり合って、何時しか境界線が溶けて無くなる。

 

 私の色に君は染まる、君は私を染まっていく。

 

 ねぇ、君は私を何色に見るの?ねぇ、私は君を何色と呼ぶのが良いの?」




おたえの感じが上手く書けないですね……。難しい……。
本編で灯夜が前回話したことの、おたえ視点ですね。
裏切られた者であり、裏切った者の灯夜君…。
そして、彼にその苦しみを与えたおたえ……。
おたえのヤンデレは、優しようで怖いですね……。
でも、そんな感じが良いのかな……。

今回もご閲覧していただきありがとうございました。
感想などお待ちしております。


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Tenth,ヤンデレ

燐子のヤンデレ覚醒兆しは、もう少し先ですかね…。


「っ……うぅ……」

目が覚めると俺はベッドの上で寝ていた。

「何してたんだっけ……」

朧気な記憶を呼び覚ます。昨日は熱を出して、薬を買いに行って、玄関で意識を失ったんだっけ?それで、白金先輩が居て、ご飯作ってもらったんだ……。あれ?白金先輩……。

 呼び覚ました記憶の中で、嘘だと信じたい事象がハッキリと起こっていたようだった。待て待て、俺よ……。まず、先輩が来てから確かおかゆを買ってきてくれたんだよな、そしてそれから……、それから……。

 

「完全に記憶が欠落してる!俺何してたんだ!まじで、俺何してたんだよ!」

 

 どうしよう、先輩に何かしてないよな……、何か変な事言ってないよな……。

 記憶の無いことへの不安と焦りから、その場をぐるぐる歩き回る。

 

 が、過去の事で自分にはどうにも出来ないことに気がつくと、

 

「よし、取り敢えず風呂に入ろう……」

昨日時点から風呂に入っていなので、汗でベタついて気持ち悪い。着替えとタオルを持って、脱衣所に向かう。汗ばんだ服を脱いでいく中で、もう一つ。

 

「何で、俺猫耳パーカー来てるんだ?」

何故こんな格好で居たのか、もう一つ疑問が増えた。

 

 

 

 

 

「せ、先輩……。お、おはようございます……」

あれから風呂に入り、体を綺麗にしてから何時ものようにコンビニで昼飯を買って登校。歩きでの登校で、道行く生徒の中に白金先輩の後ろ姿が見えた。

 最初は声を掛けるかどうか悩んだが、昨日の一件ではお世話に成ったのでお礼を言わなくてはならないので声を掛けることにした。

 

「あ、灯夜君。おはよう…」

やっぱり自分自身ぎこちなかったのか、先輩が一瞬肩をビクッとさせてから返事してきた。

「驚かせてしまいましたか……」

「ちょ、ちょっとだけ……」

「すみません……」

先輩に聞かなくてはいけないことがあるのだが、恥ずかしくて言い出せない……。

 

「あ、灯夜君?」

 

「はい……」

 

「何か今日は良い匂いするね…」

頬を赤めらせる先輩。

 

「僕、香水とか柔軟剤つけてないですよ?」

制服には無香料の消臭剤だし。一応、気は遣ってる。

「ううん…、そうじゃなくて。洋服じゃなくて、灯夜君の方から…」

俺の方から?俺何かしたっけ……、あ、したわ。

「今日、朝シャワーだったので……。多分、シャンプーかボディソープの匂いかと……」

「そっか……。昨日はご飯食べたあと寝ちゃってたからね」

クスクスと笑う先輩。だけど、先輩は笑っていられても、俺は笑っていられない。

 

「僕、昨日の記憶が途中から無いんですけど……」

 

「そ、そうなの?」

正直に言うも、その答えが返ってくるのが怖い。

 

「あ、あの……、僕、先輩に何か危害を加えていたりしませんでしか……?」

怖いけれど、それは俺自身の事なのだから聞く必要がある。

 

「う〜んと…、大丈夫だったよ…?」

少しの間を置いてから、先輩は何時ものように優しい笑顔で笑ってくれた。

 

「そうですか…」

安心して思わず胸を撫で下ろしてしまう。

「そんなに心配だった…?」

安堵した俺の顔を覗き込む先輩。

「そりゃあ……、一応先輩にもしものことがあれば大変ですし……」

変なことしてたら、記憶に無くて責任取れないし……というか取れる自信がない……。

「そ、それはそうだよね……」

俺の言葉を聞いて、ようやく察してくれたようで先輩の顔も急に赤く染まる。

 

 結局、その後はお互いに変な空気が生まれてしまって、会話をしようにもよそよそしくて出来なかった。校門付近で氷川先輩に会い、『昨日は体調不良と聞きましたが、もう大丈夫なのですか?』と心配されていた。

 大方の情報源は、今俺の隣に居るこの先輩なのだろうけれど『はい、今は大丈夫です』と返して、先輩と別れて教室に向かった。

 

 

 

「ねぇ、とー君……。何で昨日、あの女を家に上げたのかな?」

 

 

 

 一瞬、寒気が背ずじを駆け巡り、声のする方へとゆっくりと振り返る。声で判ってはいたけれど、笑顔でいながら笑っていない花園が立って俺を見つめていた。

 

「何でお前がそれを知ってる?」

 怖いものは怖いが、振り返って返事をしてしまった以上は聞くしかあるまい。覚悟を決めて答えを求める。

 

「知りたい?でも、その答えはもう知ってるでしょ?」

はぐらかすように答える花園は、くるくると踊るように回り始める。スカートが風で捲れ、わざとやっているのか見えるか見えないかのギリギリのラインで回る。

 

「お前が言っていた、『君の過去を知る者』が答えか?」

 

「正解〜、ご褒美に花園ランドにご招待してあげよう〜」

答えると花園の動きはピシャリと止み、今度は俺の側にちょこちょこと寄ってきた。

 

「その『花園ランド』に行った場合、俺に帰る道はあるのか?」

 

「ナンデカエルヒツヨウガアルノ?」

地雷を大きく踏み抜いてしまったらしい、花園瞳から光が無へと帰したのだ。

 

 

「だって『花園ランド』は夢の国、私の創った君と二人で大好きな物で溢れかえる世界だよ?」

 

 

「私は君を愛して満たされて、君は愛して満たされて、お互いに幸せな未来が待っているんだよ?」

 

 

「だから楽園に出口は無いんだよ?ううん……、入った時点で君は『花園ランド』の一部と成るんだよ」

 

 

「ねぇ……ワタシダケノ黒いウサギにナッテヨ……」

次第に近づく距離が縮まりながら話しかける花園の声が、遠くから近くに、近くから耳元に移り変わっていく。最後の言葉を言われた時には、否、囁かれた時には、花園の体が俺に密着し、囁かれると耳に息が掛かるほど近かった。

「……」

ほのかに香る甘い香り、記憶の中で感じた香りが呼び覚まされるが、それとはまた違った匂い。不思議と居たい思う、何故だか包まれるような匂い。その匂いが鼻腔を掠める度に、考えることが、意識が遠のいていく。

 

「おたえ〜、どうかしたの〜?」

廊下の少し先の所から花園の名前を呼ぶ声が聞こえる、そしてその声の持ち主であろう人物が向かってくるのが足音で分かる。

 

「俺はお前の言う”黒いウサギ”に成る気は無いからな……」

一刻も早くこの場を切り抜けて、花園の関係者と接触しないように立ち去ろうとしたのだが……。

 

「おたえ、その人誰?」

一足遅く、名前を呼んでいた人物が来てしまった。

 

 振り返ることはせずに、何時ものように世界から自分を切り離せばいい。俺は関係ない、俺には関係ないんだ、そんな言葉で頭を埋め尽くして、その場から脱することを再び試みた。

 

「うんとね、この前言ってた迷子のうさぎだよ」

が、虚しくも腕を掴まれてその場に留まることしか出来なかった。

 

「何で俺がうさぎなんだよ。さっきは”黒”とか言っていたのに、今度は”迷子”」

掴まれた腕を引き離そうと、柄む腕を取り引き離そうとするが、

 

「名前、何ていうの?」

俺の目の前に回り込み名前を尋ねてきた。

 

「谷崎灯夜……」

 

「灯夜君って言うんだ。私は戸山香澄、香澄でいいよ」

いきなりの名前呼びし、頼んでもいないのに自己紹介をする猫耳の様な髪型をしている少女。

 

「あ、香澄。今日のバンド練にとー君連れて行っていい?」

 

「は?何で急にそんな話に」

 

「良いよ、あとで有咲達にも聞くけど、多分大丈夫だと思う」

 

「おい待て、俺の意思は無いのかよ!」

突然すぎる話の流れに慌ててふためくも、

 

「もし今此処でこれ以上騒ぐなら……大事な先輩……奪っちゃうよ……」

 

「……」

俺の事情を知っているため、脅しをかける花園。そしてその脅しに、俺は黙って応じるしか無かった……。

 

「じゃあとー君も今日の放課後は蔵練参加だね」

花園は俺が自分の言うことを成すすべもなく応じるのを見て、静かに笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 昼は、花園が現れる前に教室を抜け出し、何時も以上に周りに警戒しながら生徒会室に向かった。あの花園が何処から現れるか分からないので、足音を消し、気配を消すなど、昼食をとるだけなのに凄く疲れた。

「白金先輩?居ますか?」

 何時ものようにノックをし、生徒会室の扉を開けるも部屋は静かだった。先輩がまだ来ていないのか?なら、鍵は開いていないはず。

 荷物を机の上に置き、部屋の中をゆっくりと見渡す。棚が途中で切れている所を見つけて、その後ろにスペースが有るようなので恐る恐る近づいてみる。

 

