駆逐棲姫が鎮守府にスパイとして潜入した話 (カマタマーレ讃岐)
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はじまり


ギャグ9割シリアス1割で進んでいきます
たぶん



 

 

『_____えっと...君は、鎮守府に行ったら...何をしたいんだい?』

 

 

若干やつれた様な印象を受ける青年が、目の前の少女にそう問い掛けた。

 

 

『私が鎮守府に行ったら...ですか?』

 

突然の話に当惑し、質問の意図を理解していないような様子の少女。

しかし、数秒うんうんと唸ると答えが出たのか、すっきりとした顔で目の前の青年と面と向かい合う。

 

 

白いベレー帽を深く被った少女が調子よく、すー、はー、と深呼吸。

先の青みがかった桃色のサイドテールがふわりと揺れるのと同時に、少女はこう叫んだ。

 

 

『___もちろん!艦娘たちをぎゃふんといわせてやります!!』

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「はるさめー、ただいまっぽーい!!」

 

「ぽい」と特徴的な語尾を付けた人物は声が聞こえてから数秒も経たないうちに、ドアの奥からひょいと顔を出した。

 

「あ、夕立姉さん。おかえりなさ…んぎゅ!?」

 

夕立姉さんは私を見つけ目を輝かせた途端、持っていた荷物を放り出して凄まじい勢いで私の胸元に飛び込んだ。

 

「えへへ、夕立が居なくて寂しかったでしょ?」

 

夕立姉さんが姉としての威厳を発揮させまいと振舞う。

そう、夕立姉さんは白露型4番艦の駆逐艦。

私、春雨は白露型5番艦だから...夕立姉さんはすぐ上の姉にあたる存在だ。

 

 

「子供じゃないんですから寂しくないです!というか姉さん、買ってきた物は…?」

 

「…あ、つい勢いで放り投げちゃったっぽい」

 

夕立姉さんは少し名残惜しそうに私の元から離れると、床に散らばった荷物をいそいそと拾い始めた。

 

 

「…もう、姉さんったら」

 

流石に見てるだけで手伝わないというのも“春雨”としてはどうなのかと思い、私は拾うのを手伝う事にした。

 

「春雨、ありがとっぽい!」

 

「どういたしまして」

私は、夕立姉さんにニコッと笑顔を向けた。

 

 

 

 

___でも、この私の振るまいは“仕事”の一旦にしか過ぎない。私の目的は…

 

(夕立姉さん、あなたたちを暗殺することなんですよ…)

 

私は、深海棲艦。この鎮守府に“春雨”として送り込まれたスパイだ。

...思えばこの鎮守府に着任して以来、悪事をたくさん犯してきたなぁ...。

 

例えば作戦終了日の打ち上げで、どう考えても要らないもち米を匿名で大量に送り付けたりとか...。まさに模範的なスパイである。

 

にしても…一緒に生活する事になるルームメイトがこんなにも単純な少女だとは。

私は心の中でほくそ笑んだ。姉妹艦の事等を聞いたりしても疑いもせずにペラペラと話してくれるため、こちらとしても気が楽だったのである。

 

 

そんな少女の名前は「夕立」。

あのソロモンで暴れに暴れたという逸話のある彼女を、私はここに来る前から何故か知っていた。

 

…私に何でこんな記憶があるのだろう?悲しい、怖い、苦しい…でもその中には誰かと過ごした記憶が確かにあって。

“私”は一体、誰なんだろう…?

 

 

「___おーい!春雨、急にボーッとしてどうしたっぽい?」

 

「ひゃ!?お、驚かさないで下さいよ…!っていうか近い!」

 

目の前には手をブンブン振る夕立姉さん。大型犬か!

 

「えぇー?驚かしてないけど…でも春雨のそういう反応、かわいいっぽい」

 

「な…っ…!?」

夕立姉さんがさらに距離をギュッと詰めてきたため、思わずどぎまぎしてしまう。

 

「ぅ…と、とにかく!荷物片付け終わったんですよね?もう夕食の時間過ぎてますよ」

 

「…え、マジっぽい?」

 

どうやら私に心休まる時間はない様子。夕立姉さんに「早く行かないと夕立達の分が無くなるっぽい!!」と引っ張られ、私達は部屋を後にした。

 

 

◇◆◇

 

 

「はぁ…はぁ…これ走る必要ありました…?」

 

「早いに越したことはないっぽーい」

 

駆逐艦寮から食堂まで大して距離はないのだが、夕立姉さんに引っ張られてかなりのペースで走らされたため流石に息が上がる。

時刻はヒトハチマルマルを過ぎた頃か。

既に食堂には和洋様々な料理の匂いが立ち込めていた。

 

「ふふ、ドイツ自慢のヴァイスヴルストの味はどう?最高でしょう?」

 

「…!?お、おいしい!これも一人前のレディーのたしなみなのかしら!?」

 

食堂の端の方でドイツ出身であろう艦娘が日本の駆逐艦娘に料理を振舞っていた。

 

「あ、暁ったらビスマルクにソーセージ振舞ってもらってるっぽい…いいなー」

 

「ちょ、夕立姉さん、白露姉さん達が待ってるんですから」

 

今にもソーセージの乗ったテーブルに飛びかかりそうな夕立姉さんをなんとか制止。

こうやって海外から着任してくる艦娘たちが異国のレシピを提案していくため、日本の艦娘たちが洋食を食べる光景…というのも鎮守府の風物詩になりつつあった。

 

「にしても…」

 

食道内をぐるりと見回す。

目印は活発そうな長女と、どこか達観した性格の次女。

 

「白露たち、どこにもいないっぽい?」

夕立姉さんもキョロキョロと周りを見回すが、見当たらない様子。

 

「ほんとにどこに_」

 

「やあ、二人共」

 

肩から全身へと凍てつく寒気が走る。

 

「ぽおおい!?」

いきなりの登場に思わず変な声が出てしまった。後ろから私の肩に手をポンと置いたのは…

 

 

「あ、時雨。今までどこ行ってたっぽいー?」

 

「はは、さっきまで白露と注文口の方に居たんだけど…今は空いてる席を探してる所」

 

白露型二番艦の時雨姉さん。深い黒色の髪に、青い瞳を持つ駆逐艦の少女で、暴走しがちな1番艦の白露姉さんの監視(お守り)をしている次女でもある。

 

にしても…肩を叩かれるまで時雨姉さんの気配に全然気付けなかったなんて...。

時雨姉さん、要注意人物に入れておかなきゃ。

 

「…何だかんだで春雨が鎮守府(ここ)に来てから一ヶ月経ったけど…君、随分と夕立に毒されたね…」

時雨姉さんが冷やかしみたいに、そんなことを口にした。

 

「毒…!?そんな訳ないじゃないですか」

 

後ろでは夕立姉さんが「時雨!?夕立毒じゃないっぽい!」とブーイング。

この1ヶ月で私が毒された…?まぁ確かに自由奔放な夕立姉さんには振り回されることが多いけど…

 

「えっと…聞きますけど具体的に私のどの辺が毒されてます?」

 

「…口癖かな」

 

「…はい?」

 

口癖?夕立姉さんの口癖…というか語尾は「ぽい」だけど…

 

「あっ、それ、夕立さっき聞いたっぽい」

 

「ちょ」

先程まで不機嫌だった夕立姉さんの表情が一気に明るくなる。

 

「確か後ろから来た時雨に驚いて…」

 

「ストップ!ストップです夕立姉さん!」

 

私は手でガードサインを作ってなんとかそれ以上の言及を止めることは出来たものの...しばらくの間、姉さん達がにこにこと微笑ましい物を見る表情で私を見てきたため、お手上げ状態だった。

 

「まあ毒された、っていっても悪い意味じゃないよ。…ふふっ」

「もう、また笑って…」

 

どうやら時雨姉さんには人を弄ぶ趣味があるらしい。

夕立姉さんですら先程のシーンを思い出してしまったのか、口を抑えて今にも笑いだしそうだった。

そのうち、時雨姉さんにまた何か弱みを握られるのではないかと頭を抱えた。

 

「うぅ…先が思いやられるなぁ」

 



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食堂にて

私達は軽く会話を交わした後、持ち無沙汰になってしまったため、とりあえず近くの手頃な空いている席に腰掛けることにした。

 

「はぁ…夕食前なのに気分が駄々下がりです」

 

夕食前に姉二人に弄ばれるという、姉ハラスメントを受けた私は椅子の上で深くため息をついた。

 

「…これは流石に夕立たちも悪かったっぽい…ごめんっぽい」

 

申し訳なさそうにしゅんとする夕立姉さんに続いて時雨姉さんも「ごめん、流石にちょっとおちょくり過ぎたね」と反省面。

 

 

__いやいやこの二番艦、絶対またやらかすって。目が謝ってないよこれ…。

 

「はぁ…まぁいいです。…今回で姉の妹に対する扱いが分かった様な気がします」

 

「聞こえてるよ、春雨」

 

夕立姉さんが苦笑いを浮かべてるのに対し、時雨姉さんの黒い顔。そういうところですよ時雨姉さん…。

 

「そういや白露、遅いっぽい」

 

夕立姉さんがふと思い出した様子で口にした。

 

「…たしかに。さっき白露と別れてから十分位は経ってるはず何だけど…」

 

確かに、時雨姉さんの言う通りやけに終わるのが遅いような気がした。

まず料理を注文するだけだし、そんなに時間がかかるモノではない筈なのに…

 

 

「___私が探しに行きます」

 

「えっ、いいのかい?正直いってこれは僕が白露を野放しにした…っていうのも原因だと思うんだけどな」

 

野放し。少し語弊がないですかとツッコミたくなるが我慢我慢。

白露姉さん、一応長女、一番艦なのに

次女からの扱いが…。

 

「たぶん、ここは妹の私の頑張り時なんです。私が__」

 

「__春雨、待つっぽい!」

 

「夕立姉さん…?」

話を傍観していた夕立姉さんが、いきなり間に割って入ってきた。

 

「ここは夕立に任せるっぽい!」

 

「えっ、夕立姉さんが…?」

 

ここでシミュレーションをしてみよう。夕立姉さんの行動パターンを考えると仮に探しに行ったところで、途中で「あ、おいしそうなのあるっぽい…」と道草していく結末しか見えない。

 

「姉妹艦の勘で見つけ出すっぽい!」

 

「うーん…もう一人迷子を探す手間が増えそうなので夕立姉さんはちょっと」

 

私の答えを聞いた瞬間、夕立姉さんががくっと項垂れそうになるが、めげずに立ち直る。

 

「夕立、戦闘以外も出来るから…」

 

「例えば?」

と、時雨姉さん。

 

「えっと…実は夕立、犬並みにハナが利くから、匂いで人を探すことも出来るっぽい!」

衝撃の新事実!?これは艦隊新聞に載ってもいいレベルなのでは?

 

「夕立姉さん、やっぱり犬だったんですね!」

 

「違うっぽい!夕立犬じゃないっぽい!っていうか春雨、なんで嬉しそうな顔してるっぽい!?」

 

くわっと口を開く夕立姉さん。どうみても犬の類いにしか見えないんだけどなぁ。時雨姉さんも「夕立、それ初耳」とにやにやとしていた。

 

「あっ、あとさっきのはジョークだから。ホントにハナが利く訳じゃないっぽい…」

「そんな神妙そうな顔で言われても」

 

「でも姉妹艦の勘はホントっぽい!」

 

あーだこーだと争い合う夕立姉さんと私。これが普通の女の子同士なら微笑ましいのだが...

艦娘同士の喧嘩は何の因果か、大抵高確率で殴り合いに発展してしまうので注意!艤装とか関係なしに肉弾戦かますので一般人からしたら震えものである。

 

 

 

「...だったら二人で行けばいいんじゃないかな」

 

どっちが行くか行かないかの私と夕立姉さんの争いを見ていた時雨姉さんが、ふと呟いた。

 

「時雨姉さん!?」

何故だ。どう考えても夕立姉さんを行かせるべきではないというのに。私は疑心暗鬼になって問いただした。

 

「だって…春雨。君、夕立を“一人で”行かせるのが心配なんだよね?」

 

「それはそうですけど…」

 

それは勿論である。目を離せばすぐどこかに行ってしまう人だ。あのソロモンの時も、そうだった。心配しない訳がない。

 

「だから春雨。君が夕立に着いていってあげればいい。__“二人”で行くんだ」

時雨姉さんの優しい、だけれどどこか鋭さも感じられる眼差し。

 

「“二人”で…」

冷静になって考えればすぐ思い付いたことだろうけど、何故か時雨姉さんの“二人で行くんだ”という言葉が胸にやけに響いた。

 

「…」

ふと隣を見ると、何だか落ち着かない様子の夕立姉さん。

 

「…よし、じゃあ夕立姉さん、行きますよ」

 

「夕立も、着いていっていい?」

 

私は一回固く息を飲んで、こう言った。

 

 

「違います。“私が”夕立姉さんに着いていくんです」

「…ぽ、ぽい?」

「ほら、急がないと食べる時間無くなっちゃいますから」

 

やっぱり、この人には着いていくという形が一番合っているなと思った。

私がこの人を先導していく…だなんて考えられない。それだけだ。

 

「夕立ー、くれぐれも春雨を置いていかない様に。春雨は夕立を見失わない様にね」

テーブルの方に居る時雨姉さんがかなり離れたのに、きつく針を刺してくる。分かってますって…

 

「まずはあっちから探すっぽい!」

 

特にどこかを指さして言ったわけでもないため"あっち"って具体的にどこだよなんて思うかもしれないけど、これが"夕立姉さんクオリティー"なのである。

 

「いやまずは近いとこから探しましょうよ。…“灯台下暗し”っていいますし」

 

 

 

___忘れてるかもしれないのでもう一度言う。私はこの鎮守府に送り込まれたスパイである。だけど…

 

(今は…春雨として過ごすのも悪くないかな)

 

ひとまず私達は二人で、歩き出した。




ここの鎮守府の時雨ちゃんはけっこう黒いです!!!
春雨曰く「清々しい黒さ」


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妹達

「って…いざ意気込んで探してみたはいいですけど、いく宛がないですねこれ!」

「ですよねー、っぽい」

探しはじめてから、たぶん一分。白露姉さん捜索隊はあえなく撃沈。食堂の端で座り込んでいた。

 

「もう食堂には居ないのかもしれませんねー」

「ぽいー」

こういう人探しのイベントに難題は付き物である。

世の中、そう簡単に探し人や物が見つかってしまったら困るのである。何かヒントがあれば…

 

「うーん、夕立姉さん...。白露姉さん、今日大事な予定があるとか...言ってませんでした?」

「え、今日…?」

 

「なんでもいいんです!なにか些細な事でも…!」

「え、えぇ~。何か、何かって言われても…」

 

顎に手を当ててうんうんと考え込む夕立姉さん。思い出したことがどんなに小さなことでも、それがきっかけになるかもしれない。だから、ガンバレ夕立姉さん!(丸投げ)

 

「…なにか思い出しました?」

もう一度夕立姉さんに問いかける。

 

「__あ、思い出した!『一番艦の会』!白露、今朝そんなこと言ってたっぽい!」

「そう、それです!…って一番艦の…会?なんですかそれ…」

 

『一番艦の会』?私もここに来てから約一ヶ月経つけど、耳にしない単語だった。

 

「あ、そういや春雨はまだ知らなかったっけ?確か毎月1日に開かれる各駆逐艦の一番艦の集会…っぽい」

 

各駆逐艦のネームシップの集会...?一体何を話すんだ?

「ず、ずいぶんと珍気な会ですね」

 

「あ、それ、白露の前で言ったら一番艦パワーで刺されるから気を付けるっぽい」

「なにそれこわい」

そんなこんなで私たちが茶番を繰り広げていると、誰かが近づいてくる足音がした。

 

「お、姉貴たちじゃん。何してンだ?」

「...何、してるの、二人とも...」

 

「その声は...江風に山風っぽい?」

 

声のする方を向くと、不審そうに此方を伺う人物が二人。

照りつける様な赤髪を持つ少女は、白露型9番艦の江風。

まるで江戸の時代に生まれたかのようなべらんめえ口調に、私も初日は戸惑ったが...話してみると、あら意外と話しやすい。豪快活発が売りィ!な少女である。

 

そしてもう一人、目に優しい感じのミントみたいな色(説明しづらい!!!)の髪を持つ少女、山風。特徴は後髪に付けた黒いリボン、なんだけど....

なんというか、見てるだけでどんな人間でも保護欲が湧いてしまう様な子である。

心無しか江風ちゃんよりも身長がちっちゃいけど、彼女は白露型8番艦。

改白露型の海風ちゃんのすぐ下の妹で、れっきとした涼風ちゃん、江風ちゃんの姉なのだ!バンザーイ!

 

「食堂の端なンか座り込ンで...どうしたンだ?」

 

江風ちゃんが怪訝そうな顔でそんなことを言う。

うんうん、不審に思われてもしょうがないよね。ここは私が説明しよう。

 

「実は...迷子の白露姉さんを探してるんだけど、どうもここにはもういないみたいで。江風ちゃんたち、見てないかな?」

 

「白露の姉貴か?てか迷子扱いなのかよ...」

 

若干困惑したような江風ちゃん。あまり認めたくないけど、時雨姉さんのせいでそんなイメージがついちゃったなぁ...

