IS/XU 《インフィニット・ストラトス/クロスユニバース》 A∞B (龍使い)
しおりを挟む

序章《プロローグ》

この小説は翼本編を含め、各コラボ先のネタバレなどを多大に含んでいます。
そういうのが駄目な方は、ブラウザバックをお願いします。

龍使い


おや、これはこれは……珍しいこともあるものですね。

ようこそ当劇場へ、お客様。

客ではない? いえいえ、貴方は立派な観客なのですよ。

何かに魅入られてたのか、はたまた偶然か、それとも無意識なものか……様々な理由が星の数ほどあればこそ、貴方は当劇場に足を踏み入れることができたというもの。

あぁ、そう警戒なさらずとも結構です。このまま踵を返すのであれば、誰も止めは致しません。

去る者は追わず来る者は拒まずが当劇場のモットーでございますから、ね。

それでも見たいというのであれば……ご説明を始めましょうか!

 

これより始まる演目は混沌にして苛烈!

ある世界を舞台に数多の可能性が集まり、巨大な敵を倒すというありふれた英雄譚!

しかし、あぁしかし! それは果たして正道なものであるのか、それとも異端であるのか!

さぁ、今宵の舞台の幕を上げましょう!

 

これを最後まで見届けた貴方が、この物語をどう評するのか……。

 

 

 

 

 

――楽しみにしていますよ、【()()()】?

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつてここには繁栄があった。

 

永きに亘る興亡の輪廻を経て、幾度かの波乱と数え切れない命の明滅の果てに、ようやく円熟の刻を迎え、平穏の凪を安泰とするに到った。

 

だが、命は命である。

どれほど高度な知性と文明を得たとして、生の肉を持つ者の奥底に眠る獣を抑え続けるのは至難の業だ。

 

やがて打ち破られた静寂は、轟音と共にこの地表を震撼させ、瞬く間に千年の王国に終わりをもたらした。

燃え尽き焼け爛れた星の上、生き残ることが出来たものは僅かばかりしかなかった。

 

選択は二つ――。

すなわち、“やり直し”か“旅立ち”である。

度重なる問いと答えの果てに、導き出したのは道を分かつという決断だった。

一方は贖罪の意思に駆られ、やり直す事を選んだ。

もう一方は一縷の望みを懸け、遙かな旅路へと赴いた。

 

私はやり直す事を選んだ。

燃え尽きた星を救うべく、八方思索を尽くし、あらゆる技術を駆使し続けた。

 

やがて幾千の昼と夜の末、私は救いの萌芽を得るに至った。

だがそれは全ての尽力の末、行き詰まりの果てに気づいたものだった。

自然は、私の想像を容易に超越していた。

どれだけ焼かれようと、どれだけ毒されようとも、この星は自らの力で刻を要して傷を癒す力を持っていた。

 

前提を履き違えていた。

いつの間にか、私は自分こそこの星の意識でありその責任を負うものだと錯覚していた。

だが所詮、私は命だ。

最も新しく星から生まれた者が、星の意識を代弁し代行しようなど、身の程を弁えぬにも程がある傲慢である。

 

気づけたときには、既に私は老いていた。

もはやかつての躍力はない。

間近に迫る死を見据え、ただ穏やかな最期を得る術を探す臆病者と成り果てた。

今は在りし日を瞼に移し、懐かしむ日々を送っている。

 

心残りはない。

……いや、せめて去って行った同胞の安否が気掛かりなのが、唯一の心残りか。

それを確かめようにも、私に手立てはない。

 

せめて。

せめてあともう少し早く気づけたなら。

もっと早く。

もっと早く己を省みる事が出来たなら。

 

……。

もはやこの後悔に意味はない。

今はただ、己の命の果てを受け入れるしか、道はないのだ……。

 

 




新年あけましておめでとうございます。龍使いでございます。
本編最終更新から一年過ぎましたね、ハイすみませんでしたごめんなさい(平服
活報でも言ってましたように、リアル事情が色々な意味でありまして、執筆に手が回ってませんのですはい(汗

そんなこんなな状況で、先日……というには時間が開きすぎておりますが、活報でお知らせしたように、本日はコラボ小説の投稿となります。
といっても、翼本編のキャラも出てこない序章だけの投稿になりますが(汗
コラボ本編に関しては、こちらも含めて各作者さんと打ち合わせしながらの執筆になるため、更新速度は思いっきり亀になると思います(汗
各作者さんたちも自分の小説があるため、ここにかかりっきりというわけにもいかんのですよね(汗
それでもまぁ、仮設レールは組みあがってますので、あとは思い思いにこのコラボ小説を完成させることができればなぁと思っています。

ではでは、本日はこれにて
今年も思いっきり亀な更新になるとは思いますが、それでも本編ともども完結目指して頑張っていきたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章1話『襲撃』

バイザー越しに見える満月の浮かぶ群青の夜空と、漆黒の海。

 

明かりに照らされる中、どこまでも続く群青と漆黒の境界線を切り裂くように、自身を包む白い鋼鉄の鎧―――専用の飛行装備により飛行機のような形をとっている愛機のIS《アウトフレームD》を飛ばす。

 

雲の切れ間から覗く満月と幾多の星々を時折見上げながらも、次々に表示されるデータを事細かにチェックするのは忘れない。

 

『指定座標を起点とした半径3㎞圏内の空間調査、90%完了。事前に報告のあった重力異常及び《歪み》と思われる空間異常、転移痕などの観測、確認はされません』

『反応があったのって三十分前なんでしょー? 流石に反応全く無いのは可笑しいと思うんだけど……本当に何か転移してきたのかな? 観測ミスだったりしない?』

 

装甲を叩く風の音と甲高いエンジン音に混じって聞こえてくる、メット内の左右から事務的に状況を伝えてくる声と、呑気そうでありながら率直な疑問をぶつける声。

 

その片方の疑問に対し、『その世界』において表向き二人目となる男性のIS操縦者……アウトフレームDの搭乗者である青年、高天原夕凪は機体を飛行機のような形から本来の人型へと……。

額から後頭部へと伸びる巨大な黄色の二本角を持つ、アニメの中に出てくるようなロボット同然の姿に変化させた。

 

折り畳まれ大盾となった、飛行形態時に両翼を兼ねていたそれを左手に携えた凪は、周囲を見回しながら口を開く。

 

「『あの』お袋が造ったものが誤動作するとは思えねぇし、センサー類の性能ならそん所そこらのISより上のアウトフレームと、お袋謹製であるお前らサポートAIがそう易々と何かを見落とすのもあり得ねぇ……どうにも臭ぇな、こいつぁ……」

 

愛機と自身をサポートするAI、先程から左右の鼓膜に声を届けていた二人の声の主に対する信頼から来る言葉を口にしつつ、眼前に調査結果を示すホロパネルを出現させる。

 

「空間転移による異常重力波と空間震、次元の歪みが出ただとかで真夜中急に叩き起こされて、調査に駆り出されてみれば清々しい位に何の異変、異常も無し……いやそれが普通なのはわかるんだがなぁ……」

 

ぼやきながらも下から上へと流れていく調査データに気になるものが無いか目を通しつつ凪は、事の発端を振り返る。

 

 

それは、何かと厄介事を持ち込んでくる母親の高天原那美によってパラレルワールド、所謂別の可能性によって分岐し似ているようで違う世界に渡るという、普通に生きていればまず『ありえない』ことを体験した夏休みのとある日から数日後の、真夜中の事。

 

その日、叔母の運営する研究所にて夜遅くまで行っていた新装備の試運転を終え、IS学園寮の自室に戻ることなく仮眠室で寝ていたところを、急遽フランスから日本へと舞い戻ってきた那美によって叩き起こされた。

 

普段、知る限りではあまり余裕のない表情を那美が浮かべた所を見たことのない凪にとっては、思わず二度見するくらいには珍しくその表情を硬くしていた。

いきなり叩き起こされて文句の一つは言おうと思ったが、そんな表情を母親にさせるような程の何かが起きているのかと予想した凪は、那美が告げてきた普通であれば耳を疑うような言葉を、

 

「何かやばいものがこの世界に転移しようとした反応が、複数あった」

 

それを疑いもせずに、そして調査をしてきて欲しいと言われるがままに目的地へと飛び、そして今に至る。

 

 

―――あんな顔で冗談を言う訳が無いし、あのお袋がわざわざ「やばい」と口に出す程のもんが本当に出たっつーなら、ガチで事に当たった方が良い……良い筈なんだが、こうも何も無いと、いや、全く無いなんて言うのは『おかしい』……

 

思考を現在に戻し、目を通し終えたデータを閉じると凪はAIの片方、今身に纏っているアウトフレームDのメインサポートAIである『アウト』に語り掛ける。

 

「アウト、残りの10%分の空域を探査している間に、今までの調査データからどこかに妙な空白地点が無いかもう一度データを洗い直してくれないか? 見落とし、があるとは思えねぇが、どうにも引っかかる」

『承りました。しかし……これまでの調査中、当機の機能をフルに使って海面下にも『目』は向けていましたが、ステルス反応及び海中への異常反応を一切関知出来なかった辺り、また転移して消えたという線も考えられます』

「もしまた転移して消えたんなら、お袋からすぐ通信が来る筈だ……面倒な人じゃあるが、その辺はきっちりと」

 

 

しているからな、と言おうとしたが、それはもう一つのサポートAI『ゲイル』の、先程までの呑気そうな声とは打って変わった緊迫した声と、不意に背筋を走った悪寒によって最後まで続けられる事は無かった。

 

『七時方向仰角47度、防御!』

「――ッ!」

 

言われるがまま、感じるがままに振り返るよりも先に、左手に持った大盾を衝撃が来るであろう方向へと向けると、ワンテンポ遅れて金属塊でも叩き付ける様な衝撃と音が襲ってきた。

瞬時にISの加速機動技術の一つである瞬時加速を用い、衝撃が襲って来た所から一気に距離を取って衝撃の正体を確かめようと振り向くと、バイザー越しに衝撃を与えてきた存在を捉える。

 

 

降り注ぐ月明かりを反射する銀色の鎌腕を、『ソレ』は威嚇するように持ち上げていた。

凡そ2m以上はあり、ISの様に人が乗るには無理がある歪な形の、様々な昆虫の要素を模した機械の化け物が。

 

「こいつぁ……!?」

 

衝撃を与えて来たモノの正体を見て、凪が肝を潰したと同時だ。

更なる警報が、今度はアウトによって発せられる。

 

『当機を中心に、半径3㎞圏内で異常な重力場と次元振動を観測ッ!! また同時に、眼前のアンノウンと同等の、高エネルギー反応を持つ動体反応を検知、数は6! 姿は確認できませんが、何れも此方の周囲を取り囲むように接近してきています……! 一体、どんな手を使って隠れて……』

『更に悪い情報! 今アウトに代わって調査データを重ねたマップ情報を更新したら、いきなり穴あきチーズみたいに未調査地点がぽこじゃかと! あとあと、マスターのママさんと連絡とろうとしたら妨害された! 通常通信はおろかコア・ネットワークによるデータ通信も遮断されてるよ!?』

「…………っ」

 

立て続けに起きる異常事態に、装甲の下で冷たい汗が頬に伝う。

此方の『目』に一切感知されない既存のステルスとは異なる隠密性を持ち、唐突に表れた此方より大きい虫型機械の化け物による襲撃。

 

そして呼応するように『ソレ』と全く同じエネルギー反応を持った物体が6つ、異常重力波や次元振動を伴って現れ、此方へまっすぐ接近してきている事。

 

その登場に合わせ、いきなりマップから見調査地点の大量発生。

 

最後に、事態を知らせる為の手段すら全て断たれた状況。

 

―――油断している所を不意打ち、失敗しても周囲を囲み孤立させ、追い込む……狩りのつもりだってぇのか……?