「すぅ……すぅ……」

その小さくて、ちょっと薄暗いスペースには、一大にパソコンと椅子に座って寝てしまっている白金先輩が居た。

 

「はぁ……」

ほっと胸を撫で下ろして、安堵する。パソコンの画面には『生徒会総会』の題名の画面が開かれており、一人でどうやら作業をしていたのだろう。

「俺…来るの遅かったんだ…」

花園を警戒するあまり、直通ではなく迂回ルートを駆使して居たので何時もよりも遅かったようだ。

「先輩、お疲れ様です……」

一人で仕事を頑張って居たようで、後から来た俺が起こすのも気が引ける。だから上着をそっと先輩に掛けて、買ってきた昼食を音楽を聞きながら食べて先輩が起きるのを待とう。

 今日の昼食も味気ない大豆バーで、炭酸水で流し込むような物だが……。何時も以上に味がしなかった……。

 

 

 

 目が覚めると、誰かの制服の上着が私に掛けられていた。目の前のパソコンは画面に光を持ったまま、どうやら私は寝てしまっていたらしい……。

 椅子から立ち上がって、部屋の中央の机に向かうと。

「……」

目を瞑って何かを聞き入っている灯夜君が座っていた。上着を来ていないのを見て、直ぐに灯夜君が私に掛けてくれたのだと理解した。理解すると共に、顔から急に熱くなってきた……。

 だって寝ているとこ見られちゃったんだもん……。昨日は私が灯夜君の寝顔を見て、今日は私が見られる番だなんて……。

「また今日も大豆バー……」

恥ずかしくて顔が熱くなっていたけど、机に置いてある袋を見て熱はだいぶ落ち着いた。というよりは、冷めてしまった。

「昨日の今日で……ちゃんと食べなきゃいけないのに……」

熱を出した理由はよく分からないけど、でもこういう所が熱を出す事に繋がったんだと思う。

「私のことよりも、ちゃんと自分の事にも目を向けてください……」

イヤホンで何を聞いているのかは知らないけど、もしも聞こえていれば良いなと思ったのは……私の気のせいだ……。

 眠っているのだろうか、それとも起きているのだろうか。そっと隣に座って…肩を指で突いてみる…。つんつん、何も反応を示してくれないので、もう一度やってみる。つんつん…、今度は体が少し傾いたと思ったけど、起きてはくれない。

 なら場所を変えてみれば起きるのかな?そんなイタズラ心が芽生え始めていた。今井さんならこういう時、すぐに何か良いアイデアを思いつきそうですけど……。

 中々思いつかない私に、神様がちょっとだけ勇気と知恵をくれた。普段の私には考えられないけど、でも起きない灯夜君が悪いんだからね……。

 

「まだ起き…ないでね…」

ゆっくりと手を伸ばしていき……、頭を優しく撫でてみた。

 

「あこちゃんの髪の毛の感じと…ちょっと違う…」

あこちゃんによく頭を撫でてと言われて撫でることはあるけれど、それとはまた別の感触がする。

 あこちゃんの髪の毛はふわふわしているというか、指が通る感じがするけど、灯夜君の髪は固いような、もさもさしているような気がする。

 

「本当に起きない……」

昨日寝る時も辛そうにしていたし、一晩寝ただけじゃ全回復とはいかないのだろう。一頻り撫で終えて、私もお昼ご飯を食べないとお昼休みが終わってしまう…。

 

 

「っつ……、先輩……起きたんですね……」

お弁当を開いて、最初のおかずを食べようとした時、やっぱり寝ていた灯夜君が目を覚ました。

「灯夜君もおはよう…。上着ありがとう…」

「いえ、昨日先輩が僕にしてくれた事に比べたら…」

何故か突然に笑い始める先輩。

 

「灯夜君、一人称…無理に”僕”にしなくて良いんだよ。昨日みたいに”俺”で…」

 

 その一言に俺の抜けていた記憶の間に起こったことが垣間見えて、

「……はぁ、わかりました」

今までのように隠していくのは無理だと解った。

「昨日先輩が”俺”にしてくれた事に比べたら、全然些細なことですよ」

結果、普段の一人で居る時の一人称を使うことにした。

「そんな事は無いよ…。私には嬉しかったから…」

感謝の言葉を述べながら、頬を赤く染める先輩。

「でも、灯夜君。私に気を遣ってくれるのは有り難いんだけど、自分のことも気にかけて下さいね…」

そんな先輩が可愛らしく思えたのだけれど、反転して俺が怒られてしまった。

 

「今日のご飯もまたそれだけですか…」

視線の先に広がるのは俺が食べ終えた昼食の残骸。

 

「いや、本当に最近食欲無いんですよ…」

 

「でも偏った食生活は昨日のように体調を崩します…」

ぐっ…、先輩の言うことは最もだ…。

 

 だがしかし…、先輩は一つ重要な事を忘れている…。

「先輩、俺料理できないんで…。それでも栄養バランスだけは考えて買ってはいるんですよ」

そう俺は料理が出来ないという切り札があるのだ!これならば『仕方ない』と思ってくれて、諦めてくれるはず……。

 

「だったら…私が…、私が灯夜君のお弁当を作ってこようか?」

 

「……え?」

待て待て……、予想を大幅に傾く答えが帰ってきたのだけれど……。

 

「先輩が何を作るって……」

 

「だから…灯夜君のお弁当を…私が作るって…」

思わず理解出来なかった頭が聞き返すが、返答は先程のものと同じだった。

 

「そ、そんないいですよ。先輩だって忙しいのに、俺なんかの為に……」

嬉しいけれど、もの凄く嬉しいのだけれど……同じくらいに申し訳ないのだ……。

「気持ちは嬉しいですけど……本当に俺先輩に何もお返し出来ないですし……」

貰った恩は返す、けれどそれを果たす事はきっと俺には出来ない。

「私が勝手にやりたいことだから…お返しだなんて求めてないよ…」

俺の方に体を向けて、背筋を伸ばして真っ直ぐ見つめる先輩。

 

「私…昨日灯夜君が休みって事知らなくて…。それで此処で待ってる時、胸の中でモヤモヤして…後から寂しいって気づいたの…」

 

「だから灯夜君がお返し出来ないなんて言うけど…。私には、一緒にここでご飯を食べたり、NFOで遊んだり、そういう事でも十分なお返しなんだよ…」

すっと先輩の手が俺の手に伸び、優しく握ってきた。一瞬びっくりしたが、先輩の柔らかい手がどこかで安心感をもたせてくれていた。

 

「だからその…私に灯夜君のお弁当作らせてもらえないかな…?」

両手で俺の手を包み込みながら、先輩が最後に頼んできた。

 

「……俺は」

先輩の提案は本当に俺の為を思ってくれての事……、けど心の隅ではその行為を怖いと思う自分がいる……。

 料理に毒を盛られるとか、そういう物理的な恐怖ではなく……。

 この事をきっかけに先輩との関係が壊れてしまうんじゃないかということだ……。昨日の記憶が無い間で俺が先輩に何をしたのか解らない事もあるが、過去のトラウマや花園の件もある。考え出せば終わらない議論だが、今の先輩と過ごしているのが楽しいのは事実なんだ……。

 本当にこんな風に笑えるのは、白金先輩のおかげだからこそ……失いたくないのだ……。

 

「あの…先輩は…急に居なくなったりしませんよね…」

心を締め付ける質問が、耐えきれずに思わず出てしまう。

 

 けれど、そんな質問を……。

「私は灯夜君の先輩として、NFO仲間としても、居なくなったりはしませんよ」

先輩は受け止めて、答えてくれた。

 

「……します……」

 

「今なんて?」

 

「お弁当……忙しくない時で良いので……お願いします……」

本当に怖い、怖くて、怖くて、考えたくない現実。引きずるように生きて、逃げるように生きていたけど……。

 

「ふふ、分かりました。じゃあ、明日から私が灯夜君のお昼を作ってきます」

 

「お願いします…」

この先輩の前だと…、そういう色んな事を忘れてしまう…。忘れてはいないけど、心にゆとりを持てるのだ……。

 不思議だ、本当に不思議だ。嫌いな学校、嫌いな教室、嫌いな日常……、嫌いが溢れている生活が……。

 

「温かい……」

 

 何故だか、妙に温かくて心地良が良い……。

 

「それじゃ明日の予習で…これどうぞ…」

先輩のお弁当から定番のタコさんウインナーを譲渡されてしまった。箸など持っていない俺は勿論……。

「美味しいですか……?」

「大変……美味でした……」

餌付けされる子犬の様に、先輩からのあーんで食べたのだ。久しぶりにちゃんとした物を食べたという感覚と、気恥ずかしさで、胸とお腹が一杯だった。

 

 

 

「それじゃあ…また明日も生徒会室で…」

 

「はい…先輩のお弁当楽しみにしています…」

チャイムが鳴るギリギリの時間で、先輩もお弁当を食べきり鍵を施錠して、それぞれの教室に帰るのだった。




今回は病み成分より、燐子とのラブコメ成分多めに書きました。
本当はヤンデレを書くのに、迷走してて書けなかったので甘くしました…。
次回の方では灯夜×ポピパ組でいきたいと思います。
おたえのヤンデレ覚醒は…あるかもです…。
今回もご閲覧していただきありがとうございました。
感想などお待ちしております。


