炭鉱出身ツルハシブンブン丸 (語部創太)
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プロローグ

なんとなく頭に浮かんだので、テロテロと書いていきます。
艦これの二次創作小説と同時進行でゆっくりやっていきます。

とりあえず、主人公がオラリオに辿り着くには3話くらいかかりそうです。
本編までの導入が長すぎて泣きそう。


 黒鐘龍馬(くろがねりゅうま)(以下、リュウマと表記する)は、鉱山に程近い町で生まれた。

 両親は、鉱山を管理するように国から命じられた役人であった。

 

 リュウマは小さい頃から身体を動かすことが大層好きな子供であった。

 幼き時分より、屈強な男たちと同様に『ツルハシ』を肩に担ぎ、鉱山に潜り、採掘の手伝いをしていた。

 両親はリュウマに鉱山管理者の後を継いでほしかったが、現場で実際に働く経験も管理する者になった時に役立つだろうと考え、息子の行動を咎めることはしなかった。

 

 おかげでリュウマは、14歳になる頃には周りの大人たちにも劣らぬ筋骨隆々の肉体を手に入れていた。

 東妻(あずま)の国における成人年齢は15である。

 つまり、あと1年もすればリュウマは両親と共に鉱山管理者の職に就くことが決まっていた。

 

 

 事件が起きたのは、そんなある日のことである。

 

 

 リュウマは、その日も変わらず鉱山での採掘に勤しんでいた。

 深く掘られた洞窟から鉱物の含まれた土をえっさほいさと外へ運び出す作業を頼まれた。それに従って、肩に麻袋を担いで洞窟の外に出た。

 

 洞窟の外は、大火事であった。

 

 文字通り、辺り一面が火の海。熱風に乗って漂ってくる鉄が腐ったような血の匂い。

 一体どうしたというのか。麻袋を放り出して駆け出す。誰かいないのか。大声で人を呼ぶ。しかし平常であれば数十人はいるであろう屈強な鉱夫たちは、物言わぬ死体となって辺りに転がっている。

 ある者は首から上がなく、またある者は身体が右と左に切り裂かれている。

 なにより、最も多いのは真っ黒こげに焼かれもはやだれなのかも判別不可能となった焼死体。

 

 そのまま走り続けること数十分。見えてきたのはリュウマが生まれ育った鉱山集落――炭鉱町であった。

 

 

 そこには、1匹の『龍』がいた。

 

 

 住んでいた千近い数の人々はなく、破壊された家々の中央に鎮座しているのは、山のように大きく、漆黒の鱗に包まれた『龍』であった。

 『龍』はリュウマを一瞥する。その口に咥えられたモノを見て、リュウマは目を大きく見開いた。

 

 それは、尊敬する父の生首であった。

 現実を受け入れられず呆然としている間に、父「だったもの」は『龍』のノドに吸い込まれていく。

 『龍』は、動く様子のないリュウマをしばらく見つめていたが、やがて興味をなくしたのか、その背に生えた大きな翼を羽ばたかせた。

 

 リュウマが我に返った時、そこに『龍』の姿はなく、あるのは破壊されつくされた故郷の姿であった。

 

 

 

 その後、東妻の国で最大の鉱山は廃されることとなった。伝説の『黒龍』による天災は人々の記憶に深く刻まれ、かつて町があった場所には、そこで亡くなった魂を弔うための大きな石碑が建てられたという。

 

 その石碑の1番上には、鉱山最後の管理者であった『黒鐘』夫妻と、その一人息子の名前が刻まれている。

 




主人公の名前
黒龍からもじった。
原作主人公のベル・クラネルから取って鐘。
馬は、オラリオで馬車馬のように働いてもらいたいからです。

おら頑張れ主人公。金を稼いでくるんだよ。


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1. そうだ、オラリオへ行こう

 最初の方は状況説明もあるので、だいぶ退屈になってしまっています。
 次の話からは本格的にコメディと化していくので、今回だけ我慢していただければと思います。
 小説って難しい(´・ω・`)


 太陽を司る神『天照』は、疲れ果てていた。

 

 自分の住む社から2日ほど歩いたところにある鉱山が、世界最強のモンスターである『黒龍』の襲撃を受けてから1週間。

 慌てて被害状況を確認しに向かったところ、炎の燃え盛る中で呆然と佇む少年を見つけたのが5日ほど前のことだ。

 おそらくは炭鉱集落唯一の生き残りであろう少年を引き連れ、社に戻ったのが3日前。

 

 その翌日。それまで一言も発さなかった少年は、突然「オラリオへ行く」と言い出したのだ。

 意気揚々と社を後にする少年を慌てて連れ戻し、何とか思いとどまるように説得すること、不眠不休で3日目の朝を迎えた。

 

 少しでも目を離すと外に出てしまうため、片時も目を離すことができない。なんだこの子は、そこいらの赤子よりも手が付けられないではないか。

 こめかみを揉み解す天照をじっと見つめ、少年――リュウマは言った。

 

「お話は終わりでしょうか?」

 

「そんなわけないでしょ!?」

 

 天照の胃がキリキリと音を立てた。

 

「どうしてそんなにオラリオへ行きたいの?」

 

 迷宮都市オラリオ。『世界の中心』とも称される巨大都市。数多の英雄を生み出し、天界から顕現した神々が住まう地。

 

「行きたくなったので」

 

「あなた馬鹿なの!?」

 

 3日間。同じ質問に同じ答えしか返さないリュウマを罵倒する天照。激怒する神を無表情で見つめるリュウマ。

 

 気付いてほしい、天照。この少年は疑う余地もなく『馬鹿』である。

 そもそも権力者の息子として生まれながら、命の危険がある鉱夫として働くなど正気の沙汰ではないのだ。身体を動かすのが好きとかいう理由で気軽にやっていいことではない。

 そして、大事な一人息子が命の危機に晒されようとしているのに、それをあっさり許可する両親も頭がおかしい。

 

 アマテラスもリュウマも知らないが、鉱夫の間での黒鐘親子の評判は「仕事はできるけどすごく天然はいってる人たち」、暗に馬鹿と言われていたのだ。

 

「主神『天照』。あなたに我が命を救っていただいたことには感謝しています」

 

 リュウマは天照を見つめたまま礼を述べる。

 

「身寄りのない子どもを引き取って育てる天照さまとタケミカヅチさまのお話は、炭鉱でもよく耳にしておりました」

 

 本当に感謝しています、と深く頭を下げるリュウマを見て天照は大人げない自分を省みて頬を赤く染める。

 

「もう、いいのよそんなこと。私たちは神として当然のことをしているだけだもの」

 

 照れ隠しも含まれているが、それは天照の本心であった。

 心優しい神に拾われたことに改めて感謝を述べるリュウマは、しかしと続ける。

 

「私は14歳。まもなく成人を迎えます。自分の未来は自分で決めなければなりません」

 

「えぇ、そうね」

 

 傍から見ればリュウマはとても14歳になど見えない屈強な体つきをしており、十分に大人に見える容姿をしている。リュウマを子どもだと分かったのは、天照が神であったからなのだが。

 

「私は自らの生きる意味を見つけたいのです」

 

 狭い炭鉱で生きてきた自分には、明確な目標も夢もなかった。両親の後を継いで鉱山管理をするものだとばかり思っていたが、先日の事件で両親が他界し、それは叶わなくなりました。

 淡々と身の上を語るリュウマ。

 

「オラリオは、世界のすべてが集まる場所です」

 

 人間だけではなく、エルフやアマゾネス。小人やドワーフなど多様な人種が集う。

 交易の要でもあり、貿易に使われる商品はすべて一度はオラリオを通るとも言われている。

 曰く、「すべての道はオラリオへ通ず」

 

「そこでなら、私は自分の道を見つけ出すことができると思うのです」

 

「・・・あなたの気持ちはよくわかったわ」

 

 天照は、数年前にオラリオへ旅立ったタケミカヅチと子どもたちを思い浮かべた。

 

「けれど、オラリオじゃなくても生きている人々はいるわ。オラリオへの道は果てしなく危険だし、そんなフワフワした考えじゃとても許可はできない」

 

 子どもの一人旅なんて、野盗に襲われて死ぬかモンスターに襲われて死ぬかの結末しかない。死ぬと分かっていてなぜ許可できようか。

 

 天照の優しさは、しかし目の前の『馬鹿』には通じなかったようだ。

 少し考えこんだ後、リュウマはとんでもないことを口走ったのだ。

 

 

「よく考えたら、天照さまの許可をいただく必要はないのでは?」

 

 

 救ってもらった恩など海へ捨ててきたと言わんばかりの言いぐさである。

 

「天照さまに拾ってもらったことは感謝していますが、私は天照さまに育てられたというわけでもないので、無理に言うことを聞く必要はないかと」

 

「い、いやでもあなたはもうココの子どもなんだから」

 

「いえ、私は今は亡き父と母の子ですので」

 

「ここで暮らした日々を忘れたの!?」

 

「一晩の寝床と3日間にわたる説教は覚えておりますが」

 

「子どもは大人の言うことを聞くものよ!」

 

「よく考えてみれば今日は私の誕生日でして」

 

 15歳なのでもう大人ですね、とのんびり言うリュウマに、天照は涙目である。

 

「それでは天照さま。短い間ですがお世話になりました」

 

「待ってよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

席を立つリュウマにすがりつく天照。とても神とは思えない惨めな姿だ。

 

「子どもたちがみんないなくなっちゃって寂しいのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

「それが本音ですか」

 

 ハッと我に返る。しかし時すでに遅し。リュウマが冷たい目で天照を見下ろしている。

 

「さようなら」

 

「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

 神ともあろうものが号泣である。

 

「ならせめて! せめて『神の恩恵(ファルナ)』だけでも刻ませてぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

「はい?」

 

 聞き馴染みのない単語に首を傾げるリュウマ。ここぞとばかりにまくしたてる天照。

 曰く、恩恵を授かれば人としての限界を超えることができるということ。

 曰く、本来は更新してどんどん成長させるものであるが、刻むだけでも多少の能力向上が見込めるということ。

 曰く、生存確率を少しでも上げるには必要だということ。

 曰く、他の神にも上書きできるようにしておくからオラリオで新しい神の傘下に入れば旅の経験値を昇華させてより強くなれるということ。

 

 なるほど、メリットしかない。リュウマは快諾した。天照は涙を流して喜んだ。もう涙を流しすぎて顔がグチャグチャである。女神ともあろうものがなんと情けない。

 

「せっかくの美貌が台無しですよ」

 

 甘い言葉を囁かれ、優しく頬を拭かれた天照は顔を真っ赤にした。

 

 


 

 

 背中に熱を感じる。身体に力がみなぎるのを感じる。なるほどこれが『神の恩恵』か。実に素晴らしい。

 

「さあ、行くか」

 

 後ろを振り向くと、社から大きく手を振る天照さまが見えたので一礼する。彼女にはとてもお世話になった。この恩は一生忘れることはないだろう。

 

 向かうは西方。神々と英雄の住まう土地オラリオだ。

 自らの生きる道を探すため。生きる意味を見つけるため。

 『黒龍』を倒し、両親の仇を討つため。

 

 黒鐘龍馬は西へ行く。

 

 


 

 

「・・・うふふ」

 遠くに消えていく龍馬くん。でも大丈夫。恩恵を授けた私なら、彼のいる場所が手に取るように分かる。

 

 そう、それこそどこにいても。

 

 他の神が恩恵を上書きしたら分からなくなってしまう。でも、それも対策済み。

 恩恵とは別に、常にいる場所が分かるように『神聖文字(ヒエログリフ)』を刻んでおいたから。ちゃんと隠蔽もバッチリ。

 ちょっとだけ神の力を使っちゃったけど、どうせ誰にもバレやしない。

 

 だって私は日ノ本の最高神なんだから。

 

 私には、自分が治める国で生まれた彼にギリシアの悪い虫がつかないように監視する義務がある。

 決して、彼と家族になるであろうまだ見ぬ神に嫉妬しているわけでも、羨ましいわけでもない。

 

 そう、そんな必要はないのだ。

 だって、彼は『私のもの』なんだから。

 

「っいた・・・」

 

 股を抑える。神といえども破瓜の痛みは少々つらい。

 まだ少し出ていた赤い血が付いた指を拭く。

 

「ふふふ・・・」

 

 彼の『初めて』の神は私だし、私の『初めて』の男は彼なのだ。

 

 弟との契約で子どもはいくつか出来たけど、アレは口から出したやつだから数えない。そもそもスサノオみたいなゴミは私の愛を受けるに値しないから。

 

あぁ、楽しみだなぁ。この先どんなゴm・・・神が彼と契約しても、私と彼の『初めて』には敵わない。私の『愛』の前にはすべてが無力だ。

 

 私は主神だから、日ノ本から外には出られない。それが下界に降りるときの条件だ。

 でも大丈夫。彼は『最期』には私の元に戻ってくるから。

 

「100年後が楽しみだなぁ」

 

 魂だけの存在になったら、私と一緒に天界に行きましょう? そこで2人幸せに暮らすの。

 邪魔は入らないわ。天岩戸の中も、もっと過ごしやすいように改装しておくからね。

 

 本当に楽しみ。龍馬くんと結ばれる日が待ち遠しいわ。

 

 

 

アア、ハヤクシンデクレナイカシラ。愛シテイルワ、龍馬クン。

 




 はい。ということで、ヤンデレ(?)天照さまです。
 この天照様の重すぎる愛が、オラリオに着いてからちょっとした活躍を見せます。
 ちなみにヤンデレは天照さまだけ・・・の予定です。
 さらにいえば、本作のヒロインは天照さまじゃないですしね。

 「ヤンデレ」タグ、いりますかねぇ?(もう出番ないと思う天照さま)


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2. 海越え野を越え山を越え

 タイトルに『ツルハシ』って書いてあるのに、まだ目立った活躍がないんですが。
 ま、まあオラリオ着いたら活躍するから、ね?

 1日でUA1000件、ありがとうございます。ふおぉ!ってなりました。
 嬉しいです(*´▽`*)


 西へ歩くこと3日。リュウマの目の前には、どこまでも続く水溜りが広がっていた。

 

 なるほど、これが海か。

 鉱山と住んでいた町から外に出たことのなかったリュウマは、その広大な景色に息をのむ。

 

 さて、どうするか。

 海とやらは、ほんの少し泳げば対岸まで渡れるわけではないらしい。大きな船に乗って数日間の航海をしなければ、海の向こうの大陸にはたどり着かない。

 

 だが、リュウマがそんな大きな船を持っているわけがない。リュウマの現在の所持品は、故郷から持ってきた『ツルハシ』に、天照さまに持たせてもらった水筒とおにぎりや干し肉といった保存食だけだ。

 

 砂浜に座り、海を眺めながらおにぎりを頬張る。なんてことはない塩むすびだが、それが良い。

 

 腹も満たされたところで、辺りをゆっくり見渡すと、遠くの海岸に大きな船が停泊しているのを見つけた。

 リュウマは、それを見て昔両親に聞かせてもらった話を思い出した。

 

 曰く、東妻の国の西に位置する出雲(いずも)の国は、大陸の帝国と交易関係にあるらしい。年に数回、大型船舶を用いて交易品や人材のやり取りを行っており、親しい国交を結んでいるとのことだ。

 

 おそらくは、あそこに泊まっている船も交易船なのだろう。慌ただしく荷物を積んでいる様子からするに、もうすぐ出航するらしい。

 ちょうどいい。船旅中に肉体労働する代わりに大陸まで乗せていってもらえるように交渉しよう。

 そう思い立ったリュウマは、水筒の中の水を口にしながら船に向かって歩き出した。

 

 


 

 

 我らこそが海における『最強』である。男たちは、そう自負していた。

 国家間の交易船を襲撃して、金品を強奪する。出雲の国の軍船なぞでは相手にもならない。

 大陸の強国が差し向けてきた軍隊ですら撃退したことがある。

 

 そう、我らこそが誇り高き『海賊』である。炭鉱夫に優るとも劣らない屈強な肉体を持つ男たちは、そう自負していたのだ。

 

 その日、まもなく大陸からの交易船がこの近海に現れる。そう内通者からの情報を得た男たちは襲撃の準備を着々と進めていた。

 そんな時であった。1人の男が、自分たちの方にゆっくりと歩いてきたのだ。

 

「こんにちは。いい天気ですね」

 

 のほほんとした空気をまといながら話しかけてくる男を、海賊たちは険しい目で観察した。

 

 この停泊場所がバレたことは、過去数年で一度たりともなかった。国の追手にも分からないよう、細心の注意を払ってきた。しかし、目の前には自分たちと同じくらい強靭な肉体を持つ男が立っている。コイツは軍隊の斥候なのか、それとも自分たちが海賊だと気づかないほどの『馬鹿』なのか。ひとまず後者ではないだろう。海賊たちは目の前の男を敵と認定した。

 

 まさか、目の前に立つ男が15歳の大馬鹿者だとは思わなかったようだ。

 

 一方のリュウマは「みなさん武器を構えてモンスターを警戒してるんだなあ。偉いなあ」くらいにしか思っていなかった。

 