 

見た目からして無人機である事を想定しても、野生動物の狩りにも近いその行動は、形容し難い違和感を感じさせる。

 

……機械の姿を持った生命体(怪物)、等というB級SF映画染みた考えが一瞬過った。

 

だが距離を取っていた機械で出来た怪物が眼……らしき4つの部位を光らせながら突進して来る姿と、アウトからの呼びかけで思考の海から現実に引き戻される。

 

『アンノウン―――いえ、無人機と思われる対象を敵機として判断。ある程度牽制後、Gフライトによる即時撤退を推奨しますが……っ』

「そう簡単にやらせてくれる相手とも思えんが―――」

 

迎撃用にと、大楯の裏にマウントしていたビームライフルを取り出し、スラスターの光とはまた違う青い燐光を撒き散らしながら迫ってくる怪物に照準を向け、間髪入れずトリガーを引く。

銃口から放たれたビーム光は直撃コースに乗り、しかし怪物に直撃する前に一瞬何かにぶつかったのか、怪物本体に当たる前に四散して消えた。

 

その際僅かに、怪物の周囲を薄く光る膜のようなものが確認出来たのを、凪は見逃さなかった。

 

「一丁前にバリアーまで持ってるたぁ、面倒くせぇなオイ……! アウト、装備をエールに! 武装は―――」

 

と言いかけた所で、今相対している怪物と全く同じ形状をした六体の姿をハイパーセンサーで捉える。何れも燐光を撒き散らすように突撃してくる姿を見て、オーダーを変更する。

 

―――他六体と接敵まで10、目の前の此奴が詰めるまで2……ならッ

 

もはや目前に迫った鎌を前に、大楯を投げつけ怯ませると同時に上空へ向かって瞬時加速を掛け、此方を取り囲もうとしていた連中を含めた七体の化け物から一気に距離を取る。

そして、上昇を止めた凪は満月を背にする様に身を翻し、見上げてくる虫型の機械の化け物たちを見据えながら、この状況を打破する為の『札』を切った。

 

「―――限定解除。アウトフレームDから『ゲイルストライク』にチェンジ、マルチパック&デスティニーシルエット、セット!」

『『了解!』』

 

AI達の声が響くと同時に、アウトフレームDは光の粒子となって一瞬で消え去り、金混じりの黒髪を持った青年の―――高天原凪の姿が外気に晒される。

だがそれも一瞬で、まるで時を巻き戻すかのように光の粒子が再び彼の体を包み、鋼鉄の鎧へと変換されていく。

 

だが、それは先程のアウトフレームDの白い装甲とは違い、青味がかった白と水色のツートンカラーのスマートな装甲へ。

 

特徴的だった巨大な黄色の2本角は、コンパクトなサイズの白い4本角に。

 

両肩の装甲は大型のスラスターを備えた巨大な物へと変換され。

 

腰の両脇には大振りな水色の刀身を持った長剣が装備され、その背には身の丈とほぼ同じくらい長い長剣と砲門が其々二本ずつと、更に大型ウイングを持ったユニットが装着されていた。

 

アウトフレームDより更に攻撃的なシルエットを持ったソレ……AIのゲイルがメインサポートを担当するIS『ゲイルストライク』。

それを纏った凪は、運命の名を冠する背の複合ユニットから長剣を一本引き抜くと同時にウイングを広げ、光翼を展開させながら眼下から迫りくる敵へ意識を集中させる。

 

『とりあえずスラスター制御はこっちでやるから、マスターはこの状況を切り抜ける事だけ考えて!』

 

おう、と短く答えた時、七体いる怪物達のうち二体が燐光を一際大きく撒き散らしながら、ぐっと加速した。

その伸びは目に見えるほどで、真っ向から仕留めるつもりなのだろう。両手の鎌腕を構えるだけでなく、口部らしき部位を開き其処から。

 

細かい事はどうでもいいとばかりに、幾筋ものビームと共に一直線に此方へ向かってくる突撃。

サブサポートに回ったアウトがカウントを始める。

 

『接敵まで、5、4……』

 

最低限の動きでビームを避けながら、身の丈ほどある長剣『エクスカリバー』を下段に構え、レーザー刃を展開する。

そして、カウントと共に怪物二匹が眼前へと迫る中、機体各所のスラスターの火を入れ。

 

「―――今ッ!」

 

光翼の副次的効果による残像と光圧から来る超加速と轟音、衝撃波を伴い二匹の間を駆け抜ける。

確かな手応えと共に、構えていたエクスカリバーは斜め上へと振り抜かれ、背後へと通り過ぎていった二匹はバリアーごと両断。ワンテンポ遅れて爆散したのをハイパーセンサーで確認する。

 

―――よし、一定以上の威力がありゃ何とかなるみたいだな……これなら、ウイングソー辺りは使わずに済みそうだ。

 

……正直な処。凪としては最初、この力業にも近い方法でバリアー毎叩き切るよりも確実に事態の終結を可能とする方法を、バリアー対策として有効な腰の大剣(ウイングソー)を始めとした『奥の手』を使おうと考えていた。

だが調査に出る前の母の反応や、これまで自身が関わった事件や厄介事などを対処するうちに培われた経験と直感から、『今』、奥の手を使うのは避けた方が良いという判断を下しのだ。

相手は得体の知れない存在。下手に奥の手を晒すどころか手札を見せすぎて対処されるような事が起きたら目も当てられない。

 

幸いな事に、此方の兵装は一切効かない訳ではないと判明しただけでも十分だ。

あとは、一気に畳みかけて数を減らし、正体を探る為にサンプルとして一体確保でも出来ればいいだろう。

 

そう考えながら、光翼の出力を上げ更なる加速を行う。

同胞をいきなり二体喪った怪物達は、しかし特に動揺などを見せる事なく散開、凪から一定距離を取りつつ周囲を旋回しながら砲撃を開始し始めた。

思わず足を止めそうになるのを堪え、両肩のスラスターを用いて機体を左右に大きく、そして早く動かしてながら生み出した残像をデコイとしつつビームの嵐を掻い潜る。

 

瞬時加速による超加速を超えるスピードと、搭乗者保護機能ですら軽減しきれないGに押し潰されそうな中、凪は苦悶の表情を仮面の下に浮かべながらも、怪物達との距離を詰めていく。

 

「ぬ、グゥ……ッ! ―――ぶん……ぶんッ、蠅か蜂みてぇにっ……これでもォッ、喰らっとけッ‼」

 

そう吐き捨てながら二門ある背中の砲を前に倒し、月光に照らされ鈍く光る塊三つが一直線に並んだ刹那。

極太のビームの火線が二本、向い来るビームを飲み込みながら機械の怪物三体に目掛けて走った。

二本の火線は此方の砲撃に気付きすぐさま射線外に散開していた怪物を衝撃波で煽りつつ、狙い通り直線に並んでいた三体を纏めて巻き込んでいく。

ビームの奔流の中、膨れ上がるような爆光が二度起き、ビーム光が通り過ぎた後にはボロボロとなりもはや虫の息らしき怪物が一体残っていた。

 

しぶとい。

そう思うが、露わになったボロボロな身体の各所に空いている穴から出ているモノを見て、一瞬困惑する。

 

外見通りなら中身も当然機械だろうと思ってしまうのは当然だが、どういう訳かその怪物の破損個所から飛び出しているのはケーブルや金属の骨格などではなく、光のようなものが溢れているだけだった。

それは、連中が推力に使っていた青い燐光によく似ているようにも思えた。

 

しかしその姿を見ていられたのも束の間、ひときわ大きく燐光を撒き散らしつつ爆発を伴って虫の息だった怪物は一切の欠片も残さずに消えていった。

サンプルにでも、と考えていたがどうやら証拠隠滅もしっかりしているらしい。

増々きな臭さを感じながらも、先程の砲撃の衝撃波によって吹き飛ばされた二体を探そうと一度足を止め、

 

 

背後からの衝撃と共に、両翼が爆ぜた。

 

 

『―――な、いつの間に背後を!?』

『ッ、シルエット及びマルチパック破棄―――な、機体側のプラグまで損傷いってる?! これじゃパージ出来ない!』

 

AI達の警戒はおろかハイパーセンサーすらすり抜け、与えられた不意打ちによって背部ユニットから別の装備への交換も不可能になるという致命的な損傷を受ける。

悪態をつきたくなるのを堪え、最初と同じく存在すら感知させず近寄り不意打ちが来た方へと向け振り返り、頭部装甲のこめかみ部分に内蔵されたバルカンを襲い掛かってきた怪物に放つ。

 

申し訳程度の牽制を行いながら急ぎその場から離脱するも、怪物はというとバルカンにより上半身辺りに幾つも傷を作りながら、なお喰らい付こうとビームを乱れ撃ち追い縋ってくる。

 

「―――痛っ、傷が……開いたか……っ」

 

高負荷のGが掛かる高速戦闘機動を行ったツケにより、全身を襲う痛みだけでなく七月頃に負った上半身の傷が開いた事による激痛に呻き、思わず立ち止まってしまう。

 

そんな凪の状態も知らず眼前まで迫った怪物は、好機とばかりに両腕の鎌腕を振り下ろす。

だが凪も只ではやられまいと左肩のスラスターを噴かし、スタビライザーの一部を持っていかれながらもギリギリで躱すと、右肘に収納されているアーマーシュナイダーを取り出し鼻っ面にまで迫っていた怪物の頭部目掛けて突き刺そうと振り下ろす。

 

接触の直前でバリアーに阻まれるが、ナイフの高周波をその防壁と同じ振動率に弄ると、豆腐を切るかのように難なく突破し怪物の頭部へ深く突き刺さった。

 

怪物はその四つの目を明滅させ僅かにその身を震わせ、鎌腕を含んだ六本の肢をだらりと垂らし動かなくなるが、直後に凪はナイフを回収せずに怪物を海面ヘ向け蹴り落すと上昇しながら即シールドを呼び出し、来るであろう爆発に備える。

一拍遅れて、衝撃と爆炎が眼下から襲い掛かり、シールドの表面を焼いていく。

 

熱気も搭乗者保護機能により遮断されるが、衝撃まではどうにも出来ず装甲下のボロボロになりつつある肉体に響いてしまう。

 

爆発が収まると同時にシールドを下ろし、激痛に苦悶の表情を浮かべながらも姿を隠した残る一体をどうするか思案する。

 

『ゲイルストライクそのものは、左肩のスラスターのスタビをちょっと斬られたのとバックパックが使えなくなっただけで、戦闘自体はまだいけるよ。でも、正直今のマスターの状態考えたらお勧めできないかも……』

『―――アウトフレームDに乗り換えれば、マスターの不調を鑑みても戦闘に勝つことは可能と判断しますが、ゲイルが言っている様に今ここで無理をなさるのは推奨出来ません。それに通信は未だ不通状態、残る目標の反応を拾えない今一度撤退して出直すべきかと』

「……解っちゃいるが、だがどうにも嫌な予感がするんだよなぁ……づっ。取りあえずアウト、何があってもいいようにアウトフレームDに切り替えてくれ……装備は、Gフライトで良いから」

 

アウトやゲイルからの忠言を聞きつつも、経験からくる『嫌な予感』が拭えず念の為何が起きても対処出来る様にとオーダーを告げる。

そんな様子の主に、アウトは呆れたような声音を上げつつも凪の意に沿うよう、言われるがまま機体と装備を切り替えた。

 

センサー類がゲイルストライクより高性能なアウトフレームDに切り替えた事で、より詳細な周辺データを取得。バイザーに流れてくる情報をAI組に任せながらライフルと飛行形態時にウイングとなる大楯を構えながら、凪は怪物たちの正体について考える。

 

転移反応が感知された地点の周辺空域で確認した怪物たちを、この世界に転移してきた存在と仮定するなら……。

 

連中は何を目的として、何処から転移してきた?

 

何の理由をもって狩りをするかのように襲ってきた?

 

自爆してでも正体を知られたくないのは?

 

三つの疑問が浮かび、それに対する正解を考えるが、思い浮かぶのはどれも荒唐無稽すぎて「違うのでは……?」と否定しそうになる。

 

―――だが、『その理由』の可能性は決して低くはない。一応、頭の片隅に留めて置く程度にしておくべきか?