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Eleventh,ヤンデレ

 先輩との昼食の中で、今後は先輩が俺のお昼を作ってくれる事になった。本当に先輩には迷惑に成るんじゃないかと思う自分と、少しばかり嬉しい自分が心の隅にいた。

 教室に帰えれば、普段はクラスでの声を意識的に消そうと躍起になっていたのが……。

 何故だろう、意識しないでも自然と耳には先生の声だけが入っていたのだ。

「今日は久しぶりに買いに行くかな……」

 綺麗に聞こえない雑音、弾む鼓動が高まる。こんなに安定しているのは一体どれくらい前の事だろう……。もしもこの状態が続くなら……、今日の家に何か新しいボイス集でも買いに行こう。電車の中での雑音は、クラスのものとは比べ物にならないのだから。

 

 

「とー君、何処に行こうとしているのかな?」

 

 

 けれど、神様そこまで甘くは無いようだ。俺自身、この時身に沁みて感じた……。

 俺に幸せになる時間は無いのだと……。

 

 

「約束したでしょ?もしかして逃げるの?」

 

 

「逃げねぇよ…。ただ忘れてただけだ……」

そう、振り返れば、振り返ればコイツがいる。花園が待っているのだ。

 

「それじゃあ行こうか」

背中に大きなギターケースを背負って、俺の腕にしがみつく花園。引き離そうと試みるが、意外と腕力が強いのか離すことに失敗。これ以上は体力が保たないと判断して止めることにした。

 

 

 

「あ、おたえ〜!見つかったの?」

 

 

 

「香澄、うん見つけて捕まえた」

 花園に連れられて歩いていると、校門付近に今朝の戸山と言っていた少女が居た。元はと云えば、お前が朝現れなければ……。

 

「おたえ、何か物凄い怖いけど……」

戸山とはまた違う声が聞こえてくるので、今度は視線をそちらに向ける。視線を向けられた少女は怯えた様に一瞬ビクっんと跳ねてらせて、俺とおたえから距離を置いた。

 

「あぁとー君、人見知りだから。目つきは元からだけど」

人を猛獣か何かと一緒にするな……。

 

「それにしても、本当に目つき悪いな…コイツ…」

 

「……あ”」

本当に機嫌が悪い中で此処に居るのに、今なんて言ったよ。悪かったな……、俺は元からこういう目つきなんだよ……。

 

「あ、有咲ちゃん大丈夫?」

ガン付きのドスの利いた声で睨んだのがそんなに利いたのか、その子は声を発しなくなった。

 

「とー君駄目だよ、女の子をいじめちゃ」

睨んでいるのか、けれどコイツの目睨んでいるように見えない目をしながら俺に注意してきた。

 

「何で俺なんだよ…、大体先に言ってきたのむこ」

 

 

「それ以上何か言った場合、ホンントウニセンパイウバッチャウヨ……」

 

 

「……止めろ」

 

 

「なら謝って?」

 

 

「……、すみませんでした。此方の所為で、そちら不快な思いをさせてしまい。本当に申し訳ない」

花園の手が離れ、綺麗にお辞儀をして謝る。

 

「わ、私の方こそ…その悪かった…。ごめんなさい……」

相手の方からも、謝罪の言葉が来たのでゆっくりと顔をあげる。

 

「ねぇおたえちゃん、この人なの?」

 

「そうだよ、この目つきが悪い人がだよ」

どうやら俺はコイツラの中では知られているようだ。だから、目つきが悪いは余計だ。

 

「ねぇねぇ、灯夜君とおたえも来たんだしさ。早く蔵練しに行こうよ」

重くなりかけた空気が戸山の一声で一掃された。

 

「そうそう、今日はとー君来てるから披露したい」

 

「え、曲披露するの?」

 

「ちょ、聞いてないぞ!」

 

「いきなりすぎるよ…」

花園の提案に乗るどころか、ことごとく却下されいく。てか、俺が居るから曲披露とか…俺の存在で変わることもないだろうが……。

 

「でもライブでのリクエストとかされたら?その場で前の曲演奏してって言われたら?」

ライブしてるんだ……、ならしっかりとしたバンドなのだろう。

 

「それは……そうだね……」

 

「確かにそういう事もあるよな……」

 

「お姉ちゃんのバンドでもそういう事あったよ」

あ、あれ?もしかして、提案がこれ実行に移るパターンですか?戸山の意見が鶴の一声とかして、次々に説得していく。

 

「じゃあ一曲だけでも披露しよっか」

 

「沙綾ちゃんも言うなら、私は賛成だよ」

 

「まぁ多数決でも決定だからな、別に良いか…」

戸山……お前スゲェな……。反対派の意見を上手く変えてるだなんて……。でも待てよ……。

 

「これでとー君に披露できるし、感想聞けるね」

離れていたと思った花園がすり寄ってくるのを感じて、すかさず下がろうとするが、

 

 

「せ・ん・ぱ・い?」

 

 

「……わかったよ、……行けば良いんだろう」

俺も学ばないようで『切り札・先輩』を出されては動けないのだった。

 溜め息なんて何度ついたのか、それとも最初からついていないのか、もうそれすら考えることを止めていた。

 

 蔵と呼ばれる場所に歩いている最中に、

「あの名前聞いてもいいかな?」

花園が俺の左腕にしがみついて、至極歩きにくい中でポニーテールの少女が俺に話しかけてきた。

「……谷崎だ。谷崎灯夜」

「谷崎君って言うんだ。私は山吹沙綾、沙綾で良いよ。こっちの子がりみりん」

山吹は名前で呼ぶように言っているが、花園同様名字で呼ぼう。

「私、牛込りみって言います」

牛込と名乗ったセミロングの少女は、わかり易く俺にビビっていた……。そこまで怖いか……。

「で、さっき谷崎君が謝ったのが有咲だよ」

「市ヶ谷有咲…よろしく…」

「趣味は盆栽なんだよ」

「ちょ!言うな〜!」

地毛なのかどうかは知らないが、金髪のツインテールの少女市ヶ谷。盆栽が趣味か……渋いな……。

 

「灯夜君は何か好きな物ってあるの?」

前を先導する様に歩く戸山が突然振り返り、こちらを見つめて聞いてきた。

 

「は…?えっと…漫画とかアニメ……」

突然過ぎたせいで、考える暇もなく気の抜けた声で答えてしまった。

 

「漫画好きなの?ねぇねぇ、どんなの好きなの!」

俺の趣味に以上に食いつく戸山、別段聞いても面白くないだろうにと個人的には思うのだが、

「バトル物、ファンタジー物、ミステリー物、日常物、その他諸々エトセトラ、基本何でも見る」

 

「そうなの!例えば何が面白いの?」

話を楽しそうに聞いてくる戸山、この流れ何処か先輩の時と似ている気がする…。

 

「まぁ普通に『結界師』、『血界戦線』とかが面白い…」

似ているだけで、合わせる必要は無いんだ。だから答えるのは別にしよう、でも作品の布教は大事だから答えるけど…。

 

「それってどんなお話?」

 

「どっちも『此の世』と『異界』が交わる話。

日本の伝統的な妖怪を術師が退治したりする話って考えてくれて良いのが、『結界師』、

アメリカ・ニューヨークが異界と現世の交わる街と成った世界を舞台に、様々な異界の者と人知れずに戦う者たちの記録が『血界戦線』」

簡単な説明は俺の感想を込めて。

 

「何だか難しそうだね」

話しを聞いて牛込が苦笑しながら呟く。

「色んな技名とかありそうだしな」

市ヶ谷も続けて呟く。

「そうでもないぞ、『結界師』なら基本的な用語を覚えれば後は応用で覚える。

 逆に『血界戦線』の場合は個々人の技を憶えていくわけだから。漢字オンリーを覚えるか、漢字プラス英語系の言葉を覚えるかの違いだけだから」

「ぜってぇ難しだろうな……」

頭を頭を押させながら首を振る市ヶ谷。山吹はそれを見て苦笑し、牛込に関しては目を回しかけていた。

 

「ねぇねぇ、何かやって見せてよ」

戸山からの急な要求に思わず、

 

「いや演らないよ、普通に演らないから」

何か捻りのきいた答えを出す前に、やはり気の抜けた答えが出てしまった。

 

「何で?せっかく話してくれたんだから。何かやって見せてよ」

戸山お前もか!俺の右手を取って、腕がもげるんじゃないかという程に上下に振ってくる。歩きながらで、幾ら人通りが少ないとはいえ危ないだろう。

 

「あぁもう……五月蝿い……。わかったから、その手を離せ……」

 

「やった〜?って灯夜君?」

 

 要望が通ったと思ったら、灯夜からただならぬ空気が満ち戸惑う香澄。同じ様に、山吹、市ヶ谷、牛込を驚き見守るが、灯夜を知る花園だけは笑ってみていた。

 

 

「全く、人の能力を何だと思っているんだ……。そんな遊びで使うような代物じゃないんだよ……」

手に持っていた鞄を地面に降ろし、両手を上着のポケットに入れる。けだるさを感じさせる口調でありながら、背筋を伸ばしその場から一歩一歩ゆっくりを踏みしめるように歩いていく。

 

「次は無いからな……。《Ausbruch》(アオス・ブルフ)

 

 一瞬のことだった、灯夜が技名であろう言葉を言っている最中に足が上がり、終わる頃には目の前に彼の靴のつま先があったのだ。けれど顔には当たらない、拳一握り分くらいの距離を置いて止まっているのだ。