 

「ン、そういやさっき第三会議室の前で見たような__」

「__それっぽい!ありがとう江風!春雨早速向かうっぽい...」

しかし、江風ちゃんがもたらした情報は夕立姉さんを動かすには十分過ぎた!

 

「ちょちょちょ、夕立姉さん。待ってください気が早いです」

その名前の如く、まるで夕立のような速さでその場を後にしようとする夕立姉さん。私の右手をガッチリ握り、今にも駆け出しそう。いや、ホント気が早いって。この人ぉ、もぉ〜!

 

「あの、白露姉さんは"何事も一番"をモットーにしてる人ですよ?今行ってそこにいるかどうか確証が...」

「確証ならあるっぽい!それは江風の言葉が確かっぽい!」

夕立姉さんが高々と声を上げる。

「そうだぜ夕立の姉貴!それに江風たちが白露の姉貴を見たのって...」

 

えーっちょっとなに江風ちゃんも参戦してるんですかー。だから、白露姉さんはありえないくらい行動が早いって...

 

「うん...ついさっき、ちゃんと見た...もん」

 

言っ...て

___うわぁっ、山風ちゃんがなんか上目遣いでこっち見てきた...!

 

「じー...」

「じー..ポイッ」

 

江風ちゃんもジトーっとこちらを見つめてくる。

なんだか妹たちに混ざって夕立姉さんもそんな事私にやってきてますけど、あんまり効果ないですからね!私には!

 

「ぐ、ぬぬ...わ、分かりました、行きましょう夕立姉さん」

「決まりっぽい!じゃあ早速向かうっぽい!」

 

夕立姉さんに手を引っ張られながら、去り際に妹たちに軽く手を振った。

...多分、あの子たちから見ても、夕立姉さんは嵐のような人なんだろうな。

そんな事を考えながら、第三会議室へと足を進める。

 

「一番艦の会...一体何が目的の会なんだろう」

「大丈夫大丈夫!パッと見なんかアヤシイけど、ヤバいことには手ェ染めてないから大丈夫っぽい!」

「ヤバいことしてたら大問題なんですがそれは!?」

 

 

白露姉さん...今頃どんな奇行をしているのだろうか。考えるだけで胃がちょっとキリキリしてくる。

でも...心の奥では実はまんざらでもないのだろうか、ちょっとだけわくわくしてしまっている自分がいた。

 

 

「...やっぱり私、毒されてるのかもしれませんね」

「ん、春雨なんか言ったっぽい?」

「別にー、なんでもないですよ。ふふっ」

 




難聴系ヒロイン夕立と、案外ちょろイン春雨
"表の"物語はこの2人が主軸かも


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一番艦の会、開催!(即刻中止です)

「白露姉さん!やっと見つけましたよ!ふぅ、時雨姉さん...お守りってこんなに大変だったんですね...」

「いや、見つけて早々ひどくない!?そんな扱いなのあたし!?」

 

妹たちから場所を聞き出し、辿り着いた場所。

第三会議室は使用頻度が少ないためか、少し寂れた印象を受けた。

しかしそれでも"会議室"としての機能は第一、第二会議室には劣らない!機能はね!

 

そんな第三会議室は何故か照明が全て落とされており、どこぞの秘密結社か、代わりに蝋燭が設置されていた。

 

「やっぱりいつ見てもアヤシイ内装っぽい...」

夕立姉さんがキョロキョロしながらそう呟いた。

 

 

「ホント...何してるんですか白露姉さん!時雨姉さんが呆れてますよ!」

「えーっと、そ、それは...」

 

目を横に逸らしながら、閉口したままの白露姉さん。

暗がりの中、周りには駆逐艦娘が複数名、円形のテーブルを取り囲むように椅子に腰掛けている。

 

「ちょっと白露ー、妹さん呆れてるわよー」

「そ、そこーっ!外野カゲロー!口挟まないのっ!」

 

白露姉さんが指差した先には多分同じ一番艦の子だろう。白の髪留めで髪をツインテールにした少女がヘラヘラと笑いながらテーブルに肘をついていた。

 

「あんただって...モッ...一番艦なんだから妹達の扱いくらい...モッモッ、心得なさいよねー」

「ぐぬぬ」

 

口調は軽く感じたが、彼女からはなんとも言えない...強いて言うならヤ○ザのボスの様なオーラが漂っていたのだ。

...パリパリ咀嚼音出しながらポテチ食べてるけど!!

 

「白露姉さん、これはその...ヤ○ザの集会とかですかね?」

「んな訳あるかっ!お姉ちゃん心配だから言っとくけどあたしたちの職種、艦娘だかんね!?」

 

白露姉さんがキレのいいツッコミを返してくれたところで、私は改めて本題に入ることにした。

 

「一番艦の集会は月の初めのハズですよね?なんで夕食前に会議なんか...」

 

私が話題を切り出そうとすると、何故か皆一様に渋い顔をし始めた。

 

「あー...えっとね、白露の妹さん。一応言っとくんだけどね。これ、会議なんてそんな大それたもんじゃないのよ」

「はい?」

 

え?これ会議じゃないの?

先程白露姉さんと会話をしていた少女が、何だか少し申し訳なさそうに声をかけてきたのだ。

 

「ん...?」

一番艦たちが囲んでいるテーブルの上をよく見ると、各自持ち寄ったのであろうか。酒保で買い漁ったのか、お菓子やファッション雑誌などの趣向品が散乱していた。

ホワイトボードには無駄に達筆な文字で『臨時開催 今日のお題【最近妹からの視線が冷たいです...一体どうすれば...!特に次女の!!】by陽炎&白露』と白々しく書かれてあった。

 

 

____これ、女子会って奴だ!

そういえば一週間くらい前に村雨姉さんがこんな事を言ってたような。

どうやら峯雲さんのお部屋に遊びに行ったらしく、出かける間際に「あ、そういえば峯雲さんってお酒いける口だっけ...?」と相手の嗜好を気遣うような素振りを見せていたのだ。これぞまさしく女子会の心得って奴だろう。私はそう信じて疑わない。

 

余談だがその後、峯雲さんの部屋から帰ってきた村雨姉さんが見るも無惨な状態になっていたことに対して、私と夕立姉さんは今日に至るまで誰にも話していない。これぞ姉妹間での清い絆というものであろう。

 

 

 

少し話題が逸れたが今日のお題...とかいうやつの内容はともかく、女の子らしく各自趣向品を持ち寄り語り合う...というのはどう考えても女子会の類いに入る。

つまり、一番艦の集会とは名ばかりで実際は年相応の少女たちの女子会ってことか!なんか複雑だけど、今日一番の謎が解けてスッキリ!

 

「...そういえば春雨には言ってなかったね!」

「はい?」

私が反応らしい反応をする前に、白露姉さんは大きく息を吸い込んだ。

 

 

「___我ら駆逐艦一番艦ッ!『一番艦の会』!たぶん月一開催!ゲリラ的に開催することもあるけど、そこはお姉ちゃん特権で許してネ!HAHAHA!」

 

 

「...し、白露姉さん...」

 

えらく高いテンションでこんなことを言い放った白露姉さん。

白露姉さん以外のメンバーは「いつもの白露だ」みたいな感じで眺めているだけで、特に手出しする様子もない。

 

 

「ま、こんな感じで、この子いつもこんな感じだから。ね?まーあたしは妹たちに愛される模範的な一番艦だけどー」

「へー、陽炎って模範的な一番艦だったんですね、初耳です」

 

 

いつの間にかその陽炎さんとやらの背後に、見慣れないピンク髪の少女が立っている。

 

皆、何やら不穏な空気を感じたのか「いつからそこにいたの!?」とか聞かずにニコニコと無言で陽炎さんを見つめていた。

 

「あらやだっ、その声不知火じゃないーちょっとぉーここ立ち入り禁止.....」

それまで調子の良かった声色が、一気に縮こまっていく。

 

「へ、えっ、し____不知火?えっ?うえっ?!」

 

陽炎さんの極端な動揺ぶりからして、多分この人が陽炎型二番艦の駆逐艦娘なんだろうなぁ...

突き刺さるような青い瞳が陽炎さんを捕らえて、離してくれないんだろう。

陽炎さんは一点を見つめたまま、動かない。

 

「また奇妙な会勝手に開いて。では陽炎、工廠裏まで...行きましょうか?」

「あ、あ、あ...」

口をパクパクさせたまま動かない陽炎さん。

陽炎さん、多分この会出禁にさせられますよ...。

 

「なんか...ご苦労様です」

そそくさと陽炎さんを脇に抱えた後、無言で退室しようとしている彼女に、つい声を掛けてしまった。

 

「...いえ、それほどでも。では」

私に声を掛けられたのが意外だったのか、少し驚いた表情。

それは淡々とした返事だったけど、一つ一つの単語にはむしろ力強ささえ覚えてしまった艦娘。彼女は...何者?

 

「陽炎ちゃん、連れてかれちゃったにゃしい~」

「かいさーん」

ある一人の駆逐艦娘の言葉を区切りに、皆次々に部屋から出ていく。

そこは今は亡き陽炎さんの意志を継いで会を続行するべきなのではと思ったけど、この様子からして陽炎さん、人望は無かったんだろう...。お説教、辛いだろうけど頑張って下さい!(投げやり)

 

 

「げっ、陽炎もう捕まっちゃったか~、じゃああたしもそろそろ退散」

「あ、あの...っ、ちょっといいですか白露姉さん。実は大事な話があるんですけど」

他の子に混ざって、こっそり抜け出そうとする白露姉さんの肩をガッシリ掴む。

 

「頑張って場所を突き止めたんですっ、易々と逃げられたら...皆さん困ります!」

私はキッ、と白露姉さんを睨みつけるけど本人はあまり意に介さないのか、余裕綽々な表情を崩そうとしない。

 

「...今の春雨に、お姉ちゃんを止められるかな?」

「__えっ?」

 

私がそれを理解するのには時間が掛かった。

先程まで私の目の前にいたハズの白露姉さんの姿が、ない。

 

「き、消えた!?いったい何処に...っ」

「後ろだよ、後ろ」

「なっ...!」

 

白露姉さんはまるで瞬間移動でもしたみたいに...いや、したのだろう。

いつの間にか私の後ろに移動していた。

 

「春雨、これが練度の違いってやつだよ」

「くっ...」

 

悔しいけど私は、この鎮守府に着任してまだ一ヶ月ぐらいしか経っていないのだ。

これまで出撃した海域は鎮守府近海だったり、南西諸島方面だったり...要するに私はまだまだ未熟な艦娘だ。

それに比べて白露姉さん、こんなんでも改二なのでメチャクチャ強い。

そんな白露姉さんに私が敵うハズない。でもね...

 

 

「__私にだって、頼れる人がいるんです!振り回されっぱなしだけど、とても強くて、本人の前じゃ言いにくいけど、凄い尊敬してるんです!だから...」

 

近くにいるはずのあの人に声を掛ける。

__夕立姉さん、お願いします!......

 

 

 

 

「あ、あれっ...居ない?」

私が声を掛けても、場は依然として私と白露姉さんの二人しかいない。

 

「えっと、言いにくいんだけど春雨が言う"頼れる人"って多分、夕立の事だよね...?」

「あっはい」

「夕立ならかなり前にこの部屋から出てったけど...」

 

「...ええええええ!??」

そういえば夕立姉さんの霊圧を感じないなーと思ったら...

 

「夕立姉さんー!?」

肝心な時に居ないなあの人ぉ、もぉ〜!

 

「ふっふっふっ。どうやら今の春雨にはあたしを止められる手札は無いみたいだねー!残念!」

私に逆転できる要素がない事を悟ったのか、高らかに笑う白露姉さん。

 

今の"私"じゃこの人には勝てないのか...?

 

 

「...こんなに早く使いたくなかったけど...仕方ないよね」

こうなったら"あの力"を使うしか...。

私は思わず、トレードマークの白いベレー帽に手をかけようとして...思いとどまった。

 

 

___不意に、出口の方から視線を感じたからだ。

そうか、そういう事だったんだ、夕立姉さん..!

 

 

「あたしを止めたいんだったら時雨とかを連れて来ないとね!」

 

「___連れてきたっぽい!」

 

 

ガララッと場の空気を変えたドアの開閉音。

私は、この音を待っていたのだ。

 

「もう...遅いですよ、姉さんたち!」

「にひひっ、お待たせっぽい」

 

ぽーいっ!と部屋に突入してきた夕立姉さん。

勿論、その後ろには白露姉さん特効艦である時雨姉さんが控えている。

 

「ゆ、夕立に...時雨!?どうしてここが!?なんか出てきたタイミングも絶妙だし!」

「場所については前から散々聞かされたから覚えてるの」

 

表情一つ変えずに、白露姉さんを追い詰めていく時雨姉さんのその姿に、私は自然と固唾を飲み込んでしまう。

 

「し、時雨!話し合おう!ね?あたしたちまだやり直せるよ!」

さながら中年期の夫婦のように説得を試みる白露姉さん。

 

「白露...君には失望したよ」

時雨姉さんの冷徹な青い瞳が白露姉さんを軽蔑した様子で見つめている。

...あれ、これってもしかしてデジャブ?

 

「あ、夕立、春雨。僕たちちょっと話が長くなりそうだから、先に夕食食べててくれる?」

時雨姉さんが早く部屋から出ていって欲しいとばかりに催促してきた。

 

「え、でもそれじゃ本末転倒...」

「大丈夫、すぐ戻るから」

「アッハイ」

 

 

 

結局、時雨姉さんの圧に押され食堂に戻った私と夕立姉さん。

しかしその後、夕食の時間が終わっても食堂に姉さんたちが戻ってくることは無かった___

 




不知火「脇固め」
陽炎「ぐわーっ」

陽炎
白露とは1番艦同士のよしみで、悪友みたいな関係。
余談だが1週間に5回程のペースで不知火にシバかれている。


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密告者と、ルームメイト

「ふぅ...今日も一日疲れたなぁ」

時刻はフタヒトマルマル。普段は喧騒に包まれるこの駆逐寮も、この時間帯になれば騒がしさは鳴りを潜め、徐々に静寂に染まっていく。

 

「程よい静寂...落ち着くな~...」

この部屋がこんなに静かなのも騒音の原因であろう夕立姉さんがいないからである。昼間、ただでさえあっちこっちへ振り回された私にとって、この様な時間は至福のひとときである。

 

お風呂上がりの濡れた髪を乾かしながら私はひとり、今日起こった出来事に思いを巡らせていた。

 

すぐ一人で突っ走ろうとする夕立姉さん、ドス黒いオーラの時雨姉さん...

それに、"一番"が絡むと暴走する白露姉さん...か。

 

__ま、まともな人がいない...っ!やっぱり白露型唯一の良心は村雨姉さんしか...!

 

「あっ、そうだ..."あの人"に連絡入れないと」

こうやって春雨としての生活を謳歌...送っているだけじゃなく、スパイとしての活動もちゃんと行わなくては。

夕立姉さんは白露姉さんたちの部屋に様子を見に行っているし、村雨姉さんはついさっきお風呂に向かったばかりである。短い時間で済ませちゃおう。

 

 

座り心地のよいふわふわとしたソファから立ち上がり、受話器が置いてあるテーブルの方へと向かう。

グルグル、と少し古臭いダイヤル回したあと飯盒型受話器を手に取り、"あの人"の応対を待つ。

 

 

『___ハイ、コチラ鈴木デスガ...』

受話器の向こうから聞こえてきたのは、無機質な声。

 

「ふざけないでくださいっ...ボス。私です、春雨です」

 

『アア、春雨君カ。マタイツモノ近況報告カイ?』

何だかボスは少し呆れた様子。私そんな変なことしたかな...?

 

「"またいつもの"って...。じゃあ、大事そうなことから報告しますね」

 

『短メニ頼ムネ』

 

「ええと...あっ、今月は提督主催で焼き芋大会が開催されるらしいですよ。なんか鎮守府も暇ですねー。あと...戦艦並みの眼光を放つ駆逐艦の子がちょっと気になりました」

 

『...君ハ、イツモ小学生ガ書イタ作文並ノ情報シカ話シテクレナイネ』

受話器の向こうに居るのであろうボスが、苦笑いした様子でそう話す。

 

「...あの、ボス。ひとつ聞いてもいいですか」

私の心には一つだけ、ボスに対する蟠りが残っていた。

 

『ナンダイ』

ボスの、無機質な声がやけに頭に響く。

すぅ...と息を吸って、私はある疑問を問い掛けた。

 

「__ボスは、ボスはどうして...私をこの鎮守府に送り込んだんですか?」

 

『...ドウシテ君ヲ送リ込ンダ、カ』

私の核心をついたハズの問い掛けにボスは特に狼狽する様子もなく、こう答えた。

 

 

『...ソレハ、君ガコノ鎮守府デ過ゴシテイクウチニ分カルハズダ』

 

「私がこの鎮守府で...過ごしていくうちにですか?」

はっきり言ってボスの答えは、私が欲しかった答えではなかった。

私はこの鎮守府に潜入して以来、命令らしい命令を出されていなかった。だからこそこの機会にボスの具体的な指針を聞き入れたかったのだが...