 

とりあえず、深々と考えるのは此処を切り抜けてからにするとしよう。と、思考の海から現実に戻った凪は、不意に空を見上げた。

別段、嫌な予感を感じたとかではなく、何か妙な感覚が頭上から降りてきて全身を包み始めたように感じたからだ。

 

一体なんだ。

そう考えた瞬間、

 

満月が浮かぶ夜空を背景に、白い亀裂が視界いっぱいに走った。

 

「!?」

 

突如空に亀裂が走るという、前代未聞な光景に驚愕し声が出せずにいたが、間髪入れずにアウト達から緊迫した声で報告が入る。

 

『今マスターが見上げている亀裂が走った空に、過去に観測した『特異点』を超える次元振動及び時空の捩じれを観測! 同時に、残る敵対目標の反応がその亀裂の辺りに! 姿は消しているようですが、此方との距離はおよそ700かと!』

『今のうちに飛行形態に移行して最大速度で距離を取って! 距離は十分あるように見えるけど、あの亀裂の規模じゃこっちも吸い込まれかねない大穴が開くよ!』

 

特異点。そのワードに思わず周囲を見渡し、現れるかもしれない存在を探そうとして、頭を左右に振る。

 

―――いや、今は『彼女』が現れるかどうかどころじゃない……。

 

胸の内に湧いた僅かな期待を振り払うように、Gフライトを装備したアウトフレームDを飛行形態へ移行させると、ハイパーセンサー越しに亀裂へ意識を向ける。

 

あれだけの大きさから予想される『特異点』の穴のサイズからして、振り切れるかどうかは微妙なところだ。下手に吸い込まれればどこに行きつくかわからない、不可思議な現象を起こす未知にして不可侵の領域、情報の奔流の出入り口。

過去に発生したとき、恩恵を受けた事もあったが今回に限ってそれはなさそうだと、漠然とそんな予感がした。

 

『次元の壁、開口まで10、9、8……』

 

―――ともかく今は、この場から少しでも遠くに離脱するのが先決だ……!

 

瞬時加速で初速を稼ぎ、一気に機体を最大速度まで加速を行う。

ハイパーセンサー越しに後方の、どこまで続いているかわからない空の亀裂に意識を向けていると、光の粒子が塊となって集まっているのが見えた。

粒子の塊は一瞬収縮するような動きを見せ、先程まで戦っていた怪物達に似た形状になったかと思うとその姿を、光の粒子から機械のそれへと変貌させる。

 

ああやって姿を粒子状に変え、姿を暗ましていたのだろう。

増々訳の分からなさ具合を見せつけてくる虫型の機械の様子を、念の為記録しておく。

……後の事を考え、出来ればこの場で撃墜しておきたかったが、状況が状況だ。諦めて逃げるしかあるまい。

 

『4、3、2……『特異点』発生! 次元の穴、開きます!』

 

やがてカウントは尽き、夜空に走る白い亀裂がはじけて歪な虚空が生まれた。

虚空は生まれるとありえない方向へと窪み、まるで渦を巻くようにゆっくりと回転を始め周辺のモノを吸い込んでいく。

 

……飲み込まれれば何が起きるか全く見当がつかない『穴』に、既にかなり離れた所まで来ていたのに凪は機体が尋常ではない引力によって、その虚空へと引き寄せられていくのを感じた。

 

「―――ッ、なんつー吸い込みだ! 最大加速時ならゲイルストライクの瞬時加速以上をを出せるこの形態ですら、吸い寄せられる……!」

 

最初に、一番亀裂に近い位置にいた怪物が自ら飛び込む形で『穴』に吸い込まれ消えていく。

次いで、周囲の雲だけでなく遥か下にある海水をも、徐々にではあるがゆっくりと飲み込み始め、空へと向かって幾つもの螺旋を描きながら海水が昇っていくという光景を、視界の端で捉えた。

 

アウトも言っていたが、過去の特異点によって発生した次元の穴とは本当に比べ物にならない程、桁外れの現象が起きている状況を見て、全身に怖気が走る。

何が何でも『穴』から逃げなければならない、そう思い限界までスラスターを噴かすが一向にその距離は離れていく事は無く、徐々に徐々にと何もかも吸い込んでいく『穴』へと近づいて行ってしまう。

 

『―――計測完了! 次元振動の反応を確認したところ、あと二十秒で平常レベルに落ち着くと予想。そこから特異点が終息開始、『穴』が塞がるまでさらに十秒、計三十秒間を耐えれば切り抜けられます!』

『問題は、燃料がそれまで持つかってところ! 調査による広範囲の航行を始めに、只でさえ燃費の悪いデスティニーシルエットによる高速戦闘の後、こうやって限界ギリギリまで噴かしているからかかなり心許ないかも!』

 

もはやあと200mという所まで吸い寄せられ、更に吸引力が上がっているというのに、あと三十秒も耐えなければならないという事と、それまで持つか微妙だという予測。

何か手は無いかと考えを巡らせるが、

 

―――今ある装備じゃどうにもならねぇ……!

 

拡張領域に格納してある武装を呼び出し機体後方で自爆させ、その爆発力で機体を強引に前へ押し出すという案などが浮かんだりもしたが、只でさえ限界まで噴かしているスラスターに破片が突き刺さりでもしたら目も当てられない。

 

なんでこういう時に限って何の恩恵も無いのか、と特異点への文句を内心呟くが、今はとにかく耐え切るしかない。

スラスターの出力を限界まで上げ少しでも距離を稼ごうと足掻くが、それでも体にはGによるとんでもない負荷と開いた傷跡から来る激痛が全身を苛み、機体を制御するための集中力を乱していく。

 

アウト達も機体制御に集中しているのか口頭でのカウントは無く、代わりに残り時間はバイザーの中央に表示されていた。

既に次元振動終了までのカウントは終わり、特異点たる次元の穴が閉じるまでのカウントはあと十五秒と迫っている。

だが、それでも『穴』との距離はどんどん短くなっていき、残り五秒を切った所で、ついにスラスターの出力が落ちた。

 

 

 

あと三秒……限界まで噴かしていたメインスラスターから黒煙が上がり始め、更に失速。『穴』まで残り50mとなり、震えが走る。

 

あと二秒……漸く通信可能になったとバイザーに表示され、咄嗟に予め打って置いたメッセージを母の那美宛に送信。残り20m、不安は残るが土壇場になってやっと手が打てた。

 

あと一秒……ついに推進剤はおろかエネルギーが底をつき、勢いよく後方の『穴』へと引き込まれる感覚に襲われる。残り5m、寮自室のベッド下に隠しておいた巨乳本が見つからないことを切に願う。

 

「―――せめて早めに見つけてくれよ、お袋!」

 

カウント、0。『穴』の内側へと完全に吸い込まれる中、元居た場所へと繋がる出入口が閉じていくのを見届けながら凪は、世界と世界の狭間ともいえる次元の穴の向こう側へと、落ちていった。

 




どうも、龍使いです。
赤い変態さん作「IS《風より先へ、枠より外へ》」の主人公、高天原凪のプロローグになります。
執筆者は赤いさんご本人になります。流石に、他作品全てをこちらで書くのは厳しいので(汗

それと、活報や前回の前書きでも言いましたが、本作品はうちも含めて各作者方の作品の先の話であるため、ネタバレが多く含まれる上に分かりづらい内容が多々あります。
今後先、注釈などがいる場合は後書きなどで解説したいと思いますので、少々面倒な作品ですがお付き合いいただければ幸いです。

今回の話に関しましては、赤いさんの同作リメイク前の「IS~転生者は頑張って生きるそうです~」にて語られた夏休み編やコラボ編を軸にしていることを聞いているので、もし興味があればそちらを一読するのもありかと思います。

ではでは、これにて


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章2話『かくて奇劇は開幕を告げる‐The Show Must Go On‐』

人は誰しも夢を見る。

一般人であれ、大富豪であれ、貧民であれ、賢者であれ、愚者であれ、誰もが夢を見ることが出来る。

人類みな平等とはよく言うが、この世で必ず平等である物は、この夢を見るという権利なのかもしれない。

 

さて、そんな平等に誰しもが見る夢……それはどんな夢だろうか? 

 

──自分の理想がかなった姿を映す夢? 

──現実ではありえない光景を見せる夢? 

──自分が自分ではない別人、あるいは別の物になる夢? 

 

おそらく十人に聞けば十通りの返答が返ってくるであろう。

そして共通しているのは……おそらくそれが荒唐無稽な光景を見る、という所だろうか? 

 

閑話休題

 

当然、表の世界に現れない、ないし表の世界ではその素性を隠している魔術師とて例外ではなく夢を見る。そう、見るのだ。

 

すこし話は逸れるが、こと魔術の世界において、夢はある種の重要な役割を持つともいわれおり、一般的な解釈として言えば、予知夢・夢占いなどがそれに該当する。

それが意図的あれ偶発的であれ、魔術師は夢を通じて自身より高位のナニカに接続(アクセス)し、啓示を得ているという事だ。

 

たかが夢、されど夢、と言ったところであろうか。

何せ一般人であれ、夢の内容が現実になったケースは稀ではあるが存在するのだから、より明確に、より深く高位存在に接続した魔術師の夢が現実になる確率は果たしてどれくらい高いだろう。

で、あるならば……だ。

 

──彼ほどの魔術師が……織班一夏(大十字九郎)が見る夢は、如何なる事象を表し、現実へ這い出てくるのか。それはかの邪神とて想像できないであろう

 

 

※ ※ ※

 

 

声が……()が聞こえる。

 

──祈るように(呪うように)     呪うように(祈るように)──

──祝うように(妬むように)     妬むように(祝うように)──

 

──響く声が(唸る声が)

──呟く声が(囁く声が)

──耳元で(遥か遠くから)

──希望を待つ若者の声で(終わりを待つ老人の声で)

──力強き男性の声で(蠱惑的な女性の声で)

 

──……誰かの名を呼ぶ、声が聞こえる。

 

 

※ ※ ※

 

 

「……あー」

 

ふと目が覚めて、気付けば自分はそんな声をあげていた。

あげようと思ってあげた声ではなく、なんというか、無意識に口からぽろりとこぼれ出たというか。

 

しばらくあーあー唸り続け、ようやく上体を起こし、今度こそ自分の意志でポツリと呟く。

 

「……なーんか、変な夢見た」

 

……軽く言っているが、夢の内容は何とも意味深かつ意味不明な物である。

なにせ、なんかよく分からない場所で、よく分からない様々な声にただ単に呼ばれるのだ。

 

年若い声や年老いた声、男性の声や女性の声でただただひたすらに、名前すら呼ばれずただただ招かれるその不気味さと言ったら。

 

ただ、その夢は確かに意味不明ではあったが、決して無意味だとは思わなかった。

確信はない。だが、限りなく確信に近い予感はしていた。

 

──きっと近々、自分はこの声の主に、夢の中ではなく現実で呼ばれ、招かれるであろう、と。

 

まるで自身が大いなる流れの中に巻き込まれ、流されていくかのように、それは荒唐無稽ながら自身の胸にすとんと嵌る感覚だ。

そんな感覚を抱く自分に、だいぶ感覚の錆が取れたなぁ、などと感慨深いようなそうでないような感覚を抱いていると、ふと扉をノックする音が聞こえる。

 

……はて? このような早朝に来客とは……ロクなモンじゃないなとこれまた確信めいた予感を抱く。

 

というか自分への来客があったときは大抵が厄介事が起こっている気がするのは気のせい……? 

と、そこまで考えて一夏の目から心の汗が流れ出て来た為に思考を停止。

これ以上はメンタル面によくないよ、うん。

 

とりあえず『脱ぎ捨ててあった衣服』を着込み、なんとか人前に出ても大丈夫なギリギリ最低ラインの体裁を整えて玄関のドアを開ける。

 

「新聞は間に合ってまーす」

「そんなこと言わないで、今契約してくれたらもれなくおねーさんが付いてくる……って何言わせるのよ織斑君」

 

【悲報】来客は生徒会長様【厄介事確定】

である。

 

もうね、一夏分かってる。

身分が上の人物が訪ねて来た時って大抵厄介事の持ち込みだって。

 

そんな事を思いため息一つ。

 

「……で、生徒会長様は何の御用で?」

「露骨なため息ねぇ……いや、まぁこんな時間に来て申し訳ないしこの案件を聞けばもっと大きなのつきたくなるかもしれないから文句は言えないのだけれども」

 

平身低頭と書かれた扇子で口元を隠しながら、申し訳なさそうに話す楯無に、一夏は「あ、これガチな奴やん」と冷や汗をかく。

普段は軽い感じに接してくる彼女がこうして殊勝な態度をとるという事は、つまるところそういう事である。

 

「そういうわけで、今回はわりとガチめな話だから、ちょーっとお邪魔させてもらってもいいかなーって。ほら、そういう話を廊下でするわけにもいかないじゃない?」

「え? あ、えーっと……」

 

マズい。

いや、別に部屋に上げること自体は問題ない。

そこは問題ないのだが……『今このタイミングで部屋に上げる』のは非常によろしくない。

とりあえずちょっとでも待ってもらえれば何とかなるのだが……

 

何を焦っているか? 