「おい! なんでこの場所が分かったんだ!」

 

「そこらへんを歩いてたら船が止まっているのを見つけたので」

 

「クソ、あくまで情報源は教えないつもりか!」

 

「そうだ。もしよければ私もその船に乗せて目的地まで連れて行ってもらえませんか?」

 

「なんだと!? 俺たちの魂ともいえる『海淵丸(かいえんまる)』を奪おうってのか!」

 

「もちろん仕事はしますよ? 力仕事には自信があるんです」

 

「力ずくでも奪おうってのか!? ふざけやがって!」

 

 まったく会話が噛み合っていない。

 頭に血がのぼった海賊の頭領とリュウマの間で、言葉のドッジボールが展開される。誰かキャッチしてやってくれ。

 

「野郎ども!」

 

頭領の合図に、武器を構えた海賊たちがリュウマに襲いかかる。

 

「ちょっと危ないじゃないですか」

 

 それを見たリュウマは、背中に担いでいた『ツルハシ』を一閃。

 数人の屈強な海賊が、砂浜に頭からめり込んだ。

 

「・・・は?」

 

 先陣の後に続こうとした後ろの海賊たちが、足を止める。

 

「何するんですか? そんなに怒ることしましたっけ?」

 

 余裕綽々といった様子で立っている男の足元では、自分たちの仲間が無様に突き刺さっている。

 

「ち、ちくしょう! 全員でかかれぇい!!」

 

 仲間の仇を打つため(死んでない)、大切な船を守るため、『最強の海賊』としての誇りを守るため、海賊たちはリュウマへと飛びかかった。

 

 


 

 

 大海原を海淵丸は行く。

 雲1つない快晴。空も青ければ海も青い。

 甲板に寝転がったリュウマは、空を見上げながらつぶやいた。

 

「さすがに船をもらうのはやりすぎたかなぁ・・・」

 

 あの後、なぜか武器で切りかかってきた国交使節の人たちを軽くいなしたところ「なんでも好きにしやがれ!」と言われたので、遠慮なく大型船をもらって出航したのだが。

 

「泣いてたもんなぁ・・・」

 

 砂まみれの顔をクシャクシャにしながら大泣きする男たちの姿にドン引きであった。

 ならなぜ戦いを挑んできたのか。ただ乗せてもらうだけで良かったのに。

 ため息をつきながら身体を起こす。まったく大人たちのやることはよく分からない。

 

 目の前には、広大な大地が広がっていた。

 

 大陸に到着したのはいいものの、この大きな船をどうするか。少しの間考えたが、この海岸に置いておけばそのうち誰かが気付いて出雲の国の国交使節の人たちに返してくれるだろう。せめて感謝の言葉を記した置手紙でもしていくとしよう。

リュウマは船を海岸に置いて、また西へ向かって歩き出した。

 

 

 

 数日後、いままで散々に苦労させられた海賊たちの船が海岸に打ちあがっているのを見た帝国軍が船内を検分したところ、中には食い散らかされた食料品と東方の島国の文字で「天皇陛下バンザーイ!」と書かれた紙が落ちていたという。

 さらに海賊の隠れ家が記された地図も見つかり、後日そこへ出雲の国と帝国の連合軍が乗り込んだところ、すっかり意気消沈した海賊たちがアッサリお縄に付いたらしい。

 帝国は海賊から事情聴取をして、海賊を撃退して船舶を奪取した英雄を表彰しようと帝国内にお触れを出したが、結局その人物は見つからなかった。

 

 


 

 

 船を降りてから1週間後。リュウマは馬の背にまたがっていた。

 

 数日前。西を目指してのんびり歩いていたところ、馬に乗った男たちに囲まれたのだ。

 せっかくだったのでオラリオまでの道を尋ねたところ、なぜか「これが答えだ!」とか叫びながら武器を振り回してきたので馬から叩き落としてみた。

 そうしたら「クソ! 好きにしやがれ!」と言われたので1番大きい馬をもらってきたのだが。

 

「また泣いてたなぁ・・・」

 

 大人たちはなぜ急に武器を振り回した後に泣くのだろう。何がしたいのか15歳になったばかりの自分にはさっぱり分からない。

 

「どう思う? お馬さん」

 

『ヒヒーン』

 

 馬に訊いても帰ってくるのは鳴き声のみである。

 平野を駆ける馬の背で揺られながら、リュウマはせっかくもらった馬に名前でも付けようと思い立った。

 馬の背中に揺られていても、暇なのだ。

 

「うーん、そうだなあ。他の馬に比べて赤毛だったから――」

 

 平原で見かける野生の馬は黒かったり茶色かったりするが、リュウマの乗っている馬は赤茶色の毛並みをしている。

 

「――じゃあ、『赤飯(せきはん)』で」

 

『ヒヒーン!?』

 

 馬鹿にネーミングセンスがあるわけなかった。

 そのまま『赤飯』に揺られていると、前方に山脈が見えてきた。

 

「さすがに『赤飯』でも山を越えるのは無理そうかな?」

 

『ヒヒーン・・・』

 

 怒ってるわけじゃないよ、とションボリしている『赤飯』をなでる。

 

「ここでバイバイしたら、自分の家に帰れるかい?」

 

『ヒヒーン!』

 

 もちろん出来ますとも! と鼻息を荒くする『赤飯』から飛び降りる。

 

「それじゃあ、ここまで送ってくれてありがとう。皆と仲良くね。君のことは忘れないよ」

 

『ヒヒヒーーーン!!』

 

 来た道を戻り、遠ざかっていく『赤飯』を見送る。

 やがてその背が見えなくなると、リュウマは世界最高峰の山脈を見据えた。

 そして再び、ゆっくりと歩き出したのだった。

 

 

 

 名馬育成の地として有名な霊州(れいしゅう)に住む老人と少女は困り果てていた。

 1週間ほど前に大陸でも有名な盗賊団に住んでいた村が襲われ、大事な馬が数十頭も連れていかれてしまったのだ。

 中には、新しく即位した皇帝陛下に献上する予定だった100年に1頭の名馬も含まれていた。

 明後日には帝都の宮殿に向かわなければならない。もし馬が献上できないと分かれば、老人と少女の命はないだろう。

 いったいどうすればいいのか。可愛い孫娘だけでも守らなければ。老人は亡き息子の忘れ形見である孫娘を強く抱きしめた。

 

「おじいちゃん」

 

「何も言うな。お前のことはじいちゃんが守ってやるからな・・・!」

 

「お馬さんがいっぱい走ってきてるよ?」

 

「は?」

 

 振り返る。そこには、盗賊たちに連れていかれたはずの大事な馬たちがいた。

 その先頭には、赤茶色の豊かな毛並みをした、100年に1頭の名馬がいるではないか。

 

「お、おぉ・・・!」

 

「おじいちゃん・・・! おじいちゃん・・・!!」

 

 感動にむせび泣く老人と少女。それを見つめる数十頭の馬たち。

 数日後、皇帝に献上された名馬は、その毛並みの色になぞらえて『赤兎馬』と名付けられることとなる。

 が、それはまた別のお話。

 

 


 

 

「ファイトォー! イッパァーッツ!!」

 

 険しい岩肌をよじ登っている人影がいた。

 黒鐘龍馬、その人である。たまには本名出さないと読者から忘れられそうで怖い作者、今日この頃だ。

 

「かんわきゅーだい!!」

 

 謎のかけ声を出しながら岩肌をよじ登り続けるリューマ。彼が登っているのはもはや”山”などと優しいものではなく、断崖絶壁だ。

 

「つぼおとこぉー!!!」

 

 断崖絶壁を登りきる。『神の恩恵』を授かったことにより身体強化がされているとはいえ、全身汗だく息も絶え絶えの満身創痍状態で、数刻ぶりの平坦な地面に寝転がる。

 

 汗をぬぐいながら周りを見回すと、そう遠くないところに人口建造物と思われる影を見つける。

 よく目を凝らしてみれば、今は無き故郷とよく似たような家々が立ち並んでいるではないか。

 千人規模の故郷に比べてその規模はかなり小さいが、人が暮らす集落であることは疑いようがないだろう。

 ちょうどいい。オラリオへの道を尋ねてみるとしよう。リュウマは疲労困憊の体に鞭打って立ち上がった。

 

 

 

「いい加減にせい! こんな山の上じゃあ大したもんなどありゃせん!!」

 

 ドワーフの族長は、望まぬ来訪者に怒号をぶつけた。

 

「そう言うなよ爺さん。ここに”霊剣”があるってのは分かってるんだぜぇ?」

 

 怪しげにニヤリと笑う男たち――『山賊』を睨みつけるも、効果はないに等しい。

 

「そんなものはない! ワシらは静かにこの地で暮らしているだけじゃ!」

 

 少し前からこの集落近辺をうろつきだした山賊たち。何度も集落内に入ろうとしているが、その度に族長自身が前に立って退かせていた。

 

「今日はいつもみたいに簡単に退くと思うなよ?」

 

「なんだと?」

 

 山賊の頭領が「おい!」と後ろに呼びかける。手下数人が連れてきたのは、集落に暮らしているドワーフの少女だった。

 

「呑気に花を摘んでたみたいだったからなぁ! 連れてきてやったぜぇ?」

 

 首に剣を押し付けられて顔を真っ青にしている少女を見て、族長は歯ぎしりした。

 

「キサマ! 人間の屑が!」

 

「さあ、コイツを殺されたくなければ”霊剣”の在処を教えな!」

 

 族長の後ろで様子を見ていたドワーフたちの中から、少女の母親が泣き喚く声が聞こえる。数十人の山賊に囲い込まれたドワーフ族は、みな一様に不安そうな顔を見せる。

 

「・・・分かった」

 

 一族の生命には代えられない。族長は諦めて、先祖代々守り通してきた”霊剣”の在処を吐くことを決心した。

 

 

 その時である。

 

 

「お忙しいところすいません。道をお尋ねしたいのですが」

 

 

 山賊の頭領の真後ろに、1人の男が現れた。

 

「て、てめえ! どこから出やがった!?」

 

「はい。私はここからずっと東に行ったところ『東妻の国』から旅をしてきておりまして」

 

「うるせえ! 殺されてえのか!」

 

「そんな理不尽な」

 

 動揺したのか震え声の頭領が、筋骨隆々の屈強な男に剣を突き付ける。

 

「ちょっとやめてくださいよ。危ないじゃないですか」

 

 男は素手でペキッと剣をへし折った。

 

 

「・・・は?」

 

 

 それは誰が漏らした声だろうか。静寂に包まれた中で、驚愕の声だけが響いた。

 

「ふ、ふざけんな!? てめえらコイツをやっちまえぇ!!!」

 

 頭領が顔を白黒させながら予備の剣を抜く。山賊たちが屈強な男に次々襲いかかっていく。

 

「おいどんにナニスルダー」

 

 全然緊張感のない間延びした声を出しながら男は山賊たちを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げしていく。

 その様子を、ドワーフ一族は呆然と見守った。

 

 


 

 

「あんたは命の、一族の恩人じゃ!」

 

 目の前のおじいさんに頭を下げられて、リュウマは困惑する。

 背の高い男性たちが、中にいる小さい人たちを円を描くように囲んでいたので、皆で楽しく遊んでいたのかと思って声をかけたのだ。

 そうしたら、背の高い人たちが急に襲いかかってきた。困惑するまま崖下にポイポイ投げ捨てていたら急に1番偉そうなおじいさんにお礼を言われてしまったのだ。

 

「いえ、こちらこそお邪魔をしてしまったみたいですいません」

 

「とんでもない! あんたが来てくれなかったらワシらはみんな死んでいたところじゃ!」

 

「どんな危険なことしてたの!?」

 

 下手すれば命を失う遊びってなんだよ。「世界は広いな」リュウマは驚愕した。

 

「今夜はパーティーじゃぁ!!」

 

『おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』

 

 住民から上がった喜びの歓声に呆けていると、服をくいくいと引っ張られた。

 見れば、小さい女の子が服の裾を掴んでいる。

 

「こ、これ・・・」

 

 顔を真っ赤にしながら、み空色の綺麗な花々を差し出してくれる。

 

「ありがとう」

 

 受け取って笑いかけると、女の子は腰にギューッと抱きついてきた。

 これは歓迎されている、ということでいいのだろう。

 リュウマは、遊びを止めてしまった自分にも手厚い歓迎をしてくれる心優しい住人たちに感謝した。

 




 勧善懲悪っていいよね。つまり水戸黄門さまは偉大。

 次回。やっと、やっっっっっっっっっと!!!!
 オラリオにたどり着きます。

 もっと地の文少なめ、会話多めにしていきたい。
 レッツコメディ!


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3. Welcome to ようこそ、迷宮都市へ

お気に入りが100件を超えている・・・だと!?( ゚Д゚)

読んでいただいてありがとうございます。
評価を見るに賛否両論分かれやすい小説らしいのですが、少しでも多くの人に楽しく読んでいただけるよう、読みやすくしていきたいです。



 ドワーフの集落を離れてから1ヶ月が過ぎようとしていた。

 集落では、思いのほか手厚い歓迎を受けた。山道とは違ってきっちり整備された街道を歩く黒鐘龍馬(くろがねりゅうま)の手には、淡い空色の花を押し花にした”紙”がある。

 これを作ってくれたドワーフの少女曰く、これは“しおり”というらしく、書物に挟んでどこまで読んだか分からなくなるのを防ぐ物らしい。

 「助けてくれたお礼」と言われたのだが、少女を助けた覚えなど全然ないので、これをもらっていいものか真剣に悩んだ。結局、少女の鬼気迫る勢いにのまれて受け取ってしまったのだが。

 

 

 閑話休題。

 

 

 ドワーフの族長によれば『オラリオ』は高い城壁に囲まれた都市らしく、通行手形がないと市内に入ることができないらしい。当然リュウマはそんなものは持っていないので、どうするべきか悩むことになる。

 しかし族長の話には続きがあった。族長は昔『オラリオ』で冒険者をしていたらしく、数十年前のものであれば通行手形があるというのだ。

 「一族を助けてもらったお礼に役立ててほしい」と手渡された。またしてもお礼と言われたのでリュウマは大いに困惑することとなったのは言うまでもない。

 

 そして今。故郷を旅立ってから2ヶ月の旅を経て、リュウマは世界最大の迷宮都市『オラリオ』へたどり着いたのである。

 

「・・・偽物ではないな。よし通れ」

 

 門兵へと通行手形を渡す。だいぶ古いものなので傷んでいたり変色していたりとボロボロであったが、一応は本物である。門兵もそれを確認して入門の許可を出す。お礼を言って門をくぐり抜けるリュウマ。

 

 門を抜けると、そこは人の海であった。

 

 活力。賑わい。もはやそんな言葉では表せないほどの、人、人、人の集い。

 リュウマは一度にこれほどの人が集まったのを見たことがない。故郷の炭鉱集落もその国では最大規模の千人近い住人がいたのだが、そんなものは足元にも及ばない。比較対象にもならないほどであった。

 

 さて、オラリオについてまずリュウマがするべきことは何であろうか。所属する『ファミリア』を探すこと? ギルドに行って冒険者登録をすること? 否――

 

グゥッ

 

 ――腹ごしらえをすることである。

 ドワーフ一族の集落を旅立つ際に分けてもらった食糧は、1ヶ月の旅路で食べつくしてしまった。

 一昨日の夜から何も食べていないリュウマの胃袋はもう限界であった。

 まずは美味しいご飯が食べたい。そう考えたリュウマは、とりあえず食事処の場所を近くの人へ尋ねてみることにした。

 

「すいません。少しお尋ねしたいのですが」

 

 隣でボーッと立っている(ように見える)女性に声をかける。美しく実った稲穂のように黄金に輝く髪の女性は、これまた黄金色に輝く瞳をリュウマへと向ける。

 

「……私?」

 

「はい。自分はオラリオへ着いたばかりでここの地理に疎いので、道をお聞きしたいのですが、お時間よろしいでしょうか?」

 

「……人を待っているから、それまでなら」

 

 少しぶっきらぼうにも聞こえる無感情な声は、目の前の大男への興味関心があまりないように感じられる。きちんと教えてもらえるのだろうかと一抹の不安を感じたリュウマであったが、とりあえず質問を重ねることにする。

 

「実は、空腹でして。どこか美味しいものが食べられる場所を教えてほしいのですが」

 

「美味しいもの?」

 

 なぜだろう。女性の声音が変わった気がする。

 

「は、はい」

 

「それなら”ジャガ丸くん”。オラリオへ来たなら絶対に食べた方がいい」

 

「じゃ、じゃがまるくん?」

 

 なぜかさっきまでの飄々とした様子とは一変して、ジャガ丸くんが如何に素晴らしいかを熱心に語る金色の女性に、リュウマは生まれて初めての感情を抱いた。

 

 

(こ、これが、恐怖……!?)