 

「はい終わり……、これ演るのに神経使うんだから……」

 喋り方は再び元に戻り、足を下げる灯夜。地面に置いた鞄を拾い前を歩き始める。それの後ろを付いていくように、花園も歩いていく。

 

「灯夜君」

衝撃で固まってしまった意識が戻り、堪らず声を掛ける。

 

「何だ……?」

若干不機嫌そうに見える彼だったが……、

 

「今のとっても凄かった!風がね、風がビュって!ビュンって来たよ!」

そんなのお構いなしに、先程の感想を述べた。

 

「そうかよ、それは日々の訓練の成果と言っておくかな…」

 

「とー君、一時期は体鍛えまくっていたもんね」

 

「お前何で……。はぁ…もう突っ込むのやめた……」

これでまた聞き返しても答えは同じか……。

 

 

「今の見たか……アイツ後一歩で香澄に……」

戸山が灯夜と花園に興奮冷めやらぬ中質問しているが、はたか見れば大怪我に一歩手前にしか見えなかった。

「で、でも……谷崎君ちゃんと止めてたよ……」

「何処がだよ!あんな危ないマネしておいて!」

「ちょっと落ち着きなよ有咲。香澄に怪我はないし、当の本人が楽しそうなんだからさ」

戸山に怒ったことへ驚きと恐怖を憶えた市ヶ谷。同じ様に戸山を案じる牛込は顔から血の気が引き、山吹は市ヶ谷を抑えながら牛込を介抱していた。

「だとしても…香澄に何かあったら……」

心の底から怖いと、嫌だと思っていると、

 

 

「言っておくが、俺は女性に暴力を振るう趣味は無いからな。さっきのはあくまでも演武だ、演武」

 

 

「お前……聞いてたのかよ……」

先を歩いていたはずの谷崎がこちらを振り返って言い放った。

 

「聞こえるだろ、割と声大きかったぞ」

 

「なら次からは止めろよな!香澄が危ないだろが!」

淡々と答える谷崎に無性に腹が立って、つい声が大きなって言ってしまう。

 

「俺は『次は無い』と言った……。こんな力、一体どんな場面で使うって言うんだ」

笑っている、市ヶ谷の目にはそう見えた。飄々とし、話を聞いていても取り合う気は無いといった感じの。

 

「お前は……」

 

「有咲……大丈夫だよ。とー君はしないから……」

思わず谷崎に掴みかかろうと前に足を踏み出そうとするが、おたえに阻まれてしまった。おたえを避けて踏み出そうとしたが、一歩も動く気は無いようだった。

 

「とー君は本当にしないから……」

 

「何でおたえが『お前が』わかるんだよ」

私が問いかけると同時にアイツもおたえに問いかける。

 

 

 

「だってとー君の事は何でも理解るから。とー君の考えも、感じることも、何が欲しくて、何が良くて、何が嫌なのかもね……」

 

 

 

「……お前と、どんな関係なんだよ」

おたえの言っていることが解らない。今までも時々解らないことを言ってきたけど、今回は本当に理解できない。

 

「関係?え〜と、花園ランドの主人と花園ランドの住人?」

 

「おいコラ、俺は入るだなんて言ってない。これで何回目だ……」

 

「でもそれは”今”だからでしょ…?」

 

「何でそうなるんだよ」

 

「本当に何だよ……」

俺と花園が何度目かわからない言い争いに市ヶ谷は自然と黙ってしまった。

 

 結局、戸山は俺に話しかけてきて花園が俺の左手にしがみつく。市ヶ谷をフォローするように、山吹と牛込が付いているような不思議な集団で歩いていると、

「着いた〜」

戸山が大げさなリアクションをとって敷地に入っていく。

 今目の前の物を見て思ったことがあるならば、

「なぁ、もしかして水面に将来自分の結婚する相手が映るという檜風呂があったりするのか?」

ざっとこんな事だ。

「何言っているのかさっぱりわからないが、多分違う」

「そうか…、残念だ……」

「お前は人の家を何だと思ってるんだよ!」

感想を聞いて怒るということは、どうやらここは市ヶ谷の家のようだ。

「昔ながら日本屋敷、住みたいと思うが掃除が大変そうだなと思うだけだ」

「なぁ沙綾、私今日の練習休んでも良いか……。頭痛いんだが……」

「そこは頑張ろうよ……」

山吹は本当に面倒見が良いなと、散々苦しめる原因を作っておきながら思うのだった。

 

 

 

 

 

「今日は何から演奏する〜」

 

 クッションが置かれたソファでチューニングが終わるのを待っていた。楽器に触れる経験が無かったので、思った以上に時間がかかるようだ。

 この隙間時間でさ、イヤンホンを耳につけて音楽を流す。先輩を脅しに使われて来てしまったが、やはりどこか居心地が悪い。

 

「とー君、ちょっと良い?」

肩からギターをたすきのような物で掛けた状態で俺の目の前に立っていた。

「何だ…?」

「今から引く曲、何処からでも良いからさ歌ってよ」

「いや、お前のバンドの曲を俺が知ってるわけ無いだろ。第一、俺歌上手くな……」

花園は俺の言葉に耳を傾けず、まだチューニングの終わっていないバンドメンバーを横目にギターを引き始めた。

 

 小さな機会に繋がれたギターを弾く、溢れるように響く重厚なサウンド。俺はそのメロディーを知っていた……。

 

 俺があの頃に成る前に聞いていた曲……、歌詞の意味を聞けばちゃんと物語として連続するあのシリーズの曲……。

 

 俺は教えていない……、俺はこの曲が好きだったことを誰にも……誰…に……。

 

「お……お前……」

 

 黒に染まりきって、考えるのを、考えるのが怖くてやめてしまったあの時の……。

 

 黒に染まりきる前に居た、アイツ以外、もう一人の存在を……思い出した……。

 

 

                *****

 

 

 曲が終わり、何時ぶりかすらわからない歌を歌い、花園がギターで締めに入る。しっかりと最後に締めた時には、誰一人と声を発するものは居なかった。

「思い出してくれた?あの頃の記憶?」

青のギターを持った花園は真っ直ぐをこちらを見ていた。

 

「とー君が……、灯夜が今も縛られている理由……」

淡々と語りだす、ショッピングモールの時と同じだ。俺の思い出したくない過去を引っ張り出してくるんだ……。

 

 次第に息をするのが辛くなってくる、何か締め付けてくるような、突き刺してくるような、消えない痛み……。

「私言ったよね、楽になろうよって…。約束もしたよね…憶えてるしょ?思い出したんでしょ?」

見つめるだけでは無く、ゆっくりと近づいてくる。ギターを肩から降ろし、頬に触れるように手を伸ばしてくる。

 

「思い…だしたよ……。あぁ…思い出したよ……」

込み上げる胸騒ぎ、絶え間なく押し寄せてくる吐き気に腕で口を塞ぐように翳して答える。けれど、答えるのが精一杯でまともに前を見ることが出来ない。

 

「お前がアイツと出会う前、たえず俺の所に来てたよな……」

 

「それで趣味のこととか、あのクズ共の話もしたよな……」

消そうと、その全てを消し去りたいと願っていた記憶が、映画フィルムのように鮮明に蘇ってくる。

 

 

「とー君が私を助けてくれたんだよ、とー君だけが私に味方してくれたんだよ」

 

 

「俺は誰の味方もして…無い…。あの阿呆共が気に食わなかった……」

 

 

「変わらないんだね…同じこと言ってたよね。とー君は本当に変わらない……」

 

 

「違う…違う……。俺はもう違うんだ……、あの時俺とっ……」

俯いた顔が上がる時には、花園は目の前に居て、俺の頬にそっと手を添えていた。指先が熱く、掌は冷たい。混ざり合う微かな熱が、俺に伝わる。

 

 

「変わってないよ?何にも、何一つ変わってないよ?だって……

 

変わっているなら、どうしてまだ考えてるの?

 

変わっているなら、どうしてまだ悔やんでいるの?

 

変わっているなら、どうしてまだ憎んでるの?

 

変わっているなら、どうしてまだ思っているの?」

添えられた手は力がこもり、顔の向きを変えさせ向き合わせる。目が合うと、その目には……一点の光も見えなかった……。

 

「おま……お前に何が……何がわかるんだよ……」

絞り出すように、蛇に睨まれた蛙のように、怯えていた声が自分の耳に入る。

 いや、わかるんじゃないか……、コイツはもう『過去』を知っているんだから……。理解るんだよな…、俺の全てを知っているんだよな……。

 

「言い方を変え…よう…、お前に……理解ってたまるかよ……」

そう言って頬に添えられた手を引き離す。

 やっぱり……嫌だ……。見ているだけの、第三者の、実体験者でも無いのに…理解ったと言われてしまうのは……。お前に理解るほどの苦しみなら……、俺は…俺は引きずってなんかいないんだから……。

 

「外の空気…吸ってくる…」

今の花園はどんな顔をしているのだろうか…、戸山達は俺と花園の関係をどう思ったのだろうか…。考えるべきなのは頭の中に存在しているのに、心が……心がそれを許そうとしないのだ……。

 

 だから今は…外へと繋がる唯一の階段を登って蔵を出て、落ち着きたいんだ……。

 

 

 灯夜が部屋を後にした時、ただただ重い空気、事情を知らないからこそ何と声を掛けて良いのか分からない空気になってしまっていた。

 

「思い出してくれたんだけどな〜……」

 

 その空気を破ったのは、今の空気を作った本人の花園だった。何を思って口にしているのか、どこかもの惜しそうにも、けれど楽しそうにも聞こえる声で呟くのだ。

 

 

「ねぇ…おたえ今のは…」

「うん?とー君には少し前から匂わせてたんだけど、ちょっとそれも飽きてきちゃったから」

沙綾の顔色が悪いけど、何かあったの?