私は本当の答えをはぐらかされた様な気がして、なんとなくいい気持ちではなかった。

 

「そう...ですか。では、ボス。失礼しました」

ボスが通話を切ったのを確認してから、私は静かに受話器を置いた。

それでもガチャ、というレトロな音は部屋の中で反響したみたいにいつまでも私の耳の中を廻り続ける。

 

「ボスの目的って...何?」

あの人の答えの真意が___分からない。

受話器越しのボスの声が、一抹の不安となって心に残ってしまった。

 

 

 

「あら、春雨~何してるのかな~?」

ドアの向こうからぴょこと顔を覗かせたのは、ルームメイトの村雨姉さん。

 

「あ、村雨姉さん...お風呂、上がられたんですね。今日も一日お疲れ様です」

スタスタと部屋に上がる村雨姉さん。ふわふわのベットによいしょ、と腰掛けた。

 

「あれ、春雨。その感じだと今日一日大変だったカンジ?」

驚くくらい察しのいい村雨姉さん。

 

「ん...確かにいろいろありましたけど...何とかなったんで大丈夫です」

今日は夕食の時に白露姉さん達がいないハプニングがあったけど、結局皆で美味しいご飯を食べられて...食べられて...

 

「ない!?」

 

「春雨ちゃん!?どしたの!?」

解決した案件かと思ってたけど、全然そんな事はなかった!!

 

「し、白露姉さんが海の藻屑にっ」

白露姉さん、結局あれ以来無事な姿を見ていないのだった。もしかして本当に時雨姉さんにシバキ倒されてしまったのではないだろうか。

 

「えっ、白露姉さんとうとう藻類になっちゃったの?」

ズバリそのままの意味で受け取った様子の村雨姉さん。というかその言い様だと、前から藻類になりそうだったなぁみたいなニュアンスの様な..?

 

 

「__ただいまっぽい!」

 

「夕立、ナイスタイミング!」

ちょうどいいタイミングで帰ってきてくれた夕立姉さん。

靴をぽいぽいっと脱ぎ捨て、ドタドタドタっとこちらに向かってきた。

 

「ふー、いろいろ大変だったっぽい」

夕立姉さんがテーブルの前にちょこんと陣取る。

これで私、村雨姉さん、夕立姉さんのルームメイト全員が揃った事になる。

 

「おかえりなさい!...そ、それであの二人は...?」

 

「...心して、聞いてほしいっぽい」

 

「...ごくり」

シーン、と静まり返った室内。それは決して完璧な無音の世界ではない。

時間が止まったかの様な感覚を覚えるが、時計の秒針はいつも通りの挙動を見せている。

 

 

「___白露たち...普通に過ごしてたっぽい」

夕立姉さんが真顔で口にしたのは、意外な答えだった。

 

「なんだー白露姉さん、何ともないんじゃない」

心配して損した、とほっと胸をなで下ろす村雨姉さん。

 

でも...あの展開からして何事もなかったというのは考えられない。

最悪、時雨姉さんの怒り具合からしてドラム缶に詰められて海にぶち落とされてたりしそうなものなのだが。

 

「時雨姉さん、謎が深まるばかり...」

 

「うーん。でも時雨ちゃんは少し荒れてた時期もあったからね」

村雨姉さんがふと思い出したように口にした。

 

「え、あの時雨姉さんが?」

 

「ええ。鎮守府に来たばかりの頃は、人と関わるのを自分から避けてる様な子だったの。...時雨ちゃん、過去の事を引きずったままでね」

何かを懐かしむ様な顔で、昔話をする村雨姉さん。

 

「でも時雨、白露に絆されて前より丸くなってきてるっぽい!だからきっと大丈夫!春雨が心配する事ないっぽい!」

 

「夕立姉さん...」

 

考えれば、私、みんなのことをよく知らないんだ。

私が着任する前の皆がどう過ごしていたかなんて当然知らない。

 

「こんなこというのもヘンかもしれませんけど...私、みんなの事をもっと知りたいです」

これは、心からの本心だった。スパイとかそういうしがらみに関係なく、私の気持ちがそうさせていた。

 

「春雨...よくぞ言ったっぽーい!!」

数秒目をぱちくりさせたあと、嬉しそうに目をキラキラさせる夕立姉さん。

 

「うんうん、知りたいっていうのは大事よね!村雨大歓迎よ」

「えへへ」

 

村雨姉さんが私の頭をくしゃくしゃと撫でる。

そんな様子を見てそわそわしていた夕立姉さんが、腕をバッと広げた。

 

「じゃあ春雨、夕立の胸元へカモーン!っぽい!」

 

「絶対イヤです!」

 

程よい喧騒が、少し心地よい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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無作為な夢と日々

「___春雨」

 

___あぁ、またか。

 

「____ちがう___君は___じゃ__」

 

また、この夢だ。

この鎮守府に来てから、何度も見る"ゆめ"。

 

"春雨"と名前を呼ばれているから、自分の過去に関係する夢を見ているのは分かる。

でも___

 

『看板メニューはこれにするぞ!___』

子供みたいな無邪気な声。

 

『機体の手入れはどうだ?___』

この世に見えているものは全て真実だとして疑わない目。

 

『やった...初めて、初めて...南方海域を突破したぞ!!これも___やみんなのおかげだ!』

名前のところはよく聞き取れなかったけど、いつも別の"誰か"を嬉しそうに呼んでいる姿。

 

 

 

__違う、これは私の"ゆめ"じゃない。それは紛れもなく第三者の記憶だった。

じゃあこの記憶は、この温もりは誰の物なの?

 

「春雨__君は」

 

その声の持主が、また語りかけてくる。

でも、なんだか無気力で、やるせない声色。

 

 

「君は_____深海棲艦なんかじゃない!」

 

___それでも、それは熱が籠った声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...あ、いけない、寝ちゃってたか」

なんてことをひとり呟けば少し孤独感を紛らわせるかと思ったが、そんなことはなかった。

 

今日は、姉さんたちがいない日だ。

 

 

◆◇◆

 

「村雨姉さん、夕立姉さん、遠征頑張ってくださいね!」

 

「もちろん!村雨の戦果に期待しててね!」

 

 

村雨姉さんが手を振り、夕立姉さんが行ってくるっぽい!とドアを閉めれば、さっきまでの喧騒が嘘のように消え去った。

 

 

「...村雨姉さんはともかく、うるさい夕立姉さんがいなくなってせいせいです。せいせい...」

部屋を見渡す。誰もいない。あたりまえだ。姉さんたちはつい先程、遠征に出ていってしまったのだから。

 

「いやいや、寂しくないから...」

ほんの少しだけ感じてしまった寂しさを振り払い、私は部屋を一望する。

せっかく与えられた丸1日の休暇なのだ。なんだか無意味に過ごすのも耐え難い。

 

「...よーし、やりたいこと、やるぞ!」

私、春雨は高らかにそう宣言した。のだが...

 

なんだか、誰もいない部屋って妙に空しい...。

やっぱり、いつもそばにいる人がここにいないと、寂しくはないけど、違和感を感じた。

 

...気紛らわしに白露姉さんたちのところに遊びに___いや、何考えてるんだ私ったら。ここであっさりと二人に会いに行ってしまったら、なんだかこっちが負けたみたいではないだろうか。

 

「べ、別に姉さんたちが居なくても1人で時間なんて潰せますから」

 

そうと決まれば行動は早かった。

自室を飛び出し海釣りをしたり、運動場でランニングをして汗を流したり、飛び入りで演習に参加してみたり。

 

 

 

しかし...あまり結果は振るわなかった。

運動場でのランニングはすぐ息が上がってしまったし、飛び入りで参加した演習は惜しくもC敗北の結果で終わってしまった。

 

「慣れないことはやるべきじゃないのかなぁ。なのに...」

 

目の前にはバケツ1杯分の魚。何故か釣りだけは大成功に終わった訳だが、納得いかない。

「しかも何故かスズキばかりだし...」

スズキは美味しく食べられる魚ではあるけど、こんな寒い時期では身が痩せ細っていてあまりおすすめは出来ない。どうせ釣るなら肉付きのいい夏に釣ればよかった...

でも釣ってしまったものはしょうがないので、とりあえず保管できる場所に運ばなくちゃ。

 

「わ、重っ...。これが命の重さか」

1人でジョークを飛ばしつつ、ある場所へ向かう私。

 

 

鎮守府の中庭に在る、海の見える開けた場所。知る人ぞ知るスポットで、そこにはシンプルな植え込みとベンチしかないけど、これが私のお気に入りの場所だった。

一面緑の芝生に、水平線の先まで続いているのであろう、深く深く青い海。

そしてその二つを調和させるように、どこまでも広がる淡い空。

 

なんだか平和ボケしてしまいそうな風景。

__でも、私はこの場所が好きだ。ここに居れば、スパイとか艦娘とか深海棲艦だとか。全てのしがらみから解放された気にさえなれる。

 

ベンチは...空いてる空いてる。

少し休憩してから行こう。朝からいろいろ頑張ったからなんか疲れたな...。

...

 

 

◇◆◇

そういえば、確かそんなことがあって結局寝ちゃったんだった。

...なんだか、遠い昔の夢を見ていたような気がする。内容はもう、忘れてしまったけれど。

 

今は、何時だろうか。もう数時間は眠りについていたような感覚すら覚えていたけど、日はまだ傾き始めたばかりだった。

すぐ近くにある時計台に目をやる。時間...は30分も経ってないみたいだ。

 

「よかった、魚は無事みたい...」

 

「__春雨ちゃん、ちょっといい?」

 

「...ぅえ?」

 

まだ、眠りから完全に目醒めていないのだろうか。ボーッとする頭じゃ直ぐに体は動かない。

改めて目を数回瞬きしてみると目の前に、透ける様な青い髪を持つ女の子が現れた。

 

「...突然だけど、料理を作ってほしいんです」

 

「あれ?五月雨ちゃんって料理できたよね?どうして私なんかに頼みに...」

 

五月雨ちゃんは少し困った様子で、こう返した。

「実は...提督がこんなこと言い出したらしくて」

 

「し、司令官が...?」

 

◆◇◆

 

 

「時雨、春雨はこの艦隊に馴染んできた感じ?」

提督が溜まりに溜まった書類を整理しながら、時雨に問い掛けた。

 

「ん...?さぁ...少なくとも僕から見たらいい感じに馴染めてると思うけど...それが?」

なんでそんな事をいまさらと言いたげな時雨を横目に、提督はそれは良かったと安堵した様子だった。

 

「っていうか、仕事溜まり過ぎだよ提督 」

 

時雨が提督机の上に目をやると、積み重なった大量の書類。

横須賀鎮守府の提督は書類の処理を後回しにし、いつの間にか一日では処理できない量まで溜め込むことで、秘書艦を構い倒させるという地味に厄介な難癖を持っていた。

 

以前までは秘書艦は週ごとの交代制でなんとか回っていたのだが...提督の処理能力の無さに嘆き、殆どの艦娘が脱落。

紆余曲折あったが、1年ほど前に秘書艦の座は駆逐艦時雨に落ち着いたという訳である。

 

 

「まぁまぁ秘書艦様、そんな怒らないでよ。さて仕事仕事~」

わざとらしく話題を戻す提督。

しかし時雨には1つ、心当たりがあった。

 

「もしかして提督...春雨によく思われてないの、気にしてるのかい?」

 

「うっ!?」

パラ、と1枚の書類が提督の手元を離れ、中をふわりと舞った。

しばらく空中散歩をしたあとに、それは床に落ちて、動かなくなる。

 

「へー...どうやら図星みたいだね」

その様子を呆然と見つめていた時雨が、ニコニコと笑った。

 

「だ、だって〜、春雨ったら着任初日からこっち睨みつけてきて...」

あの日の事を思い出し、しょんぼりと提督が項垂れる。

 

「それで?」

 

「だからせめて笑ってもらおうと思って!満面の笑みで会釈した!」

 

「___完全にそれが原因だよ提督」

一考する様子もなく、時雨が即答した。

 

「えっ」

 

「提督のことだから、あまり直視はしたくない悪い方のキラースマイルを使ったんでしょ」

どうやら下心が丸見えだったらしく、春雨の目に映ったのは満面の笑みの提督ではなく、逆キラースマイルを浮かべた提督だったらしい。

 

「そ、そんな...今からでもヨリを戻す方法はないの...!?」

 

「えぇ...」

 

時雨は元からヨリなんてないでしょと思ったが、多分提督のタブー中のタブーなので言わないことにした。

 

「...いや、まてよ?むしろこっちの方がいいかもしれない」

 

「え?」

 

よりを戻すのは大変だが、提督と春雨はまだ少しすれちがってしまっただけ...の関係のはずなのだ。つまり2人は実質赤の他人。それならば...

 

「仲良くなりたいんだったら無理にでも接点を作ればいいんじゃないかな」

 

時雨のアドバイスを聞いて、ぱあっと提督の表情が明るくなった。

 

「接点...!?それだ!ありがとう時雨!大好き!」

躊躇いもなく目の前の時雨に抱きついた。

 

「あーはい。僕も提督のこと大好きー」

呆れた様子の時雨が、あまり感情を込めない様にそう発した。

 

「棒読みで言わなければスゴい嬉しいんだけどなー。...じゃあ、早速時雨に頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

◆◇◆

 

「という訳で...伝言もらってきたんだけど、どうかな春雨ちゃ__」

 

「イヤです」

 

「そ、即答...」

 

確かに初日の私は少し目がギラギラしていたかもしれない。

敵陣地の主要人物だから...というのもあるんだけど、事前情報が濃すぎた。

 

私がまだボスの所にいた時、ボスが「アノ鎮守府ノ提督ニハ気ヲ付ケロ。...話シテイルトペースガ持ッテイカレル」とわさびを噛み締めたような顔で話していたのだ。そんな事もあって司令官にはあまりいいイメージが付かなかった訳だが...

 

「でも...提督も春雨ちゃんの事を思って、言ってくれてるんだと思うよ」

 

「えぇ...そ、そうかなー...」

 

「そうだよ!」

 

私のはっきりしない反応に、喝っぽいモノを入れてくれる五月雨ちゃん。

そうやって言ってくれるのはうれしい。でも...

 

「...なんか、司令官の笑顔ってあの人に似てる気がして」

 

着任初日に見た司令官の、笑顔。

私はそれを見て心なしか"あの人"に、ボスに似ているなんて思ってしまった。

__なんで、あの時あんなに胸がザワついたんだろう?

 

「...あの人?」

 

「あっ、なんでもないよ五月雨ちゃん。でも、司令官の気持ちも少し分かった気がする」

 

 

にしても、料理...か。料理は人の心を掴むっていうけど...。

あれ、この場合普通に司令官が作る展開なんじゃ...?私が司令官のハート掴んでもしょうがなくない?

 

「...ん、ハートを掴む?...これだ!」

 

いや、この機会に司令官に媚びを売るのもいいのでは!?

流石に司令官に冷たくしすぎたかもしれないし。うんうん、心を掴むにはまずは胃袋からだ!

 

「私、料理作ってみるよ」

 

「ホントですか!?よし、じゃあ早速厨房へ行きましょう!」

五月雨ちゃんに手を引かれ、駆け出す私。もちろん魚入りバケツはちゃんと持ってきている。

あっ、待って五月雨ちゃん。そのスピードだと...!転ぶ!転ぶから!

 

 



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想いを込めた○○

スパイ作戦其ノ壱『司令官に媚びを売ろう!』開始!

 

「メニューは...提督のリクエストでカレーを作ります!さっそく始めよう!」

 

「おー!」

 

厨房室に2人の掛け声がこだまする。

かくして、私と五月雨ちゃんによるカレー作りが始まった。

__いや、始まってしまったのだ...。

この時の私達はまさかあんな恐ろしいことが起きるなんて知るはずがなかったのだから。

 

「わ、材料がもう用意されてる...!」

 

私の目の前には瑞々しい野菜たち。じゃがいも、玉ねぎ、人参。それに豚挽肉。オーソドックスなカレーの材料が綺麗に並んでいた。

 

「提督は妖精さんに懐かれてますからねー。提督が妖精さんに何か頼めばたぶんなんでもやってくれるよ」

 

腰まで掛かる長い髪を、ポニーテールにまとめた五月雨ちゃんが自慢げにそう話した。

 

と、いうことはこれらは全て司令官の指示で妖精さんが全て用意してくれたものらしい。妖精さん、すごい万能...!

 

 

「まずは野菜から切ろう。...あと、春雨ちゃんちょっといい?」

五月雨ちゃんが野菜を水洗いしながら、神妙そうな顔持ちで声を掛けてきた。

 

「どうかしたの五月雨ちゃん?」

 

「いや、どう考えてもカレーには入れないような材料が混じってる気が...」

 

五月雨ちゃんの視線の先には『超吸収!ハイパーマ○ニーちゃん』と書かれたパッケージが他の野菜や肉の中で異彩を放つようにただ佇んでいた。

 

「...」

当て付けか?これって時雨姉さんか、司令官の当て付けだよね!?