 

 

 ラブコメディは始まらない。

 

 


 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは、人を待っていた。買い物に付き合ってほしいと言われたので、日課となっているダンジョンでの探索を午前中で切り上げて待ち合わせ場所に来たのだが、どうやら約束の人はまだ来ていないらしい。

 そのまま待つこと十数分。お昼時ということもあって、お腹の空いていたアイズはいつまで経っても現れない待ち人に苛立っていた。

 

「すいません。少しお尋ねしたいのですが」

 

 そんなイライラしていた時、急に声をかけられた。見れば逞しい体つきをした男がこちらを見ているではないか。

 またか、とアイズはため息をつきたくなる。『剣姫』の二つ名を授かってから、男から声をかけられる機会が多くなった。同じファミリアのヒュリテ姉妹やレフィーヤが一緒にいる時は声をかけられないのだが、こうして1人でいるとすぐに声をかけられる。

 適当にあしらおうと思ったアイズだったのだが、目の前の男の質問に心が動いた。

 

 曰く、「美味しい食べ物を探している」そうではないか。

 これは絶好の機会。ぜひともジャガ丸くん愛好の同士を増やさなくては。アイズはその日一番の早口で、目の前の大男にジャガ丸くんがどれほど素晴らしい食べ物であるかと演説を行った。

 最初はアイズの様子に引き気味であった男も、最後の方にはジャガ丸くんに興味を惹かれたらしく「それはぜひ食べてみたいですね」と言ってくれた。

 最後に露店の場所を教えると「ありがとうございます」と丁寧に一礼して去っていった。

 いつものしつこい男たちとは違う紳士的な態度に好印象を抱いたアイズはしかし、大好物の話をしたことでますます募ってきた空腹感に悩まされることとなった。

 

 この後すぐにやってきた待ち人レフィーヤ・ウィリディスは会うや否や「ジャガ丸くん」としか喋らなくなった崇拝する女性に首根っこを掴まれて露店まで引きずられていくことになった。

 

 


 

 

 熱した金属を叩く独特の音が、工房に響き渡る。

 自らが『恩恵』を授けた子どもたちが、その魂を込めて鉄を叩きさまざまな作品を作り出す。その様子を見るのが好きな神は、眉間に深いしわを寄せていた。

 

「どうされたので?」

 

 他の団員から「親方」と呼ばれ慕われている子どもの1人が、主神に声をかける。

 常に難しい表情をしている強面の神。その心境を察することができるのは彼と、昔に主神の下を去ったドワーフくらいのものだろう。

 

「……いや」

 

「それならいいんですがね」

 

 神の短い返答。親方が察する通り、神の心境は穏やかではなかった。

 神は、とある気配を感じ取っていた。

自分が初めて『恩恵』を授けた子ども。放浪する一族を導くため、十数年前にオラリオを離れた初代「親方」。

 そのドワーフに渡した、自らの名が刻まれた通行手形。それが、オラリオの中へ入ったという確信めいた気配を感じ取ったのだ。

 

 神には、自分の恩恵を授けた子どもの現在位置や生死などを追跡できる力がある。それと同様に、自らの名が刻まれた物も距離があまり離れていなければ追跡することが可能となる。

 何者かは分からないが、自分の子どもに持たせた物を持ち、このオラリオ内部へ入り、我が物顔で歩き回る輩がいる。

 

「……おい」

 

 神の呼びかけに、工房中の職人が振り返る。

 

「……頼めるか」

 

『何なりとお申し付けください』

 

 神は、通行手形を持つ不届き者を捕縛して問いただすことを決めた。




 お前のヒロイン、アイズじゃねえから!

 善意で渡した通行手形のせいで恩人が迷惑を被ると知ったら、ドワーフ族長は悲しみの波に溺れてしまいそうですね。

 ちなみにこの時点でどこのファミリアか分かった人はいますかね。原作できちんと登場済みです。これで分からない人がいたら作者の文才がないということなので、より一層精進しなければ(´・ω・`)。


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4. ジャガ丸くんが食べたかっただけなのに

 投稿が遅くなってしまい申し訳ありません。

 この話を投稿する数時間前、一緒にゲームしていたフレンドさんに

「そういえば小説の続きはまだ?」

 ……ごめんなさい。


 こんな遅筆にもかかわらず、ありがたいことにお気に入り登録200件以上していただきました。飽きずに読んでくださっているみなさん本当にありがとうございます。


「……ベル君のあほぉ」

 

 ヘスティアは不貞腐れていた。愛しの眷属『ベル・クラネル』が毎朝早くダンジョンに出かけることは知っていた。それをジャガ丸くん露店でのアルバイトが昼からだから、という理由で眠りこけて見送りもしていなかったのは自分が悪い。しかし――

 

「なんなんだよ【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】ってさぁ!」

 

 昨日、ダンジョンで死にかけたと言いながら帰ってきた眷属に発現したレアスキル。『懸想(おもい)が続く限り』なんて効果に書いてあったが、話を聞くにどう考えてもロキ・ファミリアの『剣姫』が原因に違いない。

 

「うぅ~! ヴァレン何某め~!」

 

 もはや名前を呼ぶことさえ忌々しい。歯軋りしながら目の前のジャガ丸くんを睨みつける。

 

「すいません。これがジャガ丸くんですか?」

 

 突然聞こえた声。顔を上げれば、そこには細身で色白の眷属(ベル)とは違い、逞しい体つきで健康そうに日に焼けた少年が立っていた。

 

「うん、そうだよ。これがオラリオ名物の”ジャガ丸くん”さ!」

 

「そうなんですね。それじゃあ1ついただけますか?」

 

「うん。味はどうする?」

 

「何があるんですか?」

 

 注文を受け、ちょうど揚がったばかりのジャガ丸くんを包んでいく。

 

「あんまり見ない顔だね、少年」

 

「はい。実はついさっきオラリオに来たばかりでして」

 

「ああ、どおりで。その歳でオラリオに来たってことは、何か夢でも持ってきたのかい?」

 

「いえ。夢を探しに来たんです」

 

 手を止める。15,6歳になったばかりの少年少女が冒険者として名声を得ることを夢見てオラリオへ来ることは珍しいことではない。ヘスティア自身、友人であるヘファイストスのところへ身を寄せていた時にはそういう子どもを見ることは少なくなかった。

 しかし「夢を見つけに来た」というのは初めて聞いた。

 目の前の少年を見る。人の好さそうな爽やかな笑顔をしているが、その服装はよく見ればズタボロであった。年の割に大柄で逞しい身体が真っ先に目に飛び込んできたため気付かなかった。

 

「……何があったんだい?」

 

「実は、故郷が龍の襲撃に遭ってしまいまして」

 

 想像以上に重い理由だった。少年に先を促すと、少年は自分の過去を噛みしめるようにゆっくりと話し出す。

 揚げたてのジャガ丸くんがすっかり冷めてしまうくらいの時間が経った頃、ヘスティアは少年――黒鐘龍馬の、この2ヶ月のうちに起こった怒涛の事件を聞き終わった。

 

「……じゃあ、オラリオで何をするかはまだ決まっていないんだ?」

 

「はい。しばらくは自分を受け入れてくれるファミリアを探しつつ、これから生涯続けていく仕事も探そうと考えています」

 

「そうかい」

 

 ヘスティアは目の前のジャガ丸くんを見つめた後、重い沈黙を振り払うように明るい声を出した。

 

「ごめんね、ジャガ丸くん冷めちゃった! 新しいのを揚げるから待っててくれるかい?」

 

「いえそんな。冷めたもので大丈夫ですよ」

 

「いいからいいから!」

 

 リュウマの遠慮する声を聞かず、新しいジャガイモを揚げ始める。この時にはもう、ヘスティアは心のうちで決意を固めていた。

 

「――はい。ジャガ丸くんだよ」

 

「ありがとございます」

 

 ほどなくしてジャガ丸くんが揚がり、ヘスティアからリュウマへ商品が手渡される。嬉しそうに受け取ったリュウマに、ヘスティアは両手のひらを向ける。

 

「じゃあ50”ヴァリス”ね」

 

 

 懐から小銭入れを出していたリュウマの顔が凍り付いた。

 

 

「ヴァリス・・・?」

 

「・・・おい。君まさか」

 

 リュウマの故郷『東妻の国』で流通していた貨幣は『銭』であった。リュウマは旅立つ際にアマテラスからいくらかの金銭を持たせてもらっていたが、それも『銭』ばかりであった。

 くわえて、リュウマは旅立ってからこの方、金銭を一切使っていなかった。

 襲ってくる賊から金品をむしり取って旅を続けてきたリュウマにとって、金銭の種類が国や地域によって異なるという発想や気付きはなかった。よって、故郷を旅立ってから初めて物を購入する今になって、リュウマは自らの失態に気付いたのだ。

 

「これは違うんでしょうか?」

 

「これは・・・違うね」

 

 ダメもとで手元の貨幣を出してみるも、返ってくるのは否定である。

 このままでは貨幣を払わず商品を手に入れた犯罪者になってしまう。顔面蒼白で頭を抱えるリュウマの姿を見て、ヘスティアはため息交じりに「仕方ないなぁ」とつぶやいた。

 

「ここはボクが立て替えてあげるよ」

 

「そんな! 悪いですよ!」

 

「じゃあ払えるのかい?」

 

「そ、それは――」

 

 おばちゃんがいなくて良かった、とヘスティアは胸をなでおろす。ジャガ丸くん屋台の持ち主であるおばちゃんは、不正を許さない頑固な人物だ。こういう行為は許してくれないだろう。

 

「その代わり、この貸しは高くつくぜ?」

 

 申し訳なさそうに項垂れるリュウマに、ヘスティアはニヤリと怪しげに笑う。

 

「はい! 自分にできることなら何でもします!」

 

「おいおい、そう簡単に”何でも”とか言うなよ。君が悪い人に騙されないか心配だなぁ」

 

 自分の財布から今日の売り上げへ50ヴァリスを移しつつ、ヘスティアは言葉を続ける。

 

「実はボクは神さまってやつでね。君にはボクの【ファミリア】に入って冒険者になってもらいたいんだ」

 

「分かりました」

 

「も、もちろん無理強いをするつもりはないよ? 君の恵まれた体格なら【ファミリア】の勧誘も引く手数多だろうし」

 

「ぜひやらせてください」

 

「ほ、本当にいいのかい!? 言っちゃ悪いけどボクの【ファミリア】はオラリオで1番の弱小ファミリアだよ!?」

 

「あなたの【ファミリア】だからこそ、入りたいんです」

 

 リュウマに迷いはなかった。「一宿一飯の恩は忘れるな」とは亡き父の教えである。なによりあわや犯罪者となっていたこんな自分を助けてくれるだけでなく【ファミリア】にまで誘ってくれた心優しい神の元で働きたいと思うのは必然であった。

 

「よ、よし! こうしちゃいられない!」

 

 図らずも2人目の団員をゲットしたヘスティアは、一刻も早く契約を結ぼうと屋台を飛び出し――

 

「どこへ行くつもりだい」

 

 ――首根っこを掴まれた。見上げれば、ジャガ丸くん屋台の店主であるおばちゃんが仁王立ちしているではないか。

 

「止めないでくれおばちゃん! これはボクの、いや【ファミリア】にとって一大事なんだ!」

 

「駄目に決まってるだろ! たしかにヘスティアちゃんはいつも頑張ってくれているけど、それとこれとは話が別だよ!」

 

「なんだよケチ! 契約したらすぐに戻ってくるってば!」

 

 ヘスティアとおばちゃんが言い合いをしているのをリュウマはボケッと突っ立って見ている。

 とりあえず、ヘスティアさまからいただいたジャガ丸くんを食べなければ。せっかく揚げたてをいただいたのだから、まだ温かいうちに食べなければ。

 

 そんな言い訳を頭の中で並べたてながら、1日半ぶりの食事にありつこうとよだれのあふれ出る口を大きく開けて――

 

「ついてきてもらおうか」

 

 ――屈強な男たちに囲まれた。

 

「なんだい君たちは!?」

 

 異変に気付いたヘスティアが問いかけるも、大柄な体格のリュウマに負けず劣らずの肉体を持つ男たちはリュウマを睨み続ける。

 

「どちら様でしょうか?」

 

「お前の持っている通行手形に用がある。我らが主神がお待ちだ」

 

 はて。リュウマは首をかしげる。ドワーフの族長からもらった通行手形に何か不正でもあったのだろうか。この男性たちは役人で、自分を捕らえに来たのだろうか。

 

「この場で伺うわけにはいきませんか?」

 

「駄目だ」

 

 取り付く島もない。ヘスティアの方を見ると、男の1人にギャンギャン喚きたてているのが見える。

 このままでは、ヘスティアさまも自分の仲間と勘違いされて連行されてしまうかもしれない。

 

 大恩ある神さまにこれ以上の仇を返すわけにはいかない。リュウマはおとなしくついていくことに決めた。

 

「分かりました。ついていきましょう」

 

「リュウマくん!?」

 

「大丈夫ですヘスティアさま。すぐに戻ってきます」

 

 驚くヘスティアに、必ず戻ってくると約束する。いずれにしろ、自分の犯した罪は自分で償わなければならない。

 だが、とりあえずは――

 

「すいません。先にご飯を食べてからではダメですか?」

 

「駄目だ」

 

「おぅ……」

 

 先ほどのヘスティア同様、首根っこを掴まれてズルズルと引きずられていく。

 

「りゅ、リュウマくううぅぅぅぅぅぅぅん!!!」

 

 ヘスティアの悲鳴に答えたのは、リュウマの腹に住む虫の音であった。

 




 ……いや違うんです。

 本当なら今回で黒幕(?)のファミリアの正体も出すつもりだったんです。でもなぜか筆が乗った結果、そこまで内容が進まなくてですね。

 ……え? もっと長く書けよって? そうなると投稿がさらに遅れる可能性がですね。

 あっ! やめて! ツルハシを投げないで! ゲームしたりお酒飲んだりしてごめんなさい! ちゃんと小説書くから暴力はやめて!(被害妄想)


 冗談はさておき。自分のペースで進めていきたいと考えておりますので、気長にお待ちいただけると幸いです。
 今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。


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5. 一目惚れは突然に

UA1万越えありがとうございます。
お気に入りも250件と、めっちゃビックリしてます。

相変わらず遅々として進まない本編。
いつになったらツルハシ振り回すんだコイツは(呆れ)。


「…………」

 

「…………(もぐもぐ)」

 

 薄暗い室内にて、豊かな白髭を蓄えた屈強な肉体を持つ老人とリュウマが睨み合っている。

 

「…………」

 

「…………(もぐもぐ)」

 

 両者、先程から一言も発していない。そのあまりの緊張感に、周りを囲む屈強な男たちは生唾を飲み込んだ。

 

「…………」

 

「…………(ごっくん)」

 

 無言のままジャガ丸くんを食べ終えたリュウマは、目の前の老人に向かって口を開いた。

 

「……お茶か何か、いただけませんか?」

 

「…………」

 

 リュウマの言葉を聞いていたのかいなかったのか、老人――『ゴブニュ』はフゥッとため息をついた。

 

「すまなかったな。こちらの勘違いで手荒な真似をしてしまった」

 

「いえ、構いませんよ」

 

 結論を言えば、話はそこまで拗れずに解決した。

 

 ゴブニュは最初、リュウマのことをかつて自分の下にいたドワーフを襲いオラリオへの通行手形を入手した不届き者だと思っていたのだ。

 しかしリュウマにとって幸いだったのは、ゴブニュが自らの思い込みですべてを判断するような神ではなかったことだ。こと仕事に関しては頑固一徹なゴブニュではあるが、下手人の話を頭ごなしに否定するような冷徹な神ではなく、なぜリュウマが通行手形を持っているのかを理性的に聞き出していった。

 また、リュウマも自分がこの通行手形を受け取るに至った経緯やドワーフ族からいかに良くしてもらったか、どれほど親切にしていただいたかを1つ1つ丁寧に説明したため、両者の間で勘違いや理解の齟齬はほとんど発生しなかった。

 

「ジャガ丸くんは美味しいんですけど、口の中の水分が全部持って行かれますねぇ」

 

 出してもらったお茶を飲みながらのほほんとしているリュウマを片目に、ゴブニュは手元の通行手形と”手紙”を見る。

 

 そう。リュウマは族長から手紙を預かっていたのだ。それが誰に宛てたモノなのかは分からなかったが、族長は「オラリオに行けば分かります」と言っていた。どうやら目の前の神ゴブニュは族長と古い顔なじみであったようだし、彼に向けた手紙で間違いないだろう。そう判断したリュウマは通行手形を返すとともに手紙も渡していた。

 

 

 

 ゴブニュは手紙に目を通す。昔と変わらず乱雑な筆跡で書かれた手紙は、間違いなく自分の下にいた初代『親方』のものであった。

 手紙には、長年連絡をしなかった謝罪と昔世話になった感謝の言葉が綴られていた。

 

 そして『目の前の少年が【ファミリア】を探している』こと、『自分が推薦するので少年をゴブニュファミリアへ入団させてほしい』ことが書かれていた。

 

 ゴブニュは改めて、目の前の少年に視線を戻す。

 

「なんだこのピッケルをでかくしたようなのは?」

 

「これは『ツルハシ』です。オラリオでは一般的ではないのでしょうか?」

 

「鶴嘴ぃ? そりゃこいつのことだろ?」

 

「……なるほど。こっちのツルハシは片方が斧のような形状になっているのですね」

 

「ああ、お前さんの持ってるやつみたく両方とも尖っているのは初めて見たな」

 

 なるほど、肝は据わっているようだ。ゴブニュは自分の顔が強面であることを理解していたし、ドワーフ族の親方も主神に負けず劣らず他者を威圧するような険しい顔面をしている。そんなゴブニュや親方と話す際、大抵の人は緊張するか怖がるかのどちらかだ。しかし目の前の少年は至って自然体、リラックスした様子で質問に答えていたし、会話を楽しんでいるような雰囲気さえある。

 さらに鍛え上げられた屈強な肉体は歴戦の戦士に負けず劣らず立派であったし、手紙に書いてあったことによれば集落を襲っていた山賊たちを追い払う正義感や勇気も持ち合わせている。

 

 何より、昔から1番信頼を置いている子どもの頼みだ。ゴブニュは黒鐘龍馬に自らの恩恵を授けることになんら不満はなかった。

 

「……これから行くあてはあるのか」

 

「はい。ヘスティアさまよりお誘いをいただいておりますので、そこへご厄介になろうと考えています」

 

 ゴブニュの問いに返ってきたのは、予想に反したものだった。

 ヘスティア。直接の顔見知りではないが、耳にしたことはある。たしか自分と同じ『鍛冶』を司る神『ヘファイストス』の友人であり、天界から地上へ降りてきてからはずっと引きこもっていた。

 しかも少し前にはそのヘファイストスにさえ呆れられて追い出されたと聞いている。

 

 穀潰しのぐうたら女神が、自分のヒモとなる男を探しているのではないか?