さっき脱ぎ捨ててあった服を着たって言ったよね? つまりそういう事だ。

 

あー、だのうー、だの唸っている一夏を見て、楯無はしばらくポクポクと脳内で木魚を鳴らし、そして思い至る。

 

「……あ、もしかして織斑君……」

 

そしてその言葉を発しようとしたときであった。

 

「ん……なんだ九郎、騒がしいな……」

「あ、ヤッベ……」

 

その言葉に一夏が振り返ると、そこには上体を起こし目をこすっているアルの姿が。

ちなみに、当然の如くアルの服もベッド脇に脱ぎ捨ててあり、そしてアルは今しがた起きたばかり。

つまりどういうことかというと……

 

「…………」

 

来客に見られちゃう、という事だ。

 

「あー、その、会長、とりあえず、あの、こういう事ですんで、いったん回れ右をして、すこーししてから再度訪ねてほしいんですが……」

「…………」

「あ、いや、寮でこんな事をしているのは、まぁ言い訳もできないわけですけど、ね、こちとら健全な男子なわけでして……」

「…………」

「だから、そこら辺を考慮して……会長?」

「…………」

 

見られた焦りからあれこれ言い訳を並べる一夏だが、楯無からの返事はない。

すわ軽蔑されたかと思いきや、どうにも様子がおかしい。

 

「会長? 会長さーん? たーてなーしさーん?」

「…………」

「これは……」

 

「……立って目を開けたまま気絶していらっしゃる」

 

 

※ ※ ※

 

 

陽光を反射し煌めく海原を眼下に、3つの影は空を駆ける。

視界に映るのはひたすらに広い海原とその果てに見える水平線。

陽光を反射とあるように天気は上々。

是非ともこのまま浜辺でバカンスと洒落込みたい位の晴天である。

 

──と言うか、本当に洒落込みたい。冗談抜きに。

 

「時は夏休み。学生は宿題に苦しんだり、現実逃避して享楽に興じたりしてる今日この頃、何故我々はこんな何もねぇ空を飛んでいるのでせう?」

 

影の内の1つが、ぼやくようにそう言い放つ。

全身が鋼い覆われている人型が放つ声は、男性の声。

まだ大人になりきっていない、しかし声変わりは既に済んでいるであろう少年の声だ。

 

「つかマジで何の変哲も無い海が広がってるばかりなんですが、そこら辺どうなんですかねぇ、会長殿?」

 

鋼の人型に会長殿と呼ばれたその影は飛行スピードを緩め自身の背後を飛んでいる人型に振り返る。

人型と違い、振り返った影の姿は見目麗しい美少女だとはっきりと分かる。

空色の髪を靡かせ、紅玉のような瞳は陽光を跳ね返す海が生み出す自然の輝きの中でもなお劣る事なき煌めきを放つ。

しかしそんな少女も決して生身その物とは言い難い。

その四肢は鋼に覆われ、胴は少女のスタイルの良いボディラインを露わにするかのようなボディスーツ。そしてそのボディスーツの要所要所も鋼に覆われている。

 

「何もなければそれはそれでそれでよし、なのよ織斑君。 少なくとも学園のセンサーが異常な反応を捉えたことは確かなの。ログにも残ってるしね。何もなければ何もありませんでしたで人は安心出来るし、何か合ったとしてもそれに対処してやっぱり人は安心できるのよ」

 

少女──更識楯無にその様な返答を貰った人型は、その言葉に納得する。

 

──まぁ、そう言う心理があるから探偵なんて商売が成り立ってた訳だしなぁ。

 

織斑君と呼ばれた人型──デモンベインを纏った織斑一夏は前世ともいえる自分の境遇を思い出し内心独り言つ。

なおその際の探偵稼業が繁盛してたかどうかはこの際問うてはいけない、イイネ? 

 

「しかし、なんだか朝に……いや、今も朝って言えば朝だけど、とにかく朝になんだか衝撃的な出来事があった気がするわ」

「何もなかった、イイネ?」

「え? でも確かに」

「イイネ?」

「アッハイ」

 

人間忘れてたままでいいこともあるし、忘れられているならわざわざ思い出させてあげようとしなくていいことがあるのだ。

 

閑話休題。

 

楯無の葬られた記憶がよみがえることを阻止した一夏は、自分を含めた三つの影のうち最後の一つ……自身の後ろを飛行しているであろう存在が先ほどからひと言も言葉を発していないことに気づき、ハイパーセンサーで背後を確認。

自身の目の前に飛んでいる少女にぱっと見そっくりな少女──それもそのはず、目の前を飛んでいる楯無の妹である──更識簪は確かに自身の後ろを飛行している。

……どこかではぐれたなどと言うオチもなく、ちゃんとついてきていた。ついてきているのだが、理由は分からないが無言……いや、口が何かを呟くかのように動いているから無言という訳でも無いらしい。

 

「宿題終わらせてたのに……一日耐久マラソン……勇気王……黒鉄超人……お菓子も飲み物も準備済み……」

「あ(察し)」

 

……織斑一夏は、彼は何も聞かなかったことにした。

自身の前を飛んでいる少女にそっくりな、しかし目つきや体つきは明らかに違う少女……更識簪がぶつぶつと呟いていた言葉を聞かなかったことにしたのだが……つい先日終わったばかりの長年の姉妹間冷戦が再び勃発しないかが不安になったそうな。

いや、何も聞いてないんだけどね、ふと不安になってね!! (現実逃避

 

『三人とも、無駄話はそこまでにしておけ。もうすぐ目標地点だ』

 

ハイパーセンサー上に一人の女性の姿が映ると同時に届いた通信に、三人は表情を切り替える。

自分達がこうして夏休み返上でこのような哨戒行動をしている理由が、この先に居る、ないし在るかもしれないのだ。

 

ふと、一夏は何故自分たちがこのような事をすることになったのかを思い返していた。

 

 

※ ※ ※

 

 

──事の始まりは本日未明、IS学園の警戒レーダーが不可思議な反応を捉えたことだ。

 

レーダーに何の前触れもなく現れ、しばらく出現位置の周辺を移動したかと思うと、現れた時と同じように何の前触れもなく消失するナニカ。

出現する位置も、反応が消えるまでの時間もてんでバラバラなナニカ。

計器の誤報かと思われたそれは、しかしそのままにしておく訳にもいかない。

本当に計器の誤りであれば良いのだが、もしそうで無かったら? 

 

学園としてもここまでされて何も解明できませんでした! で済ませるわけもなく、元より済ませようとも思っていない。

何せここはIS学園。

全世界ありとあらゆる国からくる生徒を預かり、その中には国を担う国家代表やいずれ国を担う事になるであろう代表候補も生徒として預かっている場であり、また訓練用と言う名目で多くのISを所有し、代表や代表候補の専用機という形でもISが集う場である。

 

つまり何が言いたいかと言うと、IS学園と言うのはつまり何かあったらやべー事になる火薬庫と同義なのだという事だ。

当然そんなやべー火薬庫に勤める教職員は人一倍神経を使うし、このような小さな問題も決して見逃すわけにはいかないのだ。

 

更に言うとそんな火薬庫で今まで何度かトラブルが、それも学園行事と重なって起こっており、学園の危機管理体制に苦言が呈される中、このような小さな問題も見逃さない、ゆえに今までのトラブルは決して対策不足にて起きた物では無いと対外向けにアピールする狙いも無いわけではないという悲しい現実もあるわけなのだが……

 

閑話休題

 

そんな訳で哨戒の人員として白羽の矢が立ったのがIS学園生徒会長であり、ロシア国家代表でもある更識楯無、その妹である更識簪、そして現状世界で唯一の男性操縦者である織斑一夏である。

 

……先ほど国家代表等を預かっていると言っておきながら、なぜ当の代表達を哨戒に動員しているのか? 

 

もちろん彼らだけに事を任せているわけでは無く、教員も彼らが向かっている場所とは別の反応があった地点周辺を調査するために出撃はしている。

してはいるのだが……やはりいかんともしがたい人手不足という壁。

調査範囲の穴を埋めるには人手が居る。そして教員の数も限りがあり、そしてその教員も全員が全員十全にISを扱えるかといわれると……そういうわけではない。

教員の中には整備方面の指導の為にいるという教師もいるのだ。

教師である以上、基本的な操縦はできるのだが……こういう場面で頼りになるかというと、それとこれとは別問題。

 

そんなわけで、人手が足りない、ならばどうするか…………悲しいが、最新鋭の剣を持っている、最も重要な守るべき存在である代表や代表候補に頼らざるを得ないのだ。

守るべきはずの代表や代表候補。それを抜きにしても自分たち大人が守るべきである子供を頼らざるを得ないこの状況に唇をかむ教師陣。

 

──せめて、どうか何事もなく事が終わりますように。

 

誰しもがそう祈る。

 

だが皮肉かな、古来より祈りという物は届かなければならない存在に届くことはなく……

 

『っ!? 織斑先生!!』

『どうした!』

『例の反応が……更識会長達がいる地点に!!』

『なんだと!?』

 

届かなくていい存在の元に届いてしまい、叶うことなく捨てられる物なのだ……

 

 

※ ※ ※

 

 

IS学園管制室からの通信は彼らの耳にも入っていた。

何せチャンネルは常に繋いでいたのだから。

 

「聞いたかしら二人とも。どうやら私たちがドンピシャだったみたいよ」

「わー、すっげぇうれしくねぇ」

「こういう不測の事態は特撮とかで見る側でいるといいけど、実際自分が遭遇する側になるとクソがって言いたくなるね」

 

簪さん、なんだかまだ闇ってません? 