 

「春雨ちゃん気を確かに!料理はまだ始まってないよ!」

 

エプロンを脱ぎ捨て、提督室へ向かおうとする私を引き留める五月雨ちゃん。

私は五月雨ちゃんの必死の説得で引き戻され、抑えられない衝動をなんとか自制する。

 

「ふーっ...。じゃあまず、じゃがいもから」

 

白いまな板の上に、ゴロゴロとしたじゃがいもをのせる。

そして包丁を右手に力強く握り締めると、私はじゃがいもの真ん中に切っ先を見据え...

 

 

「___す、ストップです春雨ちゃん!」

 

別の下準備を行っていた五月雨ちゃんが、何やら物凄い血相でこちらに向かってきた。

 

「春雨ちゃん、もしかして....」

なにやら怪訝そうな顔で私の手元を見つめる五月雨ちゃん。顔には何故か焦りが浮かんでいる。

 

「大丈夫だよ、五月雨ちゃん。料理に邪念は入れないから...」

 

「そうじゃなく!その、料理初めてだったりする?」

五月雨ちゃんが、恐る恐るそんな事を聞いてきた。

 

「...あー、実はね。お恥ずかしながら、私料理作ったことなくて...。いや、実際には1回だけ作ろうとしたんだけど...」

私は冷たいシンクに寄りかかると、続けて独白した。

 

 

 

___ある日、村雨姉さんが私と夕立姉さんに料理を振舞ってくれたんです。村雨姉さん、作る料理までお洒落でね。単品でも美味しくいただけるんだけど、ワインのおつまみにしたらそれはそれはとても美味しい料理を一杯作ってくれて...

 

じゃあ私も料理を作ってみようと思って、春雨スープにチャレンジしてみたんですけど...

 

本来、艦娘というのは軍艦時代の記憶を保持しているものだ。

艦娘の性格や向き不向きは軍艦時代、艦に乗っていた人達に影響されるものらしい。

 

なので大体の艦娘は着任時から最低限の料理はこなせるし、艤装の操作も最低限は身に付いているものである。

 

それに、他の鎮守府の春雨はそつなく料理は作れるのである。だから私だって最初は料理が上手く出来ると思っていた。でも...

 

__私は"艦の記憶"を上手く思い出せなかった。料理の手順とか、おいしくなる味付けとか。決定的な何かが、欠けてしまっていた。

 

 

思えば、私は不完全で不安定な存在だった。

自分が沈んだときの記憶さえも思い出せない、まがい物だ。

艦娘にさえなれない、不完全な_____

 

 

 

 

 

「...え?」

 

 

___ぺち。確かにそんな音が厨房に響く。

これは、誰かが私の頬を叩いた音だった。

 

「...いたい」

 

後からやってきた頬の痛み。全然威力は無いはずなのに、じんと響く。

こんな事が出来るのは目の前にいるこの子しかいなかった。

怒っているのか、悲しんでいるのか分からない目で、私をまっすぐ見つめている。

 

 

「...春雨ちゃんは"春雨ちゃん"だよね?だったら自分を...不完全な存在だなんて言わないで」

 

普段見せないであろう五月雨ちゃんの強い口調が、私の頭の中で反響する。

 

 

「誰だって最初からなんにも出来るわけじゃないんです。私だって、着任当初はドジしまくりで...夜こっそり泣いたこともありました。でも...」

 

 

五月雨ちゃんは何か問いかけるようにこう続けた。

 

「そばにいてくれたみんなのおかげで何度でも立ち上がることが出来ました。そのおかげで最近はドジが減ってきた感じがするんです。...あ、これ本当だよ?」

 

五月雨ちゃんが少しお茶目に微笑むと、彼女の清涼感のある髪がふわりと揺れた。

 

 

「だから、春雨ちゃんは自分を見失わないようにして欲しいの。失敗しても良いんです。姉妹艦のみんなはもちろん鎮守府のみんな、それに提督だって傍に寄り添ってくれるはずだから。

...あ、もちろん私に相談してもいいんだよ?...春雨ちゃん?」

 

私に無言のまま見つめられていたのが気になったのか、五月雨ちゃんが不安そうな面持ちで私の顔を覗き込む。

 

「...」

「...あ!ごめんね...!私ったら急にマシンガントークしちゃって...」

 

____いつの間にか、目頭に熱いものが込み上げてきていることに気付いた。

でも、私はそんな姿は見せたくないと思ってぐっと、それを奥底にしまい込む。

 

「ううん...ありがとう、五月雨ちゃん。なんか目が覚めた。私、料理頑張るよ!」

 

そわそわし始めた五月雨ちゃんに精一杯の言葉を伝えると、彼女は数秒目をぱちくりさせた後、朗らかに笑った。

 

「良かった、春雨ちゃんが元気になってくれて!...よし、それじゃあその意気でじゃがいも、切ってみよっか!」

 

 

 

◇◆◇

 

 

ここ横須賀鎮守府は、200名近くの艦娘が所属するマンモス鎮守府だ。

当然、多くの艦娘が在籍するとなれば、それに比例するように鎮守府の面積も拡大していくものである。

 

「もー、誰だよっ!こんなでっかい鎮守府を作ったのは!」

名前も知らない鎮守府設計者にいちゃもんをつけるあたし。

 

 

「さぁね。でもこの庁舎、日本の中じゃ"1番"大きいらしいよ」

「"1番"!?時雨、今1番って言った!?」

「あー、やっぱり白露ってうるさい。...ふふっ」

「こら、お姉ちゃんに対してうるさいとはなんだっ。あたし泣いちゃうよ」

 

あたしも、時雨の素気無い毒舌プレイに慣れたものだ。

なんてことない時雨とのやりとりが、廊下に反響していく。

 

「...白露のそういう所、嫌いじゃないよ」

「ん...」

 

彼女はこちらを数秒黙って見つめた後、少し不器用に微笑んだ。

 

...時雨、2年前よりは丸くなったけど、何かあたしに対してだけやけに刺々しいんだよね?なんでだろ?

 

___まぁともかく、鎮守府の寮一帯に張り巡らされた気の遠くなるくらい長い廊下。

あたしたちはその廊下を足早に駆け抜けて、ある場所を目指していた。

 

 

「えーと、あっちだよね。確か春雨と五月雨がカレーを作ってる場所って」

「うん。...でもなんでかな、スゴい嫌な予感がするんだ!急いで白露!」

 

時雨ったらそんなに焦って...そんなに急がなくても妹は逃げないゾ?

くねくねと無駄に多い曲がり角を2回曲がると、目的の厨房室が姿を現した。

 

「なんかいい感じの匂いがするし、料理は大丈夫そうじゃん!」

 

扉の隙間から立ち込めてくる香辛料の香りが鼻をかすめる。

でも時雨は何かに取り憑かれたみたいに扉の向こうにあるなにかに視線を集中させていた。

 

「駄目だ...っ!安心できない!僕勘だけは鋭いんだ、何かが起こるよ」

「えー、流石に春雨たちも食べられないものは作らないで___」

 

 

 

 

____ズゴーン!!

調理中には絶対聞こえないであろう謎の豪音が、全ての音を掻き消した。

 

「__あーっ!!乾燥春雨(マ○ニーちゃん)がっ!!カレーの中に!」

「五月雨ちゃん?!どうしてそんなものを持って歩くの!?」

 

カンカン、と調理器具同士がぶつかり合う音。

しばらくして、慌てふためく声が2つ聞こえてくる。

___どうやら時雨の言う通り、事故が起こるのは予定調和だったようだ。

 

「...ああぁ!やっぱり心配!僕見に行く!」

 

何かのメーターが振り切れたのか、時雨がたまらず駆け出した。

 

「楽しそうなことしてんねぇ!お姉ちゃんたちも混ぜてよ!」

 

時雨に続いてあたしも厨房に勢い良く突入する。

白露、時雨、春雨、五月雨。第27駆逐隊の集合完了!

 

「ね、姉さんたち!?どうしてここに...!?」

「やっぱりね。春雨、五月雨。僕たちが助けにきたよ」

 

春雨が驚愕した様子でこちらを伺う。

その隣で五月雨がカレーから乾燥春雨(マ○二ーちゃん)を回収しようとしているが、それも虚しく現在進行形でどんどん状況が悪化していた。

 

「ところで、これはどういう状況?」

「そ、それが...」

 

時雨が光の無い目を春雨たちに向けた。

五月雨がどのような形でドジを踏んでしまったのかは永遠のナゾだが、これだけは明確だった。

 

「___春雨!早く火止めて!」

「は、はいぃ」

 

増えていく春雨に対し、目に見えて減り始めたカレーの汁。

___ 乾燥春雨(マ○二ーちゃん)が、カレーの汁を吸い続けている。

それは信じられない光景だった。乾燥春雨(マ○二ーちゃん)が、カレーの汁を吸うなんて前代未聞。ありえない事象が、厨房を恐怖の渦に巻き込んだ。

 

「__五月雨は菜箸4つ持ってきて!」

「菜箸ですね!持ってきますっ!」

 

 

減っていくカレー汁を憐れむように、鍋の中から顔を出していく材料たち。そしてそれを嘲笑うかのように増殖していく乾燥春雨(マ○二ーちゃん)

___そう、この奇っ怪な現象は世界の理さえも超越していたのだった。

 

 

「ちょっと白露!?ボーッとしてないで回収するの手伝ってよ!」

 

「あー、はい、今行きまーす」

 

 

かくして、戦いの火蓋が切られた。

4人の駆逐艦娘VS 乾燥春雨(マ○二ーちゃん)。その戦いは長期に及び、お互い死力を尽くし合い____そしてとうとう乾燥春雨(マ○二ーちゃん)が、全て鍋から水揚げされた。

一時はどうなる事かと思ったが、なんとか1食分のカレーを守りきる事が出来たあたしたち。そうだ、あたしたちは勝利したのだ。未知の怪物(マ○ニーちゃん)に。

 

 

※カレーを吸った春雨はこの後みんなでおいしく食べられませんでした。

 

 

◇◆◇

 

 

1日は、怒涛の勢いで過ぎていった。

気が付けば既に日は沈み始めており、日暮れを告げる海鳥たちが、夕焼けに染まった提督室の窓の外を飛び回っている。

 

みんなで...いや、第27駆逐隊のみんなで作ったカレーが、提督机の上でほかほかと湯気を上げていた。

 

「し、司令官...っ、ど、どうでしょうか?」

「...」

 

無言でカレーを咀嚼し続ける司令官と、それを恐る恐る見守る私。

司令官は早食いの様で数秒もしない内にみるみるうちにカレーが減っていく。

 

 

「...いいじゃん!」

「ほぇ?」

「今までに食べたことない味だよ!じゃがいもが煮崩れちゃったりしてるけど...」

 

そりゃあ乾燥春雨(マ○二ーちゃん)と一緒に煮詰めたら...ねぇ。

五月雨ちゃんや姉さんたちに手伝ってもらったとはいえ、料理のベースは私が担当していた。じゃがいもの形が不揃いだったり、マ○ニーちゃんを誤投入しちゃったり...はっきりいって失敗作...

 

「__だから、おいしいの!...これは春雨の、みんなの気持ちが入ってるから」

 

司令官の突拍子もない発言に、ぽかんと呆気にとられる私。

___この人は、そんな言葉を私にまで掛けてくれるのか。

なんだか、"あの人"みたいだ。

根拠の無いことを言うのに、不思議と人を信じさせてしまうような、魔性の人。

 

カラン、とスプーンとお皿の触れ合う音。

 

「ご馳走様!...春雨、料理、作ってくれてありがとう!」

 

そうやって、司令官はあの時と同じ笑みを浮かべて見せた。

 

「どう...いたしまして」

 

__私もそれに答えるべく、ほんの少しだけはにかんでみせた。

 

 

 




鍋の中でほぐされるマ○ニーちゃんと、仲間たちの輪の中で絆されていく春雨...なんだか似ていますね!!


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~幕間~
とある深海提督の憂鬱


今回は深海鎮守府の話です



「今日モイイ風ガ吹イテイルナ」

 

今日も俺...いや、深海提督の優雅な1日が始まる。

分厚い強化ガラスの外を見れば、深海魚っぽい生物がふわふわと浮いたり沈んだりを繰り返していて、そこはかとない日常感を感じる事が出来た。

 

...もっとも、ここは海底なのでそよ風すら吹かないが。

 

「ソロソロ、朝食ノ時間ダナ」

 

朝食を摂りたい所だが、俺は既に"あちら側"の人間ではないため、腹は空かない。最後に腹が空いたのはいつだろうか...。

 

 

自炊が出来ない人間の象徴であるジャンクフードで埋め尽くされた冷蔵庫の中身を漁る。

 

「エット...アッ、イチゴジャムガモウ無イノカ...」

 

どうやら、いちごジャムの在庫が底を尽きたらしい。

しょうがない。今日はマーマレードジャムで妥協だな。次の休みの日ぐらいには地上に買い出しに行かなくては...。

 

「__ウオッ、危ネ」

 

トースターから飛び出してきた食パンをキャッチ。

地上で購入した”これ”。どうやら俺は不良品を掴まされたらしい。

ヤマ○電機で購入した翌日、早速ウキウキ気分でトースターを使ってみたところ_____”パンが飛んだ”。

 

いや、文字通り"飛んだ"のだ。

最新鋭らしいフルパワー動力でパンを吹き飛ばしてくれたこいつ。

___あの日これを売った店員の名前を俺は知らない。そらそうか。

 

 

「味ハシナイ...カ」

 

狂ったようにパンに甘いジャムを塗りたくっても、見た目だけが色鮮やかになるだけ。

 俺は多分"あの出来事"以来、味覚が死んでしまったのだと思う。

それでも、あの頃の習慣を忘れたくない俺は無理にでも食パンを口に詰め込んだ。

 

「...コンナ毎日ジャ"アノ人"ノ味モイツカ忘レテシマイソウダ」

 

そんなこんなで俺がいつものように深海棲艦たちの損害状況を確認したり、資材のやりくりをしていると、部屋に誰かが飛び込んできた。

 

「提督!オハヨ!」

 

やはりだが、ドアが蹴破られる...というか噛み砕かれた。

彼女の臀部から伸びる、厳つい艤装...つまり尻尾が前にあるもの全てを薙ぎ倒していく。

 

 

「ネエ提督!今日モ艦娘タチヲ イッパイ倒シテキタヨ!褒メテ褒メテ」

 

「ヨシヨシ、偉イナ "レーコ"」

 

机に身を乗り出した彼女の頭を撫でる。

そんな彼女の名前は"レーコ"。大本営が俗に言う"戦艦レ級"である。

 

「チョット...!レーコ!アナタ マタ部屋ノ扉ヲ メチャクチャニシテ...!」

 

そのレーコに続いて入ってきたのは、同じ戦艦娘である"ルーさん"。

彼女もまた、レーコの例と同じもので俗に言う"戦艦ル級"である。

 

「アッ、ゴメンナサイ提督...マタ扉 壊シチャイマシタ」

 

どうやらレーコは、自分が扉を壊した事に気付いていなかったらしい。

ハッとしたように周りを見渡すと、身の置き所がなさそうに肩を竦めた。

彼女の尻尾の艤装も、しょんぼりと項垂れて反省している様子。

 

「イイヨイイヨ。壊レレバ マタ作リ直セバイイダケダ」

 

そうやって俺が落ち込んだレーコを慰めていると、改まった様子のルーさんが1枚の書類を差し出してきた。

 

 

「提督、ソウダンガアルノデスガ...」

 

「ドウシタ、ルーサン」

 

「最近、南方海域ノ 守リガ薄イデス。攻メコンデミテハ イカガデショウカ?」

艶やかな黒髪を持つルーさんが、そう提言した。

 

 

「フム、ソウダナ...。ナンカソコ最近放ッタラカシダッタシ、攻メ込ンデミルカ」

 

 

深海提督の決断は恐ろしい程早い。こんなんで作戦の日程やら方針が決まってしまう大本営も可哀想なものである。

あ、そうと決まれば早速"あの子"にも連絡を入れておかねば...

 

 

「ソウダ、君タチ。朝食ハ トッタノカ?早クシナイトゴ飯ガ 無クナッテシマウゾ?」

 

「ハッ!?ソウダッタ!レーコ達、マダ朝ゴハン食ベテナカッタ!ルーサン、ハヤク行コ!」

 

「コラ!待チナサイ レーコ!...ア、失礼シマシタ、提督」

 

レーコに連れられ、部屋を後にしたルーさん。

見た目は似ていないが、2人はさながら姉妹のようであった。

 

「サテ、ト」

 

机の隅に置かれた黒い受話器を手に取り、彼女の応答を待つ。

 

 

『___はいもしもし春雨ですけど!?何ですかボス、こんな時に...!』

 

受話器の向こうから聞こえてきたのはいきなりの怒声。それに混じって、誰かの話し声も聞こえてきた。...えっ、ちょっと待って、この子どこで喋ってるの?