 

 予想を立てたゴブニュは、ただでさえ険しい顔をさらにしかめた。

 いたいけな子どもを騙し馬車馬のように働かせておきながら自分は楽をしようなどという輩は、質実剛健なゴブニュにとって1番嫌う人種、いや神である。

 

「うちへ来ないか」

 

「申し訳ありませんが先約がありますので」

 

 誘ってみるも、にべもなく断られる。ゴブニュはリュウマに自分と同じ頑固な気質を感じ取り、代案を示すことにした。

 

「ヘスティアへの恩はそのジャガ丸くんの代金だけだろう? なら俺が立て替える」

 

「単純な金銭の問題ではありません」

 

「では完全な所属でなくとも構わない。籍は【ヘスティア・ファミリア】のままで、レンタル移籍という形で働いてもらうことはできないか」

 

 ゴブニュが示したのは、あまり例のないファミリア構成員のレンタル―― 一時的な移籍だった。しかし前例が全くないわけではない。

 長期間のダンジョン遠征は複数のファミリアが合同で行うこともある。【ウォーゲーム】では親しい間柄のファミリアが一時的に冒険者の籍を移し、終了後に元のファミリアへ帰ることもしばしばある。

 いわばアルバイトのようなもので、ギルドに届け出る所属はヘスティア・ファミリアのままで良いと提案したのだ。

 

 ゴブニュ・ファミリアは鍛冶ファミリアとしてはオラリオ有数であり、その上客にはオラリオ最大派閥も含まれている。少数ではあるが冒険者も所属しており、レベル3の第二級冒険者もいる。

 ベテランと仕事することによって得られる経験は将来大きな力に変わる。メリットを並べたゴブニュの提案に、リュウマは頭を悩ませる。

 とはいえリュウマは阿呆なので、難しいことは分からない。とにかくヘスティアへ聞いた方が良いだろうと判断した。

 

「それはヘスティアさまとご相談させていただくことになるかと存じます」

 

「ではそうしよう」

 

 ゴブニュが団員に指示を出すと、数人が太陽の傾き始めた市街へ飛び出していった。

 

 ヘスティアを呼びに行ったのでしばし待つように。そう言われたリュウマは椅子に腰かけ、お茶をゆっくり楽しむことにした。

 思えばこの2ヶ月でゆっくり休むことができたのは、ドワーフの集落での数日間のみだ。いくら丈夫な身体を持っているとはいえまだ15歳。長旅の疲れがドッと溢れ出てきた。

 

 周りの男たちやゴブニュは仕事に戻っていた。熱した金属を叩く音や忙しなく会話する声が工房に響いている。

 ヘスティアさまが来るまで仮眠でも取ろうか。すでに半分閉じかけている眼を擦りながらリュウマは思案する。

 

 そんな時であった。

 

「ごめんくださーい!」

 

 元気のある女性の声が工房内の作業音を貫いた。

 まどろんでいたリュウマは驚いて背筋を伸ばす。そして何事かと声の聞こえた方向――工房の入り口を見て、

 

「いやあ、何回も来ちゃってごめんねー」

 

 

 大きく息を呑んだ。

 

 

「げえぇっ!? またお前か【大切断(アマゾン)】!!」

 

 そこに立っていたのは、褐色肌の少女。

 

「いやあ、伝え忘れてたことがあってね」

 

 肩のあたりで両脇に結ばれたややクセのある焦げ茶色の髪と、髪と同じ色をしたキラキラと輝く瞳。

 

「この後に及んでまだ注文つける気かてめえは!?」

 

 その衣服は女性にとって大切な部分を隠すのみ。健康的で艶のある肌を大きく露出する格好。

 

「今度は溶けても大丈夫なように予備のウルガも作っといてくれないかなーって」

 

 さらしのような薄布1枚のみで覆われたその控えめな胸はしかし、快活で明るそうな彼女の雰囲気を作り出す重要なファクターとなっている。

 

「馬鹿言うな!? そんな量の超硬金属(アダマンタイト)がどこにあるってんだ!!」

 

 そしてその朗らかな笑顔。あどけなさを感じさせる表情に、リュウマは一目で心を奪われた。

 

「そこはほら、がんばれ?」

 

「ふっっっざけんなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

 親方ー、親方―っ、と悲鳴が上がる。頭の血管がブチ切れたのか真っ赤な顔のまま卒倒するドワーフの元に工房中の職人が群がっていく。

 

 あんまりな反応にブスッとした表情に変わる少女。拗ねたような表情も愛くるしい。リュウマは隣で「またか……」とため息をついているゴブニュに少女の正体を尋ねる。

 

「あの女性はどなたですか?」

 

「厄介な客だ」

 

 違うそうじゃない。名前やどこに住んでいるのか、好きな食べ物は何かといった情報をよこせとリュウマはゴブニュを睨みつける。

 ゴブニュはあまりの怒気に驚いたのか少し冷や汗を流しながら口を開く。

 

「オラリオ最大派閥の1つ【ロキ・ファミリア】に所属しているティオナ・ヒリュテ。種族は見ての通りアマゾネスだ」

 

「アマゾネス?」

 

「女性しかいない種族だ。大の男好きでも知られる」

 

 なるほど、と相槌を打つ。男好きということは既に恋人でもいるのだろうか? その可能性は十分にある。

 

「ちょっとあいつらどうにかしてよー」

 

 不機嫌な様子でティオナがゴブニュに詰め寄る。

 

「俺に言うな」

 

「えー」

 

 リュウマがゴブニュと会話するティオナの横顔に見惚れていると、さすがにその視線を感じ取ったのかティオナが不思議そうな顔で振り向く。

 

「あれ? 初めて見る顔だね。新入り?」

 

「新入り候補だ」

 

「は、はじめまして! 黒鐘龍馬(くろがねりゅうま)です!」

 

 緊張するリュウマを見てゴブニュは驚愕する。屈強な男に囲まれようが尋問のような問答をされようが平然としていたリュウマが、このアマゾネスの少女の前ではまるでひよっ子のようにガチガチに緊張している。まさか第一級冒険者であるティオナ・ヒュリテの実力を感じ取っているのか?

 

「く、くろがね……ゆーま?」

 

 ティオナ、まさかの名前間違いである。

 

「はい! クロガネユーマです!」

 

 おい、それでいいのかリュウマよ。

 

「そっか。あたしはティオナ、よろしくね」

 

「よろしくお願いします!」

 

 差し出された右手を握るリュウマ――もといユーマ。

 柔らかーい! すべすべだー!! ずっと握ってたーい!!!

 

 初恋真っ最中の15歳男子の脳内はピンク一色になった。

 

「あ、あのゴリラ女【大切断】と握手するなんて……!?」

 

「右手の骨が粉砕骨折するかもしれないってのに……!」

 

「なんて勇者だアイツ……!!」

 

 ゴブニュ・ファミリア団員のリュウマに対する評価はうなぎのぼりである。

 

 

「おい誰だいまゴリラって言った奴」

 

 

 憤怒の表情で振り返るティオナを見て、大の男たちから情けない悲鳴が上がる。

 

 ああ、怒った顔も可愛いなあ。

 リュウマはティオナのコロコロ変わる表情に見惚れるばかりであった。

 

 

 

 その後ヘスティアが駆け込んでくるまで、工房内は阿鼻叫喚の地獄絵図となるのだった。

 




ということで、ティオナさんの登場です。
作者の性癖に1番突き刺さるキャラクターだったりします。

ティオナの薄い本もっと増えろ(血涙)。

ヘスティアさまは尊すぎて抜けないってそれいち。


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6. 英雄となるために

お気に入りとUA数が伸びまくってて嬉しい今日この頃です(*´▽`*)
特にお気に入り300件、本当にありがとうございます!

相変わらず亀さんもビックリするくらいの更新速度ですが、気長にお待ちいただけたら嬉しいです。


「リュウマくん! 大丈夫かい!?」

 

 日が落ちて夜の帳が下りる頃、ヘスティアが工房内に駆け込んできた。

 バイトの飲み会に向かう途中でゴブニュ・ファミリアの団員から用件を聞いたヘスティアは、大慌てで向かってきたのだ。

 

 そこでヘスティアが見たのは、アマゾネスの女性を口説き落とそうとしている眷属候補の少年の姿だった。

 

「そんな童話があるんですね。初めて知りました」

 

「ユーマ君がいたところはアルゴノゥトの童話は伝わってなかったんだ?」

 

「はい。御伽噺として有名だったのはヤマトタケルノミコトの逸話でしょうか」

 

「へえ、どんな話だったの?」

 

 2人の少年少女の周りには、ぐったりと疲れ果てた様子のゴブニュ・ファミリア団員たちがいる。

 

「あの暴力アマゾネスをたった1人で鎮静化するなんて……」

 

「さすがゴブニュさまのお眼鏡に適っただけのことはある……」

 

「対【大切断】決戦兵器として何としても我がファミリアに……!」

 

 リュウマの株がバブル急上昇中である。

 

「ヘスティアさま、大丈夫ですか?」

 

 肩で息をしているヘスティアに気付いたリュウマが心配そうに覗き込んでくる。ヘスティアは自分がしていた心配が無駄だったような気がして少し腹立たしくなってくる。

 

「ああ。そういう君は、可愛い女の子と、話せて楽しそうだね……!」

 

 なぜ目の前の女神が怒っているのか分からないリュウマは首を傾げる。そんな2人の様子を見ていたティオナは、開け放たれたままのドアの向こうがすっかり暗くなっているのに気付き大声を上げた。

 

「うっそ!? もうこんな時間!?」

 

 早く行かなければ『豊穣の女主人』で開かれるファミリアの酒宴に遅刻してしまう。「とりあえずウルガの予備も作っといてね!」と泡を吹いて倒れている親方に言い残して駆け出す。

 

「ごめん用事があるからもう行くね! 今度会ったらヤマトタケルって人のお話聞かせてね!」

 

「はい! お気をつけて!」

 

 すっかり暗くなった街中へ駆け出していくティオナを見送ったリュウマ。その名残惜しそうな表情を見てヘスティアは軽口を叩く。

 

「なんだい、あの女の子にすっかり惚れこんじゃったみたいじゃないか」

 

「……英雄の、童話が好きなんだそうです」

 

「うん?」

 

 噛み合わない返事を不思議に思うヘスティアに向かってか、言葉を続ける。

 

「強くなります」

 

 ドアの向こうを見続けていた視線をヘスティアに戻す。

 

「英雄に、なります」

 

 断言する。それは純然たる決意。そのまっすぐな眼差しの中に、数刻前露店で会話を交わした時にはなかった灯火が宿っているのを見て、ヘスティアは微笑んだ。

 

「”夢”は、見つかったみたいじゃないか」

 

「はい!」

 

 昨日レアスキルを発現したばかりの我が眷属(ベル・クラネル)を思い浮かべる。ボクたち神と比べて子どもたちの成長はなんて早いんだろう。ヘスティアはその眩しさに目を細めた。

 

「ようやく来たか」

 

「ああ、待たせたね」

 

 ゴブニュとヘスティアが対峙する。初対面となる両神はお互いに「この少年を守ってみせる……!」と敵意をむき出しに交渉の席に着くこととなった。

 

 


 

 

 交渉は難航するかに思われた。

 しかし、リュウマの鶴の一声によって交渉はすんなり終着点を見つけることとなる。

 

『英雄に、なります』

 

 憧憬を抱く子どもを見て、両神は彼の希望に沿うよう条件を煮詰めていくことを決意した。

 会談開始からわずか半刻でレンタル移籍の詳しい内容は決定された。

 

 

 

一、 黒鐘龍馬に恩恵を授ける神はヘスティアとする。

一、 ギルドに届け出る所属ファミリアは【ヘスティア・ファミリア】とする。

一、 契約期間中、黒鐘龍馬の住居提供は【ゴブニュ・ファミリア】が行う。

一、 契約期間中、神ヘスティアは神ゴブニュに対して黒鐘龍馬の全ステイタス内容を開示する。

一、 【ゴブニュ・ファミリア】は【ヘスティア・ファミリア】に対してレンタル期間中1月5万ヴァリスの支払いを行う。

一、 黒鐘龍馬が冒険で得たドロップアイテムの所有権は【ゴブニュ・ファミリア】が持つ。

一、 黒鐘龍馬が冒険で得た”魔石”及び換金した金銭は黒鐘龍馬個人の所有財産とする。

一、 この契約はヘスティア・ゴブニュ両神の同意、又は黒鐘龍馬本人単独の意思表明によって解除することが可能となる。

 

 

 

 ゴブニュがねじ込んだのは、住居提供と金銭支払いの2点だ。

 まずは何を企んでいるか分からないヘスティアからリュウマを遠ざけることを優先。また、ヘスティアが金銭目的かどうかを判断するため弱小ファミリアでは破格であろうレンタル料金を掲示したのだ。

 

 一方、ヘスティアがねじ込んだのはギルドへの届け出と魔石関連の項目だ。

 ギルド――公的機関にファミリア名を登録しておけば、いざという時に『保護』を名目として契約の強制解除や仲介、裁判の申請を行うことができる。ゴブニュ・ファミリア管理の物件にリュウマが住む以上、何か問題が起こった時にはいつでも自分が手助けできる状況にしたいというのがヘスティアの考えだ。さらにジャガ丸くん購入時にリュウマ本人がオラリオで流通している貨幣を所持していないのは確認済みであったことから、少しでも充実した暮らしをしてほしいとの思いから魔石から得た金銭や利益はリュウマのポケットマネーになるよう計らった。

 

 リュウマが頼んで追加してもらった項目はステイタス内容の開示とドロップアイテムの扱いについてだ。

 自分がより強くなるには、より多くの先達からアドバイスを受けたい。ヘスティアからもゴブニュからも公平な目線でアドバイスがもらえるよう本来なら機密事項であるステイタス内容の共有を提案した。また、住居提供やレンタル料金の支払いで多くの負担を強いてしまうことになるゴブニュ・ファミリアに少しでも恩返ししたいとの思いからドロップアイテムの所有権を移譲した。

 

 また、満場一致で盛り込まれたのが恩恵と契約解除に関する項目だ。

 リュウマ自身がヘスティアから恩恵を受けることを望んでいるため、ゴブニュも特に反対はしなかった。

 契約解除に関して注目すべきは、リュウマ本人の意思が最重要視されていることだ。

 ヘスティアは、ゴブニュの所有欲からリュウマを守るため。ギルドを通したオラリオの民法との二段構えでリュウマの保護を目論む。

 ゴブニュは、ヘスティアの毒牙からリュウマが抜け出しやすくするため。契約内容にあえて『恩恵を授ける神』を明記したのは、リュウマが契約解除を望んだ際にヘスティアから授かった恩恵を消去する屁理屈を通すためでもある。

 リュウマは……特に何も考えていない。

 

 ともあれ、こうして三者三様の思惑を巡らせながらレンタル移籍契約への署名が行われたのだった。

 

 

 

 その後【ゴブニュ・ファミリア】内でゴブニュ立ち合いの下、ヘスティアによる『神の恩恵(ファルナ)』刻印の儀式が行われた。

 

 

 黒鐘龍馬(くろがねりゅうま)

Lv.2

力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

 

《発展》

【鶴嘴】I

 

《魔法》

【】

【】

【】

 

《スキル》

鉱山加護(クラン・オリヒエア)

・特定の武器を装備している場合のみ発動。

・早熟する。

・希少素材の獲得確率上昇。

 

正義反逆(エンリベリオン)

・理不尽への反抗。

・逆境下での覚醒。

・不撓不屈。

 

【】

 

 




ネーミングセンスがなさ過ぎて、スキル名を考えるだけで丸1日の休みを使い切ったでござる_(:3」∠)_

以下、スキル名についての補足説明になります。Googleで調べればすぐに出てくると思います。



ツルハシ:ギリシア語でCrane(クラン)

鉱山:ギリシア語でΟρυχεία(オリヒエア)

エンリル:シュメール・アッカド文明の最高神で、人間にツルハシを与えた。
     情や哀れみはなく、個人的な欲求から破壊を行う。
     神々の指導者であり、秩序と権力の体現者でもあった。

リベリオン:英語で反乱・暴動・反抗・造反


さてさて、ステイタスを見て違和感を覚えた人。その気付きはきっと正しいです。
答え合わせはまた次回。


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7. 道に迷って何階層

 書けた(゚∀゚)

 艦これの方の続きがなかなか難産な子でして。
 でもそっちも早く更新したいから頑張ります。

 あいかわらずの遅筆ですがそれでもお気に入りしてくれた方、閲覧していただいた方、本当にありがとうございます。
 感想も10件来てすごい嬉しい(*´▽`*)です!