と言える勇気がある存在はこの場にはいなか……

 

『簪、ふてくされているのも大概にせよ。その怒りはこれから来る招かれざる客にぶつければよいであろう』

「それもそうだね、アル。よーし、だれが相手でもぶっちKILLぞー」

 

否、いた。

我らが魔導書(グリモワール・ガール)、アル・アジフが。

 

「やだ……うちの妹、怖すぎ……?」

「(夏休み計画をつぶしちゃった)あんたも原因の一部やで」

 

やはり第二次姉妹大戦勃発は目前か……

などとふざけている場合でもなさそうだ。

先ほども通信にあった通り、おそらくこの付近に謎のの反応の正体がいるはずなのだから。

もっとも……

 

「でも、おかしいわね。ここは見ての通り海上。隠れる場所なんて海中位だけども……」

「海中をスキャンしても特に変わった反応はなし。海の中から奇襲、なんてお約束はないみたい」

「で、だ。管制室から送られてくる座標は、どうやら俺たちの文字通り目の前みたいなんだが……」

 

一夏の言葉に、全員で管制室から送られてくる座標を見る。

 

……何もない、ただひたすらに広がる青い空、どこまでも続く海。そしてそれらが遥か彼方で交わる水平線しか見えるものはない。

管制室へ問い返すも、現在進行形で反応はあるそうだ。

しかも、今までの様に出ては消え、消えては出てではなく、ただひたすらに同じ地点に反応があり続けているとの事。

 

『向こうの計器類の故障……ではない! 来るぞ!』

 

アルが紡ごうとした言葉をいったん止め、叫ぶ。

その瞬間、『空に亀裂が走った』。

 

比喩ではない。文字通りに、何もないはずの空中に亀裂が走り、あまつさえガラスを砕くような音さえしている。

 

「そっちのお約束かー。どっちかっていうとこういうのはアニメより特撮系のお約束だよね」

「のんきに言ってる場合ですか! こちら楯無! 反応の原因と思われる存在と遭遇! 管制室、聞こえますか!? 織斑先生!?」

 

楯無の言葉に、しかし返答はない。

 

『通信妨害、やってくれるな。どうせ映像も向こうには届いておらなんだろう』

「目と耳をつぶす、よくある手段ってな」

 

一夏はそう言い放つと、両手にクトゥグア、イタクァを呼び出す。

 

「んで、こうまでしてんだ。まさか出てくる相手のお望みはお手手繋いで仲良く握手、なわけねぇよな」

『やるならばお手手繋いで仲良く握手(殴り合い)であろうな』

「ずいぶん落ち着いてるわね! こんな状況だってのに!」

「『慣れ』」

「アッハイ」

『とにかく構えよ、小娘、簪。来るぞ!』

 

目の前の亀裂は徐々に大きくなっており、そしてあろうことか亀裂の端々から空間が割れ落ちている。

 

ありえざる光景。その光景が今、目の前に広がってる。

そして、亀裂の拡大が止まり、しかし割れて零れ落ちる空間の欠片は増えていく。

割れた先は……一見すれば無。

 

本来向こうに続いているはずの空はなく、かと言って別な何かがあるわけではない。

どこまでも吸い込まれそうな空虚が、空間が割れた先に続いている。

 

……否、アレは無ではない、むしろ逆だ。

『ありすぎる』のだ。

絵の具の様々な色を考えなしに混ぜれば黒になるように、一見すれば何もないように見えるその空間は、まるで煮えたぎる混沌のスープの如く、様々な可能性、要素が混ざりに混ざった結果生まれているものだ。

 

そんな混沌の釜から現れうるのは、果たして邪神か、それに連なる物か、はたまた全く未知なる存在か。

 

……瞬間、かん高い破裂音が響き渡り、何者かが亀裂が入った空間を砕き、飛び出した。

そして同時に銃声。

銃声の発生源は……一夏が駆るデモンベインの左手に握られた冷たき銀の回転式拳銃、イタクァだ。

 

引き金を引くことにより落ちたハンマーが雷管を叩き、発生した火花が薬莢内に収められた火薬、そして火薬に混ぜられた霊薬『イブン・ガズイの粉薬』を励起。瞬く間に響き渡った六回の銃声(ガン・ハウル)と共に放たれた46口径弾が、まっすぐ楯無へ向かっていた何者かへと寸分たがわず突き刺さる。

 

「ぼさっとすんな! やられちまうぞ!!」

「っ! ごめん、助かったわ!」

『相変わらず未来予知じみた勘をしておるな! 彼奴が空間を割るその瞬間にすでに動くとはな!』

 

かつて、かの魔人の母をして称賛せしめた勘はいまだ健在なようだ。

すぐさま拡張領域からクイックローダーを取り出しイタクァをリロード。その際にも決して先ほど飛び出してきた『ソレ』からは目を離さない。

 

──『ソレ』は、まるで赤いカマキリのような見た目をしていた。

4本の脚を持ち、前脚2本は体の正面へ構えた鎌となっている。ざっと見ると、赤という体色が特徴的なカマキリだ。

……ただし、ISを纏っている自分たちとほぼ同じか、一回り大きいそいつを、果たして本当にカマキリと呼んでよければ、だが。

 

「んだよあのデカさは。ダーウィン博士だってびっくりの進化じゃねぇか」

『邪神の眷属……ではなさそうだ。だが、まっとうな生命でもあるまいて……ええい、よく分からん! なんだ彼奴は!?』

「さぁな。だが、なんだっていいだろ? それに大事な事はしっかりと分かるしな」

「その心は?」

 

何時の間にか一夏の傍まで来ていた簪が問う。

それに対し、鋼鉄の貌の奥で獰猛な笑みを浮かべながら一夏は答える。

 

「とりあえずあいつは敵だって事は明確だろ? そいつさえわかりゃ十分だ」

「おk把握。分かりやすくてとてもよき。それではいざ行かん……死にさらせやゴルァ!!」

 

一夏の言葉を聞いた瞬間、簪は今までのややぼんやりした表情から牙をむいた獣のような獰猛な笑みを浮かべ、薙刀携えいざ突貫。

よほど夏休みの計画を壊されたのが気に食わなかったようだ。

 

『……とりあえず小娘、汝は事が終わり次第即刻簪に謝罪をすべきだな、うむ』

「同感。さっさと謝った方が身のためだぜ? 会長」

「そうね……夏休みだったんだものね……予定、あったわよね……」

 

第二次姉妹大戦を回避できるか否か……それは原因の一つである楯無がうまく簪の許しを得れるかにすべてがかかっていた。

 

 

※ ※ ※

 

 

『ソレ』は、どことも知れぬ空間、いつとも知れぬ場所から彼らを見ていた。

 

……否。その表現は完全には正しくないだろう。

 

確かに、『ソレ』は彼らを見ていた、見てはいたのだが……その実思考の大半を占めるのはその中でも一人……否。『一人と一冊』、であろうか。

 

「う~ん、流石流石のお美事美事。やはり完成された剣という物はかくも美しく、かくも猛き物、か……ああ、羨ましいねぇ。きっと『ボク』はあの剣の完成を、そこまでいかずとも完成するその直前を目の当たりにできたんだろう、それはなんて……羨ましいことだろうか」

 

映像越しに見る剣を、『ソレ』はまるで愛おしい物を見守るかのような慈愛の笑みで、宝物を前に浮かべる強欲な笑みで見つめ続ける。

 

「だが、残念かな、生憎と此方は君たちの担当ではなくてね……此方の担当してる『彼』はきっと、君たちの様に完成はしないだろう。だが……その不完全さこそがより愛おしい物でね、此方としては『彼』の物語、可能性こそを見届けたいんだ」

 

瞬間、今まで浮かべていた笑みを消した『ソレ』に、燃える三眼が浮かぶ。

 

「故に、悪いけど今ここでキミに勝たれるととても困るんだよね。だから、大変申し訳ないけども……深淵(キズ)を刺激させてもらおうかな? 誰にも知られたくない、知られるはずのない、君たちだけの過去。誰に慰められる事もない、慰めてもらう事の出来ない、拭えない後悔……それを突かせてもらおう」

 

三眼がその指をすっと上げる。指が指し示すは……映像に映る『魔を断つ剣』。

 

「これやると『ボク』に気付かれる可能性が大きいんだけども、キミがあまりに善戦して……否、それ止まりならいいさ。しかし、もし勝ってしまったら……そうなればせっかくの御伽噺が崩壊してしまうんだ」

 

 

──だからまぁ、悪く思わないでほしいものだね……『大十字九郎』君? なぁに、心配御無用さ……キミたちが望む御伽噺の一つを拝めるんだ、それも最前列のチケットでね……チップには十分だろう? 

 

 

※ ※ ※

 

 

咆哮、咆哮、咆哮(銃声、銃声、銃声)! 

 

剣たる鋼が持つ二丁の銃が銃声(ガンハウル)にて空気を震わせる度、一匹、また一匹と『ソレ』らは淡い粒子を銃創からこぼし、消滅していく。

 

「うわぁ、流石一夏。私たちが必死に一体撃破するうちにその倍以上撃破してる」

「そんな事よりも、こいつらがまるでどっかから集まってきてるかのようにわらわら出て来た事の方が私は気になるけどね」

 

そう、戦闘を開始した際は一匹だったカマキリモドキだが、しかし気づけばわらわらうじゃうじゃと。

 

「これが黒くてカサカサと動く究極生命体Gだったら即死だった……危ない危ない」

「やめて簪ちゃん怖いこと言わないでというか想像しちゃったじゃない手が震えてきちゃったわよどうしてくれるのよ」

 

ちなみにゴキブリは恐竜が生まれる遥か古代から生存しており、しかも体の基本的な形や構造はそれほど変化していないらしく、ある意味完成されていたそうな。

そしてその体長は50cm以上にも育つ種類がいたとかなんとか。

 

閑話休題。

 

ふざけた様な事を言いながらも、それでも楯無、簪はカマキリモドキを着実に討伐していく。

だが、彼ら3人の闘いをあざ笑うかのようにカマキリモドキはその数を増やしていく。

 

「ちょっとちょっとちょっと! 流石に数増えすぎでしょ!? キリがないじゃない!!」

「手を動かしても動かしても、それどころか足を動かしても全然終わりが見えない……!」

『こやつら、何を狙っておる! 意地でも目的を達成しようとしておるのはわかるが、その目的が皆目見当もつかん!!』

「教えてくださいお願いします! とか言っても教えてくれなさそうだしな!」

 

少しずつ、しかし着実に包囲網を狭められ、追い詰められていく3人。

やがて、楯無が簪に背中でぶつかった。

 

「っ! 簪ちゃん、大丈夫?」

「私は大丈夫……」

 

そこで簪はふと思う。

 

──自分は誰とぶつかった? 

──姉だ。

──じゃあ、同じく追い詰められているはずのもう一人はどこだ? 

 

視線を巡らせ、件の人物を見つける。

だが……彼は自分たちとは離れた場所で囲まれている。

 

……そう、彼だけが、一人でカマキリモドキに……! 

 

「……っ!! お姉ちゃん! あいつらの目的は多分一夏!!」

「なんですって!?」

 

簪の言葉に、楯無も一夏を見やり、彼が陥っている状況から簪の言葉が事実だと確信する。

そして当の本人は……もちろん相手の狙いは自分であろうことはわかり切っていた。

なにせ、あからさまに自分と楯無、簪を引き離そうとして来ているのだ。この男が分からないはずがない。

 

もっとも……わかったところで対処ができるかと言われれば、否と言わざるを得ないのだが……

 

「で、どうするよ。ニトクリスの鏡でも使ってみるか?」

『どうであろうな……本来の物なら通用するであろうが……D.Ex.Mを起動させてない今だと通用するかわからん。彼奴等がISの様にハイパーセンサーで周囲を認識しているなら話は別だがな』

 

モードD.Ex.Mを起動していなければデモンベインの武装はあくまで本来のデモンベインの模倣。

魔術によってなされていた事を可能な限りIS関連の技術に落とし込み、再現した物止まりなのだ。

 

「ま、やれるだけやるしかねぇだろ。もしかしたらやってるうちに打ち止めになるかもしれねぇしな。冷静に行こうぜ。文科系らしくくな」

『肉体派め』

「肉体派文科系だ」

 

軽口を相棒とたたき合い、一夏はクトゥグアとイタクァを構える。

そしてその銃口から暴虐の塊が再び放たれようとしたその時であった。

 

『故に、悪いけど今ここでキミに勝たれるととても困るんだよね。だから、大変申し訳ないけども……深淵(キズ)を刺激させてもらおうかな? 誰にも知られたくない、知られるはずのない、君たちだけの過去。誰に慰められる事もない、慰めてもらう事の出来ない、拭えない後悔……それを突かせてもらおう』

 

──忌まわしき、狂ったフルートの音色が響く。

──闇の奥、深淵から響く声がする。

──その声が一夏の……否、『九郎』の記憶を刺激する。

 

「……な」

『馬鹿な……彼奴は……!!』

そして、闇が見せた光景に一夏とアルはは絶句する。

 

──それは、『大十字九郎』の後悔、ともいえるものであろうか。

──目の前で引き裂かれるはらわた、そこから這い出てくる獣。

 

それを想起させるほどに、『ソレ』は……あまりにも彼女に似ていたのだ。

 

「エ……エンネア……?」

 

一夏の言葉に、見せられた光景に映る少女が一夏を見やる。

その口が、何かを呟くが、その声は聞こえない。

此方の声は聞こえ、向こうの声は聞こえないのか、はたまた元々こちらの声も向こうに届いてはいないのか、それはわからない。

 

だが、それはさして重要な事ではない。重要な事は……

 

戦場で、一瞬とはいえ動きを止めてしまったという事だ。

 

「……ん! おり……ん! 織斑君!!」

「っ!?」

 