「お前と谷崎の間に何があったんだよ……」

有咲も沙綾と同じで顔色が悪い気がする、香澄もりみも。

 

「それは私ととー君の秘密かな?だって花園ランドの一番深い所に関わる話なんだから」

 

「大丈夫だよ、私ととー君の問題でみんなに何か問題は起きないから。だって…とー君の側には私だけが居れば良いんだから…」

心配だな〜、もしかして風邪かな?有咲は急にとー君と私の事を気にするし、だけど渡す気は無いからね。

 

 とー君は私のモノ。花園ランドで愛して、愛して、愛して、私だけを考えるようにするの。

 アノ女の苦しみからも、何故かとー君に構う白金先輩からも、とー君を嘲笑う者からも、その全てから解放してあげるんだから。

 お代はとー君の全て、とー君が私のモノになって側に居てくれるだけで良い。長い時間を掛けて、長い間苦しんで待っていた時間が、ようやく報われるんだから。

 

 

 外の空気を吸いに蔵から出て、そのまま近くの自動販売機を探しに道に出た。夕焼けが出てきてようで、道路も赤く染まる。夕日に背を向けて買った水を一口飲んでから、もう一度あの蔵に歩いていった。

 

 

 戻ってみると、花園はギターを肩に掛け直し演奏していた。言われてみれば、俺がここに連れて来られたのも『蔵練』を見させられるためだったんだ。

 戸山や他の奴らも演奏をしていた。階段をゆっくりと降りていき、ソファーに腰掛けて演奏を静かに聞いていた。普段音楽を聞いているから何か言えるかだろ、と言われてしまいそうだが、本当に音楽の知識は壊滅的なので言えることは無い。

 

「灯夜君、今の演奏どうだった?」

 

「そうだな……、普段聞かないタイプの曲だったが、これはこれでまた聞いてみたいと思った」

言えることは無い、音楽の事は。だが、あくまでも曲を演奏を作品として考えれば、アニメや漫画の感想を述べるようには言える。

 

「ほ、褒められた〜……」

俺の感想を聞いて、崩れるように戸山に寄り掛かる牛込。

 

「そんなに嬉しいのか?」

思わず聞いてしまった、自分の言葉の威力に。

「いや、谷崎君さ。さっき外に出てから急に帰ってきたでしょ」

牛込では無いけれど、山吹が答えてくれた。

「帰ってきて、曲を聞いている時さ…顔怖かったから…」

「そうだったのか…?」

「そうだよ…、お前、ずっと何かを睨むような目で壁見ながら聞いてるから」

市ヶ谷の言う睨む目と言うのは、もしかして真剣に聞いていた時の無意識の行動か。

 

「脅かすつもりは無いが……。ただ演奏を邪魔するのは、その作品を壊すという無礼になるから黙っていた……。けど、逆に集中できなくしていたなら、すまない…」

 

「いや別に…、逆にそこまで真剣に聞いてくれてたのかよ…」

 

「真剣に聞いて悪いのか?真剣に演奏している者に、受け取り手が惰性で聞いていては意味ないだろ。花園が俺を連れてきた理由は知らないけど、感想を言えと言われていたから聞いただけだ……」

何の作品かは憶えていないが、そんな事を言っていた気がする。その言葉を聞いて以来、どんな作品でも見た物は目を通してから判断するようにしている。

 

「俺に演奏の上手い下手は言えないが、聞いてる方の意見としては…まぁ良かったと思う…」

何だか饒舌に語っているが、本当は割と楽しいものだと思っていた。しかしまぁ、花園が居るから絶対に言わないけど。

 

「とー君、もしかして照れてるの?」

 

「別にそんな事はない……」

 

「なら、こっち向いてよ」

 

「無垢必要ないだろうが……」

 

「やっぱり照れてる。というか、デレた?」

待て、俺のこの状況の何処がデレなんだよ!

 

「おたえ、あれはデレてるよ」

 

「あぁ、あれは完全にデレを隠してるな」

 

「顔隠してるけど、顔真っ赤だよ」

おい嘘だろ…、いや何で俺がデレる必要があるんだよ!デレてないから、断じて出れていない!

 

「灯夜君?」

 

「何だ?」

戸山の声が近くでしたので、思わず振り返ると、すぐ近くに花園と並んでこちらを見つめていた。

 

 こちらの顔を確認した直後に戸山と花園がニヤリと、背中に悪寒が走る笑みを浮かべて……。

「灯夜君、やっぱり照れてるよ。顔真っ赤だもん!」

 

「とー君は素直じゃないな〜」

大声で言いふらしてきた。

 

「ば、それは昨日の風邪の残りだから。あと、本当にデレる理由は無いからな!」

反論を試みるも、戸山と花園は止める気はなく、山吹達はそれを聞いて俺を見ながら笑ってきた。

 笑いが収まるには時間が掛かり、結果として俺は妙な疲労感、戸山達は笑いと演奏の所為で疲れて練習はお開きになった。

 

「じゃあね〜」

 

「また明日」

 

「ばいばい」

 

「気をつけてな」

 

 再びあの日本屋敷の門を潜り、戸山達と別れて帰路につく。ようやく帰れると安堵したのもつかの間、

「とー君は今日、家に泊まっていくよね?」

 今日一番の激しい頭痛と腹痛が襲う、危険物が投下されるのだった。




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Twelfth,ヤンデレ

最初に言っておきます、
今回たえの病みが覚醒します。
あと、文字加工初挑戦です。


「とー君は今日、私の家泊まっていくよね?」

現実なんて本当に小説よりも『奇』なのかもしれない、俺は今目の前にいる者の発言を聞いてそう思った。

 

「まず一つ、もしも俺がその提案を受け入れてみろ。お前の親には何て言うつもりだ?」

 

「恋人?彼氏かな?」

こいつの頭の中は一体どうなってやがる…、花園ランドといい俺よりも頭の中がヤバイんじゃないか……。

 

「次に、俺とお前は付き合っていない」

 

「でもとー君は今誰とも付き合ってないでしょ。アノ女も居ないわけだし……」

 

「居ない……、あぁ居ないよ……。だけどな普通に考えて付き合っていない男を泊めるか?」

 

「何で?私はとー君が好き、大好きなんだよ?付き合って無くても、普通の友達っていう関係よりはもっと良いはずだよ?」

花園の瞳にはもう光は無く、虚ろな瞳で一点、ただ一点に俺の瞳を見つめてきた。

 

「約束だってしたでしょ。別れたら、私だけのモノになるって……」

 

「あの言葉が私の支えだった……。とー君がアノ女と楽しく笑っているのを、私がどんな気持ちで見ていたと思う?近くにいた君が、あっという間に遠くに行っちゃうんだよ……。寂しかった、ずっと寂しかったんだよ……。だけどとー君が裏切った、私を裏切ったこの痛みを体験させる為に、私は更に待ち続けたんだよ……」

 

「私、とー君が別れたのを知ってすっごく嬉しかった。何時もね、何時も胸の中で引っかかって、苦しかったのが、嘘みたいに消えたんだよ。その時は本当に感謝した、『神様、私の願いを聞いてくれてありがとう』って。

 毎日、毎日、とー君が私を置いていった、見捨てたあの日から、神様に『私のモノになりますように』そう願って…。

 ねぇ、とー君……。うんん、灯夜……」

 

 語ることを止めた花園がゆっくりと近づいてくる。離れようと、身体を動かそうとした……したのに……動けなかった……。

 だってそうだろ……、俺がこうなることを望んでいた……。あの日が何時かは明確には判らないが、俺の運命はもう既に花園と出会っていた時に決まっていたんだと……。

 頭の中でその事実としか言えない考えが他の思考を止めて、俺を絶望の、暗闇の中へと突き落としていった……。

 頬を伝うコレは何だろう…、一つ、また一つと溢れ出れる。コレは何だ……。

 

「灯夜、泣いてるの?」

俺が泣いてるだと……、何で俺が無くはずが……。慌てて目元を擦る制服の袖は、確かに濡れていた。

 

「もしかして悲しいの?」

悲しいか……。何がだよ…何が悲しいんだよ……。

 

「灯夜は私と結ばれる運命だったんだよ……」

俺の運命が決まって……、違う……違う違う違う、違う!

 

「俺の運命はアイツだけだ……、俺が本当に好きで、俺が愛していたのはアイツだけなんだ……」

 

 どうせこれも花園の妄想か何かだろう、きっとうそうだろう。確かにアイツとは別れた、けど俺がそうなることが運命なんかのはずが無いんだ。そんな簡単な物じゃないんだ、俺とアイツの仲は、そんな簡単に壊れる物じゃ……。

 

 

 

 

 

 でも、壊れないはずなら……何で壊れたんだ……?