 こうして瞼を閉じれば、今でもあの光景が思い浮かぶ。

 

 業火と血だまりで真っ赤に染まった惨状。

 

 昨日まで、今朝まで人々が往来し賑やかな喧噪に包まれていた町が見る影もなく破壊されている。

 

 瓦礫の山の中央に鎮座する漆黒の龍。

 

 龍が飛び去った後、自分の手に残されたのは鶴嘴たった1本。

 

 愛する人たちが蹂躙され、誰一人いなくなった悲しみ。

 

 その悲しみを拭い去るように、抱きかかえた鶴嘴から感じるのは優しい温もり。

 

 誰かが言った。「これは俺たちの誇りだ」と。

 

 誰かが言った。「俺たちの魂はここに宿る」と。

 

 偉大なお方が言っていた。「想いは物に残り、形見として継承される」と。

 

 

 ――ああ、ここにいる。その身体が朽ちてなお。その誇りは、魂は、優しさは。一つも変わらずここにある。

 

 俺たちは。オレたちは。私は。

 

 お前と。キミと。あなたと。

 

 

 

 共に在る。

 

 

 


 

 

「レベル”2”……!?」

 

 ヘスティアは驚愕した。東方の神『アマテラス』から恩恵を授かったと言っていたリュウマ。しかしそれは故郷を旅立つ際の1回だけだったはず。

 

「もう1回確認するけど、ステイタスを更新したことはないんだね?」

 

 何度問いかけても返ってくるのは「はい」の2文字のみ。信じられない気持ちで、だが今まで眷属のいなかった自分が無知だっただけなのかもしれない。助けを求めるように後ろを振り返るも、ゴブニュは静かに首を横に振る。

 

 前例がない。ステイタス更新なしでの【ランクアップ】なんて。

 しかもすでに【発展】アビリティの選択やそれに伴うスキル発現まで完了しているなんて。

 

 まるで()()の手によって()()()更新されたみたいじゃないか。

 

 感じた嫌な予感を振り払うように頭を振る。

 

「――これが今の君のステイタスだよ」

 

 紙に書き写しリュウマに渡す。受け取ったリュウマはいまいち見方が分からないのか首を傾げている。

 

「かいつまんで説明するけど、今の君はLv.2。普通はありえないはずの【ランクアップ】を完了しちゃってる状態にある」

 

「何かマズイんですか?」

 

「まさか。【ランクアップ】することは悪いことじゃない」

 

 少しでも強くなれば生存確率が上がる。ヘスティアにとってもリュウマにとっても悪い話ではない。

 

「原因が分からないのは不気味だけど、とりあえずそれは置いとこう」

 

 そう。ランクアップ以外にもマズイことはある。

 

「それは、君の【スキル】がレアスキルであることだ」

 

 リュウマの持つ紙を覗き込んだゴブニュも驚いたように目を見開いている。

 

「【鶴嘴】だと? そんな馬鹿なアビリティがあるか?」

 

「少なくともボクは聞いたことがないね」

 

 例えば【発掘】や【採掘】といった発展アビリティはそう珍しくない。ドロップアイテムが出る確率が向上するというシンプルなスキルは、強くなるよりも安全圏内で安定した収入が欲しい、そういう願望を抱いている冒険者に発現しやすい傾向にある。

 

 おそらくは【スキル】にもある《希少素材の獲得確率上昇》もそれに類するモノだと考えて良いだろう。ただ――

 

「特定の武器……? 早熟……? そんな発動条件、スキル内容があるか?」

 

 困惑するゴブニュを放ってヘスティアは思い出す。同じ《早熟する。》スキルが発現したもう1人の眷属(ベル・クラネル)を。たった1日で爆発的なまでに増えたステイタスの数値を。

 

 間違いなくレアスキル。おそらくは【発掘】や【採掘】の上位互換。いやそれとはまったくの別物かもしれない。

 

「それともう1つのスキルもレアスキルだろうね」

 

「逆境下での覚醒、か。たしかに聞いたことはないな」

 

 聞き馴染みのないスキル名とその内容。どういう条件でどのような効果が得られるのかは分からないが、それなりにファミリアを率いてきた経験のあるゴブニュが初見ということは間違いなくレアスキルと呼んでいいだろう。

 

 原因不明のレベルアップ。2つも発現したレアスキル。さらにエルフ以外の人種では最大ともいえる『魔法』3スロット。

とんでもない逸材。他の神がこれを聞いたら、間違いなく舌なめずりをして欲しがるほどの才能。

 

 ヘスティア・ゴブニュの背を冷たい汗が流れる。リュウマのことは決して口外しないようにしなければ。目配せで瞬時に意思疎通するその姿は、さっきまで険悪な雰囲気で交渉していたとは思えない。

 一方、当の本人は――

 

「とにかく、ツルハシ振り回せば強くなれるってことですか?」

 

 ――強くなれるかどうかしか考えていなかった。

 

「ああ、もうそれでいいんじゃないかな……」

 

 ニコニコ嬉しそうに笑いながらステイタスを見返す眷属の姿に、ヘスティアは脱力した。

 

「とにかく、発展アビリティやスキルを決して口外しないように」

 

「それでは適切なアドバイスが得られないのでは……」

 

「「いいから。絶対に内緒」」

 

「あっはい」

 

 たとえファミリアの団員にだろうと”絶対”に秘密にするようにと厳命した2人の神は、事の重大さを分かっていなさそうなリュウマを見てため息をついた。

 

 


 

 

 儀式が終了した後、ヘスティアはバイト先の飲み会に顔を出すことにした。リュウマは「送ります」とヘスティアを追いかける。

 

「ごめんね。オラリオに来たばかりなのに面倒ばっかりで」

 

「とんでもありません。こんな私を拾っていただいて感謝しています」

 

リュウマは今日からゴブニュ・ファミリアで世話になる。ベルと違ってヘスティアのステイタス更新は毎日ではなく数日に一度の頻度になるだろう。

 

「ヘスティアさまの顔に泥を塗らないように頑張ります」

 

「君は本当にいい子だねえ」

 

 早くベルくんにも会わせなくちゃ。新しい家族ができたって言ったらきっと喜ぶに違いない。

 お互いに強くなりたいと願う2人はきっとすぐ仲良くなるに違いない。ヘスティアは楽しみに口をにやけさせた。

 

「それでは、自分はこれで失礼します」

 

「うん。それじゃあ――」

 

 出会ってまだ半日しか経っていない少年との別れを名残惜しく感じる。

 

「――また、今度ね」

 

「はい!」

 

 寂しさを紛らわすように、これでもかと両腕をブンブン振り回す。今日新たに家族となった少年は、照れ臭そうに笑いながら夜の街に消えていった。

 

 


 

 

 ゴブニュ・ファミリアへと帰路についたリュウマの目の前を人影がよぎった。

 見れば、真っ白な髪色をした細身の少年がどこか悲壮感を漂わせながら俯いて全力疾走しているではないか。

 いったいどうしたんだろう。見ず知らずの他人とはいえその様子が心配になったリュウマは白い少年を追いかけることにした。

 

 走って追いかけてまず感じたのは違和感。今まで感じることがなかったほどの体の軽さ。長旅の疲れがあることを考えれば、体調は決して万全とは言えない。にも関わらずここまで身体が軽いという事実は、リュウマの気分を高揚させるのに十分だった。

 

 下手をすれば目の前の少年を追い越してしまいそうになるのを抑え後ろをついていき、気が付けば。

 

 少年とリュウマは薄暗い洞窟の中にいた。

 

「くそっ! くそっ!! くそぉっ!!!」

 

 白髪の少年はいつのまにかナイフを右手に持ち、目の前に立ちふさがる異形のバケモノたちを切り刻んでいる。

 なるほど、ここがダンジョンか。噂で聞いたオラリオの大迷宮に知らず知らずのうちに足を踏み入れていたことに気付いたリュウマは、物珍しそうに周囲を観察する。

 

『グルッ?』

 

 目の前に犬がいた。

 

『ガウッ!』

 

 というか犬型のモンスターがいた。

 牙むき出しで飛びかかってきたモンスターはしかし、次の瞬間その大きく開けた口を上下に貫かれて絶命した。

 ヘスティアを送り届けるということで背中にツルハシを背負っていたリュウマは、そのツルハシに貫かれた犬型モンスターを観察する。

 致命傷を負った犬型モンスターは間もなく爆散して黒い霧と化し、紫色の結晶と牙のようなものが乾いた音を立てて地面に落ちた。

 

 大きさは違うものの、ゴブニュから見せてもらった”魔石”と紫色の結晶が酷似していることからこの結晶がモンスターの弱点でもあり換金アイテムでもある”魔石”なのだろうと思い至る。この牙はドロップアイテムというものなのだろう。

 大方の予想をつけたリュウマは、魔石とアイテムを拾ってポケットにしまう。

 気付けば、白髪の少年はどこかへ去っていた。

 遠くで戦闘音が聞こえることからそう遠くへは行っていない。追いつこうと思えば追いつけるだろうが――

 

 さきほど見た少年の戦闘を思い出す。複数のモンスターに囲まれてもあっという間に殲滅できていたのを見るに、あの少年は大丈夫だろう。

 むしろ戦い方を知らない自分の方が危うい状況にある。早くダンジョンから出てゴブニュ・ファミリアに帰らなければなるまい。そう考えたリュウマは、出口に向かって歩みを進めた。

 

 


 

 

「…………迷った」

 

 数時間後。しょんぼり肩を落としながらダンジョン内を歩くリュウマの姿があった。

 だがしかし、それも当然といえば至極当然なのである。

 

 なぜならここは『迷宮(ダンジョン)』。冒険者の有志やギルドによってマップ制作が成されているとはいえそのマップなしで、さらに1人で初めてダンジョンに足を踏み入れたとなれば道に迷うのは当たり前だ。

 さらに白髪の少年だけを見て追いかけていたリュウマは来た道を覚えていない。

 

 そう、帰れるわけがないのである。

 

 とりあえず、リュウマは上を目指すことにする。行きの道で何回か階段を下りさえすれど上った記憶はない。ダンジョンの入り口は1番上の階層にある、と聞いた覚えもある。上を目指せばいずれ出入り口まで辿り着けるだろう、とリュウマは愚考する。

 

 まあ問題は数時間探しているにも関わらず、まだ階段を見つけられていない点にあるのだが。

 その数時間で接敵した回数はすでに100を超えている。リュウマと白髪の冒険者以外にダンジョン内の冒険者がいない以上、接敵回数が多いのは当然といえば当然であった。それにしてもその数は異常であるが。

 ちなみにドロップした魔石やアイテムはすべて律儀に回収していた。

 膨大な量のアイテムや魔石を、サポーター職のように大きなリュックサックも持っていないリュウマがどのように持ち運びできているのか。それには道中で倒した蛙のモンスターからドロップした袋状のアイテムが役立っていた。

 通称『ガマぶくろ』と言われるこのアイテムは、主にサポーター職のリュックサックなど冒険者の荷物入れに使われており、中に入れたアイテムの総重量を少し軽減する補助能力がある。俗にいうレアアイテムの1種である。

 とはいえ、100回倒した敵から毎回のようにドロップする魔石やアイテムのせいでガマぶくろもパンパンに膨れ上がっておりその重量もとんでもないことになっていたのだが。ここまで詰め込まれると、重量軽減などもはや気休め程度でしかない。

 

 重い荷物を担ぎながら、ふとリュウマは思った。

 

「壁掘って斜め上に進んだら地上に出れるかな?」

 

 馬鹿が慣れない頭を使うな。

 とはいえリュウマも数時間歩き続けて疲れ果てていたのだ。もちろん肉体的なものもあるが、それよりも景色の変わらないダンジョン内を数時間歩き続けたことによる精神的疲労の方が深刻であった。

 

 とにもかくにもリュウマは頭の上まで大きくツルハシを振り被り、手近な壁に向かって「そーれ」とツルハシを振り下ろした。

 

『グギッ?』

 

 どうもこんばんはゴブリンさん。

 

 


 

 

 モンスターがダンジョンの壁から生まれることを知らなかったリュウマは、余計なことをしていらない苦労をする羽目になった。

 

 その後さらに時間の感覚がなくなるほどダンジョン内をさまよい歩いていると、自分以外の冒険者がダンジョン内に見えてきた。

 分からないことは人に訊け。父の教えに従ってリュウマは冒険者たちに出入口の場所を尋ね、ようやく外の空気を吸うことができたのである。

 空にはとっくに太陽が昇りきっており、朝どころか昼になっていた。

 

 

 疲れ果てた身体と重い荷物を引きずりながらゴブニュ・ファミリアのホームまで辿り着いたリュウマ。そこに待っていたのは、憤怒の表情を浮かべた主神ゴブニュと親方をはじめとするファミリア団員たちだった。

 一向に帰ってこないリュウマを心配して一晩中捜索した結果、疲労困憊・怒り心頭のゴブニュたちにたっぷり叱られたリュウマはその後、翌日正午までの睡眠につくこととなった。

 




 最初の意味深なやつは、なんとなく思いついたので書いてみちゃったやつです。
 今後のフラグになるかどうかは分かんにゃい(´・ω・`)
 今回の話の最初と最後の落差よ。

 話の区切りというか場面転換で水平線いれてるんですが、ひょっとして見づらいですかね?