楯無の声に正気に返る。一夏から……『九郎』からすれば自身のトラウマをえぐる姿を見せられていた。

同じ場面を見ているアルも、その光景に言葉を失っていた。

だが、はたから見れば何事もないはずなのに急に動きを止め、普段であればそれを諫めるパートナーさえ黙り込んでしまったという形なのだ。

当然、自身も戦闘しながらも楯無と簪は一夏へ呼びかけを行う。

もっともその言葉を一夏が認識できたのは……どうしようもなく致命的なタイミングになってからだったのだが。

 

「ぐが……っ!?」

 

目の前にはカマキリモドキ。

そのカマキリモドキは一夏に体当たりを敢行し……そして一夏にぶつかった後もその勢いを決して緩めることはなく、まるで彼をどこかへ連れて行かんとするかの如くむしろその速度を上げていった。

本来の一夏であれば反応し、回避するか迎撃するかと対処できた……だが、あの光景が彼を一瞬ではあるが縛り、彼がカマキリモドキに反応するという可能性を奪い去った。

 

「んの……野郎!!」

 

せめてもの抵抗に悪態をつくが、言葉でこの状況が変わるわけでもない。

背中から衝撃。

何かにぶつかったような、否、何かがぶつかってきたかのような、肺から空気が逆流するほどの衝撃をくらい一夏の意識は闇に沈んだ。

 

 

※  ※  ※

 

 

「一夏! お姉ちゃん、一夏が!!」

「分かってる! んの! どきなさいよ虫モドキ!!」

 

当然、一夏がカマキリモドキに連れていかれる場面は彼女たちに見えていた。

だが、それだけだ。見えているだけで、対処できたわけではない。

 

彼女たちは確かに舞台に上がっていたのかもしれない。

だが、彼女たちの役割は……どうしようもないほどに傍観者の役だった。

 

そして、彼女達は割り振られた役の通り、それを観る。

一夏を連れたカマキリモドキが、現れた時と同様に空間をガラスの様に砕き、現れた時と同じように混沌の中へと一夏ごと入り込んでいくその光景を。

 

「……い、いち……か……?」

「何が……起こったの……織斑君は……?」

 

その光景に衝撃を受け、動きを止める更識姉妹。

しかし、彼女達が一夏と同じ運命をたどることはなかった。

 

まるで自分達の仲間が目的を達成した事をしっかりと確認したといわんばかりに、カマキリモドキは次々とその姿を消していく。

……更識姉妹(傍観者)には目もくれず、ただただ去っていく。

 

そして残ったのは、傍観者を演じた姉妹と、そこで戦闘があったなど信じられないほどの静寂だった。

 

『……! お……し……! おう……ろ! 応答……! 応答しろ! 何があった! 織斑の反応が消失している……!? 織斑は……一夏はどうした!! 更識姉! 更識妹! 一夏はどうしたぁ!!』

 

起こった出来事を必死に受け入れようとする姉妹の耳に、今更つながった通信から千冬の悲痛な叫び入り込んだ。

 

 

※  ※  ※

 

 

「……は?」

 

そしてその光景を見ていた影が一つ。

その影はモニター越しにその光景を最初から最後まで見て、そしてしばらく黙り込んだ後、天井を見上げ大きく深呼吸。

そして再びモニターへ視線を戻す。

 

……さっきまで見てた光景と変わらない。

 

「……は?」

 

声がワントーン低くなる。

眉間にしわが寄り、目の奥が熱くなってくる。

喉から何かが上り詰めてくる感覚に、それを押しとどめようと体は反射を起こすが、しかし理性がその反射を押しとどめる。

そして、喉から上がってきた物が口から吐き出された。

 

「……っざけんな……ふざけんなよおい!? どこのどいつか知らないけど、なぁに人の主演男優と主演女優かっさらってくれてる訳!?」

 

一度堰を切ったら、もう止まらない。

 

「どこのどいつ!? 一体どこの阿呆が人の脚本台無しに……!」

 

燃える三眼をいつも以上に燃やし、ありとあらゆる手段を用いて下手人を探す。

 

そして、それに気づく。

常人では気づけない、闇の痕跡。

それは……とてもなじみのあるものだ

 

「……なぁるほど……お前か……『僕』……!!」

 

そういうと、その影……篠ノ之束は立ち上がり、扉へ向かう。

 

「……さすがにこれを見過ごす……んなわけないでしょうに」

 

そうつぶやくと、扉を開き、部屋の外に出る。

しかし、部屋につながる廊下に、彼女が姿を現すことはなかった。

 

 

※  ※  ※

 

「……さて、これで舞台の幕は上がる。ありふれた悲劇(けつまつ)ではなく、可能性が切り開く御伽噺(えんもく)の舞台がね。

だからまぁ、出来れば大目に見てほしいところなんだけども……」

そう言いながら微笑む三眼は虚空を視つめる。

「大人しく帰しては、くれないよねぇ……『ボク』?」

三眼が見つめる先、本来なら何もないソコに、一人の女性が現れる。

微笑む三眼とは対照的に、怒りと戸惑いと……そして疑問が入り混じった感情を、視線として投げかける。

「あっはははは……慌てて飛んできたのにその感情。それでも一流劇作家のトリックスターかい、『ボク』――いや、篠ノ之束?」

 

その言葉に、束は顔を顰めた。

微笑む三眼、複雑な感情を織り交ぜた憤怒で睨む女性――篠ノ之束。

「さてそれじゃぁ、対話(はなしあい)と行こうじゃないか。時間が許す限り付き合うよ、『ボク』?」

視線を受けてもなお自然体を崩さぬ三眼、その様子に束は口を開き……

 

さぁさぁそうして出会った二人は、果たしてどのような言葉を交わしたのか。

それはさして重要ではない。この物語の本筋ではないのだ。

なにせ彼女たちは主演ではない。助演ですらないのだから。

『今はまだ』、と付くのだろうがね?

 

だからこそ、彼女達の交わした言葉を『今』、知る必要はないだろう? 

 

──なぁ、モニター越しの諸君? 君達はそう思わないかい?




はい、諸々の事情でむっちゃ遅くなったIS/XU序章2話、ようやくの投稿です
もうお久しぶりとか言える義理ないな、うん(汗

今回の話は、「インフィニット・ストラトス -我ハ魔ヲ断ツ剣也-」の作者クラッチペダルさんが担当し、細かい部分で俺や相方が補正に関わってたりします。
謎の襲撃者に連れ去られた九郎ちゃんとアルがどうなるか、そして篠ノ之束と邂逅した三眼の存在は、追々こちらでも書いていきたいと思います
草案はどうにかあるから、担当来たら早めに仕上げたいなぁ、マジで(汗

ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章3話『無風の疾風-A windless gale from outside the frame-』

「妙な反応があった空域に凪を行かせたら、いきなり反応消えて通信が一切出来なくなるわ、過去最大級の特異点反応に次元の穴の発生……。そして直後に凪から映像と観測データ付きのメッセージが届いて、新たな次元転移反応と共にあの子達のシグナル消失……やっぱマッズイ事態になったわねぇ……?」

 

日本国内においてISの研究及び新技術開発を専門とする、日ノ出研究所。

その屋上にて、夜風に当たりながら自身の周囲に大量のホロウィンドウを展開し悪態をついている姿が一つ。

 

規格外、例外。様々な愛称で呼ばれているIS技術者にして現デュノア社社長、『高天原那美』。

金色交じりの黒い長髪を夜風にたなびかせ、自身の息子から送られてきたデータと、彼が敵対した相手との戦闘映像を目に通す。

 

ホロウィンドウ上で燐光を散らしながら空を征く、紅の鋼鉄蟷螂(ブリキのカマキリ)達。

機動力だけなら既存の量産ISの上位に食い込め、一撃の威力も中堅クラス以上。防御も並みの強度以上のバリア……それこそISのシールドエネルギー相当か、若干上回る代物だと技術者としての観察眼で理解出来る。

形状からして無人機なのはまず間違いないだろう。

後は精々、行動不能にしても残骸は一切残さず全て爆発の際に光の粒子となって消え、損壊させても内側には機械的なものが見受けられず燐光と同じ色を漏らしているだけ。

 

「消失の仕方からして証拠隠滅優先、ボディーも大半はエネルギーで形成された特殊な……あら?」

 

ふとその燐光から検出されるデータが気になり、即座に解析を済ませると彼女は眉間に皺を作った。

 

―――なんだこれは。

 

破損個所から漏れ出る燐光と同じ色合いの光、そこから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という結果が出た。

それこそ、過去に特異点 (次元の穴)が発生する前に観測された『他世界からの情報の過剰流入現象』と同様、次元の穴を開通させるための呼び水(引き金)のようで……。

 

 

基本、どんなものにも許容量というものがある。

例えば世界を一つの風船とするなら、その中には世界を構成する為のあらゆる情報が許容量内の水として存在しているとしよう。

その中へ、風船の口へ情報()を供給するための特異点(蛇口)を繋げ、世界(風船)の許容量を超える量の情報()を一気に流入すればどうなるだろうか?

簡単だ。風船は破裂し、中の情報()が溢れてしまう大穴の出来上がりである。

 

あの蟷螂擬きがまき散らしている膨大な情報が込められた燐光は、まさに風船(世界)へ穴を開ける為の水だ。

 

さて、では彼らは何の為に穴を開く?

現れたと思えばいきなり襲い掛かり、手慣れた様に連携して相手を刈ろうと行動出来る知能。

半端な方法で処理すれば穴を開ける為の高密度情報体である燐光をまき散らし、残骸すらも燐光へと変換して証拠も残さず消えていく。

 

一瞬、『自分達』の戦うべき相手が予定事項(起こりうる未来)よりも早くに行動を起こしたのかという考えが脳裏を過ぎたが、自分に託された情報の中にあんなものは一切居なかった筈だ。

 

―――で、あるならば。正直現れて欲しくない、起きて欲しくない最悪のパターンの可能性がやっぱり濃厚、かぁ。

 

かなり攻撃的であり且つ一定以上の知能レベルを有し、世界を渡る術を持つ明確な敵意を持った存在。

これは、確実に本気で対処に挑んだ方がいいだろう。

 

「―――絶対的な害意を持って現れた存在、侵略者……まったく、人生面倒な事ばかりよく起こるわね」

 

まあだからこそ、人生は面白くもあるのだけれど。

そんなことを内心思いながらも作業を続けていると、背後でドアが開く音と共に足早に寄ってくる足音が聞こえてきた。

 

「あら、予想より四秒遅かったわね、亜美。もしかして梃子摺った?」

 

振り向きもせずに那美は近づいてくる足音の主、妹である高天原亜美(24歳独身)に揶揄い交じりで言葉を投げかけた。

一方そんな言葉を掛けられた亜美()はというと、呆れるように「私は姉さん程スペックあるわけじゃないので」と返しながら本題に入った。

 

「こっちに回して貰ったデータから凪クンの転移先は大体三つまで絞り込めました。まあ一番可能性があるのは、先日姉さん達が訪れた世界でしょうけど」

「んー……となるとあの世界にも表れる可能性大かなぁ、あの蟷螂ども」

 

那美の言葉を聞き流しながらホロウィンドウに表示されているデータや解析結果をさっと見渡しながら、「あぁ、なるほど」と頷き、亜美は続けた。

 

「放出された燐光とそれに含まれる、まるで虚構のような高密度な情報体……仮呼称として現段階ではイマジナリー・フォトン、とでもしましょうか。このフォトンが蟷螂擬き達にとって次元の穴を開く為の手段であるなら、同時に目印にもなるでしょうね。自分達の体から漏れ出たものなのだから、それこそ形通り虫のようにフェロモンみたいな感じで使えると仮定してもいいでしょう」

「見た目通り虫のような生態とは限らないと思うけど、可能性として考えておくとしますかね。さて、となるとだ……」

 

ホロウィンドウを一斉に消し、亜美へと向き直った那美は不敵な表情を浮かべる。

それを見た亜美は、「あぁこれは久々にキレてるな」と感じた。

この人は昔から、とにかく自分の縄張りを荒らされる事を特に嫌う。身内だけでなく自身が関わった人物や物、全てに対してどれか一つでも危害を加えられたら、倍返し以上の制裁を行う、そういう人だ。

かつては友人の娘と自身の息子に危害が加えられた際、再起不能になるレベルまで制裁を加え、尚且つ企業を乗っ取った女傑だ。

さて、では自分達が住む世界及び息子の安否、そして関わりのある世界にまで危機が及ぶかもしれない事態となった今回はどうなる?