 

 

 

 

 

 アイツが笑顔で居られるように生活態度も改めた、アイツが笑顔で居てくれるように勉強も頑張って教えられるように努力した、アイツが笑顔で居てくれるように洋服やマナーにも気をつけた……、アイツが笑顔で居てくれるように……アイツが笑顔で居てくれるように……アイツが笑顔で居てくれるように……アイツが笑顔で居てくれるように……アイツが笑顔で居てくれるように……アイツが笑顔で居てくれるように……アイツが笑顔で居てくれるように……アイツが……アイツが…アイツが…アイツが…アイツが…アイツが…アイツが…アイツが…アイツが…アイツが…アイツが…アイツが…アイツが…アイツが…アイツが…アイツが…アイツが…アイツが…アイツが…アイツが……。

 

 

「やっぱり何処で間違えたんだ……俺の何がいけなかったんだ……」

一体何度目だろう……、こうして苦しむのは。一体何度目だろう……、こうして嘆くのは……。

 

 

「灯夜は悪くないよ?灯夜は何一つ悪くないんだよ?だって一生懸命に頑張っていたの、私が見てたから」

 

 

 俺が悪くないだと……、なら何で俺の前からアイツは……。

 

「俺の前からアイツは消えって行ったんだよ……。見てたんだろ、知っているんだろ、アイツは俺に言ったよな、『居なくならない』ってそう言ってたよな!」

思わず花園肩を掴む、驚いたようで花園の目に光が再び宿る。

 

「見てたよ、聞いてたよ……。アノ女は灯夜に確かに言ったよ、『居なくならない』って。でも結局は居なくなったよね……」

 

 けれどその光はまたたく間に消えてしまい、

「でも私なら……裏切らない……」

鞄から何か光る物を取り出して、

 

 

「だから私だけを見て」

そう言い残して、俺を深い闇の中へと堕としていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ灯夜、今度の休みに二人で出かけようよ』

 

『良いよ、どこに行く?』

 

 これは何だ……。何で俺は笑ってるんだ……、隣にいる人のは顔の部分だけがモザイクが掛かって見えない。

 

 だけど、見えないのに声は、声だけは鮮明に聞こえてくる。紛れもない、アイツの声が。

 

『あのさ……私たちさ……もう別れようよ……』

 

 あぁ、電話だったけ。何日か前に喧嘩して、それでお互いにギクシャクして……。何度かメールを送ったけど返ってこなくて、耐えきれなくて電話したんだ。

 

 予想はしていた、ネットで似たような記事を見つけたから。そんな事なる筈無いって言い聞かせて、見ないようにしてたんだっけ。

 

『何で……俺が何かしたの……』

泣きながら理由を聞いたんだった。何度も何度も問いかけて、でも返ってくる答えに納得できなくて……。

 

「ヤンデレなら……、決して裏切らない。ずっと側にいてくれるんだ……」

そう願ってしまったんだ……。

 

 

 

 

 

 叶って欲しい、そう願った願いは酷く醜く、穢らわしくて、だけど……縋るしか無かっただ……。

 

 

 

 

 

 あの日願った願いは、自分の思いとは違う形で実現してしまった。

 

 

 

 

 

 暗闇の中から意識を取り戻したと、身体は目が開いたことでそう認識している。けれど、視界に入ってくる景色は真っ暗闇で先程と変わらない。

 ギイィィィっと、金属の擦れるような耳障りな高い音が耳に聞こえてくる。それ同時に暗闇に光が差し込んでくる事から扉か何かが開いたのだろう。

 

「とー君、目覚めた?」

光の差し込む方へ、慣れない目を動かして行くと。

 

「目が覚めたって……、お前俺の身体に何した……」

 

「何をしたって言われても……ちょっと薬打っただけだよ?」

目に光を灯さず狂気的な笑みを口元に浮かべながら、長く細い針から液体が滴る注射器を持った、

 

「花園、お前……」

 

「ふ、ふふふ……。アハハはハハハは……、どう、どうかな?ねぇ、とー君の望みの一つが叶った感想は」

部屋の明かりを付けて、改めて見えた花園を一点に睨む。

 

「感想も何も……」

近づく花園に抵抗しようと身体を動かそうとしたのだが、ピクリとも、手、足、頭、その他の関節という関節を曲げることすら出来ない。唯一動かせるのは、目と口。

 

「これね、筋肉が一定時間動かなくなるお薬なんだって……」

抵抗しようにも意識と身体がリンクしていない、まるでゲームでコントローラーを動かしているはずなのに画面のキャラは動いてくれない様な感覚。

 

「よいしょっと……、あぁ……とー君の匂いだ……」

抵抗することの出来ない仰向けの体制の俺に跨がり、すっと首筋辺りに顔を近づける。花園の身体と、俺の身体は重なり合うようで、花園の……吐息が……胸が……俺に当たる……。

 

「……っ!」

何かをする訳でもなく、ただ抱きつくようにしていた花園だったが、今度はゆっくりと俺の首筋を舌で舐めてきた。一回だけでは足りないようで、舐め取るようにザラザラと舌、その唾液のぬるっとした感覚と微熱が何度も行き来する。

 

「ねぇ……何で声だしてくれないの……」

何度目か行き来した時に、花園は首筋を舐めるのを止めて、腹の上で馬乗り状態で尋ねてきた。

 

「…………」

 

「黙ってたら理解らないよ……」

 

「…………」

 

「コタエテクレナインダ……じゃあ……ワタシカラコタエラレナイヨウニシテアゲル……」

 

 

「何をっつ……」

答えることはせずにただ黙って居たけれど、花園のその言葉にうっすらとした恐怖を憶えた。その迫り来る恐怖を尋ねようとすると……、

 

「…………」

 

「…………、っぱ。ねぇ、マダダシテクレナイノ」

その口を花園の口が塞いできたのだ。言うなれば〘キス〙だ。

 〘キス〙と言ってもただ唇を重ねるだけではなく、俺の唇を割って入るように舌をねじ込ませて来た。息を付く暇を与えず、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……、花園の舌が俺の舌に絡みつくように動かしてくるのだ。

 互いの唾液が混ざり合うように、卑猥で、粘着するような音が部屋に響き渡る。ようやくの事で開放された時には、俺と花園の唇からつーっと一本の銀色に輝く唾液が伸びていた。

 愛おしそうに花園はそれを見つめて、俺は息を吸い始めた次の時には、もう花園の唇で塞がれていた。息が出来なくて苦しい……、だけどそれ同時に頭を駆け巡る強い快感……。

 

 

「……っは、はぁはぁ。や、やめ……やめろ……」

時間なんて解らない、ただ一方的に貪られるように攻め続けられていたんだから。

 

 

「ヤットコエダシテクレタ……」

花園の執拗な攻めに耐えきれなくなって、開放されたその一瞬を狙って声を絞り上げたのだ。

 

 

「ねぇ、どうだった?私との〘キス〙……」

満足したような声、だけど目は未だに求めている様な表情で尋ねられて……、

 

「……い、……息が……出来ない」

必死に息を吸い込んで、今まで必要な時に取れなかった分必死に吸い込む。

 

「そんなに息荒くしてたら、これから保たないよ?」

 

「また……、まだ続けるのか……」

正直これ以上〘キス〙で口の中を貪り続けられるのは、気持ち悪い……。

 

「そうしたいけど、とー君が疲れてきたみたいだから」

俺から跨るの止めて、花園が出てきた扉らしき所に向かって歩いていく。

 

「少し休憩しようか。とー君の夕飯作っておいたんだ〜」

扉に手を掛けて、満面の笑みを浮かべてそう言ってくる。

 

 一瞬、今花園が居ない間にこの場から逃げることを考えたが、

 

「あ、そうそう。とー君の身体ね、筋肉が動かないのと実は拘束してあるから。ベッドの足に繋がれた鎖で連結してある手錠と足枷、少しは動ける様に長く鎖を出してるけど……」

 

 扉から此方へゆっくりと歩み寄る花園、その一歩近づく度に、また一歩近づく度に、頭の中で鳴り止まない警告音が響き始める。

 

「扉には届かない距離だからね……、それにね……。

 

ワタシノ許可無く外にでタラ……、とー君の〜大事な、大事な、白金燐子先輩の事……。

 

コロシチャウカラね……」

 

「っつ!」

 

「だから〜、この部屋から逃げようダナンて考えちゃ駄目だよ?

 

『花園ランドは来る者拒まず、花園ランドは去る者許さず』だから……。イイコニマッテテネ……」

耳元で最後の希望を踏みにじる事実と脅迫を残し、今度こそ花園は部屋から出ていった……。

 

 

 

「っく……」

自由に動かすことの出来ない身体で、絶望に歪んでいく心、恐怖に怯える心、先輩が殺されてしまう状況を作った後悔の心、ぐちゃぐちゃに混ざって、このままジッとして何か居られないのに……。

 しかし、今の俺の身体にはまだ薬の効果が残っていて、切れたとしても拘束されている、八方塞がりの状況で心の中にただ黒い感情が溜まっていく一方だった。

 

 

 

 

 

「お待たせ〜…、って薬まだ効いてるの?」

暫くして花園は再びこの場に帰ってきた。その手には料理を載せたおぼんを持って居た。

 

「…………」

 

「ふ〜ん……またなんだ……」

答える気力は有るには有った、けれど今は……。

 

 おぼんを一旦扉付近に置いて、花園だけがゆっくりと近づいてくる……。手に何かを持っている様子は無く、

「……俺を、俺を開放しろ……」

再び花園が俺の顔を覗き込もうとした瞬間に、力今出せる力を振り絞って花園を押し倒した。

 

「とー君……、嘘ツイタの……」

突然の事で驚いているようで、押し倒された花園は目を丸くしていた。

 