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8. 嫉妬する女神、気付けば隣にいる少女

 今回のお話は短めです。
 話の区切りを考えると、ここが一番いいのかなと思いまして。
 その分、次のお話は長めになる予定ですので気長にお待ちいただければ幸いです。

 お気に入りが500件超えてて( ゚Д゚)ってなってます。本当にありがとうございます。


 愛する子どもを迷宮都市(オラリオ)に送り出して1ヶ月が経とうとしている。長旅の末にやっと目的地へ到着した我が眷属は、到着初日にさっそく現地の神と改宗――契約を結び直したようだ。とりあえずは一安心。懸念していた問題はすべて取り除かれたといえよう。

 

 

 ――リュウマが契約したのが女神でさえなければ。

 

 

「ヘスティアあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「落ち着け姉上ぇ!」

 

 般若が如き表情を貼り付けたまま大暴れするアマテラスを、弟神のスサノオが羽交い絞めにして拘束する。

 

「放せシスコン! 私はリュウマくんのところに行くんだぁ!!」

 

「誰がシスコンだ!? おまえが日ノ本を離れたら戦争が起きるってんだよ!」

 

 天界から下界へ降臨する際に西洋の神々と交わした契約をたった1人の少年のために破ろうとする姉を必死に諫めるスサノオ。

 

「放せっつってんだろうがぁ!」

 

 そんな献身的な弟の巨躯が宙を舞う。

 

「ぐぶぅお!?」

 

「なんで僕までぶらっ!?」

 

 華麗な背負い投げで放り投げられたスサノオは、壁際に佇んでいた痩身長躯の男神を巻き込んで壁をぶち抜く。

 

「スサノオぉ……。しっかりしてよ」

 

「姉上こそ、大姉上を止めるの手伝ってくれよ……」

 

 無様な格好で床に這いつくばりながら情けない声で会話する弟たちに見向きもせず、アマテラスは荷造りを始める。

 

「姉上、何やってるのー?」

 

 のんびりとした口調が特徴的な弟――ツクヨミが問いかけると、アマテラスは無表情で振り向いた。

 

「実家(天岩戸)に籠らせていただきます」

 

「「ちょっと待って」」

 

 その後、拗ねに拗ねまくったアマテラスが数千年ぶり2度目の引きニートとなり、日ノ本中がてんやわんやするのだが、それはまた別のお話。

 

 


 

 

 リュウマが初めてダンジョンに足を踏み入れてから3日が経った。

 

 

 前日までの無茶のせいで正午まで寝過ごしてしまった初日は、ギルドへのファミリア所属登録と冒険者登録を行った後に担当ギルド職員との顔合わせや魔石の換金といった冒険者にとって必要なことを学んだ。

余談ではあるが、リュウマの担当となったギルド受付嬢は、同じヘスティア・ファミリアの冒険者ベル・クラネルの担当を務めている『エイナ・チュール』の同僚『ミィシャ・フロット』が付けられることとなった。また、オラリオに来て間もないとはいえLv.2であること、まだ団員の少ないヘスティア・ファミリア所属ながらオラリオでも長い歴史を誇るゴブニュ・ファミリアへのレンタル中であることが考慮され、ベルが受講したギルドの冒険者講座は省略されることになった。

 

 また、ベル・クラネルと黒鐘龍馬が初顔合わせをしたのもこの時である。ヘスティアが所用のため立ち会いできなかったものの、挨拶自体は無事終わった。

 

「あれ? 昨日の夜ダンジョンに入っていった人ですよね?」

 

「……ちょっとベルくんどういうこと?」

 

「うぇ!? ち、違うんですよエイナさん!」

 

 ベルはエイナに数時間の居残り説教をくらうことになった。

 

 

 2日目は、ゴブニュ・ファミリアに所属する冒険者たちとパーティーを組んでダンジョンで実地指導を受けた。

 鍛冶ファミリアということもあって、ゴブニュ・ファミリアに所属している冒険者は決して多くない。親方をはじめとする鍛冶師たちは当初、レベルアップして《鍛冶》スキルを取得するためにダンジョン探索で経験値を稼ぐ。だがあくまで職業は鍛冶師であって冒険者ではない。探索系のファミリアに比べれば戦闘経験や個人の力量では大きく劣る。

 ただ、そんなゴブニュ・ファミリアにも冒険者を本職とする者は数名いる。職人のために必要な素材の採取を積極的に行うことを目的としていて、他の鍛冶ファミリアと合同してダンジョン下層へ遠征することもある。

 その中でも比較的経験の浅い冒険者3名から、リュウマはモンスターとの戦い方やパーティーでの連携方法を教わった。

 1人でツルハシを振り回して盗賊やモンスターを適当に切り倒してきたリュウマにとって仲間がいる中での戦闘は初めての経験だった。足並みがそろわず前に出すぎたり、モンスターごと仲間を斬ってしまいそうになるなど散々な結果に終わった。しかも馬鹿であるリュウマに小難しい戦術はなかなか覚えられず――

 

 ――リュウマは凹んだ。

 

 

 3日目の朝。食堂で朝食を食べている時にリュウマは閃いた。分からないことはメモしておけば良いのだと。

 いくら自分が馬鹿でも、何回も繰り返し同じことを勉強すればそのうち覚えるに違いない。そのためには言われたことを見返すことができるようにメモをしておかなければならない。

 旅の途中でドワーフの少女からもらった”しおり”もある。大切な思い出の品を有効活用するのも必要だろう。

 リュウマは日記をつけることにした。その日に学んだことや大切な思い出を綴っておくことにしよう。

 

 日記帳を買うにはどこへ行けばいいだろうか。隣に座って食事をしている、昨日一緒にダンジョンで戦ったエルフの少女に相談する。

 

「それなら、お祭りに行きましょう!」

 

 少女によれば今日は年に一度の怪物祭(モンスターフィリア)らしい。ガネーシャ・ファミリア主催の催しで、ダンジョンから連れてきたモンスターを調教師(テイマー)が調教する見世物が目玉らしい。オラリオ以外からも多くの観光客や商人が集まっており、この時期しか見ることのできない珍しい商品も露店で販売しているらしい。

 今日ダンジョン探索がお休みになっているのも、怪物祭を観に行きたい団員が多かったかららしい。

 「そこでならアナタのお眼鏡に適う日記帳に出会えるはず!」と熱く語る少女。なるほど、そんな大きなお祭りがあるのならぜひ観に行きたい。手早く食事を済ませたリュウマは身支度をして出かけることにした――

 

「ちょっとくらい待ってやらんか」

 

 ――ところで、親方に耳をつねられた。何か悪いことでもしただろうかと親方に指し示された方を見れば、先ほど会話を交わしたエルフの少女がこちらに駆け寄ってくるところだった。

 

「お待たせしました! それじゃあ行きましょうか!」

 

 なぜか一緒に怪物祭へ行くことになっていた。

 たしかに土地勘のない自分では人混みの中ですぐ迷子になってしまう。ここは親切なエルフの少女に甘えて案内してもらうことにしよう。

 

 

 こうしてリュウマは、ゴブニュ・ファミリア唯一のエルフである少女と一緒にデートすることになった。

 




 新ヒロイン……?
 いやいや、そんなまさか。

 エルフ少女の名前は考えてないです。付ける予定もないので、お好きな名前でお呼びください。


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9. 変態は新たな性癖に目覚める

 風邪ひきました。
 みなさんも気を付けてください。

 あと今回は完全に勢い任せで書いたのでだいぶ読みづらく内容も不明瞭だと思います。
 少し性的な描写?っぽい箇所も出てくるのでそういうのが不快な方は読み飛ばしてください。


 鍛冶ファミリアに所属している亜人族として最も多いのは、ドワーフ族である。一方、鍛冶ファミリアで最も少ない亜人族はエルフだ。

 神からの恩恵なしで扱える魔法があるエルフの中には剣や槍といった武器ではなく魔法の触媒となる杖を扱う者が多く、鍛冶そのものがエルフの文化に疎遠だ。そもそもエルフとドワーフが犬猿の仲であることもあって、鍛冶ファミリアに所属する酔狂もほとんどいない。

 

 その酔狂なエルフの1人が【ゴブニュ・ファミリア】に所属している16歳の少女である。

 成人を迎えてから故郷であるエルフの森を出たのが1年半ほど前。魔法が扱える希少な存在ということで多くのファミリアから勧誘を受けながらも、その構成員がヒューマンとドワーフのみで形成されたゴブニュ・ファミリアに加入した理由は、彼女の性癖によるものだった。

 

 エルフの少女は、筋肉フェチであった。

 

 エルフという種族は体質の問題なのか高身長で身体の線が細い者が多い。一方で、パルゥムほどではないにしろ低身長で筋骨隆々な肉体を誇るのがドワーフである。身体的特徴が対照的な両種族――某ギルド長のように例外はいるものの、ほとんどがこの基準に当てはまる。

 しかしそれは、故郷にいても少女の好みの男性に巡り会うことができないことを意味していた。

 

「理想の旦那さんを見つける!」

 

 そんな夢を持ってオラリオへやってきて1年半。少女は筋肉モリモリマッチョマンに囲まれた生活を満喫しまくっていた。

 とはいえ冒険者としてはまだまだ駆け出し。Lv.1として先輩冒険者たちの後ろについてダンジョン探索を繰り返していた。

 

 そこへやってきたのが黒鐘龍馬である。主神ゴブニュに一目置かれる存在であり、あの暴虐アマゾネス(ティオナ・ヒュリテ)に立ち向かいたった1人で撃退した勇者。すでにオラリオ外の神から恩恵を得ており長旅を経てレベルアップを果たした、自分より1つ年下のヒューマンの少年は、あっというまに団員たちから注目の的になった。

 オラリオで必死に頑張ってきたエルフの少女からすれば、主神や団員たちからチヤホヤされるリュウマの姿はあまり面白いものではない――

 

「ほぅ……」

 

 ――ことはなかった。元々、筋肉フェチで鍛冶ファミリアに加入した酔狂なエルフという、常人とは少々かけ離れた思考回路をしている少女である。ヒューマンでありながら周りのドワーフにも決して引けを取らないリュウマの鍛えられ引き締まった肉体は、少女にとって眼福以外の何物でもない。むしろ団員たちの中で1番若自分より年下の少年の、肌の艶や張りがあり輝いているように見える肉体は少女の眼を釘付けにした。

 

「隣の席、失礼してもよろしいですか?」

 

「は、はい! ごちそうさまです!」

 

「今から食べるのでは……?」

 

 朝食の際、隣に座ってきたリュウマの肉体を服の上からたっぷり視姦する幸福を味わった少女だが、彼女の幸運はまだ終わらない。

 その日、リュウマが初めてダンジョンに足を踏み入れてから2日目。リュウマの実力を見極めるためと実地指導を行う目的でダンジョンへ向かうことになったメンバーの中にエルフ少女の姿もあった。

 Lv.2のドワーフとヒューマンの先輩冒険者。それにエルフ少女とリュウマの4人の構成。ダンジョン1~3階層あたりで簡単なモンスター狩りを行う予定だった。

 

 


 

 

 ダンジョンに潜って1時間。少女が魔法の詠唱をすることはなかった。

 先頭に立ってツルハシを振り回し遭遇したモンスターの全てを一撃で穿つリュウマの姿に、3人は呆然となっていた。

 

 ゴブニュから「ダンジョン探索に最適な装備を」と渡された鎧の類を、試着段階で「動きが鈍くなりそうだからいりません」と断ったリュウマ。それでもさすがに防具なしでダンジョンに潜ることは許可できないという親方の言葉に渋々従い、シャツ1枚の上に鉄製の胸当てと籠手を装着していた。その上には長旅の際に着ていた外套を羽織るというとてもこれからダンジョンに潜るとは思えない軽装の新米冒険者はしかし、襲いかかってくるモンスターを自身の体に触れさせることなくツルハシの錆へと変貌させていた。

 

 一見して自暴自棄とも見て取れるリュウマの戦い方は、あの夜にベル・クラネルの敵を屠り続けていた戦い方に酷似している。その怒涛の斬撃、敵を圧倒する速度。あれこそが冒険者のあるべき姿だとリュウマは認識してしまったのだ。

 実際には、あの時ベルは自暴自棄になっていたし、誰からもまともな戦い方を教わっていなかったし、そもそもパーティーで戦うことを想定していないという限りなくダメな例なのだが、リュウマは馬鹿であるがゆえ、勘違いしてしまったのだ。

 

 そんな獅子奮迅のリュウマの戦いっぷりを見てドワーフとヒューマンの先輩冒険者は驚いて目を丸くする。当初は2人が盾となってリュウマに隙を見て攻撃してもらうパーティーとしての戦い方を想定してのだが、そんなことを言う前に出会うモンスター全てが一瞬で消えてしまうのだからたまったもんじゃない。

そんな呆れ半分驚き半分な感情を2人が抱く一方で、少女が抱えていた感情は『怒り』である。なんだその身体を覆い隠すような外套は。それではせっかくの肉体美が観察できないではないか。まったくけしからん。さっさとその外套を脱いで私に渡さんか。その外套をクンカクンカしながらその屈強な肉体美を観察するという私の目的を達成させろ。

 

 とにかく一度休憩を入れようと指示したドワーフの言葉に4人の足が止まる。後衛ということでサポーター用の大きなバックパックを背負っていたエルフ少女は大きく息をついて地面にへたり込んだ。

 なぜだか今日はいつもよりドロップするアイテムの量が多い。1時間の探索で、すでに1日ダンジョンに潜ったくらいの量がバックパック容量を圧迫している。あまり《筋力》のステイタスが高くない少女にはこの大荷物を背負い続けるのは難儀であった。

 

「私も荷物を持ちましょうか?」

 

 重い荷物を地面に置いて汗をかいている少女を見て、リュウマが心配そうに提言する。

 

「いや、今日はキミの指導が目的だからな。俺たちが手分けして持つよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 少女のおろした荷物を分けながらドワーフが言う。少女のお礼にもニカッと笑って「気にするな」頼れる先輩である。

 

「一撃で仕留めきれなかった場合も考えて、攻撃したらすぐに敵から距離を取った方が良い。それと味方からカバーしてもらうタイミングを考えることだ」

 

 リュウマの戦い方を見ていた中衛を務めるヒューマンがアドバイスしていく。1人でなくパーティーで戦う際のことも考えた立ち回りを、と指摘する先輩の言葉をリュウマは真摯に受け止める。

 その後、10分ほどの休憩を挟んだ4人は膨れ上がった荷物を換金などによって減らすためダンジョンの出口を目指すことにした。

 

「その外套、ずっと着ていて暑くないですか? よければ持っておきますよ」

 

「お気遣いいただきありがとうございます。ではお願いできますか?」

 

 よっしゃ! と少女は小さくガッツポーズをする。ざまあみろ外套め。私の眼から筋肉を隠そうとしてもそうはいかんぞ。キサマは私の腕の中でクンカクンカジュルリペロペロされるためだけに存在するのだ。

外套を受け取ろうと両腕を差し出すエルフ少女を見て、リュウマは急いで羽織っていた外套を脱ぐ。幾度もの戦闘を繰り広げたリュウマの身体は、その厚着の影響もあって汗をかいていた。外套も少し汗に濡れてしまっていて、リュウマは少女に申し訳なくなる。

 

「すいません。汗に濡れてしまっているのでやっぱり――」

 

「はい! ありがとうございます!!」

 

 毟るように奪い取られた。気付けば外套はエルフ少女の腕に抱えられている。

 大丈夫かと尋ねても平気だと返答されればリュウマとしては何も言うことはない。お礼を言って地面に置いていたツルハシの柄を握り直す。

 

(ふわああああああああああああ!!!!)

 

 抱えた外套に顔を埋めたエルフ少女は、その逞しい雄の匂いに恍惚とした表情を浮かべる。口から溢れ出るよだれが外套に少し付着してしまったが、汗で濡れているのでバレやしないだろう。

 とても他の人には見せられない顔をしていた少女だったが、幸いにも外套に顔が隠れていたこと、3人が手分けして持つ荷物について話し合っていたことで誰にも気付かれることはなかった。

 

 この日、少女は匂いフェチに目覚めた。

 

 


 

 

「そういえば、昨日預けた外套を洗濯していただいたんですね。ありがとうございます」

 

「うぇ!? え、えっと……そんな、いいんですよ、別に!」

 

 隣を歩く少年――リュウマにお礼を言われたエルフ少女はやや挙動不審になる。その目は泳ぎ冷や汗が頬を伝うがリュウマは怪物祭(モンスターフィリア)の見物客で形成された人混みを進むのに必死で気付かない。

 リュウマが自分の外套が洗濯されていることに気付いたのは、先ほど出かけるとき外に外套が干してあったのを見たからだ。ダンジョンから帰った後も先輩たちから冒険者の心得を座学で教えてもらっていたリュウマは外套のことをすっかり忘れていたので、汗にまみれた外套をエルフ少女が洗ってくれたことに感謝している。

 

 そう、自分の外套が一晩中エルフ少女とベッドを共にしたとは考える由もない。ましてや今朝目覚めた少女が大慌てで自分の体液にぐっしょりと濡れた外套を誰にもバレないように洗濯して外に干したことは想像すらできない。

 まあ、少女が洗濯したというのは事実に変わりないのではあるが。

 

「匂いが残ってたらどうしよう……」

 

「はい? 何か言いましたか?」

 

「い、いぃえー!? なんでもないですぅー!」

 

 少女の小声は喧噪に飲まれてリュウマの耳には届かなかった。

 

「しかし、こう人が多いと露店を見て回るのも一苦労ですね」

 

「そうですね。去年よりも人が多い気がします」

 

 年々増加傾向にある怪物祭の見物客。人の波に逆らって露店へ向かうのは、田舎出身の2人には難易度が高い。それでも日記帳など貴重な紙でできた冊子を扱う露店へ向かおうと少女がリュウマの手を引く。

 

「たしか去年はこっちの方に――キャア!」

 

 しかし、急な方向転換をしたために早足で横を通ろうとしていた男性とぶつかってしまう。リュウマはとっさに、転びそうになるエルフ少女を抱きかかえるように受け止める。

 

「うお!? 悪い見てなかった!」

 

 男性は急いでいたのか一瞥して謝罪すると同時に人波の向こうへ消えてしまう。

 

「大丈夫ですか?」

 

「は、はひぃ……!」

 

 驚いて力が抜けてしまったのか自分の胸に身体を預けてくるエルフ少女を、崩れ落ちてしまわないように優しく抱きしめる。

 突然抱きしめられた少女は、自分を包むリュウマの匂いを嗅いで頭の中が真っ白になる。一晩中慰めた身体は、その手段に使った外套よりもより濃厚な雄の匂いに昨晩とは比べようもないほどの熱を帯びる。分厚い胸板に顔を埋め逞しい両腕に抱きしめられるという、夢にまで見たシチュエーションに分泌され続ける脳内麻薬。その勢いは一向に収まらない。

 

「も、もう大丈夫れすぅ……」

 

 人混みの中でたっぷり5分間。短いようでとても長く感じた時間、リュウマに抱きしめられたエルフ少女はなんとか自力で立つことに成功した。――生まれたばかりの小鹿のように両足がガクガクと震えてはいたものの。

 

「つらかったら遠慮せず言ってくださいね?」

 

「あ、ありがとうございましゅ」

 

 まだ少女の様子がおかしいので心配なリュウマだったが、本人が大丈夫だというのだからそうなのだろうと判断する。

 リュウマに頼ったら自分の身体は今度こそ立ち上がれないほど骨抜きになってしまうことが分かっている少女は、名残惜しみながらもリュウマの腕の中から抜け出した。

 