 

「エット、君今ドコデ喋ッテルノカナ?...マァイイ、言ッチャオウ。今週カラ私ノ所ノ艦隊ガ南方海域ニ攻メ込ムカラ...」

 

 

『___あーっ!!待って下さいっ、司令官、そこ敏感なんでやめてくださいっ、ああああ!!』

 

彼女が悲鳴をあげた後、ガタッと音声が切れてしまった。

...え、今の何だったの?...まぁいいか、要件は伝えられたし...。

 

 

◇◆◇

 

 

「それでね、峯雲さんったらあんなこと言い始めて...」

 

「へー、なんかめっちゃすごいっぽーい」

 

今日はたまたまルームメイト3人の休暇が被ったため、みんなでヒミツの女子会を開催していた。

 

村雨は峯雲ちゃんの話。夕立は間宮の季節限定の栗パフェの話。

2人共話し終えたので、次は春雨の番となる。

 

「峯雲さん、なんだか対抗心が湧いてきました...!」

やけに峯雲ちゃんに対抗心を抱いてる春雨という光景も、日常茶飯事になりつつある。

多分、村雨に関するコトなんだろうけど。

 

こほん、と軽く咳払いしたあと、次の話題を出すべく春雨が口を開いた。

「じゃあ次は私の番ですね。私は...」

 

 

「____開けろ!デトロイト警察だ!」

 

 

3人で談笑していたところ、意味不明な言葉と共に突如乱入してきたのは白い割烹着姿の提督。部屋に乗り込んできたと思えば、サーチアンドデストロイ。ベッドに腰掛けていた春雨を連れ去ろうと迫り来る。

 

 

「急に押し入ってきてなんですか!?司令官...」

 

____プルルルル。突然どこかから電話の着信音が鳴り出す。

音がした方を振り向くと、春雨の黒い飯盒が肩身狭そうに机の上に置かれていた。

 

「もしかして、そこから鳴ってるっぽい...?」

 

「...へ?あ、あーすごいでしょう、夕立姉さん。えーっと、えっと...。そう!これ実は最新鋭の黒電話なんですよー」

 

 

"最新鋭の黒電話"という矛盾したパワーワードを生み出すぐらいには錯乱している様子の春雨。

目に見えて焦り始めた春雨を不審に伺う夕立たちだったが、春雨は普通に受話器を手に取って、応対し始めた。

 

 

「はいもしもし春雨ですけど!?なんですかボス、こんな時に!」

...ぼ、ボス?春雨の口から飛び出した突拍子もないワードに一瞬ぎょっとする。

 

 

「え、春雨...ボスって誰?」

村雨がきょとんとした面持ちで春雨に問い掛けるが、本人は現在進行形で電話の向こうの"ボス"とやらと話しているため返事は出来ない。

 

 

「春雨ー!?マ○ニーちゃんが寂しがってるよ!!ほら、早く!!」

何を思ったのか突然話を端折ろうとする提督。後ろから春雨の脇をがっしりと掴むと、そのまま引きずろうとしていた。

 

 

「あーっ!待って下さいっ、司令官、そこ敏感なんでやめてくださいっ、ああああ!!助けて姉さん!」

 

必死に提督の拘束を振りほどこうとする春雨だったが...。

悲しきかな司令官には馬鹿力のアビリティが備わっていた。

 

「任せて!」

 

どこから取り出したのか、長い鎖で繋がれた錨を力強く手にした村雨。

...心なしか、オッドアイの赤い瞳が熱く煮えたぎっている様な。

 

「春雨、お前が具材になるんだよ!」

 

「し、司令官?」

 

「村雨、やっちゃうからね〜」

 

「なに物騒な物を構えてるんですか村雨姉さん!?」

 

春雨のダブルツッコミが放たれた後、ドドドドドド、と怒涛の勢いで部屋から去っていた提督たち。

村雨も連れ去られた春雨を追いかけるため、部屋から飛び出していった。物騒な武器()と共に。

 

 

 

「...誰もいなくなった...っぽい?」

 

 

一見、何も聞こえなくなった室内かと思ったが、春雨の落としていった受話器から、誰かの声がもぞもぞと聞こえてきた。

 

「...」

 

なんとなく、その受話器を手に取ってみた。

飯盒に付属しているという点はいささか不自然だったが、見たところ普通の黒電話となんら変わりない。

 

にしても...春雨が言っていた"ボス"って何者なんだろう?

__ 幾倍にも膨れ上がる好奇心を、夕立は抑えきる事が出来なかった。

 

 

 

 

 

「__はいもしもし、春雨ですけど...っぽい」

 

『イヤ似セル気無イダロ君』

 

受話器の向こうから聞こえてきたのは、ボスという名前にはそぐわない優しげな声だった。

 

「えへへ、ばれちゃったっぽい?...じゃあ単刀直入に聞くっぽい」

 

すぅ、と息を吸い込む。

 

 

 

 

「__あなた、何者?」

 

『曲者』

 

「そーゆー事は聞いてないっぽい!マジメな話っぽい!」

 

受話器の向こうから直ぐに返事が返ってこないことから、きっとその"ボス"とやらは深く長考しているのだろう。しばらく無音での小競り合いが続く。

 

『...私ハ、墜チタ人間ダ。タダソレダケハ確実ニ言エル』

 

「ぽい?」

 

話を聞いてみると、ボスとやらは大分ミステリアスな人だというのが分かった。__依然として正体は教えてくれなかったけど。

 

『君...ソノ語尾カラシテ...夕立君ダネ?』

 

「__ッ!?なんで夕立の名前を知ってるっぽい」

 

本来、艦娘の名前だったり個人情報だったりは海軍関係者しか知り得ない情報である。そしてそれを、知っているこの"ボス"。只者じゃないというのは夕立でも理解出来た。

 

「あなたは春雨の何!?もしかしてお父さんだったりするっぽい!?答え...」

 

『ジャア、ソンナ 夕立君ニ頼ミガアルンダ。聞イテクレルカイ?』

 

こちらが質問しようとしていたのに、いつの間にか会話のペースが向こうに持っていかれてしまった。

...なんだか話し方がうちの提督みたいで、少し気が抜けてしまう。

 

 

 

『___君に春雨を、あの子を守りたい意思があるのなら、どうか彼女を守って...いや、救ってあげてほしい。恐らく、これからあの子には大きな壁が立ち塞がる。夕立君なら、そのきっかけになれるはずだ』

 

 

「...え?」

 

先程までのどこか濁った声とは打って変わって、鮮明な声色。

今ものすごい大事な事を言われた気がする。...もっとも唐突過ぎて、7割ぐらい内容を忘れてしまったが...。

 

『夕立君。君ノ事ハ春雨カラヨク聞イテイルヨ』

 

春雨、ここであった事をこの人に話してるんだ。

...もしかしてこの人、ホントに春雨のお父さんなんじゃ...。

 

『素敵ナオ姉サンジャナイカ。ヤッパリ、春雨ニハ君タチミタイナ存在ガ必要ダッタンダナ』

 

「えへ〜、褒めてもらって嬉しい...ってまた話題逸らされたっぽい!」

 

受話器の向こうから聞こえてくる、心なしか嬉しそうな声。

案外、悪い人じゃないのかも...。

 

『今ハ、君タチガアノ子ノ"居場所ダ。...アノ子ハ1人デ悩ミヲ抱エ込厶癖ガアルカラ、ソノトキハ親身ニナッテ話ヲ聞イテアゲテホシイ。...出来ルカイ?』

 

 

 

 

ボスの、まるで此方を試すみたいな口調。

...そんなの、決まっている。

 

「___もちろん!...春雨は夕立の大切な妹っぽい!」

 

『フフ、イイ返事ガ聞ケテ嬉シイヨ。君トハマタイツカ話セソウダ。ソレデハ』

 

ガチャ、と一方的に通話を切られてしまった。

...何か、不思議な人だったなぁ。"ボス"っていう呼称もあだ名みたいなものなのかもしれない。というかむしろ、夕立からしたらどう考えてもお父さんにしか思えなかったけど。...って!

 

「しまったー!結局、正体聞けなかったぽーい!!」

声が虚しくこだました。

 

 

 

 

◇◆◇

 

「___ 君トハマタイツカ話セソウダ。ソレデハ」

 

受話器をガタンと戻す。

 

 

「...ヌワアアアアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!」

 

危ねぇえええええ!!危うく正体ばれるかと思ったぞオイ!?

今回は相手が夕立だったから良かったものの、勘の鋭そうな時雨とかだったら確実に正体暴かれてたわ!!春雨のおバカ!どこに受話器置いとんねん!もう!

 

 

「...オット。私トシタ事ガウッカリ取リ乱シテシマッタナ...。シカシ、夕立君、カ...」

 

____”懐かしい名前だ”。

ふと、遠い昔の光景が鮮明に蘇る。...

 

「相変ワラズ、嫌ナ記憶ダナ。ダガ...」

 

そろそろ彼女に試練を与えてみてもいいかもしれない。

彼女は、春雨は未だ自分の気持ちに気付いていない節がある。

 

 

 

「____君ハ、俺ガ命令ヲ下シタラ、夕立君ヲ手ニ掛ケル(殺す)事ガ出来ルノカイ?」

 

 

 

に、しても...まったく。"あの時"この場所に舞い込んできたように、君はどこまでも俺を困らせるな。

それでも...

 

「...君ガ俺ノ元ニヤッテ来タノニモ、何カ深イ意味ガアルノカモシレナイナ」

 

 

騒ぎ出した心を落ち着かせる為、もう一度分厚い窓の外を見渡した。

景色は相変わらず一面、黒のインクを垂らしたような海海海だが...

 

「今夜ハ"ツキ"ガアリソウダ」

 

少しばかり、未来に希望を託してみるのもいいかもしれない___

 

 

 

 

 

 

 




深海鎮守府
規模はあまり大きくないが、深海提督と深海棲艦たちが暮らしている場所。水圧がヤヴァイ。

レーコ/レ級
鎮守府に所属する深海棲艦の1人。深海提督の事が好き。
はちゃめちゃに強い。

ルーさん/ル級
鎮守府に所属する深海棲艦の1人。深海提督の準秘書艦的立ち位置。
伊達眼鏡を掛けている。

1章はとりあえずここまで
この話以降、夕立の一人称視点が増えてくと思います
いつか後期白露型メインの話も書きたい...


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トリックオアトリート!〜お菓子をくれなきゃぶちのめすけどいいですか?〜

唐突にハロウィン回です




「___フハハハハハ、この戦艦長門に追いつけるかな!?」

 

春雨です。

突然ですが、皆さんは『ハロウィン』といったらどのような光景を思い浮かべますか?

近所の仮装した子供たちがこぞって友達の家にお菓子をもらいに行ったり、はたまた、渋谷の街を埋め尽くすコスプレ集団を思い浮かべたり...

__私も、少し前まではそうでした。

 

「長門さん待つっぽいいいいい...!」

 

私の視界を何回も横切るのは、何故か恍惚とした表情を浮かべる長門さんと、それを追いかけ続ける犬耳フード姿の夕立姉さん。

 

もう10月も終わりだと言うのに、全身汗だくの長門さんは何故か楽しそう。

 

「フッ、やはりハロウィンという行事はいいものだ!駆逐艦たちに合法的に接触...じゃなかった、触れ合えるからな!!」

 

大量の菓子を抱えながら、戦艦が出してはいけないようなスピードで夕立姉さんを翻弄する長門さん。

...彼女のそういう趣味を否定するつもりは無いし、本人が楽しいのなら良いんじゃないかななんて思うけど...。

間違ってもハロウィンは、汗水流して走り回る様な行事ではない、ハズ...。

 

「あ、春雨、長門さんそっちに行ったっぽい!」

 

「え、こっちに?」

 

真正面から破竹の勢いで迫ってくるシルエット。

__獲物を見つけた猛獣の瞳を宿したそれは、もはやただの長門さんじゃなかった。

 

「ビッグセブンの力、侮るなああああ!!」

 

「ひいいいいい!?」

 

迫り来る悪意のない脅威に為す術もなく、私が長門さんに蹂躙されそうになった、その時____

 

 

 

「はい、そこまでよ長門」

 

「む...陸奥ぅ!?何故ここに!?」

 

私と長門さんの間に割って入ってきたのは、長門型戦艦2番艦の陸奥さんだった。

 

「ごめんねー、また長門が駆逐艦に声掛けてたから、まさか...と思って来てみればこんな事になってて」

 

「い、いえ...あまり実害はなかった...ので大丈夫です」

 

陸奥さんは軽く両手を合わせ私達と向き合った後、暴れる長門さんを引きずって何事も無かったかのように立ち去っていった。

 

「...ち、違う!私はただ...駆逐艦とお話しがしたいだけなんだ!決して深い意味がある訳ではない!信じてくれっ、陸奥ッ...!」

 

「はいはい、後でお話は部屋でゆっくり聞いてあげるから...」

 

だんだんフェードアウトしていく2人の会話をよそ目に、夕立姉さんが此方へと近づいてきた。

 

「がるる〜。春雨、この鎮守府のハロウィンの事、よく分かったっぽい?」

 

「いや全然。全くもって理解出来ません」

 

私がそう不貞腐れた様に返すと夕立姉さんが、がるると唸る。

そんな彼女の両手は、オオカミの爪が付いたグローブで覆われていた。

___つまるところ、今日10月31日は一応ハロウィンである。もう一度言おう。認めたく無いが、一応ハロウィンである。

 

「はぁ...でも夕立姉さんの仮装、似合ってますよ。...狼というよりかは犬に見えますが」

 

「__だから、夕立は犬じゃないっぽい!前も言わなかったっけ...?」

 

夕立姉さんのツッコミをスルーしつつ、講堂内をを見渡す。

どこを見ても仮装した駆逐艦しか居ない光景を見て私は、はぁ...と溜息を漏らした。

ちなみに私も仮装しているが、あまり凝った作りではない。

強いて言うならいつも被っているベレー帽をハロウィンっぽくアレンジしたことか。と言っても、俗に言う駆逐棲姫の被っている帽子みたいに、ツノみたいなのが2つ付いているぐらいだが。

 

「に、しても...。由良さんはどこに行ったんでしょう?」

「さぁ...?夕立にもどこにいるかどうかは...」

 

 

長門さんに追われて目的を忘れかけていたが、私達第2駆逐隊は第1小隊と第2小隊に分かれ、第4水雷戦隊の旗艦である由良さんを探している最中だったのだ。

 

「2階も探してみましょうか」

「ぽい」

 

しかし...ここの鎮守府のハロウィンは一癖も二癖も違う。

廊下でお菓子を持った艦娘とそれを狙う艦娘が出会ってしまえば、無益な争いは避けられない。

しかし司令官曰く皆楽しそうにやってるから良いんじゃない?と故意で行われている行為らしいので大丈夫らしい。ホントに大丈夫...?

 

 

 

 

「__いやー!江風!そっちへ行っちゃダメ!!」

 

夕立姉さんと私が、階段の踊り場に差し掛かったところで誰かの悲鳴が此方に飛んできた。

 

「あれ、この声って」

 

吹き抜けになっている2階を見ると、見覚えのある顔がたくさん並んでいた。

第27駆逐隊の白露姉さんに...時雨姉さん。それに、第24駆逐隊の海風ちゃんたちが2階で何かやっているみたいだった。

 

そしてその奥に居るのは、第3水雷戦隊の...川内さん?

何やら海風ちゃんと江風ちゃんが揉めているみたいだ。

 

「ンな、姉貴落ち着けって!川内さんはそンな悪い事しないから!」

 

どうやら川内さんの所に行こうとしているのを危惧した海風ちゃんが、力づくで江風ちゃんを引き留めているらしい。

 

「そうは言っても心配だわ!ねぇ...山風もそう思うわよね?」

 

「え...」

 

同意を求められた山風ちゃんが困ったように、隣にいた涼風ちゃんに目配せをする。

しばらくして返事をたらい回しされた事に気付いた涼風ちゃんが訝しげに口を開いた。

 

「えっ、あたい?...まぁ江風が楽しいんだったら良いんじゃないか?」

 

あまりはっきりしない涼風ちゃんの反応だったけど、賛成意見が増えたことで意思が固くなったのか、江風ちゃんがついに動いた。

 

「よし、川内さんについて行きます!」

 

海風ちゃんの拘束から難なく逃れると、川内さんにそう宣言した江風ちゃん。

その熱の篭った返事を聞いた川内さんが、妖しげに微笑んだ。

 

「じゃあ...始めよっか!」

 

刹那____川内さんがフェンスを乗り越え、2階から飛び降りた。空中でもバランスを崩さずに安定した軌道を描いた後、受け身をとって床に着地。

まるで忍者みたいだぁ...。

そのあまりの迫力に下にいた私にも震撼が走る。

 

「ほら、ついてきな!」

 

2階の高さから飛び降りても怪我ひとつない川内さんを見て、江風ちゃんが目を輝かせた。

 

「川内さんかっけー!でも流石に2階から飛び降りるのは無理です!」

 

運動神経の良い江風ちゃんでも2階から飛び降りるのは無理なのだろう。

少し躊躇った後、遠回りして階段のスロープを滑り降りる。

 

 

 

 

そんな中、ずっと傍観し続けていた姉さん達27駆もようやく動き始めた。

白露姉さんが時雨姉さんの肩に、やけに鋭い飾りが付いた手を置いて慰撫する。

 

____白露姉さんの右手にはめられた鋭い鉤爪。そして深く被った茶色の中折帽。

そして、時雨姉さんの顔を覆う不気味なホッケーマスク。腰からぶら下がっている大きめのハチェット。

 

...さっきからあえて突っ込まないようにしていたけど、どうして姉さんたちは某ホラー映画のキャラのコスプレをしているんだろう...?

