落語 初夢 (紫 李鳥)
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落語 初夢

 

 

 えー、秋風亭流暢(しゅうふうていりゅうちょう)と申します。

 

 一席、お付き合いを願いまして。

 

 ここで、謎かけを一つ。

 

 雑煮(ぞうに)を食い過ぎたのとかけて、元カノと別れた原因と解く。さて、その心は?

 

 焼き餅の焼きすぎ。って、なんだかよく分からねぇが、ま、口から出任せ、あなたにお任せってことで、ご勘弁を願いまして。

 

 えー、正月ってことで、めでてい(はなし)をぶっちゃけさせてもらいますが。

 

 昔の正月ってぇと、歌の文句じゃねぇが、(たこ)を揚げたり、独楽(こま)を回して遊んだもんだ。

 

 他にも、羽子板(はごいた)歌留多(かるた)双六(すごろく)福笑(ふくわら)いなど、遊ぶもんには事欠(ことか)かなかったが。

 

 令和(れいわ)の今じゃ、原っぱも空き地もねぇもんだから、凧揚げどころか、羽子板もできねぇ。正月ならではの光景を目にするなんざぁ皆無(かいむ)だ。

 

 昭和の頃は正月ならではのイベントが目白押(めじろお)しよ。

 

 えー? 毛卍文(けまんもん)模様の大風呂敷を身にまとった獅子舞(ししまい)が、口をパクパクさせながら、門松(かどまつ)を飾った玄関先にやって来て、家ん中で退屈してる父ちゃん、母ちゃんに、

 

「明けましておめでとうございます」

 

 なんて、(しゃべ)りに合わせて、獅子もどきが口を動かすわけだ。ま、腹話術(ふくわじゅつ)のめでてぇ版みてぇなもんだ。

 

「どうも、おめでとうさんです」

 

 なんて、言葉を返して新年の挨拶(あいさつ)だ。お坊っちゃまやお嬢ちゃまは、七五三(しちごさん)で着た以来の着物なんか着せられて、はしゃぐにはしゃげねぇ窮屈な思いをして、最後にゃあっちこっちはだけちまって、酔っ払った与太郎(よたろう)みてぇな格好で、もうどうにでもしてくれぇって有り様だ。それでも、獅子舞に頭を噛まれて大喜びだ。

 

 (きね)(うす)のある家は餅つきなんかしちゃって、きな粉だのあんこだのをまぶして食うわけだ。つきたて餅のうめえことうめえこと。

 

 ま、うめえもんを挙げたら切りがねぇから程々にしとくが。

 

 こたつに入りながら雑煮やらおせちやらを食った後は、テレビを観ながらみかんを食うってぇのが正月の定番だ。

 

 

 

 えー、ここいらからちっとばっかり話が変わるんで、遅れねぇようについてきておくんなせいよ。

 

 タマはぽかぽかのこたつ布団からちょこっと尻尾(しっぽ)を出して、気持ち良さそうにうたた寝だ。

 

 一方、番犬のポチは暖房のねぇ吹きっさらしの犬小屋で身を丸め、

 

「……ったくよ、なんでこんなに差があるんでぇ。不公平じゃねぇか。ブルブル……」

 

 って武者震(むしゃぶる)いみてぇに震えちまって、可哀想(かわいそう)なもんだ。外の気温と大して変わんねぇ、バスもトイレも付いてねぇワンルームで、一日二回の冷や飯を食わされ、毛布一つねぇフローリングで寝ろったって、熟睡できるわけがねぇ。

 

 凍死寸前の状態でブルブル震えながら、犬歯でガチガチ歯音を立てて、まんじりともできず、夢だかうつつだか分かんねぇ状態でうとうとしてる有り様だ。

 

 反抗するかのように、嫌がらせに知らねぇ客が来ても教えねぇでいると、

 

「客が来たら吠えなさいよっ、この役立たずっ!」

 

 なんて、お多福(たふく)顔の奥方から(ののし)られ、逆らったら飯にありつけねぇかもと危惧(きぐ)して、とりあえず、

 

「うわわ~~~ん」

 

 なんて、反省の色と反抗心をミックスした玉虫色の鳴き声でご機嫌を(うかが)ってみる。するってぇと、

 

「今度吠えなかったら、飯抜きだからねっ!」

 

 って、あまりにも非情なお言葉。

 