「おや?」

 

 少女を気遣いながら人の群れの隙間を縫って進むリュウマは、自分たちが進んでいる前方の少し開けた広場に見知った顔が2つあるのを見つけた。

 自分が【恩恵】を授かった主神(ヘスティア)と白い髪で冒険者用の装備に身を包んだ先輩(ベル)。2人が近くの露店で購入したのだろうクレープを食べさせ合っている姿を確認する。

 

「どうしました?」

 

 隣のエルフ少女が、急に立ち止まったリュウマの顔を不思議そうに覗き込んでくる。

 せっかくだから挨拶をするべきかとも思ったが、仲睦まじい2人の様子を見て思いとどまる。自分は馬鹿だが、デート中に無粋な真似をするほど空気が読めないほどではない。

 

「……いえ、なんでもありません」

 

 トマトのように真っ赤な顔でオロオロしているベルに心の中でエールを送りつつ、リュウマは進行方向を変更する。体調が優れなさそうな少女のために人が少ない方向を目指し始めた。

 




 原作との整合性が取れてなくてコメントで滅多打ちにされて死にそう死にそう(どう考えても自業自得)
 これじゃあ名もなきエルフ少女がヒロインになってしまうというよく分からない展開。
 あと前話で次は長めにするって言ってたのに実際はそんなに長くないっていう。
 先のこと考えずいきあたりばったりで書いてるからそうなるんだぞ。


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10. 迷うツルハシ

 風邪、治りました。
 目が痛いし頭痛するしくしゃみ出るしで風邪が治ったはずなのに身体が不調だなあ、なんて思ってたんですが。

 お の れ 貴 様 か ス ギ 花 粉

 小学校の頃から花粉症の私には気が重い季節となりました。花粉症仲間の人は無理せず皮膚科を受診して症状を抑える薬をもらうことを強くお勧めします。
 去年初めて飲んだのですが、すっごく楽になりましたので。


「……迷った」

 

「迷っちゃいましたね」

 

 人のいない方へと歩いて数分。気付けば見慣れない裏路地に迷い込んでしまったリュウマとエルフの少女は困ったように顔を見合わせた。

 

「たぶんここは『ダイダロス通り』ですね」

 

 都市の貧民層が住んでいる広域住宅街。幾度もの区画整理によって通路や住宅が複雑怪奇に入り組んでいるこの領域は別名『もう1つの迷宮』と呼ばれていて、土地勘のない者が迷い込めばなかなか抜け出せない。

 エルフの少女も話には聞いていたしそういった場所があることは知っていたが、実際に足を踏み入れたのは初めてだった。

 

「すいません自分のせいで……」

 

「いえいえ、気にしないでください!」

 

 ガックリと肩を落として分かりやすく落ち込むリュウマに慌てる少女。とりあえずここから脱出することを最優先に考えなければならない。

 とりあえずはチラホラと辺りを歩いている住人らしき者に道を尋ねよう。相談の末そう結論付けた2人は、たまたま横を通り過ぎようとしていた、大きなバックパックを背負った小さい子どもに声をかけた。

 

「お急ぎのところ申し訳ありません。お尋ねしたいことがあるのですが今お時間よろしいですか?」

 

 リュウマがそう話しかけると、驚いたのかビクッと肩を震わせて子どもが立ち止まる。身長およそ100C(セルチ)。クリーム色のゆったりとしたローブを身につけ深くフードを被っている少女は、その倍近い背丈があるリュウマを恐る恐る見上げる。その髪色と同じ栗色の瞳からは、明らかに警戒している様子が見て取れる。

 

「リr……私に何か御用ですか?」

 

 リュウマは思い出す。故郷でも自分は幼い子どもに怯えられてしまうことが少なくなかったことを。それを見かねた今は亡き母親がリュウマにくれたアドバイスを。

 『小さい子どもには目線を合わせて話すこと』

 母の教えを思い出したリュウマは、目の前の小さな子どもの目線に合わせるようにその巨躯を出来る限り屈めた。

 

「はい。実は道に迷ってしまいまして、大通りまでの道順をお聞きしたいのです」

 

「……道、ですか?」

 

 いきなり大男が顔を覗き込むようにしゃがんだことに驚いた子どもはそのクリクリした目をまんまるに見開いていたが、リュウマが嘘をついているようには見えなかったのか少し警戒を解いた――ように思える。

 なにやら少し考えていた子どもは、再度確認するかのようにリュウマとエルフ少女を見ると、小さくため息をついた。

 

「分かりました。ここは入り組んでいるので途中までご案内します」

 

 こうしてリュウマとエルフの少女は、親切な子どもに案内されて喧噪にあふれた大通りまで戻ることができたのだった。

 

「小さいのにしっかりしてますね。おいくつなんですか?」

 

「リr……私はパルゥム(小人族)なのですが」

 

「え? じゃあ大人!? ごめんなさい!」

 

 可愛らしい子どもにニコニコと話しかけたエルフ少女があたふたする場面もあったが、パルゥムが不機嫌になった以外は特筆することもなかった。

 

 


 

 

 親切なパルゥムにお礼を言って別れた2人は、大通りの喧騒の様相が先ほどとは異なっていることに気が付いた。

 どこか焦燥というか、恐慌というか、あまり好ましいものではない人々の雰囲気に眉を顰めるリュウマ。

 先刻まではコロシアムへ向かっていた人の流れが、今はコロシアムから遠ざかるように我先へと歩を進めている。

 

「モンスターの制圧はまだか!?」

 

「現在ロキ・ファミリアが協力してくれています!」

 

「ガネーシャ・ファミリアから怪物祭に参加予定モンスターの一覧表を借りてきました!」

 

「よし、無力化したモンスターと一覧表との照会を急げ!」

 

 近くのギルド職員と思しき数名が大声で会話しているのが耳に入る。どうやら怪物祭の見世物のためにダンジョンから連れてこられたモンスターが逃げ出してしまったらしい。

 

「に、逃げましょう!?」

 

 エルフ少女がリュウマの手を引く。モンスターと戦うための武器や防具はすべてゴブニュ・ファミリアの本拠地に置いてきてしまっている。鎮圧は他の冒険者に任せて避難した方が賢明だろう。リュウマはエルフ少女の言葉にうなずき、人の流れに身を任せようとした。

 

 ――その時だった。

 

「ぐっ、のぉおおおおおおおおっ!!」

 

 リュウマの耳に、聞き覚えのある声が届いた。

 

「リュウマさん?」

 

 足を止めて振り返る。見知った顔がないかよく目を凝らす。

 

「こっちに!」

 

 ――見つけた。

 ついさっき自分たちが出てきたダイダロス通りへ繋がる路地裏への道。そこに飛び込んでいく白髪の少年と、敬愛する女神。……その後ろを追いかける、銀色の毛並みを持つモンスター――シルバーバック。

 

「リュウマさん!?」

 

 考えるより先に身体が動いていた。エルフ少女と繋いでいた手を離して、2人と1匹が入っていった道へと駆け出す。

 

「リュウマさん! どうして!? 止まって!!」

 

 エルフ少女はその背中を追いかけようとするも、人の波にのまれてしまう。強靭な肉体を活かして人の流れに逆らうリュウマとの距離はどんどん離れていってしまう。

 

 人の流れが速すぎて思うように進めないリュウマだったが、なんとかして歩みを進めていく。路地裏への道まであと少しのところまで近付いたところで――

 

『き――きゃああああああああああああああああああああっ!?』

 

 ――リュウマの足元が爆発した。

 

 


 

 

「……?」

 

「ティオナ?」

 

「どうかしたんですか?」

 

 ギルド、ガネーシャ・ファミリアから市井に放たれたモンスター討伐を頼まれていたティオナ・ヒリュテ、ティオネ・ヒリュテ、レフィーヤ・ウィリディス。3人は家屋の屋根上から周囲の警戒をしていた。

 とはいっても『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインが片っ端からモンスターを討伐しているおかげで暇なことこの上なしだったのだが。

 そんな中、ティオナがその動物的ともいえる鋭い勘を働かせる。

 

「地面、揺れてない?」

 

「……本当、ね」

 

「地震……じゃないですよね」

 

 地震には及ばない微弱な揺れを感じた3人は警戒を厳とする。周囲を見渡すティオナは、通りの一角に見知った顔を見つける。

 

「あの子は……」

 

 ゴブニュ・ファミリアの新人だったはず。数日前に英雄譚を語り合った少年のどこか必死に人混みをかき分ける様子に眉をひそめる。

 何をそんなに慌てているのか、少年の様子をよく見ようと身を乗り出す。

 

 そして。

 

 轟音と共に、少年の足元が爆発した。

 

『き――きゃああああああああああああああああああああっ!?』

 

 次いで響き渡る少女の金切り声。

 爆発地点からは膨大な土煙が立ち込めており、爆発に巻き込まれた少年の様子は分からない。

 揺らめきを作り煙の奥から現れたのは、石畳を押しのけて地中から出現した、蛇に酷似するモンスターだった。

 

「ティオネッ、あいつ、やばい!!」

 

「行くわよ」

 

 3人はモンスターめがけて駆け出した。

 




 UAとお気に入り数がどんどん伸びていて嬉しい今日この頃です。

 活動報告でも書きましたが、原作との乖離を指摘されたので『原作改変』タグを追加しました。ご指摘くださりありがとうございました。

 主人公がなかなかツルハシ振り回すチャンスが来なくて不貞腐れつつある作者です(圧倒的自業自得)。


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11. 勇気と無謀

 お気に入り600件……!?
 こんな駄文にお付き合いくださりありがとうございます。
 あと評価投票してくれた20人の方、ありがとうございました。

 今回で、原作第1巻終了の辺りまで進みます。


 足元に何かがいる。そう気が付いた時には全身を激しい痛みが襲っていた。

 何かに吹き飛ばされて空中を舞った身体は、重力に引っ張られて地面に激突する。

 

「――――っ!」

 

 あまりの激痛、声にならない悲鳴が口から漏れる。立ち上がろうと地面に両手をつくも、身体を起こすだけの力が湧いてこない。

 なんとか首だけ上げて周囲の状況確認を試みるも、巻き上げられた土煙や瓦礫によってただでさえ霞んでいる視界から得られる情報はないに等しい。

 土煙が収まると、目の前にうねうねと蠢くモンスターの姿が浮かび上がった。

 石畳の下、土中から生えている黄緑色のその姿は巨大な蛇。頭とみられる先端の膨らんだ部分には目らしき器官はついていない。

 

 ゾッと嫌な寒気が襲ってくる。それは黒鐘龍馬がこのオラリオへ来た時以来の感覚。

 金色に輝く髪と瞳の女性。主神ヘスティアと出会うきっかけとなった人との会話最中にも感じた感覚。

 恐怖。圧倒的な強者を目前にしたリュウマのただでさえ痛みで動けない身体は強張り、地面に倒れた状態から動けなくなってしまう。近くにいる矮小な存在に気付いていないのか、幸いにもモンスターはリュウマに見向きもしない。

 

 その場でうねうねと体をくねらせるだけだったモンスターは突如、何かに反応したかのように全身を鞭のように大きくしならせた。

 地面に叩きつけられる幹のようなモンスターの体躯。破壊された石畳が巻き上がり、周囲の露店や建物に激突して無数の風穴を開けていく。

 そんな石の雨の中を、2つの影がモンスターに向かって突っ込んでいった。

 

「!?」

「かったぁー!?」

 

 モンスターに攻撃を加えた影は、その場に着地する。

 そこにいたのは、憧れの女性――ティオナ・ヒリュテと、ティオナによく似た女性だった。

 

 皮が破けて血が垂れている右手。痛みを払うように右手を大きく振るティオナは、無様に倒れ伏しているリュウマを視界に入れる。

 

「来るわよ!」

 

「!」

 

ティオネの声が聞こえ、目前のモンスターに意識を戻す。突然攻撃を加えてきた不埒者へ怒りを示すようにモンスターの攻撃が激しくなる。

 

「打撃じゃあ埒が明かない!」

「あ~。武器用意しておけば良かったー!?」

 

 何度も攻撃を当てているが敵への致命傷には至っていないアマゾネス姉妹と敵に攻撃が当てられないモンスター。戦況が膠着する中で、遅れて到着したレフィーヤがリュウマを発見する。

 

「大丈夫ですか!?」

「は、はい……」

 

 全身を強打していて動かせなかった身体は少し時間を空けたことでかろうじて動かせる。フラフラと地面から身体を起こすリュウマを見て、レフィーヤはこの少年が自力でこの場から逃げることができるだろうと判断した。

 

「ここは危険です! 避難してください!」

 

 そう言うと、ティオナたちが時間を稼いでくれている間に魔法を放つため詠唱を始めるレフィーヤ。リュウマも、自分はこの場では足手まといだと考えて邪魔にならないように立ち上がる。とはいえ膝に手を当てて身体を支えるのが精一杯で、なかなか歩けるまで回復しない。

 地面に強打された際、頭を強くぶつけていたリュウマは軽い脳震盪状態にあった。目に映る景色はグラグラ揺れているし、頭はガンガンと割れるように痛い。全身の痛みはまだ引いていないし、極度の疲労感によって足を動かすことができない。

 未知のモンスターと遭遇したことで焦っていたレフィーヤの判断は間違っていた。リュウマはとても自力でその場から逃げ出すことができるような状態ではない。

 リュウマ自身も自分の身体状況を冷静に判断できているわけではない。身体はかつてないほど痛いが、それでもこの場から避難するくらいのことはできるだろうと立ち上がったリュウマは、ふらつく身体で1歩を踏み出して――

 

 

 ずっこけた。

 

 

 足元の石畳はモンスターの攻撃の影響で凸凹が多く、そのへこみに爪先が引っかかってしまう。つんのめるリュウマは何とか堪えようとするが、力の入らない足では踏ん張りが利かず、そのまま前方に体が傾く。

 しかも倒れた方向が悪かった。前方にはリュウマを庇うように立ちはだかり呪文の詠唱に集中しているレフィーヤがいる。

 

「――ぇ」

 

 倒れる自分の気配を感じ取ったのだろうか。モンスターに視線を向けたまま小さく声を漏らしたレフィーヤを突き飛ばすようにリュウマは盛大にずっこけた。

 

 直後。

 

 地面から伸びてきた黄緑色の突起物――触手が、倒れかけているリュウマの腹部を貫いた。

 

 ――あんまりにも散々だ。

 

 今日一番の激痛に襲われたリュウマは、それまで気合で何とか保っていた意識を手放した。

 

 

 

 

 

 気が付けば、見覚えのある天井があった。

 

「起きたか」

 

 首を動かすと、逞しい肉体をした老人――ゴブニュが椅子に腰かけているのが見える。慌てて上半身を起こそうとして、

 

「――いづっ!?」

 

 脇腹から感じる激痛に顔をしかめる。

 

「ポーションは飲ませた。完全には治っていないが、安静にしていれば傷口も塞がるだろう」

 

 淡々と説明するゴブニュの手には、根本でへし折れた細剣(レイピア)の柄がある。

 

「ロキ・ファミリアの連中が眠っているお前を担いで運んできた」

 

 悲しそうな目で剣の柄を見つめていたゴブニュは、リュウマの方を見ずに言葉を続ける。

 

「何があったのかは聞いた」

「……ご迷惑をおかけしました」

「俺に言うな」

 

 顔を上げたゴブニュの顔は、ひどく不機嫌そうだった。

 

「謝る相手が違うだろう」

「……はい」

 

 繋いでいた手を振り払ったエルフ少女の姿を思い出す。彼女からしてみれば、必死で引き留めた同僚がモンスターに向かって突っ込んでいき重傷を負う様子を見せられたのだ。たまったもんじゃないだろう。

 申し訳なさそうに項垂れるリュウマを見てゴブニュはため息をつく。

 

「『英雄になる』と言ったな」

「……はい」

「それは誰のためだ」

 

 憧れの女性を振り向かせるため。そんな不純極まりない目的のため。リュウマは英雄になると決めた。

 そう、自分のためだ。

 

「『英雄』は自分のために戦わない」

 

 ゴブニュの言葉に、頭をガンと殴られるような感覚が襲う。

 パッと顔を上げたリュウマとゴブニュの眼が合う。

 

大甥(ルー)の息子に、セタンタという子がいた」

 

 神々が人の地に降りて間もない頃。今は神話として語り継がれている、神と人の間に産まれた古い英雄の話を始める。

 

「知らなかったとはいえ、自分の息子を殺すという禁忌を犯した愚かな奴だ」

 

 だが、誰よりも武人としての名誉・礼節を重んじて人々や友人を救うためにその力を振るった。神からの恩恵を受けるため、いくつもの禁忌を己の身に課した。最期にはその禁忌が枷となったわけだが。

 

「最後には狂気と幻影に憑りつかれたが、それでも力の使い道は間違わなかった」

「…………」

「『英雄』を目指すのはいい。女の為に戦うのもいい。ただな」

 