 

 

「よし!時雨もかっこいい姿見せてやんな!」

白露姉さんがフェンスの方を指差すと、時雨姉さんが少しイヤそうに眉をひそめ...いやよく考えたらホッケーマスクで顔見えないな!?

 

「いや流石に無理だよ」

 

白露姉さんの要求を容赦なく突っぱねると、その後ため息混じりに「...それに僕、あまり体が強い方じゃないから...」と呟いていた。

白露姉さんがうーん、と一考する。

 

「じゃあ江風みたいに滑り降りるのは」

 

「それも無理。なんかおしり痛くしそうだし...」

と、言って時雨姉さんは腰に提げたハチェットを揺らしながら普通に階段を降りていく。

 

「____あ、あの...!時雨姉さんたちはどうして、ジェ○ソンやフ○ディの仮装をしているんですか?」

 

私は堪らず、すれ違い際にコスプレの真意を問いただしてみようと時雨姉さんに声を掛けてみた。

 

「うーん、気分かな」

特に一考する様子もなく、彼女はそう即答した。

 

「気分だけでこんな仮装してるんですか...?」

 

見た目だけだともはや誰だか分からなくなってしまった時雨姉さんが、川内さんの前に江風ちゃんと並んで立つ。

 

「江風に、時雨か。ふーん、面白くなりそうじゃん」

 

そう言うと彼女は_____壁を走り出した。...ん!?壁!?

重力を...いや、この世の物理法則全てを無視したような動きに時雨姉さんも江風ちゃんもついていけない。

 

 

「私について来れる?」

いや、無理でしょう。

川内さんはめちゃくちゃな軌道を描いた後、遥か遠くへフェードアウトしていった。

 

 

 

 

 

「...私達も由良さんを探さなきゃですね」

 

「ぽい」

 

夕立姉さんもこくりと頷いた。

といっても何か手がかりがある訳でもないし...

 

そう思考を巡らせていると、どこかからツーツツ、と無線の音が聞こえてきた。もしかして...村雨姉さんと五月雨ちゃんが由良さんを見つけたのだろうか。

ザーザーと思考を揺さぶる雑音が流れた後、無線から馴染みのある声が聞こえてきた。

 

『___はいはーい。こちら第1小隊、村雨よ』

「こちら第2小隊、夕立。村雨どうしたっぽい?」

『提督室の前で由良さんを見掛けたっていう情報が入ったの。至急提督室前まで来てもらえるかしら』

 

元気よく「了解っぽい!」と返事をして無線を切った夕立姉さん。

どうやら村雨姉さん達が由良さんに関する情報をゲットしてくれたらしい。

 

「由良は提督室の前にいるらしいっぽい!早速レッツゴーっぽい!」

 

「はい!」

 

幸いここから提督室まであまり距離はない。私達は駆け足で提督室に向かった。

もっとも、このゲームはそれだけでは終わらせてはくれない。

私達駆逐艦がお菓子を手に入れるためには、お菓子をくれる側からのお題に答えなければならないのだ。(海防艦除く)

 

でも由良さんはやさしい人なので他の軽巡の人たちみたいにキツい課題を出すとかはしない。

さっきの川内さんの例はまだ良い方で、一部の人からは『私と一緒に外周8周しよう』みたいな、ほぼ肉体労働の課題が課せられるので注意が必要である。

 

「そろそろ提督室前っぽい...」

 

考え事をしている間に、私達第2小隊は提督室に着いたようだ。

よし、このまま上手くいけば由良さんを捕捉できそう...。

 

 

 

「____きゃーっ!!?」

 

「ぽいっ!?」

 

突然曲がり角から聞こえてきたのは、悲鳴。

夕立姉さんはその声の持ち主が誰なのかすぐ分かったみたいで、まるで獰猛なケルベロスの様に曲がり角の先に飛び込んだ。

しかし...。

 

「由良、連れ去られちゃったっぽい..?」

 

「誰もいない...」

 

後を追うように私も現場に突入するが、どこを見渡しても由良さんらしき人影はもう見当たらない。

 

あるのは現場に残された無駄に艶のいいメロンだけ...。

 

...ん?メロン?

 

 

「おーい!」

 

誰もいなくなった現場で私達が呆然と立ち尽くしていたところ、後方から誰かの呼び止める声が聞こえてきた。

 

「五月雨、村雨、大変っぽい!由良が誰かに連れ去られたみたいで...」

 

「ええっ、由良さんが?」

 

夕立姉さんの言葉にひどく動揺した様子の村雨姉さん。

だけど五月雨ちゃんだけは何故か呆れた様な表情で現場に残されたメロンを眺めていた。

 

「...私、犯人が分かったかもしれません」

 

「え!?五月雨分かったっぽい!?」

 

その言葉を聞いた夕立姉さんが五月雨ちゃんに物凄い勢いで迫る。

五月雨ちゃんは「す、少し落ち着いてください」と夕立姉さんを窘めたあと、"犯人"の名前を言い放った。

 

 

「由良さんを連れ去った犯人は、____さんです」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「___夕張さん!見つけました!」

 

五月雨ちゃんが叫ぶ。

私たち第2駆逐隊が突入したのは兵装実験軽巡の彼女のたまり場でもある工廠だった。

 

「ゲェッ!?五月雨ちゃんどうしてここに!?」

 

工廠の重たい扉を開いた先に居たのは、オレンジ色のツナギを着た少女。

そしてその少女の後ろには...攫われてしまった由良さんが気まずそうに椅子に腰掛けていた。

 

「どうしてこんなことを...!」

 

「うっ...」

 

珍しく怒った様子の五月雨ちゃんに、夕張さんはただただ押しつぶされそうになっていた。

 

「だ、だってぇ...五月雨ちゃんが...私に構ってくれなかったんだもん」

 

そういうと夕張さんは少し頬を膨らませてぷいっと横を向いてしまった。

その様子を見た五月雨ちゃんが、ハッとしたように何かを思い出した後、何故かおどおどし始めた。

 

 

「夕張さんごめんなさい...後からちゃんと行くつもりだっ...」

 

「__イヤッ!もう許さないッ!昨日の夜は『明日のハロウィンは真っ先に夕張さんに会いに行きますからね♪』って言ってくれたのにッ!!」

 

涙混じりに激昴する夕張さんに対して、必死に弁明を図ろうとする五月雨ちゃんが「いやそれ捏造ですよね!?会いに行くとは言いましたけど"真っ先に"会いに行くとは...」とぼやく。

 

「なんで?だって私、五月雨ちゃんが来てくれないと寂しさから孤独死する体質なんだよ?!」

「孤独死とかスケールでかいですね!?」

 

 

___と、まぁ...この2人のよく分からない争いに、私たち他の艦娘は完全に置いてけぼりになっていた。

 

 

「...村雨姉さん。私たちはもしかして、昼ドラを見せられているんでしょうか」

 

「...多分、のろけって奴よ」

 

村雨姉さんと他愛もない会話を交わしたあとも、五月雨ちゃんと夕張さんの言い争いは続いた。

 

 

 

 

 

 

そして、時は流れて10分後...

 

 

「___いやーごめんね!迷惑掛けちゃって!」

 

「えぇ...」

 

先程までとは打って変わって、満面の笑みを浮かべる夕張さん。

五月雨ちゃんに言いたいことを全部言ってスッキリしたのだろうか、晴れやかすぎる表情でそう言い放った。

 

「お詫びにコレあげる!お菓子じゃないけどね」

 

そう言って私たちに手渡してきたのは、"間宮(そば)"と書かれた食券だった。

...いや、ホントにお菓子じゃないのね!?

 

手渡された間宮券を懐に仕舞いながら五月雨ちゃんは「夕張さんがこうなのはいつもの事ですから」と、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。

 

「由良、大丈夫っぽい?」

 

「夕立ちゃん、心配してくれてありがとう...。そうね、特に胃が尋常じゃないくらい痛いわ」

夕立姉さんの問いかけに、苦笑いでそう返した由良さん。

...なるほど、由良さんはいつも夕張さんに振り回されてる訳か。

 

「にしても...五月雨ちゃんは天使のコスプレ、村雨ちゃんは魔女のコスプレ、夕立ちゃんは狼のコスプレ。春雨ちゃんのコスプレは...何がモチーフ?」

 

ああ、何故かな夕張さんの視線が熱い。

 

「?...一応、駆逐棲姫がモチーフですけど...」

ツノが2つ飛び出した帽子をそれとなく触る。

 

「__甘あぁぁぁぁいッ!!」

 

「えっ!?」

 

夕張さんのあまりの勢いに狼狽する私。

何がを企んでいるような夕張さんの顔。何だかイヤな予感がするような...。

 

「___ハイ!衣装チェンジッ!」

瞬間、夕張さんがぱちん、と指を鳴らした。

 

 

「...ほぇ?」

しばらく何が起こったのか理解出来ないまま、立ち尽くす私。

だが不自然なくらい腹部に吹き付けてくる冷気が、それが何なのかを私に知らしめた。

 

 

 

 

 

 

 

「____なああああっ!!?」

 

ふと下をみると、丸出しになった私のお腹。

__さ、寒い!ってそうじゃなくて!...恥ずかしい!

 

そう、いつの間にか私が身にまとっていたのは、深海チックな黒い衣装。

そういえば駆逐棲姫ってへそ出しの服、来てるんだった...っ!

 

「あ、春雨似合ってるぽい!」

「黒基調なのがダークな感じでいいわね!」

「春雨ちゃん、さっきの衣装よりもいい感じだよ!」

 

みんな微笑ましい物を見守るみたいに、ニコニコと笑いかけてくる。

 

「どう?私の開発した新しい装置『マジカル☆衣装チェンジ』は。あとで感想聞かせてね!」

 

___私はどんどん熱くなっていく顔の中、多分、今日1番の大声を上げて叫んだ。

 

 

 

 

「_____へそ出しなんて、恥ずかしいですーっ!!」

 

 

 

 




次回からは2章です

この話では要素薄いけど由良と夕張の幼なじみ感いいよね


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Candy drops
voyage and rain


三浦半島の外れに在る、棄てられた場所。

 

かつては数多の船舶がひっきりなしに出入りする船の名所であったが、実に寂れてしまったものである。

長い年月の間使われていないのであろう大型船舶用の港と、錆びれた赤いクレーンがそれを静かに物語っていた。

 

そんな旧庁舎の窓の外から光射すのは、ぼやっとした月明かり。

その僅かな光源が古びた執務室の床を照らしている。

__彼は此方に気が付くと、臙脂(えんじ)色のデスクチェアをゆっくりと回転させた。

 

「やぁ、鈴木君...か。いや、今夜は月が怖いくらい綺麗だねぇ」

 

こちらを睨んでいるようにも見える、どこか濁った瞳。

彼の顔に刻まれた幾つもの深い皺が、歪に歪んだ。

 

「佐原元帥、夜分遅くに失礼致します」

 

私の目の前の椅子に深く腰掛けているのは、関東周辺を管轄に置く老元帥、"佐原源二(さわらげんじ)"

 

10年程前まで、激戦海域の泊地で艦娘たちと共に深海棲艦と戦っていた提督だ。

現役を退いた現在は艦娘を率いる提督という立場ではなく、ここら一帯の鎮守府を総括するという立場で、元帥として大本営に仕えている。

そして、彼はこの元帥という位置を5年も維持している影の実力者でもあった。

 

「おやおや、その様子からして...また"あの件"かね?」

 

元帥はまたか、と呆れた様子で言い放つ。

 

「前にも散々伝えただろう。彼は行方不明。捜索もとっくの昔に打ち切られている...のだがな?」

 

元帥のいつもの言葉。違う、聞きたいのは、そんなことじゃない。

「___嘘です!!おじ様!彼はきっと生きています!彼は、きっと、今も」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___燃え盛る鎮守府の庁舎。

 

爆音、悲鳴、赤い海。

 

目の前に広がる海と同じように赤く血塗られた波止場には、傷だらけの少女が一点を見つめたまま立ち尽くしていた。

 

 

『お兄ちゃん...?何、してるの...?』

 

『ごめんな、咲』

 

煙巻く世界で、はっきりとした視界に映るのは、少女の亡骸を抱えた青年。

 

 

『____お前だけには、見られたくなかった』

 

 

彼はそのまま、静かに海へと身を_____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ...」

 

 

思いがけず、あのときの光景がフラッシュバック。

目を背けられない過去の出来事に、胸が苦しくなる。

 

「ほら、君だって覚えているんだろう?あの惨状を」

 

元帥はさも自分が狂言回しであるかの様に振る舞う。

___でも、私にはその姿がひどく不器用に見えてしまうのだ。何故なら。

 

 

「...咲君。もうその話はやめにしないかい」

 

 

__元帥は静かに、声を殺して泣いていた。

これはもはや、あの日以来時間の止まってしまった私達にとって、ルーティーンの話題となりつつある。

 

それでも私は縋ることをやめない。私がこの出来事を忘れてしまったら、彼は"本当に死んでしまう"からだ。

 

 

 

「...分かりました。あと、元帥。近々南方海域の攻略が本格化すると伺っていますが...」

 

「ん...?」

 

元帥はしばらく黙ったまま虚空を見つめると、顔を上げた。

 

「ああ、そういえばその用件で君を呼び出したんだったよ」

 

私ももう歳だからな、と薄く笑いながら呟く元帥。

ごほん、と年季のある咳払いをすると、机の上の厚い書類を私に手渡してきた。

 

 

「横須賀鎮守府の艦隊には___ソロモンに行ってもらう」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

「あー、なんか最近冷えてきましたよね」

 

空いた窓から吹き付けてくる風が、晩秋の訪れを静かに告げていた。

ぶるぶる、と思わず身震いした私は布団の中で猫みたいに丸くなる。

 

「そりゃあもう11月だもの。このぐらい冷えてくるとお雑煮とか、温かいものが食べたくなるわねー」

 

向こう側の布団から顔を出したのは村雨姉さん。彼女もまた布団の中に丸く収まった状態で、もうすぐやってくる秋の夜長に思いを馳せていた。

 

先週のハロウィンでは由良さんを救出しに夕張さんのところに皆で仮装して突入して...いや、大変だったなぁ。

あれだけ長く感じた晩夏と初秋も、振り返ってみれば...いやに短期間であった。

 

「今度みんなでシチュー作るっぽい!」

 

夕立姉さんが布団の中でぐぐっ、と体を伸ばしながらそう言った。

相変わらず夜でも、寒くても元気な夕立姉さんが羨ましいものだ。

そんな彼女の赤い瞳は、暗闇の中でも妖しく光っているような錯覚さえ覚える。

 

 

「シチュー...はちょっと早くないですかね?私が温かいスープ作るので夕立姉さんはそれで我慢してください」

 

少し不満そうに口を尖らす夕立姉さん。でも、彼女は表情が面白いくらいコロコロ変わる。

 

「えぇー、ケチ。でも春雨の作るスープ、作る度に上手になってるっぽい」

また、にへらぁと笑顔を浮かべる夕立姉さんに、村雨姉さんも嬉しそうに話題に便乗してきた。

 

「私達も手伝ったり味見したりしたんだし、おいしくなるのは当然よね。ね、春雨」

 

「...はいっ!そうですね!」

 

着任したての頃は料理が下手くそだった私だけど、姉さんたちの協力もあって人並みぐらいには上手くなったハズだ。

料理に触れるきっかけをくれたのは司令官なんだし、今度こっそり司令官に春雨スープでも作っちゃおうかな!?...なんちゃって...。

 

 

「そういえば明後日は”提督主催焼き芋大会”よね?春雨は参加しないの?」

村雨姉さんがふと思い出したように口にした。

 

焼き芋大会...?あ、そういえば司令官がそんな事を言っていたっけ。

 

つい最近聞いたことなのだが、ここの鎮守府はオールシーズンで何かしらイベントを開催しているらしいのだ。

 

夏に至っては『スイカ食べたきゃ自分でスイカ割れ大会』『スイカの種どこまで飛ばせるかな選手権』極めつけは『私とあなた、こっからあっちの岸までどっちが早く辿り着けるか競走し大会』などという珍妙なイベントが存在しているというのだ。

まさに暇人の集まりである。

 

「私はどうしようかな...」

 

別に、明後日の焼き芋大会に混じって、こんな暇人たちに仲間入り出来るという事が嬉しいという訳ではない。

まぁ焼き芋はおいしそうだし気になるけど...