 

――――少なくともご愁傷様としか言えないだろう。まあ、個人的にも愛しの甥っ子に害が及んだ時点で同情してやる余地は一切ないが。

 

「二日以内に私の機体と、全オプションパーツ調整済ませ次第出発するから。留守の間の事は全部任せるわね、亜美」

「やれやれ、また留守番ですか……まあいいですけれど。それで、付き添いはどうします?」

「流石に、今回の事は規模がまだわからないからねぇ……シャルちゃんやラウラちゃん達をいきなり巻き込むわけにもいかないわ。ま、必要となったらすぐ連絡送るからその時にという事で」

「了解。……あ、流石にデュノア社関係までは面倒見ませんからね?」

「ちぇー、亜美のけちんぼー」

 

そう拗ねた様に呟きながら屋上を後にしていく那美の背へ、亜美はもう一度声をかける。

それは当人達にとって確認する必要もない、わかり切った事でもあるが、それでも訊かない訳にはいかなかった。

 

「―――姉さん。凪クン、生きてますよね」

「―――とーぜんっ、私の息子だもの! そう簡単にくたばる訳無いじゃない?」

 

わかり切った事訊くなとでも言いたげな口調で、けれど自信に満ちた笑みを浮かべながら那美は振り返って、そう告げた。

 

 

 

◆■◆■

 

 

 

「……まったく、どうなっていんだよ此処はいったい……」

 

左右上下の感覚すらない、あらゆる色が混ざり煮詰められた様な色合いの空間の中、アウトフレームDを纏ったまま器用に胡坐をかいて漂いながら、凪は困ったように声を漏らした。

 

―――突如現れ襲い掛かってきた機械の蟷螂どもの相手をしていたら次元の穴、特異点に最後の一匹と共に飲み込まれ、その最後のカマキリ野郎も見失って脱出方法もわからない……いや、どうしたもんかねこれ。

 

穴に飲み込まれてどのくらいの時間が経ったのだろうか。

数分? 数時間? 少なくとも意識を失ったような感覚は無いし空腹感も無いから十数時間も経過はしてない筈……なのだが、だが時間が進んだという感覚すらあるのかすら曖昧だ。

特異点に飲み込まれた時点でとっくにエネルギーが切れ、本来なら装着解除されている筈の愛機もどういうわけか着込んだまま。エネルギーに至ってはもうどういうことなのか、満タンとまではいかないもののある程度の量まで回復しているではないか。

 

―――まるで時を巻き戻されでもしたかのように? いや、いやいやまさか。

 

それでももしかしてと思い、拡張領域内にある装備を確認すると破損したデスティニーシルエットを除いた装備大半が、特異点から逃げきる為の加速で緊急用エネルギー源として使用し、使い切ったはずのエネルギー全てを回復した状態で確認出来た。

そして実弾は使った分減ったまま、機体の損傷や開いた傷等がそのままなのも合わせて考えると、時計の針が巻き戻されたわけでもないらしい。

 

「破損した装備や、機体の細かな傷はそのまま……決して時が巻き戻った訳じゃないのはわかるんだが。……じゃあこのエネルギーはどこから来た?」

『『―――――』』

 

そう凪が疑問を口にしてみるも、これまで自分を支えてきてくれたAI二人からの返答はない。

アバターも表示されず、メッセージによる反応すら起きない。……故障、エラーといった文字が過るが、二人がお袋謹製であることからしてまずありえないし、走らせた診断プログラムを見る限り、致命的な状態ではないと示されている。

……同時に、出処不明の膨大なデータを無理やり流し込まれて半フリーズ状態とも表示されているが、その報告で察した。

 

察してしまった。

 

「―――まさか、此処にも?」

 

……正直、この状態には心当たりがある。それはもっぱら平時の時が多いが……困っている時やそうでない時にでもどこからともなく唐突に表れ、意味深な言葉を告げたと思ったら目を離した隙にその場から消えてしまう。

自分の下に居るA()I()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、電子の海から現れる白き代理人。

 

燃え盛るデュノア社の倉庫内で、凪にISに乗るよう促してきた、声の主(AI)

 

やがて膨大なデータの処理が終わったというメッセージがバイザーに表示されると共に、バイザーの右半分が砂嵐のような状態になり、そこへ『アウト』と瓜二つの、ボロボロのドレスを纏った無表情の白い少女の姿がそこへ投影された。

 

エージェント(代理人)……君か」

《――――肯定、オリジナルの愛しき人》

「この状況でも相変わらずそれなのな……」

 

エージェントと呼ばれた少女は、ニコリともせずに頷き返す。

愛機アウトフレームDの専用AI『アウト』に瓜二つな彼女は、『オリジナル』という誰かの代理人であると以前凪は聞いた事があるのだが、詳しいことは凪も全く把握出来ておらず、接触も基本1対1の状態の時のみで目的も正体も、何故『アウト』とそっくりなのかも謎のまま。

ただ解っているのは、反応は割とAIらしいものであるのと、『オリジナル』という人物にとって自分が『愛しき人』ということ、そしてその『オリジナル』は別に『アウト』でもないという事ぐらいなものだ。

 

まあ話し相手としては悪くない相手なので、今まで余計な詮索をしなかったが……この状況下で接触してくる辺り、流石に何かあるのではと思えてしまう。

 

「んで、一体今日は何用だ? 見ての通り今はこんな場所で迷子になってて困ってるんだが」

 

まさかついにストーキングか? などと訊いてみるが、ゆっくりと首を横に振り、《重要案件、愛しき人》と返してきた。

 

「あん? 重要案件?」

《肯定。そしてそれは、今貴方が巻き込まれている一件。具体的には貴方の存在する世界を含んだI()S()()()()()()()()()()()が、オリジナル曰く危機的な状況となり得る……》

「……やーっぱ面倒事か、あの蟷螂共。しかも並行世界レベルと来ちゃったかぁ……」

 

なんとなく予想してはいたが、荒唐無稽過ぎて保留にしていた答えが、顔を覗かせてくる。

どこからともなく現れ、目的も正体も解らないまま此方を狩りに来ている、あのブリキの怪物達の目的。

 

それは、

 

―――侵略行為、ってか。まあ何の為の侵略なのかは知らんが、碌でもない事態には違いないな。

 

それが複数の世界にまで手を伸ばしているという、あまりにも自分や母親の手には余り過ぎる、というか対処が無理過ぎる案件に、どうしたものかと頭を抱えそうになった。

 

そして考えたくも無いが、複数の世界が標的であるというのなら、当然ある可能性が出てくる……。

 

《そして貴方が相手をしたのは氷山の一角ですらない。砂漠の砂の一粒、という表現ですら生ぬるい》

「うーん、予想通りの解答ありがとう。今すぐ帰りたくなってきたよホント」

 

だがその考えたくも無かった事を、エージェントが突き付けてきた。

 

まず人員を必要としない無人機である点と、並みのISと同等の戦闘力を保有している事。

数体程度なら自分でも纏めて相手は出来る程度ではあるが、ではそれがとんでもない数で押し寄せてきたら?

百や千どころではなく、万を超えれば? 億すらいくのであればどうなる?

……あとはわかりきっていることだ。言葉にする程でもない。

 

―――だが懸念事項もある。

 

それは、ここまで伝えたエージェントの言葉全部が本当なのか、だ。

エージェントが普通のAIと同様のルーチンで出来ているならば、嘘はつけない筈だが……正体不明、次元の狭間にまで干渉して来れる辺り普通ではないのだろう。

じゃあ信頼出来るかどうかと問われれば、少なくとも出来る方だと断言出来る。

彼女らAIは、用途や使命(目的)は違えど、それらを成す為に生みだされた存在だ。

 

そんなAIである彼女が、己が使命を成す為に此処(次元の狭間)まで来ているとするならば、信じてやるのが生み出した人間側の役割だ。

……まあもっとも、彼女が人間製のAIとも限らない可能性もあるが、そこは一旦置いて置く事とする。

 

「―――それで? 俺にそれを伝えに来たという事は、何かしろってことなのか?」

 

とりあえず今言いたい事全部飲み込んで、腹を括った凪はエージェントに対し目的を伺う。

しかし問われた彼女は、何も答えずに足元へ視線を落とし、下へ指を指す。

 

《私達は関われない、けれど運ぶ為の風なら送れる。紡ぐ為の風、届かせる為の風》

「……いやちょい待ち、言葉の意味が分からないんだけど」

《愛しき人、疾風(ゲイル)たる(アウト)から吹き抜ける風。代理人たる私や『オリジナル』からは何も話せない、干渉出来ない、権利も無い。御伽噺には必要無いのかもしれない。―――けれど背中を押す為の風は吹いてもいい筈》

「待て、待て待て待て、だからどういう――――っ!?」

 

勝手に訳の分からない話を始めだしたエージェントに待ったを掛けようとするが、不意に彼女が指示した方向へと、引っ張られるような感覚が全身に襲い掛かった。

思わず視線を足元の空間へと向けると、見知った建物を上から見たような光景が収まっている穴が広がっているではないか。

 

それは自分の居た世界のとは違う箇所が結構多いが、少なくとも全く同じモノをつい先日見て、しかも過ごした場所でもあった。

 

本土へ繋がる橋を除けば周囲を青に囲まれた、学園を始めとした施設が敷き詰められた島。

現状、自分が唯一知る並行世界(パラレルワールド)の、IS学園。

それを上空から見たような光景が、穴の先に広がっているのを見て、だが凪は一つの疑問が浮かんだ。

 

―――真夜中じゃなくて、昼間、だと? 確か前訪れた時は時間の流れはほぼ同じだった筈だが……?

 

しかしそんな小さな疑問を感じている間にも、どんどん穴へと向かって落ちていき―――やがて小さな鋼の影を視界に捉えた。

色は違うが、その形を見間違えることは無い。

機械仕掛けの紅い蟷螂が一匹のみ、IS学園上空で佇んでいた。

 

《僅かばかりに機体のエネルギーだけは回復出来た、なら後はもう私に出来る役割は無い》

「……回復してたのはそういう事か」

《愛しき人、後は貴方が為せる事を為して欲しい。それが私の望み、私たちの望み、『オリジナル』の望み》

「為せる事……」

 

気が付けばバイザーの右半分では砂嵐が収まりつつあり、それと合わせる様にエージェントの姿にもノイズが走り始めていた。

言葉通り、もう役割を終えたが故に去ろうとしているエージェントを見据える。

正直色々と訊きたい事がまだ山の様にあるが、それを聴くだけの余裕も残されたいないのだろう。

穴へと引っ張られる力がまた一段と強まったのを感じながら、仕方ないと自分を納得させる。

 

「……ったく、仕方ねぇ。言われた通り向こうで為すべきことを為す、それでいいんだろ? なら為すかわりに、絶対後で詳しい話教えろよ?」

 

『アウト』達が未だ反応しない為、自ら換装プログラムを起動させてアウトフレームDの装備をGフライトから高機動用であるエールストライカーに変更し、換装し直す。

続いて左腕には、近接用の装備ソードストライカーの一部であるアンカーユニット『パンツァーアイゼン』を取り付け、エールストライカーのエンジンに火を入れる。

 

「―――やれやれ、無風状態を示す名前してんのに、風になれとは無茶を言う」

 

目前に迫った穴へ向け、頭が前に来るように姿勢を反転させると同時に一気に瞬間加速(イグニッション・ブースト)を起動し、次元の狭間から穴の向こう側へ。

悪意の鎌を見知った地へと向けている、鋼鉄の化け物が待ち受ける外へと飛び出した。

 

《―――愛しき人、貴方に祈りを。健闘を》

 

その背に、役割を終え消えゆくエージェントの声援を乗せながら。

 

 

◆■◆■

 

そんな逢瀬を、『燃える三眼』が見ていた。

しかしそれ程興味を持っている様子でもなく、けれど視界に入ったから見ていた程度の意識しか向けていない。

 

「まったく、偶然(じこ)で舞台への飛び入り参加はあまり感心しないんだけれどね。まあ『彼』の物語のスパイスにでもなってくれるというのなら、別に構いはしないけれど―――いや、違う。そうじゃないのか」

 

三眼はそう呟き、自身の認識の甘さを改める。そして、何を思ったのか彼らが通った後の穴に向け手をかざし……

 

―――ガチャリ

 

「この御伽噺(えんもく)偶然(じこ)じゃ成り立たないもの。彼が舞台に上がるからこそ、『ボク』や《奴》にも想像できない必然がそこにあるはず。だって、そう考える方が面白そうじゃないか」

 

そう考えただけで、胸が躍りそうになる。そう、むしろこの御伽噺(えんもく)は簡単には想像できないほどの『必然』が集う可能性があって然るべきなのだ。

 

―――だからこそ御伽噺が成り立つのなら、君自身が思う『()()()』という起爆剤が何を生むのか……楽しみに見させてもらうよ、高天ヶ原凪くん?