 英雄譚にヒロインの存在は必要不可欠だ。恋人の為に命を捧げる者も多い。セタンタも、愛する人との結婚を果たすため修行で英雄たる力を手に入れた。

 

「『勇気』と『無謀』を履き違えるな」

 

 とあるギルド職員はこう言う。「冒険者は冒険しちゃいけない」と。

 ただ身の安全を守るための言葉ではない。確実に《経験値》を積み重ね、成長するため。生きて次に繋げるための教訓。

 

「……はい」

 

 Lv.5――第一級冒険者たちが鎮圧に向かっていたのに、新米で戦闘も素人である自分が行く必要はなかった。ヘスティアとベルが心配だったとはいえ、あの場で駆け出して自分にできることはあったのか。結局モンスターに襲われて大怪我をして助けてもらって。最後には守ってくれた人を突き飛ばしてしまった。

 

 あの場面で自分は何もできなかった。それはゴブニュの言う通り、間違いなく『無謀』だったのだろう。

 『英雄』になるとほざいておいて憧れの人の前で無様な姿を晒したことへの羞恥心が、手を振りほどいた少女への罪悪感が、自分の不甲斐なさからくる無力感が、いまさらに胸の中で渦巻き始める。

 

「分かったならいい」

 

 ゴブニュは床に置いていた布包みを拾い上げると、肩を落とすリュウマの膝上に置き直した。リュウマが不思議に思いながら布をめくると、中にはツルハシがあった。自分が普段使っている両端とも鋭く尖ったものではなく、片方が斧のような形状になっている。

 

「使え」

「あ、ありがとうございます」

「売れ残りだ。気を遣うな」

 

 立ち上がって部屋を出ていくゴブニュの背に礼を言うも、ゴブニュが振り返るはなかった。

 ツルハシの刃はリュウマの顔が映るほど透明度が高く光沢があり、純度の高い金属で精錬されたことが分かる。素人目から見てとても「売れ残り」とは思えない逸品にリュウマが目を落としていると、ドアのノック音が聞こえた。

 

「どうぞ」

「……失礼します」

 

 先ほどゴブニュが出ていったドアから入ってきたのは、胸に本を抱えたエルフの少女だった。

 

「さっきは……その、すいませんでした」

「まったくですよ!」

 

 エルフ少女、怒っていた。

 ゴブニュが座っていた椅子に腰かけると、リュウマにグッとしかめっ面した顔を近付ける。

 

「勝手に手を振りほどいてモンスターの方に走って行っちゃうし、結局モンスターにお腹刺されて倒れちゃうし! 死んじゃったかと思ったんですからね!」

「ほ、本当にすいませんでした。ご迷惑おかけしてしまい……」

「女性をほったらかしにして心配かけさせるなんて駄目ですからね!」

「……返す言葉もございません」

 

 ションボリと項垂れて大きな体を縮こませるリュウマの情けない姿をジッと睨みつけていた少女は、いきなりニンマリと笑顔を浮かべた。

 

「――はい! それじゃあこの話はここまでです!」

「…………え?」

「その様子だとゴブニュ様にもいっぱい怒られたみたいですし、しっかり反省してくれてるならそれでいいです!」

 

 急なことにリュウマが混乱していると、少女は胸に抱えていた本を差し出してきた。

 

「これは?」

「日記帳です。それを買いに行ったんですもんね」

 

 あの騒動があったのに、いつの間に購入したのか。ピンク色の背景に白いハートが散りばめられた可愛らしい表紙と少女の顔を、リュウマの目が何度も往復する。

 

「入団のお祝いってことで、先輩からプレゼントです!」

 

 このお返しは高くつきますよ? とおどける少女の姿に、リュウマの強張っていた表情が少し緩む。

 

「何かお礼と、それからお詫びをしないといけませんね」

「じゃあ、また一緒にお出かけしましょう!」

 

 今度は、手を振り払わないこと。勝手にいなくならないこと。心配かけさせないこと。

 3つの約束を提案されたリュウマは、それを快諾する。

 

「ヘスティアさまと、クラネルさん。無事だったみたいです」

「本当ですか!?」

 

 追いかけてきたシルバーバックをみごとに討伐したという話を聞いて胸を撫で下ろすリュウマ。それを見てエルフの少女は、リュウマが駆け出した理由を察する。

 

「それじゃあ、怪我が治るまで絶対安静ですからね!」

「はい。あ、あの……」

 

 あまり長居しては悪いと部屋を出ようとする少女を呼び止める。不思議そうに後ろを振り返る少女に、

 

「ありがとうございました」

 

 自分のために色々と苦労をかけてしまったエルフの少女にお礼を言う。驚いたのか目を大きく見開いていた少女は、すぐにいつものような明るい笑顔に戻る。

 

「デート、楽しみにしてますからね?」

「で、デート!?」

 

 妙齢の女性と2人きりで出かけるというその意味にいまさら気付いたリュウマは顔を赤らめる。少女はその様子を見て内心喜びながら、今度こそ部屋の外に出ようと――

 

「リュウマくん! 生きてるかい!?」

「大丈夫ですかリュウマさん!?」

 

 ――して、白黒の2人に弾き飛ばされた。

 

「あ、ベルさんとヘスティアさまーべるっ!?」

 

 勢いそのままにベッドへ突撃してきた2人に体当たりを食らったリュウマは、閉じかけていた傷口が開く感覚と共に再びやってきた激痛に白目を剥いた。

 

「うぉおおおお! 良かったよリュウマくぅん!!」

「ちょっと! お二人とも何やってるんですか!? 怪我人ですよ!!」

「す、すいません!? 神さま1回離れましょう!?」

「いやだぁ! もうボクはベルくんからもリュウマくんからも離れないからなー!!」

「さっきまであんなにヘロヘロだったのに、どこにこんな力を残してたんですか!?」

「あぁ、川の向こうのお花畑でお母さんが手を振ってるよー……」

「リュウマさん!? しっかりしてくださいリュウマさーん!!」

「早く離れてください2人ともー!!!」

 

 

 

 すっかり日の暮れたオラリオに、てんやわんやの騒ぎ声が響き渡ったのだった。

 




 スキル【正義反逆(エンリベリオン)】が発動しなかったのは、リュウマの行動が「正義(作者にとっての)」ではなかったからです。女の子を悲しませちゃ駄目ですよ。

 今のところ一番ヒロインしてるのが名もなきエルフ少女で戦々恐々としております。何この子その場の勢いで作ったオリキャラなのに大活躍してるじゃないですかやだー。
 恐ろしい子……!!

 禁止事項である「原作の大幅コピー」がどういうものなのかは分からないんですが、セリフの引用くらいなら許される…………よね?


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12. 馬鹿と日記は使いよう

遅くなって誠に申し訳なすび(謝る気が微塵も伝わらない)
UAが4万超えててビックリしました。ありがとうございます。


 やや薄暗い洞窟内を、4人の冒険者が縦横無尽に駆け回っていた。

 

「後方から新たにキラーアント3匹です!」

「魔法の詠唱は継続、リュウマは後方の援護に回れ!」

「正面はワシが抑える!」

 

 大盾を持ったドワーフが、パーティー隊列の前方から襲いかかってくるゴブリン・コボルドを食い止める。ドワーフの横を通り抜けた素早いモンスターは、ヒューマンが操る短槍によって捌かれていく。ヒューマンに守られるようにして立っているエルフの少女は、その場で杖を頭上に掲げて何かの文言を口ずさんでいる。目を閉じてその場から一歩たりとも動く様子のない姿は仲間への厚い信頼の裏返しだ。

 その3人の傍を横切ったのは1人の大男。ドワーフと入れ替わるようにして正面から下がった男は、一気に後方へと駆け抜ける。そこにいるのは硬い甲殻を持つモンスター。生半可な武器、並の筋力では到底貫くことのできない防御力を誇る敵に対してしかし、男は一切の躊躇なく手に持った武器――ツルハシを振るった。

サクッという軽い音と共に、エルフの背中へと飛びかかった昆虫型のモンスターたちは、まるで柔らかいバターのようにその体躯を切り裂かれた。

 

「…………いけます!」

 

 ツルハシを持った男――リュウマが後方の脅威を排除すると同時に、エルフの少女が閉じていた眼をカッと見開く。少女の言葉を待っていたとばかりに正面に立ち塞がっていたドワーフとヒューマンが左右に飛び退く。

 

 次の瞬間。光の奔流が前方に押し寄せていたモンスターの群れを飲み込んだ。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ? ! ?」

「「「何やってんの!?」」」

 

 運悪く魔法の射線に入ったリュウマを巻き込んで。

 

 


 

 

 怪物祭から2日が経った。腹部に風穴があいたリュウマだったが、一晩寝たら完治するという驚異的な回復を見せた。治療に使われたのは回復薬(ポーション)の中でも最高級に位置づけられるもので、そのとんでもない治癒効果を初めて目の当たりにしたリュウマは、致命的な勘違いをした。

 

「回復薬を使えばどんな怪我でも問題なく治癒する」のだと。

 結果として、自分の身を省みずモンスターに特攻する狂戦士(バーサーカー)が誕生した。

 

「何やってるんだお前は!」

「すいません!?」

 

 その狂戦士はいま、パーティーリーダーを務めるヒューマンの女性にお叱りを受けていた。

【ゴブニュ・ファミリア】冒険者パーティーの戦術は至ってシンプル。ドワーフが前衛で大盾を持ってモンスターを食い止め、エルフの高火力魔法で一閃するというもの。中衛を務めるヒューマンは背後を突こうとするモンスターに対処しつつ全体に指示を飛ばす役割を担っている。ただ、この戦術は中衛の役割負担が大きい。戦況の把握や仲間に指示を飛ばすことで頭を使うのに加えて、モンスターとの戦闘も行わなければならない。3人という少数パーティーでこなすには難しい戦術といえる。

そんな中で加入したリュウマに期待された役割は、リーダーにと共に魔法発動までモンスターの対処をすることだ。

 もともと【ゴブニュ・ファミリア】は商業ファミリアで、冒険者の積極的な勧誘は行っていない。新米鍛冶師にレベルアップさせて【鍛冶】スキルを取得させることが主な目的であり、それ以外の探索やアイテム採掘が目的の場合には顧客である冒険者ファミリアと合同でパーティーを組むことがほとんどだ。ただ、いつも他ファミリアとパーティーが組めるわけではない。冒険者ファミリアには冒険者ファミリア内の付き合いもあるのだ。

 自ファミリア単体でも中層以降の探索をスムーズに行えれば、より生存確率・採取効率の向上が見込める。ギルドに冒険者募集の張り紙でも出そうかと思っていたところに加入してくれたリュウマの存在は、パーティーリーダーとして頭を痛めている彼女には非常にありがたかった。

 

 唯一にして最悪の誤算は、リュウマが馬鹿だったことだろう。

 パーティーとして戦闘するという経験がなかったリュウマは、仲間に任せて後ろに下がることができない。オラリオへ旅している時も、1人でダンジョンに潜った時も、常にまっすぐ突き進み続けたリュウマは絶望的なまでにこの戦術との相性が悪かった。

 

「まあまあ。反省しているのだし、そう叱ってやるな」

「お前は新人にいつも甘い! しっかり指導しないといざという時に困るのはコイツ自身なんだぞ!」

「そうは言うが、怒鳴ってどうにかなるものでもなかろう」

「それはそうだが!」

 

 ドワーフになだめられて少し落ち着いたリーダーは、正座しているリュウマを見てため息をついた。

 

「とにかく! 魔法の射線上に入るな! それだけしっかり覚えておけ!」

「はい!」

「返事だけは一丁前だなぁお前!」

 

 イライラした様子でエルフ少女と見張りの交代をするヒューマン。ここはダンジョン内、セーフゾーンではないので休憩中は見張りを交代交代で行う必要がある。

 

「まあ、最初は誰でも失敗だらけじゃ。あまり気に病むな」

「そうですよ。私だって何回怒られたことか」

 

 気落ちした様子のリュウマを気遣いながら水分補給をする2人。リュウマは自分の荷物の中から日記帳を取り出して何事かを書きながら苦笑いする。魔法が直撃したので念のためポーションを飲んだとはいえ、ケロッとしているリュウマをジトーッと睨む。

 

「むしろ魔法をもろに喰らっておいてほとんど怪我していないのが信じられないんですけど」

「身体だけは丈夫なもので」

 

 自分がプレゼントした日記帳に何を書いているのか気になるのだろう。エルフ少女がリュウマの後ろから覗き込み、

 

『射線上に入るなって、私言わなかったっけ…?』

 

「ブフーッ!?」

「ぬわぁぁ! つめたーい!?」

 

 自分に似ている少女のイラストから伸びた吹き出しに書かれたセリフを見て、口に含んでいた水を吹き出した。

 

「ちょっと! 何ですかこれ!」

「イラスト付きの方が覚えやすいかと思いまして」

「わたしこんな怖い顔してないですから! もっと可愛く描いてください!」

「いやでもそれだと意味がないと」

「い い か ら !」

「何をしとるんじゃお主らは……」

 

 呆れ顔をするドワーフをよそに、イラストをめぐった言い争いが続く。と、見張りを担当していたヒューマンが警告を発した。

 

「足音が複数、聞こえる」

 

 緩んでいた空気が引き締まった。

 現在パーティーが休憩しているのは9階層。1つ下の10階層からは豚頭人身のオークが出現する。下の階層で出現したモンスターが上の階層へ逆走することは滅多にないが、1ヶ月ほど前にミノタウロスが上層まで登ってきた記録もある。近づいてくる足音が同業者ではなくモンスターである可能性も考えて、パーティーはいつでも戦えるように身構える。

 

「あー!」

「うるさいわね。どうしたのよ急に大声出して」

 

 しかし、通路の曲がり角から現れたのは、6人の冒険者だった。

 

「ロキ・ファミリア……!?」

 

 オラリオ最大派閥の、その中でも最高戦力である6人。アイズ・ヴァレンシュタイン、フィン・ディムナ、リヴェリア・リヨス・アールヴ、ヒリュテ姉妹、レフィーヤ・ヴィリディス。錚々たる顔ぶれに、リーダーが驚愕の声を上げた。

 

「おや。ゴブニュ・ファミリアの」

「いつもこいつらが世話になっているな」

 

 フィンとリヴェリアがあいさつをしてくる。それに対して「あっ……その、どうも……」とすっかり挙動不審のリーダー。

 

「『重傑(エルガルム)』はおらんのか。珍しい」

「彼には留守を任せているよ。下層まで行くつもりだからね」

「それは残念。また戦い方を教わろうとでも思ったんじゃがのう」

 

 挙動不審なヒューマンに代わって何度か面識のあるドワーフがフィンと近況報告を兼ねて談笑する一方で、

 

「あら、あの時モンスターに吹き飛ばされてた子じゃない」

「治ったんだねー、よかったよー」

「その節はたいへんご迷惑をおかけしました」

 

 アマゾネス姉妹と言葉を交わしていたのがリュウマである。

 

「お腹にポッカリ穴できてたからねー」

「なに笑ってんのよ馬鹿」

 

 死んだかと思ったよ! とケラケラ笑うティオナが不謹慎だとティオネに窘められる。慕っている人が楽しそうに笑う姿を見られて嬉しいリュウマだったが、自分を救助する手間が増えたせいでモンスター討伐が遅れてしまったのではないかという自責の念もあり内心は複雑だった。

 

「あのぅ……」

 

 アマゾネス姉妹の談笑を見ていると、隣から声をかけられる。そちらを見ると怪物祭の時に自分を助けてくれた、小麦色の髪を後ろでひとまとめにしたエルフの少女がいた。

 記憶が蘇る。魔法の詠唱には深い集中が必要だと教わった。その魔法を詠唱している途中に後ろから突き飛ばして戦闘の邪魔をしてしまった。彼女には一度、助けてもらったお礼と邪魔をしてしまった謝罪をしておきたかった。リュウマは頭を下げる。

 

「あの時は助けていただいて、本当にありがとうございました」

「え?」

「え?」

 

 なぜか驚いたような顔をされた。

 

「いえ、こっちこそ危ないところを庇っていただいて……」

「え?」

「え?」

 

 それどころか逆にお礼を言われてしまった。

 

「魔法の詠唱を邪魔してしまってすいませんでした」

「いえ私こそ大怪我をさせてしまってごめんなさい」

「???」

「???」

 

 お互い微妙に噛み合わない会話に首を傾げながらも頭を下げ続ける2人だった。

 




勘違い?要素

 レフィーヤからすれば、モンスターの攻撃から庇ってくれた恩人
 リュウマからすれば、戦闘の邪魔をしてしまったけど助けてくれた命の恩人



 原作と少しズレてきました。レフィーヤさん、本来ならケガを乗り越えて覚醒するはずだったのに、ケガなしで覚醒してます。(その分、耐久値がちょっと下がったりするのかな? よく分からない)

 原作(ソード・オラトリア)の方では上層をあっという間に通り抜けた、という感じに書かれていたので、リュウマたちと会話シーンを入れるか悩んだんですが。
 まあ、いいんじゃね? という軽い気持ちで書いてます。原作と食い違う描写もあるかもしれませんが、ご了承ください。


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