 

「もちろん、春雨はきょーせい参加っぽい!」

「なに勝手に決めてるんですか、もうっ...」

 

しばらくして部屋のみんなが寝付くと、環境音が心地よく部屋にこだましていく。

鈴虫の声は11月だから、もう聴こえない。

名前も知らない虫たちが大波の後に残された残溜みたいに細々と鳴いていた。

 

ちょうど私がここに着任したときは、蛙やらコオロギやらの大合唱が聴こえていたんだけどな。

 

「...月が、月が...きれい」

 

そんな言葉が自然と口から漏れる。

 

___渇いていく空の中、黄金の月が窓から顔を覗かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「今日は皆に大事なお知らせがあります」

 

 

今日もいつも通り"なんでもない日"が始まると思っていた。

朝起きて、歯を磨いて、やかましいルームメイトと談笑したり。

 

__なんて事のない、いつも通りの朝になるはずだった。

 

「突然ですが、来週から南方海域への反復出撃を行います」

 

司令官の朝礼によって講堂に集まった私たちは、唐突にこんな事を知らされた。

南方海域...?またまだ弱い私には縁もゆかりも無い海域。それが今、どうして?

 

(___あ、そっか)

 

つい先週、ボスから南方海域への侵攻を開始したとの連絡を受けていたのだった。

多分、大本営が進軍を感知したのだろう。巡り巡って、ここ横須賀に作戦の指令が舞い降りてきたんだ。

 

ただ、あの時は突然司令官に攫われたから詳しい事が聞けなかったんだったな。

でもその後部屋に戻ってきたら...不思議な事に、床に落としたはずの受話器が定位置に戻ってて...

 

...まさか、夕立姉さんが電話にでちゃったとか...?

 

 

私は芽生えてしまった不安の芽を摘み取るべく、すぐ隣で司令官の説明を聞いている夕立姉さんの顔をジッと覗き込んでみた。

 

「...珍しく真面目な顔してますね」

「...ぽい?」

 

夕立姉さんも私の視線に気付いた様子。

若干怪訝そうにこちらを軽く一瞥すると、私がいつも見る夕立姉さんの顔に戻った。

まさか...ね。

 

「おーい提督。南方ってもよー、どこの海域なんだよ?アタシはそれが1番気になるんだが」

 

やけに露出の激しい重巡洋艦娘が、司令官に疑問を問い掛けた。

確かに、一体どこの海域なんだろうか。

まず、南方海域といったら南の海の殆どを指す。南方海域は俗に言うゴーワン(5-1)以外の全ての海域でフラグシップ(最上級)や姫級の手強い深海棲艦が出没する奥地中の奥地である。

 

結局は、どこの海域に決まっても手強い敵を相手にすることになるのだが...

 

 

「___海域は...ソロモンだ」

 

「え」

 

___"ソロモン"

唐突なそのキーワードが私の記憶の断片を甦らせた。

突然、忘れていたことを一気に思い出し、記憶の奔流が私の思考を遮る。

 

 

「この後各部隊の編成表を配っていきます。また、各艦隊の旗艦はこの後会議室に集まるので、該当する者はちゃんと目を通しておくこと...」

 

演説台の方から飛んでくる司令官の声が、右耳から入ってそのまま左耳から抜けていく。

 

「来週から順次、部隊を出撃させていくから...皆、来週までにはコンディションを整えておくように!」

 

「はーい!!」

 

__艦娘たちのやる気に満ちた声が、私を現実に引き戻した。

その後、流れる様に集会は解散。ぞろぞろと歩き始めた艦娘たちに、思わず巻き込まれそうになる。

 

 

 

...ソロモン?

確か、比叡さんと霧島さんの戦艦率いる第11戦隊を中心にした連合艦隊がガダルカナル島に侵攻した戦い...だよね。

 

記憶の何処かにはあった筈なのに、思い出せなかったこの記憶は瞬く間に私の頭を埋めつくした。

 

 

「___あっ、いたいた!春雨ー、これ見てみるっぽい!」

 

ぼやけた視界の隅から駆け寄ってきたのは、遠目からでも分かってしまうぐらい、嬉しそうな顔をした夕立姉さん。

はぐれた私を探していたみたいで、右手には1枚の紙が握られていた。

 

「ゆ、夕立姉さん...っ」

 

まっすぐ此方に向かってくる彼女に、目を合わせられない。

夕立姉さんの澄みきった瞳に気を押され、思わず後ろに1歩後ずさってしまう。

 

「提督から編成表をもらってきたんだけど_____なんと!夕立と春雨は同じ艦隊に所属することになりましたっぽい!」

 

 

___夕立姉さんは、笑っていた。多分、心の底から。

なんで?どうして?夕立姉さんはこの海域が、怖くないの?

 

 

「...どうして」

「えっ?」

 

それでも彼女はいつもの表情を崩さない。おどけたみたいな、ふざけているみたいな顔で小首を傾げた。

 

「___っ!夕立姉さんは、怖くないんですか...?...あの海に行くのが...怖くないんですか!?」

 

__ああ、言ってしまった。

いつもなら抑えられたはずの感情が、言葉の弾丸となって彼女を貫く。

 

「...!そ、それは...っ」

 

夕立姉さんが、今まで見た事もない顔を浮かべた。

そうだよね、普通こんなことを言われたら...そんな顔をしても可笑しくないよね。

だからこそ。

 

 

「...私は、怖いです。____あなたが沈んだ海域に行くのが」

 

 

__どうして今まで、忘れていたんだろう?

無意識で忘却の彼方に追いやっていた、魂に刻み込まれていたであろう記憶が、私の心を刺した。

目に見えない温い涙を拭って、私はそのまま駆け出そうとする。

 

 

「___待って!春雨はそうでも夕立は...っ!」

 

 

夕立姉さんの右手が私の左腕を掴もうとして、宙を切る。

 

「少し、お手洗いに行ってきます。...探さないでください」

 

私は少し躊躇ったのち、もう一度差し伸ばされた夕立姉さんの右手を強引に振り払うと、たまらず走り出した。

 

 

 

 

ある艦娘は、自慢の主砲を整備していた。敵の親玉を撃ち抜くために。

ある艦娘は、虎の子の酸素魚雷を点検していた。敵の打ち漏らしがないように。

ある艦娘は、海月の夜に拳を握り締めた。過去の無念を晴らすために。

 

 

 

___そして、ある艦娘は爆雷の詰まった飯盒型の艤装を持って、工廠裏に駆け出した。

 

◇◆◇

 

夕食後、とぼとぼと部屋に帰ってきた夕立を村雨が心配そうに見つめていた。

__春雨のいない部屋。

 

「なんか春雨、帰ってくるの遅いわね」

「ぽい...」

 

夜がやけに静かに感じる。

春雨は夕飯の時間になっても戻ってこなかった。

 

「春雨ね、こんなこと言ってたっぽい」

 

春雨との別れ際、彼女はこんなことを言っていた。

 

「少し、お手洗いに行ってきます。探さないでください」

と。

 

多分、トイレは春雨のジョークだとして、探さないでくださいっていうのはどういう事なんだろう?ま、まさか...

 

「夕立、もしかして嫌われたっぽい...?」

「そんなことないわよ。最近の春雨、夕立大好きオーラが隠せなくなってきてるから...」

 

 

__ガチャ。部屋のドアがゆっくりと開けられた。

もちろん、その先に居たのは紛れもなく夕立たちのルームメイトの春雨だった。...けど。

 

「...春雨__」

 

「...っ!」

 

そんなことを言いかけて、やめた。

あれ、なんでだろう。体が動かない。呼びかけるだけの声は出ても、彼女に駆け寄っていく筈の脚がこの場から動こうとしなかった。

 

___なんだか一瞬、春雨が夕立を畏怖の念を抱いた眼差しで此方を見ていたような気がしたからだ。

 

「もう、春雨ったらどこにいってたの」

 

そんな中、村雨が心配そうに春雨に駆け寄っていくけど、春雨はちょっとトイレが長くなっただけです、と返すだけだった。

 

春雨、その理由はちょっと無理があるんじゃ...なんて頭に浮かぶけど、違う。今の春雨が求めている言葉は"そんなこと"じゃないんだ。

 

 

__春雨の空虚な瞳と目が合う。

 

「夕立姉さん、気にしないで下さい。...あなたが気にすることじゃ、ないですから」

 

(...なんで、そんな目で夕立をみてくるの?)

 

苦しそうに、無機質な返答をした春雨は特に何も話すこともなく、厚い布団に包まってしまう。

 

「春雨...」

 

夕立の声は春雨に届かない。

 

昨夜よりも冷えた空気が、窓の隙間からびゅうびゅうと肌に吹き付けてくる。

月が昨夜と同じく照らしてくれているはずなのに、部屋は変わらず薄暗い。

 

___外を見ると、冷たい雨が降り始めていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

『____夕立姉さんは、あの海に行くのが...怖くないんですか!?』

 

自暴自棄になって走り出せば、嫌なことも全て忘れられるかと思っていた。

でも後悔という名の現実は私に甘くないみたいで、さっき夕立姉さんに言い放ってしまった言葉は、相変わらず私の頭の中をぐるぐると廻り続けているままだった。

 

「...っ...ふぅ」

 

無我夢中で走り続けていたから気づかなかったけど、私が迷い込むようにたどり着いたのは工廠裏だったらしい。

どうしようもなく肩で息をする私がもたれかかっていたのは、秋の空気に冷やされた冷たいコンクリートの柱。熱くなった体に冷たい感触。

こんな冷えた時期には不愉快なハズなのに、今はそれが心地よく感じてしまった。

 

「......私が、夕立姉さんを、守らなくちゃ...」

 

自分に言い聞かせるように、言葉が漏れ出していた事に気付く。

掌に爪がくい込むくらい手を力強く握りしめた。

強くなって、あの人を守らなきゃ。でも、私は弱い。身も心も。

 

「...じゃあどうすればいいの?」

 

朝礼の時から持ってきていた黒い飯盒を意味もなく見つめる。

空虚な時間だというのは頭のどこかで理解しているはずなのに、それ以外の事をしようとする気力さえ湧き上がってこない。

 

「...」

 

...不意に、先程突き放してしまった夕立姉さんの顔を思い出した。

駄目だ。やっぱり、謝らなきゃ、あの人に。

今ならまだ間に合う...!夕立姉さんに許してもらえ____

 

 

 

 

___プルルルルル。

 

自己保身の為の思考が、着信音で塗り潰された。

___なんだろう。この胸騒ぎは。

受話器に手を伸ばそうとすると、胸の動悸が激しくなっていく。

 

加速していく感情を落ち着かせるため、私は一度深く息を吸うと、意を決して受話器を手に取った。

 

「...はい、もしもし。春雨...です」

 

『春雨。突然カモシレナイガ、君二アル任務ヲ遂行シテモラウ事ニナッタ』

ボスはいつもより冷徹な調子で続ける。

 

「ある任務...ですか?」

 

『アア、ソウダ。君ニヤッテモライタイ事ハ...』

 

任務...か。私が覚えている限り最後に出された任務は『鳳翔という軽空母は横須賀鎮守府にもいるのか』とか『君のところの提督はしっかり仕事をしているのか(これそもそも任務なのかしら?)』なんて内容だったけど...。

今回も似たような任務なのだろうか。

 

作戦が始まって忙しい時期だけど、ちゃんとボスの命令もこなさなくちゃ。

私は少しでも気を保とうと、ひび割れた心に鉄の鞭を打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『君ノ手デ...夕立君ヲ________殺してくれるかい(・・・・・・・・)?』

 

 

 



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芋イコール友情の方程式は成り立つか?

「...どうして...」

 

目の前には、ぱちぱちと紅や黄色の落葉を焦がす炎。その炎から飛んで来る火の粉がこっちに降り掛かってきて、地味に痛い。

そんな炎の上で焼かれているのは、芋。

 

「ん?どしたの春雨」

 

私のくすんだ視界の隅を通り過ぎるのは土まみれになった手を気にすること無く、芋を運ぶ司令官。

 

だが、待って欲しい。これは"提督主催"の焼き芋大会であるはずだ。

なのに、どうして、どうして...

 

「____どうして私が芋を焼いてるんですかっ!??」

 

 

◇◆◇

 

「ねぇそこの君!突然だけど芋焼いてかなーい?」

「は?」

 

昼下がり、廊下を歩いていたらそのものズバリ、不審者に声を掛けられた。

背丈は私と同じくらいか、少し上の__アヤシイ黒フードの人物。

 

え、この人誰...?なんて感想を初めは抱いた私だったが、しばらくして直感で気付いた。

____これ、白露姉さんだ。

 

不審者の格好をして、不審者の振る舞いをする彼女。

...どうやらタチの悪い新手の企画が私に接近しているようだった。

 

「ごめんなさい、私は興味無...」

「__まぁまぁそう言わずに!1回焼いてみれば焼き芋の楽しさが分かるからさ!ねっ?」

 

ちょ、力強いって白露姉さん...!というか、焼き芋の楽しさって具体的に何?

それとなく参加を辞退しようとしてみるが、彼女の素早い身のこなしからは逃れられない!

気づいた頃にはガチッと右腕を両腕でホールドされ、たちまち身動きが取れなくなってしまった。

 

「あの...昨日言いましたよね?『私は焼き芋大会に参加しない』って」

「はいそれウソー!村雨がさっき『春雨が焼き芋食べたそうにしてた』って言ってたぞ?」

 

...確かに、一昨日まではそうだったんだろうけど。

つい昨日の事だ。___私は多分、夕立姉さんと初めて喧嘩した。

 

あの時、感情に任せて言いたいこと言ってみたは良いものの、その後、会う度夕立姉さんと目を合わせられない、まともに口を聞けないわで、なんだか気まずい空気になってしまった訳である。..."もう1つ"要因はあるけれども。

 

 

そういう事もあって、次の朝から夕立姉さんを見る度に胸がキュッと苦しくなり、朝の食事も喉を通らなかった私。

そんな私が焼き芋なんか食べられる訳が無い、"食べていいはずがない"のだ。

 

「...だから、私の事は放っておいて下さい。これは私のせいなんですから...」

 

なんだか、白露姉さんを視界に入れるのも申し訳なくなってきて、罪悪感に苛まれた私は思わずがくんと項垂れた。下を見れば、自分のちっぽけな足。

 

 

 

「そうか、なら...しもべA!」

__突然、白露姉さんが叫んだ。...しもべA?

スッ...と廊下の右脇から現れたのは、白露姉さんと同じ黒フードの人物。

 

「はいはい。僕しもべじゃないけどね」

いったい誰...いや、時雨姉さんだこれ...っ!

 

「しもべB!」

白露姉さんが続けて叫ぶ。

しばらくすると、廊下の左脇から黒フード...ではなく色違いの白フードが勢いよく飛び出した。

 

「はいっ!輸送任務はさみっ...じゃなかった!しもべBにお任せ下さい!」

うわー、深く考えなくても五月雨ちゃんだよこれ〜。

というか、まるで隠す気ないよねこれ。顔はっきり見えてるって。

 

「ふっふー。驚いたか春雨よ」

そう言いながら漆黒のマントをばさりと広げた白露姉さん。

その隙間からいつもの白露型の制服がバッチリ見えてしまっているのだが...?

 

そりゃあもう驚き...というかもう呆れすぎて言葉もでないよ白露姉さん...。

 

 

 

 

 

 

 

「___ほい、隙ありっ!」

「え」

 

白露姉さんのかかれーっ!という掛け声と共に、一斉に飛びかかってきたしもべA(時雨姉さん)しもべB(五月雨ちゃん)

 

私は既に白露姉さんにガッチリとホーミングされていたためもちろん動けない。

あっという間に3人に担ぎ上げられ、上げられ...

 

「ちょおっ、どこに連れてく気ですか...!」

「それは着いてからのお楽しみー!あと、スピード上げるから気をつけてね」

 

えっさほいさとどこか見知らぬ場所へと運ばれていく、擬似騎馬状態となった私。

しかし、やたら手際が良いのか、眼下に見える廊下の景色があっという間に過ぎ去っていく。それと同時に4人の駆逐艦娘が、風を切る。

...しかし、どうして私は運ばれているんだろう...?

 

「ねぇ春雨」

輸送中、左脇に控える時雨姉さんがおもむろに口を開いた。

 

「君、夕立と喧嘩したんだって?」

「な、なんで時雨姉さんがそれを...!」

 

私が皆の頭の上で驚愕していると、五月雨ちゃんが村雨姉さんから聞いたんですよ、なんてことを言ってきた。

む、村雨姉さん...!どうして告げ口を...。確かにあの喧嘩の現場に居たけれど...!

 

「あっ、もしかして私を夕立姉さんの所に連れてくつもりですか!?やめてくださいあの人とは顔も合わせたくないんです」

 

「んなもん...話してみないと分かんないでしょ!」

先方の方を担当する白露姉さんが若干息を上げながら、ぷんぷんしてきた。

...も、もしかして私、重い?