 嗚呼(ああ)! ……悲しき(かな)()犬生(いぬせい)。……一遍(いっぺん)でいいから、タマとスイッチしてぇな。だが、タマのほうは承知しねぇだろな。こんな冷遇、誰だって嫌だもんな。

 

 あ~、神様、仏様、こんな哀れなおいらを一度でいいから、ホカホカ、ポカポカにしてやっておくんなせい。頼んますぅ。グスッ……。

 

 信仰心の一欠片(ひとかけら)もねぇポチだが、正月ってぇことで、なんかご利益でもあるんじゃねぇかと、(わら)にもすがる思いで、泣いて頼んでみた。

 

 

 するってぇと、

 

「これこれ。ポチとやら起きなされ」

 

 じじいの、のんびりした声が聞こえた。

 

「ムニャムニャ……」

 

 ん? レム睡眠に訪れる夢ってぇ奴かぁ?

 

 夢だと思ったポチは、目を開けるのをやめるってぇと、その夢の続きを見ることにした。

 

「さあ、ポチ、わしと一緒に来なされ。ホカホカ、ポカポカに案内しよう」

 

「えっ! マジで? やりーっ!」

 

 やっぱ、お願いしてみるもんだなぁ。縁起のいい夢じゃねぇか。と、夢だと思い込んでる夢ん中に夢中だ。

 

 

 

 杖をついた長い白髭(しらが)の、仙人(せんにん)みてぇなじじいに連れて行かれたのは、山のてっぺんだ。

 

 目の前には、ふわふわ、ぷかぷかの雲なんか浮かんじゃって、山の向こうからは朝日が昇り始めてるじゃねぇか。

 

「どうじゃポチ、きれいじゃろ?」

 

「美的センスがねぇんで専門的なことは分からねぇが、ま、青い空を赤く染める太陽だ、彩りは悪くねぇなぁ。ちっとまぶしいが」

 

「初日の出と言ってな、縁起のいいものなんじゃよ」

 

「ほう、そうですかい。どれ、願い事でもしてみるか」

 

 パチパチ!

 

 前足で柏手(かしわで)を打つってぇと、

 

「えー、ポチと申す、しがない雑種でございます。毎年この時期になりますと、凍死状態でありまして、“生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ”でして。どうか、一度でいいからホカホカ、ポカポカを体験させてやっておくんなせい。頼んます。パチパチっと」

 

 ポチはそう言って、もう一遍柏手を打つとお辞儀をした。

 

「ポチ、どうじゃ、ホカホカ、ポカポカになったかのう」

 

「えー? なるわけないっしょ。ここは山のてっぺんじゃないっすか」

 

「何事も気の持ちようじゃ。修行が足りんのう」

 

「エッ……修行って?」

 

「ホカホカ、ポカポカになるための修行じゃよ」

 

「げっ。何するんですか」

 

「この山を下っては、また登るんじゃ」

 

「えー? ……そんな。グスッ」

 

 あまりにも予想と違う夢の内容にポチは絶望するってぇと、夢から覚めるために後ろ足で頬っぺたをつねってみた。

 

「イッツ」

 

 ところが、痛いだけで状況はちっとも変わらねぇ。同じ雲に、同じ朝日。そして、同じじじい。嗚呼、神様、あんまりじゃねぇですか。こんな過酷な仕打ちを受けるぐらいなら、まだワンルームの凍死状態のほうがマシです。どうか、元に戻しておくんなせい。グスッ……。

 

「ほら、ポチ、早くしなされ」

 

「は、はい」

 

 仕方ないや、と(あきら)めると、その深い雪ん中を下った。

 

 

 

 下ったはいいが、登るのは無理だ。

 

「はぁはぁはぁ……」

 

 荒い息と共に、その場に倒れちまった。

 

 ……もう駄目だ、登れねぇ。このまま逃げるか。そんな(よこしま)な考えが浮かんだ時だ。

 

「ポチ殿」

 

 バスバリトンのいい声が聞こえた。

 

「エッ?」

 

 ポチがキョロキョロするってぇと、

 

「上です」

 

 と、また低音のいい声だ。ポチが見上げるってぇと、大きく翼を広げた鷹が羽ばたいてるじゃねぇか。

 

「どうぞ、拙者(せっしゃ)にお乗りくだされ」

 

 鷹はそう言って、滑空してきた。

 

「かたじけのうござる」

 

 って、ポチまで武士言葉だ。

 

「さあさあ」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 ポチは鷹の上に乗ると、抱きついた。

 