 

 

◆■◆■

 

 

あらゆる色が混ざった次元の狭間から、雲一つ見当たらない真夏の大空へ飛び出た途端。

装甲越しとはいえど降り注ぐ真夏の日差しと全身を包み込む蒸し暑い空気に、少しだけクラっと来るが、耐える。

 

―――あぁくそ、数十分前までは夜中の海上だった分、急な温度変化で体の調子が……。

 

おまけに、先ほどまで何とか我慢していたとはいえ一度開いてしまった傷がズキズキと痛むのもあり、無茶な戦闘機動は出来るか不安だ。

 

眼前に迫った紅い鋼鉄の蟷螂が、こちらに気付き鎌を振り上げる動作を行うと同時に、その周囲にいきなり八体もの緑色の蟷螂どもが燐光とともに姿を現し、迎撃の姿勢を見せた。

 

やはり姿を隠してる奴が居たかと考えながら、一気に増えた敵に対しどう動くか頭を働かせる。

数はもちろん、ベストコンディションではない自分と向こうとでは、向こうのが有利だ。

しかし、やるしかあるまい。

―――それに、少なくとも一人で全部やる必要はないのだ。()()()()()()()()()()()

 

「―――さぁて、いい加減起きろ、『アウト』! 『ゲイル』!」

 

右手でストライカーからビームサーベルを抜き、真っ先に襲い掛かってきた緑のブリキ蟷螂に斬りかかりながら、左手のアンカー(パンツァーアイゼン)を側面から攻めて来たもう一体の緑の顔面へ向け撃ち放つ。

そして叫ぶように半フリーズ状態だった二人へ呼びかけると、バイザーの両端に白い少女と青い少女のアバターが表示され、それぞれ現況を確認するような動作を見せながら返答してきた。

 

『―――申し訳ありませんマスター、たった今再起動しました。状況の把握は……失礼、再度戦闘ですね。フリーズしていた分を取り戻す為にも、全力で支援致します』

『―――ふぇっ、なんか急に膨大なデータ叩きつけられて意識飛んでたと思ったらいきなりお昼!? あ、今度は真っ赤なカマキリだ!? 三倍強いのかな!?』

「おう、害虫駆除の続きだアウト。ゲイル、お前は支援いいから『修夜』んとこの『シルフィー』嬢に一報入れとけ! 厄介事発生につき突撃お宅のお昼ご飯ってなァ!」

 

顔面へアンカーを食らい仰け反った緑の蟷螂にアンカーワイヤーで捕まえると、次に迫ってきた個体へと遠心力に任せるまま叩きつけ撃破。

 

二体分の爆発が起こると共に、一旦真下へ向け瞬間加速を掛けて連中の下をとった。

そして凪は右手のサーベルを収めると、すぐさまライフルを呼び出し隙だらけとなっている蟷螂共の腹へめがけて射撃を行い、ゲイルへ今すぐ頼れるであろうこの世界の()()()()へ、連絡を取るようにと指示を飛ばす。

 

『え、此処シルフィーちゃんの居る世界!? ―――あ、ほんとだシグナル発見! オッケオッケ、今アリーナに他の子達と一緒に集まってる! ソッコーでヘルプしとくね!』

「―――んじゃまあ、返事が来るまで蟷螂退治のお時間だ!」

 

反撃とばかりに口元から砲撃を返してくる四体と、紅い個体を先頭に両腕の鎌を振り上げ突撃をかましてくる三体。

それぞれの()()()()()()()()に乗せた反撃と追撃を躱しながら装備をGフライトに変更し、飛行形態へと移行。

初速を瞬時加速で稼ぐと共に、真正面から来る群れの右翼を抜け、バイザーの向こうで敵と白い入道雲が左へと流れていく。

 

『追撃来ます!』

「そう来なくちゃなぁッ!」

 

視界の端で、敵の砲口が火を噴き、連続する砲音と幾筋もの光が背に迫る。

ほぼ直感と反射のみで機体を逆立ちの形へ九十度傾け、進行方向はそのまま瞬時加速も用いて強引に()へ回避を敢行。

頭上がIS学園を中心とした海面に、足元は突き抜けるような青空と水流のように流れていく雲。

そんな上下が反転した景色の中で走り抜ける光をギリギリでやり過ごした。しかしその先には待ち構えていたのか、新たな蟷螂が三体、燐光とともに姿を現し頼んでもいないお出迎えの砲撃を見舞ってくる。

 

『左ッ、次ちょい右来ます!』

「次から次へと……モテる男はつらいねぇ!」

『言ってる場合ですか!』

 

短く告げられたアウトの声に、反射的に対応。ビーム同士の細い隙間を縫う様に潜り抜け、間髪入れず三発のビームを撃ち込み、三体中二体を撃破。そこからはもう指示を待っていては間に合わない。

苦し紛れの軽口の応酬と共に次々と背中へ襲い掛かるビームの雨を反射と直感を頼りに回避しながら、前方に残った伏兵の一体をすれ違いざまに撃ち落とし一気に後続との距離を空ける。

 

強引な機動を強いた機体は軋みを上げ、両耳には警告音のオンパレード。肉体は本格的に傷が開き始め、上半身前面に走る斜めの傷から、生暖かさと汗とは違う水気が滲むのを感じ始めた。

もっと言うと、胃の中身がせり上がってきてたりする。

 

「―――っべぇ、吐きそう……」

『今吐いたら確実に気道塞いで窒息しますので、どうぞご遠慮ください!』

「今度ゲロ袋機能実装しよっかな……!」

『そんなことしたら今後ナビゲーション及びアシストサボりますので!』

 

あらやだ辛辣。

―――しっかし、そろそろ本格的に拙いな…修夜からの返答は、まだか?

 

不調が如実に表れだし、焦燥感が首をもたげ始める中。

漸くというようなタイミングで、プライベート・チャンネルに着信音が鳴り響いた。

やっとか思いながらチャンネルを開くと、期待通りの声が届いてきた。

 

『―――おい凪、なに団体引き連れて勝手に学園上空でドンパチしてやがるっ!?』

 

思いの外早かった再開への喜びと、勝手に人様の世界で何真昼間から戦闘してるんだという怒気と困惑を感じさせる声。

この並行世界における一夏以外にISを動かせる男子、『真行寺修夜』だ。

そんな様子の彼に対し、声に不調を出さないようにしながらビームを掻い潜り、凪は努めて元気に返事を返す。

 

『―――よぉ、数日ぶりだな修夜! いやぁ、ちょっと急なモテ期ってところだ!』

『こっちから観測したところ、カマキリみたいな機械しかいないように見えるが? しかも殺意マシマシで女でもない』

『うーん、ジョークをガチトーンで返される辛さってわかる? 修夜さんや』

『んな事言ってないで、どうすんだ? 一応ゲイルから大体の経緯は聞いてんだが』

『とりあえず、今アリーナに居るんだろ? そっちに誘導していいか? 流石にずっと学園上空でやりあうわけにもいかんし、何よりこいつらの動きを制限したい』

 

あと数が欲しい。

そう伝えると、一拍間を置いて返事が来た。

 

『……オーケー。ただセシリアやシャル、ラウラは居ないし、一夏や箒、くーと鈴を除いてお前を知らないのが二名ほどいるが、後で上手いこと口裏合わせろよ』

『あー、初見さん居んのか。ま、対応はそっちに任せるよ。じゃ、今からエスコートするんで準備よろしこ!』

『場所は前に使った場所だからな、忘れんなよ』

 

一体だけ鎌を振り上げ突出してきた緑の個体を撃ち落としたところで通信を切り上げ、眼下にあるIS学園の複数あるアリーナ……その中で以前使った、第三アリーナへ向けて残り五体ほどの蟷螂共をギリギリ追い付かれるかどうかぐらいの速度で誘導していく。

 

『―――マスター! 紅の個体が見当たりません!』

 

しかしアウトからの報告で、凪は紅の個体が居ないことに気付いた。

 

―――どこへ……っ?!

 

飛行形態を解除し、紅い個体を探そうと僅かに足を止めた瞬間。

背中にドロリとした圧を感じた。

 

『六時方向、鎌!』

「ケツ側かよ!」

 

アウトの警告を聴くと同時に、装備をGフライトからシールドストライカーへと変更、紅い個体の鎌を防ぐ。

そしてそのまま、シールド基部のアームを上手い事跳ね上げるように動かし、紅き蟷螂を弾き飛ばし僅かな隙を生み出すと。

 

「―――ケツばっか狙うんじゃねぇカマ掘り野郎! いや蟷螂野郎!」

『アンカー射出!』

 

振り向きざまに左足の膝蹴りを相手の首元へ見舞うと共に、左膝のアンカーを打ち込み追撃を与える。

そして右膝のアンカーも胴へと打ち込むと、牽引する形で一気にアリーナへ向け加速する。

同時に左腕へ可変式の赤い巨大な大剣『タクティカルアームズⅡL』を呼び出し装着。刀身を真っ二つに割ると共に挟み込む為のクロー状の形態へと移行させ、先回りしてきた緑の個体二体を纏めて挟み込み、牽引している紅の個体へぶつけておく。

 

「そぉら、これから地面とキスする準備しときなこの野郎!」

『アリーナまで残り、あと―――!』

 

眼前へと迫ったアリーナの開かれたドーム状の屋根、待ち構えている見知った姿五人の他に初めて見るISを纏った二つの影の姿を捉える。

 

―――あー、ちんまいな。

 

いやそうじゃないだろ、と思わず口にしそうになるのを抑えながら、アリーナへと辿り着く。

そして、地面へとあと10m程度となったところで急ブレーキをかけ、加速を乗せたままのワイヤーごと地面へ紅の個体を叩きつけた。

 

「そのまま地面とちゅっちゅでもしとけ!」

 

轟音と共に砂煙が捲き上がったのを後ろ目に確認しながら、アウトフレームDや白式とはまた違う白の機体を纏う男の隣へ、凪は無事着地を果たす。

 

「―――よぉ、時間通りか?」

「―――おぉ、予想通りの速さだな」

 

振り返り、獅子を思わせるようなパーツが散りばめられたIS『エアリオル・ゼファー』を纏う青年、真行寺修夜へ「だろ?」と言いながらタクティカルアームズⅡLを大剣状態に戻し、肩に乗っけて空から降ってくる残り四体の蟷螂共を見据えた。

そして砂煙が収まると共に、僅かな損傷しか負っていない紅い個体が立ち上がり咆哮を上げる。

 

するとその周囲の空間が一瞬歪んだかと思うと、新たに二体の緑の蟷螂共に加えて今度は蜂の様な見た目の奴が二体姿を現した。

これで計九体、こちらは八人……ちょうどいい数だ。

 

「飛び込み参加で増えたが、いけるか?」

「準備運動にはなるな」

 

軽口を言い合いながら、各々得物を構える傍らアウトらにその場の全員へ相手の特徴と戦術データ配布の指示を出して、呟く。

 

「手ぇ抜くなよ、修夜」

「そっちも怪我が開いてんなら休んでていいんだぜ、凪」

 

そして迫るビームを避けながら、二人は同時に口を開いた。

 

「「ハッ、馬鹿言うな。やってやるさ」」



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。