「あぁ……、嘘ついたよ……」

此処から出たい、一刻も早く……。だから少し前に薬が切れたのを好機と思い、手足に神経を集中させて無理矢理に動かして押し倒したのだ。俺だって男子高校生で、それなりには筋肉はある。だからそう簡単に俺を押しのけることは出来ないはず……。

 

「なぁ……、早くこの手錠を取ってくれ……」

花園の手首を掴みながら、そう言葉を続ける。

 

「嫌だよ?だって言ったでしょ、『花園ランドは来る者拒まず、花園ランドは去る者許さず』って。それに私に反抗していいの?」

目を丸くしていたのも一度で瞬きを終えた頃には、もう光のない真っ暗闇の瞳を持って笑顔でいた。

 

「私ね、とー君を手に入れるためなら何だって出来るよ?白金先輩だって殺せるし、ポピパの皆だって」

 

「お前…、自分のバンドメンバーまで……」

 

「だってとー君に、話しかけて良いのも、話して良いのも、触れられて良いのも、触れて良いのも、見られて良いのも、見て良いのも、一緒に歩いて良いのも、側に居て良いのも、ご飯を作って食べさせて良いのも、身の回りの事を管理して良いのも、とー君の全てを監視して良いのも……、とー君の名前を呼んで良いのも……。

私だけ、そうわたしだけ、他の誰でもない、花園ランドの盟主であるワタシダケダヨ?」

その笑みは酷く奇怪で、焦点のない瞳には俺の怯えた表情が映っていた。

 

「私は本気だよ?だって、とー君と私の花園ランドに他の雌は要らないでしょ?だって害悪だもん?」

 

「とー君ってね、何処までも、何処までも、真っ黒な瞳でさ、何にも無いんだよね。ただ一つの黒。でもさ、そんな綺麗な黒の瞳に、他の雌が映ったらどうなると思う?真っ黒な瞳がくすんで汚くなっちゃうんだよ……。

誰も信用していない、誰にも心を許さない、一点の黒。アノ女の所為で、汚れてしまったけど……。

今はその汚れすら見えない程に、私がとー君を好きに成ったあの時の目を、瞳で私を見てくれてるんだよ。

 

だから……ネ……。私がこのまま、『良いよ』って『逃がす』とオモッテタ……?」

 

 その言葉に一瞬背筋に悪寒が走り、何がある、と部屋を見渡している空きに……、

 

「とー君、私『イイコニマッテテネ……』ってイッタヨネ⁉」

片方の腕の拘束を解いて、ポケットから有るものを取り出して俺から離れた。

 

「お前……」

近付こうと焦って立ち上がって手を伸ばしかけた。

 

「とー君、『ようこそ、花園ランドに』」

俺が見た中で花園は一番の笑顔を見せて、手に持った何かのスイッチらしきものを押したのだ。

 

 この時、最初から抵抗しなければ、そう考えたのも時既に遅かった……。

 

 

「うっ、うわあぁっぁぁぁ……!!!!!!っふ、ふ……、ぐわあぁぁぁぁぁぁ」

 

 

「ね?言ったでしょ?『去る者許さず』、だから悪い、わるいとー君にオ・シ・オ・キ・ネ⁉」

眩む視界にとまった花園の笑顔は、猟奇的で、恐ろしいと本能が告げている中で、心の何処かではその笑顔が綺麗だと思えてしまう壊れた自分がいた。

 

「あれ?とー君もうダウン?」

手に持ったスイッチをポケットにしまって、膝から崩れ落ちた灯夜に声を掛けてみる。

 

「やっぱり威力強かったかな?ちょっとスタンガンの倍の威力流しただけなのに…」

金属製の手錠は確かにベッドの足に繋げられていて、切ることは用意ではない頑丈さを誇っている。それと同時に、この鎖とても伝導が早いのだ。何の為に伝導の早いのを使っているのかは、勿論灯夜を逃さない為である。

 花園とて、自分が灯夜に反撃されてしまっては意味がないし勝ち目もない。実際に暴力を振るわないのは理解ってるけど。だけど、今回の様に動ける範囲で反撃をされてしまっては怖いので、電気を流せるようにしておいたのだ。

 

「薬の効果が切れて、少しは身体を休めなきゃいけないのにね……。とー君が無駄な事するから」

気絶したとー君をベッドに運んで、もう一度寝かせる。折角作ってきたご飯、冷めちゃうな……。

 

「でも……」

愛情たっぷりのご飯を食べてもらえないのは、本当に悲しいけど……。

 

「とー君はこれからずっと……花園ランドの住人だね」

今まだ慣れないかもしれないけど、これから時間はたっぷりある。逃さない、もう何処にもね。

 

 だから……、

「……、大好き」

あの日動いた時間はね、灯夜がアノ女と付き合ったせいで止まってたんだ。でも、もう時計の針は止まらない。

 

「やっと……やっと……私だけの、ワタシダケノ灯夜だ……」

兎は女王様の命令で時間を気にして走っていたけど、もう時間なんてどうでも良いよね……。

 

 私の家の小さな地下室は今日から私の楽園(パラダイス)であり、君の楽園(監獄)だね。




前回は200人突破記念と出したのに、まさか急に減るだなんて……。
ちょっと苦しかったです……。
まぁ、その後徐々に増えているので、改めまして、
200人突破の祝福会です(病みしかない)。
評価、お気に入り登録等で、作者は元気を貰って執筆を続けています。
これからたえの病み、それに燐子の行動にも注目の程お願い申し上げます。

今回もご閲覧していただきありがとうございました。
感想、評価お待ちしています。


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Thirteenth,ヤンデレ

お久しぶりです。最新話が遅くなってしまい、本当に申し訳ございませんでした。
私、龍宮院奏、自分の精神状態が悪化の為に執筆を休止していました。
現在は治療を行いながら再び創作活動に励んでいこうと思います。
文書帯が変わってしまっている場合がもしかしたら、ございますが、
何卒温かい目で見守っていてください。
本当にお待たせしました、どうぞ本編です。


 どんな『非日常』でも、一定の時間を過ぎると人はそれを『日常』と錯覚してしまう。本当に怖いと思う、だって『異常』が『通常』に成ってしまうんだから……。

 だけど『日常』から『非日常』を、『普通』から『狂気』を望んだのは俺自身なんだから……。

 

 

 

 

 

「とー君、おはよう」

 

「……おはよう」

 

 俺はあの日から、目の前で恍惚な表情を浮かべ顔を近づけるこの少女。

 

「じゃあ……」

 

「…………」

 

 

 花園たえに監禁されている。そして今俺を『監禁』したあの日、体中を、脳内を駆け巡るような快感をもたらした《キス》をされている。

 

 

「……ん、…………っぱ」

何度されたか記憶が思い出すのを止めてしまうほど、唾液を絡ませた舌をねじ込ませて来る。最初はただ貪られるように、突然襲われるようにされていた。けれど俺も反抗、限りなく無駄な抵抗をして拒んでいた。

 手には鎖で繋がれた金属製の重い手錠、同じく足にも鎖で繋がれた金属製の足枷。これを付けたまま抵抗しようにも、身体の感覚は麻痺している状態で、何より精神的に応えるものがあった。

だからこそ……、『必死に抵抗しているとー君……、可愛いよ……。ねぇ、もっと見せてよ……』、抵抗は意味を無くし花園を楽しませる余興と成ってしまっていたのだ。

 

 

「もう抵抗しないの……?」

そしてどれだけの抵抗をしようと、最後には俺の息の根を止める寸前を見計らって首を締めてくるのだ。神経の麻痺に、監禁での精神への負荷、死への恐怖……。

 

 

「…………好きにしろ」

俺は諦めた。時間にして花園は『一週間』が経過したと言うけれど、俺には多分三日目で気力を無くし『花園の生きる人形』とかしている。

 

 

「じゃあ……、もっと……。とー君の唾液……美味しいから……」

光が花園が扉を開けた時、花園の用意してくれた飯を食べる時以外には、小さく揺らめいている蝋燭の火の様なデザインの電灯が部屋を照らしている。

 

 今日もまた花園にこうして侵されていく……。身体も心……。

 部屋の中で止まない淫靡な水の音、それを聞いて楽しむように、舌と唾液で踊らせる花園。電灯の火が僅かに俺のを顔と花園を顔を照らして、互いに『死』と『生』の両極を映し出し、瞳にその表情を見せる。

 

「とー君、好き……。私、とー君の事大好きだよ……」

銀色の、一本の蜘蛛の糸の様な唾液が互いの唇を結ぶ。瞳は熱を持ち、理性などとうに無くっていた……。

 

「…………、それに……それに俺は……何て答えろと」

『生きる人形』になろうとも、まだ少しは自我が残っているようだった。いや、これは幻覚か何かだろう。

 

「ふふ……、そうだね……、やっぱり答えなくていいよ……」

花園は俺に薄れかけた自我をもう一度芽生えさせた方と思うと、

 

 

「だって……とー君はもう私のモノだったんから……」

 

 

「他の誰でもない、私の、花園ランドの、『黒ウサギ』なんだから……」

 

 

 あぁ……、やはり幻覚か……。全く酷いな……、希望を垂らして、救われる可能性を出して……、最後には、また突き落としていくんだから……。

 

 

「ねぇ……灯夜……。今度は灯夜からして……」

 

 

 名前…、俺の事をそう呼んだのは三人だけだ。

 

 俺を捨てたアノ女。

 

 それと……白金先輩……。あ、白金先輩との約束……、お弁当作ってもらったんだっけ……。

 

 でも……、もう食べられないのか……。

 