「それではポチ殿、参りまする」

 

「お頼み申す」

 

 ポチを乗せた鷹は、羽ばたきながら空高く飛び立った。

 

「うひょ~、飛んでるぜぇ。気持ちい~」

 

 初体験の飛行に大喜びだ。

 

 ……苦あれば楽ありかぁ。ポチがそんなことを思ってると、あっという間にてっぺんに到着だ。

 

「ポチ殿、ここからは歩いてくだされ」

 

「ははー、承知いたし(そうろう)

 

「さらばじゃ」

 

 鷹はそう言って飛び去った。

 

 ポチは全速力でじじいの所まで走った。

 

 

 

「はぁはぁはぁ……」

 

 息を荒げて戻ると、

 

「ポチ、お帰り。速かったのう。どうじゃ、ホカホカ、ポカポカになったかなぁ」

 

 じじいはのんびりと言った。

 

「ええ、確かになりましたよ。走りゃ、誰だってポカポカになりますよ」

 

「なったかぁ。では、帰ろうぞ」

 

 ったく。走るだけなら犬小屋の周りでいいじゃねぇか。わざわざこんな山のてっぺんに連れて来なくてもよぉ。

 

「ポチ、いま修行をした山は富士山と言ってな、日本一の山なんじゃよ」

 

「そうですかい、そうですかい。犬のおいらには別に関係ないっすけどね」

 

「ま、そうかも知れんが、縁起のいい山だと言うことを覚えておきなされ」

 

「はい、はい」

 

 ポチは雲ん上を歩きながら生返事だ。

 

「それじゃ、いい夢をの」

 

 じじいはそう言って、雲ん中に消えちまった。

 

 

 

 

 気がつきゃ、再び吹きっさらしのワンルームん中だ。

 

 ……ったく、何がホカホカ、ポカポカだ。あ~腹減った。ポチは空腹と寒さから、また凍死状態の眠りに入っちまった。

 

 

 

「――ポチ、新年、おめでとう」

 

 ん? なんだ? いつも怒鳴(どな)ってる飼い主の奥方がニコニコ顔じゃねぇか。心変わりか? 単なる気まぐれビーナスか? それとも、正月ってことで特別待遇かぁ? もしかして、こっちのほうが夢か……? ってか、俺、家ん中にいるし。しかも、こたつに尻入れてるし。タマは尻尾出してるし。暖けぇ~、幸せだな~。

 

「ポチ、ほら、お食事よ。分厚いサーロインステーキに、おやつはビーフジャーキーよ」

 

 ……ウソだろ? マジかよ。うわ~、うまそ~。ガブリッ! ガブリエル。ムシャムシャ……武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)……ん~、メッチャうめ~。し・あ・わ・せ~。

 

「皆様、明けましておめでとうございます」

 

 なんだなんだ? ……これがかの有名なテレビって奴か? 一人で喋ってるぜ。

 

「――どんな初夢を見ましたか? 縁起がいいとされる夢が、一富士(いちふじ)二鷹(にたか)三茄子(さんなすび)――」

 

 ん? ……富士も鷹も夢で見てるじゃん。……げっ、縁起のいい夢だったんだぁ……。あ~、うまかった~。満腹、満腹っとぉ。

 

 ピンポ~ン!

 

 アッ、客だ。おいらの出番だ。

 

「ワンワン!」

 

 やっぱ、うまいもんを食うと、“吠え”の質が違うねぇ。自分で言うのもなんだが、惚れ惚れするいい吠え方じゃねぇかぁ。ましてや、ホカホカ、ポカポカの室内だ、喉もうなるってぇもんだ。クッ。

 

「これはこれは、蛭子(えびす)さんの奥様、明けましておめでとうございます」

 

「おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」

 

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。まあ、可愛いワンちゃん」

 

 ……なぬぅ、ワンちゃんだ? ちょっと(のぞ)いてみっか。

 

 

 

 うひょ~、かわい~。おいらのタイプだぜ。

 

「お名前は?」

 

「ナスビです」

 

 ん? ……ナスビ? ふじ、たか、なすび。これで全部出揃ったじゃねぇか。

 

「これ、ポチくんにお年玉です」

 

 えーっ! おいらにお年玉って。ナスビを?

 

「まぁまぁ、ありがとうございます。ポチも喜びますわ」

 

 

 

 

 

 これがホントのポチ袋ってか? こりゃあ、春からめでていや。

 

 

 

 

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____幕____



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