 

「夕立は、春雨の気持ちを知りたがってるはずだよ。春雨、君はどうしたいの?」

「...っ」

 

時雨姉さんの問い掛けに思わず反応しそうになって、喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。

昨日話してみて分かった。夕立姉さんは私の事を全て知ったつもりでいるのだ。

__少し前に、私は皆のことをもっと知りたいと、理解したいと村雨姉さんと、夕立姉さんに打ち明けた事があった。

でも、その願いは叶わない。何故なら、私はスパイだから。

いつかあなた達に、刃を向けなくてはいけない存在だから。

 

__こんな私を知られたくない。こんな気持ちを抱き始めたのはいつからだったのだろう。

 

そうやってただ俯き続ける私を見かねた時雨姉さんが、こんなことを口にした。

 

「じゃあここで質問。春雨、仮に君が夕立に嫌われたらどうする?」

「き、嫌...ッ!?」

 

愉快そうに趣味の悪い質問を投げかけてきた時雨姉さん。条件反射で私の口から動揺の言葉が漏れ出す。

夕立姉さんに、嫌われる...!?

な、なんですかその悪趣味な質問...っ!そんなの...そんなの!

 

「__嫌われるなんて絶対嫌です!」

傷だらけの心が抗う様に叫んだ。

 

「あーっ、惜しい。僕、その続きが欲しいんだけどな」

 

こ、この人は...!いつもそうやって人を弄んで...!

 

...でも最近分かってきた。

時雨姉さんは、やさしい人だ。こうやって口だけは人の心を弄ぶけど、その奥には温かい気持ちが確かにあるんだ。

 

白露姉さんも、時雨姉さんも。

村雨姉さん、五月雨ちゃんも。

そして、夕立姉さんも。

 

「___私、夕立姉さんと話し合ってみます」

 

 

 

 

_____みんなみーんな、大馬鹿者だ。

 

 

 

◇◆◇

 

「うーん、おいしい〜」

 

私の目の前には頬いっぱいに芋を蓄え、嚥下する白露姉さん。

そして、それに混じってちゃっかり芋を食す時雨姉さんと五月雨ちゃん。

もっとも、この2人は咀嚼中に喋る白露姉さんとは違って、ただひたすら芋を口に含ませていたが。まぁ、お行儀はいいよね。...

 

 

__うん、やっぱりおかしい。

私は、夕立姉さんに会いに行くために、駆逐隊の皆に担がれてここまでやって来た。

仮に、この世界が無数の予定調和(フラグ)で構成されているのだったら...この場所には夕立姉さんという存在が居る...いや、居る"ハズ"なのだ。

 

そう、何処を探しても夕立姉さんは居なかった。

私がそうこう戸惑っている所に、芋を焼く助っ人を探していた司令官がやって来て...捕獲され今に至る...という訳だ。

 

どこか遠い場所を見つめていた私に、何やら満足気な様子の司令官が声を掛けてきた。

 

「ほら、芋のおかげで気持ち楽になったでしょ」

「...司令官の目ってもしかして節穴だったりします?」

 

芋焼き係という、中々ハードな職に抜擢されてしまった私。

正直言って...もくもくと立ち上がる白煙が時々目に入り込んでめちゃくちゃ痛い。

別にこんな仕事、断っても良かったはず。今となって過去の私を非難しそうになるけど...。

 

司令官に声を掛けられた時、真っ先に私の視界に映ったのは高く積み上げられたさつま芋ではなく____土まみれの彼女の体だった。

それに、本来だったら昼過ぎで終わらせるハズだった焼き芋大会を、司令官は私と夕立姉さんの為に延長してくれたという事実。

 

手伝ってあげよう...みたいな良心の呵責とかじゃなく事務的な心情が働いただけ...。本当である。

 

「でも...確かに火を見てると少しだけ気持ちが軽くなるかもしれませんね。なんとなくですけど」

「ふふ、でしょ?...」

 

そう言って司令官はしばらく、火を見つめ続けていた。

...一瞬、少し憂いを含んだ様な表情に見えたのは、気のせいだろうか。

しばらくして明るい顔に戻った司令官が、こんな事を言った。

 

「人間にはね、火を見ると安心する遺伝子が組み込まれてるんだって」

 

突然、科学的か哲学的なのか分からない話題を口にした司令官に、私は意図が分からずただ小首を傾げるのみだった。

それでも、せっかく振られた話題なのだからと、私はそれとなく当たり障りのない返答をする事にした。

 

「じゃあ、その例の通りなら司令官も火を見ると安心するんですか?」

「普通の人間だったらね。...でも...私は”火が嫌い”」

「え?」

 

かすれた声で司令官が呟いた『火が、嫌い』という言葉に、私は少し愕然としてしまった。

火を使うのが怖いという人は一定数いるけど、”火”という存在そのものを敬遠するなんて珍しいと思ったからだ。

 

「でも、子供の頃は寧ろ大好きだったんだよ?昔、小学生のときにみた、キャンプファイヤーがすごく綺麗でね」

 

それからは、司令官が”火の美しさ”について饒舌過ぎるぐらい事細やかに語ってきた。

 

「それでね...が...こうで...」

「あ、あはは...」

 

最初は愛想笑いを浮かべながら、黙って話を聞いていた私。

あまりにも話しかけてくるので、お手洗いに行ってきますとか適当な理由でも述べて場を抜け出そうと思った私だけど...。やめた。

 

___この話は"聞かなければいけない"気がする。

とりあえず司令官が言いたいこと全部言うまで、ちゃんと耳を傾けなきゃ。

それはあくまで予感だったけれども、この場に私を縛り付けるには充分すぎた理由だった。

 

「___って、ごめん春雨!ちょっと話し過ぎたかも...」

かなりの時間が経った頃、司令官が正気に戻ったみたいに弾けた。

 

「いいんですよ司令官。私も芋焼いてるだけじゃつまらなかったですから。ほら、芋もいい具合に焼けてきたんじゃないですかね」

 

数十分前に灰から芋を掘り返して、そろそろ20分ぐらいは経ったはず。頃合いだ。

少し不安そうな面持ちで司令官が灰の中を覗き込む中、私は軍手越しにアルミホイルに包まれた焼き芋を掘り返した。

 

「お、焼けた感じ?」

 

私と司令官が灰の中をまさぐっていると、遠くから様子を見守っていた白露姉さん達がいつの間にか近くに寄ってきている事に気が付いた。

 

「げっ...姉さん達。さっきはこの場からすぐ離れた癖に芋だけは食べて...」

 

白露姉さんは口笛を吹いて(吹けてない)知らんぷりをしたけど、時雨姉さんは少し恥ずかしそうな顔で「だっておいしそうだったから...」と年頃の少女らしい事を述べた。

 

「ご、ごめんね春雨ちゃん。夕立姉さんがここに居るって聞いて連れてきたんだけど、着いた時には何故か居なくて」

「いいよいいよ、あの人は嵐みたいな人だから...」

 

私は申し訳なさそうな五月雨ちゃんにそう返しながら、焼き芋のアルミホイルをペリペリと剥がし始めた。

 

「焼けてる...のかな?」

 

私は少し困って、姉さんたちや司令官に目配りしてみるけど皆一様に、分からない...みたいな顔を浮かべた。

 

「...ええい、時間がもったいない!春雨、割っちゃえ!」

白露姉さんが物凄い圧を出しながら、私の肩を力強く掴んできた。

...あー、多分この人、芋が食べたいだけだ。私は直感した。

 

「白露姉さん、そんな急かさなくても...今割りますから。せーのっ...」

 

「おぉー...」

 

私も、司令官も、駆逐隊の皆も、この場にいた全員が感嘆の声を漏らす。

裂けたアルミホイルの中から覗く紫と黄金のコントラストが少し眩しくて、思わず目を瞬かせた。

 

「...おいしそう」

 

「ん、何だったら春雨が最初に食べればいいんじゃない?...君、ずっと芋焼いてて芋食べてなかったでしょ?」

私の意識せず飛び出た言葉を、時雨姉さんが目ざとく拾った。

 

「時雨姉さんがそういうなら...」

 

私は割った芋の片割れを口の方までゆっくりと運ぶと____ぱくりと芋にかぶりついた。

 

「__わっ...甘い」

 

そう、甘いのだ。初めて口にする食感と包み込むような甘さに、私は自然と頬を押さえていた。

 

「ふふん、そりゃそうよ!なんだって"鳴門金時"を使ったんだもの。美味しくならないはずがない」

そうやって司令官が自慢げに腰に手を当て、私にもう一度声を掛けてきた。

 

「よし!春雨、この芋を持って夕立のところに行ってきな!」

司令官が紙袋に包まれた焼き芋を差し出してきた。

 

「なるほど、芋を仲直りのダシにする寸法ですね」

 

「__違う!"芋イコール友情の方程式"には、芋が必要だって、聖書にも書いてあったでしょ!?」

 

「...は?」

 

突然、芋で仲直りという謎の理論を提唱してきた司令官。

芋で仲直り出来たら警察はいらないと思うのだけど...?

 

「とにかく!ほら、行った行った!」

「えっ、でも場所が...」

 

司令官に無理やり芋が入った紙袋を抱かされ、そのまま走らされた私。

後ろからは姉さんたちの無駄に熱い声援も聞こえてきた。

 

けれども夕立姉さんの場所は相変わらず分からないままだ。

もう日も暮れてきて、寒くなってきてるから寮の中に戻っててもおかしくないんだけど...

 

 

...いや、夕立姉さんが行きそうな場所、か。

私には1つ、思い当たる場所があった。

きっと今頃"あの場所"は、夕陽が草木を照らし尽くしているだろう。

 

「早くしないと芋が冷めちゃうな」

 

___大好きな"あの場所"へ、私は走り出した。

 

 

 

◇◆◇

 

時刻はヒトナナマルマル、夕方の5時を回っていた。

どうやら私は芋を焼くのに、時間を掛け過ぎていたらしい。

私のお気に入りの場所は、既に一面オレンジ一色に染め上げられていた。

 

そんなオレンジ色の中庭の隅に、ひっそりと設置してある木製のベンチ。

一見誰も、腰掛けていないかと思ったけど...。

 

___今にも消え入りそうな人影が、黄昏の中でゆらゆらと揺らめいている。

 

「__夕立姉さん!」

衝動のままにベンチに駆け寄っていく。

間違いない。あのぴょこんと跳ねた犬耳みたいな髪に、少し赤みがかった金髪。

あれは間違いなく、私が探していた人だ。

 

「...春雨?」

 

夕立姉さんは何故か、私を視界に入れた途端ぎょっと目を見開いて______一目散に逃げ出した。

 

「えっ、ちょっと、どうして逃げるんですか!?」

 

私がそう叫ぶと、夕立姉さんの方から「は、春雨はこっちこないで!」とわりかしガチめな叫声が返ってきた。

うっ、結構ショック...。

だけど司令官たちに熱烈に送り出されてしまったのだし、昨日の事を謝らなければいけないから、そう簡単に引き下がる訳には...

 

「___って、ぽおおおおい!!?」

 

「夕立姉さんーッ!?」

 

全力疾走していたのが仇となったか派手にスッ転び、ビターン!と地面に伏せた夕立姉さん。

幸い地面はコンクリートじゃなく芝生だからあまり痛くはないだろうけど...。

よしっ、何か申し訳ないけど今がチャンス!せめてこの芋だけでも受け取ってもら___

 

 

 

「___って、わああああ!?」

 

刹那、私もコケた。...夕立姉さんがさっきつまづいた場所で。

...つまり、そうなると私の弾着地点には夕立姉さんがいる訳で...。

 

「ゔっ!?」

 

夕立姉さんの脊髄に私の頭部がダイレクトアタック!

 

「うわあああ!?ご、ごめんなさい」

 

私は弾けたように夕立姉さんの上から飛び退いた。

彼女はしばらく痛みに身悶え、全身を震わせていたが...痛みが一段落したのか、涙目になりながら此方を睨み付けてきた。

 

「下手な砲撃よりも痛いっぽい...!」

「ひええぇ...ごめんなさいっ...」

 

でも案外なんとも無かったのか、おもむろに立ち上がった夕立姉さん。

彼女は数秒の間、少し気まずそうに目を逸らした後こう言った。

 

「えっと...さっきはごめんね。なんか夕立も顔を合わせずらくて...」

「そんな、謝りたいのはこっちだったんですから」

 

繋げる言葉が思い付かなくて、しばらく場に無言が続く。

そんな状況を打破しようと動いたのは、夕立姉さん。

 

 

「...ねぇ春雨。昨日、ソロモンに行くのが怖くないのかって夕立に言ったよね」

 

ソロモン。昨日、夕立姉さんにあの海域の事について聞いたのは薮蛇だった。

夕立姉さんの嬉しそうな顔を見て夕立姉さんは怖くないの、なんて事を言い放って...結果として苦悩しなくていい彼女を私は悩ませてしまったのだから。

 

「...ホンネを言うとね。夕立もちょっと怖いっぽい」

夕立姉さんが、少し笑った。

 

「え、夕立姉さんが...?」

「こらこら、夕立も人間っぽい。...でも、あたしは、夕立は...立ち向かわなきゃいけないの、過去に」

 

過去に、立ち向かう...か。

そんな夕立姉さんの視線は、どこか遠い場所を見つめているようで、近い場所を見据えているようにも見えた。

 

「...」

「__あ、ごめん、ちょっと暗いこと話しちゃったっぽい...!ほら、喉乾いたでしょ?ジュースでも飲むっぽい!」

 

夕立姉さんが暗い雰囲気を断ち切るように、私をぐいぐいと自販機の傍まで引っ張っていく。

私は飲み物とかも間宮さんの所で飲むから、こういう自販機を使うことはあまり無い。初めて見るようなジュースのラインナップに目を瞬かせた。

 

「今日は夕立の奢りっぽい!春雨、どれがいい?」

「えっ...と。それじゃあカフェオレで」

 

ガゴン、と音を立てて落ちてきたのは温かいスチール缶。

その後に夕立姉さんも自販機のボタンを押して、炭酸飲料を取り出す。

 

「あ!そうだ...。夕立姉さん、これどうぞ」

大事な目的を思い出して、芋の入った紙袋を差し出す。

夕立姉さんは無言でそれを受け取った後、ガサゴソと袋の中身を取り出した。

 

「...もしかして、春雨が焼いてくれたの?」

彼女の問いかけに「はい...まぁ一応...」と返すと夕立姉さんは穏やかな笑みを浮かべて、芋を一口頬張った。

 

「うーん、甘くておいしいっぽい!」

「...そう、ですか」

 

暫くして、私達は冷たいコンクリートの壁に寄り掛かった。

夕立姉さんのペットボトルからぷしゅ、という開封音が聞こえたのを境に私も、カフェオレのステイオンタブをかちりと鳴らす。

 

そうやって温かいカフェオレを喉奥に流し込んだ後、私の口は自然と開いた。

 

「夕立姉さん」

「ぽい?」

「今からちょっとだけ変な話をするかもですけど...聞いてくれますか?」

 

夕立姉さんは一瞬ぽかんとしたまま、こちらを見つめていたけど、やがて何かを感じ取ったのかいつもより真剣な顔持ちで耳を傾け始めた。

 

「もし、もしですよ。私がある人から命令を受けてて...」

「命令?」

 

「はい。もしもそれが『夕立姉さんを殺せ』みたいな命令だったら...私は、夕立姉さんを殺すと思いますか?」

 

私ったら、本人相手におかしな事を聞いているんだろうか。

ボスから殺せと命令された人物は他でもない、目の前にいる夕立姉さんなのだというのに。

 

「...夕立は春雨にだったら_____殺されてもいいよ」

「...は?」

 

「...じゃあ改めて言うっぽい。___春雨は夕立を殺さない...いや、殺せない(・・・・)

「...」

 

「それに、どうせ春雨の練度じゃ夕立に切り傷ひとつも付けられないと思うっぽい。にしし」

「むっ、練度の差はどうにかなります!いつか必ず夕立姉さんを毒牙にかけてあげますから」

 

しばらくして、私と夕立姉さんの笑い声。

 

「あはは、これ、何の話だったっけ?」

「さぁ、何の話だったんでしょうね?でも...夕立姉さんの答えを聞いてなんだか吹っ切れました」

 

少し下を俯いた後、ありがとうございますと笑顔を夕立姉さんに向ける。

その時のいつに無く困った顔をした夕立姉さんを見て、こんなことは全て杞憂だったんだなぁ、と改めて思い知らされた。

 

「でも、ごめんなさい。いきなり変な事ばかり聞いちゃって。これじゃフェアじゃないですよね...。せっかくだから夕立姉さん、私について知りたいこととかってありますかね?...」

 

私は何だか口寂しくなって、残り少なくなったカフェオレを一気に呷った。

 

「知りたいこと?...あ、そういえば前々から疑問だったことなんだけど...」

 

 

 

 

 

 

「____"ボス"って誰?」

 

「__ぶふォッ!!?」

 

 

私はその日_____壮大にカフェオレを噴き出した。

 



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