「……っん、……ふぁ」

先輩との約束が果せないこと、先輩の作ったお弁当が食べれないこと、募る後悔はあるはずなのに……。

 

「灯夜……、灯夜……」

名前を呼ぶ花園との『キス』に、罪の意識が掻き消されるようだった……。

 

 

 

 

 

 食事は花園が作ったものを食べている。この食事も最初は拒み続けていた。何が入っているのか理解らなかったから……。

 

「ほら、とー君」

名前で呼ぶのは、どうにも合わなかったらしい。俺をあだ名で呼ぶ花園の手にはスプーン、餌付けの時間か……。

 目の前に差し出されたスプーンの上には、お手製の料理の一部が乗っていた。匂いは良い、味も問題は無いのだ……本当の問題は……、

 

「美味しい…?今日はね、血の量を少し増やしてみたんだよ」

しっかりと料理の味はするのに、後に残る鉄の様な感じ。花園は俺に『自分を食べさせている』のだ。

 

「ねぇ、とー君の私が食べても良い……?」

 

『自分のモノが、君の中で混ざっていくのが良い』、確か花園はそう言って、『血』、『髪の毛』、『爪』、etc……を含んだ物を食事として出してきている。どれも、これも、本当に気持ち悪い。

 流石の俺でも、『髪の毛』を食べ慣れるのには苦労した……。『血』は料理に溶け込み、『爪』は本当に気にしているのか見えない程細かい状態で料理に入っている。だけど髪の毛だけは、どうにも飲み込めないのだ……。

 一度喉に詰まらせて、花園の作った料理を吐き出してしまったことが有る。正直、あの時の花園は本当に怖っかた……。

 

『何で出したの……?』

笑って、笑顔で聞いてくるのだ。口角は釣り上がる事は無く、平坦な口調、無機質な目で見下ろすように、けれど笑顔で。

 この時はまだ俺にも『抵抗』を試みるだけの力は有って、確か何か言ったんだ……。『食えるか……』だっけ、その所為で花園が俺の顔にそっと手を当てて、吐き出した料理の所に引きずらせたんだった。

 

 

『食べて……。これとー君の為に作ったご飯だよ、一所懸命に作ったんだよ』

冷たい花園の声を聞いて、肝が冷えるかと思った。だけど未だに後悔してるし、未だに怖いのだ……。

 

『だからさ…………。食べてよ…………』

固形物とも言えぬような原型を失ったものをすくい上げて、口をガッと掴まれて、開けさせられた瞬間にそれを流し込まれた。

 

『駄目だよ、とー君。好き嫌いしてちゃ』

小さい子供を叱るような口調で花園はそれを流し込み続ける。込み上がる吐き気を感じて、もう一度戻そうとすると、

 

『ダ・カ・ラ……、何度も言わせないでよね』

何処からか取り出した口全体を覆うマスクを俺に取り付けてきた。よく犬が噛まないように付けられる口を固定するような物、息をするための穴も無く、ただただ口を覆っていくのだった。

 

『はい、食べてね〜』

ガシャン、頭の後ろで止める金具が付けられる音がして、『髪の毛』の入った花園の料理を窒息する前に何とかして食べきった。喉を通るたびにつっかえるような感覚と、独特の苦味が口の中を支配した。

 

「…………っく」

食事での思い出を思い出すので忘れていたが、そう云えば俺食われたんだっけ。首筋の辺りをなぞる様に舐める舌、ざらつく感触と唾液のねっとりと纏わりつくような感じ。猫のように何度も舐めるかと思っていたけれど、今度は舐めていた箇所に歯を立ててきた。

 

 

「ふぁ〜……かぷ……」

舌と違い刺さるような痛みと、また〘キス〙と違った感覚が迸る。花園の前歯が最初に歯を慣らすためか突き立てて、徐々に口を開いて首筋に噛み付いてくる。一度噛み付くと離れずに噛んでいたり、かと思えば一度離してからまた噛む、一貫性の無い動きで、甘噛みの様な、本当に捕食する様な、不思議な感覚。

 

 

「とふぉ〜くん、おひいよ……。じゅるっ……」

〘キス〙の時よりも蕩けて、妖艶さを醸し出す花園の声。走る痛みと共に感じる快感、だんだんに脳が考えるのを止めてしまっていく……。俺もこの快感に呑まれ無いように有って無い心を保とうするも……、

 

 

「と〜くん……」

 

 

「ふぁっ……あ…あぁ……」

花園が強く噛んだ所為で出血し、首筋から出る血を吸われて思わず押し殺してきた声が出てしまった……。

 俺のこの声が花園を興奮させたのか、流れ出る血液を、ちろちろと舐めたり、じゅずずっと吸い上げたり、変化を付けて俺の血を飲んでいた。血を飲み、また別の箇所を噛もうとし、緩急を付けて舐め回し、噛んでくる。何度か堪え切れずに声を出し、何度も花園を興奮させてしまい……。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

「と〜くんの……、と〜くんをもっとチョウダイ……」

首は勿論、耳、腕、腹、背中と上半身の殆どを花園の歯型、そして合間にも〘キス〙で互いの唾液を貪り、俺の身体は歯型とキスマークで花園の所有物であるという烙印を押された。

 

 結果として、あれからどれだけの時間が経過し、どれだけ烙印が押されたのか、わからない程の時間が過ぎた。窓が無いために部屋の外の様子を見れないから、本当に時の感覚が狂ってしまう。

 

 

「……すぅ……すぅ」

花園は俺に烙印を押すことに夢中になり、元より光の差さない瞳はさらに深い闇色に染まっていき、蝋燭の火で一瞬だけ見えた花園の顔は満ち足りているようで、だけど更に更にと求めるような顔をしていた。

 

 がしかし、今はその表情では無く、俺の隣で寝息を立てて眠っている。興奮にのぼせ、疲れたようで、背中の辺りを噛まれている時に突然寝てしまった。突然の事に思い手錠に繋がれた手で花園を揺さぶるも反応は無く、恐る恐る頬を突くも、ピクリとも動かず死んだように眠っていた。

 

 

 

 

 

 私は遂に大好きな、だいすきな、ダイスキな、ダイスキナとー君を花園ランドに捕まえることが出来た。待ちに待った、毎日願い続けてきた日がようやく訪れた。本当はもっと色々と追い詰めてからでもよっかたんだけど、白金先輩がとー君のお家に行っちゃって、上がっちゃんだもん。とー君はあの時の約束を憶えてないにしては、本当に酷いなぁ……。

 だけど……もう白金先輩には会わせてあげないよ。私ももう我慢の限界だよ、一緒に買い物をしていたり、一緒にご飯を食べたり、私はとー君に触れたことすら無いのに白金先輩はたくさん触れて……甘えて……。まさかお弁当を作ってくるだなんて……、先輩はとー君の何ですか?彼女でもなければ、友人?友人にしてはとー君との距離が近い気がして、本当に見ていて腹が立つ……。

 とー君はあの先輩に浮かれているようで、その事実が一番嫌だった……。とー君はあの先輩と関わって確かに変わっていって、アノ女のトラウマを払拭していっていた。

 

 

 

 

 

「寝て……おけよ……」

監禁され初めて、俺と一緒に居てここまで深い睡眠に落ちているのを見逃さず、音を立てないように身体を動かす。目的は唯一つ『悪あがき』だ。

 

 結局……、どれだけの感覚を、心を、花園に管理されて、教え込まされ、書き換えられても……。

 

「っつ……」

 

 頭の、頭の消えかけた片隅に、あの人の……あの人の顔が思い浮かんで来るのだ。

 

「これで……」

 

 この部屋に来て一体に何日目だっただろうか、花園は俺に有るものを見せてくれた。首から真っ黒なチェーンで繋がれ、銀色の華を飾った一本の鍵。それは俺をこの部屋に繋ぐ鎖の、俺を花園ランドに置いておくために閉ざされた扉を開くための【鍵】。

 

『この鍵ね……、とー君が見てた漫画のイメージで作ったんだよ。いっぱいお店探して、これ!っていうの探したんだけど……。無かったんだ〜、だからバイトで貯めてた『花園ランド・特別費用』を使って作ってきたんだ〜』

 光が灯ることを忘れていた瞳に、光が灯っていた。俺と花園が出会ったあの日、『ギタリスト』と名乗って見せた淡いエメラルド色の笑顔。

 

「トレ……た」

カチャリ、音を立てながら手錠の鍵が外れる瞬間、何故か頭の中に花園の笑顔がよぎった。焼き付いた、焼きついた、焼きつて、焼き付き出して、離れなくて、思い出して、逃げなきゃいけないのに、足が動かない。手が震える、手錠の重みが消えた手がまるでその重みを求めるかのように震えている。逃げるべきなんだ、ここから出るべきなんだ、帰るべきなんだ……帰らなくちゃいけないんだ……。

 

 

 

 

誰の元に?




おたえ:「次回予告を任されたけど、何すればいいのかな?」
灯夜:「いや、俺は知らん…。てか作者に聞けっ……て」
作者:「今続き書いているから…、ごめんね…。こんな作者で…」
おたえ:「そっか〜、この状態じゃ聞いてもしかたないよね。
     じゃあ私から『次回Fourteen,ヤンデレ*愛の花園ランド』お楽しみに」
    「灯夜と私の愛は永遠だよ!」
灯夜:「いや……、違うだろ。ですよね……」
作者:「?何が…、あ、うん…多分」
灯夜:「不安しかない」
作者:「このお話は最終は分岐します、末永くお待ちください。」


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